2011年11月1期49: 吉本隆明 共同幻想論 を考察するスレ 01 ■■■■■ (76) TOP カテ一覧 スレ一覧

吉本隆明 共同幻想論 を考察するスレ 01 ■■■■■


1 :11/10/31 〜 最終レス :11/11/11
さあ、みんなで考えましょう〜
http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&as_qdr=all&q=+&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja#num=100&hl=ja&lr=lang_ja&as_qdr=all&tbs=lr:lang_1ja&q
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BB%E6%83%B3%E8%AB%96%22+%22%E5%90%89%E6%9C%AC%E9%9A%86%E6%98%8E%22&aq=f&aqi=&aql=1&gs_sm=e&gs_upl=1315656l1326656l0l1327015l7l6l0l0l0l1l344l1313l0.3.2.1l6l0&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.,cf.osb&fp=d1aa18d88cbdd8bb&biw=798&bih=875

2 :
角川文庫5014 改訂新版 共同幻想論のp42より
フロイトの「トーテムとタブー」
>性的欲求は、男達を結合させるどころか、逆に彼らを分裂させてしまう。いいかえれば、父親を圧倒するためには、兄弟達は互いに団結しあったが、女たちの場合には、互いに敵同士になった。
>みんなが父親と同様に、女たちを全部、自分のもにしようとした。そこで互いに争いあって、新しい組織は滅びてしまいそうであった。しかも、父親の役割を演じて成功を収めるような、あくまで強力な人はもはやいなくなっていた。
>したがって、兄弟たちは、共同生活をしようとすれば、近親禁止のおきてを作るしか、もう仕方がなかったのである。
『 近親は家族という構造を壊す、だから近親をタブーとした 』
とか、書いてくれればすんなりと受け入れられるですが、
なぜ、こんなややこしいたとえ話をフロイトは作ったのでしょうか?
あるいは、我々の深層心理において、これは事実なのでしょうか?
ご存じの方いたら教えて下さい。

3 :
なんなのそのリンク?アホなの?

4 :
対幻想が恋人とか親子間であって、共同幻想が集団で起こるんでしょ。

5 :
そうです。

6 :
つーか、古事記とか柳田とかは娯楽で楽しむもの、と思ってたけど、違うんですね。
研究対象になるんだ。

7 :
対幻想も共同幻想だろ。
つまり人間には私的幻想か共同幻想しかない。
吉本隆明の区分はわかりづらかった憶えがある。

8 :
共同幻想論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%B9%BB%E6%83%B3%E8%AB%96
ちがうよ。
人の幻想を、共同幻想、対幻想、自己幻想、の3つに別けたのよ

9 :
対幻想というのは誰かと共同化されているわけだから
共同幻想でいいんじゃないの?
私はわかりにくかったなあ。共同幻想の中に集団幻想・対幻想としてくれる
ほうがすっきりするんだけど。

10 :
>>9
つーか、あなただって、社会に対する気持ち(共同幻想)と、家族、恋人に対する気持ち(対幻想)は違うでしょ。
種類の違う幻想じゃないですか。

11 :
そういう情緒的な区分がわかりにくくしてる。
感情にとらわれすぎてると思う。
対幻想といえば集団幻想とは違うのは当然わかるだろう。
しかしどちらも共同化を土台にしている。
ところで家族は対幻想なの?父親母親兄弟姉妹祖父母も入るのに?
家族幻想と言うのは集団幻想にちかいんじゃないの?
対幻想というのはちょっと。
ごめん。「共同幻想」なんてずいぶん昔に読んだので。
数学や国語や諸分野の学問がつながっていると言う見解には当時、新鮮だった。

12 :
>>11
> そういう情緒的な区分がわかりにくくしてる。
> 感情にとらわれすぎてると思う。
たぶん、情緒的、感情的な話だと思う。
> ところで家族は対幻想なの?父親母親兄弟姉妹祖父母も入るのに?
> 家族幻想と言うのは集団幻想にちかいんじゃないの?
そう言われてみればそうですね、家族の延長線上に共同体がある、って感じで。
> 数学や国語や諸分野の学問がつながっている
たぶん、これは勘違いだと思う。

13 :
諸分野の学問がつながっているとだんだん見えてきた
というように対談形式で言ってたんだけど
「共同幻想」じゃなかった?

14 :
>>13
つーか、wikiにマルクスとフロイトをドッキングさせた、って書いてあった。
数学はないと思うw

15 :
いや、数学とか国語とか子供時代の勉強に絡めて話してたんだよね
。(笑)
もういいや。
「トーテムとタブー」はよくわからないなあ。
しかし怖いなあ。深層でそういう心理が生きているのかな?
見てみぬふりをして強く押さえ込んで生きているのだろうか?

16 :
背負ってというか。

17 :
>しかし怖いなあ。深層でそういう心理が生きているのかな?
とりあえず、この辺をこの板の先生に教えてもらおうと、いう趣旨なんですよw

18 :
>>2
フロイトが生きてきた歴史的背景を知ればその辺の事は分かるよ。
フロイト自身もものすごい精神的な病に苦しんでいたんだよ。
詳しくは「フロイト最後の日記」で。

19 :
ラカン信奉者にフロイト読んだことないやつが多いことに失望する

20 :
>>17
私も教えて貰いたいと思ったもので同語反復してしまいました。(笑)

21 :
>>18
> フロイト自身もものすごい精神的な病に苦しんでいたんだよ。
とすると、フロイトにも、
>みんなが父親と同様に、女たちを全部、自分のもにしようとした。
このようなえげつない心の動きがあった、ということでしょうか?

22 :
こないだ図書館に行ったら心的現象論を借りてるおじさんを見かけたよ。
本は誰も借りないらしくてピカピカだった。

23 :
何回も同じこと書くな

24 :
>>21
むしろフロイトにこそ、だろ

25 :
>>14
共同幻想論は、たしかにマルクスとフロイトのドッキングだろうね。
ただ、マルクスはともかく、今フロイトの評価が急落しているからぁ。
フロイト主義そのものがグダグダなのだから、それを応用した形の吉本の共同幻想論も
かなりグダグダだよな。

26 :
一般的な説明では、吉本思想は、
マルクス:共同幻想論
フロイト:自己幻想論
と大雑把に位置づけた場合、それと別に、
対幻想論の位相を独自にとりだしたところが
吉本思想だとされている。

27 :
>>26
ん? 対幻想論がフロイトでしょ?

28 :
フロイトが扱っていたのは自我の問題と文化の類的問題で、
フロイトの場合は個体なる幻想から共同なる幻想へと
一挙に問題意識を接続しちゃうんだけど、
吉本思想はそのどちらでもない対なる幻想を設定した。
そこがフロイト主義とも一線を画しているんだよというのが
吉本氏自身の主張でもあったんじゃなかったかな。

29 :
>>28
いや、リビドー論が対幻想論でしょ?
もしそうならリビドー論は、自己幻想の問題になっちゃうの?
対幻想論は家族論(親子、夫婦関係)であり、それはフロイトがリビドー論を展開した領域だよ。
むしろ、吉本は、フロイトはリビドー論を家族領域だけでなく社会論にまで拡張した点が間違いだって言うんでしょ。
共同幻想が上部構造であり、対幻想がリビドーだよ。

30 :
禁止がかけられて上部構造がつくられるということですか?
それは家族の段階でそうなのでは?

31 :
横レスですが、フロイトはなんでも性に還元してしまう、つまり自我の問題も社会の問題も性に還元してしまう。
それは吉本流にいわせれば、自己幻想も共同幻想も対幻想に還元してしまうということになるのでは。

32 :
最近無知多いな
もっと本読めばいいのに。

33 :
>>32
ご苦労

34 :
>>32
まだ決定論を読んでいないのか、無知め

35 :
最近無知多いな
もっと本読め32 :考える名無しさん:2011/11/06(日) 01:02:10.20 0
最近無知多いな
もっと本
もっと本読めばいいのに。
33 :考える名無しさん:2011/11/06(日) 01:08:20.52 0
>>32
ご苦労
34 :考える名無しさん:2011/11/06(日) 01:08:44.65 0
>>32
まだ決定論を読んでいないのか、無知め
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名読めばいいのに。
ばい最近無知多いな
もっと本読めばいいのに。
いのに。

36 :
>>29
単に家族の問題、性の問題を扱うから、対幻想論じゃないと思うんだなあ。
それを独自の領域としてとりだしたところに吉本思想があって、
フロイト主義の場合は、自己幻想から共同幻想までのすべての幻想領域を一緒くたに
しちゃっているという意味ですよ。たしか吉本さん自身がそんな主張をしていたはず。

37 :
>>36
いや、そういういい方ならわかるけど、それだと、
マルクス:共同幻想論
フロイト:自己幻想論
と言う区分けはおかしいでしょ。
フロイト:共同・対・自己幻想
と言うことになる。フロイトの中ではそれは未分化なんだから。
吉本の思想はあくまで、上部構造(共同幻想)、対幻想(リビドー)だよ。
フロイト主義を対幻想性に限定した。
限定したと言う点で、独自だと言うならわかるけど。
吉本自身は何か新しいものを発案したわけじゃない。
カテゴリー整理を行っただけ。

38 :
>>37
マルクス:共同幻想論
フロイト:自己幻想論
吉本:対幻想論
というのはもちろん大雑把な相対論的分類だよ。
吉本さんだって共同幻想や自己幻想について大いに論じているしね。
その意味ではどの人の思想もカップリングしている。
とはいえ、それぞれの相違をあえて特徴づければ大雑把に見て、
本質論の力点が異なってくる。
フロイト主義は対幻想を未発達なものとして自己幻想と共同幻想に
還元してしまう傾向が強かったのを吉本さんは修正してアジア的な段階
やらアフリカ的な段階やらを「普遍的なもの」としてとりだそうとした。
そういう思想的スタンスの違いがある。

39 :
>>31
フロイトにはどうやら性が実体としてあるようで実体の延長として幻想領域総体がある。
もう一つは自我という概念へのこだわりが西欧思想にはあって、
フロイト主義もそこから自由ではなかった。
少なくとも共同幻想論の中での吉本さんにはそれへの批評的な意識があったのではないかなあ。
フロイトの問題意識をある種の方向に拡張したという意味ではフロイトの後継者ではあるけれども。

40 :
>>37
> カテゴリー整理を行っただけ。
いや、単なるカテゴリーの整理ではなく、そこが思想的に本質的だという見方が
吉本を評価する立場からするとあると思うんだなあ。
単なる概念上のカテゴリーという話ではなく、社会論・倫理論として
そこに本質的な意味がある、思想的切断がある、そういう評価がなされていると思う。

41 :
>>30
>禁止がかけられて上部構造がつくられるということですか?
禁止がかけられて、上部構造ができると言うわけじゃない。
吉本からしたら、下部構造から上部構造が疎外されるのは自然哲学上の必然。
その一形態として、「逆立」になるということでしょ。
この逆立という考え方は、フロイトの超自我が自我を抑圧するという構造の流用だとは思うけど。
>>38
まあ、そこまで行くと解釈の問題になるかもしれないが、吉本がフロイト思想と同じ欠陥を
抱えているのは確かだと思うよ。
フロイトはリビドーを反証可能性が生じるほど、明確に定義できなかった。だから、今では疑似科学扱いされる。
なんでも性、性に還元できちゃうと言う点で。
吉本も、最後まで対幻想を明確に定義できなかった。そこはフロイトと変わらない。
共同幻想は、法制度という形であるていど明確化できるが、性はどうしても曖昧化するからね。
性的要素が社会に与える影響は大きいだろうけど、どこまで科学として明確化できるかは、難しい問題だ。

42 :
吉本はマルクス再解釈者としてはすごいと思うけど、フロイト解釈になったらかなりグダグダだよ。
「国家は幻想化された性」とか言われても、はぁ?って感じ。

43 :
>>41
フロイトは性を実体として捉えた面があった。
だからフロイト主義には将来的には反証可能性が出てくるんじゃないかな?
吉本の対幻想論は「なんでも性に還元する」のとは違うと思うんだなあ。
むしろ「還元するな」と言っているわけで。

44 :
>>31だけど、フロイトが唯性論というのは常識的な見解で、当時の吉本もそれに則って対幻想と他の領域の峻別を説いた。
もう一つ、フロイトには個体発生と系統発生の重ね合わせの発想があって、これも当時は吉本は一蹴していた。
ところが、晩年になると吉本はいずれも肯定するようになってきたわけです。
いろんな場面で、吉本の主張が1970年頃までと1980年代以降とではひっくり返っていることに気づく。

45 :
リビドーと対幻想にはかなり距離を感じるけどね。
リビドー概念には生物学的概念にかなり依拠しようとする意図を感じる。
対幻想はそんなことを問題にしない、そこから独立に扱える問題なんだ
というニュアンスが少なくとも共同幻想論の中ではあったのでは?
とはいえ、
その吉本さん自身にも対幻想を家族や生物学的性に還元する向きがあった。
還元とまではいかなくとも、その実体像にこだわりつづけた。
共同幻想論を読むと、バイオテクノロジーが男女の生物学的性を超越しちゃう
そういうところまでを見越した幻想論になっているような気がしながら読んだ。
しかしその一方で、家族の崩壊=対幻想の崩壊であるかのように現在家族の問題
を情況論的に語ったり、ウーマンリブが産む性からの技術的解放を望む衝動を
対幻想の危機であるかのように語ったり、フロイトに舞い戻っている感があった。

46 :
クリシンとかヨシモトとかおわこんじゃね

47 :
あまなは始まったためしもない

48 :
始まらず終わったのが佃煮(あまな)

49 :
どう終わったのか説明して。そこが大事。

50 :
自分の終わりも自覚せず亡霊のように高みの見物をしている
あまなには無理。

51 :
なんだこの信者の必死な自演はw
精神分析とかアミニズムなんてもう過去の遺物なんだよw
患者にお祓いしたり精神分析を施すと状態が悪化する事が分ってすっかり廃れたんだよ。
意識にまつわるあれこれをごった煮にしてしまった吉本の真似をしてインテリぶろうとする世代が昔いたけれど、
今はもうそんなのバカにされるだけだよ。
未だにわかってないやつが似た様な事してポーズとりたがるからなあ。

52 :
じゃ黙って去るかすればいいのに(笑)
おれ信者じゃないから黙って去るもんね。
佃煮目立ちたがりの知ったかぶり。シンコテの売り込みかい?や〜い

53 :
入眠幻覚がある人の自我をフロイト的に解体するとか今の医学ではありえないからねw
シャーマンの多くについて歯切れの悪い説明してるようだけど、あれはようするにてんかんだし。
まあ言ってる事はめちゃくちゃなんだけど、文体がかっこいいんでしょ、この人。

54 :
最初からそう思ってニヤついてたんだろう?
心的現象論が新品だとか言って。あほすぎ。

55 :
終ってる理由を説明しろとか言って説明するとそういう幼稚な反応しかできないんでしょw
ああそうだよ、心的現象論なんてだれも借りてないから新品みたいにピカピカだったよw
まったく吉本スレ界隈は頭のおかしい信者が巣くってるからなあw

56 :
そこにくるからなあ。w

57 :
団塊とか団塊ジュニアの暑苦しいおっさんで埋め尽くされてるんでしょ、このスレとかw
ああきもちわるいw

58 :
紳士ぶって最初はやってくるが結局こういう人です(笑)
他のスレにも出没してます。(笑)

59 :
中島みゆきとか浜田省吾とか河島英五とか聞いてるおじさんきもすぎ!
絶対イヤ!

60 :
>>45
つまり、「対幻想=性」ではない、というニュアンスが共同幻想論にはまだ垣間見れた。
しかし対幻想論の情況論的語りのほうでは、結局、「対幻想=性=家族(母子)」の範疇に
徹底してこだわった。たしかに情況論的にまだその範疇が有効だと考えたのかもしれない。
しかしそれは本質論ではない。
共同幻想論では本質論的な男女の差異をとりだそうと、
生物学的性に還元できない対幻想論をほのめかしていた。

61 :
>>45>>60
あははw
なんかもっともらしく言ってるけど、結局、「対幻想」は明確に定義できないんでしょ。
定義できないものを議論したって、意味ないよ。
議論が哲学的というよりも、思弁的、スコラ的になる。
リビドーと対幻想が違うというのなら、お互いをまず定義すべきだ。その上で区別をつけるべき。
フロイトも吉本も、自分の造語を明確に定義できなかった。
その点は変わらないよ。
本人も定義できない、造語を振り回されても。
もしそれが許されるのなら、吉本思想は思想と言うよりも、文学だね。
考える文章と言うよりも、感じる文章だ。
定義できないものを中核にして展開された共同幻想論なんて、砂上の楼閣そのものだ。

62 :
対幻想=性的な対象をめぐる記述とその思惟構造。
象徴的な共同体を個人の欲望を媒介に破壊する効果を持つ。
自己内幻想に自足しないために、現実界(ラカン)の範疇にあるとも言えるが、
国家及び共同体(ヘーゲル)に回収され、民族の存続に奉仕する生殖という体
制維持に加担する危険も合わせ持つ。
フレーゲによる一対一対応(ヒューム)の数学的再評価と呼応し得る。

63 :
>一対一対応(ヒューム)の数学的再評価
だから対現実と呼ぶべきなのだ。

64 :
対幻想は生物学的性とか性的衝動とはなんの関係もないでしょう。
家族ともなんの関係もない。
それは互いの承認自体が目的である関係しか指していない。
男女や親子の関係である必要がいっさいない。

65 :
>>61
リビドーも定義できないのなら、リビドーと対幻想が同じだとも言えないはず。
そもそも対幻想は科学の対象だろいうか。
>>41はどういう意味で科学の対象だと思っているのだろうか。
その場合の科学とはどう定義されている?

66 :
う〜ん、吉本自体の対幻想の定義が曖昧だからなぁ。
その読者の解釈もどうしても多元的になるなぁ。
>それは互いの承認自体が目的である関係
たしかに対幻想は一対一の関係でもあるんだが、共同幻想論では「性的交渉」と呼んでいる。
あと家族の本質でもある。
性的要素も十分含んでるんだよねぇ。あくまで性的要素を排除しだしたのは、後からでしょ。
共同幻想論の中では明らかに「性」性を対幻想の大義の中に含んでいる。
ここはまだフロイトの影響下なんだよなぁ。

67 :
対幻想の問題点は具体性に欠けるところだ。
具体化できないから、なにか曖昧な文学的存在になる。
吉本が、兄妹、姉弟の対幻想が空間的に拡大して国家が成立したと言う主張は有名だが、
この場合「対幻想」をどう定義する? どう解釈する?
いったい、具体的になにが空間的に拡大したんだ?

68 :
対幻想は本質規定で家族はあくまで歴史規定じゃないのかな。
対幻想を社会論ないし歴史論として語るときに、
家族という形態、親子という形態、男女の性的関係という形態は、
いまのところ無視して論じれない。
単にそれだけのことであって、対幻想それ自体は家族とも性とも
なんの関係もないんじゃないだろうか。
とはいえ、たしかに、そこは曖昧にわざと(?)しているところが
吉本さんの言動にあるね。

69 :
動物行動学、社会生物学に明るい人、いないかな。
動物の社会という場合、大抵そこで指し示されるのは人類社会でいうところの家族か親族。
つまり、これを超える社会形態、要するに人類社会でいうところの国家をもっている動物はいるの?

70 :
動物にはイデオロギーや宗教や文化がないんだから
国家もないでしょう。

71 :
ふ〜む、確かにマルクスは人間の性的な部分を軽視しすぎている。というか、配慮していない。
これはフロイトも指摘していることだ。
そこはマルクスの欠陥だとは思うんだけど、世界には具体的に性がさまざまな影響力を持っている。
業界や風俗産業は大きな経済的影響力を持っているし、政治的儀式も性的な要素、を
模擬したものが多い。文学やドラマはほとんど恋愛物だ。
しかしだ、だからと言って、どうやって性的要素を国家論に結びつけるんだ?
リビドーと国家が結びつかないんだ。
リビドーと国家にはミッシングリンクがある。

72 :
イタリアの|コ首相が辞めて全世界同時不況になった

73 :
吉本は言った。
共同、対、自己幻想はそれぞれカテゴリーが違い、独自の法則で動いていると。
確かにその通りだ。
しかし、だからこそ、この3つは交じり合わないんだ。
マルクスとフロイトは補完、融合すべきものじゃない。
カテゴリーが違うものなんだよ。
その二つを融合させようとしたところに、吉本の間違いがあるんじゃないのか?
兄妹、姉弟の対幻想の空間的拡大が共同幻想に転化しただなんて、こじ付けだ。
交じり合わないものをムリヤリ、くっつけようとしてこじつけたものだよ。
対幻想はどれだけ空間的に拡大しても、共同幻想には転化しない。別物なんだから。
マルクスの上部・下部構造論に、対幻想が入る余地なんかないんだ。

74 :
>>73 対幻想はどれだけ空間的に拡大しても、共同幻想には転化しない。別物なんだから。
それこそ吉本の主張していることじゃなかったのか?
もっとも吉本の思考回路には自分もよくわからないところがある。
たとえば対幻想というのはあくまで2人の関係で、それは夫婦関係にとどまらず親子、兄弟・姉妹の関係でも
つねに1対1の関係に還元されて、顕在的・潜在的に性的な関係性だととらえられているように見える。
このような吉本の思考回路にはどことなく近親への親和性が感じられる。
また、友人・知人の関係も、これでいくとすべて1対1の性的幻想を潜在させた関係性に還元されなければならなくなる。
そういうことは明言していないが。
1対1の関係の束となった家族という関係性そのものはもはな対幻想ではなく共同幻想としなければならなくなるような概念規定が含まれてしまっている。
至る所で詰めると行き当たる、こういう論理の詰めの甘さは吉本の詩的思考回路に独特のものだな。
論理的にはいろいろな要素が詩的インスピレーションの中にごっちゃに含まれたまま精錬されずに投げ出されたままになっている。
しかし、そこからいろいろな着想を掘り出そうとすればいろいろ出てくる原石のようなものだと思うことにしている。

75 :
>>67
> 吉本が、兄妹、姉弟の対幻想が空間的に拡大して国家が成立したと言う主張は有名だが、
それは共同幻想論のなかの母制論あたりかなあ。
つまり母系制もしくは母権制の社会の成立条件について述べているところ。
母系制もしくは母権制の社会が可能になったのは、
対なる幻想が共同なる幻想に「同致」されるような祭儀を通じてだったのであり、
その空間的拡張に耐えうる対幻想は兄弟姉妹のそれだけだろう、と論じているところ。

76 :11/11/11
>>69
母系制の群れをつくる哺類では民俗学で研究されているいわゆる若者組みたいな群れを
一時的に若い雄がつくる形態がありますね。

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