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2013年19世界史665: 中世〜近世の地中海世界 (309) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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ルネサンス文化誌・社会誌 (131)

中世〜近世の地中海世界


1 :2010/12/31 〜 最終レス :2013/01/06
西ローマ帝国滅亡後の地中海世界の歴史を、グローバルな視野で語るスレです。
ビザンツ(東ローマ)帝国、イスラーム世界の興隆、イタリア海洋都市国家、
ノルマン・シチリア王国、ランゴバルト王国、西ゴート王国、アル・アンダルス、
レコンキスタ、カタルーニャ地中海帝国、地中海の海賊たち、その他地中海に
関係のあることなら何でもOK。

2 :
>カタルーニャ地中海帝国
アラゴン王国のことか

3 :
カタルーニャ・アラゴン連合王国

4 :
地中海の島
東部: キプロス、ロードス島、クレタ
中部: シチリア、マルタ、サルデーニャ、コルシカ
西部: バレアレス諸島

5 :
ヤルムークの戦い〜ユスティニアヌス2世までのビザンツ帝国は
ほとんど海上帝国だな
ヘラクレイオス朝自体が海軍で帝位を奪ったっていうのもあるんだろうが
海軍の力が無ければ、後のマケドニア朝の復興もあり得なかったかもしれん

6 :
パレスティナ、シリア、メソポタミア、エジプトが陥落した後も、ビザンツ海軍が
制海権を保持していたので、シリア総督ムアーウィヤは海上からの攻撃や掠奪に
対抗しようとして、648年、イエメン系、オマーン系、シリア系のアラブ人や
コプト派キリスト教徒のエジプト人(おおむねギリシア人)の船員や船大工の
助けを借りて、海軍を建設した。提督や艦長、海兵はアラブ人だったが、船員や
漕ぎ手はシリア系のアラブ人やギリシア人だった。

7 :
ビザンツ帝国は基本的に海軍が強いね。国力が、
衰えてる時代でも、沿岸部だけは保持してるし。

8 :
ニケフォロス2世は、961年にはクレタ島を奪回し、それによって東地中海は
再びビザンツの海となった。
翌年には、シリアのアレッポを占領する。キプロス島は、イスラームとの
共同統治となっていたが、965年にビザンツの単独領となる。969年には、
遂にハムダーン朝の首都アンティオキアを落とす。
一度落ち目になってもまた盛り返すのがビザンツ史の面白いところ。

9 :
>>8
実際、ビザンツ帝国は何度か浮き沈みを繰り返してるね。
やはりマケドニア朝時代はビザンツ帝国の全盛期と言えるね。

10 :
ヘラクレイオス1世がペルシャ戦役に勝利を収めたのも海軍の力が大きい
たしかにビザンツは海軍が強い
ビザンツ帝国の生命線は海軍という目線で行くと
アレクシオス1世の政策は致命的ではあったんだよなー
コムネノス朝は一時的な復興を遂げているから
無能どころか優秀ではあるんだけど

11 :
>>10
アレクシオス1世自身はそれなりに優秀な皇帝なんだけど、
十字軍やヴェネツィアなど、手放しで誉められない政策が、
あったのも事実なんだよなぁ。まぁ、普通に名君だと思うけど。

12 :
ヴァネツィアは、ビザンツの勢力下にあった東地中海で比較的安定した
商業活動を展開することができたが、コルシカ、サルデーニャ、バレアレス諸島の
イスラーム背う力との対決の中で商業圏を拡大したジェノヴァ、ピサ、
バルセロナなどの商人は、まさに「海の狼」だった。
ボッカッチョの『デカメロン』の中にも、破産の瀬戸際に立ち至った商人が、
海賊として損害を取り戻そうとする話が出てくる。

13 :
×イスラーム背う力→イスラーム勢力

14 :
>>11
アレクシオスや次代のヨハネスは優秀だが
その次のマヌエルはどうかな
セルビアのネマーニャを屈服させたのは評価できるけど
そもそも皇位継承がかなり怪しいし
日和見的政策で同盟友好国の神聖ローマ、ヴェネツィアを裏切り恨みを食い
第4回十字軍の遠因をつくった

15 :
ユスティニアヌスのローマ帝国再興はまだ国力のある時代だからよかったんだろうな。
マヌエルの時代だと、もはやイタリア諸都市との関係を完全に絶つのは無理になっていたし、
ローマ帝国の栄光の再現よりも、「東方の大国」としての地位を維持するほうが
よかっただろう。
ただ、プライドばかり高くて実体がともなっていない、あるいは短期間で滅亡した
国家が歴史上多いのに対し、ビザンツは一千年間も長生きしたのがスゴイ。

16 :
>>14
マヌエル1世は確かにせっかく再興してたビザンツ帝国を、
再び衰退させてしまったという面はあるね。第4回十字軍の、
遠因まで作ってるし。失敗したユスティニアヌス1世って感じだ。

17 :
ヴェネツィアというと香料貿易、東方貿易を連想する人が多いけれども、初期の
貧しかった時代のヴェネツィアは、塩や魚をイタリアの内陸部に持っていって
売っていたわけで。
ヴェネツィアが本格的に地中海交易に進出してくるのは9世紀以降。
アレクサンドリアから聖マルコの以外を持って帰ったりしていたころ。
まさかこの国が第4回十字軍でビザンツ帝国を滅ぼすとは誰も予想していなかっただろうw

18 :
>>17
ヴェネツィアの繁栄の一因はビザンツ帝国にもあるんだよね。
ビザンツ帝国はヴェネツィアに対して優遇政策を行なってたし、
また、彼らが繁栄するきっかけの1つにもなった十字軍だって、
ビザンツ帝国が招いたものだし。そうしたヴェネツィアの勢力拡大の、
結果が第4回十字軍だと思うと皮肉と言うべきか自業自得と言うべきか。

19 :
十字軍の時代にも、キリスト教徒(主としてイタリア商人)とムスリムの交易が
完全になくなることはなかったなあ。
アイユーブ朝時代には、イタリア商人は自由にエジプト国内を旅行できた。
マムルーク朝の前半バフリ時代には、デルタ地帯にしか住むことを許されなかった。
第七回十字軍ではフランス王ルイ9世がカイロを攻撃しようとしたので、イタリア商人たちは
アレクサンドリアから追放された。しかし、ヴェネツィア人は1254年にスルタンと
協定を結んで、貿易を再開している。
そして、1345年には、教皇の許可のもとに、有利な通商協定を結び、紅海からの
香料を買い付けて、ヨーロッパで独占販売するようになり、非常な利益を上げた。

20 :
>>19
むしろイタリアの諸国は十字軍をきっかけにより活発に、
地中海交易に乗り出したから、ムスリムとキリスト教徒との、
交易も逆に活発になってるんじゃいかな。マムルーク朝や、
ヴェネツィアなんかを見てると、余計にそのように思えてくる。

21 :
イタリア商人たちは、造船・造兵のための物資、たとえば木材、銅、
ピッチなどを、イェルサレム王国経由で堂々とエジプト売り込んでいたね。
これらの物資はエジプトでは産出されなかったから。

22 :
十字軍国家って女王とか女性君主が多いような気がするんだけど何でだろ

23 :
>>21
当時エジプトを支配してたマムルーク朝は紅海やレヴァントを、
経由する交易によって利益を上げてた訳だしね。この時代の、
地中海交易は基本的には右肩上がりだったんじゃないかな。

24 :
>>22
シビーユの場合、ギー・ド・リュジニャンとの共同統治という形だったけどね。
イサベル1世も、夫のエメリーが女王の配偶者として、エルサレム王も兼ねた。
臨戦態勢にある国家だから、男性の後ろ盾がない状態では厳しそう。
>>23
12世紀ごろになると、ヨーロッパの毛織物がレヴァントや西アフリカに輸出
されるようになったね。

25 :
近世の地中海世界って後進地域に堕ちた頃だよな。
でも、中世のイタリア中心とした地中海世界ってあまりにもスポットライトが当たりすぎて
お立ち台ギャルみたいな卑しさがあるから、近世の方が落ち着いてていいな。

26 :
>>24
そういう地域であえて女王の王権を保証するってのは何故なんだろうな
女に剣が振れるか、と下克上起こっても不思議じゃないのに

27 :
エルサレム王という称号が魅力的過ぎるからじゃね?
無理やりにでも血統原理導入しないと奪い合いになるから、とか

28 :
>>25
文化面だとバロックの全盛期だよね。

29 :
十字軍国家って、どうしても満洲国とイメージがかぶっちゃうんだよな。
異民族に対する知識も配慮も欠けた田舎者たちが強引に軍事力で国を作ったものの、
しょせんは長続きせず、悲惨な結果に終わった。

30 :
第一回で出来た四国はまだ空気読んでただろ
周辺国の住人や先住者と通婚したりしてたし
リチャード獅子心王とかは最高に空気読まない男だったが

31 :
新参者と中東生まれで意識の違いでギスギスしてたらしいな
ボードワン2世とその娘の確執とか
サラディンの抹殺リストに載っちゃったあのお方とか
十字軍国家の分岐点になったのは、アモーリー1世のエジプト征服失敗だろうなー
あれに成功していたらどうなっていたのか分からない

32 :
アモーリー1世の時代、ファーティマ朝はダルガムとシャウエルという二つの派閥が
交互に相手を首都や国土から追放し合って、弱い陣営は本来ファーティマ朝の
敵であるはずのダマスカスのスルタンや、イェルサレム王を味方に引き入れようとした。
この時期のイスラーム側の分裂っぷりは目も当てられんな。
まあ、現在の中東もアメリカやイスラエルを敵視しながら一致団結できないんだけど。

33 :
フリードリヒ1世って沐浴中に溺死したマヌケなイメージ何だが
軍事面ではわりと成果出してたんでしょ?

34 :
>>33
1190年、イコニウムの戦いでアイユーブ朝軍を打ち破った。

35 :
>>33
フリードリヒ1世は暗殺されたという説もあるからね。信憑性がどれくらい、
あるかは知らないけど。もしそうだとしたら、軍事的優秀さがその原因かな?

36 :
宴会中に床が抜け、水槽へ落ちて溺死したのは誰だっけ?

37 :
年くって過酷な長期遠征
どうせ沐浴中に心臓発作か脳卒中で死んだんじゃね

38 :
>>31
>十字軍国家の分岐点になったのは、アモーリー1世のエジプト征服失敗だろうなー
>あれに成功していたらどうなっていたのか分からない
サラディンが十字軍との戦いを続行できたのは、エジプト・シリアの政治的な
統一に加えて、エジプトの富を十分に活用することができたからだそうで。
エジプト経済の基礎は農業にあったが、とくに砂糖は、他のイスラーム諸国や
ヨーロッパ向けの重要な輸出商品だった。

39 :
>>38
サラディンがエジプト・シリアの領有に成功したのは結構偶然的な、
要素も強いからなぁ。都合よくシールクーフやヌールッディーンが、
そのタイミングで死んでなかったらどうなってたか分からないからね。

40 :
第四回十字軍だけどさ、ビザンツ帝国をいったん滅亡させてしまったけど、
ビザンツは西欧にとってイスラーム勢力に対する防壁の役割を果たしていたのにな。
ビザンツの亡命皇子アレクシオスが訪ねてきて、帝位獲得の助力を願い出たりしなければ・・・

41 :
>>40
>ビザンツは西欧にとってイスラーム勢力に対する防壁の役割を果たしていたのにな。
なるほど、そう考えると第4回十字軍は長期的な視野で見るとビザンツ帝国の弱体化を、
促進させた事により、イスラーム勢力(≒オスマン帝国)のヨーロッパ進出を招いたと言えるのか。
そう考えると西欧勢力は自分たちで自分の首を絞めたと言えなくもないのかな?

42 :
>>41
それは常識でしょ
ヴェネチアが悪いんだけどね

43 :
>>42
まぁ、結果的にヴェネツィアはオスマン帝国の台頭と共に衰退したしね。
まぁ、第4回十字軍はビザンツ帝国の自爆っていう感じもするけどね。

44 :
ヴェネチアがオスマン帝国の台頭と主に衰退?
オスマン帝国は関係ない

45 :
>>44
いやいやいや、時期的には大体そこら辺だよ。ヴェネツィアの衰退は確かに、
ヴェネツィアの自滅も多少はあるけどオスマン帝国との争いも関係してるよ。
地中海(特にエーゲ海)の島々を次々とオスマン帝国に奪われてたしね。

46 :
あぁ、でも衰退は言い過ぎたかも知れないなぁ。15世紀から16世紀前半くらいじゃ、
ヴェネツィアもまだまだ大国ではあったから。ただオスマン帝国の台頭がヴェネツィアの、
脅威となったのは確かだよ。そういう意味では自分で自分の首を絞めたと言えなくもない。

47 :
西欧人にしてみれば、中央ユーラシアからアナトリアにやってきた遊牧民が、
あれだけの大帝国を築くとは予測できなかっただろうな。
おまけに、オスマン朝は一度ティムール朝にコテンパンにやられて、消滅寸前の
状況に追い込まれたことがあるし。

48 :
それ以前に西欧には実力を持った国家が全く存在してなかったからな

49 :
十字軍の原因って、単なる宗教的熱狂だけではないよね。
社会的安定、農業技術の発達などの要因もあり、当時のヨーロッパは人口爆発が起こり、
都市化も進んでいた。
都市化は人間の移動をもたらす。
それまで人々は生まれた土地で死ぬのが普通だったのに、移動・移住が特別の
ことではなくなった。
長子による一子相続が普通だったため、部屋住みの騎士たちは職を探していた。
しかもそれまでキリスト教世界の防衛に必要不可欠だった兵力は、ヴァイキングや
マジャール人のキリスト教改宗で必要性が薄れた。
セルジューク朝に販路を阻まれた商人たちもまた新しいビジネス・チャンスを
東方に求めていた。
こうした宗教的・非宗教的雰囲気を一つにまとめ上げたのが教皇ウルバヌス2世。


50 :
>>48
アッバース崩壊後のイスラムも微妙なのばっかだろ

51 :
>>49
まぁ、宗教的熱狂とは関係なしに十字軍に参加したのも結構いるしね。ヴェネツィアなどの、
イタリアの諸都市は十字軍のことを、ビジネスチャンスみたいに思ってた感じもするからね。
>>50
セルジューク朝やマムルーク朝はそれなりに大国だったと思うけど、
確かにそれ以外は微妙だね。西欧に比べたら先進的だったろうけど。

52 :
>>50
アッバース朝と比べると微妙なだけで
西欧諸国と比較すればビザンツ、セルジューク朝、マムルーク帝国と
ついでにシチリア王国も先進的で強大だけどな

53 :
お前いつもの西欧アンチだろ
シチリア王国とビザンツ王国が巨大ってw
少なくとも十字軍時代には中東は人口減少でヨーロッパより人口が少ないがな
セルジュークは領域は巨大でも人口はフランス一国にも劣る
まぁそういうとまとまりがどうこうケチつけてくるんだろうが、マムルークはともかくセルジュークは全然まとまりがない



54 :
セルジュークでまとまりが無いなら
フランスはそもそも国の程を為してない
というか実際西欧諸国が統一された国家になるのは数世紀先の出来事
何の史料も残せない地域の推計人口が多くても
実際に学問や産業、交易、文化の面で優っていたのはイスラム国家やビザンツの王朝

55 :
戦績に関しても
北アフリカ・イベリアで無双状態だったムワッヒド朝は12万の大軍でイベリア小国連合にナバス・トロサでほぼ壊滅
サラディンは一度もリチャードに勝てず、2代目のアル・アーディンは第5回十字軍にディムヤート陥落でショック死
セルジューク朝はイコニウムでフリードリヒ1世に負け、イスラム諸国に大国があったことは認めるが西欧勢に実力なしとはどういうことだ
オツガイ氏は比較的客観的だからいいがお前はいつも偏ってんな

56 :
>>53
人口はどうだか知らないけど、学問や文化や技術などは西欧より、
イスラーム圏やビザンツ帝国のほうが先進的だったと思うけど。
西欧アンチのつもりはないけど、当時の西欧が後進地域だったのは事実だよ。

57 :
ぷっw
11世紀以降は史料ありすぎ状態なんだが
田舎の日記や裁判記録も残ってるわ
それとセルジュークは西欧と同じでかなり封建的な国家だ
ほとんどバラバラ状態だよ

58 :
>>55
まぁ、西欧に実力がないというのは言いすぎだね。十字軍の時代の西欧は、
発展しかけてる時期だしね。まぁ、第2回や第5回では普通に負けてるけど。

59 :
>>57
あの時代のイスラーム圏は各都市の文化レベルは高いけどその分まとまりに、
欠けてたからね。先進的だったけど都市国家が分裂してたイタリアみたいなものだ。

60 :
(アンダルスのウマイヤ朝とファーティマ朝が思い出して欲しそうにしている)

61 :
>>60
アンダルスのウマイヤ朝とファーティマ朝は、文化レベルは高いけど、
セルジューク朝、マムルーク朝、オスマン朝のような“尚武の民”という
イメージはないよね。
スレ違いだが、なぜ日本では「フランス=戦争に弱い国」というイメージが
持たれているんだろうか。
中世〜ナポレオン戦争時代のフランスは軍事強国だと思うんだが。
十字軍もフランス、フランドル系の勢力が中心だし。

62 :
アイユーブ・マムルークは国土の半分近くが国家所有でイクターが少なかったとか
だからセルジュークに比べればずっと中央集権的
西欧でもイギリスはヒエラルキー体制がほぼ完璧に機能しててかなり中央集権的だった
>>61
ファーティマ朝は建国期はかなり尚武だと思うけど
フランスは第二次大戦のイメージが強いんだろうね
イギリスは中世の時フランスの4分の一以下の人口だったけど軍事力はかなりのもの
王権が強くてまとまりがよかったんだと思われる

63 :
>>55
戦績に関しても、じゃなく、戦績に関しては、が正しいけどね
ビザンツは初期のイスラム教団に対して常に劣勢で、ブルガールやスラブ人にも度々侵略を受けたし
中国の南北朝時代も軍事面では一貫して北朝が押していたが
どちらが学問や技術や行政組織や文化面で優れていたかと言えば、ビザンツや南朝の側

64 :
>>61
確かに後ウマイヤ朝(というかアンダルス)は文化人エリートの国ってイメージだなぁ。
その後のムラービト朝やムワッヒド朝と比べると余計にそのイメージが際立ってしまう。
ファーティマ朝は>>62と同じで初期の頃はシーア派の軍事国家というイメージだけど。

65 :
イギリスとシチリア王国はどちらもノルマン征服王朝だから
体制的にも共通してるものがあるとマルク・ブロックの封建社会に書いてあったな
従来の地主を軒並み排除して王権が強い体制を築けた

66 :
>>65
その論法だと、キエフ・ルーシも体制的に似てるんだろうか?
一応、ノルマン人による征服という点では共通してると思うけど。

67 :
その後がっつりモンゴル領の時代が続いたから似てないでしょ

68 :
>>66はキエフ・ルーシと言ってるからモンゴル侵攻前だが

69 :
キエフ・ルーシはスウェーデンだし伝説の領域だからね
シチリアとイギリスはどちらもノルマンディー公国出身者に征服された

70 :
>>65
ノルマン・シチリア王国でキリスト教徒とイスラム教徒が共存できたのも、
国王がその強大な力で、イスラム教徒を保護していたからなんだよな。


71 :
>>69
まぁ、確かにキエフ・ルーシはシチリアやイングランドとは違って、
伝説的要素が強いからなぁ。そういう意味では少し違うかもね。
>>70
シチリアは当時のヨーロッパでは珍しくかなり多民族で国際的な国だったからね。
フリードリヒ2世(神聖ローマ皇帝のほう)があんな性格なのもシチリア育ちだからだし。

72 :
十字軍統治下のエルサレム王国は、当初、住民不足に悩んでいた。
ムスリムとユダヤ人は殺されたり追放されたりして姿を消していたし、彼らを
エルサレムに戻すことは十字軍の精神そのものに反する。
多くの騎士たちが征服直後に帰国したため、町は空き家だらけになり、兵力は
数百にまで減少してしまった。
イタリア諸都市の商人たちを勧誘しようとしたが、彼らは交易に便利な海岸地方にとどまった。
1120年に三代目国王のボードワン2世が経済の自由化政策を打ち出し、ムスリム、
ユダヤ人などの交易も許可した結果、人口は持ち直し、1160年には三万人になったという。

73 :
>>62
ファーティマ朝は、もともと北アフリカのイフリーキヤで興ったんだよな。
文化レベルが高くなったのは、カイロに移った後かな?

74 :
>>73
ファーティマ朝はエジプト征服後から文化的になったね。
イブン・ハルドゥーンが述べた通りだ。アル=アズハル大学を作ったりしてるし。

75 :
塩野七生『十字軍物語1』(新潮社)を読んでみた。
皇帝も王も参戦していなかった第一次十字軍の主人公たちは、ヨーロッパ各地に
領土をもつ諸侯たちであった。彼らは、ときに、いやしばしば、利己的で
仲間割れをくり返したが、最終目標の前には常に団結した。この点が、
利己的で仲間割れすることでは同じだった、イスラム側の領主たちとの
ちがいであった。そして、それこそが、第一次十字軍が成功した主因なのである。
だそうでつ。

76 :
シチリア島とかサルデーニャ島って固有の王家がなかったのに、
なんで「王国」扱いだったんだろう?
ナポリとペアだったシチリアはまだしも、サルデーニャなんて、
独立王国の実態なんてなかったような。

77 :
>>76
サルデーニャ島を事実上支配ししていた連中(giudiceと呼ばれた)の中には、
神聖ローマ皇帝から「サルデーニャ王」の称号をもらったものがいたから。
ttp://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835209&tid=bdwc0ada4nbcg8a2bcta4ca4fa4ia4sa4jbfma4aca4a4a4dea49a1a9&sid=1835209&mid=291
サルディニアのエレオノーラ・ダルボレア

78 :
1241年夏にオーストリアのノイシュタット城に帝国・シチリア連合軍率い後詰めして
モンゴル軍を撃退したフリードリヒ2世の庶子エンツォがサルディニア王の称号もらってるね
実質支配してたかどうかは疑わしい
フリードリヒ2世の他の息子
コンラートはエルサレム王
フリードリヒはアンティオキア候
だが、どちらも実質支配はしていない

79 :
ttp://www.japanconsulting.it/domudesayaka/cultura_storia5.htm
サルデーニャ島の歴史 - ジュディカート時代
ここを読むと、当時はピサとジェノヴァの支配下にあったようだな。

80 :
>>75
専用スレか趣味板でやれ

81 :
>>26
戦争上等で男の戦死が常にありえるから女王蜂が必要なんじゃないの?

82 :
しかし
最盛期のスレイマン大帝時代のオスマンの大軍からよくちっぽけなマルタを守りきったもんだ

83 :
ちっぽけと言ったって、強化されたスペイン王国の最前線なんだから

84 :
あの時代のスペインは、やっぱキリスト教世界を守らねばという使命感に
燃えていたのか?

85 :
>>84
そりゃ、そういう使命感は当然あったでしょ。レコンキスタ後のスペインは、
それなりに宗教的熱意高かったと思うし。異端審問やアメリカ征服など。
まぁ、宗教的熱意だけが理由って訳ではないだろうけどさ。

86 :
>>84
カトリック世界な、異端は異教徒と同じく敵

87 :
でも1536年以降、フランスはオスマン帝国と同盟を結んでいて、オスマン艦隊は
トゥーロンに停泊していた。
カトリック世界といっても決して一枚岩ではなかった罠。

88 :
フランスもチェリニョーラ、ガリリャーノ、パヴィアとスペインに対し惨敗続き
オスマンもウィーンが征服限界点だと露呈してしまったし

89 :
スペインは反乱を起こしたドイツのプロテスタント諸侯を何度も鎮圧してるからな
最後はごっそりぶち殺して決着つけたけど

90 :
ドイツの対新教徒の場合はスペインというより皇帝という立場だ
対ネーデルラント新教徒となるとスペインの立場だからややっこしい

91 :
ブルゴーニュは新教徒というより野心家が反乱起こす名目に宗教掲げただけだろ

92 :
反乱起こしたいだけなら別に宗教掲げる必要なんかないけどな

93 :
鎮圧されてもいいならそうかもな

94 :
ていうかこいつ独立革命の経過知ってんのか?
はじめっから独立望んでたわけじゃないし、結果的にそうなっただけなんだが
なんか刺激的なこと言って俺かっこいいと思ってんのかね

95 :
そっちこそ経緯知らないだろ
低地諸国の領主連中が分離独立を画策してたのを結果的にとか意味が解らない

96 :
分離独立を画策する前から宗教改革は進んでいたんだが

97 :
それに初期の頃は自治権の拡大と宗教の自由を求めただけだろ
鎮圧されないために宗教を掲げるってもの変な論理だわ

98 :
そもそもネーデルラントでカルヴァン派民衆と連動して反乱の指揮をとったのは、
既得権を守るためにフェリペ2世の目指す中央集権化に抵抗した大貴族層であって、
彼らのプロテスタント支持も、往々にして民衆の支持を得るための便法にすぎなかった。
本来はまったく異なる基盤と利害を持つ大貴族とカルヴァン派民衆を反スペインの
共同戦線に駆り立てたのは、反乱鎮圧のためにフェリペ2世が派遣したアルバ公が、
無理矢理導入を図った「10分の1税」だった。

99 :
そういう傾向があったのはわかってるが何の反論にもなってないな
貴族層でもカール5世の時代に改宗して迫害されてるのも既にいたし
91の文意だと反乱起こしてからプロテスタントになったみたいに読めるぞ

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