2011年10月1期戦争・国防大東亜維新史観
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大東亜維新史観
- 1 :08/11/01 〜 最終レス :11/07/15
- 大東亜戦争は自衛戦争だったと東条英機は主張し、東京では侵略戦争であったと断定され、
戦後はGHQの洗脳作戦により朝日新聞やNHKをはじめとするマスコミ各社は総力で東京史観、
GHQ史観、日本悪しかれ論、WGIPの拡大再生産に務めてきた。
確かに戦争は無い方が良い。
だが、勝てば正義なのか?敗北すれば悪であり、一切の主張は否定されねばならぬのであろうか?
- 2 :
- 大東亜戦争の開戦の責任は、実の所、日米双方にある。その事情は
平泉澄著『日本の悲劇と理想』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764602407.html
にアメリカが何重にも日本に先制攻撃をさせようとしており、アメリカが対日戦を開始する大義名分
を得ようと画策していた事が書かれており、
猪瀬直樹著『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年の敗戦』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4418836047.html
にも、近衛内閣で主戦派だった東条英機が、予想外の大命降下に戸惑いつつも、天皇陛下の和平
交渉継続の意志を汲み取り、主戦派から和平派へ転向し、苦しい努力を45日間続けた後、統帥権
の独立を振りかざす統帥部(大本営)に開戦を押し切られてしまう件がある。
日本には開戦への意志と和平への意志が半ばしており、日米戦必敗も承知であった。
一方、アメリカは真珠湾攻撃が無くとも、インドシナ沖に偽装軍艦「ラニカイ号」を送り込んで日本海
軍に攻撃させ、日米開戦の大義名分を得ようとしていた事も明らかになっている。
このやり口は、ベトナム戦争開戦の口実にアメリカが起こした「トンキン湾事件」にそっくりである。
- 3 :
- いずれにせよ、大東亜戦争は日米戦となり、末期にはソ連までが参戦、日本は地球上のほぼ
全ての白人帝国主義国家との戦争を一身に受ける立場となり、原爆を2発投下され、日本の国土
は焦土と化し、世界第3位の海運力も完全に壊滅し、日本人は300万人以上が亡くなるという、
完全な敗北を喫した。更に、東京が行われ、いわれなき罪に問われ、
異常な”インチキショー”はアメリカ主導のもと、日本の伝統と歴史の破壊と共に強引に進めら
れた。それと同時に強要された東京史観、日本悪しかれ論、WGIPは今なお日本を傷つけ続け、
NHKや朝日新聞、毎日新聞、テレビ朝日、TBSらが嬉々としてこれを拡大再生産し、多くの日本人が
これを鵜呑みにし、捏造と歪曲に基づいて祖国に誇りを持てないという状態に落ち込んでいる。
だが、その堪え難い犠牲と引き換えに、アジアの諸国は、例えば400年間、オランダの植民地だっ
たインドネシアが独立した。インドネシアは一時は共産主義に傾き、多大な犠牲を払って現在は民主
主義国家となっている。ベトナムやカンボジア、インド、それぞれ辛酸を舐め尽くして、独立国となった。
- 4 :
- 大東亜戦争だけを切り取り、東京史観のみを無批判に受け入れるならば、実にアメリカに
都合の良い、そして日本を掣肘したい中国や韓国、北朝鮮、ロシアにとって実に都合の良い状態
を肯定することとなる。つまり、利敵行為、反日行為、売国行為に他ならず、戦勝国、超大国に迎
合しているに過ぎない。
大東亜戦争を包摂し、その前後の期間も含めて俯瞰してみると、それが大日本帝国の本意であ
ったかは単純ではないが、少なくとも掲げた理想の一つであった、米欧の専横を排外し、アジア諸
国を独立させる事には最終的には成功している。戦争には確かに敗れたが、結果的にはアジア諸
国の独立を誘導したという、世界史的、人類史的壮挙を成し遂げている。
- 5 :
- 未だ、大東亜戦争、太平洋戦争については一方的に日本だけが悪という観念が定着し、反日
マスコミによってアメリカの流布したとおりの言説が拡大再生産され続けている。だがここで、
大東亜戦争を包摂したより広い視点で、多大な犠牲を払った事を承知の上で眺めれば、”大東
亜維新”とも呼ぶべき活動を日本は成し遂げたのではないだろうか。無論、それを目指した
統一された意思が大日本帝国にあったわけではなかった。結果的にそうなった、というものでも
あるが、それはまるで明治維新期の激動にも似ている。
維新志士たちが、当初は朱子学から皇国史観に目覚め、国体を意識し、倒幕を指向し、尊王攘夷
を掲げた。然る後に、開国派と佐幕派の激突となり、鳥羽伏見の戦より戊辰戦争、そして明治維新
となり、明治新政府が開かれたが、それは志士が描いたものとは乖離していき、予想外の時代とな
っていったが、結果的には日本は欧米列強に肩を並べ、日清、日露戦争にも勝利するに至った。
日清戦争は日本にとって全世界にも等しかった中華に勝った歴史的快挙であり、中国への盲目的
な憧憬、尊敬、劣等感を超えて飛躍していく契機ともなった。日露戦争も同様である。
- 6 :
- 大東亜戦争を、”大東亜維新”として見直すと、自分の祖父が南海の孤島に、補給も援軍も無く
戦死し、何の恩賞も無い事も敢えて受け入れ、決して人類史に於て無駄ではなかった、それどこ
ろか、結果的には人類史を大きく変える戦いに殉じたのだ、と思えるのだ。日米開戦は勝機の無い
誤った判断だと軍事的には思うが、その結果は単なる日米の戦争を超えて、アジア諸国が独立を
勝ち取る人類史に残る岐路となった。
明治維新が鎖国の江戸幕府から日本を近代国家へと飛躍させる内戦だったのに対して、大東亜
戦争はまるで、世界規模で明治維新が再度行われたかにも見える。その最中に、多くの志士が倒
れていった。志士たちは自らが思い描いた理想とは異なる過酷な運命に直面し、殉じていった。
そして日本は満身創痍、文字通り力尽き倒れた。その悲劇はしかし、より大きな理想の実現となって
実を結んだ。
大東亜戦争は実にスケールの大きな影響を後世に残した。これは”大東亜維新史観”という捉え方
も必要ではないかと思うのだ。
そのように考えているので、田母神空幕長の論文を大いに支持する。
田母神俊雄幕僚長の更迭に抗議するスレ
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1225466695/
↑
何も間違ったことは言っていないと思うが、こうした日本の”自主検閲”こそが日本を自縄自縛に
陥れているのである。その根源は『閉ざされた言語空間』、『GHQ焚書図書開封』といった資料を
参考にすれば明らかなことである。
沖縄戦でデタラメを流布している沖縄タイムスも、元は米軍の監督下にあって、現地の取材もせず
に米軍の資料を渡されて『鉄の暴風』を捏造したに過ぎないことが明らかになっている。
いつまでも洗脳されている場合ではない。
- 7 :
- 問 「大東亜戦争は回避可能であったか」
この命題に対する答えを追究しようと、永年書を漁ってきたが、自分なりの答えは、
答 「明治憲法の統帥権の独立に依り不可能」
付 「統帥権の独立を解消すれば破滅的戦争を回避可能」
付 「軍部大臣現役武官制の停止が不可欠」
付 「軍部による内閣総辞職が不可能な内閣制を確立すること(文民統制の確立)が不可欠」
である。統帥権が独立であったのは、天皇を戴く明治新政府樹立の時期には、新体制を守り抜く
ために必要であったと思う。また、最大の功績を果たした士族=軍人の気概もあったことだろう。
武が天皇の直接の統帥を受ける事は最大の栄誉であり、また、国体を”侍ふ”という意味でも合理
であるようにも見える。だが、民主主義国家に於て”文民統制”の原則を逸脱したこの項目が日本の
民主主義を破壊し、志を失い、官僚化し、共産主義に毒された革新右翼(観念右翼とて同じ)の格好
の道具とされ、軍部独裁、軍部暴走、国家主義、全体主義への入り口となってしまった。
- 8 :
- 「統帥権の独立=文民統制の破綻」
であり、自動的に軍部が政治の制約、支配、制御から離れ、戦争が政治目標を達成するための
手段ではなく、目的化し、暴走を開始する。抑制機構が存在しないのであるから、軍部自体に戦争
を中止する、戦線を縮小する何らかの強い動機が内部から生まれない限り、破滅しない限り暴走
は止まらない。これが大東亜戦争に至る最大の原動力であったと思う。もし仮に大東亜戦争に敗北
していなかったら、石原莞爾の『最終戦争論』、或いは皇道派、統制派の願望通りに、世界覇権の
決勝戦に勝利し、全人類を支配するまで止まる事は無かっただろう。無論、これは日本ばかりでなく、
全ての国々が目指していたものであり、今なお米中露が世界覇権への野望を剥き出しにして衝突
を繰り返している。統帥権が独立していた事が、日本が軍国主義に陥る運命を決定づけていた。
「軍部大臣現役武官制=文民統制の破綻」
これも事実上の軍事政権、軍部独裁体制の樹立に直結した。戦前の日本は民主主義、議院内閣制
だ、などと言われるが、”統帥権の独立”と”軍部大臣現役武官制”により、議会の力は軍部を制御出来
ず、それどころか支配される運命にあった。これではどう足掻いても軍部の思い通りに国政が壟断され
る事となり、軍とはそもそも戦争するための組織、機関であるのだから、日本全体が戦争遂行の為の
機関に改造され、全体主義国家として破滅するまで戦争をやめない運命に陥ることとなった。
上記、明治憲法の「統帥権の独立」、「軍部大臣現役武官制」に依り軍に対する文民統制が破綻してい
た事が日本が破滅するまで戦争を追究し続ける根源だったと考える。
- 9 :
- (第二点 情報戦によって自滅的戦争は回避可能であったか)
ここまで挙げた状況が前提では、明治憲法のアキレス腱を解決しない限りは自滅的戦争を回避
出来ない事になるのだが、その上で、敢えてインテリジェンス、プロパガンダによっての戦争回避も
考えてみる。戦前からスターリンのソ連を震源地とするコミンテルンの謀略
(『大東亜戦争とスターリンの謀略』)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4915237028.html
があり、その戦略の下に中国共産党のアメリカ世論誘導を標的とした反日プロパガンダ(エドガー・
スノウ、アグネス・スメドレー、ホワイトなど)があり、更にアメリカ国内に、ルーズヴェルト大統領をは
じめその周囲に200名以上の共産主義シンパ(=ピンコ)が蠢いていたこと
(『第二次世界大戦と日独伊三国同盟』)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html
(『VENONA』、『MASK』)も明らかになっている。この状況では、ちょっとやそっとでは日本を包囲する
コミンテルンの諜報力を突破することは出来ない。アメリカは世論誘導され、反日体制に入っており、
対日侵攻計画「オレンジプラン」も立案していた(対日だけでなく、様々な方面への作戦を研究しており、
それはアメリカ軍として当然の事である)。こうした情報戦の面からも、日本は戦う前から敗北していた。
日米戦を回避する主導権を失っていた。開戦するも回避するも、日本の意志ではどうにもならない
国際情勢が数十年の期間を掛けてソ連、コミンテルン、中国の謀略によって全世界的に構築されていた。
- 10 :
- 当時、共産主義が非常に美化され、礼賛され、偽りの理想でしかなかったことが未だ露見して
おらず、全世界で多くの人々が幻惑され騙されていた事が一つ。
1929年に世界恐慌が起き、日本では昭和恐慌が起き、一方、その影響はソ連国内には及ん
でいないという嘘が信じられ、ますます日本国内で政治家、革新官僚、革新右翼、軍人、マスコミ、
文化人、大学などで共産主義に傾倒するものが増えていた事が一つ。
以上の2つの条件が、日本国内外でコミンテルンとそのシンパが跳梁跋扈する状態を生み出し、
日本国内では革新右翼=統制派+軍部暴走および尾崎秀実を代表とする「敗戦革命(≧暴力革
命)」を企図した共産主義者による戦争扇動、日本国外ではアメリカの対日姿勢の硬化へと繋がっ
ていった。
結論として、当時の日本がインテリジェンス、プロパガンダをどんなに努力しても、自滅的戦争を
回避出来なかったし、大日本帝国を存続させる方向へ世界情勢を変化させる事は出来なかった。
- 11 :
- 最後は、「外交によって自滅的戦争は回避可能であったか」である。
上記の明治憲法、情報戦の二点だけでも絶望的状況、絶対に日本は破滅を回避出来ない運命に
あったのだが、松岡洋右外相を代表する革新政治家、その背後に蠢く革新官僚らが指向していたも
のが共産主義、国家社会主義、全体主義であったことを考えると、独ソに接近しこそすれ、米英と和
解することなどあり得なかった。これも結局はイデオロギー、思想が運命を決定づけていたことになる。
しかも、独ソに接近してみたものの、独ソ戦が勃発するとソ連は敵となり、反米英の外交姿勢は自動的
に日本を”クルミ割り器”に掛け、自滅へ誘導することとなった。このことは総力戦研究所が開戦前に
予測していたことであり、合理的に考えれば誰でも分かる事でもあった。が、スターリンやヒトラーに幻惑
されていた当時の外務官僚ら、或いは日本を自滅させ、敗戦革命によって共産主義国に造り替えようと
していた者達にとっては、対米戦争を引き起こす事を目標とした。
外交も絶対に日米戦を回避出来ない運命にあった。
以上3点、明治憲法において文民統制が確立されていなかったこと、当時の世界が共産主義に幻惑さ
れ、コミンテルンの謀略が余りにも浸透していたこと、日本自身が共産主義の毒に侵され、外交も敗戦自
滅を指向していたことによって、絶対に日本は対米戦争を回避出来なかったと考える。
- 12 :
- 歴史にIfは勿論無いが、日米戦を回避し得るシナリオは唯一、明治憲法を”不磨の大典”ではなく、
改憲し、文民統制を確立することにあった。先ず之によって、日本は軍部独裁を免れ、政治主導で
外交を行える可能性が出てきただろうし、戦争が目的化することも回避出来たかも知れない。
戦争が目的化している限り、破滅するまでは戦争への指向は止まらない。
それでも尚、当時の共産主義の蔓延、ソ連スターリンとコミンテルンの全世界的謀略の浸透という
状況から日本が脱し、対抗し、自らに有利な世界情勢を外交戦、情報戦によって作り出す事は至難
であり、結局は包囲殲滅戦に倒れるしかなかったかも知れない。
こうした状況を鑑みれば、東条英機首相が東京で、或いはGHQのマッカーサー元帥が、
「大東亜戦争は日本にとって防衛戦争だった」と語ったということの意味が更に深いものとなる。
- 13 :
- 日本が自ら、文民統制を確立できていなかったという根本原因を内包していた事と、当時の世界が
共産主義思想に陥れられていた事とを併せ、当時の日本がどう足掻いても自滅戦争を回避すること
は不可能だったと考える。その上で、大東亜戦争は是か非かを考えると、敢えて、是であった、と考える。
コミンテルンの敗戦革命、砕氷船理論と軸を一つにしているにせよ、アジア・太平洋諸国がイギリス
(中国、香港など)、アメリカ(フィリピン)、フランス(インドシナ)、オランダ(インドネシア)など、白人帝国
主義の植民地とされ、アジアの人々が家畜同然の扱いを受けていた事を考えると、敢えて、最悪の中の
最善の選択では無かったか、と考えるのだ。
軍事的合理性からは、総力戦研究所の出した予測通りであり、それが悲しくもその後の歴史によって
証明されたとおり、日米戦開戦、大東亜戦争は否定されるべきであろう。だが、アジアの開放という意味では
人類史的に肯定されるべきであろう。しかし、その後、米欧の植民地支配を脱した国々が共産主義革命によっ
て多大な惨禍を歩み、ソ連を中心とする全体主義国家群が誕生する危険を招来した点では否定されるべきで
あろう。しかし更にその後、全体主義を脱し、民主主義へと進んだ点では肯定されるべきだろう。日本とアジア
が大東亜戦争によって多大な犠牲を払ったことによっては否定されるべきだろう。しかし、座して死ぬより討ち
死にを選んだ事は肯定されるべきだろう。
このように、否定と肯定を繰り返し、繰り返し、あたかも日本刀を鍛えるが如くに日米戦、大東亜戦争、
大東亜維新史観へと多角的・広角的・包括的・人類史的観点を積層していくことが出来よう。
- 14 :
- (余談)
もし、日本があの当時、ハル・ノートを全面的に呑んでいたらどうだったろうか。
アメリカは対日戦争をしなかっただろうか?否。何が何でも日本を戦争へ引きずり込んだ筈である。
それがルーズヴェルト大統領の固い意志だった。その為の謀略を巡らせていたことは既に明らか
になっている。『ラニカイ号』がその証拠の一つである。
では、大東亜戦争を日本が自ら放棄し、座して死を選んでいたら日本は、世界はどうなっていただ
ろうか。
アジア諸国は白人帝国主義に徹底的に蹂躙され、日本も分断され植民地となり、日韓併合で日本
の保護を受けていた韓国も当然、保護国であった日本を失えば、清国を見て恐れていた通りに、完全
な植民地となっただろう。そして、インドネシアなどがそうであったように、教育も受けられず、ただひた
すら家畜の如き扱いを白人帝国主義から受け続けたことだろう。そして民族浄化まで行われ、固有の
文化も言語も歴史も伝統も全てを失っていったことだろう。これは、敗戦よりも原爆よりも恐るべき災厄
である。
そう考えた上で大東亜戦争を戦った日本を考えると、関ヶ原の合戦で敗れたりとはいえ武名を轟かせ
た薩摩藩が、その武名故に一定の力を温存することが出来たことを思い起こす。薩摩藩はやがて幕府
を上回る経済力を蓄え、倒幕の中心勢力になった。また、東京史観、マッカーサー憲法による軛に繋
がれたままの日本は、さながら朱子学による思想統制、言論統制によって抑圧されている江戸幕藩体制
のようでもある。その朱子学による言論統制に抗したのが山鹿素行(『中朝事実』など)であり、賀茂真淵
(『国意考』など)であり、本居宣長(『直毘霊』、『玉くしげ』など)であった。彼等の思想は戦前、『国体の本
義』などに採用されている。
思えば、江戸幕藩体制下の言論統制と、大東亜戦争終戦後のGHQによる言論統制とその後の日本
マスコミによる自主検閲は非常に似ている。そして、それに抗った志士と戦後の保守主義者もまた良く
似ている。
- 15 :
- (まとめ)
日米戦必敗の予測が内閣総力戦研究所によって開戦前に出ていたとはいえ、それでも日米戦は
不可避であったし、当時は敗戦以降の世界の動向は不確実で予見困難(米ソ対立構造は予見され
ていたが)であり、「負けると分かっていても戦う」気概を示した事が、結果的には現代の日本にとっ
て貴重な遺産(正も負も含めて)となっているように思う。歴史は予見困難なものであり、それでいて
繰り返され、しかし進化していく。その渦中にある者には周囲の喧噪しか見えず、長期的、戦略的予
測は理解も的中も困難だ。
新冷戦時代到来にも見える現在、東京史観の軛に繋がられたままの日本、一体どうなってい
くのか、或いはどうすべきか、大東亜維新史観による再考も必要ではないかと思うのだ。
- 16 :
-
日本だけが特筆すべき悪辣な侵略国家・・・自虐史観 低脳サヨ
常に平和・平等を志す日本が、悪辣な欧米中と崇高な戦を決意・・・自慰史観 低脳ウヨ
国益(資源・経済圏・軍事拠点)を求め、自衛の範疇を越え窮地に・・・○ 客観的な歴史判断
- 17 :
- >>1-15
その通りだと思う。靖国問題の混乱も明治以来日本近代史の権威ある通史が
教育の場に登場しないからであるとおもう。
「負ける戦争したのが悪い」と今回の自民党総裁選で声高に言っていた候補者
がいたが、これも日本近現代史に思いをめぐらせなかったせいではなかったのか。
歴史にIfはないが、当時列強の世界支配イデオロギーを知って「座して死を
選んだなら」その結果は容易に想像はつく。日米戦争は死中の活路、自らの骨
を断たせて相手の骨も断つほかなかった反植民地戦争であった。
一つの期間、事件を区切って論じても、事実はみえない。歴史は因果の連鎖で
ある。ある長い年月と距離をおいて全体を見ることが重要と思う。
その意味では、林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」、中村粲氏「大東亜戦争
への道」は示唆に富むところが多い。
- 18 :
- >日米戦争は死中の活路、自らの骨を断たせて相手の骨も断つほかなかった反植民地戦争であった
解釈は色々できるだろうけど、負けて国家が滅亡して日本人も滅んだかも知れないifは無視?
最悪の結果を考慮するならば「愚かな戦争」であったことは間違いでしょ?
指導者層や思想家がどう思おうが多くの一般日本人やその子孫達に対して将来を破壊する行為は
どう言い訳しても反逆じゃないの?
あの戦争は避けれなかったのじゃなく避けようとしなかったとも解釈できる面あるだろ?
恥を忍んで耐え忍んでも存続を決意する過去の人々の決断もあったが、それはお家なりその下で
生活する人々なりを守る決断としてもあったのじゃないの?
滅びの美学を歌うは人の上に立って舵取りする人間のするべきことじゃないと思うよ?
- 19 :
- 日本だってご都合主義。
西欧列強と同様に、
租借地等で半植民地になった中国を抑え、中国悪者&権益狩り場にする。
西欧列強と対立すれば、
西欧列強を悪者にし、植民地を奪い勢力下に置きたがる。
恥ずかしげもなく、目先の大義名分を用意。
国の縄張り争いが本質で、その他は二の次三の次。
- 20 :
- >>18
帝国主義全盛の世界のなかで、国家民族の自存、子孫の存続が可能
だったでしょうか。
今日の基準で考えてはいけないと思います。
- 21 :
- >>20
今の日本があるのが「当たり前」と考えることに対して「警告」
してるだけだけどね。
いくら仕方なかった、歴史的に必然だったと肯定しようとも
それが今日の日本に繋がったという「保障」は一切なく、数あった
結果のひとつに過ぎなかった面がある以上結局「言い訳」以上のもの
でもないでしょ?
日本民族が滅んだり、国土を引き裂かれて南北もしくは複数に他国から
支配される状態になっていたとしたら、これほどの悲劇を演出したかも
しれないその戦争を避け得なかった当事の指導者達は「愚か」としか言いよう
がない。
コバァや一部識者にいる「大東亜戦争肯定論」に対して批判してるわけだけどね?
- 22 :
- 大東亜維新史観 概説
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5193993
大東亜維新史観 概説
http://jp.youtube.com/watch?v=EC2rwzYh890
- 23 :
- >>21
60年も同じ事言い続けて飽きないの?
耳タコだよ、うんざりだよ、つまんないんだよお前ら
もう少し手を変え品を変え楽しませろよ
- 24 :
- 大東亜解放戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)
- 25 :
- ハルノートとかだけ取り上げて自衛戦争云々いったってしょうがないんだよ。
それ以前の外交政策がことごとく外れてんだから。
- 26 :
- テ
- 27 :
- 日本を北朝鮮の様な独裁と暴力の国にしようとしている、大学教員・倉持孝司(くらもちたかし)は、教壇や出版本で、社会に害毒を垂れ流している。こんな国賊は教壇から追放すべきだ。
- 28 :
- 日本に諸葛孔明の再来。 さがせ、この人物を。 彼こそが、一夜にて大和の国を救う救世主なり。
- 29 :11/07/15
- test
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