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2013年06月なりきりネタ253: 邪気眼―JackyGun― 第一部 〜]V魔眼編〜 (135)
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邪気眼―JackyGun― 第一部 〜]V魔眼編〜
- 1 :2013/02/22 〜 最終レス :2013/06/03
- ・ソ蠕ゥ蜈・@縺セ縺励◆
まとめ
http://mimizun.com/log/2ch/charaneta2/1153602955/
- 2 :
- テスト
- 3 :
- お前、俺の邪気眼がセカンドオリジナルだと知っても同じ態度とれんの?
- 4 :
- 繰り返すのか…呪われしあの『黒歴史ブラッククロニクル』を…
ERRARE HUMANUM EST…
さあ、幾度目かの堕天の扉を開こう…ラ・ヨダソウ・スティアーナ
- 5 :
- 意味がわからん
- 6 :
- どうすんだよこのスレ
俺の右腕に宿る力で消し飛ばしちまうぜ・・・?
- 7 :
- エンッ!!
- 8 :
- スレを立てろ――倒錯眼!!
- 9 :
- >>6
へぇ・・・・人間にしてはそこそこの邪気だね
『人間にしては』だけどね
- 10 :
- テンプレないの?
- 11 :
- >>10
中学の頃カッコいいと思って
怪我もして無いのに腕に包帯巻いて、突然腕を押さえて
「っぐわ!・・・くそ!・・・また暴れだしやがった・・・」とか言いながら息をを荒げて
「奴等がまた近づいて来たみたいだな・・・」なんて言ってた
クラスメイトに「何してんの?」と聞かれると
「っふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・」
と言いながら人気の無いところに消えていく
テスト中、静まり返った教室の中で「うっ・・・こんな時にまで・・・しつこい奴等だ」
と言って教室飛び出した時のこと思い返すと死にたくなる
柔道の授業で試合してて腕を痛そうに押さえ相手に
「が・・・あ・・・離れろ・・・死にたくなかったら早く俺から離れろ!!」
とかもやった体育の先生も俺がどういう生徒が知ってたらしくその試合はノーコンテストで終了
毎日こんな感じだった
でもやっぱりそんな痛いキャラだとヤンキーグループに
「邪気眼見せろよ!邪気眼!」とか言われても
「・・・ふん・・・小うるさい奴等だ・・・失せな」とか言ってヤンキー逆上させて
スリーパーホールドくらったりしてた、そういう時は何時も腕を痛がる動作で
「貴様ら・・・許さん・・・」って一瞬何かが取り付いたふりして
「っは・・・し、静まれ・・・俺の腕よ・・・怒りを静めろ!!」と言って腕を思いっきり押さえてた
そうやって時間稼ぎして休み時間が終わるのを待った
授業と授業の間の短い休み時間ならともかく、昼休みに絡まれると悪夢だった
- 12 :
- ああ…どうやら奴らは俺達とやり合うつもりらしい…
- 13 :
- 戯れに滅亡し、戯れに新生する――か
フッ、理解した
お望み通り、面白可笑しく滑稽に……踊ってやるさ
それが『世界の選択』だというなら、な
- 14 :
- そういや中学生の頃龍と人のハーフだった
- 15 :
- 先の「隕石」…
あれは一体何だったのか…
クソッ、イヤな気配がプンプンするぜ…!
- 16 :
- (だが真に恐るべきは、あの隕石を破壊した能力者よ・・・・)
- 17 :
- 莫迦め……
落ちたのではない、狙って「落とされた」のだ!
つまり敵の能力者は、支配領域を宇宙空間にまで及ぼしているッ!
- 18 :
- ヘェ、僕以外にも『世界級』の邪気眼使いがいたなんてね・・・
- 19 :
- ]V魔眼・・だと?
馬鹿な、それは既に過ぎ去った事象のはずだ・・・
まさか・・
時が、遡っている・・
世界を巻き戻されたというのか・・・!?
- 20 :
- 感じる…このスレから魔力を感じるデース!
- 21 :
- ル・ラーダ・フォルオル・・・時は流転する
- 22 :
- 歴史を…
未来を…
後悔を…
この身朽ち果てても…
今度こそ、皆が幸福な結末を迎えられるように…
『光陰眼』――時よ、巻き戻れ
後は、任せたぞ…
シュウウ…ン
- 23 :
- 古代種たるドラゴンだけど何か質問ある?
- 24 :
- 幻獣界より現世に古竜復活せし時、ワールドディストラクションのトリガーは引かれ暗黒神バルディリオスと皇聖神アストロディーナの終末戦争が始まる……って次元管理人から聞いたんだけどやっぱりドラゴンも世界の均衡を保つ為に同種の怪しい動きはチェックしてたりするのか?
- 25 :
- 規制に喘ぐ民に告ぐ
どうやら有志が避難所を立ててくれたらしい
餓えた魂の慰めとするが良いだろう―――『約束の刻』はいずれ来るのだから
ttp://www3.atchs.jp/m/jackyigun
- 26 :
- シャスタール
グロッセア
クロークルワッハ
かつての我が僚友達
その多くが死闘の中で勇ましく散華した
儂が老いさらばえながらも今もこうして生きているのは、臆病の証明に他ならない
怖かったのだ
死が。戦いが。若かった儂は忌避し、一切の責務から逃避した
結果、儂は生き残った
しかしそれだけだ。儂は、独りになってしまった……
嗚呼、そうだ
世界は巻き戻ったのだ
ならば、やり直そう。我が悔いにまみれた生涯のを
想い出となった僚友が生きている戦列に参じよう、これより勝る喜びはない
聴けよ我が勇名を
【雷】の守護天使、電雷荒天のゴルドボルト――汝らを撃滅する閃光の翼なり
- 27 :
- 涙ぐましいじゃねえか、老いぼれ
遺物は土に埋まってな!
- 28 :
- …来た。
- 29 :
- 邪気眼遣い…全て、R。
慈悲はない、許しもしない…
お前達は私の全てを奪った。愛情を、感情を、恐怖を……そして日常を
私はR。お前達が肉の一片とてこの世から消え失せるまで
- 30 :
- やれやれ
俺は”平穏無事”に過ごしたい、それだけなのによ…
寄って集る小蠅を見ちまったら、大掃除しなくちゃならねえだろう
忠告は一度だけだ
『消えな』
さもなくば『消す』
- 31 :
- ピリリリリリ ピッ
ああ、どうやら『時は遡ったようだ』。
私としてはこの結果にいささか不安ではある、因果率と波動係数の波が不安定になるからな……まぁ、それが『世界の選択』であるなら私は一向に構わないが……
私は引き続き奴らを見ていよう、『疎まれし子供達』の力の変移が楽しみだよ、ラ・ヨダソウ・スティアーナ
ピッ
- 32 :
- 今回の時空規模の極大異変
巻き戻しの基点は、墜落した「隕石」以外に考えられん
やはり、この目で直接確かめに行かねばな
―――往こう、世界に空いた大穴へ
- 33 :
- 邪気眼
プレート
魔剣
エターナルフォース
何れでも世界の終演を阻むには足りぬ――全ての力を結集せねば、な
- 34 :
- なんだそりゃ?プレートだぁ?魔剣だぁ?そしてエターナルフォースだぁ?
笑わせんな、そんなややこしいもんは要らねえ。
邪気眼だ、邪気眼あるのみ
それだけ充分だろ。聖なる力も、第四の力なんてのも、魔法なんてファンタジーも、超兵器なんてオーバーテク存在も、何も要らねえ
単純で、明快だ。たった一つの異能の力。世界を根底から支える不浄の力、裏から支える邪悪な力。
それが邪気眼だ
これが、異能だ。いいな?
- 35 :
- .ジャキガンツカイ パ ン ピ ー
『異能がある』か、『そうでない』か。
いいぜ、二択ってのは一番良い。
良いか悪いか、有るか無いか、この世で最も単純な区別だ。
頭の出来がよろしくない俺にとっちゃ大歓迎だぜ、単純ってのは。
まさしく“Simple is the best.”って奴だ。
なあ、そこのアンタは“持ってる”方かい?
俺は“持ってる”し、“待ってる”。『世界の選択』を待ってるんだ――――
- 36 :
- UpDATED...
世界は拡張される
妄想という名の情報量が増大するにつれ、な
カオスの蝶は羽ばたいた
もう、遅い
- 37 :
- ――――――――――――
―――――――
――――
- 38 :
- ――――時代は現代。
携帯電話やパソコンでネットの海に潜れる情報社会の時代。
場所は日本のとある中都市、人口20万ほど、西の方角で海と面するよくある港町。
諸々の事――都市の名所、名産品、地理、都市名とその由来等々etcetc――は、今は置いておこう。
5月の夕方、南西の埠頭。
一人の学ランの男子生徒が携帯を弄りつつ、帰り道をのんびりと進む。
視線は画面に向けられたままであるのだが、今は人通りがとても少ない。
誰かにぶつかる心配は殆どしていなかった。
落ち行く夕日に半身を照らされ、肩にかかるカバンに入った教科書の重みを感じつつ、携帯の画面を見て――息を吐いた。
「……くっだらねー。『カノッサ機関』に『世界政府』ぅ?
幾らなんでも都市伝説にも程度ってあると思うんだけどねー」
今彼が見ていたのは、ありとあらゆる場所で起こっている『怪事件』についてのスレッド。
家の中で綺麗に人だけが灰となって死んでいた、南国で凍死していた、霧の街でミイラが発見された、など。
およそありえない『怪事件』についてのものだ。
とある電脳掲示板にあるそのスレッドでは、色々な憶測が飛び交っている。
そのうちにあったのが「『機関』と『政府』が小競り合いした結果」だの、「『邪気眼使い』の仕業」だのであった。
一高校生である彼――椎葉統也には、ただのネタ話にしか見えなかったが。
「俺は超常現象ドンと来いって感じだけど、いや現実でそんな秘密巨大組織とか不思議能力とか。
んなもん流石にないでしょ。うん」
携帯画面を操作し、ホーム画面へと移行。
一人寂しく呟きながら、ポケットに携帯をしまう。
「…………――ッ!? く、ぁ……ッ!」
突如、ズキリと、左手のテーピングの下が疼いた。
何かに共鳴したかのように、手の甲に一本引かれたひび割れの内側が疼いた。
咄嗟に右手をあてがうが、疼きは収まらない。
もしかしたらそれが、それこそが、世界が動き出した合図だったのかも知れない。
太陽が沈み、新しい夜が始まる。
- 39 :
- 小説形式のTRP系じゃ設定といいここともろかぶりなわけだが
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1357582712/
- 40 :
- 茜色が世界を支配している。
黄昏とは世界が停止する時間だ。黄泉と現世を隔てる壁が薄まる時とも言われる。
ゆえにこの時間帯に、墓所を訪れるような人はいない。ましてや北の埠頭の近くにある、人通りもなく荒れ始めた墓所などには…
いや、一人、そこにはいた。
5月だというのに首には掠れた橙色のマフラーを巻いて、不摂生に伸びた髪と合わせてその顔を隠していた。
マフラーの端はぼろ布のようになっており、それが海風を受けて大きくはためいた。
それに合わせて不摂生な髪も風に煽られ、その顔が顕になる。
その顔の、その瞳を見たものは、おそらくこの者がこの世の存在ではないと思って逃げ帰ったことだろう
病的な三白眼のその瞳は、腐った魚のようにドロリと濁り、さらにその奥で怒りと、哀しみと…様々な感情が渦巻いていた。
その中でも一際きわ立っているのは、哀しみ…だろうか?
悲哀を持った視線は、まっすぐ眼前にあるものを見据えている。この荒れかけた墓所の中で、唯一人の手が入った、小さな墓。
その白い墓石には『柩望家ノ墓』と美しく彫り込まれ、水の満たされた花瓶には金木犀が活けられていた。
生前、ドイツ人の母が好きだった花だ。花言葉は『初恋』
父…後の世界的刀鍛冶の「柩望 紺野」とのRの時にも、この花は咲き乱れていたと聞かされ続けていた。
父もまた、この花の香りはよく覚えていると照れくさそうに笑っていた。互いに一目惚れだったのだ。
だが、それは禁断の恋。
二人は―――邪気眼遣いだった。それも、カノッサ派閥と、世界政府派閥。対立する2つの機関の
しかし二人は互いを愛することを止めなかった。世俗だの、派閥だのという理由で愛を阻まれる理由がどこにあろうか?
そして、"彼女"が生まれた。
「…お父さん」
蚊の鳴くような細い声が、マフラーのしたから漏れる。
ここに紺野の、父の遺骨はない。消滅したのだ、遠い異国の地で、母と共に、2つの機関による陰謀と戦略に使われて。
「…必ず、讐いてみせる。
すべての邪気眼を、R。
カノッサを、世界政府を、潰す…
お父さん、お母さん…私を残したのは、その為でしょ…?」
最初は小さく、悲しみに満ちていた言葉が、徐々に力を帯びる。
その瞳に、殺意と、復讐心が燃え上がる。
巨大な機関に抗う、小さき復讐者。名は「柩望 玲」
- 41 :
- 「――――!」
墓の前で佇んでいた玲は、とある感覚に背筋を撫でられ、素早く振り向いた。
左手が腰に提げられた刀に伸びる。
鍔の形状やわずかに反りの入った鞘を見るに日本刀だろうが、どこか違和感がある。
鞘の長さに対して柄があまりにも短すぎるのだ。明らかな両手剣の長さであるのに、これでは片手で持つのがやっとだろう
彼女は、柄まで伸ばした左手を止め。そして引いた。
「…遠い、しかし」
独り言のように呟く言葉は、先刻の力強さは掻き消え、最初の蚊の鳴くような声に戻っている。
彼女はわずかばかり考える素振りをした後、ぼろ布じみたマフラーをたなびかせ走り始める。
速い、並の人間の速度ではない。自動車すらも易々と追い抜いてしまいそうな速度だ。
更に、一度の踏みきりで家を飛び越し、屋根と屋根を軽々と渡り、小川を一息に飛び越え、そして南西の埠頭へと辿りついた。
南西の埠頭までの距離は実に数キロはあったが、時間は一分と掛かっておらず、彼女は息のひとつも切らしていない。
そして、その腐った魚のような濁った目は、激しい怒りに燃えていた。
「邪気眼遣い…!」
その目線の先には、右腕で必死に左手を抑える、青年の姿があった。
彼女の左手が、腰の刀へと伸びる。
- 42 :
- しかし、左手を痛がる青年に話しかけたのは彼女が先ではなかった。
ほぼ同時刻、同時刻である。事(彼の左手が疼いて)が起きて一分と経っていない。
だが、世界に張り巡らされた網とは非常にきめ細かく、また早いものであった。偶然が重なったという事もあるが
「…ほー、後天型の発眼者か」
声をかけたのは、漆黒のスーツを着た若い男。
スーツの胸元には、見たことのない金色のバッジが輝いている。
…カノッサ機関のエンブレムだ。世界に知る者はわずかばかり
「運が良かった、お前も、俺もな。
ウェルカム・トゥ・アンダーグラウンド、新たな邪気眼遣い
カノッサ機関エージェント、ハウル・キトーだ。お前をスカウト…いや、連行すべきか?まだ発眼したてだからな」
男は不敵に笑う。
その瞳が、淡く紫色に輝いた。
- 43 :
- 「くっそ、ひび割れが開いたか? それにしては、おかしい……!」
テーピングの下から発する、ズキズキと治まらない疼き。
ただの傷の悪化というには毛色の違う感覚。
まるで、植物がその枝葉を伸ばしていくような、不思議な感覚が蝕んでいく。
「…ほー、後天型の発眼者か」
「ッ!?」
左手を抑えて立ちすくむ統也に、何者かが話しかける。
落としていた視線を上げて声の方向へと振り向くと、スーツ姿の男が視界に入った。
人気のない黄昏時の薄明では、まるで闇の中から出てきたかのような錯覚を覚える。
唯一目立つのは、胸に輝く金色のバッジだけだった。
統也は彼を認識して眉を潜める。
「運が良かった、お前も、俺もな。
ウェルカム・トゥ・アンダーグラウンド、新たな邪気眼遣い
カノッサ機関エージェント、ハウル・キトーだ。お前をスカウト…いや、連行すべきか?まだ発眼したてだからな」
「…………あ?」
不敵に笑う男の言葉に、統也は思わず間抜けな声を上げてしまう。
邪気眼、カノッサ機関。さっきまで読んでた法螺話のワードでしかないはずだった。
誰かの脳裏に浮かんだ、ただの中二病の妄想世界の話でしかなかった。
「何処にスカウトだって? 『カノッサ機関』って……都市伝説の話じゃねーのか?
いや、そもそも発眼って……どういう、ことだ?」
意味が分からないとでも言いたそうに尋ねながら、しかし、統也は不思議と確信していた。
――きっと現実である、と。
当然道理や論理ではない。
統也自身の直感と正体不明の左手の疼き、その二つがそう伝えているのだ。
疼きの脈動が早まる。
「アンタは一体――……ッ!?」
問い掛けたその瞬間、一陣の北風が吹く。
振り返って見えたのは季節外れの橙のマフラー。
飛び出してきたのは刀を携えた少女。
これで立ち尽くす統也の前後は、謎の人物二人で挟まれた。
- 44 :
- 「……フン?」
ハウル・キトーは訝しんだ。
相手の反応が、想像異常に薄かったからだ。
(この発眼者、自覚がないのか? 通常なら内から湧き上がってくる"力"を感じ、神にでもなったかのような錯覚に陥るはずだ)
「何処にスカウトだって? 『カノッサ機関』って……都市伝説の話じゃねーのか?
いや、そもそも発眼って……どういう、ことだ?」
青年は、統也は困惑しながらも、その瞳は確信に満ちていた。
それを見て、ハウルはフム…とわずかに思考を巡らせる。
「……まあいい、知らんのも無理はない
だが最初に警告しておく、俺に付いてこなければ早かれ死ぬ
お前は邪気眼使いになった…世界を手中に収める力、世界を裏から操る力だ
そんな力を放り出しておけばどうなる?……連行とは言ったが、お前に選択の余地はない」
そして、今までスカウトしてきた能力者と同じ調子、慣れた口ぶりでつらつらと言葉を連ね始めた。
こういった不安定な状況に陥っている人間というものは、言葉で押し込めばどうにでもなる。
長年培ってきた彼のスカウトマン精神はそう答えを導き出したのだ。
「カノッサに入れば世界が変わる。被支配者から支配者になれる。
全ての人類を見下したくはないか?世界を自分の思うがままにしたくはないか?
さあ…来い、邪気眼遣い。カノッサはお前を歓迎し―――――ム?」
テンプレートの説得も大詰め、というところで、彼は後ろに現れた影に気付く。
(聞かれたか…?周囲に人影はなかった筈。いや、何でもいい、聞かれたのならば排除―――)
その時、一陣の北風が吹き、人影の首筋をぼろ布のようになったマフラーがたなびいた。その色は、掠れた橙。
「何だと」
彼女の存在を、カノッサで知らぬ者はいない。
愚かなる凶刃。黒き閃光。橙の疾風。狂いし死神――――そして
「柩望の、娘…!この国に潜伏しているとは聞いたが、こんなところで!」
驚愕に目を見開き、ハウルは大きく身を引く。その左目がさらに強く紫色の光を帯びた。
- 45 :
- 「いや…むしろ好機!貴様の悪行、ここで打ち止めにしてくれる!
開け!『転送眼』!」
彼は両手を上にかかげた。
するとどうだ、彼の両脇、頭より少し高い位置に、黒いもやが渦巻き始めたではないか!
そしてそこから、更に二人の男が現れ、地面に降り立った!
左手には金髪ツンツン頭のタンクトップ姿のヒョロ男、右手はその逆、筋骨隆々の偉丈夫!
両者とも、左腕に包帯を巻き、その右目が淡く黄土色と煉瓦色に輝いている…そう、邪気眼遣いだ。
「オイオイ、いいとこだったのによォ…急に呼ぶんじゃねえよハウル」
「ヌゥー…」
ヒョロ男は手に持っていたトランプを投げ捨てると、欠伸を一つして頭を掻く。
偉丈夫といえば、ひとしきり唸ったのみで腕を組んだまま動かない。
「悪いなジュドー、だが金星だ。新たな邪気眼使いと、そして柩望の娘だ。
俺はスカウトを完遂。お前らは柩望の娘を殺って報告。勝ち組だぜ」
ジュドーと呼ばれた金髪の男は、こちらを睨み、既に臨戦態勢に入っている玲を見てさも嬉しげに笑った。
「ホッ!マジじゃねえか!オイ、チェリー!おめェ前出ろや!」
「ヌゥーッ…」
チェリー…外見に全く似合わぬ名前を持つ巨漢は、ズシリと地響きを上げて、統也の脇を素通りし、玲の前に立ちはだかる。
「そして君はこっちだ。誰か?と聞いたな?俺は邪気眼遣いだ。『転送眼』のハウル・キトー、カノッサのスカウトマンや斥候をやっている」
そしてハウルは再び、統也の前に立ちふさがる。
「そしてお前も邪気眼遣いだ。今なったのさ。手が疼くだろう?目が疼くだろう?クク…いい影響だ
さあ来い、お前の居場所はこちらにしかない、人を支配する存在に共になろう…」
背後の戦慄などまるで無いかのように、彼は再び不敵な笑みを浮かべた。
- 46 :
- 「カノッサ機関…」
玲は突如現れた、ハウルと名乗った男に視線を合わせた。
そう、突如だ。彼女は見ていた。彼が黒いもやの渦の中から出てきたのを、あれが彼の能力なのだろう。
「邪気眼遣い…R…全て、R…!」
燃え盛る復讐心、しかし彼女は体を動かさない。
不意打ちなどという卑怯な真似はしない、正々堂々と戦い、そして惨たらしくRのだ。
そしてカノッサに彼女の名を知らしめる。それが柩望 玲の信条であり、復讐の概要だ。
カノッサという巨大な組織は、一人二人を殺したところで痛くも痒くもないだろう。
だからこそ、彼女はその名を知らしめさせるのだ。その為に戦っているのだ。
そして、そうこうしている内に、ハウルがこちらに気付く。
既に彼女の名はカノッサの中でもそこそこ有名になっているようで、ハウルは驚愕の表情とともにその身を引いた。
「柩望の、娘…!この国に潜伏しているとは聞いたが、こんなところで!
いや…むしろ好機!貴様の悪行、ここで打ち止めにしてくれる!
開け!『転送眼』!」
彼は両手を上に掲げる、先程と同じ黒いもやの渦が生まれ、そこから2人現れた。
気配でわかる、どちらも邪気眼遣いだ。
「3人…」
彼女はわずかに狼狽する。戦力差が大きい。
現れた三人全員が、目にそれぞれ光を宿す。しかし彼女の瞳には、怒りと復讐心が燃え盛るのみ、彼女は…非能力者なのだ。
ではあの身体能力は?邪気を感知するその体質は?全ては邪気眼遣いの両親という、禁断の恋によって生まれた禁断の存在ゆえだ。
「讐いる…この刃は、貴様らを切り裂くためにある」
戦力差を省みず、玲は腰の刀を引き抜く。
それは、この世のすべての闇をかき集めて圧縮したかのような、漆黒の刃。
その刀身からは、どれだけ邪気感応性が無い者が見ても、ゆらゆらと立ち上る禍々しい邪気を感知できるだろう。
- 47 :
- 「ヌゥーッ…」
「まずはお前か…纏めてかかってくればいいものを」
最初に前に出てきたのは、筋骨隆々の巨漢だ。
ハウルとかいう男は、最初の青年を相手しているようだ。2対1。不利なことに変わりはないが、幾分かは楽。
「私は柩望 玲。柩望紺野の一人娘。カノッサ機関、そして邪気眼遣い…全て、父の仇だ。
…父と同じように、惨たらしく死ぬといい。残酷の名のもとに」
残酷…刀の銘だ。正確には、斬黒。
柩望 紺野が生前に遺した刀の一つ。刀匠眼を持っていた彼は、様々な能力を持つ妖刀を作ることができた。
紺野の作品の大半は、邪気眼使いが持つことで、その邪気を吸って初めて能力を発揮するようなものばかりであるが、この斬黒は別。
その刀身から溢れ出る禍々しき邪気によって、誰であろうとその刀の能力を使うことができる。使いこなせるかどうかは別だが
そして、その斬黒の能力は――――
「R…邪気眼遣い!」
業、と風が鳴った。
振るわれた異様に長い刃は、その姿そのままに、弧を描く漆黒の斬撃となって宙を舞い、偉丈夫の体を切り裂いた。
切り裂いた、はずだった。
「…ヌゥーッ」
「…!」
筋肉の塊とも言うべきその体は無傷、それどころか、かすかに怯みもしない。
それを見て、後ろに控えていた金髪の男が大口を開けて笑い出した。
「ヘヘヘハハハハ!どうだ?どうだ?今まで全部真っ二つにしてきたもんなァ!斬れなくてビックリ仰天ってか!
…オイチェリー、少しは喋れよ。自己紹介してくれたんだ。こっちも返さねェとなあ」
「フゥーッ…オオ…おれは、チャリウォット。」
すると、偉丈夫はたどたどしい言葉で喋りだす。
「わが瞳、『鉄塊眼』…重く、硬く。効かぬ、柩望の娘。その程度か」
「ハイハイ、ドーモ、そして俺がジュドー・ブロッサム。能力はだな…ヘヘヘ!吹き飛ばせ、『衝波眼』!」
金髪の男は笑いながら包帯の巻いた右腕を突き出した。
- 48 :
- 「…っ!」
途端、ドウ!と強烈な風が玲の足元を掬う。
「ヌゥーッ!」
バランスを崩したところへ、チャリウォットが巨大な拳を振るう!
「っ…く」
すんでのところで、酔拳の回避技『千鳥足』で致命的になるであろうその拳を避ける。
地面に叩きつけられた拳は、コンクリートをかち割り、拳の形に地面を凹ませた。まるでハンマーのようだ、恐ろしい重さの攻撃である。
しかしそれでいて、速度はそれほど鈍いというわけではない、更に後方支援、相手に隙を作るのに優れた能力。
「…R、全員、R!」
しかし彼女の目に宿る怒りは収まるどころか、より一層強まり、それに呼応するかのように斬黒から立ち上る邪気のオーラは濃くなっていく。
「オッホ!よく避けたなあ!今まで散々殺ってきたのは伊達じゃねえってか!」
男はゲラゲラと不気味に笑い、再度右腕を突き出す。
「けどよォ、俺が攻撃できないって思ってんじゃねえだろうな?ブハハ!なわけねェよなァ!?」
男の右腕から再度、衝撃波が生まれる。鎌鼬のような鋭い刃の衝撃波だ!
「黙れ!」
衝撃波故に不可視のそれを、玲は難なく斬黒で受け止める。
- 49 :
- 「黙れ…!私は貴様らに復讐する!残酷にR!」
ひたすらに叫び、狂気の言葉を連ねる玲。それをみてジュドーは顔をしかめた。
「……うへェ、噂に聞いてたより狂ってんナ、さすがは狂刃か」
「私は狂ってなどいない!」
「ヌゥーッ!」
チャリウォットが鎌鼬を受け止めたその隙を見計らって、さいど拳を振り下ろす!
「邪魔だ!」
玲はその拳に対して、斬黒を振るう。怨念とも見紛うばかりのオーラを発する漆黒の刃が、振り落としたチャリウォットの左腕を…縦に、切り裂いた!
「グオォーーッ!?」
「な、何ィッ!?」
『鉄塊眼』をこうも容易く看破された事に驚愕する二者。
「R!邪気眼遣い!」
玲はその腕を止めることなく、チャリウォットの首を刎ねる!
飛ぶ斬撃、落ちる首、その巨体はわずかに体を痙攣させた後、ドウ!と地響きを立てて仰向けに倒れた。
「…ク、クソ!てめ……」
ジュドーの言葉は最後まで続かなかった。その体を縦に斬撃が斬り抜けて行ったのだ。彼は死んだ、魚の開きのようになって。
- 50 :
- 統也はどうすることもできない。
自分という『日常』は、既に少女とスーツ姿の男の二人――友好的ではないようだが――という『非日常』に挟まれ、身動きが取れていない。
後ろで驚きに染まった声が聞こえる。
「柩望の、娘…!この国に潜伏しているとは聞いたが、こんなところで!」
「ひつ、ぎば」
少女の姓であろうそれを繰り返す。
統也は見ている内に、有ることに気が付いた。
此処からでも見える。彼女の瞳が、何かおぞましい感情で濁りきっているのを。
それは瞳越しでも、恐ろしい形相で獲物を探しているのがよくわかった。
「いや…むしろ好機!貴様の悪行、ここで打ち止めにしてくれる!
開け!『転送眼』!」
ハウルが後ろで声を挙げる。
左手の内側での共鳴が、彼が邪気を行使したのを伝えてくる。
そして、気配が二つ増えた。
「オイオイ、いいとこだったのによォ…急に呼ぶんじゃねえよハウル」
「ヌゥー…」
また振り向くと、細身の金髪男とガタイの良い偉丈夫。
先程までいなかった彼らを、突然召喚したというのだろうか。
「!!……これが、邪気眼?」
漸く実例を目の当たりにして、僅かな疑念も晴れてしまった。
呼び出された二人は統也の後ろ、少女の方を担当。そして統也の方は、最初の一人。
「そして君はこっちだ。誰か?と聞いたな?俺は邪気眼遣いだ。『転送眼』のハウル・キトー、カノッサのスカウトマンや斥候をやっている」
立ちふさがるハウル・キトー。カノッサ機関員。
おそらくは、統也にとって、非日常への入り口となる人物。
「そしてお前も邪気眼遣いだ。今なったのさ。手が疼くだろう?目が疼くだろう?クク…いい影響だ
さあ来い、お前の居場所はこちらにしかない、人を支配する存在に共になろう…」
- 51 :
- ハウルの言葉に、短い沈黙が漂う。
統也は視線を疼く左手に落とした。
後ろの喧騒が耳に届く中、躊躇いがちに口を開く。
「…………確かに、疼く。左手のこれはきっと、その『邪気眼』なんだろう。
俺にもわかる。こんな超常現象、誰もが放っておかない。放っておくわけにはいかない」
右手で抑えられている下には、この状況を作り出した原因の一つが蠢いている。
ハウルについていけば、自分の知らない自身を教えてくれるのだろうが――。
落とした視線を上げて、ハウルの紫色の『眼』に合わせた。
「だが断らせてくれ」
キッパリと出した彼の答えは、拒絶。
自分が落ち着くために、一言一言ゆっくりと言葉を継ぐ。
まるで自分を納得させるために。
「悪いが、俺ァそのカノッサってのが何するところだか知らないし、支配になぞ興味はない。
ハイそーですかって知らない不審者にホイホイ付いていくような教育を受けた覚えもない。
そして――――」
同時に、後ろの喧騒が沈黙する。
埠頭にある潮の香りに加えて、今はむせ返りそうな錆びた鉄の臭いが広がり始めていた。
濃厚な血の臭い。死の臭い。
「――――アンタらに与したら、こういう事が起きるんだろ?」
戦いの跡に体を向ける。
生々しい鮮血の紅が、暗がりの中でてらてらと惨劇を物語っていた。
命を散らしていたのは大の男二人なのだろう。体から離れて転がっている首と、開きになった身体はその二人だ。
少女は返り血で塗れ、こちらを見ている。
黒刃の刀から放たれる禍々しさと、眼前の所業を為した少女の残酷さが、統也に恐怖を植え付ける。
言葉を発する唇は震えているが、息を呑まなかったのは奇跡といえるだろう。
「まあ、多分拒否権無いんだろ? さっき連行とか言ってたし……拒否したら殺されるとかかな。
でも付いて行っても殺されそうだな、そこの彼女に。そういうわけだからさ、おらよっ!」
肩に掛けていた教科書入りのカバンを、ハウルへと投げつけた。
同時に、統也は陸地側へと駆け出す。
「帰宅させてもらいます! あばよ、ってな!」
- 52 :
- さて、駆け出したはいいが、このまま逃げられるなどとは統也も流石に思っていない。
どちらか片方が、もしくは両方が追ってくるのは想像に難くない。
ハウルは『転送眼』の名称の通り、そして先ほど見せたように、統也を転送して戻すか。
またはハウル自身を転送して追ってくるかするだろう。
少女の方は詳細は知れないものの、動きも速いし邪気眼使い二人を文字通り秒殺している。
どちらが来るにしても、統也はあっという間もなく追いつかれてしまう。
ならば。
「頼むぜ、邪気眼とやら……!」
統也は自分の邪気眼に賭けることにしたのだ。
何が出るかはわからないが、賭けるだけの価値はあると踏んでいる。
覚悟を決めて、左手に巻かれていたテーピングを引きちぎり、左手を掲げた。
「唸れ、俺の邪気眼――――ッ!!」
左手に長く引かれた一本のひび割れが開かれる。
薄い青緑色――浅葱色の『眼』が、固有の異能を行使するべく輝いた。
瞬間、ハウルと少女へと旋風を巻き起こした。
同時に、背後から強烈な突風が統也に突き刺さり、その体を吹き飛ばす。
予期せぬ強烈な風圧に姿勢が崩れ、地面から足が離れた。
そして統也は、着地することなく、夜空へと射出される。
「う、お、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
目まぐるしく天地が変わる視界。時折見える家屋の屋根。狂い始める平衡感覚。
悲鳴を上げながら、町の上にて無様な姿で舞う。
結果、統也は自身の邪気眼によって、自分をヤード単位で飛ばすこととなった。
- 53 :
- …………確かに、疼く。左手のこれはきっと、その『邪気眼』なんだろう。
俺にもわかる。こんな超常現象、誰もが放っておかない。放っておくわけにはいかない」
「ああそうさ、表の世界にお前の居場所は既にない、さあ来い。俺の能力ならお前を今にでも―――」
ハウルは確信的な笑みを浮かべながら統也に手を差し出す。
「――だが断らせてくれ」
「…何?」
その手がまるで画鋲を打ち付けられたかのように止まった。
「悪いが、俺ァそのカノッサってのが何するところだか知らないし、支配になぞ興味はない。
ハイそーですかって知らない不審者にホイホイ付いていくような教育を受けた覚えもない。
そして――――」
統也は振り向く、ハウルもその視線を追う。
「――――アンタらに与したら、こういう事が起きるんだろ?」
「…柩望の娘、貴様…!」
そこにいたのは、惨たらしい2つの死体と、燃え盛る怒りを顕にした玲の姿。
その怒りを体現するかのように、彼女の刀は禍々しい邪気を放っている。
「ジュドーとチェリーの2人掛りでも、この有様だと…!狂人…いや、化物め…!」
「まあ、多分拒否権無いんだろ? さっき連行とか言ってたし……拒否したら殺されるとかかな。
でも付いて行っても殺されそうだな、そこの彼女に。そういうわけだからさ、おらよっ!」
「ぬぅっ!?」
ハウルは、玲に意識を向けていたせいで統也の動きに気付けなかった。
彼にぶつかった衝撃でカバンは開き、周囲に教科書が散乱する。
「舐めたマネを!」
だがこの程度では邪気眼遣いはビクともしない、常人とは体の構造が異なるのだ。衝撃にも、攻撃にも強く、身体能力も高い。
彼は左腕を突き出し、逃げようとする統也を引き戻そうとする。
- 54 :
- (こうなったら無理やりにでも連行してやる!創造主様の眼前に置けば、奴とて忠誠を誓わずにはいられまい!)
統也が左手を掲げる。包帯のようなテープが剥がれ、その傷が顕になる。
パックリと開いた傷は、浅葱色に輝き―――
「ぐうっ!?」
ハウルの背中から強烈な突風が吹いた。
カバンの一撃でも少し怯んだだけであった彼が、思わず足を踏ん張る。
普通の風ではない、邪気を含んだ、異質な風。
(まさか、発眼したてでこの力だと…!?)
あまりの風に彼は能力を使うことができなかった。
そして突風は統也を掬い上げるように飛ばす。
「う、お、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
またたく間に遠くなっていく叫びが、彼の耳に届いた。
「クッ…」
顔を上げる頃には、もう統也の姿は見えず。海風も先ほどの突風で全て吹き終えてしまったかのように、静かな夕凪を保っていた。
「逃げられた、か…」
彼はギリ…と歯ぎしりをする。だが、そんなことをしている場合でもない
この場に一人になってしまった今、彼のすぐ脇にいる狂気の殺戮者のターゲットは自分以外にない。
「…ここは、一旦引かせて貰おう」
彼は『転送眼』で本部へのポータルを開くと、現れた時と同じように突如として消えていった。
- 55 :
- 「………」
彼女は殺陣を終え、静かに残心を行う。
眼前には血みどろに染まった二つの死体。これらはカノッサ傘下の"掃除屋"によって数十分と経たずに片付けられるだろう。
そうやってカノッサは表の世界からひた隠れるのだ。
「…Rべし」
彼女の瞳は静かな怒りを孕む。呼応するように斬黒は邪気を纏う。
その視線は、こちらを見つめる二人の男、いや、邪気眼遣い。
そのうちの一人、漆黒のスーツを着た男に彼女の焦点は合う。胸元にきらめくのは瞳の形をした金のエンブレム。
「カノッサ機関…」
が、彼女が一歩踏み出そうとしたその時、その前に佇む青年が先に動いた。
「まあ、多分拒否権無いんだろ? さっき連行とか言ってたし……拒否したら殺されるとかかな。
でも付いて行っても殺されそうだな、そこの彼女に。そういうわけだからさ、おらよっ!」
「!」
瞬発的に動く、彼は隙を作ってくれたのだ。利用しない手はない
しかし、それが仇となった。
「…っ!?」
突如として轟!と吹きすさぶ突風。走り始めていた彼女は、踏ん張ることができない!
倒れそうになるところを、華麗に側転を決めて持ち直す。
「う、お、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
遠くなる先程の青年の声。
顔を上げれば、山の方へとキリキリと舞いながら吹き飛んでいく青年の姿が見えた。
「……」
彼女はそれを無感情な目で一瞥すると、ハウルへと向き直る。
彼もまた顔を上げ、空を見上げるが、もうそこに青年の姿は確認できなかった。
「逃げられた、か…」
ハウルが小さく歯噛みし、そしてこちらを一瞬ばかり睨むと
「…ここは、一旦引かせて貰おう」
黒渦を作り、その中へと消えていった。おそらくカノッサの支部か、本部だろう。
「………フ」
彼女はマフラーの中でわずかに笑みをつくる。
これでいい、自らの狂気がカノッサへと伝わる。彼女の復讐劇がまた一歩進む。
しかしそれは終わりなき闘争。いつの日か、カノッサを潰すその時まで彼女の狂気と戦いの日々は続くのだ。
- 56 :
- 「………」
玲は斬黒を腰に戻すと、青年の残していった学生カバンを調べる。
いくつかのプリント、教科書などが先ほどの突風に煽られ飛んでいってしまったようだが、それでも大部分はまだ残っている。
「椎葉、統也」
カバンには少々汚れた文字で名前が書かれていた。周囲に散乱する教科書にも同じように
そしてカバンに見受けられる校章。
「…世界基督教大学附属第二高等学校」
この地区にあるそこそこ名の知れた進学高校だ。母体である世界基督教大学は八王子にある。
この地に造詣の深い彼女も何度か通りがかった事がある、まだ普通の家庭であった頃の話だ。
「……」
そして彼女は再度、彼――椎葉統也が飛んでいった山を一瞥する。
さほど離れているわけでもない、充分に帰って来れる距離であろう。
「新たな邪気眼遣い、カノッサには非所属……」
得られた事実を反復するように彼女は呟き。
「…フフ」
純粋で、邪悪な笑みを浮かべた。
- 57 :
- その日の夜、椎葉統也の自宅の玄関前に、彼のカバンが中身も全て収められて置かれていた。
- 58 :
- 「うおわああああああッ! せ、制御しないとマズいッ」
未だに感じる浮遊感の中、必死に姿勢を変え、いずれ来る着地へと備える。
しかし、統也は相当な高さまで飛ばされていた。
予想着地地点は木々を抜けた先。このまま地面へと墜落すれば、待っているのは必死。
初めて行使した自分の『眼』によって自滅する、などというのは今の統也にとっては笑いごとではない。
「もう一度、邪気眼を――――ッ!!」
再び宿った『眼』が浅葱色に輝き、統也を運んだ風を操る。
掬い上げるように吹き飛ばした風は、彼の前方斜め下から吹き上がる風となる。
僅かに落下速度を緩め、落下地点を木々へと移した。
そしていよいよ、若葉が生い茂る枝へと突入。
メキメキメキメキメキメキッ!!
「だあああああああああああああッ!! ……っててて」
何本も枝を巻き込み、クッションとして、漸く統也は着地を果たしたのだった。
無事というには色々な場所に打ち身をしている
学ランは折れた枝であちこちが切れているし、上から下まで葉っぱ塗れだしと酷い有様である。
が、何とか大した怪我もなく地上へと降り立てた。
「は、ははは……あー、怖かった。単身空中遊覧なんて、二度とやりたくないな……」
ぼやきながら、草葉を払って立ち上がり、あたりを見回す。
幸い、見覚えのある場所の近くだった。自宅からは然程離れてもいない、広い自然公園の一角に降り立っていた。
日が落ちたばかりではあるが人気も少なく、加えて手の入っている場所からは離れていて、統也の姿も見られてはいないだろう。
残念ながら空の旅の途中はわからないが。
「…………邪気眼使い。カノッサ機関。ハウル・キトー。ヒツギバ」
数分前に出会った、接触した、認識した存在を呟く。
今、近くにその存在がない事は『眼』によってわかる。
統也は少ない脳内リソースで考える。
カノッサ機関は、きっと再び接触を図ってくるだろう。抹殺、連行、いずれにしてもだ。
ヒツギバの少女は何を考えているのかはさっぱりわからないが、もしかするとこちらもまた出会うことになるかもしれない。
これからどうなるかはわからないが、これだけは言える。
「厄介な事になっちまったな。こんなの、邪気眼を持つ奴以外には理解できないだろうけど」
- 59 :
- 次の日。
この日は土曜日、学校で部活動に所属する者なら意気揚々と活動に出かける曜日だ。
統也も多くの高校生同様、部活動に所属している――が、この日ばかりは用事を装い欠席している。
薄く雲が空を覆う午前中。
昨日と同じ学ラン姿の彼は、竹刀を右手に、昨日の着地跡に佇んでいた。
呼吸は整っている。精神は安定している。身体の調子も問題ない。
左手を前方に向けて、『開眼』する。
「吹き荒れろ、『薫風眼』ッ!!」
名づけた『眼』の名称を叫ぶ。
掌から強烈な風が発生し、目の前の木々の間を吹き抜けていく。
一度左手を引き、フィンガースナップと共に振り下ろす。
「真空鎌鼬!」
風の刃が一本の木を切り裂く。
切り裂く、と言っても幹の表面程度にしか被害は及んでいないのだが。
少し乱れた呼吸を整えて、息をつく。
「こんなものか。風の刃は名称変えようかな、やっぱり」
本日起こした統也の行動は、邪気眼の研究――どの程度の力が操れるのか探ることである。
刃物が危ないのは使い方が危ないから、という理念に基づき、邪気眼はまず調べなければならない事であったのだ。
昨日のうちにインターネットで調べてみても大した情報はない故、実際に調べる以外に方法はなかったが。
ひゅるひゅると手の内につむじ風を生み出して訓練しながら、違う疑問に思いを馳せる。
「……カバンを持ってきたのは誰なんだか」
統也は諸事情により、あるマンションで一人暮らしをしている。
朝気が付くと、その部屋の前に前日投げつけたはずのカバンがデン! と置かれていた。
住所はカバンを探ればすぐにわかるだろうが、お気に来たのは誰なのか。
カノッサならそのまま連行だろう、ならば偶々拾った親切で幸福な市民か――あるいはあの少女か。
念のためにカバンをひっくり返して盗聴器やらが仕掛けられてないか調べたものの、おかしなものは何も入っていなかった。
「多分大丈夫だけども……まあ、考えてもわからないか」
おもむろに風を集め始め、散らばった葉っぱを巻き込んで大きなつむじ風を生み出す。
そして空に向かって葉っぱ達を放ち、くるくると舞い降りる姿を鑑賞する。
割と楽しんでいる統也の姿は、どこか楽天的な、油断した姿だっただろう。
- 60 :
- 山中で、風の吹き抜ける音がする。
皐月晴れの下、青々としげる木々はその"薫風"にざわざわと会話をし、そしてその中に一人座る少女もまた、その風の音を静か目を閉じて聞いていた。
風に吹かれ、掠れた橙のマフラーは柔らかになびく。殺伐など何一つない、清心的な世界。
「………」
彼女は目を閉じ、胡座をかいて座禅している。
その体は気配すらも掻き消えて、ほんの数センチ前を野ウサギが駆け抜けていった。
しかしその精神は、森の安らかでありながら、まるで成子を張り巡らすかのように常に周囲の気配に気を払っていた。
その中でも特に集中を向けているのは、風の吹く方向。かすかな邪気を含んだその風は、まさに花蜜薫る風。金木犀のようだ。
「……ふー」
彼女はゆっくりと息を吐き、目を開く。
邪気含む風の吹く方向にいるのは、他でもない、昨日の青年―――椎葉統也だ。
邪気眼遣いになったことで、早速そのファンタジーじみた能力を行使しているのだろう。
新たな能力者とは例外なくこうだ、人間の内なる狂暴性を曝け出し、凶行に出るものも少なくない。
もちろんそういった者は例外なく、カノッサ・世界政府両名から直々に抹殺、もしくは抑圧し彼らの一員となる。
そしていち早く野良邪気眼遣いを捕らえるために、両者は独自の技術を保有するのだ。邪気を感知する技術を
「能力の行使による邪気の拡散…それに引き寄せられ、機関は動く」
彼女はマフラーの中で確認するように呟く。
根回しも月曜日には終わるだろう。彼女は狂気の復讐者だが、孤独ではない、少なからず手助けをしてくれるものはいる。
その根回しの一貫、彼女は脇に置かれたカバンを見やる。
エナメル革のスポーツバッグ、再度中を確認、そこにあるのは濃紺色の学生服。胸元には既に、世界基督教大学附属第二高等学校の校章が貼り付けられていた。
「……」
彼女は満足げに微笑むと、バッグを閉じる。
そしてその時、彼女の鋭敏な感覚は、遠方から迫る存在を認識した。
- 61 :
- 「!」
彼女は即座に立ち上がる。その華奢な体から漏れ出した殺気に当てられ、木々にとまっていた小鳥たちが一斉に飛び立った。
響くエンジン音、トラックだ。しかし異常、それは重厚なディーゼルの音。アスファルトの段差を越える音の大きさが、その車体の重さを物語る。
「世界、政府…!」
彼女は確信した。今度はカノッサではない、それに相対する、もうひとつの機関。現時点の世界の支配者、世界政府。
彼女は山中を駆け、眼下を見渡せる場所へと現れる。遠方の道路を走りこちらに向かってくるのは、明らかにこの場に不釣合いな装甲トラック!
その側面には、地球を象ったレリーフが施されていた。世界政府のエンブレム。
世界政府はカノッサほど邪気眼遣いを重要視しているわけではない、確かにエージェントとして少なからず保有してはいるが、その本質は純粋な軍事力だ。
世界中の軍隊を小指一つで動かせ、そしてカノッサとの戦闘を実際の戦争として誤魔化す。事実、イラク戦争は世界政府とカノッサの部隊が正面激突したものである。
よって、その装甲トラックに乗っているのは単なる兵士であった。
しかし彼女は見る、トラックの助手席、重厚な防弾ガラスで覆われたそこに、防弾服も身に纏わず、PDAを真剣に見つめる男が座っているのを
そしてそのPDAを持つ手は…包帯で巻かれている!更にその瞳には眼帯!
世界政府の考案した、邪気拡散を抑制する拘束具だ!こうすることで、世界政府はカノッサ機関に邪気眼遣いの存在を隠しているのである!
- 62 :
- 玲は木々の合間に隠れたまま、装甲トラックの行く末を見守る。
トラックは山の裾野にある空き地で停止した。途端に、統率された動きで荷台に乗っていた兵士たちが降り立つ。
助手席に乗っていた邪気眼遣いも、のそのそとした動きで降り立つ。パジャマのような、スウェットのような、ゆったりとした服装だ。頭は寝癖でボサボサ、まるでついさっきまでベッドで熟睡していたかのような風貌である。
「…一人」
彼女は木々の合間からその男を睨み、殺意に身体を震わせる。
兵士は殺害対象ではない、目的はあくまで、邪気眼遣いの滅殺。もちろん、反撃してくれば別だ。世界政府の駒、許すわけはない。
パジャマ姿の男はPDAをもぞもぞと弄っている。そして森の中を指差した。兵士たちが素早い動きで展開し、森の中へと入っていく。
目的は、考えるまでもないだろう。現在も気楽に能力を行使している椎葉統也だ。
「…死なれては、困る」
玲は一言呟くと、その場を離れ木々の合間へと消えていった。
- 63 :
- 「―――やれやれ、不作じゃわい」
農作物のことではない。
とある山中の自然公園である。所々に設置されたベンチの一つに、嘆息する腰掛けた老爺の姿があった。
顎には白髭を蓄え、頭部には申し訳程度の白髪。
顔つきは好々爺として柔和だが、浮かべている表情は憂慮のそれであった。
「代を経るごとに質が落ちとる気がしてならん。
経年劣化って奴かのう。確かに直近の四代目は其処彼処が荒れ果ててそりゃあ酷い有様じゃったが……巻き戻っても尚となると、こりゃいよいよまずいのう」
公園の人影は疎らだが、もし今の独り言を聴かれていたとしても何の話かは見当も付かないだろう。
きっとこの世界でたった一人、或いは数人か。
少なくとも今、自然公園に存在する人間に心当たる節は存在するまい。
そして、そんなことは現時点では大した問題ではない。彼の嘆きの内容に焦点はある。
「どうにも心くすぐられる人材がおらんのよなあ。こう、儂が思わずときめいちゃうナイスな不世出の若者が。
あれは気のせいじゃったかのう……」
昨晩のこと。
この山中に無許可でひっそりと立てた小屋に暮らす老人は、エネルギーの爆発のような衝撃を感知した。
それは彼がまさしく求める、不世出の才能。路傍に転がる原石。
言ってしまえば、この老人はそういった原石を磨くのが趣味、否、もはや生き甲斐としている御仁なのであった。はた迷惑極まりない。
これまでも何度かそのような人材に声を掛けているが、無論相手にしてもらえるはずもない。
傍目変人、いやよく観察してみても変人なので当たり前だが。
「ま、こういうのは根気じゃからの。また明日から気合入れて探し直すとするわい……」
ベンチに置いていた杖で地面をカッと突き、重い腰を上げる。
今日の晩飯になる野草を探しに行かねば―――
と、諦めかけていたその時!
「――――む、これは」
風薫る爽やかな気流が、五月の晴れやかな空から届いた。
老人の顔つきが一変する。
嘆息していた先程の憂い顔とは打って変わり、直後だらしないほどに溢れそうな満面の笑みが現れた。
「ほ、ほほ、ほほほ! こりゃあ!
これが儂の探し求めていた……おや、『二つ』とな! ちいと禍々しいが、こりゃあええわい! まぁだまだ捨てたもんじゃないのう!! ほほほーう!!」
ぴょーんとその場で5mほど跳躍するという、もはや人間にあるまじきはしゃぎ方をする老爺。
公園内で各々くつろいでいた人々が一斉に彼を見、そして目を背けた。
変人に対する反応は一様にしてこれが常である。
- 64 :
- 老人はまるで早送りのような機敏な動きで、すぐさま背後の藪へと飛び込んだ。
この自然公園は緑豊かな森林に囲まれている。
遊覧用の林道も設置されているが、自然の状態のままにされている区画が多く、その中でも人の出入りが少ない場所に彼の小屋はある。
無論、特殊な術式で人払いはしてあるが。
―――しかし、例外がある。
彼が敢えて設けた例外が。それは、『邪気眼』及びそれに準ずる異能の所持者・関係者の立ち入りのみを許可する、と。
むしろそれは能力者にはある種の引力と化して、好餌なり陥穽の役割をも果たす。
今回の場合は無論、言うまでもない。
そうして木々の間から見えてきたのは、学ランを着た年若い少年。
つむじ巻く薫風で木の葉を弄ぶ無邪気な後ろ姿だ。
そういう姿を見ると、この老人はもう育成者魂がうずうずと疼いて仕方がなくなるのである。どうしようもない。
という訳で。
「甘い! 甘いぞ若人よ!」
小柄な体躯にしては大きな声量で、老爺は学ランの若者―――統也に声を掛けた。
突然の出来事に、山の精か仙人かと思うかも知れない。
まあ前者はないだろうが。
「その様子じゃと、まだ目覚めて短いようじゃな?
観た感じでは大気を吹かし巻き、荒ばせる風神の業。つむじ風を巻いて葉を舞わせる、その繊細な技を修練なしにこなすとはひとえに才能の一言じゃ。じゃあが!
甘く見てはいかんぞ!
それは一般の常識や法則の及びもつかぬ、超常の力。
少し扱いを過てば即座に牙を剥き、持ち主の血肉を喰らい尽くす邪悪な凶獣となるじゃろう………。故に!」
ビシイ、と統也に人差し指を向ける老爺。一人テンション高めに突っ走っているので、置いてけぼりになっていたとしても仕方がない。
「――――儂の下で学んではみんかの?
儂の見たところ、どうやら才がある。溢れんばかりの才気が走っておるのじゃ。中々の器じゃぞ、お前”達”は。」
お前、達。この物言いに違和感を覚えるかも知れない。
自分以外にもう一人、この老爺が目を付けている人物がいる。もっとも、彼女のことはすでに目にしている、恐らく名前も知っているはずだが。
にやり、と老爺は笑みを浮かべる。
どこからどう見ても、年を食って頭がブッ飛んだ変哲な爺なのだが。
その妙な迫力が少なくとも只者ではないと思わせるだけの説得力があった。勢いで押し切ってしまおうという魂胆はなきにしもあらず。
ともかく老爺は腹の底から響く声で、統也にこう告げた。
「その力、名を邪気眼。お主の想念が宿した眼じゃ。
――――風薫るお主の想い、吹き渡るその行方を、この老い耄れに見させてはくれぬか」
- 65 :
- 空中に舞う葉っぱを、頭の中空っぽにしてぼんやり眺めている統也。そこへ。
「甘い! 甘いぞ若人よ!」
「うわあああッ!? 何ぞッ!?」
背後から掛けられた突然の大声に、飛び上がるほど驚く。
すぐさま振り返ると白髪白髭のご老人がいた。
何時の間に、などと口を開く前に、老人は更に言葉を紡ぐ。
「その様子じゃと、まだ目覚めて短いようじゃな?
観た感じでは大気を吹かし巻き、荒ばせる風神の業。つむじ風を巻いて葉を舞わせる、その繊細な技を修練なしにこなすとはひとえに才能の一言じゃ。
じゃあが!甘く見てはいかんぞ!
それは一般の常識や法則の及びもつかぬ、超常の力。
少し扱いを過てば即座に牙を剥き、持ち主の血肉を喰らい尽くす邪悪な凶獣となるじゃろう………。故に!」
「――――儂の下で学んではみんかの?
儂の見たところ、どうやら才がある。溢れんばかりの才気が走っておるのじゃ。中々の器じゃぞ、お前”達”は。」
「……は、あの、えと?」
統也には口を挟むどころか、思考を纏める隙すらありはしない。驚きと引き気味の表情を見せているはずだ。
辛うじて認識できたのは、今自分に人差し指を向けている老人が、おそらくは彼の『眼』について口走ったことだ。
勢いと迫力に押され気味の統也に、老人はにやりと笑みを見せた。
「その力、名を邪気眼。お主の想念が宿した眼じゃ。
――――風薫るお主の想い、吹き渡るその行方を、この老い耄れに見させてはくれぬか」
邪気眼。直接その言葉を聞いて、漸く統也は表情を改め、真剣な眼差しで老人を射抜く。
未知の出来事に出くわして間もない今の彼にとっては、指針も方針もあったものではない。
しかし、警戒すべき事柄は知っている。
「爺さん、アンタ何者だ。邪気眼を知って……いや、アンタの下で邪気眼を学べってことは、邪気眼使いだろうな。
何故俺に声をかけた? まさか慈善目的じゃあないだろ? もしかして、アンタも……」
- 66 :
- その時、がさがさ、という草をかき分ける音が聞こえてきた。
振り向いた統也の視界に現れたのは5,6人の重装備の兵士。それぞれの手にはサブマシンガンが携えられている。
「……ん? サバゲー集団か何かか? いやまさか――――」
「邪気眼使いだな!? 武装を解除して両手を挙げろ!!」
「――――いいっ!?」
そしてすかさず統也達に――正確には統也に――銃口を向けた。
あまりの事態に一瞬硬直し、すぐに持っていた竹刀を目の前に転がす。
銃口を向けられたことで心臓のビートが加速している中、震える声で口を開く。
「じ、爺さんは下がってろ。…………アンタら、カノッサ機関か? 俺を連行しに来た、のか?」
ガチガチに緊張した様子の統也に、最初に声を張り上げた男が鼻で笑う。
他の人物は動かずに銃口を向けてくるあたり、どうやら彼が彼らの隊長らしい。
「ハッ、機関? 冗談抜かすなよ小僧、我々は『世界政府』だ。ま、一般人じゃあ知らないか。
どうやら奴らと接触したようだが、その様子だと拒絶したみたいだな。丁度いい、我々の下に来い」
世界政府。以前掲示板でカノッサ機関と一緒に出てきた機関である。
しかし組織は違えども、要件は同様だ。そして滲み出る怪しさも。
苦い顔で返事をしない統也に、躊躇いを見出したか、隊長が再び声をかける。
「何、悪いようにはしない。邪気眼使いは貴重だからな……まあ、そこの爺には口封じさせてもらうがな」
隊長の構える銃口が統也から老人に向けられた。
間違いなく撃つ気だ。動作を感じ取った統也は、瞬時に『眼』を行使する。
「させるか……ッ! 『薫風眼』ッ!!」
足元の草葉と枝を風で巻き上げ、兵士達へと撒き散らす。
昨日今日と統也に荒らされたのが幸いして、見事に目くらましとなった。
「逃げるぞ爺さん! 話はあとでよく聞かせろよ!?」
木々の間へと駆け出す統也。後ろでは混乱の中、隊長が怒鳴り声をあげている。
「撃て! 奴を逃がすな、殺害を許可する!」
「班長! しかしながら、我々の目的は新たな邪気眼の連行では!」
「構わん! 抵抗に遭い応戦した事にすれば大した罰もない! それよりも逃げられる方がマズい! 撃てェ!」
漸く平静を戻した兵士達は、再び統也達へと銃口を向ける。逃げる彼らに、凶弾が放たれた。
- 67 :
- 「……!」
彼女が椎葉統也のいる広場に現れた時、彼は既に世界政府の部隊と会敵していた。
おかしな老人が混じっているが、今はそれを気にすることではない。
状況は険悪。判断は迅速にせよ。
彼が能力を行使し、風と共に木の葉が舞い上がったのと同じタイミングで、彼女は大きく跳躍する。
「逃げるぞ爺さん! 話はあとでよく聞かせろよ!?」
(…?)
彼と後ろの老人は知り合い同士なのだろうか、玲は空中で身を捻りながらかすかな疑問を抱く。
しかしその考えもすぐに霧散した。世界政府兵士の声が響く。
「撃て! 奴を逃がすな、殺害を許可する!」
「班長! しかしながら、我々の目的は新たな邪気眼の連行では!」
「構わん! 抵抗に遭い応戦した事にすれば大した罰もない! それよりも逃げられる方がマズい! 撃てェ!」
彼らの持つカービンライフルが火を噴く
邪気眼遣いは常人より身体能力に優れるとは言え、銃で撃たれれば当然死ぬ。ましてや椎葉統也はまだその高い身体能力すらまともに発揮できぬヒヨっこだ
「ザン、コク!」
彼女は刀の銘を叫ぶ。すると、どうだ、隠されるように腰に括りつけられていた漆黒の刃、斬黒がひとりでに鞘から飛び出し、彼女の手に収まったではないか!
まるで最初からそこにあったかのようにぴったりと手に収まったそれを、彼女は横薙ぎに振るう。
円弧状の漆黒の斬撃が刀身から現れ、飛翔する銃弾を纏めて切り払った、いや、その表現は適切ではないだろう、分厚い漆黒の斬撃の中に、吸収されたのだ。
斬撃が通過したあとには、鉛の粉塵しか残らない。斬黒…全てを喰らい尽くしながら対象を切り刻む、狂気の、残酷の刃だ。
「――!」
彼女は体操選手のように空中で一回転すると、斬黒を水平に構え、中腰の姿勢で世界政府軍と椎葉統也の間に割入った。
一歩遅れて、掠れた橙色のマフラーがパサリと彼女の肩に掛かる。
- 68 :
- 「柩望紺野が娘、柩望 玲……世界政府、父を利用し、使えなかったとみるやあっさりと切り捨てたその悪行…許しはしない」
「何だ?別の能力者?カノッサか?」
隊員の一人がライフルを構えたまま、警戒を怠らずに呟く。
しかし隊長と思しき男のみは、何か思い当たる節があるようで、わずかに体を浮かせた。
「ヒツギバ…まさか」
「あれあれあれ、困ったね」
その虚をついて動こうとした玲の体が、ビタッと止まる。
兵士たちの後ろの森から、先ほど麓で見た、パジャマ姿の邪気眼遣いが現れたのだ。
既に拘束具たる包帯と眼帯は外されており、その瞳はパジャマと同じ藤色の輝きを放っている。
「まさか、柩望の娘がいたなんてね。僕がいなかったら全滅だったね
でも、僕がいても全滅かもなあ……だって強いって噂だし」
寝癖のついた頭をボリボリと掻いて、あくびを一つ。
「でもまあ、遭っちゃったからには仕方がない。やるよ、皆
命を大事に、ね」
「…了解です。トム・リドル」
隊長は苦しげな表情をしたが、反抗することはない。
「一人だけ生き残れば見逃してくれるかもよ?彼女はそういう性格らしいし」
しかし、トム・リドルと呼ばれた男はあっけからんとした口調を変えない。
「……逃すものか、一人たりとも。全員R、残酷にR。全ては復讐の為」
対する玲の瞳に、復讐の炎が燃え上がった。
- 69 :
- 「ふぇっふぇっふぇ、そうじゃのう。
趣味と実益を兼ね備えた―――そんな所じゃよ。邪気眼使い? はて、お主には儂がそう見えるかの?」
泰然と笑う老爺は両腕を広げて無害をアピール。
何処かぼかすような言い方だが、しかし注視してみればこの老爺には【異能の気配がない】。
超常とは即ち現実からの乖離。
故に超常の力を持つ能力者は何処か現実感と浮き離れた、独特の、言い換えれば不自然な存在感―――人によってはオーラとも呼ぶ―――を纏うというのが大抵当てはまる。
無論、強大な異能になればなるほど顕著に現れるのだが。
老爺からはそれが感じ取れない。一切、その片鱗すらも。
もしかしたら通常は知り得ない隠匿術があるのかもしれないが、だとすれば相当徹底していると言えた。
(それにしても……なるほどのう。
勢いで押し切れるかと思うたが存外存外。直感、否、直観。本質を捉える力。若くして備えておるとはの。)
若さとは勢いだ。物事を深く考えず、爆発する感情のままに加速する。
それは決して悪いことではない。だが、非常に危うい。それだけ何かに衝突した時の被害は甚大となるからだ。
老爺が目を付けているもう一人の人物―――柩望 玲は、完全にその典型といえる。復讐心という暗い感情を爆発させて力にし、常に加速して飛行することで安定を得ているタイプ。
ブ レ ー キ
本来そういった者に求められるのは、速度をR理性的懐疑。
または、第六感めいた精神力だ。この青年の場合、どうやら後者のタイプであることは想像に難くない。
成人にも達していない青年が備えているというのは、いよいよもって並の原石ではない。眩い輝きを放つ貴石となる可能性を十二分に秘めている。
老爺は心の中でほくほくとほくそ笑み、しかし若干表情に漏れていた。どうしようもない。
「まあ若いの、そう警戒するでない―――――む?」
藪の向こうに気配。
全身を武装した男が5、6人。
袖に縫い付けられた、地球をモチーフにした記章。
そもそも、老爺の張った結界を破られたことからして不穏な事態は免れまい。敵性を感じるなという方が無理な話だ。
(やれやれ、じゃの。)
面倒なことになりそうだ。老爺はひっそり溜息を吐いた。
- 70 :
- 「邪気眼使いだな!? 武装を解除して両手を挙げろ!!」
「な、なんじゃあ!?」
老爺はまたもその場で5mほど跳び上がる。
先程と違って歓喜ではなく驚愕によるものだ。いちいち人間離れしたリアクションである。
木漏れ日を鈍く照り返す、人の温度のない狂気の銃口が向けられる。どうやら対話とか交渉とか、そういった交流概念が存在しない人達らしい。
「つ、杖は手放さんぞ! 最近足腰が痛くて適わんのじゃ!
これがないと満足に外を出歩くこともできん。歳を取るのは悲しいことじゃのう。儂の知り合いのトメさんはそりゃあもう昔はナイスバデエの美女だったんじゃが今じゃシワの集合体」
「じ、爺さんは下がってろ。」
すごすごと統也の背後に下がる。
男達は世界政府と名乗った。腕部の記章からして丸わかりだが、しかしこんな白昼に堂々と姿を見せるとは。
それも、目覚めたばかりで危険因子にもならない青年一人の為に。
世界政府―――記憶に誤りがなければ、恒久平和を謳った国際統一政府、だったか。胡散臭いのは相変わらずじゃのう、と老爺は乾いた笑いを浮かべた。
「何、悪いようにはしない。邪気眼使いは貴重だからな……まあ、そこの爺には口封じさせてもらうがな」
すると隊長格の男が、老爺にその銃口を向けた。
サブマシンガン。その威力からして、当たれば肉屑と化して辺りに飛び散る末路は不可避。
「ぼ、暴力か! 暴力を振るうんか、おぉ!?
儂は見てくれの通り、いつお迎えが来てもおかしくない爺さんじゃぞ! 足腰ガタガタよぼよぼな儂に狼藉を働こうと言うんか! この人でn」
「させるか……ッ! 『薫風眼』ッ!!」
統也さんナイスプレイ。
突如吹き付けた風に枝葉が巻き上げられ、兵士達の視界を遮る目眩ましと化す。
逃げるぞという言葉よりも早く、地面に落ちていた統也の木刀を杖ですくい上げ、さっさか木々の隙間へと小柄な老身を滑り込ませた。
森中に吹き荒れる鉄風雷火。
しかしそれは老爺と統也が逃げ込んだ木々にすら着弾することはなかった。足を止めることはせず、背後を一瞥する。
襤褸のマフラーを首に巻いた黒刀の少女―――柩望 玲。怨念と復讐を加速する、黒き刃の使い手であった。
- 71 :
- 上空から舞い降りるように、少女は世界政府軍の矢面に立つ。丁度、逃げる二人の盾となるように。
(もしや、この青年を守っておるのか?
何とも奇特な。あ奴はそんな行動原理で動くような精神構造はしておらぬはずじゃが……それとも、彼に利用価値でも見出したかの?)
後者の方が可能性としては高いだろう。
彼女は元より、他者の為に上げる腰を持たない、と老爺は認識していた。
総ての動機は復讐にあり。それ以外は塵に等しい。単身、カノッサと世界政府、現世界の双璧を相手取る凶刃の娘である。
それを悪しきとは言うまい。だがあまりに悲しい宿命。
しかし同時、稀代の逸材でもあった。彼女をこのまま彷徨える呪怨と放しておくのは惜しい。
老爺には【異能の気配はない】。
能力者として認識されることはないだろう。仮にされたとしても、何かしらの利用価値を見出させてやれば良い。
力の制御法―――制御とは抑圧にあらず。
練り、高めることで更なる次元へと到達するための階(きざはし)だ。その手助けとするとなれば、彼女もむやみやたらと老爺の命を奪うことはするまい。
(もし失敗に終われば――――まあ、その時はその時かの。)
今はとにかく逃走に専念。
力無き今の身で相手をするのは些か骨が折れる。
恐らく彼女は、統也の邪気を覚えているはずだ。世界政府軍の討滅後、合流する可能性はなきにしもあらず。
「若人よ、この先に儂の小屋がある!
結界を張ってある故、あ奴らもおいそれと手出しはできまい! ひとまずそこへ逃げ込むぞ!」
入り組む緑の迷路―――二人の視線の先に、少しばかり開けた草地と、そこにこぢんまりとした小屋がぽつんと建てられていた。
- 72 :
- 世界政府の狗が持つ、サブマシンガン――統也は銃に疎いのでアサルトライフルかもしれない――の銃口が火を噴く。
何重と何十と放たれた鉛玉が風を裂き、統也と老人の二人を襲わんとしていた。
血中のアドレナリンでスローになった視界の中、振り向いていた統也は自身に命中する弾丸の軌跡を認識する。
しかしそれは、何時もより調子の良い身体でも、避けることは敵わない筈だった。
「ザン、コク!」
凛とした少女の声が空気を震わせた。
黒い剣閃が弾丸を食らい、空中に食べ残した粉塵を振り撒く。
橙のマフラーを翻して舞い降りてきたのは、果たして死神か、統也にとっては天の使いか。
黒刃を手に、昨日の少女が兵士達の前に立ちはだかった。
(……何故、この子が! ヒツギバ!)
僅かに走る速度を緩めたが、素性の知れない老人――いつの間にか、統也の竹刀を持っている――が先行しているのを見て、
今度はきちんと前を向いて速度を上げる。
「柩望紺野が娘、柩望 玲……世界政府、父を利用し、使えなかったとみるや――――……」
ここまで聞こえ、そして何を話しているか認識できなくなったときには、既に兵士たちの姿は見えなくなっていた。
老人についていきながら、統也は少女――柩望玲について考える。
一度目は目的が不明ながら、カノッサ機関を撃退。
二度目、今回も同じくだが、世界政府から統也達を助けてくれた。
おそらくは、敵ではないものの。
(……わからない。さっきの言葉から察するに、世界政府は怨恨か何かで敵対。
カノッサも理由はわからずとも、機関員二名を倒した。どうみても敵対。
では――――俺については? 俺を助ける必要性は何なんだ?)
それがわからない。統也にとっては恩人だ。しかし彼女にとっての統也とは?
はっきりとしないまま、自然の合間を駆け抜けていく。
「若人よ、この先に儂の小屋がある!
結界を張ってある故、あ奴らもおいそれと手出しはできまい! ひとまずそこへ逃げ込むぞ!」
老人の声で、何時しか俯いていた統也はハッと顔を上げる。
視線の先には開けた草地とこぢんまりとした小屋。老人の拠点であろうそこに辿り着こうとしていた。
安全地帯に到着した事で、心中で安堵の気持ちが芽生える。
- 73 :
- .
そして同時に、罪悪感――柩望玲という少女一人をあの場に残した後ろめたさが、ひょこりと顔を見せた。
銃器を携えた大人複数人を前に、たった一人の少女を置いて行くというありえない状況。
その感情が、小屋を前に、統也に踏鞴を踏ませた。
迷路と安全地帯の境界の前に立ち止まり、来た道に視線を向ける。
「……すまん、爺さん。此処まで来ておいてだけど……戻っていい?」
彼方を見つめたまま、罪悪感を抱く心に顔を歪ませた。もっと薄情な性格だった気がするんだけどな、と思いつつ、口を開く。
「さっき助けてくれた子、昨日も会ったんだよ。その時は――あ、いや、その時も助けられたんだ。カノッサ機関から。
だけど、何で俺を助けたんだろうって思ってな……」
左手を強く握りしめる。遠くの邪気に『眼』が疼いている。
邪気の位置を確かめるように、薄く開いている『眼』がぎょろぎょろと動いた。感知、方向認識。
「いや、すごく強いし、負けるとは思ってないんだけど。もしあそこで死なれたら、理由が聞けなくなる。
俺は理由が聞きたい。すごく聞きたい。そういう訳だから、俺、ちょっと行ってくるよ」
ちょっとした強がりで、ニッと歯を見せて老人に笑いかけた。それから深呼吸をして、湧き出る不安を蹴っ飛ばす。
駆け出そうとして――ふと自分の風の運用法を思いついた。
左手の『眼』が浅葱色に輝き、森林を吹き抜ける皐月の風に自分の邪気を織り込んでいく。
その風を3つに分け、それぞれ右足に左足、それに背中へと照準を合わせた。
「爺さん、悪い! そこでちょっと待っててくれ、すぐ戻る! 話はその時に! ――『薫風眼』ッ!!」
そして思いっきり風をぶつけると同時に、全力で走り出す!追い風によっての加速で、走るスピードを上げる寸法だ。
最初こそ体制を崩しそうになったが、安定し始めた頃には先程の何倍もの速さで森を直進していた。
走りつつ、すぐに作戦を練る。銃弾は怖いので、相手にしたくない。それに統也は戦闘なんてできるわけがない。
よって、統也の考える作戦はフェイント&アウェイ。不意を衝いてすぐ離脱だ。
(相手の持っている武器は銃器、だったらフレンドリーファイアは怖いはず。散らばって囲まず固まっているか。
なら、後ろから無視できない程度の強風を吹かせて注意をそらす。そしてヒツギバを連れて逃げる、がいいかな)
統也が来る前に彼女が全員倒していたり、強風で隙を見せた瞬間に、という可能性もあるが。
そうであれば死ぬ思いをせずに済むだろうから楽であるが。
戦場はもうすぐのところまで近づいていた。
- 74 :
- 「若人よ、この先に儂の小屋がある!
結界を張ってある故、あ奴らもおいそれと手出しはできまい! ひとまずそこへ逃げ込むぞ!」
後ろからしわがれた声が聞こえる。あの老人だろうか、やはり椎葉統也と何かしらの関係があるようだ。
それも…邪気眼絡み。奴も能力者の可能性が高いだろう、結界などという言葉は、一般人は普通に使わない
(カノッサ…という訳では無さそうだけれど、では、一体何者?)
玲は世界政府の軍勢を睨みながら、目を細めて思考する。
「班長!邪気眼遣いが逃げます!」
「…4名で奴を追え、残りは、トム・リドルと共にこちらを排除だ」
「―――させるものか、一匹たりとて逃がさない」
駆け出し、彼女の後ろへと向かう兵士達の眼前を、漆黒の斬撃がつき抜けその邪魔をする。
「彼らに、何かあるのかい?
邪気眼を喰らう狂気の死神が、邪気眼遣いを護るだなんて」
トム・リドルがヘラヘラとした口調で尋ねる。
玲は彼を睨みつけ、冷たい声で言い放つ。
「貴様に答えるとでも?
それに、護っているつもりなど毛頭ない。私の復讐の相手は、あくまで貴様ら――世界政府、そしてカノッサ機関だ」
「…狂ってやがる」
その言葉に、兵士のひとりが反応した。
玲の体がピクリと反応する。
「――――私は」
「え?」
「狂ってなど、いない!!」
次の瞬間、兵士の首が飛んだ。
瞬きよりも速い速度で、玲が斬黒を振るったのだ!
「コイツ…!」
兵士たちは突然のゴアな事態ながら、錯乱する事なくカービンライフルを構えて乱射!
玲は怒りに燃える瞳を振りまきながら、冷静に刃を振るう。
銃弾は全て彼女に届く前に漆黒の刃に吸われて塵と化していく
- 75 :
- 「あれあれあれ、随分と突然の開戦だね…やれやれ仕方ない、ボクもやろうかな」
トム・リドルは、そのとぼけた口調を変えぬまま右腕を振るう。
「さあ…眠れ、『昏睡眼』」
その瞳が藤色に柔らかい光を発する。
玲は途端に嫌な予感を覚え、素早く目を閉じる。
しかし
「あれあれあれ、対応知ってるんだ?でも……遅いね」
「…っ?」
ガクン、と彼女の体が横にぶれる。
力が抜けたわけではない、彼女は閉じた瞳を開こうとするが、重い。瞼が、重い。
それは眠気。少しでも気を抜けば、草のベッドの上に倒れこみ熟睡してしまいそうなほどの眠気。
まるで丸一週間全く寝ていなかったかのようだ。
「……っう」
欠伸を噛み殺し、奥歯に仕込んでおいた対洗脳系異能用のRを噛み潰す。
「今だ、撃て!」
それと同時に、兵士がライフルを構えた。化学物質が脳内に駆け巡り、意識が、自由が舞い戻る。
既に発射された弾丸は彼女に迫りくる。まだ腕まで力が回っていない、手が緩み、斬黒が零れ落ちそうになっていたのを慌てて掴みなおすと
「っぅああ!」
玲は地面を蹴った。常人の数十倍の出力を持つ彼女の細い筋肉は、その華奢な身体を大きく跳ね上げた。
未だ余韻の抜けぬ眠気、無理に跳ね上げられた玲の身体はバランスを大きく崩す。
「撃て!撃て!」
兵士たちは無防備をさらけ出す彼女に無慈悲に銃口を向ける。
マガジンにわずかばかり残った銃弾が、彼女を襲った。
もちろん玲もただただ無防備だったわけではない、おぼつかない姿勢のまま、斬黒を器用に振るい、襲いかかる銃弾を弾いていく。
だが、すべてを防ぎきれたわけではなかった。
「っあ!」
飛び散る鮮血。
脇腹に感じる痛み
「…っ」
なんとか姿勢を立て直し大地に降り立つが
その脇の芝生の上からぽた、ぽた、と赤いしみが広がっていく。
彼女とて邪気眼使いに匹敵する頑丈な身体を持ってはいるが、銃で撃たれれば普通に傷つくし死ぬ。
ましてや、相手は対邪気眼用に精鋭化された武装だ。一発の重さは、彼女の想像を越えるものであった。
「……ふぅん、何か仕込んでたのか。
まあいいさ、一発は喰らった。逆を言えば一発しか喰らわせられなかったって事だけど…
でも、重いだろう?その銃弾は。対邪気眼用に開発された新型の聖銀製の弾頭だよ。あ、でも君には聖銀は効かないか」
トム・リドルがニヤニヤと笑いながら彼女から目を離さない、その瞳から藤色の輝きが消えることはない。
- 76 :
- 玲は顔を上げず、俯き加減に息を正そうとするが
「…げほっ」
血を吐いた。内蔵にダメージを負ったのかもしれない
兵士が空になったマガジンを取り替える音が聞こえる。また撃たれるわけにはいかない、しかし顔を上げれば奴の能力の餌食だ。
気配だけでやらなくてはいけない、相手は10人近く……出来るだろうか?
(……やる、やって、そしてR…!全員、R!)
俯いた彼女の瞳に燃える復讐と怒りの炎は、またも漆黒の刀身へと注がれていく。
- 77 :
- 老爺は今後のことを考える。
柩望玲―――柩望の娘。邪眼潰しの凶剣。
これまで『カノッサ機関』と『世界政府』という双璧の二大勢力を相手に復讐を挑み、経緯はどうあれ生き残ってきた彼女の戦闘力を鑑みるに問題は恐らくないはずだ。
仮に彼女に何かあれば、後ろの統也をこの小屋に残して己が出張るのみ。
二人は数十年がかりで見付けた原石。
これに並ぶ、ないしこれ以上の人材に再び出会える保証はないし、老い先短い今生では二度と機が巡ることはあるまい。
それほどの僥倖。故に、何としてでも生きて貰わねば困るのだ。
だというのに、この青年はこんなことを言い出した。
「……すまん、爺さん。此処まで来ておいてだけど……戻っていい?」
「っはあ!? な、なんじゃと!?
お主、今自分が何を言うとるのか分かっておるのか!? 命からがら、やっとあの修羅場から脱したばかりじゃというに!!」
皺くちゃの老顔を迷惑そうに歪め、一つ説教でもくれてやろうかと背後の統也に振り向く。
――――眼に映るは、一人の”男”の姿。
滔々と垂れる弁明めいた言葉には、死への不安、恐怖に怯む等身大の若さと、しかしそれを遙かに上回る精錬の決意。僅差などではない。圧倒的に、決定的に。
老爺はその瞳の奥に、当初は空杯であった彼の器に早くも信念めいた想念が満たされていくのを見た。
嗚呼、と。直感で分かる。
こうなってはもはや、制止の声など届くはずもない。何故ならそれは【他ならぬ自分がよく知っている】から。
(……まあったく、しゃあないのう。若さってやつは。)
風を吹き散らし、やっとのことで抜け出した死地へとわざわざ駈け戻っていく統也。
改めて、老爺は今後のことを考える。
武装した世界政府軍が数名、対して未だ年若い邪気眼使いと白眼の娘。
当然、相手は相応の訓練を積んでいるはずだ。こんな極東の島に寄越される末端とはいえ、常識の埒外たる力を操る邪気眼使いに半端な者を遣うと考えるのは楽観に過ぎる。
順当に考えれば、まず勝ち筋はない。
奇跡でも起これば話は別だが、そういうものはある種のお膳立てがあるからこそ成立する。
統也の、或いは玲の更なる覚醒に座して期待するか。
否。そんな可能性は天文学的だ。だからこそ、ということもあるにはあるが、精神性が未だ年若い彼らが現段階で、無軌道なまま目覚めても不幸を呼ぶだけに終わろう。
ならば。今、何をすべきか。――――決まっている。「お膳立て」に他なるまい。
- 78 :
- 手には統也の持っていた木刀。
老爺は厳しい顔で杖の先端部分を掴み、その切っ先で、木刀の刀身に何かを彫り始めた。
鋭く、鮮やかに。その杖は見た目、木刀と同じく木製のようだが、しかし実はそういう外観に似せた特注の金属製である。
そういった意匠にしたのには深い理由があるが、今は割愛する。
木屑を散らしながら刻まれるのは模様―――それはまるで、刃紋のようにも、吹き渡る風を現しているようにも取れる、流麗であり且つ勇壮さを感じさせる若き力の具現。
だが、その本質はいずれも異なる。
回路―――青年の力の性質である『薫風』に合わせ、邪気の伝達率が最適となるような線形の複雑な組み合わせ。
統也が握れば、以前よりも手に馴染むように感じるはずだ。
それもそのはず、今やこの木刀は彼の想念にも合致するように調整してある。全体の形状も整えられ、見る者を唸らせる荘重な彫物の如き存在感を示していた。
その道に詳しい者が見れば、その細工は人間業ではない極致の所業だと分かるだろう。
老爺は拵えた出来を眺め、納得気に頷く。
次の瞬間、老爺の姿はその場から忽然と消えた。そして。
「イメージじゃ、若人よ!」
現れたのは、若い二人が死闘を繰り広げているであろう先程の森林。
幾つも生い茂る木々の一つ、”その天辺”。人間が立つような構造ではない一点という極小面積に、老爺は直立不動。
惚けた訳ではない。これも故あってのこと。
世界政府軍はこの老爺を、”邪気眼使いと運悪く関係を持ってしまった一般人”という柔い認識で捉えている。それを一挙に崩してやり、決して短くない虚を作り出す。
その隙に、年老いたとは思えぬ凄まじい声量で一喝を叫ぶ。まだ若い彼らに伝えるべきことを。
「想念を練り上げるのじゃ!
丹田の奥底より力強く湧き上がる意志、そのありったけを!
風も刀も、『冴える』という共通の特質を持っておる。己に足りぬ部分はお互いを参考に学び、補うのじゃ! お主らは性格や育ちこそ異なれど、その一点ではとてもよく似通っておる!
五体を冴え渡らせよ。
具体を具現と成し、想像を創造と成す。夢幻とは即ち無限の階なり。怯むな、臆するな、恐懼するな。
大丈夫じゃ、力を合わせれば難局の一つや二つ! 自信を持つが良い、お主らは儂が見付けだした――――史上最高の原石じゃからのう!」
根拠のない軽挙に見えるだろうか。
頭の可笑しい老い耄れの妄動。しかし、その少年のような満面の笑いは。
老爺は統也に向かって、新たに生まれ変わった彼の木刀を放る。青年の眼前に真っ直ぐ垂直に、意志を持っているように突き立った。
それを満足げに見届けて――――響く重い銃声。赤い飛沫を胸から散らして、老爺は木々の中へと落ちていった。
- 79 :
- (―――――ふぃー。やれやれ、ここまでお膳立てすりゃあ何とかなるじゃろ。)
老爺の用意したお膳立ては。
一つ、木刀をチューニングして統也に最適化することで、現状最も劣っている彼の力の強化を図る。
二つ、力を扱う上での要訣を二人に伝える。
三つ、感情のブーストを用意する。玲はともかく統也の性格ならば、何かしらの爆発によって力の増幅が見込めるかもしれない。あわよくば、それに同調する形で玲も。
森林に生った木の実で作った即席の血糊を手ぬぐいで拭き、落ちた深い繁みの中ではあ、と一息。
近くだと甘い香りがするが、遠目には判別などつくまい。
これで老爺の用意した策は尽きた。
後は彼ら二人がどのようになるのか――常人ならざる離れ業で気配を殺した老爺は、こっそり木々の隙間から先行きを見守ることにした。
- 80 :
- 戦場に近づくにつれ、血の臭いが漂ってくる。だが、戦闘の気配は途絶えていない。
これは一応喜ばしい事である。戦闘が続いているのだから、少女が死んでいないのと同義であるからだ。
しかし――――統也はどうにも嫌な予感がしていた。
勿論理由などなく、言うならば第六感か虫の知らせというものでしかない。
(…………罪悪感を払うため、とはいえ。死なないでいてくれよ……?)
接近を感付かれないために、適当な所で風の噴出を止めて静かに死地へと忍び寄る。
視覚範囲に敵の横顔を捉えた所で、木の幹に身体を隠して様子を窺った。
状況は膠着していた。
兵士は7、8人。死者が1人。増えているのは、おそらく増援に来たか何かか。
加えて、パジャマの――どう見ても戦場には場違いな姿の人物。
こんな格好で来られるのは邪気眼を持つ者ぐらいだというのは、想像に難くない。
そして柩望玲は苦しげに俯いている。
(何か攻撃を受けた? でも、敵を見ていないのは何だか変だな。どうして――)
その瞬間、彼の目は玲が血反吐が吐くのを捉えた。
ぽたぽたと脇腹から滴る鮮血も。
統也の思考が停滞する。
その時まで感じていた不安は一瞬宙に浮き、そして強烈な衝動へと変じて心臓に突き刺さった。
「――――ヒツギバあああああああああああああッ!!」
咆哮し、木の陰から飛び出して疾駆する。
敵の全員が統也の叫びに気付いて視線を向け、銃口を向けて引き金を引いた。
同時に地面を蹴り飛ばし、風に己を運ばせて、玲の下――否、『場違いな人物』へと文字通り飛んでいく。
コンマ1秒前の地面の上を銃弾が飛んでいくのを感じながら、統也は右の拳を引き絞る。
1秒だけの飛行。ブレる視界の中、感覚で照準を合わせる。
「ぅお、らあああああああああああああああああああああああッッ!!!」
着地と同時に、無我夢中のまま拳を打ち下ろした。
イイ音をさせて顔面クリーンヒット。『場違いな人物』が飛んでいく。
勢い余って統也もすっ転んだ。草や土で服が汚れた。
統也がすぐに立ち上がると、兵士達が再び銃口を向けていた。
引き金を引かれる前に左手を突き出して、構える。
幾秒か沈黙が漂い、兵士の一人――先程の隊長、もとい班長が口を開いた。
「……邪気眼使い! 戻ってきたのは連行に同意したから、というわけではなさそうだな」
「当然……! アンタらに付いていく訳ねーぞ。俺が此処にいる理由は一つ――――」
後ろにいる、玲にチラリと視線を投げかける。
「――――彼女への加勢。それだけの話なんだよ」
- 81 :
- さて、格好つけて横槍を入れたはいいが、彼の脳裏にこの状況を打開する術は思いついていない。
完全に勢い任せの無鉄砲であり、狼に追い込まれた哀れな子羊そのもの。
未だに蜂の巣にされていないのは、統也の『眼』がどれほどの物であるか見極められていないからだろう。
だが、痺れを切らして引き金を引かれれば一巻の終わり。殴り飛ばした『場違いな人物』が来ても終了。
彼の首筋を嫌な汗が伝う。この状況に於いて――――
「イメージじゃ、若人よ!」
――――あの老人の声が、張りつめた空気を一喝した。
誰もが空を見上げた。視線の先は、木の上。
老人は木の“先端”に立っていたのだ。当然ながら人間業ではない。
やっぱり只者じゃなかったな、とそんな感想を統也は覚えた。
「想念を練り上げるのじゃ!
丹田の奥底より力強く湧き上がる意志、そのありったけを!
風も刀も、『冴える』という共通の特質を持っておる。己に足りぬ部分はお互いを参考に学び、補うのじゃ! お主らは性格や育ちこそ異なれど、その一点ではとてもよく似通っておる!
五体を冴え渡らせよ。
具体を具現と成し、想像を創造と成す。夢幻とは即ち無限の階なり。怯むな、臆するな、恐懼するな。
大丈夫じゃ、力を合わせれば難局の一つや二つ! 自信を持つが良い、お主らは儂が見付けだした――――史上最高の原石じゃからのう!」
老人の言葉の一つ一つが、統也の心に染み入ってゆく。
そして老人が投げた『何か』が、彼の前に突き立った。
一目見ればわかる。それは、彼が長年振るってきた木刀だ。今日、言い訳作りの為に持ってきたものだったのだが。
いつの間にか、刀身には不思議な紋様が彫り込まれていた。おそらくは、統也の為の物。
もう一度老人を見ると――――赤い飛沫が舞った。
「爺、さん……?」
老人が落ちていく。
統也が呆然とする中、凶弾を放った男が拳銃を片手に、不思議そうに呟いた。
「上手く当たったもんだな。おい、誰か落ちたところ見てこい。きちんと死んだ所を――――」
「テ、メェええええええええらああああああああッ!!!」
「――――いや、先に始末しておくか」
下手人――敵の班長が、老人を撃ったその拳銃で統也に引き金を引いた。
統也が人外染みた反応速度で目の前の木刀を掴む。
そして一度、二度、三度、四度、五度。
銃声が鳴り響く。
- 82 :
- 「……なんだと」
ありえないという思いを滲ませた、下手人の震えた声が聞こえた。
五度に渡る銃声の後、統也は木刀を構えてそこに立っていた。一切の傷もなく。
足元には、『10個』の弾丸の欠片が落ちている。
・ ・
拳銃の弾丸を、全て斬り落としたのだ。
今、統也の木刀には邪気が通され、刀身には『薫風眼』の風が纏わりついている。
その風は木の葉ぐらいしか斬る事ができないが、チューニングされた木刀を使う事で限定的に性能を向上。
鉛の玉すら両断する切れ味を持つ刀となったのだ。
あとは研ぎ澄まされた勘と見切りと剣閃でもって事を為したに過ぎない。
「『裂葉』……木の葉を切り裂く、風の刃」
「く、くそっ! やはり化けも、」
一瞬のうちに距離を詰めて、風を解いた木刀を振り下ろす。
邪気で鋼レベルの硬度に強化された木刀が班長の頭を言葉の途中で地面に叩き落とし、一撃で昏倒させた。
- 83 :
- 「――――ヒツギバあああああああああああああッ!!」
「っ!?」
背後からの叫びに、思わず顔を上げる。
しかしその瞳に、藤色の輝きは映らない。
「ぅお、らあああああああああああああああああああああああッッ!!!」
(椎葉…統也)
青草と泥にまみれながらも立ち上がる彼を見て、彼女の思考はわずかに停止状態に陥る。
今まで孤独の戦いを繰り広げてきた彼女にとって、彼の動きはあまりに不可解で、突拍子も無かった。
「……邪気眼使い! 戻ってきたのは連行に同意したから、というわけではなさそうだな」
「当然……! アンタらに付いていく訳ねーぞ。俺が此処にいる理由は一つ――――」
――――彼女への加勢。それだけの話なんだよ」
(何故だ)
玲は身を捻り動こうとするが、再び血の混じった痰を吐き出す。
(加勢なんて…要らない、私は復讐者だ。孤独な存在で十分だ)
マフラーの中から、小さな袋を取り出す。中には2,3個ほどの錠剤。
(そうだ、復讐だ。すべての邪気眼遣いをR、両親の仇だ)
彼女は一錠だけそれを取り出すと、噛まずに飲み下す。
(それは、椎葉統也、奴とても例外ではない…!そうだ、奴が死のうと、私には何の関係も―――)
鎮痛作用によって痛みが引き、彼女は怒り燃え上がる瞳で眼前の"敵共"を睨む。
木刀を持つ青年と、戦闘服を着込む兵士十名弱……そして後ろから青年を狙うパジャマ姿の男。
「っっ!」
有無言わずして、身体が動いた。
最も手近な"敵"であるはずの青年の脇を素通りし、狙うは彼に向けて左手を伸ばす男、その瞳には、藤色の輝き。
- 84 :
- 「…っご」
パジャマ姿の男、トム・リドルは呻いた。
その胸元を、漆黒の刃が貫通している。
「…あれ、あれあれ…参った、ね」
「R…邪気眼遣い」
蚊の鳴くような、しかし怒りのこもった地獄じみた声が彼の耳元で囁かれる。
漆黒の刃が、そのまま横へとスライドする。
まるで豆腐を切るかのように、彼の体は綺麗に切断され、その腕は青年の背中に届くことはなかった。
「……」
倒れゆく男を見ながら、玲は小さな疑念を抱く。
(なぜ今、彼を護るような動きを取った?)
振り返れば、その「彼」、椎葉統也が兵士の隊長を昏倒させているところであった。
周囲の兵士たちは、混乱し、椎葉統也に銃を構えているが…位置が悪い、一人の目標に囲うように展開していては流れ弾を味方に当てかねない。
(そうだ、奴にはまだ利用価値がある。カノッサ、世界政府…まだ彼に向けて動く余地はあるだろう。
そして私がR。すべてR)
「そうだ、慈悲はない…全員R」
玲は、こちらに無警戒な兵士たちを、まるで枝を剪定するかのごとく斬り捨てていく。
それは作業、単なる作業。彼女は殺しに関して何の躊躇も持たないのだ。
そして瞬く間に、その場には玲と、椎葉統也と、未だ昏倒している隊長格の男のみになってしまった。
「…そいつもだ、全員R」
玲の瞳には、既に疑念は掻き消え、決断的な歩みで意識のない男に足を進める。
と、その時だ。
「…っ?」
ズグン、と脇腹に妙な痛みが走った。思わず脇腹を抑え、バランスを崩す。
(…鎮痛剤が、切れた?そんなはず…早すぎる
母の、薬理眼が作った…特製の薬、なのに…)
「…ぃ!」
グズリ、と更に痛みが走る。
不可解な痛み、我慢のできぬ鈍痛だ。無能力者である彼女は理解できなかったが、それは能力者が聖銀に触れた時と同じ痛み。
そう、先ほど撃たれた弾丸、聖銀弾。しかし彼女は無能力者だ、では何故?
……鎮痛剤のせいである。彼女の母親、カノッサの潜伏兵として過ごしていたフランス人の女医、『薬理眼』の使い手「ジャンヌ・フェル」、彼女の遺していった数々の異能で作り上げた医薬品、それを玲は戦いの補助に役立てているのだ。
異能で作り上げたものは、物質非物質に関係なく邪気を孕む。『刀匠眼』によって鍛えられた斬黒、『薫風眼』によって吹かされた風…もちろん彼女の服用した即効性鎮痛剤もそうだ。
その邪気が、体内を回った薬理成分が、未だ体内に残る聖銀弾と反応し、彼女の体に異変を起こしたのだ。
「…っあ!」
得体の知れぬ、今まで受けたことのない痛みに、彼女は悶え苦しむ。
- 85 :
- 果たして、老爺が見た光景とは。
音速を超える弾丸を5発、一刀の下に纏めて両断せしめた薫風の青年。
怨讐の憎悪を更に燃え上がらせながらも、今まで感じたことのない、或いは忘れ去っていた何かを胸中に萌芽させた凶刃の少女。
その一連を繁みの奥から見届けて、老爺は統括を纏めた。
(まあ、こんなもんじゃろ。
儂が調整した木刀はうまく機能したようじゃし。上出来上出来。
むしろ、儂が見込んだ原石ならこの程度の所業は熟してくれんとのう――――っちゅーのは、流石にちいと意地が悪すぎるか。)
ほくほく、と顔を綻ばせる老爺。
その一方で、
(少年の方は現状問題なし。
さて。となると、柩望の娘を如何するかがネックじゃ。
あの様子を見ると、わざわざ儂が何をせずとも自ずから少年に感化されてくれるんじゃないかの。むしろ、無理に出張ってからに悪手となってもいかん。
ジュブナイルノベル宜しく、案外その方が健全な進化を促してくれるやもしれんの。
ふむ。ま、ちと様子見じゃな。
底に根付きし悪心の毒。刀匠の拵えた黒刀は、布都神の霊剣が如く祓えるかどうか。あ奴の真価が何処に在るのかを、の。)
玲が統也に感化されるなら、統也を鍛えるとは同時に玲を鍛えること。
技量のみならず心胆をもだ。
爽やかに吹き渡る薫風の想念が、淀み腐す瘴気の溜まりに大気を呼び込むならば。
そして、今は友誼も情愛もない利害関係で結ばれた二人だが、今後深い絆で結ばれることがあれば、両者にとって損のある展開にはならないだろうと老爺は読む。
ならば、その為にも。
(老身に鞭打たねばならんわいな。
やあれやれ、こりゃ平穏気ままな隠遁生活は夢のまた夢じゃなー。がっでむじゃ。)
そう毒づきつつ、ふぇっふぇっふぇ、と老爺は笑う。
湧き上がる懐旧の念。
今や皺くちゃとなったその顔に浮かぶのは、まるで我が子を慈しむような愛情のそれであった―――――。
- 86 :
- と。
そこで、玲の身体に異変が生じた。
短い呻きの後、苦悶に表情を歪める。それを見て老人は、原因にすぐさま当たりを付ける。
邪気眼を持たぬ者が邪気眼持ちに対抗するためには、あらゆる手段で自身を強化する必要があるのだ。それは武術の体得であったり、特殊な兵装であったり。
後は、薬物。
言ってしまえばRの類である。その内容物、及び精製法によっては、併用禁忌による症状が現れることはままある。
しかし、彼女の場合は――――。
「聖銀弾を撃ち込まれておったな。………摂取した薬物は何らかの邪気眼によって調合されたものだとすりゃあ、ちとまずいの。」
聖銀と邪気による禁忌症状。
手遅れになれば重症化し、最悪死亡する危険もある。
一刻の猶予もない。潜んでいた藪から勢いよく飛び出し、バランスを崩した玲に駆け寄って詳しく症状を確認する。すると老人は厳しい顔で統也に指示を出した。
「若人よ、急ぐぞい!
疲れておるところ悪いが、そやつを担いで儂の小屋まで運ぶのじゃ!
儂は準備をせねばならんから先行する。お主は儂の後を着いてまいれ。症状の進行具合によっちゃあ、大掛かりな外科手術が必要になるかもしれんのでな!」
そう言うな否や、老人は早速森の中へと走り出す。
複雑に入り組む木々を、統也が見失わない程度の速度で。その途中、役立ちそうな草花を通り抜け様に摘んでいく。
鎮痛作用、毒素排出。念の為に麻酔用。
急ぎながらも慎重に。ここら辺の器用さは年の功と言ったところか。先程の病源特定といい、瞬時の判断は相応に積み重ねた経験というものが要る。
「儂を見失うなよ、若いの! しっかり神経を研ぎ澄ますのじゃ!」
喝破のような大声で統也に語りかける。
叱咤と激励。それはまるで、愛弟子に対する師の物言いのように。力強いその響きに何を感じるか。
―――――当の本人は、ニヤア、と計画通りな顔を浮かべていた。
(なあーんつってのお!
聖銀の量もさほど多くないようじゃし、よっぽどもたもたしなけりゃ死にゃあせんて!
むしろあ奴の場合は、ちいと具合悪くなって貰った方がかえって大人しくなるじゃろ。
それを少年に付き添わせる。するとどうなる?
……てろてろてろてろりん! 好感度アップ! まあそういう寸法じゃあ! ふぇっふぇっふぇ、若い頃には数々のフラグを建築した儂が考えた案じゃ、間違いも抜かりもない!)
しかも嘘は言っていない。
老爺がピンピンしている謎はうやむやにできる。これがゲスの所業である。
そんなこんなで小屋が見えてきた。中に入れば、老爺はひとまず鎮痛と毒素排出の作用がある薬草を煎じた湯を手渡し、玲に飲ませるよう統也に指示するだろう。
- 87 :
- 班長を撃破した統也の行動は、はっきり言って何も考えていない危険なものだった。
しかし、特攻したのが功を為し、銃器を構えた兵士達に挟まれる形となっている。
つまり、同士討ちの可能性の高い陣形となっているのだ。
「くっ……!」
兵士が苦悶に唸った。
片側には右手の木刀を突きつけている。
もう片側には『眼』のある左手を突きつけている。
何時でも攻撃を仕掛けられるという統也の牽制で、彼らは下手には動けない。
一方で、統也はアドレナリンの回った頭で判断する――最早動かなくてもいい、と。
この状況一枚で見れば絶体絶命の筈だが、何故か。
「そうだ、慈悲はない…全員R」
死刑宣告の声がした。
それから玲が兵士達を血祭りに上げるのに、数分と掛からなかった。
残るのは統也と玲、そして班長のみ。統也はため息をつく。
漸く戦闘が終了、一段落して生き残った心地を味わう一時であると思った――が、玲は違うらしい。
「…そいつもだ、全員R」
「……お、おい、ちょっと待ってくれ。幾らなんでも見境無さすぎるぞ」
更なる死刑宣告に、戸惑いつつも制止の声を飛ばす。
『恩人』を前にあまり出しゃばるつもりはないが、これ以上は無意味な殺人でしかない。
ズレ始めているものの、未だ一般的な感性を持つ統也にとって、『恩人』に意味の無い殺しをさせ続けるのは気が進まないのである。
「まだ殺さないでくれ。そいつには利用価値が、」
統也が殺しをさせない建前を述べようとすると、突然玲は脇腹を抱えてバランスを崩して倒れこむ。
苦痛に呻き、苦悶に身を捩る。
「…ぃ!」
「ッ、ヒツギバ! おい、大丈夫か!?」
玲の異常事態に驚きで一瞬硬直し、すぐさま駆け寄る統也。
壊れ物を扱うように抱え起こすと、ハーフらしく整った顔には似合わない嫌な汗が浮かんでいるのが見られた。
- 88 :
- 統也はどうするか考える――が、一秒もせずにどうしようもならない事に気が付いた。
この血塗れの状態で何ができようか。往来を歩けば即通報間違いなし、厄介ごとも間違いなし。
打つ手なし待ったなしで詰んでいる。
そこに天恵が飛び込んできた。藪に隠れていたご老体である。
半ば忘れていた統也は腰を抜かしそうなほどに驚く。
「……〜〜っぅお!? 爺さん、生きてた!?」
「若人よ、急ぐぞい!
疲れておるところ悪いが、そやつを担いで儂の小屋まで運ぶのじゃ!
儂は準備をせねばならんから先行する。お主は儂の後を着いてまいれ。症状の進行具合によっちゃあ、大掛かりな外科手術が必要になるかもしれんのでな!」
「はっ、はあ!?」
老人は手早く診断し、統也に返答も返さず指示を出して森へと走り始めた。
慌てて統也も動き出す。腰のベルトに木刀を挟み、彼よりも小柄な少女を背負って走り出す。
普段なら意識するようなシチュエーションかもしれないが、彼の脳内は焦りに染まっていた。
さて、少年の焦りの甲斐は全くないだろうが、一同は無事小屋に到着。
老人が手早く作った薬湯を統也が寝かせた玲にゆっくりと飲ませ、今度こそ一段落。
大きく息を付き、今までの緊張をほぐす。
「はぁ〜〜〜〜……ッ、何とかなった、か。……ありがとう、爺さん。あと巻き込んで悪ぃな」
玲の隣に座った統也は、胡坐をかいたまま背筋を正して一礼。
老人は拳銃で撃ち落とされたとは思えないほどにピンピンとしているが、その辺りは一先ずは置いておくことにする。
ゆっくりと体を起こし、老人に朗らかな笑みを見せた。
「第二付属高2年、椎葉統也だ。剣道部に所属してるんだ。爺さんの名は?」
軽く自己紹介を終えると、真正面の老人の目を見据えた。
ここからが本題だと、引き締めた顔が語っている。
「……さて、少し話をしようぜ。聞きたい事は星の数ほどあるけど、まず。
『カノッサ機関』、『世界政府』。都市伝説でしかなかった存在が、昨日から俺の前に姿を現した。
ぶっちゃけ訳わかんないんだけど、俺は色々知らなきゃいけないんだ」
真剣な表情で語る統也。
その眼に映っているのは、一握りの不安と恐怖、好奇心。それから、真実を知る勇気。
「俺は奴らに追われている。すぐにでもどうすべきかを決めなきゃならない。
だから――――教えてくれないか。『機関』の事を、『政府』の事を。……『邪気眼』の事を」
- 89 :
- 「…ぅ、つぅ」
椎葉統也の背中で、彼女の意識は混濁と覚醒の狭間にいた。
大きく体がぶれるたびに、脇腹の鈍痛が骨髄に響く。
自分より大柄な背中に身を預ける感覚は、久しく忘れていた父の背中を思い起こさせた。
が、そんな白昼夢も束の間、彼女の体は質素なベッドの上に投げ出される。
「…ぅ」
痛みに目を薄く開く、椎葉統也と、その背後で何やら準備をする老人の姿がかすかに見える。
「…やめ、ろ 助ける必要なんて…、…!」
しかし鈍痛は容赦なく彼女の精神を磨っていく
「…!…!」
彼らの手前、弱々しい悲鳴を上げることすら耐える玲、その口元に、青臭い薬草の香りと木製の器が当たった。
拒否しようとするが、それすら力が入らない。
仕方なく飲み下す。ツンとくる青臭さに反して、水のようにさらさらとした薬湯だ。
邪気は感じられない、自然のままの薬草茶。
「…げほっ、ごほ、」
わずかに咽せる。痛みがわずかに引く。
何を煎じた薬湯なのかは彼女には分からないが、引き始めた痛みに小さく息をつく。
と同時に、かすかな睡魔。
彼女は知らないだろうが、薬湯の成分に微量の麻酔作用が含まれていたのだ。
恐らく、痛みが引いたことで逃げ出すのを防ぐために老人がいれたのだろう。
そのまま彼女はうとうとと、椎葉統也の背中で一瞬だけ見た白昼夢の続きへと落ちていく。
その耳に、青年の声が木霊する。
「――――教えてくれないか。『機関』の事を、『政府』の事を。……『邪気眼』の事を」
(『機関』…『政府』……『邪気眼』……)
浮かび上がるのは、そう、かつて……
まだ、彼女が、まともだった頃……―――――
- 90 :
- まーたラノベごっこしてんのか
それ始まるとホント萎えるんだけど
>>1-36の流れで何をどう考えたら>>38のレスが出て来んだよ
- 91 :
- 好きにさせてやれ
先住民と開拓者のようなものだ
このツケを払ってもらう時はいずれ来る
―――――― そう…いずれ、な………
- 92 :
- まあそう言うな
元より邪気眼には様々な類型が存在する
少数派が淘汰される所以もないし、各々形式に囚われない振る舞いで一向に構わないのでは?
私としては旧世界も新世界も、平等に愛してやまないのだがね
そもそも邪気眼の本質とはカオス
秩序を飲み込む混沌の暴流
>>90よ、もし貴殿がそれを見せてくれるというなら、私は諸手を挙げて歓迎しよう
要するに、だ――――結局、面白ければ何でも良いのだよ
つまらぬトレンドなら塗り替えてやれ
このスレはそういう場所だ
- 93 :
- 薬湯を飲んだ玲が眠りに落ちる。
そのすぐ傍らに腰を下ろす統也は、筋を通すように一礼をする。
嫌味のない誠意。何処までも吹き抜ける清風のようだと老爺は感じた。間違いない。この青年の胸腔には、早くも確固たる想念の力が芽生え出しているのだ。
否、もしくは。本人さえ与り知らぬ己の本性が、死線に触れたことで胎動を始めたのか。
それ自体はとても喜ばしい。――――しかし、だからこそ。
「戯けめ。」
と、にべもなく一蹴した。
「血気に逸って事を急きおって。
今回お主らを救ったのは運良く手助けしたいくつかの偶然じゃぞ。もし一手でも差し違えれば――――血溜まりに沈んでいたのは、お主らの方じゃった。」
実際、肝が冷える危険な手の連続であった。
成功したのは完全に結果論。これを勝利と誇るにはあまりにも危うく、脆い。自ら断崖に向かって突き進むような、これではまさしく死に急ぐのと同じ。
老爺は統也の前に、薬湯を注いだ木碗を差し出す。
こちらには疲労回復と邪気の鎮静成分。昂ぶった直後の力を落ち着かせるためだ。
「良う聞くのじゃ、若人よ。
不利な局面では分の悪い博打も必要となる。
じゃがな、いざ綱渡りを行うにしてもその技法を知らねば、挑んでもあえなく滝壺に墜落するのみじゃ。
何度も危険に身をさらす内、平衡感覚を体得することができた者は幸いじゃろう。じゃが、多くはその前に命を落とす。一度や二度の奇跡を過信したが故の末路じゃ。」
若い命を無謀に散らしかけたのだと。老爺は弟子を窘めるように言う。
「お主らには才がある。天稟がある。貫き通すだけの想念も芽生えつつある。
じゃからこそ、それを若い内に摘むような無謀な真似をしてほしくない。」
老爺は統也の肩を掴み、その目を見据える。
曇り無き眼を。
「―――――強くなるのじゃ、椎葉統也。
もしもお主に、例え不条理で、理不尽な運命が相手でも譲れぬ何かがあるのならば。……望むなら、儂は出来る限りのことをお主に教えよう。」
そして、今深い眠りに落ちている凶剣の娘も。
死に急ぐにはまだ年若い娘だ。その痩身に秘められた尋常ならざる剣気の才、布都神の境地まで至らしめてみたい。
この二人が、時代を激動させるうねりの一部になるかもしれないのだ。
「儂のことはおジジ、そう呼ぶがいい。お主らが一端に大成したその時に本当の名を教えよう」
- 94 :
- 「俺は奴らに追われている。すぐにでもどうすべきかを決めなきゃならない。
だから――――教えてくれないか。『機関』の事を、『政府』の事を。……『邪気眼』の事を」
「ええぞ。
儂の知る古い情報が混じった話で良ければの。
これから柩望の娘に撃ち込まれた弾丸を摘出する故、ちいと血が出るぞい。苦手なら目を逸らしておくのじゃ。」
薬草の麻酔効果はそう短時間で解けないように調合してはいるが、傷の具合を見るとあまり悠長にもしていられない。
老爺はすぐに行動を開始する。
玲をキャスター付きの寝台に乗せ、小屋の中央へと移動。
次に、老爺の木製に似せた金属杖で、板張りの床にカリ、と何かを大きく描き始めた。
落書きに講じている訳ではない。横たわった彼女を中心として正確な同心円を3つ重ね、蛇が絡みついた杖の意匠―――医療の神、アスクレピオスのシンボルをその真ん中に添える。
無菌結界。
この医療結界によって即席の手術室を構築し、オペを行おうというのだ。
統也からしてみればあまりに突拍子もない決行だが、無関係な人間の目に触れることを避けて、かつ玲の回復を最優先とするならばこれ以外に選択肢はありえない。
手術道具を乗せた台を傍らに用意する。準備は整った。
「さて、まず何から話したものかの。
では―――『邪気眼』とは何ぞや。
定義は過去様々な人物によって成されてきたが、そのいずれも儂的にゃあいまいち正鵠を射た感はせん。
【未だ完全に解明されざる未知の力】、としておくのが無難じゃろう。
その形態は実に様々じゃ。
お主のように第三の眼が物理的に生じる者。元から生まれ持った両眼に新たな力が宿る者。そもそも眼という形で現れぬ者もおる。
言うてしまえば、邪気眼というのは理を外れた超常の力なのじゃ。
最初から、こう、という固定した観念を持って臨まぬ方が賢明かもしれぬのう。世の中には、儂らの想像を絶する者など掃いて捨てるほどおるっちゅー噂じゃからな」
玲の脇腹に穿たれた銃創を確認。
典型的なpenetrating GSW――盲管銃創。深くはない。これなら内臓へのダメージも微小なはずだ。
近くを流れている各主要な血管に、老爺は慣れた手つきで皮膚上から一時的な圧迫結界を挿し込んでいく。大量の出血をあらかじめ抑えるための工程だ。
慣れた手つき。術式を自在に駆使しながら、素早く精密にクリアする。
「じゃからといって、『邪気眼』が絶対の力であるか。
そう問われれば答えは否じゃ。
確かに危険な力じゃが、カウンターとなる技術は開発されておる。
主に軍事工学、遺伝子工学などが中心となっての。そして世界政府、カノッサ機関の両組織も、邪気眼使いを擁してはいるが、一般兵には対能力者を想定した武装が支給されておるのが常じゃ。
お主らの運が良かった、と言うたのはこのことじゃよ。
ろくな装備をしておらんかった所を見るに、奴らは枝葉末節の下っ端。言わば小間使いのような立ち位置だったのじゃろ。」
- 95 :
- 銃創を広げながら、摂子を慎重に入れていく。
引き抜いてカラン、とトレイに取り出したのは、どろりと黒みがかった血に濡れた銀弾。
人を殺傷する凶弾とは思えない、まるで何かの芸術品のような壮麗なデザインには、邪気眼使いを肉体内部から侵襲する聖別が施されている。
表現は悪いが、能力者ではない玲だからこの程度の傷で済んだ。
もし統也に撃ち込まれていたなら。
彼を待ち受けていたのは薬湯ではなく、地獄などと軽々しく形容することすら憚られる凄絶な激痛だ。最悪の場合、外傷性ショックによって死亡することも十分に考えられた。
彼は、本当に幸運だった。
「さて。お次は『カノッサ機関』と『世界政府』についてじゃ。
これは後で柩望の娘にも聞いておくと良かろう。『今』の彼奴(きゃつ)らをよく知っておるのは、これまで数多く相対してきたあ奴じゃろうからの。
始めに、先程お主らを襲った『世界政府』。
恒久的な世界平和を目的とする国際統治会議機関―――と、そういう表向きじゃが、実態はお主の知る通り。
従えば連行、従わねば抹殺。奴らに言わせれば、【邪気眼という世界の脅威を平和利用して国際社会に恩恵をもたらすため】と宣うじゃろうが、一体全体何処まで本当なのじゃかの。
ま、相当に胡散臭い、というのが儂の統括じゃ。
儂からすりゃあ、邪気眼使いを手玉にとって莫大な利益を得る為の巨大トラスト、という印象じゃのう。
ここまで説明すれば解るじゃろうが、『世界政府』は国際規模という巨大組織じゃ。
しかし一強、という訳じゃあない。それに匹敵する規模を有し、敵対するのがもう一つの勢力―――『カノッサ機関』、ということになるのう。」
摘出を終え、肉体の修復は薬効が早めてくれる。
残るは傷口を閉じるのみ。老爺は縫合針を手際よく運針し、皮膚の創面同士を密接に縫い合わせていく。
なるべく痕が目立たぬように、手間はかかるが術式は真皮縫合を選択した。本人は至って気にしないだろうが、やはり少女に痛々しい傷を残してしまうのは忍びない。
老いを感じさせぬ器用な手先は、統也の木刀に彫った精緻な細工にも証明されている。
「『カノッサ機関』。
その実態は、多くの謎に秘匿されて詳しくは不詳じゃ。
儂の知る所じゃと、邪気眼の独自解析を進めており、その為なら邪気眼使いを連行し、実験体として使用するのだそうじゃ。
目的の為なら手段を選ばず、人道に背く極悪卑劣でも敢行してしまうのじゃとか。例えば街を丸々一つ共同墓地に変えてしまうとかの。まあひとえに言ってしまえば、分っかりやすい悪役じゃ。
創造主と呼ばれる人物を中心とし、『OST』、『αβ』等の私設部隊を所有。
こっちは未確認情報じゃが、
『守護天使』と呼ばれる強力な邪気眼使いを幹部として擁しておるのだそうじゃ。……それぞれが炎や氷など、各属性を極めた究極至高の能力者らしいが、儂もよくは知らん。
ともかく、こちらも要注意じゃな―――と。ようし、これで全術式終了じゃ」
ふぃー、と老爺は額の汗を拭い、玲の腹部をガーゼと包帯で巻き始め。
と、その手を止めた。
- 96 :
- 「……統也。お主がやってみい。
包帯ぐらい巻けんと、今後戦闘中に手傷を負った際に止血できんぞい。間違ったら教えちゃるから、ここで習得しておくのじゃ。」
ぽい、と巻かれた包帯を統也に放る。
確かに止血は基本的な処置だ。正確な止血ができるかどうかで、文字通り生死が分かれることも少なくない。
如何にも真っ当な事を言っているのだが、真意は御覧の通りである。
(麻酔の効きからすりゃそろそろ目が醒める頃じゃないかのう。まあ精々ボーイミーツガールすることじゃ、ふぇーっふぇっふぇ!)
この爺は基本、こんな奴であった。
閑話休題。
老爺は手術器具の入ったトレイを水場に運び、洗浄・消毒しながら説明を続ける。
「『世界政府』。『カノッサ機関』。
今挙げたこの二つが、現状主立った大勢力じゃな。後は細かいのがそこらへんで興亡しとるらしいの。
両組織は覇権を奪い合い、各国各地で戦禍の火種を撒き散らしておる。無論、それらは大々的に報道などされん。どっちとも、独自のツテで報道規制を敷いておるのじゃろ。
統也が今まで露ほども知らんかったのも無理からぬ話じゃ。」
キュ、と昔ながらの水道ノブを締める。
洗浄と消毒を終え、服を着替えた老爺は床に腰を下ろすと、改めて二人に向き直って告げた。
「さて。儂はお主らに訊ねねばならん。これからどうするか、と。
儂としては、お主らを放っておけん。
お主らは最大級の原石じゃ。磨けば必ずや輝く大器!
儂の下で修養と精錬を積み、鍛錬と研鑽を重ねれば、何処に出しても恥ずかしくない一端の邪気眼使いと剣士となること請け合いじゃ!」
キラキラと目を輝かせて老爺が力説する。
数十年越しの出逢い。これより先は結婚ノーチャンスだと覚った中年女性の如く。
「二人には固まってもらった方が助かるのじゃ。
先程も言ったことじゃが、お主らは性格や育ちこそ違えど、何処か似通った性質が見受けられる。
故に、時としてお互いがお互いの手本となり、指標となり、足りぬ所は補い合って切磋琢磨に励むことができる。大抵の窮地ならば、力を合わせて乗り越えられるじゃろう。
最初は利害の一致でも何でも構わん。連携などは後から着いてくるもんじゃ。
強要はせんよ。
お主らの行く先はお主らが決めることじゃ――――まあ今ならこれが特典としてついてくるがの。」
ぺらり、と何処からともなく取り出した2枚の巻物。
広げれば、心構え・解説・訓練メニューがばーっと敷き詰められている。
統也の方は身体作りやイメージトレーニング等の基礎訓練。戦い方が完成している玲の方には、精神修養や剣気精錬のやり方が主な内容となっているようだ。
薬湯を煎じるついでに認めたらしい。
「不要なら別にええんじゃよ?」
ゲスの所業である!!!
- 97 :
- ―――――…
小さな、しかし使い込まれた炉から吹き出す炎が、玲の顔を仄かに照らしていた。
炉の側には、暗緑色の作業服を着た大きな背中が見える。その肩には白く"柩望"と刺繍されていた。
「コンノ、そろそろ休憩にしたら?」
後ろから優しい声が投げかけられる。振り返れば、蒼い三白眼を持つ、しかし優しげな雰囲気の女性が戸口から男の背中を見つめていた。
「…ああ、いや、もうちょっとなんだ」
コンノと呼びかけられた男は振り返る。がっしりとした体格に、癖のついた黒髪が非常にチャーミングだ。
そう、彼こそは柩望 紺野、世界的刀鍛冶にして邪気眼遣い、世界政府に与する者。
「…今度は何を作ってるの?」
女性が玲の隣に座り込み、紺野に訊ねる。
まだ7歳の玲は彼女の腕に掴まり、「お母さん」と小さく声を出す。
ハスキーで、蚊の鳴くような小さな声だ。腕を掴まれた女性は、その頭を優しく撫でる。
彼女はジャンヌ・フェル、柩望紺野の妻にして、カノッサ機関の潜伏兵。
「東雲の仲介でな…世界政府にだ。急なんだが、明後日まででな」
「…そう」
言葉の意味を、玲は理解できない。
ただただ単語の羅列だけを、毎日のように聞いていた。『カノッサ機関』『世界政府』『シノノメ』『ティアードロップ』
「…で、なんだが
受け渡しがギリシャなんだ」
「ギリシャ?私の行くところと同じ?」
「ああ、だから明日には出るんだ…玲はどうする?」
「そうね…一緒に行く?」
玲は無言で頷く。
傍から見れば、少し不思議な言動ではあるが、普通という幸せを謳歌する、ごく一般的な家庭にしか見えないだろう。
そこで視界は乱れる。
次に現れるのは顎に無精ひげを生やした金髪の男。身長190cmはある巨漢。
(やめろ…)
視界が乱れたことで、彼女はこれは夢だと認識する。
そして、この次に起こることも分かる。これは過去だ、自分の過去なのだと
しかし無慈悲な夢は、醒めることなく続いていく
「…東雲、どうした、受け渡しは明日だろう」
父が、紺野が戸口に現れた男を見るなり驚きの声を上げる。
「…おう、明日じゃ遅くなっちまってな
出来てる、よな?お前の事だ」
(東雲…さん…いやだ…これ以上、見たくない!)
- 98 :
- 彼女は懇願する、東雲…東雲東晋、子供の頃から慕ってくれた、数少ない世界政府内での両親の協力者。
協力者、だった男。
「ああ、出来ているが…
珍しいな、理論主義で企業的な世界政府が、急に」
「急に、依頼を頼んで…急に、受け渡し日時を一日早めた事か?」
「…なんだ、変だぞ東雲」
紺野の表情は訝しむそれだ。
しかし東雲の表情は変わらない
「…いや、大丈夫だ。嫁さんは」
「カノッサの事で、出かけてる」
その言葉に、東雲は目を細める。
「………そうか、久々に、会いたかったもの、だがな」
「おい…どうした」
(止まれ、やめろ…!やめて…!お父さん…!駄目…!)
前へ歩み寄り、彼の様子を伺おうとする父親。
玲は必死の叫ぼうとするが、しかし叶うことはない。
手に持つ、母の編んでくれた橙色のマフラーだけに力がこもった。
体はある程度動く、しかし声は届かない…夢の中ならば、よくある事だ。とてつもない疎外感、そして恐怖心。
玲の場合は更に、この後に起きる惨劇も知っている。
過去における未来を見通す瞳は、東雲の後方、ギリシャの美しい街並み…そしてそこに並ぶ、輝く瞳を持つ者達へと注がれた。
(カノッサ…機関!)
両親は、隠れ、慎ましく過ごしていたつもりだった。
だが、世界に張り巡らされた網というものは細かく、そして素早いのである。
二人は知らず知らずのうちに、両者からスパイとして使われていたのだ。無論、それを知らされる事もなく
そして機関と政府は…この地で、名も知らぬギリシャの小さな町で衝突した。
何故ここに来て両組織が衝突したのか、理由は彼女は知らない
だが、はっきりしている事は、両親を殺したのは紛う事なくカノッサ機関であり、邪気眼遣いだ。
後ろにいる…大勢の!
- 99 :
- 「……(逃げろ)」
東雲の口が、確かにそう動いた。
次の瞬間、爆発が起きた。爆心地は他ならぬ東雲自身だった。
(お父さん…!)
彼の警告によって慌ててその身を引いた紺野は何とか致命傷は負わずにすんだが、休む暇もなく異形の力を持った者達が襲い来る。
トパーズのように煌く瞳を持つ男が、摩訶不思議な同色の光を仲間に浴びせかけその力を増幅させる。
暗銀色の瞳を持つ白いコート姿の男が、紺野を確保すべく超自然の拘束具を飛ばす。
朽葉色の輝きを放つ瞳の、メガネ姿の女性がその手にグツグツと沸き立つ黄土色の剣を持って彼に襲い掛かる。
萌黄色に光る目を持つ男、縹色の瞳を持つ女、赤錆色の輝きを放つ男……その中には、既に彼女が殺した者もいる。
「玲…!」
父が自分を拾って家から逃げる。
腰に擽ったい、彼の手の温かみを感じる。
(いやだ…!お父さん…!)
その温かみも、すぐに失われることを玲は知っている。
醒めろ!醒めろ!彼女は懇願する、目を強く閉じる。
腰の擽ったい感触だけが、暗い世界に残った。
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