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【ジョジョ】ゼロの奇妙な使い魔【召喚92人目】


1 :2013/09/21 〜 最終レス :2013/10/14
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【iMona】http://imona.net/
     _      ここは「ゼロの使い魔」と「ジョジョの奇妙な冒険」のクロスSSスレよ。
    〃  `ヽ     他にも避難所にしか掲載されてないSSとかもあるから一度見てみなさい
    l lf小从} l /    投下中は空気読んで支援しなさいよ 荒らしはスルーだかんね
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/     職人さんは荒らし防止にトリップを付けてよね
  ((/} )犬({つ'      次スレは900か950を踏んだ人が立てること
   / '"/_jl〉` j      480KBを超えた場合も立てるのよ。 わかった?
   ヽ_/ィヘ_)〜′
【ジョジョ】ゼロの奇妙な使い魔【召喚91人目】
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2 :
1乙。ありがとうございます。
いきなりですみませんが続きを投稿します。

3 :
 そこで調子にのって少年はこちらを侮辱してきたが……シュヴルーズが杖を振ると、彼を始めとして笑っていた者の口に赤い粘土が出てきて、口をふさいだ。
「友達を侮辱してはいけませんよ。罰としてそのまま授業を受けなさい」
 そのとたん、教室に静寂が訪れた。
(ざまぁみろ屑が)
 心の中であざけ笑いながら、ドッピオは少年たちを罵倒した。
 また一つ、理解できた。
 ルイズは魔法がまともに使えない。だからあんなにも馬鹿にされているのだ。
 しかし、たったそれだけのことでここまで嘲笑するとは、貴族というのにはまともな奴がいないらしい。
 早朝にシエスタが言っていたことも、ちょっぴり理解できた。
(それにしても……あんなこともできるのか……)
 一方でドッピオは一連の様子を見て、魔法という技術にますます関心を抱くこととなる。
 スタンドとはまた違う能力のようだが、いったいどのような原理でこの現象を発生させているのだろう。
 まぁスタンドもどんな原理であんな怪奇現象を起こしているのか理解できないのだが。
 それにしてもとても興味深い。
 それから行われたシュヴルーズの授業に、ドッピオは熱心に耳を傾けた。
「ではミスタ・グラモン。魔法の属性をすべて答えてみてください」
「はい。火、水、風、土の四つです」
 シュヴルーズが当てた、金髪のキザッたらしい少年はさらりと答えて見せる。
 それを見てシュヴルーズは頷いた。
「正解です。答えていただいたように、魔法には火、水、風、土の四つの属性、そして今は失われた虚無の属性をあわせて五つの属性が存在します。属性の他にもランクが存在し、低い順番にドッド、ライン、トライアングル、スクウェア……となっていきます」
 説明に合わせて、ドッピオはふんふんと頷く。
 中々に面白い。さっきシュヴルーズは赤い粘土を出して見せたが、さっきの魔法は土属性か。
 そんなことをドッピオが考えていると、シュヴルーズは授業を続けていく。
「これらの魔法はそれぞれ利用方法が異なり……例えば私の得意とする土属性などは、我々の生活に強く根付いたものが多く存在しています。代表的なものとしては、錬金でしょう」
 そこまで言い終えたシュヴルーズは懐から石を取り出し、机の上に置く。
 そして杖を振って呪文を唱えると、なんと石は金色に光りだしたのだ。
「ゴ、ゴールドですか!? ミス・シュヴルーズ!!」
 これにはドッピオも驚愕したが、思わず椅子から立ってそのように訊ねかける生徒までいたようだ。
 チラとドッピオがそちらを見やると、どうやら生徒はキュルケのようだ。
「いえ、残念ですがこれは真鍮です。黄金は確かに錬金できるのですが、私は土のトライアングルですから」
 苦笑いしながらシュヴルーズがそう答えると、キュルケはとたんに興味を失ったようで椅子に座った。
 なんという現金なやつだろう。
 ちょっぴりドッピオの中でキュルケの評価が変わる。
「このように錬金によって、本来異なる物質である素材を変えることもできます。コモン・マジックですので、他の属性を得意とする者でもできますよ……ではこれを生徒に実践してもらいましょう……ミス・ヴァリエール」
 シュヴルーズはルイズを指摘した。
 すると、静かに講義を傍聴していた生徒たちがざわつき始めた。
(……? なんだ?)
 ドッピオは小首をかしげた。
 どうしてルイズが魔法を実践するだけでこんなにもみんな落ち着きをなくすのだろうか。
 ルイズは魔法をうまく使えないだけじゃないのか?
 そんな疑問が次々と浮かぶ中、キュルケが立ち上がってシュヴルーズに抗議した。
「あの、ミス・シュヴルーズ。それはやめておいた方が……」
「なぜですか?」
 シュヴルーズが至極まともな問いかけをする。
 ドッピオも訊ねたかったことだ。
 それに対して、キュルケは一言で簡潔に理由を述べた。
「危険だからです」
 彼女の返答に、生徒一同が首を縦に振る。
 ……危険?
 どういうことだ? なぜそんなことになるってんだ?
 ますます理解できないドッピオだったが、そんな中でも生徒と教師のやりとりは続いていく。
「先生はルイ……ミス・ヴァリエールの参加する授業に立ち会ったことがないのです。だから……」
 ルイズ、と言おうとしたところでキュルケは言い直す。

4 :
 どうにか彼女はシュヴルーズを説得したいようだが、シュヴルーズは首を横に振って答えた。
「確かに、私はまだ彼女の参加する授業に立ち会ったことはありません。しかし、彼女は座学において常にトップをとっています。魔法も失敗を多くしていると聞いていますが、だからといってやらせないわけにはまいりません」
 続けざまに、シュヴルーズはこう述べた。
「失敗を何度重ねても、めげずに努力すればいずれ成功するものなのですから」
 このシュヴルーズという教師、どうやら人間的にもかなりできた人のようだ。
 貴族という存在について、これまたちょっぴりとドッピオは評価を変えた。
「……やります」
 彼女の言葉に後押しされたのか、それとも馬鹿にされたのが悔しいのかわからないが、ルイズはそう言うと教壇まで歩いていく。
「ルイズ、やめて」
 横からキュルケが懇願してくるが、ルイズはそれを無視して杖を取り出し、教卓に立った。
 幾分か緊張した顔つきだったが、数回深呼吸するとルイズは覚悟を決めて杖を握る。
 シュヴルーズはそれをみてニッコリと笑って、ルイズに言い聞かせる。
「いいですかミス・ヴァリエール。錬金したい物質を強く思い浮かべるのです。そして石に杖の先を向け、呪文を唱えなさい」
 こくり、とルイズはシュヴルーズの言葉に頷き、石に杖を向ける。
 その瞬間、教室の中は騒然となった。
 生徒全員が机の下に隠れると、口ぐちにルイズに罵声を浴びせる。
(なんだ? マジで何が起こるってんだ? クソッ、こんな時にエピタフでもあれば……)
 そんなことを重いながら、ドッピオも生徒たちを見習って机の中に隠れた。
 こちらを睨みつけてくる生徒が何名かいたが、そんなものは全く気にしない。
ドッピオが全く状況を理解できないまま……ルイズは呪文を唱えた。
その瞬間、教室に閃光が走ったかと思うと、教室で大爆発が発生した。
「う、うわぁ―――――――――ッッ!?」
 思わず悲鳴をあげるドッピオ。
 それは他の生徒も同じだったようで、教室中に多くの悲鳴がこだました。
 やがて光と爆風が収まり、ゆっくりと生徒たちとドッピオは机から立ち上がる。
 ドッピオが教卓があった場所を見ると、そこには粉々に吹き飛んだ机と……あちこちの服が破けて黒こげになったルイズ、そして気絶したシュヴルーズの姿があった。
「……ちょっと失敗しちゃったみたい」
 ルイズはなんでもないように、さらっとそんなことを言う。
「わぁ――――――っ! 僕の使い魔が!」
「全く、『ゼロ』のルイズ! いったいなにやってくれてんだよ!」
「全く迷惑しちゃうわ! さっさと退学しちゃいなさい『ゼロ』のルイズ!」
 続いて、生徒たちがルイズに一斉に罵詈雑言を浴びせた。
 ドッピオは、やっとルイズが馬鹿にされている理由を知った。
 彼女は魔法が使えないだけじゃない。必ず失敗して、爆発させてしまうのだと。
 魔法使いのランクにドッド、ライン、トライアングル、スクウェアとあったが、彼女の場合はそのどれにも当てはまらない。
 点(ドッド)にすら劣る、という意味を込めたのか。
「だから……『ゼロ』のルイズ、か……」
 半壊した教室の中で、ボソリとドッピオは呟いた。

5 :
 今回は以上です。
 もう一回、今晩書き込もうかと思います。
 新スレ自分では立てられず右往左往していたところを立てていただきありがとうございます1さん

6 :
グヘ…ウヘヘ

7 :
投下再開。

8 :
「ふぅ……だいたいこんなもんかな」
 ドッピオは一息入れながら、壊れた教室を見渡した。
 ルイズが錬金に失敗して教室が崩壊し、教師のシュヴルーズも気絶したことから、授業は中止となった。
 そのままルイズには、魔法を使わず教室を片づけることが言い渡され、ドッピオも今までそれを手伝っていたのだ。
 掃除もだいたい終わり、ドッピオはルイズに話しかける。
「終わったよ、ルイズ。行こう」
 だが、ルイズの方は俯いたままで、ドッピオの呼びかけに対して何も反応を示さなかった。あの失敗から、ずっとルイズはこんな感じだ。
(やれやれ……どうしたもんかなァ)
 どうすればいいか、ドッピオはわからない。
 失敗についてはとりあえず触れないでいるが、たぶん本人はだいぶ落ち込んでいるのだろう。
 そっとした方がいいか……と、そんなことをドッピオが考えたとき。
「……なによ……」
 不意に、ルイズがぽつりと声を出した。
「……なんであんた、私のこと何も言わないのよ……」
「……」
 少女の問いかけに対して、ドッピオは黙ったままだった。
 ルイズはそんなことも構わず、言葉を続ける。
「あんたもわかったでしょ? 私の二つ名……『ゼロ』のこと。そうよ、私はみんなが使えて当然の魔法すら使えないの。生まれた時から、いくら魔法を使っても必ず失敗して、爆発ばかり起こったわ」
 まるで地獄の底から響くような、冷たい言葉だった。
 クスリ、と。ルイズは冷笑する。
「いつもいつも……みんな失敗する私を見て、笑ったり、馬鹿にする。やーい、魔法の使えない『ゼロ』のルイズ、って……」
 ドッピオは、それを黙って聞き続けていた。
 何も言葉を挟むことなく、ただただ耳を傾ける。

9 :
「あんたもどうせ、あいつらと同じでしょ?」
 不意に、そんなことをルイズはドッピオに聞いてきた。
「あんたもどうせ……心の中では私のことを馬鹿にしてるんでしょ? 今まで散々偉そうにしてきたくせに、魔法が使えない主人なんて……お笑い草もいいとこだわ」
 ルイズの声が、震える。
 それとともにルイズ自身もガタガタと体を揺らしていた。キュルケのときのように、しかしあのときとは違う、もっと絶望的な理由で。
 そして、少しの間をおいて。それは、爆発した。
「そうでしょ!! どうせそうよ、あんたもあいつらと同じ、魔法が使えない私をあざけって、罵るに決まってるわよ!! 無能なご主人なんかに召喚されて、そいつにはこき使われて、笑わない奴なんかいやしないわ!!」
 心の中から、すべてを呪うように、少女は叫んだ。
 それは、まるでこの壊れた教室のように荒んでいて。見ているととても哀れで……悲しかった。
「どうせ――どうせあたしなんか――」
「ねぇ」
 と。
 今まで沈黙を貫いてきたドッピオは、重い口を開いた。
 ルイズは途中で言葉を止め、ドッピオはそのまま言葉を続ける。

「なんで、君の手って、うっすらと火傷の痕みたいなのがあるの?」

「……………………は?」

 ルイズは、思わず淑女らしからぬ間抜けな声をあげる。
 いきなり、自分の使い魔がこんなことを言ってくるとは、彼女も予想していなかったからだ。
「この世界では、魔法で治療してるんだよね……たぶん、水属性の魔法かな? きっとすごいんだろうね、治せない傷なんてほとんどないんじゃない? 『痕も残らない』くらいに、さぁ」
「……だから?」
 と、ルイズはドッピオに聞き返す。するとドッピオはルイズに歩み寄り、目の前で止まった。
 そして。
 ルイズの手を、突然掴み上げた。
「ッ!?」
 いきなりだった。反応すらできず、ルイズは慌てふためいてドッピオの顔を見る。
 その目には、激昂の光が宿っていた。
「なのにさぁ……なんで『痕がある』の?」
 それはルイズに向けられたものではない。もっと別のものに対する、激しい怒りだった。

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ … … …
「何度も何度も……ひどい怪我をするくらい……繰り返したんだろ……?」
 不意に、ルイズの腕を握る、ドッピオの手に力がこもる。
 今度は、ルイズがドッピオの話を聞く番だった。
「失敗しても……いつか成功すると信じて……手がボロボロになるくらい繰り返したんだろ……え? ルイズ」
「わ……私、は……」
 ドッピオの眼光を堪えられず、ルイズは目を逸らす。
 だが、ドッピオはルイズの顎を掴むと顔をこちらに向けさせた。
「こっち見ろよルイズ」
 鳶色の目が、使い魔によってじっと見つめられた。
「――ぁ――」
 はたから見れば、ドッピオがルイズを口説いているようだ。そう考えるとルイズは恥ずかしくなった。
 そんなことも構わず、続いてドッピオの目はルイズの手を見やる。
 そこにあったのは、注意深く見なければ見えないほどうっすらとした、あざがあった。
 完全に、文字通り跡形もなく傷を治せるはずなのに、どうして?
 答えは決まっていた。何度も何度も、想像すらできぬほど酷い傷を、負ったからだ。

10 :
「努力したんだろ」
 ドッピオは小さく、しかし確信をもってつぶやいた。
「負けじとがんばって、成功させることを……それがいつになるか、わかりもしないのに……ずっと目指してたんだろ? え?」
 ドッピオの口調は、とても優しかった。
 まるで娘を労わる父親のようなそれは、ルイズの胸をきつく締め付けた。
「なのにどうして馬鹿にできるってゆ〜んだよッ、何もしねぇで泣き言ほざくマンモーニ(ママっ子)ならともかくよォ〜〜。オメーは座学だってトップらしいじゃねーか」
 こつん、と。
ドッピオはデコをルイズのデコに当てた。
ルイズの目に、涙がたまっていった。
「で、でも……わ、私……ずっ、と……成功、しな、くて……どれだけ、がんばっ、ても……だって……だって……」
 もはやルイズの声は、涙声になって震えて、とぎれとぎれになっている。
 カタカタと、ルイズの体も震えて止まらなかった。
「人の成長は、未熟な過去に打ち勝つことだ」
 ドッピオは、そう強く言ってのけた。
「俺の尊敬する人が言っていたことだ。人には誰だって、『未熟』だったときの『過去』がある。オメーなら『魔法が使えない過去』、『それを乗り越えるために努力した過去』だ」
 ゆっくりと。言い聞かせるようにドッピオは言葉を続けた。
「オメーはきっと、他の人と違う方法で努力しなきゃいけねーのに、その方法を知らないってだけだ。『過去』からそれを学ばなきゃいけねー。そして成長するんだ。いつか」
「…………せ、成、長?」
 初めてそんな言葉を聞くように、ルイズは聞き返す。
「そーだよッ、方法を知らなきゃいけねー。でもオメーはそれよりもずっと大切なもんを持ってる。すべての人が持つべき、すっげー意味のあるものだ」
「……なに、それ……そんなの、私……」
 再び俯くルイズを、またドッピオは無理やりに顔を持ち上げた。
「『成長』するために、努力っつー過程を歩もうとする『意志』だ」
 ドクン、と。
 ルイズの心臓が、跳ね上がった。
「人は『結果』だけを求めれば、近道をしたがるんだ。そんなもんを通れば、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大事なのは『真実へ向かおうとする意志』だ。それさえあればいつかたどり着くんだよ。そこに向かってるんだからな」
 ルイズは、口元を掴まれていない方の手でおさえた。
 おさえずには、いられなかった。
 震えが大きくなる。
 目元がとても熱くなって……心が、大きく動いた。
「オメーはすげえヤツだ。だから自信をもっていいんだよォ〜〜。使い魔になっちまったんならしょうがねーッ、俺もオメーのために一緒に探してやるから、な? もう自分を卑下すんな」
 それだけ言って、ドッピオは手を離す。
 ルイズは、使い魔の目を見た。
 そこには、嘘の濁りが全くない光があった。
 彼の語る全ては……真実だった。

11 :
「う、うぅ……」
 視界が、霞んだ。
 声が、おさえられなかった。
 胸がとても苦しくなって、息がうまくできない。
 私が、すごい?
 私でも、自信をもっていい?
 私が……成長できる?
 今までそんな言葉を、ルイズはかけられたことがなかった。
 何度も何度も失敗しては。皆、ルイズの失敗という『結果』だけを見る。
 こっそりと隠れて、何度も練習したのに、誰もそんなことは見てくれない。
 やってくるのは、罵倒だけ。
 それが、この世界の残酷な真実だと思っていた。
 なのに目の前の使い魔は……あまり自分と年が離れていないであろう、青年は。平民は。
 自分の努力を。見てくれた。
 そして……自分を、認めてくれた。力強い言葉で。声で。
 認めず嘲笑する他のすべてに、怒ってくれた。
「あ……あぁ、ふぁ……あ……」
 声がうまくでない。
 どうしてだろう。こんなにも嬉しいのに。
 未だかつてないくらいに。嬉しいのに。
 感謝の言葉の一つくらい、言ってやりたい。
 ぼやけた視界の中で、ルイズは使い魔を見て。
 ルイズは、口を動かして……そして……
「う、わぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ――――――――ん!!」
 ――ダメだった。
 出てくるのは泣き声だけで。とても『ありがとう』だなんて。言えやしない。
 目からは涙がいっぱい出ている。きっとグジュグジュな、みっともない顔になってるんだろうなぁ。
 隠したいけど、そんなこともできない。泣くことしか、もうできない。
「……………………………………………………」
 ルイズの使い魔は、もう何も言わない。
 主人が泣いても、慰めの言葉も、制止しようとするのも、何もしようとしない。
 ――まるで、好きなだけルイズが泣けるように、見守っているようだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――ん!! うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!」
 壊れた教室の中で。
 ルイズは自分を認めてくれる人と出会ったことに歓喜して……泣いた。
 ルイズは、ドッピオとの間に確かな友情ができたことを、感じた。
 これは、自分にとって忘れられない日になるんだろう――ルイズは、そんな予感がした。
 落ちてきそうな空の日の、もうすぐ昼食の時間になるときのことだった。

12 :
 以上です。
 続きはまた後日。
 

13 :
ドッピオ!君はボスより立派だ

14 :
立て乙&久々の投下乙!

15 :
 投下。

16 :
「ああ、僕のモンモランシー。『ゼロ』のルイズなんかの魔法のせいで、君の美しい髪が台無しになってしまうだなんて……」
 あまり人のいない学院の廊下で、ギーシュとモンモランシーはお互いを見つめ合っていた。
 爆発で乱れたモンモランシーの髪を慈しむように撫でるギーシュ。モンモランシーは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、それを止めはしなかった。
「大丈夫よこんなの。すぐに直せるものよ」
「そうだとしても、僕は気が気じゃないんだ……あの忌々しいルイズの失敗魔法で、君が傷つきでもしたらと思うと胸が切なくなるよ」
 芝居ががった、気障で甘ったるい台詞だが、ギーシュの言葉を聞いてモンモランシーはほぅっと熱のこもった息を漏らす。
 目はギーシュに釘付けになり、モンモランシーは愛しげにギーシュと言葉を交わした。
「……ありがとう、ギーシュ。心配してくれて……」
「これくらい当然さモンモランシー。僕は君のためにいるんだから」
「もうっ……でも、嬉しい……」
 これでもかというくらいに顔を近づけ合う二人。このまま流れでキスでもしてしまいそうな雰囲気が漂っていた。
「――――ねぇギーシュ……今晩、その……私の部屋に来ない?」
 モンモランシーは、羞恥心で顔を真っ赤にしながらも、ギーシュにそう提案した。そんな彼女の誘いを、ギーシュはすぐに受け入れた。
「君がそう言うのなら、断る道理はないよ」
「なら、これをつけて今夜来て?」
 モンモランシーは、懐から小さな小瓶を取り出すと、それをギーシュにそっと渡す。
「これは……モンモランシー、君の作った香水かい? これを僕に?」
「自分が作ったものの中で、一番のお気に入りなの……好きな人に、渡せたらって……売りにも出さないで、ずっと持ってたものなの……だから――」
 と、そのとき二人は誰かがこちらへやってくる足音を聞きつけた。モンモランシーはそれを聞くとすぐにギーシュから離れる。
「じゃあまた……今夜」
 それだけ言って、モンモランシーはその場から立ち去った。
 残されたギーシュは、モンモランシーから渡された香水を胸ポケットに仕舞い込む。
その見た目は冷静に、しかし内心では最高に『ハイッ!』なテンションになりながら軽い足取りで食堂へと向かっていくギーシュ。
「ふふっ、モンモランシーからのお誘い……明日はケティに誘われたし、最高だッ!」
 たった一人いる廊下の中、ギーシュはたまらずそうつぶやく。
 誰も聞いちゃいないだろう。そう思ったのが、間違いだった。
「……なにやってんだあいつ」
 ルイズと、ルイズの使い魔にこの様子を見られていたことが、ギーシュの不運だったのだ。

17 :
 ルイズが泣き止んだときには、すでに生徒たちが昼食をとる時間になっていた。
 そのためドッピオとルイズは、再び食堂にまで足を運ぶことになり、現在その道中にいる。
 途中で同級生に多く会い、ある者は朝の授業のことで彼女を嘲り、ある者は使い魔を見て鼻で笑い、ある者は忌々しいものでも見るように嫌悪の視線を送る。
 だが、それでもドッピオとルイズは全く意に介さずに、堂々とした様子で廊下を歩いた。
「……なんか、馬鹿らしいわね。あんなのにいちいち反応しちゃってた自分が」
「それだけ成長できたってことじゃあないんですか? ご主人様」
「なによ、このナマイキ使い魔……ふふっ、でも……そうかもね」
 それどころか、こんなことまで今のルイズなら言ってのけるのである。
 ドッピオの言葉を聞いて、やんわりとほほ笑んでみせるルイズ。
 その表情は、これまでドッピオが見てきたものの中でも格段に輝いてみえた。
「……いつの間にか、忘れてたのかもしれないわね……」
「? 何をです?」
「子供の頃から、ずっと抱いていたはずの夢よ。その気持ちに、嘘も何もなくて、そのためにひたすらがんばっていたのに……いつの間にか周りのプレッシャーと、劣等感で見失ってしまっていたわ」
 ルイズは、過去の自分を振り返るようにそう答える。
 ルイズは髪を大きくかきあげる。キラキラと光に照らされ輝くその桃色の髪は、今の彼女の心を映し出しているようだ。
「それって、どんな夢です?」
「まだ、教えてあげない」
「なんですかそれェ〜〜」
 つまらなさそうに頬を膨らませるドッピオ。
「でも、もう忘れない。私にだって目指すものはあるの。そして、そこに絶対にたどり着いてやるという意思があるわ……今度こそ、ね」
 宣言をするように、ルイズはドッピオの方を向いて言い放つ。
 その目には、彼女の言葉通りの、覚悟があった。見るものすべてを圧倒し、魅了する、黄金とも呼べる覚悟が。
「思い出させてくれて、ありがとう……礼を言うわ、ドッピオ」
「身に余る光栄にございます、ご主人様……なァんて、ね〜〜ッ」
 感謝の意を素直に伝えるルイズと、それをちゃかすように応対するドッピオ。
 なによそれ、とルイズは頬を膨らませたが、すぐにまた笑った。
「……さて、食堂についたわけだけど……」
 ルイズとドッピオは、食堂の前に立っていたが、ドッピオはどうしたものかと頭をひねる。
 朝食の件から考えて、また昼も同じようなメニューであることは目に見えているからだ。
 たぶん、夕食もそうだろう。
 さすがにそんなことをされてしまうのはたまったものではない。せめてもう少し栄養があって美味いものでも食べさせてもらいたいものだ。
 だが、ここで満足に食事ができるのは貴族だけ……今のドッピオには、無理だ。
 ルイズに頼むという手も考えたが、ドッピオはどうにも気が引けた。
 今さらドッピオは、ルイズの命令というだけで食事が粗末になっているとは思わない。貴族には貴族の暗黙の了解というものがあるのだろう。
 そこに、平民に対する扱いというのが、きっと存在している。それを破った彼女は、今以上に過酷な侮蔑の視線を浴びることになるだろう。
これを解決するためには、まずそこを崩していかなければならないのだ。
「…………」
 考え込むドッピオを、少しの間ルイズは横から見つめていたが、そのまま食堂の中へと入っていく。
 まだ何も解決策は思いついていないが、主人に置いていかれるのはまずいので、ドッピオはしょうがないと諦めて後を追った。
 今はまだ我慢の時なのか。そう思ったドッピオだったが、ふとルイズを見てみると妙なことに気付く。
 彼女は、自分の席ではなく、厨房の方へ歩いていってるのだ。
「……? どこ行ってるんだルイズ?」
「厨房よ。見てわからないの?」
 いや、わかっているんだけど、その意図を説明してほしいなァ……
 未だルイズの意図もわからぬまま、ドッピオはおとなしく彼女についていく。
 中を覗いてみると、厨房は多くの料理人やメイドが忙しなく働いていて、とても入ろうという気にはならなかった。
 これ、入っちまっていいのか? そんな疑問を抱くドッピオだったが、ルイズは何も気にせず中へと入った。

18 :
「ちょっと、そこのメイド。少し時間、いいかしら?」
 そして、適当なメイドに声をかけるルイズ。
 すると中でざわめきが起こった。貴族がこんなところへやってきて、いったい何の用だと皆首をかしげている。
 だが一番驚き、戸惑っているのは呼びかけられたメイドだ。
「えっ!? あ、は、はい……」
 メイドはすぐにこちらへとやってきた。ルイズのそばに立つその人は、体を少し震わせている。怯えているのだろうか。
 恐る恐る、メイドはルイズに訊ねかける。
「な、な、何の御用でしょうか……」
 対するルイズは、メイドの緊張した様子を見てクスッと笑い、その問いに答えた。
「別に大したことじゃないわ……私の使い魔なんだけれど、彼に何か食事をやってあげられないかしら?」
 そうして、ルイズは未だ厨房の外に立っているドッピオを指さした。
 え? と声をあげて共に目を丸くした、メイドとドッピオ。
メイドはそのままルイズの指さす方向を見て……そこにいた人物を見て、また驚いて声を出した。
「あれっ!? ド、ドッピオ……さん!?」
「あっ! シ、シエスタ!?」
 互いに互いの名を言い合う二人。
 あまりに意外な、ドッピオとシエスタの再会が厨房で起こった。
「なに? あんたたち知り合いなの?」
 ルイズが意外そうにそうつぶやく。それに、シエスタが答えた。
「あ……知り合い、というより……今朝、水洗い場で出会ったばかりで……」
 ふーん、とルイズはどうでもよさそうに相槌を打つ。
「そう……で、どうかしら? 貴族達に出す食事の賄い物とかでもいいわ。こいつに出してやれる? そのぶん、きっちり働かせてやるから」
「そういうことでしたら……ちょっと料理長に相談してみますね」
 と言うと、シエスタは厨房の奥へと姿を消す。
 ルイズはまだ厨房に入らないドッピオを見て眉をひそめると、彼の元まで歩み寄って手を取り、引っ張った。
「あんたも頼みなさいっ! 世話になるんだから!」
「えっ、え、ええ、あ、ちょっ!?」
 無理やり中へと引きずり込まれるドッピオ。急にそんなことをされるものだから、足がもつれてしまった。
 そのまま姿勢を直すことができず、ドッピオは無様に倒れてしまう。しかも、顔面から。
 崩壊した教室で兄貴面を見せた男と同一人物とは思えぬ間抜けっぷりである。
「いてっ!」
「なにしてんのよドンくさいわね。ほら」
 ルイズはそんなドッピオを見て呆れながら、手を差し伸べる。
「あ、ああ……ごめん……って、だってルイズが急に引っ張ったもんだから……!」
 文句を言おうとしたドッピオだったが……それよりも先に、いたずらっぽい笑みを浮かべたルイズが言葉を放つ。
「それがこれからまともな食事を用意してあげようとしてる主人に言う言葉?」
「いや、それは……ってか、大丈夫なのかァ?」
「なにが?」
「なにがって……僕に、賄い物とはいえ、貴族の食事だなんて……」
 この言葉から、ルイズはドッピオが彼女のことを心配してくれているということを理解したようでキョトンとしていたが、すぐに笑い返す。
「だからあんたが厨房で働けばいいのよ。仕事をして、その報酬にあんたは食事をもらうの。それなら文句は出ないわよ。ここの休憩室で食べてもらうなら、なおさら心配はないわね」
 ルイズの説明を聞いて、ドッピオはなるほどと頷いた。
 これならば確かにまともな食事にありつけるし、この食堂で食べるのではないのなら表だって問題はない。
 働いて食べるというのも、タダで物をもらって食べるというより精神的に幾分か楽だし。
「……でも、僕が働いてるとこ他の生徒に見られたら、君が……それは意味なくないか?」
「今さらそんなのどうってことないわ。ただ、あんたがここで貴族と同じ食事をしたら、他の生徒からあんたを追い出せだの言われたり、傷つけられるかもしれないじゃない」
 そこまで言われて、ドッピオも気が付いた。
 ドッピオが働いた報酬に厨房の休憩所で食事をすることと、貴族と同席して食事をすること。
 前者の場合、他の生徒はドッピオを見てもただ笑ったりするだけで済むかもしれない。
 だが後者は下手に貴族の反感を買うだけでなく、もしかしたら彼らから制裁を受けるかもしれないのだ。
 同じ結果なら、リスクは少ない方がいい。
 ルイズは一呼吸の間をおいて、言い放つ。
「厄介ごとなんて、ない方がいいに決まってるわ」
 やがてシエスタがルイズたちのところへ戻ってくると、許可が取れたとの旨を二人に伝える。
 ルイズはシエスタにドッピオのことを任せると、一人席へと戻っていった。

19 :
 ドッピオはシエスタに連れられて、仕事用の服に着替えさせられるとさっそくケーキの配布をお願いされる。
 トレーで生徒たちの元まで運び、ケーキを渡せばいいのだという。
 ドッピオは学年ごとにケーキを配っていき、ルイズのいる席にまでやってくる。
「なかなか似合ってるじゃない」
 ドッピオを見てそう述べると、ドッピオは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ケーキ、いる?」
「一つ頂戴。クック・ベリーパイで」
 注文された通りにドッピオはケーキを取り、テーブルの上に置く。それをルイズはキラキラした目で眺めていた。
 よっぽど好きなんだろうなぁ。
 そんなご主人の様子を見てほほ笑みながら、ドッピオは仕事に戻ることにする。
「なあギーシュ! お前誰と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだい! ギーシュ!」
 その最中、ドッピオの進む先からそんな話し声が聞こえてきた。
 見ればそこにいたのは、シュヴルーズの授業で魔法の四属性を見事に正答してみせた男子生徒がいた。キザったらしい仕草からして間違いない。
 ギーシュと呼ばれているが、確か名前はグラモンだったか。
 その少年は、周囲からの言葉を聞いていたが、唇に指を立てていかにもな含み笑いをした。
「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
 なに言ってやがんだこのキチガイ野郎は。ヤクでもキマってんのか?
 ドッピオはじと目でギーシュを見ていたが、近くまで寄るとそんな様子はおくびにも出さない。我ながら抜群の演技力である。
「食後のケーキはいかがですか?」
 どこぞのレストランのウェイターらしく、礼儀正しくギーシュに訊ねかけるドッピオ。
 声をかけられたギーシュはドッピオのいる方向へ振り向いたが、彼の顔を見ると目の色を変えた。
「おや、『ゼロ』のルイズの使い魔じゃないか。こんなところでいったい何をやっているんだい?」
 明らかに敵意のこもった声だった。その言葉に反応して取り巻きの連中もドッピオを睨むが、睨まれた本人は全くの無反応だ。
「見ての通りケーキを配っています」
「ほう? 厨房の連中かメイドにでもやらせればいいものをどうして君なんかが? 『使い魔のフリ』から、今度はウェイターにでもなるのかい?」
 嫌味ったらしく放たれたギーシュの言葉を聞き、周囲の生徒はクスクスと笑いだす。
 ギーシュはニヤニヤと笑いながら、どこからか薔薇を取り出して香りをかぐ。
「まぁ、平民にはそれがお似合いだろうがね……」
「……で、ケーキはいりますか? いりませんか?」
 だが、ドッピオは全く動じずにギーシュへと質問する。ギーシュはその反応が面白くないのか、足を組んで偉そうな姿勢で座りだした。
「君、質問に質問で返したら0点になるのを知っているのかい? 今はこちらが質問しているんだ。答えたまえよ平民」
 相手の神経を逆なでするようにギーシュが問いかける。
 だが。
「すいません。今は仕事中ですので、私語は慎まなければならないんです。これがマナーなので……それに答えるの後でいいです? で、ケーキはいりますか? いりませんか?」
 キッチリと。嫌味なくらいに礼儀正しく。ドッピオは、ギーシュの質問への返答を断った。
 これはかなりムカついたらしい。ギーシュはその余裕の笑みを表情から消して、代わりに憤怒の形相を浮かべる。
「全く、最近の平民ときたら礼儀もなってないらしいな……貴族である僕が、答えろと言ってるんだよ。そんなマナーなんてもの守るより、僕と話したまえよ」
「……………………………………………………」
 ドッピオはしばらく沈黙しながらも、やがて、
「――厨房の仕事を手伝って、ご飯もらうんですよ。パンとスープだけじゃ、ろくに使い魔の仕事もできないので」
 ギーシュの問いに、答えた。
 そのとたん周囲の嘲笑は大きくなり、ギーシュに至ってはそれを隠そうともしなかった。
「さすが平民。我々に配られるはずの食事を横から掠め取るだなんて、下賤だね。せめてものお慰みだ、ほらこれをやるよ」
 と、ギーシュはスープをすくってドッピオの顔に思い切り浴びせかけた。いよいよ我慢ができなくなったらしく、生徒たちは声をあげて笑う。
 ドッピオはその中でも、ただただギーシュの前に立っていた。
「もう行っていいよ平民。せいぜい仕事に励みたまえ」
 そう言い放つと、生徒たちの笑い声をバックミュージックにしてギーシュは食事を再開しようとした。

20 :
 しかし。
「ケーキ、いりますか? いりませんか?」
 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …………
 背後から、ドッピオの声が聞こえてきたとき、ギーシュは不審に思いながらも振り返って答える。
「ああ、そういえばまだ答えてなかったね。一つ頼むよ。ショートケーキで」
 そう伝えるとドッピオはケーキを切りわけ、それを皿にのせる。
「ごくろ――」
 ――うさま、と続けようとしたそのとき。
 ベ シ ャ ア ア ア ア ア ッ ! !
 ギーシュは、ケーキの乗った皿を顔面に叩きつけられた。
 周囲から、笑いが消えた。
 すべての目線が、ギーシュとドッピオの二人に集中する。時が止まったかのように他の全員は動くことをやめる。
 やがてギーシュの顔から皿はゆっくりと剥がれ落ち、地面と衝突して割れる音がこだました。
 ギーシュは懐から出した薔薇のような杖を取り出すと、魔法で顔についた生クリームを拭き取った。
「……これはなんだ? 平民」
「ケーキです」
 ごく自然にドッピオが回答したものだったから、どこからか失笑が響くがそれはすぐに消えた。
「……質問を変えようか。なぜ、僕にケーキを叩き付けた?」
「叩きつける? 貴族様がスープをくださったように、私もそうしてみただけですよ?」
 平然と。どうでもいいことのように、ドッピオはギーシュの問いに答える。
 ふざけた返答を受けたギーシュはわなわなと震えだしたが……こんな平民如きに怒ってしまってはいけない。そう何度も心の中でつぶやいてすぐにおさえる。
やれやれといったように、ギーシュは首を振った。
「やはり『ゼロ』のルイズが召喚しただけあって、無能らしい。平民の中でも最下層のものを呼んでしまったらしいな、彼女は」
 それは、彼の怒りを抑えること、そして場の空気を戻すためにギーシュはつぶやいたにすぎなかった。
 だが、それがいけなかった。この男は……彼の主人を、完全に『侮辱』したのである。
 何よりも努力家でひたむきで、素直じゃないが心優しい少女のことを。彼の、目の前で。
 それが、ギーシュの運のつきだった。

21 :
「貴族って、いいですよねェ」
「……うん?」
 突然ドッピオが奇妙なことを話し出すのだから、ギーシュは首をかしげた。だがそんなギーシュをよそに、ドッピオは話を続ける。
「こんなにも絢爛な学院で教えを乞い、豪華な食堂で高級料理を三食食べることができて……そして今夜は金髪巻き毛のお嬢様からお誘い、かァ〜〜〜」
 ゾクッ!! と。
 ギーシュは、背筋が凍ったような気がした。
「名前は……なんだっけ? モン……モンモ……なんだっけェ――――? そうだ、モンモランシー。羨ましい限りだねェ色男さん。やっぱり最高なの? どうなの?」
 わざとらしくドッピオは唸り、あろうことか公然で相手の名前を晒した。
 これだけでもかなりの屈辱なのだが――ドッピオがこれからやろうとしていることと比べれば、こんなもの序の口だ。
 ガチガチと歯を鳴らしだすギーシュだが、ドッピオはそれを全く意に介さない。
「あと明日も他の娘からお誘いがあるんでしょォ〜〜〜? ケティ、だっけ? 二日連続、しかも違う女の子から部屋に招かれるだなんて、僕みたいな平民には考えられないなァ〜〜」
「きっ、貴様! その口を閉じろ! 貴族に向かって話しかけるなんて……」
 怒鳴るギーシュだったが、ドッピオはそれをヘラヘラと笑いながら受け流す。
「えェ〜〜? だってあなたがいったんじゃないですかァ、『マナーなんて守らず僕と話せ』ってェ〜〜」
 あっはっは〜と、これまたわざとらしくドッピオは笑い返す。
 ギーシュは口を魚のようにパクパクと動かすだけで、何も言えないようだった。
「……ギーシュ様……」
 ふと後ろから、不意に女性の声が聞こえてきた。ギーシュが振り返ると、そこにいたのは一年生の女の子だった。
 ギョッとして、ギーシュは女の子を見る。
「ケ、ケティ……」
「ギーシュ様……今の平民の言葉は、本当なのですか?」
 ケティという女の子は涙を流しながら、ギーシュにそう訊ねかけた。女の子の涙というのは、かなり堪えるものである。
 『あの……』とか『その……』とか、ギーシュがまごついているとき。
「あァ〜、そういえばこの人さっきモンモランシーから何かもらってたかなァ〜〜? 確か胸ポケットに仕舞ってたっけェ?」
 悪魔のつぶやきが、ギーシュを絶望の淵へと追いやった。
 強引にケティはギーシュの胸ポケットをまさぐると、そこから小瓶を取り出す。
「……これは、なんですか?」
「い、いや、それは……あの……」
 もはや、ごまかすことも何もできない。ギーシュは顔を真っ青にして、あたふたと慌てふためくことしかできなかった。
「私にも、説明してくれるかしら? ギーシュ」
 今度は、横から声が聞こえてきた。ギギギ……と、油の切れたブリキ人形のようにギーシュが横を見る。そこに立っていたのは、先ほど廊下で愛を囁きあったモンモランシーだった。
 ギーシュが何か言い訳をしようと口を開くより早く。ケティの平手打ちが、ギーシュの頬に炸裂する。
「最低ッ!!」
 号泣しながら、ケティは食堂から走り去っていく。
 そして一瞬の間もあけず、モンモランシーはワイングラスでギーシュに殴り掛かる。バリンッ!! と痛快な音が響くとともに、グラスが砕け中身がギーシュに降りかかった。
「このクズッ!!」
 そう言い放つと、モンモランシーもケティのあとを追うように食堂から出ていった。
 再び静寂が食堂を支配する。
 皆が口をだらしなく開けて呆然としている中、ドッピオは笑いながらギーシュに話しかける。
「あ〜あ、振られちゃいましたか〜。でも仕方ないですよねェ〜〜、二股なんてしてるからこういうことになるんですよォ〜〜。今度からは気をつけなきゃいけませんよ、誰が聞いてるかわかんないんだからァ〜〜」
 ポンポン、と肩を叩くと、ドッピオはその場をあとにすべくトレイの取っ手に手をかけた。

22 :
 それと、同時だった。ギーシュが激昂して後ろからドッピオに襲い掛かったのは。
「この――『ゼロ』の、使い魔の分際で……ッ! このッ! 平民の分際でええェェェェ――――――ッ!!」
 叫びながら、ギーシュはドッピオに迫る。だが、ドッピオはそれを予知していたかのように避けると……
 ド ス ゥ ッ ! !
 ギーシュの左目に、右手の人差し指を突っ込んだ。
「――――――え?」
 何が起こったのか、その場にいた誰もが一瞬理解できなかった。ギーシュさえ、動きを止めた。
 ドッピオはそのまま指を動かして、ギーシュの左の目玉が半分飛び出た状態にする。
「……なぁ……まさか俺が、この程度で満足してると、思ってんのか? え?」
 聞いているだけで、心臓を鷲掴みにされるような声が、ドッピオから放たれた。
「人を……主人をあれだけ『侮辱』しといて、よォ……こんな程度で、済むと思ってんのか?」
 グリュ、グリュ、と。ドッピオは目玉をいじりながらギーシュに問いかける。
「う、あ、あぁ……」
「俺たちの組織じゃあなぁ……『侮辱』に対しては、命をかけてでもきっちりとお返しするもんなんだ……そのためならよぉ……殺人だって、許されるんだぜ?」
 それは、小さな声だった。だが、なぜかそこにいる皆にも、はっきりとよく聞こえた。
それが、とても不気味だった。
「この世界じゃ、お前みたいなヤツばっかりだ……どいつもこいつも……世の中アホばかりなのかああああァァァ――――ッッ!!」
 ドッピオは左手でギーシュの頭を掴むと、思い切り机とぶつけた。
 ガンッ!! と鈍重な音がして、ギーシュの頭から血が流れる。
「がァッ!? あっ、あああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!??」
 急に訪れた衝撃と、その後ゆっくりとやってきた痛みで思わずギーシュは悲鳴をあげる。
 それを見てドッピオはフンッと鼻を鳴らすと、その場から立ち去るべくケーキを片づけてトレイを押し始めた。
「まっ――待てッ!!」
 ドッピオは背後からのギーシュの声に、肩越しで振り向く。
 ギーシュは頭をおさえながら荒く呼吸をして、肩をワナワナと震わせていた。
「この――平民めッ! 許さない――許さないぞ! 決闘を申し込む!」
 決闘。
 その言葉を聞いて、周囲のギャラリーは一気にざわめきだした。
「ヴェストリの広場で待つ! 逃げることは許さんぞ!」

23 :
 マントをばさりと翻すと、ギーシュはそのまま食堂をあとにする。
 取り巻きたちも面白いことになってきたと口ぐちに言いながら、わくわくした顔でギーシュに続いた。
 ドッピオは去っていくギーシュを見たままだったが、やがてトレイを押して進み始めた。
 そのとき。ドッピオの顔面めがけて前方から拳が飛んできた。
 難なくそれを受け止めるドッピオ。殴り掛かってきたのは、ルイズだった。
「ちょっと! 見てたわよあんた! いったいなにをしてくれてるのよ!」
 そのときのルイズは、教室で爆発したときのように激しく怒っていた。
「『侮辱』しやがったから、あのガキをぶちのめす。それだけだよ」
「ぶちのめす!? あんたは平民でしょうが! 魔法を使うメイジに、何の力もない平民が、戦うってだけでもうそれはダメなのに――あんた何言ってるのよ!」
「さっき目玉えぐってやった相手に言う言葉かよ」
「そんなもの不意打ちだったからたまたま成功しただけでしょうが!!」
 怒鳴り散らすルイズの背後から、ドッピオは青ざめた顔で彼を見つめる一人のメイドを見つけた。
「……ド、ドッピオさん……ダメ……き、貴族に……平民なんかが挑んじゃあ……こ、殺されちゃう……」
 魔法という脅威。貴族という、権力。
 これら二つを持った存在に怯えたシエスタは、ガタガタと震えていた。
 うまく言葉を紡げない口で、なんとかそれだけを言うシエスタ。
 そんなシエスタに。ドッピオは、
「ごめん、シエスタ。これ、片づけといてくれます?」
 そんなことを、呑気に問いかけた。
 ルイズは愕然とするとともに、再び使い魔に向かって叫ぶ。
「あんた話聞いてたの!? 決闘なんてやめなさい、一方的にやられて惨めに死ぬだけよ! そんなの……そんなことする必要、ないじゃない!!」
「必要だ」
 主人からの言葉に。使い魔は、即答する。
「……え?」
「ここで戦わなきゃ……俺は、オメーの誇りを傷つけたままにしちまう……そんなんじゃあダメだ……全然ダメだ……」
 ドッピオは、ルイズを見つめる。
 その彼の目には……決して揺らぐことのない、覚悟の光があった。
「リスクは少なめに――だが、それで『結果』が変わるのならッ!! 俺は後悔のない選択を選ぶぜッ!!」
 そう宣言すると、ドッピオは仕事用の制服を脱ぎ捨て、ヴェストリの広場へと向かった。

今回は以上です。また今日はもう一度投下できるかも。

24 :
ドッピオ元気すぎワロタ

25 :
まだ途中だけど、投下します。

26 :
「諸君ッ! 決闘だ!!」
 トリステイン魔法学院のヴェストリ広場。
 そこには、退屈な日常の中に訪れた決闘という『刺激』を味わうべく、大勢の生徒が集結していた。
 彼らの中心に立っていたのは、その生徒の一人であるギーシュ・ド・グラモンと……『ゼロ』と罵られてきた少女が召喚した使い魔、ヴィネガー・ドッピオだった。
「よく逃げずにここへやってきたな。それだけは褒めてやるぞ平民」
「あんたに褒められたって何も嬉しくないんだけど」
 ドッピオは軽口を叩きながらも、広場を見渡して状況を確認する。
 この場にあるのは芝生のみ。隠れられるような物陰は一切存在せず、よく見渡すことができる場所だ。
 奇襲をしかけることもしかけられることもない。貴族の言う決闘とやらをするにはちょうどいいだろう。
「さて、ギャラリーもそろったところでそろそろ始めようか……いや、その前にすべきことがあったな。僕は貴族で、君は平民だ。こちらも魔法こと使うものの、そちらに何もないのではね……」
 もったいぶった口調でギーシュはつぶやく。
 言いたいことがあるならさっさと言えよと、心密かにドッピオは悪態をついた。
「公正になるように話してやろう。僕の二つ名は『青銅』。『青銅』のギーシュだ。使う魔法は、青銅のゴーレム『ワルキューレ』を7体まで作り出すことができる。この魔法で、僕は君の息の根を止めて見せよう」
 なんとご丁寧に相手は自分の手の内をさらしてくれた。
 スタンドバトルにおいても相手の能力を知っているか知らないかということは大きな差がうまれる。
 それほどまでに自分の能力に自信をもっているということか、あるいはただのバカか。
 いずれにせよ、ありがたいことに変わりはない。
「随分と優しいものですね」
「公正さはパワーとなるのさ。そして決闘のルールだが、僕が君を再起不能にすれば僕の勝ち。だが君は特別に、僕の杖を奪っても勝ちとなるようにしよう。僕の杖はこの薔薇だ、せいぜい狙いたまえ」
 ギーシュは手に持った薔薇をひらひらと振ってみせる。
 なんともまぁこちらに有利となるようなことをホイホイと追加してくれるものだ。
 ここまでくるとありがたいと思うよりも相手のことが逆に心配になってくるくらいだ。
「どーもありがとうございます」
「ふん。楽しみだね、こんなにもハンデを与えてもらった戦いに敗北したときの君の顔が……では、ギャラリーも増えてきたところで、始めようか」
 そうして、二人が同時に動こうとしたそのときだった。
「やめなさい、ドッピオ!!」
 広場に、誰かの叫び声が響いた。いったい何事かと、生徒たちは声の聞こえた方向にその視線を一斉に移す。
そこに立っていたのは、『ゼロ』の名を与えられ皆から忌諱されてきた桃色の髪の少女だった。
「これはこれは、『ゼロ』のルイズ。たった今から君の使い魔と決闘をするところなのだが、いったいどうしたというんだい?」
「ギーシュ、こんなことはすぐにやめなさい! 決闘は、学院からも禁じられているはずよ!」
 ギーシュはクックと笑うと、薔薇を口元にあてて口を開く。
「禁止? それは生徒同士、貴族と貴族の決闘だけのことだろう? これから行われるのは平民と貴族のものだ。そんな校則などかすりもしないよ」
「だからってこんな……あなた、ドッピオをR気!? 学院の中で殺人だなんて、そんな……」
「これは決闘なのだ。命が失われるとしてもそれは互いに了承済みのこと。そんな神聖な決闘を殺人だと? 口を慎め『ゼロ』のルイズ!」
 いくら何を言おうと、ギーシュはのらりくらりとかわして自らの行為を正当化しようとした。
 そこにいた群衆も皆ギーシュに賛同しているため、ルイズは周囲から批判を受けることとなってしまった。
「そうだぞ『ゼロ』のルイズ!」
「これは正当なる儀式と同じなんだ! おまえなんかがとやかく言う筋合いはないんだよ!」
「黙って自分の使い魔が殺されるところを見てるがいいさ! 『ゼロ』のルイズ!」
 次々と浴びせられる罵声。
 だがルイズはそんなものなどはなから気にしてはいなかった。言わせたいだけ言わせてやればいいと思っている。
 彼女がこの場で心配していることは、たった一つ。自分の使い魔の安否のみだ。

27 :
 ギーシュに何を言っても無駄だと悟ったルイズは、ドッピオに声をかける。
「ドッピオ、ダメよこんなの! 今すぐやめなさい、やめて!」
「ダメだルイズ。もう決めたことだ。俺はこいつとの決闘を受けて立つ。そして勝つ。」
「なに言ってるのよ! そんなの無理よ、あんたが死んじゃうわ! これは主人としての命令よ、すぐにこっちへ戻って! はやく、はやく――」
「ルイズ!!」
 だが、ドッピオはルイズの言葉すらはねのけた。
 ドッピオが発した怒声に驚愕し、言葉を失うルイズ。そんな彼女にドッピオは優しく笑いかけた。
「ただ、そこで見守ってくれればいい。僕の主人として、君はこのまま僕の戦いを見守って、そして勝利する瞬間を目撃するんだ。そして、君も僕も成長するんだよ」
 もはや、この場において言葉なんかは何の意味も持たないということをルイズは理解した。
 ルイズは、自分の使い魔の目を見る。食堂で見たときと同じ、覚悟の宿った目。
 それは『命を賭ける覚悟』はあっても、『命を捨てる覚悟』はなかった。
 もう、運命に任せるしか……それしか、自分にできることはないのだ。
「……絶対よ……絶対に、勝ってみせなさいよ!!」
 それだけ言って、ルイズは口を閉じて成り行きを見守った。
「あらあら、そんなにあの平民のことが気に入ったのかしら? ルイズ」
 するとルイズの背後から、普段から聞きなれた声が聞こえてきた。
 振り返ればそこに立っていたのは、燃えるような赤い髪をした、彼女の隣人、キュルケだった。
「……死なせたくないのよ。あいつは、私を救ってくれたんだから……」
「ふぅ〜ん? 救う、ねぇ……でも、今は『祈る』しかないわよ? 彼が勝つことを……あなたには、何もできやしないんだから」
「……もうわかってるわよ。そんなことくらい……」
 キュルケは、自らの言葉にそう言い返したルイズを見て、驚いたように目を見開く。
(へぇ〜……これは、もしかしたら見ものになるかもしれないわね……)
 キュルケは好奇の眼差しで。ルイズはドッピオへの信頼の眼差しで。それぞれ、決闘の行方を見守った。
「待たせたな。じゃあ、やろう」
「あぁ。始めようか」
 そしてギーシュの言葉を皮切りに、決闘は始まった。
 ドッピオは一気にギーシュまで駆け寄る。だが、ギーシュはそれを余裕の笑みを浮かべながら眺めるだけだ。
 薔薇から一枚の花びらを落とし、ギーシュはゴーレムの名を叫ぶ。
「ワルキューレ!!」
 その瞬間、花びらは青銅でつくられた女神のような像へと姿を変え、ギーシュとドッピオの間に立ちふさがった。
 ワルキューレはドッピオへと殴り掛かる。そのスピードははやく、ドッピオと拳の距離はほとんどない。
ほとんどの観衆は、この一撃でもう決着がつくかと思った。
 しかし。
 ガンッ!! と。
「ッ!?」
 ギーシュは息を呑んだ。
 相手がワルキューレの拳に、右手の裏拳を横から叩き込むことで攻撃を逸らしたからだ。
「なに驚いてやがる……こんなスピード、ブチャラティのスティッキー・フィンガーズと比べれば亀みてェにのろいんだよ!!」
 キング・クリムゾンの腕とエピタフがなくとも、彼は数々のスタンド使いと戦ってきた歴戦の戦士だ。
 接近戦パワー型のスタンドならばともかく、この程度では彼はたじろぎもしない。
 それに、別に相手なんかしなくてもいいのだ。
 魔法の使い手である、本体さえこちらがぶちのめしてしまえばいいのだから。
 そのままドッピオは流れるようにワルキューレの横を通り抜け、左の拳をギーシュの顔面に叩きつけようとした。
「もらったァ――――――ッ!!」
 雄叫びとともにギーシュへと迫るドッピオ。
 しかし、ギーシュはそんなドッピオを見てニヤリと笑った。
「!?」
 なんだ、こいつのこの余裕は。
 ドッピオがその表情に疑問を抱くよりもはやく。彼はその理由を知ることとなった。

28 :
 ガシィッ!! と。
「――ッ!?」
 不意に、ドッピオは何かに右足を掴まれる。
 驚愕して自分の右足を見てみると――ドッピオは、ギョッとした。
 彼の腕を掴んでいたのは……上半身だけを生成された、ワルキューレだったのだから。
「なッ、なにィィィィいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」
 ギーシュは、最初こそ一枚だけ花びらを落としていた。
 だがそこから自分のゴーレムを生成すると同時に、彼はその陰でもう一枚花びらを落としていたのだ。
 そしてドッピオが一体目のワルキューレをすり抜けたとわかると……二体目のゴーレムを生成した。
(やっ――べェ!!)
 足を掴んだ手をほどこうとするが、ワルキューレの力はあまりに強く、ビクともしない。
 次の瞬間……ドッピオの顔面に、一体目のワルキューレが殴りかかった。
「ぶがッ!!」
 青銅でつくられた重い拳はドッピオを殴りぬき、彼を吹き飛ばす。
 ワッ! と、ギャラリーの中で歓声があがった。
「ふ〜〜〜〜っ、危ない危ない。平民にしてはなかなかにやるじゃあないか。正直ヒヤッとしたよ。だけど、これじゃあまだまだダメだね」
 やれやれと首を横に振り、キザな仕草で薔薇の香りを楽しむギーシュ。
 ドッピオは血まみれになった顔をおさえ、芝生の上で悶えた。
「ドッピオ!!」
 堪えられず、ルイズは悲鳴をあげる。
 今にも彼の元へと駆け寄りかねないような勢いだったが、前方に群がる群衆が邪魔で何もできない。
「おやおやルイズ。そんなにこの使い魔のことが心配なのかい? ――まぁ、元々は君が使い魔をキッチリ監督していなかったことに問題があったのだから、君にだって罪悪感はあるだろうしねぇ……」
 ギーシュは邪悪な笑みを浮かべる。今の彼はまるで、目の前で死にかけた虫を踏み潰そうとする子供のようだった。
「そうだね。君がこの場で土下座したまえ。そして、『ゼロ』の私がこのような事態を招いてしまい、申し訳ありませんギーシュ様……と言えば、使い魔のことは許してやろう……どうだね?」
ルイズに優しく囁きかけるようにそう提案した。
 ルイズは、ドッピオを見やる。あれだけの大怪我をしたのならば、すぐに医務室へと連れて行かねばならない。
 先ほどの動きは見事だったが、しょせんそれまでだ。魔法を使うメイジと戦ったところで、結局『結果』は変わりやしない。
 このまま続ければ、こんなものでは済まない。彼を待っているのは――
「――ッ」
 ルイズは歯を噛みしめ、俯いた。
 ギャラリーはそんな彼女を眺め、地面に跪くことを今か今かと心待ちにしているようだった。
 やがて、ルイズは膝を地面につけて両手を床につけ、そして――
「――なぁ、おい」
 どこからか聞こえてきたその声で、彼女の行動は中断された。
 群衆は再び視線を広場に戻し、皆がドッピオを凝視する。
 顔から決して少なくない量の血を流しているにも関わらず……手で顔を隠しながら、ドッピオはゆっくりと立ち上がった。
「――こんなもんか?」
「……なんだって?」
 ドッピオの言葉に、ギーシュは首をかしげる。
「――こんな程度で、テメーの制裁とやらは、よォ〜〜〜……終わっちまうってーのかァ〜〜?」
 ドッピオは、顔から手を離した。隠れていた顔は鼻がおかしな方向へ曲がり、痛々しいほどにあちこちから血が噴き出ている。
 それでも、彼の眼だけは……最初のときと同じように、ギラギラとしたナイフのように鋭く光っていた。
「生ぬるいんだよマンモーニ(ママっ子)が……やるっつーんなら……俺の腕をもがすまで……足を引きちぎるまで……首を撥ね飛ばすまで……そんくらいの覚悟でとことん来いッ!! 『二股』のギーシュッ!!」
 ビキッ、と。ギーシュの額に、青筋が走る。
 またも彼は、ドッピオによって公衆の面前で『侮辱』されたのだ。
 もはや、我慢などできるはずもなく。
「よかろう――そんなにも死にたいというのなら、お望み通り死なせてやるッ!」
 ギーシュは薔薇を振り、花びらを4枚落とした。
 その花びらの数だけ新たに生まれるギーシュのゴーレム、ワルキューレ。
 そのすべてが武装しており、レイピア、両手剣、斧、ハルバートを構えてドッピオへと迫った。
 そのうちの両手剣を持ったワルキューレがドッピオと肉薄し――その剣を振り下ろそうとした。

29 :
とりあえずここまで!
待っとれい、今続きを執筆してやるッ!!

30 :
 できたので投下再開!!

31 :
「いやァァァァァああああ! ドッピオ――――――ッッ!!」
 次の瞬間に広がるであろう、使い魔の脳天が真っ二つにされる光景に、堪えられず。
 思わずルイズは目を逸らし、叫んだ。
 だが、耳はふさいでいない。
 きっと聞こえてくるのだろう。肉が裂け、血の吹き出す恐ろしい音が。
(いや、いや――そんなの、そんなの嫌ぁ――!!)
 どれだけ願っても、現実とは非情なものだった。
 やがて、ワルキューレの両手剣が風を切る音がして、そして……
ガ シ ャ ア ア ア ン !!
「……えっ?」
 ――彼女が思い浮かべたようなものではない、金属が何かとぶつかるような、そんな音がした。
 いったい何が起こったのか。ルイズは、広場の中心を見て……そこに広がっていた光景を目撃し、驚愕する。
 ――そこにはワルキューレから奪った両手剣で、ハルバートを持ったワルキューレを真っ二つにしたドッピオの姿があったのだから。
「なっ!?」
 ルイズは、自分の見ているものが信じられなかった。
 いったい、なにがどうなったというのだ?
「き、貴様――!!」
 ギーシュは悔しげに歯噛みをしていた。彼もまさか、自分のゴーレムが破壊されるなどということは思いもしなかったのだろう。
 いったい自分の使い魔は何をしたんだ? 何がどうしてこんな結果になっている?
「うっそぉ……」
 振り返ればキュルケも信じられないとばかりに目を丸くして、あんぐりと口を開けている。
「ね、ねぇキュルケ! ドッピオは……あいつ、いったい何をしたの!?」
 ルイズはたまらず、キュルケに訊ねかける。
 しばらくキュルケは呆然としたままだったが、やがてルイズの問いに答えた。
「……彼、ギーシュのゴーレムが斬りかかったとき……ゴーレムの腕を掴んで、そのまま投げ飛ばしたわ」
「……………………………………………………へっ?」
 突拍子のない返答に、ルイズは間抜けな声を出した。
 そんなルイズにも構わず、キュルケは説明を続ける。
「ゴーレムの動きをそのまま利用して……ゴーレムを地面に叩きつけると同時に剣を奪って、次に襲い掛かってきたハルバートのゴーレムを斬り倒したの」
 ――なんだそれは。
 あまりにおかしな、にわかには信じられないような答え。
 だが、そうでなければこの広場で起こっていることは何も説明ができなかった。
 自分の使い魔は――彼は今、こうして自らの逆境をも超えようと立ち向かっているのだ!
「ぐっ!」
 ギーシュは焦っていた。
 まさかワルキューレから武器を奪い、二体も倒してしまうとは思っていなかったからだ。
 まだ自分には、斧とレイピアを持ったワルキューレが一体ずつ。上半身だけのものも含めれば素手のワルキューレが二体いる。花びらもまだ一枚残っていた。
 それに対し相手は武装したとはいえ手負い。状況だけで見ればまだこちらが有利だ。
 しかし、土壇場で見せたあの動き。
 あんなものを見せつけられては、警戒せざるを得なかった。
「ワルキューレ、早く仕留めろ! 前後で挟み撃ちだ!」
 ギーシュからの指示通り、レイピアのワルキューレが前方、斧のワルキューレがドッピオの背後を取ると、同時に襲いかかる。
 だがドッピオはレイピアを剣で横から弾くと、その勢いのまま回転して斧の刃に剣をぶつけた。
 あまりに衝撃で斧と剣は同時に壊れたが、素早くドッピオはハルバートを拾うと武器を失ったワルキューレをなぎ倒す。
 間髪入れずレイピア持ちが横なぎに斬りかかってきたが、しゃがんでそれをあっけなく避けるとドッピオは反撃してワルキューレを粉砕する。

32 :
 残るワルキューレは、あと二体。
 こちらをギラリと睨むと、ハルバートを携えたドッピオはそのままギーシュへと向かって走り出した。
 ギーシュは、戦慄した。
 なんなのだ、この平民は。何も力を持たないはずのこいつは、どうして自分をこんなにまで追いつめている?
 こちらは魔法が使える。対して相手は、何のとりえもありはしないカス同然の存在。
 なのに、どうしてこんな結果が生まれる?
 いったい、なぜ?
「ひ、ひぃっ――!!」
 ギーシュの中に、恐怖が芽生えた。
 あいつは、ただの平民ではない。もっと恐ろしい何かを秘めた、人ならざる者だ。
 ギーシュの本能が、逃げろと叫ぶ。
(逃げるだって!? 冗談じゃない……あ、あいつは平民じゃあないか! たかがそんなチッポケなものに、この『青銅』のギーシュが恐れを抱くなどと――!!)
 だが、ギーシュの誇りが。貴族としての誇りが、平民に対する優越心が、それを許さなかった。
 恐怖を無理やりおさえこむと、ギーシュはドッピオを倒すための算段をする。
 こちらにあるものは、素手のワルキューレが一体、上半身だけのワルキューレが一体と、花びらが一枚。
 もう一体武装したワルキューレをつくることはできなくもないが、おそらくあっさりと破壊されてしまうだろう。素手ならもってのほか、上半身だけのものなど論外だ。
 何か。何かないのか。
 自分が、あの生意気でいけ好かない平民を打ち破るための方法は。
 脅威が自らに迫る中、ギーシュは必死になって頭を回転させた。
 そして。
(――ッ! そうだ、これなら――これなら!!)
 思い、ついた。
「ワルキューレェ! こいつを投げつけろォォ――――ッ!!」
 なんと。ギーシュは素手のワルキューレに命じて、上半身だけのゴーレムを投げ飛ばしてきたのだ。
 すさまじいスピードで放たれるそれは、風を切る音とともにドッピオへと迫る。
 もはやゴーレムは目前。避けることは、できない。
 しかしッ!! ドッピオは、それにも全く動じない!!
「そんなもんで俺が倒せると思ってんのかァ! このマヌケッ!!」
 ブゥン! と。ドッピオはハルバートを振り回して、ゴーレムを粉砕した。
 投げ出された勢いもあって、それは刃にあたると同時に粉々になって吹き飛ぶ。
 そして再びドッピオはギーシュへと駆け寄ろうとし――
 ド ゴ ォ ッ !!
「がふッ!?」
 背後から、何者かによって殴りつけられた。
 視界が一瞬白く弾けたと思うと、ハルバートを思わず手放しその場に倒れこむドッピオ。
 頭がクラクラする。吐き気が、こみあげてくる。
「なっ……なん――!?」
 いったい誰が。そう考えたドッピオは激しい頭痛もこらえ、後ろを見やった。
 そこに立っていたのは。ゴーレムを放り投げたものとは違う、もう一体のワルキューレだった。
 やられた。ドッピオはそう感じた。
 ギーシュはただ、無暗に上半身だけのゴーレムを投げたのではない。そのゴーレムにこっそりと花びらをくっつけていたのだ。
 ゴーレムが破壊されることなど、もちろん計算の上。破壊し、油断したその瞬間を狙って、ギーシュは花びらをワルキューレへと変え……ドッピオに奇襲をかけたのだ。
「ぐ、うぅっ……!!」
 立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。今すぐ動かなければならないというのに、今の一撃がかなりきていた。
 傍から見れば、今のドッピオは無様に地面に転がりまわっているようだった。
「ふ、ふふ……この僕が、平民なんかにここまで追いつめられるとはね……いや、正直に言うよ。本当に焦ったさ。君がこんなにも勇敢に戦って見せるだなんてね」
そして。そんなドッピオに追い打ちをかけるように、二体のゴーレムが接近する。
「だがもう、ここまでだ。平民が貴族に勝つだなんて、そんなものはおとぎ話の中でしかないんだよ。君はよくやった。だからこのまま眠りたまえ」
 ギーシュは、勝利を確信したように口を横に広げ、ドッピオに話しかける。
 彼の表情には、もはやさっきまでの怯えはない。あるのはただ、目の前に転がる平民を打倒したという、邪悪な優越感だけだ。

33 :
「ドッピオ! 逃げて、ドッピオ!!」
 ルイズが、ドッピオに向かって叫ぶ。
 しかしその叫びは、ギーシュの逆転劇を目の当たりにした群衆の歓声にかき消されてしまう。
 何度声をあげても、主人の声は使い魔の耳には届かなかった。
 やがてワルキューレはドッピオの胸倉を掴み、無理やりに彼を立たせた。
「見ておくがいいルイズ……これが、君の使い魔の最後だ……これが、平民の限界だ……そしてこれが、貴族の力だ……!!」
 ワルキューレは、拳を構えた。
 もう次から、手加減などというものは一切しない。全力でこの男を打ちのめし、死という絶望を贈りつけてやる。
 ギーシュは邪悪に笑いながら、勝利の宣言をした。
「勝ったッ!! 絶望のままに、地獄へと堕ちていけェェェ――――ッ!!」
 そしてギーシュの命に従って――ワルキューレの拳は、振り落された。
 ズ ド ォ ッ ッ !!
 鋭い何かが、肉を突き抜けるような音がこだまする。
 そのとき、観衆からは一切の声が消えた。
 沈黙が空間を支配し、まるで時が止まったかのような錯覚に、そこにいた全員が陥った。
「―――――――――え?」
 そしてその静寂は、勝利したはずの者が不意にあげた間抜けな声で、終わることとなった。
 ワルキューレの拳が……ドッピオの眼前で止まったからだ。
 あと数サントという距離のところにまで迫った青銅の塊は、そこで見えない何かに阻まれたかのようにその動きを止める。
「――な、なんだ? いったい、何が……何が、起きて……」
 状況がわからず、ギーシュは戸惑うように声を漏らす。
 確かに、自分はワルキューレに命令を下したはずだ。ルイズの使い魔にトドメを刺せと。
 その拳でもって、彼の人生に幕を下ろさせろ、と。
 わけがわからず、ギーシュは再び杖を振るって命令を下そうとした。
 そして……異変に、気が付いた。
「――あ?」
 ギーシュは、杖をもっていたはずの己の手を見た。
 そこには、薔薇を模した自分の杖など影も形もなく。代わりに、何か大きな金属の破片が、手の甲から深く突き刺さっていた。
 ギーシュの手は、見る見るうちに赤く染まっていく。
「――ぁ、ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 傷を見たとたんに、激痛が走った。
 なぜこんなことになったのかもわからないまま、ギーシュは未だかつて感じたことのない痛みに悶えた。
「あ、あああ!! ああああ!!! 僕の手が、手がァァァ!!??」
 痛い。痛い。
 傷口がとても熱くなって。全身から汗が噴き出す。
 悲鳴をあげるギーシュの手からは、次々と鮮血があふれ出て、止まらなかった。

34 :
「……こんなこともあろうかと……拾っておいて……よかったよ……」
 と。そのとき。
 傷を押さえてうずくまるギーシュの背後から、地獄の底から響くような声が聞こえた。
「ゴーレムの持ってた剣が斧とぶつかってブチ壊れたよな……役に立つかもしれねェと思ってよォ……レイピアの野郎が斬りかかってきたのを避けるとき、いくつか拾っといたんだ……」
 ギーシュの顔が、見る見るうちに青ざめていく。
 傷口をおさえながら……恐る恐る、ギーシュは後ろへと振り返った。
「……そいつは破片だ。ゴーレムの剣のな……そして杖を持った手にブン投げた……お前は、それで落としたんだ……自分の杖を、よォ……」
 ギーシュはドッピオの足元を見て、ハッとした。
 そこにあったのは、薔薇を模した自分の杖。
 ギーシュは慌ててそれを拾おうとしたが……ドッピオに思い切りその手を踏みつけられた。
「い、ぎァァァああああッ!!??」
 ギーシュは杖を、落としてしまった。杖はメイジにとってなくてはならないもの。
 これがなければ、メイジは魔法が使えずただの人となり下がる。
 もう、彼はワルキューレを動かすことができない。目の前の平民に、何も抵抗することができない。
 荒く呼吸をしながら、ギーシュはドッピオを見上げる。
 ちょうど彼の背後には太陽があり、逆光で顔は全く見えない。
「い、あ、は、あぁ……!!」
「……さて、と。じゃあ、きっちりと返してやるとしようか。え? ギーシュ」
 ドッピオはギーシュの胸倉を掴み、ドスの効いた声でつぶやく。
「自分だって大したことがねェくせに……ルイズのことを『ゼロ』だと『侮辱』しやがったんだ……覚悟は、いいよな?」
 ギロッ、と。
 全く感情のこもらぬ冷たい視線が、ギーシュを貫いた。
「ひっ――」
 次の瞬間、ドッピオはギーシュを何度も何度も殴った。
 ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ッッ!!
「テメーがッ! 泣くまでッ! 殴るのをやめねェ――――ッ!!」
「ぶッがァァァァァああああああああああああッ!!」
 その後、何度もギーシュを殴り続けたドッピオは、ルイズも含めた観衆によって取り押さえられ、そのまま医務室へと搬送された。

ヴィネガー・ドッピオ……顔面と頭部にかなりの傷を負い、そのまま治療を受け絶対安静を言い渡される。再起可能。
ギーシュ・ド・グラモン……ドッピオによって何度も殴打された他、手を串刺しにされたため、入院。再起可能。
To be continued…

35 :
以上です。
また後日。今さらだけど、こんなドッピオで大丈夫か?
そんなことを最近思うけど、作者は考えることをやめた……
とりあえず、生暖かい目で見守ってください。
あと、この作品をハーメルンでも掲載しましたので、まとまったものを読みたかったらそちらでご覧ください。
では。

36 :
バイオレンスドッピオ

37 :
今日は用事があったので、一話分しか出せません(~_~;)
投下は一時頃と遅くなってしまいます。申し訳ないです

38 :
 投下開始。決闘後。ギーシュ視点です。

39 :
「う、うぅん……?」
 ギーシュは、意識を取り戻した。
なにかが口まわりに張り付いて息がしづらいと思っていたら、どうやら頭を包帯でグルグル巻きにされているらしい。
 目を開けてみると、天井が見える。辺りを見ようと思って首を動かすと、顔を中心に頭がズキズキと痛んだので、目だけを動かした。
 仕切りが見える。どうやらここは学院の医務室のようだ……でも、なぜ自分はこんなところで――
(――そう、か……僕、は……)
 そして、ギーシュは思い出した。
 刃の欠片が、自分の手に突き刺さったときの感覚を。
 あの細い腕のどこから力が出るのかと思うほどの、重い拳の感覚を。
杖を手放し、無力な存在と化した自分の顔に二つの手がなんどもぶつかり、顔はグチャグチャにされた。
途中で、悲鳴をあげて喚いた。だがそれでもあの使い魔は……『ギーシュが泣くまで』、殴るのをやめなかった……
そして自分は泣く前に……意識を、手放した。
 そう。自分は、負けたのだ。
あのルイズの使い魔と決闘をして……生徒たちの目の前で……平民を相手にして、敗北を喫したのだ。
「……ふ、ふふ……なんだ、それは……」
 ズキズキと、顔のあちこちが痛む。
 だが、そんなものなどどうでもいいと思えるくらいに、胸の奥がズキズキと締め付けられるように痛んだ。
 まるで、心がねじり切られようとしているかのような感覚をギーシュは覚える。
 今まで自分の中で育んできた自信、優越感ごと……ギーシュのすべてが、崩れ落ちていく。
「う……う、うぅ……くそ……くそっ……」
 ポロポロと、ギーシュの目から滴が零れ落ちた。
 負けた。
 敗北した。完全に。完膚無きまでに。
 自分ならば、苦も無く決闘で勝利できると、信じていたのに。
 だからこそ自らの能力も事前に教えてやり、相手にハンデを与えてやったのだ。
 だが、そうして戦ってみたら現実はどうだ?
 彼の自信を象徴するゴーレムは次々となぎ倒され、とっさとはいえ機転をきかせて練った策もやぶられ……無様に地面に転がったではないか。
 結局――自分は何もかもを失った。
 モンモランシーも。ケティも。友達からの信頼も。あの、『ゼロ』の使い魔との戦いに敗れたことで。
「ち、くしょう……あの、使い魔……よくも……よくも、この僕に向かって……!!」
 ギーシュは、自分をこんなめにあわせたドッピオに、激しい憎悪を感じた。
 あの男さえいなければ、自分はモンモランシーともケティともうまくいっていたはずだった。
 そして暴力を受けることはおろか、決闘を行って自分がこんな怪我を負うことも……そして、無様に醜態をさらすこともなかったのだ。
「く、うぅ……うぅ……!!」
 涙があふれた。
 今の自分はなんて惨めなんだろう。あのとき昼食をとる前までは、人生の絶頂に立っていたというのに。
こんなにも叩きのめされ、屈辱を受けることとなってしまうなんて。
「『ゼロ』の……『ゼロ』の使い魔の分際で……よくもこの僕を……あの汚らしいアホがァ……ッ!!」
 思わず、そんな下品な言葉すらつぶやいてしまうほどに、ギーシュは憤っていた。精神的に打ちのめされていた。
 だが、そんな言葉を誰かに聞かれる心配はない。
 どうせ自分は、もう一人なのだから。
 平民なんかに負けてしまった貴族などに、友は同情もなにもしてくれない。
 みな、自分から離れて行ってしまっただろう。これから自分はかつて親しかったものから、蔑みの目で見られることとなるのだ。
 誰が自分のようなヤツの見舞いに来るやつなんかがいるだろうか。
 ……そんなやつ、いない。誰も見舞いに来ない……
前触れもなく、突如として訪れたギーシュの孤独。それは、彼の心に暗い影を落とす。
(……たった一度の敗北で……こうも変わってしまうものなのか……)
 ギーシュは、嘆いた。
 どうしてこんなことになったっていうんだろう。
 自分はただ貴族の家で生まれて魔法を学び、そして薔薇として多くの女性を楽しませるという義務を果たしながら楽しい生活を営んでいただけだ。
 なのにどうしてこうなるというんだ。
 いったい、どうして――

40 :
――『侮辱』に対しては、命をかけてでもきっちりとお返しするもんなんだ――
 
ふと、ギーシュはドッピオの言っていたことを思い出す。
『侮辱』。彼は、ルイズを『侮辱』したギーシュに制裁を与えるために戦った。そのためなら、命すら惜しまない、という壮絶な覚悟を決めて。
力の差など、とうに知っている。それでも勝つために…勝ってルイズの名誉を取り戻すために、彼は自分に立ち向かったのだ。
それに対して自分はどうだ? 生意気なことをしでかした平民を打ちのめすという、ちっぽけで安い自尊心のためだけに動いた。負けるはずがないと、たかをくくっていた。
そうして気軽な気持ちで、決闘を申し込んだ。
それがどうだ? どれだけ追いつめられてもその覚悟は揺らぐことなく、最後まで勝利に『気高く飢えた』。
その姿に自分は圧倒され――あいつは勝利を掴みとった。
「…………………………」
あいつは、最後まで誇りを高く持ち続けた。
一方で自分は、最後の最後まで『侮辱』したままだった。
自分がこれから戦う相手である、使い魔を『侮辱』し。
これから自分が行う決闘を軽視して『侮辱』し。
 ルイズの誇りを、使い魔と友人たちの面前で『侮辱』し。
 そして……モンモランシーと、ケティの信頼を『侮辱』した。
(……はは……なんだ、僕は負けてもしょうがなかったんじゃあないか……)
 急にギーシュは恥ずかしさがこみあげてきた。
 と同時に、虚しい気持ちとなってきた。
 『侮辱』。これが、自らに災厄を招いたのだ。受けるべき必然の不幸を。
 それさえしなければ、戦いでもギーシュが敗北することはなかった。
 それさえしなければ、まず負けることになる戦いに挑むこともなかった。
 それさえしなければ、使い魔から制裁を受けることもなかった。
 それさえしなければ……自分と、彼女たちの名誉が傷つけられることもなかった。
(すべて……すべて、僕が悪いんじゃあないか……何も彼は間違ったことをしちゃあいない……勝手に僕が軽々しく動いて……自滅した。それだけじゃあないか……)
 ハハハ、とギーシュは乾いた笑みをこぼす。
 なんだ。結局自分は勝手に自分のすべてをなくしたんだ。
 なんて惨めなんだろう。僕は。
 必然のままに……僕は、一人になったのか。
 納得するとともに、ギーシュは心が空っぽになっていくのを感じる。
「……これが……当然の『結果』か……」

 そのときだった。
「ギーシュ?」
 不意に仕切りが動いて、そこから一人の少女が顔をのぞかせた。
「え……モ、モンモランシー?」
 ギーシュは、驚愕を隠せなかった。
 彼の目の前に現れたのは、彼自身によって名誉を傷つけられてしまったモンモランシーだったからだ。
 いったいどうして、彼女がここへやってきたのか。ギーシュにはわからなかった。
「モ、モンモランシー……どう、して?」
「看病に、よ。それくらいわかるでしょう?」
「……へっ? かん、びょう?」
「本当にいろいろと大変だったんだから。あなた3日も眠ったままだったし、その間ずっと包帯の交換とかを私がやったんだから。少しは感謝してよ?」
 さらっと、なんでもないことのようにモンモランシーは答えて見せた。
 だが、答えを聞いたギーシュはますますわけがわからなくなる。
 なぜ自分のような人間のところに、彼女が看病になどやってきてくれるのか。
 今のギーシュを罵倒するなり、絶交を知らせにくることならまだしも、彼女はわざわざ彼を一日中ずっと看病してくれたのだという。
 いったい、どうして?
「先生の話だと、あと一日だけ安静にしてなきゃダメだって。全くルイズの使い魔ったら手加減も何もしないんだから……やになっちゃうわ。ホント」
「…………………………」
 まるで、昼食のときのことなどなかったかのようにモンモランシーはふるまう。
 なぜ、そんなに自然なままでいられるんだ?
「何か食べたいものある? ずっと何も食べてないから、お腹が空いてるでしょう?」
「…………………………」
 どうしてさっきから、そんなにも自分のことを気にかけてくれるんだ?
 僕は、君の心を踏みにじったっていうのに。
 君の名誉が傷つけられたのは、僕のせいなんだぞ?

41 :
「まだ体の具合が悪くて食べられないかしら? でも何も取らないというのはさすがに悪いわ。とにかくお水だけでも」
「モンモランシー」
 耐えかねたように、モンモランシーが話している最中にギーシュは口をはさむ。
 するとモンモランシーはしゃべることをやめて、ギーシュの言葉を待つ。
 一時の沈黙。重い空気を感じながらも、ギーシュは口を開いた。
「……なぜ君は、こんな僕を看病なんてしてくれたんだ?」
 ギーシュは、モンモランシーの目をチラと見た。透き通るような青い瞳が、じっとギーシュを見続けている。
 その目を見て罪悪感にかられたギーシュは、モンモランシーから目を逸らした。
「……僕は、君の名誉を傷つけたんだよ? 何度も君を愛していると言っておきながら、僕はケティにも同じことを言って、君の信頼を裏切ったんだ」
 言葉にすると、またその罪の重さが増したような気がして、ギーシュは俯いた。
 それでも口は止まらず、自分でも不思議に思うほど言葉を続ける。
「それだけじゃあない……僕は『ゼロ』のルイズの使い魔……しかも、平民にさえ敗北してしまったんだ。何の力も持たないはずの、あんな男に……魔法という力を持つ僕が……貴族としての面目も……僕の家族に向ける顔も何もあったもんじゃない……笑い話さ」
 まるで、鉛の重石が入ったかのようにズキズキと胸が痛くなって、気持ちはどんどんと沈んでいった。
 ギーシュ・ド・グラモン。彼の父親は、この国の元帥の一人であり、彼はその四男として生まれた。
 名門一家の一人である彼の敗北。それは、下手をすればグラモンの家名すら陥れかねないほどに大きなものだった。
 家族にだって、今回のことで大きな迷惑をかけるかもしれない。そんなことになっては、彼も堪えられない。
 自分一人のせいで、こんなにも多くの人に被害が及んだのだ。
 蔑みを受けたって、何もおかしくなんかない。むしろされるべきだとさえ考えている。
 なのに。どうして彼女は。
 自分から、離れなかったのだろう。
「……なぁ、モンモランシー……どうして僕なんかを、助けた? 僕は何もかも失った、恥ずべき人間なんだ。それくらい自分だってわかっている。僕は君にあわせる顔だってもうないってのに……どうして?」
「…………………………」
 ギーシュがモンモランシーに訊ねかけても、彼女はすぐには答えなかった。
 もう一度、ギーシュはモンモランシーの目を見る。
 その青い瞳には、ギーシュへの軽蔑の色なんてない、澄んだ光だけがあった。
 ふぅ、とモンモランシーは一息間をあけて、口を開く。
「……確かに、あなたがしたことは私やケティを『侮辱』したわ。でも、それについてはもう、あなたはしっかりと使い魔から制裁を受けている。それでもう私は納得をしてるの。それでもう、ね」
 だからもういいわ。と、モンモランシーはギーシュに告げる。
「……僕を……許すって……いうのかい?」
「勘違いしないで。あなたへの制裁はしない。それだけよ。看病してあげてたのは、友達として、同級生として、よ」
「……友達?」
「ええそうよ。恋人のままでいられるだなんて甘ったれたことを考えたんじゃあないでしょうね? そうだとしたら大間違いよ」
 聞き間違いだと、ギーシュは思った。
 そう思って彼はモンモランシーに問い返したが、やはりそれは真実だった。
 聞き間違いなどでは、なかったのだ。

42 :
「……友達で、いてくれるのかい?」
 ギーシュは、胸が熱くなった。
――こんな僕の……友達で、いてくれるのかい? 君は……
――こんなにも未熟な僕でも、それでも君は僕の友達でいてくれるというのかい?
――こんな僕を……君は……君は……
「……『なにも一人ぼっちになることはない』、そう思っただけよ」
 恥ずかしそうにして、モンモランシーは赤くなった顔をそらす。
 ――ああ、君は。
 ――君は、こんなにも――こんなにも素晴らしかったのか。
 ――こんな僕にも君は優しくしてくれるっていうのか。
 ――僕の、心の隙間を。埋めてくれるというのか。
 ……女神だ……モンモランシー
 
「モ……モンモランシーィィイイイ!!」
「キャッ、ちょっ、ギーシュ抱き付こうとしないでよっ! あんたは寝てなさい!!」
 ガンッ!! と。
 痛快な音とともにモンモランシーの拳がギーシュの側頭部に衝突し、新たな激痛にギーシュは悶えることとなった。
 だが、ギーシュはそれでも口が横に広がることを止められず……今までとは違う、爽やかな笑みを浮かべた。

43 :
 今日はここまでです、すいません(汗)
 読み直してみるとなんだか文章がかなり拙い気がするし、どうしよう……いつか修正しようかな。
 とりあえず、また後日。ではでは

44 :
 投下します。ちょっと短いです。

45 :
「ふむぅ……これは、どうしたものかの」
「まさか、こんなことになってしまうとは……私も、予想外でした」
 トリステイン魔法学院の学院長室。ここで一人の老人とコルベールが、互いを見やりながら嘆息をついていた。
「ドットとはいえ、ミスタ・グラモンの魔法は侮れんものじゃったというのに……あの使い魔の少年、見事に勝ちよったわ」
「しかもかなり追いつめられた状況であったというのに、逆転してしまいました……彼の身体能力は、私も驚かされるばかりです」
 老人の名は、オールド・オスマン。
 このトリステイン魔法学院の長にして、何百年もの年月を生きたと言われている、偉大なるメイジだ。

 そんな人物の元へと、一介の教師であるコルベールが数刻前に訪れていたのは、ある重大なことが発生したことを報告するためだった。
 このときのコルベールは、まるで自らの研究で新しい発見でもしたときのように興奮しきっていて、オスマンもいったい何事かと首をかしげたほどだ。
 だが……話を聞けば、それがどれほどまでに大きなことであるか、オスマンもすぐに理解できた。
「さて、まずは話を一から戻ってまとめてみるとしよう……君は、この新学期に2年生となった生徒……ミス・ヴァリエールの使い魔に記されたルーンのことについて調べていた。しかしどの文献を調べてみても一向にそれはわからなかった」
「ええ、そうです」
 オスマンがコルベールに訊ねかけると、コルベールは頷いて肯定する。
「そして、君は図書室で調べものをしている最中、ふと何気なく開いてみた始祖ブリミルの使い魔についての文献に……その使い魔に刻まれたルーンと全く同じものを見つけた、と」
「まったくその通りです。これが、彼のルーン。そしてこれが、その始祖ブリミルのルーンです」
 と、コルベールはスケッチしていたドッピオのルーンと、ずいぶんと古びた本のあるページに記されたルーンとを並べた。
「……なんということよのぅ……ガンダールヴ、か」
「そうです! 彼の左手に刻まれたルーンは、あの始祖ブリミルが召喚したとされる伝説の戦士、ガンダールヴのルーンと全く同じものだったのです!!」
 熱のこもった声で、まるで演説でもしているかのようにコルベールはオスマンに訴えかけた。
 普段の温和な雰囲気のコルベールらしからぬ行動であるが、これほどまでに熱くなってしまうというのも無理はなかった。
 ガンダールヴ。それは、虚無の系統の使い手だったという始祖ブリミルの使い魔が一人であり、ありとあらゆる武器を使いこなす戦士だったという。
 その容姿など、詳しいことについてはよくわかっていないのだが……主人が呪文を詠唱するとき、彼女を守る存在だったという言い伝えがあった。
 始祖ブリミルの魔法は強大な効果を発揮する反面、詠唱が長いという欠点があった。
呪文を詠唱しているときのメイジは、みな無力と化す。その主人をあらゆる危険から守る存在……それこそが、ガンダールヴだったという。
その強さはまさに鬼神の如し。一人で千人の軍隊を蹴散らし、並のメイジでは全く歯が立たないほどの力を持っていたという。
 そんな伝説と呼ばれる存在が。彼らの目の前に、再び姿を現したというのだ。
 そんなことがあれば、驚愕しない方がおかしいだろう。

46 :
「……伝説の存在が、まさかこの現代に復活するとはのぅ……しかし、あんなものを見てしまっては、信じるしかないじゃろうな……」
 オスマンは、難しそうな顔をして唸った。
 彼とてコルベールの言うことを信じていないというわけではない。こんなにも大きな証拠があるうえ……オスマンは見てしまったのだ。
 彼らの行う決闘の、一部始終を。
 
「まさか決闘などを行うことになるとはの。しかも聞けば、かなり無茶なことをしよったらしいし……血の気が多いというか、なんというべきか……しかもあのあと、ミス・ヴァリエールの使い魔はグラモンの息子をタコ殴りにしよったし」
「い、いや、まぁそれは……あったとき、むしろ温和な人物だと思ったのですが……」
 オスマンの秘書、ミス・ロングビルから『生徒が決闘を行っている』ということと、『戦うのはギーシュと、ルイズの使い魔である』という報告を受けた時は、それこそ月までぶっ飛ぶかというほどの衝撃を受けたものだ。
 オスマンとコルベールは、壁にかかった鏡を一瞥する。
 そこにある鏡から、二人はギーシュとドッピオの決闘の様子を見ていたわけだが……それで、彼らは目撃することとなったのである。
 ルイズの使い魔、ドッピオの驚異的な身体能力を……もとい、ドッピオの常識を逸した凶暴性を。
 もう戦う意思すらなくしていたギーシュを、容赦なくドッピオが殴りつけたのを見たときはさすがのオスマンも肝を冷やしたものだ。
 もっとも、彼の大人しい一面を目撃しているコルベールはもっと驚愕したようだったが。
 会話が途切れ、重い沈黙が学院長室に漂う。
 しばらくその部屋は静かなままだったが、コルベールが口を開くことでその静寂は終わることとなる。
「……これは王室に報告した方がよろしいのでしょうか? あれほどの戦いをやってのけた彼がガンダールヴであるということは間違いありません。ならば……」
「ならぬ」
 コルベールの言葉を聞くや否や、オスマンはすぐにその提案を頭から否定した。
 コルベールは目を見開き、何かをオスマンに言いたげに口を動かした。だがそれよりも早く、オスマンが言葉を放った。
「今のこのご時世、腕の立つ存在というものはすぐに戦場へと駆り出されるものじゃ。王室にこのことが知られてみぃ、ヤツらは喜んで彼を戦線へ送り込むぞ。ミス・ヴァリエールとともに」
「……!!」
 コルベールは、息を呑んだ。
まだ成人にすらなっていない生徒が、戦へと赴くように命令される。
それがいかに残酷なことか。コルベールは、容易に想像できた。
「それだけではない。もしこれがアカデミーの連中に知られれば、問答無用で彼らはミス・ヴァリエールから彼を奪うぞ。そうなれば彼は身体のあちこちを調べつくされる。それこそ解体でもされてのぅ……二度と彼女の元へは戻れん……」
「……わかりました。このことは、二人の秘密、ということですね?」
「うむ。しっかり頼むぞ、ミスタ・コルベール」
 はい、とコルベールは返事をしながら頷くと、一礼をして学院長室をあとにした。
 再びオスマンの部屋に静寂が訪れる。
 疲れたようにオスマンは椅子の背もたれに体を預け、物思いにふける。
「…………」
 オスマンは、ふと気になることあった。
 鏡から覗いてみた、あのルイズの使い魔。あの顔には、どこか見おぼえがあった。
 なぜだろう。あんな青年と、自分は会った記憶がない。
 だいぶ記憶がボケてきているという可能性もあるかもしれないが、それでもあんなにもインパクトがデカい人物ならばそうそう忘れることはないだろう。
 なのになぜ……こんなにも懐かしい気分になるのだ?
(いや……『会ったことがことがある』というよりは……なんというか、『似てる人物がいる』といった方がいいのかのぅ、この感覚は……?)

 ――この、ペンダントを……私の一番の側近に、渡してくれないか……?――

(……まさか、のぅ)
 わからないのならしょうがないと思ったオスマンは、このことについて考えることはいったんやめて、溜まっている自分の仕事に手をつけ始めることにした。

47 :
 いったんここで終わります。だいぶ更新スピードが落ちているような気がします(;´・ω・)
 もしかしたら、また今日投稿できるかもしれませんが、あんまり期待はしないでください(汗)
 ではまた。

48 :
半年に一回とかでもいいんだよ

49 :
停止しなければね…

50 :
投下します。今日も一話だけですが。
これからまた忙しくなるから、毎日一話までか、投稿できない日もあるかもしれません。

51 :
「魔法ってホントにすっげぇな……もう傷がほとんどなくなってるよ……」
「だからって今度またあんな無茶したら許さないわよ」
 ドッピオがトリステイン魔法学院を訪れて、数日が経った夕方。
 このときまで、ドッピオは学院の医務室に入院していた。
 もといた世界ならば、数週間はじっとしていないといけなかったような傷が、こんなにも早く治ってしまうというのにはさすがのドッピオも驚いた(とはいえさすがに体を激しく動かしすぎたので、未だにあちこちの筋肉がズキズキと痛いが)。
 そして今、彼らは食堂に向かって歩いている最中である。
「はいはい。悪かったって。反省してるから」
「全っ然信じられないんだけど」
「あ、やっぱりバレた?」
「バレた? じゃないわよこのバカッ!!」
 ガスッ! と。
 勢いよく、ドッピオの足にルイズの蹴りが撃ち込まれる。
「あ痛っ!? け、蹴るな蹴るなルイズ! 体中が今痛いんだってば!」
「知ってるわよ。だから蹴ったんだし」
「ちょっと前まで怪我人だったヤツになにしやがるんだよ!」
「うるっさいわね。ホントだったらあと五、六回は蹴りたいところなのにあと一回で済ませてあげるんだから感謝しなさい!」
「なにを感謝しろってんだコイツ! あ、ちょ、足構えるな! や、やめろ、やめろォ!!」

 ドッピオの必死の懇願もむなしく。
 その日の廊下では、スパーン! という小気味よい音が響いたかと思うと、その直後に絶叫がこだましたという。

 場所は変わって、食堂前。
 ドッピオは片足を引きずるようにしてその場へと赴き、ルイズはその様子を横からじぃっと観察していた。
 痛みでヒィヒィと悲鳴をあげるその様子は、ギーシュとの決闘で見事に勝利したときとはまるで別人のようだ。
 あのときは剣のように鋭く研ぎ澄まされた闘気が全身から出ていたというのに、今はその面影もない。
 いったい本当になんなんだろうか、この使い魔は。
 初日には、コルベール先生にはおとなしい態度を見せると思ったら主人であるルイズには度々歯向かい。
 かと思えば私のことを『ゼロ』と呼んで『侮辱』したギーシュに激怒して暴力をふるい、決闘を受けて立つ。
 平民の使い魔出し、戦うことなんてできないんじゃあないかと思っていたら、学生であるとはいえかなりの実力を持つギーシュ……メイジを相手に物怖じせず立ち向かったり。
 全くもって理解できない。
(……本当になんなのかしら、こいつ)
「ルイズ、どうかしたんですか? 入りましょうよ」
「ええそうね。あんた、早く扉を開けて頂戴」
「……怪我人への配慮は……最初っから皆無でしたっけ。そうでしたね。はい」
 ドッピオは独り言をしゃべりながら、食堂の扉をゆっくりと開いた。
 相変わらず、ここは何度見ても豪華すぎて萎縮してしまいそうになるな、と思いながらドッピオはルイズに追従する。
 その途中、何度も他の生徒たちからドッピオとルイズは視線を送られたが、ドッピオがその先に目を向けるとすぐにみんな目を逸らした。
 よくよく耳を澄ませてみると、ひそひそ話をしている者の中にはドッピオのことを悪魔の申し子だのなんだのと囁く輩もいた。
 だが誰一人として、以前のようにルイズをあざ笑ったり馬鹿にするようなことを言うヤツはいなかった。
 ギーシュとの決闘は、よほど彼らに強烈なインパクトを与えたらしい。
 そんな生徒たちの様子を見て、ドッピオはざまぁみろと心の中でつぶやく。

52 :
(……ん?)
と、その中に他のものとは何か違う視線があることにドッピオは気付く。
 辿ってみると、キュルケがこちらを熱っぽい視線でじっと見つめているのを見つけた。
 ドッピオと目をあわせても、彼女はその目を逸らすどころか、ますます愛おしげにこちらを見つめ返してくる。
(……あれ?)
 なんだ? その視線は。
キュルケにそんな疑問をドッピオが抱いた、そのとき。
 
「あ! ドッピオさん!」
 どこからかドッピオを呼びかける声が聞こえてきた。
 声のした方向にドッピオが振り向くと、そこに立っていたのは彼と顔なじみのメイドだった。
「あ、シエスタ。こんばんは」
「こんばんは。もう退院していいんですか?」
「うん。もう怪我も治ったし、動いてもいいんだって。ただ全身が筋肉痛で痛いし……主人からは蹴り入れられたけどあだァッ!?」
 シエスタとの会話の最中、ドッピオは背後から足をルイズに蹴られた。
 思わず跪くドッピオ。涙目になりながらキッと後ろのルイズを睨むも、ルイズはそれを鼻で笑うと、
「椅子、引いて」
「……はい」
 有無を言わさず命令を下す。
 ドッピオも文句は言えず、フラフラと立ち上がるとすぐに椅子を引いてルイズを座らせた。
「あ、あの……本当に、大丈夫なんですか?」
「……うん、まぁ、大丈夫。気にしないで」
「は、はぁ……」
 しょんぼりとしているドッピオにシエスタが言葉をかけると、ドッピオは苦笑いを浮かべた。
 それを見たシエスタは、いったいどう話しかけたものやらと難しい顔をする。
 まぁそりゃあ、いきなり話しかけている人物(怪我人)が目の前で暴力を振るわれたら困った顔をするだろう。
 
「あ、そ、そうだ! ドッピオさんもお腹が空いてますよね? 厨房までいらっしゃってください、ごはんを出しますから」
「えっ、いいのォ!? 僕、あんまり働いてなかったのに」
「いいんですよ。今やドッピオさんは、私たちにとっての英雄みたいなものですし。ささ、こっちです」
 はい? とドッピオは首をかしげた。英雄?
だがシエスタはそのまま厨房に行ってしまう。仕方がないので、ドッピオは彼女を追いかけることにした。
 
「……すいませんルイズ。僕ちょっと行ってきます。食べ終えても帰って来なかったら、そのまま部屋まで戻っていてください」
「ん。いってらっしゃい」
 主人の許可を得ると、ドッピオはそのまま厨房にまで足を運んだ。

53 :
――――――――――――――――――――――――――――――
「おおっ、よく来てくれたな『我らが剣』よ!」
「……へっ?」
 厨房に足を踏み入れた途端、ドッピオは一人のシェフにそんな言葉をかけられた。
 いきなりのことだったため戸惑うドッピオだったが、シェフはそのまま他の同僚に声をかけて全員を集合させる。
「お〜い! 『我らが剣』が来たぞ!」
「おっ、来たか!」
「やっと退院できたんだな!」
「歓迎するぜ、『我らが剣』!」
「俺らの料理、たらふく食ってくんな!」
 突然その場の全員から口ぐちにそんなことを言われるものだから、ドッピオは慌てだす。
 というか全員、ドッピオを囲うように集まるものだから威圧感が半端じゃない。
 いったいこれはなんなんだと思っていたら、ふと厨房の向こう側から声が聞こえてきた。
「マルトーさん、何もわからないのにドッピオさんにそう群がっちゃったら緊張しちゃいますよ」
 シェフたちの間から、シエスタがひょっこりと顔を出す。
 するとマルトーはうっかりしていたというように頭に手をあてた。
「おっとそうだったな! すまねぇな、ついこっちも興奮しちまってよ、気を悪くしねぇでくれ」
「は、はぁ……えっと、あなたは……」
「おお、自己紹介もまだだったか。俺はマルトー。この食堂の料理長をやってるもんさ。気軽に名前で呼んでくれてかまわねぇぜ」
「僕はドッピオです。ヴィネガー・ドッピオ」
「ほお、なかなかいい名前じゃねぇか。さあ、まずは腹ごしらえだ。腹減ってるだろ!」
 ガハハハハ! と豪快に笑うとマルトーは奥へと歩いていく。
 ポカンとドッピオが立ち尽くしていたとき、横からシエスタが話しかけてきた。
「すいませんドッピオさん。ビックリしちゃったでしょうけど、マルトーさんは悪い人じゃないんです」
 と、シエスタが自分に頭を下げるのを見て、ドッピオは首を横に振った。
「いや、いいよシエスタ。それくらい僕もわかってるから……それにしても、なんなの? 『我らが剣』って」
 さっきから、シェフたちは自分のことを『我らが剣』と呼んでいる。
 いったい何のことなのか気になったドッピオは、シエスタに訊ねかけてみた。
「ああ。先日、ドッピオさんが決闘をなさって見事に勝利したという話が、ここにもやってきたんですよ。マルトーさん、貴族嫌いの方でこの話を聞いたときはもう飛び上がるくらい喜んでらして……で、ドッピオさんは剣を振るわれたということから……」
「……あ〜、『我らが剣』、っていうこと?」
 はい、とシエスタは苦笑いしながら首を小さく縦に振った。
 あれはあくまでクソ生意気な生徒たちを黙らせることさえできればいいと思って望んだ戦いだったのだが、どうやら自分が思ってもいなかったような効果もあったらしい。
 ……それにしても……『我らが剣』とは……
(なんかくすぐったい感じがするけど……まぁ、悪気もないみたいだしいい、かなぁ……?)
 そんなことを思いをしながら、ドッピオはマルトーたちのところまで行くことにする。実際、お腹もすいているのだし。

54 :
「うっわぁ、こりゃあウンマイや! イタリアでもなかなか食べられないよ、こんな立派でおいしい料理!」
「おお、そうかい! イタリアってぇのがどこかはわからねぇが、気に入ってもらったのならなによりだ! さぁ、まだまだ料理はあるんだ、たんと食べてくれ!」
 厨房の休憩室で、ドッピオはマルトーたちが腕をふるって作った料理を食べていた。
 それらはどれもとてもおいしいもので、イタリア人であるドッピオの舌鼓も打たせるほどのものだった。
 初日の食事がパンとスープだけであっただけにその感動も大きい。この世界に来て一番の喜びを、ドッピオは文字通り噛みしめていた。
「しかし『我らが剣』よ、話を聞くところによると、おまえはすげぇ剣の達人らしいな。いったい何をやってたんだ? 傭兵か何かか?」
「あ、いえ……武器の扱いなんて、僕はホントに大したものじゃあないので……傭兵というか、それに近いことはしていましたけど……」
「ほぉ! みんな聞いたか! 真の達人というのは自分の腕っぷしを自慢なんかしないで謙遜をするもんなんだな!」
「いえ、その……ホントに大したことないんですけど……」
 傭兵どころではなく、ギャングの一員だったのだが。
 しかしマルトーはドッピオの発言を何か勘違いしたらしく、『すごい実力を持っているにも関わらず謙虚な態度を崩さない誠実な人物』だと認識されてしまったようだ。
 
(……ホントに、あんな武器使ったこともなかったんだけどなぁ……)
ドッピオは、ふとあのときのことを思い出す。
当初は自分に起こった変異に戸惑いを隠せなかったほどだ。
元々ドッピオは数々のスタンド使いと戦ってきたため、戦闘経験だけで言えば豊富だ。
しかし、そのすべての戦いにおいてドッピオは武器なんてものは使っていない。使ったのは、ボスから拝借したキング・クリムゾンの両手とエピタフだけだ。
身体能力だけは普通の人間よりも上かもしれないが、彼の戦力とはなりえない。つまり、ドッピオは普通の人間と何ら変わりがないはずなのだ。
なのにあれはなんだ……? 武器を持った途端、それをどう振ればいいかが瞬時で理解でき、普段の自分では出せないほどの驚異的なパワーが出た。
刃の欠片を投擲したときだって、キング・クリムゾンならばともかく自分で投げて、人間の手に正確に命中させるのだ。
パワーはスタンドで言えばCクラス、精密性はBくらいはあったのではないだろうか。いや、下手をするとAかもしれない。
 普通の人間が、こんな力を持つことができるのか?
 その問いの答えは決まっている。できるわけがない。
 ゆえにドッピオも、自分にいったいなにが起きたのかわからず混乱していたのだ。
 自分に何が起こったのか。病室で横になっていたドッピオは暇だったので、推理をすることにした。
 身体能力を上昇させる魔法を自分にかけられたという仮説がふと浮かぶ。しかし、これはあまり考えられない。
 あのときの自分は、貴族の大衆を前にして、その貴族に喧嘩をふっかけたのだ。
 敵こそいるが、味方なんて皆無だ。ルイズなら魔法を失敗させてしまうし、これもない。
 魔法による補助とは考えられないだろう。
 次に、自分の才能が開花したという仮説。言うまでもなく、論外だ。
 さっきも言ったが、自分の戦うための手段は、ボスから借りたキング・クリムゾンだから……銃ならともかく、剣もハルバートも持ったことなんてない。第一、現代でそんなものを扱うなんて時代錯誤もいいとこだ。
 というかそんなことできるなら、ドッピオはスタンドとともに自分自身で戦ってる。
 ではいったい何か。
 そうして思考しているとき、ふとドッピオは元いた世界にいたときと今の自分とで、一つだけ相違点があることに気が付いた。

55 :
(……この、左手のルーン……)
 ドッピオは、左手の甲に目を落とす。
 そこに刻まれているルーンに何が書かれているのか、ドッピオにはわからない。
 だが、もしかしたら自分はこのルーンから加護を受けているのではないだろうか。
 例えば、『武術が達人並のものになる』だとか、『武器を持ったとき、力が増幅される』だとか。
 そうだと考えると、ドッピオはいくつか納得できることもあった。
 突然自分に力がみなぎったこと。持ったこともない武器を自分の手足のように扱えたこと。
 いろいろと、理屈は通っているのだ。
(まだ確証はないけど、これはやっぱり正しいと考えた方がいいのかな)
 だとすれば、今のドッピオは都合がよかった。
 戦う術を持たないドッピオにとって、この加護は唯一の自己防衛手段だと言っていい。
 今後また戦うことがあれば、これだけが頼りの綱なのだ。
 これからまたこのルーンについて調べて、仮説を検証しないといけないな……そんなことを考えていると。
「あの……ドッピオさん?」
「ん? どうした『我らが剣』。手が止まってるぞ? それ、まずかったか?」
「あ……いえ、ちょっと考え事をしてたので」
 マルトーとシエスタが不安げに顔をのぞきこんできたので、ドッピオはとりあえず腹を満たすことを優先することにした。

56 :
 ここまでです。中途半端な感じですいません(;´・ω・)
 ホントはキュルケのとこも入れたかったんですが、ちょっと時間が足りませんでした。
 次回はキュルケ回+αになるかな?
 ともかくお待ちいただければ幸いです。
 ではまた後日。

57 :
投下開始。今日は二話分一気に行きまあす!

58 :
「ふぅ、おいしかったぁ……」
 食欲を満たし、美味しい食事を満喫したドッピオは満足げに廊下を歩いていた。
 お腹いっぱいになるまで食べたこともこの世界に来て初めてのことだというのに、それがイタリアの一流店顔負けの料理だというのならもう言うことはない。
 ただ、食べるということだけでこんなにも幸福な気分になれるのか。
 そんなことをドッピオは浮かれた気分で考えていた。
 そして、ルイズの部屋のすぐ近くにまでドッピオが戻ってきた、そのときだった。
 ドッピオは、その隣の扉の前で、キュルケの使い魔がいるのを見つけた。
「ん? フレイム……だっけ? なんでこんなとこにいるんだ?」
 ドッピオがフレイムに近寄ってそう訊ねても、フレイムはきゅるきゅると鳴くだけだ。
 まぁ、言葉を話せないのだから、それは当然なのだが。
 フレイムはそのままドッピオの目をじぃっと眺めたままだったが、やがてフレイムはドッピオのズボンを甘く噛むと、それをくいくいと引っ張った。
「えっ? あ、ちょっと、ズボン燃えちまうよ、口離せって」
 ドッピオがどれだけ言って聞かせても、フレイムはドッピオのズボンを離さなかった。
 引っ張る方向をよく見てみると、どうやらフレイムはキュルケの部屋の中に彼を招きたがっているらしい。
 なぜだろうかと疑問に思ったところで、ドッピオはハッとした。
 使い魔というものは、確か主人の目となり、耳となる能力が与えられるということを、初日にルイズから聞いていたはずだ。
 ということは、フレイムが行っているこの行動について、キュルケはすべて把握しているということになる。
 ドッピオが拒絶の意思を見せても、キュルケがそれを止めないということは……
(……もしかして、キュルケがフレイムに命令して、僕に部屋に入らせようとしてるってのか?)
 どんな理由で自分を招こうとしているのかはわからないが、そう考えるのが妥当だろう。
 もしかしたら、この前の決闘のことで自分に敵愾心のようなものをもっているという可能性もある。待ち伏せで攻撃されてもやっかいなので、ここは注意すべきだ。
 そこまで考えて、ドッピオはフレイムに導かれるままキュルケの扉の前に立った。
 ノックしようとしたところ、ひとりでに扉が開く。いよいよあやしくなってきたものだ。
 精神状態を戦うときのそれに変えて、ドッピオはキュルケの部屋の中へ入っていった。
「扉を閉めてくださる?」
 真っ暗な部屋の中。部屋の奥から、キュルケの声が聞こえてきた。
 ドッピオは入口を背にしたまま、扉をゆっくりと閉める。
 廊下からの明かりも消え、まったく何も見えない部屋の中でドッピオの警戒心がマックスにまで上がろうとしていたそのとき。
 パチン、と指を弾くような音が聞こえると、床のロウソクが次々と灯りだす。
 それらはまるで、道をドッピオに示しているかのようで……その道の終着点に、キュルケがいた。

 ――ベッドの上に、ベビードール一枚というかなり際どい服装で。

59 :
「――へっ?」
「あたしの部屋へようこそドッピオ。歓迎するわ、まずはこちらまでいらして」
 艶めかしい声色で、キュルケはドッピオを自分のそばに誘った。
 いったいこれはなんだと一瞬混乱するドッピオだったが、すぐにまた緊張の糸を強く張る。
 彼らギャングの世界で、もっとも用心すべきものの一つとしてあげられるのが、『女』だと、ボスに散々言い聞かせられていたからだ。
 もしかしたら色仕掛けで自分をたぶらかし、よからぬことを企んでいるのかもしれない。
 そう思いながら、慎重な足取りでドッピオは彼女の隣まで近寄った。
「ベッドに腰掛けてくださいな」
「僕はここでいいです」
「そう警戒しなくったって何も悪いことはしないわよ。大丈夫だから、ここに座って?」
 だがキュルケがそう優しげな口調で言ってもドッピオは彼女の隣に座ろうとはせず、ただ鋭い目つきで、キュルケのことを油断なく観察している。
 その目にはまるで感情はなく、『下手なことをすれば何であろうとぶちR』という決意だけが見て取れた。
「あぁ……いいわ、その目……それよ、あたしが心を奪われたのは……見ているだけでもゾクゾクしちゃうっていうのに、見られる側になっちゃうと、もう……」
「……はい?」
 ドッピオは、思わずそんな声をあげた。
 ……この女、いったい何を言ってやがる? 真正のマゾヒストか?
 罠か? それとマジの告白か? いったいどっちだ?
 ドッピオの頭がそう混乱してしまうのも、無理はなかった。
 ――このキュルケという女、今までのドッピオとの会話の中で、一度も嘘のサインを出していないのである。

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…………

「……あなたは、あたしのことをはしたない女だと思うんでしょうね」
 まず今、要注意危険人物に加えて変態の容疑もかけられてるんだが。
 そんなドッピオの心境も知らず、ドッピオは冷たい目でキュルケを見下していた。
 それに相反してキュルケはドッピオを熱っぽい視線で見上げていた。
 ――あー、ダメだ。こいつ、汗をまったくかかない。マジで俺に惚れてるっていう目だ。
「でもね、これは仕方がないの。わかる? 私の二つ名は『微熱』」
 するとキュルケはベッドから立ち上がり、ドッピオに近寄ろうとしてきた。
 この場をどうしたらいいものかわからないドッピオは、ますます困惑する。
 女性から、こんなふうに言い寄られるなどという経験は、ドッピオの人生の中でも皆無だったからだ。
 いや、相手はもしかしたらこんなことには手馴れていて、自分を危機的な状況に陥れるために近づいてきているのかもしれない。
 うん。そうだ。きっとそうだ! ――たぶん。

60 :
「あたしはね。松明のように燃え上がりやすいの。いきなり殿方を自分の部屋に招いて、こんなはしたない恰好をするだなんて……いけないことだとはわかっているわ。でもどうしようもないの」
 いや、頼むから自分でどうにかしてくれ。
 最初のときと比べると、ドッピオはどんどんと自分が弱腰になってきているのがわかった。
 ヤバい。どうしよう。こんな状況ならボスはいったいどうする?
 こんなときほど、ボスからの電話が来ないことを恨みがましく思うことはなかった。
 ちくしょう! なんだってこの世界には電話がないんだ! クソッ!!
 泣き言を心の中で吐き散らしながら、ドッピオは自分にすり寄ってくるキュルケに戸惑うばかりだった。
「でもね、きっとあなたは許してくださると思うわ」
 いよいよキュルケはドッピオを捕まえると、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
 その距離なんと50サント! などとどこかのドイツ軍人が自慢げに解説しやがるのをドッピオは聞いた。
 とりあえず、言えることは一つ。これ、半端じゃないほどに破壊力デカいです。うん。
「いや、あの……」
「あたし、あなたに恋してるのよ、ドッピオ……全く、恋はいつも突然ね」
 何か話そうとドッピオが口を開こうとするも、その前にキュルケが一方的にしゃべるばかり。
 もうマジでどうすればいいのか、ドッピオにはわからなかった。
 とりあえずその胸にある豊満な脂肪を俺に押し付けるのはやめろ。いろいろとやめろ。
 まずい。何か話をして気を逸らしてやらないと、喰われる。
 さっきまでとは全然方向性が違う危機感を、ドッピオは全身で感じていた。
「あ、あの〜なんで僕なんか? 僕はただの平民で、貴族のあなたと釣り合わない気がするんですが……」
「釣り合わない? そんなの問題なんかじゃあないわ。あたしの国では、きちんとした功績さえあげれば平民が貴族になることだってできるのよ?」
 何かしらの話題をふっかけてみたが、ドッピオはすぐにこれが失敗だったと悟る。
 さっき以上に、キュルケの視線が熱をおびることになってしまったからだ。
「それにあなたはそこらへんの名ばかりの貴族とは違う……誰かの名誉のために憤怒し、そして『侮辱』した相手には誰だろうと徹底的に制裁を下し、そのためなら命すらかける覚悟を決められる……こんな人、この学院のどこを探したっていないわ」
 ドッピオは頭を抱えた。
 まさか自分の行動で、こんな結果も出てしまうことなんていったい誰が予測できるだろうか。
 ここからすぐにでも逃げ出してしまいたいドッピオだったが……彼は、キュルケに思いきり体を引かれて、キュルケに倒れこんでしまう。
「えっ――う、うわっ!?」
 その先にあったのは、ベッド。
 ドッピオはなんとか腕をつくことでキュルケの上に倒れこむことを回避した。
ズキズキとドッピオの腕が痛むが、すぐにそんなことはどうでもいいと思えた。
……これはこれでディモールト(とても)まずい。
 なんか、今の動きはまるで自分がキュルケを押し倒したように見えなくもないからだ。
「さあ、いらしてドッピオ……大丈夫、あなたの好きなようにしてくれれば、それでいいのよ」
「え、あ、その、いや……ぼ、ぼく、は……」
 もはや先ほどまでの威圧感もどこへやら。
 今のドッピオは、ただただ何も言えずにもごもごと口を動かすだけしかできない青年に成り下がっていた。
 ボスが見たらどんなに彼を叱責することだろう。
「あら? こういうことはもしかして、初めて? だとしたら嬉しいわ、あなたとの最初の相手があたしだなんて……ふふ、可愛らしいわね。ますます燃えちゃうわ」
 ――ああ、喰われる。
 もうどうにでもなっちまえと、ドッピオは投げやりになって観念した。

61 :
 そのときだった。
「キュルケ……待ち合わせの時間に来ないと思えば……その男は誰だい!?」
 不意に窓から、男の声が聞こえてきた。
 いったいなんだとドッピオとキュルケは窓に視線をうつすと、そこにいたのはこの学院の制服を着た、好青年だった。
 たぶん、魔法で空に浮かんでいるんだろうな。そんなどうでもいいことを、ドッピオは考えていた。
「ベリッソン! ええと、二時間後に!」
「話が違う!」
 うらめしそうに叫ぶベリッソンにもかまわず、キュルケは胸の隙間から杖を取り出すと軽く振った。
 ボンッ! と。ベリッソンのいたところに小さな爆発が発生して、彼は消えた。
「…………………………………………………………………」
「まったく無粋なフクロウね。盛り上がってきたっていうのに、やになっちゃうわ」
 ドッピオは、さっきとは打って変わって冷めきった目でキュルケを見ていた。
 キュルケはそんな視線を受けても、興奮したように体を震わせるだけだったが。
…………………………あぁ、この女、一つのことに夢中になったらすぐに他のことを忘れるタイプかよ。
「…………………………僕もう帰っていいです?」
「帰る? どうして? 勘違いをしてもらっちゃ困るけど、あたしが愛しているのはあなた――」
「キュルケ! 誰だその男は! 今夜は僕と過ごすんじゃあなかったのか!」
 ドッピオがキュルケに呆れ、キュルケがそれでもドッピオを引き留めようとしていたそのとき。
 窓の外から再び、ベリッソンとは違う声が聞こえてきた。
 そこにいたのは、これまた異性に好かれそうな顔をしたこの学院の生徒だ。
「スティックス! ええと、四時間後にまた!」
「話が――」
 言葉の途中だというのに、キュルケは無言で杖を振るとスティックスを炎の魔法で吹き飛ばす。
「……………………………………………………」
「いやねぇ、このところあたしのところへ寄ってくる野鳥が多くって。さぁダーリン、いよいよ熱い夜の――」
「「「キュルケ! 恋人はいないと言っていたじゃないか! 誰なんだその男は!」」」
 今度は、三人でご登場。
 さっきの二人も含めると、五人も今晩相手をするつもりだったのか。
 ドッピオは軽蔑のまなざしでキュルケを睨むが、その彼女は慌てふためいて外の三人に返事をする。
「マニカン! エイジャックス! ギムリ! ええと、6時間後にまたね!」
「「「朝だよ!」」」
 さすが三人同時にやってきただけあって仲よくハモったものだ。
 もう杖を振るうことすら面倒になってしまったのか、キュルケは、
「フレイム〜!」
 と、自分の使い魔に呼びかけると、フレイムは窓の外に向かって炎のブレスを吐き出した。
 そのまま外にいた三人は、仲良く下まで落下していった。
 この女、鬼である。

62 :
「さあ、これでもう邪魔者は――」
「僕もう帰りますね」
 もはや相手の返事すら聞かず、ドッピオはそのまま扉の方へと歩き出す。
 それを見たキュルケはドッピオの背中に跳びかかり、彼を制止しようとした。
「うげっ!!」
 未だに全身が痛むというのに、そんなことをされては耐えられず、ドッピオは床に倒れこんでしまう。
「ねぇ待って! あたしの話を聞いてちょうだい! 確かにあたしはあなたとの決闘前まであの5人を誘っていたわよ、でももう違うの! あたしが見ているのはあなたのことだけだから!」
「あんなの見て今更信じられますか! そんなことをされたって、僕はもう帰るんですイタタタタタタタタ!!」
「ねぇドッピオ、お願い! あたしの話を聞いてよ! あたしの目を見て! これが嘘をついている目に、あなたは見えるの!?」
 見えねーよ。だからこそ信用できないんだけど。
 頭の中で冷静につっこむドッピオだったが、なんとかこの窮地を脱するべくドッピオは扉の前まで這うようにして近づいていく。
 このまま他の男がキュルケの部屋にやってきて、自分の姿を目撃でもされればどうなるだろうか。明日にはありとあらゆる男子生徒が自分に襲い掛かってくることになるだろう。
 それだけは避けなければならない!
 初日の早朝、これほどどうでもいいことで理不尽なほどの危険にさらされたことはないと言ったが……すまん、ありゃあ嘘だった。
 軋む全身に鞭打ち、抵抗するキュルケもおさえつけながら、やっと出口が目前となったそのとき。
 その扉は、思い切り開け放たれてドッピオの顔面に直撃した。
「ぶげェ!?」
 今日の夕方に顔と頭の傷が治ったばかりだというのに、これはあまりにも酷い。
 顔をおさえ悶えるドッピオ。
 誰だいったいこんなことをしでかしてくれたのは! と怒り心頭でドッピオはドアの向こうを睨みつけた。
 そこに立っていたのは。
 自分と引けをとらないほどの怒りを宿した目でドッピオとキュルケを睨みつける、ルイズだった。

63 :
 助かった。これならルイズがキュルケをどうにかしてくれ、自分はルイズの部屋にまで戻ることができる!
 思ってもいなかった助け舟がやってきたことを手放しで喜ぶドッピオだったが……
「隣がやけにうるさいから文句の一つでも言ってやろうと思ったら……なぁ〜にしてんのかしら、この犬は」
 ……………………………………………………あれ?
「さんっざん人のことを待たせておいただけじゃあなくて……まさかキュルケともお楽しみだったなんて、ねぇ……これはいったい、どうしたものかしら」
 なんだろうか、この危機感。
 危機は脱したはずじゃあなかったのか?
 というか、今のこの危機感を感じる相手って……もしかしてルイズ?
 
「あ〜らルイズじゃない。どうしたっていうのよこんなところまで。そんなに眉をひそめてたら顔のしわが増えちゃうわよ?」
 一方のキュルケはルイズを見てもこの余裕である。
 いや、頼むからこの場で相手を挑発するとかそういうのはやめてくれ。
 なんか、あんたに降りかかる不幸すらこっちにまで吹き飛ばされてきそうなんだが。
 ルイズはそれでも何も言わず、二人を見てプルプルと震えるだけだった。
「……文句言いながらも、いろいろと私のためにがんばって、私の名誉のために戦ってくれて……少しは、良いヤツなんだなーって見直してたっていうのに……」
「え、ちょちょ、ルイ――」
 ヤバい。噴火寸前だ。
 どうにかして止めようとするも、ドッピオの主人を呼ぶ声は届かず。
「お仕置きが必要みたいね! このさかりのついたバカ犬――――――――――――――――――――ッ!!」
 
 そのままドッピオはとんでもないパワー(ブラックサバスも勝てるかどうかわからない)でルイズに引きずられ、主人の部屋まで強制的に帰還させられる。
 その後彼は、ギャングである自身すら顔を真っ青にさせらえる『お仕置き』を実行され……ルイズの『ヴァリエール家』とキュルケの『ツェルプストー家』の間にある、因縁の話を延々聞かせられた。

64 :
「うぅ……ひどい目にあった……」
 ドッピオは泣きそうな顔になりながら、夜中に一人で寮の外を歩いていた。
 彼は主人であるルイズから散々『お仕置き』をされた挙句、今日は外にいろと命令されてしまったのである。
 全然自分は悪くないというのに、なんでこんな目にあわなきゃならんのか。
 ドッピオは全く『納得』できなかった。
「ちくしょお……春とはいえ寒いなぁ……ここで一晩過ごすのかよ」
 任務のときに、仕方なく野宿をしなければならないという場合もあったことにはあった。
 しかしそれでも事前に準備をしていたものであったから、何もなしにこんな場所で寝るなどということはなかったのだ。
 せめて藁でもあるなら幾分か楽なのだが、そう簡単に見つかるはずもない。
 そんなもので当然眠れるはずもなく。ドッピオは寮の外で散歩をすることになった。
「なんとかあいつを説得できないものかなぁ……いや、どれだけこっちが言ってもあいつ話を聞かなかったもんなぁ……もうこんな時間なら寝てるかもしれないし、無理か」
 ハァ〜と、嘆息するドッピオ。
 ちなみにキュルケの部屋で世話になるということも一瞬考えたが、即座に却下した。
 今度こそ逃げることもできずに『喰われる』し、それをルイズが知ったらもう言い逃れできない。こんなものよりももっとひどい罰を受けることとなるのは必至だ。
 シエスタやマルトーならばどうにかしてくれるかもしれないが、あいにく彼らの寝床や部屋までは把握していない。
 他に頼れる人がいるわけでもなし。
 どうしたものかと思いながら、ドッピオは行く当てもなく歩き回る。
「……あぁ、こんなときにボスがいてくれたらなぁ……」
 ドッピオは、イタリアで自分のことを何度も助けてくれたボスのことを思い出していた。
 ドッピオは、彼の顔も知らない。いつも彼は電話からボスの指令を受けては、それに疑問を抱くこともなく遂行してきた。
 どうしてそんなことをしてきたかといえば、一言でいうならば彼には『恩』があるからだ。
 彼の出身は、イタリアのサルディニア島だ。
 そこで彼は神父の養子となって生活をしていたのだが、そのときの彼はドン臭くて臆病で、周囲の子供たちからもいじめられていた。
 そこにいた大人たちも、自分を見ては『バカ』だの『のろま』だのと罵倒してきて、自分のことを心配してくれる人などいない。
 自分の言いたいことを言えず、ただ彼は周囲に流されるだけで、いつも都合のいいように利用をされてばかり。
 父にもそのようなことを相談できず、一人で問題を抱えていたドッピオは、日に日にストレスを蓄積させていった。
 そんなある日のことだった。
 彼はいつものように街のいじめっ子から執拗にいびられていたとき、ふと意識が途切れたのだ。
 彼が目を覚ましたころには、彼をいじめていた子供たちはボロ雑巾のようにボコボコになり果て、もはや虫の息だった。
 いったい何が起こったのか、ドッピオには全くわからない。自分の服装を見てみればそこには大量の返り血がついていたものだから、危うくドッピオは失禁しかけた。
 そんな状況でも、ドッピオはなんとなくだがわかることが一つあった。
 誰かが、こんな弱虫の自分を助けてくれたのだと。
 名も顔も知らぬその人間に、ドッピオは心から感謝した。
 それからというもの、彼の人生は変わっていった。
 自分をいじめていた子供たちは仲良くしてくれ、以前ならば自分に暴言を吐いてきた大人も『いい子だね』とか『元気でなによりだ』とか、愛想よくしゃべりかけてくれるようになった。
 それもすべてドッピオは、名も知らぬ誰かが自分を助けてくれたのだと直感した。
 やがて彼は、心の底からその人物に感謝するとともに、会ってお礼がしたいと思うようになる。

65 :
 だがそんなものはすべてドッピオの推測でしかなく、誰かにそのことを訊ねても『そんな人はいない』と首を横に振ってばかりだ。
 何時までたっても、彼は会いたいその人物と遭遇することはできない。それでも彼は、どこかにその人がいると信じて、探し続けていた。
もしかしたら外国へとその人が渡ったかもしれないから、船乗りになりたいと父に話したこともある。
 そのときの父は、『夢をもってくれるようになったか』と、喜びで目を輝かせていて……ドッピオも、自分の夢を歓喜してくれた父に感謝した。
 そうして彼が、その人物を捜索し続けていたある日のこと。
 彼の故郷の村は……謎の焼失を遂げることとなった。
 彼は奇跡的にその場から逃げることができ、生き残ることができたのだが……父と友人たちは、すべて死んでしまった。
 いったい誰がやったのかは、未だにわかっていない。
 どうして、そんなことになってしまったかも、現在に至るまでそれは謎のままだ。
 だが、理由や過程がわからずとも、『結果』だけはあった。
 彼が家族と友をすべて失ったという、『結果』だけは。
「……………………………………………………」
 そうして、ドッピオは路頭をさまようことになった。
 まだ子供だったドッピオは、まともな職にありつくことすらできず、その日暮らしの生活ばかりを繰り返す。
 食事が一回でもできるなら、まだいい。大抵は金を稼いでも、すべてスリや置き引きに奪われてしまうのだから。
 宿なんて滅多に取れたものじゃあない。寝るときはいつも裏通りで、身ぐるみをはがされないように気をつけなければならない。
 ……空腹のあまり、ゴキブリを食べたことだってあった。
 味も食感も、最悪。細菌もついているから、食べたら必ず腹を壊す。死にかけたこともある。
 それでも、空腹には勝てなかった。
 そうして数か月が経過した日には……彼は、心が荒みきっていた。
 あのときの自分は、もう人間ですらなかったとドッピオは思う。
 信じたすべてに裏切られ。奪われ。そして道に放り出される。
 謂れのない暴力も受け、強盗にはなけなしの金を出すよう要求され。
 世界の何もかもが、灰色に見えた。
 このまま自分は、誰にも知られないままのたれ死ぬのか……
 身も心もボロボロになって、裏路地で倒れこみ……そんなことを、他人事のようにドッピオが考えていた、そのときだった。
 どこからか、電話が鳴ったのだ。
 周囲を見渡してみても、まず人そのものがいない。電話なんて、あるはずがなかった。
 いったいなんだろうかと、ドッピオが不思議に思ったとき。彼は電話を見つけた。
 ゴキブリのような形をしていたが、確かにそれは電話だった。
 手に取って、それに出るドッピオ。
 それが、ボスとの出会いだった。
 電話で、ボスはドッピオのことを気にかけてくれた。
 怪我はひどくないか? 腹は減っていないか?
 きちんとした生活ができているか? と。何度もドッピオのことを心配して聞いてきた。
 まともな生活ができていなくとも、とりあえず生きているということを知ると、ボスはほっとしたように息を吐くのが聞こえた。
 それから、ボスはドッピオにいろいろと話した。
 いつもサルディニア島で、ドッピオのことを見守ってくれていたこと。
 街の子供たちがあまりにひどいいじめをするものだから、自分が制裁をしてやったこと。
 大人たちにも、これ以上ドッピオを罵倒するならば容赦しないと脅したこと。
 そして……ドッピオの故郷が焼失したと聞いて、ずっと彼のことを探し続けていたということも。
 ドッピオは、なんて奇妙な運命をたどることになったんだろうと思った。
 こんなにも死にそうなときに、会いたいと思っていた人物と話ができるだなんて。
 そしてその彼も、ずっと自分のことを探してくれていただなんて。
 神様がいるというのならば、彼は感謝したかった。

66 :
だが、ドッピオはすぐにまた、ボスに感謝することになる。
 空腹だったドッピオに、ボスはあるレストランへと足を運ぶように言ってきた。
 そこは、彼なんかのような金も品格もない人物では到底入れないような高級店だった。
 言われるがままにそこを訪ねてみたが、どう考えても自分はそこでは場違いだ。
 入っていいものかと迷っていると、ドッピオはそこにいた黒服の男性に声をかけられる。
――ヴィネガー・ドッピオ様ですね。ボスから、あなたが来られるということを聞いております。どうぞこちらへ――
そして男に招かれえるまま、彼はレストランへと入った。
レストランの個室で。彼は、最初にピッツァと店員から差し出される。
恐る恐るドッピオは手を伸ばしてそれを手に取り……食べた。
何度も咀嚼し、味わって食べるドッピオ。そのうち手は止まらなくなり、あれよあれよと次々に口の中へとピッツァを運び、腹を満たした。
食べている最中……ドッピオはあまりに料理がうまくて……泣いた。
涙が止まらず、それでも身体は正直で、泣きながらドッピオは料理を頬張る。
だが、彼を咎める者は誰もいない。ただ彼の食べる様を、黙って見続けるだけだ。
彼のすべてが、感謝と歓喜で満たされた。
そのときの彼には、サルディニア島にいたときのように……世界が色づいて見えた。
 それから、ドッピオはボスの側近として仕えることになる。
 幼い頃から自分を助けてくれたボスの恩に、自分は報いたい。
 最初はそんな思いで動いていたが、次第に彼の心の中には、ボスに対する崇拝に近い感情が芽生えることとなる。
 ボスの言葉は絶対。ボスの命令こそが、神からの啓示。
 聖書の言葉よりも、ボスの言葉を信じる。
『尊敬』こそが最高の美徳、『侮辱』こそが根絶やしにすべき最悪だという教えも、その一つだ。

「…………なつかしいな」

 ふとドッピオは自分を振り返ると、自然に笑みがこぼれた。
 現実に意識を戻してみると、どうやら寮から離れたところまで自分は来てしまっていたらしい。
 学院の……何かの塔らしき場所にまで、ドッピオはやってきていた。
 夜が深く、明かりは空の二つの月以外になにもない。
 見るからに立派で頑丈そうな建物だ。もしかしたら学院にとって重要な何かを保管する場所かもしれない。
 そう考えて、ドッピオは来た道を戻ろうと踵を返した。
 そのとき。
 塔の付近で、巨大な土の塊が出現した。
「――へっ?」
 ドッピオは間抜けな声を出すと、ポカンと口を開けたまま呆然としていた。
 土の塊はドンドンと形を成していき、やがて人のような姿をするようになった。
 といっても、デカさは30メイルほどのビッグサイズだが。
 人間の姿になったと思うと、その土の塊は塔に殴り掛かったのだ。
 ビリビリと地面が振動で揺れるが、奇妙なことに音はまったくしない。魔法ですべての音が消えているのだ。
「な、なんだ!? いったいなんだっつーんだこれ!?」
 慌てふためくドッピオだったが、すぐに落ち着きを取り戻すとその土の塊を観察する。
 サイズとパワーこそ段違いだが、どうやらギーシュのワルキューレと同じ、土のゴーレムらしい。
 ということなら、誰かがこのゴーレムを操っているはずだ。
 そう考えたドッピオは、さっそく周囲やゴーレムを観察して、術者を探すことにする。
 そうしてあちこちに目をやっていたとき、ドッピオはゴーレムの肩の上に人影を見つける。

67 :
(あれが術者か!)
 だが、見つけたはいいが、今のドッピオには何もない。
 おそらく近寄ったところで踏み潰されるのがおちだし、投擲や射撃をしようにも投げられるものも銃もありはしない。
 攻撃する手段が、見つからない。
「ちょっと! これなんなのよ!?」
 すると、背後から突然声が聞こえてきた。
 振り返ると、そこにいたのはドッピオの主人であるルイズと、キュルケだった。
「ドッピオ、一体何が起こってるの!?」
「わからない! 突然ここに出現したかと思ったら、塔を攻撃し始めたんだ!」
 ドッピオの説明を聞いて、ルイズとキュルケは塔とゴーレムを見た。
「大きいわね……間違いなくトライアングルクラスのゴーレムだわ。そしてあれは確か、学院のマジックアイテムが納められた宝物庫だったはず」
「トライアングルクラスの土メイジに、宝物庫? じゃあ、もしかしてあれは――」
「ええ。十中八九、土くれのフーケよ!」
 ルイズとキュルケの間で会話が行われるが、ドッピオはその内容についていくことができない。
「おい、なんなんだ? 土くれのフーケって」
「ここ最近、トリステインで出没している盗賊のメイジよ! どんな場所からも宝物やマジックアイテムを奪い去る、凄腕のメイジ!」
 ドッピオは、ここまで聞いて現状を理解できた。
 あの塔には、どうやら学院にある宝物やら何やらを集めた場所があるようだ。
 そしてこのトリステインに出没するフーケという怪盗は、それを奪い去りに来た。
 今は、その塔を壊すためにゴーレムで攻撃しているのだ。
「ねえ、どうにかしてあれを止めることはできないの!?」
 叫ぶルイズだが、その言葉を聞いてもキュルケは首を横に振るばかりだった。
「ダメね。あんなにも強力な魔法なら、あたしの魔法でもどうしようもないわ。ここは教員の人たちがこっちに来るまで待つしかないわよ」
 ダメか、とドッピオはひそかに落胆する。
 彼女らの魔法でも無理だというのならば、今のところ自分たちにできることは何もない。
 できることといえば、教員たちがこちらへ来れるように呼びかけるくらいしかないだろう。

68 :
 だがルイズはそれでも『納得』できず、杖を取り出した。
「そんなの待ってられないわ! このままじゃ、宝物庫が破られちゃうわよ!」
 そのままルイズはゴーレムまで近寄り、呪文を詠唱し始める。
「ルイズ!」
 ドッピオはそれを制止させようとするが、それよりも早くルイズは魔法を発動させる。
 案の定魔法は失敗し、爆発が起こる。その爆発はゴーレムが殴っていた塔の壁付近で発生した。
 そのとたん、塔の壁は崩れてしまった。
 崩れた壁へと、ゴーレムの肩に乗っていた人影は近寄り、そのまま宝物庫へと入る。
「そんな!?」
 驚愕するルイズとキュルケ。
 ルイズは杖をゴーレムへ向けたまま、そこにたたずんでしまう。
 ドッピオはそんな彼女をどうにかこちらへ戻そうと、彼女の元へと近寄り、




「とおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん」



 電話が、鳴り響いた。

69 :
以上です。
次回に期待していただければ幸いです。
ではまた後日。

70 :
きたか・・・

71 :
ドッピオのキチガイっぷりがバレてしまうのか…

72 :
すいません、ただいま執筆中なのですが、量が半端じゃなく多くなってしまっているため、明日までかかります(;´・ω・)
明日には投稿しますので……どうもすみませんでした<m(__)m>

73 :
ゆっくりで良いんだぜ

74 :
焦るな…早さより質だ…

75 :
むしろ心配だぜ......

76 :
今日? は深夜に投稿することになりそうです。
それまではしばらくおまちください。
がんばって書きますので!(・ω・)ノ

77 :
待ってます…
続 き

78 :
お待たせしました! 透過します!

79 :
「「「……………………………………………………え?」」」
 その場にいた全員が、突然のことで凍りついた。
 ルイズとキュルケは、いきなり奇声を発し始めたドッピオに。
 ドッピオは、この世界に存在するはずがない電話のコール音が聞こえてきたことに。
 そこにいた者は皆、あまりのことに動くことをやめた。
「今の……なに?」
「……ドッピオ?」
 キュルケとルイズが、ドッピオに注目する。
 だが当のドッピオは、そんなことなどは全く目もくれず。せわしなく視線を動かして、何かを探していた。
「とおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん」
 再び、ドッピオが奇声を発する。
 ルイズとキュルケは、彼の奇怪な行動のせいでフーケやゴーレムのことなど忘れてしまっていた。
「……ね、ねえドッピオ、どうしたの?」
 ルイズが恐る恐る、ドッピオに訊ねかける。
 しかし、今のドッピオには彼女の言葉すら届いていない。
 闇雲にあちこちを見回す彼の表情には、次第に焦りの色が見えてきた。
「とおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん」
 三度目。いよいよルイズとキュルケは、ルイズの使い魔がいったい何をしているのかと心配になってきた。
 ルイズとキュルケはドッピオに駆け寄るが、ドッピオはそんなものなど見えていないかのようにふるまう。
「……どこだ……どこにあるんだよ……ちくしょう、どこだ!?」
「ドッピオ……?」
 ルイズは、ドッピオの目を見る。そこには、希望と絶望が混じりあったような色が見えた。
 まるで、すでに諦めきっていた『希望』が目の前に現れて。すぐにでもそれに飛びつきたいというのに、飛びつけないでいる『絶望』を味わっている。そんな色が、見えた。
 そんなときルイズとキュルケは再び地面が大きく揺れ始めたのを感じて、ふとゴーレムの方を見直す。
 すると、そこには学院から立ち去ろうとしているゴーレムが見えて。その肩の上には、フーケらしき人影が、しっかりと乗っていた。
 まずい。逃げられてしまう。
 そう思ったルイズは、使い魔に声をかけた。
「ドッピオ! フーケが逃げちゃうわ、追わないと!」
 だが、ドッピオはルイズの言葉にすら反応を返さなかった。
 ブツブツと何か独り言を言いながら、意味のわからぬ奇声をたまに発しては四方八方をまわるだけだ。
 ルイズはそんなドッピオの様子を見て、怒りがこみあげてきた。
 いったいこいつはさっきから何をやっているんだ。盗賊が学院に忍び込んで、宝物を持ち去ろうとしているというのに。
 そしてルイズは、使い魔に向かって叫んだ。
「ドッピオ!! ご主人様の言葉が聞こえないの!? 早く――」
「今それどころじゃあねェんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
 ビクッ!! と。
 今まで聞いたこともないようなドッピオの大声を間近で聞き、ルイズとキュルケは大きく体を震わせた。
 ドッピオはダラダラと冷汗を流し、切羽詰まった表情で『何か』を必死に探していた。
「どこだ、どこなんだよ! どこにあるってんだ!? ここに電話はないんじゃあなかったのかよ!? どこなんだボス、どこに……」
 やがて、ドッピオがそのまま探し物をしていた、そのときに。

80 :
「とおるるる…………」
 また何の前触れもなく。ドッピオは声を出すのをやめた。
 そのとたん、ドッピオはピタリと動きを止めて、そのまま制止する。
 それが逆に不気味で……ルイズとキュルケは、身動きを取ることができなかった。
「……え?」
 するとドッピオは戸惑いの色を見せだした。
 耳に手をあて、キョロキョロとあたりを見渡すが、もうおかしな声を出しはしなかった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぼ、す…………?」
 しばらくの間、またブツブツと小さな声でなにかをつぶやいていたが……やはりもう、奇声を発することはない。
 そのままドッピオは、だらりと両手を下げて立ち尽くした。

「………………………………………………………………………………………………」

 重い沈黙が、三人の空間を支配した。
 誰一人として、その場から動こうとする者はおらず。すべてを除いて、静寂のみがそこに残った。
「………………………………………………………………………………………………」
 やがて……ドッピオは両の拳を硬く、かたく握りしめ。
 それを思い切り、地面に叩き付けた。
「がァァァァァァァァァァァァァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 喉が張り裂けそうなほどの叫び声をあげながら。ドッピオは何度も何度も地面を殴った。
 それを繰り返すうちにドッピオの手は肉が裂け、赤黒い液体で染め上げられていき、白く尖った骨すらもとび出るような痛々しいものとなった。
 それでも、ドッピオは殴ることをやめなかった。叫ぶことも、やめなかった。
「あァァァァァァァァァァァァァァああああああああああああ!! う゛ァァァァァァァァァァァああああああああああああああああああああああああああああああ!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
 あまりの光景に言葉を失うルイズとキュルケだったが、ハッと気づくとすぐにドッピオを止めようとした。
 それでも、ドッピオは止まらずに、自分の手をズタズタに痛めつけ。
 それからくるものとは違う、涙をずっと流し続けていた。
 結局それは、騒ぎを聞いて駆け付けた教師が止めてくれるまで終わることはなかった。
 そのときには、もうとっくのとうに土くれのフーケは姿を消していた。
 宝物庫に入ってみると、そこからは学院が保管する一つの宝物がなくなっていたという。
 代わりに、宝物庫の壁にはこんなメッセージが刻まれていた。
『約束のペンダント、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
 だが、そんなことはドッピオにとってはどうでもよかった。
 学院の秘宝がどうなろうと。そんなものは歯の間に挟まったクラッカーのカスほどの価値もない。
 そんなことよりももっと彼にとって重要で。致命的なほどに精神を傷つける出来事が、あったのだから。
 ……ドッピオは……ボスからやってきた電話に。またも、出ることはできなかった……

81 :
「……というのが、そのときに起こった出来事のすべてです」
 翌日の早朝。トリステイン魔法学院は、前代未聞の事件に大騒ぎとなった。
 もちろんそれは、トリステイン王国にて出没する盗賊、土くれのフーケによって学院から秘宝が奪われたということだ。
 なんでも宝物庫の外壁には、国内でもトップクラスのメイジが『固定化』の魔法を施したことによって、外部からの衝撃などには滅法強いつくりになっていたらしい。
 そんなものを破ることができるメイジなど、そうそういるはずもない。
 だが噂の怪盗は、夜中にこの学院へと侵入して、実行してみせたのだ。
 絶対に安全だと言われていた宝物庫からはまんまと秘宝が盗み出されてしまい、学院の者たちは皆騒然とした。
生徒たちも現場へと押しかけたが、その破壊の痕跡を目の当たりにして息を呑んでいる。
 そしてその現場にはこの学院の教師が集結し、この事態をどう収めるかの話し合いをしていた。
 ……いや、話し合いというよりは、一部を除いての責任の押し付け合いだったが。
「いったいその日の当直は誰だったというのだ! 自分の役目も放り出したあげく、秘宝を盗まれることになるとは!」
「30メイルほどの大きさのゴーレムを出したというではないか、なぜ誰も気づかなかったんだ!」
 生徒たちを目の前にして、こんな論議をしている時点でもはやこの者達が問題を解決してくれる見込みは皆無と思っていいだろう。
 ルイズはそんな教師たちの醜態を軽蔑のまなざしで見ていた。
(なによ……そんなこと話している暇があるなら、さっさとフーケから秘宝を取り戻すための計画を練りなさいよ)
 ルイズは目撃者の一人として、キュルケとドッピオとともにここへとやってくるよう指示されていた。
 そして自分たちが見た限りのことをすべて教師たちに伝えた。一部を除いて、だが。
 そうして始まった教師たちの論議に、ルイズも耳を傾けていたのだが……聞こえてくる内容には心底うんざりさせられた。
 それはどうやらキュルケも同じだったようで、もはやフーケの事件についても興味も示さない。
 だが、そんな彼女の注意は、彼女の隣にいる人物に向けられていた。
(……ドッピオ……)
 ルイズは、チラとドッピオの方を見る。
 とりあえずあのときドッピオがした奇怪な行動については誰にも話していない。手の怪我についても、ゴーレムに立ち向かったときに怪我をしてしまったのだと言っておいた。
 地面を何度も殴っていたことに関しては、賊を捕えられなかったことの悔しさでやってしまったことだと言っているため、特に彼の行動について周囲から言及されることはなかった。
 だが……あれからドッピオは、まるですべての希望をなくしてしまったかのように生気がなくなっていた。
 目からは光が消え失せ、うわごとのように何度も『ボス……ボス……』とつぶやいてばかり。
 手は包帯でグルグルに巻かれており、ところどころがすでに赤く染めあがっている。
 見ているだけで痛々しいが、本人は痛がる素振りすら見せない。
 ……精神的に、なにか大きく傷ついてしまうことでも、あったのだろうか。
 ルイズは何度も訊ねてみたが、ドッピオは俯いて『オメーには関係ないよ……』と弱々しく言うだけで、何も答えてくれない。
(なによ、自分一人で抱え込んじゃって……バカ犬……)
 ルイズは、死んだような表情のままのドッピオに悪態をつく。
 おかしなことを言い始めたあのとき。いったい何があったか、自分には話してくれたっていいのに。
 確かに驚きはした。少し頭がぶっ飛んでるとはいえ、ドッピオはあんなおかしな行動に出るようなヤツではない。そんなことを思っていた分だけ、驚愕は大きかった。
 それでも……それでも、だ。
 自分にくらい、相談してくれたっていいのに。
 召喚されてから、初めて授業をともに受けたあの日。おまえの問題は俺が一緒に向き合ってやると言ったくせに、自分自身のこととなればルイズにすら話さないというのか。
 そんなの、なんだか不公平だ。ずるい。
 使い魔の態度が気に入らなくて、ルイズはイラついていた。

82 :
「ミセス・シュヴルーズ! 昨日の当直はあなたでしたな!? いったいどうして見回りをしなかったのですか!?」
「す、すいません! 私、昨日事件があったときには、自室で眠っていて……」
「眠っていたですと!? 重要な役割であったというのに、それを全うすることもせずに!? なんと無責任な!!」
「これはミセス・シュヴルーズの責任ですぞ! どうするおつもりですか!!」

 ……などと考えている間に、どうやらあちらの責任転嫁論議は白熱してきていたようだ。
 昨日当直にあたっていたはずの教師であるシュヴルーズがその仕事を放りだしていたということから、すべてをシュヴルーズに押し付けようとしているらしい。
 シュヴルーズは泣きながら謝罪を繰り返すが、他の教師たちはそれでも容赦なく彼女を責め立てる。
 見ているだけで、虫唾が走るような光景だった。
「どうなのですかミセス・シュヴルーズ! この学院の秘宝を、あなたは取り戻せるのですか!? それとも弁償でもするというのですか!?」
「いや、もしそうできたとしてもあなたのせいで秘宝が奪われたという『結果』があるのは変わらない! そのことについてはどうするつもりです!!」
「わ、私は……私は……」
 シュヴルーズは堪えきれなくなったようで、涙目になりながら縮こまる。
 ルイズの苛立ちはピークに達しようとしていた。
 なぜこの者達はこうも貴族にあるまじき愚行にばかり走るのだ。
 論議のそもそもの目的は、秘宝奪還のための計画作成であって、誰が悪いだとか誰の責任だとか決めるためのものではない。
 すぐにでもこの者の中で立候補者が出て、フーケ討伐に乗り出すべきだというのに、いつまでも意味のない会話を延々と続けてばかり。
 無駄だ。なにもかもが無駄だ。
 無駄という言葉以外に何も表現できない。
 ルイズが教師陣に向かって一言言おうとしたそのとき。シュヴルーズの前に、一人の人物が立ちふさがった。
「今は責任のなすりつけ合いなどしとる場合ではないとなぜわからんのだ、このバカもんどもめ」
 それは、オールド・オスマン。このトリステイン魔法学院の学院長であり、そこにいるすべての者達から尊敬と畏怖を集める、偉大なメイジだった。
 その目は言いようのない怒りで燃えており、見ているだけで体が震えあがりそうだった。
「すまぬのう、皆の衆。少し探し物をしておったもんじゃからな、遅れてしまったことの非礼を詫びよう……じゃが……これはいったい、どういうことかな?」
 申し訳なさそうにオスマンは頭を下げたが、すると今度はシュヴルーズを追いつめていた教師陣に軽蔑の眼差しを送る。
 それでもなおも食い下がる教師もいて……恐れ多くも彼に訴えかける者がいた。
「し、しかしオールド・オスマン! 彼女のせいでこの事態が発生してしまったというのは明らかなことでして……」
「では聞こう。おぬしはその見回りを一度でも放棄したことがないと言い切れるのかの?」
 じろりとオスマンがその教師を睨みつけると、教師は言葉を詰まらせて何も言わなくなる。
 それは、他の教師にとっても図星であったらしく。とたんに皆が視線を下げた。
「ここにいる誰も当直を真面目に行っておらんことを、ワシが知らんとでも思ったのか? 彼女が偶然当直の日に賊が入ったから、責任を彼女一人に押し付ける? 恥知らずめが。己がどれだけ愚かなことをしているのか、もう一度考え直せ」
「で……ですが……」
「ですがではない。これは、ここにいるすべての者に等しく責任があるのじゃ。だからこそ、ワシらの手で解決すべきことなのじゃよ。それがわかったのなら、さっさとフーケの行方を捜索するなりなんなり動かんか」
 未だに納得しようとしない教師に向かってオスマンは静かに、しかし力強さを秘めた声でそう言い放った。
 するとそこにいた全員が恥じ入るように俯き、なにもしゃべらなくなる。
 彼らを見てどこか悲しそうな表情を浮かべるオスマンだったが……振り返ってシュヴルーズの方を向くと、先ほどとは打って変わって優しい声で彼女に語りかける。
「ミセス・シュヴルーズ。そういうことなのじゃ。おぬしが何もすべて背負うことはない。ともにこの問題を乗り切ろうぞ」
「おお……オールド・オスマン。ありがとうございます、ありがとうございます……」
 シュヴルーズは涙を流しながら、オスマンに感謝の言葉を述べる。
 オスマンはニッコリと笑いながら、ただ彼女を見守り続けた。
 そのまま沈黙が続いたが、やがて会議から一人外れていたコルベールはオスマンに話しかける。

83 :
「オールド・オスマン。この事件の概要ですが……」
「うむ。ワシは事件の当事者から説明を詳しく聞きたいのでの。それは、どちらかな?」
「ええ。この三名です」
 と、コルベールは事件に遭遇したルイズ、キュルケ、ドッピオの三人を指し示した。
 オスマンは彼らを見ると、昨日の夜になにがあったのか、一部始終を説明することを求めた。
 ルイズもその要求に応じて、自分の見たものをすべてオスマンに伝える。
 すべてを聞き終えたオスマンは現場を一瞥すると難しそうな顔をして唸った。
 そんなオスマンに、コルベールは提案をする。
「王室に報告をしましょう。増援を呼んで、賊を捕えるのです、オールド・オスマン」
「そんなものを待っていれば、増援が来たころにはフーケはより遠くへ逃げおるわ……これはすべてワシらの問題。自分のことくらい自分で解決できなくてどうして貴族と名乗ることができよう」
 そう言い切るオスマンだったが、ふと周囲に目をやると、不思議そうに首をかしげた。
「しかし、ミス・ロングビルはどうしたのじゃ? ここには来ておらんようじゃが……」
 と、オスマンは首をかしげて人を探すようにあたりを見渡したが、目当ての人物は見つからないようだ。
 いったいどうしたものか、とオスマンがつぶやいたそのとき。
 馬のいななきが、どこからともなく聞こえてきた。
 そこにいた全員がそちらの方へと目を向ける。するとそこにいたのは、馬に乗りながら急いだ様子で現場まで近寄ってくる、緑の髪の美しい女性だった。
「おおっ、ミス・ロングビル! おぬしいったいどこへ行っていたというのだ! ことは緊急を要するのじゃぞ!?」
「すみません、オールド・オスマン! フーケが出没したと聞いて、私なりに付近を調査しておりまして……そして見つけたのです、フーケが隠れていると思しき場所を!」
 その瞬間、そこにいた教師、生徒のすべてが驚愕で目を見開いた。
 オスマンはその吉報を聞いて感嘆すると、ロングビルにその詳細について訊ねる。

84 :
「おお、さすがはミス・ロングビル! して、それはいったいどこかね!?」
「はい。逃走中のフーケらしき黒いフードをかぶった人物を、農民が目撃したとのことで……その者によると、付近の森の中にある廃屋へフーケは入っていったそうです。ここから徒歩で半日。馬で四時間といったところです」
「うむ、よくやってくれた。それでは案内役として場所を知っているミス・ロングビルを含めて、フーケ討伐を買って出る者を集めたいと思う。この中で手柄を立てたい者がおれば、杖を掲げよ」
 そうしてオスマンはその場にいた全員に呼びかけた。
 だが、彼の呼びかけに応えて杖を掲げる者は一人もおらず……皆、誰かほかの者が早くあげはしないかと互いを見あってばかりいた。
 これにはさすがのオスマンも呆れたらしく、嘆くような口調で再び群衆に声をかけた。
「なんじゃ、おらんのか? この中で、フーケ討伐を名乗り出る、勇気あるものはおらんのか?」
 だが、相変わらず誰も反応しようとはしない。
 これは、当然と言えば当然だった。話を聞くところによれば、フーケはこの国でも最高レベルの防御力を持つ壁を破壊して、宝物庫から秘宝を奪ったのだ。
 メイジとしてどれほどの実力を持つかは、破壊の痕を見れば一目瞭然。そんな者に戦いを挑むなど、よっぽどの自信家でもない限りいない。
 そう、誰も名乗り出ないのが、当たり前だった。
 そんな中で、一人の人物が杖を掲げた。
 その者は、教師ではなかった。成績は優秀と言えるが、実技である魔法ではいつも失敗を繰り返してばかり。
 そのため皆から蔑まれ、疎まれてきた。
 それでもその者は、フーケから秘宝を取り戻すべく杖を掲げたのだ。
 そうっ! 彼女こそはッ!
 『ゼロ』という不名誉な二つ名をつけられた、トリステイン魔法学院の生徒、ルイズッ!!

 バァ――――――――――――z____________ン!!

「なっ!? ミス・ヴァリエール、君はまだ学生じゃあないか! なぜ君がッ!?」
 教師の一人が、ルイズを見て驚愕の声をあげる。
 だがルイズはその疑問に対してほんのわずかな間もあけることなく、即答して見せた。
「誰もあげようとしないからです」
 その表情には、ほんの少しの躊躇いすら見えはしない。
 ただそこにあるのは、『学院に手を出した悪党に制裁を下してやる』という、確固たる決意のみ。
 それを見た教師は、思わずゴクリと唾を飲んだ。
「仕方ないわね。あなたが行くなら私も行くわ」
 そしてそれとともに、彼女のすぐそばでも杖が掲げられた。
 その主は……『微熱』の二つ名を持つ、ツェルプストー家の末裔が一人、キュルケッ!!
「あら、あなたもついてくるっていうの?」
「ええ。ヴァリエール家に負けていたんじゃあ、父様や母様にも顔出しできないわ。決してあなたのためじゃあないから、そこは理解してね」
「ふんっ、わかってるわよ」
 お互いに憎まれ口を叩くルイズとキュルケ。
 あまりのことにあんぐりと口を開ける教師たちたったが、これだけで終わりではなかった。
 なんと、またも杖を掲げる者たちが出たのだ。

85 :
「ではそのフーケ討伐に、この僕も乗り出させていただこう!」
「……」
 今度は、群衆から杖があがった。
 その杖は薔薇の形をした華やかなもので、それを持つ主人もまた壮麗な容姿をしていた。
 またそこから少し離れたところでも、青い髪をした無表情で小さな少女が杖を持って手をあげている。
「ギーシュ! それに……タバサ!?」
 思ってもいなかった味方が現れて、ルイズだけでなくキュルケまでもが驚嘆して思わず少女の名を叫んだ。ギーシュが立候補したというだけでもかなりインパクトがあるものだったのだが、キュルケにとってはその少女の方がよほど意外だったのかもしれない。
 そのまま二人はルイズとキュルケのそばまで近づいていった。
「知り合いなの? キュルケ」
「……ええ。その、私と同じこの学院の留学生で、名前はタバサ……親友よ。でも、どうして?」
 軽く相手の説明をルイズにすると、キュルケはタバサに問いかけた。
 タバサという少女は、手に持った本を読みながらキュルケの問いに答える。
「心配だから」
 たった一言の、シンプルな回答。だがその言葉を聞いた途端、キュルケは感極まったように口元に手をあてると、タバサをひしと抱きしめた。
 ちなみにちょうどタバサの頭のあたりがキュルケの胸にあたっており、そこにいた男性陣は羨みの視線を彼女たちに向けている。
 と、そこでルイズは未だに動機がはっきりとしていないギーシュに対しても疑問を投げかける。
 はっきり言って、この中で一番謎なのはギーシュだ。
「……で、あんたはどうしてここへ来たのよ、ギーシュ」
「……なに、僕も『気高く飢えて』みたいと思っただけさ。そこの彼を見習って……それに、レディだけを危険な目に合わせるだなんて僕にはできないからね……あとは、僕の名誉の回復、かな」
 ルイズの疑問に、ギーシュは意味深長な発言をしながらドッピオを杖で示した。
 三人は皆、前半のギーシュの発言に首をかしげるが、『このキザ野郎のことだからあまり深く考えなくても大丈夫か』と納得した。後半に至ってはこいつらしいと言えばこいつらしいし。
そう思うと、三人はオスマン達の方へと向き直り、ギーシュもそれに続いた。
「……諸君。君たちがこれから立ち向かうのは、並大抵の力を持った者ではない。気を抜けば怪我をするどころではなく……死ぬことすらあるのじゃぞ? そしてなにより、これは授業ではない。訓練でもない。途中で抜けることは、できぬ……それでも、よいのか?」
 オスマンが、そこにいた全員を代表して、ルイズ達に訊ねかけた。
 しかし、ルイズはその問いかけを聞いて、決意に満ちた声で返答をした。

86 :
「はい。戦いの覚悟はできています!」
 それを聞いたオスマンは、ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの目を順に見て、満足げな笑みを浮かべると口を開く。
「よろしい。では、君たちにフーケ討伐の任を与える」
 これにはさすがに教師陣は納得ができなかったのか、次々にオスマンへと疑問を投げかけた。
 本来ならば彼ら教師のような一人前のメイジが行くべきだというのに、まさか半人前の学生たちを刺客として送り込もうなどということを、オスマンが認めるとは思わなかったからだ。
「なぜです、オールド・オスマン!」
「彼らはまだ学生ですぞ!?」
「こんなことをして、秘宝が戻ってくると本当にお思いですか!?」
 最初こそオスマンは彼らの問いかけに口を挟まず、静かに耳を傾けるだけだったが、すべて聞き終えるとそれらに対して首を横に振る。
「確かに、彼らはワシらと比べればまだ未熟ともとれる者達じゃ。しかし彼らはすでに『覚悟』を決めておる。どれほどに追いつめられ、劣勢に立たされようと立ち向かうという、意思を持っておるのじゃ。それこそがまさに勝利への道標。ワシはそれを信じてみたい」
 そこで一息入れると、オスマンは言葉を続けた。
「それに、じゃ。この者達は皆、優秀な才能を持つ者ばかりじゃ。まず、ミス・タバサじゃが、この齢にしてすでにシュヴァリエの称号をもっておる」
 それを聞くと、あたりが騒めきだした。
 当たり前だ。シュヴァリエというのは貴族に与えられる称号の中でも業績を残した者にした与えられないものの一つだ。これを持っているものは、国から実力を認められた貴族であると言っても過言ではない。
「ねぇタバサ。それホントなの? ホントなら、どうして黙っていたの?」
「聞かれなかったから」
 キュルケに訊ねられたタバサは、淡々とそう返事をした。
 聞かれなかったからというか、まずそんなことを聞くこと自体がないのだがそこはどうなのだろう。
 するとオスマンは、次にキュルケを見つめる。
「そしてミス・ツェルプストーじゃが、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家計の出であり、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いておる」
「お褒めに預かり光栄ですわ、オールド・オスマン」
 キュルケは誇らしげに自らの赤髪をかきあげる。
 彼女の家、ツェルプストー家はゲルマニアとトリステイン王国の国境付近の領地を任される家系であり、万が一他国から侵略を受けた時も最前線に出て国を守るという大役を預かっている者達なのだ。当然、メイジとしての力は優れている。
学院の中でも彼女の実力は群を抜いているだろう。
 オスマンは彼女の次に、ギーシュへと視線をうつす。
「次に、ギーシュ・ド・グラモン。知っての通り彼の父親はトリステイン王国にて元帥を務める者である。まだドットではあるが彼自身も土系統の魔法に優れていて、特にゴーレムを精製、操る術に長けている。彼奴と戦う上でも役立つじゃろう」
 ギーシュもオスマンからの言葉を受け取ると、きざったらしい仕草で一礼した。
 ドッピオとの決闘に敗れたとはいえ、彼の実力は本物だ。もう少し慎重に行動をしていれば、勝っていたのはギーシュかもしれない。
 それにオスマンも言ったように、ギーシュはフーケと同じくゴーレムをつくり、使役することに長けている。威力こそ劣るとしても、その知識と経験は彼らの中で最も豊富だ。

87 :
 最後にオスマンはルイズを見たが……彼女については何を言えばいいかと悩むように唸った。
「そして……えー、ミス・ヴァリエールじゃが……本人は、ツェルプストー家と同じく数々の有能なメイジを輩出するヴァリエール家出身の者であり、その……」
「魔法を使えばいつも爆発します」
 オスマンが何を言おうかとあぐねいているその最中に、言葉を挟むものが現れた。それも、彼女を誹謗中傷するようなことを。
 なんとそれは、今しがた紹介されているルイズ本人から発せられた言葉だった。
 驚きで目を丸くするオスマンだったが、ルイズはそれにかまわず言葉を続ける。
「どのような魔法を使おうとしても、すべてそれは本来の効果を発揮することなく失敗し、爆発してしまいます。ですが逆を言えば、私は『魔法でなんでも爆発させることができます』。威力の方に関しては、ミセス・シュヴルーズがご存知かと」
 ルイズが言うと、オスマンはシュヴルーズの方を見る。
 シュヴルーズはどう言おうかと迷っているようだったが、やがてシュヴルーズは口を開いた。
「ええ……彼女の、その……魔法は、とても高い威力を持っています……一度、教室が半壊いたしております……」
 言っていいものかどうか、シュヴルーズは躊躇わずにはいられなかった。
 確かに、魔法の威力としては相当なものだろう。だが何もかも魔法を失敗させてしまうというものが、本人にとってどれほどつらいものであるかを考えると、こうして言葉にするこちらも精神的にくるものがある。
 だがルイズはシュヴルーズの言葉を聞くとニッコリと笑って、声高に宣言をした。
「確かに、魔法をろくに使えないという点で私は他の者よりも劣ります。ですが、だからといって誰かに止められる謂れもありません。役立たずのまま終わるつもりもありません。私は私の役目を果たし、必ず成果をあげて見せます」
 ルイズのその目には、黄金ともいえる光が宿っていた。
 その言葉には躊躇いも迷いもない。確固たる自信と覚悟に満ちた、誇り高い貴族の姿がそこにはあった。
「そして、私の使い魔ですが……周知の通り、彼は平民の身でありながら、一度ミスタ・ギーシュと決闘し、勝利しています。これほど心強い味方はありません」
 呼びかけられたドッピオは顔をあげ、ルイズを見た。
 以前は強く輝いていたその目も、今は弱々しいものになっていて、とても頼りない。
 そんなドッピオを見ると、ルイズは眉をひそめて彼に言った。
「ドッピオ。あんたにあのとき、どんなことがあったかなんて、私にはわからない。どれだけ大切なことがあったかなんて知りもしない……だけどね」
 そこでいったん言い切るとドッピオの目の前にまで歩み寄り、彼をほぼ真下から見上げて次の言葉を言い放った。
「終わってしまっても、たった一度しかチャンスがないと決まっていないのならば、二度目があると信じて待つ。そうでなくても、それを『過去』から知って他の方法を探しなさい……あんたは私にそう言ってくれたはずよ、忘れたの?」

88 :
 ――人の成長とは、未熟な『過去』に打ち勝つことだ――
 自らの無能さに打ちのめされていたルイズを救った、使い魔の言葉。
 『過去』とは、自らが未熟で何もできなかった頃のことも示してくる、誰も覗きたがらぬものだってある。だが、人間の成長とはそれを見て初めて成し遂げられるものなのだ。
 未熟であったのならば、それを学び。
 失態をしたというのならば、それを反省し。
 間違いを犯したのならば、それを正す。
 それが、成長するということだ。
 そう教えてくれた当の本人が、それを忘れてしまうとはどういうことだ。
 ルイズは怒りを感じずにはいられなかった。自分を救ってくれた人間が、自分に再び前を見て歩む勇気をくれたその言葉を、自ら否定している。
 それに対して、どうして憤怒せずにいられようか。
「ドッピオ。いろいろ私に言って聞かせていたあなたも、まだ未熟みたいね。だったらいいわよ、未熟者同士、あんたも私も成長するのよ……だからもうクヨクヨしない!」
 ルイズはドッピオの足に蹴りを入れる。
 ギャッ!! と悲鳴をあげるとドッピオは足をかかえてその場に座り込み、痛そうに蹴られた場所をさする。
 ルイズはそんなドッピオを見下ろして、フンッと鼻をならした。
「テテテ……オメー、俺がまだ体いてェっつーのわかってんのか?」
「わかってるから蹴ったんじゃない。なに? それともその手を蹴り飛ばしてほしかったかしら?」
「……おっかねぇご主人様に召喚されちまったんだなァ〜〜、俺」
 そうぼやきながらも、ドッピオは先ほどとは違う、光の戻った目でルイズを見上げて笑った。
 それを見たルイズも、笑ってドッピオに手を差し出す。
 手に取るとドッピオはルイズに引かれて立ち上がり、今度はまっすぐと立ち上がって彼女の隣に立った。
 ――そうだ。
 まず、この世界に電話なんてものは存在しないのに、今回こうして電話があったこと自体がそもそもおかしいんだ。
 ボスはどうにかして、俺に電話を送ってくれた。だから、次だってそうなるはずだ。
 俺が出るまで、きっとボスは電話を送り続けてくれる……
 だから……次こそ……
 と、ドッピオが意思を新たにしたそのときだった。

89 :
「……? ミス・ヴァリエール。今、彼のことをなんと言った?」
 
 オスマンが、ルイズに奇妙なことを訊ねてきた。
 ルイズを始め、フーケ討伐に名乗り出た全員が首をかしげる。オスマンはなぜドッピオの名を聞いてきたのだろう?
 疑問を感じたまま、ルイズはオスマンの質問に答えた。
「ええと……ドッピオ、ですが」
「彼のフルネームは? どんな名前かね?」
 どういうことだろう。
 オスマンとドッピオには、何らつながりなどないはずだ。
 オスマンはこのトリステイン王国、いやハルケギニア中でも知らない者がいないほど高名な人物だ。対してドッピオはルイズに召喚されたばかりの、常識が欠如した平民。
 どう考えても、彼らの間に接点があるなどとは思えない。
 なのに、なぜ名前を訊ねる?
「……ヴィネガー・ドッピオ、です」
 そうルイズが告げたとたん、オスマンの表情が一変した。
 目を見開いてドッピオを見つめ、『なんと……なんと……』などとつぶやくと、そのまま何か考え込んだまま沈黙してしまう。
 しばらくしてオスマンはもう一度ドッピオへと目線を戻し、彼に話しかけた。
「ミスタ・ドッピオ……君は、いったいどこからやってきたのかね?」
「……はい? え、えと……」
 ドッピオは、突然の質問に困惑した。
 どこから、やってきた? いったいそんなことを聞いてどうするつもりだろうか。
 しかし目的はわからずとも、困ったことになった。ドッピオはこの世界にいた人間ではない。正直に答えたところで、信じてもらえるかどうかもわからない。
 どこか適当な場所を言ってごまかそうかと考えていると、オスマンがドッピオに言い放つ。

「イタリアのヴェネツィア、というところから来たのではないかね?」

 その瞬間、ドッピオの動きが止まった。
 ……今のは、聞き間違いか? 耳でもおかしくなっちまったのか?
 若干発音も違っていたし、もしかしたらよく似た地名の場所があるのではないかと、ドッピオは思った……
 だが……そのどれもが、間違っているということを、次のオスマンの言葉でドッピオは思い知ることになる。

「そして君は……その国で、ある組織に属していたのではないじゃろうか。確か名は……『パッショーネ』じゃったか」

 ドッピオは大股でオスマンにまで歩み寄り、胸倉を掴んだ。
 突然のドッピオの暴行に、ルイズやキュルケ達ばかりでなくそこにいた全ての者が慌てふためく。
「テメーなんでそのことを知ってやがんだッ!! 答えろこのジジィ!!」
 公衆の面前であるにも関わらず、怒声を放つドッピオ。オスマンは喉が締め付けられているのか、息苦しそうにしている。
 駆け寄ったコルベールがドッピオとオスマンの間に入ると、ドッピオの手を離させる。
 ハッとしたルイズ達もドッピオの元へと走り、コルベールと協力して暴れるドッピオをなんとか抑え込んだ。

90 :
「あ、ああああああああああんたいったい何をしてるのよ!?」
「ドッピオ! いったいどうしたっていうのよ!?」
「危険」
「落ち着きたまえ! なにがあったっていうんだい!?」
「ミスタ・ドッピオ! これはいったいどういうことですか!?」
「クソやかましいぞ! 話をしてるのは俺とそこの爺さんだッ! オメーらは黙ってろ!!」
 だがドッピオは地に伏せさせられてももがき、オスマンを睨みつけていた。
 それほどまでに、オスマンの言葉は恐ろしいことを示していたのだ。
 誰も、ドッピオの故郷など知らず、そして彼がそこで何をしていたのか知る人間はいなかった。
 ならどうして。どうしてこの老人はそれを知っている?
 あり得ない。そんなこと、あるはずがない。
 なぜだ。なぜなんだ!?
 混乱するドッピオ。一方でオスマンは解放されて荒い呼吸を数度繰り返すと落ち着きを取り戻すと、ドッピオの元へとゆっくり歩み寄る。
「何をしているのですかオールド・オスマン!? 今の彼に近づいては……!!」
「いや、その青年の言う通りじゃ。これはワシらの会話。どうか彼とキチンと話をさせておくれ」
 そう言ってオスマンはコルベールの警告も聞かず、ドッピオと目を合わせて会話する。
 ドッピオも幾分かは頭を冷やしたらしい。相変わらずオスマンに鋭い眼光を向けたままだが、彼はオスマンの言葉を待った。
「ミスタ・ドッピオ……此度の事件、君にも全くの無関係とは言えんのじゃ……いや、むしろ君こそが誰よりも関係していることと言っていいかもしれん」
「……いったいどういうことだよ」
「さて、それじゃ。盗まれた秘宝はの、ワシの命の恩人が最後にワシに預けたものだったのじゃ。そんな大切なものじゃったから、ワシは宝物庫の中へ入れて、それをずっと守り続けていたんじゃよ……」
 オスマンは悔しげに顔をゆがめ、嘆くようにため息を吐く。
 そして大きく息を吸い込むと、何かを決心したようにドッピオへと言葉を放った。
「そのとき『約束のペンダント』を渡したものは、ワシに言ったんじゃ。その者の出身、組織……そして……君のことを」
 ドクン、と。
 ドッピオは、自分の中で心臓が大きく鼓動するのを感じた。
 ――そんな――
 ――俺の、ことを?――
 ――いったい、誰が……どうして……――
 それは時とともに次第に大きくなっていき。
 しまいには、ドッピオが心音が耳で聞こえるほどにまでになり。

「……その者は、こう言っていた……『このペンダントを、私の一番の側近に渡してくれないか?』……とな」

 ドッピオは、呼吸するのを止めた。

91 :
というわけで投稿は以上です。
ボス参戦に心を躍らせていた皆様、こんな展開でマジすいません。もうちょっと待ってください! オナシャス!!(:_;)

92 :

楽しみに待ってるぜ

93 :
待つとも

94 :
投稿します

95 :
 フーケ討伐のために学院から出発したルイズ達。
 移動手段には馬車を使うことでフーケがいると思しき廃屋まで近づき、途中から徒歩で行くとのことだ。
 ルイズ達は馬車に揺られて各々時間を潰している。なにせ馬で片道4時間はかかる場所なのだし、あちらから道中攻撃を仕掛けてくるということもあまり考えられない。
 そのため、全員が暇を持て余していた。
 そんな中で、ドッピオは早く目的地に到達しないかと焦らずにはいられなかった。
 出発の直前。彼は、この世界で自分の世界……そして、彼のボスとの唯一のつながりを見つけたのだ。
 いや、『見つけた』というよりは、『その存在を知った』と言った方が正しいだろう。
 盗賊、土くれのフーケが盗み出した『約束のペンダント』……それは、ドッピオのボスがこの地へと訪れたとき、ボスがオスマンへと託したものだったのだ。

 ――約30年前。
 森を散策していた若き日のオスマンは、その日不運なことにワイバーンと遭遇してしまったのだという。
 まだその時は未熟だったオスマンはその最中に杖を落としてしまい絶体絶命の危機に陥ったという。
 彼の命運もここまでかと思われた、そのとき。どこからか突然人が現れた。
 その人物はフードを深くかぶっていたがため顔は確認できなかったが、杖を持たないことからメイジでないことはわかった。メイジでもないただの人間が、怒れるワイバーンと戦うなどというのは正気の沙汰ではない。
 オスマンは急いでその場から逃げろと叫んだが、相手は聞こえていないのかワイバーンと向き合ったまま身動き一つしない。
 するとその人物は急にワイバーンに向かって走り、何かの呪文を叫んだかと思うとワイバーンの頭が粉々に吹き飛んだという(ドッピオはここまで聞いて、それが『キング・クリムゾン』による破壊だと推測した)。
 頭がつぶれたワイバーンはそのまま力なく倒れ、危機が去ったと思ったオスマンはそのフードの人物に近寄ろうとした。
 しかし。
――こちらへ寄るな! まだ終わっていない!!――
フードの人物がそう叫ぶと、頭がなくなり死んだはずのワイバーンの死骸は突如として動き出したのだ。
ワイバーンは腕を大きくあげると、それをオスマンのところへと振り下ろそうとする。
今度こそ、オスマンは死を覚悟した。
だが、またも彼は救われた。直後にフードの人物はオスマンを押しのけ……オスマンの代わりに、ワイバーンの最後の一撃を受けたのだ。
もうワイバーンが動かないことを確認すると、オスマンはそのフードの人物の安否を確認すべくそこへ駆け寄った。
そのとき彼が見たのは……もはや人としての原型をとどめていなかった、恩人の姿だった。
あのとき軽率に動いてしまったことを、今でもオスマンは思い出して悔やむという。
恩人は息も絶え絶えだったが、まだ生きているということだけはわかった。だが、もはやその傷は深すぎて、もう治療しても助からないほどのものだったらしい。
せめて感謝の言葉を述べ、その恩人の最後を看取ろうとしたオスマンは、その人物にあるものを託したいと願い出た。
それが、『約束のペンダント』。これを、自分の一番の側近であった、『ヴィネガー・ドッピオ』という青年に渡してほしいとオスマンに懇願したのだ。
フードの人物によれば、その青年はこの世界の住人ではなく、どこか別の世界で生きる人間なのだという。突拍子もない話だったが、死にゆくその者の言葉が嘘だらけのものだとはどうしても思えなかった。
その話を信じるとともに、オスマンはその人物に訊ねかける。どうして異世界の住人である自分のようなものに、そんな大事なものを託すのか、と。
フードの人物は、その問いにこう答えた。
――運命を、感じたからだ……私のかわいい側近が、ここへとやってくる、未来の運命を――
それを聞くと、オスマンはもはや何も言わずにそのペンダントを受け取った。
 涙があふれる目をぬぐい、再びフードの人物へと目をむけたとき……すでに、フードの人物はどこかへと消えてしまっていた。
 驚愕し、オスマンは辺り一帯を探し回ったが、人っ子一人見つからずついに断念したという。
 夢かとも思ったが、彼の目の前にあるワイバーンの首なし死体や、手元に置かれているペンダントの存在がそれを否定した。
 そして……彼はその後メイジとして大きく成長し、オールド・オスマンと呼ばれ周囲から尊敬されるほどの者にまでなった。
 30年もの月日が経った今でも、オスマンはその恩を忘れず、約束を守るためにそのペンダントを学院の宝物庫に納めていたのだ。

96 :
(――いったい、どういうことなんだ?)
 その話を聞いたとき、ドッピオは混乱してしまった。
 この世界にボスがやってきていたのだと聞いたときは驚愕したが、彼が瀕死の重傷を負ったということ自体を信じることができなかったのだ。
 一番の側近であったドッピオは、ブチャラティチームを除けばキング・クリムゾンの能力を知っている唯一の人間だ。
 キング・クリムゾンの能力、『時間を吹き飛ばす』というその絶大な力を使えば、ボスは自らが傷つくこともなくオスマンを助けることができたはずなのだ。
 現にワイバーンを迎撃する際にも、キング・クリムゾンのヴィジョンを行使して頭を叩きつぶしているのだから、スタンドが使えなくなったとは考えられない。
 それに、そんな重傷を負ったボスは忽然と姿を消したという。
 キング・クリムゾンを使えばそうすることもできなくはないが、それこそおかしな話だ。
どうしてもっと早く使わなかったのかという疑問もあるし、それよりも一刻も早く治療をしなければならないとわかる怪我だったのに、それすらしてもらわずに姿を消すというのも変だ。
 行動がちぐはぐすぎて、矛盾に満ちている。
 そして何よりも……『もう助かる見込みもないほどの怪我を負った30年前の人間』が、ドッピオに電話をかけてきたという事実こそが、最大の謎だった。
 ドッピオにかかってきた、あの電話。あれはまさしくボスからやってきた電話だ。
 なのにオスマンから話を聞けば、彼は30年前に死んでいるのだという。
 もはや彼には、わけがわからなかった。
 いったいボスに何が起こったのか。ボスは生きているのか、それとも――死んでいるのか。
 だが、どれだけ考えたところでドッピオは答えにたどり着くことはできない。それよりもまず、ドッピオはフーケに奪われたという『約束のペンダント』を回収すべきだという結論に達して、こうして行動しているのである。
(……ボス……)
 この世界へとやってきて、意図せぬところから見つかった、ボスとのつながり。
 ドッピオは未だかつてないほどに、燃えていた。
 そしてそんな彼を、主人であるルイズは心配そうに見つめている。
(ドッピオ……)
 ルイズは、あのときのドッピオの豹変ぶりが忘れられなかった。
 イタリア。ヴェネツィア。パッショーネ。
 ルイズを含め誰も聞いたことがない、これら三つの単語を続けざまに唱えただけで、ドッピオは激昂した。
 それほどまでにドッピオにとって重大な意味が、その単語にはあるのだ。
 そして……何という数奇な運命であることか、土くれのフーケによって盗まれてしまった秘宝は、ドッピオのかつてのボスがオスマンに託したものなのだという。
 それからのドッピオの任務への意気込みぶりは、尋常ではなかった。
 ギーシュに青銅の剣やら短剣やらを錬金してもらい、装備を確認すると誰とも何もしゃべらなくなり、一人黙々とフーケ討伐への準備をして真っ先に馬車へ乗り込んだ。
 今こそドッピオは静かに席に座って目的地に着くまで待っているが、当初の彼の全身からは恐ろしいほどの殺気が出ていて、思わず全員彼から距離を取ったものだ。
 ギーシュのときのドッピオも鬼気迫るものがあったが、今回はそんなものとは比べ物にならない。段違いだ。
 
 だからこそ、ルイズは今のドッピオが気にかかった。
 あれほどまでに殺意が立ち込めた自分の使い魔というものを、ルイズは見たことがない。
 彼女はその使い魔も恐ろしかったが……今の彼は、『約束のペンダント』を取り戻すという『結果』ばかり求めているというのが、もっと心配だ。
 気が急いて大変なことにならなければいいが……

97 :
「なんというか、こうも刺激がないと眠くなってきちゃうわね」
 と、ルイズがそんなことを考えている間、キュルケが退屈そうにふとそんなことをつぶやいた。
 ドッピオからすればこのように移動している最中に攻撃されることも日常茶飯事であったことから警戒を解きはしないのだが、一部を除いた他の者はどうやらそうでないらしい。
 ギーシュもキュルケと同じく景色を見てぼーっとしていたし、タバサは持参した本を読みふけっている。
 本当に、まったくすることがないのだ。
 何かしら退屈しのぎになりそうなことはないかと、キュルケは馬車の手綱を引いているロングビルに話しかけてみることにした。
「ミス・ロングビル。どうして手綱なんて自分で引いていらっしゃるのかしら? そんなもの御者に任せておけばよろしいのに」
「いえ、私は貴族の名を捨てた者なのですから、よいのですよ」
 そうした返答には、訊ねたキュルケはもちろんルイズ達も驚愕を隠せなかった。
 確か、彼女は学院の最高権力者たるオールド・オスマンの秘書を任されているはずだ。そのためここにいた全員は彼女が名門から出たメイジであるとばかり思っていたのだが、本人は貴族の名を捨てたと言っている。
「え、でも……それなら、オールド・オスマンの秘書など……」
「彼は、平民とか貴族とか、そういう身分をあまり気になさらない方なのです。街の居酒屋なんかで働いていた私が気にかかり、彼に魔法が使えるというとこの話を持ち掛けてくれたのですよ、あの方は……こんな私にも、高い給料を払ってくださいますし」
 ロングビルは、昔を顧みるように遠い目をしていた。
 目が希望の光で輝いていたことから、そのころの彼女にとってはとてもよい過去なのだろう。
 ルイズ達は、オスマンの寛大さに感服した。
 興味が出てきたキュルケは、身を乗り出してロングビルに話しかけた。
「もしよろしかったらいったい何があったのかを教えてくださらないかしら、ミス・ロングビル」
 一息でそこまで言うと、キュルケは好奇心にあふれた目でロングビルを見つめた。
 それを肩越しに見たロングビルはというと、苦々しげに微笑んで言葉を濁らせる。しかしキュルケはどうも気になってしまうようで、再度彼女に懇願した。
「気になってしょうがないじゃないですか。教えてくださいよ」
 本人に悪気はないのかもしれないが、どうにもそれがしつこい。
 その様子を見ていたルイズが、無礼なキュルケに向かって一言言ってやろうと思ったそのとき。
 ルイズよりも早く、キュルケを戒める者が現れた。

98 :
「キュルケ。本人が言いたくないと思っていることを無理やりに聞くのは、このトリステインにおいては恥ずべきことなんだ。控えた方がいいよ」
 なんと、それはギーシュだった。
 その場にいた全員が、意外そうな目でギーシュに注目する。
本人にしてみれば別段おかしなことを言ったつもりはなかったのだが、そうして視線を集めてしまうとどうにもギーシュは釈然としないところがあって、顔を逸らした。
 少しの間キョトンとしていたキュルケだったが、不服そうにギーシュに愚痴を漏らした。
「なによ、暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃない」
「それでも、礼儀というものは重んじるべきだよ。他者の尊厳を乏しめたり傷つけるようなことはお互いにしないようにするのがマナーというものだ。君の国でだって、そうだろう?」
 薔薇を口元にあてながら、ギーシュはキュルケに言って聞かせる。
 それでもなお、キュルケは気になってロングビルの方をチラチラと見ては、『でも……』とつぶやく。
「僕の元いた場所でも同じようなことをしたら、首が飛ぶよキュルケ」
 すると今度は、ドッピオまでがキュルケを説得するように語り掛けてきたのだ。
 今まで一言もしゃべらなかったドッピオに目を丸くするキュルケだったが、ドッピオは話を続ける。
「言っとくけどこれは冗談じゃなくて、本当のことね。僕と同じ組織にいたヤツは、そのタブーを犯して輪切りにされた」
 ヤツとは、かつてパッショーネの暗殺チームに属していた人間、ソルベのことである。
ソルベは、決して触れてはならない『自分たちのボスの正体』について、同チームの親友であるジェラートとともに調査してしまった。
それを知られたソルベとジェラートはボスによって抹殺され、ソルベは輪切りにされた挙句ホルマリン漬けになって暗殺チームのアジトにご丁寧に郵送されたのだ。
ドッピオの……ギャングの世界でも、個人の知られたくないことを無理に知るということは、『反逆』の意味と判断される。
そんなことをした暁には、絶対に免れない死が訪れるのだ。ギャングの一員である彼にとって、これくらいのことは日常的に聞く話だった。
なんでもないことのようにドッピオはボソリとつぶやくが、これを聞いた途端にルイズとキュルケ、ギーシュはサッと顔を青ざめさせる。
彼と違って、この三人はそこまで残虐な行為というものに耐性がないらしい。
 ここまで正論、最後には脅しに近いことを言われてはぐうの音も出なくなり、キュルケはしぶしぶ自分の席に座りなおした。
「……」
 それを見ると、ドッピオはチラとロングビルの方を見る。
 ほっとため息をついていることから、知られたくないことを言わずに済んでよかったと安堵しているらしかった。
 それだけ確認すると次にドッピオはギーシュを見る。ギーシュも彼の視線に気が付いたようで、なんだろうと首をひねらせた。
「……なんだい?」
「いや、君が礼儀とかを言うのかって、少し意外だった」
「……君ってホントになんというか、人が傷つくようなことを平然と言うね」
「そりゃあ悪かったよ。でも以前なら、特に何も言わず放置するんじゃあないかなって思ったんだ。成長したな、って」
 何気なく、ドッピオはギーシュにそんなことを言った。
 以前の彼ならば礼儀を知っていながらも、もしかしたらキュルケに賛同するか、もしくはそのまま彼女を放置していたかもしれない。
 かつての自分を振り返ると、確かにそうだったかもしれないとギーシュは改めて思った。
 あの日……ギーシュはドッピオとの決闘の後に、成長したのだ。
 彼がなぜあの決闘で負けたのか。そして『侮辱』を受ける羽目になったのか。
 そのすべてが『侮辱』に値する行為を平然と行ってきたからだと、ギーシュは学習した。
 これからは、『敬意を払う』のだと。『侮辱』の正反対のことをすれば、すべてがうまくいくのだと、彼は学んだのだ。
 彼にとって先の行動は、彼が進むと決めた道の、たった一歩だ。
 彼の目指す栄光の道をわずかに進んだだけにすぎないのだが……こんな反応をされては、なんというか、懐がむずがゆい。
 褒められてるのか、けなされてるのかわからない。おそらく前者なのだろうが。
「君に褒められたって嬉しくないよ」
 いつぞや、話し相手から言われたその言葉を、ギーシュは微笑しながら言い返す。
 するとドッピオもフッと小さく笑った。
 ほんの少しだけ。その場の雰囲気が和んだような気がした。

99 :
「着きました。ここが、農民の話から聞いた場所です」
 一行は馬車から降りると、ロングビルに導かれるまま森へと入っていく。
 ドッピオは入口付近から背負っている剣に手をかけ、周囲を警戒した。
 このように見通しが悪く、隠れられるところが多い場所では奇襲と罠をまず疑わなければならない。
 エピタフがない今、ドッピオはいつそれらが襲い掛かってくるのかわからないのだ。注意はしすぎるに越したことはない。
 その様子を見た他の者もそれを見習い、それぞれが杖を手にかけていつでも迎撃ができるように準備をする。
 慎重な足取りで、森の奥へと進むルイズ達。
 そんな状態が続き、かなり前進したそのとき。彼らは、しばらく人に使われていないであろう廃屋を発見した。
「あれが、話で聞いた場所です」
 ロングビルは廃屋を指さす。
 確かにあそこなら人もやってこないだろうし、姿を隠すにはうってつけだろう。
 目的地までようやく到着したところで……ドッピオたちは、次にどうすべきか額を合わせて話し合った。
「十中八九、あそこにはフーケがいるでしょう。そして秘宝も」
「奇襲をこちらから仕掛けてはどうかしら?」
「いや、こういう時こそヤツは襲撃を警戒しているはず。罠を仕掛けているか、もしくはどこかに隠れて僕らを一網打尽にするかもしれない。巨大なゴーレムをつくるフーケだ、廃屋ごと僕らを粉々にするくらいワケないだろう」
「じゃあどうするの? このまま何もしないってわけにもいかないし……ぼやぼやしてたら逃げちゃうわ」
 ああでもないこうでもないと、頭をひねって策を練る6人。
 そのうち、今まで沈黙を貫いていたタバサが口を開いた。
「一人が偵察。一人が罠の詮索。残りは待機」
 その提案に、全員が賛同した。
 では、誰が偵察、詮索に向かうかということでロングビルは希望を訊ねる。するとギーシュは率先して名乗り出た。
「では、僕が偵察をいたしましょう……ヴェルダンデ!」
 ギーシュはどこかへと向かって、何かの名前を呼ぶ。
 すると何かが地面を掘り進んでいるような音が聞こえてきて、次第にそれは大きくなる。
 やがて、ルイズ達のいる場所の近くで土が盛り上がり、そこから巨大なモグラのようなものが顔を覗かせた。
「ああ、僕の愛しいヴェルダンデ! 相変わらず君はとてもかわいらしいよ!」
 それを見るとギーシュはそのモグラへと近寄り、慈しむように頭をそっと撫でた。
 ルイズは納得がいったように何度も頷く。
「なるほど。それがあんたの使い魔ってわけね」
「そう、これが僕の使い魔……ジャイアントモールのヴェルダンデさ。僕がある程度あの廃屋に近づくとともに、ヴェルダンデは地下からあの中の様子を見る。それに僕にはワルキューレがあるんだ、扉を開けたり詮索をするならうってつけだよ」
 フーケはあらゆる方向からの攻撃に注意しているかもしれないが、もしかしたら床からの襲撃というものは意識から外れているかもしれない。
 ギーシュのヴェルダンデならばそこからの侵入も可能であるし、中の様子を見ることもできるだろう。
 さらに、ワルキューレを先行させればたとえ罠や奇襲にあったとしてもそれらが身代りになってくれる。偵察をさせるには一番の適任だ。
「では偵察は彼に任せるとして……付近の詮索は、私が行きましょう」
 と、ロングビルは立候補して詮索の役目を買って出る。それについては誰も反対をする者はなく、残るルイズ、キュルケ、タバサ、ドッピオは待機することが自動的に決まった。
 こうして作戦は決定し、あとは決行をするだけとなった。
 ギーシュはワルキューレをつくり、ヴェルダンデに命令をする。
 ロングビルもそれとともに詮索へと向かい、これから作戦が開始するという、そのときだった。

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