2012年3月政治思想363: 自由主義者としてのエドマンド・バーク (160)
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自由主義者としてのエドマンド・バーク
1 : バークが保守主義者だって? 自由主義者だろ。
2 : 保守主義者であり自由主義者である バークは保守主義を一つのイデオロギーとして確立しちゃったからな
3 : チョンだろう、共産主義、右翼。 たぶん、反日。
4 : バークが確立したというよりも、 後の奴らが勝手にしたって感じもしなくもないけどな。 ハイエクは自分は保守主義者ではなく、自由主義者だとはっきり言っているし、 (どこかで転向してしてなければね) バークをも自由主義者としてみていたと思う。 最近、保守主義を援用するために バークの名を使うの必ずしも正確じゃないんじゃないかって思ってきた。 自由主義者としてのバークを語ることが実は重要なんじゃないかって、 最近はすごく思う。
5 : >>3 意味がさっぱりわからんぞ 笑。 日本語を話せよ 笑
6 : >>5 君がチョンで日本語、不自由な件了解。
7 : >>4 もちろん、バーク以後の人々がバークを保守主義の元祖としたのも事実だが、 かといって保守主義をイデオロギーとして基礎づけたのがバークの著作であることも事実だ とはいえ、バークは自由主義者でもあるので、それとして語るのは別に問題ないとは思う
8 : >>6 俺がチョンか 笑 なんでもありだな 笑 少なくとも、バークの著作からは 「(美徳ある)自由」の言葉はかなり頻繁に見られるし、 それに対して「保守」の言葉を見出すのは難しい。 実際、彼はトーリー党じゃないし、 フランス革命以降、 フォックスと対比して彼は自分をオールド・ウィッグと表現した。 ウィッグ党員にして、 フランス革命に徹底抗戦を主張したバークの自由とは何であったのか。 彼がフランス革命に対して、 イギリスの国体、コモンウェルスを保守しようとしたのは間違いないし、 イギリスのコモンウェルスと(美徳ある)自由とういうのが深い関係性にあるということで、 保守的自由主義ということになるんだと思うけれど、 バークの保守的思想に対する日本の解釈が、単に反共、反左翼、反ジェンダー、 反ポストモダン程度を攻撃するためだけの道具としてだけ終わってしまうのであれば、 非常に残念に思うのです。 彼の自由論は もっと科学哲学・論理学・記号論・認知科学などと照らし合わせることによって、 より有益で、具体的な論理的指標を建設できるのではないかと思っています。 バークは、バークに軽く触れている程度の人間がイメージするよりも、 遥かに知的であり、 彼のレトリックにおける一語一語の、一文一文の組み合わせは、 非常に計算されたものである、 俺はそう考えている。
9 : ちなみに、一言加えておくと、 カール・ポパーは合理主義者(批判的合理主義者)の立場から、 伝統主義者であるとするバーク批判を試みているけれど、 (ただし、ポパーはかなりバークを擁護し、 伝統主義に対して今までの合理主義は批判し得ていないとしながら) ポパー自身もバークを批判仕切れているとは全く思わない。 俺自身、ポパーは嫌いじゃないし、どちらかというと好きな方だけれど、 バークの方が何故か好きだな。
10 : 訂正 >>8 「単に反共、反左翼、反ジェンダー、 反ポストモダン程度を攻撃するためだけの道具」 ↓ 「単に共産主義、左翼、ジェンダー、 ポストモダン程度を攻撃するためだけの道具」
11 : >>8 バークがチョン、共産主義
12 : >>9 同じ科学哲学者兼社会哲学者のポラニーなんかはバークの事をかなり称賛しているね。 両者の依って立つ知識論の違いによるものかな。
13 : ジャンポール・サルトル の思想はなんと素晴らしきことか
14 : >>11 バークはアイルランド生まれのイギリスの政治家で、 マルクス主義が成立する前の時代の人で イギリスの自由民主党(自由党)の前身ウィッグ党の政治家。 アメリカにおける革命を擁護、イギリスの東インド会社のインド圧政に異議を唱え、 対してフランス革命を誰よりも先駆けて徹底的に批判した人。
15 : >>14 相手にしなさんなって
16 : >>8 バークをして保守主義の嚆矢とするのは、別に「保守」の名がそこで用いられたからではない 単なる反動や反革命的態度ではなく、伝統的な政体や世界観を守るべき価値として自覚的に選び取ったからだ それに、名誉革命以降の政体を支持するバークがウィッグであったとしてもなんの不思議もないし、 トーリーが保守党という名前になったのは1830年代だ バークのころのトーリーとウィッグの違いは、王権との関係の違いにすぎない
17 : >>8 あぁ、なんでもありだ。 自由主義だからな。(笑
18 : >>12 バークの「偏見の擁護」「時効」はポラニーの「暗黙知」に通じるものがあると思う。 それに対して、ポパーは「イデア論」を敵視し、帰納法を徹底的に批判しているから、 両者は必ずしも理想とする社会の展望はそんなに遠くはないとは思うけれど、 論理の組み立て方が違うからねえ。 反証主義は独特の位置にあると言えるし、俺自身も反証主義は批判しきれない。
19 : >>14 制度が人間に優先するという考え方。 「天皇機関説」の元祖だな。 フランス革命を批判、いまなら「ソ連崩壊」や「ベルリンの壁・ぶち壊し」を罵倒するだろう。 キム・ジョンイルバンザイとかな。クソだ。
20 : >>16 確かにそうでしょうけれど、トーリーと保守党は切っても切れない。 少なからず、現在の保守党にはまだその名残があるでしょう。 これをもってバークが保守主義者ではない、なんてことは言わないにしても、 保守主義には何を保守するのかって問題はやはりある。 トーリーの保守的態度と、フォックス派の保守的態度、バークの保守的態度は異なる。 自由論のないバーク保守論は俺は空虚だと思う。
21 : >>19 全然違う。
22 : >>21 チョンの共産党、ぐうの音も出ず(笑 半島に帰れ!!!!!
23 : >>20 バークの自由主義を、彼の保守主義と区別して論じることはできないけどな。 彼の自由には、伝統が染み付いているのだから。 >保守主義には何を保守するのかって問題はやはりある。 保守すべき価値はなにか。それは人によっても違うし、国や時代が違えばさらに異なってくる バークの場合、著作でそのへんがはっきりしている。だからこそ、彼はその後の英国政治思想に圧倒的な影響を与えたし、 また保守主義の元祖となることも出来たわけだ。 >自由論のないバーク保守論は俺は空虚だと思う。 そりゃそうだ。 でも、バークがよその国に輸入されても、英国の伝統と結びついているバークの自由までも移植することは難しいだろう
24 : >>14 >アメリカにおける革命を擁護 おかげで「プロ・アメリカン」呼ばわりされましたね >イギリスの東インド会社のインド圧政に異議を唱え ある意味で「慈恵的帝国主義」のさきがけですね まぁどのみち帝国主義ですが >フランス革命を誰よりも先駆けて徹底的に批判した人 アリストテレスなどの古典をしっかり読んでいたおかげ、そしてギボンたちとの交流のおかげですね、さすが当時のヨーロッパ随一の教養人 でも、熱月の反動以降のフランスは、ジャコバン主義ではなくナショナリズムに基づく対外政策をとっていたのに、 バークはいつまでもフランスのことをジャコバン主義だと思ってたみたいですね
25 : >>24 そうですね。そのとおりだと思います。 英国の伝統とバークは切り離せない。 で、日本はどうするんだって話がでてくる。 日本の伝統って何?保守保守言っていても結局22みたいのが保守と言われれば、 俺は保守なんて御免だよ。日本の保守派は下らねえよ、って思う。 むしろバークが愛したイギリスの伝統、騎士道、教会に想いを寄せている、 寛大で紳士的な人間性をこそ尊重したい。 結局何を保守したいのか見えない。 日本の武士道的な態度、武士道が廃れて新渡戸稲造や内村鑑三が懐かしんだもの、 そういったものを保守したい、日本人がもっていた寛大な態度、人の意見に耳を傾けた態度、 他の東洋人が示さなかった好奇心、こういったものを大切にしたいっていうならわかるけれど、 馬鹿みたいに在日だのチョンだの、ただ、たまたま日本国籍をもって生まれただけのクズの主張を 俺は全く守りたいとは思わない。
26 : 間違った 25だけど >>23 です。
27 : 些細な部分につっこませてもらうが・・・ >日本の武士道的な態度、武士道が廃れて新渡戸稲造や内村鑑三が懐かしんだもの、 明治の「武士道」は、キリスト教がない日本にも道徳はあるんだ!と言おうとして新渡戸たちがこしらえた道徳にすぎない 武士が存在した時代の「武士道」はもっと血腥い
28 : >>27 そこは突っ込まれると思いつつも書いた 笑 ただ、そこを指摘する場合、バークにとっての騎士道も同様に突っ込まれていいんじゃないだろうか? また新渡戸達が「こしたえた」道徳というのは言いすぎじゃないか? キリスト教との対比だけでなく (おそらく学者連中相手にはキリスト教とした方がよかったのだろう) 新渡戸自身、バークの騎士道に対して武士道という対比はしている。 全くのゼロから創作したわけでもあるまいし、 彼らは少し前の時代には吉田松陰、橋本左内、勝海舟あたりがいたわけだから、 武士の精神の気高さは少ないにせよ窺い知れただろうし、 新渡戸あたりの世代は武士というものがどういうものか、 皮膚感覚で感じられる環境にはギリギリあったんじゃないかとは思う。 当然に実際の武士の精神と比べると、 大きな埋めがたい差異はあったと思うけれどね。 また、俺は個人的にはその「血腥さ」は普通に受け入れがたいが、 最悪の状況では、引き受けるのも男子ではないかと思う。 まあ、俺は現代人だからね、理想論で終わりそうな気もするけど、 吉田松陰や橋本左内の著作に触れている時などは本気で思うときはある。 こういう感覚は、自由論に行き着くんだ。 多数決・常識とは違う、その状況における個人の判断は時に優先されるべきという意味でね。
29 : >ただ、そこを指摘する場合、バークにとっての騎士道も同様に突っ込まれていいんじゃないだろうか? そうだな。 エルンスト・ルナン曰く、忘却(歴史的誤謬)こそが一つの国民の創造の本質的因子だそうだ。 あと、武士の「武士道」の血腥さというのは、葉隠的なものではなく(ありゃ平時の観念論だ)、江戸時代以前の戦闘集団だったころの武士道なので、 道徳論というよりは自らの実存の弁証といった感じ。 松陰や左内のような、儒教に基づくノブリス・オブリージュとは違う。
30 : >8 拉致被害者をただちに帰国させ、お前は帰れ!!!!!
31 : >>30 お前はしょうがねえな。 イカレ具合が可愛くもあるけどな。 バークを尊敬している人間が共産主義者なわけねえだろ。 おバカまるだしでちゅよ。 「拉致被害者をただちに帰国させ、お前は帰れ」って お前どんだけ小市民だよ。 テレビとマンガばっかりみている坊やはママのでもしゃぶってな。
32 : >>29 俺は「武士道的な」と表現しているからそれでいいの。 儒教に基づく平時の観念をなんで含めちゃいけないの? 戦国時代のものだってある種の観念論から入るじゃん。 中国由来の儒教きらい? まあ、一部の韓国の歴史家によれば、儒教は韓国起源とかいうらしいけどね 笑。 皮肉で言ってんだけどね。
33 : そろそろ釣られてる事に気付けよ
34 : >>31 バークを尊敬している人間は共産主義のチョンだ。 お前が生きた見本だ。 儒教に肯定的なところでボロが出まくりだ。 チョン・台湾・支那 儒教な國=共産主義だ。
35 : >>33 冗談はやめてよ。 こいつは俺が釣り上げたんだ 笑。
36 : >>32 >儒教に基づく平時の観念をなんで含めちゃいけないの? いつ含めちゃいかんと言った? 松陰が儒教的価値観に基づいて行動してたことは常識だと思うのだが。 ただ武士道はもともと儒教的な価値観を含まないし、時代によって変質してもいるので、 松陰や左内が武士だからといってなんでもかんでも「武士道的」とするのは、いい加減じゃないかと。 そもそも、君は「武士道的」とか「武士の精神の気高さ」とかいう言葉を、具体的にどういうものを想定して使ってるの? >戦国時代のものだってある種の観念論から入るじゃん。 同じ観念論を含むとはいえ、葉隠などとはレベルが違うんだがなぁ。 >中国由来の儒教きらい? 何これwww いつ儒教が嫌いだって書いた? 武士道と儒教を区別しただけで「儒教が嫌い」扱いするなんて・・・ >まあ、一部の韓国の歴史家によれば、儒教は韓国起源とかいうらしいけどね 笑。 >皮肉で言ってんだけどね。 そもそも誰も「中国由来の儒教は嫌いだ」なんて言ってないのに、こんな妙な「皮肉」を言われてもねぇw
37 : >>8 >彼の自由論は >もっと科学哲学・論理学・記号論・認知科学などと照らし合わせることによって、 >より有益で、具体的な論理的指標を建設できるのではないかと思っています。 興味深い、ここをもっと掘り下げて語ってくれないか?
38 : バークが自由主義者であるという時の自由主義は 日本で言われてるリベラルとは意味が違う
39 : >>37 論理なんて単純化してナンボのもんだから、 アリストテレスをラッセルとホワイトヘッドがちょいと修正して、「完全性定理」ではいできあがり。 電子の有る無しで量子化しとくだけで、こういうくだらん掲示板や、エロ動画くらいはできる。 おもいっきり頭の悪い奴が、ガッコの練習問題程度で四苦八苦して、「できたら凄い」とか妄想するだけだ。 やっぱ、チョンの共産党ってのは底なしのバカだな。
40 : >>39 それは「お前だけの論理」だよ。 んで、その単純化した論理で、みんなチョンの共産党になるわけだから、 「おめでたい論理」だな。 アリストテレスも、ラッセルも、ホワイトヘッドもそんな論理のために 名前を使われていい迷惑してるだろうよ。
41 : >>38 バークのいう自由はイギリスで広く、その使用法が普及していた自由であることは間違いない。 ハイエクは、バークの自由をイギリス的なもの、 今、日本で言われているリベラルをフランス的なもの、 と単純に二分化して表現した。 前者は、フランス人ではモンテスキューやトクヴィルを含み、 後者は、イギリス人のトマス・ペインを含むとした。 俺が言いたい自由主義は当然に前者の方で、消極的な意味における自由だけど、 単純に「消極的な」では片づけられない感じもする。
42 : >>37 「自由」という抽象表現に「意味」を与えようとしても、 実際は具体的実像がクオリアとして浮かび上がってこないのは、 俺はおおよそ現代の人間理性の限界だと感じている。 学者連中がいかに自由に意味を与えようとしても、 そこには 「抽象的名辞」=複数の「抽象的名辞」を文法に基づいて成文化(構築)したもの が出来上がるのがおおよそパターン化されており、 抽象表現を結局抽象的な名辞で表現するだけで終わってしまう。 自由といっても、バークは「美徳ある自由」と「美徳なき自由」を使い分けていた。 またバークはさらに具体的な状況に応じて、 さまざまな人間の具体的な(自由意志における)行動に賛成と反対の評価を分け与えた。 別にバークでなくともおよそ具体性に言及する人間はこのような判断する。 フランス的な自由は、「自由」が至上の価値にされてしまい、 この人間であるが故の二分法(保留もあるだろうから三分法といえるかもしれないが)が、 軽視されてしまう。 「賛成」と「反対」の立場を表明するにあたり、バークはバランス感覚を重要視するわけです。 このバランス感覚は、 具体的な様々な状況に応じて、賛否・保留の具体的な判断が生まれるわけでしょう。 バークは具体性を重んじ、具体的状況に応じて判断をする。 バークの時代における具体的状況において、 あくまでもバークの観念において、基準となる材料(指標)はあったと思う。 それが意識的なそうでないかはともかく、 その辺は現代的な科学哲学や科学的な方法論によって いくらか浮かび上がらせることができるだろうということ。 長くなって申し訳ない。
43 : >その辺は現代的な科学哲学や科学的な方法論によって >いくらか浮かび上がらせることができるだろうということ。 わかったから早くやってみろよ
44 : >>42 バランス感覚を駆使し、状況に応じて判断するからこそ、バークは時としてオポチュニストと誤解されたりしたわけだ。 しかしこういうバークの態度こそ、保守の現実主義的な政治のartの利点であり、強みだったわけだが。 もっとも、バークの場合は君の言うとおりなんらかの「基準となる材料(指標)」があるように感じられるのに対し、 成功した権力政治家、たとえばビスマルクのような保守的で現実主義的な政治家になると、国益以外の一切の原理・原則が見られなくなってしまう。 そこまで尻をまくることをしなかった(できなかっただろうし、そんな者は軽蔑しただろうが)からこそ、バークは政治家としてはイマイチ不遇だったのかもしれない。 (不遇なのは出自も影響してるだろうが・・・) それはともかく、 >バークの時代における具体的状況において、 >あくまでもバークの観念において、基準となる材料(指標)はあったと思う。 というけれど、これを論証するのは大変そうだな。 具体的な状況ごとで、適用される指標の具体的な様相は異なってくるから。 論証するためには、その個々の指標に貫徹している、あるいは指標が共有しているなんらかの属性を探り、 整合性を確認し、またそれが18世紀後半の英国や欧州の思想潮流の中にどう位置づけるか確認する、という作業が必要になる。 そのためには、バークの著作や書簡を虱潰しに検討していくような、古臭いけど地道な思想史的アプローチのほうが確実な気がするが。 そういう作業を経てはじめて、バークの自由の検討に、現代の哲学の方法論が活用できるのではないか?
45 : >>40 少しはものごとがわかって来たようだな。 共産主義の儒教を肯定する◆jjssUUlKasがチョンであることは単純にして明快なことだ。 ほとんど自明だが、もうすこし、噛み砕いた説明してほしいか? 参考 http://www.amazon.co.jp/dp/4886790232 この本の訳者の一人は大学の後輩でなぁ。 美術サークルというところに属していたとか、結婚に至った事情とかそういうことくらいは承知している。 「おめでたい」ことは否定しないが、俺だけではない。すくなくともそいつと二人だ。 単純化はたしかに腕と経験と研究を必要とする。複雑にするのはバカでもできる。「知恵の輪」ってやつだ。 ”Alles sollte so einfach wie mo¨glich gemacht werden, aber nicht einfacher.” (Keep it simple, as simple as possible but no simpler)-Albert Einstein- http://www.brainyquote.com/quotes/quotes/a/alberteins148822.html
46 : >>45 俺個人としては、 自分のことをプラグマティシストだと思っているけれどね。 俺が儒教を肯定したか? どこをどお読めば肯定したことになるのかわからんが、 共感するところも多少ある程度だよ。 シンプルとは何でしょうか? ただ、貴方の言いたいことはあんまり共感しないけれど、 多少は共感するところもある。 ソシュールの言葉だけれど、シニフィアンというのがあるよね。 シニフィエをとことんまで無視して、 無駄に長く複雑にシニフィアンが並べられた文章を俺は好きになれない。
47 : >>44 バークの著作や書簡を虱潰しに検討することを先にすべきなのか、 バークの著作を科学的に検討するための方法論を模索することを先にすべきなのか、 これは俺はどちらでも良いようにおもう。 人それぞれ趣味趣向が違うし、互いに批判しあえばいいんじゃない? 主観や偏見は誰にでもある。誤解や歪曲だってある。 言葉で表現すれば、 自分が思い描くよりもずっと凝り固まった感じにだってなる。 ただ思うのは、 貴方みたいな気構えの人、 誰の意見にも慎重に耳を傾けた上で、 慎重に言葉を選びながら、 礼節を弁えて言葉を発する人、 そういう人がたくさん増えてくれば、 俺はそれだけで十分全うだと思いますよ。 俺は単にバークに近づけば、そういう人々と話ができるだろう、 単にそういった感覚で近づいているに過ぎないのかもしれないとも思う。
48 : 「◆jjssUUlKasがチョンである」はカール・ポパーの定義に従えばすぐれて科学的言明である。 ◆jjssUUlKas自身がそれを証明している。 「バークを尊敬している人間が共産主義者なわけねえだろ。」が科学的言明かどうかは、なかなかおもしろいテーマだ。 これを偽であると考えると、科学的言明とみなしやすく、また偽である証明はかなりたやすい それに対して これを真とすると、証明はまず不可能であるし、真である事を前提とすれば科学的言明とみなすのもかなり難しい、しいていえばこれが偽であるという証明をすることで逆説的に科学的言明といえる可能性があるくらいの程度か?
49 : ふーん、 俺がなぜチョンなんだい? 俺がどこで証明しているんだい?
50 : 消極的自由の重要性を保守政治家が理解して無い国が日本。 左派政治家も理解して無いが。
51 : >>49 おっ、こんどは◆jjssUUlKasがポパーをまったく読んでおられないか、読んでも何が書いてあるかまったくご理解にいたらなかったかを証明されたようだな。 再度、ご拝読いただこう。 ◆jjssUUlKasがチョンで自分で証明したとはどこにも書かれていない。 かわいそうだから再掲してやろう 「◆jjssUUlKasがチョンである」はカール・ポパーの定義に従えばすぐれて科学的言明である。 ◆jjssUUlKas自身がそれを証明している。 どこで証明したか自覚がなければ、その旨書込んでいただこうか? >>慎重に言葉を選びながら、 礼節を弁えて言葉を発する人 を目指しておられるようなので、お手並み拝見しよう。
52 : ヒントはシンプルなんだろ? うう〜ん、どこかな〜? ってどうでもいいわ!!! お前の釣りには飽きたわ!!! さらば 笑。
53 : >>42 貴方の問題意識はよく分かったし、共感する。 しかしその解答に科学哲学なり科学的な方法論なりが どう関係するのかよくわからない。 その辺を具体的に教えてもらえないだろうか。
54 : >>53 そこは時間をかけたいので、 会話の中から面白い条件がそろった時にでも。 まず、このような問題意識に至ったのかは多少書いておこうと思う。 近年、共産主義という強力な理念から一応ある程度解放されて、 自由主義と保守主義というものが再び見直されるようになった。 さて、自由主義はともかくも、 保守主義には何を保守するかという大きなテーマがあることを みんなうすうす感づいている感じがするが、 それでも一向に単に「保守すべし」という単にそれだけのムードが立ち込めている。 じゃあ、何を保守するんだってなった時に、保守主義のルーツを辿ると、 やっぱりエドマンド・バークあたりに辿り着く。 そこには明らかに今の日本で騒がれている「保守すべき対象」との差異があることは明白。 そうなると、バークの保守的な思想と日本的な保守的な思想の違いを明らかにしなければならないというテーマが生まれる。 前者を支持するのか、後者を支持するのか、単純に二分化するのは難しいけれど、 ここに大きな差異があったならば、同じ「保守主義」のくくりで一纏めにしてもよいのだろうか? という疑問が生まれます。 まず、その違いを明確にする、あるいはどこが一致しているのかを 現代の保守思想といっても一枚岩じゃないから、 個別的に見ていかなければいけない。 そしてそこには見分けるための方法論が必要だということになってくる。
55 : >>54 これからじっくりってことね。 保守主義の相違についてはハイエクの捉え方が一つのポイントになるような気がする。 バークの影響は反合理主義自由主義へ繋がるものとロマン主義へ繋がるものとがあって、 おそらく前者の流れを重視する人にはハイエクはバーク的保守主義者であり 後者の流れを重視する人にはハイエクは非バーク的保守主義者となるだろう。 まあ保守はあまりに多くの意味があるからこれだけでは十分でないけども。 保守主義の意味を掴むには保守の個々の意味の相違を探るのではなく共通の原理を探るか、 真の保守主義と偽の保守主義を峻別する原理を探る方が良いかもしれない。
56 : >>52 >>慎重に言葉を選びながら、 礼節を弁えて言葉を発する人 ではなかったのかな? 何か、他人に教えを請うときは、どういう言葉をつかい、どのような言い回しを用いればよいか? 御熟考をお願いする。 問題を再整理しよう。 カール・ポパー氏は、「科学的言明」を論理をもって明晰に定義した。論理であるから極めてシンプルであることは言うまでもない。 しかるに「◆jjssUUlKasがチョンである」はポパー氏の定義によれば、すぐれて科学的な言明となる。 ◆jjssUUlKas氏は、このスレッドのコメントの中で、「◆jjssUUlKasがチョンである」が科学的言明であることを証明するこれまた極めてシンプルな一句を書込まれた。 ポパー氏の論に通暁していれば、容易に見つかるはずである。さぁて、「◆jjssUUlKasがチョンである」は、どのような論理によって科学的言明となり、またそれを証明する一句とはどれであろうか、の
57 : >そうなると、バークの保守的な思想と日本的な保守的な思想の違いを明らかにしなければならないというテーマが生まれる。 まずひとつは、バークの思想の背景には名誉革命以降の国制(国王と上院と下院とで構成され、下院が実質的な主権を握る)が「自由」を支えているという信頼があるが、 日本の保守思想にはそういう国制への信頼はとくにない。 あるとしたら天皇を中心とした国体への信奉だろうが、国体は「自由」と関係ない。
58 : 自由は秩序との間でバランスをとられなければならないのだよ、キミ。
59 : ただその自由無くして保守主義は有り得無いんだよなあ
60 : 保守 - Wikipedia ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%AE%88 にもあるけど、 保守主義は過去に獲得した市民的諸権利を擁護するもの。 日本の場合この諸権利があると言えばあるけど、まだまだ少ない。 そして自由もまだまだ少ない。 その為の漸進的改革を擁護するのが日本の保守主義だと思う。
61 : まあその諸権利って左派の言う権利とは若干違うものだけど。
62 : 日本人に自由がないと思う感覚を、 政府や制度に原因を見出そうとするのは見当違いじゃないか? たとえば表現の自由とかいうけれど、 日本人には表現の自由があまりないのではなく、 日本人が実際にある自由を生かせるだけの、 レトリックがないだけにすぎないのではないか?
63 : まあそういう所もあると思うけど、 教育制度には自由が少ないよ。
64 : 特に学校での消極的自由の無さは問題。 学校によって違いはあるけど。
65 : 無さというか少なさ。 そして少ない学校では生徒が被害を受ける。
66 : 俺が言いたいのは社会全体の日本人が、 傾向としてレトリックがないということ。 また、そのレトリックを鍛える気概も、覚悟も、 またその重要性も理解していないということ。 レトリックのない人間に、自由に物事を表現できる人間を鍛え上げる力などない。 物理的にありえない。 悪いけれど、そんなことで生徒はかわいそうだというのであれば、 俺にはそれは奴隷道徳としか思えない。
67 : 話が噛み合って無いようだ
68 : いいや、そんなことはない。
69 : 左翼教育の強制からの自由が少ないって事だよ。 つまりそれは消極的な自由の少なさ。 レトリックの話も重要だと思うが、別の話。
70 : なるほど、 じゃあどうすればいいんの?
71 : 基本的に保守派の政治家も消極的自由の重要性を理解してる人は少ないように思う。 だから左派の意見に反対だったとしても引っ張られてしまう。 政治家で無い人に政治活動を勧める訳では無いけど、 まあしたい人はするのも良いと思うが、 消極的自由や漸進主義、モラルといった概念が広まると良いと思う。 そうすれば結果的に教育にも反映されると思う。 左派のような強行的な広め方では無く、節度を持った方が良いと思うけど。 ただ左派よりも広めなくてはいけないが。
72 : どうすれば広まるかは書いてなかったか。 学問的に広める、 言論で広める、 ネットで広める、 政治の分野で広める、 とか色々だろうか。 一瞬アクセス禁止って出たんだが、もう書き込めなかったりという事もあり得るかも。
73 : レトリックの話題に話を変えるかね。
74 : 俺はたぶん、貴方とほとんど同じような考えだと思うから、 だからあえて反論を考えて、 貴方の考えを引き出したいと思っているので、 批判されたからと言って気を悪くしないでね 笑。 それにしても、ポパーのいうイデアリズムというのかな? この根はかなり深く、マルクス主義やフロイドの精神分析など、 仮にこの種の固定観念を批判しえたとしても、 また新種のイデオロギーは、どんどん生まれてくると思う。 そしてそれを国民は支持する。 消極的な自由は、インパクトに欠ける。 なぜなら、彼の理論は精神に刻まれたものであり、 中毒性の強いイデオロギーの前では霞みがちだと思うから。 今、テレビでは、 いつものように同じようなくだらない内容の番組が展開されているけれど、 俺は、それはある種の中毒性だと思っている。 大衆批判なんてあるけれど、国民はその中毒性に踊らされて、 その踊らされた行動が政治に反映される。 未来は暗い 笑。
75 : 少しハッとしたけど大丈夫。 消極的な自由はインパクトに欠けますか。 難しい所もありますね。 未来が何とか良い方向に行くと良いのですが。
76 : >>69 教育の自由の為の具体的な制度として考えられるのは ・教科書検定の廃止 ・教育バウチャー制を前提にした学校選択の完全自由化 こんなもんかな 保守主義者がこれを支持するかはわからないが
77 : これは書いておこうか。 俺が思うに、バークの思想に共感するものが、 自分の考えを広めるもっともよい方法は何であろうかということ。 俺が思うに、バークが行った方法こそが、 もっとも効率的でもっとも効果的な方法なんだろうということ。 それは、現代的な広告や、テレビマンが行う方法よりも、 ある意味で、 ずっと影響力が少なく、効果も微小なのかもしれないということでもある。 ただ、 いったい我々が目にする広告を果たして我々はいつまで目にすることができるだろうか? われわれが目にするコメンテーターや芸能人、評論家の名前をいったいいつまで記憶するだろうか? 俺が思うに、彼らの言行は時代の移り変わりにおいて一貫性がなく、 恣意的であり、決していつまでも記憶されるような代物ではない。 彼らのさらけ出した言行は、流行の一部であり、時代の一部である。 彼らの主張は忘れ去られるが、バークは違う。 即効性はないが、 それでもなお、さまざまな時代のさまざまな状況において 呼び起されるだろう。
78 : >>76 それ、大賛成ですよ。
79 : >>76 学校選択の完全自由化は良いと思う。 教科書検定の廃止という方法もあるんだ。
80 : ある教科書では南京事件があったという記述があり、 他の教科書では中国政府の言うとおりの死者30万人説が記載され、 また別の教科書では華麗にスルーって感じで、よりどりみどりになるかもな。 あとは各学校・教師の自主的な選択、あるいは文部科学省や教育に関心のある政治家先生の陰日向両面からの圧力次第か。
81 : 教育に関しては、日教組や左派の学者などよりも、文科省の影響力のほうがはるかに強いんだがな 近年、文科省の統制はさらに強まる傾向にある バウチャー制度はともかく(そういう改革は新たな権力行使の舞台となるから、文科省的にはマイナスではない)、検定制度撤廃は無理だろう
82 : ただ、よく使われる用語「自由化」というものが、 バークのいう自由論と一致するかどうか? 「美徳ある自由」と「自由化」にはどんな差異があると言えるだろうか?
83 : バークの政治的発言がヒントになりそう
84 : 単に規制をとっぱらうだけの「自由化」では、一部の声の大きい人たちが世論を構成したり、 政治家など力をもった人たちが権力を振るって悦に入ったり、利権の草刈場になるだけだ そこに「美徳ある自由」が入る余地があるかどうかは未知数だ
85 : ちと亀だが・・・ >>62 >日本人に自由がないと思う感覚を、 >政府や制度に原因を見出そうとするのは見当違いじゃないか? >たとえば表現の自由とかいうけれど、 >日本人には表現の自由があまりないのではなく、 >日本人が実際にある自由を生かせるだけの、 >レトリックがないだけにすぎないのではないか? どちらが原因かということが問題なのではない。自由とそれを支える制度は両輪の関係にある。 確かにわが国では、自由は(法的にも、究極のところ憲法によって)保障される。 そういう意味では、日本にも自由は実際にある。 しかし憲法の規定や自由の思想は、日本の伝統とは関係ない、西洋の様々な思想潮流の産物だ。 英国のように、自由を支える国制を、自分たちの歴史の中で、自らの手によって生み出してきたものではない。 つまり、彼我の差は、自由を支える制度に対する、歴史・伝統に基づく信頼の有無なのではないだろうか。 こういう信頼がある英国の国制constitutionは、下院と内閣の強化と大衆政治化を経ても、なお維持されているのではないか。 「バーク以降の英国の政治思想は、左翼・右翼を問わず、バークの弟子だ」という言葉が説得的なのも、そのあたりに理由があると思う。 日本の場合は、保守の立場からの自由を支える現憲法への信頼などという議論自体が成り立ちがたい感じもする。 現憲法の下での統治には、機能的部分はともかくとして、保守にとっては権威的部分がないだろうから。 ついでにもう一つ。 ある政治思想を実社会に活かすためには、思想それ自体を研ぎ澄ましていくことだけでなく、 それを支える仕組みや制度を考察する必要がある。 政治思想史をみれば、様々な思想の中で、政策や主張と制度論が相互作用してきたことがわかる。 バークは政治思想家でもあるのだから、バークにおける自由と国制の関係を軽視すべきではない。 とはいえ、自由があるのにそれを活かせていないので、それを活かすためのレトリックを考えるべき、という姿勢は必要だと思うし、面白い。 今のところ、このレトリックに関して君はどのようなアイデアをもってる?
86 : >>85 >しかし憲法の規定や自由の思想は、日本の伝統とは関係ない、西洋の様々な思想潮流の産物だ。 英国のように、自由を支える国制を、自分たちの歴史の中で、自らの手によって生み出してきたものではない。 つまり、彼我の差は、自由を支える制度に対する、歴史・伝統に基づく信頼の有無なのではないだろうか。 確かにそのとおりですね。 ただ、日本に自由の感覚が全くなかったのかといえば、ノーだと思います。 実際に東アジアで、可及的速やかに近代化できたのは日本だったわけだし、 欧米にまったく共感という発露ではないにせよ、 ここは取り入れるべきだとしたのは潜在的にその重要性を理解できたから、 また、水戸学からの尊王思想というのがあったにせよ、 薩摩だって長州だって幕府の意向を無視して、結構気ままにとまでは表現できないにせよ、 いろいろ既存の秩序には反発していた。これは言葉こそ違えど自由の感覚に近いと思う。 まあ、俺には歴史の知識があまりないから、歴史的事実とはかけ離れているかもしれないが、 でも、今のところはそう思っている。 レトリックについていえば、これからも述べると思うから少しだけ言うと、 修辞法、弁論に欠点がないとは全く思わない。時に害悪の多きものとも思っている。 それは『ソクラテスの弁明』、『ゴルギアス』あたりにたとえ触れていなくても、 感覚的にある程度、だれでも感じるところだと思う。 ただ、バークの著作を読む限り、いいやそれを読む限りに限らず、 西ヨーロッパの伝統として根付いてきたレトリックには嫉妬する。 『フランス革命の省察』や『崇高と美の観念の起原』に限らず、 他の著作を読んでみても、現代日本の政治家が一体誰がこれに比するレベルのものが書けるだろうかと。 バークのレトリックが、伝統の中心にあるのではなくて、本当に古代ギリシャ、ローマ、 このあたりから脈々と続いている本当に歴史的な活動そのものがイギリスの国体の骨組になっていると思う。 長くなったんでこんなもんで 笑。
87 : >>86 日本の近代化について、君の解釈に関係しそうな話を一つ。 東大の東洋政治思想史の教授・渡辺浩によると、明治維新はまさに、身分制からの自由を求めた下級武士による革命なのだそうだ。 農民や町人ならば、努力次第で土地や店を構えたり拡大できたりする可能性が開けている。 しかし下級武士は、そもそも「立身出世」の可能性自体がほとんどない。努力しても家格の壁を乗り越えることはできない。 江戸時代では、下級武士が最も鬱屈した階級だったといえる。 (中津藩の下級武士だった福沢諭吉は、晩年の自伝で「封建制度は親の敵だ」と書いている) 幕末の混乱による体制の揺らぎは、自らの能力に自信がある下級武士にとって、能力を発揮できる機会でもあった。 小御所会議から王政復古の大号令へといたる政治過程は、西南雄藩を牛耳るようになった志士達を中心としたクーデターであり、 そのクーデターで官軍となった軍勢が幕府軍を武力で倒したことで、彼らの体制が既成事実化されたというのが明治維新の実像ではある。 しかし、新政府がとった政策は開明的だった。江戸時代の封建制は解体され、近代化が進められた。 新政府の、一見武士としてのアイデンティティを自己破壊するかのような改革は、 身分制の中で苦しんできた下級武士が中心となって行なったからと解釈すると、そんなに不自然でもない。 福沢も「尊皇攘夷とか言ってる基地外どもが政権をとったから不安だったけど、見直したよ」といったことを言っている。 外様の雄藩の幕府に対する鬱屈や、水戸学や国学も維新の原動力の一つかもしれないが、 それ以上に下級武士の鬱屈のほうが強い原動力だったのではないかな。 あと西洋のレトリックの伝統について、バークがアリストテレス以来の西洋の伝統的な政治学に学んでいたのは事実。 関係ありそうな研究のひとつに、ポーコックという政治思想史研究者の「マキャヴェリアン・モーメント」がある。 古典古代に由来する共和主義が、マキャヴェッリなどの著作を介して英国にも伝わり、 さらにそれが米国の建国思想にまで影響している、というスケールの大きい話。
88 : そうそう、俺には歴史の知識があまりないから、具体的なことはあまり書けないけれど、 だいたいそういう感じです。 ところで、俺が思うに、日本って自由ですよね 笑。 こんな自由な国って他で探すのも難しいと思うんです。 で、この閉塞感ってなんだろうって思うときがある。 古典と関係のないところの、テレビとか新聞とか、まあなんでもいいんですけど、 なんか偽善的な発言が多くないですか? まあ、大衆というのは具体的な知識がないから、偽善に振られるんだと思うんですけれど、 テレビ(これって国民のほとんどが眺めているわけですよね)では 下らねえことばっかりやってるくせに、それは批判しないけれど、 地位のある人間のちょっとした言葉にみんなでわーわー食いついて、 しょうがねえなって思うけれど、まあ、食いつかれる要素があることも認めるけれど、 この自由を活かせないってなんでしょう?? まあ、活かしている人もいるんだろうし、 活かすにしても善し悪しがあるとは思うんだけれどさ 笑。 そうすると俺はレトリック論に向かわざるをえないんです。 日本の制度だって結構自由でしょう??
89 : >>88 >で、この閉塞感ってなんだろうって思うときがある。 確かに、自由を活かせない閉塞感ってあるような気がするね。 他の国のことはともかく、日本は今も昔も同調圧力が強いのかもしれない。 ネットでも、炎上みたいに、吊し上げている側の中心が見えないまま進む現象があるし。 >まあ、大衆というのは具体的な知識がないから、偽善に振られるんだと思うんですけれど、 >テレビ(これって国民のほとんどが眺めているわけですよね)では >下らねえことばっかりやってるくせに、それは批判しないけれど、 >地位のある人間のちょっとした言葉にみんなでわーわー食いついて、 >しょうがねえなって思うけれど、まあ、食いつかれる要素があることも認めるけれど 気持ちはわかるけどねぇ、地位のある人はそれだけ責任があるということなんだと思いますよ。 専制政治じゃない社会では、権力者は容赦ない批判に晒されてなんぼの立場なんですよ。 米大統領選の暴露合戦なんて酷いもんでしょう。でも、そうした悪意に満ちた目に耐えられないとダメ。 少なくとも、西洋の政治家は古代ギリシア・ローマのころからこんな感じですね。 あと、批判になってない下らん悪口や罵倒なら華麗にスルーできるだけの余裕も必要かと。 安倍さんや福田さんは、批判に対する耐性が弱かったから、参っちゃったのかもな。 それに比べると小泉さんは耐性が強かった。逆に鈍感で問題すぎたかもしれんがw
90 : ようやく◆jjssUUlKasも自分がチョンの共産党だと認めてようだ。 日本國とご皇室のためにはささやかではあるが喜びである。 皆様、おめでとうございます。
91 : 修辞法については、アリストテレスのような方法論に向かうべきなのかもしれませんが、 個人的にはあまりアリストテレスを真剣に読みたいとは思わない。 で、チャールズ・パースあたりを参考にするのが面白いかなとね。 パースは、哲学的にはアリストテレス、デカルト、バークリ、ヒューム、カントあたりに言及しながらも、 ドゥンス・スコトゥスという無名ではないけれど、スコトゥス的な実在論に立って、 プラグマティズム、記号論を打ち立てた。 まあ、エドマンド・バークの著作を分析するに当たっては、さまざまな見地から見られていいと思うけれど、 チャールズ・パース的な方法論を用いながら、分析していくこと、 これが結構面白いんじゃないかなって思ってます。 以前に誰かが、バークから思考の方法論が得られるだろうと書いていたけれど、 やっぱり逆だと思う。 既に得られている方法をもって、バークの著作にあたること、 こちらの方が手っ取り早いと思う。
92 : >>91 んじゃその方法論でいっちょバークを読んでみますか? 本はメジャーで入手しやすい『省察』がいいと思うがどうだろう。
93 : >>92 いいね。のった。 翻訳?原書?
94 : まあ、とはいっても、 個人的には、 手始めにバークの著作『省察』『崇高と美の観念の起原』を読みつつ、 (あとの著作は入手し難いからね。 俺もやっと手に入れることができたって感じ。) チャールズ・パースの記号論を中心に、 カール・ポパーの反証主義、 フレーゲの概念記法(それを補足するためにヴィトゲンシュタインの前期・後期)、 集合論なんか適当に読みつつ、 過ごすだけでいいような気もする。
95 : あとは、ドイツの生物学者ユクスキュルなども、 読んでおくのもお薦めです。
96 : 「◆jjssUUlKasがチョンである」はカール・ポパーの定義に従えばすぐれて科学的言明である。 ◆jjssUUlKas自身がそれを証明している。 チョン自慢は続く(笑
97 : 保守
98 : レスが少ないようなのでちょっと違う話題でも。 今学校教育について調べてたら、文部科学省が地域重視するというような事に なってるようですが、これが家族否定、家庭教育否定になりかねないと危惧してます。 そういう思想を持った人も文部科学省と同じような事を主張しているからです。 文部科学省側はそんなつもりでは無くても、結果的に危ない場合もあるのではないかと思います。
99 : 常にではありませんが、日本の場合家庭という概念に関しても法的に制度的に尊重されにくい場合があると 思います。家庭が尊重されにくいという伝統という保守主義的にある種矛盾しかねないような状況と言うべき でしょうか。家庭の尊重と言っても虐待は悪い事でありしてはいけない事ですが、これは家庭の尊重という 事とは別の話です。 日本はちゃんとした家庭も多いのですが、一方議会や教育関係者では否定派が少なくなく 制度的には全部ではありませんが、アメリカのリベラル的だったり社会主義的な制度になっている面が 少なくないと思います。つまりどちらも違う価値観を尊重しない上での統制的な側面があります。 リベラル的な面の方に関しては少しなら良いかも知れませんが。
100 : 今日しかレス出来そうにないので、 レス出来無いかもしれません・・・
101 : 何をもって家族否定と言ってるのかよくわからんな
102 : >>101 例えば家庭ではなく地域で子育てをすべきという意見です。 最近の学校支援地域本部という政策にしても、関係者全員がそこまでの考えを しているという訳では無いでしょうが、一歩間違えると家族否定になる危うさを持っています。 具体的に言うとその地域の勉強やスポーツの組織の割合の多くが学校に組み込まれかねない、 行事も地域とほとんど一体化しかねないという事ですが、 もしかするとこれは良い事なのではないかと思う人も少なくないでしょう。 実際、家庭教育が尊重され人道的になれば良い方向に行くかもしれません。 しかし実際に現在の教育においても、特にジェンダーフリー教育や類似の教育において 選択の自由を認めなかったり、家庭教育を否定したりする学校も少なくないという事実があり、 その上でいくら学校支援地域本部にPTAが入るといっても、 追随する、あるいは積極的に認める場合もあるでしょう。 地域によっては地域本部自体が積極的に選択の自由を否定する場合もあるかもしれません。 或いは子育てを基本的に学校や地域にまかせっきりにしてしまう事を誘発する制度にもなり得ると思います。 これらは現在からの類推ですが。 基本的にこれらは自生的秩序の否定でもあると思います。 官民で言えばあまりにも官主導すぎる地域経営。 地域本部は民だと思う人もいるでしょうが、この制度自体についての話です。 良い地域ならばこの制度でも上手く機能するでしょう。 しかし逆ならばこの制度の悪影響は大きすぎるでしょう。
103 : 若干文章が曖昧になってしまいましたが、 まとめると 官は基本的にルール作りを中心にして、地域社会制度を直接作らない方が良いのではないか。 そして学校や地域が家庭を否定してしまうという事や、 学校や地域が教育や生き方について選択の自由を否定してしまうという事が 制度的に誘発されうるのではないかという危惧、 という事です。
104 : 誘発と言うより、すでにそういう地域ではいっそう深刻になり そうなりそうな地域ではそうなってしまう。 しかしちゃんとした地域はそうはならないという事かもしれません。
105 : 家庭教育の否定ということでいえば、 伝統的にどのくらい長く保持されてきたものなのか解らないし、 どのように変化してきたのか解らないけれど、 「家庭における命題」が、 だんだん「学校における命題」、「会社における命題」に追いやられているような気がする。 命題を肯定、否定、保留を言う前に、だんだん俎上にも上がらなくなってきている命題がある。 あと話は変わるけれど、「女性の地位向上」なるものが結果、 「女性の地位も男性の地位も両者を引きずりおろす」ことになっている感じがするね。 教育を言うとき、やはり男女に関する問題は大きい。
106 : >>105 確かに >だんだん俎上にも上がらなくなってきている命題がある。 何だか一抹の寂しさが それでは失礼しました
107 : >>現在の米国でも保守主義といえば、まずレーガンが掲げられ、次にバークが続く。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AF ロナルド・レーガンといえば、地元カリフォルニア州の再選委員長がブラックパンサー党員だったように極左政治家である。 バークの立憲主義=人民主権が極左テロの端緒であることの一つの証明だな。 そもそも"Whig"はスコットランド語の"whiggamor"から来ており、その意味は「謀反人」とか「馬泥棒」と言う意味である。 エドマンド・バークが社会秩序を壊乱することに命をかけたことは歴史上の事実だ。 たぶん ◆jjssUUlKas は赤軍派か中核派(笑
108 : 日本は「美の終わり」地震をお見舞いした。 http://mofa9.hp.infoseek.co.jp/0202/7/169.html 日本は自由の女神にも間接的な攻撃を実行していた。 これは、現在確認された最古の人工地震だ。 しかし、史上最大の直下型地震と言われる。
109 : ,-‐-、 ,.-‐-、 \_, ,_/ カサカサ... /〓癶( ;:゚;〓;゚;)癶 ー=癶(癶( 癶;;:;;ノ癶 カサカサ...
110 : 生産手段の最終的な共有は、生産様式の発展による普遍的ベーシックインカムを 実現することが究極目標であって、それによって唯物論的な個人の生活の自由を 保障するためのものだよ。 従来のブルジョア的リベラリズムは上部構造という法的理念での個人の自由しか 保障せずに、経済的、つまり唯物論的な人権保障を無視ないし軽視してきたため、 賃労働という形での個人の自由の拘束が実際的に行われ、自由は疎外されてきた。 従来のブルジョワ自由主義がもっていたそこの限界を修正しようとするのが共産主義。 ゆえに共産主義の目的は他律的に労働を強いられる階級的宿命からの個人の解放にある。
111 : http://jp.youtube.com/watch?v=5aHeGRKyd7c&feature=related 日本を魔女呼ばわりする魔女狩りイギリスメディア
112 : >110 生産手段は、個人の創意工夫による改良が必要で、 そのためには私有が必要じゃない? 改良の試行錯誤には個人の自由裁量が必要になるし。
113 : >>112 日本のようにうまくいっている國を僻んだ劣等民族が「改良が必要」「謝罪せよ」とか喚くだけだ。 そういうバカはほっておけば良い。 エドマンド・バークを賞揚する赤軍派のアホも似たようなもんだろう。
114 : >113 110&112とかみ合ってません・・・
115 : >>114 共産党員からはそう見えるか? ひとつの見識だな。一生、同意はできないと思うが、あしからず。
116 : 110は共産制擁護で、112は私有財産制擁護ってことじゃないの? 113は意味分からないんだけど? 115は同意もなにも主張が不明なんだけど?
117 : >>116 これでわかるのか自信はないが 日本は神の國つまり個人主義だ。集団への帰属とかそういうのはない。 究極の個人主義が万世一系ということだ。年号が変われば革命とか政変とかそういう無駄なエネルギーをつかわず別の國になる。 どっちでもよい國家とか政府とか法律とかそういう無駄なゴミに手をいれる手間・暇もいらない。改良とかそういうのも不要ということだな。 特亜チョン・支那はさしずめゴキブリと一緒で革命だーとかいっても代わり映えしない脱皮しかできない。國として劣等だからだ。 社会主義とか國家主義とか國粋主義とか法治主義とかいろいろゴタクはならべるがつまるところ「アカ」だってことだ。 日本は新しい至尊を迎える度にあるいは蛹となり、或いは蝶となり、一段と雄飛・繁栄するわけだ。 財産の件でいえば、共産とか社会資本とかはもとより、規制の中の私有財産権なんてみみっちいことは日本人は考えない。 日本全体が至尊の私物なのだから、いわば超私有財産性ということで、あらゆる制約なく、自分のカネはこころおきなく奮発できる。それがまた繁栄の礎なのである。
118 : んーー、確かに同意は難しそうだ。 とりあえず、日本が繁栄するのは自明ということか。 あと、天皇一代について年号が一つなのは近代以降のこと っていうのはその理論とは矛盾しないのね。それならいいです。 ちなみにその考えは独自のもの? それとも何かしらの参考文献とかってあるのかな?
119 : 共産主義でない普通の日本人なら常識だ。 今でも、何か厄災があれば、改元するだろう。 それでリセット機能発動だな。 日本に生まれたということは、すべてを至尊にお任せして、毎日、歌って踊っておもしろおかしくすごせるんだからそんないいことはないとおもわんか?
120 : 至尊て天皇陛下のことか? 御名御璽の入った文書に「臣民もがんばれ」みたいな文言があると思うが、 119の後段とは矛盾せんのか?
121 : 至尊は文書を起案したりはせぬ。 「よきにはからえ」である。 いわゆる教育勅語のことなら井上毅が書いた物だな。当時的には尊皇な方だったかもしれないが、今となっては時代遅れな立憲主義者だろう。列強が「立憲」を強いた経緯を考えれば井上のごときアカに適当な文言を書かせておくの大御心だったのだろう。 ありがたいことだ。
122 : >>118 >っていうのはその理論とは矛盾しないのね 毛主席の儒教社会主義汚なら矛盾しないお
123 : 119の 「すべてを至尊にお任せして」という臣民の姿勢を是とするのであれば、 121のように、 天皇陛下が「よきにはからえ」とばかり言っているわけにはいかなくなるのでは?
124 : >>123 甘いな(笑 日本は神國であるから摩訶不思議が原則である。
125 : dont think! feel!ってことか。笑 自分も日本は神の国で、天国だとは常々思っていて、 日本に生まれたのは幸せだと思っている。 その点はたぶん同意できる。 だけど、天国に生まれたから歌って踊って丸儲け。ってわけでなくて、 暗黒(ユーラシア)大陸から「国籍法改正」とか諸々の災厄が、 我等が天国に降りかかってくるのを神の国の住人は、 神を擁く責任上、断固として対応しないといけないと思うし、 個人としても神の国を光を増すために日々努力しなくてはいけないと思うんだな。
126 : 自由主義は最強の思想ですよ。 自分も共産主義、ファシズム、保守主義、社会民主主義、新自由主義と色々な思想を経験してきましたが、 「自由主義」というのは永久機関のように最強と思っています。 「何でもあり」ですから自由主義というのは。どこまでいっても「自由」と言える余裕が凄い。 神のように寛大で全てを知り満たす方が真の自由主義者ですよね。「自由」が無限ですから。葛藤も縦割りも分業も無いわけですから。全能ですよ。 精神的にも物質的にも「自由」って言ったら=最強でしょ。 「これしたい」と思ったら何とでもなりますよ。アメコミのスーパーヒーローどころじゃありませんよ。 一般人の「自由」というのはコンビニでものを買っていい加減なこを言うというのが「自由」ですからね。 それは疎外であると思いますよ。今ワーキングプアでも別の世界であると良く働けるポテンシャルがあるのかもしれませんから。 しかし、猿如きにそんな逸材は生まれません。無くていいもの等無い。無は有る事は無いというのがわからんですね。 私は「石ころ」がどうして「石ころ」たりえるのかと考えることがあります。これって決めてるのは神でしょうが。 でも「石ころ」を「石ころ」とレッテルを張るというか思い込むことが無知と思うんですよ。異星人が「石ころ」を「石ころ」と思ってる可能性って無いでしょ。 所詮「石ころ」を正しいとしているのも認識を共有するための「記号」でしょ。量子レベルで見れる視力が超いい奴であったら「人間」とも言えるかもしれんでしょ。 でも「これが世界を超越して正しい真理」というわけでも無いのに私達はこの世界の住人であることが決められています。 ですから「確率論」に基く民主主義がいるのです。主体と客体、自分と対象が同一であることはありませんから、物事全て確率ですよね。 >>110 ただし、私はマルクスの「自由の王国」というものにはすごく共感を覚えます。 将来人間それこそ「何でもあり」で、自分の好きなようにしているのかと。 そのために著作権、所有権、知的財産権といったものは廃止すべきと思いますね。 ここの西村閣下も万能コピー機があったら私有財産制は崩壊するといっております。
127 : >>117 同意できるが、もっと言えば それを私有財産って思い込んでる方と共有財産と思い込んでいる方の分裂があるわけでしょ。 結局「記号の濫用」ってことでしょう。 ですから「自由」が正しいのです。私有財産とか共有財産とか狭いもんで決め付けれない超越したものがあるのです。これには名前をつけません。名前をつけたければつけてよろしい、各人の自由です。自由に偶像は要無いです。
128 : >>125 単独講和したって歌って踊って丸儲け 安保条約、だいじょぶ、歌って踊って丸儲け 國鐵、郵政民営化オーケー、オーケー丸儲け 経済制裁、問題ごじゃらん バブル経済、丸儲け バブル崩壊、丸儲け どっちころんでも丸儲け 無国籍多発、丸儲け 二重国籍、丸儲け どっちころんでも丸儲け 支那・チョン・台湾いつも飢餓線。どっちころんでも飢餓線・欠食。 日本には天皇陛下がおわします。政策や金融なんておまけみたいなもん。 努力なんていりません。 なぜかというと日本には天皇陛下というものがいらっしゃるから。 わかるね?
129 : ねえ、バークの話題は?
130 : >>129 バークはチョン、反日、共産党、日教組 賞賛するヤツはスパイ。 おしまい
131 : >>129 >1が結局口ばっかりのやる気なしだったから、もうバークの話はでてきません
132 : 128の歌詞は何の曲のメロディーにあわせて歌うの?
133 : ?まちぼうけ
134 : >>129 2ちゃんで、政治思想を取り扱うなど、所詮無理な相談なんだな。
135 : あーあ、元も子もないこと言っちゃった。。
136 : 個人個人に有る普通、其れが理解出来ない境界障害。(笑
137 : そのとおりだな 立志尚特異 俗流與議難 不思身後業 且偸目前安 百年一瞬耳 君子勿素餐 笑
138 : イギリスの帝国主義はきれいな帝国主義 日本の帝国主義はきたない帝国主義 イギリスの歴史修正主義は正統な修正 日本の歴史修正主義は汚れた右翼の正当化 女王陛下への忠誠はきれいな忠誠 天皇陛下への忠誠はファシズム イギリスの投資家は市場を活性化するきれいな投資 日本の投資家は文化侵略による不公平な投資 イギリスの言葉は世界で普遍的に通用する英語 日本の言葉は意味の分からない複雑怪奇なジャップ語 イギリス人のアイルランド人差別ジョークはユーモアの証 日本人の朝鮮人差別用語はレイシズム イギリス人がタイで裸のと遊ぶのはただの観光 日本人の買春は闇の子供たち イギリスの植民地支配は文明をもたらしたきれいな支配 日本の植民地支配は文明を破壊したきたない支配 イギリス兵のための宿はきれいな合法サロン 日本の慰安婦は性奴隷 イギリスの戦争は民主主義と平和のための闘い 日本の戦争は侵略と破壊のための闘い
139 : >>137 支那語で何か書いてるな。たぶん共産党員だろう。
140 : 尊皇派の言葉だろ 笑
141 : 労働党(本部:横浜市鶴見区)チャット大会 平成21年2月21日(土)・22日(日)21時〜 下記URL(党公式HP)のチャットルーム(誰でも参加できます!) テーマ「現代日本人〜個人・家族・職場〜」 皆様のご参加を心からお待ち申し上げております。 ttp://labour.jp/
142 : 自称なので嘘かもしれないが、バーク主義者を標榜する奴が支那を貶すみたいなタイトルで 内容としては支那と共産主義を大絶賛する反日本を著している。 http://www.amazon.co.jp/dp/4166604694 エドマンド・バークというのは極左や反日にとってそういうイコンなんだろう。
143 : >>112 > 生産手段は、個人の創意工夫による改良が必要で、 > そのためには私有が必要じゃない? > 改良の試行錯誤には個人の自由裁量が必要になるし。 そう考えるならむしろ逆だろ? 多くの個人が試行錯誤・改良に参加するためには共有が必要なんだよ。 Linuxみたいに。
144 : バーク本でたね
145 : 気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板 [852]下の「850」番の自文を 補足・説明しておきましょう。 投稿者:副島隆彦投稿日:2008/04/21(Mon) 07:23:02 再度、人類の政治思想の大きな流れを説明する。私、副島隆彦は、これを何十度でもしなければいけない。学問道場に 集まる人の、まだ、大多数が、私がたどり着いて、日本国内に、導入して、世界水準の知識として広めようとしている ことの中身を、まだ、多くの人が素朴にさえ理解していない。だから私は、これから、以下の説明を、何十度でもやる。 もう遠慮などしていられない。 いくら、私の主著をちゃんと読みなさい、と言っても、なかなか、その水準には到達 していない。 さて、それで、まず、ナチュラル・ラー(natural law 自然法、素朴な自然界の掟を守ろうとする思想)派がある。 これを微分(びぶん)して、ナチュラル・ライツ(自然権、natural rights ジョン・ロックやルソー)派が生まれた。 ナチュラル・ラー派と、ナチュラル・ライツ派の思想の対立を知っている、日本人知識人層(政治学者、法学者を 含めて)は、まだ、まだ、今でもほとんどいない。私の本から何とか学んだ、今の30台から下の、これから、 政治学者や政治思想研究者になる者たち、数百人に、私が、外側世界から持ち込んだ、この「世界の思想の流れの 理解の仕方」が、ようやく理解され始めた段階である。 私の本も読まない、40台から上の、日本の知識人相は、 ほとんどは、アホのままである。 私の本をかじり読みして、私と同世代か少し上の、朝日新聞(に書かせてもらう)知識人たち(私は、彼らのこと をよく知っている)は、「副島隆彦は、右翼なのか、自分たちと同じ左翼リベラルなのか、判別できない」などど、 言いあいながら、困惑しているそうだ。自分たちが、日本土人(どじん、原住民)のまじない師階級であり、かつて のお坊様のような存在なのだという自覚がなかなか生まれない。その段階にも到達しない。そういう自己認識さえがない。
146 : スレが変な方向に行ってしばらく止まっていたのか
147 : 2009年に日本は自由主義国ではなくなった。 かつては自由民主党と公明党が与党で日本は「自由主義かつ民主主義国」であったが、 この年の総選挙により政権が交代し、民主党と社会民主党と国民新党が与党となったため、日本は「社会主義かつ民主主義国」に変わったのである。
148 : 648953880508348979569472312+20=648953880508348979569472332 2+1=3 真覚寺保育園 http://www.shinkakuji.com/?20091110&rt46494283928 正色小学校 http://www.syoshiki-e.nagoya-c.ed.jp/index.htm?20091110&rt345893479452 法吉保育所 http://www.m-fukushikai.jp/hokki/?20091110&rt68934982379 平等寺保育園(北緯33度49分12.732秒,東経130度34分6.01秒) http://www.ans.co.jp/n/byoudouji/?20091110&rt3537923792 オリジナル地球 http://www.universe-s.com/img/news/2004/0520_01.jpg 札幌自由の森幼稚園 http://www.hoppou-gakuen.ed.jp/jiyuu/?20091110&rt64823973297 幸福の森幼稚園 http://www.shiawasenomori.com/?20091110&rt368934973279 診断くん(taruo.net) http://taruo.net/e/?20091110&rt644597239279 2ちゃんねる http://www.2ch.net/?20091110&rt45934987459
149 : 問う。自由とは何か? それを知らずにちんたらやっていても、お話にもならない。
150 : エドマンド・バークって朝鮮人だろう たぶん総聯
151 : >>149 それと、「個人」をどう捉えているか、かな。 (「保守個人主義」が「個人」をはなから否定しているなら別だが、「個人」を肯定しているなら) たとえば「個人」は慣習や歴史や伝統と不可分であると言うが(ある面では正しい)、 そして、不可分であるがゆえにその慣習により規定されるのが本当の自由であると言うが それ「だけ」、その面「だけ」が個人なのだろうか?
152 : そして、そもそも「慣習」は誰が作ったのか。誰がいるところで 生まれたのか。 「慣習は、個人+個人+個人+…の集合で作られたのではない、 自生的秩序」と言う。 それが自生的秩序なのは確かだとして、 そこに「先に」個人個人の存在がなくて自生的秩序が生まれ得た だろうか。 あと気になるのが、バーク、ハイエク、中川のラインは 自称ではなく本当に「正統英米系自由主義」なんだろうか。(笑)
153 : >>151 いやしくもわがb國日本は万世一系の君主國であるから 烏合の衆の國家というあしき慣習はなく 畏れ多くも至尊陛下という御神格(すくなくとも示土 會 ではないな。)こそが國の礎である。 絶対の自由、なんらの拘束もない、今も昔も日本國の美点といえよう。
154 : あ
155 : あ、とかは止めて欲しい。いい加減にせいよ!
156 : 主義ってなんなんだよ? お前らに訊く! いい加減なことを言うなよ! それを言えば、お前らは全ていい加減だと判断される!
157 : 決まっとるだろう 主義というのはアカのことだ。反日の非國民。
158 : 157>> お前、何時の時代に奴だ? バカ!
159 : 日本國は万世一系、浮草のごとき「時代の流行」などとは無縁 主義はアカ、皇統に敵する非國民・売國奴
160 : 異体字使うヤツは国賊認定。
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