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2012年4月なりきりネタ354: 【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ陸】 (159) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ陸】


1 :11/11/19 〜 最終レス :12/04/21
ここは【二つ名】を持つ異能者達が普通の人間にはない【第三の眼】を使って
架空の現代日本を舞台に異能力バトルを展開する邪気眼系TRPスレッドです。
登場キャラクターの詳細、各用語、過去ログのミラーは【まとめwiki】に載っております。
*基本ルール
[壱]参加者には【sage】進行、【トリップ】を推奨しております。
[弐]版権キャラは受け付けておりません。オリジナルでお願いします。
[参]参加される方は【テンプレ】を記入し【避難所】に投下して下さい。
[肆]参加者は絡んでる相手の書き込みから【三日以内】に書き込むのが原則となっております。
   不足な事態が発生しそれが不可能である場合はまずその旨を【避難所】に報告されるようお願いします。
   報告もなく【四日以上書き込みが無い場合】は居なくなったと見なされますのでご注意下さい。
*参加者用テンプレ
名前:
性別:
年齢:
身長:
体重:
職業:
容姿:
眼名:○○眼
能力:
人物紹介:

2 :
*まとめwiki
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達@wiki
ttp://www35.atwiki.jp/futatsuna/pages/1.html
*避難所
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達 避難所【其ノ壱】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/42940/1313253193/
*過去スレ
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1274429668/
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ弐】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1286457000/
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ参】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1292605028/
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ肆】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1294751568/
【邪気眼】二つ名を持つ異能者達【其ノ伍】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1311515589/

3 :
>>196
「このままでは良くて均衡、悪くてジリ貧ですね。エリ、お嬢様から許可も頂いていることですし、アレ、使いましょう」
「うーん、そうですねぇ……。模擬戦とは言えあっさり負けてしまってはお嬢様に申し訳ないです。 ここは一つ、抵抗してみますか!」
メイとエリが手袋を外す。そこには邪気眼。獅子堂が予想していた通りだった。
(ようやく本当に本気になってくれたか…俺も試させてもらうぜ…『闇照眼』の真価を)
右手のリボルバー弾倉部から青白い手のオーラが獅子堂の体へと吸収されていく。そして光の揺らめきが足元から溢れ始めた。
「さて、まずは私からいきましょう」
メイが深く呼吸し目を閉じる。するとその体が微かに金色の光を帯び始める。
「『強身眼』──この力をお見せるすのはお嬢様以外では貴方が初めてです」
(…身体能力の強化…感覚鋭敏化、神経伝達の高速化…格闘者にとっては垂涎ものの能力だな)
一瞬でメイの能力を見抜く。いや、感じ取ったと言うべきだろうか。
「じゃあ、次は私ですね!と言っても私はメイみたいに目に見えて分かるわけじゃないんですけど……」
直後、銃声。エリの拳銃から模擬弾が放たれた。幻視から弾道を読み取り、最小限の動きでかわす獅子堂だったが―――
「──!?」
背中に痛みが走る。振り向けば床には模擬弾が転がっている。これが命中したのは明らかだ。
「『歪曲眼』──それが私の能力です。効果のほどは身をもって分かりましたよね?」
(…手から放った物体の軌道を文字通り歪曲させる……何故だ? 何故解るんだ? 『闇照』を発動したわけでもないのに…)
そう、『闇照眼』の能力―――見えざるモノを見通す力―――それは視覚に限ったものなどではない。
この世の全てを理解し、捉える力。それ故に岡崎は『闇照眼』を“至高の眼”と呼んだのだ。
(まあいい、存分に使わせてもらうぞ―――この力!)
「では始めましょう。エリ、サポートは頼みましたよ」
「まっかせて下さい!バッチリサポートしますよ!」
「参ります。──『瞬』」
今の獅子堂の心の中に風はない。精神の水面は限りなく澄み渡り細波ひとつ立ってはいない。
その水面に投じられた一石。それは微かな金色の光を帯びて―――次の瞬間、意識が背後へと向かう。
パァン、と弾ける様な音が部屋に響く。一瞬で獅子堂の背後へ回り込んだメイが放った回し蹴り。それを右肘で受け止める。
肘を足先から脛、太ももへと滑らせながら右手に力を込めつつ、メイの懐へと飛び込む。
獅子堂の拳が唸り、メイの胸の中心へと一撃を繰り出すが、獣じみた躍動と体の捻りでメイはこれを回避。
といっても完全に回避したわけではない。メイド服の右脇腹の部分の布が威力の余波で裂ける。
メイはその攻防の間に獅子堂の右腕を掴み、風車の様に横方向へと回転させて投げ飛ばそうと試みる。
だが、それも読みの内だった。獅子堂はその動きを感じ取ると、それに逆らわず自ら投げ飛ばされる方向へと跳び、空中で一回転。
その際に翻らせたコートの裾で、エリのアサルトライフルの弾丸を叩き落とした。
そして足から着地するとメイの両手を強打、束縛が緩んだところで脇腹へ蹴撃。メイを“踏み台”として利用し、空中を跳躍。
「…!」
それを待っていたとばかりにエリの銃弾が四方八方から襲い来る。
「笑止! 『奇術王の流星』!!」
掛け声とともに青く輝く弾丸が4発放たれ、変幻自在に飛び交い、ゴム製の弾丸を叩き落とす。
着地した獅子堂はフッと笑って言い放つ。
「…お前ら2人では俺に勝てん…メイ、体術だけなら君は俺より上だがな…本物の死線を潜り抜けた“経験”が圧倒的に違うんだよ」
そろそろお開きにしよう、そう言ったつもりの獅子堂だったが、生来の口の悪さが災いした。
当の本人以外からすれば、これは紛れもない挑発としか取れない物言い。ムっとした表情でエリとメイは更に攻撃を加速し始めた。
(…何が不味かった? もう止めようと言ったつもりが2人揃ってヒートアップ…)
結局、御影が止めに入るまで獅子堂は更に30分戦い続ける羽目になるのだった。
【獅子堂 弥陸:準備運動を終わらせようとするが口の悪さが災いし、更に戦いが過熱する】

4 :
>>3
「──!!」
メイの放った回し蹴りは獅子堂の右肘で防がれた。
そのまま反撃に出た獅子堂のパンチを強化された身体能力でかわす。
直接体には当たらなかったが、衝撃波のようなものでメイド服が少し破れる。
だがメイはそんなことは全く気にせずに獅子堂の懐に入り込み、空振りした右腕を掴む。
そのまま回転させ、壁まで投げ飛ばそうと言う狙いだった。
しかし獅子堂はこれも読んでいたのか、自ら飛ばされる方向へ跳んだ。
ついでのようにコートの裾で弾丸も叩き落し、回転して着地する。
着地の際にメイに打撃を与え、拘束を解くと、メイを踏み台にし、空中へ跳んだ。
「──!今です!」
そこでエリのアサルトライフルが火を噴く。再び獅子堂の周囲に弾丸が集まった。
「笑止! 『奇術王の流星』!!」
獅子堂は声と共に四発の弾丸を放ち、その弾丸は変幻自在の軌道でエリの弾丸を叩き落していった。
「…お前ら2人では俺に勝てん…メイ、体術だけなら君は俺より上だがな…本物の死線を潜り抜けた“経験”が圧倒的に違うんだよ」
着地と共にこちらを馬鹿にするような笑み──二人にはそう見えた──を浮かべ、獅子堂は言った。
「「……」」
その言葉を聞いた瞬間、二人の雰囲気が変化した。
「死線、経験……ですか。本当にあなたの言うことが正しいのでしょうか?」
「"圧倒的に違う?"私達の過去を知らないくせによく言えたものですねぇ」
二人の表情が変わった。
今まで明るい表情でニコニコしながら闘っていたエリは無表情に。
無表情だったメイは、その顔に若干の怒りを──篠とエリぐらいしか分からないが──表していた。
「今まではお嬢様のお客様、と言うことでお怪我をさせないよう闘っていましたが──」
「──ここまで言われちゃったら、そんなもん考えなくてもいいですよね?」
ここで、二人の体から今までは感じられなかった強烈な気が放たれる。
「……一段階上げます」
「大丈夫なの?メイ」
「あの時とは違う……今は、大丈夫」
そう言って再び獅子堂に向かって、先程よりも更に速い速度で動き出した。
「メイがそう言うなら大丈夫だね。んじゃ、いきますか」
エリはアサルトライフルのマガジンを入れ替えた。──ゴム弾ではなく実弾のものに。
そして足元にあったもう一丁のアサルトライフルを拾い、片手に一丁ずつ構えた。
「……はぁ」
あの後一度席を外して闘技場を空けていた篠が戻ってきたときに見たものは、そこらじゅうに穴が開き、ボロボロになった闘技場の姿だった。
「まさかここまでやるとはね。彼に何を言われたのかしら」
呆れながら二人を見る。二人の表情はよく見えなかったが、体中から気を放っていた。
「流石にこれ以上は闘技場そのものが危険だわ。そろそろやめさせないと」
そう言うと、闘っている三人に向かって走って行った。

5 :
エリは左手で手榴弾を取り出し、口でピンを抜いて投げる。この間にもアサルトライフルの銃撃は止めない。
メイも手榴弾が飛んできているのを知りながら、獅子堂から離れずにインファイトを仕掛ける。
そこへ手榴弾に気付いた獅子堂が打ち落とそうと銃弾を放つ。その銃弾が届く寸前──
「そこまで!」
篠が割って入り、右手で手榴弾を粉々に破壊、左手で獅子堂の弾丸を粉砕した。
「やりすぎよ、貴女達。修理は私の能力で出来るからいいけど、もしそうじゃなかったら貴女達の給料から引かせてもらうところよ」
三人の顔をじろりと見回し、不機嫌そうな顔で言う篠。そして二人のメイドに向かって告げる。
「メイ、確かに能力の使用は許可したけど、あくまでも一段階目だけだったわよね?
 それからエリ?誰が実弾やら手榴弾を使っていいって言ったのかしら?」
笑顔のまま告げる篠。しかしその瞳は笑っていなかった。
「す、すみませんお嬢様!言いつけを破ってしまって……」
「申し訳ございません、お嬢様」
もの凄い勢いで頭を下げるエリ。メイも深々と頭を下げた。
「ま、いいわ。どちらも怪我はしてないみたいだし」
クルリと獅子堂に向き直り、今度は呆れ顔で告げる。
「獅子堂君も、二人に何を言ったのか知らないけど、あまり挑発しないでくれる?
 この子達にもプライドってものがあるの。下手に暴れられて家まで壊れたらあなたの責任よ?」
獅子堂は罰の悪そうな顔をして謝罪してきた。しかしその顔には若干の疑問も見て取れる。
(ま、大方本人にその気がなくてもこの子達にとっては挑発と取れる言葉だった、ってところね。はぁ……)
心の中で溜息をついた篠は、闘技場の修繕に取り掛かった。
「さ、肩慣らしには十分過ぎるほど闘ったでしょう?」
修繕を終えて喋りだす篠。その言葉には皮肉がたっぷり込められていた。
「まぁ、過ぎたことはもういいわ。それよりさっき報告が来たの。
 元ISS副会長、秋雨 流辿が現ISSに宣戦布告を通達してきたわ」
その言葉を聞いて獅子堂の顔色が僅かに変わる。
「救援に行きたいところだけど、私達はエンジェルの方を潰さなければならない。
 そこで救援にはメイとエリ、貴女達に行ってもらいたいの。"彼女達"も呼んでおいたから」
今度は二人の表情が驚きに変わる。
「彼女達を、ですか……。それほどの事態なのですね?」
「ええ。あの子達を呼んでおいて損はないわ。じゃ、二人ともお願いね」
「「はい、お嬢様」」
返事をすると、二人は闘技場を後にした。
「あなたもシャワーでも浴びてきなさいな。汗かいたでしょ?
 こっちも準備が整ったら出発するから」
残った獅子堂にそう告げると、篠も闘技場を後にした。
【御影 篠:戦闘を強制終了させ、三人に秋雨 流辿のことを告げる
       エンジェルの本拠地に向かうための準備開始
 エリ&メイ:戦闘終了。街へ向かうための準備に取り掛かる】

6 :
>>4
響く銃声、唸る拳―――メイとエリが怒りと気を振り撒きながら、本気で獅子堂を潰しに掛かっている。
(…黒羽が俺を逆上させたように、俺も2人をキレさせたって事か。恐らくは過去に触れちゃいけない傷でも持ってるんだな―――俺と同じ様に)
そんな事を考えながらも獅子堂はどこか楽しげに、見る者から見れば邪悪な笑みを浮かべていた。
大きな戦いの前の儀式―――たっぷり食って、たっぷり寝て、たっぷり準備運動を―――その最後の3つ目がようやく実現したからだろう。
『パーフェクト・ジェミニ』がそうであるように、獅子堂もまた人間の暗黒面の力を信奉する人間なのだ。
人の負の感情である怒りを前面に押し出したエリとメイとの戦いは、先程のどの瞬間よりも獅子堂が求めるものに近い。
「!」
メイの鉄拳を避けながら視界の隅に捉えていたエリの姿。何かを投げる仕草をしている。
(…手榴弾まで持ち出すかい)
炸裂する前に迎撃する―――ヒットストッピングパワーに優れた形状の弾丸を造り上げ、撃ち出すが―――
「そこまで!」
割って入ったのは御影。片手で手榴弾を、もう片手で弾丸を“崩壊”させ3人を睨み付ける。
(物質の破壊…これが御影の能力か、思わぬ収穫になったな…)
それからは御影の説教。メイは深々と頭を垂れ、エリは首から上が飛んでいくのではないかという勢いで頭を下げる。
「獅子堂君も、二人に何を言ったのか知らないけど、あまり挑発しないでくれる?  この子達にもプライドってものがあるの。下手に暴れられて家まで壊れたらあなたの責任よ?」
「…悪かったな2人とも」
獅子堂は口では謝罪するが本心からすまなかったとは思っていない。
御影のもう1つの顔―――異能犯罪指揮者『ブラッディ・マリー』―――に仕える人間への一種の侮蔑の感情を抱いているがためだ。
「まぁ、過ぎたことはもういいわ。それよりさっき報告が来たの。 元ISS副会長、秋雨 流辿が現ISSに宣戦布告を通達してきたわ」
(…蓮子さんから聞いた件か。恐らくスイーパーの大多数が動く…いや、副会長がアレだからな…下手すると…)
「救援に行きたいところだけど、私達はエンジェルの方を潰さなければならない。 そこで救援にはメイとエリ、貴女達に行ってもらいたいの。"彼女達"も呼んでおいたから」
メイとエリの表情を変えたのは“彼女達”という単語。恐らくは御影の私兵なのだろう、それも特別に優秀な。
皮肉なものだと獅子堂は溜息をつく。本来頼りにするはずのISSが信頼に足るものではないと結論付けて、犯罪者の顔を露わにした一個人の私兵に頼っているのだから。
「あなたもシャワーでも浴びてきなさいな。汗かいたでしょ?  こっちも準備が整ったら出発するから」
その言葉を聞いて獅子堂は昨夜通された部屋へと戻っていった。
そして30分後―――汗を洗い流し、戦闘服に身を包み、獅子堂は屋敷の玄関にあたるホールに立っていた。
(先程あれだけの邪気眼エネルギーを消費したのに…既に回復しきっている…集約した力、高まった『闇照眼』の能力、最新装備…ベストコンディションだ)
獅子堂を待っていたのだろう、御影は壁にもたれかかって腕を組んでいた。
「…御影、俺は今からお前の指揮下に入ろう。ただし、言っておくことがある―――」
御影の顔に怪訝そうな色が浮かぶ。
「―――間違っても俺の前で『ブラッディ・マリー』の顔を見せない事だ。場合によっては『エンジェル』諸共掃除するぞ」
2人の間に幾ばくかの緊張を孕んだ視線が交錯する。だがそれも数秒、ふっと笑って獅子堂は玄関のドアに手を掛ける。
「じゃ、行こうか」
【獅子堂 弥陸:出撃準備完了。これより御影の指揮下に入る】

7 :
中央区から北区に入って何分、いや、何十分が経っただろうか。
黒羽は、やっとのことでツタの館を視界におさめる地点まで辿り着いていた。
「あれが婆さんの言ってた西洋館か」
高さ数十メートルあろうかという、一本杉のてっぺんから数百メートル先の館を見据える黒羽の横を、
翼を広げた大きな鴉たちがけたたましい声をあげて飛び去っていく。
それはまるで、館に近付こうとする黒羽を、威嚇しているかのようだった。
「なるほど……邪教の本拠地らしい、薄気味悪い館だ」
黒羽は自分の腕に視線を落とした。手首に巻かれた腕時計が、10時30分を刻んでいる。
時計が狂っていないとすれば、家を出てから調度一時間が経過したことになる。
確かに、彼の自宅からここまでは、数キロの距離があった。
しかも途中からは獣道すらない鬱蒼とした山中だったこと考えれば、よく一時間で辿り着けたと言っていいだろう。
しかし、それはあくまで一般論である。
黒羽の人間離れしたスタミナと俊足を以ってすれば、本来ならば二十分とかからずに辿り着ける距離なのだ。
「それにしても……」
黒羽は首だけを背後に向け、彼方に広がる市内の街並みをジッと見下ろした。
道中で感じた違和感──それを今また反芻するために。
──多くの人間が住まう都内では、必然的にスイーパーの数も地方よりは多くなる。
だから一時間も外出すれば、その間にスイーパーの気配の一つや二つを感じる、ということは別に珍しくない。
しかし今日、ここに辿り着くまでの道中で黒羽が感じた気配は、十や二十を軽く超えていた。
異能犯罪者である黒羽にとって最も避けたいことは、スイーパーとの不用意な接触である。
もっとも普段であれば、異能の気配をして目の前を平然と素通りすることもできるのだが、
今日感じた気配に限っては、どれもこれもまるで得物を見つけ出すかのように異様に気立っていた為に、
例え目的地まで遠回りになろうとも、黒羽は安全策をとって接近を回避せざるを得なかった。
前方から来るのを感じれば、進路を変えて迂回する……一時間もの時間をかけたのはそれが理由であった。
(街で感じたあの異様なまでの数の異能者の気配。間違いなく街中のスイーパーが動き出している。
 ……何故だ? 二神や獅子堂の口からエンジェルの正体が明らかとなり、ISSが本格的に殲滅に乗り出したのか……?
 いや、それにしてはスイーパー達がここに向かう様子は一向にない。ただ、街の中をうろついているだけだ。
 まるで何かを警戒しているような……それもエンジェルなどではない、もっと悪名高い何かを……)
ビュウ。ガサガサガサ。
突風が吹き、木々が一斉に激しい音を奏でた。黒羽の長髪も風に乗って盛大にはためく。
(……いずれにせよ、俺には俺の目的がある。今は気にすることもない、か)
再び視線を館へと向けて、黒羽はふぅと息を吐いた。
そして直後に枝を蹴って、数メートル先の枝へと飛び移って行った。
「さて、これから出てくるのは鬼か蛇か……いや、天使か悪魔か……果たしてどっちだろうな」
【黒羽 影葉:南の方角からツタの館(南館)へ接近する。現時刻:AM10:30】

8 :
真っ暗な視界の中で一筋の光が差した。
まぶたを刺激するその光をきっかけに意識が次第に覚醒していく。
「ん、あれ。あさ……?」
仰向けの状態から身を起こそうとすると、自分が布団の中で眠っていたことに気付いた。
寝ぼけた目を擦りつつ、辺りを見渡して状況を確認しようとする。
ここはどうやら和室のようだ。唯一の光源である朝日は障子の隙間から漏れているようで、六畳ほどのこの部屋は薄暗かった。
私は畳に敷かれたふかふかの布団の中から抜け出すと、自分の服装が浴衣(?)のような格好であることを確認する。
ここはどこだろうか。自分の記憶を昨夜から少しずつ辿っていく。
確かエンジェルとの一戦の後、たまたま再会した応龍会の人達に車に乗せてもらって、それで――
「おう、嬢ちゃん目覚めたかい。突然、倒れるからこっちも驚いたもんだ」
襖を開けて、和装の男性が入室してきた。
短い髪をオールバックにした初老の男だが、その真っ黒な髪と顔からは若々しい覇気と生気を感じる。
「えっと、あの、もしかして応龍会の組長さんですか」
「あぁ、その通りだ。俺の名は龍神 吼一郎という。嬢ちゃんは昨日の晩にウチに来た時に突然倒れちまってな。
 まぁ、その辺のことはおいおい話すとして着替えて広間に来な。“これ”についても聞きたいしな」
龍神さんが着物の袖から取り出した“ソレ”は、見間違えるはずもない。父さんのスイーパーライセンスであった。
「そ、それ返してください! 私の大事なものなんです」
「安心しな、幼気な少女の持ち物を取り上げたりなんてしねえさ」
それだけ言い残して龍神さんは恐らく広間へと歩いて行った。
取り上げはしない。でも、返してほしければあれについて話を聞かせろってことなのかな。
それならば、丁度いい。
私もあの人に父さんのことを聞くためにここに来たんだ。
綺麗にクリーニングされたワンピース(裾も補修されていた)を拾い上げ、身支度を整え始めた。

部屋を出たらそこには黒服の使用人が立っており、その人に案内され広間に到着する。
さっき居た部屋の何倍もの大きさの部屋に入ると、そこにはテーブルの上に和食が二人分用意されていた。
龍神さんはテーブルの上座のほうで座布団の上であぐらをかく姿勢で私を待っていた。
そこで私は警戒しつつも言われるがまま、その朝食を頂いた。
朝食をとりながら、私は昨日のエンジェルとの一件についての質問に答えたり、
私の着替えや衣服の洗濯は女性の使用人が行ったから安心しろなどといった話を聞かされた。
「さて、ここからが俺としちゃ本題だ」
食後の茶を一口すすり、彼は話を切り出した。
袖から取り出したライセンスはテーブル上を滑って、私の所へ返ってきた。
「そいつをどこで手に入れた。いや、まずそのライセンスの持ち主については知っているのか」
直球の質問に私は少し戸惑う。
秋雨凛音と秋雨流辿の親子関係。それは私が思っているほど重要なようだ。
でも、ここで立ち止まっても意味がない。私は正直に告げた。
「持ち主の秋雨流辿がどんな人間なのかは知りません。私は二年前から記憶喪失で、父親を探すためにこの街に来ました。
 それは私の父親を示す数少ない手掛かり。そこに書かれている名は私の父さんです。秋雨凛音の父親なんです」
私の発言に龍神さんは驚いたようだが、それはどうやら私の発言の前半部分についてのようだ。
「記憶喪失、だと。嬢ちゃんがあの凛音嬢だったのは薄々感づいていたが、記憶喪失とはな」
「え、それってどういう――」
「覚えていない、か。いや、もし記憶喪失で無くとも覚えちゃあいないな。なにしろ凛音嬢がまだこんなに小さいころだったからな」
龍神さんは赤ん坊を抱くようなジェスチャーを片手で示して、懐かしむような光を瞳に宿していた。
「ちょ、ちょっと待ってください。もう少し分かりやすく言ってください」
「じゃあ単刀直入に言ってやる。凛音嬢の父、秋雨流辿は八年前までISSで研究部門の第一人者であり協会を纏める副会長だった。
 そして――」
少しの間を開けて、私は理解不能の宣告を受けることになる。
「今は第一級の指名手配犯であり、昨夜は犯行予告をISSに突き付けた異能犯罪者だ」
ドクン、と私の中で何かが鼓動する。
それが自分の心臓の音だと認識することも出来ぬほど、頭の中は真っ白に染まっていた。
【秋雨凛音:応龍会の邸宅にて龍神 吼一郎から父親の正体を聞かされる】

9 :
>>6
闘技場を後にした篠は、自室へは向かわずに庭に出た。
立ち尽くし目を閉じる。まるで何かを待っているようだった。
待つこと数分──遠くの空から爆音が聞こえたかと思うと、ものの数秒でその音は屋敷の上空に辿り着いた。
「──来たわね」
閉じていた瞼を開け、空を仰ぎ見る。そこには一機のジェット機が滞空しており今まさにハッチが開こうとしていた。
開かれたハッチから人影が飛び出す。その数は六。それぞれが地面に向かって落下してくる。
ダンッ、という着地音が六回聞こえた後、人影はゆっくりと立ち上がった。
少女と女性が入り混じった六人の部隊。年齢はバラバラだが、皆一様に視線は鋭かった。
「ただ今到着致しました、お嬢様」
六人の中から長身で眼帯をつけた女性が前に進み出て、篠に告げる。
「ご苦労様、アイリーン。急に呼び出してすまなかったわね。
 貴女達がたまたま日本に来てるっていうことを思い出したものだから」
「いえ、労いには及びません。我々はお嬢様の命とあらば何処へでも行きます。
 それで、今回はどのようなご用件で?我々を呼ばれたと言うことは、あの二人では対処が難しい案件でも?」
「理解が早くて助かるわ。この度厨弐市でISSと犯罪組織による大規模な戦闘が起こる。
 貴女達にはISSの救援、及び一般市民の避難・誘導に当たってもらいたいの。
 それと……もし全身血だらけで闘ってる少年と巨大な蛇を出す少女を見かけたら、出来るだけ連携して頂戴」
「血だらけの少年と蛇を出す少女、ですか。分かりました。探せる範囲で探してみましょう」
アイリーンと呼ばれた女性が軽く頷いて後ろにいる五人に目配せする。五人も同様に頷いた。
「ああ、後ついででいいからこの男も見かけたら助けてやって。これでも一応今のところはISSの代表だから」
懐から一枚の写真を取り出し、面倒臭そうに告げる篠。写真には九鬼が写っていた。
「了解しました。先程の人物と並行して探します」
「お願いね。じゃあ早速だけど出発して頂戴。恐らく昼には闘いが始まるわ。
 それと、さっき言い忘れたけど最優先事項は──」
「市民の安全確保、ですね?」
「愚問だったわね。じゃ、任せたわ」
「はっ!では行ってまいります!」
そういうとアイリーンを筆頭に六人は再びジェット機に乗り込み、爆音を残して去っていった。
篠は一旦自室に戻り、軽く着替えなどをして玄関に戻った。獅子堂はまだ来ていないようだ。
腕を組んで壁に寄りかかり、目を閉じる。
(私達の他に来るのは恐らく黒羽君と秘社君だけかしらね。
 閃莉は連絡がつかないし、二神君は本部に戻ったみたいだからそっちを手伝うはず。
 あの女の子はそもそも一般人。何故あの場所にいたのかも分からないくらいだわ)
──数分後、階段から足音が聞こえたので目を開ける。やってきたのは獅子堂だ。後ろにはメイとエリもいた。
「…御影、俺は今からお前の指揮下に入ろう。ただし、言っておくことがある―――」
階下に着くなり獅子堂が口を開いた。その言葉に対し篠は怪訝そうな表情を浮かべた。
だがそれは後に続く言葉を気にしてではなく、その前の言葉に対してだった。
(私の指揮下に入る、ですって?彼の性格を考えれば一人で行動する方が合っているはず。──何を考えているのかしら)
しかしその疑問は、図らずも次の言葉で解消された。
「―――間違っても俺の前で『ブラッディ・マリー』の顔を見せない事だ。場合によっては『エンジェル』諸共掃除するぞ」
(あー、そういうこと。要するに私の監視も含めて一緒に行動するってわけね)
「あら、恐いわねぇ。ま、精々足を引っ張らないように頑張るわ。
 じゃ、二人とも。準備が出来たらそっちも出発してね」
笑いながら獅子堂にそう返し、メイとエリに告げて玄関を出た。
三十分後──篠達はツタに覆われた館を樹上から見下ろしていた。
「あれが『ツタの館』と呼ばれている屋敷よ。見て分かるとおりそれなりに大きいわ。
 いくつか建物が分かれてるみたいだから、とりあえず手近なところから侵入しましょう」
隣にいる獅子堂に合図し、眼下に広がるジャングルのような庭の中へと降りていった。
「さ、敵さんはどう歓迎してくれるのかしら?」
【御影 篠:北西の方角からツタの館の敷地に侵入。時刻はAM10:45】

10 :
>>9
「あれが『ツタの館』と呼ばれている屋敷よ。見て分かるとおりそれなりに大きいわ。
 いくつか建物が分かれてるみたいだから、とりあえず手近なところから侵入しましょう」
御影が指し示したのは名前通り無数のツタに覆われた古めかしい洋館。所有者の手を離れ、
物好きな人間も訪れなくなった館。
怪しいカルトの根城に相応しい、と獅子堂も妙に納得した様子で建物を見ている。
大木の枝の上に2人は立っていたが、隣にいた御影は既に館の庭へと下り立っていた。
だが、獅子堂はまだ動かない。気配を消したまま『闇照』を発動して館の内外の様子を見抜こうとしている。
(…内部の人数は把握不可能…何か大きな力で覆われている…まるでこの世の物ではない異様な雰囲気…そして―――)
鋭い視線で外壁の数か所を見やる。
(―――屋敷の外壁…十数か所から破壊のエネルギーを感じる。規模にもよるが迂闊に内部に侵入するのは好ましくないな、巻き込まれかねない)
「少々派手にご挨拶と行こうかね」
小声でぼやくと獅子堂は両手に握る拳銃のトリガーを狂ったように引きまくる。
銃声はコンマ数秒も絶えない。まるでガトリング砲を思わせる速射、連射だ。
銃弾は青白く発光しながら獅子堂の体から2メートルほどの宙を球状に旋回し始める。
10秒後、獅子堂は青白い弾丸の輝きに包まれた。さながらバリアを張っているかのようだ。
「御影! 屋敷には入るんじゃないぞ、一先ずは挨拶だ!―――『奇術王の流星』!」
その言葉と共に無数の弾丸が、ツタの館の窓という窓全てに向かい飛び込んでいく。
屋敷中からガラスが割れる音が響き渡る。そして中にいる『エンジェル』達の驚愕と喧騒を獅子堂は感じ取っていた。
「…『惑星』は約40発…阿呆が飛び出てきたら“鴨撃ち”だな…さて、どう出る『エンジェル』?」
【獅子堂 弥陸:屋敷の窓全てを破壊。撹乱を兼ねて様子をうかがう。『惑星』で武装中】

11 :
>>9>>10
「た、大変です! 北西方向から何者かが館に向かって発砲を!」
「いちいちうるさいわよ、まったく。こんだけ派手にやってくれれば言われなくてもわかるわ」
騒々しく入ってきた男を一睨みして、二条院 明は玉座に座る天使を窺った。
だが、既に天使はそこにはおらず、その後ろに聳える無数の“樹木”の前へと場所を移していた。
「やれやれ、この樹の実も、まだ熟れていないというのに。やはり、全てが予定通りとはいきませんか」
「ですが」
カツンと杖を鳴らして、居並ぶ信者達の列から一歩、歩み出たのは、
真っ白な眉毛とヒゲをぼうぼうに伸ばしきった、しわくちゃの老人であった。
「スイーパーに嗅ぎ付けられることは予想しておったこと。既に準備は整っておりまする。
 北西の敷地には“地雷”を敷設して置きました故、これ以上は近付いてこれませぬ。どうかご安心を」
「地雷……やはりアレを使ったのか……」
渋い表情で顔を背ける明に、老人はすかさず口角を上げて返した。
「不満かの? ほっほっほ、そなたもまだまだ青いのう。正義を貫く為には犠牲も必要なのじゃよ」
「……しかし『暗道(あんどう)』、恐らくここを嗅ぎ付けた連中は餓鬼野や月影を始末した奴らだ。
 地雷だけで勝った気になるのは……少し甘いんじゃないのか?」
「確かに……そうかもしれませんねぇ」
と、二人のやり取りに口を差し挟んだのは天使だった。
「『廃天使』だけではいささか心もとない。明さん、ひとつ貴女がお相手して差し上げなさい」
「はっ……。仰せのままに」
淡々とした表情で跪づく明。だが、その表情が一転して険しくなったのは、天使が言葉を続けた直後だった。
「──それと茜さん、貴女も行っておあげなさい」
返事もせずただコクリと頷く茜。「なっ!?」と、思わず明は驚愕の声を漏らした。
「な、何故です! 侵入者など私一人で充分! 何故茜を!」
「念には念を、ですよ。それに……茜さんを一人にさせても宜しいんですか?
 常に行動を共にさせて欲しいと、私に言ったのは明さん、貴女ではありませんか?」
「で、ですが……」
なおも喰らいつこうとする明に、天使はいつの間にか手にしていた丸い物体を無造作に投げ渡した。
それは見るからに毒毒しい、気色の悪い色と模様を持つ一つのリンゴであった。
「一つだけ熟れた実がありましてね。それは貴女に渡しておきましょう。
 ……明さん、貴女が勝てば彼女は闘わせなくて済む、それだけの話じゃありませんか?」
「……」
「さ、お行きなさい。我等の大望の為に」
「……了解、いたしました」
一礼を済ませた後、明はくるりと踵を返して大聖堂を後にした。
背後に二条院 茜を──自らの姉を連れて。
「──暗道、貴方もそろそろお行きなさい」
続く天使の言葉に、閉じきった目を大きく見開いた暗道は、やがて「ほっほっほ」と肩を揺らした。
「流石は天使長閣下、既にお気付きでしたか」
「えぇ、南の正門から堂々と……気配をしながら近付いて来る気配が一つ。
 貴方はその方の相手をして差し上げなさい。手加減は無用ですよ?」
「はは、仰せのままに。それでは……」
シャッ。
風切音だけを残して、暗道は文字通りその場から姿を消した。
「頼みますよ、皆さん……ククククク」
残された天使は一人、既に勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。

12 :
「キャアアアアアア!」
銃声、そして飛び込んできた弾丸に悲鳴を上げ、真っ先に館外に飛び出してきたのは、
二十人はいるだろう修道服に身を包んだ若い女性たちの一団であった。
「誰か、誰か警察に──ヒッ──!?」
一団の一人が、庭に立つ御影とその後ろにいる獅子堂の姿を認めた瞬間、体を強張らせた。
得体の知れない謎の二人組みの存在。その衝撃は、恐怖という波となって瞬く間に集団に伝播した。
「あ……あぁあああ……」
「お助け下さい、お助け下さい……どうか、どうか……」
「ママー! 怖いよー!」
ガタガタと震え出す者、手を合わせて涙ながらに念仏のようなものを唱える者、
果ては母親の服に必死にしがみつく年端のいかない幼児までもがそこにいた。
その光景は正しく無害な非戦闘員達の姿のそれであった。
あるいはそういうフリをしているのか? これは演技だろうか? などと二人は思うかもしれない。
しかし、事実として彼女らの手には、戦闘員を意味する邪気眼は一つも見受けられないのである。
「命だけは……ああぁ……い、命だけはどうか……!」
一団の先頭にいた女性が震え、涙を流しながら必死に命乞いをする。
それに心を揺さぶられたのか、それとも末端の信者に過ぎぬ、と察し、単に興味を失ったのか、
二人は彼女を攻撃することなくその横を通り過ぎようとした。
しかし、その時──
カチリ。
何かの引き金を引いたような金属音が彼女の体内に木霊すると同時──
彼女の瞳は生きた色を瞬く間に失い、まるで人形のような無機質な色へと変貌した。
「命令実行。射程内ノ敵ヲ排除シマス」
機械のような、それでいて明らかなる敵意を含んだ声──。
二人がそれを耳にすると同時、彼女は口を左右に引き裂かんばかりの狂った笑顔を以って、
その全身から凶悪な光を放った──。
それと同じ頃──ツタの館の南に位置する庭では、黒羽 影葉が暗道老人率いる女性の一団に囲まれていた。

13 :
「ようやく敵さんのお出ましか」
黒羽は左右交互に目線を移し、敵の数を把握した。
数は一人、二人……十人ほどだろうか。
不逞な侵入者に対して送り込んだ先遣部隊としては、可もなく不可もなくといった数だろう。
(……? どういうことだ?)
だが、それでも黒羽は違和感を感じていた。
おかしい……一団の遥か後ろでじっと佇む老人以外は、敵は全て老若入り乱れた女性達なのだが、
彼女らの手には邪気眼がないのである。
つまり間違いなく異能者ではないのだが、それにもかかわらず、特に武装している様子もない。
だからこそ違和感がある。侵入者を始末しに来た集団が、一般人と変わらぬ戦闘力しかないという事実に。
「ほっほっほ、どうしたのかな? わしらを倒さんと天使長のもとへは辿り着けんぞ?」
いう暗道に、黒羽は剣のような視線を叩き付け、コキコキと指の関節を鳴らした。
「……暗道とかいったか。何を企んでるか知らんが、邪魔立てするならば容赦なく叩き潰すまで」
「威勢がいいのう。わしも、それが口だけではないことを期待させてもらおう。
 ──さぁ、行け──我が手足、『廃天使(エンジェル・ダスト)』たちよ──」
ババッ!
刹那──数人の女達が一斉に黒羽目掛けて飛びかかった。
だが、遅い。黒羽相手に先手を取ったところで、異能者でなければそれは先手にはなり得ない。
「悪いな──。恨むなら、あんたらのリーダーを恨みな」
黒羽の攻撃は、女達の攻撃が炸裂するより一歩も二歩も、いや三歩以上も早かった。
激しい爆裂音と共に、その体の一部を盛大に吹っ飛ばしながら、女達が空中に弾かれる。
透明爆弾エアプレッシャーノヴァ。
傷能力は低く、それ故に致命傷を与えることは難しいが、それでも相手の力量は一般人レベル。
死にはせずとも全治数ヶ月の重傷コースなのは間違いないだろう。
「しばらく病院で頭を冷やしてくるといい。それがあんたらの為だ」
敢えて傷力抜群のメテオライトボムにしなかったのは、黒羽がしを良しとしないと考えているからでもあったが、
エンジェルから離れ、自分自身を見つめ直すことができれば、彼女らもまた一般社会で生きていけるだろうという、
黒羽なりの思いやりもそこにはあった。
この男、『爆弾魔』という過激な二つ名ほど、案外過激な犯罪者ではないのかもしれない。

14 :
「反吐が出るほど甘いのう。話しにならんわ」
しかし、暗道は吐き捨てた。
(──!!)
黒羽が声にならない声をあげたのはその時だった。
空中に弾かれ虫の息の筈の女達が、平然とした顔で大地に着地し、再度加速をかけてきたのだ。
(バカな! あれだけの傷を負いながらまだ闘えるだけの力があるだと!)
黒羽の掌に、再び数発の圧縮空気弾が生成され、投げ放たれる。
──コンマ数秒経たずに轟く激しい爆裂音。全弾命中。一般人が相手ならばもはや死んでもおかしくはない。
しかし──次に黒羽が見た光景は、またもや驚愕のものだった。
全員生きている──。しかも、中には頭部が抉れているにも拘わらず、まだ突進を続けている者もいる。
(こいつら……誰かに“操作”されてやがるな……! 一体、誰に……そうか……!)
黒羽の目が離れた場所から戦況を見つめる暗道に向けられる。
暗道は、まるで「その通り」といわんばかりに、口角をニィと吊り上げた。
「やっと気がつきおったか。初撃で木端微塵にしておけばよかったものを……」
「悪いなあんたら! 侘びは地獄でキッチリ入れてやるぜ! 消し飛べ、メテオライト──」
紅い光球が空中に出現。
大気中の元素を圧縮して爆発エネルギーを生み出し、それを球状に凝縮した熱爆弾・メテオライトボムである。
しかし、女達の攻撃は、今度は黒羽の攻撃が炸裂するよりも早かった。
「──!?」
視界に白い光が広がっていく。それは女達の全身から放たれた、
メテオライトボムの数倍はあろうかという戮と破壊に満ちた凶悪な爆発の輝きであった。
「確かに廃天使には邪気眼は無い。だが、それは掌に無いだけの話よ。
 こやつらの体内には敵を至近距離で捉えて初めて作動する人工邪気眼『自雷眼』が埋め込まれておるのじゃ。
 わしの邪気眼によって精神も肉体も操作されているこやつらは、見事自爆(命令を遂行する)まで動き続ける。
 組織の為に利用できるものは何でも利用する……粉微塵になるまでなぁ。それがわしらのやり方よ。
 敵に情けをかける甘さがあるお主では、到底天使長のもとへは辿りつけぬわ……ククククク」
巨大な爆音轟く中、暗道は一人、冷酷な笑みを漏らした。
【廃天使×20が御影らの前に現れ、その内一人が二人の至近で自爆する】
【二条院姉妹:御影らのもとへ向かう。廃天使達が敗れてから姿を現す予定】
【闇道老人:黒羽の前に姿を現す】 
【黒羽 影葉:廃天使×4の自爆に巻き込まれる。ダメージ不明】

15 :
「私としたことが遅れてしまったな…」
「そうですね。でも、今からでも間に合うでしょう」
秘社境介と、斎葉巧が斎葉の操縦するステルス戦闘機(斎葉の製作物)に乗り、上空からツタの館に向かっている
前回…即ち、オーラが能力だった世界では、斎葉はオーラに意識を溶け混ませて機械を操作する能力を持っていたが、今回の世界…邪気眼の世界では、『機憑眼』という邪気眼を持っている
機械に自在に取り憑いて、操ることが出来る能力だ
ちなみにこの世界では斎葉も秘境に入っている
「…でも社長。このような森には、この戦闘機では下まで降りることができませんよ?」
斎葉が秘社に言う
「ああ、その点に関しては問題ない。私の能力『社長権眼』は自分自身も召喚できるからな。それで移動すれば問題ない。
君の戦闘機で上空から近づいたのは罠の回避と奇襲の為だ」
「了解です。つまり僕はここで待機ですね?」
「その通りだ。いつでも出撃出来るようにしておくんだよ。
それでは、私はもう行くとしよう」
「行ってらっしゃい」
『社長権眼』により、自身を『ツタの館』の東館入り口付近の木陰に召喚する秘社
(できれば直接中に入りたかったが…私の邪気眼は社員の誰かが一度でも行ったことのある所にしか召喚できないからな。建物の中と外は別の場所扱いだし、仕方あるまい)
と、木陰から東館の様子を伺いつつ、思う秘社
(誰も居ないようだな…よし、忍びこもう)
音を立てない用に、木陰から出て東館の入り口に向かう秘社
【秘社境介:東の方角からツタの館に接近
斎葉巧:自作ステルス戦闘機に乗り、ツタの館上空にて待機中】

16 :
「流辿さん、全ての製造作業は終わりましたよ。あとは試験作業を行えば完成です」
傍に立っていたチェシャ猫の報告を受けて、流辿はホコリ除けのカバーがついたままのソファから身を起こした。
「あぁ、そうか。じゃあ、他の連中を呼んで来い。最後のブリーフィングをする」
目覚めたばかりだからか、不衛生そうな頭を掻きながら端的な説明で同志に指示を出した。
流辿たちの組織――といっても、全員で七人(流辿も含めて)しかいない皆が元スイーパーのグループである。
彼らはこの八年間エンジェルやその他の非正規的な組織との交渉を経て、今日の決起を準備していた。
異能犯罪者集団からそれに準ずる機関、また小国の政府などにも邪気眼や純粋な科学の技術支援を材料にして取引をしてきた。
しかし、さまざまなや機会があっても彼らは正規メンバーを八人以上にすることはなかった。
「呼んで来いって、全員居ますよ?」
その言葉に反応して、三人の男女が家具や柱の影から出てくる。
「……お前らは忍者かっての。ま、そういう演出は俺も好きだが……ん、ローラと高槍が居ねえぞ」
周囲を見渡し、この場には五人しかいないことを確認する。
「おい。まさか、またか?」
「うむ、その通りだ。彼奴(きゃつ)らはまたも無断で飛び出していきおった」
流辿の疑問に答えたのは黒い短髪と顔にX字型の傷を負った長身の男であった。
「恐らく昨日北の山中での戦闘を監視していたロイド殿の報告を聞き、スイーパーがエンジェルの根城を突き止めるのを読んで行動したのだろうな。
 彼奴ら二人とは八年以上もの付き合いだが、この悪癖だけはどうにも度し難いな」
『紫炎を運ぶ死煙』ローラ・アルベルティ。
『銀の魔槍』高槍 一成(たかやり いっせい)。
彼女たち二人はスイーパーだった頃から、“仕事熱心”で有名だった。
「ってことは、今頃はツタの館の前で俺たちの作戦はバックれか。かー、いい根性してるぜ。つうか、椥辻(なぎつじ)お前も簡単に推測出来るんなら止めろ」
「どうします? 支障が出るならロイドさんの力を借りて僕が引っ張って来ますけど」
「いや、別にいいだろ。あいつ等は最初からノリ気じゃなかったし、実質七人中三人いればいつでも作戦は始動出来るからな。
 それにエンジェルも確か昨日の一件で幹部二人がヤラレたんだろ。押し付けだが、天使に借りを売っとくのも悪かない。
 あぁ、でも一つ。通信機でこれだけは言っといてやれ。絶対に――」

「んふふ、『死ぬな』ね。そんなこと言われなくとも重々承知よ。わたし達も戦闘狂(バトルマニア)って訳じゃない、これはただの偵察。だからキリのいいとこで引き上げるわよ」
最後にじゃあねー、猫ちゃんと言って通信機の回線を閉じた。
現在、木の上で潜伏しているその人物はデニムのハーフに赤いジャケット着た女性であった。
生まれ持った褐色の肌と、透き通る銀髪は彼女の引き締まった体と相まって健康的な美しさを放っていた。
「さてさて、あの百戦錬磨の銃王や協会の実質TOPである御影嬢を見に来たつもりだったんだけど、こっちの子も中々面白いわね」
彼女――ローラの青い瞳のさきには学生服の少年とエンジェルの暗道が対峙していた。
「あの暗道の爺さんでも前線に出てくるのか、こりゃ本当にエンジェルは人員不足かな。そして、相手は昨日エンジェルとやりあった、ていう気体の爆弾使いね」
腰のホルスターから慣れた手つきでタバコを取り出し、口に咥えた時点でその動きは止まった。
「おっとっと、わたし今隠れてるんだった。危ない危ないっと。
 そういや、あのバカはどうしてんだろ。無暗に吶喊してなきゃいいけど」
二人共、元スイーパーなため気配を絶つ術自体は心得ている。
だが、ローラが心配していたのは自分以上にどこか抜けた高槍の性格であった。
【ローラ:黒羽、暗道の戦いぶりを遠方より観察】
【高槍:獅子堂、御影の様子を同じく遠方より観察】

17 :
>>10>>12
「御影! 屋敷には入るんじゃないぞ、一先ずは挨拶だ!―――『奇術王の流星』!」
篠が庭に降り立った直後、未だ樹上にいた獅子堂から声がかかる。
十秒ほど引き金を連続で引き続けた獅子堂は、青い弾丸を館の窓へと向かわせた。
「キャアアアアアア!」
弾丸が館内に侵入した直後、中から悲鳴が上がった。
そして悲鳴の主と思われる二十人ほどの修道服を着た女性達が飛び出してきた。
(──!エンジェルの信者ね。見たところ一般人のようだけど)
それでも敵組織の一員であることに変わりはない。篠は警戒しながら素早く集団の手を見る。
(眼は持っていないから見たところ能力者ではなさそうね。武器を隠している様子もない)
向かってくるなら一般人でも叩き伏せようと思っていた篠だが、どうやらその気配はない。
いつの間にか降りてきていた獅子堂も同じ結論に達したのか、彼女達に興味はなさそうだった。
(獅子堂君がクリアリングしてくれたし、もう入っても大丈夫でしょ)
篠は命乞いをしてくる一人を無視して横を通過して建物に向かおうとした。その時──
「命令実行。射程内ノ敵ヲ排除シマス」
カチッ──と言う引き金を引いた時のような音と共に無機質な機械音声が聞こえた。
しかしその内容には明らかな敵意が含まれていた。
「──ッ」
仕掛けられる前に仕留めようと振り向いた篠。しかし相手は篠の予想を上回る行動に出た。
「──え?」
呆けたような篠の声と同時に女性の全身から凄まじい光が放たれる。
次いで轟音。──そう、女性は"自爆"したのだ。
「クッ……!」
至近距離での爆発で吹き飛ばされ、地面を転がりながらも体勢を立て直す。
「爆発!?まさか機械──いえ、あれは間違いなく生身の人間だった。
 人間が爆発したと言うの?そんなこと普通じゃありえないわ」
他の人間が爆発する様子はない。皆先程から怯えているだけだ。
(どういうこと……?最後に聞こえたのは間違いなく人間の声じゃなかった。
 考えられるのは操られていることか体内に何かを埋め込まれていること──)
そこまで考えて、篠はある結論に至った。それは常人からすれば考えられない行為。
(まさか──体内に爆弾を仕込まれていると言うの!?怪しい集団だと思っていたけど、ここまでやるなんて……。
 さっきの音といい、どうやら自分の意思で爆発できるわけではなさそうね。こっちが近付いた時限定、かしら)
そう結論付けた篠は、無視出来ないと判断し、殲滅する方針に切り替えた。
(さっき爆発したのが一人で助かったわね。複数人同時にやられてたら流石に洒落にならなかったでしょうし。それに──)
ステップを踏むような動作で踵で地面をトン、と軽く叩く。
「一回で倒しきれなかったのは失敗だったわね。要は近付かなければいいんでしょ?
 ならこれで事足りるわ。──ブレイク」
次の瞬間、篠を原点として地面に亀裂が走り、修道服の集団に向かっていく。
「亀裂に落としてしまえば一般人程度なら上がって来れないはず──」
しかし篠の思惑は外れる事となる。

18 :
「──!」
怯えるだけの一般人だと思っていた修道女達が、何と亀裂を避けてこちらに突っ込んできたのだ。
突っ込んできた人数は四人。囲まれたら厄介だ。
「これはちょっと予想外、ね」
一度自爆を見ていたためか、慌てることなく後退する。
「イヤ……イヤァァァ……!助けて!死にたくない……!」
「……」
修道女達は助けを求めながらもこちらに接近してくる。その顔には演技とは思えない涙が浮かんでいた。
(どうやら操られてる方も正解だったみたいね。
 自分の意思とは無関係に自爆範囲に飛び込もうとするようインプットされてるみたい)
相手の行動を見て、その状態を把握する。
(なら……可哀想だけど手足を折ってでも動けないようにするしかないわね)
足元に落ちていた小石を数個拾う。そしてそこに自分の髪の毛を数本抜いて巻きつける。
──そう。これは餓鬼野と闘った際、魂換眼の影響下で秘社が使ったやり方。それをこの場で実践したのだ。
「ホント、秘社君のおかげね。感謝してるわ。えーと……『ブレイク・ショット』、っだったかしら?」
小石を二個、指で弾き出す。両の手から放たれたそれは、正確に一人の両足に吸い込まれるように命中した。
同時に骨の折れる不快な音が聞こえる。
「これで一人は動け──何てこと」
行動不能にした一人を視界から外そうとした時、その人物は平然とこちらに向かってきていた。
(両足を折ったのにまだ動けるの!?……いよいよ本格的に人間じゃなくなってきたわね。
 大方操られて痛覚や神経を麻痺させられているんでしょうね……)
残った小石を連続で弾き出す。今度は足ではなく向かってくる全員の腹を狙って。
──今度も全て命中。しかし衝撃で吹き飛んだだけで、結果は先程と同じだった。
修道女達は尚もこちらに向かってくる。中には腹が抉れて内臓がはみ出している者までいる。
(お腹が抉れても駄目、と言うことは下手したら頭を吹き飛ばしても動きそうね……。それなら──)
向かってくる修道女達を面倒臭そうな顔で見つめながら、溜息を一つ。
「──爆発前に粉々にするしかないじゃない」
次の瞬間、篠の姿が消えた。立っていた場所からは爆発音と粉塵が上がっている。
目標が消えたことで一瞬動きが止まる修道女達。その僅かな瞬間に篠は彼女達の懐に入り込んでいた。
「さようなら。恨むならこんな宗教に入信した自分達を恨みなさい」
そして両手広げ、二人の腹に手を添える。同時にカチリ、と言う音も聞こえた。
「遅いわ──『クラッシュ』」
──修道女が爆発した。しかし先程のように閃光は発生しなかった。
代わりに視界を埋めたのは、飛び散る衣服と肉片。四人いたはずの修道女は、その数を半分に減らしていた。
──カチリ。
「命令実行。射程内ノ敵ヲ排除シマス」
しかし吹き飛ばしたのは二人。残りの二人までは間に合わなかった。
再び閃光と轟音。そして爆発の中から一人の人間が飛んでくる。
篠は爆発の衝撃で獅子堂のいるところまで吹き飛ばされた。地面に横たわる姿は、まさしくボロ雑巾と言う言葉が相応しいほどだった。
しかし篠は何事もなかったかのようにムクリと起き上がる。
そして愉快そうにクツクツと笑い、獅子堂に向けてこう言った。
「折角私が体を張ってまで特攻したんだから、ボサっとしてないで手伝ってくれてもいいんじゃない?
 まさかアイツらをしたからって犯罪者、なんて言わないわよねぇ?」
【御影 篠:廃天使四人のうち二人を粉砕するが、残りの二人の自爆に巻き込まれる。
       ダメージ大。戦闘続行は可能】

19 :
>>17 >>18
ツタの館から飛び出してきたのは約20名の女性の一団。その手には先日に目にした人工邪気眼は無い。
そして皆一様に命乞いをし、泣き喚き、状況を理解できず混乱の極みにあった。
だが、獅子堂は油断しない。邪教の本拠地にこのように無様な末端構成員がいることが不自然なのだ。
(…何らかの意図があるはず。本人達も知らぬ間に上級幹部の“駒”になっている可能性がある…)
「命だけは……ああぁ……い、命だけはどうか……!」
獅子堂と御影の最も近くにいた女が絞り出すような声で命を乞う。
その姿を見た獅子堂は身に纏う『惑星』を地面に落下させ、転がしながらその脇を通り過ぎようとした。
そして、距離にして1メートル程だろうか。女との距離が縮まった時に微かに響く金属音。
「命令実行。射程内ノ敵ヲ排除シマス」
直後、爆音が響き渡り、獅子堂は閃光と熱線、爆風に包みこまれた。
「…貴様らの思考は状況を理解出来ない弱者そのもの。だが―――」
爆風で舞い上がった土煙が晴れると、先程地面に転がしたはずの弾丸が蜂の巣状に六角形を形作り、それを起点として光膜が張られている。
魔弾『シールド・フォース』―――獅子堂は無傷で“自爆”を凌いだ。
「―――自らの意思では制御できぬ深層意識に…邪悪なプログラムが植え付けられている」
獅子堂は見抜いた。ここにいる末端信者たちの全てが異能力によって生きた爆弾と化していることに。
それから始まったのはかなり異質な戦闘だった。助けを乞いつつ向かってくる人間爆弾、それを遠距離攻撃で迎え撃つ御影。
加勢しようとする獅子堂だったが、その足を止めたのは背後から感じる視線だった。
(…見られている。それにこの気配…よく知っている。まさか…『銀の魔槍』!?)
―――かつて、獅子堂がスイーパーと成って間もない頃、優れたスイーパーがISSでその二つ名を響かせていた。
『銀の魔槍』―――高槍 一成。急激に成長を始めた獅子堂は『青の魔弾』として高槍に並び、時にタッグを組み、『双魔』として一時期だが並び称された。
そして8年前に彼は副会長と共に姿を消し、『双魔』はいつしか『蒼魔』と字を変えて獅子堂の二つ名と成っていたのだった―――
(何故この時になって…まさか秋雨と『エンジェル』は手を組んでいるのか…?)
追憶と思考。それを遮ったのは爆音と、獅子堂に向かって吹き飛ばされてきた御影の姿だった。
「折角私が体を張ってまで特攻したんだから、ボサっとしてないで手伝ってくれてもいいんじゃない?
 まさかアイツらをしたからって犯罪者、なんて言わないわよねぇ?」
愉快そうな笑いを零しながら獅子堂に応戦を促す御影。獅子堂はそれに応えた。
「…あの連中は、残念だが“された方がいい人間”になってしまったようだ…後は任せろ」

20 :
獅子堂は御影を庇うように歩み出て、哀れな女達を一瞥する。そして静かに言い放った。
「祈る神あらば祈れ。縋る神あらば縋れ。今から俺は…お前達を皆しにする」
響き渡る絶叫。巻き起こる狂乱。全員がツタの館の中へと逃げ込もうとするが、その足は意思に反してじりじりと2人の方へと向かう。
「なんで!? なんで!?」
「助けて…天使様! 天使様!」
「あ、足が勝手に…きゃあああああああ!!!」
その悲鳴より甲高く響いたのは2発の銃声。母に縋りつく幼児の頭部の、鼻から上が爆ぜて血と脳漿を撒き散らす。
「いやあああああああああ!! 昌子! 昌子おおおおお!!」
だが、真におぞましい光景はここから始まった。
死んだはずの幼児が起き上がり、口を下弦の月の様に醜く歪めて御影へ向かって駆け出したのだ。
直後、その体は獅子堂が放った『悪魔の蒼腕』の鉄拳を受けて吹き飛ばされる。
全ての肋骨が砕けて胸を突き破り、四肢を破壊されてなお、“それ”は御影へ向かって這い寄ろうとしている。
その光景を目にして、女達は理解を超えた恐怖に凍り付いた。
「…貴様らはもはや“人間でなくなってしまった”のだ。だが俺は貴様らを人間としてしてやる」
リボルバー弾倉部から無数の『悪魔の蒼腕』が飛び出し、女達を掴み、宙へと持ち上げる。
「いやあ! 助けて…助けてぇ!」
「天使様! お救い下さい! 天使様!」
「黙れ!!」
悲鳴の渦を引き裂くような獅子堂の一喝。その目には激しい怒りが宿っていた。
「貴様らは信じていたのだ! “騙されていたが、信じていた”…それが全て! そしてこのように成って果てた!」
肉塊と化した幼児の躯を指さして、獅子堂は語気を強めて言い放つ。腕のオーラは魔王の手を思わせる巨大な鉤爪を形作る。
「濁流に呑まれた時、何者かが命綱を投げ入れるだろう! だが良く見極めなければならない!
 それは毒の染みた刃を織り込んだ腐った荒縄ではないか? 光を背にして岸辺に立つ人影はどんな顔をしているのか?
 貴様らは誤った! それを信じた! “白い闇”を光と勘違いしたまま―――」
鉤爪が一瞬で信者達の体をバラバラに断裂させた。
「―――それが故のこのサダメだ!」
庭園が血の海になってどれほど経っただろうか。御影が獅子堂の肩に手を置く。
「…行くぞ、『エンジェル』の糞野郎共を叩き潰す」
遠くから背中に感じる視線をあえて無視して、獅子堂は館へと歩を進め始めた。
【獅子堂 弥陸:末端信者全員を害。高槍に気付くが戦いを避けるべく放置】

21 :
>>18>>19>>20
「──誰を叩き潰すって?」
獅子堂らの行く手を、その言葉と共に遮ったのは二条院 明──
と、無言ながら彼女の後をピッタリとくっ付いて来た双子の姉、二条院 茜であった。
「あれだけの女子供を片っ端からしちゃって、案外、スイーパーってのも残酷じゃない?
 ま……自分の残忍さを認めたくないから、わざわざスイーパーなんて肩書きを持って、偉そうにコロシをやってるんでしょうけど?
 あんた達は予想通り廃天使を全滅させてくれたけど、そんな弱々しい精神(こころ)じゃここから先へは通れないわよ」
腰に手をやり、スリット入りのミニスカートをなびかせながら、黒光りするブーツを鳴らして二人の前に堂々と仁王立ち。
若さを前面に押し出したような格好ながらも、その姿にはこれまでの下っ端とは違う、確かな威圧感と風格が漂っていた。
「……」
そして、それより遠く離れた背後から、下腹部の辺りで手を組みながらじっと二人を見据える茜には、
明のような威圧感こそないものの、嵐の前の静けさのような不気味さが漂っていた。
「二人とも私がるわ。茜、手を出さないでね?」
それは正に挑発的な宣戦布告そのものであった。

22 :
「そうか……体内に人工邪気眼(爆弾)も仕掛けてやがったのか……」
庭一面に敷き詰められ、爆発によって粉々に砕け散り山となった岩畳の塊が、不意に盛り上がる。
そして、ガラガラ、とそれらが崩れた時、そこから現れたのは相も変らぬ姿の黒羽であった。
いや……とはいっても無傷ではなく、服は所々焼け焦げ、額には切り傷があり、そこから鮮血が滴っている。
「ほう?」
額の血を拭う黒羽と相対した暗道は、少々オーバーに目を丸くしてみせた。
「こいつは驚いた。あれだけの爆発でも傷は浅手か。タフじゃのう」
「別に……。俺の爆弾で地面を爆破し、巻き上がった土や岩で熱と爆風を削いだだけさ……驚くには値しない」
ペッ、と血の混じった唾を吐き捨てる黒羽。まるで老人のわざとらしいリアクションに不快感を露にするように。
「ほっほっほ、いやいや、流石にスイーパーは機転が利くのう。
 じゃが──いつまでそう上手くかわせられるかの? “地雷”はまだ、六つも生きておるぞ?」
ザザッ──と、生き残った六人の女達が、体を構えて黒羽を囲む。
そしてジリ、ジリとゆっくりと間合いを詰めてくる。生きた光を宿していないロボットのような目は、
近付けば自分達が死ぬということを理解していない、あるいはできないことを如実に語るものだった。
「お前は、人の命さえも……利用できるものは何でも利用すると言ったな?
 ……なら一つ言いことを教えてやるよ。そういう手段を選ばねぇ奴を、人は“浅ましい”と言うのさ」
「ほっほっほ、口だけは達者じゃのう。よかろう、ならば手段を選ばぬ正義の味方の闘い方をじっくりと拝見させてもらおうか!」
──老人の杖が天に向かって高々に掲げられる。そう、彼は「突撃」を命じたのだ。
しかし──女達は動かなかった。ただそれは、彼女達が命令に背いたことを意味するものではなかった。
何故なら彼女達は“動かなかった”のではない、“動けなかった”のだから。
「──どうした! 何をしておる、早く行かんか!」
「わからないのか? たった今、こいつらは“不発弾”になったんだ」
酷く落ち着いた様子の黒羽の声を聞き、老人は唾を飛ばすのを止めて、ジロッとした纏わりつくような視線を送った。
「……何じゃと?」
「老いぼれたその目をよーく凝らしてみろよ」
黒羽が顎をしゃくって指す女達を、しばし睨め回した老人は、やがて「ぬぬ」と咽を呻らせた。
女達の周りの空間が、蜃気楼がかかったようにゆらりと歪んで見える──。
その歪みを追っていくと、まるで目に見えない鎖か縄のようなものが、その体を縛り上げているように見えるではないか。
「──『透鎖強縛』──こいつらの動きは封じた」
「空気か──! 貴様、空気を操る邪気眼を!」
今度こそ本物の感情で目を大きく見開く老人。黒羽は一歩、また一歩と大地を踏みしめ、老人に迫っていった。
「こっちから近付かなければ爆発することはない、そうだろ?
 ま、別に正義の味方を気取るつもりはないが、外道を正法で制すのは悪い気分じゃないな」
「……なるほどのう、地雷はもう使いものにならんか。
 よかろう……ならばこれからは、このわし自身の手をもって貴様を葬り去るまでよ!」
カラン。杖を落とし、古びた皮の手袋を外した老人は、その手を見せ付けた。
(──)
黒羽が目にしたのは邪気眼。しかし、それは未だかつて見たことのない邪気眼であった。
多くは人間の眼の形をしており、中には瞳があるものだ。だが、老人のそれは、まるで昆虫の複眼なのだ。
「見せてやろう! この『暗天使』・『暗道 影貴(あんどう かげたか)』の能力を!」
(来るか──!)
不吉なオーラを全身から漂わせ始めた老人・暗道 影貴の不気味な呻り声が、辺りに響き渡った。
【二条院姉妹が獅子堂らの前に現れる】
【黒羽 影葉:ダメージ小。廃天使の動きを封じ、無力化。暗道 影貴との戦闘に突入】

23 :
訂正
×
>言いことを
>手段を選ばぬ

>良いことを
>手段を選ぶ

24 :
>>19>>20>>21
「…あの連中は、残念だが“された方がいい人間”になってしまったようだ…後は任せろ」
篠の呼びかけに応じた獅子堂は、迷うことなく修道女達を殲滅していった。
泣き叫ぶ者、命乞いをする者、言葉すら発せないほど怯えている者──様々な者がいた。
しかし皆一様に自爆に巻き込もうと近付いてくるそれら全てを、獅子堂は一片の慈悲もなく蹂躙していく。
(やっぱり獅子堂君がやった方が効率がいいわね。
 私もやってやれないことはないけど、どうしてもスマートにいかないのよねぇ……。
 下手に暴れるとこの辺一帯ボロボロになっちゃうし)
獅子堂の闘いを後ろから眺めつつそんなことを考えていた。
破れた服の下から見えている素肌は、いつの間にか傷一つない状態に戻っていた。
(……?)
獅子堂の殲滅も終盤に差し掛かった頃、篠は周囲に違和感を感じた。
(見られてる、わね。後ろの森の中から。出てこないところを見るとエンジェルの者ではないのかしら?
 それとも油断を誘っているとか……?ま、来ないのなら今は放っておきましょ)
背後より感じる視線に気が付いた篠だが、すぐには襲ってこないことを感じ、敢えて気が付かない振りをした。
「…行くぞ、『エンジェル』の糞野郎共を叩き潰す」
気が付けば戦闘は終わり、獅子堂が肩に手を置いていた。
「えぇ、行きましょうか」
獅子堂に続き、篠も館へ向かって歩き出そうとした時だった。
「──誰を叩き潰すって?」
強気な台詞と共に一人の少女が行く手を遮る形で現れた。
少し離れたその少女の背後には同じ顔をした、しかし表情は正反対の少女がもう一人。
(この子達……あの時餓鬼野とか言う男と一緒にいた二人ね。確か……明と茜、だったかしら。
 恐らくは幹部クラスの人間──。それが何故こんなところに?)
幹部クラスとはもう少し後で遭遇すると考えていた篠にとって、この姉妹の登場には疑問が残る。
「あれだけの女子供を片っ端からしちゃって、案外、スイーパーってのも残酷じゃない?
 ま……自分の残忍さを認めたくないから、わざわざスイーパーなんて肩書きを持って、偉そうにコロシをやってるんでしょうけど?
 あんた達は予想通り廃天使を全滅させてくれたけど、そんな弱々しい精神(こころ)じゃここから先へは通れないわよ」
強気な少女──明が二人の前に堂々と立ち、先程の修道女達にはない威圧感を漂わせながら喋る。
「弱々しい精神?それは彼女達を端からしにかからなかったことを言ってるのかしら?
 ……だとしたらそれは勘違いよ。ちゃんと相手は選ぶから」
不敵な笑みを浮かべ、明りに言葉を返す。
「それに、残酷さならあなた達には劣ると思うけど?生きた人間を爆弾扱いするなんて、一体どこの誰が考えたことやら。
 所詮狂人を纏めるのは狂人ってわけね。頭の中身を疑うわ」
更に軽い挑発を込めて言葉を続ける。明に表面上反応は見られなかった。
(顔を見るに双子。何らかの連携があると考えた方がいいわね)
「獅子堂君。彼女の相手は私がするわ。あなたは後ろにいるあの子と周囲の警戒をお願い。
 あと、私が死ぬ前に助けてくれると嬉しいわね」
腕を組んで数歩前に進み、明と対峙する形で立つ。
「後ろのお嬢さんは参加しないのかしら?
 自信があるのは結構だけど、二人できてくれた方が時間の短縮になるのよねぇ……」
頬に手を当て、溜息を吐きながら明に告げる。
(どちらも反応はなし、か。何か闘えない事情でもあるのかしら?──ま、いいわ)
背後にいる茜を頭から除外し、明に集中するべく篠は前を見据えた。
【御影 篠:二条院 明と戦闘する意思を見せる】

25 :
>>21 >>24
「──誰を叩き潰すって?」
声をかけた相手とは違う人間が返事を返してきた。返事の主は二条院 明。その背後には茜が佇む。
「あれだけの女子供を片っ端からしちゃって、案外、スイーパーってのも残酷じゃない?
 ま……自分の残忍さを認めたくないから、わざわざスイーパーなんて肩書きを持って、偉そうにコロシをやってるんでしょうけど?
 あんた達は予想通り廃天使を全滅させてくれたけど、そんな弱々しい精神じゃここから先へは通れないわよ」
「安っぽい挑発ご苦労…アレか? “相手を怒らせる挑発マニュアル”でも、何処かで売ってるのか?」
小声で、しかし相手の耳にハッキリ届く低い声で獅子堂は皮肉を返した。
そして意識を背後に集中させる。先程から感じていた気配―――数メートルではあるが確実に獅子堂達との距離を詰めている。
(…『銀の魔槍』が秋雨一派に属しているのは8年前のあの事件からも明らか…『エンジェル』の救援に来て恩の押し売りかね…)
『闇照』を発動し、半径50メートルの風景を捉え、精神世界に転写し、高速で思考を巡らせる。
(…とりあえず死なない事を前提に動いてる、か…あの性格からして何時飛び込んで来ても不思議じゃないが。その時は―――)
―――答えはシンプル。立ちはだかる全ての者を撃滅し、立ち塞がる全ての物を粉砕する。
獅子堂の恐ろしさはISSにおいて知らぬ者の方が少ない。両手で数えられえる程だろう。
己の邪悪さ、残忍さ、暗黒面の全てを肯定し、その上で己の成す全てを正義感、良心に於いて100%肯定できる価値観。
言葉にするなら“魔黒の意思”―――いかなる色をもっても塗り替えられぬ異形の黒。
万人に1人すら持ちえぬ、千斤の鋼をも断つ決して折れない刃の心。
それがスイーパー、獅子堂 弥陸の最も根源的な強さの源だ。
「獅子堂君。彼女の相手は私がするわ。あなたは後ろにいるあの子と周囲の警戒をお願い。あと、私が死ぬ前に助けてくれると嬉しいわね」
「…ラジャー」
御影が明と皮肉の応酬を終えて戦闘態勢に入る。
それを見届けた獅子堂は左手の拳銃のトリガーを引く。発射された『悪魔の蒼腕』は茜と自身を宙へと持ち上げ浮遊させた。
「茜!」
「あーっと、焦るな。別に今すぐどうこうしようってワケじゃない。俺としては、
 1対2になってから慌てて加勢するより、1対1を暫く続けて貰ってから2対2という形にしたいんでね」
地上10メートルで浮遊する獅子堂はほくそ笑む。そして油断なく茜と背後の気配へと銃口を構えつつ言葉を紡ぐ。
茜は相変わらず無表情で口を堅く閉ざしたまま獅子堂を見据える。
「ははっ、俺は奥手な女の子は好きだぞ―――無垢で純情なのに限るがな」
【獅子堂 弥陸:二条院 茜と共に地上10メートルの空中に浮上。御影と二条院 明を1対1の形で戦闘を行うよう仕向け、更に背後への警戒を強める】

26 :
>>21>>24>>25
『流辿さん達には偵察だって言っちゃったから、一成も大人しく見てなさいよ』
「はいはい、分かってるって。でもって、『いのちをだいじに』で動けばいいんだろ。俺もここで行動を起こすのは早いってのは理解してる」
『本当に分かってればいいんだけど。もしかして、挑発気味に気配を漂わせたりさせてないわよね』
「……」
『なによ、その沈黙。あんた、もしかして――』
「おおっと、電波状態が急に悪くなって!」
『ちょ、いっせ――』
ブチ――――

「……お、ようやく気付いたな獅子堂のやつ」
獅子堂と御影がエンジェルの信者達と対峙している場から、ほんの数メートル離れた茂みに高槍は潜んでいた。
彼は周りの木々と同化するような迷彩柄とそれに黒い無地を合わせた服装をしているが、これは彼が日頃から好んで着ているものだった。
しかしこの森林という場面においてその格好は偶然にも姿を隠す手助けをしていた。
「ほら、俺が見ていてやるから今現在のお前がどんなモノなのか見せてみなって」
高槍は茂みの中で一人呟き、二人があの操り人形たちにどう対処するか窺った。
結果は――――
「貴様らは信じていたのだ! “騙されていたが、信じていた”…それが全て! そしてこのように成って果てた!」
「―――それが故のこのサダメだ!」
獅子堂の持つ魔銃『パーフェクト・ジェミニ』から伸びたカギ爪が一人残らず信者達を引き裂き、戦闘は終了した。
そこには慈悲も博愛の心もない。死をもってでしか救えなかった者達の残骸が広がってるのみだった。
その光景を見た高槍は歓喜するように口の端を吊り上げて、笑った。
「いいねぇいいねぇ! ハッ、やっぱ変わらねぇなぁ。昔と変わらず……いや昔以上の容赦の無さだぜ。
 ただ相手が悪かったなぁ、悪かったなぁ! あんな木偶の坊じゃ、見てるこっちはいまいち消化不良だって」
ひっそりとした賞賛の声と、音を鳴らさず叩く拍手が獅子堂に送られた。
だが若干スッキリとしない気持ちを抱きつつ、二人が館へと進むのを追うように場所を変えようとしたその時だった。
「──誰を叩き潰すって?」
二人の行く先を阻むように修道服を着た姉妹が立ち塞がった。
(あれは確かエンジェルんとこの幹部だったか。意外と早めの登場だな、内部で戦闘して館を損傷させるのを嫌ったってか)
二組の二人組の間で挑発と皮肉が飛び交った後、御影は明と向かい合い、獅子堂は茜を『悪魔の蒼腕』で空中へと連れ去った。
高さは十メートル、それはビルの約三階分に相当する高さだった。
(さて、“一応”偵察ってな訳だからあの姉妹がヤバくなるまで待機ってのが順当なんだが……でも、もうあの二人にはバレてるしなぁ。
 ――よし、決めた。次に獅子堂か御影か、どちらかと一対一(サシ)でやれるチャンスがきたら出る。だから、いまは我慢我慢って)
【高槍:四人の動向を観察。姉妹の危機か、獅子堂と御影がバラバラに行動した際に攻撃に出る予定】

27 :
幹部が去り、信者達が去り、一転して人気の無くなった館の中枢・大聖堂では、
組織のボス『天使 九怨(あまつか くおん)』の薄気味悪い愉悦だけが鳴り響いていた。
「そうです……そうですその調子ですよ、その調子でどんどん実をつけなさい。ククク……」
玉座の周りに無数に生えた奇妙な樹木を眺め、毒毒しい色の実をつけた枝を順に撫でながら、
一人怪しげな科白を吐き付けるその姿は、正に不気味以外に形容しようがないものだった。
「──楽しそうだね?」
そこに、手に持ったグラスをキン、と鳴らして、天使に話しかけた男が一人。
その男は、大聖堂の一角にある暗幕で囲まれた暗室の椅子に腰掛け、その暗闇の中から天使を悠々と眺めていた。
「でも、そんなに余裕をかましていていいのかい? この様子だと、スイーパー達も善戦してるみたいだけど?」
細長いピアニストのような指が、これまた細長いステム部分をくるくると回し、
グラスに注がれた赤ワインをちゃぷちゃぷと波立たせる。
天使は、目だけを彼の方へ向けて、静かな口調で答えた。
「……なに、これも想定内ですよ。仮に部下達を倒したとしても、結局彼らは私には勝てないのですから」
「流石は組織のボスってだけはあるね。まぁ、貴方ほどの異能者ならば、その自信も頷けるよ」
「ですから、そう心配なさらずとも計画は成功させてみせますよ。“あのお方”にはそうお伝え下さい」
グラスの中で遊ばれていたワインが、不意に男の口の中へと運ばれていく。
味を楽しみ、咽を潤し、胃を軽く酔わせた男は、やがて口角を吊り上げて、「やれやれ」と言った。
「僕の出番が来たら面白かったのに……これじゃつまらないなぁ、フフフ……」
パン。男の手から放されたグラスが、床に触れると同時に砕け散る。
その欠片が弾かれ、宙を舞い、床に散らばった時──既にそこには男の姿はなかった。
一人残された天使は、再び不気味な愉悦を漏らし始めていた。

28 :
>>24>>25
地上10メートルの位置でほくそ笑む獅子堂をギロリと一睨みして、明はボソっと漏らした。
「……バカが……」と。
その目は姉に手を出された怒りに満ちているようであったし、どこか得体の知れない“恐怖”を孕んでいるようでもあった。
(まぁいい。あたし一人が片付ければ、全て済む話……)
パサ。片腕を覆っていた粗雑な造りの白手袋が、まるで手からすり抜けるようにして地面に落ちた。
明は露になったその手を開き、敢えて御影の前に差し出した。
「──見ての通りよ。あたしの邪気眼(ちから)は光輪眼(これ)だけ。
 ふっ、何よその顔、ただの人工眼使いが組織の幹部にいるなんて……そんな顔してるわよ。
 けどね……それは大きな間違い。あたしは初めから組織の幹部でも何でもないんだから」
ふと明の手が、ゴソッと自分の懐をまさぐり出す。
そうしてやがて取り出したのは、不気味な模様が特徴的な一つの果実(リンゴ)であった。
「そのあたしと、あの月影すらも屠ったあんた達とじゃ、実力は天と地ほども差があることでしょうよ。
 自分でもそれがわかる……。だけど、かといって退くことはできない。
 何故ならあたしは『護天使』──組織と、そして茜(あの娘)を護る義務があるの。
 それを果たす為なら何だってしてやるわ。例え神だろうと悪魔だろうと……“天使”の力を借りることになろうとも!」
ガリ! ──明が手に取ったリンゴに齧り付く。そして、しゃく、しゃく、と歯を鳴らす。
敵を前にしての異様とも言える行動に皆が注目する中──明はおもむろにゴクンと咽を鳴らした。
その刹那──“それ”は起きた。突如として赤い霧のようなものが、明の全身を包み始めたのだ。
「あたしは決してあなた達を過小評価しない。けど──」
ゆっくりと、一歩前へ踏み出す明。
そう、“一歩を踏み出した”はず、そのはずだった──しかし
「──あんた達はあたし達を過小評価していたんじゃなくて?」
明の姿は、いつの間にか御影の眼前に移っていた。
気を滾らせたその目で御影を捉えた明は、間髪入れずに手刀を、しかも無数──繰り出した。

29 :
老人・暗道はゆらゆらと中国拳法のような動きで手足を不規則に動かす。一方の黒羽は悠然と仁王立ちしていた。
とはいっても別に余裕を見せ付けているわけではないし、意識してクールに構えているわけでもない。
何故なら隙だらけに見えても実はそこに隙はなく、平然とした目は敵の一挙一動を確実に捉えているのだから。
それを考慮に入れると、今度はむしろ隙があるのは老人の方に見えるから不思議なものである。
いや、実際そうなのかもしれない。事実、少なくとも、黒羽の目には老人が隙だらけに見えていた。
仮に老人が拳法に心得があるとしても、隠密として必要な体技を完璧に身につけている黒羽からすれば、
彼の動きはやけに素人じみているものにしか映らないのである。
つまりそれは体術の力量ではそれだけの差があるという証であったわけだが、
黒羽にしてみれば却ってそこが不気味なのであり、だからこそ敢えて隙を突こうとはしないのだ。
「能力を見せる、とか言ったが……どういうことだ?」
訝しげな顔で言う黒羽に、老人は「ホッホッホ」と笑って返した。
「どうもこうも言葉の通りじゃよ。能力を見せる……既にお主には見せておるのじゃが? 拍子抜けかのう?」
とは言うが、老人が身構えたという点を除けば、先程と何ら変わったところはない。
(既に発動しているというのなら、何かしら違和感があるはず……。
 あるいはそう思わせているだけでまだ発動しておらず、心理戦を仕掛けてきているのか……)
いずれにしても、と黒羽は思考を中断し、サッと掌を老人に向けてかざした。
「これ以上、貴様のお遊びにつきあうつもりはない」
「わしを倒すと? できるかのう? お主は──」
暗道が全てを言い終えるより先に、黒羽の掌から紅く輝く。
その輝きは瞬く間に傷力を持つ光球と化し、辺りを張り詰めた空気で覆い尽くした。
「くらえ、メテオライト──」
そして有無を言わさぬ先制。しかし、その布告が完了するより先に、今度は老人が行動を起こしていた。
「──良いのか? お主はそれを、自らの手で自らに喰らわすというのに」
瞬間、なに? などと思うよりも早く、黒羽の表情は驚愕に包まれた。
爆弾を撃ち出そうとしたその瞬間、老人に向けていた掌が、突然、自分に向けられたのである。
「!! ──ぐはっ!?」
光球が爆ぜ、半径一メートルの空間に爆熱が行き渡る。
その破壊の衝撃に曝された黒羽はその身を弾かれ、ズザァァッと後方数メートルの地点まで大地を滑った。

30 :
「ホッ! やはりお主は反応が良いのう。爆発の瞬間、後方に飛んで僅かに威力を受け流したか。
 いやぁ、うらやましい瞬発力じゃわい。怖い怖い、これでは迂闊に近づけんのう」
伸びた髭を指で撫でながら暗道が言う。黒羽にとっては忌々しいリアクションである。
が、今の黒羽にそんなことを気にする余裕はなかった。
(何だ……何をしやがった……! 今のは確かに俺の腕が勝手に動いた……! 奴に操作されたのか……?)
浴びた爆熱によって焦げ、黒い煙を出す制服の袖部分を引き千切った黒羽は、
心の動揺などおくびにも出さない目で暗道を睨みつけた。
「強い眼じゃ。……どれ、では今度はその眼を貰うとしようかのう」
「なん……だと!」
「ほぉれ、自分の手で右目を潰してみよ」
「!? ぐぅっ……!!」
──飛び散る鮮血。この瞬間、黒羽の右目は光を失った。他でもない、自らの指に潰されたことで。
(まただ……また俺の意思とは無関係に……! 他人を操作する能力……だが、一体いつだ……。
 いつ俺がその発動条件を満たした! 能力を見せる……あの時、奴は何を……俺は何を見せられた!?
 ただ奴は………………待てよ!)
刺さった指を引き抜き、流れ出る血を拭って、黒羽は残った眼で再び暗道を睨みつけた。
「性懲りもなく」と、暗道は嘲笑ったが、彼は気付いていなかった。既に黒羽の心には動揺がなかったことを。
「なるほど……ようやくわかったぜ、貴様の言葉の意味がな」
「ほう?」
「どんな戦闘力を持つ人間でも操ることができる対人操作能力は、邪気眼の中でも特殊な部類に入る。
 故に多くは何らかの発動条件があるものだ。……貴様の場合は、あの拳法のような動きを対象に見せること!
 そして条件を満たした対象に、直接“言葉”で指令を発して操る!
 ……念じて操作できるならそうしているはず。わざわざ口にしていたのはそれができないからだ、違うか?」
「……」
暗道は無言。だが、彼はやがて
「フッ、フフフフフ……フォッフォッフォッフォ!」
と、大きく口を開けて笑い出した。
それは黒羽に、自分の推理が間違っていなかったことを確信させるものだった。
【天使 九怨のもとに、謎の男が現れ、どこかへ去っていく。男の存在に気がついているのは天使のみ】
【二条院 明が謎の果実を食べ、謎の異能力を得る。無数の手刀を御影に放つ】
【黒羽 影葉:左腕・胸部負傷、右目失明。だが、暗道の能力を見抜く】 

31 :
「誰も居ないようだな…よし」
人が居ないのを確認し、東館に侵入しようとする秘社。
「た…助けてください…死にたくない…」
シスターが7人程、東館から出てきた
(シスター? 見たところ一般人の信者のようだが…。いや、御影先生からの情報で見たことがある。おそらく地雷…『自雷眼』を埋め込まれ、エンジェルの幹部に操られている信者だろう…)
『心網眼』による前情報で、この状況を分析する秘社
「ええ、大丈夫ですよ。貴女達は私たちが救います。ですからそこに止まってくれませんか?」
「は…はい」
口では肯定の返事をするシスター達だったが、それと裏腹に足は秘社の方に向かう
「…ふむ。やはり操られているようだな。『社長権眼』…『女王の君臨(クイーンロード)』」
秘社が、『社長権眼』を使い召喚をする。喚び出されたのは豪嬢院姫君。秘密結社『秘境』、幹部組織『大罪七人蜂(シンセブンスターズ)』傲慢担当である
「了解ですわ。社長。この私にお任せなさいな。『支配眼』」
喚び出された姫君(やけに豪華な服装だ)がそう言うと、姫君の手元から蜂のようなものが飛び、向かってくるシスターに止まり、刺した
「きゃあ!? …あれ…? 痛く…ない?」
「それに腫れてもいない…」
不思議そうに言いながらも、足は相変わらず此方へ向かう
「おほほほ! 御安心なさい。私の『支配眼』に攻撃力は皆無ですわ。
でも、この私…女王蜂(クイーンビー)の名を冠する豪嬢院姫君様を前にして立ち続けるとは無礼極まりませんわよ? 頭が高い…『跪きなさい』」
『支配眼』。体から出現する蜂のようなもので刺した相手を支配する能力。これにより、普通なら言葉通りシスター達を跪かせることができるのだが…
暗道の『自爆射程内に移動しろ』という刷り込みと、『止まりたい』というシスター達本人の意思、そして、姫君の『跪きなさい』という命令。この相反する3つがシスター達の体に合わさった結果、シスター達の体が出した答えは…その場に座り込むことだった
「と…止まった?」
「た…助かった…」
「うう…」
安堵し、涙を流す者さえ現れるシスター達
「いや。まだですよ。まだ貴女達は助かって居ません。『自雷眼』が埋め込まれているのに違いはないのですから、射程範囲に近づかれれば自爆してしまいます」
「え…?」
「確かに…」
「ではどうすれば…」
「ええ、ですがご安心下さい! 我々は弱者の弱者による弱者の為の集団。故に貴女達を救う手段は既に用意してあります…『社長権眼』!」
再び、社長権眼でメンバーを喚び出す秘社。今度出てきたのは危機崎 操。(ききざき みさお)。
元、昼は対テロ組織専用の警官、夜はほ暴条と並ぶ謎のテロリストとして名を馳せていた異能犯罪者だ
「了解したよ、社長。『爆操眼』」
操がそう言うと、煮瀞の手のひらの邪気眼が光る
「よし、よくやった。これで大丈夫だ」
そう言うと、秘社はシスター達に
「い…いや…駄目です…死にたくない!」
命乞いをするシスター達だが、それに構わず近づき…ついに射程に入った
「う…ううううう…………………あれ?」
「え…生きてる…?」
「俺の邪気眼、『爆操眼』。半径250m圏内の爆発を操る能力だよ。
単純にいうと、半径250m以内の爆発物を自在に爆発させたりさせなかったりできる能力さ」
「そういうことです。さぁ、これでもう大丈夫」
秘社は、一人のシスターの手を握る
「さて、貴女達ははっきり言って弱い人間でしょう。私も弱い人間だからよくわかります。
でも…許せないですよね? あいつらは貴女達の弱さにつけこんで、利用…いや、悪用したんですよ?
ですから、我々の結社…秘密結社『秘境』に入りませんか?
我々はエンジェルと違い弱者の味方です。落ちこぼれの隣人です。不幸者の兄弟です。はぐれ者の親友です。落伍者の親友です。除け者の友人です…
弱者(われわれ)と一緒に、弱者(わたしたち)を悪用する強者共に…私達の存在を認めさせませんか?」
秘社が、自分のカリスマを存分に発揮し、シスター達に演説をする
「弱者の…」
「ための…」
「集団…」
ぽつり、ぽつりと呟き…
「あ…あの…。私は、入ります。『秘境』に…!
もう、こんな風に使われるのはごめんです…! だから、私を『秘境』に入れてください!」
始めにそう言ったのは、秘社が手を握ったシスター
「ふふ、ありがとうございます。『社長権眼』…社員契約(コントラクトハンド)」
すると、秘社の邪気眼が光り、シスターとの契約が完了した

32 :
「わ…私も…。私も入ります!『秘境』に!」
「私達も入れて下さい!」
それに続き、他のシスター達も次々にそう言う
「ありがとうございます。では、私の左手を握って下さい」
こうして、この場の全てのシスターが『秘境』のメンバーとなった
「さて、あとは貴女達に埋め込まれている『自雷眼』をどうにかするだけですね。それまで貴女達は、常に危機崎と一緒に行動してくださいね。では、『社長権眼』…強制送還(リターン)」
そう言い、秘境はシスター達を豪嬢院と危機崎と一緒に社内に送った
「よし。これで心置きなく侵入できるな。では…」
そして、秘社は東館に足を踏み入れた
【秘社境介:侵入成功】

33 :
>>28
篠に呼応するように対峙した明は、身に付けていた手袋を外した。
中から現れた掌を見て、篠は違和感を覚えた。
(あれは……人工眼?でももう片方の手には何も……まさか内蔵型?)
「──見ての通りよ。あたしの邪気眼(ちから)は光輪眼(これ)だけ。
 ふっ、何よその顔、ただの人工眼使いが組織の幹部にいるなんて……そんな顔してるわよ。
 けどね……それは大きな間違い。あたしは初めから組織の幹部でも何でもないんだから」
明の放った何気ない一言。しかしそれは篠に更なる違和感を与えた。
(幹部じゃない?あの男──餓鬼野は間違いなく幹部クラスだったはず。
 その餓鬼野と対等に話していた彼女が幹部じゃないなんて……。
 あ、でもそう言えば──)
篠は餓鬼野が明に対して言っていた言葉を思い出した。
『……へっ。流石、優等生は違うねェ。“足りない力”は行動力でカバーするってかァ?』
『俺ァなァ……テメェら“もどき”の力を借りようとはハナから思ってねぇんだよォ!』
("足りない力"……"もどき"……そう言う事だったのね)
餓鬼野が言っていた言葉は単に明を揶揄しての言葉ではなかったのだ。
その言葉の中には真実も含まれていた。それを明自信が証明したのだ。
(ま、罠の可能性は十分あるけどね)
だからと言って相手の言葉を鵜呑みにはせず、警戒は怠らなかった。
暫しの無言の後、明は徐に懐から不気味な色の林檎を取り出した。
「そのあたしと、あの月影すらも屠ったあんた達とじゃ、実力は天と地ほども差があることでしょうよ。
 自分でもそれがわかる……。だけど、かといって退くことはできない。
 何故ならあたしは『護天使』──組織と、そして茜(あの娘)を護る義務があるの。
 それを果たす為なら何だってしてやるわ。例え神だろうと悪魔だろうと……“天使”の力を借りることになろうとも!」
そして勢いよくその林檎を齧り出す。突然の出来事に、篠は敵前であることも忘れて暫し呆けていた。
しかしそれが唯の腹ごしらえや間食ではない事はすぐに明らかとなる。
林檎を食べ終えた明の体から赤い霧が出現し、彼女の体を包み始めたのだ。
「あたしは決してあなた達を過小評価しない。けど──」
「──!?」
一歩。そう、明は"一歩踏み出した"だけなのだ。にも拘らず──彼女は篠の眼前にいた。
「──あんた達はあたし達を過小評価していたんじゃなくて?」
──気付いた時には宙を舞っていた。地面に叩きつけられてようやく攻撃されたことに気付く。
(何が……起きたの?空間を移動したとでも言うの……?)
攻撃を受けたことに対する理解が追い付かない。
何故自分は攻撃を受けた?相手は一歩歩いただけなのに、気付いたら目の前にいた。
そしてその後の攻撃。恐らくはパンチや手刀の類だろう。早すぎて見えなかったが。
(嘆いている暇はないわね……。まずはあの移動術を何とかしないと。
彼女は確かに人工眼しか持っていなかった。となると怪しいのはさっき食べた林檎ね)
ヨロヨロと起き上がり再び明を見据える。明は攻撃した場所から動いてはいなかった。
(あの林檎を食べて新しく能力を得た、ってところかしらね。
空間を移動しているのか、単に高速で動いただけなのか……。
もし前者ならかなり厄介だけど……。その動き、確かめさせて貰うわよ!)
地面を強く蹴って明へと向かう。拳を強く握り、明の脇腹を狙ってフック気味にパンチを繰り出した。

34 :
(恐らく──いや、これは百パーセントかわされるでしょうね。
 そしてさっきと同じようにこちらに近付き、隙だらけのところに攻撃を打ち込むってところかしら)
案の定、眼前にいた明は瞬時に消え、篠の攻撃は空を切った。
(でも──今度はさっきのようには行かないわよ?)
明が現れる前にもう片方の腕で強く地面を殴る。
すると地面が爆発したかのように衝撃波が発生したのだ。
クラッシュを当てて地面を破壊、その衝撃波と石礫が篠の周囲360度に広がった。
仮に瞬間移動しているのであれば、真上に移動すれば被害はゼロに等しい。
だがただの高速移動であるならば、篠の真上で停止することはほぼ不可能である。
黒羽のように自在に空中で移動できるなら話は別だが──今は関係ない。
(さぁ、あなたはどっち?)
結論から言うと、現時点で相手の能力を判断することは出来なかった。
明はこちらの攻撃を察知し、瞬時に攻撃を中断。粉塵が止んだ頃には少し離れた場所に移動したようだ。
(流石に雑魚とは違うみたいね。──賢い選択だわ)
そう、単に離れた位置に移動するだけなら瞬間移動、高速移動のどちらでも可能なのだ。
(さて、どうしましょうか。あの移動術を何とかしない限り私が攻撃を当てるチャンスはなさそうね。
 似たようなことなら私にも出来るんだけど……。それだと消えては現れての応酬になりそう。無駄な時間を過ごすだけだわ)
考えていた一瞬の間を突いて、再び明が攻撃を仕掛けてきた。
反応が遅れた篠は咄嗟に防御体制を取ろうとするが、一瞬間に合わない。
再び繰り出された無数の手刀を食らって吹き飛ばされた。
地面を滑りながらバク転の要領で飛び上がり、体勢を立て直す。
(一撃の威力は余り大したことはないんだけど……如何せん数が、ね。
 ──少し違う方面から攻めてみましょうか)
「大したものね、その能力。私の目じゃあなたの動きも攻撃も全く見えない。
 はっきり言ってお手上げね。打つ手がないわ」
いきなり両手を挙げて降参の意思を見せる篠。
その突拍子もない行動に、敵である明はおろか、獅子堂すら訝しげな顔をする。
「それはそうよ、見えもしない相手にどうやって攻撃を当てろというの?
 私は神様じゃないのよ?時間を遅くすることも止める事も出来ないわ。
 あなた、私を倒すなら今がチャンスよ?私はあなたに触れる事も出来ないんだから」
(仮に神様ってやつがいたとしても出来ないでしょうけどね)
明はその場を動かない。今のところはうまくいっているようだ。
突然の降参宣言──当然明は信じないだろう。しかし篠の狙いはそこだった。
敢えて弱みを見せることで何か策があるように見せかける。うまくいけば相手は慎重にならざるを得ないだろう。
しかしこれは賭けでもあった。実際に篠はかなりのダメージを負っている。
外傷や骨折などの物理的なものは能力によって治せるが、疲労等の体の内部に蓄積されるダメージまでは治せないのだ。
もし相手がこれを看破してジワジワと攻めてきたら、篠は確実に窮地に立たされるだろう。
だが成功すれば──相手の動揺を誘えるかもしれない。
(さて、餌は撒いたわ。うまくかかってくれるといいんだけど──)
【御影 篠:攻撃を受けたことにより体内に蓄積されているダメージが増大。
       戦闘継続は問題ないが動きが若干鈍る】

35 :
>>33 >>34
宙から明と御影のやりとりを静観する獅子堂。その意識の大半は背後―――高槍が潜む草むらへと向けられている。
(…戦況が俺達の優位に傾くか、俺達が単独行動を取るのを待つか。相変わらずだな、高槍サン…そんなだから8年前に“あんなもの”見る羽目になったのによ)
それにしても、と獅子堂はツタの館の内部にも意識を向ける。だが“視えない”のだ。『闇照』を以ってしても構造や人の位置が捉えられない。
強大で禍々しい“何か”によって館が覆われている―――分かるのはそれだけだ。
「……! あれは…」
獅子堂はその“何か”を地上に感じて視線を向ける。その先には明の手―――正しくはその手に握られた不気味な果実―――があった。
それを咀嚼し飲み込んだ明の体から、赤い霧と強大な力が噴出するのを見て取った。
その直後だった。獅子堂は再び幻視―――空間転移を思わせる明の高速移動と無数の手刀を見た。
「みか―――」
だが言葉は間に合わない。御影は幻視の通りの攻撃を受け、宙を舞い、地面に叩き付けられた。
そして始まったのは肉弾戦。と言っても御影と明の動きは熾烈を極めたものではない。
御影は明の移動術の正体を見極めるべく動き、明は御影の体力を堅実に削るべくヒット&アウェイのスタイルを取る。
直後、御影を中心に爆音が発生。土煙と衝撃波が炸裂する。だがその全方位攻撃は読まれていたのだろう、明は射程外に逃れていた。
(…単純な異能力では御影は俺の遥か上を行く。だが強力過ぎるのも考え物だな…全力で戦えないのではな…)
「大したものね、その能力。私の目じゃあなたの動きも攻撃も全く見えない。 はっきり言ってお手上げね。打つ手がないわ」
突然、御影は両手を上げた―――他でもない降伏のサイン。
(…おいおい、そんなものが通じるか…お?)
訝しげな顔をする獅子堂だったが、明の心の内を見抜いて目の色が変わる。
そう、明は思考を逡巡させ始めた。本心か? 罠か? それを見極めるべく自分はどう動くべきか?―――疑念が明の動きを縛る。
「それはそうよ、見えもしない相手にどうやって攻撃を当てろというの? 私は神様じゃないのよ? 時間を遅くすることも止める事も出来ないわ。
 あなた、私を倒すなら今がチャンスよ?私はあなたに触れる事も出来ないんだから」
双方、動かない。それを見続けた獅子堂はフッと溜息をつくと、茜と共に徐々に空中から下降し始めた。
「…もう、1対1は終わりにしても良いと思うんだよなぁ…俺としては―――」
そこまで言うと獅子堂は『悪魔の蒼腕』で茜を明に向けて放り投げた。
「茜!…くっ!」
文字通り弾丸の様な速度で飛び込んできた姉を体で受け止め、明は姿勢を崩す。
「…貴様…!!」
明の目に映えたのは怒り。それこそが獅子堂の狙いだった。怒りは判断力を鈍らせるからだ。
「―――御影、お前は下がってろ。俺はこれから“3人”相手にする…聞こえてるだろ、『銀の魔槍』!」
先程から機を窺っている高槍にハッキリと呼びかけ、獅子堂は姿を現すように挑発を始めた。
「脆弱な精神ゆえに8年前に逃げ出したお前に、俺が倒せるか? この姉妹の窮地を救えるか? 無理だな! せいぜい今から逃げ支度を始めるがいいさ!」
そして獅子堂は両手の拳銃の引き金を引いた。念動力を身に纏い、左右2つずつの銃口から銃剣を生やし、考えうる限り最高の武装状態を整える。
「…ハッキリ言っといてやろう。今日の俺に勝てる奴は、この地球上に存在しない―――」
明が先程見せた高速移動で、一瞬で彼我の距離を詰める。だがコンマ1秒にも満たないその時間を支配したのは獅子堂だった。
「っ!?」
明の掌の光輪眼のコアがひび割れ、血の飛沫が噴き出す。獅子堂の刃は人工邪気眼を正確に抉っていた。
「―――掃除の時間だ―――Come on Every body」
【獅子堂 弥陸:地上に着地。明の光輪眼を破壊。更に高槍を挑発する】

36 :
>>33>>34>>35
光輪眼の眼球が真っ二つに割れ、噴き出した血飛沫と共に辺りに火花を散らす。
もう使い物にはならない──手の甲から突き出た無機質な刃の切っ先は、明にそう告げているようだった。
「……」
だが、それは今の明にとって、あまりに些細な問題に過ぎなかった。
取るに足らない出来事ならば、そこに余計な思慮など生じようもない。故に、明は速かった。
「結局あんたも御影(あの女)と同じ──」
グッ。──銃剣を突き刺したまま、掌が閉じられる。
とてつもない握力で固定された銃剣は、もはやこれ以上突くことはできないし、抜くこともできない。
ならば──と、即座に次の手に移ろうとする獅子堂。いや、実際のところ、思考がその段階まで達していたかは判らない。
何故なら、もう一方の手で獅子堂の口を塞ぎ、そのまま彼の頬を掴んで彼の首を反らさせた明の即応は、
相手に行動の余地を与えない余りに短すぎる刹那に行われていたからである。
「今のあたしを、舐めている──」
──巨大な破壊音。そして、舞い上がった岩の破片と土埃が、周囲の空間を覆った。
重さ一トンはあろうかという庭岩に頭から叩き付けられた獅子堂を、明の冷酷無比な顔が見下ろす。
だが、これで終わったわけではない。
この間も目の前の敵に対する意を微塵も揺るがさぬまま、第二の凶拳を繰り出しているのだ。
一撃目に頭を狙ったならば、お次は首──とでもいわんばかりに、
肌を滑るように左手を首に移動させた明は、これまた人間離れした握力を以って締め付けた。
しかも、同時に銃剣を握る手を自らの背後に向けて引っ張っている。
あわよくば獅子堂の左腕を力任せに引き千切ろうというのだ。
そこで彼が危機を察知して銃を放せばそれも良し。いずれにしても、敵の武器が一つ減ることになる。
「三人相手にする、って言ったわね? ……難儀な性格してるよ、あんた。わざわざ自分の敵を増やすとは。
 けど安心なさいな。あんたは“一人目(あたし)”で終わりよ」
首に込めれた力が一層強くなる──だが、その瞬間だった。
轟いた一発の銃声。
ボタボタと、獅子堂の顔に降りかかる鮮血。「ゴブッ」と、口から血を吐き出す明。
彼女の首には一発の弾痕。穴には背後の景色が映りこんでいる。
獅子堂の右手──もう一方の手から放たれた銃弾が、ものの見事に首を貫通したのだ。
それも明に銃口を向けていない不自然な格好から放った銃弾が、である。

37 :
(銃口を向けぬままあたしを……。しかも兆弾じゃない……! この男、バカな……弾丸の軌道さえも変幻自在……!?)
──不意に明の両手の力が弱まる。
拘束を解かれた獅子堂はすかさず起き上がり、数メートルの距離まで飛び退いた。
(そうか……だから、なのね……あたしがこうなるのをわかって……)
容器に空いた穴から漏れ出す水が如く、ドバドバと首から溢れ出す血が瞬く間に服を真っ赤に染めていく──。
それを目の当たりにしながら、明はようやく理解した。
それは自分の敗北とその死────
────などではなく、自分に“与えられた能力の正体”、であった。
(……だから天使長は、あたしにこの能力を与えた……)
明は立ち上がった。本来ならば立ち上がることなど不可能なほどの傷。
にも拘らず、彼女は立った。それも全身を包む赤い霧を、一層色濃くして。
「『レッド・アームズ』──発動」
無意識。この言葉は、彼女が無意識の内に口にしていたものだった。
そして、その言葉の意味は彼女よりもむしろ、彼女と闘う方が理解していたかもしれなかった──。
──流れ出した血が吸い寄せられるかのように明の右手に集まり、やがてそれが巨大な爪の形となって凝固する。
恐らく、獅子堂らの目には、今の彼女の姿があの男の姿と漠然と重なり合っているに違いない。
そう──『赤い靴(レッドブーツ)』の異名を持つ、あの『二神 歪』の姿と──。
「高槍 一成……どうやら本当に近くにいるようだね。けど、手助けは必要ないよ。
 これはエンジェルの仕事だ。あんたは見てればいい。……二人が死んでいく様をね!」
明は足を上げ、ドォン! と岩を蹴り上げた。
瞬間、獅子堂らに向かって弾丸さながらに飛んでいく無数のつぶて。
だが驚くべきはそこではない。真に驚くべきは、二人の頭上からの“赤い光線”──。
──『ブラッド・レイ』──。傷口から高圧発射した血液の光線。
岩を蹴り上げると同時に高速で上空に跳んだ明が、つぶてが着弾するよりも早く放った二段目の攻撃である。
今の彼女は正に、驚異的身体能力を発揮するあの『赤い靴(レッドブーツ)』そのものであった。

38 :
「ご名答。わしの能力を良くぞ見抜いた。しかし……見抜いたところでどうしようもあるまい?
 わしの声が届かぬよう耳を塞いで闘うか? フォッフォッフォ、よかろう、やってみるがよい。
 それでわしの声から逃れられると思うのなら────」
「──思ってねェよ」
その言葉と共に、黒羽の両耳からツゥーと真っ赤な血が流れ出る。
それを見た暗道は思わず言葉に詰まった。
「!?」
「塞いだくらいでどうにかなる能力なら苦労はねぇさ。せめてこれくらいはするべきだろ?」
「聴覚を“塞ぐ”のではなく“潰した”……か。自らの手で……敵ながらあっぱれな覚悟よ」
自ら鼓膜を爆破し、一切の音を感知できなくなった今の黒羽には、暗道の言葉を直接聴き取ることはできない。
しかし、唇の動きや表情から読み取れる感情で、恐らくこういう事を言っているのだろうと推測することはできる。
「なるほど、聴覚そのものを失ったお主には、確かにわしの能力はもはや通じまい。
 じゃが……よもやこれで勝った気になっているのではあるまいな?」
暗道の射すような視線は、一瞬、黒羽に全身の毛が逆立つ思いをさせた。
(この感覚……“肉体派”か……!)
「暗示眼・裏術! ──『解(げ)法の術』──!! おおおおおおおおおおッ!!」
「!!」
巻き起こる突風。それを浴びながら「チッ」と舌打ちした黒羽は、すかさず足を広げて低く身構えた。
一方の暗道は、突風巻き起こす中心点に、先程までとは変わり果てた姿で佇んでいた。
「この姿になるのは何年ぶりかのう……。歳はとりたくないものじゃ、体に堪えるわい」
上半身の着物を弾き飛ばすくらいに膨れ上がった筋肉。
それを下から支える屈強な足腰。体中のあちこちで脈打つ欠陥。
それは、筋肉の鎧に身を包んだ粗野な猛将を彷彿とさせた。
(自分自身に暗示をかけて潜在能力を引き出すとは……これが真の姿か。とんだ食わせもんの爺さんだぜ。しかし……)
「どぉれ……久々に血湧き肉踊る闘いを楽しもうとしようか、のう!」
ドン! ──と、轟音を残し、地面を抉りながら風を掻き分けて突き進む暗道。
そのスピードはもはや老人が出せるレベルのものではない。

39 :
しかし、黒羽は動じなかった。
(やはり“この程度”か)
暗道と同程度のスピードを持ってバックステップし、相対的な距離を一定に保ち続ける。
それは彼が暗道と同じスピードを有しているという証明でもあったが、彼は更にその上を行ってみせた。
暗道が視覚で追い切れない速度で高く飛び上がり、その位置からメテオライトボムを数発発射したのだ。
「ぬう!?」
それに即応できない暗道は次々と体に紅球を受け、思わず前身を止めた。
こうなるともう黒羽の思う坪だ。停止した目標物ほど当てやすいものはない。
瞬時に生み出され放たれた冗談のような数の紅球群が、息をつく間もなく容赦なく暗道を爆ぜていく。
「ぐおおおおおおおおお──!!」
暗道が突進を始めてからわずか十秒。
地面に降り立った黒羽の眼前に広がるは、黒い爆煙と焼け爛れた大地のみであった。
「これでも隠密だ。スピードには自信があるんだよ。俺をすならば、二神を超えるスピードでかかってきな」
「──甘いわ」
「!?」
──足首を掴まれた感触。そして、肌を突き刺すような気配。
視線を真下に落とすよりも先に、黒羽の体は動いていた。
メテオライトボムを生成した掌を無意識の内に向けていたのだ。しかし──
「ぐふっ!!」
次の瞬間、ダメージを受けていたのは黒羽であった。全身に突き刺さる重い衝撃が多量の吐血を促す。
体勢を崩し、自然前のめりになった黒羽は、そこで目撃した。
全身血だらけになりながらも、未だ闘争意欲を失っていない目をした暗道が、地中から這い出してくるのを。
(こいつ……地中を潜って──)
「制空権がお主にあるなら、こちらは地中を移動すればよいだけのこと──そして──」
暗道は黒羽の片足を踏みつけ、続けた。
「スピードで上回っているなら、ちょこまか動き回れないようにすればよい。──これで互いに動き回ることはできん。
 さぁ、どうする? この距離ではあの紅球も使えまい!」
声は聞こえなくとも、老人の行動で彼が意図するところを察することはできる。
「味な真似を……」とポツリ漏らした黒羽は、口元の血を拭って拳を構えた。
「殴り合いなら負けるとでも思ったか? ……舐めるなよ、老いぼれ!」
「そうじゃ! いつの世も戦士が最後に武器とするのは己の肉体ッ!! 小細工なしの純粋な殴り合いよッ!!
 さぁ、共に血を沸かせようぞ侵入者よッ!! ──いや! 若者よォッ!!」
【二条院 明が得た能力が『二神 歪』の能力であると判明。重傷を受けた事で更に身体能力が強化され、攻撃を再開する】
【黒羽 影葉:鼓膜を爆破し、聴覚を失う。暗道との殴り合いに突入する】

40 :
>>35>>36>>37
(変化なし、か。かかってるのか看破されてるのか分からないわね)
先程の降伏の演技に対して明は動きを見せない。
(……半分はかかってると見て良さそうかもね。看破してるなら何らかのアクションがあるはずだし)
だが演技とは言え降伏の意思を見せた自分が仕掛けるわけにもいかない。そのまま膠着状態が暫く続いた。
「…もう、1対1は終わりにしても良いと思うんだよなぁ…俺としては―――」
その時、背後より声が聞こえた。
振り返ると、先程まで茜を抱えて上空に浮かんでいた獅子堂がいつの間にか降りてきていた。
そして着地すると抱えていた茜を明に向かって放り投げた。
明は飛んできた茜を落とさないように受け止め、獅子堂を睨み付ける。
「―――御影、お前は下がってろ。俺はこれから“3人”相手にする…聞こえてるだろ、『銀の魔槍』!」
篠の横を通り過ぎ、前に出る形になった獅子堂が篠に声をかけた後叫んだ。
すかさず明が一瞬で獅子堂に近付き、攻撃を仕掛けようとする。しかし──
「っ!?」
刹那の時間を精したのは獅子堂の方だった。
明が攻撃するよりも早く、獅子堂の刃が明の掌──正確には人工眼を貫いていた。
血飛沫と共に人工眼が二つに割れて、バチバチという音と共に火花が散る。
これで形勢は逆転するかのように思われる。だが篠の考えは違った。
(これで人工眼はなくなったわけだけど……。
 でも、そもそも彼女は最初からあの人工眼を一度も使ってはいない……。──まずいわ!)
結論に至った時には既に遅かった。
明は掌に突き刺さった刃を力強く握り、獅子堂の動きを封じる。
──そう、明にとって最初から人工眼の存在などどうでもよかったのだ。
そして明は獅子堂が動きを見せる前にその顔を掴み、思い切り地面に叩き付けた。
──ズドン!
凡そ人の力で出せる破壊音ではなかった。凄まじい力で地面に叩きつけられた獅子堂は動かない。
常人なら頭が破裂してもおかしくない程の力。そうなっていないのは流石に異能者といったところか。
(この程度で死ぬとは思えないけど……少しまずいわね)
獅子堂を助けに行こうとしたが、篠が動き出す前に明は次の行動を起こしていた。
倒れ伏す獅子堂の首を掴んで締め上げると同時に、銃を持つ左手も掴んでいる。
(腕を折るつもりね!でも私が動けばすぐにでも獅子堂君をして私に向かってくるでしょうね。
 獅子堂君に意識があれば彼の能力で何とかなるかもしれないけど……賭けるしかないわね)
獅子堂の首を掴む明の力が強まる。いよいよ危ないと思い、篠はリスクを承知で飛び出そうとした。が、その時──
パァン──!
乾いた音と共に、獅子堂を掴んでいた明の首から大量の血が吹き出る。
音から察するに銃声。今この場で銃を持つのは獅子堂のみ。後ろにいる人間──高槍、だったか──は考えない。
今まで出てこなかったと言うことはエンジェル(あちら)側と言うことになる。故に廃天使でもない明を打つのはおかしい。
と言うことはこの銃声の正体は獅子堂ということになる。その証拠に、力が弱まった明の隙を突き、獅子堂は後ろに飛び退った。
(これなら流石に──)
首を打ち抜かれて生きていられる人間などいない。この少女もこれまでか──そう感じていた。
しかし次の瞬間にそれは間違いであったと気付く。
(なっ──!?)
明は立ち上がったのだ。首に銃弾を受け、本来なら動くことすら儘ならないはずの体で。
そして直後に呟くように放った言葉。それは篠も聞いたことのある言葉だった。
「『レッド・アームズ』──発動」

41 :
(『レッド・アームズ』?──まさか二神君の!?)
篠の驚きを肯定するかのように、明の体から一層強く赤い霧が立ち上る。
その霧は見る見るうちに明の右手に集まり、巨大な爪を構成する。
(やはり何らかの形で二神君の能力をコピーしたと考えて良さそうね。
 原因として考えられるのはあの林檎ぐらいね。一体何が含まれていたのかしら)
考えたところで意味はない。篠は明に意識を戻した。
「高槍 一成……どうやら本当に近くにいるようだね。けど、手助けは必要ないよ。
 これはエンジェルの仕事だ。あんたは見てればいい。……二人が死んでいく様をね!」
明が岩を蹴り上げると同時に、それは無数の礫となって飛来してきた。
迎撃しようと構えを取ったその時──嫌な予感がしたので頭上を見る。
そこには礫より更に高速で飛来する赤い光線──『ブラッド・レイ』があった。
(如何に獅子堂君といえどもこれらを迎撃しきることは不可能だわ。ここは避けるに限るわね。
 とは言ったものの彼はさっきまで首を絞められていた……いきなり激しい動きをするのは危険ね)
そう考えた篠は獅子堂に近付き、背後から抱きつく。
「余計なお世話かもしれないけど、あなたの体を考慮してのことよ。我慢して頂戴」
そう言って地面を強く蹴る。クラッシュの衝撃を利用して斜め後ろに大きくジャンプ。ブラッド・レイと礫をやり過ごした。
「さ、もう一度選手交代ね。あなたは少し休んでなさい。
 背後からいつ狙われるか分からないから、背中を守って頂戴」
軽く咳き込んでいる獅子堂にそう告げると、先程までいた位置に戻り明と再び対峙する。
「今時の林檎は凄いのね。他人の能力をコピーできるなんて。
 でもね、所詮はコピー。本人のようにうまく扱えるかしら?」
茶化すように話す篠。それに対し明は無言でブラッド・レイを放つ。
「あらあらせっかちねぇ。人の話はちゃんと聞きなさいよ」
篠は片手をゆっくりと上げ、迫り来る光線に掌を向ける。二神の能力を知るものからすれば何を馬鹿なことを、と思うに違いない。
しかし篠の掌に着弾した光線は一瞬で弾け飛んだ。
「──!?」
明が初めて見せる驚愕の表情。余りに予想外の出来事だったので隠すことも出来なかったのだろう。
「正直こんなところでこれを使うことになるとは思わなかったわ。
 でもね、私達はあなたを倒しに来たのではなく、あなた達の主に用があって来たのよ。だから──」
一旦言葉を止め、瞳を閉じる。そして瞳を開けて次の言葉を紡いだ。
「あなたみたいな小娘で手間取ってる必要はないのよ」
低い声でそう呟いた瞬間、篠の雰囲気が一変した。
今までは不敵な笑みや相手を嘲笑うかのような笑みを浮かべていた篠だが、その顔から一切の表情が消えた。
そして体を薄っすらと紫色の光が覆っていく。
「正直あなたにこれを使うことになるとは思わなかったわ。でも時間も惜しいし……悪いけど消えてもらうわ」
次の瞬間、破砕音と粉塵を残し篠の姿は消えていた。
一瞬の後、明の前に姿を現した篠は、明の左腕を掴んでいた。
「二神君の能力は傷つけば傷つくほど力を増す──だったわね。でもその力には限界がある。
 余りに血を流し過ぎると命の危険に関わってくる。故に回復に専念しなければならない。
 彼は輸血パックを持ち歩いてそれを補っていたけど……あなたはどうかしら?」
──グシャ。
不快な音と共に明の左腕が"潰れた"。そう──折れたのではなく篠の掴んでいた部分が跡形もなく"潰れた"のだ。
「!!!???」
声にならない叫びを上げながら飛び退る明。それを篠は冷ややかな視線で見ながら告げた。
「叫ばなかったのは大したものね。……そう言えばさっき、獅子堂君にこう言ってたわね。"今のあたしを舐めている"──って。
 そうね、確かに舐めていたかもしれないわ。でも、それももう終わり。ここからは一切の容赦はしない。──いえ、出来ない。
 確実にあなたをしにいくわ。死にたくなければ足掻いてみることね。──この『デストロイ・アーマー』に触れられないように」
【御影 篠:『デストロイ・アーマー』を発動。明の左腕を粉砕する】

42 :
>>36 >>37 >>40 >>41
バチバチと火花を散らす明の『光輪眼』。それを貫く獅子堂の『銃剣』―――人外の高速戦の、最初の一撃を制したのは獅子堂だった。
だが、痛みに怯む様子も無く、明は掌を貫通する刃をがっしりと掴んだ。それも万力の様な握力で。
刃を掴む明の手の皮が裂け血を噴き出す。だが握力は僅かも衰えない。否、むしろ増大している。
(…この―――)
「結局あんたも御影と同じ―――」
瞬間、獅子堂は顔を鷲掴みにされて体は宙を舞っていた。そして巨大な岩塊に頭から叩き付けられる。
常人なら頭蓋骨が爆ぜて、血肉と脳漿を撒き散らして絶命していただろう。
だがとっさに念動力を頭部に集中させて不可視の兜を形成したが故に、獅子堂は助かった。
(―――膂力…!! 『蒼纏』第1段階では太刀打ちできない!)
「―――今のあたしを、舐めている」
仰向けに倒れる獅子堂に伸し掛かりながら、明はそのまま刃の刺さった左手を後方へ引く。獅子堂の肘の関節がみしりと軋む。
(…流石は異能の名工の戦闘服だ…普段着ならとうにボロになった上に俺の左手が無くなってるぜ―――っつ!)
明が伸ばした腕は獅子堂の首に手を掛け、そのまま骨を砕かんばかりの勢いで締め付ける。
「三人相手にする、って言ったわね? ……難儀な性格してるよ、あんた。わざわざ自分の敵を増やすとは。
 けど安心なさいな。あんたは“一人目”で終わりよ」
「…かはっはな、アフォぐぁ(掛かったな、阿呆が)」
渾身の力が込められようとした瞬間に生じた、僅かな隙―――銃声が響いた。
自由だった右手の拳銃から放たれた弾丸。あさっての方向に向かったはずの弾丸は軌道を変えて明の首を貫通―――
魔弾『奇術王の流星』―――思うがままに速度も軌道も変幻自在の魔弾。
顔に明の血を浴びながら、生じた隙に獅子堂は立ち上がり後方へ跳躍。
「…ゲホッゲホ…ったく、どこぞのヤンデレか? 戦い方といい、止めに絞を選ぶトコといい…」
決して小さくはないダメージ。しかし軽口を叩くだけの余裕はまだまだ持ち合わせているようだ。
対して明は貫かれた首から大量の血を流し、虚ろな目で獅子堂と御影を見やる。
常人なら即死か、あと数秒で死に至るだけの出血量。だが、明の口から出たのは―――
「―――「『レッド・アームズ』―――発動」
「高槍 一成……どうやら本当に近くにいるようだね。けど、手助けは必要ないよ。
 これはエンジェルの仕事だ。あんたは見てればいい。……二人が死んでいく様をね!」
刹那、響き渡る轟音。巨大な岩が空中に蹴り上げられ、砕けながら降り注ぐ。まさしく“弾岩”だった。
(…二神の能力…あんな特異な邪気眼の持ち主はそうそういない。恐らくさっきの果実が―――っ!)
「―――かはっ!!」
突然の激しい首の痛みに獅子堂は膝を折り咳き込んだ。手で口元をぬぐうと僅かだが血がこびりついている。
(…さっきのでやられたか…! 不味い―――!)
その目に飛び込んできたのは『ブラッド・レイ』。昨晩手に入れた戦闘服でも耐えられるかは怪しい。
加えて集中力の乱れによって念動力の魔弾が勢いを無くしている。防壁の展開も間に合わず赤い光線に貫かれるのを覚悟したが―――
「余計なお世話かもしれないけど、あなたの体を考慮してのことよ。我慢して頂戴」
背後から抱きつき、身を挺して獅子堂を救ったのは御影だった。大きな後方への跳躍によって弾岩と『ブラッド・レイ』は標的を撃つ事無く地を穿つ。
着地とともに御影と獅子堂は体を離した。喉の奥からまだ血の味がする。
「さ、もう一度選手交代ね。あなたは少し休んでなさい。 背後からいつ狙われるか分からないから、背中を守って頂戴」
「ラージャッ…げっほげほ! 自信満々な台詞を吐くと後が格好悪くて仕方ねえ…けど―――」
御影の背後に立ち、見据えた先には人の姿。他ならぬ『銀の魔槍』―――高槍 一成―――の姿があった。
「―――反省した俺は物凄〜く強いぞ? 高槍サンよ」
【獅子堂 弥陸:首にダメージを負うが戦闘続行可能。姿を現した高槍と対峙】

43 :
>>42
御影と明の戦闘が開始され、高槍は獅子堂同様その様子を見物していた。
先に仕掛けたのは明のほうであった。
彼女は懐から取り出した林檎を一口頬張った。ただそれだけで、彼女の身に異変が起きた。
どこからともなく現れた赤い霧が、シスター姿の少女の体を包み込んだのだ。
そこから先は拳や手刀の乱打による、目にも止まらぬ高速戦闘。
(なんだありゃあ。あいつは自分自身で天然の邪気眼は持っていないと言った。
 と、なると手の人工邪気眼と併用して力を発揮する薬物――いや、てーよりまるまる新しい能力を一つ手に入れた感じか)
高槍自身は違うのだが、秋雨一派には科学畑の人間が多い。
流辿はもちろんのこと、スイーパー時代にその彼の補佐をしていたロイドやチェシャ猫も特に薬学に関することは流辿を凌ぐ知識を持っていた。
(俺にはさっぱりだが、秋雨さんや猫の奴に伝えといたほうがいいか。ま、俺が興味を示してんのはその林檎で得た戦闘能力のほうだからってな)
そこから戦闘は御影が仕掛けた策による駆け引きが行われるものの、静観していた獅子堂の乱入により戦局は一気に加速した。
「脆弱な精神ゆえに8年前に逃げ出したお前に、俺が倒せるか? この姉妹の窮地を救えるか? 無理だな! せいぜい今から逃げ支度を始めるがいいさ!」
人工眼を破壊した獅子堂が標的を高槍を含めて三人の相手をしようと宣言した直後、明の反撃はすぐさま始まった。
体が接するほどの超近接戦において、明が自分よりも一回りも大きな獅子堂を締め落とす前に銃王が放った魔弾が相手の首を貫いた。
それで勝負に決着が付けられたかのように思われた。だがワインサーバーの様に首から赤い液体を流してもなお、二条院明は絶命していなかった。
(あれも身体能力に次ぐ、あの林檎で得た能力か。打撃が主力となって首を撃ち抜かれても死なない生命力。
 確かそんな邪気眼を持ったスイーパーの情報をロイドさんから聞いたような……二神って名前だったか)
「高槍 一成……どうやら本当に近くにいるようだね。けど、手助けは必要ないよ。
 これはエンジェルの仕事だ。あんたは見てればいい。……二人が死んでいく様をね!」
そこから、血塗れの姿となった明は岩石と血の光線による複合攻撃を御影の手助けもあり二人は無傷で躱しきった。
そして対峙する、触れたものを破砕するデストロイ・アーマーを発動した御影と有限ながらも不死に近い体を持った明。
(本来の偵察っていう名目を考えたら、こりゃあ十分すぎるほどの情報を得たな。エンジェルの地雷人形に、怪しげな林檎。
 そしてスイーパー御影が持つ邪気眼による大技。あと、怪しいといえば――)
高槍は自分が潜む茂みの近くまで後退してきた獅子堂と、一番遠い場所でいまなお無言で佇む茜を見据えた。
(これほどの戦闘をまえにしても加勢するどころか一言も言葉を発しないあの嬢ちゃん。あの姉妹には何かある気がするってな)
そして秘密の大部分は姉の茜が持っていると高槍は直感する。
彼は己の乏しい知識より、長年の経験で勝ち得た第六感を信頼していた。ただ、周囲の人間からは「馬鹿の勘頼み」と揶揄されているのだが。
そして、もうひとつ。
(獅子堂が俺にした挑発。あれは俺の存在どころか、この状況での『立場』まで把握した物言いだった。つまり……あー、つまり……)
高槍は本来、細々したものを考えるタチではない。
しかし、八年間裏の世界を渡り歩いてきた経験と現在一人で行動していることによって慎重に物事を進める癖をつけようとはしていた。
だが、それも限界であった。
なにせ戦闘に関して特別な感情を持つ槍使いである高槍が、これほどの肉弾戦をまえにして我慢など出来るはずもない。
(だー! もう面倒くせーって! 獅子堂になんかあるんなら実勢に戦って確かめればいいだけ。そうなりゃ即時即決即刻即行!)

44 :
茂みからひと跳びで獅子堂の眼前に現れる高槍。
天高く昇った太陽がその姿を映し出す。深緑色のカーゴにブラックのミリタリージャケット。
そして、広い肩幅と必要な筋力だけを極限まで鍛え上げたことが服の上からでも分かるブレのない体幹。
一目でインファイターだと相手に認識させる体の右手には銀色一色に染め上げられた二メートル弱ほどある槍が握られていた。
「ラージャッ…げっほげほ! 自信満々な台詞を吐くと後が格好悪くて仕方ねえ…けど―――」
 ―――反省した俺は物凄〜く強いぞ? 高槍サンよ」
「へ、元々の標的であるエンジェルを放っておいてでも俺とやりたいってか。嬉しいねえ、俺も同じ気持だよ獅子堂。
 偵察なんかより闘い(コッチ)のほうが万倍良い」
二人は対峙する。そこに再開の挨拶や言葉はない。あるはずがない。
過去がどうであれ、現在の二人はスイーパーと異能犯罪者なのだから。
「さぁ、来いよ獅子堂。先手は元後輩であるお前に譲ってやるって。どっからでもきな」
高槍は半身の体勢で穂先を上段に向ける基本的な迎撃態勢を構える。
獅子堂も魔銃から銃剣を現し、万全の態勢を整えた。
―――――――。
一秒にも満たない永遠のような静寂、そして。
―――――――!!
獅子堂は動いた。その両手の銃から大量の銃弾を撃ち出しつつ、こちらへと突進してくる。
弾丸は八つ。全て、体の各急所を目掛けて飛翔する。
「はあああ!」
それに対し、高槍は堂々と両手で握りしめた獲物を放つ。
槍は剣に比べてリーチが長く、威力もあるがとりまわしは剣より断然難しい。
故にただ振るうだけでは、変幻自在に軌道を変える魔弾を防ぎきれない。
そこで高槍がとった行動は『突き』。
全ての弾丸が軌道を変えるよりも速く、突き砕くことであった。
ガガガガガガガガッ!
音速を超える弾丸を超える速度での連続突き(ラッシュ)が火花を八度散らす。
それは獅子堂が昔見たものとは比べ物にならないほどの速度と破壊力であった。
だが、その程度で怯む銃王ではなかった。彼は高槍が突きに割いた時間と隙を見逃すことなく、銃剣を振るった。
脇腹を抉るようにように振るわれた剣を、しかし銀槍は弾いた。
槍をバトンのようにクルッと反転させることで銃剣のさらに下から槍の柄が押し弾いたのだ。
だが、獅子堂の攻撃は止まらない。もう片手の銃剣を高槍の顔面目掛けて突き出した。
高槍は反転させた槍の遠心力すことなく、片手首の回転を利用してさらに槍をその場で回転させることで今度はその刃を上から打ち落とした。
三段構えの攻撃を防がれた獅子堂と槍の不得意とする間合いに入られた高槍はお互いに後退し、一度距離をとった。
「ハッ! いいじゃねえか、いいじゃねえか! 正直、剣が届く間合いに入られるとは思わなかったぜ。 想像以上だ。
 だがな、俺の能力を忘れちゃあいないよな」
高槍が指差したのは先程の攻防で火花を散らした銃剣であった。
その銃剣の一部分がなんと錆びれた銀色に変色していたのだ。
「『悪銀擬せ』――俺の槍に触れた無機物は全て銀に、しかも錆びれた銀へと変換されるってことだ。
 気を付けろよ。お前の二つ名の由来にもなっているその魔銃を、ただのガラクタにはしたくないだろ?」
高槍が再び、槍を構える。
そして、今度はこちらの番だとでも言うように、獅子堂へと駆け出して接近する。
先程の穂先が見えなくなるほどの速さを持った連続突き(ラッシュ)を次は守りのためではなく、攻撃のために繰り出した。
【高槍:獅子堂の前へ姿を現し、槍による連続突きを放つ】

45 :
追記
「『悪銀擬せ』――俺の ⇒ 「『悪銀擬せ(コンタクト・カロウジョン)』――俺の

46 :
「ぬぅん!!」
圧倒的ともいえる意が拳の形となって空間を走り、黒羽の頬をかすめていく。
それだけでも頬が裂け、細かな血しぶきが空に散る。
直撃(当た)らなければどうということはない──
とはいえ、かすっただけでもこの威力とあらば、下手に闘いを長引かせるわけにはいかない。
ならば狙うはただ一つ。相手に反撃の間を与えず速攻で沈めること──。
「はぁぁぁあああッ!!」
半身の体制でかわした黒羽は、そこから素早く体重を利き足に乗せ、勢いのついた右拳を暗道に叩き込んだ。
まるで鉄を殴ったかのような感触が伝わるが、それでも渾身のレバーブローは確かに筋肉の壁を突き破っていた。
(やはり純粋な肉体強化能力者でない分、こちらの攻撃も通じる──)
「ぐぅ!」
怯む暗道。その隙を、黒羽が見逃すはずがなかった。
「おおおおおおおおおおッ!!」
更に踏み込み、体を密着させ、そこから今度は両腕をもってさながら弾幕の如くラッシュを叩き込んでいく。
格闘術に置いても常人を遥かに上回る技量を持つ黒羽の拳打である。
仮に相手がプロのボクサーであっても、これを喰らえば呆気なく沈むに違いない。
だが、相手の技量がそれと同等かそれに近い、あるいは上回っているならば、この時点で沈む道理はないのだ。
「──ぬん!」
その一声と共に、黒羽の首が自らの左側背に曲がる。
目線がブレ、右頬に突き刺さった強烈な衝撃が彼の脳を揺さぶった。
「──がっ!」
左フック。これまで機関銃の如く猛威を振るっていた拳打が、その一発に止められた瞬間であった。
「己のダメージを最小限にする為に、極端な短期決戦で決着をつける──
 なるほど、お主の狙いは悪くない。じゃが残念じゃのう。お主の拳は確かに重く、速いが──」
体勢を立て直す間もない。直後に鳩尾に叩き込まれたアッパー気味の拳が、黒羽の胃液を逆流させた。
「一発の重みは、わしの方が上じゃ。──さぁどうした! まさかもう終わりではなかろうなぁ!?」
続いて右フックが左頬に、間髪入れずボディーブローが瞬間百発超も叩き込まれる。
黒羽ならば喰らった瞬間にその身体能力を活かしてダメージを流すこともできるだろう。
だが、片足を固定されてしまっていては、それを満足にできようはずもない。
「ぐっ……はぁあ……ッ!」
血反吐、血反吐、血反吐。内臓までもが逆流するのではないかと思わせるような、激痛の嵐。
もはや意識が飛んでいてもおかしくはない状況下であったが、それでも黒羽の精神は乱れていなかった。
反撃、そして決定打を放つチャンス……それが次の暗道の攻撃の瞬間にあることを、悟っていたからである。
「残念じゃが、どうやらこれで終いのようじゃのう!」
空気をうならせ放たれたのはややフック気味の左ストレート。
それはダメージを負った黒羽では決して避けられないだろうと確信できるスピードがあった。
ところが結果は、その予想の正に真逆をいくものであった。なんと完全に空を切ったのである。
「!?」
暗道は驚いたが、それはかわされた事を単に驚いたのではなかった。
彼が驚いたのは、黒羽が“拳を繰り出されてから避けた”のではなく、
“繰り出されるよりも先に回避行動に移っていた”ように見えたことであった。

47 :
人間の最大の死角といえば背後だが、今の黒羽にはそれと同等の死角がもう一つ存在する。
それは視界を失った右側面である。
相手が素人ならばともかく、異能者ともなれば敵に生じた死角を突こうというのは当然の心理。
なれど、暗道自身が自らの機動力を封じている今の状況では、背後を取られることはまずない。
となれば、予め相手の攻撃ポイントを右側面に限定しながらタイミングを計っていれば、
かわすだけでなく逆に反撃の好機を生み出すことすら容易いというわけだ。
「敵の死角をつくのは戦術の基本中の基本。来ると思ってたぜ、“右”からな」
隙だらけとなった暗道の懐に入り込んだ黒羽は、その左目に不敵な色を滲ませた。
「──おのれ!」
必の左拳を外し、一気に窮地に陥った暗道からすれば、
ジ・エンドとなる前に何とかして懐の不敵な侵入者を排除する必要がある。
そこで彼が取った行動は右のローキック。
なるほど、それもそうだ。彼の左脚は黒羽の利き足を固定するのに使われている。
左手、左脚が使えないのならば、残った右手か右足か、あるいは頭を使うしかないのが道理。
「諦めろ。もう、お前の負けだ」
だからこそ──それは黒羽にとって十分すぎる程の想定内で、もはや苦し紛れの一手としか映らなかった。
「ヒュッ!」
肺に溜まった空気を吹き付けるように吐き出して繰り出した強烈な右フックが、暗道の下顎にヒットする。
「がっ……!」
途端に暗道が繰り出した脚を止めて、視線を宙にさ迷わせながらバランスを崩す。
彼は知る由もないが、彼が喰らったフックの威力は、先程黒羽の脳を揺さぶった衝撃に倍するものであった。
「一発の重みはお前の方が上、とか思ってたようだが……そんなことはなかったな? 爺さん──よ!」
「おごぉっ!?」
続いて腹部に一発。その時、まるで岩でも砕いたかのような炸裂音が、暗道の体内を駆け巡っていた。
涎を垂らし、脂汗と苦痛に塗れたその顔からは、今にも血走った目が飛び出しそうだ。
「あがっ、がっ……! お、おの……おぉのお……れッ……!」
声に怒気とドスを交えながら、ワナワナと慄く暗道であったが、既に体が戦闘に耐えうるものではないのは明らかであった。
だが、かといってここで戦闘を終わらせるほど、黒羽の性格は甘くない。
すっ……と両手を構えた黒羽は、静か過ぎるほどの穏やかな瞳を以って彼を見据えた。

48 :
「……!?」
暗道は凍りついた。彼は本能的に察知していたのである。
この思わず背筋が凍りつくような不気味な静けさこそが、“嵐の前の静寂”というものであることに。
「さっきのパンチ(借り)を返してやる──嫌とは言わせねぇぜ──」
「まっ──まままま待てェ! わしをしたら────」
暗道が全てを言い終えることはなかった。
彼は言葉の途中で全身に、正に嵐と化したとてつもない数の拳打を喰らって吹っ飛ばされ、
遥か後方の建物の壁をぶち破って沈黙してしまったからである。
「お前の身柄はいずれここに踏み込んでくるISSによって拘束されるだろう。それまで精々いい夢見るんだな。
 それにしても……ったく、慣れないことさせやがって……」
少々、赤みがかった手を小刻みに振るわせ、黒羽はふと視線を横に移した。
そこでは、『透鎖強縛』によって動きを封じられていた女達が、気を失ったようにグッタリと倒れ込んでいた。
暗道が戦闘不能になったことで洗脳が解けたのか……いずれにしてももはや無害となったと見ていいだろう。
パチン、と指を鳴らし、『透鎖強縛』を解いた黒羽は、また視線を移した。
今度の方向は気が充満し、強烈な闘気が交錯する館の北西方向──。
(俺以外の侵入者……となると獅子堂や御影センセイの可能性が高いな)
黒羽は一度、門番が誰一人としていなくなった館を見たが、直ぐに向き直って北西方向に歩を進めた。
落葉の秘密を聞き出そうとボスの下に向かっても、鼓膜が破れている今の状態では意味がないからである。
だからまずは御影と接触して傷を治してもらう必要があるのだ。
(もっとも、センセイが生きていなければこれも無意味だが、な……)
瓦礫の中で埋もれる暗道を一瞬見やった黒羽は、最後に舌打ちを一つ、その場に残して去っていった。
【黒羽 影葉:暗道を撃破。聴覚、右目を失い、更に全身に数十箇所の打撲と骨折を負うも、戦闘は未だ可能】
【暗道 影貴:再起不能】

49 :
>>40>>41
何の前触れもなく突如として潰れた左腕。その現実は、明にかつてない動揺を齎した。
(なんだ──? 何をした──! あたしは何をされた──!?)
単純に想像を絶する怪力を以って潰されたのか、それとも異能力か──。
答えはわからない。仮にどちらかだとしても、脅威には違いない。だからこそ動揺もする。
だが、思いが錯綜し混乱するその頭とは裏腹に、肉体は目の前の脅威に対して強固に反応していた。
下半身を包んでいく赤い装甲。残った右手に形成されていく、巨大で鋭いカギ爪。
強大な力をもって粉砕されたのならば、それより上の力をもって逆に粉砕してやればいい──。
明は、体内の果実がそう語りかけてきたような気がした。
          アームドコンプリート
「レッド・アームズ、武装完了──!!」
無意識の一言。
そして、明はその一言を文字通りその場に残し、圧倒的な脚力を以って御影に迫った。
カギ爪をギラリと鈍く光らせて。
「負けられないのよ──負けられないのよ! あたしはァァァァアアアアア!!」
今の彼女の目に宿るは尋常ならざる執念──そして、一つの思い。
御影と接触するまでのほんの僅かの刹那、彼女は確かに思い出していた。
今から八年前の、オーストリア首都ウィーン郊外での余りにも苦い記憶を。

50 :
八年前──二条院 明はウィーン郊外に位置する孤児院に暮らす、十二歳の少女であった。
元々日本の京都で生まれ、四歳の頃に貿易商を営む資産家の両親の都合で海を渡ってきたのだが、
八歳の頃に両親の会社が事業拡大に失敗、倒産したのが原因で一家が離散してしまい、
以来、自身が望むと望まざるとに関わりなく長い孤児院での生活を余儀なくされていたのである。
そこでの生活は正に困窮を極めた。
毎日の食事は具無しのスープと味付けの無い生野菜が基本で、
子供に人気のメニューが食卓に並ぶことなどほとんどなかった。
それでも、そこに住む子供たちは笑顔を絶やさなかった。
何故ならそこには人がよく面倒見が良いと近隣住民から評判の神父と、腹を割って話せる多くの仲間達がいたし、
そして何より、二条院 茜がいたからである。
彼女は可憐な容姿と誰隔てなく笑顔を振り撒ける性格、そして強い正義感とリーダーシップの備わった子だった。
だから男子は勿論のこと、女子にも慕われていた。
明はそんな姉が自慢であったし、理想の存在だった。
けども、引っ込み思案で人とまともに話すことができず、
孤児院内でも孤立していた明にとっては、同時に嫉妬の対象でもあった。
何故、姉妹でこうも性格が違うのか。何故、姉には光り輝くもの全てがあって、自分にはないのか。
そして、何故自分にある“忌わしいもの”が、姉にはないのか。──世の中、不公平だ。
明が孤立していた原因の一つに、彼女の右手に生まれつき在った“眼”があった。
それは時に自分の意思一つで不思議な事を起こしてくれる魔法の杖になるけれども、周りはそれを忌避の対象とした。
自分とは違う、という理由だけで人は人を差別することができる。
特に純粋な子供の世界ともなればそれは時に大人以上に残酷な形となって現れるものだ。
明が人とまともに話せないのは、過去のそういったトラウマが原因でもあった。
明は自分の手に在る眼を憎み続けていた。そして、その憎悪が姉に対する屈折した心理を生んだ。
それが不可抗力の、自然な成り行きの産物だとするならば、
その思いがやがて一つの形となって爆発したのも、ある意味当然だったのかもしれない。
そう、“それ”が起きたのは、明が十二歳の時のある初夏の日のことだった。
神父から買い物を頼まれ街へ出かけた明の前に、一人の黒服の男が現れたのだ。
男は自分の名も名乗らず単刀直入にこう言った。「君は包帯を巻いているが、その下には眼があるんじゃないのかね?」と。
明は驚いたが、自分でも奇妙と感じるくらいに素直に頷いていた。
あるいは包帯に隠された眼の存在を見抜いた男に、ある種の期待感のようなものを覚えたのかもしれない。
もしかするとこの人も同類なのではないか……と。
「やはりそうかね。君はその眼を疎ましく思っているのではないかね?
 なに、私も君のような人をこれまで何人も見てきているからね。目を見ればわかるのだよ」
結論から言えばその男は異能者ではなかった。
だが、この後彼が続けた言葉は、明の淡い期待感を一挙に満たし、それを高揚感にすら変えるものだった。

51 :
「私はある研究所で働いている者で、君のような眼を持つ人間について調べているんだ。
 ……そこで相談なんだが、どうかね? 私の研究所へ来てみないか?
 もしついて来てくれるならば君が忌わしく思っているその眼を、君の手から“除去”してやってもいい。
 ただし、だ……それには一つ条件があるんだがね……」
それに対して明は自分がどう返答したかは覚えていないが、それを思い出すことに意味はない。
何故なら、明は確かにその男について行ったのだから。
眼の除去とやらは簡単だった。いや、実際に簡単だったかどうかは定かではない。
麻酔を打たれ、半日後に目覚めた時には既に除去手術が終わっていたから、明自身が勝手にそう判断しているに過ぎない。
とにもかくにも、その日を境に明は異能者から非異能者へと変わった。
……ある人間を犠牲にして……。
次の日、孤児院に戻った明は、帰りが遅いのを心配した神父から捜索願を出されていた事を知った。
そして、自分を探しにいって戻ってこなかった姉・茜の捜索願が出されていることも。
姉の安否を気遣う神父を横目に、明は微かにほくそ笑んでいた。
男が出した条件──それは「一人、私の実験につき合わせて欲しい。私の研究所に呼んでくれないか?」。
その一人に、明は自分の姉を選んだ。
「大丈夫、命に関わることはしないし、直ぐにお家に送り届けるよ。ただ少し、怖がらせてしまうかもしれないけどね」
明が茜を選ぶには十分な言葉だった。
何もかもが完璧で、誰にも好かれ慕われている姉。それが命に関わらない範囲で、少し怖がる実験に付き合う。
精々泣いて戻ってくればいい。それで弱いところを皆に見られて、幻滅されればいい。
それは姉に対する小さな復讐であり、可愛いイタズラ────そのつもりであった。
しかし────結果はもはや可愛いイタズラなどと済まされるようなものではなかった。
茜の捜索願が出されてから二週間後、彼女は孤児院の前の道端で倒れているところを発見される。
それも思わず目を覆いたくなるような変わり果てた姿で……。
服はボロボロ。体には無数の傷と、手術の痕。
その顔には笑顔が無く、感情が無く、生気が無かった。
代わりにあったのは──掌からギョロっと見つめる、かつて自分が忌わしく思っていたあの眼──。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!!」
抱き抱え、必死に揺さぶっても目はうつろで、姉は何も発しようとしなかった。
──これが実験──? 明はようやく自分が取り返しのつかない事をしたのだと悟った。
「あたしの……あたしのせい……で……。いやだよ……こんなのいやだよお姉ちゃん…………
 うっ……ぁぁ…………うわあああああああああああああ……!!」
泣いても、後悔しても目の前の現実は変えられない。
研究所を尋ねても、既にそこはもぬけの殻で、この時、頼れる人間は誰一人としていなかった。
だから明は誓ったのだ。
「お姉ちゃんは……あたしが必ず治してみせる。そしてその時まで、お姉ちゃんを護ってあげる。
 例えあたしの魂を悪魔に売り渡すことになろうとも、絶対に死なせない……! それがあたしの償いだから……」
明が茜をつれて孤児院を飛び出すのはそれから半年後。
そして、生まれ故郷の日本で天使という人物に出くわし、
茜と組織を護る『護天使』として彼の配下に就くことになるのは四年後、彼女が十六になった時である。
【二条院 明:完全武装発動。御影に超高速で接近する。回想により過去が明らかとなる】

52 :
>>49
左腕を破壊されたことによって、明は目に見えて動揺していた。
(かなりキてるみたいね。後一押しって所かしら)
しかしそこは流石に一般の雑魚とは違う。明は動揺しながらも再び右腕に巨大な爪を形成していく。
(まだやる気は十分みたいね。いつまでもつかしら。
 それにしても後ろのあの子は姉妹があそこまでやられているのに動く気配すらない。
 それにこの子、何か必死にあの子を闘わせないようにしているみたい)
目の前の明の武装を見ても顔色一つ変えずに分析する篠。
それは目の前にいる明が既に脅威ではないことを悟っていたからなのかも知れない。
          アームドコンプリート
「レッド・アームズ、武装完了──!!」
武装を終えた明が超高速で突っ込んでくる。
「負けられないのよ──負けられないのよ! あたしはァァァァアアアアア!!」
「真正面からの突進……あなたの方こそ私を舐めているんじゃなくて?
 ──力の差を学習していきなさい」
目の前に接近していた明が高速で右腕を振り下ろす。同時に巨大な爪も迫ってくる。
しかし篠は避けるどころか構える素振りすら見せず、目を閉じてその場に佇んでいた。
一瞬の後──辺りに夥しい量の鮮血が迸る。その血溜まり中心には二人の人物が立っていた。
篠と明──両者共に倒れてはいなかった。一瞬前と同じ光景である。
ただ一つ、一瞬前とは異なる点があった。明の右腕である。
先程まで形成されていた巨大な爪は、切れさっぱり姿を消していた。
爪が直撃したはずの篠も変わらぬ状態で佇んでいる。外傷も見当たらない。
ではこの辺りに飛び散った血液は誰のものなのか?──そう、これは明の爪を形成していた血液なのだ。
「──!?」
驚愕の表情で一瞬固まる明。しかし反撃を警戒してか、すぐさま後ろに飛び退った。
「どうして、って顔してるわね。でも至極簡単なことよ?
 あなたの爪より私の鎧の方が強かった──ただそれだけよ」
そう言って一歩踏み出す。と同時に地面に亀裂が入り、足をつけた地点が砕けた。
更に一歩踏み出す。──やはり同じ現象が起きる。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか」
そして三歩目で地面が爆発、篠の姿が消える。
一瞬で明の下に辿り着き、下から腹部目掛けて掌底を放った。
グシャッボキボキッ──
複数の骨の折れる音と共に、明の体がくの字に折れて上空へ飛ばされる。
篠は攻撃の手を緩めず自身も飛び上がり、空中で一回転すると明の背中に容赦なく踵落としを叩き込んだ。
再び骨の折れる音と共に地面に激しく叩きつけられる明。篠はそのすぐ横へと降り立った。
「二神君の能力の弱点は"傷を負わなければ発動できない"こと。
 こうして内部から破壊すればこれ以上強化されることなくダメージを与えられるわ。
 ……まだやる?触れる事すら出来ないあなたじゃ勝ち目はないと思うけど」
とは言え篠自身もあまり闘いを長引かせたくはなかった。
触れるもの全てを破壊するデストロイ・アーマー。
一見すると最強の能力に見えるが、その実それは諸刃の剣であった。
強すぎる破壊の力は自身の体にも影響を及ぼす。その為常に内部から再生の力を働かせ続けなければならないのだ。
故に、常に莫大な異能力を消費し続けなければならない。このまま闘い続ければもって後十分、といったところだろう。
「あなたに闘いの意思がないのなら、命の補償はするわ。後ろのお嬢さん共々、ね。
 して欲しいならそうするけど」
【御影 篠:明を重傷にし、戦闘継続の意思を尋ねる

53 :
>>52
「うああああああああああああああああああっ!!」
負けない。負けるわけにはいかない。自分のため、組織のため、そして何より、姉のためにも──。
完全な徒手空拳となりながらも、明は全ての力を込めたその右拳を必死に振るった。
「がほっ!!」
しかし、それはとうとう御影には届かなかった。
無情にも、渾身の凶拳をその身に受けて沈む運命が待っていたのは、明の方だったのである。
「二神君の能力の弱点は"傷を負わなければ発動できない"こと。
 こうして内部から破壊すればこれ以上強化されることなくダメージを与えられるわ。
 ……まだやる?触れる事すら出来ないあなたじゃ勝ち目はないと思うけど」
冷やりとした目つきで文字通り明を見下ろす御影に、明はもはやなす術がなかった。
如何せん血を流しすぎた。精神(こころ)が望んでも、肉体がもうまともに動かないのだ。
「ちく、しょう……!」
ギリッ……と、唇を噛み締めて、明は遠く一人でぽつんと佇む茜を見やった。
相変わらず無感情な目をしている。肉親が倒れているというのに、未だ加勢する気配もない。
(……茜……)
だが、それでいい。彼女は「手を出すな」という命令を忠実に守っているのだ。
明が「攻撃しろ」と新たに命じない限り、彼女は加勢しないだろう。そう、それでいい。
「……あたしの……あたし達の……負けよ……」
もう闘いは終わったのだ。そして、もう終わりにしなければならない。
その純然たる思いは素直な降伏の言葉となって表れ、体を覆っていた装甲を氷のように融かしていった。
二条院 明の敗北。それはここに集った敵の内、残るは『高槍 一成』一人に絞られたことを意味していた。
そのことは御影や獅子堂は勿論のこと、当の高槍も理解していたに違いない。
もっとも彼のことだ。数の上で不利とはいえ、このままあっさり引き下がる気はないだろう。
つまり天使の下に行くには、もう一つの高槍という障害を突破しなければならず、そこに更なる戦闘が生じるのは必定──。
(……!?)
ところが──その予想を裏切る事態が起きたのは、その時であった。
「あ゛ー……」
これまで終始無言だった茜が突如として口を開いた途端、敷地内のあらゆる場所で破裂音が轟き始めたのだ。
破裂音を発しているのは館の周囲に無数に生えている木々の葉。
まるで目に見えない何かの力に反応しているかのように、とてつもない数の木葉が盛大に四散しているのだ。
その異常なまでの光景はここに集った者達を即座に圧倒し、やがてそれを引き起こした張本人が彼らの視線を独占した。

54 :
「あ゛ーーう゛ーー」
二条院 茜。これまで命令のみを忠実に守ってきた静かなる存在が、とうとう自らその牙を剥いたのである。
「あ……かね……」
しかし異様だったのは、この中で最も恐怖を覚えていたのが敵意を向けられて当然の立場である獅子堂らではなく、
同士であり、かけがえのない肉親であるはずの明だった点である。
ただ、順序を思えばそれは不思議でも何でもない。この場合、彼女をよく知る者こそが恐怖するのが当たり前なのだ。
(なぜ……どうして……!)
自問。そしてある可能性が浮上した時、彼女は自答した。
(まさか……! 暗道の奴……やられたのか……!?)
確かに同時刻、南の館付近で黒羽 影葉が暗道 影貴を撃破していた。
もっともされたわけではないが、その違いを論じることなど大した意味は無い。
何故なら、二条院 茜が覚醒(目覚め)たのは、事実であり現実なのだから──。
「何を……している……! 早く……早く逃げろお前たち! 死にたいのか……!?」
彼女の言葉は同盟組織に所属する高槍だけではなく、組織にとって敵である筈の御影や獅子堂にも向けられていた。
完全な利敵行為であるが、茜に隠された秘密を知る者であれば、この際致し方ない。
二条院 茜──過去の特殊な事情から邪気眼を得て、精神が極めて不安定になった彼女は、
普段は暗道の暗示能力によって“力”を封印され、他の幹部に従順になるように刷り込まれている。
何故か? そうしなければ自分たちは愚か、ボスの天使でさえ危険だからである。
理性もなければ情もない、敵や味方を区別し、解する能力すらない。
ただ思うがままに目に映るものを破壊するだけの、ひとたび野に放てばもう誰にも止められない悪魔──。
彼女について、かつて暗道 影貴はこう言った。エンジェル“最強の幹部”──『大天使』だと。
そして天使長、天使 九怨はこうも言った。“自分すら凌ぐ力を持つ魔神”──『聖魔天使』と。
「オ……マ……エ…………チギ……レ……ロ……」
瞳孔が開いた不気味な瞳で御影を見つめる茜。
その瞬間、それは起きた。──御影の左脚が体の構造を無視した回転をし、千切れ飛んだのだ。
それは『言霊眼(ことだまがん)』と呼ばれる、彼女の圧倒的な邪気眼が発動したことを意味していた。
【二条院 明:戦闘不能。降伏する】
【二条院 茜:暗道の敗北によって封印が解け、能力が発動。なお発動対象はこの場に居る全ての人間である】

55 :
応龍会で事情を話した後、二神は支部に戻った。
失った回復用の輸血パックの補充と、私物の回収、及び状況報告の為である。
得られた情報は少なく、疲労に包まれた二神はそのまま自宅へと帰っていた。
朝。
朝食代わりに二神は栄養ドリンクのように鮮血を飲み干す。
彼と邪気眼は奇妙な共生関係にあり、血を飲むのを怠れば眼は二神の血を吸い始めてしまうのだ。
日課の訓練を終え、二神は専用端末に入ったスイーパーへの連絡を読んだ。
「…本部へ宣戦布告、か…物騒だな。
わざわざスイーパーを相手取るという事は、相手側にも使い手が居るという事だが…
警備部と治安維持部のみへの通達は、少々手ぬるくないか?」
彼は治安維持部へ配属された新人スイーパーである。
そうでなければ彼はこの連絡を読んですら居ないことになる。
(…相手は準備万端、それに対してこちらが受身…まずいな。
…治安維持部は見張りの強化…なら獅子堂は一度支部に来ているだろう。
あいつの手に入れた情報も聞きたい…取り合えず支部に出向いておこうか)
だが、支部には獅子堂の姿は無かった。
     レッドブーツ
「ああ、『赤い靴』。事件が目白押しで大変じゃねぇか、巡回強化だとよ」
「それより、…『魔銃』はどうした?あいつは連絡を受けて来ていないのか?」
「いや、見てねぇな。まぁ奴の事だ、何時も通りに変なヤマに首突っ込んで
動けねぇんじゃねぇか」
「端末検索をしてくれ。恐らく宣戦布告した相手の襲撃を、この警戒程度では防ぎきれない。
有力なスイーパーを出動可能にしておく必要があると思うんだが…。」
「…俺もそう思うな。まぁ薄々気付いてる奴も居るだろうが。
俺は支部に待機させるスイーパーをなるべく多目にしてみよう。
…おっと、端末…『魔銃』の場所が解った。磁場のせいで大まかにしか解らないが、
北部の山中…のどこかだ。悪いな、余り手伝いにはならんが、出来ればヤマを仕上げて
支部に呼び戻してやってくれ。待機スイーパーは多いほど良い」
「了解した。支部は頼む。何かあれば端末に知らせてくれ」
二神は支部を出て駆け出す。
獅子堂の居場所は北部の山中、だがもし戦闘に巻き込まれているならすぐに解るだろう。
宣戦布告へ備える為、速やかに事件を終わらせて支部に戻ろう、二神はそう考えていた。

56 :
ツタの館から更に2kmほど北西に進んだ場所にある標高2200mほどの名も無き休火山。
その頂上に位置する、冷んやりとした肌寒さが募る人気の無い噴火口に、二人の若い男女がいた。
そこから二人が望むのは、遥か視線の彼方で聳える厨弐市の荘厳なビル群……
などではなく、それよりも遥か手前で米粒のような大きさで佇む、緑に覆われた一つの寂れた館であった。
「見えるかい? あそこで何が起こっているか」
丈が極端に長いコートのような赤い装束と、銀髪のミディアムを風に泳がせた中性顔の男は、左横の女にその赤い目を流した。
「遠すぎて何も見えないけど、何が起きてるかは理解できるわ。すっごい邪気がビンビン伝わってくるもの」
一方の、前髪で片目を隠し、サイドの金髪をさながらドリルのような縦ロールに決めた女は、
唯一露にしたもう片方の青眼を妖艶かつ不敵に細めて見せた。
同じく赤い装束を纏いながらも、丈が短くやたらと露出の多い真夏の季節を思わせるようなその格好は、
男と全く正反対の瞳色や毛色と相まって、正しく男とは対照的なイメージを強烈に印象付けていた。
「エンジェル……ちょっと見くびってたわね。これってやっぱり『闇人(やみうど)』の気でしょ?」
次は私の番とばかりに流し目を返す女に、男は「まぁ、そうだね」と頷きながらも、直ぐに「でも……」と続けた。
「僕達とは少し違うね。これは闇人というより……むしろ『闇堕(やみおち)』に近いんじゃないかな?
 だってこの気は、まるで『闇』の力に呑まれているみたいだよ。自分の意思で制御できていないんじゃない?」
「つまり、出来損ないってこと? ふーん、侵入者達にとっては不幸中の幸いってとこかしら?」
「それはどうかな……。どんなに腕が立つ異能者でも闇の力を発症した者にはどう足掻いても勝てないさ。
 それが“摂理”。まぁ……いずれにしても……」
ビュゥ──と強い風が吹き、髪の毛がバサバサと盛大にはためく。
男は乱れた髪を整えるかのように頭を抑えると、先程、女が見せたような目つきをして、再度目を流した。
「ひととおり決着がつくまで僕らの出番は無いってことさ。エンジェルが勝とうが負けようが……ね」
「……ふ、そういうことね」
男と目を合わせて女はニヒルな笑みを浮かべた。
「……ところでさぁ、虎柄のって趣味悪くない? 変えた方がいいよ?」
「……あんたもその空気の読めない性格を直した方がいいわよ、マジで……」
折角の決め顔も雰囲気も一瞬にしておじゃん。女は、ただ男の無神経さに呆れるばかりであった。
【ツタの館から遥か2km西方の山の頂上から、謎の二人組が戦闘を観察。どうやらエンジェルでも流辿一派でもなさそうだ】

57 :
>>44 >>52 >>53
「さぁ、来いよ獅子堂。先手は元後輩であるお前に譲ってやるって。どっからでもきな」
その言葉を待っていたとばかりに獅子堂は高槍に鋭い気を込めた視線を投げかける。
それからどれ程の時間が経過しただろうか。10秒? 5秒? あるいは1秒にも満たなかったかもしれない。
まるで呼吸を合わせたかのごとく獅子堂は8発の銃弾を放ち、高槍は槍を突き出して駆け出した。
獅子堂の放った弾丸は主の意思のままに軌道を変えようとしていた。
その狙いは額、右目、首、心臓、肝臓、局部、右足首、左膝―――だが弾丸が軌道を正に変えようとした瞬間だった。
「はあああ!」
圧倒的な気迫と共に繰り出された突き。白銀の槍の穂先は全ての弾丸を捉え、打ち砕く。
(!…やはり―――)
腹が空いている。点きの動きによって高槍の体は若干だが前傾姿勢となり、脇腹がガラ空きとなった。
そこへ抉り取るような手捌きで右の銃剣を振るうが、高槍は得物に似合わぬ俊敏さでこれを弾き飛ばす。
(―――凌がれるか?)
左手の銃剣が高槍の眉間目掛けて突き出される。常人なら認識もできずに額を割られ、刃が後頭部まで突き出ても不思議ではない速度。
だが、高槍は捌き切った。魔槍の長さから生じるモーメントを利用した高速の回転。3段目の攻撃は真上から打ち落された。
そして互いに不得手な距離に身を置いた獅子堂と高槍は、これまた呼吸を合わせたように同時に後方へと跳んで距離を取る。
(威力、精度、速度、技能…全てが以前とは比べ物にならないほど向上している。数年間伊達に裏社会に身を置いていたわけではない、か…)
「ハッ! いいじゃねえか、いいじゃねえか! 正直、剣が届く間合いに入られるとは思わなかったぜ。 想像以上だ。 だがな、俺の能力を忘れちゃあいないよな」
「…当然。言われるまでも無い」
一転して獅子堂は苦々しい表情を浮かべて銃剣を見つめた―――魔槍に触れた部分が朽ち錆びれた銀と化している。
「『悪銀擬せ』――俺の槍に触れた無機物は全て銀に、しかも錆びれた銀へと変換されるってことだ。
 気を付けろよ。お前の二つ名の由来にもなっているその魔銃を、ただのガラクタにはしたくないだろ?」
その言葉の直後、高槍は獅子堂目掛けて得物を構えて駆け出す。
それに対して獅子堂がとった行動は余りに意外なもの―――両腕を背中に回して後ろ手に腕を組んだのだ。
「少しだけ嬉しいね。多少なり尊敬してた元先輩が錆びついてなかったのは―――『闇照』!」
ボッ! と空を貫く音が響く。顔面目掛けて突き出された魔槍は獅子堂のもみあげを切り払っていた。
だが獅子堂の頬には一筋の傷も無い。恐るべき速度と精度で突き出された穂先をミリメートル以下の差で躱したのだ。
「高槍サンよ。アンタの不幸はISSに反旗を翻したことじゃあない―――」
再び点きのラッシュ。だが当たらない。『闇照』による幻視で魔槍の軌跡を完璧に見切り、肉体はおろか戦闘服にすら攻撃をかすらせない。
「―――ましてや『エンジェル』と手を組んだことでもない―――」
空を穿つ音は止まらない。次第に高槍は冷静さを欠きつつあるように見える。
そして、その時は来た。無数の銃弾が変幻自在の軌道で高槍に襲い掛かったのだ。
何故か?―――先程から魔槍が空を穿つたび、その音に合わせて獅子堂は魔銃のトリガーを引いていたのだ。
そして挑発を行いながらの回避で相手の注意力を鈍らせ、ラッシュの終わりに合わせて一斉攻撃。
かつてコンビを組んでいたが故に、相手がどんな人間か知っているからこそ可能となった戦術。
「―――アンタの前に立ちはだかったのが俺だった…それだけさ―――『ソードパージ』!」
渾身の力でまたしても弾丸の全てを破砕した高槍だったが悪運尽きた。放たれたのは錆びれた銃剣。無情にもその両足を貫き、刃が地面にまで達した。
「…御影の方も終わったか―――!?」
振り向くと同時に獅子堂は気付いた。圧倒的な異能力。そしてそれを制御しえない凶暴な知性。
「オ……マ……エ…………チギ……レ……ロ……」
瞬間、御影の左足が捻じ切れて血が吹き上がるのを獅子堂は目の当たりにした。
【獅子堂 弥陸:高槍を戦闘不能寸前に追い込む。御影の負傷と茜の異常に気付く】

58 :
>>53>>54
「……あたしの……あたし達の……負けよ……」
篠の一撃を受けて倒れ伏していた明の口からポツリと発せられた一言。
その言葉を証明するかのように、明の体を覆っていたレッド・アームズは静かに霧散した。
「──賢明な判断ね。あなた達の身柄はISSが責任を持って保護します。
 色々と聴取何かはあると思うけど、決して悪いようにはしないと約束するわ」
明に続いて篠もデストロイ・アーマーを解除する。
ふぅ、と一息ついて背後を見やる。そこでは獅子堂と高槍が激しい戦いを繰り広げていた。
(これで残るはあの男一人──実力の程は分からないけど、数の上ではこちらが有利。
 楽勝とまではいかないでしょうけど、撃退するのに問題はないはずだわ)
そう考えて獅子堂の方へ歩き出そうとしたその時──
「あ゛ー……」
突如として背後から聞こえた声。それは初めて聞く声であり、明のものでないことはすぐに分かった。
弾かれたように振り向く。声の主は先程まで微動だにしなかった少女──茜のものであった。
(……?あの子、喋れるの?)
今まで喋らなかったことよりも、何故今になって声を発したのかの方が疑問に残る。
しかしその疑問に対する答えを出している暇はなかった。
パンッ、パンッ──
茜が声を発したのと同時に、周囲に生えている木々の葉が勢いよく爆ぜ始めたのだ。
「あ゛ーーう゛ーー」
(何……?一体何が起きているの……!?)
異様な現象からただ事ではない様子を察知した篠は、再びデストロイ・アーマーを展開する。
「何を……している……! 早く……早く逃げろお前たち! 死にたいのか……!?」
そんな中、目の前にいた明から声がかかる。
(この子は何が起きているのか理解しているようね……。それにしてもこの尋常じゃない怯え方は何?)
恐らく茜の中で"何か"が起こっているのだろう。そして明はその"何か"を知っている。
(でも今はそんなことを聞いている場合じゃなさそうね)
茜に対して戦闘体勢をとる。万全と言うわけではないが、まだ闘える。しかし──
「オ……マ……エ…………チギ……レ……ロ……」
ゾクリ──背筋が震えるような威圧感を感じたと同時にそれは起きた。
「──!!??」
篠の左足が、突如として物理法則を無視した回転をして千切れ飛んだのだ。
あまりの痛みに叫び声すら出なかった。
──何をされた?理性では考えが追いつかない。だが篠の本能は次の行動を起こしていた。
「……!」
弾かれたように跳び、空中で千切れた左足を掴んで体から着地する。
アーマーを解除し、即座にリバイヴで左足を元に戻す。この間は一秒にも満たない。
「残念ね。足を千切ったくらいじゃ私は倒れないわよ?──聞こえてるかどうか分からないけど」
虚空に視線を向けている茜に対して語りかける。当然返事はない。
(とは言えまずいわね。デストロイ・アーマーでも防ぎ切れないんじゃ防御に関しては何をやっても無駄、かしら)
ちらりと獅子堂の方を見る。どうやら向こうもとりあえずの決着は付いたようだ。
「……保護すると言った手前、ここに置き去りにするわけにはいかないわね」
ポツリと呟くと、明を抱えて大きく後ろへ──獅子堂がいる辺りまで後退した。
「早速だけど、あなたにも働いてもらうわよ」
そう言って明の体にリバイヴをかけ、先程自身が折った骨を修復、動けるまでに回復させた。
「この場にいる全員が協力しなくちゃあの子は止められない。敵とか味方とか言ってる場合じゃないわ。
 あの子に関してあなたが知ってる知識を貸しなさい。当然ながらあなたに拒否権はないわ。
 ──獅子堂君もそれでいいわね?」
明と獅子堂、両者に対して有無を言わさぬ迫力でそう告げた。
【御影 篠:千切れた左足は修復。獅子堂と明に協力を要請する。】

59 :
>>57,58
                           ・ ・ ・ ・ ・
(何だ、これは…?!この邪気は…まるで俺のような…!)
二条院 明の発動した血傷眼、その波動が二神と共鳴していた。
「くそ、気持ち悪い…まるで俺を見てるようだ…!」
(だが、良い目印になる…!何がそこで起きている!?)
濃密に感じる自分の邪気の気配に、彼は導かれていく。
目指す先はやっと見えてきた古ぼけた洋館だ。
二神の耳には戦闘音が遠く聞こえていた。
到着した時、眼に入ったのは獅子堂と御影、そして先日見たエンジェルの構成員の一人であった。
彼らの視線は一点に集められ…すなわち覚醒した二条院 茜に向けられていた。
「どういう事だ、俺は獅子堂の端末を追って来たんだが……
エンジェルと既に交戦していたのか?……ッ!!」
気付いた獅子堂が少女から視線を切らずに頷く。その動作から、二神は
彼らの視線の先に居る少女の持つ、圧倒的な闇の気に気付いた。
「――あの子は何者だ?…いや、それよりもあの気――危険だな。
とにかく、この場を切り抜けるのが先のようだ」
交戦体勢に入る。
茜の異常さに本当の意味で彼は気付けていないのだ。
【二神 歪、獅子堂、御影に合流。茜に対して戦闘態勢を取る】

60 :
>>58 >>59
(この感覚…どこかで…)
自我がまともに備わっているかも分からない、茜の異様な雰囲気に獅子堂はデジャヴを感じていた。
昨晩、黒羽と対峙して怒りと“形容しがたい何か”に精神を支配された自分に似ているのだ。
「この場にいる全員が協力しなくちゃあの子は止められない。敵とか味方とか言ってる場合じゃないわ。
 あの子に関してあなたが知ってる知識を貸しなさい。当然ながらあなたに拒否権はないわ。
 ──獅子堂君もそれでいいわね?」
先程の負傷は掻き消したかのように治癒している。御影はダメージを受けた事など何処吹く風で迫力を込めて獅子堂と明に声をかけた。
「どういう事だ、俺は獅子堂の端末を追って来たんだが…… エンジェルと既に交戦していたのか?……ッ!!」
聞き覚えのある声。元を辿ればそこには二神の姿があった。
(ヤバイ局面に飛び込んできたもんだ…それより)
「…了解…明とやら、少し頭出せ―――」
先程の敗北から従う気になったのか、とにかく茜を止めることで頭が一杯なのか、明は素直に従った。
「―――少々記憶を辿らせてもらう…『闇照』!」
明の額に手の甲の邪気眼を触れさせ、獅子堂は明と茜の姉妹の運命が狂った1日と、茜が秘める異能に関する知識を覗き見る。
その間、僅かに3秒。だが目前の危機を回避するには極めて大きなタイムロスだった。
「チ、チギ…レ、ロ…」
機械の様に無感情で、それでいて野蛮な知性がこもった一言。その言葉が発せられた瞬間、獅子堂の右肘が有り得ない方向へ捻じれ始める。
「ちいいいぃぃ!!」
ブチブチと筋繊維が千切れ、骨が軋みながらも、獅子堂は左手の拳銃から弾丸を放つ。
ボボボボボッ! と弾丸は地面を穿ち、土煙を巻き上げる。それと同時だった―――獅子堂の右腕の捻じれが止まったのだ。
「御影! 二神! 奴は認識したモノに言葉通りの現象を起こす能力だ! いいか! “認識したモノ”だけだ!
 少なくとも視覚への認識だけは絶対されるな! そうすれば勝機はある!」
獅子堂の右腕にリバイヴの治療を行う御影と、茜に対して臨戦態勢を取る二神が頷く。
「ハ…ハラエ…」
再び禍々しい茜の言霊。その言葉の通り、視界を遮る土煙は巻き起こった突風によって吹き払われた。
「あ……アー…?」
「―――『降魔蒼纏』―――」
静かな、そして冷たい獅子堂の声。それに呼応するかのように魔銃の銃口と弾倉部から青い光が漏れ始める。
「―――最終段階、『フルコマンド』」
次の瞬間、4門の銃口と28のリボルバー弾倉部から獅子堂目掛けて念動力の魔弾が放たれた。
【獅子堂 弥陸:茜の能力を見破り、完全武装形態『フルコマンド』を発動】

61 :
>>57>>58>>59
「―――最終段階、『フルコマンド』」
獅子堂が唱えた瞬間、“獅子堂自身”に放たれた無数の弾丸。
(なにを──)
自分自身に攻撃する。それは正気の沙汰ではない。だが──この男は正気を保っていないわけではない。
つまり、この行動こそが茜に対する攻撃の起点を意味することは明らかだ。
「モ、ド……レ」
しかし──それを理解していたのか、あるいは直感で未来に起こる不吉を察知したのか──
茜は弾丸が獅子堂に達するよりも先に手を打っていた。そう、「戻れ」の一言である。
瞬間、ビデオの早戻し映像のように、全ての弾丸が銃口に吸い寄せられ、弾倉に引き返していく。
漏れていた青い光も消えた時、文字通り獅子堂は能力発動前の姿そのもへと戻っていた。
「オマエ……クダケ、ロ……」
次いでこの一言は、獅子堂の体内にかつてない破壊音を轟かせ、そして大量の吐血を齎した。
彼は体内の全ての肋骨と手足の骨を“粉砕”されたのである。もうまともに闘うことはできないだろう。
いや、あるいはそう見えるだけで、実際にはそうならないかもしれない。
だが、これによって茜の次の攻撃目標は変わっていた。
「オ、マエ……キエ……ロ……」
瞳孔が開ききった気味の悪い瞳が、二神を映し出した。
途端に声にならない声をあげる二神。
彼の手足がその指先から塵となり、崩れ始めたのだ。あたかも砂人形が風に吹かれ散っているかのように。
このままでは崩壊は手足を進み、やがて全身に及ぶことだろう……。
「オマ……エ……ヒト、ヲ、ナオ……シテ、イル……。
 キニ……イラナ、イ…………、オマ……エ、マップ……タツ、ニ……ナレ……クル、シ、メ……」
そして、最も凄惨だったのは御影であった。
茜が圧倒的な悪意を含んだ言葉を口にすると、御影の“上半身だけ”が駒のような急速な横回転を始めたのだ。
人体構造を無視した回転である。当然、皮膚は裂け、肉は千切れ、背骨は折れる──。
千切れた腹部から血飛沫があがり、内臓が飛び散り、終いには下半身と切り離される。
支えを失った上半身と、司令塔を失った下半身が文字通りの血の海に沈むまで、数秒を要さなかった。
「……っ!!」
明はこの世のものとは思えぬ凄惨極まりない光景を直視できず、思わず目を背けた。
「ア゛ーー……」
そんな妹とは対照的に、姉である茜は更なる獲物を求めて辺りにその凶悪な視線を泳がせた。
そして未だ攻撃目標になかった高槍の姿を認めた時、彼女は笑った。
それは正しく悪魔の微笑と言うやつだった。
しかし、彼を救ったのは、ゴォォォとエンジン音を鳴らして、偶然頭上を通りかかった旅客機。
高度何千メートルを飛行する旅客機だが、茜の気を奪うには十分な存在感を発していたのが運の尽きだった。
「……オチロ……」
一言。それだけで、旅客機は爆ぜた。
黒煙を撒き散らして急降下する機体部分が厨弐市上空を通り越し、あっという間に東に広がる海に墜落。
それから何秒かを置いて、ドォーン! と、止めのような爆裂音を盛大に轟かせた。
大惨事だ。明日の新聞の一面にはこう載るに違いない。「旅客機墜落。原因は不明」と。
「やめて……、もう……止めて……!」
明は震えていた。気丈な彼女が、ここまで心底怯え、震えたことなど恐らく無いだろう。
それでも明は立ち上がっていた。止めるのは自分しかいない、そう思っていたからだ。
「茜……これ以上の戮は無意味……もう止めるのよ……!」
姉とはいえ、もはや凶暴な悪魔と化している。される可能性は大いにある。
だが、賭けるしかない。明は姉に僅かな理性が残っていることを期待するしかなかった。
「…………」
茜の首がゆっくりと向けられる。その瞳には、小さな揺らぎが生まれているような気がした。
【明の言葉で、茜の動きが止まる。】

62 :
黒羽は北西方向に向かって一直線に進んでいた。
その方向に居るはずの御影に用があるのだからそれ自体は別に不思議ではないのだが、
彼自身は先程から得体の知れない“何か”にそこへ導かれているような感覚を覚えており、
どこか釈然としない気持ちを隠せないでいた。
(何だ……この気配は……。妙だ、これは気でも怒気でもない……もっと別の何かだ……)
ふと、黒羽は足を止めた。
意識して止めたわけではない。無意識の内に自然と止まってしまったのだ。
まるで、これ以上その先へは行くなと、本能が警告しているかのように。
「……っ」
そして、幻覚なのだろうか。一瞬、黒羽は北西方向に何もかもを多い尽くすような巨大な闇を見ていた。
(まるでこの先には深海が広がっているような……この異様な感覚は何だ……!?)
自問。だが、自答はない。それには元々そんな気など初めから無かったというのもある。
が、最も大きな理由は、そんなことに意識を向ける余裕がなくなった為であったろう。
というもの、突然目の前に、行く手を遮るかのように現れた男がいたのである。
「おーっと、悪ィがこっから先は通行止めだ。今、向こうは調度最終回裏の攻撃ってとこでな。
 一番盛り上がるところなんだ……水を差されちゃ観戦者としちゃつまらねぇんだよ」
ジャリ、と黒ブーツで地面の砂を鳴らし、仁王立ちするその男の出で立ちは、何とも個性的だ。
全身真っ赤な装束に髑髏を模った黒い肩パッド、黒髪をさながらホウキのように逆立たせ、右目には眼帯。
(──!?)
黒羽は驚いた。いや、突然、邪魔が入ったことに驚いたのではない。
ここは敵のアジトで、どこに敵が居てもおかしくはない。故に敵の登場という事態に驚くことはない。
では、何に対し驚いたのかというと……それはその敵の“顔”であった。
「“隊長”……いや、“隊長代理”にある程度決着がつくまでは踏み込むなと言われててよォ……
 ただでさえ身体が疼いてムカついてんだ。だから外野は大人しくしてろって……」
腹の中で、何かが煮えたぎっていくのが手に取るようにわかる。
黒羽はその目を、一瞬にして目の前の男に対する敵意で漲らせた。
「…………ほう?」
黒羽の尋常では無い敵意に男も気がつき、ニィと笑った。
「中々良い眼をするじゃねぇか……今にもおっぱじめようぜって眼だぜ?
 けどよ、一応言っといてやるが、本来ならお前と俺が闘うってのは禁止されてんだぜ?
 何せ俺はお前と同じ“スイーパー”なんだからよ」
聴覚を失った黒羽には男の声は届いていない。だが、唇を読むことで何を言っているか理解することはできる。
だから彼は答えた。
「……いつ俺がスイーパーだと言った。俺は、エンジェル(ここの連中)に用があって踏み込んだ、ただの犯罪者だ」
敢えて馬鹿正直に自分の身分を明かしたのには理由があった。
それは、相手に戦闘の正当な理由を与える為である。
「なるほど……そういうことかい。ただの犯罪者が相手なら、立場も命令も関係ねぇよなぁ!」
男の顔付きが変わる。
何故、わざわざこんなリスクを侵したのか。理由は一つ、黒羽には彼と闘わなければならない理由があったからだ。

63 :
「……良く聞け、『爆動 塵一(はどう じんいち)』。俺は、この『黒羽 影葉』は、貴様を待っていた!」
「っ! ……ほお、俺も有名になったもんだな。どこで聞いたんだ、黒羽とやら?」
不敵な笑みを見せる男、爆動に対し──黒羽は拳を握り締めた。
「俺を忘れたなら教えてやろう……! 俺は四年前、貴様に半しにされ、父の死を告げられた男だッ!!」
掌を開けた黒羽は跳躍一番──掌から飛び出した紅球を投げ放った。
一気に爆動との距離を詰めた紅球は有無を言わさず着弾──容赦なく爆熱を広げた。しかし──
「四年前、ねぇ……。果て、ンなことがあったかなぁ? へっ、悪いな……俺は下らねぇことは覚えておかねぇタチでよ」
「──!?」
視界を覆っていた爆煙が晴れ、その姿を現した男は──なんと無傷であった。
体は愚か、服すら焦げ痕一つついていないのだ。
(まともに喰らいながら文字通りの無傷──だと!)
「ま、話は闘いながらしようぜ? お前が詳しく話してくれりゃ、もしかしたら俺も思い出すかもしれねぇしな。
 もっとも……それまでにお前が生きられればの話だが」
と言って爆動は両手を胸の前に出した。その両手には、『鬼の紋章』が記された赤いグローブ。
途端に、目をそのグローブに奪われる黒羽。
実際に見たことはなかったが、聞いたことがあったのだ。鬼の顔のある赤いグローブをはめる者達のことを。
(──『レッドフォース』──!?)
レッドフォース。
それはISSに所属するスイーパーの中から凄腕のみを選りすぐって構成された少数精鋭特殊部隊の名である。
任務は「暗」から「諜報活動」まで多岐に及び、裏からISSを支える影の戦闘工作部隊として知られている──。
(雀舞婆さんの話だと、ISS会長直属の『親衛隊』と唯一肩を並べる部隊だというが……まさかこの男が……!)
気付けば、黒羽は「フフフ……」と笑っていた。
「出世したもんだな……貴様のような男が」
「ほう、俺の名だけじゃなく、レッドフォースも知っているのか。だが、驚くのはこれからだぜ?
 お前は、レッドフォースの隊員が“これ”を持っていることまでは知るまい!」
パサ。爆動は両手からグローブを外し、その掌を見せ付けた。
驚くのはこれからだ──その言葉の通り、黒羽の顔は先程よりも濃い驚愕の色に包まれた。
爆動の手には、瞳と白目の白黒がまるっきり反転している邪気眼。それも──両手に、である。
(バカな……人工邪気眼ではない……! 全く同じ邪気眼が、両手に発眼することなど……)
邪気眼とは、異能を起こす第三の目である。確かに両手に、つまり第四の目が発眼することなどありえないことだ。
(────待てよ)
だが、黒羽は否定しながらも、あることを思い出していた。
それは黒羽家に伝わる伝承──八代目当主『黒羽 影羅(くろばね えいら)』に纏わる話であった。
(確か……俺の先祖には二つの邪気眼を持っていると伝わる奴が……。だが……まさかだとすると)
だとすると──その続きを紡ぐ前に、爆動はその体から凶悪なオーラを発した。
「俺も一つお前に教えておいてやるよ。俺たちレッドフォースはな、全員両手に邪気眼を持っている。
 わかるか? つまり“邪気眼を極める”ことこそが、レッドフォースに選ばれる条件なのさァッ!」
瞬間、爆動の手から強烈なスパークが発せられ、何かが形作られていく。
そしてスパークがおさまった時、その手に現れた物体は──髑髏を模った手榴弾だった。
「さぁ、精々俺を楽しませてくれよォ、犯罪者──いや、黒羽とやらァ!」
投げられる手榴弾。黒羽は再び跳躍、直撃をかわすが──
(──っ!?)
爆ぜた手榴弾が周囲に行き渡らせた爆発は、その熱も範囲も、黒羽の紅球を遥かに凌駕するものだった。
「ぐっ!!」
「お前の“爆弾”も見事なもんだったが──ハッ! どうやら格が違うようだなァ!!」
全身に爆熱を浴び、更に上空に飛ばされた黒羽は、ニ発目の手榴弾をその手に作り出して
空中に迫ってくる爆動を見下ろしながら、静かに唇を噛んだ──。
(まずい──! こいつが“影羅”ならば、確実に“俺よりも強い”──!!)
【黒羽 影葉:御影らのもとへ向かう途中で、レッドフォースの一人と戦闘となる。完全に劣勢】

64 :
>>61
「少しだけ嬉しいね。多少なり尊敬してた元先輩が錆びついてなかったのは―――『闇照』!」
獅子堂の体を魔槍のキルゾーンに捉えると、すかさずラッシュの一撃目を突き放つ。
剣や拳よりも遥かに空気抵抗が少ない槍は大気を切り裂き、相手の眉間へと突進する。
――だが、穂先は空しく空振りし、切り裂いたのは僅かな毛先のみであった。
(今の動き、まさか……)
「高槍サンよ。アンタの不幸はISSに反旗を翻したことじゃあない―――」
突きを左右に躱された場合、すぐさま槍を横薙ぎに切り払って追撃するのが槍術の定石だ。
現にいますぐ穂先を振れば、多少なりとも相手の顔面に傷を負わせられるかもしれない。
だが、高槍の直感が告げていた。それは無駄な行為だと。
(……なるほど、それがお前の揺るぎない自信の源か)
高槍は思考を巡らせつつも、突き出した槍をすぐさま引いて、第二第三の突きを繰り出していく。
さながらガトリングガンのように穿たれるそれは、暴風のような風切り音を辺りに響かせる。
「―――ましてや『エンジェル』と手を組んだことでもない―――」
獅子堂はその雨のような乱撃を一撃も当たることなく、そんな勝ち気な言葉を言い放つ。
(挑発じみた回避にさっきの立場を踏まえた発言。獅子堂の奴、読心能力かそれに似た力を持っていやがるな。これでいろいろ合点がいく――――だがな)
高槍はラッシュを止めない。攻撃を切り替えることも無く愚直にただ突きを繰り返していた。
(動きを読まれようが、躱すには身体能力が要る。なのに、俺の槍が掠りもしないというのは速さが届いていないってことだ。
 ハッ――――こりゃ、黙っちゃいられないよなっ!!)
ここにきて悪癖があらわれ、高槍は意識を完全にこの勝負へと集中させた。
「それじゃあ、俺の『不幸』ってのがなんなのか教えて貰おうか」
戦闘に本腰をいれ、更にその魔槍の動きを加速させようとしたその時だった。
視界の端から、青い光を放つ『何か』が迫っていることに気付く。
それは獅子堂がこの至近距離で巧みにこちらの目を盗み、発射しておいた弾丸であった。
こちらが放った突きとほぼ同数の凶弾が異様な軌道を描き、接近する。
「チィッ!」
すぐさま攻撃を中止し、防御へと動きを転換する。
槍の穂先から石突に至るまでの全てを部位を活用して、弾丸を打ち払う。
『悪銀擬せ(コンタクト・カロウジョン)』を発動しているため、僅かに掠めるだけで対象は錆びとなって朽ち果てた。
「―――アンタの前に立ちはだかったのが俺だった…それだけさ―――『ソードパージ』!」
くっ、と最後の力でその場から跳び離れようと試みるも一歩遅い。かった
すでに魔銃から放たれた銃剣は両足を貫通し、その刀身を地面に突き立てていた。
「クソ。ここからだってのに……」
血が溢れる両足からは力が抜け、片膝をつきそうになるところをすんでの所で踏みとどまる。
だが、これで高槍の機動力は大幅に失われただろう。
無理をすればまだ全力も出せるが、そうすると足の出血は悪化するだけだ。これはもう戦闘不能の一歩手前と言えなくもないレヴェルだった。
(く、魔槍をもう一段階解放するか? ……いや、秋雨さんからの『警告』もあるし無茶は出来ねえか)
クソ、と高槍は声には出さなかったが心の中でもう一度毒づいた。
「…御影の方も終わったか―――!?」
獅子堂の様子が一変したことに気付き、高槍も同じ方向を見やる。そこには――――

65 :

「いやぁ、あんな熾烈な戦いは中々お目にかかれないわね。というか暗道の爺さんが肉弾戦をするってのが一番の驚きだけど」
ブーツで道草を踏み分け、陰から姿を現したのは流辿一派の一員、ローラであった。
すでに黒羽が立ち去ったその場には意識を失った信者と、虫の息となった暗道が横たわっていた。
「さて、情報収集といきたいところだけど起きてくれるかな」
信者達を尻目に倒れたエンジェルの幹部へと近づくと、瓦礫を一つ一つ取り除いていく。
すぐに暗道は見つかったが、そこには想像していた表情とは違った顔があった。
「おお……目覚めて……しもうたか……」
老人の顔には戦いでの疲弊を塗り潰すほどの『恐れ』に覆われていた。
そして、ローラも『それ』に気付く。高槍や、さきほど立ち去った少年が向かった方角にとんでもなく禍々しい邪気を感じ取ったのだ。
「伝えねば……天使さまに……大天使が動き出したことを」
「そんなボロボロの体で立ち上がろうとする気力は感服するけどさ、やめといたほうがいいわよ?」
暗道は体を起こそうとするも、少し上半身を浮かしただけで激痛に苛まれてまた倒れこんだ。
ぐお、と苦しみの声を上げる口の端からは血が一筋垂れ流れていた。
「あーあー、だから言ったのに。というか、わたしの存在ちゃんと視認してる? もしかして目までやられちゃった?」
「……お前は、ISSの反逆者集団の……なぜ、こんなところにおる? 戦闘行為の援護は……契約には入っとらんはずじゃが」
「ま、そうなんだけどね。こっちとしては、今現在の先鋭スイーパー達の情報はちょっとでも欲しいからさ。ちょっと偵察に来たわけ。
 まぁ、わたしの場合は犯罪者同士の闘いを見てたわけだけど。でも、それだけじゃあ物足りないから、ちょっとあなたに話でも聞こうと思って」
優しく手を差し出すわけでも、体の心配をするわけでもなく、ローラは立ち姿のまま見おろすように暗道と視線をあわせる。
左手にはいつのまにかタバコが握られており、それを咥えると今度は右手をタバコの先端に近づけて指を鳴らす要領で親指と中指を擦り合わせた。
すると、グローブをはめているのにも関わらず指先から火花が舞いタバコには火がともった。
「幸い、話は出来るわけだし、そうね……とりあえず、最初はあの不気味な邪気の詳細からでも聞こうかしら」
息を吸い込み、紫煙で肺が満たされるとそれを口先からフーと吐きだした。
  そ れ
「情報提供も、契約には……入っとらん。わしらはただ、ISSの情報と人工邪気眼を……金と人員で交換し合うだけの関係じゃ……」
「うーん、そう言われればそうなんだけどね。でも――あなた今の状況をちゃんと理解してる?」
ローラの言葉に首を傾げる暗道に、彼女は膝をついてコバルトブルーの瞳と日の光に映える銀髪を持った端整な顔が近づけた。
「このままほっといてもあなたは後続のスイーパーに拘束されるし、それよりさきに出血多量で死ぬかもしれない。
 そんな『死にぞこない』を館まで引っ張ってくのに、情報のひとつやふたつは決して高くない運賃だと思うけど?」

状況がまったく飲み込めぬまま、茜というバケモノはこの場の全てを威圧し、支配していた。
彼女の呪詛は現実となり、御影の足や周囲に破壊をまき散らしている。
(なにかあるとは思ってたが、こりゃ想像以上の怪物(モン)抱えてやがったな。
 獅子堂や御影、そして後から来たあの若いスイーパーもあいつを迎え撃つつもりらしいが、さあて俺はどうしたもんか)
ここまでイレギュラーな状況になったら、すぐさま離脱するのが賢明だろう。
だが戦士としての意地が、このままあっさり尻尾を巻いて逃げ出すことを良しとはしなかった。
(具体的にどうしたいって訳じゃない、ただヤバそうなのが現れたからってすぐに退散って行動が気に食わねえだけだ)
高槍は自分の獲物である魔槍を握る締めると、戦闘態勢をとった。
そして、怪物へと駆けだそうとした高槍に制止をかけたのは胸ポケットにしまっていた通信機のレーションだった。
一瞬無視するか悩むも高槍は仕方なく、茜や獅子堂たちとは距離をとってその通信機を取り出した。
視線や警戒は未だ茜に向けつつ、通話ボタンを押しスピーカーに耳を傾けた。

66 :
『お、生きてた生きてた。そっちの状況は理解してるわよ。だから単刀直入に言うけど、あんた絶対にその少女と戦っちゃだめよ』
な!? といきなりの宣告に高槍は声を荒げる。すぐに反論を述べようとするもそれより先にローラが先に喋り出した。
『当然でしょ。わたしたちの計画はまだ始まったばかり、こんなとこでメンバーを欠かすことなんて許されないわ。
 それに、あんた流辿さんの忠告忘れた? 死ぬなって』
当然、理解している。秋雨流辿の言葉は自分たちにとってはなにより優先すべきことだ。
『分かってるなら、大人しく機会を窺って退散することね』
それじゃ、と言い終わるとローラは一方的に通信を断ち切ってしまった。
ここでローラと高槍、二人の違いが浮き彫りとなる。
どちらも戦闘を好むためその思想を同一視されがちだが、それは違った。彼女は結果(しょうり)を好み、高槍は経過(いくさ)を好いているのだ。
「クソ、こういう時こそ……こういう時こそ、俺は修羅のように戦い続けなきゃいけねえんじゃないのか」
自らの心の根底にある、たったひとつの『信念』が揺らぎ始める。
協会を抜けてからこんなことはなかったが、スイーパー対異能犯罪者という協会に所属してた当時を思い出す場面にいるのが原因かもしれない。
ただ、大人しく状況を見ているしか出来ないまま眼の前の情景は突如、オゾましく変化した。
装備を固めようとした獅子堂はその武装を解かれ、異様な音と血反吐をまき散らした。
黒尽くめのスイーパーは茜の一言で、まるで風化していくように体が崩れ始めた。
そして、御影は最も惨たらしく、まるで見えない大きな手で捻られたかのように体は血肉を迸らせて上下に分断された。
「――――っ!!」
その光景で、高槍の心は切り替わる。『ヤバい』なんてチャチな物から明確な死の実感を感じ始めた。
惨状を生み出した悪魔と視線が交差する。
次は自分――――高槍はさっきまで考えていたことを全て放棄し、槍を構えた。
しかし、悪魔の視線は別の標的(オモチャ)を発見した。それは、上空何千メートルを飛ぶ旅客機。
「……オチロ……」
ただその一言で旅客機は爆発し、そのまま海へと墜落した。恐らく、多くの客や添乗員を乗せたまま。
「やめて……、もう……止めて……!」
もう我慢できないとばかりに、姉の明が震える声をあげた。
「茜……これ以上の戮は無意味……もう止めるのよ……!」
姉の呼びかけに妹、茜は反応した。破壊行動はそこで止まり、茜はただ茫然と姉を見ていた。
「茜……!」
その反応に希望を見出した明だったが、次の瞬間表情を一変させる。
「ッ! …………■■■……■■!?」
桜色のロングヘアーをもつ少女の喉元に、錆び付いた銃剣が突き刺さったのだ。
喉をやられ声にならない声をあげる茜と、眼を見開き言葉を失う明。
硬直する二人の間を、魔槍の遣い手はすでに駆け抜けていた。
「オラアアアアァァァァァ!!」
魔槍は助走による勢いと、遠心力を余すことなく純粋な破壊力へと変えた。
刃の付いていない柄部分が脇腹へと食い込む。骨と内蔵を同時に砕く異様な音を鳴らして、少女の体は易々と数メートル先の大木へと叩き付けた。
樹を揺らすほどの衝撃を喰らった少女は動かなくなり、彼女の名を叫びながら姉の明は駆け寄った。
攻撃の主である高槍は、血塗れとなった足を引きずり、額の冷や汗を拭うこともせず姉妹に近づいた。
「安心しろ、死んじゃいないさ。これでも加減はしたっての。で、とにかくお前は妹を背負って、北東方角へ行け」
脈の確認をして、ある程度の平常心を取り戻した明は彼の指示を十分に理解できていなかった。
「そこに俺の仲間がいる。頼るか頼らねえかはお前次第だが、すぐに治療しねえと妹は助からねえし、今から攻め込まれる館に戻るのも馬鹿らしいだろ」
それだけ、言い終えると高槍は姉妹に背を向けて、歩き出す。
「俺はもうちょい、ここで『遊んで』くから、お前らは邪魔なんだよ。
 それに、そういうの見ていて腹が立つんだっての。家族愛っつうかなんつうか」
その言葉を受けて、姉妹がどう行動したかは分からない。それはもはや高槍には興味がないことだ。
上着の袖を引き千切ると、申し訳程度の止血として両足の太腿を縛った。
「立てよ、スイーパー。どうせ、お前らはそんぐらいじゃ死なねえだろ。俺だってそうだ、まだ闘(ヤ)れる。俺の槍のチカラをもっとお前らに味わせてやるよ」
高槍の邪気はここで、いままでで最大の猛りをみせた。その邪気に呼応するかのように禍々しい十字槍へと変形した魔槍はすでに敵に向けられていた。
【高槍:茜の意識を失わせた後、スイーパー三人と対峙】

67 :
>>58>>61
「う、うわああああああああああっ!!!!!」
「言霊眼」により足を千切られ、体を真っ二つに捻られた御影。その御影の痛みを、秘社は感じていた
『心網眼』…脳や心をネットワークで繋ぎ、情報や感覚を共有する能力。これの中枢に設定されている秘社は、社員の痛みさえも感じとってしまうのだ
勿論強すぎる刺激なら弱まるようになっているし、そういう刺激は秘社以外の社員には行かないように調整しているのだが
「く…『言葉を現実にする能力』だとは思っていたが、ここまで凶悪で強力とは…理性がないのが唯一の救いだと思ったが、それが逆に仇となったか…!」
しかし、そこは数万の軍勢をたった一人で束ねる社長。この程度の痛みでは気を失わないようだ
「はぁ…はぁ…この程度で倒れる訳にはいかない。私はこれからも仲間を増やさなければならないんだ…
弱者の弱者による弱者のための楽園を造るために…『ドヴァ帝国』を復興させるために…!」
因みに精神的になかなかのダメージを負っている秘社だが、ここに来るまであのシスター軍団以外の敵に出会っていない。勿論幹部にも。
これは彼の、類いまれなる強運によるものだ。ギャンブルや株で会社の資金を安定して調達できるほどの、異常なまでの強運…

68 :
「どういう事だ、俺は獅子堂の端末を追って来たんだが…… エンジェルと既に交戦していたのか?……ッ!!」
明を動けるようにし、情報を聞き出そうとした矢先、その声は聞こえた。
視線を移せばそこにはあの二神の姿が。一度本部に戻っていたようだが、獅子堂を追ってここまで来たらしい。
(二神君も来たのね。てっきり本部の騒動の方に駆り出されてるかと思ったけど……。
 彼ほどの実力者も手元に置かないなんて……九鬼は今回の事態を甘く見すぎているわ。
 本部の方は彼女達に何とかしてもらうしかないみたいね)
二神の登場により、暫しの間街の方に視線を向けた篠だが、すぐに視線を戻す。
意識をよそに向けたまま勝てるほど、目の前の少女は甘い相手ではなかった。
「御影! 二神! 奴は認識したモノに言葉通りの現象を起こす能力だ! いいか! “認識したモノ”だけだ!
 少なくとも視覚への認識だけは絶対されるな! そうすれば勝機はある!」
獅子堂から怒号に近い指示が飛ぶ。
「認識したモノだけ、ねぇ。要するに視界に入るなって事?──結構な無理難題言ってくれるじゃない」
そう愚痴る篠だったが、決して出来ないと諦めているわけではなかった。
一人では厳しいかも知れないが、こちらに動ける人間は四人いる。
残酷かもしれないが、他の人間に意識が向いている間に一撃を入れることは可能だろう。
必要経費──そう割り切って行動するしかないのだ。可能な状態であれば戦闘が終わった後に治療することは出来る。
「―――最終段階、『フルコマンド』」
獅子堂が先陣を切って技を仕掛ける。しかし放たれた弾丸は茜にではなく獅子堂自身に向かっていた。
(気が触れた──わけではなさそうね。ここは彼に期待しましょ)
獅子堂が攻撃を開始すると共に篠も動くつもりでいた。しかしその計画が頓挫するのに時間はかからなかった。
「モ、ド……レ」
茜のその一言で、まるで時間が巻き戻ったかの如く、弾丸が獅子堂の持つ銃の銃口に吸い込まれるように戻っていく。
「オマエ……クダケ、ロ……」
技の発動をキャンセルされ、素の状態に戻った獅子堂に茜は追撃をかける。
獅子堂の全身から骨が砕ける音が響き、血を吐きながら地面に倒れた。
「オ、マエ……キエ……ロ……」
獅子堂が完全に倒れ伏す前に、茜の瞳は次の獲物を映し出していた。
その瞳に映ったのは二神。茜の発した言葉通り、二神の体は砂漠の砂のように手足の先端からサラサラと崩れだした。
(──まずい!)
篠は咄嗟にしまった、と思った。それは獅子堂や二神が攻撃を受けて致命傷を負った事ではない。
二人に対して攻撃を終えた茜がすぐに認識できるのは自分と明の二名のみ。
明は動けるといっても姉相手ではまともに闘うことは出来ないだろう。
そうなると闘えるのは自分のみ。認識し、口にすることで現象を引き起こす相手では、一人では致命傷を与えるのは難しい。
この瞬間、篠は柄にもなく神に祈った。茜にほんの僅かでも良心が残っていれば──と。
結果的に祈りは通じたのかも知れない。──最悪の方向で。
茜が次に標的にしたのは他でもない篠であった。
僅かに残っていた良心が妹に対する攻撃を躊躇させたのか、それともただの偶然なのか──。
どちらにせよ、その狂気が自分に向いていることは確かなのだ。もはや逃げ場はなかった。
「オマ……エ……ヒト、ヲ、ナオ……シテ、イル……。
 キニ……イラナ、イ…………、オマ……エ、マップ……タツ、ニ……ナレ……クル、シ、メ……」
その言葉と共に上半身が急速に捻じれ始めた事が、篠が認識した最後の状況だった。

69 :
(暗い……ここはどこかしら)
気が付くと、辺りは一面の闇に覆われていた。
何も見えない。上下左右の感覚もない。視界にはただただ闇が広がるだけ──そんな世界に篠はいた。
(そっか、私死んだのね。あの茜とかいう子にやられて。
 案外あっけなかったわね……まだ父様や母様のことだって分かってないのに)
闇の中を漂うように、思考に耽る。他にする事がない事もあり、次々と頭に色々な事が浮かんでは消えていく。
(そう言えば獅子堂君たち、大丈夫かしら?かなり劣勢だったけど……)
残された獅子堂たちのことが頭に浮かんだが、それもすぐに消えた。
そして次にとある光景が頭に浮かぶ。
(これは……)
それは幼き頃の父との修行風景。
それだけならば別段珍しいものでもないのだが、そこには普段修行時には顔を見せない母の姿もあった。
(……?母様が修行に顔を見せたことなんてあったかしら?
 これも私の記憶なんでしょうけど、全く憶えてないわ)
珍しい光景だったのでその記憶はすぐには消えず、頭の中で再生されていた。
──────
『付き合って頂いてありがとうございました、父様』
『何の。可愛い娘の為だ、いくらでも付き合ってやろうじゃないか』
『あなた、今日は大事な話をするのでしょう?』
『おお、そうだったな。忘れるところだった』
セリーヌに注意され、頭をかきながら笑う豪。そんな二人を幼い篠は不思議そうに眺めていた。
『篠、お前に一つ聞きたいことがある』
『何でしょうか』
『強さ、ってどういうことだと思う?』
『強さ……ですか。圧倒的な力を持って相手を完膚なきまでに叩き伏せる、と言うことですか?』
『ふむ……』
豪は顎に手をやり、目を閉じて考える仕草を見せた。
『それがお前の考える強さ、か?』
暫くして目を開けた豪は、篠にそう問いかけた。
『はい』
『そうか。だがな、それは違う』
『違う、ですか。どのように違うのですか?』
『いいか篠。お前の言うその強さ、それは"強さ"ではなく"力"だ』
『力……』
『そうだ。ただ力を振るうだけではそれは暴力と変わらん。そしてそれは強さではない。
 そこで、だ。一つ俺の考えを言っておこう。予め言っておくが、これは正解でも何でもない』
豪はそこで一旦言葉を切り、篠の瞳を真っ直ぐ見つめてこう言った。
『俺の考える強さ──それは"諦めない事"だ』
『諦めない事……?』
『そうだ。どんな状況になろうとも決して諦めない事。例え死のうとも、な』
『死んだら何の意味もなくなるのでは?』
『確かに俺はそうかも知れない。壊すことしか出来ない人間だからな。
 だがお前は違う。何しろ母さんの血も流れてるんだからな』
『母様の血……』
『そう、お前には再生を司る『女神』の血が流れているんだ。たかだか死んだくらいならどうにかなる可能性がある』

70 :
『あなた、それは強引過ぎます』
会話が始まって以来、ずっと黙っていたセリーヌが初めて口を開いた。
『そうか?俺は結構本気で思ってるんだがな』
『まぁ、ある意味では間違ってはいませんけど……。
 それでも私達は人間です。死んでしまったらそれまでですし、どうにもなりません』
『うーん、そうかぁ……?お前ならあるいは──』
『そうなんです。但し──それはやるべき事を全てやった後の話』
『やるべき事、ですか』
『ええ。生きている以上、死は必ずやって来る。それは避けられないわ。
 その際に自分がやろうとしていた事は全部出来たか考えるの。もしそれがまだなら"決して諦めない事"』
『あ……』
『でも貴女も能力者として生きていく以上、いつどこで命を落とす危険があるか分かりません。
 でも安心なさい。万が一そうなった時の為に、篠におまじないをかけておくわ』
そう言ってセリーヌは篠の頭に手を置き、小声で何か呟き始めた。
するとセリーヌの手が発光し、何かが篠の頭から全身へと流れ込んでくる。
『これはあくまでもおまじない。篠が決して諦めなければ助けてくれるかも、ね』
『はぁ……よく分かりませんがありがとうございます、母様』
『気にしなくていいのよ。このおまじないは効かない方がいいんだから。それに──』
──────
「そう、そう言えばこんなこともあったわね。今まで忘れていたけど……。
 私はやるべき事を全てやったのかしら?──まだね。まだやるべき事は沢山残っている。
 こんな──こんな所で死んでいる場合じゃない!」
そう叫んだ瞬間、辺り一面が光に覆われ、視界を白く染め上げていった──。
そして現在──篠の体は中心部に激しく捻じれた跡を残し、二つに分かれて地に伏せていた。
息はない。完全に生体機能を停止している。しかし──突如としてその体が激しく発光し始めた。
体が白い光に包まれる中、左手の指がピクリと動いたかと思うと、何と体を起こし両腕で千切れた下半身に向かって這いずり出したのだ。
余りにも異様なその光景。例え篠の能力を知る者でも信じがたい光景だろう。何せ体が千切れた人間が動き回っているのだ。
だが現実として篠は動いている。千切れた下半身に向かって確実に。
やがて篠の上半身は下半身の元へ辿り着くと、それを両手でしっかりと掴み、千切れた部分へと合わせた。
ピタリと付けられた結合部分は瞬く間に再生し、傷跡すら残らなかった。そして再生が終わると、篠は体を起こして両の足で地面に立った。
「これが母様の言ってたおまじない──いえ、母様の最高の能力である『自動再生』(オートリライヴ)。
 凄いとは聞いてたけれど、まさか死んでも蘇るとは恐れ入るわ。『女神』の名は伊達じゃないって事ね。
 それにこれが発動したって事は、私は母様の能力を受け継いだってこと?まさか母様はこうなることを予期して──いえ、今はどうでもいいわね」
軽く手を握り感触を確かめる。どうやら問題はなさそうだ。
そして目の前に広がる戦場に目を向ける。戦況は篠が死ぬ前と少し変わっていた。
「立てよ、スイーパー。どうせ、お前らはそんぐらいじゃ死なねえだろ。俺だってそうだ、まだ闘(ヤ)れる。俺の槍のチカラをもっとお前らに味わせてやるよ」
目の前には高槍。あの姉妹の姿は見当たらない。死んだのか逃げたのか──そんなことはどうでもいい。
ここにいない以上気にする必要はない。自分達の目的はエンジェルの壊滅であってあの姉妹の抹ではない。
今は目の前にある障害に集中するべきだ。それが目的の達成に繋がるのだから。
「今まで出来なかったことも今なら出来る。だって母様が一緒だから──!!」
篠の体が激しく発光し、背中から光で出来た翼が現れた。
「二人とも、そんなところでヘタっている場合じゃないわ。まだまだやるべき事はあるんだから!『女神の抱擁』(ヴィーナス・ウイング)──!!」
翼が激しく発光し、獅子堂と二神を白い光が包み込んでいく。すると二神の体の失われた部分が見る見る内に元通りになっていくではないか。
獅子堂も表面上はあまり変わらないが、破壊された体の内部は完全に回復しているだろう。
「これで元通りね。後はあの男を退けるだけ。二人とも当てにしてるわよ?」
【御影 篠:死の淵から生還。母の能力を受け継ぐ。
       獅子堂と二神を完全に回復させて高槍と対峙する】

71 :
>>61
何が起こった。
茜の本質的な脅威に気付けていなかった二神は、余りの事態に行動が遅れた。
言葉にするだけでそれと同じ現象が起きていく。それも限りなく無残な形で。
(相性が、悪すぎる…!)
獅子堂の指示に従い、一度は土煙に紛れたが、それすらも言葉一つで払われた。
そして茜の毒言が二神を襲う。
「オ、マエ……キエ……ロ……」
「な、…ッ、――――ッ!」
体が先端から崩壊していく。傷では無い、存在そのものに干渉する悪意に、二神は声にならない悲鳴を上げた。
傷を作らない攻撃。それは彼の能力の不発を意味し、そして彼を本当の意味で命の危機に晒す攻撃なのだ。
今までもそんな攻撃をしてきた相手は居る。内臓を破壊するもの、体内に攻撃を行うもの。
その度、彼は相手の攻撃の性質を読み、異能無しで慎重に戦い、勝利してきた。
いつも、必ず勝てる、生き残れるという思いがあった。
だが、この攻撃の余りの不吉さに、彼は無意識に負ける事を、死ぬことを想像していたのだ。
たくさんの保険も、この攻撃の前には意味を成さないのではないか。
そう考えた瞬間、「それ」は起きた。二神の眼は限界まで見開かれる。
未知の攻撃への恐怖ではない。本当に恐ろしかったのは、己の眼…血傷眼の、ドロドロとした赤黒い憎悪である。
「ぐ、ああああぁぁぁぁッ!!!」
もはや思念だけで人をせそうな、邪気眼の意思。それを必死で抑える事しか彼には出来なかった。
メリメリ、と体内で音がする。何かを押しのけるような、破り貫くような緊張した音が。
ドクン、と心臓が跳ね、肩口の血管が血圧で内から裂け、そこから意思を持つかのように赤い血が―――
―――血で出来た、ダレカの腕が飛び出した。

72 :
「――――――」
自らの体から何かが這い出てくる、そんな悪寒。
それはこの憎悪の主のモノなのか。考える事も出来ず、二神は必死に憎悪を押し込めようとしていた。
ともすれば思考がすべて赤黒く塗りつぶされそうな、圧倒的な邪気眼の意思に逆らっていた。
二神の意識を呼び戻したのは、復活した御影の声だった。
「―――も、そんなところで――ってい―――ゃないわ。まだま――べき事は――ん―から!
『女神の―――──!!」
ふと、二神は気付く。肩口から這い出ようとした血の腕の主は、既に首元まで彼の体から溢れようとしていた。
御影の回復により、腕が元の状態に戻っていく。それに応じるかのように、血の腕は二神の体に絡みつき、
皮膚の中へと染み込み、戻っていった。
(何…だったんだ…今のは。もしかして…血傷眼の『意思』なのか…?!)
「これで元通りね。後はあの男を退けるだけ。二人とも当てにしてるわよ?」
御影の言葉に、二神はそのまま男と対峙する。力の入らない拳を強引に握り締める。
「…俺の中に何が居るのか知らないが…俺は俺の勤めを果たす。」
不安が、彼の中に粘りつくように残っていた。あの茜という少女は…本当にあれは邪気眼だったのだろうか。
何かが彼女は異質だった。邪気眼のその奥、闇の深淵を垣間見たような。
少女は、あのまま終わるのだろうか――。
【二神 歪、御影に助けられ生還。己の中のナニモノかに気付く。高槍と対峙中。】

73 :
>>64 >>68
『フルコマンド』―――それは獅子堂が握るジョーカーだ。
如何なる攻撃にも耐える念動力の鎧、かつて捉えた者のいない神速を可能とする機動力、
概念を操らねば防ぎようの無い非実体の魔弾―――獅子堂が編み出した力の全てを集約した完全武装形態。
だが、その力を身に纏う寸前。まさにコンマ1秒以下の時間に、それは阻止された。
「モ、ド……レ」
「!?」
茜のたった一言。“戻れ”。それだけで青い輝きが魔銃の元へと還っていく。
「オマエ……クダケ、ロ……」
その言葉が耳に届いた瞬間。かつて経験したことの無い激痛が獅子堂の全身を襲った。
「ぐぁ―――」
全ての肋骨が砕け、内臓に突き刺さる。痛みのあまり叫びかけるが、口から溢れ出る大量の血に悲鳴は掻き消された。
そして両腕、両脚の骨の粉砕。四肢の支えを失った体は力を失い、獅子堂の意識も暗黒の中へと墜ちていった―――
「―――目覚めよ、我等の使い手よ」
自らを“我等”と呼ぶ、聞きなれた声。そして現実ならざる浮遊感。そう、ここは―――
「―――また精神世界か…この2日で何度目だ?」
『闇照眼』の精神世界で獅子堂は意識を取り戻した。眼前には『パーフェクト・ジェミニ』が青い光を纏いながら浮遊している。
「…俺が死にかけてるのは分かってる…で、何の用だ?」
「見よ」
黒く波打つ虚空に映し出された現実の風景。自身は血を吐いて力なく倒れ、二神は体が崩れ始め、御影は体が上下で真っ二つに成っている。
「戻らなくては―――」
「―――待て、貴様も半死半生。“このまま”戻っても何も出来ぬ」
“このまま”―――そのニュアンスに獅子堂は違和感を覚えた。
「…何か奥の手でもありそうな物言いじゃあないか?」
「然り。貴様が踏破しうるのならばその力は遥かに増し、でなくば己を失う―――」
魔銃の言葉の直後、獅子堂は青黒いオーラに包まれた。
「―――以前から感じ取ってはいたよ…俺の中に潜む強大な“何か”を…これが、それか」
「何と形容すればよいのか分からぬ。貴様の師に言わせれば暗黒面というものであろうな」
受け入れるべきか、拒むべきか―――獅子堂は思考を逡巡させた。
恐らくこの力を手にしなければこの窮地は乗り切れない。そして先に待つ更なる強敵も打ち破ることは出来ないだろう。
だが、その代償は? 果たしてこの暗黒を受け入れた後に“獅子堂 弥陸”という自我は存在しているのか?
敬愛する師の柔らかな温もりを再び感じる事が出来るのか?―――だが、獅子堂は―――
「―――受け入れよう。その暗黒を!」
「二人とも、そんなところでヘタっている場合じゃないわ。まだまだやるべき事はあるんだから!『女神の抱擁』(ヴィーナス・ウイング)──!!」
獅子堂の意識が現実に帰還するのと、御影の掛け声は同時だった。肉体のダメージが瞬時に回復するのがわかる。
(…ただの夢?…いや、違う…)
感じていた、溢れ出る力を。そして精神の中でのたうつ“自分ではない何か”の胎動を。
「立てよ、スイーパー。どうせ、お前らはそんぐらいじゃ死なねえだろ。俺だってそうだ、まだ闘(ヤ)れる。俺の槍のチカラをもっとお前らに味わせてやるよ」
「これで元通りね。後はあの男を退けるだけ。二人とも当てにしてるわよ?」
見渡せば御影と二神が高槍に対して、今にも飛び掛からんばかりの気迫で対峙している。
「…“俺達”に任せろと言ったはずだぜ。御影」
その言葉に御影の表情が曇る。だが、言葉を発した獅子堂本人は何の違和感も無いかのように高槍に向かって歩み出る。
「…俺達が“手遅れ”に成ったら…御影、二神…俺達をせ―――『フルコマンド』」
言葉と共に獅子堂の体は青白い光に包まれた。茜には阻止された完全武装形態、それが発動したのだ。
「…俺達は『パーフェクト・ジェミニ』の意思の代行者―――」
瞬間、獅子堂の姿は高槍の背後に回っていた。それだけではない。高槍が止血の為に太腿を縛っていた布が切り裂かれて宙を舞っていた。
「―――“一にして無限の銃士”なり」
【獅子堂 弥陸:御影の能力によってダメージを回復。自らの意思で半ば闇墜状態になる】

74 :
ザァァァァァァ……。
茜は、全身をくまなく打ちつけける雨粒を見ていた。
雨──。そう、これは雨。しかも恐らく夕立。もわっと鼻を突くこの独特のカビ臭さがその証拠だ。
でも、と、ふと茜は思う。
自分は何で雨に、しかも地面に仰向けになって打たれているのだろう?
そして、そもそもここはどこなのだろう?
──ゆっくりと首だけを動かして辺りを窺うと、どこか見慣れた風景がそこにはあった。
遠くには客がまばらなスーパー。看板が倒れかけている喫茶店。
近くにはいたずら書きのされた古いコンクリートの壁に覆われた寺院と、荒れ果てた畑。
確かに見覚えがある。けど、どこで見たのか思い出せない。
(どこだっけ……?)
訊ねても、答えは返ってこない。耳を突くのは、先程から単調なリズムを奏でる雨音だけ。
単にデジャヴというやつだったのかもしれない。
なのに、不思議と確信できるのは何故だろう? ここが大切な場所である、と。
「わからないの?」
そこへ、不意の声。目を見開き、声の方向へ向くと、そこには長い丈の修道服に身を包んだ、ロングストレートの少女。
特徴的なのは、びしょ濡れながらまるでそれを気にもしていないような無感情な顔……。
「ここは貴女のおうち。八年前の、だけど」
茜は、彼女の無感情な瞳が自分の頭上を超え、その先にある建物──あの寺院に向けられているのを見て、
つられるようにそこへ再び視線を送り、やがて、ようやく気がついた。
「ウィーンの……孤児院」
「ソウ、オ前ノ家ダッタ場所。ソシテ、オ前ノ“今”ガ始マル切欠トナッタ場所ダ」
それは無感情な少女のものではない、彼女とはまた逆の方向から発せられた第三者の声だった。
その声につられて見れば、そこには自分や無感情な少女と全く同じ背格好をしながらも、
片目が無く、目の白黒が反転した独特な独眼を持つもう一人の別の少女が立っていた。
「あなた……誰?」
その単純な疑問に、少女は即答した。
「名ナド無イ。私ハオ前ノ“一ツ”デアリ、オ前ガ私ノ“一ツ”──ソレダケダ」
茜には、どういう意味かと、問い直す暇はなかった。何故なら、次にあの無感情な少女が口を開いたからだ。
「私も貴女。貴女も私。私達は三人で一人の存在」
茜がようやく聞き返したのは、それから十数秒の沈黙を経てからだった。
「三人……? 私は一人よ」
無感情な少女は表情そのままに小さく首を横に振る。一方の独眼少女は、残った目を不敵に細めた。
「貴女は知らないフリをしていただけ。私は、あの日あの時、貴女が自分の殻に閉じこもった時に代わりに生まれた存在。
 貴女は自ら肉体の支配権を私に託したのよ」
「ダガ、所詮ハ主人格デハ無イ、“第ニ人格”ニ過ギヌ。
 アノ日アノ時、オ前ノ精神(ナカ)ニ宿ッタ私ハ、“オ前ニ”力ヲ与エ無ケレバナラナカッタ。
 ダカラオ前ニ“片目”ヲ“貸シテヤッタ”」
「ほら、貴女の掌に在る第三の眼──それが借り物の力であり、貴女が支配するはずの能力(チカラ)」
「ダガ、自ラノ殻ニ閉ジ篭ッタオ前デハ、ソノ力ヲ使ウ事ハデキナイ。ダカラ私ガ代ワリニ“出テヤッタ”。
 ナノニ、オ前ハ邪魔ヲシタ。結果、奴等ニ不当ナ勝利ヲ貪ラセ、私達ノ肉体ハ傷付イタ。
 オ前ガ今ニナッテ妹ノ声ナドニ耳ヲ貸シ、シャシャリ出テ来タバッカリニダ! 何故、私ニ任セナカッタ!」
突然、ズキリ、と脇腹が鈍い痛みを発し、同時にそれ以上の痛みが喉を駆け巡った。
気がつけば咽からは真っ赤な血が滴り、雨に濡れた服を徐々に赤く染め上げていた。
「そう……あれはやっぱり、明の声だったのね……」
茜はその血を手で拭うと、フッと微笑した。
「きっと、今までもずっと…………いや、そうなのね、私は気がつかないフリをしていただけ。
 私が“ここに居て”からずっと、あの子は私に呼びかけていたのよ……」

75 :
「ソレガ何ダ? ソモソモ我ラガ生マレル切欠ヲ作ッタノハ、ソノ妹ダロウ。
 良ク聞ケ、オ前ガ妹ヲ憎ムナラバ、私ガ代ワリニ復讐シテヤル。
 ソシテ、“私達”ヲ傷付ケヨウトスル者全テ、コノ世カラ排除シテヤル! ダカラ! 私ニ任セロ!
 ソレダケデオ前ハ永久ニ“コノ世界”デ生キ続ケラレルノダ! 何ニ恐怖スル事モ無ク、平穏ニ!!」
「……平穏。……確かに、けれど……」
続けようとする茜に、独眼は目を見開ききった凄みのある顔をずいっ、と近付けた。
「──憎メ! 妹ヲ憎メ! オ前ノ人生ヲ狂ワセタ全テヲ憎メ! 憎シミニ身ヲ委ネルガ良イ!
 サスレバ肉体ハ完全ニ私ノ物トナリ、完全ナル異能者ガ誕生スルデアロウ!」
「完全なる異能者……? ……私はそんなの、望んではいないわ……だって」
「馬鹿ガ! ダカラオ前ニハ任セラレヌノダッ! モウ良イ、コレ以上ハ問答無用!
 オ前ガ飽クマデ私ヲ拒ムノナラバ、無理矢理肉体ノ支配権ヲ奪ッテミセルマデッ!!
 私ハ、私ノ能力(チカラ)ヲ最大限使エヌママ、オ前等ナドト運命ヲ共ニスル気ハ無イッ!!
 私ヨリ弱イ者ニコレ以上従ワナケレバナラナイ理由ハ無イッ!!」
「──!」
独眼の瞳が眩しく発光──。その光は瞬時に広がり、辺りのもの全てを飲み込んでいった。
「……完全に目覚めるのね」
光の中で、無感情な少女はポツリと言った。
「暗道が最も恐れていた力が……。もう、私にはどうすることもできない。
 けれど、どうにかできる者がいるとするならば、それは貴女だけよ。茜──」
その言葉を、光に呑まれ、徐々に薄れゆく意識の中で、茜は確かに聞いていた──。
──異変。それは突如として起きた。
高槍によって意識を飛ばされ、大木の根本で静かに横たわっていた茜の身体から、
漆黒のオーラが爆発するように沸きあがったのだ。
その事態に面食らったのは彼女を介抱しようと傍らに居た明であった。
「ククククク……! ヨウヤクダ……ヨウヤク“私ノ全テ”ヲ出スコトガデキル……!」
倒れた状態から膝を曲げずしてムクリと直立した茜は、これまでとは全てが違っていた。
(何、これ……!? こんな茜、見たことない……)
狂気に歪んだ顔、白黒が反転した両目──そして、掌から消えた邪気眼。
彼女の何もかもが明の知らない、あるいは理解を超えたものとなっていた。
「──治レ」
一言。その一言で、高槍に負わされた傷が瞬時に回復した。
茜は傷が塞ぎきった咽に手をやると、目だけをギロリと高槍に向けた。
「舐メタ真似ヲシテクレタナ。『死ネ』ト言エバ簡単ニス事ガデキルガ、オ前ハオ前自身ノ力デ滅ビテ貰ウ事ニシヨウ。
 ──“吸イ尽クセ”、『言霊眼』──」
茜が人差し指を一本、高槍に向けた。するとどうだ、途端に高槍の邪気眼からオーラが放出され、
それらが全て指先に吸い寄せられて、一つの強力なオーラの塊を形成したではないか。
(ダメ……)
お前自身の力で滅びて貰う──彼女が何をしようとしているのか、それはもはや明白。
エネルギーを吸われ急激に疲労の色を見せる高槍に、彼のエネルギーで作られた気弾をぶつけようというのだ。
皮肉にも、彼が一流の異能者であるが故に気弾の破壊力も大きい。直撃すれば間違いなく死ぬだろう。
「躱セルモノナラ躱シテミロ。ククク、無理ダロウガナ……」
顔をどす黒く染まった笑顔に変えて、茜は指先に形成した光弾を放った。
だが────
「ダメエエエエエエエエエエエエエエ────ッ!!!!」
明はその前に立ち塞がった。
そして、光弾を胸に受け、その下から木端微塵に爆裂したのは、高槍ではなく他でも無い彼女であった。

76 :
二条院 明が爆裂し、その轟音を轟かせていた頃──
館の南方向でも、巨大な爆発による轟音が鳴り響いていた。
「ぐぅっ!!」
周囲の木々を瞬時に灰に変える程の文字通りの灼熱に身を焦がし、吹っ飛んでいるのは黒羽。
「おいおい、逃げてばっかちゃつまんねーだろうがァ! この森が焼け野原になるまで逃げ続ける気かァ!?」
といって、追い討ちをかけるのは爆動。戦闘開始からこれまで、全てがこの形であった。
全ては爆動に主導権があり、戦場を支配していたは爆動その人に他ならなかった。
「クッ!」
黒羽はその手から紅球を生み出し、迎撃せんと飛ばす。
だが、それも爆動の超人的な反射神経にかわされるか、無数にばら撒く手榴弾によって防がれる。
これも何度と無く繰り返した光景だ。
「こりねぇなァ! お前の爆弾は威力が足りねェ! 俺には届かねぇんだよォ!」
しかも手榴弾に着弾すると誘爆してしまい、紅球より巨大な爆発を広げてくるものだからタチが悪い。
その上、自分が作った爆弾だからか知らないが、爆動は手榴弾の爆発に巻き込まれても平然としているからたまらない。
これでは迂闊に近付いて攻撃することもできない、離れて闘う以外ないのだ。
(手榴弾でこれだけの威力! こいつ、この四年間でどれだけ……!)
黒羽はギリ、と唇をかんだ。皮膚が破けて血が流れ、舌が鉄の味で満たされた。
腹立たしい気分だった。
四年前、まだ邪気眼に覚醒していなかった黒羽は、とある都市の一角にあるスラム街で、
当時、ISSの治安維持部門に所属していたスイーパーの爆動に襲われた。
理由は父が異能犯罪者であり、その息子も犯罪行為に加担していた疑いがあるから、ということだった。
それは免罪ではなく、事実だった。何故なら黒羽は盗賊として育てられてきた男であり、
父親にその身を売り飛ばされる10歳までに、父親と共謀しての金品の強奪など日常茶飯事だったからだ。
だからそれらの点を責められることに苦痛はなかったし、いつか秩序を護る存在に裁かれることも覚悟していた。
そういう意味では爆動が現れたことは、彼にとって何の問題もなかった。
ただ、問題だったのは──彼の貧しいスラム街暮らしを支えてくれた、仲間達が犠牲になったこと。
当時、黒羽が住んでいたスラム街には、行くあてもない孤児たちが作るグループがあった。
別にアウトロー的な組織ではなく、メンバーは誰しも日雇い労働やアルバイトなどで金品を稼ぎ、
その互いの金を持ち寄って共同で生活するという、自分の恵まれない運命などを呪うことなく、
この世を懸命に生き抜こうと馬鹿正直なまでに前向きな少年少女達が集うグループだった。
人買いの家から逃げ出し、街から街へ当てもなくさ迷っていた黒羽が、そこに行き着いたのは13歳の時。
父親から捨てられたその悲しさ、怒り、身売先で受けた理不尽な暴力、虐待に対する憎悪。心は荒み切っていた。
気に入らないことがあれば鍛え上げたその鋼のような身体から繰り出す凶拳で全てをなぎ倒す。
少年ながらも、その爆弾のような危険人物には、街の不良どころか、すら近付かなかった。
だが、ある時、そんな男に平然と声を掛けた者がいた。それは調度同じ歳くらいの綺麗な女の子だった。
彼女は言った。「行く当てがないならうちに来なよ。うちに来れば毎日が楽しいよ。だって、友達が沢山いるんだもん」。
一目惚れ。常識では考えられない環境で育ち、常に心を荒ませてきた少年の胸が初めて高鳴った瞬間だった。
そこでの生活は、実際彼女の言葉通りに、新鮮で楽しいものだった。
貧しかったが、ふざけ合い、馬鹿を言い合える仲間達がいて、何より初めて惚れた異性が傍にいたのだから。
だが、その生活にも終止符が打たれる時がやってくる。それも残酷な形で。
その日、黒羽は頼まれていた買い物を済ませ、食料を両手にぶら下げて慣れ親しんだアジトのドアを叩いていた。
返事は無い。どこかに出かけているのだろうか。いや、違う。そうでないことは解っていた。だから思わずクスっと笑った。
そう、今日は自分の15の誕生日。ドアを開けて入った瞬間、準備していた仲間達が驚ろかそうとしてくるのだろう、と。

77 :
──期待に心躍らせながらドアを開いた黒羽だったが、彼はそこで絶句した。
目にしたものは期待した光景とは全く逆の、地獄さながらのそれであったからだ。
肉が焦げたような嫌な臭い。壁という壁に、床という床に撒き散らされた肉片に血。
そして、首だけになったあの少女や仲間達が、恐怖に引きつらせた顔でゴミのように転がっている──。
何が起きたのか──彼は混乱することなく自分でも嫌になるほど冷静にそれを理解し、
そしてすぐさま仲間達を惨した存在を認めていた。
そいつは、死臭漂う部屋の隅に、壁に背を預けながら立っていた。いうまでもなく、それは当時の爆動 塵一だった。
もっとも、初め黒羽は、彼を異能犯罪者と認識していた。
何故ならば自分はともかく、仲間達がスイーパーにされる理由はないはずだったからだ。
しかし、そんな黒羽を嘲笑うかのような一言が、彼を愕然とさせた。
「あー、もしかして君が異能犯罪者・黒羽 幻蔵の息子さん、黒羽 影葉くんか? 
 俺はISS所属のスイーパー・爆動 塵一って者でね、父親の犯罪行為に加担した疑いが強い君を始末しに来たのさ。
 まぁ、君が来るのが随分と遅かったもんで、その間に予定外のしまでする事になっちまったわけだが……
 それでもかなり待ったんだぜ? なんせ、どいつもこいつも虫けらのように呆気なく死んでいくもんだからよォ」
そう、爆動という男にとって、仲間達をす理由などどうでもよかったのだ。
ただ、黒羽を始末するついでに、暇つぶしとしてしたに過ぎない──。
この行為が公になれば彼とて無事では済まないだろうが、目撃者が他に居ない以上、どうとでも片付けられる。
黒羽は怒声をあげて殴りかかったが、所詮は非異能者。プロのスイーパー相手に勝てるわけもない。
勝負を決めたのはたった一発。たった一発の小さな爆弾だった。
それだけで部屋は木端微塵に吹っ飛び、黒羽の身体もまた、爆風でゴミのように飛ばされた。
彼が覚えているのはそこまでだった。
意識を取り戻した時、彼の身体は病院のベットの上で、そこに爆動はいなかった。
何故、爆動が止めを刺さなかったのかは定かではない。
あるいは普通の人間が爆弾で吹っ飛ばされたのだから、止めを刺さずともいずれ死ぬとでも思ったのかもしれない。
いずれにしても生き残った黒羽は、この事件を切欠にして邪気眼に覚醒し、仲間の無念を晴らすことを誓ったのである。
そして四年の月日が流れて──現在、黒羽は誓いを果たせずにいる。
腹立たしい。この四年間、腕を磨き続けてきたつもりだった。それがどうだ。
差は埋まったはずが、更に開いているというこの現実──。
彼の邪気眼の能力は、爆動の能力に大きく影響されているものの、爆弾を作り出すその原理自体は能力の応用である。
翻って爆動の能力は純粋に爆弾を作り出すことに特化している。
だからか? それ故に通じないのか? これが自分の能力の限界なのか?
──認めたくはない。だが──。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
「──ん?」
地面を蹴り、巨木の枝を蹴り、更に『空中跳躍』を挟んでこれまでにないほど高くジャンプした黒羽は、
その位置から渾身の力をこめて闇をも飲み込みそうな“漆黒の球体”を生み出した。
(できれば使いたくはなかった──だが! ──ここで使うしかねェ!!)
「なんだ、それは?」
「作ったのさ……“貴様に届く”爆弾をなァッ!!」
「──ッ!!」
黒羽の鬼気迫る顔を見て何かを予感したか、初めて爆動の足が止まる。
黒羽は、そんな彼目掛けて勢い良く投げ放った。
「くたばれ!! 『ディザスタァァァァァァ────ボムゥウウウウウウ』────ッ!!!!」
【二条院 茜が『半堕』から完全な『闇堕』となる。二条院 明が瀕死に】
【黒羽 影葉:ディザスターボムで起死回生を図る。】

78 :
>>76
×免罪
○冤罪
訂正orz

79 :
>>73 >>75
「これが母様の言ってたおまじない──いえ、母様の最高の能力である『自動再生』(オートリライヴ)。
 凄いとは聞いてたけれど、まさか死んでも蘇るとは恐れ入るわ。『女神』の名は伊達じゃないって事ね。
 それにこれが発動したって事は、私は母様の能力を受け継いだってこと?まさか母様はこうなることを予期して──いえ、今はどうでもいいわね」
意外にも最初に立ち上がったのは最も傷が酷かった御影であった。
いや、酷いなんてものじゃなく高槍も彼女だけは完全に死んだものだと思っていた。
だが、なにかブツブツと呟きながら起き上った彼女の体は五体満足の綺麗なものであった。
「今まで出来なかったことも今なら出来る。だって母様が一緒だから──!!」
御影はさらに邪気眼の能力を行使した。しかし、それは先程まで見せていたものとは違っていた。
「二人とも、そんなところでヘタっている場合じゃないわ。まだまだやるべき事はあるんだから!『女神の抱擁』(ヴィーナス・ウイング)──!!」
彼女の背からは光り輝く翼が形成され、それの発する強い光が横たわる二人のスイーパーの体を包み込んでいく。
すると、まるで時間を巻き戻すかのように白髪の少年の体は欠損を補っていく。獅子堂も恐らく体内を修復されているのだろう。
「……へ、死の淵からの復活で能力覚醒!ってか。いいねえ王道で、好きだよ俺は」
実際その手のケースは少なくはなく、数多の戦場を駆け抜けてきた高槍もこんな場面に遭遇したのは一度や二度ではない。
(だが、傷を治す能力者ってだけでも厄介なのに一度に複数人をしかもあんな一瞬で治せるとなると、こっちは決死の一撃じゃねえと意味がないな)
すでに一対三というハンデを受けながら、更に不利な状況へと事態は転がっていく。
だが高槍の表情から余裕が消えるところは今のところなかった。それが見栄をはっているものだとしても。
「これで元通りね。後はあの男を退けるだけ。二人とも当てにしてるわよ?」
次に復帰したのは白髪の少年であった。彼には傷が治る以外の変化は見られない。
(アイツが倒れている間に湧き出ていたのは血で出来た腕……か?
 あぁ、奴がそうか。さっき二条院姉が使っていた能力の本来の持ち主であるフタガミっていうのは)
「…“俺達”に任せろと言ったはずだぜ。御影」
最後に、獅子堂が立ち上がる。その手に魔銃を二丁、携える彼はこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。
「…俺達が“手遅れ”に成ったら…御影、二神…俺達をせ―――『フルコマンド』」
言葉と共に獅子堂の体が青白い光を纏い始める。そこから発せられるのは、いままでに無いほど巨大な邪気。
「そうか、それがお前の切り札(ジョーカー)ってわけか。最終手段まで使ってくれるとなると、俺も張り切っちま――」
瞬間。
高槍の表情から今度こそ余裕が消え、槍を垂直に構えて防御体勢をとった。
だが、その行動を終える前に『蒼魔の銃王』は高槍の背後に存在していた。
おまけにすれ違いざま、止血のため足を縛っていた上着の袖を切り裂いて。
「―――“一にして無限の銃士”なり」
「……いや、ホント挑発に弱いなぁ、俺は。いまの、俺の首を狙うことも出来ただろ?
 そうしなかったのは俺に余裕を見せつけるためか。まぁ、もしそうじゃなくともさ」
高槍は槍を頭上に掲げ、プロペラのように廻しはじめて徐々にそのスピードを上げていく。
「こっちも、フルパワーで行かなきゃなぁ!!」
ブロロロロロ、と風切り音を響かせた槍は勢いをそのままに十字型の刃を地面へと突き刺した。

80 :

「喰らえや、『刻刺無槍(スティッキング・シルヴァー)』――――!!」
槍が刺さった地点から、まるでペンキをぶち撒けたかのように鮮やかな銀色が広がっていく。
それは色だけではない、地面の下も深さ二メートルに至るまで錆びてはいない完全な銀へと作り変えていった。
そしてその浸食が三人へと到達する直前に、地面は飴細工のように形を変える。青い空へと真っ直ぐに伸びる『槍』。
次々と間欠泉の如く湧き出る槍の奔流は三人へと直進する。
無論、本部のスイーパーである彼らのこれぐらいが通用するはずがない。回避したり、打ち砕いたり三者三様の切り抜け方をする。
だがこの技の真価はここからであった。槍の奔流は止まらない。
避けられたならば槍が湧き立つ流れは異常な速度で軌道を修正し、砕かれたのならその残骸を蹴散らすように新たな槍が噴き出す。
槍の猛攻が簡単に終わるはずがない。何故なら、攻撃手段を造る材料がこの広大な土地にいくらでも広がっているのだから。
「そら! 必死に避けねえと赤と銀色に彩られた前衛的な人体オブジェクトになっちまうぞ」
そんな煽りをしながら、高槍は突き刺した魔槍を引っこ抜く。
この技は大量の邪気を消費するため、すでにこの体には余力はなかった。
(俺はあんま多人数用の技は鍛えちゃいねえから燃費が悪いな。が、あとはこの技と連携して一人一人抹していけば……)
と、そんなことを思っていた魔槍の遣い手の耳にありえない声が届く。
「──治レ」
バッと勢いよく振り返る。
そこには『銀の浸食』が綺麗に避けていた大木があり、そこには意識を失ったはずの茜がこちらを睨んでいた。
「ウソだろ。その無敵の能力を封じる為に喉に銃剣をブッ刺したんだぜ……なのに、なんでだ」
「舐メタ真似ヲシテクレタナ。『死ネ』ト言エバ簡単ニス事ガデキルガ、オ前ハオ前自身ノ力デ滅ビテ貰ウ事ニシヨウ。
 ──“吸イ尽クセ”、『言霊眼』──」
目が覚めた彼女はさっきまでとは違い、流暢に言葉を操っていた。
しかし、それは少女本来のものとは思えぬ残酷な口調であった。
茜の言葉に高槍は膝をつく。原因は最後の「吸イ尽クセ」だろう。
優秀さはともかく、邪気の保有量としてなら一流に相応しい彼から吸い取られた邪気は光弾へと変わっていく。
全開時の半分も残ってなかったにも関わらず、光弾は凶悪な威力を秘めていた。
「躱セルモノナラ躱シテミロ。ククク、無理ダロウガナ……」
「ダメエエエエエエエエエエエエエエ────ッ!!!!」
一直線へと疾走する光弾。だが、その直撃を受けたのは間に割って入ってきた明であった。
見た目に反し、光弾は手榴弾のような生々しい爆風と爆音を発生させて、近くにいた高槍も後方へと吹き飛ばされる。
「ガァ――――!! …………ハァ、ハァ……くそ、どうなった? アイツ、まさか俺は庇った……のか?」
                                  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
恐らくそれは攻撃を受ける側が高槍だったからではなく、攻撃を仕掛けたのが茜だったからだ。
飛行機を墜落させた時と同じだ。妹の蛮行をこれ以上見過ごせなかったのだろう。
「爆風の土埃で茜のほうがどうなったが分からねえが、奴に視認されると不味い」
高槍は周囲を見渡すと、どうやら並び立つ槍が壁のようになってスイーパー達にはまだ発見されていないようだ。
その隙に今度こそ満身創痍となった彼はほとんど両足を引きずるように森林の陰へと移動を開始した。
一瞬、自分のために爆散した明の姿を確認しようと思ったが、結局一度もその姿を見ることなくその場から動き出した。
(流石にいまの状況はまずい。秋雨さんに死ぬなと言われた手前、この命勝手にここで散らすわけにはいかない)
意地と根性で三十二年間生きてきた高槍一成だったが、この修羅場では自らの命を最優先する他なかった。
【高槍:スイーパーに刻刺無槍を放つも茜の攻撃で戦闘能力はゼロに近い】

81 :
>>67続き
その強運のおかげで、餓鬼野戦では戦闘力が無いにもかかわらず無傷だったし、初めて使う能力の本人すら使ったことのない技を成功させることができたのだ。もっとも、全てが運のおかげというわけでもないのだが
「この教団は私の結社程ではないが人数が多いからな。もしかしたら部位(パーツ)がいるかもしれない…。だから探さなくては。ルーフレンテ様の部位…脳として」
ぶつぶつと呟きながら歩く秘社。彼は自分の事をルーフレンテの脳と呼んでいるが…?
「そして勿論弱者の弱者による弱者のための世界を創るために他の人間も仲間にする必要がある。だから本気を出さなくてはな…
例え下っ端だろうと幹部だろうと、そんなものは関係無い…。どんな手をつかってでもどんな卑怯を用いてでも…勝利の為なら手段は選ばないさ」
彼はエンジェルの人間を探すため、東館を探索していた

82 :
>>73>>75>>79>>80
回復を終え、高槍と対峙する三人。
如何に高槍が手誰とは言え、一騎当千クラスの三人をまともに相手に出来るとは考えにくい。
(数の上ではこちらが有利。油断せずに連携すれば退けることは出来るはず)
三人で連携すれば負けることはない──篠はそう考えていた。
「…“俺達”に任せろと言ったはずだぜ。御影」
しかし、そんな篠の考えを否定するかのように獅子堂が一歩前へ進み出て告げる。
「任せろって……今は我儘を言ってる場合じゃ──」
「…俺達が“手遅れ”に成ったら…御影、二神…俺達をせ―――『フルコマンド』」
篠の抗議も聞く耳持たず、獅子堂は先程茜に阻止されて不発だった技を再び発動した。
青白く発光する獅子堂の体。篠はそれを見て違和感を憶える。
(……何?いつもの彼じゃない……何か──まさか!?)
気付いた時には既に遅かった。戦闘は始まり、獅子堂は高槍の背後に回り込んでいた。
「……二神君、さっきの獅子堂君の言葉、聞いてたわね?あれは冗談でもなんでもないわ。
 彼の言う手遅れ──その見極めは難しい。例え彼の状態がわかっていても、ね」
隣にいる二神に話しかける。二神は理解と疑問が入り混じったような表情でこちらを見ている。
篠はそんな二神の表情を余り気にせず話を続けた。
「彼の言う通り、最悪彼をす事になるかも知れない。万が一その事態に陥った場合、私が合図を出すわ。
 そうしたら一切の容赦なく彼をしにかかりなさい。自分が死にたくなかったらね。それと──」
二神から闘っている二人へ視線を戻し、更に続ける。
「今は下手に手を出さない方がいいかも知れないわ。半ば暴走状態のようなものだから。
 傷つけばそれだけ強くなるのがあなたのウリでしょうけど、限度があるでしょ?」
そう締め括り、闘いを見守りつつ不意の襲撃に備え周囲の警戒を始めた。
「喰らえや、『刻刺無槍(スティッキング・シルヴァー)』――――!!」
警戒していて正解だった──篠はそう思った。
獅子堂は一人で相手をするつもりのようだったが、どうやら高槍は違ったようだ。
始めからこちらの三人を同時に相手にするつもりらしく、広範囲の攻撃を仕掛けてきた。
(ッ……!いくら母様の能力があると言っても今の私じゃ戦闘中の他人への制御までは難しい……!)
地面から襲い来る槍をかわし、砕き、捌いているが、それでも完全に対処はし切れない。
高槍のこの攻撃は篠の能力とは些か相性が悪かった。
対象を砕き、破壊することが攻撃手段の篠にとってそれをほぼ無効化する攻撃──厄介極まりない。
現に先程から何発かは当たっているのだが、母の能力のお陰か未だ致命傷には至っていない。
(地面を砕いたところで状況は変わらない。私の能力じゃ打つ手がないわね)
と、高槍が地面に突き刺していた槍を引き抜くのが見えた。
(この攻撃と合わせて自身も突撃してくるつもりね!そうなったら流石にまずいわ。
 ここは二人と連携を取って状況を打開しないと──)
「──治レ」
そう考えた瞬間、不意に声が聞こえた。声量は大きくなかったが、静かに、しかし不気味に響く声。
声の出所を探る。そこには先程まで意識の外に追いやっていた二条院姉妹──その姉である茜が立っていた。
(逃げたわけではなかったのね。それにしてもこの感じ……さっきまでとは雰囲気が違う。
 まさか……暴走しているの!?喋ってるって事は正気がなかったさっきより性質(たち)が悪いわね……!)
最悪の敵の再度の出現により状況は更に悪化への一途を辿る。
(このままじゃジリ貧──何か状況を打破できる策は──)
「舐メタ真似ヲシテクレタナ。『死ネ』ト言エバ簡単ニス事ガデキルガ、オ前ハオ前自身ノ力デ滅ビテ貰ウ事ニシヨウ。
 ──“吸イ尽クセ”、『言霊眼』──」
そう考えた矢先、事態は思わぬ方向へ転進する。何と茜は本来味方である筈の高槍へと矛先を向けたのだ。

83 :
その直後、高槍が地面に膝を突いた。恐らく茜の「吸い尽くせ」と言う言葉が原因だろう。
そして茜の手には高槍から吸い出されたオーラが集まり、一つの光弾を形成していた。
(まさか──相手の力を奪っていると言うの!?いくら何でも反則じゃない?それ……)
一連の流れを見て一瞬呆然としていたことに気付く。
(反則だって何だって関係ないわ!目の前に立ちふさがる以上敵以外の何者でもないのだから。
 ──倒すしかない!)
気合を入れ直した矢先、場面は次の展開へと動いていた。
「躱セルモノナラ躱シテミロ。ククク、無理ダロウガナ……」
「ダメエエエエエエエエエエエエエエ────ッ!!!!」
茜が高槍へ光弾を放った直後、妹の明がその射線上へ割って入ったのだ。
高槍へ向かう筈だった光弾は吸い寄せられるように明の体へと向かって行き、その体に直撃した。
響き渡る轟音。光弾はその大きさからは信じられないほどの爆発を引き起こした。
「クッ、すごい爆発ね……!これじゃ何も見えないわ……!」
爆発の影響により辺り一面に粉塵が舞っており、更に高槍の残した槍もあってか、周囲の状況は全く分からない。
(これは下手に動かない方が得策かも。かと言ってこのまま待ってたらあの子に視認されかねない。
 獅子堂君達を放って置く訳にもいかないし、どうすれば……!)
頭の中で必死に考えを巡らせる。しかしこの状況で全員と合流し、尚且つ茜の視界から逃れる方法は思いつかなかった。
(逃げるなんて論外。なら残った選択肢は──)
粉塵が徐々に晴れていく。状況は爆発前と少しだけ変わっていた。
まず爆心地であった明は、下半身が丸ごとなくなっており、残った上半身も酷い状態だった。
それでも生きているのは流石異能者と言ったところか。
次に高槍。彼はこの戦場から姿を消していた。
ただでさえ篠達と闘って消耗していたところを更に茜にオーラを吸い取られた為、殆ど力が残っていなかったのだろう。
そんな状態でこの場に留まるほど馬鹿ではないだろうし、恐らくその必要もない筈。
となると遠くへ逃げた可能性が高い。逃がしたのは惜しいが、今は気にしてもいられない。
(──彼女を黙らせるしかないわね)
粉塵が完全に晴れた今、茜をかわして先に進むと言う選択肢もなくなった。元より選択する気もないが。
(とは言ったものの……視認されればほぼ死が決まるような状況でどう闘えばいいのかしら。
 今現在私は大した攻撃方法を持ってないし、彼らに頼るしかないんだけど……)
獅子堂と二神の位置関係を見るに、二人が一度に視認されることはないだろう。取り敢えず最悪の可能性は回避している。
「二神君、ちょっといいかしら」
未だ動きを見せない茜から視線をそらさずに隣にいる二神に声をかける。
「彼女の能力はもう分かってるわよね?そこで提案なんだけど──あなた達のどちらか一人、囮になってくれない?」
突然の篠の言葉に驚きを見せる二神。しかしすぐにその意図を読み取ったようだ。
「理解が早くて助かるわ。囮になれとは言ったけど、何もと言っているわけではないわよ?
 どちらかに注意を向けている間にもう一人が後ろから攻撃を仕掛ければ、もしかしたらうまくいくかもしれない。
 視認と言う行動が必要な以上、前後から挟めばどちらか一方は視界から外れる。背中にも目があったらお手上げだけどね。
 どう?悪くない提案だと思うけど。死なない限り私が治してあげられるし」
前を向いているため二神がどうしているかは分からない。考えているのだろうか。
「ただ、二つほど問題があるのよ。一つは獅子堂君がうまく作戦を理解してくれるか──まぁ、そこは彼に期待するしかないわね。
 もう一つは私が標的にされた場合。いくらこの能力があっても、流石に頭を吹き飛ばされたらそれまでだわ。
 もしそうなったら私を囮にしてその隙に二人で彼女を倒して。その後の闘いもあなた達の強さなら大丈夫でしょう」
言葉を発しない二神に更に提案する。それはもはや独白に近いものだったのかも知れない。
「やるかやらないかはあなた次第。他にいい考えがあるならそっちを優先するし、ないならこっちをやってもらうわ」
【御影 篠:刻刺無槍を凌ぎ切り、茜と対峙する。二神に作戦を提案】

84 :
漆黒の爆弾が大地に着弾した瞬間────
辺りを支配したのは耳を劈く爆音と、あらゆる物体を焼き尽くす眩いばかりの死の閃光であった。
瞬く間に半径数十メートルの広範囲に渡って撒き散らされたそれは、やがて南の空に小規模なキノコ雲を形成。
まるでそれこそが、光に呑まれて消滅した生きとし生けるものらの墓標であると言うかのように……。
(うっ……ぐぅっ……!!)
それを横目にしながら地上に落下していた黒羽は、ガラにもなく鳥肌を立てていた。
何故なら一歩間違えればそれは自分の墓標にもなりかねなかったものである。
自分で放った技ながら悪寒を禁じえなかったのだ。
(自分すら死ぬ危険性がある……これがこの技の最大の欠点だ! 我ながら危ねぇ技を編み出しちまったもんだぜ!)
タッ、と、大地に降り立った黒羽は、すぐさま変わり果てた辺りを見回した。
黒焦げになって薙ぎ倒された巨木、黒い煙を吐き続ける爛れた大地、赤黒く溶けた岩石──
さながら空爆直後を思わせるそこには、確かにあらゆる生命の気配がなかった。
(だが……流石にその分効果は絶大だ。流石のあの野郎も、これを喰らえばたちまち──)
いや、あるいはそう信じたかっただけだったのかもしれない。
勝負を決めるつもりで繰り出した文字通りの必技──これで決着がついていないなどあってはならない。
自分のプライドをかけたその思いが、彼にそう錯覚させていたのかもしれない。
(────ッ!!?)
現実は、時に残酷で、時に非情である。
あってはならない光景を、しっかりとその目に焼き付けてしまうのだから。
「──こんな技を隠し持ってたとはな──。今のは流石にヒヤっとしたぜ?」
その言葉と共に煙の中から現れたのは、体中に煤や焦げ痕をつけながらも、未だ五体満足で佇む爆動 塵一その人であった。
「なっ──んだと──!」
驚愕する黒羽を冷たい目つきをもって見やった爆動は、やがてフッと不敵に笑みを零した。
「なぁに、別に驚くほどのことじゃねぇさ。あの瞬間、咄嗟に作り出した爆弾を、お前の爆弾にぶつけてやったのさ。
 まっ、流石にあれだけの威力を完全にすことはできなかったがな……」
驚くことではない? あれだけの爆発を完全ではないとはいえ相できる威力の爆弾を作り出すことが?
もはやそれは嫌味などを軽く超越した科白であった。
(クソッ……たれが……!)
「さて、今度は俺の番だな? 浅手とはいえ俺に傷をつけた褒美に、いいものを見せてやるとしよう」
再び顔を黒い笑みで染め上げた爆動が、右腕を天に向かって立てた。
直後、かつてない激しさで掌の上の空間に走る電流。そして、途端に背筋を駆け巡るかつてない悪寒。
黒羽は力強く地面を蹴って背後に跳んでいた。それは無意識の行動だった。
「いい判断だ。だがな──」
その瞬間、黒羽は見た。
爆動の手の上に髑髏の顔がついた巨大な砲弾が現れ、それがミサイルさながらに火を噴いて放たれたのを。
「こいつからは逃げられねぇよ──この『デス・スカル・シェル』からはなァ──!!」
────巨大な爆発。そして、上空に昇った髑髏型の黒雲。
それらは黒羽のディザスターボムが起こしたものより全てが一回り以上大きかった。
『いい判断だ。だがな──こいつからは逃げられねぇよ』
黒羽の脳裏に、先程の言葉が蘇る。なるほどそうだ、確かにその通りだった。
だが、あと一瞬、あと一秒判断が遅れていたら、こうして何かを考えることなどできなかっただろう。
そういう意味では咄嗟に跳んだ事はあの時点で最善の策であったといえる。
だが、それも今現在に置いては、ただの自己満足に過ぎない。何しろ結果は完敗に変わり無いのだから。
(ちく……しょ……う……)
薄れゆく意識の中、黒羽ができたことといえば、自分の無力さを噛み締めるように拳を強く握り締めることだけであった。
「おっと、派手にやり過ぎたか。隊長代理に派手な行動は控えろと言われていたんだが……まぁいい。
 侵入者達(奴ら)にさえレッドフォースの存在を気取られなければ何も問題はないからな。
 それよりも……そろそろ向こうの方も決着がつく頃か。さぁ、この争乱の第一幕をどう終わらせる? 天使 九怨」
彼方まで広がる焦土を背に館を見据えた爆動は、独り呟いた。
【黒羽 影葉:爆動の戦闘に敗北。生きてはいるが重傷でエンジェル戦への復帰は不可能となる】

85 :
>>79 >>82
「喰らえや、『刻刺無槍(スティッキング・シルヴァー)』――――!!」
高槍の言葉と共に地面から無数の銀の槍が生える。あるものはその場に留まり、あるものは刻一刻と形を変え、あるものは獅子堂、御影、二神に向かって来る。
「…数で押す…“俺達”にそんな児戯が通じると?」
嘲りの言葉を返す獅子堂の背後に銀の槍が迫る。だが命中までコンマ数秒以下の間に、獅子堂の姿は“槍の背後”に回っていた。
そして空中には弾丸で正六角形を形作られた青い光膜が無数にあった―――そう、獅子堂は防御に用いるエネルギー障壁を超人的な速度と膂力でもって足場にし、
地上を、空中を、思うがままに疾駆し跳躍して高槍の攻撃を躱したのだ。
銀の魔槍の異常な猛攻は止まらない。だが、それ以上に今の獅子堂の回避は異常だった。例えるならフレーム落ちの起きたビデオカメラの映像だろうか。
姿があったと思いきや、青白い残光と共に空間を転移するかのように全く別の場所に現れる。縦横無尽そのもの。
そして―――ある意味ではこれが最も重要なのだが―――獅子堂は精神世界でも戦いを繰り広げていた―――
―――白い浮島と黒く波打つ虚空が広がる闇照眼の精神世界。そこには2人の人影が飛び回りながら弾丸と銃剣の応酬を繰り広げている。
1人は獅子堂 弥陸。そしてもう1人も獅子堂 弥陸―――傍から見れば奇妙極まりない光景だ。
だが、2人には決定的な違いがあった。1人はサファイアじみた邪気眼を手の甲に宿し、青白い魔弾を放つ紛れもない“獅子堂 弥陸”。
だが、もう1人は碧眼を持ち両手の甲には白黒反転した邪気眼を宿し、紫色に輝く魔弾を放つ“獅子堂の闇”なのだ。
「―――さっさと明け渡して楽になれよ」
「お断りだな。“獅子堂 逢魔(ししどう おうま)”。そもそも俺達は2人で1人じゃないのか? “闇”ってのは光を押しのけて存在するモンじゃねえだろ?」
「ハッ! それも結果次第だな! 表も裏も、光も闇も関係ねえ…ただそこにあるモノだけが真実さ!」
「ああ、そうかい…なら俺は、お前を屈服させるだけだ!!」
蒼と紫。輝く銃剣が火花を上げて擦り合う。銃弾同士が宙で炸裂して金属音を響かせる。
その間にも虚空には現実の戦闘の光景がリアルタイムで映し出される。
獅子堂の目に入ったのは完全に人格が交代した茜と、その指先から放たれた光弾を身に受けた明の姿だった。
「現実(あっち)が気になるか? 心配すんな、“弥陸”をベースにして作った“一にして無限の銃士”に任せておけよ」
「な―――っ!!」
現実の戦いの行方に気を取られた瞬間、紫色に輝く銃剣が、獅子堂の心臓を貫いた―――
【獅子堂 弥陸:現実世界では“一にして無限の銃士”という人格が戦闘を継続。
 精神世界で闇の人格である“逢魔”と人格の主導権を巡って戦闘中。現在劣勢】

86 :
【その頃、秘境本社】
「大丈夫でしょうか、お兄様…」
『秘境』の社長秘書にして境介の実妹、『心網眼』の使い手である秘社書子(ひやしろしょこ)は心配そうに呟く
「あのダメージは脊髄である私でも相当堪えました…。脳であるお兄様には、それ以上の…」
「大丈夫…」
「そうだよ、お姉ちゃん」
「私達を」
「僕達を」
「「助けてくれたあの人だから…」」
瓜二つでありながら、寡黙な印象の少女と落ち着いた印象の少女が口を揃えて言った。寡黙と落ち着いたって結構似てるけど
「『百々眼鬼(とどめき)』と呼ばれて恐れられ隔離されていた僕を受け入れてくれたのはあの人だし」
「『邪気眼を与える能力者』として…狙われていた私を…匿ってくれたのも…あの人…」
双子の少女達は、落ち着いた百咲瞳(ももさきひとみ)と寡黙な百咲眼(まなこ)が交互に言う
「大丈夫さ。弱い存在が集まってできた秘境(ぼくたち)の中でも、社長は輪をかけて弱いけれど」
「決して正攻法で…力にものを言わせて戦うようなタイプじゃないけれど………」
「「だけど私達全員を束ねるあの人の精神(こころ)は…誰よりも強い」」

87 :
>>8
「これはどういうことなんですか」
両手を後ろ手に縛られ、黒服二名に横からガッチリと拘束される形で凛音は応龍会の屋敷内を歩かされていた。
「…………」
「…………」
語気を強めて言ったものの、こちらの問いに黒服は答えない。
ただ、前を歩いている応龍会組長龍神のあとに従って私を連行するだけだ。
凛音が秋雨流辿を父と告白し、龍神が父の正体を明かした直後、部屋に応龍会の組員が押し入ったのが三分前。
訳も分からず少女は細い鎖で縛られ、そしていまに至る。
「……父さんが、秋雨流辿が異能犯罪者だなんて冗談ですよね。そんな、そんなことがあるわけ」
だが、後に続く言葉が見つからずそのまま口を閉じてしまった。
自分でも分かっていたはずなのだ。自分には二年以上前の記憶がなく、父のことなど何ひとつ知らない。
そんな人間にどんな残酷な事実が突き付けられようとも、それを無視することは出来ない。
認める、認めないは別にして。
「ここだ」
と、龍神が行きついたのは敷地の隅にポツンと建っていた離れであった。
だがその建物には厳重な洋式の扉と南京錠がついていたことに凛音は見逃さなかった。
「悪いが、凛音嬢はしばらくここで大人しくしてもらうぜ」
淡々と明日の天気でも言うように告げる龍神。
「それって……」と凛音が答える前に、黒服に捕まれた腕に違和感を覚える。
それがなにかを確かめる前に、凛音は強引に離れの中へと押し込まれた。
その強引さに凛音は倒れこむが、中は畳敷きで思ったほどの痛みは無かった。
「さっきも言ったろ、凛音嬢の父親であり一級犯罪者の秋雨流辿が犯行予告をしてきた。
 嬢ちゃんはもしもの時の保険だよ。あの男はのらりくらりと生きる霞みてぇな奴だが、妻子が居る以上全く情がないわけじゃない。そこを突くための交渉材料さ」
両手が使えなくとも立つことは出来る。凛音は立ち上がって、龍神に言い寄ろうとしたのだが体は思った通りには動かなかった。
意識が段々と白くなって、脳が足腰に上手く命令を遅れていない。
「なに、ただの睡眠剤だ。超即効性のそこらへんに出回っているモノとは段違いのモノだがな。
 あと、邪気眼も使えねえようにさせてもらった。凛音嬢をしばっているのは『邪封の鎖』つってな邪気を際限なく吸収し、大気中に放出し続けるシロモノだ」
最近になってイデアがようやく完成させたものだが、まぁいまは関係ないな、と付け加えたあと龍神は鉄製の扉を勢いよく閉じて錠が落ちる音がそれに続く。
だが、今の凛音にはどんな音も耳には届いていなかった。
真っ白な闇へと落ちるさなか、凛音は確かに聞いた。
「仕方ないな、まったく」

88 :

がばっとワンピースを着た体が勢いよく起き上がる。
周囲を見回した後、ふらふらの足取りだが少女は確かに立ち上がった。
「痛つつ。あぁー頭が回る、吐き気が止まらんぞ。意識はあるけど体は眠ってるなんて体験、貴重といえば貴重だがこのさきの人生で役立つとは思えんな」
立ち眩みをしている人間のように千鳥足で室内を歩きはじめる。
この部屋を調べるのもそうだが、まず体を動かして体調を戻すことが目的だった。
「窓は二メートル上に配置、壁は土壁だが隅の剥がれた部分から鉄板が見えてやがるな。
 こりゃ、客室を模してるが本質は牢屋と変わんねえな。いやはや、極道の人間は怖いもんだ」
先程の可憐な顔つきとは打って変わり、第二人格たる彼女は額にしわを寄せて野犬のような息遣いで呼吸をしていた。
一通り調べ終わったあとも、そのまま彼の有名探偵の如く室内をぐるぐると歩き続けた。
「さて、どうやって逃げたもんか。このままISSに引き渡されて道具扱いされんのは癪だが、そのほうが凛音のお父上に会える可能性は高いか」
だが、それも百パーセントではない。それにそんな機会があれば、そのまま二人揃って死刑になる可能性も高い。
なにせこの少女も二年前、スイーパーを十名以上した犯罪者だ。
過去の経歴を洗いざらい調べられたら、その事実もいずれ浮上するだろう。
「ということで、この案は却下。ここは初志貫徹に徹底的にISSから逃げるほうこうで行くとするか」
少女は邪気眼に力を込める。
両手を縛られていようと、餓獣さえ呼べばこんな鎖どうということない。
そのはずなのだが――
「……チッ、だめか。『邪封の鎖』ね、こんな厄介で面倒くさいものがあるとはな」
見た目はただの鎖だが、いざ邪気を使おうとするとま空気中へと邪気が霧散してしまう。
「ふむ、ここは俺様の灰色の脳細胞の出番か……」
不意に、連続する爆発音が小さな離れを揺らした。
「……な?」
とっさのことで足を止めるが、すぐに状況を掴むために耳を澄ましてみる。
爆発音の直後に、大勢の人間の怒号が飛び交い様々なものが壊される音が微かに聞き取れた。
そして、この離れに急いで近づいてくる足音もあった。
錠が開く音と共に、血相を変えた応龍会の組員が室内に入ってくる。
「オイ、いますぐ出るんだ! はやく!」
「な、なにが起こったんですか?」
とりあえず、凛音の真似をしてみるも組員は取り合わず急いで少女の体を離れの外に連れ出した。
「はやく、こっちに……!?」
言い終わる前に組員は強制的に口を閉じざるを得なくなった。
その胸には一センチほどの穴が開き、仰向けに突き飛ばされるように倒れる光景が原因を物語っていた。
「いやーよかった、見つかって。本当、探しましたよ凛音ちゃん」
少女の視線の先に居たのは真っ黒な宗教服姿の男だった。
三十代ほどの男の手に握られていた自動小銃が、その銃口から薄く硝煙が立ち上っていた。
だが、なにかがおかしい。
男の顔には覇気がない。生気も無く、眼も虚ろだ。
「もう探すのを諦めかけていたんですけど、こんなとこで見つかるなんて驚きですね。しかも場所がこの厨弐市、なにか運命染みたものも感じます」
なのに男は上機嫌な声音で喋り続ける。
はっきり言って不気味だ。まるでマネキンにスピーカーを内蔵したおもちゃのようだった。
「……誰かは知らないが、女子を誘いたいならまずそのだらしなく垂れているヨダレをどうにかしたらどうだ」
「おや、これは失礼。なにしろ視界が狭いもんで、自分の身だしなみも満足に見れないのですよ」
乱暴な仕草で、男は口元を上着の袖を使って拭っていく。
「さて、残念なことにあまり時間も掛けていられません。そろそろ行きましょうか」
ヨダレを拭ったほうの手を差し出して、こちらを招くマネキン男。
(何が起きてるのか分からんが、ピンチとチャンスが一緒に来やがったな。ちょっとばかし、ピンチのほうが多いが)
対峙する男と少女。
両手を縛られ、邪気眼を使えぬ状況下で第二人格たる彼女は――――
【凛音:応龍会の敷地内で何者かに操られているエンジェル信者と遭遇。操られているだけでエンジェルは関与していないようだ】

89 :
>>82
「……二神君、さっきの獅子堂君の言葉、聞いてたわね?あれは冗談でもなんでもないわ。
 彼の言う手遅れ──その見極めは難しい。例え彼の状態がわかっていても、ね」
御影のその言葉に、二神は最低限の注意を払う。
「彼の言う通り、最悪彼をす事になるかも知れない。万が一その事態に陥った場合、私が合図を出すわ。
 そうしたら一切の容赦なく彼をしにかかりなさい。自分が死にたくなかったらね。それと──
今は下手に手を出さない方がいいかも知れないわ。半ば暴走状態のようなものだから。
 傷つけばそれだけ強くなるのがあなたのウリでしょうけど、限度があるでしょ?」
「…限度か。それは俺が設定しているだけだ。つまり、最後に自力で血を飲める程度。
――あんたが俺を最低限まで治せるんなら、限度は無いに等しい。」
ニヤリと空ろな笑みを浮かべる。命が惜しい、という感情を遥か手前において来た、底知れない自己犠牲の狂気。
「喰らえや、『刻刺無槍(スティッキング・シルヴァー)』――――!!」
高槍の突如繰り出された無差別広範囲攻撃に、彼は迅速に反応する。かがんで攻撃範囲を限定し、槍を紙一重でかわしていく。
血のレーザーも活用し、よけられないものは遠くで落とし、避けられるものは近くでかわす。
だが、その後の茜の暴走までは予測出来ていなかった。
粉塵に身を隠し、打開策を探るものの、二神は茜の能力の前にはどうしようも無い現実がある。
「二神君、ちょっといいかしら」
その声に二神は振り向く。
「彼女の能力はもう分かってるわよね?そこで提案なんだけど──あなた達のどちらか一人、囮になってくれない?」
「…なるほど。同時攻撃で言霊発生の時間差をつくわけだな。」
「理解が早くて助かるわ。囮になれとは言ったけど、何もと言っているわけではないわよ?
 どちらかに注意を向けている間にもう一人が後ろから攻撃を仕掛ければ、もしかしたらうまくいくかもしれない。
 視認と言う行動が必要な以上、前後から挟めばどちらか一方は視界から外れる。背中にも目があったらお手上げだけどね。
 どう?悪くない提案だと思うけど。死なない限り私が治してあげられるし」
「いや、良い案だ。少なくとも、ここでじっとしているよりはよっぽど。」
そういうと、二神は右手の甲を爪で裂いた。鮮血が滴り落ち、それが何かの形を取って行く。
「恐らく気休めだが、奴の視界へのバリアに使ってくれ。数十秒は持つ。俺も一度、保険として使わせて貰う。
ブラッディコート
『血の暗幕』…」
二神の血液が、薄い膜となって御影の前に展開される。
「それじゃ、後は頼んだ。」
そう残して、二神は血の幕で自らの姿を覆い隠して駆け出す。
「獅子堂!今は――こっちを…ッ!」
ブラッド・レイを茜目掛けて放ちながら、二神は声を振り絞って獅子堂を呼んだ。
先に茜がこちらに反応すれば、暗幕を取り去る為に二回言霊を使わざるを得ないと判断したのだ。
そして、彼の両手には血の爪が作り出される。至近距離まで近づければ一気に肺を貫くつもりだ。
【二神 歪、御影の案に乗り、攻撃開始。獅子堂を呼ぶ。】

90 :
>>89
心臓に突き刺さった紫色に輝く刃。その様を見て逢魔はほくそ笑む。
「さぁて、お前は言ったよな…暗黒を受け入れると―――受け取れよ!」
「ぐ…あぁぁ…」
逢魔の腕から獅子堂の心臓へと、どす黒い奔流が流れ出す。蚕が蛹を作るかのように奔流は獅子堂の左半身を飲み込んだ。
そして獅子堂の左目の白目と瞳が白黒反転―――ついさっき先程、茜に起きた異変と同じ現象が獅子堂にも起き始めた。
右半身は辛うじて主導権を保っている。右目で現実の光景に目をやると自身は膝をつき、左目が白黒反転している。
「はは、あと一息だ。弥陸(おまえ)という自我は消滅し、闇の眷属になる…逢魔(おれ)がお前に成り変わ―――!?」
闇の人格である逢魔の言葉を遮ったのは銃声。まさにゼロ距離から放たれた銃弾が逢魔の喉を撃ち抜いたのだ。
「…阿呆が、俺の全霊を賭した演技に見事にかかりやがって…この距離なら外さない―――そして!!」
「!?」
獅子堂がとった行動は先程の逢魔と同じ―――相手の心臓に銃剣を突き刺す事だった。
次の瞬間、獅子堂の腕から逢魔の心臓へと白い光の奔流が放たれた。
「貴様を取り込む…光と闇が溶け合い、1つの存在に生まれ変わる! その主は―――俺だ!!」
精神世界が眩い光に照らされる。その光が消えた時、逢魔は倒れ伏していた。
「…これで終わったと思うなよ…逢魔(おれ)は見ている。そして何度でも弥陸(おまえ)を…」
かすれる言葉と共に逢魔の姿は虚空に消えていった―――
「獅子堂! 今は――こっちを…ッ!」
二神の言葉を聞いて意識が現実に覚醒する。獅子堂は感じていた。己の内から湧き上がる新たなる力を。
「…撹乱か…二神、“俺”に任せろ!」
其処に居たのは“逢魔(やみ)”でもなく“一にして無限の銃士”でもない、“獅子堂 弥陸”だった。
(…だが、まだ完全に支配したわけではない…それでも今はこれで充分だ)
『フルコマンド』を発動した状態で、更なる力を得て放たれた魔弾。それは実弾ではなかった。
青白い光の奔流。今までの魔弾よりも圧倒的に速く、操作の精度も、威力も高い―――弾丸であって弾丸ではない、まさしく“魔弾”だった。
「…キサマ、爆ゼ―――」
茜が獅子堂の姿を視界に捉える。だが、2人の間をブレード状に変形した魔弾が通過して濃密な土煙を巻き起こす。
「ハラエ」
茜の言葉と共に突風が吹き土煙を吹き飛ばす。しかし、そこに獅子堂の姿は無かった。
「! 何処ニ…!?」
「ここだよ」
言葉と共に振り抜いたのは『銃剣』。そしてそれも実体のある金属製の物ではない。
例えるなら、神に仕える聖霊の鍛冶師が、オーロラを鍛えて作り上げた光の刃と言ったところか。
「ガァッ! キ、キサ―――」
「―――遅い」
血飛沫と共に茜の左腕が宙を舞う。それを見届けるまでも無く、獅子堂の姿は再び土煙の中へと消えた。
【獅子堂 弥陸:闇を一時的だが屈服させパワーアップを果たす。
茜の左腕を切り落とし、土煙に姿を隠して撹乱中】

91 :
>>83>>89>>90
下半身を失った明の上半身が茜の足元にゴロリと転がった。
「がっ……ふっ……」
明の口が赤黒い鮮血に染まっていく。かろうじて息はあるが、恐らくもう助からない。
そんな明を見下ろした茜は、すぐさま口元を凶悪な感情を露にするように歪めて、ゲシッ、とその頬を蹴飛ばした。
「邪魔ヲシヤガッテ! 貴様ハ何度“私”ノ邪魔ヲスレバ気ガ済ムノダ! コノ虫ケラガァッ!!」
「うっ……」
「放ッテ置イテモヤガテ息絶エルダロウガ……ヨカロウ! コノママ私ノ手デ止メヲ刺シテクレルッ!!」
片手を天に向かって直立させた茜は、やがてその掌の上に光の輪を現出させた。
それは彼女の掌に埋め込まれていた人工邪気眼を使って生み出したエンジェル・ハイロウ。
「感謝シロ。最後ハ天使ラシク、コノ輪ヲ頭上ニ頂イテケルンダカラナ──」
「……あ、か……ね……」
「サラバダ、我ガ妹ヨ! ハハハハハ────ハッ!?」
迫る気。それに気がついた茜は、明に放とうとしたその手を止めて、咄嗟に光輪を気の方向へ投げ放った。
瞬間、光輪が赤い光線と接触し、バシュゥ! と音を立てて四散する。
その衝突によって生じた衝撃波が辺りの爆煙を払い、ここに至って茜は周りで何が起こっているかを理解した。
赤いバリアーのような膜を張って、前後から自分を挟み撃ちにせんと迫る者が二人いる──。
なるほどそうか、よく考える。──二人の意図を察した茜は自然と笑っていた。
笑う、それはつまりそれだけ彼女には尚も“余裕”があるということに他ならない──。
「オ前ラ、ソノ膜ゴト“爆ゼテ”ミルカ?」
彼らに直接発動する言霊が使えなくとも、膜自体を圧倒的な爆発で包み込めば彼ら自身にもダメージは及ぶ。
そう、如何に用意周到な策であろうと、それを真っ向から粉砕する手立てなどいくらでもあるのだ。
「────!!」
しかし、次の瞬間、傷付いていたのが彼らではなく、茜であったことを誰が予想しえただろうか。
宙を舞う自分の左腕を見ながら、茜は目を大きく見開いた。
「ソウカ、確カニ三匹ダッタナ。ヤケニ小賢シイ虫ケラガ……!」
獅子堂の姿を追うが、既に周囲は新たな土埃に覆われ、発見することはできない。
ならば土煙を払って見つけるか? なるほどそれは容易い。
しかし、二神らも直ぐそこまで迫っているだろう。となれば、これ以上この場に留まるのは危険だ。
とりあえず一先ず空中に逃げ、そこで大勢を立て直す──。
そう算段を立てた茜は、咄嗟に利き足に体重を乗せた。だが──
「ナニッ!?」
跳びあがろうとしたその矢先──自分の足首を掴んで、それを阻んだ者がいたのだ。
「オ……前ッ!!」
掴んでいたのは死にかけの明。
もう意識を保つことすら難しいはずの彼女が、しっかりとその目に自らの意思を宿らせ、茜を見上げていた。
「コノ──クタバリ損ナイガァァアッ!! ドコマデ私ノ邪魔ヲスレバ……ッ!!」
苦虫を噛み潰したような顔の茜が、ふと再び目を見開いた。
彼女の眼前には土煙に紛れてとうとう至近にまで辿り着いた二神 歪──。
「シマッ──」
思った時にはもう遅い。彼の手に形成されていた凶悪な爪が、彼女の肉体を薄紙の如く貫いていた。

92 :
口から血を滴らせる茜を見ながら、明は頬に涙を伝わらせた。
「ごめんね……茜……、あたしは“貴女”を……とうとう……護れなか……った……」
茜は憎悪に満ちた視線を彼女に叩きつけたが、彼女の顔を見るなり、不思議と困惑した表情となった。
「ナン……ナンダ」
それは自分に対する言葉でもあったろう。
何故なら彼女は今すぐ手を振り解きたい気分でありながら、何故かそれができなかったのだから。
「…………ごめん……ね…………お姉……ちゃ…………ん…………」
顔中を涙で濡らし尽くした明は、その言葉を最後にゆっくりと瞼を閉じた。
足首を掴んでいた手の力が急速に失われていくを感じながら、
茜はしばし呆然としたが、やがてツゥーっと、一筋の涙をその目から零した。
(──ッ!! コレ、は……)
悪鬼が流した涙。それを周囲の者達は驚いたが、実は最も驚愕していたのは茜自身であった。
いや、正しくは茜ではなく、今現在茜の身体を支配している人格といった方がいいだろうか。
「まさカ──バカな! “私”ヲ内かラ抑エ──“取り戻し”ツツあルと言うのカッ!?」
二神の腕が引き抜かれ、身体に空いた大穴から血が噴き出す。
途端に茜が苦しみ出す。だが、それは傷の痛みによる苦しみでないことは明らかであった。
瞳の色が白から桃色に、桃色から白へと交互に替わったり、
まるで“内”からの“何か”に抵抗するように頭を抱えているのだから。
「おのレ──おのれェエエエエエッ!! この期に及んでマダ抵抗する気かァッ!?」
それはこの場にいる人間に対して言った言葉ではない。
彼女──いや、その人格が言ったのは、精神世界に居るかつての主人格に対してなのだ。
「バカがッ!! 今更貴様が来て何ニナルッ!? この身体も私が唱えなければ治ランのだぞ!!
 治れバまだ闘えル!! 治せバこいつラを今度コソ葬ることガできルというノニッ!! 何故だ!!」
答える者はこの場には居ない。
だが、その人格の脳内には、答えた者が──二条院 茜“本人”の声が確かに響いていた。
『もう止めよう……明はそう言った。そして私を“人間”として終わらそうとしてくれた……。
 私はその想いに応えなければならない。もう、“あなた”の好き勝手にはさせないわ!』
(憎クハナイノカッ!? 自分ヲ陥レタ妹ガ! コノ世ノ全テガッ!!)
『憎くはないわ。何故なら私は、始めから何も憎んでいないもの』
(──ナッ!?)
『あなたも、私も……ここで終わり。さぁ……行きましょう。私達が犯してきた全ての罪を償いに──地獄へ!』
(ヤメロッ!! 力ヲ持ツ者ガソノ力ヲ行使シテ何ガ悪イトイウノダッ!? 私ハ、私ハァァァアア──)
『言霊眼──“私達”を、地獄に堕とせ──!!』
(──ヤメロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──!!!!)
精神世界で広がった光──。それはその世界のあらゆるものを飲み込み、そして消滅させた──。
「ああああああああああああああああああああああああ────!!!!」
それと同時、現実世界では、茜がこの世ものとは思えない断末魔をあげて、肉体からどす黒いオーラを噴出させていた。
そのオーラはまるで悪魔のような顔となると文字通り昇天──果てし無き青空の彼方に消えていった。
バタリ、と残された肉体が糸の切れた人形のように倒れ伏す。
それは紛れも無く、侵入者らの前に立ちはだかった強大な天使が敗北したことを意味していた。
【二条院 明:死亡】
【二条院 茜:明の死を目の当たりにして主人格が覚醒。能力を内から抑えこみ、自滅に使用。闇の人格と共に死亡する】

93 :
>>89>>90->>92
二神の出した答え、それは篠の案に乗るというものだった。
「恐らく気休めだが、奴の視界へのバリアに使ってくれ。数十秒は持つ。俺も一度、保険として使わせて貰う。
ブラッディコート
『血の暗幕』…」
二神の手から流れ出た血液が膜状になって篠の前に展開された。
「これは……。ありがたく使わせてもらうわ」
「それじゃ、後は頼んだ」
二神はそれだけ告げると茜に向かって駆けていった。
「さて、私も最低限の仕事はしなくちゃ。傷を治せるからってまた標的にされちゃたまらないしね」
呟いて二神とは別方向──森の中へと駆け出した。
この館は周囲を深い樹木に覆われている。そのお陰で一対他の状況なら姿を隠すことは容易い。
(万が一獅子堂君が作戦に気付けないようなら私も攻撃に参加せざるを得ない。
 今の状態でどこまでダメージを与えられるかは分からないけど)
森を駆け抜け、茜の背中が見えたところで飛び出す。
その時、丁度二神の放ったブラッド・レイが茜によって掻き消されるところだった。
「オ前ラ、ソノ膜ゴト“爆ゼテ”ミルカ?」
こちらから表情は見えないが、その声にはこちらを嘲るものが含まれていた。
「こっちの作戦に気付いた上でこの余裕……底が知れないわね」
しかし篠も不適に笑った。二神との連携は破綻寸前にも拘らず。
そう──篠には見えていたのだ。茜の背後に出現した獅子堂の姿が。
「────!!」
予期せぬ位置からの攻撃に流石の茜も対処出来ず、茜の左腕が宙を舞う。
そしてそれを行った獅子堂は、新たな粉塵を発生させて再び撹乱を始めていた。
(今が好機──!二神君、頼んだわよ!)
二神の攻撃が決まることを祈りつつ、自身も撹乱のために再び走り出した。
そこから先は絵に描いたように事が進んだ。
空に逃げて体勢を整えようとした茜を、瀕死の明が足を掴むことで阻止する。
「シマッ──」
それに動揺した茜の体に、接近していた二神の爪が深々と突き刺さった──。
そして最後の力を使い切った明は、姉に詫び、涙を流しながら息を引き取った。
その直後、茜に変化が起こった。
「──!?」
涙を流していた。
自分の姉妹すらそうとしていた戮者がその死を見て泣いていたのだ。

94 :
「まさカ──バカな! “私”ヲ内かラ抑エ──“取り戻し”ツツあルと言うのカッ!?」
(あの子の中で一体何が起きていると言うの?)
「おのレ──おのれェエエエエエッ!! この期に及んでマダ抵抗する気かァッ!?」
茜は先程から叫んでいる。しかしこちらの状況に合った台詞ではない。
現に篠達はそこまで傷付いてはいない。
「バカがッ!! 今更貴様が来て何ニナルッ!? この身体も私が唱えなければ治ランのだぞ!!
 治れバまだ闘えル!! 治せバこいつラを今度コソ葬ることガできルというノニッ!! 何故だ!!」
まるで見えない誰かと話しているかの如く、怒りながら叫んでいる。
(まさか──元の人格が?)
恐らく茜は闇堕と呼ばれる状態に陥っていたのだろう。そうなった場合、自力で元の人格に戻ることは不可能とされている。
(妹の死を目の当たりにして主人格が再び目覚めたとでも言うの?
 ……普通に考えたらありえないの一言だけど、何故か今は信じる気になれるわね)
「ああああああああああああああああああああああああ────!!!!」
そして突如茜が凄まじい叫び声を上げる。それは断末魔だったのかも知れない。
断末魔を上げた茜の体から黒いオーラが噴出し、空に消えていった。
最後に見えたそのオーラは、まるで悪魔のような恐ろしい形相をしていた。
オーラが空に消えた後、茜本人の体はパタリと地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
明に寄り添うように倒れ伏す茜の表情は穏やかなものに変わっていた。
「勝った、のよね」
確認するように小さく呟く。それが聞こえたのか、獅子堂と二神は同意するような返事をした。
「これで一歩前進、ってところかしら。これ以上厄介なのがいなければいいけど」
獅子堂と二神が館に向かって歩き出す。しかし篠はその場から動こうとしなかった。
「私はこの二人を供養してから行くわ」
振り返る二人に、篠は穏やかな顔で姉妹の亡骸を見ながら告げた。
敵だった者達に対して何を馬鹿な、と言う表情をしている二人だったが、気にせずに話を続ける。
「私はこの子達を保護すると約束した。しかしそれは叶わなくなってしまったわ。
 ならせめて安心してけるように静かな場所に埋葬してくるわ。それに──」
今までの穏やかな顔から、真剣な表情になって二人を見る。
「この先どんな輩が待っているか分からない。もしかしたら死体を操る奴だっているかも知れないわ。
 敵の戦力は減らすに越したことはないし、何より私はもうこの二人には闘って欲しくないの」
二人は篠の考えを理解はしたが、どこか納得のいかない、と言う表情だった。
「まぁどの道私個人の行動だからあなた達には関係ないわ。あなた達は先に進みなさい。
 私も後から必ず合流するから。それまで死んじゃダメよ?」
最後に皮肉を言い残し、二人の遺体──と言っても一人は半分だが──を抱き上げ、二人に背を向けて森の方へと歩いていった。
【御影 篠:戦闘終了。二人の遺体を埋葬するために一時戦線離脱】

95 :
>>91 >>93
煙幕を発生させつつその中を駆け回る獅子堂。だが突然、その足を止めた。
(…終わったか…いや、正確には“終わる”…)
視界の利かない土煙の中を駆けるために、周囲数十メートルを『闇照眼』の力で捉えていたのだ。
そしてその力は射程内にいる人の心の内までも見透かす―――茜が主人格を取り戻すのを感じ取っていた。
「ああああああああああああああああああああああああ────!!!!」
次の瞬間、響き渡る断末魔。それはこの戦いの決着を告げるものだった。
「勝った、のよね」
「…そういう事になるな…後味は良くないが」
後味の悪さ―――数えきれぬ異能犯罪者をこの世から消し去ってきた獅子堂が、初めて味わった感情。
明の凄絶な覚悟と決意を読み取ったからか? この姉妹の悲しい過去に自分らしくも無く同情したのか? それとも―――
「…高槍の姿も無い。周囲に気配も無いということは撤退したんだろう…後は天使とやらを叩き潰す」
コートを翻らせてツタの館へと歩を進める。全ての元凶である首魁を討つのみだが、その足を御影の言葉が止めた。
「私はこの二人を供養してから行くわ」
「…供養?」
「私はこの子達を保護すると約束した。しかしそれは叶わなくなってしまったわ。 ならせめて安心してけるように静かな場所に埋葬してくるわ。
それに──この先どんな輩が待っているか分からない。もしかしたら死体を操る奴だっているかも知れないわ。
敵の戦力は減らすに越したことはないし、何より私はもうこの二人には闘って欲しくないの」
(…『ブラッディ・マリー』ともあろう者が、随分とお優しいじゃないか―――ん?)
今まさに『エンジェル』が奇襲を掛けてくるかもしれない、と周囲に気を巡らせた獅子堂は感じ取った。
死に掛けた気配―――それもよく知るもの―――そう、黒羽の気配だ。
「まぁどの道私個人の行動だからあなた達には関係ないわ。あなた達は先に進みなさい。
私も後から必ず合流するから。それまで死んじゃダメよ?」
2人の遺体を抱えてを森の中へと御影の姿は消えていく。それを見届けた獅子堂は二神に声を掛ける。
「少々…野暮用が出来た。可能な限り早く戻る」
それだけ言うと獅子堂は黒羽の気配へ向かって空中を跳躍していった。
「…必死だったんで気にも留めなかったが…随分派手に戦ってたようだな? え?」
辺り一面、爆風で薙ぎ払われた風景。満身創痍で横たわる黒羽の姿。今にも文字通り死にそうな有様を見て、獅子堂は溜息をついた。
うっすらと目を開いてその姿を見た黒羽は、何か言いかけたが咳き込むだけで、遂に言葉は出なかった。
「言ったはずだ。俺とお前の人生を前に進めるために、“決着”が必要だと。例えどちらかの死でしか終わらないモノであってもな。
 俺をしていいのはお前だけだし、お前をしていいのは俺だけだ。だから今だけ、最初で最後、お前を助ける」
言うだけ言うと獅子堂は黒羽の手を握りしめた。それを接点に、黒羽の思考が流れ込んでくる。
「…親の仇に、友の仇…貴様も難儀な人生送ってきたもんだな―――『命脈眼』!」
かつて獅子堂の命を救った男―――岡崎の相棒―――の異能を発現する。これは生命力を相手に分け与える異能力だ。
しかし、余程のダメージを受けたのだろう。黒羽は瀕死からは脱したものの、とても万全には回復しない。
(…御影の力で回復し、闇を屈服させて俺の力はかなり増したはず…だが、この辺りが限界か)
何とか歩けるだけの力を黒羽に分け与えると、獅子堂は背を向けて言葉を吐く。
「決着をつける時まで絶対に死ぬな。それだけだ」
【獅子堂 弥陸:戦闘終了後、黒羽の気配に気づき、黒羽の居場所に移動。
 生命力を分け与え瀕死状態から回復させる】

96 :
大聖堂──。
ローラに連れられてやっとのことで天使のもとに帰参した暗道は、そこで全てを話した。
自分が敗れたこと──朦朧とする意識の中で感じた二条院 茜の覚醒と、暴走のこと──
そして今しがた、その茜すらも敗れたであろうということを。
「天使長閣下、彼奴らはあの『大天使』すらもとうとう……このままでは計画は遂行できませぬ!」
「……」
「閣下、出すぎた真似を承知で申し上げまする……!
 ここは、もはやこの場からいち早く撤退なさり、捲土重来をお計りになられた方がよろしいかと……!」
「……」
「彼奴らの実力は予想以上! 戦力のほとんどが壊滅した今、閣下に万が一のことがあっては……ご決断を!」
「万が一、とは?」
これまでただ暗道の言葉を黙って聞いていた天使は、そこでふと口を開いた。
その声からはいつもの温和さは感じられず、ただ氷のような冷たさがあった。
「あなたは万が一にでも私が彼らに敗れるとでも思っているのですか?」
「そ、それは……めめ、滅相も……ヒッ!?」
まるで見る者を射すような天使の目つきに、暗道は思わず戦慄した。
常に微笑を絶やさなかった自らのボスが、初めてその目に不快感を宿している。
しかも、自分の言葉が原因で、だ。
「それではどういう意味なのですか?」
「そ、それはその……つまり……わしは、閣下の身を案じて……」
「──暗道さん、あなたは何も解かっていない。
 我々の目的は『落葉』の奪取と、流辿一派と共謀してこの街に“乱”を起こし、邪魔者を排除することです。
 その邪魔者となりえる存在がこうして目の前に迫っている。なのに、どうして退かなければならないのでしょう?
 わかりますか? 我々には初めから“退く”という選択肢は無いのですよ」
「……」
「そして、あなたはあの『聖魔天使』が倒されたことを強調していますが、
 彼女にはそもそも精神的なハンデがあったことを忘れてはなりません。
 ですが、これまで数多くの“実”を食べてきた私に、実力的にも精神的にも隙など一切ないのです。
 わかりますか? つまり私は、彼女とは違って万が一にも負けることはないのですよ……」
コツ、と靴を鳴らして、天使が一歩、前へ歩み出た。
「!?」
途端に暗道の顔が真っ青となる。天使の目に明らかなる気が篭っていたからだ。
「残念ですよ暗道さん。何の戦果もあげずおめおめ逃げ帰ってきたと思えば、的外れな進言で更に私を不快にさせるとは」
「ま──まさか──!」
「今まで御勤めご苦労様でした。これは、貴方への餞別と思って下さい」
一歩一歩、暗道に向かって歩み寄る天使は、やがて掌を彼へ向けて差し出した。
「ひ、ヒィイイイイイイ!!」
暗道は悲鳴をあげて駆け出した。
される──その恐怖が強烈な鞭打ちとなって、動かぬはずの身体を動かした。だが──
「さようなら」
その一声と共に掌から放たれた無情なる“紅球”──
それは逃げゆく暗道の後頭部に直撃すると、瞬間──強烈な爆音を挙げて全てを爆ぜ散らした。
「ぎべぃえっ!!」
首から上が消し飛んだ暗道は辺りに盛大に血を撒き散らすと、やがて痙攣して大地に倒れ伏した。
「これで残るは私一人……。ククク、さぁ……来なさい、神の意思を無視する愚かな虫けら達よ」
【天使 九怨:暗道を害。二神らを北の館の大聖堂で待ち構える】

97 :
誘導。今日からこちらをお使い下さい。
専用掲示板
http://yy81.60.kg/futatsuna/
新避難所
http://yy81.60.kg/test/read.cgi/futatsuna/1329993613/

98 :
「ここは──……」
目を覚ました黒羽が見たものは、文字通り一寸先の見えない漆黒の暗闇であった。
「どこだ……?」
問うてみるも、声は空しく虚空に響くばかりで、当然答えなどは返ってこない。
そこで黒羽は事の前後を思い返した。
そう、確か自分は厨弐市北の山中にあるツタの館で爆動と闘い、そして倒されたのだ。
今、自分が生きていて意識を取り戻したならば、ここはその倒された場所であるはず。
だが──ここはどこだ? 視界に広がるは一条の光もない暗闇のみ。こんな場所など覚えは無い。
ダメージのせいで目が見えなくなったのか? なるほど、ありえる。
だが、まるで宇宙空間にふわふわと漂っているようなこの奇妙な感覚は何だ?
上も下も左右も前後も、あらゆる方向感覚がつかめない、この現実感の薄い奇妙な感覚は。
「……まさか」
ここに至り、頭に漠然と浮かび上がった文字。それは“死後の世界”。
「……俺は、死んだ……のか……?」
答えは、わからない。だが、なるほど、ありえる……。黒羽は溜息をついていた。
何とも不思議だった。恐怖もなく、悲しさもなく、やけにあっさりとそれを受け止める自分自身が。
復讐を果たせずまま息絶えたことを確信しながら、妙に落ち着いていた自分自身が。
目の前に浮かんでは消えていくかつての仲間達の顔。
それに続くかつての両親、幼い頃に生き別れたたった一人の妹の顔……そして、自分自身の横顔。
幻覚? 否。恐らく脳裏に浮かんだ映像を幻覚のように視ただけだろう。死に際に体験するとされる現象だ。
(本当に視るんだな……噂だけだと思っていたが…………ん?)
途端に、心が違和感に覆われる。
最後に現れた自分自身の横顔──それだけが一向に消える気配がないのだ。
そればかりか他の像とは違い、片目をジロリとこちらに向け、真正面に向き直ったではないか。
それには、脳裏に浮かんだ像とは思えないリアルな存在感が確かにあった。
『クックック』
「!?」
その不気味な笑い声は、心を覆った違和感が驚愕に変わった瞬間だった。
像が動き、笑っている。その声は幻聴などではなく、確かに自分の聴覚を伝って聴こえている。
自分の聴覚は破壊され、機能していないはずなのに──。
しかも良く見ればその像は自分のものとは若干異なっている。
右目がなく、残った左目も瞳と白目の部分の色がまるっきり反転した不気味なものなのだ。
「なんだ……これは……?」
その問いを、今度は答える者がいた。そう、不気味に笑う目の前の像である。
『なんだ、だと? おいおい、俺は“お前自身”じゃねぇか、影葉ァ』
「なん、だと……?」
『お前の内に潜むもう一人のお前だ。冗談キツイじゃねぇの、俺の存在を知りもしなかったとはよォ。
 “現実世界”のお前の肉体には、ちゃーんと“俺の存在”が現れてるだろうがよォ』
「……」
『……おい、マジか? 本当に何も気付いてなかったのかァ!? ……ケッ、だらしねぇ相棒だぜ!
 俺の“片目”が、これまでどんだけテメーの命を救ってきたと思ってやがる!? えぇ!?』
「片目……」
黒羽の視線がもう一人の自分を自称する男の失われた右目に注がれる。
そして、気付く。自分の右掌に発眼している、邪気眼との関連性に。
「まさか……邪気眼とは……!」
『……ケッ、ようやくか。あぁ、テメーの思っている通りだ。
 テメーらが邪気眼と呼んでるモンはなァ、全てその人間の内に潜む存在の眼のことなんだよ。
 わかるかァ? そいつが眼を貸してやるから現実世界の肉体に眼が現れ、異能力が発現する。
 つまり、自分の精神に運よくそいつを生じさせた者こそが、異能者になる資格があるってわけだ』

99 :
「今の話が本当ならば……聞かせろ。……何故、お前が俺の精神に宿ったのだ!」
『俺ァな、お前がこの世に生れ落ちたその時から、お前の精神(なか)に宿っていたんだよ。
 だが、覚醒(めざ)めなかった。元々、俺を自力で目覚めさせるだけの才能(ちから)が、お前自身になかったからだ。
 俺を覚醒めさせたのは、あの爆動とかいう異能者の邪気(パワー)だった。あのパワーが俺を縛っていた鎖を解いた。
 ククク、だから俺はあの野郎に感謝してるんだぜ?
 でなきゃ一生お前の狭っ苦しい精神世界(体内)に閉じ込められていたんだからなぁ、ククククク』
「何故……お前に異能力というパワーが備わっている」
『……随分と下らねぇことを気にするんだな。お前はよォ、何で鳥に羽が生えてんのかいちいち気にするのかァ?』
クククと肩を揺らす独眼に、黒羽は思わず眉を顰めた。
それを見た独眼は前髪を大げさにかきあげると、フッと微笑を零して続けた。
『自分の正体を正確に把握してる奴なんざこの世にはいねぇさ。
 お前が人間から生まれ、黒羽 影葉という名を持つ男であること以外、何も知らねぇようになァ。
 俺が俺自身について知っていることはたった一つ。
 それは、お前の体内に流れる『魔族』の血が、お前の精神世界で俺という“形”をなしたということだけだ!』
「──!?」
黒羽は何も言えなかった。
魔族の血……それが自分に流れている? そんなオカルトめいた話、信じろというのか?
しかし、かといって否定することができるだろうか?
何故なら、自分自身、これまで邪気眼が持つ魔法のような力を実際に行使してきているのだから。
『お前だけじゃねぇ、異能者と呼ばれる人間は誰しも皆、魔族の血を受け継いでいるのさ。
 いや……もしかしたらこの世の人間には全て、魔族の血が流れているのかもしれねぇがなァ」
「……」
『さて、そろそろお喋りの時間は終わりだ。俺がお前の前にわざわざ現れたのは、そろそろ目覚めてもらうためだ。
 何せ現実世界の肉体は相当傷付いてるようなんでなァ……早いところ起きねぇと、永遠に眠ることになるぜ?
 そうなれば俺もお前と共に消滅することになる……そいつァちと困る。
 お前の代わりに俺が出てやることも考えたが、今のお前の肉体じゃ俺の“力”にゃ耐えられねぇだろうしよォ……
 だから、もうしばらくはお前にこの命を預けておいてやる……もうしばらくはな……ククク」
「貴様、何を企んで……」
『──うるせぇよ!!』
言いかけた言葉を、語気を強めた独眼の声が掻き消した。
『二度も言わすんじゃねぇ……さっさと起きろ。そしてとっとと身体を治せ。それが、お前の取るべき唯一の道だ……』
──瞬間、突如として暗闇に差した一条の光。
それは黒羽の全身を包み込むと、やがて意識をも真っ白に染め上げていった。
(──っ!!)
徐々に遠のいていく意識の中、黒羽は確かに聴いていた。独眼の意味ありげな含み笑いを。
『死ぬなよォ、影葉ァ……俺がその身体に出るその日までよォ……ククククククク』

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