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2012年5月なりきりネタ409: 【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】 (139) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】


1 :12/03/15 〜 最終レス :12/05/14
前スレ
【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/

2 :
過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】  レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/
まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html

3 :
【五日後・夜通り『モーゼル邸』搬入口近く】
「おう、待ってたぜ」
メッセンジャーから符牒を受け取ったフラウは、既に労働者に変装して集合場所に待機していた。
いつもの"よそ行き"の服に、今日はぼさぼさの髪も梳いてある。
「あれ、今日はカモ女いないのか?こっちのトリ女は健在みてーだけどよ」
リアの方を横目に見て、にやりと笑う。どうにもこの少女は、リアに対してだけは馴れ馴れしい節があった。
フラウはこの五日間、常にモーゼル邸を監視し続けていた。新聞の切れ端をまとめたメモ帳を引っ張り出す。
「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
人数分の写しは、仲間たちに頼んで作ってもらった。
帝国式魔術では簡単な部類に入る『転写』の術式はまだ習っていないため、手書きによる写経である。
フラウはそれを、フィオナとリア、それから二人が首に輪をつけて連れている奴隷の女に手渡した。
彼女がフィオナの言っていた『増員』なのだろう。穢された高貴なるもの、没落貴族である。
「あたしにできるのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
 予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
 * * * * * *
予め申請してあった書類を搬入口に見せると、門番は屋敷の裏に立てられた検査小屋へと案内してくれる。
出品者と、出品物は、ここで一律に検査をうける。それはどんなに常連であっても例外はない。
『武器を所持していないか』 『出品物はきちんと盗品か』 
『身元は明らかになっているのか』『どこからどうやって盗んできたのか』
様々な検査術式と、たくさんの質問を検査人にされるだろう。
ノイファとセフィリアは、それらの問に淀みなく答えなければならない。不審に思われれば、出品拒否さえ有りうるのだ。
やがて問診が終われば、いよいよモーゼル邸の屋敷へ足を踏み入れることが許可される。
出品物は出品エリアへ。出品者は、屈強な二名の黒服によって監視される出品者特待席へ。
出品者の表向きの扱いはゲストだが、しかし接待の恩恵を受けられるわけではない。
薄汚い盗人として、金持ちに見下され、侮蔑され、後ろ指刺されながら席から一歩たりとも動くことを許されない。
盗品を求めるゲストが、しかしそれを提供する盗人には唾を吐く。それは二律背反ではない。本気でそういう価値観なのだ。
この街は、もうずっと前から狂っていた。なまじ『犯罪が起きない』(無論、それは検挙されないという意味である)から、
人々の中から次第に遵法意志が失せていって、しまいには利己的な自己判断だけが残る。
裏でどんなに汚いことが横行していようと、知らないことは知ったこっちゃない。それが金持ち達の犯罪に対するスタンスだ。
二一〇〇時――モーゼル邸のホールから明かりが消え、壇上だけが煌々と輝きはじめた。
燕尾服をきた恰幅のいいオークショニアが、拡声魔法を使って司会の声を轟かせる。
『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
 今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
スイが既に会場入りしているなら、カタログの巻末に挟まっているカードの存在に気付くだろう。
トランプ大のそれには、100、500、1000、5000、10000といった具合に数字が刻みつけられている。
このカードは会場の全てのカタログと魔術的に関連付けがされていて、数字を指で擦ればその額だけ入札ができる仕組みだ。
またオークションには『即決価格』というものが存在し、これはその値段なら競りを経ずに即座に落札できるという金額である。
多少値が張ってでも絶対に他に渡したくないという商品があった場合に、これを提示するのである。
『それでは早速参りましょう、まずは最初の商品。クリシュ藩国よりアンバー盗賊団が窃盗した、『星海石』の二級品。
 精錬したものは優秀な刃の材料となりますこちらの入札開始価格は5000、さあ、皆様振るってご入札ください――!』
【オークション開始】

4 :
tsi

5 :
>>3は私です

6 :
【モーゼル邸・警護課詰所】
街で一番の貴族であるマウザー=モーゼルの屋敷には、催事・応接フロアや居住フロアに比べ幾分か質素な区画がある。
このクラスの貴族邸宅には特段珍しくもない、住み込み使用人の生活スペース。詰所フロアである。
家政婦や雑用夫から、庭師、御者に果ては奴隷に至るまでが部屋分けされて暮らす長屋に、警護課の詰所もまた軒を連ねていた。
壁際にロッカーが整列し、巨大な談話テーブルには雇われた警護の者たちが休憩中に摘むケータリングと中断されたポーカー。
クローディアはその中から塩味のクラッカーを摘み上げて、一噛りするとたちまち青くなった。
「なにこれ、まずっ」
流石にこの部屋にまでは掃除婦の手も入っていないらしく、菓子の入った器も随分と手が付けられていない様子だった。
よく見れば皿の縁にうっすらと埃が積もってさえいる。このクラッカーは何ヶ月前のものだろう。
冬場ゆえに、腐っては居ないようだったが、包みから出されて長く経っているのか完全に湿気っている。
食べれなくはなさそうだが、少なくとも口いっぱいに頬張りたいものではなかった。
おそらく、エールか何かと一緒に供されたものだ。素面でそのまま食べるのでなく、酒で流し込む味である。
もっと単純に形容するなら、男所帯の味だった。
「警護課の連中は、よくこんな家畜の餌みたいなクラッカーが食べられるわね」
元貴族である彼女にとって、クラッカーとは軽い歯ざわりと香ばしい香りで温かい紅茶と共に供されるものだ。
傭兵に身を窶し、家名を捨てて独立したあとでも、その振る舞いから貴族らしさを捨てるつもりはなかった。
ハングリーでも、エレガントに。それがクローディアの座右の銘である。
しかし現在彼女は雇われの身。周りを見回せば八方で雑魚寝したり着替えたりしている『同僚』たちは、
他の街なら表を歩いているだけで司直にマークされるような、見るからに悪人面の者たちばかりだ。
実際、悪人なのだろう。白組から雇われ、従士隊から名義を貸されて集められたタニングラードのならず者たちである。
「ようお嬢ちゃん、名前はなんてえんだ?俺は『サファイア』っつうもんなんだがよ」
思案する彼女の目の前で、湿気りきったクラッカーを五枚ぐらい摘んでいった太い指の持ち主が、頭上から声をかけてくる。
見あげれば、身の丈2メートルを越す大男がクラッカーを一度に頬張りながら、細い目でこちらを見下ろしていた。
30代後半といったところの、短く刈り込んだ髪は何故か紫色を示し、鼻梁を横断するようにして大きな刃傷が入っている。
(なによそれ、サファイアって顔……?)
飲み干したエールのジョッキを持って、隣に腰を下ろしたサファイアに対し、クローディアは尻半個分だけ座位置を遠ざける。
巨体のサファイアが座りやすいよう気を遣ったのもあるが、この男が隣にいるとまるで壁際にいるような錯覚を得たのだ。
「あたしはクローディア。嫌いなものは冷めた紅茶と湿気ったクラッカーよ。よろしく」
名乗ると、大男は怪訝な顔で首を捻った。
「『クローディア』ぁ?そんな名前、名簿にあったか?」
「あるわけないじゃない、実名だもの。あたしは書類上は白組傘下に入ってるけど、白組のために働くつもりはないわ。
 っていうか、働くつもりがそもそもないわ!!」
「背広を着てんのにか……?」
クローディアは、今回この仕事に自ら顔を出すつもりはなかった。
ダニーとロンに後のことは任せて、自分はホテルで全てが終わるのを湿気てないクラッカーでも噛りながら待つつもりだった。
ここへ来るつもりになったのは、フィンのことがあるからである。
あの男の無事を、ひいてはこの白組を邪魔しに現れるであろう彼の健在を確かめねば、夜も眠れないと思ったからだ。
本当は私服で顔を出すつもりだったのが、紛らわしいから黒服を着てくれという運営本部の要請があって、
しかしドレスなどダニーの為に仕立てられた一着しかなかったから、やむを得ず背広を着用しているのだ。
着てみると、なるほどこれは安定感があると思った。最新の魔導縫製が使われていて、下手な鎧よりも打撃に強い。
あのあと、ダニーが持ち帰った名簿と土産話から、警護課は全員偽名を選択して名乗るということがわかった。
しかしクローディアは、もと金持ちのプライドが邪魔をして、また実働しないという意思表示のために、偽名を拒否した。
故に彼女は警護への参加資格を満たしておらず、オークション終了までこの詰所から出られない。
事実上の軟禁状態にあった。フィンの復帰を見届けに来たのに、とんだ本末転倒である。

7 :
「まあ、なんでもいいがよ。俺ぁお嬢ちゃんに忠告に来たんだ」
忠告?と鸚鵡返しになったクローディアに、サファイアは人を食ったような笑みを向ける。
「この街で何が一番ものを言うか知ってるか?『力』だ。金の力とか権力とか、そういう比喩で言ってるんじゃねえぞ。
 筋肉の力、つまり筋力だ。武器を持てないこの街じゃあ、当然、身体がでかくて筋肉の多い奴が強い。――こんな風にな」
ミシィ!と凄まじい音がして、サファイアの持っていた鋼鉄製のジョッキがひしゃげた。
そのまま両手で雑巾でも絞るようにジョッキを細長く形成していってしまう。
「ぶはははは、ビビってるようだな!人間の身体に対してこいつをやったらどうなるか、生々しく想像できただろう!
 今夜ここに集まった連中や、モーゼル子飼いのSPどもは、みんなこういうことができると思っていいぞ。
 お嬢ちゃんの細腕や、お嬢ちゃんの連れてた『女』や『ガキ』なんか、一瞬だ。二秒もあればミンチにできる。
 わかったら、手下引き連れてとっとと帰んな!でないと巻き込まれて『不幸な事故』が起こっちまうかもな……!?」
権利関係の書類を見てわかったことだが、白組から降りる給金は白組が請けたモーゼル邸警護報酬の人数割り、
つまり報酬を警護課の連中で平等に山分けするという方式らしかった。
だから、こう考える者が現れる。『警護の人数が減れば、自分の取り分が増えるんじゃないか』……
実際それは正解で、このサファイアという男もそう考えてクローディアに粉をかけにきた手合いなのだろう。
警護員同士の争いはもちろんご法度だが、『自主的に降りる』ことを強要するのはとくに禁じられていない。
味方同士の潰し合い。白組もそれがわかっているから、必要な人数よりも多くの警護員を雇うのである。
「……ご忠告痛み入るわ」
クローディアは肩を竦めた。
「いやホント、ありがたいと思ってるわ。
 右も左もわからないあたしに、親切心から声をかけてくれる人がいるなんて、この街もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
「ああ……?」
サファイアが眉を顰める。皮肉をそのまま受け取られたような、妙な手応えの無さを表情に出している。、
「でも心配は無用よ。あいにくとうちの会社はタニングラードも真っ青の真っ黒企業。
 社訓は『どんとこい労働災害!』……ミンチになったら、産地偽装して出荷するぐらいの鬼畜は、やるわ」
「お嬢ちゃん、いつか社員に刺されるぞ……」
「何言ってるの、タニングラードに刃物が持ち込めるわけないじゃない」
「正論だとぉ!?」
「サファイア、あんたはこの街で一番ものを言うのは力だって言ったけどね。あたしはそうは思わない。
 金が欲しい、力が欲しいっていう欲望――『意志』よ。あんただって、力が欲しかったから身体を鍛えたんでしょ」
外の喧騒がぴたりと止んだ。休憩室で待機中の黒服たちにも緊張が奔る。
オークションが始まったのだ。
「あたしは諦観しない。『追い続ければ夢はきっと叶う』なんて世迷いごとを、現実に変えてみせる。
 偽善の綺麗事に満ちたこの街だけど、欲望にだけは嘘をつかない、裏切らない。
 綺麗事だって、胸を張って貫き通せばそれは――美談になるのよ」
【クローディア:休憩室にて待機】

8 :
昂ぶった心を落ち着けようと、マテリアは深く息を吐いた。
それから果実酒の注がれたゴブレットを口に運ぶ。
>『それはどうでしょうか。確証を得るための犠牲としては大きすぎるように思います』
>『マテリアさんの気持ちも分かりますが……私もファミアさんの言葉に賛成です。』
けれどもファミアとノイファの言葉を受けて、ゴブレットを掴む右手に怒気と力が籠もる。
苛立ちが心に立ち込めていくのを禁じ得ない。
(……だったら、どんな犠牲なら妥当なんですか。
 アヴェンジャーが行動を起こして、その結果生じる被害なら、必要な犠牲だったと言えるんですか?
 それとも危険な事は全て、後詰めの本隊にたらい回しにしろとでも?)
自分の遺才はこの任務において高い有用性を有している。死ぬ訳にはいかない。
だからと言って、危険な事は全てどこかの誰かに任せればいいと。
時間と共にアヴェンジャーが何らかの行動を起こす可能性は募っていくのに、
それによって犠牲が生じるリスクに背を向けろと言うのか。
遊撃課がスクランブルで出撃したのは、収束に火急を要する事態だからこそだろうに。
(私が負えばそれで済むリスクを……他の誰かに押し付けろって言うんですか。私はそんなの御免ですよ)
黒い霧のような苛立ちが念信器から漏れ出さないように、強く自制する。
ファミアやノイファ、セフィリアが言っている事だってもっともだ。
誰だって自分にとって有用で、近しい命を大切に思うに決まっている。
ただ、彼女達の言い分はもっともだからこそ――『天才』であるマテリアはそれを受け入れられなかった。
>「――私自身"ウィットさん"が悪人だとは思えませんのでね。
  彼が助けて、生き抜く術を教えた"子供達"に触れて感じた、いわゆる勘に過ぎませんけれど。」
ふと、鋭敏な聴覚がノイファの零した呟きを捉える。
その言葉はマテリアの怒りを少しだけ和らげて、代わりに困惑をもたらした。
(……そりゃ私だって、出来る事なら彼を信じたいですよ)
だが彼女にとって、情報とは命そのものなのだ。
知識だけが、どんな時でも自分を助けてくれる唯一絶対の味方だと、彼女は信じている。
(だから私は……知らなきゃいけないんです。彼の正体を、真意を)
頭の中に、過去が浮かび上がる。
何も知る事が出来ないまま、どこかへ消えてしまった母の姿。
何も知らないが故に死んでいった、二年前に見つけた少女の亡骸。
マテリアに強迫観念にも似た知識欲を植えつけた過去が。
『……分かりました。少し、考え直す時間を下さい』
一旦、マテリアは退く姿勢を見せた。
無闇に反抗して同僚や上司の心証を損ねるよりも、
一度納得した素振りを見せた方が得策だと判断出来るくらいには、彼女は賢しらな人間だった。

9 :
【5日後】
>『ヴィッセンは――ウィット=メリケインに同行。だが間違えるなよ、お前の任務はアヴェンジャーの拘束じゃない。
 監視と牽制、事態の真相を見極めて、それをおれたちに伝えるのはお前にしかできないことだ。
 差し違ってでも情報を得る……なんてことは許可しない。――スティレット』
しかしボルトとて、これまで遊撃課の長として天才達の手綱を取ってきた男だ。
マテリアが何を考えているのかくらい、読めない筈がない。
>『スティレット、ヴィッセンに随伴しろ。相手が"遁鬼"なら、同じく鬼銘を持つお前が顔を出せば警戒するはずだ。
 少なくとも迂闊に手を出せなくなる。スティレットを真っ先に潰しにくる可能性もあるが……』
>『――その時は、お前がフォローしてやれよ、ヴィッセン』
釘のように鋭い眼光と言葉がマテリアを刺す。
対して彼女は、
『あはは、そう上手くいけばいいんですけどねー。なにせスティレットさんは上位騎士様ですから!
 フォローどころか、私が足を引っ張ってしまわないか不安ですけど……微力を尽くさせて頂きますね!よろしくお願いします!』
いつも通りの口調でそう答えた。
言葉の内容とまったくそぐわない、明朗な口調だ。
マテリアは言動とは裏腹に、自分が失敗するなどとはこれっぽっちも思っていなかった。
当然だ。なにせ彼女は天才なのだから。やろうと思えばどんな事だって成し遂げられた。
自分の才が唯一届かないと思っていた母の正体すら、この街で手かがりを掴む事が出来た。
だから彼女は常に『結果ありき』で行動する。
頭では困難だ、無謀だと分かっていても、心から自分の失敗を想像する事が出来ないのだ。
この街に潜り込んで間もない頃「自分だけは例外」「鬼相手でもそう簡単に見つかるつもりはない」と、フィンを相手に言っていたように。
横領を犯していた上官を不名誉除隊に追い込んだ時だってそうだ。
彼女は「自分は悪い事なんてしてないのに」とぼやいていたが、それも結果論に過ぎない。
本来なら彼女はもっと時間をかけて証拠を集め、信頼出来る人間と共に、確実に上官を追い詰めるべきだった。
彼女が横領の事実を広めた事でかえって、上官が逃げ道の確保に走ってしまう可能性だってあった。
結果が出たからとワンマンプレーが許されるほど、組織というものは甘くない。
たった一人の手に成否の全てがかかってしまう事、たった一人の人間が失敗のリスク全てを背負ってしまう事。
それはとても恐ろしい事だ。そんな事が出来てしまう人間は、組織にとってまさしく爆弾でしかない。
魔導線の見えない、いつ爆発するかも分からない、全てを台無しにしてしまう爆弾だ。
>『さあ、状況を始めるぞ。何の因果かこの街に迷い込んだクソッタレの特級呪物を、箱詰めにして帝都に送り返してやる。
  この任務にあたってお前らに下す命令は一つ――"うまくやれよ"それだけだ。準備はいいな、現時刻二〇三〇をもって、』
マテリアにはその自覚がなかった。そして今も、自覚していない。
彼女は今回も、自分が失敗するとは思っていない。
ウィット・メリケインの正体と真意を暴き、零時回廊を奪還して、アヴェンジャーを捕らえ、この街を救い、皆で生還する。
自分ならその全てが成し遂げられると盲信していた。
>『――状況開始だ!』
今夜、彼女は恐らく、再び否定される事になる。
彼女が抱える天才故の思い上がりを。
そうでなければ、彼女の命そのものを。

10 :
――夜通りセーフハウスに向かう道中。
「――ところで、スティレットさん。ウィットさ……いえ、ウィット・メリケインに会う前に三つ。
 三つだけ覚えておいて欲しい事があります。
 いくら上位騎士様のスティレットさんでも、それくらいなら覚えていられますよね!」
清々しい笑顔で失礼な事を抜かしながらマテリアが人差し指を立てる。
「まず初めに……私達なんかテンションが被ってる気がするんですよね!
 なので暫く喋らないでいてくれますか!あるいは今すぐイメチェンして下さい!」
相手が相手ならぶった斬られてもおかしくない台詞を吐きつつ、中指を立てる。
「と、まぁそれは冗談ですけど……マロン・シードル。
 ウィットの前で私が名乗っている偽名です。これは覚えておいて下さいね」
最後に薬指を立てた。
「そして、私は皇帝からとある極秘の任務を仰せつかっている……という事で通しています。
 スティレットさんはその任務の内容を知りませんし、知る必要もありません。
 ただ私を守り、時には敵を断つ為の剣であれとしか聞かされていない。覚えておくのはこの二つだけで十分です」
兎にも角にも、スティレットには潜入や演技といった技能が期待出来ない。
付け焼き刃の演技でウィットに余計な疑念を抱かれるくらいならば、
いっそ最初から何も知らせない方がボロを出さずに済むだろうとマテリアは考えた。
そもそもスティレット自身も、適性があるのはそういう『用途』だろう。
ダンブルウィードで指揮官たるボルトの護衛を命じられていたように、
彼女は何も考える必要のない、単純な使命を帯びた『剣』である事こそが適任だ。
良くも悪くも、色んな意味で、だが。
知識と情報の信奉者であるマテリアからすれば、『何も知らせてもらえない』という事は、
自分の命を剥き身のまま誰かの手に委ねる事に等しい。
もし自分に課せられた任務が悪意と陰謀に満ちたものであっても、
自分が決して勝てない相手に挑まされたとしても、彼女にはそれが拒めないのだから。
(ま……そんな事には私がさせませんけどね)
そうこうしている内に、セーフハウスの前に着いた。扉の前で立ち止まる。
この向こうにウィット・メリケインがいる。そう考えると図らずも双眸が僅かに細った。
(あなたが何を隠して、何を考えているのか……暴いてみせますよ。ウィット・メリケイン)
目を閉じて決意を固め、それからドアノブに手を伸ばした。

11 :
>「時間通りだ、流石だな。積もる話もあるが、とにかく行動を開始しよう。
> この街を救うために――この街に巣食う魔物退治と洒落込もうか」
「褒め言葉なら、まだ取っておいて下さいよ。今から使ってたんじゃ後で足りなくなっちゃいますよ。
 ……あぁ、この方はただの『剣』ですので、お気になさらず。
 まぁ、皇帝陛下がいかに本気なのか、察して頂ければ幸いです」
本心を覆い隠す笑顔の仮面を被りながら、スティレットの紹介を手短に済ませた。
そうして移動を開始する。
「さて、それではモーゼル邸の警備についてですけど……潜入のプランはありますか?
 いえ、勿論ここ数日の内に下見はしておいたんですけどね。
 あの屋敷に関しては、やっぱりあなたの方が一日の長があるでしょうし」
動体検知の魔導灯とそれに同期された背広、手練のガードマン、そして番犬。
マテリアは既にそれらの存在を確認している。
動体検知は戦場でも警戒すべき術式だったし、ガードマンと番犬は外から『盗み聞き』するだけで知る事が出来た。
「ま、私見を述べるなら……あの魔導灯には、あまり手を出したくないですかね」
術式に干渉しようとすれば当然、魔力線を伸ばして魔導灯に接続しなければならない。
が、ほぼ間違いなくその魔力線は別の術式によって検知されるだろう。
魔導灯そのものが外部からの魔力を受け付けておらず、干渉されれば即座に警報がなる可能性もある。
モーゼル邸の広大な敷地ならば、そういった魔導設備を置くだけの場所だってある筈だ。
ならばまずはそちらから無力化するという選択肢もあるし、実際マテリアは内心ではそれも出来ると思っている。
けれども、そんな事をするくらいならもっと簡単な方法があるとも思っていた。
「そうですねぇ。ガードマンを誘き寄せてあの背広を奪うか……やるなら搬入口が楽でしょうね。
 事の最中に誰かに見られても面倒ですし、ある程度出品者が出揃うまで待つ必要がありますけど。
 それが嫌なら、正門の奴らをやりますか。私達なら、可能ですよ」
出品者が出揃うのを待つのは、ノイファとセフィリアの潜入を阻害しない為でもあった。
だがその事は口にしない。
ウィットにとって有益になり得る情報を、わざわざ与える必要はもうなかった。
「あるいはモーゼル邸に向かう途中の客からカタログを奪うか。
 人質を買いに来たのか、それともただの悪党なのか、そこのところは見極めなきゃなりませんが」
音を自在に操るマテリアにとって、秘密裏に敵を無力化する事はそう難しくない。
相手が手練揃いだったとしても、彼女には不意打ち専用と言ってもいい『切り札』がある。
「そんなとこですかね。まぁどんなやり方でも構いませんよ。どうせ結果は変わりませんから」

12 :
>『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パンプティはそのバックアップ』
会議は踊らず、座して進む――存外にも今回の作戦計画はスムーズに進んだ。
フィンは自身が申し出た通りに、面々の後方支援という位置に付く事が叶った。
……少なくとも、この時のフィンはそう思っていた。
――――
遊撃課の隊員達が続々と食堂を後にする。
それに倣うように、激痛を訴え続ける右半身を杖によって支えながら、フィン=ハンプティも、食堂の外へと
向かおうとしていた……が、そのフィンが扉に手を触れようとする直前。彼を呼び止める声が響いた。
>「パンプティ、お前ちょっとこっちに残れ」
ボルト。遊撃課においてフィンの直属の上司たる男の奇妙な指示に
怪訝な顔を浮かべるフィンだったが、特に逆らう理由も無い為従う事とした。そして
>「――壁の外に馬車を手配してある。陽動の後詰はおれが担当するから、お前は一足先に帝都へ帰投しろ」
「は……何、言ってんだ……?」
告げられた宣告。一瞬、フィンにはボルトが何を言っているのか理解が出来なかった。
呆けた声で問い返すが、そんなフィンにボルトは淡々と言葉を放つ
>「お前の傷状については医者から知った。その左腕、もう感覚がないんだってな。眼も悪くしたと聞いてる。
>帝国法労働規則第40項抵触事由だ、直属の上司の責任を以って、お前をこれ以上戦わせるわけにはいかない」
>「その身体じゃどの道長時間の戦闘は無理だ。とくにお前の配置は陽動、最も敵の火線に晒される場所……
>お前、死にに行くつもりか?――またおれに、部下を喪わせるつもりか」
それは、ボルトの並べ立てるその宣告はつまり、フィンに対しての作戦からの除外。戦力外通告。
しばし呆けていたフィンであったが、やがてその驚愕から立ち直り、
言葉の内容を理解すると同時に、ボルトへと焦燥が混じった怒りの表情を向ける
「おい、待てよ。冗談だよな……?つまりそれは、俺に、俺「だけ」にこの作戦を降りろって事か?
 ……ふざけんな!!んな事されてたまるかよ!!降りるなら部隊全員で降りさせやがれ!
 それが無理っていうなら、それこそ一番危ない場所に俺を配置するべきだろ!!
 こんなもん……大したこと無い怪我だ!そんな事で退いて、仲間を危険に晒すなんて出来るか!!
 皆が帰れないのに、俺だけが帰るなんて絶対お断りだ!!」
感覚の無い左腕を軋む程の勢いで机に叩きつけ、灰色の色を認識出来ない瞳でボルトを強く睨み付ける。
それは、フィンという青年の普段のキャラクターには見られない言動だった。
「命令を取り下げろ!あんたはサフロールを殺した無能だろ!?今更余計な慈善意識なんて持ち合わせんなよ!!
 俺を使えば『仲間』が生き残れる可能性が上がる事くらい、判ってんだろ!?
 俺が許す!俺の命を使い潰す事を許してやる!!だから、それ以上喋るんじゃねぇ!!」
そう、何故かいつになくフィンは必死だった。
言ってはいけない言葉、言ってはいけない言葉。八つ当たりの様な言葉、支離滅裂な言葉すらも含め、
エゴイスティックな感情を、眼前の男に怒りと共に叩きつけ抗議する。
だが……そんな激昂するフィンに対して、それでもボルトはただ伝えるべき事を告げる。
確固たる信念を持って、命令を告げた。告げてしまった。
>「お前はこんな否定の最果てで死んでいって良いような人間じゃない。
>それにな、おれたちは国命を帯びて任務に挑んでいるが――それでも、ただ一人の社会人であることに変わりはないんだ
(略)>「おれは時々思うんだ。食うためにやってる仕事に、命を掛けるのって……なんか違うんじゃねえかってな」
「……っ!!」
ボルトの告げたその言葉は……紛れも無く正論だった。人としては極めて全うで、上司としても正しい命令だった。
その発言を受け「自分の命よりも仲間が大事」などという価値観を体現した様な青年は何かを言おうとし
……けれど俯き、沈黙するしかなかった。

13 :

――――しばしの沈黙。そして

フィンは、ボルトの差出したチケットを受け取った。
ただ、受け取る事しか出来なかった。

14 :
・・・
タニングラード発のキャラバン小隊。
彼らが商品を荷台に積み込み、街から出立する準備を整える光景を、
フィンは炉辺の意思に腰掛け、光の失せた目でじっと眺めていた。
服装は執事服ではなく既に私服に戻っており、地面には数少ない私物が入ったバッグが置かれている。
そしてその右手には、この街を抜け出す為の切符。
時刻は夜。星々と月の明かりが周囲を照らしていた。
(……)
廃人のように動かない「お客様」のフィンに声をかける者は居ない。
キャラバンの面々は忙しそうに荷物を搬入している
(……これでいいんだよな。もう俺には関係なくなったんだから)
「仲間を守りたい」「命をかけても仲間を守る」「英雄の様に仲間を守りきる」
フィン=ハンプティという青年は、世間一般では高潔とも言われるそんな意思を持っている。
見せ掛けだけではなく、それを実際に実行する程の強い意思だ。
……けれどもフィンには、ボルトの命令を突っぱねる事が出来なかった。
何故か。その理由は……フィンのその強い意思が実の所、空っぽだったからだ。
仲間を守りたいとは言うが、フィンには『何故、仲間を守りたいのか』という理由が無い。
「仲間だから仲間を守る」「守る為に守る」
あるのは英雄譚から引用した、あるいは過去の罪悪感から発生した、そんな薄っぺらい借り物の意思だけ。
故に、ボルトから事実上の命令という形で「遊撃課」という「仲間の枠」を否定された結果、
たったそれだけでフィンは、遊撃課の面々を助ける理由を全て失ってしまったのだ。
命をかけて守る理由を、いとも簡単に失ってしまったのである。
そしてこの気質は、フィンが社会から「否定」された原因の一端でもあった。
所属が変わっただけで、今までの仲間を敵と躊躇い無く認識し、
今までの敵を仲間として何の遺恨も無く認め、命がけで守る。まるで御伽噺の登場人物だ。
そんな人間は気味悪がられ、否定されて当然だろう。
そして今回も、同じ部署の「仲間」である為の理由を奪われたフィンは、
受けた後遺症や思い出を容易く切り捨て、躊躇い無くこの街を去っていく筈であった。
が……しかし。
(なんだよこの感覚……)
胸の奥に、何かがつっかえている感触
>「おれは時々思うんだ。食うためにやってる仕事に、命を掛けるのって……なんか違うんじゃねえかってな」
「俺は……」
先にかけられたボルトのその言葉が、何度も、何度も何度も、フィンの脳内で繰り返される。
何十、数百回。それ程の自問を繰り返す。そうしてやがて……やがてフィンはぽつりと呟いた。
「俺は……何で命をかけてまで、仲間を守りたいんだ……?」
思考の果てに呟いたのは、答えを持っていて当たり前の問い。
そして、かつて起きた魔物の大強襲の後よりフィンがずっと目を背けてきた問い。
身を削り、心を削り、人格を削り
そうしてやっと、フィンはその問いにたどり着いた。
――――だが、自問は所詮自問。そこに未だ解は在らず。
少し離れた位置にある巨大な屋敷で、明かりが消えた。
オークションが始まったのだろう。ようやく悩み始めた青年の事など待つ程に時間は優しくはない。
状況は、開始する

15 :
五日後
あれから色々画策しようと動いてみたものの結果は大型扇風機そのものだった。
何かを考えることはあっても自分の体の範囲を越えて何かを動かそうという、
権謀術数の素養が全くないダニーには荷が重かった。
録に体を動かさず自重し諸々気に食わない相手が殴れないというのは、
非常にストレスの貯まるものである。端的に言うとそろそろ誰かを殴りたい。
海より広いダニーの心も、ここらが我慢の限界であった。
せいぜい小火騒ぎでも起こそうかとも思ったが、新参者故に内勤はさせてもらえず、
今は建物の外で警備というより待機を命じられているようなもので、
建物の内側で踏ん反り返っているクローディアとはまんまと分断された形だ。
現在ダニーは以前のラフな格好から一転して頭の黒い忘六者が拵えたドレスに身を包んでいた。
燕尾服の代わりだから色はこの際気にしないがレースのミニとは何事だ。花の十九に送るなら
プリンセスラインくらい用意しろ馬鹿野郎と彼女は内心で毒づいた。ブーツが悪目立ちしているではないか。
こうなっては仕方がないので諦めて地道に刺客を返り討ちにする作業しか
手はないかも知れないとダニーは思った。
オークション会場にひしめく満場の悪漢共を吹き飛ばせれば話は早いというのに。
そういえばまだロンの姿が見えないが、服の着付けに手間取っているのだろうか。
辺りは既に夜を迎え、吐く息もはっきりと白く色づいている。
もしかすると自分とは違う場所を任せれたのかも知れない。
競売の時間が迫り一人ひとりを会場へ案内するが、
どいつもこいつも見分けが付かないくらい同じ顔と臭いをしており不快感が酷い。
またいやにダニーをじろじろと見てくるので気分も落ち着かなかった。
屈強な護衛は多々いるし彼女と同じような体格の者はごろごろいるのだが紅一点とでも言おうか、
そんな中に本物の女性がいたのではどうやっても視線を集めてしまうのだろう。
あらかた客の搬入が済んだ現在、ダニーは庭園を巡回していた。
クローディアと引き離す魂胆が見え透いているが今は仕方がない。
庭園では黒服以外に動くものがおらず、番犬がやたらと吠えかかってくる以外は特に異常はなかった。

16 :
退屈さから来るあくびをかみ殺していると時間が来たのか、
周囲のニセ従士隊員たちが気合いを入れ始めたのに対し、
反対に特にすることのないダニーは気にもせず、暇つぶしで取り留めもないことを考え始めた。
最初に思い浮かんだのは自分の雇い主である六日知らずのことだった。
自分でも不自然なくらいに入れ込んでいる少女。
ここまで面倒を見ようと思える程の付き合いは無く義理もない筈なのに、つい一緒にいてしまう。
実は始めて会った時の印象は「アヒルみたい」で、正直ガーガー喧しいずべ公と思ったものだ。
だが蓋を開けてみれば中にいたのは向こうッ気の強い白鳥の子だった。
しかしクローディアは自ら白鳥であることを捨てた。
この前以外を決して見ようとしない「みにくいアヒルの子」を、ダニーは無性に気に入ってしまった。
片や既に人を使う勤め人の少女と、片や趣味で体を鍛えてるだけのドカチン女。
探してみれば、つつがなく生きようとしているだけのダニーよりも「強い」人間はいくらでもいる。
彼女も最近になってそのことに段々と気づき始めていた。
「・・・・・・・・・」
或いはただの一目惚れか、と彼女は思った。気だるげな表情に浮かんだ物憂げな瞳は、
この場に沿ぐわない光を放っていたが、生憎今は見つめ合う相手もいない。
彼女は頭を振って思考を続ける。
この街の者達は他所よりも輪をかけて金と暴力が大事らしい、正直理解に苦しんだ。
金も暴力も確かにあれば役には立つし必要な物ではあるだろう。
だが所詮「有れば有るほどいい物」であり、砂の山に縋りつくようなものだ、如何にも頼りない。
人間相手の物はどれだけ持っていても、当てにはできないのだ。
もうじき十代の終わる彼女が、人並みの青春を対価に塀の中で学んだのは、
日常とか当たり前と言われる事柄の脆さや頼りなさ、
およそ普通と言われるものが、思っていたほど普通に有ったりはしないということだった。
ダニーはなおも考えようとしたがどうやらオークションが始まったらしく、
やむを得ず退屈しのぎを切り上げることにした。もっとも、今のところ不審者の姿はないので、
仕事といえば引き続きあくびを堪えるくらいしかなかったが。
【ちなみに偽名はドリスと名乗っています】

17 :
突っ走り始めたマテリアに全方位からツッコミが入りました。
>『……分かりました。少し、考え直す時間を下さい』
ツッコまれた当人はそれを受けて翻意。それがその場しのぎの言い逃れとか、
考えなおした結果同じ結論が出てくる可能性に思い当たらないファミアは一安心です。
その後、各人が今作戦における分担を表明し、ひとまずこの場はお開き。
『ハンプティさん、あまりご無理はなさらないでくださいね』
まさか後日フィンが作戦開始を目前に街を出てしまうなどと考えもつかないファミアは、そう念信を送りました。
これから行く先に、絶影とまで評された男がいてもしも相対することになるのであれば、
全員分の『無理』が必要になりそうなのですが。
五日後、同じ食堂にて。
>『作戦を確認する』
課長の念信が一同へ向けて発せられました。
ただしそこにファミアはいません。被略取者としての『仕込み』のためです。
直前まで街中観光などしていては関係者の目に留まってしまう可能性があります。
また、その日に揚がったばかりのお貴族様を鮮度はそのままにオークションに持ち込んだところで
『価値の裏付けがない』と門前払いをされてしまうでしょう。
という訳でそのまま二日ほどフィンと行動を共にした後に『拐かされる』事にしました。
熟成期間を経て仕上がった商品として出荷されるためです。
「……することがない」
路地裏の子供たちが街中にいくつか抱えている拠点の一つで引きこもり生活を始めたファミアは、
初日から無為と退屈にサンドイッチされて平たく伸されてしまいそうになっていました。
流通というのは生半なことではないなあと、自分の生活を支えている社会システムに思いを馳せます。
身体を動かせないと頭が勝手に動きだしてしまうもので、
考えてみたところで益の無いような事ばかりが脳裏を駆け巡ってしまいます。
こめかみから白煙が立ってまたぞろ脳が弾けそうになりましたが、
しかし気分転換に外に出たいと思っても出られないので、ファミアはそのうち考えることをやめました。
でも本っ当に何一つすることが無いのでまたすぐに思索に戻りました。
三日ほどそんなことを繰り返している内に、何故かファミアの手元には立派なキルトが。
様子を見に来てくれる子供たちや『人さらい』の二人に無理を言って持ってきてもらった道具で拵えたものです。
小人が閑居していると布繕を為してしまうのはもはや避け得ません。
日が落ちた今も、布に針を入れています。その手がはたと止まりました。
ノイファとセフィリアが、最後のブリーフィングから戻ってきたのです。
早速、潜入のための身支度を整え始めます。とはいえ、いかにも見栄えを取り繕うために取り急ぎ用意された感たっぷりな
シンプルで縫製の荒い安ドレスに着替えて、似たような手袋をつけてそれで終わりです。
がちゃん。
「あれ?」
最後に、アクセントとしてチョーカーをもらいました。世間一般では首輪と呼ばれるタイプです。
それからフード付きのマントをすっぽりかぶって少し顔をうつむかせれば、卑劣な犯罪の犠牲者が完成。
あとは養豚場の豚よろしく、首輪の鎖で引き立てられてゆくばかりでした。
魔力灯を落とした部屋の中、手明かりの頼りない光がのキルトの上に投げかけられています。
(……ちゃんと仕上げをしに、戻って来ないと)
ファミアがそう考えながら閉じた扉の向こうで、それは闇に溶けました。
ただの糸と布の塊も、モチベーションの補強材としては優秀なものです。

18 :
>「おう、待ってたぜ」
路地裏の子供たちの中でも頭立った存在であるフラウとは、これが初めての顔合わせとなりました。
が、なにせ作戦前の立て込んでいる頃合いでのことなので、事務的にやり取りを済ませていざモーゼル邸へ。
フラウの情報をまとめたメモは、その短い距離の間に覚えて丸めて投げ捨てました。見つかると面倒です。
警護の詰所然とした小屋へ通されたファミアは、
二人とは別にされて名前、出生地、誘拐された当時の行動などについて事細かに質問を受けました。
不利益をもたらす人間が偽装して潜入するのを防ぐためですが、もちろんここは入念に打ち合わせ済みです。
次のボディチェックでも、服飾品のほかは首輪を付けているだけの人間に問題があるはずもなく。
めでたく邸内へと潜入することができました。一人で。
「あれ?」
検査所で別れたまま、合流することなく搬入されてしまったファミアはとたんに不安に襲われました。
出品物の待機場所には数名の黒服と大量の商品ほか、いかにも魔導士らしい雰囲気の男が一人。
あまりそれっぽすぎるので囮か何かではないかとも思えますが、
武器ではなく『技術』を持ち込む敵も当然想定されているということでしょう。
適当に置かれた椅子の一つに腰を落ち着けたファミアは、視線を左右に走らせて目的の物を探します。
そう、逃げ道です。優先順位は間違ってはいけません。
普通に買われて運び出されるのもひとつの手段ですが、必ずそうできるという保証はないのですから。
選択肢は多く持つことが生き残るコツです。
(えっと、外の配置からすると)
しくしく
(多分手薄なのはあっちだけど……)
しくしく
(館の……中心の方だから)
しくしく
(手薄といっても……逃げるのは……)
しくしく
「うっ……ぐす……」
脱出ルートを検討している内に、隣の椅子に座っている女の子の涙がファミアにも感染しました。
あくまでも『盗品』を扱うオークションだということなので、この子も拐われてきたのでしょう。
年の頃はファミアと同じくらい(つまり外見上は向こうが年上に見えるわけです)、
髪や肌の色艶からするとそれなり以上に裕福な暮らしはしていたようです。
ファミアはその腕にそっと手をかけて慰めようとしました。
「あの……大丈夫だから、ね?そんなに悪いことにならないと思うから……」
言ってる当人が鼻すすり上げて目を真っ赤にしていて、全く大丈夫そうではないのはさて置くとしまして、
逃げ出す機会が得られるにせよ、このあと起きるであろう騒動に巻き込まれるのはふつう『悪いこと』に分類されます。
なんだか回廊の片割れを確認するどころじゃなくなってきましたが、最悪の場合でも出品される直前には分かるはずですし、
壇上に出てしまったとしても出品者席の二人と連携して入手までは可能だと踏んでいるファミアには、
当面、泣き止まない女の子のほうが問題なのでした。
【君からもらい泣き】

19 :
tesu

20 :
もう終わりでいいよ
誰も必要としてないし

21 :
大衆食堂『陸の孤島』。
ボルトの声が、念信器を通して響く。
最初の内は噛み合っていなかったボルトの演技も、すっかりと堂に入ったものへと変わっていた。
散見する客はおろか、店員に至っても、最早彼の一挙動を気にする様子はまるでない。
街に溶け込むという唯一点においてならば、おそらく及ぶ者は居ないだろう。
(なるほど、なるほど、実に大したものですねえ)
思いのほか見事な間諜ぶりに舌を巻く。
しかしノイファも徒に五日の時間を潰していたわけではない。
ボルトが街の住人としての立ち居地を確立した様に、ノイファもこの日のための布石を打っていた。
修道服を脱ぎ捨て、軽装に代え、裏の世界に顔を売る。
お世辞にも柄の良いとは言えないような場所を渡り歩いた。
コナをかけてきた相手を叩き伏せること数回、その度に大きく稼げると評判の盗品オークションの情報を相手に吐かせる。
つまりは噂を浸透させることに費やしていた。
正規の流通ルートには乗せられない代物を捌きたがっている女が居る、と。
>『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パンプティはそのバックアップ』
仮身分の相方を務めるセフィリアと、後詰を頼むフィンへ、ちらと視線を送る。
"商品"役のファミアはこの場に居ない。
三日前から"路地裏の子供たち"が保有する拠点の一つで待機してもらっている。
人目につかないこと、それ自体が布石だからだ。
"買い手"として参加するスイ。
ウィット=メリケインに同行し、監視および牽制を行うマテリアとフランベルジェ。
それぞれに役割が割り振られ、ボルトの拍手で状況が開始される。
(さて、と。それでは行きましょうか)
オークションの受付が始まるまで後数刻。最後の仕上げをしなくてはならない。
途中ボルトに呼び止められるフィンを尻目に、ノイファは『陸の孤島』を後にする。
その時は、割り振られた役割について、細かい打ち合わせをするのだろうくらいにしか思わなかった。
夜通りから伸びる脇道を数本曲がったその先、子供たちが保有する拠点の一つ。
セフィリアを伴い、その扉をゆっくりと開ける。
「ただいま戻りました。あら、しっかり着飾ってるようですねえ。あ、そうそう――」
出迎えるのはファミア。今宵のオークションの"商品"として供される少女。
動きやすさを重視して選んだ安物のドレスだが、やはり血筋によるものなのか、それなりに映える。
同色のレースの手袋も可憐さを演出するには十分だろう。もっとも彼女にとっては装飾以上の役割を持つのだが。
「――はい、これ。大人しく待っていたファミアさんにお土産ですよ。」
ファミアの頤に指を這わせ、有無を言わせずその細首に艶と光沢を放つ獣皮の首輪を填める。
>「あれ?」
「良く似合ってますよ?殿方じゃなくても思わず値を吊り上げたくなるくらいには、ね。」
戸惑うファミアに笑顔で応じ、中心から下がる装飾、に見せかけた留め具に、鈍く輝く鎖を掛けて準備完了。
会場までの道すがら目立たぬように、その上からフードの付いたマントを被せ、かくして"商品"の出荷準備は万端整った。
「それではセフィリアさん。こちらも着替えて、『モーゼル邸』へ出向くとしましょうか。」

22 :
>「おう、待ってたぜ」
つなぎ役の少年に案内された先、『モーゼル邸』の搬入口付近にはすでに変装を整えたフラウが待っていた。
以前と同じ"おじさん"が買ってくれたという他所行きの服に、以前と違う綺麗に梳かれた髪。
少々幼さは残るものの、見事に化けていた。これなら問題ないだろう。
「待たせたみたいね。」
"奴隷商"としての仮面用に誂えた言葉で、フラウに応じる。
言葉や立ち居振る舞いに合わせ、出で立ちも変えた。
襟ぐりのカットの深い深蒼のローブ・デコルテに黒哭鳥の羽をあしらったケープを羽織り、足元は大立ち回りにも耐え得るヒールの低いロングブーツ。
ある程度のドレスコードが必要だというフラウの忠告通り、気合を入れて変装してきたのだ。
>「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
渡された子供たちが作った手書きの配置図にさっと目を通す。
思いのほか厳重なそれに眉をしかめる。ましてやここに記載されているのは平時のものだ。
オークション当日ともなれば増員されていると考えない理由はない。
「……ふぅん、思いのほか骨が折れそうなことね。
 そうだ、もう一人バックアップ役が居るの。同じ写しがあるなら、それを渡してくれるかしら。それと――」
配置図を指差す。
「――この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
 木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
屋敷の中には何も持ち込めない。
ゴーレムに取り付ければセフィリアの偉才を如何なく発揮できるが、そこに辿り付くまでに見張りと出会った場合の保険が居る。
「取り敢えず、こちらからの注文はその位かしら?」
ファミアを繋いだ鎖が耳障りな音を立てる。
事前に出来る指示は一通りしただろうか、隣のセフィリアへ視線を向けた。
>「あたしにできるのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
 予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
「……お待ちなさいな。」
立ち去ろうと踵を返したフラウの、襟首を引っ掴み、止める。
どうやら五日前に自分で言ったことをすっかり忘れているようだ。
あるいは、他人に何かを求めることに、単純に慣れていないのかもしれない。
「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
フラウ用に購ったドレス一式の入った袋を手渡す。
「それを着て中まで付いてくるかどうかは、貴女に任せますよ。」
ノイファはその一瞬だけ仮面を取り去り、フラウへ片目を瞑ってみせた。

23 :
「随分と派手に嗅ぎ回ったようだな?」
搬入口を警護する私兵に、申請書を渡した際に開口一番言われたのがそれだった。
オークションに参加したがっている女が居る、という情報がここまで伝わっているのだろう。
五日間掛けて浸透させた甲斐があるというものだ。
「御誂え向きな儲け話が転がっていたからね。」
出品者を表す札を受け取り、ノイファは応じた。
ぶしつけな男の視線を真っ向から受け止め、表情は変えず、しかし心の裡で舌を出す。
示された先は屋敷、ではなくその裏に建てられた小屋。
(ここでみっちりと検査を受けるってことなのでしょうねえ)
案の定、"商品"であるファミアと離され、小屋へと通された。
『――武器を所持していないか』
世間話を期待していたわけでもないが、着いて早々に、周りを護衛に囲まれた検査人による質問が始まった。
とはいえ、買い手となるのがこの街での権力者層、つまり金持ち連中と来れば、この程度の詰問は織り込み済みだ。
事前にセフィリアと打ち合わせた"設定"を述べるだけである。
「その言葉で何人を裸にしてきたのかしら?」
挑発的な視線で答える。この質問自体に意味はないのだ。隣に立った別の男が、検査用の術式を走らせているのだから。
首から下、隠すスペースのある部分を重点的に、術式の光が這い回る。
耳飾に偽装してある念信器は軍用の最新式だ、既存の検査術式に対する抗術式や欺瞞は完璧だろう。
『――出品物はきちんと盗品か』
「きょろきょろとお上りさん丸出しでうろついていたから、私たちの懐を暖めてもらうことにしたわ。」
拐かした、と説明は要るまい。相手も手馴れたものである。
『――身元は明らかになっているのか』
質問には答えず、胸元から取り出した指輪を男へ放る。宝石の類が埋め込まれているわけではない。
だが、ことここにおいてはそれ以上の効果を持つ代物だ。
「それはそれでお金になるでしょうから、気が済むまで検査したら返して頂戴。」
平台に刻まれているのは家紋。ファミアから拝借した正真正銘の本物である。
血統を何より重んじる貴族が、自身の証明印としても用いるそれは、血族の血に反応を示す。
入国の際に、"偽名"を使わなかったファミアだからこそ可能となった裏技とも言えよう。
『これで最後だ――どこからどうやって盗んできたのか』
じろり、と男の眼つきが細く、険しくなる。
「それについては私よりも詳しい者が居るわ――」
しかし所詮はそこらのゴロツキに毛が生えた程度の眼力に過ぎない。
師や上役、あるいはこれまで対峙してきた相手のそれとは比べるべくもない。
「――リア、説明よろしく。」
椅子の背もたれに寄りかかったまま、余裕たっぷりに足を組みなおし、ノイファは隣に座るセフィリアへ声をかける。

24 :
(何とも下種な視線ですねえ。購うのは盗品でも、自分たちの手は汚れていない、とでも思ってるのでしょうか)
用意された出品者特待席に腰掛け、ノイファは苛立ちを裡に押し込めていた。
出品者たちが一身に浴びるのは、買い手たちの侮蔑や嘲り。
特別待遇といえば聞こえは良い。例えそれがマイナスであったとしても特別は特別なのだ。
全ての検査が終われば、多少なりともファミアと合流できるのでは、という考えが空振りとなったことも苛立ちを募る要因だろう。
特待席は屈強な男達に囲まれ、商品は相手の手の内。
挙句勝手に席を立つことはおろか、一歩も動くことすら許されない。
(当分、こちらから行動は起こせそうもない、か。
 ……こうなると、スイさんが買い手として参加してるのが救いですねえ)
>『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
  今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
数瞬の暗闇の後、壇上を光が照らし、オークションが始まる。
司会の男以外は実に静かに、淡々と商品が競り落とされていく。
しかしそれでも、このオークションホールが次第に熱に包まれていくのが判った。
(今の内にスイさんの居場所くらいは把握しておいた方が良さそうですね……)
髪を整える風を装い、ノイファは耳飾に指を伸ばした。
【オークション開始。スイに連絡を試みてみる。】

25 :

「なあ、ホントウにこれイジョウ、タケがチイさいのはナイのか?」
オークション当日。
背丈の高い男衆の中で場違いも甚だしい少年が1人。
ロンは若干だぼつく背広を睨めつけてケチを付けたが、我儘は言えない。
先にランゲンフェルトに注文を付けておけば良かったのだが、そうなると彼に
借りを作ってしまうような気がして、妙な意地を張って今日まで何も言わなかったのだ。
その結果がこれである。動きにくいことこの上ないが、仕方ない。
ランゲンフェルトが居なくて良かった。
彼がこの姿を見ようものならありったけ愉快そうになじってくる事だろう。
あの嫌味全開の横顔を思い出すだけで腹が立つ。
腹が立つといえば……5日前の彼のあの言葉。
――あまり社会人を舐めるなよ。俺一人を殺したところで、"俺達"は止まらない。
個を倒した所で、代わりは幾らでも立てられる。そのような言い草もまた、ロンの神経を逆撫でさせた。
あのような輩が潜んでいるような、此処(タニングラード)よりも腐った場所が今までにあっただろうか。
「(この街、嫌いだ)」
スン、と鼻を鳴らすと冷たい空気が鼻孔に滑りこんできた。
小さなくしゃみを一つし、ドリスもといダニーの居る場所へと向かう。
客の搬入を済ませた頃、ロンは迷子になり、警護課詰所付近をうろついていた。
「(ん?クローディア?)」
中からクローディアと男の声が聞こえたが、立ち聞きする暇もなく周りにいた警護班たちに
「なんで子供がいるんだ」とどやされ、警護班の一人だと言うと「見張り位置が違う」と追い返された。
けちんぼめ、とぼやき引き続きロンはダニーを探す。
しかし中々見つからない。諦めかけたその時、耳に装着した例の物を思い出した。
「"泣き虫お目々のランゲンフェルト"! ダニー、イマどこだ?マヨっちまってさ」
念信器を使ってダニーに呼びかける。数分もすると彼女を見つけ出すことに成功した。
「いよっす!オクれてごめん、ダ……じゃなかった、ドリス!」
ぶんぶんと袖を振り回し(腕が袖まで通りきってないからだ)、ダニーもといドリスへ手を振る。
従士隊の中で、ドレス姿の巨人女と背広に着せられている子供というアンバランスなコンビは一際目立っていた。
【偽名はロナルドと名乗っています】

26 :
【五日後】
集合場所に指定された大衆食堂、五日前と同じ席に腰掛ける
頼んだ果実酒にちびりちびりと口を付け、プライヤー課長の話が始まるのをゆっくりと待っていました
店内に視線を巡らせるとみなさんすでに席につき、各々すきに過ごしていられるようです
私がおつまみのナッツに手を伸ばしたとき、念信機から課長の声が響きます
零時回廊の奪還、それだけを念頭に動け、課長はそのような出だしで話を始めました
オークションに出品されるであろう零時回廊を手段を選ばずに入手する
我々が力を合わせれば難しいミッションではないはずですと私はそう信じています
>『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パ ンプティはそのバックアップ』
そう私とアイレル女史はアルフートさんを商品にしてオークションに売り手として参加することになりました
この五日間、私は私なりに行動していました
行動といっても昼は公園で大道芸人として、夜は賭場や裏路地などでオークションの話を聞き出そうとしました
かぎ回っている女ということです
これはアイレル女史の行動に合わせてということです
相方役がなにもしていないというのも不自然な話です
私のほうも少なからず立ち回りがありましたが、なんとか遺才を使わずに乗り切ることが出来ました
あまり強くない人が相手だったのも幸いでした
かぎ回った結果でしたが、私が持っている情報以上のものを得られることは出来ませんでした
状況 開始と言う課長の言葉とアイレル女史が立ち上がるのと同時に私も席を立ち、後ろに続きます
目指すはアルフートさんがいるセーフハウス
扉を開けるアイレル女史のあとに続く私が見たのは綺麗に着飾ったアルフートさんでした
「綺麗ですよ、アルフートさん。いい値段がつきそうですね」
商品として彼女はとても魅力的と思えました
私がアルフートさんがつけるレースの素材を見て『安物だな〜』なんて心の中で呟いていました
>「はい、これ。大人しく待っていたファミアさんにお土産ですよ。」
アイレル女史が取り出したのは黒光りする獣皮の首輪でした
>「あれ?」
「良く似合ってますよ?殿方じゃなくても思わず値を吊り上げたくなるくらいには、ね。」
「ええ、なかなかワイルドでいいんじゃないでしょうか?……わたしには似合わないと思いますが」
アルフートさんは驚いた顔をしていましたが、それは私も同じです
まさかアイレル女史がこのようなものを用意しているとは私はまったく聞いていませんでした
なぜか凄い笑顔のアイレル女史に私は背筋に冷たいものを感じました
さて、妙に首輪が似合うアルフートさんと共にモーゼル邸に向かいます
フードをかぶり首輪を付けた貴族令嬢というのもなかなか背徳的だと思いませんか?

27 :
>「おう、待ってたぜ」
モーゼル邸の搬入口付近、人目につきにくい場所で待っていた フラウと合流します
よそ行きとと言っていた格好に身を包み、髪を梳かした姿はこの前とはガラリと印象を変えるものでした
またアイレル女史が悪い顔をしているようなきがしますけど
>「あれ、今日はカモ女いないのか?こっちのトリ女は健在みてーだけどよ」
「まったく口が減らないガキだな、仕事の前にその口から屁を垂れる癖を直してやってもいいんだぜ?」
任務の前に頑張って覚えたスラングを披露することが出来ました
自分で言うのもなんですがなかなか自然に言えたと思います
口調とは逆に私の格好はミッドナイトブルーの燕尾服に白いタイ、白いウエストコートと男性の礼装に身を包んでいます
所詮は安物ですが、ドレスコードには引っかからないでしょう
>「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
フラウの手から渡されたそれは見て、安心出来るようなものではありませんでした
警戒厳重、ねずみ一匹は入り込む隙はないといった様相を呈していました
’平時で’です。今日のようなオークションのような日なら倍程度ではすまないでしょう
> 「この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
 木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
「出来るだけ形が似ているものがいい、材質はなんでもいい」
『アイレル女史、お心遣いありがとうございます
さすがに会場に私の能力を発揮出来るようなものはもちこめませんからね』
実は1対だけ持ち込んでみたのですが、果たして役に立つかどうか……
>「取り敢えず、こちらからの注文はその位かしら?」
アイレル女史からの視線が「あなたはなにかある?」と語っていました
「そうだな……祝杯のエールを用意しといてくれ。とびっきり濃いやつをな」
祝杯を楽しめる状態だといいんですけどね、なんて一抹の不安が胸を横切ってしまいました
>「あたしにでき るのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
 予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
立ち去ろうとするフラウの襟首を引っ張って強引に引き止めます
一瞬息が止まった様子だったのですが、その姿が小動物を連想させて少しかわいらしく思えてしまいました
そう、アイレル女史はあれを渡す気なのでしょう。私とともに選んだあれを
>「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
そう彼女用のドレス一式です
私が預かっていた袋をアイレル女史に渡すとフラウに手渡しました
「あなたに似合うようにと私たちで選んだドレスです。お似合いになると思いますよ」
先ほどまでのsラ口調ではなく私の本来の口調

28 :
口ぶりで話し始めました
「ああ、了解了解。俺は昼間、公園で大道芸をやってるしがない芸人だ。で、見るからに貴族のお嬢さんが物珍しそうに見てるわけよ。護衛もいない様子だったからね。攫っていったわけよ。簡単だったで興味津々で裏通りをきょろき ょろとだ
後ろから一発だったよ。その夜には姐さんにいい獲物がとれたって報告にいった次第だ。ねえ?姐さん
で、オークションで高く売りつけてやろうって話よ。あんたのピカピカ脳みそでもわかる簡単な話だろ?」
ペラペラと事前に用意していた話を口から紡ぎだしました
身振り手振りでなかなかいい感じに話せたんじゃないでしょうか
検査も無事終了しアルフートさんに会いにいけると思ったのですがどうやらそうはいかないのでした
出品者として特設の座席に案内されてそこから一歩も動くことが出来ない上に
(彼らはノブレスオブリージュという言葉を知らないのではないでしょうか?
いえ、高貴なる者などこの場には誰もいないでしょうね)
私はあきらかに贋作なオ ーベルヌの風景画を自信満々に落札しようと躍起になる人たちに心の底から侮蔑の感情を送りました
しかし、このまま席に座っているだけでは埒があきません
「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
【トイレに行って自由になれるのでしょうか?】

29 :
【五日後】
スイはこの五日間、ひたすら宝石を売り、商人としての皮を被り、金を集めることに邁進した。
勿論、商人の顔を売ることも忘れてはいない。
また、裏の方にもちょくちょく顔を出しておいた。
そうすれば、悪徳商人としての名が渡るだろう。
食堂で、ボルトからオークションの参加権を受け取り、カウンター席に座る。
次々とボルトの口から出される各自の命令を頭の中に叩き込む。
>『さあ、状況を始めるぞ。何の因果かこの街に迷い込んだクソッタレの特級呪物を、箱詰めにして帝都に送り返してやる。
 この任務にあたってお前らに下す命令は一つ――"うまくやれよ"それだけだ。準備はいいな、現時刻二〇三〇をもって、』
>『――状況開始だ!』
ボルトの号令に、机を小さく叩き、了解の意を示した。
モーゼル邸に苦労すること無く入れたスイは、カタログをぱらぱらとめくる。
最後に挟まっていたカードを見つけ、それを手にとって目の前に翳す。
「(魔術…か…?)」
眉間に皺を寄せながら小さく唸る。
考えても分からないからやめよう、と腕を降ろした。
『即決価格』には手が届きそうに無かったから、諦めた。
>『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
 今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
オークションが始まるのと同時にスイは直ぐさま壁際に移動する。
こうすれば全体が見渡せるからだ。
次々と競り落とされる商品を見つめながら、『零時回廊』の登場を待つ。
そうして待っていると、耳飾が誰かと繋がったのを伝えてきた。
耳の裏を掻くふりをしながら、接続する。
『スイだ。…どうかしたのか?』
しかし、繋げてきたノイファとはある程度の距離があるから、鮮明には聞こえてはいないだろう。
スイは大人しく相手の返答を待った。
【オークション開始。念信器には多少の雑音】

30 :
>>27>>28の間が抜けていました。申し訳ありません
モーゼル邸に足を踏み入れた我々を待っていたのは
>「随分と派手に嗅ぎ回ったようだな?」
アイレル女史と私の行動はさすがに広まっているらしく、開口一番の先制パンチでした
「情報収集するのはそこいらの犬でもやってることだろ?」

小さな小屋に通されていきなりこの言葉というのはわたしの想像の遥か上です
アイレル女史はいったいどれだけ暴れ回ったのでしょうか
>『武器を所持していないか』
「護身用の短剣でもっていいたいところだけどな。お生憎様、この街で刃物は御法度だろ?
なんにもないよ。強いていうならこの羽根か?あんたの鼻をくすぐる程度にしかつかえないけどな」
乾いた笑いとともに手に持つ極彩色の羽根をひらひらと検査人のまえではためかせます
「まさか乙女の礼装をひんむいて調べるなんて野蛮なことをしないだろ うね?」
>「その言葉で何人を裸にしてきたのかしら?」
安い挑発に躍起になるほどこの人たちは暇ではないでしょう
私たちへの追求はこれ以上なく、検査術式による検査も無事通過することが出来ました
>『これで最後だどこからどうやって盗んできたのか』
>「リア、説明よろしく。」
最後の質問にアイレル女史からのパスが飛んできました
想定内の質問ですので、私は今朝の朝ご飯のメニューを話すような口ぶりで話し始めました

31 :
【ウィット】
>「――ところで、スティレットさん。ウィットさ……いえ、ウィット・メリケインに会う前に三つ。
 三つだけ覚えておいて欲しい事があります。いくら上位騎士様のスティレットさんでも、それくらいなら覚えていられますよね!」
「おーっ!任せて欲しいであります!3つと言わず4つ5つぐらいまでなら高確率で覚えられるでありますよ!」
マテリアの痛烈な皮肉にはもちろん気付かず、スティレットは安請け合いした。
当然、お手盛りがある。高確率というのは、三歩歩いた時点で5つ覚えたうちの2つは忘れているであろうという意味である。
朝に笑い話を聞いて夕方に笑い出す驚愕の処理速度を誇るスティレットであった。
>「まず初めに……私達なんかテンションが被ってる気がするんですよね!
 なので暫く喋らないでいてくれますか!あるいは今すぐイメチェンして下さい!」
「い、いめちぇん……」
いきなりとんでもないハードルが来た。
とはいえ彼女とて貴族の娘、着飾ることに慣れていないわけではない。
現在のなんちゃって民族衣装から、適当な町娘にでも変装することはそう難しくないだろう。
……スティレットが服の袖の通し方を忘れていなければの話だが。
>「と、まぁそれは冗談ですけど……マロン・シードル。
 ウィットの前で私が名乗っている偽名です。これは覚えておいて下さいね」
>「そして、私は皇帝からとある極秘の任務を仰せつかっている……という事で通しています。
 スティレットさんはその任務の内容を知りませんし、知る必要もありません。
 ただ私を守り、時には敵を断つ為の剣であれとしか聞かされていない。覚えておくのはこの二つだけで十分です」
「りょ、了解であります」
憶える案件が二つなら大丈夫だ。両手のひらにひとつずつメモっておけば良い。
もちろんそれをアヴェンジャーに見られては大変なので、薄革の手袋をしておかねばならなかった。
(でも、良かったであります。ヴィッセンどの、この前みたいな怖い顔はもう見たくないでありますし)
5日前の報告会でのマテリアの私憤は、流石のスティレットも心臓を痛めずにいられなかった。
良くも悪くも(悪いほうが多いが)脳天気なスティレットにとって、怒りを露わにする他人は腫れ物でしかない。
ただ座して、萎むのを待つか。あるいは自分でつついて爆発させてしまえば案外楽になれるかもしれない。

32 :
それに、マテリアは――彼女はウィット=メリケインのことを「ウィットさん」と言いかけた。
揺れているのだ。未だ彼女の中で、親しみを込めた敬称と、事務的な名称の、どちらを使うべきか。
ひいては、ウィット=メリケインに対してどういうスタンスをとるべきかを、迷い続けている。
いずれにせよ、仰せつかったのはマテリアの護衛だ。
護らねばならない。もうかつての湖での一件のように、与り知らぬ場所で仲間を喪うのはごめんだ。
だから「護れさえすればそれで良い」という今回のシンプルな任務は、彼女にとって僥倖ですらあった。
無意識のうちに握りしめていた、首から下げた水筒の中身が、ちゃぷんと波を立てた。
たどり着いたセーフハウスの扉が開く。
粉雪と寒風を同伴者に、『鬼』が出るか蛇が出るかの伏魔殿へと足を踏み入れた。
 * * * * * *
>「褒め言葉なら、まだ取っておいて下さいよ。今から使ってたんじゃ後で足りなくなっちゃいますよ。
肩に積もった雪を払いながら、マロンは滑りこむように部屋に入ってきた。
否、マロンだけではない。その背後に、もう一名の人影が見える。
『銀貨』の仲間だろうか――そう見立てたウィットの推測は、その斜め上を行く事実によって裏切られた。
マロンの肩の向こうから、ひょっこりと覗き込むように顔を出したのは。
(『剣鬼』――――ッ!?)
危うく動揺を顔に出すところだった。『銀貨』を提示された時並の衝撃をウィットは受けた。
剣鬼。崩剣。破嬢槌。歴代最年少で最強の剣士の銘を得たフランベルジェ=スティレットの名は、武門に知らぬ者はない。
否、そうでなくとも――ウィットだけは、例え彼女が剣鬼でなくとも知っていただろう。
他ならぬ『前職』。上位騎士という職場で、何度か共に任務をこなした経験があった。
>「……あぁ、この方はただの『剣』ですので、お気になさらず。まぁ、皇帝陛下がいかに本気なのか、察して頂ければ幸いです」
「……なるほど。こりゃ確かに、一大事だな」
ウィットは肩を竦めた。それは降伏のポーズではなく、「やってられない」といった風情だった。
先代ならばともかく所詮"なりたて"の鬼銘だ。搦め手でいいなら、いくらでも彼女を方法は思いつく。
ただし、それはスティレットが単身で存在しているときのみの話だ。
『銀貨』――並ならぬ戦闘力を裏付けに持つ特務機関の構成員が傍に控えている以上、迂闊に手を出すことも叶わない。
言って見れば、この女たちはお互いをお互いの保険にしてここに来ているのだ。
ウィットという『鬼』を相手にして、少しでも生存率を上げるために。生きて、この街から帰るために。

33 :
(今しばらくは、『光栄だ』とでも思っておこうか。この国のトップに、そこまでビビらっせた僕のリードってことで)
それに、ことを構えるべきは彼女たちではない。
戦わなければならないのはこの街を腐敗させる白組と、この国を腐敗させる元老院の陰謀だ。
戦力が増えたとでも思って、ありがたく使わせてもらおう。
>「さて、それではモーゼル邸の警備についてですけど……潜入のプランはありますか?
>「ま、私見を述べるなら……あの魔導灯には、あまり手を出したくないですかね」
ウィットは内心で舌を巻いた。なるほど、そこまで調べていたか。
屋敷に配備された戦力は、おおまかにわけて二つに分類される。『陰』と『陽』の警備システムだ。
『陽』は言わずもがな、見るだけでそれとわかるガードマンや猟犬の警備態勢。
そして同時にそれは『陽動』でもある。そのものだけでも強力な戦力だが、屋敷の警備は一枚壁ではないのだ。
『陽』の警備をクリアして、油断したところを捉える本命の『陰』の警備――という二段構え。
ガードマンや番犬を無力化しても、眼には見えない動体検知や偽装ゴーレムが侵入者を絡めとるのである。
(モーゼルが独占してる『盗用技術』は、帝国の魔導技術よりも遥かに優秀で巧妙――
 この僕ですら、フラウや子供たちに協力してもらったここ一月の地道な草の根活動で、ようやく知ることのできた情報だ)
それを、たったの五日でマロンは看破した。
『銀貨』という組織力のなせる技か、はたまた何らかの"天才"か――いずれにせよ、この若さで末恐ろしい女だ。
>「そうですねぇ。ガードマンを誘き寄せてあの背広を奪うか……やるなら搬入口が楽でしょうね。
>「あるいはモーゼル邸に向かう途中の客からカタログを奪うか。
街を歩きながら、ウィットはマロンと意見を交換し合う。

34 :
「カタログを奪うのはやめておいたほうがいいな。
 時間があるならともかく、今これからカタログの所有者登録を誤魔化すよう工作するのは、流石にリスクが大きすぎる」
なにせ無法者の集うタニングラードだ。『盗む』ことは無論のこと合法であるから、所有者側にも自衛策が求められる。
その内の代表的なものが、所有者の魔力を読み込ませて認証を行うシステムや、簡易位置補足魔術の施術である。
これは一月前、かつてウィットが『白組』に下見に行った時――『買い手』として参加した時に知った情報だ。
金の使い道に困っていた彼は、片っ端から奴隷の子供たちを競り落した。
それが今のウィットのもう一つの手足――『路地裏の子供たち』の前身である。
「ガードマンを誘き寄せる……これができるならそれに越したことはないが……」
彼は足を止めた。
そこは、『白組』オークションの開催場所、モーゼル邸の裏――搬入口。
既に全ての搬入が終わり、会場の破裂しそうな気運の高まりが裏口から漏れてきて彼らの頬を叩くようだ。
大型の馬車も入れそうな搬入口の両端に、屈強な男が二人。モーゼル子飼いのガードマン達である。
「しかし僕らの現在の身分はあくまで一般市民。客でもない身で、任務中のガードマンを誘き寄せるなんてできるのか……?」
【ウィット:マロンと合流。ガードマンから背広を奪う案が最も現実的だが、どう誘う?】

35 :
【フラウ】
>「――この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
 木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
>「出来るだけ形が似ているものがいい、材質はなんでもいい」
いかにも悪人っぽい格好をしたフィオナとリアから、フラウは謎の要請を受けた。
「双つ……?わかった。仲間に頼んで、半刻以内に全て整うよう手配しておくぜ。
 ……それじゃ、頑張ってくれよな。もちろんあたしたちも全力で支援するけれども、実働は――」
>「……お待ちなさいな。」
そそくさと退散しようとする背後から肩をおもむろに掴まれた。
あまりに不意打ちだったので、ひぃっ!?と情けない声が出てしまう。
>「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
(悪役似合うなあんた……どハマリじゃんか)
あくまで奴隷商の仮面を崩すことなく、品物に飾りを施すような仕草でフラウに紙袋を押し付ける。
中身を検めると、それは確かにフラウの注文したドレス一式だった。
忘れていたわけではない。ただあの場で啖呵を切ったはいいものの、敵も味方もプロ同士の駆け引きだ。
下手に素人のフラウが首を突っ込むよりかは、いっそ全てを彼女らに任せてしまったほうがいいのではないかと思ったのだ。
そうだから決して、忘れていたわけではないのだ!
>「あなたに似合うようにと私たちで選んだドレスです。お似合いになると思いますよ」
>「それを着て中まで付いてくるかどうかは、貴女に任せますよ。」
「う…………」
そこへ来てダメ押しのように素に戻り、女の目から見ても酷く魅力的なウインクをされると、フラウはもう何も言えないのだった。
大人しく着付けを手伝ってもらいながらも着替え、金持ちの中に混じっても遜色ない身なりになって、同行することにした。
 * * * * * *

36 :
無事に検査を乗り越え、ここで『品物』の少女と別れた三人の"盗人"は、出品者席へと案内された。
ここに来るまでフラウは生きた心地がしなかった。検査室での女二人のやり取りはあまりに心臓に悪かった。
「大丈夫かよ、あんなに煽っちゃって……」
フィオナもリアも、結構イケイケな感じで検査人を挑発しまくっていたのだ。
あくまでものをよく知らぬフラウの主観であるから、悪党特有のスラング、軽口の叩き合いなのかもしれないが。
結果的には疑いをかけられることなく突破できたわけで、絶妙な匙加減があったのだろう。
『相手を怒らせず』かつ『適度な品の悪さを演出する』というのは、相当に神経を使う作業であったはずだ。
冷や汗一つかかずにそれをこなした二人の器の大きさは、もう流石の貫禄と言う他ない。
(『人質の姉ちゃん』は……流石にここからじゃ見えないか)
商品の控え室はサプライズ性を重視して会場のどこからも見えない位置に秘されている。
かの少女が再び陽の目を浴びるときがくるとすれば、それは彼女が競売にかけられる際である。
『人間』の商品はなるべく早くはけたほうが運営側にも都合がいいので、その時はそう遠くないとフラウは朧気に推測した。
そしてオークションが始まる。
オークショニアのよく通る拡声魔法が、淡々と時にドラマチックに競りの白熱を演出していく――
>「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
リアが出品者席の警護にあたっていたガードマンに中座を要請した。
打ち合わせ通り、ここで『オークション中の単独行動が許されるか否か』を確かめるための一石。
筋骨隆々の肉体を漆黒の背広に封じ込めたガードマンは、耳に手を当てて一人ごとを呟いたかと思うと、露骨に舌打ちした。
「……ついてこい」
答えは――『ガードマン同伴ならば可』。
リアを伴ってガードマンが一人、出品者席から消え、入れ替わるように後詰と思しき別のガードマンが入室してきた。
「後詰の補充がえらく早いな。たまたま交替のシフトと被っただけか?……どう見るよ、フィオナさん」
交替の人員を呼ぶなら、この部屋の壁にも取り付けてある有線の念信器を使うのだろうが、彼らは一切そんな素振りを見せなかった。
ガードマンの一挙一動を逃すことなく見張っていたフラウは、何故か同じように耳を弄っているフィオナにぶつける。
無知な彼女よりも、相応に修羅場をくぐってきたであろうフィオナならば、そのからくりを見破れるかもしれない。

37 :
『さあ続きましてお次の商品はこちら!ここタニングラードにてフィオナ誘拐団が拐かしました現役貴族のお嬢様!
 確認がとれましたところによれば帝国北部のさる諸侯のご令嬢ということで、
 "転売"如何によっては大いなる利益を生むことでしょうこちらは100000からのご入札でございます!』
首輪と枷をされた例の『人質の少女』が台車に乗せられて魔導灯の下に引っ立てられた。
身なりこそ質素なものであるが、柔らかな髪と白く瑞々しい肌、人形のように愛嬌のある容姿はやんごとなき身分のそれ。
いかにも小動物といった感じの不安を隠さぬ仕草が金持ち達の嗜虐欲、あるいは庇護欲を煽り、入札はどんどん重なっていく――!
『おおっこれはすごい、二十万、三十万、五十万、百万まだまだ上がります!!
 ……出ました!『即決価格』入りました!入札終了です、落札された方は後ほど権利書を交付しますので――』
こういった裏オークションは、競りの品が法に触れれば触れるほど、徳に背けば背くほど盛り上がる傾向にある。
とくに人身売買の場合、『奴隷を買う』という行為に対して『人売りから救ってあげる』という考え方をする者は多く、
奴隷の少女にとっての『英雄』になる否かという、歪んだ善意が白熱を呼ぶ直因となっている。
「後で助け出すとは言え……良い人に買われてたらいいな……」
かつて地獄のような奴隷身分から"おじさん"に助け出してもらったフラウは、率直にそう零した。
聞きようによってはもの凄く不謹慎な物言いではあるが、彼女なりの心配でもあった。
『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。
 ……競りを始めます前に、皆様お手元のカタログ巻末の用紙をお取りください。そちらは"誓約書"でございます。
 本日これから行います商品に関しては、見聞きした情報を絶対に他者に漏らさぬことを誓約していただきたく存じます』

38 :
それまでの明るい商売口調から一転して声のトーンを落としたオークショニアが、参加者たちにカタログの閲覧を促す。
つまりはそれだけ重大な――『重大な違法物件』であると。言われずとも誰もがそれを理解した。
『なおこの商品については、例外的に一切の詳細、出品者、窃盗方法を明かすことはできません。
 それらをご了承の上で競りへの参加をお願いします――』
魔導灯がステージを一際に照らし、運ばれてきた商品に光と視線の両方が集まっていく。
それは、間違いなく『零時回廊』の片割れであった。しかしあれだけよく喋ったオークショニアは、一切の解説をしない。
『ここにお集まりの皆様であれば、帝国史の中で幾度かお目にかかったことがあると存じます。
 私共も何故この品がこの街にあるのか、そして"もう片方"はどこへ行ったのか、一切の仔細を知りません。
 ただ専門家の分析によって、この片割れが紛れなく"本物"であることだけは、『白組』が保証致します』
オークショニアは、"それ"の名前を呼ばなかった。
名前を呼べば、つまりはこの物体を『零時回廊』と呼んだ途端、『白組』はこの特災級呪物をそれとわかった上で所有したことになる。
持っているだけで危険な代物とわかっているのに届出もせずに、あまつさえ販売したことが当局に知られれば――
例え治法権の及ばぬこの街だとしても、例えどんなに政治が腐敗していても。国家が白組を潰すために動くことになる。
零時回廊が封印もされずに野放しになっているという事態は、紛れも無く『有事』だからだ。
だから、どれだけ白々しくてもオークショニアは『これがそんな大変なものだなんて知らなかった』と言い張らなければならないのだ。
「あのガラクタ、そんなに凄い代物だったのかよ……」
オークショニアや参加者達の間で生まれた緊張を『色』で感じて、フラウはため息のように零した。
具体的にどういったモノなのかはわからないが、とにかくヤバくてスゴいブツらしいことは、彼女にだってわかる。
『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
【『零時回廊』出品。即落札】

39 :
【クローディア】
は、暇をしていた。
当然だ、気心の知れた部下は三人とも仕事に出てしまったし、休憩中の荒くれどもは話し相手になりもしない。
手慰みに始めたポーカーでは何かのイカサマでも食らったのかボロ負けし、惜しくもないクラッカーをチップ替わりに巻き上げられる。
念信器を指でカリカリと掻いて、ダニーやロンと繋げようとするも、何やら雑音が酷くてうまく繋がりもしない。
これだから金のかかっていない道具は信用ならないのだ。
クローディアはその遺才の性質上、自分で取引した商品の性能に関しては他ならぬ血によって保証される。
そしてどういう因果が働いているのか、支給品やタダで貰ったものに関しては、殆どと言っていいほど不具合が発生するのだ。
「あいつら、ちゃんと働いてるかしら」
怪我がなければいいけど――労災適用しなきゃいけないから。と益体もないことを考える。
労働災害の申請は本当に面倒なのだ。特に『商会』のように、表向きは戦闘職であることを掲げていないと特に。
こっちは毎月安くもない労働税を払っているのに、役所の窓口は申請の度に嫌味を吐いてくる。
そりゃ確かに、結構、いやかなり頻繁に労災保険を貰いに行ってはいるけれど、それだってちゃんと医者の診断書付きだ。
どうせお役所仕事なのだから、いちいち無駄な詮索をせずにとっとと労災金を出してくれればいいのだ。
ますます人間が嫌いになる。自分が給料を払ってない人間と、一秒とだって関わっていたくない。
クローディアは、他者との繋がりを金銭の支払いによってでしか維持する方法を知らなかった。
幼い頃から貴族として、商人として、そして多くの労働者の生活を保証する経営者としての教育を刷り込まれ、
反面いわゆる「まとも」「普通」の人付き合いの仕方などまったく教えられてこなかったからだ。
そりゃあ、社交界に出れば人付き合いも必要になる。しかしそれも商人からしてみれば、全て金絡みだ。
それは実家を破門され、傭兵に身を窶したあとも変わらなかった。
なんのことはない、金を払う側から貰う側に変わっただけだ。金で繋がれた関係には違いなかった。
傭兵を辞め、再び経営者として傭兵仲間のナーゼムを雇い稼業を始めたときも。
家名を捨て、ただのクローディアとしてまっさらな身分になっても、彼女は金の亡者で在り続けた。

40 :
世の中金が全て――それは概ね正しい。社会構造を最も単純化したとき、最後に残るのは各々の資産だ。
己の資産を他者とやり取りする共同体の最果てが、現在の都市社会なのだと教導院は教えている。
簡単な社会論だ。魚採りのうまい者が、畑を持っている者と、それぞれの所有物を交換して豊かな食事を実現する。
やがて交換の手間を簡略化するため、二人は同じ土地で共に住むようになる。
そこに木の実をたくさん持っている者や、裁縫の上手いものやらが加わって、群れになり、村になり、街になり、国になる。
人間関係とは、財産の交流を最適化するための手段に過ぎない――クローディアは自分なりに社会学を読み解いて、そう結論づけた。
そして財産の交流こそが人間関係の本質であるならば、そんなもの、金でいくらでも代用できるじゃないかと。
だから世の中は金が全てなのだ。お金をたくさん持って、随時必要な人間関係を買えば良い。
他者とうまく関わりを持てなかった少女が、苦し紛れに選んだ自論。それは正しく、そしてそれ以上に寂しい結論だった。
しかし、この街に来てからのクローディアは端的にいって『らしくない』ことばかりしている。
街に入るのを拒絶されても、なおダニーと共に乗り込むために一緒に頭を捻ったり。
一銭にもならないのに、フィンを助けるため商売の金に手をつけ、赤字を出してまで彼を救い。
彼女のために啖呵を切ってくれたロンに、みっともなく取り乱して怒りをぶつけてみたり。
自分でもなんだかおかしなことになってしまったなという自覚はある。
こと金銭に関しては、焼結ミスリル鋼のように固く硬く閉ざされていた彼女の心が、酷く緩みつつある。
それはきっと、かつて故郷のあった湖で得た教訓に基づく変異なのだろう。
気づいてしまったのだ。あのウルタールの闇深き穴蔵の中で、この手をすり抜けて死んでいった男が教えてくれたこと。
――『世の中には金で買えないものがある』なんて、あまりにも当たり前すぎる常識を、ようやく知ることができた。
喪われてしまったものは、最早どれほどの大金を積んだとしても、決して贖えはしないのだ。

41 :
未熟なクローディアは、心に芽生えた感情をうまく定義できない。
だけれど、あえて近い言葉で言い表すなら、きっとこういうことなのだろう。
見かけに違わず屈強で、見かけによらず聡明な巨人。
よき友であり、よき相談相手でもあり、クローディアの間違いは諫め、上手くやれたときは静かに認めてくれるダニー。
見かけに違わず俊敏で、見かけ通りに真っ直ぐな少年。
その俊足で、その直情で、クローディアが足踏みするような闇をも切り裂いて道を示してくれるロン。
彼女たちを、そして彼女たちがクローディアに向けてくれる好感情を――失いたくない。
ダニーやロンに嫌われたくない。彼らに好かれる自分で在りたい。そして自分もまた、彼女たちを好きでいたい。
初めて得られた『自分だけのもの』。失えばお金じゃ絶対に買えない、いわゆる『好意』みたいな感情を、ついに実感したのだ。
金によって繋がれた、上司部下の垣根を超えた――友情や愛情を、しかしまだ彼女は言語化できない。
でも、今はそれでいいと思った。ビジネスじゃないんだから、急ぐ必要なんてない。
じっくり、ゆっくり考えていこう……そう思った途端、何故だか無性にダニーやロンと話したくなった。
念信器に指を這わせ、今一度、部下たちのチャンネルに合わせ――
>『スイだ。…どうかしたのか?』
「……誰?」
『無線念信は国内では軍用のものしか認められていないので、暗号化はしてありませんが使用には影響しないかと』
という、ランゲンフェルトの言葉が、ものすごい勢いで頭の中にリフレインした。
【ダニー、ロンと会話を試みて念信器を使うも、混線。ノイファとスイの念信に図らずも介入することに】

42 :
【ボルト】
フィンと別れたあと、ボルトはこの街の市場で購入した外套を纏って、夜歩き中の住人を装い彷徨いていた。
三白眼はいつにも増して瞬きが多く、固く結ばれた口はへの字に反っている。
噛み潰した苦虫の味が、いつまでも口の中に残っている気分だった。
>『あんたはサフロールを殺した無能だろ!?今更余計な慈善意識なんて持ち合わせんなよ!!』
放たれたフィンの言葉に、今更動揺するほどボルトは人格者であるつもりはなかった。
元からそうだったはずじゃないか。おれは、あいつらの命を使い潰して食うための金を貰っている。
部下を殺した無能。それはどこまでも正しい評価で、そして大きな見当はずれでもあった。
その采配によってサフロールを死なせたのは紛れなくボルトであったし――遊撃課において、課員を死なせることは無能ではない。
ボルトの意志はどうあれ、上層部……元老院からしてみれば、厄介者の天才などどんどん死んでくれたほうが良いのだ。
事実、その件でボルトは元老院から棒給とは別の報奨を貰っている。
(クソが。無能の方がよほどマシじゃねえか)
ボルトは自分を過大に評価しない。そして自分が特別有能だとは思っていないが、無能だとも思っていなかった。
与えられた任務において、求められた結果を出してきただけ――そういう責任転嫁を、許される身分だ。
だが、今だけは、『部下を死なせた無能』という謗りがボルトの心に強く響いた。
不当な評価に動揺したわけではない。正当な評価だと安堵したのだ。
ああ、こいつは、この男は、部下を死なせたおれを無能と言ってくれる。死なせたことに怒りを感じていてくれる。
人の命を数字の上でしか測れない権謀術数の渦中に立つボルトにとって、その純粋な激情は酷く暖かなものに思えた。
フィン=ハンプティは良い奴だ。
だからこそ、死なせるわけにはいかなかった。
元老院の顎先一つで行先が絞首台になりかねない遊撃課という泥船に、いつまでも乗せておくわけにはいかないと思った。
(お前は生きろよ。憎まれ者じゃなくても、世に憚れよハンプティ……!)
その時、背嚢に仕込んである無線念信器が着信を知らせた。
課員たちに支給したものではなく、指揮官のみに配備された長距離念信も可能な大型モデルだ。
生憎と小型念信器の方とは念波のチャンネルが合わないために、今回の任務では埃を被っていた代物である。
『――――――』
発信者は、今回の任務では連携をとっていないはずの従士隊タニングラード支部。
オープンチャンネルで全無線に放たれた緊急念信は、ボルトにとって驚愕の内容だった。
「馬鹿な――帝国はこの街を見捨てたのか!?」
 * * * * * * 

43 :
【タニングラード入城ゲート・ドック →フィン】
フィン=ハンプティが出発を待つ隊商の馬車は、野党対策のために武装をしているため街中には入れない。
しかしややこしい入城審査を積み込みのためだけに何度も繰り返すのは甚だ不合理だという要請に従い、
隊商の馬車だけが出入りできる区画を城壁の内側に設け、そこから一歩も街中に出ないという条件で馬車の駐留を許している。
タニングラードにあって武器を持つことのできる、数少ない例外。その一つがこのドックなのだ。
「お客さん、そろそろ出るから支度してくれよな」
ボルトの手配した帝都行きの馬車が、全ての積み込みを完了して出発する気配を見せ始めた頃。
一台の馬車が粉雪を引き連れてドックへと滑りこんできた。予定にない所属不明の馬車の侵入に、職員たちが身を固くする。
すわ、野党かはたまた攻めこんできた隣国の先遣隊かと憶測が飛び交う喧騒の中、幌に積もっていた雪がずるりと落ちた。
すると雪の重みで倒れていた、馬車用の小型の旗がピョコリと頭を上げて、職員たちはさらに目を皿にする。
旗は、帝国旗だった。それも政府要人が公用で使う高速馬車の識別旗である。
帝国法と切り離されたこんな辺境の地に、政府高官が何の用で――?
その場に居合わせた者が例外なく感じたであろう疑問と、それを問う穴の空きそうな注視の中、馬車の扉が開いた。
降りてきたのは、三人の男女だった。

44 :
一人は巨躯の男。
逆立った短髪は輝くような金色を示し、彫りの深い鼻筋に双眸は鮮やかな蒼。
頑丈な布で織られた裾の広いスボンに、牛の革で作られた荒々しい装飾の靴。同じく革のジャケットに、庇の大きな帽子。
一目で異国の者だと分かる扮装だ。帝国の南方に在する共和国のものだった。
一人は痩躯の女。
鋼を思わせ鈍く照る銀髪は長く、首の後ろでひとつ結びに纏めてあり、切れ長の双眸に収まる灰色の二球。
白と黒の硬質布で仕立てられた軍服に、上等なカソック型の外套を合わせ、フードによって鋭い眼光を覆い隠している。
そのカソックと軍服のデザインから、帝国の西隣――西方エルトラス連邦軍の軍人であることが窺い知れる。
最後の一人は精悍な容貌をした青年。
戦闘用に高度に練り上げられた体つき、腰には細身の長剣がまるで身体の一部のように吊ってある。
官給品の外套の下には従士隊制式採用の軽鎧、双眸の上には制式の防刃帽が鎮座していた。
前述の二人が青年の後ろについていることから、この集団の中では彼が代表者であることがわかるだろう。
「ワオ、寒い!やっぱりママに無理を言って、新しいセーターを仕立ててもらうべきだった。これでまだ冬始めだって?ウソだろ?」
巨躯の男が肩を竦めながら腕を摩る。
他の二人が冬らしい外套姿なのに対して、この男は明らかに軽装だった。
「……同志、歓迎の催しはないのか?祖国では外から来る旅人は神の財産として三日の宿と三晩の宴を受ける権利があるのだが」
痩躯の女はフードの目庇から覗かせる、生き馬の目も射抜くような矢切眼で周囲を睨めつけながら問うた。
いかにも西方正規の軍人らしい、定規で測ったように伸ばされた背筋と一切ぶれない体幹は流石の立ち振舞である。
「んーまあ、ここお前らの国じゃねーからな。どっちにしたってお忍びなんだから歓迎なんかされねえよ。
 そう、お忍びだ。本国から何言われて来たのか知らねえけど、物見遊山じゃないってことはわかってるよな」
防刃帽の青年の確認に、後ろの二人は一様に肩を竦めた。
――――

45 :
元老院の一席を殺害し、北端の街に逃げ込んだ護国十戦鬼、ユーディ=アヴェンジャー。
彼が盗み出し、同様に消息を絶った特殊災害級呪物、『零時回廊』。
そして――帝国法から独立し、故に周辺諸国の全てに恩恵を与え続けてきた無法の貿易街タニングラード。
既に事態は帝国一存で解決できる規模を逸脱し、国際関係にも大きく波紋を投げかけるものへと発展していた。
タニングラードが貿易、ひいては国際社会全体にもたらしている利益はどの市場よりも重大だ。
となれば、街一つ容易く滅ぼせる『零時回廊』がかの街にある現状は、帝国含むあらゆる国家の危惧するところである。
特に、帝国との関係が芳しくない『西方エルトラス』と『南方共和国』は、ここぞとばかりに積極的な介入意志を見せてきた。
武力では未だ大陸最強を誇る帝国に、戦争ではなく政治的な責任を問う介入口実を得た形になったのである。
事件に即応すべく送り込まれた遊撃課の先遣メンバー。
それとは別働隊で、各国上層部の意志をより直接に反映すべく二次派遣の遊撃課を急設した。
現場でのイニシアチブを帝国のみに握らせない為、西南それぞれの国から一人づつ監査役を同行させている。
国家間の垣根を超えた『国境なき左遷』として、遊撃課に出向してきた者たちだ。
それが、たった今タニングラードに到着した三人。
巨躯の男の本国は、大陸内では最も進んだ魔導技術を持ち、先進的な制度を多種採用している南方共和国。
国家司法機関『夜警院』より出向の遊撃課南方監査・ジョージ=リベリオン。
痩躯の女の本籍は、大陸西方に広がる少国家群にして、私有財産を否定する『神財主義』を掲げる西方エルトラス連邦。
国家が崩壊し無政府状態の連邦を治める神殿機関『正域教会』から出向の西方監査・アネクドート。
共に遊撃課を監査し、同時に遊撃課の助力となるべく左遷された者たちである。
「さあ、現場だ現場!今後とも世界がよろしくやれるように、しっかりお仕事こなそうぜ!」
そして防刃帽の青年に関しては、フィンも面識があることだろう。
他ならぬ遊撃課への左遷の際にボルトと共に面接を行った、遊撃課の発足者にして相談役。
「――『ユーディ=アヴェンジャーの暗殺』と、『タニングラードの制圧』をなあああああああっ!」
先代剣鬼の嫡男にして、"剣"の眷属、対地重撃剣術『轟剣』を継承する男。
レクスト=リフレクティアである。
【ユーディ討伐隊(遊撃課の二次派遣隊)が現着。国家間上層部の協定により、タニングラードを武力制圧する予定】
【ボルト含む先遣の遊撃課には一切そのことは伝えられていない模様】

46 :
唱和される泣き声に、さしも鉄面皮の黒服たちもいいかげん厭気が差してきたと見える頃。
その内の一人が出し抜けに二人へ歩み寄ると、ファミアの隣の子を引っ立てて行きました。
よっぽど諦めきっているらしく顔を俯けたまま連れて行かれたその背を見送って、
次はいよいよ我が身かとファミアはただおののくばかり。
(……そういえば『回廊』は!?)
内心が不安で埋まってしまったせいで完全に本来の目的が押し出されていたのを、
すんでのところで引き戻したファミアは慌てて首を左右に巡らせました。
はたから見れば立派な情緒不安定です。
そしてついに、目的の物を視線の端に見止めました。
教本の挿絵で見た通りの外観のそれは、順番が近づいてきたため、
別の、恐らくはもっと厳重に警備されている場所からこちらに移されてきたのでしょう。
さっそく念信を入れて今後の行動を他の課員に諮ることにします。
がしゃん。
「あれ?」
上から檻が被せられて、外界と遮断されてしまいました。
どうも探しものに没頭するあまり自分の順番が回ってきて移動させられているのに気が付かなかったようです。
下は台車になっていてそのまま会場へと搬送されたファミアは、思わず目をしかめました。
ことさら薄暗いわけではないものの、光量が抑えられた『舞台袖』から、
スポットライト華やかなりし『舞台上』へ何の備えもなく出たためでした。
そんなファミアに構いつけることなく入札の開始が告示され、値は夏草のごとくに伸びてゆきます。
どうも檻だの首輪だのがファミアにはよくわからない不可思議な効果を上げているようです。
(さっきの子よりは高値みたい……)
その様子を見ていたファミアは、なんだかちょっと得意げ。
(……駄目!この優越感はなにか違う気がする!)
割と正解です。残念ながら報奨はありませんが。
>『……出ました!『即決価格』入りました!入札終了です、落札された方は後ほど権利書を交付しますので――』
そんな葛藤など知りもしない周囲の世界は、ファミアを置き去りにさらに加速を続けて、終端速度まで達しました。
身柄の引渡し自体はその場で行われますが、代金を支払って権利書を受け取るまでは『自由』にはできない、ということのようです。
落札者は人品卑しからぬと見える初老の紳士で、ファミアは一安心。
――見た目だけで、実はこの紳士、夜ごと子犬を一匹絞め殺さないと安眠できない性癖の持ち主なのですが、
もちろんファミアがそれを知ることはありません。

47 :
落札者はこの後のオークションにも参加予定があるらしく、会場に残りました。
借りてきた猫にも見下されかねないような様子を装った(八割まではただの自然体です)
ファミアは、これ幸いと脱出路の検討を始めます。
邸宅外に出ればフラウたちの助力が得られますが、そこまでは自力でたどり着かねばなりません。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います』
しかしまだ部屋の形状すら確認し終えない内に本日のメインイベント到来。
誓約書だなんだと勿体ぶって、出てくるのが『回廊』ではないなどということは有り得ないでしょう。
(都会の人って忙しないから嫌い……)
田舎娘には街のリズムは合わないのです。
>『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
「」
リズムだのテンポだのを踏み越えたあまりの速度にファミアは思わず絶句。
(父さま、母さま、この街では何もかもが過剰です……)
暗くほこりっぽい空と青く霞む山々が恋しくなりました。
しかしながら、今は田舎道を通って故郷に帰りたいとか考えてる場合ではありません。
ファミアはスイとノイファの二人へ向けて念信を送りました。
『動きますか?』
セフィリアの姿が見えないこと、ファミア自身の立ち位置がほかの課員とほぼ真逆にあることなど
問題がないというわけではありませんが、力づくで事を進めるのであれば機は今でしょう。
【独断は怒られそうなので他人に相談という形で責任を回避】

48 :
>「カタログを奪うのはやめておいたほうがいいな。
  時間があるならともかく、今これからカタログの所有者登録を誤魔化すよう工作するのは、流石にリスクが大きすぎる」
>「ガードマンを誘き寄せる……これができるならそれに越したことはないが……」
>「しかし僕らの現在の身分はあくまで一般市民。客でもない身で、任務中のガードマンを誘き寄せるなんてできるのか……?」
「んー、そうですねぇ……」
マテリアは腕を組み、大げさなくらい神妙な表情を浮かべて、考え込む仕草を見せる。
「まぁ、無理でしょうね。私が酒瓶片手に胸を晒しながら踊ってみせたら、どうか分かりませんけど。
 それは最後の手段って事で。……あ、代わりにあなたがやってみるとか、どうですか?」
しれっとスティレットに無茶振りをしつつ、彼女は懐から二つの物を取り出した。
一つは折りたたみ式で長方形の黒い手鏡、もう一つは派手な装飾のついた髪飾り。
どちらも複雑な紋様が刻まれている。
手鏡は左手で保持したまま、マテリアは髪飾りの装飾部分を口元に近づけた。
「――だから代わりに、俺が連中を呼んでやればいい」
前触れもなく、ウィットの背後で男の声がした。
この状況だ。突然後ろから、それも接近された気配もないまま、
誰のものかも分からない声をかけられるというのは、さぞや心臓に悪い事だろう。
「面白い玩具でしょう?でも貸してはあげませんよー」
マテリアが軽やかに笑いながら、髪飾りを見せつける。
それは正真正銘、ただの玩具だった。書き込んである紋様は魔法陣もどきだ。
解析困難な術式に見せかける為だけのもので、魔力を流しても何も起きはしない。
彼女のマテリアルは自分の両手だ。
そして遺才を完全な形で発揮するには、口と耳、両方に手を添える必要がある。
それは戦闘時において、とても大きな制約だ。少なくとも知られて良い事はない。
だから彼女は自分の遺才を単なる魔道具の効果だと、発動条件もろとも偽装するつもりだった。
これから先、敵になるだろうウィットに対して。
とは言えマテリアは一度、彼の傍で遺才を発動してしまった事がある。
もしもその時の事を彼がつぶさに覚えていたら、この行為は逆効果にもなってしまうだろう。
「さて、それじゃ早速……」
手鏡を耳元に添えて、超聴覚を発動。
搬入口を見張るガードマン達の声を覚え、次に意識を邸内全体へ。
仕草や言動から警備員の位置、詰所の位置を探っていく。
そして髪飾りを口元へ近づけて自在音声を発動。

49 :
「こちら搬入口。さっきからこちらの様子を伺ってる奴らがいる。
 商品を取り戻しにきているのかもしれん。二三人で回り込んで、排除してきてくれ」
詰所にいた警備員達に、搬入口のガードマンを真似た声を飛ばす。
頭の奥に直接響くような、念信器特有の音質で。
「少し場所を変えましょう。今、『彼が』警備員を呼びました。
 不審な奴らが商品を取り戻しにきたのかもしれない、とね」
それから待つ事暫く、居もしない不審な奴らに回り込むべく正門から、警備員達がやってきた。
周囲を捜索しているのが見える。
再び自在音声を発動。彼らの周囲に足音や物音、話し声を飛ばして分散を図った。
「自分の分は、自分で調達して下さいね。まさか、か弱い乙女に一から十まで全部こなせだなんて、言いませんよね?」
愛嬌のある笑顔と共に小首を傾げてみせた後で、マテリアは動き出す。
遺才で自分の足音を隠蔽しながら、分散した警備員の一人へ早足で接近。
そしてその後ろ首に固く握り締めた髪飾りを突き刺し、えぐった。
自称か弱い乙女の一撃は警備員の頚椎を破壊――呼吸筋が麻痺して叫び声すら上げられずに警備員は崩れ落ちた。
「……この街じゃ合法、でしたっけ?」
一仕事終えると、マテリアはウィットの方を振り返る。
彼の戦闘を、その片鱗でも認めておけば後々有利に働くかもしれないからだ。
彼もスティレットも『鬼』の銘を持つ者だ。相手が優れた体術の使い手でも、事を仕損じたりする筈はないだろう。
「それでは行きましょうか。もう随分と盛り上がってるみたいですよ」
警備員から奪った、ややだぶつく背広を羽織り、超聴覚を発動しながらマテリアはそう言った。
しかし、屈強な男揃いの警備員の中に自分達が紛れ込んで不審に思われないか。
彼女はその事をやや懸念していたが、何故か他の警備員が女二人に見た目情けない男一人を訝しむ事はなかった。
クローディア達の事を知らないマテリアは、眉をひそめて首を傾げる。
けれども考えたところで理由が分かる訳もないと思考を中断。
遺才に頼るまでもなく聴こえてくる音を辿って落札者席へと向かった。
手筈通りに事が進んでいるのなら、そこにはスイがいる筈だ。
【落札者席へ】

50 :
>>「"泣き虫お目々のランゲンフェルト"! ダニー、イマどこだ?マヨっちまってさ」
ダニーの耳にやや大きめの声が通った。誰かと思えばロン・レエイだ。
今庭園にいるから建物の外を回っていればそのうち会えるだろうと言うと、
少しして服がブカブカないしはダボダボの彼と合流することができた。
>>「いよっす!オクれてごめん、ダ……じゃなかった、ドリス!」
「・・・・・・」
ハローロナルドと返すと彼女はそのままロナルドことロンと巡回を続けることにした。
袖がかなり余った彼の姿は随分と可愛気があったが、戦闘になったらまず間違いなく
脱いだほうがいいだろう。ぷらぷらと振られる袖が微笑ましい。
仕事で寒空の下を無為に練り歩くというのは存外に閉口するものだが、
それで務めを疎かにする二人ではないので、たまに話したり黙ったりしながら、
淡々と会場の周囲を歩き続ける。
するとダニーの視界の端で、黒服が一人足早に歩いて行くのが見えた。
慌ただしく動く姿を、さして気にも留めずにそのまま巡回の一周目を終えようとした。
入れっぱなしの念信器からは雑音混じりにオークション会場の音が届いている。
物欲というものは不思議だと彼女は思った。
自分の持っていたものが無くなったから、欠けたから、足りなくなったからそれを補おうと、
取り戻そうと求めるのは分かる。彼女だってそうだ。だがそれだけに、
不足もなしに次から次へと欲しがることがダニーには分らない。彼女はロンに声をかけた。
「・・・、・・・・・・・・・」
なあロナルド、お前は何か物をとても欲しいと思ったことはあるか
そう口にした後、彼女は自分の言葉を反芻すると何でもないと手を振り軽く謝った。
普通はあるに決まっているのだ、馬鹿なことを言ったなとダニーは思った。
彼女は些か気まずくなったこの空気をどう切り替えるか思案に暮れていたが、
不意にある臭いを鼻先が捉えた。急速に空気が張り詰めるのを感じながら、嗅覚を頼りに臭いの本を探しだす。

51 :
温かい空気が寒気の中によく広がるように、立ち上る鉄臭さは二人を呼び寄せた。
首から血を流した死体が一つ、服も着ないで夜の庭に捨てられていた。
触って確認してみるが、やはり死んでいる。まだ体温を残しながらも、
後はただ冷たくなるのを待つだけになった躯は酷く淋しげで、何より孤独だった。
「・・・・・・」
クローディアに連絡しようとダニーは念信器に手を伸ばすが、一向に繋がらない。
小さく舌打ちするとロンに、クローディアへこのことを伝えてきて欲しいと言った。
彼を向かわせようとするにはそれなりに理由がある。
ロンは自分より遥かに「疾く」、いざとなれば自分よりも護衛に向いていると
考えたからである。勿論これは勝手な行動だったが彼女にとって優先すべきは社長である。
そして再び念信器に触ると今度は別の人物のチャンネルに合わせた。
ロンは嫌がるだろうから彼女が代わりに言うことにした。
気は進まないが今やるべきことを避けることは誰にも許されていない。
「・・・・・・」
ランゲンフェルトか、とダニーは言った。事前に登録されていたものだが、実際に
かけることになるとは思わなかった。何事も無ければ敵は彼らだったが、
別に現れてしまってはどうしようもない。幸い足軽頭の方にはすんなりと繋がった。
現在地と今見たことを簡潔に報告する。即ち、黒服と思しき人物が殺害されていたこと。
思しきというのは服が剥ぎ取られていたからであること。首を一突きにされていることや、
他に外傷が無くやり口がかなり「小慣れている」こと、死んでからあまり時間が経っていないこと等だ。
通信中に死体の傷口を握り凍らせて塞ぐと、少しだけ避けておいてやりながら、
ダニーは通信先の上役に指示を仰いだ。あくまで一応のことではあるが。
「・・・・・・」
今までに客の暗殺に来た奴はいたのか、とダニーはランゲンフェルトに聞いた。
こめかみの辺りがチリチリと疼く。眼前の危機が増大しつつあることを、ダニーの本能は教えていた。
【警戒モードに移行】

52 :
>「お客さん、そろそろ出るから支度してくれよな」
愛想の欠片も無いキャラバン隊の言葉に、思考の迷路に陥っていたフィンは顔を上げる
見れば、荷運びに参加している人員は先にフィンが確認した時に比べ減っており、
後は数少ない荷物と人員を乗せれば、いつでも出発出来る様になっていた。
「……ああ、そうか。わかったぜ……今、乗る」
その言葉に引き摺られる様に、未だ答えを出せていない暗い瞳で
フィンが力無く腰を上げた――――その時であった
力強い馬の嘶きと共に、一台の馬車が粉雪を引き裂く様な勢いでフィンの居るドッグへと辿りついた。
余りに急なその馬車の進入が齎した驚愕に、その場の人々は思わず硬直してしまう。
その驚愕の中において一切の硬直をせず反射的に迎撃防御の姿勢を取れたのは、
やはりフィンが遺才持ちであるが故だろう……が、結果としてその警戒は無意味なものであった。
何故ならば、その馬車は夜盗でも武装集団のものでもなかったからだ。
いや、立ち居地からすればそれらとは真逆に位置すると言ってもいいだろう
馬車の上に立つ旗は――――帝国旗
つまり、その馬車に政府の高官かそれに順ずる者が搭乗している事を証明するものであった。
(なんで、政府の高官がこんな所に来てんだ……?)
その場には馬車が危険人物のものではない事に対しての安堵の空気が流れていたが、
フィンは一人疑問を孕んだ視線でその馬車を見つめる。
それはそうだろう。そもそも、遊撃課を先遣隊的な役割で危険な任務に送り込んだのは政府のお偉方なのだ。
であるのに、まだ状況に対しての「決着」が付いていないこの危険な状態で、
何故高官の馬車がやってくるのか、疑問に思わないほうがおかしいというものだ。
……
やがて、軋む音と共に開かれた馬車の扉が開かれた。
>「ワオ、寒い!やっぱりママに無理を言って、新しいセーターを仕立ててもらうべきだった。これでまだ冬始めだって?ウソだろ?」
>「……同志、歓迎の催しはないのか?祖国では外から来る旅人は神の財産として三日の宿と三晩の宴を受ける権利があるのだが」
>「んーまあ、ここお前らの国じゃねーからな。どっちにしたってお忍びなんだから歓迎なんかされねえよ。
 そう、お忍びだ。本国から何言われて来たのか知らねえけど、物見遊山じゃないってことはわかってるよな」

二人の男と、一人の女。
馬車から歩き出たその三人を視界に捕らえた瞬間、フィンの背筋が粟立った。
(――――こいつら、強い)
満身創痍であるとはいえ、マテリアルである手甲の代用品である添え木代わりの鉄板を装着し、
微弱に遺才を発現している今のフィンは、眼前の三人の所作から、どの様な方向性であるかは判らないものの
彼らが相応の強者であるとの判断をした。
……が、しかし。それだけならば問題は無い。タニングラードの様な無法地帯に訪れるのだ。
どんな理由かは知らないが、強いというのは持ってしかるべき条件だし、そもそも彼らは敵対者ではないのだから。
「……それに、もう俺には関係ねぇ事だしな。遊撃課の事も、この街の事も」
皮肉気に口端を歪め、自嘲気味の笑みを浮かべた
そう。もうフィンには関係の無い事なのだ。
ノイファも、スイも、セフィリアも、ファミアも、マテリアも、
スティレットも、ウィレムも、クローディアも、ダニーも、ロンも、ボルトも
遊撃課を辞める事となった今となっては
【仲間】でなくなった今となっては、関わりが切れた今となっては
彼らはフィンにとって全て関係が無い人々なのである。
この街で彼らの中の誰が殺されようと、街自体が消失しようと、
遊撃課と、遊撃課隊員として関わったクローディア達の全てが全滅しようと
命を懸けて守る理由はそこに存在しな――――

53 :

>「さあ、現場だ現場!今後とも世界がよろしくやれるように、しっかりお仕事こなそうぜ!」
>「――『ユーディ=アヴェンジャーの暗殺』と、『タニングラードの制圧』をなあああああああっ!」
「……っ!?」
叩きつけられたかの様な衝撃を、フィンはその精神に受けた。呼吸をする事をすら忘れた。
先に抱いていた思考など容易く吹き飛び、キャラバンの馬車にかけていた手を離し
声の主――――三人の内の、恐らくはリーダー格であろう男の方へと振り返る。
そして、防刃帽を被る精悍な容貌をした青年のその姿を再度見て、フィンは再度驚愕する事となった。
色覚を失った事で先程は判断を付けられなかったが、そこに居たのは紛れも無く
――――レクスト=リフレクティア。
フィンが遊撃課へ所属する際の面接で出会った男。遊撃課の発案者たる男であったからだ。
(どういう事だ?制圧って、なんで……だって、任務の内容はそうじゃなかっただろ?
 あのレクストって奴の言った任務が本当なら、それこそ俺たちの任務は情報集めの捨て駒で、
 制圧するっていう情報をしらない以上、下手したらこの街と一緒に潰されちまうんじゃ……
 まさか、ボルト課長が、あの無能が嘘付いてたってのか?……いや、違う。多分、そうじゃねぇ
 だって、もしそうなら俺だけを今ここで脱出させる意味がねぇ、なんで……)
あまりの出来事に、フィンの思考は混乱の局地へと向かう事となった。
先の言葉を発したのが余人であるならば、戯言か何かだと切り捨てる事が出来たかも知れない。
だが、その言葉を発した人物の素性を考えれば、恐らくはその言葉は真実であるのだろう。
……そんなフィンの恐慌が解かれたのは、
キャラバンの馬車の騎手が「早く乗ってくれと」声をかけた事がきっかけであった。
(……ああ、そうだ。なに言ってんだ俺は。あいつらとはもう他人だろ?
 仲間じゃない以上、助ける理由がねぇ。どうなったって構わない……構わないんだ……)
フィンは、感覚の無い右手に握ったチケットを握り締める。
・・・
キャラバン隊の馬車が、薄い粉雪を車輪で巻き上げながら進んでいく。
この街を去る者達をその中へと乗せて。
目的地は法と秩序の在る街。タニングラードとは比べようの無いまともな世界。
騎手は黙々と馬を操作し、嘆息するかの様に口から白い息を吐きながら、
薄曇に覆われた空を静かに見上げた。

54 :



「――――待ちやがれ」

レクスト達に、背後から声をかける者がいた。
それは紅いバンダナを巻いた、蒼い髪の青年であった。
両腕には手甲を嵌め、白の外地に青の裏地のマントを羽織っている。
笑顔が似合いそうな、一見して物語の英雄のを思わせる出で立ちの青年であった。
唯一物語の英雄とと違う所があるとするなら、彼が無様に杖を付き、
頭部以外の皮膚が見える部分には、包帯が巻かれているという事だろうか。
青年はその灰色の瞳でレクスト達を、視線は逸らしながら見て続ける
「あんた確か、レクスト……さん、だよな。悪ぃが、さっきの話、聞こえちまった」
語る声には常の様な、今までの様な、快活さも、勢いすらも無い。
迷いながら、戸惑いながら拙く紡いでいる。そんな印象を受ける言葉だった
「……聞いちまっといてなんなんだけど、実はあんたの話。『俺』にはそんなに関係無ぇんだ。
 ただ、関係はねぇんだけど……どうしてかわかんねぇけど、あんた達を引きとめちまった
 ……そう。引き止め『ちまった』んだ。だって、聞いちまったから」
恐らく、その姿は無様だろう。自分に言い訳を重ねるそこらの青年の様であろう。
「なあ、暗殺ってどういう事だよ。制圧なんて話、聞いてねぇぞ」
そうしてしどろもどろにそこまで言ってから、
改めて青年はレクスト達を見つめる。ただし今度は真っ直ぐに。
「全く、訳がわかんねぇ……けど、それでも。訳がわかんねぇけど。
 とりあえず……あんた等をこのまま行かせる訳にはいかねぇ……気がする。
 ――――だから、全部話してもらうぜ。あんた達の目的と、知ってる事を」

青年は、手に持ったチケットを破り捨てる。
破片と成ったチケットは雪と共に風に流れて行き、直ぐに見えなくなった。

【フィン:マテリアル装備でレクスト達の前に立ち塞がる。とりあえずいろいろ問い正すつもり
     ただし、迷いは吹っ切れておらず、立ちふさがった理由も自認出来ていない】

55 :
(はあ――、それにしても、ある所にはあるものですね)
表向きは静かに、その実感情を剥き出すように燃え盛る会場の熱気に辟易としながら、ノイファは観客席を眺めていた。
つい先ほど落札された盗品の値段と自身の給金を対比し、嘆息。
汗水垂らして稼ぐ金額の実に半年分。
それが今の一声でやり取りされたのかと思うと何ともバカらしくなってくる。
やりきれなさをぶつける様に耳飾りを指先で一弾き。
乾いた音を奏で、くるりと揺れる。
>「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
>『スイだ。…どうかしたのか?』
雑音が混じったスイからの返答とほぼ同時、セフィリアが動いた。
屈強な黒服を伴い席を離れるのを見送りながら、ノイファは耳飾りに指を這わせる。
『どうしたもこうしたも。散々見下されるし睨めつけられるし、まるで針の筵ですよ。
 出来ることなら全員の両目を縫い付けたいくらいです――』 
八つ当たり気味に、スイに返答。
スイからすればいい迷惑だろうが、半分くらいは本心である。
『――それはさて置き。
 そちらの場所を把握しておきたいので、どの辺りにいるのかと、簡単な合図を下さい。』
視線を走らせ、確認。
把握した旨を伝えようと耳元へ手を伸ばし――
>「後詰の補充がえらく早いな。たまたま交替のシフトと被っただけか?……どう見るよ、フィオナさん」
――横から挟まれたフラウの声に、指を止める。
確認すべく視線を走らせるが、確かに監視の人数に変化はない。
部屋の隅に備え付けの念信装置があるが、わざわざ疑問を挟んできた以上、使った様子は無かったに違いない。
(偶然……、ってわけじゃないようですねえ)
舌打ちが漏れる。
黒服を着た監視全員が、ノイファ同様、耳に付けた飾りに指を伸ばしていた。
開発したばかりの最新型の筈なのだが、技術の流出、あるいは他国の近似モデル、おそらくそんなところだろう。
雑音がする理由も、異なる二つの波長域があるためかもしれない。
何れにせよ、身分を隠して行動せざるを得ないこの街での数少ないアドバンテージ、それが崩れた。
「多分、遠くの"お友達"とも話せるのじゃないかしら。私みたいにね。」
劣勢は変わらず、どころか優位は失われた。掌がじわりと熱を帯びる。
それでも余裕を崩さず、ノイファはフラウに、耳飾りに擬した小型念信器を指し示す。

56 :
>『さあ続きましてお次の商品はこちら!ここタニングラードにてフィオナ誘拐団が拐かしました現役貴族のお嬢様!――』
(組織名も決めておけば良かった……)
まさかの本名紹介に首筋が熱くなる。ボルトが会場担当で無かったのが唯一救いだろうか。
他の場馴れした出品者に倣いアピール。笑顔を繕い、手を振って応える。返ってきたのは冷ややかな視線。
(はいはい、そうでしたそうでした。判ってますよ)
深くため息を吐き、両腕を組んだ不遜な態度に変える。
概ね把握してきた。観客が望んでいるのは、"悪"たる"出品者"から、"商品"を"金"の力で救うことなのだ。
そんな倒錯した性質と、壇上のファミアが見せた"演技"も相まって、値段は跳ね上がり、直ぐに即決価格がコールされる。
ついでに言うと、先ほどノイファがへこたれそうになった商品よりも桁が一つ多かった。何とも複雑な気分なのは否めない。
>「後で助け出すとは言え……良い人に買われてたらいいな……」
「そうね。購入者のお顔くらいは拝んでおこうかしら。どれどれっと――」
他の観客へ、慇懃にお辞儀をしてみせる購入者の目がこちらを向き――背筋に冷たいものが走った。
姿形こそ好々爺然とした初老の紳士だが、その眼だけが、とてつもなく凍えている。
例えるならば、夜ごと子犬を一匹絞め殺さないと安眠できない、そんな異常者のそれ。
(な、なんとしてもご破算にしないといけませんね)
悲壮な決意を水面下で固め、ファミアに心配するなと目で訴える。
どういうわけだか得意気な様子が少し引っかかったものの、思いのほか動揺は少なそうだ。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。――』
オークショニアの声高な宣言が、不意に響き渡る。
視認できそうな程に高まっていた客席の熱が、その一声で水を打ったように静まり返った。
会場内の誰も彼もが、いよいよ出てくる規格外の"商品"に表情を変える。
厳かに運ばれてくるのは――『特別災害級指定呪物・零時回廊』。
>「あのガラクタ、そんなに凄い代物だったのかよ……」
フラウが息を呑み込み。

「一歩間違えれば、街一つが消し飛ぶ程には、ね。」
ノイファが肩を竦めてそれに答える。

57 :
>『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
零時回廊はオークションの目玉である。
当然競りも白熱する筈だった。
帝国内最高峰の呪物。その片割れということも相まって、値段は天井知らずに積み重なって行くと誰もが予想したことだろう。
その即決額ともなればどれ程になるのか、カタログのないノイファには知る由もなかった。
「――は?」
ところが蓋を開けてみれば終了は一瞬。即決額を提示した者が居たのだ。
手元に置くだけで満足するなら良いが、こんな特級の危険物を欲する手合いは何をしでかすか知れたものではない。
ゆえに、本気で競り落としにかかる人物ぐらいは把握しておくべきかと注視していたのだが、それも徒労に終わった。
もっとも落札者の狙いもそこにあるのかもしれない。
最初から即決額を入れることで、特定されるのを避ける心算だろうか。
>『動きますか?』
耳飾りを通じてファミアの声が届く。
(まだ早いか……いや――)
零時回廊は落札されたが、オークション自体が終わったわけではない。
だがもし落札者の思考が想像した通りなら、最後まで残るか正直怪しい。
直ぐに帰りもしないだろうが、もう二つ三つ終わったあたりでの退席は十分に考えられる。
(――頃合、ですね)
フラウの膝先に手を伸ばし、指で数回、リズムを変えて叩く。
行動を起こす際の合図。しかし、今直ぐに動くわけではない。
下準備が全て整っているか確認する必要がある。
『聞こえますか――』
続けて念信器に指を這わせる。
対象はセフィリア。彼女が自由に動ける状況にあるかどうか、それが鍵となるのだ。
『――セフィリアさん、そちらの状況を教えてください。』
【行動開始の前段階。セフィリアに状況を確認。
 モーゼル側と混線してることには気づいていません。】

58 :

ドリスとロナルド――もといダニーとロンは会場の周囲を警備の為巡回する。
今のところ周囲に異常無し。ダニーと取り留めもない事を話したりしつつ、警戒は怠らない。
念信器から入って来るオークション会場の音が喧しく、ロンは舌打ち一つと共にチャンネルを切った。
薄汚い欲望丸出しの声が癪に障る。中には人身売買まであるそうだ。
極東の母国でも違法で人身売買が為されていたが、外道の考えることは皆同じなのだろうか。
人が人を売り買いする時、そこにある筈の罪悪感は何処に消えるのだろう。その背徳感を快感として受け止めるのか。
何故か金を持つ人間というものは輝く物や絢爛な物に憧れる傾向にある。
その共通点はどの国でも同じ。煌びやかなものなんて、欠片も武芸の役には立たないのに。
金の輝きに惹かれる感情も、人間を物として見る感覚も、拳一つだけを信じてきたロンには一生理解できない境地だ。
>「・・・、・・・・・・・・・」
>なあロナルド、お前は何か物をとても欲しいと思ったことはあるか
「エッ?」
素っ頓狂な声が出た。偽名で呼ばれた事で一瞬誰を呼んだのか分からなかったこともあるが、いやそれより。
彼女の口からまさかそんな質問が出るとも思わず、答えを用意する前に「なんでもない」と謝られてしまった。
そのまま押し黙ってしまった彼女の横顔を見上げ、ロンも黙り込んだ。答えを欲していないなら無言が正解なのだろう。
欲しいもの、か。ついぞ考えた事もなかったような気もする。
食欲から来る珍しい料理に手を出したいだとか、好奇心から何かしらの物品をつついた事はあれど、
修行の邪魔でしかない物欲を抑えつけるため、基本的に何かを欲しいと思ったことはなかったように思う。
否、もしかしたらあるかもしれないが、修行第一という思考に一瞬にして塗りつぶされていた気もする。
それよりも、ロンはどちらかといえば精神的欲求に突き動かされることが多かった。
それは気に食わない敵をぶちのめしたいという怒りからだったり、父のような武の達人になりたいという憧れだったり。
彼女達はどうだろう。目の前のドカチン女と、詰所で暇を弄ぶ社長と。
高貴な身なりの割りに俗っぽい性格を持つクローディアはともかくとして、ダニーはそれほど物欲が強い方には見えない。
今までを振りかえって随所でみられた、冷静とも無関心ともとれる態度を見てからかもしれない。
ダニーが何を思い先のような質問をしたのか、結局ロンには分からなった。
「ん? このニオイ……」
何故なら、その疑問に脳が答えを弾きだす前に、二人の鼻が「異常事態」を捕えたからだ。
「これは……!」
庭へ駆けつけてみれば、人が一人息絶えていた。ロンはこの顔に見覚えがある。確か警備員の一人だ。
ダニーが触診し、死亡している事を確かめ舌打ちした。ロンは事切れた警備員の項を見て戦慄を覚える。
悲鳴を上げさせることもないよう、何か鋭利な物で素早く頚椎を抉られている。躊躇いなど一切ないことが伺えた。
恐らく相手はその道の者だ。背広を着ていないのは、殺害した後で奪ったのだろう。
犯人は既に紛れこんでいる――!そう判断した矢先、真っ先にクローディアの横顔が浮かんだ。

59 :

>「・・・・・・」
「任せろ、直ぐ伝えてくる!」
ダニーの言葉に従い、言うより早く電光石火の如く弾かれたように走り出す。
走るよりは鹿が跳ねるような走法で、体当たりするように詰所に飛び込んだ。
「シャチョー!!」
木製のドアが乱暴に押し開かれ、ドア付近に居た何人かが壁に挟まれるかドアに鼻を叩きつけられた。
何事かと他の警備員達が振り返る中、わき目も振らずクローディアへ駆けよる。
興奮し肩で息をしながら、男たちやクラッカーの皿を押しのけ、有無を言わさずクローディアの腕を掴んだ。
大勢の前でこの事実を言えばパニックになる恐れがある、頭の隅でうずくまる冷静な部分がそう言っていた。
「悪いな社長、大勢の前で聞かせる訳にはいかない話でな。悪い話と良い話がある」
男所帯の部屋から外へと連れ出し、まだ興奮が冷めやらぬ様子で早口気味にまくしたてる。
まだ犯人は詰所まで足を運んでいなかったようだ。それが幸いというべきか。
「聞いてくれ、警備員が一人殺された。首を一発だ、恐らく殺しに慣れてる。背広を奪われてた、これが悪い報せ。
 もう一つ、殺されたのはドリスや俺じゃなく、社長も殺されてない、ここには多分来ていない、これが良い報せ」
そういうと肩を竦めた。今頃ダニーはランゲンフェルトに連絡を取っているだろうとも伝える。
勝手な行動を取ったことで怒られる事は承知の上。だがそれ以上に社長の身の安全が重要事項だ。
「シャチョウ、イマすぐココからデるべきだ。ここはキケンすぎる。
 ヒトリじゃアブないからナーゼムをヨんでこよう。シンパイするな、オレたちがスグにハンニンをミつけダしてやる」
そう言って念信器に手を伸ばしかけ、ふとクローディアへ視線を向けた。
「シャチョウ、オレたちはアンタのブカだ。メイレイはゼッタイキかなきゃいけない。
 でもそれイジョウに、オレタチはシャチョウをマモるギムがあるハズだ。ウエをマモるのはシタのヤクメ、そうだろ?」
右の拳で左の掌に叩き、クローディアに片膝をついた。彼なりの忠義のポーズだ。
頭を項垂れたまま、静かな声でロンは言う。
「俺の拳は社長のためにある、そう言ってくれたよな? だったら今こそ――貴方の為に振るわせてくれ、シャチョウ」
立ち上がると、ロンは屈託のない笑みを浮かべた。
物欲はなけれども、彼女等の為に力を振るうことを、ロンは今欲している。
【詰所のドア壊れたかもだけど気にしちゃいけないぜ社長。事件発生、逃げた方がいいと思うけどどうする?】

60 :
>「……ついてこい」
事前に申し合わせた通り、どれだけ単独で自由になれるかという確認
答えはガードマン同行なら許可というものでした
ガードマンとの一対一になれれば私にもやりようがあるというものです
遺才を使わなくてもこの程度のガードマンなら、幼少より戦闘訓練を受けた私になら……
いえ、ここで下手に騒ぎを起こすのはよろしくありません
騒ぎを起こすのは決まっていますが、それがわたしでなくてもいいでしょう
決して、この人の腕の太さが私の胴ぐらいあるからというわけではありません
断じて違います!!
……とまあ、冗談はこのくらいでよいでしょう
私の体で遺才を使わずに私よりふた回りほど大きく、体重は3倍以上ははあろうかという巨漢
しかも素人ではない相手に私が勝てるはずがありません
現実は非常です。体格差というものは技術云々で覆せるものではありません
か弱い女性が屈強な男性に正面から戦って勝つなどは冒険小説の中だけです
しかし、しかしです
それを可能にするのが遺才です
私の遺才があればこの男性を倒すことなど造作もない
この遺才を持っていることを神に感謝しましょう
「ついたぞ」
ガードマンの野太い声で意識が現実に引き戻されます
「寒い……!」
最初に感じたのは寒さでした
「うそだろ?冗談はてめぇの足の匂いだけにしておけよ。外じゃねえかよ。こんなんじゃ出したもんもすぐにアイスキャンディーになっちままうぞ」
案内されたのは廊下の奥にある扉、開け放たれたそれのさきには薄暗い庭が広がっているだけでした
「女の出品者用のトイレはない、外で我慢しろ」
「……!」
この貴族に私に!騎士の私に外で用を足せと!
馬鹿な!そんなこと、そんなことあっていいはずがありません
ガルブレイズの末姫である私がそ、そとでなんて!!
「な、なかではだめなのかミスター?」
「決まりだ。あきらめろ。それに異常性癖のやつに襲われてもいいなら案内してやるよ」
さすがにオークション会場で狼藉を働くものはいないだろうが、この気遣いは彼なりの優しさ?なのでしょうか
なら、トイレの前で警護してくれてもいいでしょうに
「決まり、そんなもんでこんなか弱い女の子を外に放り出して、あまつさえ小便しろだぁ!?
お前に男としてのプライドってもんがねぇのか」
「いやなら、中に入れ」
短くそれだけいうと彼は後ろを向いて黙ってしまった
早くすませと背中で語っている
実際に用をすませたいわけではありませんが、彼の実直な人柄に敬意を表して草むらに向かうとしましょう
「……この匂いは」
経験としてはそれを嗅いだことは少なくはありません
戦いに身を置いているいじょうそれは常に目にし、鼻にするものです
ここでその匂いを嗅ぐということはよくないことでしょう
「血の匂いだ」

61 :
ガードマンさんも匂いに気付いたようです
私たちは言葉を交わすことなく、それぞれ同時に匂いのほうに向かいました
「……!!」
それは人というにはあまりにも大きすぎました
大きく、分厚く、重く
そして大雑把すぎました
それは正に肉塊でした
そこにいたのはクローディアさんのところにいると思われるダニーさんでした
「どうしたい、仲間割れかい?
……というふうにはには見えないね。プロの手口って感じだよ」
動いたのは……ヴィッセンさんでしょうか?
それとも別の誰かか……
>『――セフィリアさん、そちらの状……ゲンフェルト」
聞き取りづらいです
アイレル女史ともう1人の女性の声が混じっています
ゲンフェルト、人の名前でしょうか?
念信機が絡まってるとでもいうのでしょうか
もしや、相手方にも念信機があるとでもいうのでしょうか
『アイレル女史、こちらは回りに屈強な人間が何人かいます
それとどうやら見回りが一人殺されたようです
動くならいまかと、ガードマンの意識が別の方向に向いている。いまがチャンスです』
回りに出来るだけ気付かれないようにアイレル女史に返答します
正直、返すかどうか迷いましたがすぐに騒ぎが起きれば怪しまれることなど些細なことでしょう
【セフィリア:ダニーさんと接触、死体を発見、ノイファさんに行動を促す】

62 :
次々と出品される商品を横に見ながら、繋がったはずの念信器に意識を集中させる。
しかし、その動作も裏の呟きによってそう長くは持たなかった。
「(風の動きが変だ。何か来てるんじゃ無いのか?)」
「何が、とは何だ」
「(わかんねぇ。遠すぎる。ただ…ヤな予感がする)」
「…そうか」
なんとも曖昧な表現にため息をつく。
だが、こういう時の嫌な予感とは何かと当たるものだ。身構えておくことに越したことはないだろう。
>『そちらの場所を把握しておきたいので、どの辺りにいるのかと、簡単な合図を下さい。』
ノイファからの念信が入り、もう一度会場を見渡す。
『俺の位置か?扉から北側に壁伝いにおおよそ3、40といった辺りだ。』
自分の位置を確認しながら慎重に言葉にした。
そして、ダイレクトに伝わるように念信器を軽く指で叩く。これで合図とした。
ファミアが競り落とされるのを見て、そろそろか、と推測する。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。 』
会場内に緊張が走る。スイも、入札すべく札に手を翳した。
が━━━
>『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
「ちっ」
反射的に舌打ちをする。僅かに幾人かの視線がこちらに向いた気がするが、そんなものに構っている余裕はない。
>『動きますか?』
ファミアの問いにスイは、ノイファとファミアに向けて念信を飛ばした。
『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
 あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
ここは年長者であり、また、数々の修羅場を潜ってきたであろうノイファに指示を仰ぐのが妥当と判断したスイは、大人しく彼女の念信を待つ。
「(おい、二人……誰か来たぞ。)」
裏の言葉に扉に視線を向ければ、警備員の背広を着た見知った影。
マテリアとウィットだ。
スイは、マテリアにのみ聞こえるよう、小さく呟いた。
「例のモノは、他の者に落とされた。」
そしてもう一つ、続いてスイは呟く。
「風の動きが妙、らしいんだ。なにか、異変は無いか?なんでもいい。何かあれば教えて欲しい」
情報が無ければ、行動を起こすにしても不穏分子が付きまとう。
出来れば、それを削ぎ落としたい一心で、スイはマテリアに問うた。
【念信器の混戦には気付いてないです。】

63 :
>「あんた確か、レクスト……さん、だよな。悪ぃが、さっきの話、聞こえちまった」
二人の異国人を後ろに、剣を携え、非武装の街へと踏み入れようとしていたリフレクティアの背後から声が飛んできた。
雪風に攫われて消し飛んでしまいそうなぐらいか細く、たどたどしい言葉だった。
「……ああ?」
間の抜けた返しをしながら振り向くと、灰色を書割りに青年が一人、立っていた。
青い髪に赤いバンダナのコントラストは眼に鮮やかなはずなのに、どこか生気の薄い印象を受ける。
首から下の殆どを血の染みた包帯で念入りに梱包している姿など、墓の下から這い上がってきた死人の如くだ。
>「なあ、暗殺ってどういう事だよ。制圧なんて話、聞いてねぇぞ」
リフレクティアはこの男を知っていた。
だがしかし彼と出会った『かつて』と比べるにおいては、今の彼はあまりにも人間としての同一性を欠いていた。
単純に、"変わった"――この男をその人たらしめていたものの欠落を、容易に感じ取らせる貌をしている。
それでも、リフレクティアは今でも、彼の名を諳んじることができた。
>「 ――――だから、全部話してもらうぜ。あんた達の目的と、知ってる事を」
フィン・ハンプティ。
リフレクティアが設立し、相談役を務める部署の、構成員の一人。
つまりは、リフレクティアの部下である。
「誰かと思えばお前、ハンプティか。"雇われ英雄"のフィン=ハンプティがなんでこんなところにいんだぜ?
 ボルトの奴、本国に帰投させるって言うから経理課に無理言って旅費下ろしてやったってのに……」
ぶつくさと怪訝を露わにするリフレクティアは、フィンが破り捨てた紙片を目ざとく眼に捉えた。
「って、あーーーーっ! お前、お前、なんつーことしてくれてんだ!?
 お前が今適当に破ったそのチケットのお代はなぁ、世間様が汗水垂らして働いて納めた血税から出てんだぞ!
 もっ、始末書じゃゼッテー許さねえ!お前も税金でご飯食ってるなら、ちったぁ考えて行動しやがれ!」
フィンを指さし、地団駄を踏むその姿はいい大人のそれではない。
ひとしきり、思いつくままに罵りの言葉を並べ立てた後、リフレクティアは肩で息をしながら零すように答えた。
「……お前らが確保しようとしてる『零時回廊』な、二つ合わさると本当にヤバいモンなんだよ。
 被害の規模もヤバいにゃヤバいが、モノの本質はそこじゃねえ。いいか、そいつが引き起こすのは『天災』だ。
 つまり、そいつによって起きた滅びや、損害は――『誰のせいでもない』。それが、国としては致命的にまずいんだ」
この世界において、『街一つ滅ぼせるもの』は意外にも少なくない。
人間よりも上位の存在、ヒトに魔力を遺伝させた祖先、現在も人知れず生きる『魔族』はいわずもがな。
都市破壊級の攻性魔術や、魔導兵器、城ほどもある巨大な魔獣――街すら滅ぼす威力の担い手は、確かにこの世に存在する。
しかしこの零時回廊という、発動が不安定で、規模の調節も対象の設定も不可能な、兵器ではない『呪物』が――
上記のなによりも凶悪である点は『天災を呼ぶ』という機能のみに尽きる。
例えば街を滅ぼしたのが凶悪な魔族であるならば、共通の敵として国家間が協力しあって魔族討伐へと乗り出すだろう。
究極の魔導兵器が国土に風穴を開けたならば、同じ事が起こり得ないよう入念な議論や協定が国家間で交わされるだろう。
だが零時回廊はそれらとは事情が明確に違う。
天災だから。誰が悪いわけでもないから。――悪意なき嘆きを防ぐべく『それを管理する責任』が所有者には発生する。
特別災害指定呪物は国家の管理管轄。つまり零時回廊の発動によって起こりうる被害の全ての責任は、管理者たる帝国に帰属するのだ。
「それでも帝国内で暴発してくれるなら自業自得ってことで良かった。良かねえけどな、まあそれはともかく。
 でもいま滅びの危機に晒されてるタニングラードって街は、帝国法の及ばない、事実上の独立自治領だ。
 タニングラードにおける損失は、帝国を含む周辺諸国の損失――つまり、帝国は金の成る木のタニングラードを失った上に、
 更に周辺諸国から責任を問われて袋叩きにされちまうってわけだ」

64 :
起きる被害は同じ『街一個』なのに、問われる責任の量は文字通りケタ違いに膨れ上がる。
おそらくタニングラードでの交易に関わる全ての大陸国家に賠償するだけの金は国庫にはない。
国庫の尽きた国家が、賠償を完遂させるには――金以外のものを差し出す他ない。
例えばそれは土地であったり、資源であったり、人材であったり――『国そのもの』であったり。
賠償の不履行を理由に他国からの内政干渉を許せば、それはもう国が乗っ取られたも同然だ。
「――零時回廊は、巡り巡って帝国そのものすら滅ぼしかねない呪物になっちまったのさ」
本当はもっとややこしい国際法のあれやこれやや、元老院と他国家首脳同士の取り決めやらもあったのだが、
現場に必要な情報ではないということでリフレクティアたち暗殺チームも詳しくは知らされていなかった。
「そこで元老院は考えたわけよ。独立自治領タニングラードに帝権が介入できないから、こんなややこしいことになっていると。
 零時回廊を街に持ち込んだアヴェンジャーの首を上げ、それを許した無能なタニングラードの従士隊を断罪することで、
 他国に『ああやっぱタニングラードのことは帝国さんに任せとけば安心だな』って思ってもらう。
 そうすりゃこの街に帝国として介入する大義名分ができるし、犯罪者の巣窟になってるこの街を国家戦力で一掃できるってわけだ」
左隣のアネクドートが、失笑するように硬質な言葉を飛ばした。
「……同志、もっとはっきり言ったらどうだ?『帝国はこれを期にタニングラードの交易経営を手中に入れようとしている』と」
右隣のリベリオンが、快活に謳うような調子で応じる。
「おいおいレック、『先遣の遊撃課も"タニングラードの従士"に入ってる』ってことは教えてあげなくていいのかい?」
リフレクティアは露骨に渋面を作って肩を竦めた。
「身も蓋もねえことを言うなよ。あーハンプティ誤解すんな、遊撃課の連中だって、『後から』釈放するよう口利きするつもりだぜ?
 お前は……もう今回の任を解かれてるんだったな。じゃあ丁度いいや、ハンプティお前、俺たち暗殺チームに合流しろよ。
 どっちにしろ馬車が次出るのは明日の昼頃だ、破り捨てたチケット代くらいは、追加で働けよな」
リフレクティアは、もとよりそのつもりでフィンに全てを話していた。
急編成の暗殺チームであるから、現状この三人だけでアヴェンジャーを暗るつもりはなかった。
先遣遊撃課の誰か――ボルトあたりに手引きをさせるつもりだったが、ちょうど暇になった人員が目の前にいるではないか。
「同志、勝手に話を進めていいのか?そのハンプティとやらが合流を拒否するだけならまだ良いが、
 拒否した後に元の"お仲間"に今の件をされたら、我々の制圧任務に支障を来すだろう」
「僕たち暗殺チームに合流するってことは、のちのち『市内で作戦行動中の全ての従士』と敵対することになるわけだからね。
 つまりは先遣の遊撃課……彼の元お仲間を"制圧"する任務さ。土壇場になって逃げ出されても困るよ。
 まあもっとも、この場から逃げ出したとしても、僕の『道具』ならどこまでも追跡できるけどね」
「私の『術』ならば拘束ができる」
左右二人の意見を両耳から聞いて、リフレクティアは首をコキリと鳴らした。
そして左腰に吊った長剣の、柄に手をかけて――刹那。腕から先が一瞬だけ陽炎を纏ったようにブレた。
それだけで、フィン立つ場所から後方五メートルに渡って、足首まで積もっていた雪が全て吹き飛んだ。
舞い上がった粉雪の中で、ただリフレクティアだけが抜き身の長剣を右手に、切っ先をフィンへと向けていた。
「――俺の『剣』なら、制圧できるぜ」
【フィンに色々説明&暗殺チームへの合流を命令】

65 :
誘拐組織『黒組』頭領ランゲンフェルトが報せを受けたのは、出品物控え室にて一仕事を終えた帰りだった。
五日前に取り逃がした少女の身元を検める作業に、少女の顔を知る者として呼ばれたのだ。
街での"本業"もそこそこに、少女が五日前と同一人物であることを保証し、また職場へと蜻蛉返りする矢先のことだった。
>「・・・・・・」
警備の黒服が殺害された。それも、相当に手練なやり口で――
『抵抗されずに人を殺せる技量を持った者』が、『それだけのことをする動機を持った者』が、邸内に侵入している。
それは獅子の身中に紛れ込んだ毒虫だ。見えず、触れず、しかし一瞬で凶悪な牙を剥く。
ランゲンフェルトは色の悪い汗が毛穴から噴き出すのをはっきりと感じた。
>「・・・・・・」
客を暗殺しに来る者――あるいは『商品』を取り戻そうと乗り込む者は過去、少なからず確かにいた。
だからこの屋敷の警備の者は実戦に慣れているし、『この街での戦い方』をよく心得ている。
そして『暗殺者』や『奪還者』が、実際にその目的を完遂したことは過去、一度たりともなかった。
単純に練度の違いと数の利が、絶対的な壁として立ちはだかっているのだ。
「ご心配なさらず。確かに賊の侵入を許したことは過去数回御座いますが、しかしここは我らの庭。
 如何に"影"の如く人の眼を掻い潜ろうとも、"影"に人は殺せません。必ずどこかで尻尾を出します。
 これより私共は賊の追い込みに入ります。そちらはゲストの身柄の安全確保を第一に、逐次状況を伝えてください。
 ホウ・レン・ソウはお忘れなきよう――たとえ貴女が死ぬとしても、情報だけは確実に残してください。
 特に今は、妙なノイズが入っていていつ断線するやも――」
ぶつん、と無愛想な音が耳に響き、言った傍から念信が途切れてしまった。
ランゲンフェルトは舌打ち一つで頭を切り替えると、壁に備え付けられた有線念信器に触れてオープンチャンネルを呼び出した。
館内の全ての無線念信器に、一律で情報を送信する。
『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる。
 本部、応答願います――はい、かなりの手練です、無音殺傷術を習得していると見て良いでしょう。
 賊の目的はわかりませんが、ゲストの護衛を最優先に秘密裏に処理致します』
過去数回の襲撃であっても、オークションが中断されることは稀だった。
ゲストの生命に危害が及ぶ前に賊を処理できていたし、その過程で警備の者が何人死んでも、オークションの利益で十分ペイできた。
だから、『安全第一』は戯言だ。利益を優先し続けることが、結果的にゲストの命を守ることにも繋がるのだから。
そして同時に、ランゲンフェルトには心得があった。
五日前にあの少女を取り逃がした時から怪しいと思っていたのだ。
馬車に打ち込まれた砲撃といい、少女自身の妙な逃げ足の速さといい、不自然な点が多すぎた。
砲撃はまるで『馬車ごと少女をぐらいの勢い』で、そして少女の逃げ足は『まるで自分が狙われることを知っていた』かのよう。
そこから導き出される結論は一つ――
(――あの少女は、何者かに命を狙われている!?)
不意に胸の奥に炎が芽生えた。人をのは別に良いが、武器を使って人をのは許しがたき悪徳だ!
絶対に、かの悪逆の刃を少女に届かせてはならぬ。商品を守るのは、商人の義務だ。
過日、彼が悪辣非道な目潰し少年の策略に溺れ、守り切ることができなかった少女と、今日再び出会うことができた。
いかなる運命の采配か!神は再び私に好機を与えたもうた。ランゲンフェルトは勇ましく跳躍し、落札者席へと飛んでいった。
そこには、犬とか好きそうな朴訥とした老紳士と共に、彼に落札された例の少女がいた。
「今度こそ、必ず貴女を護ります――!!」
色眼鏡の奥に熱を帯びた双眸を隠しながら、ランゲンフェルトは颯爽と少女の元へと傅いた。
【ランゲンフェルトの勘違い:ファミアは命を狙われているのでは?】

66 :
>「――は?」
「あっ……っという間だったな。即決価格、ちょっとした家が買える値段じゃねえか……」
フィオナの隣で足をぶらぶらさせていたフラウは、競りの推移を見て開いた口がふさがらない。
『零時回廊』、その片割れ。
ただ一つだけを持っていても書類押さえにしかならないそれを、大枚はたいて求める者がいる。
一月前までのフラウならば、『食って栄養がないものは無価値』と言って憚らなかった彼女ならば理解できなかった領域だ。
しかし、今は確かにわかる。それを本当に大切に想っている人にしかわからない、不可視のプレミア――。
(競り落とした金持ちには悪いけど、それはおじさんのだ。返してもらうぜ)
隣に目配せすると、フィオナが耳に指を這わせて何事か思案していた。
耳を中心に魔力の『色』が変わっている。なんらかの魔術がそこで発動しているのだ。
先程彼女が言った『遠くのお友達と会話する』魔術の類だろう。
一月でおじさんから習ったのはトラップや隠身術に関するものばかりで、フラウはかなり基礎的な帝国式魔術を知らなかった。
フィオナの指が耳たぶからフラウの太ももに降りてきて、子猫を起こすように軽く数回啄いた。
なんだか妙な気持ちになったが、予め取り決めておいた合図だ。
フラウは眼だけを動かして周りを見た。
この出品者控え室には出入口が全部で3つある。
搬入口に繋がるものと壇上に降りるもの、そしてリアの出ていった非常口だ。
フラウはそれらの閉ざされた扉を凝視し、そこに見える魔力の色を感じ取った。
「……搬入口に二人、壇上が三人、非常口が一人――壁の向こうに『色』が見える。
 でも非常口は駄目だ、懐に別の色が……ありゃ多分、背広に隠せる大きさの魔導暗器だ」
見えた情報をフィオナにささやくフラウの眼は、魔力だけを色として見ることができるため――
壁程度の厚みのものならば透過してその先の『色』を視認することができた。
そして色の違いから、相手が懐に何を隠しているかも大まかにわかった。
非常口のガードマンが隠しているのは、形状から見るにおそらく何らかの攻性魔術を偽装して施した靴べらだろう。
「閃光術ぐらいならすぐに組めるけど……やるか?」
【サーチアイにて援護】

67 :
気温とはまた違った意味冷え込んできた庭園に、ダニーは今一人でいた。
ロンは去り、死体の側でランゲンフェルトと連絡を取り合う。
雑音混じりの念信器から届く声は聞き取りにくく、これで停電と共に切れたら完全にホラーだと彼女は思った。
>>ホウ・レン・ソウはお忘れなきよう――たとえ貴女が死ぬとしても、情報だけは確実に残してください。
特に今は、妙なノイズが入っていていつ断線するやも――」
ダニーは本日の上役からの余計な一言を聞き流しつつ通話を切ろうとすると、
その手間を省くようにいきなり念信が途絶えた。直後に再び通達が来る。
全員への呼びかけを目的としたそれは、今度は何に阻まれることなく耳に届いた。
『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる。』
最新式が聞いて呆れる、そう思いつつ再度死体を検める。鈍器で殴られた痕も首を絞められた跡もない。
全裸でないってことは男物の下着に用はなかったのだろう。つまり下手人は「下は着ている」男か女、
なるほど確かに幽霊の仕業ではない。
などとくだらない事を考えていると、建物から人が二人こちらにやって来るが見えた。
片方は黒服でもう片方は小柄な黒髪の女だった。ダニーは黒髪の女セフィリア
(現在はリア)を視界に捉えながら黒服にどうしたと聞くと、どうもトイレに出てきたらしい。
"済ませた"のかどうかは敢えて聞かなかったが、とにかく彼らも血の臭いを嗅ぎつけたのだという。
>>「どうしたい、仲間割れかい?
……というふうにはには見えないね。プロの手口って感じだよ」
そう口にしたのはしげしげと死体を覗き込んでいたリアだった。
外見に育ちの良さがある程度見え隠れしているのに蓮っぱな雰囲気との調和が取れているのは、
出自だけはいいという種類の人間なのかも知れない。
「・・・・・・・・・」
かもしれないが、少なくとも力自慢じゃなさそうだ。
リアの言葉に返事をするが、生憎彼女は何かに気を取られているようだった。
恐らくは念信だろうが、こちらと同じで回線の状況はかなり不調らしい。

68 :
(・・・?)
待てよ、とダニーは思った。
ふと気になってもう一度ランゲンフェルトに連絡を取ろうとするが、今度はこちらも繋がらなくなった。
ダニーは役に立たない念信器を耳から外すとそれをどこかに突っ込んだ。
自分は馬鹿かと自問する。たった今暗殺者がこれまでに来たかと尋ねたばかりではないか。
暗るということは、人に知られずに行うということだ。
そして人に知られないということは、助けを喚ばせないということでもある。
この通信不全の状況が既に相手の手の内の一つなのだとしたら・・・・・・
特にどうもしない。
考えてみれば例えそうだとしても何処で誰がこの妨害をしているのかも分らないし、
敵が単独なのか複数なのかも判明していない。
もしかするとオークションの商品のせいですらあるかもしれない。
可能性を捏ね回したところでどうしようもないのが現状だった。
今できることを探せば、やはり持ち場を守ってマメに連絡を取り合うくらいだろう。
カカシが畑の外へ出てはいけない。
「・・・、・・・・・・・・・。・・・」
とりあえず、俺は見回りを続ける。そっちもその娘を連れて持ち場に戻ったほうがいいだろう。
ダニーは自分が再び見回りに戻ることを告げると同時に、彼らにも戻るよう促した。
中にはロンが行っている以上、ここで自分まで離れては不味い。
何よりも女の勘か、それとも獣の嗅覚か、或いは両方がこの場に留まることを命じていた。
「・・・・・・」
危ないから用を済ませたら早いとこ戻りな
相手が従士隊の一員とも気づかずにダニーはリアにそれとなく警告をすると、
巡回に戻るために彼女に背を向けた。
【気づかずに素通り】

69 :
>「――だから代わりに、俺が連中を呼んでやればいい」
「っ!」
不意に背後から囁きが聞こえて、ウィットは無意識のうちに後ろへ手を伸ばしていた。
身体の軸を一切ブレさせない、完璧に最短の動作で、声のした方へ付き出した貫き手は、しかし虚空を掻くに終わる。
>「面白い玩具でしょう?でも貸してはあげませんよー」
「……洒落にならない冗談はやめてくれ。今日の僕は特段に臆病なんだ」
胸を撫で下ろしつつの言葉とは裏腹に、彼の鼓動は一切変調していなかった。
ウィットはプロのハンターだ。敵地の真ん前で、背後への警戒を怠るほど無能でいるつもりもない。
彼が安心したのは、背後に敵が差し迫っていなかったことにではなく――もしも背後に誰かがいたら、間違いなく殺していたからだ。
常に敵対する者の攻撃に怯え、人の気配に敏感で、ベッドの中でも安心して眠れない。
つらく、過酷な騎士団での経験が生んだ、過剰なまでの防衛本能……それは彼にとって忌むべきものの一つだった。
さて、マロンの言う『玩具』は――推察するに、過日に経験した他者の声を操る類の魔導具だ。
どれぐらいの声域を、どれぐらいの範囲で操るのか。
『声』は自前のものを改造しているのか、はたまた他人のものを採取しているのか。
それらの情報を一見して見破ることはできなかった。
えらく複雑な術式を書き込まれているが、ウィットの知らない文法のものだ。
魔術発動の意思決定文たる術式は、言語と同じように特徴によって体系分けされたいくつかの文法がある。
例えばそれは帝国魔術と共和国魔術の違いだったり――単純に儀式魔術と命令魔術の違いだったりする。
言ってみれば魔術の"方言"みたいなもので、魔術を修めるにあたって術者の個性を決める重要なものでもある。
マロンの持つ魔導具は、帝国の魔術師が一般に学ぶ文法とは異なるつくりをしている。ウィットにわかったのはそれだけだった。
(……ん、しかし五日前にこんなもの、持っていたか……?)
変装をしていたようだから、どこかに隠していたのかもしれない。
いずれにせよ、今後敵対するつもりもない人間の装備事情など、頭の中から締め出すべき事項だった。
>「さて、それじゃ早速……」
>「少し場所を変えましょう。今、『彼が』警備員を呼びました。
手鏡を耳元に添えて、餌を貪る魚のように口をぱくぱくさせた後、マロンは静かにそう言った。
ウィットは魔術を発動した気配だけは感じられたものの、彼女が一体なにをしていたのかまではとてもわからなかった。
フラウを連れていたら、彼女の特別な眼があれば、魔力の収束傾向から魔術の性質を割り出せたかもしれないが。
そういえばあの娘は今なにをしているだろう。大人しく留守番をしてくれていればいいのだが。
>「自分の分は、自分で調達して下さいね。まさか、か弱い乙女に一から十まで全部こなせだなんて、言いませんよね?」
「皇帝直属の特務諜報員と、最強の剣術使いのコンビに言われると、ここまで白々しい言葉もないな」
ウィットは肩を竦め、スティレットが動き出すよりも早く膝を曲げた。
バネを用いて駆け出すと同時、そのまま『風にでも攫われたように』、そこから姿を消してしまった。
「悪く思うなよ、タネが割れたらこっちも商売食い上げだ」
そしてウィットはすぐに姿を現した。ガードマンがいたはずの場所に、ガードマンの着ていたはずの背広を着用して。
『中身』はどこへ行ったのか――声ひとつ上げず、周りに物陰があるわけでもないのに、一瞬にして消失していた。

70 :
「うゎんっ」
こんなところには配備されてないはずの番犬の吠え声が聞こえたと思ったら、スティレットだった。
彼女がなにやらガードマンに向かって吠え立てたかと思うと、屈強な警備員は途端に膝から崩れ落ちた。
いそいそと背広を剥ぎ取るスティレットの足元で、眼球をぐるぐるさせながらガードマンは失神していた。
ウィットは気絶した男も『消してから』、スティレットに声をかけてみた。
「驚いたな。剣がなくても戦えるのか」
「え? わたしは剣がないと凡人以下でありますよっ!」
(――?)
噛み合ってない会話に腑に落ちなさを感じながら、先行していたマロンに続く。
既に背広を着込んだマロンが、足元にガードマンの死体を転がしながら待っていた。
>「……この街じゃ合法、でしたっけ?」
「最近の"か弱い乙女"は、随分とご立派な遵法意識をお持ちのようだな……」
確かにこの街では武器はタブーだが、だからって日用品でこうもあっさり人殺しをされると反応に困る。
刃物もなしに体格差をないものにした自称・か弱い乙女は、なんの感慨もなさげに先を促した。
>「それでは行きましょうか。もう随分と盛り上がってるみたいですよ」
「おい、死体こんなところに置いといたら――」
もう一人分ぐらい消すこともできたが、そうすると三人分の重量を背負って行動しなければならなくなる。
流石に中年にさしかかろうとするウィットにそこまでの重労働は憚られた。
やむを得なく、物陰に隠すにとどめてマロンを追いかける。
(死体の処理は潜入の基本だろうに……本当にこいつ、『銀貨』なのか?)
大男一人を殺してみせた手際は確かにプロのそれだったが、事後の処理が甘すぎる。
人殺しには慣れているのに、それを隠そうとする意識に欠けている――
まるで『おおっぴらな殺人に慣れている』ような……そう、例えば戦場での戦い。隠さなくて良い殺人が、習慣づいているフシがある。
急速に膨らみゆく疑念を抱えながら、マロンと共にたどり着いたのは、『白組』の落札者席だった。
そこには見知った顔――ハルトムートが盛装をして待っていた。
「ハルトムート……?どうしてここに」
マロンの目的が白組の壊滅ならば、その護衛たるハルトムートは現地で落ち合う戦闘役だろうか。
なるほど、先んじて内部に送り込み、内情を探らせるための密偵か。
(だったら初めから全員で落札者として参加すれば良かったんじゃないか?)
ということは、マロンには狙いがあるのだろう。
わざわざ警備員を殺してまで、リスクを犯してまで潜入――そうするだけの理由が。
「死体はいずれバレる。あまり長くはいられないぞ――どうする?」
【落札者席に到達】

71 :
背後の紳士から何だか妙な威圧感を感じつつ、仲間からの反応を焦れて待っていると、
耳元に手をやる黒服たちの動作が目に止まりました。
数人が少しずつ時間をずらして同じ動きをしています。
(念信器?でもあれほど小型のものは開発されたばかりのはずでは……)
性能の程度は不明です。自分たちが使用しているものと同等以上なのか、
あるいは部屋に備え付けの念信器の中継ができる程度か。
しかし問題なのはそこではなく、自分たちと似たようなものを、自分たちと似た手順で使用しているという点でしょう。
すなわち、向こうも遊撃課員の動作に気がつく可能性があるということです。
もともと気を使いながらの使用でしたが、より注意が必要になるとファミアは考えました。。
>『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
> あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
とはいえ、発信はともかく受信には特別の動作は必要ないので、スイからの返答は問題なく受け取れました。
ファミアは知らないことですが他に誰も念信器を使っていないタイミングだったので混線もなく鮮明です。
そちらへと目をやると、ちょうど警備の増員が到着したようです。
が、よく見てみればそれはマテリアとフランベルジェでした。
そしてもう一人、口頭で説明を受けた通りの人相風体の男性。
(あれがウィット――!  …………うーん?)
どう見ても鬼銘を冠する手練には思えませんでした。
まあ外見から人物を決めつけてしまうのはあまり良くないことですが、
そんなことはともかくとして、これから如何にすべきか。
一番良いのは本人の言どおりスイが奪還することです。
表面上は相互に無関係なので『誘拐団とその被害者』に疑いが及ぶことはまずありませんし、能力的にも適任でしょう。
そのまま単独で退散できれば、こちらはびっくりしたねーとでも言い合いながら普通に屋敷を出ればいいのです。
支援が必要になっても、警備側の虚を突ける分だけ有利になるでしょう。
次善はノイファ達が着手すること。
フラウの魔力視があれば無視界下でも行動は可能なはず。
セフィリアが席を外しているのもかえって好都合といえます。
しかしながら聡い相手であれば誘拐そのものが偽装だったと気がつくでしょうし、
そうなればファミアまで嫌疑の対象になります(疑惑ではなくて事実なのですが)。
つまり、視認できる距離とはいえ、完全に分断された状態から合流する必要が生じてしまうのです。
が、その場合でもやはりスイは『無関係』なので、向こうの初動のやりやすさは確保されるはず。
次いで今しがた合流したばかりのマテリアとフランベルジェ。
立場、能力の両面から見れば申し分ないチームです。
しかし、ウィットすなわちユーディに回廊を近づけてしまうのが気にかかるところ。
もちろん回廊を私する意志があったならばオークションに流すなどしませんが、
その素性も最終的な目的も知るところではない方からすれば懸念が残ります。

72 :
とはいえ、それでもファミアにお鉢が回ってくるよりは不安はないでしょう。
能力的に全く向きませんし――
>「今度こそ、必ず貴女を護ります――!!」
その上、マンツーマンで警備がついてしまったからです。
しかも、見知った顔――『人さらいの頭領』ランゲンフェルトでした。
(これはまさか……勘付かれた!?)
向こうの内心など当然わかるはずもないファミアが導き出すものとしては、もっとも適当な結論ですね。
ランゲンフェルトの言葉も、つまりは『もはやのがれられんぞ』という意味だと捉えていました。
色眼鏡の隙間から覗く血走った(受傷時よりはるかにマシなのですが)目がより一層その思考を補強しています。
本当に勘付いているのならあんな帰宅した家人を迎える犬みたいな接近の仕方はしないものでしょうが、
緊張の連続の中ではそんなことに気づく余裕もなくなるものです。
ファミアは即座にこの後の行動をシミュレート。
経験と知識から最適な解を引きずり出そうと脳内で電流が東奔西走を始めました。
耳から白煙が上がり、それが黒煙へと移り変わり、そして――
「ふあああぁぁ」
泣きながら駈け出しました。しかも仲間たちとは逆の方向に。
もちろん黒服やオークション参加者たちが止めようと前に立ちはだかりますが、
錯乱してる割には冷静なストップアンドゴーとフェイントで次々に抜き去っていきます。
たどり着いた先がゴールではなく扉なのが惜しまれるところ。
走ってきた勢いでその扉をぶち破って自分の形を残したファミアは、
そのまま屋敷の奥へと駆け込んで行きました。
やにわに起きた騒動に会場はざわめきを隠せません。少数の警備がファミアを追って会場を出て行きました。
補充があるとはいえ、いまこの瞬間は確実に手薄になっているわけで、より容易く回廊の奪還ができるでしょう。
ファミアはお腹が空いたら勝手に帰ってくるかもしれませんね。
【結局独断で動いた】

73 :
(ふふふ……見えてきたわ……このポーカーに使われてるイカサマのタネがっ……!
 圧倒的……圧倒的閃きっ……!ここ一番での神引きは運否天賦(ラッキー)じゃない……理合いによって制御された技術っ……!)
持ち前の貪欲さと、ゲームなのにマジになっちゃう負けず嫌いがかっちりハマり、今やクローディアはカードの虜だった。
ハイテンポで飛び交うチップ代わりの湿気たクラッカー、手垢とヤニで黄色く染まったトランプ、水みたいなエール。
イカサマを逆手にとったクローディアの奇策により、彼女の手元にはクラッカーの塔が何棟も建立されている。
ポーカーという遊びは、遊びでやるなら勝つのにそれほど苦労をしない。
ようは相手がこれ以上賭けられなくなるまでひたすらレイズを重ねれば良い、ただそれだけで勝てる。
金のかかったポーカーと違い、掛け金の上限額が設定されていないから、結局は多く賭けられるものが勝つのだ。
資金の多いほうが勝つ。貧乏人はそもそも勝負の土俵にすら上がれない。
考えてみればなるほど、これほど現実の闘争に即した話もない。まるで縮図だ。人生の縮図……。
オークションに限らずあらゆる商取引きではより多く金を出せる者が絶対的に強いし、
マネーゲームに限らずあらゆる競い合いではより多くの物量を投入できた方が勝つ。
戦争然り、戦闘然りだ。
多くの場合において、勝ち負けは戦う前から概ね決している。
負ける方はどう足掻いたって負けるから――その負けの"度合い"を、八分負けなのか、六分負けなのか、決めていくのが実際の戦いだ。
『どちらが勝つかわからない』なんてことは、条件が平等に整えられている、盤上遊戯の中だけのものなのだ。
現実の闘争とは、実戦闘に入る前に如何に自分を有利な立ち位置にもっていくかの駆け引きに終始する。
だから、とクローディアは思う。
戦いは互いに武器を向け合った瞬間には終わっている。
血みどろの殺し合いは、大勢の決した後の、消化試合的なデモンストレーションでしかない。
真実の意味では、もっと前、敵対したその瞬間、あるいは互いが生まれたときから戦いは始まっている。
つまり――『人生は、戦いだ』。来たるべく闘争の時に、相手に必ず勝つために自分を高める戦いなのだ。
退けば、負ける。
負ければ、死だ。
人生はいつだって常往戦陣。肝要なのは、『最前線に在り続ける覚悟』――
積み上がったクラッカーの上に、新たに獲得した五枚を慎重に乗せる。
既に30枚は重ねたそれは、湿気を吸って歪に膨張しており塔の建材としてはあまりにも不安定。
状況はポーカーなどとうの昔にどうでも良く、皆はひたすらに少女の建立するクラッカー・タワーの動向に一喜一憂していた。
固唾を飲んで、揺れる焼き菓子の塔の竣工を見守る。
「……息を止めて。ちょっとの鼻息でも倒れちゃいそうだわ」
額に脂汗を浮かべながらのクローディアの懇願に、屈強な男たちは静かに頷く。
指先の震えを渾身の集中力で制御しながら、塔の最上段のクラッカーからゆっくりと手を離していく。
途端にタワーは風に煽られた案山子のようにゆらりと揺れて、皆の心臓を一段跳ね上げる。
ゆら……ゆら……と小刻みに振れながら、やがて根が生えたようにぴたりと動かなくなった。
「――っ!」
クローディアと休憩中のガードマンたちは、声に出さずに祝杯の叫びを上げた。
お互いの顔を見合わせ、頷き合い、共に極限の緊張を耐えぬいたことを讃え合う。
いまこの瞬間だけは、生死を共にくぐり抜けた仲間のように彼女たちの心は一つだった。
そう、一つだった。誰も、クローディアでさえ、当然の事実に気付いていなかったのだ。
――物事の勝ち負け、成否というものは、多くの場合始まる前から決まっていると。

74 :
>「シャチョー!!」
「ああーーーっ!?」
例えばそれは、タワーが安定した途端に飛び込んでくる部下だったり。
ロンがぶち開けたドアは風を産み、クローディアが暇の全てを費やして建立したタワーはあっけなく吹き崩された。
駆け込んできたロンが散らばるクラッカーの山さえも押しのけて、テーブルの上の偉業は跡形もなく消え去ってしまった。
>「悪いな社長、大勢の前で聞かせる訳にはいかない話でな。悪い話と良い話がある」
「あらそう!たったいま悪いニュースを現場からお聞かせされたところだど――って、ちょっとぉ!?」
だぼだぼの袖ごと伸びてきた手がクローディアの腕を仮借なく掴み、部屋の外へと引っぱり出された。
そのときになって、さすがのクローディアものっぴきならぬ事態をロンの表情から把握した。
「……何があったの?」
>「聞いてくれ、警備員が一人殺された。首を一発だ、恐らく殺しに慣れてる。背広を奪われてた、これが悪い報せ。
「ころ――っ!?」
血の気が引いた。警備員が殺された、首を一撃で。つまりは不意打ち、それも明確な目的を持った殺しだ。
それだけの手練が殺意を持ってすぐ傍まできている事実にまず寒気がし、そして。
>もう一つ、殺されたのはドリスや俺じゃなく、社長も殺されてない、ここには多分来ていない、これが良い報せ」
「そう……よね。まずそこが一番の幸いってところだわ」
――背広を奪うための殺害。
つまり下手をすれば、ダニーやロン、ナーゼムやクローディアが狙われる可能性もあったということだ。
背後から首を一撃、完全なる不意打ちをくらえば、如何に武芸に優れていたとしても多くの者は抵抗できない。
つまりは部下たちが無事なのは、まったくの幸運に頼った結果でしかなかったというわけだ。
こればっかりは、死んでみるまでわからない。無差別殺人は、あらゆる勝負の努力を無に帰す災害だ。
「ランゲンフェルトの奴に連絡をとったの?――そう、良い判断だわ」
同時にランゲンフェルトからのオープン放送が聞こえてくる。
この場で上長としての権限を握っているのはクローディアではなくあの男だ。
被害の拡大防止と早期警戒に勤める点でも、部下二名の判断はファインプレーだろう。
>「シャチョウ、イマすぐココからデるべきだ。ここはキケンすぎる。
 ヒトリじゃアブないからナーゼムをヨんでこよう。シンパイするな、オレたちがスグにハンニンをミつけダしてやる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あたしもここの警護で給料貰ってる身、職場放棄して逃げ出すことはできないわ!」
実働せずに休憩室に引きこもっている分際で大口を叩くのは憚られたが、それは変えようのない事実であった。
『商会』リーダーのクローディアが逃げ出せば、他の部下がどれだけ頑張ったところで商会そのものに汚名を帯びてしまう。
大人の社会は信用社会だ。
ランゲンフェルトが納期の調整にあれだけ必死だったように、一度契約履行できなかった社会人は著しく信用を失うことになる。
企業にとって、他者からの信用とは『誇り』だ。眼には見えねども、欠けざるべき稀有な財産だ。
例えそこが、誰が敵とも知れぬ戦場であっても――退くわけにはいかない。退けば、負ける。
けれどもロンは、クローディアよりも年下に見える少年は、諭すように言うのだった。

75 :
>「シャチョウ、オレたちはアンタのブカだ。メイレイはゼッタイキかなきゃいけない。
 でもそれイジョウに、オレタチはシャチョウをマモるギムがあるハズだ。ウエをマモるのはシタのヤクメ、そうだろ?」
「…………っ!」
東国式の敬礼――跪くロンの姿は、牧歌的であどけない未熟な従者のそれではなく。
その拳で何を護るか見出した、武人の眼をしていた。
>「俺の拳は社長のためにある、そう言ってくれたよな? だったら今こそ――貴方の為に振るわせてくれ、シャチョウ」
「ふっ、」
何故か、笑いがこみ上げてきた。
命が危うい状況で、覚悟を決めた部下の前で、全然、ちっとも、これっぽっちも笑いどころなんかないのに。
「ふふふ……あーーーーーーっはっはっはっは!!!」
違う。これは――快いのだ。
誰かからの信頼が、心望が、情愛が、彼女がかつていらないものと切り捨てた数々の感情たちが。
今は、こんなにも快い!
「そうだったわ。そうだったわねロン、ロン・レエイっ!
 あんたはあたしの『力』、あたしだけの騎士!だったら始めっから答えは出てるじゃない!
 『あたしのしたいようにする』――やりたいことを実現するために振るうものを、『力』と呼ぶんだから!」
嫌いなあいつをぶん殴りたい。美味しい料理を腹一杯に食べたい。素敵な恋人と添い遂げたい。
人の欲求に果てはなく、それを叶えるために必要なものが『力』である。
それは単純に腕っ節の『力』だったり、金の『力』だったり、女子力だったり――
そしてそれ故に、全ての欲求は力によって実現できるものなのだ。
クローディアには、力があった。ロン・レエイという名の、誰かを護り敵を穿つ拳の力が。
それは自分と他人に板挟みになって、雁字搦めで身動き取れない彼女を解き放つ破魔の刃だ。
今なら、切り拓ける。
「社長命令よ!ロン、あんたはあたしを護りなさい!あたしの敵と倒しなさい!
 クローディア総合商会に退路はないわ!あるのは未来へ繋がる隘路のみ!あんたの拳で抉じ開けるの!」
背広を脱ぎ去り、いつもの質素なドレスを纏った姿で社長は鬨の声を上げた。
「――――業務開始よ!」
【クローディアの決断:逃げずに賊を迎え撃つ。危険なので護ってね
 混線した念信器からは遊撃課サイドの情報もダダ漏れです。適当に活用して絡みに行くのもオススメです】

76 :
>「って、あーーーーっ! お前、お前、なんつーことしてくれてんだ!?
>お前が今適当に破ったそのチケットのお代はなぁ、世間様が汗水垂らして働いて納めた血税から出てんだぞ!
>もっ、始末書じゃゼッテー許さねえ!お前も税金でご飯食ってるなら、ちったぁ考えて行動しやがれ!」
どこか生意気な子供を彷彿とさせる態度でフィンへと罵詈雑言を投げかるレクスト。
地団駄を踏むその姿はとても年齢相応であるとは言えない筈なのだが、
しかし、何故かその不相応が似合っていると思わせる空気を彼は持っていた。
そして、レクストが自然に纏うその空気とは、ある青年が意図的に纏おうとしてきたものであった。
フィン=ハンプティ。英雄であろうとした青年が長年をかけて自分自身に貼り付けてきた、理想の英雄像。
奇しくもレクストという人間性は――――それに、とてもよく似ていた。
勿論、レクストはそうは思っていないであろうし、フィン自身も認めはしないのであろうが。
そして、一頻り罵声を吐いた後。レクストは以外にも容易く先の言動の真実を語りだした。
その内容とは――――『零時回廊』という呪具が齎す、副次的な災禍について。
>「――零時回廊は、巡り巡って帝国そのものすら滅ぼしかねない呪物になっちまったのさ」
>「……同志、もっとはっきり言ったらどうだ?『帝国はこれを期にタニングラードの交易経営を手中に入れようとしている』と」
「なん……だよ、それ」
想像を遥かに超えて、現状は逼迫していた。絶望的に絶望だった。
それはもはや、街どころか一つの国を滅ぼしかねない物と化しているいうという。
場所と時。それぞれが最悪の状態で重なり合った、悪魔的な現状であるという。
さらにはその滅びを齎すのは、天災の呪具ではなく、数多の人々の思惑であるという。
「……っ、そういう事だったら、俺にも」
手伝わせてくれ――――最悪を食い止める手伝いをさせてくれ。フィンは、確かにそう言おうとした。
当然だろう。いくら遊撃課と関係がなくなったとはいえ、フィンの根幹には未だ英雄という仮初の柱が立っている。
仲間ではないとはいえ、見知らぬ「誰か」が。
多くの他人が犠牲になるというのなら、それを自分が力を貸す事で助けられるのなら、助けたいと思ってしまう。
――けれども、そんなフィンの言葉はリベリオンの放った言葉により霧散する事になった。
>「おいおいレック、『先遣の遊撃課も"タニングラードの従士"に入ってる』ってことは教えてあげなくていいのかい?」
「!?」
驚愕。目を見開いたフィンの反応を表現するのならばその一言に尽きるだろう。
(断罪……誰を……?タニングラードの従師隊の中に、あいつらが含まれてるって、一体……)
フィンには眼前の人物が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
>「身も蓋もねえことを言うなよ。あーハンプティ誤解すんな、遊撃課の連中だって、『後から』釈放するよう口利きするつもりだぜ?
>お前は……もう今回の任を解かれてるんだったな。じゃあ丁度いいや、ハンプティお前、俺たち暗殺チームに合流しろよ。
>どっちにしろ馬車が次出るのは明日の昼頃だ、破り捨てたチケット代くらいは、追加で働けよな」
そして、そこに追加されるレクストの言葉。今度こそフィンは呆然とするしかなかった。
同時に、いやがおうにも理解させられる事となった。
つまり今フィンの眼前にいる者達は……遊撃課の面々を捨て駒扱いし危険な任務に放り投げた揚句、
一時であるとはいえ犯罪者として扱うと、そう言っているのだ。
「それは――――」
そんな彼らに自分でも判らない何かをいう為か、無意識の内に一歩踏み出したフィンであったが
>まあもっとも、この場から逃げ出したとしても、僕の『道具』ならどこまでも追跡できるけどね」
>「私の『術』ならば拘束ができる」
>「――俺の『剣』なら、制圧できるぜ」
その無意識でさえ、一本の剣によって沈黙を強いられる事と成る。

77 :
――――フィンの後方。大地に積もった白雪が、一瞬にして中空へと舞い散った。
風にマントをはためかせるフィンは、その時、指先一つすら動かす事が出来なかった。
それは、指先一つでも動かせば自身の命が危うい事を防御の天才としての直感で感じ取った故。
自然現象でもなければ、魔術による奇跡でもない。
一人の人間によって繰り出された、人為的な現象。
修練の果てにたどり着いたと思われる、一個の技巧。
眼前のレクストという男が繰り出した、爆撃の如き剣戟。
もしも自身が万全で――相手がレクスト一人だとして。
それでも勝率は半分にすら満たないであろう。
それは恐らく才能の違いではない。もっと根幹に位置する何かの違い。
そして、レクスト程ではなかろうが、それと同格と思わしき人員が後二名。
戦えば確定的な敗北以外は残るまい。
(そうだ……それに、そもそも戦う理由もねぇじゃねぇか。
 だって、あいつらが言ってる事は『正しい』んだからよ……間違いなく、正義だぜ)
フィンの脳裏にそんな考えが過ぎる。そして、その考えは概ね正しかった。
仮にここでフィンがレクスト達の行為を妨害したとして、
その結果として齎されるのは『零時回廊』が発動するリスクの上昇と、帝国崩壊の危機。マイナスの要素しかない。
だが、レクスト達に協力をすれば、反対にそれらの危機は未然に防げるのだ。
遊撃課の面々は罪人として逮捕され、タニングラード住む人々の命も危うくなるが、
最悪の事態を想定した時の犠牲者数から比べれば微々たる物だ。
もはや遊撃課の面々との仲間としてのつながりは切れている。
『英雄』を志望するフィン=ハンプティであれば、むしろ喜んで手を貸すべきであろう。
故にフィンは肯定の言葉を吐くべきであるのだ。
仲間ではない彼らの事など見捨てればいいのだ。たかが知人でしかない彼女らの事など捨てやればいいのだ。
だからフィンは
「――――お断りだ」
それは、拒絶の言葉だった。
おそらく、フィンがその判断を下す事を予期した者は少ないだろう。
発言した当の本人が一番驚いているのだから、疑いの余地は無い。
「っ……俺は、その……だな」
しどろもどろになるフィン。当たり前だろう。
自分が何をしたいのか判っていないのに、その行動の説明など出来る筈が無い。
けれども、手探りですすむかの様に無理矢理言葉をつなげて行く
「……俺は……あんたらみたいな奴らが来るなんて、命令は……受けてねぇ。
 それに……命令だ。命令を出した相手を自分で断罪する部隊を送るなんて、常識的にありえねぇ。
 後は……そうだ、レクストさん。あんたが、帝国を裏切ってる可能性もある……だって、
 他の国と仲が悪ぃのに、合同作戦なんてやるはずがねぇ……」
紡がれた言葉達は、どれも稚拙で語るに落ちる反論で、それらを搾り出すようにして
そう告げたフィンは――――やがて顔を上げ、正面の三人を睨みつける。
「わかんねぇ……くそっ、わかんねぇけど……俺は……っ!!」
もはや守る理由も無い筈の遊撃課の面々の顔。彼らとの、厳しくも楽しかった日々。
それらがフィンの脳裏を駆け抜けていく。
歪んだ人生観と記憶が混ざり合い、灰色になった思考の中で、フィンは吼える
「俺は、お前らをあいつらの所に行かせたくねぇんだよっ!!!!」
必死に何かを吹っ切ろうと、或いはなにかを見つけ出そうとしているかのように。

78 :

「我が名はフィン=ハンプティ!!ハンプティ家最後の当主にして『最終城壁』!!」
未だどうして自分がこんな行動をしているのかは判っていないが、
英雄としての仮面を被った自分ではなく、一人のフィンとして。
ボロボロで惨めでみっともなく、勢いに任せただけの様な言葉を叫ぶ
「ここを通りたいなら、俺を倒してから行きやがれっ!!」
【フィン:自分でも判らないまま、レクスト達の進行を妨害する事を決める。】

79 :
>『――動くならいまかと、ガードマンの意識が別の方向に向いている。いまがチャンスです』
念信器からセフィリアの声が響く。
その声は先刻からの雑音に紛れ、途切れ途切れではあるものの、明確に始動の刻を告げていた。
(それにしても一体誰が――)
置き去りにされた警備員の死体。
隠蔽もせず、むしろ見つけてくれと言わんばかりの、それ。
(――いや、考えるまでもないですね)
身内に因るものと見て、まず間違いあるまい。
死体を隠さなかったのも、他の身回りに見つけてもらうことを目的の一つとしたからだ。
(……まあ、だいぶ乱暴ですけれど)
"特別席"を見張る黒服に悟られぬよう、指先で口許を覆う。
誰が考えたかは判らないが大したものだ。
否、残ったメンバーから考えれば、それも大よその検討はつく。
実行者は、わざと目に付く場所に死体を置き去りにし、侵入者の存在を匂わせた。
そうすることで警備の目を屋敷の内へと向けさせたのだ。
詰まるところ一連の騒動は、これから外で一暴れするセフィリアへの、援護とみて良いだろう。
>『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる――』
隠した口の端を吊り上げるのと同時、耳飾りが予期せぬ声を拾う。
会話の内容から推察する限り、声の主はモーゼル子飼いの私兵といったところか。
視界が細まる。
相手がどう動くか、何を優先するか。一端とはいえ、知り得ることが出来た。
敵の意識は館の内へと向けられている。
強奪者か、あるいは暗殺者か、何れにせよ客人への被害を最も恐れているのだ。
(ほんの些細なことで十分。会場内で騒ぎを起こせれば――)
――導火線を奔る火種の如く。
警備兵たちの間に満ちた緊張を一気に爆発させることが出来る。
セフィリアの言葉の通り、機は、今をおいてない。
欠片が嵌まる。後は何を火種とするかを決めて、行動を起こせば良い。
視線を走らせる。会場の隅から隅へ。指針となるべき意見はすでにあった。
壇上を煌々と照らす、大振りの魔導灯。それを沈黙させ、会場を闇に落とす。
暗闇に乗じての目的物の強奪。スイが提案したプランだ。
「――それではそろそろ、こちらの手番とまいりましょうか。」
音もなく掌を合わせ、ノイファは呟く。

80 :
>「……搬入口に二人、壇上が三人、非常口が一人――壁の向こうに『色』が見える。
  でも非常口は駄目だ、懐に別の色が……ありゃ多分、背広に隠せる大きさの魔導暗器だ」
(ああ、それで――)
――いつぞやセフィリアを制圧してのけることが出来たのか。
緊張で強ばるフラウの表情とは裏腹に、何とも場違いな感想をノイファは抱いていた。
彼女の持つ魔力の流れを色として識別できる特異の瞳。
その眼が部屋の外に居る警備兵の人数を、正確に捉えたのだ。
出品者控え室から出るために選ばなければならない三つの扉。そのどれにも門番が待ち構えている。
そして何よりも、扉に辿り着くためには、室内に居る黒服を打倒しなければならない。
(実際骨の折れる注文ですよねえ)
数で負け、装備もない。
館の構造など知る由もなく、下手を打てば街そのものを敵に回しかねない。
ここまで圧倒的に不利な状況というのは、過去を振り返ってみても唯一度くらいだ。
だというのに、ノイファの口の端は一層歪みを増す。
誰にはばかることなく、笑みの形に吊り上がる。
逆に言えば不利だというだけ。この程度の逆境に屈するような素直さは疾うの昔に棄ててきた。
>「閃光術ぐらいならすぐに組めるけど……やるか?」
「やらない理由がないわね。タイミングはこっちで合図するから。」
フラウの提案に即答。
そのまま耳飾りに擬した念信器のオーブを指でなぞる。
『スイさん――』
相変わらずの耳障りな雑音。
ただ、ところどころに別の念信の一端が交じっているのが、今なら判る。
しかしそれは、こちらの会話も相手に拾われる可能性があるということだ。
『――貴方の提案に乗ります。
 手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
構わず続けた。知られたところでこちらの場所までが判るわけではない。
どちらにせよ相手は後手に回らざるをえないのだ。
『セフィリアさん――』
次いで屋敷を抜け出した"撹乱役"に。
『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
両目を閉じて、息を吸い込む。
『それでは、状況開始です!』
パンッと両手を打ち鳴らし、フラウへ合図を送る。
爆発的に室内を満たす光を背に受けながら、ノイファは手近な黒服へと躍りかかった。
【状況開始!黒服へ先制攻撃。目指すのは搬入口→出品物控え室です 】

81 :
>「ハルトムート……?どうしてここに」
「さぁ?……きっと彼女も、あなたが気になって仕方がないんですよ」
笑顔と共に、あながち間違いでもない冗談を飛ばす。
>「例のモノは、他の者に落とされた。」
「ん。……まぁ、仕方ありませんよ。欲しかったんですけどね、あの子。可愛いし。
 国庫からもう何百万か、持ってきても良かったかもしれませんねー」
既に競り落とされたファミアを目で追いつつ、冗談を重ねる。
今度は演じている役柄を意識して。
>「風の動きが妙、らしいんだ。なにか、異変は無いか?なんでもいい。何かあれば教えて欲しい」
「風……?確かに外で何人か始末しましたけど……」
髪飾りを耳元へ、遺才を発動――近辺で慌ただしく動き回る幾つもの音。
>「死体はいずれバレる。あまり長くはいられないぞ――どうする?」
「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
しかし声色も表情も揺るがない――それどころか不敵な笑み。
けれどもマテリアは『妙な動きの風』を見誤っていた。
なまじ周囲が騒がしかったが為に、それこそがスイの言う異変だと思ってしまったのだ。
「でも、それでいいんです。私達に迫れば迫るほど、白組の首は締まっていくんですから」
>『スイさん――』
不意に頭の中で響く声――ノイファの念信だ。
>『――貴方の提案に乗ります。
  手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
(なるほど……なんとなく、やり方は分かりましたよ)
>『セフィリアさん――』『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
「ウィットさん、今から『賊』が商品を奪う為に動き出します」
味方が動き出すまでの猶予は僅か――早口に、小声で密やかに説明。
「その隙に私達は、お客の皆さんを暗殺しちゃいましょう」

82 :
笑顔と共に突拍子もなく。
「暗殺とは言っても、失敗でいいんです。むしろ成功しちゃいけません。
 大事なのは客を危険な目に遭わせて、傷つける事」
流石にそれだけでは何も分からないと補足を続ける。
「私達が今からのは、白組の信用です」
社員が何人死んだって組織は死なない。
だが信用を失った組織は社会から孤立して、瓦解する事になる。
大人の社会は、信用社会なのだから。
客には暗殺未遂で怪我を負わせ、更には落札済みの商品を盗み出せば、
白組の信用に傷をつけるには十分すぎるだろう。
元々が金持ちの集団だ。警備員の人死のように、金による補填も通用しない筈だ。
それでも彼らを黙らせる術はあるにはあるが――白組がそれを実行するとは、俄かには考えられない。
「スティレットさんは……えーっと、まぁ、つまり、
 出来るだけ大勢に「二度と来るか」ってくらい怖い思いをさせてやりましょうって事ですよ」
説明はやはり肉声で。
こればっかりは混線気味の念信器越しに聞かれない方がやりやすい。
>『それでは、状況開始です!』
室内に満ちる閃光――同時に手近な落札者の肩口めがけ髪飾りを振り下ろす。
事がどう転ぼうと暗殺失敗は成功――警備員にぶん殴られる前に後ろへ飛び退く。
「さて、ある程度暴れたら撤退しましょう。白組の信用をとことん貶めるには、暗殺者が捕まる訳にはいきませんからね」
客が取り落とした落札用のカードを拾い、『硬化』を施し他の客へ投擲。
目的は二つ――出来るだけ多くの客に傷を負わせ、また負傷した客の保護に警備を割かせる為。
「……あぁ、そうです。折角ですから私達も何か、火事場泥棒していきますか?
 盗まれる商品が多いに越した事はありませんし。欲しい物があるなら、お手伝いしますよ」
マテリアの問いかけ――至って個人的な行動。
ウィットが何を思い、何をするのかが知りたい。
ウィットが零時回廊を追おうとするのなら、彼を取り押さえ、全てを聞き出したい。
どうして元老を暗殺して、零時回廊をタニングラードに持ち込んだのか。
なのにどうして今度はこの街を救おうとしているのか。

83 :
前門のゴリラ、後門のメスゴリラ
私の状況を端的に言葉に表すとこういう感じでしょう
筋骨隆々としたガードマンさんが2人、その内の1人は我々と因縁浅からぬクローディアさんの部下ダニーさん
話には大きい女性だとは聞いていましたが、まさかこれほどまでに大きい女性だとは思いませんでした
私にもこの半分ぐらいの体があれば……
>「・・・、・・・・・・・・・。・・・」
ガ「そうか、後は頼んだ」
しかし、この独特の喋り方はすごい威圧感を感じてしまいます
そして、もしかしたら彼女と一戦を交えなければならないとそう考えると背中に冷たいものが落ちていきます
>「・・・・・・」
「当たり前だよ、誰が好き好んで暗殺者がうろつくお庭を散歩するって言うんだよ
さーて、なんだか引いちゃったし戻るかな。ねえ、旦那」
どうやら正体はバレなかったようです
幸運ですね、しかし、それはもはや関係のないことですけどね
>『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
『了解』
私が短く答えると同時に会場の窓から強烈な閃光が漏れました
それから一拍ほど遅れて聞こえてくる悲鳴
状況が開始した証拠でしょう
「うわぁぁぁ」
驚いたていを装い、草むらに飛びこみました
これはあまり褒められた演技力ではありませんが……
燕尾服に刺さった枝を取りながらな私は急ぎます
そう、路地裏の子供達が用意してくれた私の獲物の場所に向かっているのです
「まさか、これで戦えっていうのですか!」
ついつい声に出してしまいましたが、まさか木の棒程度に考えていましたら、骨とは
しかもおそらくは動物の骨
しかたなくそれを拾います、ないよりはマシだと考えるしかありません
(どうやら犬の骨みたいですね)
ポケットには鳥の羽根、手には犬の骨
「あとは猿の手とでもいうのでしょうか」
などとくだらないことを口にしているのは、遺才を発揮出来るようになったからでしょうか

84 :
「私も状況を開始しましょう」
後ろからゴリラのガードマンさんが追いかけてこないうちに次の目的地に向かうことにしましょう
近づくために木の枝に飛びのり枝伝いにゴーレムの元へ空を駆けます
「まっててね、ゴーレムちゃん!」
予想通ゴーレムにはすでにむこうの搭乗者が乗っているようでした
なかなか早い対応ですが、しかしです。
遺才を発揮出来るようになった私には難しいことではないでしょう
重機用の上から操縦櫃に飛び込む、重機用の操縦櫃は乗り降りをしやすいように扉一枚で保護されています
飛び込んだということなので蹴り破ったのですが
「いわゆるホールドアップというやつですね?」
決めてみたものの搭乗者はすでに扉との衝突で伸びていらっしゃいました
これで適当に暴れ回りみなさんが撤退しやすくすればいいのでしょう
手始めに庭の木を引っ込抜き屋敷に投げつけるということから始めましょう
【ダニーさんと別れゴーレムに搭乗。暴れ始める】

85 :
社長が壊れた。少なくとも一瞬はそう思った。
唐突に高笑いを始めた社長もといクローディアを、若干引き気味に唖然と見つめる。
かと思えば、今度は瞳を輝かせ、力強くクローディアは言う。
やりたいことをやる――何かを実現させる為の手段こそが力だと。
今クローディアが実現させたい「何か」のために、ロンは、此処に居る。
>「社長命令よ!ロン、あんたはあたしを護りなさい!あたしの敵と倒しなさい!
 クローディア総合商会に退路はないわ!あるのは未来へ繋がる隘路のみ!あんたの拳で抉じ開けるの!」
「ミライを、オレが……?」
現実味の沸かない言葉に、ただロンの視線はクローディアに釘付けとなる。
ただ、じわじわと心にエールが染み渡るように、言葉にし難い胸を熱くするものが広がる。
自分の部下にすら身銭を切って、煽てられ易くて、自信家で若すぎる女王様(クローディア)。
ならばロンは、彼女と敵陣(賊)へと突き進む素手の騎士(部下)。
王(白組)なんて知ったことか。ただ女王の為に、絶対に王手を口にはさせない!
>「――――業務開始よ!」
「応!!」
無防備な華奢な外見には似合わない背広を颯爽と脱ぎ去り、たった一人の騎士の士気を上げる!
ロンもまた、拳を掌に当てて力強く頷いた。

「……あ、シャチョー、サムいからウワギはキていたホウがイいかと」
かと思いきや妙に冷静さを取り戻して雰囲気を台無しにするのもお約束。
とりあえず、彼女の中では進撃と決まったらしい。そうとなればダニーに連絡を取ろう。
耳の念信器のチャンネルを入れる。だが、聞こえるのは雑音ばかり。
「おっかしいな、さっきは――」
>『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
 あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
「―――――――――ッ!?」
 誰 だ ?
全く知らない声。ダニーではない。性別の判断がつかない声が、かなり穏やかでない言葉を幾つも紡ぐ。
突然舞い込んできた謎の情報。ロンに向けた台詞ではない事は確かだが、一体何者なのか。
強奪、と聞いて、不意に寒空の下、野晒しにされた死体が脳裏に浮かぶ。
賊。まさか。嫌な予感が背中を駆け抜ける。

86 :

>――――さん――』
別の声が入る。女だ。誰かの名を呼んだのだろうが雑音で拾えなかった。
>『――貴方の提案に乗ります。 手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
確定だ。もう賊は紛れこんでいる!しかも発言からして、複数犯と見ていいだろう!
壇上ということはオークション会場ということになる。
ロンはまたも有無を言わさず、クローディアの腕を掴み走り始めた。
説明している暇などない。尚も女性の言葉はロンの焦りを急き立てる。
>『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
「畜生ッ!」
発言の数々は脳の回転が良くないロンでも簡単に、それもかなり嫌な方向を予想させる。
矢張り社長だけでも置いていくべきだったかもしれない。
単独犯ならまだしも、複数、少なくとも3人は居ると見た――俺は社長を守りきれるだろうか。
四面楚歌となり、あの死体のように喉を搔っ捌かれる自分の姿を想像した。
途端に、目に見えない冷たすぎる重圧がクローディアの手を伝って流れてくる錯覚を覚える。
走りながら、ロンはちらっと若社長を盗み見た。思う事は色々とある。たった5日前のあの濃密過ぎる1日。
公園でダニーと拳を交わし、酒屋で失態を侵しナーゼムの背中に隠れ、人攫い馬車を皆で追いかけて――
「……バカだな、オレは」
フッ、と笑いがこみ上げる。何を不安がるのだ、自分はと。
あの誘拐事件の時、自分は一度馬車から放り出されて死にかけたじゃないか。
けれども、事実ロンは此処に居る。一度失くしかけた命を掬った人が隣にいる。
恐れるものなんかない。その事実が見えない、言葉に出来ない安心感を生みだした。
そうだ、賊が何だ。ダニーと、ナーゼムと、ロンと、それらを従える社長とがこの場に居る限り――
「なあ、クローディア。タノみっていうかさ。その……」
言い淀んで、言葉にならない。適切な言葉が見つからない。
しまいには「ああもう!」と叫んでスピードを保ったままクローディアを背負った。この方がお互いに楽でいい。
「シャチョウ、『給料を前借り』ってデキないか?」
金を大事にするクローディアにとって、この発言は鬼門だったかもしれない。
それを重々に承知の上で、ロンは続ける。

87 :
「コウカをサンマイだけでいいんだ。カナラずカエす。ヤクソクする」
走るスピードを上げる。オークション会場までもうすぐだ。
別に給料が欲しい訳ではない。硬貨であることが重要なのだ。
3枚要求したのは、彼の故郷の数字の縁担ぎからだ。3は財、つまり蓄財=金を表す。
金を表す数字と硬貨の組み合わせで、自身の運気を上げる、というよりはプラシーボ効果を促す為。
何のために、と言われれば――まあ、百聞は一見に如かずだ。
>『それでは、状況開始です!』
「くそっ!アイツ等、おっ始めやがった!!」
念信器から聞くまでもなく、オークション会場の入り口から悲鳴や怒号が聞こえてくる。
「シャチョー、ツカまってろ!!」と合図すると、電光石火の勢いで会場に突入する!
入った直後、両目を開けていられないほどの閃光。ロンは咄嗟に瞼を閉じた。
場内を飛び交う声と音。集中する。――――目を使っては駄目だ。死んだ父の声が蘇る。
『良いか息子よ。闘いにおいて目を信用してはいけない。時として視覚とは弱点ともなり得る。
 目に頼ってばかりでは自分の命を危機に晒すこともあり得る。信じるならば――』
「(己の内の"流(リュウ)"を信じよ、ですね父上)」
意識を瞬間的に全体に張り巡らせる。彼が追うのは気配。万物が自分の意思に関係なく放出させるもの――微量の静電気だ。
レエイ家一族の遺才は、異常なまでの帯電体質にある。僅かな電気エネルギーでも取り込み、蓄積させる。
彼らは武術に長けた血もあってか、身の内にある電流の流れを掌握し、帯電・放出させることが出来る逸材だ。
そして電流を掌握し極めた者は、無意識にも他者の放つ気配を静電気と言う形で把握する事が可能なのだ。
「(1、2、3……多いな。それに障害物が多すぎる)」
押し合いへし合いする邪魔者達を器用に避けつつ、状況を把握する。
気になるのは先程の念信器で謎の声が言っていた「強奪」「風」「明かりを消す」という単語。
他にも気になる言葉が幾つかあるが、「強奪」という事は、何か「物」を狙っている。
その為に何故「明かりを消す」のか。撹乱だ。会場内を混乱させ、目的の物を狙っているのではないか。
この場で奪える物となれば有り得るのは、オークションの商品だ。彼らの狙いはそれと見ていい。
「(ならば……!)」
爪先を唸らせ向かう先は、出品物控え室。彼らが狙うとすればそこだ。
一つか或るいは複数かは定かではないが、要は来ると分かっている場所で待ち伏せてしまえばいい。
物品があるので何か武器に使える物があるかもしれないし、小柄な自分達が隠れる場所は幾らでもある。
後は(かなり卑怯ではあるが)息を潜めて賊たちを待ち、一網打尽。これだ。
「よっと、失礼!」
混乱に乗じて控え室に素早く忍び込み、入口から死角となる位置を見定め、クローディアと揃って物影に隠れる。
少々物が多すぎて狭いが仕方ない。ロンは硬貨を一枚取り出し、掌に包んで腕ごと電流を収束させる。
昔、父から教わった、異常なまでの電気を帯電した物体(硬貨等)を指先に乗せ、神速が如きスピードで弾き飛ばす技だ。
それを今、入口から侵入するであろう賊たちの隙を狙って放とうと、虎視眈眈と機会を伺っていた。
【出品物控え室にて賊を待ち伏せなう】

88 :
>「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
「……そうか」
違う。
マテリアが言ったことを本能的に否定するが、もう時間が無い。
>『スイさん――』
ノイファの呼び掛けに、軽く身構える。
>『――貴方の提案に乗ります。
  手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
『了解した』
そう答えて、懐に手を突っ込んだ。
「(こんな時に持ってきて、正解だったなぁ?)」
裏の笑う声に、便乗して少し口を歪ませる。
この五日間、、ただ宝石を売ったりしてきたわけでは無い。
手にあるのは、短剣の柄の感触。
そう、この街に入ったとき持ち込んだ剣だった。
入れ替わるために、目を閉じる。
「よっしゃ、さっさと潰そうか」
そう呟いた矢先、得体の知れない、勢いを持った風が、スイには感じられた。
咄嗟に振り向き、会場内を見渡す。
異状は無い。ならば、一体何なのか。
この、全身を襲う、嫌な感覚は。
例えるならばそう、『剣鬼』の名を持つ、スティレットと対峙したような、言い表しがたい、恐怖にも似た感覚。
しかし、スティレット以上にその感覚は強い。
「あーもー、マジで最悪だ…」
本当に嫌なことしか起こらなさそうだ。
さっきの風は、冷静に考えれば、離れたところから来たものだろう。
なれば、それを生み出したものがここまで来るには時間が掛かるはずだ。
>『それでは、状況開始です!』
ノイファの合図と共に、懐から短剣を引き抜き、風の道を魔導灯に向けて作る。
大ざっぱに作ったところで、閃光と共に勢いよく短剣を投げた。
風の軌道に乗った剣は、煌々と会場を照らしていたオーブを破壊し、天井に突き刺さる。
派手に音を立てて破壊されたオーブの破片を風で受け止め、ゆっくりと地に落とす。
「これで怪我人出したら、怒られるしな−。」
天井に刺さった剣は、まあ後で回収するとしよう。
とにかく今は時間との勝負だ。
目つぶしが効くのもそう長い時間では無い。
すぐさま檀上へ駆け上がり、風を生み出した。

89 :
「どっりゃぁぁあああ!!」
気合いを入れ、一気に地へと風を吹きつけ、強力な横風を巻き起こす。
それは、不可視の拳に殴られたような威力を持って、黒服に襲いかかるだろう。
全員気絶したことを確認して、スイは立ち上がった。
抵抗されない方が今は楽で、時間の短縮にも繋がる。
鎌鼬をつくりだし、黒服の首を切り付ける。
そして、ゆっくりと移動して出品物控え室の入り口の横に立った。
中にいる者に悟られないように、足下ギリギリに風を流し、探る。
「(1、2…一人は異才持ちか?変な感触がするな…)」
スイは、考えた。
この場に待機してノイファが来るのを待つか、それとも、一人で飛び込むか。
そして、スイは前者を選択した。
耳飾りに触れ、ノイファに念信を飛ばす。
『スイだ。出品物の前にいる。来てくれないか?』
中に異才持ちがいることは、スイに一つの推測があった。
すなわち、こちらの話が漏れていること。
だから、スイは簡潔に用事を伝えた。
やがて、ノイファが訪れれば、スイはこう言うだろう。
「中に二人。一人は異才を発したままいると思う。どうする?」
【出品物控え室前で待機】

90 :
【ランゲンフェルト】
ランゲンフェルトは、護ると決めた少女の反応を、辛抱強く待った。
彼にだって人の心はある。突然の事態にびっくりして硬直してしまう人情もわかる。
だから、かの少女が自分の意志でこちらの手を取れるように、ただ静かに傅いて一切の動向を見守っていた。
静かにといっても、ここまで走ってきたのだから当然呼吸は荒くて。
口を閉じて鼻で息をしているので、肺腑が酸素を求める度に、深い鼻梁に穿たれた二穴から頻繁に空気を出し入れしている。
色眼鏡の向こうの双眸は、五日前にうけた傷がまだ癒えず充血したままだ。
……つまりは客観的に見れば、黒尽くめの男が鼻息荒くして、血走った眼で少女を下から見上げていた。
>「ふあああぁぁ」
少女の行動、正解である。
「何故!?」
だっと踵を返して走りだした少女。
ランゲンフェルトはわけも分からず、しかし追わないわけにはいかなかった。
彼女の護衛が彼の任務だ。少女に付き纏うことがランゲンフェルトの至上の転職だ。
すぐさま膝立ち姿勢を解除、逃げ惑う背中へ飛び込むように走りだす。
「なっ、フェイントだと……っ!?」
しかし少女もさる者、ランゲンフェルトの他にも会場を警備する者は大勢いるが、その全てを的確な進路選択で抜き去っていく。
時には視線や肉体挙動を用いた錯覚誘導さえも使い、一切の追手をその肌に触れさせることなく閉じた扉へ到達し、
――決して薄くはない扉をぶち抜いて会場を飛び出した。
「俺が追う!お前らは会場の混乱鎮静を優先しろ!」
部下に指示を飛ばしながら、ランゲンフェルトは普通に扉を開けて部屋から出る。
その後ろでもの凄い閃光が瞬いたのを背に受けたが、ランゲンフェルトは一切振り向かずに少女の追跡を続行した。
ご丁寧に革靴で絨毯を踏みしめていってくれたお陰で、足跡を追うのは難しいことではなかった。
「お待ちを!私は貴女に危害を加える者ではありません!私共の目の届かぬ場所に行かれては……!」
ランゲンフェルトの視界から少女が消えれば最後、邸内に張り巡らされた動体検知術式に引っかかってしまう。
そうなれば、自動的に解き放たれる20もの訓練された猟犬が、少女を美味しくたいらげてしまうことだろう。
あまりに凄惨な光景を想起して、ランゲンフェルトはぎりりと奥歯を食いしばった。
どうすればあの少女に、危惧される可能性を簡潔かつ過不足なく伝えることができるだろう。
考えて、走りながらランゲンフェルトは叫んだ。
「……(犬が)貴女を食べてしまいますよ!?」
と、少女を追う傍らでどこかで見たような黒の人影とすれ違った。少しだけ足を止めて、『見上げる』。
漆黒のドレスに身を包む、筋骨隆々の偉丈婦――ドリスである。膨張色である黒が、今宵の彼女をより巨体に見せている。
ランゲンフェルトは空咳一つで見事に通常状態に戻り、事務的にダニーへ命令する。
「…………『落札品』が一人、脱走してしまいました。街に出られると非常に厄介です、必ず捕まえてください」
端的にそれだけ伝えると、また少女を追って走りだす――その一歩目で。
少女だけを中央に捉えていた視界が、緑色の何かによって突如閉ざされた。
「『植え込みの木』だと……っ!一体どこから!?」
それは、モーゼル邸の緑化に一役買っている中型の広葉樹だった。
根こそぎ引っこ抜かれて、どこかから投げ飛ばされたようである。

91 :
「こんな芸当、それこそゴーレムでもなければ――」
ズン、と地響きと共に、屋敷の影からランゲンフェルトの指摘通りの物体が顔を出した。
鋼鉄によって強化された四肢、石畳すら掘り返す頑丈な鉄爪、夜間の作業も可能とする中央二つの魔導燭灯……
傀儡重機、ゴーレム。D-カーター社製汎用モデル『青鎧』の重作業カスタム品である。
むき出しの操縦基には、何故か指定の搭乗員ではなく、見知らぬ黒髪の眼鏡女が座っていた。
「まさか、こいつが『暗殺者』……っ!?」
殺されていた顔も知らぬ同僚を思い、一瞬だけ身を固くする。
だが、ランゲンフェルトは管理職だ。彼の一挙一動には多くの部下と尊いお客様の命運と責任が乗っている。
その両天秤の重量が、辛うじて彼の足をその場に留めていてくれた。
(『退路』は責任が塞いだ……ならば、『活路』へ踏み出す背中を推すのは!)
――社会人としての矜持、である。
ランゲンフェルトはドリスを見上げ、そして視線を前に戻した。
「……甚だ不本意ですが、私には貴女の力が必要です、『商会』の腕貸し女史。
 『罪のない』人々を危険に晒し、ひいては正当な対価のもと引き渡された商品が、あの侵入者に奪われようとしています。
 共にあの傀儡重機を打ち倒し、囚われの姫君を奪還しましょう。――もちろん、業務命令です」
背広の前を開き、ネクタイを緩め、紳士帽を深く被り直す。
『黒組』頭領、ランゲンフェルトの戦闘態勢。ゆっくりと、研ぎ澄ますように闘志を充溢させていく。
彼は、労働者だ。白組という資本に対して、自らの能力を商品として企業に切り売りすることで、その日の糧を得る者だ。
そしてその商品を高く買ってもらっているからこそ、頭領という管理職の地位にある。
黒組は犯罪集団であり、誘拐集団であると同時に、戦闘集団だった。
ランゲンフェルトが白組に高く買われた『商品』とは――戦闘能力である。
「私が道をつけます」
言うやいなや、ランゲンフェルトは革靴で石畳を強く蹴りこみ、爆発的な加速を持って飛び出した。
目の前に横たわる倒木を足がかりに、靴底に刻まれた反発術式を使い大きく跳躍、ゴーレムの搭乗者と同じ目線にまで飛び上がる。
空中にいる彼は、ゴーレムの豪腕を躱せない。一撃でも喰らえば人体など簡単に砕け散ってしまうほどの強靭な豪腕を。
しかしゴーレムが拳を打ち込んでも、ランゲンフェルトを捉えることは叶わないだろう。
彼は空中で移動する術を持っていたからだ。
「黒組が頭領、ランゲンフェルトと申します。お見知りおきは結構ですので悪しからず」
操縦基の眼鏡女にそう告げると、おもむろにランゲンフェルトは懐から紙片をばらまいた。
それは、ランゲンフェルトの所属と連絡先を記した名刺だ。そしてその裏には魔術の刻印が光っている。
反発術式。蹴ることで靴裏のものと相乗させ、空中にありながら名刺を足場にしてランゲンフェルトは跳躍できる。
紙吹雪のように舞う名刺はさながら飛び石だ。彼は空中を自在に闊歩し攻撃を躱しながら、ゴーレムを撹乱する。
そして隙を見つけたならば、容赦なくしなやかな足先からの蹴りが降ってくることだろう。
【ランゲンフェルト:ファミアを追ってダニーに合流。セフィリアの駆るゴーレムと遭遇し、ダニーに協力を仰ぐ】

92 :
リフレクティアの『業務命令』は、客観的に正当性の認められるものであることには違いない。
フィン=ハンプティの所属する遊撃課は国家に属する機関であるから、国のために戦うことは当然だ。
そして、タニングラードは『国』ではない。国土を間貸ししているだけの、帝国ならざる領域だ。
他ならぬ帝国民の安寧のために、街一つを武力によって支配するのは、誰にも咎められるはずのない国務であった。
>「――――お断りだ」
しかし。それでも。
――誰よりも誰かのために戦おうとした男は、辿々しくもはっきりと命令を拒否した。
フィン=ハンプティ。かつて己の家を失い、拠り所を他者に求めた『天才』が一人。
そして、のべつ幕なしの依存のために、多くの場所から拒絶されて遊撃課へと落ちてきた左遷者。
『護れるのなら誰でも良い』を己が身律としていた彼の、それは始めての他者への執着だった。
("誰しもを護る"ってのは――言い換えりゃ、そいつ個人のことはどーだって良い、ってことだもんな。
 つまりハンプティにとっちゃ、人間だろうと犬畜だろうとその辺の石っころだって、護る対象ならみんな同列ってわけだ)
リフレクティアがフィンを面接したとき、最初に感じた違和感がそれだった。
破滅的な利他主義のようでいて、その実徹底した利己主義者――『護りたい病患者』と、彼はフィンの性向を定義した。
しかしいま、目の前に立ちはだかる瀕死の男はどうだろう。
片腕の感覚を無くし、視界から色を失って、しまいには『護る』という大義名分すら消え去った彼が――
あろうことか多くの人民の生活とたった十数名の『元同僚』の名誉を天秤にかけて、後者を選択したのだ!
>「……俺は……あんたらみたいな奴らが来るなんて、命令は……受けてねぇ。(略)
フィンは、己の選択に自分でも疑問を感じているようだった。
だから、もっともらしい理由を探して、繋がらない論理を紡ぎ続けている。
自分の迷いを、受け入れるために。その選択を、正しいものだと言えるように。
>「わかんねぇ……くそっ、わかんねぇけど……俺は……っ!!」
>「俺は、お前らをあいつらの所に行かせたくねぇんだよっ!!!!」
そして最後は、論理を捨てた。
ただ感情の赴くままに、心が掴みとった答えを確定する叫びを得る。
>「我が名はフィン=ハンプティ!!ハンプティ家最後の当主にして『最終城壁』!!」
口上は、『らしくない自分』を肯定するための真言。
>「ここを通りたいなら、俺を倒してから行きやがれっ!!」
『雇われ英雄』でもなく、『護りたい病患者』でもない――彼は、『本物の英雄』になろうとしている――!
「はっ」
リフレクティアは短く快哉を飛ばした。
精悍な顔つきに喜情が宿り、口端を上げてにやりと笑みを濃くして言う。

93 :
「いいぜぇ、お前みたいな大馬鹿野郎が俺は大好きなんだ。お前はそれでいいんだよハンプティ。お前みたいな天才はな。
 重要なのはそこだ!受け入れらんねえ提案に!全力のノーを言って返すこと!そいつがお前らに求める在り方だ!」
社会の歯車になることは、自分を決まった型に押し込めることで成立する。
嫌なこともノーとは言えない自由度の低さと引換えに、集団は大きな困難に立ち向かう力を得たのだ。
だが時としてそういう社会の在り方は、必要のない制限まで他人に課してしまう側面がある。
『自分がこれだけ苦労している』という事実に対し、苦労を解消する努力ではなく『お前も同じ苦労をしろ』と結論づけてしまう。
大きさの合わない歯車を噛み合わせるなら、大きい方の歯を削って小さくしてしまう方が遥かに楽だからだ。
平和になったこの時代、人間の敵は人間だった。
だから、遊撃課をつくろうと思った。
咬み合わない歯車を無理に削るよりもいっそ独立させて一つの機械として動かし、集団と対等に戦えるように。
社会になんか属せなくても、やりたいことしかやれなくても、きっと何かができると証明するために。
「だから俺はお前の否定(ノー)に、更なる否定を言って寄越すぜハンプティ!
 俺は国を助けるために!お前を倒してこの街を潰す!!お前の仲間の地位と名誉を貶める!!」
リフレクティアは外套を脱ぎ捨て、従士隊制式の軽鎧姿を雪風に晒した。
右手には剣、左腰には鞘、そして背中には中折れ式のブレード付き魔導砲を背負っている。
「お前に敬意を表して名乗るぜ……俺の名はレクスト=リフレクティア!リフレクティアの馬鹿な方の息子にして、『愚者の眷属』!
 ここが否定の最果てだ、拳と剣を主張代わりに、ボッコボコにしてやんよ"最終城壁"!!」
アネクドートとリベリオンが溜息と共に肩を竦めるのを一顧だにせず、リフレクティアは吠え立てる。
「――刮目して見せろよ、お前の最高に格好良いところをなぁぁぁぁぁっ!」
踏み込みと同時、剣を持つ右手が一瞬だけ、"ブレた"。
それだけで肩から腕にかけて積もり始めていた粉雪が飛び散り、羽音のような震えが耳朶を打つ。
無数の―― 一閃一閃に達人の鋭さを秘めた剣撃が、まるで嵐のようにフィンのもとへと殺到する。
今度は脅しではない。確実に仕留めるための斬撃である。
【イベントバトル!
 勝利条件:リフレクティアの攻撃に耐え切るor追撃から逃げ切って仲間に事態を伝えるor肉弾戦でリフレクティアを倒す
 ※轟剣はとっても速くて数が多いですが剣そのものは官給品かつ本人の腕力も標準なのでぶっちゃけ大火力ということはありません。
  『天鎧』が万全ならノーダメージ余裕、不完全でも反撃の余裕がある程度とお考えください】

94 :
インペリアルアスコットの芝を駆け抜ける駿馬のごとき力強い踏み込みで絨毯に足跡を刻むファミアの背を、
ランゲンフェルトの声が追い抜きました。
>「お待ちを!私は貴女に危害を加える者ではありません!私共の目の届かぬ場所に行かれては……!」
>「……貴女を食べてしまいますよ!?」
それを聞いたファミアはもちろん
「ぴぎいいいいいー!」
屠殺される豚のようなみっともない悲鳴をあげながらさらに加速。
(――まさか守るって、私を食べて一つになることでどうこうとか、そういう……!?)
身体だけではなく思考も止まることなく加速していきます。
『危害は加えない』と言っておきながら直後に『頭から食っちまうぞ』と、
(ファミアの主観では)矛盾した言動をしているのですから、このような人物評も無理からぬこと。
いやはや男女の間というものはすれ違いが多いものですね。
そんな二人の間をさらなる障害が隔てました。
根こぎにされて投げ飛ばされた木です。
走りながら飛んできた方にファミアが顔を向けると、らんらんと光る双眸と視線がぶつかりました。
無論、セフィリアが鹵獲したゴーレムの作業灯です。
が、それがまっすぐ向いているということは逆光になるわけで、つまり正体が見えません。
オークショニア側が庭木を引っこ抜いて屋敷に向かって投げつけるなどということをするはずがないので、
潜入前のブリーフィングと合わせればセフィリアだと簡単に理解できるはずなのですが……
「……おばけー!」
あんのじょう事態を受け止めかねたファミアはついに三段目の加速を開始。
湖の巨大ウツボに比べれば、陸の鉄ガニくらいなんてことなさそうなものですが。
もはや羽根があれば飛行できるレベルの速度に達したファミアは、しかし
(無理に乗り越えようとすれば罠があるかも……)
錯乱しまくってるくせに妙に冷静な思考でそう判断して外壁への跳躍を断念。
やや速度を落として水平方向へターン、ついにランゲンフェルトの視界から完全に消えました。

95 :
数秒後。
「やだあああー!!」
邸内のどこからか放たれた猟犬が即座にフォーメションを展開してファミアを包囲していました。
犬の牙が文字通り"歯が立つもの"かはあまり試したくありません。
なので、盛んに前掻きをして今にも跳びかかって来そうな犬たちの動きをよくよく見ていると、背後から風の唸る音。
とっさに身体をひねりながら横へ跳んだファミアと、高速で回転しながら突っ込んできた虎毛の犬が空中で交錯しました。
着地したファミアは間髪入れずに跳ね起きてダメージをチェック。
スカートが切り裂かれてスリットが入ってしまった以外は無事なようです。
虎毛の方は"熊すら屠る一撃を、まさかかわされた"とでも言いたげな驚愕を顔に浮かべています。
犬たちがとったのは、つまるところ勢子が注意を引きつけて背後から一撃、という戦術でした。
確実に今のファミアより頭が回ります。調練士の腕が良いのでしょうね、教育は本当に大事です。
しかし種が割れた以上、そうそう遅れをとるものではありません。
とはいえ全周を囲まれているため、背後からの攻撃はやはり来てしまうのですが。
立て続けの攻撃をあるいは滑り込み、あるいは飛び越えてかわしたファミアは、
陣形の乱れを目ざとく見つけてそこから包囲を突破、勢いを落とさずに駈け出しました。
ちなみに来た方角でした。
さて当然そのまま進んでいけば邸内投擲事件の現場へ戻るわけですが、
そこでは人さらいの頭領から殺人鬼青ひげへと転身を遂げたランゲンフェルトが縦横無尽に空を駆けていました。
間の悪いことにセフィリアのゴーレムはまたファミアと正対しているので、いぜんとして搭乗者が見えません。
踵を返したくなったファミアですが、背後からは再び犬が迫っています。
丁度その時。
屋敷に投げつけられた木の、その向こうにいる人影に気が付きました。ダニーです。
当たり前のことながらファミアは商会一行が警備に加勢していることは知りません。
それでも服装を見て、少し考えてみれば、歓迎しがたい理由でここにいる可能性が高いという結論が出るはずです。
「たーすーけーてえええええええ!」
言うまでもなく考える余裕など持ち合わせていないファミアは見知った顔を見つけた安堵から号泣しつつ、
ダニーの腰のあたりに飛びついてそのまま押し込みました。
【がぶり寄る】

96 :
>「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
>「でも、それでいいんです。私達に迫れば迫るほど、白組の首は締まっていくんですから」
窮地であろうこの状況で、マロンはしかし強かに笑った。
>「ウィットさん、今から『賊』が商品を奪う為に動き出します」
>「その隙に私達は、お客の皆さんを暗殺しちゃいましょう」
「……なんだって?」
笑ったまま放たれた言葉に、流石のウィットも硬直した。
それは一瞬の逡巡だったが、この鉄火場では永劫にも感じられる思索に陥る羽目になった。
>「暗殺とは言っても、失敗でいいんです。むしろ成功しちゃいけません。
>「私達が今からのは、白組の信用です」
「! ……そういうことか」
白組は、戦闘をするための集団ではない。商売をするために集められた者たちの集合体だ。
当然、そこに集う客には血を見ることへの覚悟がない。当然だ、彼らは用意された『英雄』に酔いに来ているだけなのだから。
自分が傷つくことや、誰かを傷つけることなど、最初から勘定のうちに入っていない。
覚悟のない者が、己の危機に瀕したとき――その恐怖は、驚異的な速度で伝播する。
金持ちが逃げ出せば、市場は瓦解する。
>「スティレットさんは……えーっと、まぁ、つまり、
 出来るだけ大勢に「二度と来るか」ってくらい怖い思いをさせてやりましょうって事ですよ」
「おーっ!そうゆうのは大得意でありますよ!?
 教導院の頃は、よく『お前は人をうんざりさせる天才だな』とお褒めに与ったわたしであります!」
金なくしては企業は成り立たない。
『白組』そのものではなく、その資本を攻撃して金の流れを断ち切る――
まさに金が全てのタニングラードでものを言わせるやり方だ。この五日で考えたのなら大した奇策士である。
>「さて、ある程度暴れたら撤退しましょう。白組の信用をとことん貶めるには、暗殺者が捕まる訳にはいきませんからね」
直後、閃光が室内を眩く照らした。
魔術によるものだということは理解できたが、逆光になってそれがどこから放たれたものかは判断できなかった。
スティレットなどは、目を覆いそこねて床をのたうち回っている。
そしてすぐに、今度は明かりが落とされてまったくの闇が広がった。
>「……あぁ、そうです。折角ですから私達も何か、火事場泥棒していきますか?
 盗まれる商品が多いに越した事はありませんし。欲しい物があるなら、お手伝いしますよ」
「バカ言うな、ここにある物は全て正当な持ち主がいる。盗品だからって、盗んで良い理屈は……あるのか。この街なら」
ウィットは首をコキリと鳴らして頬を撫でた。気持ちを切り替えるときにする仕草だ。
既に『夜目』の魔術は行使済み、明かりがなくともものの輪郭は判別できる。
「……そうだな、逆に言えば、この状況で火事場泥棒を考える輩は、僕たちだけとも限らない、というのが僕の懸念だ。
 ここのガードマン共はモーゼルの子飼いだけじゃなく、街の荒くれを雇った者も配備されてる。奴らは、危ない」

97 :
どうせその日限りの忠誠など、数多の街を追われてタニングラードへ流れてきたならず者達にはあってないようなものだ。
この混乱に乗じて、めぼしい品を勝手に持って姿を消す、なんてことも大いにありえてしまうのだ。
マロンがその可能性を考慮せずにこんな大それた作戦を立てるといは思いにくいが――
>「どっりゃぁぁあああ!!」
その思考を、叫びと烈風が吹き飛ばした。
ハルトムートの声だ。そして、同時に放たれる風魔術。
小規模の嵐とさえ形容できるそれが会場内を洗い、ガードマン達を床に叩きつける!
「……なるほど。配慮も完璧というわけか」
ウィットは気絶した大男を飛び越え、闇の中マロンと共に壇上へ上った。
両眼を抑えて右往左往しているオークショニアに一撃くれて昏倒させ、懐からカギを奪う。
それは、出品物搬入口と壇上とを繋ぐ扉の鍵。夜目の中での細かい作業は苦労したが、なんとか鍵穴を回すことに成功した。
「とにかく、メイン商品を確保しよう。『零時回廊』だ――」
果たして、そこにそれは存在していた。
ウィットがかつて、『故意に盗まれて』ここに流れ着いた、特殊災害級指定呪物。その片割れ。
彼は、これを取り返すつもりはなかった。むしろこれは、ここになければならないものだった。
「よし、ブツの安全は確保した。あとは事態が終焉するまでこいつを護り通そう。
 マロン、お前の親玉には連絡を入れてあるか?上手く行けば、夜明けには本国の司直を呼べるだろう。
 こいつの所持は国際法でもきびしく取り締まられている。――つまり、『領事裁判権』が適用できるはずだ」
領事裁判権。国家間の間に取り決められる、いわゆる不平等条約の一つである。
外国の者が国内で犯した罪を、その者の母国においてのみ裁くことができる……一種の治外法権だ。
犯人が国に帰らない限り、裁かれるべき犯罪者に何の刑事罰も下されないという不平等。
そしてそれを受け入れざるを得ない、国家間の支配的な力関係の象徴のような権利である。
……であるが。
そもそも司法のないタニングラードにおいては、これはまったく正反対の意味をもつことになる。
すなわち、『法がないのをいいことに他国で好き放題やらかす犯罪者を、帝国法で取り締まれる』。
目には目を、歯には歯を。治外法権には――治外法権を。
法の眼を欺くタニングラードの犯罪組織に司法の手が介入できる、これがウィットの、その後ろの者たちの"切り札"である。
領事裁判権を締結するには、該当国家に明確な落ち度があると国際的に認められる必要がある。
『零時回廊』という国際規模の危険物を野放しにしていた罪は、それほどに重い。
"切り札"とは、外交カードのことである。
「これが僕が元老院から受けた特命だ。その為に僕は元老を一人殺し、零時回廊を奪った。
 ――この街を滅ぼし、そして帝国の礎となって死ぬために」
ウィットは――ここでユーディ=アヴェンジャーを。
【零時回廊に纏わる陰謀:自作自演】

98 :
【クローディア】
>「応!!」
良く出来た部下は、弾けるような返事で気を充溢させた。
クローディアは鷹揚に頷き、いざ賊を迎え討たんと踵を返したところで、
>「……あ、シャチョー、サムいからウワギはキていたホウがイいかと」
「……いらんオチをつけんでよろしい」
真顔のロンに、社長は半目で応えた。
と、不意に耳に嵌めた念信器から、知らない誰かからの念信が舞い込んできた。
途切れ途切れに紡がれる言葉を埋めあわせて要約すると――こいつらこそが賊だ。
隣で同様の念信を耳にしたであろうロンは、悔しがったり笑ったり忙しく表情を変えながら、やがて決心したように言った。
>「シャチョウ、『給料を前借り』ってデキないか?」
「この状況でそういうこと言う、フツー!?」
いくら生活に困窮していたとしても、こんな鉄火場で明日のご飯の心配はしない。
今日死んだら、明日から食費ゼロでいいじゃない、とさえ言ってのけるブラック社長クローディアである。
>「コウカをサンマイだけでいいんだ。カナラずカエす。ヤクソクする」
ロンはあくまで真剣だ。緊急で用立てねばならないものがあったろうか。
両者は走りながらしばし睨み合っていたが、やがて肩で息をするクローディアの方が根負けした。
ミスリル金庫より堅い彼女の財布が、悠久の時を経ていま、解き放たれる。
「……いいわ、経費でおろしたげる。返さなくていいから、無駄遣いするんじゃないわよ」
クローディアがロンの掌に押し付けたのは、三枚の硬貨――それも金貨だった。
ロンが要求したのは硬貨であるから、別に銀貨でも、それこそ銅貨だって良かったはずだ。
しかしクローディアは、我が子のように大事にしている金貨をロンに預けた。
物資換算で言えば、上等なワインが樽ごと買える額だ。
「客先にはまずアポをとってから訪問すること。奴らがそんな常識も知らない連中なら、
 ――うちの授業料は高いってこと、思い知らせてやりなさい」
そしてたどり着いたオークション会場は、既に混乱の最中であるようだった。
ゲストの悲鳴。顧客を何より大事にするあのランゲンフェルトが、賊の襲撃を客に漏らすようなヘマをやるとは考えにくい。
ということはこの混乱はただのパニックではなく、実際に襲撃を受けてのもの。
つまり、この扉の向こうにはリアルタイムで敵がいる――!

99 :
>「シャチョー、ツカまってろ!!」
小柄な騎士の呼び声に、頼りない二の腕を全力で抱きしめる。
身体がぐんと引っ張られるのを感じた。扉が開く。瞬間、閃光。視界がホワイトアウトし、振り回されるに従うのみ。
>「よっと、失礼!」
ロンは、どこかへクローディアを連れ込んだようだった。
しばらくして目が慣れると、いつのまにかあたりは暗闇で、自分が何かの物陰に押し込まれていることに気付く。
外から声が聞こえてきた。
>「中に二人。一人は異才を発したままいると思う。どうする?」
魔力を伴う微風が頬を撫でて、背骨を氷が伝っていくような感覚がした。
中性的な声はどこかで聞いたことがある気がするが、抑揚に乏しく聞き取りづらい。
だが、言ってる内容はよくわかった。
間違いない。賊だ。
『どうするの、ロン!相手はこっちの位置も、攻撃のタイミングも分かるみたいよ!』
叫ぶように囁くクローディアは、ほとんど声が出ていない。口の中がカラカラだ。
しかたがないのでこの短距離で念信を使うはめになった。
クローディアはロンに命令できる権利を持つが、それが正しい保証はない。
むしろ、こういう鉄火場に慣れているであろう武闘派のロンの意見を素直に聞いたほうが、きっと合理的だろう。
しかししかしだからと言って、座して待てばジリ貧なのが丸わかりな現状を変えようとしない彼女ではなかった。
『あたしが"壁"をつくるわ、うまく活用しなさいよ、あたしの騎士!』
銀貨を一枚、音を立てないように弾く。
遺才を発動。銀貨の対価として『無数の薄い木板』が、外の賊とロン達を隔てるように降ってきた。
木の板は安いため、銀貨換算で言えば軽く百枚はゆうに超える数が召喚され、木材の壁が形成されつつあった。
安価故に非常に薄く、女子供でも簡単に割れるものだが、『風』を遮り姿を紛れされるには十分だろう。
【風対策と奇襲のために1メートル四方ほどのベニヤ板を大量召喚】
【フラウはノイファさんにくっついています。聞けば魔力視による情報を教えてくれるNPCとして使ってください】

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