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2013年06月新シャア専用117: もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら17 (107) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら17


1 :2013/05/27 〜 最終レス :2013/06/10
新シャアでZガンダムについて語るならここでよろしく
現在SS連載中 & 職人さん随時募集中!
・投下が来たら支援は読感・編集の邪魔になるからやめよう
・気に食わないレスに噛み付かない、噛み付く前に天体観測を
・他のスレに迷惑をかけないようにしよう
前スレ
もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら16
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/shar/1251985306/
まとめサイト
http://arte.wikiwiki.jp/
避難所(したらば・クロスオーバー倉庫 SS避難所)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10411/1223653605/
荒し、粘着すると無駄死にするだけだって、何でわからないんだ!!
分かるはずだ、こういう奴は透明あぼーんしなきゃいけないって、みんなには分かるはずだ!
職人さんは力なんだ、このスレを支える力なんだ、
それをこうも簡単に荒らしで失っていくのは、それは、それは酷いことなんだよ!
荒らしはいつも傍観者でスレを弄ぶだけの人ではないですか
その傲慢はスレの住人を家畜にすることだ
それは一番、人間が人間にやっちゃあいけないことなんだ!
毎週土曜日はage進行でお願いします

2 :
第十一話になります↓

3 :
 シャアのセイバーと協力して、海に墜落したグフ・イグナイテッドをサルベージした。
 そして、一先ずミネルバの甲板に安置すると、シンは急いでインパルスを降り、コックピ
ットから這い出てくるハイネの下へと駆け寄った。
 「また随分とこっぴどくやられちまったもんだなあ」
 顔を見せたハイネは、ミネルバの惨状に目を向けて嘆いた。そこへ、全力ダッシュで駆
けて来たシンが、「すんません!」と謝るなり深々と頭を下げた。
 「フリーダムを、取り逃がしてしまいました!」
 恥ずかしいくらいに大声で謝るシンに、ハイネは迷惑そうに耳を塞ぎながら、甲板に上
がってきたメカニックたちを一瞥した。
 「急に大声を出すな!」
 「でも!」
 シンは聞き分けるつもりは無さそうだった。ハイネはグフから飛び降りると、「頼む」とメ
カニックたちに収容を任せて、無理矢理にシンを引っ張って場所を変えた。
 「折角ハイネがチャンスを作ってくれたのに、俺、上手くやれなくて……」
 シンは、ラウンジに連れて来られても反省し切りだった。
 「それは、フリーダムに手も足も出なかった俺に対する当てつけか?」
 「そんなつもりは……」
 「いつからお前はそんなに偉くなったんだ、シン・アスカ? あの化け物と互角に渡り合
えただけでも、お前は十分よくやった。それとも、フリーダムなんか倒せて当たり前だと
思ってたか?」
 シンは答えなかった。沈黙は、自らの驕りを認めた証拠とハイネは受け取った。
 シンのフリーダムに対する執着は尋常ではない。異常すぎるくらいだ。それは、それだ
け鬱屈したものを抱えてきたからだろうとは分かるが、ハイネは、それがシンの足を掬う
ような気がしてならなかった。
 その時、ラウンジのドアが開いて、シャアが姿を見せた。
 「ハイネ、艦長が今後について相談したいと言っている」
 シャアは、ハイネとシンの神妙な空気を察しはしたが、あえて平静な態度で接した。
 「分かった。直ぐに上がる」
 ハイネは応じると、ポンとシンの肩に手を乗せた。
 「気をつけろよ、シン。戦場で視野狭窄に陥ると、死のリスクを高める」
 「ハイネ……?」
 「無駄死には、したくないだろうが?」
 ハイネはシンに笑い掛けると、シャアと共にラウンジを後にした。シンはそれを見送ると、
徐にソファに腰掛けた。
 「……ルナは大丈夫かな? 後で医務室に顔出すか……」
 シンは、ふと思い出したことを呟いていた。
 
 「――クワトロ、お前はどう見る?」
 「ん……?」
 唐突に切り出したハイネの質問に、シャアは咄嗟に言葉が出てこなかった。少し黙考を
して、今しがたのラウンジでの光景を思い出し、シンのことについて訊ねられているのだ
と察した。
 「ああ……人間性はともかく、パイロットとしては類を見ない逸材だと思っている。あれは
間違いなく化けるな」
 「そう思う。目を掛けてやってくれ」
 ハイネにそう頼まれて、シャアは「おいおい」と苦笑した。

4 :
 「私は一介のパイロットだぞ?」
 そう言って、言外にシンの面倒を見るのは勘弁してくれと伝える。そういう役割は、隊
長であるハイネの仕事だろうと。
 しかし、ハイネはそんなシャアに、「そうかな?」と意味深長な笑みを向けた。
 「俺は今回、ミネルバが沈まなかったのはクワトロのお陰だと思っている。俺たちがフ
リーダムに幻惑されている間、お前は冷静に連合の動きを見極めていた」
 ハイネはそこまで語ると、「過去を詮索するつもりは無いが……」と前置きをしてから、
「やってたんだろ、戦闘隊長?」と言った。
 「アイツの潜在能力を知ってしまえば、それを伸ばさない手は無い。どんなに才能が
あっても、それを認めてくれる人間がいなければ宝の持ち腐れだ。シンは、間違いなく
将来的にザフトのトップエースになれる素質を持っている。俺は、それを腐らせるつもり
はないぜ。だから、クワトロにもそれを手伝って欲しいんだよ」
 「それは分かる話だが……」
 「分かってる。アイツを導くのは、隊長である俺の役目だ。気に掛けてくれるだけでい
い。けど、俺に万が一のことがあった場合、後のことをクワトロに頼みたいんだ」
 不吉なことを言うものだ、とシャアは感じた。ハイネらしくない言葉だと思った。
 それだけ、シンを大切に育てたいということなのだろう。
 (シンのあの力に魅せられたか……?)
 思い入れるハイネの気持ちが、分からないでもなかった。覚醒したシンの劇的な変容
は、確かに童心に返ったような胸の高鳴りを覚えさせてくれるのだから。
 「それは、お互い様だな」
 そう言うと、隣で歩いているハイネが怪訝そうにシャアに顔を向けた。
 「私の方が先にやられることもあり得る」
 「そりゃそうだ」
 ハイネは苦笑して、肩を竦めた。
 その時、通路の突き当たりで交差している通路を横切るハマーンの姿が目に入った。
ハイネはそれを見ると、「ハマーンさん!」と追い掛けていった。
 (何故ハマーンには敬語なのだ……?)
 シャアはそう思ったが、ハマーンを自ら追い掛けるハイネは勇気があるな、とも思った。
 「お疲れ様です。貴女がいてくれて、ミネルバは命拾いしました」
 ハマーンは、ハイネの呼び掛けに立ち止まって応じる姿勢を見せたが、表情は固かった。
 ハマーンが気難しいと聞いて、チームワークのためになるべく気を使って可能な限りフ
レンドリーに接しようとするハイネの努力が、シャアには涙ぐましいものに見えた。
 「今後も、よろしくお願いしますね!」
 ハイネは手を差し出して、握手を求めた。だが、ハマーンはそれを一瞥すると、「馴れ
馴れしいな」と冷たくあしらって去っていってしまった。
 「……彼女はああいう女だよ」
 玉砕したハイネに、シャアは肩を叩き、感慨深げに呟いた。
 
 少しだけ休息を取ると、シャアはモビルスーツデッキに降りてセイバーのところへと向
かった。そこでは担当メカニックのマッドを中心にセイバーの整備が進んでいて、シャア
がやって来たのを見るなり、「もういいのか?」と聞いてきた。
 「問題ない」
 シャアはそう言うと、早速ミーティングを始めるようマッドに要請した。
 「働き者だな。ま、こっちの仕事も早く片付くんで、歓迎なんだけどよ」
 マッドは現金な笑みを浮かべて、慣れた手つきで電子パッドを操作した。

5 :
 戦闘データを吸い出し、そこにシャア自身の感想を加味して機体のセッティングを煮詰
めていく。それは、地味で根気の要る作業であったが、セイバーをシャアの専用機として
熟成させていく過程において、決して欠かせない重要な作業であった。
 「……取り敢えず、こんなところか。ペダルやレバーの遊びに関しては、本当に削っちま
っていいんだな?」
 「まだ反応が鈍く感じるんだ。やってくれ」
 「一応、ナチュラル用に合わせたつもりなんだがなあ……?」
 シャアは、今こそセイバーを万全にして置きたいと思っていた。
 ジブラルタルへの峠を越えたとはいえ、その代償にミネルバは満身創痍になった。充実
しつつあったモビルスーツ隊も、半数が大破、若しくは戦闘不能の状態になっている。そ
ういう現状に対して、シャアは危機感を持っておきたかった。まだ、何が起こるか分からな
いからだ。
 ミーティングを終え、操縦系統の反応を確かめると、そこから先は門外漢のシャアの出
る幕は無かった。シャアは後のメカニカルな部分の調整をマッドに頼むと、モビルスーツ
デッキを後にした。
 
 戻る途中、意外な場面に遭遇した。医務室の前を通り掛ると、ちょうどそこから出てき
たハマーンと鉢合わせになった。
 ハマーンはシャアの顔を見るなり、煩わしそうに舌打ちをすると、何も言わずに背を向
けた。
 「ルナマリア君を見舞いに来たのか?」
 訊ねるシャアを無視して、ハマーンは徐に歩き出した。その時、医務室のドアが再び開
いて、少女の後頭部がひょっこりとシャアの前に現れた。赤い髪のツインテールを揺らす、
まだあどけなさを残す少女は、ルナマリアの妹のメイリン・ホークだった。
 「あっ……」
 メイリンは背後のシャアに気付くと、一寸驚いて身を竦めた。
 「すみません――」
 そう述べるメイリンであったが、シャアに対する気はそぞろで、すぐにハマーンの背中へ
と目を転じた。
 「ルナマリア君の容態は?」
 訊ねると、戸惑いの色を浮かべた瞳がシャアを見上げた。
 「あ、はい。思ったよりも酷くなかったみたいで、二、三日もすればベッドから出られるっ
て……」
 「それは良かった。ゆっくり養生するように伝えてくれ」
 シャアはそう言って軽くメイリンの肩を叩くと、ハマーンの後を追った。
 「あ、ありがとうございます……」
 メイリンはシャアとハマーンの背中を見つめて、首を捻った。近いようで遠いように感じ
るし、遠いようで近いようにも感じる。二人の距離感は、そんな不思議な錯覚をメイリン
に起こさせていた。
 
 前を歩くハマーンの背中は、暗に付いて来るなと言っていた。決して重ならない足音は、
そんな二人の微妙なズレだった。
 「安心したか、ハマーン?」
 呼び掛けても、ハマーンは歩みを止めない。それが、ハマーンなりの照れ隠しに見えた。
 (ハマーンは、ルナマリアに最も気を許している……)
 先日、ハマーンがルナマリアと一緒に港町に上陸していたことを思い出したシャアは、医
務室から出てきたハマーンを見て、その推測が正しかったと確信した。

6 :
 「君はあの攻撃が来ると分かっていたから、最初の出撃を見合わせた。だから、あのミ
サイル攻撃で負傷したルナマリアに負い目を感じていた」
 シャアの勝手な推論である。だが、ハマーンが足を止めたのを見れば、シャアがそれが
正しかったのだと勘違いするのも無理からぬ話だった。
 「違うかな?」
 「めでたい男だな……」
 嘆息するハマーンは、やはり照れ隠しをしているようにしか見えなかった。
 ハマーンは、勝手にそう解釈して微笑むシャアを、本気でめでたい男だと思っていた。
 (何も知らないとは、暢気な男だ……)
 この分では、カミーユが出撃していなかったことも知らなかったのではないかと思った。
 しかし、それは流石に見くびり過ぎだったと、次のシャアの言葉で思い直した。シャア
は、ハマーンが思うほどに鈍くは無かった。
 「――カミーユが出ていなかったな。しかし、出撃を見合わせたのは、あのミサイル攻
撃やカミーユのことだけではないのだろう?」
 シャアはそこまで話すと、一呼吸置いて「アークエンジェル――」と指摘した。
 「君の本命は、あの戦艦じゃなかったのかな?」
 言い当てて見せたシャアが、ハマーンにとっては意外だった。シャアが、それを読み取
れるほどに自分に関心を持っていたとは考えもしなかったからだ。
 しかし、“本物のラクス”の存在までは気付いていない。それが、シャアの限界であった。
 「よく見破った……と言っておくよ、シャア?」
 「ん……?」
 「しかしな、カミーユ・ビダンのことを考えるのなら、奴はもう出てこないかも知れんぞ?」
 「どういう意味だ?」
 問い返すシャアに、ハマーンはシャアのカミーユに対する関心の薄さを感じた。
 (私に分かることが、この男には分からんのか……?)
 話を摩り替えはしたが、シャアのドライさに改めて愕然とさせられる。ハマーンは、ため
息混じりに答えた。
 「カミーユを私たちと接触させる危険性を、連中もいい加減に気づいているはずだ。危
険と分かっていて出すバカがどこにいる?」
 「確かに、それは困るな……」
 シャアは目線を床に落とした。それが心底から困っているように見えなくて、ハマーン
はその見え透いた態度に強い嫌悪感を覚えた。
 「冗談は止せ、シャア」
 ハマーンの険しい声色にハッとして、シャアは顔を上げた。
 「あからさまな猿芝居は止めろ」
 「猿芝居だと?」
 「空を使っても無駄だ。お前はもう、カミーユを始末する方向に傾きかけているだろう?」
 シャアは答えられなかった。ハマーンが言うほどハッキリとしたイメージは無いが、い
よいよ以って仕方なくなったら、そういう選択肢もあり得るかもしれないと考えていたから
だ。シャアは、ハマーンの言葉はあながち間違いではないと、一瞬だけだが思ってしまっ
たのである。
 押し黙るシャアを、ハマーンは蔑視した。
 「そういう男だよ、お前は。見切りをつけるのが早過ぎる」
 辛辣な言葉を浴びせて、ハマーンはシャアの前から去っていった。
 シャアは、最早それを追うようなことはしなかった。

7 :
 
 
 目を覚ました時、既に戦闘は終わっていた。モビルスーツデッキに降りたカミーユが目
にしたのは、修理中のカオス、ガイア、アビスの姿だった。
 「どういうんだ、これ……!?」
 戸惑いながらも、目を外の甲板へと向けた。バスケットボールなどで自由時間を満喫
するクルーたちの中に、スティングたちのグループを見つけた。カミーユがそちらに歩い
ていくと、それに気付いたステラが、「カミーユ!」と手を振った。
 カミーユは、無邪気に微笑むステラほどに気分は晴れていなかった。スティングが気
まずそうに顔を顰めたのを見れば、何とはなしに察しがつくというものだった。
 「どういうことなんだ、これは?」
 「いや……」
 スティングは目を逸らして言葉を濁した。
 「戦闘があったんだろ? 何で僕だけ出撃が無かったんだ?」
 苛立ちがあるから、詰問するような形になる。ステラがそれを察して、スティングを擁護
するように間に入った。
 「ネオがね、カミーユに無理させたくないからって」
 「大佐が? 僕に何を無理させたくないんだ?」
 矛先を逸らすことに成功したステラであったが、しかし、それ以上のことは答えられな
かった。
 あまりにも余所余所しすぎる。
 (何か、隠し事をしている……)
 そう直感するのは、当然のことだった。
 スティングもステラも歯切れが悪い。カミーユは、仕方無しに反りの合わないアウルに
目を向けた。そのアウルは、他の二人の反応とは違い、薄笑いを浮かべていた。とても
ではないが、いい予感はしなかった。
 「おいおい、冷てーなお前ら。しょうがねー、だったら代わりに僕が説明してやるよ」
 アウルは、腰掛けていたコンテナから立ち上がると、ゆっくりとカミーユに向き直った。
「アウル!」とスティングが語気を強めたが、アウルは構わなかった。
 「ネオは、お前じゃ足手纏いだと判断したんだ。だから、お前は“ゆりかご”に閉じ込
められて、戦闘の間お寝んねさせられてたのさ」
 「そんなバカな! 俺もみんなと同じ、エクステンデッドじゃないか! 足手纏いなん
て……」
 「お前が僕達と同じ? ハッ! 何言ってんだ、お前はなあ――」
 「バカ! お前――!」
 何かを言いかけたアウルの口を、スティングが咄嗟に塞いだ。
 その動揺が、カミーユには堪らなく不安だった。
 「……!」
 頭の中に、ピリッとした痺れを感じる。その痺れが、シャアという男や、一緒にいた女を
見た時の感覚に似ていて、嫌な焦燥感を煽った。
 アウルはスティングを振り解き、「丁度いい機会じゃねーか!」と、スティングとステラに
向かって言った。
 「そろそろ、コイツに本当のことを教えてやろうぜ!」
 「本当のこと……!?」
 スティングは強い剣幕でアウルを睨んでいた。その態度が、アウルの言葉に説得力を
持たせていた。

8 :
 「ど、どういうことなんだ……? 俺は、ロドニアの実験ラボでみんなと一緒に強化訓練
を受けたエクステンデッドじゃないのか……?」
 「だったら、その頃のこと、お前は思い出せるか?」
 「そんなの……!」
 カミーユは激しく狼狽した。胸の内に疑惑が拡がって、それに比例するように刺すような
痛みを頭に感じた。
 「うう……っ!」
 「見ろよ。苦しがってんじゃねーか、可哀相に」
 頭を抱えて蹲るカミーユに、アウルは顎をしゃくって言った。
 「楽にしてやるべきなんじゃねーの? コイツのためにもさあ!」
 「てめえっ!」
 スティングは再びアウルに飛び掛かろうとした。だが、それを遮るようにしてアウルの前
に立ったのは、ステラだった。
 「ダメ」
 短い言葉で、強い拒絶の意志を示す。柔らかなブロンドの前髪の下から覗く射るような
睨みに、アウルはギョッとした。
 「ステラ……!?」
 アウルはスティングを一瞥した。スティングも、ステラと同じような非難の目でアウルを
見ていた。
 (何でだよ……!)
 スティングもステラも、どうしてカミーユの肩ばかり持とうとするのか、理解できなかった。
 「ちょっと、こっち来い!」
 スティングは叱りつけるようにアウルに言うと、そのまま引っ張っていった。
 ステラは蹲るカミーユに駆け寄って、顔を窺った。冷や汗が玉のように浮かんでいて、
少し青ざめているようだった。
 「ステラ……」
 薄く開いた瞼から、カミーユの青い瞳が覗いた。その海よりも深い青をした瞳に見つめ
られて、ステラはそれに意識を絡め取られるような感覚を抱いた。
 「うぇい……」
 思わず見惚れてしまうほどの澄んだ瞳をしていた。険しい表情をしているのに、瞳の色
だけは不思議と穏やかに見えた。
 「頼む、教えてくれ……」
 カミーユが、両手でステラの肩を掴んできた。ステラはハッとして、身を固くした。
 「僕は一体、何者なんだ?」
 青い瞳に真っ直ぐに見つめられると、真実を白日の下に晒さなくてはいけない気にさせ
られる。しかし、その感覚に従ってはいけないと、直感的に抗っていた。
 (カミーユが知らない誰かに戻っちゃう……そんなの、嫌……!)
 ステラは、怯えたようにかぶりを振った。
 「し、知らない! あたし、何も知らない!」
 それが嘘であることは、カミーユには分かった。しかし、怯え竦んでいるようなステラを、
これ以上は追及する気にはなれなかった。
 「そうか……」
 カミーユは一言了解すると、徐にステラの前から立ち去って、司令官室へと足を向けた。
 

9 :
 「――カミーユです」
 インターホンを鳴らし、名乗ると、自動ドアが開いた。室内に入ると、すぐにデスクに向
かって事務仕事をしているネオの姿が目に留まった。前回の戦闘における報告書の作
成だろうか。その報告書に、自分の名前が記載されていないであろうことを想像すると、
とても遣る瀬ない気持ちになった。
 「どうした、カミーユ? そんな怖い顔をして」
 ネオはカミーユを一瞥するなり、軽い調子で呼び掛けた。
 (人の気も知らないで……!)
 そうでなくとも気が立っていたカミーユは、許されるものならネオの仮面をかち割ってや
りたい気分だった。
 カミーユはつかつかと歩き、暢気に事務仕事を続けるネオに、「どうしたもこうしたもあり
ませんよ!」と声を荒げて詰め寄った。
 「何故、僕の出撃がなかったんです!?」
 カミーユの剣幕に驚いたのか、ネオはその時、ようやくカミーユがご立腹である事に気
付いたらしい。
 ネオは取り繕うようにパソコンの画面を閉じると、カミーユに目線を上げた。
 「何故って……そりゃあ、お前の体調を考慮してだな――」
 「嘘ですよ、そんなの!」
 しらばっくれようとしていると見たカミーユは、バン、と両手でデスクを叩いた。
 ネオは驚いて仮面の下で目を丸くしていたが、やがて、ふぅとため息をついて肩を竦め
た。
 「嘘も何も、お前の調子が悪かったのは事実だろうが」
 「それは、あのミネルバって戦艦に乗っている妙な連中のせいだって、分かってるじゃな
いですか! “大尉”だって聞いてるでしょ! 排除しちゃえばいいんです、そんなのは!」
 「そうは言うが、お前――」
 しかし、ネオは言いかけて、ふと気付いた。
 (“大尉”、と言ったか? 今……?)
 ネオの階級は、“大佐”である。それを、カミーユは自然と“大尉”と言い間違えて、しか
も本人にその自覚は無いようだった。
 (無意識がさせたことだ……深層心理が、表出したというのか……?)
 それは、記憶が蘇りつつある兆候なのではないかと考えた。
 (“ゆりかご”の刷り込みが甘かったか? それとも、或いは――)
 「聞いてんですか、大佐!」
 バン、ともう一度デスクを叩く音に驚いて、ネオは思わず椅子から転げ落ちそうになっ
た。「何やってんです」と、カミーユから冷ややかな視線を投げ掛けられて、ネオは咳払
いをした。
 「バンバン机を叩くんじゃないよ! 法廷じゃあるまいに」
 「だから、言ってんじゃないですか! あの二人を排除してしまえば、僕はもう不調にな
らずに済むんです! みんなの足手纏いにだってなりませんよ! だったら、僕自身の
手でやらせて下さい!」
 「しかし、それはあくまで可能性の話だ。今のところ、科学的な根拠は何も無いんだぞ?
仮にその二人を始末したところで、お前の調子が戻るとは……ん?」
 ネオは話している途中で、ふと部屋の出入り口の様子に気付いた。
 ドアが、微かに開いている。そして、その隙間から大きな瞳が覗いていて、室内の様子
を窺っているのが見えた。

10 :
 途中で言葉を切ったネオが、自分の背後を気にしていることに気付いて、カミーユも振
り返った。その途端、室内を覗いていた瞳は逃げるように消えて、ドアが閉まった。
 「ステラ……?」
 急いで司令室を出て確認した時には、もう姿は無かった。
 「どういう積もりなんだか……」
 ネオは腰に手をやって、ステラの奇行に呆れているようだった。そういうネオを、カミーユ
は自身の胸騒ぎに照らし合わせて、鈍いと感じた。
 「――大佐、まだ、聞きたいことがあります」
 しかし、カミーユは、今はネオを質すことを優先した。
 「何だ?」
 「僕は一体、何者なんです?」
 ネオの仮面は、顔の上半分を完全に覆い隠し、滅多にその表情を読み取ることは出来
ない。しかし、問うた瞬間、微かにではあるが、ネオは確かに色めき立った。カミーユが確
信を持つには、その僅かな変化で十分だった。
 「アウルは、僕がエクステンデッドじゃないようなことを言ってました。それって、どういう
意味なんです?」
 カミーユの問い掛けに、ネオは言葉を失した。
 ステラを巡る三角関係をネオは把握していたが、まさかアウルが故意に口を滑らせるよ
うな真似をするとは思わなかった。子供同士がじゃれ合っているだけだと、甘く見て放置し
ていたツケが回ってきたのかもしれない。
 「そ、それは……」
 言葉に詰まるネオを見て、カミーユは確信を深めた。
 (俺は、みんなとは違うのか……)
 導かれた答えが、疎外感を生んだ。信じていたものが失われていくという感覚は、怖い
ものだった。
 しかし、カミーユにとって幸運だったのは、その恐怖を咀嚼する時間を先延ばしにでき
たことだった。突如鳴り響いた警報のけたたましい音が、カミーユから思考する時間を奪
ったのである。
 「何が起こった!?」
 ネオはインターホンから内線でブリッジを呼び出した。
 「……何だと!? ステラが勝手に飛び出して行っただと!?」
 声を荒げたネオの言葉を聞いて、カミーユは先ほどの胸騒ぎの理由を理解した。
 「すぐに追わせろ! ガイアの修理は、まだ完全じゃないはずだ!」
 ネオは内線に向かって怒鳴り立てた。その脇で、カミーユが突発的に駆け出していた。
 「カミーユ!?」
 「僕が行きます!」
 「待て、カミーユ!」
 背中からネオの制止を促す声が轟いていた。しかし、カミーユはそれを無視してモビル
スーツデッキに走った。
 「デッキに繋げ! カミーユを行かせるんじゃないぞ!」
 ネオは、モビルスーツデッキでカミーユを確保するように命令した。しかし、ネオの命令
は一歩遅く、カミーユはウェイブライダーに飛び乗ると、一目散にJ・Pジョーンズを飛び
立っていった。
 

11 :
 日が暮れると、暗くなるのが早い季節だった。つい先刻までは明るかった空が、今はも
う真っ黒に染まりつつある。
 「ガイアをキャッチできる……この辺りはニュージャマーの影響が少ないのか?」
 カミーユは高空を飛行してガイアを追っていた。
 「この方角、ミネルバが不時着してるっていう情報があった……」
 ステラが独断で出撃した動機に、カミーユは思い当たる節があった。ステラがカミーユ
とネオの会話を盗み聞きしていたというのなら、その目的は一つしかない。
 「やっぱりそうなのか、ステラ……?」
 無謀としか言いようがなかった。ステラは整備不良のガイアで飛び出していったのであ
る。
 「相手はミネルバなんだぞ……!」
 焦燥感を強めたカミーユは、更にウェイブライダーの加速度を上げた。
 
 ミネルバは鬱蒼と生い茂る森の中で艦体を横たえていた。シートや枝葉で迷彩が施さ
れた艦体は、月が雲に隠れてしまえば目視が困難なほどに木々の黒に溶け込んでしま
う。
 その付近を、パッ、パッ、と鮮やかなビームの輝きが穿つのが見えた。
 「もう始まっているのか!」
 ガイアは地上から空中のインパルスとセイバーに対抗していた。モビルアーマー形態
のガイアのフットワークと、隠れ蓑に便利な森を活用して上手く対応していたが、やがて
不完全な修理の影響が出て、遂にはその動きを捉えられてしまった。
 カミーユが現場に到着した時には、ガイアは既に戦闘不能状態に追い込まれていて、
今、正に捕獲されようとしているところだった。
 「そうはさせるか!」
 カミーユはガイアを捕獲しようとしているインパルスに不意打ちを仕掛けた。しかし、イ
ンパルスは素早い身のこなしで攻撃をかわすと、反撃のビームライフルを見舞ってきた。
 カミーユはそれを紙一重でかわしたが、直後、背後から別のビーム攻撃を受けた。
 カミーユは、条件反射的に振り返っていた。
 「シャアとかってーっ!」
 チリチリとした、痺れるような頭の痛みが教えている。夜空に弧を描いて急旋回したウェ
イブライダーの正面に姿を見せたのは、赤いセイバーだった。
 「アレを落としさえすれば!」
 モビルアーマー同士のドッグファイト。互いに正面から突っ込んで、ビームを浴びせる。
 外れたのか外したのかは、定かではない。双方は無傷のまますれ違って、カミーユは
再攻撃を仕掛けるために旋回を行った。
 だが、旋回の途中でビーム攻撃を受けた。セイバーはモビルスーツ形態に変形して、素
早く反転し、カミーユに先んじてウェイブライダーを狙撃していた。
 正確な狙いが、ウェイブライダーの翼端などを掠めた。ウェイブライダーはバランスを崩
し、カミーユはその立て直しに躍起になった。
 そこへ、インパルスが弾丸のように突っ込んできて、ウェイブライダーに組み付いてきた。
 「上に付かれた!?」
 これでは、反撃しようにも反撃できない。カミーユは撃墜を覚悟した。

12 :
 しかし、銃口を向けたインパルスは、セイバーから何らかの信号を受け取ると、徐にビー
ムライフルを収めた。
 「捕獲するつもりなのか……?」
 カミーユは、ガイアを見やった。こうしている間にステラだけでも逃がしたかったが、ステ
ラは気絶でもしているらしく、横たわったガイアはピクリとも動かなかった。
 (万事休す……!)
 だが、カミーユが観念した時だった。不意に紛れ込んできたビーム攻撃が、インパルス
から逃れる切欠になった。不意打ちを受けて動揺した一瞬の隙を突き、カミーユは咄嗟
に急加速を掛けてインパルスを振り落とした。
 「カオス――スティング!」
 目に入ったのは、モビルアーマー形態のカオスだった。しかし、主推力である機動兵装
ポッドのブースターは、煙を噴いている。
 「退くぞ、カミーユ!」
 スティングは不調の機動兵装ポッドを押してセイバーとインパルスを牽制しながら、カミ
ーユに呼び掛けた。だが、カミーユはその言葉に反発し、「何言ってんだ!?」と声を荒
げた。
 「まだステラが!」
 「ステラは無理だ!」
 その時、セイバーの反撃がカオスのウイングの一枚を吹き飛ばした。
 咄嗟にカミーユが反撃しようと機首を向けた。しかし、「構うな!」というスティングの怒鳴
り声が、カミーユの反撃を思い止まらせた。
 「形振り構ってる暇はねえ! 今は逃げることが最優先だ!」
 「でも!」
 「冷静になれ、カミーユ! 今ここで俺たちまでやられるわけにはいかねえんだよ! 奪
還のチャンスは必ずある!それを信じろ!」
 「くっ……!」
 カオスがギリギリの状態であることは、明らかだった。カミーユは、スティングの言葉に
従うしかなかった。
 「ステラ……!」
 後ろ髪を引かれながら撤退する。カミーユは、ステラを見捨てなければならなかった己
の無力を呪った。
 正面には、満ちた月が皮肉なほど美しく輝いていた。
 
 敵の追撃は無く、カミーユとスティングは無事にJ・Pジョーンズへと帰着した。しかし、そ
こでカミーユを待っていたのは、アウルのパンチと、秘匿回線によってもたらされたミネル
バからの裏取引の申し出だった。
続く

13 :
毎度名前欄表記ミスです
>>4 1/10→2/10
>>9 6/10→7/10
です。失礼しました
ということで第十一話は以上です
それでは

14 :
>>1および第十一話乙でした!
サブタイは…まこと御手数ですができればお願いしたく存じます。
前2シリーズにおいてセンスの良いタイトルも魅力の一つだったと
思っておりますので。

15 :
GJ!

16 :
GJです!

17 :
>>14
サブタイ付けてみました。ご期待に添えられてるかどうかは分かりませんが……(;^ω^)
一話「シャアとハマーン」
二話「遭遇」
三話「シャアの出撃」
四話「予感」
五話「エネミー・カミーユ」
六話「シンの戦い」
七話「ディオキアの夜に」
八話「乱戦」
九話「女、ふたり」
十話「最強への挑戦」
十一話「戸惑い」
以上のように付けてみました。Wiki登録の際にはよろしくお願いします
第十二話「拒絶」は今夜か明日に投下したいと思います

18 :
wktk

19 :
では第十二話「拒絶」行きます↓

20 :
 ガイアの捕獲は、アーモリー・ワンの強奪事件に端を発した奪還任務の一部が解決し
たことを意味していた。ガイアが単独でミネルバを襲撃してきたその真相は不明であるが、
しかし、シャアにとってそれは問題ではなかった。
 (何故、カミーユが出てきたのだ……?)
 カミーユはもう姿を現さないかもしれないと言うハマーンの言葉には、もっともらしい信
憑性があった。シャアはそれを覚悟していたのだが、ガイアに釣られるようにしてカミー
ユが現れたのを見て、不可解さを感じた。
 メカ班の作業によって、ガイアのコックピットが強制的に開かれた。中から引きずり出
されたのは、以前にディオキアの海沿いで目にした覚えのある、ブロンドのショートカッ
トの少女だった。
 (あの娘もパイロットだったのか……)
 シャアは、その少女がカミーユの出現と関係があるのではないかと思い、徐に前に進
み出た。
 少女が目を覚ましたのは、その時だった。ぼんやりとした寝ぼけ眼で周囲を見回す様
子は、おっとりした、あどけない少女そのものに見えた。
 だが、シャアと目を合わせた時、それは豹変した。
 「お前ーっ!」
 少女は獣のように叫ぶと、周りの男たちを押し退けるように起き上がり、一直線にシャ
アに飛び掛ったのである。
 低い姿勢でシャアに詰め寄り、懐から取り出したナイフで切り掛かる。咄嗟の出来事
であったが、シャアは辛うじてそれをかわし、逆にナイフを持つ少女の腕を掴んだ。
 「むっ……!」
 しかし、少女は想像以上の腕力でシャアの手を振り解くと、立て続けに喉を狙った。
 「止めろーっ!」
 その瞬間、横から少女にタックルをかましたのは、シンだった。
 「このおっ!」
 「どけっ! どけえーっ!」
 馬乗りになったシンは、力尽くで少女を抑えようとした。しかし、少女は激しく抵抗して、
なかなか思うようにならない。
 「いい加減――!」
 シンはいよいよ本気になって、少女に掴み掛かった。だが、その手が不意に少女の胸
を鷲掴みにしてしまった時、その感触に思わず「あっ……」と赤面してしまった。少女の目
が、突き刺すような視線をシンに向けている。
 「ご、ごめ――」
 謝ろうとしたシンのジョーを、少女のアッパーがクラッシュしていた。
 「何を照れてんだ、チェリー!」
 ハイネがシンを怒鳴りつけつつ、再びシャアに飛び掛かろうとする少女に背後からタッ
クルをかました。少女は前のめりに倒れ、そこへ更に二人の男性士官が一斉に取り押さ
えに掛かり、少女の両手を押さえてナイフを取り上げた。
 「何か縛るものを!」
 ハイネの号令で、別の士官がコンテナを縛る頑丈な縄を持ってきて、ハイネに渡した。
 「うえぇーいっ! うえぇーいっ!」
 縄で縛られた少女は、筆舌に尽くしがたい、獣のような叫び声を上げていた。
 「凄いな……まあ、放って置いてもそのうち声帯が切れて、嫌でも大人しくなるだろ」
 ハイネはそんなことを言うが、それは冗談ではないだろうなとシャアは思った。

21 :
 やがて、寝台と拘束用の強化ベルトが運び込まれ、少女はそれに縛り付けられて運ば
れていった。少女は最後まで叫んで抵抗し、その目はずっとシャアだけを睨んでいた。
 「お前だ! カミーユを苦しめる奴! 許さない! 絶対に許さない!」
 聞き取れたのは、そんな呪詛のような言葉だけだった。
 少女が運ばれていって、モビルスーツデッキに平穏が戻った。メカニックチームは、早
速ガイアの調査、点検に取り掛かっている。
 「――ったく、あの程度で動揺すんなよ、お前は」
 そう言って、ハイネは顎を擦るシンに小言をぶつけていた。しかし、シンはそのことに関
してはあまり説教をされたくないらしく、「そんなこと言ったって……」とぼやいていた。
 「大体、免疫が無いからああいう目に遭うんだよ、お前は。シン、今度上陸したら付き合
え」
 「別に、俺は、そんな……」
 「また今みたいなことがあったらどうすんだ? それとも、ルナマリア辺りに土下座して
頼み込むか?」
 「何でルナが!」
 「いい身体してるからな――ってのは冗談で、次の上陸の時までには決めとけよ。二つ
に一つだ。それ以外は認めないからな!」
 ハイネは、からかうようにシンの尻を引っ叩いた。シンは、「横暴だ!」と心底から抗議し
た。
 ハイネはシンの抗議を無視して、シャアの方へと足を向けた。
 シャアは、思索に耽っているようだった。三度ほど呼び掛けて、ようやく気付いた様子を
見るに、よほど深く考え事をしていたようだった。
 「“カミーユ”と言っていたな?」
 ハイネは、少女がずっとシャアに向かって叫んでいたことを思い出しながら聞いた。そ
して、シャアがその名前に反応したのを見て、何とはなしに察した。
 「ああ……別に隠していたつもりは無かったのだが……」
 そう言いながらも、シャアは少し話しにくそうにしていた。
 「知り合いか?」
 訊ねると、シャアは「うむ」と頷いた。
 「私のかつての仲間だったのだが、どうやら連合側に拾われていたらしくてな。トリコロ
ールの戦闘機風のモビルアーマーを見ただろう? あれに乗ってるのがそうなのだが、
どうも洗脳されてしまっているようなのだ」
 「そりゃ一大事じゃないか。――ああ、だからシンに捕獲するように言ったのか」
 インパルスが決定的チャンスを得ながら、ウェイブライダーを撃墜しなかった場面を思
い浮かべ、ハイネはその理由に納得していた。
 「出来れは正気に戻してあげたいのだが、もし……」
 シャアは言いかけて、言葉を止めた。その先を口にすることを、恐れたからだ。
 ――既にカミーユを始末する方向に傾いているのではないか
 ハマーンの言葉が、喉に刺さった棘のように引っ掛かっていた。その棘の痛みが、次に
紡ごうとした言葉の怖さを教えていた。
 「……うん。つまり、そういうことなのだ」
 シャアは中途半端に答えると、「すまない」と謝って去っていった。
 「……何だ、ありゃ?」
 要領を得ない回答の上、なぜ謝ったのかも分からないハイネは、シャアの背中に彼が
抱える苦悩を見たような気がした。
 

22 :
 拘束されたステラは尚も逃れようと抵抗したが、運ばれている間に麻酔が効いてきて、
今はもう意識が朦朧としつつあった。
 通路を運ばれていく途中、物珍しそうに何人もの野次馬がステラを見物していた。好奇
心の目は目障りだったが、その中に、ふと気になる目を持つ女性を見つけた。
 それは、宿敵のはずだった。先ほど仕留め損ねたシャアと一緒にディオキアで見た女、
ハマーン・カーン。氷のように冷たく青光りする瞳――その目に、ステラは何故かカミーユ
の瞳が持つ雰囲気と同じものを感じた気がした。
 ステラは混乱した。ハマーンの目はカミーユとは似ても似つかないのに、何故かハマー
ンの顔にカミーユの顔がオーバーラップした。
 「カミー、ユ……?」
 ハマーンは、ステラが自分を見てカミーユの名を呟いたことに微かに動揺した。そして、
同時に不快感も覚えていた。
 感受性の強いステラが、自分にカミーユと同じニュータイプ的なものを感じていたという
ことは理解していた。しかし、ハマーンはカミーユと同一視されることに対して、強い嫌悪
感を抱いていた。自分は、カミーユほどデリカシーの無い人間ではないという自負がある
からだ。
 ステラはそのまま、事切れたように眠りについた。ハマーンは唾棄するようにそっぽを
向くと、野次馬の群れから一人、離れていった。
 
 シャアはブリッジに上がった。入り口のドアが開くと、艦長席のタリアが振り向いて、「ご
苦労です」と声を掛けられた。シャアはそのまま前に進み出て、タリアの横に立った。
 「どうです? 掴めましたか?」
 シャアの問い掛けに、タリアは微笑んで見せた。
 ミネルバは、ウェイブライダーとカオスをトレースし、ファントムペインの位置を探ってい
た。シャアがブリッジを訪れたのは、その結果を知るためだった。
 「成果はあったようですね」
 シャアも微笑んでタリアを見た。
 タリアはシャアの顔は見ずに、その声だけに意識を集中して聞き惚れていた。そういう
自分と、いい加減に決別しなければと思いはするものの、タリアはその生理的な癖をな
かなか直せずにいた。
 (私は、またギルと会話をしているつもりになって……)
 タリアは姿勢を正し、気を取り直した。
 「ニュージャマーの影響が小さいのが幸いしたのよ。――距離は……結構あるわね」
 タリアは制帽を直す振りをして、さり気なく目元を隠した。
 シャアは、そのタリアの仕草の意味を、深く考えるようなことはしなかった。
 「彼らが、何故こんな迂闊な攻撃を仕掛けてきたのかが分かりません。第二波はある
のでしょうか?」
 「どうかしら? でも、手札の一枚は私たちが握っていることは確かよ。それに対して、
彼らがどんなアクションを起こすか――それによって、ここでの修理の時間は変わるわ
ね」
 「あの娘ですか……」
 シャアは、わざとらしく口ごもった。タリアは少し首を傾げ、「そうよ。どうかしたの?」と
訊ねた。
 「実は、そのことで折り入ってお話があるのですが……グラディス艦長?」
 シャアは周囲の士官の目を気にする仕草をした。タリアがその仕草の意味を察して、
「分かりました」と席を立った。
 二人してブリッジを後にする。ドアが閉まると、クルーの間からはひそひそと話し声が
立った。

23 :
 
 人目につかないように甲板に出て、邪魔が入らないようにドアにロックする。
 月明かりがミネルバの艦体を照らしていた。周りが漆黒で包まれているからか、ミネル
バの姿はくっきりと浮き上がり、思ったよりも明るく感じた。
 襲撃があったことで、現在、修理作業は中断中であった。メカニック班には随分と頑張
ってもらっていたから、丁度いい骨休みになるだろうとタリアは言った。
 前回の戦闘による生々しい傷跡が、そこかしこで見られた。鉄柵は不細工にひしゃげ、
装甲には焦げ痕や無数の穴が目立った。中枢へのダメージが少なかったことは幸いだ
ったが、パッと見は無残な有様だった。
 しかし、その退廃的な雰囲気が、対照的な星空と相まって、不思議とロマンティックな
心持にさせられた。気分は、世紀末に残された最後の男女といったところか。
 「……それで、話というのは?」
 タリアは単刀直入に切り出した。折角のロケーションなのに、我ながら事務的で女性ら
しさの欠片も無い、と内心で笑う。
 「捕虜の娘のことです。彼女を、ファントムペインという部隊との交渉に使えないもので
しょうか?」
 シャアはシャアで、ロマンスを感じるセンスすら無いように見えた。デュランダルですら、
もう少し気の利いた台詞を言えるというのに。
 (馬鹿ね、私……何を期待してたのかしら……)
 タリアは内心で自嘲しつつ、「交渉とは、どういった交渉かしら?」と返した。
 「内容によっては、考慮します」
 「実は、あの部隊には私のかつての仲間が居りまして――」
 シャアは、先ほどハイネに話したことと同じことをタリアに話した。
 タリアは事情を飲み込み、「なるほどね」と頷いた。
 「つまり、そのカミーユという人物を正気に戻したいというわけね?」
 「はい。私やハマーンに反応を示したことから、何らかの強いショックを与えれば、正気
に戻る可能性は十分にあると考えます。しかし、カミーユをこのままあちら側に置いたま
まにしておくと、更なる精神操作によって、最悪手遅れになるかもしれません」
 「だから、あの子を取引材料に使って、そうなる前に彼をこちらに引き込みたい?」
 「おっしゃるとおりです」
 シャアには、ハマーンの言葉を否定したいという思惑がある。カミーユを見限ったりは
しないという証明をしたかったのだ。そこで、ちょうど捕虜にしたステラを利用することを
思いついた。
 タリアは、暫くの思案の後、「分かりました」と応諾した。シャアはその答えを聞いて、一
先ず安堵していた。
 これで、例え交渉が決裂しても、ハマーンの言葉に抗う一つの材料になる――その打
算にやましい感情はあったが、それにはあえて目を瞑った。
 「ありがとうございます」
 シャアはタリアに頭を下げた。しかし、タリアは、礼を言うのはまだ早いとばかりに、「一
つ、条件があります」と付け加えた。
 「条件、ですか……」
 見返りを求められることは覚悟していた。しかし、値踏みでもするかのような目で自分
を見つめるタリアを、シャアは理解できなかった。艶のある目つきは、シャアの知らない、
タリアの女の色香をにおわせていた。

24 :
 
 ミネルバからの裏取引の申し出を、ネオは承諾した。こうして、ミネルバとファントムペイ
ンの交渉の場が立ったかに思われた。
 
 薄暗い灯の部屋の中に、シャアの裸体が浮かび上がる。ベッドには、シーツに包まった
タリアが横になっていて、シャアはその傍らに腰掛けていた。
 我ながら情けないと、シャアはかぶりを振った。見返りを求められたからとはいえ、気の
無い女性でも容易く抱けてしまう自分に嫌悪感を覚えた。しかも、タリアの肉体は程よく
熟れていて、おいしく頂けてしまったのである。男の本能とは実に恐ろしきものだと、シャ
アは自分に言い訳をした。
 シャアは立ち上がり、床に打ち捨てられていた服を拾い上げた。
 「……笑ってくれていいのよ。寂しい女だって、軽蔑してくれて」
 シャツの袖に腕を通すシャアに、タリアは背中向きのまま話し掛けた。
 シャアは一寸、返答に困った。わざわざ自虐的な言葉を口にするタリアを、面倒くさい
女だと思った。
 「……忘れかけていた女性の味を、久方ぶりに思い出せました。こちらこそ――」
 気を利かせた返答のつもりだったが、何かがおかしかったらしく、タリアは突然含み笑
いを始めた。
 「フフ……優しいわね。でも、このことはこの場だけの戯れでしかないのだから、後腐れ
は無しで……ね?」
 からかうように言うタリアに、誘ってきたのはそちらの方ではないか、とシャアは何とは
なしに振り返った。――思わず身動ぎした。タリアは上体を起こしていて、胸元に当てた
シーツが、事の外ハッキリとタリアの形を浮かび上がらせていた。
 二つの頂点から伸びる幾本かの皺の線が、まださしたる時間が経っていないことを教
えていた。白い肌に居座る淡い桜色の残照は、余韻という艶が完全には消えていないこ
とを見せ付けているかのようだった。
 ――シャアは、サングラスを掛けた。
 「……勿論です」
 衣服を整えると、シャアはそそくさと部屋を後にした。
 ドアが閉まると、タリアは露骨なため息を漏らした。そして部屋の備え付けのシャワー
で軽く汗を流し、バスローブを纏った。その表情からは、既に余韻は消えていた。
 「意外と優しかったわね」
 誰に言うでもなく、シャアを評する。冷めた声色に、先ほどシャアに微笑んで見せたタ
リアはいない。
 単純な好奇心だった。声が同じであるだけに、シャアとデュランダルを比べてみたくな
った。
 しかし、満足とは程遠かった。テクニックがどうこうという意味ではない。気持ちの問題
だ。その失望が、急速にタリアからシャアへの興味を失わせた。
 デュランダルとの関係は終わったことだと自覚しているが、ディオキアで会った彼は、
一時愛人のような関係だった自分に何のアプローチも仕掛けてこなかった。それが、無
視をされた、と思えたのかもしれない。淡白なデュランダルの態度が、タリアのプライドを
刺激したのだろう。
 そういうことが、少なからずタリアのストレスとなっていた。だから、シャアが気になった。
シャアをベッドに引きずり込んだのは、味見という意味の他に、腹いせのつもりでもあった。

25 :
 「いい迷惑だったでしょうけどね……」
 シャアに対する、多少の申し訳の無さはある。
 「でも……」
 一方で、肌を重ねたからこそ気付いたこともあった。
 「彼、あんなことでちゃんと人を愛せるのかしら……?」
 タリアは、他人事ながら心配になった。
 シャアには、女性を愛するインテリジェンスが欠けているように感じられた。あまりに空
疎に感じたのである。そういう性質の行為だったとはいえ、男女の交わりを、愛や情とい
った感情から完全に切り離して考えているように思えてならなかった。そして、その感覚
が恐らく間違いではないことを、タリアは直感的に洞察していた。
 
 
 交渉の場は、ニュートロンジャマーの影響が強い場所が選ばれた。秘密裏に交渉を進
めたいというファントムペイン側の意向で、場所も彼らの指定に従った。
 「なあ、カミーユってのは、どんな子なんだ?」
 道中、そんなことをハイネから訊ねられて、シャアは一瞬、彼がゲイなのかと勘繰った
が、すぐに勘違いだと気付いた。ハイネは名前でカミーユのことを女性だと思い込んでい
たようだ。
 シャアは苦笑して、カミーユが男であることを説明した。
 「何だよ、男かよ!」
 当てが外れたと思ったのか、ハイネは露骨に悔しがった。
 「何を期待していたのかな?」
 不純な思考のハイネに、シャアは皮肉っぽく笑った。
 そうこうしている内に、交渉の場に到着した。そこでは、既にファントムペイン側の交渉
団がシャアたちの到着を待ち侘びていた。
 周りは岩に囲まれているが、その合間からは波飛沫も見える。視界が開けているよう
に見えて、意外と障害物が多い。夕暮れの空は辺りに闇を落としていて、僅かな照明だ
けが互いの存在をぼんやりと認識させているだけだった。
 ミネルバ側の代表はシャアが務め、ファントムペイン側からはネオが自ら代表を買って
出た。両者に数人の護衛が付き、その背後にはそれぞれインパルスとカオスが立ってい
る。物々しい雰囲気が、否が応にも緊張感を高めていた。
 同道していたハマーンは、奇妙な仮面を付けた男の背後にカミーユの姿を確認した。カ
ミーユもこちらを窺っていたが、ハマーンと目が合うと、すぐに俯いてしまった。
 (まだ、認めぬつもりか……)
 視線を落としたカミーユが、小賢しく思えた。
 「こちらからの申し出を受けてもらえて、ありがたく思っている。――ザフト、ミネルバ隊
所属のクワトロ・バジーナです」
 話を切り出す声が聞こえて、ハマーンはそちらに目を転じた。前に出たシャアの前に、
仮面の男が進み出た。
 「地球連合軍第81独立機動艦隊司令のネオ・ロアノーク大佐だ」
 ネオ・ロアノークと名乗った男が、手を差し出して握手を求めた。シャアがそれに応じて、
ネオの手を握り返す。
 (これはこれは……)
 薄闇の中の小さな照明が、陰影を濃くしている。ネオの仮面が薄笑いを浮かべたように
見えた瞬間、ハマーンはつい頬が緩んだ。
 (仮面で顔を隠すか……シャアはサングラス……常識の無い連中だ……)
 握手を交わす二人を眺め、ハマーンは心の中で嘲笑した。

26 :
 目の前の男の仮面に、シャアはどことなく見覚えがあった。一年戦争の時に着用して
いた自分の仮面に似ていると思ったのである。このネオという男も、何か隠したい過去が
あるのだろうか――シャアがそう推察したくなったのは、自然の成り行きであった。
 軽い挨拶を済ませると、ネオがシャアの背後のステラを気にした。シャアはそれを察し、
「ああ……」と寝台に括り付けられているステラに振り返った。
 「元気の良い娘さんでいらっしゃったので、少し眠ってもらっている」
 「そうかい。どうやら、丁重に扱ってもらえていたようで、何よりだ」
 ネオはそう言うと、シャアに向き直った。シャアも顔を正面に戻してネオを見た。
 「元々、ちょっと奇天烈なところがある娘でね。勝手に飛び出してお宅に迷惑を掛けて
しまったようだが、こういう機会を設けてくれたことには感謝している」
 ガイアの単独での襲撃が突発的なアクシデントであったことを説明しながらも、ネオは
その詳細を語るようなことはしなかった。内情を漏らさないのは鉄則であるが、シャアは
ガイアの襲撃の意味を殆ど理解していた。
 チラとカミーユを見やった。カミーユは、ジッとステラを見ている。
 (なるほどな……)
 シャアは視線を戻し、ネオに問いかけた。
 「では、取引には応じていただけるので?」
 しかし、ネオは問われると、「いや……」と渋る態度を見せた。
 「その前に、理由を聞かせてもらいたい」
 「理由……?」
 「どうしてカミーユなのか……その理由だよ」
 そう問い返すネオを、シャアは訝った。よもや、ネオがそれを知らないはずが無いと思
っていたシャアにとって、わざとらしく訊ねてくるネオに不信感を覚えた。
 しかし、ある意味でこれはチャンスであるとも考えた。カミーユに刺激を与える機会を、
ネオの方からお膳立てしてくれたと取ることも出来たからだ。
 「ご存知でない?」
 シャアは、あえて意外であるかのように言った。ネオはそのシャアの声色に、微かに顎
を引いた。
 「今は記憶を失くしているようですが、彼は元々私の仲間なのです。記憶操作を施す前
に、エゥーゴという組織の名前を聞いていらっしゃらない?」
 シャアはカミーユにも聞こえるよう、意識して声を張った。そのシャアの意図に気付いた
ネオは小さく舌打ちをして、後ろのカミーユを見やった。
 「記憶操作……? エゥーゴ……アーガマ……? ううっ!」
 カミーユは頭を抱えて蹲った。
 頭痛が、シャアの言葉が或いは真実かもしれないと思わせた。しかし、それは自白を強
要されているようで、嫌な感じしかしなかった。
 「なるほどな……」
 呟いたネオは、得心したようだった。
 「全て把握した。珍妙な取引だとは思ったが、そういう理由か」
 「お分かりいただけたのなら、彼の記憶を戻し、こちらに引き渡していただきたいのだが?」
 シャアがそう迫ると、ネオはそれをかわすように再びカミーユを見やった。
 「――だ、そうだが、どうするカミーユ?」
 呼び掛けるネオに応じて、カミーユはゆっくりと立ち上がった。頭痛が治まらないのか、
顔に汗を浮かべて、片手はまだ頭に添えたままだった。

27 :
 「……冗談じゃありませんよ、こんなの」
 苛立ちを含んだ声、そして、その眼光にはシャアに対する明らかな敵意が込められて
いた。
 「シャアだハマーンだ言ったところで、僕に覚えなんかありゃしないんですから!」
 「カミーユ!」
 カミーユが記憶を取り戻しかけていることは、確かだった。現に先ほど、“アーガマ”と
いう単語も自然に零していた。しかし、カミーユはそれを拒んでいるかのように激しく反発
した。
 シャアは焦った。ここまでのカミーユの拒否反応を、想定していなかったからだ。
 「まだ私やブライトキャプテンのことを思い出せないのか! シンタやクム、ファも!」
 「し、知らないって言ってるでしょ! 僕はね、あなたのように何でもかんでも自分の思
い通りにできると思い込んでいる人が、一番嫌いなんです!」
 「カミーユ……!」
 シャアは愕然とした。ブライトやシンタ、クム、ファの名前に強い反応を示したものの、
それにすらカミーユは抗った。何かが、カミーユを縛っているのである。
 ふと、ディオキアでのことを思い出していた。あの時、カミーユを放置して帰ってしまっ
たことが、今さらになって悔やまれた。
 (判断を誤ったというのか……!)
 後悔先に立たず。シャアに、時計の針を戻すことは出来ない。
 動揺するシャアを前に、ネオは口元に笑みを浮かべた。
 「そういうわけだ。交渉は決裂だな」
 「捕虜を見捨てるというのか?」
 焦って引き止めようとするシャアに、ネオは「まさか!」と言いながら後ずさりを始めた。
 「折角の機会なんだ。ステラは返してもらうに決まっている。――スティング!」
 ある程度まで距離を取ると、ネオは急に手を上げて何らかの合図を送った。すると、そ
の合図に応えてカオスがネオたちを覆い隠すように蹲り、そして次の瞬間、シャアたちの
頭上を複数のビームが穿った。
 「何だあーっ!?」
 シャアたちは悲鳴を上げ、一斉に地面に伏した。その上をインパルスが覆い被さって庇
い、ビームライフルを砲撃元へと差し向けた。
 ニュートロンジャマーによるジャミングが強くて、レーダーは殆ど役に立っていなかった。
しかし、そのビームの数と威力から、シンはアビスの砲撃であることを見抜いていた。
 「ニュージャマーの影響が強い場所を指定したのは、この交渉を外部に漏らさないため
じゃなくて、アビスを隠すためだったってのかよ!」
 シールドを構えつつ、「汚いぞ、お前ら!」と憤りながらシンはインパルスを立ち上がら
せる。その足元では、今しがたのビーム攻撃の影響で、まだシャアたちが起き上がれず
にいた。
 その混乱に乗じて、ネオたちは素早く動いた。抵抗するミネルバ側の面々を蹴散らして、
寝台ごとステラを奪取したのである。
 「貴様っ!」
 シャアは撤収の号令を掛けるネオに飛び掛った。が、眼前に降ってきたカオスの足が、
それを妨げた。シャアは辛うじて踏み潰されはしなかったものの、地面に転倒してしまった。

28 :
 カオスの足の影から、ほくそ笑むネオの表情が見えた。
 「確かにステラは返してもらった。お前たちのバカ正直さには、感謝の言葉も無い」
 シャアはカッと頭に血が昇って、咄嗟に銃を取り出して撃っていた。しかし、ネオはそれ
を嘲笑うようにカオスの陰に隠れて、シャアが撃った弾丸はカオスの足に弾かれて小さ
な火花を散らしただけだった。
 「おのれ!」
 シャアは地面に拳を叩きつけ、憤慨に打ち震えた。
 
 ネオの撤収命令に従い、カミーユも軍用機に向かって駆け出した。しかし、突然の発砲
音と肩の近くを掠めた弾丸の感触に、咄嗟にその足を止めた。
 頭の痺れが、一段と強くなった。混乱が続く現場は、まだ砂煙が巻き上がっていて、視
界が悪い。しかし、その女は、まるでカミーユだけに姿を見せるように現れた。
 「逃げられると思ったか、カミーユ?」
 重く、低い声。銃を向けるハマーン・カーンの出現は、必然的なものに感じられた。
 「また、あなたか……!」
 対峙するハマーンを、もう知らない人物だと白を切ることは出来なかった。カミーユは、
ハマーンが印象的な女性であったことを思い出していた。
 「分かっているぞ、カミーユ。いつまで自分を偽るつもりだ?」
 ハマーンにそう問われたカミーユは、思わず眉を顰めていた。
 (この人と僕は同じなんだ……!)
 頭の痺れとは別に、それとは違う不思議な感覚が内在している。ハマーンに問われた
時、内心を見透かされたと感じたカミーユは、直感的にハマーンが自分と同じセンスを持
つ人間であることを理解していた。
 しかし、その理解は反発となった。ハマーン・カーンという女性には、決して気を許して
はいけないということも、ぼんやりと思い出していたからだ。
 「偽るって……そういうことは、あのシャアって人に言ってくださいよ!」
 カミーユは苛立ちに任せて反論した。しかし、ハマーンは「ほう」と小さく唸るだけだった。
 「シャアのことも分かっているようだな。そこまで思い出していながら、何故いまだに抗
う? あの連中に、何があると言うのだ?」
 「そんなのは、僕の勝手でしょう!」
 「そうかな?」
 嘲笑を浮かべるハマーンには、確信の色があった。カミーユは、それが酷く不愉快に感
じられた。
 (勝手に分かった気になって……!)
 そう内心で反発しながらも、ハマーンに気圧されている自分に気付いていた。
 (このままじゃ、この人に呑まれる……!)
 焦燥感を強めたカミーユは、気を取り直し、ハマーンに切り返した。
 「だったら、あなたは何故シャアと一緒にいるんです? あなただって――」
 パァンッ! ――言いかけたカミーユの頬の辺りを、弾丸が掠めた。千切れた髪が宙を
舞う。カミーユは思わず一歩後ずさり、弾丸が掠めた辺りを探った。

29 :
 ハマーンは銃を向けたまま、サイボーグのように微動だにせず、カミーユを睨んでいた。
薄闇の中に浮かび上がる鋭い青の双眸が、カミーユにその続きを言わせなかった。
 身の危険を感じるほどのプレッシャーを感じる。
 「……確かに、あなたのせいで自分が何者なのか、分かってしまったような気がします
よ」
 カミーユは強い圧迫感を覚える中、自分を奮い立たせて切り出した。
 「でもねっ! それが、今の僕と何の関係があるって言うんです!? ――あなたは、
いつだって敵だったじゃないですか!」
 カミーユは声を荒げて、ハマーンを罵倒していた。
 カミーユは激しい苛立ちを見せていた。その感情の乱れを、ハマーンは甘えだと推定
した。
 「……与えられた環境が心地よければ、手放したくなくなるものだものな?」
 ハマーンはため息混じりに言って、徐に銃を下ろした。それを見て、カミーユは訝しげ
に眉根を寄せた。
 「だが、それでは地球の重力に魂を縛られた人間と同じだ。お前も、結局はニュータイ
プの成り損ないだったようだな」
 「ニュータイプ……?」
 「行け。もうお前に用は無い。そうやって、いつまでも幻想に縋っているがいい」
 ハマーンは静かに罵ると、カミーユに背を向けて砂塵の中に消えていった。カミーユは、
呆然とそれを見送るだけだった。
 
 軍用機は、既に離陸の準備を終えていた。「急げ!」とタラップに足を掛けて入り口から
身を乗り出すネオが、カミーユに手を伸ばしていた。
 騙し討ちでステラを奪還した。ネオの手を取れば、またあの居心地のいい空間に戻れる。
しかし、何かが心の奥底で引っ掛かっている。
 それを意識した時、カミーユは今さらになって悔しさが込み上げてきた。
 「ハマーン・カーンなんかに、僕の何が分かるっていうんだ……!」
 しかし、今のカミーユには、そんな負け惜しみに等しい一言を発するのが精一杯だった。
続く

30 :
第十二話は以上です
それでは

31 :
GJ!!

32 :
シャア泥沼だな

33 :
どうもこんばんは
第十三話「覚醒、雪の中」です↓

34 :
 ファントムペインとの交渉は決裂した。その上、捕虜のステラまでも奪い返され、誰の
目から見てもミネルバ側の一方的な敗北だった。
 「申し訳ありませんでした、グラディス艦長。私の見通しが甘すぎました」
 シャアは艦長室での報告の際、開口一番に謝罪の言葉を述べた。
 交渉の立案者として、今回の失態の責任を痛感していた。アビスの潜伏を予想せず、
シンに警戒させなかったのは明らかに自分のミスだと思っていた。
 カミーユさえ引きずり出せれば何とかなると思っていた過信が、シャアの目を曇らせた。
ハマーンへの対抗心もあっただろう。ハマーンの前でカミーユを正気に戻し、引き込むこ
とで、ハマーンの言葉を否定して見せたいという強い欲求があった。
 しかし、その結果は惨憺たる有様だった。ファントムペインを交渉の場に引きずり出した
時点で万事上手く行くと思い込んでいたシャアの自信は、ものの見事に木っ端微塵に砕
け散った。
 (冷静さを欠いていた……。焦りがあったのか……)
 シャアは、自らの有様に失望した。ハイネが励ましてくれたが、惨めとしか思えなかっ
た。ハマーンの軽蔑の目は、当然だった。
 シャアは一通りの報告を済ませると、最後にもう一度頭を下げた。タリアは最後まで黙
って聞いていたが、シャアが言葉を切ると、徐に深いため息をついた。
 「被害が無かったことが幸いと言うべきかしらね。捕虜の件はまだ本国には報告してい
なかったから、内部Rでも無い限り問題にはならないだろうけど……反省はしなけれ
ばならないわね」
 許可をした私もね、と付け足したタリアの慰めは、シャアの耳には入っていなかった。
 
 
 カミーユが癖のように頭に手をやっている姿が目に付くようになった。交渉の一件以来、
カミーユがすこぶる調子を落としていることを、ネオは気にしていた。
 ネオにとっても賭けだった。ミネルバが取引の対象にカミーユを指定してきた以上、あ
る程度のリスクは覚悟しなければならなかった。カミーユがシャアやハマーンと接触する
ことの危険性は、スティングたちの報告で明らかだったからだ。
 当初、ネオは応じるべきか否かを迷っていた。ステラかカミーユの二者択一を迫られて
いるように思えたからだ。
 しかし、そんなネオに、ステラを見捨てることは出来ないと言って交渉に応じるように勧
めたのは、他ならぬカミーユ本人だった。
 それを見てネオは、もしかしたら、と思った。一方的にステラを奪還できる可能性が見
えた気がしたのだ。それは博打であったが、ネオはカミーユにベットしようと考えた。
 果たして、ネオの目論見は達せられた。ステラは戻り、カミーユもミネルバの手に渡る
ことは無かった。
 しかし、その代償として、カミーユは今までにない不調に陥ることになってしまった。シャ
アやハマーンとの接触は、ネオやカミーユ本人が想定していた以上の精神的負荷を強い
ていた。
 そんな折、ファントムペインをある人物が訪問した。ブルーコスモスの盟主にしてロゴス
のメンバーでもある、ロード・ジブリールであった。その手に、大き過ぎるほどの手土産を
持参しての視察であった。
 その手土産の噂を、ネオは予てより耳にしていた。が、実際に目の当たりにしたそれは
圧倒的で、つい感嘆を漏らさずにはいられなかった。

35 :
 全高は並のモビルスーツの二倍以上はある。全身に火器とバリアが内蔵された、文字
通りの化け物。デストロイと呼称されるその怪物は、フェイズシフト装甲展開前の鈍い銀
色を湛えていた。
 「どうだ、ネオ・ロアノーク?」
 感想を求めるジブリールに、ネオは「はっ」と慇懃に応えた。
 「スペック以上のものに見えます」
 「そうだ。上手く活用しろよ? デストロイの生体コアには、最も相性の良いものを組み
込むのだ」
 ジブリールはデストロイを前にし、ネオにそう命令した。
 “コア”という物言いに、鼻持ちならないものを感じた。しかし、ネオはそんな態度をおく
びにも出さず、ジブリールの命令に従順に応じた。内心で、そんな自身を情けないと恥
じながら。
 「――あれが拾い物か」
 ふと、ジブリールが言及したのは、カミーユのことだった。
 「コピー不能の核融合炉といい、パイロットまで普段からあの調子では、話にならんな」
 ジブリールはカミーユを一瞥すると、吐き捨てるように言った。
 カミーユは壁にもたれかかり、頭を抱えて苦しんでいた。最近のカミーユは、万事そん
な調子である。色々と手を尽くしてはみたのだが、快方に向かう気配は一向に見られず、
症状はますます悪化する一方で、ネオも気を揉んでいた。
 しかし、ある意味では幸運だったかもしれない。お陰でジブリールの眼鏡にかなわなか
ったのだから。
 「記憶が戻りかけているようでして、それで混乱しているようです」
 言ってから、ネオは余計なことを口にしてしまったと後悔した。迂闊にこのようなことを
言えば、ジブリールのような人間がどのような反応を示すのか、容易に想像できるから
である。
 果たして、ジブリールはネオの予想と違わぬ反応を返してくれた。これほど嬉しくない
正解があるのだろうかと、ネオは内心で臍を噛んだ。
 「何だ。原因がはっきりしているのなら、さっさと余計な記憶を消してしまえば済む話で
あろう」
 「は……」
 ジブリールの身も蓋も無い言葉は、しかし、ネオにある種の決断を迫っていた。
 ネオは再調整を避けていた。科学技術班からも、カミーユの状態を改善するには再調
整するのが望ましいと散々提言されていたが、ネオの良心が今までそれを拒んでいた。
 しかし、悶え苦しむカミーユを見ていると、とうとう再調整も止む無しかと思わされるので
ある。過去の記憶がカミーユを苦しめているのなら、いっそのこと、そんなものは失くして
しまった方が幸せかもしれないと。
 その後、三人のエクステンデッドにテストを行い、その結果、デストロイのパイロットには
ステラが選定された。ステラには、よりデストロイとの親和性を高めるための調整が施さ
れ、そして、それと同期してカミーユの再調整も実施された。
 ネオはその調整の様子を見つめながら、激しい自己嫌悪に陥っていた。カミーユとステ
ラの精神が破壊されていく様子を見なければならないのは、ネオにとっては拷問のように
感じられた。
 しかし、それから目を逸らすわけにはいかなかった。罪の意識があるからこそ、ネオは
最後まで見届けなければならないと強く感じていた。
 
 調整を終え、ステラからは捕虜にされていた時の記憶を削除した。そして、再び記憶を
消去されたカミーユは新たに記憶を刷り込まれ、それによって精神が安定したかに思わ
れた……

36 :
 
 
 ミネルバはイベリア半島の南端に位置するジブラルタル基地に入った。ジブラルタル基
地は、カーペンタリア基地と並んでユニウス条約以降にも地球上に存在が許された純ザ
フト基地であり、設備も豊富で広大な敷地面積と規模を誇っていた。
 それまでミネルバで埃を被っていた百式とキュベレイが、搬出されてジブラルタル基地
工廠に運び込まれていく。解析と研究を許可したのは、他ならぬハマーン・カーン本人だ
った。
 「君がキュベレイを預ける気になったのが、私には未だに信じられんよ」
 シャアの率直な感想だった。プライドの塊のようなハマーンが、愛機であるキュベレイを
赤の他人に委ねるなど、どうしても想像できなかったのである。
 ハマーンにしてみれば、そんなシャアの物言いはレッテル貼りもいいところだった。シャ
アが考えるよりも、ハマーンは柔軟なつもりである。
 アークエンジェルの存在が、近い将来の懸念材料として常にハマーンの中で燻ってい
た。そして、フリーダムの存在を勘案した時、ザク・ウォーリアではなく、キュベレイの存
在が不可欠であると結論付けた。ハマーンがキュベレイを研究材料としてプラントに提供
する気になったのは、全てラクスに対抗するためである。
 しかし、それをシャアに言うつもりは無かった。
 「お前に私が理解できるものか」
 ハマーンはそう言って、シャアを突き放した。
 シャアの中には、決して色褪せることの無い女性が住み着いている。ハマーンはそれ
を理解していた。
 シャアにとってその女性の存在は絶対的だった。一途ではあるのだが、しかし、それは
悪い意味で純粋であった。シャアは、ララァ・スン以外を心底から愛することができない
男だった。
 それを知ったからこそ、かつてシャアに惹かれていた自分を惨めだと思うし、その気持
ちがシャアへの強烈な憎悪に繋がっていた。シャアをアクシズに引き止めておくことがで
きなかったのである。それは、生身である自分がシャアの思い出の中の女に敗北したこ
とと同義であると、ハマーンは思っていた。
 ――ララァの魂は地球圏を漂っている。火星の向こうにはいないと思った
 かつてアウドムラのエレベーターでアムロ・レイに語った言葉こそが、シャアの本音だっ
た。
 
 数日後、ハマーンのプラント行きが決まった。ジブラルタル基地の工廠施設では、キュ
ベレイの研究や百式の修復が難しいということが判明したからだ。
 名目上は、キュベレイを運用可能にすることと百式の復元である。が、先日の交渉の件
でカミーユに見切りをつけたことも、プラント行きを決めた一因であった。
 シャトルの発着ステーションでは、ミネルバのクルーの何人かがハマーンを見送りに来
ていた。その中には、先日の戦闘で負傷したルナマリアの姿もあった。頭には包帯が巻
かれ、ギプスで固められた左腕は三角巾で吊るされている。
 「ハマーンさん!」
 発進の時間が近づき、ハマーンが搭乗口に向かおうとした時、ルナマリアは咄嗟にハマ
ーンに声を掛けていた。
 「何だ?」
 「クワトロさんと離れてしまっていいんですか?」――とは聞けなかった。ルナマリアは声
を掛けてはみたものの、「あの、その……」と歯切れ悪く口ごもるばかりだった。

37 :
 そんなルナマリアを見かねたのか、ハマーンは一つ含み笑いを零すと、徐に歩み寄っ
た。そして、そっとハグをするように身を寄せて、ルナマリアの頭を抱き寄せたのである。
 熱を感じた。ハマーンの体温だ。その温もりに反応して、カッと身体が熱くなった。
 これほどまでにハマーンを近くに感じたことは無かった。緊張して、膝が笑った。
 (相手は女性なのに……)
 そう考えると、ルナマリアは自分の身体の反応が信じられなかった。
 ハマーンはそっと口元をルナマリアの耳に寄せた。傍から見ていた者にとっては、それ
はキスをしているようにも見えて、ざわめきが起こった。妹のメイリンが、阿呆のように口
を開けて目を見張っている。
 ルナマリアは戸惑い、舞い上がっていた。顔が上気して、火が出そうだった。しかし、次
にハマーンが囁いた時、その熱は一瞬で失われ、炎熱のような緊張は厳寒へと変わった。
 「アークエンジェルのラクスには、細心の注意を払うのだ。何かあったら、すぐに私に報
告しろ。良いな、ルナマリア?」
 吐息には熱があった。だが、ルナマリアにはそれが冷たいもののように感じられていた。
 顔を離したハマーンには、微笑が浮かんでいた。それが作り物であることを分からない
ほど、ルナマリアは鈍くはなかった。囁いた時、どんな顔をしていたのだろう――想像す
るだに、ルナマリアはハマーンを畏れ、つい凝視していた。
 ハマーンは、そんなルナマリアの緊張を知ってか知らずか、「生き延びるのだな」と励ま
すようなことを言った。
 「さすれば、宇宙(そら)で会うこともあろう」
 「は、はい……分かりました……」
 言外に含まれている意図を汲み取り、ルナマリアはそう返した。ハマーンはそれを聞く
と、微笑を浮かべたまま背を向け、シャトルの搭乗口へと向かっていった。
 
 こうして、ハマーンはプラントへと旅立っていった。
 しかし、ハマーンは知らなかった。ハマーンが気に掛けているラクスもまた、プラントへ
と向かおうとしていたことを。送迎艦の舷窓から宇宙を見つめるハマーンには、知る由も
無かったのである。
 
 ジブラルタル基地に東ヨーロッパ戦線の危機が告げられたのは、ハマーンがプラント
に向かってすぐの頃であった。連合軍が新型巨大機動兵器を用いて電撃的にモスクワ
を襲撃し、圧倒的な戦力で以って駐屯部隊を殲滅、制圧したというのである。そして、そ
の部隊はそのまま西進を始め、次はワルシャワに攻め入ろうかという構えを見せていた。
 東ヨーロッパには親プラント的な風潮があり、ザフトの進駐も比較的好意的に受け入れ
られていた。過激派であるブルーコスモスの盟主ジブリールはそれを快く思わず、デスト
ロイを投入し、東ヨーロッパを解放してジブラルタルに攻め入る足掛かりにしようと目論ん
でいた。
 ザフトはこの危急の事態に、連合軍の進撃を食い止めるべく、ジブラルタルからの増派
を決定。ワルシャワ戦線には間に合わないとの観測結果を受け、最終防衛ラインをベルリ
ンと定め、高速艦ミネルバを先行してそこへ向かわせたのだった。
 
 
 再調整を受けたカミーユは、安定していた。その成果は、目に見えて明らかだった。モス
クワではそれまでの不調を払拭するかのような活躍を見せ、ネオの苦渋の決断は、良い
方向に実を結んだかに見えた。

38 :
 しかし、それは一時的なことだった。好調だったモスクワでの戦闘の後から、カミーユに
再び異変の兆しが表出し始めたのである。
 原因は分からなかった。科学技術班からは、確かに以前の記憶を完全消去し、新たに
記憶を植え付けたと聞いていた。しかし、カミーユは日毎に調子を落としていった。
 (記憶操作を重ねた代償なのか……?)
 ネオはそう推察したが、それだけではないように思えた。
 (カミーユは、殊更にデストロイに嫌悪感を抱いている……)
 繊細な少年なのだろうとネオは思った。
 モスクワで初陣を飾ったデストロイは、その圧倒的スペックを余すことなく証明して、モ
スクワの都市を焦土に変えた。無数のビーム兵器とミサイル、それに堅牢なボディを更
に陽電子リフレクターで覆って、デストロイは正に動く要塞だった。
 そして、それを動かすのは、まだあどけなさを残す少女、ステラ・ルーシェである。
 そのデストロイの破滅的な力と、あどけないステラの組み合わせを、カミーユが生来持
つ潔癖性が受け付けないのだろう。その生理的な嫌悪感は、ステラにそれをやらせてい
るネオも理解できる感覚だった。
 (アイツは、何でモビルスーツなんかに乗るようになったんだろうな……?)
 そういう繊細な潔癖性を持つカミーユが、なぜ戦争をやるようになってしまったのか、ネ
オは過去のカミーユに思いを馳せてはみるものの、その根本に思いが至ることは無かっ
た。
 
 ワルシャワ戦線でも、デストロイの勢いは止まるところを知らなかった。ステラも、多少
は消耗しつつも、今のところは安定して成果を出している。一方で、その活躍に比例する
ようにカミーユは益々デストロイに対する嫌悪感を募らせ、スティングの報告によれば、デ
ストロイに対する不満を露骨に口にする場面がかなり目立つようになってきたのだという。
 それでも、一度戦場に出れば、その影響はまだ限定的だった。デストロイを気にして集
中力が散漫になるような場面はあるものの、カミーユが本来持つポテンシャルは発揮さ
れていた。
 しかし、それが逆に判断を難しくさせていた。カミーユを休ませるか否か、ネオはそれを
決めかねたままワルシャワを攻略し、僅かな休息を挟んでベルリンへと進軍を続けた。
 カミーユがネオに直訴してきたのは、そんな時だった。
 「大佐、僕はデストロイには反対です」
 カミーユは艦橋のドアの外で待ち伏せしていて、ネオが出てくるなりそう訴えた。
 「何故、反対なんだ?」
 ネオは歩きながら聞き返した。カミーユはそれに追随しながらも、「何となくです……」
と歯切れの悪い応答をした。
 ネオはチラと斜め後ろを付いて来るカミーユを一瞥した。カミーユは目を伏せ、床に視
線を落としていた。
 (自分でも理由が分かってないのか……?)
 カミーユのデストロイに対する嫌悪は、直感的なものである。ネオは、それが生理的な
ものであり、払拭しがたいものであることに理解を示しながらも、それに執着して直訴ま
でしてきたカミーユの神経までは理解することが出来なかった。
 自身が生粋の軍人であるという記憶を刷り込んだ。軍人として、決定が下された作戦に
異議を唱える不義は承知しているはずだった。
 (何をそんなに拘るのだ……?)

39 :
 そこに、カミーユの不調の原因があるのだろうか――ネオはため息をつきつつ、「何と
なくじゃ、聞いてやれないな」と言った。
 「ここは軍隊だぞ。上から下された決定に異議を挟むのは慎め」
 「しかし大佐、これ以上あれに乗せてたら“フォウ”が……」
 「“フォウ”……?」
 聞いたことも無い名詞が急に飛び出してきて、ネオは思わず足を止めてカミーユに向
き直っていた。
 「“フォウ”、というのは何なんだ、カミーユ?」
 「“フォウ”……?」
 しかし、問うネオに対して、カミーユは目を丸くして首を捻るだけだった。
 「誰です? 知りませんよ僕は。僕が言ってるのはステラのことで――」
 (誰……?)
 ネオは、その反応で“フォウ”というのが人の名前なのだと理解した。
 その上で、ネオは再度「いや……」とカミーユに確認を取った。
 「確かに今はっきりと……」
 「えっ? 僕が言ったんですか?」
 驚くカミーユ。冗談を言って、からかっているようには見えなかった。
 「お前……」
 ネオは、思わずカミーユの肩を掴んでいた。カミーユはそれに驚いて、「な、何です?」
と狼狽した。
 以前、ネオのことを“大尉”と呼んで間違えたことがあった。その時と同じだと、ネオはす
ぐに分かった。無意識に出た名前は、完全に封じられたはずの過去の記憶から零れ落
ちてきたものに違いない。
 (自覚が無い……。また、カミーユの記憶が戻りかけているのか……?)
 その切欠に、ネオは思い当たる節が無かった。あの交渉での一件以来、シャアにもハ
マーンにも接触させてないどころか、ファントムペインはミネルバにすら接触していない。
カミーユが記憶を刺激させられるような要因は、何一つとして無いはずだった。
 考え得る要因は、ただ一つ。デストロイに異常なほどの執着心を見せていることが、カ
ミーユが再び記憶を取り戻そうとしていることと関係しているのかもしれなかった。
 「デストロイは、パイロットに戦いを強要するマシーンなんです」
 「パイロットに戦いを強要する?」
 詰め寄るカミーユに、ネオは唖然として答えた。
 「あれに、そんなシステムは積まれてないぞ?」
 「そんなはずはありません! デストロイは、記憶を餌にしてパイロットを戦わせるマシ
ーンでしょ!?」
 声を荒げるカミーユに驚いて、ネオは思わず尻込みした。
 「そんなのに、ステラみたいな子を乗せるなんて!」
 「わ、分かったよっ!」
 ネオは慌てて感情的になるカミーユの肩を放した。
 「次の作戦が終わったら、上に掛け合ってみる。それでいいか?」
 ネオはそう言って、幕引きをはかった。
 カミーユの言動がおかしいことに、ネオは気付いていた。しかし、それを指摘するのは
危険に過ぎると思った。カミーユが異常な反応を示しているのは確かで、それが複数回
に渡る記憶操作の弊害である可能性は十分に考えられたからだ。それ故、下手に刺激
してカミーユの精神をかき乱すようなことは避けなければならなかった。
 「あ、ありがとうございます!」
 立ち去るネオに、カミーユは敬礼を決めた。その爽やかさが、逆に皮肉に思えた。

40 :
 (これで、本当に再調整が成功したと言うのか……?)
 振り向いて一瞥したネオは、カミーユが本当に軍人としての記憶を植え付けられたのか
どうか、疑わしくなった。
 
 ベルリンではザフトが手薬煉を引いて連合軍を待ち構えていた。早い段階でワルシャワ
戦線に見切りをつけ、後退したワルシャワ駐屯部隊を吸収して、現在のベルリン駐屯軍は、
ヨーロッパにおけるザフトの最大規模の戦力に膨れ上がっていた。
 しかし、それでもデストロイは止められなかった。陸上艦ボナパルトからリフトオフしたデ
ストロイは、そのまま歩みを止めることなく突き進み、ザフトをゴミのように駆逐しながらベ
ルリンの市街地へと攻め上がっていった。
 郊外にてデストロイの侵攻を食い止めようと画策していたザフト側の目論見は、脆くも崩
れ去った。このままではベルリンまでもが立て続けに制圧され、ヨーロッパ戦線は完全に
崩壊してしまう。最早、ヨーロッパにおけるザフトは風前の灯だった。
 しかし、状況はあらぬ勢力の介入で不測の事態へと転がり込んでいく。連合軍が、今正
にベルリンに侵攻しようとした時、突如としてアークエンジェルが出現した。そして、出撃し
たフリーダムが敢然とデストロイに立ち向かい、その進攻の足を鈍らせに掛かったのであ
る。
 誰も止められなかったデストロイを相手に、流石のフリーダムは善戦した。圧倒的機動
力と技術を以って攻撃をかわしにかわし、持てる火器の全てを駆使してデストロイのベル
リン侵攻を阻止する。
 「何だコイツ! 何だコイツ!」
 蚊トンボのように周囲を飛び回るフリーダムに、ステラは激しく苛立った。いくら追い払お
うとしても、しつこく纏わりついてはチクチクと攻撃をしてくる。
 「目障りだ!」
 ステラの苛立ちは頂点に達した。通信回線から、何度もフリーダムは無視しろとの命令
が飛んでいても、頭に血が昇ったステラの耳には届いていなかった。デストロイは標的を
完全にフリーダムに定め、侵攻の足を止めてしまったのである。
 ボナパルトの艦橋で通信機を握っていたネオは、そんなデストロイの暴走にため息をつ
いた。パイロットであるステラの精神的な幼さが出た。
 「しかし、それにしても……」
 ネオは、一方でアークエンジェルに目を向けた。オーブもいないのに、何故介入してくる
必要があるのかと。
 「正義の徒のつもりなのか?」
 アークエンジェルを見ていると、ネオは何故か言い知れない不安に駆られる。宿敵であ
るミネルバに対する感情とは違う感覚である。ユウナの差し金で、散々作戦を邪魔された
からだろうか――否、それだけではないように感じた。
 (怖い……のか? 何に怯えているんだ、俺は……?)
 圧倒的なデストロイが沈むはずが無い。しかし、そう思えば思うほどに不安が大きくなっ
ていく。フリーダムがデストロイを越えるほどの脅威であることを、ネオはもっと身近に知
っているような気がした。
 「あまり、よろしくない展開ですな」
 イアン・リーの呟きに、ふと我に返る。
 「フリーダムに構い過ぎています。エネルギーの心配は無いでしょうが、いくらデストロ
イといえど、このままではベルリン侵攻に支障を来す恐れがあります」
 イアンは暗に対応を迫っているのだ。階級ではネオの方が上であるが、遠回しにせよ、
このように遠慮なく進言してくれるイアンを、頼もしく思う。
 「そうだな……スティング、アウル、カミーユの三人を援護に向かわせる。――伝えろ。
小うるさいフリーダムを今度こそ叩き落とせとな」

41 :
 ネオの命令は通信兵を通じて、早速、三人のもとへと届けられた。
 指令を受け取り、三人はデストロイの援護に向かった。
 「デストロイに援護なんて要るか?」
 アウルのぼやきに賛同する気持ちはあっても、ネオの判断も決して間違いではないか
もしれないという思いが、カミーユにはある。
 フリーダムは、デストロイの圧倒的火力をものともせずに飛び回り、しつこく攻撃を仕掛
けている。鉄壁のデストロイは、そんなフリーダムの攻撃をほぼ完璧にシャットアウトして
いたが、しかし、ステラはあまりにもフリーダムに気を取られ過ぎているように見えた。
 今のところ、互いに決定機を見つけられずにいる。フリーダムは接近できずに遠距離か
らの射撃を繰り返すのみ。一方のステラも、素早いフリーダムに照準を合わせることすら
儘ならない。デストロイは鈍重であるが故に、狙い済ました一撃というものが苦手な面が
あった。
 いずれ、フリーダムはデストロイの砲撃に慣れて、致命的な一撃を加えてしまうのでは
ないか――カミーユは直感的にそんな懸念を抱いていた。
 「相変わらず絶好調みてえだな、フリーダムの奴は」
 回線の向こうでスティングが鼻を鳴らす。
 「だが、今度は前の時のようにはいかねえ。――いいな、二人とも? 掛かるぞ!」
 「りょーかい!」
 スティングの号令で、一斉に戦闘速度を上げる。
 カオスが機動兵装ポッドを分離してフリーダムに襲い掛かった。アビスも変形を解き、雪
原に着地してありったけの火力をフリーダムに注ぎ込む。
 カミーユもそれに倣い、操縦桿を握る手に力を込めた。しかし――
 「掛かる……って、どっちに……?」
 途端に、腕が金縛りにあったかのように動かなくなった。カミーユは、自分が何を口走っ
ているのか分からなかった。
 (何だ!?)
 白いモビルスーツと黒い巨大モビルスーツが戦う姿に、デジャヴを覚えていた。そして、
一瞬だけ違うモビルスーツの幻がオーバーラップした瞬間、カミーユは鮮烈なショックと
共に意識が跳躍していた。
 (こ、この光景を、知っている……!?)
 知らないはずなのに、知っている。表層的な意識では否定していても、脳の奥深くでは
ハッキリとそれを記憶していた。カミーユは、これと似た光景を知っている。
 それは、一人の少女との記憶でもあった。
 淡い少女のイメージが、脳裏に浮かんだ。刹那、時間や空間から切り離されてしまった
かのような不思議な感覚に包まれ、カミーユは激しく狼狽した。
 (何だ……これ……!?)
 景色は失われ、白いモビルスーツと黒い巨大モビルスーツの戦いだけがカミーユの意
識を支配した。見覚えがある似たような二機が、何度もフリーダムとデストロイの姿にオ
ーバーラップした。
 (あれは、Mk-Uとサイコガンダム……!)
 そう知覚した時、カミーユは戦慄した。自分の中に、もう一人違う自分が潜んでいる――
そんな感じがした。
 (俺、何で……!?)
 「何やってんだカミーユ! てめーもさっさと仕掛けろよ!」

42 :
 スピーカーから聞こえてきた、割れんばかりのアウルの怒鳴り声に我に返る。その瞬
間、消し飛んでいた景色が戻ってきて、カミーユは現実に引き戻された。
 かぶりを振って正気を取り戻す。その時にはもう、仕掛ける相手がフリーダムであると
いう認識は持てるようになっていた。しかし、それでも謎の幻影は常にカミーユの視界に
チラついていた。
 「あれが、俺を惑わせるんだ!」
 苛立ちが、激しい頭の痛みへと変わっていく。その痛みが、更にフリーダムへの敵意へ
と変わっていった。
 しかし、三人で取り囲んでもフリーダムは揺るがなかった。イエローカラーのムラサメが
フリーダムを援護し、邪魔をしているというのもあった。だが、それを加味した上でも、フリ
ーダムはまるで無敵のバリアでも持っているかのように、土砂降りのような圧倒的な火線
の中で、憎らしいほどに華麗にステップを刻み続けた。
 キラ・ヤマトのポテンシャルは、想像を絶していた。普通のパイロットであればひとたま
りも無く、一流のパイロットですら何とか逃げ回るのが精一杯である火砲の中で、キラは
次第に感覚をそのビームの嵐の中に馴染ませていった。
 慣れが余裕を生み、それがキラを反撃に転じさせた。一瞬の間隙を縫い、ビームライフ
ルを撃ってカオスの右腕を破壊すると、立て続けにバラエーナで地上のアビスを撃ち、地
面に降り積もった雪を巻き上げてその視界を奪う。そうすると、素早くデストロイの背後に
回り込み、ビームサーベルでバックパックを縦に斬り付けたのである。
 (ああーっ!)
 その瞬間、カミーユの脳天を突き破るような悲鳴が聞こえた。それは、確かにステラの
悲鳴のはずなのに、別人の悲鳴のようにも聞こえた。
 (これは……そうか!)
 それは、幻聴だったのか――考えた瞬間、答えは出た。論理的に理解したのではない。
ただ、直感したのだ。そして、それだけで十分だった。
 「止めろーっ!」
 突き動かす衝動が間違っているかどうかなど、判断している暇はなかった。恐れはあっ
た。しかし、自分の中で確実に蠢いている何かが、どうしようもなくカミーユを突き動かそ
うとしてくる。
 カミーユは、無我夢中でウェイブライダーの鼻先をフリーダムの脇腹に突っ込ませた。
激しい衝突の衝撃は凄まじい反発力を生み、一瞬にしてフリーダムを彼方へと突き飛ば
した。
 ウェイブライダーの先端部分は、即ちΖガンダムのシールドである。特に強固に作られ
ているそれとフェイズシフト装甲が衝突した衝撃は凄まじく、リニアシートに固定されてい
るカミーユも危うく投げ出されそうになった。
 しかし、それでは終わらない。フェイズシフト装甲の機体に物理的なダメージは通らな
いのだから。フリーダムは依然として健在であった。
 フリーダムを止めなければ、ステラが死ぬ。漠然とした認識でありながら、確かなこと
としてカミーユは認識していた。
 フリーダムが視界から消えたことで、ステラは落ち着きを取り戻した。一時は足止めを
されていたデストロイは、ネオからの命令を受けて、ベルリンに向けて移動を再開した。
 それを食い止めようと、ザフトやバルトフェルドが抗戦しているが、他の連合軍の動きも
あって思うようにならない。フリーダム抜きの防衛線は、デストロイが相手ではあまりにも
脆かった。

43 :
 雪原に墜落していたキラは、防衛線の危機を察知し、戦線への復帰を急ごうとした。し
かし、そこへウェイブライダーからのビーム攻撃が注がれ、キラはそれへの対応を強い
られた。
 「あなたたちは!」
 通り過ぎるウェイブライダーの後姿に向かって、キラは声を荒げた。その間にも、デス
トロイは進攻を続けている。それを横目で気にしつつ、再び襲い来るウェイブライダーに
キラは業を煮やした。
 「こんな破壊を続けることに、何の意味があるって言うんだ!」
 ウェイブライダーは旋回すると、再び機首をフリーダムに向けた。キラは、戦うしかなか
った。
 傍受したキラの声は、カミーユの耳にも届いていた。キラの言うことは、もっともだと思
う。この侵攻作戦は、コーディネイターに与する愚かしさを知らしめるための見せしめの
意味が大きい。そういう作戦を嫌悪する道義心は、カミーユも持っているつもりだった。
 しかし、それ以上に駆り立てるものがあった。フリーダムとデストロイに見た幻や、今も
自分の中にある衝動が、容赦なく真実を突きつけていた。カミーユは、もう自分が何者な
のか、分かりかけていた。
 恐怖はある。今の自分とは、まるで違う自分になってしまうのではないかという不安が
ある。
 しかし、いくら恐怖したところで、もう流れは止められない。封印されていた記憶の扉は、
既に開きかけている。それは受け入れなくてはいけないことなのだと、カミーユは理解し
ていた。
 だからこそ、カミーユはフリーダムへの攻撃を続けた。それは、ひとえにステラを守りた
い一心からだった。やがて、近い内に消えてしまう今の自分が残っている間に、一番の脅
威であるフリーダムだけでも排除しておきたい。そうすることが、ファントムペインで過ごし
た今の自分が生きた証になると信じた。
 頭痛は相変わらず酷い。しかし、それとは裏腹に、感覚はより研ぎ澄まされていった。ス
ティング、アウルと三人で掛かってようやく互角だったフリーダムを相手に、今は一人で渡
り合えている。
 皮肉なものだった。今の自分が失われていくことで、ステラを守る力が増していくのだか
ら。
 「でも、コイツさえ沈めてしまえば!」
 感覚が鋭くなっていく自分を感じる。リニアシートに収まる自分の身体が、より馴染んで
いく。機体が、自分の手足のように思い通りに動く。次第に攻撃がフリーダムに通用する
ようになる。それは、本来の自分を取り戻しつつあるという証拠である。
 フリーダムを捉える確信が、次第に膨らんでいく。加速度的に手強くなるウェイブライダ
ーに焦りを感じ始めたキラに対し、カミーユは勝利への予感を高めていった。
 だが、それは視界の片隅にデストロイの姿を収めた時、一瞬にして逆転した。
 デストロイはビームを垂れ流しながら、ゆっくりとベルリンに向かって歩を進めていた。
そのデストロイに向けて、夥しい数の火線が注がれている。いつの間にか現れていたミネ
ルバからも、凄まじい砲撃を受けていた。
 堅牢な装甲と陽電子リフレクターが、その砲撃の殆どを無効化していた。それでも、猛
烈な砲撃による衝撃で、デストロイの巨体も流石にふらついていた。
 大量の砲火に晒されながらも、デストロイはビームを垂れ流しながらフラフラと歩き続
けた。それは、あたかも少女がべそをかきながら歩いているようだった。
 ――なら、敵になるのを止めて! あたしに優しくしてよ!
 ――もう、苛められたくないんだ……

44 :
 (あれ、は……!)
 青緑色のショートカットの少女が過ぎった。紫のゆったりとした上着に、同じ色の口紅が
印象的だった。その唇の感触が、カミーユの口元にはまだ残されている。
 「……フォ、ウ……!」
 その名を呼んだ瞬間、内側で堰き止められていた全てのものがカミーユの全身に溢れ
返った。雷に打たれたようなショックが全身を駆け抜け、刹那、カミーユは全てを悟った。
 だが、束の間、大きな衝撃がカミーユを襲った。カミーユが全てを取り戻した瞬間の、本
当に僅かな異変を、キラは見逃さなかったのである。
 ビームライフルから放たれた狙い済まされた一閃が、フライングアーマーの翼端を射抜
いていた。そして、バランスを崩したウェイブライダーに、キラはすかさずシールドで体当
たりしたのである。
 立て直しが不可能なほどにバランスを崩したウェイブライダーは、あえなく雪面へと叩き
つけられた。その衝撃で、リニアシートと繋がっているノーマルスーツのアタッチメントが
外れ、カミーユは身を投げ出されてコックピットの内壁に衝突した。
 フリーダムはカミーユを退けると、ウェイブライダーの状態を確認する間もなく戦線へと
復帰して行った。
 「くっ……!」
 カミーユは身を起こし、よじ登るようにシートに座りなおした。
 「フリーダムは……?」
 全天スクリーンを隅々まで見渡し、フリーダムの姿を探す。そして、墜落による身体の
痛みが大したことが無いことを確認すると、徐に操縦桿を握った。
 不思議と落ち着いていた。カミーユを苦しめていた頭痛は治まり、今は全てが晴れやか
だった。
 「……行けるぞ……!」
 天を仰ぐ。灰色の低い雲が降らせる雪は、相変わらず視界を白く濁らせている。そんな
視界不良の空の中に、カミーユはフリーダムの姿を知覚した。
 フリーダムの姿は風雪の中に溶け込んでしまっていたが、そのバーニアの光は微かに
見えた。カミーユはそれを認めると、レバーをゆっくりと引いた。
 ウェイブライダーが形態を変える。各ブロックが複雑に連動し、やがて人の姿へと形を
整える。最後に頭部が飛び出すと、ツインブレードアンテナを広げてグリーンの双眸を鋭
く瞬かせた。
 Ζガンダムが、勢いよく中空へと躍り上がる。カミーユの視界を遮るものは、何も無かっ
た。
続く

45 :
以上、第十三話でした
それでは

46 :
GJです!
カミーユ覚醒キターー!!!

47 :
GJ!!

48 :
デストロイに嫌悪感を抱くカミーユ、また記憶回復?とともにZガンダム復活、
というのは期待通りだったが、雪模様の中の戦いでありながら脳裏に走ったのが
温暖なホンコンでのマークU対サイコという事は、今回のZ組は新訳版からの
転移という事になるのかな?

49 :
>>48
その通りです
なので一話冒頭のシャアとハマーンの台詞も新訳準拠になってたりします

50 :
なんと!プッツンしてなかったのか!良く洗脳出来たな
腕力自慢の三人が捕まえたんかな

51 :
新訳カミーユならシャアとは決別しそうだな

52 :
>>50
その辺は十五話で少し触れています
全然大したことではありませんけど(´・ω・`)
では第十四話「白銀の彼方」です↓

53 :
 コンディションレッドがアナウンスされた艦内は、慌しかった。
 ベルリン到着目前、ミネルバにも戦況は伝えられていた。進撃を続けるデストロイの、
その圧倒的戦闘力を目の当たりにして、誰しもが緊張の色を隠せなかった。
 しかし、そんな中、ラウンジで戦況を見つめるシンが見ているものは、それではなかっ
た。況してや、ザフトの窮状でもなかった。ベルリンの危機でもない。それはただ一つ、
見失ってしまいそうなほど小さく画面に映る、フリーダムの姿だった。
 やがて、スタンバイの号令が掛かった。シン、シャア、ハイネの三人は、一斉にラウン
ジを飛び出し、モビルスーツデッキへと向かった。
 「シン」
 コアスプレンダーに飛び乗ろうとしたシンは、ふとハイネに呼び止められ、振り返った。
 「時間、無いですよ」
 「すぐ終わる」
 そう言うと、ハイネは懐に手を突っ込んで、何かを取り出した。そして、シンの手を取る
と、それを強引に握らせた。
 「お前には理性が足りないからな。危ないと思ったら、それ見て自分が何者なのか思
い出せ」
 「思い出せって――」
 シンは手を開いて何を握らされたのかを確認した。指の隙間から、銀色の煌きが零れ
た。それは、白く輝く羽のエンブレムだった。
 シンは驚きに目を丸くした。そのエンブレムが持つ意味を、知っているからだ。シンには
一生涯、縁が無いだろうと思われるフェイスの称号――その証明たるエンブレムだった。
 独自の裁量権を持つことを許されたフェイスは、同時に国からの絶大な信頼を得た証
でもある。その証明たるフェイスのエンブレムは、シンにとっては重過ぎるものであった。
 「ハイネ! こ、これって……」
 「お前は復讐で戦うな。お前の誇りの為に戦え。――信じてるぜ、シン」
 ハイネはキザっぽく手で挨拶をすると、グフ・イグナイテッドへと走っていった。
 取り残されたシンは、暫時放心していた。そして、改めて託されたフェイスのエンブレム
を見つめた。
 その輝きは、一点の曇りも無くシンを照らした。あまりにも眩しくて、値段もつけられな
いような超高級ラグジュアリーを持っている気分になった。こんな大層なもの、自分が持
つべきじゃない――シンはそう思った。
 「急げ、シン!」
 なかなか乗り込まないシンにやきもきして、ヨウランが急かす。シンは、「分かってる!」
と怒鳴り返して、フェイスのエンブレムを大事に懐にしまいこんだ。
 「後で返せばいいんだしな……」
 コアスプレンダーのコックピットに飛び乗り、シンはキャノピーを閉じた。
 セイバーのコックピットでシャアはその様子を見届けると、静かに画面を切り替えた。
 
 実際に目の当たりにしたデストロイは、想像を遥かに超えていた。普通のモビルスーツ
の倍以上はあろうかという黒い巨体が、全身からビームを発して雪景色の中を歩いてい
るのである。
 その身に注がれる砲撃も殆ど効果がないように見える。ミネルバは到着と同時にタンホ
イザーによる狙撃を試みたが、それも通用しなかった。一時的にその歩みを鈍らせただ
けである。バリアと分厚い装甲が全てを弾き返し、抵抗するザフトを蹴散らしながら、デス
トロイはベルリンに迫っていた。
 出撃したシャア、ハイネ、シンも、防衛線に加わってデストロイの進撃阻止を試みてい
た。しかし、圧倒的火力の前に接近すら儘ならず、遠距離からの砲撃に頼るしかない。

54 :
 「どうしろってんだよ、こんなの!」
 ハイネが愚痴を零したくなる気持ちは、シャアにも理解できた。今のところ攻略法すら
見出せない現状において、無駄撃ちを繰り返さざるを得ないストレスはシャアにもあった。
 「とにかく、足を止めるしかないが……!」
 デストロイは弾幕を張りつつ前進を続け、ザフトを蹂躙しながらゆっくりとその歩みを進
めていた。集中砲火を受け、バランスを崩しても進撃は止まらない。いくら直撃を浴びせ
ても、効いているのかいないのかも分からない。そういう敵に挑むというのは、戦車を相
手に自動小銃一丁で挑むような気分だった。
 「しかし、何だ? さっきからのこの感覚は……?」
 被弾しないようにセイバーを飛翔させながらそう呟いたシャアは、頭に重く圧し掛かるよ
うな圧力を感じていた。それは、“プレッシャー”と呼んでいるものである。そのプレッシャ
ーが、一帯に立ち込めているのをシャアは感知していた。
 シャアには、サイコガンダムという知識がある。データベース上で知っただけで、実際に
目にしたわけではないが、デストロイのサイズや外見から、シャアは自然とサイコガンダ
ムを連想していた。
 シャアがサイコガンダムを連想したのは、サイコガンダムがサイコミュ搭載型のニュー
タイプ専用機だからである。サイコガンダムのパイロットはニュータイプないし強化人間
であり、そういうパイロットはプレッシャーを放つものである。そのサイコガンダムを連想
させたデストロイにも似たようなシステムが積まれていて、それがシャアにプレッシャー
を与えているのではないかと推察したのだ。
 「……いや、違うな」
 しかし、シャアは暫くしてから気付いた。プレッシャーはデストロイから感じるものではな
い。シャアは、プレッシャーにどことなく覚えのある雰囲気を感じ取っていた。
 デストロイは砲撃の矢面に立ち、集中砲火を受けている。流石に少しずつダメージは通
っているようだが、足止めにまでは至っていない。決死の防衛線は地道にデストロイにダ
メージを与えながらも、しかし、確実に後退していた。シャアも、何とかデストロイを止めよ
うと接近を試みるのだが、ウインダムの妨害によってなかなか上手くいかない。
 「このままではベルリンも焼かれるな……!」
 シャアはそう口にして、自らの危機感を煽った。
 ふと、ハイネやシンはどうしているか気になって、シャアはあちこちに目を配った。
 最初に目に入ったハイネのグフ・イグナイテッドは、シャア同様にウインダムに対応しな
がらデストロイへの接近の機会を窺っている。その一方で、シンのインパルスは何やらそ
わそわして落ち着きの無い挙動をしていた。
 シャアは、シンが何を考えているのか大体分かっていた。シンは、フリーダムを探してい
るのだ。ミネルバが到着した時、出撃前はデストロイと戦っている様子が確認できたフリー
ダムの姿が見当たらなかった。だから、フリーダムに異常な執着を見せるシンは、それを
探してデストロイどころではないのだ。
 「全く!」
 辟易するシャアの前で、案の定、何処からか戦線に復帰してきたフリーダムがデストロ
イへの攻撃を再開すると、インパルスはいきり立つような仕草を見せた。だが、それに気
付いたハイネがすぐさま宥めに入り、インパルスはフリーダムを睨みつけながらもデスト
ロイの進撃阻止に力を注いだ。
 或いは、ハイネからきつい叱責を受けたかもしれない。出撃前、暗に釘を刺されていた
だけに、ハイネはシンの僅かな独断専行も決して許しはしないだろうとシャアは思った。
 「いくら見込みがあっても、あれでは……」
 しかし、そう詰るシャアも、他人のことは言えなかった。
 「……Ζ!?」

55 :
 それを目にした時、シャアは思わず声を上げて見入っていた。それまで、封印でもして
いたかのように頑なにウェイブライダー形態で戦い続けていたΖガンダムが、初めてモビ
ルスーツ形態で現れたのである。
 「カミーユ……?」
 シャアは、そこでプレッシャーがカミーユのものであったことを悟った。すぐにそう気付
けなかったのは、それまでとは少し異質な感覚があったからだ。しかし、悪い感覚ではな
い。シャアは、その異質さに予感めいたものを見出したのだ。
 だが、カミーユに気を取られたことでシャアにも隙が生まれていた。
 「後ろだ、クワトロ!」
 俄かに耳を劈いたハイネの声にハッと我を取り戻し、シャアは素早くセイバーを反転さ
せつつビームライフルのトリガースイッチに指を添えた。反転した先では、ビームサーベ
ルを抜いて猛スピードで肉薄するウインダムが迫っていた。
 「うっ!」
 ウインダムが水平にビームサーベルを振り抜く。セイバーは腰を曲げて屈むような体
勢になってビームサーベルを紙一重でかわし、その腹に二発のビームを撃ち込んだ。
 コックピットを撃ち抜かれ、パイロットは即死した。シャアはスパークするウインダムを、
デストロイに向けて蹴り飛ばした。
 ウインダムはデストロイに激突する寸前に爆散した。その衝撃で前のめりになったデス
トロイが大量のミサイルで反撃するも、シャアはそれを冷静にかわした。
 「クワトロまでどうした!?」
 「すまない!」
 ハイネに叱責気味に言われ、シャアは素直に詫びた。
 「こんなことでは、シンをどうこう言えん……」
 自戒するシャアは、デストロイの攻撃に集中するよう自分に言い聞かせた。今はカミー
ユに構っていられる時ではない。デストロイはダメージを負いつつあるとはいえ、まだ都
市を殲滅するだけの十分な力が残されているのだから。
 「フリーダムがやっていたようにビームサーベルによる直接攻撃に活路を見出すしかな
いが、そのためには一つずつ砲門を潰していくしかないか……」
 時間は掛かるが、それしか方法は残されていない。シャアはビームサーベルを抜刀状
態にしつつ、ビームライフルで迫撃をかけた。
 
 カミーユはアウル、スティングと合流し、共にデストロイに向かった。
 しかし、デストロイは芳しくなかった。フリーダムを相手に遮二無二に攻撃を仕掛け、多
くのエネルギーやミサイルを浪費していた。その上、集中砲火を凌ぐために常に展開して
いた陽電子リフレクターにも、ダメージの蓄積による不具合が見られるようになっていた。
 そして、ここへ来てミネルバが加わり、更に抵抗は激しくなった。ダメージも、かなり蓄
積されてきている。加えて、長時間の戦闘はパイロットであるステラ自身にも激しい消耗
を強いていた。デストロイの稼動限界は、確実に迫っていた。
 アビスの足取りが速くなった。アウルが焦っているのだ。そのくらい、デストロイは目に
見えて窮地に立たされているように見える。
 カミーユは一寸、赤い色のセイバーというガンダムに通信を繋ごうかと考えた。シャアに
事情を説明して、助力を請おうと思ったのだ。しかし、先日の交渉の場での記憶が、躊躇
わせた。
 (今さら……)
 騙し討ちのような形でシャアを裏切ったのだ。今さら記憶が戻ったからと言って、おいそ
れと信用が得られるとは到底思えない。カミーユとて、恥くらいは知っている。
 考えている間にもデストロイはビームを乱射し、ベルリンの市街地に接近していた。そし
て、その流れ弾が市街地に飛び込んで、街を破壊した。

56 :
 ビームは樹木を燃やし、石と鉄を溶かして蒸発させ、着弾すると爆風で周囲を吹き飛ば
した。その爆発で飛び散った破片は幹の太い木さえも薙ぎ倒し、住居やビルの壁に大き
な穴を開けた。運の悪かった何人かの避難民は、その一連の流れの中で負傷し、或いは
即死したり炭化したりした。ベルリンを焼くビームは見る間に増えていき、ベルリン外縁部
はあっという間に炎に包まれた。
 デストロイは、限界が近づいた今になって市街地に到達しようとしていた。
 人々の悲鳴や苦悶が、生理的な感覚となってカミーユの脳を刺激するように響いた。そ
の中に、甲高い動物の鳴き声のような喘ぎ声が混じっていて、それが耳鳴りのように反響
する。それが、心神耗弱に陥りかけているステラの救いを求める声であることを、カミーユ
は察していた。
 ステラを、何とかデストロイのコックピットから出したい。しかし、状況はそれを許してくれ
るほど穏やかではなかった。集中砲火を続けるザフト以上に、カミーユはフリーダムを警
戒した。
 デストロイの無差別攻撃が、ベルリンの被害を拡大していく。それを見て、手段を選んで
いる場合ではないと悟ったキラの腹積もりを、カミーユは鋭敏に察知していた。
 いくつかの砲門は焼き切れていて、デストロイに当初ほどの勢いは無かった。キラはビ
ームサーベルを抜き、砲門が沈黙したことによってできた砲撃の隙間を突いて、デストロ
イへと肉薄した。そして、素早く正面へと回り込むと、その刃を胸部のスキュラ目掛けて
振り上げたのである。
 「させるかよ!」
 刹那、カミーユは直感的にビームライフルのトリガースイッチを押していた。長い砲身か
ら、貫通力の高い、細いメガ粒子ビームが放たれて、フリーダムの眼前を突き抜けた。
 メガ粒子砲の残滓が、キラのメットのバイザーを彩った。得体の知れない悪寒がキラの
パイロットスーツの下の肌を粟立てて、咄嗟にデストロイの前から飛び退いていた。防衛
本能が、キラをそのように突き動かしたのだ。
 射線元に目を転じる。見慣れないモビルスーツが狙っているのが見えた。
 「連合の新型ガンダム……?」
 キラは呟いて警戒感を強めた。問題なのは、新型であるということではない。Ζガンダ
ムから漂ってくる異質な感覚が、キラを本能的に警戒させていた。
 カミーユは、更にフリーダムをビームで追い立てた。警戒を強めるキラは、意識をΖガ
ンダムの方にも割かなければならなかった。カミーユは、それを歓迎した。
 「アウル、スティング! フリーダムは僕が引き受ける! 二人はその間にステラを!」
 カミーユはそう叫んで、一人飛び出した。
 「よく言ったカミーユ! 骨は拾ってやるぜ!」
 「死ぬかよ!」
 アウルの茶々は、半分は本気だろうなと思いつつ、カミーユはフリーダムへと仕掛けた。
 生半可な技量の相手ではない。シャア・アズナブル、アムロ・レイと伝説級のパイロット
をカミーユは目の当たりにしてきたが、フリーダムにはその二人に比肩するほどの脅威を
感じた。
 特に、反応速度が凄まじい。時々、超高性能な自律型コンピューターが動かしているの
ではないかと思えるほどの反応の鋭さを見せることがある。機械のように正確無比で、超
人的な反射神経を持つ。
 「コーディネイターか……!」
 人間であるだけ、攻撃や動きに意思がある。カミーユはその思惟を事前に感じ取って、
フリーダムの人間離れした動きに辛うじて対応していた。
 「けど、いつまでも相手はできない……! 急いでくれよ、二人とも!」
 バラエーナの光がΖガンダムの頭上を掠めた。カミーユはその眩さに目を細めた。
 

57 :
 余裕は失われていた。絶対的な攻撃力と防御力を誇るデストロイは、猛烈な攻撃を受
けてダメージを蓄積させ続けた結果、最早機能停止寸前にまで追い詰められていた。
 「何で……!? どうして……!?」
 ビームの発射ボタンを押しても、キレの悪い小便のようなビームしか撃てなくなってい
た。ミサイルは底を尽き、半数近くの砲門は焼き切れて使い物にならなくなっている。最
初は、まるで玩具のように見えていたモビルスーツの群れが、今は腹を空かせた獰猛な
狼のように見えていた。
 「あうっ!」
 衝撃が、ステラを襲った。ベルトが身体に食い込んで、ミシミシと音を立てた。ステラは
画面を睨み付けたが、その瞳には既に恐怖の色が混ざっていた。
 デストロイの各所に三基装備された陽電子リフレクターであったが、バックパックの装
置はフリーダムに斬られた時にブレイクダウンしていた。ステラはそれを、腕部を切り離
し、遠隔操作するシュトゥルムファウストに搭載された陽電子リフレクターでカバーして
いたのだが、最早それもエネルギーが尽きたり、撃破されるなどして使用不能になって
いた。
 止められないと思っていたデストロイが目に見えて弱体化しているのを見て、ザフトは
気勢を上げていた。バクゥ・ハウンドは、陸上の機動力では比肩するものは無く、雪上で
もその機動力は変わらなかった。犬を模したような頭部の口腔部に当たる部分からビー
ムブレイドを発生させたバクゥ・ハウンドの部隊は、一斉にデストロイの足元に襲い掛かり、
一撃離脱の戦法でその足の駆動間接部分を連続で斬り付けていった。
 堅牢な装甲で守られているとはいえ、ビームで焼き切られれば金属は溶融し、ダメージ
は通る。そして、自重を支える強靭な駆動間接であってもそれは避けられず、アキレス腱
を切られたデストロイは尻餅をつくように倒れた。
 デストロイはそれでも上体だけを起こし、口腔部のツォーンや胸部の三連装スキュラで
無我夢中に抵抗した。しかし、そのビームがベルリンの街に飛び込むと、状況は更に悪
化した。空からはバビに集団で襲い掛かられ、地上ではザク・ウォーリアやバクゥ・ハウ
ンドの群れが行き交い、デストロイを攻撃し続ける。動けなくなったデストロイは、囚われ
のガリバーのように小人からの容赦ない攻撃を受け続けていた。
 「やめて……やめて……!」
 群がってくる敵、敵、敵。画面は、どこを見ても銃口をこちらに向けている機械人形だ
らけ。世界中の全ての人間の敵意が、自分だけに向けられているようだった。
 「助けて……助けて……!」
 ステラは無意識の内に懇願していた。デストロイのコックピットは、あまりにも孤独だっ
た。押し寄せてくる無機質な単眼の群れは、自分を殺しに来た殺人マシーンなのだとス
テラは思った。
 細かい振動と、時折大きな振動が起こる。ミシミシとコックピットの周辺が軋む音を立
てて、ステラはとうとう操縦桿から手を離した。
 「ひっ!?」
 何かが爆発する音がして、ステラは身を竦ませた。その拍子に失禁してしまったのだ
が、ステラはそのことを気にしている余裕すら失っていた。
 振動と、爆裂音と、軋む音。画面は乱れて、コックピット内にある無数のランプも次第
に消えていく。徐々に押し寄せてくる闇と、どこにも逃げられないコックピットの閉塞感。
ステラは膝を抱え、それに耐え続けた。
 だが、それも長くは続かなかった。
 「あはっ……あはははっ……」
 どうしようもなくなると、笑うしかなくなった。
 コックピットの軋む音が大きくなっていく。それに比例して焦燥感も煽られた。その音
は、死が近づいてくる足音だと思った。

58 :
 (死にたくない、死にたくない、死にたくない……!)
 死に抗おうと、ステラは何度も心の中で唱えた。声に出すよりも、心で念じた方が誰か
に伝わるのではないかと期待していた。
 だが、それは虚しい抵抗であった。金属がぶつかり合うような、一際大きな音がしたか
と思うと、突然正面のスクリーンが消えた。
 「いやーっ!」
 コックピットの闇が、一気に濃くなった。その瞬間、ステラは堪えきれずに悲鳴を上げ、
再び操縦桿を握り、出鱈目に攻撃ボタンを連打していた。
 沈黙していたデストロイが、再びビームを撃ち始めた。ザフトの軍勢を相手に決死の抗
戦を続けていたスティングとアウルは、それを見てステラがまだ生存していることを確信
した。
 しかし、出鱈目に撃つビームは、ベルリンの街に更なる被害をもたらした。それは、ザ
フトがデストロイへの攻勢を強めることを意味していた。
 「もう止めろ、ステラ!」
 アウルは、その状況を阻止すべく叫んだ。だが、半狂乱に陥っているステラに、その声
は届かなかった。スティングと共にデストロイの防衛に力を尽くしてはいる。しかし、それ
も焼け石に水でしかなく、寧ろアウルたち自身も窮地へと追い込まれていた。
 「後方部隊の援護は期待できねえ……!」
 スティングは横の画面を一瞥すると、チッと舌打ちをした。デストロイが弱体化し、動け
なくなったことで、ザフトは集中していた戦力を分散し、後続の詰めの連合軍部隊を封じ
込めに掛かっていた。現状、最前線のスティングたちは孤立無援の状態である。
 「くそっ! コーディネイターどもなんぞに……アウル! 無理矢理でもいいからステラ
をデストロイから引っ張り出せ!」
 スティングは窮境に苛立ちながらもザフトの攻撃に抵抗し、アウルに怒鳴った。
 だが、その時だった。スティングの前に立ちはだかったバビの頭部を、不意にビームが
一閃した。
 「な……!?」
 そして、次の瞬間、スティングが驚いている間も無く立て続けに降り注ぐ無数のビーム
が、次々とザフトのモビルスーツを射抜いていった。
 スティングは、その手口に覚えがあった。武器やスラスター、それにモビルスーツの目
である頭部など、戦闘能力だけを間引いて無力化する戦法は、もう何度も目にした光景
であり、スティング自身も体験済みの行為であった。
 「フリーダムだと……?」
 それまで連合軍の侵攻作戦の妨害に当たっていたフリーダムが、突如手の平を返し、
今度はその矛先をザフトへと向け始めたのだ。
 スティングは、その光景に唖然とした。ザフトは味方だと思い込んでいたフリーダムの
突然の敵対行為に混乱し、浮き足立っている。お陰でスティングたちへの攻撃は沈静化
したが、フリーダムの行動は全く理解できなかった。
 「スティング!」
 そこへ、フリーダムと交戦していたカミーユのΖガンダムが合流した。スティングはカミ
ーユに向かってフリーダムを指し、「どういうつもりだ、ありゃあ?」と聞いた。
 「俺たちを助けるつもりらしい」
 カミーユはそう言いながらヘルメットを脱ぐと、「全く……」とぼやいて髪をかき上げた。
 「急に目の前から消えたと思ったらアレだ……フリーダムのパイロットは、なるべく人死
にを少なくして戦闘を終わらせたいと思っている。信じられるか? 敵も味方も関係なくさ」
 「それがフリーダムの魂胆だってのか? おめでたい奴だぜ!」

59 :
 「そうだけどさ」
 そうぼやくカミーユは、いつもより愚痴っぽく感じられた。
 「何にせよ――」
 スティングは、ふと後ろのデストロイに振り返った。デストロイは暫く前から再び沈黙し、
今はその巨体を雪の上に横たえていた。
 「この状況を利用して、とっととずらかろうぜ」
 デストロイにはアビスが取り付いていた。そのアビスのコックピットは開いていて、アウ
ルがデストロイのコックピットに向かっている様子が見えた。
 
 ステラは涙も鼻水も垂れ流したまま、膝を抱えて丸くなっていた。コックピットの中は、
僅かな明りしか灯されていない。画面も殆ど死んでいる。無機質な機械音の中に、ステ
ラの鼻を啜る音が時折混じっていた。
 肌寒くて、身体が震えていた。いずれ誰かが自分を殺しにやってくるのかと思うと、怖く
て仕方がなかった。
 少しして、外側から強制的にハッチを開く音が響いた。ステラはいよいよ覚悟を決め、
震える手に銃を持った。
 ブシュッという空気の抜ける音がして、そぞろにハッチが上がっていく。そして、視界に
人のシルエットが入った瞬間、ステラは思い切ってトリガーを引いた。
 「うわーっ!」
 バァン、パァン、パァン――ステラはギュッと目を瞑り、何度もトリガーを引いた。乾いた
発砲音が響き、やがて、カチッ、カチッ、という弾倉が空になった音に変わった。
 辺りが静かになる。ステラは徐に瞼を上げ、様子を窺った。
 コックピットの入り口には誰も居ない。弾が当たったのだろうか――そう安堵した瞬間、
突然人のシルエットが視界の端からにゅっと現れた。
 心臓が止まりそうなほどびっくりした。慌ててナイフを取り出し、そのシルエット目掛け
て無我夢中に突きを繰り出した。
 「うわっ!?」
 悲鳴を上げながらも、シルエットは素早くかわして見せた。そして、再び突こうとしたス
テラの手首を掴んで、力任せに押さえ込んできた。
 掴まれた手首が締め上げられて、痛みが走った。その痛みにステラは余計に逆上して、
力の限り暴れた。まだ自由な左手で拳を作り、めちゃくちゃに相手を殴りつけた。
 しかし――
 「ま、待てっ! 分かんないのかよっ!?」
 碌に相手の顔も確認せず、思いっきり殴りつけた。だが、酷く慌てた様子で制止する声
は、良く聞いてみれば覚えのあるものである。そこに至ってステラは、ようやく相手の顔を
確認した。
 「……アウ、ル?」
 少しの間を置いて、確かめるようにその名を呼ぶ。目が慣れてきたステラの瞳に映った
のは、アウルの痣だらけになった顔だった。
 「思いっきり殴りやがって、このバカ女!」
 アウルの怒鳴り声も、あまり耳に入ってこない。ステラは固まってしまったかのようにア
ウルの顔をジッと見つめていた。
 その眼差しが、微かにアウルの頬を赤くさせた。だが、やがて何かを悟ったアウルは、
愚痴るように一つ舌打ちをした。
 「……カミーユじゃなくて、悪かったな」
 アウルは、不満そうに口をへの字に曲げつつ、ステラをコックピットから引き上げた。

60 :
 外に出たステラの目に、見慣れないモビルスーツが映った。カオスと共にデストロイを
守るように立っている。カラーリングのせいかもしれないが、ステラは何とはなしにそれ
にカミーユが乗っているのではないかと思った。
 アウルは、Ζガンダムを見上げて呆然としているステラを見て、また舌打ちをした。
 「分かっちゃいたけどさ。お前を心配してるのはカミーユだけじゃねーっつーの」
 アウルは、聞こえるか聞こえないかの微妙な大きさの声で、わざとらしく呟いた。
 「……知ってるよ」
 どうせ聞こえてないだろうと高を括っていた。だから、ステラからの反応に驚いた。
 ステラはそっぽを向いていたアウルの正面に回りこむと、にっこりと童女のように微笑
んだ。
 (コ、コイツ……)
 正視できない。アウルにとって、そのステラの穏やかな微笑みはあまりにも眩しかった。
 そして、次の瞬間、アウルの想定を更に越えた出来事が起こった。
 「えっ!? お、ちょ……」
 突然のことに、すぐには頭で理解できなかった。その実感を得られたのは、ステラの綿
のような髪がアウルの頬を撫でた時だった。気付けば、ステラが抱きついていた。
 心臓が、今にも爆発しそうなくらい高鳴っていた。全身が焼けているように熱い。ベルリ
ンは肌を刺すような氷点下の極寒なのに、自分だけ灼熱の砂漠のど真ん中にいるような
気分だった。
 微かに塩っぽい香りがした。その香りが、媚薬のようにアウルの頭をくらくらさせた。
 (よ、よし……!)
 アウルは、そぞろにステラの背中に腕を回した。華奢なその身体を想像し、一段と胸が
高鳴った。何だか、今なら行けそうな気がした。
 だが、その身体を抱き締めようとした時、不意にステラが口を開いた。
 「アウルも、カミーユも、スティングも、みんなステラを助けてくれた。仲間、仲間だよ!」
 ステラが弾むようにそう言った瞬間、アウルはハッとなって回しかけた腕を止めた。
 (そ、そういうことかよ……)
 抱擁の意味を知って、アウルは脱力した。ステラのピュアな声を耳にして、自分が酷く
不埒で破廉恥に思えた。
 (コイツが子供なだけのか、僕がふしだらなだけなのか……)
 いずれにせよ、こんな状況でステラを抱き締めることは出来ないと思った。
 「おい、お前ら」
 その時、不意にスティングから外部スピーカーで呼びかけられ、アウルはビクッと身体
を震わせた。アウルはすっかり二人の存在を忘れていて、また心臓が飛び出しそうにな
った。
 「な、何だよ!」
 アウルは振り返り、粗暴に答えた。カオスの顔が、どこか呆れているように見えるのは
気のせいだろう。
 「ボナパルトからの後退信号はとっくに出てんだ。いつまでもイチャイチャしてねえで、
とっとと帰投するぞ」
 「べっ、別にイチャイチャなんかしてねーよ! こりゃあ、ステラが勝手に!」
 アウルは惜しいとは思いつつも、スティングの茶々を否定しようとステラを乱暴に突き離
した。
 分かり易い奴だな、とスティングは内心で笑う。そうして微笑ましさに一寸だけ目を細め
ると、視線を前方に戻した。
 「……へっ! このまま連中で潰し合ってくれりゃあいいぜ」

61 :
 ザフトはもう攻めて来ない。否、攻めてくることが出来ない。何せ、あのふざけた強さを
誇るフリーダムを相手にしなければならないからだ。デストロイが沈黙したことが合図と
なったかのように、フリーダムはその攻撃対象を今度はザフトに定めた。
 傍から見ている分には、楽しめた。フリーダムは疲れた様子も見せずに相変わらずの
強さを見せつけ、ザフトを相手に大立ち回りを演じている。機体を爆発させずに、戦う力だ
けを奪っていく戦法は、さながらアクション活劇の殺陣を観劇しているようだった。そして、
何よりも中には仇敵であるミネルバも含まれている。これが、ほくそ笑まずにはいられな
かった。
 少しして、アウルとステラがアビスへの搭乗を完了した。スティングが二人に先に帰還
するように促すと、アウルは一寸訝ったが、ステラとコックピットで二人きりというシチュエ
ーションが恥ずかしいのか、慌てたように後退していった。
 それを見届けると、スティングはΖガンダムに視線を移した。Ζガンダムは、食い入るよ
うに戦闘に見入っていた。それが、スティングに違和感を与えていた。
 カオスのマニピュレーターをΖガンダムの肩に置いた。接触回線以外で、モビルスーツ
同士でこんなことをする意味は全く無いのだが、スティングはあえて擬人的な動きをカオ
スにさせた。
 「来るよな、カミーユ?」
 どこかカミーユの腹を探るようなスティングの言葉だった。カミーユが、今にもザフトとフ
リーダムの戦いに飛び込んで行きそうだったからというのもある。しかし、一番の要因は、
カミーユの雰囲気がそれまでと明らかに変わったように感じられたからだった。
 (カミーユは、記憶を取り戻してるのかも知れねえ……)
 それがスティングの腹だった。
 数拍の間を置いて、Ζガンダムの頭部が振り向いた。その双眸がグリーンの光を淡く瞬
かせると、「そりゃあ行くさ」というカミーユの返答があった。その途端、スティングの妙な緊
張は解け、安堵が生まれた。
 Ζガンダムとカオスはモビルアーマー形態に変形し、先行して帰還したアビスを追った。
 カミーユはリニアシートから身を乗り出して後方を見やり、「クワトロ大尉なら、大丈夫だ
とは思うけど……」と呟いた。
 戦闘の光は、まだ暫くは消えそうに無かった。
 
 相変わらずの凄まじい強さでザフトを蹂躙する。フリーダムは例の如く戦闘能力だけを
奪い、止めは決して刺さない。
 シャアは、その戦法が鼻持ちならなかった。その高潔な志は理解しつつも、それは高慢
な人間のすることだと思えたからだ。フリーダムは、自分以外を明らかに見下しているよ
うに見えた。
 今や連合軍は撤退していた。そして、その撤退の間にフリーダムによって無力化された
ザフトは数知れず。その結果、それまで曖昧な位置づけにあったフリーダムは、遂に完全
な敵として明確に認定されたのである。
 そのフリーダムに対し、烈火の如く果敢に挑むはシンだった。
 「アンタは一体、何なんだ!?」
 もう、何も気兼ねする必要は無い。フリーダムの暴挙も、シンにとっては自己を正当化
するための都合の良い口実でしかなかった。
 ベルリン駐屯軍は、対デストロイ戦で疲弊しきっていた。シャアとハイネはアークエンジ
ェルやムラサメの対処に当たっている。フリーダムに対抗する戦力は、己のみ。シンにと
って、願っても無い巡り合わせだった。
 ビームサーベルで何度も斬りかかる。枷の外れたシンは、衝動の赴くままひたすらにフ
リーダムを攻撃し続けた。

62 :
 対し、フリーダムは先ほどまでの一騎当千状態とは打って変わって、インパルスに対し
ては防戦一方だった。シンの攻撃に対しても、回避やシールド防御ばかりで、反撃も儘な
らない。
 しかし、それはシンに力負けしているからではない。そこには、キラの個人的な主義が
あった。
 キラは、何とかインパルスの隙を見つけて、抵抗できないように組み付いた。目的は、
接触回線による直接通信だった。
 「止めてくれ!」
 キラは必死にシンに呼び掛けた。
 「君の相手はしたくないんだ!」
 「フリーダムの声……?」
 意図してなかった呼び掛けに、シンは眉を顰めた。
 誠実そうで人当たりの良さそうな、若い男の声だった。しかし、その人畜無害な感じが、
寧ろシンの神経を逆撫でた。
 極悪非道なフリーダムのパイロットが、こんな声をしていて良い筈がない。もっと下衆
で下品な口調で罵詈雑言を浴びせてくるようでなくては――だが、シンの耳に聞こえてく
るのは、真面目そうな青年の、切実な思いが込められた声だった。
 シンは、それが気に食わなくて仕方なかった。しかし、フリーダムを無理矢理に引き剥
がそうとするも、パワーの違いかビクともしない。
 「君を相手に上手く手加減して止められる自信が無い。僕たちは、ただこの戦いを止め
させたかっただけなんだ。だから、このまま大人しく引いてくれ。もう、これ以上犠牲者を
増やす必要は無いだろう」
 「な、何だと……!?」
 「討ちたくない……討たせないで」
 シンは一瞬、我が耳を疑った。
 (コイツは一体、何を言ってるんだ……!?)
 シンにとっては、衝撃的な発言だった。キラの言い分だと、まるで自分の方が圧倒的に
実力が上で、やろうと思えばどうとでもなると言っているようにしか聞こえなかった。
 しかし、頭にきたのは、そんなことではない。
 シンはフリーダムの腹に蹴りを入れて強引に突き放し、再びビームサーベルを振るった。
 「――ふざけるなっ!」
 激昂が口から吐き出された。堪え切れない激しい憤りが、シンの身体を食い破って出て
きたかのような声だった。
 「アンタは殺したじゃないか! 何の罪も無い、無力な人々を! 何人も!」
 「な、何を……!?」
 インパルスから聞こえてきた、自分よりも若い少年の声。その理解できない、ただ事では
ない怒りに、キラは動揺した。
 インパルスの、勢いだけの斬撃。出鱈目とも思えるビームサーベルの太刀筋は、しかし、
逆に予測が難しく、キラを後手に回らせた。
 (違う……! それだけじゃない!)
 何度目かの攻撃を受けて、フリーダムのシールドのビームコーティングが次第に限界を
迎え始めた。インパルスの刃が、少しずつフリーダムのシールドを抉っていく。
 それは、シンのパイロットとしての次元が、キラに近づきつつあるということの証左だった。
 それまではフリーダムの力を当て込んで、その天才的なパイロット技術で以って他を圧
倒してきた。誰も死なずに戦いが終わるなら、それに越したことはない。
 だが、それが通用しない相手が現れた。インパルスは遭遇するたびに強く、そして執拗
になっていった。インパルスの存在は、今やキラにとって頭痛の種となっていた。

63 :
 R気で掛からなければ、止められない。だが、それは最後の手段であり、本意では
ない。
 (何とか戦いを避けられないのか……!?)
 キラはもう一度、シンに呼びかけた。
 「待ってくれ! 僕が一体、君に何をしたって――」
 「二年前、オーブでえっ!」
 シンの咆哮が轟く。その時、遂にインパルスのビームサーベルがフリーダムのシール
ドを切り裂いた。
 危険を察知した。インパルスが再度ビームサーベルを振り上げた姿を見た時、次にそ
れに切り裂かれるフリーダムのイメージが浮かんだ。
 咄嗟だった。キラは自分でも覚えてないほどの早業で、機体を敵に突っ込ませた。
 タックルして、そのままスロットルを全開にしてインパルスを岩に叩きつける。大きな衝
撃は、しかし、フェイズシフト装甲同士の両機にさほどのダメージを残さない。
 純粋なパワーならフリーダムの方が上だった。インパルスはフリーダムに押し込まれ、
もがき苦しむように手足をばたつかせた。
 だが、これでは何の解決にもならない。インパルスの双眸が尚も強い光を放っている
のを見て、キラは覚悟を決めたように唾を飲み込んだ。
 インパルスのマニピュレーターが、フリーダムの肩を掴んだ。ハッと息を呑んだ瞬間、
シンの地獄のマグマを啜ったような苦々しい声がキラの耳に運ばれてきた。
 「……俺はあの時、オノゴロ島から逃げてる途中だった……! みんな、必死だったん
だ……! いたんだよ、アンタが戦っている下で、俺や……俺の家族が……!」
 シンの声は静かながらも、深い憎しみと怒りに満ちていた。
 それは、いつ味わっても慣れることの無い、嫌な感覚だった。キラの脳裏に仮面の男
の顔が過ぎると、次に二年前のオーブでの戦いが蘇ってきた。
 オーブの解放を謳った連合軍の侵攻に抵抗した戦いだった。様々なことがあった戦い
だったが、その結果、オーブは連合軍に占領され、ユニウス条約が締結されるまで大西
洋連邦の支配下に置かれることとなった。
 あの時は、抵抗することだけで精一杯だった。連合軍の物量の前にオーブの防衛は絶
望的で、結局は敗走のための戦いでしかなかった。
 (彼が、あの時の当事者……?)
 回想から戻ると、いつの間にかインパルスがフリーダムを押し返す兆しを見せていて、
キラは慌てて戻しかけたスロットルを押し込もうとした。
 「でも、アンタの戦いに巻き込まれて、みんな死んだ……! 俺の両親も、妹も……俺
だけが生き残ったんだ……! ――アンタに! 家族を殺したアンタに復讐するために、
俺は!」
 刹那、インパルスの胸部チェーンガンが火を吹いていた。
 その声に怯んだからなのか。キラは驚き、思わずスロットルを緩めてしまった。
 シンはその隙を見逃さなかった。一気にフリーダムを突き放し、ビームライフルで何発
もビームを浴びせた。
 片やキラはビームサーベルを抜き、インパルスの放った直撃弾を全て弾いた。その奇
跡のような神業は、シールドを失ったが故の苦肉の策である。
 しかし、その曲芸まがいが逆にシンの怒りの炎に油を注いだ。
 「アンタが殺したんだ! あの時! そのモビルスーツで! その手で! なのに……!」
 シンは全身を強張らせた。怒りが強すぎて、身体の震えが止まらない。
 「討ちたくないとか、戦争の道具(モビルスーツ)使って甘ったれたことを抜かすなあっ!」
 シンは涙していた。こんな、戦争に対する覚悟も持たない人間に家族を殺されたのかと
思うと、悔しくて仕方なかった。

64 :
支援

65 :
 ビームライフルを放り捨て、ビームサーベルを抜いてフリーダムに迫る。
 ビームサーベルで決着を付けることに、拘りたかった。そうでなければ、二年前にオノ
ゴロ島で死んだ家族の無念に報いることにはならないと思い込んでいた。
 「アンタに分かるか!? マユは腕だけで、血のにおいしかしなくて……あんなに……
あんなに元気だったのにいっ!」
 フリーダムはビームライフルで抵抗した。だが、最早シンに避けるという思考は存在し
ていなかった。シールドでビームを防ぎつつ、一直線にフリーダムに迫る。
 キラの狙い済ました一撃が、インパルスの左肩間接を射抜いた。しかし、左腕がもげ
落ちようとも、奥まで押し込んだレバーを持つ手は一切揺るがない。
 そして、インパルスの全加速を乗せた体当たりが、フリーダムに炸裂した。
 凄まじい衝撃がシンを襲った。ベルトが骨を軋ませるほどに食い込み、その激痛に思
わず顔を顰めた。しかし、シンはその痛みを気力で即座に克服した。
 フリーダムは雪面に倒れたのだ。またとない好機が、そこに転がっている。痛がってい
る暇など、一瞬たりとも無かった。
 「逃がさない! みんなのカタキだーっ!」
 フリーダムに向かって、大きく跳躍した。その怒りと憎しみの全てを刃に乗せて、シンは
フリーダムに止めを刺すべく躍り掛かった。
 「……あぁっ!?」
 だが、次の瞬間、シンを待っていたのは仇討ちの成就ではなく、自らに向けられた銃口
だった。
 それは、怒りに身を任せたが故の不覚だった。必要以上の大きな跳躍はキラに十分な
時間を与え、逆転を許す好機を献上する結果となった。
 インパルスは既に落下軌道に入っていた。全開のバーニアに自重を乗せた加速は、今
さら軌道を変えることも叶わず、ただ一直線にフリーダム目掛けてビームサーベルを振り
かぶる。その先に待つ、絶対的な死の予感を与えながら。
 シンの顔が凍りつく。波が引くように怒りが消えていき、そして、次に押し寄せてきた大
波は、心の全てを支配してしまうほどの絶望だった。
 (俺も、殺されるのか……?)
 避けようのない死を前に、シンは慄然とした。
 (父さん、母さん、マユを殺したのと同じ奴に……)
 ――復讐からは何も生まない。ただ、虚しさを煽るだけなのだ
 いつかのシャアの言葉が、脳裏を掠めた。
 (復讐に、殺される……)
 それが憎しみに身を焦がした者の末路なのか。悟ったシンの瞳に映るフリーダムの銃
口には、躊躇いは感じられなかった。
 キラに狙いを定めている余裕は無かった。ただ、撃たなければ自分が死ぬ。ハッキリし
ているのは、それだけだった。そして、それを意識した時、キラの指は自然とトリガースイ
ッチに添えられていた。
 (迷っている暇は……!)
 照準は、インパルスの中心を収めていた。キラは、躊躇う自分が出てくる前にボタンを
押した。
 しかし、フリーダムがビームを撃つのと、グフ・イグナイテッドがインパルスを突き飛ばし
たのは同時だった。キラの視界からは白いシルエットが消え、代わりにオレンジの陰が
紛れ込んできた。
 一閃のビームが、グフ・イグナイテッドの脇腹を貫いた。一瞬、時間が制止したかのよ
うな静寂に包まれた。
 そして次の瞬間、まるで世界が一気に色褪せていくような感覚がした。シンは、その中
でハイネの声を聞いた。

66 :
 ――お前は、復讐鬼なんかじゃねえ。ミネルバ隊所属のザフトレッド、シン・アスカだろ
うが
 シンの瞳の中で、グフ・イグナイテッドは内側から弾けるように散った。
 
 ――その瞬間、誰かが肩を叩いたような気がした。
 「ハイネ……!?」
 シャアは、それでハイネが逝ったことを悟った。
 相手はバルトフェルドのムラサメだった。いい腕をしていたが、機体の性能差は明白だ
った。シャアは今やバルトフェルドを追い詰める寸前にまで至っていた。
 ハイネが逝ったのは、そんな時だった。シャアは一人、人知れず奥歯を噛んだ。
 (分かっている、ハイネ……)
 横合いからのビーム攻撃を受ける。明らかにバルトフェルドを援護する攻撃だった。シ
ャアはそれをひらりとかわし、カメラを射線元へと向けた。フリーダムである。フリーダム
はシャアに掣肘を加えると、バルトフェルドのムラサメを伴い、アークエンジェルへと後退
していった。
 
 インパルスはグフ・イグナイテッドの残骸が落下した地点で佇んでいた。その足元で、シ
ンが四つん這いになって全身を震わせていた。
 シャアはセイバーを着陸させ、機体を降りた。シンは気付いているだろう。しかし、人目
も憚らずに嗚咽を漏らし、むせび泣いていた。
 「俺が……俺が身勝手なことばっかりやって……ハイネの言うことも聞かずに、憎しみ
でフリーダムと戦ったから、ハイネは……っ! 俺は……何で……っ!」
 焼けて黒焦げになった残骸が余熱で雪を溶かして、その周りだけ黒い地肌が露出して
いた。
 シャアはバイザーを上げ、重く圧し掛かるような曇天を仰いだ。つらつらと降る雪は、や
がてそんな残骸やシンの涙でさえも覆い隠していくのだろう。無常だな――シャアの呟き
は、誰にともなく囁きかけられた。
 「シン。君は、ハイネの遺志を継いでいかなくてはならない。君は、彼に生かされたのだ
から」
 シンは、暫くは立ち上がれそうになかった。いま少しの間は、それで構わないと思う。悔
いる心が無ければ、シンはきっと同じ過ちを繰り返す。
 しかし、戦士である以上、いつまでもこのままにさせておくわけにはいかない。例え自力
で立ち上がれずとも、無理矢理にでも立ち上がらせるつもりでいた。それが、ハイネとの
約束でもあるからだ。
 だが、そんなシャアの思いは杞憂に終わった。シンは不意に立ち上がると、シャアに促
されるでもなく、自らインパルスに向かった。
 その掌(たなごころ)に、銀色の羽を抱いて……
続く

67 :
以上、第十四話です
また名前欄表記間違えました
>>55
4/13→3/13です。失礼しました
それでは

68 :
GJ!!

69 :


70 :
投下おつー
Ζがいままで変形してなかったというのは驚き
出番のない↓から離れた後フライングアーマー排除してたけど今付いてるのは……?
 /i]  /h
 ||  / ム
 |ヽ/;´Д`)_ <ポンポンえぐられて痛いの……
 「( つ = ,rュ =)つ
  /   ヽ 、ヽ 、\
 /___hl__hl__ノ
  (___)、__)

71 :
前スレ埋まったけど締めのAAってキュゥべえ+キュベレイでキュゥべレイ?w

72 :
>>70
白状しちゃうとその辺の整合性はかなり怪しいです
一応説明はできるんですけどやっぱり力量不足によるご都合主義に集約される気がするので
できれば見逃していただきたいと……(;^ω^)
そんなわけで第十五話「潮目が変わる時」です↓

73 :
 ミネルバに帰還したシャアは、重苦しい空気を感じていた。
 「あの……」
 セイバーを降りるとルナマリアが駆け寄ってきて、遠慮気味に声を掛けてきた。
 シャアは、ゆっくりと首を横に振った。
 「ハイネは、もう戻ってこない」
 言うと、「やっぱり、そうなんですか……」とルナマリアは肩を落とした。
 シャアは、先にモビルスーツデッキに戻っていたインパルスの方を見やった。インパル
スからはシンが降りていたが、友人のメカニック以外は気を使ってか、誰も近づこうとし
ない。
 そのシャアの目線に気付いて、ルナマリアもシンの方を見やった。シンは視線を下に
落とし、ヴィーノやヨウランの慰めにも答えずに覚束ない足取りで歩いていた。
 「シンは疲れている」
 ふと話しかけられて、ルナマリアはシャアの顔を見上げた。
 「君も、力になってやってくれ」
 シャアは目でルナマリアを促していた。ルナマリアは、「はい……」と小さく頷くと、躊躇
いながらもシンの所へと歩み寄っていった。
 シャアはその背中を見送りつつサングラスを掛け、一つため息をついた。
 「クワトロさん」
 立て続けに声を掛けられる。レイだ。
 「少し、よろしいですか? フリーダムのことで相談があるのですが」
 レイは真っ直ぐにシャアを見据えていた。悲嘆に暮れるミネルバにあって、レイの眼差
しだけは既に前を見ていた。
 「……分かった。着替えたら行くよ」
 シャアはそう応じて、モビルスーツデッキを後にした。
 
 
 スティングはカミーユを観察していた。
 アウルはまだ気付いていないだろう。感受性の高いステラは気付いているかもしれな
い。――カミーユは、記憶を取り戻したのではないだろうか。
 接している態度はそれまでと変わらないように映る。しかし、それは見せ掛けで、以前
と比べて安定したというか、言葉では表現できないような違和感を覚えた。何とはなしに、
雰囲気が変わったような気がしたのだ。
 我ながら情けない推論だとスティングは自嘲した。しかし、カミーユの不安定な言動が
鳴りを潜めたのは確かで、それが意味するのはやはり、記憶の回復ではないだろうかと
思った。
 恐れているのは、カミーユが何かを仕出かした場合である。例え記憶が戻ったのだとし
ても、今まで通りでいてくれるのなら良し。逆に、逆上して報復しようとするのなら、その
時は始末しなくてはならなくなる。それはスティングの本意ではない。ステラは勿論、アウ
ルとて表面上はカミーユを嫌って見せてはいるものの、内心では仲間意識を持っている
はずである。できれば、このまま何事もなく平穏無事に済んで欲しい――それが、偽らざ
るスティングの本音だった。
 スティングはタイミングを見計らい、カミーユと接触した。思い切って真相を問い質そうと
思ったのだ。カミーユは至って普通のナチュラルである。特殊な訓練を受けたエクステン
デッドであるスティングならば、何かあっても徒手空拳でどうとでもできる。
 カミーユは最初、神妙なスティングの態度を怪訝そうに見ていた。しかし、スティングが
躊躇い、言いよどんでいる間に何かを察したのか、不思議なことを言い出した。
 「分かってる」

74 :
 以前からカミーユは不思議と勘が良く、時々、心を見透かすかのような不思議な目をす
ることが間々あった。ステラは、そんなカミーユのミステリアスな部分に強く興味を抱き、
アウルもそのことには何とはなしに気付いていた。今、更にその色が濃くなったように感じ
られる。
 スティングはぶしつけに訊ねた。
 「お前は誰だ? 俺の知ってるカミーユか、それとも、知らねえ誰かか」
 「……どう、言えばいいんだろうな」
 カミーユは少し言いにくそうに答えた。
 「色々、思い出したんだ。僕はこの世界の人間じゃないし、だから、Ζもみんなのモビル
スーツとは違う。でも、みんなと一緒に戦ってきた記憶はある」
 スティングは話を聞きながら、当初のことを思い出していた。
 カミーユが“ゆりかご”による記憶操作を受ける前に、一通りの尋問は行われていた。そ
んな中、調査が進んでいく内にΖガンダムの驚異的な技術が判明し、一時は衝撃と興奮
に包まれた。しかし、Ζガンダムに使われている核融合炉を制御する技術の解析が困難
で、その複製がほぼ不可能であることが判明すると、次第に興味が失われ、持て余すよ
うになった。
 そして浮上したのが、Ζガンダムとカミーユの処遇の問題だった。得体の知れないカミ
ーユを、上層部は危険と判断するかもしれない。何と言っても、ファントムペインはロゴス
の直属である。カミーユが怨敵であるコーディネイターと同等と見なされれば、どんな下
命があるか分かったものではなかった。
 そこでネオは隙を見てカミーユの記憶を改竄し、早々と自軍の戦力に組み込み、上層
部が判断を下す前にカミーユの安全性を証明しようと手を打った。
 その後は改竄されたカミーユの記憶に合わせてスティングたちが振る舞い、今まで何と
かやってきた。だが、そんな付け焼刃の関係が、いつまでも続くわけがなかった。所詮、
始まりはネオの苦し紛れの温情でしかなかったのだから。
 ネオはお人好しな男であるとスティングは思う。いくら記憶を改竄しても、得体の知れな
いカミーユを自軍に組み込むなど、いつ爆発するかもしれない爆弾を抱え込むようなもの
だ。上層部に処理を任せていたら、カミーユが何をされていたか分からないにしてもである。
 しかし、人間とは分からないものだった。最初は面倒でしかなかったカミーユの存在が、
共に戦いを潜り抜ける中で、いつしか仲間と呼べる存在になっていった。
 これも、カミーユが持つ不思議な雰囲気の影響だろうか――
 (作為的な意図を感じるぜ……ネオ辺りのな……)
 スティングは目の前のカミーユに意識を戻した。
 「お前はベルリンから撤退する俺たちについて来た。じゃあ、これからも俺たちと一緒に
戦っていくのか?」
 「それは……」
 カミーユは言いよどんだ。少しでも翻意を示せば、すぐさま取り押さえなければならない。
 (大人しく従っとけ! そうすりゃ、お前は今まで通り俺たちとやっていけんだ……)
 高まる緊張。その緊張が伝わってしまったのか、カミーユは少し強張りながらも、しか
し、尚も強い意志を秘めた眼差しを変えなかった。
 「大佐次第だ。これから会ってくる」
 カミーユは背を向け、歩き出した。スティングは、その後姿に強い決意が秘められてい
るように見えた。
 「カミーユ!」
 咄嗟に声を掛けたスティングに応じて、カミーユは足を止めた。
 「俺たちは、お前のことを仲間だと思ってるぜ。アウルもあんなだけどよ、内心ではそう
思ってるはずだ。お前がいないと、ステラも寂しがるしな。ネオもそんなに悪い奴じゃねえ
し、いい結果が出ることを期待してるぜ」

75 :
 カミーユは顔を振り向けて、「ありがとう」と言ってまた歩き出した。
 スティングはそれを見送ると、「歯が浮くぜ」と自分で言ったことに照れた。
 
 対決の時。カミーユが考える選択肢は、二つあった。一つは、このままファントムペイ
ンの一員としてやっていくこと。そして、もう一つはミネルバのシャアと合流するという道
であるが――
 全てはネオ・ロアノークという人間次第であった。カミーユは、勝手に記憶を操作された
ことに対して、少なからずの憤りを覚えていた。そうするのがベストだったとしても、やは
りカミーユは許せないのである。奪われた記憶をだしに利用され続けた少女を知ってい
るだけに。
 「大佐!」
 強い調子でカミーユは入室した。だが、その時ネオは何かの文書に読み耽っていて、カ
ミーユが入ってきても軽く手を上げて応じるだけだった。早々に読み終わりはしたのだが、
どうにもお座成りにされている気がして、カミーユとしてはあまり気分がよろしくなかった。
 「丁度いいところに来てくれたな」
 ネオはカミーユを見やると、僥倖とばかりに微笑んだ。カミーユはそれが鼻について、
「文句を言いに来るのを分かってて、ですか?」と詰るように聞いた。
 「何言ってんだ、お前? いいから、ちょっとこっち来い」
 ネオは、まだカミーユが記憶を取り戻したことに気付いていないらしい。それは無理か
らぬことなのだが、軽い態度のネオがどうにも鼻持ちならなかった。
 しかし、今ここで逆らっても取り押さえられるだけ。問い質してネオの真意を聞くまでの
辛抱だと割り切って、カミーユは大人しくネオの手招きに従った。
 ネオはその間に手元のコンソールパネルを弄って、ドアにロックを掛けた。
 (まさか、僕がやって来た理由に気付いて……?)
 カミーユは一寸、後方の出入り口を確認した。電動ドアだ。電気が通っている間は、ちょ
っとやそっとの人間の力では開かない。
 密室という空間が、否が応にも緊張感を高めた。自然と顔が強張った。
 しかしネオは、とぼけているのか、そんなカミーユの緊張した面持ちを怪訝そうに見なが
らも、徐に切り出した。
 「ベルリンではご苦労だったな。ところで、一つ頼みごとがあってな……これがちょっと
大きな声では言えないことなんだが――」
 「そ、そんなことより大佐!」
 カミーユは覚悟を決め、ネオの言葉を遮って思い切って声を荒げた。
 「な、何だよいきなり?」
 ネオは急なことに戸惑っていた。カミーユは機先を制するように、勢い込んで続けた。
 「大佐は、最初から僕を利用するつもりだったんですか!」
 「はあ?」
 「どういうつもりで僕の記憶に勝手してくれたのか、聞いてんです!」
 カミーユがデスクを力いっぱいに叩くと、書類の山が崩れて散乱した。
 それでネオは納得がいったのか、「ああ、なるほど」と気楽な感嘆を漏らしたが、すぐに
事の重大さに気付いたようで、途端に顔が引き攣った。
 「……あれ? お前、もしかして記憶が戻っちゃったりなんかしちゃったりしてる?」
 「戻りましたよ。戻ったから、こうして聞きに来たんじゃないですか!」
 「ちょ、ちょっと待て!」
 カミーユが拳を振り上げると、ネオは慌てて制止した。
 「悪かったとは思ってる。けど、ああでもしなきゃ、お前は何されてたか分かんなかった
んだぞ」
 「だからって、薬で眠らせている隙に記憶を弄る人がありますか!」

76 :
 「戻ったんだからいいじゃねえか」
 「そういう問題じゃないでしょ!」
 怒りの矛を収めようとしないカミーユに、ネオは愛想笑いを浮かべてお茶を濁すしかな
い。これは相当怒っているようだぞ、とネオは内心でどう切り抜けようかと考えを巡らせて
いた。
 ……結局、思いつかなかった。こうなったら力技である。ネオは姿勢を正し、威厳たっぷ
りに咳払いをした。
 「とにかくだ。無事、お前の記憶も戻ったわけだし、ここは一つ記念に私の頼みを」
 「何が記念ですか! 白々しい!」
 カミーユも馬鹿ではない。流石にごり押しは無理があったか、とネオは顔を顰める。
 しかし、だからと言って、言い含められるような言葉を持ち合わせているわけでもない。
かくなる上は、もう開き直るしか手は無いと観念した。
 「じゃあ、お前はどうしたいんだ?」
 だが、その開き直りが効を奏した。ネオが聞くと、カミーユは突然、言いよどんでしまっ
たのである。
 ネオはそれを見て、すぐに閃いた。
 カミーユは迷っている。ネオに文句を言いたい気持ちはあっても、本気でファントムペ
インを抜けたいと思っているわけではないのだ。
 (いや、違うな。この様子は、ステラたちに思い入れが出来てしまったと見える。なら…
…)
 そうと分かれば、正に僥倖。主導権はネオのものだった。
 ネオは、リラックスした様子で椅子の背もたれに身体を預けた。カミーユの腹が読めた
上での余裕である。
 その余裕が癇に障ったのか、カミーユは苦虫を噛み潰したような顔をして暫し沈黙した。
そして、悔しそうにしながらも、先ほどよりも控えめのトーンで徐に話し始めた。
 「……大佐の出方次第では、ミネルバに行ってクワトロ大尉と合流します」
 「俺が簡単に行かせると思うか?」
 「そりゃあ――」
 「それに、あんなことがあって、今さらミネルバがお前を受け入れると思うか? お前は、
奴らの面子を潰したんだぜ?」
 確かにネオの言うとおりだった。あの交渉の場で、一方的にステラを奪還するという暴
挙に及んだ。シャアはカミーユを信頼して交渉を持ちかけたはずである。それを、記憶が
戻りかけていながら、見事に裏切って見せた。そんな自分が今さら、完全に記憶が戻っ
たからといって都合よく受け入れられるとは思わなかった。
 カミーユの惑いは、ネオの思う壺であった。その純粋さは羨望に値する美点だとは思っ
たが、ネオはあえてそこにつけ込んだ。
 「お前が俺に対して疑いを持つ気持ちは分かる。勝手に記憶を書き換えられたんだ。俺
を信用できないのも、無理からぬ話だ」
 「当たり前です」
 きっぱりと言い切るカミーユに、「そりゃあ困ったな」とネオは肩を竦めた。
 「上司を信頼できない部下がいるようでは、部隊の士気に関わる。本来なら営倉にでも
ぶち込むところなんだが、しかし、俺にも落ち度があることは確かだ。――さてどうしたも
んかそうだじゃあこうしよう」
 わざとらしいネオの言い回しに、カミーユは戸惑いと苛立ちを募らせた。こっちは至って
真面目なのに、ネオの言い回しがからかっているように聞こえた。
 しかし、次に飛び出してきた言葉には、心底から驚かされた。
 「いっそのこと、オーブにでも亡命してみるかい?」
 「……はあ?」

77 :
連投規制喰らったのか?
とりあえず支援するわ。

78 :
 ネオが何を言っているのか、分からなかった。ネオは、果たして何を考えているのだろ
うか。仮面で隠された表情からは、今一つ、読み取れない。
 ネオはカミーユの反応を内心でほくそ笑みつつ、言葉を繋げた。
 「今しがた、解読が終わった。――お前とスティング、それにアウルとステラの四名を亡
命者として受け入れてもらえるようにな」
 ネオは先ほどまで読み耽っていたコピー用紙をひらひらと見せながら言った。カミーユ
はその用紙を受け取って、ざっとその内容を流し読みした。そこには、確かにネオの語っ
た内容のことが記されていて、文章の最後にはユウナ・ロマ・セイランの名前も記されて
いた。
 「これって……!」
 「現在のオーブは元首が空位の状態で、実権は宰相のウナト・エマ・セイランが握って
いる。その息子のユウナ・ロマに、約束を取り付けた。坊ちゃん気質の策略家だが、オー
ブの利益になることに関しては素直な人物だ。その点では信用していいだろう。奴さん、
最新式の核融合炉を搭載したモビルスーツを手土産に持たせるって言ったら、二つ返事
でOKしてくれたよ。ちょろいもんだぜ。どうせ複製なんかできっこねえのによ」
 得意気に語るが、饒舌なネオがカミーユはまだ胡散臭く感じていた。勝手に他人の記
憶を弄るような人物が、このようなことを考え付くはずが無いと勘繰っていた。
 「何故、そんなことを?」
 しかし、当然の疑問をぶつけた途端、ネオは急に神妙な面持ちになって、深いため息を
ついた。それまでの軽い調子から一転、酷く疲れたような、老成したため息だった。
 「今回の作戦で嫌になった――って言うのかな」
 そう切り出したネオの声色は、疲れ切っていた。
 「軍人としちゃ、失格だろうがな。だが、フリーダムの予想外の行動が無ければ、俺は危
うくステラやお前たちを見殺しにするところだった」
 後退命令が出されたのは、カミーユたちがまだ前線でデストロイを守っている最中のこ
とだった。ネオはベルリンの攻略が困難になったと見ると、参謀の意見を聞き入れ、全軍
の撤退を止む無く指示した。それは、カミーユたちが前線で取り残されていると知った上
での判断だった。
 ネオは、内心ではカミーユたちの全滅を覚悟していた。その上で、どのようにケジメを付
けて償うべきかも考えていた。だから、全員が戻った時には心底から安堵したし、同時に
現状に対しての限界も感じていた。
 そんな時、ふと頼ったのがユウナだった。ユウナは如何わしい人物ではあるが、少なく
とも道義心は持ち合わせていた。ネオはそこに縋り、Ζガンダムの核融合炉をだしに、亡
命者受け入れの確約を取り付けた。
 「ジブリールは、お前たちのことを兵器の一パーツ程度にしか考えていない。このまま
では、今度はスティングやアウルまでも同じような目に遭わされる。俺は、それが我慢な
らないんだ」
 カミーユはつらつらと語るネオの話を聞いていて、何故こんな人がファントムペインの
指揮官なんかをやっているのだろうかと、単純に疑問に思った。
 「だったら、そんな人が何で自分も逃げようと考えないんです?」
 ネオが本気で現状に嫌気が差したなら、自らも脱走しようと考えるはずだと思った。そ
れが道理だと思ったのだ。
 「それは違うぜ、カミーユ」
 しかし、ネオの考える道理は違った。
 「お前たちのケツを持つのが俺の役目だ。俺まで脱走しちまったら、俺以外の誰かが責
任を負わなきゃならなくなる。そりゃあ、筋違いってもんだろ」
 そう言って、ネオは小さく苦笑いをした。

79 :
 カミーユに、もうネオに対する不信感は無かった。これ以上の追及をする必要も無い。
記憶を改竄されたことも許そうと思った。ネオは信頼できる――そう思えるようになったの
である。
 「大佐の考えは、間違いじゃないと思います」
 カミーユが何気なく言うと、「小僧が生意気な口を利くんじゃないよ!」とネオに小突か
れた。
 「はい!」
 カミーユは素直に返事をした。
 
 
 フリーダムの整備に一区切り付け、キラはダイニングで遅めの夕食を取っていた。
 空腹を感じないのは、インパルスのパイロットに言われたことが気になっているからだ
ろうか。キラは軽めの食事にとキツネうどんを選んだのだが、それでも箸が進まなかった。
 「どうした。進んでないじゃないか」
 そう言いながら不意に隣に腰掛けてきたのは、カガリだった。
 「お前はちゃんと食べないと駄目なんだからな。パイロットは身体が資本なんだから」
 カガリは言いながら、丼を片手に海鮮丼を豪快にかき込んでいた。
 「私なんか、パイロットでもないのに二杯目だぞ。ブリッジの仕事をするだけでも結構
大変なんだから、お前はもっとしっかり食べなきゃ駄目だ」
 「それはそうだけど……食べ過ぎじゃない? 太るよ、カガリ?」
 指摘した途端、カガリは丼を置き、その手でキラの頬を抓ってきた。
 「い、いひゃいよ、カガリ!」
 「うら若き淑女に向かって何てことを言うんだ! このっ、弟の癖に、弟の癖に!」
 「淑女はこんな乱暴はしないし、丼を二杯も平らげたりはしないよ! それに、カガリが
姉だって決まったわけでもないじゃない!」
 カガリはキラの頬を千切るように放すと、箸を向けてきた。
 「とにかく食え。ベルリンの戦いが終わってから休む暇も無かったんだから、食える時
にしっかり食っとかなきゃ」
 「そうなんだけどね……」
 キラは痛みの残る右の頬を擦りながら、歯切れの悪い返事をした。
 実際、何かに勤しんでいた方が、身体はきつかったが、考え事をしなくて済む分、気は
楽だった。
 (彼は、二年前にオーブにいたって言ってた……)
 キラは、ふとカガリを窺った。カガリは何事も無かったかのように丼飯をかき込んでいる。
そのおいしそうに食べている姿に触発されたのか、急に空腹感が襲ってきた。
 キラは箸を持ち、丸呑みをするようにうどんを啜って、一気に汁まで飲み干した。ずしっ
とした重みが、胃を圧迫するように感じた。そして、景気をつけるように立て続けに水も飲
み干して、改めてカガリに向き直った。
 「カガリ、ちょっと聞いてもいいかな?」
 「何だ?」
 流石に二杯目はきつかったのか、カガリは三分の二ほど食べたところで箸を休めてい
た。味に飽きたのかもしれないな、とキラは思った。
 「二年前に連合がオーブに侵攻した時に、焼け出された難民がプラントに流れたことは
聞いたけど……」
 キラがその話を始めると、カガリの表情もそれに合わせるように神妙になった。
 「その中に、ザフトに入隊したって人はいるの?」
 そう訊ねると、カガリは徐に箸を丼の上に置いた。
 「シン・アスカと話したのか……」

80 :
 「シン・アスカ……それがインパルスの……」
 カガリは小さくため息をついた。
 「アイツは、理不尽に突きつけられた家族の死という現実に対して、今も苦しみ続けて
いる。それは、私やお父様のせいなのかもしれない」
 「カガリ……」
 「私は、どこか慢心していたのかもな。お父様の決断は正しい。話せば、きっと分かっ
てくれる……でも、そんなのは私の勝手な希望で、期待しちゃいけないことだったんだ。
私は、もっとアイツと正面から向き合わなきゃいけない。本当のオーブの元首として。…
…最近、強くそう思うんだ」
 カガリは言葉を切ると、コップの水を飲み干した。少し強めに置かれたコップが、タンッ
と乾いた音を響かせた。カガリの眼差しは真っ直ぐで、とても澄んでいた。キラは、そうい
うカガリはほっぺにお弁当を付けていても美しいものなのだと感じた。
 「彼は……シンは――」
 キラはカガリから目を転じ、壁掛け時計に目をやった。針は未来へと時を刻み続けてい
る。それを反対に回せたなら、とキラは思う。
 「家族が死んだ時、僕がその上で戦っていたらしいんだ」
 「キラ……けど、それは――」
 カガリは咄嗟に咎めかけて、眉を顰めた。キラはカガリが言いたいことを察して、「分か
ってる」と頷いた。
 「彼からその話を聞かされた時、二年前に僕が戦ったのは何のためだったんだろうって
思ったんだ。でも、人ってどんなに頑張ったって、結局は自分のできる範囲のことしかで
きないから。時間は元には戻せないし、人を生き返らせるなんてこともできない。それが
できるのは、神様だけだと思う。だから、僕は一人の人間として、今やらなくちゃいけない
ことを精一杯にやっていくよ。その中で、彼に報いる方法を探していくしかない……って、
カガリを見てたら思ったんだ」
 キラはそう言って、照れ臭そうに笑った。
 「キラ……」
 カガリは優しげにキラを呼ぶと、その肩に左腕を回した。突然のことにドキッとさせられ
て、キラは少しだけ身を強張らせた。
 「頑張れ。応援してる」
 キラはハッとなって、カガリを見た。
 「どんな時でも、私はお前の味方だ」
 少し顔を俯けていて、前髪が目元に掛かっていた。その下に隠れている金色の瞳は、そ
の同じ黄金色の髪に透けてキラを見つめていた。金色だからといって、眩いわけではない。
しかし、目を細めたくなるほどに綺麗だった。
 「私たちは、血の繋がった唯一の姉弟なんだから……」
 「カガリ……」
 カガリの言葉と声は、親愛に溢れていた。キラは、その優しさに温もりを感じた。キラも、
同じようにカガリの肩に右腕を回して、二人で肩を組んだ。
 「……カガリもね」
 カガリは、本当に姉なのかもしれないな、とキラは思った。
 
 
 手早く着替えを済ませて、シャアはシンとレイのシェアルームに向かった。呼び鈴を鳴
らしてドアを開くと、「お待ちしてました」とレイが出迎えた。部屋の中はレイが一人だけで、
シンはまだ戻っていないようであった。
 「こちらにお願いします」

81 :
 そう促されて、シャアはコンピューターデスクへと足を運んだ。レイが椅子に腰掛けて、
慣れた手つきでキーボードを叩き、データを呼び出した。シャアがそれを後ろから覗き込
む。
 「これは、これまでのフリーダムの戦闘データを纏めたものです」
 そう言ってシャアに提示した画面には、ダーダネルス海峡での戦いから今日のベルリン
での戦闘までのフリーダムのデータや録画が事細かに表示されていた。
 「仕事が早いな。それに、よくできてるじゃないか」
 「ありがとうございます」
 賛辞を送るシャアにも、レイはそれほど気が無いような返事をする。ただ見せびらかした
いわけではないらしい。
 「俺は、クレタの時に少しだけフリーダムと接触しました。結果は惨敗だったのですが―
―」
 レイは話しながらキーボードを叩き、次々とフリーダムのデータをシャアに示していった。
 「奴の狙いには、一定の法則があるのです」
 「腕や脚、頭など、致命傷にならない部位だけを狙うと言うのだろう?」
 すかさずシャアが答えると、「その通りです」とレイは頷いた。
 「フリーダムは基本的に、パイロットを直接Rような戦法は取りません。モビルスーツ
から戦闘能力だけを奪うのです」
 レイはモビルスーツのグラフィックモデルを呼び出して、各部位にこれまでフリーダムが
狙った箇所の割合を表示させた。直接武器を持つことが多い右腕部にやや偏りが見られ
るものの、その他の部位に関しては概ね均等に割合が分配されている。
 「この部分の1,1%というのは例外ですが――」
 レイは胴体部の数字を指し示して、前置くように言葉を挟んだ。それがハイネの受けた
分だということは、言うまでも無かった。
 「俺は、ここに打倒フリーダムの突破口があると考えます」
 レイはそう言うと、回転椅子を回してシャアに向き直った。
 見上げる視線には、鋭さがある。それが、単にハイネの弔いのためだけではないと思え
たのは、果たして考え過ぎだろうかとシャアは思った。レイは、シンとは違う次元でフリー
ダムに執着しているように感じられた。
 「フリーダムは、正式にプラントの敵と認定されたのだったな?」
 シャアは、含みのあるような言い方でレイの様子を窺った。しかし、レイは水を向けられ
ても表面上に反応を見せるようなことはしなかった。
 「……で、その突破口とやらは?」
 シャアが改めて聞くと、「ある程度の見当はついていますが……」と言いつつも、その詳
細をすぐには語らなかった。
 「その前に、このデータを見たクワトロさんの見解をお伺いしたいのです」
 「私に?」
 シャアが聞き返すと、「そうです」とレイは言って、再び画面に向かった。
 「あなたは赤服と同じ待遇を受けていて、立場上は俺たちと同等ですが、経験では遥か
に上です。それに、戦術眼もしっかりしていらっしゃる。そのあなたの見解を聞いて、俺の
考えの正否を確かめたいのです」
 「なるほど……」
 同等の立場であるレイの意見を先に聞けば、まだ多少の遠慮があるシャアは忌憚の無
い意見を言わないとレイは思っているのである。そして、それは正解であり、打倒フリーダ
ムの決意がなまじのものではないことを表していた。
 (やはり、レイはフリーダムに強い執着がある……)
 シャアはそう推測しながらも、背筋を伸ばして顎に手を添え、考えを巡らせた。

82 :
 レイが、その様子をジッと見守る。少しして、シャアは顎から手を放し、「インパルスだな」
と言った。
 「やはり……」
 レイはそう呟いて、画面に目を戻した。その反応を見て、レイも同じことを考えていたの
だな、とシャアもパソコンの画面に目をやった。
 「フリーダムがこの戦法で来るのなら、チェストとレッグのパーツを分離、合体できるイン
パルスの強みを最大限に発揮できる」
 「はい。シンは、今やフリーダムと肩を並べるほどの力を身に付けつつあります。しかし、
依然として機体性能差はあり、そうなるとミネルバの同時運用を考えなければなりません」
 「アークエンジェルは私が抑えるよ」
 シャアは、レイの懸念を先取りするように言った。レイは、そのシャアの自信過剰とも取
れるような言葉に頼もしさを感じていた。
 (ギルと同じ声なだけある。だが……)
 そう思っていながらも、レイはデュランダルとシャアの区別はついていた。
 (この人には、どこか怖いと感じさせられるものがある……)
 それが二人の決定的な違いであり、レイの実感であった。
 レイはもう一度シャアを見上げて、「問題は、パイロットであるシンのケアが次の作戦ま
でに間に合うかどうかです」と告げた。
 「シンは、メンタルに実力が左右される傾向があります」
 シャアは口を真一文字に結んでパソコンの画面に見入っていた。目元を隠すサングラ
スに画面の光が反射して、まるでサイボーグのような印象を受ける表情をしていた。
 (シンのことには興味が無いのか……?)
 そう頭の中で腹を立てていると、シャアは徐にレイを見やって、柔らかく微笑んだ。その
微笑が作り物のように見えて、レイは余計にデュランダルとの乖離を感じた。
 「シンに関しては、ルナマリアがどうにかしてくれるのを期待したいな」
 「ルナ……ですか?」
 思いがけない発言に、レイは思わず問い返していた。
 「ベッドの上と同じだよ。女の愛撫で、男は奮い立つものさ」
 シャアは同意を求めるように言ったが、レイは「はあ……」と生返事をするのが関の山だ
った。
 (見た目の割りに、品の無いことを言う……)
 レイは内心で毒づきながら、「シンとルナは、そういう関係なのですか?」と聞いた。する
と、シャアは笑って「だから、これからそうなるのを期待するのさ」と放言した。
 (全く……)
 レイは、何とはなしにうんざりした気分になって、そそくさとパソコンの画面を閉じた。
 「ありがとうございます。とりあえず、この作戦を煮詰めてシンに提案しようと思います」
 レイは、意識的に無機質なトーンでシャアに言った。だが、シャアは「うん。後は訓練次
第だと思うが――」と、辟易としているレイの気分にもまるで無頓着であるようだった。
 (俺が普段から抑揚の無い話し方をしているせいなのか……?)
 レイは、シャアが鋭いのか鈍いのか、分からなくなった。
 
 その後、レイはフリーダム攻略のための作戦をまとめ、それをシンに伝えるためにミネ
ルバ内を探しに回った。シンを見つけたのは展望デッキで、そこにはルナマリアも一緒だ
った。
 シンとルナマリアは並び立って鉄柵に寄り掛かっていた。入り口からその様子を窺って
いたレイは、その二人の雰囲気に、何とはなしに近寄りがたい空気を感じて、その場は声
を掛けずに立ち去った。

83 :
 (クワトロ・バジーナの無責任な期待が現実になろうとしている……?)
 男女間の機微が分からないのは、レイがまだ青いからさ――意表を突かれている自身
の胸の内を知られたら、きっとデュランダルからそんなことを言われるのだろうな、とレイ
は思った。
 レイはシンが一人でいるタイミングを見計らい、フリーダム攻略のプランを提示した。シ
ンはその作戦に強い関心を示し、早速特訓を開始することになった。
 
 ハイネの死から、まだ間もない。シンは、それを忘れるかのように一心不乱にシミュレー
ター訓練に打ち込んだ。それはハイネの弔いを終え、ジブラルタル基地に帰還してからも、
寝る間も惜しんで続けられた。
 
 そして、世界情勢が大きな変革を迎えたのは、その頃だった。
 
 デュランダルが地球圏全域に向けて繰り広げた大演説は、過日のモスクワから端を発
した東ヨーロッパにおける一連の戦闘を糾弾する内容だった。デュランダルの演説に乗せ
て使用される映像には主に戦闘記録が用いられ、街を破壊するデストロイの姿や街を占
拠する連合軍の様子が、恣意的に編集されて流されていた。
 ミネルバでもその演説の模様は放映され、ラウンジは大画面の前に詰め掛けたクルー
でごった返していた。
 「我々はこの残虐な行為に対し、敢然と立ち向かったのであります!」
 デュランダルは声高らかにそう謳い、聴衆に向けて強く訴えかけていた。
 だが、その映像には一つ、違和感がある。シャアはそのことに気付いて、デュランダル
の腹の黒さを推した。
 「変ねえ? フリーダムとかアークエンジェルが一度も映らないわ」
 近くで視聴していたルナマリアが、首を傾げて訝っていた。その隣で一緒に視聴してい
たメイリンも、姉よりも先に気付いていたらしく「そうよね、変よね」と同調していた。
 「おかしくないですか?」
 ルナマリアはシャアに振り返り、同意を求めてきた。
 「良くも悪くもあんなに目立っていたフリーダムが、全然映らないなんて」
 メイリンも釣られるようにして振り返り、シャアの答えに注目していた。
 シャアは一旦、画面からホーク姉妹へと目を転じた。そして、「フリーダムがベルリンで
何をしたかが問題だな」と切り出した。
 「それって、アレを倒した手柄をザフトが独り占めするのと同時に、その後にフリーダム
から受けた失態を隠蔽しようとしてるってことですか?」
 ルナマリアは流石に声を潜めて言った。シャアは頷き、「そういうことだ」と答えた。
 「余計なものは映さない。プロパガンダというものは、そういうものさ」
 「……そういうものなんでしょうか」
 シャアの解説に、メイリンは上手く納得がいっていない様子だった。ハマーンを知ってい
るシャアにしてみれば、そのメイリンの潔癖さは妙に幼く感じられた。
 「――それは違いますよ」
 その時、不意に背後から声が掛かって、シャアは咄嗟に振り返っていた。そこにはシン
が立っていて、その傍らにはレイの姿もあった。訓練に没頭していたからだろう。二人は
遅れてラウンジにやって来たようだった。
 二人とも、碌に休息もとらずに訓練に明け暮れているらしく、目の周りに隈が出来て黒
ずんでいた。シャワーもあまり浴びていないのだろう。髪は油でギトギトになり、ボサボサ
にとっ散らかっていて、一寸、ツンと鼻を突くような異臭がした。
 デュランダルの演説は、間断なく続けられている。

84 :
議長の演説はわかるとして亡命とな?支援

85 :
 「彼らは、同胞であるナチュラルに対しても、プラントに少しでも好意的な態度を見せれ
ば、躊躇い無くその手に掛け、見せしめにする!」
 弁を振るうほどに熱を帯びていく力強さには、自然と聴衆を惹き付ける力がある。その
力強さに気を引かれ、シャアは一旦、大画面へと目を戻した。
 自分と同じ声をした男が、全世界に向けて堂々と強弁を振るう。それは、シャアにとって
些かの気恥ずかしさを感じさせるものだった。ふと、演説をするデュランダルと自分を重
ねてしまった時、道化の自分が思い浮かんだ。それは、悩ましい想像だった。
 シャアはその悩ましさから逃れるように、再びシンに目を向けた。シンはくたくたの様子
でデュランダルの演説を聞いていたが、シャアの視線に気付くと、途端にキッとした力強
い眼差しを向けてきた。
 疲れ切っていても、紅い瞳にはギラついた貪欲な輝きがある。その貪欲さが、シンをボ
ロボロになるまで追い込んでいるのだろうな、とシャアは思った。
 「――何が、違うのかな?」
 演説が続く中、シャアは、ふと思い出したように問い掛けた。その声に気付いて、ルナマ
リア、メイリン、レイも次いでシンに目を向けた。
 「フリーダムは俺が倒すからです」
 シンはシャアをジッと見据えたまま、そう答えた。
 「これから消える存在を、わざわざ映す必要なんか無いでしょ」
 「アンタ、それ本気で言ってんの?」
 シンの強気な発言に、ルナマリアが思わず口を挟んだ。しかし、シンは相手にしない。
 「レイが考えてくれた作戦プランなら、必ずフリーダムを倒せる……俺は、そう確信して
ます」
 シンはそう言い切ったが、「けど……」と言葉を継いだ。
 「俺一人だけじゃ勝てない。アンタの助けも必要になる。だから……」
 シンの眼差しの鋭さは変わらない。しかし、その言葉から、シャアはシンが少し変わっ
たような印象を受けた。フリーダムへの拘り方が変わった――そんな感じがした。
 シャアは、ふとシンに訊ねた。
 「シン、一つ聞きたい。君は、何のためにフリーダムを倒そうとしている?」
 「俺がザフトだからです」
 シンは即答した。
 「フリーダムは、正式に敵になったんです。なら、それを倒すのが俺の使命です」
 シンの答えに、淀みは無かった。
 その時だった。演説を続けていたデュランダルが、更に一段階トーンを上げた。
 「――故に、彼らロゴスこそが戦争を煽り、長期化させている病理なのです!」
 同時に画面が切り替わり、ロゴスのメンバーの顔写真の一覧とプロフィール、それに所
在地の情報などが表示された。
 「彼らは戦争を利用し、暴利をむさぼって私腹を肥やすことしか頭に無い! それも経
済活動の一側面でしょうが、しかし、彼らは異常なのです! 金儲けのためなら、人が何
人死のうが構わないと思っている! その最たる例が、先日のモスクワ、ワルシャワ、ベ
ルリンなのです! そして、彼らが存在する限り、戦争は影で彼らの都合のいいように操
られ、永遠に繰り返されていくのです! つまり、彼らを打倒しない限り、我々に真の平和
が訪れることは永久に無いのです!」
 デュランダルは大袈裟に身振り手振りを交えて謳った。
 「私は、平和を志す者として、ナチュラルとコーディネイターの垣根を越え、地球の方々
に共闘を申し入れたい! 平和を希求する気持ちは、本来、人類全てが共有する不変の
価値であり、私はそれを信じております! 世界が正常であるために、不自然に争いを助
長する存在を許しておいてはならない! ですから――……!」

86 :
 デュランダルの演説は続いていたが、シャアはシンへと目を戻した。レイ、ルナマリア、
メイリンはまだ画面に見入っていたが、シンはシャアに気付いて目を合わせてきた。
 「作戦通りにやれば、フリーダムには勝てます。でも、俺にはまだそれをやれるだけの
実力が伴ってない」
 シンはそう言うと、やおら頭を下げてきた。
 「アナタを見込んで、お願いします。俺の訓練に付き合ってください」
 突然のことに、シャアは少なからず驚かされていた。こんな殊勝な態度を取る少年が、
本当にあの癇の強いシン・アスカなのかと。
 「アンタなら、俺に足りないものが何なのか、分かるはずだ」
 「実は最近、煮詰まっていたんです」
 レイが付け加えるように言う。
 「そこで、経験が豊富で実力も確かなクワトロさんにアドバイザーをお願いしようと」
 「そうなのか」
 シャアはシンの肩を叩いて、頭を上げさせた。
 シンは顔を上げると、尚もシャアに期待の眼差しを向けた。寝不足と疲労で酷い顔をし
ているが、目にだけは力が宿っていた。その瞳がいやに純粋で、シンは本来、心根の素
直な少年だったのだろうなと想像させられた。
 「……分かった」
 シャアはそう答えて、微笑を浮かべた。
 「どこまで力になれるか分からんが、少しでも君の役に立てるなら、協力することにや
ぶさかではない」
 「じゃあ――」
 しかし、了承を得られて気が逸るシンを、「その前に」と言ってシャアは制した。
 「君はまず、休息を取る必要がある。体調を整えるのも、パイロットの重要な仕事だ。い
ざという時に戦えないのでは、話にならないのだからな」
 「でも――!」
 「休息を取らないと言うのなら、協力することはできんぞ?」
 シャアが勧告するとシンは反発しかけたが、口には出さずにそのまま言葉を飲み込ん
だ。
 素直な部分と癇の強い部分がせめぎ合っているのだろう。そんな暇は無い、と言いたげ
だったが、不満は態度に出すだけで、それ以上は控えていた。それは、大人の妥協と子
供の我侭が同居する、思春期の葛藤と似たような印象を受けた。
 (少年なのだな……)
 シャアはそう頭で呟いて、何を当たり前のことを考えているのだと思った。戦争の中の
兵士という姿がシンの実像を歪めて、見る者に錯覚を起こさせている。シャアは、一人前
の兵士として扱うのが前提ではあるが、シンの本質はまだ十六才の少年なのだというこ
とを忘れないで置こうと思った。
 「それに、根を詰め過ぎても、いい訓練は出来ない」
 シャアはそう付け足して、口をへの字に曲げるシンを宥めた。
 「騙されたと思って、年配の言うことを聞いてみるのも悪くないだろう」
 「はい、騙されます」
 それは、せめてもの抵抗だったのだろう。シンはゴネても無駄だと悟ったようで、そう言
い捨てて大人しく引き下がった。

87 :
 「あまり無理をさせないようにな」
 引き上げるシンに追随しようとするレイを咄嗟に呼び止めて、シャアはそう言い聞かせ
た。レイは黙って頷き、シンの後を追った。
 「全く、無理ばっかするんだから。加減ってものを知らないのよ、アイツ。バカなのよね」
 ルナマリアはシンがラウンジを出て行ったのを確認してから、愚痴っぽく言った。そうい
う風に毒を吐きながらも、何だかんだで心配になって、後でシンの所へ行くのだろうなと
シャアは思った。
 デュランダルの演説は、いつしか終わっていた。大画面はチャンネルが切り替わってい
て、各メディアがこぞって特別編成枠を設け、今しがたのデュランダルの演説に関する特
集を組んでいた。シャアはそれを横目で見やって、これから世界は変わっていくのだろう
と予感した。
 
 シャアの予感どおり、その後、世界の世論は大まかに二分された。すなわち、デュラン
ダルの意志に賛同した反ロゴス派と、ロゴスを支持するロゴス派の二つである。後者は大
西洋連邦が主体で、戦力もその強大な国力で相当数を備えていたが、勢力的には圧倒
的に前者の反ロゴス派が上回っていた。
 そして、やがて地球圏各地で反ロゴスを掲げた暴動が起こり始めた。国の方針でロゴス
のメンバーを逮捕する措置をとる一方で、暴徒と化した民衆がロゴスのメンバーの屋敷に
詰めかけ、惨Rる事態にまで発展する騒ぎも起こった。
 同時にロゴス関連企業株が連日のストップ安で大暴落を起こし、その影響は曖昧な噂
でロゴスと関連付けられた銘柄にも及んだ。世界の平均株価はものの数日で大幅に下が
り、危機感を煽られた投資家たちは資産の引き上げのために投機的な売りを仕掛け、平
均株価の下落に更に拍車を掛けた。当然、為替相場にもその影響は及んだ。主にロゴス
関連企業を多数抱えている国は、平均株価の下落に伴って通貨が次々と売られ、暴落。
一方、健全と目され、安全資産とされる通貨には買いが殺到し、瞬く間に暴騰して市場は
混乱した。
 これらを受けてロゴス派は、世界恐慌を引き起こした責任は全てデュランダルにあると
して激しく非難する内容の声明を発表し、事態の沈静化に腐心した。しかし、革命という
アルコールに酔った民衆の耳には届かず、その時代の大きな潮流は最早、止められな
い領域にまで達していた。地球圏は、混迷を極めつつあった。
 デュランダルは、この混迷を変革のための痛みであると捉えていた。後世の歴史家か
らは、結果論的に今のこの状況を揶揄されたり批判されたりするだろうが、それは甘んじ
て受ける覚悟だった。暴君と誹られようが愚者と罵られようが、とにかく誰かが時代を動
かすきっかけを作らなくてはならなかった。デュランダルの、命を賭した大勝負だった。
 
 反ロゴスの大きなうねりは、パンデミックするように世界全体に拡がっていく。そんな中、
密かに一つの作戦が実行されようとしていた。エンジェルダウン――ザフトによるアーク
エンジェル討伐ミッションであった。
続く

88 :
最終チェックとさるさん回避のために投下にある程度時間をかけております
あしからず
それではまた次回

89 :
GJ!!

90 :
GJ
やはり面白い
特に年配の大人の雰囲気をクワトロ大尉がSEED原作にない部分をうまく補完してる気がします

91 :
作者氏はシャアのダメ人間ぶりもかなり容赦なく書いてなさるが
それでもなお一応ひとかどの大人に見えるというのは何度も言われてるが
つくづくCEの精神的大人の不足が酷いかってことやね。
それにしても…カミーユ含めて4人がジブ公の手から逃れられそうなのはいいけど
もしもエンジェルダウン作戦か何かで悪いタイミングで鉢合わせしたら…
TVより厄介なことにならなきゃいいけど。

92 :
視聴者はある意味で神の視点でもって物語を見ているので粗が目に付きますが
作中の人物たちからはシャアは一見するとかなり出来る男に見えているはずです
しかし、中にはシャアの粗に気付くキャラもいるわけです
そこを色々なキャラに突っ込まれたりしながら主人公格になったΖで出番が増えたシャアはかなり株を落としたわけですが
だからこそイケメンなのに隙だらけのシャアは愛すべきキャラなのだと個人的には思います
そういう一見出来そうな男のシャアが主に女性キャラの視点から内面の隙を看破されていく(いじられる)という
描写を作中でちょこちょこ入れてるつもりですが別にシャアを特別disってるわけじゃないのであしからず
という言い訳じみた前置きをしつつ第十六話「戦士の刃」です↓

93 :
 指をグローブの奥までしっかりと差し込む。使い込まれたそれは、シャアの手に良く馴
染む。
 格納庫では、セイバーがいつもの場所でいつものように佇んでシャアが来るのを待って
いた。
 コアスプレンダーのところには、まだメカニックたちが屯っていた。その周りには何セッ
トかのチェストとレッグの各パーツが所狭しと並べられている。ジブラルタル基地から積
めるだけ積んできた、インパルスの予備パーツである。それを一つ一つ指差しながら、
主任であるマッドが最終確認を行っていた。
 「シンは?」
 シャアは補助の為に格納庫に降りていたレイを呼び止め、ふと訊ねた。
 「まだですが」
 「うん。まだ時間はあるが……」
 「ブリッジに確認を取ってみます」
 そう言って、レイは通信端末を取り出した。
 それから暫くして、息を切らせたメイリンが格納庫に飛び込んできた。
 「シン、まだ、来て、ません、か」
 膝に手をついて途切れがちに言葉を並べるも、メイリンの言葉に頷く者は誰も居なかっ
た。
 「もう、どこほっつき歩いてんのよ!」
 メイリンはヒステリックに声を上げて、通信端末の発信ボタンを連打した。
 艦内を駆けずり回って探したが、見つからなかったようだ。各自、即座に連絡が取れる
ように通信端末を持たされているのだが、メイリンの様子を見るに、どうやらシンは全く応
答しなかったらしい。
 シャアは、ふとルナマリアの姿も見えないことに気付いて、彼女に連絡を取ってみたら
どうだ、と提案した。しかし、メイリンも既にそれは試したようで、ルナマリアも応答しなか
ったことが分かっただけだった。
 「おねーちゃんがシンをたらし込んでるんですよ!」
 メイリンは放言するが、その言い方はどうかとシャアは思う。二人が一緒にいることは
自然なことで、もっとロマンチックなものなのだ――と言おうとしたが、今のメイリンにそ
れを言うのは危険な気がして、シャアは言葉を慎んだ。
 「あと少しで時間だぜ!」
 マッドが腕時計を神経質に指で叩いて、シンはまだか、といったニュアンスで言った。
メイリンはその声に慌てて、「もう一回、捜してきます!」とモビルスーツデッキを飛び出
そうとした。
 シンとルナマリアが連れ立って現れたのは、丁度その時だった。
 「おねーちゃん!」
 メイリンは思わず声を荒げてルナマリアに詰め寄った。しかし、ルナマリアはあっけらか
んとした態度で、「何でメイがここにいるのよ?」と首を傾げる始末。
 「だ、誰のせいでこんなに苦労したと思ってんのよ!」
 これには流石にメイリンも腹を立て、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
 「どこ行ってたのよ! ずっと呼び出してたのに、何で応答しないの!? 御法度だって、
アカデミーで厳しく教えられたよねえ!?」
 「時間には間に合わせたんだから、いいじゃない」
 確信犯だったのか、悪びれる様子も無く答えるルナマリアに、「そういう問題じゃないでし
ょっ!」とメイリンは激しい非難の声を上げた。

94 :
 「大一番の前だってのに、メイは元気がいいな」
 格納庫の天井は高く、声が良く通る。メイリンの怒鳴り声が反響しているのを聞きなが
ら、シンはリラックスした様子でシャアの隣に立った。
 シンの顔には、笑みすら浮かんでいる。シャアはそれを見て、出撃前に良い時間を過
ごせたようだと察した。
 「調子はどうかな、シン君?」
 シャアは問いながら、シンの血色の良さを確認していた。
 「いいですよ。そっちは?」
 「まずまず、といったところかな」
 二人は向かい合い、がっちりと握手を交わした。
 「まずまず? ハマーンさんがいないからですかね」
 「そうだな」
 シャアは苦笑するように口角を上げた。
 「彼女の仏頂面が無いだけでも、随分と気が楽になる。いずれ、また顔を合わせなくて
はならんと考えると、やはり気は滅入るのだがな……」
 「へえ」
 シンは軽く肩を竦ませた。
 「いいんスか? そんなこと言って誰かに告げ口でもされたりしたら。怖いでしょ、あの
人」
 「その時は、君が今言ったことを告げ口して、巻き込ませてもらおうか」
 「おっと、くわばらくわばら」
 シャアの脅しにシンは慌てて口を塞ぎ、おどけて見せる。
 そうして冗談を交わしていると、やがて「時間だ!」というマッドの野太い声が響いた。
 シャアとシンは顔を見合わせ、頷きあった。
 「じゃあ、頼みます」
 「ああ。君の方こそ、期待している」
 二人はもう一度、握手を交わすと、それぞれの機体に向かった。
 シャアはその途中、ふとシンに振り返った。
 「なかなかいい顔つきになった。やはり……」
 シンはレイと一言二言交わすと、次にそれとなくルナマリアに向けて親指を立てて見せ
た。すると、それを見たルナマリアは今まで見せたことも無いような表情になって、コアス
プレンダーに乗り込むシンを心配そうに見つめた。
 (いいな……)
 彼らが遅れてやって来た理由を考えると、一人身のシャアは多少、羨ましくも思うので
ある。
 その時だった。不意に背後から、「クワトロさんもお気をつけて」と声を掛けられ、シャア
は咄嗟に振り返った。
 「ご活躍、期待してますからね!」
 振り返った先には、人懐っこい笑みのメイリンが立っていた。
 今しがたまでの姉に対するヒステリーは、既に鳴りを潜めていた。声を掛けてきたのは、
一人身のシャアを気遣ってのことだろう。姉がシンと良い関係になっていることを知って
いて、それを見つめるシャアの視線が侘しく見えたのかもしれない。
 それは大きなお世話であったのだが、しかし、社交辞令的にではあるにしても、出撃前
に貰う女性からのエールは悪く無いものだと思った。心優しい少女なのだ。
 シャアは、「ありがとう」と素直にメイリンに微笑んだ。そして、「君は、良い嫁さんになる
んだろうな」と付け足した。

95 :
 「じゃあ、クワトロさんが貰ってくれます?」
 「ん? いや……」
 思いがけない返しをされて、シャアは不覚にも少々照れてしまった。
 それを見たメイリンが、「うふふ」と悪戯っぽく笑う。
 「冗談です。私、もう戻りますね。またスクリーン越しに会いましょう」
 そう言ってウインクをすると、メイリンは急いで艦橋に駆け戻っていった。
 シャアはため息をつくと、それを最後まで見送ることなく、周囲から顔を隠すようにヘル
メットを被り、セイバーに乗り込んだ。
 「女性は見た目に拠らないものだが……手玉に取られて……」
 小娘を相手にだらしない大人だ、とシャアは自嘲した。
 
 
 アークエンジェルは、雪山の谷を縫うように進んでいた。
 ベルリンでの戦闘が終わった後から、頻繁にザフトの追撃を受けていた。現在もザフト
に捕捉されている状態で、既に何度かの攻撃を受けていた。いずれも本格的な攻撃とは
言えなかったことから、ラミアスは嫌でも何らかの意図を感じずにはいられなかった。
 「誘われてるな」
 「ええ、確実に……」
 バルトフェルドの独り言に、ラミアスが答える。二人の見解は一致していた。
 これまでの散発的な攻撃を鑑みるに、ザフトがアークエンジェルをどこかに誘き出そう
としていることは明白だった。そして、その先で待っているものの見当も、粗方ついていた。
 「多分、ミネルバでしょうね」
 ラミアスの推測に、バルトフェルドは同意して頷いた。
 「十中八九な。面倒なことになる」
 うんざりした言い方に、これから繰り広げられるであろう激戦の予感が漂った。
 アークエンジェルとミネルバの能力は、ほぼ互角であるとの見立てがあった。それに付
け加えて、インパルスがベルリンでの戦闘においてアークエンジェルのストロングポイン
トであったフリーダムに匹敵する存在にまで急成長していた。それは、一同にとって最大
の誤算だった。
 だが、懸念はそれだけではない。
 バルトフェルドが気を揉んでいるのは、セイバーの存在であった。地味ながら確実な仕
事をこなすセイバーの存在は、その対応を迫られるバルトフェルドにとって頭の痛い問題
だった。腕前で負けるつもりはないが、機体の性能差は如何ともしがたい。
 あれは相当なベテランだとバルトフェルドは睨んでいた。きっと、二年前の戦争の時か
ら活躍しているパイロットに違いないと推測した。
 ところが、どれだけ当時のザフトの記憶を辿ってみても、そのような凄腕で年季の入っ
たパイロットの見当が、皆目つかなかった。
 「……何者だ?」
 バルトフェルドの誰にとも無く発せられた呟き。耳にしたラミアスは、それが何を意味し
ているのか分からなくて、首を傾げていた。
 「――全く。ユウナの奴の言うとおりにしたらこれだ」
 唐突にぼやいたのは、先ほどからレーダーと睨めっこをしているカガリである。
 レーダーはニュートロンジャマーのジャミングの影響で多少は乱れていたが、数キロ程
度までならカバーできていた。カガリが気に入らないのは、その範疇においてさえも、複
数のザフトが潜んでいることが確認できる点であった。

96 :
 「デュランダル議長の演説のお陰で、ユウナの艦隊は本国帰還の名目が立ったんだ。
けど、ベルリンからこっち、ザフトが追撃を掛けてきて私たちは逃げ回ってばっかりだ。こ
れじゃあ、ほとぼりが冷めるまでスカンジナビア王国に匿ってもらうこともできやしない」
 カガリは愚痴を零しながらパネルを操作し、各監視カメラが捉えるザフトの追撃部隊の
様子を確認した。ザフトは、今は攻撃の手を休めていて、仕掛けてくる様子は見られない。
 「そもそも、ザフトは私たちをどうするつもりなんだ? どういうつもりで私たちを攻撃する
んだ?」
 疑問を呈すると、「そりゃあ、色々してきたんだもの」と反対側の席のミリアリアが答えた。
 「狙われて当然よ」
 あっけらかんと言うミリアリアに同調して、「無茶やってきたもんなあ」とチャンドラが遠い
目をした。
 「そうかも知れないが……」
 カガリは反論しようとしたが、諦めた。どう言い繕ったところで、これまでアークエンジェ
ルが行ってきたことは、本人たちの思惑はともかく、言い逃れできない暴挙と見なされて
も仕方の無い行為だったのだから。それは認めざるを得なかった。
 「まさかユウナの奴、私を亡き者にしようとして……」
 呟くように言うと、それを打ち消すように、「疑いたくなる気持ちは分かるが、そいつは後
にしてくれ」とバルトフェルドが言った。その引き締まった声色に、艦内に緊張が走った。
 「――お出でなすった」
 轟く警報。示し合わせたように各員、背筋を伸ばし、自らの役割に没頭する。短いイン
ターバルを挟んで、再びザフトの攻撃が開始されようとしていた。
 
 ザフトは相変わらず散発的な攻撃を仕掛けてくるだけだった。キラが哨戒に当たってい
るが、遠方から撃ってくるだけで、本気でアークエンジェルを落とそうとしているようには見
えない。
 「こうしてくれてる内に逃げ切りたいところだけど……」
 そうはいかないだろうな、という予感はしていた。ザフトの攻撃はあからさま過ぎる。何ら
かの待ち伏せがあるのは、火を見るよりも明らかだった。
 攻撃が止むと、キラはフリーダムを空に走らせて周辺の索敵を行った。自分が先行して、
少しでも露払いをしておこうと思ったのである。
 しかし、結果的にそれが仇となった。
 「フリーダムのアークエンジェルからの離脱を確認」――追い込み役の斥候部隊からの
連絡を受け、静かに双眸を瞬かせる。雪の中に機体を埋め、メインカメラと砲口だけを覗
かせて、ジッと機会を窺う。正面モニターの灯だけが、煌々とコックピットの中を照らしてい
た。
 そこへ、フリーダムの接近を告げるアラームが鳴り響いた。絶対に見逃すまいと神経を
尖らせ、瞬きも惜しんでモニターを注視する。
 十秒が何倍にも感じられる感覚。焦れる気持ちを抑え、息を殺して獲物が現れる瞬間を
待つ。
 作戦経過時間を示すデジタルの数字が時を刻む。その秒の単位が何度目かのゼロを
繰り返した時、遂に雪山の影から飛翔するモビルスーツが姿を現した。――獲物だ。

97 :
 照準がそれを追尾する。逸る気持ちを我慢し、音も立てない細心の注意を払って辛抱
強く待つ。そして、照準が赤くなってロックオン表示が出ると同時に、それまで抑えていた
気持ちを吐き出すように躊躇い無くトリガースイッチを押した。
 瞬間、二条の強力なビームがフリーダムに襲い掛かった。
 だが、押し留めていたはずの殺気は、キラに伝わっていた。静か過ぎることを訝ったキ
ラは、それが発射される直前に砲門の存在に気付いていた。そして、辛くもビームをかわ
したのだ。
 ビームは山肌に当たって積もった雪を溶かし、岩肌を派手に砕いた。直撃していれば、
いかなフリーダムといえど一貫の終わりだっただろう。
 キラには射手が何者であるかが分かっていた。それまでとは明らかに質が違う、致命
傷を狙いに来た一撃。果たして、水蒸気が上がっている雪の中から砲戦仕様のインパル
スが姿を現した。
 「シン・アスカ……彼か!」
 キラは気を引き締めた。
 ところが、そこで思いがけないことが起こった。インパルスはフリーダムにダメージが無
いことを認めると、一目散に後退を始めたのである。
 いつものように激しく突っかかってくるものと思っていた。しかし、今日のインパルスがと
った行動は、そのキラの予想とは正反対のことだった。
 キラは、強い違和感を覚えた。こんなはずはない――その思い込みが、不安を煽った。
 考えるよりも先に身体が動いて、インパルスを追っていた。このまま放置しておいては
危険なのではないかと。キラの心中に言い知れない焦燥が生まれていた。
 しかし、それも張り巡らされた計略の一部だった。
 インパルスは巧みに雪山の間を縫い、ビームで雪を蒸発させて煙幕を張った。そうして
身を隠しながらフリーダムを翻弄し、逃げる。吹雪という悪天候の影響もあり、キラはや
がてインパルスを見失ってしまった。
 「これは……!」
 辺りは再び静寂に包まれた。まるで、吹雪の中に一人だけ取り残されてしまったかのよ
うだった。
 その時になってキラは気付く。インパルスの襲撃が、アークエンジェルとの分断にある
ことに。そして、同時に山間部からキラの前に姿を現したのは、ミネルバの巨大な艦影だ
った。
 艦砲の一斉射を受ける。それをかわしながら慌てて雪山の陰に身を隠した。
 キラは焦燥に駆られた。自分はハメられたのだ。ならば、今すぐにアークエンジェルに
戻らなければならない。
 しかし、キラには一つ失念があった。深い怨嗟の念。そのことを思い出したのは、上方
からの攻撃を告げるアラームが鳴った時だった。
 「インパルス!」
 上空を振り仰いだキラの目に留まったのは、空戦仕様に変更したインパルスの姿だっ
た。
 ビームライフルを撃ちながら、雪山を直滑降する勢いで迫ってくる。そして左手にビー
ムサーベルを抜くと、加速させた機体の勢いを乗せて振り下ろしてきた。
 キラは咄嗟にそれをかわし、逆噴射をかけてその場から一気に離脱した。インパルス
のサーベルは雪面を叩き、蒸発した雪が凄まじい水蒸気の煙を上げた。
 直後、その煙を突き破ってインパルスが飛び出してくる。
 追随するインパルスには勢いがあった。キラはあっという間に接近を許し、咄嗟にシー
ルドを構えた。そこへインパルスのサーベルが勢い良く叩きつけられ、その衝撃でフリー
ダムは吹き飛ばされた。

98 :
 墜落の衝撃の中、キラは確信した。インパルスは確実に自分を脅かす存在になった―
―その感じ方は、キラの焦燥を更に煽った。アークエンジェルの危機、そして自らの危機。
その二つが重なることなど、滅多に無いからである。
 フリーダムに表出した微かな動揺の兆しが、シンには見て取れた。それは、シンがキラ
の次元に至ろうとしていることの証左でもあった。
 しかし、今のシンには、そんなことはどうでもいいことだった。
 「これまでだな、フリーダム!」
 「……ッ!?」
 何百回と繰り返したシミュレーター上のフリーダムは、こんなものではなかった。もっと、
考えられないような凄まじい動きをして見せるものだった。
 その迫力を、今の目の前にいるフリーダムからは感じなかった。
 アークエンジェルに後退しようとするキラ。その行く先に回り込み、立ち塞がるシン。排
除しようとするキラの射撃も、今のインパルスには当たらなかった。
 ライフルでビームを連射し、フリーダムを追い立てる。反撃のビームは、全てかわした。
狙いは、予め絞れているからである。特訓の成果であった。
 フリーダムを押し込んでいる。それは即ち、勝機である。――シンは叫んでいた。
 「アンタは俺が討つんだ! 今日! ここでっ!」
 
 孤立したフリーダムを援護しようとするアークエンジェルを阻んだのは、赤い可変型の
モビルスーツだった。高い機動力を武器に、出撃したバルトフェルドのムラサメを歯牙に
もかけず、単独でアークエンジェルを攻撃し続ける。激しいアークエンジェルの砲撃をも
のともせず、かつての二つ名“赤い彗星”の異名どおりの戦いを、シャアは演じて見せて
いた。
 アークエンジェルにオーブの国家元首であるカガリが捕えられていることは、(狂言で
はあるが)周知の事実である。カガリを救出、保護し、プラントの大義名分を示すというの
が、このエンジェルダウン作戦の趣旨でもあった。
 出撃前、シャアに単独でのアークエンジェルの阻止という重責を担わせてしまったこと
に対し、気が差していたタリアから声を掛けられる一幕があった。ミネルバは作戦の都合
上、インパルスから離れられなくて、セイバーのサポートが一切できないのである。
 しかし、シャアは不敵に笑って、こう返した。
 「承知していたことです。それに、あまり私を見くびらないでいただきたい。こういった作
戦こそ、私の本分なのですから」
 敵を翻弄するような戦法こそが、自信家であるシャアが得意とする分野であった。蝶の
ように舞い蜂のように刺す。そんな戦いに、シャアは高揚感を覚えるのである。死と隣り
合わせのスリルを感じるからこそ気持ちが若返り、赤い彗星はより輝きを増す。
 しかし、アークエンジェルの持つ特殊装甲、ラミネート装甲は厄介だった。ビームの熱
を艦の全体に拡散し、大幅に威力を減退させる効果のあるその特殊装甲は、ビーム兵器
が主体のセイバーではなかなかダメージが通らず、シャアにストレスを与える結果となっ
ていた。
 一方でムラサメは敵ではなかった。決してパイロットの腕が悪いわけではない。寧ろ、エ
ース級の腕前である。しかし、埋められない溝は機体の性能差にあった。幾度もマッドと
ミーティングを重ね、熟成に熟成を重ねてきたセイバーは、最早シャアの手足そのもので
ある。性能が平均化されている凡庸なモビルスーツ風情に遅れを取ることは、あり得なか
った。
 バルトフェルドはそれを身に沁みるほどに痛感していた。搭乗機に対する錬度に差があ
り過ぎる。逃亡者ゆえに資金や物資的な余裕の無いアークエンジェルでは、ムラサメを整
備するだけで手一杯だったのである。キラとフリーダムに大きく依存しているアークエンジ
ェルの弱点が、モロに露呈した恰好だった。

99 :
 歴然とした差だった。もうお手上げとしか言いようが無い。しかし、バルトフェルドにも意
地がある。キラが戻るまでの時間稼ぎくらいしかできないだろうと悔しがりながらも、せめ
てセイバーのパイロットの正体くらいは突き止めてやろうと意気込んでいた。
 「この動き、ナチュラルか……?」
 時折垣間見せる素早い反応。それは一見、コーディネイターの動きのように見えるも、
バルトフェルドの目はそれをカモフラージュであると見抜いていた。
 そうと分かれば、やりようはあった。いかに歯が立たない相手でも、アークエンジェルの
砲撃を利用すれば接触することくらいは出来る。
 果たしてバルトフェルドは、セイバーがアークエンジェルの砲撃に気を取られている隙
に接近し、見事に組み付くことに成功した。
 「お前は何者だ!?」
 間髪入れずに呼び掛けた。そうしないと、あっという間に反撃を受けるからだ。
 「お前はナチュラルだろう! ナチュラルが、何故ザフトで戦えるんだ!」
 「――やるな!」
 その声が聞こえた瞬間、バルトフェルドは思わず眉を顰めていた。
 接触回線から聞こえてきた音声は、決してクリアではなかった。しかし、その一言を聞
いた瞬間、バルトフェルドの頭の中は瞬く間に疑問符で埋め尽くされてしまった。
 固まった思考が解ける間もなく、衝撃が襲った。セイバーがすかさずムラサメを突き放
し、蹴りを入れてきたのだ。
 バルトフェルドのムラサメは、雪面に向かって落下した。墜落寸前でバランスを取り戻
し、事なきを得たのだが、頭の中に残る疑問は今いる凍土のように、決して氷解すること
はない。――その特徴ある声を、聞き違えるはずがなかった。
 「今のはデュランダル……? ――バカな! モビルスーツに乗るなんて、聞いてない
ぞ!」
 しかも、その動きはナチュラルである。最初は好奇心から来るだけだった疑問が、今の
一瞬で混乱するほどの大きな謎に変わった。――一体、デュランダルとは何者なのだろ
うか。
 「偽ラクスの件を考えれば分からない話じゃない。しかし――」
 ラクスと違って決定的な証拠は無い。そして、影武者だとしても前線に送る意味が分か
らない。
 考えれば考えるほど分からなくなる。それもデュランダルの奸計の内なのか――バル
トフェルドは、何か自分がデュランダルの手の平の上で転がされているような錯覚に陥っ
た。
 しかし、当の本人は、偶然とはいえ、自分の存在が知らず知らずの内に波紋を広げつ
つあることなど露とも思わず、アークエンジェルの対応に腐心していた。
 いかんせん、ダメージが通りにくい。アークエンジェルの阻止は、当初思っていたより
も容易くなく、戦闘は長期戦の様相を呈し始めていた。このままではフリーダムとの合流
を許してしまう。
 苛立ちと焦燥が募る。こうなったらいっそのこと、ミネルバに戻ってザクのウィザード装
備からバズーカを拝借してきた方が早いかもしれないと考えた。
 しかし、そう検討していた時だった。不意にアークエンジェルが何らかの暗号と思しき光
信号を、彼方に小さく見えるフリーダムに向けて送ったのである。
 途端に、アークエンジェルは転進を始めた。フリーダムと合流するのではない。向かう
先には、海が見えた。
 「海中に逃げようというのか!」
 状況が変わりつつあった。即時、シャアはミネルバと通信回線を繋げた。

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