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2011年10月1期エヴァ落ち着いてLRS小説を投下するスレ8
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シンジ×冬月
■スレッドを建てるまでもない質問・雑談スレ 54■
ミサトシンジの小説投下スレ
アスカと綾波がコンビニ店員だったら
落ち着いてLRS小説を投下するスレ8
- 1 :09/11/10 〜 最終レス :11/12/31
- このスレはLRS(レイ×シンジ)小説を投稿するスレです。
他のキャラとの恋愛を絡めた話を書きたいのなら、相応しいスレに投下しましょう。
前スレ
落ち着いてLRS小説を投下するスレ7
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/eva/1246759416/
過去ログ
落ち着いてLRS小説を投下するスレ
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/eva/1083495097/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ2
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1110013621/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ3
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1146477583/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ4
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1155597854
落ち着いてLRS小説を投下するスレ5
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/eva/1164097545/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ6
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/eva/1192894823/
関連スレ
【恋愛投下】世界の中心で愛を叫んだけもの 第三章
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/eva/1167408006/
- 2 :
- 前スレ500KB近いので立てました
- 3 :
- 乙乙乙
- 4 :
- 前スレ724から
13.
公園まで来ると、レイは腕の中の仔犬を放して自由にさせた。仔犬は嬉しそうに尻尾を振りながら、全速力で走り出した。
時刻は夜の八時を少し回ったあたりで、公園には誰もいない。ここに来るまで人影ひとつ見なかった。
相次ぐ使徒の襲撃で第3新東京市の人口が減っている上に、街の修繕が間に合わず、道路などもアスファルトがめくれあがったままの部分がある。
街灯は点灯しているのと壊れているのが半々で、放置されている瓦礫も目についた。
いくら犯罪が皆無に等しいとはいえ、このような荒廃した夜の街を歩く者はほとんどいないのが現状だった。
もっとも、人に見られたくないレイにはうってつけだったが。
「好きに遊んでおいで」
犬は少し離れた場所からレイの顔を何かを期待するかのように見つめている。
しょうがないわね、とレイは呟いて仔犬の方へ歩き出した。それを見て、ワン、と犬が鳴いた。
「ほら、星が見える?」公園から帰る途中、レイは空に向かって指差した。「綺麗でしょう」
犬は不思議そうにレイを見上げるだけだった。
「犬に言ったって仕方ないか」レイは鼻をならして、自嘲気味に少し笑った。最近どうも犬に話しかけることが多くなったような気がする。我ながら滑稽だった。
ふとレイは疑問を感じて小首を傾げた。仔犬もそれに倣って同じ動作をする。
――私はおかしなことを言った。何だろう?
少し考えて、疑問は解決した。
そうか。
星が綺麗だなんて感じたのは、初めてのことだった。
- 5 :
-
□
使徒の攻撃によって、第3新東京市の特殊装甲は18番まで一気に貫通された。
「今度の使徒はど真ん中ストレートって感じだわね。地上からここまで一気にやられたわ」
ミサトの声と共にモニターがパッと変わって、破壊された第3新東京市の街並みが映った。
レイは眉をひそめた。使徒の攻撃の威力ではなく、見覚えのある光景のような気がしたのである。気付いたのはふた呼吸ほど後だ。
「さあ、おいでなすったわよ。三体で包囲、一斉射撃から――」
「ちょっと待って!」レイは声を上げた。
「何、レイ? 説明の途中よ」
「使徒が侵入してきた経路を映して」
「何のために?」
「いいから!」レイの声は苛立ちのあまり上ずっていた。
ミサトはここで言い争うよりレイの要求に応えたほうが早く済むと判断したらしい。一瞬ののち、地図が出た。赤い丸で囲まれた場所から使徒が侵入してきたのだろう。
やはりそうだ。そこは、レイの思った通り、マンションがある――いや、あった場所だった。
「どうしたの、レイ?」
「私のマンションがなくなった」
しかし、レイは肩をすくめただけだった。特別に愛着があった家ではない。また別のところに住めばいいだけの話だった。
次の瞬間、あることに気がついて、まるで頭を殴られたような衝撃を感じた。
いや、違う。家が無くなっただけの話ではない。
「あ……」
犬。シンジを置きっぱなしにしていた。
そうか、と、レイは頭の片隅でぼんやりと思う。最近、出撃の前に感じていた違和感の正体はこれだったのか。犬を家に置いたままでいいのかと無意識のうちに考えていたのだ。
しかし、無意識に留まり、意識にのぼることはなかった。
構うものか、とレイは思った。ただの犬だ。犬コロが死のうがどうなろうが……。
構うものか構うものか構うものか。
差し出した指先に鼻をすりつけるシンジの光景が浮かんだ。
くーん。情けない顔で鳴くシンジ。
ボールを投げると、飽きずに何度も持ってくるシンジ。
こんなのが、面白いの?
「ああ……」
- 6 :
- おいしい? そう。
私はあなたに首輪をつけない。どこに行くのも自由。去りたくなったらどこにでも行きなさい。
でも。
でも、できることなら――。
大人しくしなさい。綺麗にならないと一緒に寝てあげない。
名前? 名前なんてつけてどうするの? 犬は犬。
どこにいってたの? 家出? すぐに逃げ出すのね。あなたも碇君と同じ。
名前、そうね。似てるから――シンジ。シンジでいいわ。碇君も犬みたいなものだからちょうどいい。
「あああ……」
そう。
あなたもひとりなのね。
わたしもひとり。
――また、ひとりになった。
「ああああああああああああああああ!」
レイは、細い身体を折れんばかりに仰け反らせ、絶叫した。
それから前のめりになると、使徒に向かって突進した。
「レイ!? 止まりなさい!」というミサトの叫び声に、シンジの「綾波!?」、アスカの「ちょっと、何やってんのよ!」という驚きの声が重なった。
レイは止まらなかった。
歯を剥き出して疾走した。
頭の中が真っ白になっていた。
世界が真っ白になっていた。
使徒の身体から伸びてきた腕を上に飛んでかわし、宙に浮いている間にプログナイフを抜くと、使徒のコアに思い切り突き立てた。
が、ATフィールドに弾かれ、反動で後方に吹っ飛ばされる。
瞬時に体勢を立て直し、再び走りはじめた。
誰かが何かを叫んでいた。自分かも知れないし、他人かも知れなかった。
どうでもいいことだ、とレイは思った。
私じゃなかったら、犬のことをきちんと考えて、死なせずに済んだのだろうか?
例えば碇君は絶対に本部に移していただろう。赤毛猿だってきっとそうしてる。気にしないのは私だけだ。
ひょっとして、私はどこかおかしいのだろうか?
そんなことは、今まで気にしたことがなかった。
私は特別だと思ってた。ふつうの人間はATフィールドを生身で使えたりはしないし、シンクロ率を自由に操作できたりしない。
- 7 :
- おかしいのと特別なのはどう違う?
左腕に灼熱感。
付け根から先が無くなったような、異様に冷たい感覚。
零号機の左腕が切り飛ばされたのだ。
構うものか。
私はおかしいから、痛みなんて感じない。
――お前さ、碇の気持ちも考えてみろよ。
誰だっけ、言ったのは?
そう、メガネだ。前にそんなことを言われた。
私には、誰の気持ちも分からない。
私はセカンドのことを猿と言って馬鹿にしてるけど、あの女だって人の気持ちは分かる。
だから碇君と仲良くやっていけるのだ。碇君もおかしくないのだから。
他人が分からないのは私だけだ。
分かろうとしないのは私だけだ。
おかしいのは私だけ。
オカシイノ ハ ワタシダケ。
痛い。
痛い。
おかしい。
何でこんなに痛いのだろう。
痛いのは左腕じゃない。
もっと、別のところ。
別のところが痛い。
だめだ。今は無視しないと。
違うことを考えよう。
普通の人は、こういうときに何て言うんだろう。
自分のせいでひどい目に遭った人に、かける言葉。
人じゃない。犬だ。
でも、同じことだ。
だって一人だから。私も一人だから。
私はシンジだ。シンジは私。
- 8 :
- そうだ。思い出した。
ごめんなさい、だ。
ごめんなさい、シンジ。
やっぱり私はおかしい。
ごめんなさいなんて、ふつうは考えなくても出てくる言葉だ。
おかしな飼い主で、ごめん。
今、仇をとるから。
絶対に、とるから。
あれ。
強い、こいつ。
肉弾戦で、私が遅れをとるなんて。
急に視界が狭くなる。
なぜ?
あ、目もやられたんだ。右目をやられた。
痛いもんか。私はおかしいから痛みなんて感じない。
ATフィールド全開。
ありったけの力を、解放する。リツコには後でうるさく言われるだろうけど、知ったことか。
碇君、私の叫び声を聞いて、喜んでる?
喜んでるわけないか。
私は喜んでた。
私はおかしいから。
止めなさい?
誰、そんなことを言ってるのは。
リツコか。
今さら何を言ってるの?
そもそも私は
……。
今、私、何を言ったの?
いいか。
今はそれどころじゃない。
今は、こいつだ。
- 9 :
- 全力でやっているのにこいつのATフィールドが突破できない。
おかしい。私の力はこんなものじゃないはずなのに。
そんなに強いのだろうか?
いや、そんなことはいい。
こいつはす。
こいつだけはしてやる。
おまえだけは、
絶対に。
絶対に、
「零号機、活動停止!」
マヤの全身からどっと汗が吹き出てきた。
神経接続カットがギリギリで間に合ったのだ。
画面には首を吹っ飛ばされた零号機の姿が映っていた。
ほとんど同時に、初号機が使徒に向かって突っ込んでいった。
□
「ちょっと待ちなさいよ、ファースト!」
アスカに声をかけられても、レイは駆け出す一歩手前の速さの歩みを止めなかった。声をかけられ、危うく走り出しそうになったのを必死で抑える。
「待てってば!」
走ってきたアスカに肩を掴まれ、レイはようやく立ち止まった。歯を食いしばって振り返る。
頭が爆発しそうだった。体が震えている。
どういう感情によるものか、レイには分からない。
私を責めるつもりなのだろうとレイは思った。当然だった。この事態はレイが引き起こしたと言ってもいいのだから。
しかしアスカの口から出た言葉は全く予想だにしないものだった。
「あんた、犬飼ってるんだって?」
「……え?」
何が言いたいのだ、この猿は? この状況で犬が何の関係がある?
- 10 :
- 「シンジのやつ、保安部に頼んであんたの犬を本部に移しておいたってさ。時間がなくてあんたには言えなかったみたいだけど」
レイの全身が硬直した。
そのとき、背後から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「シンジ!?」
「シンジ……? それって、まさか……犬の名前?」
アスカがびっくりした顔で訊いた。
「ち……違うわ。し……そう、しんじられない、って言おうとしたのよ」
レイは床を見ながら弁解した。レイの視線を受けたい仔犬がそこに割り込んでくる。
アスカは疑いの目でレイを見ていたが、「ふーん。まぁ、いいけど。シンジが帰ってきたら礼の一つも言いなさいよ」と言ってくるりと後ろを向いて、去っていった。
レイは何も答えなかった。アスカがいなくなった後も、黙ったままそこに立ち尽くしていた。
□
レイはキャットウォークの上に膝を抱えて座り、拘束具が外れ、剥き出しになった初号機を見下ろしていた。
作業員が修復作業を行うのがアリ――とは言わないが、猫か仔犬のように小さく見える。
本部にいるほとんどの時間、レイはこうして黙ったまま初号機を見ている。
シンジが初号機に取り込まれて一週間が経っていた。
マンションが破壊され、新しい住居の代わりにネルフ本部に住みこむことにした。
リツコはあまりいい顔はしなかった。使徒との戦いという観点から言うと、本部に近ければ近いほど都合がいい。すぐに出撃できる態勢がとれるからだ。
しかし、パイロットの精神衛生にとってはよくない。いつまで続くか分からない、いつ襲ってくるか分からない状況ならなおさらのことだった。
渋るリツコをいつものように説得して、仔犬と一緒に適当な空き部屋に引っ越した。引越しといっても、荷物などほとんど無かったが。
学校は行っていなかった。疎開で転出する生徒が多すぎて、もはや授業の態をなさなくなったからだ。トウジやケンスケも、シンジのことを心配そうにしながら転校していった。
学校がないため、必然的にレイはネルフ本部で一日を過ごすことが多くなった。
もっともやることはと言えば、初号機をこうやって見ているだけだった。
リツコは人が変わったように大人しくなったレイを気にかけてつつも、シンジのサルベージ計画にエネルギーを注がざるを得なかった。
- 11 :
-
□
二週間が経った。
今日もレイは初号機を見つめている。
□
三週間が過ぎてもシンジは戻ってこない。
さすがに本部の空気も重い。職員の中には諦めの声を上げるものもちらほら出はじめた。
「なぁ、知ってるか。過去にも同じようなことがあったんだとよ。これに取り込まれちまって」
作業員の一人が傍らで作業をしている同僚に話しかけた。同僚は油まみれの手袋の、かろうじて油がついてない部分で額の汗を拭った。
「結果はどうだったんだ?」
「失敗さ」
同僚はうなり声を上げる。
「そいつは心配だな。偉い人の機嫌も悪いわけだ……。おっと」
レイが通りがかったのに気がついて、慌てて口を噤む。レイは関心が無い様子で、目も遣らずにそのまま歩いていく。
レイは口をきかなくなった。もともと無口で余計な事を言うタイプではなかったが、今では必要最小限の言葉すら発することも稀になった。頷くか、首を横に振るかに二通りの仕草しか示さない。
当初は作業員もレイの姿が気になるようであったが、別段邪魔になるわけでもなく、今では風景の一部になっていた。
「まったく、あんな可愛い子を待たせて何やってんのかねぇ」
作業員は初号機を見上げて呟いた。
「さっさと帰ってこいよ」
□
三十一日目。
レイの眼下には、初号機のコアからまるで産まれるように出てきたシンジが、生まれたままの姿で横たわっていた。
ミサトがシンジに抱きつくのを見て、レイは立ち上がった。
- 12 :
-
□
レイが病室に入ったときも、シンジはまだ眠っていた。いったん目を覚ましたというから、また眠ったのだろう。
身体については心配することはないという話だった。精神についてはこれからの様子を見るしかない。何しろLCLに溶けて再び実体化するなど、初めてのケースなのだ。
レイはベッドの脇に立ち、シンジが目を覚ますまで待っていた。壁掛け時計のかすかで規則的な音と、二人の呼吸音だけが世界を支配していた。
このまま永遠に時が過ぎるのかと思ったとき、シンジの目が開いた。
シンジはレイに顔を向けて「綾波……」と呟いた。まだ夢を見ているような表情だった。
「ずいぶん長い間、中にいたのね」と、レイは言った。
「……うん」
シンジは目を瞬かせた。だんだん現実感が出てきたらしい。目の焦点が合ってくる。
「そんなに居心地が良かったの」
「そういう、訳じゃない……かな。自信が無いけど。みんなに会いたかったんだ」
「そう」
二人は黙り込んだ。沈黙を破ったのはレイだった。
「犬の、ことだけど」
「え? ……ああ、ごめん。言う機会がなくて。電話しておいたんだ。使徒が攻めてきたら犬を本部に移しておいてくださいって。ひょっとしたら余計なことしちゃったかも知れないと思ったけど……」
「……」
レイの脳裏にアスカの言葉が甦った。しかし、何を言えばいいのか分からない。舌が張り付いたように動かなかった。
レイはシンジの顔から病室のリノリウムの床に視線を移した。もちろん、そこには何も書かれていない。答えは自分で出さねばならなかった。
「……良かったね、綾波」
- 13 :
- シンジがとても優しい声で言った。おそらくそれは、レイが今まで聞いた中でも、一番優しい声だったろう。
レイは下を向いたまま、こくんとうなずいた。
また、長い沈黙が続いた。
シンジも何も言わずにレイに付き合っている。まだシンジの役目は終わっていなかった。シンジはそれをよく分かっていた。
レイの身体が少し震えた。
「い……今までのこと、色々と……ご……ごめ……ごめんなさい」
シンジは驚きのあまり、上半身を起こしてしまった。前のときと違って、今度はパジャマを着ていたから、上半身を見せても慌てる必要はなかった。
「いや、別に謝る必要なんかないよ、全然」
レイにはシンジの言葉は聞こえていないようだった。
「そっ、それから……」と言うと、顔を上げて、シンジの目をじっと見つめた。顔が紅潮していた。
最近長い時間喋る機会がなかったため、レイの喉は掠れていた。
「……とう」
レイはか細い声を絞り出した。
「ありがとう、碇君」
□
「ええーーーーっっっ!?」
食事中にもかかわらず、アスカは思い切り仰け反って絶句した。自分の十四年の人生でかつてこれほど驚いた事があっただろうか。アスカはそう思ってしまったほど驚愕した。
「そんなに驚くことないじゃない、アスカ……」
シンジはアスカのあまりの驚きぶりに若干引く。退院して久しぶりのミサト家である。ひょっとして二人が……と思ったが、やはりというか、食事はシンジが用意することになった。
もっともそれは二人の優しさなのかも知れなかった。ミサトが作った料理など食べた日には、また病院に戻らなくてはならないからだ。
「だってファーストが、よ? あの冷血人間のファースト・チルドレン、綾波レイが!」
アスカは手を思い切り広げて、目を裂けんばかりに大きく見開いた。
「私たちを食事に誘うなんて! これに驚かずに何に驚くって言うのよ!」
「まぁ、そりゃ僕もびっくりしたけど……。いいじゃない、悪いことじゃないし」
「そうよ、アスカ。シンジ君の退院祝いよ。一ヶ月ぶりに娑婆に戻ってきたんだし、美味しいものをご馳走してくれるって」と、ミサトが笑顔を浮かべて言う。
――娑婆って……。その言い方はどうだろう。
- 14 :
- シンジは苦笑しつつミサトに新しいビールを手渡した。アスカがおかわり!と皿を差し出す。
「今回のこともそうだけど、レイ、最近変わってきたわね」
「そうですね。すごくいいことだと思います」
病院での出来事をシンジは思い出して、思わず微笑んでいた。綾波から感謝の言葉を聞くとは思ってもみなかったのだ。
「シンジ、ファーストにあの犬を連れて来いって言ってよ。毒見させるから」
シンジはシチューのおかわりをアスカの皿によそいながら、アスカも変わって欲しいものだ、と、思った。
「高そうなお店ね……」
三人は約束の時間に約束の場所に来ていた。目の前にはレイのお気に入りのステーキ専門店がある。
「お金はあいつが出すんでしょ? いいじゃない、別に。高くたって」
「そういうわけにはいかないわよ、アスカ」ミサトが苦笑した。「私の分は私が払うわ。大人が子供に奢られるわけにはいかないもの」
しかしこのあと、コース料理が最低一万五千円からと知って、顔を引きつらせつつレイの支払いを受けることになるミサトだった。
「ちょっと、これ本当にあんたが払うの?」と、アスカがメニューを見て目を丸くして言った。
「ええ、そうよ」
「何でそんなにお金持ってるのよ? そんなにお小遣い貰ってるわけ?」
「カードだから」
「カード!? 中学生で!? ……ちょっとミサト、何でファーストばっかり! 私も同じコトしてるんだから不公平じゃないの!」
「そう言われてもねぇ……。司令の判断だから私には何とも……」
ミサトは困り顔で答える。私だって欲しいわよ……と内心思うが、これは口に出せない。
「あ、料理がきたよ」
シンジがのんびりと口をはさむ。
「シンジ、あんたは何にも思わないの?」
「うーん。綾波は一人暮らしだし、何かと入り用なんじゃないかな……」
「ったく、人が好いわね、あんたも」
- 15 :
- 二人の会話を何となく聞きながら、レイは切った肉を口に入れた。
その途端、「うっ」と呻き、入れたばかりの肉を吐き出しそうになる。それでも我慢して二口、三口噛むが、そこで我慢できなくなり、
三人に気付かれないようにテーブルナプキンに吐き出した。
「どうしたの? 綾波」
シンジがレイの様子を窺う。
「碇君、これ食べてみて」
レイは一切れ取って、シンジの皿に移した。
「え……うん」
不思議そうな顔をしつつもシンジは口に運び、食べた。レイはその様子をじっと見つめている。
「どう?」
「うん、おいしいよ」
「……そう。碇君のも一切れくれる?」
「いいよ」
レイはシンジがくれたのを食べる。口にした瞬間に嘔吐しそうになった。
やはり、駄目だ。それでも何とか必死に飲み込んだ。
「どうしたの? 顔色悪いけど」
「味覚が変わったみたい。おいしくない」
あれほど好きだった肉が、まずく感じられて仕方ない。いや、まずいなんてものではなかった。味以前に、身体全体が拒否してるような感触だった。
仕方がないので、パンと野菜サラダを注文した。こちらは普通の味――というより、美味しかった。
レイは、何あんた、菜食主義者にでもなったの、というアスカの言葉を無視して考え込んだ。
――風邪を引いたせい?
レイは首を傾げた。そんなことがあるのか、今度リツコに訊いてみようと思った。
これが、レイが肉類を口にした、最後の日になった。
(続く)
- 16 :
- 乙!
- 17 :
- 乙乙!!
- 18 :
- 乙です。もっとみたいけどもう少しで終わりなのか
- 19 :
- 乙乙乙
- 20 :
- 初めての時はあんなに拒否したのに…。
いつの間にかこんなに会いたくなってる…。
これは何?この気持ちは何?
私は待ち続ければいいの?
こんな私でも待っていていいの?
早くあなたを見せて。
お願い、次のあなたを見せて…。
黒レイの続きを早く見せて!!!
◆IE6Fz3VBJU 超乙!
- 21 :
- ◆IE6Fz3VBJU氏 乙です!
いやー 上手いっすなぁ
いつの間にか引き込まれるようになった…
>>20
気持ちわかる
最初レイが黒すぎたものねw
- 22 :
- GJGJGJGJGJ
- 23 :
- そうだよな 性格悪いよな 一人目は
- 24 :
- 改めて乙です!
ありがとうって言葉が、こんなに難しくてこんなに身体が震えてこんなにポカポカするなんて…
- 25 :
- 次はアスカの回か
- 26 :
- 前スレは放置でいいのか?
- 27 :
- 埋まるまで最近の名作を懐かしむとかすれ
- 28 :
- グレイ超乙!!!!!!
切なさ爆発だな
続きが気になる
でも終わらないでほしい…
- 29 :
- いいっすなー。
- 30 :
- マイナーなギャルゲーSS祭り!変更事項!
1. SS祭り規定
自分の個人サイトに未発表の初恋ばれんたいん スペシャル、エーベルージュ、センチメンタルグラフティ2、canvas 百合奈・瑠璃子シナリオ
のSSを掲載して下さい。(それぞれの作品 一話完結型の短編 10本)
EX)
初恋ばれんたいん スペシャル 一話完結型の短編 10本
エーベルージュ 一話完結型の短編 10本
センチメンタルグラフティ2 一話完結型の短編 10本
canvas 百合奈・瑠璃子 一話完結型の短編 10本
BL、GL、ダーク、18禁、バトル、クロスオーバー、オリキャラ禁止
一話完結型の短編 1本 プレーンテキストで15KB以下禁止
大文字、太字、台本形式禁止
2. 日程
SS祭り期間 2009/11/07〜2011/11/07
SS祭り結果・賞金発表 2011/12/07
3. 賞金
私が個人的に最高と思う最優秀TOP3SSサイト管理人に賞金を授与します。
1位 10万円
2位 5万円
3位 3万円
- 31 :
- 黒レイ可愛くなってきたじゃないの
- 32 :
- しまった…前スレが収納されてしまった…
まとめサイトないんだったよな?
- 33 :
- 15日の分までは7スレ目持っているよ。
それでいいならあげるよ。
ただ、jane doeからどうやって保存して、あぷするのか教えてくれるなら、になるけど。
- 34 :
- 前スレログ
ttp://mimizun.com/log/2ch/eva/changi.2ch.net/eva/kako/1246/12467/1246759416.html
http://www.geocities.jp/mirrorhenkan/
↑このサイトにURL入れて検索すれば結構出てくるよ
- 35 :
- >>33
>>34
超トンクス!!!!また見れた
本当にありがとう
- 36 :
- 次の黒レイは何日発売ですか?
- 37 :
- >>15
14.
「そんな辛気臭い顔すんなや、碇」
トウジがシンジの肩をばしんと叩いた。シンジは痛みにちょっと顔をしかめたが、すぐに寂しそうな表情に取って代わられた。
転校――とは第2新東京市のことだ。シンジのクラスメートたちの大部分は首都である第2新東京市の中学校へ転校していく。トウジやケンスケ、ヒカリも例外ではなかった。
人影もまばらな、駅のホーム。
シンジとアスカ、レイはトウジたちの見送りに来ていた。レイは来るつもりはなかったのだが、せっかくだからと言うシンジに引っ張られるように連れて来られた。後ろで劇でも見ているように様子を見ている。
同じ日に第2新東京市へ向かうのは、たまたまなのか親同士で話し合いでもしたのか。シンジはわざわざ訊いたりはしなかった。
「使徒をぶっ倒したらお前らも転校してくるんやろ?」
でも、いつになるか分からないし――シンジは思わず言いかけて、思いとどまった。ただでさえ湿っぽい空気が余計に重くなる。かたわらでは、アスカが涙ぐむヒカリを慰めていた。
「何か、お前たちばっかり戦わせて悪いな」と、ケンスケが真面目な顔で言った。
「んなこといいよって、お前エヴァに乗ってみたいだけちゃうんか?」
トウジが陽気にけらけらと笑った。
「何だよ、人がせっかくカッコイイこと言ったのにさ」
ケンスケの苦笑にシンジもつられて笑う。
「ま、俺ならいつでも参号機のテストパイロットにしてくれて構わないことは確かだけど」
「参号機?」シンジは不思議そうな顔をした。
「そう。アメリカで建造中だったヤツさ。今度松代の第2実験場で起動実験やるって噂、知らないのか?」
「知らないなぁ」
「ったく、あんたそんなことも知らないの?」アスカが呆れたように口を出してくる。「アメリカに押し付けられたのよ。第2支部ごと四号機が吹っ飛んだからビビったの」
「え……そうだったんだ」
「そうだったんだ、じゃないわよ。ちなみにファーストが乗ることに決まったから、ミサトに頼み込んだって無駄よ。四人目がなかなか見つからないんだってさ」
「綾波が? ……危険じゃないの?」シンジが後ろを振り返った。心配そうな表情だった。
突然自分が話題に出てきたのでレイは少し驚き、反応するのが遅れた。「……別に、大丈夫だから」
- 38 :
- 「もしかして、父さんに命令されたの? それだったら……」
「違う。私から頼んだの。零号機の修復にはまだ時間がかかるし、使徒が襲ってきたときに私だけ見てるなんて嫌だから」
そう言われるとこれ以上は何も言えなかった。
「そろそろ時間だな」ケンスケが腕時計を見た。
ヒカリがアスカの手を握る。「気をつけてね、アスカ」
「大丈夫よ、心配しなくたって。私は無敵なんだから」アスカは親指を立てた。
「ほな! 別れの言葉はいわんで。どうせすぐにそのツラ見る羽目になるんやからな」
「じゃあな、碇。また会おうぜ。そっちの美人コンビも」
「またね、アスカ、碇君、綾波さん。身体に気をつけて」
ドアが閉まり、電車が動き出した。窓の向こうで手を振る三人に、シンジとアスカは手を振り返す。
視界から電車の姿が消えるまで見送っていた。
帰り道、しばらくの間誰も口をきかなかった。
「行っちゃったね……」シンジがぽつりと呟く。誰かに向けた言葉ではなかった。「こんなにいい天気の日にお別れなんて、何か虚しいな」
「雪でも降ってれば気分がでたってわけ?」
「別に、そういうわけじゃないけどさ……」
「じゃあゴチャゴチャ言うんじゃないの。ジャージの言うとおり、使徒を残らず倒せばそれで解決なんだからさ」
「そう……だね」
シンジのその言葉を最後に、またしばらくの間、沈黙がその場を支配した。
「アイスでも食べよっか」アスカが空を見ながら言った。目のさめるような空の青と巨大な入道雲の白が鮮やかなコントラストを描いていた。
「あれ? 綾波、当たってるよ」シンジがレイのアイスの棒を見て言った。
「当たり?」レイは首を傾げた。当たりつきのアイスがあるということを、レイは知らなかった。
「当たりが出ると、もう一本もらえるんだ」
「そうなの」レイは曖昧に頷いた。
「何かおかしいわよねー。こういうのって普段の行いと関係ないのかしら。っていうか、むしろ逆相関?」
アスカは頭の後ろで手を組み、空中にある見えない何かを蹴るようにして歩いている。
「何かいいこと、あるかも知れないね」シンジが微笑んだ。
レイは別段嬉しくも何ともなかったが、シンジが喜んでいるならいいことなのだろうと思った。
- 39 :
- 「そういやさ、あんたいつまで本部に住むつもりなの?」アスカがくるりと振り返って訊いてくる。
「引越しは面倒だから、多分ずっといると思う」
「あんなところに住んでてイヤになんない? 風景だし、だいたい地下なんて不便じゃない」
「別に。学校もなくなったから」
「あっそ。あーイヤぁねー日本人て。職場と住居が同じなんて信じらんないんだけど」
レイはふとビデオのことを思い出した。部屋にシンジを呼び込んでケンスケに撮影させたビデオのことだ。思い出したのは久しぶりにケンスケの顔を見たせいだろう。
マンションがなくなっていいことが一つあるとすれば、ビデオカメラが跡形もなくなったことだった。
よくもあんなことができたものだと思う。あのころの自分はどうかしてたのだ。
ひょっとして、あの時のことをシンジも思い出したりするのだろうか?
レイは首まで赤くなった。まともにシンジの顔を見られない。
「どうしたの、綾波? 何か赤くなってない?」
「……なんでもない」
レイは蚊の鳴くような小さな声で言った。
□
作業員用のエレベーターの中で、レイはプラグスーツへの着替えを済ませた。備え付けの無線からはリツコの声が流れている。
「レイ。今からでも遅くはないのよ。別に無理にテストする必要はないんだから」
レイは眉を顰めた。レイの搭乗に強硬に反対したのはリツコだとは漏れ聞いていたが、実際にこうして聞いてみても、やはりリツコらしくない行動だった。
「なぜ、そんなことを言うの?」
数瞬、沈黙が流れる。
「心配しているからよ」
「心配? あなたが、私を?」
レイの声に含まれる皮肉を感じとったのか、リツコは彼女にしては珍しくムキになったような口調で、「もちろん。あなたのような優秀なパイロットに
何かあったら大変な損失ですもの。エヴァはパイロットなしでは動かないのよ」
「パイロットなしでの実験も進んでいるようだけど?」
- 40 :
- またしても沈黙。
「あれは……私はあんまり賛成してないのよ、レイ。司令の意向だから強くは反対できないのは確かだけど……」
「とにかく、私は別に無理なんてしてない。零号機も修復までにまだ時間がかかるし、今参号機に乗っておくのは悪いことではないわ。
使徒が襲ってきてるのに私だけ見てるなんて冗談じゃないし。それより四人目が見つからなかったら、この機体、私がもらうから」
「それはいいけど、ひょっとして、この間迷惑をかけたから、なんて思ってるとしたら……」
レイは黙って無線を切った。
目を閉じ、足元からせり上がってくるLCLの生温い感触を味わう。久しぶりの実機だった。やはりテスト用とは違うような気がする。
「チェック完了。異常なし」
オペレーターの声を聞いてゆっくり目を開けると、目の前に思いがけない人物が立っていた。
目の覚めるような青い髪に赤い目をした中学生くらいの女の子。つまり、綾波レイが冷たい笑みを浮かべてレイの目の前に立っていた。
もちろん人ひとりが立つスペースなどないし、何より馬鹿げている。答えは一つしかなかった。
レイは呟いた。「……幻覚?」
これは――おそらく使徒だ。今度は物理的な攻撃ではなく精神が目標か。
レイは慌てず、瞬時にATフィールドを展開した。臍を中心に、自分を包む円を思いえがく。
今ごろ下では大騒ぎだろうが、そんなことに構ってる場合ではない。
ふん、とレイは鼻を鳴らした。普通の人間ならともかく、私には通用しない。
――どう? 勝手が違って残念だったわね。
笑みを浮かべたレイの頬が、ふいに引き攣った。加減しているつもりはないのに、ATフィールドが弱い。
前回の使徒戦の敗北が脳裏に蘇った。あの時の戦いぶりに、納得できるものがある。
――そうか。相手が強かっただけではない。私も弱くなっていたのだ。
なぜ弱くなったかを考える時間はなかった。
- 41 :
- ――大丈夫。
目の前に立つ幻覚バージョンの綾波レイの唇がパクパクと魚のように動いている。意志の疎通をはかろうとして、それができないように見えた。
言葉を知らないか、あるいはATフィールドを突破できないかだ。後者だろうとレイは考える。希望的観測かも知れないが、そもそも言葉を知らなかったら口をああいう風に動かす必要はない。
しかしレイのほうもここからどうすればいいのか分からない。外部へ連絡を取って――いや、取れるのだろうか? 何もせず、じっとリツコたちの救出を待てばいいのだろうか?
迷うレイが顔を上げると、まるで最初からそこにずっといたかのような自然な風で、綾波レイの隣に見知った人物が出現していた。
――碇君!?
幻覚と分かっていてもレイは動揺した。
「ようやく開けてくれたわね」綾波レイは唇の両端を吊り上げた。
しまった――。臍を噛むレイの脳裏をかすめたのは、恐怖や後悔よりも、この女はなんて嫌な笑い方するのだろう――ということだった。
「ひどいな、綾波は。僕を締め出そうなんて」
レイは強張った表情を崩さない。これはシンジの言葉ではない、使徒が見せる幻覚なのだ、と自分に言い聞かせる。
「やっぱり僕のことが嫌いなんだね」シンジは悲しげな顔で言う。「前に、はっきりそう言ったよね、綾波は。僕のことが大嫌いだって。あれは悲しかったな……」
――違う。あれは……。
思わずそう言いかけて、唇をぎゅっと噤む。答えてはいけない。
「でもね、いいんだ」シンジは悲しげな表情を嬉しそうなそれに変えた。「僕も綾波のことが嫌いだって分かったんだ」
――え!?
息を呑んでシンジの顔を見つめた。シンジの言葉ではないと思っていても、衝撃は大きかった。
「綾波……。何でそんな顔するのかな」シンジは苦笑した。「これ、本当の僕じゃないと思ってるでしょう?」
シンジが息がかかるほどの距離まで接近してきて、レイの顔を両手で挟み込んだ。レイは目をつむるが、シンジの姿は消えない。目で見ているのではないのだった。
「綾波が今まで僕にしたことや言ったことを考えてごらんよ。いちいち挙げなくてもいいよね、君がしたことなんだから。僕が綾波のことを嫌いにならないはずがないよ」
レイの顔から血の気が引いていく。
――碇君に、嫌われる?
- 42 :
- 正直なところ、今までその可能性を考えたことがなかった。自分が誰かに嫌われるなどどうでもいいことだったからだ。
――碇君がそんなことを言うはずがない。
何度も自分に言い聞かせる。惑わされるな、本物ではない。幻覚だ。
「本当にそうかな?」
ハッと顔を上げた。言葉にはしていないはずだ。
――思考を読まれてる?
「まぁ、君がどう思っても僕には関係ないけどね。だって僕にはアスカがいるから。じゃ、綾波。さよなら」
シンジは手を振ってすうっと消えていった。代わりにゆらゆらと陽炎のようにゆれながら、綾波レイが胸が悪くなるような笑みを浮かべて現れた。
レイは待って――と言いかけて唇を噛みしめた。
「嫌われてしまったわね」同情するような口ぶり。「仮にあなたを嫌いになってないとしても、あなたよりセカンドパイロットを選んだのは事実よ」
――事実? 何を言ってるの?
「馬鹿ね。若い男と女がひとつ屋根の下に暮らして、何もないと思ってるの?」
すぐに反論した。
――あの二人はいつも喧嘩ばかりしてる。
綾波は哀れみのまなざしでレイを見つめた。たっぷり沈黙を溜めて、
「……あなたは本当に人間の機微が分からないのね。喧嘩するほど仲がいいっていう言葉、知らない? 本当に仲が悪いなら、お互いに無視するはず。
そういえば鈴原君も二人のことを夫婦喧嘩とか言って、からかってたわね」
今度は反論できなかった。自分にある種の感情が読み取れないことは、薄々とではあるが分かりつつあった。
「それにね」綾波がことさら嫌な笑い方をする。人を傷つけることが楽しくて仕方がないという笑い。
レイは認めざるを得ない。これは、自分の笑いなのだと。
「それにね」綾波はくすくす笑いながらもう一度繰り返した。「あの二人、キスしたことがあるのよ」
それが何? レイはそう言おうとした。私には関係のないことだ、と。
しかし、実際口に出てきた言葉は、「嘘!」というものだった。
――そんなこと、するはずがない。
「嘘じゃないわよ。見せてあげましょうか?」
- 43 :
- 綾波が消えて、見覚えのある場所がぽっかりと浮かび上がってきた。ミサトの家だ。
そこで、シンジとアスカがお互いに向き合い、見つめあっている。アスカが近づいてシンジの鼻をつまみ、唇を重ねた。二人の姿は登場したときと同じように溶けるように消えていった。
――これは、幻覚。
呆然とレイは呟く。これは嘘だから。こんなことしてるわけないんだから。
「残念だけど、違うわ」再び綾波が現れ、レイに向かって冷酷に告げた。
レイは耳を手で塞いだ。無駄だと分かっていてもそうせざるを得なかった。何も聞きたくないし、見たくなかった。ふるふると、唇が震えている。
「これは幻覚なんかじゃないの。碇君があなたなんかよりセカンドを選ぶのは当然のことなのよ。ああ見えて意外と他人を気遣える子だから、セカンドは。
それに対してあなたときたら……。他人の気持ちがまるで分からないお人形さんだもの」
――消えろ。
「いえ、人形は他人を傷つけたりしないから違うか。あなたは化け物よ。あなたみたいな化け物よりセカンドみたいな立派な人間のほうが碇君にふさわしいわ」
――消えろ!
「消えないわよ。だって私はあなただもの」
――違う! あなたは私じゃない。私はあなたみたいな……。
レイは続きを口にしようとして、絶句した。
「何? まさか、あなたみたいな平気で人の気持ちを踏みにじるような人間じゃない……と言おうとしたんじゃないでしょうね?」
綾波はまるで最高のジョークを聞いたようにくすくすと笑い出した。
「そう。分かったでしょう? 私はあなた。あなたは私」
――……。
否定したかったが、できなかった。そうだ、と思った。この嫌な嫌な女は私だ。私の言っていることは正しい。碇君はセカンドとキスをしたし、私のことも嫌いなのだ。
そのことを考えると、頭が割れるように痛くなった。苦しくなった。
「安心して。助けてあげるわ。なんたって、私はあなたなんですもの」
――……どうすればいいの?
どうすればいいんだろう、とレイは思った。本当に、どうすればいいんだろう。
「苦しいでしょう?」
レイは黙って頷いた。
「楽になりたいでしょう?」
また頷く。
「簡単な話よ。昔のあなたに戻ればいいの」
- 44 :
- ――昔の……私?
「そうよ。碇君に会う前のあなたはそんな苦しい思いをしたことがない。だったらその時のあなたに戻ればいいのよ」
――で、でも……。
思考が鈍り、何が自分の考えで何がそうでないのか、だんだんはっきりしなくなる。本当にそれでいいのだろうか。
「放って置いたらもっと苦しくなるわよ」
――もっと?
「それでいいの? 昔のあなたみたいに、何も感じなくなれば楽になるのに」
――なりたい。なりたいわ。昔の私に戻りたい。どうすれば昔の私に戻れるの?
「憎めばいいの」
――憎む? 誰を?
「碇君を」
――どうして? 別に碇君は憎くなんてないわ。
「嘘。あなたを裏切ったのに?」
――裏切った?
「そう。裏切ったのよ。あんな風に笑っておいて、今は惣流さんと一緒に登校したり、キスをしたり。あなたのことを馬鹿にしてるのよ」
――馬鹿にしてる……。
「そのうちキスなんかより、もっと気持ちのいいことをするのよ。そうなったらもうお仕舞い。そうなるのももう時間の問題」
レイは喘いだ。頭の中が灼熱している。苦しいなんてものではなかった。胸が潰れそうだ。
「憎いわよね」
――……。
「憎いわよね?」
――……ええ、憎いわ。
いったん口に出すと、その感情は風船のように膨らんでいった。そう。私は憎悪する。あの二人を。碇シンジを。
「許さないわよね?」と、綾波レイは問うた。
「ええ、許さないわ」と、レイは答えた。
「それでは行きましょう」綾波レイは、獲物を目の前にした肉食動物のような笑みを浮かべた。
――ええ。いきましょう。
レイは頷いて、笑った。こんな簡単なことに悩んでいた自分が馬鹿みたいだった。
――いかりくんを、ころしに。
二人の笑みは、まるで鏡で映したようにそっくりだった。
- 45 :
- 途中までは何の問題もなかった。フェイズ1からフェイズ2への移行もスムーズで、ハーモニクスも正常位置にあった。
絶対境界線にさしかかったときにそれは起こった。
オペレーターが自分が目にしていることを信じられないように、「エントリープラグ内にATフィールド発生……!?」
「何ですって? ……使徒?」ミサトが顔色を変えて身を乗り出した。
「いえ、違うわ……何をやってるの、レイ?」
「レイが? どういうこと、リツコ?」
詰め寄るミサトの声をオペレーターの切迫した声がかき消した。「体内に高エネルギー反応!」
「レイ!?」リツコが叫ぶと同時に、爆風が襲い掛かってきた。ガラスが割れ、中のネルフ職員たちを薙ぎ倒す。
□
アスカは歯噛みして「それ」を見た。
使徒と戦うのは望むところだったが、今回ばかりは勝手が違う。
「まったくもう、何やってんのよ」
血に染まったような夕日を背景に、黒い機体がまるで不幸そのもののようにゆっくりと近づいてくる。
「あのバカ!」
急にスピードを上げた「それ」――参号機を本気で迎え撃つのか、目の前まで接近してきてもアスカには決心がつかなかった。
なんだ。よわい。
レイはがっかりしていた。あっという間の出来事だった。戦闘に入ってから呼吸をいくらもしていないうちに倒してしまったのだ。
はごたえがなさすぎる。
もっとていこうしてくれないと、おもしろくない。
まぁいい。おまえはあとでころしてやるからそこでねていろ。
いかりくんはどこ?
わたしはいかりくんをころしたい。
このてで、ひきさきたい。
わたしは、いかりくんがにくいのだから。
ゆるせないのだから。
- 46 :
-
「アスカ!?」
悲鳴とともに、モニターからアスカの姿が消えた。シンジは呆然とする。まるで悪夢を見ているようだった。三人で仲良くアイスを食べたのはこの間のことではないか。
激しく後悔する。あの時レイを止めておけばよかったのだ。いつもそうだ。何かをやって後悔するよりも、やらなくて後悔する。綾波に何かあったら……。
落ち込むシンジを現実に引き戻したのは、いつものように揺らぎがない、鋼のようなゲンドウの声だった。
「よく聞け、シンジ。レイが参号機の中に取り込まれている。まずエントリープラグを本体から切り離せ」
「わかった」
シンジは唾を飲み込んで、僕にできるだろうか――と思った。
今まで感じたことのない恐怖がシンジの心臓を鷲掴みにしていた。今までのような、戦うことへの、あるいは自分が傷つくことへの恐怖ではなかった。
しかし、やらなければレイがどうなるか分からないのだ。選択の余地はなかった。
――駄目だ。
シンジの瞳は目の前の参号機の機体の色に――絶望の色に染まりつつあった。
もともとパイロットとしての技量はレイの方が優れている上に、今のレイにはシンジを攻撃することに何のためらいもない。本気ですつもりで攻撃してくる。
一方のシンジにはレイに攻撃を加えることはできない。参号機を無傷で押さえ込むことしか考えていないのだ。
それでは勝負にならず、結果、シンジの防戦一方になった。それでも何とかしのげているのは、曲がりなりにも今まで積んだ経験のおかげだった。
――このままでは……。
シンジはレイの攻撃を受け止めながら、唇を噛む。ジリ貧だ。
戦闘はすでに十分以上続いていた。シンジにとっては三十分にも一時間にも感じられる時間だった。
参号機の内部電源が切れることに一縷の望みを託していたのだが、S2機関を取り込んだ初号機と同じように、参号機のほうも活動限界はないようだった。
やるしかない。シンジは覚悟を決めた。
参号機は四つん這いになり、今にも飛びかかりそうに上体を揺らしている。まるで獣のようだった。
シンジは怖気づいたようにじりじりと後ずさった。それを見た参号機は好機と考えたか、突然跳躍して襲い掛かった――と同時にシンジは前に踏み込んだ。
下がったのはシンジの誘いだった。
- 47 :
- 両手を組み合わせ、参号機の肩に――とてもではないが、頭は狙えなかった――思い切り打ち付ける。これまで全く攻撃してこなかったシンジに油断していたのか、参号機はモロに食らって地面に叩きつけられた。
――綾波、ごめん!
心の中で謝ると、シンジは参号機の背中に馬乗りになった。左手で頭を地面に押さえつけ、右手はプログナイフを取ろうと肩口に伸び――途中で止まった。
――え?
シンジは驚きと苦痛に目を見開いていた。
ゴムのように伸びた参号機の両手が初号機の喉を掴んで、後ろ向きのまま締め上げはじめたのだ。普通では考えられない動きだった。
シンジは自分が罠にかけられたことを知った。やろうと思えば、最初から出来たのだろう。多分、遊んでいたのだ。
参号機は足を蹴り上げると同時に、喉を掴んだままの両手を前に回転させた。
脳天から地面に叩きつけられ、シンジは衝撃に呻く。衝撃から立ち直ったときには攻守は所を変えていた。今度は参号機が初号機に馬乗りになり、再び喉を締め上げはじめた。
苦痛にうなり声を上げるシンジの耳に、ゲンドウの声が聞こえてきた。
「もういい、シンジ。よくやった。もはやそれはレイ……参号機ではない。使徒だ」
「ち……違うよ、父さん……」
「違わない。それを倒せ、シンジ」
「で……できないよ、そんなこと……!」
「いかん、シンクロ率を60%にカットだ!」
ゲンドウは指示を飛ばす冬月を手で制した。
「しかし碇。このままではパイロットが死ぬぞ」
冬月を無視してゲンドウはシンジに話しかける。
「シンジ、なぜ戦わない?」
「だって、綾波が乗ってるんだよ、父さん!」
「それはもうレイではないと言っただろう。使徒だ。お前が死ぬぞ」
「綾波をすくらいなら……僕が死んだほうがいい」
ゲンドウはシンジとの会話を打ち切り、マヤに告げた。
「回路をダミープラグに切り替えろ」
- 48 :
-
ばかなやつだ。レイは笑った。やっぱりひっかかった。わなにかけたのはわたしのほうだ。
両手に力を込める。
このまま、にぎりつぶしてやる。
もうすぐだ。
レイは歯を剥き出して笑う。目の前のレイも同じ笑みを洩らす。
「早くすのよ」
うるさい。いわれなくてもわかってる。
もうすぐ、わたしはもとのわたしにもどれる。
もとのわたしに――。
いやなわらいをわらうだけで、なにもない、からっぽなわたしに。
――え?
レイは首を傾げた。
あれ? なにかが、おかしい。なんだろう?
改めて初号機を見る。もう少し力を込めれば首を折ることができそうだった。
「何をしているの? 早く!」綾波レイが苛々したように催促する。
それを無視して、初号機をじっと見つめるレイの頭の中に、シンジとの思い出が奔流のように流れ込んできた。
最初の。搭乗を拒否するシンジがエヴァに乗ったのは、傷ついたフリをしたレイを見たからだ。
無事だったレイを見て涙を流すシンジの姿。
レイの家に料理を作りにきたシンジ。シンジがそんなことをした理由も、レイに料理を勧めた理由も、その時は意図が分からなかったが、
今思えば簡単なことだ。レイの健康を心配したのだ。弁当を持ってきたのもそのためだった。
仔犬を助けてくれたシンジ。
シンジは言った。分かってた。綾波は、本当は優しい子なんだってこと。
- 49 :
- ちがう。やさしいのは――
やさしいのは、わたしではなく、いかりくんではないか。
いかりくんは、いつもわたしにやさしかった。
いかりくんだけが、いつもわたしにやさしかった。
そのいかりくんを、ころす?
そんなことが、やれるわけがなかった。
やってはいけないことだった。
レイは舌の一部を奥歯で挟み、思い切り噛み合わせた。ぶつりという肉厚のものを断ち切る鈍い音とともに、鋭く強烈な痛みがレイを襲った。
「がはっ」
口のあたりのLCLが血の色と混じって毒々しい赤に染まっていく。鉄の味がした。
痛みにより、ほんの少しだがレイの意識は覚醒した。その少しを足がかりにする。
レイの全身が震えた。肌がみるみるうちに紅潮していく。
今のレイの姿を見れば、レイの中で、何か激烈な戦いが行われているのが分かっただろう。
「何をしてるの?」綾波が眉を顰めてレイを見る。「馬鹿ね、あなたは。もう止まらないわよ」
「憎くないの?」
「したくないの?」
レイは何も考えず、ただ、手を喉から引き剥がすことだけに集中した。
「し、しかし……」ダミーシステムを起動しろというゲンドウの命令に、マヤは青ざめた顔で答えた。「ダミーシステムはまだ問題も多く、赤木博士の許可もなく……」
「今のパイロットよりは役に立つ。やれ」
マヤに拒否することはできない。はい、と力なく頷いて操作に取り掛かる。
「いいのか、碇?」
「初号機が優先だ」
冬月はゲンドウの声に抑えようもない苦さを感じ取り、それ以上言うのを止めた。
あと数分――いや、数十秒もあれば、あるいは二人には違った運命が待っていたかも知れない。
しかし、必要な時に、必要な何かがほんの少しだけ足りないのが悲劇というものであり、それはこの場合も例外ではなかった。
- 50 :
-
シンジは手の力が緩むのを感じ、目を開けた。
「あ……綾波……?」
目の前の参号機には凶暴な雰囲気がなくなりつつあるように思えた。やっぱり正気に戻ってくれたんだね――そう言おうとした時だった。
プラグ内の明かりが消えて、同時に喉への圧迫感も消失する。エヴァとの神経接続が解除されたのだ。
明かりがついたが、普段よりも暗い。普段どおり、外も見えた。見えないほうがシンジにはよかっただろう。
初号機の両手がじりじりと上がっていき、参号機の喉を掴んだ。
シンジの全身に鳥肌が立った。呼吸もままならないほどの不吉な予感に圧倒された。
「な……何?」自分は何もやっていない。勝手に動いている。「……何だよこれ! 止めてよ、父さん! 止めろ!」
初号機が吼え、蹂躙がはじまった。
レイは全身を切り裂かれるような痛みに耐えていた。普通ならとっくの昔に気絶しているところだ。それができないのは多分使徒に侵食されてるからだろう。
しかし、不幸だとも不運だとも思わなかった。むしろ意識が戻ってよかったと思っている。
操られたような状態のまま死ぬほうが嫌だった。
苦痛に呻き、反り返りながら、参号機の体液に染まった初号機から夕焼け空に目を移した。
参号機に乗り込む時にはまだ優勢だった青は、今は茜色に追い立てられ、雲の上の方にほんの少し残るだけになっていた。
レイは空を見ながら考える。
おいしいりょうりをたべて、しあわせなきぶんになること。
おいしくないりょうりをたべて、はらがたつこと。
まんてんのほしをみて、おもわずてをのばしてみること。
あめあがりのじめんのにおいをかぐこと。
あそこにさいているはなのなまえは、なんだろうとおもうこと。
こいぬのあたまをなでること。
いかりくんのほかのおんなのこにむけたえがおをみて、むねがいたくなること。
いかりくんのわたしにむけたえがおをみて、むねがあたたかくなること。
だれかにこころをうごかされること。
だれかのこころをうごかすこと。
それが――。
それが、いきるということ。
いきているということ。
- 51 :
- わたしは、いままでいきていなかった。
しんでいた。
しにんのようなわらいをうかべて、しんでいるようにいきていた。
わたしは、いま、それがわかる。
いかりくんにあえたから、それがわかる。
いかりくんにあっていなかったら、わたしはいまもしんだようにいきていただろう。
ほんとうは、もっとまえにわかっていればよかった。
けれど、それはしょうがない。
わからないまましぬより、ずっといい。
よかった。
いかりくんにあえて、よかった。
いかりくんはわたしがしんだらきっとかなしむだろう。
いかりくんはやさしいからきっとかなしんでくれる。
いかりくんはやさしいからそのかなしみはながく、ながくつづくだろう。
でも、いかりくんのまわりには、にごうきパイロットもいるし、カツラギさんもいるしともだちもいる。
だからときがたてばわたしのことをわすれて、もとのいかりくんにもどるだろう。かんぜんにはもどらないかもしれないけれど、それでも、いつかはいえるだろう。
でもわたしはひとり、わたしにはだれもいないからいかりくんがしんだら、いかりくんをころしてしまったらきっとわたしはいまいじょうにおかしなわたしになる。
もとのわたしにもどってしまうから、もとのからっぽでなにもないわたしにはもどりたくない。
わたしはこれいじょうおかしくなりたくないからわたしはここでしんでいい。
これでよかった、なぜならわたしはいかりくんにありがとうがいえたのだから。ごめんなさいもいえたのだから。
ありがとうがいえたということはわたしはにんげんだということ。
ありがとうはかんしゃのことば。
はじめてのことば。
ありがとういかりくん。
いかりくんが、ずっとえがおでいられますように。
いかりくんのえがおは、わたしのとちがって、ほんとうのえがおなのだから。
さようなら。
さようならいかりくん。
さようなら。
さようなら……
- 52 :
-
レイは意識を閉じようとした。これからの短い時間に意味はなかった。
そのときだった。
胸の奥の何かが灯った。
かすかではあるが、あたたかい、ともしびのような何か。
その部分がまだだと告げていた。
まだ言うことがあると叫んでいた。
そうだ。
レイは目を開けた。
まだ。
まだ、わたしには。
わたしには、まだ、いかりくんに、いうことがある。
なんだろう。
レイは考えた。
必死に考えた。
こんなに考えたことはないというほど考えた。
しかし、胸のあたりに何かつかえているようで、どうしても思いつかなかった。手の届くところにあるはずなのに、何かが邪魔している。
レイは唸った。もどかしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
大事な言葉のはずだった。
言葉では完全には伝わらないが、しかし、同時に、言葉でなければ伝わらないもの。
これを言えさえすれば、何も思い残すことなく死んでいけるのに。
レイは、顔をくしゃくしゃに歪めた。おそらく、レイ以外の人間だったら泣いていただろう。だが、今まで泣いたことが一度もないレイは、今度も泣かなかった。あるいは、泣けなかった。
歯を食い縛って集中しているレイの耳に、みしり、という音が届いた。
エントリープラグが音を立てて軋んだのだ。ほんの僅かではあるが、亀裂が走り、それは徐々に大きくなっていく。LCLがその隙間から迸り出た。白い何かが見えた。
「待って! まだ……」
レイは身を起こし、叫ぼうとした。
その叫び声は、初号機がエントリープラグを噛み破った音でかき消された。
レイは、自らの両足がすりつぶされていくさなかでも、まだ、シンジに言うべき言葉を考えていた。
(続く)
- 53 :
- 乙っ!!
- 54 :
- ………えっ……いや、てか…その…えっ……
- 55 :
- キター!これからどうなんのか気になるぜ!脚がなくなってしまうようだが、ここから二人の関係がどうなるのか・・・
神事はすっげー自分を責めそう。
- 56 :
- 乙。残り1話か…悲しい
- 57 :
- 来てた!乙です!
- 58 :
- 頼む、さないでくれ!
- 59 :
- ちょ、とんでもない所で続くですか…
お、乙です……
さないでくれると嬉しい…
- 60 :
- 乙です!!!!
すみません、ひらがなモノローグにより目から汁が止まらないのだが
- 61 :
- 当たりですか…
- 62 :
- 新劇演出をさりげなく入れてるのがいいね
- 63 :
- 乙です!レイの言葉が届くといいな…
シンジとレイの結末はもちろんだがリツコの真意も気になる
レイを気遣う優しい発言もあるけど、犬を隠したりしてレイの変化を観察してることもあるし
- 64 :
- レイが感情を覚えていくことはレイが消える予兆だ、ということと同義ってのをどっかで見たな。
まさにそう思います。
- 65 :
- 乙です
死亡エンドじゃ無いよね…
- 66 :
- やだやだやだ
幸せになっておくれ
- 67 :
- 黒エンドは正月明け?
続黒はないの?
- 68 :
- 今年中に完結させる予定です・・・が最終話が長すぎなので分割して1話増やすことになると思います
続黒ってのは続編ってことですよね? 違うのかな?
残念ながら予定はないです・・・きれいに終わりますので(自分的には)
- 69 :
- 丁寧に返事してくれてありがとう
そっか、続はないのか
最終2話、楽しみにしてますよ
がんばってください!
- 70 :
- >>68
楽しみに待ってる
頑張れ
- 71 :
- >>68
年内中に完結か
怖くて楽しみで死ぬほど寂しいな
超応援してる!がんばってくれ!
- 72 :
- 黒レイ見終わったら俺はどうしたらいいんだ・・・・
- 73 :
- 君が新しい物語を作るんだよ
- 74 :
- 俺もがんばって書いてみよう
- 75 :
- 頑張れ!
- 76 :
- >>74
超頑張れ
- 77 :
- >>74
超応援してる
俺も頑張ってみようかな・・・
- 78 :
- >>74>>77
期待してるぜ!
- 79 :
- >>77もガンバレ!
- 80 :
- >>52
15.
夢を見ていた。
それはシンジとアスカが楽しげに喋っている横で、黙って俯いて座っているものだったり、逆に自分とシンジが公園のベンチに座って
ぽつりぽつりとお互いに呟くように語り合っているものだったりした。昔のことや最近のこと、楽しかったことや悲しかったこと――さまざまな夢を見た。
例の、赤木ナオコに首を絞められている夢も見た。
シンジとアスカが手をつないで、どこかに去っていく夢が一番悲しいものだった。レイも追いかけようとするのだが、全く前に進まず、下を見ると脚がなくなっていて、焦ってもがいているうちに二人はどんどん遠ざかっていく……。
あまりにおかしな状況のため、今は夢を見ているに違いないと思うときもあれば、次の夢を見て、ああ、前のは夢だったんだなと分かるときもあった。
だから、目をあけたとき、そこが現実なのかまだ夢の中なのか、レイには判断がつかなかった。
天井を見つめながら静かに呼吸を繰り返しているうちに、これは夢ではなく現実だろうという推測がゆっくりと確信に変わっていった。
注射針が腕にささっていたり、管が体中についている夢など見ないだろう。
横を見ると、いかにも大げさな機械がいくつも配置されていた。
うっすらとではあるが、明かりがついてる。
いや――やはりこれも夢なのだろうか? 確信は手のひらに落ちた雪のように急速に溶けていく。
レイは反射的に起き上がろうとして、自分にそれもままならない程度の力しかないことを思い知らされ、愕然とした。
起き上がるのはひとまず諦め、こうなった原因を探る。
――いったい、どうなって……。
現実での最後の記憶をたぐろうとするが、その瞬間、針で貫かれるような激しい頭痛に見舞われた。
「つっ……」
目をつむり、呻く。
身動きもできず、ものを考えることもできないとならば、できることは一つしかなかった。
レイはまどろみの沼の中に引きずり込まれていった。
- 81 :
-
□
リツコは不機嫌そうな顔で一向に鳴らない電話を睨みつけていた。右手にはタバコ、机の上にはコーヒーカップ。
やはりあのとき、徹底的に反対するべきだったのだ……。
何度目かの激しい後悔がリツコを苛んだ。レイが死んでも代わりはいる――いくらでもつくれる。その意味では別に死んでもよかった。
だが、彼女にとってはあのレイでなくては意味が無い。新しいレイではなく、今のレイでなくてはならないのだ。
さんざんレイを庇ってきたのが無駄になってしまう。
リツコは自分を落ち着かせるようにコーヒーカップに手を伸ばし、口をつけた。
口に含んでも、すっかりぬるくなっていることにしばらく気がつかなかった。
レイが即死状態でなかったのは奇跡に近いと医師は告げた。肌の浅黒い五十代の男で、これから行われるレイの手術の責任者だった。
医師の目にはプロに特有の、知識と経験に裏打ちされた諦めが色濃く表れている。
両脚が大腿のあたりまで完全に潰れ、腹部に破片が突き刺さって腎臓の片方が駄目になっていた。
右腕の上腕骨と右の鎖骨、および五番から七番までの肋骨が骨折していて、他にも無数の切り傷や打撲があり、大量の出血によるショック死まであと一歩というところまできていた。
実際、ショック死しなかったのが不思議なくらいだった、と医師は不思議そうな顔で言った。
それから咳払いすると、最善は尽くすがあまり希望は持てないだろうということを、婉曲に述べた。
「それでは困るわ」と、リツコは無表情を崩さずに言った。
ミサトと違い軽症で済んだリツコは、手当てもそこそこに駆けつけたのだった。痛みはあるはずだがそれはおくびにも出さない。
いつも通りの平静な態度――と彼女を深くは知らない人は思うだろうが、ミサトだったら実は苛立っていることに気がついただろう。
「彼女は、たぶん大丈夫。普通の人間より……そう、頑丈だから。まだ」
まだ? 医師はリツコの言葉に戸惑うが、取りあえずはうなずいて見せた。
「ドナーももうじき来ます」
ずいぶん手際がいいんですね、と医師は言おうとしてやめた。パイロットの重要性を考えれば、普段からドナーを「準備」しているのは当然かも知れない。それがなにを意味するのかは深く考えたくなかったが。
- 82 :
- 「脚も元通りにしてもらいます」
リツコの言葉に医師は数瞬、沈黙した。ドナーとは腎臓のことだと思っていたのだが、脚も含まれているらしい。素人にどうやって説明しようかと考え考え、
「……それは難しいですね。移植に関しては免疫拒絶の問題があります。確かに近年、免疫抑制剤の進歩により、臓器に関してはHLA――これは白血球の血液型みたいなものです――の
厳格なマッOは必ずしも必要ではありません。しかし手足は特に拒絶反応が大きいのです」
「他人の脚を移植するのではありません。彼女自身の脚です」
「彼女自身の脚……? 何を言ってるのですか?」医師は不可解な台詞に眉をしかめる。頭でも打ったのだろうか?
「スペアのパーツがいくらでもあると言ってるの」
医師の口がぽかんと開いた。スペア? 不可解どころか理解不能の言葉だった。
「し、しかし、たとえ拒絶がおきないと仮定しても、神経や血管を縫合しなければなりません。接着剤でくっつけるわけじゃないんですから。とてもじゃありませんが、医師の数が足りませんし、残念ながらその技量もありません」
「神経の縫合なんてしなくて結構。くっつけるだけでいいわ」
今度は医師は絶句した。
「そ、そんなことができるわけがない。患者をわざわざすようなものです」
「あら、希望は持てないといったのはそちらじゃないかしら? どうせ死ぬのならちゃんと四肢がついた状態で死なせてあげたいのよ。念のために言っておきますが、あなたには拒否権はありません。
これは命令です。ご存知のように我々は通常の組織ではないのですから、あなたが罪に問われることはありません。ご安心を」
「何を言われても、できないものは……」
医師の言葉はリツコの手に魔法のように出現したものに遮られた。病院に一番似つかわしくないもの――黒光りする拳銃の銃口が医師を睨んでいる。
「あまり手間をかけさせないで下さいな」
医師には「……分かりました」と答えるほかは無かった。
- 83 :
-
手術は成功したとの連絡はすでに入っている。そのときの医師の呆然とした声を思い出してリツコは含み笑いを洩らした。
「信じられない……。縫合したらみるみるうちに接合したんですよ。まるで強力なボンドでプラモデルを作ったみたいに。看護婦は失神しかけましたよ。いったい彼女は何なんですか……?」
「あなたは知らなくていいことです」
「それより……彼女はまだ生きてました。いや、彼女というのは、移植のために用意された、患者と瓜二つの"彼女"のことです。あれは患者の双子の姉妹では……?」
「いえ、違います。あれは人間ではありません。まだ、ね。そう……クローンと言えば分かりやすいでしょう。ですから先生は人の罪に問われることはありませんわ」
「クローン……」
「お話したように、意識はなかったはずです。言わば人形と同じ。それと、このことは内密に。外部に洩らしたら漏洩罪に問われますから」
「……話しても誰も信じませんよ。私からも一言……。あなたたちは一体何をしようとしてるんです?」
「もう一度言います。あなたは知らなくていいことです」
喋る心配はないだろう。レイの素体を切り刻むのはさすがに抵抗があったようだが……。
回想は電話の呼び出し音によって中断された。リツコには、取る前から待ち望んでいたものだと分かっていた。
やはり、レイが目覚めたという連絡だった。
- 84 :
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□
レイは驚異的な回復力を示した。集中治療室から一週間ほどで一般病棟に移り、そのときにはもう立って歩けるようになっていた。
骨折も身体についた無数の傷も、ほとんど治癒している。
担当の看護婦は風邪で入院したときと同じ女性だったが、あのときとは違い、滅多に話しかけてこないし、話しかけるときも表情は硬く強張り、
目にはある種の薄気味悪い生き物を見るような感じがあった。もっとも、当のレイは全く気にかけなかったが。
レイが再び意識を回復して、はじめて会った病院関係者以外の人間はリツコだった。
「心配したわよ、レイ」
「いったい何があったの? 私、記憶が途中で途絶えてる」
「そうなの」リツコは軽くうなずくと、経緯を語った。
「それで……碇君は無事なの?」
リツコはレイの瞳に隠しようも無い恐怖の色が浮かんでいるのを認め、満足そうに微笑んだ。すぐにその笑みを引っ込めると、
「怪我は一切無いわ。そういう意味では無事ね」
レイの全身から力が抜けるのが手に取るように分かる。
「……そういう意味では?」
「ええ。シンジ君は、……精神的なショックが大きくて……。今レイに会うのは彼のメンタルに良くないの。寂しいかも知れないけど、分かってちょうだい」
普段のレイならば、あるいはリツコの口調に隠された嘘を感じ取れたかも知れない。しかし、今の弱り果てたレイには無理な相談だった。
レイはそっとため息をついた。怪我がないというだけで十分だった。
「赤木博士、そろそろお時間です」
看護婦が顔を覗かせた。面会謝絶のところを無理を押しているのだ。長居はできない。
「では、またね、レイ。今は身体を治すことだけ考えるのよ」
リツコが去っていったあと、レイは天井をじっと見つめていた。
- 85 :
-
□
一週間ほど経ち、新たな面会者が訪れた。そこに予想しなかった顔を見て、レイは少し驚いた。
「あなたは……」
レイは記憶を探る。不精髭を生やした一見軽薄そうな男。
「加持リョウジ、だ。忘れられちゃったか。女の子には覚えていてもらう自信はあるんだけどね」加持は口とは裏腹に、傷ついた様子もなく名乗った。
「何しに来たの」レイはそっけなく言う。その目には加持に対する興味のかけらもない。
「何しに来たのって、こりゃひどいな」加持は苦笑した。「もちろんお見舞いさ。病人に会いに来るのに他の理由があるかい?」
レイは黙ったまま返答しない。
「葛城もアスカも心配してたぞ。ずっと面会謝絶だったからな。葛城も今日あたり来るんじゃないか?」
「そう」またしてもそっけなく答える。
「つれないね。それとも葛城や俺だから、かな? シンジ君と会いたくないかい?」
レイの頬がかすかに動いた。おかしな言い方だった。わざわざ会いたくないかと訊くということは、普通では会えない状況にあることを意味するのではないか?
そう言えばリツコの口ぶりも奇妙だった。
「碇君に何かあったの?」
加持は病室の隅にあった椅子をもってくると、椅子の背を前にして座った。
「別に怪我をしたわけじゃないから、安心してくれ。シンジ君は今特殊な場所にいる。昔風に言うと、営倉だな。……と言っても分からないか。軟禁ってやつだ」
「……どうして?」
「君との戦闘のあと、ちょっと暴れたからさ。まぁ、生身の身体で暴れたんなら良かったんだがね。初号機で暴れちまった」
「……」
「司令もだいぶお怒りでね。シンジ君も謝らないから、ぶち込まれたって訳だ。いや、ぶち込まれたというか、半分自分から入ったようなものだな。まぁ、ある種の親子喧嘩だな、あれは」
リツコが言葉を濁していた理由が分かった。レイは掛け布団を跳ね上げた。
「行く」
「おいおい、無理するなよ。まずは身体を治してから……」
「身体はもう大丈夫」
レイは身体を起こすと、ベッドから降りた。ふらつく身体を必死にまっすぐにする。
「今すぐ連れていって」
- 86 :
- 「いやいや、今日は無理だ。軟禁されてる人間に突然会いにいってはいそうですか、というわけにはいかない。今回ばかりは司令もお怒りだしな」
「……」
「なに、別に生命の危険がさらされてるわけじゃないし、シンジ君も逃げやしないさ。そうだな……じゃあ、明日でどうだ? そう言うと思って、
実は先生のほうには外出許可を取ってある。長時間でなければ外出しても大丈夫だとさ」
レイは口を開きかけたが、結局黙ってうなずいた。妙に手際がいいが、シンジに会わせてくれるなら意図はどうでもよかった。
加持は明日来る時間を告げると、それじゃ、といって出て行った。
ミサトが心配そうな顔を見せたのは、それから一時間後だった。
□
予想に反して、シンジが軟禁されている部屋はそれほど下の階ではなかった。
もっとも、特別な許可がないと使用できないエレベーターに乗る必要はあったが。
看守は、何かの間違いで自分はここにいるのだという顔をしている、白髪が目立つ初老の男だった。
加持は看守と一言二言話し合い、身分証明書を見せ、次に書類を取り出して渡した。看守はテストを採点する教師のような熱心さで書類をチェックすると、深々とうなずいて鍵を取り出した。
久しぶりに人間と話すことができてほっとしているような感じもなくはなかった。
看守を先頭に、独房から連想される陰惨な雰囲気というものがまったくない、チリ一つ落ちていない明るい廊下をしばらく歩き、奥から三番目の部屋で立ち止まった。
看守は扉を拳でトントンと叩いた。
「碇君。君に会いにきた人がいるよ」
「え……」ベッドに寝そべっていたシンジは、億劫そうに立ち上がると、ベッドの縁に腰をかけた。「誰ですか……? 僕は今誰にも会う気はありません」
「やあ、俺だよ、シンジ君。綾波も来てる」
「綾波!?」シンジはまるで電流を流されたように立ち上がった。
レイは看守に顔を向けて、「開けて」と冷たい口調で言い放つ。
「残念だけど、規則でね」看守は首を振った。
「まぁまぁ」何か言い募ろうとするレイを手で押さえるフリをして、口を挟んだのは加持だった。看守の肩に手を回して、少し離れたところまで誘導する。
「別に人を犯した凶悪犯ってわけじゃないんだし、大目に見てもいいんじゃないですかねぇ?」
「いや、しかし……」看守は渋い顔をする。
- 87 :
- 「そもそも使徒と体を張って戦ってるのはあの子たちですぜ。簡単な話、もしあの子たちが戦うのはもう嫌だって言えば俺たちは死ぬってわけだ」
年のわりに皺が目立つ看守の顔が不安げなものに変わっていく。
「おたく、子供は?」
「ああ、いるが」
「いくつ?」
「高校生の息子がいるよ。来年受験だ。このご時世じゃどうなるか分からんがね」
「なら碇司令の息子とそれほど歳は変わらないな」独房にいる中学生が司令の子息であることをさりげなく思い出させる。「自分の子供がこんな部屋に閉じ込められている様を想像して欲しい」
看守の顔はため息をついた。妙に似合う仕草だった。
「何かあれば俺の名前を出していいから、頼みますよ」
少しの間考えている風だったが、腕時計を見て、唐突に、「そうだ。この時間は独房の中の検査をする時間だった」と言い出した。
それから扉の前まで行くとカードキーで電気ロックを解除し、「いかん。トイレに行きたくなった。歳を取るとどうも近くなっていけない。少し時間がかかるかも知れないな」とぶつぶつ呟きながら扉を開けたままにして立ち去ってしまった。
「……ということだ」加持は肩をすくめると、レイにうなずいてみせた。
レイは「ありがとう」と言うと、中に入っていった。
「ありがとう、ね。こりゃ驚いたな。そんなことを真面目な顔で言う子には見えなかったがね」
加持は中を覗き込み、レイとシンジが話しているのを見届けると、その場から離れ、廊下のはじまで行って携帯を取り出した。
「ああ。俺だ。首尾よくいったよ。……なぁに、キューピッド役もたまにはいいものさ。じゃあまた今度、飲みにでもいこう。できれば二人きりで」
連絡を終えると、加持は壁に背をもたせかけて呟いた。
「さてさて、彼女もどういうつもりなのかな。まさか本気でキューピッドになるつもりでもないだろう」
- 88 :
- 「あ……綾波」シンジはレイが部屋に入ってくると、はじかれたように後ろに下がった。目は大きく見開かれ、過呼吸になったように激しく肩を上下させて息を吸っていた。
それから糸の切れた人形のように床に膝と手をついて、泣き出した。
「綾波……ごめん……僕は……」
レイはショックを受けていた。窓越しでもそのやつれぶりは分かったが、こうやって改めて対面してみると、その消耗ぶりは痛々しいほどだった。
頬はげっそりとこけ、ただでさえ繊細な顔立ちを一層弱々しいものに変えていた。黒目がちな目に差す翳は、精神のバランスが崩れる一歩手前を示しているように思われた。
レイの胸がきりきりと刺すように痛む。泣きじゃくるシンジの前に膝を着いて、茫然とシンジの白いうなじを見つめた。
何を言えばいいのか分からなかった。ただシンジが泣くのは見たくなかった。
「もう泣かないで。私は大丈夫だから」
シンジは顔を上げた。
「怪我……したって聞いたけど……」
「ちょっと。もう大丈夫」
シンジは涙を拭うとレイの姿を上から下まで何回も見つめた。まるでレイが幻で、目を離すと消えてしまうとでもいうように。
「よかった……」そこでシンジは笑おうとしたが、表情は強張ったままだった。「綾波に……会わせる顔がないよ」
「どうして?」
「だって、綾波に怪我をさせたのは僕なんだよ」
「それなら、おあいこ」
「え?」シンジはきょとんとした。
「だって私も碇君をそうとしたんだから」
「それは……違うよ。綾波は使徒に操られていたんだ。だから綾波のせいじゃない」
「それなら碇君も同じことじゃない。ダミーシステムが動いていたのだから」
シンジは納得のいかない様子だった。「で、でも……」
「あまり、自分を責めないで。碇君は悪くない」
レイの言葉を聞くと、シンジは俯いて、そうだ、と言った。
「父さんが……。悪いのは父さんだ。僕には綾波が正気に戻るのが分かってたんだ。もう少し待ってくれれば良かったのに。なのに……」
レイはかぶりを振った。「司令の判断は正しかった。もしかしたら私はぎりぎりのところで元に戻れたのかも知れない。だけど、もしそうじゃなかったら……私が碇君をしていた」
「いいよ、その方が! 綾波をすより僕が死んだ方がいい」シンジは悲鳴に近い声を上げた。
- 89 :
- 「それは違う。碇君が死んだら私を止める手段はなくなっていた。人類が滅んでいたわ」
「それは……」シンジは何を言えば伝わるのか必死に言葉を探している。「それは理屈だよ。いくら正しくても感情は違う。僕は……僕はどうしても父さんが許せないんだ」
俯いたシンジの目から、また涙がぽたぽたと垂れてくる。
レイはシンジの手を取って強く握りしめた。シンジははっとして顔を上げた。
「碇君」レイはシンジの目を覗き込む。「碇君は、誰かを憎んだり恨んだりしては、だめ。私は……」
そう言うと、まるで落ちている言葉を拾うようにいったん下を向いた。それからまたシンジの目を見て、断固とした口調で言った。
「私は碇君にいつも笑っていて欲しい。私には碇君みたいに笑えないから。それっておかしい?」
シンジは目を瞬かせてまじまじとレイを見つめた。
「綾波……。僕が言ったこと、覚えてる? 本当は綾波は優しい性格なんだってこと。やっぱり僕は間違っていなかった」
「いえ、違う。人は他人の中に自分の姿を見るの。まるで鏡を見るように。碇君が私のことを優しいと思うのは、碇君が優しいから」
司令のことを許せないというのは、本当は自分が許せないということなのよ――とは言わなかった。
「そう……かな。難しいこと言うね、綾波は」
ちょっと困った顔をするシンジの顔を見ているうちに、ふと何かを思い出しそうになった。
「どうしたの?」
「いえ……。何か、碇君に言うことがあったような気がする」
「何かな?」
「それが……分からないの。でも、大事な……とても大事なことということだけは分かってる」
「色々あったから、しょうがないよ。ゆっくりでいいと思う」
「そうね」と、レイは言った。
沈黙の天使が二人の間をゆっくりと通り過ぎた。
シンジが咳払いをして、言い辛そうに、
「……綾波」
「え?」
「その……手が……」
「あ」
レイは慌てて手を放す。顔が少し赤くなっていた。
- 90 :
- 「どうだ。積もる話は済んだかい?」
ちょうどいいタイミングでひょっこりと加持が顔を出した。
「ええ」レイが立ち上がった。「行きましょう、碇君。こんなところにこれ以上いる必要はないわ」
「いや、さすがにそういうわけにはいかないな」加持は苦笑した。
「うん。加持さんの言うとおりだよ。強引に出たら看守のおじさんにも迷惑かけちゃうし。結構僕によくしてくれたんだ」
レイは少しの間黙って考えていたが、「じゃあ、司令にかけあってくる」と言った。「司令の許可があればいいんでしょう?」
「まぁ、そうだな。あとはシンジ君の意志だ。どうだい、シンジ君」
「ええ、僕は……僕も、大丈夫です」
「少し待ってて、碇君」レイは静かに言った。
ゲンドウは書類から顔を上げ、驚きを示す、眉毛を数ミリ程度動かす仕草をしてみせた。
扉の前には、いかつい警備員の横にいるせいで普段よりも小柄に見えるレイの姿があった。いつものように背筋をぴんと伸ばし、滑るような足取りでデスクの前まで来る。
「レイ。もういいのか」
「はい。私は大丈夫です」
「そうか。無理はするな」
レイはそれには答えず、単刀直入に切り出した。「司令。碇君を出してください」
「シンジ……初号機パイロットは罪を償っている最中だ。あれのやったことは……」
「碇君も反省しています。お願いします」
レイは頭を下げた。
ゲンドウはレイを黙って見つめていた。ゲンドウが驚愕していることが分かるのは、冬月くらいのものだろう。次の言葉が発せられるまでいくばくかの時間がかかった。
「分かった。手続きはとっておく」
ありがとうございます、とレイは答えた。
レイが出て行くと、ゲンドウは椅子の背もたれに背中を預け、臍のあたりで手を組んで目を閉じた。
- 91 :
-
本部から出て病院に帰る途中、アスカとばったり会った。加持に仔犬のようにまとわりついている。
レイを見ると、加持は露骨に助かったという顔で、「お、用事は済んだか? その様子だと司令の許可は下りたらしいな。じゃ、病院に戻るか」
アスカは加持の腕から手を放し、目を丸くする。「ファースト! あんた……もういいの? 酷い怪我だったって聞いたけど……」
頭から爪先までレイを眺め回し、「その様子だとそんなに大した怪我じゃなかったみたいね」
ほっとした雰囲気だった――と他人が指摘したらアスカは烈火のごとく怒りだしただろう。加持はもちろん何も言わず、無言でニヤニヤするだけだった。
「ええ」
レイはそう言ったものの、実際自分の怪我がどんな程度だったのか知らなかったし、興味もなかった。今こうして歩ければそれでいいのだ。
「そ。……あー」アスカは言いづらそうに口ごもる。「まぁ、何ていうか……色々あって落ち込んでると思うけど――あ、いや、落ち込んでるってのは
あんたじゃなくてシンジのほうよ。あんたは落ち込むってタマじゃないし――」
アスカはそこで一旦言葉を切ると、咳払いをして、「あーもう! 私が言いたいのは、要するにあいつを元気付けてやりなさいってこと! あんたしか出来ないことなんだからさ!」
レイは小首をかしげた。「私だけしか出来ない?」
「そうよ! 分かる?」
目をぱちぱちと瞬かせてレイは「……分かったわ、惣流さん」
「そっ……惣流さん……?」
目が点になって立ち尽くすアスカを後に残し、レイは少々ふらつく足取りで加持と一緒に病院に戻っていった。
- 92 :
-
□
こうしてシンジは復帰した。学校はなくなり、子供たちは家庭教師をつけられて勉強することになったり――アスカとレイは拒否したため、シンジだけだったが――、
シンジの心には傷跡が残り、悪夢を見て夜中に跳ね起きたりすることはあるもの、おおむねいつもの日常に戻ったように思われた。
起こったことを考えれば、誰にとってもまずまず文句のない展開と言えた。
特に、赤木リツコにとっては理想的とさえ表現してもいいくらいだった。
リツコはタバコを口に銜えたままモニターをチェックしていた。タバコの煙越しのため、目を細めて見ている。
レイのシンクロ率を見る。案の定、以前よりかなり低く、何回テストしても低いままだった。
部屋に誰もいないときを見計らって、もっと上げるように指示すると、レイは戸惑った様子で、自分でも分からないがもう自由にシンクロ率を操作できなくなった、と告げた。
嘘をついてるようには見えなかったし、その理由もない。
つまり――。
「さて、と。いよいよね」タバコを灰皿に押し付けた。手に力が入っていることに気がついて、苦笑した。やっとこの日が来たのだ。力が入って当然かも知れなかった。
「お姫様は王子様と末永く仲良く暮らしました――。そんなことが通ると思ってるの、レイ? そうはいかないわよ。あなたにはハッピーエンドは似合わないし、私が許さないわ」
リツコは受話器を取り上げた。
さあ、いよいよ――
復讐の時間が、はじまるのだ。
(続く)
- 93 :
- おおGJです!
- 94 :
- 乙でやんす!
リッちゃん(((((;゚Д゚)))))ガクブル
- 95 :
- ぎぃやああああ
乙
- 96 :
- きたー!おつ!
- 97 :
- 本当に乙
心から感謝
いよいよ最終話だな
がんばってくだしあ
- 98 :
- ゲンドウよりおっそろしいリっちゃんを見てしまうのか!
こりゃたまらんでゲス
- 99 :
- 使徒より恐いリツコたん
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シンジ×冬月
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ミサトシンジの小説投下スレ
アスカと綾波がコンビニ店員だったら
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