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2013年17刃物34: 山田浅(朝)右衛門好きな人 (340)
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山田浅(朝)右衛門好きな人
- 1 :2012/06/25 〜 最終レス :2013/09/13
- 御様御用(試し斬り)の名人と言われた山田浅右衛門好きな人いる??
山田さんが実際試した刀持ってる人、彼が試した刀に関係する不思議な(怖い)体験した人、試し斬りした刀以外興味無いって人はどしどし語り合っちゃってくらはい!!
それじゃ始めーーーーー!!!!!!!!
- 2 :
- 大江戸死体考、大江戸残酷物語 この二冊はお薦め!!
是非是非読んでみて。
つーか民主党の売国政治家どもや凶悪な無差別殺人鬼、強姦魔とかに限って斬首処刑の後お試しを復活させたい!
こいつらは人間のクズ。
オラが平成の浅右衛門になってやる!!
- 3 :
- 民主党の売国政治家とか強姦魔でお試ししたいね。
こいつらは人間のクズ
- 4 :
- >>1-3
ひょっとして馬鹿だろ
- 5 :
- 山田浅右衛門の試し銘は、どうもインチキ臭い。
銘の有る刀が矢鱈と多い。
いくら当時でも、スプラッター映画さながらに出来る死体は多くは無いだろうに。
大和之守安定や長曾根興里等に四つ胴裁断の銘が有るのも存在するが、あんな事すればタングの破損等も起こり得る。
日本刀はせいぜいロックウェル50前半でエッジホールド性は駄目だろうに。
だいたい死体から取り出した肝臓を薬として販売するとはモラルを疑う。
- 6 :
- 4>>お前よりはマシだから大丈夫
5>>当時は罪人は人以下で罪人の死体となれば単なる物扱いだったらしいからね。
現代の価値観で当時のモラルがどうのと言うのはどうかと。
時代が変われば常識が非常識になったりその逆もあるわけだから。
- 7 :
- 現在非常識なお前が言うのかよ
- 8 :
- くまべえが好きな人居る?
- 9 :
- マゴベエ探偵団なら好きだったが
http://m.youtube.com/watch?desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DfBu4EmbCjHw&v=fBu4EmbCjHw&gl=JP
- 10 :
- えたひにんのおやびんだよね、ひそひそ
- 11 :
- 人斬り浅の刀持ってて酷い目に遭った人なら知り合いにいるが・・・
- 12 :
- 拝一刀と戦わされて斬られた人?
- 13 :
- 別作品じゃボケ
- 14 :
- この人のカッティングコンペ紛いの業物表は、果たして目安になるのかね?
肝心のHRC測定に準ずる評価は皆無だし、古今多数のメーカーを全てテストしたのか疑わしい。
切れ味で人気を集めた興里虎徹や大和之守安定は、現在で云うと永田某や其の一味の提灯記事で人気を博したストライダーやマッドドッグみたいな物か。
永田某も山田某も、どうも胡散臭いんだよな。
- 15 :
- 一個中隊程度か、下手すりゃ一個小隊に無料で提供して「軍採用品」って謳ってる今のファンシーグッズと同じようなモンじゃねーの?
- 16 :
- 刀に纏わる伝説はファンタジー以外の何者でも無い。
ニッカリ青江や興里等の刀の中には石堂蝋を裁断したと云う話も有るし、2念仏兼元や兼光の鉄砲斬りなどインチキだろうよ。ビームサーベルじゃ無かろうに。
たとえ刀鍛冶屋がM2ハイスやCV134をストック&リムーバルで削り出し、八田やポール・ボスが熱処理しても不可能だろうよ。
現在は日本刀は法律上、玉鋼以外では作ってはいけない様だが、白紙や青紙やO1やL6で作った日本刀も見てみたいな。
古来の日本刀より切れる筈だ。
津田助広や水心子正秀や康継や井上など輸入した鋼材を使用し、現在も市場で評価されているのだから、現在の刀鍛冶にも鋼材の選択肢を与えて欲しいものだ。
- 17 :
- >>16
切れ味はともかく強度的にはどうなんだろ?
造るからには鉄パイプとガンガン撃ち合えるくらいのを出してほしい
- 18 :
- 昔の首切り役人は強度的にはごつく重い刀を使用
首の骨と骨の間のジョイント部分に少々正確に入らなくても
強引に折る感じで隙間に入りこみ、ふっとばすよな太いタイプ
一回で切断しないと切られる方も惨いし、切る方の首切り役も体面とかあるから
念入りに重たいの選んだ希ガス
- 19 :
- 一回で上手く切れなかったんで泣き叫ぶのを数人で押さえつけてギコギコ切ったとか、罪人が動いたんで頭を半分割っちまったなんて事例も沢山あったみたいぬ
- 20 :
- >>11
霊とかでしょうか?
- 21 :
- 19>>斬り損ねて激痛で暴れだした罪人を仕方無く滅多斬りにしたなんて事もあったようだんね。
20>>人斬り浅の試した刀身と柄を合わせて展示する計画を立てたある美術館で立て続けに悲惨な事が相次いだって話なら聞いたよ。
従業員が怪我、事故続いて最後はそこの館長が美術館の前で変死したらしい。
- 22 :
- 斬首の失敗と言えば三島由紀夫が自決した時の介錯をしくじったのは有名だよな
- 23 :
- 22>>三島先生は三回目でようやく首落ちたらしいね。
一緒に自決した森田烈士は一回で落とされたんだって。
斬首がどんだけ難しいかって事だね。
しかも介錯に使われた「関孫六」は刃毀れと曲がりが凄かったらしい
- 24 :
- ttp://nanashi-unko.minidns.net/knife/img-box/img20120629214435.jpg
ttp://nanashi-unko.minidns.net/knife/img-box/img20120629214630.jpg
三島氏の作品は面白いのだが、「金閣寺」の最後がどうも物足りない。
晩年の作品はどうも・・・・・
自決の原因は満足のいく作品が書けなくなって絶望したと云う説もある。
氏の自決を当時、青島幸夫とか云う野郎が
「みんな悪酔いした様でいけないな〜。あれは単なるオカマのヒステリーだ」
と扱き下ろしたが許せんな。
オカマのヒステリーはテメエだろうが。
この様な物を貼り付けて三島氏には失礼だが・・・・・・
盾の会の方々は純粋だったんだなぁ。
- 25 :
- カッコつけんと小銃か拳銃くわえた方がマシやろにな
- 26 :
- >>24
二枚目の写真は確か映画のスチールだと思う。
まあ、近代日本で個人でクーデターを起こそうなんて時点で幼稚だ。
- 27 :
- >>24
三島はヒステリーではなく誇大妄想に取り憑かれて死んだんじゃね?
楯の会の制服は厨房ニ病全開デザインだし、自決直前の駐屯地での演説は質の悪い笑えないギャグ
- 28 :
- どうでもいいけど、三島由紀夫って顔が曲がってるよね
- 29 :
- 非常に品の良さそうな方に見える。
黛氏も同様だな。
ttp://www.youtube.com/watch?v=T28Qjre5IeE
三島氏と三輪氏は一体どのような関係か気になる。
しかしながら、篠山紀信が撮影した三島氏の褌ヌードは吐き気をもよおした事が有る。
- 30 :
- ハンバーグ定食を頼むと、ハンバーグのプレートの上にご飯をぶちまけてグチャグチャに混ぜて食べてたそうだ。
どうもソレが男らしい食べ方だと思ってたらしい。
- 31 :
- 褌ヌードは見たことないが、本人が了解して撮影して発表したのではないか
- 32 :
- かなりのナルシストで、裸の写真を沢山残してるからねぇ
- 33 :
- >>21
立て続けに悲惨な事が相次いだって美術館ヒントだけでも教えて。
- 34 :
- その柄ものすごく興味あるんだけど
- 35 :
- 何かで試斬の時は専用の柄に変えるみたいな事が書いてあったような
詳細はわからないけど
- 36 :
- 例の怖い話の関係だけどやっぱり山田浅の専用の斬り柄ってあったみたいだね。
33>>美術館は完全に匿名の話だったからヒントも出せないな・・・
山田浅の試した刀身所持してた人の奥さんが美術館に寄贈したらしい。
所持してた本人はその刀買って間も無く死んだらしい。
で、奥さんがその刀見つけた時の保管のされ方がまた変で布(箱だったかな?)に入れられてさらに開けられないよう針金でグルグル巻きにされてたらしいよ。
- 37 :
- >>36
供養しないと駄目だな
- 38 :
- 山田浅以外でも日本刀に関係する怖い話って結構聞くよね。
自決や殺しに使われた刀は本当にヤバいとか聞くな。
個人的には刀より実戦で使われた可能性が高い刃の短い槍のほうが嫌な感じするけど。
- 39 :
- 人を斬った刀じゃなくても
前の持ち主があまりにも思い入れが強い物だと
その念がこもっているらしいよ
- 40 :
- 信長が使った圧し切り長谷部は国宝になってる
名前の由来が人斬り・・・
- 41 :
- こっ、こ〜わ〜い〜
ああっ、古刀を所有するあなたの背中に黒い影がぁぁ!
- 42 :
- >>36
専用柄が割れないように斬首のとき金属の輪をはめるとかじゃなく
箱ごとはりがねでぐるぐる巻きだと
柄が勝手にあばれて箱のふた開けて出てこないためだろうな
近代的な病院の地下2FのMRI検査室横のトイレで
不審者を見つけたら連絡をとの張り紙で見ると
トイレットペーパーが不必要に出てたりそれをまた巻いたのか巻がゆるんでたり
そこ出るとその奥が霊安室のパターンと同じ希ガス
- 43 :
- 20数年前に病院の事務方として勤務してたが、その時の事務室が地下にある霊安室の向かい側
でも何も出なかった(真夜中に一人でいたこともあったが)
- 44 :
- オカルトの人は面倒だから弄らない方が良い
- 45 :
- 後日、勤め先の同僚が知り合いにその病院に勤めてる看護婦がいるから聞いてきてやるよと
その看護婦の返答は「そんな話聞いたこともない」だったけど
地下2Fは他の外来患者が入りにくい場所でMRIは予約制で人少なく
張り紙はちゃんと印刷でプリントアウトされたもので同じ紙が2枚
内部の者が知らないというのも変 どう?面倒くさかった?
- 46 :
- 7代目山田浅右衛門も持っていたという刀あるけど
重量もありなるほどよく出来ている
振ると風切り音が凄い
2日後、背中の左あたりに鈍痛 首も痛い w
- 47 :
- それは筋肉疲労でオカルトとは無関係だな
- 48 :
- 骨まで痛い
斬る真似をしただけで自分の骨を砕いた
名刀かも
- 49 :
- 身体に無理をさせすぎだね
今日にでも整形外科を受診した方がいい
- 50 :
- ご心配ありがとうございます
結果そうなんだけど
実際そんな無理もしていない感じだったのに
今は背中痛いが、直った時は逆に嬉しい
49もそんな刀試したくなった?
- 51 :
- 49だけど遠慮したい
仮に刀を持つなら現代の刀匠に発注したいな
- 52 :
- 現代刀匠のも重ねが厚く重く切れそうなのあるものね。
- 53 :
- 長さ74センチ以上 元幅3.2以上 先幅2.4以上 重ね8ミリ以上
重さ1000g以上
すえもの切りによさそうなのは、こんな感じでしょう。
でも居合い兼用だと
これより少し軽くて短いのがよさそうです。
- 54 :
- >>36
山田浅右衛門は代々それ専門で約200年近く
その間にいろいろ研究したんだろう
専用柄もそのなかで出来たものだし
そういうこともあるのかもね
- 55 :
- http://www7b.biglobe.ne.jp/~osaru/wazamono.htm
二枚の板を合わせて片端を鋲で止め、扇子のように開くようにしてあります。開いた状態で茎(なかご)を入れ、閉じて2個の鉄の環を通して固定します。
数個空けてある目釘穴に茎(なかご)の目釘穴を合わせて鉄の目釘を入れて固定します。刀身がぐらつく時は柄とのすき間にクサビを打ち込んで固定します。
とあり、ハバキをはずせばいろんな刀が取替え自由で便利。それでいろいろ古今東西の名刀を試したのかも
- 56 :
- ただ7代目山田浅右衛門も持っていたという刀はでかくてハバキなく
目抜き穴は2つだが刷り上げて元の位置がずれて増えたのじゃなく
最初からナカゴの下隅に止めるために空けてあり
白鞘柄の下の部分にも目抜き穴があり2箇所止めで鉄の輪はないけど釘であちこち止めてあるし
専用柄でないにしろ30センチほどあり雰囲気は似ている。
所有者が某藩士で試し切りはないと思うけど斬首とか胴切り向きな刀だとすればガテンが行く。
- 57 :
- >>55
試し柄(斬り柄とも)ですね。江戸期のものは図版でしか見たことありません。
大正〜昭和初期の試し柄は現物を見たことがあります。中山博道翁の遺愛品との話でしたが、真偽はわかりません。
軍刀試しが盛んでしたから、案外骨董屋に転がってるかも。
宮入昭平師が鍛冶押しして急刃をつけた刀で試し斬りしている写真がありました。布を巻いただけか分かりませんが、たぶん試し柄。
まだ宮入さんのところにあるかも知れません。
>>56
茎尻近くの目釘孔を忍び孔と呼んでます。目釘二本で耐久性を狙ってます。
幕末の刀は中茎が長いので、薙刀や槍の2つ孔辺りと似た感覚でしょう。
大抵お飾りなんですが、幕末の拵えに目釘孔がちゃんと2つあいているものがたまにあります。
ここ1、2年で刀屋で売りに出ていたものだと、柴Tにありました。加藤綱俊、是俊合作のいかにも重そうな刀の当時の拵えにあいてました。
大丸で見たから、正月か夏の催事のカタログ「現存の優品」に載ってると思います。刃にふくれ破れがあったのが惜しい刀でした。
- 58 :
- よく人斬った刀持ってると毎日悪夢見る、血まみれの武士の幽霊が出たとか家に不幸続いたなんて聞くけど、本当にそんな事あんのかな?
実戦で使われた可能性の高い古刀や軍刀は所有しないほうが良いなんて本気で言ってる人いるけど、なんか嘘くさい・・・。
それじゃ日本刀趣味にしてる人はほとんどが霊体験や不幸せになるんかいな(笑
家にも棟に刀疵のある軍刀あるが、別に何とも無いけどな。
単に人斬ってないだけか?(笑
これ系の話とは逆に古刀を枕元に置いて寝ると夢見が良いってのは本当っぽいが。
- 59 :
- 実戦に使われた刀で残ってるのは少数なんじゃない?
大半は消耗品として作られ、予定通り損耗していったと思う
- 60 :
- ある種の霊感の強い人がたまたま超やばい刀に遭遇したとかw
粗末にせず大事に保管すればむしろお守りになるかもね。
ただ軍刀だとそれを所有していた爺さんの思いや
切られた人の念とかそうゆうのがどうしても気になる人は
現代刀の未使用なのがいいかも。
でも室町時代なんかのだとたいがい誉傷とかあって普通だから
それが逆に時代を経てきた証みたいなもんで
それはそれでよさげ。
- 61 :
- 山田浅右衛門の専用柄なんか特別クラスなのかも
よく昔の処刑場(首切り場)の土地は出るとかゆうし
以前住んでた近くにそうゆうがあり、たしかにくぐもったような変な雰囲気
2ノ切りの池とか地名だけでも怖い
- 62 :
- こういう事ってさ、やっぱりそっち系と波長の合う合わないなんじゃない??
どんなに悲惨な事に使われた刀でも何ともない人には影響無くて、感じる人には近寄るのも無理とか。
自分なんか以前刑場跡に行った時もなんとも無かったな。 むしろ凄い歴史感じてしまった。
枕元に古刀がどうのって話あったから、昨夜軍刀(我が家にはこれ1振りしかないんで)枕元に置いて寝てみたが、なんか部屋の空気が妙にいつもと違い不思議な安堵感に包まれた。
まぁ気のせいだと思うが。
- 63 :
- 怖い話じゃないけど、女性って本能的に刀みたいな鋭利で大振りな刃物嫌うらしいよね。
家でも家族の女連中は、自分が以前クレーやりたいから散弾銃の許可取るって言った時はカッコイイだなんだ言って大賛成したのに日本刀は絶対嫌だって言うんだよね。
結局銃は乱射事件とか続いた影響で所持続けんのがメンドくなって辞めて刀買ったが(笑
もちろん刀持ってる事は未だに家族には内緒。
- 64 :
- >>61
処刑場や墓場は湿地とか住むに適さない場所に作られるからな。
空気が悪いんだよ。
- 65 :
- 実戦に使われた刀がオカルトちっくな意味で危ないなら、実戦使用された戦闘車両や軍艦、軍用機で現存してるやつも危ない筈
でも博物館に‘出た’という話を聞いたことがない
- 66 :
- そりゃあ、日本に軍事専門の博物館は無いからね
- 67 :
- 山田浅右衛門の写真?か像かで
刀差しているがそれは標準装備フォーマル用で
斬首用は別の重くてでかい専用のだと思う
まあそんな達人なら差しているそれでも切れただろうけど覗き小竜とか
普通自分用の刀は消耗したくないし、くすりで儲けてたなら
消耗してもいい仕事場専用刀を別に用意してた希ガス
- 68 :
- >>62
枕刀が短刀なら葬式に死体の枕元に置く風習のことで
あんまり縁起が良い感じはしないけどw
>>64
本当に出る出ないは別にしてなんか空気が違うのはある。
それで噂は絶えない。
- 69 :
- >>62
波長があえばお守りにもなりうるのかもね。
一人暮らしで病気になり入院してた爺さま
気になるのは自宅に置いてきた猫と軍刀だったそうな。
よく戦時中の大変だった話をしてもらったのを思い出した。
介護関係の人が家に行くと猫は留守中かわいそうに死んでしまっていた。
大事に保存してくださいね。
- 70 :
- オカ板っぽいな。
人の血を間違いなく吸った刀が何振か家に伝わって手元にあるけど、特に何もない。金象篏試し銘の刀はその日に線香炊いてる。
>>67
あの写真は明治になってから公開処刑に臨む写真。首斬り朝の絵はこれがモデルだと思う。中身は兼元。
よく斬首に使っていたのは固山宗次と泰龍斎宗寛。無銘の刀を使っていた、なんて話を聞いたことあるけど、山田家と別の話だと思う。
覗き竜景光はお得意先の井伊家と仲違いして困っていたから、刀屋から買って献上という形でご機嫌伺い。
井伊家では扱う刀を本阿弥家と山田家に意見を求めてた。傷あるも宜しく候、傷に油を塗り候(傷位置を示すために)。といった具合。
やり取りは彦根城博物館の研究紀要で翻訳されてる。絶版だから国会図書館を使うか滋賀県立図書館へ行く事になる。古本には出てこない。
ともあれ井伊家は大喜びで、金子を下賜するだけでなく家臣にするという話になった。困って、では息子をと約束。
ところが桜田門外の変が起きて家臣の話はご破算。これまた上手く逃げきった。
これらは福永先生の首斬り浅右衛門押し形集の下巻に載ってるんだけど、貸し出し中だから間違ってたら訂正する。
- 71 :
- 人を斬った刀でも、どんな状況で斬ったかにより、意味は全然違うんじゃないか?
持ち主が襲われたところ、その剣で敵を返り討ちにして助かったなんて状況なら、むしろ名刀として名を残しそうだ
幕末の剣豪、上田馬之助は正当防衛が認められた戦いで襲ってきた相手を斬ってる(刀の銘は不明)
- 72 :
- う〜んなんだ〜
- 73 :
- 死んだ罪人で試した刀ならまだ良いけど、生き試しだったら嫌だな・・・。
70>>以前テレビで人の血吸った刀を集めてるマニア見た事あるが、もしオカルトっぽい事が本当にあるならああいう趣味の人はとっくに死んでるか悲惨な目に遭ってなきゃおかしいよね(笑
でも試しの日が分かるならその日に線香つけるのは供養になって良さそう。
- 74 :
- 昔話にゃ動物の祟りとかもあるが、それが本当だったら食肉工場とかの屠殺場なんか物凄い事になっとるぢゃろw
- 75 :
- 74>>そういや屠殺業やってる人ってロクな死に方しないとか奇形の子供産まれやすいとか聞いたがそんな事あんのかな。
でも屠殺場も独特の雰囲気ありそう。
行った事ある人に聞いたがとりあえずニオイは凄いらしい。
- 76 :
- >>73
江戸期の試しは寛永から延宝頃の山野永久、久英親子、江戸後期から明治迄の山田家がそれぞれピーク。
山田家文書が国会図書館と静嘉堂に残ってるから死罪人の試し方法が判明してる。重ね試しは三ツ胴迄で据え方は奥伝。四ツ胴はない。
三ツ胴は二ツ胴の上に横向きで固定する。わざわざ横に寝かせて高さを最後に確保する辺りから、四ツ胴以上は偽試しだと思う。
虎徹の四ツ胴が東京国立博物館にあるけど、どうも金象篏銘が胡散臭い。山野永久にあんな篆書体の銘は他にない。
で、肝心の生き試しについては山野永久の時代にはあった模様。歩き袈裟(歩かせて斬る)と言った用語だけは残ってる。
永久は寛文七年に70で死ぬけど、その前年辺りから試しの供養にお寺へ寄付している。浅草の先、三ノ輪に永久寺がある。
実戦で人とやり合った武器だと刀ではなく、天草の乱までの槍が一番血を浴びてるはず。
斬りこみ傷だらけで、戦場で適当に荒砥で研いだと見られる、鎬筋が分からない位変形した笹穂槍を預かった事がある。
武家屋敷を解体したら天上裏から柄鞘付きで出てきた。詳しい奴という事で頼まれて、警察で発見届け。柄は抜けないから切った。
審査日迄に錆身を何とかせにゃ、と耐水ペーパーで2000番まで仕上げて内曇刃砥で刃を確認してから研師に持って行って地の窓開け。
銘は兼○。朽ちてて兼しか分からなかった。時代はケラ首から室町後期。笹穂槍。板目肌、直刃、刃長38センチ。誉れ傷多数あり。
屋敷の持ち主と相談して、研ぎ直さず白鞘頼んで終わり。先端はこんもり肉がついてた。表に出てこないこんな刀槍はまだあるんじゃないの?
- 77 :
- >>71
祟り祟られか。思い出した。人を斬った刀で大人気になった刀がある。田沼意次の長男、意友を江戸城内で斬った一竿子忠綱。
佐野政言による刃傷事件を見ていた2人の幕閣は一部始終を見ていて、意友に致命傷を与えたと判断するや否や取り押さえた。
要はこの2人も田沼意次に不信感を抱いていた。刃傷事件以降、田沼家に不幸が続き、意次は失脚。
田沼失脚と並行して江戸の米価が下がったため、切腹した佐野政言は一躍大人気。この話を聞いたことある人は多いと思う。
今、その一竿子忠綱の脇差を誰が持ってるか分からないけど、持ち主が祟られる事はないと思う。
- 78 :
- ちなみに上田馬之助の戦いの件だが、江戸市中の料亭の二階で食事中、子連れの町人に絡んでいる複数の侍を見た馬之助が仲裁に入った
当時から馬之助は高名で居合わせた客が、さすがは上田馬之助だと言ってるのを聞いた侍達が逆恨みして、食事を終えて降りようとした馬之助に階段の所で斬りかかり、それを馬之助は返り討ちにした
状況から正当防衛が成立し、馬之助にはおとがめなし
- 79 :
- 八年前から二つ銅試した金像篏入りの古刀持ってるが何も起きてないよ。
幽霊出るなら是非見てみたいもんだがw
- 80 :
- >波長があえばお守りにもなりうるのかもね。
そう、見ず知らずの霊に四六時中傍らで守られても平気なんだ。強いんだね
- 81 :
- 46だけど首の痛いのは低い位置で刃を止めようとしたからだった。
薩摩示現流が低い位置に丸太を横に置き、上から長い木刀で打ち込む練習してたが
丸太の低い位置をヒットポイント、そこから地面までの短い距離をフォロスルー
なんにも置いてないので(置いていれば刃はそこで止まるが)
つっかえがなく急ブレーキ踏むようで首にきたということで霊とは関係ありませんでした。
軍刀術みたいに高い位置から上段で水月へ振りぬくフォロースルーだと痛くありません。
皆さんすいませんでした。
- 82 :
- 参考
http://pds.exblog.jp/pds/1/200608/11/30/b0087930_18145850.jpg
http://www.horae.dti.ne.jp/~fuwe1a/newpage430.html
- 83 :
- >>70
山田浅右衛門の写真の差している兼元って
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%85%AD%E5%85%BC%E5%85%83
(棟の重ねが薄く2尺3寸前後)三島由紀夫の孫六2尺2寸と同じでしょうか?
それと別に斬首のとき多く使用した刀は固山宗次と泰龍斎宗寛
(重ねが厚く2尺4寸はありそう)ということですか。
- 84 :
- なんか結構盛り上がってるね。色々興味深いお話してくれる人もいて見てておもしろい。
上田馬之助カッコよすぎです・・・。リアルでその返り討ちのシーン見てみたい。
80>>守ってもらえるなら良いんでない??
- 85 :
- >>83
三島由紀夫の兼元じゃないよ。断言する。
あの兼元はかなり研ぎ減っていて、切腹と介錯の作法を教えて貰った際、この兼元はやせてるから使うな、と言われた物。
20年位前に作家と教えた武術家の対談が月刊小説誌に掲載されてた。文藝春秋だったかな?
三島は大きな過ちを2つ犯した。まず介錯で使う刀。兼元にこだわってぐにゃぐにゃに曲げてしまった。
次は介錯するタイミング。首が顎を引いて硬直して縮こまってる状態で振り下ろさせてしまった。だから刀が顎に入った。
一瞬棟を首筋に当てて、わざと硬直させる。しばらくすると首筋が緩んで伸びるからそこを斬る。教わったのに実践出来なかった。
誰が言ってたか失念したけど、切腹の前からドンチャン騒ぎしてた時点で切腹は失敗だったと言ってたな。
江戸時代は斬り役も切腹する側も平常心を保つべく、前日から心静かに過ごすのが掟だったそうな。確かにそうかもね。特に斬り役は責任重大だ。
山田家の刀については仕事柄?用が足せる刀を特に選んでる。金もあるから珍品の太刀銘の虎徹とかね。だから兼元の中でも至極健全な物だと思う。
山田家は諸侯の蔵刀から差料に相応しい刀を選んではアドバイスしていた。疲れあり不宜候、と書かれた古刀は結構あるよ。
首斬り御用の際の刀は分からない。宗次にしても宗寛にしても、実用本意の作刀だから、特に重くといった注文はなかったんじゃないかな?
しかも首斬りや試しを諸潘から学び(派遣)に来る侍に門弟として教授していたから、あくまで技本意だったんじゃないかな。
更に、わざわざ諸潘で門弟に首斬り専用刀を用意したかどうか。用意したなら注文含め記録に残ってると思うけど聞かない。
また、幕府お試し御用では色々な刀が出てくる。そんな刀に応じるには、首斬りにおいても技を重視していたんだと思う。
確か大江戸死体考にもあったけど、川越で罪人を処刑するのに山田家門弟が出張してる。それ位平和な時代が続いた、と言うべきなのかもね。
- 86 :
- >>85 仮に兼元だとして
古刀最上作にして最上大業物だから標準装備?には最高
2尺3寸(三島氏のは2尺2寸5分)約69センチで重ね薄めイザというとき抜き打ちが早い
刀身重量は900gぐらいかな
http://www.hyozaemon.jp/juyo-munetugu.htm
固山宗次はこの例だと長い77.5センチ 他の作刀で重ね8ミリなんてザラだから
特に重くといった注文はなくても実際刀身重量1500gぐらいあるんじゃない
(うちのもそのくらいのサイズ)
斬首の技も達人だけど
フォーマルも仕事用も最高クラスのを目的に応じてをよく選んでいるんじゃないの
- 87 :
- このブログ見たらいいけど、首斬り「山田浅右衛門」の回想 http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-d0b1.html この記録は、「報知新聞」に1908(明治41)年7 月連載された。
現在だと明治百話にのってる
首斬りの時に宗次、義次、宗寛の刀を使用してるし、兼元についても語ってるよ
古今鍛冶備考はここで全部よめるし落とせる http://books.google.co.jp/books?id=gkneI2v2KR4C&dq=editions%3AKEIO10812564251&hl=ja&source=gbs_book_other_versions
鋏と刀鍛冶http://www.frkw.com/index055-2.html
キャッシュでみると画像が見れるhttp://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:-eeTxpS0rUMJ:www.frkw.com/index055-2.html+%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%B5%85%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E3%80%80%E3%80%80%E9%8B%8F&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
義国が子供のころ浅右衛門宅(首切り)に泊まった時にボタボタという音で夜半目をさました。これが幽霊の足音かと思うとそれっ
きり眠れなかった。夜が明けて雨戸を開けると軒端に吊るされた袋からどす黒い血がしたたり落ちていた。袋に入っていたのは人
の肝だったそうです。(義国の師匠固山宗次と浅右衛門が懇意にしていた。)
両方共ファイルサイズでかくてゴメンね
高橋長信作 山田吉利の愛刀かなhttp://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up3079.jpg
大久保一翁と浅右衛門の手紙のやり取り
http://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up3081.jpg
http://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up3082.jpg
山田浅右衛門で関連する本でこれ読んどけよって本があれば教えて
- 88 :
- >>87
以外と長さは70センチ弱くらいので斬首していたのですね。
(うちのデカイのは何用なんだろう)
お詳しいので恐れ入りました。
半年ROMっときます。
- 89 :
- ぽたぽたという音で起きてしまいました。強烈な豪雨。雨垂れですね。
>>87
おお、乙です。解説が楽になりました。刀の重さや長さをどう文章で説明しようか悩んでたから助かりました。
>>87
刀について理解してくれてありがとう。実はいつも聞かれる話です。酒飲みながら解説してると数時間軽く流れるレベル。
朝右衛門の注文打ちは常寸のごく普通の刀だ、と言っても理解しない人はいつまでも理解出来ない場合が多い。
三島由紀夫の兼元は重量と寸法から抜き打ちに良いだのの話ではない。芯鉄でる寸前の痩せた刀だったんだよ。
全部精査してないけど、ブログの元ネタは福永酔剣先生の「首斬り浅右衛門押し形集」。原文まんまの箇所がかなりある
上下巻で二冊。歴史好きは必読。売りに出てたら手にいれるべし。大抵買いたい時に見つからないから。
大江戸死体考ほか、江戸後期の武家風習を扱っている書籍の基本骨格を成しているのがこの本と言っても過言ではない。
ほとんど転載の記事をたまに見るけど仕方ないと思うよ。明治百話含め、当時の資料の元ネタは決して多くないから。
ちなみに結構高い。上下巻揃いで4万以下なら買う価値がある。ネット検索が得意な方には無用なアドバイスですね。
高いからといって、バラで探すと特に下巻が出てこない。作家が幕末物の参考書に使ってるんだよ。
上巻は試しの歴史と流儀を書いている。下巻は山田家文書をベースに当時の武家風俗と跡継ぎ騒動を書いてる。
下巻で季節毎、行事毎の進物のやり取り辺りを読むと身近な空気を感じる。鰹節に難癖つけられたり、前例にての一言で通ったり。
私の下巻は時代劇好きに貸出しているんだけど、まだ返って来そうにない。同じ土俵で話出来れば楽しいから構わないんですが。
この上下巻は名著です。試し斬り云々だけじゃなく、幕末のリアルな人間関係を堪能出来ます。まずは読んでみてください。
- 90 :
- >>76さんが言ってる虎徹はこれですよね
東京国立博物館 http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0085877 長曽祢虎徹入道興里/(金象嵌銘)四胴 山野加右衛門六十八歳ニテ截断 于時寛文五年二月廿五日
三島由紀夫さんに兼元を贈った舩坂弘さんの経歴がすごいよね
http://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2004/12nihontou12.html
首を落とすときの心得として,首筋に目を止めて斬ったら必ず仕損じる,顎と肩との隙間に刀を打ち込む様に喉の方に狙いを付けて斬れば間違いは無い,これが極意である。
そすれば,たとえ初心者であっても滅多に斬り損じるものでは無い,と秘伝書は云う。(懐宝剣尺)。
http://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2004/11nihontou11.html
>>85
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/ooedo.htmlこのサイトで川越藩据物師・浅右衛門の弟子長畑親子について詳しく書いてくれてる
しかし川越藩はケチで脱獄を許すわでいいとこなしだね
歳三の愛刀伝承によると、会津候からの拝領刀http://hobby.life.coocan.jp/bkmts/yamada2.htm
表銘:以南蛮鉄於武州江戸越前康継
裏銘:安政六年六月十一日於伝馬町雁金土壇払 山田佐吉試之
同年十一月廿三日於千住太々土壇払 山田吉豊試之
会津臣元興 於武州江戸金杉営作之 安政六年六月十一日http://www.samurai-nippon.net/V-721/
同じ年月の刀だけどこう言うのも会津藩から依頼されて試すんだろうか
東京国立博物館 固山宗次の蜻蛉切写し于時弘化四年丁未年八月_同年十月三日於千住眉間数多突通返良突手山田吉利
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0095275
古砥かな
- 91 :
- 出張帰路で携帯から打ってるので、足りない情報、誤りがあれば帰宅後に補足します。
>>90
> >>76さんが言ってる虎徹はこれですよね
> 東京国立博物館 http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0085877 長曽祢虎徹入道興里/(金象嵌銘)四胴 山野加右衛門六十八歳ニテ截断 于時寛文五年二月廿五日
これですね。当時、金象篏銘を入れていたのは吉岡因幡介家だと思われます。本阿弥で金象篏銘を頼む先は吉岡因幡介家でした。
山野家の金象篏試し銘は、終止一貫して特徴ある太めの書体です。その中でこの銘だけが浮いてます。
金象篏銘は茎に入れる性質上、年数経つと下の錆に押し上げられて抜ける箇所が大抵数ヶ所あります。
好例を挙げれば、会津藩主の枕刀だった三善長道の三ツ胴銘(山野久英)はかなり抜けてます。
全く抜けてない金象篏試し銘は大抵後から補修されてます。元の金は鉄錆との年月の馴染みで新たな金とは違う味わいがあります。
ところが、尋常の書体ではなく、象篏抜けもなく、補修跡も見えないのに、刀身は結構減って見えます。
しかも後彫りで腰樋があります。虎徹は小さな樋でも彫りがあれば「彫同作」と銘に入れるのが常。
象篏の抜けがないよう茎を柄に入れず管理していたのでは?という意見もあります。
ですが、例がない篆書体、刀身の減り(現物は肌が結構荒れてます)と後樋を見ると、一意見として疑いの余地もありじゃないかと。
確たる文献がないから推測の域を越えませんが、山野家の流れをくむ山田家で三ツ胴が奥伝となれば、疑っても良いのでは?と考えてます。
> 首を落とすときの心得として,首筋に目を止めて斬ったら必ず仕損じる,顎と肩との隙間に刀を打ち込む様に喉の方に狙いを付けて斬れば間違いは無い,これが極意である。
> そすれば,たとえ初心者であっても滅多に斬り損じるものでは無い,と秘伝書は云う。(懐宝剣尺)。
だから首筋が硬直していない状況で斬らないといけないんです。首筋が伸びていれば顎と肩の間で肩寄りになる喉を狙いやすくなります。
棟を首筋にまず当てて見当をつけつつ、最高に硬直した状態を産み出し、徐々に力が抜けてくる頃合いを見て斬ります。
首筋に棟を当てられたら、これから斬られると分かっていても強張りますよね。ヒヤリとした感触。昔の人はよくよく考えてます。
> >>85
> http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/ooedo.htmlこのサイトで川越藩据物師・浅右衛門の弟子長畑親子について詳しく書いてくれてる
> しかし川越藩はケチで脱獄を許すわでいいとこなしだね
この出張旅費から返礼の金子等、首斬り浅右衛門押し形集と大江戸死体考に書いてあります。これが元ネタなので読んでみて下さい。
各藩で切腹の作法、首斬りの作法を知らない侍ばかりで困ったから、山田家へ藩士を仕事として派遣してます。
そして公儀の据え物斬りに同席すると、我が藩の名誉であると山田家へ謝礼が送られ、山田家も返礼してました。
山田家の位置付けが見える、なかなか興味深いやり取りです。
> 歳三の愛刀伝承によると、会津候からの拝領刀http://hobby.life.coocan.jp/bkmts/yamada2.htm
> 表銘:以南蛮鉄於武州江戸越前康継
> 裏銘:安政六年六月十一日於伝馬町雁金土壇払 山田佐吉試之
> 同年十一月廿三日於千住太々土壇払 山田吉豊試之
> 会津臣元興 於武州江戸金杉営作之 安政六年六月十一日http://www.samurai-nippon.net/V-721/
> 同じ年月の刀だけどこう言うのも会津藩から依頼されて試すんだろうか
間違いなく会津藩からの依頼です。元興の作刀年期は下賜にあたって約束した日時に間に合うようにした結果でしょう。
ちなみに会津藩主の枕刀の長道と、戊辰戦争の責を取って切腹した草野権兵衛所持の長道の一ツ胴試し銘の日時の間隔は、ほんの数日。
推測するに、まとめて会津藩から山野久英に試し斬りを依頼したのでしょう。
会津藩の家老クラスで一ツ胴の試しです。試しと金象篏試し銘を入れる費用が如何に高額だったか分かります。
だから時代偽の金象篏試し銘が結構あります。大抵細い線の銘なので気づきますが、精巧な物になると現物を見ないと判定出来ません。
他スレで書いたかも知れませんが、そんな試し銘を山田朝衛門が見て、疑問を投げかけてます。
山野永久の時代に今時分の試し用語を使うのか、と。
- 92 :
- 続き
>>90
> 東京国立博物館 固山宗次の蜻蛉切写し于時弘化四年丁未年八月_同年十月三日於千住眉間数多突通返良突手山田吉利
> http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0095275
> 古砥かな
固山宗次一門と山田家は本当に親密だったのだと思います。除き竜景光の写しは2口あり、1口は磨上後。もう1口は磨上前を想像してです。
宗次は多作ですが、大名を始め、身分の高い侍の注文打ちを遺してます。この槍もそんな注文でしょう。そして大抵山田家が試して納品です。
後藤一乗とも親しかった辺りからも当時の名士だったのだと推測出来ます。山田家からの助言もあってより良い作を残せたのだと思います。
同じような関係が江戸初期にもあります。和泉守兼重一門と山野家の関係です。寛永期から年々と試し銘を入れました。
和泉守兼重の弟子と推測される虎徹、安定、法城寺正弘も兼重に倣ってか、山野家の試し銘が残ってます。
オーダーメイドのオプションに試し斬りを用意していたのか、レディメイドだったのかは分かりかねますが、当時の流行だったのは間違いないでしょう。
- 93 :
- 古山一門には裁断銘が多いけどライバルの
清麿一門に何故裁断銘あるの無いのだろうか。
- 94 :
- 補足しつつ付け足します。
>>91の補足
会津藩主の枕刀は三善長道で、金象嵌銘 延宝三年八月十一日 参ツ胴裁断 山野勘十郎久英花押
会津若松市の市指定文化財 号「面影」
戊辰戦争で切腹した萱野権兵衛の長道は、金象嵌銘 延宝三年八月十八日 山野勘十郎久英 一ノ胴片手に而切落
長道は山野久英から秘訣(多分姿)を授かった、とあります。「会津若松市史20-2会津刀剣の美」より
7日の間に試し胴を確保した、というところでしょうか。
>>93
固山宗次にとって、清麿一門はライバルではないと考えます。清麿自身の作刀数が少なく、評価したのは窪田清音。
清麿の評価は手元の書籍を数冊を見ても、藤代義雄の紹介に依るところが大きい、と評されています。
四ッ谷正宗という表現の起源も分かりません。四ッ谷に先に住んでた宗次との飲み比べ等の逸話も同様。
一番新しい書籍だと、佐野美術館の「虎徹と清麿」という図録+解説が分かり易いです。
>清麿一門に試し銘がない。
あります。宗次一門は作刀数も多く、山田家と親しい関係だから多いのです。幕末一は間違いないです。
次に多いのは会津刀でしょう。会津は試し斬りが流行っていたため、地元の何処そこで試したという銘が多いです。
清麿自身だと有名な刀が一口あります。嘉永七年正月日の刀を安政三年に山田家が試してます。
その試し銘を切ったのは固山宗次と言われてます。
断定してる方もいますが、ここで言葉を濁すのはあまりにも清麿の偽銘が多いからです。
清麿他、新々刀を多く見て、江戸三作の研究を出した藤代義雄氏の見解についても意見が別れます。
門人の試し銘は、固山一門を除いたら江戸を中心に活動した他一門と同程度残ってます。
どの一門が何口という集計は見たことありませんから、刀剣書籍上から得られた感覚です。
手近にある新々刀大鑑を見ると、清人の作で文久二年に山田家が試した押形が掲載されてます。
- 95 :
- 今どこかに山田銘のはいった
新々刀で出来のよいもの売ってないですか?
- 96 :
- 窪田清音と山田浅右衛門は交流がありそうなんだけどね
史蹟 小塚原回向院http://tukitodora.exblog.jp/i2/15/
この山田浅右衛門の刀!
これは 明治の中ごろ 当時の山田朝右衛門が先祖供養の法要を
行った時に 回向院に奉納したものだそうです
箱書きには「山田浅右衛門の刀 頭山満」と書かれていますが
これは 一時「小塚原烈士遺墳再建会」の会長をしていた頭山が
所持していたためだそうです
>>94日本の技と美と魂に載ってるんだけど
山野永久は対馬守貞重に試刀秘伝書と鉄鍛集という刀剣の鍛錬、焼刃に関する著者を貞重に伝授していると書いてある
長道もこの本を貰ったんじゃないかな
- 97 :
- >>96
> 窪田清音と山田浅右衛門は交流がありそうなんだけどね
清音が武器百講で募った中に、山田家の門弟がいてもおかしくないですね。固山一門経由で繋がりがあっても不思議じゃありません。
面白そうな話なので気にかけてみます。
> 史蹟 小塚原回向院http://tukitodora.exblog.jp/i2/15/
> この山田浅右衛門の刀!
> これは 明治の中ごろ 当時の山田朝右衛門が先祖供養の法要を
> 行った時に 回向院に奉納したものだそうです
山田家には当時の新作刀以外にも結構な質と量の蔵刀があったと想像しています。
山田家の刀剣台帳の存在をご存じでしたらご教示戴きたいです。
> >>94日本の技と美と魂に載ってるんだけど
> 山野永久は対馬守貞重に試刀秘伝書と鉄鍛集という刀剣の鍛錬、焼刃に関する著者を貞重に伝授していると書いてある
> 長道もこの本を貰ったんじゃないかな
初めて聞きました。勉強にになりました。どこかに原著残ってないかな?
山野永久と和泉守兼重は色々試行錯誤していたのだと思います。特に寛永期ですね。その成果をまとめたのでしょう。
兼重の作で特に評価が高いものは、焼きが低く、鍛えが実に強く明るく冴えている直湾れ調子の刀です。
試し銘と銘ぶり(特にタガネの太さが違います)から追いかけると、寛永期に集中してます。
これは大抵刃に焼きムラがありません。刃縁の小沸が均一で、刃中への匂いこみが深く、明るく冴えます。中々一本でとれない刀です。
兼重の焼き刃が年々高くなっていったのは、一定水準の鍛法を確立したからかも知れません。
焼きの高い乱れ刃は華やかですから今でも人気があります。そんな需用に応じたものでもあるのだと。
兼重の作風が虎徹だけでなく当時の江戸新刀鍛冶に垣間見えるのは、山野永久の書籍によるものかも知れませんね。
- 98 :
- 山田家の刀剣台帳の存在をご存じでしたらご教示戴きたいです。
あれば良いんですけどね
ずっと前のことだから記憶が曖昧だけど試刀秘伝書は書籍蔵キヌタ文庫で販売されてたと思うんだよね
間違ってたらごめんね
ただ山野加右衛門か山野勘十郎に関する何かが販売されてたのは確かだと思う
加藤綱俊鍛之 天保八(年)八月二十一日於千住 両車五ッ真向四ッ八
巻四ッ伊賀四郎左衛門乗重裁断。
(裏) 両車五ッ真向四ッ八巻四ッ 山田五三郎 両車四ッ真向二ッ
後藤為右衛門両車太々 長畑芳太郎 号 通抜
(棟) 天保八酉二月吉日作之
固山宗次にも同じ年月の同じ試しの刀が存在してる
- 99 :
- 試し斬りってただ斬ってはい終わりじゃなく、切り口に手突っ込んで骨の位置確認しなきゃならなかったみたいだね。
骨が元々の定位置なら斬れ味良く定位置からずれてれば刃が鈍いって事になったらしい。
その確認作業想像するとかなりグロいね。
でも試し銘の入ってる刀って魅力的だ。
数年前くらいまでは○レクション情報なんかで試し銘の入った刀かなりあった気がするが最近あまり見ないね。
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