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2011年11月1期41: 次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 5 (331) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼

次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 5


1 :11/07/03 〜 最終レス :11/11/13
どこまで信じられるのか。
長篠鉄砲三千挺はない
桶狭間は奇襲ではない
武功夜話は偽書
徳川御用史観は嘘だらけ
>>2-5の辺りに関連スレなどのテンプレ
●過去ログ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1109562623/
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169131109/
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1222456299/
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1286968038/

2 :
日本史板の旧スレ
鈴木眞哉史観を疑う
http://mimizun.com/log/2ch/history/1169129287/
鈴木眞哉史観を疑う 弐太刀目
http://mimizun.com/log/2ch/history/1258360008/

3 :
雑賀衆・根来衆
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156845840/
戦国史の研究者を語る
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1210510597/
静岡大学教授小和田哲男氏について
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160246355/
司馬史観と戦国時代
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1152281475/
武功夜話は偽書?
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169263287/
【川並衆】前野・蜂須賀を語るスレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1166443371/
戦国時代の馬はポニーサイズ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156992018/
戦国時代における騎馬武者の実像とは
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1245948808/
日本刀
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1241791739/
日本の戦国時代 合戦の虚像と真実
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150781368/

4 :
>>1
「本能寺の変に黒幕はいない」を追加しとくべきだったw

5 :
おつ

6 :
>>4
それだけは外してOKだろ

7 :
>>1
騎馬隊はない

8 :
>>1乙、大義であった。

9 :
馬は使うけどあくまで移動手段としてだな。
乗ったまま戦うのは正直しんどい。

10 :
降りる暇がなかったら乗ったまま戦うし、騎馬の方が有利な場合もある。
鈴木だってそれは否定してないだろ

11 :
箇所によては騎馬戦闘を肯定してうように書き
箇所によっては騎馬戦闘を否定する論理を展開している
これは状況によってどっちにでも立ち位置を変更できるずるい手法
鈴木信者は下の否定論にだけ食いついて知ったかぶる
この責任は鈴木の文章の書き方にある

12 :
あんなん真に受けてるのは、アレ見て「カッパは実在する」とか「ツチノコは実在する」とか言ってるのと同じようなもの。

13 :
>>11
あれは、僕は「常設騎馬単科軍団」を否定してるのであって、
騎馬突撃や騎馬隊は否定してませんよ。と言ってる訳だ。
もちろん非常に分かり難い文章である意味釣りだが
釣られると桐野みたいに僕の本ちゃんと読んでるのですかと内容証明で送られちゃうw

14 :
騎馬武者については、関ヶ原の戦いを見ても、戦いは半日ほどで、
江戸→関ヶ原を徒歩で移動など、ほとんどが歩いてばっかり。
鎧一色など重い荷物がたくさんあるのだから、武士なら「馬がほしい」と思うだろう。
たとえ馬に乗ったまま戦う場面がなくても。

15 :
前スレを蒸し返すとすれば、なぜ無茶な珍説なのか詳しい説が聞きたいとこだな。釣りっぽいが。
>998 :人間七七四年:2011/07/04(月) 01:47:40.53 ID:onB4NoUZ
>本能寺の変に関しては無いけど
>桶狭間に関しては正面攻撃とかいう無茶な珍説掲げて自爆したからな

16 :
もし桶狭間の藤本説に誤りがあるとすれば、次の2点が怪しいと俺は考えている。
一つ。信長いわく「あの武者、宵に兵糧を使いて…」と、指差した先の敵は、疲れた兵だと説明
したが、藤本説ではこれを信長の勘違いだとする。疲れた家康達は大高城に戻っていたので、
目の前にいるのは疲れていない新手の兵だとする。俺は、信長の言うとおり疲れた兵ではないかと考える。
一つ。
藤本説の定番の地図では、鳴海城の西は海がある。↓こんなふうに。
http://www.sengokushi.com/godume/img/a_013.jpg
でも、実際にはすでに干拓されて、星崎城という城まであった。浜手の道は潮が満ちていたので、
信長は山手の道をかけたのだが、本来は浜通りの道を行くはずだった。だから、鳴海城の裏側などを
通る予定ではなかったのだろうが、中島砦をでたとき、信長の目は、東でなく、南の丸根、鷲津方面を
指していたのではないかと思われることだ。
そのため、丸根、鷲津方面の山際まで進んだら、「旗本はこれなり」と、予想外なことに、東の下方に
義元達がいたので、急遽、東向きに攻撃を変更、という説もありうるわけだ。俺の珍説ではあるが、
信長公記どうりの解釈だぜ、これは。

17 :
もともとフィクション要素の高い軍記物の記述を一言一句拾って
誤認したかどうかなんて・・・どーでもいいです

18 :
あげとくか。変な魚がもっと釣れるかもしれない。

19 :
何漁がやりたいんだ?w

20 :
>>13
>あれは、僕は「常設騎馬単科軍団」を否定してるのであって、
>騎馬突撃や騎馬隊は否定してませんよ。と言ってる訳だ。
いやいや、騎馬突撃や騎馬隊を否定する論理を展開してるんだよ鈴木センセはw
一方で実例を挙げて肯定もしてるんだけどね。
そもそも鈴木センセは、“定説”「常設騎馬単科軍団」存在説に噛みついてるようだけど
実際のところ定説としての「常設騎馬単科軍団」存在説なんて存在しないんだよ。
極めて一部の人が主張してるようだけど、そんなものは例外に過ぎない。
ある意味で虚構と戦っているようなもの。

21 :
>>20
>極めて一部の人が主張してるようだけど、
いつの間にか電波桐野くらいしか主張しなくなったな
もう不毛な論争やめりゃいいのに、お互いしつこいねw

22 :
騎馬軍団はNHK大河ドラマ(笑)とかで健在の描写だから、
反権威主義の鈴木センセとしては文句付けておきたいんじゃないの?

23 :
ジジイだからな。
ある年齢時で時間が止まってるんだよ。
司馬遼太郎の最新の学説で片岡千恵蔵のチャンバラ時代劇に難癖つけたりしたかったんだろw

24 :
電波は鈴木先生だろうにな。

25 :
「陰謀」論という呼称は、その呼称の対象となった論説に対して、
虚偽ないし風説にすぎないと強調し印象付ける意図で使用される場合がある(レッテル・ラベル)。
ここでは、この呼称の利用者の意図や目的が問題となる。
通説とされる論説、陰謀論とされる論説のいずれにおいても、検証の過程を省略あるいは操作して、
権威主義または反権威主義、ポピュリズム、
あるいは、倫理観、または、自由・平等・国際協調といった理想的概念、感情(恐怖、怒り、民族感情、国家意識から個人の自己愛まで)に
対して訴えかける方式の論説であるときは、それはプロパガンダである可能性がある(報道におけるタブー参照)。
通説がプロパガンダや言論統制により擁護されている場合、権威主義的に通説に依拠して、
「陰謀論」の論者が列記する資料や証拠に対する検証過程を拒否するか省略し、
あるいは自己に都合のよい結果となる事例のみを採用した上で、
「通説と異なる背後関係=>ゆえに陰謀論である=>ゆえに検証を要さず棄却」という論法を採用することが多い。
通説と陰謀論の双方がいずれもプロパガンダに過ぎず、いずれもが事実を表示していない場合もある。
陰謀の存在を語る人間、信じる人間は馬鹿だという雰囲気を漂わせることで、人間の自尊心に訴えかけて言論統制の効果を達成することが可能である。
政府や諜報機関などが、カウンター・プロガンダを用いる際には専門家や大学教授など権威者を利用して、疑惑を消し去るための言論活動を展開させることは常套手段である。

26 :
この人の本の書き方は、メディアリテラシーが欠如してる層にはすごい受け入れやすい。

27 :
と、陰謀論者が自分の馬鹿さかげんを盛大に宣伝しております。

28 :
>>25
聞いてやるから
お前が信じてる陰謀を書いてみろ

29 :
トンキン湾事件は共産主義者による捏造、とか書いておくと左寄りな陰謀論者がわらわらとw

30 :
そこまでいくと流石に板違い

31 :
>>20
そもそもそんなもんは日本だけでなく
世界的にも近代に入るまで殆ど無いだろ

32 :
中華やローマ帝国みたいな強力な中央集権帝国でしかありえないよなあ

33 :
>>13
だったら鍛えてない在来馬に重荷背負わせて実験して、日本の馬は重武装の武士を
乗せて走れません、みたいなのとかいらないだろ。それと馬上戦闘の否定とかもしてたよ。

34 :
鈴木って今でもそんな尖ったこと言ってんの?

35 :
どっちも歩兵メインでしょw
資料的にハッキリしているのは、実質モンゴル帝国だけではないだろうか。

36 :
35は>>32ね。
>>33
朝青竜乗せたモウコノウマの写真でも引っ張ってこないとパワー無し馬じゃない
って信じない奴も多かったな。

37 :
>>35
前漢の武帝は対匈奴戦のために大規模な騎兵部隊を育成しているが。
汗血馬を得るために大宛に遠征もしている。
中国は王朝や時代によって騎兵主体、歩兵主体の入れ替わりがあるよ。

38 :
主体が入れ変わるほどじゃないだろw

39 :
唐や金、清は騎兵主体だよw
それとどちらが主体かは別として「常設騎馬単科軍団」的な部隊の編成は各王朝で行っている。
馬の産地を奪われて王朝が衰える原因になったこともしばしばだ。

40 :
ああ、そういう話ね。
西漢とか例に出すから何かと思った。
唐、金、元、清は騎兵主体と言っても間違いではないな。

41 :
モンゴル帝国ではなく元となると逆に騎兵主体とばかりも言えなくなるけどね。
まぁどの時代どの王朝にせよ中原や漠北、内外蒙古、東北で作戦するなら騎兵は必須。
碧蹄館で日本軍と戦った李如松の部隊は騎兵主体だったな。

42 :
で、前漢やローマの騎兵話は間違いでしたでいいわけね。
了解。

43 :
何で間違いになるんだ?
>>20>>32からの流れの話なのに。

44 :
枝葉の話しは拘らなくていいよ

45 :
>>35
帝政前期〜中期にはAlaという属州民の騎兵部隊が沢山存在していた。
そして補助歩兵のCohorsと同じく、Alaはそれ自体が独立した単位。
「歩兵主体」であろうがなかろうがローマ帝国に「常設騎馬単科」の部隊が複数存在していたのは間違いない。

46 :
ローマの人来たか。
また何のスレかわからない流れになるかな?

47 :
ローマは時代が違いすぎてなぁ世界史スレでお願い。

48 :
すいません。我慢できずについ書きこんでしまいました。これで消えます。

49 :
わたしこそすみませんでした。

50 :
いえいえこちらこそ。

51 :
義を重んじていた上杉謙信だが、
足利幕府が滅亡した後には、
しっかりと領土を拡大している。
幕府の滅亡により、関東管領職への
義理立てが必要なくなったのに、
柴田勝家(信長軍)を破った後は、
関東の征圧を狙っていたという説は誤り。
天下取りのための上洛を考えていた、
という説のほうが自然。

52 :
正気か、君は

53 :
主体かどうかは知らんが
ローマにも騎兵部隊はいるだろう

54 :
そもそも日本の戦国時代と一緒で、土地や財産を持っている連中は騎馬での軍役がかかってた>ローマ

55 :
信玄が信長を破り続けて上洛を果たしたという結果を出せれば、
全国へ動揺を与えて、敵の離反者、味方になる同調者、
などの様々な要因により、織田家は崩壊していた可能性が高い。
ゲームじゃないのだから、短絡的な判断は駄目だよ。w
十手先ぐらいは読まないと。
上洛には意義がある。
地理的な戦略ではなく、
天下へ武威を示して世間を同調させるには、
必要不可欠だった。

56 :
ゲーム脳乙

57 :
ゲームとは違うのだから、
秀吉は家康を間単にせるはずがない。
家康を消した後の処理が大変だと予測していたからこそ
秀吉は懐柔という判断を選んだ。
家康を成敗→忠義に篤い三河武将の蜂起
→東海地方の混乱に乗じて他大名が連携して独立戦争
→戦国時代へ逆戻り
合戦は軍事力だけじゃないよ。
人間の心理なども絡んでいる。

58 :
戦国武将列伝
http://www.leed.co.jp/book/b1055.html
大名の口述筆記まで再現していたのは、
この雑誌のマンガだっけ?
他の漫画は、大名が自ら筆を取りすぎて不自然極まりない。

59 :
>51
>義を重んじていた上杉謙信だが、
そもそも「義を重んじていた上杉謙信」という俗説を疑え。
謙信は関東在住の反北条の諸大名を糾合して包囲網を作り上げて、
長く北条と戦い続けた経歴がある。
北条との戦いをやめて上洛戦を行うなら、
長く共闘した関東の諸大名を見捨てることになる。
彼らは当然、北条との同盟を破棄した武田と組むことになり、
上杉方の勢力範囲が大幅に縮小する。(武田とも北条とも争う必要が出るから必然だな)
>57
秀吉は、ほとんどの大名に対し、戦って滅ぼすという選択肢を「最後の手段」に位置づけた。
秀吉が主導する全国政権の幕下に加わるならOk、というスタンスだ。
北条とか島津とか、戦いになった相手は、単に秀吉の幕下に加わる選択をできなかっただけに過ぎない。
家康の扱いは例外ではなく典型だったんだよ。
あと、小牧長久手の戦いは、戦術レベルでは秀吉劣勢だけど、戦略的には秀吉の方が圧倒的に優勢だっただろ。
信雄・家康連合に味方する武将達を各個撃破して勢力を削ぐ秀吉と、
それを救援に行くことができずに小牧〜長久手の主戦場に縛り付けられて動けないまま、
見捨てざるを得なかった家康の状況を見ろ。

60 :
暴飲暴食だった秀吉の晩年はブタ。
質素に自制していた長寿の家康は、
太っているわけでもなく、健康体でしたよ。
デブの家康を想像してる人は、
ドラマの影響だけで語っている。

61 :
>>59
> それを救援に行くことができずに小牧〜長久手の主戦場に縛り付けられて動けないまま、
> 見捨てざるを得なかった家康の状況を見ろ。
同意ですが。
第2次小牧〜長久手戦とも言える蟹江城合戦は痛かったかと思います。
秀吉というか織田政権のルーツに近い尾張で前田宗家も(戦後ですが)滅びた形だし。
(その後利家の婿になった?)

62 :
別スレでもいい話題が続くな。みんな薀蓄語りたいんだな。

63 :
いきなり謙信の話とか意味が分からないよ

64 :
寡兵で大軍を破った戦い
1 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 02:13:32 ID:E8ad61KX
桶狭間合戦や厳島合戦のような
劣勢を跳ね返し、大軍を破った戦いを語りましょう。
http://unkar.org/r/sengoku/1166807612

65 :
随分と前のスレですな。

66 :
まあ矢追純一とか五島昇みたいなもんだな。

67 :
>>60
・・・肖像画

68 :
>67,60
そういえば、秀吉の肖像画ってガリガリに痩せてるものばっかりだよな。
ふくよかな体こそ裕福さの証、みたいな時代の絵で痩せた姿で描かれてるんだから、
(江戸時代に作られたものではなく同時代の絵だとすれば)みすぼらしいガリガリの姿に加工するはずはない。
本当に痩せてたんだろう。
逆に、家康の肖像画は、丸々と太っているわけではないが、ふくよかな顔で描かれている。
当時の常識でいえば「健康体」と呼べるレベルだろうが、現代の価値観では「デブ」だ。
とはいえ、百貫デブとかコニーちゃん とか、そういうレベルじゃなく、ちょいデブって程度だと思うが。

69 :
豊臣秀吉木像菊桐紋蒔絵厨子
http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/bunkazai/sitei/houjuin-hideyosizou/houjuin-hideyosizou.html#hideyosi
木像『豊臣秀吉公座像』
http://sengokudama.jugem.jp/?eid=639

70 :
豊かさの象徴もそうだけど、
デブが健康の象徴でもあった時代じゃないの?

71 :
フィールドワークの藤井尚夫はどうよ?

72 :
秀吉は明や朝鮮の使節が来ると、体格を立派に見せるために服の下に竹ひご入れて
大きく見せていたそうな。

73 :
曹操の逸話みたいなの無いのかな?w
体格良いのを代わりに出して自分はその横で相手を観察とか。

74 :
前田慶次の漫画では、秀吉は裸になると、筋肉隆々のマッチョ。

75 :
筋骨隆々だったのはその通りだろうな。現代的なボディビルダー的マッチョではないだろうが。

76 :
利休はじつは格闘家で、ボディビルダー的マッチョ。武士でもある。僧は切腹しない。

77 :
苣M長は光秀に「本能寺で家康を討て!」と命じていた (双葉新書)(新書)
跡部 蛮 (著)

78 :
>>77
家康「俺は堺にいたんだが」

79 :
家康は早朝に堺から本能寺を目指してただろ

80 :
>>77
この本陰徳太平記や当代記を史料に使ってるらしいなw
竜馬がゆくや真田太平記を史料って言ってるのと一緒じゃないかw

81 :
武功夜話を史料に小説を書いてる奴らよりはマシでは?

82 :
>>81
でもこの本小説じゃなくて歴史書のつもりなんだろ?ドアウトじゃん。

83 :
>>81
マシなわけないだろ

84 :
東アジアの兵器革命  十六世紀中国に渡った日本の鉄砲  久芳 崇 著  吉川弘文館
十六世紀末、朝鮮の役での日本の火縄銃などの兵器技術と輪番射撃戦術は中国・朝鮮に大きな衝撃を与えた。
最新の日本式鉄砲が広がっていく経過、それを伝えた日本兵捕虜の処遇、軍事力を背景にした明の新秩序確立過程などを解明。
東アジア諸国の火器技術の刷新と兵器革命の実態を探り、これまで看過されてきた東アジアの「軍拡」の時代を描き出す。
三段撃ち=一斉射撃×3で間違いなさそうだな。
三段撃ちの件はこれで決着かな。
「長篠の戦で行われた」かどうかは知らんけどw

85 :
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b73821.html

86 :
>>84
前スレ>451,455でとっくに既出の件

87 :
あー、そうだったっけ。スマン。

88 :
石山本願寺の戦いでは、坊主どもとはいえ、本願寺勢は1万人の軍と数千丁の鉄砲の大勢力だった。
攻めてきた一揆勢?を、織田軍は撃退して、柵の中までは追い込んだが
簡単な馬防柵なのに、織田軍はこれを打ち破れず、大将の塙直政は討ち死にしたうえ、
援軍にかけつけた信長まで銃撃されて
足に負傷している。まさに長篠の戦いの武田軍バージョン。

89 :
>>88
つーか長篠の戦いの描写はその戦いをモデルにしたとも言われる。

90 :
自分達がやられた事を自分達がやった事にしたってわけかw

91 :
戦術なんてそんなものだ
電撃戦なんかはドイツにやられたソ連が反撃時に行っている

92 :
ハンニバルとナポレオンの戦術も研究された為に敗北した

93 :
主戦力の無力化と包囲殲滅
ナポレオンは?
戦力集中?

94 :
>>93
軍団制とか

95 :
>>94
なるほど
国民皆兵はフランス革命の所産だよね

96 :
>>84
あの頃の時代にナッサウのマウリッツだかが三段射撃の様なものを考案してるが、
結局一斉射の弾幕が薄くなるんで効果薄いよコレって結論になってたと思う。

97 :
斉射って言っても命令の届く範囲、せいぜい2〜30人の斉射だけどな。

98 :
鳥撃ちでもサバイバルゲームでも、
各自てんでんばらばらに撃っていると、撃つ対象が逃げてしまって効果が薄い。
「撃つな、撃つな」と、待ってて、充分大丈夫となったら一気に撃つと
効果が高い。
三段撃ちはともかく、撃つ合図をする旗振り武将?(軍配?)はいたと思われる。

99 :
足軽大将とか足軽小頭なんかはいた

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