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2011年11月2期21: ▼火縄銃について語ろう▲ (836)
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▼火縄銃について語ろう▲
- 1 :06/08/23 〜 最終レス :11/11/21
- 実際にはどのくらいの威力があったのか?
どのように運用されていたのか?
各大名家の武将ごとの火縄銃の所持率は?
はたして鉄砲隊として一纏めにして運用できたのか?
などなど。
- 2 :
- 雨天時射撃不可。下向けると玉落ちます
- 3 :
- 今の日本では考えられませんが戦国時代は火縄銃を量産しまくったので世界でトップクラスの保有国でした。
- 4 :
- 現存している火縄銃は慶長以後のもので、戦国時代のものは皆無。
よって、江戸時代のものがほとんどな現存火縄銃を考古学的根拠に
戦国時代の火縄銃を云々する歴史家のバカさ加減にあきれる件について。
- 5 :
- 騎馬隊すら否定されてる今
騎馬鉄砲は完全妄想ですか?
- 6 :
- いや騎馬鉄砲隊は伊達家文書以外にも他家でもでてくるから実在かと
- 7 :
- 騎馬隊が否定されて騎馬鉄砲隊が肯定されるのはミラクルすぎるよ〜
- 8 :
- そもそも騎馬隊を否定していることがおかしい。
騎乗突撃は日本の騎馬隊では難しかったあるいはできなかった。というべき。
実戦での効果はともかく、世界に騎乗突撃の例がないわけでもない。
トーナメントの語源を調べれば明らか。
もちろん、騎乗突撃は不可能でも、機動力を生かした騎馬隊は日本にもあった。
ないというなら鎌倉武士の立つ瀬がない。
そして流鏑馬があるのだから騎馬鉄砲隊は不思議ではない。
西洋にもあり、これを竜騎兵という。
- 9 :
- 後の手放し自転車走行である。
- 10 :
- さすがに騎馬鉄砲隊はどうかと思う
よく知らんが江戸時代の伊達家の軍制にはないよね?
少なくても幕末にはいなかった気がする
何より当時の銃の性能じゃ役に立たなそうだし
- 11 :
- ああ、竜騎兵ってdragoonのことね?
でもあれって、確か火縄銃じゃなくてマスケット銃の時代じゃなかったっけ?
それに、騎射ではなくて、下馬して撃ってたというのをどっかで読んだ気はする。
まあ、実際古代の遊牧民もそうだし
源平のころの武士も貴社には長けていたらしいけど。
その伝統を受け継いだやぶさめもなかなかの命中率だし。
だけど、弓矢はともかくとして、
火縄銃(というか、先込め式の銃)で騎射は難しいんじゃない?
ひょっとしたら、訓練次第では騎射が出来る奴が何人かいたとしても、
まあ、ありえないというほどでもない気もするけど、
部隊を組めるほど熟達した精鋭がそろうかどうかは・・・
- 12 :
- 騎馬隊否定と言うのは騎馬武者を否定してるんじゃなくて
騎馬のみで編成された部隊の存在がないと言う事だよ
騎馬鉄砲と言っても一発撃ったらその後どうするのかと言うのが疑問だな
司馬小説の覇王の家だかで
史実かどうかしらんが本多忠勝が騎馬に鉄砲足軽乗せて移動し
敵部隊に近寄ったら馬を繋いで徒歩で近づいて鉄砲攻撃する
と言う戦術が書かれていたがあれなら納得いくけど
- 13 :
- 馬ってものすごく臆病な生き物だけど、
そんな爆音を頭上でならして大丈夫だったの?
- 14 :
- まあ、訓練しないで撃ったら落馬して自分が死にそうだが
訓練すれば大丈夫かと
近代戦では機関銃の段幕や砲撃の中で騎兵隊や伝令が走りまわってたし
- 15 :
- 一発撃ったら終わりだろー。
弾込めながら敵軍に突進はないと思うよ。
- 16 :
- 一発打つと馬に乗って後方に下がり、装弾して移動、発砲という動作を数隊に分けて繰り返す
- 17 :
- 一発撃ったら、槍なり刀なりに持ち変える、とか何かで読んだことがある。
突撃直前に一斉射→戦列が崩れたところに突入、見たいな感じだったような。
- 18 :
- それ騎馬と組合せる意味あるの…?
普通に鉄砲隊が撃った後に突入すればいいと思うけど
武器持ち替えてる時間無駄になるし…
- 19 :
- これと似た戦法は,同時代のヨーロッパにあるので興味深いな。
カラコール戦法という。
歩兵の火力増強によって意味の薄れた騎兵の,新たな戦法として採用された。
前に出てピストル発射,交替,別の隊が前に出て発砲…を繰り返す。
ただ,それほど効果はなかった。
17世紀中頃,三十年戦争の時にスウェーデンのグスタフ・アドルフが,騎兵に対する抜刀突撃を騎兵の主な役割としたことで廃れた。
- 20 :
- http://www.rekihaku.ac.jp/events/forum/index.html
- 21 :
-
>>20
第55回 「歴史のなかの鉄炮伝来−種子島から戊辰戦争まで−」
- 22 :
- 火縄銃の有効射程距離が50メートルそこそこなら速射に優れる弓矢の方が実戦においては役にたったのではないでしょうか。
- 23 :
- それでも鉄砲が重要視されて普及していたというのは事実なんで弓より有効だったのでしょう。
- 24 :
- 以前、NHK教育でやってた番組で、
一番多い負傷が、矢傷。鉄砲はその次で、この二つで40%くらいだったと記憶している。
その次が、投石。槍、と続いて、その下に刀傷。
戦場で間合いの差、というのがどれだけ重要化という話なんだが、
よくよく考えてみると、
矢傷が一番多いのには納得するだけの理由はある。
確かに鉄砲よりは射程、威力、使いやすさ(素人でも使える、という意味)、ともに劣るが、
コスト、速射性、扱いやすさ(メンテ性や重量、天候に左右される、という観点)では火縄銃に勝る。
何より、忘れがちなのは、
鉄砲が普及したからといって、それがすなわち、弓矢が武器としてすたれたわけではない、
ということだ。
火縄銃より威力で劣る、というが、火縄銃の普及で矢の傷能力が落ちた、というようなことはもちろんないわけで。
もちろん火縄銃が普及したのは事実だが、
弓とどちらが有効とかそういう優劣の問題はシチュエーションに左右される問題で、
むしろ、
弓と、火縄銃とは、「飛び道具」として、刀槍と比較されるべきではないか?
鉄砲の普及によって、矢傷が少なくなるよりは、むしろ、刀による負傷が少なくなった
- 25 :
- 鉄砲は人も馬も脅かすからね。
味方を鼓舞するし。
今と違って鉛むき出しだから威力の割に傷力も高いだろう。
- 26 :
- 弓の方が射程は長いけど鉄砲の方が命中率は高いだろうと思う
鉄砲の普及で戦死者数もかなり増えたし
改良を重ねて威力も精度も増し大坂の陣の頃には鉄砲がメインになっていた
- 27 :
- まぁ騎馬隊よりは使えただろうな。
- 28 :
- >>24
他の板でもその鈴木氏のネタは話題になってたけど、戦傷と戦死の違いも考慮に入れなければならない。
この時代、鉄砲が普及したことで武具に変化が見られたことも事実。
鉄砲の普及率の上昇と反比例して弓の数が軍役に於いて減っているのも事実。
これらの事実を踏まえて導き出される結論は「戦場で鉄砲が重きをなしていた」こと、
「戦場の様相が一変した」ということ。
決してシチュエーションで評価が分かれたという単純なものではないだろう。
- 29 :
- 火縄銃の実戦における運用・威力などが何で最近になって
いきなり「新発見」されるのだろうかね
旧日本軍はこういうのは研究調査してこなかったのかな
多くの実戦経験からフィードバックできる当時の軍人たちも
信長の三段撃ち、武田騎馬軍団とか疑問なく史実として受け止めていたの??
- 30 :
- 今現在の技術があったとして、当時日本国内で手に入る材料でどの程度良質な銃ができるのかな?
- 31 :
- アルケブス銃の一種であるはずの火縄銃が流行ったのは
マスケット銃がでかすぎて扱いづらかったのが影響しているんだろうかね
- 32 :
- 「鉄砲、持ち込んだのは中国人?」歴博で企画展
国立歴史民俗博物館(千葉・佐倉)は、「歴史のなかの鉄砲伝来」(10月3日〜11月26日)と題する
企画展を開き、16世紀の砲術秘伝書や明治時代の米国製短銃など約300点を紹介。
ポルトガル人が種子島に持ち込んだとされる鉄砲が、実は倭寇(わこう)のジャンク船が伝えたという
新説も披露。火縄銃の発射機構を示したCGや当時の鉄砲の威力を試した実射実験結果など
興味深い研究成果も報告される。11月4日には火縄銃の実射演武を行う。
http://www.jiji.com/jc/c?g=ent2_tpc&k=2006090300060
- 33 :
- 火縄銃がなかったら、信長は天下をとれてなかったし、武田家は滅亡していなかった。
- 34 :
-
一匁玉 口径 約 8.5mm 堺
二匁玉 口径 約 11.5mm 堺、国友
五匁玉 口径 約 14.8mm 堺、国友
六匁玉 口径 約 16.1mm 種子島
十匁玉 口径 約 18.5mm 一般的な戦国の鉄砲
三十匁 口径 約 27.5mm 紀伊、雑賀(諸説あり)
百匁玉 口径 約 39.5mm 所謂大筒
有効射程距離 約100M 〜 200M
(銃身や火薬量により射程、威力等は千差万別)
「匁」は銃口の直径でなく、弾丸の重量。
- 35 :
- 最大射程500m位
有効射程200m位だが
弓矢と違い鉛玉は見えないのが強み
50m位なら厚さ3mmの鉄板を貫通する威力。
- 36 :
- 保存会の爺さんの話じゃ、意外に命中精度が高いそうな
若い時に使ってた、38式歩兵銃より狙いやすいって
なんでも、バネの関係で引き金が軽いとか…
- 37 :
- 長篠、というか設楽原の資料館が結構立派で良かったよ。
触れる実機が置いてあって、カルカで突いたり、火蓋切ったり
擬似タイムアタックが出来るのさ。
館内は意外と武田びいきなので騎馬マンセーの人にも安心。
つっても、駅から資料館までの間でも馬場信春の墓とか原昌胤の墓とか
武将の墓だらけなんだけどね
- 38 :
- >>36
発火方式が撃鉄じゃないから撃つ時の衝撃も少ないしね
- 39 :
- 保存会って、古いのでも幕末の火縄銃を使ってるんだろ。
現存火縄銃は慶長以降の模造品が大半らしい。
- 40 :
- 寛文年間のレストア物で、「おどし鉄砲」に使ってた奴だと
まぁ、戦国期の火縄銃を使ってる団体はないでしょ
資料価値が高すぎて、怖くて使えんと思う
- 41 :
- 実際に人を射したことのある銃を使いたい気はしないな。
- 42 :
- ところで日本の火縄銃って散弾は撃てるんですかね
銃身にライフル切られてないから多分いけると思うんだけど
- 43 :
- さー、コロコロコロ、カシュッカシュッカシュッ
カチ、かしゃ、カチンじゅっ、バウン!
- 44 :
- >>42
百匁筒などを使えば、発射は可能だと思います
ただ、玉詰まりなどで銃身が破裂する危険性も高そうですね
- 45 :
- にこだま(字は忘れてた)って言って、弾を二発と、火薬を二倍弱入れる打ち方があったらしい。
ただし、すごく射程が短くてなるし、暴発の危険性が高いため、ほとんど使わない技術だったらしいけど。
- 46 :
- 日本だとラッパ銃は流行らなかったな
- 47 :
- 戦国後期の日本では、
弾の径をだんだん小さくして行くことで発射速度が落ちる事を防いでいました。
- 48 :
- 96 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2006/11/28(火) 00:29:34 ID:bsTOpiiy0
その昔、宮本武蔵という剣豪は飛んでいる銃弾を
箸で捕らえたそうな。
102 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2006/11/28(火) 00:46:01 ID:+fMbiddt0
>>96
江戸時代に銃があるかよw
【お前、俺を撃ったなー】夫婦喧嘩で妻が夫の背後にまわり頭部に銃弾を発射 しかし安楽椅子が銃弾から身を守る=カリフォルニア
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1164634886/
- 49 :
- 火縄銃の高速リロードやる人そろそろ出ないかな
- 50 :
- >>49
なぜか、マトリクスを思い出した。
武将が、足軽鉄砲隊の一斉射撃を、マトリクスよけ・・・
もう寝ます。
- 51 :
- 武田軍のある武将は背が小さすぎたので弾がなかなか当たらず、
敵鉄砲隊の前の柵にまでたどり着いたがそこでやられたとか。
- 52 :
- 近江で鉄砲生産が盛んだったのは足利義晴が国友の刀鍛冶に複製を命じたからだっけ?
で、その複製元になったのが種子島時堯が買った二丁の内の一丁と。
- 53 :
- >>51
猫口君のことか
- 54 :
- 射程距離はどの位なんですか!
- 55 :
- >>54
我慢した日数・・年数の人もいるかも?
目標が美人かブスか
始めての人かズブズブの関係か・・
すれ違いスマヌ!
- 56 :
- 七人の侍では「種子島」って呼ばれてるね。
- 57 :
- 火縄銃って戦国期に改良されたりしたんですか?
種子島に伝わった銃の同型を生産しまくっただけ?
- 58 :
- 基本的には全く同じ
銃身長くしたり小型化、大型化したりとした改良はあったが構造は同じ
後のゲーベル銃のような燧石式の銃も既に存在していたが普及しなかったようだ
その後もこれといった開発が行われる事もなく19世紀まで火繩銃は生産され
日本の火器は大幅に遅れをとることとなる
- 59 :
- 戦国時代、破竹の勢いで火縄銃の量産化が進んだ当初。
火縄銃は命中精度が非常に悪く
雨が降り火縄が湿るor火縄が消えると使えない。
一発ずつしか撃てない。撃つまでに時間がかかる。
晴れすぎると、いざというときに火縄が早く燃え切ってしまい、使えない。
射程が短い。下を向けると、弾が転がり落ちてしまう。
5〜6発も撃つと、筒内に火薬カスがこびりつき、小さい弾でなければ撃てない。
という欠点が多く。とても使えたものでなかった。
しかし、日本の先人達は独自の発想、技術でこれらのいくつかの欠点を
克服していったのである…。 つづく…
- 60 :
- 雨が降ると使えない→(火縄を薬品をといた水で煮て防水加工など人により様々…)
晴れすぎで…以下略→(火縄を逆に少々湿らす)
下を向けると…以下略→(弾の上からも火薬を入れて抑えておいた)
射程が短い→(日本の技術により当初よりは伸びた)
等、他にも様々…
戦国という時代が武器を向上させた。江戸になると平和なので
武器が戦国時代と違い急激に成長する事がなかった…
- 61 :
- それ使い方の問題で銃自体の改良ではないじゃん
- 62 :
- >>60
何か具体的な史料に基づいて語ってるのか?
現存する鉄砲、取り扱い方法は江戸時代に製作されたものばかりだぞ。
上杉文書にある「鉄砲並びに火薬調合法」(永禄二年)が唯一の戦国史料のはずだが?
- 63 :
- >>62
その文書、大友から将軍家経由で長尾家に伝わった奴だっけ?
- 64 :
- 西欧で銃が改良されたのは軍制や戦闘方式が変わったからじゃない?
しかもそれは速射性とか軽便化とかの方向の発展で、
ライフリングが一般化するまでは命中率に関しては
発射時の衝撃の少ない火縄銃は優秀だったと思うけど…
- 65 :
- 伝来時の価格 一丁200万円
大坂の役ごろの価格 一丁2万円
- 66 :
- 保守age
- 67 :
- >>29
NHKで見たが旧日本軍はガダルカナルで弾薬を節約するために
出来る事なら銃剣で突けといっていたくらいだから頭が退化して
いたんだろうな
- 68 :
- >>67
頭が退化していたというよりも、兵站を軽視していた軍上層部の責任。
補給が充分ではない戦場の軍人のやむをえない判断だったのだろう。
- 69 :
- 火縄銃のカラクリ部分が好き。
でも資料しか見たことがないから実物見たい。
盗人金の支点はどこに固定されているのかとか。
- 70 :
- 日本で幕末まで火縄銃が使われていたのには理由があります。
燧石式では火打石が使われますが、日本製の火打石の火花は小さく不発が起き易い。
火花を起こすためには強力なバネが必要。強力なバネを使用することで、銃身がぶれ命中率が落ちると理由があるそうです。ショックが少ない火縄銃が使われたのは理由になると思います。
火縄銃は雨の中でも撃てます。土砂降りでもなければ、口薬は火蓋の中にあるわけで、火縄の火は雨が当たらないように点火部を手で覆う等保護すればよいわけです。
発射直前に火蓋を切れば、ほとんど不発は在りません。
- 71 :
- 5月5日に長篠城跡で火縄銃の実演があるので見に行こうと思います。
- 72 :
- >>71
マジでやるの?
見に行きたい・・・
ソースとかある?
- 73 :
- >>72
ttp://www.honokuni.or.jp/hourai/vna-2007.html
ttp://www.honokuni.or.jp/hourai/vna.html
火縄銃射撃の実演
・米沢藩稲富流砲術隊
・日本前装銃射撃連盟
・長篠・設楽原鉄砲隊
昨年に見学に行ったところ、日本前装銃射撃連盟が
大筒(抱え筒)の実演を行いました。
土嚢へ銃身を依託しての試射でしたが、通常の
火縄銃よりも大きな発射音が迫力ありました。
- 74 :
- 既出かもしれませんが、東京は新大久保駅改札から左手交番すぐの皆中神社
(かいちゅう=みな当たるの意)では、2年に一度、だいたい9月の最終日曜日に
鉄砲百人組の行列があり、最終、戸山公園までの間、町内各所で火縄をぶっ放す
(実弾はなし)。総武線大久保駅前のホテル海洋前が一回目。ホテル前から
道路に向かって撃つので、海洋入り口前でやや早めに待っているとよい。
もう一度見たければ、次のNTT前でもやるので、行列について行けば何度でも
楽しめます。多分今年はやる年だと思われますので、近くの方は調査のうえ、
お出かけ下さい。東京の人も意外とこの祭りは知りません。
- 75 :
- >>73
ありがとう!
5月5日楽しみだ
- 76 :
- >>70
雨天時は漆塗りの木箱をカラクリの上につけて雨を防いでいた
- 77 :
-
- 78 :
- 雑賀の鉄砲集団と織田の鉄砲隊はどちらが優秀?
- 79 :
- そんなグリーンジャケットとレッドコートを同列に並べるような事を聞かれても。
- 80 :
- 火縄銃のカラクリ部分って結構部品点数が多いんだよね。
以前はなんかの話で、砲身の底部を塞ぐ「ネジ」が日本の技術として
なかったので、国産化に苦労したなんて紹介されていて、
「うはー、当時の技術水準低すぎw」なんて思っていた。
今では火縄銃の分解写真をみるにつけ、こんなんを国産化して
大量生産した当時の工業力ってなかなかなんじゃないかと見直して
しまった。
- 81 :
- 当時のヨーロッパよりも多かったもんな保有数。
- 82 :
- 天候に関してだが初期の鉄砲は雨では撃てないが改良が進み
「火口に火皿覆いを付けて水の浸入を防ぐ」
「火縄に漆を塗り雨でも燃える(雨火縄)」
が開発されたことで嵐でもない限り
(そもそも嵐だと視界が悪くて乱戦になり鉄砲が使えない)
は雨でも使用が可能になっているから天候はそこまで関係がなくなる
- 83 :
- >73
いいなぁ
俺なんぞ佐倉の時代祭りで
「火縄銃撃つよ」って宣伝してたんで見に行ったら
火縄銃の分際で動力源が単一電池で
物凄くガッカリした哀しい出来事が
- 84 :
- 火縄銃と三八式歩兵銃、どちらが性能が上かな?
- 85 :
- >>84
その答えはあなたの心の中に。
東郷隆みたいな銃器に詳しい人でも、頭に血が上ってくると
「火縄銃と三八式歩兵銃なんて似たような物」
とか言っちゃう位だから、如何なる知識もあなたの持っている
信念には勝てません。
さぁ、思いっきり旧軍を腐しなさい。
- 86 :
- age
- 87 :
- >>85
正解は
幕末の火縄銃とスナイドル銃以降の洋銃=三八式歩兵銃とアメリカの歩兵銃(M1カービンとか)
ですかね。
対戦相手を知らない度では幕末と旧軍どっちもどっちだと思います。
- 88 :
- だが、45口径に対応するように、改良した化け物のように威力のある三八式歩兵銃も存在するぞ。
- 89 :
- まあ、その後のアサルトライフルの進化みれば対人用の歩兵銃にそんな威力なんか必要なかった
(7.62mm弱装弾→5.56mm弾)わけだが。
逆に装甲目標相手だと馬鹿でかい対物ライフルですら装甲に負けてるわけだし。
残ったのはせいぜい狙撃用ぐらいだな。
- 90 :
- 貫通力・弾道の低伸性はともかく、人体に当ったときの破壊力では火縄銃のほうがひどいよ。
鉛玉のうえに標準的な6匁玉で弾径が16mmくらいあるから。
西洋では17世紀以降小口径・長銃身化が進んでだんだん口径が小さくなっていく。
現代の小銃弾は相手の戦闘力を奪うことが目的なわけで、
口径を小さくして携行弾数を増やした方が合理的。
- 91 :
- 西洋ではっきり小口径化と云えるるようになったのは、19世紀後半以降
無煙火薬が一般化して後と思うが?
幕末頃までの西洋の歩兵銃は15〜17ミリ位の口径が一般的で、当時日本の番筒(鉄砲組用の銃)
が13ミリ程度が普通であったのに比べると、(士筒を除けば)西洋>日本
- 92 :
- わしのひなわじゅうは連発式!女子高校生
- 93 :
- >>68
さらに、補給が届いても、徒歩で行軍しなければならない日本兵は
30kgの兵装に耐え切れず、行軍の最中に弾薬を捨てる連中も多かった
- 94 :
- >>82
確かに雨でも使えるようにはなったが
あくまでも使えなくなるわけでは無い程度
雨だと不発率はあがるし、装填などの運用で手間が増えるし気を遣うから
晴れてる日と同じ効果は期待できない
もっとも撃てるようになっただけでも格段の進歩だけど
- 95 :
- http://www2.2ch.net/2ch.html
- 96 :
- テ ラ ミ ス ッ タ
http://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k45463421
http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e71636537
- 97 :
- age
- 98 :
- 名人クラスになると弓の方が命中率が高そうだな。
- 99 :
- どうだろう。火縄銃で400m先の的を狙う競技もあったらしい
弓道経験者によれば、普通の人間を狙って射れる限界は50m以内、
騎馬武者みたいな大きい的は70m以内だそう
火縄銃競技やってる人だと、100m先の人間にかなりの確率で命中させられ、
胴体に当たった場合鉛弾がひしゃげたり割れたりして人体を破壊し、まず死ぬだろうとのこと。
弓も鉄砲も標的は動いてるからタイムラグがあるよね。
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