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2011年10月1期オカルトЖЖЖはなんだかとてもオカルト18g目ЖЖЖ TOP カテ一覧 スレ一覧 削除依頼

ЖЖЖはなんだかとてもオカルト18g目ЖЖЖ


1 :11/11/21 〜 最終レス :11/11/29
今日のマンチのおかずから、メディテーション(瞑想)まで。
化学繊維陰謀論を唱えるもよし。
魔女狩りと絡めるもよし。
脳内と絡めるもよし。
神道の歴史と絡めるもよし。
法律の閉鎖性と絡めるもよし。
麻の実でおいしいペーストを作るもよし。
にむけられがちなスケープゴートを研究するもよし。
で人生どう変わるのか?
そんなこんな、なんでもありで。
前スレ、ЖЖЖはなんだかとてもオカルト16g目ЖЖЖ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1318168106/

2 :
Ж過去スレЖ
はなんだかとてもオカルト
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1226963877/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト2g目ЖЖЖ
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1232283798/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト3g目ЖЖЖ
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1236268533/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1239207963/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1242404359/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1244859721/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1246385647/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1247615819/

3 :
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト9g目ЖЖЖ
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1248447455/
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http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1252832928/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト11gЖЖЖ
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1268070042/
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http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1278442982/
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http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1290629319/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト14目gЖЖЖ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1296996712/
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http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1303708006/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト16g目ЖЖЖ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1318168106/
ЖЖЖはなんだかとてもオカルト17g目ЖЖЖ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/occult/1318168106/
http://ascension.jp/site/link226.html
テンプレ終わり

4 :
少し間違いましたorz
申し訳ありませんm(_ _)m

5 :
珍しく仕事が早いな

6 :
ちゃんとジャンキーさん

7 :
がこのスレに気づいてくれますように!

8 :
こんにちは

9 :
>>1さん 乙であります。
ジャンキー氏
初めジャンキー氏が言ってる事って全く分からなかったんですが、
気付いたら分かっている自分がいます。
不思議な事です、2年ほど前は理解不能だったのに・・・
一般常識をそれは守るのは当たり前だとマジで信じていたのに・・・
それが嘘だと分かってしまうとは何たる事かとw
もう知る前に戻れないし、戻りたくもないですね。

10 :
ジャンキー、抑圧された性欲以外に暴力の源泉となり得るものには何があるでしょう?

11 :
>>9さんの栄光がそうさせたという事でしょう。
栄光とともに、次のステップに進みましょうか。

12 :
暴力について考えてみましょう。
まず私たちは暴力の手段やイジメの手段、ようするに権力や優越的地位を利用して、
その優越的地位確認の為のイケニエ儀式のマネをする神に嫉妬する人々についての
糾弾(キュウダン)方法を学んでいないという事が上げられます。
また、私たちは、報復、反撃、黒魔術、呪、武術いについても学んでいません。
つまり私たちは暴力に対して無知また、使い方など、まことに貧弱だという事です。
社会に出てやっと暴力を学び、その手法を儲けと称してカネを集めているのが、
この社会の現実です。

13 :
目に見える身体的ダメージを与える行為を暴力とするならば、その暴力は、
まことに遅い、末端の出来事であると言わざるをえません。
暴力はの種は既に暴力という実力行使以前にじわりじわりと火山の噴火の静けさのように
罪悪感という感覚をともない、個人的な妄想空間で噴火をまっているのです。
これを「制圧」と言います。制圧以前に「罪悪感」があります。
観念から発生する暴力は実はクセです。そのルーツは宗教に由来します。
もう一つは、獣の衝動であるなわばり意識です。ようすに距離感ですね。

14 :
暴力の目的は、権威の維持、縄張り意識(距離感)獲得による威嚇行為です。
生命は無目的な動作はしません。しばしば暴力は無目的つまり無意識に単なるキレとして
認知されますが、明確な理由があります。逆に言えば、理由なく暴力は成立しませんから、
素人がから見れば、それを知っている人が行う暴力の制圧はまるでバリヤが張られているように
見える時があるはずです。野獣化して、キレまくっている人間を何故、制圧できるの?と
思う行為を見たことがあるでしょう。彼らは本能的無意識的、あるいは意識的に知っているのです。

15 :
暴力の目的は、権威の維持、縄張り意識(距離感)獲得で、シンプルに言えば、
アピールです。す目的の暴力は有りません。したいほど観念的、罪悪感の増大による
意や縄張り確保がままならず、そのストレスに耐えかねてすというケースはあります。
これは他、自にも当てはまります。暴力は自分に向けるケースが罪悪感で、
他者に向けるものが、承認不足感です。
ようするに、自分なんてダメな人間だ!という感覚が両者の暴力衝動の根底にあるという事です。
簡単に言えば、自分は満足だ!と思ってる人は、別に自分をす必要も他人をす必要も無い。
自己満足しているその最中に暴力衝動が起こりますか?

16 :
経済発展も同様で、満足してれば、別に発展しなくてもよいのです。
ようするに自給自足ができていれば発展という暴力を振るう必要も無しって事です。
自国が豊になれば、みんなに分ければいいのですから、そもそも武力すら必要ない。
ブータン王子はそれを教えにわざわざきたわけでしょう。
まあ、それはそれでいいとして、話しをもどしましょう。
これまで話してきた事は暴力以前に暴力という獣化、血迷った、カルト化した、はたまた憑依状態の
人間の精神構造ってのはどんな内面の傷を抱え込んでいるのか?って事をお話しました。
また、あらゆる暴力に対する免疫や糾弾方法、さらに退治、対峙の方法は切迫した問題であるにも
係わらず、学校教育は暴力の原因は作っても、暴力を教えない。この矛盾的背景がみなさんに有るということを
お話しました。

17 :
人間は常に暴力を行っているという現実をまず認知していただきましょうか。
ようするに現在のスキあらば儲けてやろう!という精神そのものが暴力的ですから、
現在の人々は常に暴力的な事をしているという視点で眺めてみるのも悪くないでしょう。
まず、ファッション、アピールするために、肩を怒らせ、クビに刀の代用、この軍服が
スーツでしょう。過去の権威者が必ず腕組みや腰に手をあて、おきまりのポーズ。
俺は強いぞ!アピール。なにやってんでしょうね?女は女で、直ぐケツをまくって
できるようにスカートを穿く。実に暴力的でしょう。
ネクタイや学生服は犬の首輪と同様です。クビを締めるというのは制圧の象徴です。

18 :
リクルートスーツ、窮屈ですね。そりゃそうでしょうよ。軍服だもの。
言うこと聞く奴隷ですよ!というようなものです。それでいて、
いつでも暴力振るう体勢になってるビジネスマン。
で資本家、経営者も同じ恰好をして奴隷ブル。でもやることはえげつない暴力。
私が何を言いたいのか?といえば、これは神のまねごとなのです。
ようするに西洋から入ってきた一神教の影響です。
権威主義とでもいいましょうか。ようするに力や人徳がなくても権威だけはだれでも
みにつけられる馬鹿げた平等思想です。だから弱いものが成り上がれる。強いものも
しいたげられる。誠実な者、正直な者はバカを見るわけです。

19 :
一神教の崩壊は権威の崩壊と階層の崩壊でもあり、貴族文化の崩壊でもあります。
私たちは人間をなんと定義するでしょうか?宗教によって違いますが、根強い西洋の
考え方は、罪人です。ようするに神に対してそもそも劣等感をもっているのです。
そして人々は神のマネをするのです。これは育てられた親のマネをするという
ごく当たり前の、人間の成長過程の構造を説明しているにすぎないのです。
ようするに西洋文化は人間はダメだ!神は凄い!という馬鹿げた信仰がその正体なのです。
そして、その信仰は、今の日本人にもあり、上だ、下だという神のまねごとをしている。

20 :
西洋文化では権威主義という宗教があります。また別の地域には別の上下関係が存在し、
日本にも日本の上下関係の信仰があります。これらが密接に絡み合い私たちは、盲目的に
ある種の信仰。つまり上の言うことを聞く!という思考停止のドグマ(教義)が形成されているのです。
科学の学会であっても、会社であっても、どの人間関係にもそのドグマはヴィールスのように
蔓延して、命というシステムを形成して、私たちはそれらに犯されてしまったわけです。
この上下関係上にまずは、観念的な暴力は成り立っています。人々の距離感を作る縄張り目的の
威嚇行動というものと観念的支配の手段としての暴力は区別しなければなりません。

21 :
http://www.google.co.jp/search?q=%E8%BF%B7%E6%83%91%E3%81%AA%E9%9F%93%E5%9B%BD%E4%BA%BA&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7FRSJ_ja&redir_esc=&ei=50bKTuyCNObJmQW3g7wD

22 :
の獲得という暴力、つまり強要は、男性目線の考え方です。
女性目線でのの獲得という暴力の強要は、引き込むという暴力です。
ようするに釣りという暴力です。チラチラ魅せて、ガルブリと食いつかれる暴力です。
明確な身体的暴力や攻撃ほどベタな暴力はある意味分かりやすく素直でしょう。
しかし、引き込み、巻き込まれ、自爆、恨み、怨念、憑依という見えない暴力は
じわりじわりと聞いてくるから気づきません。気づいた時には、もう犯されています。
これが黒(裏)の暴力です。殆どの人がこの暴力に無力です。やっている人も無意識に
やっている。自覚してそれを指摘しても、シラバッくれる。だから実行動まで待たねば、
ならないという事後処理でしか発覚しないのです。

23 :
戦略、作為、小細工、屁理屈、これらは当たり前のようにビジネス社会では
もてはやされていますが、見破られた時点で意味をなしません。
なぜならば、目的は一つです。「欲しい」って事ですから。
不足感があるんでしょう。与えれば満足するわけです。
彼らが本当に欲しいものは、神様になることです。その神ってのは、一神教。
つまり絶対的な支配者なのです。つまり自分は誰かに支配されているとおもっているバカが
一神教を目指すって事です。
私が神であるならば、別に支配されないし、わざわざ彼らが信じる神のようになる必要もない。
彼らが信じている神様は偉いし、何でも知っていて、なんでも出きる存在なんでしょうね。
その力を使って、たぶん、みんなを奴隷にしたいのでしょうね。
奴隷が信じる神ってのが一神教って事です。これが観念的暴力の根元です。
実にワガママで幼い信仰なのです。

24 :
そういうワガママでみんなを奴隷化したい奴隷特有の夢は、神に近づく競争ゴッコを
演出して、対立構造が大好きです。俺のが凄い、私のがキレイ。神と自分を常に
比較するのがこの信仰だからです。彼らがもっとも嫌う信仰は、こういう人々でしょう。
私は天才であり、私は満足し、私はヒーローであって、私は救世主。
こう思う信仰を彼ら奴隷宗教は糾弾するでしょう。だってそうでしょ。
お前は神か!そんな事はありえない。どう考えたっていいじゃないですか?
偉い人を作り、自分は絶対に偉くないというのがこの馬鹿げた信仰の正体なのです。
じゃあいったいこの信仰をしている人はどうやって自分を幸福にするのでしょう。
信仰を放棄することです。まあ、ある種の悟りって言ってもいいでしょう。

25 :
獣特有の距離感という意味での本能的に近い感覚的な威嚇行為については、
未知、無知に怯えますから、知ってしまえば距離が近づいても威嚇行為に及びません。
隣人がヤカマシイとしましょう。知っている人なら許せるが、知らない人だとハラが立つのです。
まったく安全な暗闇でも、まったく見えない場合は、歩くことも恐怖します。
この状態を嫌う為に、ある距離を取ろうとします。これが威嚇であり、暴力とは違いますが、
実力行使によって均衡を保つという意味で、人間関係上では不用意に相手を刺激してしまった
場合には暴力として受け止める事もあるでしょう。この場合は、相手の恐怖に近寄ってしまって
悪かったなぁ〜と反省すればいいわけです。

26 :
憑依や怨念については、オカルトならではの概念ですが、これが実際には
一番みなさんが日常で体験している暴力だと思います。
依存者からの無意識の念を受け止めてしまう事が憑依であり生き霊です。
仲良しの友人知人であっても内面のドロドロがこちらに憑依する場合もあります。
憑依という概念は受け止める方と出す方とのセットで形成され、単独で客観的に存在確認
できるものでは今のところありません。受け手のみが感じてしまう場合もあるし、
送り手のみが感ずる事もある。双方が意識しているならば、それは起こり得ません。
なぜならば、自覚した時点で、それは実行動として言動や行動に表れるから、
そのような無造作に想念だけが排出される状況にはならないという事です。

27 :
よく霊能者が想念が見えるだの、オーラだの言うが、そりゃそうでしょう。
しかし、重要な事は自覚することで、さらに重要な事は、自覚する時には、
自覚できる時に自覚できるという時がある。その時がある。
人が何故生きているのか?その時々で学ぶ事があるからであり、学ぶという概念を
行うと置き換えてもいいし、考えるとしても、どう表現しても良い。その時々で、
その時々の事をしているでしょう?今も。それを今していることが生きるという事です。
この時しか、考えられない事がある。この時にしか感じられない事がある。
を決めた時、とても良い時があっても、その時とまったく同じ時がないように、
その時が大切だと思う。今はこんな時だが、こんな時にもきっと意味が在る。
辛ければ辛いほど、死ぬのが楽しみになるわけです。
会社という過去でいう、阿片窟(アヘンクツ)に向かい、精神疾病や自をする人を救うのは、
という正常に戻す聖なる草でしょう。などと私などは考えますね。

28 :
ジャンキーのいう私ってこの歌の感じかな
ttp://www.youtube.com/watch?v=HYadrsOdwoc

29 :
アセンションまであと1年ちょいかー
アセンションの日は
理想的にはマヤのピラミッドでキノコ喰いたいな
そしてククルカン(神龍)召喚して
スーパーPSY野人になる

30 :
いやんなっちゃうぐらいケンコーだー!

31 :
>>29
伊勢神宮で焚けよ

32 :
とりあえず久保象さんのドラッグの教科書を手当たり次第に薦めてる
今度は最寄り駅の美人駅員にも薦めるつもり

33 :
ありがとうジャンキー。
日本って国はどんなに罪悪感ウイルスが上陸を試みても最終的には
無害化してしまうような免疫力があるんじゃないかと思います。
という最大の解毒剤が制圧されてしまったのは痛かったですが
そろそろ勝負が日本の方に傾いてきた感がありますね。
本当はウイルスなどといわず罪悪感ちゃんと呼べばよい。

34 :
アセンションは各自で始まってるぞお。

35 :

ttp://www.youtube.com/watch?v=0KBKEDemQ0s
♪サマーマウンテンシー♪岩永忠すけ

36 :
サママウンテンサマーシーだった↑
ぼくもいっしょに踊りたい♪

37 :
ソイヤ! 岡城ソイヤ!岡城ソイヤ!

38 :
ホント、ガンジャの無受精雌株の花房って見てるだけで、カウパーでる。干からびたやつより、ナマの植物は神々しい。 し

39 :
まさにマリア・フアナのヴィーナス

40 :
>>38
匂いもね。
収穫前のむせかえる芳香は、嗅いで嗅いで嗅ぎまくって
何時までも嗅いでいたいくらい。
また環境が整ったら栽培したいな。

41 :
いやほんといい趣味だぜ
俺熱帯魚とか爬虫類とか多肉植物とか好きなんだがの美しさと楽しさは格別

42 :
ジャンキー、人の輪に入れないコミュニケーション障害はどう克服すればいい?

43 :
最高に収穫を引っ張った花房は、焚くと残り灰が異常に少ないよね? いつもなんのこっちゃって思う。

44 :
>>41
多肉植物てなに?食中植物みたいな?

45 :
贅沢三昧で三昧に没頭したいものだな
何でこんなにひもじくて詫びしいんだろ
季節のせいもあるかも

46 :
>>44
ジャンキーに聞けよ

47 :
>>40
アロエみたいに肉厚なやつじゃね

48 :
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%82%89%E6%A4%8D%E7%89%A9
君たちが今そうして使ってる道具はなんなんだい?

49 :
鬱に効くっていうんで多肉植物の
Kanna(sceletium tortuosum)
ぼちぼち生やしてるけどどうしていいのかわからん
ボサボサ生えては枯れたりしてる(ੱ⍸ੱ)ウーン

50 :
人の輪に入れないコミュニケーション障害の克服方法について考えてみようと思う。
まず私の立場を表明しておく、私は人の輪に入るという事は好まない。
だからこのような人の輪に入る事をコニュニケーションの障害だと思わな立場です。
しかし、あえて人の輪に入る時はどんな時があるだろうか?と想起して、考えてみたいと思う。
私も家族があり、社会人である以上、人と係わる。係わる目的がなんであれ、意志の疎通は必要だ。
だから、もっか私の焦点は、人との意志疎通をどれだけ濃厚、最短、シンプルに行うか?という点に
焦点を当てて毎日暮らしています。そんな背景をもつ私が考える視点だという所で言及する。

51 :
単純に人の輪に入るという事は、要は、その場の雰囲気や目の前の人、その周辺の人と
調子を合わせるという事でしょう。順応性が高いか低いかってのが能力という事になります。
だから順応性を高めるにはどうするか?という観点で語られるべき事でしょうが、
ちょっと待って下さい。順応性と適応性の区別をちょっと話したいわけです。
単に、その場の調子合わせがお得意だ!という人は順応性が高いと称されるでしょう。
しかし、それは欠点の裏返しで、空気を読んで、調子は合わせられるが、革命は起こせないって事です。
その場の雰囲気を壊は壊すがまっとうな意見を言うとか、信念を貫くとかそういった才能に
乏しいとも言える。だから、私たちが目指すのは、順応ではなく適応を目指すべきでしょう。

52 :
順応性が高いというのはなんの自慢にもなりません。私のようなマイペースの
勝手野郎から見れば、順応性が高いというタイプは、その場に染まる事はできるが、
初心を忘れてしまうタイプで、染まりきった社会には馴染むが、そこから抜け出す事も
周りと同調しつつ、抜け出さざるを得ない。私は沈没船であっちへイクとヤバイという時、
やっぱり全員がヤバイ方向に向かうとき、あっちはヤバイからこっちだ!と絶叫できない。
また、順応性の高さは、同調するような外圧に屈するという事で、ノンポリシーという事になります。

53 :
一方適応性というものは、環境の変化に対応するという能力で、
順応は受動的であるが、適応は能動的です。見た目は同じでも内部では全然違う。
振る舞いを身に付けるか?クラゲのように漂うか?の違いです。
私は適応性は、振る舞いのスキルだと考えており、二つの区別を明確にした上で、
どうやったら適応性を上げられるのか?という面において、言及しようと思う。
また、その必要性は本当にあるのか?と、少し疑ってみようと思う。

54 :
単に、場の空気に馴染むという目的はどんな時でしょうか?
ようするにおつき合いって事ですね。葬式、結婚式、パーティー、講演会場、授業、酒場
様々な場所で、私たちは立ち振る舞いを演出しています。マナーって事ですし、礼儀作法です。
そこには明確な目的が常に存在しています。一方、単なる雑談の場や、掲示板などでも
その場の空気やハウスルールなんていう暗黙の了解があるでしょう。
その暗黙知というものを尊重し、その範囲で動くか?それとも、暗黙知なんてものはクソだと
思うか?そういう事は、その場の目的に照らして各自で判断すればよいわけです。
人の集まりの中で、その集まりをどのように使うか?は各自の目的によります。

55 :
お早う。オカ板落ちてたのかな?

56 :
昨日からオカは調子悪いですね。絶望にむかっているのでしょうか。

57 :
やっぱ人は自由気ままマイペースだな
というかやっぱ素人との温度差を感じて面白くない

58 :
たかがでパクられる日本なんて大嫌いだ

59 :
陰謀だよ
警察が悪い→日本国が悪い→アメリカが悪い→ユダヤが悪い→実は偽ユダヤが悪い→いや黒幕は人外っぽい→フリーザでした

60 :
ジャンキー、他者との共存で成り立っているこの社会の中で、他者の意思に邪魔されず自分の信じた通りに自由に生きていくという事はできますか?

61 :
加州の州法に則って医療栽培してるとこを州法無視して
連邦警察がバシバシ摘発してるらしいね

62 :
資本主義が崩壊して解放どころかイルミナティによる
「超」管理社会が到来するかも知れないしな

63 :
アメリカの取締りは、で逮捕した奴を奴隷状態でタダ働きさせてそれで金が儲かる仕組みらしい
刑務所のほとんどがで逮捕だそう
日本より死ぬほど緩いと思ってたが大変なんだな

64 :
昨日はオカルト板が絶望状態に陥っており、意味ある停止状態でした。
昼間は、見ることができましたので、私の記憶によると、邪魔問題が
噴出していたように記憶しています。今もオカルト板は絶望の状態であり、
投稿待ち文章を書き貯める形で、他人に邪魔される心理について考えてみましょう。
この問題は、実はを吸って対話するのが一番の気づきを生む深い話しとなるので、
とてもアグレッシブなカルマ、業の話題に食い込むセッションが可能となる対話環境なのです。
がしかし、シラフでやりましょう。さらにこれは個人的問題ではなく、テクニカルな問題なのす。

65 :
まず、私たちは自由で差別も無く、ただの人間なのです。この前提条件で生まれて居ます。
しかし社会に馴れ合うにつれて、つまり最小の人間関係である家庭で、既に上下関係を学んでしまうのです。
親は子供に自分で考え自分で行動するという人間の肉体の使い方や物の扱い方、考え方や言葉、
そして集団での振る舞い方を教えます。しかし上下関係を教えるというのは、階級社会を客観的に
教えているのではなく、そこに染まるように洗脳している形になってしまっているのです。
だから、西洋の言葉で、「アサーティブ」という対等のコミュニケーションの形態を学んでいないという
現実があるのです。

66 :
私たちの国では、今でこそ小学校から人権について学びますが、対等という概念を学んでいません。
しかしながら、社会、つまり良くも悪くもアメリカンスタンダード(グローバル化)は、
対等の社会制度を広範に、私たちの社会に広めており、私たちもその環境の中で暮らしているのです。
その前提のコニュニケーションのスタイルは、対等という概念なのです。
しかし、対等のコミュニケーションをだれも教えてくれない。これが、他人に邪魔される心理状態に
大きく、また密接に関わっているのです。

67 :
他人に邪魔されていると思う身近なハードルは親でしょうし、少し広範に目を向ければ
個々が毎日暮らす人間関係内の空気や雰囲気の同調圧力だったり、社会制度でしょう。
最大マクロ的視点でみれば、そもそもなんで、この物質宇宙に閉じこめられているのか?でしょう。
でも待って下さいよ。牢獄の中でも自由を満喫できる人もいるし、牢獄の中が窮屈な人もいる。
つまりある限定された時空の中で、調和しつつ自由を満喫できる状態があるという可能性があるか?否か?
これが問題でしょう。また、逆に言えば、私たちは限定されない環境において、つまりカオスのような
未来は全く先行き不透明で暗闇や霧の中を漂う状況では、逆にマニュアルや前例を求める事でしょう。
ようするに、私たちは限定された環境というものは、必要悪であるという事で、無くてもよいが
在るに越したことはない段階の人もいるという事です。

68 :
邪魔という神は、ある意味バリヤーなのです。ガードレールということもできる。
このように形態として変換してイメージすると邪魔という意味を差別的にではなく、
一端自分から離して概念化させて、離れた目線で取り扱う事ができるのです。
話しを戻すと、邪魔というガードレールがあるから、はみ出ずに走る事ができるし、
危険を冒しても、なんとか崖から落ちずに済む場合もある。しかし、時には、
ガードレールからはみ出して、荒野を旅したり、開拓したりしたいような風景に
飛び出したい時もあるでしょう。だってガードレール内は安全だけど、もう見慣れた
風景ばっかりだよ!と思ってしまう時もあるでしょうからね。

69 :
また在る程度、決められた道を走る段階を経て、自分で冒険したり道を造ったり
する段階に来ると、もうガードレール自体が要らなくなるのです。
しかし、ガードレール内を嫌と言うほど走ったクセというものは、体にしみついており、
無意識にガードレールの中を走ろうとする反射反応だけは残ってしまっているのです。
だから、自由に走れる空間であっても、なんか、人が歩いた道や獣道の上をあるく
という、自由だけれども、その自由も限定された道を探すというクセはどこまでいっても、
根深いという事になっているのです。

70 :
ガードレールは様々に形を変えて、人々の前に顕れます。
他人だったり、自分の中の信念信条だったり、想念の中に漂う、なんとなく間違いたくないという思いだったり、
あからさまな社会制度の縛りだったり、実力行使の国家権力だったり、身近では親だったりです。
このように邪魔というガードレールは、人に安全を約束しますが、安全運転以外をスピード違反だの
暴走運転だの、ヤカマシイだの、主張してくるように見えるのです。
そこで登場するのが、じゃあ、ガードレールは偉いのか?従わなければならないのか?という問題です。
でもそいう存在がガードレールではなく、単なるガイドラインのようなもので、多くの人が歩く公共の道
というような意味しかないのです。ガードレール内の公共の範囲での話しを一般論っていうわけです。

71 :
だんだん邪魔というレールの正体が見えてくるわけですが、つまり他人に投影する邪魔という
概念は、私はガードレールの上を走っている人ですよという宣言であり、そこからはみ出したくても
はみ出せないよ!っていう心理状態なのです。
そのレールを踏み外すには、やっぱり、外に出たいという思いがなければなりません。
つまりルール違反をしちゃうよ!宣言です。最初はガードレールの外を走るのは、心情的に
ドキドキハラハラするでしょう。でも荒野はそういうもんです。だってどこに行ってもいいんですから。
でも、結局行き着く所は、別に安全運転するところは、安全運転し、ショートカットしたり、
寄り道したり、一人になりたいときや、自分の秘密の花園にいくときだけはレールを外れるというのが
一番ラクチンだと思うのです。

72 :
そのためには、やっぱり既成の概念や他人の期待は裏切る事もあるわけです。
また意見の食い違いもあるわけです。なぜならば、走る道が違うからです。
他人に化けたレールの場合、そのレールは言語でやりとりするという事が大半でしょう。
つまり言語での縛りで、邪魔(レール)が作られているようにかんじられると思うわけです。
人工的な縛りは、言語と活字でしょう。法律しかり、規則しかり、命令、制圧、威嚇ぜんぶ言語です。
暴力についての邪魔は、別の機会、または前述の暴力の問題でお話した通りです。

73 :
言語での制圧、邪魔が問題の本質で、邪魔に対抗する上での前提条件で必要な事は、
私たちは基本的人権を尊重しているという当たり前の対等の意識です。
つまりそもそも、上下関係を法律では、規制しているのです。しかし平然とどこでも
この法律は破られているし、私たちも自分の権利を主張しません。ここが問題なのです。
そして一番最初に話した。「アサーティブ」という対等のコミュニケーションの形態を学んで
いないから、他人が邪魔だという事で思考停止して情緒的に邪魔された!と思ってしまうのです。

74 :
人権意識がある人ならば、抽象的に邪魔だという概念で片づけるのではなく、
例えば、愚かな事をする権利を侵害されたとか、中傷されたとか、強要、恐喝の被害を受けている等と
いう問題意識を思い起こすでしょうし、対等な意識があるならば、合意なく、協議がなされて、
強行採決により、民主主義が成立しなかったという事でもあります。
また、権利意識なくとも、そもそも法律を犯さなければ、あるいはプライバシーの範囲では、
自由なのですから、勝手に自由を満喫すればいいんです。人の目などどうでもよいわけです。

75 :
私は露骨に資本主義だから蹴落とし社会で勝手にしろ!というつもりはないのです。
ちゃんと主張すべきところは、主張して、自分の欲求を恥じず、明確に表現する手法を
学び、攻撃や防御など要らず、ただ真っ直ぐ自分の素直な欲求に忠実に生きる上での
自由は、そんなに世間の物差しや他人の同調圧力や疎外感を生む行為から外れたものではないものです。
ほんのちょびっと外れる程度なのですから、勝手にやっちゃえばいいんです。
最初は周りもガタガタ言うが、他人の期待に応えるいい子に成る必要はないという事です。
だからといって、悪い子に成れ!っていう二元論の単純思考でもなく、当たり前に好きなものは、
好き、やりいことはやりたいという事を言えるテクニカルな表現術は西洋から学ぶというのも
一つの手ですという事です。その一つの技術が、「アサーティブ」を理解するという事でもあるのです。

76 :
以上がテクニカルな、一般人寄りの人向けの話しです。ここから先は信念が強い、ある意味
頑固者、または、純粋、素直、実直、誠実、真心、こういった人間性を信じている者向けに
語るならば、信じる力というものを強化する必要があるでしょう。正確に言えば、
絶対的根拠あるもの知るという事です。絶対的根拠に基づく全ての選択は、
俗世間のアツレキや空気に同調しようとする圧力や障壁に屈する事は不合理だと知り、
抗(アラガ)う事が合理的だと知る事になります。
さらに、絶対的根拠に基づく行動は、自分のコントロールの及ぶ範囲を正確に知るという事であり、
無理が無くなります。無理が無くなれば、邪魔という抽象的な対象物は消滅して、具体的な
邪魔の正体が見えてくるわけですから、後は、対処法について専念すればいいわけでしょう。

77 :
絶対的根拠というものは、どんなものがあるのか?
それは、忘れてしまったものを思い起こす。フタをしてしまったものを空ける。
誰でも当たり前に知っている人としての正しい行いをすることの恥ずかしさ。
人は死ぬ。他人と自分は趣向が違う。しかしながら、人とは共感しえるという事は、
人がもっている、または生命がもっている共通認知というものがある。
宇宙から生まれたのだから、宇宙と同調すればだれとでも共感できる等でしょう。
こういうものは感覚であり、まずは信じてやってみると、経験として知る事ができるわけです。
すると知る事になります。そして孤独と孤立の問題があります。

78 :
>>64シラフでやりましょう。
  いいえ、ぶりんぶりnじゃなきゃ!!
  

79 :
俗に流れる人々は多勢の考えを盲目的に信じ、自分を見失い日和見主義(ひよりみしゅぎ)
今で言えば、損得勘定や守銭奴。まあカネの奴隷化に陥る魂を支配者に売り渡した者が、
集団徒党を組むでしょう。それが流行や常識ですが、それとは別の次元の価値観で、
生きてゆくとなると、孤立や孤独は避けられません。但し、彼らからの孤立や孤独であって、
私たちは、私たちで繋がっているという事も同時に知る必要があるという事です。
このような繋がりは、ネットが手っ取り早いし具体的でしょう。本来は、繋がりを
感じ、見えない世界のコミュニティーと同調して協調作業してゆくのがよいのですが、
その前段階では、ネットも有効活用できます。例えば、私がお勧めするものの一つに、
岡田斗司夫のネットゼミなんかは参考になるかもしれません。下記はニコミニMP3ダウンロード集です。
http://www.nicomimi.net/tag/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E6%96%97%E5%8F%B8%E5%A4%AB

80 :
だらだら書いてきたわけですが、この馬鹿げた社会に抗え!って事です。
もはや、いい子ぶっていても、守銭奴的に考えても合理性はないのです。
ハッキリ言って、食えねば泥棒する事すら合理的選択ですし、違法でも
生きるという、基本的人権の尊重を死守する行為に照らして合法なのですから、
違法行為すら合理的だという事なのです。私たちの現実に制度がおいついておらず、
制度の奴隷達もおいついていない。だから、まともな者は、ほとんど邪魔ばっかの
世界が、今の現実でしょう。だから抗え!やれ!って事になります。
そういう論壇(ロンダン)がニコニコなどの新しいメディアに集まってる流れが
あるから、その流れにのるもの一つの手であり、ある種の連帯の手段でもあります。
でも日常は私たち一人一人の抗う行動にかかっています。

81 :
俺は何度もことあるごとに、人は対等だと言ってきたけど
ことごとく否定されてきたな。
ただ、それぞれに違いがあり、違う経験をしてきただけなのに。
対等であるという事実を受け入れて初めて、他者への尊敬が生まれ
その他者との関係の中で学ぶことが出来るのに。

82 :
例えば、今すぐに、奴隷を解放したらどうなるか?
彼らは、迷うでしょう。もともと欲張りでクレクレ君という餓鬼で、
馴れ合い、周りをキョロキョロ見渡し、自分の行動を決めるマシンですから、
その行動や選択そのものが「悪」であったと知る事を行き渡らせなければ
なりません。
その段階が過去(つまり今)の馬鹿げた社会制度のカラクリを
知ってゆかねばならないのです。この世界は暴力と競争が支配的で、その合理性が
もはや崩れています。だからこのような世界になったカラクリが分かった!という
人々が多勢になってくるにつれて、新しい、カーテンの向こう側が、こちらの
世界にやってくる。つまり現実である日常生活に反映されてくるわけです。
今は気づきが早い人達は耐える時という事で、時には、抗い手本を見せる段階だという
事になります。

83 :
ようするに、ぶっちゃけて言ってしまえば、この世界には、バカが多く、
わりと地頭が良いヤツのマネをする秀才君の理屈屋がおり、あとはそれについてゆく
人達で更正されている。ついてゆく人達じゃ、なんもできない。
政治もそういう奴らが従事って居る。だから資本家がのさばり支配権を必死で
死守しているが、彼らは損得しか浮かばないから、今を基準に考える事しかできない。
オルタナティブな制度設計すらできない。だから、彼らが気づくまでちいとまつしかない。
その一方で、お前らはまともだから、自分自身で自分がまともだという事をしっかり
みとめろ!って事です。そんで出番を待て!って事です。実際、お前らの後からついてくる
やつや、お前らを認め始めているヤツも多いはずなんです。そういう奴らを支えてやれ!以上。

84 :
もっとぶっちゃけて言えば、バカ共の言う合理性などという空っぽの言葉は、
もうウンザリだ。その根拠が金儲けだろう。でもカネは無い。
だったら、分けるしかないだろ!でなけりゃ金持ちも自滅だ。
栽培をしたひとなら分かるのだ。金持ち気分。つい分けたくなっちゃう気分。
このように答えというものは、無いのではなく、既に在ることのをすれば本当は良いのです。
まどろっこしいブレーキバッカかけるこの社会にウンザリである。これが私の憤りだちゅう事です。

85 :
愚痴ばっか

86 :
まあでも吸って落ちつきんしゃい

87 :
>>85
「愚痴ばっか」という愚痴が出るならば、でも吸えって!って事なのです。

88 :
ジャンキーさんこんにちは。
「もし」と「例えば」の違いを教えてください。

89 :
岡田斗司夫は言ってることも興味深いけど
超ピザデブから短期間でスマートな体型なって自らの実践を記して
一冊だしましたよね。なんか俺はそっちの方が興味ある
「レコーディングダイエット」っていって要約すると
食べたものとiをメモれば痩せるよってな事で、おれは元々痩せてたけど
マンチー食い過ぎ(悔い過ぎ)対策や食以外の応用にも少し役立った。

90 :
ジャンキーの話たのしい^^

91 :
ジャンキー、染みるよ。
いつもありがとう。

92 :
>>84
>まどろっこしいブレーキバッカかけるこの社会にウンザリである。
全くもってその通りでですね、変な法律や条例ばかり作ってますね。
河川敷でバーベキュー禁止条例とか、全くもってアホじゃないかとね。
原因はゴミを持って帰らないマナーの問題なのだけど、どんどん自由が制限されていきます。
もう音楽を聴きながら自転車に乗る事も出来ませんね。
しかも違反したら罰金ですよ、金とられるんですよ。
それこそ違反した者は罰金ではなくて河川敷の掃除をさせればいいんじゃね?と思うがw
植物など自然破壊で絶滅がどうの言ってるくせには絶滅させようとしているのだから、
こんな変な事はない。
昔から自然に生えている雑草でしょうにw

93 :
ジャンキーの意見、とても参考になりました。
ありがとうございます。

94 :
>>84
>ジャンキー
社会のシステムとか陰謀とかは一旦おいとくとして
自然界に存在するパレートの法則(通称80:20の法則)なんかはどう考える?
人間だって自然淘汰や食物連鎖からは逃れられんかもしれんよ?
http://www5a.biglobe.ne.jp/~NKSUCKS/jinseiw.html

95 :
>ハッキリ言って、食えねば泥棒する事すら合理的選択ですし、違法でも
生きるという、基本的人権の尊重を死守する行為に照らして合法なのですから、
違法行為すら合理的だという事なのです
浮浪者が多分空き缶かなんか集めたなけなしの金で値引きされた食パンなんか
買いにくるんだが、なんつーかもっとやりよーあんだろとは思う
しかし違う立場の他の誰かからみれば今の自分もまた、似たように思われているのかもしれん

96 :
てす

97 :
俺が初めて「うざい」と言う言葉を知ったのは幼稚園の頃だった。
幼稚園の同級生が、俺に向かって「うざい」と言った。
俺の何らかの行動を刺して言ったんだと俺は思っている。
声の感じで、劣等感もしくは罪悪感に関係する事だと無意識に感じていた。
意味が分からなくて、家で親に聞いたら「腹が立つって事よ」と言っていた。
無解釈の感覚に初めて解釈が入った時。
まぁ解釈、信仰を様々俺はやってきたが、
例えば、「うざい」とか「太もも太い」とか罪悪感、劣等感、恥、恐れに当たるものもあれば、
自分が絶対者だと純粋に思っていて、それは信仰、解釈だが
それで罪悪感、劣等感、恥、恐れを感じることは無いだろう。無害な解釈もある。
今の俺の問題意識は、
劣等感やらの解釈が自分が絶対者であるという信仰を弾くと同様に、
自分が絶対者であると信じているものはその信仰が逆に劣等感の信仰解釈を弾くバリヤになるってことである。
解釈、信仰が介入するタイミングは思い出せる。
具体的な行動を刺して、それに当てはまるなら、それだ。絶対者だ、罪だ。
こういう事だと思う。
信仰を変えるタイミングは、罪な行動をして感じて、その時、選択する。
別に解釈しなくてもいいけど、無害でバリヤになる解釈が絶対者なら解釈してていいと俺は思う。
以上は俺個人の事。
こんな風に俺は思った。

98 :
働かずに食う飯は旨いか?という質問はナンセンスだと俺は思う。
罪悪感は無い。
親が作る料理は味が濃い。
自分で作るより、親が作ったほうが旨いが。
そういう意味の旨さを俺は求めない。
別の意味で自分で作った飯は食べるし、
料理を作ったり、洗濯干したり、たたんだり、掃き掃除したり、
枕カバー自作したりすれば生活感はでた。
この世は無意味で先は分らない。失望ではなく絶望感は漂うが。
生活感はでる。
走ってるとき、息が上がるとき、呼吸を整える時。
何も考えていない。

99 :
たいていの人に赤ん坊の頃の記憶がないのは
記憶は情報が処理(解釈か?)されて初めて成り立つものだから
幼稚園の頃あんまおぼえてねーな
赤ん坊の身体性は見習いたいわ。どこにも強張りや緊張がみあたらぬ
首がすわらぬ程の超ダウナーリラーックス!

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