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学園ものTRPスレッド★2


1 :11/09/30 〜 最終レス :12/05/14
文化祭やるよ!
※前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312809171/

2 :
新富士駅

3 :
<前スレまでのあらすじ>
女子剣道部で鳴らした俺達雑用部隊は、濡れ衣を着せられ風紀委員に逮捕されたが、
拘置所を脱出し、部室にもぐった。
しかし、地下でくすぶっているような俺達じゃあない。
筋さえ通れば依頼次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし巨大な悪を粉砕する、
俺達、雑用野郎Nチーム!
俺は、リーダー部長。通称人間サンドバッグ先輩。
殴られ役と主人公補正の名人。
俺のような天才扇動屋でなければ百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん。
僕は九條 十兵衛。通称QJ。
自慢の営業トークに、顧客はみんなイチコロさ。
ハッタリかまして、ハッキングからスパッツまで、何でもそろえてみせるぜ。
私は、小羽 鰐、通称クロ子。
チームの紅一点。
潰しは、握力と目付きの悪さで、お手のもの!
よおお待ちどう。俺様こそウメハラ。通称バイソン。
近接戦闘は天下一品!
脳筋?狂犬?だから何。
長志 恋夜。通称サレ夫。
ポエムの天才だ。師匠でもブン殴ってみせらぁ。
でも社会復帰だけは勘弁な。
俺達は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。
頼りになる神出鬼没の、雑用野郎Nチーム!
助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ。

4 :
ええい間に合わなかった!だいたい半分ぐらい書いたけどあと半分は明日書く!
なんか毎回俺が流れを遅くしてるような気がして非常に申し訳なく思っている!
めんごめんご!

5 :
部長大丈夫?
急がなくていいから、焦らずじっくりやってね

6 :
「――朝か」
気がつけば外はすっかり明るくなっている。俺は1つ欠伸をして、周りを見渡す。
長らく俺の足代わりとしてお世話になった松葉杖と一先ずの別れを交わしてから、
およそ一週間ぐらいか?それからはほぼこの出展スペースと部室と寮の往復だった。
ここ2日は寮にも帰ってねぇぞ。…出席日数はたぶん大丈夫なはずだ。そう思いたい。
クロ子が色々雑務やってくれるってなったから、全員それぞれの仕事に没頭が出来た。
しかし結局俺がメイド服好きだとあいつに誤解されたままなんだが。そんなこたないぞ!
だいたい週一ぐらいでそういう喫茶店に行ってるのも!偶々だから!たまたま!
カレーはバイソンに全部任せた。メインとなる料理だ、妥協は出来ないし、させない。
『いいよ、お前は他の準備仕事やらなくていい。その分、全員が納得するカレーを作れ。
 料理として出す分の食材が来るのは文化祭直前だから、色々メモりながら作ればいい。
 とりあえずスパイスとかだけ先に納品して貰ったから、なんとか研究してみてくれ。
 サレ夫にも協力するように伝えておく。俺も時々、味を見に来るから』
たしかこんな感じのことを伝えたはず。なんか無駄に気合いれてるよな俺。
そんでもってカレーが出来たのは前日。そんな前もって作ったってしゃーないしな。
俺が朝まで居たのは一応これも理由の1つである。定期的に火を通す役割なのだ。
カレーは一晩寝かすと美味いのは常識とは言え、ずっと放置じゃ菌も繁殖するからな。
いくらもう寒くなってきたとはいえ、文化祭で集団食中毒とかシャレにならんだろ。
しかし温める度にすげぇいい匂いがして、危うく食っちまうところだった。
サレ夫がコーヒー淹れるって言ってたから、ついでにドリンク云々は全部任せた。
一応喫茶店という名目上一通りの飲み物は用意しておかないとな。ジュースに烏龍茶…
そういや、結局コーヒーはコーヒーメーカーとかで淹れるの?あれどうやってるの?
俺インスタントしか飲んだことないから正直よくわかんないんだけど。まぁいっか。
あ、そうだ。そろそろ炊飯器のスイッチ入れとかねぇと。カレーの米はもちろんだが、
おにぎり作るなら熱々の米じゃちょっと微妙だし、早めに炊いて冷めさせといて…
しかしサンドイッチはともかくおにぎりの場合カレーから流用する具はどうしよう。
カツおにぎり?ハンバーグおにぎり?海老フライおにぎり?…まぁなんとかなるか。
色んな資材とかその辺の用意諸々は全部QJに一任。他にコネある奴いないしな。
ついでに全員の衣装もあいつに任せた。ちゃんと「全員の意見を尊重」させたさ。
あいつに衣装全部任せたらどうなるかわかるもんじゃねぇからなぁ。ちゃんとするのだ。
そんでもって俺は、設営だ。足が悪い間は机に座ってひたすら図面書いてた。
んでもって足が治っていざ設営、準備万端だから文化祭当日には余裕で間に合う、
とか思ってたんだがやっぱり計画通りにはいかねぇんだよな。トラブル出るわ出るわ。
手が空いた部員にも手伝って貰ったけど色んな作業が遅れに遅れて…危なかったなぁ。
結局最後は完徹、朝までかかっちまった訳だ。なんとか間に合って一安心だぜ。
客商売やる以上、全員寝不足とかはちょっとまずいよな、って思ったから、
徹夜するのは俺一人だけにして他の奴は無理矢理あがらせた。一応この辺は部長だしさ。
みんな寮にでも帰ったか、部室で寝てるか…ま、じきこっち来るだろ。
「なんとか完成したから、万事良し!」
そう、今日は文化祭当日。その朝なのだ。
「クラスでの出し物はいいのか?」って思うかもしれねぇけど、何も心配ねぇの。
一応クラスという括りはあるけど、この学園の高等部は選択授業が殆ど、つーか全部だ。
はっきり言ってクラス内の繋がりなんざ希薄もいいとこだし、ほぼ無いに等しい。
そんなまとまりのない集まりで文化祭なんつーチームワークが必要な行事なんか無理。
体育祭だってクラスごとの種目は酷いもんだったしな。しゃーねぇんだけど。
てことで何か出し物したい奴は部活とか仲良い奴の集まりとかでやってんのが大半だ。
当然俺のクラスも文化祭への参加は見送ることで早いうちに決まっていたらしい。
ま、だからこそ俺はこのN2DM部での出展に全力を注ぐことが出来た訳なんだが。
皆も、そうだろ?

7 :
開祭の催しのち、迎えた開店の時刻。俺は着ぐるみ。わりと有名なキャラクターの。
これで女性客の心をガッチリゲットなのである。着ぐるみが配膳する、ほらファンシー。
わりとすぐに席は満席となる。…やっぱり立地条件すげえな。俺はマイクを取り出す。
「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
 勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
 しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」
考えてみると着ぐるみは喋っちゃいけないとかいう不文律があった気がするが関係ない。
「俺を相手に選んだ場合の勝負内容!それは、『人間サンドバッグ』である!」
一瞬店内がざわつく。意味わかんねぇんだろうな。俺は気にせず言葉を紡ぐ。
「挑戦者は、俺を殴れ!殴って殴って殴りまくれ!俺が耐えきれなくなったら勝ち!
 殴り続けられなくなったら、その時点で負けを認めろ!俺の勝ちとなる!
 ――どうだ!我こそはという輩はいるか!?言っとくが俺はなかなか打たれ強いぞ!
 無抵抗の人間をひたすら殴り続ける、そんなことが、お前らには出来るのか!?」
「ほう、それは楽しそうだな。ひとつ、俺が挑戦してみようか」
いきなりの参加者の到来である。その声には聞き覚えがあって、恐る恐るそちらに視線。
着ぐるみ頭部の狭い視界から見えたのは、高校生離れした体格をした筋骨隆々の――。
「――生徒会庶務じゃねーか!」
「あら、私たちもいますよ」
クソ女の声。そのテーブルにはこの学園の生徒会長と書記と会計も席に着いていた。
副会長を除く生徒会勢ぞろいである。てめぇら生徒会の仕事はどうしたんだよ。
「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」
モノローグと会話すんな!そのネタはQJが既にやってんだよ!二番煎じ乙!
「体育祭でいい勝負したばかりじゃないですか。これからも仲良くやっていきましょう。
 城戸くんだけは少し微妙ですけど、私たちはこの部にいい印象を持ってるんですよ?
 東別院さんも、人間に興味を持てたのは久々だと言ってましたし」
メカ娘の視線を追うとQJの姿がある。一体どんな魔法を使ったんだろうな。
城戸がこの部活を嫌いなのは仕方ねぇだろうなーとは思うよ。まぁ約1名のせいだけど。
「ともかく、その人間サンドバッグ、だったか?挑戦してもいいんだろう?」
庶務が立ち上がり、指をポキポキ言わせながらこちらを見てくる。威圧感ひどすぎだろ。
立ち上がるとその恵まれた体は一層映える。最強の手腕だよ、ほんと。物理的にな。
「いいよ!来いよ!俺に『まいった』と言わせてみるがいい!」
最初から本気でやるつもりなんかなかったんだろうか。庶務は二発殴っただけで
呆気なく降参の意思表示をしてきた。だけどその二発はやけに心籠ってた気がすんなー。
まぁこんな奴に二発も殴られた時点でパンピーの俺はすっかり瀕死の状態だな。
ポケモンでいうとゲージが赤くなってBGMが変わった状態。砂嵐で死ぬレベル。
まぁそんな感じで恙無く始まった訳だ、この文化祭は。ある意味超恙んでるけどな。
そんでさ、何かトラブルがあるかもしれないが、普通に終われると思っていたんだよ。
皆で、笑顔で。
少なくとも、この時はさ。
今となっては――いやもう、何も言うまい。

8 :
暫定避難所? 
学園もの雑談スレ
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1316090050/

9 :
遅れちまってすいやせん。
明日まで待って下せぇ。

10 :
カレー…
それは先人達が作り出した、老若男女全ての層に受け入れられるまさに万人受けする料理だ。
カレールーの箱の裏さえ見れば素人ですらある程度美味いカレーを作る事が出来る。
だからこそ美味いカレーを作るというのは難しい。
更に言うなればカレーは各家庭によって味が若干異なる。
大ざっぱに分けても甘口、中辛、辛口と3つに分かれる。
まあ単純に考えれば中辛が万人受けされるだろう…って考えは素人丸出し。
俺はあえて激辛のカレーを作る事にした。
なにやら営業が気を利かせてスパイスを大量に準備してくれたようで激辛カレーを作るのは容易だった。
スパイスがメッチャ効いた激辛カレー…万人受けどころか一部のマニアにしか受け入れられない代物。
こんなん出した日にはまた俺が悪ふざけしたように思われるのは目に見えてる。
今回は…悪ふざけはしねェ。
カレーを作るからには悪ふざけは許されねぇんだ。
この激辛カレーを万人受けされるカレーに仕立てあげるのが、今回の俺の腕の見せどころってわけでィ。
隠し味…一口に隠し味と言っても、牛、バター、砂糖、チョコレート、コーヒー……と多種多様だ。
だが、俺がカレーに入れる隠し味はこんな普通な隠し味じゃねぇ…。
俺が選んだ隠し味、それは……ハーゲン○ッツ!
言わずもがな、バニラ味だ。
……これを読んでる君。
「どうせまたノリでハーゲン出してるだけだろ」
って思ってんだろィ?
半分正解、半分ハズレだ。
ハーゲン○ッツとは牛、バター、砂糖が高密度で濃縮された物…。
そう、カレーの隠し味には最適な物なんだよ、ハーゲン○ッツって代物はな。
俺は惜しげもなくハーゲンをぶち込んだ。
勿論旦那にも、なんちゃってシャレ男にも止められた。
だが、ハーゲンをぶち込んだカレーを味見させたら大人しくなった。
驚いたんだろうねィ。
激辛カレーなのに何故かスプーンが進んでしまう。
辛いのに何故かスプーンが止まらない、そんな感覚に襲われたんだろう。
口に運んだ時は辛さが口内を支配する…だが次の瞬間にはハーゲンの優しさが押し寄せてくる…。
そんな二面性を持つカレーの虜になっちまったんだろうねィ。
究極と言っても過言じゃないカレーが完成しちまった。
ここまでが昨日までの話。

11 :
>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
 勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
 しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」
文化祭当日。
ファンシーな着ぐるみに身を包んだ旦那がルール説明をする。
そんな旦那の横に立っている俺の格好は………
「ザキの野郎…後でぶち殺したらァ」
ウェイトレス。
何故かウェイトレスの衣装を寄越しやがった。
あの野郎ふざけやがって…後で地獄見せてやるぜィ。
旦那の人間サンドバックに挑むは生徒会庶務。
ん?
生徒会メンバーも来てやがったのか。
しかし城戸さんの姿が見えねぇが…ま、いっか。
旦那は何とか庶務のパンチを2発耐えて勝利した。
1発目を受けた瞬間にもう無理だと思ったが、よく頑張ったじゃねぇかィ。
次は俺の番か…
「俺とやる奴の勝負内容は…殴って防いでジャンケンポンだ。」
説明しよう。
殴って防いでジャンケンポンとはジャンケンをし、勝った方が相手の顔面を殴り負けた方はそれを防ぐというゲームだ。

12 :
ちなみに先に鼻血を出した方が負けになる。
鼻血を出すまでは何発受けてもセーフ。
さて、俺の相手になる奴は……
>「君の相手は…この僕だ!」
学園の屋上から聞き覚えのある声が聞こえる。
>「はっはっはっ!無様だなぁ梅村君!なんだいその格好は!」
声の主は言わずもがな、城戸さんだった。
ってか…何で屋上?
「あのー。やるんだったらさっさと降りてきて下せェ。」
>「…5分程待っていろ!」
5分後、息を切らした城戸さんが現れた。
この人結構馬鹿だろ。
メガネのクセに馬鹿だろ。
既にメガネ外した本気モードになってるけど…。
「さ、それじゃあ早速やりますか城戸さん。」
>「ああ、いいだろう。この間の借りをしっかりと返してやる!
 そして鼻血を出した無様なウェイトレス姿を写真に収めてやろう!」
―――戦いの火蓋は切って落とされた。
「残念でしたねぇ城戸さん。どうやらアンタは一生俺にゃ勝てねぇみたいだ。」
大人の事情により戦いの描写は省かせていただきますが、俺は城戸さん相手に完全勝利を収めた。
>「こ…この卑怯も…」
「勝負に卑怯もクソもねぇって何回言えば分かるんですかィ?」
全く学習しねぇ人だねィ。
まあ、やっぱり一番の勝因は最初に放ったボディーブローだろうな…。
顔面しか攻撃しちゃいけねぇなんて一言も言ってないもんね。
こんな感じで始まった文化祭。
完全にコメディパートだと、読者だけじゃなく誰もが油断してたんだろう。
かくいう俺もそう思っていた…あんな事が起こるまでは…。

13 :
>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
  誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
  勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
  しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」
「やれやれ、なんとか間に合ったか……。こんなに急いだのは、
 死刑の身代わりに友を立てて妹の結婚式を見に行った時以来だな」
創造主の煽り文句に下らない冗談を被せながら 皆と合流する
細身の燕尾服を身に纏った男はつい今しがた 店の外に小さな黒板を使ったボードを立ててきた
書き連ねられた言葉の数々 ここでしか 数量限定 期間限定 早い者勝ち 本格派 98
選民意識と格安感を煽り また限定された 絶対数の少ない物を好む人の心をくすぐる魔術
オリジナルコーヒーの宣伝だ 値段もやや高めに設定してある
宝石 時計 ブランド品 それらは高価だからこそ価値があると思われるのだ
無論それ以外に通常のドリンクがある事も忘れず宣伝する
人の心には自由が必要だ 自分には道を選ぶ権利があると言う自由が
セイロン アイスティー 各種果汁飲料 通常のコーヒー etc.
ドリンクは原価の低い物を揃えるべく心がけた
細やかなサービスの追求と在庫ロスの板挟み その末に辿り着いた結論
元々カフェのドリンクの原価率は 高くて約10% 低い物では3%程度だ
原価率の高くなりがちなフードに対してドリンクで平均原価率を下げる
男の特異点 立場を変え 仮面を生み出す想像力が導き出した 喫茶経営の一般常識
「魔法はそれだけじゃない。そろそろ来る頃だろう……」
>「ほう、それは楽しそうだな。ひとつ、俺が挑戦してみようか」
>「――生徒会庶務じゃねーか!」
>「あら、私たちもいますよ」
「よしよし、いい子だ。手八丁の悪魔に宣伝を頼んだ甲斐があったな」
営業担当への個人的依頼 
その内容――理想郷の民は再び秩序の代行者達と相まみえるだろう 聖戦の時は再び訪れるだろう
要約――N2DM部には生徒会執行部が訪れる予定です。体育祭での激闘がもう一度見られるかもしれませんよ
経営者の魔法そのニ 虎の威を借る狐
N2DM部と生徒会執行部には浅からぬ因縁がある
彼らが来店する事を見越してその知名度と後光を掠め取り また過去の盛況を想起させる事で店への期待度を高める
「他にも呼べる奴がいれば、今からでも呼んでおけよ」
そうしている内に男に指名――勝負の時が訪れる
動じる事はない こうなる事は既に予想済みだった
創造主の常軌を逸した忍耐力を前には心と拳が先に砕ける
猛牛男を相手取れば 三分の一の確率で鉄拳を見舞われる
枯木さながらの体型をした男に白羽の矢が立つのは 想像に難くない事だった
「おっと、俺をご指名か。いいだろう……勝負内容は『謎々』だ。
 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これなんだ? と言った具合に、何の変哲もない謎々だな」
あえて容易く看破出来る例を示した
完全なる不可能に挑む勇気を 殆どの人間は持っていない
秩序の代行者とその頂点を最強たらしめたのは 最強の名 それ自体が一因だった
賭博に溺れる人間は 運さえ向けばいつでも『容易く』負けを覆せれると そう思うからこそ泥沼に沈んでいくのだ
もしかしたら勝てるかもしれない あいつは勝っていた 自分だって勝てるかもしれない
そう思い込ませる事 相手にとって好都合な未来を『想像』させる事――経営者の魔法 その三

14 :
「……アンタは確か、生徒会会計……だったか。
 なんだ、クロックダイルに勝てなかった雪辱を俺で晴らすつもりか?」
「クロック……?別に、あの人にもいずれ借りは返しますよ。
 そうですね、貴方は差し詰め……道中の中ボスって所です」
「……いい度胸だ」
不敵な笑みは感染する 枯木の男が右腕を高く掲げた
『いいか、想像しろ。俺は刀を持っている。一度振るえばお前が何処まで逃げようと追い縋り
 何を盾にしようと万象一切を斬り伏せて命を奪う死神の刀だ。ばお前の負けだ。……さぁ、どうしたらいいと思う?』
類い稀なる想像力は肉体の器から横溢して 伝染する
鋸刃を欺く凶暴さと 毒刃を凌ぐほどに凶悪な 邪悪を極めた刃が誰の目にも映る事だろう
枯木の男が右腕を振り下ろす 不遇の男が同時に動いた
「――刀が振り下ろされる前に、貴方を止めれば委細問題なし……じゃないですか?」
涼やかな声 一瞬の閃光 制服に仕込んだ分解式の薙刀が枯木の腕を止める
想像上の刃が弾き飛ばされた 直後に薙刀は枯木の喉元へ
一切の無駄を省いた 洗練の極地とも言える動作――生徒会会計の真骨頂
無駄が余りにも無いが故に 魔獣クロックダイルには動きを読まれ敗北した
が 枯木同然の男を瞬時に制圧する程度 造作も無い事だった
「……正解だ。仕方ないな、精々味わっていってくれ。あぁ、お残しはその時点で通常料金だ。
 タダだからと言って滅茶苦茶な注文をされたら堪らないんでな」
枯木の男は両手を挙げて 降伏と敗北の意を示す
謎々の答え――明らかになってしまえば下らない 誰にでも分かる解答
勝者――生徒会会計 不遇の男 その実力に見合わぬ評価を受けた男
だからこそ愚者の勘違いを誘発出来る 進んで絞首台に上がるよう唆せる
「あぁそうとも。全ての魔法は滞り無く回っている。……委細問題なし、って奴だ」
――時計の針がどのように時を刻むのかは 時計が出来上がる遥か前から決まっている
歯車 ぜんまい 錘 振り子 水晶 電力線 技師 あらゆる要素が出揃った時点で結末は確定する
故に もしも時計の針が狂ってしまったのなら
きっと時計を壊してしまう以外に その狂気を排除する術はないのだろう

15 :

「……もう、朝……ふぁ」
陽光の暖かな光が室内に差込み、机の上に突っ伏していた小羽の意識を覚醒させる。
未だぼやけるその目で周囲を見渡せば、そこに見えるのは書類の山。
「以外になんとかなった……っす」
その書類の山は、文化祭において必ずしも必要な物ではないが、
それでも出展をより円滑に執り行う為には重要な物であり、
そして驚くべき事に、他の大多数の参加者達が未だ中途となっている
大量の書類群は、このN2DM部に限って、その全てが処理済みであった。
書類の山を見つめる小羽の髪は、相変わらず陽光を弾くかの様に美しい銀色だが、
それでも何時もに比べると艶が無い。又、小羽自身の表情にも疲れの色が見えている。
そう。この書類は全て小羽一人で処理を行われたのだ。
「……多分、これで大きな問題は起きない筈っす。
 皆も、自分の仕事に集中出来た……筈っす」
そう呟いて、小羽は大きく欠伸をすると宿直室に備え付けられた入浴施設へと向かう。
流石に風呂に入らずに文化祭に参加するという選択肢は無いのだろう。
そうして小羽が浴室の扉を開いた瞬間、校内放送が鳴り響き
「……今日が、一生に残る様な楽しい一日になりますように、っす」
文化祭が、いよいよ動き始める。

16 :
開始からそれ程時間も経っていないというのに、N2DM部が出店している教室は、早くも人口過多となり始めていた。
九條の用意した食材は、原価が通常に比べて安価である為に、値段を跳ね上げずとも
利益を生み出すことが出来、その為、文化祭の序盤は財布の中身を温存したいという少年少女達に人気を博し、
又、梅村の作り上げたカレーは前回の鍋が嘘であったかの様に上品な味を作り出し、
喫茶店に訪れた人物達を次々とリピーターと化す事に成功している。
長志の用意したドリンク。特にコーヒーは、学園祭という場所に「カップル」として
やって来た男達のプライドと、ミーハーな女達の琴線に触れたのか、これもまた好調な売れ行きを見せている。
更には着ぐるみを着た部長の開店宣言。それに伴う庶務との豪快な「勝負」が、エンターテイメント性を作り出し、
学園外からやってきた一般の参加者達の目も引き付けている。
そして、極めつけは
>「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」
生徒会が来訪した事だったのだろう。
先の体育祭における生徒会との対戦の結末によって、N2DM部の人気は鰻上りである。
それに加えて、元来人気の高い生徒会がやってきた事で図らずとも先の対決を想起させ
「勝負」のルールも相まって場は異様な盛り上がりを見せていた。
そして、そんな盛り上がりの中、小羽は……
「カレーとコーヒー、お待たせしましたっす」
黒と白によって彩られた、スカート丈の短いメイド服。
更には、その下から時々チラリと見えるスパッツ。そして……とても残念な、相変わらずの瓶底メガネ。
そんな謎のウェイトレスと化した小羽は、テキパキと料理や飲み物を客に配って回っていた。
時折観客が小羽に勝負を申しかけるが、小羽が勝負内容を言うと、皆が皆、逡巡した後諦めて棄権する。
そんな至って平和な時間の中に、小羽鰐は身をおいていた。
(……本当に、平和っすね。皆、それぞれの仕事をしっかりやってるっす。
 今までの活動はだらけてる事が多かったっすけど……こういうのも、楽しいものだったんっすね)
今まで逆境か問題児として扱われ続けていたN2DMの現在を見て物思いに耽りつつ、
片手で器用に食器を片付けていた小羽だったが、そんな小羽に声をかける者がいた。
「すみません、ウェイトレスさん。折角の視察ですので、
 私も「勝負」をしてみたいのですけど、同じ女性同士という事で、お願い出来ますか?」
涼しげな表情を浮かべ小羽に語りかけてきたのは、驚くべき事に生徒会長その人であった。
小羽は生徒会長の真意をしるべく、しばらくじっとその顔を見つめるが、
付き合いが長い訳でもなくその真意を図る事は出来ない。
ただ、それでも一つ言える事は眼前の女性が小羽に負けるとは塵ほども思っていないという事だろう。
それを理解した小羽は、営業用のやや不似合いな微笑を浮かべ
「――――勝負内容は、私に告白して私を惚れさせる事っす」
余りに奇想天外な勝負内容を口にした。さしもの内容に、生徒会長も一瞬、戸惑いの色を見せた。
そう、先ほどから小羽に勝負を仕掛けた者達が悉く勝負の前に棄権したのは、これが原因だった。
流石に色恋に飢えた少年少女でも、こんな瓶底眼鏡に告白し、そしれ恐らくフラれる事など
そのプライドが許さなかったのだろう。
いうなれば、この場において小羽は、選んだ時点で負けのボム的なキャラだったのである。
結果、さしもの生徒会長も、これには勝負する事を辞退し、優雅に運ばれてきたコーヒーを口にする。
そんな優等生な生徒会長を見た小羽は、一瞬部長の方へと視線を向けると、再び生徒会長に視線を戻し、
一枚の紙封筒を彼女に手渡した。
「これはサービスっす。後夜祭の前にでも、封を開いて欲しいっす」
生徒会長は何か言おうと口を開きかけたが、その前に小羽はその場から歩き去っていた……

17 :

――――ここまでは、平和だった。
繰り返し言うが、ここまでは平和だったのだ。
そうして、ようやくスタッフたちに空きの時間が出来始める時間帯。
出店者としてではなく、参加者として楽しめるようになるであろう時間帯になった時。
そこで、一つ目の事件は起きるだろう……否、事件というよりはイベントというべきか。
その時間帯を迎える直前から、彼女にしては珍しく落ち着き無く、室内を行ったり来たりし、
口を開きかけては閉じると言った動作を繰り返していた小羽だったが、
やがて意を決する様に深呼吸をした小羽が、机の上に手を バン と叩き付ける
様にして置き、宣言したのだ
「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
ボソボソとした小さな声だったが、しかし先ほどから小羽はその行動を周囲から
奇異の目で見られていた為、そんな小さな言葉でも、違うことなく周囲には届く事だろう
――――時計は無慈悲なまでに正確に、時を刻む
【エクストラ・リクエスト 依頼者:N2DM部 小羽 鰐】
依頼内容:文化祭の自由時間を、一緒に過ごして欲しい。
※この依頼は部に対しての依頼ではない為、拒否の選択肢が存在します
 この依頼をクリアする事で、小羽鰐の今後の行動に微細な変化が生じます。
 この依頼を拒否してもペナルティは発生しません
 この依頼に対する行動の詳細は、省略しても問題ありません

18 :
仕入れ担当の朝は早い。
学内搬送車で運ばれてきた本日の食材・機材を搬入して、バックヤードで検品。
小羽ちゃんが急ピッチで仕上げてくれた書類のガイドラインに沿って業者に指示を出しながら納品されてきたものを検める。
「米100、ルゥ80、野菜パックが50点、レトルトパウチは昨日までに冷蔵庫で解凍済みだから――よし、全て滞りないっ」
こういうとき寮ぐらしでホント良かったと思うよ。
このだだっ広い学園の主要交通機関はシャトルバスだけど、文化祭の従業員に限っては自転車の使用を許可されてる。
もちろん貸与品。混雑する大通りと被らないように、自転車専用の通行ルートまで設営されてる徹底ぶりだ。
「さあ、忙しくなってくるぞ。あらゆる期待に応えられるよう、あまねくニーズに応じられるよう、気合入れていこうぜ」
現在、午前7時を回ったところ。八時半の始業と同時に学園祭は火を灯す。
僕は部長に開店作業を引き継ぎ、部室から衣装の入ったダンボールを陸輸してきて開封。
部長には着ぐるみを、長志くんにはイギリス紳士が着るようなテカテカの燕尾服、梅村くんは自前で用意するんだっけ。
そしてそして小羽ちゃんにはああああああ!メイド服×スパッツ!思いつく限り最強の組み合わせ!
確信できるね。今すぐ世界を救いに行けといわれたら私財も命もなげうって救いに行くよ。
だからこの瞬間を誰にも邪魔させない!絶対にだ……!!
――――――――
>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
来るべき開店時間からそう暇にすることなく、僕らの店は満員御礼のうれしい悲鳴を上げていた。
真っ白な全身タイツに身を包んだ僕は――アレだよ、雪国のスナイパーのコスプレとかそんな感じ!
頭の両脇に耳みたいな長い布が垂れてるから、もとは雪うさぎかなにかをイメージしてたんだろう。
僕ってば自分の衣装についてはまったく考えてなかったから、土壇場になって演劇部に借りに行く羽目になった。
>「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」
部長が景気よく人間サンドバッグを自称している最中に思わぬ茶々が入った。
回転一番に駆けつけるという暇人の極みを魅せつけてくれるのは、先の体育祭で激闘を繰り広げた生徒会役員共!
いやまあ、来ることを予想して僕もいろいろ宣伝を打っといたんだけどさ。客入りに貢献してもらってるし。
>「東別院さんも、人間に興味を持てたのは久々だと言ってましたし」
生徒会長の傍にピタリと侍りながら、こっちをガン見する女生徒の姿を発見。
生徒会書記の東別院さんが、長志くんの淹れたなんだか冠詞のいっぱいついたややこしいコーヒーを傾けながら僕を見ていた。
「こんにちは九條さん。私は元気です。今日はみんなで楽しく文化祭を満喫するつもりです。何か質問は?」
「徹底的にこっちの挨拶潰してきたなあ!」
ごきげんいかが?から始めようよ!質問することも全部先に言われちゃったし!
ああでも、名前覚えてもらえたみたいだ。顧客に顔と名前を知って貰えるのは営業マンにとって代えがたい財産だ。
僕は達成感に心震わせながら、部長が庶務の人にフルボッコにされてるのを横目に東別院さんの向かい側に座った。
「当然、勝負します。私のお小遣いは月3000円です。今日のために貯金箱を破壊してきました」
「めちゃくちゃ楽しみにしてるんじゃん!ロボっぽい初期の設定はどこ行ったの!?」
「私は設定も自由自在にカスタマイズ可能です。初期の設定など、日々躍進し続ける生徒会役員には不要――書記だけに」
そう言って東別院さんは、無表情のままふっと笑った。自分の駄洒落で受けやがった……。
彼女の手元には手帳があった。よく見るとそれはおこづかい帳だった。オプションパーツはえらくアナログだなあ。

19 :
「よござんしょ、勝負しよう。勝負方法はこっちで決めていいね」
構いません、と返事があったので僕は城戸くんに腹パン食らわせてドヤ顔してる梅村くんに頼んでカレーを配膳してもらった。
梅村くん特製、N2DM部オリジナルカレー。しかもハーゲンダッツを入れる前の、正真正銘激辛カレーだ。
用法用量を正しく守って賞味しないと翌日トイレで地獄を見るレベルの辛さである。
「この激辛カレーを何口までイケるかって勝負だ。もちろん水なし、一匙の分量は好きに決めていいけど……」
「あまりに少なすぎるなど、興を削ぐような食べ方はしない、ということですね」
よくわかってるじゃないか。これは早食い勝負じゃない。フードバトルの世界では珍しくもない『持久戦』だ。
通常、満腹中枢っていうのは食べるのに時間をかければかけるほど刺激されるから大食い勝負では速さも肝心になってくるけど。
今回は違う。食べられる量ではなく、その辛さに何口目まで我慢できるかっていう戦いだ。
「委細承知しました。匙を口に運ぶのは同時で宜しいですね」
ふふふ……まんまと乗ってきたっ!
残念ながらこの勝負、僕に分がある。何故なら僕は――『辛いものが好き』だから!!
カレーとか大好物だし、ココイチでは10辛に一味とラー油をぶち込むし、寮の部屋には暴君ハバネロを常備してある!
成人したら確実に大酒飲みになるであろうことは間違いない。
「恨みっこナシだぜ……いざ尋常に、勝負ッ――――」
――10分後。
「ごちそうさまでした」
ば、馬鹿なあああ!この冒涜的なほどに激辛カレーを完食だとお!?
てゆうか梅村くんのやつ、なんつうもんを作ってくれたんや……ハーゲン入れないとここまで違うのか。
もうヤバかったもん。一口食べた瞬間体中の穴という穴からかいたこともないような色をした汗が迸ったもん。
5口ぐらいでギブアップし――あろうことか東別院さんは、僕の食べ残しまで綺麗に平らげたのだった。
「あの……失礼なこと聞くようだけど。味覚、あるよね?」
「もちろん、美味しゅうございました。貴方は私のこの偉業に驚いているようですが、なんのことはありません」
東別院さんは――自分の顔を手のひらでぐにぐにと揉んで、ぎごちないドヤ顔をつくった。
「――私は辛いものが超大好きだった。と、それだけのことです」
ドン!と、ジャンプなら決めの大ゴマで煽り文字もついてそうな勝利宣言だった。
僕は戦いの程良い高揚感が覚めるにつけ、この後トイレで訪れる絶望を思って、机の上に頭を垂れた。
ああ楽しいなあ。お祭りの雰囲気っていうのはどうしてこんなにも人を愉快にさせるのだろう。
僕らは浮かれていて。――このあと待ち受ける事件のことなんか、ちっとも知る由もなかった。
ああ。どうして。この楽しい文化祭で、あんなことが起こるなんて――
「一体いつになったらその"あんなこと"とやらは起きるのです。それっぽいことを連ねてたらい回しにしてませんか」
もうすぐ!もうすぐなにか起きる予定なんてしばしお待ちを!
伏線だけ撒いといて何も考えてなかったとかそんなことは断じてないよ!ええそうですとも!
――――――――

20 :
お昼の繁忙時もどうにか乗り切り、時計の針が頂点より少し右に傾いたところで僕らはようやく一息つける暇を手にいれた。
いやー、立地の力ってすげーわ。
あとこのギャンブル性ってのが上手く作用して、軽食のリピーター率が高かった。
普通は一日の間に何度も同じ店を訪れる人なんていないから、これはうちの店だけの特典だったことになる。
うまい具合に米もカレーも捌けたし、パウチの方は封さえ切ってなければ冷蔵庫に入れて明日も使える。
今のところ大きなロスもなく、順風満帆な漕ぎ出しといったところだ。
スタートダッシュのイニシアチブはでかいね。
「そろそろ交替で文化祭巡りでも行ってきますかね。午後組も合流することだし」
忘れがちだけどN2DM部は決して僕ら五人だか六人だけの部活じゃない。
今回の運営メンバーは五人だけど、普段部に顔出さない連中や、学校にすら顔出さない部員もちらほらいたりして。
午前からレギュラーで入ってる僕達は午前組、他の部員たちを午後組に分けてシフトを組んでいるのだ。
基本的に昼を過ぎたら夕食の時間まで飲食店は暇になるので、少人数でも回していけるんだよね。
同じように考えてるのはどこも同じらしく、この時間は文化祭を巡ってる顔ぶれがガラリと変わる。
「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」
バン!うひぃ!
僕のセクハラを受けてか受けずか、小羽ちゃんが机に手のひらを叩きつけた。
お、怒った……?
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
小羽ちゃんが、あの小羽ちゃんが、小羽ちゃんが。
えらく歯切れの悪い言い方だけど、その内容ははっきり聞き取れた。
小羽ちゃんが部長をおデートに誘ってる――――――!!
「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」
僕は即座に踵を返し、部長と小羽ちゃんにバレないように声を殺して梅村くんと長志くんを招集した。
三人で円陣を組んで、部外秘の報告連絡相談を開始する。
「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
 おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」
僕らは基本的に他人の幸福は祝福するけど身内の果報は全力で妬む、完全無欠の独身野郎Nチーム。
ましてやそれが女の子とのアバンチュールとあっちゃあ、見過ごすわけにはいかないぜ!
「マルタイ(監視対象)はしばらく泳がせる。我々は基本的に生暖かく見守り、そのプラトニックな前途を応援しよう。
 だが……神聖なる学園で不埒な雰囲気になったら、そのときは全ての遠慮を絶ち切ってあの男の息の根を止める――!!!」
>>18も僕です

21 :
すまぬがもーちょい待つのだ

22 :
うおぅ、誰やねん

23 :
待つよー
ところで、このスレ避難所とかはつくらない方向でいくの?

24 :
A「ぜぇ…はぁ…そろそろ諦めてくれよ…」
B「拳の方が痛いこともある、か…」
C「殴られてるのに何笑ってんの?怖いよ!」
D「もういいよ!俺の負けでいい!これ以上はもう無理!」
エトセトラ、エトセトラ。
――――――
交代の時間の頃にはすっかり憔悴しきった俺一人。あばらとか折れてんじゃねーのか。
顔を殴るのはルール違反ってことにしたから着ぐるみの頭外しても見た目は普通だが、
実際体中痣だらけだからな。泣き言とかあまり言いたくないが正直辛いのはある。
だが結局、今のところは俺の勝負は全勝である。俺の我慢強さが功を奏しているのだ。
一度負けを認めてしまったら。自分の限界を感じてしまったら。それで決壊する。
それ以降はすぐに負けてしまうだろう。負けることへの楽さに慣れてしまった時点で。
「諦めるな。一度諦めたらそれが習慣になる」って照井優一郎も言ってたしな。
さて、とりあえず早番は上がりの時間である。遅番の面々ともいくらか合流する。
現在のところは、このコスプレ勝負喫茶は成功と言っていいだろう。大が付いてもいい。
各々が自分の役目を確りと果たしてくれた結果だ。部長としても大変鼻が高い。
バイソンの用意してくれたカレーは本当に美味しかったし、その姿もまぁ頑張った。
サレ夫のドリンクの準備も俺が思ってた以上に揃っていて文句の付けようはない。
高いコーヒーは後で俺も飲んでみたかったのに品切れちまった。ちくしょう。
>「そろそろ交替で文化祭巡りでも行ってきますかね。午後組も合流することだし」
「おう、早番は行ってきていいぞ。今日はお疲れさんだったな」
まぁさすがに俺は部長だからこれから売上金の中間点検とかいろいろやらねばならんが。
他のみんなにはせっかくの文化祭楽しんできて欲しいと思うよ。規模だけはすごいしな。
俺は別に誰か一緒に文化祭回る友達とかいるわけじゃないしなぁ。楽しめないだろ。
接客してるとカップルもやっぱり多かったりしてイライラは確かにある。リア充爆発しろ。
しかも高等部三年の城ヶ崎先輩(面識ナシ)が彼氏連れで来たりしてがっかりしたり。
おいおい!男いるなんて聞いてねぇぞ!やはり定期的に情報仕入れとくべきだったか!
あの巨も全部あの男のものということか!クソッ!人類新種のウイルスで死滅しろ!
それはともかく引き継ぎ業務は滞りなく終了させ、俺は椅子に座ってひとつ息を吐く。
俺の体はボロボロである。着ぐるみ脱ぐのすら億劫だ。頭だけ外して小休止。
しかしさっきからクロ子が妙に落ち着きがない。どうしたんだかな、あまり見ねぇ光景。
>「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」
まぁその発想は俺にもあったが、躊躇いなくそれを聞けるのは素直に凄いと思うぞ。
いくらクロ子とはいえ染色体はXXなわけだし。ほら、デリカシーとかそういうの。
ほら、机叩いたりして。クロ子怒らせたのか。あーあ、知ーらないんだー。
とか思ってたんだが、クロ子の視線は俺の方を向いていた。あれ?俺何かやらかした?

25 :
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
> これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
文化祭一緒に回ろうぜ、ってことらしい。なーんだ、ちょっと身構えた俺が馬鹿だった。
別にそれぐら軽く言ってくれてもいいのにな。遠慮するほど短い付き合いでもねぇんだ。
「んー、だけど俺一応今から仕事あるし…部長として出店から離れるのってどうなん?」
行きたくない訳じゃねぇが、俺にも部長としての責務がある訳で。蔑ろにもできまい。
「そんなことないですよ部長!ここは私に任せて、行ってきて下さい!」
横から俺にそんな言葉を投げかけてきたのは遅番のマギャーだった。あ、そうなの。
なんだか声が妙に張り切ってて「行かせたい」という感じが凄い出てるんだが、
それは一体何故なんだろうか。厄介払いか?俺って実はわりと邪魔なんだろうか?
「…そう言ってくれるならじゃあ行くか。他の奴らは、と…」
せっかく行くなら2人より3人、4人より5人だ。人数多い方が楽しい。俺はそう思う。
だが見てみるとなんかQJがバイソンとサレ夫集めて何か話してる。わりと真剣っぽい?
「…何やってんだあいつら。まぁいいや、じゃあ2人で行くか。てきとーに、ぶらぶら」
なんかその空気を壊すのもよくない気がしたので別に2人でいくのも構いはしないさ。
女子と2人で文化祭巡るとか世の男子垂涎のシチュエーションなのかもしれないが、
その相手がクロ子である時点で俺の中でその優位性は失われるのである。珍しくもない。
「そいじゃちょいと行ってくるな。何かあったら遠慮せず携帯にかけてくれりゃいい」
腕をひらひらとふって我らの出店ブースを後にする。しっかし何処から回ったもんか。
「んーと、俺が行きたいところ、でいいか?」
オカ研では何か校内ミステリスポットの研究結果の発表とかしてた。懐かしいなあの墓。
あそこの部長はあれ以降独自に調査していたらしい。俺の報告も役に立ったのかな。
他にもどうやらこの学園にはまだまだミステリスポットはあるらしい。広いもんな。
BGMとしてあのおっさんのDVDを流すのはどうかと思う。どんだけ好きなんだよ。
放送部は専ら裏方みたいだな。呼び出しとか、迷子センターみたいな役割とかさ。
放送部アイドル裏写真販売も行っているらしい。今はクロ子いるしさすがに買えないが、
あとで買いに来るのもありかもしれん。…べ、別にそんな!ただの情報収集だから!
とりあえず記号コンビあたりにはしっかり話を通しておかねぇと。どこでやってんだ。
剣道場に行ってみたらなんかやってた。馬鹿じゃねーのよくOKしたなこれ。
いやまぁ確かに美人処の揃っている女子剣道部にはうってつけかもしれないけどさ。
実際すごい混みようである。何人並んでんだよこれ。誰が言い出したか知らんが、
その企画力、プロデュース力、マネジメント力は見習わねばなるまい。あと力。
ま、軽くミキティ達に挨拶したかっただけだから、目だけ合えば別に並ぶことはない。
歩いてる途中に稲坂を見つけた。あいつ体育祭に続き文化祭も実行委員統括やってんだろ。
まぁそんな実力があるからこそ、以前のルール変更みたいな強権も発動出来るんだが、
そのバイタリティはどこから来るんだよ。今もインカム付けてむっちゃ忙しそうだしさ。
邪魔しちゃ悪いから声かけずに通り過ぎようとしたが向こうから声をかけてきた。
何でも今年の後夜祭は去年までよりさらに盛大なものにするらしい。そうか、頑張れ。
まぁ俺はそんなのに参加する気はないからさっさと寮に帰って寝るつもりだけどさ。
クロ子と2人でそうやって巡る場所は、俺が――N2DM部に依頼をしてきたところや、
結果として助けるようになったところなど。小さい依頼から、大きな依頼まで。
尺の都合でカットはしているが、俺たちは常日頃から色んな依頼をやってきた。
だからこうやって校内を歩いていると、声をかけてくる奴も多い。助けに、なってるんだ。
俺たちのやってることは――決して無駄じゃないのさ。それが嬉しいんだ、やっぱり。
そして当然だが俺一人の力じゃない。むしろ俺一人でどうにかなった依頼なんかねぇ。
だから――感謝してるんだぜ、N2DM部のみんなにはさ。口では言わねぇけど。

26 :
しかし会う奴会う奴「デート?」とか聞いてくるんだが一体どんな目しているんだ。
俺とクロ子が?デート?はは、頭おかしいんじゃねぇのか。他の奴ならいざしらず。
いくらなんでもクロ子はねぇだろう。あり得ねえにもほどがある。笑わせんな。
そりゃ確かにこいつ眼鏡外すと相当美人だし、よく気のつく性格で助かっているし…
――あれ?
――――――
太陽が傾くにつれ、その光線は赤みを増してくる。長く伸びる影を踏んで遊ぶ子供達。
「さてと」
中庭にある椅子に腰掛ける。少なくとも俺が行きたいところには全部回った。あとは、
「クロ子はなんか行きたいとことかあるか?別に、奢るのもやぶさかではないさ」

27 :
遅れてすまんかった!罵ってもいいぞ!
>>23
うむ!何か連絡事項があるならスレに書けばいいしな!俺はそれをスレ汚しとは思わない!
書き込めない場合でも代理投稿スレとか探せばいくらでも存在してるしな!

28 :
「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
「うざくね?マジうざくね?」
「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」
DQNがあらわれた!

29 :
昼の一番忙しい時間を切り抜け、ようやく俺達にも休憩時間が与えられた。
忙しいっつっても、城戸さんに勝った俺の姿を見て誰も俺にチャレンジして来なかったから俺自身はそんなに大変じゃなかったけど。
まあ何にせよようやく俺は忌々しいウェイトレス姿から解放されたわけだ。
さて、解放されたところで休憩時間を何に使うか…そういや何も考えてなかった。
どうしたもんか…。
ってか何かさっきから瓶底眼鏡がソワソワしてて非常に目につくんだが、何なんだ?
>「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」
俺が言おうとしてた事を先に言われちまった。
その発言に反応してか否か、瓶底眼鏡は机に掌を叩きつける。
そして思いも寄らぬ言葉が発せられた。
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
おいおいおい。
なんつー爆弾発言をしやがるんでィコイツは。
俺の目の前で冴えない旦那をリア充に進化させようとしやがった。
旦那は冴えないから旦那なのであってリア充となったらもう旦那じゃねぇじゃねぇか。
>「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」
営業から招集がかけられ、不服ながらもその招集に従う。
俺だって今は独り身だが、いつかはボスと結ばれる…筈だ。
>「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
 おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」
「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」
こうして俺達N2DM部独り身組は旦那と瓶底眼鏡を尾行する事になった。
「なんでィなんでィ。なかなか繰り合わねぇじゃねぇか。」
俺の予想じゃ2、3ヶ所適当に回ったら体育館倉庫にでも連れ込んだ繰り合うのかと思ったが…。
今まで依頼をこなしてきた所を転々と巡るだけで手も繋ぎやしねぇ。
なかなか奥手だなぁ旦那は。
それともデートだって自覚がねぇのか。

30 :
いやいや、流石に旦那だってそこまで鈍感じゃねぇ筈だけど…。
いや……あのミスター朴念仁の旦那なら可能性は無くも無いか…。
とりあえずこのまま何もアクションがねぇままじゃ面白くねぇ。
何か旦那にアクションを起こさせねぇと……
>「グスッ…もう止めてよぉ…。お金なら…渡したで…グハッ!」
>「ひゅう〜♪ナイスボディーブロー♪」
>「これっぽっちじゃ足んねーって言ってんだよ。金が無いなら親の財布から盗って来いよ。」
>「ひゃははっ。ひっでぇー。」
おやおや〜。
何やら楽しそうな事やってんじゃねぇか。
丁度良いや、あのDQN共にご協力願おう。
>「さ〜て次はどこ殴ろっかn…あ?何だよ?ゲボッ!!?」
DQNその1の肩を後ろから叩き、振り向きざまに強烈なボディーブローをくらわせてやる。
「これが本物のボディーブローってヤツだ。どうだ苦しいだろィ?顔面殴られるよりよっぽど嫌だろィ?」
だから俺はボディーブローが好きなんだよ。
アドレナリンが出てる状態だと顔面を殴られても痛くなかったりするが…
ボディーブローはアドレナリンなんて関係無しに苦痛を与えてくれる。
良いねぇ…その苦痛に歪んだ顔。
俺のSっ気がくすぐられるぜィ。
>「て、テメーは風紀委員の狂犬…梅村遊李!…ウゲッ!?」
DQNその2には前蹴りをプレゼントしてやった。
蹴り技はあんま得意じゃねぇんだが、綺麗に鳩尾に入ったみてぇで口をパクパクさせてやがる。
はははっ。
面白れー顔してんぜ、お前。
「DQNごときが俺を呼び捨てたぁいけねぇなぁ。で、残りは…」
>「まっ待て!いや、待って下さい!すいませんでした梅村遊李様!金はこの通り返しますのでどうか…」
DQNその3はカツアゲした金を俺に差し出してきた。
俺はその金をそのまま可哀想な虐められっこに投げ渡してやる。
>「あ、ありがとうございます…。」
「…さっさと消えな。俺はテメーのように自分で何も行動せずに誰かの助けを待ってるだけの野郎が嫌いなんだ。」
>「で…でも…」
「いいから消えろっつってんだよ!」
>「……はい…。」
ちっ…胸糞悪ぃ。
ああいう野郎を見てるとイライラするぜ。

31 :
>「それじゃあ俺もこの辺で…」
虐められっこに便乗してDQNその3が逃げようとする。
馬鹿め。
テメーらにはこれから働いてもらうんだよ。
「待てよ。そこのくたばってる二人起こしてあそこの冴えない男と瓶底眼鏡女に絡んでこい。」
>「えっいや…」
「何だ?テメーも呼吸困難になりてーのか?」
>「いえ!やらせていただきます!」
数分後、なんとか息を吹き返したDQNその1、2とDQNその3が二人に絡みに行く。
さあ、DQN共相手に脅える醜態を晒すがいい!
「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?
 コイツを突破されたら逆に旦那がマジで瓶底眼鏡とくっつく可能性が高くなっちまう。
 万が一を考えて今のうちに次の手を考えておかねぇと。」

32 :
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
料理下手の女子が輪切りにしたネギのようにどうにも歯切れの悪いセリフを耳にした瞬間、
俺は手にしていたコーヒーカップを取り落としてしまった。
あわや教室中に流し台に激突して落下死したカップの断末魔が響くところだったが、
なんとかすんでの所で手を伸ばして救出に成功する。
勝手に殺されかけて勝手に救われた巻き込まれ型主人公のようなカップを置いて溜息を一つ。
カップを割らずに済んで安堵の一息と言うのも勿論あるが、
俺としてはそれ以上に辟易の感情を吐息に乗せて体外へと排出せざるを得ない気分だと言うのが本音だ。
あのワニ皮のような荒々しくも端整で、だがその何倍も無骨と凶暴という語句がよく似合う女の口から
あんな言葉が飛び出したのだ。どうせろくな事にはならない。
厄介ごとの種が芽吹いたとでも表現すればいいだろうか。
>「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」
前言撤回だ。厄介ごとの種が芽吹いたかと思いきやそのまま雲の上にまで突き抜けたと言うべきだったらしい。
「まぁ、言わんとする事は大体分かるが……なんだ、言ってみろ」
>「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
  おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」
 「マルタイ(監視対象)はしばらく泳がせる。我々は基本的に生暖かく見守り、そのプラトニックな前途を応援しよう。
  だが……神聖なる学園で不埒な雰囲気になったら、そのときは全ての遠慮を絶ち切ってあの男の息の根を止める――!!!」
「こんな事で正論を吐いても虚しいだけだが、敢えて言うぞ。
 そんな事しか思い付かないからお前らはあの男と同列で、
 あまつさえそれ以下に成り果てようとしているんじゃないのか?」
歯止めの利かなくなった溜息を零し、その拍子に落ちてきた前髪を元に戻しつつ俺はそう言った。
皮肉の一つや二つは許されてもいい筈だろう。
何と言ってもこの先その程度じゃ利息分にもならないくらいに莫大な面倒が押し寄せてくるのはもう目に見えているのだ。

33 :
>「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」
この猛牛男も脳みそまで筋肉で出来ていそうなわりには、あの手の話に口出ししたい年頃らしい。
いや、それとも脳筋だからこそ本能的な面に忠実なのだろうか。心底どうでもいい。
ともあれこうなってしまった以上、最早行くも面倒退くも面倒なのは間違いない。
時計の歯車じゃないが、暴走しがちな物には歯止めが必要だ。
どうにも俺のキャラじゃないのは誰に言われなくとも自分が一番良く分かっている。
が、他に代わりがいないんだから仕方あるまい。
普段のストッパー組二人は仲良くラブロマンスに逃避行してあらせられるしな。
そんな訳で男三人で男女をつけ回すと言う、恥知らずにも程がある所業が始まった。
俺を頭上から見下ろす客観的なもう一人の自分が、
限りない殺意と羞恥心を以って俺の撲殺の敢行しようと喚き散らしている気がする。
心の耳を塞ぎつつ、部長と時計鰐の尾行を続ける。
いっその事、ちょっと時間制限のある文化祭巡りだと思うようにした。
そう『想像』してみれば、大して苦にもならないものだ。
時折白タイツのと猛牛男が上げる訳の分からん奇声さえ除けば、と言う条件付きなのが哀しい所だが。
それにしてもあの二人はつくづく
「お前らは少しマセてきた中学生女子と、精神的に二年遅れでガキっぽさの抜け切らない中学生男子か」
と言いたくなるような振る舞いだな。
創造主殿は己が今どれほど恵まれた状況にあるのかまるで気づいている様子はなさそうで、
一方で時計鰐も先ほどの誘い文句に今日の発言に使える文字数はほぼ使い果たしたとでも言わんばかりにろくに言葉も発しない。
そうこうしている内に猛牛男がそこらのゴロツキを取っ捕まえて二人にけしかけた。
地獄から逃げた先が大地獄だとは、よもやあいつらも思ってはいないだろう。
暫くもしない内に阿鼻叫喚の合唱も聞こえてきそうだ。
とりあえずこちらは合掌しておこう。いやまぁ、キャラじゃないからしないけどな。
>「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?
  コイツを突破されたら逆に旦那がマジで瓶底眼鏡とくっつく可能性が高くなっちまう。
  万が一を考えて今のうちに次の手を考えておかねぇと。」
「なんと言うか、バイソンって言うよりかは雌牛《カウ》と呼んだ方がお似合いな風情だが……。
 そうだな、やはり男女を別れさせるなら障害を多く用意してやればいい。誰だってハードルを乗り越えるのは面倒だからな。
 ついでにもっとビビらせてやるのも有効だろう。ビビリでやかましい奴は男だろうが女だろうが好かれる訳がない」
実際には真逆だがな。人間ってのは障害が多いほど恋の炎を激しく燃やすたちの生き物だ。
いわゆるロミオとジュリエット効果って奴だ。あとビビらせた方がいいってのはアレだ。吊り橋効果って奴だな。
まあどうせ猛牛男にはそんな事は分かるまい。
と言う訳で
「とりあえずこれでも、見せてやるとしよう」
指に挟んでアホ二人に見せつけたのはお化け屋敷のパンフレットだ。
こいつを折って紙飛行機を作る。
そして不良共が散り散りになる頃合いを見計らって二人へと飛ばした。
あいつらが上手く向かってくれれば御の字だが、まぁそれは創造主殿のみぞ知るだな。
「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。
 あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」

34 :
【ついでに、なんとなくだが何人か順番を入れ替わった方が今後やりやすい気がするな
 まあ所詮は俺の戯言だ。思い当たる節がなけりゃこのまま滞りなく進めてくれ】

35 :
【デート組と追跡組で分けるなら次は僕が先に書いちゃったほうがいいかな?】

36 :
それが最善だと思うのなら俺に止める理由はないよん!

37 :
「ついでにワニちゃんにお化け屋敷のネタに乗るかどうかを聞いておくともっと動きやすくなるんじゃないかな
さあ、せっかく助言してあげたんだから僕と契約して……」
なにやら白い小動物が口を挟んだが、すぐに黒神のコスプレ少女に追い回されてどこかへ行ってしまった

38 :
――――
むかしむかし、とある街に小さな女の子がいました
女の子は、とても強い子でした
同じ年の男の子でも、その女の子には敵いません
いじわるな男の子も、悪い上級生も、女の子には勝てません
 
自分が強いと知った女の子は、その力で友達を守る事に決めました
悪い人たちをやっつける女の子の周りには、たくさんの友達が集まりました
沢山の友達は、女の子に言いました
「いじめられています、助けてください」
「悪い人におどされています、助けてください」
「ぼくの仲間を悪い人たちから救ってください」
女の子は、喜んで友達を助けました
バイクを乗り回す人たちをやっつけました
弱い人をいじめてお金を奪う人をやっつけました
とても酷いことばかりをする、大人の組織をやっつけました
仕返しにやってきた悪い人の集団も、女の子には勝てません
なぜなら、女の子は強かったからです
女の子は、仕返しにやってきた人たちを、たった一人で倒して倒してしまいました
女の子は、ヒーローでした
――――――
>「んー、だけど俺一応今から仕事あるし…部長として出店から離れるのってどうなん?」
「っ……」
小羽の振り絞るかの様な誘いに、しかし部長はつれなくそう答えた。
彼らしい、と言えばそれまでなのだろうが、しかし、この場面では、
さしもの小羽もいつもの冷静さを出せる訳も無い。
俯いて床の木製タイルを見つめ、やがて諦めたかの様に口を広げかけたが
>「そんなことないですよ部長!ここは私に任せて、行ってきて下さい!」
援護射撃を放ったのは、N2DM部の部員である楯原まぎあだった。
体育祭では体調を崩した彼女だが、今ではすっかり回復したようだ。
そして、それ以上に……以前よりも「人間らしい」態度を見せる様になった。
恐らくは彼女にも体育祭以降、なにか『悪くない』変化があったのだろう。
>「…何やってんだあいつら。まぁいいや、じゃあ2人で行くか。てきとーに、ぶらぶら」
>「んーと、俺が行きたいところ、でいいか?」
「え?あ……その……はい、っす」
楯原に背中を押された形で部長が掛けてきた言葉に、
小羽はしどろもどろになりながら返事を返す。硬くなっている普段は決して見られない
その挙動は、彼女がこういった事に慣れていない事を容易に想起させる。
自分達から離れた所で、梅村、九條、長志といった部員達が談合を開いている事にも気づかない程に、
小羽は緊張していた。

39 :

――――部長が歩くのは、まるでN2DM部の軌跡をなぞる様な順路だった。
そして、その巡る先々で思い出は確かな暖かさとなり、部長と小羽に優しく触れてくる。
幸福になれるというオカルトグッズを、不気味な笑みを浮かべつつ押し付けてきたオカルト研究会。
彼らは、生き生きとした様子で校内心霊スポットの発表を行っている。
校内心霊スポット探し。
小羽と部長という二人きりで臨み、当時は部員ではなかった梅村と始めて遭遇した依頼だった。
人で溢れた剣道場では部長以下部員達が、なにやらめいた出し物を催しており、
部長である神谷が、小羽と部長の関係に付いてやけに切羽詰った様子で問いただして来たのが印象的だった。
剣道部不審者捜索。
九條に始まり九條に終わった気がするこの依頼は、強さと才能と嫉妬とが入り混じった奇妙な依頼だった。
あの当時存在していた、厨二病少女である円と、副部長、その他部員達の確執は、大分改善されている様だ。
今では集客数で謎の張り合いを見せている程である。
出店の料理を食い漁るデ部部員や、設置された乗馬体験コーナーにいるポニー達。
その他、体育祭の実行委員や参加者の面々も、親しげに小羽達に声を掛けてきた。
ある者はライバル心むき出しで。ある者はひやかし交じりに。
体育祭――――N2DM部の最大の晴れ舞台とでも言うべきそのイベントは
各々が様々なモノを得て、知った出来事だった。
もしも体育祭を盛り上げるという依頼を断っていれば、N2DM部はこの学園において無名のままだっただろう
そして、部長と生徒会長も、歩み寄りを見せる事は無かっただろう。
始めは緊張でガチガチになりながら部長の後ろを歩いていた小羽も、
今では学園を巡る内に次第にその緊張が解け今では部長の横を歩いている。
暖かな雪の様に降り積もるその記憶は、小羽の胸を締め付ける、狂おしい程に愛しい思い出達。

40 :
……やがて、日が少し傾き校庭に少し赤みが差してきた頃、部長は中庭の椅子に腰掛け口を開く。
>「クロ子はなんか行きたいとことかあるか?別に、奢るのもやぶさかではないさ」
「なんと……万年金欠でぼっちな部長が自分から奢るなんて、嫌な事でもあったっすか?
 ……なんちゃって、冗談っす。そうっすね……」
今まで沈黙を守ってきた小羽もようやくいつもの調子に戻り、部長をからかう様に毒を吐いた後、口を開き――――
>「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
>「うざくね?マジうざくね?」
>「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」
その言葉は、DQN達によって遮られた。文化祭に不良……文章で書くと
全くもってベタベタな出来事の様に見えるが、実際、絵面を見ればそうでは無いと思えるだろう。
なぜなら、DQN達はボコボコなのだ。それこそもう、どこかの格闘漫画の主人公の怒りでも
買ったかの様に、フルボッコな形跡が見て取れるのである。半泣きなのである。
DQN達の言葉に一度はその拳を握った小羽であったが、
余りにもあまりなDQN達の様子を見て流石に哀れに思ったのか、握ったその手を開く。
「全く、私達はいつもこんな感じっすね……
 事情はよく判らないっすけど、見ず知らずの人と遊ぶのはお断りっす。
 部長――――逃げましょう、っす」
そうして、その開いた手で部長の腕を掴むと、そのまま校舎の中へと向けて駆け出す。
後方からはDQNが必死に追う声が聞こえるが、満身創痍な肺にヤニを詰めた不良に
追いつかれる程、小羽の身体能力は低くない。
と、そんな小羽の頭にこつりと何かの先端が当たる。
「紙飛行機……っすか?」
部長を引くのとは逆の手でそれを掴み開いた小羽。
その飛行機は、とある部活の出し物であるお化け屋敷の広告だった。
そして、奇遇な事にそのお化け屋敷の場所は、すぐ近くである。
「……部長。とりあえず、お化け屋敷に行って、そこでやりすごしましょうっす」
無意識に部長の腕を掴んだまま、至近距離で小羽は部長にそう語りかけお化け屋敷へと走る。
そんな小羽のその表情は、どこか楽しげなものだった。

41 :
二場面っぽいふいんき(←何故か(ry)っすから順番に関しては、
それぞれ場面に合わせて変えていってもいいと思うっすよ
お化け屋敷に関しては行かせて貰いますっす
ただ、あんまり小羽でターン食うのも悪いので、割とサクサク行くつもりっす

42 :
僕の真に迫る感じの提案が、N2DM部独り身組の漢たちに波紋を奏でる。
風紀委員長を追っかけはや一年、最近はすっかり尻に敷かれている梅村くんは、
>「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」
と熱い義憤の気炎を吐いた。
目の前でいとも容易く行われるえげつないデートを看過できない僕らである。
ポエム星から毒電波を受信することに命をかけてる長志くんは、
>「そんな事しか思い付かないからお前らはあの男と同列で、あまつさえそれ以下に成り果てようとしているんじゃないのか?」
と、妥協を許さぬ姿勢で快諾したのだった。
やっぱ持つべきものは友達だね!同じ目的のもと集った聖戦士たちだね!!
そんなこんなで僕達は、小羽ちゃんと文化祭巡りに出かけた部長を追跡すべくストーキングミッションを開始したのだった。
>「なんでィなんでィ。なかなか繰り合わねぇじゃねぇか。」
「繰り合うってよく考えるとなかなか凄まじい言葉だよなあ。昔の人は何を考えてたんだ」
部長と小羽ちゃんはどうやらこれまでの依頼で知り合った連中と挨拶回りをしているようだった。
なるほど、N2DM部初期メンバーのふたりが連れ添うにはうってつけのデートコースだ。
ロマンチックな計らいをするじゃないか部長。
「こ、小羽ぁぁぁぁっ!?お前、こんなときに男と二人連れだなんて、その、で、でーとみたいではないか!!」
剣道部のブースに立ち寄った部長たちを出迎えた神谷さんは、アベックみたいに連れ添う二人を見て口をあんぐりさせていた。
なんかすげー露出度の高い服着てるけど、普通に風営法に引っかかるんじゃないのこの店。
「九條さんのアドバイスを全面的に受け入れたらこうなったんですが!」
神谷さんと一緒に呼び子をしていたらしき明円ちゃんが、僕の隣で眉を並行にしていた。
こっちもかなりの露出度だ。神谷さんのノースリーブに対し、明円ちゃんは深くスリットの入ったチャイナ服。
インドアスポーツらしい真っ白な足が付け根まで見えて非常に艶かしく悩ましい。
ノースリーブを着るとなんていうか弥生時代の人にしか見えない神谷さんとは違い、パズルのピースみたいに似合っている。
僕は思わず写メった。
「なにナチュラルにしてんですか破壊しますよ!?」
「いやはや、流行ってるようでなによりだよ、この」
「人聞きの悪い呼び方しないでください! まったく、ガールズカフェって提案したの九條さんなのに」
機材の手配をする傍らで、僕は女子剣道部の方でも少し仕事をさせてもらった。
うちの剣道部は全国大会の常連なのでブースも相応に好立地でもらったらしいんだけど、なにせトップがアレだから。
あの中では頭の出来がマシな副部長から依頼を受けて、経営コンサルタントとして僕が色々とプロデュースしたのだ。
学園でも綺麗どころが揃ってると噂の剣道娘たちに、思い思いの『お洒落』をしてきてもらって。
着飾った女の子たちと一緒にコーヒー紅茶を嗜める、そんな夢の喫茶店がここに実現した。
……お洒落してきてって言われてチャイナ服着てきちゃうあたり、やっぱり明円ちゃんは明円ちゃんだよなあ。
「それにしても神谷さん、随分とうちの部長とお茶汲みの仲が気になるようだけど」
「ああ、小羽さんは主将の大のお気に入りですからねー。妹のように可愛がりたいと言ってました」
「それはそれで危ないな……」
繰り合っちゃうのかな?うへへ。
それにしてもすごい混雑ぶりだ、ガールズカフェ。噂じゃあ、副部長の女王様プレイがとても捗ってるらしい。
僕はお洒落してこいって言ったはずなんだけどな……。

43 :
「っと、お店忙しいんじゃないの?なんだって二人も店の外に出てきてるのさ」
「主将はまともに接客できなくてホールから弾かれ、料理できなくてキッチンからも放り出されて呼び子なんです。
 わたしは――この往来に強い"邪気"を感じて、飛び出してきたんですが」
ああ……多分それは、僕の後ろでブツブツ呟いてるこのポエム星人から発せられた毒電波だと思います。
似たもの同士のシンパシーか、はたまたスタンド使いが惹かれあうの如く。
「ま、まあ、頑張ってよ!また様子見に顔出すからさ、思いっきり接待してね、喫茶」
「よりいかがわしいんですけど!?」
人手の足りないホールに連れ戻される明円ちゃんと別れ、大きく遅れをとってしまった尾行を再開する僕ら。
結局その後、日が傾くまで部長たちはぶらぶらと思い出巡りをしていたのだった。
早い段階で飽き始めた僕は持っててよかったPSPでクルペッコを撲殺しながら事態の経過を見守った。
と、ここで梅村くんのトラップが発動!三匹のDQNが刺客として部長たちの前に送り込まれる!
>「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?
「というか、部長はともかく小羽ちゃんにあの戦術は効かないっしょ。哀れ生贄の三人にアーメン」
>「とりあえずこれでも、見せてやるとしよう」
長志くんがチラシを折って紙飛行機をつくり、ついーっと二人の背中へ投じる。
夕暮れの風に乗った紙製の翼は、DQNから逃走する小羽ちゃん――部長と手ェつないでる!――の額へと神風特攻。
>「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」
「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」
僕は既にガンマイク(銃型のマイク。照準を合わせた方向の音声だけを高精度で集音できる)を構え、会話の盗聴に成功していた。
お化け屋敷。これもう完全にデートコースじゃないか!あの小羽ちゃんが怖がるところなんて到底想像できないぞ。
いやでも、逆に考えてみよう。二人を本気でビビらせることができれば、もうデートとかそんな場合じゃないよねっ。
ふふふ、やってやるぞ。部長の尿線を緩ませてやるぞ!
僕はお化け屋敷の従業員にガールズカフェの招待券を握らせて買収した。
これで僕らはお客を驚かす側に立ったことになる。念のため裏口を通って他の客も買収し、店内の全員が仕掛け人な状態に。
「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」
「「おおーーーっ!!」」
と、威勢よく返事をしたのは女子剣道部の主将と身長190オーバーのバイセクシャル。
神谷さんとKIKKOが我々『非リア十字軍(ヒューマンダスト・クルセイダース)』に合流した。
「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
「いかん、いかんぞ神聖なる学び舎でふじゅんいせいこうゆうは!小羽の目を覚ましてやるのは私の役目だ!!」
夏のあの事件では被害者と加害者の関係だった二人だが、今回利害の一致ということで呉越同舟と相成った。
いやー部長ってホント凄いっす!相容れないと思われた両者をこんな形で和解させるなんて!
「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」

44 :
>「なんと……万年金欠でぼっちな部長が自分から奢るなんて、嫌な事でもあったっすか?
> ……なんちゃって、冗談っす。そうっすね……」
おや、「なんちゃって」など、珍しい。そんなフォローともとれる言葉を入れるとは。
いやさ、いつものクロ子ならこう俺を卑下だけしてそれで終わりってパターン多いしさ。
それにしても相変わらず当たり前のように「ぼっち」という単語を入れてくるよね。
その文の前後とか関係なく。ほんと言いたいだけだよね。もう慣れたけどな!うん!
ともかく、ようやっとクロ子の声を聞いたぞ。全然喋ってなくて軽く心配だったのだ。
黙られちゃうとほら、なんか嫌な感じじゃん!楽しくないのかな、とかってさ!
>「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
>「うざくね?マジうざくね?」
>「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」
んでもってこの学園ってやっぱり人数多いから、当然だが色んな種類の人間がいる。
こういうたぐいの人種だって1人や2人じゃない訳で、それについて何の驚きもないし。
文化祭じゃなくても、普通の学園生活でも絡まれることなんか日常茶飯事なんだよ。
…日常茶飯事はちょっと言い過ぎだけどな。何度かあるよ、ってことで勘弁してくれ。
「ふははははははははは!そんな満身創痍の有体で、一体誰に口を聞いているのだ!
 この俺に喧嘩を売った自分の不明!その体の骨の髄まで理解させてやるとしよう!
 だが俺の出る幕ではないな、ゆけいクロ子よ!けちょんけちょんにしてしまえ!」
俺って実はほんの数ヶ月前まではクロ子にその強さとか使わせないようにしてたんだけど、
最近はなんか自分からわりと戦闘力を振るいにかかってるのが見てとれるんだよなぁ。
だから俺は遠慮せずにけしかけているのである。別にいいだろ!部員の手柄は俺の手柄!
>「全く、私達はいつもこんな感じっすね……
> 事情はよく判らないっすけど、見ず知らずの人と遊ぶのはお断りっす。
> 部長――――逃げましょう、っす」
「って、ちょ!待つのだクロ子!このままじゃ俺がただの道化じゃねぇか!」
大見得切っといて逃げるとかただの恥晒しではないか。怒って追って来てるぞあいつら。
そもそも俺を引っ張るな!何度も言うが俺はスポーツテスト万年E評価の男だぞ!
クロ子の走るスピードについて行けるわけねぇじゃん!引きずられてる状態じゃん!
「階段登るな!痛い痛い痛い痛い!このまま俺をすりりんごにでもするつもりですか!」
うん、自分で言っといてなんだがすりりんごはないな。俺は一体何を言っているんだ。
>「……部長。とりあえず、お化け屋敷に行って、そこでやりすごしましょうっす」
引きずりながらクロ子がそんな事を言ってきた。提案ではあるけど拒否権ないよね俺に。
まぁさっき行きたいところあるか?って聞いたのは俺だし、別に拒否するつもりはない。
クロ子に引っ張られるがままに、到着したのはお化け屋敷の入り口。無駄に凝ってんなぁ。
多目的の大きな教室を使っているらしく、かなり本格的に作り込んでいるようだ。
「生徒二人」
入場料は俺が支払う。なんか受付の奴の視線が妙だった気がするのは気のせいか?
なんつーか、笑いと憎しみが折半されたような…うーん、自分で言ってて訳分からんわ。
「んじゃ行くか。…でもタンマ、その前に。クロ子いつまで俺の腕引っ張ってんだよ」
中に入る直前に足を止め、俺の手首を掴みっぱなしだったクロ子の手を半ば無理矢理解く。
宙に浮いたその手を、掴まれていた手首――その先にある掌で、掴んで、引っ張る。
「お前は部員、俺が部長。部員を引っ張ってくのは俺だっつーの」
クロ子の手を引いて、俺は薄暗いお化け屋敷の内部へと足を踏み出した――。
みんな分かってる?平気っぽいフリしてるけど俺ビビリだからね?オカ研依頼参照。
これがチャチなお化け屋敷だったら笑ってやり過ごせたんだろうが…なんだよこの造形!
クオリティ高すぎだろ!頑張りすぎだよ!もっとその情熱を他のことに活かせよ!
現状抑えてるが、クロ子に見栄張ってどうすんだという気持ちも多分にあるんだよなぁ。
たとえば横に並ぶのが高等部三年の城ヶ崎先輩(面識ナシ)だったら…とか考えてみたが、
そういやあの人彼氏居るんだった。糞っ!思い出したら苛々して来た。人類滅亡しろ。
他に、と思い浮かべてみて脳裏にクソ女が出て来て、思わず俺は吐き気を催した。

45 :
毎度毎度遅れちまってすいやせん。
明日までお待ち下さい

46 :
「ちっ。戦闘力5にも満たないゴミ共め。」
>「すっすいませんっ!許し…ぎゃああぁ!」
クソの役にもたたないゴミDQN共め…。
>「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」>「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」
おいおいふざけんのも大概にしやがれ。
何でよりによってお化け屋敷なんだよ。
そのチョイスはありえねぇだろィ。
>「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」
>「「おおーーーっ!!」」
営業の掛け声に応えたのは神谷さんと……KIKKOさん。
なんでアンタらが居んだよ…。
>「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
…部長が狙いか。
まあ良いさ、ここはこの色物軍団に任せて俺は高みの見物と…
>「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」
「おい、特殊メイクしなくても幽霊よりおっかねぇ奴と組めってのかィ?」
>「あら、照れ隠ししなくてもいいのよ〜梅村くん?一緒にあの忌々しいカップルを破局させましょう?」
照れ隠しじゃねぇんだよ。
本心なんだよ。
嫌だぜィ…俺は絶対に中に入らねぇからな……

47 :
「ちょっと、あんまりくっつかねぇで下せェKIKKOさん。」
抵抗虚しく、KIKKOさんに引きずられお化け屋敷に潜入した俺達。
中はかなり本格的に出来ていて作り物だと分かっていても怖いんだが。
周りのスタッフも全部買収したらしいが…よくやるぜまったく。
>「だってぇ〜このお化け屋敷怖いんだもん。」
うるせーよ。
顔が近いっての。
暗いから余計怖いよアンタの顔。
>「しかしよく出来たお化け屋敷ね。もしかしたら本物が混ざってたりして…」
「じょじょ冗談は顔だけにして下せェ。周りは全部スタッフに決まっ…」
>「あら?お化け屋敷にはよく本物の幽霊が混ざるって話、知らないの?
 ほら、あそこに居る白い着物着た女の子が居るでしょ?あの子だってもしかしたら…あれ?梅村くん?」
俺はKIKKOさんの話を最後まで聞かずに脱兎の如くお化け屋敷を脱出した。
無理だ、無理無理。
俺にお化け屋敷なんていうフィールドは相性が悪い。
悪いが俺は外でメロンクリームソーダでも飲みながら待機させてもらうとしよう。

48 :
すまんが別次元からの干渉が激しくてな
あと一日二日の猶予をくれたら助かる

49 :
自演しろ

50 :
>「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」
どうやら見ているこちらが気恥ずかしくなる二人は目論見通り、お化け屋敷へと向かってくれるらしい。
それにしてもあの女の笑顔と来たら、どうだ。
鰐と言うよりかはむしろ子兎と言った方がよほどお似合いじゃないか。
集音マイクなどに頼らなくとも胸の高鳴りがここまで聞こえてくるようだ。
さておきこちらも、先回りして手を打たなければな。
>「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」
>「「おおーーーっ!!」」
一致団結する連中の背後に、轟々と燃え盛る炎が見えた。
なんとも共感し難い熱気を前に、だが今更退く事も出来ず、溜息を吐く。
思うに俺はこんなキャラではなかった筈だと、思考の海原に身投げして現実逃避を図った。
>「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
>「いかん、いかんぞ神聖なる学び舎でふじゅんいせいこうゆうは!小羽の目を覚ましてやるのは私の役目だ!!」
すぐに凛と透き通った剣戟を思わせる声と、ガラス板を引っ掻いたような甲高い声に、意識を引き揚げられた。
振り向いてみると見覚えのある顔が一人と、見覚えのない顔が一人。
こう見えて学園内の部活と組織は一通り渡り歩いてきた前歴がある。
流石に女子剣道部にまで足を踏み入れた事はないが、剣道部に所属していた時分にそちらとも関わりがあった。
主にあの忌々しい聖騎士気取りの女絡みだったが。
ふん、今思い出しても青臭い事だ。そもそも『力』に『聖』も『邪』もない。
一つの宗教の神が別の宗教では悪魔とされているように、善悪の概念とは立場によって変わるものだ。
だからこそ俺はその立場をも想像力の限りを尽くして演じる事で、下らぬ常識を超越しているのだと言うのに。
それが分からない内は、あの女もただの傀儡にしかなり得ないだろうな。
>「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」
「やれやれ、まあ呉越同舟といった所か。俺にいい思い出があるとは思えんが、この際それは忘れてくれ」
握手は謹んで遠慮しておこう。下手に交わそうものなら、手の骨の断末魔を聞く羽目になる。
そんな事を考えていると、猛牛頭がお化け屋敷から飛び出して一目散に逃げていった。
どうやら幽霊が怖くて堪えられなかったようだ。
「失態だな、白タイツ。初めから依頼の形を取っておけばこんな事も無かっただろうに」
この学園でも屈指の腕っ節を誇っていながら、義務感を持たない人間とはああも弱いものなのか。
人は心の天秤を認識すべきだ。望みと、その対価を乗せる天秤を。
その存在を意識出来ない者はただ漫然としか目的に挑む事が出来ない。
故に些細な趣味嗜好や自己満足にかまけて、遠大な使命と願望をドブに捨ててしまう訳だ。
「まあ、やるなら全力……そこだけは同意しておこうか。スタッフ諸君には、少し手を貸してもらうぞ」
――さあ想像力を働かせようじゃないか。

51 :
「今の気分は――夜の王、吸血鬼と言った所か。青き春の迷宮を彷徨い、
 その果てに我が館へと誘われた迷い人に、極上の恐怖を振舞わねばなるまいよ」
小道具に用意されていた黒布を外套代わりに纏う。
恐怖と言うのはつまり、現実にはあり得ない事を『想像』した結果である。
ならばそれは――我輩の専売特許に相違あるまい。
「相変わらずだな、貴様は。兎に角、そこまで大見得を切ったのだ。策はあるのだろうな」
「ふん、当たり前だろう。いいか、人間が恐怖を覚える状況は千差万別だが、
 それらは切り開いていけば幾つかの共通する『核心』が見えてくるものだ。
 例えば最も単純な手段を言えなら『意表を突く事』だな。そこは女子剣道部部長のアンタに期待させてもらうぞ」
ふと戦姫達を束ねる時代錯誤娘の顔を覗き込んだ。
呆けた面が殆ど理解出来なかったと雄弁に語っていた。
「む……い、意外だな!貴様の事だから大方、めーじょーしがたきこんとんを召喚するとか、
 そんな荒唐無稽な事を言い出すだろうと踏んでいたのだが……」
「生憎だったな。正義と悪、どちらか片方しか行えない者は容易く敗北する。
 清濁を併せ呑み、理知を以って狂気に従える者こそが最も恐ろしいのだよ」
さて、いつまでも漫談に興じている時間はない。
そろそろ仕掛けを始めるとしようか。まずは入り口だ。
遊園地なんぞにあるお化け屋敷では、入ってから暫くは何もない事が多い。
あれは不気味な雰囲気の中であえて何も起こさない事で不安を募らせているのだ。
緊張の糸を限界まで張り詰めさせていると言い換えてもいい。
だが紋切り型に従うばかりではつまらない。
ここは初っ端から、不意打ちの一撃を食らわせてやるとしよう。
「――客人ですか」
入り口をくぐった直後に、死角である斜め後ろから声をかけさせる。
青白いメイクと、小道具の黒布を纏わせたスタッフだ。
我輩の館は光源の位置を低く、またジャック・オー・ランタン宛らに光の発散を限定してある。
暗闇に眼が慣れていない来客には、あのスタッフは首から上しか見えないだろう。
上手くいけばこれから先、来客二人は暗闇そのものに怯える事になる。
とは言え、あの女がこの程度で恐怖を覚えるとは思えんがな。
まあ、手を尽くしてやろうではないか。
我輩自身、為す術もなく全てを突破されては堪らん事だ。
「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
 折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
 我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」
――さて、ショータイムを始めようか。
「……あ、そうそう。出口には下着や制服の貸出をしておりますので、
 そちらもどうぞご利用下さいね」
……商売上手なのは良い事だが、もう少し雰囲気と言うものを大切にせんか。
気を取り直して、次の関門だ。小道具のランタンに火を灯す。
中に銅を忍ばせて、炎色反応で青火を生み出すランタンである。
仮面を被り、客人のやや前に姿を現す。
別に何をする訳でもない。ただ手招きしながら立っているだけだ。
我輩はただ、こちらに意識を集中させるだけでいいのだ。
ただちょっとばかし、視界の端で閃く紫電から奴らの目を逸らしてやれば。

52 :
「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!ぇい!」
小道具の模擬刀を手にして高揚した時代錯誤の戦姫様が、客人に襲いかかる。
意識をランタンの火と俺に向けた状態での襲撃は、
あの鋭利を極めた紙一重の太刀筋も相まって、十分肝を冷やすに足るだろう。
「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」
鰐女が反撃の牙を剥かない内に、脇に潜んでいたスタッフその二が戦姫様を制止する。
「大丈夫でしたか、お客様。申し訳ございませんでした。どうぞ、先へお進み下さい」
これで一安心。
「ところで……私の顔を知りませんか?ついうっかり、彼女に切り落とされてしまったようで」
スタッフその二が振り返る。
シリコン製の、のっぺら坊の仮面を被った状態で。
一度安心させた所で叩き落すのは、ホラー映画の常套手段である。
背後を振り返っても何もおらず、前に向き直ったら化け物がいる、と言ったシーンがそれだな。
その後も、今度は戦姫様に意識を集中させた上で、足元からスタッフその三にゾンビの振る舞いをさせたり。
背後から足音を鳴らして、振り返り、再び前を向いた所で天井に吊るしたマネキンを勢いよく下ろしてみたり。
様々な手を打った。
だが最後に一つ、とっておきが残っている。
これだけの手を尽くしても驚き慄く様が『想像』出来ないあの女を、意地でも恐怖させる為の術が。
最も単純で、最低で、えげつない行為が。
出口の付近で暗闇から創造主殿へ、小道具を投げつける。血袋だ。
命中した後で、戦姫様が飛び出して無言のままに模擬刀を縦一閃。そして再び闇へと消える。
後から見れば、出血と斬撃の因果関係など分かるまいよ。
『身内が傷付けられて、失われる』。
人間なら誰もが恐怖する未来を想像させる。
今まで不屈の耐久力を見せてきた創造主殿の刃傷沙汰は、衝撃も一際大きいだろう。
些かやり過ぎた気もするが、これで駄目なら打つ手がないのだ。
恨むなら自分の肝っ玉を恨め。そして自分自身の過去を振り返るがいい。
お前の積み重ねてきた行いの数々が。
それが輝かしい善ならば、途方もない喪失感として。
覆い隠してしまいたい悪ならば、因果応報のという名の現実味となり。
最悪の未来への恐怖に変わるのだ。
――その果てに幸か不幸か、何があるのかは、創造主様のみぞ知るって奴だ。

53 :
――――――
……だけどその内、女の子の「友達」が、一人、また一人と、女の子から離れていきました。
女の子は慌てて、去ろうとした友達に尋ねました
「ねえ、どうして私を避けるの?」
そんな女の子に、昔、女の子に助けを求めた友達は言いました
「君と一緒にいると、悪い奴らにいじめられるんだ。だから、ボクは君なんて知らないよ」
その時、女の子は初めて知りました
自分に負けた悪い人たちが、仕返しに女の子の友達を攻撃するようになっていた事を
驚いた女の子は、今まで以上に悪い人達を倒して回りました
悪い人たちがいなくなれば、友達が帰ってきてくれると信じて
……だけど、悪い人たちはいなくなりません。
倒しても倒しても現れて、女の子の周りの人たちを傷つけます
そうしてとうとう、女の子は一人ぼっちになりました
それでも女の子は、悪い人たちを倒しました。倒して、倒して、倒し続けました
やがて、女の子には鋭い牙が生え、硬い鱗が全身を覆い、大きな鰐になりました。
怖い鰐になった女の子には、もう誰も近づきません。悪い人も、悪い人の被害者も、離れていきます
ある時、街で鰐を見かけた、昔一番中が良かった「友達」は言いました
「人食い鰐だ!誰か助けて!」
そう言って、友達だった人は鰐から逃げていきました
もう、鰐が女の子だったと知っている人は誰もいなくなっていたのです
―――――
「……いやはや、随分凝ってるっすね」
引きずる様にしている事など気にも留めず、小羽は部長の腕を掴んだ進み、とうとう目的地に辿り着いた。
粘りつくような視線を受けつつ、不良たちをやり過ごす為に入ったそこは「お化け屋敷」。
学祭の出し物の一つであるそれは、学生が製作したものとしては極めて高いレベルに仕上がっていた。
人間の恐怖をまるでオカルトの専門家が製作協力をしたかの様である。
その薄暗くおどろおどろしい内部を、小羽と部長は順路に沿って進もうとし――
>「んじゃ行くか。…でもタンマ、その前に。クロ子いつまで俺の腕引っ張ってんだよ」
「あっ……」
振り解かれる、部長の腕を掴んでいた小羽の手。
部長のその挙動を受けた小羽は、まるで少女の様に小さく震える様な声を出す。
>「お前は部員、俺が部長。部員を引っ張ってくのは俺だっつーの」
が、その心配は杞憂。解かれたその手は再び掴まれた。今度は腕ではなく、手と手を繋ぐ形で。
重ね合わせられた部長の掌から伝わってくる暖かさが、小羽の冷たい掌を陽光の様に暖める。
それを認識した小羽は、一瞬何が起きたのか理解出来ずにいたが、
やがて状況を認識すると、眼鏡の奥にかくれた怜悧な瞳を見開き、即座に俯く。
常日頃は初雪の如く白いその肌は、運動でもしたかの様に紅潮している。
「……あ、あ、ありがとうございますっす」
薄暗い室内のせいでその変化を理解されないのは、幸運か或いは不運か。
何とかぎこちない礼の言葉を搾り出すようにして言うと、
小羽は狼というよりは犬の様に素直にその手を引かれる形となった。
引かれる様にして歩く度に小羽の銀色のウルフヘアの先端が上下に揺れ、
何とはなしにそれが犬が尾を振っている様なイメージさえ沸かせる。

54 :
>「――客人ですか」
そんな二人組に死角からかけられた第三者の声。それは、恐怖を煽る為の時間が終了した事の宣告で。
「……」
そこに浮かび上がっていたのは、南瓜の首だった。
視覚効果により、まるで中空に首だけが浮いている様な仕掛け(オカルト)。
>「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
>折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
>我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」
「……はぁ。どうもですっす」
だがしかし。残念な事に、小羽にその演出は効果が無かった。
ただでさせオカルトに強い耐性を持っている上に「心ここに在らず」であれば、それも致し方ないだろう。
けれども
相手もかくや。小羽には知る由も無いが、現在彼らが対峙しているのは、
妄想。そして想像のエキスパートである長志なのだ。
行き過ぎた厨二病。病巣が深化した事でやがて一個の刃とすらなったその策略(モウソウ)が、
この程度で終わる筈が無いのもまた道理。
>「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!ぇい!」
演出効果によって逸らされた意識の外から、どこかで聞いた事のある様な声と共に、
研ぎ澄まされた剣閃が襲い掛かる。小羽は瞬時拳を握り、迎撃の姿勢を取るが
>「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」
肩透かし……意外な事に、それはスタッフにより止められる。
その後も、のっぺらぼう。ゾンビ。降下するマネキン等、これでもかと言わんばかりに
恐怖の卵が襲い掛かるが、やはりそのどれも小羽を恐怖させるには足らない。
暗い道を歩く為、眼鏡を外したその瞳で横の部長をチラチラと盗み見ては、繋がれた手を見て俯く。
それを繰り返していた。
これまでの仕掛けが下拵えである事など知る由も無く。
この後に敷かれた罠など知る術もなく。
そうして、再び飛び出して来た最初の刀女。この時小羽は
(……一つのお化け屋敷で仕掛けの使いまわし……予算、無いっすかね)
等と湯だった頭でそう考えていた。ただ当たり前の様に、今の幸福に浸っていた。
だから
「えっ……」
放たれた一閃が、彼女の横を歩く少年へと向けられ、少年の体に赤い液体が見えたその時、
小羽に与えられた「恐怖」は凄まじい物となった。
脳内に浮かぶヴィジョン。フラッシュバックの様なイメージ。
「あ―――――え……部長……血……」
思考がぐちゃぐちゃになり、視界から急速に色が無くなり、世界が黒く溶けていく
「……や、だ……い、やあああああああああっ!!!!!!」

55 :
「普通」の少女ならば、こんな場面を見ても、何かの冗談と思い取り乱さないだろう。
それは、こうなる理由に心当たりが無いからだ。だが、小羽は違う。
小羽鰐は、違うのだ。
――――直後。
「……」
小羽は憎悪と憤怒と絶望が混ざった、涙を滲ませたその眼で、周囲を「見た」。
――それだけ。たったそれだけの事で、お化け屋敷の中の空気が凍りついた。
運営スタッフはまるで死を突きつけられたかの様に腰を抜かし、全身を震わせる。
武道においては学内でも最上位の一団の一人である、女子剣道部部長である神谷。
勇猛にして頑強。精神面でも「タフ」なKIKKOでさえも、背筋に寒いものを感じ、
一瞬にして前進から冷たい汗を流し、拳や剣を構える程であった。
それは「殺気」に極めて近いもの。
一般の学生であれば、生涯体験しない様な感覚。
その殺気は、長志の妄想の刃すら砕き、飲み込み――――
……そこで、電気が付いた。
「……あ」
受付のスタッフが異常事態だと誤認したのだろう。
そして、蛍光灯の光により室内が照らされた事によって状況を理解した小羽は、急速に殺気を霧散させた。
見渡せば、そこに居るのは血のりに塗れた無傷の部長と、仮装した知人達。
彼らの多くは、困惑とそれ以外の感情が込められた視線を小羽に向けていた。
そんな知人達の視線を受けて、自らの右手で顔を覆う小羽。
「あ、はは……はは、やっぱり、やっぱり  だったっす。最後くらいは   っすのに」
手の下で誰にも聞こえない様に小さく呟くと……暫く経ってから小羽は手をどける。
そこに浮かんでいたのは、笑み。まるで何事も無かった様に小羽は笑っていた。
「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」
「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
 キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」
「快活に」そう言うと、小羽は部長に白封筒を押し付けるようにして渡すと、
お化け屋敷の中から飛び出す。そしてドアを出た所で、外で休んでいた梅村を見つけると
一瞬言いよどんだ後、優しげな、そして儚げな笑みを浮かべ、語りかける。
「……梅村さん。これからも、部長とN2DM部をよろしくっすよ」
外に居た梅村にはまるで意味が判らないであろう言葉をかけ、小羽は再び走り出す。
小羽の身体能力は、後夜祭まで誰にも見つからない事を可能とするだろう。
【小羽、トラウマスイッチオンの後に逃走。部長に渡した封筒の中にある手紙の内容は
 『キャンプファイヤー 校舎裏 待ってます 全力で楽しみましょう』】

56 :
びっくり箱しかり、ドッキリカメラしかり、悪ふざけってものには節度が必要だ。
やりすぎてマジ泣きさせたらもの凄く気まずいし、今後の人間関係に亀裂が入りかねなかったり。
そういう『超えちゃいけないライン』ってものを見誤ると、仕掛け人は楽しくても、ターゲットからすればそれは――
ただのいじめだ。不安になるし、怒りもする。一人でヒートアップしてた自分が惨めにもなる。
雨が降れば頭は冷えるけど――それで地面が固まるかどうかは、また別の話なのだから。
>「じょじょ冗談は顔だけにして下せェ。周りは全部スタッフに決まっ…」
従業員に指示を出してした僕の脇をすり抜けて、梅村くんが猛ダッシュで去っていった。
え、なに、そんなに怖いのこのお化け屋敷?ていうか、お化け嫌いの設定生きてたんだ……。
>「失態だな、白タイツ。初めから依頼の形を取っておけばこんな事も無かっただろうに」
「んー、『依頼』の強制力でも、N2DM部のトップ・オブ・アレことあの男を縛れるかどうか……」
基本的にやりたいことしかやらないからね、彼。
目の前にこう、エサ(ハーゲンが望ましい)を吊ってそれ追いかけさせてうまく手綱をとるしかないのだ。
なんか風紀委員でも委員長の傍にいたいがためだけに相当努力してたみたいだし。いやはや、愛ってすごいね!
>「まあ、やるなら全力……そこだけは同意しておこうか。スタッフ諸君には、少し手を貸してもらうぞ」
「よし、じゃあとりあえずフラグ立てとこう。――梅村くんがやられたか……だが奴は我らN2DM四天王の中でも最弱!」
みたいな。
相方の逃亡で手持ち無沙汰になったKIKKOには一旦引き返してもらい、代わりに神谷さんと長志くんが入る。
まあ彼が本チャンだろう。こうなったら僕は特にやることもないし、ちょっとゆるゆる部活コメディのノリでダベってよっかな。
「そういや、もうすぐ生徒会選だね。次期生徒会もまたあのメンバーになるのかな」
「次同じだったら通算三期連続当選ねぇ。役員は多少入れ替わるにしても、生徒会長は揺るがないんじゃないかしら」
「インフレマスターだもんねえ」
「アナタのところの部で出馬してみたら?部長さん、なんだかんだで人望も人脈もあるでしょう」
「うーん。でも部長、現会長と競り合うのをやたら嫌がるんだよなあ。なんか昔っからの知り合いみたいだけど」
――と。
KIKKOが不意に眉を立て、虚空へ向けてファイティングポーズをとった。こめかみには玉の汗が浮いている。
一拍遅れてその意味が僕にもわかった。まるで北国に吹く極風のような、本能的な危険を喚起する"気配"!
あたかも目の前に獣臭漂う狼の"あぎと"が広がっている錯覚が、えらくリアルに僕の首筋を舐めた。
「これは――!」
「お化け屋敷の中からね……アタシに"構え"させるなんて、大した威嚇だわ、どんだけぇ……!」
おいおい、お化け屋敷だってのに、中に猛獣でも飼ってるのかよ。
それとも黄泉路の喧騒に導かれて、『ホンモノ』がご降臨召されたか――!オカ研の連中が泣いて喜ぶぞ!
気配はどんどん膨れ上がり、破裂寸前というところで蛍光灯がパっと光を室内へ落とした。
心臓が一回とくんと跳ねる時間が経過して、膨張していた邪気は穴の開いた風船のように萎んでいく。
非戦闘員の僕ですらありありと感じられる落差だ、実状はいかほどのものだったろう。やがて、
「動いた――こっちに来るわ!」
逃げずに、迎撃せんとばかりに拳の握りを強くするKIKKO。脂汗が止まらない僕。
そんな僕らの目の前に―― 一つの影がまろび出た。それは、よく知る者の姿だった。
「………………小羽、ちゃん?」
お化け屋敷から飛び出してきた小羽ちゃんは――僕らの存在など知らない風で横切っていく。
普段の服装なら見分けはついたろう。今の僕らはコスプレ中。たぶん、輪郭だけで人間を識別してる。
小羽ちゃんが特段に視力が悪いという話は聞かないから、ほかに視界が曇る理由と言ったら……一つしかない。
僕ら、もしかしてすっごく悪者なんじゃないか?
――――――――

57 :
「ホントすいっませんでした!!!!!」
僕は、地面に膝をつき、額をつけていた。まあ言ってみれば一つの、土下座だよね。
右手で梅村くんの後頭部を、左手で長志くんの後頭部を鷲掴みにし、一緒に地面へ伏せさせる。
三人で連帯土下座している相手は、言わずもがなお化け屋敷から救助した部長。
小羽ちゃんは、どっか行ってしまったから。
「いや、マジでやりすぎたなと思ってます。まさかここまで深刻なことになるとは露ほども思いませんで」
部長には既に、僕らが文化祭の裏でなにをやっていたかを説明した。
具体的にはストーキングしたりスニーキングしたり買収したりドッキリしたりの所業を洗いざらい。
お沙汰は全て僕が引き受けることになるだろう。発起人だし。一番色々やったし。
「悪気があったわけじゃないんです! ただ、部長が一人でリア充になるのが気に入らなかっただけで!!」
誠実さって大事だよね!!僕は正直に動機を話した。
被告を取り巻く環境や社会情勢を鑑みれば、きっと情状酌量の余地が与えられるだろう。執行猶予はカタいぜ。
で、許す許さないは置いといて、僕らには真っ先にやらなきゃいけないことができた。
「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」
もうすぐ日が暮れてしまう。そうなったら後夜祭、キャンプファイヤーだ。
別に探さなくても部長と小羽ちゃんは後夜祭で待ち合わせをしているみたいだし、そこで落ち合えばいいんだけど。
問題は僕らだ。悪ふざけが生んだこの深刻な問題を解決しないまま、彼女を部長と会わせるわけにはいかない。
だって、彼女はあらかじめしたためておいた手紙を部長に渡した。
ってことは、小羽ちゃんは『最初から全力でこの学園祭を楽しむつもりで』今日を迎えたのだ。
頭を冷やしたって、心を鎮めたって、悲しみが消えるわけじゃない。
――僕はあの娘の学園祭を、悲しいままで終わらせたくない。
それでも現実は残酷というか、本気で逃げる小羽ちゃんを僕らが捕まえられるわけもなく。
日没は刻々と迫っていた。広大な学園がオレンジ色の光の海に沈み、やがて紺色の日暮れがやってくる。
11月に入った空は太陽をいつまでも掴んではくれず、日光が当たらない秋の空気は急速に冷え込んでいく。
走りまわって汗をかいて、体が一気にに冷えて風邪を引きそうだった。――ああ、キャンプファイヤーが始まってしまう。
――「今年のキャンプファイヤーは凄いらしいよ。なんでも取り壊し予定の廃校舎を丸々ひとつ燃やすんだって」
――「へー、そりゃ凄い。でも危ないんじゃないか?空気も乾燥してるし、燃え移ったりしないのか」
――「だから廃校舎の周りは全面キープアウトなんだって。風紀委員が警備してて、ねずみ一匹入れないとか」
小羽ちゃんの足取りを掴もうと往来に張っていたアンテナが、通行人の会話を拾う。
なんだそれ、聞いたことないぞ。また執行部の無駄に盛大なサプライズか?
見回せば場所はすぐに分かった。敷地の端の方にある、背の高い廃校舎がゆっくりと燃え始めていた。
「……ちょっと待ってください。部長、小羽ちゃんの手紙には確か、」
頭の片隅に灯った言葉を、口に出そうとした瞬間――廃校舎のほうから悲鳴が上がった。
土台のほうから緩慢に火の手を上げていく廃校舎の、最上階のベランダに、人の姿がまろび出たのだ。
「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」
見覚えのあるその顔が計3つ。春先の事件で放送室に押し寄せてきた島田の子飼いの中心メンバー三人だ。
聞くところによれば三人は島田失脚のあと、授業にも参加せず廃校舎で隠れて子犬を飼っていたらしい。
廃校舎で寝泊まりしていた彼らには執行部の伝達も行き届かず、今こうして取り残されてるようだ。
「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」
たぶん、壁とか容易く登ると思う。人も子犬も助けだして、校内新聞の一面を飾れることだろう。
――いや、こうやって何か荒事があったらすぐ小羽ちゃんに頼る僕達こそ、彼女に対する最大の不実なのかもしれない。
だってそれって、小羽ちゃんの人格丸無視ってことじゃないか。N2DM部お茶汲み担当の、世界にたった一人の女の子の。
僕らは頼るより先に、彼女に謝らなきゃいけなかった。謝るより先に――見つけ出さなきゃならなかった。

58 :
半分ぐらい書いた。もう少し時間かかるから、気長に待っとくれ。
ちょっと色々アレなレスになるかも。だから先に謝っとく。すまんな!

59 :
――――――
数日、時間は遡り。生徒会長室。
「なるくんやっほー」
「…久々にその口調聞くとちょっとキモいな。馬鹿丁寧な口調に慣れすぎたかもしれん。
 ともかく、なんだよ突然会長直々の呼び出しってよ。俺文化祭の準備に忙しいんだが」
「あ、そんなに時間はとらないよ。ちょっとなるくんに忠告だけしとこうと思って。」
「忠告?」
「んとね…嶋田先生、憶えてるでしょ?先日、証拠不十分で不起訴確定したんだって」
「…はぁ?あんだけのことやらかして不起訴?つーか証拠なんかいくらでもあるだろ」
「お金、大分ばら撒いたんだって。端金じゃ無理だけど、は儲かるからね…。
 きっとあたしたちが想像もつかないような金額が動いたんじゃないかな。
 ただあんなに世間騒がせちゃった以上もう表世界じゃ生きていきにくいでしょ?
 たぶん事の発端たるなるくんへの恨みは相当だと思う。このままで済ますかー!って」
「…つまり?」
「月並みな言葉だけど、夜道には気を付けてね。近いうちに必ず、報復があると思うの」
「いや気を付けろってどうしろっつーんだよ…」
そんな注意勧告だが、はっきり言って俺学園内と寮しか居ないから気にしてなかった。
だって不審者とか居たらバレるじゃん。わりとそこらじゅうにカメラあったりするしな。
ただでさえこの学園っていっぱい人いるから、そう簡単に襲ったりとか出来ねぇだろ。
そういえば、嶋田の不起訴処分は一応学園内には一部を除いて伏せられているらしい。
余計な混乱を生まないように、とのことだが正直隠蔽体質はよくないと思うぞ俺は。
――――――
>「――客人ですか」
「ぎゃっ!」
ぶっちゃけ俺これで既に心臓飛び出るぐらいびっくりしたからね。突然声出すなよ!
色々俺だって心の準備ってのがあるんだからさ!最初ぐらいゆとりもたせろよな!
つーか首しかねぇんだけど!いやわかってるよそういう風にしか見えないだけなんだろ!
でもやっぱりビビるじゃん!怖いじゃん!…なぁ、やっぱり帰っていいか?いいよな?
>「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
> 折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
> 我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」
「あ、あぁ、うん。まぁお手柔らかに頼むわ」
俺がよく知る人物を彷彿とさせるようなこの無駄に芝居がかった喋り口調。
わざわざ文化祭にご苦労なこった。ここまでやって肩透かし、なんてことはないだろうし、
きっと全身全霊をもって驚かしにくるのだろう。もうすでに心臓バックバクなんだが。
>「……あ、そうそう。出口には下着や制服の貸出をしておりますので、
> そちらもどうぞご利用下さいね」
「いらねーよそんな心遣い!」
あれか、漏らしたりとかすると思ってんのか!馬鹿野郎!洒落になんないからやめろ!
そういや俺トイレ行ったの結構前だわ!やべぇぞやべぇぞ!ちょっと冗談抜きで!
あれだよな、尿意って気にしだすと途端に感じるよな。今がちょうどそうなんだけど。
…大丈夫かなぁ俺。ほんと色んな意味で。
>「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!ぇい!」
「わきょー!!!!」
突然出て来た奴に斬りかかられてみろよ!んなモンびびるに決まってんだろうが!
しかし振り下ろされた刀は俺の体に傷を与えることはなく、僅かの隙間を残し空を切る。
顔は分からないが、この背格好、この刀さばき…んーとなんか見覚えがあるんですけど。
まぁお手伝いするのは別に構わないと思うけどあんた剣道部のお仕事どうしたのよ。

60 :
>「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」
>「大丈夫でしたか、お客様。申し訳ございませんでした。どうぞ、先へお進み下さい」
止める奴が現れた。別にそれはいいんだけど、こういうのって絶対あれだよな。
安心させといて、実は…みたいなの。こいつ絶対俺を驚かせにくるぞ。賭けてもいい。
>「ところで……私の顔を知りませんか?ついうっかり、彼女に切り落とされてしまったようで」
「やっぱりぃーーー!!!!」
わかってはいるがやっぱりビビるもんはビビる。しゃーない。こればかりはどうしようも。
落ちることが分かっていたってジエットコースターも怖いだろ。そんなもんだ。
そんな感じで俺は色んなトラップに基本ひたすら声をあげまくるだけなのである。
横を歩くクロ子がこちらを時折チラチラ見てくるのは気がついているがあえて無視。
どうせあれだろ、俺がビビりまくってんの見て楽しんでんだろ。いいさどうせ晒し者だ。
なんとか小便だけは漏らさないように気をつけている。いくらなんでも…それは…なぁ。
そうして、大分進んだところか。そろそろ出口かな、と思い始める頃合い。
「うおっ!」
なんか体に投げつけられる。それは俺の体に…ってなんだこの液体、血か?赤いけど。
つーか俺実はまだ体は着ぐるみなんだけど。え、どうしよう。この汚れとれるの?
衣装の用意はQJにさせたわけだけど、これレンタルだったらどうしよう。困る。
とか考えているうちにまた見覚えのある刀の女が出てきて、同じように刀を振り下ろす。
同じように紙一重でその刃は届かず、そしてすぐに消えて行った。当然ビビった。
だが、それ以上に。
>「えっ……」
素っ頓狂とも言えるクロ子の声に驚く。お化け屋敷での恐怖による声じゃない、これは。
>「あ―――――え……部長……血……」
なるほど、と理解する。赤い液体塗れの俺。さっきの刀一閃。そりゃそう受け取るか。
>「……や、だ……い、やあああああああああっ!!!!!!」
突然取り乱し始めたクロ子。よくわからんが何かトラウマスイッチを踏んだのだろう。
これはいかん、と声をかけようとして――足が竦む。蛇に睨まれた蛙のように、固まる。
クロ子から発せられる雰囲気に。一瞬…ほんの一瞬だけ、足を止めてしまったのだ。
そして、電気が付いて。
>「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」
「クロ…子?」
そのあまりにも不自然な笑みに、今日一番の恐怖を覚える。背筋が凍るような。
>「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
> キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」
封筒を無理やり押し付け、一方的な約束だけ告げて去って行くクロ子の背中を。
俺は、呆然とした顔、合点のいかない顔で。ただ眺めていることしか出来なかった。
――握っていたはずの右手は、いつの間に、空気を掴んでいたのだろうか?

61 :
>「ホントすいっませんでした!!!!!」
>「いや、マジでやりすぎたなと思ってます。まさかここまで深刻なことになるとは露ほども思いませんで」
「いや別に、俺に謝ったってしょうがねぇだろ。俺は全然怒ってないし」
着ぐるみについた血のりを丁寧に拭き取りながら、俺はそうやって告げる。
よくわからんがきっと俺たちの文化祭巡りを楽しませようとしてくれたのだろう。
それが行きすぎてしまっただけなら俺が怒るのは筋違いだろうと思うし、
謝るのはクロ子にだけでいいはずだ。むしろなんで俺に謝っているんだ。
あともっと言うならバイソンも全く謝る必要ないよね。話を聞いた限りだとさ。
むしろ謝るのはサレ夫オンリー?
>「悪気があったわけじゃないんです! ただ、部長が一人でリア充になるのが気に入らなかっただけで!!」
あーでもこの言葉でちょっと謝られてもいい気がしてきたなー。何その一蓮托生理論。
つーかクロ子と2人で文化祭回ってただけだろ。それがどう狂えばリア充になれんだ。
つーか勝手にリア終扱いするんじゃねぇ!まだまだ俺は諦めちゃいねぇんだぞ!
>「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」
「そっか、勝手にすればいいんじゃね?俺は別にキャンプファイヤーの時に会うから」
とはいえこいつらが謝りたいというのならそれを手伝うのは構わないと思う。
後夜祭まで時間はあるし、それまでこいつらに付き合って時間潰すのもありだろうな。
とはいえ、手分けして探してみたがクロ子は見つからず…暗くなる頃に集合したが、
成果が芳しくなかったことは全員の表情を見れば推して知れる。まぁクロ子だもんな。
そういえば、今回のキャンプファイヤーは廃校舎を丸々燃やすらしい。馬鹿じゃねーの。
色んな法律に抵触してる気がするんだけど問題ないのだろうか?あと公害物質とか。
>「……ちょっと待ってください。部長、小羽ちゃんの手紙には確か、」
「ん?何の」
ことだ、と話しかけてきたQJに答えようとした瞬間、周りが慌ただしくなってきた。
燃え始めた廃校舎、その最上階に人が取り残されているらしく…すぐに近くへ向かう。
>「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」
「おいおい…つーかまだこの学校いたのかよあいつら」
>「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」
「いや、さすがにクロ子でも無理…とは言えねぇか」
でも今ここにいないのは確かな訳で、いない人物の助力を望んだってどうしようもない。
「俺をフルボッコにした奴らとはいえ、あのままバーベキューはちょっと可哀想だろ。
 なんとか、助け出す方法考えてやってくれ。俺は声でも掛けにいくかな」
大丈夫だぞ、ってな。3人と別れ、俺は1人で廃校舎を囲む野次馬の群れに押し入る。
つーかなんだよこの野次馬の量!みんな暇すぎだろ!こんなにいるなら助けてやれよ!
人混みを押しのけ、わりと前の方まで来た。見上げ、声をかけようとして。
「…んー。なんか怪しいんだよなぁ」
腕を組み、思わずつぶやいてしまう。いや、ちょっとした疑問があるのだ。
廃校舎をキャンプファイヤーとして燃やすなら、当然安全確認はしているはずだ。
誰かが勝手に使っていたりしないかなど、何度も内部を見回っているに決まってる。
廃校舎で寝泊まりしてたのなら、生活用品あるってことだろ?気づくだろう、絶対に。

62 :
そもそも、さっきQJに教えてもらった情報。聞くところによれば、って言ってたか。
キャンプファイヤーに使う予定の廃校舎に子犬を隠れて飼っているDQNがいる――。
その情報、簡単に手に入ったようだ。つまり、みんなに普通に知られてるってこと。
それなら、実行委や執行部が全く掴んでないのもおかしい話だと思わないか?
そんな事実はなく、風紀委員に賄賂渡して侵入して、火が付いてから出てくる、とか――
ふと周りを見回す。廃校舎の屋上で助けを求めるDQN共。何も考えなけりゃざまあだが。
集まる野次馬の視線は、そこを一点集中。他など、全く視界に入れてなどいない。
――これが、ものすごい大袈裟なミスディレクションだとしたら?
そんな仮説に辿り着いた瞬間、背中に熱を感じた。いや、これは違う。猛烈な痛みだ。
そんな経験があるわけじゃないけど、まぁわかる。刃物だな。ざっくりと、貫かれて。
一度抜いたかと思ったら、また刺した。二回刺すか。確実に殺しに来てんなぁ。
さっきも言ったが、俺は結局ずっと着ぐるみ着てる。頭だけ外してる状態で回ってた。
制服とかだったら血がドバドバ出て騒ぎになるんだろうが、着ぐるみの中に溜まってる。
周囲に怒りすら覚える。邪魔なんだよお前ら。後ろ振り向くことすら、出来ねぇだろうが。
周りの奴らはみんな上を見て、様子のおかしい俺の方なんか全然見ようともしない。
目が霞んでくる。俺の口から漏れるうめき声は、雑音と野次に掻き消されて霧散する。
待てよ。おい待てよ。こんな終わりは認めんぞ。もうすぐ後夜祭が始まるんだよ。
キャンプファイヤーがあるんだ。クロ子と踊る約束しちまったから、サボれねぇな。
なんか様子おかしかったから、いつも通り俺の渾身の説得タイムが始まるのだ。
あいつがどんなトラウマ抱えてんのか知らねぇけど俺は気にしないことを伝えて。
どれだけあいつが俺にとって必要な人物なのかを小っ恥ずかしいが明かしてしまうのだ。
俺の希望的観測ではそれでみんなハッピー。踊って終了、依頼完遂、また明日!
そうやってさ、終わるべきだろ!
もうクロ子待ってんじゃないか?こんなとこで時間潰してる場合じゃなかったな!
校舎裏だろ、早く行かないと!俺は約束は守る男だぞ!間に合わないとか許さんぞ!
クロ子が待ってる!N2DM部の大事な書記に、早く会いにいかなきゃいけないのに!
のに…
視界が滲むのは意識を保てないからか、もしかしたら目元に涙でも浮かんでいるのか。
それすらも判断かできないまま、俺の精神は黒へと闇へと墜ち込んでいった――。
――――――
ごった返す人混み、足から力が消え失せようと人が支えとなって倒れることはなく。
やがて逃げ遅れた生徒3人が燃え盛る廃校舎から脱出する。方法はこの際問題ではない。
人騒がせが一段落すると、野次馬どもは少しずつ散開して行く。それぞれの場所へ。
支えを失った着ぐるみは、膝をつくこともなく砂埃を立ててその場に倒れ伏す。
「うお!びっくりした。何?気絶?」
「ちょ、ちょっとちょっと!その人から流れてるの…血じゃない!?」
「お、おい!タンカタンカ!」
「すぐに保健棟に連絡を!保健委員を呼べ!」
▼N2DM部・第6依頼▼
完遂

63 :
保健棟にある病室には、『面会謝絶』の札がかかっている。
生きているのか死んでいるのかさえ、定かではない。
今日も、この学園は変わらず動いている。
生徒1人消えたところで、大多数の生徒には、何の影響もないのだから。

64 :
>「ホントすいっませんでした!!!!!」
「な…なんで俺まで…。」
営業、サレ男、俺の3人は旦那の前で土下座させられていた。
お化け屋敷で何やらかしたか知らねーが、俺ァお化け屋敷じゃ何もしてねぇってのに…。
俺は土下座をしながらお化け屋敷から出て来た時の瓶底眼鏡の言葉の意味を考えていた。
>「……梅村さん。これからも、部長とN2DM部をよろしくっすよ」
あの表情と意味深な言葉にポカンとしているうちに瓶底眼鏡はどっかに行っちまったが…。
>「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」
とりあえず行方知れずの瓶底眼鏡を捜す事になった。
…面倒だが…しょうがねぇな…。
「結局見当たりやせんでしたねェ…」
夕方まで粘って捜すが成果は上げられず…なんだかんだでキャンプファイヤーの時間になっちまった。
なにやら話によると今回のキャンプファイヤーは廃校舎を丸々1つ燃やすときたもんだ。
しかも警備は風紀委員が任されているという事で、午後の会議に出席するようにとボスからメールが来ていた事に今更気付いた俺の馬鹿。
仕方がねぇ、今からでもボスに謝りに…
>「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」
廃校舎に火がついて騒がしくなってきたと思ったら、最上階に人が取り残されていたらしい。
しかも取り残されてんのは嶋田の手下だったDQN共…。
>「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」
>「いや、さすがにクロ子でも無理…とは言えねぇか」
「こんな時に居ねぇ人間の話をしてもしょうがねぇですぜィ。」
とりあえずしょうがねぇけど助け出す方法を考えてはみるものの…空気が乾燥している為、火の回りが早い。
真っ正面から突入して助け出せる確率は5分だな…。
>「俺をフルボッコにした奴らとはいえ、あのままバーベキューはちょっと可哀想だろ。
 なんとか、助け出す方法考えてやってくれ。俺は声でも掛けにいくかな」
「あ、ちょっと旦那。」
旦那は一人で野次馬の中へと潜り込んで行った。
まあ、いくら旦那でもこの火事の中を単身で助けに行きはしないだろう。
「俺ァとりあえずありったけの消火器をかき集めに行って来るぜィ。」
そう言って人混みから脱出すると…
「あ…アレィ?どうしたんですかィ、ボス?」
そこには腕組みをして険しい顔をしたボスのお姿が…。

65 :
>「火事なら心配いらん。ほら、校舎を見てみろ。」
言われて振り返ると消防車が消火活動を始めていた。
「いくらなんでも早過ぎじゃ…」
>「こんだけデカいキャンプファイヤーだ、初めから消防車の準備はしておいたさ。」
さすがボス、抜かりがないぜィ。
それじゃあ何故そんな険しいお顔を…?
>「梅村、私のメールは読んだか?」
「あ…す、すいやせん。ちょっと忙しくてさっきボスのメールに気付いたんですよ。」
>「まったく…」
ボスの険しい顔が全く和らぎそうにない。
会議ってのはキャンプファイヤーの警備についてだけじゃなかったのか…?
>「嶋田先生…いや、嶋田の不起訴が確定した。」
「あ…あはははっ…いやいや、冗談を言う時はそんな険しい面してちゃダメですぜ、ボス。
 あんだけ派手にやらかしといて不起訴なんて…」
>「大分金をバラまいたみたいだ。表に出る事は暫く無理だろうが…奴は必ず復讐に来るぞ。」
ちっ…しつけぇ野郎だ。
まあ良いさ、DQNなんざ何人来ようが俺の敵じゃねぇ。
それはボスだって分かってる筈だ。
なのに何でまだ険しいお顔なんでィ?
>「梅村…おかしいと思わないか?廃校舎を燃やす程のキャンプファイヤー、勿論しっかりと中に人が居ないか何度も確認した。
 にも関わらず3人も中に取り残されている状況。
 そして…廃校舎の中に人が居ないか確認をさせた山崎含む4人の風紀委員と先程から連絡がとれない…。」
…ダメだ。
まったく話が読めねぇ。
一体ボスは何が言いたいんでィ?
>「つまりだ…」
>「うお!びっくりした。何?気絶?」
ボスが俺に分かりやすいように解説を始めようとした時、野次馬の一人が声を挙げた。
>「ちょ、ちょっとちょっと!その人から流れてるの…血じゃない!?」
>「お、おい!タンカタンカ!」
>「すぐに保健棟に連絡を!保健委員を呼べ!」
その声に釣られるように次々と悲鳴や救助を求める声が聞こえてくる。
廃校舎の火はすっかり消火されていたが、救助された筈のDQN共の姿も見当たらない。
タンカを呼ぶ男に近寄って行くとそこには見覚えのある顔。
……ついさっきまで普通に話してたじゃねぇかよ…
「おいっ!旦那っ!!?どうしたんだよ!!誰だ!?誰にやられた!」
俺がどんなに問い掛けても旦那から返事は帰って来ない。

66 :
タンカを持った保健委員に引き剥がされ、俺はその場に呆然と立ち尽くした。
>「今回のキャンプファイヤーは恐らく嶋田の提案だ。そして、廃校舎の確認に行った山崎含む風紀委員4人は嶋田に買収されている可能性が高い。」
「知らねぇわけねぇだろィ?隠しても何も良いことないぜィ?」
>「ほ…ホントに知らねぇんだ!も、もう勘弁してくr…ガハッ!!」
これで70人目…。
嶋田の件に関与したDQN共を手当たり次第に車でかっさらい、取り調べ室で尋問すること数日…
どいつもこいつも嶋田に関して情報を持っていやがらねぇ。
おまけに山崎含む4人の風紀委員も姿を消した…。
ボスは山崎達も嶋田に買収されたと疑っているみたいだが…まさか山崎が俺達を裏切るわけがねぇ。
アイツは…金で俺達を裏切るような奴じゃねぇ。
「さて、次は………ボス。お願いですから自宅に居て下さいって何度言えば…」
>「そうも言っていられる状況じゃないだろ。むしろお前こそ少し休め。不良共相手とはいえこれはやり過ぎだ。」
ボスは取り調べ室の前に転がるゴミ共を見て深いため息をついた。
……今の俺にやり過ぎなんて言葉はねぇ。
旦那を刺した野郎を見付ける為ならどんな手でも使ってやらァ。
>「部の方に顔は出したのか?」
俺は黙って首を横に振る。
連中に合わせる顔なんざあるわけがねぇ。
瓶底眼鏡に旦那をよろしく頼むと言われたのにも関わらずこのザマだ。
それに…今の俺は部の連中と一緒に居られるような状態じゃねぇ。
>「とりあえず寝ろ。食事も用意してやるから…」
「そんな暇はねぇって言ってんですよっ!!
 仲間が刺されてんだよ!やった奴見付けてぶっまで……すいやせん…。」
こうやってボスにですら当たり散らしちまう始末だ。
今は誰かと一緒に居ない方が良い。

67 :
>「待て!梅村!どこに行く気だ!」
俺はおぼつかない足取りで取り調べ室を出る…次の獲物を捜す為に。
「大丈夫ですよ。ちょっくら気分転換に散歩行ってくるだけですから…」
>「しかし…!」
ボスの言葉を全て聞く前に取り調べ室の扉を閉める。
ダメだダメだ、ボスに止められると決意が揺らぎそうになる。
悪いなァ、ボス…俺は旦那を刺した野郎を見つけ出すまでは止まらねぇと決めたんだ。
「次はアイツだな…。」
>「梅村君!」
次の獲物に近付く俺の背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「…山崎!?今まで何してやがったんでィ!」
声の主は姿を消していた風紀委員の1人、山崎だった。
>「ごめんね、何の連絡も無しに居なくなっちゃって。ちょっとこっちはこっちで取り込んでてさ。」
やっぱり何か理由があったのか…まったく、ボスも早とちりだぜィ。
「心配かけさせやがって…。ボスも心配してたぜィ。早く顔出して来い。ところで、他の3人は……っ!!?」
突然後頭部を何かで強打された。
頭がクラクラしやがるっ………どういうこった…。
薄れゆく意識の中で微かに見えたのは山崎を含めた4人の風紀委員と、バットを持ったDQN共。
>「ごめんよ梅村君…。でも大丈夫、すぐにまた一緒に居られるようになるから。」
「…………っ……!」
>「やあ、お目覚めかい梅村君。僕達のアジトへようこそ。嶋田はここには居ないよ。
 女の所に行って来るって言ってた。」
ちくしょう…夢じゃなかったのかよ。
後頭部に残る痛み、完全に拘束された手足、そして目の前に居るコイツらを見る限り間違い無く現実みてぇだ。
「山崎ィ……何で裏切った!俺達は金なんかで…」
>「お金じゃないよ。僕はね。他の3人はお金に釣られたみたいだけど。」
「じゃあ一体何でっ…!」
>「梅村君、君のせいだよ。」
山崎は笑顔でそう言い放った。
俺のせい?
俺のせいで山崎は嶋田の下についたってのか?
>「まあ、君には分からないだろうね。僕はね…君が好きだったんだよ。
 でも君は何かあればあの女…君の大好きなボスの事ばかり。
 僕の事なんて一度も女として見てくれた事無いでしょ?」

68 :
……ふ…ふざけんなっ!
そんな理由で納得出来るか!
そんな下らない理由で嶋田についたってのかよ!
>「嶋田の不起訴が決まったのを聞いたのは恐らく文化祭の時だろ?
 僕は生徒会と同じ…もしくは生徒会よりも早い段階で嶋田の情報を手に入れていた。
 その時から嶋田の下について君を手に入れようと考えていたのさ。」
話を聞けば聞くほど信じられねぇ…コイツはホントに俺の知ってる山崎だってのかィ…。
>「お察しの通り、キャンプファイヤーの1件も僕達が仕組んだのさ。
 野次馬に紛れて後ろからサクッてね。まさかあんなに上手くいくとは…」
「山崎ぃぃ!!!いくらテメェでもそれ以上は許さねぇぞっ!!」
クソっ!!こんな拘束具ぶっ壊して…
>「あははっ…ごめんよ。そんなに怒らないでくれ。ちなみにその拘束具は鋼で出来ている。
 いくら君でも壊すのは不可能さ。」
>「それと、面白い仕掛けもあってね…」
「…ぐっ…がぁぁぁあああ!!?」
全身に激痛が走る…電気ショックか…
厄介な物作りやがって…。
>「僕はその君が滅多に見せない苦痛に歪む顔が好きなんだ…だってそんな顔、あの女の前ではしないだろう?
 その顔は僕だけの物…そうだろ?」
コイツ…とんだイカれ野郎だぜ…ヤンデレかテメェ…。
「……くっ…くくっ………あははははっ!
 テメェはこれで俺がテメェの物になるとでも思ってんのかィ?
 いくらテメェが俺を拘束しようが痛めつけようが…俺の心はあの人のモンなんだよっ!!」
>「……そうかい。なら君の目の前で彼女をしかないね。」
「テメっ……グがぁぁあああ!!!!
 ふざ…けんじゃ……ねぇ…っ……!
 ……頼む……ボスには…手を出さないでくれ…。」
>「おや、珍しく弱気だね梅村君。でもダメだよ。もう決めたから。
 どのみち彼女が消えないと君は僕を見てくれないからね。」
痛みで意識が遠のいていく…。
ボス…旦那…みんな……すまねぇ。
俺ァどうやら…何も守れねぇみたい……だ…。

69 :
長志恋也は想像力が豊かだ。
だから他人に自分のイメージを押し付ける事が出来る。
そして同時に、他人のイメージを強く受信し過ぎるのだ。
小羽の強烈な殺意を浴びせられた彼は思わずよろけて、壁に背中を預ける。
表情こそ取り繕っていたが、心臓は跳ね上がり、足腰には殆ど力が入らなかった。
>「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」
 「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
  キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」
小羽が走り去っていく。
長志恋也には何も出来なかった。
ただ彼女の残していった深い悲しみの残滓に、目を細める事で精一杯だった。
>「ホントすいっませんでした!!!!!」
>「な…なんで俺まで…。」
九條に無理矢理土下座をさせられても、長志恋也は黙ったままだった。
一言二言、平時の邪気とすら言える気概がさっぱり胡散霧消した声色で謝罪をして、それだけだ。
旧校舎に取り残された不良達を見ても、部長が刺されてタンカで運ばれて行く様を見届けても、
彼の様子は変わらなかった。
一体何を考えているのか、本人にすら分からなかった。
分からないまま、覚束ない足取りで自室に帰った。
――長志恋也は自分自身を自在に作り変える事が出来ると自負している。
故に彼は『現状』に執着を持てなかった。
壊れてしまったらそれまで。また別の自分になればいい。
その程度にしか考えていない。有り体に言って、彼は見下げ果てた人間だった。
そんな精神性をしているからこそ、今まで数え切れない部活動から追い出されてきたのだ。
「……今度も、それでいいのか?」
暗がりの中で自問して――そして彼は一つの決断をした。

70 :
部長が凶刃に倒れてから数日、長志恋也は何度か保険棟に足を運んだ。
だが面会謝絶の札が病室の扉から消える事はついぞないままだった。
思わず溜息が零しながら、病室の前から立ち去る。
ふと、折角用意した花を無駄にしてしまうのも勿体ないなと益体もない事を考えた。
病室の前に花を放る。運が良ければ誰かが見つけて、部長に届けるだろうと。
打ち捨てられたのは一輪のローズマリー。花言葉は――『再生』。
「本当は……ユーカリの花が欲しかったんだがな」
誰にともなく呟いて今度は部活棟へ、N2DM部の部室に向かった。
想像力の仮面を被り、ノックもなしに扉を開く。
「……なんだ、いたのかお前達」
他の部員を認めるなり感慨なさげに一言。
ただの偶然か、それともずっと彼らがここに通っていたのかは分からない。
「まぁ、そう構えないでくれ。私物を回収したらすぐ立ち去るさ」
限りなく淡白な口調だった。まるで、まるでここにもう用はないと言わんばかりの。
彼の態度に、九條や小羽は何を思うだろうか。
「……なんだ?そんな顔をして」
目を細めて、尋ねる。
「あぁ……もしかしてお前達、本気だったのか。
 本気でこの部活が好きで、あの男と友達でいるつもりだったのか?
 おっと……気を悪くしたらすまないな」
それから独り合点して、そう呟いた。
この言葉が二人の感情をどれほど掻き乱して、黒い炎を生み出すか。
彼ならば容易に想像が出来ると言うのに、あえて。
長志恋也は人格破綻者で、現状に拘ろうとしなかった。
故に彼は自分の好きなように振る舞えて、好きな事が言えた。
「いやな、俺はてっきり自分の能力が活かせるとか、自分を認めてくれるとか、居心地がいいとか、
 そういう理由でお前達がここにいると思っていたからな。少し意外に思っただけだ」
少なくとも自分はそうだった、と付け加えた。
部長の傍は――居心地がいいのだ。
誰よりも能力で劣り、だが誰よりも鷹揚に誰もかもを受け入れ、
だからこそ誰もが心地よく下に付く事が出来る。
九條や小羽もその口だろうと、彼は本気で思っていた。

71 :
「お前達、ジョジョの奇妙な冒険って読んだ事あるか?俺は今でも読んでる。
 それはとにかく第五部だったかな、こんなセリフがあるんだ。
 「俺達は彼女がどんな音楽が好みなのかも知らないんだぞ」ってな。
 お前達はあの男の、お互いの何を知っているんだ?
 好みのタイプは?食べ物の好き嫌いは?漫画の好みは?趣味は?将来の夢は?
 お前達は本当は……何も知らないんじゃないのか?
 この部活は、常に外部の問題に目を向ける事で成立してきた。
 お互いの能力に信頼を向ける事で成功してきた。
 それはつまり……お前達がお前達である必要も、お互いがお互いである必要もなかった。
 お前達は所詮皆、時計の歯車に過ぎなかった。誰かの、自分自身の願望の奴隷でしかなかった。
 ……そうなるんじゃあ、ないのか?
 まぁ……だからなんだ、って話なんだがな。別にそんな間柄は世の中にいくらでも溢れている。
 お互いがそれで幸せならそのままでもいいんだろう。
 ただ……少なくとも俺は、そんな関係に価値などないと思うぞ」
――故に理想論者は傲慢に、身勝手に、お節介で、上から目線に、時計を壊すのだ。
ほんの小さな亀裂に刃を差し込んで、全体の亀裂にまで広げていく。
日常と平穏を被せて誤魔化されていた壁の存在を暴き出す。
機械の故障を直すには一度分解する必要がある。
二つに分かたれた国を一つに戻す為に、ベルリンの壁は壊された。
この世へと生まれ来る雛達は、卵という世界を突き破って生を得る。
――何かを正したければ、手に入れたければ、一つの世界を壊さなくてはならないのだ。
「それに……ここで待っている意味もないな。さっさとあの男の代わりを探しに行くべきだ。
 あれ程の凡夫はこの学園じゃ逆に探すのが難しそうだが……見つからない事もないだろう」
怒りと力を煽り立てる、露骨な二元論だった。
露骨過ぎるからこそ、選択は容易だ。
立ち向かうか、逃げ出すか。
【正直、調子に乗りすぎていると自覚も反省もしている。すまない。
 それとウメに関しては俺からではどうにも絡む術が思いつかなかった。重ねてすまない】

72 :

鰐は泣きました。わんわんと泣きました
だけど、そんな鰐に声をかけてくれる人は誰もいません
やがて、泣いて泣いて、鰐は干からびて死んでしまいそうになりました
だけど、そんなある日。
一人の男の子が、鰐を見て彼女に声をかけたのです――――
それから、鰐は頑張りました
魔法使いに頼んで、着た者が人間に見える不思議な黒い衣を貰いました
衣である鱗を隠して、弱く見えるように努力しました
顔に、演劇の黒子の様な覆面を被って、その鋭い牙を隠しました
誰からも頼られない様に、好かれない様に、その獰猛な声を隠して、
淡々と鳴ける様に特訓しました
そうして黒子になった鰐は、やっと人助けが好きな優しい男の子の日常の傍らに溶け込めました
その後もずっと、男の子の黒子として過ごす事を決めていました
……だけどある日、黒子のいる学校で悪い人たちが暴れ始めました
黒子は困りました。なぜなら、男の子が悪い人たちをやっつける事を決めたからです
このままではきっと、男の子は痛い目にあってしまいます。
黒子は悩んで悩んで、悩みました
自分なら、魔法の服を脱げば、男の子の敵である悪い人たちをやっつける事が出来ます。
その牙で、爪で、男の子に向かう悪い人を食い殺してしまう事が出来ます。
だけど……魔法の服は、一度脱げばもう二度と着られない服なのです。
服を脱げば、鰐になった黒子は、もう男の子の側にはいられないのです。
黒子は悩んで悩んで……そして、決めました。決めたのです
――――
夜闇の中に焼け落ちる木造の建造物は美しい。恐ろしいほどに。
……旧校舎を利用してのキャンプファイヤー。盛大で荘厳なその炎の芸術は、
一般の学生にとってはさぞかし見ごたえのあるものだったであろう。
故に、誰に罪があったのかと誰かが問うた時に、
傍観者にも罪があるという集団主義じみた回答をする者はいまい。
では……ならば。誰が「原因」であるのか
悪である者は、たしかに正体不明の暴漢と、その背後に居る者達にあるのだろう。
しかし、振るわれた凶刃に気づいた者がいなかったのは、その「責任」は
やはり……この学園の生徒全てにあると言わざるを得ない
日常に怠惰し、平穏に奔し、享楽に強欲し
誰かに降りかかるであろう悪意を見逃した、責任
「――――君っ!!?」
悲鳴の様な声は女性のモノであった。
校舎裏から現れたその声の主は、
倒れた一人の生徒を見ると蒼白になりつつ駆け寄り、
それが想像通りの人物だと把握すると、普段の彼女からは想像も出来ない様な
鬼気迫った様子で周囲に的確な指示を出し、懸命の応急処置を執り行なう。
……恐らく、この時に彼女が応急処置をしていなければ、
倒れた生徒の命の灯はその場で消えうせてしまっていた事だろう。
燃え盛る旧校舎の裏で、大事な人を待っていた少女。
懐に仕舞い込まれた手紙に書かれた通りに、ダンスをしようと待っていた少女
この文化祭を全力で楽しめる予定だった少女
「生徒会長」であるその少女は、必死の蘇生術を繰り返す。

73 :
――――同刻。
燃え盛る炎が伸ばした校舎の影の中で、一人学園に背を向けて歩く少女の姿があった。
夜空の星を思わせる様な、純銀のウルフヘア。
精悍で、野生の狼を髣髴とさせる美しい容貌を持つ少女の名は、小羽鰐。
N2DM部書記にしてお茶汲み係であった一人の少女
小羽は、人気の無い学園の裏門を一人潜り抜ける
「……今頃、部長は会長さんと上手くやれてるっすかね
 あそこまでお膳立てしたから、いくらなんでも大丈夫だと思うっすけど
 ……なにせ、部長ときたら鈍感っすからね」
影の中を歩きながら、俯いてそう呟く。その声は、何かを堪えるかの様に震えている。
「……まあ、部員の皆がいるから大丈夫だとは思っすね。
 九條さんはっすけど、実は誰より純粋っす。
 梅原さんは……乱暴っすけど、誰かを大切に出来る人っす
 長志さんは、妙な事ばっかり言ってるっすけど、誰より現実を見てる人っす。楯原さんも……」
思い浮かぶのは、彼女が過ごして来た日々。今まで関わってきた、数多くの仲間達。
笑い、騒いだ、聖域の如き日常。小羽という人間には勿体無いほどのその輝かしい日々。
それを思い浮かべながら、彼女は夜空を仰ぐ
「……そう、皆がいる。みんながいるから、大丈夫っすよね」
「――――私がいなくても、大丈夫っすよね」
塗れた瞳。そこに溜まった雫を、小羽は袖で拭う。
大切な人たちを傷つけない為に。そして己に課された約束を破ったが為に。
小羽鰐は学園を去っていく
彼女は知らない。
この瞬間に、彼女が守ろうとしている日常が、壊された事を。
誰よりも大切な人が、いつかと同じ様に「悪人」の刃に倒れた事を
それは正しく道化で――――愚か者の選択であった
――学園の一室。
小羽鰐が寝泊りしていた宿直室はがらんどう。
引越し用のダンボールに包まれていた数少ない荷物は、いつの間にか運び出されていた。
今や、彼女が学園に在籍していた事を示す者はただ一つ。学園長室に差し込まれた手紙のみ。

74 :

『 退学届
  拝啓、学園長殿。
 私、小羽鰐は、入学時に貴殿と暴力事件を起こさないという
 契約をしたにも関わらず、この度一身上の都合でそれを破ってしまいました。
 その為、契約通りここに退学の申請をさせて頂きます
 大変申し訳ございませんでした。
 貴殿は何もおっしゃりませんでしたが、風紀委員と諜報部の情報網により
 私が壁狭組に対して起こした事件はご存知の事だと思います
 にもかかわらず、事件から今日までの猶予を与えてくださった事、
 感謝に尽きません。そして、貴殿の信頼を裏切った事、再度謝罪致します。
  尚、手前勝手ではございますが、私と交流があった生徒達には
 この理由を告げないでくださる事をお願いさせていただきたく存じ上げます
 ○月×日
                         氏名:小羽 鰐  』
……彼女が今回の事件について知るのは、数日後。
それは全てに畏怖された不良。『人食い鰐(クロコダイル)』が蘇えった日と重なっている。

75 :
>>71
告げられる長志の言葉。まるで、誰もが避けてきた傷口に無理やりに目を向けさせる様な
その言葉を静かに聴いていた「小羽鰐」は、小さく口を開く
「――――そうッスね。確かに貴方のいう事は合理的で事実だとおもうッス」
抑揚の無いその声は、どこか機械じみていて氷の様な冷たさを感じさせる。
まるでそれは、本人に似せて精巧に作られた偽者の様であった
「ここは、心地よくて、いい場所ッス。
 だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
「外に目を向ける事で自分の傷には目を向けない。きっとそれはなによりも難しくて、
 そして、隣人の変化や傷にさえ気付かない、誰よりも怠惰な生き方ッス」
呟く「小羽鰐」。
彼女は顔を上げ――――「ウィッグ」を取り外すと、君臨するかの様に立ち上がった。
「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」
凛として、人の脳髄までに染み入るかの如き声を放つ少女。
驚くべき事に、それは小羽鰐ではない。
学園の「生徒会長」にして今回の事件に最も憤っている人物の一人。
最強にして無比の存在であるその少女が、ここに君臨する。
「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」
万能の生徒会長は唖然とする部員達を見つめ、ため息と共に言葉を吐く
それだけの挙動で、空間が彼女という一つの「絶対」に制圧されたかの様な錯覚さえ感じられる。
「……まあ、私も貴方達の「部長」さんから目を背けていたという点では変わりませんし、
 守るべき生徒をむざむざと傷つけさせた事を責められれば、反論の余地もありません」
そう一置きすると、生徒会長はその美しく……僅かに疲れがみえる「仮面」に付いた二つの目で
N2DM部に居る部員達を見つめる
「本当は、それでも貴方達に色々言いたくて来たのですが……言いたい事は
 そこの詩人さんが言ってくれた様ですので、用件だけ伝えて失礼するとしましょう」
「今回の事件は、大きなものになりすぎました。
 勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、
 くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」
告げられるその言葉は事務的で冷たく、それでいて含みのある言葉。
彼女は暗に含んでこう言ったのだ「行動するのなら、自分の意思で行動する様に」と。
そして、言いたい事だけを言うとたおやかな仮面を被ったまま部室を出て行こうとし、
「ああ、そういえば……九條さん。
 諜報部の部長が風紀委員に関して個人的に話があるとおっしゃっていましたよ?
 それから、長志さん。先ほどから「拳を握って」いる様な気がしますけど、どんな感情を抑えようとしているのですか?」
学園最強の存在は、最後にそう言い残して今度こそ歩き去って行った――
【長くてすみませんっす……
小羽鰐:退学届け提出。人食い鰐として暴力組織相手に無差別に暴れ始める寸前】

76 :
( ^ω^)ブーンブンシャカブブンブーン

77 :
のっぴきならない状況に陥ったとき、どう立ち回るかという選択は、きっと誰もが人生の中で幾度も経験することだろう。
本当は切羽詰らないように前々に対処しておくのが一番正しい生き方だけれど、不測の事態は避け得ない。
誰もが必ず、いつかは向きあう選択肢――ゆえに、人の数だけ答えがある。
例えば、大切なものを失ったとき。譲れないものを害されたとき。
悲しみ嘆く人、現実から目を背ける人、怒り狂って触れるものみな傷付ける人、あの時こうすれば良かったと後悔する人。
――失われたものを、別の何かで代行する人。
もう二度と元には戻らないものを、それでも取り戻そうとあがくよりも、新しい何かで納得できるように努力すること。
配られたカードで勝負するしかない現実で、手札を捨ててもう一度山札から引く決断のできる者。
生物学的に言う、『適者生存』っていうのは、いかにもこのことを言うんだなって、僕はなんとなく考えていた。
人は過去では縛れない。踏み出すのを躊躇する理由があるとすれば、それは漫然とした未来への不安だ。
だから――僕らは未来を変える。選択の先へ進む背中を、自信持って押せるように。
部長が刺されてから数日の間、僕はずっと部室にいた。
保健室は面会謝絶だし、行ったところで何が出来るわけでもないし。
……保健室に集う人間の、あまりの辛気臭さに耐え切れなかったっていうのもある。
梅村くんは犯人を探すって飛び出していったっきり帰ってこない。長志くんはどこに行ったのかすらわからない。
部室には僕と小羽ちゃんのふたりきり。何を話すでもなく、ひたすら二人でぼんやりと過ごしていた。
僕は動けない。
文化祭の最中に生徒が刺されて――意識不明の重体に陥るなんていう、前代未聞の大事件。
当然ここまでおおごとになれば、関係者である僕達にもちらほらと注目と監視の目が向けられていた。
僕のスキル、諜報術は公での使用を禁じられている。生徒会諜報部の勧誘を蹴った代償だ。
衆人環視の中で謹慎指定の技能を発揮するわけにもいかず、そうなるとただの役立たずと化した僕にできることなんてない。
それに――部室を空にしたくなかった。この部屋の主が帰ってきたときに、いつでも暖かく迎える準備をしていたかった。
僕らネームドキャラの他にもN2DM部には部員たちがいるはずなんだけど、僕や小羽ちゃんの居る応接スペース以外は閑散としている。
部長という頭を失った烏合の衆の結束力なんて所詮こんなもんだ。
そりゃあ、他のみんなも自分の仕事や事件の事後処理に忙しいんだろうけどさ。やっぱり寂しくなるもんだね。
年代物の石油ストーブに手をかざしながら、僕はぶるりと震えた。11月のすきま風がびゅうびゅうと入り込んでくる。
知らなかった。この部室って、こんなに冷えるんだ……。
>「……なんだ、いたのかお前達」
不意にノックもなしに扉が開く。この無遠慮な開け方に、部長のそれが重なって、僕は弾かれたように顔を上げた。
そこに居たのは、どこをほっつき歩いてたのか長志くんだった。
「ど、どこ行ってたんだよっ! 携帯かけても出ないし、部長のとこにもいないし!」
実に数日ぶりの再会を果たしたN2DM部きっての自由人は、僕の非難に眉ひとつ動かさない。
思わず立ち上がってしまった僕は、そのあまりのテンションの違いにたちまち声を落としてしまった。
>「まぁ、そう構えないでくれ。私物を回収したらすぐ立ち去るさ」
「回収って、こんな時にまた放浪するつもりかよっ? そんな場合じゃ――」
>「あぁ……もしかしてお前達、本気だったのか。
 本気でこの部活が好きで、あの男と友達でいるつもりだったのか?
「――――ッ!」
まるで捻った蛇口から出てくる水道水みたいな口調で紡がれる言葉に、その意味に、絶句する。
それこそ本気なのか、だ。いくら社会不適合者筆頭の長志くんでも、この状況で言うべき言葉の区別ぐらいはつくはずだ。
つまるところ彼は、区別をつけた上で――決別の為の挑発を、僕らに仕掛けてきている。
真意をつかむべく、僕は清聴した。

78 :
>「いやな、俺はてっきり自分の能力が活かせるとか、自分を認めてくれるとか、居心地がいいとか、
>《中略》ただ……少なくとも俺は、そんな関係に価値などないと思うぞ」
………………正論だ。彼の言ってることは、概ね正しい。
というか当然だ、部長と仲良くしたいだけならば、僕らは単なる「お友達」関係でもいいはずだ。
こんな部活まで立ち上げて、生徒会を敵に回してまで頑張ってたのは、自分のスキルを役に立てたいって思いがあったから。
芸術や、スポーツと同じ――自己表現の手段として、N2DM部に参じていたに過ぎない。
「でも、居心地いいんだよな、ここ」
いつしか手段と目的が入れ替わってた。
父より凄い営業マンだって証明するために、N2DM部の知名度を物差しにしてただけのはずなのに。
体育祭で生徒会に劇的な勝利を納めたあと、これ以上ないぐらい有名になっても、僕はまだこの部室に居る。
スポ根なんて無縁の世界と思ってた。艱難辛苦を共に乗り越える仲間たちなんて、嘘っぱちだと思ってた。
だけど――
「僕はいま、頑張ってる自分が好きだ。でも部長や小羽ちゃんや梅村くんや、きみと、グダグダと馴れ合ってるのも好きなんだ」
呼応してかせずか知らないけれど、小羽ちゃんもすっと立ち上がる。
>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」
刹那、小羽ちゃんのあの研ぎすまされた獣性が成りを潜め、かわりに磨き抜かれた海洋深層水みたいな清廉とした雰囲気が波を立てる。
銀髪のカツラを外した瞬間――全然別人の顔がそこに現れた。
「生徒、会長……!?」
そんな馬鹿な、だって今の今までここにいたのは確かに小羽ちゃんで――!
>「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」
あっけらかんとそう言ってのける。
さらっと言うけどとんでもないことだ!単なる変装ならともかく、『特定の誰かになりきる』なんて尋常のわざじゃない。
下敷きになってるのはおそらく僕の変装術と長志くんのイメージ強化だ。
僕らが個性として極めた技術を、高いレベルで再現し、果ては複合させて新しいスキルに改造してのける。
これが、学園最強――!
>「今回の事件は、大きなものになりすぎました。勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」
「それは……足手まといになるな、ってことですか」
言うまでもなく正論だ。学園総力が動く……それは執行部はおろか、各委員会の委員長クラスが結集することを意味する。
このマンモス学園で更に選び抜かれた実力者たち。こんな片田舎で起きた傷害事件に動員するような戦力じゃない。
国だって覆せる連中が本気出すっていうのに、いち部活のメンバーに過ぎない僕らにやれることはあまりに、少ない。
つまりはこれは、戦力外通告――に見せかけた、生徒会長直々の発破なのだ。
組織が動く以上、どうしても小回りは効かなくなる。遊撃部隊となれるのは、僕らのようなパンピーだけだ。
>「ああ、そういえば……九條さん。諜報部の部長が風紀委員に関して個人的に話があるとおっしゃっていましたよ?」
言い残して、生徒会長は去っていく。
落としていた腰をもう一度浮かせて、僕は立ち上がった。
視線の先に長志くんをはっきりと捉えて、手のひらを顔の前へ。腰、肩、首に絶妙な捻りを加えて言い放つ。
「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな。
 覚悟はいいか?僕はできてる……始めようぜ、未来に!『楽しい学園生活』を勝ち得る戦いを――!」

79 :
――――――――
生徒会諜報部・情報統括室。
主に学園行政の暗部を司り、メディアの修正を受けないあらゆる"ナマ"の情報が集う場所。
学園を運営する施設で複雑に入り組んだ行政棟の中でも、とりわけ分かりにくい位置に看板を出しているのが、その本拠地だ。
諜報部に所属する生徒は基本的にデータのやり取りで指令を受け報告を済ます。
だからトップの鎮座する情報統括室には最低限の人員と設備しかないし、相応の大きさの部屋しか与えられていない。
ワンフロアまるまる貸し切りの執行部や生徒会室の隣に居を構える内政部とはえらく待遇に差があるのは、多分ここの主が原因だろう。
「よく来たね、九條くん。きみの活躍は聞いているよ、生徒会役員の『神託機械』を倒したそうじゃないか。
 とりあえずこれを切りの良いところまで済ますから、そこにかけていてくれよ?」
長い黒髪を頭の後ろで引っ詰めて、堀の深い鼻梁にゴーグルみたいな枠の太いメガネをかけた男子生徒。
なで肩のせいで制服が驚くほど似合っていない。肌はモヤシみたいに生白くて、いわゆる美白とは雰囲気を異にしている。
諜報部部長兼パソコン研究会会長にして、情報統括室の室長――彼は自分のことを単に"室長"と呼ばせていた。
僕の、ハッキングの師匠だ。
「呼ばれたから来たんですけど。いま何やってるんですか、室長」
「いやね、好きな声優が男とデキてないかブログをチェックしているんだけど、なにせ人数が多いからね?」
「呼びつけた知り合いよりそっちが大事なの!?」
室長のデスクの後ろには布団と枕が置いてある。彼はここに寝泊まりして、もう三年ぐらい部屋から出ていないのだ。
当然授業にも出ていない。出席日数も足りてないのでかれこれ2年ほどずっとダブり続けているらしい。
それでもなお学園から退学にもならず、諜報部のトップというポストも追われずにここに座っている。
学園始まって以来、こと諜報に関して彼よりも有能な人材がいないからだ。
室長はハッキングの――こう言うとひどく安っぽく聞こえるかも知れないけど、いわゆる天才だった。
ネットにつながっている場所ならば、パソコンひとつで何でも知ってのける。どんなに厳重なプロテクトも丸裸だ。
実のところハッキングっていうのは部屋でキーボード叩く機会は多くない。どうしても現場に出向く必要がある。
そういう物理的・技術的な限界を、やすやすと突破してのける彼の辣腕は、常人に再現できるレベルじゃない。
まるで裏で糸を引いてるみたいに現場を掌握する手腕と、回線切って首吊ってという揶揄も含めて、
彼のことを人は『吊るし男《ハングドマン》』と呼んだ。
「いやはや、大変だったよ、会長女史に君を呼んできてもらうために、直接頼みに行ったんだ。
 妹以外の女子と関わるのはこれっきりにしたいものだね?」
「疑問形で言われても……それで、一体どうゆう用件で呼んだんですか。個人的な話だそうですけど、面白い話ですか?」
「すまないが面白い話ではないね。むしろ悪い話だ。ご所望なら用件が済んだらぼくが頑張ってアドリブで面白いこと言おう。
 ――風紀委員の中で内紛が起こったらしい。幹部委員を含む4名の離反、それから副委員長が行方不明だそうだよ?」
副委員長……梅村くんか!しばらく部室に顔出してなかったけど、行方不明?まさか。
委員長に心酔している彼が造反に加担するとは思えない。おそらく、謀反した四人を止めようとして、巻き込まれた――!
「風紀委員長から直々に調査を依頼されたのだけど、こちらも先日の人傷事件で諜報員の殆どを動かしている状況だ。
 正直言って風紀委員の内乱にまで割く人員はない。九條くん、きみは確か副委員長くんとは友人だったね?」
「……僕、諜報部の人間じゃありませんよ」
「だからぼくはきみに"話した"だけさ。『依頼』でもなければ『指令』でもない。
 ああ、余談だが、きみに掛けておいた諜報術の行使制限を一時的に解いておいたよ。もちろん、特に意味はないけどね?」
室長は、眼鏡の奥の両目を細めた。
僕は黙ってデスクの上から『きちんと纏められた』内乱関係の書類をひったくると、踵を返して部屋の出口へ向かう。
「ちょっと待ってくれないかな?」
背中から室長に待ったをかけられた。
もう用件は済んだはずだ。まだ何かあるのかと、僕はうんざりしながら振り返る。
「面白い話をまだ言ってなかったろう。頑張って考えたから聞いてくれ。昨日漏らした時のことなんだけど――」
「引き止めてまで言う内容ですかそれ!?」

80 :
――――――――
「というわけで、風紀委員内乱事件の前後関係を調べていくとさ、きな臭い金の動きがあることがわかったんだ。
 他にも風紀委員の名義で手配された学用車や糧秣類、部屋の借用なんかの中で、実際に使用された記録と一致しない部分がある。
 部長の件でそうとうゴダゴダしてたから気にもされなかったみたいだけど、この金と物資はどこに行ったんだ?」
僕は"現場"を足げしくウロウロしながら、自分の考えを整理するように訥々と述懐した。
「それで私をどうしようと思って呼んだのです。生徒会からは力を貸せないと会長より通達があったはずですが」
いま、隣には生徒会書記の東別院さんがいる。
忙しい合間をぬって呼び出しに応じてくれたらしく、いつも無表情な彼女にしてもやはり疲れの色が垣間見えた。
吹き抜ける寒風はビルの隙間である僕らのところにも容赦なく寒気を運んできて、東別院さんは揺れる髪先を握って抑えていた。
「うん、だから生徒会としてじゃなく、きみ個人にいち友人としてお願いしようと思ってね。
 きみの能力なら、足・タイヤの跡や砂埃の塵具合なんかから、ここで何が起こってどこに向かったのか解析できるだろ?」
「あなたとお友達になった記憶はありませんが、確かに可能です。人の出入りの少ないここならば数日前まで遡れます」
あ、友達だとは思われてなかったんだ……ちょっとショックだけだまあ良い。それは、うん、また今度言及しよう。
とにかく造反した風紀委員の足取りを追うには東別院さんの協力が不可欠だ。
梅村くんが最後に目撃されたというこの路地裏には、あからさまに不自然なタイヤ跡があった。おそらくここで拉致されたのだ。
「良いでしょう。誠に不本意ですが、やむを得ず、仕方なく、しぶしぶ、断腸の思いで、承諾します」
「悪いね、力を貸してくれるかい」
「ええ。――お友達になります」
そっち!? 協力する云々じゃなくて友達になるのが嫌だったの!?
いかにも不承不承って感じだけど、僕ってそこまで嫌われてたのか……。
東別院さんは、現場に遺された痕跡を指先で作った四角形の中に覗き入れて、集中。
「『神託機械《ラプラスプラス》』――!」
「ぶっ!?」
技名叫んじゃうんだ!明円ちゃんマジで悪影響ばっか及ぼすなあ!
しかもちょっとドヤ顔。絶対格好良いと思ってるよ……。
ともあれ、東別院さんの超演算能力が、残った推理材料からこの場で起こった『過去』を彼女の脳内に再現していく――。
「――視えました。地図を貸してください、学用車の逃走ルートをアウトプットします」
僕が渡した生徒手帳の学内地図に、白魚のような指が這い、ボールペンが線を刻んでいく。
やがて完成したルートは、普段は人の出入りの少ない専門棟へと続いていた。
「よし、場所さえわかればあとは大詰めだ。ありがとう、助かったよ東別院さん」
「そんなことより今週末どこか遊びに行きましょうよ。あっ私ディズニーシーがいいです」
「キャラ崩れるほどテンション上がってるんじゃん! 喜んでくれてなによりだよ!?」
もしかして僕は、明円ちゃんに次ぐ二人目の友達なんじゃなかろうか。
友達にすぐ影響うける東別院さんだ。僕みたいな常識人と友達になったら、まともになっちゃうかもしれないね。
僕は忙しい彼女に礼を言って別れ、早速梅村くんの拉致された先へと向かうのだった。
――――――――

81 :
道中、いちおう長志くんにメールを入れておいた。
梅村くんが拉致られたこと、風紀委員の間で内乱が起きていること、今から梅村くんを助け出しに向かうこと。
部長の病室は携帯厳禁だし、小羽ちゃんはそもそも電源入ってるのかどうか怪しいし、連絡がつくのは彼だけだった。
何かをして欲しいわけじゃない。ただ、知っておいて欲しかった。
もうみんなで元の関係に戻ることはできないかもしれない、だけど、『取り戻そうと頑張る』ことに意味がないわけじゃない。
僕は今からそれを証明しにいくのだ。何かあった時に僕がどこに居るのか知っている人がいて欲しかったってのもあるけどね。
僕が帰らなかったら、風紀委員にでも通報してくれるだろうことを祈って。
通常の授業では使うことのない専門棟は、ホルマリンのすえた匂いと生暖かい風の吹く魔境だった。
僕は潜入用のブラックジャケットに制服を着込んで、人相がバレないよう帽子を目深に被っている。
僕が専門棟に向かったとき、案の定入り口の近くに立哨が立っていた。
風紀委員のものとは違う制服を着ているけど、重心を安定させた立ち方や体幹のぶれない歩き方からして戦闘訓練を積んだ生徒だ。
おそらく造反した風紀委員のうち誰かだろう。馬鹿正直に近付けば警戒されてアウトだ。
風紀委員長のほうにかけあって援軍をよこしてもらうのも現実的じゃない。
専門棟の教室に人が監禁されてるなんて話、普通にリークしたところでそうそう信じてもらえやしないだろう。
風紀委員に造反者の手先が残っていたら、裏をとる前に揉み潰されて終わりだ。
とにかく僕は、警備とかち合わずに梅村くんのところへと至る方法を考える。
専門棟の保守点検スタッフを装って行ったところ、立哨の生徒に電工教室は使用中だから掃除しなくて良いと言われた。
これで見られちゃまずい何かは電工室にあることは確定的だ。バケツとモップを持って棟内を歩き回りながら考える。
しばらく逡巡して――火災報知機のスイッチを思いっきり押し込んだ。
ジリリリリリ!とけたたましいベルの音が誰もいない廊下の空気を震わせる。
すぐに立哨していた生徒が廊下に飛び込んでくるが、僕はその前に扉を開けて電工室の隣の教室の中に隠れた。
何ヶ月も使われてないのか埃かぶった壁に聴診器を当て、『隣で人が動く音』を察知する。
何度も場所を変えて聴診器をあてがいながら、ようやく一番音の大きい位置を特定した。
この壁の向こうで、誰かが大声で騒いでる――!
「何があった! 家事か!?」
しばらくして、壁の向こうで動きがあった。報知器のベルに反応して、何人かが廊下に出たのだ。
チャンスだ。僕は手元のスイッチを押す。チュドン!とくぐもった音がして、円形に配置し終えた指向性の消音炸薬が爆発。
丸い形に切り取られた壁がこちら側に倒れてきて――その壁に何故か張り付けにされていた梅村くんと、目が合った。
「営業心得その3! 今までにない斬新なアプローチで問題解決を提案せよ! ――助けにきたぜ、梅村くん」
大穴の開いた壁の向こうで、見張りと思しき女子委員が目を丸くしている。
侵入者に気付いて動き出す前に自家製のスモークグレネードを電工室へ投げ込み、煙に戸惑う後ろからペン型スタンガンを押し当てた。
「ほらはやく立ち上がって――重たい!なにこれ全部金属!?なんつうモンで拘束されてるんだきみ!」
とてもじゃないけど担いで逃げられるとは思わなかった。
拘束具を外すための鍵も、当然だけどそこらへんに置いてあるわけじゃない。
手間取っている間に外に出てった連中が戻ってきてしまう――やむを得ない!僕は二教室の扉を全部閉めて、内側から鍵をかけた。
「あとは報知器に呼ばれた風紀委員を待てば――おかしいな、報知器を押してもう一分以上経ってるのに、風紀委員の気配がない」
専門棟から風紀委員の派出所はすぐなので、一分もしないうちに当直の風紀委員が駆けつけてくるはずだ。
火災報知機は誤報でも必ず建物内の全ての人を避難させて全室を点検するよう決められているので、
すぐにこの部屋にも踏み込んでくるというのが僕の目論見だった。
それが、二分待ち、扉の向こうに造反組が帰ってきても一向に姿を見せない。まさか――当直の風紀委員も買収されてるのか?
扉が開かないことに気付いてドンドン叩き、やがてぶち破ろうと体当たりし始める外の連中。
「う、梅村くん、もしかして僕たち、閉じ込められた……?」
冷や汗をだらだら流しながら、今日は長い一日になりそうだと、ようやく理解した。

82 :
【遅い&長いで申し訳ないです。状況は、梅村くんを助けに行くも教室内に閉じ込められてしまった、ということで】

83 :
うーむ
ちと遅くなるかもしれん!
まぁ俺現状病室だし、飛ばしても一向に構わんよ!

84 :
>>83
俺も日曜辺りまで時間とれそうにないんで大丈夫ですぜィ

85 :
ウメちゃんそろそろ書いちゃってもいいんじゃない?

86 :
やかましい

87 :
とりあえず部長に意思確認してみたらどうかな

88 :
ほいただいま!今から書くけど今日はおそらく間に合わない!
だから明日には投下しよう!
…たぶん!!

89 :
部長マジで大丈夫?
あとウメは書き始めた方が良いと思うが、ウメ生きてる?

90 :
一度ウメに限らず全員分の生存確認をしておいたほうがいいんじゃないの?

91 :
生存報告。

92 :
俺は生きてる
いっそ死んでしまいたい気分だがな
ともあれだ。建設的な提案をさせてもらおうか
九條がウメに絡みに行ったので、俺は小羽に絡みに行こうと思ってる
両グループ間には特に連携を取るような要素もない
だから俺はウメを待たずに書き出させてもらおうと思う
そこにウメを蔑ろにする意図はなく、単に小羽をこれ以上待たせるのは心苦しいものがあるからだ
これじゃ提案と言うより宣言だってツッコミは胸の奥に秘めておいてくれ

93 :
携帯から生存報告失礼するっす
私はどんな展開でも構わず受けるっすよ
シーンから外れて皆さんには迷惑かけてすまないっす
……部長、無事っすか?
病気とか怪我してないっすか?
私が無茶な展開振って書きづらいならすみませんっす
次から頑張りますっすから、生存してるなら一報欲しいっす……

94 :
>「僕はいま、頑張ってる自分が好きだ。でも部長や小羽ちゃんや梅村くんや、きみと、グダグダと馴れ合ってるのも好きなんだ」
長志恋也の表情は揺るがない。
ただ冷徹な人格破綻者の表情で、九條と小羽を見つめていた。
>「――――そうッスね。確かに貴方のいう事は合理的で事実だとおもうッス」
>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。
 だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「外に目を向ける事で自分の傷には目を向けない。きっとそれはなによりも難しくて、
 そして、隣人の変化や傷にさえ気付かない、誰よりも怠惰な生き方ッス」
違う。長志恋也の求める答えはそれではない。
事実を再確認して、過去を振り返る事ではない。それは既に彼が行った事だ。
>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」
声音の一変――薄氷の刃のごとく人の脳に、心に絶対の意思を刻み込む音律。
雰囲気の一変――『完全』が存在している。そう称する他、例えようのない絶対的な存在感。
銀髪のウィッグが取り外され、流麗な黒髪が凛然と揺れる。
長志恋也の面持ちが驚愕に歪んだ。
>「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」
生徒会長だ。
長志恋也と九條の特異点をいとも容易く模倣し、更には複合、昇華させて、彼女は小羽鰐としてここにいた。
長志恋也が驚愕を遥かに超越して、最早呆れる他ないと言いたげに、皮肉な笑いを零す。
「……アンタの下で働ける奴は、敬虔な教徒になれるな」
『完全』はありとあらゆる技能を、才能を、努力を否定する。
ならば彼女の傍にいられるのは、その完全性に神格を見出せる人間のみ――ではない。
「いや……むしろ逆なのか?あらゆる技能がお前にとって無意味でも、アンタは周囲に人を置く。
 それはきっと、何よりも純粋な人格の肯定なんだろう。
 なんだ、アンタ……ウチの創造主殿にそっくりなんだな。まるでコインの裏表だ」
無能を極めているからこそ、彼の存在はありとあらゆる技能を肯定する。
完全を極めているからこそ、彼女の存在は全ての人格を肯定する。
――両者は表裏一体で、真逆の性質を持っているからこそ、よく似ていた。
>「今回の事件は、大きなものになりすぎました。勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」
言われるまでもない事だ。
現実主義は長志恋也が好むファッションの一つ。彼はいつだって現実を見ている。
自己陶酔に浸る自分を見下ろす、宙に浮かんだ自分が常に存在する。
>それから、長志さん。先ほどから「拳を握って」いる様な気がしますけど、どんな感情を抑えようとしているのですか?」
「……知りたいか?」
瞬間、燃え盛る漆黒が迸り、部室を満たした。
あまりにも濃密な、全てを焼き尽くす炎のような衝動が、視覚的な情報と化して溢れ出す。
「いや、今のは間違いだな。むしろ俺が教えて欲しいくらいだ。この感情をどう例えればいい?
 全てを、法も道徳も、過去すら跡形もなく掻き消してしまいたいこの衝動を、どうすれば表現出来る?」
仮面の裏から漏れた激情の炎は、一瞬で鳴りを潜める。

95 :
――長志恋也は人格破綻者で、現状に拘ろうとしなかった。
故に彼は自分の好きなように振る舞えて、好きな事が言えた。
居心地がいいから、能力を遺憾なく発揮出来るからN2DM部にいた。
九條や小羽もその口だろうと、彼は本気で思っていた。
全て、過去だ。灰塵にしてしまいたいほど愚かな過去だ。
傷つけて、傷つけられて、初めて、皆が自分にとってどれほど大事なものなのかに気が付いた。
彼は今、生まれて初めて本気の感情を抱いていた。
現実主義の視点すら焼き尽くしてしまう炎のような感情を。
怒り、激怒、憤怒、激憤、憤懣、どんな言葉を用いてもまるで足りないほどの激情を。
この感情をどう表現すればいいのか。
生徒会長に問うまでもなく、本当は分かっていた。
感情表現の手段は何も言葉だけではない。
ただ、行動で示せばいいのだ。
>「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな。
  覚悟はいいか?僕はできてる……始めようぜ、未来に!『楽しい学園生活』を勝ち得る戦いを――!」
「……それだ」
長志恋也は小さく呟く。仮面の裏から、本心からの笑みが覗いた。
やっと、彼の望む答えが返ってきた。
『何をどうしたいのか』――その答えが。
「ようやく目覚めたな、九條。それでいい。
 人は誰しも、願望の奴隷だ。したい、したくない、どんな行動を取ろうと己の願いから逃れる事は出来ない。
 それでも……どんな願望に従うのか、それを選ぶくらいの事は、出来るんだ」
そして九條は、風紀委員の呼び出しに応じて部室を出ていった。
それから暫くして、梅村を助けに行くとのメールが長志恋也の携帯に送られてきた。
返信はしない。既に九條は動き出しているだろう。
「さて……それじゃあ俺も、行くとするか。もう一人の眠れる奴隷を叩き起こしに、な」
――壁狭組、組長の屋敷。その門前に二人の見張りが立っている。
構成員の殆どがこの屋敷に集結していた。
事務所は一時的に放棄している。全ては『人食い鰐』の報復を警戒しての事だ。
前回は事務所にいた数名のみで相手取る事になったが今回は違う。
壁狭組の最大戦力を以って、『人食い鰐』を迎撃するつもりなのだ。
恐らくは嶋田も、この屋敷の中にいる。
「来たな」
見張りの片割れが呟いた。
「……そう、別に連絡がつかなくとも、ここで待っていればお前が来る事は分かっていた。
 昔衝動的に買ったスーツがこんな所で役に立つとは、流石の俺も想像していなかったがな」
そのまま芝居がかった口調が続く。
直後に、もう一人が咄嗟の行動に出る事すら許さず、高速の手刀で喉を穿った。
更に、膝が折れて地面へと落ちていく顎を、膝を打ち上げてとどめを刺す。
見張りの片割れ、その正体は長志恋也だった。
インテリ風のスーツに黒ネクタイ、髪型はオールバック。
その格好で堂々と門前に立っていれば、誰もが彼を見張り番だと疑いはしなかった。
生徒会長の生み出した変貌術を逆輸入したのだ。

96 :
「『俺は強い』と想像する……悪くないが、体が付いて来ないのが難点だな」
もう一つの想像――激情の炎が産み出した新たな技能。
強力な『思い込み』を自分に付加する事で、一時的に身体能力の限界を突破。
瞬速の貫手と膝蹴りで見張りを昏倒させたが――元が貧弱極まりない長志恋也では、体への負担が激しすぎる。
たったのニ撃で筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。何度も使えるものではなかった。
「まあ、それはとにかく、だ。……随分と水臭いな。
 たった一人で壁狭組に挑んで、たとえ勝ったとしても、その後お前はどうするつもりだったんだ?」
そして断言する。
「一つ、言っておくがな。俺はやるぞ。お前がやるなら、俺もやる。
 お前が付いてくるなと言おうが、一人でやると言おうが、俺もやる。
 何故なら……俺がそうしたいからだ」
それはどこまでも自分勝手で、同時に皆の事を思った願望だった。
「お前を一人で行かせたくない。アイツを刺した奴を、その裏で糸を引く見下げ果てたクズを焼き尽くしてやりたい。
 それが俺の願望だからだ」
だが、と言葉を繋ぐ。
「同時に俺は、出来る事なら……全てが終わった後で日常に、あの部室に戻りたいとも思っている。
 その中にお前がいて欲しい。もっとお前の事が知りたいし、俺の事を知って欲しいともな。
 全て、俺の願望だ。……欲張り過ぎだと笑っても構わないぞ」
我ながら馬鹿馬鹿しい、現実が見えていないと嘲笑。
「……九條の奴がな、こう言ったんだ。
 「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな」
 分かるか?人を衝き動かして、人が追い求める願望は、何も一つでなければいけないなんて事はないんだ」
――研ぎ澄ました眼光で小羽を捉えた。
「さて、本題だ。じゃあお前は何がしたい?ただアイツの敵を討って、それで満足か?
 日常も、あの部室も、もういらないのか?いや、そんな訳がないよな。
 ……言えよ。隠したり、誤魔化したりせずに、お前の望みを。
 俺も九條も、アイツだってきっと、その望みを叶える為なら……なんだってするだろうさ」
【少しばかり決定ロールなるものを使わせてもらったが、
 もしもそれが小羽の意図に反するものだった場合は撤回と修正をするので教えてくれ】

97 :
憎い憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い■シテヤル憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎■しテやる憎い憎い憎い憎い
憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
■してヤル憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
もはや言葉で表すことすら困難な激情の本流。
汚泥の様に溶岩の様に、血の様な赤色が混じった
深く黒い感情。憎悪と呼ぶことすら憚られる感情が、其の身体を突き動かす。
眼球の毛細血管が切れたのだろう。その視界は真紅に染まり、
あらゆる色は、もはや彼女の世界からは失われている。
一つの悪意は僅かの間に少女を獣へと換えた
ただただ己が敵を、己が憎しみの対象を
己の小さな願いすらあざ笑い踏みにじるこの世界を
その全てを食いべく『人食い鰐』は歩を進める。
獣の脳裏に浮かぶ情景は、とある病院の集中治療室。
悪意の刃に穿たれた一人の少年が眠る部屋。
今の自身にとって最も大切である少年が、死に瀕している部屋。
「……私は、私が幸せになんてなれないのは知ってる」
思い浮かぶ情景。
とある学園の一室で、リーダーぶって背伸びをする
一人の少年と、呆れた様子で冷たい言葉を浴びせ、お茶を渡する自分の姿。
初めは僅か数人だった部室に人が増え、依頼を重ねる毎に絆を深めた、
掛け替えのない、騒がしくも楽しい黄金の日々。
「あの人が幸せになるなら、隣に居るのが私じゃなくても良かった」
そして、ずっと見ていたからこそ気付いた、
大切な少年が完全な少女に向ける、自分が最も向けて欲しかった感情。
「私は……あの人の幸せを、暗闇から見つめられれば、それで良かったのに」
想いを押し殺してまでも少年の幸せを望み、
聖域を捨ててまでも「仲間」たちの幸福を願い、
自身を消し去ってまでも彼らの平穏を想った
だというのに……だというのに、その全てすらも砕かれた。
鰐を追い続ける悪意の連鎖は、彼女の大切な物を常に奪い去る。
過去も、そしておそらくはこれからも。それは変わらないのだろう。
「だったら……」
だから、希望を踏みにじられ空虚の心に憎悪を詰め込んだ『人食い鰐』は、
心が死に掛けた一匹の獣は、その歩を進めるのだ。
眼前に見えるは屋敷の門。憎悪の根源。
――――この日。小羽鰐は、生まれて初めて人を殺そうとしていた。
そして恐らく、何事も無ければ小羽鰐は本当に人を殺し、人間でない何かになってしまっていた事だろう

98 :
―――――
物々しく悪趣味な、壁狭組組長宅の門前。そこには二人の見張りが立っていた。
赤く染まった視界の中に居るその木偶達は、それぞれが暴力に自身がある者が
放つ独特の空気を纏っていたが、その気配を前にしても人食い鰐は動じない。
黒い皮製フードジャンパーでその体格と表情の半分を隠し、
凄絶な憎悪を纏いながら、どう効率良く食いかという行動式を組み上げる。
>「来たな」
>「……そう、別に連絡がつかなくとも、ここで待っていればお前が来る事は分かっていた。
>昔衝動的に買ったスーツがこんな所で役に立つとは、流石の俺も想像していなかったがな」
赤く染まった視界には、眼前の者達は壊すべき木偶としか認識させない。
一度、確かめるように拳を開閉した人食い鰐は、一人のスーツの男が言葉を発した瞬間、
疾風の様な速度で二人に近づき、踏み込み、その手を伸ばし――――
「……え?」
しかし、伸ばした腕はスーツの男達を抉る事はなかった。
男たちの背後に在った、堅い木製の扉。その表層の一部を削り取った小羽は
その場に立ち尽くす男達の内の一人を見て呆けた様な声を出す。
正確には、見つめたのはもう一人の黒服を昏倒させた見知った顔の男。
>「『俺は強い』と想像する……悪くないが、体が付いて来ないのが難点だな」
N2DM部部員、長志 恋也。
妄想を武器とする、生粋にして異端の厨二病患者。
「何故、ここに長志さんがいるっす、か……?」
問いかけるが、直ぐにそれは愚問だと気付く。
何故ならば、その理由は先ほど長志本人が述べていたからだ。
即ち「ここに来るのは判っていた」と。
突然の事態に困惑していた小羽であったが、次に長志が放った言葉で我に帰る。
>「まあ、それはとにかく、だ。……随分と水臭いな。
>たった一人で壁狭組に挑んで、たとえ勝ったとしても、その後お前はどうするつもりだったんだ?」
「……どうもしない。どうせどうにもならないから。
 だから私は、せめて私の大切な人に刃を向けた奴を、全員喰い。
 後は、刑務所で死刑でも終身刑でも受ける。だから関係ない貴方はさっさと帰――――」
空虚な心に詰まった憎悪が。今の小羽を動かしている。
その憎悪が果たされた後の事など、考えては居ない。考える必要も無い。
小羽はそう考えていた。だから、あえて関係ないと言い切り、長志を遠ざけようとする。が
>「一つ、言っておくがな。俺はやるぞ。お前がやるなら、俺もやる。
>お前が付いてくるなと言おうが、一人でやると言おうが、俺もやる。
>何故なら……俺がそうしたいからだ」
「……!? ふざけないで。これは私の復讐。そんな自分勝手な理由で――――」
>「お前を一人で行かせたくない。アイツを刺した奴を、その裏で糸を引く見下げ果てたクズを焼き尽くしてやりたい。
>それが俺の願望だからだ」
言葉は遮られた。長志の放った理由。それはあまりに身勝手なものだった。
そして、身勝手で単純であるが故に強固で、その意思を覆す事は容易ではない。
そも、鰐とて己の身勝手な願望で動いているのだ。感情論者が感情論者の行動を否定出来る訳も無い。
……だが、だが、そんなエゴの言葉でも人食い鰐の憎悪(エゴ)の前進は止まらない。

99 :
(言葉で止まらないなら……鳩尾でも殴って、足の一本でも折って、放り投げればいい)
地獄に一緒に落ちたい。そんな意思で止まる程に、彼女の闇は浅くない。
だから、もし少しでも闇を思いとどまらせる、そんな物があるとしたら――――
>「同時に俺は、出来る事なら……全てが終わった後で日常に、あの部室に戻りたいとも思っている。
>その中にお前がいて欲しい。もっとお前の事が知りたいし、俺の事を知って欲しいともな。
>全て、俺の願望だ。……欲張り過ぎだと笑っても構わないぞ」
>「分かるか?人を衝き動かして、人が追い求める願望は、何も一つでなければいけないなんて事はないんだ」
「……っ!!」
――――きっとそれは、光とか、そういうモノなのだろう。
長志の言葉を受けた小羽が、たじろぎ数歩後退する。
今まで、大切な物が消え去り、奪われる経験は何度もしてきた。
何度も何度も何度も何度も何度も失い、大切な仲間は常に彼女の周囲からいなくなった。
……だから、小羽にとって初めてだったのだ。
こんな状況で『仲間が駆けつけてくれる』という経験は。仲間に、我侭を言っていい等と言われる経験は。
だからこそ、固めた表情が、罅割れる。凍った心が、解け始める。
『人食い鰐』という鎧の下に隠れた、ただの少女である「小羽鰐」の言葉が、漏れ出す。
「……いらない……訳、ないじゃないっすか」
「戻りたいに、決まってるじゃないっすか……皆の居る場所に……!」
それでも涙だけは流さない様に歯をきつく噛み締める。
そう、確かにあるのだ。暴力の鎖を断ち切り、部長は完治し、また皆で笑い合える、
そんな未来の可能性は。ただ、小羽は余りに奪われすぎて……そんな可能性を直視出来ないでいたのだ。
だからこそ、仲間が駆けつけてくるという彼女にとっての奇跡を見せ付けられた小羽は、揺らいだ。
「……だけど……けど……っ!!」
思い出すのは、かつて自分を裏切り忘れていった人たちの姿。
彼らの呪いが小羽を蝕み、その心は揺らぎ、疑い、惑い、悩み――――
やがて小羽は、フードを右手で擦り下げ、表情を完全に隠すと、小さな声で呟いた。
「……長志さん。私は、部長を刺した奴らを、殲滅したいっす。
 そして、そして……また、皆と一緒に、過ごしたいっす……だから、お願いします。
 ――――私を、助けてくださいっす」
――どうやら、そんな呪いごときを振り切る程度には、
小羽が過ごしたN2DM部での日々は価値があったらしい。
小羽はその手で巨大な門の取っ手を掴み、力任せに門から扉を引き剥がす。
木のへし折れる大きな音に内部で待機していた組員達がわらわらと現れ、
そんな彼らに向けて、小羽は剥がした扉を投げつけた。
簡易の攻城兵器と化した木製の扉は、現れた組員達を十派一絡げになぎ払う。
「あ……それはそれとして、あのお化け屋敷で長志さんがやった事、忘れてないっすよ」
そして、「何時もどおり」の毒を吐くと、小羽は砂埃が上がる屋敷の正面に立ち、
口元にほんの僅かに笑みを浮かべ、
未だ赤く晴れる瞳をフードで隠しながらも、振り返りそいう言った。

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