1read 100read
2011年11月1期15: ハイヤング京都について語ろう (654) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼

ハイヤング京都について語ろう


1 :04/03/23 〜 最終レス :11/11/14
島田新助、桂文珍、つボイノリオ、寺島まゆみ、みのや雅彦、宇佐元恭一、
鈴置雄三、ザぼんち、若宮テイ子などなど、個性的なパーソナリティーに
恵まれていたハイヤング京都を語ろう!

2 :
そういえば立原啓介やおすぎとピーコもレギュラーだったっけ・・・

3 :
金曜日の越前屋俵太おもしろかった。S60年くらいかな?
この番組でのコーナーとかの言葉が学校でもはやった。
間違いないでしょ〜とか

4 :
>>3
そうね。
ちょうどビートたけしの番組に出演して
実力を認められたとか話していたな。
最初何者かと思ったけど・・

5 :
桂文珍聴いてたなあ。
火曜日と言えばヤンタンは嘉門達夫だったのに。(w
「一人はおるでこんな奴」が好きだった。一度採用された事もあるし。
このスレでは水曜はいいよね。他のスレで散々語られてるし。
いや、俺も聴いてたけどさ。

6 :
>>5
こせんちゃんとして毎回登場していた岩崎D?との会話が良かったなあ。

7 :
>>6
トークで覚えてるのは若手だったダウンタウンとの話。
「あいつ等面倒臭がってすぐに舞台を降りようとするから俺が舞台の袖で
ずっと睨んだったんや。そしたらあいつ等一度降りようとしたけど引き返して
ネタ続けたんや(w」
最近明石屋さんまが「若手芸人のほとんどは師匠がいてないから怒られてない。
だから甘えてしまうんや。誰かが怒ってやらんと。だから俺が怒ってやる事に
したんや」というようなことを言ってるのを聴いた時に文珍さんのトークを
思い出した。同じ事やったんやね。

8 :
どの世界でも怖い存在が大事なんやね・・
オール巨人師匠みたいにw

9 :
炎のファイターのパクリみたいな若宮てい子のテーマ曲
また聴いてみたいな。

10 :
>>9 BASIC言語のことを「バシック」と言っていたてい子さんw

11 :
玉置ユウゾウ(漢字を忘れた)を憶えているか?

12 :
あああ

13 :
>>11
サウンドクリエイターの社長なら「鈴置雄三」だよん。
(この人も>>10の話みたいに「BASIC」のことを「バシック」って言って
つボイさんのリスナーにネタにされてたな)

14 :
日本列島ズバリリクエスト

15 :
♪郵〜便 番号〜602〜
 京都市っ 上 京ぉ〜区〜
 烏丸っ 上 長〜〜〜者 町〜〜〜
 K・B・S 京都〜〜〜〜♪
KBS京都が午後10時をお知らせ致します  ポ〜ン
「ハ〜イヤンッ (パパン) ハ〜〜イヤンッ(パパン)  ハイヤング京〜〜〜都〜〜〜〜」
火曜ヤン組みでしたが、後のフリキャンも聴いていたけど
やっぱり、このジングルが一番馴染み深かったな

16 :
ううっ、懐かしい。

17 :
厨房の頃、文珍さんの火曜日でハイデジもらいました。
京都近鉄の包装ですごい上げ底だったのを覚えてます。(笑)

18 :
文珍さんが当時飛行機の免許(?)を取りに行っていて
「トップガンに憧れてフライトジャケットも買うたんや〜」
とか言ってたね。
トップガンの挿入歌の音楽を「ボベボベボ〜ン・・・」と唄ってたのは
未だに耳に付いて離れない(w

19 :
18>>
あの頃の文珍さんって、いろんなことにチャレンジしていたね。
大学講師をはじめ、映画評論やったり、クラシック鑑賞・・
話に拡がりがあって、とても面白かった。
今の「ウエークアップ」の文珍さんは、ただ嫌味なだけで好きじゃありません。

20 :
>>19
「嫌味」という表現が適切とは思いませんが、他の落語家に比べると、クールというか、物事を斜めに捉えるタイプの人というのは放送を聞いて感じました。
それがコセンディレクターとの絶妙のコンビネーションに役立ったのでしょう。

21 :
土曜日の紳助のラストに流れていた、紳助が歌っている歌の題名教えてください。
歌は下手糞だったが、歌詞がよかった。

22 :
紳介が病気で休んでいる間にピンチヒッターで出ていた上岡龍太郎の同録持ってる人いませんかねー

23 :
>>21
なんだっけ・・
ハウンドドッグの「嵐の金曜日」もよく聴いたな。

24 :
>>22
上岡さんもやってたね。
オール巨人も代打でやっていたな。
芸人の楽屋話しみたいなのが好きだった。

25 :
そういえば・・
みのや雅彦が週刊プロレスに出ていた。
地元の北海道で活躍中のようです。

26 :
>>24 だけど、巨人さんが代わりに出ていたときは、
自分の「あんじょうやりや」がエンディングテーマ
で流れていたな・・
なんだかお笑いさんってバラードが似合うな。

27 :
>>22>>24
そうそう。
でも巨人氏が弟デシ(岡けんた・ゆうた)などをスタジオに引っ張り込んでトークを散漫にしていたのに比べると
上岡氏は基本的にワンマンDJで(作家の人が相手に入っていたが)、深遠な「上岡節」を満喫できた。
トークをじっくり聞きたい漏れにとっては上岡氏のほうが買いだった。
漏れ、実はアンチヤンタンだったりして・・(暗い過去)
個人的感想でした。

28 :
晩年のメッセ・TKOぐらいしか聞いてなかったなあ。

29 :
つボイノリオの番組に出ていたたこ焼き屋のオヤジ・・
今も商売をやっているのか?
たこ焼き屋じゃなくて蛸料理の店だったかな?

30 :
>>21
バンドだったらタイトルがどちらか忘れたけど
「がってん承知の助」(だったか「気分はモーレツ」)
って曲じゃないでしょうか?
リメイクの「モーレツ・ア太郎」のOPで使われていて
そこそこ(Mステーションとか)売れていて。詩は

がってん!がってん!承知の助
いっぱい!いっぱい!まかせとけ!
やると決めたら気分はモ〜〜〜レ〜〜ツ
流れる雲を超えて お天道様に弟子入りしたい
いくらお金持ちでもダメ 心の中に 夢がなくっちゃ
嗚呼、大都会に飲み込まれて 君は影法師
キリキリマイで 腕を 伸ばす
がってん!がってん!承知の助
いっぱい!いっぱい!まかせとけ!
やると決めたら男はモ〜〜〜レ〜〜ツ
という歌流していた気もするんだけど違ったら、ごめんなさい

31 :
>>22
あれか、上岡さんが「深夜放送っておもろいな、僕もやってみたいな,
・・・・・水曜なんてええんちゃう?」と言っちゃったもんだから
水曜のつボイさんの放送で大騒ぎになった、というやつやね(w
>>29
蛸安さんやね。
蛸の料理を持ってきてたから蛸料理の店なんじゃないかな?
あのテーマソングがもう一度聴きたい。
♪こ〜らこ〜ら〜こーおらぁ〜、たこたこたこや〜す〜
日本一のたこのみせ〜

32 :
>>27
上岡の相手をしていたのは作家ではなく小せん氏。
その正体は岩崎ディレクター。
文珍の火曜日にも出ていた人。

33 :
おすぎとピーコ
「どうせ東京に聞こえやしないから」と芸能人の悪口言い倒していた。
しがらみがなかった分、当時の方が辛辣かつ的確なコメントをしていたように思う。

34 :
>>33
あっそうだった!
おすぎとピーコもレギュラーだったよな・・
確か月曜日だったよね?

35 :
水曜日のつボイ氏の放送内でカゴメだったか?どこかのメーカー
の新しい飲料水の商品をPRするコーナーがあったな。
やたらとヨイショをしていて(藁

36 :
部屋を掃除していたら、1985年10月から86年3月までのKBS京都の
番組表が出てきたので、曜日ごとのパーソナリティを載せておきますね。
ハイヤングKYOTO
放送時間22:00〜翌1:00
(月)寺島まゆみ
(火)桂文珍
(水)つボイノリオ 〜つボイのNIGHTCOOK〜
(木)村田和人
(金)越前屋俵太(12:00〜ハイヤンパートU 俵太のおもしろナイト)
(土)島田紳助 (12:00〜ハイヤンパートU ビブレサタデーナイト・やしきたかじん)
(日)蓑谷雅彦

37 :
そうそう寺島まゆみも出てた。
おすぎとピーコの後だっけ?
日活のポルノ女優ということで
注目されていたね。
紳助も一目おいていた存在。

38 :
ハイヤング京都、ハイヤング京都、ハイヤング京都、ハイヤング、鈴置雄三のハイヤング京都、デューワーーーー完璧だー。

39 :
>>38
プロモーター会社の社長だよね?こう言う人がラジオやるなんて
かなり珍しいのでは?

40 :
>>33>>34
水野晴郎や淀川長治の男色好みを電波に載せたのは彼女(?)らが初めてではなかったかな?
たしかに言いたい放題だった。
局も容認していたのかな。
トークのエッセンスはいわゆる「関西の笑い」とは違ったけれども、
なぜか漏れのツボにはまるところが多くて、末期の頃はほぼ毎週聞いていた。

41 :
>>37
そういうバックボーンを取り除いたとしても
ちょっと暗かったような・・
その後の週刊誌か何かに出た手記を読んで、
そういうことだったのかと納得。

42 :
  ハイヤンからフリキャンに衣替えした時はもうKBSは二度と聞かんと心に決めたもんだ
  だってあの大学生ども、ウザかったんだもん。

43 :
>>42
確かに一時期迷走してたね。
ハイヤングKYOTO→フリーキャンパスKYOTO(87年頃)→KBS京都ミュージックステーション(88年頃)
→KBS京都はいぱぁナイト(90年〜94年?)→ハイヤングKYOTO
漏れてきには1985〜6年辺りのハイヤンが一番良かったな。(俵太やたかじんの番組があった頃)
フリキャンとミュージックステーションの頃は漏れもKBSの夜は殆ど聴いてなかった。
はいぱぁナイトあたりで再び良く聴くようになった。
杉原徹氏は何処へいったんだろう?

44 :
「フリキャン」は中波離れが進んでいた大学生層を引き戻すことをコンセプトに
番組のコーナー企画等を大学生に任せる方針を採った
ま、京都は大学の街でもあるし
DJのパーソナリティを前面に押し出たヤンタンに対抗するためのコンセプトとしては
妥当な選択だったかもしれないが
肝心の大学生達がどう見ても大学生“一般”を代表しているとは思えない
アイドルマニアやBCLファンや格闘技ヲタクなどで
一般の大学生はおろか中高生層までも逃がしてしまった
企画倒れの典型

45 :
>>43>>44 
 ヤンタンの陰に隠れ、ひっそりと守り続けてきた自分たちの楽園を
 ラジオのことを何も分かっていない目立ちたがり屋の連中に踏み荒らされたという認識だった。

46 :
思うに、
大学生とラジオというメディアの相性は
良くないね。
フリキャンがコケたあと、
ABCでも「ラジオシティ」で
似たような失敗を犯したこともある。

47 :
つい最近までTBSも勘違いをやっていたな。
製作スタッフまで大学生にやらせていたらしく、
業界人ぶった大学生が社内を我が物顔で歩いていたそうな(w

48 :
ハイヤンが終わってから
KBSから離れていたのに
友達の付き合いで土曜のANNを
聞く羽目になって、KBSをウダウダ半分で
付けたら、森脇健二が変なライブをやっていた
正直、下手で寝ちまっていた

49 :
心のともしび

50 :
>>48
森脇健児は、
フリキャンになって
伸してきたんだよね。
ビブレでのライブは、
トークとかゲームとかが
ダウンタウンの番組の影響を
モロに受けていて、
日頃、「圭修おもろないんじゃ!」
「吉本がなんぼのもんじゃい」と
挑発していたわりには
オリジナリティに欠けていた。

51 :
>>36
そっか、たかじんもビブレで公録やってたんやね
♪ちゃうのん ちゃうのん ちゃうのん〜
登場する素人が今みたいにヘンにスレていなくておもろかったなー。

52 :
紳助が終わった後に、占いのコーナーが10分程ありませんでしたか?
後ろで流れてた曲がなんか神秘的だったのですが・・・

53 :
土曜のみ0時45分から「パリジャットの愛のタロット」という番組がある。
手元の番組表ではこの時間のハイヤンパートUとは線引きされて分かれているので
独立番組と思われ。

54 :
スポンサー一社提供のコーナーが結構あったよね。
漏れハイ火リスナーだったけど、
「ひとりはおるでこんな奴」コーナーは餃子の王将だった。
ハイ土にもあったような気がする。
京予備とか、ホテル松井とか、焼肉の天壇とか・・・
ローカルカラー満載!

55 :
ハイヤンの前プロ
桂楽珍の一番弟子只今修行中!(9時30分から9時50分まで)

56 :
>>43
フリキャンにしろ、ミューステにしろ、それぞれ一年で見限られるだなんて
よっぽど混迷していたと察する。はいぱぁも半年でパーソナリティー大幅刷新
かけていた辺りからして、当初は低迷していたかんじがありありと。
徹さんは新潟放送の土曜昼の番組やっているよ。

57 :
土曜日の紳助の「ワタシは見た!」コーナーが好きやったな
「北山通りでおかっ引を目撃した」、とか、「園部にマンモスが住んでいる」とか、
「西川きよしの背中には涙をためるタンクが仕込まれている」とか、
ネタは拙劣でバカバカしかったけど、紳助のトークで味付けされて
ずっと笑っていた。

58 :
>>57
そやな。
紳助は当時からメジャーになっていて、
東京・大阪で多くのレギュラー番組を
抱えていたがその中で
ハイヤンが一番「素」に戻って
楽しんでいるように聞こえた。
テレビでは嘲笑しかしないのに
この番組では
真底笑っているように聞こえた。

59 :
君のひとみーーもっと輝けーぇサンシャインアイズなんとかー

60 :
>>56
ミューステでいうと、クラシック専門の火曜日はよく聞いていた。
「日本で唯一つのAMクラシック番組」の枕詞が懐かしい。
この時期、裏番組の嘉門達夫のヤンタンを聞いた記憶がない・・・なぜか??

61 :
>>25
みのやは、札幌出身で、大仁田 厚に、曲とか書いてたし。ロフトプラスワンかどこかで、月イチでライヴやっているみたいだし。
それは、いいとして、餃子の王将のCMの「キャベツ○万個、卵○万個・・・・」の「」っていうのが、つボイがネタにしてなかったっけ?

62 :
「キャベツ○万個、卵○万個・・・・」
目の付け所がいかにもつぼイ氏らしい。
王将のCMは他曜日でもよく流れていたが、
そんなこと言ってるDJはおらんかったで。

63 :
徳永英明もたしかデビュー前に一時やってたよね。
輝きながらでデビューするからTOP10でる為にリスナーに組織票よろしく・・・
みたいな事言ってたな。
個人的にはツボイノリオのコーナーでリスナーが送ってくるエロ替え歌コーナーが好きだった。
ひさびさに聞きたいなー・・・ハーイヤンハーイヤン!ハイヤング京都〜

64 :
>>63
売れてから文化放送でもレギュラー持っていたが、
彼はどうもラジオというメディアを誤解していたような・・

65 :
こせんさんは今どうしているの?

66 :
>>65
京都浄土寺郵便局局長。田原音彦のはいぱぁナイト水曜終わった後に
やっていた「おしゃべり局長」で知ったりする。
漏れハイヤンやっていた当時は消防だったから紳助とか出ていた
ひょうきん族見ていたけど、すぐ後に紳助ハイヤンやっていただ
なんて知らなかった・・・(涙)。知っていたら聞いていたのに。
未だにこの事を凄く後悔していたり。

67 :
>>64
どこを誤解していたの?
ラジオ人としてのカテゴリーでは
漏れもあまり好きな芸能人でなかったけども。

68 :
>>63
音楽実技の音源は「つボイチルドレン」になって販売されたね。
ヤフオクでたま〜〜〜〜〜〜〜に出品されるからチェック。
まあ、結構な金額になってるけどね。
俺は「つボイチルドレン2」を持ってるけど、内容はかなりヤヴァい。
よくこんなのを販売できたなと感心してしまう。
当時は厨房でしたから、何となくしか判ってなかったんだな。(w

69 :
>>67
売れてからはラジオに出てはいけない、
ラジオは無名の若手の登竜門であるべき、みたいな。
他にもなんか「○○であるべき」とかのフレーズが多かった。
といいつつ、自分はメジャーになってからも全国ネットのラジオ番組をやっていたのだけど。

70 :
俵太はいまいち面白さがよく分からんかったが・・・

71 :
>>61
みのやは、ライヴインマジックで、月イチペースで、ライヴやってたよ。

72 :
ほんとに消防?今、救命士やってます・・・

73 :
>>70
たけしにシッポ振ってついて行ってマースみたいなノリだったな。
関西弁使うのを急にやめたりしたし。

74 :
>>73
全国ネットのANNでも
全く関西弁を封印していた。
かねがね彼は、
上京した関西人が関西弁を
ことさら強調して使う姿を
極端に嫌がっていた。
でもそれがどういう理由で
どういう事情でそうしたのか
放送で語ることは一度もなかった。

75 :
若宮ていこの曜日に「ケンちゃんシリーズ」というソフトエロ投稿のコーナーがあった。
あれは、かなり学校で流行ってたな。

76 :
>>75
どんなん?

77 :
紳助と文珍って仲悪いらしいけど

78 :
芸人同士、仲の良いほうが気持ち悪いだろ。
紳助とさんま(と巨人と小枝)みたいな関係は特殊じゃないの?

79 :
ズバリクはよく聴いてたな

80 :
文珍サンと仲が(マジで)悪かったのは西川のりお

81 :
>>80
お互いのラジオ(のりおはヤンタンで)でチクチク言い合ってたからなあ。

82 :
そうそう、よく聞いていた。
二人ともさすが人気芸人とあって話の味付けに妙を感じさせたが、
どっちかというと文珍氏のほうがやや「粘着」の気があったのではと思う。

83 :
のりおの話になると、いつも朗らかなコセンさんが引いていたもんな〜

84 :
ははは、粘着か。
師匠に学歴コンプがあるのはよく感じていたが、粘着質でもあったのか。

85 :
関大の非常勤講師に採用されて、最初の挨拶の部分
(そこだけTV放映がOK)で、関大を落とされた
ということを強調していたのを思い出した。
今も講師をやっているのか?

86 :
>>85
もうやってないでしょ。
学生にとっても今さら、って言う感じだし。
兄デシの三枝さんが関大卒だから、
文珍さんの胸中に様々なものがよぎったことは想像に難くない。

87 :
「きん枝」と言う名前は本当なら俺が付けてもらうべき名前だったと思うなあ、
とか言うてましたな。メガネかけてるからと言う理由だけだけど。
けどきん枝さんの方がちょっとだけ早く入門したたから彼にその芸名が
付いて,自分は師匠に「紙押さえといてくれ」と言われたのがきっかけで
文鎮から文珍になった・・・って感じだったかな?

88 :
文珍さんはタッチの差できん枝さんを兄さんと呼ばなければならなくなったことが
とても悔しかったと話していましたよ。

89 :
文珍スレになっとる・・・・

90 :
>>89
だって「ハイヤンのヌシ」だもん(覚えてる人いるかな?)

91 :
ハイデジもらった。

92 :
だってつボイさんは独自にスレ作ってるからここで語る必要無いし,
その他に誰が,って言われても紳介さんは長期入院するわ・・・・。

93 :
誰も知らないみたいなので。
ハイヤンからフリキャンに衣替えする時の局長のお言葉「アンタはハイヤンのヌシだから・・」

94 :
>>92
は?

95 :
寺島まゆみage

96 :
ザ・ぼんちage

97 :
あっそうだ。
ぼんちもやってたか・・
木曜日だったか?

98 :
>>97
「ラジオはギャラが安いからいつも投げやりでやってた」、とまさとさんが後日談として暴露してました。

99 :
ギャラ
ABC>MBS>>>>OBC>>>>>>>>>>>>>>>>KBS・CR

100read 1read
1read 100read
TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼