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2013年17オカルト176: 【霊感持ちの】シリーズ物総合【友人・知人】 (423) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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【霊感持ちの】シリーズ物総合【友人・知人】


1 :2013/01/01 〜 最終レス :2013/09/07
単発も歓迎

2 :
書き込めるかな…
あけおめ!新スレおめ!

3 :
前スレの>>1の内容貼ってもいいかな?
このスレはシリーズ物、霊感の強い人にまつわる話を集めるスレです。
考察や、好きな話について語り合いましょう。(荒れる原因なのでなるべく「乙」だけですましましょう)
・投下歓迎。実話、創作不問。新作も歓迎
・作品投稿者はトリップ(名前欄に#任意の文字列)推奨
・話を投下する際はなるべくまとめてから投下しましょうね
・他スレへの迷惑が掛かるような過度の勧誘やはご遠慮下さい
・投稿作品への批判は荒らし認定、sage進行、荒らし煽り、スルーよろしくです
・『このスレと住人を許さない』系の荒らしがしつこく荒らしています 徹底無視で
・「荒らしに反応する奴も荒らし認定されるよ」のネットルールを忘れずに。
洒落コワ投稿掲示板(煽りは嫌、洒落コワまとめに載りたい!と言う人はこちらへ)
http://jbbs.livedoor.jp/study/9405/
前スレ
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ20【友人・知人】
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1330861769/

4 :
単発糞スレ立てんなR

5 :
シリーズものって言ってるのに単発歓迎とか馬鹿じゃないのお前?
以前それで荒らしが単発投下しまくったの知らないのか?また来るぞ

6 :
おk

7 :
>>1
新春に新スレ
めでたいなあ

8 :
あけおめ>>1
誰か前スレのログ持ってない?

9 :
>>8
あるよ

10 :
ageとくか

11 :
全く投稿無いからスレ墜ちたのになぜまた建てるんだ?
案の定全く投稿無いじゃん。

12 :
なんかこいつヤバい て思う
いろんないみで

13 :
全く無いという訳ではない
霊感餅の存在確率を考えれば投稿は少なくて当然
むしろスレタイが吟味されてる良スレである
スレタイ無視して数だけ多いぜみたいな某スレよりマシだと言えよう

14 :
>>9
横だがうpをお願いしたい

15 :
>全く無いという訳ではない
どこにあるんだよハゲ。スレ立て一週間で投下ゼロだろが

16 :
単発公認で投稿率も急増するね

17 :
あれは一体なんだったのだろうシリーズでも集めるかな
一つ一つはアホみたいでも量が集まれば何か別のものが見えてくる可能性が微レ存

18 :
師匠シリーズの続きまだ?

19 :
ウニは活動の場を同人に移したようだよ
商業誌に移るのも時間の問題かな

20 :
このスレからプロが生まれるのか
胸が熱くなるな

21 :
このスレからww
ウニ本人が洒落コワまとめに載りたいがために洒落コワに投稿したって言ってるのはスルーかww

22 :
(´・ω・`)知らんがな
ソースキボン

23 :
な、自分で調べることもできない低脳ばかりだろ?

24 :
どこぞの掲示板、どこかの同人誌で言われてたりしたらお手上げだから聞いてるんですけど(´・ω・`)

25 :
はあ?何言ってるのお前?
ググって調べたりもしないで

26 :
ウニさんのハッタリの効いた小粋なSSを読みたいお

27 :
・A・ 次のお話は、同人誌『師匠シリーズの3』に載せたものです。
今夜は1作だけです。
では。

28 :
師匠から聞いた話だ。

その女性は五十代の半ばに見えた。
カーキ色の上着にスカート。特にアクセサリーの類は身につけておらず、質素な装いと言っていい。
「こんなお話、していいのか…… ごめんなさいね。でも聞いていただきたいんです」
癖なのか、女性は短くまとめた髪を右手で押さえ、話しにくそうに口を開く。
大学一回生の冬。バイト先である、小川調査事務所でのことだ。
僕と、そのオカルト道の師匠であるところの加奈子さんは二人並んで依頼人の話を聞いていた。
だいたい、うちの事務所に相談に来る依頼人は、興信所の中では電話帳で割と前の方に出てくるという理由でとりあえず電話したという場合か、
あるいは他の興信所で相手をしてくれなかった変な依頼ごとを持っているか、そのどちらかだった。
今回はその後者のようだ。
「あのう…… 実は私の祖母のことなんです」
来客用のテーブルを挟んで僕らと向かい合ったその女性は、出されたお茶も目に入らない様子で、うつむき加減におずおずと話し始めた。

女性は名前を川添頼子といった。
頼子さんは昔、小学校に上がる少し前に今の川添の家に養女としてもらわれて来たという。
実の両親のうち母親が亡くなってから、残された父親は小さな女の子の養育を放棄し、かつての学友の遠い縁をたよって養女に出したのだった。
実の父や母の記憶はほとんどない。ただ自分がいつも泣いていたような、おぼろげな記憶があるばかりだった。
川添家の養父と養母には子どもがなく、まるで自分たちの子どものように可愛がってくれた。けして裕福な家ではなかったが、学校や習いごとなどは他の子と同じように行かせてくれた。
初めて人並みの人生を歩むことを許されたのだった。

29 :
その養父と養母がこの一年の間に相次いで亡くなり、一どきは深い悲しみに包まれたが、やがて落ち着いてその二人に育てられた日々を思い返し、頼子さんはたとえようもない感謝の気持ちを胸一杯に抱いた。
そうして、このごろは昔のことを思い返すことが増えたという。
特に養女としてもらわれて来る前の生活のことを。年を取った証だと夫はからかったが、次第に大きくなっていく過去への慕情を押さえられなくなっていった。
ある日思い立ち、自分の実の父のことを調べ始めた。しかしやはり父はもう他界していた。もし生きていれば九十に届こうかという年齢だったので仕方のないことだった。
自分の五十数年の人生を思い、それだけの年月が過ぎていることが今さらながらに身に染みた。
そして顔もおぼろげなその父のことよりも強い輝きを持って思い出されるのが、祖母のことだった。
父方の祖母だったのか、母方の祖母だったのかそれさえはっきりしないのだったが、優しげな顔や、膝の上に抱いてもらった時の服の匂い。
そして皺だらけの手で頭を撫でてもらったその感触が、懐かしく思い出された。
両親にかまってもらえなかった頼子さんは、よく歩いて祖母の家に遊びに行ったという。
どういう道をたどって行ったのか、今ではそれも忘れてしまったが、ただ覚えているのは祖母の家の小さな縁側に両手をかけて祖母の名を呼んだこと。
そしてしばらく待っていると、ゆっくりと板戸が開き、祖母がにっこり笑って顔を覗かせたあの柔らかな時間だった。
祖母はその小さな家に一人で住んでいた。祖母もまた孤独だったのか、その来訪をとても喜んでくれたものだった。祖母との記憶は断片断片ではあったが、なにげない日常のふとした瞬間に前触れもなく蘇った。
例えば夜中に寝付けず、布団の中でふと目を開けた時に。例えば雑踏の中、信号機が赤から青に変わる瞬間に。そんな時、自分がとても幸せな気持ちになるのが分かった。
そしてどんなに懐かしく思っても、もう会えないのだということを思い出し、少し悲しくなったりするのだった。
ある日、そんな祖母との思い出の中に、一つの恐ろしい記憶が混ざっていることに気がついた。
ずっと忘れていた記憶。

30 :
養女に出され、全く変わってしまった生活の中で少しずつ忘れていった他の記憶とは異なる。自分から進んで頭の中の硬い殻に閉じ込めた、その気味の悪い出来事……
頼子さんはそのことを思い出してから、毎日悩んだ。祖母のことを懐かしく思い出していても、いつの間にか場面はその恐ろしい出来事に変わっている。
そんな時、心臓に小さな針を落とされたようななんともいえない嫌な気持ちになるのだった。
それは祖母の通夜のことだ。
いつも一人で歩いた道を、父と母に連れられて行く。二人の顔を見上げている自分。暗い表情。とても嫌な感じ。なにか話しかけたような。答えがあったのか、それも忘れてしまった。
そして祖母の部屋に座っている自分。狭い部屋にたくさんの人。黒い服を着た大人たち。確かに祖母の部屋なのに、見慣れたちゃぶ台が、衣装掛けが、見えない。
その代わり、見たこともない祭壇があり、艶やかな灯篭があり、大きな花があり、棺おけがある。
母が言う。
お祖母ちゃんは死んだのよ。
通夜だった。初めての。初めての、人の死。怖かった。よく分からない死というものがではなく、黒い服を着た大人たちがぼそぼそと喋るその小さな声が。節目がちな顔が。その部屋の息苦しさが。
畳の目に沿って、爪を差し入れ、引く。俯いてそのことを繰り返していた。やがて父と母に手を引かれ、棺おけのそばににじり寄る。箱から変な匂いのする粉を摘んで、別の箱に入れる。煙が立ち、匂いが強くなる。
棺おけの蓋は開いていて、両親とともにその中を見る。白い花がたくさん入っている。その中に埋もれて、同じくらい白い顔がある。
見たことのない顔だった。
お祖母ちゃんにお別れを言うのよ。
母がそう言う。
お別れ?
どうして。
首を傾げる。
お祖母ちゃんはどこにいるのだろう。
横を見ると、父が薄っすらと涙を浮かべている。
なんだか怖くなった。
そう思うと膝が震え始める。

31 :
怖い。怖くてたまらない。
この人は誰だろう。花に囲まれたこの人は。
大人たちが入れ替わり立ち替わり粉を落とし、こうべを垂れ、花を入れ、小さな言葉を掛けていくこの人は。
怖くて後ずさりをする。
涙を浮かべながら、みんな誰に挨拶をしているのだろう。
座っていた誰かの膝につまずき、仰向けに転がる。
見上げる先に、染みのような木目が長く伸びた天井があった。祖母の部屋の天井だ。
その隅に、白い紙が貼られている。
そこに気持ちの悪い文字が書かれていた。漢字だ。その、絡まりあった黒い線の一本一本がぐにゃぐにゃと動いているような気がした。
怖かった。
どうしようもなく怖かった。
なにもかも、忘れてしまいたくなるくらいに。

依頼人は俯いてそっと息を吐いた。まるで凍えているような口元の動きだった。
話が終わったことを確認するためか、師匠はたっぷり時間を開けてから口を開いた。
「お祖母ちゃんではなかったと?」
「はい」
声が震えている。
「棺おけの中にいたのは、祖母ではありませんでした」
「そんな」
僕は絶句してしまった。
それでは、一体誰の通夜だったのだ。
「お祖母ちゃんではなかったというのは、確かですか。つまり、その、死んだ人を見たのは初めてだったのでしょう。死因にもよりますが、死後には生前の顔と全く違って見えることもあります。
死化粧というものもあります。そのため、まるで別人に見えてしまったのではないですか」
そういう師匠の言葉に、頼子さんは頭を振った。
「いえ。同じくらいの年齢のお年寄りではありましたが、確かに祖母ではありませんでした。今でも白い花に囲まれた顔が瞼の裏に浮かびます」

32 :
「しかし、あなたは大好きだったお祖母ちゃんの死を認めることが出来ず、別人だと思い込んだのではないですか。そうした思い込みは小さな子どもならありうることでしょう。
まして、ずっと忘れていたような遠い記憶なら……」
なおも慎重に訊ねる師匠に、頼子さんはまた頭を振るのだった。
「祖母の右の眉の付け根には、大きなイボがありました。私はそれが気になって、何度も触らせてもらった記憶があります。
しかしその日、棺おけの中にいた人の顔にはそれがありませんでした。もちろんそのことだけではありません。本当に全くの別人だったのです」
きっぱりとしたそう言いながら胸を張る。しかし次の瞬間には目が頼りなく泳ぎ、怯えた表情が一面に広がった。
それでは、一体どういうことになるのだ。親戚がお祖母ちゃんの家に集まり、お祖母ちゃんの通夜と偽って全くの別人を弔っていたというのか。
その状況を想像し、僕は薄気味悪くなる。いや、そんな生易しい感覚ではなかった。はっきりと、忌まわしい、とすら思った。
「……」
師匠は首を傾げながら、なにごとか考え込んでいる。
「それでは、ご依頼の内容というのは?」
代わりに僕はそう訊ねる。
「ええ」と頼子さんは顔を上げた。
「その時起きたことを調べて欲しいのです。その出来事のあと、私は祖母と会った記憶がありません。いったい祖母はどうしてしまったのか?
 それから、その通夜の日、祖母の代わりに棺おけに入っていた死人が誰なのか」
祖母の家はもうずっと以前に取り壊され、そのあたりは道路になってしまっていた。
そして頼子さんはついこの間、当時のことを知っている親戚をようやく探し当てたという。
しかし耳も遠くなっていたその親戚は、せつ子さんの通夜におかしなことはなかったと繰り返すだけだった。
「私がお祖母ちゃんと呼んでいたその人が、父の祖母にあたる人だったと、今ごろ知ったんです。つまり正しくは私の曾祖母ですね。そう言えば、せつ子という名前さえ知らなかったのですよ。
いつもただお祖母ちゃんとだけ、そればかり……」
また視線を落とし、頬を強張らせる。

33 :
事務所の中に、沈黙がしばし訪れた。遠くで廃品回収のスピーカーの音が聞える。
師匠が口を開く。
「その、天井に貼ってあったという紙ですが、なんという文字が書かれていたのですか」
「はい。ええ。それが、はっきりとはしないんですが。私はなにしろまだそのころ小学校にも上がっていない年でしたので。ただ……」
口ごもった頼子さんを師匠が促す。「ただ、なんです」
「ええ。それが、その、霊という文字だったと」
「霊?」
「はい。幽霊とか、霊魂とかの、霊です」
少し恥ずかしそうにそう言った。しかしその顔には得体の知れないものに対する畏怖の感情も同時に張り付いている。
「霊?」
師匠は眉をひそめた。
僕もまた、なんだか気味の悪い感覚に襲われる。霊とは。その場に相応しいようで、またずれているようで。いったいなんなのだろうか、その天井に貼られた文字は。
「その文字ですが、もしかしてその日だけではなく、いつも貼られていたのではないですか」
師匠が不思議なことを訊く。
いつも? いつも天井にそんな霊などという文字が貼られていたというのか。
「いえ。どうでしょうか。そう言われてみると」
頼子さんは驚いた顔をしながら記憶を辿るように視線を彷徨わせる。そしてハッと目を見開き、「あった、かも知れません」と言った。
「どうしたのかしら、私。そうだわ。祖母に尋ねたことがあった。この紙はなに? この紙は。この紙はね。この紙は」
頼子さんは独り言のようにその言葉を繰り返す。
「川添さん。もう一つ確認したいことがあります。その通夜のあった部屋は、確かにお祖母ちゃんの部屋でしたか」
「ええ。それは間違いないと思います」
「お祖母ちゃんは小さな家に一人で住んでいたとおっしゃっていましたが、その家は平屋でしたか。それとも二階建てでしたか」
「ええと、それは」
頼子さんは自信のなさそうな顔になる。はっきり思い出せないようだ。

34 :
「あなたがいつも縁側から訪ねていったという部屋ですが、そこで通夜が行われたのですよね。その部屋の他に、どんな部屋がありましたか」
「あの、ええと」
不安げな表情のまま、頼子さんは必死に記憶を辿ろうとしている。
「他の部屋は…… 覚えがありません。いつも祖母はその部屋にいました。私もそこにしか行ったことが……」
そうしてまた口ごもる。
その様子をじっと見つめながら、師匠はふっ、と小さく息をついた。
「川添さん。あなたのご依頼である、その奇妙な通夜のあと姿が見えなくなったというお祖母ちゃんがいったいどうしてしまったのか、という点についてはお答えできる材料がありません。
ですが、お祖母ちゃんの代わりに棺おけに入っていた死者が誰なのか、ということについてはお答えできると思います」
「え」
僕と、頼子さんは同じように驚いた声を上げる。そして師匠の顔を見る。
「その前に、天井に貼ってあったという紙の文字について見解を述べます。それは『霊』という文字ではありません。
小さな子どもには見分けられなくても仕方がないでしょう。『霊』と良く似た漢字。『雲』です」
くも?
どうしてそんなことが断言できるのか。意味が分からず、狐につままれたような気分だった。
「その部屋には神棚があったはずです。ご存知かと思いますが、神棚は一番高いところに設置されるものです。
出来るだけ天井近くに。そしてそれだけではなく、その建物の最上階に設置されるべきものなのです。
もし最上階に設置できない場合、そこが天に近いということを表すため『雲板』と呼ばれる板を神棚の上部に飾ります。
雲をかたどった意匠を施してある板です。あるいは、『雲文字』と呼ばれる文字を天井に貼るのです。
『天』や『雲』などと書いた紙を天井に貼ることで、その部屋が天に近い場所であるということを表すのです。
これらは古い習慣ですが、今でもまれに見ることができます。その通夜があったのは、五十年近くも前のことです。まだそうした習慣が色濃く残っていた時期でしょう」

35 :
師匠が言葉を切って依頼人の方を見る。
頼子さんは「雲」と呟いて、どこか遠くを見るような顔をしている。
「そしてそれは、お祖母ちゃんの部屋がその家の最上階にはなかったことを示しています。小さいころの川添さんが縁側から訪ねたという部屋は一階にあったことは疑いありません。
しかし、その家は平屋ではありませんでした。なぜなら、『雲文字』を天井に貼らなくてはならなかったからです。つまり二階部分があったのです。なのに神棚は一階の部屋に設置されていた。
家の、もっとも高い場所に置くべきものが、です。ここから想像できることは、こうです。『お祖母ちゃんはその家の間借り人だった』」
だから、神棚を一番高い場所に置きたくても、家の人間ではなかったお祖母ちゃんは一階の間借りしている部屋に置くしかなかった。
師匠は淡々とそう語った。
「その家にはお祖母ちゃん以外に、他の住人がいたのです。あなたが記憶していなくても。お祖母ちゃんの代わりに棺おけに入っていた死者が誰なのか、もうお分かりですね。
いえ、正確にはあなたが『おばあちゃん』と呼んでいた人物の代わりに、棺おけに入っていた人のことです。
せつ子さん、とおっしゃいましたか。お父さんの祖母、あなたにとっては曾祖母にあたる女性。棺おけに横たわり、残された親類や親しかった人々に死に顔を見てもらっていたのは、その人です」
頼子さんは目を見開いた。そして口が利けないかのように喉元が震えている。
「あなたがただ、おばあちゃん、と呼んでいた、名前も知らなかった女性は、もちろん曾祖母のせつ子さんではありません。
またあなたの祖母にあたる人でもなかった可能性が高いと思います。ひょっとすると、全くの他人だったかも知れません。
ただ本当の曾祖母の家の一部屋を間借りしていたというだけの…… 先に断ったとおり、そのおばあさんがどこに行ったのかは分かりません。
せつ子さんの通夜の日、間借りしていた部屋がすっかり片付けられ、たくさんの弔問客を受け入れていたことを考えると、おばあさんはその時すでにもう家から引っ越したあとだったのかも知れません。
病院か、別の借家か。あるいは……」
そう言って師匠はそっと指を天に向けた。

36 :
「古い話ですし、全くの他人であった場合、どこに行かれたのかを調べるのは難しいでしょう。満足の行く調査結果を出すことはできないかも知れません。それでも、私に依頼をされますか」
静かにそう告げる師匠に、頼子さんは戸惑いながら膝の上に置いたハンドバックを触っていた。その手のひらが、やがてしっかりと握られ、ハンドバックの上で静止する。
かすかに上ずった声が、唇からこぼれた。
「私にとって、祖母はその人です。縁側の戸を開けて、いつも私に微笑みかけてくれた、優しいおばあさん。例え名前も知らない、赤の他人だったとしても」
そこで言葉を切り、ゆっくりと口の中で咀嚼してから頼子さんが発したのは、とても穏やかな声だった。
「私たちは、ひとりぼっちを持ち寄って、それでもひとときの幸せを共有していたのだと思います」
そうして依頼人は、「お願いします」と頭を下げた。
(完)

37 :
>>27-36
ウニ乙!

38 :
ウニさん乙!!

39 :
あ、ウニさんだ♪
お疲れさまです〜

40 :
乙です

41 :
あ、ウニさん来てた(=゚ω゚)ノ乙

42 :
うにおつ
同人展開となると型落ちした紙面の話を投下してくことになるのか
同人買えないからありがたいっす

43 :
事の次第は容易に想像ついたが…
ここまで膨らます事が出来るのはやはりウニならではだな

44 :
この人の探し人は誰だったのかな
その人が実のおばあちゃんではないというとこが話の本筋だけど
依頼を受けた結末も無粋だが知りたい

45 :
霊感探偵加奈子

46 :
ウニさん乙
良い話だ〜

47 :
師匠スレにも新作来てるみたいだな

48 :
誰かコピペヨロ
収集の意味で
俺は_

49 :
ホシュage

50 :
シリーズ物って縛りだけどそれ以前に「霊感の強い人にまつわる話」なんだな

51 :
赤緑様カキコミ期待あげ

52 :
その人は、ふっと笑うのだ。穏やかに、鮮烈に。しかし、狂気に満ちた微笑を。
「どの噂のヤツだい?私なら真実と嘘しか言えないけどね」
図星なのだ。…あなたの家系について、なんて聞けるわけないじゃないか。好きでも嫌いでもないのに、家系の話なんて。
「だんまり?いいけどね。あの地域の首無し男と神社の前の女は違うよ」
は?間抜けな話だが、まさにそれについての話を聞きたかったのだ。エスパー?……まさか。
「先輩が見たって噂があって、それで、あの」
「うん。知ってる。でもあの地域は違うよ」
「霊が出たって」
そんな噂。ネットで見かけて思い当たっただけの。
「そこからなのかい…骨折れるなぁ。あれ私の家族」
「バイクの方は亡くなって車は即死だって。え?今なんか言われましたか?」
ふふっと笑う。風のように、遠い目をしながら。
「あれは生きてる人。黒い帽子の兄と夜中に散歩してる私と母の話だよ。霊、見たことないもん」
愕然とした。俺も見たのだから。全部、S先輩の家族の話とは。こうして、俺は都市伝説の流れ方を研究しようと民族学科に入ろうとするのだが、それはまた、別の話。
余談ではあるが母には食える学科にしろとしこたま怒られるのだ。

53 :
1レスで完結しますので割り込みとかは気にしないでください、スレストしてしまったみたいでなんかすいません
先輩はデコが広い。多分、仙骨があるんじゃないかと思って何気なく聞いてみたのだ。
「先輩の小さい頃のあだ名ってなんだったんです?」
「かせいじん」
意味深だ。別の意味のかせいなら笑い死ぬ自信がある。なんでそんな仇が出来たのだろう?
「子供は観察力凄いから。宇宙のヒトですか先輩」
予備動作なしで水落を狙うのは別の先輩だ。S先輩は。
「丹田狙う!」
爪楊枝で歯をシーシーしながら宣言するが本気ではないのだ。どちらかと言えば、だけど。不意に聞かれる。
「地球の人?ってよく聞かれるんだがどういう意味なんだ?」
「…真顔で変なこと言い出すから。あと視える人の注目の的。具体的に言うと視えなくて霊溜まりに突っ込んで散らしたりしてて」
「……もういい。地球人諦めるわ。異性の人より異星の人のほうが多分優しい」
もっともらしくて返す言葉もない。さすがにこの歳までシンデレラしてただけはある。この人はまさか。
「…先輩、王子さまが落ちてたらどうします?好きなの選び放題で」
「虐待されててもめげない性格は大人しめのなるべく正統派」

54 :
で、怖い話は?

55 :
「怖い噂入りました。…どうせ先輩なんでしょ」
いつもの戯れだ。イニシャルは同じだったし、また繰り返しのパターンだ。
「どれどれ。ん、知らない奴だな。ソースだせよ」
予想外だ。確か発信地だって先輩の周りで、何故だ?
「大抵こういう話は先輩が蒔いた種だと思って。聞いたのも友達から、元同級生で身元だってしっかりしてるし。なんです、コレ」
「調べてみる。多分ウチ由来じゃないし怪しい。あー、宗教身内当たるのめんどい。説教長いし実家の流派と違うし本当にめんどい話持ってきやがった。霊からんでたら元当たって家賃請求してやる。」
ズレてきた。この方向は、俺の大好物、オカルト話だ。やっと先輩に関わってから怖い体験が出来そうだ。
身体の芯から震えが走る。これだ、これを求めていたんだ、俺は。
「俺はなにしましょうか?警察のマネでもしますかね?手帳見せただけでホイホイ話くれますからね。警察のモノじゃありませんから、って注釈つけて」
「頼む。ヤバくなったら迷わず退け。最悪、攻撃されっかもしんねー。向こう陰陽系ならうちと神社にこい。忙しくなってきやがったテメー死んだら真っ先に化かしてやるから覚えとけ」
ヤバいほどに燃え上がる。電波最高。

56 :
「だいぶ目星ついたぞ。霊感ない奴だったらサイコ系。メンヘラだったよ」
進むのが早い。情報源がしっかりしてて助かった。しかし、変人を多く出しすぎだぜ先輩の家。なんでコネ活用してまで噂を洗うのか?答えは一つ。くさい、という直感だけだ。先輩と過ごして良かったことと言えば、直感力が上がったことくらいだ。
「気にし過ぎじゃ?だってそれまんま先輩でしょ。そこまで同じなら運命の相手でしょ。とうとう変人じゃなくて恋人つくれってご先祖様のおつげですよきっと」
「運命なら惹かれた時点で恋。コイツは変。そんだけだよ。あと異性としての魅力がない。ないと言うよりはマイナスだっつの」
なんだろう、霊的な危機よりやのつく自由業の方の匂いしかしない。俺たちだけで調べるのはマズい予感がする。
「こんなに自由に動いて平気なんすか?物理的にやばい人ならどうしたら」
「うろたえるな、若造!」
俺は知っている。これは先輩が熱狂的なファンであるキャラを真似して一度は言ってみたかっただけのセリフだということを。十も離れていないのに若造呼ばわりとは先輩もケツの青さは負けず劣らずである。
「さて。なんのツテでそんなことになったのか聞いておきましょうね」

57 :
「まぁ、おじさんに連絡しただけだ。ちなみにサダさんて呼ばれてる方のおじさんだ」
ドヤ顔。もうやらかした後なんだろうなぁ。さよなら俺の将来。こんにちは精神病棟。お母さん、親不孝でごめんなさい。俺は遠いところへ行くようです。
「今、走馬燈が。未来も見えたっすよ……」
「良かったな。予言スレで神になってこい。話はそれからな」
流された。オカルトはつくづく死滅かスルーか極端なヤツである。思わず実行してみたくなったが俺、まだ夢みてたい。予言の正体がこんななんて信じたくないんだが。
「そもそも予言ってなんなんですかね?定義とかじゃなくて、先輩的に」
「うただよ。人間を始め、あらゆる動植物・無機物から創造するだけの予想・予測。当たるのは想像出来たからだよ」
「それなら彼女いない歴=年齢の俺が激モテになる予言してください」
「私も同じで今、ぶっRぞってなったしぶっちゃけ無理ゲー」
二人でため息をつく。お互い様すぎてなにも言えない。俺には嫁が来る未来もないのだ。
「あれ?ひょっとして。アレコレか?」
なんだ?不吉な悪寒しかしない。鳥肌も出てきた。
「ひょっとして私らがカップルだと思われてる件について」
イヤすぎる恋人。

58 :
さて。なぜ怖い話が恐い話になって、物理的にイタい話になったのか。答えは単純、その気もない二人が常にバカしてるからである。
「俺、先輩が恋人ならついてけなくて自Rる自信が」
「奇遇だな。私も霊が視えるって叫びながら私の力振り切ってダイブするお前しかみえないな」
沈黙。なんでこんなことに。俺が悪いの?興味本意で変な人つついた俺が。
「提案があるんだがどうだろう」
「付き合うという選択はないですよ。あんた理想の真逆ですからね」
「同じ雰囲気醸し出して兄弟みたいに振る舞ったらどうだろうか」
意外に名案だ。ただし俺は身内だと決して思われたくない。
「ま、そっくりだけど一緒にいるのは嫌すぎる相手で落としどころですね。実際イヤですし」
「ペアルックにならんように毎日服装報告。親に感づかれたら終了。冷やかされたら女の漢に興味ないとでも言っとけ。…あながち嘘でもないとこが終わっとるな……」
その日から俺たちはなるべく、第三者の友人や似すぎてておっかしい二人を演じることになるが、これが先輩の暴走に拍車をかける羽目になることを俺はまだ知らないのであった。
二人が恋人じゃなくて変人になる。ただそれだけの小さい物語なのだ今の所は。

59 :
PSPからなんで遅くてすいません。進展あればまた書きにきます、それでは。

60 :
いや、もういいや。消えろ

61 :
俺は評価するよ

62 :
・A・ 次のお話はC82夏コミの同人誌に書いたものです。
多分、全五回です。
今夜は1回目だけです。

63 :
『心霊写真』
師匠から聞いた話だ。

大学二回生の春だった。
僕はその日、バイト先である興信所に朝から呼ばれ、掃除と電話番をしていた。
掃除は鼻歌をうたっている間に終わり、あとは電話番という不確かな仕事だけが残った。
窓の方に目をやると、『小川調査事務所』と書いてあるシールがガラスに張り付いている。もちろん外から見てそう見えるように書いてあるので、こちら側からは左右が反転している。
何度目かの欠伸をした。
ぽかぽかした陽気に、昼前の気だるい気分。待てども一向に鳴らない電話。いったい自分がなにをしにここへ来ているのか、だんだんと分からなくなってくる。
デスクには僕の他に二人の人間が座っている。
一人はアルバイトの服部さんという二十代半ばの先輩で、この興信所では小川所長の右腕的な存在だ。
もう一人は同じくアルバイトの加奈子さんという、服部さんと同年輩の女性で、僕をこの興信所でバイトさせている張本人だった。
オカルト全般に強く、霊視のようなことも出来るので、この業界では『オバケ』と呼ばれる不可解な事案専門の調査員をしている。
僕のオカルト道の師匠でもあるところの彼女は、今日は非番だったはずだが、なぜかふらりと事務所に顔を出して、
「暇で楽なバイトだろう」と僕をからかっていたかと思うと、自分のデスクに腰を据えて読みかけの雑誌をつぶさに読み始めていた。
服部さんの方は、朝から市内で調査が入っていたはずなのだが、もう終わったのか、帰って来るなり無言で席に着き、それからずっとカタカタとワープロのキーを一定のリズムで叩き続けている。
小川所長からは、「留守電が壊れてるし、午前中誰もいなくなるから、頼むよ」と言われてやって来たのに、これでは電話番など必要なかったではないか。
そもそも電話の一本も掛かってこないのだ。
実に街は今日も平和だ。いいことだ。
探偵家業にはつらいことだろうが、僕には何の関係もなかった。
服部さんは無口で、話しかけられない限り自分から口を開くことはないし、いや、話しかけられても、なにもなかったかのように無視することさえあるし、
師匠の方は服部さんのことが嫌いらしく、一緒にいると同じように黙り込むことが多かった。

64 :
平和だ。
実に。
暇つぶしに自分の名刺でトランプタワーのようなものを拵えようと何度目かのチャレンジをしている時、何の前触れもなくドアが開いた。
「小川さん、いるか」
この陽気だというのに、季節はずれのコートを身に着けた三十歳前後の男が、戸口に立って荒い息をしている。
その様子に僕は違和感を覚える。
格好のことではない。確かにハンチング帽などかぶり、この部屋の誰よりも探偵じみた格好ではあったが、そのことではないのだ。
本当に何の前触れもなくドアは開いた。つまり階段を上ってくる足音がしなかった。この小川調査事務所の入る雑居ビルは、家賃相応の「たてつけ」をしているのに。
つまりそのたてつけを補って余りあるほど、完全に足音を殺していたということだ。
なのに、この目の前の男はまるで階段を二足飛ばしで駆け上がってきたばかりのように、苦しそうに肩で息をしている。この不一致が違和感の正体だった。
「所長は留守をしていますが」
僕がとっさにそう答えると、男は油断のない動きで室内に入り込み、デスクの影や来客用のパーティションの向こうに誰もいないことを確認すると、
それまで小刻みだった息をようやくひとつにまとめて、「そうか、留守か」と言った。落胆した様子だった。
「所長の友だちか。それとも小川調査事務所への用か」
加奈子さんが雑誌を置きながらそう訊ねると、男は「まぶしいな。ブラインドを閉めてくれ」と言って、顔をしかめて見せた。
いったいどこの地底から来た人間なのか分からないが、とりあえず言うとおりにすると、少し薄暗くなった室内で男は苦しそうに顔を歪めながら、
「小川さんに、田村が、いや田村の弟が会いたがっていると伝えてくれ」と言った。
そうして、「他の誰にもこのことを言うな。分かったな」と付け加えた。
余裕のない口ぶりだった。
「所長はどこに行けばあんたに会えるんだ」と加奈子さんが訊くと、男は顔を強張らせながら「いきつけのバーでもつくっておけばよかったな」と言ったあと、もごもごと口ごもり、
「やっぱり忘れてくれ。さっき言ったことも、全部だ。俺はここに来なかった」と宣言した。
そうして入ってきたばかりのドアの方へ向かおうとする。足を引きずっているように見えた。その靴の先が、赤い線を引いている。
血だ。

65 :
そう思った瞬間、男はつんのめるようにして転がった。そうなる可能性のある電気コードはまだその先だというのに。
どすん、という音がする。
「おい、大丈夫か」
師匠が駆け寄る。
抱き起こそうとすると、男はうめき声を上げた。師匠はコートの裾をつかんで広げた。
シャツのわき腹のあたりに生地が切れた箇所があり、そこから血がにじみ出ていた。
「救急車」
師匠が端的に僕に指示を飛ばす。
すぐにデスクの上の電話に手を伸ばそうとしたが、「待て」という鋭い声に止められた。
「待ってくれ」男はコートで傷口を隠しながら言う。「救急車はだめだ」
「だめな救急車じゃないのを寄越すよう言ってやるよ」
「頼む」
血の気が失せて震えている唇で、男はそう懇願した。
師匠は返事の代わりに、「所長の友だちなのか、客なのか」とさっきと同じことを訊ねた。
「迷惑をかけてばかりだ。どっちでもない」
男は立ち上がろうとした。
「今、外へ出ると一階まで転がり落ちるぞ」師匠はそう言って僕に目配せをし、男をおしとどめる役をバトンタッチするや、デスクの受話器を取り上げた。
1・1・9
ではなかった。
もっと長い。市内局番から始まっている。
相手が電話に出た途端、師匠はいきなり声色を変えて喋り始めた。
「わたし。ごめん。ヘタうった。腹のあたり、ナイフで刺された。抜けてる。うん。はやく来て。お願い。救急車はだめ。絶対。友だちが間違って刺したから、事件にしたくない。ボストンの上の事務所」
受話器を置いた瞬間、さっきまでの苦しそうな声とは打って変わってあっけらかんとした声で言う。
「去年、市内の救急車の平均到着時間は七分半だったってよ。さあどのぐらいで来るでしょうか」
男はその師匠の様子を見ながら、ほっとしたように力を抜いた。その瞬間にまた痛みに襲われたのか、顔をしかめる。

66 :
僕は来客用のソファに男の身体を横たえ、師匠の指示でそのまま湯を沸かしにかかる。
師匠の方は雑巾を片手にドアの外に出て、床を拭いている。どうやら男の血を拭き取っているらしい。そのまま下まで降りて、戻ってきた時、同時に階段を駆け上って来る足音が聞えてきた。
「ちょっと、大丈夫なの」
大きな救急箱を抱えた女性が事務所の中に飛び込んできた。年齢は五十歳くらい。肩と言わず、全身で息をしている。
その横で師匠が、パン、と顔の前で手のひらを打ち、「ごめん」と謝った。
事務所の時計の針を見ると、電話を切ってから十分あまりが経っていた。

「ほんとごめん、って」
「話しかけないで。手元が狂うから」
女性は謝る、というより半ば邪魔している師匠をあしらいながら、テキパキとした動きで男の傷口を処置していった。
後で聞いたところによると、野村さん、という名前の看護婦らしい。以前ある病院に入院していた師匠の看護をして以来の腐れ縁で、今でも交流が続いているそうだ。
いつも無茶ばかりする、自分の娘のような年の師匠を心配してあれこれと世話をやいてくれるのを、当の師匠の方は狡猾に利用しているようだった。
夜勤明けのところを叩き起こされたことに目をつぶるとしても、今回の出来事はさすがに迷惑の度を越えていたのか、真っ青な顔をして、それでもするべきことはしてくれた。
男も無言でされるがままになっている。
応急処置を終え、肩をいからせながら野村さんは立ち上がった。
なにか説明をしようとする師匠の口をふさぐようにして捲くし立てる。
「なにも聞きたくない。どうせろくでもないことに決まってるから! 傷は深くない。血管をそれてて出血も多くない。この程度で貧血になるなんて、普段から栄養が足りてない証拠!
 あと寝不足ならちゃんと寝なさい。以上!」
救急箱を乱暴に持ち上げて、野村さんはあっという間もなく、ドアの方へ向かった。
そしてくるりと振り返ると、「その傷は縫合がいるから、なるべく早く正規の手順で医者に掛かりなさい。あと、私はここに来なかった! いいわね」と言ってから、出て行った。

67 :
野村看護婦が去って行った事務所のドアを見つめながら、師匠は苦笑して言った。
「やたらと人がここに来なかったことになるな」
そうして腹に包帯を巻かれた男を見る。
男の顔はうっすらと無精ひげが生え、目元にはクマがあった。腹の傷がなくても倒れそうなほど疲労しているように見えた。
それでも顔を上げ、僕らの方を見ながら口を開いた。
「小川さんのところの調査員か」
「バイトだよ。こいつはその助手」
「そうか」
ソファに身体を横たえたまま、男は天井を仰いだ。
「金じゃなく、人を使えるやつは、いい探偵だ」
ぼそりとそう言うのを無視して、師匠は男を詰問する。
「あんた所長の情報屋か」
それを聞いて、くっくっく、と男は笑う。
「ルポライターだ。売文屋と言ってもらってもいい」
「ようするに情報屋だろう。所長に用なら、出直したらどうだ。とっとと病院へ行け」
「小川さんには世話になったよ。いや、迷惑のかけどおしだった」
「迷惑だと思ってるなら、もう出てってくれないか」
「あの人は凄い探偵だ。あの人と、兄貴のコンビには誰もかなわかった。本当に。いつだってかっこよかった。高谷さんのお嬢さんが、あんなことになるまでは……」
男の言葉は途中からうわ言のようになり、だんだんと何を言っているのか分からなくなった。
ギシリ。
僕がデスクの椅子に腰掛けた瞬間、男の目が開いた。
「もう一人は?」
そう言いながら身を起こす。一瞬、痛そうなそぶり。
「もう一人の男は?」
繰り返して訊かれ、師匠は服部さんのいなくなったデスクに目をやる。
「面倒ごとの匂いを嗅ぎつけて、さっさと帰ったよ」
デスクの上には、完成した報告書の束があった。
「タレ込む気か」
男は唸るような声を出してソファから立ち上がった。
「おい。落ち着けよ。そんなわけないから」という師匠の声にも耳を貸さずに、男は喚く。

68 :
「看護婦はいい。だが、あの男はだめだ」
「救急車の次くらいにか」
師匠の軽口に舌打ちをして、男は壁にかけておいたコートに手を伸ばす。
「興信所の人間は信用できん」
「こちら、良く分かってらっしゃる」
おほほ、と口元に手をやって笑う師匠を睨みつけると、男は手早くコートを身につけ、ハンチング帽を目深にかぶった。
「おっと、本当に礼も言わずに帰る気か」
師匠が行く手に立ちふさがる。
男はドン、と肩で師匠にぶつかりながら言った。
「ありがとよ、バイトのお嬢さん」
そうしてその脇をすり抜けながら、ふらつく足元のままドアの向こうへ消えて行った。

そんなことがあった以外は、じつに平和に時間は過ぎた。僕と師匠はさっきの出来事をぽつぽつと話題にしながら、お茶などを飲んでいた。
やがて時計の針が正午を過ぎるころ、小川所長が帰ってきた。
「あれ、なにかあった?」
ネクタイを首から外しながら、ひくひくと鼻を動かしている。
そう言われて僕も真似をすると、消毒に使ったアルコールの匂いが部屋に残っていることが分かった。
「血の匂いがするよ」
それは気づかなかった。知っていたはずの僕でさえ。
師匠がさっきの出来事をかいつまんで説明する。所長は難しい顔をして聞いていた。
「田村か」
聞き終わったあと、ぼそりと言った。深い溜め息までついている。
「情報屋なのか」
師匠がそう訊くと、所長はあいまいに頷いた。
「七つ上の兄がいてな。その兄は優秀な情報屋だった。僕も色々と助けてもらったよ。だけど四年前に死んだんだ」
デスクの上に腰掛けながら、灰皿を引き寄せて煙草に火をつける。
「自動車事故だったな。確か。早すぎる。惜しい人を亡くした」
煙がわっかになって飛んでいく。

69 :
「優秀な兄に憧れるばかりだった弟は、自分の中でその死を乗り越えられず、一番安直な道を選んだ。ようするに跡を継ごうと決意した。
努力は認めるよ。僕でもしり込みするようなトコロへ揚々と乗り込んでいく勇気も。だけどそれだけだった。
センスがないと言えばそれまでだが…… 首根っこ引っつかんででも、別の道を進ませる甲斐性が僕にあれば、今ごろはもっとまっとうな人間になっていただろうけど」
子どものことをさも知ったように語る保護者のような口ぶりだった。
なんだか掬われない気がして、僕は言ってやりたくなった。
『あの人は、ただ優秀な兄貴に憧れたんじゃなく、あなたと組んで輝いていた兄貴に憧れたんだ』と。
黙ったままじっと見ていると、小川所長は灰を落として僕らの方に顔を向けた。
「田村がどんな危ないヤマに首を突っ込んだのか知らないけど、君たちはもう関わるな」
言われなくても。
「薄暗いな」
所長がそう言って初めて、僕は窓のブラインドを下ろしたままだったのに気づいた。立ち上がろうとした時、電話が鳴った。
「はい、小川調査事務所」
所長が近くの受話器を取った。朝から電話番をしていて、今日初めての電話を僕は取れなかったことになる。
師匠もそう言いたげに笑っている。
「あ、これはどうも。え? そうですよ。今帰ったところです。怖いなあ。見てたんですか」
口調は軽いが、所長の言葉が緊張を帯びている。
それに気づいて僕は、虫の知らせのようなものを感じてギクリとした。
「田村? 知りませんねえ。ここしばらくは見てないですよ。あいつなにかやったんですか」
所長はそう言いながら、電話機を持ち上げてスルスルとケーブルを引きずりながら窓際に向かった。
「え? ですから見ませんって。本当です。匿うって、そんな、松浦さん」
所長はブラインドを上げて、窓をそっとすかせた。
気持ちのよい風が、アルコールや血の匂いの充満した室内に入り込んでくる。竿竹売りの声が聞える。

70 :
松浦。
僕はその名前に聞き覚えがあった。ヤクザの名前だ。
小川調査事務所は『まっとうな』興信所だが、こういう業界にはどうしても暴力団の影がちらついている。単純に金主筋、というわけでなくても、多かれ少なかれそうした反社会的組織の影響はあるのだろう。
アンダーグランドな調査であればあるほど。
師匠の顔も強張っている。
師匠は異常なほどのヤクザ嫌いだ。本人に面と向かってもそう断言するほど嫌いなので、僕は気が気ではなかった。
「すみませんね。お役に立てなくて。いえいえ。もし見かけたら、一報しますよ。それじゃ」
所長は電話を切るや否や、僕らに向かって「早く逃げろ」と言った。
「え?」
と、うろたえる僕を師匠は小突いて、「行くぞ」と言う。
「電話口から竿竹屋の声がした。近くから掛けてる。くそ、田村の野郎やっかいごとを」
僕と師匠が連れ立って事務所のドアを出て、階段を駆け下りていると、同じくらいの勢いで駆け上って来る一団があった。
「はいはい。ストップ」
見るからに堅気の人間ではございません、と主張するような服装をした数人の男たちだった。
「あがって、あがって」
長めの髪の毛を茶色に染め、ど派手な紫のジャケットを着た先頭の男が、身振りを交えてそう言う。チンピラ風だが、後方の連中はもっと本格的な暴力団スタイルをしていた。
思わずその場で硬直していると、「あがれって、言ってるでしょ」と茶髪の男が、ニッコリとえびすのように目を細めて僕の腹に拳を置いた。
そっと、触れるか触れないか、という軽い拳だったが、僕は未知の暴力への恐怖に背筋が凍った。
「わかったかい。わかったら、もう一回わかれ」
どぶん。
腹に重いものが落ちてきた。一瞬で息が詰まる。
「さあさあ。後ろがつかえてるんだから。早くあがってあがって」
殴られた。殴られた。
僕の頭の中は混乱の嵐だった。

71 :
忌々しそうにしながらもしぶしぶ元きた階段を上り始める師匠を見て、何も考えずに付き従う。戻ってきた僕らと、その後ろからゾロゾロと現れた男たちを見て、小川さんは顔を覆った。
「ごめん」
謝る師匠に、「いや、ごめんはこっちだ」と小川さんは力なく返した。
ドアから次々と入ってくる男たちの最後に、一際地味な格好をした男が入ってきた。
黒いダブルのスーツだったが、他の男たちほど胸元を広げておらず、下のシャツも白の無地で、ネックレスの類も身につけていなかった。
さすがにネクタイこそしていなかったが、髪型もパンチなどではなく、控えめな長さのオールバックだった。
そして黒縁の眼鏡をしている。
この小川調査事務所がらみで、何度か見たことがある男だ。確か『石田組』という名前の暴力団の男。
その中でも、普通に街で遊んでいるだけでは、そうそうお目にかかれない、真に暗い場所に生息している人間だった。
「松浦さん、これはなんだ」
所長がその男に、鋭い口調で言う。
「電話で言ったとおりだ。田村を探している」
「こちらも電話で言ったとおりだ。ここしばらく見ていない」
言い返した所長に、茶髪の男が喚き声を上げる。
アニキになんて口ききやがる。
そう言ったのだろうが、あまりに頭の悪そうなドスの利かせ方をして、ほとんど何を言っているのか分からない。
「小川さん。あなたが知らなくてもこちらは一向に構わない。この事務所は、田村と何の関係もない。それが分かればいいんです」
松浦というヤクザは、顎をしゃくって見せた。確か石田組の若頭補佐という役職だったはずだ。
男たちが室内に散る。台所やトイレ、ロッカー。人間一人隠せる場所など限られている。あっという間に、男たちは手持ち無沙汰になった。
「いないのは間違いないようですね。では彼について知っていることをお訊きしましょうか」
そうして、松浦は僕と師匠とに交互に目をやった。

72 :
「松浦さん、それはだめだ」
所長は今日一番の低い声を出した。そしてじっと相手の目を見つめる。
「だからてめえはだれにくちきいてんだっつってんだ」
茶髪が頭を上下に振りながら一歩前に出た。そのそばにいたゴリラのような顔の背の高い黒服がそれを押しとどめる。
その時、僕にもう少し余裕があったなら、よく聞く「良い警官と悪い警官」の話のように、乱暴な若者と、それをなだめて穏やかに話を訊き出すベテランの、それぞれの役割をこの場でも演じていると感じたかも知れない。
それにしても、茶髪の若者は一番チャラい格好をしていて本職というよりは街のチンピラのようで、どちらかというと、あのゴリラ顔の男の方に「悪い警官」役をやられると僕の心臓はもっと縮み上がったに違いない。
「話をややこしくするな」
ゴリラ顔の男は茶髪の頭を小突いた。小突かれた方は恨めしそうにしている。
「そう。話はシンプルに行きましょう。田村は来たのか、来なかったのか」
松浦はそう言って、時計を見た。
ゴツイ時計だ。どうせオメガだかロレックスだとか言う名前で、無駄にダイアモンドを散りばめて、精密時計並に値を吊り上げた不精密時計なのだろう。
「あまり長居もしてらないのでね。あと三分半くらいでお願いします」
それは、僕らが口を割るまでの時間なのか、それとも割らせるまでの時間なのか気になった。
あの田村という男にはなんの義理立てもないので、ゲロするのに全くやぶさかではなかったのだが、一度「知らない」と答えている小川さんの立場がどうなるのか、それだけが気になって僕はなにも言い出せないでいた。
師匠と目配せしようにも、その不自然な動きだけであっという間にとっつかまって拷問を受けそうな気がしてならない。
「来ましたよ。来ました」
小川さんは白旗、という風に両手を上げた。
茶髪の男がまたなにか喚いて、ゴリラ男に肩を押さえつけられている。
「話はシンプルにお願いします」
松浦は静かにそう言った。
「私が留守の時に、私を訪ねてきたようです。一時間半くらい前です」
そうして小川さんは淡々と事実の説明をした。バイトの調査員をやっかいごとに巻き込ませたくない一心で「知らない」とウソをついたことまで。

73 :
ほぼすべて事実だった。だが事実のすべてではなかった。野村看護師の出番は師匠の見よう見まねの応急処置にとって代わられた。
一応は手伝っていたので、なまじウソでもない。これ以上無関係の人間を関わらせたくないからだろう。
「なかなか、分かりやすい話でした」
松浦はカツカツと、顔が写りそうなほど磨かれた革靴の音を響かせながら窓際にある小川所長のデスクに腰を乗せた。
デスクの上には、本来のそのデスクの電話機とは別のものが、ケーブルをずるずると延ばして乗っかっている。
松浦は事務所の主に断りも入れず、その受話器を持ち上げると電話を掛け始めた。
「私だ。情報は?」
そう言った後、じっと聞き役に回っていたかと思うと、「頼むよ」と一言いって受話器を置いた。
最後の言葉は、字面からは想像もつかないほど寒気のするような響きだった。頼まれた相手もきっとそう思っただろう。
他のヤクザたちは乱暴にさっきの所長の言葉の裏づけを取っている。つまり、血をぬぐったガーゼや消毒液の染み込んだコットンをゴミ箱から見つけては、無造作にそれを床に投げていくのだ。
他人の家の床が汚れることなんて屁とも思っていないらしい。
「彼の怪我はどうでしたか」
松浦が師匠に声を掛けた。田村を介抱したことになっている師匠は、今まで一言も発しなかったのが自らの戒めであったかのように、その禁を破って静かに言った。
「致命傷ではなかった。自分で立って歩いて帰れるくらいの怪我だ。だけど疲労困憊って感じで、声もかすれ気味だった」
答え自体は簡潔なものだった。しかしその口調は、デリケートな相手に対してするべきものではなかった。
案の定、茶髪が口の利き方がどうだとか言って吼えている。
そのころになると、ようやく僕もこのひと騒動が無事に終わりそうな気配を感じて、浮き足立っていた足も地に着き、周囲を観察する余裕が出てきていた。
部屋にいるヤクザは全部で五人。
若頭補佐の松浦という男は三十台後半くらいで、後は一人だけかなり年嵩の眠そうな顔の男がいたが、他はもっと若い。中でも茶髪の男は二十代前半だろう。
そして全員の胸元を見てみたが、よく耳にするような金バッジはつけていなかった。

74 :
だからといってこいつらがヤクザではないのかも知れない、などという希望的観測はさらさら湧いてこなかったのであるが。
「あの怪我は、刃物の傷だ。どこでどうやってついたのやら」
師匠がさらに挑発するように言う。
松浦はずい、と上半身を乗り出した。
「ちょっとした勘違いがありましてね。田村はうちの若いのと一瞬もみ合いの様な形になったらしくて、その時お互いが怪我をしたようなんです。まあよくある間違いですよ。お互い様というやつです。
ビジネスの話が途中だったので、そんなことは水に流してさあもう一度話し合いを、というところで彼の行方が分からなくなりましてね。困ってるんです」
松浦がそう言った
「お互いが怪我?」
師匠は眉をひそめて、宙に視線を漂わせる。
僕もその意図を悟って、師匠の視線の先に意識を集中した。
田村はあれだけの大怪我をしていて、なお追われている。そのわざわざ口にしたもみ合いが本当なら、相手はただの怪我ではないのではないか。そう思ったのだ。
だが、僕がどれほど目を凝らしても、彼らの周囲に真新しい死の影は見当たらなかった。
「そのもみ合った若いのっては、死んではいないみたいだな」
師匠はぼそりと言う。
松浦は怪訝な顔をしたが、すぐになにか気づいた表情を浮かべて笑った。
「聞いたことがありましたよ。『オバケ』専門の探偵さん。あなたでしたか。いやいやこんなにお若いとは」
他のヤクザたちは狐につままれたような顔をしている。
「私は、こんな商売をしていると自然と敵が多くなりましてね。そのせいか、努力が全く報われないことが多いんですよ。
同業者には占い師なんかに血道を上げて、その努力が努力の通り報われるようなご助言をいただこうという連中もいます。しかし、私はどうもそういうのが嫌いでねえ」
松浦が、目を細めた。
今までは、ただ自分の役割を演じていただけの男が、一瞬で脱皮し、蛇のような冷たい本性を現したかのようだった。

75 :
「うそは、いけません。うそは。うそは簡単に人を幸せにしますが、見破られたときの不幸は、周囲のすべてを巻き込みます。霊能力者と名乗る連中も同じですよ。
テレビであれだけ騒がれても、うそが暴露され、さらし者になる。一番不幸なのは、そいつらを信じて身代を投げ打った無辜の民です。
なのにまた、前任者のさらし首が乾かないうちに次の霊能者がブラウン管を賑わせる」
ひたひた、という滑らかな口調で松浦は続ける。
「あなたがそんなうそを言う人間でなければいいが。心からそう願ってやみません」
松浦は腰掛けていたデスクから降り、師匠の前に歩み寄った。そして手を伸ばせば触れるか触れないかという距離で立ち止まると、口を開いた。
「私は、占い師や霊能者を名乗る者に出会うと、必ずこう訊くようにしています。『私には誰か守護霊がついて見守ってくれてはいませんか』と。
彼らは一瞬困ったような顔をした後、こう言います。『お母様が守護霊としてついていてくださいますよ』と。あるいはこうです。『お父様が見守ってくれていますよ』と」
松浦は師匠の顔を正面からじっと見つめている。
師匠もその視線をそらさず、真っ向から見つめ返している。
「私の年齢ならば、父や母はまだ生きている可能性は十分ある。生きていたとしたらその時点でペテンだと露呈します。
なのに、安全に祖父や祖母の話を持ち出さなかったのは、彼らもまたある種のプロフェッショナルだということです。ホットリーディング、と言うんですか。
顧客の情報を事前に可能な限り仕入れておいて、さも今霊視しているように演じる、あれです。この私どもの業界は人の口には戸を立てられない、というのを地で行く典型的な噂社会でしてね。
ちょっと知ってる風の三下にそれなりのものを掴ませれば、簡単に聴けるんですよ。私の父が本家、立光会の先代だってことや、母はその何人目かの愛人で私は中学校を卒業するまでは
私生児として育てられたってことをね。そしてどちらももう死んでいて、この世にいないことも」
表情を全く変えずに、松浦は師匠に問い掛けた。
「公然の秘密というやつです。それを踏まえた上で、あなたにも問いたい。『私には誰か守護霊がついて見守ってくれてはいませんか』と」

76 :
さっきまでのヤバさと、全く次元の違うヤバさだ。
ひしひしとそれを感じる。
同じような感触を得ているであろう他のヤクザどもも、緊張した面持ちで動けないでいる。
松浦の満足するような答えが返ってこなかった場合、いったいどうなるのか。想像するなと言われても、想像しようとしてしまう自分がいる。
「さあ。どうです」
これが最後の問いだ、と言わんばかりに松浦は口を引き結んだ。能面のような顔だ。ふと僕はそう思った。
師匠がゆっくりと口を開く。
「いないね。誰も。あんたの後ろにあるのは虚無だ」
めんどくさそうに言って、鼻で笑った。
松浦は一瞬、呆けたような顔をして、それからゆるやかにまた脱皮をし、元の蛇のような表情に戻った。
師匠がぼそりと言う。
「霊の話をしてると、寄って来るって言うだろう。来てるよ、ほら」
師匠が窓の方を見た瞬間に、松浦もまたそちらを見た。
そして窓から目を逸らすと、二人で見詰め合った。驚いたような顔だった。
しようもない手口で脅かされた松浦の方は、顔を真っ赤にしてもおかしくない場面なのに。
不思議な沈黙が流れて、僕らは息が詰まった。
誰も動かない状況を破ったのはふいに鳴った電話だった。
取ろうとした小川所長を目で制し、松浦はそのまま年嵩の男に目配せする。男はすっと動いて受話器に手を伸ばした。
「はい。小川調査事務所」
抑揚のない声でそう告げると、電話の向こうは関係者からだったらしく、松浦の方に向き直って受話器を下げ、「見つけたそうです」と簡潔に報告した。
「分かった。お前ら先に行け」
松浦がそう言うと、年嵩の男、ゴリラ男、そしてもう一人長い顔をしたパンチパーマの男が頭を下げて部屋から出て行った。
後には、小川調査事務所の三人と、松浦、そして茶髪の男が残された。表でベンツだかBMWだかの車のエンジンが重低音を響かせたかと思うと、その音があっという間に遠くなっていった。
残った茶髪の男は松浦付きの運転手なのだろう。

77 :
さっきから何が楽しいのかニヤニヤと無意味に笑っている。本当に頭の悪そうな顔だ。僕はさっき殴られた腹が急に痛み出し、二対三という数字上の優位をたてに軽く睨みつけてやった。
茶髪はその視線に気づいて、からかうように顔をしかめてみせている。そしてまたヘラヘラと笑う。
「で、捕まった田村はこのあとどうなるんだ」
師匠がなんでもないことのようにそう問い掛けると、これまで師匠に任せようとばかり沈黙を貫いていた小川所長が、「おい」とたしなめる。
「そちらには関係ありませんよ」
つまらなそうにそう言って、近くにあったティッシュで鼻をかんだ。
しかし目的は達成したとはずだというのに、すぐに去ろうとしないのはなにかまだ言い足りないことでもあるのに違いなかった。
師匠は距離感を図ろうともせずに、さらに懐へ飛び込む。
「あいつはなんで追われてたんだ」
そう問うと、松浦はティッシュをゴミ箱に投げ入れた。狙いは外れなかった。
「……そうですね。株式会社角南建設。知ってますかね」
急に僕でも知っている中大手ゼネコンの名前が出てきて少し驚いた。この市内に本社を構えていて、地元ではトップ企業の一つだ。よくテレビCMを目にする。
「そこの今の会長は創業者一族の重鎮でしてね、角南盛高(すなみもりたか)。御年七十一歳。
そしてその兄が、一族の現当主にして県議会議員の角南総一郎。御年七十三歳。当選十回の、泣く子も黙る古狸です」
松浦はまたティッシュを鼻にやった。
茶髪がソファを引きずってきて、後ろに据えると、何も言わず当然のように腰をかける。
「まあ、この角南一族というのは、戦前から海運業などで財を成した言わば財閥で、さまざまな分野にその根を張り巡らせています。例えば」
松浦は有名な地元製薬会社の名前を上げた。
「あそこの株主の中でも、主要なところは角南家に抑えられています。名前は直接出てきませんがね」
今度のティッシュは的を外した。あ〜あ。という感想が漏れる。
茶髪は、拾うべきか拾わざるべきか悩んでいる顔をしながら、一応という表情で拾いに行って、ゴミ箱に入れた。

78 :
「そして地元でも、もはやまともに立ち向かってくるもののいない、権威と権力、そして金を手にしている彼ら一族ですが。次の衆院議員選に、その秘蔵っ子を出してくるらしいんです」
喫茶店でゴシップ話でもするように松浦は続ける。
「二区でね。一騎打ちですよ」
秘蔵っ子とやらの一騎打ちの相手とは、次期首相候補と噂される代議士のことだ。地元出身ではない僕でも名前は知っていた。
「今まで有形無形の様々な形で応援していたのが、手のひらを返して対立候補を立ててくるんです。ただごとじゃない。
その秘蔵っ子は、そうですね。角南盛高か、総一郎のどちらかの息子とだけ言っておきましょう。まあ、こんな情報はそこらの週刊誌にも出てるような話です。話半分に聞いておいて下さい。
まあ事実上一騎打ちと言っても、今の中選挙区制では次点でも落ちることはありません。しかし、万が一、新人の後背に甘んじるようなことになれば確実に顔は潰れます。
次期総裁の座も危ない。と、こういう図式です。問題は勝算があるのかどうか、ということですよ。あるいはただのブラフかも知れない。
ブラフだとしても、こんな情報が市井に出回っている時点で、一定以上の効果はあるでしょう。出ちゃおうかな、出ないでくれ。そういう交渉が水面下で続いているのかも知れない。
その見返りの『算盤のケタ』の問題を詰めている最中なのかも知れない。さて、私ども凡俗の人間には分かりかねる世界ですが……」
松浦はそこで言葉を切って、それまで向いていた師匠ではなく、所長の顔を見て言った。
「出ます。十中八九ね」
あっさりとそう断言するのだ。
「そして出るからには勝ちに来ます。間違いなく。一族を上げて。そこで怖いのは、スキャンダルです。
今まで中央政界で散々もまれて来た某代議士センセイと違って、ほぼ初めて一般の方の目に触れる箱入りのお坊ちゃんだ。もっともハーバード大学卒業から始まるキャリアは大変なものですがね。
ともあれそんな大事なお坊ちゃんには、まだスキャンダルの洗礼の余地が十分にあるんですよ。立候補の告示日の翌日には落選確実の一報が入るような、恐ろしい一撃がね」

79 :
黙って聴いていた小川さんは、やっと口を開いた。
「いったいなんの話なのか分かりませんが。そう言えば角南県議は今でも角南建設の顧問でしょう。株も相当数保有しているんじゃないですか。
常々思っていたんですが、あれは、地方自治法上の……何条でしたっけ。とにかく兼業禁止規定に引っ掛からないんですかね」
まるで話を逸らすような内容だったが、松浦はそれについても解説を加えた。
「角南建設は確かに、県発注の公共工事を多数落札し、施工しています。一見すると、議員の自治体からの請負を禁じた九十二条に引っ掛かりそうなものですが。
実は本人が請け負うと即アウトなんですが、法人の場合、その法人にとってその議員がどういう役職にあるか、実体としての影響力を持っているか、に掛かってきます。そして支配的な地位を持っていると認定されても、請負の額の問題が発生します。
判例にもよりますが、まあだいたい法人の年間受注額全体における県発注工事の占める割合が五十パーセントを越えなければセーフですね。それに、兼業禁止にかかる発議権は、議員に専属しています。
お仲間たちに無駄な声を上げさせない力を持っていれば、そんな問題自体が発生しないんですよ。検察だって手が出せません」
ところが、と松浦は話をまた元に戻す。
「そんな兼業禁止規定だなんていう抜け穴だらけの有名無実な禁則事項よりも、もっと危険で即効性のある『毒』が、ある男からもたらされたんですよ」
「それが田村なのか」
松浦はそれには答えなかった。喋りすぎていないかどうか慎重に吟味しているような顔をしていた。
そもそも僕にはなぜ松浦が、そんな裏の情報をここで口にするのかさえ、さっぱり分からなかったのだが。
「老人って、なんのことだ」
師匠が何気なく漏らした一言に、松浦の顔つきが変わった。
茶髪の男が師匠の背後に回ろうとして、その間に小川所長が身体を割り込ませる。
「静かに」
その動きを制して、松浦はゆっくりと問い掛けた。
「どこで、それを」
「この事務所で倒れてから傷口を洗うまで、田村は気を失ってたんだ。アルコールをぶっかけた途端、喚いて目を覚ましたけどな。その気絶している間に、呟いたんだよ。うわごとみたいに。なあ、老人って誰のことだよ」

80 :
「田村は老人が、どうした、と言っていたのです」
「知らん。老人、っていう言葉しか聞き取れなかった」
松浦は射るような目つきで師匠の顔を眺めた。そうして「老人は」と、口を開く。カパリと。
「総一郎、盛高の父です。先代当主ということになりますか。もう十年以上前に亡くなっています。老人…… そう。彼は、ただ『老人』と呼ばれています。畏敬をもって。
その息子たちがそう呼ばれて久しい年齢になっているというのに」
角南大悟(だいご)
本名をそう言いました。
松浦の言葉に、一瞬小川さんが驚いたような顔をした。どうやら知っているらしい。
そちらに一瞥を加えてから続ける。
「時代を超え、ただ、その名のみをもって今なお人を畏怖させる。日本戦後史の暗部にうごめくフィクサーの一人です」
「その老人とやらにまつわるスキャンダルだってのか」
師匠が鋭く切り込んだ。
松浦はソファから立ち上がった。
「さて、どうでしょう。ただ、地元に根を張る我々としては、仮にそんなものがあったとしたら、東から来る仁義の欠片もないヤカラどもと違い、郷土の英雄を守りたいという義憤にかられるのではないでしょうか」
もう話は終わりだ。
そう言いたげに、松浦は茶髪の方に顎をしゃくってみせる。
最後に、事務所を荒らされ放題にされた格好の小川さんが、短く言った。
「そちらと、角南一族とは縁が切れていたと思ってましたがね。例の産業団地がらみで何人逮捕されたか考えれば」
松浦は目を細め、すっと半歩だけ近寄って顔を突き出しながら言った。
「組織が大きいとね、色々あるんですよ」
まるでそれまでの話よりもよほど重大な秘め事を明かすかのような口調で。そうして、蛇のような男は、青白い顔の印象を強く残しながらドアの方へ向かった。
「あ、そうそう。その『毒』ですがね。どうもおかしなところがあるようなんです。まだよく分からないのですが。この次は探偵を頼る客として来ることがあるかも知れない。
その際はご指名しますよ、お嬢さん。次に会う日までに、年長の人間と話す時の作法を身に着けておくと、もっといい」

81 :
こちらを振り向かずにそう言うと、松浦はドアの向こうへ消えた。後を追う茶髪がその去り際、ふらりと近寄って来ると、いきなり僕の頭を軽く抱えて、ぼそぼそと言った。
「おい。兄ちゃん、俺の顔を見て笑ったろ。人をよう、見かけで判断しちゃダメだって、教わらなかったんか」
そして、さっき階段のところで食らわしたのと同じパンチをボディに入れてきた。こっちからずっと睨んでいた腹いせに違いなかった。重い痛みが芯に響き、身体が九の字に折れそうになる。
茶髪は、その前歯が一本欠けた間抜けな顔をすっと遠ざけ、じゃあなと言って、ドアの向こうへ去って行った。
また外車特有のエンジンの音を響かせ、その音が遠ざかっていくのを聞いた後、僕ら三人は一人残らずへたり込んだ。
「寿命が縮むよ」
小川さんが、師匠を恨めしそうに見ている。
「ヤクザ、怖えぇな。やっぱ」
師匠は今さらのようにそう一人ごちる。
僕はというと、殴られた腹を手で押さえながら、もういい加減にこのバイトを辞めようと心に誓ったのだった。
「あ。お嬢さんて、今日二回も言われた」
師匠が妙に嬉しそうにそう言った。


82 :
わーお

83 :
ウニ乙ゥ!

84 :
>>63-81
ウニ乙!

85 :
(あ、この茶髪ひどい目にあいそうな気がする)

86 :
こいつ直接脳内に……っ!

87 :
あ、ウニきてた。乙!

88 :
オカルトかと思ったらハードボイルドだったでござる
期待

89 :
ウニってオカルト無視した話ならしっかりオチつけれるんじゃないか?
単純な推理物とかにも期待したいとこでつ

90 :
ヤクザどもが去って行った後、小川さんはしばらくソファでぐったりしていたが、急に飛び起きると、慌てた様子でデスクについて仕事を片付け始めた。
ホワイトボードのスケジュールに目をやると、所長は今日の午後三時半の飛行機で東京へ立つことになっていた。
帰りは明日の午後九時となっている。
なんだか慌しいが、仕事は人と会う用件が一つだけで、あとは友人の結婚式の二次会に参加するのが主な東京行きの目的らしい。
書類の束をいくつかに分けながら、所長が顔を上げる。
「加奈ちゃん、これ、請求書、て、あれ、そういや今日呼んでないよね。遊びに来たのに、バイト代は出ないよう、と」
そしてヤクザが家捜しで荒らした事務所内を片付けていた僕を手招きする。
「請求書作ったことあったよね。これと、これの分を頼むよ。送り先はここね」
そうして幾つかの指示の後、しばらくかかって綺麗にデスクの上の書類を片付けてしまい、最後に服部さんのデスクにあった報告書のチェックにかかった。
その間、加奈子さんは所長と僕が働いているのをぼんやりと見ているだけで、時々「腹減った〜」と喚いたり「危険手当」や「ヤクザ手当」といったものを後付けで勝手に考案しては、要するに小遣いをせびって邪魔ばかりしていた。
所長は服部さんの報告書に付箋で指示を書き込んでから、ようやくデスクから離れた。
そして脱いでいた上着を着始めたので、師匠が「そのひん曲がったネクタイで結婚式行くのかよ」とからかうと、「ばか。一度家に帰るよ。それに二次会からだ」と返した。
そうして事務所から慌しく去っていく前に、僕らに向かって真面目な口調で言った。
「今日のことは僕のせいだ。すまん。君たちにはああいう人間たちにはできるだけ関わって欲しくないし、僕も関わりたくない。
やつらが田村のことをどう決着つけるにせよ、命の危険があるほどのことなら、田村は自分で警察に逃げ込む程度の分別のあるやつだ。
ああいう仕事を望んでしている以上、自分の尻は自分で拭く必要がある。それは田村自身覚悟の上なんだ。だからこの件には関わるな。
特に加奈子。僕の経験上、凄く嫌な予感がしてるんだけど…… 大丈夫だな」
師匠は、わざと曖昧に頷いた。
その肩に手を置いて、所長は大丈夫だなともう一度念を押し、わざとにこやかに笑った。肩を掴む手にはかなり力が入っているようだ。

91 :
「でも冷たいな、所長。わざわざ会いたいって訊ねてきたんだろ、田村は」
「やっぱり忘れてくれ、と言ったんだろう。最後に。あいつは、頼ろうとした自分を恥じたんだ。とにかく、もう関わるな。いいな」
ようやく師匠はちゃんと頷いた。
僕は初めてのヤクザとの第三種接近遭遇にまだ足元はふわふわと浮いているような感じだったが、これでもうこの件は終わったものと思って安堵していた。

その次の日は土曜日だった。
僕は朝、師匠の家に電話を入れたのだが、留守のようだった。昨日の小川所長と同じような予感めいたものがあり、自転車で小川調査事務所に向かった。
雑居ビルの脇の狭く薄暗い階段を上り、三階にある事務所のドアをノックする。応答があり、中に入ると案の定、師匠がいた。
なにやら仏頂面をして、自分のデスクで肘をついて顎を支えている。
「なにしてるんですか」
「なにも」
向かいのデスクには服部さんもいる。
しかし師匠の方は不定期の『オバケ専門』のバイトだ。その依頼について、「受ける」「受けない」は所長の小川さんに決定権がある。今抱えている案件はないし、所長の留守中に、どう考えても師匠がここへ出てこないといけない理由はなかった。
もちろん、昨日の田村がらみ、いや、ヤクザがらみの件を除いて。
「ねえ、なにしてるんですか」
「肘をついている」
顎が固定されているので、頭の方がカクカクと動いている。
「帰りましょうよ」
「帰れば」
「帰りません」
「好きにすれば」
「します」
「……」
「なにしようとしてるんですか」
「右肘の先が痛くなってきたから、左肘に変えようとしている」
よ、と言いながら師匠は姿勢を入れ替える。
その向かいでは、服部さんがワープロのキーを叩きながら、どこかに電話をかけている。どうやら昨日の報告書で、所長に指摘された部分の裏を取っているらしい。

92 :
同じバイトの身で、こうまで勤務態度が違うと普通の職場なら軋轢を生みそうだが、お互い、良い意味で無視をし合っている。
無関心というべきか。そもそもこの二人には接点がないので、摩擦すら起こらないのだった。
息が詰まるような沈黙が続いていると、事務所の電話が鳴った。服部さんが手を伸ばそうとしたが、それよりも早く師匠が自分のデスクの受話器を上げた。
「はい、小川調査事務所」
なんだ、所長か。そんなつぶやきが漏れた。
僕は耳をそばだてる。
師匠は電話をかけてきた所長と二言三言、会話を交わした後で僕の方を見てから受話器から顔を離して、こう言った。
「昨日の田村、捕まってないってよ。石田組のやつらに」
はあ?
僕は何を言っているのか分からず、唖然とした。
師匠は受話器を口に戻して続ける。「どうやって知ったの。へえ、あるルートねえ。あんなこと言っといて、気にはしてたんじゃないの、あの後どうなったか」
そうしてまた僕の方を見て言った。「とにかく、すぐに事務所を出ろってよ」
また受話器に耳を押し付ける。「え? 服部? 服部もいるよ。ああ。分かった。言っとくよ。分かった。分かった。すぐ帰るってば。はいはい」
師匠は電話を切ると、僕と服部さんに向かって言った。
「田村は何故か逃げ切ったらしい。今も石田組の連中が傘下の団体も使って捜索中だってよ。ここにもまたやつらが押しかけて来るかも知れないから、早く帰れってさ。あと、服部も今日はもういいから帰れって」
それを訊いた瞬間、服部さんのワープロのキーを叩く手が止まった。驚いて、というよりもちょうどそこで最後の文字を打ち終わった、というような自然さだった。
そして無言で机の上を片付け、一言も発せずに事務所を出て行った。
僕は心臓がドキドキしているのを自分で胸に手をあてて確かめた。これは恐怖なのか、それとも別の何かなのか。いや、恐怖に違いなかった。
「僕らも帰りましょう」
「ああ」
しかし師匠は動こうとしなかった。何か考えている風であった。
「ここは危ないですよ。早く出ましょう」
「ちょっと用事がある。先に帰れ」
僕の目を見ようともせずにそう言う。

93 :
どう考えても、師匠の言う用事はいま迫り来る危機と関係がありそうだった。
いったい何を考えているんだこの人は。
僕は彷徨いそうになる視線をなんとか修正しながら、ようやく口を開いた。
「じゃあ、僕も帰りません」
「勝手にしろ」
それからの僕は、生きた心地がしない、という状態だった。デスクに並んで座り、ただ正面を見て、これから起こり得ることを想像しては身震いする、ということを繰り返していた。
当の師匠は思案げではあったが、態度はいたって平然としていて、服部さんのワープロの電源が入ったままなのに気づいて
「ニンジャのやつ、切り忘れてやがるぞ。動揺してる、動揺してる」と笑いながら電源を落とし、またその後考え込む、などということをしていた。
ビルの下の方で聞き覚えのある重低音が止まり、その後階段を上る複数の足音が聞えて来たのは、それから一時間ほど経ってからだった。
どうせ来るなら、もっと早く来て欲しかった。
イメージトレーニングをしすぎて疲れ果てていた僕は、その時すでにそんな心境だった。
ノックもなしにドアが開き、昨日の歯抜け茶髪が現れた。その後に続いて入って来たのは、若頭補佐の松浦と、昨日は見なかった別の若い衆だけだった。
三人か。
僕のシミュレーションでは、昨日より数が減っていたら危険度は下がる方向にあるはずだった。そしてまた松浦がいた場合、危険度は上がる方向にあるはずだ。
プラスマイナスでゼロ。現時点では昨日と大差ない状態と判断した。
三人のヤクザはジロジロと室内を見回し、そして松浦の合図で残る二人が昨日と同じように事務所の中の捜索を始めた。
「所長は」
松浦の問い掛けに、師匠はちゃかしたような口調で答えた。
「いるよ。仕事してる」
「どこでだ」
「ここだよ。すぐ目の前にいる。あの人、めちゃくちゃ仕事速いからな。常人には目で追えない。休憩に入ったら見えるようになるよ」
「コラ、おんなあ!」
五分刈りの若い衆が凄い声を出した。茶髪よりよほど凄みがある。僕は飛び上がりそうになった。

94 :
松浦がさすがに不快そうな表情を見せたが、それでも若い衆を止めた。
それを見て、師匠は指で壁のホワイトボードを示す。
「そう言えば書いてあったな」
田村を匿うために身を隠したのかと詮索してきてもおかしくない場面だったはずだが、松浦の記憶力が無駄なやり取りを省かせた。
「田村は捕まえたんだろう。ここにはもう用はないはずだ」
師匠が淡々と、昨日と同じ口の利き方で喋っても、松浦は怒り出しはしなかった。
次に会う日までに、目上の人間と話す時の作法を身に着けろ、と言いはしたが、その日を昨日の今日にしたのは自分の方なのだ。
怒る筋合いもなかったが、そんな筋など破るのが彼らの稼業のはずだった。
松浦が何を考えているのか全く読めない。
「アニキ、居やせんぜ」
大の大人が隠れられるはずもない台所の流しの下の扉まで開けて、若い衆たちはそう報告した。
「わかった。お前らは下で待ってろ」
松浦の指示に驚いた顔を見せた彼らは、「え、でも」と言い掛けたが「下で待て」という再度の指示に逆らうほどの度胸はなかったようで、すぐに二人とも事務所から出て行った。
僕はシミュレーションにはなかった展開に戸惑い、棒立ちになっていた。師匠は僕が朝見たときと全く同じ格好で、デスクに肘をついたままだ。いったいどんなクソ度胸なのか。
松浦はソファを自分で好きな位置に移動させ、腰掛けた。ダブルのスーツに白いシャツ。本皮の靴に、黒縁眼鏡。
昨日と同じ格好だ。だが、よく見ると眼鏡以外のすべてが似た別のブランドのものだった。
その男が指を組みながら口を開く。
「田村は逃げた。手違いがありましてね」
「おたくのトコは勘違いやら手違いが多いな」
「減らず口はもういい。お嬢さん。あなたが私を怖がっていることは分かっている。私もあなたが少し怖い。それでいいでしょう」
そこで師匠は初めて意外だという表情を見せ、姿勢を正した。
「わたしになにが訊きたいんだ」
松浦はそこでちょっと口ごもった。簡単には説明できそうにないことが悔しそうだった。

95 :
僕はその二人のやりとりをぼうっと見ていることしかできなかった。まるで師匠と松浦の二人しかいない空間のようだった。
「ちょっと調べさせましたよ。あなたのことを。興信所の同業者たちはほぼ異口同音に、インチキの類だと言っているようですが、依頼をしたことがある、という人は揃って本物だと言っています。
ここから分かることは、少なくともあなたには心霊現象がらみの事件を解決する能力がある、ということです。たとえインチキにせよ、ね」
松浦は前置きから始めることを選んだ。長い話になりそうだった。しかし煙草を懐から取り出そうとはしなかった。元々吸わないのかも知れない。
ただ黙って言葉を選びながら続けた。
「田村は逃げたまま、まだ見つかりません。金、酒、女…… 目ぼしいところはあたっていますが、現在の居場所にまで辿れていない。あるいはもう県外まで逃げおおせているのかも知れない。
さらに最悪なのは、我々と、そして角南一族とも敵対する組織の懐に逃げ込んだ可能性。そうなれば我々は手を引かざるを得ない。後は角南一族が食われるのを、指を咥えて見ていることしかできなくなる」
「東の、四角いやつらか」
師匠が際どいジェスチャーを見せると、松浦は否定しなかった。
「しかし、昨日少し言いかけましたが、どうも田村の持ってきた『毒』の方におかしなところがあるんですよ。
その『毒』が巧妙に作られた偽物だとすると、老人にとって、そして現在の角南一族にとって致命的なスキャンダルにはなりえない。
彼が今も所持して逃亡を続けている『毒』に価値がないということになれば、我々としても、彼を探すモチベーションを失うということです」
「毒の現物もなしに、わたしに毒の鑑定をしろと?」
「いや、その複製があります。だが、粗悪なもので本物ほどの価値はない。が、ともあれ、それが本物であればどういう致命的な猛毒を持つか、推測するには十分なものです。
ただ私が知りたいのは、その『毒』に混ざった不純物の正体です」
「毒だの不純物だの、抽象的過ぎてさっぱり分からない」
「それが具体的になれば、あなたはもう逃げられない」
松浦の静かな言葉の中に、氷のひと欠片が混ぜられた。喉元に至れば、命に届く鋭利な氷片が。
師匠は松浦の目を見て言った。

96 :
「どうせ逃がす気なんてないんだろう。いいよ。その物騒な『毒』とやらが、不純物次第であっという間に地球に優しい物質になるって話だろ。ただ、わたしなんかの鑑定にそれが期待できるのかな」
「それは私にも分からない。しかし少なくとも、あなたの専門分野のはずだ」
松浦はスーツの内ポケットに手をやる。しかし師匠が鋭く言葉を被せる。
「ちょっと待て。これは小川調査事務所への依頼か。それともお願いか。脅しか」
松浦は口の端を少し上げる。
「依頼、という答えを希望されているようなので、そう答えましょう。ここの規定の料金がいくらか知らないが、報酬はその五倍出します。それと、あなた個人へさらにその倍を」
師匠はそのタイミングに相応しい口笛を吹いた。どれほど緊張していても、吹くべき時に吹ける人は本当に器用なのだろう。
「でもそれ、わたしの鑑定とやらの内容次第じゃ、もらえないどころか…… って話だよね」
松浦はそれには何も答えなかった。
「金は要らない。わたしはヤクザが嫌いだ。その金に頭を押さえつけられたら、わたしはわたしを許せない」
師匠はあっさりとそう言った。
松浦の青白い顔から表情が消える。「断ると?」
心から、人の命を、なんとも思っていない。そういう声だった。僕の心臓は嫌な音を立てている。
「オバケは好きだ。怪談話を、聞こうじゃないか」
あっけらかんとした口調だったが、その端に極限までの緊張の欠片が覗いていた。
不器用な女だ。
ぽつりと、松浦の口元に表情が戻った。
懐に入りかけて止まっていた手が、ようやくその本懐を遂げ、一枚の紙切れを取り出した。
受け取った師匠はそれを面白くもなさそうに眺める。僕もその側に寄って、手元を覗き込む。
写真だった。いや、写真をコピーしたものか。
味気ない白黒の紙に、十人あまりの人間が写っている。

97 :
畳敷きの和室に着物姿の男が座っていて、その回りを囲むように軍服を着た男たちが正座をして背筋を伸ばしている。
軍服たちは誰もみな若い。揃って微笑みの一つも浮かべず、ただ何か強い意思を秘めたような瞳をしている。
数えると軍服たちはちょうど十人いた。着物姿の男と合わせると十一人が和室の上座側の壁を背にしてこちらを向いている構図だった。背後の壁には鳥が飛んでいる掛け軸が見える。
古い写真だ。白黒コピーの前も、元からカラーではなかったことが推測できる。
戦時中に撮られたものだろうか。
師匠は怪訝な顔で、その写真の中ほどを見つめている。
着物姿の男がいるあたりだ。いや、正確にはその男の顔のあたりを見ている。顔を見ている、と断言できないのは、その着物姿の男の顔は大きく歪んで黒く潰れたような画質になっているためだった。
体つきや服装で、男であること、そして周囲の軍服たちほど若くはないことも明らかだったが、どんな顔をしているのか全く分からなかった。
「その顔は違う。ただの複写ミスです。そんなことは分かっている。そんなことで霊能者を頼ろうとは思わない」
その顔のことではない。
松浦はもう一度そう言った。表情は変わらないが、まるで照れを隠しているように思えて、僕は少しこのヤクザに親近感を持った。
もう一度良く見ると、画像の歪みは着物姿の男の顔だけではなく、写真の中央のライン全体に渡って発生していた。
「順序だてて説明する必要があります。田村がこの複写の原本である写真をもたらしたのは昨日の朝。ある弁護士事務所のオフィスに持参してきたのです。
その弁護士は我々の顧問を引き受けてくれている人物なのですが、田村はそれを知っていて、我々との交渉の端緒としてその弁護士事務所を選んだということです。確かにこんなもの……」
松浦はコピーを蔑んだような眼で見ながら、ふんと笑った。
「我々に見せたところで、その価値に気づくはずがない。特に若い衆などはね。田村は賢明でしたよ。弁護士先生はその手の話のマニアでね。
アポイントもなしに訪ねて来た男の与太話から、ことの重要性を見抜いてすぐ私に連絡をくれました。『不発弾が出てきた』と。『それも核爆弾のだ』とも言ってましたっけ」
松浦はスーツの胸の内ポケットに手を入れ、一冊の本を取り出した。

98 :
文庫本だ。ページのところどころに付箋がついている。
『消えた大逆事件』
そんなタイトルが表紙に見える。
「この本はその弁護士先生に教えてもらったんですがね。なかなか興味深いものでした。大逆事件、というものを聞いたことがありますか」
大逆事件か。日本史で習ったことがあるような気がするが、はっきりとは覚えていなかった。
「天皇や皇太子など、皇族に危害を加えようとすることです。戦前の刑法では大逆罪として極刑に値する罪とされています。
現人神であった天皇陛下にそんな恐れ多いことをするなんて、当時としては今よりも遥かに重い大罪ですよ。その大逆事件としては主に四つの事件が知られているようです。
1910年の社会主義者らによる明治天皇暗殺計画。1923年の社会主義者・難波大助の起こした皇太子狙撃事件。
1925年の朝鮮人アナーキスト・朴烈とその愛人、文子が計画したとされる大正天皇襲撃計画。そして1932年の抗日武装組織の闘士、李奉昌による昭和天皇襲撃事件」
松浦は親指から四本の指を順に折り、最後に残った小指を立てたまま続ける。
「いずれも失敗に終わっていますが、社会に与えた衝撃は非常に大きいものでした。内閣の責任問題となり、総辞職に至ったものもありますし、また一番有名な1910年のいわゆる幸徳事件では、幸徳秋水ら社会主義者の徹底弾圧にもつながりました。
実際は、視察にやって来た皇族に危害を加えようとして取り押さえられるような突発的ケースなど、もっとあったはずです。
しかし大逆事件として裁かれるのは、その行動に相応しい禍々しい背景と、高度に政治的な判断があってこそです。
『ヤマザキ、天皇を撃て』の奥崎何某のようにただ目立ちたいがためにパチンコで天皇を狙撃するなどの、しようもない事件はたとえ大逆罪がまだ存在したころに起こったとしても、その適用はなかったでしょう。
本来の大逆事件とは、社会主義者、無政府主義者の台頭、そして朝鮮独立運動の激化といった反政府的な背景があり、それに対して断固たる対処をするという意思表示の場でもあったのです」
松浦は文庫本のページを捲りながら淡々と喋っている。
だが、その眼は洞穴のようにひっそりと静まり返っていて、文字など追っていないように見えた。

99 :
ただ、書かれている内容をなぞっているだけだ、というポーズのためだけに本を開いているような。
そんな印象を受けた。だとしたら、松浦は、本の内容を記憶しているということだ。
ただでさえ暴力の世界に身を置いている人間という非日常的な存在だというのに、さらにそこからもはみ出している異質さを感じて、僕は得体の知れないものを見る思いがした。
また一枚、ページが捲られる。
「ところが、です。政治背景のない衝動的な安っぽい暴挙ではなく、重要な意味を持つ計画的な策謀だったというのに、大逆事件として歴史に残っていない一つの不可解な出来事がありました。
昭和14年の夏のことです。昭和12年に起こった盧溝橋事件から、泥沼の日中戦争に突き進みつつあった当時の日本は、ソ連、アメリカとも衝突は不可避の状況にありながらも、未だ真珠湾攻撃には至らず、
また欧州では世界を二分する最悪の大戦争、第二次世界大戦の前夜という際どい時期にありました。
そんな折、北関東で行われる観兵式のためにお召し列車が出ることになり、警察の警護の元、天皇陛下のご一行が皇居を出立し、東京駅へ向かっているその途上で事件は起こりました。
銃器で武装された集団により、鹵簿(ろぼ)が襲撃されたのです。わずか十名程度のその武装集団の動きは非常に統制されており、警護の警察の部隊と陛下ご搭乗の自動車を分断することに成功したそうです。
しかし、陛下の車に銃弾が届く前に、陸軍の近衛歩兵連隊所属の部隊が駆けつけ、すんでのところで武装集団は鎮圧されました。未遂に終わったにせよ、本来であれば大事件です。
大逆事件として法の裁きを受けるのみならず、その行動の背景にある不穏なもろもろのものを巻き込んで、大粛清の嵐が吹き荒れるほどの出来事だったはずなのですが…… 
問題はその武装集団が、現役の軍人、それもすべて陸軍の若き将校ばかりで構成されていたという事実にありました。天皇の統帥権の下に存在するはずの、帝国陸軍の将校が、その天皇の命を狙ったのです。
このとてつもないスキャンダルは、白昼の事件にも関わらず、即座に闇に葬られることとなりました。

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