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2012年07月戦国時代32: 戦国ちょっと悪い話32 (991) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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戦国ちょっと悪い話32


1 :2012/06/16 〜 最終レス :2012/08/15
戦国のちょっと悪いエピソードを挙げていこう
戦国ちょっといい話・悪い話まとめブログ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/
書き込む際にネタがかぶっていないかなどの、参考にしてください
前スレ
戦国ちょっと悪い話31
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1335874012/
姉妹スレ
戦国ちょっといい話32
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1336017262/
鎌倉・室町 ちょっといい話・悪い話
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1286650888/
このスレの武将などに対する愛称等の、用語解説はこちら
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2161.html
逸話に対する過度の真贋論争、揚げ足取りなどは、無駄に荒れるもとになります。
そのような議論はこちらでお願いします
【真?】戦国逸話検証スレ【偽?】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1196778610/

2 :
乙!

3 :
  ∧ ∧   
 ( ´・ω・)       >>1 大儀であった!好きなものを取るがよい
 ( ∪ ∪          ただし、自己責任じゃ!何があっても与り知らんぞ!
 と__)__)
                                                     
       ,ハiヽ..         ┌─┐     ┌───┐       ∞         (・ω・)
     ノ"・,,'' ヽミ      /. ̄ ̄.\    │狙撃願│      ∈||∋        ((   )) 
     (。,,/ )  ヽミ〜   ∪⌒∪⌒∪    └───┘        ||         (_)_)
      百段         平蜘蛛    稲富狙撃依頼券  蜻蛉切のトンボ    秋田木像
    (長可付き)     (火薬入り)   (成功率13%)   (プライスレス)(木像守の役職付き)
   ┌┬┬┬┬┐       /\                  __        ┌───┐
   │§§§§│      /   \.    <ニニニ||===   <´゚ノ  `,>《.     │GO! │ 
   └┴┴┴┴┘     .(_ 人 _)              Φ ` ̄ ̄(∞).     └───┘
   利家のそろばん  季節外れの大桃   小豆長光    義姫の手料理   八丈島へのチケット
(利家憑依で守銭奴化) (献上品だお)     (短い)     (毒見禁止)       (片道)
     ←──≪                ┌───┐     ∠二二二ア      ┌───┐
     ←──≪     <ニニニ||===.   │ 山内 │    │  酒  │|     ├───┤ 
     ←──≪                └───┘     ヽ┴┴┴ ′    └───┘
     三本の矢      怪刀痣丸   山内相撲招待券    備前の酒       直江書状
  (お兄ちゃん早すぎる) (眼病注意)  (一両具足とドスコイ!!)  (直家寄贈)   (閻魔様によろしく)

4 :
>>1おつポニテがうんたらかんたら・・・ってのは戦国板らしくないかw

5 :
       士
     ∋≧≦∈  >>1
    ∠(・ω・ )ゝ こ、これは乙じゃなくて切腹なんだから
     / y/ ヽ  変な勘違いしないでよね!
    ━(m)⊂[_ノニニニニニニ ̄ ̄ >
     (ノノノ l l l )        >/
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  / /
               /  <___/|
               |______/

6 :
>>1
スレたて大義である

7 :
                 __
                _,  ´    `丶                / /.          |
               xく/          \             / /          |
           /V  /      ト'l     \         / /             |
             /:/ .// ' / :l |^゙|│!  :l  \     / /.              |
             .::i   レ|.:i:|:l⌒|:ト| |l:| |⌒l|:| |'⌒     / /               |
              |::| .::从:iィri抃N ル斗トV|:| |       / /.              Ф
              |::i ::::〈^|小 ヒ)ソ   ヒソ 从|/     ./ /                |
              |::i ::::人| |ι   `   /:lV     / /              乙
              |:: : /:::::| l\  ∀  .ィ∨      / /
              |/:/:::::/| |\` ‐r</| |       / /<これは乙であって餌だけ食われたわけではありませんよ
            /::::::/´| l、 >〈 Vト| |      ./ /
          ':::/  l八| ∨((:::))| 〉| |     / /
          '::{'⌒ヽ  ̄|  ∨}{∨.>|∧   / /
        /:::::|   ∨  ̄《_儿_》 | ハ. / /
          /:::::八    ∨   O|==〈  ∨ /
       /.:::::/:::::'、   ヽ   斗<ア¨¨⌒)
.      /::: '|::::::::::∨    )ー‐|::::::::::{   ニ)
     //| i:::::i:::::::∨ 〃   ∨:::::∧__´ソ
    / / :j:::::i:::::::::ト、      \_::イ∧\

8 :
秀吉による九州征伐において小早川勢を主力とする中国勢2万8千は高橋元種の小倉城を攻略。
高橋元種は筑豊の香春城に退却しさらなる抵抗をしめしていた。
そのため中国勢は香春城の属城の宇津留城(現福岡県築城郡椎田町)攻略に取りかかる。
しかし宇津留城は周囲を深田と沼に囲まれた要害の城であり、2万を超える中国勢も攻略に手間取り攻めあぐねていたのだった。
そんな中、城の周囲をうろつく1匹の白い犬が現れ、沼の浅瀬を泳ぎ渡っているのを兵士が目撃する。
報告を受けた小早川隆景は検使の黒田韓米とと相談の上、翌朝より白い犬が泳いで渡った地点より攻撃を開始。
浅瀬を見つけた中国勢は数にものをいわせ1日で宇留津城を攻略するのだった。
この宇留津城、城主の加来与次郎は討ち死に降伏した男女焼く400名も見せしめのため全て磔になり処刑されている。
この磔になった遺体は城周辺で処理しきれず海に廃棄することになり、周防灘が赤く染まったそうである。

9 :
誤変換に釣られて400人焼き殺したのかと思ったわ

10 :
400の死体を海に浮かべるって衛生的にどうなんだ
>>9
周防灘が赤く染まるってそういう…

11 :
東日本大震災後のように瀬戸内には栄養過多な牡蠣や魚が取れだのではないだろうか…
うん、我ながら不謹慎なレスだな

12 :
誰の指示ですか、率いていた隆景さんですか、隆景さん怖いです

13 :
隆景さんだってやるときはやるでしょ・・・。
遺体を周防灘に流すなんてのは、内外に対する見せしめもあったんでないの。

14 :
見せしめにするんならそれこそ磔のまま放置とかラスボスよろしく街道沿いに畜生塚でもこさえりゃいいわけで

15 :
まだ前スレ埋まってないんだけど

16 :
>>15
980越えてるから書き込み無きゃ24時間で落ちるよ

17 :
>>12
黒田孝高が軍監として付いてたのでこの人の指示かと
まあ秀吉の指示でもあるんだろうけど

18 :
検使の黒田韓米か
まあ香春城を攻める前に二度目の釈放はないか

19 :
確かこの宇津留城から香春城に向かう途中にキノイ谷があるんだっけ?

20 :
古田織部など昔は下手の部類であった
上手の茶人たちが皆この世を去ったがゆえ織部が上手に見えてもてはやされておる。
だがな・・・当世の茶人どもはその織部にも遠く及ばぬ者ばかりなのじゃ(´・ω・`)フゥ…
三斎様の近頃の若い者はなお話

21 :
遠回しに俺スゲーしてる三歳さんマジ三歳

22 :
有楽斎様がニヨニヨしながら見ておられまする

23 :
いかん
いつまでたっても精神年齢三歳のままだ

24 :
>>20
生き証人が少ないと好き勝手言えるんだよなw

25 :
忠興が好き放題言っても織部も有楽も青筋立てて反論なんかしないだろうしなぁw

26 :
この発言の時他の利休七哲ってもうほとんど亡くなってるのかな

27 :
細川忠興 当人
古田織部 言われた人
織田有楽 存命
高山右近 存命だが金沢
蒲生氏郷、物故
芝山監物 不明
瀬田掃部 処刑済
牧村兵部 朝鮮で没
荒木村重 物故

28 :
七哲だから九人いるんだな

29 :
有馬豊氏入れて十人じゃなかった?

30 :
四天王と同じで適当に入れ替わるし、織部も七哲に入らない事もある

31 :
>>24
後世の評価では三斎様より織部の方が圧倒的に評価高いからなあ
創意工夫を続けた織部と利休の作法を墨守した三斎様では前者の評価が高くなるのは仕方ない

32 :
三斎様は茶道以外の面で評価を落としすぎw

33 :
織部の場合は戦国武将としての評価を落とす時も
何をする時も茶の湯絡みだからな
しかもそれで茶の湯馬鹿としての評価はうなぎ登りになるというw

34 :
パラメーターを文化にふりすぎたんだな

35 :
>>30
それは無い

36 :
>>27
あらためて見ると利休の高弟って
頭のネジがちょっと飛び気味な人が多い気がする
良くも悪くも南蛮かぶれ率高いし

37 :
利休も色々アレだしな。

38 :
『千』なんていう中二臭い苗字名乗ってるからな
普通に田中利休でいいだろうに

39 :
千って自分で名乗り出したの?

40 :
抛筅斎でええやおまへんか

41 :
>>38-39
千性を名乗り始めたのは利休の親父じゃね?

42 :
正代キタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━( )━(。 )━(A。 )━(。A。)━━━!!

43 :
誤爆です(´;ω;`)

44 :
ほうほう、それでどちらのスレの誤爆ですかな、未来の橋守殿

45 :
>>41
うむ。そうらしいな。

46 :
日本史の茶道だとメインストリームしかやらない
村田珠光 侘び茶の開祖
武野紹鴎 侘び茶を継承
千利休 侘び茶を大成
古田織部 大名茶
小堀遠州 綺麗さび
三歳様....(´・ω・`)

47 :
忠興「侘びる前に刀の錆」

48 :
>46
メインストリームだけだと省略されがちだけど、茶人の逸話系の本だと頻出になったりもする三斎様

49 :
岡倉天心の「茶の本」に三斎・小堀遠州はよく出てきてたな、そういや

50 :
よくまーくんがDQNなのは最上の血のせい!とかいわれてるけど実際そうなんじゃないか?自重しないのは鮭様も同じじゃないと思うんだ

51 :
伊達家は鎌倉時代からマー君魂だ
むしろマー君のパパが歴代の中では異質

52 :
ねねと小袖
天正19年(1591年)、ポルトガル領インドから日本に使節が届いた。
秀吉はこれに返書を出すとともに、返礼としていくつかの品物を用意した。
その内訳は、甲冑2領、薙刀・太刀・打刀・脇差がそれぞれ一振りずつ。
さらに小袖20枚が加わるはずだったが、秀吉がこれを北政所に見せたところ、北政所がいたくこれを気に入り、周囲の家臣たちも
「インドからはたくさんの絹の品物がきたのだから、向こうではそれは珍重されないでしょう」
と言ったため、小袖はねねに与えられた。
なお、刀剣についても「ポルトガル人は刀身よりも装飾の方を気にし、価値を鑑定できるものはいないので、送るのは無駄なことです」
と言う者がいたが、秀吉は
「たとえ相手に価値を鑑定できる者がいなくても、余のような立場の者が優れていないものを送るのは良くない。
余は日本で価値が高いと信じられている物を送ったという評判が永久に残るのを望んでおり、適当なものを送ったなどと噂されたくない」
と言ってこれを退けた。

53 :
WW2での米兵だったかが戦地で手に入れた日本の軍刀を刀身だけ外してそれ以外を持ち帰った、とかいう話を聞いて
もったいない、なんで?って思った事があるけど、刀剣に対する価値観が全然違ってたんだな
そして400年前の武士がその事を知ってたのか

54 :
そら相手のことくらい研究するだろ

55 :
しかしラスボスがカッコイイな

56 :
名刀は犠牲になったのだ・・・ラスボスの名声の犠牲にな・・・

57 :
あの手の刀って大抵戦地に持って行く時に軍刀拵に替えてるから刀身だけでも残ってるなら御の字。
勿体無いのは戦地でそのまま持主と共に朽ち果てたり、内地に進駐軍が来る前に埋めたり廃棄されたりした刀…

58 :
槍投げの道具にされた名槍もあるしねぇ

59 :
佐竹義宣「全く、刀の価値を分かってない奴はコレだから…」

60 :
上杉景勝「………」

61 :
小袖もインドに持って行ったら珍しい服として喜ばれるじゃないかな?

62 :
人間無骨って関東大震災の時に薪にされたんだっけ?

63 :
前大戦のキスカ撤退の際には銃器を含めて邪魔になる携帯品は海に投棄されたらしいけど、軍刀はやっぱり肌身離さなかったのかな?

64 :
将校の軍刀は官給品じゃなくて自費購入の私物扱いだが、大概は偕行社とかから買った昭和新刀だろうよ。
それこそ伝家の宝刀とかってんなら遺棄はしないだろうが…

65 :
というか刀は消耗品だよ。しかし三歳様の刀って長持ちするな。一か月に一人ぐらいのペースで切るなら歌仙ぐらいはきれるのか?

66 :
>>65
しっかり血や油を拭き取ればそれなりに長持ちするんじゃないかな

67 :
大きな刃毀れを研ぎで直すとおそろしく減っちゃうよね
普通に何度も研ぎを入れるだけでも刀身が痩せてしまい、初期の姿が保てない
よって名刀は美術的観点から考えると、使用しないことが望ましい

68 :
刃こぼれか・・・手打ちなら鎧とかないからそのリスクは低くなるだろうけど・・・人斬りが趣味な剣豪っていたっけ?

69 :
>>67
家宝をぶん回して試し斬りで遊んでた家久が勘当されかかる理由のひとつであるw

70 :
実際に使って箔をつけないと

71 :
>>68
そういう問題児は小野忠明くらいかなあ

72 :
>>68
生涯に212人もブチ殺しておきながら
「ワシの流儀は戦わずして勝つ(キリッ)」とか言っちゃう剣聖がいるらしい

73 :
戦う前に勝負は決している、だからのはただの後片付け作業なんです、孫氏的に考えても

74 :
>>52
この贈り物、
1594年12月に、マドリード郊外のエスコリア宮で、
フェリペ二世(当時ポルトガル王兼任)らに披露されたそうな。
1884年に火事で焼けたそうだけど、
ある程度原型たもった甲冑が残っているって、歴史群像で読んだことがある。

75 :
記事には国王は大いに満足し、最初国王宝庫に、翌年には王宮武器庫に保管した、
とあるから、立派なもの贈った意味は、面目保つと言う意味ではあったと思うw
なにこのガラクタとかされたら恰好悪いしw

76 :
という事は、火事で焼けたりしなければ、
今頃どこかの歴史博物館で西洋の武具と日本の武具が並び立ってたのか。
惜しいな

77 :
375 :人間七七四年 [sage] :2009/03/26(木) 18:41:30 ID:AWsCZbb6
マドリードの王宮武器庫に日本甲冑が3領所蔵されている。
仁王胴具足・本小札色々威丸胴・伊予札色々威腹巻。
腹巻は伝わった時代が違うようだが、他の2領は秀吉がフェリペ2世に贈ったものという。
当時の記録とも甲冑の描写と符合するので間違いないだろう。
19世紀の末に武器庫が火事になった際に損傷し、残欠が整理されて現在に至る。
で、その丸胴具足は大袖を備えているが、全体の性格は実用より儀礼性が高いものだ。
同時期に作られた贈り物や儀礼用の本小札丸胴(ロンドン塔にある、
徳川秀忠がジェームス1世に贈ったものなど)にも同様に大袖が付随していることからも、
文禄・慶長期には、大袖は実戦から遠ざかっていたと見ることができるのではないか。
このときの戦場ではより動きやすい壷袖・蝶番袖や袖なし籠手のみが多かったかもしれない。
甲冑の詳細は土井輝生の『武具甲冑紀行』の1巻をどうぞ。

78 :
義昭の暗躍
秀吉の九州攻めの最中、司祭ガスパル・コエリョは秀吉を訪問するため、先に博多で待機していた。
そこでコエリョは、同地に足利義昭がいることを知った。
秀吉が備後から連れてきていたのだ。
コエリョは日本の風習通り、贈り物を携えて彼を訪問した。

『公方様は司祭を特に優遇し、きわめて教養ある言葉を用いて彼と語らい、手ずから杯と肴を供し、日本式の麻衣である
カタビラ(帷子)二着を贈与した。
彼は談話の間、しばしば、かつ長時間にわたって、すでにデウスの教えについては幾ばくかの事を聞いているが、それらはことごとく神聖、
また正当な宗教であり、全く道理に基づいているものと思われる。
よって自分が当初の将軍職に復帰した暁には、当日本66ヵ国の全てにおいて、デウスの教え以外にはいかなる教えも説いてはならぬ
と厳命するであろう。
下関においては、その地を通過する際に1、2度キリシタンの話を聞きはしたが、なにぶんにも道中のことで引き続き聴聞できなかった
ことゆえ、予に説教するため修道士を派遣してくれるよう尊師に願う次第だ、と語った』

どう見てもこの話とリンクしていると思われたので
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6516.html

79 :
長くなったけど思い切って投稿してみる
細川ガラシャの侍女に、霜女という人が居た。彼女の夫は明智光秀に使えた入江兵兵衛という武士であり、
山崎の戦いで討ち死にした。その縁のためであろうか、霜女は細川ガラシャ夫人に仕えた。
以下、霜女による細川ガラシャ夫人の最期に関する証言である。
『石田治部少輔乱(関ヶ原)の年7月12日に、小笠原昌斎・河北石見の御両人が台所(奥)に参られ
私(霜女)を呼び出し、こう申された
「治部少輔方より、何れも(徳川家康とともに)東に出陣された大名衆から人質を取るのだという風聞を
奥方様(ガラシャ)はご存知でしょうか?ご存知だとしたら、この事についてどのようにお考えに
なっているのでしょうか」
私はこれをその通り秀林院様(ガラシャ)に申し上げました。秀林院様がこれを聞いて仰ったのは
「治部少と三斎様(忠興)とはかねがね御関係が大変悪いので、定めて人質を取る時はまっ先に我が方に
要求してくることでしょう。もし最初でなければ、他家の対応を見ながら考えることも出来るでしょうが
一番にそれを要求してくればどうするべきか、昌斎・石見によく検討してみるよう伝えなさい。」
私はこれをまた、その通りに両名に伝えた。これを受けて小笠原昌斎・河北石見は、
「石田方より人質を要求されれば、『忠興様のご子息である与一様(忠隆)、同じく与五郎様(忠秋)は東に
出陣成されているし、内記様(忠利)は江戸に人質としてあります。現在我が方には人質に出すべき者は
一人もおりません。よって人質を出すということは不可能です。どうしても人質を出せというのなら、丹後に
使者を出して、幽斎様に京に上って頂き人質になって頂くしかありません。それを申し使わす時間もあるので、
それらの調整が終わるまで人質の件はお待ちくださるように。』と返答すると言われ、これに秀林院様も
「それこそ然るべきである」と仰られた。
そのような時、”ちやうごん”と申す比丘尼があり、これは常々御上様(ガラシャ)の元に出入りしていたのであるが、
石田方はこの人を頼み、内々に「(ガラシャに)人質に出るように」何度も申し上げた。しかしこれにも
「三斎様の御ためにも、人質に出ることはどんな事があろうとも同意できない」
と拒否された。その後この比丘尼が参られ今度は「そういえば宇喜多秀家様の奥方と、忠興様嫡男忠隆様の奥方は
同じ姻戚(両方前田利家娘)であり御一門であります。ならば宇喜多殿の屋敷に入るということでもいいのです。
その分には、人質に出たと世間も申しますまい。そうなされませ。」
これを聞いた御上様は
「宇喜多の八郎殿(秀家)は確かに一門ですが、これも治部少の一味ではありませんか!そこに出るのも
同じ事です!」とこれも拒絶した。
16日、石田方より公式の使者が参られ、「是非是非御上様を人質に出して下さい。それを聞き入れないのなら
我らは押し入ってでもその身柄を頂く!」と申しよこした、
この強行な姿勢に小笠原昌斎・河北石見は激怒した。
「あまりの申し様ではないか!この上は我らが切腹する事態になっても、絶対に人質に出ていただく訳にはいかない!
これにより屋敷中の者たちは覚悟を決めました。御上様の御意には
「本当に石田方が押し入って来たら自害いたします。その時は昌斎が奥に入りなさい。私の介錯をするように。」
と仰せになられた。与一郎様の奥方も人質に出してはならない。これも一緒に御自害なされると言うことも、
内々に約束された。
小笠原昌斎・河北石見・稲富祐直などが談合し、稲富は表にて敵を防ぎ、その間に御上様にご最期を迎えて頂く、
という事に決まった。そのため稲富は屋敷の表門に居た。そしてその日、夜の入の頃、敵が御門前まで押し寄せた。

80 :
稲富はその時心変わりをし、敵に寝返った。その様子を小笠原昌斎が聞き、「もやはこれまで!」と思い長刀を持ち、
御上様御座所へ参り、「只今が、ご最期の時です」と申し上げた。内々に約束してあったことなので、与一郎様の
奥方様を呼んで、一ヶ所で果てられようと、奥方様のお部屋に人を遣わしたが、もはやどこかに落ち延びた後であった。
最早仕方のない事なので、御上様はお力なく、お一人で御自害なされた。昌斎が長刀にて御介錯された。
その前に御上様は三斎様・与一郎様への書置を作られ、それを私に御渡しになり仰せられたのは、”をく”と申す
女房と私の両人は落ち退きてこの書置を届け、最期の様子を三斎様に申し上げるように、とのことであった。
私は「ご最期を見捨てて落ち延びるなど出来ません!どうかお供をさせて下さい!」と申し上げたが、
「二人は落ちるのです。そうしなければ、一体誰が私の最後の様子を伝えるのですか?どうか、お願いします。」
そう仰られたために、私はその御最期を見届けて屋敷の外に出た。内記様(忠利)ご存じの方には、内記様への
御形見を遣わされた。
私達が御門に出た時には、もはたお屋敷に火がかかっていました。御門の外には大勢の人が居ましたが、
後に着いた所によると、それは敵ではなく、家事を見物しに集まった人たちであったと言うことです。
敵も居たのですが、それらは稲富を引き連れて、御上様のご最期以前に引き上げていったのだそうです。
この事も、後になって知りました。
お屋敷において切腹されたのは、小笠原昌斎、河北石見、石見の甥六右衛門、同じく子一人、このあたりは
覚えております。他にも2,3人も切腹されたと思いますが、それははっきりとは覚えていません。
細々としたことまでは書き付けられませんでしたが、だいたい概略はこういうことでした。』
(霜女覚書)

81 :
稲富ェ・・・

82 :
ガラシャが死ぬ前に引き上げてたのか
稲富さんが上手く騙してくれたんだね!

83 :
これ、なんか稲富さんの寝返りっていうのは何かの行き違いのようにも見える書き方なんだね

84 :
悲壮な思いで最期を見届け決死の覚悟で脱出したら回りに居たのは火事の見物人だけ…

85 :
ドンパチやってる所に野次馬が集まって来ちゃうあたりに日本を感じた
興味本位で戦を見に行って巻き込まれて死んだ奴とかいっぱいいたんだろうな

86 :
押し入れば奥方様は自刃なさられて石田方の都合の悪いことになるだろうから
代わりにわしを人質として連れて行けみたいなことを言ったのかね?

87 :
入ったら死ぬ覚悟決めてるよ?止めた方が良いよ?
って脅して三成に説明しに行っただけだったりして…

88 :
伝令が、「小笠原、河北の両名は切腹、稲富は生死不明」って三歳様に報告したら、
「だったら、稲富は逃げたのであろう、あいつは腹を切るようなやつじゃない」って三歳様は言ってたりする。

89 :
稲富が何か交渉しようとして三成にとっ捕まえられて、裏切ったって喧伝された可能性はあるよね

90 :
稲富が幕府に仕えるようになってから三齋様と出会った事はあったんかのぉ。
怖いような面白いような。

91 :
与一郎の奥方はいつの間に脱出してたんだ

92 :
全くの余談ですが、思わず「うわっ」っと声を上げちゃったので
この思いを共有したく…。(既出だったらスミマセン)
噺家さんで「三遊亭歌武蔵」という師匠がいらっしゃいますよね。
武蔵川部屋のお相撲さんだったという経歴のある方です。
最近ここのスレとかまとめサイトとかを見るようになって、
その影響か、つい師匠のことを「三遊亭鬼武蔵」と
言いそうになって気付いたんですが、
力士時代「森武蔵」というしこ名だったんですよね…。
いや、本名が若森さんだからだとは思うんですが、岐阜県出身だし…。

93 :
四股名が森武蔵かw
逸話スレで悪名を馳せてからそれを知ると
朝青龍みたいな感じを想像してしまう。

94 :
ただいまの決まり手は眉間撃ち抜き

95 :
ただいまの決まり手は関所突き

96 :
土俵入りは百段に乗ったまま

97 :
稲富の言い訳は残って無いのだろうか

98 :
ただいまの決まり手は門番砕き

99 :
デニーロさんがアップをはじめました

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