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字(あざな)の起源


1 :08/07/30 〜 最終レス :12/05/14
三国志の人物には殆んど字(あざな)があるけど、字(あざな)をつける習慣っていつ頃始まったんだろう

2 :
便乗して書いてみようか
字(あざな)って何を基準に付けたんだろうか
今の日本の姓名判断的なものって当時はあったんかね

3 :
紀元前11世紀の人物、太公望(呂尚)にも子牙という字がある。
中国に古代からずっと浸透していた考え方だが、
人の諱を口にする事はその人の霊的人格に対する侵害と見なされた。
諱を避けるという概念が生まれたその時から、
別名である字のハシリは生まれていたのかもしれない。

4 :
字って古代中国人がつけた字のことですか?
姓名判断は斉の垣公の姉が生まれたときには既にあったと野末陳平は
著書に書いていました。
本当かどうかわかりませんが。
中国人の字だと時代によって、色が違うかもしれません。

5 :
ん?
姜子牙ってあったよな
子牙ってそっち起源だろ?

6 :
>>2
いろいろな基準があったようだぞ。
三国志だと…
・名前と似た意味の文字を当てる場合
諸葛「瑾」:子「瑜」
ともに美しいという意味だ。
周瑜は丁度逆になっているな。
・兄弟の順番に則る場合
伯仲叔季、さらに生まれた場合には幼
など…

7 :
>>5
太公望は姓が姜、氏が呂、諱が尚または望、字が子牙。
中国における氏姓は日本のと違うから調べてみるといいと思うぞ。

8 :
前漢から後漢初期にかけては、「君」「卿」が含まれてる字が多い

9 :
>>6
兄弟順で並べるのは、農民の息子とかに多いって聞いたな
劉邦も元の名は確か季って言ったはず
劉家の4男坊って程度の呼び名らしいのだが、そういう奴が国をぶっ立てると
名前を改める習慣があった、なんて話は聞いた事がある
関羽も確か、関長生(だっけ?)とかいう名前だったって話しだし
そういうのも関係してるんじゃないのか?

10 :
ちなみに、呉の学者皇帝の孫休は
「古来、字は一字だったのに今は二字が主流になっている。
そもそも二字の字をつけられるほど人間は高等になったのか。」
のような事を言って、漢字を合体させて
二字の字を無理矢理一字にした事があったようだ。
>>9
劉邦の季は通称じゃなくて名前だったっけか?

11 :
通称って言われてるが、当時の本名は不明だったはず
高島俊男なんかは劉季って呼ばれた名無しの4男坊が国を盗って
大袈裟な名前をつけたんだろうって言ってる
士大夫層に成り上がった奴ってのはそういう名前の付け方が多いよな
字も諱をつける必要に迫られた時に、今までの名前を字にしたってケースがあったりしないのかね

12 :
項羽の羽が字だったのを

13 :
>>11
それらしい例でパッと思いつくのは、時代がくだってしまうが陶淵明。
姓が陶、諱が潜、字が淵明というのが一般的だが、
姓が陶、諱が淵明、字も淵明という説もある。
後者は明らかに不自然だから、もし後者が正しいとするならば、
必要に迫られて今までの名前を字にしたのかもしれない。
だが陶淵明は没落したとはいえ呉の名門の家柄だからな。
成り上がった士大夫ではない。

14 :
あれは籍が本名だっけか

15 :
逆に字が使われなくなったのはいつごろなのかな
水滸伝あたりだと士大夫クラスでももう出てこないよね

16 :
>>14
その通りだ!
楚漢期はまだ一字の字が主流だった。

17 :
>>13
確かにな
ただよ、陶淵明のケースで名が2文字の淵明ってどうなんだ?
あまり二文字の諱って聞かない気がするんだが
北魏時代なんかは別としてさ

18 :
このスレは伸びる

19 :
>>15
字は廃れていったとはいえ、
毛沢東の字が潤之、蒋介石の字が中正というように
かなり最近まで残っていたぞ。
ただ、最近ではもう字が無い人も多いらしい。

20 :
東晋後期以降は二文字の諱は多いよ。
あと字が使われなくなったのは文化大革命の頃だと聞いた。

21 :
>>17
なぜ二字名があの時代に珍しかったかというと、
王莽が厳しく取り締まった名残なんだ。
古来の一字名の法則が乱れている、二字名は取り締まるべきだと。
それがちょうど崩れてきた時期なのかもしれないな。

22 :
唐以降二文字の名前が多いよね

23 :
>>21
崩れてるってか名前のネタが切れてきたんだろ
一文字の諱も限りがあるし、段々と同一人名が増えてきた結果だと思うが
>>22
唐は異民族の移住の名残だろ
長孫無忌みたいな明らかな別の言語の音訳と思われる名前が多いから

24 :
>>23
とはいえ、一字名は以後の時代にも存続していたし、
今でも人の名は先祖の諱を犯さないように決めている。
同一人名が増えたことの対策は
まさにこのスレの趣旨だが字による区別だ。
ネタ切れよりは、やはり法則の崩れだと思うぞ。

25 :
そもそも、字にそんな実用的な意図があったんか?
文化的な背景として諱を呼ばないって決まりがあって
それに対応して字を作ったんじゃないの?

26 :
二字名の (同じ字)+(同じ部首の漢字) という流れが確立するのはいつぐらいからなんだろう。

27 :
>>25
俺が>>24で「対策」と言ったが、
それは明確な意図に基づく主目的としてではなく、
字で差異を出すことで副産物として
同一人物が増えても困りにくくなったということだ。
俺の言葉が悪かったかもしれないが、
潜在的な意識として実用的な意図も含まれたと思うぞ。
単に諱を呼ばないために作るなら、
皆が皆兄弟の順番など簡単な記号にしてしまえばいいんだ。
日本の「太郎」「二郎」のような通称はまさにそれだ。

28 :
>>26
それってどういうこと?

29 :
ん?
だってよ、当時の農民は諱なんて持ってないわけだろ?
ならば伯・仲・叔・季・・・ってので対応したんだよな
それで十分に実用に耐えうるんじゃないのかと
だとしたら、字と言う形で敢えて特殊な通称を付けるのは
実用的な意図とは違った意図があるからだと思うのだが

30 :
趙氏とかそうだよな。あと李氏

31 :
>>29
おいおい、当時の平民が持っていなかったのは諱ではなく姓だ。
姓は漢族形成以前の部族集団の呼称で、支配階級だけがそれを持っていた。
被支配階級はそれを持っていなかったが、
不便になったからある時期から勝手に名のるようになったわけだな。
だから天下の人民の事を百姓(ひゃくせい)と言うようになったんだし、
そこから転じて日本で農民という意味で百姓(ひゃくしょう)が使われるようになったんだ。

32 :
>>28
清の順治帝の子は (玄)+(火偏)
    康熙帝の子は (胤)+(示偏)
明の宣宗の子は (祁)+(金偏)
宋は一字名で部首共通、なぜか金もこれに倣うパターン。

33 :
>>32
それ、うろ覚えで今資料がないんだが
東晋にもなんか例があったのを覚えてる。

34 :
ん?
じゃ諱ってみんな持ってるのか
その割には被支配階級の諱って見た事ないな

35 :
>>34
諱は主君、あるいは父親にしか呼ばれない。
そのうえ被支配階級は歴史書に残りにくいから、それが原因だろう。
だが残っている例があるぞ。
黄祖を捕縛した兵卒は馮則という名前がしっかり残っている。
この当時の兵士は、言うまでもなく徴兵された農民だ。

36 :
黄祖かわいい

37 :
>>33
東晋のは徳宗(安帝)と徳文(恭帝)くらいじゃないかな。
このころの諱は字の形が共通していても部首が全く違ってたりするんだこれが。
たぶん南北朝〜隋唐で成立してる法則なんだろうけれど、唐代は改名が多くてわけわからん。

38 :
純粋な漢民族の習慣ではないことは確か

39 :
馮則は捕縛の功により何らかの褒賞を受けてるんじゃね?
その結果支配者階級としての待遇なりがあったと考えるのが自然
馮則は例としては相応しくないと思うが

40 :
とてもさわやかな北斉略系図
(高氏)
神武帝歓┬文襄帝澄
        ├文宣帝洋
        ├孝昭帝演
        └武成帝湛

41 :
>>39
馮則が仮に支配者階級としての待遇を受けたのなら、
○○に出世しただのといった記述があるはずだ。
兵士としては例外的に名前まで残ってるんだからな。
他に兵士から支配者階級になった人物として
于禁などが挙げられる。
(思えば、この男も禁という諱を持っている。)
だが、「黄祖を騎兵の馮則が捕らえた」というような記述があるだけで
馮則にはその他の記述がない。
少なくとも、支配者階級になったということはないだろう。

42 :
そういえば、三国志でも字が不詳の人物が多くみられる。
生まれが悪い人物でも字が残っている奴もいれば、
生まれが良くても残っていない人物(馬岱とか)もいる。
歴史書に字が残るかどうかの基準は何なんだろうな。

43 :
>>41
確かに支配者階級になったって記述はないがよ、
敵将捕縛って大功に対して何もないってのもどうなのかね
出世の糸口ぐらいは掴んだが、結局凡庸で埋もれてしまったんじゃないかと
支配者階層と言い切れるぐらい大出世はしなかったにしても、
則という諱をもらえるぐらいの身分にはなったんじゃないの?

44 :
厳白虎は?

45 :
馬岱の字って三戦か中英で結論でてたような。

46 :
>>45
興味があるな
何だったの?

47 :
>>43
それなら、明確に支配者階級に移行出来た于禁を例に考えると
「禁という名を与えられ、司馬に昇進した」と書いていなければおかしい。
よほどひねくれた見方をしなければ、元から諱を持っていたと読み取った方が自然だ。
馮則の例や、やはり元平民の人物(腐るほどいるな)の例と併せてみても
諱は功績によって与えられるものではないと思うぞ。

48 :
>>46
伯瞻だったか伯山だったか伯苗だったような。
忘れたけど過去ログ漁ってみたら出てくると思うよ。わりと最近だったし。

49 :
>>47
ふむ、それは一理ある説明だな
ならよ、劉邦のケースはどうなるんだ?
単純に史書が彼の諱をフォローできなかったって事になんのかね

50 :
そういえば、当時にも戸籍を管理する役職があったはずだ。
諱がなくては戸籍の制度は役に立たないと思う。
みな兄弟の順番で並べたりするのは無理があるぞ。

51 :
>>44はスルーか糞コテども

52 :
>>49
劉邦の場合、父の名も長兄の名も伝わっていないんだが、
次兄の諱が喜で、異母弟の諱が交だという事は史記に書いてあるんだ。
もしこれらの名前が後付なら、父の名も長兄の名も後付するはずだ。
劉伯(長兄)という記号と、喜・交という諱が同じ史書に混在している理由は
やはり単純にフォローできなかったからだと思う。

53 :
>>51
実態がよくわからんから詳しい人に聞いて。

54 :
>>50
そういや戸籍があったって記述は結構見るな
俺の勘違いだったかもしれん

55 :
>>52
それにしても妙な話だよな
肝心な皇帝の諱が伝わってないってのも
わざと抹消したとか、編纂の段階で削除したとかなのかもな

56 :
>>51
怒るな。見落としていただけだ。
「白虎」は、その出自的に当時賊が多用していた通称じゃないか。
黒山賊などは顕著だ。
張牛角、張白騎とか。調べてみてほしい。

57 :
>>55
だが、劉邦の諱はおおかた「邦」で合っていると思う。
なぜなら、宰相の名称がすぐに相邦から相国に改められているし、
人名でも邦はずっと忌避されていたからな。

58 :
母が違っても弟がいるのに「季」というのは、当時の楚の文化圏の沛では奇妙だな。
幼だの稚だのが出てくるのは後漢くらいからだと思ってた。

59 :
>>57
そういうもんかねぇ
これ以上探りようがないから何とも言えないけど

60 :
>>56のことだが、当時は自分で字をつけてしまう例もあったらしい。
そう考えれば、賊が名のった仰々しい通称も
一種の字なのかもしれない。

61 :
甘寧興覇?

62 :
>>61
甘寧は諱が分かってるから例に入れてなかった。
上に挙げた2人しか思い出せなかったし今資料がないんだが、
黒山賊の人物で姓+明らかな通称で史書に残ってる奴が多いんだ。

63 :
張燕は?

64 :
そういえば張遼文遠も奇妙な人になるな。

65 :
>>63
張燕は元の名はチョ燕(チョは許チョのチョと同じ)で、
張牛角を継いで黒山賊の首領になった時に張姓に改めたと史書に書いてある。
多分「燕」は諱だと思う。
姓を改めた例は三国志では珍しいかな。
他には張遼(聶→張)とか?

66 :
馬忠とか。

67 :
>>66
そういえば、馬忠の旧名と字は対応しているな。
狐「篤」:「徳」信
やはり似たような意味だ。

68 :
廖化(字合ってる?)も姓を改めたんじゃなかったっけ

69 :
廖化は諱を改めてる。(淳→化)
ただし、廖化については2人の人物が混同されたとか
そういった説もあるから、その説を採るなら改めているわけじゃなくなる…

70 :
さすがに黄巾の乱から蜀滅亡まで現役ってのはなぁ…

71 :
いったい奴は何歳ぐらいだったと考えるのが妥当なんだ?

72 :
黄巾の乱が184年で、蜀滅亡が263年
この間実に79年、仮に乱時に10代前半の少年兵だったとしても90歳は確実に超えている
これは一人の人間と見るには少々厳しいものがあるな
ただ、物語の語り部的な存在としては使いやすい人物ではある

73 :
あの時代に90超えているだけでも凄いと思うが、
あの時代のその年で、現役とか絶対無理だよなぁ

74 :
現代人の感覚ではすでに関羽とかの段階で現役をやるには無理に思えるもんなあ

75 :
趙子龍

76 :
漢升

77 :
>>1字の起源は韓国ニダ

78 :
漢字

79 :
>>11
そういう与太話を真に受けないほうがいいよ
項伯を見れば、伯、季などの字は貴人にも使われているし、そもそも劉邦はそんな下層じゃない

80 :
お言葉ですが…

81 :
孫「策」、伯「符」
「策」「符」とも竹のふだ
孫「権」、仲「謀」
「権謀」という熟語ができる
孫「翊」、叔「弼」
「翊」「弼」とも「たすける」という意味がある
孫「匡」、季「佐」
「翊」「弼」とも「たすける」という意味がある

82 :
魏「延」、文「長」
「延長」という熟語ができる
張「遼」、文「遠」
「遼遠」という熟語ができる
カン「沢」、徳「潤」
「潤沢」という熟語ができる
周「瑜」、公「瑾」  諸葛「瑾」、子「瑜」   >>6でがいしゅつ
「瑾瑜」という熟語ができる
諸葛「亮」、孔「明」  徐「晃」、公「明」
「亮」「明」「晃」とも「あきらか」という意味がある

83 :
>>81
しむら〜最後、最後

84 :
>>81-82ですがsage忘れてましたスマソ

85 :
廖化は普通に70代で死んでるし、100歳近くまで生きながら忘れられやすい
呂岱や来敏が不憫です

86 :
三国志には「子」が付く字が多い気がするんだが、なんか意味あんの?
それとも単なる流行?
先生って意味があるとは聞くけど、この場合もそれでいいんだろうか

87 :
兄弟が字をそろえたいときに使う

88 :
>>81ですが最後まちがえてました
正しくは
孫「匡」、季「佐」
「匡」「佐」とも「たすける」という意味がある

89 :
>>86
「子」には沢山の意味がある。
三国志に限らず、子は字に好んで使われる文字だぞ。
三国志の人物で法則性を見出せるのは例えば…
・太史「慈」:「子」義
慈と子はともに慈しむという意味

90 :
西晋の皇族司馬倫(子彝)もだな

91 :
元々、字も一文字だった時代があって
名なのか字なのか分からないので
「○さん」みたいな意味で敬意を表す「子」を添えるようになった
あと、「張ん所の次男坊」を「張二」とか呼ぶお国柄なんで
子に代わって伯仲叔季を添えて兄弟順を表したりもする

92 :
関係ないけど孔子とか孫子って女なのかと思ってた

93 :
孔先生 孫先生

94 :
仲尼 長卿

95 :
孔子の弟子達は、字に「子」がつくやつが多いよね

96 :
子夏、子我

97 :
>>96
おいお前のせいで糞が暴れ出したからお前の巣でなんとかしろよ
【血の】新三戦社会党【革命】http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1212880955/l50

98 :
孔子といえばうんぴは論語止めたのか?

99 :
満腔という男が苛められたので、「俺のあざなは珍宝」だといったのが起源らしいよ。
史記の四巻に書いてある。
〜民明書房、知られざる史記の秘密より抜粋〜

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