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2013年17新シャア専用138: もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら18 (283)
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もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら18
- 1 :2013/07/17 〜 最終レス :2013/09/09
- 新シャアでZガンダムについて語るならここでよろしく
現在SS連載中 & 職人さん随時募集中!
・投下が来たら支援は読感・編集の邪魔になるからやめよう
・気に食わないレスに噛み付かない、噛み付く前に天体観測を
・他のスレに迷惑をかけないようにしよう
前スレ
もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら17
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/shar/1369647966/
まとめサイト
http://arte.wikiwiki.jp/
避難所(したらば・クロスオーバー倉庫 SS避難所)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10411/1223653605/
荒し、粘着すると無駄死にするだけだって、何でわからないんだ!!
分かるはずだ、こういう奴は透明あぼーんしなきゃいけないって、みんなには分かるはずだ!
職人さんは力なんだ、このスレを支える力なんだ、
それをこうも簡単に荒らしで失っていくのは、それは、それは酷いことなんだよ!
荒らしはいつも傍観者でスレを弄ぶだけの人ではないですか
その傲慢はスレの住人を家畜にすることだ
それは一番、人間が人間にやっちゃあいけないことなんだ!
毎週土曜日はage進行でお願いします
- 2 :
- ∩(゚∀゚)∩たておーつ!たておーつ!たておーつ!
- 3 :
- 俺は>>1乙だよ!
- 4 :
- 乙!、!
- 5 :
- 歯を食いしばれ、>>1乙してやる!
- 6 :
- サボテンが>>1を乙している……
- 7 :
- 分かるまい、戦争を手段にしているシロッコには!
この、>>1乙を通して出る力が!
前スレの容量が500近かったからその内新スレ立てようと思ってたら落ちちゃってたんですね
というわけで久々の第二十五話「低軌道上の抵抗」です↓
- 8 :
- 「それにしても、あのラクス・クラインが偽者だったなんてさ」
格納庫へ向かおうとしたシャアの足を止めたのは、喧騒が残る中から聞こえてきたシ
ンの独り言のような呟きだった。
「納得できないのか?」
レイが聞く。淡々としていたが、シンの態度次第では今一度説得に当たりそうな雰囲気
だった。
シャアは浮かしかけた腰を再びソファに下ろし、報道番組を観る振りをしながらそれと
なく彼らの会話に耳を傾けてみた。
「うーん……そういうわけじゃないけどさ。ラクスなんかには興味ないし、やり方はとも
かく、俺は議長の言ってることの方が正しいと思ってるよ。けど……」
「けど、何だ?」
「騙されたって気はするよな。みんなだって信じてたんだし……ルナだってそうだろ?」
隣のルナマリアに話を振る。しかし、ルナマリアは先ほどから思案顔で、シンの呼び掛
けにも無頓着であるようだった。
「……ルナ?」
「えっ? あっ……」
もう一度呼び掛けられて、ようやく気付く。平静を装ってはいたが、どことなくうろたえて
いるようにも見えた。
「お姉ちゃん?」と、今度はメイリンが顔を覗き込んで聞いた。一同の視線が注がれて、
その微妙な空気に気付いたのか、ルナマリアは誤魔化しきれないと悟ったようで、「実は
……」と観念したように白状し始めた。
「あたし、今のラクス・クラインが偽者だってことを、結構前から知ってたの」
「えっ? 初耳だぞ、いつからなんだ?」
驚いたシンが問う。一度は覚悟を決めたかのようなルナマリアだったが、それでも次の
言葉を紡ぐまでには暫くの時間を要した。
何か弱みでも握られているのだろうか、とシャアは勘繰った。それでデュランダルの本
質が少しは見えるかもしれないと期待して、慎重に次の言葉を待った。
ルナマリアは、シャアが聞き耳を立てているのを知ってか知らずか、徐に語り出す。
「……ダーダネルスを越えてエーゲ海に差し掛かった辺りよ。ほら、物資の補給のため
に小さな港町に寄ったことがあったでしょ? その時、偶然に本物のラクス・クラインに会
ったのよ」
そのルナマリアの告白は一同を驚かせ、ざわつかせた。ルナマリアの妹で、一番近し
い立場のはずのメイリンですら姉の顔を凝視して目を丸くしていた。当然、シャアも初耳
だった。
戸惑いの中、「だったら、何で誰にも言わなかったんだ?」とシンが再び聞いた。
「そんな一大事をさ……」
「じゃあ、アンタは信じたの?」
切り返すルナマリアに対して、「そ、そりゃあ……」とシンは言葉を詰まらせる。
「ほらね?」
返しに窮するシンを詰るように、ルナマリアは肩を竦めた。
「言ったってあたしの頭を疑われるか、万が一信じてもらえたって大騒ぎになるだけよ。
直接見たあたしだって、その時はわけ分かんなかったんだもの」
シャアはそれを聞いていて、果たしてそうだろうか、と思った。
当時を述懐するルナマリアの言い分は、一見、筋が通っているように聞こえる。しかし、
やはり誰にも口外しなかったというのは流石に無理があるように感じられた。そんな重
大な秘密を知ってしまったら、普通なら怖くなって誰かに相談の一つでもするはずであ
る。それなのに、妹のメイリンですら姉が抱えていた秘密を知らなかった。これにはや
はり、違和感を覚えた。
- 9 :
- 「でも、だったらどうしてお姉ちゃんはその人が本物のラクスだって分かったの?」
シャアのもう一つの疑問を代弁をするように、メイリンが当然の質問を投げ掛けた。
シャアが見る限り、本物とミーアの違いは殆ど無かった。顔も声もまるで同じ。強いて
違いを挙げるとすれば、ミーアの方が髪質に癖が無く、胸が豊かだったという程度だ。し
かし、それを一目で判別するのは困難で、本物のラクスと遭遇した時にパニックになり
かけていたと証言するルナマリアに、果たしてその見分けがついたかどうかは疑わしい。
そういうことから、シャアは別に理由があるのではないかと推察していた。
一同が注視する中、ルナマリアはやはり発言を躊躇っていた。他にも気掛かりなこと
があるのだろう。それを口にすることに随分と慎重になっているようだが、会話の流れで
これ以上は隠し通せないと観念したのか、覚悟を決めたようにルナマリアは口を開いた。
「あたしには、見分けはつかなかったの。こうなってしまったからもう白状しちゃうけど、
その人が本物だって分かったのは、ハマーンさんから聞いたからなの」
躊躇いがちに語ったルナマリアの言葉に、シャアは微かに眉を顰めた。
「あの人が?」
シンに念を押されたルナマリアは、神妙に頷いた。
「あたしがずっと黙ってたのは、あの人に口止めされてたからでもあるの」
それでシャアは合点がいった。ルナマリアがこれまで頑なに口を割らなかったのは、
背後にハマーンの圧力があったからだ。確かに彼女に脅されては、怖くて逆らえなかっ
ただろう。
(――ということは、デュランダル議長は無関係ということか……)
延いてはそういうことになる。デュランダルがミーアを利用している都合上、本物の存
在を厄介視して、真相を知ってしまったルナマリアに圧力を掛けていたのではないかと
いう邪推は、どうやら早合点だったようだ。
しかし、シャアほどハマーンに詳しくないメイリンは、「そうだったんだ?」と言いつつも、
「だけど、どうしてハマーンさんには分かったんだろう?」と首を傾げた。
その疑問は、何気ないようでいて、とても鋭いとシャアは思った。一方で、ルナマリアは
そこまでは思考が至ってなかったようで、「そういえば……」と言ったきり閉口してしまっ
た。本当に理由が分からないのだとは思うが、或いはハマーンに植えつけられた恐怖が
ルナマリアの思考を鈍くさせているのかもしれないとも想像した。
それは他の面々も同様らしく、気が引けているのか、誰も口を開こうとしない。ハマーン
がどのように見られていたかが、良く分かるシーンだった。
何とか糸口を見つけようとしたのだろう。思案に余って埒が明かないと思ったらしいメイ
リンが、ふとシャアの存在に気付いて、「クワトロさんは分かりますか?」と唐突に聞いて
きた。
不意に問われて、シャアは一寸考えた。探究心の強い少女の問いには、真摯に答えて
あげたいという誠実さは持ち合わせているつもりである。しかし、生憎とニュータイプ論の
講釈を垂れたところで、宗教の説法のようになってしまう危うさも想像していたシャアは、
迂闊にニュータイプ論は語れないとも思っていた。
シャアは、まるでそれまで話を殆ど聞いていなかったかのような素振りで、「ハマーン
のことか?」と前置いてから答えた。
「さあ、私にも彼女のことは良く分からんよ」
「うーん……やっぱりそうですよね?」
あっさりと引き下がるメイリンに、多少拍子抜けさせられた。最初から大した期待はし
ていなかったのだろう。身構えていた自分がバカらしく思えたが、その淡白な対応がメ
イリンの自分に対する評価であるということは、心得ておこうと思った。
- 10 :
- (しかし、ハマーンはディオキアでミーアに会った時に、既に彼女が偽者であることを
知っていたようだった……)
思い起こされるのは、ディオキアのホテルのロビーでミーアと初遭遇した時のことだっ
た。ハマーンはミーアに接近すると、耳元で何事かを囁いたようだった。ミーアが血相を
変えたのは、その直後である。その囁きの内容が、今になってシャアに想像できた。
力の強いニュータイプであるハマーンは、洞察力に優れている。ミーアが偽者である
と見破るのは、そう難しいことでもないはずだ。
しかし、それには本物のラクス・クラインを知っているという前提が必要である。
(つまり、あれ以前にハマーンは本物のラクス・クラインと接触を持っていたということ
になる……)
それは即ち、ハマーンがラクスと内通して共謀を図っていると疑われても仕方のない
ことであった。
(ハマーンめ、何を企む……?)
幼いミネバを擁立してまでアステロイドベルトから帰還したハマーンである。ラクスを利
用して何か良からぬことを画策しているのではないかとシャアが考えるのは、当然であ
った。
「でも……」
ハマーンの目論見について思案していると、ルナマリアが再び口を開いた。
「あたし、ハマーンさんが本物のラクスを警戒してた意味が、今になって分かってきた
ような気がするの……」
その発言を聞いて、シャアは思案を止めて再び会話の内容に耳を傾けた。
「警戒? ラクス・クラインを?」
メイリンが意外そうに聞く。ルナマリアは一つ頷き、不安げに眉を顰めながら続けた。
「“敵”だって言ってたわ。それだけだって。最初はどうしてなのかさっぱり分からなかっ
たけど、さっきの放送観てたら、段々それが分かってきたのよ……」
ルナマリアはそう言うと、レイに向き直った。
「あたしもレイの言うとおりだと思うわ。ラクス・クラインって、プラントのアイドルのはず
なのに、まるで味方をしてくれるつもりが無いみたいじゃない?」
ルナマリアが問うと、レイは「ああ」と言って同意した。
「彼女はヤキンの頃から、オーブのカガリ・ユラ・アスハと懇意にしているからな」
「あたしたちだって、好きで戦ってるわけじゃないのよ。世界の平和のためにって頑張っ
てきたのに、それを今まで行方を暗ませていた人がいきなり出てきて、一方的に否定す
るなんて……そんなの理不尽って言うか、あたしは納得できない。ラクス・クラインって、
一体誰のためにこんなことをやってるのかしら?」
ため息混じりに語るルナマリアからは、強い失望感が滲んでいた。
そんなルナマリアの背中を、シンが優しく叩いて慰める。
「政治的な力を持つアイドルが気持ち悪いって思うのは、普通の感覚だと思うよ」
「そ、そこまで酷いことは言ってないつもりよ?」
ストレートなシンの言葉に多少萎縮してしまったのか、ルナマリアは言い繕うように訂
正する。しかし、「そうか?」と返すシンに酷いことを言った認識は無いらしく、大して気
に留めてないようだった。
「でも、ラクスもアスハと同じさ」
シンは気を取り直して、改めて切り出す。
- 11 :
- 「奇麗事を言えば、みんな丸く収まると思ってる。でも、俺たちが見てきた戦場は、そん
な生易しいもんじゃなかった。何を言っても分からない奴はいるし、互いの主張が相容
れなけりゃ身を守るために戦わなくちゃならない。奇麗事だけじゃ戦争は止められない。
だから、時には力で分からせなきゃいけないことだってあるはずなんだ。それを、アイツ
らは分かってないんだよ。だから、俺たちはアスハやラクスの言葉なんかに負けちゃい
けない。俺たちは俺たちが信じるもののために戦うんだ。平和を信じて死んでいった人た
ちのためにも……」
シンはそっと襟元のエンブレムに触れた。
オペレーション・フューリーの終了後、帰艦したシンは疲労からか、酷く気落ちしていた。
その昨日の様子から一晩でここまで立ち直った意味を、シャアはルナマリアを一瞥して
想像した。
(流石に野暮、か……)
シャアは内心で笑って、それ以上を想像することを止めた。――羨ましいと思う気持ち
もある。
(しかし……)
シャアは思考を切り替えて、ルナマリアの証言を頭の中で反芻した。
(ハマーンは、少なくともラクス・クラインを敵として認識していることになる……)
その認識は、シャアからハマーンに対する疑念をいくらか払拭するものとなった。
だが、まだハマーンがルナマリアに緘口を強いた理由に納得できたわけではなかった。
ラクスを敵として認識しているのなら、デュランダルを利用している節があるハマーンが
その存在を伏せていた説明がつかないのだ。ラクスが電波ジャックで現れた時のデュラ
ンダルやミーアの反応を鑑みるに、完全に虚を突かれていたように見えた。ハマーンがラ
クスを排除しようと考えているのなら、事前に対策が打てるようにデュランダルを教唆扇
動するのが普通だ。だが、その様子は無かった。
シャアは、暫く思考に耽っていたが、納得の出来る答えを導き出すことはできなかった。
「あ、まだここにいたんスか」
その声に気付いて、シャアは顔を上げた。茶髪に赤いケチャップメッシュを入れたヴィ
ーノがラウンジに駆け込んできて、シャアのところへとやって来た。
「マッドさんが来てくれって言ってますよ」
「ああ、すまない。今行く」
マッドに呼び出されていたことを思い出して、シャアはソファを立ち上がった。ヴィーノ
はそのままシンたちの輪の中に加わり、シャアはそれと入れ違いになるようにラウンジ
を後にした。
格納庫まで降りると、シャアは真っ直ぐにセイバーのところへと向かった。セイバーは
所々の装甲を外され、今は数人の技術士官が作業を行っている。それを取り仕切って
いるのが、ミネルバの技術主任のマッド・エイブスだった。
手には電子パネルを持ち、それを操作しながら細かくスタッフに指示を出していた。顔
や手は油で汚れ、作業着も黒く煤けている。眉間に寄った皺が、その苦悩を訴えていた。
「どうだ、主任?」
ある程度は覚悟しながら、シャアは話し掛けた。気付いたマッドは、顔を振り向けた瞬
間こそ愛想笑いを見せたものの、すぐに元の険しい顔に戻ってしまった。
「そんなに悪いのか?」
「悪いも何も、どうやったらこんな短期間でオーバーホールが必要になるんだ?」
マッドはタッチペンの尻で頭を掻きながらぼやいた。
- 12 :
- シャアはオーブでのセイバーの異常を受けて、マッドに精密検査を依頼していた。
出撃前は特に異常は見られなかった。それがオーブで戦闘を開始して、カミーユと接
触した辺りから様子がおかしくなり始めた。
セイバーの整備はマッドが担当であったし、主任である彼が手を抜くなんてことは考え
られなかった。それ故、通常の整備では判別できなかった異常がセイバーに起きつつあ
ったと考えるのが妥当であろうと、シャアは考えていた。
しかし、その予測が的中していたとしても、マッドが点検途中でシャアを呼んだというこ
とは、それだけ状態が深刻だったということである。そして、シャアの問いに対するマッド
の答えは、シャアが予想していた以上に厳しいものだった。
「オーバーホールか?」
念を押すと、マッドは「オーバーホールだ」ともう一度言った。
「各駆動系の損耗も激しいが、伝達系の回路が所々で断線してやがった。出撃前のチ
ェックでは異常は見られなかったから、戦闘が始まってからイカれたんだろう。つまり、
それだけ劣化してたってことだな」
「なぜ発見できなかった?」
少し責めるように言うと、「耐用期限はまだ十分にあったんだ」とマッドは反論した。
「こんなに早くイカれちまうなんて、普通はありえねえよ」
肩を竦め、呆れたように言う。それぞれ勝手の違うモビルスーツを多数抱えるミネルバ
の技術主任が言うのだから、その発言に間違いは無いのだろう。
シャアは自分のことながら、不思議と他人事のように思えた。「そういうものか……」と
呟く当人には、そこまで無理をさせたつもりは無かったのだ。
「それで、直せるのか?」
「パーツさえ揃えりゃ、コイツにはまだまだ現役を張れるだけの力がある。だが、ちょっ
と調べただけでも、かなりのダメージが内部で見つかったんだ。だからオーバーホール
をするにしても、全て点検し終えた時にどれだけの手直しが必要になるかなんてのは、
現時点ではわかりゃしねえよ」
「ふむ……」
シャアはセイバーを見上げた。
これまで大きな損傷を受けたことは無い。それは自身の腕前以上に、セイバーの高水
準な性能によるところが大きかったとシャアは思っている。セイバーの限界が低かったな
ら、シャアはもっと百式の修復を待望しただろうし、レジェンドだって素直に受領していた。
それでもセイバーを使い続けたのは、その機体性能に高い信頼を寄せていたからだ。
しかし、シャアは自覚は無いものの、些かセイバーを酷使し過ぎたようだった。時に単
独でミネルバの防衛線を張り、時に単独で陽動を務めたりもした。スタンドアローン的な
意味合いが強いミネルバ隊の中にあっても、シャアとセイバーは特に単独行動による戦
闘任務が多かった。
シャアがそれをこなしてしまうのも、セイバーに負担を掛ける要因になった。とにかくミ
ネルバにとって、高機動力で任務遂行能力の高いセイバーとシャアは、とかく便利で使
い勝手が良かったのである。それが祟って今回、セイバーに限界が訪れてしまった。
「今日の夕方にはカーペンタリアに入る。ここよりは設備が整ってるとは言え、それまで
に調査を終えたとしても、パーツの調達やら機材の準備やらで、オーバーホールが終わ
るのはどんなに急いでも最低一週間は掛かると思ってくれ」
マッドは言う。実際はもう少し早く仕上がるのだろうが、想定外の事態を考慮して多めに
期間を取っているようだ。
しかし、シャアはそれを理解していながらも、「それでは遅いな」とあえてプレッシャーを
掛けた。
- 13 :
- 「仕上がりは、早ければ早い方が良い。オペレーション・フューリーの失敗で情勢が不
安定になっているのだから、今後の作戦スケジュール次第では、セイバーが100%でな
くても使うぞ」
「そいつは機械屋の見地からして、お勧めできないな。整備不良で出て行くも同然なん
だぜ? アンタだって、まだ死にたくは無いだろうが?」
「ミネルバが沈むよりは良かろう?」
「そりゃあ、そうだがね」
マッドもシャアの実力は認めていた。セイバーをここまで使い潰したこともそうだが、シ
ャアのこれまでの戦いは、送り出す身として全て把握している。シンの活躍に隠れがち
ではあるが、ミネルバの功績を影で支えていたのは、間違いなくシャアだ。マッドは誰よ
りもそれを理解していた。
だからこそシャアには無理をさせたくなかった。貴重な戦力であるシャアを整備不良の
まま送り出して、万が一のことが起こってしまったら技術主任の名折れである。それは
技術職人として、到底許せるものではなかった。
「俺たちメカニックは、アンタらパイロットの命を半分預かってんだ。無駄に命を粗末に
してもらっちゃあ困る」
「腕でカバーして見せるつもりでいるが、その理屈は君たちには通用しないのだろうな」
「当たり前だ」
鼻息を荒くするマッド。シャアは苦笑した。
「はっきり言う」
これだけきっぱりと言われると、逆に清々しい。マッドの言うことに対しては、ある程度
は妥協してあげざるを得ないだろうと思った。
「おたくの目から見て、アイツらはそんなに頼りないかね?」
マッドが言うのはシンやレイ、ルナマリアといった他のパイロットたちのことだ。
当初は全く当てにしていなかった。本当にこんな少年少女たちが最新鋭艦付きのパイ
ロットなのかと疑ったものだ。
しかし、今やミネルバはザフトのエース艦として認知されるまでに至った。そうなれたの
は、彼らの目覚しい活躍によるところが大きいと素直に思えた。
「いや、いいな。中でも、シン・アスカには特別にセンスを感じる。彼はもう立派なザフト
のエースだよ」
「なら、少しは信じてやったらどうだ? アンタが無理に出張らなくても、ミネルバはもう
十分に戦える」
マッドの指摘に、シャアは考えを改めさせられた。少し我が強く出過ぎていたかもしれ
ない。
「分かった、降参だ。諦めよう」
「アンタが必要ないって言ってるんじゃないぜ? 娑婆っ気が残るガキどもにゃ、アン
タのようなベテランはまだ必要なんだからな」
「分かってるさ。――気を遣わせてしまったな?」
シャアはそう言って、マッドのフォローに愛想笑いを返した。
その時、不意にシャアにコールが入った。シャアは「すまない」とマッドに一言詫びて
から、懐に手を入れた。
「クワトロです」
シャアは通信端末を耳に当てて応答した。
- 14 :
- 数分後、シャアは艦長室にいた。またいつぞやのように夜のお誘いでも持ちかけられ
るのかと冷や冷やしていたが、どうやらそういう訳では全く無いようだ。
「……衛星軌道上で合流ですか?」
タリアから告げられたのは、二日後に衛星軌道上のとあるポイントで、ザフトの補給部
隊と接触して欲しいという旨の指令だった。
「たった今入った、ハマーン・カーンからの要請よ。ミネルバはカーペンタリアに入った
後は補給で動けないから、あなたにはモビルスーツ用のブースターで先行して欲しいの
よ」
「セイバーでですか……ハマーンは私に何を言ってきているのです?」
「百式の修復が完了したそうよ。それに伴い、彼女のミネルバ復帰も決まったわ」
「ほお……」
シャアは思わず感嘆していた。ハマーンの復帰にも驚いたが、それ以上に百式の修復
が終わったという報せは、正に僥倖だった。
だが、気になる点もある。
「それで、百式はハマーンが直々に運んでくると?」
「そうよ」
「そして、その受領は衛星軌道上で行う、か……」
シャアは引っ掛かっていた。ハマーンは何故ミネルバが宇宙へ上がるまで待てないの
か。
カーペンタリアで補給を済ませて以後、ミネルバは恐らく宇宙に上がることになる。オー
ブからシャトルで脱出したジブリール捜索の網は、今後宇宙に広げることになるからだ。
百式を受領するだけなら、ミネルバの補給を待ってからでも問題は無い。それなのに、
ハマーンは焦ってすらいる。それはハマーンらしくないと思った。そして、それ以上に受
領場所がオーブの上空近辺だということが気になった。
ハマーンには何か目論見がある。それは毛嫌いしている自分の手も借りなければなら
ないほどの難題のようだ。
(しかし、これは彼女を知るチャンスかもしれない……)
シャアはあえてその目論見に付き合おうと思った。ラクスの危険性を見抜いていた今
のハマーンなら、以前よりは信用できると感じたのだ。
「了解しました、やってみましょう」
「ごめんなさいね。あなたも疲れてるでしょうに」
「お構いなく。私は何かをしている時の方が気が休まる性分なのです」
シャアは不適に笑みを浮かべて、タリアに背を向けた。
幼い頃より波乱万丈の人生を送ってきたシャアにとって、ララァ・スンと過ごしたほんの
一時だけが、唯一充足していた時間だった。しかし、それが失われて既に七年が経つ。
以来、シャアは生き急ぐかのように自らを先鋭化させていった。
タリアは退室していくシャアの背中に、そんなシャアの業を垣間見たような気がした。悪
い意味で仕事人間なのだ。
その時、かつての淡白な夜の意味が分かったような気がした。
「本能で性欲は持てても、心底から女を求めようとしなければね……」
一人になった室内で、タリアはポツリと呟いた。
過去の女性との間に起こった出来事が、今現在に至るまでシャアの心に深い傷を残し
ている。そして、そのトラウマを与えた女性を、シャアはずっと引き摺ってきた。――その
昔、自らのエゴでデュランダルを傷つけてしまった覚えのあるタリアには、何とはなしにト
ラウマを抱える男の持つ雰囲気が感じ取れるのである。
- 15 :
- しかし、そのシャアの相手は、ハマーンでは絶対にあり得ないだろうとも考えた。二人
が険悪なのは、寧ろシャアのそのトラウマに原因があるのではないかと思えたのだ。
「哀れな人よ、過去に囚われて……純粋なんだけどね……」
タリアは背もたれに身体を預けると、一つ大きなため息をついた。そして、ハマーンの
ことを不憫に思うのだった。
シャアは踵を返すように再び格納庫に降りた。そして、タリアから与えられた指令につ
いて説明したのである。
当然マッドは難色を示した。オーバーホールが終わるまでセイバーの使用を封印する
と決めたのは、つい先ほどのことだったのだから。
「ただモビルスーツを受け取りに行くだけだ。心配は要らない」
シャアは言う。しかし、マッドの固く組んだ腕と、何よりもその仁王のような仏頂面が強
い不快感を表わしていた。
簡単には折れてくれそうに無い。だが、百式が今すぐに手に入るという話なのだから、
情勢がどのように動くか分からない今、そのチャンスをふいにはしたくないのがシャアの
切実な思いである。
「動くだけでいいんだ。そうすれば、セイバーのオーバーホールを待たずに百式が手に
入る」
「衛星軌道上でか? ――どうにもな」
「言いたいことは分かるが、ハマーンは私に百式を使わせたがっているんだ。セイバー
で無理をさせるようなことはしないさ」
「それが楽観じゃなけりゃいいんだがな」
マッドは頭を掻くとシャアに背を向け、不承不承、セイバーの方へと歩き出した。
「すまない、頼む」
納得したわけではない。しかし、それが命令である以上は割り切らなくてはならないこ
とを心得ているほどには、マッドは大人だった。だからシャアは一言だけ謝ったのである。
かくしてミネルバは予定通りにカーペンタリア基地に入り、セイバーは即座に応急処置
が施されることになった。
そして二日後、マッドは徹夜作業でセイバーの応急修理を間に合わせ、シャアに受け
渡したのである。
「いいか。最低限、動けるようにしただけだからな。それ以上に使おうとすれば、どんな
面倒が起こるか保証できない。運用には、十分な注意を払ってくれ」
マッドはそう忠告する。その意味は、セイバーに乗り込んでブースターに移動する時に
も分かった。オーブの時よりは幾分か改善されたが、それでもまだ反応が鈍い。その上、
間に合わせのパーツで駆動系を補修したという説明があったとおり、動きがどこかぎこち
ない。
戦闘機動でもないのにこれだけの粗が目立つのだ。補給部隊と合流するだけとはいえ、
これはかなり骨が折れそうだとシャアは覚悟した。
だが、それも百式を受領するまでの少しの辛抱である。シャアはセイバーをブースター
にセットし、その時を待った。
全ての準備が完了し、カウントが始まった。ブースターが点火し、その振動がコックピッ
トの中のシャアにまで伝わってくる。何度味わっても慣れない感覚だった。ただジッと待
っているだけというのは、アクティブなシャアにとっては何とも歯痒い。
「五秒前! 四、三、二、一――グッドラック!」
加速が始まると一瞬にして凄まじい荷重が掛かって、シートに座るシャアを押し潰そう
とする。
- 16 :
- ブースターは銀色の尾を伸ばして、見る見るうちにセイバーを高高度に上げていった。
その間、ほぼ仰向けの状態のシャアは、空の青を見つめながらジッと荷重に耐えていた。
やがて対流圏を抜けて成層圏に達すると、既に遮るものは何も無かった。ただ真っ青
な空が雲海のじゅうたんの上に広がっているだけである。そして、そこから更に上昇し、
成層圏をも抜けると、青かった空はいつしか黒い宇宙空間に変わっていた。
それから暫くして、コンピューターが衛星軌道上に到達したことを告げた。その頃には
ブースターの燃料も殆ど尽き、慣性によって無重力を進んでいるだけになっていた。シ
ャアはセイバーのセッティングを予め組んでおいた無重力仕様に変更しつつ、自らの身
体もその感覚に馴染ませていった。
目線を少し移動させれば、そこには視界いっぱいに広がる地球の姿がある。海のブル
ーと緑のグリーン、それに大地のブラウンと雲のホワイト。それらが複雑に絡み合い、大
気層の膜が仄かに発光しているように見せていた。世界で最も美しい宝石が、そこにあ
る。
シャアは、暫しその光景に見惚れていた。
誰もが感動を覚える光景だろう。だが、地球にしがみ付く人々は、自分が住む星がこ
んなに美しいことすら知らないのだ。だから平気で地球を汚染し続けるし、この先人類
が住めなくなるかもしれないと考える頭も無い。
そういう人間が地球でのうのうと暮らし、宇宙移民者を支配しようとしたのが、シャアの
いた世界の地球連邦政府だった。シャアの心の中には、そういう名ばかりのエリートで
しかない人類を、いつかどうにかしてやりたいという衝動がずっと燻っていた。
しかし、ここはコズミック・イラで、シャアが生きた宇宙世紀とは別の世界なのだ。帰れ
る保証も無いのに憂えるのは、滑稽でしかないとシャアは思い直した。
「……このあたりか」
気を取り直し、座標位置を確認した。ハマーンの指定したポイントは、カーペンタリア上
空からそれほど離れているわけではない。加えてブースターの打ち上げ角度が良かっ
たのか、シャアは合流予定時間よりも早くポイントに到着できそうだった。
「丁度良い。ハマーンを待たせて機嫌を損ねても、面白くないからな」
そんな冗談を口にしつつ、シャアはセイバーをブースターから離脱させた。だが、そこ
で改めてセイバーの不調を思い知った。
それは宇宙に出てから、より顕著になった。重力下では誤魔化されていたバランスの
悪さが、無重力下では容赦なく曝け出された。具体的には、制動が利きにくい、思った方
向に進まない、反応が鈍いの三点である。慣性が強く働く宇宙空間において、それらの
欠陥を抱えるモビルスーツは致命的とも言えた。
「うぬ……マッドが渋った理由がよく分かる」
最低限、動けるようにしただけとは良く言ったものだ。バーニアが何とか機能してくれて
いるが、それすら心許ない有様である。たった二日の突貫工事では、これが限界だった
のだろう。もっとも、無理を言ったシャアに文句を言う筋合いは無いのだが。
何はともあれ、これだけセイバーの状態が悲惨なことになっていたのなら、尚更急いで
補給部隊と合流しなければならない。シャアは機体の姿勢制御にすら難儀しながら、指
定のポイントへと急いだ。
だが、最悪の事態が起こったのは、それから間もなくだった。
「レーダーに反応? 識別はローラシア級が二隻と……エターナル? これは……!」
エターナルという艦船の名称には、覚えがあった。それはまだコズミック・イラにやって
きて間もない頃、この世界の情勢について調べていた時に見た名称だ。二年前に起こっ
たヤキン・ドゥーエ戦役において、英雄的な活躍を見せた三隻同盟。その旗艦的役割を
果たしたのが、ラクス・クラインが座乗するエターナルである。
- 17 :
- それでシャアは気付いた。
「どうやら話が見えてきたようだな……!」
オペレーション・フューリーにおいて、大気圏外から突如襲来したオーブの増援。ザフ
トが撤退した翌日、雲隠れから一転、表舞台に姿を現した本物のラクス・クライン。そし
て、ルナマリアの話によると、そのラクスを危険視していたハマーン・カーン。そのハマ
ーンが指定したポイントに、エターナルの存在。全ては繋がっている。
「――ということは、あれは降下部隊の回収のために? だとすれば……」
問題は、既に回収が終わっているかどうかである。それがシャアの生死を分ける。
全身に緊張が走った。嫌な予感とは当たるものである。シャアは急ぎ反転し、その場
を離れようとした。
しかし、時すでに遅し。艦船から、シャアの予感を裏付けるように、パパパッと複数の
光が出てくる。嫌でも分かる。モビルスーツが出撃した光だ。数秒後、戦艦の砲撃と共
に複数体のドム・トルーパーが襲来した。
ドム・トルーパーは艦砲射撃の射線軸を迂回するようにシャアに迫ってくる。戦艦の砲
撃は問題ではない。だが、別の角度から撃ってくるドム・トルーパーのビームは厄介だ
った。ただでさえ不安定なセイバーに、複数方向からの攻撃は酷というものである。
しかし、それでもシャアはそれまで培ってきたテクニックの全てを動員して、辛くも全弾
の回避に成功した。だが、それはまだ距離があったから可能だったことで、戦艦の砲撃
が止んで四方八方を包囲されてしまえば、にっちもさっちも行かなくなった。
オーブで交戦経験がある以上、彼らはセイバーを敵と見なしているに違いない。
シャアはこちらの様子を窺うように周回するドム・トルーパーを目で追いながら、笑みを
浮かべていた。完全にお手上げ状態になった時に出る、諦めの笑みだ。
「ハマーンがこちらの動きに気付いてくれるのを期待したいところだが、このセイバーで
果たしてどこまでできるか……今まで積み重ねてきた経験が正しかったことを信じるしか
ないな……!」
まともに直進も出来ないセイバーでは、逃げることすら儘ならない。覚悟を決めるしか
ないのだ。シャアは奇跡を信じ、抵抗を決意した。
地上戦ではホバーによる素早い移動で苦戦させられたが、空間戦闘におけるドム・トル
ーパーの機動力や運動性能といったものは、脅威ではない。ドム・トルーパーで特筆す
べき点は、その堅牢な防御力にある。
しかし、ビームシールドもスクリーミングニンバスも、全身を覆えるわけではない。全方
向から攻撃を受ける可能性が等しく存在する宇宙空間では、ドム・トルーパーの防御力
も半減する。シャアは、そこを狙った。
ビームライフルを構えて抵抗の意思を示す。途端、ドム・トルーパーのモノアイが光っ
たかと思うと、一斉に攻撃を開始した。
まともに動いてくれないセイバーを、己の勘と腕だけで強引に動かす。先ほどよりも距
離を詰められた状況では、完全に攻撃を回避することは不可能だった。だが、その中で
もシャアは、全神経を集中し、シールドを駆使しつつ、紙一重で致命傷を避け続ける。
「ふっふっふっ……!」
シャアは笑った。四、五機で取り囲んでおきながら手間取っていることに、ドム・トルー
パーたちは明らかに焦っていた。しかも、一目で不調と分かるセイバーを相手にだ。シャ
アには、それが至極愉快だった。敵を翻弄していると思うと、痛快なのである。
- 18 :
- かと言って、余裕があるわけでもない。限界ギリギリであることに変わりはないのだ。
しかし、それでもシャアは針の穴に糸を通すような精密な射撃を狙い、機を窺う。
ビームライフルでビームを散らす。反応の鈍さから、凡庸な機動力しかないドム・トル
ーパーですらまるで捕捉出来ない。だが、シャアの本命はそれではない。
一体のドム・トルーパーが、埒が明かないと悟ったのか、ビームサーベルを抜いて接
近戦を挑んできた。その瞬間、他のドム・トルーパーは誤射を警戒して砲撃の手を緩め
る。
手薬煉を引くはシャアである。ドムが振りかぶったビームサーベルは、しかし、シャア
の渾身の回避で空振りし、その流れで背後に回り込んだシャアは、その背中にロックオ
ンした。
「当たれ!」
安定しない照準でも、シャアは躊躇い無くアムフォルタスビーム砲の発射ボタンを押し
た。それまで積み重ねてきた経験が導き出した勘を、信じたのだ。
小脇に抱えた二つの砲身から、強力なビームが伸びた。狙われたドム・トルーパーは
慌てて反転し、ビームシールドで防御しようとする。しかし、間に合わない。ビームシール
ドを展開している途中で、脇腹にビームが突き刺さった。ビームは抉るようにドム・トルー
パーの胴を両断し、物言わぬ宇宙ゴミへと変貌させた。
「よしっ!」
会心の一撃に、シャアは勇んで快哉を上げた。
だが、それまでだった。満身創痍の身でシャアの無理な要求に応え続けてきたセイバ
ーは、最早息も絶え絶えの状態であり、限界の足音はひたひたと、すぐ背後にまで迫っ
ていた。
思いがけず仲間を失って激昂するドム・トルーパー部隊は、それまで以上に苛烈な攻
撃をシャアに加えた。それでも、シャアは驚異的な粘りで何とか致命傷を避け続けた。
しかし、シャアが入力するたびにセイバーは悲鳴を上げていた。そして、元々応急修理
しかしてなかったセイバーは、ある時、一瞬にして限界を迎え、呆気なく壊れたのである。
セイバーの左腕が唐突に反応しなくなった。シールドで防御するために、一際酷使した
左腕が、一番早く限界を迎えたのである。その瞬間、シャアが紙一重で保っていた均衡
が遂に崩れた。
それまで直撃が無かったドム・トルーパーのビームが、とうとうセイバーを捉え始めた。
最初の一発が当たったのを皮切りに、連鎖するように立て続けにダメージを受けた。何と
かコックピットへの直撃だけは免れたシャアだったが、嬲られたセイバーはあっという間
に機能不全に陥り、シャアのコントロールを受け付けなくなってしまった。
- 19 :
- フェイズシフトを維持できなくなった装甲は、その鮮やかな紅色を失った。四肢はもが
れ、頭部も半分が消し飛んでいる。正面スクリーンは既に砂嵐に変わり、左側のスクリ
ーンだけが辛うじて外の様子を映しているのみである。その画面の中を、ドム・トルーパ
ーが嘲笑を浴びせるように何度も通過した。万事休す――
「呆気ないものだな……」
シャアは自嘲した。突然コズミック・イラに迷い込んで、何の感慨も沸かない死を迎え
る。しかも、原因は目測を誤った自らの不始末である。そんな間抜けな自分が、つい先
刻まで人類や地球のことについて大袈裟に考えていたのかと思うと、酷く情けなくなった。
ドム・トルーパーは艦隊に向かってモノアイを瞬かせた。そして再びセイバーに振り向
くと、徐に接近してきた。
「これで、私も終わりか……」
シャアは呟くと、静かに操縦桿から手を離した。
しかし、異変が起きたのはその時だった。接近してくるドム・トルーパーの背後が光った
かと思うと、次の瞬間、光線がコックピットを貫いていたのである。パイロットは即死だっ
た。
何も無いところから、突如光線が発射された。――否、光線が発射された以上、そこに
は確実に“何か”があるのだ。だが、それは並大抵では捕捉することすら至難の業。
立て続けに乱れ飛ぶ光線の嵐に、ドム・トルーパーは完全に浮き足立った。そして、為
す術も無くその中で踊り狂い、儚く葬られていく。その正体を知ることも無く――
「何だ……? 何が起こっているんだ!?」
シャアは異変に気付き、慌ててコックピットから飛び出した。しかし、そこには既に敵の
姿は無く、ほんの数瞬前までドム・トルーパーだったものの残骸が無数に漂っているだ
けだった。
「これは……!」
目にした光景に驚きを隠せないシャア。だが、心当たりはある。こんな芸当が出来る人
物は、一人しかいない。
その時、シャアの眼前を、不意に白いモビルスーツが横切った。大きく開いた羽のよう
な肩アーマー、そして蛇の目のようなモノアイが、シャアを嘲笑うかのように一瞥する。
「やはりキュベレイ! ハマーンが間に合ってくれたのか!」
エターナル艦隊から新たなモビルスーツ発進の光が見えた。キュベレイはそれを認め
ると、後続のザフト部隊を従えて仕掛けていく。
ハマーンはシャアに何も言ってこなかった。だが、やるべきことは分かっている。
「――どこだ?」
目を凝らし、艦艇の姿を探す。ハマーンが来たということは、ハマーンが乗ってきた補
給艦も近くに来ているということだ。そして、その補給艦には、シャアが今最も必要として
いるものが積まれているはずなのである。
「……ん? あれは!」
その時、シャアは黒い宇宙空間に不自然な光を見つけた。明らかに星の光ではない。
それは太陽の光を強く反射し、まるでシャアのように激しく自己主張をする。シャアは一
目でそれが何であるかを理解した。
急ぎセイバーに乗り込む。そして、その光に向かって最後の力を振り絞らせた。
続く
- 20 :
- 結構間が空いてしまって申し訳ありません
第二十五話は以上です
- 21 :
- 乙!
- 22 :
- 働き抜いたセイバーに敬礼ゞ
- 23 :
- また落ちそう
- 24 :
- age
- 25 :
- 保守
次落ちたらクロス統合スレに合流でいいよな
- 26 :
- >>25
作者に聞いてくれ
- 27 :
- 保守
つ〜か明日から40℃越えもあり得るだって?ますます投下が遠退きそう
- 28 :
- てすと
- 29 :
- ようやく無慈悲な巻き込まれ規制が解除
また間が空いてしまいましたが、第二十六話「百式、再動」です↓
- 30 :
- エターナルの抵抗はまだ弱かった。ドム・トルーパーが展開しているが、それは元々
の直掩部隊だ。キラもラクスもまだ帰還していない。ハマーンの睨んだとおりだった。
しかし、全てが狙い通りというわけではない。
「シャアめ……!」
本来なら先にシャアと合流して、百式を受領させてから仕掛けるつもりだった。しかし、
何を血迷ったのか、シャアはよりによって壊れかけのセイバーでうっかり先行し過ぎて、
危うく撃墜されかかったのである。ハマーンの救援があと少しでも遅れていたら、今頃
シャアの命は無かっただろう。
お陰で段取りを台無しにされた挙句、一手間増やさなくてはならなくなった。
ハマーンはエターナル艦隊を攻めつつ、地球方面にも気を配る。
(間もなくか……)
ビームサーベルでドム・トルーパーを両断する。それから護衛艦のローラシア級に何
発かのビームを叩き込むと、一旦対空砲火から逃れて後方を気にした。
オペレーション・フューリーの結果報告をルナマリアから受けた時、オーブの増援とし
て新型のフリーダムとジャスティス、それにドム・トルーパーが現れたと聞いて、ハマー
ンはこの襲撃作戦を思いついた。主力であるキラたちが地球に降りて出払っている間
にエターナル艦隊を殲滅して、ラクスたちの力を弱体化させようと目論んだのだ。
そのための部隊を、面目上は修復が完了した百式を届ける補給部隊と銘打って、工
面してもらいにデュランダルのもとへと足を運んだ。
しかし、その時に代償として請け負わされた面倒が、よもやこのような形で役に立つ
とは、その時は予想だにしていなかった。
「あの娘は上手くやれているのだろうな?」
シャアのいる後方に目をやりながら、ハマーンは二日前のことを思い返していた。
デュランダルがハマーンに課した面倒とは、ミーアの護衛任務だった。ハマーンが要
請した補給部隊の緊急編成を工面する代わりに、ミーアの雲隠れを請け負えと言った
のだ。
デュランダルが仕掛けた世界放送の結果は、惨憺たる有様だった。その様子をホテ
ルで鑑賞していたハマーンは、大いに笑ったものだ。しかし、その尻拭いの一部を、ま
さか自分が手伝わされる羽目になろうとは思いもよらなかった。
本音を言えば拒否したかった。偽者とは言え、ミーアの顔や声はあまりにもラクスそ
のものに過ぎる。ハマーンにとって、ミーアと四六時中行動を共にしなければならない
というのは拷問に近かった。
それでも引き受けたのは、その拷問以上に表舞台に立ったラクスが気掛かりだった
からだ。キラやアスランといった、怪物級のパイロットを擁するラクスの勢力を弱体化
させるチャンスは、そうそう無い。背に腹は代えられなかった。
タイミングはギリギリだった。主力の帰還までにエターナル艦隊を無力化させられる
可能性は、極めて低い。しかし、シャアに百式を使わせられれば、その可能性は現実
的なレベルにまでは上昇すると見込んでいた。
だからそのシャアが合流前にエターナル艦隊に捕まったと知った時は、流石のハマ
ーンも焦った。百式が無駄になるだけでなく、ラクス達を弱体化する機を逸することに
もなりかねなかったのだから。
しかし、よしんばシャアの救出に成功したとして、肝心の百式を届ける手立てが無か
った。急造の部隊では、緊急時の代替要員――いわゆる補欠までは確保できなかっ
たのである。かと言って、最低限の武装しか持たない補給艦を前に出すわけにはいか
ないし、シャアが自力で補給艦に辿り着くのを待っていたら日が暮れてしまう。百式を
他のモビルスーツで引っ張っていくという案もあったが、それだと逆にシャアの救出が
間に合わなくなって本末転倒になりかねない。
- 31 :
- しかし、ハマーンが受け渡し方法について頭を悩ませていた時、シャアに百式を届け
る役目に自ら名乗りを上げる者がいた。それが、ただのお荷物としか思っていなかっ
たミーアだった。
当初、ミーアは一言も口が利けないほどに激しく憔悴していた。当然である。地球圏
全域に向けて発信された生放送で、あれだけの恥辱を味わわされたのだから。あの見
事なまでの噛ませ犬っぷりは、ハマーンでさえ同情を禁じ得なかったほどだ。
そのミーアが、シャアのためと聞いて突如息を吹き返したかのように発奮した。それ
は、恋をしている乙女の目だった。
(バカな娘だ……)
率直にそう思った。見せ掛けの優しさしか示せないシャアにかどわかされ、それを心
の拠り所にしているのだ。愚かとしか言いようが無い。
だが、内心で嘲笑う一方で抱く、ミーアの直向な恋心に対する微かな嫉妬心は、決し
て認めたくないものだった。何故なら、それはかつてハマーンが通った道でもあるのだ
から。
――手段は選んでいられなかった。ハマーンはミーアに百式を託した。
エターナルは予想以上の粘りを見せていた。主力不在で、よくも頑張るものだとハマ
ーンは思う。万が一を想定して、有能な指揮官を残しておいたのだろう。――ハマーン
の脳裏に、ふと定期便でキラに会った時に彼に同道していた浅黒い肌の男が浮かんだ。
しかし、戦艦程度に遅れを取るハマーンとキュベレイではない。嵐のような対空砲火
を掻い潜り、着実にダメージを与えていく。
だが、風向きが変わったのは間もなくだった。突如キュベレイを襲う、地球方面から
のビーム攻撃。それは執拗にハマーンを追い立て、エターナル付近からの後退を余儀
なくさせられた。
操縦桿を握る手に力が入る。ハマーンには、それが誰の仕業によるものなのかが手
に取るように分かっていた。
「お出ましかい!」
二つのバーニアの光が見えた。それは圧倒的な推進力で地球の引力に逆らう、フリ
ーダムとジャスティスだった。エターナルが襲撃を受けていると聞きつけ、シャトルから
緊急出撃したのである。
状況は一変した。ドム・トルーパーを相手に善戦していたグフ・イグナイテッドやザク・
ウォーリアであっても、フリーダムとジャスティスが相手ではまるで歯が立たない。ハ
マーンでさえ、見通しの良いこの空域でこの二人を相手取るのは分が悪いのである。
下手をすれば返り討ちに遭いかねない。ハマーンは緊張した。
「早くしろ、シャア! お前に百式を届けたのは、このためなのだぞ!」
フリーダムとジャスティスは、迷い無くキュベレイを狙ってきた。ハマーンはシャアに
向け、絶叫した。
シャアが見つけた光は、百式のボディが太陽の光を反射した光だった。百式は、フラ
フラと危なっかしい動きでこちらに向かってくる。――シャアは微かな苛立ちを覚えた。
「何だ、あのザマは? 誰が乗ってる?」
あまりにつたない操縦にぼやきつつ、シャアはゆっくりセイバーを向かわせる。
「そこでいい。止まってくれ」
ある程度まで接近すると、シャアはそう無線で呼びかけた。これ以上は見ていられな
かったのだ。
すると、百式は手足をばたつかせて、下手糞なバーニア制御で自転を始めてしまっ
た。何たる有様か。スピードは殆ど死んでいるものの、自転を止められなくて四苦八苦
している様子は、まるで溺れているようだ。
- 32 :
- 「あんな素人にやらせるとは……ハマーンめ!」
あまりの見苦しさに、シャアは吐き捨てるように呟いた。
いくら別世界のものであっても、同じモビルスーツだけあって、操縦系統に大きな差
異は無い。だからシャアもすぐにセイバーの操縦には慣れたし、それは逆の立場であ
っても同じはずであって、優秀なザフトのパイロットがあんな醜態を晒すはずが無いの
である。
シャアは呆れ返り、再度呼び掛ける。
「もういい。そのまま何もするな」
ため息混じりに告げると、シャアはセイバーから百式に向かって飛び出した。
自転を続ける百式は、縦軸と横軸にそれぞれ運動エネルギーが加わっていて、複雑
に乱回転していた。
シャアは百式の近くまでやって来るとバーニアでスピードを調節し、百式の回転パタ
ーンを見極めて一気に飛びついた。
肩に取り付き、そこからコックピットまで這っていく。そして外側からハッチを開き、中
を覗き込んだ。
リニアシートに座るパイロットはおろおろしていた。その狼狽振りは新兵以下であった
が、着ているのがパイロットスーツではなく、一般のノーマルスーツであることに気付き、
シャアは怪訝に思った。
シャアが覗き込むと、そのパイロットは徐にシャアに飛びついてきた。何事かと一寸
焦ったが、バイザーの奥の顔を認めると、何とはなしに事情を察した。
「ミーア……!」
「あ、あの、あたし……その、あたし……!」
救いを求めるようにバイザーを触れ合わせてくる。音の振動が伝わり、ミーアの、口
も回ってない今にも泣き出しそうな声が届いた。
恐怖に怯える子どものように、ミーアがしがみ付いてくる。シャアは訝って暫時呆けて
いたが、すぐに我を取り戻して一度戦闘の光を確認すると、急いで百式の中に乗り込
んだ。
「……どうして百式を?」
しがみ付くミーアを引き離し、シャアは優しく語りかけながらリニアシートに腰を収め
た。しかし、ミーアはまだ不安らしく、縋るようにシャアの右腕に抱きついてくる。
「他に人がいなかったから!」
「ハマーンがやらせたのか?」
問うと、ミーアは慌ててかぶりを振った。
「ち、違うんです! あたしが、どうしてもあなたの役に立ちたいって言って……!」
ミーアは、何かから目を逸らすようにシャアの右肩に額を押し付けた。ノーマルスー
ツ越しでも、震えが伝わってくる。
「そうか……」
恐怖を押し殺して勇気を振り絞ったミーアの行いは、称える価値があるものだ。――
シャアは念じ、左手をそっとミーアの頭に乗せ、優しく撫でた。
「良くやってくれた、ミーア。私に百式を届けてくれて、感謝している」
「は、はいっ!」
顔を上げたミーアは、少し泣いていた。が、シャアに褒められて、笑顔も見せていた。
「後ろへ」
「はい」
言うと、ミーアは素直に従ってリニアシートの後ろ側にしがみ付く。
「いい子だ」
茶化すように褒めると、ミーアは少し頬を膨らませたようだった。
改めて操縦桿を握る。懐かしいスティックレバーの感触だ。
- 33 :
- 「ここまで運んでこられたということは、モビルスーツの操縦経験はあったのか?」
問いつつ、シャアはレバーとフットペダルの操作を連動させて、百式の乱回転をたち
どころに止めて見せた。ミーアはその見事な腕前に感嘆しつつシャアの問いに答えた。
「はい。ライブの演出でモビルスーツを使うこともあるんですけど――」
ハッチを閉じると、シャアはすぐさまコンソールパネルを弄って、情報を呼び出した。
ミーアは後ろから興味深そうにそれを覗き込みつつ続ける。
「その時に、遊びで操縦の仕方を教えてもらったことがあります」
「ほお。それであれだけ動かせたのなら、大したものだよ。――ん?」
コンソールを弄っていたシャアが指を止め、何かに気付いた。ミーアが更にその様子
に気付いて、「あっ」と声を上げた。
「重量、5%増しだそうです。ガンダリウム製の装甲の複製ができなかったとか何とか」
「5%も? それは酷いな。まともに動くのか?」
「修復した部分は殆どがザフトのオリジナルだそうですから。でも、重量増加分は他
の要素を調整することでクリアできているそうで、多少の燃費の悪化を除けば、バラン
スに問題は無いそうですよ」
「ハマーンがキュベレイを使えているのだから、それは信じるが……」
「この百式は核融合炉搭載型なんですよね? それって、すごいエンジンだって聞き
ました。なら、少しなら燃費の悪さも問題にはならないんじゃないですか?」
「それはそうだが――」
ミーアとやり取りを交わしていて、シャアはふと違和感を持った。ミーアの口振りは、
まるで修復に携わっていたかのような物言いである。メカに弱そうなミーアが、どうして
これほどに饒舌なのか、シャアは不思議でならなかった。
「ミーアはモビルスーツに詳しいのか?」
気になって訊ねてみる。だが、ミーアは「まさか」と首を横に振った。
「クワトロ様に伝えるようにと、あの人に教えられただけですけど……」
「ハマーンに? ――全部覚えたのか」
感心しつつも、シャアはスロットルを開けて百式を加速させる。
セイバーよりもピーキーだが、スムーズな動き出しだった。操縦感覚は、かつてシャ
アが使っていた頃と殆ど変わっていない。
懐かしい感覚に浸るシャア。そんなシャアに見惚れつつ、ミーアは言う。
「歌とかドラマの台詞とかありますから――」
その時、気を良くしたシャアが急に加速度を上げた。機体に荷重が掛かり、思いがけ
ず後ろに引っ張られ、内壁に叩きつけられたミーアは「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
「すまない」、とシャアが手を差し伸べる。ミーアはその手を取り、引き起こしてもらい
ながら話を続けた。
「――だからあたし、暗記は得意なんです!」
「そうか、賢いのだな?」
シャアが褒めると、「いえ、そんな!」とミーアは謙遜して見せた。
「お仕事ですし、このくらいは当たり前で! ……あ、でも、もうその必要もなくなって
しまったんですけどね……」
再びリニアシートにしがみ付いたミーアは、苦笑しながら沈痛な表情を浮かべた。理
由は先日の世界放送だろうとは、すぐに察しがつく。
だが、案の定、掛けてあげる言葉が見つからない。
戦闘の光は、既に目前に迫っていた。
「……気をつけて。これから戦闘になる」
誤魔化すように言うしかない。――だから、ミーアとはあまり顔を合わせたくなかった。
「はい。ちゃんと掴まってますから、あたしに構わず思いっきりやっちゃって下さい!」
- 34 :
- ミーアのハッキリとした口調が強がりであることを、シャアは察していた。ミーアは自
らを奮い立たせて、シャアに心配を掛けさせまいとしている。
その健気さに気付いけないほど、シャアも鈍感ではない。だから、少しだけ良心が痛
むのだ。
ミーアの好意には気付いている。だが、気が無い女性に自分のために健気でいられ
ることを、シャアは迷惑に感じた。それが、流石に申し訳ないのだ。
八方美人をやっている自覚はある。しかし、今はハマーンに加勢する方が優先だと言
い訳をして、シャアは百式にビームライフルを構えさせた。
正確な狙いと、こちらの攻撃に対する化け物染みた反応速度。コーディネイターの中
でも際立って能力の高い二人のコンビネーションに、ハマーンは冷や汗が止まらない。
ザク・ウォーリアやグフ・イグナイテッドがハマーンの援護に入るが、まるで援護にな
らない。それほどまでにキラとアスランの能力は、図抜けている。
デブリ帯で交戦した時とは訳が違う。障害物が無い状態で戦うと、彼らの真の実力が
良く分かる。二人のコンビネーションから繰り出される息をつかせぬ猛攻は、ハマーン
にファンネルを使う暇さえ与えない。
目測は正しかった。一人では、この二人に太刀打ちできない。
「チッ……!」
ハマーンは、フリーダムの背中からドラグーンが放たれるのを見ると、露骨な舌打ち
をした。その瞬間、ハマーンは直感したのだ。初めて遭遇した時からまだ日は浅い。し
かし、キラは恐ろしい速さでドラグーンの熟練度を上げてきている。
「見せ過ぎたか……!」
キラの前でファンネルを使って見せたことを思い出す。結果的に、あれが塩を送るこ
とになってしまった。キラはハマーンを手本とし、ドラグーンの制御を飛躍的に向上させ
ていたのである。
遮蔽物は無い。展開したドラグーンは、一斉にキュベレイに襲い掛かってきた。その
容赦ない無数のビームが、キュベレイの四肢を狙う。
思惟を感じ取れるだけ、辛うじてかわせる。しかし、先日の時とは比較にならないほど
の狙いの正確さに加え、キラはそうしながらも、フリーダム本体の動きの質を殆ど落と
さない技術を身に付けていた。
「これがコーディネイターか……!」
常人ではあり得ない進歩の早さを目の当たりにして、ナチュラルがコーディネイター
を妬み、憎むようになった気持ちが分かるような気がした。
ドラグーンのビームの中で踊らされているところに、フリーダムがビームサーベルで
斬りかかってくる。それを、同じくビームサーベルでいなしてかわす。だが、敵は一人だ
けではない。間髪を入れずにジャスティスがビームライフルで迫撃し、脛に仕込んだビ
ームブレイドで蹴り上げてくる。
ハマーンは、それをすれ違うようにかわし、ジャスティスの背後に回り込んだ。しかし、
その背中に向けて手をかざし、ビームガンを撃とうとしたその瞬間、雷に打たれたよう
な閃きが走った。
「……っ!」
ハマーンはビームガンによる射撃をキャンセルして、慌てて後方に飛び退いた。刹
那、一寸前までキュベレイが存在していた空間に、無数のビームが殺到した。
フリーダムのフルバーストアタックだ。フリーダムはいつの間にかキュベレイの背後
に回り込んでいて、両手のビームライフル、それに両腰のクスィフィアスと腹部のカリ
ドゥスを構え、ドラグーンの一斉射を加えて再びフルバーストアタックを放ってきた。
バランスを気にしている余裕は無かった。ハマーンは操縦桿を一気に引き、その場
からキュベレイを急速離脱させた。
- 35 :
- 激流のようなビームの洪水が虚空を穿つ。キュベレイは、そこから弾き出されるよう
に逃れた。だが、その先ではジャスティスがビームサーベルを抜き、コントロールを失
ったキュベレイを手薬煉を引いて待っている。
「くっ!」
苦し紛れにビームガンを撃つ。運良く直撃コースに飛びはしたものの、ジャスティス
はシールドであっさりと防いで見せた。だが、ハマーンはその間にジャスティスの脇を
すれ違い、失ったコントロールをようやく取り戻していた。
しかし、敵も甘くない。刹那、追撃するジャスティスのフォルティスビーム砲が、キュ
ベレイの大きく張り出したショルダーバインダーを掠めたのだ。
ダメージは殆ど無い。焦げ跡が付いた程度だ。しかし、それは次第に追い詰められ
ていることをハマーンに実感させるには十分なものだった。
「ハマーンさん!」
ノイズの混じった音声で、不意に呼ぶ声がある。通信機から聞こえてきた、少しあど
けない声。
「下か!」
目を向けた時には、既にフリーダムが寸前まで迫っていた。
咄嗟にビームサーベルを振りかざす。しかし、突っ込んできたフリーダムは、そのキ
ュベレイの腕を押さえ、更に推力を上げて押し込んできた。
正面に見えるガンダムの顔。その双眸が、一度だけ金色に瞬く。
「ハマーンさん……!」
キラは、もう一度呼んだ。接触回線で、その声はハマーンの耳に届いている。
キラの声には、戸惑いがある。迷いがあるのだ。ハマーンは、その胸中を見透かす
かのように、「なぜ、一思いに撃墜しない?」と問い掛けた。
「……ラクスが、悲しみます」
葛藤がある。鋭さを増すモビルスーツの動きとは裏腹に、キラの胸中ではハマーン
に対する、どうしようもないジレンマが渦巻いている。
ハマーンさえいなければ――そう呪う反面、忠告を与えてくれたハマーンに対する微
かな信頼がある。まだその片鱗すら見えていない状況だが、前回の接触の後、バルト
フェルドやラクスが密かにキラに相談を持ち掛けた出来事が、ハマーンの言葉に信憑
性を持たせていた。
現在、バルトフェルドの右腕であるダコスタが、サトーたちの素性を調査するために
プラントに潜入している。クライン派に所属していたという彼らの自称が、どうやら怪し
いらしいという経過報告を聞けば、いくらキラでもその気になった。
「ハマーンさん、教えてください!」
キラは問う。接触回線なら、会話が漏れる心配は無い。この会話は、決してアスラン
に聞かれてはならないのだ。
「あの人たちは一体、何の目的でラクスに近づいてきたんですか?」
「私が知るわけが無いだろう」
「ラクスにはもう話してるんでしょ!」
直情的な声に、ハマーンは眉を顰めた。
キラが直情的になる理由は、分からないでもなかった。見えない脅威に備えなけれ
ばならない不安。それを抱え続けるストレスは、相当なものだとは理解できる。
しかし、ハマーンは本当に知らないのだ。ニュータイプの勘にも理由など無い。いわ
ゆる第六感が普通より並外れて高いだけである。ハマーンはそれを教えてやっただけ
に過ぎないのだ。
キラは尚も食い掛かるように続けた。
「この間あなたと戦った後、一度だけラクスが行方不明になりました。彼女は誤魔化
してましたけど、本当はあなたと会ってたんじゃないですか?」
- 36 :
- 「だとしたら、どうする?」
「どうもしません。ラクスは一人であなたに会いに行ったんです。あなたにとっては、
彼女をRチャンスだったはずです。でも、ラクスは帰ってきました。何事も無かった
かのように!」
「……それで?」
饒舌だったキラが、そこで初めて言いよどんだ。
ハマーンは、それでキラが言わんとしていることを察した。
少し間を置いて、キラが再び口を開く。それは、ハマーンが想像したとおりの内容だ
った。
「……あなたも気付いているんじゃないですか? あなたは、本当はラクスのことを」
「気安いな」
ハマーンの言葉がキラの言葉を遮る。最後まで言い切るのを阻むかのように。
その瞬間、キュベレイの蛇眼が光を放った。赤々とした双眸が、キラにハマーンの拒
絶の意思を告げる。
次の瞬間、キュベレイのショルダーバインダーの内側に張り付いているバーニアス
ラスターが一斉に火を噴き、キラの視界を真っ白に染め上げた。
「うっ!」
「危険と分かっていながら粛清もできぬお前たちに、この私が気を許すと思ったか!」
キラの目が眩んでいる隙に蹴りを入れ、ハマーンは逃れる。そして、すかさず手をか
ざし、ビームガンの狙いをつける。
しかし、そこにジャスティスのシャイニングエッジが襲来する。ハマーンは咄嗟に攻撃
体勢を解き、それをかわした。だが、ビームブーメランのそれは弧を描き、再びキュベ
レイに襲い掛かってきた。
「小癪な!」
ビームサーベルを抜き、翻ると同時に切り落とす。しかし、そこをジャスティスのビー
ムライフルが狙う。
襲い来るビームを、ハマーンは急加速してかわした。が、ジャスティスは尚も執拗に
追い立ててくる。
だが、束の間、突如そのジャスティスの攻撃を遮るようなビームが彼方から飛来した。
直感が告げる。ハマーンは射線元に顔を振り向けた。
「来たか――!」
太陽の光を反射し、激しく自己主張しているかのように一際強く輝くモビルスーツがあ
る。金色の塗装は、傲慢さの象徴にも見える。
「シャア!」
金色の憎い奴が現れた。
余裕の無いハマーンを目にすることなど、一生涯無いことだと思っていた。それが見
れたというのは、ある意味で幸運だったのだろう。
しかし、ハマーンが苦戦するのも無理からぬ話だった。何と言っても、相手はフリー
ダムとジャスティスなのだから。たった一機でもシンとレイのコンビと渡り合い、二機が
揃えばそれを凌駕するほどの力を発揮する連中である。いくらハマーンでも、一人で
相手にするには分が悪すぎる。
「あれって、フリーダムとジャスティスですよね?」
ミーアは二体を目の当たりにして、恐々とした声で言った。戦場とは無縁のミーアが
知っていて畏怖するほどなのだから、やはり相当なのだろう。
「あれと戦うんですか?」
「他に誰がいる?」
- 37 :
- シャアはあっけらかんと言ってのけると、百式を更に加速させた。
「随分ともったいぶった登場だな、シャア?」
スクリーンに小窓が表示されて、ハマーンの顔が映った。その表情は平静を装って
はいるものの、微かに滲んだ汗が苦境を如実に物語っていた。
(ハマーンをこれほど消耗させるとは……百式に乗ったとはいえ、油断はできんとい
うことか……)
シャア自身、フリーダムやジャスティスと対決するのは、実はこれが初めてである。
セイバーに乗っていた時は、ミネルバの防衛やらシンの独断専行やらで機会が無か
ったのだ。
しかし、今回はそういうわけにはいかない。シャアは気を引き締め直した。
「すまない。だが、慣らしの相手があのガンダムたちとは、酷い仕打ちだな?」
「良く言う。この程度で気後れするお前ではあるまい? ――この機会に、最低でも
どちらか一方は潰しておく。いいな、シャア?」
「了解。前衛は私と百式の方が有利だ。ハマーンには後ろを頼みたい」
「任せる」
ハマーンの顔が消えると、シャアは一気にキュベレイを追い越し、フリーダムとジャ
スティスの前へと躍り出た。
「少し怖い思いをさせるかもしれないが、我慢できるな?」
後ろのミーアに問いかける。ミーアは覚悟を決めたように深く頷いた。
「あなたを、信じていますから」
「……了解」
突出した百式に注がれる砲撃。そのビームとビームの隙間を縫うように、シャアは百
式を飛び込ませた。
伊達にグリプス戦役の大半をこの機体で切り抜けてきたわけではない。ブランクはあ
っても、機体の感覚は身体に染み付いている。どこをどう掻い潜ればビームに当たら
ないか、シャアには手に取るように分かるのだ。
ターゲットはジャスティス。理由は、接近戦が主体のジャスティスの方が与し易いと
判断したからだ。
百式がアスランの前に迫る。そのサングラスの下から、赤い双眸が浮かび上がる。
「金色のスーツを着て戦場に出てくるバカがいる? ――カガリじゃあるまいに!」
その瞬間、ひりつくような殺気がアスランの肌に纏わり付いた。パイロットスーツを透
過して、針のように突き刺さる鋭い殺気を感じて、アスランは直感した。百式の金色に、
アカツキのような意味は無い。それはただ、自らの腕の確かさを誇示するためだけの
色であると。
「いや、伊達で金色のスーツは着られない……このパイロットは本物だ!」
アスランは、百式からキュベレイと同じにおいを嗅ぎ分けていた。だからこそ、先にビ
ームを撃って先制した。
しかし、百式は半身になってアスランの撃ったビームをかわして見せた。最低限の動
作のみで、アスランの撃ったビームをかわしたのである。そして、そこから流れるように
ビームライフルの砲口を差し向け、倍返しをしてきた。
素早くシールドを構える。ジャスティスの実体盾を膜のように覆うビームシールドが、
百式のメガ粒子砲を無効化した。
コズミック・イラの平均的なビームライフルより威力のあるメガ粒子砲であるが、ビー
ムシールドの前では等しく無力である。そのシールドがある限り、百式がいくらビーム
を撃ってもエネルギーの無駄でしかない。
シャアの判断は早かった。扱い易いビームライフルを一旦諦め、腰のマウントラック
からクレイバズーカを取り出した。ビームが効かないのなら、まずは実体弾でシール
ドを破壊する。
- 38 :
- 「弾は?」
シャアは、フリーダムとジャスティスのビーム攻撃を避けながらミーアに訊ねた。
「さ、散弾が装填されてるって――」
「散弾か……!」
期待していなかっただけに、思いがけない返答にシャアは驚かされた。それを教えて
いたのも意外だったが、それを覚えていて、尚且つこの状況でハッキリと答えられたミ
ーアには驚嘆させられた。
ミーアは芯の強い娘だ。シャアは素直に感心した。
「よし……!」
百式に注がれるビーム攻撃が弱くなる。ファンネルを展開したキュベレイが、フリーダ
ムの動きを封じているのだ。
ハマーンのお膳立てである。しくじればどんな嫌味を言われるか分かったものではな
い。 シャアは高速でジャスティスのビーム攻撃から逃れながら、辛抱強くブレる照準
を追い続けた。
フェイズシフト装甲に物理的ダメージが通らないことは常識である。しかし、ビーム攻
撃を防ぐためのシールドはその限りでは無いことを、シャアは知っていた。
「――そこだ!」
ロックオンの文字表示が現れた瞬間、シャアは微塵も躊躇うことなくトリガーボタンを
押した。長年の経験で染み付いた感覚が教えている。――当たると。
砲身から飛び出した弾頭が炸裂し、散らばった無数の礫がジャスティスを襲う。左側
面からの攻撃に、当然のように反応してシールドを構えた。
だが、礫がジャスティスの装甲に触れた途端、それは起きた。礫が、更に炸裂したの
である。小さな爆発であるが、無数の礫が連鎖的に次々と炸裂して、たちまち大きな爆
発に膨れ上がっていった。
「――まだ大きくなる!?」
無限に膨れ上がっていくかのような錯覚を覚えたアスランは、その爆発に面食らって、
思わずシールドを投棄していた。
それを目の当たりにして、シャアは思いがけず「ほお」と感嘆を漏らしていた。普通の
散弾かと思っていただけに、良い意味で裏切られた気分になったのだ。
「散弾の炸裂弾か! 凝っていて面白いじゃないか!」
「こ、ここまでは知りませんでしたけど……」
百式を修復したスタッフの粋な計らいに、シャアは愉快な心持になった。もっとも、後
ろのミーアはそれどころでは無さそうだが。
「なら、もう一発!」
予想外の攻撃に、ジャスティスは一時的に動揺していた。その動揺を更に大きくして、
心理的優位に立ちたいシャアは、再度クレイバズーカを構えた。
しかし、トリガーを引く寸前、ミーアが悲鳴のような声を上げる。
「来てます!」
「上!?」
直上から、二つのビームライフルを連射しながらフリーダムが迫っていた。シャアは
軽やかなステップで鮮やかにかわしてみせたが、フリーダムの突撃スピードは尋常で
はない。あっという間に、肉薄されてしまった。
「――よくもっ!」
クレイバズーカを向ける。刹那、それに狙いをつけたようにフリーダムの双眸が鋭く
瞬いた。
シャアのバイザーに、その光が映り込む。次の瞬間、鋭く振り抜いたビームサーベル
が、クレイバズーカに砲弾を吐き出させること無くその砲身を切り飛ばしていた。
- 39 :
- その圧倒的技量に、シャアは思わず歯噛みした。慌ててヘッドバルカンを撃って牽制
するも、フェイスシフト装甲を当て込んでいるキラは些かも慌てない。そのまま怯むこ
となく、腰部のクスィフィアスを百式のどてっぱらに向けてくる。
危険を察知したシャアの直感が、無意識に身体を突き動かしていた。クスィフィアス
が前を向いた瞬間、百式は前方宙返りをするように下半身を後方に振り上げ、レール
ガンをかわしたのである。
キラも驚いた。コーディネイターでも、こんな未来予知のような反応は出来ない。
「この人……なっ!?」
驚くキラの正面のスクリーンに、更に百式の足底が迫っていた。百式はレールガン
を回避した動きの流れでそのまま前転し、かかと落しをするようにフリーダムの顔面を
踏みつけ、その反動を利用して緊急離脱したのである。
直後、ジャスティスの撃ったビームが直前に百式が存在していた空間を一閃した。
「ふっふっふ、失礼!」
不敵に笑いながら、自らの粗相を詫びるシャア。ハマーンはその声を小耳に挟みな
がら、展開したファンネルを伴ってフリーダムを追い立てた。
「シャアめ、相変わらず足癖が悪い」
詰る言葉とは裏腹に、ハマーンの声と顔には喜色が滲んでいた。活き活きとした百
式の動きを見ていると、それに引っ張られるように自身の調子も上がっていくように感
じられたのだ。
この瞬間だけ、ハマーンは自らの意地から目を逸らした。シャアはやはりシャアなの
だ。例え分が悪くとも、それを感じさせない余裕と動き。そういうシャアは、ずっと見て
いてもいいとハマーンは思う。
フリーダムとジャスティスが、パイロットも含めて脅威的であることには変わりない。
しかし、百式を得て水を得た魚になったシャアの参戦が、双方の心理的優劣を決した。
この機会を、二人が逃すはずが無い。
並走するキュベレイの目が、シャアに目配せを送る。シャアは頷き、加速を上げてキ
ュベレイに先行して敵に仕掛けていった。
向かった相手は、ジャスティスではなくフリーダム。
しかし、シャアはフリーダムに攻撃を仕掛けず、少しの間、牽制するような行動を見せ
ると、あっさりと後退した。
その時になって、キラは気付いた。百式は陽動であり、本命はジャスティスであると。
シャアとハマーンは、キラたちの動揺に付け込んでミスマッチを仕掛けたのだ。
「まずい、アスラン!」
キラは急ぎ百式を追撃した。
一方、ジャスティスはキュベレイのファンネルを相手に、シールドを失ったことが影響
して、完全な劣勢に立たされていた。それでも驚異的な反応で奇跡的な反撃を繰り出
し、キュベレイに決定打を許さないが、苦境であることに違いは無かった。
キラは、ハマーンの嘲笑が幻聴のように聞こえた気がした。決定打を出せないハマ
ーンは焦るどころか、ファンネルに踊るアスランを嘲ってすらいる。キラはキュベレイの
動きに、そんなハマーンの余裕を見たのだ。
答えはすぐに出た。
ファンネルの回避に神経をすり減らしていたアスランは、急に攻撃が止んだことで、一
瞬、集中力を切らしてしまった。ファンネルのビームが止んだのは、エネルギーが切れ
たからではない。機が訪れたから、戻しただけなのだ。
アスランの集中力が途切れた、ほんの一瞬である。その一瞬で、百式はジャスティス
に肉薄し、鋭く振り抜くビームサーベルでその右腕を切り飛ばしたのである。
「アスラン!」
キラは加速度を上げた。だが、それを阻むように横合いからハマーンの急襲を受ける。
- 40 :
- 咄嗟にビームシールドを展開して防ぐ。勢い良く叩きつけられたビームサーベルが、
ビームシールドと干渉して凄まじい光を放った。
「甘いな、キラ? ――まずは、あの赤いガンダムからだ!」
「そうは!」
勝利を確信したようなハマーンの嘲笑と、それを跳ね除けようとするキラの絶叫。
キラの気合に応えるように、フリーダムのドラグーンが一斉に射出される。そして、無
我夢中でキュベレイを攻撃する。
狙いは滅茶苦茶である。しかし、その遮二無二な感情が、ハマーンの読みを鈍らせ
た。
「こやつ……!」
ハマーンは舌打ちして、咄嗟にフリーダムから離れた。フリーダムはそれを見ると、
背中から淡い青の光を散らしながら、凄まじい加速でジャスティスの援護に向かって
いった。
「行ったぞ、シャア!」
キラの置き土産であるドラグーンに対抗し、ハマーンもファンネルを展開する。アスラ
ンの救出に意識を向けるキラのドラグーンはコントロールが甘く、ハマーンは容易くそ
の全てを片付けた。
しかし、キラは構わない。ほんの少しだけハマーンの足を止められれば良かったの
である。ドラグーンが全て落とされたとて、それは今のキラにとって問題ではない。
片腕を失ったジャスティスは、百式の猛攻の前に劣勢を強いられていた。シャアはこ
こが好機と踏み、一気呵成に撃墜しようと前掛かりになっていた。
だが、ジャスティスにはまだシャアが知らないギミックが残されている。それを目にし
た時、シャアは度肝を抜かれた。ジャスティスの背部のリフターがパージされたかと思
うと、それ自体が自律してシャアに襲い掛かってきたのである。
ファトゥム01は、全体にビームブレイドが仕込まれたビームスパイクの一種である。
無線誘導によって制御され、それ自体が武器となって敵に襲い掛かるのである。
モビルスーツの生命線とも言えるバーニアユニットを武器として飛ばすなど、とんで
もない発想だ。しかし、その意外すぎる発想がシャアの虚を突いた。そして、辛うじて回
避するシャアだったが、その隙に猛スピードで駆けつけたフリーダムにジャスティスを
回収され、逃亡を許してしまった。
気付けば、エターナルから信号弾が上がっていた。ラクスを始めとした、オーブの降
下部隊の回収が全て完了したのだ。
「……取り逃がしたか」
それを見届けると、シャアはバイザーを上げて、ふぅ、と一つ息を吐いた。
隣にキュベレイがやって来て、マニピュレーターを百式の肩に乗せた。まるで労って
いるかのような手つきに、ハマーンにしては珍しい仕草だと思った。
「この分では追撃は無理だな。もっと本格的な艦隊が組めていれば、考えたことでは
あるが……しかし、百式のシェイクダウンにしては上出来だった。ジャスティスのあの
ダメージなら、奴らもすぐには動けまい」
ハマーンにしては妙に穏やかな声に感じた。少しトーンが高いのだろう。
- 41 :
- 「……珍しいな」
「……? 何がだ?」
「仕留め損ねたことについては責めないのか? 先ずはそのことで詰られるものと覚
悟していたのだが……」
シャアは、その褒めているように聞こえるハマーンの言葉が却って不気味に思えて、
つい聞き返した。どうにも座りが悪く感じられたのだ。
途端、キュベレイの目がハッとしたように急に目をそばめた。
一転、少し重苦しい空気が流れた。キュベレイから感じる“気”が、急に冷たくなった
ような気がする。
「……どうした、ハマーン?」
応答が無いことを怪訝に思って再度訊ねると、ハマーンが「フン」と鼻を鳴らした。そ
れが、舌打ちをしたように聞こえた。
「私は、それほどお前に期待していない……」
キュベレイのマニピュレーターが百式の肩から離れ、接触回線から無線へと切り替
わる。回線状況が変わって、音質が少し劣化する。だが、ハマーンの声が急に低くな
ったように聞こえたのは、音質の劣化によるものだけではないように思えた。
「ミネルバが上がってくるまでは、私が乗ってきた船での滞在を許可してやる」
「あ、ああ……厄介になろう」
「――ん!」
キュベレイは先行して補給艦へと向かっていった。
「……今更何を?」
シャアはそれを見送りながら、心底から不思議そうに呟いた。
「お、終わり、ました……?」
キュベレイが見えなくなると、それを待っていたかのように後ろからミーアが話し掛け
てきた。どことなく苦しそうである。
シャアは怪訝に思い、後ろを振り返ってミーアを確認した。しかし、そこにあったミー
アの顔色は、いつのも健康的で艶のある桜色ではなく、病的で血の気を失ったような
蒼白へとすっかり変わり果てていた。
「ミーア……」
全体的にやつれたように見える。シャアは察して、急に老け込んでしまったミーアに
慎重に語り掛けた。
「すまない。君の言葉に甘えすぎた」
思い返せば、途中からミーアは悲鳴すら上げなくなっていた。素人が戦闘機動のモ
ビルスーツに乗れば、こうなるのは自明の理。ミーアが言い出したこととはいえ、もう少
し配慮してやるべきだったとシャアは自省した。
- 42 :
- 「いえ、こ、このくらい、平気、です……」
ミーアは強がるものの、そう言った途端に「うぷっ!」と軽く戻しそうになった。
シャアは慌てて、しゃべらないように注意した。
「もう少しの辛抱だ。何とか堪えてくれ」
メットを被ったままでは悲惨なことになる。かと言って外したらもっと悲惨なことになる。
シャアは補給艦に連絡し、エチケット袋の用意を頼むと、ミーアの負担にならぬよう、
可能な限り静かに百式を移動させ、細心の注意を払いつつ、かつてないほど慎重に着
艦した。
エアロックを抜けて格納庫に入る。すぐさまハッチを開けて、ミーアを外に出した。そ
して、急ぎエチケット袋をミーアに渡すようにクルーに呼び掛けたのだが――
「待て! まだ早い!」
ミーアは我慢が出来なかったのか、慌ててヘルメットを脱いでしまったのである。少
しでも早く新鮮な空気を吸って、楽になりたかったのだろう。しかし、ここは格納庫。そ
れは逆効果である。
シャアは血相を変えて叫んだ。
「急いでくれ!」
エチケット袋を持ってきたクルーが、無重力の中を手足をばたつかせながら懸命に
ミーアのところに向かう。
しかし、現実は非情であった。
常に換気しているとはいえ、格納庫には機械油のにおいがこびりついてしまっている。
それこそ、金属が腐敗したような不快なにおいだ。ヘルメットを外したミーアは、その空
気を思い切り吸い込んでしまったのである。
「止せ! 早まるな!」
蒼白を通り越して、ミーアの顔色が土気色になる。白目を剥いたミーアは、限界を通
り越していた。最早、手遅れだった。
哀れ、ミーアは間もなく両頬が爆発したように膨らみ、卒倒するように身体を仰け反
らせた。
そして、美しく涙を散らし、決壊した。
「オーマイガーっ!」
クルーの悲鳴が轟く。無重力を自由自在に飛散する、吐しゃ物。ツンと鼻を突く胃酸
のにおいと、中途半端に撹拌されたグロテスクなゲル。人々は逃げ惑い、格納庫には
悲鳴が飛び交った。それは、とても言葉では言い表すことができない、阿鼻叫喚の地
獄絵図だった。
それからクルーが協力して処理に当たり、事態は何とか収拾した。しかし、精神的に
大きなダメージを負ったミーアは、それからミネルバが到着するまで殆ど自室に引きこ
もったままになってしまった。
続く
- 43 :
- 二十六話は以上です
次回は出来るだけ近日中に
- 44 :
- ミーア………(´;ω;`)
一瞬真空に出てしまってお陀仏かと勘違いしかけた。
TVどおりに死なずがんばるSSも多いが、これは精神的には死んだほうがマシ?
- 45 :
- たくましく生きていってほしい
- 46 :
- 殺人的な暑さで連日最高気温を更新しているような気がする今日この頃
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
第二十七話「シャア・レコード」になります↓
- 47 :
- 数日後、補給を終えたミネルバがカーペンタリア基地から宇宙へと上がってきた。そ
の間、補給艦で世話になっていたシャアは、百式と共にミネルバへと移動した。
予てからタリアに告げられていた通り、シャアの移動には、ミネルバへの復帰が決定
していたハマーンとキュベレイも同道した。だが、シャアが驚いたのはそこにミーアを
伴ったことだった。
ハマーン曰く、デュランダルから今回の件の見返りとしてミーアの面倒を押し付けら
れたから、ということらしいが、シャアにしてみれば、その命令に大人しく従うハマーン
は信じられなかった。らしくない、と思ったのだ。
アクシズの指導者としての重責から解放され、コズミック・イラで一個人として行動し
てきたことが、ハマーンを丸くさせているのだろうか、とも思う。
(どうかな……?)
シャアには分からない。知っているようで、シャアはハマーンを知らない。
とにもかくにも、ミネルバは百式とキュベレイ、そしてハマーンを加えて、よりザフトの
エース艦としての地位を確実なものとした。そして戦力の更なる増強は、更なる激戦へ
の予兆でもあった。
「だから言わんこっちゃない」
大破したセイバーの前。マッドの小言がシャアの耳に痛い。
「悪いな。貴重なモビルスーツを壊してしまった」
「済んじまったことは仕方ねえがな、全く冷や冷やさせてくれるぜ。助かったから良か
ったものの、命あっての物種なんだから。こういうことは、金輪際無しにしてもらうぜ、
クワトロ・バジーナさんよ?」
技術屋の習い性か、マッドは説教をしながらも、既にセイバーの調査に入っていた。
口ではああ言うものの、メカニックを生業にしている人間にとっては、人よりも機械の方
に興味があるのだろう。
しかし、シャアの目にも、セイバーは大破してしまっているように見える。よくも持ち堪
えてくれたと思うが、いくらマッドでもこれを直すのは無理だろう。
「うわっ! 酷いな、これ」
シャアと同じ感想を漏らす少年の声が、不意に背後から聞こえた。シン・アスカだ。
見物でもしに来たのか、赤服の裾をはためかせて無重力をこちらに向かって降りてく
る。
「これを直すぐらいなら、新しく作った方が早いし、安上がりじゃないですかね?」
「私への当て付けかな?」
シンは、慣れた様子でシャアの隣に着地した。地上から上がってきて間もないという
のに、既に無重力の感覚に身体を馴染ませている辺りに、センスの良さが窺えた。
「違いますよ」
シンはシャアの冗談を全く相手にしない。それどころか、子供扱いをするシャアの態
度に腹を立ててすらいる。シンの神妙な面持ちは、自身が少年であることを許さない
顔つきだった。
まだまだ尻の青い子供だと侮っていたシャアは、いつの間にか青年の顔つきになっ
ていたシンに驚かされた。少年の成長は驚くほど早い。それは、そう思えるほどに自分
が年齢を重ねてしまったことの証左でもあるとシャアは思った。
「新型のフリーダムと戦ったんですって?」
「ああ。私は主にジャスティスの方だったが」
「どうです? 後学のためにも、クワトロさんの感想を参考にさせて欲しいんですけど」
嫌味を言いに来たのではないのだろう。シンは純粋にシャアの感想を聞きたがってい
る。ザフトのエースを自認する責任感の表れだろうか。シンはフリーダムとの再戦の時
を予期し、それに備えようとしている。
- 48 :
- シャアは少し笑った。シンがそれを不満そうに見上げる。――おかしかったのではな
い。シャアは初めてシンのことを頼もしいと感じ、それが何とはなしに嬉しくなったのだ。
「フリーダムのことなら、ハマーンに聞くのが手っ取り早いと思うが――」
「あの人が教えてくれる人ですか?」
シャアは苦笑した。シンが言うことはもっともだ。
「そうだな。期待に応えられるかどうかは分からんが、私のできる範囲で君の問いに
答えよう」
シャアはそう前置きをして、自分が感じたフリーダムやジャスティスの印象をシンに
話した。
シャアはまず基本的なことを話した。単体の能力の高さもあるが、それぞれ射撃戦
と接近戦に特化していること。そして、単体を相手にする場合は、相手の得意分野で
は戦わないこと。更に、二機が連携を組んだら、こちらもコンビネーションで対抗しな
ければならないことなどを確認した。
それらを念頭に置き、シャアは更に細かく説明した。ジャスティスの全身に配された、
数多の格闘装備やファトゥムのこと。そして、フリーダムに関しては、まだシンが体験
していないドラグーンのオールレンジ攻撃や、ヴォワチュールリュミエールを解放した
状態のことなど、シャアが知る限りのことをシンに伝えた。
「ドラグーンの対処については、全身に目を付けろとしか言えないな。訓練をするな
ら、レイのレジェンドを相手にすると良いだろう」
「今度、頼んでみます。それで、フリーダムがドラグーンを外した後の凄い加速とい
うのは?」
「詳細は分からないが、私が見る限り、あれは君のデスティニーのメインスラスター
と同種のもののように感じられた。恐らく、ザフトの技術が流れているのだろうな」
「やりそうなことです。――でも、俺のデスティニーなら接近戦も遠距離戦もできます。
奴らの連携を分断できれば、臨機応変に戦えるデスティニーは有利ですよね?」
「その通りだ、シン・アスカ。ミネルバは、今や君とデスティニーが要だ。君の働き如
何によって、ミネルバの命運は左右される」
シャアはそう言い切って、シンにプレッシャーを与えた。エースとしての自覚を試した
のだ。
シンの表情には些かの揺らぎもなかった。細波すら立たない、まるで凪状態の海の
ような穏やかさ。
紅い瞳がシャアを見据えている。驚くほど冷静な眼差しの中に、静かなる闘志を湛え
ていた。
「俺は、とっくにそのつもりです」
シンは涼しい顔のまま、一切臆することなく返した。
オペレーション・フューリーの後、心身ともに疲れ果てた自分を慰め、癒してくれたル
ナマリア。彼女と肌を重ねた時、この温もりは絶対に失いたくないと強く思った。
「ミネルバは俺が守ります。もう、絶対に誰も死なせたりしませんから」
「良い覚悟だが、気負い過ぎるのは誤りだぞ?」
「気負ってるわけじゃありません」
シンは手をかざした。そして指を開き、その隙間の先に見える光景に焦点を合わせ
た。
「守れるものは守りたい。力の限り、何でも。俺は、そのために“力”を身に付けたん
だって、今は思えるんです。この気持ちを、俺は信じたい」
隙間の先に見たのは、もう帰らぬ家族かもしれない。或いは、ハイネ・ヴェステンフ
ルスかもしれない。しかし、いずれにせよ、彼らはもうシンの手の届かないところへ行
ってしまった。
- 49 :
- なら、この手が守るものは何だ――その先に寝息を立てるルナマリアの寝顔が浮か
んだ時、シンはその幻の頭を撫でる仕草をした。指は、ルナマリアの艶やかな髪の質
感をハッキリと覚えている。
シンは手を下ろすと、固く拳を握った。
「だから、できることは何でもしておきたい。後で後悔しないためにも」
戦う意義を見出したシンは、力強かった。その無垢な輝きは、シャアが羨望を抱くほ
どに眩しく見えたものである。
シャアは百式を見やり、切り出した。
「――百式な」
「えっ?」
「あのデータの中に、先日の記録が残っている。フリーダムとジャスティスの、宇宙
戦の記録だ。君にとって、有益な情報になると思う」
「いいんですか?」
驚きながらも目を輝かせるシン。シャアは微笑交じりに頷く。――将来有望な若者を
目にできた、大人の喜びだ。
「無論だ。――私は艦長に報告があるのでな。操作方法については、一通りマッドに
教えてある。彼に手伝ってもらうといい」
そう告げて、シャアは颯爽とその場を後にしようとした。
「あ、ありがとうございますっ」
少し戸惑い気味のシンの返礼が聞こえる。シャアはその声を背中に受け、シンへの
期待を胸に格納庫を出た。しかし――
「――にしたって、金ぴかとかいい趣味してるよな。センスじゃアスハといい勝負じゃ
ないか」
百式を酷評されていることは知らないシャアであった。
マッドから簡単にレクチャーを受け、シンはいざ百式へと向かった。金色の外装はと
もかく、初めて体験する全天スクリーンとリニアシートで構成されたコックピットは、嫌
でもシンのテンションを上げた。
シートに腰掛けると、自動でコンソールパネルが目の前に来る。
使用言語は自分たちと同じ英語だ。操作も特に変わっているわけではない。
シンはハッチを閉じ、データバンクから戦闘記録を呼び出して、先日のフリーダムと
ジャスティスとの交戦記録の鑑賞を始めた。
全天スクリーンとリニアシートの組み合わせは、まるで自分がその場にいるかのよう
な臨場感をシンに与えた。360度全てが画面で構成されていて、途中で見切れるとい
うことが無いから、シンは常に首を動かして懸命にモビルスーツの動きを追った。
初めて見る宇宙でのフリーダムとジャスティスの動きは、シンが想像していた以上だ
った。そして、シャアが操縦する百式の動きは、それと同等に刺激的だった。
ナチュラルでもコーディネイターでもない。時々、理解不能な反応速度を見せること
がある。それこそ未来が見えているのではないかと疑うほどにである。しかし、どのよ
うに攻撃の気配を察知しているのか、その原理はシンには遂に分からなかった。
どんな戦闘訓練を積めば、このようなセンスを身に付けられるのだろうか。シャアは
検査結果からも純粋なナチュラルであるという結果が出ているが、シンにはそれが不
思議でならなかった。
一通り観終わった時、シンはいつしか気分が高揚している自分に気付いた。
このような機会が得られて、心底から良かったと思う。シャアのテクニックにも、フリ
ーダムやジャスティスの動きからでさえも触発されるような刺激を受けた。それらを自
分のイメージに融合させて、糧にすることに興奮を覚えるのだ。
- 50 :
- その後、シンはもう一度観賞しようと思って、パネルを操作した。もっとしっかりとイメ
ージを脳に焼き付けたいのだ。
だが、再生を始めようと思った矢先、不意に正面のスクリーンが消え、扉が開いてし
まった。
「何だ?」
怪訝に思い、シンは身を乗り出した。壊してしまったのかと一寸焦ったが、そうではな
いらしい。どうやら、外から強制的にハッチを開かれたようだった。
ハッチの外に最初に目に付いたのは、マッドの姿だった。ハッチの強制解放は彼の
仕業だった。
シンはシートから立ち上がり、「何です?」とマッドに訊ねた。
「“何です?”じゃないわよ!」
そう言って横から躍り出たのは、ルナマリアだった。
「ルナ!?」
驚くシンを尻目に、ルナマリアはむっつりと顔を顰めながら、やや強引にシンを押し
込みつつ中に入ってきた。その後ろで、「ごゆっくり」と薄笑いを浮かべて離れていくマ
ッド。野次馬の顔だ。
「な、何だよ!?」
ばつが悪い。シンは、図々しく入ってくるルナマリアを邪険に扱うように言う。
しかし、ルナマリアはシン以上の剣幕で怒鳴ってきた。
「冗談じゃないわよ!」
尻込みするほどの迫力だ。結構頭にきているらしい。逆らわない方が身のためだと
察したシンは、仕方なくルナマリアの随意にさせた。
「ずっと呼んでたのに、ちっとも気付かないんだから! ……わっ、凄い! こんな風
になってるんだ!」
愚痴を零しながらも、ルナマリアは周囲を見渡すなり、ケロッと態度を変えて、全天
スクリーンの迫力に子供のようにはしゃぐ。
(まったく、これだ……)
シンは内心で呆れつつも、「当然だろ」と言うだけに止め、ルナマリアに横取りされま
いと素早く先にシートに陣取った。
「それより、俺は今忙しいんだ。ルナの相手をしてる暇は無いんだよ」
「フリーダムとジャスティスの研究でしょ? あたしも一緒にするわ」
「おい、何勝手に弄ってんだ!」
ルナマリアは当然のようにシンの膝の上に座ると、勝手にパネルの操作を始めた。
そのうなじから甘いにおいが香ってきて、頭がくらくらした。そして、股間の辺りに押
し付けられる、程よく引き締まった形の良いヒップの感触である。短いスカートの中身
を想像して、シンは思わず腰を引いた。
(前から思ってたけど、何でこんな短いんだよ? 軍服、だよな……?)
ルナマリアは新鮮な百式のコックピットに興味を奪われているのか、やきもきするシ
ンにも気付かずにパネルを弄ることに夢中になっている。それで股の辺りで無造作に
もぞもぞと動くヒップが、シンには堪らない。
「アナザーモビルスーツって言っても使用言語は一緒だし、それほど難しくは無いの
ね?」
「そ、それより、前くらい閉めろって!」
外からこちらを覗き込むヴィーノとヨウランの、囃すような視線が気になる。だが、ル
ナマリアはそれに気付こうともしない。
「いいじゃない? 今は自由時間なんだし。――それとも、気になっちゃう?」
そう言って、ルナマリアは開いている自身の胸元の襟を摘んで見せ付けてきた。
「えっ?」
- 51 :
- その仕草で、今さらになってルナマリアの胸元がはだけていることに気付く。シンが
つい覗き込んでしまったのは、本能的な仕草だ。
が、それがすでにルナマリアの罠だった。はだけた胸元の白い肌に、思わず赤面。
そんなシンを、ルナマリアの山なりの目がおちょくる。
シンは咄嗟に姿勢を正し、慌ててコックピットハッチを閉じた。
「――じゃなくって、こっちだよこっち!」
「しっかり見てたくせに」
「見せたんだろうが! っていうか、もっと持てよ、慎みとか恥じらいとか!」
「別にいいじゃない、今更。どうせ、シンにはもっと見せちゃったんだし」
「はあ!? そ、それは! ……あ……いや、いい……」
カッと顔が熱くなる。シンが咄嗟に反論を諦めると、ルナマリアは勝ち誇ったようにフ
フンと鼻を鳴らした。どうにも勝てる気がしない。シンは、仕方なく動画の再生を始めた。
「ひゃあ、凄い迫力! 夢中になるわけだわ」
「いいから黙って観てくれよ。こっちは必死なんだから」
「あ、ゴメンゴメン」
はしゃぐルナマリアを落ち着かせ、シンは記録映像に集中した。
記録映像の再生が始まれば、ルナマリアも静かになった。いや、静かにならざるを
得なかったのだ。スクリーンの中で繰り広げられる戦いは、ルナマリアの常識を軽く超
越していたのだから。
観終えると、ルナマリアは老け込んだようなため息をついた。
「レベルが違いすぎて、参考にならないって感じ」
お手上げといった様子で、ルナマリアは髪をかき上げた。シンは呆れ顔をして、ルナ
マリアを見やった。
「あのなあ――ん?」
ふと気付く。髪をかき上げて露出したルナマリアの耳に、キラリと光るものを見た。
「何だ、そのピアス?」
「えっ?」
シンが指摘すると、ルナマリアは思い出したように指でそれを弄った。
それは、ただの金属チップのようなデザインだった。とう見てもファッションアイテムに
は見えない、非常に味気ないピアスである。ルナマリアのような年代の少女がチョイス
するものとは、到底思えなかった。
「ああ、これね……」
シンが抱いた違和感を証明するように、ルナマリアは困惑した感じで言う。
「ハマーンさんが、ね。“お前は今まで良く尽くしてくれたから、ほんの礼だ”ですって」
ハマーンの物真似をするルナマリア。「全く、参っちゃうわよねー」と苦笑した。
「あの人がプレゼント? へえ、意外だな」
「あたしもびっくりしたわよ。でも、これってサイコレシーバーとかっていう、サイコミュ
って技術の研究の副産物でさ、そのモニターテストも兼ねてるだけだから、別にファッ
ションで身に付けてるわけじゃないのよ」
「サイコミュ? 何だそれ?」
「脳波コントロールシステムってやつらしいんだけど、あたしも詳しくは知らないわ」
「大丈夫なのかよ?」
「さあね。でも、身に付けていればお守り代わりにはなるだろうって言うから、それを
信じてはいるんだけど……どうも怪しいのよねえ」
ルナマリアが怪しむ気持ちは良く分かる気がした。早い段階からミーアを偽者と見抜
いていながら、それをずっと内密にしていた例からも分かるように、ハマーンは何かと
いかがわしい。そういうハマーンが普段からは考えられない行動をすれば、何か企ん
でいるのではないかと疑って当然だ。
- 52 :
- (――とは言え、何だかんだでルナはあの人に従っちゃうんだよな。現にピアスだっ
て素直に付けちゃってるし……)
ハマーンはルナマリアを都合の良い駒として利用している節があるが、ルナマリアも
ルナマリアで、何故かそれを当たり前のように受け入れてしまっている。それがどうに
も解せない。この二人には、何か契約のようなものでもあるのだろうか。
シンが内心で首を捻っていると、そんなことも露知らず、その間にもルナマリアは勝
手にパネルを操作してデータを物色していた。
「ねえ、折角なんだし、他のも見てみましょうよ?」
「おい、いいのかよ勝手に」
「減るもんでもないんだし、構わないわよ」
そう言ってルナマリアは適当な記録映像を選択し、躊躇無く再生を始めた。シンはそ
んなルナマリアに呆れながらも、再生される映像に内心では期待していた。
それは、巨大な建造物の内部での戦闘のようだった。円筒形の内部の底に強烈な
光を放つシリンダーのようなものが何本も並んでいて、百式を操縦するシャアはそれ
を守ろうとしているようだった。
敵は二体のようだった。一方は重量感のあるシルエットに黄土色のカラーで全身を
彩った、一つ目のモビルスーツ。そして、もう一方はキュベレイだった。
「これ、ハマーンさんが乗ってるの……?」
「やっぱり二人は敵同士だったんだ」
「そんな!」
黄土色のモビルスーツが、シリンダーのようなものを潰した。百式がそれを阻止しに
向かうも、待ち伏せを受けてダメージを受けた。立て続けにキュベレイに組み付かれ、
ビームサーベルで右腕を切り落とされる。直前にトリガーを引いていたのだろう。切り
落とされた右腕が握っているビームライフルが、何も存在しない上天に向かって一発
のビームを撃った。
致命傷を辛くも逃れたシャアであったが、その勢いで背中からシリンダーのようなも
のに衝突し、墓穴を掘ってしまった。
「仲間の援護は無いのかよ……!」
結果は分かっていても、あまりの劣勢にシンは焦れていた。
そうこうしている内に、百式は二機に取り囲まれていた。シャアは、それでも何とか活
路を見出そうと足掻き、急上昇を掛けて二機から逃れようと試みた。
(でも、あの二機が手負いの百式を逃がすはずが無い……!)
シンは、その動きを見ていて直感していた。映像で見ているシンが恐ろしいと思える
ほどに、黄土色のモビルスーツとキュベレイには底冷えするような絶望感があった。
(逃げ切れるわけがない……!)
シンが睨んだとおり、逃げようとする百式の前に、キュベレイがあっさりと立ち塞がっ
た。
『シャア! 私のもとへ戻ってくる気は無いか!』
『今さら!』
どことなく縋りつくような感じの、少し弱気なハマーンの声と、そのハマーンの差し伸
べた手を払い除けるかのようなシャアの返し。――ルナマリアは、ふと胸にチクリとし
た痛みを覚えた。
ギリギリの攻防を、シンは手に汗を握って食い入るように見つめた。黄土色のモビル
スーツの撃ったビームが、百式の左膝を撃ち抜く。しかし、シャアは尚も粘りを見せ、
キュベレイに追い立てられながらも壁の隙間に逃げ込み、一先ずその場を切り抜け
た。
シャアは安全な場所まで移動すると、百式を降りたようだった。そして、映像はそこ
で一旦終わっていた。
- 53 :
- 「まだ続きがあるのか……」
シンは誰にともなく呟くと、当たり前のように続きを再生した。
百式に再び乗り込んだシャアは、すぐさま先ほどの場所に戻ってきた。すると、そこ
にΖガンダムと黄色のずんぐりとしたモビルスーツが現れ、また敵が増えた、と咄嗟
にシンは思った。だが、Ζガンダムが追い掛けてきたキュベレイと黄土色のモビルス
ーツを攻撃している場面を見て、カミーユがかつてシャアの味方だったことを思い出し
た。
Ζガンダムは損傷した百式を庇い、一人でキュベレイと黄土色のモビルスーツに立
ち向かおうとしていた。シンは、その中で繰り出された攻撃に思わず目を奪われた。
「今の――」
だが、その時だった。Ζガンダムがビームライフルを連射している途中で不意に映
像が止まり、スクリーンの電源が落ちてしまったのだ。
「あれ?」
白い壁面に戻ってしまったスクリーンを呆然と見回す。そして、その時になって、初
めてルナマリアが顔を俯けていたことに気付いた。
「……ルナ?」
パネルに置いた指が教えている。映像を止めたのは、ルナマリアだ。
「ゴメン、シン……でも、切なくて……」
「え……? ――ああ」
ルナマリアは叱られた子供のように震えていた。シンはその意味に気付くと、そっと
肩に手を置いた。
「入れ込み過ぎだよ、ルナは。これは、昔の映像なんだからさ」
「分かってるけど……」
ルナマリアはハッチを開くと、一人で先に出て行ってしまった。
シンは追いかけようとしたが、何とはなしに憚られた。その背中が、暗に一人にさせ
ておいてくれと言っているような気がしたからだ。
「おいシン、何やらかしたんだよー?」
上がってきたヨウランがルナマリアを見送りつつ、シンの胸を肘で小突いてくる。その
冷やかしの目を冷ややかに受け流しつつ、シンは無重力に身を躍らせた。
「ナイーブなんだよな、ルナは……あの二人は今、一緒にミネルバに乗ってるんだぜ
……?」
途中から膝にルナマリアを乗せていることも忘れて、映像に見入っていた。ならば、
ルナマリアの心境の変化に気付けなかったことは、果たして鈍感の証明となるのだろ
うか――そうは思いたくないと、シンは小さなため息をついた。
慣れないミネルバの通路を行く。行きすがら、あからさまに気を遣ってくれているクル
ーに道順を尋ねつつ、ミーアは居住区に割り当ててもらった自分の船室を目指してい
た。
その途中で、突き当たりの通路を流れていくシャアの姿が垣間見えた。ミーアは慌て
て身を隠し、シャアが行き過ぎ去るのを待った。
「何をしている?」
不意に背後から声を掛けられ、ミーアは思わず飛び上がった。
「あっ、あっ!」
驚いた拍子にバランスを崩し、無重力に身体を翻弄される。それを、ため息混じりに
助けてくれたのは、一応の付き人であるハマーンだった。
「全く――」
- 54 :
- ミーアの手を取り、「世話が焼ける」とハマーンはゆっくり床に下ろしてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
相変わらずの鋭い眼差しに、ミーアは畏まった態度で礼を述べた。
このハマーン・カーンという女性は、どうにも心臓に悪い。今のように音も無く背後か
ら忍び寄られたのもそうだが、それ以上にハマーンの持つ雰囲気が怜悧で近寄りが
たいものを感じた。何せ、ディオキアでの初見時、それまで誰も見抜けなかった自分
の正体をあっさりと見破ってくれたのは、他ならぬ彼女だったのだから。
そういう女性が自分の付き人になると聞かされた日には、生きた心地がしなかった。
何か奸計があって近付いてきたのではないかと思ったのだ。
しかし、ハマーンは現状、ミーアのことを面倒がって放置している状況である。あまり
ハマーンと接触したくないミーアとしては、この状況は好都合ではあった。
ただ、ハマーンには一つだけ気になる点がある。
「シャアがいたのではないのか? なぜ隠れる必要がある?」
ハマーンの指摘には、若干の底意地の悪さが滲んでいる。ミーアはそれを感じ取っ
て、露骨に憮然とした表情を浮かべた。
シャアを見れば飛びつきたくなるのが、ミーアの習性だ。しかし、今はそれはできな
い。できることなら過去に遡ってやり直したいくらいの、残酷な記憶があるからだ。シャ
アの見てる前で盛大にリバースしてしまったという悪夢が。
「くくっ……聞いてはいるがな」
「な、何ですか!」
ミーアの思考を読み取ったかのように、ハマーンは冷笑を浮かべた。ミーアはそれが
面白くなくて、キッとハマーンを睨み付ける。
ハマーンはその視線に目をそばめ、からかうように「恥じらいという奴か?」と言った。
「しかしな、あの男にそういうのを期待するのは間違っている」
「何を――」
「悪いことは言わない。シャアは止めておけ。あれは、女を道具として使うことしか考
えていない。そのためには見せかけの愛情だって示して見せるのが、シャアという男
の本性だよ」
視点が変わればこうも違うものなのだろうか。ミーアが見るクワトロと、ハマーンが見
るシャアはあまりにも違い過ぎる。ミーアは、それが不思議でならなかった。
そして、ハマーンが妙にシャアと親しく見えるのも気になった。二人の過去を知らな
いミーアにとって、シャアのことを語るハマーンは、自分の恋路を邪魔しているように
しか見えない。
「あなたは、あの方の何を知っているの?」
シャアを扱き下ろすハマーンの言い草に、ミーアは露骨に反感を示した。普段は目
も合わせられないハマーンの顔を、瞬きを惜しむほどにきつく睨む。シャアへの思い
が為せる業である。
ハマーンはその目が気に入らなかった。ただ単に生意気だからというだけではない。
シャアを純粋に慕う気持ちがさせた目が、酷く鬱陶しく思えたのだ。
ラクスと同じ顔と声を持つミーアだが、ハマーンにしてみれば全くの別人である。しか
し、ミーアの愚直な恋心は、ラクスとは違う意味でハマーンを苛立たせていた。
愚劣な人間には、吐き気を催すほどの嫌悪感を覚える。ハマーンが一睨み利かせ
ると、ミーアは一瞬だけ怯む仕草を見せた。だが、それだけだった。
(気の強い娘だ……)
- 55 :
- 普通の人間なら、ハマーンのプレッシャーを感じたら気後れするものである。それな
のにミーアは、シャアへの慕情だけでそれをはね退けて見せた。
(その気の強さを、ラクスの前でも見せられていたならな……)
気が変わった。ここまで愚かなら、教えてやっても良いと思えた。
ハマーンはミーアを改めて見据えると、徐に口を開いた。
「奴はクワトロ・バジーナなどと名乗っているが、それがあの男の本名でないことは、
分かっているのだろう?」
「あなたの言う“シャア”というのがそうだから、あたしには勝ち目が無いって言うの?」
気が立っているのだろう。ミーアは思った以上に食い掛かってくる。
ハマーンは内心で鬱陶しがりながらも、ミーアを軽くいなすように苦笑を浮かべた。
「勘違いするな。シャア・アズナブルというのも、あの男の数ある仮称の一つに過ぎん」
ミーアが眉を顰めて、「どういうこと?」と聞き返す。ハマーンは、前のめりになるミー
アを「慌てるな」と手で制しながら、シャアについての解説を続けた。
「本名キャスバル・レム・ダイクン――サイド3、旧ジオン共和国の創始者ジオン・ズム・
ダイクンの忘れ形見だ。政変によって国を追われてな、一頃はエドワウと名乗っていた
こともあったようだが、シャア・アズナブルというのは、その後にザビ家への復讐のため
に取得した名前なのだ」
「ジオン? ザビ家?」
聞き慣れない単語にチンプンカンプンといった様子のミーアに、「気にするな」と告げ
つつハマーンは続ける。
「遠い世界の話だ。――そして、私から逃げたシャアはクワトロ・バジーナを名乗り、
我々を裏切ったのだ」
「逃げた? あなたから……?」
流石にミーアは動揺していた。それがまともな反応だと思う。
「これで分かっただろう? あの男は常に自分を偽り、他人を欺き続けている。信用
を裏切りで返すような男に、甲斐性を期待したところで虚しいだけだろうが?」
ハマーンはそう言って、ミーアに追い打ちを掛けた。
ミーアの恋心を否定することを、特に酷いことだとは思わなかった。シャアの毒牙に
かかって感覚を麻痺させられた哀れな子羊に正気を取り戻させてやるのだから、寧ろ
善行であるとすら思った。
しかし、シャアの毒は想像以上に深くミーアの中枢に浸透していた。ミーアの瞳に、
一度は消えかけた光が再び戻ったのである。
ハマーンは、それに目を見張った。
「……それでも、あたしはあたしが見初めたあの人を信じる! あなたが見てきたも
のが、あの人の全てではないわ!」
ミーアは感情的に言い放った。それを聞いたハマーンは、露骨にため息をついた。
「救いようが無いな。その思い込みの激しさは、他人を演じ続けてきたが故の弊害か」
「あの人はあたしに優しくてくれた! あたしはあなたとは違うの!」
「それはそうだろう。私はお前ほど愚かではないつもりだよ?」
ハマーンの辛辣な返しに言葉が詰まり、ミーアは思わず閉口してしまった。何か言い
返してやりたかったが、良い返しが浮かんでこない。
とりあえず何かを言わないと――そう思ってミーアが口を開こうとした矢先、「しかし」
と言って先に声を発したのは、ハマーンだった。
- 56 :
- 「シャアは己を偽り、自分のできることもしようとしない卑怯な男だ。そういう男には、
お前のような女がお似合いなのかも知れんな?」
嘲笑含みで言われ、反論しようとしたミーアは出鼻を挫かれてしまった。
(この人の会話のペースに合わせていちゃ駄目よ……!)
負けられない。ミーアは念じて、取り乱しそうな心を落ち着ける。
「……じゃあ、どうしてあなたはもう一度、クワトロ様と同じ船に乗ろうと思ったの?」
苦し紛れの反論である。だが、それが存外にハマーンの動揺を誘った。
女の勘だったかもしれない。珍しく顔を曇らせたハマーンは、何故か切なく見えた。
ミーアはそれで、何とはなしに察してしまった。
「……シャアには利用価値がある。だから、フリーダムやジャスティスに対抗するた
めに、百式を与えもした……」
もっともらしく答えるハマーンだったが、歯切れは悪かった。その歯切れの悪さこそ
が、ハマーンの断ち切れないシャアへの未練の証明だとミーアは思う。ハマーンは、
シャアを諦め切れていない……
「あなただって――」
しかし、その時だった。俄かに鳴り出した警報に、ミーアは口に出しかけた言葉を飲
み込んだ。
警報は緊急事態を告げていた。その情報は瞬く間に伝わり、クルーは仕事の手も止
めてスクリーンに釘つけになった。そして、そこに流れる映像に誰しもが凍りついたの
である。
アークエンジェルは宇宙に上がり、カガリを乗せてプラントへと向かっていた。目的
はデュランダルとの会談だ。
オペレーション・フューリー、そして件の世界放送による影響で、地球とプラントの関
係は冷え切っていた。再燃したコーディネイター脅威論と、デュランダルへの不審が
主因である。
当然、その切欠を作ったオーブとの関係は悪化していた。しかし、プラントが大きく信
用を落とした一方で、オーブへの国際的な支持も思うように集まってはいなかった。オ
ーブ内閣府は、それを問題視していた。
電波ジャックでは強くデュランダルを批難したが、過程はどうあれ、ジブリール逃亡
の責任がオーブにもあることは確かであった。オーブに支持が集まらない背景には、
そのことが大きく影響していたのである。それ故、反ロゴスの機運が残る以上、この事
実を放置しておくわけにはいかなかった。
そこで打開策として提案されたのが、今回のプラント訪問だった。秘密裏にではある
が、カガリとラクスが直々に出向くことを条件に、何とか首脳会談を取り付けることに
成功したのだ。
オーブの目的は、ラクスを出しに水面下で交渉を行い、和睦のための妥協点を探る
ことである。そして、和睦が成立した暁には電撃的にザフトと共同でジブリールの捕獲
作戦を展開し、確保。そこで改めてデュランダルと共同声明を発表し、対ロゴス戦の
終結を宣言。それと同時に、全世界にプラントとの関係修復とオーブの減点を帳消し
にしたことを大々的にアピールし、更にその流れで地球側に和平を訴え、あわよくば平
和条約の締結を取り成す仲介役をも担ってしまおうというのがオーブの皮算用だった。
しかし、その予定は大幅に狂うことになった。その情報は、カミーユが突如激しい嘔
吐感を訴えた直後に伝えられた。
速報を受け、すぐに情報収集を始めた。プラントの報道番組の電波を傍受し、一同
はその映像に注目した。そして、その様子を目の当たりにし、戦慄するのである。
- 57 :
- 監視カメラによる映像が、その一部始終を記録していた。
宇宙を穿つ一閃の光。それが複数のコロニーを一遍に貫く。暫時、何事も無かった
かのように見えたが、やがて徐々に目に見える形で崩壊を始めた。
被害はそれだけではなかった。崩壊したコロニーの残骸が他のコロニーをも巻き込
んでしまったのだ。そして残骸に巻き込まれたコロニーも、間もなく最初に崩壊したコ
ロニーと同じ運命を辿った。
誰しもが息を呑み、現実とは俄かには信じられないその光景を見守っていた。
「……発射元は、月面ダイダロス基地からのようです……」
オペレーター席に座るミリアリア・ハウが、遠慮がちに言う。
暫し重苦しい空気が場を支配していた。
「これが現実なら、和睦どころではなくなる」
ネオがいつになく神妙に言った。カガリは、その通りだと思った。ジブリールの仕業に
違いないからだ。
「艦長……」
カガリは艦長席に座るラミアスに目配せをした。ラミアスはカガリの胸の内を察し、頷
いた。
「予定を変更する。針路を月へ……」
カガリは静かに下命した。
プラントを襲った未曾有の大惨事は、住民をパニックのどん底に陥れた。この危機
に対し、プラント最高評議会はすぐさま緊急事態宣言を発表。パニックになった市民
の安全確保のために治安維持部隊を出動させ、併せて崩壊したコロニーの住民の救
助活動も行った。
被害は甚大だった。崩壊したコロニーの住民の安否は、絶望的である。新たな報告
が上がってくるたびに大きくなっていく被害状況と犠牲者数に、デュランダルは頭を抱
えた。
ヤヌアリウス・ワンからフォー、そして、その残骸でディセンベル・セブンとエイトが沈
んだ。計六基のコロニーが沈んだのだ。犠牲になったプラント国民の数は、二百万人
近くに上る見通しである。
予兆はあった。哨戒任務に就いていたジュール隊が連合軍の不穏な動きを察知し、
その調査に当たっていた。そして、不審な廃棄コロニーの付近でロゴスのものと見られ
る部隊と交戦状態になり、その最中にプラントは攻撃されたのである。
その結果、プラントを撃った光の正体が反射衛星砲であることが判明した。廃棄コロ
ニーにゲシュマイディッヒパンツァーを取り付けて巨大なビーム偏向装置へと改造し、
それにビームを通して曲げることで、月の裏側にあるダイダロス基地から直接プラント
を狙撃したのである。
最早、一刻の猶予も無かった。デュランダルはすぐさま月軌道艦隊に出撃を命じ、ダ
イダロス基地上空の第一中継ステーションの破壊指令を出した。
続く
- 58 :
- 第二十七話は以上となります
それでは
- 59 :
- GJ!
- 60 :
- >>58
乙です!
- 61 :
- 乙です
ピアスが気になる
- 62 :
- >過程はどうあれ、ジブリール逃亡の責任がオーブにもあることは確かであった。
これだよこれ、これがレクイエムによる大虐殺に繋がってるのは明白な訳だが、
TVはともかく二次SSの方でもこの点を指摘する作品というのはなぜか少ないんだよな。
ラクシズ当の本人たちに反省の色が皆無なのは言うまでもないとして、
議長が善玉であれ悪玉であれ、いやTVの時点でそもそも、これをもってカガリ政権オーブや
ラクシズをジブリールロゴスの共犯として糾弾するとか、メサイア防衛の戦力を
被災コロニー出身者で固めるとかやるのが当然だろうに。
またそう手を打たなくてもごく自然に、遺族となった兵士たちがラクスの演説や歌を
拒絶して怨み骨髄で迎え撃つというシチュがありそうで案外ないという不思議。
(例えば「あれはザフトの艦だ!」と叫んだイザークが即座に背中から討たれるとか)
- 63 :
- オーブ軍はその後に運命計画に反対して、宇宙艦隊で武力侵攻を開始するからね
レクイエムを使いたくもなるわ
- 64 :
- 第二十八話「月、確執の果てに」です↓
- 65 :
- オーブを脱した後、ジブリールは月面のダイダロス基地へと逃げ延びていた。
ダイダロス基地には、地面をくり抜いて造った巨大な砲門がある。“レクイエム”と呼
称されるそれが、複数の中継ステーションを介して直接プラントを撃ったのである。
しかし、首都のアプリリウス・ワンを狙った初撃は外れた。代わりに複数のコロニー
が沈んだものの、ジブリールは一撃で勝負を決することができなかった。それは、誤
算である。レクイエムの発射直前、その動きを察知したジュール隊が仕掛けた中継ス
テーション付近での戦闘が、僅かにその照準を狂わせたのだ。
その誤算で九死に一生を得たデュランダルは、直ちに反撃を開始。ダイダロス基地
上空、月の衛星軌道上に安置されている第一中継ステーション“フォーレ”を、月軌道
艦隊の総力で以って潰しに掛かったのである。
だが、当然、ジブリールがその動きを看過するはずが無かった。ジブリールは直ち
にダイダロス基地駐留軍の第三機動艦隊を出撃させ、ザフトの月軌道艦隊にぶつけ
たのである。そして、自身はダイダロス基地の司令室にてレクイエムの第二射の準備
を急がせた。
フォーレではザフト月軌道艦隊と第三機動艦隊が激突し、大規模な戦闘が繰り広げ
られた。
レクイエムでプラントを直接狙い撃つためのエネルギーチャージには、相当の時間
を要する。しかし、その時間を知るのはジブリール側だけであり、デュランダルには依
然、どの程度の猶予が残されているのかは不明のままである。
それに、問題はまだあった。仮にフォーレを陥落せしめたとしても、レクイエムが発射
されれば、プラントは助かっても月軌道艦隊は甚大な損害を被りかねない。それでは
ザフトの戦力が大幅にダウンし、宇宙でのパワーバランスが崩れてしまう。
そこでデュランダルは次善の策として、ミネルバにダイダロス基地への直接攻撃を指
示した。第三機動艦隊という主力が出払っている隙を突き、レクイエムの発射そのもの
を阻止する作戦を企図したのである。
かくて高速艦ミネルバはデュランダルからの指令を受け取ると、直ちに月へと向かっ
た。
しかし、ミネルバが月面に降下してダイダロス基地に辿り着いた時、既にそこでは戦
闘が始まっていた。先客がいたのだ。
ダイダロス基地の防衛部隊と交戦しているのはザフトではない。デュランダルはミネ
ルバに単独でのダイダロス基地攻略を命じたのだから。
ミネルバに先んじてダイダロス基地に乗り込んだ先客は、アークエンジェルだった。
「アークエンジェルより、カガリ・ユラ・アスハの名義で当艦にメーデーが出ています」
メイリンが戸惑いを含んだ声で報告をした。
ミネルバの艦橋内が、一斉に騒然となった。「恥知らずな!」――アーサーの悪態
である。
「どうされるのです、艦長!?」
アーサーが思わず副長席を立ち上がり、タリアに振り向いた。だが、タリアはすぐに
は答えようとはず、暫し神妙な面持ちのまま黙考した。
妙な緊張感が艦橋内に漂っていた。一同が息を殺して見守る中、やがてタリアは徐
に口を開いた。
「モビルスーツ隊は出撃後、ミネルバの射線軸より退避」
「艦長!」
タリアの泰然自若とした口調が、余計にアーサーの焦燥感を駆り立てる。
しかし、タリアは些かの迷いも無い声で命令を下した。
「タンホイザー起動。照準、ダイダロス基地西側外縁部」
「本気でオーブのメーデーを受けるおつもりなのですか!?」
- 66 :
- アーサーは、思わず絶叫していた。しかし、大袈裟なリアクションはアーサーのみで
はあったが、他のクルーも内心では近い感情を持っていた。
オーブは信用できない。デュランダルの放送を電波ジャックしたのは、つい先日の出
来事である。その時、本物のラクス・クラインと共にデュランダルの顔に泥を塗った行
為が、プラントそのものを侮辱する行為として映った。
その上、内情はどうあれ、オーブにはジブリールの逃亡を幇助した事実がある。そし
て、そのジブリールは逃亡の果てに反射衛星砲でプラント本国を撃ち、六基ものコロ
ニーと二百万人弱という途方も無い数の一般市民の命を一瞬にして奪ったのである。
その事実の前では、ラクス・クラインの替え玉を利用していたデュランダルの嘘など、
取るに足らない些事であった。
ジブリールの非道に対して義憤に燃えるアーサーたちは、同様にその切欠を作った
オーブに対しても強い不信感と憤りを持っていた。ザフトとして、何よりプラント国民と
して許せなかったのである。
タリアもそのアーサーたちの心情は理解していた。しかし、それでもタリアは淡々と
指揮を執り続けた。
「チェン」
火器管制のチェン・ジェン・イーに目線をくれる。チェンもアーサー同様、タリアの判
断には承服しかねている様子だったが、その射抜くような視線を感じると慌てて声を上
げた。
「タ、タンホイザー……発射OKです!」
タリアは頷くと、今度はアーサーに目をやった。
アーサーは先ほどから同じ佇まいでジッとタリアを凝視していた。オーブのメーデー
を簡単に了承したタリアが信じられなかったのである。
しかし、タリアと目が合うと、その瞳の色にハッとなり、慌てて着席した。
タリアの瞳には冷たい光が宿っていた。それで、アーサーは我に返ったのだ。
「前線のアークエンジェルを支援する。――タンホイザー、ってぇ!」
「了解、タンホイザー、ってぇ!」
アーサーはタリアの号令を復唱した。その命令を受けて、火器管制のチェンがタンホ
イザーのトリガーを引く。
ミネルバの艦首から浮かび上がった大砲から、膨大なエネルギー量を含んだ光線
が伸びる。それは一直線にダイダロス基地へと伸び、アークエンジェル隊が交戦して
いる付近の外縁部を焼いた。
「……アークエンジェルより入電!」
直後、メイリンが報告する。タリアは無言で頷き、承服の意を示した。
「了解。正面スクリーンに出します」
メイリンが言うと、タリアの正面の大スクリーンにアークエンジェルのブリッジとの通
信回線が開かれた。
艦長席に座っているのは、タリアと同じく女性だった。
「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。貴艦の支援に感謝いたします」
タリアは一寸、気を許しかけた自分を律した。同じ女性艦長であっても、ラミアスはオ
ーブの士官なのだ。
スクリーンの中のラミアスが、続ける。
「私たちは現在、反射衛星砲の発射阻止のための作戦を展開しています。貴艦の目
的も私たちと同じとお見受けします。それならば、ここは一致協力して――」
「その前に、言っておくことがあります」
冷め切った声が、ラミアスの言葉を遮る。スクリーンを睨むタリアの表情には、笑み
も何もない。ただ、冷酷な眼差しがあるのみ。
- 67 :
- 「ダイダロスを攻略することが貴官らなりの罪滅ぼしだとしても、それでプラントの信
用を取り戻せるとは思わないでいただきたい。ジブリールが諸悪の根源だとしても、彼
に反射衛星砲を撃たせるチャンスを与えたオーブの罪は重い。あの惨事によって、二
百万人近くもの何の罪も無い命が奪われたのです。そのことを、ゆめゆめ忘れぬよう
に。我々は、反射衛星砲の第二射を阻止するという任務遂行のために、最良と思われ
る手段を選んだに過ぎないのです」
そして、一方的に釘を刺すと、タリアは手で通信を切るように合図を出した。
画面が消える寸前、眉尻を下げるラミアスの表情が垣間見えた。
(あの女の底が知れる……)
ラミアスの紅のルージュが、男の影をにおわせた。それは凛然と軍人に徹してきたつ
もりのタリアにとって、軽蔑に値した。
自分は男のために女をやっているのではないのだ――タリアは誰にも気付かれぬよ
う、小さくため息を漏らした。
ミネルバからタンホイザーの光が伸びた。シンの紅い瞳は、その行方をジッと見つめ
ていた。
「ミネルバがアークエンジェルの戦闘を支援した? グラディス艦長はオーブのメー
デーを本当に了承したっていうの!?」
通信機から、ブラスト装備で出撃したルナマリアの愕然とした声が聞こえてくる。
ミネルバからは、タンホイザーの発射に伴い、アークエンジェル隊との連携が指示さ
れていた。ルナマリアは、まだそれを承服しかねているのだ。
インパルスがデスティニーに接近してくる。
「どうするの、シン!」
問うルナマリアに対して、シンは暫時、黙した。まだ葛藤はある。シンに同意を求めよ
うとするルナマリアの気持ちは、良く分かるつもりなのだ。しかし――飛び散った肉片
と死臭が漂うオノゴロ島の光景が、シンの脳裏にフラッシュバックした。
「……それが、艦長の判断だ」
シンは、静かな声で言った。
「本気で言ってるの!?」
ルナマリアが愕然とした声で念を押してくる。
(本気で言ってるんだっ!)
心の叫びは声にはならなかった。それが嘘であることを、頭では理解しているからだ。
シンは歯を食いしばりながらも、ルナマリアの言葉を振り切るようにデスティニーを加
速させた。
金色のモビルスーツは良く目立つ。お陰で敵の集中砲火に晒されていたが、周りの
サポートのお陰で何とか戦線に留まることを許されていた。その動きを見る限り、アカ
ツキのパイロットがオーブの時と同じであることが窺えた。つまり、カガリが動かしてい
るのである。
アカツキをサポートするのはΖガンダムと、ストライクルージュにカオスにアビスとい
う珍妙な組み合わせである。だが、かつてミネルバの前に幾度となく立ちはだかり、苦
戦を強いてきた元ファントムペインの面々だけあり、連携は流石であった。
しかし、主力が出払っているとは言え、ダイダロス基地の防衛戦力を相手にアークエ
ンジェル単艦の兵力だけでは心許ない。しかも、ザムザザーやユークリッドといった陽
電子リフレクター搭載型のモビルアーマーに加え、三体のデストロイも立ちはだかって
いるのである。圧倒的な火力と陽電子リフレクターによる堅牢な防御力を前に、アーク
エンジェル戦隊は明らかに攻めあぐねていた。
シンはデスティニーをその最前線へと向かわせた。心を凪状態の海のように鎮め、
必要以上にカガリを意識しないように意識した。
- 68 :
- (今だけは、アスハへの拘りを捨てるんだ……!)
ビーム攻撃に対しては絶対無敵の強さを発揮するアカツキの特殊装甲“ヤタノカガ
ミ”。しかし、実体弾の攻撃には弱いらしく、シールドを駆使したり周りに助けられたりし
て辛うじて凌いでいる様子が目に余った。
「完全にお荷物じゃないか! アークエンジェルめ、アスハなんかにヤケを起こさせ
て! 元首の躾くらいちゃんとしとけよ!」
カガリが前線にいるせいで、他の元ファントムペインのメンバーが力を発揮できてい
ない。シンは苛立ちを露わにしながらも、デスティニーを砲火の中へと飛び込ませた。
カガリにも、流石に足を引っ張ってしまっているという自覚があった。念のために持参
したアカツキで勢い勇んで前線に出たはいいが、初めて対峙するデストロイの苛烈な
攻撃の前に、既に何度も危ない場面を味方に助けられていた。
ビーム攻撃に対しては、まだ何とかなる。一撃で一都市を破壊できるアウフプラール
ドライツェーンでさえも、その気になれば防げるだろう。しかし、ヤタノカガミは実体弾に
対する耐性が低い。そして、デストロイはビーム兵器だけではなく、大量のミサイルを
も積載されている。その大量のミサイルを三体のデストロイに一斉に発射されると、カ
ガリの腕では凌ぎ切れないのである。
そのお陰で、カミーユやネオには余計な負担を強いることになっていた。ミサイル攻
撃がある度に、彼らはカガリを気にしてアカツキの防御に入るのである。それが、確実
にダイダロス基地攻略の足枷になっていた。
しかも、そのカミーユやネオの行動がヒントになって、アカツキが弱点であることを敵
方に教える結果となってしまっていた。そればかりか、実体弾への対応に神経質にな
っていることから、アカツキには実体弾が有効であることまで見抜かれつつあった。
「後退するしかないのか……!?」
反射衛星砲の二射目がいつ行われるか分からない以上、攻略に時間を掛け過ぎる
わけにはいかない。それ故、戦力は多い方が有利だと思っていたが、自分が足手纏
いと分かってしまったら、そうもいかなくなった。
「カミーユ!」
カガリはカミーユを呼び、アークエンジェルまで後退する旨を伝えようとした。Ζガン
ダムの頭部がこちらを見て、一つ双眸を瞬かせる。
だが、その時だった。Ζガンダムがカガリの呼び掛けに応じてアカツキの後退支援
に入ろうとした時、俄かに敵陣で異変が起こった。
「何だ!?」
敵陣内で戦闘の光が見えた。カガリは咄嗟にカメラにズームを掛け、詳細を探った。
「あれは……モビルスーツ……!?」
それは、まるで一陣の風のように現れた。仄かに発光し、微かに残像を見せつつ、そ
れは目も眩むようなスピードで一体のデストロイの足をさらうように駆け抜けた。疾風
迅雷――両膝を切断されたデストロイはゆっくりと倒れ始めたかと思うと、次の瞬間、
レーザー対艦刀にその背中を貫かれていた。
胸部から突き出たレーザー対艦刀が、ゆっくりと引き抜かれる。デストロイは双眸の
輝きを失い、物言わぬ残骸となって月面に転がった。
カガリはその影から現れた、紅く輝く翼を大きく広げる一体のモビルスーツを見た。
「お前……!」
デストロイの一機が瞬く間に沈んだことで、ダイダロス防衛隊の間に衝撃が走った。
――デスティニー出現。
愕然とするカガリの前で、デスティニーは無言のまま双眸を瞬かせると、不意に翻っ
た。そして、残り二体のデストロイが放ったミサイルの群れに向けて、薙ぎ払うように高
エネルギー長射程ビーム砲を撃ち、一撃のもとに全てを粉砕して見せたのである。
- 69 :
- その、目の覚めるようなパフォーマンスは、一挙に敵の注目を集めた。デスティニー
に浴びせかけられる、大型ハリケーン並みの砲撃の嵐。しかし、デスティニーは驚異
的な機動力と運動性能、そして両手甲のビームシールドを駆使して、掠り傷さえ負わ
せい。
そうこうしている内に、今度は複数のドラグーンが紛れ込んできて、デスティニーを
支援した。レジェンドが続いたのだ。それだけではない。気付けば他のモビルスーツも
続々と介入し、戦線を押し上げていた。ミネルバ隊が、援護に入ってくれたのだ。
劣勢だった戦況が、嘘のように好転した。ミネルバの戦力は少数精鋭ながらも強力
で、アークエンジェルと連携することで完全にダイダロス基地防衛部隊を凌駕していた。
カガリはその光景を前に、呆然と立ち尽くしていた。まともな援護を期待していなかっ
ただけに、想定外に手厚いミネルバの援護に面食らっていたのだ。しかも、その先陣
を切ったのは、あのシン・アスカのデスティニーだったのである。カガリには、そのこと
が暫くは信じられそうになかった。
「……っ!」
その時、カガリはふとデスティニーがこちらを見ていることに気付いた。そして、その
目と視線が合ったような気がした。
背中の大型スラスターのせいだろうか。普通のモビルスーツのサイズなのに、デス
ティニーは妙に大きく見えた。オーラすら立ち昇っているように見える。光の翼の神々
しさがそう見せるのか、カガリはデスティニーに神秘的な印象すら抱いていた。
「シン・アスカ……」
カガリは、あえて抑揚を抑えた声で呼び掛けた。
「お前、私を助けてくれたのか?」
そう訊ねた途端、デスティニーはそっぽを向いた。その仕草に、思わず頬が緩む。実
に“らしい”仕草だと思えたからだ。
(私との馴れ合いは、嫌うものだよな……)
デスティニーの背中が語っている。音声回線は繋がっていても、映像回線までは繋
がない。それが、今のカガリとシンの距離だ。
「……俺はアンタを認めない」
オーブの時とは違う、抑制された声だった。
「でも、今アンタたちと協力しなきゃ、もっと多くの人の命が失われることになる。俺は、
プラントを二年前のオーブと同じにはさせたくない。だから、今は……今だけはアンタへ
の蟠りを捨てて戦う。俺はただ、ザフトとしてプラントの人々を守るだけだ」
シンは静かに言い終えると、再び戦いの中に身を投じていった。
「……それで、十分さ」
カガリは呟くように言って、口角を上げた。
人と人との関係は、変わっていくものだと信じたいとカガリは思った。そして、そういう
気持ちが、目に見える世界を少しずつ違うものに見せていくのだろう。オーブでは恐ろ
しいモビルスーツに見えていたデスティニーも、今は少しだけ優しく見えるようになった
気がした。
反転攻勢に出たミネルバとアークエンジェルの連合軍は、瞬く間にダイダロス基地を
制圧していった。いかに強力無比なデストロイといえど、既に接近戦が弱点であること
が露呈していては、エース艦二隻の戦力を相手に太刀打ちできるはずも無かったの
である。
そして、実に戦闘開始から一時間と三十分――ミネルバが戦列に加わってから三十
分も経たない内に、ダイダロス基地は遂に切り札を失った。防衛線を突破し、基地内
部に侵入したデスティニーとカオスが、レクイエムのコントロールルームとレクイエム
そのものの破壊に成功したのである。
- 70 :
- しかし、それ以前にフォーレの姿勢位置がザフト月軌道艦隊によって変えられたとい
う情報を入手していたジブリールは、早々にダイダロス基地からの脱出を図り、同じ月
面基地のアルザッヘルへと向かうためにガーティ・ルーへと乗艦していた。
「無様な……!」
艦橋のゲストシートに腰掛けるジブリールは、呆気なく制圧されてしまったダイダロ
ス基地の様子をモニターで眺めながら歯軋りをした。
ガーティ・ルーはミラージュコロイドステルスによって光学迷彩を施し、密かにダイダ
ロス基地を離れようとしていた。
「艦長、もっと速度を出せんのか?」
「これ以上あげたら、気付かれます」
ジブリールが気を揉んで促すが、艦長はそれを是としなかった。それというのも、ガ
ーティ・ルーはミラージュコロイドステルスの欠点を補うために、展開中は冷温ガスに
よる推進システムを使用しているのだが、これも使い方を誤れば、当然ガスの残滓に
よる航跡が残って敵に気付かれ易くなる。それを極力避けるための慎重な航行が求め
られるが故に、迂闊に速度を上げられないのである。
ガーティ・ルーは、艦長の慎重な判断が実り、ジブリールは今回も首尾よく逃げ果せ
るかに思われた。しかし、ジブリールにとって誤算だったのは、光学迷彩でさえ問題に
しない目を持つ人間が、この戦域に存在していたということであった。
ハマーンの目が、逃亡するジブリールを見逃さなかったのだ。
既に掃討戦に入っていたルナマリアが自身に違和感を覚えたのは、その時だった。
「何……? 震えてるの……?」
頭の中に奇妙な感覚が流れ込んできて、不快感を覚えたルナマリアは思わずメット
を脱ぎ捨てていた。
耳たぶに違和感を覚えて、ピアスに触れてみる。だが、グローブの厚い生地の上か
らでは良く分からない。ならば、とグローブを外し、今度は素手で触れてみる。すると、
指先に微かな振動を感じた。
「何なの、これ? 気味が悪い……えっ!?」
意識の中に、別の人間の思惟が流れ込んでくる。誰かが何かを促す声のようなもの
が、断片的に伝わってくる。そして、その断片的な声のようなものがルナマリアの脳に
理解を強要し、そうさせるように強く働きかけてくる。
「な、何この感覚……!? き、気持ち悪い……! サイコレシーバーって、こういう
ものなの……!?」
未知の感覚がルナマリアの自律神経を犯し、激しい嘔吐感をもたらしてくる。
この苦しみから逃れるには、流れ込んでくる思惟に従う他にない――ルナマリアの頭
はそれだけを理解し、確信していた。
「こ、この方向に向かって撃てばいいんですよね!?」
身体が変調を来していても、不思議と正確なターゲットの位置は掴めた。
(こんなの、普通じゃない……! あたしの頭の中で、何が起こってるの……!?)
身体の不調とは裏腹に、感覚は恐ろしいほどに研ぎ澄まされていく。ルナマリアは、
この奇妙な状態に戦慄を覚えた。一刻も早くこの感覚から抜け出さなければ、自分が
壊されてしまう――直感的に、そんな危機感を抱いていた。
「い、いいんですよね、この方向で!? う、撃ちますよ!?」
ルナマリアは何度か念を押すと、促された方角に向けてケルベロスを発射した。
二条の高エネルギービームが伸び、月の黒い空を穿つ。
ブラストインパルスが、突如何も無い空間に向かって砲門を向けたことに、近くで掃
討戦を行っていたレイが気付いた。その突飛な行動に、何事かとルナマリアの精神状
態を危ぶんだが、ケルベロスが発射された次の瞬間、レイは思わず目を見張っていた。
- 71 :
- ケルベロスの光が撃ったのは、光学迷彩で姿を隠していたガーティ・ルーだったので
ある。
「ミラージュコロイドだと?」
後部推進ノズルに直撃し、被弾した箇所からミラージュコロイドステルスが解除され
て、ガーティ・ルーがその姿を現した。
「ルナ、何故わかったんだ……?」
レイはインパルスを見やり、ルナマリアが何故誰も気付けなかったガーティ・ルーの
存在に気付けたのかを一寸だけ思案した。
「いや、そんなことより今は――!」
悠長に考察している場合ではないとすぐに思い直し、目線をガーティ・ルーに戻す。
ガーティ・ルーはケルベロスによって推進ノズルをやられており、著しく航行速度を落
としていた。千載一遇のチャンスが、そこに転がっているのだ。
「あの逃げ足の速さは、ジブリール以外には考えられない!」
レイは、ダイダロス基地を離脱しようとしていたガーティ・ルーを見て、それを確信して
いた。ロード・ジブリールという男は、自軍が劣勢になる度にはしっこく逃亡を繰り返し
てきたネズミのような男なのだ。
レイは、ここぞとばかりにドラグーンを一斉放出した。八基のビーム砲と二基のビー
ムスパイクが、獲物を見つけたピラニアのように群れてガーティ・ルーに襲い掛かる。
「もう逃しはしないぞ!」
ガーティ・ルーを取り囲んだドラグーンが、全方位からビームを浴びせる。それが終
わると、更に駄目を押すようにビームスパイクが艦体を食い破った。
しかし、ガーティ・ルーは大破寸前に陥りながらも、まだ辛うじて生きていた。
「損ねたか! ――しぶとい!」
レイはドラグーンを呼び戻し、ビームライフルを構えた。
だが、その時ふと頭の中に閃きが走った。それは、覚えのある感覚だった。
「ん……!」
レイはその感覚の示す方向に、誘われるように目を向けた。
「あれか……?」
目に入ってきたのは、一体のモビルスーツだった。紅色を基本色としているが、それ
はかつての名機、GATX-105ストライク――その余剰パーツで組まれた、ストライクル
ージュだった。
そのストライクルージュは、レジェンドを追い越して墜落寸前のガーティ・ルーに向か
って速度を上げていった。レイは、その背中に向かって「どういうつもりだ!」と咄嗟に
叫んでいた。
「貴様と俺には、同じ遺伝子が組み込まれている! だから、俺には貴様がどういう
人間かが分かる! 貴様は、元ファントムペインの指揮官だろう!」
「ご明察!」
そんな応答と同時に、正面スクリーン上部のサブスクリーンにストライクルージュの
パイロットの顔が表示された。
パイロットの男はヘルメットを脱いでいて、素顔を晒していた。レイに顔をよく見せるた
めの配慮のつもりなのである。
顔には生々しい傷跡が残されていた。ブロンドの髪とブルーの瞳はレイと同じもので
はあるが、その顔つきは想像していた以上に柔らかく感じる。
「お前のことは、分かってるつもりだよ」
ふと、通信画面の中の男――ネオ・ロアノークが、レイの思考を見透かしたかのよう
に言った。レイは目を見張ってネオを凝視した。
「けど、お前はアイツじゃない。俺も、お前が想像しているような人間じゃない」
- 72 :
- その言葉の意味を、レイは理解した。確かに、ネオはレイが推考していたような存在
ではない。そのことは、ヘブンズベースの戦いが終わった時点で気付いていた。だか
ら、レイはもうネオに変に拘泥するつもりは無かった。
今レイが懸念しているのは、そういうことではないのだ。
「だが、貴様は元々はジブリールの部下だった男だ!」
レイは、ネオがジブリールを逃がそうとしているのではないかと疑っているのだ。
しかし、ネオにしてみればレイのその懸念は全くの的外れで、寧ろ失礼ですらある。
ネオの腸には、レイの懸念とは真逆の怨讐が逆巻いているのだから。
「だから、俺が奴を助けるんじゃないかって? ――はははっ! 冗談!」
ネオは豪快にレイの懸念を笑い飛ばした。そうでもしないと、ジブリールへの強過ぎ
る怒りで激情を抑え切れそうになかったからだ。
「俺は、奴に煮え湯を飲まされ続けてきたんだぜ? 誰が奴を許すかよ!」
「元ファントムペインの指揮官の言葉が、信じられるものか!」
「そうかい? けどな――」
ムウ・ラ・フラガの記憶を取り戻したネオには、レイがどのような人間なのかがよく分
かっていた。ネオは、レイのことをとっくに知っていたのだ。正確には、レイと全く同じ人
間と面識があったということなのだが、ネオは、レイと記憶の中の人物が全くの同一人
物でありながら、そうではなくなってきていることを把握しつつあった。
ネオ=ムウの父、アル・ダ・フラガによって不完全な形で生を受けたラウ・ル・クルー
ゼは、その理不尽な境遇に憎しみだけを募らせ、それを糧に生きて遂には世界を滅ぼ
そうとするほどに己の邪悪なエゴを肥大化させた。だが、レイ・ザ・バレルは違う。クル
ーゼと同一人物と言っても過言ではないこの少年には、そのような邪悪さは無い。そ
れはきっと、誰かの愛情を受けて育ってきたからだろうとネオは感じていた。
「安心しろ。悪いようにはしないつもりだ。お前みたいな坊主が、あんな奴のために手
を汚す必要は無い。こういう仕事は、大人に任せておけばいいんだ」
ネオはそう言いながら、ガーティ・ルーの艦橋正面に回り込んだ。通信回線からは、
「待て、貴様!」とネオを咎めるレイの声が聞こえている。しかし、ネオはそれを無視し
てガーティ・ルーの艦橋に銃口を向けた。
「それに、奴には貸しがあるんだ。でっかい貸しがな」
艦橋の中にジブリールの姿を探す。しかし、そこでは怯え竦む士官が右往左往して
いるだけで、ネオが渇望している人物の影は見当たらなかった。
「だから、そいつを返してもらわないわけには――」
その時、ふと画面の隅にチラと目に入るものがあった。途端に直感したネオは、咄嗟
にそれを追ってストライクルージュを移動させた。
「――いかないんでね!」
自然と口角が上がった。それは、小型の脱出艇。その正面に回り込んで改めて銃口
を突きつけた時、ネオの胸の中を様々な苦い思いが去来した。
カメラにズームをかけて、コックピットの中の様子を窺う。そこには、自ら操縦桿を握
りながら、恐怖に醜く顔を歪めて慌てふためくジブリールの姿があった。
ネオはオープン回線を開き、「よお」とジブリールに呼び掛けた。
「久しぶりだな、ジブリール? まだ元気そうで良かった、安心したよ」
「こ、この声は……貴様、ネオ・ロアノーク! 生きていたのか!」
驚愕と恐怖に震える声。ネオは、込み上げてくる笑いを堪えることが出来なかった。
「くくくっ……覚えていてくれたかい? でも、その怖がりようじゃ、俺の記憶なんて消
しちまっといた方が良かったんじゃないか? ――俺にしたようにさ!」
「き、貴様……っ!」
「ま、もう手遅れなんだけどな」
ストライクルージュが、更に銃口を突き出す。ジブリールは冷や汗が止まらない。
- 73 :
- 「貴様には、随分と好き勝手に利用されてきた。だが、それも今日でお終いだ」
「ま、待てっ!」
血の気を失い、青ざめる顔。怯えて涙を浮かべ、股間に染みまで作ったジブリール
の痴態を十分に堪能したネオは、徐にトリガースイッチに指を添えた。
「じゃあな、ジブリール。コイツはこれから地獄へ落ちる貴様への、俺からのはなむ
けだ……とっときな!」
言うや否や、ネオは小型艇のコックピット目掛けてビームライフルを連射した。熱線
がコックピットを焼き、最後まで逃げようとして操縦席を離れようとしていたジブリール
も、その光に飲まれ、消えていった。
小型艇は粉々に弾け飛び、ガーティ・ルーも月面に落着してその身を横たえた。そ
の瞬間、事実上ロゴスは壊滅したのである。
「貴様が行ってきた悪事の付けは、地獄で払うんだな」
ネオはゆっくりと月の重力に引かれて落ちていく破片を見つめ、そう吐き捨てた。
ガーティ・ルーが沈み、司令部が押さえられると、生き残ったダイダロス基地防衛部
隊やフォーレ宙域の第三機動艦隊は白旗を揚げ、降伏の意を示した。こうしてレクイ
エムによるプラントへの脅威は払拭されたのである。
ダイダロス基地の制圧が進む中、ハマーンは適当なところで切り上げて帰艦の途に
就いていた。そして、その途中、ふと月面に不時着しているインパルスに気付いた。
「……どうした?」
ハマーンは近くに着陸し、徐に呼び掛けた。
ルナマリアからは、すぐに応答が返ってこなかった。それどころか、画面の中のルナ
マリアは戦いに勝利したというのに喜ぶでもなく、ジッと身体を丸くして震えているだけ
だった。それは、普段の快活なルナマリアからはあまり想像できない姿だった。
「気持ち悪いんです……それに、何だか頭痛もして……」
ルナマリアは首をもたげ、青ざめた顔色でようやくといった様子で答えた。
「頭痛に吐き気だと……?」
ハマーンは眉を顰めた。ルナマリアの変調の理由に、察するものがあったからだ。
「サイコレシーバーって、ああいうものなんですか……? あたしの意識の中に、ハ
マーンさんの意識が入り込んでくるような……」
言いかけてルナマリアは再び蹲り、おえっと咽た。その感覚を思い出すだけで吐き気
を催すほどに、ルナマリアは消耗していたのである。
モニターテストの段階ではあるが、サイコレシーバーの安全性は保障されていた。受
信機能しかなく、しかも微弱にしかニュータイプの脳波を感知できないサイコレシーバ
ーは、本当に気休め程度の物でしかなかったのだ。
しかし、ルナマリアの消耗具合は異常だった。それは、ルナマリアが特別にセンシテ
ィブなケースで例外だったからかもしれないが、ハマーンはこれ以上ルナマリアにサ
イコレシーバーを使わせるわけにはいかないと思った。常人が下手にサイコミュシス
テムを使えば、廃人になる危険性だってあるのだから。
「ルナマリア、今すぐサイコレシーバーを外せ」
ハマーンが告げると、「えっ?」とルナマリアが目を見張った。
「だって、ハマーンさんが付けてろって……」
「お前にそれを渡したのは間違いだった。――まさか、こんな不良品だったとはな」
ハマーンは自嘲気味に言った。
実際に不良品であるかどうかは定かではない。しかし、ルナマリアの不調の原因が
自身のせいであると知ってしまったら、それを許せるハマーンではない。
「いいな、ルナマリア? サイコレシーバーは、すぐに処分するのだ」
「で、でも! 単にあたしが上手に使えなかっただけかもしれないし……」
- 74 :
- \ |同|/ ___
/ヽ>▽<ヽ /:《 :\
〔ヨ| ´∀`|〕 (=○===)
( づ◎と) (づ◎と )
と_)_)┳━┳ (_(_丿
- 75 :
- 規制が解けないのでまた後で投下します
すみません……
- 76 :
- .\Ζ/
(´・ω・`)
- 77 :
- 食い下がろうとするルナマリアを、「そういうものではない」と、ハマーンは軽くいなす。
「サイコミュというものはな、セーフティに欠陥があれば、お前のような普通の人間が
使い続けるのは非常に危険なものなのだ。況してや、不良品であれば尚更だ」
「そ、そうなんですか? だけど――」
「言う通りにしろ。手遅れになりたくなかったらな」
ハマーンの声には、有無を言わせない迫力があった。
「わ、分かりました……」
ハマーンに脅され、ルナマリアは渋々といった様子でピアスを外した。ハマーンは画
面でその様子を確認して、「うむ」と頷いた。
「念のため、帰ったらドクターに診てもらえ。何も無くても、暫くは安静にしておくのだ」
「はい……」
「一人で行けるな?」
「はい」
促すハマーンに応じて、ルナマリアはゆっくりとではあるがミネルバへの帰途を辿り
始めた。
ルナマリアは、良くハマーンの言うことを聞く。サイコレシーバーを与えたのも、試験
的な意味合いはあったにせよ、単純にルナマリアへの労いの気持ちもあった。サイコ
レシーバーを身に付けさせておけば、万が一の時に助けてやれるかもしれないと思っ
たのだ。
しかし、だからこそ、自らの発した脳波がルナマリアを苦しめてしまったという皮肉な
事実が、余計にハマーンのプライドを傷つけた。目測の甘さを実感してしまったのだ。
“彼女”の屈託の無い素直さが、自身のスタンスを軟化させているのかもしれない―
―そう思うと、ハマーンは自分のことを少しおかしく感じた。久しく指導者としての威厳
ある立場を忘れていることが、感覚を鈍らせているのではないか。
(まさかな……)
それは危険なことだ。ハマーンは、予感していたのである。
「……ラクスめ」
ダイダロス基地制圧の報告は、既にプラント本国にも伝わっているはずであった。そ
れにもかかわらず、本国からはその後、まるっきり音沙汰が無い。
単に連絡が遅れているだけかもしれない。しかし、その何てこと無いような異変を、ハ
マーンは重く受け止めていた。脳裏にラクスの面影が過ぎったからだ。
それは、間もなく伝えられる情報によって詳細が明らかになった。
戦闘が終わった時、近くには百式の姿があった。シャアとは、戦闘中にも協力してデ
ストロイを沈めた経緯があった。カミーユにとっては久しぶりのシャアとの共同戦線で
ある。そして、それによって、それまで擦れ違い続けた状況が変わったことを実感した。
フォーレを守っていた第三機動艦隊は、ジブリールの死亡が伝えられると早々に降
伏した。それを受けて、ザフトの月軌道艦隊の一部がダイダロス基地制圧のために降
下してくるのだという。それ故、お役御免となったダイダロス基地攻略の実行部隊であ
るミネルバやアークエンジェルの機動部隊には、帰投許可が下りていた。
それぞれが各々の艦に帰還を始める中、カミーユはふとコックピットを出た。そこに
は、やはり同じように外に出ているシャアの姿がある。
偏光バイザーのスモークで、表情まではハッキリと読み取れない。だが、シャアが
ふわりと跳躍して月面に降り立つと、カミーユもそれに倣って月面へと降りた。
「ようやく落ち着いて話せるようになったな――カミーユ?」
互いに歩み寄り、握手を交わした。ここに至るまでに幾度も反目したこともあったが、
シャアは快くカミーユを迎えてくれた。
- 78 :
- またもや連投規制にかかった模様
マジ勘弁してくれ……
- 79 :
- 忍法帖関連の問題でなければ
新シャアの設定は
timecount=16
timeclose=5
らしいので最新16レスのうち5レスが同じIPからの投稿だと連投規制にひっかかるようだ
今から自分が3レスほど適当にレスしますのであとで残りを投稿してみてください
- 80 :
- ズギュゥーン \〔Π〕ヽ/
.〉▽∠,ヽ
_____ 、 []〕__IiY,l`YiI゚]〕_ 「.l
_____ ;==コ=]仁<[〔=巳=〔.[{_>u|,nl
" ゚g)q/〔<Π_>_〕`9[L/
ムV' ヒキヽ
- 81 :
- fi
ズギュゥーン lj同|ヽ
/〈n.〉_`lヽ|`I
_______、 __Ii▼|▼iI゚]〕_ 〉
_______ ==こ買つ百[〔円〔 [{百u!
" ゚g)q_/〔<Π_>_〕.`9_〕
ムV ヒキヽ
 ̄
- 82 :
- △
▽ ▽ | ▽ ▽
\ ヽ / /
,,―====、 ∩ ,====― ,,
<((( n!. !n @ @ >
 ̄―¢ 了 只 =\ ̄
彳))〜目.\/目〜((ミ
△≡|≡△
(∨ >< ∨)
∨ ∨
- 83 :
- おしまい
出すぎた真似してすみません
続き楽しみにしてます
- 84 :
- 支援
- 85 :
- >>1にもある避難所もだめなんですか?
前作とかではご利用されてたようですが…
- 86 :
- 0===。El
(・∀・ )
>┘>┘
- 87 :
- 「そう思います、クワトロ大尉」
シャアが懐かしむように微笑むと、カミーユも釣られて歯を見せた。
「戦っている時は気持ちが昂ぶるものですから。でも、大尉には色々とご迷惑をお掛
けしてしまったと思っています。申し訳ありませんでした」
そう言って、カミーユはシャアに軽く頭を下げた。洗脳されていた期間も含め、カミー
ユはシャアに対して苦労を掛けてしまったという反省があったのだ。
そんなカミーユに、シャアは穏やかな声で「気にするな」と言って許した。
「君が自分で自分の居場所を決めたように、私も成り行きとは言え、プラントに籍を
置く身となった。しかし、立場の違いが我々を争わせもしたが、こうやって再び轡を並
べることもできたのだ。こういう巡り合わせは、大事にしたいものだな」
シャアの言葉に、カミーユも「そうですね」と頷いた。
「人って、状況が変われば関係も変わってくるものなんですよね?」
「そうだな。そして、良い巡り合わせであれば、それを一時的なもので終わらせてしま
うのは勿体ないと思う。ニュータイプでなくとも、人は分かり合える――そう信じてみた
くなった」
それは、シンがカガリを助けたシーンを目にしたからこそ言えることなのかもしれな
い。オーブではあれほど毛嫌いしていたカガリを、シンは私情を押し殺して助けて見せ
た。そういう場面を見せられれば、シャアとてその可能性を信じたくはなる。
「それは、大尉とハマーンのこともそうなんですか?」
「ん……?」
不意な質問に、シャアは思わず言葉を詰まらせた。薮をつついたら蛇が出てきた―
―そんな気分だ。
「ずっと気になってました」
カミーユは、言葉に窮するシャアの都合も構わず続けた。
「大尉がハマーンといるのは、成り行きだけじゃなくて、あの人が心変わりをして丸く
なったからじゃないかって」
「ハマーンが心変わり?」
思いもよらない指摘を受けて、シャアは目を丸くした。
ハマーンが心変わりをして丸くなったなどと、考えもしなかったことだ。ハマーンは常
に女帝のように振る舞い、少なくともシャアの前ではハマーンはハマーン以外の何者
でもなかった。
しかし、ニュータイプとは洞察力に優れた人種である。そして、カミーユはその資質を
誰よりも強く身に宿していた。カミーユの言葉は、あながち的外れでもないのかもしれ
ない。
シャアの心に、濁りのようなものが生まれた。ハマーン・カーンは、カミーユの言うと
おり、果たして変わったのだろうか――そんな疑問が、ふと浮かんできたのである。
「大尉って、アクシズにいた頃からあの人に冷たかったんじゃないですか?」
惑うシャアに追い打ちを掛けるかのように、カミーユは言う。
「それは、ニュータイプの勘か?」
少し不機嫌っぽく切り返すシャアに、「違いますよ」とカミーユは即座に否定した。
「そんなの、レコアさんを見ていればファにだって気付けることです」
「……らしいな」
シャアは苦笑した。身に覚えが無くは無いからだ。
「大尉があの人に優しくしてあげていれば、アクシズが介入してくるようなことも無か
ったでしょうに……」
- 88 :
- 「それはどうかと思うが、しかしな、カミーユ。彼女が私の前で素直に女をやってくれ
るような女性ではないことは、お前にも分かるだろう?」
「だからって情けないですよ、大尉。そういうのを、甲斐性無しって言うんじゃないで
すか?」
男なら、素直じゃない女も素直にして見せろといったニュアンスでカミーユは言う。シ
ャアは咄嗟に「関白宣言でもしろと言うのか」と反論しようとしたが、流石にそれは憚ら
れた。アクシズにいた頃はハマーンとも良好な関係だったが、今はもうそういう間柄で
は無い。亭主面をするのはナンセンスだと思ったのだ。
「……私にだって、パートナーを選ぶ権利くらいはある」
シャアは別の言葉を選んで、そう言い返した。
「ハマーンだけにかかずらっていなければいけないというのでは、窮屈だよ」
それは、ララァ・スンを忘れられない自分への無意識の言い訳だった。
シャアは苦笑混じりに言うと、カミーユから目を逸らし、遠くを見つめた。これ以上、
ハマーンのことで問答を繰り返したくはなかったからだ。
カミーユはそういうシャアの心情に気付いていながらも、やはりハマーンが近くにい
ることを当たり前のようにしているシャアのことを不思議に思っていた。
(まさか、ハマーンに気持ちが戻りかけているとは思わないけど……)
しかし、エゥーゴで共に戦っていた頃と、シャアの雰囲気が少し違うように感じられた。
(変わったのはハマーンだけじゃなくて、クワトロ大尉も……?)
その理解が、果たして正しいのかどうかは分からない。しかし、シャアの心底に何か
得体の知れない黒いものが潜んでいることは、オーブで交戦した頃から感じていたこ
とだ。カミーユは、それがハマーンと共に行動していることと関係があるのではないか
と勘繰っていたが、今、それは何とはなしに違うのではないかと思えてきた。それはハ
マーンのこと以前に、シャアの本質的な部分での問題のような気がしてきたのだ。
(大尉は、何か野心的なものを抱えている……?)
シャアはいつしかミネルバとの交信を始めていた。その慣れた態度に、シャアは本格
的にザフトの一員になっているのだな、とカミーユは思った。
帰艦を急ぐように促されているのだろうか、と思いつつカミーユは交信を続けるシャア
の様子を傍観していた。だが、少しして、それはどうやらちょっと違うらしいと気付いた。
そう感じたのは、シャアの表情が見る間に険しくなっていくのを目の当たりにしたから
だ。
カミーユは、その様子に嫌な胸騒ぎを覚えた。
「何だと……!? それは本当なのか?」
シャアの目が、チラとカミーユを一瞥した。そのちょっとした仕草が、カミーユの不安
を更に大きく煽った。
「どうしたんです?」
シャアは、落ち着いた口調で話してはいたが、神妙な声は事態の深刻さを如実に物
語っていた。
「――了解。直ぐに帰投する。……カミーユ」
シャアは通信を終えると、交信中の神妙な面持ちのままカミーユに向き直った。その
佇まいから滲み出る緊迫した空気が、カミーユに覚悟を促していた。
それは、耳を疑うような情報だった。ザフトの保有する宇宙要塞メサイアが、ラクス派
を名乗る一団に武装占拠されたというのである。
続く
- 89 :
- 支援してくださった方々、どうもありがとうございました!
何とか無事に投下完了いたしました
正直規制情報とかあまり詳しくないのでにわか丸出しみたいになってすみません
>>85
まとめサイトの避難所ですけど、一話を分散させてしまうと読む方が面倒な気が
するので、できるだけ同じ場所にまとめて投下したいと思っております
それと、あくまでメインはこの新シャアのこのスレなので、できるだけここに投下していきたいと
思っておりますが、中途半端な投下で規制に引っかかって読んでくださってる方を待たせるのも
考え物だと思うので、そのあたりの意見をいただけるとありがたいです
>>66
名前欄表記ミスです
1/12→2/12です。失礼しました
それでは第二十八話は以上となります
また次回
- 90 :
- 投稿中に横入りするのはあれかなといつも見守ってたが最新書き込みのうち5つ以上だとNGとか結構キツいんだな
携帯あるなら
投稿→携帯→投稿→携帯でいけるないかな?最後までは難しい?
今度投稿見かけたら迷惑になるかもしれないが連投規制緩和されるよう横入りしてみます
投稿乙でした
- 91 :
- >>89乙!!
今後どうなるんでしょうな。
>>90
3レス投下される毎に支援砲撃として1レス横入りするのがいいかと。
他のSS系スレがだいたいそんな感じで連投規制回避してたし。
- 92 :
- GJ!
- 93 :
- なるほど、支援は小まめにか
- 94 :
- いけるかな?
最近、本当に規制がキツイっすね……(´・ω・`)
>>90
投下が止まってるのを見かけた折にはよろしくお願いいたします
そんなわけで第二十九話「動乱」となります↓
- 95 :
- それは、正にレクイエムを巡る攻防が繰り広げられている最中の出来事だった。
レクイエムによる惨禍でパニックに陥っていたプラントでは、万が一の第二射に備え
て新たに建造された移動要塞メサイアを盾に使う案が出されていた。その本体を囲む
三つのリングから発生するバリアなら、レクイエムの狙撃を或いは防げるかもしれない
と期待したのだ。
しかし、事件はメサイアの移送中に起きた。突如として、武装集団が移送中のメサイ
アを襲撃したのである。
それはエターナルを旗艦とするラクス派の艦隊だった。
数こそ少ないが、ドム・トルーパーを主力とするラクス派は、圧倒的に数で勝るメサ
イア移送部隊を瞬く間に無力化した。そして、その電光石火の制圧劇を可能にしたの
が、“ミーティア”と呼称される巨大補助兵装とドッキングしたフリーダムとジャスティス
の存在だった。
その圧倒的戦闘力で以って移送部隊を瞬く間に無力化した後、ラクス派はメサイア
そのものを占拠した。そして、ラクス・クラインの名義で現デュランダル政権の不当性
を訴え、真の国主は自身であるとしてザフトに離反を勧告したのである。
それを伝え聞いたカガリは、「そんなバカな!」と激しく動揺した。
「反射衛星砲のことが無ければ、私とラクスは今頃、デュランダル議長に和睦を直談
判していたはずなんだぞ!」
「――これがアンタたちの狙いだったんだろ?」
取り乱すカガリに、突き刺すような指摘。シンだ。
「ダイダロスを攻めて見せたのも、ラクスたちの動きを気取られにくくするためで、そ
うやって月軌道艦隊の目がこちらに向いている隙にプラントに接近して、メサイアを奪
取してさ。反射衛星砲の混乱とラクスの名前を出しに議長を貶めて、プラントの内部崩
壊を狙って……こういうの、いくら何でもちょっとやり方が汚いんじゃないか?」
「違う! これは何かの間違いなんだ! ラクスはこんなことをする奴じゃないんだ!
私たちが月に来たのは償いのためで、反射衛星砲が撃たれた時に偶然近くの空域に
いたからで――頼む、信じてくれ!」
「そうは言っても、タイミングが良過ぎる」
食い下がるカガリを邪険にすうように、シンは目をそばめた。
「例えアンタが利用されてただけだったとしても、今ラクスがやっていることは、そうい
うことじゃないか」
シンは、カガリの必死の弁明は心よりのものであると何とはなしに思えても、その言
葉の全てを鵜呑みにしようとは思えなかった。
シンは、ラクスのことを得体の知れない女であると思っている。カガリのような単細胞
と違って、ラクスは底がまるで見えない。それが、シンには胡散臭く見えていた。
「そ、そう見えるかもしれないが……」
カガリは言葉に窮した。いくら言い繕ったところで、実際に事は起きてしまっている。
感情論以外でその事実を覆せる可能性を、カガリは見出せない。
事態は緊迫した状況を維持したまま、続報が伝えられる。
メサイアを占拠したラクス派は、移動を開始した。その際、離反勧告に呼応した一部
のザフトが、それに付き従ったのだという。ミーアがラクスの偽者だということが露呈し
たことで、ラクスの熱狂的なファンの間でデュランダルへの不信感が高まっていた。そ
の不満が、本物が行動を起こしたことで一気に爆発した形である。
(何をやってるんだよ、ラクスは!? それに、キラも……アスラン、お前までどうしち
ゃったんだよ!?)
カガリは錯乱し、身悶えた。信じがたい事実ばかりが伝えられて、実態がまるっきり
見えてこない。カガリは、彼らが止むに止まれぬ事情によってこのような暴挙に及んで
しまったのではないか、と淡い期待に縋るしかなかった。
- 96 :
-
風雲急を告げる事態に、カガリのみならず、誰しもが衝撃を受けていた。ハマーン・
カーンは、その中にあって、一人達観した様子で事態の推移を見守っていた。ある程
度は予感していたことであるからだ。
(奴には止められなかったか。やはりな……)
予想はしていた。ラクスもキラも、基本的にお人好し過ぎる。生温い彼らに、あのドス
黒い気を放つ連中を思い止まらせることなどできはしない。今回の事態は、その予感
が的中しただけに過ぎない。
ならば、それを阻止するために、もっとハマーンにできることは無かったのだろうか。
(忠告はしたのだ……)
最低限の予防線は張った。しかし、ハマーンは何故か今、このような事態が起きて
唇を噛む自分がいることに気付いていた。
(私はラクスを心配しているのか……?)
ふと過ぎった考えに、ハマーンは戦慄した。それはあり得ないことだ。だからこそ、今
感じている胸騒ぎが信じられない。
ミネルバから出ていた帰投許可は、いつしか帰還命令に変更されていた。どうやら、
本国から召還命令が下ったらしい。
帰還途中、ハマーンは偶然にも百式とΖガンダムが並んでいる場面に遭遇した。二
人とも今まで外に出て話していたようで、帰還命令を受けたシャアが丁度百式に乗り
込もうとしていた。
その時、ふとこちらを見上げるカミーユの姿に気付いた。それと同時に、ニュータイ
プ特有の波動も感じた。カミーユはハマーンに対して、何かを訴えかけようとしている。
「……フン」
ハマーンは、その波動をシカトするように鼻を鳴らした。ニュータイプ同士の交感は、
必要以上にお互いをさらけ出し過ぎる。ほんの一瞬だけの交感でも、カミーユが訴え
たいことは手に取るように分かった。分かったからこそ、それ以上は拒絶した。
カミーユは月の黒い空を飛翔していくキュベレイが、どこか急いているように見えて
いた。ふとラクスの影が見えたような気がしたからかもしれない。
(ハマーン……)
カミーユは百式に目を戻し、「クワトロ大尉!」とコックピットに乗り込もうとしているシ
ャアを呼んだ。
「僕はやっぱり、ラクスがこんなことを仕出かすとは思えません」
「そうは言うが……」
シャアはハッチの縁に手を掛けたところで振り返り、難色を示した。
「実際に事は起こっているのだぞ? ――カミーユは、彼女と面識があるのか?」
問うシャアに、カミーユは「はい」と答えた。
「捕らえどころの無い感じでしたけど、穏やかで優しそうな人でした。何か事情が無け
れば、こんな極端なことをするような人じゃないと思います」
「ニュータイプの勘か……しかし、人は見かけによらないと言うが――」
「ハマーンも多分、同じことを考えていると思います」
「ハマーンが?」
カミーユの存外な発言に、シャアはつい目を見張った。
「あの人、ラクスと面識があるみたいなんですよ」
「そりゃあ聞いているが……」
シャアは、ルナマリアの証言を思い出していた。それによると、ハマーンは地球で、
最低でも二回は本物のラクスと接触しているはずである。
- 97 :
- 支援
- 98 :
- しかし、その際にどんなやり取りがあったのかは知れないが、ハマーンがカミーユの
ようにラクスのことを好意的に解釈するとは到底思えなかった。性格的に、ラクスのよ
うな女性と馬が合うはずが無いと決め付けていたからである。それに、ルナマリアの証
言によれば、ハマーンはラクスを敵視しているはず。
しかし、その一方で、ニュータイプ的なセンスに長けたカミーユが何の意味も無しに
このような発言をするとも思えなかった。カミーユは、ハマーン以上にラクスの本質を
見抜いているのではないかとも考えたのだ。
(だが、どちらが正しいにせよ、今は事態の推移を見守るしかないが……)
シャアは答えが出そうに無い思案を止め、再びカミーユを見やった。
「……分かった。だが、ザフトがどう動くかは、覚悟しておいてくれ」
「何とかならないんですか?」
「無理だな」
シャアは冷たく言い放った。
「今回の一件で、最高評議会は正式に彼女を敵対勢力として認定するだろう。そうな
れば、ザフトは当然彼女の排除に動く」
「背後に黒幕の存在があってもですか?」
「そういうものだ」
シャアはそそくさと百式に乗り込むと、足早にミネルバへと帰還していった。カミーユ
の追求を拒むように。
「そういうものかもしれないけど……」
カミーユはそれを見届けると、ため息混じりにΖガンダムに乗り込んだ。
「――今のが昔のお仲間かよ?」
リニアシートに腰掛けて操縦桿を握ると、それを待っていたかのように声がした。
「アウル……?」
見れば、いつの間にかアビスが接近していた。――まるで、どこかで様子を窺ってい
たかのように。
アビスは近くまで来るとモビルスーツ形態に変形して、Ζガンダムの横に着地した。
「帰還命令が出てるぜ。早く戻って来いってさ。あの蓮っ葉が、例のラクス・クライン
とかってのを追いたがってるんだとよ」
「そりゃあ、そうだろ。代表は彼女とは懇意だったんだし、和睦会談をしに行く予定が
どうしてこうなったのか、俺だって理由を知りたいな」
「コーディネイターの女だろ? どうせ、碌な奴じゃないね」
「止せよ、そういう言い方」
カミーユはたしなめつつ、Ζガンダムをウェイブライダーへと変形させた。アビスもそ
れに倣い、モビルアーマー形態へと変形した。
この騒動には裏がある。カミーユはオーブでカガリが暗殺者に襲われた時のことを
思い出していた。このような事態になって、あの時に感じた違和感をふと思い出した。
カミーユは今、その時と同じ違和感を覚えていた。この事件はあの時から――否、
もっと前から動き始めている。それは、深く根ざした暗い執念によって突き動かされて
いる者たちによる仕業のように感じられた。
そして、そのカミーユのセンシビリティから発した推測は、なまじのものではなかった。
アスランは今、自らの不覚と戸惑いの中で激しく苛立っていた。サトーがとうとう本性
を曝け出したのだ。
サトーが怪しいという報告は、つい先日受けた。サトーが自称していたクライン派とい
うのは真っ赤な嘘であり、その正体は、旧ザラ派の信奉者なのだということをバルトフ
ェルドから聞かされたのである。
- 99 :
- 当初から怪しんでいたバルトフェルドが、腹心のダコスタを使って調べさせたのだ。
そのダコスタは、その報告を最後に音信不通に陥っているとのことである。
アスランは、それでサトーが自分に接触してきた意味を察した。サトーはパトリック・
ザラの忘れ形見であるアスランを担ぎ、再びプラントにザラ派による超タカ派政権を打
ち立てようと目論んでいるのではないかと推察したのだ。詰まるところ、サトーらの狙い
はデュランダル政権の打倒にあると見ていた。
しかし、その読みは誤りだった。サトーたちの抱えてきた闇は、既にその程度では済
まされないところまで先鋭化していたのである。
サトーたちは、レクイエムによってプラントが撃たれた直後に動き出した。しかし、予
想に反し、サトーはアスランを無視してラクスを狙った。プラントを襲ったセンセーショ
ナルな悲劇による衝撃が冷めやらぬ中、彼らは実に冷静に、素早く事を起こした。
獅子身中の虫とはいえ、ラクス派の構成員の殆どにサトーの息が掛かっていた。サ
トーはこの時のために、周到に用意を済ませていたのである。兵力差は歴然だった。
ラクスを押さえられては、手が出せなかった。サトーはそんなアスランたちに、それ
が軟弱なクライン派の欠点なのだと指摘した。
「大儀を成したいのなら、どんな犠牲を払ってでも突き進む。それが貴様の父上が
歩んだ道であり、唯一正しい道だったのだ。その忘れ形見である貴様が、どうしてクラ
インなどに降り、地球などと手を結ぼうと考えるのか!」
サトーはそうアスランに言い放った。彼らは、地球との徹底的な抗争を望んでいた。
二年前のヤキン・ドゥーエ戦役で、アスランの父、パトリック・ザラは最後まで地球と
の徹底抗戦を訴えていた。その執念の発端となったユニウスセブンへの核攻撃――
いわゆる“血のバレンタイン事件”で、パトリックが妻を失ったのと同じように、サトーも
また恋人を失っていた。そして、そのサトーに従う者たちも、様々な形で地球との確執
を抱えていた。
パトリック・ザラを信奉するのは、そういった理由からであり、それ故に彼らは、ラクス
に付いて三隻同盟に参加していたアスランを裏切り者として蔑視していた。
「本来なら、貴様を旗頭にザラ派の復活を宣言したいところだったのだがな、クライン
に骨抜きにされていては、それも無理というもの。だからオーブの元首を暗Rること
で憎しみを煽り、地球にぶつけさせるつもりだったが、何故か失敗したので予定を変更
させてもらった」
「カガリを暗殺だと!?」
問い返すアスランに、サトーは不敵に笑って答えたのである。
「政治闘争の激化ということで、セイラン家あたりに罪を被ってもらう予定だった。あの
ナチュラルの女は、貴様のお気に入りだったようだからな。セイラン家の中には、ロゴ
スに通じている者もいた。だから、嫌疑をかけるのは容易だったのだ。しかし、それが
失敗に終わってしまったから、こういう行動に出ざるを得なくなった」
アスランが使えないと見るや、サトーたちはラクスを人質に取る作戦を強行したので
ある。
なまじサトーらがザラ派であるという情報があっただけに、ラクスへの注意がお座成
りになっていたのは否めない。それでも、キラとヒルダたちがラクスを守るために奮闘
したものの、流石の彼らも多勢に無勢、ラクスはサトーたちの人質として捕えられてし
まった。
そして、ラクスを人質に取ったサトーは、アスランたちにメサイアの占拠を命じたので
ある。
当然、最初はアスランたちは難色を示した。しかし、その言動から協調路線のクライ
ン派を激しく毛嫌いしていることが窺い知れれば、弾みでラクスを殺してしまいかねな
いことも予想できた。それ故、アスランたちはサトーの命令に止む無く従う他に無かっ
た。
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