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2013年17少年漫画195: 【2次】漫画SS総合スレへようこそpart74【創作】 (113)
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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart74【創作】
- 1 :2012/12/26 〜 最終レス :2013/09/14
- 元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。
元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?
◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇
SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。
過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。
前スレ
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1352954853/
まとめサイト(バレ氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ(ゴート氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss
- 2 :
- 永遠の扉 (スターダスト氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/eien/001/1.htm(前サイト保管分)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/552.html
上・ロンギヌスの槍 中・チルノのパーフェクトさいきょー教室
下・〈Lost chronicle〉未来のイヴの消失 (ハシ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/561.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1020.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1057.html
天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 〜惑いて来たれ、遊情の宴〜 (サマサ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1110.html
上・ダイの大冒険AFTER 中・Hell's angel 下・邪神に魅入られて (ガモン氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/902.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1008.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1065.html
カイカイ (名無し氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1071.html
AnotherAttraction BC (NB氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/aabc/1-1.htm (前サイト保管分)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/104.html (現サイト連載中分)
- 3 :
- 当事者 1
香美、と名付けたネコはひどく体が弱かった。普通、子ネコというものは母ネコの初乳から免疫力を獲得(移行抗体)し、
1〜2か月ほど様々な感染症から守られるものだ。
が、香美は生後数か月の間、何度も何度も感染症にかかり生死の境を彷徨った。ひょっとするとだが、母ネコ自体が
免疫力を持っていなかった(または免疫力の薄れた状態だった)のかも知れない。
『僕が拾った時もそうだった! 担ぎこんだ病院で一晩に何度も死にかけた!』
「そう……ですか」
(でも生命力自体は強いという話だ!)
いよいよ駄目だという時、貴信はケージの隙間からそっと前足を握ってやった。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「先生! 僕は泊まり込んででもこの子の面倒を見てあげたい!」
突拍子もない申し出に、獣医は面喰らったようだった。5年とか10年とか連れ添った相手ならばまだしも初対面の子猫
相手に……? ありありと浮かぶ機微に対し、貴信は全力の叫びをあげた。
「確かに僕とこの子の縁など偶然出会った程度の物でしかない! しかし! この子は訳も分からず捨てられていた! 何
も悪い事をしていないにも関わらずだ!! なのに獣医さんだけに看取られて死んでいくのは……あまりにも寂しすぎる!
だいいち僕自身、責任を丸投げしたようで気が引ける!」
いかにも異相の青年である。レモン型の瞳が血走り、芥子粒のような小さな瞳が爛爛と光りを帯びている。それが喋るたび
ずずいと接近してくるから獣医は悲鳴を上げたくなった。貴信の歩幅に合わせ、後ずさる。
なおかかる声は時おり耳障りな甲高さを帯び、驚いた入院室の患畜がひっきりなしに遠吠えし、絶叫し、そしてはばたく。。
静謐であるべき診察室は貴信一人の乱入によってかつてない騒ぎに見舞われていた。
獣医はとうとう部屋の隅に追い詰められ、そこにあった大型書類棚に背中をぶつけた。ガラス戸の内側で蒼いバインダーが
何冊か蝶のように羽ばたき落ちた。
「しかし」
落ち着いて。遠慮がちに突き出した掌はしかしボディランゲージの効果がなかった。
貴信は泣いた。異形の瞳を濡らしに濡らし、憚りもなく泣き始めた。言葉の節々で俯いては熱い水滴を拭い、叫びを継いだ。
「人が生きるのは繋がりを求めるからだ!! 鎖のような、強固で確かな! それはきっと動物だって例外じゃない! 親から
も飼い主からも見捨てられたこの子! もし助からないにしても、まったく無縁の僕が何らかの繋がりを与えてやらなければ……
この子の人生には孤独しか残らない! 孤独は何より辛い!! だから、ついていたい!」
(この子ぜってえトモダチいねえ! だから子ネコにさえ自己投影する自己満足な自己紹介に自己陶酔してやがる!)
社交性のない人間が追い詰められた時の(常人には理解しがたき)爆発力。
(んで子ネコ救えば自分も救われるとか思ってる訳だ! やっべ! こーいう奴が一番やべえ!)
獣医は負けた。
付き添いを、許可した。
「ただし大声だすなよいやマジで。患畜が発作起こしたらカワイソーだし」
* * * * * * * * * * * * * * * * *
右前足を握られた子猫は、ネズミのような声で苦しそうに鳴いた。小型毛布に包まれた小さな体は果てしのない熱を帯び、
そこからはみ出た小さな顔が時おり、はあ、はあと大きな息さえ吐く。猫は基本的に鼻呼吸である。口呼吸はよほど危殆に
瀕さねばやらない。香美の様子からそんな豆知識を思い出すたび、貴信の胸は耐えがたい陰鬱な気持ちに痛んだ。
(辛い物だな……。痛みを肩代わりしてやれないのは)
しょっぱい匂いが鼻先を付き、熱ぼったい液体がとめどなく頬を濡らす。喉が詰まる思いは父の葬儀以来久々だ。
(え、ええい。僕が泣いてどうする! 僕がキチっと見てあげるんだ!)
慌てて肩で洟を拭う。握った前足──厳密にいえば人差し指と親指で肉球を摘む程度だった。ケージ越しにはそれが限
界だった──ゆっくりと撫ですさってやる。
香美の息が少しだけ、和らいだ気がした。
(大丈夫! 大丈夫! きっと君は助かる!)
- 4 :
- (あの後獣医さんが言っていた!)
「きっとこの子は病弱に育つでしょうが」
「兄弟たちがみんな死んでたのに、君が来るまで鳴き続けていた」
「だから」
「生命力だけは強いですよ。しぶとい、っていうんですかね」
「はは。失礼。要するに根性がある。女の子なのにね。どんなひどいコトになっても)
(「最後の一線の前では絶対に踏みとどまれる」!! 自分を信じて頑張るんだ! 香美!)
当事者 2
暗い場所でやかましい声が聞こえた。
ような、気がした。
当事者 1
2ヶ月後。
「さ! ココが今日から君の家だぞ!!」
おっかなびっくりという様子でケージから出てきた香美は、いかにも恐る恐るという様子でその部屋を見渡した。
ベッドが右にあり、正面奥には勉強机。左にはガラスの扉。どれも初めてみる物だから、怯えているだろう。
「ははっ! 2ヶ月も病院に居たからな! 外の世界には馴染みがないのだろう!」
ふわふわとした長毛種の子猫が面喰らったように貴信を見上げた。
体格は小さく、しかし毛は長い。座っているとふわふわとした毛質のせいでとてもとても丸く見える。
それだけで貴信は(くうーっ!)と顔をしかめて壁をゴツゴツ殴った。
(可愛い! 飼い主がいうのもあれだが可愛い!!)
正直いって妖精のようなネコだった。
オーバーを着込んだようにむっくりとした体だ。太っているのではなく、柔らかく長い毛が全身を覆い、あたかもぬいぐるみ
のように可愛らしい。
貴信自身「まさかこんな美人だとは」と驚くほどの子ネコだった。
ぱっちりとした大きな瞳。形のいい鼻。桃色の血管が透けて見える三角の耳。
顎や腹は雪が積もったように白く、それは足先も同じだった。しかも長毛のせいでどこまでも丸っこい。
- 5 :
- .
可愛らしさの極めつけはしっぽで、羽箒のようにもわもわとしている。
獣医曰く『ノルウェージャン・フォレスト・キャット』の血が入っているのではないか? とのコトだった。
「『ノルウェージャン・フォレスト・キャット』?」
「そ。一説にはバイキング大暴れの11世紀ごろ、ピザンティン帝国からノルウェーに交易品としてやってきたネコちゃんだ
ね。ノルウェーの厳しい環境に適応して毛をムクムク伸び繁らせたせーで、いつしか「森の妖精」とまで呼ばれるようになっ
たネコちゃん。買えば高いし売れば高い」
「……売らないぞ!! この子はもう、僕の家族だ! いや、この子がそれを拒むなら話は別だけど!」
(そこで泣くなよ。3日徹夜で面倒見てくれた相手を拒むわきゃねーだろ。これだからトモダチの少ない奴は悲観的で嫌になる)
「何か?」
「(いや言ったらまた傷つくだろお前)。大丈夫。見たトコ雑種だねこのコ」
「雑種」
「うん。多分75%まではノルウェージャンだけど後の25%は別なネコ」
「だから捨てられたのか!! 可愛そうな香美! おぉ、よしよし!」
(よー分からんけどご主人がぎゅっとしてくれてる! 嬉しい、嬉しいじゃん!)
「香美いいいいいいいいいいいいい!!」
「(話聞けよ)。だいたいのノルウェージャンはブラウンクラシックタビーの毛色……あ、アメショーみたいな模様ね。あれが
多いけどこの子はなんか違う」
「というと?」
「お腹まっしろ。顎まっしろ。んで顎から鼻の頭の周りも白。そこはノルウェージャンだけど」
「けど?」
「毛色がヘン! 茶色はともかく!」
「うぐいす色の模様が入ってるなんてな!
香美の毛色はネコにしては特殊だった。目の周りや耳裏、背中といった部分に縞模様が入っているが、どういう訳かうぐ
いす色と茶色という些か”エグい”色合いだった。ネコの毛色を決定づけるのは毛管内に沈着したユーメラニン色素だが
──この色素が球形ならブラック、卵形や楕円形ならばブラウン、シナモン──それがうぐいす色になるのは聞いたコトが
ない。獣医はそう何度もいい、しきりに首をひねった。(仮に突然変異だとしても、全身が真っ白になるかシナモンの毛が
生えるのが普通。それが獣医学的見地だった)
「もしかしたら君や兄弟たちは突然変異すぎたせいで捨てられたのかも知れないな!」
「うみゃあ?」
良く分からない。そんな調子で一鳴きした香美はのんびりと毛づくろいを始めた。
ひょっとしたらブリーダーの家で生まれ、毛色が奇妙すぎるが故に「売り物にならない」と捨てられた……貴信はそんな仮説
を立てたが、どうか。
「謎が……解けました」
『もしかしてだが鐶副長、香美の謎がわかったのか!?』
はい、と鐶はゆっくりと頷いた。
「香美さんが語尾に”じゃん”をつけるのは……ノルウェージャン・フォレスト・キャットだから、です!」
無表情ながらに力強く眉をいからす少女に、『そ、そうかもな! は、ははは!』と貴信は空笑いをした。
「ノルウェージャンだからじゃん……です。大発見、です。無銘くんに話したら……きっと、話が……弾みます。……うん」
うつろな瞳の少女は俯き、気恥しげにはにかんだ。無銘の反応を期待しているらしい。
(こういう所はまだ子供だなあ!)
とにかくどうにか退院し、貴信の自宅で暮らすようになった香美は……ちょっとしたきっかけでよく体を壊した。
貴信は幼い彼女をなるべく外に出すまいと努力はした。が、出入りの際、家へ流れ込んでくる空気や外出中の貴信の衣
服に含まれるわずかばかりのウィルスに香美はやられ、何度も何度も感染症に見舞われた。(貴信は半ば本気で玄関へ
エアー室を設ける事を考えた)
そういったコトがなくなって、跳んだり跳ねたり走り回ったりできるほど元気になっても。
病弱は治らなかった。
一晩徹夜でゴムボールを追いかけただけで発熱。睡眠不足と疲労が原因だろうと貴信は分析した。
半日前に入れた水道水を飲んだだけで2日ほど水様性の便を垂れ流し続けたコトもあるし、ちょっとエサ皿を洗い忘れた
だけで食あたりし数時間吐き続けたコトも……。
「覚悟はしてたがこの子弱っ! 月曜退院した週の水曜に入院する患畜、初めてすぎるわ!」
「なのに回復は早い! 点滴打っただけでケージの中走り回ってる……!」
(なんか楽になったじゃん! 出すじゃん出すじゃん! あたしはご主人と遊びたい訳よ!)
- 6 :
- .
病院に行っては回復し、回復しては体調を崩し……。
貴信が一番困惑したのは、やや蒸し暑い初夏、エアコンを軽くかけただけで一気に風邪をひきそのまま肺炎コースへ突入
された時だ。季節の変わり目にカゼを引くコトは誰しもよくあるが、香美の場合のそれはあまりにも極端過ぎた。
かといって元気のない、物静かなネコではなかった。むしろ香美はメスであるのが信じられないほど活発なネコへと成長
した。ヒマさえあれば室内をドタドタと走りまわり、高いところに登っては貴信の頭や背中へ飛びかかり、彼に巨大な悲鳴を
上げさせた。そして着地しては部屋の隅っこで身を屈め、いかにも高級そうなしっぽごと腰をふりふりしながら貴信を凝視
する。
「遊ぶじゃん遊ぶじゃんご主人! ご主人ご主人大好きじゃん!」。
まんまるくなった瞳孔は挑発的な光を振りまき、より刺激的な反応を求めているようだった。
そこで制止の声を上げ、捕まえんと向かっていくと余計ひどい結果になる。貴信が香美を捉えんと身を屈め腕を伸ばす
頃にはもうすばしっこい子ネコは股ぐらの間をくぐり抜け、急ターンをし、足の裏側を樹木のごとくズルズル登っている。ま
だまだチャチいがそれなりに尖っている爪がズボンの繊維をプチプチ裂く感触! そして皮膚に走る痛覚! 貴信が恐怖
とともに呻くころ、登頂成功した香美が肩の上でグルグル喉を鳴らしている。
(ご主人! ご主人!)
香美はよっぽど貴信が好きなようだった。彼は重病の飼いネコを幾度となく徹夜で看病していたが、もしかすると香美は
それを無意識のうちに理解しているのかも知れなかった。無邪気に喉を鳴らしては貴信の首筋や頬を舐める。ザラザラと
した感触で一生懸命愛情を表現しているのは明白だ。
そうなると貴信はもうお手上げで、そっと香美を肩から剥がし、抱き抱え、座り、そっと膝の上に乗せてやるしかなかった。
すると香美はますます嬉しそうに喉を鳴らし、「にゃー、にゃー!」と何度も貴信を見上げて鳴く。喉を撫でられたりすると
本当に心地良さそうに目を細め、いつしかカブト虫の幼虫のように丸くなって眠り込む。
そんな姿を見るのが、貴信は何よりも嬉しかった。まっとうな人間関係が結べず、もしかすると自分はこの世の誰からも
必要とされないまま生涯を終えるのかとよく不安に打ち震える彼にとって、膝の上で屈託なく眠る香美の姿は本当に本当
に救いだった。
だから、守りたい。他の何よりも、大事にしたい。
心からそう思っていたし、香美がその生涯の中で幸せになってくれるコトを強く強く、願っていた。
当事者 2
か細い息をつくネズミが目の前に横たわっていた。全身のあちこちが裂け、血がフローリングを汚している。
香美はちょこんと座ったまま「どうしていいか分からない」そういう顔で貴信を見た。
彼はピンセットに挟んだ脱脂綿を慣れた手つきでネズミの傷口に当てている。香美の鼻を刺激臭が貫いた。それは体調
が悪くなるたび嗅ぐ匂いだ。人間的に説明すれば病院に漂っている薬の匂いだ。
「本能だからな。追いかけてしまうのは仕方ない。まだ子猫だから、怒ってもしょうがない」
貴信はぽつりと呟き、チーズの破片をネズミの口の傍に置いた。幸いまだ息はあるらしい。すすけた色の原始哺乳類が
チぃチぃ鳴きながら食事をする。その様子に香美はなぜだかホッとした。
「いいか香美。ネズミを追いかけ回したい気持ちはわかる」
「うにゃ?」
いつもと違う静かで厳粛な貴信の声に香美は首を傾げた。
「でも傷つけるのは駄目だ。痛いし苦しい。お前だって何度もそういう思いをしただろう?」
言葉の意味はよく分からない。ただ、先ほどまで興奮して追っかけまわしていた「楽しい物体」が、自分の付けた爪痕から
ひどい臭いを放ち、グッタリしている様はとてもとても嫌な感じがした。
それは。
暗く湿った箱の中に居る時に。
ひどく疲れた時に、生臭く痛んだ食物や水を摂った後に、暑いのと寒いのを同時に経験した後に。
必ず襲ってくる「ゾッ」とする感覚に似ていた。
激しく動いて衝動をかきたてる「楽しい物体」が自分を見上げる目。
それは恐怖に満ち、助けを求めているようだった。
(あたしはただ……遊びたかっただけじゃん。でもさ、でもさ。何か、ちがう)
貴信に飛びかかった後のような楽しさはそこにない。その理由は考えても分からないが、「楽しい物体」に過ぎなかった
物が苦しそうな声を上げ、必死に自分の視線から逃れようとしている様は……楽しいものではなかった。
- 7 :
- もこもこした毛の奥で胸がチクリと痛む。
いつしか香美はネズミの傷口を舐めはじめていた。
(ごめん。ごめん。あたし、あんたにわるい事した。ごめん)
「そうだ香美。彼らは彼らなりに懸命に生きている」
「うみゃー」
「君が遊びのつもりでも向こうは死ぬ思いをしている」
「にゃ」
「死に瀕するのは辛い。君ならそれが……分かる筈だ。いいな」
「ふみゃ」
「弱い者いじめは、良くないぞ」
3日後。
ネズミは冷たくなって、動かなくなった。
(…………)
裏庭で貴信が穴を掘り、「楽しい物体」を埋めるのを香美はケージの中からじっと眺めていた。
貴信がスコップを振るうたび、「楽しい物体」に土がかかっていく。
かつて自分が経験した、暗くて狭く、冷たい場所に行く。何となく、それが分かった。
寂しい気持ちだった。
ネズミは籠の外から何度か傷口を舐めるうち、食べかけのチーズをくれるようになった。だから香美も自分の煮干しをあ
げようと思った。そして咥えて持っていき。(籠の)隙間からねじ込んだ。「さ、あんたも食べるじゃん。おいしいじゃんそれ!」
だが、何の反応もなかった。チーズをくれた者はどこか満足したような表情で目を瞑ったまま、動かない。おかしい。鳴いて
貴信を呼ぶと、彼は少し驚いた顔で「楽しい物体」を撫でまわし、残念そうに首を振った。
(いー匂いのするあれ、あげたかったのにさ…………あたしのせーでああなったのに、いい匂いのもんくれたのにさ……)
豊かなしっぽをパタパタと振りながら、どうすれば良かったかずっと考えていた。爪を立てなければ良かった。噛みついたり、
押さえつけたりしなければ良かった。そんな想いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
初めて見た小さな物体は、貴信が差し出すおもちゃとは違う刺激的な動きをしていた。面白そうだった。だから飛びかかった。
貴信や彼の持つおもちゃと同じようにしても大丈夫。根拠もなくそう信じ込んで、いつものように力いっぱい遊んでいた。ただ、
それだけだった。それだけなのに、辛い気持ちになり、悪寒が走り、気付けば体調不良の時御用達のヘンな臭いのする場
所(動物病院)で寝込んでいた。
耳が熱ぼったく鼻が詰まって息苦しい。そういう時は決まってまどろむようにしている。
寝れば何とかなる。辛い気持も、収まる。香美の意識が遠のいた。
夢の中でネズミが怒ったり泣いたり、「気にするな」とチーズの破片を押し付けてきている気がした。そして今度こそ煮干しを
食べさせようとするとネズミはどこかへ消える。そして香美は貴信さえいない暗闇の中で煮干しを取り落としたまま鳴き喚く。
誰も来ない。
寒い。狭い。
出れない。
そんな怖い夢を、何度も見た。
すると前足に懐かしい暖かさがやってきて、目を覚ますと貴信が心配そうにそこにいる。
悪い夢を食べてくれるのは、いつも決まって貴信だった。
(ご主人、あたし、あたし……)
芥子粒のような瞳の中で、子ネコがポロポロと涙を流した。
退院してからも。
外に出られるようになってからも。
本当に悪いコトをした。「楽しい物体」が埋まっている場所を見るたび、香美は胸が痛んだ。
当事者 1
香美が外に行くようになってから。
- 8 :
- .
「?」
貴信は自宅の裏庭に行くたび首を傾げた。
ネズミを埋めた場所にいつも決まって煮干しが落ちている。
(香美が供えたとか……!? いやでもネコって墓参りする生物だったか! 象の墓場だって密漁ハンターが捏造したアレだしなあ!)
結局それは、家を出るまでも出てからも、謎のままだった。
当事者 2
話は前後する。
生後4か月でようやく人並み(ネコ並)の免疫力を獲得した香美は、外へ遊びに行くようになった。
きっかけはよくあるコトだ。貴信が帰ってきた時スルリとドアを抜け、脱走。3日ばかり行方不明になった。
(ご主人はいつもどこいっとるじゃん。それが知りたいじゃん)
貴信はまったくメシが喉を通らなかった。3ケタほど刷った尋ねネコポスターをあちこちに貼ったり不眠不休で捜索したりした。
幸いネコの常で3日もするとひょっこり帰ってきたが、以来彼女ときたら毎日毎日「外へ出すじゃん出すじゃん」と鳴き喚き
ドアをガリガリ引っ掻く始末。
健康状態を慮る貴信だから生涯室内飼いを予定していたのはいうまでもない。
他方外の世界の刺激がすっかり病みつきになった香美は外へ出たがる。要求開始からたった3日で円形脱毛をきたす
ほど「閉じ込められている」室内飼いはストレスフル……貴信は外へ出すべきか、悩んだ
「喧嘩してネコエイズに感染するのが心配? 大丈夫ですよ。メスだしあまりケンカはしないでしょう」
獣医はそう太鼓判を押した。貴信はしぶしぶながら外飼いを決意した。
だが。
香美はよくケンカをした。
「あの! 香美はよく喧嘩するんですが!」
「おかしいなあ。基本的に温和で人懐っこいコなのに」
「そんなコトいって香美がネコエイズになったらどうするんだ!!」
「まあまあ。落ち着いて。実はネコエイズの新薬の研究が進んでいる」
「それなら……」
「まあアメリカの死刑囚に呑ましたら全身グリーンピースみたいな腫瘍だらけになって溶けて死んだけどな!」
「免疫不全より悪い結果の出る薬をッ! 人の家族に呑ませようとするなアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「大丈夫だよ貴信君! 私は患畜は殺さない主義だ! もっとも人間のだクソ犯罪者どもは積極的に様々かつ危険極まる
臨床実験に使って駆逐すべきだという主義は曲げない! 人間とかなに醜っ! 全身の皮膚に柔らかーい毛が生えてねえ
段階ですでにもう論外! 仔人間の段階でもうダメ! うるせえわうぜえわ一番可愛い筈の時期さえクソだぜ!」
「仔人間とかいうな! 動物扱いするな!」
「おおおっと失礼! 動物様を人間ごときと同列に語っては失礼だねっ! 何しろ人間とかは可愛くねー時期が長すぎる!
許せて受精直後の受精卵ぐらいだな! あれはふつーに丸くて可愛らしいが細胞分裂した辺りで一気にグロく、なりやがる!」
終始動物以下だぜ人間って奴ぁ! Rよフフヒャハアハハハーッ!」
「今までお世話になった! 病院を変えるので紹介状とカルテを出せ! 今すぐ!」
「まずぁ犯罪者どもから動物様のよりよい治療の実験の犠牲んなってクソみてえな図体滅ぼしなッ! おじさんは今日も人
間どもの屍エサにネコエイズの薬作るぜー!」
「あんたのお手製か! というか僕の話聞いてないし!」
(よーわからんけどさー。あたし、弱いモノイジメしてる奴みると許せんわけよ)
子ネコが老ネコが、妊婦ネコが病気ネコが怪我ネコが、いじめられているのを見るとついカッとなってやってしまう。
相手が百戦錬磨のコワモテネコだろうとボスネコだろうと体重80kg超のセントバーナードであろうと立ち向かい、頭を肉球
で一撃! 大抵の相手はそれで昏倒した。金持ちの家から脱走したドーベルマン6頭を同時に昏倒させたコトもある。
「まあ全部子犬だったんだが!」
「ですよねー」
- 9 :
- 昏倒しない場合は「弱い物いじめはだーめでしょうがあああああ!」と連撃に次ぐ連撃。なまじ殺意や悪意のない、どこか
空回りしている連撃だからやられた方は怒るよりもつい唖然として──気迫に呑まれ──受け入れてしまう。そして連撃が
終わった後ようやく、相手が小さな子ネコだと気付く。
「いかん。だるい。疲れた。でも弱い物いじめはさせん。やるっつーならあたしが戦うし、どよ!」
(どうと言われても……)
すっかりヘバって地面に突っ伏してる子ネコを倒してもなあ。総ての相手はこの妙な相手に毒気を抜かれ、ついつい弱いもの
いじめをやめてしまう。(ケンカというよりおまぬけで一人よがりな暴走か)
「この子はあれだね。ケンカを全力でやってるけど本気は出してないみたい」
「先生! 全力と本気はイコールなのでは!」
「いやいや。全部の力を出してはいるけど、ケンカそのものには本気になっていない」
「?」
「一回この子がケンカしているのを見た。何というか、弱い物イジメやめさせるのに必死だけど、相手を倒したり叩きのめしたりし
たいとかは考えていないようだ。そういう意味じゃ、本気でケンカはやっていない」
「なるほど! つまり持てる力の全部が仲裁に行ってるから、相手も香美も傷付かない訳だ!」
「そ。もし持てる力の全て相手を叩きのめすコトに費やしたら、相当強いと思うよこの子。だって仲裁する時ですら相手は結構
ダメージ追うからね」
「香美は優しいから、ケンカのためだけのケンカはしないと思う!」
「先生もそう思うよー。ご主人の教育の賜物だね。……もし、この子が本当に逆上して、ケンカのためだけのケンカ、本気で相手
を叩きのめすようなコトがあるとしたら。それは──…」
「それは!?」
「──────────────────」
「……え? いや、その、先生? 香美は犬じゃないから、そんなコトはない! ないと、思う!」
この時は笑って流した言葉。
それが現実となり香美を激しく突き動かすコトになるとは……。
貴信はまったく想像もしていなかった。
一方、香美。
彼女は病気やケガで動けないネコを見つけると決まって自宅に連れ込んだ。子ネコが大人ネコの首を噛み、自宅まで引きずる
光景は近所の評判となった。
(ご主人! ご主人! あたしがだるい時にいくとこ連れてくじゃん! よくわからんけどあそこは治る! すごい!)
「いや香美、父さんの遺産だって無限じゃない! 本来無料で済む野良猫治療にいちいちお金を払う僕も僕だが! こうも
しょっちゅう野良猫をだな、全部見せる経済的余裕は……」
(なにいっとるかわからん。でも治る。治る。ご主人にこいつら見せたらきっと治る。ご主人はすごい!)
「ぐ………」
(はよ、はよ)
キラキラと目を輝かせる香美を見るたび、貴信は半泣きで病院に電話をかけた。
「はいそうです。また。うう! また今月の食費削らないといけないのか!!」
「つかよ、電車に轢かれて両前足吹っ飛んだネコを3千円で五体満足に戻したりしてるんだぜ俺。十分良心的じゃね?」
モアイのような顔の獣医は電話口でやれやれと肩を竦めた。
そんなコトが何十回も続くうち、とうとう香美は自宅周辺を統べるボスネコになってしまった。
(姉御姉御!)
(姐さんだ姐さんだ)
(強い。綺麗。頼れる)
なんだかんだで助けたネコども(あとインコやモグラやシロテテナガザルもいた)が勝手に祭り上げたという感じだが、そう
やって弱者どもが作り上げた権勢という奴は強者の腕力一つでは到底覆せない。
(ちっちゃい癖に生意気だぜクルァ!)
いかにもいかつい傷だらけのブチネコが香美にケンカを売れば弱者どもがどっからか湧いてきて総攻撃を仕掛ける。
(ボスに手を出すな!)
(いつぞやの恩、姐さん逃げてくだせえ!)
首に、背中に、しっぽに。たくさんのネコが1匹のネコに噛みつく様はスズメバチを蒸しRミツバチの群れに似ていた。
- 10 :
- 本来連帯感に乏しいネコどもがまるでイヌ社会かサル社会のような仁義を見せるのはまったく特異だが、しかし香美もまた
特異な感性を持っていた。
(がああああ! いっぱいがちょっとにとびかかるのもアレじゃんアレ! やーめーるじゃん!!)
味方である筈の弱者どもの頭を殴り、昏倒させ、悉くを蹴散らし。
本来敵である筈のいかついネコを守るように立ちはだかる。
(しゃあーーーーーーーっ! なにやってるじゃんあんた!)
(何って俺ぁテメーにケンカ売りに)
(ここにいたらいっぱいがよってたかってあんたいじめるしさあ、さっさと逃げたらどよ。ねえ!)
(ダメだコイツ。本物の馬鹿だ!)
香美この時4か月。要するに弱い物イジメを見ると後先考えられなくなる、アホであった。
しかしアホほど祭り上げられ好意を浴びるのが社会である。それはネコ社会も同じらしく。
(さすが姐さん! 姐さん!)
(フクロはだめ、だめ)
(わかったあ)
殴られ昏倒させられ蹴散らされた弱者どもはますます香美を尊敬した。
ついには。
(頼むぜ若ぇの。ここらのシマはおめえに任せた)
テレビで何度か取り上げられたほど伝説のボスネコ(30年は生きているらしい。子ネコのころ自分の右目を潰したカラス
を逆に喰い殺したそうな)がその席をついに譲った。
(よーわからん。なんでみんな集まるたびあたしをムリやりたかいとこのせるのさ?)
ネコ集会の時はひまそーに突っ伏し自慢のしっぽを鞭のようにしならせる。
そこへ下っ端や取り巻きどもが自助努力によって獲得したネコ草だのゴムマリだのを献上しにくる。
それを面倒くさそうに一瞥しては目を逸らすのはいよいよ以て大物の風格であった。(当人はただひたすら面倒くさかった
だけだが)
「ボスになってる……。ははっ。はははは!」
一度買い物帰りにその光景を見た貴信は思わず買い物袋を取り落とした。
「黙ってれば美人さんなのになあ! なんでボスになるんだろうなあ!」
かくりと肩を落とし、盛大な溜息をつく。
(まだ早いけど、お婿さんがきたらもうちょっとおしとやかになると思うんだけどなあ! どうだろう)
そんな香美は、歌が妙に好きでもあった。
ある時貴信がヒマ潰しにこんな歌を聞いていた。
「きーみのこころに! しるしはあるかー♪」
「にゃーにゃー」
「たたかうためにえらばれーた」
「にゃあにゃあっ! にゃーにゃー! にゃあみゃみゃあー!」
良く分からないが魂が反応して、香美は思わず鳴いた。
すると貴信。
「ははは! なんだ香美は戦隊モノの歌が好きか! 僕はゲッターがそうだが!」
ベストセクションのCD。それを買ってきて、香美と一緒に聞くようになった。
「きーみはぼくの、みらいだからー」
「にゃーにゃにゃ、にゃにゃみゃ、みゃにゃみにゃにゃなー」
強きをくじき弱きを助ける。そんな勇ましいメロディーを何度も聞くうち、香美はすっかり覚えてしまった。
「なるほど……戦隊モノの歌をよく歌っているのは……そのせい、ですね」
『そうだ!』
「ちなみに私は……レオパルドンが……好き……です」
『戦隊物と微妙に違う上に渋っ!』
以上ここまで。過去編続き。
- 11 :
- >>スターダストさん
ケモノ萌え。この時点ではまだ擬人化(?)されてない、純然たるケモノだけど萌え。
強くて優しくて可愛くて、そして想い人には一途で無邪気で、ってパーフェクツでは
ないですか。ライダーよりウルトラより戦隊、なのがまた私としては嬉しいところだったり。
- 12 :
- 当事者 4
夜。都心にある廃工場でハシビロコウはため息をついた。ハシビロコウとはペリカンに似た大型鳥類の名称だ。全身はネ
ズミ色。トレードマークは、異様に大きいクチバシ&何を考えているか分からない三白眼。
ああ。憂鬱だ。
すぐ横の錆びた鉄柱が火を吹いた。何か刃物のような物が掠ったようだ。というか簡単にいえば「投げつけられた」。銀色
の円弧が鉄骨に似た柱を一削り。そして反転。遡行。遠ざかっていく。元来た軌道をブーメランのように、持ち主へ。入れ替
わるように響く怒号、飛びこむ殺意。人影が来る。辺りに散らばる塗料の缶──昔ここで生産された物らしい──をガタガタ
ガタガタ吹き飛ばし。
ああ。憂鬱だ。
ディプスレス=シンカヒアという名のハシビロコウは何度目かの溜息をついた。
工場は暗い。天井に空いた大穴から月明かりが射しこんでいる以外、何ら光なき空間だ。鳥目にとって些か難儀な状況
設定。それがまず憂鬱だ。突っ込んでくる人影の遥か後ろでいくつかの影が散開したのも憂鬱だ。
ゆっくりと首を動かす。見まわす。
包囲。
柱の傍から。
直立する1mほどの赤い筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
暗くて見えないが、静かな殺意が拡がっていくのが分かった。内に不快感をあらん限り蓄えているが、目的達成のためグッ
っと堪えている。自分を取り巻く気配はそんな感じだ。
ディプレスは知る。
前の人影は囮だ。自分を包囲するまでの、時間稼ぎの。
見えざる闇から無数の視線が刺さる。全身の肌にねっとりとした感情がまとわりつく。彼らは隙あらばディプレスに飛びか
かるだろう。……息の根を止めるべく。
いよいよ迫る人影についての感想は特にない。強いて言うなら彼が吹き飛ばしている塗料の缶。幾つかのそれが細い
足にガンガンと直撃して地味に痛い。ああ痛い。
チャチな恫喝にチャチな痛み。
ああ。憂鬱だ。
天を仰いで溜息をつく。天井の大穴はいまや鈍色のネットで封鎖されている。当たり前だが敵どもは、ここで自分を仕留
めるつもりらしい。人影はついに2歩先までに肉薄している。彼との攻防如何では周囲の殺意が爆発し、嵐のような総攻撃
が降りかかるだろう。
ああ。憂鬱だ。
「お前らの馬鹿さ加減がマジ憂鬱wwwwwwwwww オイラ逃がす方が生w存w確w率w高wいwのwにwなあwwwwwwwwwwww」
ディプレス=シンカヒアという名前のハシビロコウは……薄く笑った。そして視線を水平に戻し、ニタニタと目の前の情景
を眺めた。相対する影が持つは銀色のチンクエディア。刀身に溝が彫られた大振りの短剣は遂にいよいよ鼻先に迫っている。
そもそも動物園かウガンダ共和国のビクトリア湖周辺にしかいないハシビロコウがなぜ都心の廃工場にいるのか。
まず彼は本物のハシビロコウではない。本物の細胞をもとに作られたホムンクルスで、元は人間。かつては勤勉なマラ
ソンランナーだったが本番中思わぬ妨害を受けて以来すっかり転落の一途を辿り、人外をやっているという訳だ。
努力の総てをフイにされた。また頑張っても同じコトが起こる。
.
- 13 :
- 当事者 4
夜。都心にある廃工場でハシビロコウはため息をついた。ハシビロコウとはペリカンに似た大型鳥類の名称だ。全身はネ
ズミ色。トレードマークは、異様に大きいクチバシ&何を考えているか分からない三白眼。
ああ。憂鬱だ。
すぐ横の錆びた鉄柱が火を吹いた。何か刃物のような物が掠ったようだ。というか簡単にいえば「投げつけられた」。銀色
の円弧が鉄骨に似た柱を一削り。そして反転。遡行。遠ざかっていく。元来た軌道をブーメランのように、持ち主へ。入れ替
わるように響く怒号、飛びこむ殺意。人影が来る。辺りに散らばる塗料の缶──昔ここで生産された物らしい──をガタガタ
ガタガタ吹き飛ばし。
ああ。憂鬱だ。
ディプスレス=シンカヒアという名のハシビロコウは何度目かの溜息をついた。
工場は暗い。天井に空いた大穴から月明かりが射しこんでいる以外、何ら光なき空間だ。鳥目にとって些か難儀な状況
設定。それがまず憂鬱だ。突っ込んでくる人影の遥か後ろでいくつかの影が散開したのも憂鬱だ。
ゆっくりと首を動かす。見まわす。
包囲。
柱の傍から。
直立する1mほどの赤い筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
暗くて見えないが、静かな殺意が拡がっていくのが分かった。内に不快感をあらん限り蓄えているが、目的達成のためグッ
っと堪えている。自分を取り巻く気配はそんな感じだ。
ディプレスは知る。
前の人影は囮だ。自分を包囲するまでの、時間稼ぎの。
見えざる闇から無数の視線が刺さる。全身の肌にねっとりとした感情がまとわりつく。彼らは隙あらばディプレスに飛びか
かるだろう。……息の根を止めるべく。
いよいよ迫る人影についての感想は特にない。強いて言うなら彼が吹き飛ばしている塗料の缶。幾つかのそれが細い
足にガンガンと直撃して地味に痛い。ああ痛い。
チャチな恫喝にチャチな痛み。
ああ。憂鬱だ。
天を仰いで溜息をつく。天井の大穴はいまや鈍色のネットで封鎖されている。当たり前だが敵どもは、ここで自分を仕留
めるつもりらしい。人影はついに2歩先までに肉薄している。彼との攻防如何では周囲の殺意が爆発し、嵐のような総攻撃
が降りかかるだろう。
ああ。憂鬱だ。
「お前らの馬鹿さ加減がマジ憂鬱wwwwwwwwww オイラ逃がす方が生w存w確w率w高wいwのwにwなあwwwwwwwwwwww」
ディプレス=シンカヒアという名前のハシビロコウは……薄く笑った。そして視線を水平に戻し、ニタニタと目の前の情景
を眺めた。相対する影が持つは銀色のチンクエディア。刀身に溝が彫られた大振りの短剣は遂にいよいよ鼻先に迫っている。
そもそも動物園かウガンダ共和国のビクトリア湖周辺にしかいないハシビロコウがなぜ都心の廃工場にいるのか。
まず彼は本物のハシビロコウではない。本物の細胞をもとに作られたホムンクルスで、元は人間。かつては勤勉なマラ
ソンランナーだったが本番中思わぬ妨害を受けて以来すっかり転落の一途を辿り、人外をやっているという訳だ。
努力の総てをフイにされた。また頑張っても同じコトが起こる。
- 14 :
- 拭いきれぬ挫折感を抱えたまま飛び込んだ社会は彼をまったく歓迎せず、傷口ばかりを広げた。そうして馘首(かくしゅ。
クビの事)と再就職を繰り返すうちとうとう憂鬱が爆発し、上司と同僚を殺害。逃げ込むように転がり込んだ闇医者の紹介
で化け物をやっている。人間が嫌いだから鳥の姿で、積極的に動くのが嫌いだからエサのハイギョ取りで数時間身じろぎも
せぬハシビロコウを選んだ。
そんな彼に向かって走る人影は怒りを抑えきれずにいた。
いつもと同じ夜だった。この廃工場を根城にしているホムンクルスどもを掃討する。ただ、それだけの任務だった。
敵のレベルは平均よりやや上という所だ。頭数も30に満たない。事前調査がしっかりしていたから予想外の事態に戸惑う
コトというもなかった。おかげで新人込み8人のパーティは不慣れなヒヨッコどもにレクチャーしながらなお全員無傷……だった。
「ちょろいぜ。人数半分でも制圧できた」
誰かがおどけたが、正にその通りだった。
どこからともなく、ハシビロコウがやってくるまでは。
元のターゲットの仲間でもないらしい。「誰だお前」。ここの共同体を統べるライオン型ホムンクルスが最後に残した言葉
だ。(直後ウィンチェスター銃の武装錬金で額を章印ごとブチ抜かれ、絶命した)
そしてハシビロコウは無言のまま、ゆらりと戦士たちに近づいた。
接近を許したのは迂闊だった。
ハシビロコウにはあまりに殺意がなさ過ぎた。誰もが最初、ただの普通の鳥だと思うほど。
戦勝ムードで気を緩めていたのも、災いした。というより敵はわざとそこを「狙った」のかも知れない。
最初に犠牲になったのは最も入口に近い戦士だった。20を過ぎたばかりにしてはひどく度胸が据わっていると評判の男で
任務が終わると決まって行きつけの小料理屋に仲間たちを呼び込み、大盛りの飯と、ビールと、刺身の盛り合わせを一式
振るまう習慣の持ち主だ。刺身のレベルは殲滅対象のレベルと比例するから今晩はそこそこの刺身が食える。戦士たちは
それを楽しみしていた。
彼が絶えず入口近くをマークしていたのは、初めての任務で同僚が退路確保をしくじったせいだ。おかげで右頬に3本線
の爪痕が刻み込まれ、すっかりトレードマークだ。
「傷は残す。常に退路を確保する決意の証として。誰も俺のように傷つけたくはない」。それが信条で、命取りになった。
入口に最も近い場所にいた彼は、入口から来たハシビロコウに呼びかけた。
「お、なんだ鳥ちゃんどこから来た?」
ネズミ色の鳥は頬傷の戦士を軽く一瞥したきり、緩やかに歩を進めた。
ト、ト、ト。やたらクチバシの大きな鳥が歩く様はひどく不格好で、それが頬傷の戦士の気さくさをくすぐったのだろう。
もし彼が7年前の決戦にいたなら、もっと運命は違っただろう。むしろ闖入者の姿に怖れ戦き、抵抗を選び、或いは逃げ
延びれたかも知れない。
「な、な。刺身食べるか?」
気軽に肩を叩いた戦士の手から。
鮮やかな肉の塊がズルリと剥け落ちたのはその時だ。
- 15 :
- 腕橈骨筋がズタ裂け隣接する長掌筋や橈側手根屈筋もろとも骨から乖離したのである。それが目視できたのはすでに皮
膚が粒子レベルにまで分解されていたためである。錬金戦団支給の制服はとっくに消滅していた。
知覚。
痛みと共にようやく鳥ちゃんが敵だと認識する頃にはもう何もかもが、手遅れだった。落ちる途中の尺骨と橈骨が粉々に
なって舞い散り、手首が落ち、それも、肘から先にいる若い戦士の全身も、滴る血さえも塵埃となって虚空に消えていった。
チンクエディアを持つ茶髪と色眼鏡の戦士は堅い奥歯をギリリと噛みしめた。
(更に2人だ! 逃げようとした奴飛びかかった奴2人! バラバラになりやがった! 何を目当てに来たかはしらねーが、
許せねえ!!)
彼もまた若かった。7年前を実感していなかった。『7年前』。錬金戦団ととある共同体の間に起こった決戦を、あくまで伝聞
……新人のころ行われた退屈な講義の中でしか知らなかった。だから迂闊にも──…
地面を蹴り、大きく飛んだ。無数の缶を飛び越え、向かう。向かってしまった。
天井を見上げうすら笑いを浮かべるハシビロコウへと……正体も知らず。
(この武装錬金の特性は麻痺ならびに硬直! 切りつけさえすりゃあテメーは動けなくなる! 腕解体(バラ)されよーと絶対
に当ててやる!)
敵に動く様子はない。斬撃はついに正中線を捉えた。当たる。
茶髪は会心の笑みを浮かべ、それは次の瞬間、驚きと戸惑いの色をも含んだ。
火花が、散った。
最初見えたのはそれだった。次いで不快な手応え。堅い装甲──例えば、訓練をつけてくれた防人衛のシルバースキン
──を力任せに斬った時のような跳ねッ返りと骨に沁み入る痺れ。それがチンクエディアを通して広がった。
迷わず飛びのく。動揺はない。相手が予想外に頑丈で斬りつけられない? 任務によくある出来事だ。
茶髪と入れ替わるように敵の右斜め後方から銃声がした。反対側からは旋回するトマホーク。網が投げられる音もした。
それは龍のように蛇行しながらハシビロコウを取り巻いた。さらに白い棘が闇の地面をひた走る。寒々しい音と感触は正に
氷結のそれだった。身じろぎもしない怪鳥の足が凍りつき、散らばる塗装缶ともども地面に癒着した。
茶髪は、中指を立てた。
「何やったか知らねーがこっちは複数いるんだぜ? 果たして全部避け切れるかテメー!」
ああ、憂鬱だ。
首をクイっクイっと曲げて殺意の出所を確かめたディプレスは、深く息を吸った。
詐欺だと思った。銃声はひどく旧式銃の気配を帯びているのに、やってくるのはプラズマを帯びた超高熱の奔流だ。
トマホークの方もひどい。古めかしい野球漫画のように分裂している。迫りくるそれは今や100近い。幻影かと思ったが
質感はあまりにリアル。ナタの質量とカミソリの切れ味を帯びている。張り巡る網は飛んで避けるという選択肢を確実に
阻むだろう。触れれば粘着するか切り裂くか、とにかく行動を阻害する特性なのは間違いない。だいたい足元が既に
凍りついているのが宜しくない。氷は強い。ホムンクルスの高出力でもすぐには剥ぎとれないほど強烈な氷結。
普通に考えると、「詰んでいる」。まったくその通りだと思う。
ああ、憂鬱だ。
「この程度の特性4つでオイラ殺せると思ってるお前らの程度の低さがwwwwwww憂鬱だっぜwwwwwwwwwwwwwwww」
- 16 :
- まず100本近いトマホークがハシビロコウの周囲で爆ぜた。橙色の火花と破片が舞い散る中、白く輝く極太の光線が
奇妙な鳥を飲み干し、100m先の壁をブチ抜いた。轟音が響き工場全体が揺れた。しかし光の行き過ぎた場所に佇む
ハシビロコウにみな……息を呑む。
「ブヒヒwwwwwww はい効きませーん! 効きまッすぇっええええーん! オイラの能力ってばマジ無敵ーーーーーーーー! 」
彼はまったくの無傷で、
「ま、足の氷は溶けたがね」
足を震いしぶきを飛ばし、それから翼を腰に当て、ゆっくりと舐めまわすように茶髪を見た。
茶髪は見た。
いよいよ攻撃が当たるという瞬間。
無数の細長い影が、ディプレスの周囲に現れるのを。シャープペンシルほどしかない影は工場の闇の中でも一際異彩を
放つほど色濃く、彼が知る何物よりも黒かった。
最初ふわふわと浮遊していたそれらが攻撃を開始するまでさほどの間は要さなかった。影は、一斉に飛んだ。100本ある
トマホークを総て事もなげに撃ち貫き、火花とともに分解した。先ほどチンクエディアを阻んだのもその特性だろう。茶髪が持
つ愛刀は柄から先が、なかった。
(武装錬金を壊した……ってぇところまでは分かるけど、)
「熱戦に呑まれて無事なのは不可解……って顔してる? ねえ、そんな顔してる? ねえ!」
声が、意識を現実世界に引き戻す。下卑た声だった。言葉の端々に不快な響きが籠っている。わざと、だろう。このハシ
ビロコウは他人を煽り立て蔑(なみ)するためだけに言葉を選んでいるようだった。
「ヒントwwww 後の壁wwww 見てみwwwwwwwww」
茶髪は振り返り、工場の壁を見た。先ほど光線が貫いたそこは奇妙な破壊痕を残していた。
よくアメリカのカートゥーンでウサギだのネコだの叩きつけられた壁が彼らの形に「抜かれる」描写がある。
工場の壁は、それと反対の現象を起こしていた。破壊され、円形に「抜かれた」壁の中で、ハシビロコウの形だけが残っ
ていた。そこだけ切り取ればハシビロコウの看板が出来るほど、綺麗に。
身震いが起こる。眼前の敵の異常さがいよいよ分かってきた。その武装錬金の攻撃力はチンクエディアを破壊された
時から薄々気付いていたが、しかし熱線に呑まれながらもそれを耐えしのぐというのは理解の範疇を超えている。
「まwwwwww普通のチンケな悪党ならここで『冥土の土産に教えてやろう』とかいって能力ばらすんだけど」
悲鳴が届いた。否。悲鳴のような叫び声が、茶髪の耳を劈(つんざ)いた。もし彼があと数秒命を永らえていたとすれば
叫びの正体を理解しただろう。何を言われているか、理解できただろう。
「避けろ」
と。
ひゅらりと舞い上がったハシビロコウが彼を通り過ぎ、静寂が訪れた。
背中合わせの彼らは3mほど離れていた。
着地し、大きな翼を畳んだディプレス=シンカヒアの背後で茶髪の首が螺旋状にきりもみながら宙を舞い、工場の端々から
どよめきが巻き起こる。
「冥土の土産は死亡フラグwwwwww 敵の前で茫然自失する級のなwwwwwwwww だから、教えてやんねー」
ああ、死んだ。
ああ、憂鬱だ。
思考とは裏腹に、ディプレス=シンカヒアは歓喜に身を震わせた。
.
- 17 :
- 戦士という奴は。
人間という奴は。
信念という奴は。
なんと脆く、破壊しやすいものなのだろう。
そんな脆い物が充満し、そんな脆い物に支えられている世界はひどく憂鬱だった。
血の雨が、降った。
神経と筋の雑多な束も剥き出しに、茶髪の首が地面に落ちた。
それを分解した黒い影を胸に仕舞い込むと、ディプレスはゆっくりと歩みを進めた。
直立する赤く大きい筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
戦士達が歩いてくる。中央の禿頭の男はリーダー格なのだろう。その右で銃を弄びながらやってくる男はスレた様子を差
し引いても10代後半らしい幼さがある。額にバンダナを巻き、いかにも傭兵風で、くちゃりくちゃりとガムを噛んでいる。は
ちきれそうな筋肉で上半身を覆った男は30後半か。「いかにもインディアン」という服を纏い、岩のような顔面を微かに波打
たせている。
年齢も立場も、恐らく国籍さえもばらばらかもしれない彼らだが、一つだけ共通点があった。
能面のような表情をしながらも、全身から激しい怒りを迸らせている。
「お? お? オイラ斃そうって訳かwwww ビビってないのね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「むしろオイラを殺せば仇は打てる、引くわけにはいかない。ここで逃せば犠牲者が増える。だから、タチムカウ」
「…………」
「信念だよなあwwwww 誇り高いよなああああああああwwwwwwwwwww 正直尊敬に値するし感動的だわマジwwwwwwwww
この勝負精神的なバクゼンとした要素で判断すんならお前らの方が勝ち、勝ち。オイ良かったな勝ちだぜお前ら!」
でもな、と大きな嘴が品なく綻んだ。
「お前らが必死こいて守ろうとしてる人間。あいつらの中にはだねえ」
「大企業の社長とか、アイドルとか、大物政治家とか、上手くやってる奴が躓く様を見て」
「喜ぶ奴らが確かにいる。つまりオイラの様な性根の腐った輩どもをwwww必死こいて守っている訳だwwwwwww」
戦士たちの顔にわずかだが変化が訪れた。
「連中はクズだじょお? お前らが傷つき、幾つもの挫折を涙と共に乗り越えている時に奴らは部屋で寝そべって尻を掻き、
無気力な目でテレビを見ている。使命の為に何かを犠牲にしたとして、民衆はそれを決して贖(あがな)わない」
「……」
「ふへへ、キタキタ鬱ってきた! 憂鬱な言い方しちゃうとだねえ『駿馬とて悪路を走らば駄馬と化す』。うんコレ、これだよ?」
誰からともなく舌打ちが漏れ、露骨に視線が逸らされた。
にも関わらずハシビロコウはそれを面白がっているらしい。右の翼を高々と上げ、ペラペラと喋りはじめた。
「はいココで白状ターイム! あ、こっからオフレコなwwwwwwwwww 実はお前ら、守ってやってる連中に不服の1つでもあ
るだろ? お、目ぇ背けたな端っこのお前wwwww 図星か? お? おお? いいからいえよ? な? 化け物と戦う毎日で
恋人もできず仲間が死ぬばっかりの辛い非日常を必w死wこwいwてw生きてるのに、守ってやってる連中ときたら何も供出
してくれないよなああああああああ? 奴らが一度でも失くしたモノ以上のモノ、与えてくれたかあああ? あるならいえよ
信じてやるからwwwwwwww ほら、ほらっ、俺が間違っているっていうなら証拠出せよwwww」
「それでも耐え忍ぶのが、戦士だ……」
禿頭の戦士は正に唾棄するように言葉を絞った。
ハシビロコウは爆笑した。柏手さえ打った。
- 18 :
- 「はーい出た定型句! キタコレ! キタコレ! あんた残り4人の中で一番偉いだろwwwwww 迂闊なコトぁ吐けないもん
なああwwww 敵の、ホムンクルス、落伍者の! 文言肯定したら士気ガッタガタだもんなあああwwwwww だから無難な
定型句吐いたんだろ? 社会でちゃんと積み重ねてそれなりの地位つかんだ奴ってのはみんなそうだもんなあ? 地位相応
の責任を守らなきゃいけないから、定型句ばかり上手くなるんだろ? な、な? ちょちょちょwwww オイラの目ぇ見てwwww
話したくもないってカオされるとwwwwマジでwwww傷つくwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwああヤベまた鬱ってきたwwww」
言葉通りの感情を味わっているのか。彼は一度大きく俯いた。
「飢え餓(かつ)え、わずかな報いと救いを頼りにするもそれはなく、墓標に餞(はなむけ)向けるは身内のみ……。想像する
だに憂鬱な生き方。考えるだけで嫌になる。ああ。憂鬱だ」
「……?」
ひどく暗い声だ。打って変った態度に戦士たちは顔を曇らせた。
「なーんつっていまのウソウソ。でもおまえら、じーぶんらしく、生きてますか? 気持ちイイこと、そーこーにありますかあ?」
何かが決裂する音をきっかけに。
戦士たちが、跳んだ。
「ブヒヒwwww オイラはいつでも嫌われもんだよなあ。たった一度の挫折のせいで、ああ辛い」
ハシビロコウは、嘲るように笑った。
44口径から放たれたとは思えぬ光の万倍の奔流が、彼を飲み干した。
そして、
廃工場に、
とびきり不釣り合いな歌が、
流れた。
「♪何でも自分で出来るーって、強がるだけ強がってもね」
灼熱地獄の中で、無数の影が、ネズミ色の体から湧きだした。
「♪君が居なきゃなんもでーきないし」
先ほどトマホークを分割した細い影。無数のそれが『光を引き裂きながら』、ディプレスの左翼へ流れた。
「♪こんなちっぽけな部屋が今じゃ、ちょっとだけ広く見えるよ」
翼の上で影たちは整列し、一つの形を描いた。
「♪冷蔵庫開けりゃ、なんもありゃしないや」
小魚の群れが大きな魚を描くように、ただ一つの姿を、描いた。
.
- 19 :
- ”それ”は翼を広げた鳥だった。
”それ”は鳥と航空機の相の子のようなフォルムだった
”それ”は神火飛鴉(しんかひあ)という古代中国の攻城兵器だった。
本来は腹部に装着した4本の火箭で攻撃を行うが──…
「さぁ!」
翼を広げた武装錬金を、ディプレス今度は自らの翼に装着、深く深く息を吸う。
「吸い込んでくれぃー♪」
パイルバンカーよろしく突き出した神火飛鴉の尖端で、激しい熱が分解されていく。
「僕の寂しさ、孤独を全部君がー」
次から次に襲い来る大口径の熱線は流石に分解しきれない。自分とその周囲数cm分Rのがようやくという有様だ。
「さぁ!」
ディプレスは、地を蹴った。やったコトはただの、体当たり。至極簡単で、単純な──…
「噛み砕いてくれぃー♪」
『熱線を分解しながら、その大元へ突撃する』、捻りも何もない、体当たり。
「くだらん事悩みすぎるー」
彼の左翼の先で傭兵風の男の体が跳ねた。貫かれたのは左胸。手から銃が落ち、嫌な音。
「僕の悪いクセを!」
ディプレス=シンカヒアはとても嬉しそうな叫びをあげ、左翼を振った。
「さぁ!」
瑞々しいハート型の臓器がずるずると引きずりだされ、塵と化した。
「笑ってくれぃー♪」
残り2人が獣のような咆哮を上げ、駆けだし、トマホークが投げられ、網が擲(なげう)たれ
- 20 :
- .
「無邪気な顔で、また僕を茶化すよぉに♪」
無数のそれを無数の影が寸断した。
「さぁ!」
幾つかの影は綺麗な円弧を描いた。唖然とする戦士2人の背後へ、回りこみ
「受け取ってくれぃー♪」
2つの額を撃ち貫いた。戦士たちの頭部はまるでハエが飛び去るように分解され、消滅した。
「この辛さを、さぁ分けあいましょうぅぅぅ〜」
生物だったモノが両膝を付き、前のめりに倒れた。
「さぁ!!」
そしてディプレスは、視線を下ろす。
まだ少し氷が残り、まだ冷たい足を見て……
──「この程度の特性4つでオイラ殺せると思ってるお前らの程度の低さがwwwwwww憂鬱だっぜwwwwwwwwwwwwwwww」
──「はーい出た定型句! キタコレ! キタコレ! あんた残り4人の中で一番偉いだろwwwwww」
「撃墜率75パー。いや8分の7か? とにかくああ、憂鬱だ」
とだけ笑った。
以上ここまで。過去編続き。
- 21 :
- >>スターダストさん
言ってる内容はさほど深くないというか、比較的ありがちな、悪役側による人間否定論
だし、口調なんかはもう北斗のモヒカン並の下品さ・威厳のなさ。だというのにその強さ、
破壊力は大魔王級。やられる側にしたら、これほど嫌な、憂鬱な相手もおらんでしょうな。
- 22 :
- スパロボの新作はサマサさん歓喜の参戦作品だなw
と言っても当のサマサご自身はもうこのスレにいないけどね…
- 23 :
- 当事者 3
冗談じゃない。
『最後に残った戦士』は叫びたい気持ちで走っていた。
廃工場の敷地はすでに出た。いまは全力疾走仲。視界の横をギュンギュン過ぎるは高い塀。世界と工場、区切る塀。
来るときはここを8人で通り過ぎた。
まず頬傷の戦士がやられた。次に2名。次に茶髪。向かっていった3人も恐らくは、もう。
(7人が瞬く間にやられた。俺が最後の1人)
「お前は逃げろ。やられた連中の核鉄を回収し、戦団に連絡しろ」
走るたび、ポケットの中で3つの核鉄が小うるさく打ち合う。戦闘初期に死んだ奴らの所有物。よく戦闘のドサクサにまぎ
れ回収できたものだと思う。
「ハシビロコウの足を凍らせた時に」
落ちている核鉄にも氷を伸ばし、引きよせた。もしそれを見咎められていたらタダでは済まなかっただろう。
世界に100しかない核鉄は、戦士にとってもホムンクルスにとっても重要な物。
もし相手の戦士殺戮が目的ではなく手段──核鉄を奪うための──に過ぎなかったら、回収を見逃す道理はない。
角を曲がる。素早く滑りこみ、背を預け、首を伸ばし、元来た道を伺う。ハシビロコウが追ってくる気配はない。空も然り。
(だが、あの分解能力にかかれば障害物は障害物足り得ない。捕捉されれば最短距離で突っ込まれる……。急ごう)
急ぎの時ほど携帯電話は通じない。
火急の時だ。とっくに戦団へ連絡を入れている。駆けながら掛けている。だが圏外。工場の中でも、前でも。
角を過ぎたあたりでやっとアンテナが1本立ったが、そこで悠長に突っ立って長電話という訳にもいかない。
どこかで何かが爆発する音がした。
例えれば中学生が遊びで使う爆竹のような。ぱーんと弾けるだけの、聞くからに弱々しい爆発音。
(?)
違和感が過ったが、追及する猶予はない。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
ハシビロコウのいる工場から、少しでも遠くへ向かって。
自分はよく言われる。20の半ばをすぎたにしては「冷えている」。
短く切った髪の下でいつもうっすら閉じている目はドライでクールな人間の証だとさえ言われた。
だから「闇を凍らせ操れる」、軍靴の武装錬金を発動できるのだ。
仲間を見捨てて逃げるいまの状況を許せるのだ。
彼らへの哀惜と復仇の念は胸の中で渦巻いているが、全滅だけは避けなければならない。
(全滅を避け、敵の情報を伝え、新たな犠牲者が出ぬよう対策を練り、ひとつでも多くの核鉄を戦団に戻す)
それが敗北への対処なのだ。直近の犠牲者3人はそのために戦った。『足止め』をした。
また、爆発音が響いた。しかしそれは些か遠かった。工場を挟んだ更に反対方向からしているようだった。
ともすればあのハシビロコウは自分を見失っているのかもしれない。
- 24 :
- 息をひそめ、足音を殺して走る。
先ほど同様「闇が降りている」地面を凍らせて滑っても良かったが、その痕跡を辿られては元も子もない。機動力は鳥の
方が上なのだ。
正しい方向性を与えてしまうと、勝ち目はない。
一時の速さと優位に目が眩むあまり重要な証拠を渡してはならない。
ここは昭和の残滓だった。高度経済成長期を支えた工場が、時代に取り残された廃工場が密集し、フクザツな地形を
形作っていた。
幸い地理については作戦前しっかり叩きこんでいる。
袋小路に迷い込み、敵に追いつかれる心配は絶対にない。
繁華街へ最短距離で駆ける。携帯電話が通じずとも繁華街なら連絡手段は幾らでもある。
駆けるうち行く手を阻む高い塀が見えた。袋小路だ。事務棟だろう、高いビルが塀に密着している。
常人ならまず絶望の地理条件だが、
予測の範疇だ。
迷い込んだのではない。着いたのだ。
塀の少し前を蹴る。果たしてつま先にコツリとした感触が当たった。
ロッククライマーは山肌にあるわずかな隙間に指を引っ掛け登攀(とうはん)するというが、自分もそれだった。闇を蹴れ
ばその形に「凍る」。つま先の形にヘコんだ氷はこの上ない足がかりだ。それをバウンドさせる。浮遊。6mの塀が既に眼下だ。
(造作もないコトだ。震脚の衝撃で長距離を凍らせる事に比べれば)
闇を凍らせ足場を作り──まるで階梯を登るように、時々は跳ね──事務棟屋上へ向って跳んでいく。障害物が意味を
なさないのは自分も同じだった。だからこそ、仲間は逃げ役を任せたのだろう。空間を凍らせる場合、痕跡は地面ほど露骨
でもない。辿られはしない。
また爆発音が響いた。それはやや自分に近づいているようだったが、1kmほど離れているようだった。
疑問が浮かぶ。相手の能力は「分解」。無論その対象によっては爆発も起こるだろうが、
(3度連続で……? 妙だな)
思案に暮れつつ飛び移ったビルの屋上から見えたのは、ネオン犇(ひしめ)く街通り。
時計を見る。駆けた甲斐があった。
予定より5分早く繁華街に到達している。目的は半ば達せられたといっていい。
不自由な両手と両足の代わりにと、母は様々な物を買ってくれた。
何より嬉しいのはシリーズ物のぬいぐるみがまるっと1揃えでやってきた時だ。
1揃えというのはつまり欠損のない物であり、家族全員がキチンと揃っているような物だ。
その完璧ぶり、寂しさのなさは眺めていて本当に感動的だった。
逆に1つでも欠けているシリーズ物を見ると途轍もなく寂しい。
もし手違いで残りの1つがお店に残っていたとしたら。そう考えると奇妙な罪悪感に見舞われた。
「みんなで楽しくやっていたのに、自分のせいで他のみんなが取り上げられ、1人ぼっちでショーケースにいるとしたら」
それはとても申し訳のないコトだった。考えるだけでベッドの中で泣くほど、寂しかった。
それを母に伝えるとどんなに忙しくても残り1つを買ってきてれる。
良かった。ショーケースの中で1人ぼっちじゃない。みんながいる。安堵する思いだった。
屋敷の使用人たちも家庭教師も、自分にとっては大事な家族だった。
ショーケースに取り残され不自由な思いをしている自分に救いをくれる、大事な大事な人たちだった。
物事を問わず、『奪う』という行為は良くない。それが自分の信条だった。
ちゃんと揃っている物から一部分だけを奪い、不完全な状態で放置するのは良くない。
隣に、或いは近くにあるべき物がないのは寂しく、辛い事だと思うのだ。
- 25 :
- 武装錬金は人の精神、闘争本能から発現する。
『強欲』を満たすのにピッタリな特性は、きっと幼少時代の思いが育んだのだろう。
コンビニを見つけ、公衆電話を見つけ、いよいよラストスパートに入ろうとした戦士に。
違和感再び。
7人の仲間を殺したハシビロコウに似た、嫌な感じが全身を貫いた。
周囲を見回す。人通りは多い。コンビニに入る者出てくる者、前の歩道を行き交う者。
みな、殺意はない。携帯電話をいじったり横の連れあいと軽口を叩きあったり、或いは無言で足早に歩いたり。
嫌な感じの出所は彼らではなかった。
にも関わらず、恐るべき感触はいまだ全身を包んでいる。
理由は不明。だからこその戦闘準備。
ダブル武装錬金。
軍靴にはやや不向きだが、やらないよりはマシだった。
幸い、ポケットには核鉄がある。
それも、3つだ。
3つも、ある。
【物事を問わず、『奪う』という行為は良くない。それが自分の信条だった】
【ちゃんと揃っている物から一部分だけを奪い、不完全な状態で放置するのは良くない】
【隣に、或いは近くにあるべき物がないのは寂しく、辛い事だと思うのだ】
戦士は、見た。
核鉄を入れているポケットの前に、「目」が浮かんでいるのを。
彼は慄然とした。公衆電話に駆け寄るという使命を、一瞬だけだが忘却した。
ひどく大きな目だった。掌大の核鉄とほぼ同じぐらいだ。
しかも黒眼の両側に稲妻のような瑕が刻み込まれているのは、つくづく異様で──…
3つも、ある。
更によく見るとそれは、何かの渦の中から自分を凝視しているようだった。
なぜなら。
確かに見た。
3つの眼が、息を呑み後ずさった自分を、
『目で追った』のを。
- 26 :
- .
【世界に100個しかない核鉄も、例外ではない】
戦士は踵を返し、全速力で駆けだした。
決して平静ではない。5枚ばかりの100円玉を抜き取った財布が地面に落ち小銭と紙幣をばら撒いた。
落とした携帯電話さえ踏み砕き、彼は公衆電話目がけてありったけの速度で駆けた。
(あの目はなんだ? 分解とは違う。何の能力? 楯山千歳と同じレーダー系列? それとも……?)
怜悧ゆえの錯綜を意思の力で振り払い、走る。
まずは戦団に連絡だ、連絡をしなくてはならない。硬貨を電話に叩きこみ乱暴な手つきで戦団へコールする。
ダブル武装錬金を使うという選択肢は、とっくに忘れ去っていた。
「早く出ろ! こちら糸罔(いとあみ)部隊! ほぼ全滅、生き残りは俺1人! 増援を! 核鉄回収を!!」
【幼少期に揃えたシリーズもののぬいぐるみのように、揃えなくてはならない】
視界が急速に戦士へ近づいていく。映画とかでよく見る光景だ。何か、ひた走る怪物が獲物に迫る時の急速なズーム
アップ。相手が画面を見て怯え叫んでいれば完璧だが、あいにく電話口で喚くばかりだ。期待に沿わない。
とにかく、急速なズームアップは止まらない。
ただしいま私が見ている光景……カメラの作った物じゃない。
目を宿した奇妙な渦。それが通話中の、半狂乱の戦士めがけ轟然と疾駆する。
「敵は2人ッ! うち1人は『火星』! ハシビロコウ! 応答しろ、ディプレスは生きている! クソッタレ! 早く出ろ!」
悪態さえ付き、公衆電話を叩く彼のポケットの前で、渦は止まった。
「俺は見られている! 長くは持たんぞ! ディプレスは生きている! 頼むから出ろ、出てくれ! 伝えさせてくれ!」
視線が合う。
一瞬恐怖に硬直した彼の顔がみるみると紅潮した。次に罵声──まったく聞くに堪えない、非・理性的な──が飛び出し、
軍靴が渦めがけ振り上げられた。
彼にとって不幸だったのは、ここが繁華街だというコトだ。コンビニの蛍光灯やネオン、街灯の光が交錯するこの場所に
凍らせるべき闇は一片たりとなかった。もし闇夜の中であれば、勝敗はともかく、戦う余地ぐらい生まれただろう。
渦の中で目が消え、代わりに。
赤い円筒が3つ、跳び出した。
渦1つにつき1つの円筒が。
- 27 :
- 500mlのコーラ缶に似たそれは、
戦士の顔面に容赦なく直撃し、
2つの眼球を潰し
鼻骨を陥没させ
喰い込んで
大爆発し
殺した。
一拍遅れ、乾いた小さな破裂音が繁華街に響いた。
顔面が弾けた戦士は慣性の赴くまま足を高く、高く高く高く頭上まで振り抜きどうと倒れ伏した。
柔道の受け身のようだった。騒ぎを聞きつけコンビニから出てきた店員は後にそう証言した。
「連絡受理しました。糸罔(いとあみ)部隊、応答せよ。定時連絡がなかった。何かあったのか?」
「応答せよ」
「応答せよ」
「応答せよ」
糸で垂れる蜘蛛の如くぶら下がる緑の受話器の下で、戦士のポケットが内側から爆ぜた。
3つの核鉄が飛び、3つの渦に吸い込まれ、そして消えた。
入れ替わるように再び目と渦が現れた。今度は死体の足元に。剥きだしの素足の上で目が核鉄を捉えた。武装解除され
た軍靴のなれの果てを、捉えた。そして渦が怪しくさざめき、再び核鉄を吸いこんだ。
「いまの音は何だ?」
「応答せよ」
「応答せよ」
「応答せよ」
戦士の死骸は……永久に応えるコトはなかった。
代わりに蜘蛛の子のように繁華街のあちこちからやってきた群衆に取り囲まれ、悲鳴と好奇と写メール撮影の餌食となった。
「楽しーんだよなあww信念って奴を理w不w尽wにw砕いてやるのはwwwww」
「一生懸命積み重ねても、横合いからカンタンに崩されますよって知らせてやんのは!」
「ブヒヒwww 見ろよwww さっきの戦士のグロ画像、もうネットに上げられてやがるwwwwww」
自分を守ってくれる側の人間とも知らず、好奇心という名の侮辱を死体に振る舞っている。ディプレスは大爆笑だ。
「とにかくぜぇーいーん、解体(バラし)かんりょー! 理由? なにやられようと立ち上がって頑張るから。そーいう奴らいると
オイラどものような挫折人間が相対的にクwズwっwちwまwうwwww 世間はいいます立ち直れる人間は確かにいる、それが
できないのは勇気がなくて臆病で、とかくとにかくお前が悪い! と!!!」
「ハッ! 訳のわからんアホのせーで真っ当な努力フイにされた悲しみも失意も燃え尽きも何ら一切補償しねえのに、世の
中って奴ぁ落伍者ばかり悪とする、本当、憂鬱だっぜ!」
.
- 28 :
- 暗い空間で相方の独白を聞きながら、核鉄を眺める。今日はいい日だった。100ある核鉄のうち8つが手に入った。
触れる事はできないけれど、属する組織に核鉄が貯まっていく。それだけで最高だ。
離れ離れだった100の核鉄が集まるのを想像すると暖かい気分になれた。
欠如は、埋められるべきだ。
「しかし『デッド』、相変わらずお前の能力はマジ便利wwwwww 逃げる奴なんざ楽勝で追跡できるwww
ディプレスはそういうが、あまり便利といえる特性ではなかった。逃げた戦士がたまたま条件を満たしていた。それだけだ。
しかも条件が満たされてようやく、人間がやるような地道なローラー作戦をしなくてはならない。
正直言って自覚がある。逃げる相手を追跡するにはまったく不向きだ。
もっともそれは単体ならば……だ。もし仲間の武装錬金がサポートしてくれるなら、『条件』を満たしてくれるなら……。
或いは追跡向きになるかも知れない。私の『ムーンライトインセクト』は。
とにかくだ。もし彼が、戦士達が無欲であれば自分の武装錬金が猛威を震うコトはなかっただろう。
戦団が100ある核鉄を『奪わず』、最初から私の属する組織に納めていれば、あの戦士とて死なずに済んだに違いない。
よって戦団は悪だ。『奪う側』だ。
だから。
あの戦士の顔面を爆破した時は、すこぶる気持ちが良かった。
奪う側にいる人間は、殺してもいい。
「ん? ん? ほーう。なるほど手違いで奪われたのかwwwww じゃあ思い知らせてやらねえとなあwwwwww」
自分のいま抱えている問題を相方に話すと、彼は上機嫌で乗った。
本当にゲスで。
クズで。
自虐的で。
無慈悲で。
およそ褒められた部分のない相方だが、研究や戦闘がらみだと俄然頼りになる。そこだけは、認めている。
彼の武装錬金「スピリットレス」(いくじなし)は攻防に秀でた武装錬金だ。
基本形状は神火飛鴉(しんかひあ)を模した鳥と航空機の中間のようなフォルムで、ちょっとした大型ラジコン飛行機ほど
の大きさだ。
特性は分解。
生物や金属、人口建造物はいわずもがな、ホムンクルスや武装錬金も例外ではない。さらにエネルギーを絡めた攻撃や
炎、毒ガスといった類の「実体のない攻撃」でさえ分解できる。
研究班の調べでは、ディプレスの憂鬱な精神が武装錬金生成時に未知の暗黒物質へと変換され、それがプネウマとか
いう「物体を繋ぐ」物質を破壊しているらしい。
ウワサによればその能力、かつて人工衛星からの強烈な極太レーザーを真正面から受け切り、難なく分解しきったともいう。
それが事実かどうかはさておき、研究と戦闘において頼りになるのは事実。
さっきの戦闘にしても、私は(核鉄目当てで)伏兵として工場の隅っちょに転がっていたが、まったく出番がなかった。ちな
みに武装錬金を発動した状態で共同体殲滅の辺りから「居た」が、誰もまったく気にしてくれへんかったけど……。ぐすん。
やったコトとといえばラスイチの追跡のみだ。あとは全部ディプレスが片付けた。
月並みな感想だが、あんな恐ろしい能力を躊躇なく得手勝手に使える性根の腐り加減。相方の私でさえ恐ろしい。
正直、私事に彼を借り出すのは恐ろしくもあるが……。
諸事情で「手足」になる仲間が必要だから、仕方ない。
申し出から2時間とかからず、ディプレスは最初の原因を取り除いた。
「ああ、憂鬱だ。入れ替わりに入ったバイト店員にちゃんと引き継ぎしないからwwwwwwwwwww」
.
- 29 :
- あとは、「奪われた物を奪い返す」だけだ。
「なぜ……なぜ……娘は先月、やっと立てるようになったばかりだったのに……」」
ブザマな嗚咽と悲痛な叫びが装甲一枚向こうから響く。ある店でバイトしている彼はしゃくりあげているらしかった。
確かに、私の顔の傍にある半透明の「フタ」には赤黒い液体がべっとりと付いている。ディプレスの分解作業の成果だろ
う。乳児と、その母親の出し尽くした体液が洒脱なカーペットをすっかり汚している。
困った。
迷惑料代わりに売ろうと思っていたのだが、様々な清掃コストが発生してしまった。
まったく。入室した時から目を付けていたのに。バイトで妻子養っている割には高価そうだったのに。
ああうるさい。泣くな。
泣くヒマがあるならカーペットから血糊を抜いて、私に少しでも多くの迷惑料を払えるよう務めるべきだ。
しょせんバイトだ。商売に対する気構えというものがまるでない。
こいつが最初にした失敗から分かっていたコトだが、やはり奪う側の人間はどこまでいってもダメだ。
はぁ。血だけ分解しろってディプレスにいっても、絶対カーペットまでやるやろうしなぁ。奴はそーいうやっちゃ。
とりあえず私は、ディプレスにある物を出すよう提示した。
すると30過ぎのバイトは、息を呑んだ。
「あ、あるならどうして俺の家族を……」
まあ確かにそうだろう。現物は、ある。ただし奪われたものその物ではない。
「ばーかwwww あいつと商売しといてミスったお前がわーるーいwwwwwwwww それに、大量生産品でも分子的にはまっ
たく違うもんなんだよwww あいつはその辺こだわるからなあwwwww」
下卑た囃しを聞くたび嫌になる。相方をやっているのは足として便利だからだ。相方以上の付き合いは決してしたくない。
例えばグレイズィングとかイオイソゴとかいった幹部連中も相当性根が腐っているが、ディプレスに比べればまだ「理知」
という奴は持っている。彼女らの前歴には同情すべき点もあるし、イソゴちゃんは妹みたいでキュートだ。メ、メールアドレ
スの交換ぐらいならしたってもええよ? 仲良くしたいとかそういうのじゃなくて同じ幹部だから緊急連絡先ぐらいはホラ知っとい
た方がえーやろ。で、たまーにしょーもない話してちょっとずつ絆深めたりとか、ええやん? いまは空席の海王星とか冥王
星も女のコがやったらええねん。嬉しいわあ、そうなったら。幹部連中の男の人はみんな話あわへんもん。ウィル君はイケ
メンやけどめんどくさがりやからあまり仲良くできひんし、ディプ公はアホやし、天王星死んだし、土星はただのバケモンやし。
盟主様だけやわ。男の人でメールきたら嬉しいの。
……。
……。
……。
え、ええと。
それはともかく。
モノにはそれぞれの人生がある。例えば別々の店からシリーズ物を1本1本取り寄せて全部揃えるコトに意義は見出せ
ない。同じ店に入荷された以上、それらはきっと家族なのだ。家族のうち1つだけが買われ後がずっと棚ざらしというのは
良くない。まったく良くない。同じ店にある物は、全部一緒に買うべきなのだ。
別の店でたまたま1種類だけ残っていたモノ。
それを、地面に置く。
念ずる。
装甲の向こう側で「開く」音がした。次いで爆音。
私の武装錬金の特性……繰り返すが、単体ならば、逃げる相手はとても追跡しづらい。
条件を満たしていても、だ。
- 30 :
- .
逆に、1か所に留まっている相手ならば容易に捕捉できる。
諸々の情報から一気に場所を絞り込み、特性の餌食に出来る。
宝探しは得意だ。装甲の暗い内側にパネルが表示された。
……うわ。結構ある。人気やからなー。
っといけない。首を振り気を引き締めよう。欠如が埋められるか否かの瀬戸際だ。しっかりしなくては。
「ん? 売った奴の風体と情報? おしっ、オイラが聞いてやるwwww」
いろいろとヒドい音がした。自業自得や。ウチは取り置き頼んだんやで。約束破るとかなあ、ヒドいわ! めっちゃ泣いた
んやで……。
う、うん。駄目だ。思考はもっと冷静でないと。
「あいつ吐いたぞ。売った奴の住所と名前w もともと会員で、変わった名字だから覚えていたらしいw」
悲鳴が妙な途切れ方をしたのは気にしないでおこう。多分一家全滅。ああまたカーペット汚れとる。もう売れへんなあ……。
モニター越しにメモが見えた。見なれた相方の文字はひどく達筆だ。確か書道5段とか。ウィルの奴もいってたけど、あの
性格で字が綺麗というのは腹立たしい。ま、ウィルの場合、『むかしの恋人』が字ぃ上手かったからからな。ディプレスが同じ
特技持ってるのは感情的に許せないんだろう。
もっとも字が汚いならそれはそれで嫌だ。そもそも、達筆を見せつけられるコト自体が腹立たしい。
「……あんた、初対面の時からウチが字ぃ書けへんの知っとるやろ」
「えw マwジw じゃあ練習しなきゃ! ねえ、ねえっ!」
煽りは無視。目的に向かってのみ進む事とする。
「名前は……二茹極貴信か」
別のモニターにここら一帯の地図を映す。次にここを中心にした円を重ねる。円の半径はそのまま射程範囲だ。その中で
赤く点滅する点は「さっき爆破した物」と同じ物を示している。いま一度、地図を見る。二茹極貴信とかいう奴の住所は円の
かなり外だ。とりあえず、そこから一番近い点を爆破する。範囲が広がった。古いマルと新しいマルが雪だるまのように重なっ
た。だが惜しい。二茹極貴信の住所は新しい円からちょっとだけ離れている。爆破はもう1回必要だ。二茹極貴信の住所に
一番近いところを。大丈夫。周囲に人がいないかどうかは確認済みだ。さっきの戦士のように殺したりはしない。ちょっと爆
竹鳴らす程度の爆発だ……。
円が、二茹極貴信の住所を覆った。
当事者 1&2
貴信と香美がいつものようにCDを聞いていると、プレーヤーの上に目が現れた。
目は渦の中でネコと飼い主を見比べると、そのまま退き……。
代わりに強烈な吸引力を以て、2人を引きずりこんだ。
「…………貴信さん達がホムンクルスになったのは」
『そう! その後だ!!』
- 31 :
- .
羸砲ヌヌ行は語る。武藤ソウヤに滔々と。
「彼らが体を共有するに到ったのは、君のご母堂の故郷が『ああなった』頃だ。ピッタリ同時ではないけれどほとんど同じ
頃なんだ。ウィルが改変した時系列において火渡赤馬と毒島華花が出逢ったのもまた……この頃。正史がどうかは知ら
ないよ。改変後の、イレギュラーな歴史において出逢ったのはこの頃……例の西山絡みさ」
「西山といえば彼の武装錬金……ギガントマーチだったかな。総角主税が、もう1つの調整体をめぐる戦いの端々でアレを
使えたのは、だいたいこの頃のお陰なんだ。……そ。出逢った。出逢っていた。これもまたウィルの歴史改変による歪みの
1つさ」
以上ここまで。過去編続き。
- 32 :
- >>スターダストさん
この辺りは、バトルものというよりホラーものですよねえ。切断とか爆破とか消滅とか、
そういうハデなものだけではなく、「目」が追ってくるという映像としての怖さがあって。
最後のヌヌは、何だか「奇妙な物語」のタモリみたいな。実際、枠外といえる存在ですしね。
- 33 :
- 過去編第007話 「傷だらけの状況続いても」
当事者 3
(ウチを舐めたらあかんで。今いるマレフィックの中では一番若手。けれどまだまだ伸び盛りや)
筒の中。疵のある目がくつくつと歪んだ。
実感があった。
これからの運命を総て総て掌握しているという……実感が。
目論見の初手は──…
当事者 1
あっという間に決着した。
車の影から躍りあがった瞬間、金髪の持ち主がゆるやかに振り返った。目が合うより早く手にした凶器を振り下ろす。日
本刀。鎖分銅ほど馴染のない武器が相手の腕へ吸い込まれるまで1秒と掛からなかった。腕が飛び、血の匂いが立ち込
める。ここは地下駐車場、換気はすこぶる悪い。鉄錆の、ねっとりとした臭気が吐胸をつく。舞い上がる腕を見た瞬間、貴
信の全身から血の気が引いた。
(切断するつもりはなかった。……なかったんだ)
ただ斬りつけ、隙を作り、達成する。予定の中に害意はなかった。
それが、狂った。
相手の腕が、飛んでいる。
認め難い事実を見た瞬間、貴信の中で何かが切れた。
絶叫し、刀を返し──…
そこからの記憶はない。
気付けば痣だらけになった金髪の男が足元に居た。
貴信はただ、肩で激しく息をしていた。
極度の緊張と相まって胃の中のものを戻しそうだ。口に手をあてえづきを耐え、慎重に辺りを見回す。車は来ない。車か
ら降りる者も乗り込む者もいない。次に視線を移したのは、斬り飛ばした腕である。バッグを握ったままのそれは金髪の男
から少し離れた場所にある。
血は流れていない。貴信は一瞬いぶかしんだが目をそらす。やがて溢れてくる光景を想像し……以降ずっと見なかった。
叩きつけられた衝撃のせいかバッグは口が開いており、中身がいくつか零れている。
書類らしいものがいくつかと、古びた羊皮紙の本が何冊か。
ポケットから写真を取り出す。レモン型の瞳の中、異様に小さい瞳孔を左右に動かす。
現場と写真を照会。果たして目当ての物はあった。
念のためバッグごと回収する。切断したての腕が一緒に浮かんだ瞬間、貴信は悲鳴をあげたくなった。
取っ手から指を剥がす時もぞっとした。異様な冷たさが昇ってくる。切断され、血の気をなくしたせい……自分のせい。
貴信は激しく自分を責めた。
- 34 :
- 事情があり、弾みとはいえ、無関係の人間の腕を……切断した。冷たさはその実感だった。
(香美を助けるためとはいえ……無関係の人の人生を……僕は狂わせている)
まぎれもない事実だ。父の教えも母の意気も打ち捨ててしまった。
心の中で何度も何度も父母に詫びる。
仰向けに倒れている彼にも、
胸に認識表をかけた、見事な金髪の男にも。
ひたすら詫びる。
前髪で目が隠れているため、詳しい顔立ち──年齢以外のコト─までは分からない。
ただし気絶しているコトだけは明らかだった。
腕を失くした右肩からとめどなく血を流している。にも関わらず息はあり、苦しむ様子は見せていない。
救急車を呼ぼう。そう決断した瞬間、どこからか話し声が聞こえてきた。
誰かが車に戻ってきている。降りてきたのかも知れない。どちらにしろ人は来る。
(もし彼らに見つかれば指定の期限には間に合わない。香美が……死ぬ)
踏み留まって事情を話し、金髪の男の腕を治してやりたかった。だが同時に、長年対人関係をどうにもできなかった弱い
心が首をもたげた。
いいじゃないか。
人が来た。
もたもたしていれば一番大事な香美が死ぬんだ。
事情もあるし、弾みだ。
弱い部分が倫理に反する、都合がいいだけの意見を囁く。
男なら絶対に逆らい、踏み留まるべき局面だった。
にも関わらず、貴信は。
香美を思った瞬間、人気のない出口へ向かって駆けだしていた。
香美。
一人きりの人生から救ってくれた大事な大事な家族。
それがいま、死ぬかも知れない。
見ず知らずの金髪の男に拘泥したばかりに家族を失うのは恐怖だった。
表情が情けなく歪んでいるのが分かった。涙どころか鼻水さえ出ている。
決して直視せず、明文化しなかったが。
心の奥底では。
『家族を引き換えにして救っても、彼はきっと自分の支えにはなってくれない』
『だから、逃げてもいい。助けてくれそうな人間は他にきた』
最悪ともいえる考えが渦巻いていた。
そしてそうなったのは自分たちを攫った正体不明の筒やハシビロコウのせいだとも……。
恐ろしく弱い考えだった。家族を大事に思うなら、それを害する筒やハシビロコウたちと戦い、勝つべきだった。
脇腹が痛む。涙が止まらない。一度抵抗を試みた時、腹部を散々と焼かれた。爆発も浴びた。咳込むと血が散った。
勝てない。従うしかない。
走りながらしゃくりあげる。
自分はどうにもならないほど弱い人間だ。
- 35 :
- 家族を救うコトもできなければ、赤の他人への過失も償えない。責任転嫁するばかりで、諸悪の根源にも立ち向かえない。
(僕はいつもそうだ。人間関係だって放棄して……逃げ続けたから……)
それでも香美だけは。
唯一繋がりを与えてくれた暖かい子猫だけは助けてやりたかった。
心から、幸せにしてやりたかった。
(でも。人を害した腕で僕は香美を撫でてやってもいいのか!?)
(香美はそれで喜ぶのか? 本当に……?)
後悔の中、葛藤だけが脳髄を旋回する。
いつしか貴信は、なぜこんな状況に陥ったのか考え始めていた。
当事者 4
「よう。兄弟」
目覚めた少年と子猫を前に、ディプレス=シンカヒアは陰気な明るさを振りまいた。矛盾しているようだが「性分がそもそも
暗いのに口数だけは多い」性格にありがちな傾向だ。
「ヒドい目に遭いかけてるぞ兄弟」
巨大な顔をグッと近づけ、今一度少年に呼びかける。
「兄弟……!?」
相手は目を白黒とさせる。状況が分かっていないようだ。傍らで子猫も目を覚ました。辺りを怖々と見渡し、少年へ鳴きかける。
「お前さあwwwwwww友達いないクチだろwwwwwwwwwww顔で分かるwwwwwwwwwww」
反論はなかった。少年はひどく落ち込み、泣きそうな顔で俯いた。
「だから兄弟wwwwwwwwwオイラと似たようなもんwwwwww」
「感謝しろwwwwwwww兄弟のよしみで俺が話をつけたwwwwwwwww良かったなwwwwwwwwww」
「攫われはしたが殺されるコトだけはなくなったwwwwwwwwwwwww」
当事者 2
異様な光景だった。
見た事もない変な生き物と。
赤くて丸い大きな筒が。
目の前に並んでいた。
香美はよく分からないが、ひどく嫌な気配は感じていた。身を伏せ、唸り始めていた。
「手こずらせよってからに……」
横に転がっているのは全身から煙を上げる貴信。逃げようと抵抗していた彼は何度も何度も筒を放たれ、延々と腹部を
爆破された。夥しい血が地面に流れている。背中が焦げているのは集中砲火から香美を守ったせいだ。
(ご主人……)
香美はどうするコトもできず、ただ涙を流しながら貴信の傷跡を舐めた。
- 36 :
- そしてそびえる筒に視線を移し、唸りながら睨みつける。耐えがたい怒りがあった。
(どーしてご主人をこんなメに……!!!)
だが飛びかかれない。なぜなら……。
香美が集中砲火を浴びたのは、香美が筒を攻撃せんと飛び上がったせいだからだ。
また同じコトをやれば貴信もまた香美をかばうだろう。自分の傷などないように。
それは、耐えられなかった。自分のせいで貴信が傷つくのは、嫌だった。
だがそれは筒さえいなくなれば済む話だったから。
生まれて初めて香美は。
相手を…… 殺 し た い と 思 っ た 。
当事者 3
だーかーら。無駄な抵抗せんとよく聞きや。
ディプ公のとりなしでお前らの命だけは助けてやる。どーもアイツ、お前らに同情的らしいからな。
なぜ? そりゃあお前がやな。大声しか取り柄のない、いかにも人間関係挫折しましたって感じの奴やからや。
ディプレスはな。そーいうのに優しい。異常なまでに。
もっとも、助力した奴が成功すると途端に敵に回る。
よー覚えとき? 返答しだい将来しだいじゃディプ公もまた敵になる。
歎願してくれるからいい奴だ! なーんて信頼寄せるなよ。こいつはただ挫折者に恩売って、自分がええ奴だと思われた
いだけや。最悪やろ?
で、話に戻る。お前らはウチの大事な物を奪った。
何を? 自分らで考えろ。
本来なら何もかも奪ってやるとこやけど、そーするとディプレスがヘソ曲げてタッグに影響する。
ま、こいつとの人間関係なんてどーでもええけどやな。最終的に困るんは盟主様やろ? 自重する。
だが、見逃してやる代わりに飼い主。お前、仕事しろ。
……身構えんな。いまの渦は爆弾出す奴やない。ウチの武装錬金特性で、ちょっと必要書類送っただけや。
驚いたやろ? 目の浮かんでる渦から封筒出てくる風景。こりゃワームホールいうんや。ウチの方からいろいろ
送れるし、さっきみたくお前らを吸いこんでこっちにやるコトもできる……。
おっと。封筒の中身はディプレスに見せんなよ。ウチからの極秘依頼や。
うっさいディプレス。ウチは思春期や。見られたくない文章の1つや2つあるわ。
書いてる文字を読んだか? 分かったな。
だったらそれをやれ。
夜明けまでにやらな子猫の方はR。
人質や。
戻ってくるまで子猫の方はウチの手元に置いておく。
おいディプレス。いま笑ったな? 手元は手元や。皮肉な意味をいちいち湛えんな。
当事者 1
林の中。
誰も追ってこないコトを確認すると、貴信はポケットから写真を取り出した。
筒から渡された封筒の中には、写真が2枚。メモが1枚。
- 37 :
- .
メモは、やや奇妙だった。
A4ノートを無造作に破いたと思しき紙に、1行につき1枚、細長いシールが貼られている。
どうやらシールはテープライターから排出されたらしい。アウトラインもぎこちない明朝体の文字が刻まれ
ている。
プリンターでも手書きでもない奇妙な文字の羅列。しかもシールの端には歯型らしきものさえついている。
灰色の染みは唾液だろう。元はノートの紙にも同じ痕跡がある。
まるで、口でノートをちぎり、口でシールを貼ったような……。
【この写真の男から写真の物を奪え】
【いいか。見間違えたらあかんで】
【金髪で】
【胸に認識表かけた】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【いやに自信たっぷりの顔つきの男から】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【写真の物を奪え】
もう1枚は古びた書物の写真だった。あちこちひび割れた茶色の羊皮紙を束ねただけの相当簡素な本。
説明によれば18世紀の稀購本らしい。
【この男は剣術むちゃくちゃ強いから気張ってやり】
【しかもふだんこの男には護衛として】
【ちっちゃい女の子と】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【忠犬のような自動人形が】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【ついとる。自動人形はでっかい上に自分で動ける人形や。見ればだいたいそうと分かる】
【けどいまはちょっとした仲間同士のゴタゴタでおらへん】
【今ならお前一人でもどうにかなる。写真の本を取り返してこい】
【そうしたら無罪放免にしてやる。感謝しい】
【この男の居場所は──…】
そして地下駐車場で、貴信はこの金髪の男と邂逅した。
腕を切断したのは出立の際にハシビロコウ(ディプレス)から持たされた武器。
日本刀。
.
- 38 :
- .
「武装錬金じゃねーぞwwwwww錬金術製の頑丈な刃wwwww ダレ襲うかしらねーけどwwww 持ってけwwwwwwwwwwwww」
森を抜けるとコンクリート性の平屋建てが見えた。元は何かの研究室だったのだろう。
月明かりの世界の中で灰色の建物がうっすら輝いている。
そこめがけ、血の付いた小石が点々落ちている。
嫌な目印だ。出発してから目印にと石を落とし続け、ついにはあの駐車場の入口にまで落とす羽目になった。
帰りは逃げるのに必死で回収できなかった。時間的な制約もあった。いちいち屈んで石を拾う暇がなかった。
貴信は泣きたい気分だった。
あの金髪の男は何者だったのだろう。
分からない。だが右腕を斬り飛ばしてしまったコトは悔やんでも悔やみきれない。
せめて生きて欲しい。生きているなら謝りに行きたい。片腕を斬られても構わない。
だが無情にも指定された時間は迫っている。
後悔する暇もなく、貴信は。
コンクリートの平屋建てへ足を踏み入れた。
以上ここまで。過去編続き。
- 39 :
- >>スターダストさん
本人たちの性格も、武装錬金の特性も複雑怪奇な二人ですけど、やってることは単純明快な
暴力で恫喝で、ここだけ見れば全くもって純粋な悪役ですよね。まあ青空同様、事情がある
からって許されることでもないんですが。現主人公の貴信、サブタイ通りで痛々しい……
- 40 :
- .
当事者 2
灰色で塗り固められた部屋が闇に沈んでいた。
元は何かの研究所だったらしい。ディスプレイのついた筐体や巨大なカプセルが無造作に並べられ、それらは部屋の隅
から差し込む青白い光の中で錆や罅割れを無残に晒している。使われなくなって久しいらしい。
天井から剥離したと思わしきコンクリートが点在する床には空のペットボトルやコンビニの袋、染みのついた割り箸なども
散乱しており、ここが若者たちからどんな扱いを受けているか雄弁に物語っている。
ちょっとした講堂ほどある部屋の隅に、奇妙な一団がいた。
見た限り彼らはとても人間とは思えない。もし肝試しと称し侵入してきた若者がいれば、あまりの異様さに声を失くし全速力
で踵を返して逃げるだろう。
奇妙な格好の鳥と。
1mほどの筒と。
鎖で繋がれた子猫がいた。
そしてまず、鳥と筒の間で何かが爆ぜる音がした。剣のような形をした「何か」が霧と化し、砂金を撒くように燦然とけぶった。
天の川にも似た奔流が両者の間を流れるにもかかわらず、鳥と筒はロマンチシズムの対極に位置する黒い感情を交差させた
ようだった。筒は文字通りの筒で表情などないが、明らかに鳥をねめつけるような気配を漂わせている。
相方の感情を知ってか知らずか、嘴のおおきな鳥がいぎたない笑みを浮かべた。
生物学上はハシビロコウという、近年バラエティ番組では「動かない鳥」「変な鳥」として密かな人気を博しているユーモラス
な外見の鳥だが、しかし背丈はあまりに大きすぎた。隣にいる筒の倍ほどはあった。
身長凡そ2m。巨大な、鳥だった。
筒の根元では子猫が凄まじい唸り声を上げながら暴れている。
爪が筒の表面をガリガリと滑る。堅いらしく爪は通らない。欠け目から血を吹く爪もあれば、根こそぎ抜けて床に散らばる
爪もあった。
だが子猫は痛みを介する様子もなく、ただ凄まじい声を発し、筒を攻撃し続けていた。
鳥。
筒。
猫。
人にあらざる者たちが醸し出す雰囲気は、幽霊たちとはまた違う異様さと凄絶さを孕んでいる。
当事者 4
ディプレス=シンカヒアは考えていた。
相方の悪辣さというものを、考えていた。
アイツ、強欲だからなあwwwwww
何かを奪った奴は絶対に許さないwwwww
無罪放免、そーいって解放した奴が後日何人不審死したかwwwww
死因は崖から落ちたりとか車の操作を誤ったりとか色々だけどwwwwww 怪しいだろwww
オイラの趣味は事故とか殺人事件とかの記事の収集で、「死んだ奴ら哀れだなあ憂鬱だなあwwww」って爆笑するのが好
きなんだけど、去年たまたまデッドが解放した奴の名前をそこで見たッ!
ホームから落ちて電車に轢かれたとかいうありきたりの記事だったが、「どうして落ちたのか」? 目撃証言はなかったなあwwww
ほろ酔いだったから落ちたのだろう、それが警察の見解だったがオイラは違うと思うwwww
何しろ奴の武装錬金は人を見張るコトもできるwwww
その点、戦団の若手ながら注目株な楯山千歳の武装錬金と似ているが、更にデッドのは始末が悪いwwww
自分は移動しないで、相手にちょっかいを出せれるwww さっき軍靴の戦士に爆弾打ったようにwwww
- 41 :
- .
デッドが無罪放免を口にするたびオイラは新聞記事を漁ったwwww 解放された奴の名前、ネットでも調べたwwww
すると出るわ出るわwwwww 解放後1週間から数か月というバラつきこそあったがwwwww
やはり無罪放免の連中は事故死を遂げているwwww
ミソなのは奴お得意の爆弾で死んだ奴が誰もいないというコトだwwwww
転落死、溺死、半解凍の蒟蒻ゼリーによる窒息死……動物園の飼育係が世話してる毒蛇に噛まれたというのもあったwwww
「ケージから脱走したヘビに噛まれたのだろう」。記事はそう謳っていたがきっと違うwww デッドwww アイツきっと武装錬金
でヘビ吸って、更に飼育係目がけ投げつけた! 他の事件もだいたいそうwww 警察が「そーいうのも時たまある」と納得できる
程度のモヤっとした不審点が必ずあるwwwww デッドの武装錬金特性を当てはめればスパっと説明できる不審点がwwwww」
オイラが気付いてないと思ってるんだろうなあwww
まあ実際今までの連中は「すぐRまでもないがそこそこ満たされてる」奴ばっかりで、まあくたばってもいいかなあとはwwww
思っていたからwwww 放っていたけどwww 放っていたけどwwwwww
放っておけば兄弟と子猫も同じ末路だろうなあwww
でも俺、あのいかにも人間関係築けなくて孤独ですって顔してる兄弟……嫌いじゃないwwwwww
ただでさえぼっちで苦しんでるのに、デッドのような基地外な強欲に殺されるなんてwwwww
可哀相すぎるだろうwwww
なんとか、してやらないとなあww
当事者 3
デッド=クラスターは考えていた。
相方の悪辣さというものを、考えていた。
アイツ、憂鬱やからなあ。
可哀相と思った奴にはいらん手心を加える。
恐らくあの少年と子猫、ウチから守ろうとしとる筈や
無罪放免にした連中が必ず事故死「させられている」のにもそろそろ気付き始めとる位やからな。
今までは敢えて突っ込んでこなかったが、困った事に今回は違う。ターゲットをえらく気に入っとる。
殺せば確実にキレるやろう。
そして困った事に。
ガチでやり合った場合、ウチはディプレスに絶対勝てへん。
ところでや。
「無罪放免にした奴をR」
いかにも約束反故にしとるようやけど違うねん。
あいつら、ウチが許してやったのにまた何か奪ったんやって。
えーと。例えばやな。ウチが予約しとった貴重な本。
予約者ですとウソついて持ってきやがった馬鹿なOL。
まあ泣いて土下座して、貯金全部よこしたから一応許してやった。足の小指両方フッ飛ばしてやったけど。
そしたら一週間もせん内にトモダチの彼氏奪いよった。
自分のトモダチの彼氏をやで? 信じられへんわ!
ワームホール越しに泣いて怒るトモダチを見たから、馬鹿なOL、武装錬金でホームから落としてやった。
筒型爆弾やからなー。踏めば滑って転ぶんや。爆発させるまでもない。
- 42 :
- 奪って人泣かしておいて自分は酒飲んでいい気分味わっとるからそうなる。
「子供のためです。生活が苦しくてつい」。泣いてそう詫びたひったくりはその足でパチンコ屋や。
お母ちゃん思い出してついあげてしまった財布を捨てて、中身を平気な顔で浪費した。で、またひったくり。
ときたら高速道路の中央分離帯に激突して即死しても、文句はいえへんやろ? ワームホールは便利やわ。
ちょいとタバコ爆破してワームホール開けて、ウチの目ん玉見せつけてやるだけで運転ミス。
……ま、ウチの目見て怯えられるんはちょっと傷ついたけど……………。
一番ひどかったのはある動物園の飼育係で、仕事のストレス発散で放火しとった。
最初は廃墟燃やしただけなんやけど、運悪くウチが行きつけやった駄菓子屋さんにまで火ぃ広がった。
全焼した。
いつもオマケしてくれとった気のいいおばあちゃんが焼け死んだ。
ちょっと耳遠いけどニコニコしとったおじいちゃんも全身大やけどや。苦しみながら、1ヶ月後に死んだ。
グレイズィングに蘇生して貰ってお金出して店も治したけど、……精神的なもんのせいで2人ともすぐにまた死んだ。
ウチはただ、古臭くて、床が地面剥き出しなあのお店が大好きやった。温かい雰囲気があった。
あの人たちに迎えてもらう時、ウチはみんなのいる屋敷に帰ったようで、嬉しかった。
なのに下らん放火で奪われて、さびしかった。
独自に突き止めた犯人は泣いて許しを乞うた。駄菓子屋のおばあちゃんたちの墓の前で土下座もした。
殺してやりたかったけど、そうしても何の解決にもならへん。おじいさんらもよろこばへん。
だから自首を条件に開放した。
そしたらあの飼育係、逃げる算段を整えようとした!
あろうコトか務めている動物園の動物たち密売して、資金作ろうとして!
動物は嫌いやけど到底許せるものやあらへん。
だからワームホールで毒ヘビを吸って、ブツけてやった。
苦しんでもがきながら死んでく姿は見てて面白かったなあ。
…………。
………………………………。
くそ。そんなコトしたって何が戻ってくるっていうんや。
ウチが欲しかったのは……欲しかったのは……。
とにかく。
奪う側はつまりそういう連中や。
許してやってもまた同じコトを繰り返す。
感情を汲んで、過ちを許してやって、責めるコトをやめてやっても!
調子に乗ってずっとずっと同じコトを繰り返す! 人間は、信じるだけ馬鹿馬鹿しい。
ウチは奪う奴も人やからって何度も何度も信じようとした。何度も、何度も。
でも、奪う側の連中は絶対に裏切る。許された事を免罪符に自分ばかり得しようとまた何か奪おうとする!
ウチの小さな善意なんて結局世界にとって何の役にもたたへん、そーいう無力感ばかり突きつける!
ウチのために頑張ってくれた屋敷の人たちが無残に殺されたように、奪う側はいつだって下らないコトしてウチを傷つける。
あの飼い主と子猫もそうや。そうに決まっとる。
また何かを奪う。だったら始末すべきや。善良な誰かがアイツらの被害に泣く前に。
CDさんに聞いた。あの飼い主は父親の遺産たっぷり持っとるらしい。
罰や。それを奪ってやる。CDさんありがとう。
奪って色んな困ってる場所に撒く。不良在庫抱えた雑貨屋さん助けたり、おいしいもの作ってるのに老朽化のせいで客足
遠のいている食堂を救ったりする。
.
- 43 :
- この世界をウチの力で良くしたい。
だから奪う側のアホどもから金品を取り返していかなあかん。
そのためにウチはディプレスをどうにかせなあかん。
真っ向から絶対に勝てへん相手を、どうすれば出しぬけるか。
どうすればあの飼い主殺して、たっぷりの遺産を奪えるか。
考えなあかん。
ただRだけやとあかんのや。グレイズィングがおるからな。
ディプレスが24時間以内にあの人連れてきたら丸く収まってしまう。
当事者 4
だからデッドは考えてる筈だよなwwwww
・あの飼い主の死骸を粉々にして
・ワームホールで総て吸収! 特性で遠方にバラ撒く
ってwwwwwwwww
困ったぞwww 細胞が一片残らず消えたら……グレイズィングとて治しようがないwwwwwwwwwwww
当事者 3
ディプレスはアホやが妙に頭は回る。ウチの考えぐらいはお見通しやろう。
あの飼い主が戻ってきたら奴を守りに行く。
仮にウチが全方位から爆弾飛ばしたとしても、ディプレスは全て迎撃、爆発前に分解する。
ウチの武装錬金特性なら戻ってくる最中のあの飼い主補足して、Rのが一番なんやけど。
ただ──…
ウチの武装錬金・ムーンライトインセクト(月光蟲)の特性はワームホールの創造。
筒型爆弾で爆破されたモノの中央部すぐ前にワームホールが開くねん。(破壊する必要なし。爆風当たる程度でもおK)
ワームホールは便利やで。対象を直接吸い込めるし、様子だってモニター越しに観察できる。一番いいのはさっき軍靴の
戦士にやったような、「ワームホールからゼロ距離で爆弾叩きこむ」や。大抵の戦士は避けられへん。
便利な特性に思えるけど、離れた相手を攻撃するにはかなり骨が折れる。
イソゴばーさんなんかは、「ひひっ。目の前に居らん敵の近くにさえわーむほーるが開く? 十分便利じゃよ」とか何とか
感心しとるけどなー。正直、補足するんはエラいしんどい。
何しろ、ウチの武装錬金の特性はフクザツすぎるからなあ。
まず、ワームホールを開けるには”媒介”がいる。
で。
ウチが”媒介”を爆破するごとに、一定範囲内にある”媒介”の前にもワームホールが開く。
この一定範囲というやつは”媒介”の希少性に比例して延びる。10円のチョコと100万のダイヤなら、後者の方が広い。
世界に100個しかない核鉄でだいたい半径1.5kmやな。それが一定範囲内。
例えば媒介1を爆破した場合、媒介1と、範囲内にある媒介2の前にワームホール1が開くんや。
で、ワームホール1から爆弾撃って媒介2を爆破。
すると範囲内にある媒介3の前にワームホール2が開く。
ワームホール2から爆弾撃って媒介3を爆破すると、範囲内にある媒介4の前にワームホール3が──…
というように、爆破を繰り返すことで射程距離が徐々に伸びてく訳やけど。
- 44 :
- 文字だけで考えると分かり辛いコトこの上ない!!
これでなんで遠くの敵を爆破できるか、ウチ自身慣れるまで苦労した。
えーと。図で考えよう。
”媒介”は「ハンカチ」としよ。誰でもポケットにしまっとるからな。
で。次のような条件の場合なら。
条件1 ウチと敵の距離は3km。
条件2 ウチと敵の間にはハンカチが等間隔で落ちている。
条件3 敵のポケットにはハンカチがある。(=敵と媒介は同じ地点にいる)
条件4 ウチのすぐ前にもハンカチがある。
条件5 便宜上、前述の「一定範囲」は500mとする。
※ 媒介を爆破するごとに、「500m以内にある媒介」の前にワームホール出現。
位置関係はこうや。
デッドからの
距離(km)
3.0 ‐┨ハンカチ …… 条件3の「敵のポケットのハンカチ」
. ┃
2.5 ‐┨ハンカチ ┌―――――――――――――――――――──┐
. ┃ | │
2.0 ‐┨ハンカチ | │
. ┃ | │
1.5 ‐┨ハンカチ |条件2の「デッドと敵の間に落ちてるハンカチ」 │
. ┃ | │
1.0 ‐┨ハンカチ | │
. ┃ | │
0.5 ‐┨ハンカチ └―――――――――――――――――――──┘
. ┃
0.0 ‐┨デッド ハンカチ …… 条件4の「デッドのすぐ前にあるハンカチ」
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
このままやと分かり辛いから、ハンカチに番号を振る。
条件3のは「ハンカチ7」。これが、敵のポケットに入っとる。
条件2のは「ハンカチ2」から「ハンカチ6」。ウチと敵の間に落ちとる奴や。
条件4のは「ハンカチ1」。ウチの目の前にある。
- 45 :
- 図に当てはめるとこうなる。
3.0 ‐┨ハンカチ7
. ┃
2.5 ‐┨ハンカチ6
. ┃
2.0 ‐┨ハンカチ5
. ┃
1.5 ‐┨ハンカチ4
. ┃
1.0 ‐┨ハンカチ3
. ┃
0.5 ‐┨ハンカチ2
. ┃
0.0 ‐┨デッド ハンカチ1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そしてウチが「ハンカチ1」を爆破すると。
「ワームホール1」が
・ハンカチ1
・ハンカチ2
の前にできる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1 NEW!
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
- 46 :
- 更にワームホール1からハンカチ2を爆破すると
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3
. ┃
0.5 ‐┨□2 ← @1 ATTACK!
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
条件5「500m以内にある媒介の前にワームホール出現」通り、
ワームホール2がハンカチ3の前に開く。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2 NEW!
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @ワームホール1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
いうまでもなく、@ワームホール2からハンカチ3を爆破すると
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3 ← @2 ATTACK!
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
- 47 :
- @ワームホール3がハンカチ4の前に現れる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3 NEW!
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この手順を繰り返すと、 ハンカチ7……つまり敵の前にもワームホールを開けて、思う存分爆弾を叩きこめる。
3.0 ‐┨□7 @6 NEW!
. ┃
2.5 ‐┨□6 @5
. ┃
2.0 ‐┨□5 @4
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もちろん実戦やと媒介はもっと複雑であちこち散らばっとるけど。
ちなみに上の図はだいぶ簡略化されとるよなー。
「1回の爆破につき一定範囲内にある”媒介”の前にワームホールが開く」なんやから、
1つのハンカチにつきワームホールが1つ……というコトはない。
□2 @@@(ワームホール1〜3)
みたいになるのが正しい。
理由はこれまでの説明にある通り。
ただ爆弾撃つとその条件もちょっと変わる。
あー、ホンマややこしい武装錬金やで。
ちなみに媒介の条件も複雑やけど、要は「同じのがたくさん作られたもの」で「非生物」ならいい。
飛び散った髪の毛とか流れた血なんかも媒介になる。
ただし水とか酸素とか炎は媒介にできへん。こーいうのって沢山ありすぎるやろ? 媒介にすると一回の爆破で無茶苦茶
な量のワームホールが開いてしまうからオーバーフローすんねん。ウチの処理能力とか精神力とかが。だから無意識のうちに
セーブしとるらしい。
酸素媒介にできたらずっと全方位攻撃可能なんやけどなー。
生物でさえなかったら、包丁でもダイヤでも何でもワームホールが開く。
動植物は攻撃してもワームホール開かへん。
だから殺したい奴狙う時は、そいつの所持品調べるところから始める。
- 48 :
- @ワームホール3がハンカチ4の前に現れる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3 NEW!
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この手順を繰り返すと、 ハンカチ7……つまり敵の前にもワームホールを開けて、思う存分爆弾を叩きこめる。
3.0 ‐┨□7 @6 NEW!
. ┃
2.5 ‐┨□6 @5
. ┃
2.0 ‐┨□5 @4
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もちろん実戦やと媒介はもっと複雑であちこち散らばっとるけど。
ちなみに上の図はだいぶ簡略化されとるよなー。
「1回の爆破につき一定範囲内にある”媒介”の前にワームホールが開く」なんやから、
1つのハンカチにつきワームホールが1つ……というコトはない。
□2 @@@(ワームホール1〜3)
みたいになるのが正しい。
理由はこれまでの説明にある通り。
ただ爆弾撃つとその条件もちょっと変わる。
あー、ホンマややこしい武装錬金やで。
ちなみに媒介の条件も複雑やけど、要は「同じのがたくさん作られたもの」で「非生物」ならいい。
飛び散った髪の毛とか流れた血なんかも媒介になる。
ただし水とか酸素とか炎は媒介にできへん。こーいうのって沢山ありすぎるやろ? 媒介にすると一回の爆破で無茶苦茶
な量のワームホールが開いてしまうからオーバーフローすんねん。ウチの処理能力とか精神力とかが。だから無意識のうちに
セーブしとるらしい。
酸素媒介にできたらずっと全方位攻撃可能なんやけどなー。
生物でさえなかったら、包丁でもダイヤでも何でもワームホールが開く。
動植物は攻撃してもワームホール開かへん。
だから殺したい奴狙う時は、そいつの所持品調べるところから始める。
- 49 :
- .
核鉄ぎょうさん持って逃げる軍靴の戦士。ウチ的に捕捉し辛い「逃げてる相手」にも関わらず捕捉できたのは、何を持って
いるかわかっとったからやな。
一方、あの飼い主の場合は──…
当事者 4
デッドの奴がいますぐあの飼い主殺せないのは武装錬金の特性のせいwwwwwwwww
確かに媒介さえ敵とデッドの間にあれば、ムーンライトインセクトの射程は限りなく延びるwwwwwwwwww
け・れ・ど・もwwwwwwwwww 敵とデッドの間に媒介がなければwwwwwwwwwwww
攻撃はできないwwwwwwww
ここは森だ。街中のように「媒介」に溢れちゃいないwwwwwwwww
たぶん……あの飼い主とデッドの位置関係は
3.0 ‐┨貴信
. ┃
2.5 ‐┨
. ┃
2.0 ‐┨
. ┃
1.5 ‐┨
. ┃
1.0 ‐┨
. ┃
0.5 ‐┨
. ┃
0.0 ‐┨デッド
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
こう、だろう。距離は適当だけど、市場に流通しているような媒介なんか絶対ないwwwwwwwwwwwww
まあでも森だから? 落ち葉とかならあるだろうwwwwwwwww
ところがどっこい落ち葉は数が多すぎるwwwwwww
ひょっとしたら酸素同様オーバーフロー警戒して媒介にできないかも知れないし、もし媒介にできたとしても「その希少性
に比例して射程距離が延びる」デッドの武装錬金に……地の利はないwwwwwwww
なぜなら落ち葉爆破して伸びる射程は恐らく50cmもないwwwwwwwwww多すぎるからなwwwww
一足飛びにあの飼い主の近くにワームホールを出すのは無理だwwwwwwww
よしんば落ち葉を爆破して地道に距離を稼ごうとしても……音はオイラの耳にすぐ届くwwwwwwwwwww
つまり、殺そうとしているのがすぐバレるwwwwwwwww
とはいえ、だ。
本当にあの飼い主殺したいのならなあ、アイツが山降りてく時、何か媒介になるような「貴重なモノ」を持たせば良かったwwwww
ブヒヒwwwwwww どうしてそれができなかったんだろうなあwwwwwwww
当事者 3
お前がさっきスペアの剣、分解したからやろディプレス。
- 50 :
- 武器にという名目で渡したあの錬金術製の剣。実はアレ、2振りあったんや。片方はアイツの手やけどもう片方は媒介用に
残しておいた。媒介を爆破しさえすれば、あの飼い主……正確にはアイツが持ってる剣の前にワームホールが出現、楽に
殺してそこらに撒けた筈やった。落ち葉は沢山ある。次の媒介にも「粉微塵に爆破した死体そこら中に撒く」のにもピッタリや。
とにかくもう、あの剣は使えへんな。…………あの剣は。
無理にでもあの飼い主の服攻撃してワームホール開ければ……とも思ったけど、攻撃が許されるんやったらそもそもこ
こまで悩まへん。ディプレスの目の前でアイツ殺せそうにないから、特性使った遠距離攻撃でどう秘密裏に消すか考えと
る訳で。
ああもう。
一瞬でええねん。一瞬でええから隙作ってディプレス出し抜かなあかん。
念のため「切札」はすでに呼んであるけど……来るまでにはかなりかかる。
現状、すぐ使えそうなコマは。
アイツの飼っとる子猫や。
子猫をムーンライトインセクトの特性でうまく使えば、ディプレスを無力化できる。
当事者 2
香美は、考えていた。願っていた。
自分にもっと強い爪があれば。牙があれば。
貴信を痛めつけた筒(デッド)をRコトができると。
堅い筒に噛みつく。
犬歯が一本、折れた。
激痛が走る。だがそれを凌ぐ激情の赴くまま香美は筒に攻撃する。
し続ける。
.
以上ここまで。過去編続き。
- 51 :
- >>スターダストさん
昔、ジョジョのパロで、ジョルノがポルナレフに「で、斬ると何が起こるんです?」と質問
してるのがありましたが。バルスカなんかと比べたら、マレフィ勢は完全にその域ですね。
ただ攻撃するだけの武器……サンライトハートやモーターギアもそう、対抗できるのかっっ?
- 52 :
- あげ
- 53 :
-
- 54 :
-
- 55 :
-
- 56 :
- まだあったのかこのスレ!
ふらーりさんやスターダストさんがいてうれしいけど
流石にもう厳しいだろうなあ・・
- 57 :
-
- 58 :
- 『鐶光は鳩尾無銘が大好きだ。
彼女はむかし義姉に両親を殺された。その挙句監禁され、5倍速で年老いる人外へと……。
瞳が暗色に染まるほどの戦いを強いられ続けるうち果たした出会いが運命を変える。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。標的を殲滅した流れの共同体を急襲し、小札、貴信、香美と立て続けに重傷を負
わせた鐶光の前に立ちふさがった者こそ……当時まだ人型になれずいたチワワ姿の鳩尾無銘。
苛烈を極めた戦いは引き分けに終わる。
鐶が無銘を好きになったのはその後だ。
折悪しくやってきた戦士から、鐶を、命がけで守ったから。
好きになった。お世辞にも自分より強いとはいいがたい、チンチクリンなチワワが、傷だらけになりながら戦士を退け
…………守ってくれた。
救ったのは命だけじゃない。
親も尊厳も失い悲嘆にくれる鐶に彼は、道を示した。
──「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」
愛しながらも恐れ、隷属するしかなかった義姉・リバース=イングラム。玉木青空。
彼女が憤怒の権化と化すに至ったさまざまな確執の原因が自分にあると負い目を背負い、諌めるコトも宥めるコトもでき
ぬままただ忌むべき循環に流されていた鐶光。
身を委ねていればいつか戦士かホムンクルスに斃され死んで終われると諦めていた少女。
鳩尾無銘は希望を見せた。
──「奇襲とはいえ師父たち5人と互角に渡りあった実力は本物……。姉に抗する術がまるでない訳ではない」
──「貴様の抱いている感情ぐらいならば聞いてやる。それで貴様が二度と虚ろな瞳で空を仰がないと誓うなら……聞いてやる」
彼は何もかも解決してくれた訳ではない。今日いまに至るまで状況は出逢ったときと変わらない。リバースは未だ多くの人を
苛んでいるし、鐶の老化だってそのままだ。無銘自身、背負わされた宿業に苦しみ恨みに喘いでいる。決してヒーローでは
ない。本当は自分のコトをどうにかするのが精一杯なのだ。
それでも道は示してくれた。話を聞くと言ってくれた。声を出すだけで暴力を振るった義姉! 訛りを出すだけでドス黒いス
テーキ皿を頭めがけ轟然と振り下ろしたリバース=イングラム! 彼女に比べればどれほど無銘が優しいか。声音を、言葉を、
なんだかんだと貶しながらちゃんと聞き、伝え返してくれる少年は、本当に本当に、大好きだ。
自分だけでなく。
傍目から見れば最早ただの怪物にすぎない「お姉ちゃん」を、殺さず、救えと言ってくれたのだ。
だから希望が持てる』
- 59 :
- .
「…………」
何度目だろう。白い矩形の影がまた後ろに向かって跳ね上がる。ブレイクはただ黙っていた。
マレフィックウラヌス
ブレイク=ハルベルド。悪の組織の幹部である。コードネームはは『天空のケロタキス 〜または象の息〜』。
どちらかといえば美男だが、今にもニヘラとしそうな緩い顔つきを除けばこれといって突き抜けた美点がない。街のそこ
そこ人通りのいい場所を探せば10分で同じレベルが拾えそうなほどありふれた絵姿だ。それが、体脂肪率1ケタかという
ぐらい細長い体のうえで目を細め頬をかいたのは同伴者のせいだ。
少女だった。乳白色とも灰みの明るい銀色とも取れるゆるふわウェーブのショートボブだった。頭頂部から伸びる毛は滑
稽なまでに長いが(40cmはあった)それが却って過分な美しさに親しみやすさと愛らしさを与えていた。
幽玄な気品に溢れた顔を清楚な笑みに染め上げながらキュキュリキュリキュリ。漆黒のタクトを熱心に振るっている。そ
れは商店街のしなびた文房具屋で買った98円の代物で、希釈された特殊引火物がとっぷり詰まっている。要するにマジッ
クペン。太字だ。スケッチブックに刻むのはしかし文字。速記記者顔負けの速度だ。肩から手首に至る執筆運動が円弧と
なり彼女の脇で跳ねている。このまえ映画で見たカンフースターがちょうどこんな感じだった、ヌンチャクを左右に振ってた
……などと囁いたのは道行く人の1人で、それでやっとブレイクはかねてよりの既視感に納得した。むかしハリウッド映画に
出たとき手首で日本刀まわすよう監督に言われ参考に見たのがブルース=リーか何かの映画だった。(なぜ連中は回した
がるのだろう。手首で刀を)。もっとも同伴者は鳥鳴やら猿叫やら何一つもらさず黙々と書いている。作業に苦痛を感じて
いる訳ではない。むしろ笑顔は緊張と歓喜に張り詰め、雪のような頬ときたら血潮にうっすら染まっている。そんな様子を、
ショッピングセンターの、数ある四角い柱の影でじつと見つめること48秒。やっと彼女はブレイクを見た。
『以上、光ちゃんの心理描写でした〜〜〜! 拍手〜〜〜〜〜!!』
胸の前でたわわな質量を押しつぶしていたスケッチブックを翻し右手ひとつに持ち換えた少女。
なにがそんなに嬉しいのか照れ照れと笑っている。残る片手など小さくガッツポーズをしている。頭のアホ毛もパタパタした。
……鐶光なる存在を雄弁に語りつくしたのはスケッチブック。20枚の紙はもう裏も表も文字だらけ。文字は太字のペンを
使ったにも関わらず輪転機をくぐりぬけてきたように細く綺麗。ひらがなも、カタカナも、漢字も数字も記号も読点も句読点も、
間隔等しく並んでいる。枠のある原稿でさえここまで整わないというぐらい綺麗でカッキリとした体裁だがそれが却っておぞま
しい。
彼女は喋らないのだ。『喋れるのに喋らない』。
恋する乙女のように書き上げるほど義妹を想っているのに、それを一切、声に乗せない。
そのくせスケッチブック1冊犠牲にしてまで語りたい衝動を秘めている。容姿も文字も執筆機能も恐ろしく高い完成度を
誇っているのに根本の大事な何かが壊れている。
それがリバース=イングラム。旧名を玉木青空という鐶の義姉で。
「素晴らしいっす青っち!!」
身を乗り出し歓喜に叫ぶブレイク=ハルベルドの想い人。
ぱあっと輝くような笑みを浮かべたリバースは再びスケッチブックに向かう。礼を述べるのだろう。2人にとってそれは
当たり前のコミュニケーションだが、しかしすれ違う雑踏のカケラたちは一瞬妙な表情で彼女を見て足早に去っていく。
同情的な言葉を連れと囁く若い男だっている。聞くに堪えない小さな嘲笑を湛え合うグループは女子高生。
確かに語らぬ笑顔の少女は異質な存在だった。ただしその異質ぶりは、通行人たちの想像の『枠』など遥かに飛び越え
ているのだとブレイクは得心しウンウンうなずく。異質ではなく悪質なのだリバースは。それも一際極まった──…
実父の頭を踏み砕き、殺し、望まぬ発声練習を強いた義母は意趣返しとばかり喉首にぎりつぶして頭を落とし。
義妹を監禁し。
ただすれ違っただけの幸福な家庭を武装錬金で誰1人殺さず崩壊させ、被害者が、新たな被害者を生むよう願っている。
- 60 :
- .
ブレイクはその総てを知っている。知った上で愛している。蜜言を囁くたび鋭い拳に顎を穿たれ、首が外れ、揺らいだ脳が
衝撃で坐滅しても、生黒い青あざが全身に浮かぶまで殴りまわされても、愛している。
むかし憧れた女性、ブレイクを栄光に導いたプロダクションの女社長が、リバースの手で幸福な暮らしを壊され、流産し、
2度と子供を産めなくなったのも知っている。その上で、リバース=イングラムを愛している。
(人の枠をぶっちぎちまってますからねえ。何より可愛い!!)
かつて付き合っていた女社長などどうでも良くなるほど魅力的なのだ。第一むかしの女ときたら彼を色々裏切っている。
(無銘くん! あーたが光っちから向けられてる好意と同じぐらいの愛を! 俺っちは青っちに向けてやすよ!!
言葉と意識を向けるのは、30m先のホームセンター。『接着剤』のコーナーで赤毛の少女と何やら難しげに紛糾している
学生服の少年だ。
ここは駅前にある銀成デパート。1971年(昭和46年)2月創業だ。当時の日本の出来事といえばとある四輪メーカーが
アメリカの大企業に先駆けて低公害エンジンを発表したのが有名だが、それは本題ではない。
3階の暮らしのフロアにやってきたのは鳩尾無銘と鐶光。近々催される演劇に必要な資材の調達にやってきた。
「くそう。追いつくだけで体力を消耗したわ!! 少しはおとなしくだな……!!」
「段ボールの調達はおーけー……です。仕舞い……ます……」
「聞けえ!!」
畳まれた状態とはいえ自分の背丈の半分ほどある資材を、当たり前のように、腰に下げたポシェットへ入れる鐶に無銘は
ただ唖然とするばかりだ。角が触れた段ボールは転瞬異様な縮尺を帯びるのだ。餅をつまんで引き伸ばしたような。矩形で
あるべき硬くザラついた再生紙が明らかに三角形へと歪んでいる。辺がおかしい。いうなればピンクのドアだった。国民的な
ネコ型ロボがポケットから出してる最中のピンクのドア。あれのように、風貌ごと、次元が、ねじれている。
「……いつも思っているのだが、何だそのポシェット。どういう仕組みなんだ?」
鐶光愛用の、白い卵型のポシェットは何でも入る。入っている。見た目の大きさといえば、大人が2つの掌で包めるぐらい
だ。
「さあ……。でも、色々入ります…………例えば」
「デスクトップ型のパソコンが旧式のブラウン管のディスプレイごと!? 次は硫黄の粉末をたっぷり詰めたオオサンショウ
ウオの腸!! 携帯ゲーム機こいつは時々出してピコピコやってるからお馴染みだ!! 持ってきたのか据え置き型のゲー
ム機!! ゲームソフトも15枚あるが外では使えんテレビは無い!! 箱入りのドーナツはおやつ!! ジャーキーは無い
のか! 無い!!? くそう!!」
入り口から少しだけピョコピョコだされては仕舞われる物品の数々に、目を白黒させつつ解説つける鳩尾無銘。他にも144
分の1スケールのプラモとか、無数の熱血ソングのCDとかとにかく色々な物が入っており総重量は30kgを下回らない。
剛太などはそれを認識しなかったばかりに──せっかく防人が重量を教え対応するよう警告したのに軽んじた──まるで
巨大な鉄球を渡されたようにつんのめった。床に激突したポシェットが巨大な罅割れを生んだのはいうまでもない。
「一番凄いのって実は紐っすよね。動いても千切れやせんし」
『鉄骨を6年ぶら下げてもピンピンしてるほど頑丈、それでいて肩に優しい柔らか素材! を!! 採用してみました!!』
細目のまま鼻息噴き拳固めるリバース。頭頂部の長い毛がビコーンと勃ち、ちょうど飛んでたハエを胴ごめに両断した。
「さっすが妹さん想いの青っち!!」
『あの子よく道に迷うもの。たくさん歩くでしょ、だからずっと掛けてても楽なように注文したの』
「にへへ。旦那とはえらい揉めましたからね〜。『できないできないって何よちゃんと作りなさいよ頑張りなさいよ光ちゃんの
肩に痣作っていいのは私めだけようふふあはははキレた攻撃する』とか何とか仰ってましたし……」
柱の影にブレイクとリバース……闇の師匠というべき人物2人が潜んでいるとは夢にも思わぬ鐶だ。
無銘の「それ誰が作った」的な問いかけに答える。淡々と、淡々と。
「ディプレスさん……作です…………」
「ああ栴檀どもをああいう体にした研究班副班長の…………って貴様答えになっとらんぞ」
「…………ディプレスさんは…………発明好き……なのです…………よ?」
- 61 :
- まったく感情のこもらない調子で鐶はズズイと顔を近づける。そうされると元々の力量差もあり無銘はつい威圧されてい
る気分になる。そも彼女との出逢いときたら最悪だった。いきなり仲間たちをバタバタ薙ぎ倒された挙句、散々といたぶら
れた。当時ちっちゃなチワワだったのに容赦なくだ。簡単に言えば、後ろ足を持って、岩にたたきつけて、もいだ。
いまでこそ見た目少年だがやはり動物型ホムンクルスの無銘だ。鐶に対する本能的な恐怖は脳髄のどこかに深く深く刻
み込まれている。もちろんいまの彼女はただ親切心で、ポシェットを説明しているだけだ。顔を近づけたのは、声のか細さ
を知っているからだ。聞こえなかったら悪い、たったそれだけの配慮で近づいたのだが、名前が羊頭狗肉に思えるほどドン
ヨリ濁った双眸をすぐ間近で向けられて震えぬ者はいないだろう。鐶の瞳は虚無だった。色こそスターサファイアで綺麗な
のだが、まるで沈没船の宝箱に納められているような暗さと湿りに満ちている。陰湿……といえば率直で分かりやすいが、
無銘は意図的にそういう形容を避けている。なぜ今の瞳になったか存分に知っているからだ。罪なきが理不尽な暴悪に晒
された結果を悪心以て評するは理念に反す。
「ふむ。無銘くんはアレすね。忍びだけど忍びだからこそ正心に拘ってるようです」
『?? イオちゃんはめっちゃ悪辣よ? 光ちゃん逃がした時だって私の体にコッソリ耆著埋め込んでどっちにしろ勝ち!
みたいな企みしてたし』
「いやいや。本来忍びってのは人の心を大事にするもんす。怒らせたり傷つけたりでソッポ向かれたら最後、目的遂行でき
やせんからね。人を喜ばしたり楽しませたりして上手いこと誘導して”勝つ”のが忍びなんす。忍法とか忍術はあくまでその
補助す。だから光っちを悪く扱えないんす」
ブレイクの講釈にリバースは少し感心したようだ。瞳は笑みに細まっているから奥を覗くコトはできないが、尊敬の念が
視線に混じるのを彼を感じ少々舞い上がった。
「チワワ時代、人間に憧れたのもあるでしょーね! きっと!!」
『ああそれにしても光ちゃん、瞳のせいで薄幸で儚く見える……』
「無視ですかい!?」
彼女の関心はもう義妹に向いている。気付かれないのが不思議なほど熱烈な眼差しを向けながら
『でも攻撃全振りなのよね戦い方。そこがまた可愛いの。あ、もちろん頭が悪いって訳じゃないわよ。むしろスゴくいいの。
薬局の前に立ち果てしない雑踏眺めてるケロちゃんよりも小っちゃい頃から漢字テストでずっと満点とり続けるぐらい頭いい
のよ。このまえ戦士たち6人相手に人混み利用して互角以上に渡り合ったし。なのにいざ真向勝負となるとレベルを上げて
物理で殴ればいいという有様なの。ノーガードなの。きっとディプちゃんの影響ね。本当いうと戦い教えてくれたのは感謝して
るけどあの人悪い部分があるというか、人生の落伍者だから、なるべく悪い影響受けて欲しくないの。ヤローてめえ人の可愛
い妹が傷つくよーな戦い方教えんじゃないわよ、預かってるっつー自覚ないの自覚って話。実際あなたデっちゃんは娘のよう
に大事にしてるでしょ、なのにどーして人の妹そうできないかなあ。あ、話が脇道に逸れたわねごめんなさい。余計なコトまで
書いちゃうの悪い癖よね。とにかくあの、30kgはあろうかというポシェットを肩から提げて平気のへいざで動き回る光ちゃん、
これはもう萌えよね』
「へい!!」
なんか話がアレな方向に行き始めたがブレイクは直立不動で返事をする。鬼軍曹に答える二等兵よりも粛然と、恋人に
蕩けるより艶然と。
『特異体質で色んな鳥に変形できたり、武装錬金で年齢操作できたりと技巧派っぽいんだけど、実はとびきりのパワータイ
プってギャップがいいのよギャップが』
相変わらず超高速でスケッチブックにギュンギュンと文字を刻むリバース。笑顔は清楚だが唇の端に微かだが涎の筋が
垂れている。息も心なしか荒い。
並外れた膂力と、無数の鳥への変形能力と、ついでにこのまえ銀成市ひとつ丸ごとの時系列を遅らせた年齢能力を有す
る鐶光。いざ戦いとなれば換羽と年齢操作の偶発的混合の副産物で、瀕死時オートで全回復する。
「チートか!!」
「……はい……。ディプレスさん…………チートです……」
「じゃなくて貴様が!!! なに、何やったら死ぬのお前!?」
たまらず叫ぶ無銘に鐶は一瞬首を傾げたがすぐ微笑した。
「おかしな……無銘くん…………です」
- 62 :
- 根来忍が笑うと猛禽類のようだと無銘はいつか戦士の誰かから聞いた覚えがある。鐶もそれに近かった。野うさぎを見つ
けたオオワシの薄ら笑いが感じられた。ただ根来との決定的な差もある。多分に孕んだ、霊的なおぞましさだ。焦点の合って
いない目で力なくしかし嬉しそうに浮かべた茫洋たる笑みは、デパート3Fの暮らしのフロアより怪談のオチが似合いそうだ。
「私メリーさん」。最後に振り返った主人公の前にババーン! スタジオの客キャー! みたいな。
「ア」
叫んでいた無銘は急に黙る。そして咳き込むように叫びだす。
「その!! 寿命というのは除くからな!!」
「はぁ……」
テンションについていけない。鐶はぼんやりした瞳を軽く瞬かせた。髪が赤い癖してなぜかまつげは黒かった。
「わ!! 我が言いたいのは、どういう敵なら貴様を斃せるというコトだ!! 戦略的な話題だ!! 無明綱太郎かという位
強い貴様を斃せる敵がいるとすればどういう能力かという話であって検討であって、埒外、寿命きたら死ぬとかいう結論は」
埒外!!」
口角泡を飛ばしながらまくし立てる無銘を、冬のドブの底で死んで腐ったイワシのような目でしばらく眺めていた鐶だが、
やにわに広げた左掌を右拳でトンと打つ。やがて漏れ出でる声はミクロの鈴が転がるのを音程そのままに超低速再生した
ような……複雑で、緩慢で、綺麗なもの。
「私の5倍速の老化…………いつか来る…………老衰を…………気遣ってくれたのですね…………ありがとう……です」
鼓膜でシャンシャンと永久に鳴り響くような声だった。沈鬱と痛惜に湿る人の世ならざる音階だった。無銘は顔を赤黒くした
ままそっぽを向き「別に」とだけつぶやいた。何が「別に」なのかは分からない。別に気遣っていない、のか、別に礼などいい、
のか。他の意味なのか。なんにせよ鐶は少年の無愛想な仕草が嬉しいらしく白い乳歯を明らかにした。
「約束……ですから……。私は…………生きたいです…………。お姉ちゃんを……元に戻すまで……何があっても……
生きたい…………です」
「……答えになっとらんわ」
ちょっとその笑顔に見とれかけた無銘だが床を蹴るまねをした。
「一回貴様負けただろうが津村斗貴子に。なぜ負けたとか、如何なる敵に弱いとか、そーいうのをだな、分析しろ」
「……はい。でも」
なんだ。渋い顔の無銘に──わざと作っているのが丸分かりで鐶はちょっと噴き出しそうになった。でも笑うとこの難物は
ますます無用の怒りを捻出するから気付かない振りをしつつ──鐶は淡々と意見を述べる。
「無銘くんも……秋水さんに…………負けてます……よね?」
「うっさいしとるわ!! 対策!! 貴様も牢で見たろうが!!」
「……タイ捨流」
とは、かの上泉伊勢守信綱の門下四天王のひとり・丸目蔵人佐(まるめ くらんどのすけ)が編み出した剣術流派だ。「頗
る荒く、身体を飛び違え薙ぎ立てる」と評され、とかく技法の1つ1つがスピード感に富んでいる。
「そうだ! 真田十勇士ぐらい貴様も知っているだろう!! 根津甚八も使ってる忍びの剣法なのだ!!」
「……何度も聞きました………………。無銘くんが、牢の中で、練習するたび…………嬉しそうに……何度も……何度も」
薄暗い瞳を伏せる鐶。このときすれ違った28歳OLは「何の話か分からないけどこのコ嫌そう!! しつこい話にウンザ
リしてる!」と解釈したが内実は違う。
「照れてやすね光っち」
『うふふ光ちゃんあんなに照れちゃって。男のコが大好きなものを語る無邪気な表情に弱いのねえ。傍から見たら変な趣味で
内心あきれてもいるけど、でもあんなに嬉しそうにされてるでしょ? そういうカオを見てると自分まで何だか幸せで、こそば
ゆくて、『まったくこの人は』みたいなため息交じりで許しちゃう。アレね。年下の旦那様見ているような気持ちよきっと。ああ
妹なのに姉さん女房な光ちゃんもイイ……素敵。可愛い』
その義妹が生まれたのはおよそ8年前。無銘は10歳。本来お姉さんぶれる道理はないが、それを捻じ曲げた者こそ、
リバース=イングラム。鐶が年に5歳も年老いる体にした義姉である。それが姉さん女房どうこうを謳い萌えているのはど
うも薄ら寒い。
「次……行きましょう…………。買い物…………。買い物…………。うふふふふふふ」
- 63 :
- 鐶は鐶ではしゃいでいる、ようだ。もっとも力ない笑いを淡々と漏らされると無銘としては怖い。靴下さえ未着用の、ほんのり
極薄の淡黄色を帯びた透き通るような白い足の甲でペトペト床を進んでいくのも(見慣れた光景だが)非現実的な何かがある。
それが鐶光という少女。
「とにかく買出しはまだある。次の場所へ行くぞ」
「……はい…………」
無銘に一歩遅れて鐶は歩き出す。
『ベブッ!!』
リバースは目から血を噴き倒れた。
「鼻じゃなくて目!? ちょっとなにしてんすか青っち!!」
慌てて抱き起こしハンカチで目を拭うブレイク。意識自体はあるらしく拭きやすいよう顔の角度を微妙に変えるリバース。
ふたりの距離はとても近い。突然の流血沙汰に目を剥く何人かの通行人も「介添えがあるなら」「その人が騒いでないなら」
と元あった視線と姿勢に立ち戻り過ぎ去る。やがてリバースの顔を綺麗にするとブレイク、慣れた手つきで座らせて、今度は
床を掃除する。
「光っち気になるでしょ。ここはオレっちに任せて先行っててくだせえ。なぁにすぐ追いつきやすって」
『んーん。ここに居る。お掃除手伝う? 私の血だしソレ』
リバースはちょこんと横座りしたまま書面にて問う。
「大丈夫す! 青っちが興奮高まるあまり吹いちまった体液を拭う! ロマンじゃねーすか!! 男の!!」
『…………言い方がいやらしいよブレイク君』
ふくれっ面で頭から湯気を飛ばしながらぽかぽか叩く。ブレイクはこそばゆそうにしながら床を拭く。
用意のいい事に使い古した雑巾を持っている。ただそれはやたら赤黒い染みが目立った。まるで血糊だけ拭いてきたよう
な……。誰が流した、誰の物なのか。それで鼻歌交じりにリノリウムを拭くブレイクは、こざっぱりとした清潔
感の持ち主だから却って逆におぞましい。床が元通りになるころリバースは口を開いた。
『つい光ちゃんに萌えちゃって』
「くぅ! 口開いたのに喋らない!! さすが青っち!!」
両目を不等号の対峙にして額を叩くブレイク。なにがどうさすがなのかよく分からない。
『ああ、無銘くんにトコトコついて歩く光ちゃん。むかしとちっとも変わらないわねえ。小っちゃかった頃は私の後ろついて
きたのよ。まるでカルガモのヒナだった。あのときから鳥っ娘だったのね可愛い光ちゃんマジ可愛い』
頭のてっぺんから伸びる毛ときたら犬のように振られていた。いつかブレイクは聞いたが、髪、神経が通っている訳では
ないらしい。生え際の筋肉が発達している。それで何百本、何千本のケラチンとクチクラとキューティクルの紙縒りを動かす
というが、しかし髪とて質量はあるのだ。長い毛の束を動かすとなれば相応の筋力が要るだろう。そも毛根まわりの筋肉が
動くこと自体すでにおかしい。眉を動かしたとき頭髪全体がうごめくものがいるが、一部だけとなると難しい。
ただ。
足の小指が動くかどうかは個人差がある。両方自由にできるものも居ればまったく作動しない者もいる。右はいけるのに
左はノー、そんな者も。これは訓練で補えるらしい。動かなくても、指先に意識を集中し、動け動けと念ずれば神経回路が
形成され、意識下におかれるという。
リバースもまたそういう訓練をしたらしい。
もっとも指という動くべき器官と頭頂部という不動で差し障りのなき部位では努力の量に、隔絶したモノがあるが。
- 64 :
- ソロモンよ私は還ってきた。という所ですね。HN的に。
やる夫スレ完結したので戻ってきました。ではまた。
- 65 :
- >>スターダストさん(こちらではお久しぶりですっっっっ!)
表現方法を除けば、これぐらい重度のシスコンお姉ちゃんは、アニメ漫画の類ならそれほど
珍しくはないのですが。青空の場合、最近流行りの「ドS」なんて言葉では到底足りない
加虐嗜好・思考がありますからねぇ。いずれ鐶(&無銘&戦士誰か?)と戦う日が来ると思うと……
- 66 :
- っと、私です。P2で書きこんでるもので。
規制いつまで続くのか……
- 67 :
- 「ありがとうございましたー」
自動ドアを潜り抜けた瞬間、ふたりの買い出しは終わる。
ここは銀成デパート1階南西の隅にあるペットショップ。扱う物品が物品だから、こういう場所にしては珍しくガラスのドア
で区切られている。鼻からふっと獣臭が消えるのを感じ鳩尾無銘は一息ついた。彼も連れも本質は動物型ホムンクルス
だから犬猫その他の醸し出す独特の臭いをあまりどうこう言えないのだが、それでも一応ひとの身、1日の、入浴に費やす
時間分ぐらい文句つけてもいいだろうと思うのだ。連れなどは無銘の嗅覚鋭きを知ってか知らずかそれはもうお風呂好きで、
流浪の一団にありながら1日と入浴を欠かした事はない。僻地でも最低限の水浴びをする。
とにかく、買い出しは終わる。
「というかなんで『コレ』なのだ。こんなのどう演劇に使うのだ」
「さあ…………」
鐶はポシェットを持ち上げ首を傾げた。2つある紐を右掌で握りつぶしながら揺するポシェットが重く軋む。
「ところで………………これから……どうします?」
と聞く鐶の頬が僅かに赤らんだのに横の無銘は気付かない。無遠慮に一歩ずいと踏み出した。
「どうするも何も買い出しは終わったのだ。帰るぞ銀成学え…………あれ?」
ペットショップは南口に面している。正確に言えば、南西の角に嵌まり込むよう存在している。出入り口は2つあり、西の
それはそのまま外に通じている。名称の不明の雑草がレンガの隙間からちょこちょこ青々と覗く歩道の傍には小ぢんまり
とした駅前公園がある。そこを抜ければ銀成学園への道に合流できるのだが、しかし無銘は選ばなかった。なぜならその
道を歩くまひろと沙織を見たからだ。彼女らは彼女らで何か用事があって来たらしい。無銘は2人が苦手だ。ヴィクトリアよ
りはマシだが、年頃の少女らしい活発さはどうも持て余すというか対処に困る。見た瞬間それこそ忍者というぐらい気配を
消した。
東にあるペットショップの入り口は、まひろたちの進行方向と間逆だった。ペットショップ西口から入ってこない所をみると
どうやらあそこから更に200mほど進んだところにある銀成デパート西口から入るのだろう。「上階へ一番速くいけるのは
西口。他3つと違い入ってすぐエレベーターがある」……これまた忍びらしくそれとなくデパートを検分していた無銘だから、
彼女らの動きは大まかだが予想できる。ただ予想というのはすぐ覆される。まして相手はまひろと沙織だ。特にまひろなど
は、この世にある、あらゆる精神的物理的道義的量子的予測的運動的な意味での『固定』が難しい存在だ。接触しただけ
でニトロターボの爆炎噴きつつ彼方へ吹っ飛んでいく直径4cmの球体があるとしよう。ナインボール全部それにすり替えた
ビリヤードだ。まひろを相手取るのは。キューの些細な衝突にさえ大騒ぎだ。思考も行動もどこへスッ飛んでいくか分からな
い。しかも他の球……というか弾をいくつも持っている。何がどう作用するか分からぬ超過反応の塊……とまひろを認識す
る無銘が、銀成デパート南口に面する寂れた道路に視線を釘付けたのは、別にまひろが居たからではない。むしろもっと
好ましい、安心の存在を認めたからなのだが、しかしそれは状況と場所からして奇妙だった。
道路から一段上がった歩道にありがちな、羊のような、葉の小さな木。大人の腰ぐらいの高さあるその影から。
シルクハットがチロリと覗いていた。鐶も気付いたようだ。一瞬ちょっと無銘を見て肩を落としたのは、女性としての敗北
感ゆえか。燃えるような髪の下で瞳だけが極北の深海だった。凍える闇に浸された。
白く乾いた枝の入り組む隙間から18m先の室内を伺いかねたのか、見慣れた鳶色の瞳が髪ごとぴょこりと跳ね上がる。
視線が、絡み合う。反抗期一歩手前、何かの送り迎えでやってきた母親が嬉しいけれど周囲の目が気になって大仰に喜べ
ない少年の眼差しと、その女友達の、2人きりの時間を崩された微かな不満と、それはそれとした女性としての尊敬や好ま
しさや絶対勝てないという諦観を織り交ぜた複雑さがただでさえ沈鬱で図りがたい瞳に照射された名状しがたき眼光。
「あ、お師匠さんす」
『そういえばブレイク君、一時期師事してたよね。小札さんに』
ペットショップと南口を挟んで向かい側。全国チェーンの有名なコーヒーショップの中で囁いたのはブレイクとリバース。
道路側はガラス張りで、レジを除けば先ほどまで無銘たちのいた場所に一番近い場所だから、自然南口の外もよく見える。
『というか元お弟子さんだよね? 向こうからも見えるよ? 顔見られたらマズくないかな?』
- 68 :
- コーヒーに七味唐辛子を入れながらリバース(別に吐いた訳ではない)。
白魚のような手は当たり前のようにそれをしているが、偶然目撃したウェイターはちょっと泣きそうな顔をした。
リバース=イングラム。大の辛党である。
「いやいや、教えて頂いてた時は整形前でしたからね。ホムンクルスになられてからも一度お会いしましたが、レティクル加
入はその後っす。たぶんお師匠さんは知らないかと。俺っち命野輪(みことの・りん)が光っちの師匠ブレイクとはまさかまったく
夢にも思わぬはず。だいたい整形しておりやすからね。いまの俺っちを見てもかつての弟子とは気付かないでしょ」
『成程』
無銘にしても似たような物だ。小札と絶えず一緒にいる彼だから、『ホムンクルスになられてからも一度お会い』したブレイク
は見ている。ただそれは整形前の姿……。総角もまた然り。
要するに。
『要するに光ちゃんに見られたらマズいのよね』
「そっすね。俺っちたち2人見てレティクルの幹部と気付けるのは、直接接した光っちのみす。整形後の俺っちに教えを乞い、
青っちの義妹として当たり前にずっと顔を見てきた……光っちだけす」
動きがあった。小札が手招きすると無銘が矢のように飛び出した。しばらくふたりは話していたが急にイヌ少年は気色ばみ
ばたばた手を振った。しかし小札はそれまで眼前にブラさげていた巾着袋──何かの着物の切れ端から作ったらしい。太陽の
下でザラザラ反射をしていた──を半ば強引に押し付け駆け去っていく。
あっと手を伸ばした無銘。足元から象牙色の煙を立て爆走する小札。もともと小さな体はあっという間に彼方で豆粒だ。
無銘は未練がましく視線を吸いつけていたがやおらデパートめがけ首をねじ向け再び小札の去った虚空を見る。逡巡。
二・三度おなじ所業をしていたが苦悶の形相で南口に駆け寄っていく。
「……なにか、あったのですか」
「休暇だ!」
儚げに佇む少女の前で無銘は叫ぶ。音波の鞭でセメントの角をそぎ落とすような鋭い声だった。
「…………話が、みえないの……ですが」
眉を顰める鐶。困惑が見て取れた。もともと演劇に関わるコトじたい彼女の中では休暇扱いだ。音楽隊は戦うために流浪
している。それこそいまカフェでやりとりを聞いてるブレイクたちレティクルエレメンツと戦うために。
「じゃあそのだ、慰労、慰労だ!!」
「小札さんは……なに……言ったのですか?」
無銘ときたら何かヘンだ。いや元々鐶に「言論遅滞」だの「滅びを招くその刃だの」おかしな號を勝手につけては「どうだカッコ
いいだろう」と喜ぶヘンな奴だが(世間では中二病というらしい。困りながらも鐶は笑って見守っている)、今日は別のベクトルで
おかしい。言い淀みなど不遜な無銘らしからぬ行為だ。小札を持ち出したのは、もっと源流の言葉を聞いた方が早いという
合理的な判断だが、それが却って無銘を追い詰めた。
「…………飯を食い、適当に遊び映画など見る」
「はい?」
「だから飯を食い、適当に遊び映画など見るのだ! 貴様と我が!!」
いよいよ赤黒い顔を誤魔化すように鐶の腕を引っつかみ、無銘はデパート内部めがけズンズカズンと歩き出した。
連れ去られる鐶。瞳は白黒していたが分かったのは義姉ぐらいだ。
小札は、言った。
「お仕事お疲れ様であります無銘くん!! ところでお見受けしたところ終了しだいすぐさま直帰直行なされるご様子。
いえ、無論忍びとしてはそれもご立派だと思いまする。しかしながら無銘くん、せっかくデパートに行きながら何も飲まず
召し上がらず帰られるのは深夜錦を着て故郷を歩かれるようなもの、まして鐶副長どのは御年8歳、肉体年齢は周知の
とおり12歳であらせられますが実年齢に限ってはまだまだ幼き方なのです。休日ご家族と斯様な場所にてお食事し、
遊ばれキッズ映画の一本など鑑賞なされる権利は当然にありまする」
「お仕事が終わったからとブラブラするのは性に合わぬと無銘くんは言われるでしょう」
.
- 69 :
- .
「でしたらこう考えられてはいかがでしょーか? 公務、かねてより戦闘続き、つい先日まで投獄され、長旅終えてやっと
銀成にたどり着かれました鐶副長。お疲れかと存じます。ゆえに無銘くんは慰労なされるのです。無銘くんなれば鐶副長
も喜ばれるコト請け合い!」
「しかし無銘くんにおかれましては先日鐶副長どのに靴を買われたため懐具合、大変さびしゅうかと存知ます」
「ゆえにこれをお使いくださいとババーン差し出しまするはヘソクリっ!!」
「遠慮ご無用!! お金とは使うべきときに使うもの!! さあ、さあさあっ! 今がその時でありまするお覚悟をーーーーっ!」
「にひひ。むかしと比べ随分押しが強くなりやしたねえ。お師匠。母は何とやらでしょうか」
『?? むかしの小札さんっておとなしかったの? いまはその、”ああ”だけど』
ブレイクとリバースは調整体である。但しDr.バタフライの作った粗雑なものではなく、基盤になった複数の動植物の精神を
統御できる『100年前失われた』高度な調整体である。肉体面・精神面は他のホムンクルスを大きく凌ぎ、ガラス越しの会話
を聞けるほど感覚も鋭い。小札の言葉が分かったのはそのせいだ。
「へえ。気弱少女でした。そのうえ巫女した」
『巫女!?』
時々「でした」の「で」を抜いて喋るブレイクだ。巫女のくだりは何だか日本語を無視していて、それこそ渦中の小札から話芸を
習ったとは思いがたいリバースだが、調理師の作法とパティシエの礼儀は必ずしも一致する必要は無い。文法と、人を楽しませる
語りの技術が相容れるとは思えないし、そもそもそんな細かいコトより巫女の方が気になった。
『巫女……あんな騒がしいのに巫女…………』
ここにクライマックスが居れば、真赤な袴萌えと騒ぐだろうが、あいにくあまりディープなオタク知識のないリバースは、ただ一般的
な、『神事を行い穢れを祓う』、神韻縹渺たる職業としての巫女と今の小札を突きあわせた。戸惑ったのは乖離ゆえだ。
「ですから」とブレイクはゆっくり立ち上がり、伝票を手に取った。
「巫女だったころは大人しかったす。いつも一世さん……お兄さんすね。アオフシュテーエンさんの後ろに隠れて震えておりやした。
俺っちに話芸仕込むよう言われたのも人見知り治すためす。最後のほうはそれなりに打ち解けやしたがね」
「さて、と」
会計を終えたブレイクたちはデパートの配電室に居た。楽な道中ではなかったらしい。警備員が2人、彼らの足元に転がって
いる。年のころはバラバラだ。腹が出ているのは帽子の上からでも分かるほど髪の白い中年男性。決して背が低くない相方よ
り頭ひとつ高いのは肌のハリからしてまだ10代の少年だった。どうやらバイトらしい。共に胸は膨らんだりしぼんだりで、息は
あるようだ。外傷も無い。……しゃがみこみ、ツインの頬杖をついていたリバースはヒマらしく、彼らを指でつついたり頬をつ
まんだりし始めた。なんてコトのない作業だが楽しそうだ。童女のような笑みが広がった。
「武装錬金」
配電盤の前でブレイクはハルバードを発現する。付近にいくつか防犯カメラがあるが電源はとっくに落としている。映像は
残らない。あとは警備員2人を起こし記憶を消すだけだ。
『……初めて聞いたよブレイク君。バキバキドルバッキーの『真の特性』』
「にひひ。隠しててすいやせんねえ。でもコレいうのは青っちだけすから」
『むー』
「お、照れてやすかひょっとして」
『知らない』
プイと顔を背けたリバースはちょっと不機嫌そうだ。『文字が必要っていったからコンビ組んだのに、ウソだなんて』。何やら
騙詐的な交流が両者の間にあったらしい。
『組みたいなら組みたいって素直に言えばいいじゃない。ブレイク君の馬鹿。騙すなんて最低』
「お、言えば組ませてくれたんで?」
『……別にそこまで拒む理由ないもん。盟主様が必要っていったり、戦略上必要なら、そーするし』
「とか何とか言ってー。本当は俺っちと組みたいんでしょ?」
『のーこめんと』
「照れ屋さんな青っちも可愛いっすねー」
- 70 :
- もう少女は何も言わない。ブレイクに背を向けたまま若い警備員の首の、産毛をむしり始めた。
「てかまたマニアックなコトしてますねー」
『産毛ならむしっても平気だもん。髪抜いて生えなくなったら可哀想だし』
器用にもその産毛で文字を書き答えるリバース。怒りながらも無視はしない。耳たぶだけがほんのり赤い。
ブレイクはソレをにへらと眺めながら、ちょっとだけ笑みを止める。
(可哀想、すか。髪絶滅するのが天国な位の地獄いろんなトコに振りまいておいて)
可憐で大人しげで、倫理観を持ち合わせている少女なのに、その振り分けはつくづく歪である。いわゆるリア充、青春を
謳歌している人間は平気で『意志を伝え』、破壊するのに、一方で孤児院を作り恵まれない子供たちのため身を粉にして
働いている。銀成市に来たのだって表向きは養護施設との意見交換だ。
(ま、壊れてるからこそいいんすけどねー)
ひょっとしたら一番壊れているのは自分かも知れない。愛と我が名を唱えながら天空のケロタキスは槍を振り──…
6階建ての銀成デパート。平日だが駅前とあれば客入りはそれなりに多い。
このとき館内にいた客739名(無銘・鐶・まひろ・沙織含む)と従業員245名(配電室の警備員2名除く)事務員27名と人
型ホムンクルス調整体3体(ただしブレイク・リバース除く)の合計1014名の頭を稲妻が貫きそして消えた。彼らは結局気
付かなかったが、手近な、蛍光灯やエアコンといった電化製品から迸った無色透明の雷は、迷うことなく全員の頭蓋に直撃
した。
針金のように長い背丈ほどあるハルバードを軽々と回しながらブレイクは笑う。
「俺っちの武装錬金の特性。それは禁止能力」
『……どうだか』
リバースはまだ拗ねている。
「例えば早坂秋水さんや津村斗貴子さん、それに六っち。俺っちに遭遇した訳ですが、いまは『思い出すのを』禁止しておりや
す。かの養護施設で遭遇したキャプテンブラボーさんも同じくす。完全防備のシルバースキンこそ装着しておりやしたが、それ
でもバキバキドルバッキーを防げぬ理由がありやしてね」
リバースも禁止能力については知っている。というよりかつて見た。化け物渦巻くライブ会場。128名の観客が逃げるコトも
できず全滅した事件。しかし小さな会場の出入り口は一切封鎖されていなかった。だがリバースは見た。逃げ惑う観客たちが
出口に着くや突然、扉の前でウロウロしだし、『開けられない』のを。……逃げるのを禁止したとブレイクは語る。彼を散々利用
しながら裏切った女社長は、その惨殺事件の後始末を不眠不休でやらされた。……眠るのも休むのも諦めるのも自Rるのも
禁止したとブレイクは語る。
仲間内では禁止能力の使い手として大いに警戒されつつ重宝されるブレイク=ハルベルド。
武装錬金から放たれる光を浴びたものは、ブレイクの命令どおり、あらゆる行動を禁止される。
狙撃。特攻。殴打。逃走。沈黙。痛罵。呼吸はおろか心臓の鼓動さえ禁止できるある意味最強の能力。
しかし今日リバースは聞いた。
禁止能力を超える真の特性を。
平素、年上ながらも手のかかる弟のように可愛く思っているブレイクに、リバースは時々おぞましさを感じる。
必中必殺の能力を誇るリバースが。音波と固有振動数と怨嗟で人の体をじわじわ崩壊させるリバースが。
ひとたび激昂すれば相手を徹底的に壊し、伝え、愛するリバースが。
おぞましいと思った、真の特性。
それはいま1000名を超える人間を蝕んだ。
消え行くハルバードを一瞬荘厳な光が包み粒が散った。
「さすが骨したが、やれねえコトはねえす。ま、リヴォっちには劣りますがね」
ニシシと笑うブレイクを背後に聞きながらリバースは立ち上がる。整った臀部をパンパンと弾きながら考える。
- 71 :
- .
(バキバキドルバッキー。ブレイク君の武装錬金。真の特性がおぞましいのはブレイク君だからこそね)
総角主税。数多くの武装錬金をコピーできる例外的な存在──義妹にとっては上司。このデパートで何か菓子折りでも
買わなきゃと、どこかズレた礼儀を描きつつ──に対して思う。
(たぶん貴方じゃ使いこなせない。真の特性どころか禁止能力さえ)
武装錬金は精神から発現する。いうなれば移し身だ。創造主そのものだ。だからこそ、使い手のポテンシャルを最大限に
活かす。リバースの『マシーン』が数多くの悲劇を撒いているのもまた、ポテンシャルゆえだ。『意志を伝えたい』『声は嫌い』
『声に傷つけられるべき』。厖大な憤怒を抱えながら、伝達、声というものがどれほど得を生まないか思い知らせたいリバー
スの武装錬金は、難消火性の低温炎だ。ひとたび燃え広がればじわじわと相手をいたぶる。すぐ死なず、すぐ燃え尽きない
からこそ周りの人間が生き地獄を味わう。それを存分に理解しているからこそ、ただ効果的なタイミングでガスコックを閉め
るだけだ。たったそれだけの観察と行為で最大限の悲劇を生める。人間的な業の成せるわざだ。
(ブレイク君は、自分の知識や生き方を最大限に活かしている。ちゃんとした、人間社会で通用する努力や積み重ねに裏打
ちされているからこそ……『真の特性』も禁止能力も…………破られない。総角主税さんもコピれない)
「『把握完了』。じゃ、これで無銘くんと光っちのデート円滑にしますか」
最強といえる能力でやるのがそれなのだ。溜息が漏れた。
(本当、人間なんかもうどうでもいいのね…………。いつでも好きなようにできる、と)
一方で尊敬もしている。恨みが、思わぬところで爆発するリバースなのだ。高いところで飄々としている彼を……愛している。
ブレイクにつられて歩き出す。「ついでにデートしやしょう」、申し出はみぞおちへの肘鉄で答えた。それが日常だった。
「……つっ。今のはアレやな。ブレイクの禁止能力」
「ああ面倒くさい。デッドが、こんなところ来ようっていうから……」
「うっさいわボケぇ。まだ『待機状態』、ブレイクの言葉聞かん限り禁止されたりせえへん」
だいたい蜂起前やから荒事は起さん、そう断言するのはショッキングピンクしたキャミソールの少女。金髪でツインテール。
前髪に銀のシャギーが入ったいかにも派手な姿である。目は黄色のティアドロップのサングラスで隠れているが鼻筋と口
元は整っており、あたかもお忍びでやってきたアイドルのようだ。つまりそれだけ可愛らしさの期待できるいでたちだ。
……ただ、手足からときどきキィキィと、微細だが、なにか金属のこすれるような音がした。しきりに肩や下腹部を気にする
のも特徴的だった。
「というかまだ買い物するのー? もうボクやだ。さっきさんざん商店街めぐったしいいでしょ〜」
気だるげな声をめいっぱい間延びさせ疲労を訴えるのは真白な少年。無彩の眩い光輝の化身かと思えるほど皓い。色彩
といえばベビーブルーが淡く滲んだ銀髪と、シグナルレッドの電子を爛々と帯びる瞳と、艶かしく湿るカーマインの唇ぐらいだ。
あとは総て白い。だぶついた上下の長袖さえウルトラホワイト。だらしなく着崩れた上着から覗く鎖骨の陰影さえ白かった。ど
こか人ならざる雰囲気があり道行く人は見蕩れかけてもそれが罪悪のように思えて視線を逸らし素知らぬふりだ。
実際かれは人を超えていた。生まれは300年先。800年周期の時空改竄を何百何千と繰り返してきた神の年齢だ。
- 72 :
- 以上ここまで。やっとSSの感覚戻ってきました。
- 73 :
- >>スターダストさん(まとめサイトの不具合(?)は今問い合わせてます)
殆ど回想シーンだけみたいなもんですが、久方ぶりに小札っっ! で見せてくれたのは、無銘に
対してだけ発揮されるオカン属性……否、「母親属性」ですね。真面目に。電王のデネブみたいな
ギャグ要素はない。しかも今回のは、鐶をも包み込んでの母的気遣いに満ち溢れてて。慈母ですよ慈母。
- 74 :
- デパート1階の中央部には駅前商店街がそのままある。幅10mほどあるゆったりした通りの両側にインテリアショップや
古美術商、本屋に服屋にCD屋さん。総て個人経営。大手デパートと地元産業が共存しているのは全国でも珍しい。事実
最近、ここは貴重なモデルケースとしてとみに注目を帯びている。
銀成市初の名誉市民は2代目市長だった。杉本某氏という、どこか防人衛に似た名市長は、戦後荒廃する故郷を立て
直すため数々の手を打った。
銀成市南部のサツマイモ畑が広がる平野に大きな幹線道路を造り交通の便を良くしたのもその一環であり。
引退間際の最後の一策こそこのデパートと商店街の……共存。
全国チェーンのデパートでありながら地元産業に密着した収益形態は平成不況の冷風を凌ぐ傘としていまも銀成市を守
っているのだ。
デパート内の商店街は吹き抜けになっており、少し首をあげれば6階まで一望できる。さらにその上には丸いドーム状の
天井が広がっていた。半透明で、天気のいい日は日光が仄かに注ぐ。蔦のように天蓋へ絡みつく無数の支柱は水色で、
明るさと爽やかさを一層際立たせている。
1階の、通路の中央にはぽつり、ぽつりと木製の長椅子や観葉植物が置かれているが……。
灰色の雑踏すりぬけ歩く無銘の顔は浮かない。
肩に三国志の武将みたいな飾りをつける鳩尾無銘は忍びだし物言いもどこか時代がかっているから、現代社会に取り残
される古いタイプと思われがちだ。実際好みは古いもの──信楽焼きのタヌキや忍者刀の錆びた鍔など──で、最先端の
情報端末にとっぷり浸かるのは好まない。とはいえまったく社会情勢に疎い訳ではなく耳は早いほうだ。忍びとは情勢を
いちはやく掴み自分ないしは依頼主を利する存在。で、あるかしてら現代の、一般的な少年少女の慣習は基礎知識として
一通り知っている。(チワワ時代、人間形態になれたらすぐ潜入活動できるよう自ら叩き込んだ)。
デート。心相通ずる男女が同行し飲食や買い物や娯楽を嗜む行為。
小札に命じられた鐶の『慰労』はまったくそれに該当する。
するが、意識するとマズい。忍びほど倫理と任務の間で苦悩する職業は無い。心を殺し問いかける。
「……で、貴様の行きたい場所は?」
とにかく「ただ食事し」「ただどこかに寄る」。それだけ意識する。任務なのだ。小札から帯びた。私情はない、ない筈だ。
少年忍者の苦悩は濃い。
さて、彼が懊悩する間、鐶は無表情ながらに大変うずうずしていた。口をのたくったミミズのような形にして期待いっぱい
に前往く無銘を見ていた。意外に太く浅黒い首筋にドキドキしていた。最近人間形態になったばかりなのに、もうタコや潰れ
たマメに堅く引き締まる拳の感触を、彼らしいひたむきな努力の痕を、掴まれている、自分の、細い左腕から目いっぱい感じ
ていた。
そしたら無銘が急に振り返ってきた。行きたい場所を問われた。
急なコトでどう答えていいかわからず、テンパった。
「わわわわし、無銘くんのおいでる所ならドコでもかまんぞなもし!」 (おいでる → 行かれる かまんぞな → 構わないです)
目を、やや垂れ気味の三本線に細め右手をブンブン振る。普段とはかけ離れたアクティブでコミカルな仕草だった。拳が
落書きのような丸と化し、腕ときたら線画の残影だ。顔は赤い。あと体の投身が戯画的にやや縮みしかもクネクネしている。
「ほうよ! わし、ついにおおれるならええんよー!!」 (ついに → 一緒に おおれる → 居られる)
声も闊達。元気一杯、弾みに弾んでいる。
鐶光は伊予の出身である。
厳密に言えば母親が、わざわざ郷里に里帰りして出産した。(育ちは義姉と同じ地域)。ただ快く思わないリバースが『躾け
た』ため、普段は標準語を用いている。翻訳には手間取るらしい。途切れ途切れのボソボソ喋りなのはそのせいだ。
なので起きぬけや混乱時はつい未翻訳のままとなる。簡単に言えば”地”が出る。
「……おい」
「はっ!」
半眼の無銘にやっと混線具合に気付いた鐶、
「なななななんちゃない!!(何でもない!)」
- 75 :
- バっと5m駆けそして隠れた。『銀成市で3番目に旨いコーヒー』そんな看板──高さ1mあるかどうかどうかの──の影に。
しゃがんだのだろう。横から、ちょろりチョロリと顔を覗かすのは、例えば子犬ならかわいい仕草だが、目がまったく虚ろな
ため心霊写真かというぐらい怖かった。「うおおっ!?」。現に道行く人の何人かなどは霊障を見たと真剣に勘違いし慄いて
いる。主婦はネギの飛び出た白いビニール袋を取り落とし、若いカップルは揃って硬直。アイスを口につけたままアカホエ
ザルより真赤な顔で泣くのは小さな男の子。驚きすっ転ぶ男子高校生は逆に幸運だった。鐶が、肉ある少女と気づけるの
だから。
(遁げた者たぶん信じ続けるぞ。怨霊見たと……)
瞳が年相応に大きくパチクリしているから却って負の無限力に満ちている。ビタリと止まり看板のヘリに手を掛けじつと凝
視してくる鐶。照れ隠しか半笑いになった。ガチガチに強張ってるせいか正気に見えず、だから無銘は総毛立つ。
「怖い。本当怖い。戻ってこい周りに迷惑。あと貴様が行きたい場所を言え」
鐶はゆらり伸びあがって(緩慢ながら残像が出るほど滑らかだった。それが強さの証なのだが無銘に言わせればキモかった)
トテトテ駆けより手を伸ばす。
「んっ……です」
無銘に何かを渡しUターン。元の看板の影に。今度は仄かに赤い顔で無銘を眺めている。それで可愛くなればいいのだが、
今度は瞳孔がキュウっと開いたのでますます怖い。イッちゃってる覗き魔のようなカオだった。「いい加減帰ってくれないかなぁ
このコ……」。ボヤくコーヒーショップの店主に心底何遍も謝りながら拳を見る無銘。渡されたのは紙片であるに4つ
折りされたそれを広げる。デパートの見取り図が現れた。
先生が答案用紙に振るような赤い丸で囲まれていたその店は……やはりというか何というか。
「ドーナツだな。ドーナツのお店でいいんだな」
「ん゛っ! ん゛っ!」。無表情が2度強く頷いた。真赤な三つ編みが元気よく跳ねた。
鐶の示したドーナツのお店は平日でも行列ができるほどの有名処だが、運良くふたりは並ぶことなく買い物ができた。
「お客さん。何がよろしいですか?」
「プレーンシュガーで」
3階。憩いの広場。合成樹脂製のマットが敷き詰められた空間は、未就学児童たちの天国だ。買い物に疲れた主婦たち
が我が子を放流し一息つく空間。「実家のサツマイモ畑に変な全身フードがうろついていた」だの「最近できた病院にはとん
でもない名医がいる」だの「ありふれた日々の素晴らしさに気付くまでに2人はただいたずらに時を重ねて過ごしたね」とか、
他愛もない会話が飛び交っている。
そこからちょっと離れたところに丸テーブル×1と椅子×3のセットが5つほどある。若者たちが歓談する席もある。サラリー
マン風の男が座りノートPCを広げると、きょうび珍しく気遣ったのか、若人たちは声のトーンを落とした。それよりさらに小さな
声を漏らしたのは鐶だ。
「さすが……おいひい……でふ…………」
先ほど買ったドーナツをもぐもぐ食べている。チョコに色とりどりの粒がまぶされたオシャレな奴だ。どうもプレーンシュガー
だけでないらしい。訝る無銘に「うふふ……。ドーナツなだけにプレーンシュガーです。プレーンシュガー……プレーンシュガー。
うふふ……ドーナツなだけに…………」などと意味不明な供述をしておりイヌのお巡りさんは追求を諦めた。
「といふか…………無銘くん…………どうしふぇ……コーヒーでふか…………?」
いつもは飲まないのに。問いかけに苦い顔をしたのは味のせいではない。
(貴様が!! 看板に隠れたせい! だろうが!!)
わずかな時間とはいえ客足は確かに減少した。悪霊に憑かれていると勘違いした人が何人か、舳先を曲げ去っていくのを
無銘は確かに見た。その分の売り上げぐらいテイクアウトで補填せねば気が済まぬ無銘なのだ。
(しかし味わってみればこのコーシーとかいう奴。……おいしいな。コーシーは普段飲まぬが旨いぞ。うむ)
無銘は犬型である。一般流通のミルクを飲むとお腹が壊れる。でも山羊ミルクなら平気だ。件の店に取り扱いの有無を
聞いたところ、あっさりと出てきた。無銘は輝きを感じた。たとえるなら翡翠の朱と碧だ。店主の「俺通だろ!」みたいなサム
ズアップに少なからず友情を感じた無銘だ。
(とにかくいいな。大人だ。大人の味がするぞコーシー。匂いがつくゆえ敬遠していたがコーシーはスゴイ。山羊ミルクもいい。
力がみなぎる。フハハ。今の我は魔犬よ。ブルドーザーぐらいの魔犬よ!)
- 76 :
- 「あの…………無銘くん?」
「おっとあやうくオッドアイになるところだった。クク。危ない危ない」
「はい!?」
「ククク……。古人に云う。我が名はヒスイ…………。変貌の歴史より乖離せしただ1頭の! 魔犬!」
「む、無銘くんがようたんぼーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」(ようたんぼ → 酔っ払い)
なんだか地鳴りを秘めているようなタダならぬ様子に声をかけた鐶だが、却って訳の分らぬことを言われ混乱した。
「古人に云う。疲労回復にはミルク入りのコーヒーがいい。本来カフェインは交感神経を刺激し、興奮作用をもたらすが、少
量の摂取ならば排泄反射を促し、副交感神経が優位になり、リラックスする! ミルクを入れた場合、脂肪がその時間を延長
する!!」
「落ちついとらんよ無銘くん! ああああとコーシーちゃーう! コーヒーぞなコーヒー!!」
モズが溺れたようなギシギシ声をあげ。鐶は目を真白にしながら立ち上がった。椅子が倒れ派手な音を立てた。若人や
サラリーマンが何事かと目を向けた。
「フヒャヒャアヘハハハ見える見える前世が見えるー! 一人称我輩のウッソつきがー!! 我を大変強くしたー!!!」
無銘は出来上がっているらしい。瞳をグルグルしながら意味不明なコトを抜かしている。
初めて飲んだおいしいコーヒーに興奮しているらしい。
鐶は説得を諦めた。自然回復を待つか総角か小札を呼ぶぐらいしか手は無い。とりあえずイチゴチョコのドーナツを食べる。
「むぐむぐ……むぐむぐ……」
「フフフ。ハーッハッハ!!」
変な食卓だった。
警備室。
「とりあえず普段混雑するお店に誰も行かないようしてみやした」
『みやした……って。簡単に言うけど普通できないよね?』
”してしまう”のがブレイクだ。リバースはいくつかあるモニターの中で、本来いないはずの朋輩2人が歩いているのを認める。
きっと異変に気付いているであろう彼らに、ブレイクは、『禁止能力の一環です』とだけ言って誤魔化すのだろう。
外でバタバタと足音がした。続いて乱暴に開くドア。濃紺の服をきた一団は警備員ズで、先頭が、ブレイクとリバースを見て
あっと息を呑んだ。「何者だ君たち」とか「どうしてここに」とか月並みな声を漏らす彼らにリバースはただ微笑を向けた。
ブレイクだけが少し大儀そうに立ち上がり……。
稲光とともに具現するハルベルドを、躊躇なく、彼らに向かって振りおろした。
「……?」
鐶は瞬きをして天井を見る。デパートは中央通りを境に西ブロックと東ブロックに別れている。こちらは細い通路の両側に
全国チェーンの薬局や和菓子屋が居並ぶありふれた内装だ。ショーケースの中でマネキンが服を着ている。
白い床に白い天井。明るく清潔感のある照明がどこまでも降り注いでいる。
……。
何かが、おかしい。
景色に名状しがたい違和感を覚えた鐶が天井の電球の1つと睨み合いをしていると、引きずっていた無銘がやっと目を
覚ました。彼は、足首を掴まれゴミのように引き摺られる待遇に一瞬泣きそうな顔をしたが何事もなかったように戒めを解
き立ち上がる。何事もなかったコトにするため黙々と歩き出す。遅れまいと歩調を上げる鐶の頭上を電球が通り過ぎる。首
を捻じ曲げながら尚も凝視した電球。外観上は特筆すべき異常はない。
ただ光が、ごく僅か、本当にごく僅かだけ紫がかって見えた。
青みがかった紫。
鐶の知る照明の色と微妙に食い違う色。
- 77 :
- .
……虚ろな瞳に茫洋と浮かぶ電球型の蛍光灯。
何かが、おかしい。
微かにフラッシュバックした光景は総角。かつて在った霧の中の対峙。微細なる違和感のカテゴライズ。
鳥の視覚は4原色の入り混じりだ。人間より1つ多い。光の波長を”より正確に”捉える。
歩みを止めそっと蛍光灯に手を伸ばし──…
「あ! ひかるんだ!!」
思わぬ声に硬直する。
「むっむーもいるよ。ナニナニひょっとしてデート!?」
腕を上げたままようやく首だけを声に向ける。
居たのは少女ふたり。
髪が栗色で背中まで伸びているのは武藤まひろ。
思わぬ遭遇が嬉しいのか駆けてくる。髪やスカートや、鐶に余裕勝ちしている身体部分を揺らして。元気いっぱいに。
その後ろで、パーを口元に当てやや下世話な赤面笑いを浮かべているのは河合沙織。
やや黄味のかかった髪を両端で結んでいる。
……鐶が一時期姿を借りていた少女だ。厳密に言えば監禁した挙句、何食わぬカオで成りすましていた。普通に考えれば
おぞましい行為。貴信同様、後ろめたさを感じている。スローペースな鐶にしては珍しく慌てて居住まいを正し向き直った。
制服姿の2人を見た瞬間、照明に感じた違和感が褪せた。それでもまだどこかに引っかかっていた。
よく調べれば、鋭い鐶は、仮説程度の疑念は抱けたのだ。
『なぜ日ごろ混雑している人気のドーナツショップが今日に限って空いていたのか』。
一見ただの幸運に見える出来事の裏に何が潜んでいるか……少しだけ、考えられたのだ。
「あら光ちゃん。……と無銘君にまひろちゃんに沙織ちゃん」
後ろから来たのは早坂桜花。恐るべきタイミングの良さで、だから青紫の光は意識から消し飛ぶ。
『2人きりのデートなのに他の人呼んじゃうの?』
「乱数調整す。まーまー見ていて下せえや。楽しいデートを演出いたしやす」
「おめでとうございまーす!! 1等の超高級ビーフジャーキー1年分です!!」
ハンドベルの輝かしい音の中、鐶はコロコロ転がる黄色い玉を眺めていた。
「よくやった鐶お前よくやった!! 偉いぞスゴいぞ神だぞ貴様イズゴッド!! 貴様イズゴッドだ!!」
肩が痛いのは後ろの無銘はバンバンと叩いてくるからだ。何も言わないうちからこの少年はご相伴に預かれると思って
いるらしい。やや図々しい反応にしかし鐶は苦笑いしつつ「あげます……から、ね」。振り返って約束する。
「あー。もっと後ろに並べば良かったねまっぴー」
「でもさーちゃん缶詰もらえたよ缶詰!!」
後でちーちんやびっきーと食べよう。4等にも関わらずまひろは幸せそうだ。
合流後しばらく歩いた一行は福引抽選所に遭遇した。館内総ての店舗の買い物レシート3000円分につき1回引ける
という。(引くというが実際は八角形の筺体を、2度直角に曲がった真鍮製の取っ手で回す。いわゆる”ガラガラ”だった)
レシートなら幾らでも持っている鐶だ。何しろ買出しに来ている。3回は引けるだろう、そう目算をつけたがしかし買出し
は部費で行ったものだ。いわばガラガラの抽選券を学校の公費で買ったようなもの……。無銘とほぼ同時に気付いた鐶
は「いいのかなあ」という顔をした。
「大丈夫大丈夫。私が話をつけておくから」
- 78 :
- 鐶は先ほど買ったドーナツの、無銘は同じくコーヒーのレシートで。
ジャンケンの結果、桜花、沙織、まひろ、鐶、無銘の順番でガラガラを引いた。
「……」
桜花の手にはティッシュが3個。狡いコトを目論んだ罰であろう。
「えー……。何に使えばいいのコレ」
泣き笑う沙織。当てたのは般若の面。江戸時代中期の名工が創り上げた逸品で特賞だった。
「やた! おやつが増えたよ!!」
喜色満面のまひろが高々と掲げるのは前述通り4等のフルーツ缶。
で、鐶は超高級ビーフージャーキー1年分(販売価格365万円。懸賞の法律的にどうなのだコレは)を当てたが、表情は
どこか浮かない。
「どしたのひかるん。1等だよ1等。もっと喜ばなきゃ」
声をかけてきたのは沙織だ。鐶は答える代わり、彼女の所有物をじつと眺めた。
「そりゃ特等だけど……特等だけど」
沙織はベソをかいた。般若が腕の中で爛々と目を光らせている。
「こんなの喜ぶ人いないよ絶対」
「いいなあソレ!! 欲しい!」
「居たーーーーーーー!?」
思わぬ声に振り返る。無銘がハッハと息せききって眺めている。
「それは幕末の御庭番衆も愛用した由緒ある逸品なのだ!!」
「……忍者が愛用品知られちゃおしまいじゃない?」
能力知られそうだし。きわめて現実的な意見を述べる桜花の顔色は悪い。
(生徒会長なのに……3回も引いたのに…………なんで私だけ外れなの…………)
ちなみに桜花、この日が福引初体験である。まがりなりにもテストや会長選挙といった学内競争は元よりL・X・Eでの生存
競争を勝ち抜いてきた自負がある。福引だろうと勝てる、そんなやや大人気ない、しかし年相応の少女らしい自信を以て
臨んだのだが、見事に打ち砕かれた。
「あの……大丈夫……ですか?」
ええちょっとヘコんでいるだけ。鐶に軽く答えると桜花は微笑む。気落ちなど無かったような美しい笑顔に鐶はお姉ちゃん
分が補充されるのを感じ──…
ガリッ
カメラ越しに、警備室で、その表情を見たリバース。周囲で嫌な音がした。
- 79 :
- >>78訂正
茶目っ気たっぷりに笑ったのは生徒会長。桜花だ。もし学校全体で使えそうな物が出たら、還元というコトでみんなの物に。
あまり高くない、ハズレな物品が出たら、それはもう買出しのお駄賃として貰っておく。……まったく清濁併せ呑む見事な大岡
捌きにまひろと沙織は色めきたった。「流石だ」「頼りになる!」。
とはいえ、かつて銀成学園を襲撃し、校庭にいた生徒や剣道部、先生たちを悉く胎児にした鐶だ。それが学校のお金で
役得を得るのはやはり悪い気がした。無銘もそういう所には厳しい。
とりあえず買出しのレシートは桜花に預けた。
まひろや沙織は流石地元民というか、この日に合わせて沢山のお菓子と僅かな学用品をまとめ買いしていた。デパート
に来たのはそのせいだという。
鐶は先ほど買ったドーナツの、無銘は同じくコーヒーのレシートで。
ジャンケンの結果、桜花、沙織、まひろ、鐶、無銘の順番でガラガラを引いた。
「……」
桜花の手にはティッシュが3個。狡いコトを目論んだ罰であろう。
「えー……。何に使えばいいのコレ」
泣き笑う沙織。当てたのは般若の面。江戸時代中期の名工が創り上げた逸品で特賞だった。
「やた! おやつが増えたよ!!」
喜色満面のまひろが高々と掲げるのは前述通り4等のフルーツ缶。
で、鐶は超高級ビーフージャーキー1年分(販売価格365万円。懸賞の法律的にどうなのだコレは)を当てたが、表情は
どこか浮かない。
「どしたのひかるん。1等だよ1等。もっと喜ばなきゃ」
声をかけてきたのは沙織だ。鐶は答える代わり、彼女の所有物をじつと眺めた。
「そりゃ特等だけど……特等だけど」
沙織はベソをかいた。般若が腕の中で爛々と目を光らせている。
「こんなの喜ぶ人いないよ絶対」
「いいなあソレ!! 欲しい!」
「居たーーーーーーー!?」
思わぬ声に振り返る。無銘がハッハと息せききって眺めている。
「それは幕末の御庭番衆も愛用した由緒ある逸品なのだ!!」
「……忍者が愛用品知られちゃおしまいじゃない?」
能力知られそうだし。きわめて現実的な意見を述べる桜花の顔色は悪い。
(生徒会長なのに……3回も引いたのに…………なんで私だけ外れなの…………)
ちなみに桜花、この日が福引初体験である。まがりなりにもテストや会長選挙といった学内競争は元よりL・X・Eでの生存
競争を勝ち抜いてきた自負がある。福引だろうと勝てる、そんなやや大人気ない、しかし年相応の少女らしい自信を以て
臨んだのだが、見事に打ち砕かれた。
「あの……大丈夫……ですか?」
ええちょっとヘコんでいるだけ。鐶に軽く答えると桜花は微笑む。気落ちなど無かったような美しい笑顔に鐶はお姉ちゃん
分が補充されるのを感じ──…
ガリッ
カメラ越しに、警備室で、その表情を見たリバース。周囲で嫌な音がした。
- 80 :
- .
「本当はアレ欲しかったんでしょ、アレ」
桜花の指差す先を見てうなずく鐶。2等はバラエティ豊かだった。高級腕時計もあれば化粧品の詰め合わせもある。加湿
器にコーヒーメーカーに銀の装丁が施された食器たち……その中に紛れてプラモのセットがあった。箱にはいかにもヒーロー
チックなロボが描かれている。カラーリングも形状もまちまちなそれが20個。鐶曰く同じシリーズのロボットらしい。定価で買えば
約12万円かかるとも。
鐶はひとつひとつ名前を挙げてどういう機体か説明したが桜花は半分も分からなかった。女性なのだ。ロボットには疎い。
とにかくだ。
鐶は目当てを外した。後ろには無銘がいる。
これで盛り上がらずにいられないのがまひろと沙織だ。
「頑張ってむっむー!!」
「ひかるんにいいトコ見せるチャンスだよ!!」
無銘は何か言いたげにグッと唇を尖らせたが、「反論すればますますつけ上がる」とばかり顔を引き締め一歩踏み出す。
「まあいい」
鐶の頭を軽く撫で、通り過ぎる。
「ちょうど気に食わなかったところだ。タダでビーフージャーキー得るのは施されてるようでつまらん」
レシートが係員の眼前に滑り込む。少年は腕まくりしガラガラに臨む。
「それにフハハ!! 今日の我はコーシーのせいか負ける気がせん!」
「むっむーが燃えている!」
「その意気だよ頑張って!!」
「クク、2等など軽く当ててくれるわ!!!!!」
腕まくりして取っ手を掴む。やがて波打ち際のような音立て廻る八卦の函。
沙織、まひろ、桜花、そして鐶が固唾を呑んで見守るなか飛び出た玉のその色は──…
無銘は正座した。正座したまま成果の前でうなだれる。
沈黙して5分が経った。空気は重かった。紫に着色されてもいた。黒い戯画的太陽がいくつもピヨピヨと旋回した。
ポケットティッシュの、周りで。
「お、落ち込まないでむっむー! ほ、ほら私のオレンジあげるから!」
「ゴメン……。悪いのは私たちだよ。ヘンに盛り上げたから」
「そ、そうよ。私なんか3回連続だし…………。むしろ普通よ普通」
こんなところで運を使わないほうがいい。人生は長いのだ、いつか今の不運分の幸福が訪れる。
などという慰めは届かない。ハズレはハズレ。厳然たるハズレ。
無銘は何もしゃべらない。答える代わり膝を抱えた。洟をすする音がした。
「泣いてる……辛いんだねむっむー」
「あー。その、そこまで悲しまなくてもいいんじゃないかあ」
沙織は顔を引き攣らせた。むしろ泣きたいのは自分だともいった。せっかく特等当てたのに来たのは般若だ。
「恥ずかしいのよ。いろいろ大口叩いたから」
三者三様の反応を見せる女性陣。その鼓膜を「ぶふっ」という奇怪音が叩いた。
出所をみる。口元を押さえた鐶がいた。ぷるぷると震え目の下の皮膚が充血している。
「ハズレ……。ハズレ……って……。普通ココで引きますか…………。面白い、です。お腹痛い、です。運なさすぎ……です」
紫の空間が一転燃え盛るのを桜花たちは目撃した。吹き抜けし一陣の黒い颶風は少年忍者。殺到という言葉
はこの時編み出されたのではないかと思えるほど速く、鐶に詰め寄っていた。
- 81 :
- 「貴っ様あ!! 人の!! 人の不幸をっ!! 笑うなああああああああああああああああああ!!!」
「『それにフハハ今日の我はコーシーのせいか負ける気がせんクク2等など軽く当ててくれるわ』……でした……っけ?w」
「声真似もやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
怒号と悲涙を撒き散らしながら無銘は少女を揺する。顔はいろんな意味で真赤だった。
「ティッシュは2等でしたっけ……? ティッシュは2等でしたっけ……?」
揺すられる中、壊れたカラクリ人形のように、無表情を、カタカタ上下させる鐶。どうやら爆笑しているらしい。
「うぜえ!! 鐶貴様、本当うぜえ!!!」
「1等の……1等の……ビーフジャーキー……食べます……?」
「1等強調するなあ!! 笑いながら聞くなあ!!」
怒りの無銘だが鐶が何か喋るたびどんどんどんどん失速していく。それがおかしかったのだろう。とうとう桜花までもが
噴き出した。この場における年長者が堰を切ったのだ。もはや止める者はいない。沙織はクスクス笑い、まひろも微苦笑
した。
「二度と外さんからな!! 今度こういう大事な局面が来たら絶対当てるからな!!」
「はい……期待して……期待して……います」
「だから笑うなあ!!
プラモは結局当たらなかったが、無銘たちと過ごす和やかなひとときは決して悪くなかった。
虚ろな瞳をしながらも、鐶は、束の間の幸福を味わった。
警備室。10数分前かけつけた警備員たちだが今はふらふらと去っていく。
まったくの部外者2人にセキュリティ総てを掌握されたにも関わらず。
「乱数調整す。光っちの『枠』的にこの展開が一番おもしれえので並び順変えてみやした」
『5回』。鐶より先にそれだけ回せばこうなるのは分かっていた……そうブレイクは述べる。
「ま、買い出しのレシートは使わないでしょう。でも桜花っちがいれば、生徒会長権限と枠にかけて全部消化しやす。まひろっ
ちと沙織っちだけじゃきっと躊躇ったでしょうからね。このお三方を誘導させて頂きました」
軽く言うが一体どうやったというのか。彼は警備室にいる。そこから一歩も動かぬまままひろたちを意のままにしたのだ。
ガラガラの中身を知りえた理由も分からない。
リバースは喋らない。もともと寡黙だが、お馴染みのスケッチブックでの『お喋り』さえしない。
モニターの中で、桜花が、鐶に何か話しかけた。鐶は恋する乙女のようにはにかんだ。
リバースはそれを、笑いながら、見た。
黒く染まった白目の中で血膿ほど濁った虹彩を爛々と輝かせて。
口は鉤状に裂けていた。手近な壁には無数の爪痕。低い声で呪詛を漏らしながらギリギリと引っ掻いている。
「おお怖」
ブレイクは肩を竦めて苦笑した。「でも可愛い」、蕩けそうな声を付け足して。
- 82 :
- 以上ここまで。
- 83 :
- いちおうトリップ表記。
- 84 :
- >>スターダストさん
鐶本人にそうする気がなくとも、それでも鐶に振り回される形になるかと思いきや。コーシーや福引の
おかげで、無銘もきっちり楽しめたようで何より。途中からは完全にデートではなくなってますが、
それもまた良し。が、そういう状況になった原因はまひろたちの「素の」賑やかしではない、と……
- 85 :
- 桜花たちと別れた無銘と鐶はそのあとしばらくデパートをウロウロした。
デート、である。鐶は浮かれていた。
(なう! いっつぁしょーたい!! 最高のシチュエーション!!)
未来なんて見えない、だから目の前だけを見つめて突き進むだけさなのである。
まず巨大ロボットがカイジュウと戦うハリウッドの映画を見た。
(おお……スパロボにはない…………大迫力……です)
(頑張れ忍者ロボ! 頑張るのだー!!)
次に向かったのはブティックショップ。無銘は、柄にもなく鐶の服を一緒に選んだ。
「き、貴様はいつも羽毛だからな。実は服きとらん。服に見えるのは毛だ。体毛……なのだ」
「どうして……そこで……赤くなる……の……ですか?」
「黙れダマレエ!! とにかくいまは銀成の制服着てるが、この際だ、服着る習慣をつけろ!」
「……でも…………戦ったら……破れ……ます……。すっぽん……ぽん……です」
七分袖やフレアスカートといった着衣、に見える羽毛はなかなか頑丈。激しい動きにも耐えうる強度だ。鐶は強い。速い。
並みの服はついていけずすぐ滅失……と思い当たった無銘、黙り込む。
「…………光を……乱反射して……ステルス迷彩……やったり…………、蓄えた毒……滲ませて…………触れるだけで
注入したり…………できます……」
羽毛の方が何かと便利。鐶の主張に押し黙る。
「……」
「その沈黙は……裸になって参っちんぐ……が、いいなあの……沈黙……ですか? それとも、困るヤバイやっぱ羽毛のが
いいの……沈黙……ですか?」
「貴様!! そーいう問いかけされたら、まるで我が裸目当てで着衣すすめてるようではないか!!」
「真意はどうあれ……羽毛でも……服でも…………私の露出は……高い……です」
「うぐ」
「無銘くんの……えっち」
「違う!!」
「本当に?」
鐶は一歩歩み出た。
「…………」
無銘は後ずさった。
「本当に?」
更に鐶が前進。いやそのと口中でモガモガ言いつつ無銘が立ち止まったのは、まさに不退転の覚悟、けして退かぬと言う
意思表示だが、しかし虚ろな少女はなお間合いを詰めてくる。後ろに向かって弓なりに曲げた背中が全身のバランスを崩す
までさほどの時間はかからなかった。背後へと数歩たたらを踏む。反射的に手を伸ばしたのは商品の、服の、ハンガーで、
それは敢え無く崩れ行く体勢の慣性に巻き込まれる。ジャっと指先をすっぽ抜け飛んだ服を鐶は冷然たる無表情で掴み
元の位置へ。同じコトを何度か繰り返すうちとうとう壁際に追い詰められる少年忍者。まるでカラクリ屋敷の回転扉でも
探すように両手を広げ適当な場所をバタバタ叩いてみるが無論虎口を脱するには至らない。鐶はあくまで無表情のまま
歩みを止め「で?」と聞いた。声に感情がこもらないのは元よりだが、かかる奇妙な威圧の中では一際に恐ろしいとみえ
とうとう無銘は観念した。ギリリと歯噛みし、目を落とし、
「…………興味が、な、無い訳はない。我とて男、本能はある」
苦悩の表情で呟く少年。少女は大仰に両手を広げた。
「爆弾……発言ですね……。びっくり……です。恥ずかしいけれど…………無銘くんなら……おk……です」
「で!! でも服着てちゃんと隠して欲しいというのも本音だ!!」
「おkは……スルーですか……?」
鐶はションボリした。せっかくのアプローチが無視されて悲しかった。よく分からないが傷つけたようで、だから無銘は
慌てた。
「しなかったらまた我を苛むだろうが!! そもうら若き女子が肌を露にするのは嬉しいが! 嬉しいが、日本国に生きる
ものならもっと慎むべきなのだ!!」
「…………それはまた……複雑……ですね……。えっちな……癖に……」
唇に人差し指を当てつつ鐶。淡くけぶった靄よりもボヤーとしている。無銘、馬鹿にされた気がしてヤケになる。
- 86 :
- 「っさい!! この際ブッちゃけるとだな!! 龕灯!! あれ、女湯とかに密かに忍ばせたらどーなるんだろうっていう
好奇心は確かにある!! 桃源郷見れるんじゃないか桃源郷見れるんじゃないかっていつもドキドキしてる!!」
「確かにアレは……映像記録……と再生……できますが……。やったの……ですか?」
「しとらん!!! 人としてダメであろうそれ! かなり駄目だ!!」
「…………夢を壊すようですが……女湯の……お客さん比率…………40代以上がほとんど…………です」
電撃に打たれたように硬直する無銘。「わ、わかいおねーさんはいないのか」、目も唇もまっしろにして切れ切れに喘いだ。
よほどショックだったらしい。しかし鐶は容赦なく現実を突きつける。
「10代……20代の…………ギャルたちが……キャッキャウフフしてる……訳……ない……です………………。そりゃ、
私や……小札さんや…………後頭部に…………リーダーと無銘くんに……向こう半日は……絶対めざめないよう……
念入りにリンチされアブクを吹く……貴信さんを貼り付けてる……香美さんは…………キャッキャウフフして…………お胸
を……後ろから持ったり……触ったり……してますけど……そーいうのは…………住所不定の……訳ありの……女のコ
じゃなきゃしない……です」
普通の若い女性は家で入浴する、集団でくる道理などない。だから覗いても無駄……宣告が進むたび無銘は目に見えて
消沈していく。はじめ白目を剥いていたのが、うつむき、やがて頭を抱えて座り込んだ。
鐶はそんな彼に優しい眼差しを送り、そっと頭を撫で
「あと……さらりと言ってますが……女湯”とか”って……なんですか……?」
死体蹴りを敢行。無銘の肩が大きく跳ねた。余罪を追及するとても厳しい尋問だった。
「他にもまだどこか覗きたいの……ですか……? どき……どき……。場所によっては…………すごく………………ヤバ
イ……です……。無銘くん、パピヨンさんぶっちぎって……変態さん……です……。どき……どき…………」
うっすら頬を染めてソワソワする鐶。顔をあげた無銘は一瞬キョトリとした。
「…………。意外とこーいう話題に免疫あるのな貴様……」
瞳のせいで儚げな鐶。日陰が似合いそうな雰囲気は言い換えれば清楚清純。瞥見の限りではエロスなど拒むか恥らう
かだろう。しかし意外や意外。喰い付いているではないか。
「私……一時期……レティクルに居ましたが…………近場にですね……グレイズィングさんが……」
「もうええわ。その一言で総て分かった」
グレイズィングは無銘をチワワの体にした忌むべき仇のひとりだ。総角曰く、性欲の権化・変態女医。
「あ、あやつめ!! 穢れを知らぬ少女に悪影響あたえおって! あたえおって!!」
少年はどうコメントしていいか分からない。とりあえず糾弾してみるが語気は思ったより飛ばない。勢いナシだ。
「……あと……お姉ちゃんも……お風呂場で……裸の私を……裸で……押し倒したり…………」
「も、もうええわ!」
想像しかけた無銘はぶるぶると首を振って打ち消した。煩悩退散煩悩退散。仕掛けた方がどぎまぎしている。
「……もし…………口が……ハヤブサほど……尖らなければ……貞操……やばかった……です」
「食い破った!? 義姉の顔面食い破った!?」
鐶は耳まで赤くして無言で頷いた。恥らうべきところなのかソレ? 困惑の少年におずおずと少女は言う。
「とにかく……興味がある……お年頃……です。無銘くんはどう……ですか」
ここで「皆無だ!!」と切って捨てればカッコいいが、やったところでまた先ほどの二の舞、壁際に追い詰められるのは目
に見えている。白状する、素直に。
「ドキドキするのは否めんが……」
ふと視線を移す。4つの瞳が捉えたのは女性のマネキン。下着姿だ。ただそれだけの光景に揃って薄く頬を染めるふたり。
「やばい……ですね」
「やばいな。これはやばい。やばすぎだ」
「ムチャクチャやばい……です」
「やばすぎて却ってやばくないんじゃないかとさえ思える」
「そこを狙ってガッとやばさをもたらすやばさ……です」
「油断したところを狙うのか。やばいな。虎視眈々ぶりがやばい」
「やばい……です」
異口同音にやばいを連呼する。巡回していた店員さんは「可愛いなあこのコたち」とほっこりした。
「あ……! 覗き……。…………いってやろ……いってやろ……小札さんに……いってやろ…………」
「時間差攻撃やめろ!! 覗きなぞしとらん! そう言っているだろう!! あと母上にいうのやめろ!!」
- 87 :
- 「そう……ですね。無銘くんは…………覗きとか……しません……」
「分かってくれたか!!」
「貴信さんと……河原で……たまたま落ちてた……いかがわしい本を……ドキドキしながら……知らんぷりしながら……
……こいつさえ居なくなれば大っぴらに見れるのにとばかり……お互い不毛な牽制しつつ……横目でチラチラ…………
見るのが……精一杯……です」
「見てたのか!?」
「そして2人が消えたあと堂々と拾い上げ去り行く金髪の美丈夫。胸には2枚の認識票……」
「師父!!? 師父であろこやつ絶対!! お戯れも大概にです師父!!」
「向かった先はゴミ捨て場……本を……捨てます。ぽんと捨てて……去っていき……」
「なんだ良かった。えっちな本ネコババする師父はいなかった」
「迷わずコンビニに直行……同じ本を……買います……」
「確かに載ってた人、母上にどっか似てたけど! 似てたけれども!!」
「……アジトの誰もいない部屋に戻ります。本を広げ……ます。肉体に劇的な変化……訪れます」
「もういい! もう師父はそっとしてやれ!! 男子なら誰でも起こし得る出来事なのだ!!」
「なんと……虚ろな瞳の少女に変身……です」
「なんだ貴様だったのか……って何で化けた!?! え、なに、何が目的でそーいうコトしたのだ!?」
「つまり……私に……可愛いカッコ……して欲しい……ですか?」
「まさかの閑話休題!! 何がどうつまり!? 謎めっちゃまる残りどーして師父に変身だ!?!」
「女のコは…………誰でも……変身……します……よ?」
「それっぽく綺麗にまとめるなあ!!」
とにかく服を買うコトに。
「べ!! 別に貴様の姿なんぞどうなろうが知らんし!! コレすなわち憐憫なのだ!! お前裸足だし!」
「はぁ」
「たまには真っ当な服を着させてやらねば哀れで仕方ない。お前裸足だし!」
「はぁ」
「……え、えと。お前裸足だし! お前裸足だし!」
暖簾に腕押し、こんにゃくのような鐶に業を煮やし地団太踏みつつ指差し連発。
「じゃあ……まず……ブーツ履きます」
「鐶の姿が消えた!? いったいどこへ……!!」
「えー……。足で……判別してるん……ですか……。えー。えー。えー……です」
おたおたと探す無銘をただじっとりしたノーハイライトの半眼で見る。あのコゆるキャラだ可愛いとは買い物にきた女子大生
たちの弁。
で、無銘。
清楚なワンピースに、リボン付の麦わら帽子という森ガールな鐶に見とれたり。
浴衣でうちわ持った少女の白いうなじにドキドキしたり。
からかい半分で、髪をおろしウサギの耳よりピンと立った黄色いリボンをつけ、アイドルの着るようなフリフリした衣装を
着せたら、瞳のせいで全体的にだるーんとしていて、つい爆笑したり。(マイク投げつけられても止まらなかった。涙目でじっ
とり睨まれても床に膝つき腹を抱えて笑っていた)
ありがとうございましたを背中に浴びながら店を出るふたり。無銘の両手には大きめの紙バッグ。当たり前のように持って
いる。ポシェットあるのに……虚ろな目に満ちるは余りある好意。
「ありがとう……です。あと、全部……お買い上げ……です」
「くっ! すまぬフリル……!! 我が遊び半分で着せたばかりに……!! 紫色の瘴気を噴くハメに……!!」
好意が一気にストップ安だ。
「似合います…………。特異体質で……ぐすっ。話題のアイドルに化ければ……ぐすすん……かなり、ひくっ、似合うです……」
「くそう。鐶も傷つきフリルも尊厳も奪われた。何と言う忌まわしき出逢い。作ったのは我、罪の重さをまじに感じる」
2人ともに哀切。特に右の鐶はすっかり湿気っている。鼻や瞳が汁気いっぱいだ。
「…………ぐす。しみじみ語られると……余計傷つき……ます。……いいです。無銘くんがそーなら……私にも考えが……」
「なんだ? 宴会の余興で着るのか?」
「それは……貴信さんに……させ、ます」
「させるのか……」
想像した無銘の顔が古色蒼然とする。笑えない、おぞましい、モザイク必須の物体が、ステージ上で飛んだり跳ねたり歌っ
たりだ。
「…………というか、我たちは、栴檀の片割れを少し粗末に扱いすぎではないか?」
「言われてみれば、そう……ですね」
- 88 :
- 「奴とて一生懸命生きているのだ。根はいい奴なのだ。我がチワワだったころ、諜報任務で遠くへ行くとき必ずフィラリアの
薬くれたし。わざわざ手近な獣医さんで貰ってな。なかなか出来るコトではない」
「…………ひょっとして嬉しかったですか?」
「別に。我はホムンクルスだし。フツーの蚊に刺されて病気なったりせんし」
誰かが捨てたのだろう。床に転がっていた丸いレシートを蹴る無銘。「ただ、悪でない以上ちゃんと向き合うのが忍びだ」
とだけ言う。些細だが心優しい配慮を思い出し、急に罪悪感に見舞われたらしい。鐶も同じだった。
「そう……ですね……。今度香美さんが……お風呂入るとき……貴信さんへのリンチ……止めます……」
「そうだな!! どうせ女風呂におねーさん居ないしそれ位ならばいいだろう!」
ただし母上(小札)の裸見たら殴る!! 右拳を左手キャッチャーにパシリ打ち込む無銘。
気勢は俄かに上がったが、鐶としては少々面白くない。
(…………私の裸は……どうでも……いいと?)
けして貴信が嫌いという訳ではない。確かに見られて恥ずかしくはあるが、香美と体を共有している以上、画像情報が
彼に行くのは「そういうもの」と割り切れる。しかし男である。無銘は、他の男に、鐶の裸を見られて平気だと言うのだ。
(小札さんには……必死……なのに)
なので鐶は頑張って、なるたけ眉毛をいからせて
「反省して……いませんね。謝るなら今、ですよ。私……いま……激おこ……ですよ」
拳をのっそりと掲げてみせた。無銘は軽捷なものでターっと正面に回り込んで得意満面、少女をビシィっと指差した。腕を
通る紙バッグの輪がいくつかシャカシャカ跳ねた。
「ククっ! 何か知らんがやってみるがいい! 人間形態になったいま貴様なんぞ怖くないからなバーカバーカ!!」
「む……。火に油注ぐ……の……ですか。謝らないと……こっちにも……考え……あります」
「なんだぁ〜〜? 力押しか鐶! でも言って勝てず暴力に頼るのは負けだからな! ま・け!!」
暴力反対暴力反対。いよいよ調子乗って囃し立てる無銘はまったく小学校低学年。本当は10歳で、そろそろ高学年なの
に(しかも学籍だけ見れば銀成学園に通う高校生)、コレである。誰が負けか分かったものではない。
鐶はしばらく冷ややかに少年を見ていたが、やがて口を開く。
「1人で……歩きますよ」
「えっ」
ぼそり呟かれた言葉は、ひどく鋭く、だから無銘は目をまろくした。人混みで、クッション越しに心臓を銃撃されたような、
唐突で意外すぎる致命的冷酷が脳髄を駆け巡った。
「無銘くんが……どうしてもというから……道案内させてあげているのです……。それをもう……なしに……します。契約
解除……です。せいぜい職にあぶれるがいい……です」
「ごめんなさい」
鐶を1人にしたらドコへいくか分からない。無銘は頭を下げた。
(というか何で微妙に上から目線なのだ。方向音痴の癖に……)
もちろん自覚はない。鐶としては「1人で大丈夫なのにどうしてみな過保護なのだろう」といつも首をひねっている。
それでも無銘が一緒に歩いてくれるのは嬉しいから、目下黙認している。本人目線では「してやっている」。
なら別に断る必要はない。ただ、無銘が、同行に対し妙に必死だから、ついからかいたくなった。
わざとらしくツンとそっぽを向く。(謝る無銘にちょっと揺らいで、一瞬申し訳ないカオもした)
「あぶれるがいい……です。派遣村で土粥でも喰ってろ……です」
「この言い草!!」
頭を抱える無銘。どう対処していいか分からないようだ。認め気が済み、ぎこちなくだが矛引く鐶。
「……フンだ……です。でも土粥はかわいそうなので特別にステーキに……してやる……です」
「ステーキ!! じゃあ忍者飯はあるのか!?」
「ご一緒に……ポテトも……いかがですか……?」
「ハイ!」
「あと……ビーフージャーキー食べます……?」
「おうとも!!」
よく分からないうちに険悪になってよく分からないうちに和解した。「姉弟? 仲いいわね」。主婦がひとり笑いながら通り
すぎた。
.
- 89 :
- お次はミリタリーショップだ。『鳥の変形の参考に』と、いろいろなサバゲグッズやモデルガンを眺め回す鐶。無銘としても
忍者活動に使えるものはないか目を皿だ。忍びとはアリモノを使う人種。時代に適合すべきなのだ。いつまでも水蜘蛛だの
五色米だのに拘るのはナンセンスだというのが目下の持論。かさばらないならレーション大いに結構だ。そも秋水に負けた
苦い記憶もある。ここいらでパワーアップ、忍び六具あたり現代チックにナイズドするのも悪くない……ワイヤーフックや医
療パックなどに目移りする。
で、見つけたのが──…
「ダミーバルーン……ですか?」
「使え! 鐶お前が使え!!」
無銘はハッハと目を輝かせている。変わり身の術でも想像して興奮しているのだろう。そういうところはまだ子供で、可愛い
部分なのだが、
「なぜ……無銘くんが……使わないの……ですか?」
そこは謎だった。でもあっけなく氷解した。「変わり身といえば服着た丸太! で、手裏剣が刺さる!」。王道への拘り故だ。
ダミーバルーンは全項130cmほど。ほぼ3頭身で、四肢は亀のように短い。素材名の表記もあったがやたら長く鐶の記憶
に残らなかった。ただNASAでも使われている最新鋭のもので、防弾防刃、これまた最新鋭のレーザー兵器でなければ破
れないという。
「概要を読んだがどうやらこやつ、水素やヘリウムも注入可能!」
空中戦にぴったりだろう。会心の笑みで頷く無銘だが、鐶の方は気が乗らない。並みの攻撃は回避できるし、受けても例の
年齢操作と換羽の相乗、瀕死時における自動回復がある。
「……クロムクレイドルトゥグレイブを使えば……かさばりませんが……」
ノーともイエスとも取れる曖昧な表現でお茶を濁す。無銘は気をよくして二の句を継ぎ始める。「生きてた頃のお父さんが時々
こうだった」、的外れな嗜好の押し付けに論理を重ねいかにも自分が正しいと見せかける、男性特有の、鬱陶しいアレに、
なおも続く正当化。真黒な半眼をやや垂らす鐶の頬にわずかだが血管が浮かぶ。
(ああ……。うぜえ……です)
なかなか強烈でスゴいコトを考えたのは、父が、むかしこの論法で、プレゼントを安く買い叩いたせい。何歳の誕生日だった
か、鐶は超合金製のコンバトラーVをねだった。しかし父ときたら、廉価版の、プラスチック製の、合体も分離もできない、
ビッグブラストディバイダーはおろか超電磁ヨーヨーすらついておらぬチャチなコンバトラーVを口八丁かつ手前味噌な論法で
『いかにもこちらがいいよう』言い含め、買った。勿論この場合の「いい」はつまるところ彼の財布の中身に直結していた。当時
かれはスナックの悪い女に入れあげており、資金は僅かでも必要だった。切り詰められるものは少しでも切り詰めたかった。
超合金に比べ1万円は安い廉価版は救世主だった。
(2ヵ月後。スナックの攻略対象は痴情の縺れとかで情夫に刺し殺された。鐶の父は一時期容疑者として強く取り調べた)。
とにかく幼心にドロリとしたものが感じられる理不尽な説得だった。鐶はショックでかなり泣いた。
リバース(青空)は、日頃ヒイキされている義妹が珍しく冷遇されたのを『ちょっと嬉しくてざまあとか思う反面、小さいながら
に一生懸命、家族の手伝いをしている罪なき子がそんな目に遭うのは不憫だし可哀想だし、何より彼女まで自分と同じ思
いさせる必要ないんじゃないか。でも報われるのは不愉快』という、実に愛憎入り混じる複雑な笑顔で見ていた。
なお、次のクリスマスの朝、鐶の枕元にあったのは超合金製コンバトラーV。誰がサンタか今もって不明である。
長いがそういう経歴がある。「いかにも自分のみ正しく見せかける」セールストークアレルギーを有している。
であるから、無銘が強引に推奨するダミーバルーン購入には到底気乗りしない。買い物ひとつとっても、男女の性差、好み
の違いは致命的なまでに埋めがたい。論理に頼るものほど、そういう、根本に広がる生物学を無視する。自分のため”だけ”
弁を振るうきらいがある。
(適当なところ……で、断り……ましょう。そう……しましょう)
「見ろ」、無銘はPOPを指差した。人と、無数の点と、赤の目立つPOPだった。
『尖った金属片を入れれば指向性散弾になります。(有効範囲 …… 爆破角度60度 水平距離30〜50m 高さ2m)』
「買い……です」
「だろッ!! だろ!! 指向性散弾なのだ!! 買うしかない!!」
「ないのです……。(断言)
- 90 :
- 見た目小学生な彼らが食いつくべき要素ではないが……。無銘がはしゃぎ鐶も頷く。
が。
「あ!!」
「どうした鐶!」
「コレ……20万円……です」
値段を見て驚愕する。無銘も同じだった。
「なんだと!! 20万円といったら──…」
「私と無銘くんのお年玉20年分…………!!」
「どうしよう高い!!」
「高いです……!!」
ふたりは心底困ったように顔を見合わせ、ついでポケットをペチペチ叩き始めた。持ち合わせが無いか調べたが、出てくる
のは当然小銭ばかりなり。しめて金158円、牛丼の一杯も買えぬ。
「鐶貴様、そのポシェットにこう……ないのか!! お金!!」
もちろん彼らはホムンクルスで、ちょっとその気になれば簡単に強奪できる。店員も警察も難なく振り切れる。のだが、真剣
に購入を検討する辺り良くも悪くも子供である。
鐶はポンと手を打った。
「ポシェット……ですか。そういえば……レアモノ……入ってます」
「ほう!!」
無銘の瞳が輝いた。骨董品が好きなので、掘り出し物には反応よしだ。
「お姉ちゃんが……ウィルさんから貰った奴で……私の好きなゲームの……特別レアバージョン、です。ゲーム買った人の
うち……2000人にしか当たらない……シリーズ2作目の……アドバンス版……です……」
「よく分からんが高そう!!」
「高そう……です!」
さっそくケータイを開き相場検索。画面を覗くふたりの顔がみるみると輝いた。
「すごいぞ高値で売れる!! これならダミーバルーン買えるかもだ!!」
「お姉ちゃんが……プレゼントしてくれた奴……ですが……別にゲーム自体は……PS版がありますし…………だいたい
戦闘シーン飛ばせない旧作など……2度としたくないので……いいです、…………売りましょう」
恐ろしく冷淡なことを言いながら(監視カメラ越しに読み取ったリバースはくず折れて泣いた)、ケータイをすばやく操作する
鐶。「イケます」と胸を張った。
「そうかいけるかコレで買えるか!」
「ええ…………。まずヤフオクで……出品者になるための……いろいろな登録をします……。3週間もあれば……完了……
です。出品から……落札までは……2週間……ですね…………。さらにそこから落札者さんからが振り込むまで……」
「3日後! 決戦は3日後!! そんな待てぬわ!!」
くそうどうにかならぬのか。呻きながら財布を開く。小札から貰ったそれに入っているお金が残りいくらかなどはとっくに
把握している無銘だ。ダミーバルーン買えるほどはない。わかっていながらなお未練がましく財布のあちこちを見ていた
無銘。ふと何やら固い感触を感じ手を止める。……財布の生地の裏に何か埋め込まれている!! 手刀で薄く小さな
切り口を作る。滑り落ちたのはやや厚い長方形。プラスチック製で、銀の立体的な数字が刻まれている。
「クレジットカード……ですね」
気のない返事を漏らしつつどうすればいいか悩む無銘の前で、紙片が一枚、一拍遅れでひらり舞って落ちていく。
すわ! 掴み広げた無銘に映るのは──…
『フ。限度額は無制限。なにか高いもの欲しがったら買ってやれ。副長ゆえの役得……という奴だ』
「師父最高ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「やったバンザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!! です!!」
ふたりは満面の笑みで手に手を取り合いピョンピョン跳ねた。赤い三つ編みが元気いっぱいに上下した。
「ベアリング!! ベアリング入れられるぞなもし!!」
「ゾナモシなのだあーーー!!!
実にアフターサービスのいい店だった。その場で水素と、クジャクに変形した時でてくるベアリング(もちろん錬金術性)と、
いろんな戦場で拾った大きめのガラス片をぱんぱんに詰め込んだ。
店員はサムズアップした
- 91 :
- 「お客さん通だねえ! でも君たち未成年者は無能力者だから、クレカでの買い物成立しないよ!」
「何をいうか!! 違法スレスレの物品売る奴が何をいうか!!」
「…………たぶん……アウト……です……。指向性散弾……ぶっぱ……できる……ゴム風船…………。売っていいもんじゃ
…………ありません」
「そこ分かってて買うなんてお客さん通だねえ!」
店員は、筋肉がボンレスハムかというぐらいパンパンに詰まった横に広い中年男性だった。世界が銀に反射する黒いサ
ングラスをつけ、黄土色の頬髭ボーボーしている姿ときたら、アメリカの赤茶けた荒野を貫く幹線道路をハーレーで抜けてい
くのがこの生物の宿命ではないかというぐらいアウトローだった。ブラックの革ジャン姿だった。
「とにかくそのトシで指向性散弾を必要としているんだ。君たちには何か人にいえない事情があるんだろう。分かった。売る
よ。仮に保護者さんが契約解除を申し立ててもそのバルーンは君たちにあげよう」
「なんか……いい話に……なってきました……」
「戦場にいけない俺の分までコイツを役立ててくれ!!」
「取引してるの違法物品だけどな。まあそれでも礼はいうわ。ありがとう……なのだ」
「染まるぜ日本? 俺の店からベガス色によ〜〜」
ショットガンを構える姿が実に決まっていた。
鐶は(ベガスってドコでしょうか。西日暮里?)とか思いつつトイレの個室に行く。
そしてダミーバルーンをキドニーダガーの年齢操作で小さくしポシェットへ。
ミリタリーショップは30分後、銀成警察に摘発され即日閉店と相成った。
軍事転用できるヤバイものを数多く取り扱っていたのがアダとなった。
「クク。レティクルの誰が喰らうか楽しみだ……」
「多分……というか絶対……出番ないと……思いますが…………使えたら……使えます」
きたる戦いで役立つかどうかは、のちの、お話。
以上ここまで。
- 92 :
- >>スターダストさん
濡れ透けとか、破れとか、タイツ・レオタードの上に重ね着ハイレグとか。エロスの表現は奥深く、
露出度の高低などは些細な一要因。2人とも解ってるようで何より。この2人だと、無銘が常識人ポジ
っぽいけど、発言にツッコミを受けているのも無銘であるという、微笑ましくも面白いやり取りです。
- 93 :
- 歩く。
「銀成で2番目に旨いコーシーの店……ありますよ……」
「興味あるがガマンだ!! 母上から貰ったお金、あまり無駄遣いしたくない!!」
「……リーダーの……クレカ……も……ですか」
歩く。
「銀成で1番目に旨いコーシーのお店……も……ありますが……」
「ガマンだ!!」
「…………2件買い物しても……支出……1800円ぐらい……です……よ?」
立ち止まる。無銘は頑として叫ぶ。
「その1800円が曲者なのだ!! いいか!! 1800円というのはな!!」
「はぁ」
「あと1200円足したら3000円ではないか!!」
「なに……いっているのか……ちょっと……わからない……です」
当たり前ではないか。何をこのチワワは算数しているのだろう。
というカオする鐶がもどかしいのか、少年無銘はグヌヌヌしばらく唸ってから決然と叫ぶ。
「3000円ったらお前、福引抽選できるではないか!!」
「……したいのですか…………」
「したい!!」
即答だった。全身から半透明した黄金のプロミネンスを吹き上げながら「回すとガラガラ鳴るだろう! あれが好き!」とも。
「ずっとチワワだったからなあ。手で、なにか握ったり回したりは新鮮なのだ」
どうやら相当、気に入ったらしい。腕組みして瞑目しウンウン頷く無銘。
「めっちゃ楽しい……ですか」
「うん。めっちゃ楽しい」
人差し指立てて問う。あどけなく頷く。普段なにかと尊大で険のある無銘らしからぬ反応だ。大人ぶって、取り繕っているが、
時々なにかの拍子にフっと覗かせてしまう素の部分が鐶はとても好きだ。
「手でいろいろできるのスゴくいいのだ。この手で、きっと、これから沢山いろいろ楽しいコトができるのだと信じている」
そういって彼はまっすぐ笑う。希望だけが未来を染め上げるのだとつくづく純粋に信じた笑顔で。
「少年なんだ」。実感の鐶。甘酸っぱい感情が全身いっぱいに広がって小さな心臓がとくとく鳴る。高ぶる感情。されど義姉に
きゃあと叫ぶ率直さを奪われている鐶だから、表現はどこか歪になってしまう。
「ウヘヘヘヘ。無銘くん……きゃわわ……。ウヘヘヘヘ」
涎を垂らし無表情でカタカタ笑うしかなかった。本人的には可愛く微笑んだつもりだが、呪いの市松人形が精一杯だ。
「……鐶貴様キモい」
右肩を引き、飛んでくる口液の粒を避ける無銘の顔はたいへん引き攣っている。ふうがわるい!? 笑顔の評判よろし
くないのですかと鐶は涙ながらの素で叫び
「あ……。まぁそれはさておき……くじ……どうして……しないの……ですか?」
大好きなのにしたがらない無銘。なぜだろう。問いかけにしばらく彼は黙っていたが、
「古人に云う。偃鼠(えんそ)、河に飲むも満腹に過ぎず」
とだけ言った。
偃鼠とはかわうそである。かわうそは黄河の水を飲むが、お腹いっぱいになればやめる。
……無銘をずっと見てきた鐶だから、うら若いくせにこういうかび臭い単語はすぐ分かる。
「身の丈にあった…………コトが……大事……と。欲望に振り回されたらお腹バーン…………破裂で、破滅……」
「おうとも!! さっき我はハズレを引いた! 正直リベンジしたい思いでいっぱいなのだ!! だからこそ今一度の福引
は危険なのだ!!! もしまた外れたら確実にムキになる!! 2回……3回。次こそは次こそはと福引やりたさにムキ
になって無駄遣いするではないか!!」
「あるある……です」
あるあるなのだ! 戛然と叫ぶ少年。魂の叫びだ。
「お金は!! 稼ぐのに苦労するのだ!! 母上が炉端でマジックされてコツコツ稼がれたお金を!! たかが福引で無駄
遣いしたくない!!」
「…………おお。自重する……無銘くん……えらいです…………」
褒めた鐶だが、ふと顎に手をあて考える仕草をした。ややあって。鬱蒼と曇る瞳がツと申し訳そうに伏せった。
「節約するのは……私に……いろいろ……買ってくれた……せい……でしょうか……?」
実は鐶、無銘より10cmほど上背がある。(155cm。12歳女子の成育は早い) それを屈めてまで少年の瞳を覗き込ん
だのは急にいたたまれなくなってきたからだ。
- 94 :
- 自分に良くしてくれた少年が、好きなコトをできない。コーヒーを飲めずガラガラもできない。そういう不自由を強いているよう
で悲しかった。「ずっとチワワだったからなあ」。長らく、人生の9割以上の長らく、犬として過ごさざるを得なかった無銘だ。
人型になれたのは本当につい最近。しかも成るやすぐ戦団に収監され、来る決戦の準備を兼ねた事後処理に忙殺された。
というコトを鐶は述べ
「だから……今日が……初めて……です。無銘くんが……自由に……人型で…………こういうにぎやかな場所で遊べるのは
…………今日が初めて…………生まれて初めて……なん……です」
3日もすれば戦いが待っている。生き延びられるか分からない。ともすれば最初で最後かも知れない。
「なのに…………私なんかのせいで………………楽しく振舞えないのは…………嫌……です」
訥々と語るたび瞳のふちが熱く彩られるのを感じた。ただならぬ様子に無銘は息を呑み目の色を変えたが、すぐに眉を顰め
声を荒げた。
「古人に云う! 武士は喰わねど高楊枝!」
「無銘くん…………忍者……では?」
「知らん! 母上が使えといったからカネを使った! それだけだ!!」
彼的には、それで、音楽隊という、帰属すべき組織が鐶の買い物を是としているのを示したつもりだが、しかし逆効果だった。
(小札さんが……いったから……)
好きな少年とのデートに浮かれていた少女にとって辛すぎる一言だった。さもあらん、お誘いではなく命による接待と知り平気
でいられる意中のあるや。心が軽度の暗黒に突き落とされた。
零れ落ちそうな角膜の湿りが新たな痛惜に掻き出されそうだ。無銘はすっと手を差し出す。
「よく分からんが泣くな馬鹿め」
「ふぇっ」
浅黒い指先が涙を掬うのに鐶は面食らった。さまざまな感情が昂じていたが総て吹き飛ぶ思いだった。睫を掠める爪の表面
が存外少女のように綺麗だと脈絡のないコトを考えた。
「云っておくが我は貴様より強いのだ」
「…………え?」
大きな目を瞬かせると怒号が飛んだ。
「何を泣いているか知らんが! 我の件なら別にいい!! 今日は貴様が主体!! 少々の不都合に目をつぶるなど当然!」
どうやら涙のワケを勘違いしたらしい。少年無銘への憐憫きわまるあまり泣いた……とでも思っているのだろう。確かに
方向は変わらないが正鵠は射ていない。
自意識過剰というか鈍いというか。とんと女心の分からぬ少年である。
「ああ……でも…………、私が悪いとかは……言わないんですね……。私のせいで……好きなように振舞えないとは…………
言わないんですね…………」
「知るか。任務だからやってるだけだ」
チョビっと出た鼻水をひと拭いして笑いかけると、無銘は唇尖らせ明後日を見た。鐶の歯切れは悪い。
「でも…………20万円の……ダミーバルーン……。あれは……小札さんの……計画にもない……もので………………」
そのせいでコーシー飲めないなら返品したい。怯え混じりに二の腕を胸の前でもぞもぞさせる鐶の赤髪が小突かれた。
「あだ……」
「下らん。配慮など無用。そも薦めたのは我……。舐めるな。自ら蒔いた種を刈り取らせるほど腐ってはおらん」
頭をさする鐶を腕組みで無愛想に眺めつつ、更に。
「古人に云う。奇貨居くべし。役立つ物は仕入れるべきだ」
節約は大事だが、使うべきときに使わなければ意味が無い。そう言うのである。少年にしてはなかなか卓越した金銭感覚
であろう。
「コーシー呑まぬのは美学ゆえだ。我を、忍びたらしめる節制なのだ。貴様など関係ないわ」
鐶はまだ何か言いたげに瞳を泳がせたが、無銘が、強く目を合わせてくるのに気付き口を噤む。
頬には一滴の汗。これ以上困らせるな、突っ込むなという訴えだ。
もっと素直な少年ならこう言うだろう。「別にお前が楽しいならいい」。けど言うのが恥ずかしいから、小札という、自分に
とって大きな存在をタテに買い物継続を言い張っているのだ。…………という機微がどうやらあるらしい。と、鐶はぼんやり
だが分かりかけてきた。
義姉はひどく無口だった。経験則。喋らずとも行えるコミュニケーションの数々。鐶光は有している。言えないコト、語らぬ
方が立ち行くコト。虐待のなか知らず知らず身に着けた迎合。いつか女性の覚える男性の立て方を過酷と恋慕で組み上げ
る鐶。
「そう、ですね。……無銘くんは…………強いから……こんなコトじゃ……泣かない……です」
- 95 :
- 「ふふん。やっと分かったか。そうだ任務とは非情なるもの。何があろうと我は泣かん」
「何があっても……ですか?」
時節柄、ちょっと冷風を帯びた緊張感が両者の間を吹きぬけた。
レティクルエレメンツ。いずれ戦う10人の幹部はいずれも鐶に劣らぬ強者ばかり。
戦えば『何が起こるか』。犠牲ゼロだと楽観するほど子供ではない2人。
「……何があってもだ。たとえ師父や……母上が亡くなったとしても……泣かん。泣くわけにはいかん」
ぎゅっと拳を握る無銘。声は務めて静か。だが耐えているのが分かった。想像するだけで恐ろしい現象を、必死に、精神
力で捻じ伏せているのが見て取れた。鐶も同じだった。人は死ぬ。生命は散る。かつて目の前で、義姉に、両親を惨殺さ
れたのだ。いま喋っている無銘でさえ数日後には骸……かも知れない。考えるだけで怖かった。
でも無銘はきっと耐えるだろう。
なぜなら……忍びだから。
まだチワワだった頃、小さな体で、ボロボロの体で、戦士と戦い、鐶を守り抜いたのだ。
それが任務だったから。
それを守るべき忍びだから。
「きっと…………泣かないです。どんな辛いコトがあっても……泣かない。そう……信じています……」
「フン。当たり前だ。言っておくが貴様が死んでも泣かんからな我は」
「はい。期待……してます」
だが、と無銘は一歩進み出る。
「貴様を生擒(せいきん)せよという師父の命は今もって継続中」
その背中は鐶より小さい。けれどこの世の誰より大きく見えた。
「…………忌々しいが貴様を、副長として機能させるのもまた任。守ってやる。くたばるな」
「はい……。ありがとうございます」
こそばゆそうに微笑む。思えば彼は逢ったときからずっとこうである。任。任務。その一言でいつも傍に居てくれる。
来て欲しいときに来てくれる。逆はない。任務をタテに鐶を捨てるコトはない。
ならそれでいいのだと鐶は思い、
「わずか1200円節約するためコーシー我慢するなんて……すごい……ですね……。立派……です」
話を戻す。
つい4000円のプラモとか衝動買いしてしまう鐶なので、瞳は尊敬に溢れた。無銘は得意気に胸そっくり返すと思われた
が、にわかに視線を落とした。声のトーンが急激に落ちる。頬かく彼は気まずそう。
「……だって、むかしお祭りのくじ引きでムキになって2400円も使っちゃったし…………。その反省なのだ」
「なにそれ……可愛い……です。可愛い金銭感覚……です」
しかし、『むかし』の彼といえばこれすなわちチワワである。人間形態になれない時分、如何にしてくじ引きをやったのだろう。
兵馬俑でも使ったのだろうか? よく分からない。
「……? 福引……なら、それこそ、20万円のダミーバルーンの……レシートで…………すれば……いいの……では?」
カード決済でも買い物は買い物、出来るはずだという鐶に無銘は深刻な顔をした。
「それだが、道行くものの声を聞くに、あの店、警察の手が入ったらしい。見るからに違法物品だらけだったからな」
「模造刀……と書かれた商品に……止まったハエ……足……切れてました」
「IED(即製爆弾)かんたんキット、アレ多分本物だ。あとレジの後ろ。棚と棚の間から向こうの空間がチラリと見えた」
「硝煙の匂い……しました。Mk19(オートマティックグレネードランチャー)とか……見えました……」
潰れて当然の店だった。潰れるべき治安の敵だった。
なれば客も追跡されるだろう。おまわりさんたちはきっとヤバイ物品を回収しようと必死……。
「いまあの店のレシートでガラガラするのは危険だ。きっとガラガラする所にも手は回っている。ガラガラしたら通報される。
ガラガラしたいのは山々だが、ガラガラしたら我の擬似風船による戦略構想もガラガラ崩れる」
「ガラガラ……いいすぎ……です」
口では何だかんだ言っているが、やはりしたいらしい。なら鐶の買い物のレシートですればいいようなものだが、「それは
貴様の分」と頑として譲らない。あげるといっても拒む。とうとうガラガラという言葉じたい禁止だと──そも言い出したのは彼
なのだが──言い出した。
鐶はちょっと黙ってから、ぽつり。
「…………ガラガラヘービが」
「やってきた」
パシーン! ふたりは無言でハイタッチ。そして無表情で歩き出す。
- 96 :
- .
「あいつらシュールやなあ」
「ねーデッド。いつになったらアジト帰らせてくれるのさ」
フードコートでメロンフロート(M)をストローで啜っていた金髪ツインテールの少女の傍で、真白な少年が気だるげに呟いた。
しんどいらしい。ホットドッグやポテトの散在する机の上に顎だけ乗せている。真紅の、宝石のような瞳はいま、総面積の6割
以上に霧が立ち込めている。瞼という肉質の霧が。
デッドと呼ばれた少女は、サングラス──ティアドロップ型。色はクロームイエロー──をスチャリと直しながらカラカラ笑う。
関西弁も相まって元気いっぱいの印象だ。
「ウィル。もうちょい辛抱しい。ブレイク、気まぐれが終わったらイソゴばーさんに連絡とる言うとったからな。それまで物見遊山や」
文句をいうウィルを尻目に「お」とデッドは呟く。何かの会話の弾みだろう。拳を突き上げる無銘が見た。
その無銘の顔面右方10cmの空間がぐにゃりと歪む。現れたのは桶状の物体だ。
「使い込んだ木製製品のように黒い。あれがウワサの龕灯やさかいよー見とき」
「えー。いいよー。特性なんて知ってるしー。性質付与。取り込んだ映像から、質感とか、属性だけをコピペできるんでしょ〜」
ウィルはますますくたった。具体的には、机からずり落ちた。椅子に縋るよう纏わりついている。ああ寝る前兆や、デッドは
当たり前のように顎を蹴り抜くどこからか聞こえた重い軋みに首を捻ったのは付近で遅めの夕食をとっていた外資系企業の
営業マン。ピンクのキャミソールから投げ出されるように伸びる細い脚は血流を感じさせないほど白く……。
デッドはわずかの間、痛みに耐えるような顔をし太ももを撫でる。
「ちゃあんと見とけやコラ。お前かて一応アース降ろせる身ぃやろがい。盟主様ほどやないけど」
「でもボク、勢号みたいなコトできないし…………」
視線の先で龕灯。下部から光を発す。輝きは柱となり、鳩尾無銘の右手を照らす。
「ええなー。ちっこい武装錬金は。道行く人ら見とるけど『最近のオモチャはよぅできとるなあ』程度の顔や」
A4サイズのスクリーンが龕灯の前に投影されているのだが、誰も、特に、気にする様子はない。
映ってるの忍者刀だよね。ウィルはそれだけ言って、寝て、蹴られた。
「忍法・三日月剣。我が手を刀と化すわざ。これはとっても便利なのだ」
さきほど財布を切り裂いたのもコレだろう。少年無銘・やおら自らの髪を抜き放り投げる。続いて親指以外を綺麗に揃え
ぴゅんぴゅんと振り回した。髪の毛がパラパラと乱れ散るまでさほどの時間もかからない。幾本もの線条が走ったとみるや
あっという間に不揃いに散逸し落ちていく。そのさまを彼はうっとりと眺め
「なんでも切れる。我の意のままなのだ」
心底嬉しそうに笑う。原型無視だった。無邪気さは柴犬のようだった。鐶は跳ね上がる鼓動を抑えながら一歩踏み出し軽く
うつむいた。髪が赤くてよかった……つまらないコトを思うのは耳たぶが熱いから。流れる炎に溶け込んできっと見えないコ
トだろう。
(……良かった…………ですね。人型に……なれて)
「人型になれたから、手で、いろいろ出来るのだ。我はそれを沢山あじわいたい」
だからガラガラもしたいし、三日月剣だって振るいたい。秋水に? 途切れ途切れ聞くと大いに頷く。
「いいなあ手。手でいろんな感触味わえるって、いいなあ」
ブンブン振ったり握ったり開いたりして、また笑う。網膜に笑顔が飛び込むたび、全身が切なく締め付けられるのを感じる
鐶だ。時々立ち止まっては、短いスカートの裾に手をやったり、細い太ももを軽くすり合わせたり、濃い青の靄が立ち込めた
瞳を湿りがちに伏せ熱い吐息をつく。秘めたる火照りが疼く痛みに刻まれて、心地よくて。でも辛くて。
- 97 :
- .
彼の幸福は別の女性のもたらしたものだ。鐶なくして成立するものだ。
それが分かってしまうから、嬉しくも、悲しい。
今でこそ無銘は心から嬉しそうだが、事ココに至るまで味わった苦しみの量は察するに余りある。生まれたときからチワワで
しかし意志だけは人間だった。どれほど屈辱だろう。人が、ずっと、犬の姿勢を強いられるのだ。箸ひとつ持てず、地べたの
食事に口を突っ込む。……。総角や小札曰く、「物心ついたときそれはもう荒れた」。思春期にありがちな、「どうして他と違う
のか」に泣き叫び、親代わりのふたりを苦しめたという。7年前のある事件を契機にある程度までは受け入れ、総角たちとも
親子になったが──…
この1年、逢って間もない鐶でさえ分かるほど、無銘は、チワワな自分を嫌っていた。
針に糸を通す。たったそれだけの誰でもできる手技行為を心から羨んでいた。兵馬俑の遠隔操作では飽き足りなかった。
「ゲテモノを食べたい」。たったそれだけの理由で犬の姿に押し込めた、レティクルの幹部ふたりへの憎悪は、不自由を味わ
うたびますます鋭さをまし、熱く黒く膨らんでいくようだった。
(……でも……人間形態になれたのは…………)
早坂秋水との戦いあらばこそだ。
(……)
鐶の心に影を差すのは、『成り方』。無銘は、小札を守りたい一身で、死を賭して、人と成った。
少女は、救われてからずっと、少年の力になりたいと思っていた。
人間の姿になりたい。そんな念願さえ共に叶えられると思っていた。なぜなら助けられたからだ。好きに……なったからだ。
きっと自分は恩を返せる。今度は自分が助ける番、長年望み続けたコトがとうとう現実になるとき、自分は、直前、かつてな
い大いなる助力をしているのだと根拠も無いのに信じていた。実年齢はまだ8歳の、過酷な目に遭い続けたからこそ、まだ
どこか夢見がちな──もっとも、だからこそ、豹変に豹変を重ねた義姉の命を諦めずに済んだ。更正と救済を望めている
──少女は、それこそ自分がアニメに出てくるヒロインのように、ヒーロー覚醒の端緒たる確たる絆とアシストを、『もたら
せる』と、無条件に、信じていた。
無銘を人型にしたのは小札だった。
母への想いだけが、無念も渇望も何もかも埋めた。
男性が劇的に変わるとき、副座に別の女性がいる。
……喪失感は、埋めがたい。
人型となりし無銘を見るとき、かすかに過ぎる小札への敗北感。
(皮肉……です)
鐶は、特異体質で、様々な変身ができる。
総ての鳥類。総ての人間。
その範疇なら化けれない存在(モノ)はない。
なれない存在(モノ)は……ないのだ。
(なのに……)
それこそ鐶は思春期まっさかりで思うのだ。
(本当になりたい存在(モノ)には…………なれません)
無銘に対し、小札のような。
かけがえのない存在たりえぬ自分。
どれだけ変身してもなれない。
仮に変身して、なったとしても、無銘がかけがえなく思うのは、変身後の、姿。
鐶そのものではない。
鐶光という、ありのままの、姿から目を背かれるのだ。
- 98 :
- 虚ろな目の、早老症を抱えた”鐶光そのもの”が受け入れられないのは、劣等感と相まって、辛い。
色々な存在(モノ)になれる。しかし真に成りたい存在(モノ)にはなれない。
無銘を人型にするほど突き動かした小札にはなれない。
桜花は応援してくれる。頑張ろうとは思う。
けれど残された時間は少なくて。
やがてくる決戦で生き延びたとしても、体質を抜本的に変えない限り──…
若い女性で居られる期間は……短い。
5倍速のプロジェリア。短い時間で、9年もの歳月をかけて編みこまれた無銘と小札の絆に勝てるのだろうか。
「なりたいものになれない」。予感すると、ただ、辛い、
「とにかく! コーシーはレティクルとの決着がついてからだ!!」
はっと顔を上げる。どうやら思考に没入している間、無銘はずっと喋っていたらしい。
なら反応のなさを訝るべきだが、そこは普段が普段の鐶。また何かボーっとしている程度にしか思われていないのだろう。
鐶の頭の回転は速い。(物理的な意味でも。フクロウの特異体質で360度回転する)
「無銘……くん」
「なんだ」
「それ……死亡フラグ…………です」
なんだそれどんな旗……? よく分かっていない様子の無銘にポツリポツリと説明する。
「なにぃ! こーいうコト言うと死ぬのか!?」
「死にます…………。戦いが終わったらとか、故郷に婚約者が居るとか、言うと、死にます……」
映画などを対象にしたネットスラングなのだが、どうも無銘はより根幹的な、言霊の問題として捉えたようだ。
やや浅黒い顔を青くしてしばらく声も出ない風に口をパクパクさせていたが、すぐさま強がる。
「ふふふふふん。そ、そんなんどうせ迷信だからなっ! 鐶貴様、貴様あれだ、我を、我を担いでるだけだろう」
「……ちゃんとした…………統計とか……伝習に……裏打ちされた…………信頼できる……データ、です」
ウソは言っていない。問題があるとすれば、つい、「虚構の世界のお約束です」と付け足し忘れたところで。
鐶の淡々とした語り口は、それだけに却って説得力がある。言葉が進むたび無銘は青くなった。頬も微かだがこけた。
「助かる方法は……?」
「ないです」
ビビビっと少年忍者の背筋が逆立つのが見えた。ヤマアラシのようだった。嫌だ死にたくないこわい……ちいさな呟きを
音速以上の並みでかき消すようにはつと居直り叫ぶ無銘。
「じゃ、じゃあ逆! 生存フラグはっ!」
鐶はぼうっとした眼差しでしばらく考え込んだ。あまり聞かない言葉なので思い出すのに手間取った。
「な、ないのか! 我死ぬのか!?」
「………………胸ポケットに……金属製の……大事な人から送られた……何かを……入れる、とか……?」
核鉄がいいという結論に落ち着くまで時間はかからなかった。
「よしコレで我ら生き延びる筈ッ!」
「戦いが終わっても……別に……何もしない……です。フラグ……回避……です」
「でも怖い!!」
「怖い……ですね」
験を担ぐ無銘が、お小遣いの前借りという形で、銀成市No1&2のコーシーを飲みに行ったのは言うまでもない。
- 99 :
- .
「1番目は少々甘すぎだったな。2番目は逆に酸味が強い。3番目最強!」
「そう……ですか」
嬉しそうに講釈を垂れる無銘を見ると、それだけで幸せだった。
最後にふたりは、ゲームセンターで白熱の、ゲーム対戦をした。
鐶は、例の、ロボットのゲームが好きだが、それ以外はからきしだ。昔、義姉(リバース)を対戦で執拗なまでにいたぶった
過去を持つが、それは改造の力を借りればこそだ。こと戦いとなれば香美顔負けの速度で反応する、時もあるが、ゲーム
となるとさっぱりだ。格闘ゲームでさえ適当にレバガチャする無銘に負け越す。スポーツとなればルールがまったく分からない。
パズルもダメ。テーブルゲームもダメ。
というのが判明。
「やっぱ……ボール投げ……です。取ってこい無銘くん……です」
「うるさいもうやらんからなアレは!」
「むかしは……よくやったのに……。遠くへ投げると……ハフハフ言いながら咥えて……持ってきて……また投げろといわ
んばかりに……ポロっと……落として……そんで投げると……矢のように走ったのに…………」
「…………本能がさせたのだ!! 我はあんなの不服だった! 不服だったぞ!」
「また本能……ですか。…………えっちなのも……そのせい……ですか……。どき……どき……」
「いまだ言うかソレ!?」
「とにかく……私……電子ゲームは……からきし……です……。スパロボの早解きなら……得意……です……けど」
というわけで、体を動かすゲームで勝負。(ただしダンスゲームは除外。鐶はのろかった)
今日びの遊興施設にあるものといえばエアホッケーかワニワニパニックぐらいだ。
直接対決の前者は熱かった。両者とも武装錬金はおろか忍法や鳥の異能なしの真剣勝負。フェイントも駆け引きもなくただ
反射の限りを持って真っ向ガツガツと打ち合うのだ。
ふたりはまだ年齢的に子供だからテンションが上がると
「鐶貴様卑怯だぞこら!!」
だの
「まけなーいぜ! まけなーいぜ! まけなーいぜ! ぞなもしーっ!!」
だの、地金丸出しで熱中する。様子は微笑ましいのに動きときたら神速vs神速というありさまで、ギャラリーたちはJr大会
の決勝でも見ているようにただ黙然と見守るほか無い。
瞳を輝かせて右に左に小さな体をぴょんぴょん飛ばし。
そしてドンドンドンドンふたりはテンションが高くなって、おおはしゃぎして、ふとしたきっかけで我に返って恥ずかしい思いを
するのだ。
まだチワワだった忍びと河べりでボールの投げっこをしている時からそうだった。
そうやって、思春期前の、まだ子供な子供らしいしくじりを彼らは共有してきた。
ずっとずっと共有してきた。
共有できるのが当たり前で──…
この先もずっと、何かの拍子で、相手のそれが見られるのだと無条件に信じていた。
逢ってまだ1年ぐらいなのに、一緒にいるのが当たり前で。
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