2011年10月1期哲学ルソースレ
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ルソースレ
- 1 :11/02/22 〜 最終レス :11/09/16
- あずまんのおかげでルソーがちょこっと盛り上がってる?
みんなよもーぜ。最近、面白い研究とかある?
- 2 :
- 学問板なんだからもうちょっとスレの立て方気をつけようよ。
東なんて屁とも思ってないような人間だってルソー読んでるんだから。
- 3 :
- >>2
どこが屁でもないのか、聞きたい。学問としてルソーってのも変な気はする。
- 4 :
- 基本ジョンロックだろ。
ルソーは理想主義的すぎる。
- 5 :
- ルソー300年かもうすぐ
- 6 :
- 仲正昌樹のルソー本読んだ香具師いる?
- 7 :
- >>6
よんだ。なかなか面白かった。書評とかブログとかないのかな?
- 8 :
- 「孤独な散歩者の夢想」では
なんでルソーはあんな変な独白してんの?
- 9 :
- 透明志向だから
- 10 :
- >>7
今探したらそこそこあったわ
買ってみるかな
- 11 :
- はてブに仲正昌樹本に対する面白いエントリーあったきがする。おれ、まだ読んでないけどw
- 12 :
- >>11
是非紹介をw
- 13 :
- ルソーってなんかデカルトやスピノザとかと違って研究対象って感じじゃないよな。みんなひきこもってルソーを読む、みたいなw
大学で研究とかしてるやついんの?
- 14 :
- >>13
なんで違うと思う?どこが違う?
- 15 :
- いま「孤独な散歩者の夢想」読んでる。
みんなの感想ききたい。
- 16 :
- >>14
ルソーは精緻な議論より、感情的なエッセイ主義者って印象。
おすすめのルソー論ってある?ルソーの議論を逐一注釈してるような。
なかなか本屋でルソー論みないよね。
- 17 :
- >>16
作田啓一、福田歓一
- 18 :
- >>16
細川亮一
- 19 :
- デリダのルソー論なぞすぎワロタ
- 20 :
- 一般意思2.0にて華麗に復活したルソーたん!
- 21 :
- ルソーに傾倒してる人間って
みんな社会不適合的な性格だよね
- 22 :
- ↑お前が哲学をわかってないだけ
- 23 :
- そうそう
こういう感じですぐヒステリックになる人間が多い
- 24 :
- a
- 25 :
- 『孤独な散歩者の夢想』読み始めたよ
- 26 :
- >>25
おれも
どう?疲弊のあとの一種の安ど感がみえるよな。
なんか自分も今苦境にあるんで、肺腑にしみる...
- 27 :
- >>26
まだ読み始めたばかりだけど、好きだと思うな
スピノザ〜ニーチェ系列の、対孤独というか
対孤立を開き直って受け入れる強さみたいなもの、かなあ
- 28 :
- みんなおれのこと嫌ってるYO!
- 29 :
- ルソーはくせが強すぎるし、「学術」て感じではないし、
同時代人にも嫌われてたみたいだけど、
死ぬほど共感できる部分も多い。
おそらくフランス革命の先導者たちの多くもそうだったんじゃないだろうか。
- 30 :
- そういえばルソー研究家って聞いたことないな。
ニーチェ、ヘーゲル研究家なら山ほどいるんだが・・・
しかしそれ故に革命を起こしたしそんなルソーが俺は好きだ
こいつの言ってることは普遍的なことが多い。
「エミール」でもそうだし。
間違いなく天才タイプだな。
あと孤独で仲間もあんまいなかったらしいな。
でもカントはルソーを滅茶苦茶高く評価してるよな
>>21
はいはい、そうですよーと。
>>16
そう、まさにそんな感じ。革命家、扇動者って言葉がピッタリ。学者ってタイプではないな。
論理詰めで議論を展開していくのではなく感情的、暴力的、人間の奥底に深く問いかけてくるイメージかな
中島義道に近いものがある。そうえばこいつもカント研究家だったな
- 31 :
- ラッセルの『西洋哲学史』のルソーの章は面白かった。
和訳されたルソーが詰まらないのは、
ルソーが提示した逆説を日本の翻訳者が真に受けたからじゃないのか?
- 32 :
- 「一般意志は誤らない」って言うけど、一般意志に異議を唱えちゃいけないの?
「一般意志2.0」にも言えることだ(むしろこっちに言いたい)けど、
「これは数学的に(ベクトルとかなんとか?)正しい共同体の意志なんだから、絶対に否定してはならない」ってか?
それってアヤウクないか?
深層心理テストとかやってさ、「あなたの深層心理はこうです!」って結果が出てさ、納得いかなかったり、釈然としなかったりした経験のある人、いるでしょう?
それと、「一般意志は人の秩序ではなくモノの秩序」と言うけれど、それだと、なおさら一般意志の可視化なんてできないと思う
なぜなら、「モノの秩序」は流動的なもので、「可視化」したところで、どこまで行っても「今、ここ」における共同体が欲している本質をキャッチし損なうのではないかと思うから。
それはドゥルーズやデリダが語りつくしたことではなかったか?
うーん、ついつい、どちらかといえば「一般意志2.0」に対する批判になってしまった
スレ違いと言うなら、スルーしてもらってもかまわん
- 33 :
- >>32
くわしくはないのでまちがってるとこあったら教えてほしい。
仮に個別の特殊な利害を構成員全員が度外視できているものとして、仮に一般意思なるものが合議体のなかで見出されたとしてとすれば、それに納得いかなかったり釈然としなかったりするひと
はいないはず。したがってその判断を採用しない道理はどこにもない。
現実にはありえそうもない仮定ばかりだけど、空想上の論理としては一般意思は正義とか言いようがない。
現実上の民主主義ではとてもそうはいかないからアヤウサが発生するのではないか?
後半は決定事項の固定と、その後の意思の流動性の問題のことを言ってるのだろうか?これも理念上では問題なく、現実の実務レベルで考えたときに生じる問題だと思う。
ルソーの理論は理念上ではうまく機能して成り立つけれども、現実にはありえそうもない想定ばかりになってると思う。
「一般意志は人の秩序ではなくモノの秩序」というところがよくわからなかった。
共同体を実体的なものとしてみてるにしても、意思がモノの秩序とは?経済レベルや労働レベルの動きというかたちで意思をとらえるという意味ならわからなくもないけど。
- 34 :
- 真面目なスレになる予感!
- 35 :
- 異議が出ている時点で一般意志は成立していない。
一般意志が成立した時点で、個別の意見はすべて一致していなければならない。
だから、一般意志は常に正しい。(この場合の「正しい」は構成員に対して)
一般意志を成立させようとするとき、
各構成員は自分の個別の意志を度外視し、個人としての自分を犠牲にするわけではない。
むしろ議論の場で、自分の利害に基づいて意見を出さなければならない。
そうやって、いくつもの個別の意見が出される中で、
問題に対する多角的視点を持てるようになり、
全ての人が納得できる合意が形成される。これが一般意志だ。
現実問題として、こんなに上手くいくわけはないが、理念上はこれで問題がない。
ただ、ココに全体主義的危うさがあるんじゃないの?という指摘は、まぁ当たってる。
- 36 :
- >>32
一般意思っていうのは共同体(=国家=国家の構成員の総体としての人民)の意思ね。
人間は自分自身について何が最善かを誤らない、というのが前提。
(悪いとは知りつつもアル中のために酒に溺れるという場合でさえ、
実は健康を自分にとって善いものと知っているという点で誤りがない。)
国家と人間のアナロジーから国家の意思は国家について何が最善かを誤らないということ。
これは単なるみんなの私的な意見の総計(全体意思)とは異なる。
全体意思は誤る、つまり一般意思と矛盾しがちだと言われる。
例えば、財政的に厳しい国家を維持するためには増税が必要だが(一般意思)、
国民の一人一人は増税はいやだから投票結果は減税に傾く(全体意思)みたいな感じ。
(具体的な手続きとしては>>35の人の言うとおり。ルソーは政党政治を認めない。)
物の秩序における物とは国家の意思表明としての法のこと。
一般意思への従属が物の秩序に属するというのは、
一般意思の表明である法にのみ人々が従い、互いが他の人間の意思に従属しないということ。
もし法が特定党派の意思に従って作られていればそれは一般意思とは矛盾するし、
その場合物の秩序でなく人の秩序に属するといえる。
人々の流行を追いかける大衆迎合的な政党政治の場合など。
- 37 :
- >>物の秩序における物とは国家の意思表明としての法のこと。
じゃあ最初から一般意思による法は特殊意思に優先するといえばわかるのにあえて物というわけだから、そこに意味があるんでしょうか?
共同体や共同体意思による法を個々の人間とは離れたひとつの実体とみなして、こちらが優先するくらいのことですかね?
それと、個と共同体意思が一致した境地の意思が一般意思でいいんですかね?とすれば全体主義的危うさは理念的にはないということになる。(個人の自由と共同体意思の止揚)
当然全会一致ですよね?ありえんな〜〜〜・・
>>国家と人間のアナロジーから国家の意思は国家について何が最善かを誤らないということ
国家にとっての善は、一般意思にとってはおのずから明らかでわかってるはず、ということ?う〜〜ん。あくまで理念上だよね。実際問題としてはケースバイケースじゃ・・・。
- 38 :
- >>36
おー、なるほど
>(悪いとは知りつつもアル中のために酒に溺れるという場合でさえ、
>実は健康を自分にとって善いものと知っているという点で誤りがない。)
>例えば、財政的に厳しい国家を維持するためには増税が必要だが(一般意思)、
>国民の一人一人は増税はいやだから投票結果は減税に傾く(全体意思)みたいな感じ。
この例えは極めてわかりやすい。すぐに腑に落ちた
俺はここからすぐにカントを連想した
「たとえ極悪人ですら、――つねづね理性の使用に慣れていさえすれば、意図の誠実さ、善なる格律を守り抜く堅忍不抜、或いは同情心や博愛心
(略)等の実例を目の当たりに示されれば、自分もまたそのような心構えを持ちたいものだと思わない人はあるまい。
ただ彼は、自分の傾向や衝動が強いために、なかなかそのような心構えになれないだけである。しかし彼は同時に、自分にとってさえ煩わしい
かかる傾向から離脱することを希望しているのである」(『道徳形而上学原論』 岩波文庫 159-60頁)
・・・・とノリノリで引用してたら、その直後でカントが「物の秩序」について言及してるじゃないか
「してみると彼とても、感性の衝動に煩わされることのないような意志をもって、とにかく考えのなかでは、感性の領域における彼の欲求の秩序とは
まったく異なるような、物の秩序のなかに身を置くことができるのだということを証拠だてているわけである」(前掲書 160頁)
「物の秩序」って、もっとスピノザ、シェリング、ニーチェ、ハイデガーが描いたようなギュルギュルと流動する大地自然の秩序のことかと思ってたけど(笑)、
カントでいう「可想界(英知界)」のことなのね これは多分、単純な誤解だったと思う
- 39 :
- ん、まてよ
>>35
>各構成員は自分の個別の意志を度外視し、個人としての自分を犠牲にするわけではない。
>むしろ議論の場で、自分の利害に基づいて意見を出さなければならない。
これはあんまり「カント的」な感じがしないな
まず各人が「ホンネ」で語り合って、あとで弁証法によって各人の(感性界に属する)欲望をそぎ落としていって、
「可想界」=「一般意志」を抽出する、ということだろうか?
- 40 :
- 理性崇拝ってことでは共通してるだろうけど、
ルソーの一般意思とカントでいう個々人の自律的な道徳律(定言命法)とは
また別だろう。ちがうか?
- 41 :
- サイニーで読めるルソー研究おしえてー!
- 42 :
- ちょっと手元の『社会契約論』をパラパラと読み返してみる
「全体意志と一般意志には、しばしば多くの差異がある。
一般意志は共同利益にしか注意しないが、全体意志は私的利益を注意するもので、
特殊意志の総和にすぎない」(井上幸治訳 世界の名著版 252-3頁)
なるほど、確かに、果たして「共同利益」がカントの考えているほど普遍的な(いつ・どこでも・誰にとっても該当する)ものかといえば、
まあ、そうではないだろうと思う。つまり、状況によって変わるものではないかと
(税金で言えば、共同利益のために、増税す「べき」ときもあるだろうし、減税す「べき」ときもあるだろう)
あんま詳しくないけど、多分、このへんはヘーゲルの問題圏でしょうね
- 43 :
- でもなぁ、だとすると、やっぱり
>>33
>後半は決定事項の固定と、その後の意思の流動性の問題のことを言ってるのだろうか?これも理念上では問題なく、現実の実務レベルで考えたときに生じる問題だと思う。
そうそう、そうなのですよ
一般意志がそれ自体において誤らないのはよくわかった
しかし、それを実際に施行したときに、果たして絶対に「誤らない」保障はあるんかな、と思うんだよな
もっとも、ルソーの問題はむしろ「法をいかにしてつくるか」というほうに力点が置かれてるから、
そのあとの事について批判するのは、的外れかもな、とも思うけれども
- 44 :
- >>39
言葉足らずで申し訳ない。
個人の利害を消していくことで一般意志を成立されるんじゃなくて、
個々の利害の内に一致点を見出す(作り出す)ことが一般意志を成立させることになる。
だから、個人の欲望(利害)が捨て去られてはいけない。
むしろ、個人が欲望(利害)を持ち続けていないと一般意志は成立し得ない。
この辺はカントとは違うと思う(カントはあまり詳しくないからはっきりしたことは言えないが)
>>40>>42
その通りかと思う。
一般意志はカントの考えるような普遍的なものじゃない。
一般意志は、特定の集団(共同体、国家)に対して一般的であるに過ぎなくて、
例えば全人類にとって一般的であるようなものじゃない。
もちろん理屈として全人類を一つの集団と見なして、そこに一般意志を考えることもありえなくはないけど、
ルソーはそこまで考えていない。むしろ基本的には都市国家程度の共同体を念頭に置いている。
少なくとも『社会契約論』ではそれがはっきりしている。
- 45 :
- >>43
>実際に施行したときに、果たして絶対に「誤らない」保障はあるんかな
確かに、
一般意志が誤りえない、ということと、
一般意志として望む内容をちゃんと実現できるかどうか、は別問題だ。
ルソーもこのことは良くわかっていたようで、
「立法者」という特別な存在をもってきてこれに答えようとしている。
一般意志を実行に移すというのは、
一般意志に沿う法体系を作ってそれに人々が従う、ということになるわけだけど、
ルソーは、この具体的な法体系の整備を「立法者」に担わせる。
しかもこの「立法者」は神々のような英知を持つものとして描かれている。
「立法者」はその類まれな能力をもって、
一般意志の内容を正確に実現できるような法体系を作り上げる。
つまり、一連の流れを誤解を恐れず示すと、
一般意志の成立→「立法者」による法の整備→法の履行、ということになる。
ルソーは一般意志の成立だけで、法が成立するとは考えていなかった。
だから、実行のレベルという観点から見たとき、
そこに至るまでに、ルソーの考えは大きな二つのハードルを抱え込んでることになる。
一般意志の成立の難しさと「立法者」という存在の難しさを。
この辺りがルソーの理想主義ぶりを良くあらわしていると私は思う。
- 46 :
- >>一般意志の成立の難しさ
たしかに争点によっては一般意思などありえないんじゃないかというものも多いな。現実には。経済政策や社会保障政策にしろ。止揚はできない。
現実には全体意思で妥協するしかない。ルソーはあえて理想的原理としての民主主義を提示して、民主主義の妥当性を強調したかったんだね。
>>実際に施行したときに、果たして絶対に「誤らない」保障はあるんかな
この場合の「誤らない」は政策の運用の結果に誤りはないという意味ではなく、判断・制定の手続きの正統性という意味で一般意思によるなら「誤らない(正義)」
というよりほかない、って意味だよね?それなら納得。
- 47 :
- >>44
>個人の利害を消していくことで一般意志を成立されるんじゃなくて、
>個々の利害の内に一致点を見出す(作り出す)ことが一般意志を成立させることになる。
ふむ。
ホッブズ以来の社会契約説の発想を、ほぼそのまま継承している、と言えそうだね
(たとえば、「なぜ人をしてはいけないか」という問いに、ホッブズなら「それは自分がされないためだ」と答えるだろう)
しかし、ホッブズ倫理学はどこか「狡知」で、しかたなく妥協点にしたがっていて、そしてなにより、最初から最後まで自己中心的なイメージ「しか」俺は浮かばないのだけれど
(「あ、それは誤解だ」という人がいたら教えてほしい)、
それに対してルソーは、共同体の秩序が保たれていることに、ある種の「美しさ」を感じているようである。
文字通りの「美徳」だ。これがホッブズとルソーとの違いで、そしてその点(徳に対する美的感性)がドイツの哲学者たちに受け継がれていくのではないかなぁ、と俺は思ってる
(まあそれにしたって、カント倫理学は明らかに「社会」「共同体」を超え出てしまっている代物だけどね)
「互いに結合した多くの人間が、みずからただ一体をなすものとみなしているかぎり、彼らは、ただ一つの意志をもっており、
この唯一の意志は、共同の自己保存と全体の福祉にかかわるものである。その場合には、国家のすべての起動力は活気にあふれ、
質実であり、その格率は明瞭で輝きに満ち、国家は、混乱し矛盾した利益をもつことはない。また共同の福祉はいたるところに明白にあらわれ、
それを認めるには、ただ良識を必要とするだけである。平和と団結と平等は、政治家の狡知の敵である。公正で単純な人々は、その単純さのゆえに欺きがたい」
(『社会契約論』第四篇第一章「一般意志は破壊することができない」 前掲書320頁)
とはいえ、「道徳に対する美的感性」は、言うまでもなくルソーにとっては「公共性に対する美的感性」(美しい国、ってか?)ってことになるから・・・・・
一歩間違えば(間違わなくても?)それこそ「全体主義の起源」になりそうな気もする
- 48 :
- 岩波思想で特集されてたよねー。
- 49 :
- >>それこそ「全体主義の起源」になりそうな気もする
カントが気づいていたのかはしらんが、
彼のいう自律的な格率による規律(という意味での自由)を冒す危険ははらんでいるかもしれない。
- 50 :
- タルモンがいうようにルソーの全体主義は右翼じゃなくて、左翼全体主義だからな!
- 51 :
- 告白おもしろいね。
- 52 :
- 明日中になんとか『孤独な散歩者の夢想』を読みきるつもりです
ルソーってそんなに迫害されてたっけ?
学生時代はテツガクにあまり興味無かったから忘れちっC
- 53 :
- 当時にしちゃ相当な危険思想だろ。
戦前の日本でいえば共産主義や天皇制廃止論並み。
- 54 :
- >>52
クリストファー・ボーモン氏への手紙ってやつを読んでみるといいよ。全集でしか読めないが。
フランスで、プレイヤード版じゃない新しいルソー全集でるね。楽しみだわ。
- 55 :
- おいおい、話題なし?
- 56 :
- 死にたいくらい悩んでいる若者に贈る、『ソラニン』三木監督からのメッセージ
──今まで数多くのPVを手がけてきたわけですが、劇場用映画の監督は、また違うものでしたか?
三木:違いましたね。撮りながら気づいたことがあります。PVは、短い時間
の中でどこまでイメージを膨らませるかという瞬発力が重要。でも映画は、2時間と
いう長い尺の中でペース配分を考えながら、主人公たちの気持ちを積み上げていく構成
力が大事。100メートル走とフルマラソンくらいの違いを感じました。
それから、PVの映像表現は、様々なものをプラスしていくことが多い。一方、映画は、物
語を理解してもらうために、いらないものをそぎ落としていく引き算の演出が必要。そこも、大きく違うとこ
ろでしたね。
──人生を探しあぐねている主人公・芽衣子。そしてその恋人で、音楽での成功を目
指しはじめる青年・種田。誰もが通り過ぎる青春模様にも思えますが、監督自身も似たような体験が?
三木:そうですね。大学時代は、こんな風にフワフワした感じの時期がありました(笑)。
──監督する上で、どんなメッセージを若者たちに伝えたいと思いましたか?
三木:主人公たちが置かれているような停滞している時期というのは、意外と幸せなん
だよ、と。そして、その時期を大切にしてほしいと思うんです。
この時期、何が辛いって、やるべきことを決めなきゃいけないことが一番辛いんです
よね。若い頃って、何でもできるし、何にでもなれると思っているものだけど、段々時
間が迫ってきて、選択肢が限られてくる。そして、ある地点で1つの道に絞らなければなら
ない。選択肢をなくすということは、すごく痛みを伴うことだと思うので、ぜひその手前のモラトリアム期間
を大切にしてほしいな、と。
ただ、若いとそんな風には思わないものですよね。みんな何かしら悩みを抱えていて、「
死にたい!」と思うくらい悩んだりしている。大人になってみれば、それは大した悩みじゃ
ないって分かるんですけどね。
- 57 :
- 『エミール』は好きじゃ無いな
- 58 :
- >>57
長くてダルい本
- 59 :
- エミール最高やん。
理解できない奴は心がどす黒く染まったアホ。
- 60 :
- なんか話題ないの?
- 61 :
- 1755年リスボン地震wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/1755%E5%B9%B4%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87
ジャン=ジャック・ルソーもこの地震による被害から衝撃を受けた一人であり、その被害の深刻さ
はあまりにも多くの人々が都市の小さな一角に住んでいることから起こったものだとした。ルソー
はこの地震による人災を、都市に反対し、より自然な生活様式を求める議論に引用した。
- 62 :
- 社会契約論感動した。
- 63 :
- ルソー全集の刊行遅れてるな
- 64 :
- カントが、ルソーの影響を多分に受けていると知り、
ルソーに興味を持ちました。まず初めに、社会契約論
辺りから呼んでみようと思うのですが、前もって知って
いたほうがいい事や読んでいたほうがいい本などあったら
教えて下さい。お願いします。
- 65 :11/09/16
- 特に予備知識なく読める
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