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2013年05月創作発表105: ロスト・スペラー 6 (225)
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ロスト・スペラー 6
- 1 :2013/02/21 〜 最終レス :2013/05/02
- 傍若無人御免候
過去スレ
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
- 2 :
- 今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。
ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。
- 3 :
- 500年前、魔法暦が始まる前の大戦――魔法大戦で、地上の全ては海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
沈んだ大陸に代わり、1つの大陸を浮上させた。
共通魔法使い達は、100年を掛けて唯一の大陸に6つの魔法都市を建設し、世界を復興させ、
魔導師会を結成して、共通魔法以外の魔法を、外道魔法と呼称して抑制。
以来400年間、魔法秩序は保たれ、人の間で大きな争いは無く、平穏な日が続いている。
- 4 :
- 唯一の大陸に、6つの魔法都市と、6つの地方。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、グラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、ブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、エグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、ティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、ボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、カターナ地方。
そこに暮らす人々と、共通魔法と、旧い魔法使い、その未来と過去の話。
……と、こんな感じで容量一杯まで、話を作ったり作らなかったりする、設定スレの延長。
- 5 :
- 乙です
毎回楽しみに読ませてもらっとります、はい
- 6 :
- これけっこういいね
http://tr.im/zvxx
- 7 :
- ありがとう
- 8 :
- 間違った設定、変更した設定のまとめ
・魔法資質と魔法色素
間違え易い用語。
魔力を感知する能力で、魔法の才能を左右するのが魔法資質。
魔力を感知して発色する原因となっているのが魔法色素。
魔法色素と書くべき所を、魔法資質と誤記していた所が幾つかある。
多分、今後も間違える。
・ストリーミング
誤字の多い用語。
魔力石を持って、交互に魔法を繰り出す、娯楽魔法競技の一。
「stream」が語源。
何度かスクリーミングと誤記。
もう間違えない様にしたい。
・トック村
最初はティナー市トック村だった。
そこからティナー地方トック村になり、最終的にエスラス市トック村で落ち着く。
今の所、正式には「ティナー地方エスラス市トック村」。
しかし、「エスラス市に吸収合併される以前は独立した村だった」と言う面倒な設定を加えた為に、
今後間違う可能性が大いにあり。
・ワーロック・アイスロンの魔法色素
「魔法色素は黒(=無い)」と言う設定が、後に「魔法色素が薄いので発色しない」に変更。
「落ち零れに特別な設定は必要無い」と言う、謎の配慮。
魔法資質が低い事もあって、彼の魔法色素は検診でもしない限り不明。
・プラネッタ・フィーアが通っていた魔法学校
正式にはティナー北東魔法学校。
十年に一度の才子には数えられなかったが、主席で卒業。
その方面では有名。
何故かティナー中央魔法学校と取り違えた事がある。
- 9 :
- 前スレまでに登場した名前あり外道魔法使い
アラ・マハラータ・マハマハリト
旧暦から生きる『古代魔法使い』の老翁。
長い白髭を蓄え、草臥れたローブとウィザード・ハットを着ている。
長らく禁断の地で暮らしていたが、ある事が切っ掛けで、放浪の旅に出る。
名前が呪文。
「アラ・マハラタ・マハマハリト」の呪文で、あらゆる奇跡を起こす。
チカ・キララ・リリン
アラ・マハラータ・マハマハリトの拾い子にして、彼に魔法を教えられた弟子。
共通魔法使いに復讐する為、禁断の地を飛び出す。
若返りを繰り返して、数百年の時を生き、怨念だけを溜め込んで、邪精化し掛かっている。
それでも師を慕う心は残っており、師を真似てウィッチ・ハットを被る事が多い。
大人の姿でも、子供の姿でも、髪を長く伸ばしている。
師と同じく、名前が呪文。
「チカ・キララ・リリン」の呪文で、数々の奇跡を起こす。
赤の魔法色素を持ち、魔法を使う際は、長い黒髪が血の様に赤黒く染まる。
ルヴァート・ジューク・ハーフィード
植物を操る、壮年の『緑の魔法使い』。
元共通魔法使いの『V.M.<バーサティル・マジシャン>』。
師を追い詰めた共通魔法社会に復讐する為、破壊活動を行っていた。
魔導師会の執行者に逮捕された後は、師の死もあって、思想を改める。
現在はティナー地方サブレ村で、2人の弟子を取って、静かに暮らしている。
魔法色素は緑。
必殺技は相手の肺を苔で埋める、胞子ガス。(この設定が使われる予定は無い)
- 10 :
- バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア
魅了の魔法を使う、若き『色欲の踊り子』。
その魔法は、人間以外にも効果がある。
完全に魅了された者は、彼女の言う事を聞くだけの、操り人形になる。
均整の取れた肢体を持つ、万人受けする美人ではあるが、絶世の美女と言う訳ではない。
魔法の効果で、評価が上乗せされる。
七色に変わる特殊な魔法色素の持ち主で、『虹色<イリデッセンス>』を名乗る。
妹ルミーナと共に、禁断の地の村外れで暮らしていたが、退屈な日々に飽いて旅立つ。
過去に存在した全ての王家の血を継ぐ、ロイヤル・ブレンド。(この設定が生かされる予定は無い)
ルヴィエラ・プリマヴェーラ
幾つもの名を持つ、『虚無と混沌の魔法使い』。
旧暦から生きる魔法使いの中でも、性格が悪い事で有名。
漆黒のドレスに身を包んだ、青白い肌を持つ、グラマラスな美女。
物の理を無視して、現実世界にも夢の世界にも現れる。
高名な魔法使いの一族に生まれた、魔法使いのエリート。
しかし、旧暦では姉妹や親戚と、骨肉の争いを繰り返していた。
傲慢で、他人を見下す嫌いがある。
ソーム
夢と現実の狭間で生きる、『夢の魔法使い』。
現実の住家は禁断の地にあるが、夢を介して、どこにでも現れる。
夢の世界を管理しており、暇潰しに他人の夢を覗く、趣味の悪い人物。
その際は、人の姿を真似るので、余計に嫌われる。
起きている人を、全く覚られず、夢の世界に誘う事も出来る。
旧暦から生きる魔法使いの中でも、かなり古参の部類に入る。
- 11 :
- レノック・ダッバーディー
旧暦から生きる『魔楽器演奏家』。
魔楽器の中でも、特に笛の演奏を得意としている。
社交的な性格で、アラ・マハラータ・マハマハリトとは旧知の仲。
外道魔法使いの知り合いも多い。
旧暦では青年の姿だったが、現在は少年の姿を取っている。
主にティナー地方を中心に活動。
偶に遠出して、見聞を広めている。
ワーズ・ワース
旧暦から生きる『言葉の魔法使い』。
少年の格好をした少女の姿で、街を流離う。
彼女の言葉は、人の心を動かし、有言実行を促す。
その気になれば、全ての「言葉」を真実に変えられる。
自己の役割に拘る、古い気質の魔女。
尚、ワーズ・ワーズは仮名。
マハナ・ヴァイデャ・グルート
物の概念を操る『事象の魔法使い』。
容の無い物に容を与えたり、物の性質を奪ったり出来る。
旧暦から生きており、高度な魔法技術を持っているが、その中では割と新参者の魔法使い。
第一魔法都市グラマーのタラバーラ地区で、人目を避けて密かに暮らす。
趣味で闇医者をやっている。
尚、マハナ・ヴァイデャ・グルートは称号の組み合わせであり、何れも本名ではない。
- 12 :
- クロテア
白い魔法色素を持つ、白髪白眼の『神聖魔法使い』。
幼い少女としての登場が多い。
慈愛に満ちた心を持っているが、怒りや憎しみと言った、負の感情が無い為に、人間味が薄い。
人々の祈りを受ける幸いの権化で、彼女が願えば何でも叶う。
言葉遣いが少し変。
時折、天啓を受けて、人格が変わったり、知らない筈の事を喋ったりする。
聖なる物でありながら、邪法によって生まれた存在。
ドミナ・ソレラステル
旧暦から生きる『神聖魔法使い』。
クロテアの保護者を自任しているが、彼女を溺愛する余り、本人には疎まれ気味。
神聖魔法使いらしく、悪意を討つ魔法を得意とする。
その癖、自らの妄念が生み出した影と、天の意志に怯える日々を送っている。
尚、ドミナ・ソレラステルは称号であり、本名ではない。
ネサ・マキ・トロス・ジグ・トキド
この世で最も邪悪と言われる、『呪詛魔法使い』。
魔法大戦の呪詛魔法使い、ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキドが自我を捨て、真の呪詛魔法使いになった姿。
人の怨念を吸い上げて、無制限に強大化する。
実体を持たない影の存在で、強い怨みを持つ者の前に現れ、復讐を果たす代わりに、意識を乗っ取る。
取り憑く対象は、呪詛魔法使いの掟に則っている。
そうやって人から人に乗り移り、凶悪さを増して行く、恐るべき存在。
魔法暦でも暗躍を続けているが、魔導師会でも捕らえられない。
- 13 :
- クーテ・コヒナ・マギエレヴィ・ベルーシ
美味しい料理を作る、『料理魔法使い』の裔。
ブリンガー地方ファーニェ市で酪農業を営むベルーシ家に嫁ぎ、夫アンデロス・ヘンリレッド・ベルーシを、
心身共に支える良妻。
身体的には、特に長命と言う訳でもない、料理の上手な普通の主婦。
偶に料理教室を開いて、近所の婦人等と交流を深めている。
誰にも料理魔法使いとは知られず、平穏に暮らす。
ゲントレン・スヴェーダー
旧暦から生きる、『付与魔法使い』の老剣士。
素性を隠し、ボルガ地方で剣術道場を開いている。
刀剣集めが趣味で、よく非公式取引所に出入りしては、安物の剣を高値で掴まされる。
その為、万年金欠気味。
旧暦では、名の知れた剣士で、幾多の戦場を駆けた、一騎当千の傭兵だった。
しかし、好敵手であり親友でもあった人物の死により、魔法剣に走る。
魔法の発展に伴って、武術が廃れて行った事から、常に無力感を抱えており、
酒が入る等の一寸した切っ掛けで、昔を思い出しては愚痴を零す。
コバルトゥス・ギーダフィ
自然の力を操る、『精霊魔法使い』。
両親の死後、ゲントレン・スヴェーダーに預けられ、彼の下で剣術を学んでいたが、修行に飽きて出奔。
精霊魔法使いだった父の役目を継いで、各地を旅しながら精霊の声を聞き、異変が起きない様に、
監視している。
『薔薇の花弁<ピタール・ド・ローズ>』と言う、2枚1組の短剣の使い手。
見た目は爽やかな好青年だが、軽い性格で、無責任な上に女好き。
そして顔が良いので、実際に女に好かれる。
根っからの悪人でないのが、また性質が悪い。
時々余計な事に首を突っ込んで、痛い目を見るが、物覚えが良い割に中々懲りない。
暗所恐怖症で、夜は1人で眠れない。
魔法色素は、名前の通り青。
- 14 :
- ノストラサッジオ
旧暦から生きる『予知魔法使い』。
魔法大戦に係わらない事で、何とか生き残った。
自身の予知能力に、絶対の自信を持っている。
予知の際に、よくオラクル・カードやコイン、オーブを使うが、それは説得力を持たせる為の偽装で、
実は道具を使わなくても予知が出来る。
第四魔法都市ティナーの南にある、貧民街を根城とし、地下組織マグマに助言をする代わりに、
居場所を確保して貰っている。
情報を何より重視する性格で、他の外道魔法使い達と頻繁に連絡を取り合っている。
尚、ノストラサッジオは通称である。
ミードス・ゴルデーン
旧暦から生きる、不朽の『黄金の魔法使い』。
魔法使いに呪いを掛けられ、Rない体になった壮年の男。
身体の一部の感覚が鈍く、感情の起伏に乏しい。
触れる物が全て金になる、『黄金の手<グリッター・ハンド>』を持つ為、両手に特殊な手袋を嵌めている。
ティナー地方カジェル町の郊外にある一軒家で、農作業をしながら静かに暮らしている。
ノストラサッジオとは知り合いで、時折、金の現金化を依頼する。
ビシャラバンガ
筋骨隆々の巨体を誇る、『巨人魔法使い』の青年。
ティナー地方の貧民街の孤児だったが、巨人魔法使いの師に素質を見出されて拾われ、育てられる。
師の死後、巨人魔法使いとして戦いに生きる事を決意し、旅立った。
最強を求めて、各地の外道魔法使いに勝負を挑むも、体良く断られ続け、
最後はアラ・マハラータ・マハマハリトに敗れる。
後に改心して、新しい巨人魔法使いの在り方を探す為、再び旅に出る。
良くも悪くも、直向な性格。
魔法色素は黄。
ウィロー・ハティ
旧暦から生きる、動物を操る『使役魔法使い』。
「動物」には当然、人間も含まれる。
通称は「森の魔女」。
復興期に、ブリンガー地方キーン半島の先端にある、メシェンの森に住み着いた。
彼女が定住して以降、メシェンの森は『魔法使い<ソーシェ>』の森と呼ばれる様になる。
基本的に、森から外に出る事は無い。
魔犬の毛皮で作ったフードとマントを着用している。
『幻月<パーラセレーナ>』の称号を持つ。
- 15 :
- ナハトガーブ
『変身魔法使い』の裔。
魔法大戦を生き延びた物の、人の姿に戻れなくなった祖先が、妖獣と交わった果てに、
『彼女』が生まれた。
外見は、どの生物とも異なる、金色の体毛に覆われた巨大な獣。
長年エグゼラ地方に潜伏していたが、野生の妖獣と、捨て使い魔を集めて、一大勢力を築き、
共通魔法使いに逆襲する。
エグゼラ地方ビリャ村を滅ぼし、続けてルブラン市を狙うも、魔導師会に阻まれ攻略に失敗。
死亡した。
ナヤ・ビョート・ヤナン
ボルガ地方シノイ村のフィーゴ山に隠れ住む、『隠密魔法使い』の一族、ナヤ族の長老。
一族に伝わる秘伝を守り抜き、最高の隠密魔法使いを育てる事を目的としており、
その為には手段を選ばない所がある。
精霊魔法使いコバルトゥス・ギーダフィと接触した際には、彼を捕らえて一族に引き込み、
精霊魔法使いと隠密魔法使いの『掛け合わせ<クロスブリード>』を目論んだ。
しかし、手痛い反抗にあって断念。
その後、フィーゴ山の噴火に備え、ナヤ族は分散して、他の隠密魔法使いの隠れ里に合流。
里が無くなった事で、ヤナンは長の地位を退いた。
ネルフィリ
カターナ地方周辺小島群ブラン島に住む、『海洋魔法使い』の少女。
海獣を手懐けたり、海上の風や波を読んだり出来る。
海が好きで、泳ぎが得意。
勘は鋭いが、頭は余り良くない。
魔導師会に協力的で、海に関する共通魔法の発展に寄与した。
現在はカターナ海洋調査会社で、潜水員の教育を手伝っている。
魔法色素は緑で、魔法を使う際は、綺麗な翠玉色のオーラを発する。
ワーロック・ラヴィゾール・アイスロン
アラ・マハラータ・マハマハリトの弟子であり、チカ・キララ・リリンの弟弟子に当たる人物。
ティナー地方エスラス市トック村生まれの、元共通魔法使いだが、魔法資質は低い。
各地を旅して、多くの外道魔法使いと知り合う。
人の頼みが中々断れない、お人好しの為、話が作り易く、多くの話に登場する事になった。
本当はサティ・クゥワーヴァと、出番が半々位になる予定だったのに……。
禁断の地で魔法生命体に襲われ、危機に陥った所、アラ・マハラータ・マハマハリトに救われ、
それが切っ掛けで彼と師弟関係になる。
その際に、過去の苦い記憶を捨て、3年間は禁断の地で暮らしていたが、
違和感と劣等感を払拭出来ず、再び共通魔法社会に戻った。
10年以上も放浪した末に、貧民街で孤児のリベラを救った際、全ての記憶を取り戻した。
後に「ラヴィゾール」の呪文で奇跡を起こす『素敵魔法』の使い手になる。
- 16 :
- 賭け事
第三魔法都市エグゼラ ミッカ地区 酒場にて
娯楽魔法競技「ストリーミング」を、神経戦に特化した「ブレイン・ストリーミング」は、
子供の遊びの他に、賭け事としても行われる。
その際には、点数を金に代える物と、単純に勝った者が総取りする物に分けられる。
一般的には、ゲーム性を高める為に、点数を金に代える物が広く知られている。
この場合、基本的には1点を1000MG、或いは1万MGとして、双方20点を持ち合い、
5ラウンドの勝負を行う。
点数を持っている以上は、ラウンドで最低1点は使わないと行けない。
ラウンド毎の勝敗で、負けた方は勝った方に、点数分の賭け金を没収される。
これだけだと、最初に全額賭けて残りは金を出さないと言う、「勝ち逃げ」が成立してしまうので、
それを防ぐ為に様々な追加ルールが設けられる。
よく用いられるのが、通常のブレイン・ストリーミングと同じ、3ラウンド先取制である。
3ラウンド先取で勝負を終わらせる権利を得て、取られた分を全額取り返せる。
加えて、3ラウンド先取出来ないで、5ラウンド目まで点を持ち越せなかった場合、
全額没収と言うルールを付ける事で、安易な勝ち逃げを許さない。
この『賭け<ギャンブル>』ストリーミングは、一対一とは限らず、時には複数人で行う事もある。
- 17 :
- エグゼラ市ミッカ地区の寂れた酒場で、旅の青年コバルトゥス・ギーダフィは、呑んだくれ共を相手に、
『賭け<ギャンブル>』ストリーミングを行っていた。
指定された業者による公的賭博行為以外で、賭け事で1000MG以上の金品を授受する事は、
明確な都市法違法である。
故に、こう言った賭け事は『賭博酒場<ギャンブル・バー>』で、密かに行われる。
勿論、違法賭博を売りにして、酒場を営業する事は許されない。
表向きは、客が勝手に集まって『密室<シークレット・ルーム>』に篭り、誰にも知られない様に、
賭け事を楽しんでいる体だ。
違法賭博で最も気を付けなければならないのは、勝負を無効にされる事。
いざ負けそうになると都市警察を呼んだり、数人で手を組んだり、裏に用心棒を控えさせたりと、
違法を盾に勝手放題する輩が多い。
- 18 :
- コバルトゥスは全てを承知の上で、賭博酒場に入っていた。
外に音が漏れない密室の中、卓を囲む4人の男達。
1人は恰幅の良い年配の男。
1人は熟練の雰囲気を漂わせる老爺。
残る1人はコバルトゥスと同年代だが、嫌に羽振りの良さそうな優男。
しかし、コバルトゥスも単独で違法賭博に臨む程、馬鹿ではない。
ラビゾーと言う、腕利きの用心棒を雇って、部屋の外で待機させていた。
レートは1点=1万MG。
緊迫した雰囲気の中、ファースト・ラウンド。
コバルトゥスは様子見に、1枚1点のコインを3枚、陶器のカップに隠して差し出す。
(さて、他の連中は?)
複数人でギャンブル・ストリーミングを行う場合、一対一より神経を使う。
何故なら、最も多い点を出した者が、賭け金を総取りするのだから。
最高点が複数の場合は、山分けになる。
しかも、3ラウンド先取ルールが「逆にも」働く。
3ラウンド最下位になった者は、利益が全く無くなるのだ。
同点であっても、全員が同点でない限り、最下位は最下位。
更に、消極的な賭けをさせない為に、5ラウンドの勝負で、最下位になった回数が最も多い者にも、
利益没収のペナルティを課す追加ルールが付く。
損をしない為には、最下位を出来るだけ避けて、且つ、最低でも1回はラウンドを制さなければならない。
これが『如何様<フィクス>』が横行する原因でもある。
- 19 :
- 用心棒ラビゾーは、相方のコバルトゥスが勝負している最中、密室の側の席で静かに待っていた。
彼の向かいには、コバルトゥスと同じ密室に居る若い男が雇った、用心棒が座っている。
『毛皮の衣<ファー・サーク>』を着込んだ、立派な体格の彼は、如何にもエグゼラ市民と言った風貌。
有事の際には敵になる相手と一緒に居る事に、ラビゾーは何とも言えない奇妙な感覚を抱いた。
「飲まないのか?」
毛皮の衣を着込んだ大男は、頻りにラビゾーに酒を勧めて来る。
ラビゾーが無言で首を横に振ると、大男は嬉しそうに口元を歪めた。
「へへへ、お堅いねェ……」
彼はラビゾーが確認しただけでも、1盥は飲んでいる。
幾らエグゼラ市民が酒に強い性質でも、明らかに飲み過ぎと判る量だ。
酔い潰れては仕事にならないだろうと、ラビゾーは他人事ながら心配する。
「まァ、そう気を張るなよ。
勝負は始まったばかりだ。
出番は未だ先だぜ」
「そうだな」
大男は呆れるラビゾーを横目に、独りで飲み続ける。
- 20 :
- 数点後、大男は憐れむ様に、独り言を零した。
「しかし、気の毒になァ……。
あんたの『友達』は絶対に勝てないよ」
酔って気が大きくなっているのかと思い、ラビゾーは適当に彼の話に付き合った。
「何故、判る?」
「あんた、『用心棒<バウンサー>』って顔じゃないからな。
主従ってのとも違う」
大男はラビゾーとコバルトゥスが、用心棒と雇い主の間柄でない事を見抜いていた。
しかし、ラビゾーが聞きたかったのは、そう言う事ではない。
「違う。
何故、勝てないと思う」
端から決め付ける様な態度が癇に障り、ラビゾーは向きになった。
そんな彼を見下して、大男は嘲る様に言う。
「逆に訊くが、どうして勝てると思うんだ?」
「『賭け事<ギャンブル>』の勝敗なんて、素人相手でもなければ、時の運だろう。
確実に『勝てる』とは言わないが、同じ様に『負ける』とも言い切れまい」
ラビゾーは正論を吐いたが、大男は鼻で笑って流した。
「そう言う奴が負けるんだよ」
- 21 :
- 密室の中の勝負は、第3ラウンドまで来ていた。
4人が伏せられたカップを、一斉に取り上げ、コインの数を確認する。
コバルトゥスは6枚ベット。
年配の男は2枚ベット
老爺は5枚ベット。
若い男は3枚ベット。
ラウンドを制したコバルトゥスは、合計10点を得た計算だが……、
「おいおい、露骨過ぎないか?」
彼は不快を露に、その場の全員を睨む。
『第1<ファースト>』ラウンドは若い男が5枚、コバルトゥスと年配の男が3枚、老爺が2枚ベット。
『第2<セカンド>』ラウンドは年配の男が5枚、老爺が3枚、コバルトゥスと若い男が2枚ベット。
明らかな如何様――『持ち回り<テイク・ターンズ>』だ。
『第3<サード>』ラウンドまでは、この様に点数を回して、様子を窺う。
『標的<ターゲット>』が点数を多く消費していれば、残り2ラウンドで落としに掛かる。
点数を溜め込んでいても、ラウンドを取らせなければ、損はしない。
「やってられないな。
ここで降ろさせて貰う」
コバルトゥスは俄かに立ち上がって声を荒げたが、全員相手にしない。
「変な言い掛かりは止してくれよ」
「偶然、偶然」
年配の男と老爺は、揃って如何様を否定。
「興醒めだな。
降りるなら儲け分は返してくれないか?」
若い男の言葉に、コバルトゥスは不満を抱えながらも、席に戻った。
- 22 :
- コバルトゥスは上手く立ち回れば、得した儘で勝負を終わらせられる。
全員最下位は1回ずつ、他の連中が残り10点なのに対し、コバルトゥスは9点。
第2ラウンドの時点で怪しみ、一気に6枚ベットしたのが、功を奏した。
後は最下位にならない様、気を付ければ良い。
負け筋は2ラウンド続けて引き分け以下の場合に限られる。
ルール上0点は出せない。
9点全て吐き出してしまうと、自動的に負けが決まってしまう。
この為、コバルトゥスが出せる点は、1〜8の何れか。
相手は2〜8点を出す。
例えば、コバルトゥスが3点を出した場合、相手が3点か4点を出せば、彼の負け確定。
そうでなければ、勝ち確定。
同点か、1点だけ高くされるか、確率は4分の1。
全く無視出来ない確率なのが嫌らしい。
それでもコバルトゥスは己の勝利を確信していた。
- 23 :
- 密室の外で、大男が徐に立ち上がった。
用を足しにでも行くのかと、ラビゾーは茫然と彼の後姿を見送っていた。
しかし、大男の足が密室の方へ向かったのを認め、慌てて立ち上がる。
それに気付いた大男は、ラビゾーの方に振り向いて、殺気を露に凄んだ。
「邪魔するなよ」
酔った赤ら顔は、鬼の如く。
ラビゾーは怯みながらも、頼り無い口調で引き留める。
「止した方が良い」
「手前は馬鹿か?
男なら掛かって来い。
力尽くで止めて見せろよ」
大男はエグゼラ市民らしく、ラビゾーを挑発した。
エグゼラ地方では、意気地無しは、男としての価値を認められない、軽蔑すべき存在である。
だが、ラビゾーは乗らなかった。
「どうしても行くと言うなら、止めない。
但し、覚悟するんだな。
僕は『用心棒<ボルト・ロック>』だ」
「吠ざけ」
大男はドアを開けて、密室へ乗り込む。
バタンと勢い良くドアが閉められると、ラビゾーは静かに、そのドアに背を預けて張り付いた。
- 24 :
- 数極後、密室の中から、言い争う声が曇って響く。
口論は直ぐに、乱闘に発展した。
ラビゾーは背後で何が起きているか知りながら、徹底して無視を決め込み、
ドアが開かない様に押さえ付けた。
数点経過し、騒ぎが静まると、3、2、1、3回とリズミカルにドアをノックする音が聞こえた。
事が収まったと言う、合図である。
ラビゾーがドアを開けると、コバルトゥスが疲れた顔をして出て来た。
密室の中には、男が4人倒れている。
コバルトゥスも含めて、全員に外傷は無く、取り敢えず、命に別状は無い様だった。
「大丈夫か?」
ラビゾーが尋ねると、コバルトゥスは忌々し気に答える。
「奴等、包(ぐる)で如何様仕組んでやがった」
それ以上は語らず、コバルトゥスは酒場から出て行こうとする。
ラビゾーは彼の後を追い、更に尋ねた。
「儲けは?」
「無いッス。
踏み倒してやったんで、損はしてないッスけどね。
旦那、今日の宿賃貸して下さい」
ラビゾーは呆れた風に溜め息を吐く。
「別に構わんが、後で返せよ」
コバルトゥスは不機嫌な表情の儘で、返事をしなかった。
- 25 :
- 闇から闇へ
エグゼラ地方南部の針葉樹林地帯にて
エグゼラ地方南部の都市ルブランを、妖獣の群れが襲撃した事件の、直後の事。
群れを率いていたナハトガーブが斃れ、配下の妖獣は混乱していた。
全てを捨てて野生に帰る物、絶望して死を選ぶ物、徹底抗戦を貫く物、各々が各々の道を選ぶ中、
徒々右往左往する物……。
中でも賢い物は、直ぐに人間による大反撃がある事を、予見していた。
妖獣狩りから逃れる為、それ等は逸早く遠くへ逃れた。
- 26 :
- その中に、2匹の奇妙な合成獣の姿があった。
1匹は、2つの犬の首を付けた、3尾の大狐。
もう1匹は、2対の目と耳を持つ、2尾の老虎。
この2匹と天狼、大魔熊は、ナハトガーブの配下の妖獣でも、特に魔法資質と知能が高い個体で、
魔法で合成獣にされながらも、自我を保っていた。
元から個体で人間を遥かに上回る能力を、合成で更に強化した『怪物<モンスター>』に、
恐れる物は無かった筈……。
しかし、更に恐ろしい『化け物<テラー>』が居た。
天狼と大魔熊は化け物に敗れて消滅。
ナハトガーブも敵わず敗れた今、2匹は恥も外聞も無く、他の妖獣を置いて真っ先に逃げ出した。
人里を避けて、山林の最も深い所へ。
それが唯一の生き残る道だった。
逃げ延びた後を考える余裕は無かった。
- 27 :
- 幾つもの山を越え、1日中走り続けても、未だ追われている気がして、2匹は落ち着かなかった。
日が暮れて、針葉樹に囲まれた雪山の頂で足を止めたのは、疲れ果てて走れなくなった為だ。
「ハァ、ハァ……コレカラ、ドコヘ行ク?」
息も絶え絶えに老虎が尋ねると、
「知らぬ……。
死なねば良い」
大狐は3つの首から舌を垂らし、投げ遣りに答えた。
「ドコカ、身ヲ隠セル場所ヲ、探サネバナ……」
「言われずとも……」
2匹は別々に、誰にも見付からず過ごせる深い裂け目、乃至、洞窟を探し始める。
- 28 :
- 老虎は大狐の姿が見えなくなると、早々に探索を止めて、そこらの小さな窪みに身を埋めた。
怠ける気は無かったが、疲労で体が動かなくなっていたのだ。
魔法による合成の影響もあったかも知れない。
これが永遠の眠りにならない事を祈って、老虎は土を被り、両目を閉じた。
一方、大狐は自分だけでも助かれないかと、必死に隠れ場所を探した。
だが、そうそう都合の良い物は無く、辺りが暗くなったのを区切りに、大狐は仕方無しに穴を掘った。
前足で懸命に土を掻く大狐の耳に、妖しい女の声が届く。
「フフフ、助けてやろうか?」
大狐は慌てて穴掘りを止め、周囲を見回した。
背後に人影を認めると、跳び退って距離を取り、低く唸って牙を剥く。
人間に発見されたと思ったのだが、直ぐに違う事が判った。
「怖がらなくても良い。
慈悲を掛けてやる」
大狐の魔法資質は、この世ならざる物を感じていた。
闇に浮かぶ青白い肌、黒い服の貴婦人――それは人の形をしてはいたが、人でない存在だった。
- 29 :
- 大狐は不気味な女の影に問い掛ける。
「何者だ……?」
「恐れを抱くのは良い。
だが、無礼な口は利くな。
私は『母<マトラ>』であるぞ」
そう女が言うと、エグゼラでは有り得ない生温い風が、俄かに吹き始める。
まるで別の空から吹き込んで来るかの様な、気持ちの悪い風。
それに全身の毛を撫でられた大狐は、強い睡魔に襲われた。
「な、何をした?」
回らない呂律で訊ねると、女は優しい声で応える。
「抗うな。
母の抱擁は、好い心地であろう」
大狐は徐々に反抗の意思を失い、終には警戒心すらも失って腹這いになった。
3つの首は全く意味を成さない。
「そう……獣は素直が良い」
催眠術に掛かった様に、歩み寄る女に夢見心地で身を預ける大狐。
頭を膝の上に乗せられ、全身で包み込む様に抱えられると、どう言った理屈か、瞬く間に合成が解けた。
- 30 :
- 気付けば、大狐は暗黒の空間に落ちていた。
「そこ」には天地も無く、まるで綿に包まっている様で、只管に心地が好い。
足の先を動かす気さえ起こらない。
「さぁ、私に望みなさい」
優しい女の囁きに、大狐は甘えた鳴き声を漏らす。
(もう逃げたくない……)
温かい手が大狐の体を愛撫する。
「よしよし、良い子、良い子」
それは明らかに人の手より大きかったが、そんな事に気が回らない程、大狐は懐柔されていた。
「お前が怯えずに済む様、私が生まれ変わらせて上げよう」
(何に?)
「人間に」
(嬉しい……)
大狐は恍惚として、全く何の疑問も抱かず、女の誘導に乗る。
「御覧。
あれを贄に、お前に人の形を与えるよ」
大狐の目に、淡い紅色の放つ、幾つもの命の灯が映った。
- 31 :
- 灯の中には、妖獣の姿が見える。
何れもナハトガーブの配下だった物達だ。
魔犬や使い魔に紛れて、先程まで一緒に居た老虎の影もあった。
「混ざれ、そして濁れ」
女の命令で、命の灯は隣り合う物と混ざり、一つの巨大な塊になって行く。
その度に薄紅が紫に濃くなり、一つ一つの命が潰れる、痛ましい悲鳴が上がった。
それを大狐は全く意に介さず、優越感に浸って聞き入っていた。
自分の為に、取るに足らない命が消費される。
他の命を踏み台にして押し遣る、勝者の快感。
老虎の恨み言さえ、今の大狐には甘美に響いた。
「お前は美しい。
こんなにも剥き出しの獣性、悪が持つ魔性の美だ」
女は大狐の精神を褒め称える。
「邪悪に、残虐に、冷酷に、美しくなれ。
盲に快楽を貪り、人を堕落させ、底無しの闇に沈める存在となれ」
命の灯は暗紫色に変わり、大狐を包み込んだ。
- 32 :
- 第四魔法都市ティナー繁華街 アーバンハイトビル3階 L&RC社 事務所にて
この日の夜遅く、L&RCに子連れの男が訪ねて来た。
居残っているのは、女1人。
示し合わせての逢瀬であった。
男は子を別室に寝かせると、女と2人で応接室に篭る。
- 33 :
- 男と女は、ロー・テーブルを挟み、向かい合ってソファに座る。
2人は神妙な面持ちで、長らく無言で居た。
やがて沈黙に堪え兼ねた男が、怖ず怖ずと口を開く。
「それで、返事を聞かせて欲しいんですが……」
女は男の目を真っ直ぐ見据える。
「その前に、幾つか質問させて。
貴方の答え次第で、私の答えも決まる」
男は女の意外な提案に、僅かな戸惑いを見せた物の、直ぐに取り繕う。
「ど、どうぞ」
女は目を伏せ、深い溜め息を吐いた。
彼女の唇が微かに震えていた事に、男は気付かない。
- 34 :
- 時間の流れが狂った空間。
一瞬一瞬が長い様で、時が経つのは早い。
数十極の間を置いて、女は男に問い掛ける。
「貴方は……本当に、私が好きなの?
本心から私を愛しているって言える?」
「分かりません」
男は自信無さ気な様子で、しかし、声だけは確りと断言した。
女は明らかに狼狽して、小声で漏らす。
「分からないって……」
「でも、一緒に居て欲しいんです。
それでは駄目ですか?」
男は困惑する女の瞳を捉えて、淀み無く告白する。
だが、女は静かに首を横に振った。
「それは卑怯よ。
私は貴方の本気を訊いているの」
男は申し訳無さそうに俯く。
- 35 :
- 気不味い数極の沈黙後、女は小さな溜め息を吐いた。
「『あの人』の事は、どうしたの?」
「えっ、誰ですか?」
男が惚けると、女は自分に言わせるのかと、嫌な顔をした。
「……貴方の想い人」
男は漸く察して、悲し気に微笑む。
「会って来ましたよ」
「それで、どうだったの?」
女の声が活気付く。
男は静かに首を横に振る。
「どうもしません。
何もありませんでした」
「嘘よ」
「本当です。
もう……会う事は無いでしょう」
男は低く落ち込んだ声で答えた。
「僕では彼女を幸せに出来ません。
彼女も僕と一緒では幸せになれません。
これで良かったんです」
「その人は無理でも、私なら幸せに出来るんだ?」
女は男の揚げ足を取る様に、嫌味な質問をする。
- 36 :
- 男は答に窮した。
「それは……分かりません」
「はぁ、そんなんじゃ駄目ね」
女は失望の息を吐いたが、男は挫けない。
「でも、幸せにしたいと思います」
それを聞いた女は、僅かに思案した後、男を試す様に言った。
「んー?
だったら……私の言う事、何でも聞いてくれる?」
「そ、それは……」
戸惑う男を見て、女は嫌らしく笑い、視線を逸らす。
「出来ないわよねェ」
男は気を抜けば俯き加減になる癖を、意識して抑えた。
「貴方と私は違い過ぎる。
一緒になっても苦労するわ。
絶対に」
女は何度目か知れない溜め息を吐き、寂し気に零した。
- 37 :
- 長い沈黙の後、女は改まって尋ねる。
「ねェ……どうして、今まで通りじゃ駄目だったの?」
男は答えなかった。
しかし、瞳は女を映した儘、不動で構えている。
「偶に会いに来て、限られた時間を一緒に過ごして……。
それで十分じゃない?」
男は自分の考えを整理していた。
女は躊躇う様子を見せながらも、思い切って問い質す。
「それって、『あの子』の為なの?
母親が必要だと思った?」
「違います」
男は真顔で否定する。
女は男を睨む様に見詰めた。
「どう違うの?」
男も負けじと、女の瞳を見詰め返す。
「貴女は良いと思っていたかも知れない。
でも、僕にとっては、そうじゃなかった。
心の底では負い目があって、不誠実な気がしていた」
男は一息吐いて、呼吸を整える。
その隙に反論しようとする女を制して、彼は尚も続けた。
「確かに……僕は貴女とは違い過ぎる。
思い返せば、何時も何時も、そうだった。
森を出る時も、貴女は引き留めた。
僕は出て行った。
……これが僕なんです」
自分を受け容れて欲しいと言う、率直な願いに、女は男の顔を見詰めた儘、
表情に困惑の色を浮かべた。
それを男は拒絶と受け取った。
- 38 :
- 再びの長い沈黙。
男は居た堪れなくなって、固定していた視線を逸らし、席を立とうとした。
それを女が止める。
「待って。
どうして私と一緒に居たいと思ったの?」
「どうして……?
何と無くですよ」
男は気取らずに答えた。
「私と貴方は、こんなにも違うのに?」
「そんなの関係ありません。
僕は十年以上、色々な所を旅して、色々な人とRました。
そして、これからも旅を続けるでしょう。
その長い旅の間、誰か側に居て支えてくれる人が欲しいと思ったんです。
……僕の勝手な都合ばかりで、済みません」
女は苛立ちを抑えて問い直す。
「だから、その『誰か』が何でアタシなの?」
「他に事情を理解して、一緒に来てくれそうな人、知りませんし……」
「そう言う消極的な理由を聞きたいんじゃないのよ。
お分かり?」
男は照れを抑えて、真剣な眼差しで、真っ直ぐ女を見る。
「僕は貴女に付いて来て欲しいんです。
他の人では、考えられません」
「フフフッ」
女は小さな笑いを漏らし、急に口元を押さえて俯いた。
何が可笑しいのかと、男は不審がる。
呼吸を整えて顔を上げた女は、澄まして言い放つ。
「そこまで言えるのに、『愛している』とは言ってくれないんだ?」
男は露骨に面倒臭がった。
「嫌でしたら、無理にとは言えません……」
揶揄いに、難癖を付けられていると感じたのだ。
- 39 :
- 後一押しの所で引いてしまう男に、女は苛立ちを爆発させた。
「嫌だったら、長々とアンタの話に付き合ったりしないわよ!
アンタ、何が無理なの!?」
「な、何がです?」
「『愛している』と言いなさい!」
強い口調で女に命令された男は、圧倒されて弁解した。
「い、いえ、決して言いたくない訳じゃなくて、タイミングと言うか、何と言うか……、況して、
言えと言われたから言うのは、失礼じゃないかと……」
女は両腕を胸の前で組み、深い溜め息を吐く。
男は申し訳無さそうに俯いた。
「まァ、知ってたけど。
嘘でも良いから、夢を見させて欲しかったわ。
アンタ、少しは変わってるかと思ったら、全然変わってないのね」
「……済みません」
男が悄気ると、女は意地悪く笑った。
「良いのよ。
安心した」
「えっ……」
男が期待して面を上げると、女は呆れ顔で応える。
「付いて行って上げる。
感謝しなさい」
「あ、有り難う御座います」
「但し、条件があるわ」
喜びに満ちた男の表情が、一瞬凍り付く。
「敬語を止める事」
「解り――……解った。
有り難う」
慣れない調子に顔を歪める男を見て、女は嬉しそうに微笑んだ。
- 40 :
- 「あ、あの、それで、さっきの事ですけど――」
「何?」
「……僕は一生を懸けて、貴女を愛します」
「は?」
「誰より深く貴女を愛し、この心の限り貴女を守ると誓います」
「や、止めてよ、そんな、改まって……」
「済みません。どうしても、言っておきたかったんです」
「あのね、その……え、と、取り敢えず、敬語は止めてくれない?」
「いや、でも、こう言うのって――」
「解ったから、解ってるから!」
「そ、そうですか……」
- 41 :
- 私の使い魔
第四魔法都市ティナー中央魔法学校にて
グージフフォディクス・ガーンランドは、ティナー中央魔法学校の中級課程に通う少女である。
この日、彼女は重大な決意をした。
身嗜みを整えて、何時もの様に登校する、その前に、今日は大きなショルダー・バッグを掛ける。
中身はグージフフォディクスの使い魔、ザブトンガエルの「アドローグル」。
気の重い「使い魔デビュー」の初日である。
- 42 :
- グージフフォディクスは通学馬車の座席で、後から乗って来た同級の友人アッセリアに、
膝の上に乗せている大きなバッグの事を訊かれた。
「グーちゃん、それ何?」
到頭この時が来たのかと、グージフフォディクスは覚悟する。
「ああ、これ?
使い魔が入ってるの」
彼女は何気無い風を装い、吊革に掴まる級友を見上げて答えた。
「へー、どんな使い魔?」
「それは、その……、カ、カエル……」
「カエル?
どんなの?」
初めアッセリアはカエルと聞いて、『アマガエル<ハイラ>』や、『アオガエル<ラコフォルス>』の様な、
小型の可愛らしい種類を思い浮かべた。
しかし、グージフフォディクスのバッグに目を落として、直ぐに感付く。
「あっ、それって……もしかして、そのバッグ……。
私の前では開かないでね?」
ある程度は予想していた反応とは言え、割と仲の良いアッセリアに困り顔で距離を取られ、
グージフフォディクスは俯いた。
「ググググ……」
バッグからは彼女を気遣う様な、曇った鳴き声が漏れた。
- 43 :
- 魔法学校に着いたグージフフォディクスは、教室で同級のベヘッティナに絡まれる。
「グー、あなたの使い魔、カエルだって?」
グージフフォディクスに、その気は無いのだが、実力も背格好も殆ど同じだった為に、
ベヘッティナは彼女を一方的にライバル視していた。
ベヘッティナがグージフフォディクスに対抗する理由は、他にもあるのだが、今は措こう。
「どんなのか見せてよ」
ベヘッティナの肩には、使い魔の『植林リス<プランティング・スクウィレル>』、シーダーが乗っている。
ふかふか温かい可愛らしい小動物を、己の使い魔を比較して、グージフフォディクスは不機嫌になった。
「本当に見たいの?」
何彼に付けて突っ掛かって来る、意地の悪い彼女の事だから、どうせ下手物扱いするのだろうと、
グージフフォディクスは訝る。
愛着のある使い魔を馬鹿にされては堪らない。
「うん。
それで、芸の一つ位は出来るんだよね?」
しかし、ベヘッティナの関心は、グージフフォディクスの使い魔の能力にある様だった。
また張り合う積もりなのかと、グージフフォディクスは呆れる。
授業の成績から、胸の大きさまで、ベヘッティナは彼女に対抗出来る物があれば、
万事この調子であった。
- 44 :
- グージフフォディクスはショルダー・バッグを机の上に乗せると、フックを外して口を開けた。
僅かな隙間から、蛇の革の様に艶々した黄土色の皮膚が覗く。
「アドローグル」
主人に名を呼ばれ、使い魔のカエルは水上を窺う様に、遠慮勝ちにバッグから顔を出した。
ベヘッティナは真顔でアドローグルを見詰めた儘、グージフフォディクスに尋ねる。
「これ、何が出来るの?」
「私の言う事なら、大体聞いてくれるよ」
グージフフォディクスの答えを聞いて、ベヘッティナは小馬鹿にした様に言う。
「そんなの使い魔なら当たり前じゃないの。
ペットじゃないんだからさ」
「確かに」と、グージフフォディクスは納得した。
使い魔は『従者<サーヴァント>』。
主人の言う事を聞かない従者では、話にならない。
ここは一芸披露すべきかと、グージフフォディクスは考える。
「じゃあ、こんなのは?」
彼女は机をトントンと指先で軽く叩いた。
「グァグァ」
その音に合いの手を入れる様に、アドローグルは短く鳴く。
トントン、グァグァ、トトトン、グェグェ。
- 45 :
- だが、ベヘッティナは不満気だった。
「駄目駄目、条件反射と変わんない。
もっと知性のある働きは出来ないの?」
「知性ねぇ……」
グージフフォディクスが溜め息を吐くと、ベヘッティナは手の平に移動させたシーダーに、
小さなハーモニカを持たせた。
「例えば、こんなのとか?
シーダー、13番!」
ベヘッティナが命じると、シーダーは見事にハーモニカを吹いて見せる。
ベヘッティナの使い魔、植林リスのシーダーは、幾つかの打楽器、又はハーモニカを操り、
21曲を演奏する事が出来る。
「グァーグェ、グォ、グォ、ググ、ググ」
童謡『魔法使い達<マジシャンズ>』を披露するシーダーに合わせて、アドローグルも鳴く。
しかし、その音は少し外れていた。
表情が無い為に、自棄に真面目に、必死に歌っている様に見え、それが何とも滑稽で――、
「あはは、不っ細工ー!」
ベヘッティナは腹を押さえて笑った後、得意満面で勝ち誇る。
- 46 :
- グージフフォディクスは笑えない。
彼女は黙って険しい顔をした。
従者を馬鹿にされて、平気な者は主人ではない。
こうなったら密かに練習していた、使い魔との『二重唱<デュエット>』を見せてやろう。
そう意気込んだ時である。
ベヘッティナの手から、一瞬にして、シーダーの姿が消えた。
「えっ!?」
グージフフォディクスとベヘッティナは同時に声を上げる。
そして、何が起きたかを理解して、再び同時に叫んだ。
「うわぁああ!?」
アドローグルの口周りは不自然に膨らんでおり、明らかに何かを頬張っていた。
忠義者の使い魔は、主人の不快の元を断ったのだ。
「吐きなさい!」
グージフフォディクスは考えるより先に、反射的に平手でバシッとアドローグルの頭を叩く。
驚いたアドローグルは、玉突きの様にシーダーを吐き出した。
粘液に塗れたシーダーは、床に叩き付けられた儘、ぐったり動かない。
豪い事になったと、グージフフォディクスは目を見張る。
「シ、シーダー!!」
ベヘッティナはカエルの粘液を汚いと思っても、一瞬も躊躇わず、直ぐにシーダーを拾い上げた。
- 47 :
- 温かい手に包まれたシーダーは、全く嘘の様に擬死を解除して意識を取り戻し、
素早く主の背後に隠れる。
グージフフォディクスは深い安堵の息を吐いて、緊張を解いた。
本当に死んでいたら、謝罪では済まなかった。
しかし、当然ベヘッティナの怒りは収まらない。
「グー、あなた何て事してくれたの!?」
「ご、御免」
そもそもの原因は、ベヘッティナが無意味に突っ掛かるからなのだが、そこに気が回る程度に大人なら、
彼女は最初からグージフフォディクスに絡んだりはしない。
グージフフォディクスも、アドローグルの行動が主を守る為の物だと、察してやる事は出来ない。
「アドローグルが、こんな事するとは思わなくて……。
二度と無い様にするから」
申し訳無さそうにするグージフフォディクスを見て、ベヘッティナは溜飲を下げた。
「本当、気を付けてよね。
使い魔の失態は主の責任よ」
使い魔を御し切れていないのであれば、仕方が無い。
彼女は目下と認めた者には優しい。
余計な対抗心さえ無ければ、初めて人前に出る使い魔に色々注文を付けるのは、
流石に居丈高であったと思う程度の分別は、持ち合わせていた。
一方、グージフフォディクスはアドローグルに不信感を抱き、もっと人前での訓練が必要だと強く感じた。
彼女が使い魔の真意を知るのは、暫く後の話になる。
- 48 :
- レムナ・クゥワーヴァ
第一魔法都市グラマーにて
クゥワーヴァ家は多くの魔導師を輩出して来た、「グラマー市にクゥワーヴァ在り」と言われる程の、
名家である。
その歴史は古く、復興期の中頃に生まれた初代からして、魔導師であった。
当代のイクター・クゥワーヴァは、魔導師ではない物の、代々培われた資産と地位と人脈を活用し、
一代でグラマー・ベンチャー・キャピタル(GVC)と言う投資会社を興した。
魔導師を父に持つジャマル・ビャハシャシーラを妻に迎え、才気溢れる長子を授かった後、
第二子には待望の長男、第三子には稀代の魔法資質の持ち主を儲ける。
しかし、第四子――末子レムナ・クゥワーヴァは、要領が悪い上に、魔法資質の低い、
無能の子であった。
イクター・クゥワーヴァは特に秀でた所の無いレムナを、甚く目に掛けて可愛がった。
一種の同情心であろう。
イクターは名家に生まれながら、魔導師になれなかった事に、負い目を感じていた。
彼は魔法資質には恵まれていたが、器用に種々の魔法を使い分ける事は苦手だった。
レムナの不器用さは、イクターに自身の若い頃を思い出させた。
- 49 :
- レムナの姉イードラと、兄ラジャンは、彼女の遊び相手を務めるには、年が離れ過ぎていた。
もう1人の姉サティは、比較的年が近かったが、魔法資質が高過ぎて近寄り難い。
幼い頃のレムナの遊び相手は、主に家族の使い魔であった。
母ジャマルがクゥワーヴァ家に嫁ぐ際に同伴した、人語を解す化猫の使い魔サシャは、
レムナに多くの事を教えた。
そのレムナも年頃になると、サシャに構うより、友人と遊ぶ事が楽しくなる。
彼女の独り立ちを待っていたかの様に、それから間も無くサシャは老衰で死した。
これにレムナは酷く心を痛め、1月近くも暗く塞いだ気持ちで過ごした。
自分がサシャに構わなくなったので、寂しがって死んだのではと、因果関係を疑ったのだ。
そのサシャに代わる様に、サティがシロクロサバクオオタカのヒヨウを一家に迎えると、
レムナは自ら世話役を買って出た。
サティにとっては渡りに船。
特に断る理由も無く、彼女はレムナに使い魔を預ける。
ヒヨウが健康に、そして個体としては最大級に育ったのは、レムナの献身に因る所が大きい。
- 50 :
- シロクロサバクオオタカは、成鳥になると体高半身にもなる猛禽である。
1日の食事量は半〜1桶にもなり、多量の糞やペリットの片付けもしなくてはならない。
クゥワーヴァ家には、ウォータラ、ノディア、ララビャの3人の使用人が働いているが、
それでもレムナは使い魔の世話を譲らなかった。
その為か、お嬢様育ちの姉達と異なり、レムナは汚れを厭わない逞しい子に育った。
レムナは無能の子である。
イードラ程に優雅には振る舞えず、サティの様な才能も無く、男のラジャンとは比ぶべくもない。
「レムナ(Lemuna)」は「残り滓(remnant)」の意であると、レムナは独り信じていた。
出来損ないは謙虚でなくてはならないと言う思いから、元より物を大切に扱う性格だったが、
ヒヨウの世話を始めてからは、輪を掛けて物持ちが良くなった。
良く言えば「家庭的」、悪く言えば「貧乏臭い」。
それがレムナ・クゥワーヴァと言う娘である。
- 51 :
- 姉のサティは、大陸の僻地を巡る旅に出る際、レムナにヒヨウの全ての世話を頼んだ。
それまでレムナは餌遣りや掃除を主にしていたが、新たに「運動」も任せられる事に……。
大型猛禽であるシロクロサバクオオタカは、広い場所で適度な運動をしなければ、直ぐに筋力が衰えて、
飛べなくなってしまう。
だが、ヒヨウは唯飛び回るだけの「運動」はしない。
大空を飛び回る序でに、自分より小さい生き物を捕らえ、より速く正確な飛び方、狩りの技術を磨く。
馬を狩ると言われる、その獰猛さは、虎や熊等の猛獣に引けを取らない。
猛獣の餌遣りや、檻の掃除は出来ても、それを連れ回すとなれば、勝手が違って来るだろう。
ヒヨウの運動に付き合うのは、そう言う事なのだ。
サティの強気な性格と、優れた魔法資質があればこそ、何も臆する所無く、大型猛禽を従えられる。
レムナはサティとは違い、荒事が苦手だったので、当初は乗り気でなかった。
使い魔は従者なのだから、その通りに、従者として旅に連れて行ってやれば良い。
そう考えるのは自然な事だし、レムナは事実、そう主張した。
しかし、サティにはヒヨウを伝書鳥として使いたい思惑があった。
そこでサティはヒヨウを従え、レムナを郊外の自然公園に連れ出した。
- 52 :
- 砂漠のド真ん中のグラマー市にも、緑が濃く茂る場所はある。
それがグラマー自然公園。
伊達に『魔法都市<ゴイテオポリス>』と呼ばれている訳ではない。
しかし、グラマー市民の多くは、乾燥した気候に慣れ切っており、緑が余り好きではない。
泥が跳ねるのも、草が茂るのも、鬱陶しいと感じる。
故に、自然公園に入る者は少ない。
サティとレムナは、他に誰も居ない野芝の広場の直中に立った。
ヒヨウを肩車しているサティは、レムナに言う。
「先ずは、ヒヨウが止まれる様にならないと」
「い、行き成りは無理だよ」
「私が見ているから、大丈夫。
少し重いけど、姿勢を正していれば、変な痛め方はしないよ」
「サ、サティ姉さん……」
「先ずは、手本を見せるね。
行け、ヒヨウ!」
及び腰のレムナに構わず、サティはヒヨウを飛ばした。
ヒヨウは数度羽撃くと、気流に乗って、青空に吸い込まれる様に、螺旋上昇する。
- 53 :
- ヒヨウの姿が殆ど点にしか見えなくなった所で、サティは指を銜え、強く口笛を吹いた。
ピーッと高い音して、数極後、遥か上空で輪を描いていたヒヨウが、真っ直ぐサティ目掛けて、
急降下して来る。
「あ、危ないよ、サティ姉さん!」
「大丈夫、大丈夫。
ヒヨウも分かっているから」
翼を畳んで流線型の弾丸となったヒヨウは、音の半分程の速度に達した。
どうなる事かと、固唾を飲んで見守るレムナ。
ヒヨウは錐揉み回転しながら、サティの頭上1身を通過すると同時に、大きく翼を広げてフレアーを掛け、
急旋回。
地面に当たる直前で、ふわりと浮き上がり、丁度サティの肩に乗る。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
サティはレムナに向かって得意気に言ったが、当の彼女は不安気な表情で固まっていた。
仕方無いなと言う風に、サティは眉を顰める。
「とにかく、やってみなさい。
あなたは立っているだけで良いから」
レムナの返事も聞かず、サティはヒヨウを再び空高く飛ばす。
- 54 :
- レムナは慌てて、遅過ぎる抗議をした。
「や、止めてよ、サティ姉さん!」
「怖かったら目を閉じていなさい。
絶対に動かないで」
しかし、サティは聞く耳を持たない。
勝手に口笛を吹いてしまう。
レムナにはサティの口笛が、死の警笛に聞こえた。
上空で輪を描いていたヒヨウが、真っ直ぐレムナの頭に向かって落ちて来る。
徐々に大きくなるヒヨウの影に、レムナは恐れを成して、きつく目を閉じた。
そして、これから両肩に掛かるであろう、ヒヨウの体重に備えて、全身を強張らせて直立する。
宛ら制裁の拳骨を待つ子の如く。
一陣の風がレムナの頭上を通り過ぎた、その直後、彼女の両肩に触れる物がある。
初めは予想に反して軽いと思ったが、徐々に重みが伝わって来た。
肩に乗っている物体が、際限無く重くなって行く様な気がして、レムナは益々硬くなる。
「レムナ、もう良いよ。
目を開けて」
サティに声を掛けられ、やっとレムナは冷静になった。
ヒヨウの体重は2桶。
重いと言えば重いが、子供を担いでいると思えば、軽い物だ。
- 55 :
- そこで初めて、サティはレムナの顔色を覗う。
「大丈夫?」
レムナは大袈裟に騒いだ自分が、恥ずかしくなった。
「う、うん……大丈夫、全然平気。
御免なさい、サティ姉さん」
縮こまる妹を気遣い、サティは軽く笑って流す。
「何も謝る事は無いのに。
ほら、背筋を伸ばして、姿勢を正して!
ヒヨウを乗せた儘で、歩いてみよう」
「えっ、で、出来るかな?」
レムナが前向きになったので、サティは安堵した。
「骨があってね。
腕を振らずに、歩みに合わせて、上体を少し前後させるの。
ヒヨウは前後の揺れには合わせてくれるけど、左右の揺れには弱いから」
この時のサティは、自分が地元を離れる間だけ、レムナにヒヨウを預ける積もりだった。
ヒヨウは飽くまでサティの使い魔。
一度結んだ主従関係は、そうそう変えられる物ではない。
しかし、後にサティはヒヨウをレムナに譲る事になる。
- 56 :
- 「サティ姉さん! ヒヨウが鼠を捕って食べるよぉ!」
「一々騒がないの。猛禽なんだから、鼠捕り位するでしょう」
「何故か私の目の前で食べるんだよぉ!」
「ヒヨウは安心出来る所で、ゆっくり餌を食べたがるから、信頼されているんじゃない?」
「い、嫌な信頼だよ……」
- 57 :
- 「サティ姉さん! ヒヨウが猫の死体を持って帰ったよぉ!」
「捨てさせなさい」
「しかも私にプレゼントしようとするんだよぉ!」
「捨てなさい」
「そ、それは可哀想だよ……」
「甘やかさない! 目の前で何度か捨ててやれば、受け取って貰えないと解って、諦めるから。
変に気を遣うと、何度でも持って来るよ」
- 58 :
- 「サティ姉さん! ヒヨウが子供を拾って来たよぉ!」
「何の子供?」
「人間の子供!」
「……多分、迷子だったんでしょう。交番に連れて行きなさい」
「……あ、あのぉ、サティ姉さん? 嫌に冷静だけど、以前にも同じ事があったの?」
「砂漠で迷子になった子供を救助して、区長に表彰された事が、何度か……」
「知らなかった……。サティ姉さん、表彰されたとか全然言ってなかったよね?」
「特に言う必要も無いかなって」
- 59 :
- 「サティ姉さん。ヒヨウが私の周りで、輪を描いて低く飛ぶのは何なの?
危ないって注意しても、中々聞いてくれなくて困ってるんだけど……」
「ああ、あれは『一緒に飛ぼう』って言う合図みたいな物」
「私、飛べないんだけど……」
「運んで貰えば?」
「えっ」
「レムナ、体重は?」
「えーと、約……半体……?」
「切り捨て?」
「悪かったね! 半体よりは上だよ!」
「大丈夫、大丈夫。その位なら行ける、行ける。0.8までは何とかなるから」
「何が!?」
「運んで貰うの。ヒヨウが低く飛び始めたら、両腕を高く上げて、手の平を後ろに向ける。
そうすると、丁度手の平に『足根<タース>』が当たる様に、ヒヨウがグライディングして来てくれるから、
手に触れると同時にタイミング良く掴む。バトン・パスみたいな感じで」
「サティ姉さんは簡単に言うけれど、難しいよ!? ヒヨウ速いし!」
「失敗しても、やり直せば良いから」
「で、でも、本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、サティ姉さんの話だと、掴まるのは自力で……」
「手を放したら落ちるよ」
「やっぱり危ない!!」
「だから、ヒヨウが爪を掛けられる様に、両腕に鷹手貫(たかぬき)を着けようね。
両肩にショルダーパッドを装備した方が、もっと楽に運んで貰えるんだけれど、
見た目が厳つくなるのが欠点なんだよね……。
ヒヨウと一緒に飛ぶ練習、今度やってみようか?」
「サ、サティ姉さんが見ていてくれるなら……」
- 60 :
- ヨハドとタロスと新人
ティナー地方モーン市エンドロール探偵事務所にて
この日、エンドロール探偵事務所に、新しい事務員になる予定の女が、面接に来た。
日給4000MGと言う安い給料で、実際に人が来るかは怪しい物だったが、そこは不景気の停滞期。
資格必要無し、職歴問わず、未経験者歓迎と言う触れ込みに、食い付く者が居た。
しかし、事務所のドアに「事務員募集中」と紙を貼っただけで、大々的な広告を打った訳でもないのに、
よく人が来た物だと、所長のヨハド・ブレッド・マレッド・ブルーターは変に感心した。
- 61 :
- 事務所には下働きのタロスと言う青年も居るが、強面の彼に応対させて、逃げられては敵わないので、
出迎えから案内、その他、細かい所まで、応対は全て所長のヨハド自ら行った。
普段は余り使う機会の無い相談室で、ヨハドは女と一対一で向き合う。
「では、面接を始めます。
先ず、お名前を伺いましょう」
「ソファーレ・レフォロスです」
ヨハドは型通りの質問をしつつ、やや緊張気味のソファーレを観察する。
容姿は美人と言う程ではないが、特に難も無い。
年齢は20前後と言った所。
接客には十分だろう。
但、体形は細く、もう少し確りした体付きの方が、よく働いてくれそうで助かると、ヨハドは思った。
単純に人手が足りないので、相当態度や知能に問題が無い限りは、雇い入れる積もりなのだが……。
その前に、ヨハドには気になる事が一つ。
「求人情報は、どこで知りましたか?」
「偶々、入り口の張り紙を見たので……」
ソファーレは「偶々」を強調して、気恥ずかしそうに言う。
「偶々ですか?」
ヨハドが繰り返すと、女は訂正した。
「あっ、いいえ、前から探偵の仕事には興味があったので……。
偶々、近くに探偵事務所が出来たの物ですから……」
どうやら彼女は単なる、物好きなプレビーエン(所謂ミーハー)の様である。
ヨハドは鉄仮面の裡で安堵した。
「お住まいは御近所なのですか?」
淡々と続けるヨハドに、ソファーレは緊張した様子で答える。
「は、はい。
半区離れた所にあります」
「成る程」
取り敢えず、真面な受け答えは出来ているので、接客を任せても大丈夫だろうと、ヨハドは認めた。
- 62 :
- しかし、「探偵の仕事」の方に興味があるなら、確認しておかなければならない事がある。
「こちらが募集しているのは『事務員』です。
あなたには所謂『探偵の仕事』より、書類の整理や接客等の雑用をして貰いたいのですが、
そこの所は了解して頂けますか?」
「はい」
ソファーレは即答した。
特に悩んだり、残念がったりする様子は無い。
ヨハドは内心で疑問に思ったが、突っ込む程の事ではないだろうと、深く考えない事にした。
嘘があるなら、彼の魔法で見抜く事が出来る。
何かを隠したり、誤魔化したりはしていない。
後は、筆記や計算等の雑務を、どれだけ熟せる能力があるのか知りたい。
ヨハドはファイルから4枚の紙を取り出した。
「次は簡単なテストを受けて貰います」
「はい」
内2枚は白紙で、1枚には新聞の切り抜き、もう1枚には領収書が、大量に貼り付けてある。
「この新聞記事から、『人名』を全て抜き出し、こちらの白紙に書き入れて下さい。
それが終わったら、こちらの領収書から『収入』と『支出』を分けて白紙に纏め、『総計』を算出下さい。
制限時間はありませんが、仕上がりは出来るだけ早い方が嬉しいですね。
勿論、早さよりも正確さが優先です」
「わ、分かりました」
「私は事務室に居るので、作業が終了したら、お知らせ下さい。
分からない事があった時も、気兼ねせず聞いて下さい」
「はい」
そう言うと、ヨハドはソファーレを残して、相談室から出た。
彼は2角程度あれば終わるだろうと、予想していた。
- 63 :
- 待っている間、タロスがヨハドに問い掛ける。
「兄貴、どんな感じですか?」
「何が?」
「あの女の事ですよ」
「そんな言い方は止せ。
明日から、お前の同僚になるかも知れないんだぞ。
それと、俺の事は『所長』と呼べと何度も言った」
乱暴なタロスの言い草を、ヨハドは咎める。
タロスは面白くない顔をした。
「堅気の女なんか雇って、本当に大丈夫なんですか?
危ない目に遭わせる事になるかも知れやせんぜ?」
彼としては、どこの誰とも知れない新参者が、気に食わないのだ。
それを解っていて、ヨハドは敢えて鈍感な振りをした。
「お前は探偵を何だと思っているんだ?」
「何って……、だって……」
「中仕事をするんだから、そうそう危ない目には遭わないさ。
万が一の時は、お前が守ってやれよ」
「お、俺が!?」
「荒事は、お前の得意分野だろう」
自らを指して驚くタロスに、ヨハドは平然と言い放つ。
不承不承と言った感じで、難しい顔をするタロスを、ヨハドは微笑ましく思っていた。
- 64 :
- サティ・クゥワーヴァ、地獄へ行く
拝啓プラネッタ・フィーア様。
『そちら<ファイセアルス>』では何年が経った頃でしょう。
それとも未だ数月、数週、或いは数日しか過ぎていないのでしょうか?
私は今、『エティー』と云う『異空<ストレンジ・エア>』に居ます。
エティーは古王の領地が一『エトヤヒヤ』が分裂して誕生した場所で、異空全体から見れば、
欠片の様な土地ですが、それでも唯一大陸並みの広さがあります。
先生は御存知でしょうか?
異空は不死不滅の者共が、退屈凌ぎに闘争を繰り返す、地獄の連なり。
しかし、ここは『私達』の故里――全ては、ここから始まったのです。
私が異空エティーに留まっている理由は――……。
- 65 :
- 幾つもの世界が同時に存在する、混沌の空。
それが異空。
個々の世界は法則からして異なり、互いに影響を及ぼし合いながらも、同化する事は無い。
散らかった玩具箱の様な所もあれば、殆ど虚ろな儘の所もある。
そんな異空に於いて、エティーは幾分整った所である。
天地があり、海の様な物があり、太陽の様な物があり、植物の様な物がある。
だが、それ等は全て、余所の世界を真似て造られた物だ。
紛い物である証に、太陽は沈まない。
植物は枯れない。
海には潜れない。
エティーはファイの地に似ているが、しかし、似ているだけの世界。
ここには共通魔法使いの町があり、「人の形をした物」が暮らしている。
- 66 :
- ――嘗て、エトヤヒヤは『辺土<リンボ>』であった。
それはエトヤヒヤと言う名が付く前の事。
異空に於いて、最果ての地は全て辺土であり、嘗てのエトヤヒヤも例に漏れなかった。
異空に於いて、辺土とは特別な地である。
未だ形を成しておらず、何が生まれるかも知れない、真の混沌。
それが辺土。
辺土の一部にエトヤヒヤと言う名が付いた時、エトヤヒヤは辺土でなくなった。
エトヤヒヤと言う名を付けたのは、誰だったか?
今となっては誰も知らない。
その意味さえも。
エトヤヒヤはエトヤヒヤである。
- 67 :
- エティーに着いたサティは、その魔法資質の高さを見込まれ、エティーと言う「世界」を支える、
新たな『貴族<アリストクラティア>』の一となった。
エトヤヒヤは優れた文化を持ち、周辺の小世界を従え、他の大世界と渡り合う、偉大な世界だったが、
過去の戦乱によって滅んでしまった。
エティーはエトヤヒヤの文化を受け継ぐ、小世界である。
エトヤヒヤの後継となって、異空に文化を齎すのが、エティーに暮らす物の使命。
サティは異空エティーに暮らす物として、共通魔法使いの、そして『帰還者<リターニー>』の一として、
名誉ある一歩を踏み出した。
- 68 :
- しかし、サティには不安があった。
初めて『貴族<アリストクラティア>』としての振る舞いを要求される事に対する物ではない。
エトヤヒヤを滅ぼした物共から、エティーを守り抜く為に、戦わなくてはならない事に対する不安だ。
今まで、数多くの共通魔法使いが、真実を求めてエティーに来た筈である。
そして、エティーに於いては――殆どの異空の世界に言える事だが――「寿命」の概念が無い。
それにも拘らず、今現在誰一人として、他の帰還者が残っていないと言う事は、
詰まり……殺されたのだ。
中には、サティを上回る能力の持ち主も居たであろう。
異空での戦いが、如何なる物か、サティは知らない。
知らないが、恐らくは彼女が全く経験した事の無い、凄惨な物になると予想された。
- 69 :
- サティの貴族としての仕事は、空を司る事であった。
雲を操って、雨を降らせたり、太陽を隠したり……。
しかし、平地のエティーに、天体と言う概念を与えるには、彼女の能力は不足であった。
生まれ付いての魔法資質は、変化しないと言う事を、サティは初めて憎らしく思った。
今までの自分が、如何に『井の中の蛙<ステイ・イン・ザ・バリー>』であったかを知らされたのだ。
彼女が空を司る様になって10日目、それを更に決定付ける事が起こる。
- 70 :
- 10日と言うのは、サティが太陽を10回隠した事を意味する。
エティーには過去と未来、歴史こそあれど、刻々と流れる時間の概念が希薄である。
それは、やはり寿命の概念が無い為だ。
サティは部下に、『日記係<ダイアリー・キーパー>』のデラゼナバラドーテスを付けて貰い、
エティーの一日を管理している。
サティが太陽を隠さねば、一日は終わらないし、同様に雲を晴らさねば、一日が始まらない。
彼女の仕事は、斯くも重大な物なのである。
唯一の問題は、正確な時間の経過が判らないので、サティの匙加減一つで、
一日の長さが変わってしまう所だ。
その為に、巨大な砂時計を完成させたのが、10日目。
この日、エティーの外の世界から、新たな貴族の噂を聞き付けて、使節が訪ねて来た。
- 71 :
- 使節は人の形をしてはいたが、「人間」とは似ても似付かぬ容姿であった。
顔は目も耳も鼻も口も無い、赤い野箆坊。
体には、皮膚との境界が曖昧な、鱗のマントを羽織っている。
鋭い爪が生えた手足は、指が4本ずつしかない。
その歩みは音も無く、短い距離で消えたり現れたりを繰り返し、跳躍する。
しかし、サティは然程驚かなかった。
魔法資質で、相手が格下と判るのだ。
異様な形をしていても、サティの脅威にはなり得ない。
「貴殿が、エティーの新たな『貴族<アリストクラティア>』であるか?」
「如何にも。
何用か?」
別世界の者と言葉が通じるのは、それが使節だからである。
「成る程、『伯爵<グラフ>』には及ばぬが、『準爵<バロア>』よりは上だな。
『子爵<シェリフ>』と言った所か」
「出し抜けに何なのだ?
無礼な……」
不躾な物言いにサティは反感を抱いたが、使節は全く意に介さない。
「違ったか?
少なくとも、伯爵の器ではないと見た」
この使節に常識が無いのか、これが普通の態度なのか、或いは挑発されているのか、
サティは判断に困った。
- 72 :
- 異空では、実力によって階級が分けられている。
殆ど能力を持たない『無能<ウェント>』が最下級。
多少の能力を持つ、「その他大勢」、「有象無象」が『平民<マグス>』。
そこから抜け出た者が、最下位の『貴族<アリストクラティア>』、『準爵<バロア>』。
更に準爵の中でも優れた物が、『子爵<シェリフ>』。
『伯爵<グラフ>』は小世界を管理出来る程度の実力を持つ物。
『侯爵<フューア>』は複数の小世界を従える実力を持ち、大世界に強い影響を及ぼす。
『公爵<デュース>』は大世界を管理出来る実力を持つ。
それとは別に、世界を管理する物を『王<ロード/モナークス>』と称し、複数の大世界を支配する物は、
『大王<アークロード/メガロモナークス>』と呼ばれる。
必然的に、王となる資格を持つ物は、伯爵以上に限られる。
大世界に加えて、他に複数の世界を支配する実力を有する物は、
『貴族<アリストクラティア>』を超越した『皇帝<オートクラティア>』とされる。
更に、大世界を支配していなくとも、幾つもの小世界を支配している物には、
公爵と侯爵の中間的な位置付けである、『少公爵/大侯爵<エルリア>』の名が付く。
支配する世界が1つであっても、それが大世界を超える巨大な世界ならば、『少皇帝/大公爵<コリス>』。
同様に、『少侯爵/大伯爵<スティア>』、『少伯爵<ホノラ>』(※)もある。
サティの階級は、低いとは言えないが、決して高いとも言えない。
大世界の公爵、侯爵から見れば、木っ端に過ぎない存在なのだ。
※:大子爵とは言わない。
- 73 :
- そうした事情を知らないサティは、眉を顰めて使節を詰った。
「何用かと訊いた」
使節は俄かに容儀を直す。
「したり、名乗り遅れた。
我輩は大世界マクナク伯爵バニェス領が準爵コルタと言う。
エティーの新たな『貴族<アリストクラティア>』の噂を耳にし、使節として挨拶に参った次第」
「マクナク伯爵バニェス!」
使節コルタの名乗りを聞いて、デラゼナバラドーテスは小さな声を上げた。
サティは何事かと気を向けたが、この態度の怪しい使節を前に、隙を見せてはならないと、
敢えてデラゼナバラドーテスを一瞥したのみで済ませた。
そして、何事も無かった様に、確とコルタ使節を見据えて名乗る。
「私はエティーのアリストクラティア、サティ。
サティ・クゥワーヴァと言う」
「サティとは何の称号だ?」
異空には、名・姓の風習が無い。
コルタ使節は、サティの名を聞いて、それが階級を表す称号だと思った。
「いや、『サティ・クゥワーヴァ』で一つの名だ」
サティの答えを聞いても、コルタ使節は不服気な様子で問う。
「それは解った。
では、階級は?」
階級に拘るコルタ使節を、サティは怪しんだ。
その横で、デラゼナバラドーテスは慌てる。
デラゼナバラドーテスは予め、貴族の階級に就いて、サティに説明していなければならなかった。
それだけ異空では「身分」が重要なのだが、ファイセアルスに於いて身分階級制度は、
悪しき風習として絶えた物。
「『貴族』以上の分類があるのか?
生憎、そんな物は知らないし、興味も無い」
サティは不機嫌に言う。
- 74 :
- コルタ使節はサティの台詞が理解出来なかった。
サティは特別、自由主義を気取っていた訳ではないが、使節のコルタには、その様に映った。
「興味無い?
子爵級程度が、無碍な振る舞いを許されるとは、エティーは詰まらぬ所だな」
大仰に無知を論って嘲笑うコルタ使節に、サティの目付きが鋭くなる。
これは良くないと思ったデラゼナバラドーテスは、声を潜めてサティに告げた。
「サティさん、挑発に乗らないで下さい。
大世界マクナクは、エティーに接する世界の中では、最も大きい所です。
バニェス伯爵は、その一地方領主ですが、戦好きで危うい所があります。
エティーの外の連中は、誰も彼も暇に飽いている。
何を口実に厄介事を持ち込む腹積もりか、分かった物では……」
デラゼナバラドーテスは外に声が漏れない様、細心の注意を払っていたのだが、
コルタ使節は確り聞き咎めた。
「バニェス様を一地方領主とは聞き捨てならんな。
そこの、階級を名乗れ」
果たして、それは本当に忠義からの反応だったろうか?
異空の風習は、サティには解らない。
- 75 :
- デラゼナバラドーテスは、使節コルタに向かって踏み出すと、平静を装って名乗った。
「準爵相当デラゼナバラドーテス」
『相当』とは、貴族階級制度が無いエティーで、便宜上用いられる表現。
エティーの外の世界では、「準爵に相当する」と言う、その儘の意味である。
「小世界の準爵風情が、よくも我等が『領主<ランデッド>』にして伯爵であられる、
バニェス様を侮辱してくれたな」
「いえ、その様な意図は……」
「ならば、『戦好きで危うい』とは?」
デラゼナバラドーテスは返す言葉が無い。
口を噤んだデラゼナバラドーテスを見て、コルタ使節は調子付く。
「身の程を知るならば、その首を差し出して非礼を詫びよ。
然もなくば、我等が領主にして、マクナク伯爵、バニェス様の名に懸けて、
この場で打ち捨ててくれる」
大世界に属している使節は、小世界の物が相手なら、何を言っても問題にならないと思っている?
コルタの立場を利用した振る舞いに、サティは静かに怒った。
「慎みなさい、コルタ準爵」
「『子爵級<シェリファー>』殿、これは我輩と、そちらの準爵との問題。
口を挟まないで貰いたい」
近しくない相手の階級に、「級」を付けて呼ぶのは、婉曲な嫌味。
サティは何と無く皮肉めいた響きを感じるが、文化が違う為に、余り怒る気になれなかったので、
気にしない事にする。
「そうは行かない。
デラゼナバラドーテスは私の部下だ」
「成る程、子爵級殿が代わりに謝罪すると」
コルタ使節は満足気に頷いた。
サティの口元が緩む。
長らく影を潜めていた、意地の悪い笑いだ。
「その前に、コルタ準爵……私は未だ貴方(きほう)から謝罪を受けていない」
「は?」
「無礼討ちも覚悟の上と、認めて宜しいか?」
サティは子爵級とされた魔法資質で、コルタ使節を威圧した。
- 76 :
- 異空に於いて、階級の差は絶対的な物。
コルタは直ぐに跪き、形だけの詫びを入れる。
「これは失敬。
しかし、自ら階級を名乗らぬ子爵級殿も悪い。
ここは初対面と言う事で、容赦願いたい」
反省の色は欠片も窺えないが、サティは深く頷いた。
「そうだな。
我が部下の非礼を問わぬ事で、帳消しにしよう」
コルタ使節は驚きの余り、矢庭に立ち上がって抗弁した。
「いや、それは成らぬ!
子爵級殿は道理を知らぬと見える。
小世界の子爵と、大世界の伯爵、どちらを侮辱した場合の罪が重いかは明々白々。
引き分けられる物ではない」
軽蔑した口調で、サティに道理を説くコルタ使節。
コルタは伯爵の使節として、侮られる訳には行かないとの思いが強い。
サティは益々意地悪く笑った。
「お尋ねするが、バニェス伯爵を一地方領主と述べた事が、侮辱なのか?」
「当然!」
何が可笑しいのかと、コルタ使節は憤り半分で断言する。
「気を悪くなさるな。
新参故、こちらの事情には疎い物でな……。
バニェス伯爵は地方領主ではないのか?」
「バニェス様は階級こそ伯爵であられるが、その中でも上位の、大伯爵であられるぞ!
そこらの伯爵と同列に語られては困る!」
「だが、地方領主なのだろう?」
聞き分けコルタ使節は語気を荒げた。
「そう言う問題ではない!
エティー如き小世界に在られたならば、王として君臨されている方に対し、
一地方領主とは無礼であろうと言うのだ!」
階級が下位の物は、上位の物には逆らえない。
それが直轄地の物ならば、尚の事である。
- 77 :
- サティは異空の秩序と言う物を、それと無く察した。
そして、全てを承知の上で、コルタ使節を虚仮にする。
「仮定の話をされては、苦笑するより他に無い。
事実、一地方領主ではないか……。
それを侮辱と捉えられては敵わぬ」
「子爵級殿!!
無知なら無知で、相応の振る舞いと言う物があろう!
エティーの貴族として、その様な態度を取られるなら、相応の報いを受けて貰う!」
コルタ使節は、真っ赤な顔が更に赤く見える程に立腹し、背を向けて去ろうとした。
それをサティは引き止める。
「待て、コルタ準爵。
『和解案』が呑めぬと申されるなら、こちらが貴方を許す道理は無い」
「わ、和解だと!?
思い上がりも甚だしい!!」
サティの隣で、デラゼナバラドーテスは震えている。
自分の小さな失言が原因で、最悪、マクナクとエティーの全面戦争になるかも知れないのだ。
しかし、サティは全く動じず、余裕の笑みを浮かべていた。
「道理を弁えぬは、貴方ではないか?
私は貴方の放言を聞き過ごした。
本来ならば、無礼討ちにする所を、大目に見てやったのだ。
エティーに在る限り、貴方の命は私が預かっている事を忘れるな」
サティの読み通り、コルタ使節は押し黙った。
「貴方は死したも同然。
死体が物を聞く事は出来ぬ。
条件を呑んで帰るか、我を徹して消えるか、好きな方を選べ」
異空の物は嘘を嫌う。
仮令口約束でも、違えれば死あるのみ。
- 78 :
- コルタ使節は黙して長考した。
階級が上の物に忠誠を誓うのは、自らの安全を確保する為である。
忠義を尽くして、死んでしまっては本末転倒。
異空の物は、この辺りの思考はドライだ。
しかし、コルタ使節はバニェス伯爵に、並ならぬ入れ込み方をしていた。
その裏に、どの様な事情があるのか、サティには分からない。
故に彼女は、コルタ使節の更なる反応を引き出そうと、笑みを消して殺気を増す。
「疾く答えよ、コルタ準爵。
その命、ここで捨てるか?」
コルタ使節は追い詰められて、開き直った。
「殺りたくば、殺るが良い!
だが、只では殺られぬぞ。
バニェス様の名誉の為、この身尽きるまで抗う!」
自ら進んで仕掛けないのは、命が惜しいのか、それとも最低限の礼儀の積もりか?
サティは内心で測りながら、再び微笑んで見せた。
「バニェス伯爵は一角の貴族なのだな。
配下の物に、ここまで言わせるとは……。
コルタ準爵、試す様な真似をして悪かった」
「どう言う意味だ?」
不意に態度を軟化され、コルタ使節は戸惑う。
「元より、貴方を害する積もりは無かった。
但、エティーの空を預かる者として、与し易しと思われたくはなかったのだ。
そこの所を解って貰いたい」
「……我輩を懐柔する積もりか?」
強い重圧、そして解放。
判り易い「飴と鞭」に、コルタ使節は猜疑心を露にした。
- 79 :
- サティは静かに笑い、興味が失せたとでも言う様に、コルタ使節から目を逸らす。
「貴方に期待する所は無い。
『一地方領主』との言葉、伝えたくば、確と、余り無く伝えよ」
デラゼナバラドーテスは両目を見張って、驚いた。
所が、コルタ使節は先程とは打って変わって、矛を収めに掛かる。
「……誤解されるな。
我等が領主バニェス様は、下級の物が何を言った等と、一々些事に目を立てる様な、
狭量な方ではない。
先も言ったが、これは我輩と、そこな準爵との問題。
下級の争いに、上級が割って入る物ではない。
子爵級殿は余りに『常識』を知らな過ぎる。
これでは話にならない」
一方的に苦言を捲くし立て、コルタ使節は気が済んだのか、深い礼をした。
「我輩は引き上げる。
恐らく二度とは来ないだろう」
コルタ使節は顔を上げる前に、跳躍して姿を消す。
「そう言わずに、何度でも来ると良い」
高笑いを堪えて、余韻に浸るサティ。
デラゼナバラドーテスは、豪い人物が来た物だと、エティーの今後に大きな不安を持った。
- 80 :
- 「異空の貴族には、公爵、侯爵、伯爵、子爵、準爵の5階級があるのです。
更に、貴族の下には平民と無能、貴族の上には皇帝があります。
上から順に、皇帝、公爵、侯爵、伯爵、子爵、準爵、平民、無能となっています」
「コルタ使節は、私を『子爵』と言っていたけれど?」
「異空での爵位は、魔力行使能力のみで決められます。その理由は……ここまで来たサティさんなら、
お解りでしょう。大きな能力が無ければ、大きな世界は支えられないのです。
私の目利きでは、サティさんは十分、『伯爵級<グラファー>』に値する能力を持っています。
コルタ準爵はバニェス伯爵の従僕ですから、それより下の物は一段低く見えるのでしょう。
次に階級を訊かれた時は、自信を持って『伯爵相当』を名乗って下さい」
「そのコルタ準爵が、バニェス伯爵を『大伯爵』と言ったのは?」
「通称です。小皇帝、大公爵、少公爵、大侯爵、少侯爵、大伯爵、少伯爵は、
正式な階級ではありませんが、能力と『実態』との兼ね合いで、そう呼ばれます」
「バニェス大伯爵とは、どの様な人物?」
「数多のマクナク貴族の中でも、指折りの物です。厄介な事に、好戦的な性格で、
過去エティーに攻め込んで来た事もありました。その所為で、エティーの上級貴族は……」
「全滅した?」
「何とか撃退には成功したのですが……」
「貴族不在の間、エティーが侵攻されなかったのは何故?」
「エティーは余り大きな世界ではありませんから、侯爵級以上の物が目を付ける事は稀です。
バニェス伯爵も戦好きの悪癖が無ければ、態々攻め込んだりはしなかったでしょう。
領域の拡大を狙って侵攻するなら、他に優先度する所が幾らでもあります。
災い転じてと言うべきか、バニェス伯爵がエティー攻略に失敗した事で、
労力に見合わない土地だとの認識が、他世界にも広がりました」
「大世界マクナクに就いて詳しく」
「マクナク公爵が支配する大世界です。『侯爵級<フューラー>』の貴族は少ない物の、
優秀な伯爵級の傑物が揃っています。バニェス伯爵は、その一ですね」
- 81 :
- 「……所でデラゼナバラドーテス、あなたは何物?」
「性無い準爵相当です。詰まらない物ですよ」
「出身は?」
「エティーの海から生まれました」
「何時から居るの?」
「エトヤヒヤがエティーになった後からです。正確な所は、私にも分かりません。
暇潰しに日記を付け始めたのも、最近の事です」
「最近?」
「未だ千項の日記帳を埋め終わっていません。サティさんが来るまで、1日が終わらなかった事も、
原因の一ではありますが……」
「……失礼かも知れないけれど、念の為に訊いても良い?」
「何でしょう?」
「あなたは女の人……だよね?」
「一応、女性体ではあります。……側付きは、男性体の方が良かったでしょうか?」
「そう言う意味ではなくて、少し気になったから」
「どこか変でしょうか?」
「中性的と言うか、余り女らしさが無いと言うか……、決して男には見えないけれど……」
「サティさんも、余り変わりませんよ?」
「放って置いてくれない?」
「えっ、何か悪い事を言いましたか……?」
「……気にしないで頂戴」
- 82 :
- 姉さんイケメン過ぎと思ってた矢先に突っ込まれてワロタ
- 83 :
- 競馬
唯一大陸での陸上の主な移動手段は、馬である。
普通に乗るだけでなく、車や橇を牽かせる他、専用の走路を用意した乗合馬車、馬車鉄道もある。
重要な移動手段として、生活に欠かせない馬は、多くの地方で人の良き伴侶とされている
さて、馬に乗るからには速さを競うのが常。
馬に乗って一定距離を走り、着順を争う『競馬<ホース・レーシング>』は、大陸の各地で行われている。
- 84 :
- 以下は各地方の傾向と特徴的なレース
・グラマー地方
砂地の荒れたトラックが多いので、後方に回ると砂煙で前が見えなくなる。
その為、スタートで出遅れると、苦しいレースを強いられる。
しかも、トラック自体が大きい上に、レースの距離も長い。
風の強い日は、砂嵐に注意しなくてはならない。
普通の馬は潰れる。
毎回多数の脱落者を出す、『砂漠渡り<クロスオーバー・ザ・デザート>』と言う、過酷レースもある。
余りに過酷なので、砂漠の気候に慣れている馬でも脱落する。
やはり普通の馬は潰れる。
・ブリンガー地方
長中短距離、あらゆるレースが開催される、競馬の本場。
比較的、芝生の馬場が多い。
『高原<ハイランド>』レースや、『湖渡り<クロス・ザ・レイク>』も開かれる。
毎回幾らかの脱落者を出す、『山越え<オーバー・ザ・マウンテン>』と呼ばれる、過酷レースもある。
普通の馬は潰れる。
・エグゼラ地方
どこの馬場も雪に埋もれている。
当然、雪の上でレースが行われる。
慣れない馬では、深く積もった雪に足を取られて、レース所の話ではない。
冬場は『吹雪<ブリザード>』の中を走らされ、夏場は『半解け雪<スラーシュ>』の中を泥塗れで走らされる。
普通の馬は潰れる。
毎回多数の脱落者を出す、『氷河渡り<クロス・ザ・グレイシア>』と言う、過酷レースもある。
余りに過酷なので、寒さに強い馬でも脱落する。
やはり普通の馬は潰れる。
- 85 :
- ・ティナー地方
広大な競馬場が少ないので、トラックを何週もするレースが多い。
殆どの馬場は人工的な物で、よく整備されている。
他の地方の様な、過酷レースは無い。
特殊なレースには、街中を走る、『市街地<アーバン・ロード>』レースがある。
市街地レースでは、カーブを曲がり切れなかったり、蹄が割れたりする等の、
『不測の事態<アクシデント>』が多発する。
舗装道路に慣れない馬は、よく足を痛めてリタイアする。
潰れる所までは行かない。
・ボルガ地方
競馬場の傾向は、ティナー地方と殆ど同じ。
ブリンガー地方とは違う、『山越え<オーバー・ザ・マウンテン>』レースがある。
ブリンガー地方の山越えが、大きな山を一つ越えるのに対し、こちらの山越えは標高3通前後、
或いは3通以下の山を複数越える。
地形の起伏が激しい為に、ブリンガー地方の山越えより、ボルガ地方の山越えの方が、
幾分厳しいとされる。
特に、急峻な斜面や崖での転落、滑落で大怪我をする例が絶えない。
普通の馬は潰れる。
・カターナ地方
とにかく雨が多い。
土砂降りの中で、レースを行う事も。
雨上がりの晴れた日は、非常に蒸す。
高温多湿な気候に合わなければ、苦戦は必至。
芝生が濃い緑色で、やや草丈が高目なのも特徴。
多量の水を含んだ芝の上は、よく滑るので危険。
海辺の地が多い事を利用した『砂浜<ビーチ>』レース、湿地帯を走り抜ける『沼地<ボッグ>』レースの他、
『海渡り<クロス・ザ・シー>』と呼ばれる過酷レースもある。
泳ぎの下手な馬ばかりでなく、泳ぎの上手い馬でも、溺れたり、潮に流されたりする。
偶に海獣に襲われる。
その他に、『地方境越え<クロス・リージョン>』レースが数種類ある。
特に、大陸一周レースが有名。
- 86 :
- 第二魔法都市ブリンガー 中央競馬場にて
秋、残暑が収まり、やや涼しい風が吹き始めて、過ごし易くなる頃に、
ここブリンガー市の中央競馬場で、大陸一の駿馬を決めるレースが開催される。
その名も「The race to decide the fastest horse」――多くは省略して「DTF」。
「最速の馬を決めるレース」と言う、安直を通り越して、その儘過ぎる大会名は、しかし、
その言葉が持つ重みを、よく表している。
一年間、各地方で最も優秀な成績を収めた競走馬、地方代表とも言える2頭が、
この中央競馬場に集うのだ。
六地方で12頭の「最速」が揃う舞台は、壮観である。
- 87 :
- 大陸一の最速が決まる瞬間を見ようと、ブリンガー中央競馬場には、大陸中から人が訪れる。
第二魔法都市ブリンガー、最大の催事と言って間違い無いだろう。
地方全域を通した盛り上がりでは、農産物コンテストに譲る物の、人・物・金の交流と言う点では、
並ぶ物が無い。
近年では、秋の農産物コンテストの開催期間を、DTFの後に回して、他の地方民にも、
ブリンガー農産物の良さをアピールする様になっている。
- 88 :
- DTFの規格は、1区(1周)、芝、右回り、制限無し。
やや長目の距離ではあるが、大凡標準と言って差し支えない。
好天にも恵まれ、気温湿度共に快適、この日は馬が最高の性能を発揮出来る状況だった。
DTFに出馬する物は、殆ど魔法資質を持った「霊獣」である。
今年の大会も例外ではない。
グラマー地方代表、ハイウェイランナー系の「ハルハイ・ダハマル」、レールランナー系の「ディパール」。
ブリンガー地方代表、シュヴァラピード系の「ガロール」、ホープドラフト系の「リノマーレ」。
エグゼラ地方代表、ロードランナー系の「ローブスティント」、セントリオット系の「ミティローシャト」。
ティナー地方代表、ハイウェイランナー系の「コバルトスター」、ロードランナー系の「ロードマスター」。
ボルガ地方代表、ハイウェイランナー系の「マッハタイクーン」、ノーブル系の「カクスースー」。
カターナ地方代表、ハイウェイランナー系の「ビッセンワイト」、ロイヤル系の「コーテックシャドー」。
これ等の全てが、高い魔法資質を持つ霊馬。
芝に強いシュヴァラピードの血統(ハイウェイランナー、ホープドラフト、ノーブル、ロイヤル含)が、
圧倒的に多いのも特徴だ。
- 89 :
- 冒険者コバルトゥス・ギーダフィは、人の賑わいに誘われて、このブリンガー中央競馬場に来ていた。
ギャンブル好きの彼は、今日がDTFレースの日だと知るや、これも何かの縁、一勝負してやろうと、
出走馬の一覧が書かれた掲示板を眺める。
その中にあった、ある名前にコバルトゥスは目を留めた。
「……コバルト?」
コバルトスター。
ティナー地方代表で、今季は5戦5勝、累計23戦20勝。
芝のトラックでは未だ負け無しと言う、期待の一頭である。
こんな偶然がある物なのかと、コバルトゥスは独り感心した。
しかし、馬と自分の名前が似ていると言うだけで、勝負を賭けてしまう程、彼は単純ではない。
先ずはパドックへ行き、直接自分の目で様子を見て、どんな馬なのか確かめようとする。
- 90 :
- 人で溢れ返るパドックに着いたコバルトゥスは、知り合いの顔を見付けて駆け寄った。
「先輩、偶然ッスね!
相変わらず、野暮ったいなァ」
そう声を掛けられた壮年の男は、慌てて振り返り、コバルトゥスの顔を見て安堵の息を吐く。
「あぁ、コバギか……」
コバギとは『コバ』ルトゥス・『ギ』ーダフィを略した渾名である。
男の態度は、一体何を企んでいたのかと思う様な、挙動不審振りだが、深い意味は無い。
小心者なので、自分に向けられた声に敏感と言うだけ。
何時もの事なので、コバルトゥスは然して気にせず、話を続けた。
「こんな所で会うなんて、先輩……普段は真面目腐った振りして、
やっぱり賭け事が好きなんじゃないんスか?」
「違う。
馬を見に来たんだ」
「またまた誤魔化しちゃって」
目上の者に対しても、コバルトゥスは遠慮しない性格である。
男が余り強く言えない性格なのを良い事に、彼は気安くなっていた。
- 91 :
- 競馬に関して素人同然のコバルトゥスは、丁度良い所に現れたと、壮年の男に尋ねる。
「そうだ、先輩!
パドックでの馬の見方、知ってます?」
「……少し位なら」
「参考にするんで、教えて下さいよ」
「そうだなぁ……」
男は気の無い目で、パドックを取り囲む人垣を見遣った。
そこに割って入るのは、億劫だと感じたのだ。
「あー、人込みが邪魔ッスね」
男の内心を察したコバルトゥスは、持ち前の厚顔さで、自ら人垣を掻き分ける。
「はいはい、失礼しますよー」
驚いた様な顔、不快そうな顔、そう言った他人の反応には見向きもしない。
強い性格である。
それを羨ましい物だと思いながら、男は身を小さくして彼に続いた。
- 92 :
- 人垣の前に出たコバルトゥスと男は、パドックを囲む柵に掴まって、順繰りに歩く馬を見詰めた。
「で、先輩……どうなんスか?
どれが勝ちそう?」
男は一つ深呼吸をして、息を整える。
「そう急かすな。
一頭一頭、確認して行こう」
そして、どの馬を見るでもなく、彼は説明した。
「先ず、馬の様子を見る。
それで性格が判る。
落ち着いて、堂々としていれば良い。
逆に、やたら周囲を気にしたり、暴れる素振りを見せたり、落ち着きが無いのは余り良くない」
「ははぁ、そうなんスか?」
解った様な、解っていない様な、好い加減な返事をするコバルトゥス。
「……DTFの馬券を買うのか?」
男が尋ねると、コバルトゥスは短く答える。
「はい」
それを認めて、男は静かに頷き返した。
「DTFはハイレベルの戦いだ。
小さな調子の好し悪しが、大きく影響する。
素人目でも、調子の好さそうな馬を選ぶのが良い」
「へー」
コバルトゥスは感心した様に長い息を吐いたが、どこか生返事で、本当に聞いているのかと、
男は不安になる。
- 93 :
- 男の説明を聞き流しながら、コバルトゥスの目は出走馬を追っていた。
そして、青毛の馬を発見すると、それを注意深く観察する。
(取り敢えず、落ち着いている様だな……)
調教師に引かれ、やや俯き加減の馬は、元気が無い様にも感じられる。
一方で、その前を歩いている小柄な馬は、歩調を変えたり、軽く跳ねたりと、落ち着きが無い。
「先輩、ああ言うのは駄目なんスか?」
男はコバルトゥスが指した、小柄な馬を見詰めた。
顎に手を当て、短く唸った後、男は呟く。
「あれは性格だな。
目立ちたがりで、気が強い。
大舞台で動じない、良い馬だよ」
それを聞いたコバルトゥスは、先程の青毛の馬に指を差し替える。
「えっ?
だったら、あっちの馬は駄目ッスか?」
男は両腕を胸の前で組んだ。
「いや、あれも性格だろう。
調子が悪いにしては、足取りが確りしている。
大体DTFに出る様な馬は、何度も大レースを経験している物だし、この時の為に、
調子も最高の状態に合わせて来ている筈だから、そうそう悪い奴は居ないよ」
「全然参考にならないじゃないッスか……」
呆れて脱力するコバルトゥスに、男は苦笑して言う。
「それでも、環境が合わなかったり、DTFの雰囲気に呑まれたり、急に具合が悪くなったり、
何かしら起こる物だからね。
自分の目で確かめるのは大事だよ」
しかし、よく判らない物を見ても無駄だと、コバルトゥスは直ぐパドックから離れた。
- 94 :
- DTFの開始時間が近付くに連れて、徐々に30万の観覧席が埋まって行く。
コバルトゥスは壮年の男に尋ねた。
「先輩は買わないんスか?」
「僕は今まで、金を賭けた勝負で、勝った例が無い。
そうでないなら、普通に勝つんだけど……欲が張ると駄目になるんだ」
男は自嘲する。
コバルトゥスは僅かに思案した後、彼に問うた。
「先輩は、どれが勝つと思います?」
「環境に慣れていると言う点なら、ブリンガー地方の馬が無難じゃないかな?」
「だったら、その馬券を買って下さい」
何故なのかと、腑に落ちない表情をする男に、コバルトゥスは平然と言って退ける。
「勝ちの目は、一つでも潰れてくれた方が嬉しいんで」
嫌な奴だと思いながら、男は言われる儘に、馬券を買った。
1番「リノマーレ」単勝。
「お前は、どの馬に賭けた?」
男に訊かれたコバルトゥスは、素っ気無く答える。
「5番」
5番はコバルトスター。
(『コバルト』か……)
それを確認した男は、意外と単純な奴だなと、初めてコバルトゥスに親しみを持った。
- 95 :
- 唯一大陸での、競馬の賭け方は、全部で6種類ある。
1着を予想する単勝。
1着と2着を予想する二連勝と、1〜3着までを予想する三連勝で、それぞれに単式と複式。
最後に最下位を予想する単敗(脱落・棄権を除く)。
多くのレースでは、出走馬数によって賞金が分けられ、1〜3着と4着以下との間には、
大きな差がある。
一方で、4着以下では殆ど賞金が同じで、最下位には全く金が入らない。
この『4着以下になった時に支払われる賞金』は、業界用語で『参加賞<レーシング・プライズ>』と言われる。
最下位には、参加賞すら与えられないのだ。
これによって、意図的な負けを防いでいる。
見返りの有無に関わらず、態と最下位になる事は許されない。
出来レースは関与者全員が、業界から永久追放される。
- 96 :
- レースを決めるのは、何も馬ばかりではない。
共通魔法文明の競馬では、騎手の能力も重要になって来る。
それは魔法の使用が許されている為だ。
勿論、戦略を練って、その通りに馬を制御する、純粋な騎手としての手腕も欠かせない物だが、
魔法の効果は戦略を根本的に覆す。
馬の調子が多少悪かろうが、騎手が優秀な共通魔法使いなら、何とかなってしまう。
騎手の能力によっては、ペース配分と言う物が、全く意味を成さなくなる。
しかし、レースの最中には、馬と自分に限って効果がある魔法しか使えない。
よく使われる物は、体重を軽くする「綿雲の魔法」、体感時間を長くして集中力を高める「延伸の魔法」、
疲労を取り除く回復魔法全般、精神を高揚させて限界を突破する「熱狂の魔法」、
走力を増強する「駆動の魔法」。
「追い風の魔法」、「突風の魔法」等の風を操る魔法は、上手く使えばレースを有利に運べそうだが、
他の馬に直接の影響を与える為に、禁止されている。
- 97 :
- 今大会注目の騎手は、ミティローシャトを駆るスタルドゥーク・ミースニク。
エグゼラ地方出身の彼は、今六傑マクシマルシーロ・イスヒャー・カイ・グローウェクの従弟であり、
『小さな巨人<マリー・ギガント>』の通称で知られる。
普通、エグゼラ地方の出身者は、中々競走馬の騎手になれない。
それは体格が大きく、筋肉が付き易い性質を持っている為だ。
しかし、スタルドゥークはエグゼラ地方民としては、相当小柄な部類に入る。
それは彼がボルガ地方民を母に持つ、ハーフだからである。
その小さな巨人が騎乗するミティローシャトは、最強の軍馬セントリオットの系統。
エグゼラ地方で開催される、主要なレースを制覇したミティローシャトは、エグゼラ地方競馬史上、
最高の一頭とされる。
その立役者がスタルドゥークなのだ。
荒くれのミティローシャトを完璧に制御し、セントリオットの抜群の体力を、魔法で更に強化して、
終始全力で走り切る。
そんな無謀とも言える走行で、スタルドゥークはミティローシャトを勝利へと導いて来た。
今回、スタルドゥークとミティローシャトが、「温暖な気候」、「綺麗な芝」と言う不慣れな環境に、
どう対応するのか?
そう言う所も注目されている。
- 98 :
- 今回、本命はガロール、対抗はコバルトスター、穴馬はマッハタイクーン。
以下僅差で、ハルハイ・ダハマル、ビッセンワイトと続く。
やはり走力のあるハイウェイランナーが強い。
余程の事が起こらない限りは、この中から最速が出るだろうと、多くの予想屋が睨んでいた。
その中で、大大穴として意外な人気を集めていたのが、ミティローシャトだ。
ハイウェイランナーより一回り以上も大きいセントリオットは、圧倒的な迫力を持っていた。
騎手がスタルドゥークと言う事もあり、「余程の事」を起こすのは、この一頭以外に無いと、
そう観客に印象付けたのだ。
コバルトゥスの指図が無ければ、壮年の男はミティローシャトに賭けようと思っていた。
ブリンガー地方出身馬と言う条件で、最有力のガロールに賭けなかったのは、小やかな抵抗だった。
- 99 :
- 「間も無く、DTFレースを開始します。
出走馬入場」
拡声魔法のアナウンスが流れると、30万の観衆は俄かに静まり返った。
やがてトラックに一頭ずつ、騎手を乗せた馬が姿を現す。
その度に観客席から声援が送られた。
DTFに出場する資格を持つ馬は、その年で優秀な戦績を収めた「選抜」と、
それとは別枠で地方の特色を現した「推薦」、1頭ずつ。
最内1番ブリンガー地方推薦リノマーレ、2番グラマー地方選抜ハルハイ・ダハマル、
3番ブリンガー地方選抜ガロール、4番ボルガ地方選抜マッハタイクーン、
5番ティナー地方選抜コバルトスター、カターナ地方代表6番ビッセンワイト、
7番ボルガ地方推薦カクスースー、8番エグゼラ地方推薦ミティローシャト、
9番ティナー地方推薦ロードマスター、10番エグゼラ地方選抜ローブスティント、
11番グラマー地方推薦デイパール、最外12番カターナ地方推薦コーテックシャドー。
両端に寄り過ぎない好い位置に、有力馬が揃っている。
この中で最も大きな声援を受けたのは、3番ガロール。
声援の大きさは、その儘、期待の大きさである。
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