2011年10月1期創作発表コメットは行方知れず ガンダムパロ
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コメットは行方知れず ガンダムパロ
- 1 :11/10/30 〜 最終レス :11/11/26
- 6月から8月にかけて、某版で書いていましたが、
オチたので、引越ししてきました。
ガンダム世界を背景にしたSF・スペオペパロです。
- 2 :
- 前回までのあらすじ
UC 0113
1年戦争から30年余り、いくつかの紛争を経ながらも、人類は宇宙に定着しつつあった。
スペースノイドの自治独立の運動は、水面下のものとなり、宇宙に住む人々は連邦の
支配を、せんなきことと受け入れていた。
1年戦争は、現実から娯楽へと転じ、1年戦争時代のムービーが制作され、
ジオン公国は、敵役としての人気をもつことにさえなった。
そのような中、宇宙世紀が始まって以来、救急医療と民間宇宙船護衛を担ってきた
【ブルークロス】に一つの依頼がなされた。
アナハイム社とその提携会社インストリウム社が、新型のモビルスーツを月から火星に運ぶ輸送船を護衛してほしいと言ってきたのだ。
- 3 :
- 【ブルークロス】の第一デビジョンの主艦艇、【ケイローン】はそれを受け、輸送船【ニルヴァーナ】を
護衛することとなった。
【ケイローン】には「ブルースクロスの赤い彗星」と呼ばれる男がいた。
奇しくも、金髪碧眼のその男は、名前もレーヴェ・シャア・アズナブルと言った。
航海が始まって数日後、最初の襲撃行われる。しかしそれは、ブラフであった。
【ニルヴァーナ】に乗る依頼主の代理人が、新しいモビルスーツのテストをするために仕掛けたものであったのだ。
その代理人とは、かつての【ブルークロス】のメンバーである女性アティアとイリーナだった。
- 4 :
- 擬似襲撃の後、【ブルークロス】のメンバーは、アティアの養子である双子(タケルとミコト)にMSの訓練と【ブルークロス】のニュータイプ能力を覚醒させる特殊なメソッド「スカイウォーカー・プロセス」をほどこしながら、
【ケイローン】と【ニルヴァーナ】は火星へと向かっていた。
登場人物紹介
レーヴェ・シャア・アズナブル大尉
モビルスーツのパイロット (エース)
【ブルークロス】の「赤い彗星」の異名をもつ。本物のシャアに酷似した容姿を持っている
あだ名にふさわしく、卓抜したモビルスーツパイロットである。
オリビエ・ジタン大尉
モビルスーツパイロット
レーヴェと双璧をなす【ケイローン】の現エース。ピンクに染めた髪と丸い眼鏡をしている。
その戦いぶりから【逃げのオリビエ】とも言われる。レーヴェとは【ブルークロス】入隊の
同期でもある
ロレンツォ・オルシーオ大佐
【ケイローン】の艦長 ブルークロスのカエサルと呼ばれる。
モビルスーツおよびジオンのマニア。その熱中振りはすさまじく、 シャアのアクシズ時代の写真やスイートウォータでの動画ももっているとのこと。レーヴェに特権を乱用して、赤い服を着させている
やや、パワハラな上司。強面の外見とは裏腹に、博覧強記でロマンチスト。
ジュール・セイエン中佐
【ケイローン】の副長 やや長めの黒髪と黒い瞳
物柔らかな物腰の裏にカミソリのような顔を隠しもつようなオルシーオの右腕。だた、オルシーオのマニアぶり には、少々ついていけないようである。祖先は日本の中華街にいた。 アティアとは過去になにやら因縁があり。
- 5 :
- アティア・セラマチ
元、【ブルークロス】の第一デビジョンのメンバー。
機械工学と医療技術のエキスパート。今回の仕事の依頼主の代理人でもある
イリーナ・スルツコヴァ
元【ケイローン】のエースパイロット
アティアのガードとして、【ブルークロス】に入隊した
レディ・ハリケーンと呼ばれていた、赤毛に緑の瞳を持つ長身の美女
アーサー・クロード大尉
モビルスーツパイロット(ケイローン所属の4つのMSチームの隊長の一人)
シャアの反乱時に年をごまかし、ジオン軍でパイロットをしていた。かなり好奇心旺盛で
向こうっ気が強い。
セルゲイ・ミハイロフ大尉
モビルスーツパイロット ロシア系日本人
190を越す長身の精悍な男だが、幼いころは日系の小学校でラジオ体操を行っていた。
ドバイの末裔のダカール攻撃時は連邦に所属。落ちついた外見の割には、お茶目なところ
もある。
タチアナ・ミハイロヴァ
モビルスーツパイロット セルゲイの妹
【ケイローン】のパイロットチームの紅一点。イリーナと仲がよい。
ドクター・サキ
【ケイローン】の医療部の長
救急医療が本来の目的である【ブルークロス】では、絶大な影響力を持つ。
アティアのブルークロスでの後見人だった。
タケル・セラマチ
ミコト・セラマチ
アティアの子供(ただし、養子)
【ケイローン】でモビルスーツの訓練を行っている。
- 6 :
-
ミコトとタケルの新型モビルスーツ、ビリディアンを6体のモビルスーツが取り囲んだ。
レーヴェとオリビエのパイロットチームの六人である。
そのうちの2体には、ロドリゴとウェルが乗り、アティアとイリーナを同乗させていた。
午前中に行われた【スカイウォーカー・プロセス】は順調で、数度プロセスを踏めば、サイコミュ搭載機に双子を乗せることが
できると、セイエン副長は結論づけた。
その前に、新型とはいっても、サイコミュ搭載のないビリディアンに乗せておこうというわけで、初の機乗となった。
【ケイローン】と別れた後も、双子はビリディアンタイプのモビルスーツに乗ると聞いたせいもある。
- 7 :
- ミコトとタケルは出力を最大限に落とした、ビームサーベルを取り出した。
軽くサーベルを触れ合わせ模擬戦が始まる。
予想通り、ミコトが先に動いた。
一気に近寄り、相手の胴をなぎ払う。
タケルの機体は攻撃を左に避けて、出されたマニピュレーターを狙った。
ミコトが身を引いてサーベルでそれを防いだ。ビームサーベルが強くぶつかり合う。
タケルのサーベルが跳ね返されたが、果敢にタケルは相手の機体の下にもぐりこもうとした。
それを嫌って、ミコトが上方へと跳んだ。
タケルのサーベルが垂直にあがった。
ミコトが反転して背後を取る。
サーベルが振りかぶられ、タケルのモビルスーツに叩き込まれた。
サーベルはタケルのモビルスーツの肩部をかすって、光を放つ。
直撃はしていない。振りかぶった分だけ動作が遅くなり、タケルに避ける余裕を与えたのだ。
ミコトは攻勢を緩めない。
タケルは攻撃を受け、流し、相手の隙を狙っていた。
・・・だが、突然、二人の動きが停止した。
周りを取り囲んでいたモビルスーツが一斉に動きだしたからだ。
- 8 :
- 『10時の方向に、戦艦らしき高熱源体あり。「ニルヴァーナ」に向かって進んでいます』
【ケイローン】からの緊急連絡が入った。
同時に、一条の閃光が、円陣を組むモビルスーツの間を貫いた。
場の空気が、一気に戦場のものへと変わる。
続けざまに、ビームが打ち込まれた。視認すると黒い影のようなモビルスーツが
3体、虚空の中に浮かんでいた。
「ウェル、ロドリゴ、双子を連れて【ケイローン】へ戻れ」
ビリディアンをかばいつつレーヴェ・シャアは指示を出した。
オリビエとクロム、そしてマシューが敵との間の壁になり、アティアとイリーナを乗せた
モビルスーツ「アシモフ」を後方へ下がらせた。
『ニルヴァーナより通信。モビルスーツ4機とモビルアーマ2機に攻撃を仕掛けられているよし
至急救援を請う』
ミノフスキー粒子がまかれ始めたのだろう。【ケイローン】からの通信は後半が聞こえづらかった。
「レディ達をお送りしたら、自分のモビルスーツに乗って戻ってこいよ」
その中で、オリビエがロドリゴ達にむけた通信が入った。
アティア達が離脱するのを確認し、レーヴェも出力を最大にして通信を行う。
「オリビエ、ここは任せる。クロムついてこい」
三対二だが、オリビエとマシューの腕なら互角以上と見て取ったレーヴェは、
最大速度で【ニルヴァーナ】へと向かった。
- 9 :
- 【ニルヴァーナ】は弾幕をはり、敵襲をかわしていた。その中でアーサー達が、7機の敵機と
戦闘をしている。
レーヴェは【ニルヴァーナ】に取り付こうとしているモビルスーツに向かって
ビームライフルの引鉄を引く。
レーヴェの放った閃光は見事に敵の左手部を捕らえた。
「何?」
通常ならば、敵機のマニピュレーターはもぎ取られるはずだった。
「対レーザー装甲を備えているのか」
レーザーを拡散させる機能を持っているモビルスーツならば、接近戦でカタをつけるしかない。
瞬時に判断し、レーヴェは【ニルヴァーナ】の砲撃を避けながら、敵に近づいた。
- 10 :
- こちらが近づくのを察知しているだろうに、敵機はこちらを向かない。
よほど自らのモビルスーツの装甲に自信があるらしい。
この距離なら、対レーザ装甲といえど、損傷を与えられると判断した
レーヴェは再び引鉄を引いた。
敵のモビルスーツが反転して攻撃を避けた。ふりむきさまにレーヴェに向かって、レーザー
ピストルが打ち込まれた。
速い。そして正確だ。
攻撃を予測していたにも関わらず、レーヴェはギリギリのところでしかよけられなかった。
相手の意識が、【ニルヴァーナ】からレーヴェへと移ったのが分かる。
身体を押し戻されるような感覚がレーヴェを包んだ。
精神の圧力に抗い、レーヴェはライフルを、みたび撃った。
かわされた。が、それは承知の上だ。その隙にレーヴェは敵機との距離をつめた。
手足の4つの間接部に狙いをさだめ、つづけざまにライフルを発射する。
相手も同時に撃ってきた。
二発はかわされ、二発は的中した。狙った関節部ではなく、肩と腰にだったが。
しかし、レーヴェも左のマニピュレーターに着弾を許していた。
おそるべき正確さである。
敵はレーヴェのライフルを撃つ反動さえ、計算していたのだ。
- 11 :
- 「ファンネル」
レーヴェは搭載されているファンネルを繰り出した。
普段はほとんど使用することのないファンネルを。
6つの光が敵を襲う。
光が交錯し、黒と見えていた相手のモビルスーツが、深く濃い、黒紅色であると知れる。
6条のビームが繰り出される中を敵機はくぐりぬけ、こちらへと向かってきた。
黒紅のモビルスーツのビームアックスが、繰り出された。シールドで防いだレーヴェは、
サーベルを突き出した。互いの距離が近すぎて、ファンネルはもう使えない。
装甲の厚さは向こうが上だが、機動力ならこちらが上。
持ち前の敏捷さで対応しながら、攻守を交える。
しかし、アックスのパワーに押され、レーヴェのサーベルが、機械の手ごと吹き飛ばされた。
敵の気が高まった。
「来る」
レーヴェは身構えた。
- 12 :
- …二時間近くほっとかれてるから、ここまでで一区切り、でいいのか?
とりあえず引っ越し乙。
ここのガンダムスレもよろしく。
- 13 :
- >12 ガンダムスレ いつも楽しく拝見しています。
そちらに投下しようかとも思ったのですが、話自体、長いので、
独立スレを立てました。
某版で、書いていた分を構成しなおしつつ、新しく書いていくつもりでおります。
AGEで、模擬戦中の敵機襲来とステルス性能シーンを見て、
それまで書いていたもの、これから書こうとしている設定が似ているかもと
興がっています。
つたない文章ではありますが、おおらかな気持ちで、読んでいただければ幸いです。
- 14 :
- だが、予想していた攻撃は来なかった。
ふいに相手からの圧力が遠のく。黒紅のモビルースーツはレーヴェのコーラルペネロペー
を飛び越えて、戦線から離脱し始めた。
敵をほふったオリビエとマシューが到着し、【ケイローン】も砲撃が届く距離まで近づいていた。
レーヴェが相手をしていた黒紅のモビルスーツが威嚇射撃を放ち、【ケイローン】のモビル
スーツ隊と自分の味方の機体を引き離した。
敵のモビルスーツが次々に撤退を始めた。
【ケイローン】のモビルスーツ隊は追わなかった。
レーヴェ達の任務は【ニルヴァーナ】を護衛することで、襲撃者の殲滅ではなかったからだ。
「あれは、クローノスか」
遠ざかる敵機の後背をモニターで見ていたオルシーオが低くつぶやいた。
「やはり、といったところですか?アティア」
セイエンは後方に座っているアティアとイリーナを振り返った。
二人は、双子をモビルスーツデッキのクルーに預けて、ブリッジへと上がってきていた。
アティアが唇の端だけをあげたアルカイックスマイルでセイエンに答えた。
「敵は撤退したようですね」
イリーナが言った。
「ミノフスキー粒子が拡散したら、【ニルヴァーナ】に連絡を取りたいので
よろしくお願いします」
「それはかまわんが」
オルシーオが答えると
「ありがとうございます」
とアティアが礼を言いながら、席を降りていた。イリーナもだ。
「どこへ行くつもりですか?」
ブリッジを出て行こうとする二人にセイエンは声をかけた。
「ミコトとタケルのところに。それから【ニルヴァーナ】と連絡が取れたら、
向こうへ戻ります」
この状況の説明もしないでですか?と言いかけてセイエンは途中で止めた。
守秘義務をたてに彼女は何もいわないだろう。
ブリッジにいるのは古参のクルーばかりだ。クライアントの事情など知らなくても
任務を遂行するのが当然と思っている。
セイエン自身も常ならばそうしてる。
- 15 :
- そもそも、この依頼は初めから不可解なことが多すぎた。
始まりは、アナハイムとの技術提携を結んでいるインストリウム社が
テロの標的になるかもしれないという、【ブルークロス】本部からの情報だった。
インストリウム社と【ブルークロス】は、警護の多年度契約を結んでいる。
セイエンはオルシーオ艦長と計り、資材調達の名目で、レーヴェ・シャアとオリビエ・ジタン
の二人を月のグラダナのインストリウム社へ送り込んだ。
結果、インストリウム社は、アナハイム社と共同で民間警護用の新型モビルスーツを開発しており、
その新型を近々火星へ運ぶ手はずになっているという。
その行程で、テロのもしくは強奪の標的にされる可能性を鑑み、アナハイム社とインストリウム社が
【ブルークロス】へ護衛を打診してきた。
しかし、護衛を任されたにも関わらず、輸送船【ニルヴァーナ】への【ブルークロス】のメンバー
搭乗は守秘義務を盾に拒否されていた。
・・・ちりちりとした焦燥感がセイエンを包んでいた。
そして、同じように、レーヴェ・シャアも【ケイローン】に帰投しながら、
この襲撃の意味を考えていた。
- 16 :
- 「オリビエ・ジタン」
「レーヴェ・C・A」
「「ただいま帰艦しました。」」
二人はブリッジの中央に座しているオルシーオ艦長とセイエンに敬礼をしてきた。
「積荷の詳細はすでに資材管理班に報告済です」
セイエンは軽くうなずき、二人に問いかけた。
「グラダナの様子はどうでした?」
「いたって平穏でしたよ」とオリビエ。
「キャッチしたテロ計画はガセということですかね」
セイエンは首をひねった。
「いえ、その情報はほぼ正確でしょう」
とレーヴェが言った。
「ただ、テロは本社を狙ってのことではなく、」
レーヴェが言葉を継ぐ前に、オリビエがオペレーターに情報用ディスクを渡した。
ディスプレイに一隻の宇宙艇が映し出された。
「二日後にグラダナから出港予定の【ニルヴァーナ】です」
「この船にアナハイムとインストリウム社が技術提携をして開発された新型モビルスーツが載せられるということです。
おそらくこのモビルスーツの奪取がテロリストの目的と思われます」
- 17 :
- 「新型モビルスーツか」
今まで黙ってレーヴェの報告を聞いていた艦長が身を乗り出した。
「うーむ。どんな姿で、どんな性能なんだろうな。見たいし、触りたいし、乗りたいもんだ」
根っからのモビルスーツ好きのオルシーオならではの感想だった。
ミドルネームとファミリーネームが、シャア・アズナブルという名を持ち、
外見も金髪碧眼のレーヴェに、本来ならグレーに青が差し色の隊服を
わざわざ私費を投じて赤い差し色の隊服をあつらえて、強引に着せているオルシーオ艦長である。
少年のようなやや上ずった声を上げる艦長を無視してレーヴェが、セイエンに向かって話を続けた。
「乗せられる機体は6機。2対一組で、やや仕様がちがうそうです。技術者がそっと漏らした情報では
最新鋭とされる機体より、1.25倍の性能をもつとか」
「発注者は?」
セイエンは尋ねた。
「発注者の情報は、契約上機密扱いということで教えてもらえませんでした」
ですが、とレーヴェが続ける。ディスプレイの画面が切り替わり【ニルヴァーナ】の予定航路が示された。
「目的地は火星か」
「正しくは、火星の衛星、デイモスです。【ニルヴァーナ】はその後、火星まで降りるそうです。インストリウム社およびアナハイム社は我々にグラダナからデイモスまでの護衛を依頼してきました」
「火星までではないんだな」オルシーオは言った。
「デイモスにつけば迎えがくる手はずだそうです」
- 18 :
- 「先方の提示額は?」とセイエン。
またディスプレイが切り替わり、0の並んだ数字が現れた。
ヒューと誰かが口笛を吹いた。
「一台につきこの金額を払うということで、購入費の約10分の1らしいですよ」
「並みの新品モビルスーツの倍ですか。さすが新型ですね」
「新型の画像(エ)はないのか?」
オルシーオ艦長が期待をこめた目でレーヴェを見た。
「残念ながらそれも機密だそうです」
「なんにせよ、上の指示もありますし、これを受けないという手はありませんね」
【ブルークロス】はもともとが、宇宙での救急医療行為を目的として設立された組織であった。
とある企業が税金対策のため、非営利的組織として立ち上げたのだ。
自己防衛のため武装するようになったのは、宇宙世紀の始まりの日のテロとそれに続く
小競り合いのためだった。
それが、医療だけではなく、護衛とカウンターテロを売り物にする
「宇宙(そら)の傭兵」と言われる特質を備えはじめたのは、地球圏を二つに割った1年戦争が
きっかけだった。
その頃、連邦の宇宙軍を含む公的機関は、対ジオンとの戦闘で、民間航路の警護もままならなくなっていた。
持ち前の自己防衛能力を持つ【ブルークロス】に各企業が目をつけ、連邦に働きかけた結果、
民間軍とも言うべき戦闘能力を備えた警備組織として機能し始めたのである。
その中で、基本、クライントの依頼を受けるか受けないはデヴィジョン単位で決定される。
あまりに無茶な要請は断る自由もあるのが【ブルークロス】の傭兵と呼ばれるゆえんだ。
「もちろん、新型モビルスーツを拝む機会を逃すものか」
うれしげに艦長が言った。
「すみません。通常なら護衛する船に我々も乗り込むところなんですが、情報漏えいを防ぐために【ニルヴァーナ】への乗船は非常時のみという話でした」
心からガックリきた顔で、艦長は肩を落とした。
- 19 :
- 【ニルヴァーナ】と月を出港してから11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「前方に熱源体発見。数、8機、うち5機がモビルスーツと思われます」
月を出航してから、11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「第一戦闘配備、各員持ち場へ急げ」
オルシーオ艦長の声が響く。ブリッジにいたオリビエとレーヴェ・シャアはモビルスーツデッキへと降りていこうとした。
「まて、俺も行こう。セイエン、指揮は任せる」
身軽に艦長席を降りて、オルシーオは言った。
「艦長!!!」
制止するセイエン副長の声。
「たまには実践させろ。体がなまっちまう」
言い捨てて、艦長は二人と共にモビルスーツデッキに降りた。
「ロレンツォ・オルシーオ、ガイウス、行くぞ」
オルシーオ艦長を先頭に次々と【ケイローン】のモビルスーツがカタパルトから飛び出していく。
「アーサー・クロード、ガズエル・改、行きます」
「リック・ディアスV、オリビエ・ジタン、出るよ」
「レーヴェ・C・A、コーラルペネロペー出るぞ」
数キロ先を行く【ニルヴァーナ】に、
見慣れないモビルスーツとコアファイターが近づいていた。
自分達が近づくのを気づいたそれらが、いっせいにビームを放ってきた。
- 20 :
- 「ステルスタイプか」
ミノフスキー粒子はさほど濃くない。敵機が気づかれずに近づけたのは、
機体そのものが、レーダーに捕らえにくくしたステルス機能を搭載しているとしか考えられなかった。
それは、地球連邦軍の最新鋭モビルスーツのはずだ。
まさか、連邦軍の諜報部隊がからんでいるのか?
レーヴェはコアファイターの攻撃を避け、それを撃沈する。
かすかな違和感を感じる。
オールビューのモニターの向こうで、オルシーオ艦長のガイウスが2機のモビルスーツーと対戦していた。
艦長のガイウスはあろうことか、片足を失っていた。
2機に追われるようにガイウスは【ニルヴァーナ】へ流れて、船体にぶつかった。
「何をやっているのだ、あの人は」
やや前方にいたリック・ディアスVの肩部に機械の手をかけて、接触回線を開く。
「助けるぞ、オリビエ」
「OK」
二人は艦長を襲うモビルスーツを駆逐した。
ガイウスは、【ニルヴァーナ】の外甲板にいる。
「ミスターオルシーオの入船を許可します」
【ニルヴァーナ】から唐突に通信が入った。ガイウスが、開かれたハッチに入ろうとしていた。
レーヴェがそれを阻止しようとしたが、反対にガイウスに捕まり引きづりこまれた。
- 21 :
- 【ニルヴァーナ】のモビルスーツデッキには、新型と思われる機体が並んでいた。
オルシーオ艦長がガイウスのコクピットハッチを開けて、外に飛び出していた。
「敵が来襲しているんだぞ!!」
怒声がデッキに響いた。艦長が並んだモビルスーツに無理やり乗り込んでいくのが見える。
「どけ」
モビルスーツから威圧感のある声がデッキ中に響いた。人に命令し、従わせるのに慣れた声だ。
【ニルヴァーナ】のクルーが、いっせいに動いた。
「カタパルトデッキの入り口を開けろ」
カエサルの命令にクルーの一人が緊急用のハッチを開ける。
オルシーオ艦長を乗せた新型モビルスーツは、緑の残像を残して宇宙(そら)へと出て行った。
「さてと」
レーヴェはゆっくりとハッチを開けて、【ニルヴァーナ】のデッキへ舞い降りた。
ヘルメットを脱いで、髪を振りたてる。遠巻きに見ているクルーをゆっくりと見回した。
「私はブルークロスのレーヴェ・シャア・アズナブル大尉である。
艦長、およびこの事態を招いた人物に面会を申し込みたい」
- 22 :
- 【ニルヴァーナ】のメインモニターには、5機のモビルスーツと交戦する仲間の姿が映し出されていた。
「さすが【ブルークロス】の第一デビジョンですな。攻守ともに無駄がない」
2週間前に、オリビエと一緒に面会した【ニルヴァーナ】の艦長がおうように言った。
一目で軍人あがりとわかる姿勢のいい50がらみの男だ。
「お褒めにあずかり恐縮ですが、フェルナンド艦長。無人のモビルスーツであそこまで戦わせるとは、
そちらの技術力は目を見張るものがありますよ」
ほう!とフェルナンド艦長が感心した声を上げた。
「無人であると気がつきましたか。さすがはニュータイプですな」
「ニュータイプでなくとも、ある程度経験を積んだモビルスーツパイロットなら分かることです」
もっとも、とレーヴェは言葉を続けた。
「うち、新型とおぼしき2機には人が乗っているようですが」
オルシーオ艦長たちもこれが【ニルヴァーナ】の人間が仕組んだお遊びと気がついている。
ために攻めあぐねて、足を獲られた。もっともそれだけのためではないだろうが。
スクリーンでは、新兵との訓練のようなモビルスーツ同士の一騎打ちが続いていた。
一時間後、5機のモビルスーツを捕獲したオルシーオ艦長たちが【ニルヴァーナ】に乗り込んできた。
- 23 :
- 「まったく、バカにされたものです」
【ニルヴァーナ】のブリーフィングルームに入ってくるなり、セイエン副長は言った。
室内にいるのは、オルシーオ、レーヴェ、オリビエ、セイエンの4人である。
他のものは、艦長、副艦長が一時的に不在になるため、【ケイローン】へ戻った。
副長は、事態の説明をしたいとのフェルナンドの申し入れを受けて、ここへ乗り込んできたのだ。
「そう怒るなって」
新型モビルスーツの性能を存分に楽しんだオルセーオはすこぶる上機嫌だっだ。
「みなさん、お集まりすな」
フェルナンドが濃紺のスーツを着た男を伴って入ってきた。
彼はトマス・スチーブン、弁護士であると告げ、握手のため手を差し出した。
一人、握手を返したのはオルシーオのみだった。
フェルナンド艦長が言うには、新型モビルスーツの性能を試し、かつ【ケイローン】のメンバーの
実力を測りたいがために行った、いわばテストとのことだった。
- 24 :
- 「ですが、我々への攻撃は戦場の気こそありませんでしたが、本格的ではあったと聞きおよんでおります。
実際にわが隊は、多少の損害もでております」
にこやかなまま、セイエン副長は相手にたたみかける。部屋に入ってきたときの不機嫌さは微塵も感じさせない。
「それについては、」
トマスが声を上げると
「あれくらいの攻撃など、【ブルークロス】のケイローンのパイロットなら無傷で迎撃できると思っておりましたの」
オリビエ達の背後から滑らかな女性の声がした。後方のドアから音もなく入ってきたその女性は正面に回った。
「アティア」
副長が低くつぶやいた。
黒髪をきっちりとまとめた華奢な女性は、アティア・セラマチと名乗った。
東洋系の切れ長の目は明らかにこの状況を面白がっていた。
「オルセーオ艦長、セイエン副長、ご無沙汰しております。初めまして、アズナブル大尉、ジタン大尉」
東洋の挨拶であるおじぎをして、女性は席に座った。
「君が謀ったんですか」
セイエン副長が言った。
「謀ったなんて人聞きの悪い」
かわいらしく女性は首をかしげた。
「テストに少々スパイスを振りかけただけですわ」
「テストで艦長のガイウスの足をもぎ取ったというわけですか」
「あら、だってガイウスの足は、お言葉を借りて言えば、そちらが謀ったことでしょう?」
女性はオルシーオ艦長に問いかけた。
オルシーオ艦長は何も言わない。
- 25 :
- 「映像で戦闘の模様はリアルタイムで拝見させていただきました。オルシーオ艦長は、ビームサーベルの攻撃を あえて避けずに左足で受けていらっしゃいましたよね」
女性はオリビエとレーヴェに視線を投げてきた。
「そちらのおふたかたもオルセーオ艦長を助けるのを数秒ですがためらっていらっしゃった。自機を少々壊してオルシーオ艦長と
共に【ニルヴァーナ】に入り、艦内を視察するおつもりだったと推測したのですが」
「いや、艦内に入るのは俺一人のつもりだっだんだがな」
オルシーオ艦長が言った。セイエン副長が横目で艦長をにらんだ。
「では、とっさの判断でアズナブル大尉が【ニルヴァーナ】に入ることしたというわけですね」
オルシーオ艦長が【ニルヴァーナ】に入りたがっていた。新型のモビルスーツを見たいがためだ。
それはオリビエとレーヴェにもわかっていた。阻止するか、助けるか一瞬悩んだが、後者を選択した。
オリビエも一緒に乗り込もうとしたのだが、【ニルヴァーナ】の対応が早く、レーヴェ一人が艦長と共に中に入った。
だが、今は阻止すべきだったと悔やまれる。
そうしていら、オルシーオ艦長が、新型モビルスーツを強奪するのを免れたのだから。
「まさかオルシーオ艦長が我々のモビルスーツに無理やり乗り込んで、戦闘を再開するとは思いもしませんでしたわ」
「どうですかね」
オリビエの耳に副長の小さなつぶやきが届いた。女性はクスリと笑い、追い討ちをかける。
「ましてやその戦闘で、マニュピレーターを打ち落とされるなんて」
そこが・・・問題だった。
オルシーオ艦長は遊びすぎたのだ。本来ならものの10分で片付けられるだろう相手だ。
新型モビルスーツでの戦闘を楽しむ余りに、戦闘を長引かせ、結果、左のマニュピレーターを撃たれた。
副長が、艦長不在の艦を離れて【ニルヴァーナ】に着たのもそのためだった。
艦長がそんなヘマをしなければ、この交渉は限りなく【ブルークロス】側に有利に運ぶはずだった。
報酬額の値上げや、新型モビルスーツの【ブルークロス】への供与もありえたかもしれない。
- 26 :
- 「戦闘データをできるだけとらせようとの配慮だったんだがなあ」
「なら、もう少し本気になって欲しかったですわ」
優しげな外見に似合わず、容赦がない。オルシーオ艦長は大仰に肩をすくめた。
「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえのあやまちというものを」
「あなたはもう若くないでしょう。確か今年で45才でしたよね」
セイエン副長がその場にいた誰もが思っただろう台詞をはいた。
フェルナンド艦長とトマスは少々あきれた顔をしている。
「相変わらずですね。お二人は」
心から楽しげな笑いを含んだ女性の声が、その場のきまり悪さを救ってくれた。
- 27 :
- 結局、新型機の修理代を今回の報酬から差し引くことで話が決まった。
オルシーオ艦長のガイウスは自腹を切らざるおえない。
ただし、護衛のための【ニルヴァーナ】の外甲板の使用と補充のためのモビルスーツデッキへの出入りは許可された。
トマスが用意していた契約書に新たにサインをして、手打ちとなった。
フェルナンド艦長とトマスは【ケイローン】のメンバーと握手をして室を出て行った。
アティアという女性だけが残った。
「モビルスーツデッキまでご一緒しますわ」
オルシーオ艦長とアティアが並んで動き始めた。
「アティアはこの艦で働いているのか?」
「いいえ、私は今回、新型モビルスーツの開発に携わってます。そして、開発・購入した組織の外部との折衝役といといったところです」
「どんな組織とは教えてくれないんだよな」
「守秘義務がありますからね」
「他のモビルスーツは見せてもらえんのかね」
「艦長が乗られたビリディアンと同系統の機種ならお見せすることも可能ですが。」
そうそうは見せられないとアティアは言った。
- 28 :
- モビルスーツデッキには3体のモビルスーツとセイエン副長の乗ってきたコアファイターが並んでいた。
では、最後の挨拶をしようとしていた5人に頭上からいきなり声がした。
「アティア」
淡い緑の丸い身体に二枚の羽。アムロ・レイのマスコットとして、有名になった
ハロが5人の間に落ちてきた。
それを追って、二人の子供が、アティアめがけて飛んでくる。
アティアは一人の子供を抱きとめたが、一人はキャッチできなかった。
かわりにレーヴェがもう一人を受け止めていた。
「タケル、あぶないでしょ。」
アティアは自分の抱いていた少年を叱りつけ、床におろす。
レーヴェに抱いている子供を引きとろうと両手が差し伸べられた。
「ありがとうございます。アズナブル大尉」
その台詞をきいたとたん、子供達が歓声をあげた。
二人は、アティアの双子の子供だった。
- 29 :
- 「やっぱり、この人がシャアなの?」
「ほんとに本物そっくりだね」
「ぼくら、1年戦争の【連邦とジオンの光栄】それからグリプス内乱の【宇宙を継ぐもの】を見まして、」
「ブルークロスの人がシャアそっくりだって聞いて会えるの楽しみにしてたんです」
やつぎばやに言う二人の子供にアティアが声をかけた。
「ミコト、まずアズナブル大尉から降りてさしあげて。それからちゃんとしたご挨拶をしなさい。
こちらの方々にもね」
状況から置いてけぼりをくった3人の男達をアティアは顧みた。
「ごめんなさい」
レーヴェの腕の中から子供が降りた。二人は並んで男達に挨拶をした。
「ミコト・セラマチです」
「タケル・セラマチです」
その様子に、オルシーオ艦長は破顔した。
「はじめまして、私が【ケイローン】の艦長、ロレンツォ・オルシーオだ。でこっちが、ジュール・セイエン、
オリビエ・ジタン、それからレーヴェ・シャア・アズナブル」
目を輝かせて少年達は、レーヴェを見つめた。
「どうだ?うちの赤い彗星は、ステキだろう?」
「ステキです!!」
オルシーオ艦長は実にうれしげだ。
シャアと同じ名の自分が、モビルスーツマニアでジオン親派と思われる艦長の最大のコレクションといわれている
のを、レーヴェは知っていた。
憮然としていると、その雰囲気を察してか、双子の少年たちは、先ほどの勢いはなくなり、レーヴェとアティアを交互に見た。
「艦長、そろそろ戻りませんと」
セイエン副長が母艦へ帰るのを即した。
じゃあ、またな。ミコトくん、タケルくん。【ケイローン】に来たときには、
このシャア少佐に艦内を案内させてあげるからな。あ、艦にくる時は、アティアも一緒にな」
「はい」
「わかりましたわ」
微笑みながら答えるアティアをオルシーオ艦長は引き寄せて軽く抱きしめた。
- 30 :
- 彼女らは【ケイローン】の元クルーで、アティアは技術班にいたことを
レーヴェたちは、整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐から聞き出していた。
レディ・ハリケーンと呼ばれ【ケイローン】のトップ・エースだったイリーナが
実は、アティアのガードとして【ブルークロス】に入ったことも。
数日後、オルシーオ艦長の招待を受けてやってきた二人の女性が
【ケイローン】に申し出たのは、前代未聞のことだった。
「もう一度言っていただけますか?」
レーヴェは信じられないというニュアンスをこめて言った。
「二人に、ミコト・セラマチとタケル・セラマチの教育係を命じます」
セイエン副長が淡々と同じ台詞を繰り返す。
「話がよくみえないんですけれど?」
オリビエがオルシーオ艦長とセイエン副長を交互に見て言う。
「つまりは、しばらくミコト君とタケル君をうちの船で預かることになったんだ。その間に
モビルスーツの訓練をほどこしてもらいたいという依頼がアティアからあったわけだ」
とオルシーオ艦長が言った。
「モビルスーツは子供の玩具ではありません。」
レーヴェはここでいったん言葉を切って、アティアを見つめた。
くっきりとした二重の下の瞳が、黒い星のように輝いている。
「第一、今は貴方の乗る【ニルヴァーナ】を護衛している最中です。その中で子供に訓練をほどこすなど無理な話です」
アティアが少し首をかしげた。そのやや後ろにショートヘアの赤髪の女性が立っていた。鮮やかなエメラルドグリーンの目がレーヴェを見つめている。
イリーナ・スルツコヴァ。前代の【ケイローン】のトップエース。180センチ近い長身にメリハリの利いたボディラインは色気という言葉で表現するには不足な、強烈な雰囲気を発していた。
「二人には、私がモビルスーツの基本動作を教えました。コロニーでの訓練も
ここ半年ほど行っています。宇宙空間の飛行訓練も5度経験済みです」
イリーナが姿にふさわしい、ややハスキーな声で言った。
「ただし、宇宙では綱つきですけどね」
アティアが補足した。
- 31 :
- 「初期訓練は済んでいるということですか。」
「もちろんだ。そうじゃなかったら、いくら俺でも無茶だと断るさ」
オルシーオ艦長がうなづいた。
「ですが、今まで訓練をなさっていたイリーナ中佐が、続けて行ったほうがよいのでは」
とレーヴェが言うと、イリーナが苦笑した。
「私は今、中佐ではないよ。【ブルークロス】の階級は返上したのだから。」
「失礼しました」
「そして、返上して、すでに3年が経つ。アティアは現在も現役である人物に、
訓練をしてもらいたいと望んでいるんだよ」
「それにこれは正式な依頼なんだな。規定の報酬が【ブルークロス】に支払われる」
オルシーオ艦長があごひげをなでながら言った。
「ですが、我々が子供相手の訓練など・・・」
レーヴェはできそうもないと首を振ってみせた。
「ミコトとタケルのご指名なのさ。それに教育係には、別個に報酬を支払うとまで言ってもらっている。確か給料の3ヶ月分だったよな」
オルシーオ艦長がセイエン副長に確認した。
「ええ。そうです。どうします?レーヴェ大尉、オリビエ大尉、他へ譲りますか?」
レーヴェとオリビエは一瞬ためらった後、言った。
「了解です。サー」
- 32 :
- タケルとミコトは新型モビルスーツ【ビリディアン】2機と一緒に【ケイローン】へ預けられ、
双子は、レーヴェとオリビエの向かいの部屋に入ることになった。
部屋にはすでに二つの小さなトランクが運び込まれていた。
双子に部屋の簡単な掃除と荷物の整理を言いつけて、レーヴェ達は先ほど、
アティアとイリーナを見送ったモビルスーツデッキへと戻った。
双子の訓練用にと、トランクと共に、ビリディアンが2台、送り込まれてきたのだ。
新型といっても
ビリディアンはアナハイム社の護衛用であり、機密事項には抵触しないという。
デッキでは、アシェンバッハ少佐を筆頭に、メカニックが新機種のモビルスーツに群がっていた。
開発コード、MS-101、高さ18.2メートル、重さ32.75トン、ビームライフル、ビームサーベル、
バルカン砲を備え、鮮やかな緑を基調に黒でアクセントをつけた機体は、ジム系の
スタイルを踏襲していた。
「外塗装に、スーパーインジウム化合物の皮膜を塗布してますね。さらにグラスファイバー
を粉状にしたものを吹き付けてある」
「仕様書では、オプションで、サイコミュの搭載も可能」
「両手両足部分の可動域が18.パーセント増しか、こりゃすごい、
より人間に近い動きができるってことか」
「可動域が広がる分、やわな構造になってないだろうな」
アシェンバッハ少佐が尋ねた。
「膝部、肘部の補強は二重にしてあって、強度も約23パーセント増しているようです」
レーヴェは、アシェンバッハ少佐に声をかけた。
「整備はすんでいるのですか?アシェンバッハ少佐」
アシェンバッハ少佐が振り返って答える。
「もちろんだ。もっとも、アティアの送り込んできた機体だ。整備の必要なんてほとんどないがな。
最初からエネルギーも満タンだ」
- 33 :
- ほらよとアシェンバッハ少佐が作動マニュアルを放り投げてきた。
「紙ベースの作業マニュアルですか」
「なんか、そこんところはアナクロなんだよな。アティアは。お前らと気があうんじゃないか?」
レーヴェもオリビエも、電子書籍ではなく、前時代的な紙の本を好んで読んでいるのを
アシェンバッハ少佐は知っていた。
もっとも、オルシーオ艦長が趣味で買い集めた古書がライブラリにそろっているのも、紙の本に
親しみやすくしているゆえんではある。
「とりあえず、試乗してみよう、レーヴェ。基本操作はどのモビルスーツでもいっしょだろ。
オルシーオ艦長がいきなり操縦してたんだし」
パラパラとマニュアルを流し見していたオリビエが言った。
「そうだな。ミコト君とタケル君に教えるのに、こちらが乗りこなせなかったら問題だな」
レーヴェはコクピット内に入って、OSを立ち上げた。
外に聞こえるようにスピーカーをオンにする。
モニターに緑の文字が現れた。
パスワードを入力する。【ケイローン】のパイロットが使用できるよう、生態認証機能
はオールユーザ仕様となっていた。
「正常稼動、オールスタンバイ。みんな離れてくれ」
メカニックが離れるのを確認して、カタパルトハッチへと向かう。
「ビリディアン、ハッチを開けるぞ、1号機、2号機用意はいいか」
管制から確認の通信が入った。
肯定信号を返すと、カタパルトへのハッチが開いた。
「進路、オールクリア」
射出が始まった。
「レーヴェ・C・A。ビリディアン 1号機 出る」
ビリディアンはレーヴェと共に【ケイローン】の外へと飛び出した。
- 34 :
- レーヴェは【ニルヴァーナ】へと向かっていた。パトロールも兼ねようと
オリビエと事前に打ち合わせをしてあった。
ビリディアンの性能を確かめながら、【ニルヴァーナ】の周りを一回りし、母艦の近くまで
戻った。
「さて、はじめようか」
レーヴェの通信が合図となり、模擬戦を開始した。
サイコミュ未搭載機のため、昔ながらの機器操作が必要になってくる。
だが、いつもの機体より、反応がよく、俊敏に動く。
駆動機器の配列が実に旨く配置されていて、動きに無駄がでないのだ。
オリビエとの対戦が次第に本格的なものになっていく。これもビリディアンの操作性が
よいためだろう。
しかし、サイコフレームを使用していない【ビリディアン】は、愛機とは勝手がちがっていた。
オリビエが発射したビームをかいくぐり、自分のふところに飛び込まれるのを許してしまう。
すかざず、オリビエはビームサーベルで機械の腕と足をを凪ぎ払った。
これで、38勝、64敗だ。ダブルスコアまで少し足が遠のいた。
「やるな、オリビエ」
接触回線でオリビエに声をかけてる。
「自分のほうがこのタイプの機体に慣れているだけさ」
「確かに私は、サイコミュの力に頼りぎているきらいはあるな。どうする、もう一戦するか?」
「したいのはやまやまだが、そろそろタイムリミット。双子たちのところへ戻らないとな」
「私は子供相手向きではないのだがな」
「新しい自分が発見できるかもしれんよ」
- 35 :
- 「アティア達を、こちらにしばらく預けると?」
艦長室で、オルシーオとセイエンはフェルナンド艦長とスクリーン越しに対峙していた。
「ええ。次の襲撃が予測できない以上、移動時のリスクが高い。実際に、襲撃は模擬戦の最中
に起きている。クライアントの代理人で、女性であるお二人に移動のリスクをとらせることは
ないでしょう」
もっともな意見であったが、どうせモビルスーツは行き来するのだ。その際に【ニルヴァーナ】
へ送り届けるのは造作もないことだった。
「それでですな。この艦が本気で狙われている以上、【ブルークロス】のパイロットが離れた
【ケイローン】から来るというのでは効率が悪い」
「確かに」
とセイエンは首肯し、ちらりとオルシーオの顔に視線を投げる。
オルシーオは落ち着いた表情でフェルナンドの話を聞いていた。セイエンもフェルナンドの
申し出はある程度予測していたことである。【ブルークロス】としても、アティア達が【ケイ
ローン】に留まるほうが望ましい。
「ですので、艦の保全に責任を負う艦長として、モビルスーツデッキ脇の簡易宿泊室を開放し
て、【ケイローン】のパイロット達に常駐していただきたいと思っているのですよ」
フェルナンド艦長は、願ったりの提案をさらにしてきた。
「いかがですかな?オルシーオ艦長」
フェルナンドがオルシーオ艦長に問いかけた。
「分かりました。こちらには、ミコト君とタケル君もいることですし。アティア達にはまず、
私のほうから話をしましょう」
「そう願えますか」
クライアント方であるアティアに、インストリウム社に雇われている自分が直接に帰ってく
るな、というのはためらわれたのであろう、フェルナンド艦長はややほっとした声音で言った。
- 36 :
- フェルナンド艦長の提案をオルシーオが告げると、アティアは困ったというように、ため息
をついた。
「新型モビルスーツの調整が残っているのですけれどね」
アティアが言った。
「個人的にカスタマイズを頼まれたハロの本体もいくつか残しているし」
「お前、まだそんなことしてたのか?」
オルシーオが問うとアティアは笑った。
「けっこう、いいアルバイトになるんですよ。なにせ、扶養家族が二人もいますし、稼げる時
に稼がないと。それはともかく、今後のフェルナンド艦長としないとまずいでしょう?」
「艦内に入ることに反対しないのか?守秘義務だろう?」
オルシーオが問いかけると
「モビルスーツデッキの脇の簡易宿泊施設なら、独立していますし、特に問題はないでしょう」
実にあっさりとした口調で答える。
「ですが、私達がこちらにいつまでも留まるというのは、ナンセンスです。それについては、
フェルナンド艦長と話し合わなければなりません」
「だがな、アティア。こちらに留まることをお前に承知させると、俺がフェルナンド艦長に請
けおっちまたんだよな」
オルシーオ艦長が頭をかきながら言うと、アティアは眉根を寄せた。
アティアがオルシーオとセイエン、それからゆっくりと隣に立つイリーナを順番に視線を投げ
てきた。
「わかりました。オルシーオ艦長の顔を立てて、あと5日ほどこちらにお世話になります」
ただし、とアティアは付け加えた。
「モビルスーツの調整を遅らせるわけには行きません。メカニックのグエンへ指示書をだしま
すので、どなたに届けていただけますか?」
「もちろんだ、なんなら私自ら届けてもいいぞ」
オルシーオが提案すると、アティアは左右に首を振った。
「ぜひ、それ以外の方でお願いしますわ。ね、イリーナ?」
問いかけられたイリーナだけでなく、セイエンもアティアの言葉にうなづいていた。
- 37 :
- 「本来なら、個室を用意したいのですが」
【ニルヴァーナ】のクルーが、申し訳なさそうに言った。
モビルスーツデッキの近くにある、2つの簡易宿泊室には、それぞれ6台、計12台ののベット
が並べられていた。
「いや、ベットがあるだけでも十分だ」
レーヴェが首を振った
「そうそう。修羅場になれば、モビルスーツ内で仮眠なんてことありうるからね」
オリビエがピンクのメッシュの入った髪を左右に振った。
部下の6人は一つの部屋に、隊長3人が、もう一つの部屋という部屋割りになり、8時間の
3交代制で、当直を行うことになった。もちろん、非常時にはたたき起こされるのが前提だ。
とりあえず、最初の当直は、オリビエ隊に決まっていた。
アーサーがベットの具合を確かめるように、ごろりと横になる。
レーヴェは横になる気はせず、ベットに腰をかけた。
オリビエは、ベットメーキングをし直していた。
「けっこうみんな、苦戦してたな」
アーサが気楽な調子で言った。だが、目は気楽などというものではなかった。
生来の向こうっ気の強さがにじみでている。
「すごいパイロットだった」
レーヴェは素直に相手の技量を認めた。
「お前の機体を損傷させるくらいだからな」
「相手が本気だったら、俺はここにはいなかったかもしれん」
「そこまでか」
アーサーの声までに、真剣みが帯びる。
「もっとも、ハンディがなければ、互角だとは思うが」
「【ニルヴァーナ】が質に取られていたからな。」
敵の背後に【ニルヴァーナ】があった。味方の船を傷つけるわけにはいかない。
銃撃も慎重にならざるおえなかった。
それに、【ブルークロス】では、まず機械の手足を狙って、相手の戦意を削ぐのを第一とし
ている。
単なるし合いなら、狙撃の命中精度は格段にあがるし、勝利するのも楽になる。
軍から【ブルークロス】に入ったときに、一番苦労したことがそれだった。気を抜くと相手を
しとめるように身体が動く。
- 38 :
- 「オリビエ、双子との演習中に、襲ってきたやつらはどうだった?」
アーサーが、ベットメーキングをして、部屋を出ようとしていたオリビエに声をかけた。
「しばらく交戦して、不利と見るや、すぐさま撤退したよ」
オリビエは足を止めて言った。
「おそらく今回の襲撃は、我々の戦力を把握するために仕掛けられたのだろうな」
レーヴェは最初、双子たちと一緒に襲われたのは、自分たちを足止めするための陽動かと思
った。
が、それにしては、引き際が良すぎるのだ。
「なら、また襲ってくるな」
「確実にな」
やだねーと言いながら、アーサーが身を起こした。
「勝てるかね」
「本気でし合いをすればな」
「そこが問題なんだよ。若い奴らは、戦闘は知ってても、戦争はを知らないからさ」
「アーサーは、ダカールが、ドバイの末裔に襲われた時に、その場にいたのだったな」
「まあね。戦闘には参加してないけどね。参加してたのは、セルゲイのほう。俺はスウィート
ウォーター出身だからな。」
レーヴェは黙り込んだ。オリビエもドアノブから手を離して、アーサーを振り返った。
「シャアの反乱が俺の初陣さ。・・・ネオジオン側でね。あの時、俺は二つ年上の18だと偽
って、戦闘にでた。今でも時々考えるよ。あの時、我々が勝利していたら、世界はどう変わっ
ていったのかってね」
レーヴェは、かすかに眉を寄せた。自分と同じ名前の男が起こした闘争は、世界を良くも悪く
も変えた。連邦は、シャアに味方したスイートウォターの住民に対して、ジオン公国に比べ、
はるかに温情ある措置を取った。
ラサへの隕石落としが、連邦の政治機能を麻痺させていたことと、政府高官がシャアから賄
賂を受け取ったという負い目もあった。
結局、アクシズが地球に落ちずにいたことも、有利に働いた。
- 39 :
- コロニー住民にも投票権が順次、付与され、コロニー出身の政治家の連邦政府への参閣も認
められはじめたが、アースノイドとスペースノイドの感覚の齟齬は、広がっていくようだった。
シャアの反乱から三年後のドバイの末裔のダカール襲撃は、アースノイドに近しい人間とい
えども、連邦政府に弓引くものがでるという事実を、連邦に改めて認識させた。
そして、マフティー・エリン。連邦の英雄の息子がテロリストとして処刑された一件は、
宇宙に衝撃を走らせた。
その後、繰り返されるテロと弾圧。マンハンターによる地球の違法住民狩り。
しかし、コロニーの経済に依存している連邦政府は、表立ってコロニーとの対立はしなくな
っていた。
その後も、政治の腐敗と空洞化は加速度をましていると言われ続けている。
「ネオジオンの勝利が、よきことだけをもたらすわけではないだろうが、人類すべてが宇宙に
あがっていることは間違いないだろう」
レーヴェはそれしか言えなかった。
「案外、シャア自身が、次は地球回帰を提案して、地球寒冷化の早期収束を実現させるすべを
模索しているかもな」
人の世は何が起こるかわからんものだから、とオリビエが笑った。
「そうだな」
アーサーも笑い返した。しかし、その笑い声は、痛みと苦さを伴っていた。
- 40 :
- 襲撃から、28時間後、【ニルヴァーナ】の警護にあたるアーサーとニコライを除いた
士官クラスのものが、第一ミーティングルームに集まっていた。
「彼らは何者なんです?」
レーヴェはいきなり核心に触れた。
少なくとも、オルシーオ艦長とセイエン副長は、その正体を知っているとふんだからだ。
数泊の沈黙の後、オルシーオ艦長は質問に答えた。
「【クローノス】。お前たちも知っているんじゃないか?」
「ティターンズの特殊部隊の生き残りですか」
連邦の内乱であるグリプス戦役でほぼ壊滅したティターンズ。
その中で情報・諜報活動と特殊部隊として戦闘を担った隊の呼称であった。
特筆すべきは、そのメンバーすべてが、元ジオン公国に関わりのある人間だということであ
る。
連邦の敵として戦った人間を、今度はかつての味方の掃討に使う。
連邦への忠誠心を試されていると考えた元ジオン兵部隊は、作戦の際、苛烈というにふさわ
しい戦いぶりを発揮した。
いつしかその隊は、連邦軍内でギリシア神話の子を食らう神【クローノス】と呼ばれるよう
になった。
ティターンズの崩壊後、一時は軍を追われたが、続くハマーンカーンの第一次ネオジオン抗
争時に連邦軍に復帰し、現在は、軍の中枢部に食らいこんでいる。
かのマフティーの処刑でも、【クローノス】の息がかかっていると噂されていた。
【ケイローン】の古参の士官たちは、その名を聞いても驚きはしていない
- 41 :
- 「何故、【クローノス】が出てきたのか・・・」
誰とはなしにつぶやかれたレーヴェの言葉にオルシーオ艦長が言った。
「あいつらの実行部隊の隊長がな、アティアにご執心だからだよ」
一気に室内の緊張がなくなる。
「あの男、引き際が悪すぎるんだよ。」
「何度追い払っても、性懲りもなく、周りをうろうろしてな」
「あいつ存在が、アティアとイリーナが【ブルークロス】を辞めた理由の半分だし」
と古参のクルーが次々に言った。
「まあ、冗談はおいといて」
オルシーオ艦長が、古参のクルーに笑いながら言った。
「冗談だったんですか?」
とオリビエが思わずというように聞いていた。
「いや、半分は本当だ。そのあたり、詳しく知りたきゃ、セイエンに聞いておけ」
指名されたセイエン副長は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「【クローノス】が出てきたとなると、積荷は当然、新型モビルスーツだけじゃないってこと
になるな」
アシェンバッハ少佐の言葉に、オルシーオ艦長がうなづいた。
「一番確立が高いのは、連邦政府ににらまれている著名人や運動家ってとこか?」
「テロリストを匿っていると?」
レーヴェはあからさまに非難のこもった口調で言った。
「マフティーの一件以来、連邦政府と軍の言論への監視、規制はきつくなったろ」
「ええ、まあ」
「政府への批判記事は、電波域を無駄なく使い、悪質な流言飛語を取り締まるためとかいう理
由で作られた、情報通信法で規制されちまうのが現状だ」
オルシーオ艦長の言葉にアシェンバッハ少佐が言った。
「だがな、例の一年戦争を題材にした映画もヒットしてるし、ジオンのことも、見直そうって
空気もでてきてるだろ?」
アシェンバッハ少佐が反論めいた発言をした。
「ありゃ、連邦政府のガス抜きとプロパガンダだよ」
オルシーオ艦長が断言した。
- 42 :
- 「強く極悪非道なジオン公国軍に立ち向かう、少年、アムロ・レイ。宿命のライバルは卓抜な
技術で、赤い彗星の異名を持つパイロット。一枚も二枚も上手の敵に、連邦の未来の英雄は勝
利を重ねていく。連邦軍としちゃ、最高のシナリオだ」
「そのライバルもザビ家のやり方には、賛同していない。サビ家の内部崩壊を望むがごとき行
動を取り続ける。ジオン公国=悪、連邦軍=善という図式ができあがるって寸法か」
アシェンバッハ少佐が、艦長の言葉を引き取った。おまけに、とオルシーオ艦長は話を続ける。
「グリプス戦役の映画では、シャアのダカールの演説も、カミーユが精神的負担で退行現象を
起こしたこともなかったことにされてる。」
オルシーオ艦長は口惜しげに言った。
「だいたい、1年戦争の当初のアムロは、たまたま乗り合わせた民間人の15歳の少年だ。
その少年に、モビルスーツを操縦させて人しさせてんだぞ」
「でも、私たちだって、ミコトとタケルをモビルスーツに乗せてますよ」
情報士官であるメイリン少尉が言った。
「あれは、あくまで訓練だ。保護者の依頼を受けてのな。子供を実戦に出すなんてことは、
【ブルークロス】では、金輪際ありえん。大人は子供を守るものなんだ」
「大人と子供の定義ってどこら辺なんでしょう?」
「年を食っただけの、子供のような輩も多いからな。」
オルシーオ艦長がそういうとみなは、微妙な顔をした。
- 43 :
- 「まあ、俺が考えるに、大人と子供の境は、だいたい18歳だな。」
「なぜ18なんです?」
「俺が初めて、女性と同衾した年だからだ」
堂々と宣言するオルシーオ艦長に、男たちは苦笑をもらした。
「笑うな。大事なことだぞ。18なら万が一のことがあっても結婚できるが、それ以下じゃ、で
きんのだぞ」
「オルシーオ艦長って独り身ですよね?」
「宇宙船乗りは、結婚には向かないからな。いったい何人の女性を泣かせたか」
脱線し続けるオルシーオ艦長を引き戻すべく、セイエン副長が咳払いをした。
「オルシーオ艦長の武勇伝は、機会があれば、個々で聞いてもらうことにして、これから艦長
としては、【クローノス】への対応についてどうお考えですか?」
「襲ってきたら、追っ払う」
オルシーオ艦長の答えは単純明快だった。
「でも、相手は一応、連邦軍に所属しているんですよね」
メイリン小尉が言った。【ケイローン】の通信情報を一手に担う彼女は、相手が通信回線を
開いてきた場合、どうすればいいのかと言った。
「連邦の名をだせないからこそ、連中はこんなところで襲ってきてるんだろ」
オルシーオ艦長は、みなの顔を見回した。
「今のところ、公的権力を行使するとは思えんよ」
「では、身元不明の襲撃者として取り扱うということでよろしいのですね」
セイエン副長が、確認する。
「実際、そうだろ。ちがうか?」
- 44 :
- 「運んでいる荷物の情報は?」
レーヴェはオルシーオ艦長に向かって言った。
「知る必要があるのか?だが、どうやって手に入れる?アティアを拘束して
締め上げるか?」
それは、少し楽しいかもしれんがとオルシーオ艦長はうそぶいた。
「ですが、必要以上の秘密主義は、警護をするうえで不利益になりえます。
お互いの疑心暗鬼を生むことにもなるのではないでしょうか」
レーヴェはオルシーオ艦長とセイエン副長を順に見た。
「本当に守りたいものが理解ってなきゃ、対応も後手後手になるかもしれませんよ」
オリビエも賛同した。
周りの空気も、ややレーヴェの意見に同調気味だった。
「そこまで言うんなら、情報公開の交渉はお前らに任せるよ。期待してるぞ。 オリビエ・ジ
タン、レーヴェ・シャア・アズナブル」
オルシーオ艦長は、少々人の悪い笑顔を作って二人に言った。
それから、ミーティングは具体的な戦術の検討に入った。
- 45 :
- いーぞもっとやれ
- 46 :
- 「さて、どうする?」
オリビエは、レーヴェに問いかけた。
オルシーオ艦長の言葉は、全権委任といえば聞こえはいいが、つまりは知りたければ勝手にや
れということだ。
「最終的には、アティアに直接聞くしかないだろう」
「おや、搦め手の好きなお前にしては珍しい」
「外堀を埋める作業はするさ。お前も協力してくれるだろう?」
昼食用のトレイを持って、オリビエは目的の人物を探していた。
整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐である。席を探しながら周りを見渡すと、ほどなく見つかった。
おあつらえ向きに、みんなとは少しはなれた席で一人でいる。
「ここいいですか?」
答えを待たないで、アシェンバッハ少佐の正面に座った。遅れてきたレーヴェ・シャアがひ
とつ離れた席に着こうとしていたのを、こっちに来いと手招きした。
呼ばれたレーヴェはオリビエの横に腰かけた。
しぜん、話は襲撃のことになる。
「相手のモビルスーツ、いい腕で、けっこうシビアな対戦でしたよ」
「まあ、【クローノス】のパイロットだしな」
「マシューとほぼ互角くらいの腕でしたね」
「俺よりは下と言いたいわけか」
アシェンバッハ少佐が、オリビエの言葉に苦笑した。
「レーヴェと対戦したパイロットは、レーヴェと互角だったようですけどね」
だろう?と話をレーヴェに振る。レーヴェは黙ってうなづいた。
そんな話の流れの中でオリビエはアシェンバッハ少佐に尋ねた。
「で、アティアっと【クローノス】の隊長との関係について、アシェンバッハ少佐は知ってま
す?」
「やっとその質問がでたな」
アシェンバッハ少佐はニヤリと笑った。
「あ、バレてましたか?」
「当たり前だ。でなきゃお前らが俺と相席なんぞするわけないだろ」
「いや、そんなことありませんよ」
まあ、それはいいとアシェンバッハ少佐は言った。
「オルシーオ艦長もセイエン副長とも、くだんの隊長と面識があるようでしたが」
レーヴェが口をはさんだ。
「古くからこの艦に乗ってるやつはみんな知ってるさ」
- 47 :
- 「なぜ、また?」
ほとんどの会話をオリビエに任せ切りにしていたレーヴェが問いかけた。
「テロがらみで、2度ほど共同作戦を行ったことがある。そのときに、奴はアティアに目をつ
けたのさ」
一瞬、アシェンバッハ少佐は、話していいものかどうか迷うように言葉を切った。
「アティアが俺のところの整備部にいたことは話したな?」
「ええ、工学技術の専門士官だったんですよね」
「それから、アティアは医学系の資格も持ってて、はじめはDr.サキの医療部にいたのも
知っているよな。 というか、始めは、Drの紹介で医療・技術の士官候補生として、【ブル
ークロス】に入って、【ケイローン】に士官として配属されたんだ」
「Dr.サキの紹介なんですか。艦長と親しいからそっちの線かと思ったんですけどね」
オリビエは言った。
「艦長にとっちゃ、秘蔵っ子であり、同好の士でもありってとこかな。モビルスーツばかの艦
長とタメを張るくらいの知識を持ってかつ情熱をこめて話あえるという」
「モビルスーツの知識なら、アシェンバッハ少佐だって負けてはいないでしょう」
「俺は、どちらかといえば、機械屋さ。作ることと修理はできても、基礎研究やら開発やらは
他の人間に任せたい口だ」
機械屋というアシェンバッハ少佐の言葉に、オリビエは少しのテレと大きな誇りを感じた。
「それに俺は、モビルスーツの歴史的意義とかどうでもいいし。芸術とか文学、歴史やら哲学
やらとも相性が悪い。そこらへんもオルシーオ艦長とアティアが気があう理由じゃないか」
ああ、とレーヴェがうなづいた。
「艦長は、ギリシア古典文学についての著書があるのでしたね」
「【ロマン主義におけるギリシア古典と哲学の発掘】とかいうタイトルだったよな?」
とオリビエはレーヴェに聞いた。
「そうだと思う。見かけによらず、艦長はロマンティストだからな」
「一年戦争からの権力抗争も、どちらかといえば敗者のジオン軍に肩入れしてるしね」
「まあ、俺たちもスペースノイドだしな。ジオンに心情的に少々傾くのは仕方あるまい。
確か、アティアと共著で一年戦争から、ネオジオンの抗争、それも主にジオンについての考察
を書いたヤツもあるぞ。」
- 48 :
- 「もしかして、彼女、シャアマニアン?」
隣を気にしつつ、オリビエは聞いてみた。あの双子のレーヴェへの反応っぷりを見てもそ
の可能性はある。
アシェンバッハもちらりとレーヴェを見てから、おもむろに言った。
「いや、いわゆるジオンのシャア・アズナブルを理想化・崇拝してるシャアマニアンとは一線
を画してはいると思う。特にあの一連のムービー以来、急増したようなヤツとはな」
3年前で増えたファンは、どちらかといえば、シャアを演じた俳優であるシュウ・ローレン
ス・レイクのファンだしなとアシェンバッハは言った。
「アティアのは、世界状況におけるヤツの行動の意味を分析するような、もっと学術的という
か、知的好奇心ってやつだろう」
「なんだか、ヤケに詳しいですね」
オリビエが聞くと、アシェンバッハ少佐は、実はオルシーオ艦長とアティアの共著の考察を
読ませてもらったことがあると告白した。
・・・やはり、オルシーオ艦長の影響ははかりしれない。
船にいる限り、毎日オルシーオ艦長のモビルスーツへの愛を感じさせられるのだから、同然
の話だ。
朱に交われば赤くなるということはこういうことなのだな、とオリビエは考えた。
「アティアによると、シャアは、生前からフィクショナイズされていて、実像がわかりにくい
と言ってたな。 もっともそこが多くの人間の研究心を刺激するらしい。だが、実存としては、
というか男としてはマザコンでシスコンでロリコンな男はおよびじゃないそうだ」
言ってから、アシェンバッハ少佐はしまったという顔をした。
その名前に迷惑はしているが、それなりにシンパシーを感じている男がここにいるのだ。
オリビエには、隣の席の温度が低くなった気がした。オリビエはアシェンバッハに問いかけ
た。
「それ、彼女が口にして言ったんですか?」
「いや、アティアの文章を読んだ俺の感想だよ。」
そして、レーヴェへのフォローのつもりか言葉を続けた。
「口にだしては、性格はともかく、外見はわりと好みだと言ってたぞ」
あまりフォローにはなってはいないが、まるっきりの否定意見ではないのにオリビエはほっ
とする。
- 49 :
- ただな、とアシェンバッハ少佐は、眉をひそめる。
「アティアは難しいタイプを引き寄せる性質(タチ)らしくてな。それが懸念材料なんだ。
【クローノス】の野郎もそのクチだし、アティアは本質は優しいから完全な拒絶ができない」
「【クローノス】の隊長は、妹やに優しく、母親崇拝が少々強すぎるタイプなんですか?」
オリビエがやや婉曲な言い回しをすると、アシェンバッハ少佐は苦笑をした。
「そこらへんは分からんが、シャアと似たタイプだな。自身過剰で、それに見合う頭脳も腕も
ある、眉目秀麗な優男。いやシャアというより、迷いがない分、どちらかといえば袖付きのフ
ロンタルに近いか」
オリビエとレーヴェは目を合わせた。
「まるで、シャアにもフロンタルにも会ったことがあるような言い回しですね」
アシェンバッハ少佐は思わせぶりな笑顔をつくり、声を潜めて言った。
「ご明察。会ったことがある。俺も艦長もDr.サキもな」
爆弾発言を残して、アシェンバッハ少佐は立ち上がった。
質問はこれまでという態度だった。
二人は座ったまま少佐を見送る。
アシェンバッハ少佐のペースで話が進み、思ったより情報が引き出せなかった。
もちろん、いくつかの収穫はあった。
最後のコーヒーを飲んだ後、オリビエはレーヴェに聞いた。
「お前、ちょっと傷ついてる?」
いいや、とレーヴェは首を振った。
「自分自身の性格に、当たらなければどうということはない」
オリビエの耳には、その声が少々気負っているように聞こえた。
- 50 :
- レーヴェはオリビエと二人で自室に戻るなり言った。
「アティアのことというより、【ケイローン】幹部の測り知れなさを知った気がする」
「オルシーオ艦長はジオン・ダイクンとも知り合いだとか言いそうだ」
とオリビエが続け、まさかなと小さくつぶやく。
「艦長自身は分からないが、【ブルークロス】の古老にはそういう人物がいても何の不思議も
ない。支部自体は、公国以前のサイド3時代にもあったのだからな」
宇宙空間での医療を本来の生業とする【ブルークロス】の歴史は、UCの歴史と複雑にから
まりあっている。
モビルスーツの開発を一手に担ってきたアナハイム・エレクトロニクス社の派手さはないが、
【ブルークロス】の名を飛躍的に高めたのは、皮肉なことに一年戦争からだった。
つまり、戦争によって【ブルークロス】を利用する客・・・患者が激増したためだ。
「セイエン副長曰く、『命に値段をつける因果な商売です』か」
オリビエの言葉にレーヴェは、初めて【ケイローン】に乗った日のことを思い出す。
新しい隊服に身をつつんだ、レーヴェとオリビエに、医療の現場は、けして清く優しいもので
はないと、セイエン副長は言った。
「軍人は、所属している集団を守ること、そのために相手の命を奪うことも辞さないよう訓練
されています。しかし宇宙世紀に入って、生身同士の戦闘はほどんどといって行われていませ
ん」
セイエン副長の言いたいことを二人は瞬時に理解した。
モニターを通しての戦闘はともすれば現実味が薄くなり、人を攻撃しているという感覚はほ
とんど生まれないしたがってそれに伴う罪悪感も希薄だ。
実際、NT能力ありとされていた自分も、戦闘では相手を知覚することはできても、敵対す
る相手と共感することはなかった。
そして高いニュータイプ能力が、相互理解から平和への道筋を作らずにきたことは、歴史の
証明している。
「救命の現場は、生身の相手と相対します。血を流す人間の姿を見て初めて恐怖する新人も
います。それに医療行為はただでは行えないことも覚えておいてください」
つまりとセイエン副長は、くだんのオリビエが言った台詞を言ったのだ。
「医療とは、命に値段をつける因果な商売なのです」
青雲の志というわけではないが、人命の救護に第一意義を置く【ブルークロス】のトップデ
ビジョンに、連邦軍とは違うものを多少は期待して入ったレーヴェにとって、セイエン副長の
言葉は軽い失望をもたらした。
その気配が伝わったのだろう、セイエン副長は清雅な微笑を二人に向けた。
後に、それがでたら要注意となる表情(かお)だった。
- 51 :
- 赤、また赤。
一面に広がる赤い色が、人の血だと納得するまでに十数分を要した。
むろん、体は動いていた。訓練された肉体は、容赦なく命令を下す白衣の女将軍に無条件で
従う。
Dr.サキ。【ケイローン】に、いや【ブルークロス】に君臨する女医師の声があたりに響
いていた。
大きくよく響くが、けして怒声でない彼女の声が患者と彼らを診る医師たちに活力を与えて
いた。
エンジントラブルにより小惑星に激突した民間宇宙船。人員は約40人。
まず、モビルスーツで船体全体をテントバルーンで包む。
空気の挿入が済むと、押しつぶされた機体の外壁をモビルースーツがはがした。 そこには、
折り重なった怪我人たちがいた。 医師を乗せたきた小宇宙艇ではとても全員を運ぶことは
できない。現場での治療が直ちに決定された。
「レーヴェ、オリビエ、救急の訓練は受けているのでしょう?Dr.サキの補助をしなさい」
セイエン副長に即されて二人はDr.サキの脇に走った。
救命士が布状の担架で、患者が手際よく運んでいる。
「ピンク頭は止血を。金髪は札を貼れ」
レーヴェは四色に色分けされた札を取り出した。札の意味はA.軽症 B.中軽症、C.重症
(即時治療)そしてD.治療不能、もしくは死亡だ。
「B,A、C、C」
Dr.サキの見立てに沿ってレーヴェは札を患者に貼り付ける。他の医師が重症度によって
治療の優先順位を見分けるためだ。
「D」
子供を抱えた母親がレーヴェを見上げた。
ぐったりとした子供の身体をレーヴェに預け、Dr.サキは母親を診ようとした。
母親はその腕をすがるように取った。
「私は後でいいから、ニコルを」
「残念ですが、お子さんは」
静かにDr.サキは首を振り再度、母親を診察しようとした。
「ならば、私も治療はいいです」
母親はDr.サキから逃れ、レーヴェの抱く子供に手を伸ばした。
「治療を受けてください。あなたは生きなければ。生きなければ、彼の思い出もしてしまう」
いつの間にか近寄っていたオリビエが母親の肩に手を置いて言った。
彼女はレーヴェの抱く子供を見つめ、Dr.サキを受け入れた。
- 52 :
- すべての患者の治療を終えたのはそれから21時間後のことだった。
事故の知らせを受けた連邦政府の医療艦が現場に到着したのは、それから4時間後。
ほとんど不休で働いていた医師と看護士・救急士達は、先に【ケイローン】に戻っていた。バ
ルーンテントの回収を中尉であるレーヴェとオリビエが命じられたのは、新人という立場だった
からにほかならない。
バルーンを回収して、【ケイローン】に戻り、ブリッジに上がった。
オルシーオ艦長とセイエン副長と共にDr.サキがいるのを確認するとレーヴェはサングラス
を外した。オルシーオ艦長とセイエン副長はこだわらないが、Dr.サキは、サングラスをかけ
たまま話すのを、礼儀知らずといって嫌っていた。
「お前、人をなだめるのが上手いな」
Dr.サキからの口をついてでたのは、ねぎらいの言葉ではなく、現場でのオリビエの態度と
台詞に対しての言葉だった。そこには少しあきれたような、しかし明らかな感嘆も含まれていた。
「ああいう台詞は、レーヴェの方が、より効果があるんですがね」
幾分かの照れを含んだ口調でオリビエが言った。
確かにパニックになりかける患者の心を静める言葉をオリビエは、自然に口にだしていた。
それはレーヴェも賞賛に値すると思っていた。ただ、自分の容姿のことを言われるのは面白く
なはい。レーヴェのその気配を察してか
「自分はこれだから」
とピンクに染まった髪をつまんだ。
「それはそうかもな」
オルシーオ艦長はひとつうなづいて言った。
「なんにせよ、ご苦労だった。モビルスーツの戦闘だけでなく、これで、救急の修羅場も経験し
たな。初めてにしちゃ上出来だとセイエンもドクターも言っていたぞ。」
「「ありがとうございます」」
二人は敬礼を返した。
- 53 :
- それから半年、3度にわたる民間船の護衛とそれに付随する戦闘。さらに4度の事故現場を経
て【ブルークロス】隊員らしさが身についてきたと思い始めた頃。レーヴェは他のモビルスーツ
パイロット達と共に艦長室に呼び出された。
「レーヴェ・シャア・アズナブル、オリビエ・ジタン前へ」
セイエン副長の命令に二人は一歩前にでた。
オルシーオ艦長がレーヴェの全身をとくとながめた。視線を集めるのは、いつものことだった。
レーヴェは自分が恵まれた容姿をしていることを自覚している。
「やっぱりレーヴェが着ている服は変えてもらおう」
唐突にオルシーオ艦長が言った。レーヴェは意味が分からずにオルシーオ艦長を見返した。
自分が着ているのは、【ブルークロス】が支給する隊服だ。基調は灰色。襟や袖、前立てに
ブルーの縁取りが入っている。
「今度、【ブルークロス】で人事異動があってな。副艦【カストール】のマザラン副長が本部
付きになる。で、ラヴェルが2チーム、総勢6人で、カストールに移動をすることになった」
エミール・ラヴェル大尉は、【ケイローン】のパイロットを束ねるリーダ役であった。モビル
スーツの操縦技術は、レーヴェやオリビエに劣るが、その温厚な人柄は艦のクルーから慕われて
いた。
「で、この際【ケイローン】でも人員の若返りを図る。とりあえずお前達を大尉に昇格。パイロッ
トチームのリーダーをやってもらう。特にレーヴェはパイロットチーム全体のリーダーも担って
もらうぞ」
オルシーオ艦長の言葉にレーヴェは耳を疑った。入って1年に満たない自分がパイロット達の
リーダー?連邦軍では考えられない事態だ。
「セルゲイ大尉は?彼のほうが年も上でありますし、【ブルークロス】での経験も長いですが」
「それは心配せんでもいい。セルゲイが腕の劣っている自分が、お前らに命令を下すのは荷が重い
と辞退したんだ」
な、とオルシーオ艦長がセルゲイ大尉を振り返った。セルゲイ大尉がレーヴェに向かってうなづ
いた。
「ですが、君が長幼や入隊暦を気にするとは思いませんでした」
セイエン副長がさも意外そうに言った。背後から苦笑の波動が寄せてくる。
「新しい隊長には、新しい服。正式な辞令は5日後になる。それと一緒に新しい隊服を支給する
から。― セイエン」
「では解散」
オルシーオ艦長の言葉に、セイエン副長が手を打って解散を命じた。
- 54 :
- 支給された隊服を見てレーヴェは絶句した。
服のデザイン自体は変わらない。問題は色だ。グレイッシュ・ピンクに、本来ブルーである袖
口や襟、前立ての縁には赤が使われていた。ご丁寧にボタンも金色になっている。
「なんだこれは」
一瞬、服を引きちぎりたくなったが、念のため同時に大尉になったオリビエにも同じものが支
給されているかもしれないと隣室のドアをたたいた。
「どうした?レーヴェ」
ドアを開けて出てきたオリビエのは新しい隊服と身に着けていた。デザイン今までのものとほ
ぼ同じだった。変わった点といえば、今までプラスチックだったボタンがシルバーメタリックに
なったのと、肩口の階級章くらいであった。
「いや、なんでもない。それは新しい隊服だな?」
「ああ、早速着てみた。デザインは変わらんが、ボタン一つで少し高級な感じになるものだな」
「そうだな」
きびすを返して自室に戻る。オリビエが追ってきて一緒に部屋へと滑り込んできた。
「原因はこれか」
含み笑いをして、オリビエがベットの上に広げられた隊服を顎でさした。
「艦長に抗議してくる」
「無駄足だと思うが」
オリビエが言う。そうかも知れない。しかし、
「私は、シャアの似姿を演じる気はない」
- 55 :11/11/26
- レーヴェはその言葉をオルシーオ艦長の前でも繰り返した。
隊服は箱に入れて机の上におかれている。オルシーオ艦長は箱を開け、服を広げた。
「思った以上にいいじゃないか。注文以上だ」
案の定、発注したのはオルシーオ艦長だった。
「艦長、私の話を聞いておれれますか?」
「もちろんだとも。自分はジオンのシャアじゃないって言うんだろ?」
「ならば、分かるはずです。私がこの服の着用を拒絶する理由を」
オルシーオ艦長は服を置いて腕組みをした。
「うぬぼれるんじゃない」
低い声音がオルシーオ艦長の口から漏れる。
「お前は自分がジオンの赤い彗星を演じられるとでも、思っているのか?」
真顔で返され、レーヴェは言葉を見失った。
「確かにお前のパイロットとしての腕はいい。だが、その技術に頼りすぎて戦術を組み立てる
ことをおろそかにしがちだ。ジオンの赤い彗星が名を高らしめたのは、モビルスーツを操る技
術だけではなく、その力を戦略、戦術的に扱えたからこそだ。戦術の立案実行ならば、そこに
いるオリビエのほうが上だ」
レーヴェは左やや後方にいるオリビエを見た。お褒めにあずかり光栄、というようにオリビ
エがオルシーオ艦長に会釈をした。
「ところで、オリビエ。なんでお前がここにいる?お前が代わりにこの服を着たいのか?」
オルシーオ艦長の声がいつものトーンへ変わった。
「謹んでご辞退申し上げます。この頭にその服では、コーディネイトが行きすぎて嫌味になり
ますから。自分はオブザーバですよ。野次馬ともいうかな」
オリビエが口元を妙にゆがませて言った。どうやら笑いをこらえているようだった。
「新しいリーダーがその素晴らしい隊服に袖を通した姿をいち早く見たくて」
まかりこしましたとオリビエは続けた。
「そんなに気負うほどのものでもないでしょう?レーヴェ。服は服です。」
話の途中から部屋に入ってきて成り行きを見ていたセイエン副長が言った。常ならば、行き
過ぎたオルシーオ艦長のおふざけを止める副長までが、赤い隊服を認める発言だった。
「だいたい、支給された隊服の拒否は命令違反ですよ。最悪、向こう半年間の20パーセント
の減俸です。それを覚悟の上の抗議なのでしょうね?」
だよなーと先ほどとは別人のような能天気な声で、オルシーオ艦長が言った。副長の承認を
得たことで艦長もほっとしたようだった。
その様子に赤い隊服は、オルシーオ艦長の独断だったらしいことを知る。しかし、それを直
接オルシーオ艦長に強硬に抗議すれば、セイエン副長は立場上、オルシーオ艦長を支持しなけ
ればならない。レーヴェの抗議とその後の流れはオルシーオ艦長の読み通りだったというわけ
だ。 レーヴェは艦長の言葉通り、自分が戦略戦術的に甘いことを思い知った。
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