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2011年11月2期22: 東方projectバトルロワイアル 符の八 (464) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼

東方projectバトルロワイアル 符の八


1 :11/05/13 〜 最終レス :11/11/17
これは同人ゲーム東方projectのキャラによる、バトルロワイアルパロディのリレーSS企画です。
 企画上残酷な表現や死亡話、強烈な弾幕シーンが含まれる可能性があります。
 小さなお子様や、鬱、弾幕アレルギーの方はアレしてください。
 なお、この企画は上海アリス幻楽団様とは何の関係もございませんのであしからず。
 まとめWiki(過去SS、ルール、資料等)
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/1.html
 新したらば掲示板(予約、規制対策、議論等)
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/13284/
 旧したらば掲示板
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/12456/
 過去スレ
 東方projectバトルロワイアル 符の無無
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1281061809/
 東方projectバトルロワイアル 符の陸
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1263709667/
 東方projectバトルロワイアル 符の伍
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1253970854/
 東方projectバトルロワイアル 符の四
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1248691156/
 東方projectバトルロワイアル 符の参
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1244969218/
 東方projectバトルロワイアル 符の弐
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1239472657/
 東方projectバトルロワイアル 符の壱
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1235470075/
 東方projectバトルロワイアル
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/9437/storage/1224569366.html
 参加者、ルールについては>>2-10辺りに。

2 :
 【参加者一覧】
 2/2【主人公】
   ○博麗霊夢/○霧雨魔理沙
 7/7【紅魔郷】
   ○ルーミア/○チルノ/○紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/○十六夜咲夜
   ○レミリア・スカーレット/○フランドール・スカーレット
11/11【妖々夢】
   ○レティ・ホワイトロック/○橙/○アリス・マーガトロイド /○リリーホワイト/○ルナサ・プリズムリバー
   ○メルラン・プリズムリバー/ ○リリカ・プリズムリバー/○魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫
 1/1【萃夢想】
   ○伊吹萃香
 8/8【永夜紗】
   ○リグル・ナイトバグ/○ミスティア・ローレライ/○上白沢慧音/○因幡てゐ
   ○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅
 5/5【花映塚】
   ○射命丸文/○メディスン・メランコリー/○風見幽香/○小野塚小町/○四季映姫・ヤマザナドゥ
 8/8【風神録】
   ○秋静葉/○秋穣子/○鍵山雛/○河城にとり/○犬走椛/○東風谷早苗
   ○八坂神奈子/○洩矢諏訪子
 2/2【緋想天】
   ○永江衣玖/○比那名居天子
 8/8【地霊殿】
   ○キスメ/○黒谷 ヤマメ/○水橋パルスィ/○星熊勇儀/○古明地さとり
   ○火焔猫燐/○霊烏路空/○古明地こいし
 1/1【香霖堂】
   ○森近霖之助
 1/1【求聞史記】
   ○稗田阿求
 【合計54名】

3 :
【基本ルール】
 参加者同士によるし合いを行い、最後まで残った一人のみ生還する。
 参加者同士のやりとりは基本的に自由。
 ゲーム開始時、各参加者はMAP上にランダムに配置される。
 参加者が全滅した場合、勝者無しとして処理。
【主催者】
 ZUNを主催者と定める。
 主催者は以下に記された行動を主に行う。
 ・バトルロワイアルの開催、および進行。
 ・首輪による現在地探査、盗聴、及び必要に応じて参加者の抹。
 ・6時間ごとの定時放送による禁止エリアの制定、及び死亡者の発表。
【スタート時の持ち物】
 各参加者が装備していた持ち物はスペルカードを除き、全て没収される。
 (例:ミニ八卦炉、人形各種、白楼剣等)
 例外として、本人の身体と一体化している場合は没収されない 。
【スペルカード】
 上記の通り所持している。
 ただし、元々原作でもスペルカード自体には何の力も無いただの紙。
 会場ではスペルカードルールが適用されないので、カード宣言をする必要も存在しません。
 要は雰囲気を演出する飾りでしかありません。
【地図】
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/14.html
【ステータス】
 作品を投下する時、登場参加者の状態を簡略にまとめたステータス表を記すこと。
 テンプレは以下のように
 【地名/**日目・時間】
 【参加者名】
  [状態]:ダメージの具合や精神状態について
  [装備]:所持している武器及び防具について
  [道具]:所持しているもののうち、[装備]に入らないもの全て
  [思考・状況] より細かい行動方針についての記述ほか。
         優先順位の高い順に番号をふり箇条書きにする。
  (このほか特筆すべきことはこの下に付け加える)
【首輪】
 全参加者にZUNによって取り付けられた首輪がある。
 首輪の能力は以下の3つ。
 ・条件に応じて爆発する程度の能力。
 ・生死と現在位置をZUNに伝える程度の能力。
 ・盗聴する程度の能力。
 条件に応じて爆発する程度の能力は以下の時発動する。
 ・放送で指定された禁止エリア内に進入した場合自動で発動。
 ・首輪を無理矢理はずそうとした場合自動で発動。
 ・24時間の間死亡者が0だった場合全員の首輪が自動で発動。
 ・参加者がZUNに対し不利益な行動をとった時ZUNにより手動で発動。

4 :
【書き手の心得】
 この企画は皆で一つの物語を綴るリレーSS企画です。
 初めて参加する人は、過去のSSとルールにしっかりと目を通しましょう。
 連投規制やホスト規制の場合は、したらば掲示板の仮投下スレに投下してください。
 SSを投稿しても、内容によっては議論や修正などが必要となります。
【予約】
 SSを書きたい場合は、名前欄にトリップをつけ、書きたいキャラを明示し、
 このスレか予約スレで、予約を宣言してください。(トリップがわからない人はググること)
 予約をしなくても投下は出来ますが、その場合すでに予約されていないかよく注意すること。
 期間は予約した時点から3日。完成が遅れる場合、延長を申請することで期限を4日延長することができます。
 つまり最長で7日の期限。
 一応7日が過ぎても、誰かが同じ面子を予約するまでに完成させれば投下できます。
【投下宣言】
 他の書き手と被らないように、投下する時はそれを宣言する。
 宣言後、被っていないのを確認してから投下を開始すること。
【参加する上での注意事項】
 今回「二次設定」の使用は禁止されている。
 よって、カップリングの使用や参加者の性格他の改変は認められない。
 書き手は一次設定のみで勝負せよ。読み手も文句言わない。
 どうしても、という時は使いどころを考えよ。
 支給品とかならセーフになるかもしれない。
 ここはあくまでも「バトルロワイアル」を行う場である。
 当然死ぬ奴もいれば、狂う奴もでる。
 だが、ここはそれを許容するもののスレッドである。
 参加するなら、キャラが死んでも壊れても、泣かない、暴れない、騒がない、ホラーイしない。
 あと、sage進行厳守。あくまでもここはアングラな場所なのを忘れずに。
 感想や雑談は、規制等の問題が無ければ、できるだけ本スレで楽しみましょう。
【作中での時間表記】(1日目は午前0時より開始)
  深夜  : 0時〜 2時
  黎明  : 2時〜 4時
  早朝  : 4時〜 6時
  朝   : 6時〜 8時
  午前  : 8時〜10時
  昼   :10時〜12時
  真昼  :12時〜14時
  午後  :14時〜16時
  夕方  :16時〜18時
  夜   :18時〜20時
  夜中  :20時〜22時
  真夜中:22時〜24時

5 :
>>1

6 :
乙です

7 :
乙です

8 :
乙!

9 :
予約来た
この組み合わせは……

10 :
これは期待

11 :
予約来てるw

12 :
対主催組がついに合流なのか…?とりあえず期待

13 :
てゐが何気に不安要素だね…そこも含めて期待

14 :
すごい所来たwww
期待が膨らむな

15 :
ゆか☆さな

16 :
これまたスゴいとこの予約がきた

17 :
予約…!

18 :
ルーミアのパートも予約来てる!!
次のターゲットは小町か。期待!!

19 :
おお、本当だ
そっちも予約来てるぞw

20 :
うわ、こりゃまたすげえとこがw
小町と映姫様したルミャとは

21 :
まとめて期待せざるを得ない!

22 :
 獣道、とはそこをたまたま通った動物に踏み均され、長年の時を経て視認できるほどの道になったものを言うらしい。
 博麗神社への途上もその例に漏れず、木々の間に細い路地がうねり、蛇の体のように続いている。
 月面探査車が来ることができたのは神社に連なる林道の一歩手前までで、最後は結局歩く羽目になった。
 車のキーを懐にしまい、殆ど先の見えない暗闇を懐中電灯で照らしながら八雲紫が先導する。
 東風谷早苗もそれに習い、全員に支給されたものである、紫と同じ懐中電灯のスイッチを入れて後に続いた。
 ここに来るのは三度目ではあるが、こうも先の見えない暗闇であると博麗神社に参拝客が少ない理由の一端が分かるような気がする。
 守矢の神社も同じく山に本殿を構えてはいても、参拝客に配慮して道には明かりをつけているし、整備もしている。
 博麗神社にはそういった配慮のようなものが見られない。ただぽつんと置いてあるだけでそれ以外の一切を行っていないのだ。
 一応、博麗霊夢自身は生活のために必要な金銭は妖怪退治で得ているとは聞いている。
 蓄えはないことはないだろうし、その気になれば道の整備だって行えるだろうが、どうもその気配は見られなかった。
 霊夢が参拝客への興味を失っているのかもしれなかったが、実際はどうであるかは分からない。なにぶん、早苗自身は幻想郷に来てから日が浅すぎた。
 だが他人に聞くことはできる。ふと気になっただけの疑問だったが、車を降りて以降の沈黙を紛らわせるにはいいと結論して、早苗は目の前にいる、
 金糸の長髪を揺らして歩く背中へと向かって問いかけた。
「紫さん。博麗神社って、いつからあったんでしょう?」
「いきなりね。また無駄話?」
「はい、無駄話です」
 妖怪は本質的にそうであるのか、それとも紫のひねくれた根性ゆえなのか、こちらから話を振るとどうにも小馬鹿にしたような返事が来る。
 とはいってもきちんと返事をしてくれるあたり、紫はまだ誠実な部類ではあるのかもしれない。
 ふーむ、と僅かに顎を傾けて紫は「確か……幻想郷縁起が編纂され始めたときにはもうあったかしら」と思い出すように答える。
「げんそうきょうえんぎ?」
「歴史書みたいなものよ。もっとも……編纂者は既にいないけど」
「それ、何年くらい前なんです?」
「稗田阿一からだから……ざっと千二百年くらいは前になるかしら」
「はぁ〜……そんな昔から……」
 歴史の重さだけで言えば、早苗の仕えていた二柱も同等かそれ以上ではあるが、博麗神社も由緒あるものには違いない。
 しかしそれだけ昔からあるものなら、何かしら有名な神様が奉られていそうなものだったが、博麗の神が何であるのかは聞いたことがない。
 いやそもそも千二百年の昔から存続していたことの方が驚きと言うべきで、一体何をどうすれば歴史に埋もれずにここまで続いてきたのか不思議でならない。
 幻想郷の外につい最近までいた早苗にとっては、流行り廃りはとても早いものであり、ふとした拍子に消えてしまうものという印象が強かった。
「……なんか、よく分からないですね。それだけ強固な信仰があるのに、参拝客はいないなんて」
「博麗神社はなくてはならないものだからね。幻想を生きるものにとって、結界の恩恵がなければそれは死を意味するも同然だったから」
「妖怪の信仰を得ていたってことですか?」
「信仰……というより、利用していたってところかしらね。幻想郷では貴女達が来るまでは唯一の神社だったし、神事を利用するにはうってつけだった」
「……それ、変じゃありません?」
 気がつけば、博麗神社の麓までたどり着いていた。既に石段を登り始めていた紫へと向けて、早苗は疑問を投げる。
 聞けば聞くほど、博麗神社は本来の意味を為す存在には思えなかった。
 神を奉り、畏れ敬っていたのでもなければ、博麗の神が幻想郷に安寧をもたらしてきたわけでもない。
 妖怪と博麗の人間が勝手に取り決め、お互いに力を利用して今の幻想郷を作り上げたようにしか思えなかった。
 違和感が早苗の中で急速に膨れ上がってゆく。博麗神社の歴史が、信仰の歴史ではなく、人為的に作られた歴史だとしたら。
「だって、神社を利用していたって……普通、そこの神様にお願いするものなんじゃないですか?」
「とは言ってもね。妖怪は基本的に自分よりも力が上でないと納得しないから、徳だけじゃ信仰を得るに足りなかったのよ。ただ、そこの巫女の力は強かったから……」
「それがおかしいんです! 妖怪は神を信仰しない。神も力を持たない。でも巫女の力は必要って、神社の体裁を整える理由がないですよ!」

23 :
 紫の弁を遮って早苗は言っていた。神に近しい位置にいた早苗にとって、奉る神ではなく、神社でもなく、そこに仕える巫女を重要視しているかのような紫の言動が、
 矛盾を含んでいるようにしか思えなかったのだ。巫女は所詮神の代弁者、もしくは依代でしかなく、それ自体が強い力があるわけではない。
 仮に巫女の力が神よりも強いのだとしたら、その時点で神社という存在は意味を為さない。
 なぜなら、より力の強い方が取って代わり、神の座席に居座るからだ。守矢がそうであったように。
「結界だとかなんだとか、そういう専門知識だって知ってしまえばなんでもない話ですし、第一妖怪の都合のいいように動かしたいなら手元に置いておくはずです。
 要は……ええと……博麗神社があることに意味がないのに、どうして今もそこにあるんだろうって話なんです」
「それは……」
 紫が言葉に詰まる。いや、答えられないというよりは、彼女自身新たに生まれた可能性について頭を巡らせているようだった。
 気がつけばそこは博麗神社の麓の石段であり、ここを登れば境内だ。目的地まであと少し。
 だが、そこで紫と早苗は足を止めていた。これから向かう先の不可解について、いま少し手繰り寄せる必要があったのだ。
「紫さん。私達は、あることが当たり前になりすぎていて、どうしてあるのか、を考えてこなかったんじゃないでしょうか」
「……認めましょう。確かにおかしい。どうして私達は、歴代の博麗の巫女を博麗にいさせたのか」
「……もしかして、理由、忘れてたり?」
「というより」
 紫がそこで初めて早苗の方に向き直った。
 暗闇の中に照らし出された紫の表情は、若干強張っているようにも思えた。
「覚えてないのよ。何があったか、は覚えていても、どうしてそういう考えに至ったか、は覚えてない」
「それって……」
「結果だけ覚えている。過程は覚えてない。そう、分かりやすく言うなら……歴史の丸暗記ね」
 それが意味する事態。ゾッとするようなひとつの悪寒を覚えた早苗に対して、紫は自身信じられないというように両腕で体を抱え、首肯していた。
 幻想郷には、矛盾がある。その矛盾を覆い隠すために、何者かが仕掛けていた事柄。それは。
「私達は、記憶を改竄されている。もしくは……忘れさせられている」
 予想はできた言葉だったとはいえ、紫の一言が胸に突き立ち、じわりと浸透してゆくのが感じられた。
 今ある記憶が偽物であるかもしれないという可能性。こうやって考えている自分が、紛い物の記憶によって形作られているかもしれない可能性。
 我知らず胸に手を当てていた早苗は、搾り出すように反論を口にする。
「可能性のひとつ……ですよね?」
「ええ、可能性の一つには違いないわ。でも、あり得ないとは言い切れない」
 妖怪の大賢者という肩書きを持っているだけに、否定しない紫の言葉が尚更胸に突き立った。
 そう、記憶の改竄と考えればいくらか辻褄が合うことがある。
 し合いの始め、知らぬうちに全員が一箇所に集められていたことがそうだ。
 集められる直前までのことを早苗自身覚えていない。
 そもそも記憶の改変などを行えるのかという疑問は、こんな状況になっていること自体が答えとなる。
「だから、私達は私達の歴史を知る必要がある」
 早苗の内に生じた暗雲を振り払うように、紫は鋭い口調で言い切り、石段の途中で足を止め、顔を上げて境内の方へと向けた。
 恐らくは紫にとって……いや、幻想郷にとっての始まりであろう場所。妖怪も神も飲み込み、桃源郷の原初となった神社。
 そこにこそ秘密が隠されていると確信しているかのように、紫の声は凛として響いていた。
 大妖怪であり、賢者。肩書きを思い出し、そうなのだろうと雰囲気を以って実感した早苗はするすると不安が抜け落ちてゆくのを感じていた。
 それまで不明瞭だった道が示され、目の前を覆っていた霧が晴れてゆく感覚だった。
 のらりくらりと自分をからかっていたかと思えば、鋭い洞察力で物事を言い当てる。
 可能性の一つと釘を刺したものの、ようやく見えた可能性には違いなかった。

24 :
 

25 :
「まあ、言い方は大袈裟だけれどね。覚えていないことを思い出せれば敵の意表をつけるかもしれないってことよ」
「というと?」
「覚えていないということは、覚えていられると不都合ってことよ」
「……つまり、幻想郷の歴史の中にこそ永琳って人の弱点があるってことですか」
「あいつが首謀者だと決まったわけでもないけど。というより、あいつはほぼ間違いなく白――」
 そこまで言ったとき、「おーい! そこの胡散臭いの、紫だろー!?」という調子っぱずれに元気のいいハスキーボイスが木霊していた。
 む、と不機嫌そうに唇を釣り上げる紫。邪魔されたのが気に入らなかったのか、それとも胡散臭いと言われたのが気に入らなかったのか。
 多分、どちらもだろうと思った早苗は苦笑しつつ、声の主の方角へと振り向いた。
「珍しいのと一緒だな? 早苗もいるのかー!? っていうかなんで私の服着てんだよ!?」
 ぶんぶんと手を振りつつ現れたのは、早苗もよく知る人間、霧雨魔理沙だった。
     *     *     *
「博麗神社に行ってみてもいいか?」
 霧雨魔理沙の発した一言に、因幡てゐは内心肝が冷える思いを味わった。
 人間の里に仲間を探しに、と目的を伝えた直後の寄り道提案。
 これだから人間というやつは、とてゐは軽く苛立ちを覚え、そしてそれ以上に因縁の場所であることに怯えを感じていた。
 まだ誰かを騙しきれると根拠もなく思っていた始まりの地。今となっては遠い昔にすら思える、パチュリー・ノーレッジを害してしまった場所だ。
 その博麗神社に魔理沙は行ってみたいのだという。行きたくないという抗弁を拳を握り締めることで抑え、
 てゐは「なんであんなとこに」と出来うる限り冷静な声で喋りかけた。
「そもそもまだ言ってなかった話になるんだが……霊夢がし合いを進める側に回ってる、って話はしたな」
「……まあ。あの能天気巫女がやってるなんて信じられないけど」
「ウソ言ったってしょーがないでしょ。実際、私と魔理沙は何度か戦ってる。友達だって……された」
「わ、わかってるよ。実感がないだけだって!」
 フランドール・スカーレットが重い口を開き、怒りに震えるように七色の羽を上下させる。
 気分を害せばロクなことにならないと直感したてゐは慌ててフォローに回るが、
 フランドールは溜息をひとつついただけでそれ以上何も言うことはなかった。
「続けるぞ。てゐの言う事にも一理はあるんだ。なんで霊夢がこんなことをしてるのか。私には分からん」
「分かる必要なんてないでしょ。あいつは……」
「フラン」
 魔理沙が強く名前を呼ぶと、フランドールは納得がいかない様子ながらも渋々黙り込んだ。
 どうやら想像以上に霊夢との確執は強いものになっているらしい。とんだ貧乏くじを引いたかもしれないと感じたが、
 このハズレだらけのくじを引かないという選択肢はなかったのも事実で、だったら深く突っ込まない方がいい、というのがてゐの結論だった。
 もう何もない。何も残されていない自分には、こうしてのそのそと隅にでもいるしかないのだ。
「ともかくだ。あいつは理由もなしにこんな決断をしたとは思えない。だから私は知りたいんだ。霊夢がし合いをするって決めた理由を」
「その理由っつーのが神社にあるって言いたいわけね」
「かもしれないってだけさ。いつもの勘だよ」
「……知ってどうするのよ。知ったところで、どうせまた霊夢とは戦うんでしょ? 説得だって無理そうじゃない」

26 :
 フランドールも頷く。まさか同意を得られるとは思わなかったが、ともかくこれで反対の大義名分は立った。
 もっとも、反対の理由は自分とは違うだろうとてゐは思っていた。
 魔理沙の言うことをよく聞いているあたり、信じられない話ではあるがこの吸血鬼は魔理沙に懐いている。
 実力など天と地の差があるはずなのに、特に縛り付けているわけでもないのに、フランドールは『まるで友達のように』接している。
 内情はおおまかにしか分からないものの、恐らくは霊夢と魔理沙を接触させたくないのだろう。
 自分は違う。自らの罪状を暴き出されるのが怖く、保身を求めているだけだ。
 魔理沙のように問題を解決したいと思っているのでもなければ、フランドールのように友人を心配しているわけでもない。
 あれだけ痛い目に遭わされておきながら、事ここに至って自らの安寧しか考えていない自己中心ぶりには失笑を通り越して呆れるしかない。
 でも、とてゐは自分以外の何に報いればいいのだと誰にでもなく問いかけた。
 仲間もなく、家族もなく。全てを失くしてしまった我が身に、他者のために行動できる気力など残っているはずがなかった。
 別に見返りを求めているわけではない。見返りを求めずとも行動できる誰かがいなくなってしまったのだ。
 自分から裏切り、あるいは裏切られ。気付いたときには何もかもが灰燼に帰していた。
 やり直す気概も持てなかった。やり直すには、あまりに遅過ぎた。
「……霊夢のためじゃないかもしれない。正直に言うと、私は私のことしか考えていないのかもしれない」
 誰のためにも動けず、諦めきっているてゐに呼応するように、魔理沙はそう言っていた。
 お人よし馬鹿の魔法使い。そう思い込んでいただけに、魔理沙の言葉は意外に感じられた。
 怪訝に首を傾けたてゐに「霊夢なんて、もう説得もできないって分かってる。いやもう、したくもないってすら考え始めてる」と魔理沙は重ねた。
「よく分からないんだよ、自分でも。あいつは、香霖をして……でも、友達だった奴で……いい奴だったんだよ。つい昨日まで。
 昨日まで、私ら縁側で一緒にお茶飲んでたんだぜ? でも急に皆をし始めて、それが当然だって言い張って……
 何があったって訊いても異変だからの一点張りで……もうあいつ、化け物になっちまったんじゃないかって……」
 戸惑いと、憎しみと、信じたいという気持ちの混ざり合った声はどこか淡々としていて、しかし空気を震わせる力があった。
 つい昨日まで、普通の友達だった。この一日が長過ぎて、忘れそうになっていた事実。
 魔理沙だけではない。フランドールも、自分も……つい昨日までは、平和を謳歌し、日常を笑って過ごしていたはずだった。
「でも化け物だって認めてしまったら、もう私は霊夢を、何も感じずにしちまう。友達をすのって哀しいはずなのに、哀しいとも思わなくなって……
 そう思いたくないから、せめて理由が知りたかったんだ。なんで香霖がされなきゃいけなかったのか。本当に異変のためだけに犠牲になったのかをな」
「魔理沙、それって」
「……霊夢は、許すにはもうしすぎたよ」
 フランドールが息を飲む。てゐも、一瞬だけ見せられた冷たさに全身が総毛立っていた。
 お人よしなどではない。どこにでもいる、喜怒哀楽を併せ持ち、感情を手放しきれない、本当にありふれた人間だ。
 恨みもするし、理由なく誰かを助けたりする。そういう存在なのだと理解していた。
「でも、悔しいからって、哀しいからって……感じることをやめて、誰かに押し付けるってわけにはいかないんだ」

27 :
  

28 :


29 :
 だが、普通でありながら魔理沙はやはり強かった。
 これから先、必ず訪れるであろう苦しみから目を背けず、受け止められるように精一杯足を踏ん張っている。
 それはてゐの脳裏に、あのときの藤原妹紅の姿を思い出させた。
 敢然と、勇敢に、『感じることをやめてしまった』であろう蓬莱山輝夜に立ち向かい、人間として生きようとしていたあの姿を……
 人間のくせに。ただの嫉妬心だとは分かりきっていたが、それでもてゐは魔理沙を羨まずにはいられなかった。
 吸血鬼を味方につけて、逃げ出したりもしないで。この心根が少しでもあれば、鈴仙を説得できたかもしれなかったのに。
 鈴仙・優曇華院・イナバのことを忘れられず、まだ未練を残している自分に辟易して、
 情けない我が身を再三確認したてゐは博麗神社に向かうのはもう決定事項だろうと諦めていた。
 これほどの覚悟を持った魔理沙に、口先だけの言葉が通じるわけがないし、論破されるに決まっている。
 だから言い出される前に、自分から譲歩してみせることがてゐの最後の尊厳の保ち方だった。
「わかったよ。付き合うよ、神社まで」
「私も……その、さっきは生意気言って悪かったわ」
「ばーか。まだ自暴自棄だと思ってたのかよ、お前」
 言うや、魔理沙はフランドールの頭を乱暴に撫でる。手のひらを押し付けるようにぐりぐりとされ、前傾姿勢になったフランドールが「ちょ、ちょっと!」と慌てる。
 しかし悪い気分ではないらしく、腕を跳ね除けることはせずぱたぱたと羽を動かすだけだった。
 こうしてみると友達と言うより姉と妹のような関係に見えてきて、恐ろしい吸血鬼という印象が薄れてくる。
「私の命は私だけのもんじゃないからな」
「わ、わかったから! その、もうちょっと……」
「……くく、なっさけないの」
 人間にいいようにしてやられている吸血鬼がおかしく、てゐはいつの間にか口に出してしまっていた。
 当然、言葉を聞きつけたフランドールの目がてゐに向いていた。恥ずかしい現場を見られたからなのか、陶器のように白い肌に赤みが差していた。
「笑った!」
「あ、いや、その」
「笑ったなぁ!」
「ま、魔理沙! 先行ってるから……」
 やばいと思い、逃げ出そうとしたときには手遅れだった。
 妖怪兎ごときの身体能力では為す術がなく、がー、と飛びついてきたフランドールに組み伏せられて頬をつねられていた。
 手加減はしてあるのかさほど痛くはなかったものの、これをどうにかできる術もなかった。
 魔理沙はその様子を見ながらケタケタと笑っている。助けてくれる気はないらしかった。
「仲いいなお前ら。じゃ、こっちはお先に」
「ちょ、ちょっと待って魔理沙」
「別に! あれは! ちょっと慣れてなかっただけなのよ! 分かってる!?」
「わ、わかったから! 引っ張るのやめれー!」
 笑いっぱなしの魔理沙が手を振りながら先に行く。
 餅のように伸びきりつつある頬を他人事のように見つめながら、てゐはさほどフランドールに恐ろしさを感じなくなりつつある現状を不思議に思っていた。
 つい先ほどまでは、あんなに恐れていたのに。彼女の子供のような行動を垣間見たからなのかもしれなかったが、それを含めても安心している自分の心が信じられなかった。
 無論こんなもの、一時の気まぐれにつき合わされているだけなのかもしれない。こんな遊びなど、一瞬のうちに壊れてしまうことを嫌になるほど経験もしてきた。
 なのに、それなのに。どうして安らぎを求める。どうして日常を求めようとする。
 もう戻ってくるものも、取り戻せるのもないと分かっているのに――

30 :
 

31 :
「いだだだだだ! ギブ! ギブギブギブ!」
「ふん、分かればいいのよ分かれば。……魔理沙、追いましょ」
 てゐがタップして降参したところで、フランドールはようやく満足したのか高慢ちきにそう言うとすたすたと先を歩いていってしまう。
 こういう部分はレミリア・スカーレットの妹かと鈍い感想を結んで自分も立ち上がろうとしたところで、不意に戻ってきたフランドールが手を差し出してくる。
 立て、ということらしかった。
 何も言わず、てゐはその手を取る。フランドールも何も言わなかった。
 それで、十分だった。
 じゃれている間に魔理沙とは距離を離されてしまったらしく、フランドールと並んで小走りに森を進む。
 先ほどの出来事があったからなのか、フランドールに話しかけてみるかという気になり、てゐは思ったよりも気軽に「ねぇ」と声を発していた。
「なんで霧雨魔理沙と一緒に? 最初からいたわけじゃないんでしょ?」
「うん。でも、出会ったのも偶然で、ついていこうってことになったのも偶然だった」
 やはり最初は気まぐれだったらしい。吸血鬼がそのようなものであると知っていたてゐには当然の納得だったが、分からないのはそこからだった。
「なんで今も一緒に?」
 力が強く、プライドが高い故に、吸血鬼は同格に扱われることを嫌う。
 それはつまり、上下の関係は認めても横の関係は認められないということだ。
 魔理沙はずけずけとした物言いで踏み込んでくるから吸血鬼とは反りが合いにくいものだと思っていた。
 だからこそ不思議だったのだ。フランドールがこんなに懐いているというその事実が。
「友達だから……ってのもあるけど、今はそれだけじゃない。色々なことを知ることができるから」
「知る? そりゃまあ、あんたは引きこもりだったからそうなんだろうけど」
「そうじゃなくって……なんというか、魔理沙といると、分かり合えるんじゃないかって気になるの。感覚を共有できるというか」
 自身形にならない言葉にもやもやしているのか、フランドールは手のひらを開いたり閉じたりしながら紡ぐ。
 てゐには尚更理解の出来ない言葉ではあった。分かり合える。いい言葉ではあるが、そんなことがあるはずがないとてゐは知っている。
 差別し、いがみ合い、騙しあい、呪い合い、誰かが誰かを見下しながら続いてきた歴史は千数百年にも及ぶ。
 誰も解決しようとはしなかったし、そうしようとした者は長過ぎる時間の中で潰されるか、さもなくば支配者の立場になるだけだった。
 それだけ現在を変えることは難しい。妖怪の間に根付いた『自分は他者よりも優れている。だから自分は偉くあるべきだ』という認識と、
 高位の存在になることで得られる優越感と実利の存在は大きい。人間ごときに変えられるわけがないのだ。
 フランドールは分かっていないだけだ。この幻想郷を取り包む現実を。
「これだ! って言葉にならないのよね……でもさ、分かるんだ。自分が何をしちゃいけないとか、こういうときどんな感情が生まれるのか、みたいな」
「そりゃ、あんたが……物を知らなさ過ぎるだけだよ」
「かもしれない。でも……それでも、私には分かった。誰かが死ぬって、怖いことなんだって」
 自分ではなく、誰かが。確かにフランドールはそう言った。
「……仲間がされたからでしょ? 八雲藍っての」
「それもあるけど……違う。はっきり感じたのは『香霖』ってやつがされたとき。魔理沙の家族みたいなやつなんだけど、
 出会ったこともないし私には何の関係もないのに、そいつがされた瞬間、怖い、って思ったの。
 誰かが死んだら、そいつを大切に思ってた誰かの、ハートから何かが抜け落ちる。いなくなる。それが怖い、って思った」
 喪失感のことを言っているのかとてゐは考えたが、そんな単純な言葉でくくれるようなものではないように感じていた。
 フランドールは恐れている。恐らくは、虚無や、暗黒に近いなにか。復讐心や悲しみといった感情でさえ塗りつぶせなくなるなにかを。
 感情にさえ置き換えられないもの――それは、てゐに死に掛けたときのことを思い出させた。
 一人寂しく死ぬという実感を覚えたときの、あらゆるものに置き去りにされた感覚。あの時は全てが消失してしまった、そんな気分だった。

32 :
  

33 :
「だから私、そんなことしたくないんだ。誰かに怖さを押し付けるってことを。むかつくことも、ヤなこともある。
 感じるのは別にいい。感じないのは生きていない証拠だから。でも、だからってそれを押し付けていい道理はない」
「魔理沙の言葉じゃない」
 言って、てゐは笑った。――感じることをやめて、誰かに押し付けるってわけにはいかないんだ。
 結局はフランドールも魔理沙と同じ結論に辿りついていた。種族も違えば、そもそもの考え方だって違うはずなのに。
 何もかもが違うはずなのに、そうした垣根を乗り越えて同じ結論に達した。それぞれに考え、道は違いながらも。
 フランドールの言う『分かり合える』とはそういうことなのかもしれない。
 だったら、とてゐは新たに生じた身の内の疑問に耳を傾ける。
 自分も、誰かと分かり合えるのか? 感じることさえやめなければ、誰かに押し付けようと考えなければ。
 難しい話で、千年の歳月を経て身も心も汚れきった自分には困難な話なのかもしれない。
 いや、不可能なくらいだろうとてゐは思った。分かり合おうとするには、自分は誰かを裏切り過ぎた。
 不実を不実とも感じず生きてきたこの身体には、信じることですら重たすぎる。
「そうだけどさ――あ、魔理沙いた!」
 木々に囲まれた道の先。博麗神社に連なる石段の麓で、魔理沙は何事かを騒いでいた。
 誰かがいるのか? そう思ったてゐの脳裏に、嫌な予感が走る。
 唾をごくりと飲み下し、足を止めた自分に気付かず、フランドールは「魔理沙ー!」と近づいてゆく。
「ねぇねぇ、誰かいるの?」
「お? 遅いぜ吸血鬼。夜が昼なんだろ?」
「私は低血圧なの……ん、あれは……」
「あっちの胡散臭いのは分かるな? で、あっちが最近こっちにやってきた新入りの――早苗だ」
 魔理沙がここからは見えない石段の上を指差し、確かに『早苗』と言った。
 早苗。東風谷早苗? 名前から即座に姿を、そして罪をなすりつけようとした事実を、
 一度ならず二度裏切ろうとした事実を思い出したてゐの心臓が跳ね上がり、強烈なめまいにも似た感覚を起こさせていた。
 息苦しくなり、これまで目を背け続けていた『罪の清算』という言葉が、裁かれるであろう未来がむらと沸き立ち、擦り寄ってくるのを感じる。
 今度こそ、早苗は自分を許しはしないはずだ。
 先ほどの魔理沙の言葉を確認する限り、早苗の他にはあのときの面子はもういないのだろうと確信できる。
 しかもそのうちの一人は死亡をも確認している。上白沢慧音。し合いを否定し、なんとか皆を取りまとめようとしていた半人半獣。
 何があったのか、逃げ出したてゐには知る由もなかったが、恐らくは……瓦解したのだ。あのときの集団は。
 その結果慧音は死に、他の面子もバラバラとなった。――その誰もが、お互いにお互いを憎みながら。
 裏切られた連中が次に為すことは何か。てゐには分かりきっていることだった。
 復讐される。この一語が脳に突き立ち、されるという恐怖が再び身体を支配するのを感じていた。
 今はなにもしていない。何もしたくないなどという言い訳が通じるはずもない。仕返しをするのに、相手の理由や事情など知ったことではない。
 されるならまだいい。あっさりと、楽に死なせてくれるならまだマシだ。
 だがこの地獄に等しい一日を生き延び、憎悪を頼りにして生きているであろう早苗は、まず控えめに言っても血に飢えた獣に違いない。
 一撃で、などという生易しい話ではない。恐らくはじっくりと、恨みを晴らせるくらいには時間をかけて嬲りす。
 助けてくれる味方なんていない。魔理沙もフランドールも、所詮は数刻前に出会ったばかりだ。
 加えて、自分は事実という事実をひた隠しにしてきた。悪者だと知れれば味方をしてくれる道理などどこをつついても出てきやしない。
 いやだ。てゐは同情の余地もない視線に見下されながらされる光景を想像して絶望の悲鳴を上げた。
 誰も助けてくれない。不憫にさえ思ってくれず、されて当然という顔しかしてくれない。
 自業自得。今まで支払いを避け続けてきたツケがここで来ただけのこと。そうだと自分でも分かりきっている。
 でも、それでも嫌なのだ。たった一人で、寂しく死ぬというのは。耐えられないことだった。

34 :
「――てゐ?」
 気配が近くにないことを感じて、フランドールの赤い目がこちらに向けられる。
 赤い目。血の色をした目。自分の未来を暗示する目……!
 先ほど交わした会話も、不思議な安心感も、全て消し飛んでしまっていた。
 怖さを押し付けるなんてしたくない。そう語ってくれたのは、自分が悪を為してきた妖怪だと知らないから。
 嘘をつき、隠し、欺こうとしてきた自分を許してくれるはずなんかが、ない。
 される。
 制裁を、制裁を。
 そんな声が、数百年以上の昔から、自分達弱者を虐げてきた声が聞こえる。
 仕方がない。生き延びるためには仕方がなかった。虐げられないためには、先にこちらが欺くしかなかった。
 制裁を、制裁を。
 だが、それは所詮弱者の理屈。弱いから裏切っても許されるという法はない。
 いや、法があったとしても許しはしないだろう。あらゆる手段を用いて、復讐は為される。
 痛みは恨みとなり、恨みはさらに大きな痛みになる。そうしていつか、こちらに返ってくる。
 制裁を――!
「嫌だっ! わ、私は……!」
 何を言葉にしたかったのかも分からず、てゐは悲鳴にならない悲鳴を張り上げ、今来た方角を逆走し、逃げ出していた。
 自分が弱いことなど百も承知だ。その上で裏切り続けてきたことも。
 でも、死にたくなかった。たった一人で、みじめにされるのはいやだ。
 逃げることで、さらに一人になってしまうことを分かっていながら、それでもされるという未来が怖く、てゐはまた無明の闇へと戻ることを選んだ。
     *     *     *
 フランドールは、突如として脱兎の如く駆け出したてゐの行動を呆然とした面持ちで見つめていた。
 嫌だと絶叫し、化け物でも見るかのような表情を一方的に見せつけて森の奥へと消えてゆく。
 何に触れた? さっきまでは普通に会話を交わし、笑ってさえいたてゐが、どうして、いきなり。
 戸惑う魔理沙と、何が起こっているのか分からないという様子の紫と早苗を尻目に、フランドールは「待って!」と駆け出していた。
 体調は本調子に戻っている。目は若干見えは悪いものの、行動に支障を来たすレベルではない。
「何があったんですか!?」
 その背後から、早苗が息せき切って駆け下りてくる。ちらと視線を移してみると早苗の顔色はお世辞にも良さそうとはいえない。
 体調が良くないのか? 咄嗟にそう思い、続けてフランドールが思ったのはそんな状況であるのに必死になっていることだった。
 てゐと何か関係があるのではないか。直感し、フランドールは一度足を止め「てゐが逃げ出したの!」と叫んでいた。
「てゐ……? 因幡てゐさんですか!?」
「知ってるのかよ!?」
 大声で魔理沙が問い質すと「知ってるも何も」と早苗も大声で返す。
「私と一緒にいたことがあるんです! でも、その時ちょっとしたすれ違いから揉めてしまって……」
「耳が切れてるのはそれが原因かよ!?」
「耳……? いや、それは……」
「なんでもいい! とにかく、てゐはあんたといざこざがあって、それで別れたんでしょ!」

35 :


36 :
 

37 :
 乱暴な物言いにも関わらず、早苗は怒ることもなく「ええ」と頷いた。
 てゐの過剰に怯えた態度。早苗のことをよく知らないフランドールからしてみれば、
 早苗が全面的に悪いのではないかと思う気持ちもあったのだが、そう思い込んでしまうのは危険だとこの一日で培った経験が言っていた。
「因幡てゐ……?」
 早苗の後に続いてやってきた紫が訝しげに語る。
 フランドールにとってはあのときの……八雲藍と森近霖之助が死んで以来の再会となる。
 正直今でも好印象を持っているとは言いがたかったが、悪い妖怪ではないという認識くらいは自分の中にもあった。
 そう、藍が身を挺して守った主が悪いとは思いたくないし、魔理沙だってそう言っていた。
 胸のわだかまりは抜けないし、気に食わなくもあるが……悪を為そうとして為すような妖怪ではない。
 だから紫と一緒にいたのであろう、この早苗という奴も敵ではないはずだ。
 この考えは正しいのか、と一度問い返してみて大丈夫だと結論付ける。
 自分は、しっかりと感じている。感情に振り回されず、分かろうとしている。
 誰かのせいにするな。感じることをやめるな。そして、誰が何をするのかを分かって、哀しくならないために行動しろ。
 いなくなってしまうのは、とても怖いことだから――
「私、てゐさんともう一度きちんと話し合いたいんです。紫さん、行かせてください」
「……あの子、何度も嘘をついてきたのでしょう? 今回逃げ出したのも、自分の命が惜しいだけなのかもしれない」
「おい紫、嘘ってなんだ?」
「かいつまんで言うと、因幡てゐは一度早苗に罪を擦り付けようとしたのよ。パチュリー・ノーレッジしの罪を」
「パチュリー……!?」
 魔理沙が、そこで一度自分の方を見ていた。パチュリー、の名前を聞き、むらと熱が膨張するのを自覚していたが、
 我を見失うほどの感情はどうにか抑えることができた。
 まだ結論は出すな。許せないと思う前に、考えろ。必死に言い聞かせ、壊したくなる気持ちをこらえる。
 我慢する必要はあるのか? 歯を食いしばっている最中、何度もそんな声が聞こえたが、それでも、とフランドールは反論する。
 友達だったパチュリーがてゐにされたのだとしても、騙していたのだとしても。怨念返しで解決するものはない。
 一度てゐに手を差し出した瞬間。暗闇の中で、首輪の爆発からてゐを助け出した瞬間。寂しさに怯えていたようなあの顔がまやかしだと思いたくない。
 博麗霊夢のように問答無用でし合いを仕掛け、何も感じなくなったあの瞳とは違う。
 必ず、何かがあるはずだった。
「……大丈夫。パチュリーが死んだのは……許せない、けど……だったら、なんで、って、聞く」
「フラン……」
 だが、口に出してしまえば、やはり許せないと思ってしまう。
 恨みはそう簡単には消えてくれない。自分に、本の面白さを誇らしげに紹介してくれた魔女を奪った事実は許せるものではない。
 だから、許せなくとも納得するしかない。納得して、どうすれば哀しくならなくなるかを考えるしかない。
「えっと、あの、そっちの子は……」
「パチュリーの友達。紅魔館の、フランドール・スカーレット」
 口調から雰囲気を察したのか、不安顔で尋ねた早苗に対し、魔理沙がフォローをしてくれた。
 それだけで少しは重みが減るような感覚があった。自分にはこうして助けてくれる人がいる。
 この怒りも、魔理沙が少し請け負ってくれる。分かち合える。だから分かろうとすることができる。
 一人じゃない。その思いをもう一度温め直し、フランドールは大丈夫という視線を早苗に注いだ。

38 :
「話、戻すわよ。私は因幡てゐを追うのは賛成しないわ」
「嘘つくやつは何度でもつくって言うんでしょ、あんたは」
「かもしれないわね」
 あえて紫が反対意見を言っているのは、涼しい顔をしているのを見れば明らかだった。
 だがこれも紫なりに考えて、感じた結果なのかもしれない。いたずらに労力を費やすことの意味を問い質している。
 それはそれで自分達を守るための理屈だと考えたフランドールは、しかしそれでも反論する。
「私は、嘘の回数じゃなくて理由が知りたい。それだけ」
 視線を紫に移し、はっきりと見据えてフランドールは言った。
 もう少し言いようはあるはずではあった。自分は『分かる』ための努力をしている。
 それを伝えられれば良かったはずなのだが、伝える術が見つからない。まだ自分は、『分かる』を言葉に出来ていない。
 だから今はやりたいことを示すだけで終わらせることにした。紫がそれで納得するとは、思えなかったけれど。
「……私もフランドールさんと同意見です。嘘をつくからって、それが悪であると私は信じたくないんです」
「そうでなけりゃ、嘘つきは生きてちゃいけないって理屈になるな」
 早苗の後を引き取り、魔理沙は意地悪く続けた。
 日常から茶化してくだらない嘘をついている魔理沙ならではの言葉に、紫が苦笑を漏らす。
 一本取られた、という風のどこか清々しい笑いに、フランドールは紫も変わったのか、と不意にそんなことを思っていた。
 今まであった硬質な雰囲気はなりを潜め、自分達の言葉を確かめようとしている空気がある。
 ひょっとして、最初からこうなると分かってあえて反対していた……?
 わけもない直感がフランドールを貫いた瞬間、紫がこちらを向いて笑みを深くする。
「馬鹿は伝染するものね。それもこんな短時間で」
 自分の心を見通したような発言に、やはりこの女は大妖怪だという実感が湧き、どこか怖れにも似た気分を覚えていた。
 紫を論破したつもりが、その実試されていたことに気付いたのは魔理沙もらしく、一本取られたのはこっちだ、と小声で呟く。
「……? えっと?」
 分かっていないのは早苗ただ一人らしく、きょとんとした面持ちで周囲を見回していた。
「気にしないで。賛成はしないけど、反対する理由もないだけのこと。私も行きましょう」
「いいのかよ」
「早苗のサポートが必要でしょう。足の速い貴女達二人は置いておいて、早苗は体調が万全ではないもの」
「いや、それは大丈夫で……」
 言おうとした瞬間、こほんと早苗が咳き込んだ。どうやら風邪を引いているらしい。
 人間はこういうところが不便だ。ただ、風邪を引いた人間は優しくしてもらえると聞いたことがある。
 そこは羨ましいと脈絡なく思っていると、魔理沙が肩を叩き「んじゃ、先行すっか。サポートは必要か?」と言ってきた。
「大丈夫よ、問題ないわ」

39 :
 しっかりと『魔理沙の方』を見返してニヤリと不敵な笑みを返す。
 風邪は引かなくても、気にはかけてもらえる。
 いや、いつでも気にかけてもらえるなら自分は年中風邪であるのかもしれない。
 時として迷い、躊躇い、間違ったことさえさせる心は不安定で、妖怪といえども不完全にさせてしまう病気だ。
 けれども、その病気は自分の中に他者を自覚させ、他者がいてこそ形作られる自分を認識させる。
 スター。妖夢。藍。香霖。それぞれに思い出のある名前を呼び起こし、次は正しくいられるように祈る。
 霧雨魔理沙と一緒にいられるように。霧雨魔理沙のような友達をもっと作るために。
「そんじゃあ行くぜ! フラン、走るぞ! てゐをとっ捕まえるんだ!」
「あ、魔理沙さん! これ!」
「お?」
 スタートを切ろうとした魔理沙に、早苗がなにかを投げ渡す。
 片手で器用にキャッチした魔理沙の手には、人形が収まっていた。
「……アリスの、人形?」
「預かり物です」
 深く言う暇はないと知っている早苗は簡単に済ませたが、魔理沙にはそれで十分なようだった。
 もう一度空中に放り投げ、落ちてきたところを再度掴む。
 久しぶりに晴れ渡った笑顔を見せた魔理沙は、こちらまでが元気になるような笑顔で――
「アリス、『借りる』ぜ。死ぬまでな」
 恐らくは、悪友に向けて言ったその一言が、フランドールにはとても素敵なものであるように思えた。
【G-4 博麗神社の麓 一日目・夜中】
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、MINIMI軽機関銃(55/200)、上海人形
[道具]支給品一式、ダーツボード、文々。新聞、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
    mp3プレイヤー、紫の調合材料表、八雲藍の帽子、森近霖之助の眼鏡
ダーツ(3本)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
 0.てゐを捕まえる
 1.霊夢、輝夜、幽々子を止める。
 2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
 ※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
※因幡てゐの経歴は把握していません。

40 :
 

41 :

【フランドール・スカーレット】
[状態]右掌の裂傷(行動に支障はない)、魔力半分程回復、スターサファイアの能力取得
[装備]楼観剣(刀身半分)付きSPAS12銃剣 装弾数(8/8)
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘、バードショット(7発)
バックショット(8発)、大きな木の実
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.てゐを捕まえる
2.スターと魔理沙と共にありたい。
3.反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
4.永琳に多少の違和感。
※3に準拠する範囲で、永琳がば他の参加者も死ぬということは信じてます
※視力喪失は徐々に回復します。スターサファイアの能力の程度は後に任せます。
※因幡てゐの経歴は把握していません。
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる
    空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
    色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記 、バードショット×1
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにする。
 1.てゐを捕まえた後、博麗神社へ向かう
 2.八意永琳との接触
 3.ゲームの破壊
 4.幽々子の捜索
 5.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
【東風谷早苗】
[状態]:軽度の風邪(回復中)
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
    魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
    諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.てゐを捕まえた後、博麗神社へ向かう
2.ルーミアを説得する。説得できなかった場合、戦うことも視野に入れる
3.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる 
【G-4 魔法の森 一日目・夜中】
【因幡てゐ】
[状態]錯乱中、手首の擦り傷(瘡蓋になった)、右耳損失(出血は止まった)
[装備]白楼剣 、ブローニング・ハイパワー(5/13)
[道具]基本支給品、輝夜のスキマ袋(基本支給品×2、ウェルロッドの予備弾×3)
    萃香のスキマ袋 (基本支給品×4、盃、防弾チョッキ、銀のナイフ×7、
リリカのキーボード、こいしの服、予備弾倉×1(13)、詳細名簿)
[基本行動方針]弱者のまま死にたくない
[思考・状況]
1.死にたくない!
※フランドール・スカーレットと霧雨魔理沙の持つ情報を一方的に取得しました。 

42 :
投下は以上です。
タイトルは『消えた歴史』です

43 :
GJ
てゐは離脱したけどまあまあ順調な合流だな
紫達は主催に対して一歩コマを進めたしこれからに期待

44 :

てゐはここからが正念場だな
うまくいけば対主催になれるのだが・・・・
いい面子がそろって今後が楽しみだ

45 :
投下乙
対主催のメイン集団が揃ったな。
さともこ+空チルとここだけというのは心許ないけど……でもこの面子なら勝つる
あとエルシャダイネタ笑った

46 :
投下乙です
確かに対主催のメインは揃った。先はまだまだ険しいけど期待してしまうな
てゐはどうなるんだろう…
さともこ+空チルと文と妖精とかまだいるけどマーダー+危険対主催の連中もまだまだ健在なんだよな……
ところで霊夢が何故マーダーしてるのかって理由はどうしよう? 書き手の領分だが考えてあるのだろうか…
理由暈したまま進められるのならこのままでもいいけど…

47 :
投下乙です
やっぱりてゐは不安定なままか…なんだか嫌な予感がするけど、
チームの方針や精神が安定してるからそこに希望を持っておこう
それにしても、これほど信頼できる「大丈夫だ、問題ない」があっただろうか?
>>46
自分は読み専だけど、そこら辺は書き手の皆さんにおまかせしたいです
チャットもやるし、みんなが納得できるようなものに決まったらそれに賛成したいと思ってます
……欲を言えば理由が決まって欲しいけど、あれこれ言う権利は無いもんね

48 :
乙です
対主催メンバーが揃ってきたな…もう終盤か
てゐはこの後どうなっちまうんだ

49 :
投下します。
仕様のため細切れの投下になってしまうことをご容赦願います。
タイトルは「彼岸忌紅 〜Riverside Excruciating Crimson」

50 :
支援

51 :

 閉ざされた部屋。
 外との繋がりを殆ど断たれた空間。
 決して明るくはない、明滅を繰り返す照明。
 視界を遮る白い靄。
 規則的に繰り返す水の音。
 彼女は一人、その中にいた。
 死と常に近く在り、死者と戯れてきた。
 今はそう、悲しい決意を胸に、その死までを心に定めて。
 眼を閉じて物思いに耽る。
 その長身を丸めて、膝を抱えるように腰掛けて、
 全ての殻を剥がし、原初に還ったかのような姿で――

52 :
(本文ではありません)
申し訳ありません。とてもこのペースで投下していられませんので仮投下スレに投下させていただきます。

53 :
 

54 :
閉ざされた部屋。
 外との繋がりを殆ど断たれた空間。
 決して明るくはない、明滅を繰り返す照明。
 視界を遮る白い靄。
 規則的に繰り返す水の音。
 彼女は一人、その中にいた。
 死と常に近く在り、死者と戯れてきた。
 今はそう、悲しい決意を胸に、その死までを心に定めて。
 眼を閉じて物思いに耽る。
 その長身を丸めて、膝を抱えるように腰掛けて、
 全ての殻を剥がし、原初に還ったかのような姿で――
 
 
「うーん、極楽、極楽。
 死なずに極楽行けるならこんなにいいことは無いね。燗があればなおいいけど、そいつは贅沢かねぇ」
 木霊のような独り言の反響を耳に受けながら、小野塚小町は、湯船の縁に背を預けると大きく背伸びした。
 衣服の拘束から放たれた彼女の体が、久々の開放感に身を震わせる。
 普段は左右二つ結っている髪も、今は紐を解いて手拭いで纏めてある。
 弱々しい照明が、壁に彼女の起伏の大きい身体の影を映し出していた。
 
 古明地さとりと袂を別った後、小町は人里を中心に周辺の様子を調べていた。
 博麗霊夢は、いつの間にか姿を消していた。
 積極的には自分と関わらないようにしているのならば、それは構わないと、小町は彼女を自由にさせておくことにした。
 小町は彼女を評価している。博麗の巫女として、という部分では、であるが。
 凄まじいまでの幸運と直感で、彼女は独りでも生き延びるだろう。
 小町は、人里で幾つかの死体を発見した他、八意永琳と霊烏路空、チルノの交戦を遠目で確認した。
 尤も、それについては介入する理由はないと判断し、その場をすぐに立ち去った。
 八意永琳の死を以って状況が劇的に変化する可能性は考えたが、それに賭けるのは余りに分が悪いと判断したのだ。
 派手な音と弾幕を撒き散らすそこから遠ざかる途中で、小町は“それ”の存在に気付いたのであった。
 それは、銭湯であった。
 人里の外れ、殊更目を引く煙突と共にそれは在った。
 普段から多くの人が訪れたであろう、憩いと癒しの空間であり、人間には生活必需の施設。
 建てられて長くそこに在ったのだろう、古びた外観には貫禄さえあった。
 どういうからくりか不明だが――尤も、それを知る必要は全く無かったのだ――無人のまま、煙も出さずに機能し続けるそれに、
 小町は、深く考えることも無く、日常のにおいに誘われて、欲求の赴くままに身体を休めることを是としたのだ。
「ん、ん〜! あたいもトシかねぇ、なんてね。肩が凝るよ、全く」
 軽口を叩きながらもう一伸びすると、小町は改めて浴室内をぐるりと見渡した。
 石造りの古い建物で、幻想郷の妖怪達が本気を出せば容易く崩されるだろうという印象だ。
 よくまぁ、ここまで古くなるまでは持ったものだと小町は感心した。
 人里がもっと危険だった時代なら、あの高い煙突といい、“目立ちすぎる”として格好の攻撃目標になりそうなものだ。
 浴室は広く、数十人は入れるだろう。浴槽と反対の壁際には、どういう原理かわからないが、捻ればお湯の出る栓と管が並んでいる。
 大鏡が壁にかけられていた。曇らないように何か細工してあるのだろうが、それも小町にはわからない。
 ここには、河童の手が入っていると聞いたことがある。
 悔しいが、河童の持つ技術の進み方から、彼岸は一回り以上遅れているのが事実なのだ。
 壁には、幻想郷に存在しないはずの“海”の絵が描いてあった。それは小町も、外の世界の有名な画家の絵だと聞いたことがある。
 無限の距離を持つであろう水の行く末は、小野塚小町にとってある種の憧れのようなものもあった。

55 :
そして――ここは、“混浴”であった。
 これだけ広い浴槽を作れたのは、建物を無駄に分割する必要が無かった、というのもあるのだろう。
 男女もさることがら、ここには人妖を隔てる壁も無い。
 誰もが、それこそ暗黙のルールさえ保てば受け入れられる、数少ない場所であった。
 湯に浸かり、心を安らげる――そのような場に、生きるか、死ぬかの日常を持ち込む者は人妖問わず幻想郷にはいなかったのだ。
 小町は銭湯という場所は好きだった。
 裸の付き合いとはよく言ったもので、そこでは人間達も饒舌になるし、自分の話に付き合わない者はいない。
 こと小町については、そこに居るだけで男達の視線と興味を釘付けにしていたのだから当たり前といえばそうであったが――。
 小町は、そういう関係が、好きだった。あの理想郷に、嫌いなものなど――無かったのだ。
「だから――かねぇ」
 小町は、小さく呟く。
 死神でありながら、小野塚小町は、幻想郷の死を、何よりも恐れている。
 生きたいと願うもの達の命を刈り取る様は、正しく死神であると言うのに――。
 死者を渡す仕事では、死と縁深くても、血生臭さとは無縁であった。
 死者は語り、死神は相槌を打つ――そうであることが、本来の姿だとさえ思っていた。
 それが許される世界が、小町には全てだった。だから、それを守るため、自らを柱として沈む覚悟をした。
 冥界の管理者や地霊殿の主、博麗の巫女と言葉を交わし、迷いながらも、この道を変える無いのだろうと、小町は思う。
 それは決して、もう戻れないからではない。自分が血に汚れてしまったからでもない。
 そこに自分の姿が無くとも構わない、守りたい世界。それだけが――小町の生への未練に勝るのだから。
 小町の“生き残らせるに値する”人妖のうち、この人里では博麗霊夢と古明地さとりを確認したことになる。
 そして――四季映姫・ヤマザナドゥ。彼女とは確かに、あの場所で再会した。
 だが小町は彼女を追うことを躊躇った。彼女を守ることは義務であり責任であったが、同時にそれは恐怖であった。
 西行寺幽々子と別れた時と同じように、小町は守るべき対象に同行することのリスクを承知していた。
 故に、可能な限り接触の無い形で、四季映姫――或いはその他の賢者達を、
 ひとつきりの勝者の椅子に座らせるため、影の道を歩くことを選んだのだ。
 小野塚小町は考える。
 たとえば、この中で四季様を生かすことが出来たとしたら。
 彼女が唯一人に与えられる勝者という栄誉を手に入れたとしたら。
 彼女は幻想郷をどうするだろうか。
 勝者の栄誉に酔うことも無く、この悲劇に悲嘆することも無く、ただ何事も無かったかのように日常へと回帰するのだろうか。
 バランスを失った世界で、盛者必衰、滅び行くこともまた理として受け入れ、終わりゆく幻想郷をただ見守るだけだろうか。
 それとも、――それは彼女らしくないと思いながらも――幻想郷を維持するべく彼女の明晰な頭脳をしてそれの保護に努めるのだろうか。
 
 それは、決して小野塚小町が見ることは出来ない、このゲームの結末の先の先。
 だから、彼女の選択が誤りであったかどうかは絶対にわかりえない。
 おそらく、その結末がどうあったとしても、四季映姫は小野塚小町を“黒”とするだろう。
 生きる為でなく他者をめる事は、世の理――法に反することなのだ。
 だから、最後、彼女と自分の二人が残ったならば――その手で裁かれることは当然だ。
 そうであってこそ、小町が彼女を残す意味であり、彼女を勝たせる意味である筈なのだから。

56 :
小町はぶるぶると頭を振ると、両頬を二度叩いた。
「……湯船に浸かって一人だと、色々考えちゃっていけないね。
 ちょいと話し相手でもほしいところ――」
 がらり、と戸を引く音がした。
 小町は、はっと身構える。
 立ち上がった勢いで湯が飛び散る。胸まで湯に浸かっていた身体が、急に触れた空気の冷たさに震えた。
 敵襲か。……敵? 自分の敵は一体誰だ。“幻想郷に仇なす者”か?
 自分が楽天的なことは否定しないが、突然の来訪者を無条件で味方だろうと思うほど小町の思考は微温湯に浸かってはいない。
 だが、どのような形の奇襲もありえた以上、こうしていること自体が油断そのものなのかもしれなかった。
“安らぎを与える空間で惨劇は発生し得ない”とは誰一人として決めておらず、小町もそう思っていたわけではないのだが――。
 ただ、この空間のすぐ外に誰かがいたというのに、踏み入れようとしてくるまで気付かなかったのだ、やはり気が緩んでいたのだろう。
 弛緩しきった思考に喝を入れ、小町は次の一手を考える。
 幸い、というよりは当然のことであったが、武器を入れたスキマ袋は手の届く壁際に濡れないように置いてある。
 今の場所ならば、戸よりも内側に入らなければ相手の視界には入らない。
 奇襲でない以上、小町には僅かの余裕がある。
 相手を見極め、すぐに次の動きへと移れるよう、身構えていた。
 だが、小町の想像した全ての危機的状況を覆すかのように、形だけの暖簾の向こう側から、小さな影がのそりと入ってきた。
 それは、おおよそここで起きている惨劇とは無縁であるかのような空気を纏っていたように、小町には思えた。
 未発達の――恐らく今後幾年が経とうとも発達することは無い――身体。
 眩いほどの白い肌は、しかしその無垢さとは裏腹に細かく傷ついているのがわかった。
 一糸纏わぬ姿、と最初に小町の思考は捉えたが、実際は金色の髪に結んだままのリボンが、その表現を不正確なものにしていた。
 されど、それ以外には(場所を考えればそれは当然であるのだが)何も纏わず、そしてそれを恥じて隠すことも無く、
  ――尤も、小町も同様ではあったのだが――あっけらかんといった表情で訪問者はそこに立っていた。
 小町の身体から滴り落ちる水音以外、音ひとつしない少しの時間が、向かい合った二人の間に流れる。
「あれ、他にお客さんいたんだー」
 小町の思考よりさらに弛緩しきった、間延びした少女の声が反響するのを聞いて、小町の集めた筈の気力が再度四散していくのを感じていた。
 


57 :
気の抜けるような邂逅の後、少女はルーミアと名乗って、屈託の無い笑顔を見せた。
 小町が名乗ると、そーなのかー、と興味ないように返した。
 湯船を指差し「入っていい?」と笑顔のまま聞くものだから、小町も「先に身体を洗ったらね」と答えざるを得なかった。
 ルーミアはそれに笑顔で頷いて、よたよたと湯の出る栓のところまで歩くと、備え付けの石鹸で体中を丁寧に洗った。
 小町は、その様子を観察する。微笑ましく子を見守る親の視線ではなく、獲物を見定める狩人の眼――死神の視線だ。
 それには気付いた様子も無く、ルーミアは体を洗い終えると飛び込むように湯船に入ってきた。
 不快な感じではなかった。彼女は日常をそのまま持ち込んでいた。
 深く物事を考えず、在るがままで在る。
 今、小町にはきっとそれは難しすぎる。嘗てそれに近くあったとはいえ、この舞台で自分に与えた役割はそれとは遠すぎるものだ。
 それは、この妖怪には簡単なことなのだろうか。
 そして、それこそが、彼女をここまで生き長らえさせたのかもしれない。
 過度に敵を作らない――いつの時代も、生き残るための基本であった。
 だが、無条件に相手を信じるな――それもまた掟であった筈ではなかろうか。
 ルーミアは、小町が自分をそうとする可能性なんて、微塵も考えてないのかもしれない。
 そして、自分もまた、既に、彼女が自分をそうとする可能性を薄らとも考えていないことに、気付いていた。
 
 ――
  ――
 取るに足らない妖怪。
 小町の感想は、そう結論付けられた。
 無論、今小町の横で湯を掬っては流すを繰り返している、実年齢こそ不明だが外見だけならば年端も行かぬ、金髪の少女のことだ。
 邂逅から僅かの間、少しの会話を交わしただけで、十分に彼女を把握できたと、小町は思う。
 その間、参加させられているこのゲームの事について一切触れなかったが、彼女もまたそれに触れることは無かった。
 小野塚小町にとって、それそのものの事や自身の抱く苦悩を、この小さな妖怪に話す気は当然無く、
 また彼女がどう考えているのかということも、小町には何の意味も為さない事だと思っていた。
 そもそも、ここまで、彼女が生き残ってきたこと自体がまるで奇跡だと思う。
 妖力も大したことはなく、警戒心も邪気も無く、無防備だ。頭が回るとも思えない。
 一人でここにいるということは、誰かの庇護の下にいたわけでもないのだろうというのに。
 賢者達はおろか、今生存する人妖の中では最も力の弱い部類に入る妖怪で、――幻想郷にとって存在意義の最も無い妖怪。
 生かす意味は無い、と小町は結論付ける一方で、しかしそれをすぐには実行に移さなかった。
“ここ”で“彼女”をすことに、小町は躊躇いを抱いていた。
 この場所を、小町は知っているから。
 彼女も、自分も無防備になって、いられる場所。
 戦場や煩わしいものとは一線を隔した、安寧と自由の場所。
 心のどこかで、ここを、そう思ってしまったから。
 一瞬なれど、日常に戻ってしまっていたのだから。
 自分だけがそれを振り切って、無警戒な日常に浸ったままの彼女をす――それを、本心で、嫌だと、思ってしまった。
 自分は甘い。博麗霊夢ならば、この場で表情ひとつ変えずに両の手で彼女の息の根を止めるくらいならばしただろう。
 しかし、自分は自分に言い訳を探す。
 そう、結果は変わらない。
 彼女をすことそのものに、躊躇うわけではない。そう、小町は心の中で繰り返した。

58 :
「あんたが羨ましいよ」
 暫しの観察の後、小町はルーミアに語りかける。
 端から小町に対して警戒もしていないルーミアは、顎まで浸かっていた顔をようやく小町に向けた。
「んー?」
 首を傾げる仕草は、どこか仔猫のように見えた。
「羨ましいのさ。お前さんは、悩んでるようにも、恐れているようにも見えない。本当にそうなら、きっと幸せだろうね」
 小町は、本心からそう言う。羨ましさはあった。それと同じものになるつもりは、まるで無かったけれども。
「えー、でも私も悩んだりするよ。怖いものもあるし」
「そうかい。うんまぁ、そりゃそうだよね」
 小町は手拭い越しに頭を掻く。
「でも、自分が正しいのわかったし、間違ってるのはみんななんだよね。
 だから上手くいくこともあるわけだし。迷っても大丈夫、悪いことじゃないわー」
 自慢げに話すルーミアの言葉の意味は、よくわからなかったが、小町の耳に心地よく入っていった。
「あとね、私、お風呂は好きなの。
 それに今はお腹一杯だもの。やっぱり、幸せかもしれない、のかなぁ?」
 にこりと笑ったルーミアを見て、小町は思わず目を逸らした。
「そ、っか。なら言うことないね」
 素っ気無く返す小野塚小町は、しかしその実、動揺していた。
 純に生き、純な幸せを享受する彼女を、見ていることができなかった。
 重りを背負い、幸せを半ば放棄した自分から見れば、それの持つ日常の匂いはまるで死に至る――。
 天井を見上げる。無機質で古めかしい灰色は、幻想とはかけ離れている。
 小町の世界はそれよりももっと、暗い色をした、行き止まりの――。
「お姉さん、美味しそうだよねぇ」
 耳元に、吐息がかかる。
 鳥肌が立つ。あわてて振り向けば、ルーミアがすぐ脇に居た。
 不気味な色気のある紅い眼を輝かせ――涎すら垂らしそうな表情で、小町を見ていた。
 彼女の視線に、ある種の悪寒を覚え――小町は後ずさる。
「あは、冗談きついねぇ」
 だが、そのような視線は、小町には経験があった。
 小町はルーミアの視線を追う。
 その先は――肩よりもやや下、
 ――自身の、肉付きの最もよい部分に、その視線は注がれていた。
「……ああ」
 なるほど。小町の全身から力が抜ける。
 人間の男達と、同じだ。尤も、欲求とは無関係にただ興味があるだけなのだろうが。
「そんなに凝視しないでほしいねぇ。あたいにゃそんな趣味ないわ」
「そんな趣味? どんな趣味?」
 まったく、と小町は頭を掻く。恐らく邪気も何も無いのだろう。
 それでも、心に不気味な悪寒を残したあの視線が、霧のように纏わりついてくるのを感じた。
 種明かしは終わったのに、違和感が頭の端で燻る。
「ま、とにかく、そんな眼で見たって何も起こらないからね」
 それを振り払うように、小町はルーミアから視線を外す。
「うん、今はわからないのは仕方ないわー。
 だから後で試させてね?」
「後でも先でも、何も無いったら無いさ。おっと、触るのもダメ」
 相変わらず意味のわからないルーミアの言葉と伸びてくる手を、小町は遮った。
 その言葉、仕草の一つ一つが、最初とは違う、絡みつくような蠢きを以って小町ににじり寄ってくるような感覚があった。
 その理由がわからないことが、小町を少しだけ苛立たせた。
 しかし、それはただ、自分が彼女をそうとしているから――
 在りもしない彼女の抵抗を、自分の意識の中でその中に押し込んでいるだけなのだろうと、思った。

59 :
 小町は、立ち上がる。
 この少女が命を終える瞬間を、自らの手で訪れさせるため、小野塚小町は長くここにいるわけにはいかない。
 情の湧くことは許されないし、し損ねることもあってはならない。
 ただこの僅かな日常の香りだけを血で穢さない事――それが最後の妥協点なのだ。
「もうあがるの?」
「あんまり長くいると、のぼせちゃうからね」
「そうだねー。じゃあねー。頑張ってね」
 頑張ってね、とその言葉は、酷くノイズがかかったように聞こえた。
 スキマ袋を手に取ると、小野塚小町は見送る少女に手を振った。
 手を振り返す姿は、しかし、決して小町の心を明るくはしなかった。
 
 戸の外に、更衣用のスペースがある。
 荷物を入れる棚が設置されているが、この平和な人里だ、盗難防止用の鍵など無いし、入れてあるものを隠すものも無い。
 他者と自分の荷物が混じらないように、個々に区切られた枠があるだけだ。
 小町は左側の一番上の段に脱いだ服を入れていた。
 これは小町の習慣であり、長身である小町にとっては日常的な気遣いでもあった。
 この非日常の中でも、無意識のうちにそうしていたのだろう。
 尤も、全てスキマ袋にでも入れておけばよかったのだと、今更気付いた。
 その二つ下、下から二段目の欄にルーミアは荷物を入れているようだった。
 スキマ袋と、その横に畳まれた青色の服が目に入る。
 見たところ、人里の人間の服のようだった。
 彼女の元の服は脱いでスキマ袋にでもしまったのだろうか。なんとなく、青色の服は彼女には似合わない気がした。
 それよりも、スキマ袋を置いたままとは、無用心にもほどがあると苦笑する。
 武器を持っていないだけなのかもしれないが、よく生き残ったものだと、再び感心のような感想を抱いた。
 小町は、身体を拭くと、服を着る。
 ルーミアは着替えを用意していたようだが、小町はこの服を替えるつもりは無い。
 これが正装であり、死装束であると、小町は決めていた。
 血と魂の重みを背負い――それはいずれ動けなくなるほどになるだろう。
 その重みこそが自分を迷いから脱却させるのだ。
 着替え終わると、小町はスキマ袋を取る。
 武器のマシンガンを抜き出すと、それらしく装置を確認し、再度仕舞った。
 髪を乾かしている時間は無い。軽く櫛を通すと、いつものようには結わずに、肩へと流す。
 出立の準備は整った。小町は、ちらりとルーミアの荷物へ視線を投げた。
 小町は思わず頭を掻く。どうにも、ルーミアと会ってからその仕草が多い気がした。
 この袋をどうするか――小町はそれを、全く考えてなかったのだ。
 最初は持って行こうと思ったが、流石のルーミアでもこれがなくなったら気付くだろう。
 最後まで、彼女に警戒心を与えない方がいい。
 彼女をすにも勿論だが――出来ることならば、彼女も幸せなまま死んだ方がいい。
 それは余りに自己満足に過ぎることを自覚していたが、結局小町はそちらを選んだ。
 無警戒のルーミアは恐らく、着替えた後には正面の戸から外に出るだろう。
 それまで、正面の民家に小町は身を潜める。
 ルーミアが出てきたら、手持ちの銃でその命を狩る。――単純に言えば、待ち伏せだ。
 三つ目の命を刈り取ることに、躊躇は無い。そう自分に言い聞かせる。
 今すぐこの戸の奥に踏み込んで彼女を撃ちさないのは、自分の感情のせいではあるが、
 それもまた、必ず彼女をせると確信しているから許されるのだ、と。
 小町はルーミアのいる戸の向こうに背を向けた。

60 :
日常に手を振って、非日常へと歩を進め――
 小町が外へと出ようとするとき、ぽたり、と背後で音がした。
 ただの水音であった。普段なら小町がそれを気にすることもないし、聞こえてすらいなかったのかもしれない。
 だが、小野塚小町は、気付いてしまった。
 水の中に一滴の着色液を垂らした時のような、真白な雪景色の中に一本の向日葵が咲いているかのような、
 それが空間、世界の在る姿の全てを塗り替えてしまうような、圧倒的な存在感と違和感を持つ何かが、今、ここに現れたのだと。
 小町は振り返る。おおよそ、彼女の性格から考えるに相応しくないほどの、不安感が過る。
 ルーミアのスキマ袋、半ば棚から出ているその口から、赤い液体が、ぽたり、ともう一度、落ちたのが見えた。
 簀子の板目に、紅が流れる。木に染み込んで赤黒い染みを作る。
 ぽたり、ぽたり、とその間隔は短くなっていく。
 それは、血だ。小町はそれを、最初に理解していた。
 火照った身体が急激に冷めていく。
 はっとする。小町は、武器を取り落としそうになっていた。
 駆け寄る。一瞬躊躇う。それは悪魔の手招きか。小町は、紅い涎を垂らし続ける、袋の口に手を突っ込んだ。
 
 最初に掴んだのは、布のようだった。
 構わず、それを引っ張り出す。
 紅い手拭いであった。
 ――否、白い手拭いが、その白の大部分を紅に塗り替えられていた。
 紅に浸された、というよりは、紅に染まった何かを拭き取ったような、跡があった。
 所々、白い脂分のようなものが付着して――小町は思わず眼を背けた。
 拒絶するかのように、それを投げ捨る。
 若干躊躇った後、再度袋に手を入れた。
 次に掴んだのも布であり、小町はそれが何かを見る前から理解した。
 引っ張り出すと、漆黒の衣服であった。だがその大部分に、未だ乾かずぬめりとした光沢を放つ、紅い液体が付着していた。
 小町は、半ばヒステリックに、袋を逆さにすると中のものを全て吐き出させた。
 その予感を否定するものを、その願いを肯定するものを、その中に見つけなければならなかった、から。
 ――なんだ、これは。
 世界中の色が反転したと思うほうが、自然なような気さえする。
 ここが惨劇の舞台であったことは、忘れたつもりはなかった。
 だが、確かに湯船に浸かり、小町は、その空気の支配する日常と平和に侵されていたのだ。
 そして、それが終わるのは、ただこの現実を見ればそれだけで――。
 
 視界が紅に、染まる。
 着替えたばかりの小町の服に、紅い液体が飛び散った。
 ぬるりと手が滑る。乾ききっていない足もまた、生温い液体を感じていた。
 そして――人と同じように造られていた筈の、“身体だったもの”が、小町の視線を捉えて離さなかった。
 袋から転がり出る、首、胴体、切り取られた四肢。水気の多い野菜を潰すような、粘着性の音を立てて落ちる内臓の数々。
 袋の持ち主にとっては、天からの恵み――それを食することを許された“ご馳走”。
 
 小野塚小町が最初に悟った想像は、最も望まぬことであり、紛れも無く真実でもあった。
 最初に転がり出た首の“持ち主”を、小町は誰よりも知っていた。

61 :
「四季様、ですかい」
 問いかけるように、震える声で言った。
 返事に期待などしていなかった。
 それが言葉を返したならば、それこそ世の理に反する事だと理解していた。
 ああ、死んだのか。
 あの四季様が。
 言葉にすればそれだけを把握した。
 守るべき存在のひとつが失われた。
 元上司がその原型さえ留めずにここに在る。
 それだけを。
 精神が逆流していく。
 色だけでなく世界そのものが反転して再構成されていく。
 死は終わりではない。重くもない。
 頭も身体もそういう世界に在った筈なのに、今目の前にあるものが先の無い終焉を表していることがわかってしまう。
 自分の目的のひとつが失われた。
 自分に最も近しかった存在の命が奪われた。
 そのどちらが重かったのだろう。それは――明らかであったが、それはわからないことにした。
 ともかく、小野塚小町は――死神は、呆然として、そして、衝動的な感覚に襲われた。
 さなくては。
 幻想郷の正義のためだ。死神は思った。
 さなくては。
 四季映姫の死体を持ち歩いていた、ルーミアを。
 四季映姫をその手で害したかもわからない、ルーミアを?
 否、幻想郷において残すべき人妖で無いから、それだけだ――。
 死神は、銃を手に“決して惨劇の発生しないであろう空間”に振り向いた。
 そこに血を流すことを、今の彼女は躊躇わない。
 無表情――感情の欠片も感じさせない表情で、“日常”の戸を開けた。

62 :
 少女は、頭を洗っていた。
 大鏡の前で、俯いて、眼をぎゅっと閉じて。
 頭髪用の石鹸の泡で、金色の髪は真白に見えた。ただ純白の穢れなき存在がそこにいるように見えた。
 赤いリボンだけが外されないままで、それは奇妙な感じであった。
 彼女が一歩、そちらに歩を進めると、ルーミアは動きをぴたりと止めた。
「お姉さん、どうしたの?」
「――いや、ちょいとね」
「私に、用なの?」
「……そうかもしれないね」
「じゃあ、待っててね」
 彼女の小さな手が、湯を出す栓を探そうと周囲を弄る。
 その様子を見ながら、死神は無言で銃を構える。
 真白な、背中に銃口を向ける。
 妖しげな色気さえ感じるうなじ、猫背気味に丸まった背中、僅かに突起の見える背骨、椅子に乗った小さな臀部――それを無感情に見つめる。
 怒りも、気も湧かない。哀悼の念も、ない。
 全てを、義務、役目という言葉に集約して、小野塚小町の感情を無に封じ込めることが出来たのだろうか。
 例えそれが仮初だとしても。
 死神は、日常を、小野塚小町という個を、麻痺させて、ここに立っていた。
 そうしなければ、“こうすること”の理由に、自分が狂ってしまいそうだから。
「悪く思わないで、くれよ――」
 ルーミアは振り返らない。まだ栓を探している。
 銃口は彼女の頭部を捉えていた。
 彼女もまた、ここはそれと無縁の場所だと、思ってしまっていたのだろうか。
 束の間の幸福感が、それを麻痺させてしまっていたのだろうか。
 彼女の野性を以ってしても、その意に気付かないのは、
 小野塚小町だけが、ここにあった日常が幻想であったと気付いてしまったから――
 ――
  ――
 金色の髪が、紅の池に沈む。
 死神は、頭を撃ち抜かれた、少女だったものを眺め、立ち尽くしていた。
 全てが終わったような、どうしようもない喪失感に襲われた。
 いっそ微塵にしてやろうか。一瞬抱いたそんな感情は、掻き消した。
 むしろ、その身を砕いて消化しかかった四季映姫の身体が出てこようものなら、自分が正気を失ってしまうかもしれないのを知っていた。
「う、う」
 呻く様な声が出た。
 叫びたかった。
 何も得ることは出来ない。
 義務感は自己満足であり、それがために自身をし、しかし最も望んだ結末は得ることは出来ないのだ。
 死神は――小野塚小町は、慟哭した。
 ◇

63 :

「四季様――」
 番台の上、首が鎮座していた。
 鎮座、という表現は首には似つかわしくないかもしれないが――
 少なくとも小町は、彼女がそこに威厳を保ったまま居て小町を見下ろしているのだと思った。
 眼を閉じて、深い物思いに耽っているような表情。
 血に汚れた首を洗い、表情を整えたのは、当然ながら小野塚小町だ。
 四季映姫の首と向かい合うようにして胡坐をかく。
 上司の目前、最初、ではないが、最後の無礼だ。笑って許してくれるとは、思っていないが。
「よいしょ、と。さてと……。
 そういや、こうやって向かい合って話するの随分久々な気がしますねぇ。
 ……四季様。三途の向こう側も、今は違って見えますかね」
 見上げるようにして、小町は語りかける。
 
「あっちへの渡し守はあたいみたいんじゃなくて、真面目で仕事熱心なヤツだといいですね。
 幻想郷担当の船頭がここにいるんじゃ、きっと誰かが代わりにやってくれると思いますよ。
 そうだ、何なら紹介しますよ。四季様とは気が合いそうなのがいましてね。真面目で働き者の死神なんて変わってるでしょう。
 まぁ、あたいみたいなサボり魔ほど変わり者じゃないですがね……。
 ――四季様。今まで色々と迷惑かけましたね。クビにもなりかけたし。ありゃさすがに参っちゃいましたよ。
 いや、もっと参ってたのは四季様ですかね、あはは。よくまぁ、説教だけで済んだと思うくらいですよ。
 あの時は、説教も勘弁してくれーって思ってましたけどね。今思えばぬる過ぎましたかね。
 ――四季様。あたいもね、もう一度くらいなら、説教くらってもいいかなって思ってるんですよ。
 まぁ、今回のことはそれこそ説教じゃ済まないでしょうがねぇ……。
 きっと四季様は、あたいを黒だと言うんでしょうね。
 もう三人になります。この手でしてるんですよ。
 浄玻璃の鏡を覗けば、わかるでしょうけどね。
 気ままに歌ってた夜雀。守りたいものがあった神様。そして――邪気無き妖怪。
 情状酌量の余地無しでしょうよ。幻想郷のためとか言っても、あたいのやった事が変わるわけじゃないんです。
 ……四季様。あたい、黒ですよね。
 実は最初に、生き残るに値する者だけを生かさなければと考えたとき、真っ先に出てきたのは四季様でした。
 幻想郷のためだとか、本当にそれだけならば、八雲紫が最初に出てくるべきじゃないですかね。
 結局、自分やそれに近いものほど大事なんだ。嘘の中の魂魄妖夢と何が違うんです。
 どんな大言壮語を吐いたところであたいも俗な存在だ。
 ――四季様、あたいは身勝手でしょう」
 やや長い沈黙。
 ルーミアの袋から撒かれた、四季映姫――或いは他の誰かの身体の大部分が、今も近くに転がっている。
 小野塚小町は、そちらには目もくれず、四季映姫の首、そしてその閉じた瞳だけに視線を送る。
「話が出来るのもこれで、最後でしょうよ。
 あたいは極楽なんかへは行けませんからね――だから、これを最後の機会と思って。
 ――四季様。あたいを叱って下さいよ。
 情けないと。しっかりしろと。だらしないと。間違ってると。
 あたいはこの道を変えるつもりはありませんけど――四季様。あたいも迷いが無いわけじゃなかったんです。
 四季様と道を違えることになる。恐ろしかったんです。
 きっと今までに無いくらいの説教が、あたいを待ってるってね。あはは。
 それが今では、むしろ待ち遠しいくらいです。
 もし四季様と生きているうちに会っていたなら、あたいは四季様の説教と、裁きを受けて、そこで終わりだった筈です。
 このし合いの最後で、そうなったなら、それこそあたいの願いの叶う瞬間だったんです。
 それが、ひたすら待ち遠しかったんです。
 四季様――。
 どうして、先にってしまったんですか」

64 :

 ――
  ――
「長く、話しすぎちまいましたかね」
 小町は立ち上がる。
 不敵な笑みを浮かべて、余裕のある表情を作った。
 これが、四季映姫に、自分が最も多く見せた表情だと、小町は思う。
 恐らく彼女が、小野塚小町はこういう存在だ、と思い描いたとき、こういう表情が浮かぶのだろう。
 苦笑する。小野塚小町は、この期に及んで未だ、そんなことを考えているのだと。
 しかし、それも終わりだ。
 ちょっとだけ出かけるときのような軽さで、笑いかけると、別れの言葉をかけた。
「まだ、一仕事……いや、たっぷりと仕事が残ってるんで、行ってきます。
 説教がないと、サボりがいもないですからね」
 銃を手に取り、小野塚小町は安らぎの空間を後にする。
 幻想郷を救う――そんな偽善の為、彼女は独り、喪失を越えて戦場へと歩を進める。
 表情に、笑顔は消えていた。
 妥協は無い。安寧を求めることも、自分の欲求の叶うことだけを願うことも無い。
 それが死者への手向けであり、自分の意志を保つために必要なことだ。
 四季映姫の首に見送られた。小野塚小町は振り返ることは無かった。
【D−4北部 銭湯 一日目・真夜中】
【小野塚小町】
[状態]万全
[装備]トンプソンM1A1改(41/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×5、
    銃器カスタムセット
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]
1.生き残るべきでない人妖を排除する
2.再会できたら霊夢と共に行動。重要度は高いが、絶対守るべき存在でもない

65 :

 蒼い空を漂うように、ふよふよと、少女は進む。
 次の獲物を探して。
 彼女の、意味を満たすために。 
 
 
 そこは、暗闇にも、紅霧にも包まれていない世界。
 一面の蒼。どこまでも透き通っていた水のよう。
 ――この向こうには何があるんだろう。
 ルーミアは、小さく小さく呟いた。
【ルーミア 死亡】
【残り16人】
※D−4の銭湯に以下の道具が落ちています。
  鋸、リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】0/6
  基本支給品(懐中電灯を除く)、357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)、
  妖夢の体のパーツ、四季映姫の身体の大部分

66 :
代理投下終わりです
これは小町は更に路線を固める事になったな……
ここであの首を見つけなくとも放送はあったがこうはならなかったかも
小町の四季への想いがこちらにも伝わってくるよ
ただ、もし生きてあの四季と出会ってたらどうなっていただろう…

67 :
投下乙です。
これで3ボスに続いて1ボスも全滅か……

68 :
投下乙
小町はこれからどうなるのか
ルーミアと小町の入浴シーンが見れるとは思っていなかったな
とってもいい心理描写でした、改めて乙です

69 :
るみゃェ・・・
数々のキャラを苦しめた割にはあっさりした最後だったな…苦しまなかったのは幸せ…というか勝ち組かもしれないなw

70 :
投下乙
るみゃ無双もついにお仕舞いか…早苗さんにもう一度会って欲しかったけど、仕方ないか
小町も辛いね
前より奉仕マーダーとしての決意は強固になったかもしれないけど、喪失感がどう影響するかな

71 :
魔理沙と香霖のやつといい決別シーンは胸に来るな
小町の告別の雰囲気が良すぎる
投下乙です

72 :
俺のやりたかったことをすべてやってくれてパーフェクトと言わざるをえない作品でした
こまっちゃん……流石や……
こまっちゃんやっぱり叱って欲しかったんだよな
こまっちゃんの表面上強気で振舞っているのに内面はぐちゃぐちゃなのが上手く表現されてて素晴らしかったです
投下乙!!!

73 :
小町もだけどみんな終末に向かってダッシュしてるな……
魔理沙や紫らも強マーダー、それも霊夢やゆゆことか顔見知りが立ちはだかってるんだよな

74 :
保守

75 :
「読み手は保守を推進しました」って言ってるように見える?

76 :
そーなのかー?

77 :
うーん、予約が入らなくてグギギギ……
というか、ここ最近が好況すぎたのかもしれんね

78 :
書いてみたいなーというパートはあるんだけど、
なんだか先日チャットとかもやったみたいだし、今頃その輪に入っていいものかどうか悩んでる

79 :
過去ログ見ればいいんじゃない?
とりあえず書いてみなよ

80 :
ちょっと……この予約は……

81 :
このメンバーは波乱になりそうだな

82 :
期待

83 :
期待!

84 :
投下開始
前半「許容と拒絶の境界」です

85 :

走って、走って、走り続ける。
木の根を飛び越え、藪を抜けて、逃げ続ける。
転んでも起き上がり、走り続ける。
目的地なんかない。
「追いかけてくる」
悲鳴をこらえた喉から、絞り出すように声を出す。
後ろでは、自分を呼ぶ声が響く。
落ち着いて聞くと、後ろの声にはあまり悪意がこもっていないようにも聞こえる。
しかし、今の因幡てゐにはそれを感じ取る余裕はなかった。
とにかく、逃げ続けた。
ずいぶんと長く逃げ続けて、気づけば足が止まっていた。
足が重い。
疲れた。
もういいだろう。
足を止めると、少し夜風で頭が冷えてくる。
そして、一人でいることに気づく。
当たり前だ。とにかく皆から逃げてきたのだ。
誰かが周りにいるはずはない。
「これで逃げ切れた」
つぶやいた言葉に反応する声はない。
周りに誰もいないことは安全である証拠。
自分は逃げ切れた。
また、逃げた。
そしてまた一人になった。
本当にこれでよかったのだろうか?

86 :

痛いなあ。
よく見ると足にけがをしていた。
どこかで切ったのだろう。
たらたらと血が流れている。
もっとも、治療の必要はなさそうだった。
ぷんと血の匂いがあたりに広がっている。
がさがさ。遠くで茂みが揺れた。
これから私はどうするのだろう。
また逃げだすのか?
また裏切るのか?
裏切る相手もほとんど残っていないだろうに。
自分が生き残れる可能性などほとんどないだろうに。
このままだと、あの時のように、一人さびしく死んでいくだけではないか?
逃げだしたことを少し後悔した。
もしあのままあそこに残って説明して
もしあそこで誰かがかばってくれて
もし誰かが許してくれて
そうだったらよかったのに。
いや、これは逃げた後だからこそできる後悔だ。
される、それも少し心を許しかけた相手に。
それはきっと一人ぼっちで死ぬよりはつらいことだから。
そう思ったからこそ自分は逃げ出したのだ。
がさ、がさがさ。
今度は近くで茂みが揺れた。
「・・・にお・・・・てゐ・・・・・ち・・」

87 :

え?
だれか近くにいる。
どうして?
それにこの声は・・・
「てゐ?近くにいるだろ」
近くの木立から声を受けて、立ち上がろうとする。
でも足が立たず、逃げ出せなかった。
走りすぎて、動ける状態じゃない。
それにしてもなんでここがわかったのだろうか?
「見つけた!!!」
目の前にきれいな羽が現れた。
フランドール・スカーレットの手には飛び道具が握られている。
不思議と恐怖は湧かなかった。もう感情が麻痺しているだけかもしれないけれど。
「てゐさん」
今度は東風谷早苗か、みんな集まってきたわけだ。
さて、どう料理されるのか。
自分が見つかった理由はよくわかっている。
血だ、血をたどられた。
ただの人間を相手にしているのとはわけが違ったことを忘れていた。
吸血鬼。
相手に血に関するエキスパートがいることを知りながら、血のにおいを消すことを忘れていた。
もっとも、けがをしていることに気付いたのはついさっきで、対策の立てようはなかった。
その傷からはいまだに血が滴っている。
その匂いは私にも嗅ぎ取れる。
「あんまり走ると風邪をこじらせるわよ」
少し遅れて、あとの二人も到着した。
霧雨魔理沙の手には、自分が渡した銃が握られていた。
皮肉なものだ。
自分の渡した武器でされるかもしれないとは・・・
目の前に四人が集まった。

88 :

「てゐさん」
私の騙した人間、東風谷早苗がこちらに歩み寄る。
なにをされるのだろうか?
疲れ切った頭で考える。ふと、痛い死に方はいやだな、と思った。
私は死にたくなかった。しかし、死を免れるすべは見当たらない。
かちゃ。
後ろの八雲紫が警戒の目で私の手元を見つめた。
気付けば私は早苗に銃を向けていた。
恐怖に襲われた兎の無意識な抵抗。
だが、早苗はそれを気にすることなく近づく。
そして・・・・
「ケガ」
「?」
「怪我しています。止血しないと」
人間の手が、降りてきて、私の足を抑えた。
それは危害を加える手じゃなくて・・・・
「なんで怒らないの?」
早苗の手は、私の構えた銃の下で動き続ける。
布を足に巻きつける。
「私はあなたを騙したのに」
しばらく、誰もしゃべらなかった。
そして、すっと手が差し伸べられた。
「私たちはあなたがなぜ騙したのかが知りたいだけです」
手から拳銃が滑り落ち、代わりに暖かい手に包まれた。
「私は騙されたことは気にしていませんよ」
それは思いもよらない人物からの許しの言葉。
因幡てゐの心は少し、ほんの少し揺れた。

89 :

「てゐさんはパチェリーさんを本当にすつもりだったのですか?」
すつもりはなかった。
思い返せばあの魔女をしてしまったのは事故だった。
言い訳をすれば、助かるかもしれない。
でも、言い訳をしたところで、また嘘をつき続けるだけかもしれない。
それに、どうせ私は東風谷早苗をすつもりで武器を構えたのだ。
同罪だ。そうと思っていなくとも、引き金を引いた指には意がこもっていた。
「あなた、私にも話をさせて」
フランドールが一歩前に出た。
こちらを見つめる目は、いつものように紅く染まっている。
てゐにはその眼を見つめられなかった。
「全部話して、パチェリーをしたことから、全部、何もかも」
そして私は、口を開いた。
許してもらえるとは思っていない。
でも、目の前の四人から意は感じられなかった。
ここに漂っている空気は虚無感だけ。
あらためて話して思った。
こんなし合いがなければ、何も起きなかった。
まさか、紅魔館の魔女を、恨みもない魔女をすことなんかなかっただろう。
なんでこんなことになったのだろう。

90 :

「私はもとよりあなたと関わりはないけれど、いくつか質問してもいいかしら?」
八雲紫が無表情で尋ねてきた。
私は無言で了承する。
ほかの三人は何もしゃべらない。
「あなたが死ぬのを見届けた蓬莱山輝夜は人形だったの?」
「そんなはずはないと思うけど、月の科学力は進んでいるから」
「八意永琳にはまだ会っていないと」
「さっき話した通りだよ」
「古明地こいしは死んだのね」
「目の前で見たから、それは事実」
「今、人里に死体があるのよね・・・」
「どっちの?」
「どっちも、特にお姫様のほうかしらね。興味があるのは」
八雲紫はてゐがもう仲間であるかのように振る舞っていた。
それが仮の対応だったとしても、てゐには救いだった。
そこで、うーんとうめき声をあげて、魔理沙がこちらを見た。
「私には決められない。決めるのはフランと早苗だ」
ほらよ、と黙り込んだフランの肩を叩く。
反応がないのが不気味だった。
私は・・・と早苗が顔を上げた。
「私は、てゐさんに復讐したいとは思いません」
私は特に怪我をしませんでしたし・・・。
早苗は笑顔で付け足した。
私の心には、その笑顔が痛かった。

91 :

フランドールは黙りこくって、立ち尽くしている。
「・・・・」
どうすればいいのだろうか?
私は生きたいと思った。
しかし、それ以上に、許してほしいと思った。
目の前に与えられた、仲間という関係は、目の前の吸血鬼の判断次第で取り上げられる。
一人はさびしい。
「・・・・」
私はどうしたらいいの?
「ごめんなさい」
周りが、えっと声を出した。
「本当にごめんなさい」
それは、自身の行為の独白を続けてもなお、妖怪兎の口からでなかった言葉。
そして、それを口に出したのは・・・・
「守ってあげられなくてごめんね、パチェリー」
プライドの高い吸血鬼、フランドール・スカーレットだった。

92 :

「私はさ、お姉さまみたいに器用に怒れないよ」
「フラン、お前・・・」
唖然とした皆の前で、フランドールは頭を垂れた。
「許してね」
そして、顔を上げた。
こちらを、紅い瞳が見つめる。
「私が許すとか、許さないとかじゃないと思う。
 パチェリーが許すか許さないかだと思う。
 だからさ、私はてゐをどうしようとも思わない。
 もとから私がどうこう考えることですらないと思う」
言い切った言葉は、まっすぐだった。
はっとして思わず、私は下を向いた。
そして、周りに見えないように笑う。
自分自身を嗤った。
数千年も生きてきて、数百年しか生きていない吸血鬼に劣っていたとは。
力はともかく、それ以外で劣っていたとは。
私なんかより、こいつのほうがいい奴だよ。賢いよ。
「私は・・・・」
私がやるべきことは最初から一つしかなかった。
一つしかなかったのだ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
先ほどの、吸血鬼の言葉の丸写し。
でも、この場にはそれが一番似合った。
「ごめんなさい」
なんだか涙が出てきた。
視界がぼやけて、灰色に染まってゆく。
最後に人前で、嘘泣きでなく本気で泣いたのはいつのことだっただろうか?
久しぶりの、涙だった。

93 :

少し時間がたった。
「まあ、涙をふきなさい」
八雲紫の声で私は顔を上げた。
ああ、私は泣いていたのか。
その事実を思い出し、苦笑する。
年甲斐にもないことをしたものだ。
汚れた手で目をこすり、涙をぬぐう。
眼病にならないといいな、ふと思う。
しみついた健康への執着が戻っていた。
「私は何もしないけど、お姉さまはわからない」
フランドールがつぶやいた。
その通りだ。私が謝るべき相手はたくさんいる。
人里においてきた二人はどうなったのだろうか?
わからない。
「まあ、レミリアも分かってくれる。わかってくれなかったら私が分からせる」
「ありがとう」
魔理沙が力強く言った。
でも、誰かの手を煩わせるつもりはなかった。
謝って、謝り通してやる。
許してもらうまで土下座して、謝って、罪を償おう。
私は生まれ変われるかもしれない。
「ほら」
寄ってきたフランドールが、手を差し伸べる。
「えっ?」
私は思わず、竦んだ。
そんな私とフランドールを見つめる4人分の視線。
「仲直りの握手」
「フランドール・・・」
「フランでいいよ」
それはとても平和で、心地よい世界だった。

94 :
支援

95 :
支援

96 :

目の前のフランはとても優しくて、だから、死なせたくなくて・・・
私はフランをつかみ、地面に引きずり落とした。
そして、乾いた、汚れた、忌々しい音が鳴り響いた。
そして、音よりも早く到達した何かが・・・・
私の体を貫いた。

97 :
続きキタ

98 :
467 : ◆TDCMnlpzcc:2011/06/23(木) 20:49:57 ID:vtj4UlZc
「あら、外れたわ」
目の前で、私、東風谷早苗の目の前で、てゐさんの体には穴が開いた。
そこから血が噴き出す。
諏訪子さまの時と同じ・・・
「「えっ」」
皆の声が、詰まる。
「おかしいわね」
だれかが後ろにいる。
「幽々子、あなた・・・」
いち早く後ろを振り向いた紫さんが絶句した。
続いて、振り向いた魔理沙さんも固まった。
振り向いた私も確認する。
西行寺幽々子、冥界のお嬢様。
あまり接点はないけれど、こんなことをする人には到底見えなかった。
その手にはごつい銃が握られていた。
小銃、アサルトライフルと分類される銃だ。
その照準はあたりを行ったり来たりしている。
「二発目」
ドンッ
次の弾は、フランさんの頭をかすめて抜けて行った。
彼女が頭をそらさなければ、弾はかすっていなかっただろう。

99 :
支援

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