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2012年5月創作発表76: 東方projectバトルロワイアル 符の九 (166) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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東方projectバトルロワイアル 符の九


1 :11/12/04 〜 最終レス :12/05/03
これは同人ゲーム東方projectのキャラによる、バトルロワイアルパロディのリレーSS企画です。
 企画上残酷な表現や死亡話、強烈な弾幕シーンが含まれる可能性があります。
 小さなお子様や、鬱、弾幕アレルギーの方はアレしてください。
 なお、この企画は上海アリス幻楽団様とは何の関係もございませんのであしからず。
 まとめWiki(過去SS、ルール、資料等)
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/1.html
 新したらば掲示板(予約、規制対策、議論等)
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/13284/
 旧したらば掲示板
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/12456/
 過去スレ
 東方projectバトルロワイアル 符の八
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1305297877/
 東方projectバトルロワイアル 符の無無
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1281061809/
 東方projectバトルロワイアル 符の陸
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1263709667/
 東方projectバトルロワイアル 符の伍
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1253970854/
 東方projectバトルロワイアル 符の四
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1248691156/
 東方projectバトルロワイアル 符の参
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1244969218/
 東方projectバトルロワイアル 符の弐
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1239472657/
 東方projectバトルロワイアル 符の壱
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1235470075/
 東方projectバトルロワイアル
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/9437/storage/1224569366.html
 参加者、ルールについては>>2-10辺りに。

2 :
 【参加者一覧】
 2/2【主人公】
   ○博麗霊夢/○霧雨魔理沙
 7/7【紅魔郷】
   ○ルーミア/○チルノ/○紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/○十六夜咲夜
   ○レミリア・スカーレット/○フランドール・スカーレット
11/11【妖々夢】
   ○レティ・ホワイトロック/○橙/○アリス・マーガトロイド /○リリーホワイト/○ルナサ・プリズムリバー
   ○メルラン・プリズムリバー/ ○リリカ・プリズムリバー/○魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫
 1/1【萃夢想】
   ○伊吹萃香
 8/8【永夜紗】
   ○リグル・ナイトバグ/○ミスティア・ローレライ/○上白沢慧音/○因幡てゐ
   ○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅
 5/5【花映塚】
   ○射命丸文/○メディスン・メランコリー/○風見幽香/○小野塚小町/○四季映姫・ヤマザナドゥ
 8/8【風神録】
   ○秋静葉/○秋穣子/○鍵山雛/○河城にとり/○犬走椛/○東風谷早苗
   ○八坂神奈子/○洩矢諏訪子
 2/2【緋想天】
   ○永江衣玖/○比那名居天子
 8/8【地霊殿】
   ○キスメ/○黒谷 ヤマメ/○水橋パルスィ/○星熊勇儀/○古明地さとり
   ○火焔猫燐/○霊烏路空/○古明地こいし
 1/1【香霖堂】
   ○森近霖之助
 1/1【求聞史記】
   ○稗田阿求
 【合計54名】

3 :
【基本ルール】
 参加者同士による殺し合いを行い、最後まで残った一人のみ生還する。
 参加者同士のやりとりは基本的に自由。
 ゲーム開始時、各参加者はMAP上にランダムに配置される。
 参加者が全滅した場合、勝者無しとして処理。
【主催者】
 ZUNを主催者と定める。
 主催者は以下に記された行動を主に行う。
 ・バトルロワイアルの開催、および進行。
 ・首輪による現在地探査、盗聴、及び必要に応じて参加者の抹殺。
 ・6時間ごとの定時放送による禁止エリアの制定、及び死亡者の発表。
【スタート時の持ち物】
 各参加者が装備していた持ち物はスペルカードを除き、全て没収される。
 (例:ミニ八卦炉、人形各種、白楼剣等)
 例外として、本人の身体と一体化している場合は没収されない 。
【スペルカード】
 上記の通り所持している。
 ただし、元々原作でもスペルカード自体には何の力も無いただの紙。
 会場ではスペルカードルールが適用されないので、カード宣言をする必要も存在しません。
 要は雰囲気を演出する飾りでしかありません。
【地図】
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/14.html
【ステータス】
 作品を投下する時、登場参加者の状態を簡略にまとめたステータス表を記すこと。
 テンプレは以下のように
 【地名/**日目・時間】
 【参加者名】
  [状態]:ダメージの具合や精神状態について
  [装備]:所持している武器及び防具について
  [道具]:所持しているもののうち、[装備]に入らないもの全て
  [思考・状況] より細かい行動方針についての記述ほか。
         優先順位の高い順に番号をふり箇条書きにする。
  (このほか特筆すべきことはこの下に付け加える)
【首輪】
 全参加者にZUNによって取り付けられた首輪がある。
 首輪の能力は以下の3つ。
 ・条件に応じて爆発する程度の能力。
 ・生死と現在位置をZUNに伝える程度の能力。
 ・盗聴する程度の能力。
 条件に応じて爆発する程度の能力は以下の時発動する。
 ・放送で指定された禁止エリア内に進入した場合自動で発動。
 ・首輪を無理矢理はずそうとした場合自動で発動。
 ・24時間の間死亡者が0だった場合全員の首輪が自動で発動。
 ・参加者がZUNに対し不利益な行動をとった時ZUNにより手動で発動。

4 :
【書き手の心得】
 この企画は皆で一つの物語を綴るリレーSS企画です。
 初めて参加する人は、過去のSSとルールにしっかりと目を通しましょう。
 連投規制やホスト規制の場合は、したらば掲示板の仮投下スレに投下してください。
 SSを投稿しても、内容によっては議論や修正などが必要となります。
【予約】
 SSを書きたい場合は、名前欄にトリップをつけ、書きたいキャラを明示し、
 このスレか予約スレで、予約を宣言してください。(トリップがわからない人はググること)
 予約をしなくても投下は出来ますが、その場合すでに予約されていないかよく注意すること。
 期間は予約した時点から3日。完成が遅れる場合、延長を申請することで期限を4日延長することができます。
 つまり最長で7日の期限。
 一応7日が過ぎても、誰かが同じ面子を予約するまでに完成させれば投下できます。
【投下宣言】
 他の書き手と被らないように、投下する時はそれを宣言する。
 宣言後、被っていないのを確認してから投下を開始すること。
【参加する上での注意事項】
 今回「二次設定」の使用は禁止されている。
 よって、カップリングの使用や参加者の性格他の改変は認められない。
 書き手は一次設定のみで勝負せよ。読み手も文句言わない。
 どうしても、という時は使いどころを考えよ。
 支給品とかならセーフになるかもしれない。
 ここはあくまでも「バトルロワイアル」を行う場である。
 当然死ぬ奴もいれば、狂う奴もでる。
 だが、ここはそれを許容するもののスレッドである。
 参加するなら、キャラが死んでも壊れても、泣かない、暴れない、騒がない、ホラーイしない。
 あと、sage進行厳守。あくまでもここはアングラな場所なのを忘れずに。
 感想や雑談は、規制等の問題が無ければ、できるだけ本スレで楽しみましょう。
【作中での時間表記】(1日目は午前0時より開始)
  深夜  : 0時〜 2時
  黎明  : 2時〜 4時
  早朝  : 4時〜 6時
  朝   : 6時〜 8時
  午前  : 8時〜10時
  昼   :10時〜12時
  真昼  :12時〜14時
  午後  :14時〜16時
  夕方  :16時〜18時
  夜   :18時〜20時
  夜中  :20時〜22時
  真夜中:22時〜24時

5 :
以上テンプレ。

6 :
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/streaming/1322366628/301-400

7 :
647 名前: ◆Ok1sMSayUQ[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 00:47:47 ID:OHFtnZJ6 [1/23]
規制されているためこちらに投下します

8 :
 

9 :
 今になってようやく分かったことだが、幻想郷は狭い。
 それこそ、私達のような妖怪が本気を出せば東の果てから西の果てまで行くのに一日も必要とはしない。
 いや、北と南を往復してさえ時間はありあまるだろう。
 それほど小さな世界になったのは、博麗大結界を管理するものの力量の限界ゆえだろうか?
 あるいは、意図的にそうしなければならない理由でもあったのか?
 いずれにせよ幻想郷が『外の世界』と隔離され、昔に比べると取るに足らない土地の広さになったとき、
 古くから生き延びてきた妖怪達はこう口にすることがあったという。
 井戸の底だ、と。
 人間の力に押され、追いやられ、信仰を失い、こうして僻地の片隅で這いずり回っている妖怪は、確かに井戸の底の虫けらなのかもしれない。
 仮に、もしも。そんな井戸の底でさえ争い合う私達を『外の世界』の人間達が見ていたとしたら、どう思うだろう。
 滑稽だと笑うか、人間と何も変わりはしないなという憐憫を抱くか。
 ……どのように思われたとしても、私は、まずはその事実を認めなくてはならないと思った。
 認めなくては、先に進むことなど出来はしないのだと、私自身で痛感したから……
     *     *     *
「……つまり、あんたはにとり達と一緒にいたのね」
「そうなります」
 時刻も夜半を過ぎ、草木も眠る丑三つ時も近くなってきたころ、人間と天狗が団子屋の軒先で顔を突き合わせて話をしていた。
 いや、正確にはここに妖精も加わるのだが、生憎とその妖精は気絶も近い状態でうなされている。
 長椅子に横たわり、苦しげにしているサニーミルクの様子をちらと確認してから、射命丸文は自身と同じく怪我だらけになっている藤原妹紅に向き直った。
 ひとりとして五体満足な者もいなければ、会話の内容も世間話と済ませるには重すぎる。
 団子屋でするものではないなと少し思ってから、文は「結果はこの様です」と付け加えた。
 レティ・ホワイトロックも、河城にとりも死亡。そのうえ交戦したレミリア・スカーレット一派にはさしたる手傷も負わせられず、
 先ほど出会った博麗霊夢には殺されこそしなかったものの殆ど何も出来ずに無様に見逃してもらうことしかできなかった。
「見殺しにして逃げてきたってわけだ」
 胸を突き刺す、それは冷酷な刃だった。返す言葉もない。いくら心を入れ替え、最善を尽くしたといっても結果を見れば、見殺しにしたのと何も変わりない。
 当初、自分が思い描いていた通りになったということに、文は己の奥底にあるなにかがズキリと傷むのを感じた。
「……仰る通りです。言い訳はしません。普段から大きい顔をしておいて、いざやってみれば完敗したのですから」
「随分と素直じゃない」
「それ以上に思い知らされたこともありました。私は今の今まで、自分勝手しかしてこなかったことも、どれだけ周りが見えてなかったかということも。
 ほんの少しだけ耳を澄ませて、目を上げるだけで、支えてくれる仲間や、友達がいてくれるんだって分かったのに……」
 遅すぎた、と自分を憐れむつもりではなかった。
 それが分かったからこそ、為すべきことを為すではなく、為したいと思うことを為すようにもなった。
 自らの抱える思いは決して間違っていないと思うことができる。それでも、なお、悔しかったのだ。
「最善は尽くしたから、なんて言うつもりはありません。何を言われても文句も言えません。
 それくらい私は無力なんだって理解したから。けれど……心を折ってしまったらそこまでなんです」

10 :
 正直に言って、怖いし逃げたい。そうしてしまえばどれだけ楽で、都合がいいかなど自分自身よく知悉している。
 だが願いさえもなくなってしまえば、もう何も届かなくなってしまう。祈りは呪いに変わり、呪いから逃げ続けるためだけの生が始まる。
 何もかもを犠牲にする、自分勝手なだけで恥も知らない生き方を続けたくはなかったから、文は今日の苦しみを受け止めることを決めた。
「私は、私でも、まだ何かができると信じてるから……お願いします、力を貸してください」
 深々と頭を下げる。常にから目上の者以外に対しては絶対に下げてこなかった頭だったが、とうにプライドへの執着心など捨てている。
 文の願い、祈りは、たった一つだった。楽しく取材をして、楽しく騒ぐ。上も下もなく無礼講の時間を過ごすこと。
 呪いへと変えることなく、続けるために――たくさんの仲間が、文には必要だった。
「……私も、そう。分かってたくせに、強がって、一人で全部やろうとして……無力だって気付いたときには、支えてくれていた誰かはいなくなってて……」
 妹紅の答えの形は、ある程度は予想していたつもりだった。だが実際はそのどれもと異なるものだった。
 先ほど寄越した、冷たく突き刺す言葉ではない。山ほどの悲哀を背負い、絶望的な現実を突きつけられてもなお、人であることをやめられない顔がそこにあった。
 迷子になった幼子のように、途方に暮れた表情で涙を流している。同情や慰めを求める涙ではなく、受け止めた苦しみが抑えきれずに零れだしているかのような涙だった。
 諦めてしまったり、現実に折り合う道はいくらでもあったのだろう。一度は現実に迎合し、わかった風な言葉で自分を納得させてきた文だったから分かる。
 だが、妹紅は逃げ出さなかった。どのようなことがあったのか、何を経験してきたのか、文には分からない。しかし自分とは違い、彼女は否と唱えた。
 滲み出る怖さを抱え、先にあるはずの未来を見据え、否と唱えきった。それが分かる。でなければ――彼女は、こんな泣き方をしない。
「でも、それでも。私はなにかがしたい。私を生かしてくれたみんなのために、やりたいんだ。あなたの言うように……心を折ってしまったら、そこまでだから」
 やらなければならないではなく、やりたい。為すべきことではなく、為したいと思ったことを。
 涙を拭い、顔を引き締めた妹紅には彼女自身の気質だけではない、様々に、雑多に交じり合った何者かの思惟があるように思えた。
 私を生かしてくれたみんなのために――妹紅が語った『みんな』は、彼女を縛り上げず、しっかりと支えているのだろう。
 自分はどうだろうか。ふと考え、すぐに浮かんだ河童の姿を思い出し、文は「なぜ生きてるかではなく、生きているからできることがあるはず、か」と口に出した。
 曖昧な言葉だと自分でも思う。できること、なんて自分でも分からないし、やり通せるかも分からない。
 レミリアや霊夢は鼻で笑うだろう。具体的な方法論も持たず、気持ちだけでやれると言い張っているに等しいのだ。
 全員殺して勝ち残るという単純かつ確実な手段を取っている彼女らは、確かに正しくはあるのだろう。
 ただ、やはりそれは自分しか見えていないと文には思えた。他人に背中も預けず、支えられたこともないから生きている自分しか信用できない。
 他者を思って、思いを自分の足にして歩いてゆくという感覚を持たないから、誰かの中に存在する自分というものを否定する。
 それは寂しすぎる、と心中に呟いて、文は目の前にいる妹紅をもう一度見据えた。
「さすが新聞記者。分かりやすくまとめてくれたわね」
「領分ですから。やめようと思ってやめられるものではありません」
「魂にまで染み付いた……ってやつね。じゃ、あなたはこれからも事件の取材を続けるつもりなんだ」
「それはもう当然。この歪んだ事件の真相を暴き、皆さんにお伝えするのが私の仕事ですよ」
「じゃ、私は新聞記者を守る護衛役ってわけね」
「あ……ってことは……!」
「協力するよ。……あなたのせいで、あんたのせいで、とか言い出してたらキリがないし、言い出す自分も嫌いになるから。
 私も無力だけど……頭を下げられてまでお願いされたら、頷くしかないでしょ」
「なりふり構ってられませんし」

11 :
 あははと笑ってみると、妹紅からも僅かに苦笑が帰ってきた。
 安心した気持ちが生まれたのもあった。散々偉そうな態度を取ってきた自分だ、説得できるかどうかも判断できなかっただけに、協力を得られたのは嬉しかった。
 サニーミルクあたりが起きていれば彼女に任せられたのだが、霊夢の一撃を受けたダメージは深く、未だに目を覚まさない。
 弾幕で攻撃されたがゆえに致命傷とならないのがせめてもの救いだったが、この状況で襲われでもしたらいくら文でも限界はあった。
 自分自身もダメージは深い。戦えなくはないが、レミリアと交戦したときに比べると天地の差がある。
 藤原妹紅といえば、人間――正確には蓬莱人だが――としてはかなりの実力者だ。
 生かされた、と彼女は語っていたが、本当に無力なら守られる前に殺されている。無力ではないと信じてくれたからこそ、後を託したという考え方もできる。
「とりあえず、レミリア……吸血鬼だったっけ? とも戦ったんだって? こっちも今しがた戦ってきたのよ。……いや、逃げてきた、というべきかな」
「誰とですか?」
「分からない。わけもわからないうちに狙撃されて……さとりが、私を庇って……」
 あの嫌われ者が? 口に出しかけて、けれどもそれはあまりにも無神経だと寸前で気付き、文は代わりの言葉を探した。
「さとり……古明地さとりといえば、地霊殿のあの妖怪ですよね。どうして一緒に?」
「……そういえば、聞いてなかったよ。自分のペットを探してたとは聞いたけど。見つかってから、その後はどうするか聞けなかった」
 一体何が、彼女をかばうなどという行動に走らせたのか。気になっていただけに妹紅の返答に拍子抜けしてしまった。
 というより、どうして理由もなく一緒にいることができたのか。能天気な連中ならまだしも、相手が相手だ。
「成り行き、というのが一番それらしい答えかも。偶然出会って、互いを知ってみたらいつの間にか一蓮托生の道を歩いてた」
 互いを知る。簡素な言葉だったが、妹紅はさとりのことを深く知っていたのだろうと文は思った。
 そうでなければ無力感に涙を滲ませたりはしない。自分もそうだ。にとりに仲間だと認めてもらえたとき、初めて輪の中に入っているという気持ちになれた。
 不実を正当化し、組織の歯車でしかないと感じていただけの自分でも心があると気付けた。とうの昔に錆びついてしまったと思っていたはずの、心が。
「さとりは、誰にでも悪意があるけれど、良心も絶対にあるって言ってた。善悪それぞれを抱えて、それでもと言うために私は居る、って。
 だから……だから、私はあいつとの約束を破るわけにはいかなった。さとりは私に光を見せてくれたから……死んでしまっても、折れてしまいたくなかった……!」
「うそ……え、さとり様……いなくなっちゃったの……?」
 妹紅の声に答えたのは、サニーミルクのものでも、ましてや自分のものでもなかった。
 夜半の闇の向こう側から現れ、呆然と立ち尽くしていたのは、己と同じ烏の翼を持つ妖怪と氷の妖精。
 霊烏路空とチルノだった。
     *     *     *

12 :
 

13 :
 

14 :
 薄暗い部屋で、明かりもなく月光のみが僅かに家屋に色彩を添える中、かちゃかちゃと金属をかき鳴らす音が響いていた。
 音の中心にいるのはゆらりと幽鬼の様に蠢き、目の色一つ変えることなく刃物を物色している十六夜咲夜であった。
 お嬢様からの『命令』――首を獲ってこいという任務を遂行するために、咲夜がまず必要としたのは武器だった。
 空手では抵抗はできても、殺しにはいけない。汚してしまったスカーレットの名に名誉を取り戻すまでは戻るわけにはいかない。
 是が非でも達成し、十六夜咲夜という人間は、改めて吸血鬼の恐怖に慄く存在となる。支配されることが、自分の時間を止めずに済む唯一の方法なのだから。
「悪くない」
 咲夜が手に取ったのは食事用のフォークである。人間の里にしては珍しい、内装が洋風仕立ての家は家具も同じく洋風で、ならばと食器棚を漁ってみればあっさりと見つかった。
 ナイフを選ばなかったのは単純に切断力が低いからである。調理された柔らかい肉を切るのならばまだしも、何も処理を施していない肉を切るのは難しい。
 そこで咲夜は刺突力のあるフォークを選択した。三叉のフォークは突き刺しやすいように先が鋭く尖っており、切り裂くことはできなくとも確実に突き立てることが可能だ。
 これをあるだけ、そして持てるだけポケットに突っ込む。咲夜の攻撃は物量に任せた広範囲攻撃こそが真髄で、一撃の威力やスピードに頼るものではない。
 博麗霊夢との戦いではそこを履き違えていた。勝利することのみを目的とするのならば、なりふり構わずふんだんに武器を使って物量で圧倒すべきだったのだ。
 弾幕戦という相手の土俵で相撲を行い、付き合った結果が敗北だった。負けたツケは大きい。それまで保持していた武器を全て失ったのだから。
 けれども、敗北し、主から役立たずの烙印を押されてもう後がなくなってしまったことこそが咲夜を覚醒させた。
 今は純粋に敵を方法を模索し、有効と分かれば即実行できるだけの冷えた頭を保っていられる。
 下手なプライドや瀟洒な行動、小気味のいい言葉など必要ない。
 主が欲するのは勝利。主が欲するのは支配。
 臣下ですらない自分が献上できるものは勝利のみ。
 失敗は許されない。してしまえば、今度こそ自分は動かぬ時間の中で永久に何者にもなれなくなる。
 咲夜にとって、支配されることすらなく無関心でしかいられなくなるのは恐怖以外の何物でもなかった。
 ――だからこそ、恐怖を克服するために、ここにいる。
「恐怖を克服するには、自らが恐怖になるしかない」
 認めてもらえるわけでも、栄誉を頂けるわけでもない。
 しかし、自らを変質させ、己を恐怖へと移り変わらせることはできる。
 自らの内に潜む、唾棄すべき一点の染みを消し去ってしまうこと。それだけで、もう自分は何も恐れなくていい。
 屈服させられるのなら……自分は何だって捨ててやるし、犠牲にだってする。
 次いで台所に移動した咲夜は、棚から数本小型の包丁を取り出す。
 ぼんやりと刃に映る自分の顔には、まだ僅かながらに己の抱える恐怖の片鱗が残っている。
「……邪魔よ。さっさと、去ね」
 空を振り抜き、まずは己を。
 感触は悪くなかった。指の間に包丁の柄を挟みこみ、爪のようにあつらえて最後の身支度を整える。
 夜霧の幻影殺人鬼が、吸血鬼のような凄惨な無表情で、狩りの時間を始めた。
     *     *     *

15 :
 

16 :
 

17 :
空気が悪い、とか、雰囲気が最悪、とかはよく耳にするけど、あたいはそんなのピンと来たことがなかった。
 よく分からなかったし、気を使ってくることもなかったから。
 でも、今はなんだかよく分かる。よくない感じだってのが。
「ねえ、ちょっと、どういうこと……? さとり様、どこいったの、ねえ!」
 おくうの絶叫にも、誰も答えようとしない――いや、答えられないんだってあたいでも分かった。
 両の拳をゆっくりと握り、どこか一点を見つめている白い髪の女。
 ぐっと口を真一文字に結び、目を伏せている烏天狗。
 言わなければならないと分かっているのに、答えられる言葉が持てない。
 『かぞく』がいなくなったおくうに、何を言ったらいいのか分からないって感じ取れた。
 あたいには『かぞく』って感覚が分からない。妖精はみんなそうだ。でも、それが大切なものなんだってことはおくうが教えてくれた。
 そんな『かぞく』がいなくなったおくうに、誰も何も言えない。普段あたい達をバカにしてる妖怪も、人間も。
 何も知らないあたいと同じように、こいつらも本当はバカなんじゃないかとさえ思えてくる。
 普段なら、あたいは怒っていたと思う。……でもそれ以上に、おくうの怒り方が尋常じゃなかった。
「そんな、そんなのってないでしょ……せっかく、さとり様の役に立てるんだって思ってたのに……!」
 側にいるあたいなんて関係のないように、おくうはずんずんと白い髪の女へと詰め寄ってゆく。
 じゃらじゃらと手錠の音が鳴るたびにあたいの体も引きずられる。引っ張る力が強くてたびたびこけそうになるのに、おくうは気付いている素振りすらない。
 あのときもそうだった。鬼を殴ろうとしたときも頭に血が上っていた。あたいが止めていなければ間違いなく殴っていただろう。
 おくうはその意味じゃ、周りが見えなくなりやすいんだとあたいは気付いた。
 下には下が、などとは思わなかった。いや少しは思っていたかもしれないが、それを差し引いても、おくうには危うさがあったように感じる。
 手を離してしまえば、そのままどこかに行って、帰ってこないような……戻ってきても、それはおくうではないおくうだという直感があった。
「あんた、さとり様と一緒にいたんでしょ!? どうして……っ!」
「ちょ、ちょっとやめなよおくう! こいつらだってあたい達探してたかもしれないじゃん!」
 自分でも気付いたのは、すごく冴えてた証だと思う。
 目が覚めてから、あたい達とこいつらとは会っていない。でも、一度は会っている。
 だとするなら、目が覚めた後もう少し待っていれば会えたのかもしれない。こういうのを、入れ違いと言うのだったか。
 鬼を助けに行こうとしたときには、既に決着はついていて、こいつらは戻ってくる途中だったのかもしれない。
 あたい達はそれに気付かず、まだ戦っていると思って出てきてしまった。その結果、互いが互いを探すハメになってしまった。
 そんなことだって、あるはずなのだ。
「なんなの、それ。じゃあ、私達が出てきたから、さとり様は死んじゃったの……? そういうことなの? 答えなさいよッ!」

18 :
 

19 :
胸倉を掴み、白い髪の女を引き寄せるおくう。
 おくうの目に、怒り以上の何かが見えたのは気のせいなのだろうか。
「……さとりは、私を庇って撃たれた。さとりが逃げる機会を作ってくれたお陰で私はここまで来れた。これが事実よ……」
「庇って……じゃあ、誰がさとり様を殺したの! あの赤青!? 巫女!? 教えなさい! さとり様の仇を取ってやる!」
 いつも身につけている制御棒とかいうのを振り回し、おくうは咆哮を上げた。筒先が白い髪の女の毛先を掠める。
 短い悲鳴を上げたのは烏天狗だ。それはそうだろう、殴ったようにも見えなくもないのだ。あたいもちょっとヒヤッとした。
 ……これもあのときと同じだ。怒り、そして仇を討とうとしている。
 そこまでさせる『かぞく』が本当に大切なんだと改めて感じる。けど、その一方で……怖かった。
「分からない。私だっていきなり襲われて……誰だか見抜くこともできなかった。言い訳もできないくらいに無様なやられかたをした」
「……っ! だったらもういい! 私で探す! さとり様も、こいし様の分も、仇を討つんだ!」
 乱暴に突き放し、その場を後にしようとする。
 こんなことをする奴だったか? 尋常ではないおくうに、あたいの中にある不安が膨れ上がるのを感じる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 妹紅さんだって自分の無力を悔しく思ってるんですよ! さとりさんが殺されてショックなのはあなただけじゃ――」
「分かってるよ!」
 引きとめようとした烏天狗に、おくうは怒鳴り返す。あたいはそこで初めて、おくうが泣いていることに気付いた。
 でも、それは今まで見てきたような悲しさを含んだ涙ではなかった。
 理不尽によって『かぞく』を奪われ、何も出来なかった、してやれなかった無念を滲ませた涙が、あたいには鬼の表情のように思えた。
「やっと会えたのに! 私は何もできなかった! 言いたいこともたくさんあった! さとり様にやってもらいたかったことだって、あったんだよ!
 私にとって地霊殿のみんなは大切なことをたくさん教えてくれた宝石だったんだ! 何を質にしても釣り合うものなんてない、たったひとつの宝物だったのに……」
 鬼の表情の中に、あたいはおくうの隠していた感情を見たような気がした。
 そんな『宝物』を自分で壊してしまうことしか出来なかった悲しさと悔しさが。
 やっと見つけたのに、何もできなかったどころか自分のせいで『宝物』を失ってしまったことに対する無力さが。
 おくうは、そんな自分自身が一番許せないのかもしれない、とあたいは思った。
「お燐をしかなくなって、こいし様が死んだことをただ聞いてることしかできなくて……さとり様までいなくなって……私、ダメだって分かってるのに、我慢できないよ……!」
「お空さん……でも、それは……!」
「だからやる! 今は私にも力があるんだ! 私の生まれた意味を教えてくれた宝物を奪ったやつらに、やり返さなきゃいけないんだ!」
 あたいとおくうで見つけた、光るガラス玉みたいなのを取り出し、鬼気迫る表情で烏天狗と妹紅とかいうのに言い放つ。
 あのときはただ光っているだけだったのに、今はそれが獲物を求めている凶暴なものに見える。おくうの怒り方を体現したかのように。
 しかし、あたいにはそれが、どうしようもなく悲しいと感じた。直感なんかじゃない、『かぞく』の言葉は分からなくても『宝物』の意味は分かっていたから。
「そんなのは呪いよ……! 呪いに身を委ねるんだったら、私はあなたを止めなきゃいけない!」
「呪いでもなんでもいい! 守れるはずだった大切なものをなくして、我慢しきれるほど私は賢くないんだ! どきなさいよ!」

20 :
 

21 :
 おくうの行く先で手を広げ、立ち塞がった妹紅に光るガラス玉が掲げられる。
 いつもバカみたいに元気で、コロコロ笑っていることの多かったおくう。
 ムカつくこともあるし、偉そうにしてるけど、あたいの一歩先を「行ってもいい」と思うことのできた初めての妖怪のおくう。
 でも時々くるりと振り返って手を差し伸べてくれることもある優しいおくう。
 今のおくうは、そのどれでもなかった。こんなに弱くて、小さくて、みんなを拒絶している。
 いいや、元から持ってはいたのかもしれない。あたいが無意味な『最強』を続けてきたように、おくうも辛いのを隠して強がっていたのかもしれない。
 『宝物』を自分で壊してしまうこと、手の中にあったはずなのになくしてしまうこと、それがどんなに辛いのか……分かるとは言えない。
 でも、あたいにだって言えることはある。
「やめろよ、おくう。そんなことしてても……おんなじことの繰り返しだよ」
「……チルノ……?」
 ぐいと服の裾を引っ張られ、ようやくあたいに気付いたという風に呆然とした顔を向けたおくうは、しかし鬼の表情を崩すことはなかった。
「あんたなんかに何が分かるのよ……命より大切なものをなくした気持ちが、しかも自分でなくしちゃった気持ちが、あんたに分かるっての……?
 ようやく信用されて仕事を任せてくれたり、よくやったって褒めてもらったり、遊んでもらったり……
 その嬉しさが、だから大切にしたいって気持ちとか、あんた持ったことあるの!? 何も出来なかった悔しさだって分かんないくせに!」
「でも、だからって自分を追い詰めてどうするんだよ! 『どうするか』を考えるのがあたい達なんだろ!?
 あたいだって賢くないよ! そんなの自分がよく知ってる! だけど考えることをやめちゃダメだってことはおくうが――」
「うるさい! なくしたこともないようなヤツにそんなこと言われたくない!」
 一瞬フッと風景が陰ったかと思うと、頭の中がぐわんと揺れた。
 殴られたのだと感じたのは地面に転がったときだった。手錠がついてるから吹っ飛ばされることはなかったけど、冷たく見下げるおくうの視線が痛かった。
 これで気が済むのならいくらでも殴られてもいい。殴らせてもいい。でも、おくうは全然元に戻る気配もなかった。
 このままじゃもっとひどいことになる。だったら殴り返してでも分からせてやる。
 おくうは相棒だ。友達だ。間違ってるなら体を張ってでも止めるのがあたいの役目のはずだ。
 あたいのスーパーアイスパンチで殴られたところを殴り返してやると睨み返そうとしたとき。
 空中に、きらきらと光るものが浮いていた。明らかに星の光なんかじゃない。
 あたいはおくうを殴るのではなく、突き飛ばしていた。
     *     *     *

22 :
 

23 :
ひとりぼっちになってしまった。
 私があの二人の会話を聞いたとき、真っ先に思ったのがそれだった。
 お燐が助けられないと理解してしまったときよりも、こいし様がどれだけつらい思いをしたかを想像したときよりも、ずっと大きな痛みが私を襲った。
 私は誰かを守れない。助けられない。温もりを感じることもできなくなって、思いを伝えることもできなくなって……
 さらに許せなかったのは、私が焦って行動を起こしたせいでさとり様は死んでしまったかもしれないということだった。
 私は私を呪った。あのときの自分自身を引き裂いてやりたい気持ちだった。そうしてしまうことができればどんなに楽だっただろう。
 走り回って、落としたことにも気付かず、結局自業自得としか言えない結果になってしまったのなら、お燐は何のために殺されなければならなかったのか。
 こんなにも愚かな私は、どうして生きているのか。分からなくなってしまった。
 心の中にある糸が切れ、信じていいものが失われてしまった瞬間、代わりに沸き立ってきた気持ちは以前鬼を殴ってやろうとしたときの気持ちだった。
 違うのは、それが誰かに対する怒りではなく、自分に対する情けなさがあることだった。
 さとり様を殺した誰かを許せないと思う一方で、こんなにも無力な自分がもっと許せなかった。
 いっそ自分を罰してくれ、こんな自分を切り裂いてくれと感じる一方で、恨みだけが激しく燃え盛る。
 そんなのはいけない、と心のどこかが叫んでいた。ひとりになったからって、ひとりにさせていいわけがない。
 紛れもない、それは私自身の言葉だ。『あのとき』の私が叫んでいた。でも、私が許せないのは……『あのとき』の私だった。
 何もできなかった自分。そんなもの、消えてなくなってしまった方がマシだ。
 だから私はやめろと言い聞かせる自分を殴りつけた。恨みを晴らさせろ。絶対に許すな。そんな私の黒い炎に押されて。
 でも……殴った私は、私なんかじゃなかった。張られた横面は次第によく知っている妖精の顔へと変わって――
「危ないおくう!」
 小さな手が私の体を押した瞬間、私の脇を通り過ぎていった何本ものフォークが、チルノの腕に刺さっていた。
 苦悶に顔を歪ませたチルノを目視して、ようやく私は我に返ったが、それすら遅いと気付かされたのはいつの間にか目の前に現れていた銀髪赤目の女を見た時だった。
 何もかもを吸い込んでしまうような底無しに昏い目と合う。ゾッとした。ひたすらに拒絶し、冷たさで殺してしまうような目だ。
 チルノの冷たさとは違う。いやむしろ、さっきまでの私とそっくりだった。
 こんな顔で、チルノを傷つけてしまったの? 私自身にまた絶望したと同時、鋭い蹴りが鳩尾に突き刺さった。
 棒で一突きにされたような痛みに抵抗できず、呻き声も上げられずに地面を転がってしまう。同時に、私が持っていた宝塔も落としてしまっていた。
 女の手が、すかさずそこに伸びる。早すぎる。届かない。それ以前に痛くて体が動かない。
「この、どこから! 吸血鬼の下僕!」
「時を止めて奇襲してきたんです! いきなり現れたってことは間違いないです!」
 後ろから妹紅と天狗の声がして、風と炎の弾丸が女を狙い撃つが、妖力弾でも間に合わないのが分かった。
 既に宝塔を拾い上げていた女が、人差し指を上に持ち上げ……振り下ろした。
 意図に気付き、私が「上!」と声を張り上げたのと凄まじい勢いでフォークが落下したのは同時だった。
 私の声が一歩早く届いたのか、追撃の弾幕を放とうとしていた天狗と妹紅が一斉に下がる。直後落下してきたフォークが次々と地面に突き刺さった。
「これで終わったと思ったのなら、間違いよ」

24 :
 

25 :
 

26 :
 それは下がった二人にではなく、私とチルノに向けての宣告だった。
 いや、最初から狙いは私達に向けられていた。思うように動けない的。逃げるには近すぎる距離。そして想定通りというような女の表情。
「いいものだとは思っていたけど、想像以上ね。力が湧いてくる……ありがとう、仲間割れをしてくれて」
 女の凍りついたままの顔が崩れ、皮相な笑みへと変じた。――私の、顔だ。
 また、私のせい? 我慢していれば。チルノの話を聞いていれば。私なんかが何もしなければ、それで良かった?
 後から押し寄せる後悔に身を浸すだけの猶予は与えてくれなかった。
 奪われた宝塔の輝きが増し、光が一定の方向……即ち、私達のいる場所へと向けて収束する。私には今の現象だけで何が起こるのか分かった。
 レーザーだ。それも私達が撃ち合ってきたような弾幕じゃない。肉を貫き、骨まで溶かしてしまう無慈悲な光だ。
 殺されるという直感が走ったが、同時にそれを受け入れ、諦めている自分もいた。
 私なんか、生きてても仕方がない。何かをすればするほど傷つけて、なくしてしまうような自分なんかいなくなってしまえばいい。
 膝を折り、うな垂れたままの私に向かって、発射されたレーザーの光条が伸びる。
 情けない私の心ごと焼き切ってしまうはずだった一撃は……またしても、立ちはだかった妖精によって阻まれた。
「諦めるなっ!」
 フォークが突き刺さったままの腕を伸ばし、チルノが氷のシールドを張る。
 無理だ。言おうとした側から溶かされ、指を徐々に焼き始める。それでもチルノは防御をやめようとしない。
 なぜ? 理由を探してみて、繋がれた手錠が原因だとすぐに悟った私はまた自分を恨んだ。なにもかもが裏目に出ている。
 自分だけが諦めるならまだしも、チルノを巻き込んでしまっている、こんな私に助けられるような価値なんてない。
「『最強』になるんだろ!?」
 最強、という言葉の中身が胸を打った。ここではない『どこか』に行くための言葉。
 私の大切な相棒と交わした、たったひとつの忘れられない約束……
「あたいは、おくうが――!」
 チルノが言葉にできたのはそこまでだった。氷のシールドはあっけなくレーザーに突き崩され、灼熱がチルノを焼いた。
 熱はそのままチルノの半身を融解させ、手錠も破壊した後に衝撃波がチルノもろとも私を吹き飛ばした。
 レーザーが私に当たらなかったのは、チルノが反らした結果だったのか、相手が即死を狙わずずらしたせいなのかは分からない。
 いずれにしても、私とチルノの丁度真ん中を貫通したレーザーはチルノの手錠と繋がっていた腕を根こそぎ吹き飛ばし、致命傷を与えたといっても良かった。

27 :
 

28 :
「えっ、なになに、なんなの、って、きゃ!?」
 どこまで吹き飛ばされたか分からないまま、転がった先で待ち構えていたのは起き上がっていた妖精だった。
 小さく二つに結った栗色髪を小刻みに揺らし「ち、チルノ!? うそ、これ……」とまん丸な瞳が凍り付いていた。
「……サニー、久しぶりじゃん」
「久しぶりって……バカ! のんきに笑ってる場合じゃないでしょ! なにがあったの!」
 即座にチルノに駆け寄ったサニーと呼ばれた妖精が殆ど焼け焦げてしまった腕を気遣いながら助け起こす。
 チルノはこんなときでも笑っていたが、無理を押し隠しているのは誰の目にも明らかだった。
 血色を失った顔は死人のものに近く、視線もどこか虚ろだ。
 改めて絶望を感じる。大声で喚き散らし、傷つけてしまった私が半ば殺したようなものだ。
 なのに、どうしてチルノは笑ってるんだろう。私は罵られても責められても一切の文句も言えない、言えるわけがない立場でしかないのに。
 そんな――あっけらかんとした笑い方、やめてよ……
「泣くなよ、おくう。こっち来なよ。言いたいことがあるんだ」
 残った方の手で手招きをされ、逆らえないままにのろのろと近づいてゆく。
 他の声は殆ど聞こえていなかった。天狗と妹紅の怒鳴り声が響き、弾幕が破裂する音が断続的に続く。
 サニーという妖精はしばらく周囲を見回した後、状況が切迫していることに気付いたのか、少しだけ私を睨んだ。
「何があったのか知らないし、ここじゃアンタの方が付き合いが長いだろうから、任せるわ。
 でもその情けないツラだけはなんとかしなさいよ。みっともないよ、アンタ。私が見てきた誰よりも……」
「そーだ、みっともないぞおくう」
 返す言葉もない私は黙っていることしかできなかった。
 サニーは「私、行かないと。こわいけど、天狗や人間のお姉さんが頑張ってるから」とチルノに言い残して去ってゆく。
 その場に残されたのは私とチルノだけになった。言い出す一言が見つからず、長椅子に体を預けてぐったりとしている小さな体の前で、しゃがむことしか出来なかった。
 私をしばらく見つめた後、長い溜息をついて喋り始めたのはチルノだった。
「……さっきは言えなかったけどさ、あたいは、おくうが羨ましかったんだ」
 首を振って、私はチルノの言葉を否定する。
 羨ましがられるようなことなんて何もない。馬鹿で、無知で、少し頭を働かせれば分かるようなことさえ想像できない。
 最悪の結果になってみないと理解することさえできないような私は、もうどうしたって無駄だ。

29 :
 

30 :
「口だけの妖怪の、どこがいいって言うの? 友達も殺して、敵にいいようにやられて、頭に血が上って、さとり様を殺しちゃったような私のどこが」
「でも、おくうは『それでも』って言ってきた。何度でも立ち上がって、いつだって先に歩き出してた」
「……『それでも』、なんて言えない! 知らなかっただけなんだ! だから偉そうな口を叩いてただけなの! 私は強くなんてない!
 今だってこうして、チルノにひどいことして、傷つけて……『それでも』なんて言う資格ない!」
 焼け焦げた肩の付け根を見ていられず、私は否定と共に絶叫した。
 私は、また私自身の手で大切なものを、友達をなくそうとしている。
 懸命に止めようとしてくれていたかけがえのない存在を、この手で壊してしまった。
 そんな自分が言えることなんてあるはずがない。悔悟が後から後から押し寄せ、性懲りもなく溢れ出して来る涙が止まらない。
 肩を震わせ、否定を続けるだけの私を、しかしチルノの手がやさしく包んでくれた。
 片方しかない小さな手は、私の体温よりもずっとずっと低いはずなのに、不思議な暖かさが感じられた。
「ここじゃない、どこか。あたい達の帰る、本当の家……おくうが教えてくれた、たった一つの言葉があったから、あたいも信じたくなったんだ」
 私達の希望を指し示す言葉。
 きっとどこかにあると信じて、交わした約束。
 そこでは誰もがひとりじゃない。誰かが待っててくれている暖かい場所……
「ずっとひとりで、最強だからみんなキライなんだ、嫉妬してるんだって思い込んでた。でもそうじゃなかった、簡単なことだった。
 ひとりじゃない方向に歩いていけば良かったんだ。部屋の隅っこでじっとしてただけのあたいに、おくうが教えてくれた。そんなのは最強じゃないって」
「でも、その私は……」
 無知でしかない私だ。そう言おうとしたのを遮って、チルノが私の胸に人差し指を当てる。
「最強は、ここにあるって教えてくれた。他の誰でもない、おくうの心が。心が自分で自分の『最強』を決められるんだ、って」
 道すがら、チルノに言ったことを思い出す。『――誰のための最強になりたいの?』その問いに、チルノは分からないと言った。
 だから、あのときは私も答えが分からず、直感でこう言っていた。『ゆっくり考えなさい』と。そして……チルノは、自分で自分の最強を決めた。
 教えられた答えなんかじゃなく、自分自身の心で。
「だから捨てちゃダメだ。『最強』を捨てちゃダメだよ、おくう。
 ここがあるからあたいも居たんだ。これがあるからひとりじゃないんだよ。心を持ってる限り……あたいも、おくうも、ひとりじゃない」
 手錠なんかなくても。最後にそう付け加えて、チルノは不敵に唇をゆがめてみせた。
 物理的に繋がっていなくても、心と心が繋ぐ絆で、私達はひとりではなくなる。ひとりじゃないから、ここではないどこかに行ける。
 チルノはそれが分かったから、笑っていられたのだ。そして私がなくそうとしているのを、今度こそ止めてくれた。

31 :
 

32 :
「私の、『最強』……まだ、あるかな」
「あるよ。あたいだけじゃない。サニーもきっと分かってくれるし、他の、みんなも……」
 人差し指が震え、力なくだらりと垂れ下がってゆく。
 呼吸の感覚も短くなり、瞳ももはやうっすらとしか開いていない。
 大切な親友がいなくなってしまう。私に、ひとりじゃないと教えてくれた親友が。
 思わず手を取ろうとして、しかしギリギリでこらえる。ここで縋ってしまったら、きっとまた私の魂が引きずられてしまう。
 絆を絆として繋ぎとめておくために、縛られてしまわないようにするために。
 悲しみを悲しみとして感じ、それを受け止められるチルノみたいに私はなりたかったから。
「行くよ、私。おんなじことの繰り返しを……やめさせなきゃ」
「おくうなら、いけるよ。あたいもここから手伝うから、頑張りな」
 うん、と頷いて、私は顔を上げた。
 炎と風の弾幕が飛び交い、その合間にレーザーが奔り、建物を破壊して景色を朱に染めてゆく。
 闇夜に包まれていた空は、まるで朝のように明るい。でも、これは夜明けなんかじゃない。
 私の中にあったものと同じ、恨みと憎しみで醸成された黒い炎だ。自分自身ですら塗りつぶしてしまう負の重力。
 あんな撃ち方をしているから分かる。当たればいいとばかりに無作為、無秩序に破壊するような弾幕の撃ち方は、タガを外してしまった者のやり方だ。
 私もそうなりかけたから、分かる。だからこそ……止めなきゃいけないんだ!
 黒い翼を広げ、私は宙に浮く。眼下で横になっているチルノは完全に目を閉じ、深い眠りについていた。
 けれども、私は知っている。体の中にある、自分で自分の最強を決められるところに、チルノがいると分かる。
 己をも焼きかねない熱をゆっくりと冷やしてくれる、親友の存在を肌に感じる。
「チルノ、みんな……私に、力を貸して!」
     *     *     *
 状況ははっきり言うと劣勢と呼べるものですらなかった。
 文と連携し、残った霊力を絞り出すように弾幕を張ってみた妹紅達だったが、以前の異変で相手にしていたときの十六夜咲夜とは何かが違っていた。
 いくら撃ちこもうとも平気で突っ込み、紙一重の部分で掠りながら氷精を一撃で致死に追いやったレーザーを撃ち返してくる。
 『宝塔』らしきものから発射されるレーザーは貫通力も破壊力も、持続も尋常のものではない。
 民家を盾にしたところで端から射抜かれては使い物にならず、相殺しようにも出力の差が大きすぎて話にならない。
 どだい、疲労困憊満身創痍の人間と妖怪では勝負になるはずもなかった。
 回避を続けるしか取れる行動がなく、それにしても徐々に持久力も尽きかけているのでは嬲り殺しに近い状況ですらあった。
 唯一救いと言えたのは『光を屈折させる程度の能力』を持つサニーミルクが途中から援護に来てくれたことだ。
 レーザーも所詮は熱を帯びた『光』でしかなく、こちらを狙い撃つレーザーを逸らすことくらいはサニーミルクの能力を駆使することで行えた。
 だが一枚上手だったのは咲夜の方だった。レーザーが屈折させられると認識するや、即座に全方向にレーザーを撒き散らす、
 いわば『拡散レーザー』での攻撃に切り替えてきた。狙いは滅茶苦茶だったが、サニーミルクにとっては厄介の一語だった。
 妖精という種族はせいぜいが子供程度の知能しかなく、情報処理能力にも限界があった。
 即ち、一本のレーザーならどうにでもなるが、複数本のレーザーを屈折させ逸らすことができなかったのだ。
 こうなっては再び逃げ惑うほかなく、妹紅達はサニーミルクを連れて無事な民家の影に隠れて機会を待つしかなかった。
 そうして、既に数分が経過していた。相変わらず拡散レーザーによる手当たり次第の砲撃は続いており、今もどこかの民家が崩落する音が聞こえる。
 時折脇を掠める流れ弾にも注意せねばならず、誰もが精神を擦り減らしているのは明らかだった。
 ロクに反撃する手段もなく、じわじわと追い詰められてゆく感覚が支配してゆく。
 人数的にはこちらの方が多いのに、武器ひとつでここまで無力になってしまう己の不明さにも恥じ入る気持ちもあった。

33 :
 

34 :
「くそっ……近づきさえすればやりようはあるのに」
「そうでしょうが……無理です。あのレーザーの結界は、今の私達では……」
 今も必死に打開策を練ろうとしているのだろう。悔しそうに爪を噛みながら、文は視線をあちこちに走らせてとっかかりを掴もうとしていた。
 そう、接近を許さない宝塔のレーザーが厄介極まりない代物だった。あらゆる弾幕を一方的に突き破り、抵抗を許さない熱量で一気に焼き尽くしてくる。
 威力の恐ろしさはチルノが一撃で吹き飛ばされたときに証明済みだ。咲夜は最初からあれを狙っていたのだろう。
 見た目がボロボロで動きも冴えない自分達をよりも、まだ活力のあったチルノだけを一撃必殺で仕留めきった。
 武器の威力を確かめるや、次はその利点を十二分に生かして射程外から一方的に攻撃を続けるという徹底振り。
 対抗もできないまま、チルノをただ犠牲にするだけで終わってしまったことも妹紅には憤激以外の何物でもない。
 何度も近くの壁を殴りつけたい衝動に駆られていたが、そうしたところで状況は好転しない。文もサニーミルクも同じ気持ちであるはずだった。
「……本当に嫌になります。自分の不甲斐なさに」
「私もよ。これを解決してくれるならいくらでも恨み言を吐きたいくらいにね」
「ええ……まさか、吸血鬼だけじゃなくて従者にすら封殺されるとは思いませんでした」
 先の交戦のことは話では聞いていた。レティ・ホワイトロックは咲夜に殺害された可能性は十分に高い。
 咲夜の手傷――左目を失っていることや腹部に見られる刺傷は、恐らくレティによるものなのだろう。
 そこまでの傷を負わされながら、なおこちらを完膚なきまでに叩き潰そうとしてくる執念に慄然とする思いが半分、
 レティに追いつけもしていない自分達の無力感に対する怒りが半分ずつ、妹紅の中にはあった。
「私、ちょっとだけ見てた……あのメイド、もう何もいらないって顔だった」
「レミリアに尽くすこと以外考えてなさそうですね。命を捨ててまでして、報われるかどうかも分からないのに……」
「でも、間違っていても、自分が救われることを信じてるから命だって捨てられるのかもしれない。実際、それに追い詰められてる」
 妹紅の脳裏に過ぎったのは己の頭を撃ち抜き、善意など存在しないと言い続けていた八意永琳の姿だった。
 己の救済以外に求めるものがないから、平気であらゆるものを犠牲にできる。それは確かに、ある意味では正論とも言えた。
 現実に対処できないなら、せめて自分だけでもという考えは否定はできない。事実妹紅自身が辿りかけた道でもある。
 永琳や咲夜と異なるのは、彼女らが絶望を信じたのに対し、自分は良心に触れ、希望を信じられたことだ。
 文も、サニーミルクも恐らくはそうなのだろう。誰かと触れる可能性を信じ、苦しみを受け入れる方向へと歩み始めた。
 ただ、現実として自分達は負け続けている。ここまで生き延びてきた過程で数多くのものを喪失しているのは事実だ。
 失って、失い続けた先に――果たして、可能性など残っているのか。狂乱状態となり、敵を作り全てを恨もうとした、お空という妖怪と同じになってしまうのではないか。
 あらかじめ自分達の敗北は決定付けられたものでしかなく、どこにも希望など残っていないのではないか。
「そういう考えの持ち主なら、私達はきっとここで、『囮になって引きつけている間に』なんてことを言い出すんでしょうね」
「そ、そんなの自殺行為じゃない!」
「だから、言えないんですよ。それが一番いいと分かってるのに……」

35 :
 

36 :
 文の苦悶の表情が、この場にいる全ての存在の気持ちを代弁していた。
 最善の方法だと分かっていながら、犠牲に犠牲を重ねるだけの行為だとも理解しているから、失うだけの道を選ぶことなんてできない。
 しかし殺し合いというゲームの盤面で見れば、生き延びるための道を捨てた自分達は敗北しているに等しい。
 そうして誰もいなくなった結果――永琳の言う通り、我欲に走る者だけが残されるというわけだ。
 断じて認められるものではない。差し込んできた弱気の虫を追い払い、「諦めないで」と妹紅は文の肩を掴んだ。
「心を折ってしまったらそれまでなんでしょ?」
「……そうですね。手はないわけじゃないんです。さっき言ってたように、接近しさえすれば」
 文の視線の先にあるものは、妹紅が手にしていたウェルロッドだった。
 残弾は残り一発。しかしいざというときの速射力と威力は弾幕の比ではないため常に手元に持っておいたのだ。
 もっとも、これまで撃てず仕舞いでしかなかったのではあるが。
「他に銃はないんですか? 手数は増やしたいところですけど」
「あるけど……私は使い方が分からないよ」
「結構。天狗の近代社会を舐めないでもらいたいところですね」
 渡しさえすれば使いこなしてみせると言い切った文の真剣な表情に押され、妹紅はひとつ頷いてスキマ袋に手を伸ばそうとした。
 が、その行為は突如上を駆け抜けた閃光によって阻まれる。
 強烈な熱を帯びた極太のレーザーが民家を突き破って頭上スレスレを通過したのだ。
 いや、正確にはレーザーが撃たれる直前にその場から飛び退いたといった方が正しい。
 障子の色が眩く光っていなければまたもや狙い撃ちにされるところだった。
「くっ、なんでこんな的確に……!」
「動いてなかったからあたりをつけることができたと言わんばかりですね……!?」
 忌々しげに吐き捨てた文の表情が凍りついたのは、民家の影から現れてナイフやフォークを次々に投擲してきた咲夜を確認したときだった。
 完全に把握している。数分の間動かなかっただけでこちらの位置を割り出した咲夜の明晰な頭脳に怖気めいたものを覚えながら、妹紅は取るべき行動を取った。
 火炎弾を手に生成し、散弾の形に変えて撃ち出す。まずは投擲物を落とさなければ話にならない。
 文も続いて風による弾幕でカバーリングをかける。サニーミルクはレーザーが撃ち出されたときに備え力を集中させていた。
 距離は数十メートルほど離れており、拡散レーザーも複数当たる確率は低い。逃げの一手だったが確実に凌げる方法ではあった。
 が、それが咲夜の布石だったと気付かされたのは一瞬の後に十数メートルという距離まで間合いを詰めてきていた咲夜の姿を見たときだった。
「しまった、時を……!」
 それまでレーザーによる砲撃しか行っていなかったこと、奇襲されたことからの余裕の無さが全員に咲夜の能力を失念させていた。
 この距離では拡散レーザーが間違いなく何本も命中する。相打ち覚悟でウェルロッドを撃ったとしても既に宝塔を構えている咲夜が一歩早いのは誰の目にも明らかだった。
 昏い殺気が、いなくなってしまえという負の意思が宝塔に集まり、エネルギーを収束させてゆくのが分かる。
 だからこんな砲撃を何度も繰り返せたということか。鈍い納得は次第に敗北感へと変わり、意地を張った結果を突きつけられたのだと思い知らされた。
 勝つのは、いつでも全てを犠牲にできる、恐怖を恐怖で屈服させた連中だけということか――悔しさが胸を埋めかけたとき、咲夜が唐突に顔色を変え、その場から離脱するのが見えた。
 直後、咲夜のいた空間を宝塔とは別種のレーザーが突き抜ける。火の粉が爆ぜ、熱風と共に花を散らせる中、上空から緩やかに降りてきたのは、霊烏路空だった。
     *     *     *

37 :
 

38 :
「みんな、下がって。後は私が戦うから」
 後ろを向かないまま、私は呆然としているであろう三人に向かって宣告しつつ、私は前方のある場所を見据えた。
 あちこちの建物に火がつき、夜だというのに熱した大気が充満する中で、一点だけ冷たく暗い雰囲気を纏った影がある。
 さっきの私と同じ。負の重力に囚われ、壊すことでしか自分を保てなくなっている、心をなくしてしまった十六夜咲夜も私を見返していた。
「……アンタ、チルノはどうしたの」
 見込みが外れた。呆然としていなかったのはサニーミルクだった。
 怒られるかもしれない。そう思いながらも、私は私の中にいるチルノを信じて、はっきりと言い放った。
「お別れ、してきた。でも私はチルノを殺したあいつが憎いからここに来たんじゃない。おんなじことを繰り返させないために来たんだ」
「信じて、いいのね?」
 サニーミルクの言葉に、私は黙って頷いた。
 『それでも』と言うために。私の帰れる家に帰るために。
「神様の力を取り込んだ、この霊烏路空の本当の力を見せてあげる」
「待って、なら私達も……」
 出てこようとする天狗を遮って、私は「その必要はないよ」と続ける。
「責任とか、身代わりにとか、そんなんじゃない。私の戦い方は集団戦には向いてないだけなの。あなたたち、今の私の攻撃、避けれる自信ある?」
「それは……」
 言いよどんだ天狗に、私は少しだけ笑う。
 嘘ではなかった。私の弾幕は威力も範囲も大きい。下手に巻き込むと隙を作るだけになってしまう。
 そのあたりの理解度が早い天狗はさすがというところか。
 押し黙った天狗に代わり、人間が私を睨んでくる。見定めるような視線に、私もきっちりと向き合う。
「任せていいんだね?」
「うん。絶対に、戻ってくるよ」
「分かったよ。私達は、精一杯自分を守る。だから……お願い」
「……ありがとう」
 言い終わるか終わらないかの間で、大きく羽を広げ、私は空中から咲夜へと向かって突進した。
 彼女の力は知っている。チルノが教えてくれている。
 時を止めてしまう力は確かに厄介だ。攻撃に防御、どんな局面でも使える。
 でも、私の核融合を司る力だって……同じだ!
 突っ込んできた私に対して、咲夜は待っていましたとばかりに宝塔を掲げ、チルノを焼き尽くしたレーザーで迎撃してくる。
 しかしそれこそ私の思う壺。周りが見えなくなって、自分すら見えていなかったあのときとは違う!

39 :
 

40 :
「『セルフトカマク』!」
 私の必殺スペルのひとつだ。核エネルギーを周囲に循環させバリアのように巡らせることで弾幕ですら無効化してしまう技だ。
 それは宝塔のレーザーだって例外じゃない。私に真正面から激突したレーザーは、
 しかし貫通することなく『セルフトカマク』に阻まれて熱をいたずらに拡散させてゆくだけだった。
「なっ!」
 咲夜が絶句する。当然だ、たかがスペルひとつでこの強大な攻撃を突き破ってきたのだから。
 突撃を止めない私に対し、このままでは不利だと悟ったのか砲撃を中断し上空へと離脱する。
 その判断は正しかった。『セルフトカマク』は制御に高い集中力が要求される関係上、これを使用しながらの方向転換や攻撃は不可能だったからだ。
 でも近づければ十分。『セルフトカマク』を解除し、咲夜を追って空を飛ぶ。
「『レイディアントブレード』!」
 エネルギーを上手く制御し、剣の形にして斬りつける私の接近戦用の技だ。
 制御棒で殴るより射程が長く、叩き落すにもまずまず。手始めにその宝塔をひっぺがしてやると勇んで斬りかかったが、
 こと対応力については咲夜にも優れたものがあった。
「……っ、妖怪、風情が!」
 『全く私と同じように』宝塔のエネルギーを制御し、剣の形へと変じて私の『レイディアントブレード』を切り払う。
 予想もしていなかった防御に阻まれ、攻撃したはずが体勢を崩されたのは私だった。
 払われ、きりもみ状に落下する私に、追撃とばかりにフォークを何本も投げ下ろしてくる。
 チルノを襲ったときといい、一体どこに隠し持っているのかと思いつつ、落ちる体勢のまま『地獄波動砲』を撃ち放ちフォークを撃墜する。
 炸裂し、爆炎を吹き上げる中を咲夜が突進してくる。先ほどの剣――『レイディアントトレジャーブレード』とでも呼ぶべきか――を逆に切り下ろしてくる。
「落ちろっ!」
「あんたこそ、落ちろ!」
 互いの剣を斬り結び、火花を散らしながら空中で剣戟が続けられる。
 上下左右が激しく入れ替わり、次々と景色が切り替わる中、鬼の形相をした咲夜が「あのままうずくまっていれば良かったものを……!」と言葉と共に剣戟を重ねてくる。
 私はブレードを横にしてなんとか受け止め、「あんたこそ、なんでみんな殺そうとするの!」と怒鳴り返す。
「お嬢様がそう命じたからよ。……どいつもこいつも、同じことを言うのね」
 蔑みに近い表情で睨めつける咲夜に、負けじと私も睨み返す。引いてしまっては飲み込まれる。
 押されたらダメなんだと言い聞かせて、より強く『レイディアントブレード』に力を込めた。
「それにさっきまで仇を取るだの言っていた奴が言えたことじゃないわね。それこそ自分本位だと気付かないの?」
「……そうかもしれない。ちょっと前まで、私だって全部が嫌いだった。奪われて、守れなくて、何もできない私諸共みんな消えてしまえばいいって思ってた。
 でも、心は捨てたらダメなんだ! 感じる心をなくしてしまったら本当に報われないじゃない! 哀しいよ、そんなの!」
「私は報いなんて求めていない。お嬢様の命令に従っていさえすればいい。そうするだけで私は一人じゃなくなる。私は間違ってなんかいない!」
「違うよ、それは!」
「違わない! 闇の中から差し伸べられた手が、私にとっては唯一の宝なのよ! 正しいか間違ってるかなんてどうでもいい、私にはそれしかない!」

41 :
 

42 :
 宝塔がさらに光を放ち、私の剣で抑え切れなくなる。距離を取らざるを得なくなり、自ら弾いて距離を取ったところに、今度は至近距離からの拡散レーザーが飛来する。
 『セルフトカマク』を張る暇はなかった。『核熱バイザー』を使って防御するしかなかったが、簡易的な防御幕を張るだけの『核熱バイザー』で宝塔を防ぎきれる自信はなかった。
 被弾を覚悟しかけたとき、脳裏を掠めたのはチルノの声だった。――ひとりじゃない。手伝ってくれる相棒がいる。
 存在を強く意識し、眼前に迫るレーザーの群れに「凍れっ!」と私は叫んだ。すると、私の願いに答えたかのように……当たるはずのレーザーが端から凍り付いていた。
「なに!? 弾幕を凍らせた……!?」
 自分自身、目の前で起こった現象がすぐには理解できなかった。
 避けられないなら、凍らせてしまえばいい。いかにもチルノらしい発想でありながら、今までの幻想郷では在り得なかった新しい戦術。
 凍った先からパラパラと崩壊してゆくレーザーの残滓の雨を潜りながら私は咲夜に再度接近しようと翼を羽ばたかせる。
「こいつ、妖精を取り込んだっていうの……? 聞いたことがない……冗談じゃない! いつも妖精なんて見下してたくせに!」
「馬鹿にだってしてたよ。でも、それだけじゃない。今ある関係が全てじゃないんだ!」
 変えようと思えば、いくらだって変えられるはずだ。私達はとっくの昔に終わって、閉じてしまった関係だなんて思いたくない。
 ……必死に否定している咲夜だって、本当はそのことを信じたいはずなのに。
 チルノを容赦なく殺したはずの冷酷で残酷な彼女のイメージは既になくなっていた。
 可能性を信じるのも怖い、年相応の少女のようにしか思えなかった。
「……それでも、私は、お嬢様が怖い。見放されたくない。お嬢様がいなくなってしまった私なんて、想像もしたくない!」
 絶叫の後、視界から咲夜が消える。
 時を止めて移動したのだと気付いた瞬間には、背後の咲夜から宝塔のレーザーが斉射されていた。
 再度チルノの助けを借りてレーザーを凍らせてゆくが、先ほどと違い不均等な間隔で発射されたレーザー全てを止めることはできず、何発かが体を掠る。
 肌が焼け付く痛みに耐えながら反撃しようとしても、そのときにはまた咲夜が消えている。
 今度は下から。必死にグレイズするも、いくつかのレーザーがまた体を灼く。
 羽根が焼け焦げ、腕も足も火傷し、次第に旋回速度も落ちてゆく。なりふり構わない全方位からの攻撃に、私はどうすることもできなかった。
「救われなくってもいい、報われなくってもいい、認められなくても、奴隷以下の虫けらだと思われてもいい!
 支配されて、屈服させられて、他の大勢の連中と違わなくてもいい、お嬢様に支配されている私が私なのよ!
 その事実だけで私は満足してる! 喜びも、怒りも必要ない、支配されている人間だって分かれば、私はお嬢様と繋がっていると思える!」
 自らの正当性を主張するように、咲夜はまくしたてながら反撃の隙も与えず攻撃してくる。
 それは、この殺し合いにおいて咲夜が辿った足跡なのだろうと私は思った。
 本当はもっと別の形で通じ合いたかったはずなのに、否定され、あるいは自らが踏み出すことが出来ずにここまで来てしまった。
 引き返すことも出来ず、他に戻れる場所もなく――それは、さとり様が死んだことを聞かされたときの私。
 『お嬢様』はそれほどまでに大きな存在なのだと分かる。
「……あなたの言うことも、少しは正しいとは思うわ。でも、あなたの言い分は強い人しか言えないことなのよ」
 だから今を選ぶ。ほんの少しだけ本心を見せた咲夜の表情は、悲しいほどに儚いものだった。
 違う。私だって弱い。何度苦しみ、何度膝を折ろうとしたか分からない。けれども、この気持ちが伝わらない。
 チルノのような、簡単で、しかし確かに届く言葉も持てない私がもどかしい。
 せめてもう少し前に出会えていれば。『ひとりじゃない』と言えるような立場であったならば。
「私は、お嬢様を愛してしまったから……どんな形のお嬢様だとしても、失ってしまうことを想像したくないの」

43 :
 

44 :
 咲夜の言葉は、他者への恨みや憎しみもなければ、自分さえ良ければという悪意もない。
 ただ純粋に、愛する者に尽くしていただけに過ぎない。けれども、その気持ちを伝える術を持てない……あまりにも不器用で、悲しい人間だった。
 もう、私なんかじゃ何もかける言葉がないのだと気付かされる。せっかく理解できたのに、殺しあうしか道がないのだとも気付いてしまった。
 やるしか、ないのか?
 私は迫るレーザーを凍らせると同時に、手のひらに力を集中させ、核熱の火炎が作り出す輪の弾幕を生成する。
 『フィクストスター』。腕を一振りすると、猛烈に回転する火炎輪が咲夜目掛けて飛んでゆく。
「同情でもしたの? そんな遅い弾幕じゃ……隙だらけよ!」
 少し身を捻って回避した咲夜は、次の瞬間にはその双眸を赤く光らせて能力を発動する。
 気がついたときには咲夜の姿はない。だが、どこにいようが私の取るべき行動は既に決まっていた。
 思い切り体を踏ん張り、さらに上へと向けて飛翔する。思い切り高く、咲夜を見下ろせるように。
「逃げても無駄!」
 即座に迫るレーザー。再び当てることを重視した拡散レーザーを、私はチルノの氷結能力と『核熱バイザー』を駆使して防御。
 だがどちらの力も弱まっているのか、防ぎきれずにレーザーの一本が私の羽を射抜いた。
 片翼を奪われバランスを保てなくなった私を見上げて、咲夜が笑う。
「限界のようね、次でとど……っ!?」
 そして、笑みが歪み、驚愕を露にした表情へと変える。
 咲夜の視界には、戻ってきた『フィクストスター』が映っているに違いなかった。
 弾速の遅い『フィクストスター』は代わりにブーメランのように戻ってくるという特徴があり、私は戻ってきた弾が咲夜に当たることを見越して撃ったのだった。
 射撃体勢に入っていた咲夜はそれまでに負った怪我のせいもあるのか咄嗟の回避が行えず、無理矢理時を止めて回避する。
 でも、それも織り込み済み。瞬間移動した咲夜がどこにいても分かるように、私は高く上昇していたのだから。
 そして後は落ちる勢いに任せて、突撃あるのみだった。
「光熱『ハイテンションブレード』ッ!」

45 :
 

46 :
 持てる力を最大限に引き出し、『レイディアントブレード』をさらに強化した私のスペル。落下速度も合わせればそれは私の打撃技の中でも最大級の威力を有する。
 制御棒から迸る熱を剣と化し、『フィクストスター』を避けた直後の咲夜へと猛然と突進する。
 憎々しげに私を睨んだ咲夜はさらに能力を使おうとしたが……連続使用に耐えられなかったのか、移動したのは僅かな間だけで、私の突撃を避けきれるものではなかった。
 宝塔の光を剣に変え、私の『ハイテンションブレード』を受け止めようと足掻いた咲夜だったが、パワーの違いは歴然としていた。
「お、押され……!」
 宝塔が弾き飛ばされた、その瞬間が咲夜の敗北だった。
 振り下ろされた私の『ハイテンションブレード』が叩きつけられ、地面へと急速に落下した咲夜の体が二度、三度と跳ねる。
 受け身も取れずモロに突っ込んだせいで、間違いなく四肢の骨が折れているはずだった。
 なのに――それなのに、咲夜は平然と立ち上がり、取り落とした宝塔へと向かい、折れていない方の腕で拾い上げていた。
 地面に着陸した私のダメージも深いものだったが、咲夜のダメージはさらに深刻なはず。
 事実、片腕片足の骨が折れてしまったのかよろよろと覚束ない足取りで立ち、傷がさらに広がってしまったのかエプロンドレスをほぼ真紅の赤に変えてしまいながらも、
 咲夜はあくまで私を殺そうという瞳をこちらへと向けていた。
「お嬢様……お嬢様、お嬢様、お嬢様……! 私は、まだ……!」
 握る力さえ少なくなっているのか、宝塔を持つ手がカタカタと震えている。
 戦闘能力さえ奪ってしまえば、まだ――そんな風に考えていた私は甘かった。
 『お嬢様』を、咲夜はそれほどまでに慕い、想い、敬っているのだ。なのに、それが伝わらない、伝えられない。
 私自身も、伝えられないことがひどく哀しく感じた。
「……やるしか、ない」
 どうしようもないなら、こうするしか手段はない。
 決着をつけてしまわなければ、また誰かが死んでしまうかもしれない。
 さとり様や、チルノのようなことになってしまわないために、私が断ち切ってしまうしかない。
 断ち切らなければもっと哀しいことが広がってしまう。なら諦めるしかない。わかっても、理解しても、どうにもならないことだってある。
 犠牲を犠牲で終わらせてしまわないために、ここで私がやらなきゃダメなんだ――!
 制御棒を咲夜へと向ける。だが、狙いが定まらない。
 チルノとの。メディとの邂逅。私達の『最強』。できた友達がいなくなってしまった、天人との戦い。
 初めて理不尽と対面しなければならなかった、お燐との死闘。ここではないどこかを探すための約束。
 鬼に感情をぶつけたとき。さとり様が助けてくれたとき。さとり様を助けられなかったとき。チルノを傷つけてしまったとき。
 咲夜の感情に、触れたとき。私のあらゆる思い出が浮かんでは消えてゆく。
 これでいいのか。まだやりようはあるはずではないのか。
 だが、それで失ってしまったらどうする? 私だけじゃない、他のみんながそうなってしまうのなら……!
 迷いなんて捨てろ! 割り切ってしまえ!
 撃て。撃て、撃て、撃て、撃て、撃て――! 捨てなきゃいけないものだってある! 全部が大切にできるものか!

47 :
 

48 :
「泣いてるのね、あなた」
 意外なほどに優しい声は、今まさに私を殺そうとしているはずの敵からのものだった。
 ひどく穏やかな咲夜の表情が、私の胸を貫く。
 今更遅すぎるという諦めを含んだものでありながら、自分を想って流している涙をどこか嬉しく感じているような、その表情が。
「……哀しいわね、こんなの」
 ぽつりと咲夜が漏らしたと同時、宝塔から眩い光が溢れ、私へと向かってくる。
 撃たなければ殺される。死んでしまう。私を生かしてくれたみんなの気持ちを無駄にすることになってしまう。
 でも。
「――っ! 撃てない……! 撃てないよ、みんな……!」
 私と同じものを感じている人を、私は撃つことなんてできなかった。
 ごめんなさい。最後にそう呟いて、訪れる死を待とうとしたのだが――熱が私を焼き尽くすことは、なかった。
 綺麗なほど脇に逸れ、私に掠りもしなかった宝塔の光を撃ち尽した咲夜は、そのまま宝塔を取り落として、仰向けに倒れた。
 心身ともに限界を通り過ぎていたのだろう、命をかけたはずの最後の一撃は、わざと外したようにしか思えなかった。
 倒れた咲夜の胸からせき止めていたものが溢れ出すように血の池が広がってゆく。
 能力を使って無理矢理出血を止めていたのかもしれない。傍から見ても致命傷だと分かる出血量。
 能力が切れた結果、宝塔で射撃する前に命が尽きたのかもしれない。最後まで殺そうとしていた咲夜だ、その可能性は十分にあった。
 だけど、それでも。
 私は、咲夜が狙いを自ら外したのだと信じたかった。
 咲夜の元まで歩いてゆき、その表情を確かめる。
 出会ったときと全く変わらない無表情で、しかし眠るように目を閉じていた彼女は、きっとそうなのだと信じたい。
 撃てなかった。結局、撃てなかったけど……これで良かったのかな、チルノ。
 戦いの間、私を支えてくれていた相棒の声は聞こえない。正しいのか、間違っていたのか、全ては私が決めることだった。
 だから私は自分の『最強』に尋ねる。胸に手を当て、鼓動を確かめる。
「……うん」
 答えは、すぐに返ってきた。
 私は一つ返事をして、宝塔を拾い上げてその場を後にする。
 その先では――私がまだ帰れる場所が、あるはずだった。

49 :
 

50 :
【D-3 人里 二日目黎明】
【チルノ 死亡】
【十六夜咲夜 死亡】
【霊烏路空】
[状態]?全身に火傷。深い傷ではない
[装備]?宝塔
[道具]?支給品一式(水残り1/4)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(二日目9時に再使用可)、?朱塗りの杖(仕込み刀)、橙の首輪
    チルノの支給品一式(水残り1と3/4)、ヴァイオリン、博麗神社の箒、洩矢の鉄の輪×1、
    ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%)?、燐のすきま袋
    首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、萃香の分銅●?支給品一式*4?不明支給品*4
[思考・状況]基本方針:『最強』になる。悪意を振りまく連中は許さない
1.必ず帰る。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない。、赤青と巫女もブッ飛ばす。
※チルノの能力を身につけています。『弾幕を凍らせる程度の能力』くらいになります。
※現状をある程度理解しました
※第四放送を聞き逃しました

【藤原妹紅】
[状態]腕に切り傷、左足に銃創2ヶ所(ともに弾は貫通)
[装備]ウェルロッド(1/5)、フランベルジェ、光学迷彩
[道具]基本支給品×3、手錠の鍵、水鉄砲、包丁、魔理沙の箒(二人乗り)、にとりの工具箱、
    アサルトライフルFN?SCAR(0/20)、FN?SCARの予備マガジン×2、ダーツ(24本)
[基本行動方針]ゲームの破壊、及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
[思考・状況]
1.閻魔の論理は気に入らないが、誰かや自分の身を守るには殺しも厭わない
2.さとりを殺した奴、にとり・レティを殺した奴を許さない
3.空を捜索して合流した後、博麗神社で早苗たちとの合流を目指す

【射命丸文】
[状態]瀕死(骨折複数、内臓損傷)?、疲労中
[装備]胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ、折れた短刀、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有・満身創痍)
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない
1.人里で体を休め、同志を集めてレミリア打倒を図る
2.私死なないかな?
3.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る

51 :
 

52 :
669 名前: ◆Ok1sMSayUQ[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 01:01:31 ID:OHFtnZJ6 [23/23]
投下は以上となります。
タイトルは『流星のナミダ』です
代理投下は以上となります。
支援ありがとうございました。

53 :
投下乙

54 :
投下乙です
ああ、チルノ……お前は本当によくやったよ……
咲夜もここで脱落か。お前ももうお休み
おくうは傷つきつつもまだ前に進もうとしてるな。最後に咲夜を打たなかったのは…
とりあえずチルノの分まで頑張ってくれ

55 :
紅魔館の主と従者は
その時も同時に達した
ぬふぅ

56 :
あれ、サニーミルクは?

57 :
まだ生きてるよ
文の装備欄

58 :

 はたから見たら、それはつまらぬ子供の戯れ。
 幻想郷のルールを知っているものが見れば、それは真剣な決闘。
 ずいぶんと前のこと、紅い屋敷の上で、少女たちは向き合い、戦っていた。
 手にした札の名を宣言し、死力を尽くして戦った。
 それはまるで、今のように――――
――――いや、あの時とは違う。
 博麗霊夢は前から視線を外さずに、昔のことを思い出していた。
 目の前には、吸血鬼、レミリア・スカーレットが剣を担いで、こちらの動きを見つめている。
 このような戦場で、過去に想いを走らすなど油断もいいところ。
 だが、不思議と霊夢には、レミリアから攻撃を仕掛けないことが分かっていた。
「・・・・・・」
 気だるそうに剣を持つ吸血鬼は、沈黙を楽しむかのように笑い、立ち尽くしている。
 その真珠のように白い体に力はこもっておらず、彼女は霊夢以上の余裕を見せていた。
 これがレミリア・スカーレットの強みであり、弱みでもあるのだろう。霊夢は冷静にそう分析した。
 弱者にはその王者の風格をもって脅し、屈服させる。
 格上相手には、逆上や油断をさそい、足元をすくう。
 それはレミリア自身の生き方でもあり、たとえ霊夢にそれが通じまいと、変えることのない戦い方なのだろう。
 そう、霊夢には通じない。
 今まさにレミリアと戦おうとしている霊夢は、他人の影響を受けにくいことこの上ない、そういった性格をしている。
 彼女のその性格は、親しくない人妖でさえ知っている。
 その霊夢が、妖怪の慢心に油断をすることや、恐怖におびえて手を間違えることなどありえない。
 それは、この目の前にいるレミリアなら、よく知っていることだろう。
 でも、いや、だからこそ霊夢は客観的に、今のレミリアを見て思う。そして、それをそのまま口に出す。
「あなたも不器用ね」
 それが戦いの発端であり、レミリアは抱えていた剣を構えることで、戦いの始まりを告げた。
 霊夢は二振りのナイフを構え、レミリアの懐へ飛び込む。案の定、それはレミリアの突き出した剣に阻まれる。
 リーチの差が、如実に表れた一撃目。霊夢は距離のふりを補うべく、速さをもって、襲い掛かる。
 右足に重心を移して、右手で切り上げた。たしかに速いが、吸血鬼のスピードには追い付かない。
 レミリアの軌道を抑えた剣が、勢いを相る。
 接触した刃と刃が、不快な金切り声をあげた。
 まずいわね。霊夢は右手の果物ナイフに目をやり、顔をしかめた。
 もともと戦うために作られていないその刃は、刃こぼれし、使い物にならなくなっていた。
 霊夢の目を追い、その惨状を見たレミリアは、再び剣を構え直した。
 一気に身を縮めたレミリアは、その躯体に似合わぬ大振りで、剣を振るう。
 もちろん、狙いは霊夢の右肩。
 人間離れした反射神経で、霊夢は右手のナイフでその剣筋を捕える。
「まずは一本」
 再び接触した二つの刃は、先ほどと打って変わって、澄み通った金属音を響かせる。
 霊夢の視界から、右手のナイフが消える。
 正確に言えば、ナイフの柄、以外の部分だ。
 霊夢の身を守ったナイフの刃は、柄に近い端を残して、彼方へ飛び去る。
 だが、霊夢にその行方を確かめる時間はなかった。

59 :

「よそ見している暇はないぞ!!」
 レミリアが叫び、吸血鬼の怪力で振り下ろされた剣が、霊夢の鼻先をかすめる。
 後ろに飛ぶ判断が少しでも遅れていたら、彼女の体は二等分にされていただろう。
 制限を課せられてもなお規格外の化け物に、流石の霊夢も手を持て余していた。
「さすがのお前も連戦はきついようだな?」
「さあ?でも私は慣れているわよ」
 レミリアの問いを、霊夢は誤魔化した。
 曲がりなりにも本気を出した咲夜との戦い。消費した体力が、人間の霊夢には惜しい。
 袈裟がけに切り付けたレミリアの一撃が、また霊夢をかすめた。
 ちらつく死の気配に、吸血鬼は笑う。
 
 レミリアが、完全にその場の流れを支配していた。
 霊夢はごついナイフにてこずり、次々と迫りくる刃をかわすのが限界だった。
 横に薙ぐように払った一撃にバランスを崩し、ついに霊夢はバランスを崩した。
 その様子を見たレミリアは、霊夢へと肉薄する。
 両手で剣を構え、その刃先を霊夢の胸に向け、飛びかかった。
 突き出されたその剣を、霊夢は受け流し、左の腋で挟み込む。
 だが、その突きはただのフェイント、本命は接近してからの一撃。
「こっちが本命。ばいばい、人間」
 レミリアは右手だけで霧雨の剣を持ち、自由になった左手を霊夢に向けた。
 触れるか触れない、霊夢の息遣いが感じられる近さに、手が近づく。
 その一瞬、あまりにあっけない終わりに、レミリアは虚無感を覚えた。
 左手に、魔力が集中し、幾本かの槍となり、飛び出す。
「当たると思ったの?わたしを舐めすぎよ」
「まあ、この程度でやられてしまっても困るな」
 噴き出した槍の流れは、止まることなく飛び去り、遠くで四散した。
 霊夢の目の前にはレミリアの背中がある。
 瞬間移動、亜空穴をつかったのだ。
 それに気づき、余裕の態度を崩したレミリアは、苛立ちをあらわにした。
 されど、すぐに落ち着き、踊り子のように優雅に回り、霊夢に向き直る。
 わずか五尺ほどの距離にいる霊夢へ、回転の勢いそのままに飛びかかった。
「・・・・・・っ!!」
 振り出された剣が、止まる。
「主従そろって同じ轍を踏むのね」
 霊夢の足元の陣が、残念そうに震える。
 その一歩手前で、レミリアは凍り付いていた。
 その眼は、消えゆく地面に埋め込まれた結界へと向けられている。
 レミリアの蝋のような顔が、徐々に赤くなってゆく。
「な・・・舐めるな!!」
 飛び上がり、地雷のように仕掛けられた陣をかわして、霊夢へと突っ込む。
 もちろん外れ、あたりに土くれが飛び散る。
 だが、霊夢はかわしたものの、衝撃波に巻き込まれて足を宙に浮かせた。
 レミリアは見逃さず、剣をふるう。
 霊夢の両足が宙に浮き、剣の切っ先をやり過ごす。
 ふわり、と宙に浮いた霊夢は、そのまま、レミリアから距離をとった。
 降り立った霊夢は挑発的に笑いかけ、服の乱れを直した。

60 :

「小賢しい。距離をとれば勝てると思うなよ」
 レミリアの手から蝙蝠状の弾がばらまかれる。
 その速度は、普段の弾幕ごっことは比べ物にならないくらい、速かった。
 しかし、いかんせん制限下では密度が低くなる。
 さらに、距離を多めにとっていたおかげで、霊夢は簡単に弾幕を回避できた。
 弾の隙間から、肩をいからせたレミリアが突っ込んでくるのが見え、今度は警醒陣を張ろうとして、霊夢は手を振る。
 案の定、宙に身を浮かしたレミリアは罠にかかり、吹き飛んだ。
 その小さい体が地面に落ち、跳ねた。
 完全に、冷静では無くなっている。
 こういった怒りに任せる相手、本能のままに動く妖怪は霊夢の十八番だ。
 結界を張り、わなを仕掛ける霊夢にとって、やりやすい相手になる。
「弾が邪魔ね」
 散らばり続ける弾がレミリアへの追撃を阻害する。霊夢はあきらめ、距離をとることに専念した。
 視界を遮る弾幕が晴れると、そこには目を爛々と輝かせたレミリアが立っていた。
 そのきれいな体には、いくつかのあざが見える。
 勝負が、一気に霊夢へと傾いたように見え、霊夢は内心、勝利を予見した。
 だが、霊夢がそう思ったのは、その一瞬だけだった。
「・・・・・・少し舐めていた。そこは認めよう」
 ぽつり、とレミリアがつぶやいた。意識を霊夢から離さずに、月を見上げる。
 眼はあっていないはずなのに、霊夢は殺気を感じた。
「流石博麗の巫女、というよりは流石霊夢、といったところか」
 首を傾げ、レミリアは何かを考えるかのように目を閉じた。
「私をあそこまで翻弄するとはすばらしい」
「独白に興味はないわ。終わりにし「だが、さっきの一瞬が最後のチャンスだった。もう、お前の運命は尽きた」
 霊夢の言葉を無視して、レミリアは続ける。
 不機嫌そうに眉をしかめ、霊夢はこの隙にと、咲夜のスキマ袋をあさる。
 その雰囲気の出ない光景に、同じく眉をしかめて、レミリアは言う。
「人の話は最後まで聞く、覚えておきなさい」
 あきれたように言うレミリアは、すっかり落ち着いて見えた。
「あなたはもう少し、本気になって戦った方がいいわよ。いつか、後悔するから」
 先ほどまでと、少し空気が変わっている。
 妖気と殺気が増したのもあるが、それだけではなく。
「今の私は本気よ。なんだか、“いつものレミリア”ね」
 霊夢は、落ち着いたレミリアを見て、そう言った。
 重ね塗りされていた塗装が、一瞬はがれた、そんな瞬間。
 狩りへと極度に集中した心が、かぶっていた虚栄を拭い去った瞬間。
 レミリアの目の前にいたのが、霊夢でなければ、これは救いにつながったのかもしれない。
 袋から武器を出した霊夢は、その一瞬を見逃さなかった。
 もちろん、説得の機会としてではなく、攻撃する隙として、だ。

61 :

「妖怪バスター!!」
 声とともに、何枚もの大きな札がレミリアへと殺到する。
「無駄っ!!」
 突如、レミリアの周りに出現した赤いオーラが、札を焼き払う。
 宙に、灰と化した札たちが散る。
 それをかき分け、霊夢は大鎌を構えて、突っ込んだ。
 甲高い音が響き、火花が散る。
 鎌と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いを繰り広げる。
 もちろん、人間と吸血鬼。一瞬で霊夢の体は鎌とともに弾かれた。
 霊夢は気にせず、左手で団扇をふるう。
 天狗の団扇は、大きな音とともに風を起こし、レミリアを吹き飛ばした。
 さらに、霊夢は風に乗せて大量のアミュレットを撃ち放つ。
 吹き飛んだレミリアは空中で一回転し、地面に降り立つ。
 一瞬遅れた攻撃が、襲い掛かる。砲弾が直撃したかのような土煙が立ち、あたりを暗くした。
(私の攻撃だけにしては大きすぎる爆発ね)
 そう、まるでレミリアが意図して起こしたみたいに。
 手元で、袋をまさぐりながら、あたりに注意を凝らす。土煙の発生源で、何かが動くのが分かった。
 やられたわ。霊夢は思い、策を巡らす。
 耳鳴りで音がよく聞き取れない。鼻も土のにおいで使えない。視界もはっきりしない。五感が使えない。
 一瞬捕えられたレミリアの気配はもはやない。どこから襲ってくるのかも分からない。
 霊夢の舌が、緊張で濡れた。
(右か?左か?いや、どこから来るか、わからないわね)
 霊夢は一瞬悩み、すぐに悩むことを放棄した。普段通りの直感に任せて動く。それが霊夢の出した結論。
 とにかく視界を確保する。その一心で空を飛び、上を目指す。
 浮いてすぐに、視野は広がる。
「見つけた」
 案の定、鷹のように上からレミリアが現れ、霊夢へと突っ込んできた。その速さは、霊夢のそれを超えている。かわす余裕はない。
 慣性のままに、飛び込んできた相手に、霊夢は二つのスキマ袋を投げつけた。
 その口から物があふれ、弾幕となってレミリアへ襲い掛かる。
 飛び出したもののいくつかはレミリアの爪に弾かれ、または砕けて地面へ落下する。
 それには目もくれず、霊夢はできた隙をついて、さらに上昇する。
 その体をかすめるように、レミリアの放った蝙蝠状の弾幕が飛びぬける。
 高度を上げた霊夢に追いすがり、レミリアは手を伸ばす。その頭に鎌が投げつけられる。
 弾幕勝負とは似ても似つかない汚い戦い。だが、手段は選べない。
「捕まえた。これで終わりだ」

62 :

 レミリアの整った顔に筋が走っている。避けきれなかった鎌が付けた傷だ。
 空中では使い勝手の悪い剣を放り投げ、レミリアは素手で追いすがる。放棄された剣は、地上へと落下した。
 左から飛び込み、左手で霊夢の右手を、右手で霊夢の左手を捕まえ、吸血鬼の力で拘束する。
 向き合った形で、二人は肉薄した。
 霊夢は構わず、高度を上げる。冷たい夜風が、レミリアの傷を冷やす。
 
「半日ぶりの血液だな」
 双方両手がふさがった状況で、レミリアは牙を光らせ、霊夢の首に突き立てる。
 じんとした痛みが、霊夢の体に広がる。
 紅い血が、零れ、滴る。
 霊夢は冷静に、体を回転させた。勢いよく、まわりながら、遠心力でレミリアを引きはがしにかかる。
 相対的に、吸血鬼の腕に力がこもり、霊夢の腕がきしむ。だが、折れるまではいかない。
 くるくると回り、その回転速度を上げてゆく。
 竜巻のように、紅と白とが混じり合い、飛び続ける。二人の三半規管が悲鳴を上げる。
 
 いつのまにか、霊夢にもどっちが上か、下か、分からなくなっていた。
 頭にあった帽子が吹き飛び、髪が風に合わせて踊る。
 黒い世界が、回転しながら視界を覆っている。消化器官が吐き気を訴え、意識は朦朧とする。
 霊夢の腕をつかむ力が、少しだけ弱まった。だが、まだ足りない。
 二人は一組の十字架のように、抱き合い、回りながら飛び続ける。お互いの息が感じられる中、互いの殺意がぶつかり、心を削る。
 
「う・・・ぷ・・・」
 今度は首元の痛みが引いた。先ほどまで感じていた吐息が霊夢の首から消えた。
 さらに、手をつかむ力が弱まる。振りほどくと、何とか左手が外れた。
 双方、もはや殺意を向ける余裕もなく、かたや回り、かたや振り落とされないことだけに神経が向けられている。
 今なら、いける。
 霊夢は一回、目を閉じて、再び開く。霊夢とレミリアの目があった。
 ぼやけた視界では、その顔がどんな感情を浮かべているかはわからない。
 飛んでいるのか、落ちているのか、それすらも分からない二人は、それでもなお右手だけは外さず―――
カチッ
 霊夢の左手が、袖の中から引きだされ、ナニカを放した。
 レミリアの視線が、それを追う。対する霊夢は目を閉じる。
キイイイィィィィィィイイイイイン!!
 フラッシュバンの光が、爆発的に広がり、レミリアの網膜を焼いた。
 平原の夜空に、星が一つ増えた。
 さらに、一瞬遅れて、不快な爆発音が広がる。
 しばらく間を置くと、流れ星のように、二つのモノが落ちてきた。
 どちゃり、と嫌な音をさせ、そのどちらも地面と衝突し、地響きを立てる。
 しばらく、しんとした時間が過ぎた。

63 :

「う・・・ひどい痛みね。しかも吐きそう」
 ぺっ、と土の混じった唾を吐き、博麗霊夢は何とか立ち上がった。いまだに、耳は鳴り、方向感覚は戻らないのだが・・・
 着地の際、滑空して、さらに結界を張って、ようやく死なないまでに勢いをことができた。
 そうでなければ、いまごろはミンチだ。
 体の節々が痛い。至近距離で光を浴びて、気絶したはずのレミリアはどうなったのか。
 あたりを見渡しても姿はない。どこに飛んだかも検討はつかない。
「まいったわねー、これは」
 いざという時のため、袖に仕込んでいたフラッシュバンを使ったのは悪い発想ではなかったが、あの音には参ってしまった。
 すごい音と光だと説明には書いてはあったものの、細かいところまで見る余裕もなく、使ってしまった。
 気絶したおかげで、痛い思いはする、レミリアを見失うと散々だった。
 しかも、支給品の大半は、飛び立った周辺に散らばっているはずである。
 それをちまちまと回収する手間を考えると、霊夢は少し憂鬱になった。
「さて、いい加減、始末をつけないと」
 泥だらけの巫女は、少し喝を入れると、ふらふらと当てもなく歩き出した。

「・・・・・・痛い」
 ぽつりと、レミリアはつぶやいた。
 大の字に寝転がるレミリアの視界には、ぼんやりとした月が浮かんでいた。
 今の今まで気絶していたのだろう。最後に覚えているのは、あの爆弾の閃光と爆音。
 すっかり霊夢にやられたようだ。
「痛いわね」
 そして、何より体が痛い。動くことすらままならない、鈍い痛みが体を覆う。
 おそらく、ずいぶん高い所から落ちたのだろう。そして、なんとか生き残った。
 吸血鬼の再生力だけでは説明がつかない。その生き残った理由はレミリアの背中が教えてくれた。
 何か、柔らかいものが、つぶれている。プリンよりかたく、木よりも柔らかい、粘土のようなもの。
 あたりに広がるレミリアのものではない血液の匂い。つまり、
「キスメ、か」
 スキマ袋に入れていたはずのキスメの死体が、溢れ、またしてもレミリアの盾となった。そういうことだ。
 寝返りを打って、おそらく、見るに堪えないことになっているのであろう死体に、目を向ける。
 まだ視力が戻っていないのが幸いして、よくは見えなかったが、あたりに散らばる髪の毛は、確かにキスメのものだった。

64 :

 少し、気分を害したレミリアは起き上がろうとした。
 肩をうまく使ってあおむけになり、腹筋に力をかけ、頭を上げる。
「・・・・・・ッヴガァ!!」
 乙女としては、聞かせられないような唸り声をあげて、レミリアは再び、地に横たわった。
 その肩が、屈辱に震える。
 怪我の程度は、ひどいものだった。
 まず、確実に四肢の骨は全て折れている。
 胴の骨も何本か折れて、筋肉や臓器に突き刺さり、痛みを引き起こしていた。
 そして、打ち身で体中が、日光に当たったかのように痛む。
 もう今のレミリアにできることは、這うことだけ。それも芋虫のように、情けなくだ。
 終わった。もう、レミリアの戦いに、勝利は見えない。
 絶望が身を焦がし、かすれた視界に入る月ですら、こちらを嘲るように見える。
 
「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ」
 声にならない音が、喉から漏れる。しかし、肺にもダメージがいっているのか、その音はか細く、小さいものだった。
 もう、長くはないのかもしれない。レミリアは思った。
 動けないまま、朝が来て、焼き尽くされるのが運命か。
 しばらく、黙って、絶望を肌で感じた。
 今まで殺した相手。
 これまでにあった相手が、目に浮かぶ。
 
 これでいいはずがない。
 突然、レミリアの心に、何かが浮かび上がった。
 そう、これでいいはずがない。
 やると決めて、やっていないことが多すぎる。
 いつもの紅魔館の主なら、やると決めたことはやり遂げる。たとえ、地を這ってでも。
 だから、レミリア・スカーレットはここで寝ころんで、終わってはいけない。
 少しひねくれた理論。最後のあがきの言い訳。それが、ふとレミリアの頭に浮かんだ。
 最後まで抗う。そんな、単純なことを忘れかけていたことに情けなくなる。
 動くとしたら、まずはどうするか。
 思い起こすのは、霊夢のぶちまけた荷物だ。
 あの中に、桶が混じっていた気がする。一瞬の出来事だ、記憶もあいまい。
 だが、あれがずっと探し続けてきた、キスメの桶かもしれない。
 ならばやることは一つだ。
「貴様のところへ桶を持ってきてやる。キスメ、待っていろ」
 近くにばらまかれた死体に、声をかける。
 それでも情けなさに身を震わせながら、レミリアは最初に飛び立った場所をめざし、這い始めた。

65 :

 目的の桶は、思ったより近くにあった。
 這って進むしかないレミリアにとってそれは、とてもありがたかった。
 思った通り、桶の周りにはありとあらゆる物体が散らばっていた。よく分からない薬もあったが、飲むのは止めておく。
 桶を届ける前に、何かあったら困るからだ。
 口で、桶を持ち、また、向きを変えて、這って進む。
 到底、誰にも見せられない光景だ。
 ここに咲夜がいたら。
 一瞬思った幻想を吹き飛ばす。
 ないことを思っても仕方がない。いたら、ではなくいない、のだ。
 もうすぐ来る霊夢を、倒し、あの天狗たちも倒し、この姿に落ちぶれても勝ち続ける。
 幻想でしかない、妄想でしかない絵空事。
 だが、それは今のレミリアに選べる数少ない道の一つ。
 霊夢の言うとおり、私は不器用なのだ。と思い、レミリアは口をゆがませた。
 進んできた道に、血の線が引かれている。それを見て、レミリアはなんなく元の場所へ戻った。
「ほら、桶だ。入れる余裕がないから、勝手にしろ」
 首の力だけで桶を放り、キスメの体に乗せた。
 これで一つ目の目標は無事達成だ。
 
「レミリア、無残ね」
 後ろから、澄み通った声が飛んできた。
 霊夢か。少し、緊張しながら、寝返りを打ち、あおむけになる。
 案の定、ほぼ無傷の霊夢が、和服を茶色に染めて、登場した。
 首についた噛み傷が、唯一血をしたたらせている。
「こんな私にこれから負けるお前の方がもっと無残だ!!」
 レミリアは唇をかみしめ、動かない手に力を集める。
 一瞬で魔力が集まり、練成された鎖が霊夢へと突っ込む。
 先ほど霊夢の血を飲んだおかげで、魔力だけに関しては余裕がある。
 視界を埋め尽くす鎖は、霊夢をかすめて、空中にその軌跡を残した。
「こんなんじゃ当たらないわよ」
 霊夢の言葉を無視して、魔力を再び集め、撃ち放つ。
 鎖で行動を制限されている霊夢へ、行く筋もの光が殺到した。
「警醒陣よ」
 霊夢がつぶやくと同時に、結界が紅い光を押さえつける。
 疲れた顔で、霊夢は何枚かの札を投げ、レミリアを拘束した。
「いい加減あきらめなさい」
 その覚めた言い方に、レミリアは腹を立て、再び攻撃を仕掛ける。
 だが、固定砲台と化したレミリアに勝機はなかった。
 わずか数秒で捕えられ、押さえつけられた。
 どす黒い殺意が、レミリアの中で膨れ上がり、行き場を失ってもがく。
「私は、貴様を」
 つぶやくレミリアに、霊夢は容赦なく切りつけた。
 首に赤い線が走り、血しぶきを上げる。
 片方が致命的な傷を負ったことで、必然的に戦いは終わった。

66 :

「ねえ、レミリア」
「・・・・・・」
 喉を掻っ切られ、思うように言葉が出せないレミリアへ、霊夢が声をかける。
 吸血鬼の紅い目玉が、霊夢の方へ向く。
 それを見つめて、霊夢は続けた。
「あなたはなぜ戦うの?」
「・・・・・・」
 返事はない。当たり前だ。まともに話せる状態ではないのだから。
 霊夢も返事は期待していない。
 帰ってくる答えも、もともと理解している。
 おそらくレミリアなら、自分でどうしようもない状況に追い込まれてもまだ、意地をかけて抗うだろうと思っていた。
 それは、とても不器用なものだったが。まあ、それは霊夢にも当てはまる。
 どこか、殺し合いでの自身の在り方を、立場をかけて表現しようとしたところで、二人は似かよっていた。
 かたや当主の威厳を保つため、かたや幻想郷のルールを保つため。立場こそ違えども、選んだ過程は同じ。
 人に恨まれても、それが最善だと思い、不器用に突っ込むところも同じ。
 そんな二人は限りなく近く、遠い。
「もう少し平和が続けばよかったわね」
「・・・・・・」
 レミリアの体から、力が抜けていく。
 流れ出る血が、キスメの血と混ざり合い、地面にしみ込んでゆく。
 そういえば、ふとレミリアは思った。
 自分の名が悪趣味な放送で読み上げられたら、あのメイドは、狂った妹はどう反応するのだろう?
「そういえば、フランに会ったわよ」
 心の声を読んだわけではなかろうに、霊夢が言った。
「元気にしていたわ。あなたとは正反対にね」
「(そうか良かった。殺るならさっさとやれ)」
 無駄話に苛立ち、レミリアが、口の動きで指示をする。
 少し、霊夢が不安そうな顔をした。どこか、自信なさげの、普段とは違う霊夢の顔。
 まるで、のが嫌なように―――
「・・・・・・ッ!!」
―――顔をしかめて銃口を向ける霊夢。それがレミリアの脳が認識した、最後の画像だった。
【レミリア・スカーレット 死亡】
【残り11人】

67 :

「あっけないわね」
 霊夢は頭を弾けさせ、死んだレミリアを見下ろし、言った。
 のに感じる抵抗は、始まったころと比べて、だんだんと強まっている気がする。
 こんなのでは、魔理沙を時にはどれだけ戸惑うのやら。
 先を思って、霊夢は顔を暗くした。
 地面に落ちていた帽子をかぶり直し、歩み始める。
 まあ、きっと疲れてきたせいね。
 一日中殺しを続けてきて、精神が参ってきているのだと霊夢は決めつけた。
 疲れたなら、どこかで休めばいい。
 今までのように、小休止を挟むのでなく、一度ゆっくりと休むべきだ。
 さて、これからどこへ向かおうかしら。
 立ち去った霊夢の後ろで、混ざり合った血が固まり、桶を赤く染め挙げていた。
 それはまるで、墓標のように。
 
【D-3 二日目・黎明】
【博麗霊夢】
[状態]疲労大、霊力中程度消費、腕と腿に軽度の切傷 、首に噛み傷
[装備]、魔理沙の帽子、白の和服(土や血でで汚れています)、NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)
[道具]支給品一式×5、火薬、マッチ、メルランのトランペット、賽3個
救急箱、解毒剤 痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、天狗の団扇、ナズーリンペンデュラム 、文のカメラ(故障) 、死神の鎌
支給品一式*5、咲夜が出店で蒐集した物、霧雨の剣
NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬14、ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
不明アイテム(1〜4)
※装備していない道具の一部は回収しなかったかもしれません。後の書き手にお任せします
[基本行動方針]力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
[思考・状況]
1.少し休む
2.自分にまとわりつく雑念を振り払う
3.死んだ人のことは・・・・・・考えない
※咲夜が出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※霧雨の剣による天下統一は封印されています。
※周囲に落ちている道具:食事用ナイフ(*4)・フォーク(*5)、血塗れの巫女服、支給品一式、果物ナイフ(破損)、戦闘雨具
※キスメの遺体、レミリアの遺体、キスメの桶は重なり合うようにD-3で倒れています
※D-3で強い光と音が放たれましたが、よく見ていなければさほど届かない程度のものです

68 :
投下終了
題名は「限りなく近く、遠い」です

69 :
投下乙
霊夢の前ではあのレミリアさえもあっけなく終わってしまうんだな…

70 :
投下乙です。
レミリアがとうとう逝ってしまったか、
最後の方はなんかじーんと来た

71 :
投下乙です
強敵をあっさりと葬ったが抵抗感が更に強まったか
幻想郷のルールの守護者として突き進む霊夢だが最後にはどうなるんだろう…
レミリアはお疲れ様。死者スレでキスメと仲良くなw
魔理沙達は霊夢をどうにかできなければアウトだろうなあ…

72 :
霊夢はこんな無勢でも負ける事に不安を抱いて無いのがたくましい。
しかし疲労が溜まってきているというのに、優勝するために必要な殺害数はまだ折り返し地点。
更にこれからは最高クラスの妖怪達と精神的ダメージを痛烈に与えてきそうな魔理沙と早苗を相手にしなければならない
要するに霊夢もマジ頑張れ

73 :
残った面子を見るとつくづく小町頑張りすぎという感想ばっかり浮かぶw

74 :
これで残るマーダーは霊夢と小町だけか
小町がどう動くかにもよるが

75 :
霊夢は2chパロロワ史上最強クラスのマーダーだな
最強設定やゴリ押しじゃなくて、雰囲気美人とはいやはや

76 :
下げ忘れ、ごめん

77 :
ほかのパロロワのキャラと戦わせればそうでもない強さなんだけどね
だけどこのロワ内では圧倒的に強すぎる
第二次世界大戦中にイージス艦が出てくるようなもんだな

78 :
2chパロロワ史上最強ってお前ロクに作品読んでないだろ

79 :
>>78
あくまで相対的な話だよ?
フラグや最強設定を並々に盛ったキャラは他にもいるけどさ。
そういうのはメタ的に付け入る隙があるじゃん。
霊夢は別にどこかでュがあったわけじゃなく、
初登場のSSが良作で、そのインパクトがここまで引き継がれてる気がする。
最近、徐々に人間味が出てきて、終わりが見えてきたけど。

80 :
うん、別にそうでもない気がする。
すごい霊夢ュしたいのは伝わってくるんだけど……

81 :
あ、勘に障るような言葉遣いをして、喧嘩したい類の方でしたか
俺は退散するからシャドーボクシングを頼む

82 :
最強論とか、荒れやすい話題を出すから…

83 :
ロワ内で圧倒的って意味での最強だろ?
小町と関わった辺りから落ち気味だけどさ
登場ロワ内で途中に死にそうにないって意味では最強だろ
メタ的に他のマーダーがしょぼいってのが大きいだろうけど

84 :
リレーのどこかで、気まぐれに霊夢が死亡していた可能性は十分にあったけどな
どちらかというと、作家たちが霊夢の完全勝利を書き続けた結果、事後的にそういうキャラになったイメージが強い
あと、このロワ独特の空気もあるかも。作家が大人すぎて、自機勢がなかなか落ちないし
結果、主人公の霊夢は話数を重ねるほどメタ的に強くなってしまった
ただ小町と関わった辺りから落ち目だな。人間味も出てきたし
たとえ、レミリアが霊夢に完勝しても納得したわ

85 :
ここの霊夢ってダークヒーロー的なイメージがあるんだよな

86 :
霊夢のマーダー化がなければ、ここまで一貫性のあるリレーは出来なかったな
ただ霊夢がレミリアを倒しちゃったせいで、若干マーダー不足かな
霊夢が一回休みに入ったから、対主催者は団結するよね
小町が対主催者にすんなり入ると、瀕死含めて八人+一匹も生き残る
これを霊夢と主催者だけで相手にするのは辛くね?
ZUNが超強キャラなんだろうけど

87 :
残り人数的に主催者を倒した後の事が気になるなぁ
いつだったかの主催者は偽物って設定が生きてるとすれば
主催者自身は元の世界に戻る必要は無い訳だし、そもそも戻る先が違うしね
迂闊に倒しちゃって脱出も出来ないまま殺し合いシステムだけが残ったり〜
とか考えると面白そうだよね
まぁ、今後の展開次第だろうけど

88 :
たとえ霊夢が二人、ZUNが三人屠っても、四人は生き残っちゃうな
対主催者からマーダーへ転向するキャラなんていてもいいかも

89 :
>>88
そんなバランスでマーダー作られたら逆に萎える
別にマーダーなんて少なくてもいいから一人ひとりの考えに基づいて行動して行って欲しい

90 :
ま、最終回から逆算してマーダー数を管理するのはパロロワの常道だろ
結局、キャラが自然に動くかどうかなんて作家の力量次第でどうにでもなるし
別に現状のままクライマックスまで行ってもいい気もするけど、
魔理沙や八雲紫がヒールターンするか、小町がマーダーを貫いてくれた方が坐りはいいよ

91 :
残りの対主催者は小町以外は一枚岩?
地雷らしい地雷がないな

92 :
まぁ某ロワみたいに最終回にマーダーが湧いてくるかもしれんし

93 :
>>91
射命丸辺りはまだまだ怪しい気がする
ってか霊夢戦しだいじゃあ魔理沙周りの対立もありそう

94 :
爆発するかどうかはともかく、爆弾は結構抱えてるから

95 :
ちょっと前はマーダーが多すぎる状態だったのに、
ルーミア、小町、咲夜、レミリアと立て続けにオチたからな

96 :
>>95
小町「…………」

97 :
マーダーとしては一先ず降りちゃったじゃん
まだ動向は分からんが

98 :
射命丸は今瀕死なんだよね?
いつ死んでもおかしくない訳だがはたして

99 :
そもそも霊夢もちょっと一休みしたいというようなことを言ってたから今すぐ決戦があるわけじゃない
何かあるとすれば小町近辺くらいでしょ。その小町がどんな決断を下すのかが分からんわけだが……
正直、小町以外は皆現在の立場で意志を固めてると思うな

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