2013年03月心と宗教175: 阿含宗という宗教223 (520) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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阿含宗という宗教223


1 :2013/02/22 〜 最終レス :2013/03/09
このスレッドは阿含宗批判が目的です。
霊感商法、霊視商法をするカルト宗教・阿含宗の宗教詐欺を世に知らしめるためのスレッドです。
議論スレ:「阿含宗と桐山氏について」(したらば)
  http://jbbs.livedoor.jp/internet/3419/
議論スレ:「agama@chs-1」
  http://jbbs.livedoor.jp/internet/6441/
考察資料の総合案内「agama考察室」
  http://agama.zouri.jp/index.htm
テーマ別の阿含宗批判「agama galage」
  http://agon.konjiki.jp/
過去ログ倉庫:「阿含宗という宗教」
  http://souko.digi2.jp/
過去ログ倉庫:ザビビ「阿含宗と桐山氏について」
  http://agama.ehoh.net/kakoindexthebbs.html
阿含経の分析や研究に 「agama 研究室」(アーガマ 研究室)
  http://agon.genin.jp/
退会について考えたり相談できるサイト 「agon secession club」 略称ASC
  http://agama.22web.net/

2 :
★桐山ゲイカが一般会員e川さんに恋に落ちて勇気を出して渡した★初めての告白御霊示お誘い文★です (桐山原稿用紙:ゲイカ直筆です)
_____________________________
    『 御 霊 諭 』
               平成元年
   e川千景
「『抱かれるか殺されるかどっちかにしろ』とか『××××』などという男の出入りする不浄の場所に
君を置いておけない。今すぐやめなさい。わたくしがもっと君にふさわしい良い仕事を君に紹介してあげる。」
「『釈迦は桐山靖雄を出現させるために現れた』と書いてあるが、
実はわたくしもそう思っていた。自分からは言い出せなかったので、
人に言ってもらうと本当にうれしい。君はなかなか見所がある」
「君が命がけでやるというなら弟子にしてあげる。」
「但し道場では君にだけ会うと君がねたまれるから、
私の修行場所があるからそこで面接する。 打ち合わせをする。私の秘密電話番号を教える。」
(ここに管長の秘密電話番号が書いてある) 「そこに電話すると交換手が出るから、
そうしたら暗号の数字を言ってからどうするかを伝言をしなさい」
「その電話に私の方から君にかけることのできる電話番号を
入れておきなさい。(今夜にでも)」 (「(今夜にでも)」というのは原文のまま)
「又は、私は名古屋の東急ホテルに六日の夜、泊まる。 君も名古屋へ泊まって、夜十一時頃、私の室へ電話をしなさい。
今夜にでも秘密電話にどうするか報告しておきなさい。」
「名古屋で泊まる費用を同封しておく」
________________________________
《投稿理由》
★特別スペシャルシークレット極秘情報公開中★

以上
★☆★☆★☆★☆【阿含宗内弟子愛人裁判資料】より★☆★☆★☆★☆

3 :
★桐山靖雄幸せ恋歌ご披露★
m(_ _)m
★☆阿含宗管長桐山靖雄氏がe川さんに贈ったロマンチックな恋詩です☆★
※{モチロン桐山氏の直筆です}※
【1】押し花の額の裏に書かれた詩

『………高原の千草の影の風さやか
そぞろに君のしのばるるかも………』

靖.
1993.9.12

【2】料亭吉兆にて桐山氏、e川姉妹、他1名での会食時
割り箸包み紙に書かれた詩

『………吉兆で君の名を問う 春の醉………』

優雅ですね〜ぇ★
高級料亭でe川さんを魚に
幸せホロ酔いごきげん気分なのでしょう♪
本当に桐山氏は若く華やかなe川さんのことが好きだったのでしょう
以上
★☆★☆★☆★☆【阿含宗内弟子愛人裁判資料】より★☆★☆★☆★☆

4 :
全国霊感商法対策弁護士連絡会
〒163-8691  東京都新宿区新宿郵便局私書箱231号
tel   03−3358−6179   fax  03−3353−4679 

5 :
スレ222
>479 :ねぎ:2013/02/22(金) 06:57:09.15 ID:Rdo7cFMU
>深山様は第一の段階で退転して、第四段階の神通力を疑っているわけだが
>480 :ねぎ:2013/02/22(金) 07:22:59.79 ID:Rdo7cFMU
>深山様は三明六明をオカルトと理解しているが、これは人々を導く智慧なのである。
また私が書いてもいないことを勝手に妄想して非難している。
ねぎ先生のご病気ですね。
むこうのスレで、根拠のないことで私を罵り、シッポをつかまれて、
振り回されても、まだ懲りない・・あっちのスレは私の反省を
促すためのスレでしたっけ?
他人を批判する時には、その文章をそのまま引用しなさい。
これは準シュダオンさんにもくり返し注意していることです。
ねぎさんや準シュダオンさんの文章の読解力はかなり低い。
あなたは自分では学者の文章などを引用して何事か解ったかのように
思っているだろうが、理解力がとても低い
そうでないというなら、
質問.私がいつ神通を疑い、三明六通をオカルトと言ったのか。
この質問に具体的な私の文章をもって答えてみなさい。
あなたの低い読解力による奇弁解説や我流解釈はいらない。
と質問されても、答えられるはずがない。
ねぎさんの恒例の決めつけです。
準シュダオンさんも、こちらが書いてもいないことを勝手に作り上げて批判する。
あなた方は謝るどころか、また同じ事をする。
どうして二人ともそんな礼儀知らずなのだろう。
これは議論以前の人としての最小限の礼儀の問題です。
他人の文章を曲解することが失礼なことだという意識がないのですね。

6 :
>480 :ねぎ:2013/02/22(金) 07:22:59.79 ID:Rdo7cFMU
>深山様は三明六明をオカルトと理解しているが、これは人々を導く智慧なのである。
私は釈尊の神通など疑っていない。
ねぎさんと違い、私は釈尊を嘘つきだなんて思っていないからです。
このスレでは神通が本物か嘘かなんて議論しません。
頼むから、自分の興味のままフラフラと話をずらすのではなく、
スレの主旨をちゃんと頭の中に入れてほしい。
ねぎさんも準シュダオンさんも、どうして糸の切れた凧みたいに、
論点が定まらず、あちらこちらへと浮遊するのだろう?
私が神通を疑っていると決めつけている理由は、ねぎさんは、
解脱者は全員が神通力を持っていると信じているからでしょう?
私が、解脱者の中にも三明や六通のそろっていない者がいたという
記述を元にして、私が神通を疑ったと決めつけたのでしょう?
学者の解説を我流解釈して経典を読んでいませんね。
わかったことは、またしても、ねぎさんの無知です。
アナゴンを知らないのと同じで、あなたは無知なくせに
知ったかぶりで他人を非難する。

7 :
「布教のさいごのキメ手は、その持つ奇蹟の力であった」
「つまり、幻術としか思えないような超自然的な現象―――
奇蹟を起こして、布教を成功させていたわけである。」
(『阿含仏教超奇蹟の秘密』18−19頁)
桐山さんは神通力こそがシャカ仏教の大きな特徴なのだと主張したい。
桐山さんもそういう力があるかのように見せかけて自慢し、売り込みたいのです。
議論の焦点はここです・・と、ねぎさんに言ってもわからないのでしょう?
桐山さんは布教でも神通力を用いたと言っている。
だが、根拠して引用したカッサパ三兄弟の帰依は、その主張とは
まったく逆で、カッサパは神通を何度示されても無視したままで、
帰依しなかったのです。
桐山さんの説とは正反対に、説法によって帰依した。
ねぎさんは神通の話をしていると思っているのでしょう?
あなたの理解力ってそんな程度ですよね。
だが、私は神通の話をしているのではなく、桐山さんの嘘を指摘したのです。
経典をそのまま引用しながら、書いてあることとは正反対の
結論を出してみせる桐山さんの素晴らしい能力を示したのです。

8 :
「布教のさいごのキメ手は、その持つ奇蹟の力であった」
「つまり、幻術としか思えないような超自然的な現象―――
奇蹟を起こして、布教を成功させていたわけである。」
(『阿含仏教超奇蹟の秘密』18−19頁)
信者の多くは、引用してある経典など丁寧に読まずに、桐山さんの
結論だけ読んで、釈尊が神通でカッサパを帰依させたと信じ込む。
私から指摘されるまで、経典の結論がまったく逆だということに
気がつかなかったはずです。
信者は、ねぎさんのようにこれを神通の議論だと思いこむような
国語力の低い人ばかりではない。
桐山さんが経典を引用しながら、正反対の結論を堂々と書いてることに
ショックを受ける人もいるのです。
これでは、桐山さんは経典を読めないほど頭が悪いか、
あるいは、堂々と嘘を文字にするような虚言癖の持ち主ということになる。
前者なら、ねぎさんのように目の前にある文字すら読めず、ありもしない
文章を妄想して他人を罵るような人間性に問題のある人であり、
後者なら、人を騙す宗教詐欺師ということになる。
いずれにしろ、ブッダの智慧と高度の道徳心を持つという
桐山ゲイカの主張に著しく矛盾する。
このように、私は神通の話をしているのではなく、桐山さんの話をしているのです。

9 :
>480 :ねぎ:2013/02/22(金) 07:22:59.79 ID:Rdo7cFMU
>深山様は三明六明をオカルトと理解しているが、これは人々を導く智慧なのである。
さらに私は、桐山さんの神通力を否定したのです。
それを、ねぎさんは釈尊の神通を否定したかのように受け取った。
底意地ばかり悪くて、本当に絶句するような読解力ですね。
読解力だけが問題ではない。
読み間違いなどお互い様でたいした問題ではない。
ねぎさんは何とか私にインネンをつけたいという
強烈な悪意があることが一番の問題です。
何か書くと、すべてあなたの悪意というゲロが出てくる。
私にインネンをつけて論破したいなら、桐山さんの神通力を証明してみれば良い。
それを達成すれば、信者の誰一人なしえなかった偉業になりますよ。
信者からは拍手喝采です。
桐山さんは阿含経からオシャカの成仏ホウを発見して、
成仏リキを体得したと主張している。
これが桐山さんのいう神通力で、中身からして違う。
桐山さんは自分の神通力の証拠をいくつか出している。
だから、批判側はそれらを解析して、すべてインチキだと主張している。
これがこのスレの論点であって、ねぎさんみたいに釈尊の神通を
議論するのはスレ違いです。
このスレに書き込みをするなら、話をそらさずに、スレの主旨に沿って、
桐山さんの神通力について書いてください。
アゴン宗について何も知らないあなたが、どうやって桐山さんの
神通力を証明するのか、お手並み拝見です。

10 :
>>1さん
スレ建てをありがとうございます。

11 :
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12 :
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w
>10 :深山 ◆Y0jS4ug6fQ :2013/02/22(金) 23:24:32.70 ID:9jv7psNC
>スレ建てをありがとうございます。
でしょうねえ。w 2ちゃん無かったら死んじまうだろオマエ。 wwwwwwwww 自覚は無いんだろうけど死ぬまで。w

13 :
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14 :
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http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1352570369/6

15 :
ニセスレ189
>>594 :神も仏も名無しさん:2013/02/22(金) 21:08:26.32 ID:Oh9Wa3x8
>そういうこと言い出したら、釈迦が出ても、イエスキリストが出ても、
社会の騒動は続いているわけだからね、みんな否定するんは簡単ですよw。
あなたはどうしてこうやって無関係な例えを持ち出すのか、
昔から悪い癖が消えないようだ。
イエスなどの成否を議論しているのではなく、桐山さんを
批判しているのです。
あなたはユビキタスさんから不堕悪趣とは来世のことと、
指摘されても気づかない人だから、読み違えは毎度となるのです。
桐山さんは、いつイエスを認めその教えに従いましたか。
釈尊のジョウブツ法こそ最高のものと誇示しているから、
イエスの奇跡の有無を持ち出しても説得力など無い。
あなたが言うべきは、カサッパが釈尊の神通力で帰依した
証拠仏典を出すのが先決です。
だがそんな仏典など出しようがない。
パーリ律や四分律にもあるようにカサッパは釈尊から、
火の供儀が煩悩に塗れていると気づかされて事火具を捨てた。

16 :
ニセスレ189
>>594 :神も仏も名無しさん:2013/02/22(金) 21:08:26.32 ID:Oh9Wa3x8
-スッタニパータ-
241 「カッサパよ、わたしはあなたにこの意味を尋ねます。
あなたの言う<なまぐさ>とはどんなものですか。」
と、釈尊から問われ、説法を受けたのです。
249 「魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪も、
結髪も、塵垢にまみえることも、粗い鹿の皮(を着ること)も、
火神への献供につとめることも、あるいはまた世の中でなされるような、
不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)呪文も、供犠も、祭祀も、
季節の荒行も、それらは、疑念を超えていなければ、その人を
清めることができない。」
と説かれ、火祀が世俗的な欲望を充足させるだけのもので、
その火の供養にある汚れにカサッパは気づいて釈尊へ帰依したのです。

17 :
>>1
スレ立てをありがとうございます。
違反スレ
阿含宗という宗教189
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1287459167/586
>586:神も仏も名無しさん :2013/02/22(金) 14:32:56.93 ID:Oh9Wa3x8
>神通を見せた後の言葉だから、カッサバは納得したのだ、ということです。
これに対してレスするにあたり、もともと今朝電車の中で書こうと思っていたが、
スレ落ちした為投稿できなかった話があり、それと関係あるのでまずそれを書く。
前スレ
阿含宗という宗教222
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359687689/428
>428:ユビキタス◆AFU2rOqH7nac :2013/02/21(木) 13:26:58.21 ID:sUjtsn5I
>ところで神通力神通力なんて言うけど、失礼な言い方だが、仏典に出て来る神通力なんて
>何の役にも立たないしょーもないものばかりと思いません?
>ウルヴェーラの神変にしてもです。
ところで信者の皆さんは、まあ阿含経典を読んだことすらないのだから
そんな機会も稀少かも知れないが、私と同じように考えた人はいないか?
とりわけ神足通です。
ねぎさんの紹介する水野先生の説によると自然法則に反する現象であり
その水野先生も自然法則に反することには疑問視しているものです。
身体が巨大になったり微細になったり、壁をすり抜けたり、一身が多身になったり
虚空をそぞろ歩くこと飛鳥のごとくだったりと。
ウルヴェーラの神変でも薪を割ったり火をつけたり消したりと。
で、それが世の中の何の役に立ったのか?
これも教導の道具と言うのならば、へえ〜、不思議なものなんだなあ〜と興味を
惹かせる程度に過ぎない。だから私はこれを「こけおどし」と辛辣に表現した。

18 :
不信仰なユビさんは
「釈尊が入滅にあたり第四禅に入っただの
滅尽定に入っただのという記述がおかしい。」
そんなのはウソだと言われているが、
敬虔な我さんのおっしゃるように
「世尊が入滅する直前、四禅や八解脱の定を、
行ったり来たりしている様子が遊行経に説かれ」いる。
煩悩滅を心解脱と解釈し、心解脱+慧解脱=俱解脱と解釈する経典に
長部阿含経の『大縁方便経』があります。
『原始仏典第二巻 長部経典U』 p98に
「アーナンダよ、以上が八つの解脱である。
それゆえアーナンダよ、修行僧はこれら八つの解脱(と名付けられた境地)において
自由な順序でも(それら一つ一つに)入り、逆行する順序でも入り、順逆でも入る。
またどこでも好きな所を好きなように好きなだけ長く入ったり出たりする。
煩悩の汚れが滅尽して、煩悩の汚れがない心の解脱(心解脱)と
智慧の解脱(慧解脱)とを現世においてみずから知り、証し、体得したのち、(そこに)住する。
アーナンダよ、この修行者は『両側から解脱した者』と呼ばれる。
アーナンダよ、この『両側から解脱』(俱解脱)とは異なるものとして、
『両側からの解脱』よりもっと高いもの、もっと優れたものは存在しない。」

19 :
>428:ユビキタス◆AFU2rOqH7nac :2013/02/21(木) 13:26:58.21 ID:sUjtsn5I
>ところで神通力神通力なんて言うけど、失礼な言い方だが、仏典に出て来る神通力なんて
>何の役にも立たないしょーもないものばかりと思いません?
>ウルヴェーラの神変にしてもです。
しかも釈尊は弟子たちに神通力を教導の道具に使うことを禁じている。
となると無用の長物に過ぎなくなる。
これに対して桐山さんは密教の与える五大超能力とか阿含仏教の与える六大だか七大超能力とか
自他、社会に役立つ超能力ばかり示します。
念力の護摩なんて通力に過ぎなかった、神通力とはモンゴルの国難を救った
アメフラシみたいなことを言うのだと書いた。
しかし釈尊の神通力って相手が走って自分は歩いているのに相手は追いつかないとか
なんてのはあっても、病気も治してないし、雨を降らして飢饉を救ってもいない。
アゴン宗に言わせりゃ、使えねー役に立たない通力ということになる。
桐山さんはこの阿含経典にはいくつも出て来る神通力を、ニルヴァーナの心象風景だろう
なんて書いてる。
皆さんはどう解釈するか?
しかしこれが釈尊の示した神足通なのであり、救いに使用された例なんて無いのです。
と言って私は釈尊にもある神通力、神足通を貶しているのではない。
また桐山さんも実はそんな自他を救う超能力など持ってもないのだが、しかし理想として
掲げてみた自他を高め救う超能力など釈尊は説いてもいないということが言いたいのです。

20 :
原始仏教ではなくて、後代の論書なのであるが、
定番の『倶舎論』に「俱は滅定を得るによる。余は、慧解脱となづく」とある。
これは無学の阿羅漢の七位が建てられた個所なのであるが
T随信行U随法行V信解W見至X身証Y慧解脱Z俱解脱の七位が説かれる。
慧解脱は、慧で煩悩障を滅しているのだが
俱解脱は、慧で煩悩障を滅した上に、定で解脱障を滅しているとされる。
後代の『倶舎論』では「煩悩滅」を最後とはしていないとは言えます。

21 :
>>18:ねぎ :2013/02/23(土) 02:01:12.45 ID:u9hcziYY [age]
>不信仰なユビさんは
>「釈尊が入滅にあたり第四禅に入っただの
>滅尽定に入っただのという記述がおかしい。」
>そんなのはウソだと言われているが、
途中だが・・・
誰がそんなこと書いた?私がそう書いた文章をコピペしてみなさい。
私は第四禅も滅尽定も嘘ではないと思う。
ただ大パリニッバーナ経の記述というのは本来あくまでも見聞きした話ですよね。
しかし釈尊の入滅に関しては外部の人間からはその内面までは見えぬはずです。
釈尊の最後の言葉は「怠ることなかれ」です。
外部からわかるのはそこまでで口をきかなくなった釈尊の内面世界など見えないはずだ
と申しているのです。釈尊がただ今第四禅の真っ最中、いよいよ滅尽定に向かいますなんて
実況放送でもしたのか?
つまり臨終直前に限定しての第四禅や滅尽定などは想像に過ぎない。
あるいは生前釈尊も説いていたことをあてはめてみただけだと申したのです。
他人の書いていることも正確に読みとれず間違って記憶する使えねー奴ばかりだな。

22 :
またユビ www 自分より頭悪い奴を相手にして喜んでる〜 wwwwwwwwww

23 :
>586:神も仏も名無しさん :2013/02/22(金) 14:32:56.93 ID:Oh9Wa3x8
>神通を見せた後の言葉だから、カッサバは納得したのだ、ということです。
そういう面もごくごく一部はあったのかもしれません。
アングリマーラにしてもこの私ユビキタスが「こら、アングリマーラ君。殺人を止めなきゃだめでねえか」と
説教してもきいてもらえないのが、釈尊なら耳を傾けた理由の一つの(全部ではない)要素に
この神通力の使い手、ただ者ではないと一目置いたという要素が絶無でもないと思う。
しかしアングリマーラは殺人をやめて出家までするわけだし、カッサバ兄弟も
事火道具までも捨てちゃう方針転換までしたのはやはり教えを理解して受け入れた
からなんですよ。超能力を認めただけならここまで自分を改めない。
だから教えを聞いてみよう、考えてみようと思うに至ったほんのきっかけに過ぎない。
つまり神通力の用途なんてのはその程度のものでしかないと言えます。
つまり悪い言葉で言えばこけおどしの役にしか立っていない。
神通力そのもので人を救うこともないし、自分の修行にも関係ない。
神通力にも一部魅せられて入信した人が行うことは神通力の体得でもなく教えの実践です。
まさに神通力なんてあってもなくてもよい。
空を飛んでどうするのだ?分身の術を使ってどうするのだ?
薪を割るくせにどうして病気一つ治せない?

24 :
 
深山の山荘(天照)
Lohas in 深山山荘 http://chin.mie1.net/
深山暮らし      http://hin.kyo2.jp/
深山の王国     http://kuni.della-nagoya.jp/
深山の石垣屋敷   http://shin.ikora.tv/
深山の在家寺院   http://sei.yoka-yoka.jp/

25 :
「昔は女の信者さんなんて、みんな自分の愛人だ、ぐらいに思っていたんじゃないの」
と、
元側近のH氏は語る。
「信者さんでキレイな人がいると、ちょっとカマかけるんですよ。
そのカマに引っかかったのが何人いるんでしょうね。
あるお医者さんの奥さんが、年ごろの娘さんをつれてきたんですよ。
そうしたら、桐山はいったそうですよ。
『私はこんな宗教家に甘んじてはいない。いまに大政治家になって、必ずあなたには不自由はさせないから、私の二号にならないか』と。

その娘さん、ビックリして、それっきりこなくなっちゃったけど、
そのくらいのことは平気でしていた。
女の人を誘惑するなんて、全然悪いことだと思っていないんじゃないの」
【阿含宗・桐山靖雄の知られざる正体】
※上記P208〜209より抜粋。

>『私はこんな宗教家に甘んじてはいない。いまに大政治家になって、必ずあなたには不自由はさせないから、私の二号にならないか』<
自分は偉大なエライ人間なんだとアピールして女信者を口説くところなど昔も今もまったく変わってませんね
ちっとも因縁が切れていない(爆笑)

26 :
>587:神も仏も名無しさん :2013/02/22(金) 14:50:06.23 ID:Oh9Wa3x8
>慈悲喜捨を修めてこころを豊かにするということは、災害不幸を少なくするという
>ことなのです、それが阿含仏道なのです。慈悲喜捨を修めるということは、悪業か
>らは遠ざかり、自然に善業に向かうわけですから、苦果は少なくなる道理です。

どこの経典にそんなことが書いてあるのか?
どの経典にもそんな基準はない。
勝手な希望で嘘を書くのはやめなさい。
ほら?結局希望以外に何の根拠も見出せないのです。
>「心が豊か」の程度の問題ですな。シュダオンの心、シダゴンの心、アナゴンの心、
>アラカンの心、いずれも豊かな心ですが、アラカンの豊かな心は大解脱の心です。
>他の三つは小解脱の心です。
ここはアゴン宗とそれを対比する材料の仏教だけが問われるのであり、
我教はお呼びではない。
桐山さんも説いていない我教なんか出すのはやめなさい。
桐山さんはあくまでも煩悩解脱は小解脱、それを超えた運命転換の因縁解脱が
大解脱と言っているのです。
然るにシュダオン、シダゴン、アナゴン、アラハン、これは悉く煩悩解脱です。
五下分結を断じたのがアナゴン、五上分結を断じたのがアラハン。
結とは煩悩のことです。
だからアラハンも煩悩解脱しか説いていないのです。
ならば桐山さんによると最高のアラハンも小解脱になるのです。

27 :
>589:神も仏も名無しさん :2013/02/22(金) 15:22:23.48 ID:Oh9Wa3x8
>ウルブェーラ・カッサバと釈尊の神通比べは、間脳思考と阿含仏教超奇蹟の
>本にも書かれているわけだが、ユビキタスくんはちゃんと読んでいないね。
>あるいは読んでも忘れるのか。例えば、超奇蹟本のP42を見てみなさいよ。
>中村元訳で、「・・尊師の呪術によって、500の薪が割れなかったり、また
>割れたり、火が・・」と、釈尊の神通を呪術と表現しているでしょう。

あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。↓
359:ユビキタス◆AFU2rOqH7nac :2013/02/20(水) 08:31:14.96 ID:z9WNqh9N
桐山本でウルヴェーラの神変に関する記述を見つけましたか?
「阿含仏教超奇蹟の秘密」です。
中村元先生の「ゴータマ・ブッダ 」から長々と引用した。
これは神通力ですね。
また中村さんの引用文の中にこれら薪を割ったり火をつけたり消したりする神変
そのものを呪術とも表現している。
そう、この神通を呪術と表現して、わざわざ原語まで括弧書きで添えている。
神通と呼ぼうが神変と呼ぼうが呪術と呼ぼうが、芸当をやってみせたのです。
そうです。これ単なる芸当です。
本来の実践活動に不要なことをやってみせたに過ぎない。
本来は使わぬものです。
呪術は禁止にしているのですから。
だから苦しみからの脱却というテーマの追求において呪術も神通力も使わない。

28 :
>>21
43 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/09(土) 02:37:57.61 ID:TjmGX69R
大パリニッバーナ経における地震の記述で現代地球科学に基づかないメカニズムは
ねぎさんも評しているようにこれは後から誰かが付加したものと思う。
釈尊がわざわざ地震の説明を口にするのもおかしいと見るのが自然です。
そもそも大パリニッバーナ経にはおかしな記述がある。
それは釈尊の入滅の記述です。
この経典は物語形式の長編となっており、釈尊入滅後、荼毘にふされて舎利を分配
する話まで書かれてあるのは問題ないが、釈尊が入滅にあたり第四禅に入っただの
滅尽定に入っただのという記述がおかしい。
釈尊が実況中継でただいま第四禅なりただいま滅尽定なりなんて話したわけでもない。
つまりは想像で記述したに過ぎない。つまり嘘みたいなものです。
入滅自体は嘘ではないが入滅時における釈尊の内部変化の記述は想像か、生前
釈尊が説いていた話をあてはめてみただけです。
ですからこういう大パリニッバーナ経だから地震における余計な記述もある。
釈尊を神格化したのは事実でしょう。
しかし神格化は釈尊の責任ではなく周囲の責任です。
神格化は釈尊の望んでない点です。
ならば神格化された余計な部分を取り払って解釈すべきでしょう。
しかして神格化された部分を取り払って人間・釈迦を見るとは、決して卑俗な人間にまで
貶める話ではない。

29 :
>587:神も仏も名無しさん :2013/02/22(金) 14:50:06.23 ID:Oh9Wa3x8
>慈悲喜捨を修めてこころを豊かにするということは、災害不幸を少なくするという
>ことなのです、それが阿含仏道なのです。慈悲喜捨を修めるということは、悪業か
>らは遠ざかり、自然に善業に向かうわけですから、苦果は少なくなる道理です。
うーむ。三悪趣に堕ちないをユビ君は未来ということにだけ拘るのだが、
この時点で、五戒保持がなされているので、五戒とはつまるところ
悪い行為を制止して、良い行為を促すことなので自然善業を積み、苦果を減じていると思います。
まあ経典に「慈悲喜捨」は、煩悩の後とありましたので、我さんの解釈も可能では
ありますが、私は同意できません。
>「心が豊か」の程度の問題ですな。シュダオンの心、シダゴンの心、アナゴンの心、
>アラカンの心、いずれも豊かな心ですが、アラカンの豊かな心は大解脱の心です。
>他の三つは小解脱の心です。
阿羅漢=俱解脱=大解脱
その他の聖者=心解脱=小解脱
ということなのであれば、阿含経典的根拠もありますし、
伝統仏教が必ず、仏教理解の基本として学ぶ「倶舎論」とも一致しますね。

30 :
                     /j
                   /__/ ‘,
                  //  ヽ  ', 、
                    //    ‘  ! ヽ        …わかった この話はやめよう
                /イ       ', l  ’
               iヘヘ,       l |  ’
               | nヘヘ _      | |   l       ハイ!! やめやめ
               | l_| | | ゝ ̄`ヽ | |〈 ̄ノ
               ゝソノノ   `ー‐' l ! ¨/
            n/7./7 ∧        j/ /     iヽiヽn
              |! |///7/:::ゝ   r===オ        | ! | |/~7
             i~| | | ,' '/:::::::::::ゝ、 l_こ./ヾ..     nl l .||/
             | | | | l {':j`i::::::::::::::::`ーr '         ||ー---{
              | '" ̄ ̄iノ .l::::::::::::::::::::::∧       | ゝ    ',
      , 一 r‐‐l   γ /、::::::::::::::::::::::::〉ー= ___  ヘ  ヽ   }
    / o  |!:::::}     / o` ー 、::::::::::::i o ,':::::::{`ヽ ヘ     ノ
   / o    ノ:::::∧   /ヽ  o  ヽ::::::::| o i::::::::ヽ、 /   /
   /    ノ::::::/    /::::::::ヽ  o  ヽ:::| o {::::::::::::::Υ   /

31 :
>しかし釈尊の入滅に関しては外部の人間からはその内面までは見えぬはずです。
>釈尊の最後の言葉は「怠ることなかれ」です。
>外部からわかるのはそこまでで口をきかなくなった釈尊の内面世界など見えないはずだ
>と申しているのです。釈尊がただ今第四禅の真っ最中、いよいよ滅尽定に向かいますなんて
>実況放送でもしたのか?
これはこれは一歩進歩したユビキタスくんに言うが、釈尊が入滅直前に、
八解脱と四禅を行ったり来たりするお話しは、阿那律と阿難の問答にあり
ますよ。阿難は問う側で、アラカンの阿那律は答える側です。
阿那律には他心通があるので、釈尊の心が手にとるように解るのです。
他心通とは、清水に自分の姿を映せば姿が見えるように、他人の心が自分の
心のように解ること、これを他心通という、と阿含経に説かれているでしょう。
慈悲喜捨の豊かな心をレスを出来たユビキタスくんは、一歩前進できたね。

32 :
>八解脱と四禅を行ったり来たりするお話しは、阿那律と阿難の問答にあり
ますよ。阿難は問う側で、アラカンの阿那律は答える側です。
阿那律には他心通があるので、釈尊の心が手にとるように解るのです。
で、釈尊は煩悩を断てていますよね。煩悩を無くしてから八解脱をエレベーター
のように上下に行ったり来たりするわけですから、これは煩悩滅とは訳が違うね。
いわば煩悩を滅してからの禅定のテクニックでしょ?
悟りは、ただ煩悩を滅すればよい、というものではない。
すべての願望をなくしたら、無感動、無関心、無責任、の社会問題になるさね。
煩悩を滅して解脱した、という場合は、煩悩滅を悟りの象徴として使用しており、
輪廻が尽きて解脱した、という場合は、輪廻尽を悟りの象徴として使用しており、
他の条件を省略しているんだださ。

33 :
中座行で落ちこぼれた深山さんがなにやら自己弁護に必死だが、
釈尊が法力を示したのは、経典の文脈によると、
「あなたにできることは私もできる」ですよ。
法力自慢が、自分の自信の根拠をいともたやすく見せつけられたからこそ
説諭が効いたのです。
キリさんの言う通りで法力を示さなければ、そもそも説諭が効かなかったのですから
深山様が迷妄の中で、法力なんてオカルトだと迷われたいのはわかりますが
人を導くためであれば、釈尊は法力を示すことも厭われないのでございます

34 :
>つまり神通力の用途なんてのはその程度のものでしかないと言えます。
>つまり悪い言葉で言えばこけおどしの役にしか立っていない。
>神通力そのもので人を救うこともないし、自分の修行にも関係ない。
>神通力にも一部魅せられて入信した人が行うことは神通力の体得でもなく教えの実践です。
これはまさにインテリ好みの仏教=倫理道徳仏教論、いわゆる従来の常識的仏教観なわけ
だが、仏教はそれだけではないよ。世尊は、世俗の呪術についての弟子の質問に、
「そういうものはうじ虫みたいなものだ、うじ虫は陽光の元では生きられまい」
と答えているでしょ。仏道=仏法、を陽光に例え、世俗の祈祷や呪術をうじ虫に
例えているね。プラクリティの母の阿難獲得呪術も、釈尊にすればうじ虫なわけだw、
いやぁ、考えてみれば釈尊もかなり口が悪いかも、他の経典では世俗の呪術を、
「畜生の法」だと世尊は貶していますからねw。
というわけで、仏道を修行していけば、自然に神通が身について、世俗の呪術など
寄せ付けない心身になるのですな、阿難の場合は新米の頃だから、プラクリティの
母の呪術に引っ掛けられてしまったんですね。寂聴さんの釈迦本も、そういう考え
方ですよ。寂聴さんの師匠の今東光も、「俺だって、軽い頭痛や腹痛の病人なら、
俺の念力だけで治せるわい!」と、若者に仏法に神通があることを説いていたさ。
だから、神通が必要か不必要かの問題ではなくて、仏道修行には自然にそういう力
が付くということでしょ。

35 :
>>らは遠ざかり、自然に善業に向かうわけですから、苦果は少なくなる道理です。
>どこの経典にそんなことが書いてあるのか?
どの経典にもそんな基準はない。
勝手な希望で嘘を書くのはやめなさい。
あんた、ほんとに愚かだなぁw、あんたは、経典に書いてあることしか
解らないのかえ?ではなくて、書いてあることも解らないのだなぁw。
善業楽果で悪業苦果ということは知ってるだろ?
でさ、災害不幸は楽果か苦果か、どちらだえ?
災害不幸=苦果だろ、災害不幸≠楽果だろ、そして慈悲喜捨を備えたら、
悪業よりも善業が多くなることが解らないのかえ?

36 :
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。↓
これは大いに失礼しました。謝ります。
我はアチコチしか読んでいないからなぁ。
レスに掛ける時間が限られているから仕方ない。
今後もこういうことがままありますから、最初に謝っておこう。
失礼しました。

37 :
災害は、自分の行為を超えた自然の猛威などが主なので
慈悲喜捨を具備しても、多くも少なくもならない。
減るのは、自分の生活態度や心の性向がもたらす不幸だと思います。

38 :
>>29 :ねぎ:2013/02/23(土) 09:33:34.73 ID:u9hcziYY
>阿羅漢=&amp;#20465;解脱=大解脱
>その他の聖者=心解脱=小解脱
>ということなのであれば、阿含経典的根拠もありますし、
>伝統仏教が必ず、仏教理解の基本として学ぶ「倶舎論」とも一致しますね。
頼むから、ねぎ教はよそでやってくれ。
準シュダオン教だけでウンザリさせられているのに、
そこにさらにねぎ教を出されても、信者すら喜ばない。
ねぎさんの書いた大解脱や小解脱はアゴン宗の定義とは違う。
あなたの理解力の低さと後世の解説書をくっつけて、勝手解釈を
並べられても、迷惑なだけです。
アゴン宗の小解脱とは煩悩解脱、大解脱とは因縁解脱です。
議論したければ、こういう定義に基づき、桐山説を議論しなさい。
ねぎさんも準シュダオンさんも桐山説とは全然関係のない話をして、
最後に大解脱や小解脱という言葉を出して、あたかも桐山説に
根拠があるかのように見せかけているだけです。
あなた方はそれで錯覚できるのだろうが、そういうのを世間では、
ゴマカシ、嘘といいます。

39 :
>>29 :ねぎ:2013/02/23(土) 09:33:34.73 ID:u9hcziYY
>阿羅漢=俱解脱=大解脱
>その他の聖者=心解脱=小解脱
準シュダオンさんが滔々と並べている○○解脱や、入滅の時の
四禅の話などはこのスレでも何度も議論され、すでに反論された内容です。
ところが、準シュダオンさんはこういう過去の議論を記憶しないから、
○○解脱の同じ主張を何十回も出している。
だが、結論は極めて明瞭で、阿含経には○○解脱がいろいろあっても、
どこにも因縁解脱などない。
ねぎさんには理解できないようだが、論点は、
「阿含経に因縁解脱があるかどうか」
なのです。
○○解脱の解釈を論じているのではない。
準シュダオンさんは、○○解脱がたくさんあるから、
解脱とは煩悩から解放されることだけではないという主張です。
ねぎさんは最初、準シュダオンさんに正しい反論をしていた。
実は、私はあなたは少なくとも解脱の意味を理解していると感心した。
ところが、○○解脱を並べられているうちに、だんだん馬脚が現れて、
ついには上記のような事まで書くようになった。
ねぎさんて準シュダオンさんと同じで、仏教の基本さえも理解していないのですね。

40 :
>>29 :ねぎ:2013/02/23(土) 09:33:34.73 ID:u9hcziYY
>阿羅漢=俱解脱=大解脱
>その他の聖者=心解脱=小解脱
ここからは、ねぎさんや準シュダオン以外の信者さんたちのための解説です。
準シュダオンさんは○○解脱といういろいろな解脱があるのだと信じている。
だが、仏教にあるのは解脱のみです。
「解脱・・仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう.」
(岩波仏教辞典)
仏教の解脱にはこれ以外の定義などありません。
だから、○○解脱という時は、この解脱の定義の上に成り立っている。
阿含経には慧解脱、心解脱、倶解脱など様々な名前の解脱が出てくるが、
それらは上記で定義された解脱に全部入っている。
様々な種類の解脱があるのではなく、解脱の内容について
切り口を変えて説明しているにすぎない。
たとえば、イヌには柴犬、秋田犬などいろいろな犬がいるが、
それらは全部、イヌという一つの動物を表します。
ところが、準シュダオンさんは柴犬や秋田犬はイヌとは別な動物なのだと
思いこんでおり、ねぎさんも同様です。
だが、解脱とは「煩悩から解放されること」しかない。
○○解脱と言った時、それもまた「煩悩から解放されること」が
大前提であって、他の意味の解脱ではありません。

41 :
ねぎ・・・・・・・・・・・・・
臭い!
あっちいけ、シッシ

42 :
「解脱・・仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう.」
(岩波仏教辞典)
信者さんたちも、因縁解脱や煩悩解脱という言葉にならされているから、
解脱には複数の内容があると思いこんでいる。
使い方を間違えているのです。
仏教の解脱とは「解脱」でしかない。
信者さんたちに合わせて、煩悩解脱という言葉を使うこともあるし、
実際、そういう仏教用語はあるが、実は不正確です。
なぜなら、解脱とは「煩悩から解放されること」なのだから、
煩悩解脱では、「煩悩から煩悩から解放されること」となってしまう。
漏尽解脱すらも「煩悩を尽くし煩悩から解放されること」となってしまう。
「山に登山する」「馬に乗馬する」と言っているのと同じなのです。
ただし、解脱を「解放される」という意味で使うこともあるから、
煩悩解脱や漏尽解脱でも間違いではありません。
だが、誤解してならないのは、仏教の解脱とは「煩悩から解放されること」という
意味であり、心解脱、慧解脱、倶解脱などの様々な○○解脱も、
すべて「煩悩から解放されること」が共通した認識が大前提になっている。
柴犬はイヌであることが大前提で、ネコという動物や、柴という植物ではないのと同じで、
仏教の解脱はどんな解脱であれ、「煩悩から解放されること」という意味であり、
これ以上も以下もありません。
だから、信者さんたちの読んでいる応説経でも、釈尊は煩悩を
結、縛、纏と表現を変えて、煩悩を断ちきることだと説いているだけです。

43 :
「解脱・・仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう.」
(岩波仏教辞典)
信者さんたちに良く見てほしいのは、どこにも因縁解脱などないことです。
準シュダオンさんは○○解脱を羅列しているが、
ただの一度も因縁解脱を出せないでいる。
○○解脱をたくさん並べることで、いかにもその中に因縁解脱が
あるかのようにごまかそうと必死なのです。
無駄です。
阿含経にある○○解脱は、「解脱」であり、
解脱とは「煩悩から解放されること」以外の意味などありません。
解脱には桐山さんの言うような小解脱も大解脱もありません。
煩悩から解放されることが小解脱だというなら、釈尊の解脱は小解脱です。
アゴン宗では釈尊の解脱を小解脱だと卑しめている。
信者さんたちはそれでいいのですか。

44 :
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>中座行で落ちこぼれた深山さんがなにやら自己弁護に必死だが、
>深山様が迷妄の中で、法力なんてオカルトだと迷われたいのはわかりますが
>人を導くためであれば、釈尊は法力を示すことも厭われないのでございます
ねぎさんは、私が「神通を疑い、三明六通をオカルトと言った」などと
書いてもいないことを書いたかのように主張した件は無視するばかりか、
「落ちこぼれた」という罵声があなたの返事ですね。
だから、礼儀知らずだというのです。
他人が書いてもいないことを勝手に捏造して批判することを
「攻撃のための非難」「悪意あっての攻撃」
というのです。
ユビキタスさんにも同じ事をしている。
準シュダオンさんと同じで、相手の書いていないことを平気で
書いたと捏造し、それを指摘されても、撤回どころか、罵声を投げ返す。
これがあなたの正体です。
議論を抜きにして、ねぎさんも準シュダオンさんも実に人品が卑しい。

45 :
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>深山様が迷妄の中で、法力なんてオカルトだと迷われたいのはわかりますが
法力ってなんですか。
釈尊が示したのは神通であって、法力ではありません。
神通の話をしている時、ねぎさんは法力なんて言葉を用いる。
ねぎさんは桐山さんの手練手管にすっかりはまっている。
大解脱、小解脱という桐山さんのインチキにもはまった。
ねぎさんは気がついていないだろうが、桐山さんの宗教詐欺にひっかかった。
千座行に唯識を出したとたん、ねぎさんはそのまま鵜呑みにしたのと同じで、
法力なんて言葉をそのまま鵜呑みにしている。
こうやって桐山さんは巧みに言葉をずらし、すり替え、
因縁解脱や死者成仏、三福道など阿含経に存在しないのに、
阿含経に根拠があるかのように見せかけて信者や読者を騙している。
ねぎさんは、こんなアゴン宗にどうして騙されるのかと元信者を
小馬鹿にしていたが、ねぎさんも、一ヶ月もたたない間に、
見事に桐山さんの小手先の手法に騙されている。

46 :
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>中座行で落ちこぼれた深山さんがなにやら自己弁護に必死だが、
元信者は、桐山さんの嘘を知らずに騙されたが、ねぎさんは、ここに
これだけ桐山さんの嘘を示されても、何度もこうやって桐山さんに騙されている。
読者の皆さんは、どうしてかわかりますか。
慢心です。
ねぎさんはさしたる知識もないのに自分ではいっぱしに
仏教に通暁したかのように自惚れ、批判側を侮蔑して、我一人尊しで
批判側の苦い経験を学ぶのではなく、逆にお説教を始める。
準シュダオンさんと同じで、自分の知性のレベルを何倍にも自惚れている。
信者さんたちに参考にしてほしいのが、ねぎさんや準シュダオンさんの態度です。
私が「神通を疑い、三明六通をオカルトと言った」と因縁をつけた。
だが、もちろん、何の根拠もない。
普通なら、罵ったことをわびるか、自分のミスとして撤回します。
だが、ねぎさんは「落ちこぼれた」とさらに罵声を浴びせた。
信者さんたちはこの姿勢が人として正しいと思いますか。
信者さんたちも桐山アゴン宗を選ぶというミスをした。
それを認めずしがみつくのは、ねぎさんの今の姿と同じで、とてもみっともない。
間違いは素直に認めることがもっとも被害を少なくする方法です。
信者さんたちはせっかく仏道を求めたのなら、ねぎさんのように、
他人の足を踏んづけても、ツバを吐きかけるような人にだけはならないことです。

47 :
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>深山様が迷妄の中で、法力なんてオカルトだと迷われたいのはわかりますが
>人を導くためであれば、釈尊は法力を示すことも厭われないのでございます
ねぎさんは何度説明されても何を議論しているのか理解できないようですね。
釈尊が神通を示したかどうかなんて誰も議論していない。
私は釈尊の神通をオカルトだなんて指摘したことは一度もない。
ねぎさんの誹謗中傷です。
桐山さんの、カッサパの話の結論は真っ赤な嘘であり、布教のために
しばしば神通を示したかのような主張は嘘だと書いているのです。
釈尊はカッサパに神通を示したが、桐山説とは逆で、神通には反応せず、
カッサパは言葉による諭しによって帰依したのです。
経典をそのまま引用しながら、正反対の意味にすり替えた桐山さんの
手法に、ねぎさんは何も感じないのですね。
準シュダオンさんと同じで、嘘に猛烈に鈍感な人だとわかる。
桐山さんの示した神通で布教したという根拠自体が嘘です。
しかし、ねぎさんはこれだけの大嘘をついている桐山説を支持したいようだ。
では、その経典の根拠を示してください。

48 :
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>深山様が迷妄の中で、法力なんてオカルトだと迷われたいのはわかりますが
>人を導くためであれば、釈尊は法力を示すことも厭われないのでございます
「厭われない」というのだから、あなたはそういう事例を
たくさん知っているのでしようね。
釈尊が神通を示した例は阿含経にいくつも出てきます。
しかし、布教のために使ったという事例は、私はカッサパの件くらいしか知らない。
しかも、帰依したのは神通ではなく、言葉による諭しです。
このことは釈尊の教法では一貫している。
釈尊は比丘たちに、言葉をもって布教するように説いている。
「比丘たちよ、初めも善く、中ごろも善く、ただしき道理と表現とを兼ね備えた法を説くがよい。」
これが釈尊の示した布教の姿勢でどこにも神通なんてない。
そればかりか、神通を示せば帰依者が増えるというケーヴァッダの提言を拒絶している。
神通を人前で示した比丘がきっかけになり、比丘に人前で神通を示すことを諫めている。
これが私が理解している釈尊の姿勢だが、どうやら、ねぎさんは桐山説に
賛成で、釈尊は布教のためにしばしば使ったようだ。
阿含経から「ございます」という具体的な事例を示してください。

49 :
深山様は、岩波仏教辞典を信仰されているのかもだが、
>>18で紹介したように
煩悩滅を心解脱と解釈し、心解脱+慧解脱=俱解脱と解釈する経典に
長部阿含経の『大縁方便経』があります。

『原始仏典第二巻 長部経典U』 p98に
「アーナンダよ、以上が八つの解脱である。
それゆえアーナンダよ、修行僧はこれら八つの解脱(と名付けられた境地)において
自由な順序でも(それら一つ一つに)入り、逆行する順序でも入り、順逆でも入る。
またどこでも好きな所を好きなように好きなだけ長く入ったり出たりする。
煩悩の汚れが滅尽して、煩悩の汚れがない心の解脱(心解脱)と
智慧の解脱(慧解脱)とを現世においてみずから知り、証し、体得したのち、(そこに)住する。
アーナンダよ、この修行者は『両側から解脱した者』と呼ばれる。
アーナンダよ、この『両側から解脱』(俱解脱)とは異なるものとして、
『両側からの解脱』よりもっと高いもの、もっと優れたものは存在しない。」

50 :
「解脱・・仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう.」
と岩波の辞書にあり、岩波信仰にある深山様の「解脱」の定義はこれのみということなのであるが、
もう少し、まともな辞典である『中村元 佛教語大辞典』の定義を紹介しておこう
@のがれること、解き放たれること
 ex.生・老・死から解放されること(雑阿含経12巻・大正新脩大蔵経2巻84上。SN.U,p24他)
A苦しみから解かれ、逃れ出ること、束縛から解放されること。
 煩悩や束縛を離れて精神が自由になること。迷いを離れること。
 迷いの世界を抜け出ること。さとり。真実をさとる。執着を去る。
 迷いの束縛を離れて完全な精神的自由を得ること。
 苦しむ世界から解放された平安な状態を言う。安らぎの境地。
 さとり・ニルヴァーナに同じ。
 (ex.雑阿含経48巻,(大)二巻p346下 SN.V,p121他)
B解脱はニルヴァーナと区別され、解脱に基づいてニルヴァーナが起こるとされる
 (ex.中阿含経10巻 (大)1巻490下)
C脱しめること 解脱させること
 (ex大乗経典)
Dけがれから解放されること
(ex.雑阿含経2巻,(大)二巻p8上,SN.Vp58)
E煩悩の繋縛を解いて迷いの世界を逃れること。ニルヴァーナの別名と言える
 煩悩からの解放。苦しみの三界からの解放。煩悩を伏し、断ずること
 (ex.法蘊足論ほか)
F通力。自在を得させる禅定。十八不共法の一つ。八解脱のこと。
 (ex.→八解脱とあるので八解脱を引くと長阿含を挙げられていた)
G清らかであることH消滅I我執が無い(ex.以上共に義足経)
J阿羅漢果を得る事K五分法身の一つL〜Oは原始仏教ではないので略

51 :
深山様
キリさんの『輪廻する葦』に、カスタマーレビューによると
増壱阿含の鹿頭梵志の「髑髏占い」の話が出ているそうです。
http://www.cbeta.org/result/normal/T02/0125_020.htm
『増壱阿含経の聲聞品第二十八』に確かに、
「髑髏占い」をして、死人の髑髏から、その人が生前男女いづれであったか
どんな病でなくなったか、どういう薬を服したら治ったか、死後、どこに生まれたかを
占えた鹿頭バラモンが涅槃した阿羅漢の髑髏だけは占えなかった。
しかし釈尊は見通す法力を持っていた。それを見て96種の教えを知っていた鹿頭は
96種の教えより仏教が優れていると知り、釈尊に帰依しています。

52 :
>>50
仏教辞典のまる写しじゃんw
で、何が言いたいのか
何を読み取ったのか?
その説明と桐山理論との整合性を調べ評価してこそ意味がある書き込みじゃん
貼って威張っているだけじゃバカと同じ
このスレの趣旨を読み間違えるなよ

53 :
>>52
深山様にとどめを刺しても、拗ねるだけぢゃない。
本人が自分できづかなければ始まらないというのが仏教の基本なんだしね。
私にできるのは、間違いにきづけるための手助けでしかないのです。

54 :
>>53
阿含宗のことも、根本仏教のこともまとも理解できていないお前が、
偉そうなことを言うではない。
このバカ。
いい加減に身の程を自覚しろ。

55 :
>>51
『増壱阿含経の聲聞品第二十八』の四の冒頭に、
聞如是:一時,佛在羅閱城耆闍崛山中 與大比丘眾五百人俱。 爾時
世尊從靜室起下靈鷲山,及將鹿頭梵志 而漸遊行到大畏[土*(蒙-卄)]間。爾時,
世尊取死人髑髏授與梵志,作是說:「汝今,梵志!明於星宿,又兼醫藥能療治眾病,
皆解諸趣 亦復能知人死因緣。我今問汝,此是何人髑髏,為是男耶?為是女乎?復由何病而取命終?」 
とあるので、「髑髏占い」を仕掛けたのは鹿頭梵志でなくて、釈尊だったことがわかる

56 :
>>54
お嬢さんが、阿含宗で傷つき、否定したいのは承知したとして、
「攻撃」と「批判」は違うのですよ。
批判側は仏教を誤解したまま、阿含宗を攻撃しても、
その攻撃に同調、共感されるのはおかしな連中なだけなのです。
深山様は阿含宗に落伍し憎愛の塊となられて攻撃という迷妄に陥られるだけですし
ユビさんは付和雷同して、自尊心が癒されて楽しんでいるだけのお調子者です。
Rashinさんに至っては、攻撃の為の攻撃で、攻撃の為ならば創価知識人だって利用する始末です。
仏教は深山様のように、他人を攻撃するために利用するものではなく
自分と向き合う為に学ぶものなのです。まずは反省されて下さいな

57 :
>ねぎさんの紹介する水野先生の説によると自然法則に反する現象であり
>その水野先生も自然法則に反することには疑問視しているものです。
>身体が巨大になったり微細になったり、壁をすり抜けたり、一身が多身になったり
>虚空をそぞろ歩くこと飛鳥のごとくだったりと。
失礼ながら、我が読んだ阿含経の三明六通の説明と、水野先生の説明とでは食い違って
おりますね。阿羅漢の持つ説法の神変は、三種神変と呼ばれるもののはずでしょ。
それと三明六通とは違いますよ。我が読んだ阿含経の三明六通は、釈尊の説明に
よりますと、1、千里眼・どんな場所の出来事でも知ることができる神通。2、他心通・
他人の心を自分の心のように知ることができる神通、清水に映した姿を見る如く。
3、天耳通・人の声と天の声と、二種類の声を聞くようになる神通。4、宿明智・自分の
過去世をすべて知ることができる神通。5、天眼智・衆生の過去世・未来世をしることが
できる神通。6、漏尽智・煩悩がすべて尽きたことを知る神通。
と、そのように説かれておりました。
一身が多身になったり、壁をすりぬけたり、飛鳥のように空を飛び、というのは、
化作した自分がそのようになるということであり、化作とは自分の分身を作ると
いう意味でしたね、まぁ、言葉での表現は難しいですが、化作とは自分の身体か
ら抜け出した幽体とでも表現したらよいのか、その幽体は自分の分身のようなも
ので、いくつでも作る出せて(それが多身)、何処へでも飛ばせると、そういう
感じの説明でしたよ。

58 :
>>56
>>仏教は深山様のように、他人を攻撃するために利用するものではなく
>>自分と向き合う為に学ぶものなのです。まずは反省されて下さいな
 その言葉をそっくりねぎさんにお返しいたします。

59 :
>しかも釈尊は弟子たちに神通力を教導の道具に使うことを禁じている。
>となると無用の長物に過ぎなくなる。
これは凡夫を教化する場合だと思われます。釈尊も凡夫には神通を示していない
でしょう。凡夫は素直だから。ところが、五比丘は出家修行者、いわばプロです、
釈尊を落伍者と見なして初めは聞く耳を持たなかった。だから五比丘には神通を
示したのですよ。あと、アングリマーラだとて、元はバラモンの師についていた
優秀な弟子であったから、口先だけでは説得できようはずもなく、追っても追い
つかせない神通を使ったのですね。
あとは、カッサバ三兄弟、これはレスされたように、彼等もプロですから、神通
を使わざるを得なかったわけでしょうさ。

60 :
>まさに神通力なんてあってもなくてもよい。
そりゃそうだろうが、修行が進むと自然に身に付くのだそうだから
仕方なかんべさ。
>空を飛んでどうするのだ?分身の術を使ってどうするのだ?
>薪を割るくせにどうして病気一つ治せない?
こりゃなかなか良い指摘だな。
でも、簡単な病気は治してあげたんではないかな?難産の婦人をアングリマーラに
真言を授けたようにして。しかし、記録には残らなかった。記録に残したのは釈尊
の教えでしょ?如是我聞の如く。

61 :
>災害は、自分の行為を超えた自然の猛威などが主なので
>慈悲喜捨を具備しても、多くも少なくもならない。
>減るのは、自分の生活態度や心の性向がもたらす不幸だと思います。
これは我も、あまり大声では言いたくないのだけれども、修行が進むにつれて、
慈悲喜捨の心も大きくなるわけでしょ。するとですね、災害が起きた場合、受ける
被害がどうも違うように思いますね、我は。
自然の猛威で災害が起きた場合、神仏の加護があるかないかで、被害が違うと思います。

62 :
ユビキタスくんから示された、阿含仏教超奇蹟本のカッサバのとこ、P42にも、
「尊師のもとで出家し、受戒したい」と願い出たカッサバたちに、
尊師はこういわれた、「来たれ、修行僧らよ。教えはよく説かれた。苦しみを
まったく終滅するために清らかな修行を行え」と。
ね、苦しみを終滅するために修行を行うのです。苦しみを終滅するために、煩悩
を無くすのです、新しい苦しみを作り出さないために。
だが、煩悩を滅して新しい苦しみを作らなくても、古い業力が熟さず、未だ苦果
の報いを受けていない場合、苦しみの終滅とはならないでしょう。いずれは苦果
が襲ってくることになる。それを仏道は消せるというわけですさ。
確かに釈尊にも老いはやってくる。でもやって来方は違うでしょう、三十代や
四十代で腰が曲がったり、歯が抜けたり、髪が全部抜けてしまったとか、悲惨な
来方はしないでしょう。釈尊にも、弟子が早く死ぬとかの愛別離苦はある。
でも理法を悟った釈尊には、愛別離苦はない。その点、寂聴さんの釈迦本は、
釈尊と阿難が少しメソメソし過ぎに、我は感じたなぁ。
理法を悟っているのだから、死別も、もう少しカラッと、あっさりしてるはずでしょと。

63 :
ねぎは親鸞会の者かもしれん。
【M野】カルト親鸞会(本スレ)【K須崎】
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1358417466/
・法論捻じ曲げ疑惑
 ⇒ 法論では相手の主張を捻じ曲げ、聖教の出典を改竄、相手が呆れて法論をやめると勝利宣言!
この手口はねぎにも見られる。
良心がマヒした偽善者であるにも関わらず正義面する壊れっぷりはカルト信者によく見られることだ。
親鸞会にとって、根本仏教が広まることは都合が悪い。
阿含宗批判では、阿含宗を批判する際、根本仏教の教義を使う。
しかしこの姿は、よく分からない者にしてみれば根本仏教の教義解説にも映る。
ここで精密な批判をしている深山氏に、ねぎが噛みついて嫌がらせをするのは
彼が親鸞会のカルト信者であることも考えられる。

64 :
>でも理法を悟った釈尊には、愛別離苦はない。その点、寂聴さんの釈迦本は、
>釈尊と阿難が少しメソメソし過ぎに、我は感じたなぁ。
>理法を悟っているのだから、死別も、もう少しカラッと、あっさりしてるはずでしょと。
だが、我は寂聴「釈迦」本は、とても優れていると思う、阿含宗徒の教科書にしても
いいくらいださ。書名は釈迦だが、副題は阿含物語、としたほうがピッタリするね。
それくらいの革命的な、仏教本だよ、寂聴さんの「釈迦」本は。
我はこの本を十年前に読んでいた。プラクリティの話は、物語として読んでいた。
だが、今読んでみて、本の奥の深さを感じたね、柴燈護摩の原型を感じるです。
寂聴さんは真の仏伝、阿含経の物語を広く世間に知らしめた「釈迦」本によってね。
我は今、修行に努力はしていない、だが、修行が自然に進んでいる、それが不思議だ。
先日、何気に、必殺仕事人の、テレビドラマを見ていたら、その冒頭のセリフで、
五道の理解を得たと思った。その番組の冒頭のセリフは、「あの世の地獄とこの世の地獄、
どちらも地獄に変わりなし、」という文言であった。
テレビドラマによれば、地獄はあの世にも、この世にも存在するわけである。
桐山管長も、寂聴さんも、テレビドラマも、そういう解釈なのであるね。
地獄ガキ畜生界は、期死後の世界とは限らない、それがプロの宗教家の考え方です。
「愛は目に見えないが、確かに感じることができる」というテレビCMもあるね。
子供は、そういう愛なんて、錯覚さ、非科学的だというだろう。
神仏の加護もそれに似ているね。神仏の加護など、子供(唯物論者といおうか?)
にとっては、気のせい、錯覚にすぎないわけであるよ。
だが、我は仏法の奇蹟を言わねばならない、言いたくないが、報恩として言わねば
ならないと感じるのだね。

65 :
我聞ね。
よっしゃ、新ハンドルネームそれで決定な。
もう準シュダオンさんと呼ぶのは正式にやめましょう。
で、チミは「がもん」派?「がぶん」派?(どうでもよい)

66 :
>>28:ねぎ :2013/02/23(土) 09:17:01.12 ID:u9hcziYY [age]
>>>21
>43 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/09(土) 02:37:57.61 ID:TjmGX69R
コピペしてみなさいと言われて素直にコピペしましたね。
それでよくわかったでしょう?当時(と言ってもつい最近だが)から>>21と同じことを
主張している。
私の大パリニッバーナ経批判というのは表現批判であり内容批判ではないのです。
信心なきにして第四禅も滅尽定も認めないのではなく、せっかくの経典なんだから
厳正な表現をせよと求めている。
社会人ならば熟知しているはずだが、物事を報告する際には、自分が実際に見聞きしたものと
自分が推測したことを混同せずにはっきり区別できるように報告せよというのは
常識中の常識ですよね。
だからこの経典は「怠ることなく精進せよ」と言い残した後釈尊は瞑目して
やがて息を引き取った・・・これだけの報告でよく、これだけしかできないのです。
>>32で我聞さんが書いているような他心通によるアクセスならば、誰それが
そのように読み取ったと記述するのが本筋であり、あたかも目の前で誰もが
見たかのような表現はかえって白々しい。
だから地震についての釈尊の現代科学とは異なる迷信解釈の説明など、ねぎさんに
よるとそれは他の人の付け足しであり、決して釈尊その人の発言でもないのでしょう
との推測に私も同意なのだが、この付け足し自体が要らんお世話だったのです。
だから釈尊の入滅時の細かな補足説明も要らんお世話だと私は思ったのです。
それだけの主旨なんだから、そこに私の信心の問題をあれこれ難癖つける方が
勝手な解釈であり、要らんお世話なのです。おわかりか?

67 :
>>49 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:11:49.14 ID:u9hcziYY
>煩悩滅を心解脱と解釈し、心解脱+慧解脱=&amp;#20465;解脱と解釈する経典に
何度言えばわかるのでしょうね。
ここでは、解脱の定義の議論をしているのではなく、
「阿含経に因縁解脱があるかどうか」を議論しているのです。
ねぎさんや準シュダオン(我聞)さんの関心を議論しているのではない。
議論をするなら、心解脱、慧解脱などが因縁解脱とどう関係しているのかを指摘しなさい。
ここはあなたの読書感想文を書くところではありません。
アゴン宗の議論をするスレです。
ねぎさんも我聞さんも偉そうに仏教をお説教しながら、
どうしてこういう社会一般のルールすら守れないのだろう。

68 :
>>49 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:11:49.14 ID:u9hcziYY
>深山様は、岩波仏教辞典を信仰されているのかもだが、
岩波仏教辞典の記述内容が「信仰」??!!
百人もの仏教学者たちが総出で作った辞典が信仰?!
しかも、解脱という仏教の究極の目的を定義するのに、その意味を
間違えたとあなたは言うのですか。
ねぎさんてどんなにエライ方なのでしょう。
学者だから、間違いはないなどとは言わない。
だが、解脱の意味ですよ。
それが違っていたら、監修していた学者たちが黙っているはずがない。
>>50 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:44:58.16 ID:u9hcziYY
>もう少し、まともな辞典である『中村元 佛教語大辞典』の定義を紹介しておこう
もう少しまとも!!??
岩波仏教辞典がまともでないという?!
ねぎさんの無知と自惚れって、桁違いなのですね。
岩波仏教辞典は同じ中村博士が編集者のトップにいる辞典です。
百人の仏教学者が参加したということは、その時代の日本の仏教学者が
ほぼ全員参加したということです。
その辞典がまともでないという。
ねぎさんはこの辞典を持っておらず、これだけの学者たちが作ったことを知らないのでしょう?
安くて小さいから、あなたは小馬鹿にした。
またしても、あなたの仏教知識の底の浅さがわかってしまった。

69 :
>>50 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:44:58.16 ID:u9hcziYY
>もう少し、まともな辞典である『中村元 佛教語大辞典』の定義を紹介しておこう
だらだらと書き写して何を言いたいのですか。
あなたが引用した内容が、岩波仏教辞典と意味が違うように見えるのでしょう?
あなたは引用した十以上の解脱の意味が全部違う意味に見えるのでしょう?
どれが重要で、どれがそれほどでもないのか、メリハリがつきませんよね?
ねぎさんは辞典から引用して誇らしいのだろうが、まったく逆で、
あなたの読解力の低さを示しただけです。
内容を理解したら、こんな愚かな引用の仕方はしない。
前にも桐山さんの本から箇条書きに並べて、さも何か理解したかのように自惚れていた。
何が重要かわからないから、重要なこともそうでないことも、すべて箇条書きにしていた。
あなたの目には、十の解脱の意味がバラバラのもので、どういう関係に
あるのかさっぱりわからないのです。
だから、我聞さんと同じで、彼から○○解脱と並べられると、
それらが別々な解脱にしか見えない。
点と点がバラバラに見えて、全体の成り立ちをあなたには理解できない。
ねぎさんは自分の能力の欠陥を理解していないから、
偉そうに「紹介しておこう」などと書いている。

70 :
>>50 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:44:58.16 ID:u9hcziYY
>もう少し、まともな辞典である『中村元 佛教語大辞典』の定義を紹介しておこう
あなたが引用した内容を端的にまとめたのが、岩波仏教辞典の次の説明です。
「解脱・・仏教では煩悩(ぼんのう)から解放されて自由な心境となることをいう.」
この説明の中に、あなたが引用した解脱は全部入ってしまう。
と言われても、分かりませんよね?
ねぎさんも我聞さんも、点と点しか理解できないからです。
それらを線で結ぶとか、面で理解するという事ができない。
長いシッポと長い鼻は理解できても、象であることが
お二人には理解できないのです。
イヌのたとえで言うなら、秋田犬も柴犬も同じイヌだということが
理解できない。
読解力が低いと指摘され、あなたは皮肉や罵声だと思っているのでしょう?
でも、ここ一ヶ月近くあなたの主張を読めば、それが明瞭なのです。
他人の文章は理解できず、経典すらも一知半解で、勝手な空想をつけ、
それを指摘されてもどこ吹く風。
前にも書いたが、あなた方のような人が、このスレでも過去に一人いたし、
個人的にも信者でそういう人を知っています。
私の知っていた人は有名大学卒の高学歴で知的職業についていた。
だが、ねぎさんと同じで文章を全体的に読むことができないのです。
あなたと同じで本人は自覚がなく、自分の主張を理解できないのは
周囲が劣っているからだと思っていた。
ただ、ねぎさんと違い、性格にねじれがないから、周囲との摩擦は最小限で済んでいた。
だから、もちろん、ここから先の解脱についての説明は
ねぎさんにしているのでなく、読者の信者さんたちに対するものです。
あなたはどうせ読んでも意味もわからないし、そもそも理解しようとしない。

71 :
>>49 :ねぎ:2013/02/23(土) 13:11:49.14 ID:u9hcziYY
>長部阿含経の『大縁方便経』があります。
ねぎさんは『大縁方便経』を読んだ上で主張しているのだろうか。
この経典を読んで、ねぎさんや我聞さんみたいに、様々な
解脱を説いたと解釈できるその知性が理解できない。
私には何度読み直しても、釈尊は「煩悩から解放されること」を
手を変え品を変えて説いているだけにしか読めない。
八解脱については、これを心解脱と慧解脱にまとめられることは
経典にあるとおりです。
倶解脱とはその両者を指すのだから、ここで検証するべきは心解脱と慧解脱です。
「心解脱・・・心が煩悩の束縛から離れること。(佛教語大辞典、765頁)」
「慧解脱・・・智慧による解脱。智慧によって煩悩障だけを完全に解脱すること。
(佛教語大辞典、105頁)」
心解脱も慧解脱も煩悩をなくすことです。
両方とも同じなのです。
別なことを目的としておらず、「煩悩から解放されること」です。
しかし、手段が違っており、慧解脱は智慧を用いて煩悩から解放されるという。
仏教の智慧とは桐山説のような摩訶不思議な智慧ではなく、四諦などの
教法を理解し実践することです。

72 :
「智慧・・・第1の意味では,無常・苦・無我,縁起,中道などの諸法の道理を
洞察する強靭な認識の力を指し,三学の一つとされた」(岩波仏教辞典)
仏教の智慧とはこのようなものであり、諸法の道理をまとめた代表が四諦です。
それによれば、この世界は苦であり、苦の元は煩悩であり、
八正道を実践して、苦の元の煩悩を断ちきることで解脱するという内容です。
つまり、煩悩から解放されることであり、煩悩から解放される方法として
考察という知性を用いている。
たとえば十二段階の考察を重ねて、煩悩こそが苦の元、輪廻の元で
あることを自覚し、煩悩から解放されることで解脱することを理解する、
これが慧解脱です。
慧解脱のやり方をみれば心解脱もわかります。
慧解脱が知性を用いたのに対して、心解脱はその名前どおり、
心や感情を用いた解脱の方法です。
慧解脱のように論理的に考察や分析を重ねて、煩悩に迫ろうというのではなく、
心にわき上がる欲望、執着、怒りといった感情をそのまま制御しようとする方法です。

73 :
>>29:ねぎ :2013/02/23(土) 09:33:34.73 ID:u9hcziYY [age]
>うーむ。三悪趣に堕ちないをユビ君は未来ということにだけ拘るのだが、
私の最近の書き込みも読んでご覧なさい。
実は最近に限らずだいぶ昔から書いているのだが、来世に拘らず現世にも拡大を
試みてもよいとしてした上で、現世における地獄界とは何か?と問題提起している。
例えば東日本大震災で津波に呑み込まれた大勢の犠牲者たち・・・
あの悲劇を目の当たりにした人たちはあれこそまさに地獄絵図だと表現するでしょう。
しかし仏教者ならばその表現はマトモに取り上げてはならない。
地獄というのは悪業の報いを受けるところなんだから。
彼ら犠牲者は地獄に堕ちたなんて表現してはならない。
犠牲者たちが何の悪業を為したと言うのだ?
さして悪いこともしていない善男善女たちが多く犠牲者になった。
悪いことしてるけど今回津波には呑み込まれなかった奴らもいよう。
この現実をどう見る?
だから地獄界の指標とは為した悪業の指標であり、報いで受ける苦しみを
単に災害で受ける被害と比定して地獄だの悪趣だのと評価してはならない。
それは犠牲者に対する不当な侮辱の悪業です。
桐山さんはアウシュビッツの犠牲者を地獄に堕ちていると侮辱した。
さらに霊障となってヨーロッパ社会を暗くして次の戦争をも引き起こそうかと
いう毒ガス、放射性物質の扱いです。
私に言わせりゃ地獄に堕ちたのはユダヤ人の処刑者ではなく、ナチスでありヒトラーです。
ヒトラーは死後地獄にも堕ちたろうが、生きている時から地獄界にいたと思う。
そう思わないか?
地獄、悪趣の視点とは現世来世を問わずかくあるべきなのです。

74 :
「心解脱・・・心が煩悩の束縛から離れること。(佛教語大辞典、765頁)」
「慧解脱・・・智慧による解脱。智慧によって煩悩障だけを完全に解脱すること。
(佛教語大辞典、105頁)」
知性と感情の両面を用いて煩悩から解放させるという解脱の側面を
慧解脱と心解脱と説いた。
釈尊がこれらが二つともそろっていることを重要だと述べた。
人間は知性と感情でできているのだから、当たり前です。
アル中の人をなんとかしようとするなら、アルコールがどれほど
身体に悪いか医学的な面から説くのが慧解脱で、
「君のお母さんは泣いているよ」と感情面から説得するのが心解脱です。
だが、比丘たちの知性にも様々あり、チューラパンタカのように
理屈理論を説かれてもさっぱりわからない人もいる。
彼のような人には慧解脱は無理です。
しかし、欲望や怒りは心の汚れなのだから、雑巾で床を拭くように、
きれいにしなさいと言われれば、それはできた。
解脱を家に例えるなら、その中には八つの部屋があり、心解脱と慧解脱という2階建てです。
2階建てが理想的だが、心解脱の1階建てでも解脱です。
ところが、ねぎさんも我聞さんも、家とは一階と二階があり、
両方そろっていないと家ではないとのだ主張している。
ここからわかるのは、彼らのような無知な上に慢心の強い人たちには
慧解脱は無理だということです。

75 :
「煩悩の汚れが滅尽して、煩悩の汚れのない心の解脱(心解脱)と
智慧の解脱(慧解脱)とを現世においてみずから知り、証し、体得したのち、
(そこに)住する。」(原始仏典2、春秋社、98頁)
ねぎさんは上記を読んで、おかしいと思いませんか。
それは先に「煩悩の汚れが滅尽して」という一文があることです。
あなたの主張では、煩悩の汚れが滅尽するのは心解脱です。
ところが、同じ内容の「煩悩の汚れのない」という言葉がまた出てくる。
ねぎさんみたいに心解脱や慧解脱が別物だと思っているとこれは文章がおかしいことになる。
だが、煩悩からの解放が解脱だと理解すると矛盾などない。
「煩悩の汚れが滅尽して」というのだから、解脱した後の話で、
知性の感情の両面からもいっさいの煩悩がない状態を保つのです。
解脱したのに、どうしてわざわざ同じことを繰り返すのかと疑問に思っていますね?
ねぎさんも桐山さんも我聞さんも解脱とは何か資格のようなものだと思っているからです。

76 :
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78 :
「煩悩の汚れが滅尽して、煩悩の汚れのない心の解脱(心解脱)と
智慧の解脱(慧解脱)とを現世においてみずから知り、証し、体得したのち、
(そこに)住する。」
(原始仏典2、春秋社、98頁)
解脱はいったん到達したら、そのまま保てる資格ではありません。
その境涯は、生きている間は、ツルツルとすべる滑り台の途中にいるようなものです。
気を抜いたら、たちまち煩悩に囚われ、解脱から転落する。
だから、彼らは死ぬまで一瞬も気を抜かずに、煩悩に囚われないように、
自分が心解脱しているか、慧解脱しているか、常にチェックし続ける。
感情的な面から見ても、四諦や無我という思考から見ても、
自分が煩悩に囚われていないことを常に確認し続けるのです。
心解脱や慧解脱とは、解脱するための二つの側面であると同時に、
それを維持するためのチェック方法です。
ねぎさんが仏教を理解していないのがわかるのは、
釈尊が美女の接待で美食をした、嘘をついたと言ったからです。
これでは釈尊は心解脱や慧解脱から転落している。
それが事実なら釈尊は解脱者ではないから、仏教は崩壊です。
ねぎさんは釈尊の説いた仏教はデタラメだと言ったのと同じです。

79 :
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80 :
>>51 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:14:20.01 ID:u9hcziYY
>増壱阿含の鹿頭梵志の「髑髏占い」の話が出ているそうです。
釈尊が布教に神通を用いたというから、何十もの事例をさっと示して
くれるかと思ったら、なんと桐山さんの本からの引用ですか。
要するに、下記のようにまるで阿含経を読破して良く知っているかのように
偉そうに書いていたが、実はあなたは何も知らないのです。
こういうのをハッタリというのです。
>>33 :ねぎ:2013/02/23(土) 10:36:58.83 ID:u9hcziYY
>人を導くためであれば、釈尊は法力を示すことも厭われないのでございます
これで二つあることがわかりました。
四十五年の布教活動でたった二つ。
これで釈尊が布教に神通を用いたと主張しても何の説得力もない。
私は神通のよる布教と言えば、当然ねぎさんは「あの事」を出してくれると
期待したのですが、出てきませんね。
こういう反応を見れば、あなたがやはり信者でもないし、
仏教にも詳しくないのがよくわかる。
桐山さんの本に何度も引用してあるから、今度は書評ではなく、
本を買って読んでごらんなさい。

81 :
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82 :
>>51 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:14:20.01 ID:u9hcziYY
>しかし釈尊は見通す法力を持っていた。それを見て96種の教えを知っていた鹿頭は
>>55 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:46:15.17 ID:u9hcziYY
>とあるので、「髑髏占い」を仕掛けたのは鹿頭梵志でなくて、釈尊だったことがわかる
ねぎさんは私から批判されたから、わざと法力という言葉を使っているのでしょう?
あなたの物凄い子供っぽい性格がそこに良く出ている。
経典を読んでも理解できないのですね。
釈尊が神通を使ったからバラモンが帰依したのではありません。
解脱者の死後の行方を彼は透視できなかったのです。
そこで初めて、彼は釈尊の説く解脱が、彼の自慢の超能力を超えた内容だと
わかったから、帰依したのです。
釈尊は神通で相手を降伏したのではありません。
カッサパと同じで、神通で相手を指導したのではない。
桐山さんやあなたの主張には根拠がありません。

83 :
>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。
何年も、毎晩毎日しょうもねえ「戯れ事」やってるくせにマトモな口の利き方すんじゃねえよ。 被災者たちがこのスレ見たら、
なんと思うかねえ。wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。
何年も、毎晩毎日しょうもねえ「戯れ事」やってるくせにマトモな口の利き方すんじゃねえよ。 被災者たちがこのスレ見たら、
なんと思うかねえ。wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。
何年も、毎晩毎日しょうもねえ「戯れ事」やってるくせにマトモな口の利き方すんじゃねえよ。 被災者たちがこのスレ見たら、
なんと思うかねえ。wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。
何年も、毎晩毎日しょうもねえ「戯れ事」やってるくせにマトモな口の利き方すんじゃねえよ。 被災者たちがこのスレ見たら、
なんと思うかねえ。wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>あのね、それ数日前に私があなたに示してあげたのですよ。
何年も、毎晩毎日しょうもねえ「戯れ事」やってるくせにマトモな口の利き方すんじゃねえよ。 被災者たちがこのスレ見たら、
なんと思うかねえ。wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

84 :
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85 :
>>34:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 10:50:57.82 ID:xDuD3WIj
>だから、神通が必要か不必要かの問題ではなくて、仏道修行には自然にそういう力
>が付くということでしょ。
あなたのこのログでの最終結論は一応そうしており、私も神通力なんてものは
修行の結果身につくこともあり、身につかないこともある副産物であると思っているのだが、
今回の神通力論議ではそれが正しい教えに導く為の方便だったかということですよね?
私は教導の道具の方便ですらないと思っているのだが、方便だと認めてしまうと
あなたたちの立場が危うくならないか?
神通力など所詮その程度の扱いだったということに満足するのか?
例を挙げると教育とかスポーツの指導と体罰の関係です。
ある野球部の監督がいる。ノックバットで守備を鍛え、野球が上達する。
しかしちょっと気を抜いた練習をしていると、顔が筋肉でできたような鬼コーチが
とんできて顔面を殴打する。
あるいはいいプレーをしたら、可愛らしい女子マネがとんできてチューしてくれたり
チラしてくれたりポロリサービスしてくれたりする。
一応区別しやすいように分業制としました。
そんな相乗効果もあってか、社会問題や倫理はさておき野球が上達した。
野球が上達したのは野球そのものを教えてくれた監督のおかげか?体罰専門の
鬼コーチのおかげか?飴サービスのお色気マネのおかげか?
神通力が教導に導く方便だという扱いとは、野球そのものの指導者ではなく
ぶん殴る体罰神通男か、ポロリ神通娘の役しか演じていないということなんです。
そんで空を飛んだりすることが仏道とは関係ないならば、神通力とはやはり
ヤクザコーチかポロリ娘の役しか果たしていないとわかる。
だから神通力が方便なんてのは意味がない。
監督が野球そのものを指導してくれたら野球は上達するのです。

86 :
>>53 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:39:11.64 ID:u9hcziYY
>私にできるのは、間違いにきづけるための手助けでしかないのです。
>>56 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:52:37.15 ID:u9hcziYY
>自分と向き合う為に学ぶものなのです。まずは反省されて下さいな
ねぎ先生様にはいつもお心遣いいただき、恐縮です。
でも、間違いというのは、ねぎ先生のことではないでしょうか。
ねぎ先生様から、
「神通力を疑っている」(479)
「三明六明をオカルトと理解している」(480)
とのご指摘をいただきましたが、私は書いていない。
書いていない事を書いていると主張するのを世間では「間違い」と言います。
ねぎ先生の間違いを私は>>5で指摘させていただいところか、
「落ちこぼれ」(>>33)
との罵りの返事が返ってまいりました。
自分の間違いをいっさい認めないのを世間では「自分と向き合」わない人と言います。
間違いをして、自分の間違いと向き合いどころか、罵りを
返すねぎ先生様こそが、「まずは反省されて下さいな」。
ちなみに、これだけご自身にあてはまることで、ぬけぬけと他人を
非難できる先生様の恥知らずぶりには、私はいつも赤面しております。

87 :
>>36 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 11:06:42.25 ID:xDuD3WIj
>これは大いに失礼しました。謝ります。
これは驚いた。
一瞬、準シュダオン(我聞)さん以外の人なのかと思いました。
しかし、本人ですね。
私の知る限り、あなたがこんなふうに謝ったを見たのは初めてです。
前に、阿羅漢のミスをした時、準シュダオンさんは自分のミスを認めた。
でも、もちろん、間違えた言い訳を並べただけで、謝罪なんてしなかった。
あれが唯一、自分の非を認めた事例で、後はどんなに証拠を並べられても、
頑迷に絶対に自分の間違いを認めないのが、我聞さんの特徴だった。
それが、謝罪した!!
何か天変地異が起きるのではないかと私はゾッとしました。

88 :
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>>61 :神も仏も名無しさん:2013/02/23(土) 17:28:21.91 ID:xDuD3WIj
>これは我も、あまり大声では言いたくないのだけれども、修行が進むにつれて、
我聞さんともあろうお方が、こんな大事なことを曖昧に書くのは良くない。
はっきりとご自身の体験談と、その信じる所を表明してはいかがか。
私が代わりに書いてあげましょう。
「我は、東日本大震災の時、御霊示を受けて、被災せずに済んだ。
御霊示を受けるということは神通力が開眼したことであり、
したがって、我はアナゴンであ〜る」
これが我聞さんの言いたいことですよね。
こんなことは仏教ではもちろんないし、アゴン宗の教義でもないから、
我聞教のゲロにすぎない。
言葉の端々に臭わせるだけで、本音を書かないところ見ると、
我聞さんて、恥知らずなのに恥ずかしがり屋らしい。

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>>35:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 10:59:18.91 ID:xDuD3WIj
>あんた、ほんとに愚かだなぁw、あんたは、経典に書いてあることしか
>解らないのかえ?ではなくて、書いてあることも解らないのだなぁw。
>善業楽果で悪業苦果ということは知ってるだろ?
>でさ、災害不幸は楽果か苦果か、どちらだえ?
>災害不幸=苦果だろ、災害不幸≠楽果だろ、そして慈悲喜捨を備えたら、
>悪業よりも善業が多くなることが解らないのかえ?
あなたもやはり東日本大震災の津波犠牲者たちは悪因苦果だと罵りたいのですね?
またあなたは苦の解決について釈尊が経典を通して説明してくれているのに
自分の色眼鏡だけで、苦の解決とは要するに病気は苦なんだから病気しなくなること
以外に解決なんてあるわけないだろ?という視点から脱することができないのですね。
苦の脱し方は三枝先生が説明されています。
小学館「バウッダ」より

阿含経に満ちているあまたの「問い」は、すべてみずから現に体験している苦しみ、
悩みから発せられ、そのそれぞれに対して釈尊はその質問者の現実に即して答える。
ただし、苦悩そのものを即座に解消するような、いわば直接的な手段や方策というよりは、
むしろ苦悩に対処してゆくべきその在り方をとりあげて、それを熟慮しつつ、「答え」がなされる。
いわば、外部の情況その他は不変のままありながら、みずから苦悩としているところが、
実は苦悩ではなくなり、いつしかその苦悩がその内部において消え、安らかな境地にもたらされる、
そのような図式を描いて展開する、と解してよい。

(113〜114頁 第三章 阿含経の思想 文章は三枝充よし)
何度でも貼りますよ。

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93 :
>>57:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 16:52:57.51 ID:xDuD3WIj
>一身が多身になったり、壁をすりぬけたり、飛鳥のように空を飛び、というのは、
>化作した自分がそのようになるということであり、化作とは自分の分身を作ると
>いう意味でしたね、まぁ、言葉での表現は難しいですが、化作とは自分の身体か
>ら抜け出した幽体とでも表現したらよいのか、その幽体は自分の分身のようなも
>ので、いくつでも作る出せて(それが多身)、何処へでも飛ばせると、そういう
>感じの説明でしたよ。
だからそれをすることと解脱とは何の関係があるのですか?
苦の解決、救いに対してどういう働きをするのですか?

94 :
>>59:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 17:05:23.29 ID:xDuD3WIj
>釈尊を落伍者と見なして初めは聞く耳を持たなかった。だから五比丘には神通を
>示したのですよ。あと、アングリマーラだとて、元はバラモンの師についていた
>優秀な弟子であったから、口先だけでは説得できようはずもなく、追っても追い
>つかせない神通を使ったのですね。
>あとは、カッサバ三兄弟、これはレスされたように、彼等もプロですから、神通
>を使わざるを得なかったわけでしょうさ。
頼むから深山さんのレスも含めて私の書いたレスも読んでから、それに則った反論をしてくだされ。

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>>60:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 17:17:17.93 ID:xDuD3WIj
>こりゃなかなか良い指摘だな。
良い指摘ではなく、あなたにとっては鋭い指摘、ヤバイ指摘と表現すべきです。
明快な回答を用意していてそれを引き出してくれる質問こそ良い指摘なんです。
ですからあなたは自分が答えに窮するような追い詰めをした私の質問を良い指摘と
表現したことは、かなり堪えていますね。
>でも、簡単な病気は治してあげたんではないかな?難産の婦人をアングリマーラに
>真言を授けたようにして。しかし、記録には残らなかった。記録に残したのは釈尊
>の教えでしょ?如是我聞の如く。
想像なんかしても意味ありません。無いものは無い。
アングリマーラが唱えたのは真言ではなく「自分は一度も命を奪ったことのない
アングリマーラである。君に幸いあれ」という意味の通った日本語ってかインド語ってか人間の言葉です。
今人の命が産まれんとする時に、命を奪ったことのない自分が応援に来たことは
ゲンがよいことなんだから安心せよと励ましたのです。
もちろんゲンなんて曖昧なものは本来認めもしないのだが、相手の心を思い、
勇気を与えているのです。
しかしこれは本当は慈悲に目覚めたアングリマーラに対する釈尊の激励だったのです。
言葉自体に力などはない。呪文でも呪術でもなく、後に真言みたいのが発生する
ことにつながっただけで、それは釈尊の望んですらいない展開です。
記録に残らないなんてことはない。記録なんていくらでも残せます。
残らないのは例がないからです。

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98 :
>>62:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 17:57:28.14 ID:xDuD3WIj
>「尊師のもとで出家し、受戒したい」と願い出たカッサバたちに、
>尊師はこういわれた、「来たれ、修行僧らよ。教えはよく説かれた。苦しみを
>まったく終滅するために清らかな修行を行え」と。

>ね、苦しみを終滅するために修行を行うのです。苦しみを終滅するために、煩悩
>を無くすのです、新しい苦しみを作り出さないために。
>だが、煩悩を滅して新しい苦しみを作らなくても、古い業力が熟さず、未だ苦果
>の報いを受けていない場合、苦しみの終滅とはならないでしょう。いずれは苦果
>が襲ってくることになる。それを仏道は消せるというわけですさ。

小学館「バウッダ」より

阿含経に満ちているあまたの「問い」は、すべてみずから現に体験している苦しみ、
悩みから発せられ、そのそれぞれに対して釈尊はその質問者の現実に即して答える。
ただし、苦悩そのものを即座に解消するような、いわば直接的な手段や方策というよりは、
むしろ苦悩に対処してゆくべきその在り方をとりあげて、それを熟慮しつつ、「答え」がなされる。
いわば、外部の情況その他は不変のままありながら、みずから苦悩としているところが、
実は苦悩ではなくなり、いつしかその苦悩がその内部において消え、安らかな境地にもたらされる、
そのような図式を描いて展開する、と解してよい。

(113〜114頁 第三章 阿含経の思想 文章は三枝充よし)

99 :
>>62:神も仏も名無しさん :2013/02/23(土) 17:57:28.14 ID:xDuD3WIj
>確かに釈尊にも老いはやってくる。でもやって来方は違うでしょう、三十代や
>四十代で腰が曲がったり、歯が抜けたり、髪が全部抜けてしまったとか、悲惨な
>来方はしないでしょう。釈尊にも、弟子が早く死ぬとかの愛別離苦はある。
ふふふふ。ここに桐山さんのゴマカシがある。
桐山さんは四苦八苦を解説しています。
その説明はわかりやすく間違っていません。
問題は四苦八苦の解決法です。
さすがに死ぬことと老いることは避けられないとした。
不老不死なんか説いたら笑われますからね。
だから死に方だけを問題にした。でもこれって四苦八苦の命題からは逸脱しているのですよ。
どんな死だって辛く悲しい人には苦ですよ。
死に方だけを問題にするならばこんな命題の出し方はしない。
四苦八苦の解決法は説法六十心に詳しい。
この頃はアゴン宗を立てる前の密教時代ですが、あきらめの小乗、来世に逃げる権大乗、
自分の価値観だけ変える法華経などの大乗と展開して、しかしそんな消極的な
解決法に満足せず、金剛大乗に至る。
桐山流金剛大乗とは単に価値観なんてものでなく脳をも改造して超人になってしまえば
四苦八苦なんていとも簡単に解決、処理できると書いています。(初版92ページ)
解決困難な問題も解決してしまうとある。
つまり求不得苦なんてないぞ。得られるようになるぞ。別れもないぞ。ってな話です。
釈尊の四苦八苦というのは人間なら誰にでもある当たり前のことで、どうにもならない
ことばかりを集めたのです。不老不死が得たいとかこれをどうにかしようなんて
考えることが苦しみなんです。道理に反する。
しかし桐山金剛大乗はますますその妄想度を強めて現実を直視できないようにした。

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101 :
>>64:我聞 :2013/02/23(土) 21:35:50.93 ID:xDuD3WIj
>それくらいの革命的な、仏教本だよ、寂聴さんの「釈迦」本は。
>我はこの本を十年前に読んでいた。プラクリティの話は、物語として読んでいた。
>だが、今読んでみて、本の奥の深さを感じたね、柴燈護摩の原型を感じるです。

あなたって楽しい人ですね。
寂聴さんの小説の阿難は窮地にあって釈尊を念じて誘惑を克服したのですよね。
これって誰しも経験することですよ。
辛い時に「母ちゃん」「おっ母さん」と思い出して耐える。
妻や息子の顔を思い出してまだまだ諦めないで頑張ろうと励む。
特攻隊員だったら「おっ母さん」と念じて命を落としますが、そうでなければ
難局だって乗り切る。
それはおっ母さんが守ってくれた呪術ではなく自分の頑張りです。
あなたは痛い注射を打たれる時、頼りになる人を念じてがまんする人は
柴燈護摩の萌芽が見られると解釈するのですね。

102 :
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7
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http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7 ハッスルしてんな〜 低脳相手に楽し過ぎだろ?www
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7
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103 :
>>56:ねぎ :2013/02/23(土) 14:52:37.15 ID:u9hcziYY [age]
>ユビさんは付和雷同して、自尊心が癒されて楽しんでいるだけのお調子者です。
おやおや、ここにも楽しい人がいた。
いやいや、だってこうだからですよ↓
>ハッスルしてんな〜 低脳相手に楽し過ぎだろ?www
アゴン宗という、桐山靖雄という低脳相手なんだから、それを擁護する人含めて
批判するのは毎日楽し過ぎるくらい楽なんですよ。
私の煩悩なんかどうぞ勝手にブンセキでもしてくれてかまわないが、これが現実なんです。
批判側はアゴン宗を相手にしている限り百戦百勝で絶対に勝つ事実がある。
まあこの事実を覆してみせてくださいな。
このスレにはアゴン宗を感情的に怨むと表明している人もいる。
別にかまわんではないか?
他の宗教の信者によるアゴン宗否定、批判だってあったってかまわない。
立場なんてどうでもいいのです。
批判が正しいか、こちらの批判に反論できるかだけを気にしなさいな。
議論に勝ってみなさいな。
ディベートの達人だってアゴン宗につけば負けます。簡単に打ち負かせます。
自分もグローブつけてリングに上がって来たんだから、つべこべ言いなさんな。
こちらはいつも凶器攻撃にも正統派ストロングスタイルで勝っています。

104 :
質問 自分で取材もせずにある個人の悪口と雑言を書き散らす。
   長い目で見たら書き手の運命はどうなりますか?
お答え 自らの人生の運を閉ざす愚か者である
   お前は決して真似してはいけない事だ。
 悪口と両舌は弘法大師も行なってはいけないと制止されている。
 これは開運を望む人の秘訣である。
 そうして他人に感謝される行いをするのだこれは来世に福運を君に
 もたらす種になる それの最もな行いは本人が半ば諦めていた命を救うことである。
 それが何の関係があるのか?
 因縁解脱成就の第一歩が是だからだ。
 助けるものは助けられる因果応報の働きを知るだろう。
 

105 :
カルト信者レベルの者、つまり「カルト信者及び脱退者」は、自らの力を発揮する場などあるはずもなく、
ゆえにカルト教団の中で「擬似出世に明け暮れる」しかないわけであるが、そこで騙されたと気付いた低脳は、その、擬似出世
に明け暮れることさえ取り上げられた者達である。
そこで彼らはその欲求不満の「捌け口」として、自分達よりも愚かな現カルトメンバーに狙いを付けたわけだ。
付けた、といっても、それしか叱れる対象が無いので、彼らに選ぶ余地は無い。w しかも、その内容は、
カルト糾弾、という「公明正大」な大儀名文であり、しかもその対象は、低脳騙し専用のお笑いカルト教義なのだから、
低脳でも誰でも、手軽に正義のヒーローになれ、しかも「必ず勝てる」場である。
カルト批判側が負けるわけが無い。w これは、批判者が賢いのではなく相手(カルト宗)が弱過ぎるためである。
つまり、カルト批判している限り、「常に勝者で居られて居心地がいいから」低脳カルト批判者は、批判を辞めることは
できないわけである。
批判を自らのための「捌け口」としているくせに「正義のヒーローぶる」ので、彼らは醜いのである。w
そこで彼らはその欲求不満の「捌け口」として、自分達よりも愚かな現カルトメンバーに狙いを付けたわけだ。
付けた、といっても、それしか叱れる対象が無いので、彼らに選ぶ余地は無い。w しかも、その内容は、
カルト糾弾、という「公明正大」な大儀名文であり、しかもその対象は、低脳騙し専用のお笑いカルト教義なのだから、
低脳でも誰でも、手軽に正義のヒーローになれ、しかも「必ず勝てる」場である。
カルト批判側が負けるわけが無い。w これは、批判者が賢いのではなく相手(カルト宗)が弱過ぎるためである。
つまり、カルト批判している限り、「常に勝者で居られて居心地がいいから」低脳カルト批判者は、批判を辞めることは
できないわけである。
批判を自らのための「捌け口」としているくせに「正義のヒーローぶる」ので、彼らは醜いのである。w

106 :
>>270 :もう一つ考えたのは、あなたがおかしな進化を遂げたイケダヂミズであるという説です。
>これは一度チラリと禁断の想像をしたのだが、
またこれだ。。。www 想像力が豊かというか勝手というか。w 
要するに、「名探偵シャーロック・ホームズ」気分で切り崩していく展開がお好きみたいですね。www
ま、あくまで「物真似」レベルでしょうけど。w
私も、以前そのジミズとかいうのと同一人物にされちゃいましたよね。 
ほんとうに、何でも言える2ちゃんねるは懐が深いですね。 こういうのをまで引き受けるんですから。w
>>270 :もう一つ考えたのは、あなたがおかしな進化を遂げたイケダヂミズであるという説です。
>これは一度チラリと禁断の想像をしたのだが、
またこれだ。。。www 想像力が豊かというか勝手というか。w 
要するに、「名探偵シャーロック・ホームズ」気分で切り崩していく展開がお好きみたいですね。www
ま、あくまで「物真似」レベルでしょうけど。w
私も、以前そのジミズとかいうのと同一人物にされちゃいましたよね。 
ほんとうに、何でも言える2ちゃんねるは懐が深いですね。 こういうのをまで引き受けるんですから。w
>>270 :もう一つ考えたのは、あなたがおかしな進化を遂げたイケダヂミズであるという説です。
>これは一度チラリと禁断の想像をしたのだが、
またこれだ。。。www 想像力が豊かというか勝手というか。w 
要するに、「名探偵シャーロック・ホームズ」気分で切り崩していく展開がお好きみたいですね。www
ま、あくまで「物真似」レベルでしょうけど。w
私も、以前そのジミズとかいうのと同一人物にされちゃいましたよね。 
ほんとうに、何でも言える2ちゃんねるは懐が深いですね。 こういうのをまで引き受けるんですから。w

107 :
さて彼らの稚拙さを更に更に揚げて行こう。
>>418 :てか、わざわざ古い過去ログをコピペしてまでレス付けるって、すげー暇人だな。
またすぐ論破されるような台詞を吐く低脳元信者。www 自分たちはどうか。教祖の何十年も前の言動を
提示しまくってないか。
もしくは、何千年も前の偉人の言動と照らし合わせていないか。www
ちなみにこれは、他のカルト信者も「何度も使っている」低脳反論手法である。 正面から反論できないから変化球で勝負しようと
するのだが、稚拙なゆえにすぐ返され自爆する。 民主党政権のブーメラン自爆を思い起こさせる。w
やはりここの批判者というか宗教患者のレベルは、
信者あるいは元信者に関わらず 同程度だということだろう。w
さて彼らの稚拙さを更に更に揚げて行こう。
>>418 :てか、わざわざ古い過去ログをコピペしてまでレス付けるって、すげー暇人だな。
またすぐ論破されるような台詞を吐く低脳元信者。www 自分たちはどうか。教祖の何十年も前の言動を
提示しまくってないか。
もしくは、何千年も前の偉人の言動と照らし合わせていないか。www
ちなみにこれは、他のカルト信者も「何度も使っている」低脳反論手法である。 正面から反論できないから変化球で勝負しようと
するのだが、稚拙なゆえにすぐ返され自爆する。 民主党政権のブーメラン自爆を思い起こさせる。w
やはりここの批判者というか宗教患者のレベルは、
信者あるいは元信者に関わらず 同程度だということだろう。w

108 :
 
深山地震  http://www.appledaily.com.tw/appledaily/article/headline/20100615/32587656/

109 :
《《《《《《☆桐山阿含宗トリック護摩の種明かし☆》》》》》》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【トリック】
護摩壇(ごまだん)に点火する際、火を使わず、桐山の念力で発火・点火させる
「念力護摩」
これは、「無水クロム酸」という発火剤を使ったトリックです。
『奉書紙』に道教の呪符(じゅふ)と梵字を書いたものを護摩壇の中央の炉の上に置くのですが、
この梵字を
※※※無水クロム酸という「発火剤」を混ぜた墨汁で書いておく※※※
のです。
ここに、散杖(さんじょう・護摩で使う道具)
で水をかけると発火する、という仕組みです。
つまり、いかにも桐山の念力で点火したように見える奇跡は、
「無水クロム酸」と「水」による★化学反応★だったのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆これでは騙しのトリック護摩
桐山阿含宗と言われても仕方ないですね(笑)
念力の護摩がトリックならば阿含宗の全てがペテンとマヤカシということになります。
桐山阿含宗の全てのスタートは
トリック護摩から始まった!

110 :
>>56 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:52:37.15 ID:u9hcziYY
>Rashinさんに至っては、攻撃の為の攻撃で、攻撃の為ならば創価知識人だって利用する始末です。
攻撃?
あなたは間違いやインチキを根拠を示して質すことを
攻撃と考える人種のようだ。
どこの知識層であれ、阿含経を正しく解説されていれば引用可能だ。
あなたはどうやら観念的レイシストらしいが、ここで悪らつな印象に
よる操作は無益無用だ。
批判側は、アゴン宗の「因縁解脱」など仏教には無い概念であり、
その言葉すら桐山造語だと主張している。
あなたが持つ『中村元 佛教語大辞典』からそれに類する語意を
示して、批判側こそ間違っている、と証明してみたらどうか?
出来ますか?
あなたが、>>50で『佛教語大辞典』から示した「解脱」の解説には、
煩悩から解放される意味に匹敵する説明は数多あれど、
インネンを滅するとかインネンから解放されるなどは何も見当たらない。
語意も解説も無いと言う事は、批判側のアゴン宗や桐山さんへの批判は、
正しくて間違いではないことになる。
それを攻撃しているとのあなたの指摘は、オウムが批判されていた
時代の「攻撃されている」「法難だ」式の非難誇張を彷彿とさせる。
あなたの嫌うS学会も、批判を「法難だ」と騒いでいたと似たものだ。

111 :
>>56 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:52:37.15 ID:u9hcziYY
>Rashinさんに至っては、攻撃の為の攻撃で、攻撃の為ならば創価知識人だって利用する始末です。
また、旧レス>>480で6.漏尽通を「煩悩を全く尽滅する智慧」などと、
ねずさんは、桐山教の薫陶を受けたかのような無知をバラ撒いていた。
対し私が、
ニセスレ>>585で「漏尽通とは自己の煩悩が尽きたことを知る能力」と
反論教示したら、あなたは攻撃だと言う。
あなたのその『佛教語大辞典』の1444頁に「漏塵通」が何と記されているか、
よく確認してみればよい。
あなたのニワカ仕込みの知恵が、嫌でも自覚できることになる。
批判側は、当の昔からそんな桐山超能力論など否定して来ている。
批判側の漏尽通の解釈は、共通認識であるが、久々に無知なあなたが、
そのチガイを晒け出してくれた。

112 :
>>56 :ねぎ:2013/02/23(土) 14:52:37.15 ID:u9hcziYY
>Rashinさんに至っては、攻撃の為の攻撃で、攻撃の為ならば創価知識人だって利用する始末です。
そこでその「漏塵通」の「漏」が密教大辞典〔法蔵館発行〕では、
煩悩を「蓋障」と解説されている。
桐山さんの「霊障のホトケ」が密教モドキの言葉として、
出され悪用されたのが分かろうと言うものだ。
密教では全煩悩を「蓋障」とみなして修験道の障害とみなした。
ところが桐山さんは、それに「霊」を当てはめ、まるで化け物や
物の怪のごとく個人や家や社会に悪害をもたらすモノとして、
信者を脅し死者を貶しておいて、死者成仏を金を取って請け負っている。
密教は原初の仏教から見れば、ヒンドゥ教に取込まれた外れた教えです。
密教側からは、ヒンドゥ教の神々や祭祀が如来を供養するものだから、
それらを取り入れた、との主張を持っている。
だが密教ですら厳密に見れば、桐山さんはかなり自由奔放に、
独自解釈して「蓋障」を捻じ曲げているのです。
それゆえに桐山スタイルは、密教モドキの様作法で成仏リキを
発揮できるというオカルト信仰の教祖に該当することになる。

113 :
>>109 :☆☆☆☆桐山阿含宗トリック護摩のタネ明かし☆☆☆☆:2013/02/24(日) 07:57:12.04 ID:ArK0LRUN
>これは、「無水クロム酸」という発火剤を使ったトリックです。
『阿含宗の研究』からの引用かと思いますが、
無水クロム酸説は成り立たないことがわかっています。
水と反応して発火する化学薬品はいくつもありますから、
これを使ったトリックではあることは明瞭ですが、
桐山さんが告白しない限り、何を使ったかは永久にわからないでしょう。

114 :
>>104 :神も仏も名無しさん:2013/02/24(日) 03:11:15.52 ID:nFitVki2
>質問 自分で取材もせずにある個人の悪口と雑言を書き散らす。
準シュダオンさんも我聞という新しいハンドルを名乗ったのだから、
宝生さんもコテハンを付けてはどうですか。
自分では姿を隠したつもりでも、あなたも体臭が強いから、すぐにわかってしまう。
そういうのを頭隠してシッポ隠さずというのです。
宝生さんの「お答え」とは、あなたの守護霊だという観音様からの返事ですよね。
前から言っているように、その女は頭が悪いから、質問する相手ではない。
その女は何も知らないし、理解できないし、御霊示もインチキだから、
その答は信用するに値しない。
実際、宝生さんの質問のデタラメさにすら気がつかないくらい頭が悪い。
「自分で取材もせず」って何ですか。
星まつりなど、私は桐山さんが自分の足で登って来た時代から、
何度も奉仕で参加したから、現場のことを知っています。
昔桐山さんは、他教団の老人山伏たちを小馬鹿にして、
「自分の足で登れなくなったら、引退する」と表明した。
だが、今では御輿に担がれて出て来る。
取材と称して現実の桐山さんを見ても、宝生さんは矛盾を感じないのでしょう?
宝生さんのいう取材が何の意味もないことをあなたが証明している。

115 :
>>104 :神も仏も名無しさん:2013/02/24(日) 03:11:15.52 ID:nFitVki2
>質問 自分で取材もせずにある個人の悪口と雑言を書き散らす。
「個人の悪口と雑言」の個人とは桐山さんのことを指しているようだが、
批判側はあなたやねぎさんみたいに悪口と雑言など言っていない。
根拠を示しながら、桐山さんが嘘とデタラメで人を脅かし騙して、
お金や善意を収奪しているのだから、宗教詐欺師、宗教ヤクザだと
ソノマンマを言っているだけです。
宗教詐欺をしている者を宗教詐欺師と指摘して、何が悪いのですか。
麻原彰晃を殺人鬼と言っているのと同じで、悪口でも雑言でもない。
また、あなたは桐山さんを個人というが、彼は社会に顔と
名前をだしている人で、一般人とは違う。
批判側は桐山さんのプライバシーを批判しているのではなく、
桐山さん自身が公開した内容、公になった内容について批判している。
彼自身が公開した内容を批判することのどこが悪いのだ?

116 :
>>104 :神も仏も名無しさん:2013/02/24(日) 03:11:15.52 ID:nFitVki2
>質問 自分で取材もせずにある個人の悪口と雑言を書き散らす。
宝生さんの守護霊は頭が悪いから、悪口と批判の区別もつかない。
悪口とは根拠のない非難、つまり、ねぎさんがしているような内容です。
あれは罵声であり、罵りです。
しかし、批判側の桐山アゴン宗への指摘は一つ一つに根拠がある。
根拠のない非難は、批判側も受け付けない。
たとえば、桐山さんが在日であるというような指摘があったが、
根拠がなく、誰もそんなことに同調しない。
また在日だろうが宇宙人だろうが関係なく、桐山さんが為した事こそが
宗教詐欺であると指摘しているのです。
宝生さんの根拠とはその頭の悪い守護霊からの御霊示ですよね。
あなたは、三ヶ月以内に桐山ゲイカは指導を変えるなどと、
曖昧な予言めいたことを何度もここに垂れ流しして、そのすべてが外れて、爆笑を買った。
こういうのを雑言、戯れ言というのです。
ねぎさんや宝生さんのように根拠もなく、批判を悪口だと言うことこそが悪口です。

117 :
>>104 :神も仏も名無しさん:2013/02/24(日) 03:11:15.52 ID:nFitVki2
> 因縁解脱成就の第一歩が是だからだ。
> 助けるものは助けられる因果応報の働きを知るだろう。
宝生さんの守護霊のこのデタラメな回答を見てごらんなさい。
頭が悪すぎて、物の道理がわからない。
因果応報は仏教が採用した思想だが、その中には因縁解脱なんてない。
こんな簡単な区別すらつかないのです。
善業を為せば善果が得られ、悪業を為せば悪果が得られる。
アゴン宗で信仰をしていれば、悪果を得ることになる。
なぜなら、釈尊が説いてもいない因縁解脱や死者成仏をまるで
説いたかのように人々を騙し、釈尊が禁止した護摩を人々に勧めている。
如来の解脱を小解脱と罵り、阿含経を曲解している。
普通の悪業とも違い、如来への悪業です。
如来に供養すれば最高の善業となるそうだから、
逆に言えば、如来への誹謗中傷は最高の悪業となる。
アゴン宗を信仰したばかりに、結果的に如来を誹謗中傷したことなり、
さらには死者たちを根拠もなく侮辱し、その報いだけはやがて
自分で受け取られなければならない。
お金と時間を浪費して、悪果を受け取るのだから、悲惨な話です。
これがアゴン宗の信者に待っている報いです。
もちろん、宝生さんも例外ではない。

118 :
>>104 :神も仏も名無しさん:2013/02/24(日) 03:11:15.52 ID:nFitVki2
> 因縁解脱成就の第一歩が是だからだ。
> 助けるものは助けられる因果応報の働きを知るだろう。
宝生さんは桐山さんの詐欺行為の上前をはねて、客を横取りして、
虎屋の羊羹をせしめた。
そればかりか、ここでアゴン宗に騙されている人たちの目を覚まさせ
ようとする批判を、悪口雑言と罵った。
普通のアゴン宗徒よりも、宝生さんも我聞さんもはるかに大きな悪業をなしている。
生前、そのような悪業を為しても何ら報いを受けず、むしろ社会的には
成功した人が、死後に苦しんでいる様子を描いた阿含経を桐山ゲイカが紹介していましたね。
わざわざご自身の死後を紹介するとは桐山ゲイカは勇気のある方です。
宝生さんはこの桐山ゲイカの後を立派に付いて行くのだから、
あなた方もあのようになるのでしょう。
阿含経によれば、知らずに悪業を為したのと、知りながら悪業を
為すのでは、どうやら報いの大きさが違うらしい。
私など元信者は前者、宝生さんや我聞さんは後者です。
これを読んでいる信者さんたちも、気がついた時が「その時」です。
間違いに気がついた時に認めて直す、それが被害を最小にする方法です。

119 :
無水クロム酸すなわち酸化クロム(Y)、化学式Cr03は水溶性です。
色は赤っぽいから水に溶かして赤い墨汁に混ぜて奉書の隅のバン字を書くには
よいかも知らんが、親水性なんだから洒水加持で水を垂らしても発熱、発火せねば
意味ありません。
また毒性があり危険物です。手に触れると薬傷を起こします。

120 :
>>118
それより信者に詰め寄られる教祖の話こそが桐山の姿じゃないですか?

121 :
>>118
>死後に苦しんでいる様子を描いた阿含経を桐山ゲイカが紹介していましたね。
失礼しました。「君は誰れの輪廻転生(うまれかわり)か」の話しと勘違いしましたw

122 :
洒水加持に使うのは真水でなければならず、硫酸など使ったなんてのは笑止であり
硫酸ならば垂らした瞬間すぐわかるなんて反論の紹介が批判本にありました。
だから硫酸の使用は考えられない。
しかし真水かどうかは実はわからない。
無色透明の液体薬品などいくらでもある。
私は東急ハンズで特殊な液体で発火をお越し煙草にも火をつける手品の道具を
買ってきて試してみたことがある。
フラッシュペーパーを使えばより炎はあがりやすい。
桐山さんは念力の護摩に際し、法具などの準備は全て脇仕たちにやらせて自分は
タッチしてないなどと書いているが、特殊な装置である奉書は自分管理なんです。
だから使う水だってわかりませんよ。
水に秘密があるなんて考えはしないからです。

123 :
>私の最近の書き込みも読んでご覧なさい。
>実は最近に限らずだいぶ昔から書いているのだが、来世に拘らず現世にも拡大を
>試みてもよいとしてした上で、現世における地獄界とは何か?と問題提起している。
これは大きな第一歩です。我も世間の常識と同じに、地獄とはあの世にもあるし、
この世にもある、と考えています。阿含経を読んでも、そのように解釈できます。
管長は、地獄界の因縁として、具体的にそれを説いています。
寂聴さんも、「釈迦」本で、地獄餓鬼畜生道が、この世にあることを書いています。
世間の常識はどうか?
例えば、「必殺仕事人」という人気ドラマがありますが、その物語の口上が、
「あの世の地獄とこの世の地獄、どちらも地獄にかわりなし・・」です。
つまり、世間でも、あの世の地獄とこの世の地獄、地獄だから苦しいことには
かわりはない、ということですね。世間には教えられます。
だから、三悪道尽とは、最も苦しい生存から解脱した、ということであり、煩悩解脱だけ
を意味しているのではないよ。そりゃ、十結煩悩を断てば阿羅漢だ、と我も言っているけ
どさ、それは他の条件を省略しているだけですよ、経典のように。
煩悩滅は基本的な条件であり、他にも必要なものがあるということ。
四弘誓願の一つに煩悩無量誓願断があるけど、それだけではなくて、他にも三つの
条件があるでしょ。

124 :
>修行の結果身につくこともあり、身につかないこともある副産物であると思っているのだが、
>今回の神通力論議ではそれが正しい教えに導く為の方便だったかということですよね?
>私は教導の道具の方便ですらないと思っているのだが、方便だと認めてしまうと
>あなたたちの立場が危うくならないか?
>神通力など所詮その程度の扱いだったということに満足するのか?
例えば、漏尽智は神通の一つと説かれているけどさ、それがあって煩悩が尽きた、
我は阿羅漢だ、と知ることができるのであってさ、その漏尽智という神通力が生
じないうちは、煩悩が尽きたと思うのは錯覚にすぎないわけよ。漏尽智というも
のがどういうものであるか、我にも解らんが、とにかくそれが生じないうちは、
煩悩を滅したつもりに過ぎないわけですよ。
修行が進んで神通が身に付くものもあるし、身に付かない者もある、とはいっても、
修行が進んでも神通がゼロということはなかろうね。個人差があるわけでしょ、
モッガラーナが神通第一、というように。だからといって、神通がゼロという阿羅漢
はあり得ないと我は思うね。五分法身の一つ、解脱知見とは神通ですよね、仏教辞典の
解脱の項には、「五分法身を備えることが阿羅漢の必須条件である」と、書いて
あったはずですよ。だから、神通ゼロの阿羅漢とはあり得ないでしょう。

125 :
バン字でなくラン字でした。

126 :
>あなたもやはり東日本大震災の津波犠牲者たちは悪因苦果だと罵りたいのですね?
>またあなたは苦の解決について釈尊が経典を通して説明してくれているのに
>自分の色眼鏡だけで、苦の解決とは要するに病気は苦なんだから病気しなくなること
>以外に解決なんてあるわけないだろ?という視点から脱することができないのですね。
そういう極端なことを言っては、いけないね。悪業苦果の法則は認めても、
災難がすべて業報だとは、我は考えておらん。寂聴さんはそれを代受苦だと説明
しているね、つまり、津波で死んだ人たちは、生きてる人の身代わりになったの
だとね。かといって寂聴さんは因果応報を否定しているわけではなかろうさ。
慈悲喜捨の心が大きくなれば、災難不幸が減る、と我はレスしたけどさ、
それくらいのことは理解してほしいものだね。
例えば災害には天災と人災があろうけどさ、最近もどこかの島でさ、爺さんが
連続放火をして、焼け死んだ人がいるでしょ、何でも爺さんがいじめられたと
恨みを持って火をつけたらしいけどさ。
もしもだよ、本当にそのように人をいじめていたならさ、報復としての災難を
受けることが多くなるでしょ。そしてその原因は、慈悲の心掛けがなくて、
いじめるという悪心でしょ。害心煩悩が人災を招く原因なわけですよ。
また、天災の場合は、慈悲喜捨の心との関係を考えるのは難しいですが、
神仏の加護との関係はあるでしょうね。
三枝先生の苦の考え方ですけどね、彼は仏教から超自然的な事はできるだけ
排除していますよね。おそらくはインテリ受けして現代人の支持を受けたいが
ためにそうしているんでしょうけど、一言でいえば、我は三枝先生の苦のとら
えかたと、解決の考え方に反対ですな。
三枝氏の苦の論は、管長の苦の解決方法とも、かなり食い違いが大きいでしょう。

127 :
>むしろ苦悩に対処してゆくべきその在り方をとりあげて、それを熟慮しつつ、「答え」がなされる。
>いわば、外部の情況その他は不変のままありながら、みずから苦悩としているところが、
>実は苦悩ではなくなり、いつしかその苦悩がその内部において消え、安らかな境地にもたらされる、
>そのような図式を描いて展開する、と解してよい。
というような↑三枝氏の説明は、例えばウッパラバンナー尼のような場合にも
当てはまらないね。ウッパラバンナーは釈尊に出家を申し出た時、畜生道に
堕した生存から抜けたい、と願い出た。彼女は夫を実の母のツバメにされ、家を
飛び出してから他の町で再婚した。そうしたら、再婚した夫が、しばらくして
して愛人を作っていたが、その愛人とは自分が家を飛び出すとき、置いてきた
自分の娘であったのだね。
だから釈尊は出家を許したのだね、在家の生存苦を断ち切ってあげたのだ。
いつしか苦悩がその内部において消え、なんてものではない。
いわば自分を変える教えでしょ、釈尊教とはさ。
そして自分を変えるから、運命も変わるわけですよ、釈尊教とはさ。
我は口先ばかりで、実行力が弱いから困るんだけどさ。

128 :
>>123 :我聞:2013/02/24(日) 12:33:17.81 ID:zUGI2Mzp
>管長は、地獄界の因縁として、具体的にそれを説いています。
寂静さんなんてどうでも良く、ここ批判板の議論対象ではない。
ここのスレは、桐山さんの言質こそが議論対象です。
アゴン信者は、桐山さんの情報のみに依処し操作されてきた。
元信者も同様だったが、桐山さんの捏造情報のみに頼る態度を
改めたのです。
桐山さんの言うがままに、自分の先祖のみならず他人様の先祖も、
悪霊扱いして貶して来ている。
伝統仏教は原初の仏教とは違っても、アゴン宗のような狂信性などは
無く、むしろ日本人の道徳や美徳に貢献して来たから文化となっている。
日本人は、ウソをつくなと躾けされ、他人に迷惑をかけるなと教わる。
騙されるなという、他人を騙すことが当前で前提の社会認識とは違う。
相手国の情報のみを信じて自虐史観に陥るのと似ていて滑稽な態度だ。
>四弘誓願の一つに煩悩無量誓願断があるけど、それだけではなくて、他にも三つの
条件があるでしょ。
大乗本性心地観経を元とするような例えを出しても意味が無い。
我聞さんは、今度は天台智の説を取り入れたりとまるで節操がない。

129 :
>>124 :我聞:2013/02/24(日) 12:55:36.37 ID:zUGI2Mzp
>例えば、漏尽智は神通の一つと説かれているけどさ、それがあって煩悩が尽きた、
我は阿羅漢だ、と知ることができるのであってさ、その漏尽智という神通力
>神通がゼロという阿羅漢はあり得ないと我は思うね。
五分法身の一つ、解脱知見とは神通ですよね、
論に溺れるとは、こういう有り様を言う典型です。
書いていても呪術というメガネを外せず、まとめられない状態だ。
正確には、「漏塵智證通」で、煩悩を滅し断つ知恵を体得する"能力"です。
あくまでも「智」であって、そういう煩悩滅を筋道を立てて判断でき、
整理して理解できる「心の働き」を言うのです。
アゴン信者さんの妄想する神通とは、何やら神憑り的な神術と誤解しているが、
通常の俗人や凡人に出来ないほどの力量能力だから、神通と形容されたのです。
解脱した者は当然、「自己の煩悩が尽きた」との漏尽智は生じます。

130 :
>言葉自体に力などはない。呪文でも呪術でもなく、後に真言みたいのが発生する
>ことにつながっただけで、それは釈尊の望んですらいない展開です。
>記録に残らないなんてことはない。記録なんていくらでも残せます。
>残らないのは例がないからです。
あのさ、今の科学的な日本でもさ、どの町にも祈祷師というか、呪術使いの
一人や二人は居るでしょ?何でだと思うかね?そういう祈祷師は皆インチキだと
思うのかね?我が町にも居るけどさ、潰れないでなんとかやっているようだね。
客がいるからやっていけるのさ。なにやら妖しげな呪文など唱えてさ。
我が知人にさ、そこへ行った人がいた。腰が痛くて病院に行ったけど治らん、てさ。
だから祈祷師へ行った。「不思議だなぁ、拝んでもらったら治った!」とか、
言っていた。勿論、拝まなくても、治る時期に入っていたのさ、とか簡単に言えるけどね。
釈尊も最初は仙人とかに師事した。呪文などもかなり覚えていたはずさ。
釈尊は、呪文など、その効果をインチキだとは言っていない。
繰り返していうが、釈尊は呪術など効果はないとは言っていないよ。
畜生の法とか、うじ虫と呼んだのだ。卑しいと言ったのだ。
仏道はそれよりはるかに強い、陽光の法だといったのだね。
そういう畜生の法や、うじ虫の法でも、病院で治らない病気が、解決?する
場合を、現代でも聞くのはなぜだろうかね。

131 :
>だからそれをすることと解脱とは何の関係があるのですか?
>苦の解決、救いに対してどういう働きをするのですか?
だから、そういうことが出来たら解脱の兆候なのだからさ、それが出来ない
うちは、解脱していないわけだよ。それが出来なければ苦の解決などできて
いない証拠なのだ。神通力とは、解脱したという証明書なのだ。

132 :
>これは驚いた。
>一瞬、準シュダオン(我聞)さん以外の人なのかと思いました。
>しかし、本人ですね。
なんで本人だと解るのかね?妄想病人にさ。
まぁ、そういう妄想病者だから、カルト信仰をして、頭がイカレテ、
NHKオウム番組の仮名にHNを借用されたのだよ、あんたはさ。
答えは教えないよ。

133 :
>寂聴さんの小説の阿難は窮地にあって釈尊を念じて誘惑を克服したのですよね。
少し違うよ。窮地に陥った阿難が、釈尊に「助けて」と祈ったら、阿難の金縛り
状態が解けて普通の心身に戻り、釈尊に祈りが届いたと阿難は確信したのです。
阿難は、プラクリティの母の護摩魔術にかかって、寝所までおびき寄せられたの
ですよ、そして娘を犯す寸前までいったのです、身体と意識の自由を奪われて。
で、釈尊に祈って救われたというのが、阿難とプラクリティ物語です。
で、阿難とは窮地の種類が違うだけで、何らかの危機を抱えているという点では、
誰もが阿難と同じでしょう。で、釈尊に祈る。阿含宗では、柴燈護摩=釈尊法力、です。

134 :
>そこで彼らはその欲求不満の「捌け口」として、自分達よりも愚かな現カルトメンバーに狙いを付けたわけだ。
>付けた、といっても、それしか叱れる対象が無いので、彼らに選ぶ余地は無い。w しかも、その内容は、
>カルト糾弾、という「公明正大」な大儀名文であり、しかもその対象は、低脳騙し専用のお笑いカルト教義なのだから、
>低脳でも誰でも、手軽に正義のヒーローになれ、しかも「必ず勝てる」場である。
批判派側は負けてるのよw。それに気づかないだけだよ、低脳だから。
落ちこぼれずに、信徒をつづけている者が妬ましく、悔しいだけだよ。
悔しくて悪口を言ってるだけさ、そうでなけりゃ、なんで他人の生き方なんぞに
関心があるものかい。
これを言っちゃあ、お終いかい?

135 :
>>113
深山様
そうでしたか
わざわざありがとうございます。
ちなみにこちらから転載させて頂きました。
http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/agonsyu.html

136 :
>>135
フラッシュペーパー説もでていましたね。

137 :
>>127 :我聞:2013/02/24(日) 13:45:16.09 ID:zUGI2Mzp
>だから釈尊は出家を許したのだね、在家の生存苦を断ち切ってあげたのだ。
>いわば自分を変える教えでしょ、釈尊教とはさ。
そして自分を変えるから、運命も変わるわけですよ、釈尊教とはさ。
桐山さんの言わぬことを主張したかと思えば、
チャッカリ桐山流の運命転換に話をつなげる無謀もすごい。
我聞さんが言うように運命が変わったならウッパラバンナー尼の
死に方はおかしくないか。
ウッパラバンナー尼は出家を許され、終に解脱した比丘尼です。
我聞さんのウッパラバンナー話しを逸話から取上げたのなら、
ウッパラバンナー尼は、解脱後もRされたり最後は、
ダイバダッタに殺されたというくだりになっている。
これでは、我聞さんの言う現世での運命転換が、
されなかったという結果になる。
自分の主張に都合の良いように話しを摩り替えるのは、
桐山さんが最も得意とする芸です。
我聞さんが気づかずともその得意芸は、昔の子孫さんからです。
それを苦笑されて、>>132の"罵詈"の浴びせップリには驚く。
変身リキに自信満々でも、その"雑言"は以前使った言葉のマンマだ。

138 :
>四苦八苦の解決法は説法六十心に詳しい。
>この頃はアゴン宗を立てる前の密教時代ですが、あきらめの小乗、来世に逃げる権大乗、
>自分の価値観だけ変える法華経などの大乗と展開して、しかしそんな消極的な
>解決法に満足せず、金剛大乗に至る。
>桐山流金剛大乗とは単に価値観なんてものでなく脳をも改造して超人になってしまえば
>四苦八苦なんていとも簡単に解決、処理できると書いています。(初版92ページ)
そういうところは、鵜呑みにしてはダメでしょ、割り引いて読まねばw。
だが、釈尊に四苦八苦はないはずですよ。ないはずというより、涅槃を得た
者には老・病・死、は無いと説いています、それはどういう意味か?
釈尊も老いたし、入滅という死もあったのに。
釈尊の老死は、凡夫の老いと凡夫の死とは、全く違う、という意味ですね。
有余涅槃だから、最期の老死はある。が、その後には老死がないことを知って
いる、勿論、四苦八苦もない。そこが凡夫の老死と全く違う。

139 :
>阿含経に満ちているあまたの「問い」は、すべてみずから現に体験している苦しみ、
悩みから発せられ、そのそれぞれに対して釈尊はその質問者の現実に即して答える。
ただし、苦悩そのものを即座に解消するような、いわば直接的な手段や方策というよりは、
むしろ苦悩に対処してゆくべきその在り方をとりあげて、それを熟慮しつつ、「答え」がなされる。
いわば、外部の情況その他は不変のままありながら、みずから苦悩としているところが、
実は苦悩ではなくなり、いつしかその苦悩がその内部において消え、安らかな境地にもたらされる、
>そのような図式を描いて展開する、と解してよい。
このような↑論を鵜呑みにしてはいけませんよ。なにが「外部の情況その他は不変の
ままありながら」ですか。釈尊の教えはそれと全く違うでしょう。ユビキタスくんは
自分の判断というのが無いのですか?学者に頼り切りかえ?
釈尊の教えは、戒を守り煩悩を断てば、外部の情況がガラリと変るぞ、というのが
在家への教えです。
例えば、遊行経のバータリ村のところを読んでみなさいよ。戒を守ることによって、
情況がガラリと変ることを教えています。
戒を守れば、1、財が増えて食が豊かになる。2、名声が広がる。3、人々の尊敬を
受ける。4、悩み少なく、悩乱に死ぬことがない。5、命終わりては天界に生じる。
戒を守らねばその反対になると、説いています。
と、このように釈尊の教えは、はっきり情況が変るぞ、という教えです。
三枝氏の論などに惑わされて、経典を読み取れていないね、ユビキタスくんは、情けない。
出家者の苦が解決していく次第も、三枝先生の解釈とは、ちと違うね。
バウッタには、肝心なところが抜けている、と我は思うね。

140 :
>>108
このリンク見てたら、ちょうど深山の家のあたりで地震が起きた。あんたタダ者じゃなくね?
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/20130224113600.html

141 :
ぼろ儲けして、うんまいものたらふく食って、インターネット噂のちゃんねるで有名になって、管長だのゲイカだの信者に持ち上げられ、のんべんだらりと悩みも反省もなくして、酒呑んで黒田節を唸って、死んだらイケメン山伏に生まれ変わって、そんな解脱ですか。

142 :
>>132 :我聞:2013/02/24(日) 14:19:07.75 ID:zUGI2Mzp
>答えは教えないよ。
いいえ、こうやって本人であることを教えてくれています。
我聞さんは「誰もいないよ」と答えているようなものです。
本人でなければレスをつけてければいいし、否定すればいいのに、
律儀に答えてくれている、と言うか、エサに食いつく。
だから、準シュダオンさんだとわかるのです。
我聞さんが謝罪するなんて仰天するようなことをするばかりか、
意味不明の文章が多くなりましたね。
最近はいよいよ小説と阿含経の区別もつかなくなった。
あなたには寂聴さんの小説も阿含経も同じに見えるらしい。
長い付き合いだから、無駄と知っていて助言するが、小説と阿含経の
区別くらいつけないと、誰もまともに相手しなくなりますよ。
小学生ですら、そんな区別くらいつける。
同じだなどと言ったら、大乗経典もかまわないという理屈になってしまう。
我聞さんが寂聴さんの小説を出したのは、読んだからでしょう?
あなたはいつも何か読むと、すっかりその気になってここに
その知識を披露して、いかに自分が優れているかを自慢するのが大好きです。
我聞さんのその癖は、小さい子供が「お母さん、いっぱいウンチが出たよ」と
報告して誉めてもらおうとしているのと似ている。
小さい子供ならかわいいが、老人がそれをするのはみっともない、
というか、自慢たらしくやるから、いつもとても気味が悪い。

143 :
>>64:我聞 :2013/02/23(土) 21:35:50.93 ID:xDuD3WIj
>それくらいの革命的な、仏教本だよ、寂聴さんの「釈迦」本は。
我聞さんは知らないようだが、桐山さんは寂聴さんについては
かなり否定的に法話で述べている。
若い頃さんざん遊び、家族を捨てたとんでもない女が、いまさら頭を
丸めて何になる、と腐した言い方をしたのを私は聞いた。
出家前の桐山さんの行状を考えたら、寂聴さんをあれこれ言えた義理か。
小説家は小説を書いてナンボで、この点では桐山さんと違い、彼女は
大成功を納めているし、出家は出家前の行状など問わないことは
アングリマーラの件を見てもわかるから、桐山さんの批判は当たらない。
寂聴さんは小説で様々な賞を取り、仏教法話が売れていることへの嫉妬でしょう。
著名な作家だから売れるというものではなく、内容があるから
売れているのだろうし、実際、我聞さんも買ったくらいです。
信者だけが本を買っている桐山さんとは大違いです。
寂聴さんは出家した後は異性関係ナシというのだから、この点についても
桐山さんよりもマトモです。
桐山さんのような嘘はついていない。

144 :
>>124 :我聞:2013/02/24(日) 12:55:36.37 ID:zUGI2Mzp
>例えば、漏尽智は神通の一つと説かれているけどさ、それがあって煩悩が尽きた、
>我は阿羅漢だ、と知ることができるのであってさ、その漏尽智という神通力
>神通がゼロという阿羅漢はあり得ないと我は思うね。
ここは我聞さんのお考えを聞く場ではなく、桐山アゴン宗のお考えを議論する場です。
上記の主張も何のために書いているのですか。
何を議論しているのか、すっかり忘れているのでしょう?
阿羅漢に漏尽智がないなんて誰も書いていない。
漏尽智については桐山さんも批判側も争点がない。
なぜなら、桐山さんも漏尽智については次のように書いている。
「・・漏尽智は、”漏”すなわち煩悩を完全に滅したことを知る智慧であり、
これがもっとも重要である。」(『般若心経瞑想法』124頁)
「<漏尽(ろじん)通>は自己の煩悩(ぼんのう)が尽きたことを知る能力.」(岩波仏教辞典)
このように漏尽通についての桐山さんの主張は今の学者たちの説と
一致しており、論点ではありません。
混乱しますから、論点でないことをクドクドと並べるのはやめてください。

145 :
>>124 :我聞:2013/02/24(日) 12:55:36.37 ID:zUGI2Mzp
>例えば、漏尽智は神通の一つと説かれているけどさ、それがあって煩悩が尽きた、
神通についての議論の焦点は、一つは、桐山説のように、神通力でカルマを
切って解脱するという説が阿含経に根拠があるかどうかです。
桐山さんは、カルマを断ちきることが解脱であり、神通力でカルマを断ち切ると説いた。
だが、漏尽智しか持たない解脱者はいくらでもいたことはスシーマ経にも出て来ます。
彼らは智慧による解脱は得たが、五つの神通力はそのどれも持っていなかった。
彼らは五つの神通を持たないのだから、神通で解脱したことにはなりません。
つまり、桐山説の神通力で解脱するという説は成り立たない。
実際、釈尊は五つの神通で解脱するなんて一言も説いていない。
ましてや、カルマを切って解脱するなど、阿含経に限らず、仏教には存在しません。
二つ目として、こういう神通力を世間に示すことで布教し、世間の人々は
神通力のすごさに驚いて帰依したのだと桐山さんは主張した。
根拠がないことはすでに示したとおりです。

146 :
>>134 :我聞:2013/02/24(日) 14:51:46.93 ID:zUGI2Mzp
>批判派側は負けてるのよw。それに気づかないだけだよ、低脳だから。
準シュダオンさんに勝てるわけがないでしょう。
泣く子と地頭には勝てぬという諺どおりで、
無知で、恥知らずで、自惚れだけは天井知らずの相手に、
恥を知る者が勝てるわけがない。
我聞さんの目の前に、罵りというゲロを吐き、口からは侮蔑という口臭を出し、
頭の上に自惚れという汚物を自慢そうに乗せ、生まれてこの方風呂に
入ったことがないような身体から無知という悪臭を放ち、「www」などと
薄笑いを浮かべる準シュダオンさんが近づいてきたら、どうですか。
我聞さんも逃げるしかないでしょう。
だから、いつも準シュダオンさんが勝利しています。

147 :
>>123:我聞 :2013/02/24(日) 12:33:17.81 ID:zUGI2Mzp
>これは大きな第一歩です。我も世間の常識と同じに、地獄とはあの世にもあるし、
>この世にもある、と考えています。阿含経を読んでも、そのように解釈できます。
昔からその視点での考察もしていると書いてあるのだが、そんなことよりも、
私の後の方の文までちゃんと読んで欲しいですね。
現世における地獄界の設定はよい。
しかし単に災害や病気などで苦しんでいることで地獄だの餓鬼だのと判断するのは
間違いです。これらの不運はその人の煩悩や人間性に関係ないからです。
善人も被害に遭うのです。一方悪人でも現世では被害を受けない奴もいる。
地獄は悪業の結果なんであった方がよいのです。
好戦経や堕胎経では悪業を為して地獄に堕ちて尚もその余罪を受けて苦しむ肉段を
目にしてニヤリと笑うモッガラーナがいる。地獄に堕ちて当然だから笑ったのです。
麻原彰晃が死後地獄に堕ちて苦しんでいるのを我々が確認できたらやはりニヤリと
するでしょ?
津波犠牲者などは地獄絵図だったと表現しても、宗教的な意味で地獄界なんて
言い方をしてはいけません。

148 :
>>124:我聞 :2013/02/24(日) 12:55:36.37 ID:zUGI2Mzp
>例えば、漏尽智は神通の一つと説かれているけどさ、それがあって煩悩が尽きた、
>我は阿羅漢だ、と知ることができるのであってさ、その漏尽智という神通力が生
>じないうちは、煩悩が尽きたと思うのは錯覚にすぎないわけよ。漏尽智というも
>のがどういうものであるか、我にも解らんが、とにかくそれが生じないうちは、
>煩悩を滅したつもりに過ぎないわけですよ。

私に言わせりゃ三明のうち前二明はたしかに神通力の智慧かもしれないが、
最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
なぜなら漏尽智とは煩悩が尽きてなくなったことを知ることなんだから
煩悩が尽きてなくなれば自ずとわかる話です。
そして煩悩が尽きてなくなるようにするのは神通力でそれをするのではなく
教えを理解して日々の生活に実践努力して得るものです。
だから実は神通力ですらない。
そして釈尊が一番説きたかったのは前の二明なんかよりも漏尽智だけと言っても
過言ではない。
これは信者時代から漏尽智こそが唯一最高と認識してました。
ただウンメイを形成していると誤認していた煩悩を尽きてなくす修行をオシエの実践だけ
とは認識していなかったことはアゴン宗信者の一人として例外ではなかった。

149 :
>>126:我聞 :2013/02/24(日) 13:23:11.20 ID:zUGI2Mzp
>そういう極端なことを言っては、いけないね。悪業苦果の法則は認めても、
>災難がすべて業報だとは、我は考えておらん。寂聴さんはそれを代受苦だと説明
いいえ、桐山さんは天災を受けるのであれ人災被害を被るのであれ等しくウンメイであり
因縁だと説いています。
横変死の因縁とは自殺、他殺、事故死などですね。
自殺はたしかに自分の煩悩から生じるものですよね。
他殺は自分の煩悩と関係ない。他人の煩悩が関係するのだが、被害を受けるこちらにも
そういう因縁があることになっています。怨みを買うようなことをしなくても
通り魔殺人に遭うのも定められた因縁の運命だとしており、天災に遭うのも同様です。
全て業報だと説明しているのです。

150 :
>>127:我聞 :2013/02/24(日) 13:45:16.09 ID:zUGI2Mzp
>というような↑三枝氏の説明は、例えばウッパラバンナー尼のような場合にも
>当てはまらないね。ウッパラバンナーは釈尊に出家を申し出た時、畜生道に
>堕した生存から抜けたい、と願い出た。彼女は夫を実の母のツバメにされ、家を
>飛び出してから他の町で再婚した。そうしたら、再婚した夫が、しばらくして
>して愛人を作っていたが、その愛人とは自分が家を飛び出すとき、置いてきた
>自分の娘であったのだね。
>だから釈尊は出家を許したのだね、在家の生存苦を断ち切ってあげたのだ。
反論にもなっていない意味不明の例えですね。
この例えでも外界の環境は何も変わっていない。
別れた夫は実の母のツバメから脱却もしていないし、再婚した夫もかつての娘を愛人と
していたことをやめたわけではない。
彼女一人が出家してそれらに関わりこだわるのをやめただけです。
アゴン宗流に言えば夫婦縁破れる因縁を切って夫婦円満になったハッピーエンドではなく
逃げただけという評価になる。
アゴン宗のいう因縁解脱とは夫婦縁障害の因縁を切って、夫婦円満を得ることなんだから
そのような環境の条件が現実的に変わってしまうのです。
自分だけが変わるのではなく相手も環境も含めて変化を求めるのです。

151 :
>>130:我聞 :2013/02/24(日) 14:06:53.60 ID:zUGI2Mzp
>釈尊は、呪文など、その効果をインチキだとは言っていない。
>繰り返していうが、釈尊は呪術など効果はないとは言っていないよ。
>畜生の法とか、うじ虫と呼んだのだ。卑しいと言ったのだ。
>仏道はそれよりはるかに強い、陽光の法だといったのだね。

その通りです。釈尊が占いや呪術を禁じたのは占いが当たらないから禁じたのではない。
呪術が効果がないから禁じたのではない。
当たるとか効果があっても禁じたのです。
とにかく禁じたのです。
なぜ禁じたかあなたには想像がつくか?
禁じたんだから、いやしくも仏教徒を名乗りたいならば呪術などに関わってはなりません。

152 :
>>131:我聞 :2013/02/24(日) 14:13:44.02 ID:zUGI2Mzp
>だから、そういうことが出来たら解脱の兆候なのだからさ、それが出来ない
>うちは、解脱していないわけだよ。それが出来なければ苦の解決などできて
>いない証拠なのだ。神通力とは、解脱したという証明書なのだ。
細部に対する反論もあるが、それよりも今回あなたも含めて信者さんに問題提起
しているのは、神通力なんてそんな証明書にしか過ぎない扱いでよかったの?
ということなんです。
アゴン宗では古くから超能力を説いていた。
この超能力というのは決して薄っぺらいオカルトではなく、人間が人間としての
最高の能力を開発してそれを発揮して世のため人のため自分のために役立つ
ものだったわけだ。つまり密教の与える五大超能力だとか阿含仏教の与える六大超能力
とかいう奴です。
これを体得すること自体、自分にも社会にも利益になり、それは問題や苦悩を現実的に
克服するものです。
ところが釈尊の神通力はどうだ?その大きくなったり小さくなったり壁をすり抜けたりする
神通力が何の問題解決に現実的な役に立つのか?
苦悩の乗り越える問題解決というテーマに神通力は本来真っ先に関わるはずであり
それが主役であるはずであり、だからこそ桐山さんも七科三十七道品もほとんどは
オシエで出来ており、神通力の開発は四神足法にあるからこれがメインなのだなんて説くわけです。
超能力、神通力が主役となるのが桐山アゴン宗の真骨頂であるはずなのに、それが
証明書に過ぎないなんてことでよいのか?と問題提起したのです。

153 :
>>133:我聞 :2013/02/24(日) 14:40:44.05 ID:zUGI2Mzp
>少し違うよ。窮地に陥った阿難が、釈尊に「助けて」と祈ったら、阿難の金縛り
>状態が解けて普通の心身に戻り、釈尊に祈りが届いたと阿難は確信したのです。
あなたがそこの部分に小説の最大の価値を置いたのだとするならば、これは
阿含物語ではなく大乗物語でもなく俗信物語、おねだり物語ということになります。
あなたの信仰スタイルがズバリ安易な他力のみを頼り、他は屁理屈で自分をも騙す
おねだり信仰なんだから、そういう視点でしか小説を読めず、あろうことか
それが阿含なんだと思っているだけです。

154 :
>>138:我聞 :2013/02/24(日) 17:10:16.27 ID:zUGI2Mzp
>だが、釈尊に四苦八苦はないはずですよ。ないはずというより、涅槃を得た
>者には老・病・死、は無いと説いています、それはどういう意味か?
>釈尊も老いたし、入滅という死もあったのに。
>釈尊の老死は、凡夫の老いと凡夫の死とは、全く違う、という意味ですね。
>有余涅槃だから、最期の老死はある。が、その後には老死がないことを知って
>いる、勿論、四苦八苦もない。そこが凡夫の老死と全く違う。
無余依涅槃なればたしかに生がないから老も病も死もないし、もちろん愛別離、怨憎会、求不得、
五蘊盛もありません。
しかし桐山さんが説く因縁解脱は無余依涅槃ではなく、有余のまま問題が現実的に
解決して環境が変わるというものです。
また仏教の目的は無余を得ることだけではありません。
有余であっても涅槃を求めるのです。
だから有余の釈尊には生もあったし、老も病も死もあり、別離もあり、いろいろな人と
会うこともあったし、思いのとおりに環境は変わってくれなかった。
それらは厳然とありながら、それは根本的な苦とは思わなくなったのです。
だからそれらを何とかしたいなんて願わなくなり、苦が滅したのです。
それが涅槃です。

155 :
>>139:我聞 :2013/02/24(日) 17:31:25.52 ID:zUGI2Mzp
>釈尊の教えは、戒を守り煩悩を断てば、外部の情況がガラリと変るぞ、というのが
>在家への教えです。
>例えば、遊行経のバータリ村のところを読んでみなさいよ。戒を守ることによって、
>情況がガラリと変ることを教えています。
>戒を守れば、1、財が増えて食が豊かになる。2、名声が広がる。3、人々の尊敬を
>受ける。4、悩み少なく、悩乱に死ぬことがない。5、命終わりては天界に生じる。
>戒を守らねばその反対になると、説いています。
>と、このように釈尊の教えは、はっきり情況が変るぞ、という教えです。
それは単に怠けていた者がその怠け心を克服して現実努力するならば
生活の安定も繁盛も得られ、盗みや殺人や詐欺などの悪いことをしなくなれば
当然牢獄に行くなんてこともなくなります。
しかし問題にしているのはそんな当たり前の道理ではなく、それを超えた不当な欲求です。
世の中なんでもかんでもうまくいくとは限らない。いかないことが多いのも人生だ。
その現実は直視しなければならない。
直視した上でなお現実努力だけは続けているのが我々です。
ところがアゴン宗の信者みないな人は、自分たち信者だけがある修行とかいうものを
すれば享受できてしまう都合のよい話があるのだと信じて、そういう外部の情況変化
求めて、あくせく妄想を追う。
アゴン宗の信者は普通の一般人ならしない思考過程をし、人より煩悩に汚れているのです。

156 :
 
樹木●深山様(さるすべり)
http://tentokuji.jimdo.com/2008/08/16/2008%E5%B9%B48%E6%9C%8816%E6%97%A5%E6%92%AE%E5%BD%B1/

157 :
333:ユビキタス◆AFU2rOqH7nac :2013/02/25(月) 08:12:42.10 HOST:05001017111230_va
削除対象アドレス:
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1359122790/7
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1352570369/6

削除理由・詳細・その他:
5. 掲示板・スレッドの趣旨とは違う投稿

158 :
>148 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/24(日) 23:25:31.32 ID:UlfnKT4o
>最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
その意見に賛成です。
釈尊は単に当時バラモンが宣伝していた三明という言葉を
借用して、彼の説く解脱を説明しただけです。
だから、漏尽通の中身は解脱そのものです。
この意味では漏尽通で解脱するという表現は間違いではない。
ただし、漏尽通で解脱するというと、神通という超能力で解脱するのだと
誤解する人がいるから、使わないほうが無難なだけです。
桐山さんや我聞さんのように、誤解というよりも、
神通力で解脱するのだと信じたい連中はたちまち短絡する。
漏尽通とは、釈尊の説いた解脱の内容を神通と表現しただけで、
超能力などではありません。
そんなことは釈尊の漏尽通の説明を読めば一目瞭然です。
沙門果経にある漏尽通の説明は、超能力でも何でもなく、四諦を理解し、
八正道を実践して、煩悩から解放され解脱するという
仏教の当たり前を述べているにすぎない。
解脱することがすごい事だから、これを神通と表現しただけで、
漏尽通そのものは超能力でもなんでもありません。
三明や六通の中で、重要なのは漏尽通のみだからこそ、
スシーマ経では後の五つの神通を持たない解脱者が出てくる。
彼らは智慧によって解脱したと述べている。
四諦を理解し、八正道を実践して、煩悩から解放され、解脱したという意味です。
これが漏尽通、漏尽智、慧解脱です。

159 :
>148 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/24(日) 23:25:31.32 ID:UlfnKT4o
>最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
釈尊は解脱という一つのことを、様々な角度から説き、
様々なたとえや、様々な表現をしているだけで、説いているのは常に一つです。
解脱、涅槃、寂静、八正道、四諦、三学など、様々な切り口はあるが、
その説くところは「煩悩から解放されること」です。
桐山さんも我聞さんも文字面しか読めないから、慧解脱、心解脱、八解脱、
漏尽通、三明、六通などと並べられると、別物の体系だと思いこむ。
彼らは、立派なタテガミ、鋭い牙、百獣の王、などと言われると、
別な動物を説いているのだと思い込み、百獣の王と
いうのだから王様だ、などと頓珍漢な理解をする。
漏尽通を神通力なのだから超能力だと思いこむと同じです。

160 :
>148 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/24(日) 23:25:31.32 ID:UlfnKT4o
>最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
桐山さんも信者さんたちも、教法の簡単な詩句すら覚えられなかった
チューラパンタカを愚かな人だと思っている。
チューラパンタカは知的障害者だったのでしょう。
だが、チューラパンタカは釈尊の教法を聞いて、何をしろと
説いているのかだけは理解したから、解脱した。
だが、桐山さんも信者さんたちも、未だに釈尊が何をしろと
説いたのか、この一番肝心なことを理解できずにいる。
難しい内容でも何でもなく、「煩悩から解放されること」という、
十歳の子供でも理解できる内容なのに、未だに信者さんたちはそれを受け付けず、
因縁解脱など阿含経どころか仏教には存在しない事を信じている。
この簡単な事を拒絶する代表が我聞さんで、前世の悪業の報いを断ち切るなんて、
阿含経のどこにもなく、彼自身その証拠を示すこともできないのに、
頑迷に因縁解脱があると主張する。
知的障害があるのでもない大半の信者さんたちはなぜ受け付けないのでしょう?
それは自分の無知を認めたくない自惚れと、自分が選んだ宗教や教祖は
正しいはずだという慢心と依存・執着、運を良くしたいと欲望で
あることに気がついてください。
つまり、全部、煩悩です。
釈尊はそれらを捨てろと説いたのです。

161 :
>148 :ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac :2013/02/24(日) 23:25:31.32 ID:UlfnKT4o
>最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
私はこのスレでの議論を通して桐山さんの因縁解脱や桐山流の四聖諦の解釈が誤りだと理解しました。
つまり、苦の原因は桐山さんが説く悪因縁などではなく
煩悩(渇愛)でありそれを滅する方法が八正道だど理解した訳です。
でも、私の心の中は長い間モヤモヤしていた。まだしっくりこなかったのです。
何に対してか?
それは、釈尊は本当に苦の解決だけの為に解脱=「煩悩の束縛から解放されること」を求めたのか?
と言うもっと根本的のところで引っかかっていたのです。
しかし、この疑問に答えてくれる回答かネットにありました。
それは沙門果経などにもある三明説をどう理解するかにもかかわっています。
三明説 とは、菩提樹の下に座って 四禅定 を修した釈尊が、その後、初夜 に 数多くの過去世の生涯 を悟って
第一の明知 ( 宿命智 ) を得、中夜 に 天眼 を清めて 第二の明知 ( 死生智 ) を得、後夜 に 四聖諦 を証知し
て第三の明知 ( 漏尽智 ) を得てブッダと成る…という 伝承 を指します。
三明知 と呼ばれる 「 三段階の修行プロセス 」 は
  ・第一の明知 ( 宿命智 = 数多くの過去世の流れを見通す智力の発現 ) を得る。
  ・第二の明知 ( 死生智 = 人が死後、何処へ転生していくのかを見通す智力の発現 ) を得る。
  ・第三の明知 ( 漏尽智 = 漏煩悩を滅する智力、「 四聖諦 」 の証得)
と説明される。

結論を先に述べると
釈尊の 「教え」の原点 は、「 輪廻 (=苦) の作り手」 を 見つけたことであり、その正体が「渇愛」であると
見破ったことなのです。
その発見のために必要 とされる能力こそが、「 三明知 」として経典で説かれていた 宿命智 と 死生智だったと
言うのです。
これを読んでなるほどと思った。

162 :
>しかし単に災害や病気などで苦しんでいることで地獄だの餓鬼だのと判断するのは
>間違いです。これらの不運はその人の煩悩や人間性に関係ないからです。
釈尊は、地獄・餓鬼・畜生、の具体的な境遇を述べてはいない。しかし、寂聴さん
の「釈迦」本を読んで見てみなさいな。これぞ、現世での地獄・餓鬼・畜生界、と
いう人々が出家する様子がリアルに描かれています。管長は横変死を地獄界として
いますが、その理由はよく解りますよ。凡夫の場合は、死に方の怨念を持ったまま
次の生に引き継ぐからです。深層意識などに、その影響が出ないはずはないでしょ。
かといって、津波洪水などの被害者の場合、すべて業報だとは思わん、と我は既に
レスしてます。
阿羅漢の場合は、死に方などどうでもいいのです。死んでしまえば、涅槃寂静が待っ
ているわけですからね。どんな死に方でも、楽しいくらいでしょうよ。
>善人も被害に遭うのです。一方悪人でも現世では被害を受けない奴もいる。
>地獄は悪業の結果なんであった方がよいのです。
あったほうが良いか悪いかではなくて、釈尊はあると説いていますからね。
ないほうがよい、と希望をいっても仕方ないさw。

163 :
>私に言わせりゃ三明のうち前二明はたしかに神通力の智慧かもしれないが、
>最後の漏尽智は神通力ですらないと思う。
>なぜなら漏尽智とは煩悩が尽きてなくなったことを知ることなんだから
>煩悩が尽きてなくなれば自ずとわかる話です。
そのように↑思うのを我見というのです。自分の心のことだから、自分で解る
と思うのは浅はかな我見です。ならば、あんたは自分の深層意識がわかるかえ?
解らない、というのが現代心理学の常識でしょ。
漏尽智とは、自分の深層まで含めてすべて解るわけですから、やはり神通でしょ。
普通の人には解らないことが解るわけです。
やはり衝撃的な何かが、起こるわけですよ、漏尽智とはね。
それで不受後有(来世がないということを如実に知る)を悟るわけでしょ。
経典からは、漏尽智=不受後有智、とも解釈できるでしょ。
経典には「生解脱知 不受後有」など、解脱智が生じて来世がないことを知る、
と、説かれているんだからさ。

164 :
>いいえ、桐山さんは天災を受けるのであれ人災被害を被るのであれ等しくウンメイであり
>因縁だと説いています。
>横変死の因縁とは自殺、他殺、事故死などですね。
約30年前にジャンボ機が山に墜落して、500名余の犠牲者が出たとき、管長は、
「因縁がなくても、巻き添えを食う、という場合もあるでしょうね」と、法話で
話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
場合がある、と管長は言っているのです。
ユビキタスくんは、管長言を硬直的に捉え、誤解釈してる場合も多いなあ。

165 :
>反論にもなっていない意味不明の例えですね。
この例えでも外界の環境は何も変わっていない。
別れた夫は実の母のツバメから脱却もしていないし、再婚した夫もかつての娘を愛人と
していたことをやめたわけではない。
>彼女一人が出家してそれらに関わりこだわるのをやめただけです。
その尼僧の場合は出家させて環境を、根本的に変えてしまってあげたのです。
外界は変らずに、なんてもんではないでしょ、大幅に変えたのです。
また、子供に先立たれて、何日も食べないで悲嘆にくれていたウパソクには、
悲しみ嘆くな!心身を害するだけだ、悲しんで何の利益があろう、悲憂の心
を調伏せよ!悲嘆を止めなければ幸福は来ない、と説いています。
三枝氏のいうように、「外界を変えず、直接的な手段や方策をとらず、・・」
なんてやり方ではない。釈尊は、直接的に、こうしなさい、と説いているじゃあ、
ないですか。比丘たちの指導についても、そうですよ。苦の生じる原因を説き、
その原因は煩悩であるから、煩悩を断て、煩悩を断つ方法は37道品であり、
その修行は、これこれこうしなさい、と具体的に説いています。
昨日、バウッタには肝心なことが欠けている、とレスしたのはそのことでもあるよ。
仏教にスブの素人がこの本を読んで、物知りになる本としては良かろうが、
解脱には役に立たない本ですね。修行方法も、解脱にいたる階梯も、書かれていない。
わずかに八正道が書かれているだけです。
阿含経という名は知らせた功績があるかも知れないが、その他は従来の本と対して
変らないね。涅槃の説明も従来どおりで、深山ユビキタス教と同じだね、
これじゃあ、50点しかあげられないさね。

166 :
>オシエで出来ており、神通力の開発は四神足法にあるからこれがメインなのだなんて説くわけです。
>超能力、神通力が主役となるのが桐山アゴン宗の真骨頂であるはずなのに、それが
>証明書に過ぎないなんてことでよいのか?と問題提起したのです。
証明書に過ぎない、とレスしたのは阿含経を読んでの我の感想であり、言葉の
アヤもあるさ。天眼智で弟子の過去世が解れば、指導もしやすい、
それが三種神変という仏陀の持つ教化の神通でしょ、実益もあるわけです。

167 :
>>164
「因縁がなくても、巻き添えを食う、という場合もあるでしょうね」
じゃあ、いったい何の為の因縁解脱だよ?
意味不明。

168 :
>だから有余の釈尊には生もあったし、老も病も死もあり、別離もあり、いろいろな人と
>会うこともあったし、思いのとおりに環境は変わってくれなかった。
>それらは厳然とありながら、それは根本的な苦とは思わなくなったのです。
>だからそれらを何とかしたいなんて願わなくなり、苦が滅したのです。
>それが涅槃です。
釈尊にも離別はあった。しかし、釈尊は、離別した弟子たちの行方は知っていた
わけです。そこが凡夫の離苦とは違う点の一つですね。
自分が死んだ(滅)後の、世界も解る、そうなると老死はもはや凡夫の老死とは
意味が違う、釈尊の老死はいわば天国へのゲートに過ぎない。

169 :
>>162 :我は聞いた:2013/02/25(月) 14:19:44.73 ID:ldMcPqkK
>管長は横変死を地獄界としていますが、その理由はよく解りますよ。
桐山さんの分別とは、あくまでも現世"ご"利益です。
目的が、自分は人生で出世し世に認められるという、
願望の表れで、それじたい俗人なら大概は夢に描く。
桐山さんの成長時代は、末は大将か大臣か、でした。
戦後の敗戦で価値観が変わり、日本人全員が窮乏の
時代を迎えた。
そこで手っ取り早く稼ぐ道を模索し行き着いたのが、
犯罪の世界です。
小説家を目指していたというのは、どうやら後付けの
カッコウ良しの言い訳のようだ。

170 :
テスト

171 :
>ところがアゴン宗の信者みないな人は、自分たち信者だけがある修行とかいうものを
>すれば享受できてしまう都合のよい話があるのだと信じて、そういう外部の情況変化
>求めて、あくせく妄想を追う。
>アゴン宗の信者は普通の一般人ならしない思考過程をし、人より煩悩に汚れているのです。
なるほど、それであんたと我の修行の目的、姿勢が違う理由を知った、我には↑みたいな
妄想はないよ。例えば我は、説法六十心の本を読めば、先ず貪心が目に入り、欲望を浄化
せよ、という教えが目に入る。あなたがレスした、脳を改造すれば四苦八苦などすぐ解決
してしまう、なんて所は目に入らないし、入ったとしてもそれは煩悩を無くした後のこと
だとすぐに理解できた。
仏道には、仏道を理解するのに遅すぎるということはないさ。
あんたも、バウッダなどからは卒業して、自立を目指したほうがいいさね。

172 :
準ボケオンさん、新しいハンドルネームですね。
我は聞いた?ですか
「我は奇異だ」の間違いでは?

173 :
>>162 :我は聞いた:2013/02/25(月) 14:19:44.73 ID:ldMcPqkK
>管長は横変死を地獄界としていますが、その理由はよく解りますよ。
しかし理由はどうあれ、現実には犯罪が発覚し懲役刑を
受けることになった。
その前に逮捕が二度ほどあったにも係らず犯罪から
足を洗わなかったとは、余ほど懲りない性格らしい。
まさか公判中にさらに犯罪に手を染めるような根性は、
いくら桐山さんでも持ち合わせていなかったようだ。
戦後すぐに「皇大治教」に関係していたこともあって、
横浜生麦に「観音慈恵会」を設立し、会員を募った。
しかし刑が確定し、収監されるにあたって会員には、
百ヶ日の「行に立つの記」を当時の機関紙「慈恵」に
載せて嘘をついて刑に服している。

174 :
>>162 :我は聞いた:2013/02/25(月) 14:19:44.73 ID:ldMcPqkK
>管長は横変死を地獄界としていますが、その理由はよく解りますよ
桐山さんが当時としても、仏教の業を作った報いが、
自身で受け取る事例をこよなく信者さんに示してくれている。
この桐山ゲイカの慈しみを持ったご親愛をその後も変わらず、
信者さんに対し、ご教示されることになる。
まずは学歴詐称や僧籍を疑われ、妄語戒の必要をお示しになった。
織田氏から桐山密教を邪教と批判され、血気して裁判沙汰をお起こす。
しかしあっさりと桐山さんから取り下げ、瞋恚の無駄を捨てて見せた。
スバラシイ。

175 :
>>162 :我は聞いた:2013/02/25(月) 14:19:44.73 ID:ldMcPqkK
>管長は横変死を地獄界としていますが、その理由はよく解りますよ
だが、これは運気浮沈の因縁なのか、ならば偏業となるのか?
さらに次女はバチカンの神父と出来て、肉親血縁相剋の因縁を
みなさんに教えてくれた。
これに留まらないのが大導師桐山ゲイカの並々ならぬ俗人ぶりです。
脱税と薬事法違反で、またもや刑獄の因縁の怖さを念押ししてくれた。
さらには飽くなき飽食の末に、脳障害の因縁なる脳梗塞の病に
倒れたにもめげず、なんと女犯戒を破る愛人を作って夫婦縁障害の
修羅界の因縁まで繰り広げてくれた。
その悲話は夫人を亡くすという結末でした。
それに追い打ちがかかるのが、愛弟子からの逆恩の因縁という、
畜生界の悲惨な状況と、同時に色情の因縁のダブルパンチです。
ざっと準えてみただけでも、桐山さんは地獄界から餓鬼・畜生・
修羅界にいたるまでを走馬灯のごとく垣間見せてくれました。
彼の管長ゲイカの過去ほど、寂静さんの小説などより奇なる事実は
無い、とお分かりになるであろう。

176 :
>漏尽智とは、自分の深層まで含めてすべて解るわけですから、やはり神通でしょ。
普通の人には解らないことが解るわけです。
神通と述べようが、それは知恵が最高に働いた能力です。
桐山さんのようなオシャカの電波を感得したものではない。
凡人を超えた知恵だから、当時の分かりやすい表現で漏尽智を
神通と、表現したに過ぎない。
自分自身で貪欲を節制し、あまたの煩悩の発露の源を知る心の
働きの成果です。
無常を知り破壊されるべきを知り、執着の汚れを理路整然と
理解できて、それで得ることが出来る知恵によって解脱を果たす。
それが倶解脱で、何か得体のしれぬ超能力でも何でもない。
理屈や理論に溺れて、言葉による呪文の力に頼ることでもない。
せめて貪りを節制しようと努めたら、そこから解脱への
道が開けるのです。
もし切るべきというなら、貪欲や執着を無明を知ることで、
切るべき相手とすることです。
因縁を切れという理屈は、仏教そのものを否定することです。

177 :
>>161 :神も仏も名無しさん:2013/02/25(月) 14:08:58.03 ID:CY/b89Dz
>結論を先に述べると
>釈尊の 「教え」の原点 は、「 輪廻 (=苦) の作り手」 を 見つけたことであり、その正体が「渇愛」であると
>見破ったことなのです。
>その発見のために必要 とされる能力こそが、「 三明知 」として経典で説かれていた 宿命智 と 死生智だったと
>言うのです。
>これを読んでなるほどと思った。
前のスレでも書きましたが、四聖諦の中の最も重要なポイントは、苦の生起は「渇愛」に縁って起きる、
ということで、釈尊の悟りの根本は、この「渇愛」の発見にこそあったと言えます。
(ダンマパダ153番)
家の作者(作り手)を探し求め 幾度も生まれ、輪廻の中を 得ることもなく、彷徨(さまよ)った
(ダンマパダ154番)
家の作者よ、お前は見られた  二度と家を作りえず  お前の垂木(たるき)はすべて折れ
棟木(むなぎ)も破滅されている  私の心は無作にいたり  渇愛の滅に到達す
意訳:
『私は、輪廻を造りだす原因(家の作者)を探し求めて、何度も生まれ変わり、死に変わりして輪廻の中をさ迷い続けた。
 だがついに、私はその原因(家の作り手)を発見した(お前は見られた!私に見つかってしまったのだ!)。
 それ故に、私はもう、家の材料となる垂木も棟木も壊してしまって、私は輪廻に赴くような何ものも作ることがない。
 それは、(家の作り手である)渇愛 を滅すること に到達したからなのだ。』

これを読んでも釈尊にとって、「渇愛 の発見」が如何に重要であったかが、よくわかります。
そして、ここを起点として、
四聖諦・八正道・十二縁起などが説かれていったのであろうとの分析に私も納得したのです。

178 :
如是我聞
カクノゴトクワレキキヌ
ですね
私はお釈迦様からこの様に聞いた。
三福道あり。
三つの福を得る道があると…。
正確には桐山さんが後から教団の都合のよい様に経典を書き換えていたことが指摘され問題となった箇所ですね。
『如是我聞』
を悪用したと言うことでしょうか。
桐山さんは
「我は阿含宗の開祖じゃから経典を少しくらい書き換えたって構わんじゃないか、ワシにはそのくらいの資格と権利はある、だってなんてったって私は阿含宗の開祖なんだからね」
とかなんとか胸の内で思っていたんでしょうか。

179 :
あれ準ボケオンさん、今度は「如是我聞」に変えたのですか?
って、あんた、総本山から違法デンパを大ウケして、爆笑したもとい
脳梗塞になったもとい、預流になった如是我聞といいたいのではありませんか?
ふふふ、本音が丸見えですよ。

180 :
「我は聞いた」さんにレスを付けるにあたり、名前をお呼びする際に、私は我聞さんと
書くことになると思います。
これは単なる省略形ですね。
彼だってユビキタスくんだけでなくユビくんと省略形を使うのだから許される話です。
ただ名前をお呼びすると書いたが、お呼びしたくない、ってか自分の人生において
関わり合いたくないのが本音ですがw

181 :
>>162:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:19:44.73 ID:ldMcPqkK
>いますが、その理由はよく解りますよ。凡夫の場合は、死に方の怨念を持ったまま
>次の生に引き継ぐからです。深層意識などに、その影響が出ないはずはないでしょ。
>かといって、津波洪水などの被害者の場合、すべて業報だとは思わん、と我は既に
>レスしてます。
>阿羅漢の場合は、死に方などどうでもいいのです。死んでしまえば、涅槃寂静が待っ
>ているわけですからね。どんな死に方でも、楽しいくらいでしょうよ。

話をぐちゃぐちゃにしないで欲しい。
怨念?深層意識への引き継ぎ?
誰が霊障や不成仏霊の話をしてるのだ?
桐山業報と桐山運命の話をしているのです。
桐山さんは横変死の因縁を説くにあたり、その因縁透視は的中率百発百中とも百発百二十中とも自負している。
必ず当たるのは何らかの業報から来た運命だと読み取っているのです。
だから津波犠牲者にしても偶然なんてことはなく、百発百中で当たるだけの原因があり、
すなわち業報だというわけです。
我は業報だと思わんなんて我聞教には用はないんじゃ、われ〜。
また阿羅漢の運命ではなく凡夫の運命を問題にしてるのです。
津波犠牲者は阿羅漢だったのか?
深層意識についてはこの後述べるが、怨念の深層意識への引き継ぎとは
今回の津波犠牲者の怨念ではなく、今回の津波犠牲者が深層意識に受けてしまい
運命の反復により津波の被害に遭ったと言いたいのか?
三陸などは昔から大津波、山津波の被害がある。
その昔の犠牲者の怨念が今回の犠牲者の運命を呑み込んだと、またまた侮辱するのか?
この場合、侮辱するのは明治時代の津波犠牲者の加害者怨念だけでない。
今回の平成犠牲者にしても明暗を分けたのは徳の有る無しです。
すなわち悪い運命を受ける人はそれだけ不徳だったからこそ因は縁を選んだと
いうのが桐山因縁理論です。明治時代の犠牲者が縦の因縁ならば、平成犠牲者もまた
前世で不徳をなしたから、今回の運命は花開いたというわけです。

182 :
>>163:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:39:39.81 ID:ldMcPqkK
>そのように↑思うのを我見というのです。自分の心のことだから、自分で解る
>と思うのは浅はかな我見です。ならば、あんたは自分の深層意識がわかるかえ?
>解らない、というのが現代心理学の常識でしょ。
また桐山さんの真似してオカルト深層心理学なんて出している。
私に言わせればフロイトもユングもソンディも精神分析だの心理学だの言っても
思想に過ぎない。科学と呼ぶには足りないのです。
しかし深層意識というものを否定しているのではない。記憶には層があるってか
深いものがあり忘れているものがある。しかし完全に消えたわけではなくふと思い出す
こともあるように記録がされている。
しかし潜在記憶、深層記憶はあっても、自分自身すら不可知の自我なんてものはそうそうない。
仏教でも煩悩のことを随眠と表現しますね。
しかしこの随眠は深層意識ではなく、機嫌のよい時には姿を見せないが、何かあると
怒りなどが爆発することを言う。普段は眠っている。起きた時が纏という。
ならば纏が現れた瞬間さえ見逃さなければ煩悩はキャッチできて自覚できて
制御だってできます。四六時中の自己観察がそれを可能にする。
つまり自分の心など表面だろうが深層だろうがわかる。
動物愛護を念じ、動物愛護を口にする人が足で猫の腹を蹴飛ばすなんて矛盾した
ことはしないと書いたでしょ?
それをやってしまう人格乖離した人ならば猫の腹を蹴飛ばす瞬間の自分を見逃さなければ己の残虐性を
発見できます。やはり自覚はできるのです。
人類皆夢遊病者とあなたは言いたいのか?

183 :
>>163:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:39:39.81 ID:ldMcPqkK
>普通の人には解らないことが解るわけです。
>やはり衝撃的な何かが、起こるわけですよ、漏尽智とはね。
>それで不受後有(来世がないということを如実に知る)を悟るわけでしょ。
>経典からは、漏尽智=不受後有智、とも解釈できるでしょ。
>経典には「生解脱知 不受後有」など、解脱智が生じて来世がないことを知る、
>と、説かれているんだからさ。
相変わらず漏尽智を神通力と見ていますね。
違うのです。そもそも智というが、要するに「知る」ことなんです。
知るとは我々が当たり前に知識を得、理解し、知覚をして認識を得ることです。
知ることにおいて何を知ることが最高と言えようか?という命題を出した。
そこで釈尊は三明というものを仮に打ち立てた。
自分の前世や来世を知るような神通力がある。これってすごいよね。
しかしもっとすごい認知があるのだ。
それは煩悩がなくなったことを認知することだ。
だって煩悩をなくすなんてどれだけ価値があるかわかるだろう?
過去や未来を見通す神通力の智慧よりも煩悩をなくすことがすごくて価値があるのだ。
煩悩がなくなったことを見通す千里眼の神通力ではなく、それは煩悩をなくしさえ
すれば凡人の頭脳でも簡単に知ることが できます。
昨日は煩悩を出さなかった。今日も煩悩を出さなかった。明日も観察を続けよう。
毎日が知ることの連続です。
つまり三明とは実は漏尽智、漏尽だけを説きたかったものと私は見る。
比較の材料に凡人では不可能な神通力を出した。
その神通力よりもすごくて最高なのが漏尽智であり漏尽です。
つまり表現としては悪いが、他の二明とは漏尽をより際立たせるためのかませ犬みたいなものです。

184 :
>>164:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:50:26.59 ID:ldMcPqkK
>約30年前にジャンボ機が山に墜落して、500名余の犠牲者が出たとき、管長は、
>「因縁がなくても、巻き添えを食う、という場合もあるでしょうね」と、法話で
>話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
>場合がある、と管長は言っているのです。
1985年ですね。つまり少なくともこの年には我聞さんは入行していたわけだ。
まあそんなことはどうでもよいが、桐山さんがそんな矛盾したことを言うのは
あの人の責任なんだが、そんなことを言ったら百発百中の因縁透視の因縁なんて
嘘になり崩壊してしまいます。
崩壊させぬためには、そんな例は例外としてたまに散見されるとしないと説明がつかない。
だから津波犠牲者は実はそんな業報も因縁もなかったのが「偶然に」巻き込まれた
と言いたいのか?
大勢の津波犠牲者たちがです。例外だけでなく。

185 :
>>165:我は聞いた :2013/02/25(月) 15:16:13.05 ID:ldMcPqkK
>その尼僧の場合は出家させて環境を、根本的に変えてしまってあげたのです。
>外界は変らずに、なんてもんではないでしょ、大幅に変えたのです。
いいえ、変わったのは自分だけで周囲の関係した人たちは何も変わってません。
その人たちと関わりを捨てたのです。
もっとはっきりべつの側面から言うとあきらめただけです。
自分の内面を変えただけで外面の情況は変わってません。
つまり癌にかかった例に置き換えたら、癌はそのままだけど、それに囚われない
残りの余生をどう生きるかだけ考えて、癌の克服なんて考えないようにしたものです。
桐山因縁解脱って、癌になったら諦めて出家することを在家に説くんですか?
>また、子供に先立たれて、何日も食べないで悲嘆にくれていたウパソクには、
>悲しみ嘆くな!心身を害するだけだ、悲しんで何の利益があろう、悲憂の心
>を調伏せよ!悲嘆を止めなければ幸福は来ない、と説いています。

これなんか明らかに外界の情況変わってないじゃん。
もちろん死んだ子は生き返らないし、自分の心しか変えられない。

186 :
>>166:我は聞いた :2013/02/25(月) 15:26:34.42 ID:ldMcPqkK
>証明書に過ぎない、とレスしたのは阿含経を読んでの我の感想であり、言葉の
>アヤもあるさ。天眼智で弟子の過去世が解れば、指導もしやすい、
>それが三種神変という仏陀の持つ教化の神通でしょ、実益もあるわけです。
いえ、私は桐山さんが提唱した密教の与える五大超能力とか阿含仏教の与える六大超能力とかと
釈尊も示した神通力との対比を論じているのです。
桐山さんの説く超能力は超常現象の側面ではなく人間が持って仕事などにも生かせる
最高の能力開発としてです。
自分を変え他人を動かし自分の想念のままに環境を作る能力とか、爆発的な念力による
願望達成力とか、高度に発達した頭脳とかです。
自分を変えたではないか?と言うが、仏教のそれは神通力で変えたのではない。
教えを徹底理解認識し、実行して自分を変えたのです。
そして釈尊の神通力とは空を飛んだり変なのばっか。
オウムの信者も自分たちの超能力を宣伝してましたよね。
あれは超常現象みたいなものを主観だけで感じたのだと言う。
私は信者だった当時それを嘲笑していた。
神秘体験をしたからと言ってそれが何に役に立つと言うのか?
それよりこちらの超能力は人間社会に役に立つ能力なんだ。
君たちは超人修行なんて言って人間修行が足りないんだよ。我々は人間修行から始める。
目指して獲得するのも不思議な神秘よりも現実に高い能力なんだと比較していた。
もちろんそんな高い能力も得られないのだが、どうも経典の神通力記述を読むと
桐山能力開発商会とは全然違って、むしろオウムの神秘体験の方がそれに近いじゃん
と思うわけです。もちろんオウムの神秘体験の幻覚と釈尊の神通力は違います。
しかしオウムの着眼点の方が神通力に関する限り、アゴン宗の能力開発よりも
近く見えてしまうのはなぜだろう?
釈尊の神通力に役に立つ超能力だの高い能力で仕事をして問題を解決するような
発想、方向性がないからです。
つまり方向性が全く違う。

187 :
>>168:我は聞いた :2013/02/25(月) 15:39:47.34 ID:ldMcPqkK
>釈尊にも離別はあった。しかし、釈尊は、離別した弟子たちの行方は知っていた
>わけです。そこが凡夫の離苦とは違う点の一つですね。
>自分が死んだ(滅)後の、世界も解る、そうなると老死はもはや凡夫の老死とは
>意味が違う、釈尊の老死はいわば天国へのゲートに過ぎない。
意味不明なこと言わんといてください。
釈尊もサーリプッタやモッガラーナに先立たれた時悲しまれたのです。
ただしそれはもちろん人間としての一時的な情であり、いつまでもそれを引きずりはしません。
でもこれって、よく考えてみてください。
我々凡人だって同じではないか?
親などが亡くなって涙して悲しむ。でもまた普通の生活に戻って元気に暮らしている。
それと同じであり、我々でも実行可能ですよ。
愛別離を必要以上の苦とみないことなんか。
ちなみに釈尊はサーリプッタともモッガラーナとも永遠の別れをしたのです。
なぜならもはやどちらも輪廻を止めたのだから。
他の弟子たちに対しても自分の臨終に際して「君たちを捨てて我は去る」と
もう関わりがないことを強調した。
誰かさんみたいにブッ怪とやらで待っていないのです。
天国にもいないのです。

188 :
>>171:我は聞いた :2013/02/25(月) 15:54:49.38 ID:ldMcPqkK
>せよ、という教えが目に入る。あなたがレスした、脳を改造すれば四苦八苦などすぐ解決
>してしまう、なんて所は目に入らないし、入ったとしてもそれは煩悩を無くした後のこと
>だとすぐに理解できた。
目に入らないのはあなたが桐山さんの教えを理解してないからです。
桐山さんは高い知能、頭脳を持つとエネルギー問題も環境問題も解決するような
新発見も開発もすると説いた。
単に頭脳だけでアンバランスな脳を改造することによりレイセイとやらが開発され
理想的な人格にもなるとした。
すなわち言葉による単なるオシエを聴いて実践するのではなく、超能力開発が
そのまま我々の苦境打破に直接的につながるという方向性です。
>あんたも、バウッダなどからは卒業して、自立を目指したほうがいいさね。
バウッダにそんなこと書いた三枝先生って、月刊アーガマにも寄稿したんだってねえ?
どうしてそんな桐山教義も知らない奴が天下のバウッダに寄稿したんですか?

189 :
訂正
×:どうしてそんな桐山教義も知らない奴が天下のバウッダに寄稿したんですか?

○:どうしてそんな桐山教義も知らない奴が天下の月刊アーガマに寄稿したんですか?

190 :
宝くじで5億円ゲットしました
これもすべて創価学会と池田先生のおかげですありがとうございました

191 :
 
裏深山   http://www004.upp.so-net.ne.jp/ritsumei/sanpokai/index.html

192 :
桐山さんの「如是我聞」
桐山さんは「如是我聞」で
大乗仏教、法華経などをボロクソにけなした
「如是我聞、私はお釈迦様からこの様に聞いた、
この四文字を経典の始めにつけることで皆、大乗経典はお釈迦様がお説きになったお経だと信じてしまったのだ」と。
しかし
今度は自分が「如是我聞」を利用して信者に
三福道を説き始めた。
信者に
桐山さんが創作した三福道を
さも、お釈迦様がお説きになったかのように偽り
自分が偽造し創作した三福道を
お釈迦様が説いた教えとして
信者に教えた。
今度は自分が
「如是我聞」を教団運営に利用した。
「如是我聞」を悪用したと言っても決して言い過ぎではないかもしれません。
阿含経典を勝手に書き換えた。
お釈迦様の正しい教えをねじ曲げて自分の教団運営に都合の良いように編集して
「如是我聞」を使って平気で信者に教えていた訳です。
こうしてお釈迦様が言ってもいないことが言ったかのように後世に間違って伝わってゆくことになるのでしょう。
大乗経典の作者をコケ下ろし大乗経典を創作経典捏造経典とののしり
阿含経典こそ「如是我聞」の言葉に相応しい真の仏教経典であると
阿含宗を宣伝していた桐山氏。
そんな桐山氏が自ら経典偽造に手を染めてしまっていたとは・・・!
★【如是我聞】☆
私はお釈迦様からこの様に聞いた・・・

193 :
我は聞いた・・・ちゃんと聞いてねえだろ!桐山さんの法話を。著書を。
我不聞だな。

194 :
また訂正だ。
×:単に頭脳だけでアンバランスな脳を改造することによりレイセイとやらが開発され
 理想的な人格にもなるとした。

○:単に頭脳だけでなく、アンバランスな脳を改造することによりレイセイとやらが開発され
 理想的な人格にもなるとした。
超人類社会の指向とやらです。
桐山さんの指向する超人類社会とは空を飛んだり壁をすり抜けたりする訳のわからん
軍団ではなく、高い能力で未来社会を構築する人たちです。
原発に代わるエネルギー資源とかは、それ自体超能力の産物ではないが、
超能力修行によって高い能力を身につけた人たちが考え出すという未来構図です。
これによって破滅に瀕した人類を破滅から克服させ次のステップに向かわせる。
破滅には人間の脳のプログラミングミスも関わるから間脳を開発して霊的バランスを保ち
健全な社会を作る。
つまり現実社会の改革は、我々が現在進行形で続けているような科学技術の開発努力
によって為されるのでもあるが、その基本的な開発にブッダの教える神通開発法が
それを担うというわけです。
もちろん科学技術では解決できない霊的な問題へのアプローチもこの神通開発によって
成し遂げられる。
そういう構想を描いているのに、やれ神通力は修行に導くためにアピールだけしてみせただの
修行の成果が超常現象、神秘体験を通してそれが確認できるだけって、おかしいと思いません?
それを言いたかったのです。
答えは簡単。釈尊の神通力にそんな方向性などこれっぽっちもないからです。
神秘体験をするかのような神通力なんて何の役にも立ちません。
ただそんな神通力も備えるようになってしまったというだけです。

195 :
つまり、神通力は正しい教えに導く為の方便パフォーマンスという説には反対して
そんな意図はないとしたが、しかし一部はそんな効果もあったかもしれないと書いたのは
そんな程度でいいの?と問いたかったからです。
また神通力の開発体感自覚が修行の達成度の指標になるなんて話も、私はそれは
解脱の証明にはならないだろうと思っているが、しかし中間過程の指標にしちゃう人もいるかもしれない。
でもそんな程度でいいの?と問いたかったわけです。

196 :
>>164:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:50:26.59 ID:ldMcPqkK
>約30年前にジャンボ機が山に墜落して、500名余の犠牲者が出たとき、管長は、
>「因縁がなくても、巻き添えを食う、という場合もあるでしょうね」と、法話で
>話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
>場合がある、と管長は言っているのです。
これは我聞さんの理解不足です。
因縁がなくてもというのは、カルマの強さの話です。
桐山さんのいう因縁論は次のような物です。
「肉体障害の因縁あり、肉体障害因縁強し、横変死の因縁あり、
これはその人のカルマの強さの違いを表している。
またこういうカルマはその人単独で成り立っているのではなく、
社会、地域、家族、個人というように、重なってできている。
だから、個人が肉体障害の因縁しかなくても、社会や地域のカルマが
強いと、横変死することもある。
日航機の場合も、横変死の因縁という最悪のカルマをもった集団と
一緒のなると、「肉体障害因縁強し」くらいの人でも、
集団のカルマに巻き込まれて、横変死することがある。
つまり、横変死の因縁がなくても横変死するのである」
これが桐山さんの理屈で、我聞さんの理解や記憶がいかにデタラメかよくわかる。
桐山さんの話も一見、もっともらしい話だが、もちろん、全部デタラメで
何の根拠もなく、因縁論の矛盾を突かれても大丈夫なように
屁理屈を並べて、同時に、信者を横変死の因縁で精一杯脅かすためです。
「おまえら、横変死の因縁がないからと言って安心するなよ。
地球壊滅のようなカルマが動けば、横変死の因縁がなくても横変死する。
どうだ、恐いか」と脅かしている。
悪質です。

197 :
>>164:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:50:26.59 ID:ldMcPqkK
>話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
地球のカルマ、地域のカルマという大きなカルマを何とか
しない限り、個人の悪因縁をいくら切ってもダメだという考えから、
信者は狭い範囲では先祖の解脱供養や冥徳解脱、また屋敷浄霊をし、
地域では土地浄霊をし、地球規模では海外で護摩を焚いた。
こういうアゴン宗の教義を我聞さんは何も理解できずに、
偉そうにお説教するのが笑える。
桐山さんが、周囲のカルマに巻き込まれて横変死することがある、
などという奇妙な話を出したのは、桐山因縁論の矛盾をごまかすためです。
横変死の因縁を指摘されていない信者が横変死した場合、どう説明するか。
「その人には横変死するほどの悪因縁はなかったが、周囲の霊障のカルマが
強すぎて、肉体障害の因縁が横変死の因縁になったのだ」
と言う屁理屈をつけられるからです。
なにせ桐山さんにしか見えない世界だから、何とでも理屈は付けられる。
そしてこういう嘘デタラメのその場しのぎの屁理屈で信者を
騙したことを桐山さんは仏陀の智慧と自慢している。
だが、良く考えて見れば奇妙な話です。

198 :
>>164:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:50:26.59 ID:ldMcPqkK
>話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
「肉体障害の因縁強し」の人が二人いて、片方は周囲のカルマに
巻き込まれて横変死して、もう一人は死なない。
こういう運命の違いを見分けるのが因縁霊視ですよね。
桐山さんによれば万物はカルマによって動いているという。
ならば、周囲のカルマに巻き込まれることも、そういうカルマなはずだから、
これが霊視できないなら、何のための因縁霊視なのか。
命があるかないか、という究極選択すらも区別がつかない因縁霊視って、
何の役に立つのだ?
「あなたには死ぬ運命はないが、しかアし、死ぬかもしれません」は
「明日は晴れますが、所により曇り、雨か雪が降るかもしれません」と
言っているのと変わりない。
我聞説のように、因縁がなくても横変死するなら、
桐山因縁論は嘘だと言っているのと変わりない。
桐山さんも我聞さんも、その場しのぎの空想を書き続ける。
大嘘つきで知らずだからです。

199 :
>>164:我は聞いた :2013/02/25(月) 14:50:26.59 ID:ldMcPqkK
>話していましたよ。だから、因縁が無い場合でも、そういう運命に巻き込まれる
桐山さんがこういう屁理屈を唱えるのは、彼には運命を透視する力などないからです。
四柱推命の占いで出てくる運命の星に適当に名前をつけて
信者を脅かしていたにすぎない。
それすらも面倒だとばかりに、修行者宝鑑のように、信者の自己申告の因縁を
さも霊視したかのようなふりをして授けていた。
まさにインネンをつけるという言葉そのままです。
信者さんたちが未だに桐山さんに運命を透視する力がある、
運命を変える力があると信じているのが信じられない。
あの桐山さんのどこが運命を透視したのですか。
桐山さんは頭の上のハエもおえず、自分の尻もぬぐえないではないか。
その一つに、桐山さんは自分には脳障害の因縁はないと昔書いている。
>>198修正
正 大嘘つきで恥知らずだからです。
誤 大嘘つきで知らずだからです。

200 :
何この宗教聞いたことねえ!

201 :
>とにかく禁じたのです。
>なぜ禁じたかあなたには想像がつくか?
>禁じたんだから、いやしくも仏教徒を名乗りたいならば呪術などに関わってはなりません。
これは難しい問題ですな。阿含宗は根本仏教と密教をアウフヘーベンさせた教団です
からな。我には、因縁解脱を説かない宗教など不用ですからな。
因縁解脱の手法として効果があるならば、呪術だってよかろうに、と我は思うね。
なぜダメなのか?釈尊からその理由を聞くまでは、我は納得しないさ。

202 :
>阿含物語ではなく大乗物語でもなく俗信物語、おねだり物語ということになります。
>あなたの信仰スタイルがズバリ安易な他力のみを頼り、他は屁理屈で自分をも騙す
>おねだり信仰なんだから、そういう視点でしか小説を読めず、あろうことか
>それが阿含なんだと思っているだけです。
これはおねだり信仰とは違うのですな、あんたは祈り(懺悔・感謝・救済・等々)
とおねだり信仰の区別がついていない。あんたはまだ我見で判断してるから、
祈りとおねだりの区別がつかないのです。これを説明するには、多言を要する
から省くけどさ。
釈尊から、この救済力を除いたのでは、釈尊はただの人に過ぎない。
礼拝する価値なんてないよ、宗教にならないね。ソクラテスや孔子にも劣るさ。
イエス・キリストも同じことだなぁ、遠藤周作さんがさ、クリスチャンであり
ながらさ、イエス・キリストの奇蹟話を否定して、物議を招いたことがあったな。
その方が文明人らしいと勘違いしたのだろうさ。
あんたもまだそのレベルだよ。バウッダなどは、宗教者からみたら、単なる参考書に
過ぎない。バウッタは、スタート地点から一歩も歩めていない。
ただ、阿含経の名を広めたという点では、大きな功績はあるだろうさ。

203 :
>会うこともあったし、思いのとおりに環境は変わってくれなかった。
>それらは厳然とありながら、それは根本的な苦とは思わなくなったのです。
>だからそれらを何とかしたいなんて願わなくなり、苦が滅したのです。
>それが涅槃です。
涅槃を得たから願う必要がないのであって、
願わなくなったから涅槃を得たのではないよ。
あんたはまだ勘違いしていますね。

204 :
>ところがアゴン宗の信者みないな人は、自分たち信者だけがある修行とかいうものを
>すれば享受できてしまう都合のよい話があるのだと信じて、そういう外部の情況変化
>求めて、あくせく妄想を追う。
あのさ、妄想じゃないのよ。自分を変えれば外部情況は変わってくるんだよ。
管長がよく言ってるよ、外部を変えようとしても変らない、自分を変えたら
外部が変る、と。当たり前でしょ、慈悲喜捨の心のとこで話たけどさ、もしも、
怒りと害心だけで、人を虐めてだけ、付き合っていたらどうなるか?
3年もしたら、放火されちゃうかも知れないでしょ、それが災難。
その反対に、慈悲心だけで人を助けてばかりいたら、付き合っていたらどうなるか?
外部が変るでしょ?

205 :
>>「因縁がなくても、巻き添えを食う、という場合もあるでしょうね」
>じゃあ、いったい何の為の因縁解脱だよ?
>意味不明。
死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。

206 :
>必ず当たるのは何らかの業報から来た運命だと読み取っているのです。
>だから津波犠牲者にしても偶然なんてことはなく、百発百中で当たるだけの原因があり、
>すなわち業報だというわけです。
それは違うってばさ、管長は本に、三悪趣の因縁が無い場合でも、横変死する場合が
あると本に書いていますよ。横変死した場合でも、生前、仏道に励んでいた場合は、
地獄界には生じない、と。マハーナーマンが、良い例でしょう。

207 :
>桐山さんは
>「我は阿含宗の開祖じゃから経典を少しくらい書き換えたって構わんじゃないか、
>ワシにはそのくらいの資格と権利はある、だってなんてったって私は阿含宗の開祖なんだからね」
>とかなんとか胸の内で思っていたんでしょうか。
当然そう思っていたでしょう。だってさ、三善根のままだとさ、「なんだ、三善根のことか」
と勘違いしてさ、供養を全く考えない人も出るでしょうよ。
貪を無くすには施供養が必要だっていうのにさ。

208 :
>すなわち業報だというわけです。
>我は業報だと思わんなんて我聞教には用はないんじゃ、われ〜。
あのね、「我は業報だとは思わん」てのは、管長の弁を代弁しただけなのよ。
以後も同じだよ。
管長は、因縁がない場合でも、巻き添えを食う場合がある、といってますからね。
我聞教?ワハハハハィ、我はたまに。
あんたはいつも、ユビキタス教を垂れ流してまっせ。

209 :
>相変わらず漏尽智を神通力と見ていますね。
>違うのです。そもそも智というが、要するに「知る」ことなんです。
>知るとは我々が当たり前に知識を得、理解し、知覚をして認識を得ることです。
あのさ、漏尽智を神通力だと説いてるのは釈尊なのよね。それを詳しく説くとき
はね、いつも一番最後に漏尽智を説いてますよ、そして不受後有を知る、と。
あんた、管長に反対するだけではもの足りず、釈尊にも逆らうのかえ?
深山くんの支持も得たからとw。

210 :
>しかしオウムの着眼点の方が神通力に関する限り、アゴン宗の能力開発よりも
>近く見えてしまうのはなぜだろう?
>釈尊の神通力に役に立つ超能力だの高い能力で仕事をして問題を解決するような
>発想、方向性がないからです。
>つまり方向性が全く違う。
ウムッ、なるほどとは思う。が、考えてみれば、大乗仏教花盛りの日本で、
阿含仏教を広めるには、三十七道品=密教、として超能力を打ち出さす必然性が
あったと思われますね。時代の要請として、超能力の夢が現代にどうしても必要
だ、ロマンだ、それがなければ現代社会は滅びてしまう、と管長本に書いてた、
はずです。

211 :
>釈尊もサーリプッタやモッガラーナに先立たれた時悲しまれたのです。
>ただしそれはもちろん人間としての一時的な情であり、いつまでもそれを引きずりはしません。
>でもこれって、よく考えてみてください。
>我々凡人だって同じではないか?
それは凡人とは違う、と釈尊は説いています。何という経典だったか忘れたが、
凡人の愛別離苦の悲しみは、二の矢、三の矢、四の矢、と続くが、
解脱した聖者には、二の矢、というのはないのだ、と説いています。
だから、弟子を失った釈尊の悲しみは凡人の悲しみとは違うはずですよ。

212 :
>単に頭脳だけでアンバランスな脳を改造することによりレイセイとやらが開発され
>理想的な人格にもなるとした。
>すなわち言葉による単なるオシエを聴いて実践するのではなく、超能力開発が
>そのまま我々の苦境打破に直接的につながるという方向性です。
それを発揮するのは、これからなんですな。これからの千年。
バウッダは、阿含宗入行前の予備知識として、読んでおくことが望ましいね。
そうでないと、誤解して、やたら超能力開発に走る信徒の恐れがあるから。

213 :
>軍団ではなく、高い能力で未来社会を構築する人たちです。
原発に代わるエネルギー資源とかは、それ自体超能力の産物ではないが、
超能力修行によって高い能力を身につけた人たちが考え出すという未来構図です。
これによって破滅に瀕した人類を破滅から克服させ次のステップに向かわせる。
破滅には人間の脳のプログラミングミスも関わるから間脳を開発して霊的バランスを保ち
>健全な社会を作る。
そういう未来構図、今からでも必要でしょ?
ロシアで隕石騒ぎがあったけどさ、あれが日本の原発を直撃したら、大変でしょ。
直撃せずに、周辺に落ちても大変だろね。安全神話は信用できないからさ。
トンネルの天上が落ちたりしてんだからさ、隕石の爆風で原発が吹っ飛んじゃた、
どうしましょ、なんて、怖い話です。
でも、杞憂とはいえないさね。

214 :
>>207
ほー
ナルホドね。

215 :
>相変わらず漏尽智を神通力と見ていますね。
>違うのです。そもそも智というが、要するに「知る」ことなんです。
>知るとは我々が当たり前に知識を得、理解し、知覚をして認識を得ることです。
漏尽智を神通力だと説いてるのは釈尊だから、神通だ、ということだけではなくて、
少し考えたら、漏尽智が何で神通なのか、解ることださ。
渇愛煩悩を、深層意識まで含めて断じた、と自覚できるのは神通でなくても自覚
できる、と我も譲歩して認めたとしよう(できっこないが)。
しかし、さらに大きな問題がある。渇愛煩悩・欲望煩悩が尽きたのは、心解脱に
過ぎない。
しかし、次に無明漏という煩悩がある。智慧を備えることだ、これを慧解脱という。
苦集滅道という、四諦の法門を完全に会得しないといけない。
縁起の法、つまり、無明ー行ー識・・・老死、という法を完全に体得しないと
いけない。それが心解脱=無明漏尽、ですな。
それを知る力を、あんたは、神通ではないというのかね?
理法をマスターした、という知見は、神通なしにはできないことでしょう。
それ以外の自覚は、理法を会得したつもり、であることよw。
だからこそ、この漏尽智は神通なのだと、知らねばいけないね。

216 :
>>202
> 釈尊から、この救済力を除いたのでは、釈尊はただの人に過ぎない。
このただの人に過ぎないってところが、宗教として革命的なことなんじゃないですか。
ワレモンさんも実は薄々気づいていて、でもやっぱり釈尊は特別なんだって言い張るのですか?

217 :
>訂正
>×:どうしてそんな桐山教義も知らない奴が天下のバウッダに寄稿したんですか?

>○:どうしてそんな桐山教義も知らない奴が天下の月刊アーガマに寄稿したんですか?
ね、訂正後も、天下の月刊アーガマ、になっているでしょう。
貶そうとしたのに、天下の月刊アーガマと書かせたw、これは神仏の仕業ですなぁ。

218 :
>すなわち業報だというわけです。
>我は業報だと思わんなんて我聞教には用はないんじゃ、われ〜。
あのね、「我は業報だとは思わん」てのは、管長の弁を代弁しただけなのよ。
もう少し詳しく説明してあげるとだね、例えば、漏尽通は神通ではない、と
いう意見は、ユビキタス教なわけよ。他に誰がそんなこといってる?
津波の犠牲者は、因縁には関係ない、という主張も、ユビキタス教なのよ。
解るかい?
あんたの言ってることは、他人から見たらほぼすべて、ユビキタ教なんだぜ!
我聞教をいうな、なんて批判するなんざぁ、おかしな話なんだぜぃw、
解るかえ?はよ解りなw。

219 :
>> 釈尊から、この救済力を除いたのでは、釈尊はただの人に過ぎない。
>このただの人に過ぎないってところが、宗教として革命的なことなんじゃないですか。
ワレモンさんも実は薄々気づいていて、でもやっぱり釈尊は特別なんだって言い張るのですか?
ただの人では、礼拝の対象・教祖にはなれないね。誤魔化して、一時的に礼拝の
対象になれたとしても、いずれはオウムみたいに、化けの皮がはげる。
釈尊には、ただの人とは違う救済力がある。だから、礼拝の対象になるし、なっている。
我がなぜそういうかといえば、管長の救済力を実感したし、その管長が釈尊を讃えている
から、釈尊にも救済力があると、信じているわけよ。
その逆ではないよ。あんたにゃ、すぐには解らんじゃろうけどさ、教えとくぜw。

220 :
災害の犠牲者にインネンつけて、オウヘン死のインネンであるなんて、面と向かって犠牲者に言えますか?
しかも原発の被曝者に、肉体障碍の因縁と言えますか?10万円差し出したらガンにならないよって言えますか?

221 :
>>219
麻原は確かにただのヒトじゃない、化けモンだ。だからみんなビックリして、うっかり礼拝してしまった。
あまりにもゲテモノなので、これは実は聖者かもしれないのでは、
と勘違いした。
釈尊はただの人を極めて、笠智周のような無垢の境地に達した。これが人間の最高の境地だというのが、仏教の真髄じゃないですか。

222 :
>>219 誤魔化して、一時的に礼拝の対象になれたとしても、いずれはオウムみたいに、化けの皮がはげる。
因縁が切れてねぇボケ老人の桐山のことだよね〜〜〜。(爆

223 :
会話が成立しとらん(T_T)

224 :
準ボケオン改め我は奇異ださん、
壊れ具合がすさまじい。
一人つぶやく徘徊老人。
あぶないなあ。

225 :
>>205 :我は聞いた:2013/02/26(火) 15:32:03.57 ID:BEDCoM4R
>死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
>横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。
よくもまあ、口から出任せの空想を一日中書いていられるものだ。
三十年も因縁切りをして、すっかり教祖様に成り下がっている。
信者さんたちは我聞さんの我聞教をまともに取り合わないことです。
彼の書いていることの大半はアゴン宗の教義でもないし、もちろん釈迦仏教ではない。
もっとも、大半は意味不明だが。
我聞さんのヨタ話ではなく、信者さんたちはしっかりと
アゴン宗の教義と現実とを比較することです。
アゴン宗の大黒柱とでもいうべき因縁切りを桐山さんは本当に達成しているのか。
信者さんたちは「ゲイカはガンの因縁を切った」というかもしれない。
だが、いったい誰が桐山さんにガンの因縁があると透視したのですか。
桐山さん本人、つまり「自己申告」です。
ガンの因縁があるかどうか誰一人他人は確認していないのです。
ガンの因縁の洗い出しというのも、長年の桐山さんの暴飲暴食から、
胃腸が悲鳴をあげてストライキをしたとみれば説明がつく。
桐山さんが医者に行き、ガンの疑いありとでも言われたらまだ説得力もある。
桐山さんは医者にかかっておらず、ガンになりかけたなんてのもただの自己申告です。
ガンの因縁も、因縁の洗い出しも、すべて何の客観性もない話です。
我聞さんが自分の因縁がキレタというのと同じで、桐山さんの思い込みです。

226 :
桐山さんは色恋沙汰で色情の因縁を出した。
信者さんたちも我聞さんと同じでE川さんは愛人などではないと言うだろうか。
では、>>2-3を信者さんたちはどう見るのですか。
これは裁判に提出された資料を元信者が書き写したものです。
他にも、バスローブ姿の桐山さんの胸にE川さんが寄りかかる写真もあった。
信者さんたちはこれを批判側の捏造だというのですか。
もしそうなら、どうして桐山さんは裁判の資料の閲覧ができないように
裁判所に頼んだのだ?
裁判は原則公開であり、資料は誰でも閲覧できる。
特別な事情のみ、閲覧禁止の処置ができる。
桐山さんにとってものすごく都合の悪い資料だから、閲覧禁止したのです。
何ら身に覚えもないなら、正々堂々と閲覧させればよい。
だが、身に覚えがあり、都合が悪いから、隠した。
>>2-3のような桐山ゲイカ直筆の資料を見たら、
桐山さんとE川さんとの間に何もなかったと思うほうがどうかしている。
若い色っぽい女性を、他の人にはわからないようにと、
夜11時に自分のホテルに来るように誘っている。
>>3の歌を信者に与えた普通の歌に見えますか。
どう見ても「君が好きだ」という恋歌です。
信者さんたちはこれをどう見るのですか。

227 :
桐山さんが正しいなら、どうして裁判の結果すらも桐山さんは沈黙しているのだ?
信者さんたちの中には、桐山ゲイカが沈黙しているのは、
「バカは相手にしない」「沈黙は金だ」あるいは「迷惑がかかる人がいるから」
などと、まるで自己犠牲であるかのように弁護する人たちがいる。
だが、そんなのは言い訳にもなりません。
今の日本の社会常識にも桐山さんの態度は反している。
宗教団体を率いる責任者として、自らの立場を説明し、釈明し、
事情はどうあれ、信者たちに迷惑をかけたことをわびるべきです。
だが、桐山さんはついに一言もなかった。
因縁論など抜きにしても、桐山さんのこの態度を卑怯だとは思いませんか。
一流週刊誌に女性問題を取り上げられたら、宗教家として沈黙して良いことではない。
教団の責任者、社会人、一人の男というどういう切り口から見ても、
沈黙しているのは自らの悪業を認めたことになり、自分の悪業から
逃げ惑う「卑怯者」である何よりの証拠です。
桐山さんの人生は常にこのパターンで、現実に自分が為した事に
向き合うのではなく、嘘を並べて、現実の自分から逃げ惑う。
愛人裁判での桐山さんの卑怯な態度は、偽ビールの時と同じです。
桐山さんは常に現実の自分から逃げる卑怯者です。

228 :
226,人間は変化する10年も前の話題に拘るようじゃあかんよ君。
話題が古いわ もっと最新の情報はないの?

229 :
女性問題を疑われて、ひたすら沈黙するなど釈尊の説いた仏教ではありえない。
仏教の僧侶なら沈黙は許されない。
女性問題が疑われたら、釈明し、身の潔白を証明しなければならない。
釈尊の時代には、裁判が開かれ、潔白が証明されなければ破門だった。
釈尊も女性関係を二度疑われたが、一つのはその場で、
もう一つも「七日間の間に」という釈尊の言葉通りに、犯人が捕まった。
釈尊はきちんと自分の身の潔白を主張し、証明したのです。
これが仏教の出家のあり方です。
なのに根本仏教を標傍する桐山さんがどうしてただの一言もこの件に触れないのだ?
結局、桐山さんは色情の因縁丸出しですよね。
この桐山さんのどこが因縁解脱なのですか。
因縁解脱を宣言したのは1991年頃の本だが、>>2を見てもわかるように、
その2年前から桐山さんはE川さんに手を出していた。
厚かましいと思いませんか。
愛人を作り、よろしくやりながら、次のように書いている。
「わたくしの完全解脱も、本尊の加護があってこそ、成就したのである。」
(『冥徳供養』120頁、『修行者座右宝鑑』99頁)
「今夜にでも」などと若い色っぽい女を誘って関係を持ち、
色情の因縁を実践しながら、完全解脱したと宣言している。
この恥知らずぶり、厚かましさは何なのだ?
信者さんたちはこういう桐山さんの太々しさに吐き気がしませんか。

230 :
信者には横変死の因縁、ガンの因縁などとさんざん根拠のない脅かしをかけ、
自らの悪因縁を垂れ流しにすると、口を拭って、素知らぬ顔をする。
桐山さんがこういう因縁丸出しに沈黙するのは初めてではない。
脳梗塞にしても、信者さんたちはその説明を聞いたことがありますか。
ないはずです。
因縁を完全に切ったはずの桐山さんがなんで脳梗塞になるのだ?
「これは、私に脳の因縁、つまり脳溢血の素因がなく、胃癌の素因があるためである。」
(大白身、4号、昭和44年、44頁)
「わたくしが脳梗塞になったときは、歩行には差し支えはありませんでしたので、とにかくせっせと歩いて運動機能回復に努めました。」
(『アゴン・マガジン』5号、2007年、12頁)
信者さんたちは上記の記述に矛盾を感じませんか。
脳障害の因縁がないと言いながら、1996年に脳梗塞になった。
これはアゴン宗の教義からは明瞭に脳障害の因縁です。
因縁解脱したはずの桐山ゲイカが、脳障害の因縁を丸出しにして、
しかも本人がぬけぬけと認めている姿に、信者さんたちは絶句しませんか。
私は、目の前の矛盾に絶句しない信者さんたちに絶句します。

231 :
因縁切りの教祖なら因縁を丸出しにしていることを釈明する義務がある。
信者さんたちは因縁が切れて幸せになるというから入信して、金と労力を提供している。
だが、桐山さん自らそれに反するような結果を何度も出しているのに、
説明すらしない。
信者さんたちはこの桐山さんの卑怯な態度に、何か疑問を持ちませんか。
我聞さんや>>226みたいに嘘がお友達の人たちは何も感じないだろうが、
普通の信者さんなら、内心、矛盾に気がついているはずです。
自分の中にある疑問を無視せずに、直視してください。
アゴン宗ではいつの間にか、桐山さんが脳梗塞なのは当たり前であるかのように、
疑問を口にする人はいない。
E川さんのことなど226のように過去のことだと無視する。
そういう世界にいると知性が麻痺してしまう。
だが、心の奥に疑惑があるはずです。
「え?これ、おかしくないか」と大半の信者さんたちは一度は思ったはずです。
その疑惑は正しい。
実は元信者の多くは、「あの時、おかしいと思ったのは、やはり正しかった」という
体験を持っています。
信者さんたちもその感性を無視せずに、現実と向き合うことです。

232 :
我聞さんのレスの一つ一つに反レスをつけることは可能であり、そうしたいのですが
いかんせんそんな暇がない。睡眠削る気もない。
だからとりあえず今夜は一つだけにしておくか。
>>208:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:58:45.51 ID:BEDCoM4R
>あのね、「我は業報だとは思わん」てのは、管長の弁を代弁しただけなのよ。
>以後も同じだよ。
>管長は、因縁がない場合でも、巻き添えを食う場合がある、といってますからね。
皆さんは我聞さんのゴマカシに気が付いていますよね。
東日本大震災の死者、行方不明者の犠牲者が数万人いる。
これの全部が業報ではない、横変死の因縁を持たなかったが、巻き込まれた人で
死んでも天や人間に生まれる人たちなのか?
それとも一部なのか?半々なのか?
じゃあ業報で死ぬ横変死の因縁を持った人とはどういう人たちなのか?
その区別は何なのか?
今回のような大規模な災害で、犠牲者を悪く言ったら発言者の心証が悪くなるから
そういう時だけ、これは業報ではなかったことにして、ごまかそうという区別か?

233 :
ワレモンとは秀逸だね。コワレモンかもしれんがw
我聞さんはここで相手にしてもらうことが唯一の生き甲斐ですよね。
だから昨年はブラフマダンダ、無視するとまで宣言した私などにもレスを付けられて
嬉しくて仕方ないでしょう。
だからいくつもレスを書いてきてくれる。
ただ私はあなたとは文通友達になりたくないし、生き甲斐は別にある。
少しはレスをつけてやってもよいのだが、毎日いくつも書かれると、流石の私も
気力が萎えてくる。
そして、これって全くレスしなくてもロムされてる方にもわかるよねえ?と
レスをしない方向にさえ心が傾いてくる。後回しならよいが、それすらも放棄
してしまいかねない。
私を文通友達として残しておきたかったら1日にレスする量をほどほどにする
というのも賢い選択ですよ。
すると私も無理なくレスして文通は続く。
文通がなくなるのがあなたにとって一番堪えることですからね。

234 :
も少しで津波が来るぞ!ってのは警告だけど
此処のスレから何故にプロの坊さんが消えたんでしょうね?
もっとお調べになって見たらどうですか?

235 :
 
深山町内会長   http://www.townnews.co.jp/0602/2013/02/15/176822.html

236 :
>>201:我は聞いた :2013/02/26(火) 14:38:57.32 ID:BEDCoM4R
>なぜダメなのか?釈尊からその理由を聞くまでは、我は納得しないさ。
これは釈尊の言行録である阿含経典を読むということでなく、釈尊その人に会って
生の声を聴くということであれば、あなたの信仰心は保証されますのでご安心あれ。
釈尊はもう亡くなって、この世にいないのだし、釈尊の生まれ変わりなんてのが
現れてもお笑いに過ぎないし、あなたの考えは釈尊に完全否定されることがないから
一生と言わず、永久にあなたの信仰に固執することができます。
自分のことでなく他人のことなんだから、そんな人がいてもかまわないでしょう。
どうぞ頑張ってください。

237 :
>>202:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:00:50.76 ID:BEDCoM4R
>これはおねだり信仰とは違うのですな、あんたは祈り(懺悔・感謝・救済・等々)
>とおねだり信仰の区別がついていない。あんたはまだ我見で判断してるから、
>祈りとおねだりの区別がつかないのです。これを説明するには、多言を要する
>から省くけどさ。
瀬戸内寂聴さんの小説がおねだり小説なのではなく、寂聴小説は仏教の説話に
基づき自分流にアレンジしたものですが、それを読むあなたの心が最初から
おねだり信仰に凝り固まっているから、そのような視点でしか捉えられない
ということですね。
幸い釈尊と違って寂聴さんはご存命中です。
ならばあなたがここに書いたような解釈を感想文として綴って、寂聴さんに手紙を
送られてはどうですか?
案外に寂聴さんから我聞さんに直々に返事をもらえるかもしれませんよ。
>ただ、阿含経の名を広めたという点では、大きな功績はあるだろうさ。
バウッダなんて仏教書はタイトルこそ奇抜な感はありますが、それまで刊行されていた
仏教解説書と変わらず、阿含経典の紹介も初めてではありませんよ。
そもそもアゴン宗の開宗よりずっと後に出た仏教解説書です。
その原始仏教から大乗仏教や密教までの流れをカバーする仏教解説書としては
これまでの通り、阿含経典の解説が省かれることはなかったというだけで
アゴン宗の影響すら受けてません。

238 :
>>203:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:05:49.00 ID:BEDCoM4R
>涅槃を得たから願う必要がないのであって、
>願わなくなったから涅槃を得たのではないよ。
いいえ、愛別離苦なんて味わなくてもいいように愛する人や物はいつまでも自分の
ものにしようとか、求めるものは全部得られなければ満足しないなんてことを
願っているうちは、涅槃を得たことにならず、煩悩を後生大事に抱えていることになります。
これを捨てて初めて涅槃にも至れるのです。
外界の情況はそのままにです。
生老病死、愛別離、怨憎会(いろんな悪条件な人と会うことを避けられない)、
求不得、五蘊盛も依然としてあり続けながらです。

239 :


240 :
>>229
>「わたくしの完全解脱も、本尊の加護があってこそ、成就したのである。」
>(『冥徳供養』120頁、『修行者座右宝鑑』99頁)
いや〜
本当に桐山さんて完全解脱宣言してたんですね、
もう私、2冊とも捨てちゃったから改めて確認できないけど
そんなふうにハッキリと完全解脱宣言してましたかぁ〜
こりゃ〜ハッタリもいいとこですわ〜
一体全体何を根拠に完全解脱したなんて言ったのでしょうね

241 :
あ、アメリカのFBIから勲章もらっちゃたから舞い上がっちゃったのかな?(爆笑)
しかし完全解脱したなんて宣言は
まったく増上慢と言うしかないでしょう
思わず口が滑ったか?
信者へのリップサービスか?
どちらにしてもとんでも無い嘘つきとしか言いようがないでしょう
これでは純粋無垢の真面目な信者は真に受けてしまうでしょうね。
その実態が
>>2-3
ですか〜?
しかもボケちゃった。
完全解脱してもボケるんでしょうか?

242 :
>>215 :我は聞いた:2013/02/26(火) 19:14:03.68 ID:BEDCoM4R
>しかし、次に無明漏という煩悩がある。智慧を備えることだ、これを慧解脱という。
苦集滅道という、四諦の法門を完全に会得しないといけない。
縁起の法、つまり、無明ー行ー識・・・老死、という法を完全に体得しないといけない。
いつもながら、言葉遊びの様相が生じ始めている。
町内のお偉いさん気取りで言葉をいじくっても根本がない。
桐山さんがよい例で、いくら愛人を作ろうとも過去を
見る通り女性は別れていき、愛人の立場から去っている。
近々の話しでもE川さんは、結婚適齢を逃すまいとして、
一時桐山さんから離れる決心をして伝えた。
その衝撃かどうか窺い知れないが、桐山さんは二度目の
発作を起こした。
愛別離苦をアタマのみで理解しても、行いが着いて行かなかった。
桐山さんが常日頃、無常を知り執着や貪りの心をみつめて、
その欲望を出さぬよう気をつけていたら、そんな愚行は
一度で止めるはずです。

243 :
>>215 :我は聞いた:2013/02/26(火) 19:14:03.68 ID:BEDCoM4R
>それが心解脱=無明漏尽、ですな。それを知る力を、あんたは、神通ではないというのかね?
ワレモンさんのようにいくら小難しく仏語の意義を説こうが、
行動が共わなければ、桐山さんの二の舞です。
町内会の老人が、声だけ大きく叫んでも行動を示さねば、
周りの皆からは、ただの口先老人と思われる。
心解脱であろうが、慧解脱であろうが相手とするのは煩悩です。
漏尽通も漏尽智も本質は同じで、成果を得る能力と成果を得る
知恵に過ぎない。
それには頭だけではなく、行動の裏付けが必要ということです。
神通とは、桐山さんの言うような神秘力を表しているのではない。
煩悩に対し、普段の気をつけ努める言行のあくなき継続性です。
それが凡人の言行を上回るから、神のごときと評されたのです。
誰もが解脱したら煩悩が尽きて来世に生じないことを知る、
と説かれたのだからそれでよいではないか。

244 :
>>215 :我は聞いた:2013/02/26(火) 19:14:03.68 ID:BEDCoM4R
>それが心解脱=無明漏尽、ですな。それを知る力を、あんたは、神通ではないというのかね?
批判側から何度も喩えられるチューラパンタカは、
ワレモンさんには理解できない。
チューラパンタカは理屈など抜きで、ただひたすら
垢を拭うことに努めた。
その結果、この世の汚れを取り除くことに気づき、
彼は解脱者となったのです。
信者さんも、桐山さんやワレモンさんのように、ことばに神秘性などを
期待せず、桐山さんの世界平和など偽善行為と気づくことです。
だが解脱者とは、神格を備え神秘的力を発揮する超能力者だ、
と桐山さんから植え付けられているから、足許を見直せない。。
神秘性など、どこの第三者も確認できないことをよいことに、
その中に閉じこもり教団という穴の中から咆哮する。
桐山さんは、握った手の中身を見せずに引き伸ばし、
それで信者さんから期待料というお布施を頂戴している。
ワレモンさんの場合は、師匠よりいたって罪がまだ軽く、
自分のエゴを満足するためだけに仏教を振り回している。

245 :
>>219 :我は聞いた:2013/02/26(火) 20:50:58.21 ID:BEDCoM4R
>ただの人では、礼拝の対象・教祖にはなれないね。誤魔化して、一時的に礼拝の
対象になれたとしても、いずれはオウムみたいに、化けの皮がはげる。
ただの人とは、凡人のことではないのです。
釈尊も同じ人間であるとの意味です。
しかし凡人を超えた道徳心を保ち続ける必要の知恵を持っていた。
それは、この世の無常性を知ったからです。
桐山さんは、すでに何度も化けの皮を剥がされています。
オウムのように刑事事件化していないだけに過ぎない。
過去の酒税法違反から愛人報道に至るまで桐山さんの
化けの皮が剥がされているが、見えない見たくない信者が
いるということだけです。
釈尊は弟子に美しい女性の皮を神通力で剥がして見せ、
実は人間とは男女に限らず、汚物をつつむ皮袋に過ぎないと諭した。
この逸話を以て、釈尊が神業を使った、という短絡はよそう。
釈尊の説話は、このような当時の神話風を装い教えとしたのです。
間違いを教え諭す存在なのだから、他者救済の人であったと、
評されても何の問題もなく、それを神のように崇める人々がいただけだ。

246 :
>>204:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:16:20.75 ID:BEDCoM4R
>あのさ、妄想じゃないのよ。自分を変えれば外部情況は変わってくるんだよ。
>管長がよく言ってるよ、外部を変えようとしても変らない、自分を変えたら
>外部が変る、と。当たり前でしょ、慈悲喜捨の心のとこで話たけどさ、もしも、
>怒りと害心だけで、人を虐めてだけ、付き合っていたらどうなるか?
>3年もしたら、放火されちゃうかも知れないでしょ、それが災難。
>その反対に、慈悲心だけで人を助けてばかりいたら、付き合っていたらどうなるか?
>外部が変るでしょ?
これはアゴンマガジン連載の漫画「あなたの人生をナビゲーション」にも出てますね。
職場の同僚とうまくいかない。そこで相手のことばかり非難するのでなく
まず自分が態度を改めてみる。すると相手の方も変わってくる。
これは人間関係においては普通にあるでしょう。
これはあなたにも実生活でお勧めしたいですね。
Rレーションを体感したとかの主観報告でなく、周囲が変わったという報告ですね。
もちろんこういうことは当たり前にあります。
自分を変えても何も周囲の情況が変わらないとばかりも言えない。
しかしそれは百パーセントそうなるなんて甘いものではなく、そうなる例もあると
いうだけです。そうならない例もある。
人間関係の話ではなく、病気のこととか事故のこととか。
人生の問題はいろいろですからね。人生いろいろ♪男もいろいろ♪
我聞さんのずるいところは東日本大震災の津波犠牲者の話もそうなんだが、
一部にはこんな人もいたかもしれないという程度に過ぎない話をあたかも全体が
そうなんであるかのように錯覚させようとすることなんだが、あなたに騙されて
錯覚するような人は一人もいないんですよ。
どうにもならない問題が世の中いっぱいあり、まさに悩みの種なんです。
それにあなたの説いたような慈悲の心で人と接しよなんて教えは、とりわけ桐山さんが
自分しか体得してないアゴン仏教の成仏法なんて関係なく、仏教信仰者でなくても
誰でも実践できる話だが。

247 :
>>205:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:32:03.57 ID:BEDCoM4R
>死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
>横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。
深山さんも指摘しているが、アゴン宗スレに来てアゴン宗の教義を勝手に変えて
創らないで欲しい。
我聞教なんかこのスレでは要らないのです。
東日本大震災の津波犠牲者は業報によるものでないというのがあなたの考えです。
数千人も数万人もいる犠牲者がなぜか業報ではなく、しかし他の例では業報がある
のだと言う。
またさらによりによって彼ら業報によって死ななかった人は天界や人間界に輪廻するのだという。
すると津波犠牲者は全員天界や人間界か?
他の人は地獄界や餓鬼界もあるというのに。
桐山さんによると苦しんで、悔いを残して亡くなった人は不成仏霊になり
霊障なども起こすという。
まあ私も津波で亡くなっただけで地獄になんか堕ちやしないと思う。
その割にはアウシュビッツの犠牲者なんかもそうだが、霊障扱いにして
他を苦しめる存在にまで侮辱するのは天界にも人間界にも行ってないからなんでしょうねえ。
ともあれこういうことはあなたが勝手に教義を考えるのではなく、宗務局を通じて
管長に質問、確認、許可を得てから書きなさい。

248 :
>>219 :我は聞いた:2013/02/26(火) 20:50:58.21 ID:BEDCoM4R
>ただの人では、礼拝の対象・教祖にはなれないね。誤魔化して、一時的に礼拝の
対象になれたとしても、いずれはオウムみたいに、化けの皮がはげる。
たしかに桐山さんほど、ただの人ではあり得ない。
オシャカの権威を利用し、物言わぬオシャカを騙って、
ヌケヌケと成仏ホーで商売しているのだから、
只者ではない。
しかし桐山さんは、その釈尊の阿含経を教団の道しるべとした。
それは釈尊の言行と桐山さんが一致しているはずとなる。
ならばその合致姓を見比べ、違いあれば批判の的となる。
しかも釈尊はあらゆる面で道徳の限りを全うした人です。
ゆえに桐山さんは、その釈尊のすべての言行と比較されることになる。
釈尊が禁止した護摩を焚き、釈尊が出来ぬという死者の成仏を
死者成仏の必殺請負人と自認し、邪まと言われた呪術で生活し、
五戒すら守らずに背いている。
桐山さんが、釈尊の権威を利用しなければこうは言われない。
桐山教だけであれば、道徳の低い教団の信仰との批判で終わる。
しかし釈尊を権威づけて教えを歪め、放り出したのだから、
その業報は常に桐山さんにつきまとうことになる。
これほど化けの皮が剥がれていてなお、教祖ヅラしていらる
桐山さんは、只者ではない。

249 :
>>死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
>>横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。
>深山さんも指摘しているが、アゴン宗スレに来てアゴン宗の教義を勝手に変えて
>創らないで欲しい。
>我聞教なんかこのスレでは要らないのです。
そんなこと言ったらあんたらのレスはすべて、深山ユビキタス狂ではないかw。
ここに深山ユビキタ教はいらないだろう。
学者と管長の違いを述べてみな!何々学者が管長の因縁解脱を否定してる、とかさ。
脱落者が否定したって、世間じゃ、全く信用がないのだからさ。
>東日本大震災の津波犠牲者は業報によるものでないというのがあなたの考えです。
あんたも本当に頭悪いなぁw、管長だってさ、因縁が無い場合でも横変死する場合が
あると言うのだからさ、そう思っていればいいじゃない。因縁があって津波犠牲者に
なった割合だと?そんなの誰にも解るわけないだろが、何寝ぼけたこと言ってるか!
そんな馬鹿げた質問、釈尊だとて答えんわい、阿難が似たような質問して釈尊に、うるさい、
と言われてた経を読んだことがないのだね。

250 :
>桐山さんによると苦しんで、悔いを残して亡くなった人は不成仏霊になり
>霊障なども起こすという。
>まあ私も津波で亡くなっただけで地獄になんか堕ちやしないと思う。
ほれ見ろ↑、お前だってユビキタス教を言ってるだろが、あんたは人にはケチつけて、
自分で同じ事して何とも思ってないw。そこが批判派の愚かなとこじゃわい。

251 :
>そうなんであるかのように錯覚させようとすることなんだが、あなたに騙されて
>錯覚するような人は一人もいないんですよ。
騙す?我が人騙して何の得があるんじゃい?アホか、そういう根性が腐っている
から、あんたは修行に失敗したのだよ、我見の自己流で解釈してたから。深山く
んと同じ過ちさ。我は阿含経の内容を、管長より易しく説明してるだけじゃい。
管長は、中学生にも解るように、優しく説明している。
我は批判派にはそれでも難しいと考えて、小学生にも解る様に易しく説明してる。
それでも解らんようじゃ、見込みがない。
>どうにもならない問題が世の中いっぱいあり、まさに悩みの種なんです。
>それにあなたの説いたような慈悲の心で人と接しよなんて教えは、とりわけ桐山さんが
>自分しか体得してないアゴン仏教の成仏法なんて関係なく、仏教信仰者でなくても
あのね、冬や夏はみんなに公平にくるだろ、老死もさ。仏道はそういうのを変えよう
としてるのではないのだ。同じ冬でもさ、暖房もなく、寒風がヒュウヒュウ吹き通る
あばら屋に住んでる人も居るし、エアコン装備の快適な住まいで過ごす人も居る。
その差は何から生じるのか?といえば、過去の業から生じる、と釈尊は言うのだよ。
「随所業因縁往来五道」が、そういう意味であるよ。
身見(我見)・疑惑・戒取、という煩悩を断つことによって、先ず生存環境が改善
されて行くわけよ。それが三結断 不堕悪趣、という意味だよ。我は修行体験上、
それが解るのだ。寂聴さんも「釈迦」本に、修道段階が四つあり、一番上が阿羅漢だ、
と書いている。しかし、三枝氏のバウッダには、そういう肝心なことが書いていない。
バウッダのP150にはさ、涅槃の解説が5ページにわたって書かれているけどさ、
常識的なことばかりで、内容がない。あの程度なら、我は入行前に知っていたよw。
あんなの有り難がるユビキタスくんの、気が知れないね。

252 :
>どうにもならない問題が世の中いっぱいあり、まさに悩みの種なんです。
>それにあなたの説いたような慈悲の心で人と接しよなんて教えは、とりわけ桐山さんが
>自分しか体得してないアゴン仏教の成仏法なんて関係なく、仏教信仰者でなくても
その悩みの種の解決策として、バウッダのP113から114をあんたは提示した。
「いわば直接的な手段や方策というよりは、むしろ苦悩に対処してゆくべきその
在り方をとりあげて、」なんて書いているけど、その意味が解るかい?
全く抽象的で、しかも的を射ていない。あんたはなにやら、そういうのを高尚で、
有り難い説明だと勘違いしてるだけさ。昔からそういう説明が多かった、訳わからんやつw。
「直接的な手段や方策」↑と、「苦悩に対処してゆくべきその在り方」とどう違うの?
釈尊は、人を見て、直接的な手段や方策を、ちゃんと説いていますよ。
アングリマーラが托鉢で傷ついたときは、「耐えて忍べ」と、方策を説いている。
禅問答のような、訳の解らないことを言ってるのではない。
子供をなくして食べないウパソクには、悲嘆の心を調伏せよ!と、直接的に、
具体的に教えているではないか。
「時間が解決しますから」なんて、おざなりの、慰めの言葉など言っていない。
バウッダには、「いつしかその苦悩がその内部において消え」なんて書いており、
苦悩が自然治癒するような感じに書いている。
釈尊の教えはそう言うものじゃないでしょ、管長の説くごとくさ。

253 :
>だからいくつもレスを書いてきてくれる。
>ただ私はあなたとは文通友達になりたくないし、生き甲斐は別にある。
>少しはレスをつけてやってもよいのだが、毎日いくつも書かれると、流石の私も
>気力が萎えてくる。
>そして、これって全くレスしなくてもロムされてる方にもわかるよねえ?と
気がついてくれたかい!我の反レスの多さにうんざりしただろう?
あんたのレスは、いつもそのように多量なんだぜw、自分で書いてると気づかない
だろw?深山くんも同じことさw。
そりゃ、当然、ロム者にも解るだろさ。

254 :
>>251 :我は聞いた:2013/02/27(水) 14:40:33.81 ID:RN6aURnQ
>身見(我見)・疑惑・戒取、という煩悩を断つことによって、先ず生存環境が改善
されて行くわけよ。
最近は、「インネン解脱」を説明しきれなくなり、
コテハンまで変えて論調の変遷を目くらましに
して来たツモリです。
だが読者は、この上記言い分の矛盾にすぐ気づくでしょう。
三結という煩悩を断てと言いながら、「エアコン装備の
快適な」「生存環境」の改善欲という煩悩を丸出しにしている。
これぞすでに理屈が、三結崩れて"酸欠"状態の証拠です。
万引きを止めろ、と言いながらバイクで引ったくりして、
追いかけられない方法を思案しているようなものです。
根っこに欲求の強さがあるために、ついホンネが漏れ出す。
桐山さんが、止めても止めても漏れ出ることから、
煩悩を「漏」と表した、と解説し述べていた通りです。
>常識的なことばかりで、内容がない。あの程度なら、我は入行前に知っていたよw。
あんなの有り難がるユビキタスくんの、気が知れないね。
桐山師匠と同じで、したツモリ信仰だからこのように
常識を軽んじて、実際にはただの一つも行ってもいない。
釈尊はこういう人間がほとんどだから、実践する者を尊いと
したのです。
常識で当たり前のことと蔑み、アタマだけで行動に移さない。
実践するとしないとの違いは、天と地ほどの差がある。
それが、六道に分かれる意味です。
ワレモンさんくらい煩悩のサンプル表示に事欠かない人は、
掲示板でも珍しいものです。

255 :
>>251 :我は聞いた:2013/02/27(水) 14:40:33.81 ID:RN6aURnQ
>身見(我見)・疑惑・戒取、という煩悩を断つことによって、先ず生存環境が改善
されて行くわけよ。
>常識的なことばかりで、内容がない。あの程度なら、我は入行前に知っていたよw。
あんなの有り難がるユビキタスくんの、気が知れないね。
桐山さんに植え付けられた知識でものを言っている。
誰でも欲を制限されることは喜ばない。
食事にしても節制を間違えれば、摂食障害を引き起こしかねぬ。
桐山さんがよい例で、あれも一つの過食症という摂食障害に
似ている。
近年摂食障害は、精神疾患の一種であると言われる
その意味で欲を制御することは難しいことかもしれない。
人間の生存欲に係ることと本能に逆らうからです。
ですから釈尊は、それを流れに逆らうと表現した。
これは本能という煩悩を制御する意味だが、
別の場面では、流れに預ける=預流=聖者の集団に預ると、
切り口を変えて説諭している。
このように阿含経のどこかしこを読んでも、欲望を
常に意識し、相手にしている。
節欲と言おうが統御と言ってもよいほどに煩悩を
滅する必要性に出会える。
桐山さんは、阿含経を読破したと自慢して成仏ホウを
振り回す認可を勝手に得たようだ。
信者さんは、種目にない競技に誘導され金銀銅メダルを
期待しているにすぎない。

256 :
高野山真言宗が資産運用に失敗 檀家から集めた金など6億8千万円を溶かす
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1361936515/
ハローワークなどで募った僧侶見習いが通夜、遺族「だまされた」と憤慨--名古屋の寺 真言宗
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplu−s/1360038303/

257 :
>少しはレスをつけてやってもよいのだが、毎日いくつも書かれると、流石の私も
>気力が萎えてくる。
>そして、これって全くレスしなくてもロムされてる方にもわかるよねえ?と
気がついてくれたかい!我の反レスの多さにうんざりしただろう?
あんたのレスに付き合うと、こんな量になってしまうわけだよw。
あんたのレスは、いつもそのように多量なんだぜw、自分で書いてると気づかない
だろw?深山くんも同じことさw。
我は無理して、昨日、今日と、付き合ってみたけど、どうせあといくらも続けられん。
深山ユビキタス教の過ちは、先ず、出家と在家を混同してることさ。
鵜のまねをする、鴉のような間違いをしている。
在家は裕福だって結構なのだ、パセナディー大王と釈尊の会話で、こんなのがある。
大王 「世尊よ、先程、跡継ぎのない長者が死んだので、その財産を没収してきた。
    その長者の財宝たるものはすごいもので、倉に金銀が山のようにあった。
    が、その生活たるや質素なもので、車はボロ車、衣類もボロ、食も粗末な
    ものだった、驚きました。」
釈尊 「そのとおり。心の卑しい愚か者は、富を得ても有効に使えないのです。自分も
    楽しまず、家族も楽しませず、友人知人も楽しませない。賢者は富を有効に
    使い、自分も楽しみ、家族も楽しませ、友人知人も招いて楽しませます。
    このように有効に使った財は、減ることがないのです」
この経典の意味が、深山ユビキタス教に、解るであろうか?

258 :
>>257
でもね、
その贅沢がさ
嘘ついて脅かしてビンボー信者からふんだくって集めた贅沢なら
チョットヤバくね〜かい?
信者がビンボーで頭が贅沢って宗教家として威張れる構図かね〜
ちと疑問だね。

259 :
>>249 :我は聞いた:2013/02/27(水) 14:06:07.18 ID:RN6aURnQ
>学者と管長の違いを述べてみな!何々学者が管長の因縁解脱を否定してる、とかさ。
ワレモンさんの頭の中はミソもクソも一緒で、学者の仕事を理解していないのですね。
桐山さんの作った宗教教義など学者は相手にしていない。
学者の仕事は宗教ではなく、宗教学だからです。
彼らは学問についての議論はしても、宗教家が信仰で唱える宗教観に関与しない。
イワシを信仰しようが何をしようが、信仰は自由だからです。
桐山さんが因縁切りをしてブッダになったと宣言しても、
それ自体は仏教学の学問の対象にはならないから、学者はなんら批判しません。
しかし、もちろん、認めてもいない。
アゴン宗は新興宗教など宗教学全般の対象にはなるが、
しかし、それでさえも教義に対する批判など学者はしません。
アゴン宗に限らず、他の宗教に対しても、仏教学者が
その教義について批判したなんて話は聞いたことがない。
こういう宗教を批判しているのは学者ではなく、それらの新興宗教で
被害を受けた人たちです。
なぜなら、ここでも宗教ではなく、宗教詐欺を批判しているのです。
宗教詐欺は仏教学者は専門外です。

260 :
>>249 :我は聞いた:2013/02/27(水) 14:06:07.18 ID:RN6aURnQ
>学者と管長の違いを述べてみな!何々学者が管長の因縁解脱を否定してる、とかさ。
逆にワレモンさんに聞くが、では、桐山さんの因縁解脱を
認めた学者って、どこにいるのだ?
星まつりのテレビ中継まで出たことのある菅沼さんは著名な仏教学者です。
金岡さんも学者として著名で、長年アゴン宗の機関誌に寄稿した。
二人とも学者であり、アゴン宗を支持していた。
だが、この二人でさえ「因縁解脱は正しい。桐山ゲイカはブッダだ」と
どこで述べたのですか。
私の読み落としか、そんな文章は見たことも聞いたこともない。
菅沼さんは著書でモンゴルの奇跡を礼賛したが、専門外のことになると、
ろくに天気予報もモンゴル政府の発表も知らずに書いたことがわかっただけです。
アゴン宗の奇跡を擁護するほどのことを書きながら、
アゴン宗のウリである因縁解脱や霊障解脱を認めたことは一度もない。
擁護派の学者ですらこの有様だから、他の学者は言うまでもない。
アゴン宗は単なる新興宗教で、その信仰内容は信仰の自由という
憲法で守られた内容なのだから、分野外の学者が批判などするはずがない。
批判していないから認められかのように思うのは、ワレモンさんの錯覚です。
学者は今の所、誰一人としてアゴン宗やアゴン宗の教義など認めていない。

261 :
>>257 :我は聞いた:2013/02/27(水) 17:34:23.16 ID:RN6aURnQ
>あんたのレスに付き合うと、こんな量になってしまうわけだよw。
>あんたのレスは、いつもそのように多量なんだぜw、自分で書いてると気づかない
>だろw?深山くんも同じことさw。
ワレモンさんは誤解しているようだが、長さそのものにウンザリしているのではなく、
ワレモンさんの書いている内容が、アゴン宗の教義でも、釈尊が説いた
教法でもなく、ただのワレモン教だからウンザリしているのです。
だが、批判側はアゴン宗の教義はアゴン宗の教義のままに正確に書き、
釈尊の教法は阿含経のままに引用しているから、
長さに関係なく、読めるし、理解できる。
賛成反対はともかく、批判側にも信者側にも役立つことを書いている。
ところが、ワレモンさんの文章は、意味不明の我流解釈に自惚れと
いう味付けをしてここに披露するから、文章の長さに関係なく役に立たないのです。
過去の議論をきれいに忘れて、同じ話をクドクドと繰り返す。
ワレモンさんは釈尊のたとえをご存じでしょう。
真ん中に糞を塗り、両端に火のついた木は、松明にも材木にも役立たない。
つまり、存在はするが誰の役にも立たないという意味です。
ワレモンさんの文章はこれと同じで、擁護にも批判にも役立たず、
しかも、その糞のついた部分が異様に長いのです。
ワレモンさんはそういう性格だから、現実世界では誰も相手にしてくれず、
暇を持て余して、一日中ここで管を巻く。
いよいよ、ワレモンさんの慢心という糞のついた部分が長くなるから、
その悪臭に読者は鼻をつまむ。
これが今のワレモンさんの姿です。

262 :
>>257 :我は聞いた:2013/02/27(水) 17:34:23.16 ID:RN6aURnQ
>この経典の意味が、深山ユビキタス教に、解るであろうか?
はい、私が何度も引用した経典ですよね。
毎度、ワレモンさんの解釈を読むと、同じ経典を読んでも、右と左ほどにも
違う解釈なのに驚かされる。
あなたはこれを読んで、在家が裕福になるべきだと釈尊が説いたと読めるのですね。
ワレモンさんて釈尊が何をおっしゃりたいのか、まったく読み取る力がないのですね。
これだから、ワレモンさんの文章は糞を塗った木なのです。
一年ほど前にこの経典について準シュダオンさんにレスをつけて説明してあげた。
もちろん、ワレモンさんが理解も記憶もするはずがない。
アゴン宗の三福道、つまり供養による解脱という考えを否定しているとても
重要な経典ですから、読んでいる信者さんたちのために、再度、説明します。

263 :
・解脱者への供養の功徳で大金持ちになった
『ブッダ神々との対話』(中村元)の197頁にある「子がいない」
という経典を読んでみてください。
経典の内容は次のようなものです。
コーサラ国にいた金持ちの男は、ケチで貧乏人のような生活のまま死んだ。
釈尊は金持ちについて次のように王に説明した。
その男は前世で解脱者に供養したから、その功徳によって七回天界に生まれ、
コーサラに生まれて大金持ちになれた。
だが、供養する時、惜しいという煩悩をもったことで金持ちであることを
享受できず、しかも、彼は今生で何の善業も為さなかった。
その上、財産を奪った悪業の報いで、今は地獄に墜ちている、という。
この経典は、信者さんたちがアゴン宗で教えられた基本教義の
いくつかを釈尊が否定している衝撃的な内容です。
その一番のショックはアゴン宗の三福道が成り立たないことを示している点です。

264 :
・供養で解脱の道を歩むことはない
仏に供養した功徳は確かに大きいから天界に生まれ、大金持ちになれた。
だが、すぐそばに釈尊という如来がいたのに、彼は仏道修行どころか、
仏縁すらできなかった。
供養だけでは阿那含どころか、預流すらなれないのです。
まず気がついてほしいのは、
「如来に供養しても、世俗的な功徳しか得られない」
という点です。
桐山三福道みたいに、如来に供養した功徳で解脱するのなら、彼はシュダオンになっても
いいはずだし、せめて仏縁くらいあってもよさそうなのに、なかった。
如来に供養しても仏道修行とはまったく関係ないことに気がついてください。
桐山三福道では、如来に供養すると、その功徳は出世間の功徳であり、
シュダオンなどの解脱への道を歩み始めることになっている。
だが、現実にこの男が解脱者に供養したことによって得られたのは、
世俗的な御利益だけで、解脱とはまったく関係ない。
この経典の事例は、供養の功徳で阿那含まで行けるという桐山三福道を
完全に否定していることに気がついてください。

265 :
・供養しても現世の功徳にはならない
信者さんたちはアゴン宗の仏様に供養すると、自分は徳という貯金ができたと信じている。
そして、その功徳で現世で好運が得られ、あるいはシュダオンになれると信じている。
私から見たら、取引信仰、餓鬼信仰なのだが、それはさて置き、残念ながら、
信者さんたちの要求と期待を釈尊は否定しているのです。
「それ故に、善いことをして、来世のために功徳を積め。
功徳は、あの世で人々のよりどころとなる」
(『ブッダ神々との対話』200頁)
信者さんたちは釈尊のこの言葉にギョッとしませんか。
釈尊は、供養という善業で功徳が得られるのは来世だと言っているのです。
信者さんたちは、現世で好運が得られ、運がよくなり、
棚ボタ御利益がどんどん落ちてくると期待している。
だが、釈尊は「来世のため」というのだから、その期待に水を浴びせている。
アゴン宗にはどこにも漏尽を目指す聖者はいないのだから、
そこに金や物をいくら供養しても、なんら善行ではないから、功徳にはならない。
しかし、仮に、我々が釈尊に供養することができたとしても、
それは現世にその見返りがあるのではなく、来世でその功徳が来るのです。
つまり、信者さんたちがいくら供養しても現世での好運などありえないのだから、
アゴン宗の御利益体験談など仏教とは何の関係も脈絡もないことになる。
そして、このことが、もう一つ、アゴン宗の教義に致命傷を与えている。

266 :
・供養で悪因縁は切れない
この経典は、因縁切りを否定していることに気がつきませんか。
桐山さんに言わせると、如来に供養すると、その見返りに前世の悪因縁を
切ってくれる、つまり悪業を善業で帳消しにしてくれるという。
だが、釈尊の答えは、
「功徳は、あの世で人々のよりどころとなる」
因縁切りなんてできるはずがないが、その議論はさて置き、仮に出来るとしても、
供養の功徳は来世だというのだから、因縁切りも来世ということになる。
この経典はアゴン宗の因縁切りの話が真っ赤な嘘であることの証拠です。
この経典の金持ちは、解脱者に供養するという大善業と、人を殺して財産を奪うという
悪業を為したが、両者は帳消しになることはなかった。
だから、善業の功徳は天界に生まれるという結果を生み、
悪業の報いは地獄に墜ちるという結果を生み、両者はなんら相殺していない。
この有様はアゴン宗の因縁切りの話を否定していることに気がついてほしい。
前世の悪業の報いである悪因縁を、ホトケに供養することで帳消しにしてもらおうと
いうのがアゴン宗の因縁切りであり、これをオシャカが説いた主張している。
だが、この男の事例を見ればわかるように、如来に供養するという善業は、
自分が為した別な悪業を消してはくれないのです。
供養の功徳で悪業(悪因縁)を帳消しにならないだから、
如来に供養しても悪因縁は切れません。
釈尊は、アゴン宗の因縁切りが成り立たないことを示したのです。

267 :
・供養で解脱の道を歩むことはない
・供養しても現世の功徳にならない
・供養で悪因縁は切れない
信者さんたちはいかがですか。
これでもまだ信者さんたちは如来に供養すると、現世で功徳が得られ、
その功徳で好運が訪れ、因縁が切れて、解脱への道を歩むと信じるか。
本物の如来である釈尊に供養しても、因縁切りも解脱もできないことが
「子がいない」という経典の事例ではっきりしている。
ましてや、三供養品のどこに「供養」の文字があるのだ?
三供養品には一言も供養なんて文字も概念も出てこない。
「功徳をうえる」とあるだけで、供養なんて出てきません。
供養で解脱するとか、徳を授けるなんてありません。
功徳をうえるとは、無貪・無瞋・無癡を目指して、つまり煩悩から
解放されるような努力をすることです。
他に意味などない。
桐山三福道など阿含経には言葉だけでなく、概念もないのです。
つまり、信者さんたちがしている積徳行と称する護摩木売りや星まつり
などのイベントは、釈尊の説いた仏教から見て、まったく無意味です。

268 :
キリさん、昔、男の中の男、とか、ふいていたけど、
卑怯ものの中の卑怯モノですね!
阿含宗のネット対策担当者様、異議ありませんね!
キリさんも、職員さんも、恥ずかしくないんですかね?
教えてやる人がいませんものね!

269 :
帰宅途中の通勤電車です。マイペースで行こう。
>>205:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:32:03.57 ID:BEDCoM4R
>死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
>横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。
東日本大震災の津波犠牲者が業報でないなんて話からこんな話に展開しています。
ならば天災地変の惨事は東日本大震災に限ったことではありません。
関東大震災もあるし、東京大空襲なんてのもある。
いずれも大量の犠牲死者を出したわけだが、考えてみればみるほど犠牲者がなぜ
こんな悲惨な目に遭わねばならなかったから個々の一般市民に責任を求められません。
まさに巻き添えを食ったような形です。
そのようにして亡くなった方々は人間界か天界に生じるとのワレモン教教義ですが
アゴン宗の教義では違いますね。何年か前に東京・お台場で東京護摩を焚きました。
主旨は震災・戦災犠牲者供養です。これをすることにより、北朝鮮からテポドンが
東京めがけて飛んで来るのも防ぐと発言してました。
震災や戦災の犠牲者と北朝鮮のテポドンに何の関係があるのだ???
これはつまり犠牲者を霊障扱いにしたのです。苦しみの念が東京に暗い雲を覆っている。
この運命の反復を願うマイナスのエネルギーは北朝鮮のテポドンをも引き寄せると
言いたいのです。だからこれを解消しなければならないとした。
関東大震災や東京大空襲に巻き込まれただけの人が天界にも人間界にも輪廻すらできず
不成仏霊になり、霊障となって東京の霊的不浄となったと貶したのです。
こういうアゴン宗から見るとワレモン教なんて如何に健全か羨ましくもなる。

270 :
>>205:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:32:03.57 ID:BEDCoM4R
>死んだ後が違うのです。横変死の因縁があって死んだ人は、地獄界に生じます。
>横変死の因縁の無い人が巻き添えを食って横変死した場合、人間界や天界に生じます。
ガダルカナルの護摩にしても昨年の太平洋クルージングにしても太平洋戦争の
戦没犠牲者の供養が趣旨です。
そもそも南海の戦地に散った兵隊さんなんて赤紙一枚で召集されただけで
忌避することなど許されず、そんなことをしたら非国民扱いされ、親兄弟も村八分にされ
仕方なく戦地に赴いた。まさに巻き添えを食ったような形です。
そして桐山さんはこれらの犠牲者の霊を日本に持ち帰るとした。
桐山さんは戦地に赴いて戦死した方々はお国のために覚悟ができていたから
それほど強い霊障は起こしていないと書いていた。
またこの頃のイベント法要になると批判側の批判材料になるのを避けてか
w田さんあたりの指導もあったろうか、日本を脅かす霊障というような表現は
慎むようにもなってきた。
アウシュビッツの時などはひどかったが。
それよりも哀悼の念と感謝の念を捧げることを強調してはぐらかしてきた感がある。
しかし霊障の色彩は弱めても不成仏霊の侮辱だけはやめなかったようだ。
戦地に散った英霊たちが地獄界に堕ちず、人間界や天界に輪廻すると言うならば
もうとうの昔に人間として輪廻しているはずである。
つまり「そこには私はいません♪眠ってかなんかいません♪」ということになる。
ところがわざわざ南海の戦地にまで赴いてまだそこにさまよっていた霊を棺におさめて
帰国させたということは永く不成仏霊だったと侮辱したことになります。
こんなアゴン宗に比べればワレモン教の方が健全にも思えます。

271 :
>>206:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:40:38.28 ID:BEDCoM4R
>それは違うってばさ、管長は本に、三悪趣の因縁が無い場合でも、横変死する場合が
>あると本に書いていますよ。横変死した場合でも、生前、仏道に励んでいた場合は、
>地獄界には生じない、と。マハーナーマンが、良い例でしょう。
「場合がある」とは全部がそうではないという表現ですよね?
つまり大半は三悪趣の因縁である横変死の因縁によって横変死するのだが
例外もあるという文意にしかなりませんよね。
ならば私は例外でない方の例を問題にしているのです。
やはり今回の東日本大震災の津波犠牲者は何千人、万を超える大量の死者がいる。
この大半は横変死の因縁によるものであり、生まれた時からそういう運命を
持っていたということは、何らかの前世からの報いがあると見るわけなんです。
津波犠牲という地獄に堕ちたのは地獄界の因縁を持っていたからということになる。
一部の例外を除いて。
だからあなたが例外だけに目を向けさせてはぐらかそうとしてもそうは問屋は卸さないのです。
また生前仏道に励んでいた者はなんてトンチンカンな命題を出しているが
東日本大震災の津波犠牲者のうちどれだけの人が仏道修行をしていたから
地獄界に堕ちずに済んだのか?
全く意味のない設定、命題ですよね?

272 :
>>208:我は聞いた :2013/02/26(火) 15:58:45.51 ID:BEDCoM4R
>あのね、「我は業報だとは思わん」てのは、管長の弁を代弁しただけなのよ。
>以後も同じだよ。
>管長は、因縁がない場合でも、巻き添えを食う場合がある、といってますからね。
あなたは桐山さんの説く因縁論、業報論を知らないのです。
桐山さんの説く因縁・業報論とは十如是です。
アゴン宗の信者なら十如是くらい知ってますよね?
著書にもありますよ。
@相A性B体→C力 →D作→E因→F縁→G果→H報…I本末究竟等
本末究竟等とは本も末も皆悉くいつでもこの通りと桐山さんは説明している。
これは実は不幸な運命だけの方程式ではなく存在の法則なんです。
つまりよいことでも悪いことでも平凡なことでも物事には必ずなんらかの性質があり
それは原因となり、関連する縁を触媒としてなんらかの結果を生み出し、なんらかの
影響を与え、それがまた次の原因を作り、というそれ自体善も悪もない法則です。
だから縁起の法則とも違うのだが似たようなものです。
それはいつでもその通りと言うのだから、原因のない結果なんて有り得ないのです。
東日本大震災の津波、それの被害を受けて死ぬこと、かならずこの因果の法則に
則っている。だから業報によらない事象なんて無いことになり、そんなことを主張するのは
科学の法則を無視しているに等しいとしています。
ただこの桐山十如是因果論というのは、このように少しも迷信ではなく科学なんだよ
と説いてみせたとて、その津波に巻き込まれて死ぬなんてことは津波の起こらぬうちから
運命として定められていて、その人をして岸辺に向かわせたなんてことを説くから
こんな話は十如是でも説明のできない大いなる逸脱と信者がどれだけ気が付いて
いるかですけどね。

273 :
>>249:我は聞いた :2013/02/27(水) 14:06:07.18 ID:RN6aURnQ
>あんたも本当に頭悪いなぁw、管長だってさ、因縁が無い場合でも横変死する場合が
>あると言うのだからさ、そう思っていればいいじゃない。因縁があって津波犠牲者に
>なった割合だと?そんなの誰にも解るわけないだろが、何寝ぼけたこと言ってるか!
わかりました。あなたの言いたいことが。
つまり今回の万を超す数の東日本大震災の津波犠牲者にしても、大半の犠牲者は
前世からの悪業があって横変死の因縁を持ち、地獄界の境涯にいたから、津波地獄は
それに見合った人を因縁によりさらっていき、彼らは地獄に堕ちた。
しかし一部には本来地獄界にもなく横変死の因縁を持たない人もいたが
どういうことか巻き添えとして彼らまで津波はさらっていった。
しかし心配することはない。そういう例外的な人は死後地獄に堕ちることもなく
ちゃんと人間や天に生まれると。
で、私が問題にしているのは前者の地獄界の因縁で津波地獄にさらわれた人たちのことです。
これが津波犠牲者の100%ではないにしても、そんなことは言い訳にもならず
やはり災害に遭っただけで地獄界なんて侮辱ではないか?と言いたいのです。
例外さんのことはもういいですから。

274 :
>>250:我は聞いた :2013/02/27(水) 14:12:28.50 ID:RN6aURnQ
>ほれ見ろ↑、お前だってユビキタス教を言ってるだろが、あんたは人にはケチつけて、
>自分で同じ事して何とも思ってないw。そこが批判派の愚かなとこじゃわい。
津波の被害に遭って亡くなった「だけ」で地獄に堕ちたなんてことにはならない
という見解を示すことは特別なユビキタス教などではなく、当たり前の感覚です。
「だけ」がポイントですよ。
これ以外に何か悪いことをしていたり、あるいは津波の際に自分だけ助かろうと
他人を突き落としたとか、そういうことでもあればまちまちだろうが、与えられている
情報が「津波に遭って死んだ」だけだったら「彼も地獄に堕ちたねえ」なんて言いません。
お隣さんにでも訊いてみなさいよ。
「津波で亡くなった人は地獄に堕ちたんだろうね」と。
「そんなことはない!」と相手が憤慨したら「おまえこそお隣教をかざすな!」と
非難してやりなさいな。

275 :
>>252:我は聞いた :2013/02/27(水) 15:05:19.76 ID:RN6aURnQ
>全く抽象的で、しかも的を射ていない。あんたはなにやら、そういうのを高尚で、
>有り難い説明だと勘違いしてるだけさ。昔からそういう説明が多かった、訳わからんやつw。
>「直接的な手段や方策」↑と、「苦悩に対処してゆくべきその在り方」とどう違うの?
>釈尊は、人を見て、直接的な手段や方策を、ちゃんと説いていますよ。
>アングリマーラが托鉢で傷ついたときは、「耐えて忍べ」と、方策を説いている。
>禅問答のような、訳の解らないことを言ってるのではない。
小学生でも中学生でも理解できる内容の記述なんだが、これをわからないと見るのは
これは悟りに関することなんだが、あなたが悟りたくないからわかることを拒否しているのです。
そんなことを悟ってたまるか!くだらねー。役にも立たねーと。
だからあなたは一生悟れずに終わるでしょうね。ご愁傷様。
まあそんかことよりもあなたは馬鹿か?
三枝先生は仏教全体盛りだくさんを包括するバウッダの中で限られた紙面で限られた内容しか
書けないわけです。
つまり概説であり苦に対する基本姿勢というのも限られた中で抽象的に示すしかない。
もっと多くの紙面が与えられていれば、その具体的な例を経典からいくつでも
複数示して解説だってできます。
あなたは1分間スピーチをした人に対して、先日某ホールにて2時間にわかる
某先生の講演に比べると、なんておまえのスピーチは足りないことか?
と非難しているようなものです。
あなたの方こそ具体的な話ができないではないか?
津波被害と業報の話にしても、あなたは桐山さんが横変死の因縁がなくても巻き込まれる
場合があるという話だけを根拠に具体的な考察などできなかった。
私は具体的な考察としてお台場護摩における震災・戦災犠牲者供養とテポドンの関係とか
南太平洋の霊を持ち帰るというそれまでは不成仏霊扱いの侮辱をしていたとか
具体的に考えていったのに。

276 :
ひらがなレベルの誤字もかなり目立つので今晩はこれにてしまいに。
1日なら午前中あたり暇なんだが。

277 :
>>226
>他にも、バスローブ姿の桐山さんの胸にE川さんが寄りかかる写真もあった。
★☆内弟子愛人裁判資料閲覧記☆★
あまり人様の色事ヒメゴトを言いふらすのも多少の罪悪感を感じないでもありませんが、
やはりかのイダイな完全解脱宣言までなさった桐山管長猊下のことでもありますし
また、真実は真実として皆が平等に知る権利があると思いますので
思いきって書かせて頂きますが・・・
【つづく・・・】

278 :
 
深山花粉症対策  http://naekouboukatuyama.web.fc2.com/eyedamahana.html

279 :
《マル秘写真を実況してみたら・・・》
白いバスローブ姿の桐山管長猊下はマンションの一室で
ソファーベッドの上に横になっています
すると噂の内弟子愛人色○さんが写真機を片手に桐山さんに甘えるように寄り添います(じゃれ合う感じ)
そして何気に写真機を持つ手を頭上に伸ばしルンルンしながら
「ね〜ね〜写真をとりましょう」とささやきます。
桐山管長猊下は
「写真はちょっと」と嫌がりながらも顔を引きつらせながら
色○さんが桐山管長猊下のはだけた胸元に密着寄りかかるような体制で
横になって寝そべり寄り添いながら頭上に構えた写真機のレンズに向かってはいチーズ
「カシャッ!」
そしてその写真を裁判所の閲覧室で見た時、
数十年間揺らぐことのなかった桐山氏への信仰心が目の前で「ゴゴ〜ッ!」と音をたてながら崩れ去っていくのを感じました。
【つづく・・・】

280 :
>>253:我は聞いた :2013/02/27(水) 15:15:47.75 ID:RN6aURnQ
>気がついてくれたかい!我の反レスの多さにうんざりしただろう?
>あんたのレスは、いつもそのように多量なんだぜw、自分で書いてると気づかない
>だろw?深山くんも同じことさw。
>そりゃ、当然、ロム者にも解るだろさ。
レス内容が以前に反論済みのものばかり鸚鵡か九官鳥のように繰り返すのはうんざりするが、
量が多いだけならうんざりとまではしません。
ただこちらにその一つ一つに対するレスを書き込む時間が無いことを憂いているだけです。
あなたの書き込みに対しては、たとえそれが10ログあろうが20ログあろうが
それに対する反レスは実は読んだ瞬間に頭に思い浮かびます。
ここまでレスしてきたわが文章も、読んだ当初こう反論してやろうと瞬時に思った
ことを時間が遅れて書いているだけです。
レス内容に苦しむことはない。
ただレス内容を思いついてもそれを投稿書き込みする時間が割けないわけです。
仕事だけでなく私生活においても書き込みに割く時間帯はその時の気分もあり
わざわざ設けないことも多い。
あなたの相手をするのが趣味でないからですね。
しかしせっかく思いついた反レスなんだからそのまま書いてやりたいのも
こちらの気持ちであるわけです。
それがなかなかできず宿題が貯まるジレンマを感じているのですが、3日遅れようと
レスを付けようと思った書き込みにはマイペースで書いていこうと思います。

281 :
まあ〜実況するとそんな雰囲気でうつった写真でしたね。
とても信者と猊下様といった風ではありませんでした
ましてやお釈迦様を超えた?仏陀などとはとても思えない(笑)
至って俗世間的な単なる男女のラブラブイチャイチャ写真でして、
煩悩まみれの私にとってはなんともうらやましい限りの光景でした。
何よりも、いつも我々信者の前で
神聖な御法話を説かれていた御方、導師、大僧正、道場では聖黙と法談しか許さなかった程の
仏道仏法に厳粛で妥協のない浄められ高められていたはずの大聖者アラカン桐山管長猊下様。
まさかあんなRらなかっこうの姿を見ようとは夢にも思いませんでした、
本当にその時は一瞬にして、数十年間の汗と苦労の信仰生活が音をたてて崩れてゆくのを感じました。
余りにも衝撃的過ぎて逆にクスクス笑ってしまう程にア然としてしまったのを今でもハッキリと覚えています。
人間てあまりビックリし過ぎると笑ってしまうものなんですね。
生き仏仏陀桐山氏の本当の正体を覗いてしまった人生始まって以来味わう驚きの瞬間でした…。
【つづく・・・】

282 :
ニセモノの生き仏桐山靖雄氏のRらで愛に溺れゆるんだ表情を目の前にして
これまで迷わず信じてきたマヌケなオノレに対しとても情けなく感じた訳ですが、
同時にやはりそうであったか(やっぱりな)という冷めた思いもどこかにありました。
夫婦でもなく親娘でも孫娘でもない、ではいったいこの二人の関係はなんなんだ?
師と弟子、内弟子?いやいや違うでしょう
(実際、内弟子制度など阿含宗には無い)詮索無用のまぎれもない男と女でした。
よっほど携帯でコッソリ写真を撮ろうかと思いましたが東京地方裁判所閲覧室の係員の監視の目は厳しく
やはりズルや違反はいけないなと諦めました。
完全解脱宣言までした桐山さんも仏陀である前にひとりの男であることを選んだのでしょう。

283 :
桐山靖雄さん曰く
『人間の弱点は金と女である』と
まさしくその通りだったなぁと
女でつまずき人生に汚点を残したなと
いったところでしょうか…。
しかも教団内外信者達には一切説明無くいまだに隠したままです
ケツの穴の小ささも知られてしまいました。
教団内の女に手を出した以上管長として最後まで綺麗にケツを拭いて欲しかったと思いますね。
★☆内弟子愛人裁判資料閲覧記☆★
【おしまい】

284 :
>>209:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:08:48.36 ID:BEDCoM4R
>あのさ、漏尽智を神通力だと説いてるのは釈尊なのよね。それを詳しく説くとき
>はね、いつも一番最後に漏尽智を説いてますよ、そして不受後有を知る、と。
一番最後に説くことこそ釈尊が一番説きたいことで、その場合その直前に書いた
話は単なる比較材料でしかないこともあります。
三明もそうだが、示現経もそうです。
示現経は「仏陀の法」や「阿含仏教・超奇蹟の秘密」に出て来ます。
釈尊は聴衆を前に3つの示現を示した。
神変示現、他心示現、そして最後に教かい(言べんに戒)示現です。
神変示現とは身体から赤白黄などのカラフルな光や水を出してみせる例によって
それに何の意味があるの?何の役に立つの?と言いたくなる神通力です。
他心通はわかりますよね。
最後の教かい示現とは言葉で教えを説くことです。
聴衆は最後の教かい示現を示されて、すなわち言葉で示された教えを聴いて
理解納得し歓喜して信を起こしたとある。
つまりこの経典の言いたいことは他人に示して教導を行うのは神通力や他心通など
よりも言葉で説く教えを示すことが最高と説いたのです。
また不受後有を知るとあるが後有すなわち輪廻して来世に生じることがない
ということはこれを神通力などと表現された経典などありません。
それは涅槃は神通力だ、解脱は神通力だなどと表現しているようなものだから。

285 :
×→>>282 :桐山猊下の完全解脱宣言
○→>>282:☆白いバスローブと写真機と桐山さんと・・・♪♪♪

286 :
>>210:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:26:38.84 ID:BEDCoM4R
>ウムッ、なるほどとは思う。が、考えてみれば、大乗仏教花盛りの日本で、
>阿含仏教を広めるには、三十七道品=密教、として超能力を打ち出さす必然性が
>あったと思われますね。時代の要請として、超能力の夢が現代にどうしても必要
>だ、ロマンだ、それがなければ現代社会は滅びてしまう、と管長本に書いてた、
>はずです。
いや、ロマンとかそういうことではなく、超人類社会の出現がなければ21世紀は
迎えられないと提唱していたのです。
君は21世紀に向かって生きられるか?と激を飛ばしていた。
もう21世紀になって十余年経ちますが桐山爺さんの創造する超人類社会とは
どこにあるのだろう?キョロキョロ。
また桐山さんが超人類社会の夢の実現に向けて、密教の源流だとした七科三十七道品を
もとに進めようとするのならば、その修行法を修行したとて得られた神通力とは
空飛んだり壁すり抜けたり変なのばっかではないですか?
これを得ることができたと仮定して、自分の何が高まり、何の問題が解決するのか?

287 :
>>210:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:26:38.84 ID:BEDCoM4R
>ウムッ、なるほどとは思う。が、考えてみれば、大乗仏教花盛りの日本で、
>阿含仏教を広めるには、三十七道品=密教、として超能力を打ち出さす必然性が
>あったと思われますね。時代の要請として、超能力の夢が現代にどうしても必要
>だ、ロマンだ、それがなければ現代社会は滅びてしまう、と管長本に書いてた、
>はずです。
後世に発達した密教ならば、病気治しの祈祷も原始的な雨乞いもあります。
これらも超人類社会の超人としてはちょっと・・なんですが、うまくいけば
神通力みたいに見える。
求聞持法なんてのは博覧強記にするとかいうキャッチフレーズです。
体得したと自称する桐山さんの頭脳を見ると「はあ?」と思うが。
しかしこれらの不思議な法力の源流ですらないのです。
釈尊の神通力は。
皆で空でも飛びましょうか?

288 :
>いや〜
>本当に桐山さんて完全解脱宣言してたんですね、
>もう私、2冊とも捨てちゃったから改めて確認できないけど
>そんなふうにハッキリと完全解脱宣言してましたかぁ〜
>こりゃ〜ハッタリもいいとこですわ〜
>一体全体何を根拠に完全解脱したなんて言ったのでしょうね
完全解脱をしていない、という証拠はないのだけどね。
愛人とか、ボケたというのは批判派の願望だし、
釈尊も腹痛や怪我をしたし。完全解脱宣言、別に問題ないよ。

289 :
ワレモン
昔は、違法アップロードされたモノを「ワレ」とか「ワレモノ」と言っていました。
準シュダオンさんが「ワレモン」と称するのは最適です。
いいネーミングです。
もはや阿含宗とも関係の無い準シュダオン教を書き込み、
違法アップロード状態。
ワレモンとは、準シュダオンさんにふさわしい新しいハンドルネームです。

290 :
昨日、書棚で、寂聴さんと天龍寺の平田精耕老師の対談が載っている「仏教」
という雑誌が目に入り、読んで見たのだが、托鉢のことも話題にしていた。
1991年、株式会社法蔵館 発行の季刊の雑誌です。
寂聴さんは托鉢したくて禅宗の平田老師に頼んで、托鉢に連れていってもらった
そうである、天台には托鉢がないので。
お二人とも托鉢の意義をどう捉えていたのかと、聞いてみたいことに、
寂聴さんは托鉢で、「やっぱり人からお金をもらうことは恥ずかしい」と話して
いた。お布施を頂いても、ありがとうとは言うな、とは教わったそうであるが。
金岡秀友先生が、月刊アーガマに、托鉢のことで須菩提と大迦葉が、釈尊から
叱られた話を書いていた。須菩提は富者からのみ托鉢し、大迦葉は貧者から
のみ托鉢する癖があったのだそうだ。で、釈尊は、もっと公平に托鉢して歩け、
と叱ったようである。阿難はそれを聞いていて、二人を軽く見ていたらしい、
とか書いてあった、修行の境界は阿難より二人の方が上であったのですけど。
須菩提は、富者の福業が切れないようにと、富者からのみ托鉢する癖があり、
大迦葉は、貧者に功徳を積ませて、早く富ませてやろうと考え、貧者からのみ、
托鉢する癖が、あったのだそうです。
寂聴さんと平田老師の対談では、金持ちの方がケチで、貧乏人の方がよく
お布施をしてくださる、と話されております。

291 :
>>あのさ、漏尽智を神通力だと説いてるのは釈尊なのよね。それを詳しく説くとき
>>はね、いつも一番最後に漏尽智を説いてますよ、そして不受後有を知る、と。
>一番最後に説くことこそ釈尊が一番説きたいことで、その場合その直前に書いた
>話は単なる比較材料でしかないこともあります。
いや、そういうことではなくて、解脱にいたる順序を、詳しく説くときの
ことです。最初は戒を修め、次に初禅に入り、次に解脱に近づくと他心通が
生じ、次に衆生の過去世・来世を知る天眼が生じ、(天眼が生じてから他心通
が生じる、という逆のパターンはない)最期に漏尽智が生じて不受後有(輪廻尽)
を知るというのです。だから、漏尽智が一番難しくて重要なのです。
あなたのように、釈尊の言葉に反する考えは浅いのです、深山くんもね。

292 :
>深山さんも指摘しているが、アゴン宗スレに来てアゴン宗の教義を勝手に変えて
>創らないで欲しい。
>我聞教なんかこのスレでは要らないのです。
我に言わせりゃ、そのセリフはこっちのセリフで、そっくりあんたらに返したいw。
あんたらは阿含宗教義を自己流に誤解釈しているのだ、誤解釈だからあんたらのは、
阿含宗教義ではなくて、深山ユビキタス教が多いのだよ。

293 :
>東日本大震災の津波犠牲者が業報でないなんて話からこんな話に展開しています。
>ならば天災地変の惨事は東日本大震災に限ったことではありません。
>関東大震災もあるし、東京大空襲なんてのもある。
あのね、横変死した場合は地獄界に生じる、なんてのは阿含経に書いてあるの
だから、管長を批判してもはじまらないの、おかどちがいですな。
釈尊に抗議しなさい。

294 :
>293 :我は聞いた:2013/02/28(木) 15:14:41.23 ID:pvIYk4FG
>あのね、横変死した場合は地獄界に生じる、なんてのは阿含経に書いてあるの
-スッタニパータ 抜粋-
660 悪口を言いまた悪意を起して聖者をそしる者は、
十万と三十六のニラップダの[巨大な年数のあいだ]また五つの
アッブダの[巨大な年数のあいだ]地獄に赴く。
661 嘘を言う人は地獄に墜ちる。また実際にしておきながら、
わたしはしませんでした」と言う人もまた同じ。
両者とも行為の卑劣な人々であり、
死後にはあの世で同じような運命を受ける(地獄に墜ちる)。
662 害心なく清らかで罪汚れのない人を憎むかの愚者には、
必ず悪(い報い)がもどってくる。
風に逆らって微細な塵を撒き散らすようなものである。
663 種々なる貪欲に耽る者は、ことばで他人をそしる。──
かれ自身は、信仰心なく、ものおしみして、不親切で、
けちで、やたらにかげ口を言うのだが。
664 口穢く、不実で、卑しい者よ。生きものを殺し、邪悪で、
悪行をなす者よ。不劣を極め、不吉な、でき損いよ。
この世であまりおしゃべりするな。
お前は地獄に落ちる者ぞ。
665 お前は塵を播いて不利を招き、罪をつくりながら、
諸々の善人を非難し、また多くの悪事をはたらいて、
長いあいだ深い坑(地獄)に陥る。
666 けだし何者の業も滅びることはない。
それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。
愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。

295 :
横変死して確実に地獄に直行の人とは。
生前本人の過ちにより祟られて居た人達である。
女性関係および異性関係、詐欺にかけた。傷害などで
恨んで死去した人が祟ると行けますよ。
仏閣より仏像を盗んで売り払い盗人が祟られる例は珍しくない。
交通事故死で即死した場合でもごく普通の霊界に行く人も居る。
釈尊の説かれた阿含経で、強風の土地に生育した樹木に例えたものがある。
この大木が枯れて倒れるときには、傾斜している方向に倒れるのは明らかである。
ゆえに修行者は何時でも生死の覚悟を決定して心を如来の法から離してはいけないと言う
趣旨であったと記憶する。
あんまり毎日 他人の悪口を吹いていると顔が曲がるのをご存知かな?

296 :
>でもね、
>その贅沢がさ
>嘘ついて脅かしてビンボー信者からふんだくって集めた贅沢なら
>チョットヤバくね〜かい?
あなた、そんなケチな話、それジョークではなしに、マジで書いてるのかい?
贅沢なんて、たかが知れてるぜよ。お相撲さんだってさ、一人で食べる量なんて、
たかが知れてるよ、大食い競争の費用なんて、大したこと無いのよ。
>信者がビンボーで頭が贅沢って宗教家として威張れる構図かね〜
>ちと疑問だね。
確かに信者は貧乏なのが多いと思う。だから、貧乏人の信者が多い、管長は
大変なのよ。信者が富むように、指導しなけりゃいけない。
しかし、貧乏なのは、それなりの理由(因縁)があるからなのだからね。
我だったら、そんな貧乏人、相手にしたくねえよ。だから管長は偉いのだ。

297 :
古代インドにはワレモンさんみたいなバラモンが沢山居たんだろうな…

298 :
>>288 完全解脱をしていない、という証拠はないのだけどね。
因縁が切れてないという証拠はたくさんあるけどね。
脳障害の因縁、刑獄の因縁、中途挫折の因縁等。

299 :
>>291:我は聞いた :2013/02/28(木) 14:59:10.88 ID:pvIYk4FG
>いや、そういうことではなくて、解脱にいたる順序を、詳しく説くときの
>ことです。最初は戒を修め、次に初禅に入り、次に解脱に近づくと他心通が
>生じ、次に衆生の過去世・来世を知る天眼が生じ、(天眼が生じてから他心通
>が生じる、という逆のパターンはない)最期に漏尽智が生じて不受後有(輪廻尽)
>を知るというのです。だから、漏尽智が一番難しくて重要なのです。
その通りです。初禅にしても大四禅にしても三明にしても経典は釈尊が解脱に至る
経路を順序立てて書いています。これは釈尊の体験なのです。
しかし体験だからと言って最初から最後まで徹頭徹尾神通力修行である必要は
全くありません。すなわち最後の漏尽智は神通を以てナニしたのではない。

300 :
>>291:我は聞いた :2013/02/28(木) 14:59:10.88 ID:pvIYk4FG
>を知るというのです。だから、漏尽智が一番難しくて重要なのです。
漏尽智が一番難しくて重要ということには賛成です。
まことに御し難きは自分であり自分の心であり自分の煩悩なのです。
神通力を得たパワーあふれる(?)人でも煩悩解脱には別の克己努力が必要です。
あなたはこんなことを考えてないか?
まず神通力を備えて自分の心身をパワーアップしておいて、だからこそ煩悩も解脱する
パワーが得られるのだと。
しかしこれは関係ありません。
健全なる肉体には健全なる魂が宿ると俗に言います。
しかしそんなこともありません。
体育会系の名門で部員が猥褻行為で捕まるなんて恥ずかしい話はよくある。
昔、元プロ野球選手の金田正一のテレビCMがあった。
金田の娘が年ごろなのだが悪い虫がたか寄る。
金田はその虫たちに対して「スポーツで発散させなさい!」と叱咤し、虫たる男どもは
樹から落っこちる。
私は思った。スポーツで性欲でもムラムラでも発散できてたら金田よ、おまえに
スキャンダルなんかないだろ?と。
神通体得する人でも煩悩除去はまた別の努力なのです。
だから一番難しくて一番重要です。

301 :
>>293:我は聞いた :2013/02/28(木) 15:14:41.23 ID:pvIYk4FG
>あのね、横変死した場合は地獄界に生じる、なんてのは阿含経に書いてあるの
じゃあその阿含経の出典を示して部分引用してごらんよ。
>>294のラシンさんみたいにさ。
>>294はもちろん横変死の話ではなく嘘をついた人が地獄に堕ちる話です。
あなたも堕ちるかもね。
だからこんな感じであなたも引用しなさいな。
横変死した人が地獄に堕ちる話です。
誰がどのように死んだか。そして死に至るまでの生前の所業を書いてあったら
そこが一番重要だから省略せずに書いてみなさい。

302 :
 
深山食堂  http://gurukita5840.seesaa.net/article/16675288.html

303 :
>>296
>確かに信者は貧乏なのが多いと思う。だから、貧乏人の信者が多い、
あのね、
頂点とその周りの数人だけが
おいしい思いをして
底辺の信者達はみなビンボービンボーみなビンボーなのよ
下から吸い上げる自動回収三角形システムね
阿含宗もねずみ講もあまり変わらないのよね。
頭だけが儲かり贅沢するシステム。
しかも客に頭下げずに済む商売ね。
「猊下殿」などと呼ばせ相手に頭を下げさせそれでいて金まで払わせる洗脳回収システムね。
金もらった本人は礼も言わず
逆に客に礼を言わせる美味しいシステム。
客は頭を下げ礼を言いながら喜んで金を払う(爆)
金をもらった高給取りは礼も言わず頭も下げないでふんぞり返ったままその一部を愛人に流すわけよ(笑)

304 :
増谷文雄「仏陀 その生涯と思想」(角川選書)
165頁
さらに、一つの経においては(南伝、相応部経典、3、6、箭。
漢訳、雑阿含経、17、15箭)釈尊はこの問題について、つぎのような
問いをもって比丘たちに質問を試みられたことがあった。
「比丘たちよ、いまだ正しき教えを聞くことなき凡夫は、楽受をも感じ、
苦受をも感じ、また非苦非楽受をも感ずる。比丘たちよ、すでに正しき教えを
聞ける聖弟子もまた、楽受をも感じ、苦受をも感じ、非苦非楽受をも感ずる。
では比丘たちよ、有聞の聖弟子と無聞の凡夫とは、いかなる点において異なっている
であろうか」

305 :
訂正
南伝、相応部経典、36、6、箭。

306 :
増谷文雄「仏陀 その生涯と思想」(角川選書)
166頁
「比丘たちよ、よく聞き、よく思ってみるがよい。未だ正法を聞かざる
凡夫は二種の受を感ずる。それは身における受と心に受とである。
それはたとうれば、第一の箭(や)をもって刺され、さらに第二の箭を
もって刺されるに似ている。彼はいまだ正法を了知せざるがゆえに、
もし五欲において楽受をうければ、それに愛執するがゆえに、さらに
たちまち欲貪の煩悩の縛するところとなる。またもし苦受をうけること
あれば、それに対して
瞋恚(いかり)を生ずるがゆえに、また瞋恚の煩悩のとらうるところとなる。
(つづく)

307 :
訂正
それは身にうける受と心にうける受とである。
(連続投稿規制のため携帯にてフォロー)

308 :
くそっ、糞ちゃんねるの糞板が。
携帯に切り替えないとマトモに書き込みもできやしねえ。

309 :
(つづき)
それに反して、すでに教法を聞くことを得たる聖弟子は、ただ一つの受を感ずる
のみである。すなわち彼は、身における受は感ずるけれども、心における受を
感ずることはないであろう。これをたとうれば、第一の箭をもって刺され、されど
第二の箭を受くることなきに似ている。なんとなれば、彼は正法を知るがゆえに、
もし五欲において楽受をうけても、彼はこれに愛執することなきがゆえに、その心を
さわがしその意を乱すにいたらず。(つづく)

310 :
フォロー

311 :
(つづき)またもし苦受を味わうことがあっても、彼はそれに対して瞋恚を生ずる
ことなきがゆえに、また煩悩が擾乱するところがない。これを第二の箭を受くる
ことなしというのである」

312 :
増谷文雄「仏陀 その生涯と思想」角川選書
167頁
わたしどもは、ともすれば、仏陀もしくは阿羅漢といえば、苦楽ともに滅しつくして、
寒巌枯木のごとき存在となりきっているかに考えがちである。
だが、釈尊のこの説法は、明らかに、そのような考え方は間違いであることを語っている。
聖者といえども、聖弟子といえども、凡俗の人々とおなじように、「楽受をも感じ、
愛しいものを見ては楽しいと感ずる。また醜いものをみれば醜いと感じ、憎いものを見ては
憎いと感ずる。そのことは少しも異なるところがない。だが彼らはけっして
「第二の箭」をうけないのである。「第二の箭」を受けざるがゆえに、苦受もまた楽受も、
さらに彼らの心の平和をかき乱すにいたらないと釈尊は説いている。

313 :
携帯も連続規制にかかったようです。時間を置くかまたの機会に。

314 :
>>211:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:35:11.69 ID:BEDCoM4R
>それは凡人とは違う、と釈尊は説いています。何という経典だったか忘れたが、
>凡人の愛別離苦の悲しみは、二の矢、三の矢、四の矢、と続くが、
>解脱した聖者には、二の矢、というのはないのだ、と説いています。
>だから、弟子を失った釈尊の悲しみは凡人の悲しみとは違うはずですよ。
あなたが書いた二の矢を受けない経典とは、>>304-312です。
>>312は増谷先生の解説だが、>>304>>306>>309>>311は経典訳そのものです。
この増谷本は前にラシンさんも引用転載したことがあります。
つまり生老病死四苦八苦とあるが、それは聖人も凡人俗人も等しく受けることに
変わりはないのです。ただそれはあるがままに受け入れて余計な煩悩にまで発展
させないから心は平安なのです。
連続投稿規制、長文規制がかかった。そこで私は>>308で、くそっと瞋恚をあらわにしたが、
こんな瞋恚の書き込みなどせず、ならば規制は規制で仕方ないのだから受け入れて
出来うる手段で切り替えればよいだけです。
切り替えられなければ、それはそれで受け入れるしかない。
思い通りいかなかったので不愉快を感じたが、しかしそこに瞋恚など発生させては
ならないのです。

315 :
>>211:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:35:11.69 ID:BEDCoM4R
>それは凡人とは違う、と釈尊は説いています。何という経典だったか忘れたが、
>凡人の愛別離苦の悲しみは、二の矢、三の矢、四の矢、と続くが、
>解脱した聖者には、二の矢、というのはないのだ、と説いています。
>だから、弟子を失った釈尊の悲しみは凡人の悲しみとは違うはずですよ。
ところで、これこそが三枝先生もバウッダで書いた外界の情況は何一つ変わらないけど、
受け手の心によってそれを必要以上の苦 と感じなくなるということの証明経典の一つです。
我聞さんは大いに三枝先生の考えが気に入らないようだが、しかしこれは増谷先生も、
と言うよりも、釈尊自らが阿含経で述べていることなんですよ。

316 :
>>211:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:35:11.69 ID:BEDCoM4R
>それは凡人とは違う、と釈尊は説いています。何という経典だったか忘れたが、
>凡人の愛別離苦の悲しみは、二の矢、三の矢、四の矢、と続くが、
>解脱した聖者には、二の矢、というのはないのだ、と説いています。
>だから、弟子を失った釈尊の悲しみは凡人の悲しみとは違うはずですよ。
あなたは二の矢の経典を読んでも正しく理解できないようだから解説するが
桐山さんはガンの因縁などを説きます。
そしてガンの因縁を切ると、ガンにはかからなくなると説きます。
つまりこれが情況ごと変化したということです。
ところが箭経では三枝先生や増谷先生の言うように苦を起こす情況そのものは
起きてしまうのです。
しかしそこから先が問題で正法を理解した人はそれをあるがままに受け入れることにより
余計な懊悩とか、厭だ厭だの瞋恚の煩悩にまで発展させないのです。
これが二の矢を受けない基本的な態度です。
桐山因縁解脱はこんな受け入れなどは認めずあくまでもガンにならない情況の変化
のみを求めるのです。

317 :
>>211:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:35:11.69 ID:BEDCoM4R
>それは凡人とは違う、と釈尊は説いています。何という経典だったか忘れたが、
>凡人の愛別離苦の悲しみは、二の矢、三の矢、四の矢、と続くが、
>解脱した聖者には、二の矢、というのはないのだ、と説いています。
>だから、弟子を失った釈尊の悲しみは凡人の悲しみとは違うはずですよ。
凡人から聖人になると悲しみなどの感覚そのものが特殊に変かするかのように夢想しているが
聖人でも凡人と同じように悲しみます。
しかしいつまでも長く引きずることはない。こだわりません。
しかしこれって聖人だからできることであり俗人には望めないことなのか?
そんなことはない。俗人の我々でも当たり前にそれをしている。
例えば親兄弟などの身内の不幸です。
たしかに誰でも涙して悲しみます。
しかしいつまでもそれに囚われてなどいない。
親が死んだからもう自分は生活を続けていけないなんてふさぎこみ続けやしない。
俗人でも普通に当たり前に回復します。
現実をあるがままに受け入れたのです。
そりゃ目の前に熊やライオンが現れて脅えるななんてことはできない。
しかし事故災害病気も含めて我々は現実を受け入れながら対処しています。
アゴン宗の信者はガンになるのは因縁だからということで、これを必死に防ごうと
先祖を侮辱してさえも解脱供養を書いたり、不要の恐怖と都合のよい欲望で護摩木
だって書きます。
つまりアゴン宗で因縁切りなんて志したことによって、本来は一の矢だけで済み、
あるいは二の矢程度にしかならないものを三の矢、四の矢と煩悩を増大させて
それは甚だ自らを苦しめているのです。

318 :
>>212:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:44:47.00 ID:BEDCoM4R
>それを発揮するのは、これからなんですな。これからの千年。
これからの千年?何を悠長なことを言っているのだ?
桐山は前世紀に21世紀を無事に迎えるために超人類社会の実現を急いだのです。
現代の人類社会の物質文明は行き詰まっている。
これを解決せずに明るい未来社会はなく、自滅、破滅に向かうだけだと。
それは単に頭脳だけの問題でなく脳のアンバランスが自滅・破滅へのシナリオを
用意しているのだから、これを脱却するには超人開発のプログラムにより修行するしかない
としたのです。
だから千年かける夢などではなく、もう達成されていなければならないはずの話なんです。
今少しでも超人類社会なんて進行してますか?
私はアゴン宗だけを見ても頭の悪い連中がアンバランスに無意味な行動をしている
としか思えない。

319 :
>>212:我は聞いた :2013/02/26(火) 16:44:47.00 ID:BEDCoM4R
>そうでないと、誤解して、やたら超能力開発に走る信徒の恐れがあるから。
あなたも超能力開発路線を誤解しているのですね。
まずあなたに問うが、桐山さんが提唱した超人類社会の指向というスローガンをどう思うか?
こんなものを信じると誤解してあさましい欲望追求に走ると思うか?
超人類社会の指向というスローガンは単なるオカルト嗜好や、己の欲望を満足させる為の
道具ではなく、高邁な思想を説いていたはずなんです。
要するに超能力開発ではなく、能力開発ですよ。
我々は自己啓発のために例えば英会話をマスターしたりパソコン技能を高めたり
資格をとって専門的な仕事に従事して自己実現を図りますよね。
これってあさましいことなんですか?
高い技能を身につけて良い報酬を貰おうなんてあさましい。
掃除の仕事に従事して安い給料でも甘んじなよ。そうでなく能力開発なんて
あさましい人間のやることだなんて思いますか?
そんなことはない。正々堂々と能力開発に励むことは正しいことで善ですらあります。
だから桐山さんが能力開発を提唱したなら、看板だけでなく、ちゃんと修行プログラムに
沿って信者を指導すればよいことなんですよ。
それを桐山さんは「オウム真理教と阿含宗」の著書の中でも、意に反して
超能力開発して見返してやろうなんて輩が増えたので、路線転換せねばならないなんて書いた。
これは立派なスローガンであるはずの超人類社会の能力開発などその実指導するネタも
ないことに対する言い訳をしたのです。
そしてあなたもまんまとその罠に引っかかったのです。

320 :
>>217:我は聞いた :2013/02/26(火) 20:27:12.99 ID:BEDCoM4R
>ね、訂正後も、天下の月刊アーガマ、になっているでしょう。
>貶そうとしたのに、天下の月刊アーガマと書かせたw、これは神仏の仕業ですなぁ。
私が「会話が成立していない(T_T)」と嘆いたのはここです。
天下の月刊アーガマと私が書いたのは私の本心ではなく、あなたの心にあわせたのです。
あなたは自分で書いたことを忘れているのです。
あなたは中村先生や三枝先生のような高名な仏教学者が月刊アーガマに寄稿している
という事実は、その出版社の親元であるアゴン宗を学者たちが認めているからであり
学者たちも因縁解脱など桐山教学を認めたからこそ寄稿したと主張した。
ところがその高名な仏教学者の一人である三枝先生は情況そのものは変わらないけど
受け入れる心だけが変わるという苦への対処をなすとバウッダにも書いたのだから
桐山因縁解脱に反します。
つまりアゴン宗を認め桐山教学を認めたから寄稿したなんてあなたの考えは
ここに否定されたのです。
情況が変わらないという桐山因縁解脱否定を説く馬鹿学者(あなたから見ると)が
天下の(あなたから見ると)月刊アーガマに寄稿したとはどういうことなのか
説明してみなさいと、あなたを皮肉ったのですが、わかりませんでしたでしょうか?

321 :
>>218:我は聞いた :2013/02/26(火) 20:37:29.01 ID:BEDCoM4R
>津波の犠牲者は、因縁には関係ない、という主張も、ユビキタス教なのよ。
>解るかい?
おいおい?津波犠牲者は横変死の因縁ではないと言ったのはそっちの方だぜ。
業報によらない横変死の因縁によらない巻き添えの場合もあるのだという桐山発言を出して。
これに対して私は「場合もある」という発言は、全部を指すのではなく
一部しか指さないことになることを示して、結局は大半は横変死の因縁による
ものとして、あなたのその場しのぎのゴマカシを制しました。
つまりやはり大半の津波犠牲者は因縁だったのですね?
津波犠牲が運命だったのかどうかは「わかりません」。
しかし桐山因縁をくっつけて桐山業報の桐山運命とみなすのならば、地獄界の因縁
ということになり、特に個別に悪いことをしたという情報もないくせに、気の毒にも
津波の犠牲になっただけで、地獄界に堕ちたと言うことは、犠牲者に対する
言われもない不当な侮辱だと私は主張しているのです。
それはユビキタス教なんて特殊なものではなく、世間の当たり前の良識を
代弁したのです。私の考えが偏ったユビキタス教なのかどうか、お隣さんに
訊ねてみなさい。

322 :
>おいおい?津波犠牲者は横変死の因縁ではないと言ったのはそっちの方だぜ。
そういう二者択一の考えではない。黒か白ではないのだ。津波犠牲者には、横変死
の因縁がある人も居るし、無い人もいるということだよ。その割合なんて誰にも
解らないのだ、解らなくて良いのだ。

323 :
昨日レスした、臨済禅・天龍寺の平田老師の寂聴さんとの対談での面白くて、
為になる発言をしてますから、レスしよう。
老師は、「いまは、禅学者はなにかといろんなことも言いもするし、知って
もいるし、研究もします。けれども実際は、あんまり役にはたたないです」
と、話されています。
バウッダが出た頃に近い発言ですよ。我は、この老師の言葉を、バウッダに
贈りたい。バウッダを書いた方は、いろいろ知ってるし、研究もしてるよう
だが、解脱の役には立たない、とね。あの本を丸暗記したとて、信仰者の役
には立たないね。仏教学者になるためなら、大いに役立つ本ですけどね。
バウッダは、一般人を対象として書いた本ですね。仏教とは何かをあまり考
えたことの無い人が対象です。だから、阿含経にある、超自然的なことは、
すべてといってよいほど、排除しています。涅槃の説明は、煩悩をなくした
平安な心、と常識的な受け入れやすい、説明に留めている。輪廻の滅、なんて
ことは避けているね。これなら仏教(バウッダ)をバカにする人も少ない
でしょう。輪廻なんて真面目に書いたら、文化人は笑う人が多かろうからね。

324 :
駒沢大学長も務めた、奈良康明氏が教授時代、月刊アーガマ、昭62年6月号
の巻頭言を書いています。次第説法との題で、なるほど、と思うようなこと
を述べておられます。最近、これを読み直していて、何処ぞで読んだ、彼の
「信仰は恋愛に似ている」との言葉を思い出した。恋愛を分析研究したとて、
あまり意味はない、恋愛を生きることが大事なのだ、というような趣旨で
あった。信仰には熱さを感じるが、仏教学という、学の字ががつくと冷たさ
を感じる、自分が仏教学であるから、それが気になるとか話されていたね。
まさにそのとおりですな。バウッダは、そういう本です。
テレビCMを見ていたら、「愛は目に見えないが、確かに感じることができる」
との、CMのフレーズであった。これはすばらしいフレーズです。神仏もそれ
だね。管長は霊の存在もそうだという。目には見えないが(管長には見える)
確かに感じることができるのです。仏の救済力も、愛のように、確かに感じる
ことが出来る人がいるのです。愛を知らない人は、愛なんて、何かの錯覚、
脳の病気だというだろう。
深山ユビキタス教とは、愛を知らない人みたいなものです。
仏の救済力なんて、感じたこともないし、知ることも出来ない。
ゆえに、祈りさえ、否定して、その無知を恥じることもない。
愛を知らない人に、愛を説いてどうなるか?
仏法の因縁を切る力を知らない人に、それを説いてどうなるか?
本日はそれを痛感したさ。

325 :
>あなたは二の矢の経典を読んでも正しく理解できないようだから解説するが
桐山さんはガンの因縁などを説きます。
そしてガンの因縁を切ると、ガンにはかからなくなると説きます。
つまりこれが情況ごと変化したということです。
ところが箭経では三枝先生や増谷先生の言うように苦を起こす情況そのものは
>起きてしまうのです。
あんたこそ、学者の解説訳を鵜呑みにするしか、能力がないから誤ってる。
我は何年も、二の矢の意味を考えながら、因縁切りに励んできたのだ。
その結果、学者の解説は正しくないことを知った。
愛や苦というのは、聖人にもあるが、凡夫との感受とは違うし、その愛苦
も凡夫と同じようには来ないのだ。
畜生界の生存の愛苦と、餓鬼界の生存の愛苦は違うのですよ。
あんたは頭の中だけでの考察だから、間違えるのです、体験がないし。
だから、学者の言いなりになるしか能がないわけよ。

326 :
桐山ってRで朝鮮人ではありませんか?
やっていることが日本人離れし過ぎています。
誰か調べた人いますか?

327 :
>>322 :神も仏も名無しさん:2013/03/01(金) 16:04:01.26 ID:702x3d3/
>津波犠牲者には、横変死の因縁がある人も居るし、無い人もいるということだよ。
そういうことを言うと、桐山さんのインネン切りとは、
いったいどんな意義があるかとなる。
桐山さん曰く、因縁は先祖の霊障からももたらされる、
と述べているから、主役はタテの因縁という分けです。
霊障が因縁を作り、霊障は因縁が表れるのを助長する、
とまで述べている。
もっとも桐山さんは、前業を自身の悪い心クセ程度にしか
捉えず、すべての自己責任を先祖におっ被せた人ですから、
主役は、常に霊障で信者を脅す図式に変遷はありません。
現世成仏255頁、「横変死の因縁をもっている人をみると、
必ず横変死をした人の霊障がともなっている。」
同著256頁、「悪しき因縁は、悪しき霊的存在によって
形づくられる。この悪しき霊的存在をわたくしは霊障と
呼ぶのである。」
横変死は地獄界クラス、と定義したのも桐山さんです。
天災などの巻き添え説など言い訳に過ぎない。
桐山さんの凄いところは、言い訳までお金にする能力です。
霊障を切り易すくするために守護霊の必要性を説いて、
供養をつのり、徳を頂けと信者にはっぱをかけた。
ようはタダ働きと金集めです。
次には冥徳解脱供養シリーズで、家の守護神サマ取得の
長〜いお付き合いを余儀なくされる。
桐山さんはどう転んでも起き上がる時は、いつも金掴みカミの
方に体が向いている。

328 :
FC2ザ掲示板にも投稿してみました。
http://thebbs.fc2.com/292918!/?l=50

329 :
>>323 :我は聞いた:2013/03/01(金) 16:28:57.04 ID:702x3d3/
>バウッダは、一般人を対象として書いた本ですね。仏教とは何かをあまり考
えたことの無い人が対象です。だから、阿含経にある、超自然的なことは、
すべてといってよいほど、排除しています。
まだ言い残しているようですが、執着心ですか。
ここは過去よりの批判文を抜粋し、参照とします。
>213 :名無しさん@3周年 :04/09/20 00:01:57 ID:je+L2x6m
「ディーガ・ニカーヤ、第11経」にあり、
「原始仏典 第一巻」(春秋社)(477〜479頁)
釈尊は神通力を布教に用いない理由を説明した。
神通力による奇跡はガンダーリーという魔術でもそっくり同じ事を
行うことができるから、「・・・その比丘は、その魔術によって
さまざな奇跡を行うのである。」と誤解されてしまうと説明して、
最後に、
「それゆえ、ケーヴァッダよ。わたくしは、神通力による奇跡に
欠点があるのを知り、神通力による奇跡に不安を感じ、恥じ、
避けるのである。」
同様に、神通力の一つである読心術の奇跡も、マーニカという魔術と
間違われるから、
「読心術による奇跡に不安を感じ、恥じ、避けるのである。」
これが釈尊から、奇跡を売り物にしている阿含宗の信者さんたちへの
返答であり、教えです。<

330 :
>すべてといってよいほど、排除しています。涅槃の説明は、煩悩をなくした
平安な心、と常識的な受け入れやすい、説明に留めている。輪廻の滅、なんて
ことは避けているね。これなら仏教(バウッダ)をバカにする人も少ない
>でしょう。輪廻なんて真面目に書いたら、文化人は笑う人が多かろうからね。
実は、若い頃の我こそがそうで↑あったw。キリスト教の天国や仏教の輪廻の話を
聞けば、何を世迷言をと、笑っていたからね。本は人並に読んでいたと思う。読書
は好きなほうであったからね。仏教の本も、キリスト教の本も、その他の本も手に
したら読んでいた。だから、バウッダ程度の内容は、阿含宗に縁を持つ前に、知識
として得ていたよ。欲を無くせ、煩悩を無くせ、というのは、世の仏教常識の基本
であったわけよ。それは耳にタコができるほど読んで、聞いて知っていた。
(手違いから、かなりの本を家族に捨てられた、ゆえに出典が不明な事柄も多い)
が、桐山論は違う。欲を無くせの教えは、なま悟りだという。今東光が、欲を無く
すどころか、大欲を持て、と若者に説いている、管長論に似ている。
管長の「説法六十心」の推薦文は、今東光が書いているではないか!
天台のアジャリさんたちは密教を信解しているとは思えない、桐山師は大アジャリ
だと思う、と今東光は書いている、今さんは、宗派を超えた人物だね。
桐山管長が、深山ユビキタスくんを、騙すことは容易でも、中村元先生や今東光を
騙すことはできないねw。
今さんは、春泥尼という小説を書いているね、尼僧の話を明るく書いている。
寂聴さんもその小説は読んでいよう。その縁で、今氏に得度を依頼したのであろう
と、我は勝手に推測している。春泥尼の筋書きはあらかた忘れたが、尼僧たちの
入浴場面などは覚えている。尼僧たちの、しなびたR房や尻を書いた場面だ、
今さんは、不真面目な小説だと、世の女性達から、抗議もされたらしい。
しかし、通読すれば、真面目な作品だと解るであろう。
寂聴さんの「釈迦」本を、あり難く読ませていただいたお礼に、その師である
今東光氏の名著、春泥尼、のレスをここにしておくさね。
まだ読んだことない人は、手に入れて読んで見なさいよ、面白いですよ。

331 :
>>324 仏法の因縁を切る力を知らない人に
仏法の因縁を切る力は知らないが、桐山阿含宗の因縁の切れないのは知っている。
桐山が因縁切れてない。脳障害の因縁。刑獄の因縁、中途挫折の因縁等。

332 :
>そういうことを言うと、桐山さんのインネン切りとは、
いったいどんな意義があるかとなる。
桐山さん曰く、因縁は先祖の霊障からももたらされる、
と述べているから、主役はタテの因縁という分けです。
霊障が因縁を作り、霊障は因縁が表れるのを助長する、
>とまで述べている。
あんた、霊友会の教義も似たようなものですよ。
霊友会は法華経を依経としている、それが阿含宗との違いみたいなものです。
霊友会は、先祖全てに法名を与え、朝夕、二度勤行を行い、先祖の成仏を
祈願し、子孫への悪影響・悪因縁を除くのだという教えです。
阿含宗を批判するより、信者数が圧倒的に多い、霊友会や分派の立正佼成会を
批判したらいかがですか?
そのほうが、あんたらの主張に合っていますよ。
なんで、それら教団より信者が少ない阿含宗を批判するのかね?
まぁ、私利私欲の個人的感情からという、理由は知っているけどさw。

333 :
>仏法の因縁を切る力は知らないが、桐山阿含宗の因縁の切れないのは知っている。
>桐山が因縁切れてない。脳障害の因縁。刑獄の因縁、中途挫折の因縁等。
それは見解の違いだろう。石原東京都知事と対談したことが、脳障害の因縁を
切った証拠であるよ。知事周辺の人は、脳障害の人と対談などはさせない。
そんなことしたら、知事の政治生命が断たれるだろ、解るね。
刑獄の因縁を断ったからからこそ、いまの活躍があるんでしょ。解らないの?
中途挫折の因縁?それを切ったからこそ、総本殿も建てたし、練成道場も建てたし、
各地に道場が建っているわけよね。それ言わせたくて、あなたわざと質問したん
でしょ?
まあ、どうでもいいけど、誰でも自分の幸せが一番大切なことよ、それには
他人を非難してもはじまらないのよ。そういうことは「舎」が肝心。
慈悲喜捨の「舎」を修めないと、幸せはないのよね。

334 :
密教占星術T
 いま、ここに、六巻に分けて説こうとする。・・・中略・・・ねがわくば、世のひと、
全巻完成まで数年の時をかしていただきたい。  昭和48年7月20日
日本の言葉では10年以内を数年という。40年も経っているがまだUまでしか発刊されていない。
これを阿含宗では【中途挫折の因縁】という。同書152〜154ページ
説法六十心も2までで中途挫折しているよね。

335 :
>>333:我は聞いた :2013/03/01(金) 20:02:01.39 ID:702x3d3/
>それは見解の違いだろう。石原東京都知事と対談したことが、脳障害の因縁を
>切った証拠であるよ。
えっ?脳障害の因縁を切った???
どうしてそんなことが言えるのだ?
私を含めた批判側から見ても、脳梗塞発症時ではなく、現在の桐山さんを
脳障害の因縁は切れてないとは言えないが、切ったかどうかも「わからない」と
いうのが正しい認識です。
だからあなたはアゴン宗の因縁自体の定義を知らないのです。
脳障害の因縁は脳疾患などで死んだり再起不能になる因縁ではない。
医学の力で回復治癒しても因縁は切れたことにならない。
ガンの因縁も同じですね。ガンで死ぬ因縁ではない。
だから医学治療でガンが治ったら因縁は切れたことになるのか?
それなら因縁切りなんて要らない。
桐山さんの夫人がガンを宣告されましたよね。ガンの因縁があったことになる。
しかし長年生き長らえたから、ガンの因縁は切れたかに見えた。
しかし再発して亡くなったのだから、ガンの因縁は切れずに生涯を終えたとわかった。
しかし再発しなくて天命を全うしても因縁切りを一度もしたことのない一般人が
医学治療でガンが治ったらガンの因縁は切れたことになるのか?
横変死の因縁は一度発動したら終わりですよね。しかし死ぬことによって
横変死の因縁が切れたとは言わない。
つまり脳障害の因縁も今後脳梗塞を再発する可能性もあるのだが、それと関係なく
切れたのか切れてないのかは「わからない」としか言えないはずなんです。

336 :
>>325:我は聞いた :2013/03/01(金) 17:09:26.09 ID:702x3d3/
>あんたこそ、学者の解説訳を鵜呑みにするしか、能力がないから誤ってる。
>我は何年も、二の矢の意味を考えながら、因縁切りに励んできたのだ。
>その結果、学者の解説は正しくないことを知った。
三枝先生であれ増谷先生であれ、都合のよい時だけ学者が桐山説を支持しているかの
ように錯覚して示し、都合が悪いと学者が間違っいると非難する節操の無さは
もうわかっている。
しかし増谷解説などどうでもよいから箭経の日本語訳そのものを読んではどうか?
楽受も苦受も受けるものは凡俗の者も正法を修めた聖人も同じなんです。
一の矢は同じなんだが二の矢があるか無いかの違いだけなんです。
一の矢を受けるということが等しいということは別離なんてヌルイ話だけでなく
ガンだって事故災害だって共通なんです。
受けた時点で桐山因縁解脱は成立しないのです。

337 :
よい情報を先に得た人が、他人を導く先達になる。
君たちも『御諭しを直に受けるくらい』仏道修行したまえよ。
桐山師が時代により前後相違する発言をしている事は事実だ。
細かい些事に拘泥する諸君は理解したくない様子だが然しながら
桐山師の判断は大筋で中っていて長命の老人となり、総本山は完成近くなり。
立派な次期後継者の養成も出来た つまり彼は成功したのである。
これすべて、ご本尊様の桐山師に対する『御諭し』によるものなのである。
教団運営に大きく舵を切ったのは2009年初夏からである。
なんだか判らない話だろうが,後の為に記載しておく次第。

338 :
 
深山和菓子U
深山柿の雫   http://nitarou.com/shop/products/detail.php?product_id=17
深山の春    http://webyoshino.exblog.jp/5933960/
深山道標    http://doudan-ikkyu.com/publics/index/2/detail=1/c_id=32/page32=4
深山の月    http://www.takasago-net.com/shopdetail/002001000002/
深山のしずく  http://www.week.co.jp/komachi/gw/itp-pc_gw_pro.php?ip=13177&PG=17
深山      http://blogs.yahoo.co.jp/omk72000/65802419.html

339 :
>>323:我は聞いた :2013/03/01(金) 16:28:57.04 ID:702x3d3/
>バウッダは、一般人を対象として書いた本ですね。仏教とは何かをあまり考
>えたことの無い人が対象です。だから、阿含経にある、超自然的なことは、
>すべてといってよいほど、排除しています。涅槃の説明は、煩悩をなくした
>平安な心、と常識的な受け入れやすい、説明に留めている。輪廻の滅、なんて
>ことは避けているね。これなら仏教(バウッダ)をバカにする人も少ない
>でしょう。輪廻なんて真面目に書いたら、文化人は笑う人が多かろうからね。
バウッダは一般人も含めて学術書としても通用する専門的な知識の書かれたものです。
輪廻についてコメントが無いわけではなくちゃんとあります。
181頁に六道輪廻は当時のインド社会の常識通念で、仏教もそれを奉じると書いてあります。
否定などしておらず、輪廻を肯定しているのですが、しかし意外と言ってよいほど
記述が少ない。
これはやはり輪廻の滅はあるが、決してそれが主眼でもないことを示す証拠と
言えましょう。

340 :
坊主は贅沢信者はビンボー♪
坊主はベンツ信者はチャリンコ♪
坊主は愛人信者はチョンガー♪

341 :
>>330:我は聞いた :2013/03/01(金) 19:26:31.17 ID:702x3d3/
>実は、若い頃の我こそがそうで↑あったw。キリスト教の天国や仏教の輪廻の話を
>聞けば、何を世迷言をと、笑っていたからね。本は人並に読んでいたと思う。読書
>は好きなほうであったからね。仏教の本も、キリスト教の本も、その他の本も手に
>したら読んでいた。だから、バウッダ程度の内容は、阿含宗に縁を持つ前に、知識
>として得ていたよ。欲を無くせ、煩悩を無くせ、というのは、世の仏教常識の基本
>であったわけよ。それは耳にタコができるほど読んで、聞いて知っていた。
まずあなたは今現在でもバウッダの説いていることを少しも理解していないことが
丸わかりです。
しかしそういうことよりも世間一般の通念として、仏教は欲を捨てろだの煩悩をなくせ
だの説いていることは、あなただけでなく、私も含めて皆そういう認識をしていたのです。
そしてそれは専門書であるバウッダによってもその世間の通念は間違っていなかった
と証明されたのです。
そりゃそうでしょうよ。
仏教を詳しく学ぶと世間一般の通念と違うのだとすると、世間の通念も変えないといけない。
しかしそんな必要はない。ちゃんと世間の通念と専門知識が一致しており矛盾がないからです。
食い違うことの方がおかしいからであり、それが長く是正されないできている方が
有り得ないのです。
そもそもあなたは桐山さんの主張を理解していない。
桐山さんは自分ひとりがアゴン経から成仏法を発見したと示しているのです。
桐山靖雄が最も天才なのはアゴン経から成仏法を発見したことにあると話した。
だから他の学者や坊主どもがそれがわかるはずなどないのです。
それをあなたごときの人が、さも学者などが桐山説を裏付けているように書くこと
自体桐山さんを冒涜していることに気付かないか?
アゴン経の真価は桐山さんしかわからないことになっているのです。
それを考えたら、仏教書や経典からあなたがさもわかったのように書くなんてことは
できなくなります。

342 :
>>332-333
>あんた、霊友会の教義も似たようなものですよ。
霊友会は法華経を依経としている、それが阿含宗との違いみたいなものです。
桐山さんのパクリは常套手段です。
霊友会は法華経の神話に基づく信仰です。
桐山さんは、「阿含経」を掲げながら釈尊を法華経の
神話に倣っているから同根です。
ワレモンさんの言うとおりアゴン宗も霊友会も新興宗教で、
仏教からは外道という事で正しい。
あなたはそれを認めるわけです、すばらしい観察力だ。
ワレモンさんには、批判側がアゴン宗を批判するのは、
霊友会を批判することになるらしい。
>それは見解の違いだろう。石原東京都知事と対談したことが、脳障害の因縁を
切った証拠であるよ。
このワレモンさんの時間経過の認知力欠如は何かの障害か?
桐山完全解脱宣言→脳梗塞発症→回復→対談=因根切り成功!
ということで、桐山さんが完全解脱宣言をした時点では、
インネンが切れていなかったと、認めたことになる。
見解どころか、桐山信者としてまことに不敬です。
ワレモンさんにはこのような矛盾に気づくことさえ不可能のようだ。

343 :
>あなたも堕ちるかもね。
今のままでは、深山ユビキタス教は、地獄行きでしょう。白隠禅師は、確か、
「南無地獄大菩薩」とかいう書を残していたと思う。ユビキタスくんの本尊にすべし。
>だからこんな感じであなたも引用しなさいな。
>横変死した人が地獄に堕ちる話です。
>誰がどのように死んだか。そして死に至るまでの生前の所業を書いてあったら
>そこが一番重要だから省略せずに書いてみなさい。
ほんと、智慧のない人は世話が焼けるさね。良くない死に方をした者が、地獄に
生じる経を何処で読んだのか、記憶の底に沈んでて、すぐには出て来ない。
アングリマーラの時の記憶もそうであった。アングリマーラが阿羅漢を得た話は、
寂聴さんの本や、アーガマ誌に坂内龍雄僧侶が書いた物語を読んで知ってはいた
が、思い出すまで時間を要した。昔読んだ仏教書はさ、手違いから家族に資源ごみ
に出されたものも、かなりあるからさ、典拠が不明なものも多いのさ。
しかし、マハーナーマンが釈尊に質問した例で、かなりの推測はできるだろう。
「事故死したらどうなるのですか?」という質問です。驚き、慄いて死んだら、
地獄に生じるのではないか、と不安になって質問したのでしょ。
釈尊の答えはどうでしたか?
「大木が常に風に吹かれて傾いていた場合、倒れるときは傾いている方向に倒れる
ように、常に仏道を修行しているものは、仏道の方向(地獄ではない所)に生じる、
との答えでしたでしょ。「何処に生じるかは死に方に関係ない」とは答えていない。
「常に仏道を修行している場合は、地獄に生じない」と、事故死した場合の地獄に
生じない人は、条件付であるわけです。
では、仏道を全く修行せずに事故死した場合どうなるのか?
釈尊の答えから、推測できませんか?もう出来るでしょ。

344 :
>>333 慈悲喜捨の「舎」を修めないと、幸せはないのよね。
詐欺宗教、桐山阿含宗を捨てないと幸せはないと言わせるために、わざと書いたのだよね。ワレモンさん。

345 :
>まずあなたは今現在でもバウッダの説いていることを少しも理解していないことが
>丸わかりです。
>しかしそういうことよりも世間一般の通念として、仏教は欲を捨てろだの煩悩をなくせ
>だの説いていることは、あなただけでなく、私も含めて皆そういう認識をしていたのです。
バウッダのP150から、5ページも費やして涅槃を説明していますよね。
しかし、煩悩の火が消える意味の説明をしてるだけ、これじゃ、25点です。
バウッダが発行されてから、何年かして、岩波仏教辞典が発売されたので、
我は購入して、先ず、涅槃、悟り、とはどういうものか調べて見た。
結果、バウッダの説明は、25点であった。
先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。
すると、煩悩滅だけでは、説明が全く足りないことが解ります。
智慧解脱を説明しないといけません。苦集滅道の四諦の法と、縁起の法、
などを体得しないといけないのです。仏陀の意味は、真理を悟った人と
いう意味ですからね、煩悩滅よりも智慧解脱の方に重点をおかないとい
けないのです。バウッダの涅槃の説明には、智慧解脱の説明が全く無い。
だから25点です。智慧解脱を説明していたら、50点です。
輪廻滅・生死尽、の説明も全くない。これの説明があったら、75点です。
苦の滅、業の滅、の説明も全くない。これの説明があったら、99点あげて
も良いでしょう。というように、我は仏教辞典でバウッダの不足部分を知った
のですが、ユビキタスくんは逆で、仏教辞典を捨てて、バウッダ信仰に走った
ようだ。憐れむしかないね、だが、慈悲心では進歩があったから、見込みはあるよ。

346 :
>>343 :我は聞いた:2013/03/02(土) 13:10:58.93 ID:dN2ECx8n
>では、仏道を全く修行せずに事故死した場合どうなるのか?
ワレモンさんの記憶はスパイラル現象で、同じところを
狗子が縛られた柱の回りを繰り返しうろついている如しです。
その「仏道を全く修行せず」という発想から仏道を外れた者が、
どうなるかを心配してみたらいかがか。
釈尊が禁止した護摩を焚き、五戒すら守らず、呪術で邪な生活を
する桐山さんの辿りつく境界を何処かが示されている。
>>294の「スッタニパータ」にあるように桐山さんの所業は、
釈尊という聖者をことごとく貶す行為です。
桐山さんは釈尊の教えを真逆に伝えている。
嘘を言う人は地獄に墜ちると経典にあるように「聖者をそしる者は、
十万と三十六のニラップダの[巨大な年数のあいだ]また五つの
アッブダの[巨大な年数のあいだ]地獄に赴く。」と示されている。
そんな桐山さんを支持するワレモンさんも、木が真逆に倒れると
同じ結果を招くのです。

347 :
>>345 :我は聞いた:2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>バウッダが発行されてから、何年かして、岩波仏教辞典が発売されたので、
我は購入して、先ず、涅槃、悟り、とはどういうものか調べて見た。
結果、バウッダの説明は、25点であった。
そういう見え透いたウソをつかないほうがよい。
まして三枝充悳博士による原始経典研究を25点などと、
評価して恥じないワレモンさんは、なんとも厚かましい人だ。
あなたが過去より「バウッダ」を理解していたなら、
釈尊の思想が誤伝された神秘思想などに陥る訳がない。
私が>>329に示した9年前の批判論を読めば、密教などの大乗仏教が、
過去よりの仏教史の中で、いかに誤解と偏見に満ちた教えであったかを
理解できるはずだ。
三枝、中村両博士による、神通力は無用と示された経典を
研究発表したものが、バウッダだというのに、見て見ぬふりを
する姑息には嘆息するばかりだ。
いまだに学者の研究真意を真逆にしか受取ろうとしない、
悪意に満ちたワレモンさんのような人がいるということが驚きです。

348 :
>>337 立派な次期後継者の養成も出来た。
ププッ。はったり野郎めが。誰が後継者か言ってみろよ。

349 :
>>345 :我は聞いた:2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>仏陀の意味は、真理を悟った人という意味ですからね、
煩悩滅よりも智慧解脱の方に重点をおかないといけないのです。
こんな言葉表現に固執されているから、「バウッダ」を
入門書として読んでいた割には、理解も進歩も無い。
仏教では入門ありき、と知らないらしい。
卒業書があると期待して止まないサモシイ根性ばかりが目立つ。
慧解脱の説明が無い、と文句を垂れる姿こそチエが無い証拠だ。
どんな解脱の種類であろうが、それらはすべて煩悩を
滅することです。
ワレモンさんは、慧解脱が漏を塵すこだと考えられないようだ。
このような姿を標語信奉者と言い、アジられて納得する典型で、
オツムを空転させられている。
欲を制する実践こそが、道を進むことになるのです。
桐山さんもワレモンさんもその言行がすべてを物語るように、
きわめて煩悩アレルギー人間とすぐ分かる。
欲に正視しない桐山さんは、宗教者と言えない所業を露見した。
仏教入門書といわれる「バウッダ」の大乗経典の解説を読めば、
阿含経典の位置づけが理解される。
それはとりもなおさず、桐山さんの神秘売りの根拠ともなる。
阿含経の通りに物事を説けば、宗教ビジネスにならない。
阿含経から時代を経て変遷した大乗の教えは、
民衆に迎合した一つの結果と理解出来るものです。
桐山さんもそのあたりの解説は怠っていないところが巧妙です。
最初に学識を披露しておいて、歪めた結論を堂々と示して来る。
ワレモンさんがマネしても二番煎じで、回りにすぐ気づかれている。

350 :
>>332:我は聞いた :2013/03/01(金) 19:47:20.68 ID:702x3d3/
>あんた、霊友会の教義も似たようなものですよ。
その通りです。因縁を切るなんて言い方をしたのは霊友会です。
無学で無知な霊友会の教祖が因縁のことを理解できず、仏教の目的も理解ができず、
あなたのように御利益がなければ信仰なんかする意味がないだろ?とでも考えたのでしょうか
因縁を運命ととらえて、悪い因縁を切って悪い運命を転換するとした。
さらに霊友会から派生した立正佼成会はこの因縁運命分類に九星占いを使った。
アゴン宗はその前身の観音慈恵会時代からそれを真似してきたのです。
これはこのスレにて大昔から批判側によって指摘されている話で、あなたが初めて
発見したわけではない。
因縁を切るという真理に間違いがないのならば、真似したっていいではないか?
と言うかもしれません。
しかし因縁を運命の星と捉えて因縁を切るなんて話はこのような仏教無知の新興宗教団体
だけが認識して実践している仏教の間違い例です。
これを後にアゴン経まで読んでアゴン宗でなければならぬとした桐山さんが
未だにその真似を改めないでいるのです。

351 :
>>332:我は聞いた :2013/03/01(金) 19:47:20.68 ID:702x3d3/
>阿含宗を批判するより、信者数が圧倒的に多い、霊友会や分派の立正佼成会を
>批判したらいかがですか?
その必要はありません。
我々は誰かさんみたいなカルトマスターだかカルトバスターの趣味などないし、
口にするのも控えたいくらいだが、誰かさんみたいな辻斬りの趣味もない。
しかしアゴン宗だけは自分が関わった宗教モドキなんだから、これは社会的な責任に
おいても元信者として真実(嘘だという真実)を内外に知らせねばならないと思っている。
しかしそれが精一杯であり、それ以上に自分も関わらなかった宗教団体などに
批判の時間を割く気などありません。
第一それって私がしなければ誰も批判などしないとでも思っているのか?
そう思っている人は大いなる思い上がりです。
でしゃばる必要はなく霊友会などに関わった人がやればよい。
第一霊友会であれアゴン宗であれ、批判で教団を潰すなんて不可能です。
アゴン宗の信者はかつての同朋みたいなものです。
ならばかつての同朋たちの大半から嫌われてもかまわないから、一部の人たちが
参考に読んでくれて自分の幸せ作りの判断材料に役立ててくれれば幸いです。

352 :
>>333:我は聞いた :2013/03/01(金) 20:02:01.39 ID:702x3d3/
>切った証拠であるよ。知事周辺の人は、脳障害の人と対談などはさせない。
>そんなことしたら、知事の政治生命が断たれるだろ、解るね。

解りません。脳障害とは何のことか?
精神疾患か?脳梅毒か?
ああ、脳梗塞ですか?桐山さんがかかった病気ですね。
だから我々は桐山さんを脳障害と言っているのではなく、桐山さんが示した
脳障害の因縁を発動させたと書いたのです。
過去に脳梗塞で倒れようと現在は会話もできないような症状ではない。
ただし自力歩行はできません。その石原氏との対談会場にも車に乗せて行ってもらい
車イスは使ったかどうかはわからぬが、付き添いの人の介助により入室して座ったでしょう。
このような身体の弱ったお年寄りとの会談をそれを理由に拒んだら、これは老人差別であり
それこそ政治生命が危うくなります。
桐山さんは脳梗塞の後遺症があるのかどうかは知らんが、身体だけでなく頭の方も
弱りました。
したらばのスレで干柿さんが友人からの報告をレポしてくれてますね。
点火前の願文で、F田さんに「これはこうでいいの?」と聞きながら行い、
それは現地の集合マイクを通じて会場内にも聞こえたそうだ。
まあそれだけ頭の方が弱った桐山さんだが、日常会話が成り立つならば
頭が悪いことを理由にこれを拒んだら、石原氏の方が老人差別で政治生命が危うい。

353 :
>>333:我は聞いた :2013/03/01(金) 20:02:01.39 ID:702x3d3/
>刑獄の因縁を断ったからからこそ、いまの活躍があるんでしょ。解らないの?

刑獄の因縁を断った???
いつですか?どうして断ったとわかるのですか?
私には「わからない」。
1987年に密教食が薬事法違反で代表である桐山さんが書類送検された時、
側近の部下に「まだ刑獄の因縁が切れてなかったんだなあ」と苦しく漏らしたそうだ。
我々がそう判断したのではなく、桐山さんが吐いたのだから間違いありません。
事実罰金刑の実刑を果たしている。
本人は刑獄の因縁を切ったつもりだが切れてなかった。
だから今だってどうなんだかわからない。
若い頃ムショに入りましたよね。
でも刑獄の因縁はムショに入って再起不能になる因縁ではありません。
ムショから出て来たらまたしたたかに新しい商売を始めればよい。
それでインチキ商売人として成功を見たのです。
」中途挫折の因縁?それを切ったからこそ、総本殿も建てたし、練成道場も建てたし、
」各地に道場が建っているわけよね。それ言わせたくて、あなたわざと質問したん
>でしょ?
なるほど、桐山さんの目標は建物を建てることだったのですね?

354 :
>>343:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:10:58.93 ID:dN2ECx8n
>ほんと、智慧のない人は世話が焼けるさね。良くない死に方をした者が、地獄に
>生じる経を何処で読んだのか、記憶の底に沈んでて、すぐには出て来ない。
>が、思い出すまで時間を要した。昔読んだ仏教書はさ、手違いから家族に資源ごみ
>に出されたものも、かなりあるからさ、典拠が不明なものも多いのさ。

ああ、そうですか?残念だったですね。
つまりあなたの主張も根拠が示せず白紙に戻ってしまったわけだ。
気を落とさずまた頑張ってください。

355 :
>>343:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:10:58.93 ID:dN2ECx8n
>「大木が常に風に吹かれて傾いていた場合、倒れるときは傾いている方向に倒れる
>ように、常に仏道を修行しているものは、仏道の方向(地獄ではない所)に生じる、
>との答えでしたでしょ。「何処に生じるかは死に方に関係ない」とは答えていない。
>「常に仏道を修行している場合は、地獄に生じない」と、事故死した場合の地獄に
>生じない人は、条件付であるわけです。
>では、仏道を全く修行せずに事故死した場合どうなるのか?
>釈尊の答えから、推測できませんか?もう出来るでしょ。
桐山さんも解説した経典ですね。
仏道を全く修行しなかった事故死した人ですか?
地獄へ堕ちるか否かはその事故死に関係なく生前の行いによって決まるでしょうね。
生前に人を殺したり人の物を盗んだり人を騙したりした人は事故死など死に方に
関係なく安楽死でも地獄に堕ちるでしょうね。
しかしさして悪いことをしなければ、地獄にまでは堕ちず、まあ人間界に輪廻でも
するんじゃないですか?
あなたって解脱しなければ行き先は地獄しかないと思ってるのですか?

356 :
>>345 :我は聞いた:2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>バウッダが発行されてから、何年かして、岩波仏教辞典が発売されたので、
我は購入して、先ず、涅槃、悟り、とはどういうものか調べて見た。
結果、バウッダの説明は、25点であった。
先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。
ワレモンさんが誇るチエとは、かくも断片的で、
包括的なつながりに全く欠けるものだ、と分かります。
仏教辞典の根拠は、何からまとめられたかを、
ワレモンさんにはまるで理解できないようだ。
仏教辞典が最初にあって、仏典があとなのか?
辞書とは、事例や背景から生じた用語の共通解釈を
まとめたものです。
中村・三枝両博士のように、いくつものパーリ仏典群を
研究し、そこに記された釈尊の言行から読み取れる思想を
分析して、その言語の意味の共通的な一致性をまとめたのが、
今にある仏教辞典です。
いわば数ある経典の言葉や用語の共通した意味を解説している。
ところがワレモンさんは、仏典と辞典とは違う背景から
生じているかのような見解を持っていることに驚いてしまう。
その場限りの刹那的な解釈を用いて強弁すると、
このように根本的な常識から外れていくから外道と呼ばれるのです。

357 :
>>343:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:10:58.93 ID:dN2ECx8n
>ほんと、智慧のない人は世話が焼けるさね。良くない死に方をした者が、地獄に
>生じる経を何処で読んだのか、記憶の底に沈んでて、すぐには出て来ない。
あなたは決して嘘を言っているのでもないと信じますよ。
何らかそんな経典もあると思います。
その「良くない死に方」の「良くない」がネックだと思います。
どんなふうに良くなかったか?
頑張ってください。

358 :
おっと、ネーム入れ間違い。

359 :
>>345 :我は聞いた:2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>バウッダが発行されてから、何年かして、岩波仏教辞典が発売されたので、
我は購入して、先ず、涅槃、悟り、とはどういうものか調べて見た。
結果、バウッダの説明は、25点であった。
先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。
ワレモンさんは、ユビキタスさんが引用した「バウッダ」を
解説不足だと、インネンを言い続けている。
そうであれば仏教辞典に「因縁解脱」に意味する解説がないことに、
どうして疑問を感じないのですか?
学術書にイチャモンつけて辞典のみに拘るなら当然、
桐山さんの「因縁解脱」を裏付ける項目が辞典にないことは、
あまりに不自然です。
多くの学者が、数ある経典群からの仏教用語を万人共通のことばで、
表現しようと試みて仏教辞典を編纂したのです。
ならば当然、解脱とは、「煩悩から解放されて自由な心境と
なることをいう.」 があって、インネンを切ることの解説が
辞典にないのはおかしい、と言わざるを得ないことになる。
ワレモンさんの言説を、世間では騙るに落ちるというのです。
批判の出した学術書を認めたくない余りに、比較に値しない辞典の
優位性を出して拘り続ける。
いつもの焦って一方的に偏った強弁が、明らかな矛盾を露呈することになる。

360 :
訂正
誤:比較に値しない辞典の優位性を出して拘り続ける。
正:比較することに値しない、辞典の優位性を出して拘り続ける。

361 :
>>345:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。

>すると、煩悩滅だけでは、説明が全く足りないことが解ります。
>智慧解脱を説明しないといけません。苦集滅道の四諦の法と、縁起の法、
>などを体得しないといけないのです。仏陀の意味は、真理を悟った人と
>いう意味ですからね、煩悩滅よりも智慧解脱の方に重点をおかないとい
>けないのです。バウッダの涅槃の説明には、智慧解脱の説明が全く無い。
>だから25点です。智慧解脱を説明していたら、50点です。
>輪廻滅・生死尽、の説明も全くない。>先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。
>すると、煩悩滅だけでは、説明が全く足りないことが解ります。
>智慧解脱を説明しないといけません。苦集滅道の四諦の法と、縁起の法、
>などを体得しないといけないのです。仏陀の意味は、真理を悟った人と
>いう意味ですからね、煩悩滅よりも智慧解脱の方に重点をおかないとい
>けないのです。バウッダの涅槃の説明には、智慧解脱の説明が全く無い。
>だから25点です。智慧解脱を説明していたら、50点です。
>輪廻滅・生死尽、の説明も全くない。これの説明があったら、75点です。
>苦の滅、業の滅、の説明も全くない。これの説明があったら、99点あげて
>も良いでしょう。というように、我は仏教辞典でバウッダの不足部分を知った
バウッダにはあなたの要求する四諦も縁起もちゃんと解説され苦に対する考察と
その滅についての考察もされています。
あなたはバウッダの涅槃に対する解説のわずか5ページの中にこれらが無いなどと
述べているが、アホなツッコミとしか言いようがない。ボケですね。
ちゃんと他のページで詳しく解説をしており、それらを総合して仏教を論じているのが
バウッダです。涅槃の解説だけを読んでそれらの単語も出て来ないからなんて設定が
ボケなんですよ。

362 :
>>345:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
あなたが>>252で三枝先生の解説は抽象的でわからないと書いた時、私は>>275
朝礼の1分間スピーチをした人に対して、おまえのスピーチは先日某ホールに聞きに行った
2時間にもわたる講演会の内容に比べて内容が不足しているとなじるアホな構図を
示したのを思い出した。
バウッダの涅槃に関する5ページの記述欄のみを読んで、バウッダの他のページにはちゃんと
書かれてあることが、見当たらないから落第点なんだとしたのは、まさに1分間スピーチと
2時間講演の比較のようなものだ。
バウッダという本はやはり仏教辞典のように単語の解説だけを拾うのではなく
全体として読み進めていく努力が必要です。
それからこのバウッダだが、持ってない人もいるでしょうからあまり突っ込んで
論じたくないが、たしかに抽象的でわかりにくい三枝先生の解説です。
だからあなたが言うように決して初心者向けではないと思う。
寧ろ私が二の矢を受けない経典の解説を示した増谷先生の「仏陀 その生涯と思想」の方が
より具体的で経典の引用や経典に出てくるエピソードの紹介もありわかりやすく
初心者はこちらから読むべきだと思う。
ある程度仏教の基本知識を得た人が読む哲学的考察書がバウッダではないかと思う。
涅槃の解説にしたって往と還の二重螺旋構造とかあなたにはわかるか?
正直私にでもわかりにくい。
だからこういう抽象的な話が並ぶバウッダで、ましてあなたのような単語の並びだけで
解釈しようという、その実哲学的考察もできない、それ以前に国語力のない人が
下手な考察を始めるとおかしなことになる。

363 :
>>345:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>先の辞典で、悟り、涅槃、解脱、彼岸、滅、正覚、仏、を引いてみなさい。

>すると、煩悩滅だけでは、説明が全く足りないことが解ります。
>智慧解脱を説明しないといけません。苦集滅道の四諦の法と、縁起の法、
>などを体得しないといけないのです。仏陀の意味は、真理を悟った人と
>いう意味ですからね、煩悩滅よりも智慧解脱の方に重点をおかないとい
>けないのです。バウッダの涅槃の説明には、智慧解脱の説明が全く無い。
>だから25点です。智慧解脱を説明していたら、50点です。

>輪廻滅・生死尽、の説明も全くない。これの説明があったら、75点です。
>苦の滅、業の滅、の説明も全くない。これの説明があったら、99点あげて
>も良いでしょう。というように、我は仏教辞典でバウッダの不足部分を知った
そこで実はあなたも抽象的というよりも単語の羅列しか並べていないのです。
辞書を読めでは話にならずレスすらもできない。
あなたが誰にでもわかるように解説してはどうか?
単語、専門用語を並べて満足するのが哲学ではないんですよ。
子どもにでもわかるかのように噛み砕いて説明できる人が真に頭のよい人なんです。
逆にそれができないと、本当にわかってるの?と問い返したくなる。
だから智慧解脱、智慧解脱と単語を並べるのではなく、では智慧解脱とは何がどうする
ことなのかわかりやすく解説してみせなさい。
そして苦の滅、業の滅とか自分で論理構築をしてこちらに示しなさい。
そしたらレスしてあげる。
単語の羅列では駄目です。頭をフルに使って仏教辞典の意味も引用しつつ
涅槃なら涅槃を論じてみなさい。

364 :
>>348.それは今後の教団運営上のお楽しみだわな。
桐山師の趣味?は多数の信者の喜ぶ顔を見ることである。
君たちこの件は、よく見ていて御覧なさいよ。

365 :
>>364
ほ〜〜ら逃げた(爆)  言える訳ないよね、だってハッタリなんだもん。

366 :
かねて捜査が進められていた
カナダのモホーク族の全寮制ミッション・スクールにおける
バチカンとカナダ政府によるインディアン児童5万人以上虐殺の事件に関し、
ICLCJは、2013年3月25日、
バチカン16世法王と英国女王、カナダ首相ら30人に対して、
人道に反する罪(人類に対する犯罪、大量虐殺と児童取引)で有罪とし、
仮釈放なしの25年間の実刑判決を宣告したことを、
HP上に掲示・表明しました。
http://itccs.org/
※1832〜1970までにカナダのモホーク研究所の全寮制寄宿学校に入れられた
非キリスト教徒のモホーク族の子供達のうち、半数以上が行方不明となっている。
なお、罪を犯した当事者には
バチカン法王ベネディクト(本名ヨセフ・ラッツィンガー)、エリザベス・ウィンザー英国女王(=英国国教教会長)、
ステファン&amp;middot;ハーパーカナダ首相、カソリック教会ヘッド役員、カナダ統一教会(united church)が含まれています。
上記HP(機械翻訳)によれば、バチカン及び責任教会の富と財産、及び、被告全ての個人財産も押収する、とのこと。
この判決に従い、ブリュッセルベース裁判所は
被告らには自ら自発的に投降し刑に服する様に命じ、
もし従わない場合は2013年3月4日に彼らの逮捕開始を命じました。
裁判評決は、30人以上の宣誓市民審査員(裁判員)が、150ケースの事件証拠物件にもとづき、
ほぼ1ヶ月くかけて行われ、全員一致で有罪の判決を下した模様。
裁判所の判決は、寄宿学校で亡くなった50,000人以上の子どもの家族のための賠償金として、
カナダの大虐殺の責任教会の富と財産を公共の所有権の下に没収すると宣言しました。

367 :
 
深山里慕情   http://www.youtube.com/watch?v=hHQQLj1XBlM

368 :
>>337:神も仏も名無しさん :2013/03/02(土) 01:38:48.03 ID:V/xbOzU3
>立派な次期後継者の養成も出来た
宗規で管長は親族が継ぐと書かれているのだから、孫あたりでしょう。

369 :
>>363の追加
単語の羅列では駄目です。頭をフルに使って仏教辞典の意味も引用しつつ
涅槃なら涅槃を論じてみなさい。
の後に↓を足してください。
そうすれば、そこから桐山因縁解脱との相違点がはっきりとしてきますから。

370 :
      、‐-
     ' ::::|`  、
        ヽ!   \         - ─── -                     __
       '     \       ´             `  、     __  -‐  ̄ ̄|:::::/
          '     ` /                 ' 、 ̄         |/
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          ,' i::::::::::::i    /ゝ_ ノ、フヽ ._,ィ´ヽ   i::::::::::::l   |
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           /  ヽ、     ‐ --  ‐‐             |
          /                               |

371 :
>>345:我は聞いた :2013/03/02(土) 13:36:34.92 ID:dN2ECx8n
>輪廻滅・生死尽、の説明も全くない。
あなたが指定したバウッダの150〜154頁のFニルヴァーナの解説の中だけに限定しても
上記はちゃんと書かれています。
ニルヴァーナはいつ獲得されたものか?と問い、もちろん成道を得た時としている。
しかし80歳で入滅した時パリニルヴァーナに入ったことに言及している。(153頁)
それは無余涅槃であるとしている。生前は老・病・衰などをはらんでいたが、
入滅後はそれらの「余」はすべて消滅し去り、ここに「無余涅槃」が実現する
ことを紹介しています。
すなわちこれはあなたの言って欲しい輪廻滅・生死尽の説明です。
あなたは読み方も洞察も足りないだけなのです。
自分が落第点なくせに試験官や教師に落第点をつけているのがあなたの姿です。

372 :
>刑獄の因縁を断った???
>いつですか?どうして断ったとわかるのですか?
>私には「わからない」。
あのね、獄中に入る因縁が刑獄の因縁なのよ。麻原某は、その因縁で獄中生活だろ。
管長は、半世紀以上もそういうのに縁がないから、切れてることが解るのよ。
あんたのように疑り深い者は、100年経っても認めないわけよ。
101歳になったら獄中に入るかも知れん、とかいってさ、アホらしい。
>1987年に密教食が薬事法違反で代表である桐山さんが書類送検された時、
>側近の部下に「まだ刑獄の因縁が切れてなかったんだなあ」と苦しく漏らしたそうだ。
罰金刑で終わったやつね、そういうのは刑獄の因縁ではないよ、それは軽い刑罰の因縁。
側近に部下の話なんて、我は聞いてないからね。罰金と刑獄とは違うだろさ。
罰金刑の人なら、多数いるでしょう。スピード違反でも、駐車違反でも罰金だからさ。
そういうのは大したことないさ。

373 :
>三枝先生であれ増谷先生であれ、都合のよい時だけ学者が桐山説を支持しているかの
>ように錯覚して示し、都合が悪いと学者が間違っいると非難する節操の無さは
>もうわかっている。
都合の問題ではないのよ。修行がある程度進むとだね、学者先生の解説に、なるほどなぁ、
と教わることもあるし、これは少しちがうなぁ、自分の修行体験と違うぞ、とか
出てくるわけよ。そういう学者先生の解説と違う部分が出てきたら、自灯明なのよ。
学者説を鵜呑みにするしかないうちは、我見であって、自灯明ではないのさ。
>しかし増谷解説などどうでもよいから箭経の日本語訳そのものを読んではどうか?
それはかなり前の話でね、どの本で読んだのか記憶が沈んでて、思い出せない。
あるいは、資源ごみに出されたのかも知れないしさ。
二の矢を受けないとは、二の矢を受けても、一の矢のような苦痛がないということだね。
だから、凡夫のように愛別離苦はあるけれども、凡夫のような愛別離苦の苦痛はない、
ということですね。だから、子供を無くして嘆くウパソクに、「泣くな、嘆くな」と、
教化できるわけです。非情から説いてるのではなくて、慈悲心から、泣くなと説いている
わけでしょ。
また、愛別離苦の生じかたも、人の持つ因縁で違うわけでしょ。
例えば、悲劇で有名なジョンFケネディがいます。彼は大統領の時に、凶弾に倒れた。
彼の姉は、若い時脳の手術をして、それ以後人前に出たことはないでしょ。
で、空軍の兄は第二次世界大戦で撃墜されて死んだでしょ。弟のロバートケネディも
議員時代に凶弾で暗殺された。妹は飛行機がアルプス山中に墜落して死んだでしょ。
このように、ケネディ家のような愛別離苦も単なる偶然ですか?

374 :
>一の矢は同じなんだが二の矢があるか無いかの違いだけなんです。
>一の矢を受けるということが等しいということは別離なんてヌルイ話だけでなく
>ガンだって事故災害だって共通なんです。
共通ではないのです。それが釈尊の「随所業因縁往来五道」という言葉です。
ガンにも災害にも平等に、クジ引きみたいに偶然に当る、といのでは業報の教えは
成立しません。業因縁に関係なく五道を往来することになり、それでは反釈尊です。
>受けた時点で桐山因縁解脱は成立しないのです。
あんたの説ではなくて、誰か信用ある学者先生の意見を提示しなさい。
だれそれ学者が、桐山因縁解脱説を否定していますよ、とかさ。
もう、桐山因縁解脱説が世に出て、もう何十年も経っているのよ、だが否定する
学者は全く出てこない。アーガマ誌の巻頭言には、何十人もの学者が書いてるしさ。
否定するのは、教団退会者だけというのではなぁ、説得力ないさ。

375 :
阿含・桐山杯第14期早碁オープン戦 日中決勝対局(3/30)
http://www.nihonkiin.or.jp/news/2013/03/14_330.html
張  栩 ( チョウ ウ ) 第19期日本早碁オープン戦優勝者 日本阿含・桐山杯者
VS
古  力 ( グー リー )第14期中国早碁オープン戦優勝者 中国阿含・桐山杯者
 
観戦者募集
お待たせしました! いよいよ、日中両国の優勝者による第14期の対局を開催します。
当日は大盤解説に加え、指導碁も開催。いずれも参加は無料です。
この機会にぜひご棋友をお誘い合わせのうえ、奮ってご応募ください。
大盤解説入場者 : 200名様 、 指導碁参加者 : 40名様
大盤解説者 : 王銘エン 九段
聞 き 手 : 青葉かおり 四段
日   時 : 3月30日(土)午後2時から
会   場 : 阿含宗本山総本殿・釈迦山大菩提寺 ( 京都市山科区北花山大峰 )
締   切 : 平成25年3月19日(火)
問い合わせ : 阿含・桐山杯 日中決勝対局事務局 : Tel 06( 4980 )8265
< 受付時間 > 土・日・祝日を除く 10:00─12:00、13:00─17:00
応募はこちらへ https://pro.form-mailer.jp/fms/bde289da39312

376 :
>>372:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:28:35.80 ID:P0xbBZV+
>あのね、獄中に入る因縁が刑獄の因縁なのよ。麻原某は、その因縁で獄中生活だろ。
修行者座右宝鑑にも記載ある刑獄の因縁の定義(39頁)によると、たしかに
「刑務所につながれることになる因縁」と書かれています。
しかし同じ欄には、「軽い場合には業務上の過失、選挙違反等で刑罰にふれる」とあります。
すなわちあなたも
>罰金刑で終わったやつね、そういうのは刑獄の因縁ではないよ、それは軽い刑罰の因縁。
と書いている軽い刑獄の因縁です。
これが切れていなかった。若い頃は偽ビールで習志野の刑務所に投獄されていた。
しかし因縁はまだ完全に切れずに残っており、密教食の薬事法違反に触れたのです。
これは光和がきちんと届け出をしていなかったことに責任を押し付けたが
自ら関わっていたもっと悪意ある医薬法の違反もあったのです。
それは慈恵会薬局で薬剤師の資格も持たぬ桐山さんが医師の真似事みたいに
漢方薬を処方したのです。監査が入った時、この側近職員は証拠となるカルテ一式を
別の職員に預けて自宅に持ち帰り当日出勤するなと命じたのです。
処方したのが桐山さんなんだから、まさか桐山さんが資格も持たずに処方などして
よいはずがないことを知らないなんて通用しません。悪意の犯罪に相当します。
これは捕まらなくて済んだが、桐山さんは法律違反の悪意から解脱していなかった
ことがよくわかる。
それとも刑獄の因縁を切るとは悪いことしても捕まらないからヘーキヘーキという
ことなのか?
もう一つ、あなたもアゴン宗の信者だったら、その座右宝鑑にも書かれている
IACPの話くらい出しなさい。

377 :
>>372:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:28:35.80 ID:P0xbBZV+
修行者座右宝鑑にも出ているが(86頁)、桐山さんは国際警察町協会IACPの
メンバーになったことを自慢している。
これは法話でも話していたが、殉職警察官の遺族だかに贈る基金を寄付したことに
対して表彰され認められたものです。警察関係者のみならず日本ではNECの一柳会長
などもメンバーだったという。要するに巨額な寄付の見返りです。
かつては警察の厄介になった自分が警察から表彰された。
これは仏サマがおまえは刑獄の因縁も切れたことを現証としてお示しになったのだろう
としたのだから、おめでたい頭だ。
しかしこの国際警察からの表彰に絡んでも危ない話はあったのだ。
後日国際警察のメンバー夫妻を日本に招待した。
京都などに招待したのだが、桐山アゴン宗は彼らに現金封筒を渡したのだ。
日本みやげに京人形でも持たせたいが荷物になるので京人形が買えるように
現金を渡したとか訳のわからん説明だが、そんな話は通用しない。
メンバーたちはそれを受け取らず返した。
しかし返しそびれた人もいて、そのメンバーはアメリカ帰国後免職された。
これって下手するとアメリカの警察の収賄罪だけでなくアゴン宗の贈賄罪ですよ。
刑獄の因縁が切れた現証があった人が行ったのは贈賄か?
それでも捕まらなかったらヘーキヘーキという無神経こそが因縁切りか?

378 :
>>372:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:28:35.80 ID:P0xbBZV+
>管長は、半世紀以上もそういうのに縁がないから、切れてることが解るのよ。
半世紀なんて時間は関係ありません。
それなら質問するが80過ぎた高齢で初めて刑務所に入る人がいたら、この人は
若い頃は刑獄の因縁がなかったのか?
そうではなく、桐山さんに因縁透視させれば刑獄の因縁が見つかったはずであり、
しかしまだ発動していなかっただけです。
だからいま現在切れているのかいないのかなんてわからないのです。

379 :
我は聞いた曰く中身は準爺。
刑獄云々よりも脳梗塞の方だよ。
脳障害の因縁は無いと教祖自ら言っていて脳梗塞だとは何事だ?
無いはずのものが生じたとはいわないよな?
因縁透視や解脱のプロがおかしくね?
どうせまたつまらん屁理屈で返すんだろうけど。

380 :
>>373:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:59:25.50 ID:P0xbBZV+
>それはかなり前の話でね、どの本で読んだのか記憶が沈んでて、思い出せない。
ご心配なく。あなたが持ってなくても私が経典(箭経)を引用しました。
>>304>>306>>309>>311がそれです。
>>312も「仏陀 その生涯と思想」から引用しましたが、これは経典原文ではなく
増谷先生の解説文でありオマケです。
だからあなたは>>312なんて信用しなくてもかまわないから>>304>>306>>309>>311
箭経和訳原文だけ読んでくださいなと示したのです。
これが釈尊の言葉の言行録です。

381 :
>>373:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:59:25.50 ID:P0xbBZV+
>例えば、悲劇で有名なジョンFケネディがいます。彼は大統領の時に、凶弾に倒れた。
>彼の姉は、若い時脳の手術をして、それ以後人前に出たことはないでしょ。
>で、空軍の兄は第二次世界大戦で撃墜されて死んだでしょ。弟のロバートケネディも
>議員時代に凶弾で暗殺された。妹は飛行機がアルプス山中に墜落して死んだでしょ。
>このように、ケネディ家のような愛別離苦も単なる偶然ですか?
偶然とか必然とか何の話ですか?
もちろんそんなものは「わからない」。
いま論点は因縁解脱により因縁が切れるとどうなるか?ということです。
つまりケネディ兄弟は桐山さんによると皆横変死の因縁を持っていたことになる。
愛別離苦どころの問題ではない。
で、横変死の因縁が切れたらケネディ大統領は射殺されないし、兄も戦死しないし、妹も墜落死しなくなる
はずであり、これらが「起きた」ことが横変死の因縁は切れてなかったという
事実になるんですよ。アゴン宗では。
アゴン宗では横変死の因縁を切っても横変死するのですか?

382 :
>>374:我は聞いた :2013/03/03(日) 14:17:17.55 ID:P0xbBZV+
>共通ではないのです。それが釈尊の「随所業因縁往来五道」という言葉です。
>ガンにも災害にも平等に、クジ引きみたいに偶然に当る、といのでは業報の教えは
>成立しません。業因縁に関係なく五道を往来することになり、それでは反釈尊です。

またピントはずれな話をしている!
ここにどうして随所業因縁往来五道が出て来るのか?
また解説もなしに漢文だけを単語みたいにして出しましたね。
ちゃんと解説しなさいな。
要するに五道とは六道から天上だけを除いたものでしょう。
すなわち地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道です。
ここを往来、すなわち輪廻をするのはその人の業(行為)によるということです。
だから輪廻に関わる話ですね。
ところが今の論点は現世で今人間界で人間として生活している。
人間として生きる限りはいろんな苦難を避けて通れない。災害事故病気等等。
ただこの避けて通れない苦難を一の矢とすると、一の矢は受けるが二の矢があるか
ないかだけが凡俗と聖人の違いだと箭経は説いている。
ここに五道輪廻の話などはめようがない。
箭経で一の矢は受けると表現されているだけで、二の矢の有る無しは関係なく
桐山因縁解脱はアウトになるのです。

383 :
>>374:我は聞いた :2013/03/03(日) 14:17:17.55 ID:P0xbBZV+
>あんたの説ではなくて、誰か信用ある学者先生の意見を提示しなさい。
>だれそれ学者が、桐山因縁解脱説を否定していますよ、とかさ。
これもピントはずれです。
学者さんなどの判定を待たずとも、この話では桐山因縁解脱が証明されなかった
ことになると、アゴン宗サイドから判定できます。
今の論点は桐山因縁解脱はあるか?という議論ですらないのです。
桐山因縁解脱というものが出来る出来ないは別として、それはあるものとして
仮に認めましょうとする。
その桐山因縁解脱を認めると、例えばケネディ大統領には横変死の因縁があったことになる。
これはアゴン宗サイドにおいて否定できない事実です。
次にケネディ大統領の横変死の因縁を発動前に切っていたらどうなるか?という設定をする。
当然ケネディ大統領は射殺されずに済むということはアゴン宗サイドにおいて
否定しがたい事実です。
この考察に学者なんか呼ぶ必要すらない。
ケネディ射殺とは一の矢です。
ケネディの横変死の因縁切りはこの一の矢そのものを受けてはならないのです。
ところが箭経は一の矢は受けると書いてある。
ならばアゴン宗の立場から見て、箭経の説くことは射殺されずに済む因縁解脱を
否定したことになる。
二の矢とはたとえばケネディの遺族が悲嘆にくれるだけでなく復讐に燃えて
自ら今度は暗殺などに走るような悪い発展をすることですね。
ケネディの横変死の因縁を切るとは遺族を暴走させない教えなのか?
桐山さんは変身の原理に書きましたよね?
西淀川の行方不明の子どもを足止め祈願で出すと宣言した話。
出たら密教の法力を信じたまえ。出なかったら単なる精神作用でもかまわないから
法力など否定したまえと。
この潔さが桐山教学の特徴です。
だからはっきりしているのだから、私もその潔さに敬意を服して潔い命題を出している。
あなたが潔くない屁理屈で桐山さんを貶める真似はやめなさい。

384 :
>>372:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:28:35.80 ID:P0xbBZV+
>側近に部下の話なんて、我は聞いてないからね。罰金と刑獄とは違うだろさ。
おっと、これを忘れていた。
側近の職員とは以前にザ掲示板に投稿していたフジウスさんですよ。
それによると、罰金刑で終わろうと、我々が刑獄の因縁だったのかどうか判定した
のですらなく、桐山さんが自ら「刑獄の因縁が残っていたんだなあ」と漏らしたのです。
桐山さんだってその薬事法違反は罰金さえ拒まねば牢屋に入ることはないと
わかっていたでしょう。
にもかかわらずこれを刑獄の因縁と判定したのが桐山さん自身だったのです。

385 :
失礼。五道とは六道から修羅道を除いた天道、人間道、地獄道、餓鬼道、畜生道でした。
わが主張論旨は同じことですが。

386 :
>>313 :携帯も連続規制にかかったようです。時間を置くかまたの機会に。
またっていつだよ。 言葉に詰まってない、っていう表明かよ。しかも2ちゃんで。www 礼儀
ただし〜よな〜。wwwww とにかく、マスの?き過ぎなんだよ。w

387 :
群盲 象を撫ぜる とはこのスレのこと。
分かりやすく例えるならば
キャッチボーすらした経験が無い人たちがプロ野球の開幕
投手の欠陥を語り、俺ならこうするよと言い合っていると同じ状態。
大体、君たちが野球のボールすら触ったことが無い状態なんだからねえ。
大乗仏教の坊さんの殆どがその状態なのだから無理も道理も無いよなあ。

388 :
>>387
桐山さんとアゴン宗のことを述べたのですね。鋭いですね。

389 :
 
深山の旅   http://service.tabiiro.jp/offer/detail/419.html

390 :
>>372:我は聞いた :2013/03/03(日) 13:28:35.80 ID:P0xbBZV+
>罰金刑で終わったやつね、そういうのは刑獄の因縁ではないよ、それは軽い刑罰の因縁。
刑獄の因縁と刑罰の因縁に分けたわけですね。
犯罪の重さ、受ける罰の重さの違いだけで、犯罪の因縁であることに変わりない。
罰金を払うなんてのはどう考えても破廉恥罪です。
罰金だからかまわない、大したことないなんてことはなく、心から恥じるべきことです。
ましてや桐山さんなどは新聞に報道されたのだから大変な屈辱でしょうに。
因縁を細かく分類するならばもう2つ増やしてはどうか?
一つは犯罪をしても逮捕されず時効となって一生を刑罰を受けることのない因縁。
自分は何一つ悪いことはないのに冤罪を着せられる因縁。
前にも論じたことあるが、こうして考えてみると、桐山さんの説く刑獄の因縁とは
被害を受けて憂き目に遭うことのみを指標にしている。
被害ではなく社会的責任を果たす義務であるんだが。
刑獄か刑罰なんて紙一重のことであり、犯罪には変わりない。
ならば犯罪の因縁としてこれを考えて根絶するようにすべきだ。
偽ビール事件といい、密教食事件といい、漢方薬処方、贈賄、悉く桐山さんの
自己責任です。
冤罪なら同情の余地があるが、そうではないのだから仕方ない。
有余涅槃を得た聖者は犯罪の因縁すら切らなかったのです。

391 :
>バウッダにはあなたの要求する四諦も縁起もちゃんと解説され苦に対する考察と
>その滅についての考察もされています。
四諦と縁起を説明していても、その理法を悟ることが智慧解脱であり、涅槃だ、
という肝心なことを書いていないからペケ、なのよ。
>あなたはバウッダの涅槃に対する解説のわずか5ページの中にこれらが無いなどと
>述べているが、アホなツッコミとしか言いようがない。ボケですね。
わずか5ページだと!字数を数えてみな、5ページも費やしていてだろが、我なら
2ページもあれば、輪廻尽も苦滅業滅も智慧解脱=無明漏滅も全部入れて解説でき
らぁな。
>ちゃんと他のページで詳しく解説をしており、それらを総合して仏教を論じているのが
だからぁ、他のページで解説してもだめだっちゅうの、ちゃんと「涅槃」の説明の中に、
欲漏と有漏と無明漏の滅と、輪廻尽と、苦滅業滅、を入れていないと、あんたらのよう
に、涅槃とは煩悩滅のことなんだな、と間違えるわけだよ。
煩悩滅の中に、ちゃんと輪廻滅、苦滅業滅、の概念を含めていたら問題ないのだけど、
あんたらにはその概念が欠けているからさ。
漏尽智は神通ではない、なんていう意見を聞くと、あんたらの考えの浅いのが解る
わけだよ。漏尽智は煩悩が尽きたことを知る智慧だけどね、なんで漏尽を知るのか
といえばね、生死輪廻尽、不受後有、を知って漏尽を知るわけよ。
四諦を観じて、自分が道諦を実践し、滅諦を実現したと如実に知って生死輪廻の滅
を知り、漏尽を知るわけだから、明らかな神通だろさ。

392 :
>バウッダの涅槃に関する5ページの記述欄のみを読んで、バウッダの他のページにはちゃんと
>書かれてあることが、見当たらないから落第点なんだとしたのは、まさに1分間スピーチと
>2時間講演の比較のようなものだ。
水掛け論をしてもはじまらない。じゃあ、我の見落としかも知れないから、訊くけどさ、
バウッダのどのページに、涅槃とは輪廻滅のことだ、と書いてあるのかね?
どのページに、涅槃とは苦滅業滅のことだ、と書いてあるのかね?
どのページに、涅槃・悟り、とは四諦と縁起の理法をさとることだ、と書いてあるのかね?
ただ、ダラダラと解説しててもダメさ、悟りと涅槃の定義をちゃんと書いていなければさ。

393 :
>あなたが指定したバウッダの150〜154頁のFニルヴァーナの解説の中だけに限定しても
>上記はちゃんと書かれています。
>ニルヴァーナはいつ獲得されたものか?と問い、もちろん成道を得た時としている。
>しかし80歳で入滅した時パリニルヴァーナに入ったことに言及している。(153頁)
そんなこと、回りくどく、くどくどながなが、書いてたってしょうがないでしょ。
生死尽なり輪廻尽なり、一言あればすむわけだからさ。往と還なんてくどくど、
書いててさ。釈尊は還のままこの世俗にとどまる、という記述は良いとしても、
それは仏教徒の記憶の中にとどまる、という意味であり、さすがに学者というか、
文化人の意見であるよ。これも恋愛体験がない人が、愛について解説してるに
等しいね。恋愛体験がない人は、こういう理性的な解説に陶酔してしまうのだ
ろうねw、ユビキタスくんのように。

394 :
>いま論点は因縁解脱により因縁が切れるとどうなるか?ということです。
>つまりケネディ兄弟は桐山さんによると皆横変死の因縁を持っていたことになる。
>愛別離苦どころの問題ではない。
この愛別離苦の考察にしても、我とユビキタスくんとでは、認識がだいぶ違うね。
我は、愛別離苦のあり方にも、五道があるのではないか?
釈尊は、「随所業因縁往来五道」で、それを説いているのではないか?と考察す
るわけだよね。そして管長説が正しいと、考えるわけだよ。
例えば、ケネディ一家のような、すべて横変死だけでの家族の別れ方もあるし、
家族みんな、天寿を全うしての自然死の分かれ方もある。
こういうすべての人の運命を、釈尊は五道(あるいは六道)に区分して説いたの
ではなかろうか、とね。人の運命は一人一人、みな違うわけだから、個人ごとに
詳しく説くのは大変でしょ、だから五道にまとめてしまったのでしょう。
管長は、その五道の内容を、病気や死に方などで、詳しく分類しているわけでしょ。
のは

395 :
阿難は、プラクリティの母に呪術を掛けられて、あわや女犯の罪を犯し
そうな危機に陥り、釈尊に祈り、危機を脱した。これが寂聴さんの、阿難と
プラクリティ事件の物語である。我は、寂聴さんのこの仏教観、捉えかたを
支持するのであるが、ユビキタスくんは、それはおねだり信仰だとした。
祈りと、管長の説くおねだり信仰との区別を、どうすべきか?
深山ユビキタス教が、祈りを否定するくらいだから、彼等は何も理解していない。
釈尊は、祈りには、聖なる祈りと、聖ならざる祈り、の二種あると説くよね。
上記の阿難の祈りは、聖なる祈りであり、おねだりとは違うのだよね。
簡単に言うと、解脱に到るための祈りは聖なる祈りであり、解脱に役たたない
祈りを、聖ならざる祈り、と釈尊は説いていたと思う。阿難の祈りは、女犯を
避けるための祈りだから、おねだりとは違うでしょう。ユビキタスくんは、
願望や祈願は、すべておねだりだと、ごっちゃにしてしまう。
浄土真宗では、祈りを不純だとして「念ずる」という言葉を使うそうだが、
国語辞典で「念ずる」を引くと、こころの中で祈ること、と説明してるから、
なんだかなぁ、と思うさね。
釈尊は、世俗の呪術を畜生の学、あるいはうじ虫の法だと貶し、仏道を陽光に
例えていますから、仏法の力は世俗の呪術とは比較にならない程、強く大きな
ものだ、ということでしょうね。
仏道をただの道徳・哲学、に考えるのは間違いでしょう。

396 :
>増谷先生の解説文でありオマケです。
>だからあなたは>>312なんて信用しなくてもかまわないから>>304>>306>>309>>311
>箭経和訳原文だけ読んでくださいなと示したのです。
>これが釈尊の言葉の言行録です。
読んで見て大変参考になりましたよ。我の考えでよいと、あらためて認識したです。
つまり、二の矢を受けないとは、旨いもの食べても執着しなければ問題ない、と
いうことです。音楽聞いても、執着しなければ良いのです、それが二の矢を受けない
ということです。富裕な在家が、財を有効に使い、自分や家族や友人知人で楽しむこと
を、釈尊は賢者だと説いています。富裕でありながら、ケチケチで楽しまない者を、
卑しい愚か者だ、と釈尊は説いています。
在家と出家を混同すると、鵜のまねをするカラスになって溺れますよ。

397 :
>>391 : ID:jkxCKaIt
>だからぁ、他のページで解説してもだめだっちゅうの、ちゃんと「涅槃」の説明の中に、
欲漏と有漏と無明漏の滅と、輪廻尽と、苦滅業滅、を入れていないと、あんたらのよう
に、涅槃とは煩悩滅のことなんだな、と間違えるわけだよ。
>>392 :我は聞いた:2013/03/04(月) 13:49:37.90 ID:jkxCKaIt
>バウッダのどのページに、涅槃とは輪廻滅のことだ、と書いてあるのかね?
どのページに、涅槃とは苦滅業滅のことだ、と書いてあるのかね?
言ってもいないことを強引に捻じ曲げている。
用語に翻弄されて整理がつけられない状態のようです。
「欲漏」「有漏」「無明」は、すべて煩悩のことです。
仏語を漢語スローガン化して、アタマが空回り状態。
ー岩波仏教辞典ー
涅槃:仏教における修行上の究極目標.インド思想では解脱を
究極の目的とするのが通例であるが,仏教は最初期から,
解脱とともにこの涅槃の語を用いて修行実践の目的を指し示した.
【伝統的な語義解釈】古くは煩悩の火が吹き消された状態の安らぎ,
悟りの境地をいう.
「涅槃とは何か.煩悩の根本といわれる貪欲の滅,瞋恚(怒り)の滅,
愚癡の滅をいう」というように,これら三つ(三毒,三火)を止滅した状態を
涅槃の第一義とする.「すべての束縛から解脱することを涅槃という」

398 :
>>391 : ID:jkxCKaIt
>漏尽智は神通ではない、なんていう意見を聞くと、あんたらの考えの浅いのが解る
わけだよ。漏尽智は煩悩が尽きたことを知る智慧だけどね、なんで漏尽を知るのか
といえばね、生死輪廻尽、不受後有、を知って漏尽を知るわけよ。
漏尽智は、「煩悩を全く尽滅する智慧」であり「自己の煩悩が
尽きたことを知る能力」です。
桐山さんのように知恵をグモンジ脳で得た神通力なんて
解釈は、仏教に無い。
俗人を超えた知恵は、当時の慣習で神のごとき能力と褒め称えた
くらいの意味です。
現代で「神の如き早業」と称賛された人が超能力者とはならないと同じです。
>我は、愛別離苦のあり方にも、五道があるのではないか?
釈尊は、「随所業因縁往来五道」で、それを説いているのではないか?と考察す
るわけだよね。そして管長説が正しいと、考えるわけだよ。
岩波仏教辞典で"六道"とは、「衆生が自ら作った業によって
生死を繰り返す六つの世界.」とあるように現世のことではない。
桐山さんが、横変死は地獄界クラスとしたのは、
世間で言われるような、この世の地獄などと同情的に
驚きを以て表現したものではない。
地獄界クラスの人は、霊障があると脅して信者から金を
巻き上げるために、五道や六道がこの世にあると捻じ曲げたのです。

399 :
>>388 おまはんはなあ そんなもんなんやで 気いつけえや

400 :
一つも方法論が出てこないですな。
桐山師の方法に対して己はこの様な
方法を持ち こうやって指導できるということです。
過去に学者が記載した『古人の糟粕を嘗めて』どうするのですかね?

401 :
>>400
方法ロンですか?
まず直線的な前世現世過去世的ローカル宗教的発想から
一旦離れて考えてみるのも一つの方法かと?すれちでしたらゴミんね。

402 :
>400 :神も仏も名無しさん:2013/03/04(月) 18:20:15.39 ID:R+QHDo4d
一つも方法論が出てこないですな。
桐山師の方法に対して己はこの様な
方法を持ち こうやって指導できるということです。
過去に学者が記載した『古人の糟粕を嘗めて』どうするのですかね?

今、新ねぎの季節ですか?

403 :
>400 :神も仏も名無しさん:2013/03/04(月) 18:20:15.39 ID:R+QHDo4d
一つも方法論が出てこないですな。
桐山師の方法に対して己はこの様な
方法を持ち こうやって指導できるということです。
過去に学者が記載した『古人の糟粕を嘗めて』どうするのですかね?
桐山さんが、その通りの人です。
桐山さんは、マネと剽窃とパクリのプロだから、
釈尊の教法を糟粕と化し、キツネに化かされた信者は被害者だ。
だがここでは、被害者が加害者になるな!と情報発信している。
方法論が出てこないのではなく、あなたが正法を見ないだけだ。

404 :
じゃくちょうさんは 日本の罪の罰として東北が身代わりになった みたいなことを語っていました
私は違うと考えます

405 :
原一男監督の映画「全身小説家」に弱長さんが出演してるので、我がモンさんにお勧めします。
ついつい嘘をついてしまう偉大な文学者I氏の生涯を描いたドキュメンタリーです。
わたしは原監督に「全身宗教家」を撮って欲しい。徹底的なドキュメンタリーで。

406 :
趣味の仏教の本を家人(お母さん?)に勝手に捨てられる!
オタクにありがちな話。エロ本と同じ扱い。

407 :
>>391:神も仏も名無しさん :2013/03/04(月) 13:37:00.60 ID:jkxCKaIt
>>392:我は聞いた :2013/03/04(月) 13:49:37.90 ID:jkxCKaIt
>>393:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:06:58.21 ID:jkxCKaIt
もちろん391さんも我聞さんなわけですが、ここで我聞さんなどはどうでもよいから
皆さんに解説しましょう。
我聞さんは小学館の「バウッダ」という仏教解説書の三枝充よし先生の仏教解説に
イチャモンをつけているのです。
これはもはやアゴン宗スレの趣旨をも逸脱してます。
なぜこうなったかと言うと、そもそもは私がバウッダの三枝文をアゴン宗の教義の否定用に
必要箇所を引用した。それを題材にアゴン宗を論じるのはよい。
しかし我聞さんは私の三枝引用が気に入らないため、三枝バウッダ全体の構成にまで
ケチをつけ出した。
バウッダでは四諦も苦の問題もいちいち論述されている。
しかし我聞さんは自分が仏教辞典を使用しているものだから、涅槃を論じるに充てた
5頁に仏教の全てが入ってないとイチャモンをつけたのです。
もはやレスも不要の凶行ぶりだが、バウッダをお持ちでない人のために三枝涅槃論を
簡単に説明します。
ここはアゴン宗スレなんだから桐山さんの著書なら何を出そうが歓迎だが、
一部の読者しか読まない本を引用もせずに出すのはやめて欲しいのだが。

408 :
↑ ハッスル中 w

409 :
>>391:神も仏も名無しさん :2013/03/04(月) 13:37:00.60 ID:jkxCKaIt
>>392:我は聞いた :2013/03/04(月) 13:49:37.90 ID:jkxCKaIt
>>393:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:06:58.21 ID:jkxCKaIt
さて仏教にそんなに詳しくない日本人でも涅槃という言葉は知っています。
ただしそれはどうしても釈尊の入滅を指すことだと思っている一般人が多いと思われます。
しかしバウッダにて三枝先生がまず示すのが涅槃はいつ得たものかという話です。
それはもちろん菩提樹下で成道を得た時だとする。釈尊35歳の時です。
ここに仏教の目的を果たしたわけです。
ちなみに入滅したわけではない。
煩悩に打ち勝った全き心の平安を得た。これが涅槃です。
実は釈尊のこれこそが涅槃の第一義です。
輪廻滅は第二義といって過言ではない。
だからそれを強調して打ち出すのは当たり前の話です。
そして生きながら涅槃を得た釈尊は三枝先生の言うところの「往」と「還」の二重否定を行う。
往とは「この世を捨てる」還とは「かの世を捨てる」。
どういうことかと言うと自ら悟りを開きその世界に往ったきりの選択もできたが
釈尊はまだ悟りを開けぬ衆生のために悟りの彼岸世界からこの娑婆世界に還ってきて
教えを説いた。このことを言う。
そして三枝バウッダの輪廻論はパリニッバーナ(般涅槃)に話が及ぶ。
これは80歳で入滅した釈尊の無余涅槃に入ったことを示すと定説を紹介しています。
無余涅槃になるともはや人間界に還ってくることはない。
しかし釈尊の涅槃の教えは人々の心の中に生きている。
これをも般涅槃における還と呼ぼうか。
まあこんなことを三枝先生は論じている。
これは論文であり辞書ではない。

410 :
>>391:神も仏も名無しさん :2013/03/04(月) 13:37:00.60 ID:jkxCKaIt
>>392:我は聞いた :2013/03/04(月) 13:49:37.90 ID:jkxCKaIt
>>393:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:06:58.21 ID:jkxCKaIt
バウッダは我聞さんによると一般人のために説かれた自分でもそれくらい知ってるわいと
馬鹿にしたくなるような初学の人の為の本と位置付けた。
外界の情況は何ら変わらない、神秘なるものに頼ることを否定する。
こういう我聞さんの気に入らないことが書いてあるバウッダはつまらんものと貶したのです。
しかし我聞さんはバウッダのみならず原始仏教の立場を詳述する仏教学者による
仏教解説書は増谷先生であれ誰であれ絶対に気に入らないことが書いてある。
ならば我聞さんが使うのは一つは平河出版社から出てる阿含経の現代語訳。
もう一つが岩波の仏教辞典です。
つまりこの中から自分に都合のよいところを拡大解釈、誤解して支持するというものです。
言葉の切れ端があればよい。これをつないで結論を付けるのは我じゃ。
そこで涅槃を取り上げて基本知識はさておき独自にも考察を論じた三枝論文に対して
辞書のような説明がないなどと不当な言いがかりをつけた。
もはやこんな人のイチャモンにマトモに相手をすること自体スレ汚しの罪悪感を覚えます。

411 :
>>394:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:24:35.65 ID:jkxCKaIt
>例えば、ケネディ一家のような、すべて横変死だけでの家族の別れ方もあるし、
>家族みんな、天寿を全うしての自然死の分かれ方もある。
>こういうすべての人の運命を、釈尊は五道(あるいは六道)に区分して説いたの
>ではなかろうか、とね。人の運命は一人一人、みな違うわけだから、個人ごとに
皆さん、ご覧ください。
ケネディ大統領の暗殺の例えは私が出したのではなく、我聞さんが出したのだが
これを愛別離苦の話として出した。
たしかに他殺されることは別離であります。
しかしアゴン宗の因縁解脱教学にとってケネディの暗殺はもっと別の重要な問題と
して語らねばならない。
横変死の因縁です。
横変死の因縁は切らねばならない。つまり暗殺は防がねばならない。
ケネディが事前に因縁を切っていたら暗殺されないはずであり、それをめざして
結果を求めるのが桐山因縁解脱です。
私がその点を指摘すると、まるで聞こえないかのように無視して、愛別離苦の心かまえ
みたいな話に逃げましたよ。

412 :
>>395:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:54:42.84 ID:jkxCKaIt
>阿難は、プラクリティの母に呪術を掛けられて、あわや女犯の罪を犯し
>そうな危機に陥り、釈尊に祈り、危機を脱した。これが寂聴さんの、阿難と
>プラクリティ事件の物語である。我は、寂聴さんのこの仏教観、捉えかたを
>支持するのであるが、ユビキタスくんは、それはおねだり信仰だとした。
何度書いたらわかるのだろうか?
瀬戸内寂聴さんの書いた小説はおねだり信仰の姿など題材、テーマにしていないと思う。
ただ釈尊に必死に祈ってでも誘惑に打ち勝った阿難の話を、相手の呪術に対抗して
釈尊力の救いの呪術としか読み取れなかったあなた独りだけがおねだり信仰をしているのです。

413 :
>>396:我は聞いた :2013/03/04(月) 15:15:31.27 ID:jkxCKaIt
>読んで見て大変参考になりましたよ。我の考えでよいと、あらためて認識したです。
>つまり、二の矢を受けないとは、旨いもの食べても執着しなければ問題ない、と
>いうことです。音楽聞いても、執着しなければ良いのです、それが二の矢を受けない
>ということです。富裕な在家が、財を有効に使い、自分や家族や友人知人で楽しむこと
>を、釈尊は賢者だと説いています。富裕でありながら、ケチケチで楽しまない者を、
はい、皆さん、またしてもご覧ください。
我聞さんは楽受の問題だけを取り上げまたした。
苦受の問題は読まなかったふりのように無視を通してごまかそうとしています。
受けるのは楽だけで苦もあるのです。
苦とは病だったり事故だったり災難だったりもします。
限定してません。
事故災難の苦も一の矢で襲いかかり、それは受けるより他ない話を敢えて
聞こえないふりしています。
なかなかオモチロイでしょ?

414 :
訂正
×:受けるのは楽だけで苦もあるのです。

○:受けるのは楽だけでなく、苦もあるのです。

415 :
>>402:Rashin◆xvojmuQ90o :2013/03/04(月) 20:25:36.28 ID:6jX48I0+
>今、新ねぎの季節ですか?
そのお方は宝生センセーでしょうな。
私はねぎセンセーには再登場して欲しくない。
それだけは、牛を百頭生け贄に捧げて、ガマガエルから油を絞り取って護摩を焚いて
呪術を懲らしてでも阻止したいですね(笑)

416 :
 
深山の火の見櫓   http://tower0.30maps.com/map/110548

417 :
桐山:『できれば写真はかんべんして欲しいのだが〜ブツブツブツブツ・・・』
http://thebbs.fc2.com/292918!/?l=20

418 :
>>393:我は聞いた :2013/03/04(月) 14:06:58.21 ID:jkxCKaIt
>そんなこと、回りくどく、くどくどながなが、書いてたってしょうがないでしょ。
>生死尽なり輪廻尽なり、一言あればすむわけだからさ。往と還なんてくどくど、
>書いててさ。釈尊は還のままこの世俗にとどまる、という記述は良いとしても、
ラシンさんも指摘している通り、ならばどうして仏教辞典は因縁解脱と一言で
解説して済まさないのか。
あなたはどうして因縁解脱を説明するのに十二因縁に苦の滅やら回りくどく回りくどく
誤誘導して、ストレートに説かないのか?
また桐山さんはどうして輪廻滅とか生死尽と言わず、現世の運命が好転する
因縁解脱とするのか?
経典をいくつも読めば、現世において災害を避けて病気を治す御利益の因縁解脱の
話など一つも出て来ない。
読むほどに我聞説など成り立たないことが学者の解説を待たずともわかる。
だから我聞さんは仏教辞典のあちこちから回りくどく切り貼りをして我説に
こじつけるしかないのです。

419 :
おたくらね
スレ違いもはなはだしい
それほど仏教論議が好きならばそちらに行ってくれ。
此処はアゴン批判のスレなんだよ
ユビさん 此処ではどうでもいい話に誘導して、何したい。

420 :
>あなたはどうして因縁解脱を説明するのに十二因縁に苦の滅やら回りくどく回りくどく
>誤誘導して、ストレートに説かないのか?
>また桐山さんはどうして輪廻滅とか生死尽と言わず、現世の運命が好転する
>因縁解脱とするのか?
いや、つい我は三枝大先生に失礼なことを申し上げてしまったけどさ、三枝氏は
知識が豊富だから、涅槃について、盛りだくさん解説しているよね。我の知識な
どは先生の足元にも及ばないわけさ。けどさ、我は信仰面から、何を目指すのが
仏教なのか?と、その目的を見る。するとね、三枝先生は、有余涅槃、入滅して
無余涅槃と説明はしてますが、輪廻があるのかないのか、説明をしていないでしょ。
仏教の予備知識がないものとして、客観的に読んでみなさいよ。無余涅槃の後で、
また現世に転生することがあるのか、とも考えられますし、仏教には輪廻の考えは
もともとなくて、悟りを得なければ輪廻するなんて、少しも考えず、ただ単に、
悟りを得た人がRば入滅なんだな、と考える人もいるでしょ?
辞典と対比して、そのことを指摘したわけです。
まぁ、三枝先生はすべてご存知の上で、文化教養人向けに輪廻をぼかしたのでしょう。

421 :
>>419
ですからバウッダの話はやめよと促しました。
ただ私がしたような「部分引用」を示し、それがアゴン宗の批判、否定、あるいは擁護に
繋がるならば、歓迎ですので、出すならそういう出し方をしてくれということです。

422 :
と言うことで、>>420にもレスはつけませんので、あなたの好きなように評価してなさい。
ここには関係ない話です。

423 :
>あなたはどうして因縁解脱を説明するのに十二因縁に苦の滅やら回りくどく回りくどく
>誤誘導して、ストレートに説かないのか?
学者先生はね、12因縁の滅・解脱が悟りだと知っていますから、管長の因縁解脱と
いう言葉を聞いても違和感は感じないと思いますよ。但し、因縁解脱の意味が、
ガンや横変死など、○○因縁にだけ限定すれば、?と思う学者先生もいるでしょう。
実際問題、それは学者先生にも、明確に解らない人が多いのではないですか?
「三悪道尽」の意味は何なのか?とね。
>また桐山さんはどうして輪廻滅とか生死尽と言わず、現世の運命が好転する
>因縁解脱とするのか?
実際問題として、輪廻滅よりも、現世の苦しい運命の好転こそが、急がれる
人が多いのではありませんか?我はそれが目的で入行したのですけどね。
輪廻滅など考えもしなかったです。他の人は違うのですね。

424 :
ベネディクト16世(ヨセフ・ラッツィンガー)から仏教は現実逃避と
批判されたは事実である。

425 :
ベネディクト16世(ヨセフ・ラッツィンガー)が
法王在位中に日本人達から
失礼な駄文ツイート攻撃されたのも事実である。

426 :
>>423 :我は聞いた:2013/03/05(火) 12:55:28.48 ID:zV1f8IiP
>学者先生はね、12因縁の滅・解脱が悟りだと知っていますから、管長の因縁解脱と
いう言葉を聞いても違和感は感じないと思いますよ。
違和感に麻痺しているのは、ワレモンさんです。
そんな学説があるなら、示してから大口をたたいてください。
 十二因縁じゅうにいんねん 現実の人生の苦悩の根元を
 追求し,その根源を断つことによって苦悩を滅するための
 12の条件を系列化したもの.(岩波仏教辞典)
つまり「十二因縁」とは、人間の存在をあらわす因果の
ありようです。
人間が苦しむ原因は、突きつめるとその因果の道理を
理解できない「無明」にあると考えられた。
その苦の"根元"である「無明」から始まる12の関連関係を
よく観察し、そこで因果の道理への無知を悟るのです。
桐山さんの言うようなインネンを切るのでもなければ、
ワレモンさんの勝手な「インネン切り=12因縁の滅」でも
ありません。
簡単に言えば因果を理解することから始まるのです。
人は誰でも向上心があり、欲を潜在的に抱いている。
桐山さんは、その誰しもが持つ欲をさらに煽り、
功徳という撒き餌をバラ捲いて、金に換えている。
桐山さんは、運命の「運」の字には「軍」の字があるから、
軍さであり戦ってこそ変えられる、などと下手な理屈を
を並べて運命論を展開していた。
桐山さんの運命転換など嘘っ八で、仏教には一切説かれていない。

427 :
>>423 :我は聞いた:2013/03/05(火) 12:55:28.48 ID:zV1f8IiP
>実際問題として、輪廻滅よりも、現世の苦しい運命の好転こそが、急がれる
人が多いのではありませんか?我はそれが目的で入行したのですけどね。
そんなことで桐山教に頼るなら、例えば今ならファンド投資の方が
よほど現実味があります。
少なくとも○○投資は、世界平和などの謳い文句などもうけ無い。
明解に「儲け」の方を目的として、預託受け付けをしています。
桐山さんのように、他人の善意や弱みなどを悪用していない。
人生を物理的に豊かにするなら、その方法論や手法は、
桐山教など箸にも棒にもかからないほど、よそに沢山あります。
今はやりのDaiGo氏のメンタリズムのほうが、より知性度がある。
桐山教のおかげで誰が財を為し、誰某の難病が癒えたのですか。
信者時代に私の知る周りには、財産をアゴン宗に寄贈し減らした
人はいても、増やした人など誰も存在しませんでした。
特別護摩木で、病が奇跡的に癒えて命拾いした人も知らない。
自分で努力することを桐山さんにすべて丸投げし、
人生を棒に振る愚行は、そろそろやめたらと発信する。

428 :
>>425
>失礼な駄文ツイート
それは日本人をおとしめようと反日洗脳された在日が行ったと考えられます
日本には、けっこうカトリック教会がありますしクリスマスを商業的に利用していますよね

429 :
>>425
クズ人間に制裁を下すことは正しい。

430 :
宗教にハマると周りが見えなくなって人生教祖任せになるから気を付けてね
因縁の操り人形じゃなくて教祖教団の操り人形にならないようにね。洗脳地獄。

431 :
>>423:我は聞いた :2013/03/05(火) 12:55:28.48 ID:zV1f8IiP
>学者先生はね、12因縁の滅・解脱が悟りだと知っていますから、管長の因縁解脱と
>いう言葉を聞いても違和感は感じないと思いますよ。但し、因縁解脱の意味が、
>ガンや横変死など、○○因縁にだけ限定すれば、?と思う学者先生もいるでしょう。
>実際問題、それは学者先生にも、明確に解らない人が多いのではないですか?
お互いの立場をはっきり確認しておきましょう。
我々批判側は涅槃が輪廻のなくなることも含むことは当然認めています。
また桐山さんも究極の目標に輪廻を脱することを説いていることも認めます。
アゴン宗ができるできないを論ずるのではなく、目標として掲げているかいないかの論です。
だから桐山アゴン宗もまた輪廻解脱を「目指している」ことにに異論はありません。
まあ最近は輪廻転生瞑想法なんておかしな路線を提唱して、人生が厭になった人は
涅槃を選べばよいし、理想の人生を楽しみたい人は輪廻転生を選べばよいなどと
すんげー笑える話もあるが。
そこで我々が問題にしているのは輪廻解脱ではなく現世においてガンなどの因縁を切る話です。
これは我聞さんも学者でも支持を得られるかは解らないとしていますが、絶対に支持など
受けることのない話であり、このような信仰の目標は仏教にはないし、まして解脱ではない。
そして輪廻解脱も説いているのだからこういうものも説いてもよいことにはならない。
それの証拠となる2例が、バウッダにて三枝先生が書いた苦悩の対象である外部の情況は
変わらぬという文章と、「仏陀 その生涯と思想」に増谷先生が書いた箭経の話で
聖人でも二の矢は受けぬが一の矢は受けるという話です。
これは桐山因縁解脱における現世の運命転換の否定です。

432 :
>>423:我は聞いた :2013/03/05(火) 12:55:28.48 ID:zV1f8IiP
>実際問題として、輪廻滅よりも、現世の苦しい運命の好転こそが、急がれる
>人が多いのではありませんか?我はそれが目的で入行したのですけどね。
>輪廻滅など考えもしなかったです。他の人は違うのですね。
その通りです。来世は生まれ変わることのないように輪廻をなくす為にアゴン宗に
入行する人などいません。
現実には現世の不幸を避けて幸福な現世を求めるからこそ入信したのです。
だからこそいくら桐山さんが最高の阿羅漢の境涯として、輪廻のなくなることを掲げたとて
アゴン宗で求める因縁解脱はガンなどの因縁を切ることこそが主眼なんです。
それを我々は仏教には何ら根拠を持たない考えとして指摘しているのです。
バウッダの三枝先生の涅槃の解説の中の往と還の哲学的考察などアゴン宗スレに
何の寄与も与えないが、苦悩の対象である外部の情況は変わらないまま、この苦悩の
問題を解消するコメントはアゴン宗信徒にとって土台を揺るがすネタです。

433 :
 
深山入院  http://ameblo.jp/heart-collection/entry-11424784902.html

434 :
(内弟子愛人色○さん)ルンルンしながら
「ね〜ね〜写真をとりましょう」とささやきます。
桐山管長猊下は
「写真はちょっと」と嫌がりながらも・・・
http://thebbs.fc2.com/292918!/?l=20

435 :
>アゴン宗で求める因縁解脱はガンなどの因縁を切ることこそが主眼なんです。
>それを我々は仏教には何ら根拠を持たない考えとして指摘しているのです。
>バウッダの三枝先生の涅槃の解説の中の往と還の哲学的考察などアゴン宗スレに
>何の寄与も与えないが、苦悩の対象である外部の情況は変わらないまま、この苦悩の
>問題を解消するコメントはアゴン宗信徒にとって土台を揺るがすネタです。
上記↑に反論したいがために、あまりにも三枝先生に失礼なことを書いたと反省して
います。我も沢山、三枝先生に学んでおきながら、ユビキタスくんに反論するとなる
と、冷静さを欠いたりするから気をつけます。
さて、外部の情況その他は不変のまま、苦悩を解決するという、バウッダの論ですが、
あるいは、それが正しいのかも知れません。
我が初めてバウッダを読んだときは、そのまま受け入れていたと思う、そういうもの
なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
なのだろうか?
中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
うね。「三悪道尽」というのは、情況は変らないまま、気の持ちようだけが違う、
というのがバウッダ論でしょう?違うと思うけどなぁ。

436 :
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
>うね。「三悪道尽」というのは、情況は変らないまま、気の持ちようだけが違う、
>というのがバウッダ論でしょう?違うと思うけどなぁ。
阿含経の「随所業因縁往来五道」という釈尊の言葉は前にもレスしたけどね、
業因縁によって、この世の五道と、かの世の五道を往来する、という意味で
しょ?そしてね、岩波仏教辞典の涅槃の定義には、「苦悩の消滅と業のはたら
きの停止した悟り」という説明もあるでしょ、これは阿含経の涅槃の定義です
よね。となると、やはり苦滅とは、気の持ちようとかではなくて、業力・業報
の滅と解釈すべきではありませんか?
バウッダは、いかに大先生であったとしても、個人的見解でしょ?
辞典の解説は、多くの先生方の、チェックが入るはずですからさ。

437 :
>>436 :我は聞いた:2013/03/06(水) 12:26:02.13 ID:PqmaLlSv
>阿含経の「随所業因縁往来五道」という釈尊の言葉は前にもレスしたけどね、
業因縁によって、この世の五道と、かの世の五道を往来する、という意味で
しょ?
まるで違がう、「この世の五道」など説いた内容ではない。
それは、どの阿含経典ですか?
また、「隨所業"縁"往來五道」ではないのか?
もしやその前に「以天眼」との記載があるのではないか?
漢文の意味するところは、「行為によって(縁)、五道のいたる
ところへ行き来する」であって、この世などの意味は何処にもない。
なおかつ釈尊の説くところ、天眼を以て衆生を見たのだから、
もろもろの亡くなった衆生の行く末を説いていることになり、
それはあくまでも来世のことになる。
下記に引用する経典もあくまでも来世の三悪道のことです。
釈尊は、もちろん現世での罪報も説いているが、
ワレモンさんお得意の現世の「三悪趣」ではありません。
釈尊在世時で、王からの刑罰を受けることを喩えで話している。
現代だとて、悪い行い(悪業)を為し、それが違法であれば、
桐山さんがよい見本で、刑罰に処される。
桐山さんはニセビール事件で入獄し、その思いは、
地獄に堕ちたほどの悔しさや辛さであろうとも、そこは
地獄ではなく、刑務所だということくらいは分かるはずだ。
 -サンユッタ・ニカーヤ(相応部)3・3・1-
(現世でみじめな境涯をすごしている者が)身体を
動かして悪いことをし、口に悪いことばを語り、
 心に悪い思いをいだく。身体と口と心とで(このように)
 悪行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、苦悩・災いの世界、
 不幸な状態、煉獄(悪趣)に生まれる。
 闇から闇へ向かって行く者とは、このような人である。

438 :
>アゴン宗で求める因縁解脱はガンなどの因縁を切ることこそが主眼なんです。
>それを我々は仏教には何ら根拠を持たない考えとして指摘しているのです。
>バウッダの三枝先生の涅槃の解説の中の往と還の哲学的考察などアゴン宗スレに
>何の寄与も与えないが、苦悩の対象である外部の情況は変わらないまま、この苦悩の
>問題を解消するコメントはアゴン宗信徒にとって土台を揺るがすネタです。
ガンの因縁などは出家・在家に関わらず、共通の苦であると思うけども、外部の情況
は変らないまま、苦悩を解消するというのは、出家僧のことをいっているのではなか
ろうか?出家の場合は禅定の深まる毎に、「昼も夜も、かれらの心は、瞑想を楽しん
でいる。」という中村元先生のサンユッタニカーヤ訳にあります。これは瞑想で苦悩
を解消するのでしょうけど、出家でしょうね。サラリーマンが昼に瞑想を楽しんでい
たら、会社を首になるでしょうから。
瞑想の楽な様子を説明するに、釈尊は、負債ある者が返済し終えたような楽、獄中に
ある者が刑期を終えて釈放されたような楽、長患いが癒えたような楽、入浴剤を満た
した浴槽で体を洗ったような楽、とかに例えていますね。
出家の場合はそういう瞑想を楽しめるのでしょう、暇の沢山ある在家とかも。
在家の場合は、外部の情況を変えねば、どうにもならんと思われます。

439 :
>また、「隨所業"縁"往來五道」ではないのか?
>もしやその前に「以天眼」との記載があるのではないか?
そのとおりであるが、前にもレスしているが、「縁」の語を学者は「因縁」
と訳していたりします。その方が解りやすいような場合です。
阿含時代は、「縁」=「因縁」であり、縁も因縁も意味は同じに解釈されて
いたからです。だから我は、随所業縁→随所業因縁、と、その方が解りやす
いだろうと因を加えたのです。このことは前にレスしています。
以天眼?そのとおりですよ。天眼智のある者は、五道往来の業因縁の由来を
すべて知ることができる、というものです。
但し、五道往来の意味が、この世の五道なのか、かの世の五道なのか、
あるいはこの世と、かの世の両方の五道なのか、不明に思われます。

440 :
>ガンの因縁などは出家・在家に関わらず、共通の苦であると思うけども、外部の情況
は変らないまま、苦悩を解消するというのは、出家僧のことをいっているのではなか
ろうか?
それが第一の箭ということです。
この世で誰しも受ける苦楽です。
外部の情況が変わらずにさらに悶々とするのを
第二の箭を受けるというのです。
桐山さんが壇上で信者からの非難に心が攪乱されて怒ったり、
または、E川さんから別離を宣言され、悶々として病を
再発したこれらを、第二の箭を受けるという。
しかし桐山さんは、インネン切りで回避できるとした。
 (綸年する葦155頁)
 「因縁の化合だから因縁が消えればすべてが消える。」
桐山流とは、原因の元となるインネンが干物のように凝縮され、
カルマとなって、前世から引き継がれているとする。
ゆえにそのインネンさえ切れば、化合された霊魂という
アートマンは消えるのだ、と説いている。
化合された霊魂を無くすためにインネンという干モノを
見つけ出して来て切ってやると、あの世へ行かずこの世でも
周りの情況が変わり、良い運命転換が図れる??
ガンのインネンや脳障害のインネンが無くなるとは、
つまり、第一の箭を受けなくなるとする桐山教です。
釈尊は、出家在家問わず誰しもが、第一の箭を受けることを
前提に説いているのだから、まるで違うことを述べている。
「スッタニパータ666 けだし何者の業も滅びることはない。
 それは必ずもどってきて、業をつくった主がそれを受ける」と、
理解するなら、例え病に冒されようとその因果を容認し懺悔し、
その身の態様に三毒を起こさずに努めれば、第二の箭を
受けることはない、と説くのが仏教です。

441 :
>>439 :我は聞いた:2013/03/06(水) 14:53:12.07 ID:PqmaLlSv
>但し、五道往来の意味が、この世の五道なのか、かの世の五道なのか、
あるいはこの世と、かの世の両方の五道なのか、不明に思われます。
生前の釈尊は、人間界で説いたのですからその世に、
他の五道や六道のあるはずが無いでしょう。
ワレモンさんの経文の内容は、生命が終わって天に
往く者と、三悪趣に往く者とを説いているのですから、
来世を指していることに、間違いはありません。
桐山さんの分けるの地獄界クラスのインネンなどは、
信者を脅し、金を強請り取るための手法に過ぎない。
しかし、釈尊は行為の報いで六道来世に趣き輪廻すると、
説いたのです。
現世で受ける病で地獄のように苦しもうが、
それは人間界で苦悩しているにすぎない。

442 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
>うね。「三悪道尽」というのは、情況は変らないまま、気の持ちようだけが違う、
>というのがバウッダ論でしょう?違うと思うけどなぁ。
これには即答、速答を示してみせましょう。三枝先生を罵る結果になった自分を
反省する気持ちがある我聞さんに、今度は素直に目から鱗を落とさせるために。
もちろんこのような場合は情況は変わります。
それは外部の情況ではなく内部、内面の情況だからです。
すなわち自分の心とそれに基づく自分の行動選択というものは自己責任でどうにでも
なるものです。だから釈尊は内面に関するもので悪いものは絶対に改めよと説きます。
それによって人生は変わります。
例えば刑獄の因縁、横変死の因縁、中途挫折の因縁やら例を挙げられるが・・・
自分の内面で克服する煩悩は運命ではありませんよ。

443 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
まずは刑獄の因縁。
これは窃盗をしたり人を殺してでも目的を達成したい悪意を自分からなくすことです。
それで刑獄の因縁が切れる・・・と、ここで、あれ?と思わないか?
刑獄の因縁は単なる犯罪の煩悩ではなく運命だとアゴン宗はしている点です。
だからここにアゴン宗で言うところの強い刑獄の因縁を持った人がいたとする。
彼に殺意の煩悩を取り除きなさいと教えを垂れたらどうなりますでしょうか?
はい、わかりましたと言って殺さなくなるならば、それは刑獄の因縁とは言わない。
それは運命だからです。人殺しの運命を遂行する為にその人はこの衝動に抗えないのです。
殺人がやめられたら運命ではなくなり因縁ではなくなる。
シャカの成仏法という切り札を使わない限り因縁は切れない。
運命は変わらない。
しかしそんな桐山さんの説いた世迷い言とは関係なく、釈尊は不殺生戒という戒律を課した。
在家の信者でも絶対守らねばならない戒律です。
違反したら破門ですよ。
でも刑獄の因縁を持っていたらいくら戒律を定めても守るわけないじゃないですか?
しかし釈尊が示したのは戒律です。
つまり殺意の煩悩は運命ではない。桐山因縁ではない。
だからRなと教えるのです。

444 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
次に横変死の因縁の克服にいきましょう。
桐山流横変死の因縁とは自殺、他殺(される)、事故死です。
このうち自分の心、内面をコントロールすることで防ぐのは自殺だけです。
残る他殺と事故死は自分の内面を変えただけではどうにもならない面がある。
自己の心という内面制御の管轄外である他人の殺意や自然界のいたずら、これらは
外部に属するのです。
だから外部の情況は変わらない。変えられないのです。
もちろん変えることができたのもあります。
例えば自分を殺そうとする相手に対して対話の機会を持ち、誤解などを解くように
怨念を捨てさせるように説得する。
これが成功する例もある。
しかしいつもいつもそうは行かない場合が多い。
津波さん来ないでねとお願いしたら来なくなるのか?
だから他殺や事故死など外部に関する情況は基本的には変わらない。
また唯一防ぐことの可能な自殺にしても、アゴン宗の横変死の因縁があれば
いくら死ぬな、逃げるなと説いても自殺してしまう。
そうでないと運命の商売が成り立たないからです。
ここでも煩悩の解脱と桐山運命の転換の違いがわかる。

445 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
中途挫折の因縁に行きましょう。
これは外部からの不可抗力な邪魔が入らなければたしかに自分次第です。
怠け心を捨てて諦めないで継続すれば物事は成る。
為せば成る。為さねば成らぬ。為さぬは人のおのがなりけり。
これは真理と言え、その成功例を桐山さんはいくつも紹介しています。
最近はどうか知らんが初期の朔日護摩の10分間法話集です。
ここで紹介される成功者は事業家であれスポーツ選手であれ不遇にあり失敗を繰り返しても
ナニクソと諦めず頑張り通して成功を勝ち得た。
そこで質問したい。
これらの成功者は中途挫折の因縁を切ったのですか?シャカの成仏法も修行しなかったくせに。
それとも実は中途挫折の因縁を持たない羨ましい限りの恵まれた人だったのですか?
普通人の努力で克服できるものならば中途挫折の因縁なんて運命ではない。
やはり内面の煩悩を克服することと運命の因縁を切ることは違うようですね。

446 :
>>289
売り物のソフトはインストールの時シリアルキーを入力しないと使えないようになってますが、
違法配布のコピーソフトはその機構を「割ってある(クラックしてある)」から「ワレモン」と言うそうです。
阿含宗の違法コピーと言うよりは、「パチモン」「劣化コピー」「馬鹿の伝言ゲーム」という感じですがw

447 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
ガンの因縁その他病気の因縁を考えましょう。
いかに自分の身体のことであれ自分の身体ほど思いのままにならないものはない。
もちろん病は気からなんてことも言うし、心身一如とか心身医学なんて分野もあり
心をうまく制御することで身体の健康をも得ることもあります。
しかし世の中それで病気がなくなるほど甘くない。
自分の身体ですら思うようにならない苦しみを仏教では五蘊盛苦というくらい
克服不可能な問題なのです。
だから心を改める内部の情況とも異なりこれもまた外部の情況に入ります。
全部が全部治せないことはないが治らないものは治らないし、病気にかからない
なんてことはなく、釈尊もまた感染をした。

448 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
さてアゴン宗の示す因縁とその因縁解脱と、釈尊の示す内面の煩悩をなくす道とを
比較検証してみました。
釈尊の苦を克服する道は内面を変えるアプローチだけです。
それによって外部の情況は変わらないことも多いが、外部を気にするのではなく
あくまでも自分の心の内面だけを問題にする。
一方アゴン宗の因縁解脱は外部の病気や災害に至るまで消えてしまうという妄想を説き、
それだけでなく、本来ならば釈尊の道でも克服可能な心の内面の問題ですら
それは運命だから特殊な法でないと変わらないなどと後ろ向きです。
桐山さんは昔法話でこう述べていた。
努力できるということ自体才能であり運なのです。
運が悪く才能のない奴は努力すら継続できないのですと。
だからまずは運をよくすることから始めるしかないと示しました。
本当に人間の向上努力を妨げる有害無益な教義ですよね。因縁解脱は。

449 :
>>436:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:26:02.13 ID:PqmaLlSv
>阿含経の「随所業因縁往来五道」という釈尊の言葉は前にもレスしたけどね、
>業因縁によって、この世の五道と、かの世の五道を往来する、という意味で
>しょ?そしてね、岩波仏教辞典の涅槃の定義には、「苦悩の消滅と業のはたら
ほら、また勝手にこの世とかの世なんて命題を打ち立てている。
五道輪廻とは善いことをすれば来世に天に生じ、悪いことをすれば来世に
地獄に堕ちるという教えです。
深山さんも経典を根拠に示して解説したことがあるが、善因楽果も悪因苦果も来世に報いる話です。
悪いことをしたからといってすぐに現世で苦は受けない。
苦果を受けるには熟成が必要だと経典は説く。
あなたが必死に現世地獄極楽論に持っていきたいだけです。
しかし五道輪廻を離れて悪いことをすれば来世を待たずとも苦なる結果も生じることは、
罪を犯して逮捕されて投獄することを見てもわかります。
また善いことをすれば人に喜ばれたり表彰されたりするのも現世のうちです。
しかしこの世の五道でも桐山因縁解脱は証明されないのですよ。
なぜなら桐山因縁は先に悪い運命が生まれた時から設定されています。
桐山御利益教が人生は白紙だ。現世において悪いことをして苦しむのも善いことをして
楽しむのも君次第だという教えならその現世五道の理屈も通用する。
しかし先に悪い運命を説いてしまっている。
悪い運命は悪い原因を前世にでもした結果です。苦果が予定されているということは
悪い原因は作ってしまっており、覆水盆に還らない。
例えるなら借金を作ってしまった。返済苦が予定されている。
ならば返すしかなく借金は帳消しにできないのです。

450 :
>>438:我は聞いた :2013/03/06(水) 14:37:53.95 ID:PqmaLlSv
>ガンの因縁などは出家・在家に関わらず、共通の苦であると思うけども、外部の情況
>は変らないまま、苦悩を解消するというのは、出家僧のことをいっているのではなか
>ろうか?出家の場合は禅定の深まる毎に、「昼も夜も、かれらの心は、瞑想を楽しん
>でいる。」という中村元先生のサンユッタニカーヤ訳にあります。これは瞑想で苦悩
>を解消するのでしょうけど、出家でしょうね。サラリーマンが昼に瞑想を楽しんでい
>たら、会社を首になるでしょうから。
経典には正法を聞いた聖弟子、正法を知る聖弟子とあるだけで出家に限るなんて
区別はつけてません。
聞く、知るなら在家も十二分に入ります。
また出家の方が何かと危険が多い。
宿無しでインドを遊行すれば虎にも会うし毒蛇にも遭う。
津波があるなら僧院だけ避けるのか?
津波に呑まれたら修行や瞑想どころではない。
苦受とだけあるのだから苦も限定しないように。災害事故なんでもござれだ。
それにしてもあなた余程サラリーマン生活が苦だったんですね。
出家はいいなあ。昼間っから瞑想しててなんて程度の考えしかなかったんですね。

451 :
>>439:我は聞いた :2013/03/06(水) 14:53:12.07 ID:PqmaLlSv
>そのとおりであるが、前にもレスしているが、「縁」の語を学者は「因縁」
>と訳していたりします。その方が解りやすいような場合です。
>阿含時代は、「縁」=「因縁」であり、縁も因縁も意味は同じに解釈されて
>いたからです。だから我は、随所業縁→随所業因縁、と、その方が解りやす
>いだろうと因を加えたのです。このことは前にレスしています。

あなたも経典の一部を漢文のまま抜き取るという作業の時ですら、桐山さんのように
勝手に語句を付け加えますか?
引用というのはあなたが気に入らなくても原文のまま示すのがルールです。
たとえ誤植と思われるものを見つけてさえ、そのまま引用して、明らかにおかしな
部分に(ママ)とつけるのが論文などのルールなんですよ。
前にレスしたしないなど関係ない。
示す時は毎回必ず原文のまま引用し、後からこの縁は因縁を表すと思うと付記すべきです。
それがいやならわざわざ漢文を引用しないで最初から日本語訳に噛み砕いて示せば
よいのです。
それに「業に縁り(より)」も「業を因縁にして」も同じです。
因縁は原因という意味だからです。
行いを原因にして五道に生じるのですから、意味のない取り替えです。

452 :
>>439:我は聞いた :2013/03/06(水) 14:53:12.07 ID:PqmaLlSv
>但し、五道往来の意味が、この世の五道なのか、かの世の五道なのか、
>あるいはこの世と、かの世の両方の五道なのか、不明に思われます。
>>449で書いたことを再度念押しで繰り返します。
どちらであっても両方であっても、あなたが結論付けたいような結論にはなりません。
現世でガンなどのインネンが切れて運命が好転する話になりません。
あなたは白紙の状態だ。ただしこれから暴飲暴食などの悪い習慣を持てば
ガンという苦しい結果にもなろう。しかし正しい生活習慣を持てばガンなどにならずに
健康な生活ができるだろうという話ですらないのです。
おまえはガンになる運命なんだよと因縁を運命として示しているのです。
そういう苦しい運命が生まれた時から予定されているということには原因がある。
それは前世にそれだけ悪いことをした報いなんだよということです。
偶然に苦しい人生を歩むのではない。
ならばこれは悪いことをやる前ならばなんとか防げたものの、やっちまって運命に
しちまったんだから取り返せないのです。
随所業縁五道のどこに為してしまった悪業の報いを帳消しにできるなんて意味がある?
借金で苦しむのは金を借りた事実があるからです。
ならばこれは踏み倒すわけにはいかない。

453 :
地球の人口は2000年前、約1億人程度である。
それ以前はまだ少なくなる。
現在の地球の人口は60億人超である。
2000年前の前世は60人に一人にならねばならない。
江戸や中世でも数十人に一人が妥当だろう。
だが天眼とやらで過去世を見てもらうと
皆が何故そんな少ない時代に同様に前世を持つのか可笑しな話なのであるw

454 :
バウッダおよび阿含経一切などを引っ張った処で肝心な方法は出てこない。
そんなことは桐山師も数十年も前にご存知だった。
だから役に立たない経典を持ち出して論じても無駄なこと。
桐山師は昔に値を見切った経典だから痛くもかゆくも無いわけだ。
諸君はディレッタントを自称されているらしいが(衒学者)のお姿でしかない。
必然なのは密教の専門家の意見を聴き情報不足を補うべきだろう。
然し君たちが密教の法宝に迫ろうとしない何故か?所詮は(衒学者)だからだ。
何等の影響力がないのは当然なのである。

455 :
地球の人口は2000年前、約1億人程度である。
それ以前はまだ少なくなる。
現在の地球の人口は60億人超である。
2000年前の前世は60人に一人にならねばならない。
江戸や中世でも数十人に一人が妥当だろう。
だが天眼とやらで過去世を見てもらうと
皆が何故そんな少ない時代に同様に前世を持つのか可笑しな話なのであるw
まだ生まれでぬ天の話を出すのも先に誰か述べたように判らんことに係るなに反するw
だがこれらは後の大乗思想華厳の一即一切一切即一でなら説明がつく。
釈尊の時代は地球は丸いという認識すらないし人口の統計すらない時代だ。
六道輪廻観はウパニシャッドが強く根付いたインドで人の行為を正すための
方便観であると観察気づくのも智恵である。
後の大乗非仏説と斬る原始仏典観主義も全ては正しくない。
釈尊もそれは吟味しろと言っているはずである。
心理学の集合無意識曰く遺伝子でさえ全人類最初期の部分は同じになる。
もっと観察と気づきを入れるとサヘートマヘートからサンカーシャへの三道宝階降下の奇跡は
刀利天=欲天=異星人の科学力が釈尊の神変神通になっていることも気づく。
UFOとコンタクトすりゃファティマの大奇跡も釈尊の時と同じく刀利天=欲天=異星人の科学力と知る。
おそらくタイムマシン持ってるだろな。
この時代に刀利天=欲天=異星人の科学力が釈尊とイエスとムハマンドを連れてきて説法さしたら
全地球の宗教の概念と鱗がガラガラガラと崩れ落ちそうだなw

456 :
 
深山●ンコ   http://f.hatena.ne.jp/Terra-Khan/20070617094157

457 :
>>454:神も仏も名無しさん :2013/03/07(木) 02:05:01.47 ID:Ax5OXInV
>バウッダおよび阿含経一切などを引っ張った処で肝心な方法は出てこない。
>そんなことは桐山師も数十年も前にご存知だった。
>だから役に立たない経典を持ち出して論じても無駄なこと。
はいはい、桐山アゴン宗を否定する宝生教には用はないの。

458 :
・・・そしてその写真を裁判所の閲覧室で見た時、数十年間揺らぐことのなかった桐山氏への信仰心が目の前で「ゴゴ〜ッ!」と音をたてながら崩れ去っていくのを感じました。
http://thebbs.fc2.com/292918!/?l=20

459 :
>>458
投稿読ませていただきました。
以前、2chに掲載されたものよりも詳しく、とても良い投稿だと思いました。
ぜひ、こちらの2chにも、そのまま投稿していただきたいです。
桐山管長の真実の姿を、多くの信徒に知ってもらいましょう。

460 :
>>435:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:09:42.73 ID:PqmaLlSv
>なのかと。しかし、窃盗癖の人などが、その習慣が治らず、刑務所に入ったり出たり
>を繰り返しながら、仏道を信仰して、気の持ちようだけで、安らぎを得ることが可能
>なのだろうか?
>中途挫折の習慣がある人が、飽きやすく、定職を3ヶ月と続けられずに職を転々と
>する人が、仏道の修行で、その情況を変えずに心の安らぎ・解脱を得ることが可能
>なのであろうか?やはり、我は、管長の因縁を切る、というのが正しい解釈だと思
釈尊の煩悩を断って苦悩を克服する道と桐山さんの運命を転換して自分の外で
苦悩の源としてまとわりついている要素をなくして幸福を得る道の比較のまとめをしましょう。
運命のことだが・・・私が三叉路で左の道を選ばず右の道を選んだことで落石事故に遭い致命傷を被った
ことが運命なのかどうか、それは「わからない」。
ただ言えることは右を選んだこと自体に欲も煩悩もない。
右に美味しい店があったから選んだのかも知れないが、それと落石事故は関係ない。
だから運命なのかどうかはわからないが、このような不運はそのまま一の矢として
受け入れるより他ない。それよりも二の矢としての取り越し苦労やら悔恨による
自暴自棄などに発展させないことです。自分の心の清らかさが失われたわけでない。
しかし自分が盗みをしたり殺したり怠けたりといった自分の心の自己責任による
悪い行いは絶対に起こさないと教える。
なぜならそれは不可抗力の運命などではない。だから不殺生戒で律する。
これを遵守することによって得られる安定した人生だってあるさ。
ところがアゴン宗の因縁はこの自己責任のものさえ「自分の中の赤の他人」が
衝動を起こさせたと言い、普通に律しても避けられない運命であり、特殊なものを
買わないといけないとした。

461 :
>偶然に苦しい人生を歩むのではない。
>ならばこれは悪いことをやる前ならばなんとか防げたものの、やっちまって運命に
>しちまったんだから取り返せないのです。
釈尊に懺悔することで、やっちまった悪い運命が、軽減されるというわけです。
それが、アジャセ王に対する教えです。但し、あなたのように、無罪放免という
ように考えてはいけない。懺悔したとて無罪ではないよ、重罪が軽減されるわけね。
>随所業縁五道のどこに為してしまった悪業の報いを帳消しにできるなんて意味がある?
>借金で苦しむのは金を借りた事実があるからです。
>ならばこれは踏み倒すわけにはいかない。
随所業縁往来五道とは、業に縁りて五道に行き来をするというわけだから、地獄餓鬼畜生
の業を持つ者は、必ず地獄餓鬼畜生に生じる、という教えでしょ。そして、阿含経典には
修行して三悪道尽、という言葉があることから、地獄餓鬼畜生の業を滅する、という修行
法がある、ということになります。
釈尊の教法は、悪業の報いを帳消しにできる、訳ですよ、だから有り難いのです。
しかし、それは生易しいことではない、借金は踏み倒せない、しかし、先ず、懺悔して
違法に高い金利は防ぐのです。次に煩悩を滅して新たな借金はしない。あとは少しずつ
でも返していけば、いつか完済するでしょ。

462 :
>>461 :我は聞いた:2013/03/07(木) 13:17:15.24 ID:4xqyw5Op
>釈尊に懺悔することで、やっちまった悪い運命が、軽減されるというわけです。
それが、アジャセ王に対する教えです。]
ユビキタスさんの詳細な例話は、読者向けですが、
ワレモンさんには、たとえ話は通用しない典型です。
釈尊に懺悔すれば罪報が軽くなるなんて話しは、
経典のどこにもなく、つくり話しに過ぎない。
>>437で示したように、釈尊の時代では現世の罪報は、
王による裁きであり、来世は六道輪廻と説かれている。
現代で言えば、桐山さんの為した罪は刑法で裁かれ、
刑務所に収監された。
しかしそれは現世だけの償いであり、来世には必ず六道
輪廻するということです。
今月は年度末で、一般企業でいえば決算期ですが、
会計方法でみれば、貸借対照表によって自分が為した事実を
確認できるようなものだ。
貸方と借方の科目は、消えもしなければ相殺もないのが、
貸借対照表です。
三世にわたる資産と負債の詳細が、ズラリと左右に現れる。
滅罪生善などは大乗思想で、その一番が法華経です。
桐山さんの六年学んだ法華経から去った話しなどウソです。
法華経シャカのファンタジーを取り入れて、オシャカの
成仏ホーを念写できるとウソぶいているのだから何をか況やだ。
全部桐山さんのビジネス手法に過ぎない。

463 :
>そして、阿含経典には修行して三悪道尽、という言葉があることから、
地獄餓鬼畜生の業を滅する、という修行法がある、ということになります。
なりません、そんな経文などないからただの
ワレモンファンタジーに過ぎない。
三悪道尽とは三悪趣への道が尽きることです。
干物のように固まった三悪趣の業(行為)が滅する?
意味不明な国語力です。
その道が無いのは、得須陀洹となったからです。
中村博士の「ブッダ最後の旅50〜51頁」にあるように、
聖者の流れに入った(三結煩悩滅よりの修行者)から、
三悪趣への道は閉ざされた、との意味です。
 -ブッダ最後の旅 51頁-
 「アーナンダよ。これこそ〈法の鏡〉という名の
 法門であって、それを具現したならば、立派な弟子は、
 もしも望むならば、みずから自分の運命をはっきりと
 見究めることができるであろう。〈わたくしには地獄は
 消滅した。畜生のありさまも消滅した。
 わたしは聖者の流れに踏み入った者である。
 わたしはもはや堕することの無い者である。
 わたしは必ず悟りを究める者であると。〉」

464 :
>そして、阿含経典には修行して三悪道尽、という言葉があることから、
地獄餓鬼畜生の業を滅する、という修行法がある、ということになります。
中村博士の「ブッダ最後の旅」は、ワレモンさんには
つまらない物足りない内容です。
ワレモンさんに限らず、オシャカの成仏ホーを念送できると、
桐山メガネをかけている信者さんも、同類同様です。
釈尊は、物事の道理を当たり前に説いているからです。
残念ながら、神がかり的な神秘力などを謳っていないからです。
そこで桐山さんは、何か物足りない、必ずその奥に秘密の教えが
あるはずだ、必ずやそれを紐解いて見せる!などと時代がかった
セリフを吐いて、自前のクサイ芝居の桐山小説を上梓した。
釈尊は、預流から阿羅漢までを聖者衆(聖者の集い)と認め、
その者は、〈法の鏡〉という名の法門(汚れの無い精神統一)を
身に具現しているから不堕悪趣、と説いている。
カルマを滅するなどの発想は、どこを探してもありません。
 -ブッダ最後の旅 47〜48頁-
 「アーナンダよ。在俗信女のスジャータは、
 三つの束縛を滅ぼしつくしたから、預流となった。
 この女信者は、聖者の流れに入ったので、もはや地獄に
 堕ちることはなく、必ずさとりを達成するはずである。」

465 :
>>436:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:26:02.13 ID:PqmaLlSv
>>阿含経の「随所業因縁往来五道」という釈尊の言葉は前にもレスしたけどね、
>>業因縁によって、この世の五道と、かの世の五道を往来する、という意味で
>>しょ?そしてね、岩波仏教辞典の涅槃の定義には、「苦悩の消滅と業のはたら
>ほら、また勝手にこの世とかの世なんて命題を打ち立てている。
>五道輪廻とは善いことをすれば来世に天に生じ、悪いことをすれば来世に
>地獄に堕ちるという教えです。
それだけ↑では、君達の経典の読みが足りないよ。経典にはさ、この世にも三悪道
があると書いてるんだよね。それを知ってるから、管長も、プロの宗教家の寂聴さ
んも、この世の地獄餓鬼畜生道とはこういうものだと、具体的に教えているのです。
地獄に落ちるとは、死んだあとのことだけでは、ありません。
勿論、現世とは前世で死んだ後のことだから、現世で地獄に堕ちている人もいます。

466 :
>だから桐山アゴン宗もまた輪廻解脱を「目指している」ことにに異論はありません。
>まあ最近は輪廻転生瞑想法なんておかしな路線を提唱して、人生が厭になった人は
>涅槃を選べばよいし、理想の人生を楽しみたい人は輪廻転生を選べばよいなどと
>すんげー笑える話もあるが。
笑える話どころか、これで管長が阿含宗を立てるときに宣言した、阿含仏教と
大乗仏教(密教)のアウフヘーベンが完成したのです。阿含宗は根本仏教だけ
を実践するとはいっていませんよ。阿含根本仏教は、輪廻解脱を教えます。
しかし、大乗仏教(密教)は、「生死即涅槃」だと教えていますよね。
だから涅槃を選ぶ人は阿含仏教を選んだ人であり、輪廻転生を選んだ人は、大乗
仏教(密教)を選んだ人になるわけですよ。
阿含宗には、根本仏教と大乗仏教(密教)の両方あるということ、不思議はないよ。

467 :
>そこで我々が問題にしているのは輪廻解脱ではなく現世においてガンなどの因縁を切る話です。
これは我聞さんも学者でも支持を得られるかは解らないとしていますが、絶対に支持など
受けることのない話であり、このような信仰の目標は仏教にはないし、まして解脱ではない。
そして輪廻解脱も説いているのだからこういうものも説いてもよいことにはならない。
それの証拠となる2例が、バウッダにて三枝先生が書いた苦悩の対象である外部の情況は
変わらぬという文章と、「仏陀 その生涯と思想」に増谷先生が書いた箭経の話で
聖人でも二の矢は受けぬが一の矢は受けるという話です。
これは桐山因縁解脱における現世の運命転換の否定です。
管長は宗教家として、地獄餓鬼畜生道を、ガンや横変死の因縁として、具体的に
示したのです。一方、学者先生は、地獄餓鬼畜生道をどういうものであるか、
具体的には示せておりません。管長のガンの因縁などを否定するのであれば、
それに対抗する地獄餓鬼畜生道の具体的な生存状態を示す必要がありますよ。
そうでなければ、無責任な否定論ですさ。
外部の情況が変らぬまま、というのは三枝先生の見解であり、我は外部の情況
をも変える、と経典を読みますし、管長は勿論、内部を変えれば外部も変ると
いう教えです。自分を変えれば外部も変る、と管長は教えてやみませんよね。
確かに聖人も一の矢を受けるのであるけれども、その数は凡夫より少ないのです。
三悪道に生きる者は、矢の数が多いので、多数の苦痛を受けます。
凡夫になれば、三悪道より矢の数が少なくなります、それでもかなりの数です。
聖人になれば、矢の数は、はるかに少なくなるのです。

468 :
>しかしそんな桐山さんの説いた世迷い言とは関係なく、釈尊は不殺生戒という戒律を課した。
在家の信者でも絶対守らねばならない戒律です。
違反したら破門ですよ。
でも刑獄の因縁を持っていたらいくら戒律を定めても守るわけないじゃないですか?
しかし釈尊が示したのは戒律です。
つまり殺意の煩悩は運命ではない。桐山因縁ではない。
だからRなと教えるのです。
戒を示されただけで、それを守れるなら誰も苦労しないでしょw、窃盗癖のある
人は、盗むなといわれても、盗んじゃうのさ。
それを治すには、先ず釈尊に帰依して懺悔しないといけないわけさ、すれば罪過は
軽減されて、業報がやや弱くなる。その間隙をついて、我見を無くす修行から始める
のです。すれば、いつのまにか、盗みたいという煩悩が切れて行くのです。
で、盗みたい煩悩が消えたら、窃盗の因縁の小解脱です。
盗みの煩悩が消えても、過去の盗みの業報を受けて、ときに盗みたい衝動が強く
起きたりします。その盗みたい衝動が消えたら、窃盗因縁の大解脱です。
その窃盗因縁の大解脱の場合には、洗い出し現象が起きるから、本人に解ると
管長は説きます。盗みたい煩悩を消しただけでは、洗い出し現象は起きない。
管長の教えはそういうことでしょ?

469 :
>ナニクソと諦めず頑張り通して成功を勝ち得た。
>そこで質問したい。
>これらの成功者は中途挫折の因縁を切ったのですか?シャカの成仏法も修行しなかったくせに。
>それとも実は中途挫折の因縁を持たない羨ましい限りの恵まれた人だったのですか?
これは簡単すぎるね、成仏法を修行せずに成功した人は、中途挫折の因縁がない人です。
因縁のある人は、ナニクソと頑張りとおしても、挫折するのです。
だから管長はね、挫折の因縁を切ってあげたのだから、ナニクソと頑張りとおしなさい、
と教えただけですよ。何の不思議がありましょうか。

470 :
>>461:我は聞いた :2013/03/07(木) 13:17:15.24 ID:4xqyw5Op
>釈尊に懺悔することで、やっちまった悪い運命が、軽減されるというわけです。
あのなあ、おっさん、おっさん。
あなたは桐山現世因縁解脱を随所業縁往来五道を現世レベルで読み替えることで
証明できるとの論を試みたのでしょう?
これに対して私は五道輪廻は来世に跨がるものであるが、仮にオマケのサービスで
現世においても天もあれば地獄もあってそれは業(行い)次第じゃぞよと認めて
あげても、桐山現世因縁解脱は成り立たないことを論じたわけです。
そこにどうして懺悔なんてものが出て来るのだ?
随所業縁往来五道の中のどこに懺悔があるのだ?
都合が悪くなると別の経典(沙門果経)の阿闍世王の話なんか持ってくる。
この阿闍世王の懺悔に関する話については解説反論済みなので、ここでは取り上げません。
懺悔で悪業の報いを受けることが軽減されて運命転換するなんて桐山さんですら
認めない話を出すくらいなら最初から随所業縁往来五道なんて持ち出しなさんな。
随所業縁往来五道だけでは説明できないから懺悔なんて持ち出したことを認めなさい。

471 :
>阿含宗は根本仏教だけを実践するとはいっていませんよ。
阿含根本仏教は、輪廻解脱を教えます。
イチャモンをつけるわけではないが、たぶんワレモンさんは、
輪廻解脱ではなく「輪廻や解脱」を教える、ではないのか。
輪廻解脱なら日本語の意味が成り立たないからです。
輪廻を解脱(煩悩から解放され自由な心境となる)する、
など意味が通じない。
ついでに言えば、批判側も用いる「煩悩解脱」も、
煩悩を解脱(煩悩から解放され自由な心境となる)するで、
意味が重複するが、意味合いとしては通じる。
いわゆる「漏盡解脱」なら、煩悩を滅し尽くし解脱(煩悩から
解放され自由な心境となる)するで、日本語として有効です。
しかしこの馴染んだ「漏盡解脱」熟語も経典での表現記載は、
極めて少ない。
桐山さんが取り上げた「雑阿含経の応説経」などは、
かなりアビダルマ論的な色合いが濃いものです。
さてその意味で「因縁解脱」など仏教概念に無いばかりか、
まるで用をなさない桐山造語としての標語扱いにも満たない。
ワレモンさんに従えば、0点です。
そこで、根本仏教は煩悩滅を説くもので、輪廻の停止は
そこで生じる副次的な現象と理解できます。
解脱者は、好むと好まざるに係らず、来世に生じない。
ゆえに無余涅槃を得たら、次は生じないから死ぬ苦もない。
釈尊が、「不死の門は開かれた」と表現する根拠があります。

472 :
>>467 :我は聞いた:2013/03/07(木) 16:00:50.80 ID:4xqyw5Op
>管長は宗教家として、地獄餓鬼畜生道を、ガンや横変死の因縁として、具体的に
示したのです。一方、学者先生は、地獄餓鬼畜生道をどういうものであるか、
具体的には示せておりません。管長のガンの因縁などを否定するのであれば、
それに対抗する地獄餓鬼畜生道の具体的な生存状態を示す必要がありますよ。
>>437のサンユッタ・ニカーヤ(相応部)3・3・1は、
中村博士の訳で、死後の悪趣に堕ちた経典です。
地獄は主に戒律を破戒し聖者を謗った者が堕する境界で、
餓鬼界は、物事に執着し惜しんだ者が堕ち、特に飲食が
得られぬ飢餓状態で苦しみを受ける。
畜生界は、まさに悪業を為した罪で動物などが害し合い、
害され続ける境界です。
しかしいづれも煩悩に縁って赴く来世の話しです。
桐山さんの現世に存在してなおかつ逃れられる曲解説は、
桐山制の免罪符販売の宣伝と、脅し文句に過ぎません。
桐山ガン説など、自己申告の最たるものでそれが消えたなど、
誰も証明すらできない。
証明できぬものを信じることを盲信と言います。
完全解脱を宣言した桐山さんが、消えたハズの第一の矢を
何度も受けたのだから、消せていなかった。
第一の矢などは、消せないと桐山さん自ら証明している。

473 :
>>461:我は聞いた :2013/03/07(木) 13:17:15.24 ID:4xqyw5Op
>随所業縁往来五道とは、業に縁りて五道に行き来をするというわけだから、地獄餓鬼畜生
>の業を持つ者は、必ず地獄餓鬼畜生に生じる、という教えでしょ。そして、阿含経典には
>修行して三悪道尽、という言葉があることから、地獄餓鬼畜生の業を滅する、という修行
>法がある、ということになります。
ならばその悪業を為したのだから地獄界に堕ちるところを三悪道尽の特殊な法により
これを現世で回避できるとした経典の文章を引用してみなさい。
もちろんそんなものはない。
回答はその随所業縁往来五道という文章の中にある。
悪いことをしたら地獄界などの悪いところに赴くのだから、くれぐれも悪いことをするな
という教えです。これが三悪道尽です。
>釈尊の教法は、悪業の報いを帳消しにできる、訳ですよ、だから有り難いのです。
>しかし、それは生易しいことではない、借金は踏み倒せない、しかし、先ず、懺悔して
>違法に高い金利は防ぐのです。次に煩悩を滅して新たな借金はしない。あとは少しずつ
>でも返していけば、いつか完済するでしょ。
おっさん、おっさん、おっさん!
どうしてそんな経典にも書いてないことを勝手に創作するの?
おまえは桐山靖雄か?

474 :
>>468 :我は聞いた:2013/03/07(木) 16:25:30.05 ID:4xqyw5Op
>戒を示されただけで、それを守れるなら誰も苦労しないでしょw、窃盗癖のある
人は、盗むなといわれても、盗んじゃうのさ。
虚言壁のある桐山さんが治らないのは、そのせいですか。
しかも女クセが悪いと見えて愛人から訴えられた。
桐山さんを例えるなら、うなずかせることができる。
しかし信者さんは、教祖様の言いなりです。
深山さんから宗教家畜と言われて、なるほどと思う他はない。
自分で考えることを止めて、桐山さんの牧羊犬に
追い回されている。
>それを治すには、先ず釈尊に帰依して懺悔しないといけないわけさ、
すれば罪過は軽減されて、業報がやや弱くなる。
釈尊の言葉を噛みしめることが出来ず、桐山依存症を発症している。
 -スッタニパータ1064-
 「ドータカよ。わたくしは世間におけるいかなる
 疑惑者も解脱させえないであろう。
 ただ、そなたが最上の真理を知るならば、
 それによって、そなたはこの煩悩の激流を渡るであろう。」
 -ダンマパダ165-
 「みずから悪をなすならば、みずから汚れ、
 みずから悪をなさないならば、みずから浄まる。
 浄いのも浄くないのも、各自のことがらである。
 人は他人を浄めることができない。」

475 :
>>436:我は聞いた :2013/03/06(水) 12:26:02.13 ID:PqmaLlSv
>それだけ↑では、君達の経典の読みが足りないよ。経典にはさ、この世にも三悪道
>があると書いてるんだよね。それを知ってるから、管長も、プロの宗教家の寂聴さ
>んも、この世の地獄餓鬼畜生道とはこういうものだと、具体的に教えているのです。
>地獄に落ちるとは、死んだあとのことだけでは、ありません。
>勿論、現世とは前世で死んだ後のことだから、現世で地獄に堕ちている人もいます。
これについてはあなたがこれを書くよりも前に反レスをしています。
つまりオマケで現世レベルでの五道往来を認めても桐山因縁解脱はその経典では
証明できたことにならない。
どころか反証することになる。
なぜならば産まれた状態で白紙の人間に対して善いことを為せばおまえは現世でも
天界のような境遇も得られるし、また悪業を為さば現世でも地獄界に堕ちた境遇となる。
だから悪い行いはやめて善い行いをしなさいというのが随所業縁往来五道です。
然るに桐山さんは我々におまえは横変死の因縁があると指摘する。
横変死の因縁とは桐山さんに言わせると地獄界の因縁です。
つまりおまえは産まれた時既に地獄界に堕ちることが約束されており、運命になっていると
透視された。この地獄界の運命はこれから悪業を為すことをしないから地獄界に堕ちる
こともないという話ではなく、既に産まれる前から前世で悪業を積んでいるという
前提がなければ説明がつかない。
だから随所業縁往来五道の文章だけでは不足のはずです。
こういう文章が経典に書かれてなければならない。
しかしだね、悪業なして地獄界に堕ちると言うたがね、まあ、おっさん、聞きなはれや。
前世に悪業積んでいて現世で地獄界が約束されていても、それを解消して現世に地獄を見る
必要のなくなる都合のよい方法があんねんで、と。

476 :
おっと、>>436に対するレスではなくこちら↓に対するものだった。
>>465:我は聞いた :2013/03/07(木) 15:23:28.71 ID:4xqyw5Op

477 :
>>466:我は聞いた :2013/03/07(木) 15:40:21.66 ID:4xqyw5Op
>笑える話どころか、これで管長が阿含宗を立てるときに宣言した、阿含仏教と
>大乗仏教(密教)のアウフヘーベンが完成したのです。阿含宗は根本仏教だけ
>を実践するとはいっていませんよ。阿含根本仏教は、輪廻解脱を教えます。
>しかし、大乗仏教(密教)は、「生死即涅槃」だと教えていますよね。
>だから涅槃を選ぶ人は阿含仏教を選んだ人であり、輪廻転生を選んだ人は、大乗
>仏教(密教)を選んだ人になるわけですよ。
>阿含宗には、根本仏教と大乗仏教(密教)の両方あるということ、不思議はないよ。
いいえ、桐山さんはこの輪廻転生瞑想法を大乗仏教の精神から生まれたなんて
示していません。
ブラバッキーの思想に影響を受けたようです。
質問しますが、大乗仏教の煩悩即菩提とか生死即涅槃って、煩悩をどんどん増大させようとか
輪廻を繰り返してエンジョイしようなんて意味なんですか?
あなたはいつも単語のみ示して意味まで説明しませんからね。

478 :
>>467:我は聞いた :2013/03/07(木) 16:00:50.80 ID:4xqyw5Op
>管長は宗教家として、地獄餓鬼畜生道を、ガンや横変死の因縁として、具体的に
>示したのです。一方、学者先生は、地獄餓鬼畜生道をどういうものであるか、
>具体的には示せておりません。管長のガンの因縁などを否定するのであれば、
>それに対抗する地獄餓鬼畜生道の具体的な生存状態を示す必要がありますよ。
必要ありません。三悪趣はあくまでも来世に堕ちる地獄なんですからあなたのように
無理に現世にしつらえる必要義務がありません。
代わりに私が示してあげるのならばいかに津波に呑まれるような地獄絵図を見るような
悲惨な目に現世で遭っても、それを以て 地獄界とはみなしません。
しかし自分が他人をRような人は地獄界の人だなと判断します。
他殺されても地獄ではないが他殺したら地獄です。
>外部の情況が変らぬまま、というのは三枝先生の見解であり、我は外部の情況
>をも変える、と経典を読みますし、管長は勿論、内部を変えれば外部も変ると
>いう教えです。自分を変えれば外部も変る、と管長は教えてやみませんよね。
だからそれも私が示した通りで一部自分の内面、心、行いを変えただけで
外面の情況も変わる結果を生むこともあり、これは変わろうと変わるまいと
内面は改善すべきです。
しかし自分の内面改善と関係なく起きる問題についてはどうにもすることができません。
最終的には現実を受け入れるより他ありません。
>確かに聖人も一の矢を受けるのであるけれども、その数は凡夫より少ないのです。
>三悪道に生きる者は、矢の数が多いので、多数の苦痛を受けます。
>凡夫になれば、三悪道より矢の数が少なくなります、それでもかなりの数です。
>聖人になれば、矢の数は、はるかに少なくなるのです。
誰が地獄に堕ちて報いを受ける話をしたか?
凡夫が現世で受ける普通の災難などの話です。

479 :
>>468:我は聞いた :2013/03/07(木) 16:25:30.05 ID:4xqyw5Op
>戒を示されただけで、それを守れるなら誰も苦労しないでしょw、窃盗癖のある
>人は、盗むなといわれても、盗んじゃうのさ。
>それを治すには、先ず釈尊に帰依して懺悔しないといけないわけさ、すれば罪過は
>軽減されて、業報がやや弱くなる。その間隙をついて、我見を無くす修行から始める
いいえ、虫も殺さぬなんて話ではなく、人を殺さない不殺生戒なんて誰でも守ってますし、
私も殺したいなんて思わないし、今までも殺してないが、今後絶対に殺さない自信があります。
お恥ずかしながら昔は万引きもしたこともある私だが、今は盗みたくなどないし、
盗まなければ手に入らぬものなら諦めます。盗まないことも当たり前に自信があります。
あなたはひょっとすると殺したり盗んだりする可能性があるのですか?
懺悔はするが、しかしそれで足枷が軽減されるなんて話ではない。
とにかく殺さない、盗まないを死守するだけです。
はっきり言って誰にでも可能です。
犯罪経験者にも可能であり、犯罪経験者だからこそ死守だってできます。
洗い出しなんてのが出る方がおかしいのです。

盗むなよ。

480 :
>>469:我は聞いた :2013/03/07(木) 16:36:52.67 ID:4xqyw5Op
>これは簡単すぎるね、成仏法を修行せずに成功した人は、中途挫折の因縁がない人です。
>因縁のある人は、ナニクソと頑張りとおしても、挫折するのです。
それじゃ中途挫折の因縁のある人には参考にならない話ですね。
恵まれた人の話なんだから恵まれてない人には参考にならない。
中途挫折の因縁なんて無いんですよ。
そりゃ人間誰しも挫折しやすい面は持ってます。
しかしやり通す時はやり通すし、同じ人でもやり通せない問題もあるし
これは運命などではなく、個人差ですらなく、一個一個の問題に対して
各々がどこまでやり通せるか毎回の課題です。
私は自分に強い中途挫折の因縁があるものと思いこんでいた。
しかしこのスレへの書き込みだけでも10年を過ぎてまだ続けているのだから
中途挫折の因縁もないように見える。
私でも果たした物もあるし、逆に今でも果たせず挫折に終わる問題もある。
だから常にその時その時の真剣勝負であり、運命なんかじゃないんですよ。
中途挫折の因縁を認めた時点で人生の負け犬ですね。

481 :
 
深山! みんな心配してるぞ!
http://nekosori.sakura.ne.jp/hitosaga/index.php?mode=search&word=%90%5B%8ER%90%B3%90%93

482 :
人間には生まれながらの偏りはあるでしょう。偏向性はあると思う。
でもそれは桐山さんの言うような「法」で切れるものではない。
自分の努力で矯正していくしかありません。
桐山さんの信奉者は自分の努力さえ放棄して桐山さんにすがり人生をダメにしている。
骨に向かってナモナモしたりお金払って霊を供養したりあるいは奉仕活動しても偏向性は直りません。
自分で直し矯正していこうという強い意志を持ち日々努力するだけです。
それしかありません。
桐山教にどっぷり浸かっていると他人任せのダメな人生になるだけだ。

483 :
>>467 :我は聞いた:2013/03/07(木) 16:00:50.80 ID:4xqyw5Op
>管長のガンの因縁などを否定するのであれば、
それに対抗する地獄餓鬼畜生道の具体的な生存状態を示す必要がありますよ。
否定ではなく誰も真相は分からない、が、
批判共通のコメントです。
補足しますが、桐山さんのガン因縁の洗い出しは、
桐山さんしか知らなかったことです。
みなさんもよく知っている通り、桐山さんの昔話しに
摩り替えたエピソードです。
桐山さん曰くは、胃腸の持病が続くのは胃ガンのためか、
その時も激しく下痢を繰り返し、苦痛で寝込んでいた。
長く爆睡し目が覚めたら、体調がスッキリしていたので、
チーズサンドとビールを恐る恐る試してみたら、
なんと体に何も変調を来さなかった。
これこそ因縁の洗い出し現象で、今まで苦悶していたのは、
その危険な山場を越えたからだったのだ。
これでガンの因縁が消えた!、という話しです。
では桐山さんは、その以前にガンの因縁を持っていたと、
一般に公表していたか? していません。
アゴン宗流で言って、桐山さんにガンの因縁があったか、
どうかすら、信者ですら誰も知らなかった。
後から、実はこういう分けであったとの回顧話しに過ぎない。
桐山さんは、妹さんを若くしてがガンで亡くしている。
それで桐山さんの家が、ガン家系だという根拠にしただけだ。
当時の桐山さんはまだオシャカの成仏ホーを体得していない。
それなのにどうやって、ガンの因縁を切れたのか?
また、たち夫人のガンを未然に察知しなぜ防げなかったのか。
アゴン宗の本家本元が、ガンや刑獄の因縁から来る修羅場状態の
地獄界だった、と言うならわかりやすい。

484 :
アゴン宗の信者さんは、大別して二つに分かれる。
桐山さんの教えが、阿含経と真逆だということを
知っているか、知らないでいるかの違いです。
さまざまな批判情報があるのを、絶対見ないでいる
信者さんもいる。
ようはその批判情報を読んでも、否定できる根拠を
見つけたか否かです。
釈尊は、「わたくしは世間におけるいかなる疑惑者も
解脱させえないであろう。」と仰っている。
ドータカの期待には応えられない、と述べているのです。
にも拘らず、桐山さんの念送に期待し、金まで払って
死者成仏を依頼している。
釈尊の教えに違背しているのだから、経典に従えば
その者の来世は、悪趣に堕ちることになる。
現世で、桐山さんに言われたオシャカに供養をし、
功徳を積んだたつもりでも、釈尊に違背しているから、
行く末は決定的です。
釈尊が、「人は他人を浄めることができない。」 と、
戒めているのに護摩を焚いてそれに手を貸し、
世のあちこちに環境汚染をバラまいている。
少なくとも宗務局の職員は、ここを監視し情報を
得ているから、阿含経の確認作業はできるはずだ。
だが僅かな収入を得るためか、桐山信仰心のせいかで、
釈尊が禁じた「邪しまな生活」を続けている。
なんとも度胸のよい方々達ではないか。

485 :
483:Rashin :2013/03/08(金) 11:43:12.17 ID:zia1HRuD
>これでガンの因縁が消えた!、という話しです。
>では桐山さんは、その以前にガンの因縁を持っていたと、
>一般に公表していたか? していません。
ラシンさんの意見に全く賛成なんですが、正確を期すと、ここだけが違うと思います。
腹痛と下痢に悩まされ最後は一昼夜寝込むことになった後ケロリと治り、胃ガンの因縁が
洗い出し現象を経て切れたと確信したと書いたのは1980年代の「現世成仏」だったと思います。
しかしこの話はもっと古く発表されているかもしれない。
ところが桐山さんが自分にガンの因縁があることを信徒にも公表していたのは相当古いです。
1950年代に発行した「幸福への原理」には東大病院の看護婦の信徒から、本を読みながら物を食べることが
ガンなど身体によくないと聞かされた話です。
それまで桐山さんは自分のガンの因縁も相当切れたんじゃなかろうかと思って因縁透視してみたら
ほとんど切れてなく愕然として、自分の因縁を見てる暇があったら信徒の指導を急がねばならない
と発奮した旨書いています。
また1960年代から1970代の機関誌「大白身」ではガンの因縁が切れたらそれまで大好き
だった肉がさほど食べたいと思わなくなり、大嫌いだった野菜を美味しく食べられるようになった
とか、今となっては笑える嘘を書いています。
要するに観音慈恵会草創期から自分がガンの因縁を持っているいたと書いている。
だから下痢で寝込んだ話を公表した時、既に信徒は会長先生なり管長猊下のガンの因縁を
知っている。
でもそれっていくら自白したとて何の医学的証明もありませんし、下痢で寝込んだ話が作り話でなく
実話であり一部の職員なども知るところだったとしても、これを洗い出し現象か全然関係ない
胃腸の衰弱と回復かなんてことはわからないのです。
因縁もわからなければ因縁の切れた時の証明も実は誰もわからない。

486 :
>>485 :ユビキタス ◆18iA.mwnDU :2013/03/08(金) 12:58:29.55 ID:ctOgdz56
>しかしこの話はもっと古く発表されているかもしれない。
ところが桐山さんが自分にガンの因縁があることを信徒にも
公表していたのは相当古いです。
1950年代に発行した「幸福への原理」には東大病院の看護婦の信徒から、
>また1960年代から1970代の機関誌「大白身」ではガンの因縁が
切れたらそれまで大好きだった肉がさほど食べたいと思わなくなり、
大嫌いだった野菜を美味しく食べられるようになったとか、
今となっては笑える嘘を書いています。
そうでしたか、そんな昔に桐山さんなりに、
信者さんに公表し、話していた分けですね。
これは、私の確認不足と情報不足でした。
訂正、ありがとうございます。

487 :
>いいえ、桐山さんはこの輪廻転生瞑想法を大乗仏教の精神から生まれたなんて
>示していません。
管長が示そうが示しまいが、輪廻転生が涅槃だというのは、大乗仏教の考え
なのですよ、少し勉強した人にはすぐに解ることですよ。
>質問しますが、大乗仏教の煩悩即菩提とか生死即涅槃って、煩悩をどんどん増大させようとか
>輪廻を繰り返してエンジョイしようなんて意味なんですか?
>あなたはいつも単語のみ示して意味まで説明しませんからね。
少し調べたら解ることだと省略してましたが、岩波仏教辞典で「生死」を引けば、
説明してるでしょ。バウッダのP274にも、煩悩即菩提、生死即涅槃の説明が
ありますよ、竜樹の中論からですね。これを読んだら、輪廻転生瞑想法が、荒唐無稽の
ものではないことが理解されましょう。根本仏教と大乗のアウフヘーベンなのですさ。

488 :
>必要ありません。三悪趣はあくまでも来世に堕ちる地獄なんですからあなたのように
>無理に現世にしつらえる必要義務がありません。
あなたは考えが浅いですね。地獄なんて信じてないのが大方の現代人です。
説明しないから、地獄なんて、そんな古臭い迷信を、と仏教がバカにされるのです。
ガンや横変死なら、現代人とて理解もされよう。
来世に落ちる地獄なんてw。あんたねぇ、今まで我のレスの何を読んでるか?
現世は、来世でもあるのですよ。例えば、ユビキタスの前世がさ、ヤジキタスと
いう人で、明治人だったとします。そのヤジキタスくんがね、小乗経典の阿含経
を読んでいてね、悪業を為せば来世は地獄に落ちるのか!さて、我の来世はどう
なるのだろう、天界か地獄界か、と思いつつ死んだ。
そのヤジキタスくんの来世が、現世に転生してきた今のユビキタスくんなのであ
るよ。解るでしょ?で、どうなのかい、今は天上かい、地獄界かい?
と、いうわけで、現世も来世も、同じように考えておく必要があるのですよ。

489 :
>>釈尊の教法は、悪業の報いを帳消しにできる、訳ですよ、だから有り難いのです。
>>しかし、それは生易しいことではない、借金は踏み倒せない、しかし、先ず、懺悔して
>>違法に高い金利は防ぐのです。次に煩悩を滅して新たな借金はしない。あとは少しずつ
>>でも返していけば、いつか完済するでしょ。
>おっさん、おっさん、おっさん!
>どうしてそんな経典にも書いてないことを勝手に創作するの?
>おまえは桐山靖雄か?
あんたは本当に応用力が欠けていますねぇ。経典に書いてあることを応用すれば、
悪業の帳消しができることになるのです。父親を殺したアジャセ王に、釈尊は、
懺悔すれば罪過は軽減される、と説いたでしょう。これは何も親殺しだけに通用
するのではなく、借金苦の人にも適用されるのです。
で、アジャセ王への教えを借金苦の人に応用すれば、上記のようになるのです。
この場合、借金苦を悪業による業報、だと考えるわけです。

490 :
脳障害の因縁が無いと公言していた教祖が脳梗塞になり、教祖自らが打ち出した「因縁論」に矛盾が起きていることには
何も触れないのはさすが無責任教の教祖桐山のでしたけあるな準爺。
応用力だの帳消しだのよく釈尊が言わないことを平気でいえるな?
あ、そうか。あんたも脳障害の因縁があるといわれたんだな。
ああ、これは失礼失礼。脳障害の因縁の教祖に弟子だから血迷い事も平気で言えるのは当然ですな。
我は聞いた。
地球の回る音も無いはずの因縁も「ある」んだなあ。
誰か良い精神病院紹介してやってwww

491 :
何も触れないのはさすが無責任教の教祖桐山のでしたけあるな準爺。→×
何も触れないのはさすが無責任教の教祖桐山の弟子だけあるな準爺。→○
岩手には良い医者がいないのか?
ああ、そうか。医者も嫌うかこういう爺はwww

492 :
>ならばその悪業を為したのだから地獄界に堕ちるところを三悪道尽の特殊な法により
>これを現世で回避できるとした経典の文章を引用してみなさい。
>もちろんそんなものはない。
>回答はその随所業縁往来五道という文章の中にある。
あなたは、業の理解が、まだ不十分です。バウッダのP305に、「仏教における
カルマは、行為とその結果の総体を意味し、」と、業を説明しているから確かめて
見なさよ。あなた方は、ときに業を行為とのみ解釈をする過ちをおかしています。
業とは、行為とその結果の総体を意味するのです。
言い換えれば、行為と業力と業報の総体のことです。
だから、地獄界の業を消すという意味は、行為を消すのではなくて、その業力と業報を
消すという意味です。地獄界=業報、です。
>悪いことをしたら地獄界などの悪いところに赴くのだから、くれぐれも悪いことをするな
>という教えです。これが三悪道尽です。
上の説明を読んだら解るでしょう。これでは↑業を行為に限定して考えています。
業力業報=地獄界、なのですから、三悪道尽とは、悪い行為をしないのは勿論です
が、それだけではなくて、地獄行きの業力業報を滅したという意味もあるんです。
ユビキタスくんの説だとね、三悪道尽の人はね、もともと三悪道の業がなかった
人に限定されてしまいます。そうでしょ?よく考えて見なさいな。
元々三悪道の業が無かった人に、修行によって「三悪道の業を消した」=三悪道尽、
というのは変でしょ、解りますか?
もともと借金の無い人に、修行によって借金苦を消した、というようなものです。

493 :
>>487 :我は聞いた:2013/03/08(金) 15:40:11.31 ID:QA79zzTf
>管長が示そうが示しまいが、輪廻転生が涅槃だというのは、大乗仏教の考え
なのですよ、少し勉強した人にはすぐに解ることですよ。
それこそ、暴走 老人です。
桐山ゲイカの根拠なくして信者が勝手な解釈を
するのは、厳に慎まねばならない。
桐山さんの信徒なら、師の言質をよく学ぶべきです。
桐山さんの提唱では、来世も人間に生まれ変わる、
と言うのだから涅槃な分けはない。
 (輪廻転生瞑想法 T 111頁)
 わたくしの提唱する「輪廻転生瞑想法」は、
 人は解脱しないかぎり輪廻転生をくり返すのだから、
 その方法を逆に利用していまよりもよい境遇の人間に
 生まれ変わろう、というものである。
また、そのワレモンさんの大乗思想もハンパな
理解でしかない。
大乗が打ち出したのは、生死輪廻と涅槃は別には
実在しない、との意味です。
大乗の生死即涅槃とは、ワレモンさんの言うような、
輪廻転生=涅槃、との解釈にはなりません。

494 :
>だから、地獄界の業を消すという意味は、行為を消すのではなくて、その業力と業報を
これは、しでかしてしまった地獄行きの行為を消すのではなくて、という意味です。
>消すという意味です。地獄界=業報、です。

495 :
>>487 :我は聞いた:2013/03/08(金) 15:40:11.31 ID:QA79zzTf
>管長が示そうが示しまいが、輪廻転生が涅槃だというのは、大乗仏教の考え
なのですよ、少し勉強した人にはすぐに解ることですよ。
そんな解釈など大乗ですらなく、大異常です。
また応用ではなく、悪用や曲解は避けるべきだ。
大乗思想は、分断生死と不思議変易生死とに分けている。
前者は迷いの凡夫の生死で、後者は迷いを離れた聖者の
生死で輪廻するとして、輪廻転生が、=涅槃ではない。
所詮、創作された大乗思想であって釈尊の思想ではない。
桐山さんもその著書でも述べていたとおり、
インド思想での生死の連続は=苦であり、
それから解放されることが、解脱するとの当時の思想を
仏教も取入れたのです。
ただし仏教で解脱とは、煩悩を滅し煩悩から解放されることです。
  -岩波仏教辞典- 生死 
  仏典においても,生死の連続は苦と捉えられており,
  さらに,仏教においては,生死の繰り返しは,
  我々人間の煩悩に起因すると考えられたため,
  煩悩を滅することにより,生死の連続からの解放が
  可能になるとされた.このように生死とは,
  迷いのただ中にある我々自身のあり様を比喩的に
  表現したものである.
  生死の超克は苦の終焉であり,それは涅槃と等値となり,
  仏教の目指すべき目標とされる.→解脱.

496 :
>ならばその悪業を為したのだから地獄界に堕ちるところを三悪道尽の特殊な法により
>これを現世で回避できるとした経典の文章を引用してみなさい。
>もちろんそんなものはない。
少し考えたらすぐに解るさ。アングリマーラが一番いい例だろね。彼はどう考えても、
地獄行きの悪業を為してしまった。その地獄界に堕ちるところを、仏道修行で阿羅漢
にまで行ってしまった。勿論、その途中で地獄界に堕ちたことはない。仏道修行中が
地獄界なんてのはあり得ないからね。

497 :
>>492 :我は聞いた:2013/03/08(金) 16:40:17.18 ID:QA79zzTf
>言い換えれば、行為と業力と業報の総体のことです。
だから、地獄界の業を消すという意味は、行為を消すのではなくて、その業力と業報を
消すという意味です。地獄界=業報、です。
桐山さんの亜流解釈ではあるが、誤解は解くべきなので、
反論します。
何度も引用される例で大目連は、アゴン宗の横変死を遂げた。
解脱者であろうが、現世で受けるべき業報を受けた。
つまり業の総体であろうが、消えていないことが分かる。
ワレモンさんの主張は、阿羅漢である大目連が撲殺されたことで、
すでに否定されているのです。
しかし大目連は、来世に趣かず無余涅槃に至った。
これを以て業報が消えたと解釈すると、
桐山さんのカルマ解脱論に誘導され迷いのループに陥る。
砕けて言えば、煩悩と言うエンジンが停止したから、
輪廻はせず、生じる来世には趣かなかった。
仙尼経に示された釈尊の説くところで言えば、
「諸の慢断ずるが故に、身壊れ命終して更に相続せず。」
となる。
諸々の煩悩を断った者が死んで五陰が消滅すると、
相続する新たな陰が無いので、次に生じる因縁はなく、
結果、次に引き継がれて新たに再生はしないと分かる。
業を消すのではなく、煩悩を滅すると理解すれば、
全ての経典の辻つまが合うことに気づくのです。

498 :
>>492 :我は聞いた:2013/03/08(金) 16:40:17.18 ID:QA79zzTf
>言い換えれば、行為と業力と業報の総体のことです。
だから、地獄界の業を消すという意味は、行為を消すのではなくて、その業力と業報を
消すという意味です。地獄界=業報、です。
生きている間、解脱者と言えど煩悩というエンジンは、
油断すると再起動してしまうのです。
だから常に煩悩というチップを観察し再起動しないよう、
統御し続けねばならないのです。
煩悩を統御し抑制するという行為(業)を消してしまったら、
またまた煩悩デバイスによって再起動してしまう。
映画のターミネイターの最後のシーンで言えば、
未来に起こるべく展開をチップもろとも消滅させて任務完了です。
アングリマーラの仏道修行は、業の総体を滅したから
阿羅漢になった>>496の解釈など、これで成り立たないと、
理解できるものです。
行為や行為の赴かせる力(業力)を消したなら、
善業の報いすら得ることが出来ない理屈となる。
地獄行きを否定したいばかりに強弁すると、
このように自己中毒を起こしてしまう。
ならば天界への業報を消した善者は、どこへ行くのか?
まさか悪趣に堕ちる自動判別機をアゴン宗が販売している?
桐山さんが霊界交差点で交通整理をしている分けもない。

499 :
>>488:我は聞いた :2013/03/08(金) 15:58:18.55 ID:QA79zzTf
>あなたは考えが浅いですね。地獄なんて信じてないのが大方の現代人です。
>説明しないから、地獄なんて、そんな古臭い迷信を、と仏教がバカにされるのです。
>ガンや横変死なら、現代人とて理解もされよう。

なるほど、あなたが釈尊もはっきりと経典で説いている、現世の人間世界の中でない
地獄を信じないということがよくわかりました。
この単なる現世の世相でない地獄そのものは桐山さんも説いています。
サイの広場で三途の川を渡れずに留まっていても周期的に川が増水して
サイの広場の亡者たちもことごとくかっさらって地獄へと流してしまうという話も
これは現世の比喩表現であると、桐山さんの説く地獄そのものも信じないということが
わかりました。
>そのヤジキタスくんの来世が、現世に転生してきた今のユビキタスくんなのであ
>るよ。解るでしょ?で、どうなのかい、今は天上かい、地獄界かい?
>と、いうわけで、現世も来世も、同じように考えておく必要があるのですよ。
いや、間違いなく人間界ですよ。好いこともあれば辛いこともあり、まさに人間界
そのものです。
アゴン宗辞めたとて、何も困ることもないし、快適人生をエンジョイしています。
現世の私をして地獄界と評するそのココロは私がアゴン宗を攻撃している姿勢を
指しているのですかね?
ほら?あなたもやはり地獄界は被害者のそれでなく加害者の心なんだと
わかっているじゃないですか?

500 :
>>489:我は聞いた :2013/03/08(金) 16:11:56.48 ID:QA79zzTf
>あんたは本当に応用力が欠けていますねぇ。経典に書いてあることを応用すれば、
>悪業の帳消しができることになるのです。父親を殺したアジャセ王に、釈尊は、
>懺悔すれば罪過は軽減される、と説いたでしょう。これは何も親殺しだけに通用
阿闍世王の件に対する反論はとうの昔に済んでいますので、また同じ反論を繰り返す
暇はないし、そんな時間を割くことが勿体無いと思いますので、今回これにはレスしません。
好きなようになさい。私は実はあなたなど相手にもしておらず、私の視線は別のところにある
と書いたでしょう?
私が今回あなたに示したいのは、そうやって随所業縁往来五道の経典を出してみたものの、
為してしまった悪業の帳消し、軽減まで説明しようと思ったらそのように他の経典の
誤解釈を持ってくるしかなく、一つの経典だけで完結できないことを示している。
これはあなたが経典を語句、単語の羅列としか読んでなく、人間が人間に語って聞かせる
会話として読んでないことに起因します。
だからあなたはパーリ文の現代語訳なんかより漢文を訳さずに提示して文章の総体も
わからぬようにして自分勝手に話をつなぎ合わせている。仏教辞典の使い方も同じです。
釈尊は「ずいしょごうえんおうらいごどう」と唱えて「さんあくどうじん」と唱えて
後は察しなはれなんて説き方はしていない。
あなたは経典の文章そのものを出せないのです。

501 :
>>492:我は聞いた :2013/03/08(金) 16:40:17.18 ID:QA79zzTf
>あなたは、業の理解が、まだ不十分です。バウッダのP305に、「仏教における
>カルマは、行為とその結果の総体を意味し、」と、業を説明しているから確かめて
>見なさよ。あなた方は、ときに業を行為とのみ解釈をする過ちをおかしています。
>業とは、行為とその結果の総体を意味するのです。
>言い換えれば、行為と業力と業報の総体のことです。
その通りで認識してますよ。行為と行為のもたらす影響の総体です。運命なんて意味は
少なくとも仏教にはない。
だから悪いことをすれば悪い報いが返るのだから、これをなくすには悪いことを
しなければよいというのが真理です。
>だから、地獄界の業を消すという意味は、行為を消すのではなくて、その業力と業報を
>消すという意味です。地獄界=業報、です。

悪い行為をしなくなるからこれから以後の悪い業報はなくなるわけです。おわかりか?
>業力業報=地獄界、なのですから、三悪道尽とは、悪い行為をしないのは勿論です
>が、それだけではなくて、地獄行きの業力業報を滅したという意味もあるんです。
そんな窮屈な考えは全く必要ありません。
悪いことをしなければよいだけです。
過去にした悪い行いの報いは借金は返済しない限りつきまとい、踏み倒すことの方が
おかしいのと同じです。

502 :
>>496:我は聞いた :2013/03/08(金) 17:18:32.32 ID:QA79zzTf
>少し考えたらすぐに解るさ。アングリマーラが一番いい例だろね。彼はどう考えても、
>地獄行きの悪業を為してしまった。その地獄界に堕ちるところを、仏道修行で阿羅漢
>にまで行ってしまった。勿論、その途中で地獄界に堕ちたことはない。仏道修行中が
>地獄界なんてのはあり得ないからね。
いえ、あなたの地獄界の指標ならばアングリマーラも現世における地獄界でしょう。
石ぶつけられたんですよ。血ぃ流したんですよ。痛いじゃないですか。
本当の地獄はこんな甘いものではないがプチ地獄界になるでしょう。
あなたの災難被害などに遭う運命を地獄界とする指標ならばね。
アングリマーラはたまたま生きていたが、モッガラーナの受難のように命を落とした
危険性はありましたしね。
モッガラーナもアングリマーラもどちらも解脱した阿羅漢が痛い地獄な目に遭ったわけですが。

503 :
>>292 :我は聞いた:2013/02/28(木) 15:08:38.52 ID:pvIYk4FG
>あんたらは阿含宗教義を自己流に誤解釈しているのだ、誤解釈だからあんたらのは、
>阿含宗教義ではなくて、深山ユビキタス教が多いのだよ。
毎度批判側から、自分教を書くなと言われたら、悔し紛れに言い返したつもりですね。
だが、これをいくらワレモンさんが主張しても何の説得力もない。
実際にワレモンさんの話の大半はアゴン宗とは関係のない話です。
これまでどれほど私があなたの間違いを指摘したか、記憶にないのでしょう。
その一番が、ワレモンさんの総本殿からのデンパ受信です。
桐山さんは一度もそういう無料受信を認めたことはない。
ワレモンさんの勝手な思い込みなどアゴン宗の教義ではない。
ワレモンさんはデンパ受信で預流向になっていることを自覚したという。
だが、アゴン宗ではワレモンさんが預流向であるなどと認めていない。
あなたの勝手な宣言で、アゴン宗の教義ではありません。
ワレモンさんは自分の因縁を勝手に決めて、そのいくつがキレタと
主張しているが、これもアゴン宗では認めていない。
どんな因縁があるか、その因縁が切れたかどうかは桐山ゲイカの霊視に
よるべきで、信者が勝手に言って良いことではない。
ワレモンさんは解脱供養4体、冥徳数体であとは必要ないと勝手に宣言している。
だが、必要があるかどうかは桐山ゲイカの御指導によるものであって、
霊能力もない信者ごときが勝手に決めてよいことではない。
ワレモンさんは神通体験をしたと前に書いたが、これもまったくアゴン宗では
認められていない内容です。
それが神通体験かどうか、桐山ゲイカしか判断できない内容であり、
信者が勝手に自慢して良いことではない。
このようにあなたの主張はアゴン宗の教義ではありません。