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何故神は存在するのか?


1 :2010/09/18 〜 最終レス :2013/10/21
考えてみようね。
存在証明はここから始まる。

2 :
結論から申し上げれば神など存在しません
この事実を受け入れることから全ての<思惟>は始まります
<思惟>を放棄してはいけません

3 :
別スレでやってくれ。

4 :
報われない人間はどれだけ努力しても報われることはない
後を絶たない自殺者の運命も全部神が決めた。
神がRば戦争や犯罪はなくなりこの世の生物はみんな幸せになれる。

5 :
この世の原因が神。原因が無いならこの世は存在しない。
何も無いところから、何も生まれない。それだけのこと。
つまり最初に無限の存在があったということになる。
それが形を変えたものが、今の世界。
最初に宇宙創造の種となりえるものが、存在するから、
そこから宇宙ができたんだよ。
例えば、絶対にこんなことは無いが、何も無いところから奇跡wで
ゴミが1つ自然発生したところで、太陽や宇宙になるか。
そういう自然発生説という馬鹿なオカルトを信じてる科学馬鹿が、
まだいるということ。
創造力で霊が物質化しこの世になった。以上。
ただ、神を認識できてない人間、愛を知らない人間は、
別に無いこととして生きても問題はない。
むしろ、神を認識できないのに神を信じることができる人間は、
よほど頭がいい。凡人は認識できたときに認めればいいのでは。
存在しないといっている人間は認識ができていないだけなのだという
こと。理屈だけで神を議論する時代は終わってる。
いまは悟って認識をする時代。

6 :
俺は犯罪に手を染めることはできない。だから、いつも神の逆鱗にふれる。
ホントに疲れる

7 :
>>6
お前はよっぽど神が嫌いなんだなw
神も迷惑だろうよwww

8 :
神か・・・

9 :
料理の材料は人工的には作れない
食べ物はぜんぶ神から生まれてきてる

10 :
神=悪魔

11 :
人間の体はいろいろな器官がある。
例えば頭と肛門だ。
頭はなぜ肛門があるかなんて正確に理解していない。
肛門はなぜ頭の言うことを聞かねばならないかなんて
少しも理解していない。
人類にはいろいろな組織がある。
たとえば神と人間だ。
神はなぜ人類があるかなんて正確に理解していない。
人類はなぜ神の言うことを聞かねばならないかなんて
少しも理解していない。

12 :
               ―天上にいる悪の霊に対する戦い―(エペソ)
―悪魔の征服者〜みずから彼岸に渡りおわり〜あなたは善悪の両者に汚されません―(ブッダのことば)
―へびは女に言った〜神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです―(創世記)
  
―全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている―(ヨハネの第一)
―世間は妄執によって導かれる〜妄執という一つのものに、一切のものが従属した―(神々との対話)
―悪魔〜それらはわたしに任されていて、だれでも好きな人にあげてよいのですから―
 
        ―不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や這うものの像に似せたのである―
神は―からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に、『抜け出して海に植われ』と言ったとしても、その言葉どお
りになるであろう― 神通力の領域   偶像で思い描けない神

13 :
―聖霊に満ちて〜荒野〜そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた―(ルカ)
―今からは妻のある者はないもののように、泣く者は泣かないもののように、世と交渉のある者は、それに深入りしない
ようにすべきである〜この世の有様は過ぎ去るからである。わたしはあなたがたが、思い煩わないようにしていてほしい
―コリント)
―或るものを、ああだろう、こだろう、と考えても〜過ぎ去るものは虚妄なるものであるから―(ブッダのことば) 
―あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない―(ヤコブ)
―世の中は泡沫のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ〜この身は泡沫のごとしと見よ。この身はかげろうの
ごとしと身よ―(感興のことば)
  肉体世界の人を悪魔が支配し、神を絶対知れないようにしてしまった。自己と世の中から遠ざかり離れる修養・
  教えに従おうとする人のみ、身体を得ながら、神を知ることに近づくようにされた。
神を知れる時は、山をも動かす力・神通力の領域に達し、人の思考も及ばず、意識も存在せず、見ることも、偶像を描く
こともない。肉の思いは悪魔により得、身体の思いを完全に捨て去った全くの清浄な状態とならないと、神を知れること
はない。悪しき者から得たものを捨て去れない人間にとって、いないと思ってしまうことも正常なのである。

14 :
―人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安―(ピリピ)
―究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して―(ブッダのことば)
たとえ話でしかわからない神(いつ行ったか?)
 ―わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し〜主よ、いつ、わたし
 たちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ―(マタイ)
 ―貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、乞う人々に施しとして―(神々との対話)
 ―足ることを知り〜母が己が独り子を命を賭けても護るように〜上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき
 慈しみを行うべし〜この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ―(ブッダのことば)
 ―ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである―(テモテ)―敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにし
 ないで貸してやれ〜いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神が慈
 悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ―(ルカ)
  欲望の執着から離れて、世の中と自己とに思い煩うことなく聡明な心で、善悪を意識的(それで神への信仰あり)
  と思うことなく、他人を自分の意のまま・考えのままとせず、他人を尊重したり、人々の命を大切に思う心、困
  難や苦難を取り除いてあげようとする心で知れるとされた=地で何でもできる神とともに在る状態。
人々のことより富・物質的な豊かさ・執着、欲しいままの肉欲に従い、他人に害を与えても困らせても苦しめても平気
なら、地で何でもできる神から遠ざかる。

15 :
神の存在理由は、聖職者の食い扶持。

16 :
>>15
原始時代はどうなんんあんだよ、

17 :
我々が在る無いを思える根本原因は神に頼るしか無いから存在する。
根本原因なしに盲信するのは狂信者だ。

18 :
神様(人格神)
 神をして、自分たちが物質的な喜びのために、道徳的な教えを説いてはいけない。物質的な喜びと悪しき者(妄執)
 はひとつである。善は悪を憎み、正しい者は正しくない者と争い、愛情は憎しみを伴うことになる。悪しき者がその
 ようにさせる。
  神様は、地上のものに心を引かれ、肉の欲・目の欲・持ち物の誇りを喜びながら、善いことを思慮する者に、敵
  敵・怒りを抱いていらっしゃる。(人格神は存在していた)
仲保者・信仰対象
 ―色かたちと、感受作用と、表象作用と、識別作用と、形成されたものと、わたしはこれではない〜わたしに属する
 ものではない―(悪魔との対話)
 ―悪しき者にうち勝ったからである〜世と世にあるものとを、愛してはいけない〜肉の欲、目の欲、持ち物の誇りは、
 父から出たものではなく〜彼らはわたしたちに属する者ではなかったので―(ヨハネの第一)
  世は神の怒りの地。肉の欲・目の欲・持ち物の誇りを求める人々を神は呪い、何ひとつ善いことをさせるつもり
  ではない。神にとって、人間は悪魔の子(罪人)となったのである。
            神様、「朽ちる者どもよ、お前たちはそのまま呪われよ」
 
  神の愛のうちにない人々、世と自己とに執着し、「わたしはこれではない」ものに囚われている人々は、朽ちる。

19 :
―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を〜そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた―(ルカ)
―あすのことを思いわずらうな〜一日の苦労は、その日一日だけで十分である―
―ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらう
な―(マタイ)
―森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが〜未来のことにあくせくすることもなく、た
だ現在のことだけで暮らしている―(神々との対話)
―善を喜び〜すなわち『わたしは何を食べようか』『わたしはどこで食べようか』『昨夜はわたしは眠りづらかった』
『今夜はわたしはどこで寝ようか』〜四つの憂いに導く思慮を抑制せよ―(ブッダのことば)
 朽ちる者がいくら神を信じても救いはないと、神様が語りにこられた。そこでイエスは聖霊に満ち、神が創造され
 た大自然で神の義を示し、人々が肉の欲・目の欲・持ち物の誇りの悪しき者に勝つように信仰させた。
 釈尊も修行者とともに、荒野で修行をし、人々がそれらの行為を尊敬し、妄執により導かれた世間に勝つ信仰をさ
 せた。
 ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気持ちもよく起き上がった―(ブッダのことば)
 神が創造された大自然 「森や林の静かな場所で心が安らぐこと」「よく晴れた空は美しい」「朝陽は美しい」
  人の心にそれらがあるのは、神と永遠の命につながるものが宿っているからである。
  世と世にあるものとに勝つことにより、神への信仰となる。

20 :
―善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである―(コリント)
―悪い行いをした人々は地獄におもむき、善いことをした人々は善いところ=天に生まれるであろう―(感興のことば)
 いつ行ったか?無意識に行う善い行為。
―この世でもの惜しみし、吝嗇で、乞う者を罵り退け、他人が与えようとするのを妨げる人々、かれらは、地獄〜生ま
れる―(神々との対話)
―ある金持ちがいた〜毎日ぜいたくに遊び暮らしていた〜ラザロという貧しい人が〜金持ちの玄関の前にすわり、その
食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた―(ルカ)
 世と自己とに思い煩うことなく、いつも聡明な心で、他人の命の大切さ、自分を忘れてでも苦難に遭っている人を
 助けようとする心、自己に囚われない完全な愛が、この世で神と永遠の命とにつながる心。
 偶像を描いても、その偶像を抱く自己そのものが悪しき者(妄執)によってできたものであり、世と自己とに思い
 煩わない心は、この世で神を知っている。肉の行為をする人は、やはり肉であり、この世で何でもできる神の霊・
 神通力世界のものとともにない。
世と自己の貪欲を創造したのが、滅びの神(悪魔)。天にある神を愛し、天にあるもののようにしないと、悪しき者の
子として朽ちる。

21 :
神が居ることで 責任転嫁できる。

22 :
神は確かに存在する。
 
精神を病んだ者のみの脳内や心に存在するのである。

23 :
阿含宗桐山教祖の逮捕歴
昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署
十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署
二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課
二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪


24 :
鳩山氏は「菅さんは 何がしたいのか 分からない!?」と言っていた*
KAI、大和&征矢は「河野は 何がしたいのか 分からない!?」
と言っていた☆
だげと、モコは モコが 何がしたいのか 分からないんだヨ!?*
どんなことがあっても ゼッタイに勝利せよ! つまりは、常勝だ!☆
性犯罪被害者のアンチモコ派には 負けたくないし、負けてない!!☆
アンチモコ派には ゼッタイ、死んでも 負けませんよ!*
モコ派を支持してくださる皆様!
いつも ほんとうに いつも ありがとうございます!☆
イケメンチンポは 飢えた女どもの共有財産!*
バリケード封鎖して イケメンチンポを守れ!☆
モコは ケツの穴にアナルビーズを入れ始めた *  *
どんなに たくさんのアナルビーズを入れても モコは耐えた   *
これには アンチモコ派も 驚いた  *   *    *
これからも モコとともに 夢を見ながら 汗かき べそかき くそ出し 歩こうよ☆
モコがウンコをつけた あとにゃ きれいな花が咲くでしょう*
しあわせの扉は モコの肛門のように せまいんだヨ☆
だから しゃがんで クソ出しながら 通るのね*
モコはイケメンチンポをにぎってる!*
モコが死んで 喜ぶヤツらに モコのイケメンチンポを手渡すな!☆
モコは 最近はAV1本では食べていけず 一般企業でも働いていたのヨ*
でも中卒でプロレスヲタクの人間なんて まともな会社じゃ雇ってくれないよな*
モコには かなり ストレスが たまっていたのヨ☆
わざわざ一番くさいチンポを選んでナメるモコ*
モコには 選択肢は もう残っていない☆
モコの未来は 暗く どんよりとしている*
モコも もう これで終わりです*
AVに出ちゃったら もう 終わりなんです☆
モコは秋葉原にも もう行けません*
秋葉原のヲタクたちは 処女性を求めているんです☆
こんな 賞味期限の過ぎたオバさんAVアイドルのモコは ダメなんです*
モコは AVに出ちゃったから 結婚も もう できないかもしれませんね…☆

25 :
アンチモコ派は まさにダメ人間の集まり!☆(*)((ο))
愚乱浪花さんは 仲間のレスラーが「若槻千夏とアナルセックスした」
という根も葉もないデマが流れて かなり心を痛めていたようだ☆
ヤワラちゃんは 柔道とSEXしか ヤッたことが無い*
それなのに 国会議員になってしまった!☆(*)((υ))
モコは 修道院でRーしか ヤッたことが無い*
そんなモコだからこそ 国会議員になる値打ちがあるんだヨ!☆
こういうこと書くとすぐに (*)((ο))
「モコは 淫乱で 生活能力の無い 愚かな熟女なんだな」
と レッテル貼りをしてくるヤツが 現れる*
しかし レッテル貼りをするという行為が いちばん危険なんだヨ! ☆
レッテル貼りをしてしまったならば、 (*)((Φ))
その時点で 真実は見えなくなってしまう! *
でも モコは 誤解を恐れずに 書き続ける! ☆
こういうモコを見て みんなは (*)((ο))
「モコは バカだ!」と思っているんだろう*(*)((ξ))
どうせ バカだと思っているんだろう☆  でも、ヤるんだヨ!!*
今からでも 遅くはない!* ポスターも すべて 刷り変えろ!☆
今なら まだ 間に合う!* (*)((ο))
モコが会員のころ周囲は「会館のあるの地域に住むべきだ」と言った☆
するとモコのヤツが何と言ったか… (*)((ξ))
「そんな下町なんかに住めるか! モコは六本木を動かないぞ!」*
と怒鳴りつけたというんだ(*)何様のつもりよ! (*)((ο))
その下町の会員の激務のお陰で、出世できたんじゃないの!*
そんな下劣、卑劣なやつだから「学歴詐称」なんか、平気でできるんだ☆
悪党は必ず化けの皮が剥がれる (*)((ξ))
いくら悪事をひた隠しにしても、いつかは必ず表に出るものだ *
"欺瞞は、いつまでも続かない。ウソが逆効果になるような時が必ずくる"
ドイツの女性哲学者ハンナ アーレントが喝破した通りだ☆
フランス の詩人 演劇家 アントナン アルトーも みごとに喝破している!*
アイルトン セナだって もののみごとに喝破しているじゃないかッ!☆

26 :
基本、観察者だからな、神は…。
アドバイスは、マメにしてくれるらしいけれど、人にもよるなw

27 :
神が居たとしても人間に興味など持たないだろう

28 :
内なる神はいるよw

29 :
人間を観察して、自らも体験するためさw

30 :
原因なんていらんのとちゃう?

31 :
存在するのが神

32 :
存在させるのが糖質

33 :
>>1
イエスを間違って解釈している者たちを、救うためだよw

34 :
全知全能は否定される。

35 :
>34
???

36 :
創価はヤクザ後藤組を行使した。しかも本山を攻撃するのに右翼まで使った
これのどこが平和的かつ正義なのでしょうか。最近では創価公明のポスターに
「人にやさしく環境に優しく」などという標語を使っていたが、こういうのを偽善という
のです。
決してやってはならない宗教は
@ 創価学会
A エホバ
B 日本キリスト教団 です。これはしかるべき伝統スジから手に入れた
情報です
これらの宗教をやると人生のどこかがオカシクなり始めます。なんなら
みなさんも見学しにゆきますか?面白い光景をお目にかけます
創価との関係を元後藤組組長が暴路、後藤忠政「憚りながら」
創価学会に雇われ、殺人事件も起こしている。
墓苑事業では、反対住民の自宅にブルドーザーで突っ込み、
日本刀で片腕を切り落とした。
又、創価にはヤクザ右翼学会員が多いのをご存知ですか?聖教を読んでるせいか
素行の悪い学会員が多いのは偶然ですか?

37 :
おい、神とかいう奴w
オマエが作ったこの星はとんだ出来損ないだぞ
七日間やるから、いったんチャラにして一から作り直せ

・・・いや、六日間働いて七日目は休んだんだっけか?
このナマケ者!!!

38 :
『一挙手一投足に愛と深切』
人生の価値は大きな事柄ばかりにあるのではない。
それは、日常生活の瑣細(ささい)な行為の中に─小さないたわりや、
思いやりのある微笑や、深切(しんせつ)なそこはかとなき行為にもある。
大きなことを考えている時には忘れられているような瑣細なことの中に、
その人の真の姿があらわれる。
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊様有難うございます
守護神様有難うございます
天皇陛下有難うございます
ー白光真教会ー

39 :
『毎朝が新生である、過去はすでに過ぎ去ったのである』
われ新しき天と地を迎う。今よりのち一切の悩み、悲しみ、
失望、落胆ことごとくなき、新天地にわれ生まれたるなり。
暗黒は空の彼方に消え去り、新しき光、五彩の虹を放って
今この新天地を照らすのである。われは一切の過去を
放ち去ってこの新天地に立ち、この新天地に呼吸するのである。
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊様有難うございます
守護神様有難うございます
天皇陛下有難うございます
ー青春の家ー

40 :
いないものをいると言い張る馬鹿は何故存在するか

41 :
朝鮮高利貸しの手先である神は今日も取り立てで忙しい

42 :
日本人の人口を削減するのは神と朝鮮ヤクザの共同作業だから。

43 :
神が先だろw

44 :
『愛を行い、愛を与える人は、グングン伸びる』
自分がそれによって得をしようという意識を持たない「与える愛」は
実にすばらしい。伸びようと思わなくても、愛するいのちは
いくらでも伸びて行く。こうして人々は、どんな外見や地位の人々でも、
その人のやった愛行の努力や精進の行(ぎょう)に
従って「伸びて行く」のである。
ー世界人類が平和でありますようにー

45 :
単なる妄想だから。

46 :
神は、その種の人の棒内にお住まいの妄想です。

47 :
         脳内

48 :
>>1
科学で説明できないから

49 :
かみのいし
めにみえないのがかみ
かみをしんじること かみをためしてはならない

50 :
>>49
>かみをしんじること かみをためしてはならない
信じなければ存在できないような情けない存在なのか
試されるくらいでボロが出るような存在だからか

51 :
何故神(創造主)が存在するのか、ではなく
神(創造主)がいらっしゃるから我々人間が存在出来る。

52 :
どうやら宇宙に創造主なんてダサイものは必要ないらしい。
必要も無いのにいるいる詐欺の宗教はよくない。

53 :
うんことどっこいしょ

54 :
神が最初からいるのが自然と考える。つまりそれが自然なんだな。

55 :
神が全知全能の絶対的存在だとか、イエスが真実の神の子だなんていうのは、
真実の信仰心を持つ上で、基本的にどうでもいい戯言である。
人は自らの心の理想的あり方として神の存在を思い描き、それに真摯に額づく時、
謙譲の徳を自らの身に備わせ、それゆえに他者に心ごと尽くすという神仏の本願に適った
生き方をもすることが出来る。
そうすることを自身心から望むのなら、神の有る無しはただ己の中の心にのみおいて、
自分一人で神を信じる道に進めば良いだけのことである。
それをあたかも柿の木にぶら下がった柿の実のごとくに、手にとって食えないなら
価値が無いと云わんばかりに、世間に向かって神の実在などを声高にあげつらう者は、
ただ己の心に真摯な信仰が無い証拠でしかない。
不信心であるがゆえに、お前ら馬鹿共は、神が全知全能だとか、絶対的存在だとか、
唯一の救い主だとか、そういうどうでも良いことを延々と妄想するばかりで、
何一つ肝心な自身の心や身の置き方を処する事ができないのだ。
神が実際に有ろうが無かろうが、それをあたかも有ると信じて額づくなら、それだけの
効用は信じた者自身にあろう。なればこそ、他人に神のありがたさを説く手間暇で、
まず自分の心と身の有様を持ってそれを証せよ!それが真の信仰心というものである。
まったく道理を弁えぬ本末転倒の神様信心ほど、人の性根を腐らせる悪しきものはない。
お前らの信心は根本で誤っているので、何万年世間に向かって神の実在を説こうが、
肝心のお前ら自身の魂はカス同然のままである事は疑いない。

56 :
>>1
まず、神が先に存在した。
そして人間を創造した。
人間が、神がなぜ存在するのかと疑問を持った。

順番が逆だぞw

57 :
>>56
神が存在した証拠も、神が人間を作った証拠もない
証拠のない主張は妄想と呼ばれる

58 :
>>57
神が人間を造らなかったという証拠もない。
お前の主張は妄想だぞ。

59 :
>>58
悪魔の証明
しばしば無神論を否定する方法として用いられる詭弁
この方法での反論は自分がバカであることをひけらかすことになる
以下参考
http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-744.html

60 :
多分最初からシステムみたいなものがあった。それが神だと思う。

61 :
いると思えばいる
いないと思えばいない

62 :
つまり気のせい

63 :
神の栄光と存在をほめたたえるために人間がいる
が、羊の群れの中に狼も交じっていることも否めない

64 :
何故と言うなら、気の変な人間が思いついたから。

65 :
悪魔の照明は、認めたくないときに逃げるには、ちょうど良さそうだな。

66 :
http://www.youtube.com/watch?v=7h0PzPk-Lzo&feature=related


67 :
悪魔の証明は、論理的可能性がある場合にのみ有効ではあるまイカ。
例えば、生まれ変わりや唯一神などという明らかに非論理的迷信については、
世界に存在しない事の確認は無理だが、
そもそも因果律を無視した感情論の作り出した妄想など検証する価値も無いと思わなイカ?(笑)

げーそ〜♪ヽ(^。^)ノ祝二期♪

68 :
承狂まともなこと言うなあ

69 :
まぁ、スピ系に「悪魔の照明」を持ってくる香具師の気がシレネェーw

70 :
世の中なんてデタラメで出来てるんじゃないのか?デタラメが有るんじゃないのか?

71 :
神が何故その時期に宇宙を創ったのか分からん。もっと早く出来ててもいいのに。

72 :
デタラメで出来てるんだったら話が分かりやすい。

73 :
世の中は理不尽だが、宇宙や自然や粒子レベルではとても理路整然としている訳だよ。
つまり、人類社会にこの理不尽たらしめる何らかの要因があるって事だぁな。
(^。^)さて、キリスト教というカルトについてだが♪後略♪

74 :
>宇宙や自然や粒子レベルではとても理路整然としている
そのレベルでは、全知はほぼ完全に否定される。

75 :
>>74
ひょっとして、量子の不確定性のことを言っているのか?
全知全能にはそんなのは無意味だ。

76 :
宇宙には仕組みがある。
全知全能はその仕組みに合わない。
独り全知全能があっても宇宙とはかかわれない。
かかわれるなら、宇宙が全知全能と同じ仕組みを持つことになる。

77 :
そもそも、全知全能な存在は完結した一つの系たる訳であり、
完結した系が他の系と関わる事はない。
従って、この世界には全知全能は存在しない。
(^。^)証明終了♪

78 :
>>77
神は全である場合、我々も神の一部である。完結している。

79 :
>78
意味不明。(笑)
我々は様々な複雑系の中で生きるモノだ。
従って、我々は「神」の一部ではない。
また、共同幻想としての「神」だとしても、
我々の一部でこそあれ、「神」の一部たりえない。
(^。^)バカかね?キミは。(笑)

80 :
>>79
人間の見るという認識で、そのものが分離していると思うのも無理ない。
理解してはもらえないだろうが、全ては一つであって一つではない。
根っ子ではつながっている。
他人を殴ることは、自分を殴っているのです。
仏教でいう因があって縁があるというのも、そういうことです。

81 :
>80
「神」はもういいのかね?(笑)
ようやく、分化した様々な系が混在する世界というイメージが理解出来たのかね?(笑)

82 :
>>81
神は全てである、今は理解出来ないだろうが、いつか気付く。

83 :
「いずれ正しい事が解る。」
とか、
「君達には知覚出来ないが、我々は知覚出来る。」
(^。^)こ〜ゆ〜安っぽいセリフって宗教詐欺師とかが、よく言うよね〜♪(笑)

84 :
>>83
全ての人は知覚出来るようになる。
その為には、まず自分を知ることから始まる。

85 :
>84
全てが決定してる訳ですか?(笑)
なら、何故、ここでそんな妄想を垂れ流す必要があるのかね?
全てが決定してるなら、キミの行為は無意味、いや、その妄想を補完するという点で背信行為ですらあるのだが?(笑)

86 :
キリスト教というのは、既に破綻した宗教だが、
如何せん、信徒数が多い為に消滅まではまだ至らん。
(^。^)ホンに困った話だ。

87 :
>>85
決定しているとは、何がどう決定しているのですか?

88 :
>87
つ>84

89 :
―山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしたちは無に等しい―(コリント)
―この山にむかって「ここからあそこに移れ」と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう―(マタイ)
 ―あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない―(ヤコブ)
神に信仰ありと認められる存在
 ―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて〜そのあいだ何も食べず―(ルカ)
 ―地は青草と、種をもつ草と〜天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け―(創世記)
  ―わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである―(テモテ)
  ―あなたがたが悪しき者にうち勝ったからである。世と世にあるものとを、愛してはいけない〜すべて世にあるもの〜肉の欲、目の欲、持ち物の誇りは、父から出たものではなく、世から出たものである―(ヨハネ第一)
  世から出たものは父から出たものではない―あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい〜あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい〜何事も思い煩ってはいけない〜あなたがたの求めるところを神に申し上げ
  るがよい〜人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを―(ピリピ)
 偶像礼拝を捨て、聖霊に満ちた心で、神が創造されたのは大自然であると知り、健康的な心で何事も思い煩うことがないなら、肉の欲、目の欲、持ち物の誇りもなく何事も思い煩うことなく喜んでいる見えざる神に近い。
 そのような心で既に叶えられたと感謝し、くどくどと祈り求めることをせず、天にあるもの地にあるものを一つになるよう祈れ。

90 :
―見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかもしれない―(創世記)
 ―もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に、「抜け出して海に植われ」と言ったとしても、その言葉どおりになるであろう〜わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません―(ルカ)
 私たち人間は誰でも神に信仰できると自任できない存在となった。
□平和
 地上のことよりも、敵意・憎しみ・怒り・怨み・自分たちの意向や思考を正しい(身体)としないで、相手の意向や思考を尊重してあげる(寛容)により、平和という益が得られる。
□誠実に働く
 富や自分の欲得(身体)の思いに従うよりも、誠実に働くことに世間全体の益がある。しかし、物質もない清浄な世界に反して、過労・過労死はすべきでない。人々の益のために誠実に働くのであって、清浄な世界に
 反して、貪欲過ぎ地球環境破壊を何も問題ないとするなら、人々に益はない。
■富に仕える
 富への貪り・過労 ―世の興亡盛衰をさとって、良心あり―(神々との対話)―富んでいる者も、その一生の旅なかばで没落するであろう―(ヤコブ)
 過労や苦労して人々に仕えている人々よりも、富や派手な生活をまるで善のように思っていら、バブル景気の崩壊があった。

91 :
□愚劣な人が富を得て
 ―愚劣な人が富を得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない―(神々との対話)
 貧しい人々に分かち与えよという言葉に反して、富を得た者が使用せず、他人にも与えないなら、世間に苦難や困難をもたらす。慈しみのこころづかいよりも、我が物という執着(身体)により、不景気の原因となる。
■富に仕える
 経済の拡大に努力しても多額の借金。格差是正などの問題も発生。
□富よりも
 自然災害よりも、衣食住のない人々に衣食住を、困っている人々を助けようとすることで、国の秩序が保たれる。多くを失っても、失望や盗み・暴動などせず、耐え忍んでいる人々によっても、救われている。
 また人々の平安と安穏と安楽な暮らしよりも、五感への刺激・物質的な物の貪りを追及するものに仕えると、かえって多くの苦しみ(不幸)を生み出した。
 常に衣食住があれば足り、何事も思い煩うことなく暮らし、自分の生命のことに囚われず、神が創造された大自然を楽しんで暮らすことができない多くの人々も、身体の思うがままの肉欲に従わず、自制したり、人々をあ
 われんで世の困難や苦難を取り除こうと思い行動するなら、あなたがたは地上で幸福が得られるであろう。身体の思うがままの肉欲に従い、その思いで他人や世を制しようとするなら、人間は自由は得られず、困難や苦難が
 多い地上となるだろう。衣食があれば足り何事も思い煩わないで暮らそうとしない罪人は、もはや主よ、主よ、神よ、神よと言う権利はなく、戒めの言葉に従うこと以外、宗教の意味は無いと思いなさい。
 自分の命を愛する多くの人々、人間であることの幸せを思う人々にとって、もはや神頼みは一切できず、愛や寛容、慈悲やあわれみ、謙遜、自制などの心に従う以外、この世に益はないものとしてしまわれた。偶像礼拝・くど
 くどと祈ること、供え物をすること、誓うことなど宗教的行い全ては、人類に益をもたらさないと明確にされた。

92 :
>>88
言い直します。
全ての人は自分を知ることに努力し、自分を知りきることにより、神の実在を認識できます。

93 :
自分を知ることは主観から抜けきれず、偏りを起こしがちであり、妄想にとらわれる危険もあります。
そこで私は、対偶命題としての世界について知ろうと思い、物理学、宇宙論、科学基礎論に向かったの
でした。

94 :

仏教では如実知自心を説き、自灯明法灯明と説くが、
それで「唯一神」などという妄想に陥った者は居ない。
従って、>92は妄想である。

95 :
>>93
科学を探求しきっても、悟ることはできないでしょう。
なぜなら我々は一人一人であると共に、神の一部であるかです。
自分を知ること以外ありません。

96 :
>>94
ヒマラヤ聖者の生活探求等読んでみて下さい、ブッダにおいても記載されております。
より分かりやすいのは、解脱の真理です。

97 :
>96
伝聞しか無いくせに、えらく断定的な奴だな。


98 :
□世界の生起―止滅
 ―意識もそなえ心もあるこの一尋の身体に即して〜世界の生起と、世界の止滅〜世界を知れる人、聡明な人、清らかな行いを修めた人は、世界の終極に至る人となろう―(神々との対話)
□唯一の神=清浄な存在を知れる時は、意識も思考も意向も心も全く無い
 ―あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない―(ヤコブ)―世と交渉のある者は、それに深入りしないようにすべきである。なぜなら、この世の有様は過ぎ去るからである〜思い煩わないように
 していてほしい―(コリント)
 ―世の中は泡沫のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ〜身体は泡沫のごとしと見よ。身体はかげろうのごとしと見よ―(感興のことば)
□人間は朽ち、清浄な状態を知れない
 ―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を四十日のあいだ―断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな〜あすのことを思いわずらうな〜一日の苦労は、その日一日だけで十分である―(マタイ)
 ―森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが、その顔色は明朗〜未来のことにあくせくすることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている―(神々との対話)
 ―彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである―(ローマ)
             ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった〜煩悩の汚れのなくなった―(ブッダのことば)

99 :
□終わりの聖霊(清浄)
 ―貪りと憎しみにとりつかれた人々が、この真理をさとることは容易ではない〜この世は滅びる―(悪魔との対話)
 ―山に逃げよ〜その日には、この患難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう〜その時は、だれも知らない。天にいる御使たちも、また子も知らない―
 (マルコ)
 ―そこでは月も照らさず、太陽も輝かない。聖者はその境地についての自己の沈黙をみずから知るがままに、かたちからも、かたち無きものからも、一切の苦しみから全く解脱する―(感興のことば)
 神仏への信仰深さは、身体と世の中の消滅、何事も思い煩わない心の状態であり、
 ―悪魔の征服者です〜みずから彼岸に渡りおわり〜あなたは善悪の両者に汚されません―(ブッダのことば)
 ―へびは女に言った〜神のように善悪を知る者となることを―(創世記)
  森や林の中で静けさを楽しみ、わずかな食物で喜び解脱すれば、―山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい―(コリント)解脱して神通力が唯一の神であるとわかる。

100 :
宇宙も科学も全てたちまち消え行く霧にすぎない人間の状態があって知れるが、
 平安の境地(人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安)は神通力・山を移すほどの状態であり、この世のもの全てが、―この平安の境地に達して〜一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ
 ―(ブッダのことば)慈しみのこころづかいにより治めないと、人々は不幸を生み出し、安穏・安楽な暮らしから遠ざかる。
  そのために宗教の教えがある。
 この世での信仰深さは、『今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった、何事も思い煩わない健康的な精神』で、宗教を批判しても、世と自己とに思い煩わないで、「美しく晴れた朝は気持ち
 がよい」というような心の人々を批判してはならない。人間の意向や思考、五欲の対象の貪りのため、物質的なもののため、どのような人々も不幸にしたり、安穏・安楽な暮らしを害ってはいけない。その法を守らせるために、
 宗教の教えがある。

101 :
上記の如く、キリスト教と仏教を同レベルで曲解する連中が宗教板にも多いが、
まず、幸福の科学などのカルト信者と見て間違いないだろう。
もちろん、単なる厨二の可能性もあるが、
いずれにしてもマトモな神経では無い。
高校レベルの知識があれば、仏教とキリスト教の違いは明白であり、
小学校レベルの知能があれば、宗教の二股などしないからだ。(笑)

102 :
>>101
キリストも、ブッダも同じことを悟ったが弟子たちが今日のキリスト、仏教を作りあげた。
悟っていない者は、自我が在る為、どうしても、教えにその人のフィルターがかかり、違うものとなる。

103 :
もちろん>>101のように、自己はたちまち消え行く霧にすぎないを悟れることなく、神通力の領域を知らず―山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしたちは無に等しい―(コリント)
 ―われらは一物をも所有していない。大いに楽しく生きて行こう。光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう―(真理のことば)
 ―多くの神〜があるようではあるが、わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する―(コリント)
 ―彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである―(ローマ)
 >>101のように人格ある存在(光り輝く神々)から獣・畜生のような人間には、釈尊・イエスの教えは絶対わからないと知られているが、当時の人間と同様、今も獣・畜生と同等の人間は、獣・畜生と同等として扱い、畜生のようだ
 と無視しておれと強く望まれるが、人々が信仰しようとするなら、理法に適した行いを学ぶべきだと強く望まれている。
神仏に信仰深い者・信仰深いと自任できる時
 ―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を四十日のあいだ―断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな〜あすのことを思いわずらうな〜一日の苦労は、その日一日だけで十分である―(マタイ)
 ―森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが、その顔色は明朗〜未来のことにあくせくすることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている―(神々との対話)
  身体を得る前の状態から、これは決められている―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった〜煩悩の汚れのなくなった―何事も思い煩わない状態を現そうとされたが、人間の姿をしながら、
  獣・畜生のような者どもがそれを受け入れなかった。
  

104 :
>102
え?キミは悟ったの?(笑)
悟ったなら、ネットで遊んでないでリアルで色々やる事あるんじゃない?(笑)
それから、ブッダと預言者は意味が全く違うからね?(笑)
(^。^)カルト信者は、カルト内だけで寝言言いましょうね?(笑)

105 :
□修業をつめば、みなその師のようになろう
 ―究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して〜一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ〜母が己が独り子を命を賭けても護るように〜上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを
 行うべし〜この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ―(ブッダのことば)
 ―あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ〜いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ〜
 修業をつめば、その師のようになろう〜わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言葉を行わないのか―(ルカ)
 ―この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者は、自分の身をよくととのえて、自分の主となり得る―(感興のことば)
 ― 一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、罪過は存在しない。かれに過失(道から外れること)は存在しない―(神々との対話)
 ―「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である」「わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない」とはどういう意味か、学んできなさい―(マタイ)
 ―神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである〜信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それにより律法を確立するのである―(ローマ)
  釈尊は修行完成者として、慈悲・あわれみをこの世では修業完成者=崇高と説き、―言語表現だけのものであるとして、仮にそのような表現をしてもよいのである―(神々との対話)
  あわれみとはどういうことか学ばせ、信仰対象となり、かえってそれにより法を確立しようとしたイエス。

106 :
自己というものは、たちまち消え行く霧(この身は泡沫のごとく)で、獣のような人間にはそれがわからず、―天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さる―
(マタイ)獣のような人間に負けず、ひとりでも多くの人に法をわかってほしいということだ。
第一.神仏を信仰できると言える状態
   聖霊に満ち荒野・森に住み心静まり―ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである―(テモテ)―足ることを知り、わずかの食物で暮らし―(ブッダのことば)大自然で、何事も思い煩わない心の状態を常としている
第二.自立した人間が天を築くであろう(信仰できない愚かな人間=神を信じれば罪人が法に従う)
   ―法にしたがって生き、恥を知り、真実を語り、自分のなすべきことを行う人を、世人は好ましいと見なす。他人に愛される人は、また自分のためにもよいことをするのである〜他人を訓戒せよ〜悪人と善人とは、死後には
   異なったところにおもむく。悪人は地獄におもむき、善人は天上に生まれる―(感興のことば)
   ―善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならない―(コリント)―自分自身を憎んだ者は、いまだかって、ひとりもいない〜この奥義は大きい〜主の薫陶と訓戒とによって―(エペソ)

107 :
悪しき者の宗教は一部となり、―律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである―(ローマ)を預言
 ■かれらは希望し、称讃し〜献供する〜供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない 
 ■いっさい誓ってはならない―(マタイ)― 一切の戒律や誓いをも捨て、世間の罪過あり或いは罪過なきこの宗教的行為をも捨て(ブッダのことば)
 ■葬儀などやるな―(ブッダ最後の旅)―死人を葬ることは、死人に任せておくがよい(マタイ)
 ■多くの呪文をやたらにつぶやいていても〜内心は汚物に汚れ―(悪魔との対話)見えのために長い祈りをする。彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう(ルカ)
 ■献供をささげる〜梵天の召し上がる食物ではないのです―(悪魔との対話)―偶像は何かほんとうにあるものなのか〜人々の供える物は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである(コリント)
 ■無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも〜有益なことばを一つ聞く(感興のことば)
 ■悪魔は、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる〜尊師は〜悪しき者よ(ブッダのことば)
 ■この世またはかの世におけるいかなるかたちでも〜これらはすべて悪魔ナムチの褒め称えるところである(神々との対話)
 ■いまから七日の後に、あなたの頭は七つに裂けてしまえ。偽り(詐偽)をもうけたそのバラモンは、呪詛の作法をして、恐ろしいことを告げた(ブッダのことば)
   無知無明、悪魔ナムチの宗教的行為・宗教的行事が世の中を汚してしまうと、―世間は無明によって覆われている〜苦悩が世間の大きな恐怖である、とわたしは説く―(ブッダのことば)

108 :
聖霊に満ちて荒野・森に住み心静まり
 ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった―
 ―あなたがたが悪しき者にうち勝ったからである〜肉の欲、目の欲、持ち物の誇りは、父から出たものではなく、世から出たものである〜わたしたちに属する者ではなかった―(ヨハネの第一)
 ―色かたちと、感受作用と、表象作用と、識別作用と、形成されたものと〜わたしに属するものではない―(神々との対話)
  諸々の欲望に関する貪りから離れ、何事も思い煩わない心の状態をよしとすることを宗教的態度、神が創造された大自然を楽しんだり、美しい太陽を見て健やかな心であったり、そういったことが信仰深い者の行うこと、
  宗教で世の中で人々に愛されるような行いは善いこと、その奨励、慈しみのこころづかいに反し、人々を悩ましたり苦しめたりすることは悪いこと、それらをなくすことは、予定されていた。
  ―この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者は、自分の身をよくととのえて、自分の主となり得る〜徳行を達成する〜いろいろの幸せを得る〜悩みのうちにあって悩まない〜
  すべての悪い生存領域を捨て去る(悪しき心を捨て去る)〜ニルヴァーナの近くにある―(感興のことば)
    不死に至り、神通力(山を移す力)に至り、在家信者がその教え主を信じて善い行いを学ぶか、修業をして自分の身をよくととのえて、自分の主となる違い。
     人間の行いにより不幸をもたらさず、幸福となる法だけが在る(神よ、神よと言える人はいないが、神は意識しないままに在る)

109 :
―山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい―(コリント)―もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に、「抜け出して海に植われ」と言ったとしても、その言葉どおりになる
であろう―(ルカ)―「主よ、主よ」と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが―(マタイ)
―何ものかを信ずることなく、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知り―(真理のことば)―そのように汝もまた信仰を捨て去れ〜動揺することのない境地に、わたくしは確かにおもむくでしょう―(ブッダのことば)
  神を信仰できる肉体を保つ人間は、絶対いない。真実を語る。
□悟り
 ―この世は虚妄の束縛を受けていて〜愚者らは煩悩に束縛されていて〜無が有であるかのごとくに見られている。真理を見る人には何ものも存在しない―(感興のことば)
 無になってしまえば、神通力の境地の領域に達し、山を移すほどの強い信仰のものとなる。自己と世の中は遠ざかり離れる。一切が思い煩いのないこと、悩み苦しみのないことが清浄領域と知る。それが信仰なのである。
□悟りの悟り(この世では)
 ―究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して〜上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし〜この世では、この状態を崇高な境地―(ブッダのことば)
 ―あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ〜あなたがたの父なる神が慈悲深いように〜修業をつめば、みなその師のようになろう―(ルカ)

110 :
慈悲深い神(偶像)は存在しないが、自己や世の中のことの囚われず、敵意・怨み・憎しみ・怒りなど無ければ平和が得られる。
―そなたのために仕事をしてくれる人々がいるのではない―(悪魔との対話)―あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた―(テサロニケ)
 誠実に働こうとせず富だけを欲し、人々に負担をかけても平気な人。そういった人々に仕えていると、世の中にも悩み苦しみが多くなる。
―愚劣な人が富を得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない。健康な人・智慧のある人は、富を得たならば、自ら用い、またなすべきことをなす―(神々との対話)
―ことばと心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで〜富んだ家に住んでいるなら、まことあり、柔和で、よく分かち与え、温かい心でいるならば―(神々との対話)
―貧しい人々に分け与えるようになるために、自分の手で正当な働きをしなさい。悪い言葉をいっさい、あなたがたの口から出してはいけない―(エペソ)
 富を得ても、自ら用いることなく、他人にも与えず不景気の原因となる。人々は非我なる経済(富)に仕えるよう努力しても衰退を招き(莫大な借金)、人々の思い煩いのないよう仕えていれば、神通力の領域に近づいたまま、
 莫大な借金を生み出すことはなかっただろう。使える人々が使わず、あれば使いたいという人々もいて、富は用いることにより、不景気の原因を取り除く。

111 :
―園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、かれらの功徳は、昼夜に常に増大する―(神々との対話)
―信仰心あり、学び修めた賢明な人は〜食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ〜貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、乞う人々に施しとして与えよ―(神々との対話)
―わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し〜正しい者たちは答えて言うであろう、「主よ、いつ、わたしたちは―(マタイ)
 慈悲深い神(偶像)が存在するのではなく、莫大な借金があっても、衣食住のない人々に衣食住を、生ける人々の安穏・安楽な暮らしは何よりも大事なことだ、自然災害で多くを失っても耐え忍んで生きている人々により救われ
 る。宗教があっても、それにより暴動や争いにより世の中を暗闇にし悲劇をもたらす場合だってある。
―他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったこととだけを見よ―(真理のことば)
―兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか―(ルカ)
 清浄な領域(一切が思い煩わない)、人々が他人の思い煩いを取り除こうと努めたり、悩みや苦しみのないことに努めたり、安穏・安楽な暮らしに努めたりすれば、この世で益をもたらし、自己のため、人間がつくった物のため、
 貪欲な暮らしのために努力し、人々の安穏・安楽な暮らしを害えば不幸をもたらす。偶像なるものは実際は世に存在するものではなく、宗教はこの世では慈悲、あわれみ、愛、寛容、自制などにより益をもたらすよう教えるだけな
 のである。そして身体が無くなった後、思考も意識も心さえ無になり、何ものも存在しなくなる。無に等しい状態になる。この世の有様は過ぎ去り、虚妄となる。

112 :
科学と数学は、人間だけでなく、一般的知性の間で共有できる概念だと思う。

113 :
>>112
そうかもしれないが、スレ違いだ。

114 :
>112
ところが、キリスト教徒を始めとするカルト信者は科学や論理的思考を平気で否定する。

115 :
従って、キリスト教系などの言う人格を伴う第一原因としての神は妄想であると言えよう。
即ち、論理的思考の阻害要因として、妄想たる神は存在する。

116 :
聖書に書いてあるから神は実在します(笑)

117 :
スイーツ。(笑)

118 :
>>114
普通というのは難しいが、普通に考えておかしいことを主張している宗教は本物ではない。
なぜなら、日常生活の延長線上に悟りのヒントがあるからだ。

119 :
>118
普通って事の定義は確かに難しいですね。
(^。^;)ってくらいしか返し様が無いな。(笑)

120 :
日常の延長でものを考えても理解の限界がある。
ある意味、宗教は日常性延長し過ぎた結果、奇怪な妄想世界に突入したものとも言えるのではないか?

121 :
因みに俺は一応仏教徒。
普通?に神々は居ると思ってる。

122 :
神々の方か

123 :
―上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである―(コロサイ)
―多くの神〜があるようではあるが、わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである、万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する―(コリント)
―われらは一物をも所有していないが、大いに楽しく生きて行こう。光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう―(悪魔との対話)
 そういった存在から独立して生存状態になったのである。
□苦しいから信じる
 唯一つの自己に克ち、無所有でも喜んでいる聖者を信じる。自然災害に遭い、暴動や盗みなどをせず耐えている人々は立派。
□健康的に信じる
 ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった〜煩悩の汚れのなくなった覚った人にわれらは見えたからである―(ブッダのことば) 
 ―人のいない林は楽しい〜かれらは快楽を求めないからである―(真理のことば)―夜には出て行ってオリブという山で夜をすごしておられた―イエスは聖霊に満ちて〜荒野―(ルカ)―世と交渉のある者は、それに深入りしな
 いようにすべきである〜この世の有様は過ぎ去るからである〜思い煩わないようにしていてほしい―(コリント)
  
  信仰対象物などを真剣に信じて、「あなたも信じて下さい」と言う人間よりも、日頃から何事も思い煩わないよう気をつけて、「美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちもよく起き上がった」という人々のほうが
  健康的だ。飲んだり食ったり、快楽を求めて暮らしている人々よりも、大自然などで楽しんでいる人々のほうが健康的だと人々は知っている。

124 :
―愚者らは煩悩に束縛されていて〜かれらには無が有であるかのごとくに見られている。真理を見る人には何ものも存在しない。人々は自我観念にたより、また他人という観念にとらわれている。このことわりを或る人々は知らない。
実にかれらはそれを身に刺さった矢であるとは見なさない。ところがこれを、人々が執着しこだわっている矢であるとあらかじめ見た人は、「われが為す」という観念に害されることもないし、「他人が為す」という観念に害される
こともない〜奉仕を楽しむために〜一つの極端説〜二つの極端説を知って〜それで思い上がることはない  
―思うべき限度を越えて思いあがることなく〜奉仕であれば奉仕をし、また教える者であれば教え〜寄付するものは惜しみなく寄付し、指導するものは熱心に指導し、慈善をする者は快く慈善をすべきである―(ローマ)
□衣食住のない人々に衣食住をと思って行動する人々を誤っていないと見なす
 ―園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、かれらの功徳は、昼夜に常に増大する―(神々との対話)
 ―信仰心あり、学び修めた賢明な人は〜食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ〜貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、乞う人々に施しとして与えよ―(神々との対話)
 ―わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し〜正しい者たちは答えて言うであろう、「主よ、いつ、わたしたちは―(マタイ)
 富やその他人々の貪りの拡大に仕えようとしていた人々も、自然災害などで人々の安穏・安楽な暮らしのほうが大事だとわかった。無意識に「私が為す・他人が為す」という観念に害されることなく、困っている人々を助けるのは
 問題なしと多くの人々が思った。

125 :
長文意味不明

126 :
□人々の非我なる欲に仕えるより上にあるもののように、一切の生けるものの幸福と安穏・安楽に仕えることは神通力の領域に通じ、益をもたらす
 ―愚劣な人が富を得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない。健康な人・智慧のある人は、富を得たならば、自ら用い、またなすべきことをなす―(神々との対話)
 ―ことばと心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで〜富んだ家に住んでいるなら、まことあり、柔和で、よく分かち与え、温かい心でいるならば―(神々との対話)
 ―すべて悪しきことをなさず、善いことを行い〜これが仏の教えである。わかち与える人には功徳が増大する―(感興のことば)
 ―貧しい人々に分け与えるようになるために、自分の手で正当な働きをしなさい。悪い言葉をいっさい、あなたがたの口から出してはいけない―(エペソ)
 富がある人が使わず、働いても貧しい人々がいて使えないなら、景気回復を願っていても何でもできる領域に通じない。
 非我なる富の拡大・物の拡大を願っていても、それらにあくせく仕えても、上にあった時のもののように、平安の境地、一切の生きとし生ける者の幸福と安穏・安楽な暮らしに仕えることをしないと、
 ― 一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、罪過は存在しない。かれに過失(道から外れること)は存在しない―(神々との対話)
 ―世の興亡盛衰をさとって、良き心あり―(神々との対話)
  宗教は、物や金の拡大(貪り)に仕えるより、生ける者の幸福と安穏・安楽な暮らしに仕えさせることを指導する役割。神頼みなどできないから、教えがある。慈しみのこころづかいがこの世では崇高。
      物や金のためにあくせくし苦しんでいるばかりでなく、―富を得ると、自分〜父母〜妻子を楽しませ〜他人にも与え― 物質界に生まれた人々にとって、愚劣な人々ではない。

127 :
【人間が勝手に宗教をつくってはいけないと決められている】
慈悲・あわれみ・愛など他者への配慮ある行動をよしとして受け入れることができるなら、健康的な精神であり医者(宗教)はいらない。律法を持たない異邦人=すべての人々は、その良心により行動すれば宗教はいらない。
 ―他人に従属することはすべて苦しみである。自分が思うがままになし得る主であることはすべて楽しみである―(感興のことば)
 ―健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである―(ルカ)
 ―律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も
 共にあかしをして―(ローマ)
 ―この世では自己そこ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者は自分の身をよくととのえて、自分の主となり得る―(感興のことば)
 ―永いあいだ修養したので、よくととのえられている。わたくしはいかなる悪をも存在しない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ―(ブッダのことば)
 人間がその思想・考えで誰も支配してはいけない。宗教をつくり洗脳支配してはいけない。物質界に生まれた人々が、無意識に困っている人々・苦しんでいる人々を、自分の欲得な生き方を忘れて助けるように、人間の思考・意向
 で他人を支配したり、危害を加えたり、富や物質的なものにあくせくさせて、人々を苦しめないようにするために宗教はあるのだということ。人は他人を尊重し、自分の欲得のために他人を害さないなら、自由を保障されている。

128 :
思慮って、年中こんなつまらんこと考えているの?

129 :

何故神は存在するのか?
お前らが妄想下から。

130 :
何もない所からは何も生まれないと言いつつ無限の存在を仮定する
それなら初めから世界の存在を仮定すれば良いのに

131 :
信仰すると神が現れると思うのですが神は何の為に現れるんでしょうか?

132 :
世界があると仮定すると、
あまりにも煩雑である。
また、人間の世界認識も
刻一刻と移ろいやすい
また、普通の認識力がある人なら
人みずからも、認識能力の
脆弱性を自認しているからな
こういう世界認識への対策として
神にすがるしか無いんだよ

133 :
―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を四十日のあいだ―断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな〜あすのことを思いわずらうな〜一日の苦労は、その日一日だけで十分である―(マタイ)
―森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが、その顔色は明朗〜未来のことにあくせくすることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている―(神々との対話)
  唯一の神=解脱=彼岸=神の国を見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる=山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい=神通力の領域
信仰は世界の現象、この世でも人々を互いに尊重することで益をもたらす。法は生まれる以前の状態では知っている。
 ―そなたのために仕事をしてくれる人々がいるのではない―(悪魔との対話)―あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた―(テサロニケ)
 ―園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、かれらの功徳は、昼夜に常に増大する―(神々との対話)
 ―信仰心あり、学び修めた賢明な人は〜食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ〜貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、乞う人々に施しとして与えよ―(神々との対話)
 ―わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し〜正しい者たちは答えて言うであろう、「主よ、いつ、わたしたちは―(マタイ)

134 :
―愚劣な人が富を得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない。健康な人・智慧のある人は、富を得たならば、自ら用い、またなすべきことをなす―(神々との対話)
 ―ことばと心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで〜富んだ家に住んでいるなら、まことあり、柔和で、よく分かち与え、温かい心でいるならば―(神々との対話)
 ―すべて悪しきことをなさず、善いことを行い〜これが仏の教えである。わかち与える人には功徳が増大する―(感興のことば)
 ―貧しい人々に分け与えるようになるために、自分の手で正当な働きをしなさい。悪い言葉をいっさい、あなたがたの口から出してはいけない―(エペソ)
 物質界に生まれて、人々の幸福のため、安穏・安楽な暮らしのため努めようと心得て生まれてくる存在が人間。互いに他人の意思や意向を尊重する存在が、物質界でも衣食住のない人々に衣食住をといって働き、困り苦しんでい
 る人々を助け、他人が幸福だと思うことに誠実に仕え、楽しんだり、そのための過労は悪だと心から知る。物質的な喜びの貪りのために、人々の安穏・安楽な暮らしを害うことは悪だと心から知る。富んだ人が貧しい人々に分け
 与え、物質的な喜びを得られるようにする・・・山を移すほどの力・神通力ある状態から、この世で益をもたらそうと人間の状態になった。

135 :
【宗教は法に従わない者を正す役割】
自分の意向・思考や富・物質的な喜びのために、他人を害したり、困らしても平気な人々を正し更生させるためだけにある。
 ―他人に従属することはすべて苦しみである。自分が思うがままになし得る主であることはすべて楽しみである―(感興のことば)
 ―健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである―(ルカ)これは上の状態からの決まりであって、御利益などで釣って、人々を汚し
 てはいけない。世の汚れ(悪魔ナムチの軍隊=仏教)である。
□宗教に益を求めて信仰したい人々
聖霊に満ち荒野、森に住み心静まり、部屋の中でも衣食があれば足り、世の中と自己との思い煩いを捨て去ろうと熱心に努めていること。離欲を達成しようと熱心になることを常として、何事も思い煩わないよう努めること。
諸行無常・一切皆苦・諸法非我を常としている存在なのである。常としないといけないから、肉体がある以上誰もからし種一粒ほどの信仰はなく(信仰だけで救われる人は誰もいない)
 ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった― 
 ―人のいない林は楽しい〜かれらは快楽を求めないからである―夜には出て行ってオリブという山で夜をすごしておられた―イエスは聖霊に満ちて〜荒野
 常とできない多くの人々も、快楽を求めず森や林で楽しんだり、美しく晴れた朝は素晴らしいなど清々しい心を喜び、何事も思い煩わないよう気をつけていないといけない。
 
 これは上の存在からのメッセージなのである。上の存在からのメッセージを告げているだけなのである。

136 :
思慮なんてやめて、妄想と名乗れば?

137 :
>132
世界の複雑さに対して、先人たちは神話という御伽噺で対峙したと思います。
神々というのは、シャーマンが感得したものであり、何かが居ると感じ、祈祷や降霊という行為を恐らく全ての民族が行ってきた。
これを単なる共同幻想と断定する事は、人類の理性を軽視する事ではなかろうか?

138 :
―あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない―(ヤコブ)
―この身は泡沫のごとくであると知り、かげろうのようなはかない本性のものである―(真理のことば)
■かれらは希望し、称讃し〜献供する〜供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない 
 ■いっさい誓ってはならない―(マタイ)― 一切の戒律や誓いをも捨て、世間の罪過あり或いは罪過なきこの宗教的行為をも捨て(ブッダのことば)
 ■葬儀などやるな―(ブッダ最後の旅)―死人を葬ることは、死人に任せておくがよい(マタイ)
 ■多くの呪文をやたらにつぶやいていても〜内心は汚物に汚れ―(悪魔との対話)見えのために長い祈りをする。彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう(ルカ)
 ■献供をささげる〜梵天の召し上がる食物ではないのです―(悪魔との対話)―偶像は何かほんとうにあるものなのか〜人々の供える物は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである(コリント)
 ■無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも〜有益なことばを一つ聞く(感興のことば)
 ■悪魔は、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる〜尊師は〜悪しき者よ(ブッダのことば)
 ■この世またはかの世におけるいかなるかたちでも〜これらはすべて悪魔ナムチの褒め称えるところである(神々との対話)
 ■いまから七日の後に、あなたの頭は七つに裂けてしまえ。偽り(詐偽)をもうけたそのバラモンは、呪詛の作法をして、恐ろしいことを告げた(ブッダのことば)
  人間の身体も思いも全て消え去る。宗教的行為も全て消え去る。
  無知無明、悪魔ナムチの宗教的行為・宗教的行事が世の中を汚してしまうと、―世間は無明によって覆われている〜苦悩が世間の大きな恐怖である、とわたしは説く―(ブッダのことば)

139 :
―イエスは聖霊に満ちて〜荒野を―(ルカ)―森に住み、心静まり、清浄な行者たちは〜未来のことにあくせくすることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている―(神々との対話)
―あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい〜何事も思い煩ってはいけない―(ピリピ)―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった〜煩悩の汚れのなくなった覚った人にわれ
 らは見えたからである―(ブッダのことば)
 ―上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない―(コロサイ)
 ―多くの神〜があるようではあるが、わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである、万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する―(コリント)
 ―われらは一物をも所有していないが、大いに楽しく生きて行こう。光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう―(悪魔との対話)
 宗教の御利益は無い。宗教に益を求める人々は、地上のものに心を引かれず雑務少なく、衣食があれば足り、何事も思い煩わないように努めること・・・信じようとする者に対しての命令である。

140 :
宗教は法に従わない人間を正す役割であり、私利私欲(世間の人々が苦悩を感じているのにそれを無視)を行い、他人に対する配慮のない者を正すだけの役割
 ―法にしたがって生き、恥を知り、真実を語り、自分のなすべきことを行う人を、世人は好ましいと見なす。他人に愛される人は、また自分のためにもよいことをするのである。この世では人々にほめたたえられ、死後
 には天上に生まれる。他人を訓戒せよ、教えさとせ―(感興のことば)
 ―自分よりもさらに愛しいものをどこにも見出さなかった。そのように、他人にとってもそれぞれの自己がいとしいのである―(感興のことば)
 ―自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ―(マタイ)
人間が他者への配慮ある行動により、世の中もよくなる。しかし、神などの他者への信仰は、朽ちる人間の思いで救われる人々は誰もいない。
  宗教的行事・行為は何もなく
  ―今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気もちよく起き上がった― 
  ―人のいない林は楽しい〜かれらは快楽を求めないからである―夜には出て行ってオリブという山で夜をすごしておられた―イエスは聖霊に満ちて〜荒野
   常とできない多くの人々も、快楽を求めず森や林で楽しんだり、美しく晴れた朝は素晴らしいなど清々しい心を喜び、何事も思い煩わないよう気をつけよといメッセージである。
    人間は神頼みなどできないのである。

141 :
神はいない。
いないものの声を聞いたなら基地外か嘘つき。

142 :
>>141
何故全世界で未だに確定されていない問題を言いきれる?
詳しく。

143 :
神の存在に必然性は無く、神が存在する証拠も無い。

144 :
>>143
>神の存在に必然性は無く、神が存在する証拠も無い。
それはどういうことかというと、神が存在すると思うことが、合理的なのか非合理的なのか判断する材料がないという意味です。判断する材料がないのに、どうして妄想と決めつけることができましょう。

145 :
非合理だし邪魔だよ。
ベル不等式は破れたのだ。

146 :
合理か非合理かというと、合理的だろうな、
何でもありなんで、説明の付かない事象にたいして、どうとでもなる。

147 :
人間存在の上位に何かしら超越的存在ないしその意思を感覚する、そういうことは
無神論者でもありえる事だと感じる。尤も、感覚する、自分がそう感じ想う事と、
そういう超越的存在ないし意志が実体を持つ、あるいは実在しているということは、
決してイコールではない。
それをイコールで結びつけると、それは信仰や信条とは別の段階の話、すなわち
神我論や有神論あるいは諸々の宗教ということになる。さらにその超越的存在ないし
意志を、人格に比喩するというのは、すでに妄想の領域の話になる。
もし神が人格を持つなら、属性が人格である以上、それは神ではなく、ただ能力の
優れた人間の一種であるにすぎない。尚且つ、逆にもし人格ではない純粋なる神の
意志なるものを人間において理解し得るなら、蟻もまた人の意思を理解できよう。
もし蟻が人の意思を理解できるなら、蟻には人格が宿っているといえるが、ここで
人間が神の意志を理解できるとするなら、蟻にも神の意志を理解できるはずである。
ならば聖職者諸君、汝らは蟻に向かってこそ聖書やコーランを読み聞かせるべきである。
僕にはそれは完全にキチガイの所作にしか見えないが、たぶん正しい神の意志を
人間に伝えると約束する君たちの宗教においては、そうする事こそが正当なのであろう。
おそらく、人間が生きていく上で心の中に何らかの超越的存在を想い描くこと、
それ自体は私たちの遺伝的文化情報的なプログラムにあることは確かなのだと想う。
実際、それはいくつもの有用性がある。心の中で超越者を畏れ敬うことは、自分にも
社会にも内なる秩序をもたらす原因となっている。超越者の存在を想定することで、
人生という枠組みの彼方を見据え、絶望の苦しみや死の恐怖を和らげることができる。
しかして、これらはあくまでも、生きる上での方便としての有用性であるにすぎない。
この世界で人が生きていく上でこそ、神を想い描く意味もまたある。だから神という
存在の前提には、世間と自身の存在こそが常に先立つ。
もし世間なく、自身もいなければ、誰も神を想い描くことはない。(想い描く人がいない)
超越者などいてもいなくても、誰も問題にしない。(問題にする人がいない)

148 :
しかし宗教はそこを問答無用に倒錯してしまう。
まず神ありき。次に神が人を創りにけり。さらに人が世間を作れり。
この論理においては、神は人と世間の存在に一切依拠していないということになる。
だから人と世間が無くても、神は特権的地位を持つということになるはずである。
しかし誰も居ないのに、だから世間も無いのに、そこで誰に対して何に対しての
特権的地位であると主張できるのだろう?つまり人がいない、世間が存在しない、
その時点で神は超越者ではなくなるのである。言い換えれば、神が超越者としての
地位を持つためには、彼は常に人と世間の存在に依拠する以外ないのである。
それを客観的に俯瞰すれば、神と人と世間とは、互いに縁起しているのだと言える。
縁起しているというのは、互いを原因とし条件とし、互いに同時にしか成立できない
という意味である。だからこれらは不可分一体である、あるいは三者が無差別に
平等であるといえる。すなわち神なる超越者は、その本質において煩悩に満ちた人間、
汚穢にまみれた世俗世間と、完全に無差別であり平等であると結論される。
であれば、超越であるはずの神にはそれ固有の実体はない。もし神にそれ自身
固有の実体があるなら、それは人間の煩悩、世間の汚穢と正しく一致するという
ことになり、つまり神はすなわち煩悩であり汚穢そのものであるということになる。
逆にもし神にそれ自身固有の実体がなにもないのであれば、人間の煩悩、
世間の汚穢にもまた実体はないという事になる。ゆえに神も人も世間もその本性は
ことごとく清浄であるということが結論される。

149 :
まとめれば、神を超越者であり尚且つ実体を持つと主張することは、神も人も世間も
全ては煩悩と汚穢こそが本性である主張することに等しい。それゆえ、神を実体ある
超越者であると主張する宗教の教えこそが、人間と世間を腐らせ滅びに導く根源的な
原因であると判断できる。事実、神の実在を主張する神我論を掲げる多くの宗教、
特に一神教の教えは、それが広まるほどに人と世間を悪しく染めていく。
しかしゾロアスターを始めとしてイエス、モハメッドに至るまで、このような教えを
説いてきた当の宗教者たちは、例外なくその知性と精神性があまりにも低く劣っており、
それが為にそのような自身の過ちを自覚することは殆ど無かった。
いわんや、さらに劣るその弟子たちの系譜においておや。
ここで僕が、神に実体なしと認めることこそが、神を正しく信じるということなのであり、
そこからのみ神を真に超越者の地位に戻し、その存在のもとに人が煩悩を克服し、
世間の汚穢を祓い去る道が開かれるのだと説いた所で、どれだけの人間も理解できまい。
本当に数千年この方、選ばれた系譜の者たち以外、人間というのはあまりにも
進歩がないものだと感じる。特に宗教者どもの罪はあまりにも重い。彼らこそゲヘナに
投じられるに相応しい、真の意味での罪人である。彼らは決して救われない。
とりあえずは、ここで説かれたことを理解できるものは幸いである。
聞く縁のなかったものは、それまでであるから、どうでもよろしい。

150 :
親鸞の言葉を一神教に展開したの?

151 :
早く全知全能唯一神になりたい。

152 :
謎だw

153 :
>>38-39>>44
偽善宗教ありがとう教信者はR。生長の家だけは絶対に許さん。
感謝を冒涜する邪教は消え失せろ。

154 :
神は万物の創造主であり、その正体は無です。
万物は無から陰陽に別れ存在しています。
宇宙の総和は無です。であるからして天国があれば地獄もできるのです。
人生とは楽あり苦あり、それで+−0となり無となるのです。
信じる者は救われる〜。ちーん。

155 :
阿含宗桐山教祖の逮捕歴
昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署
十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署
二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課
二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪

156 :
人間を造った後、暇だったから…。

157 :
「既に自分は幸福である」この言葉を繰り返し唱えよ。
毎日それを繰り返し重ねて行くことによって、
その人は現実生活においても本当に幸福になる。
呟くことを止めよ。自己の不幸を口にすることを止めよ。
今ある運命を喜んで受けよ。運命も、それを賞(ほ)め讃える者には
幸福をもたらす味方となるであろう。
世界人類が平和でありますように
May Peace Prevail on Earth

158 :
迷惑

159 :
モー娘。中国ファンのスレ(日本語版)

160 :
ズバリ、神とは諸悪の根源である! 

161 :
神はてめぇの目的の為に蛾と蜘蛛を殺しましたとさ

162 :
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R 
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R 
創価R 
創価R
創価R
創価R
創価R
創価R

163 :
今月中に民主党が潔く下野し、選挙で自民党政権となりますように…

164 :
神の存在に理由を求めた途端、それは神ではなくなる。キリスト教の意味での神だけどね。

165 :
>>164
それはキリスト教に限らんだろ
近代以降になって人間中心主義(人間の幸せが絶対の価値)っていう
ヒューマニズムができてから
どこの宗教も
「うちの教えは民主的です、人権を守ってます」って言い出したわけで
本当はそんな訳あったらむしろおかしいわけだけど

166 :
なぜそこに石があるのか?

167 :
なぜ炭素があるのか?

168 :
アメリカのイラク攻撃の動機は石油=前FRB議長、回顧録で暴露し政府を慌てさせる
07年9月17日配信 時事通信
片手に聖書、片手に銃で今世紀も侵略行為を続けてます

169 :
晒しあげ

170 :
阿含宗桐山教祖の逮捕歴
昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署
十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署
二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課
二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪

171 :
もう飽きたよ、これ。

172 :2013/10/21
【署名のお願い】
カリフォルニアで韓国人が慰安婦を教科書に載せようと運動をして­­おり、疑問に思った現地の方々が署名運動をして下さっています­。­皆さまもご協力をお願いします。
慰安婦の多くは個人的な契約でした。頻繁に変わる女性の証言はフ­­゚ロパガンダの為に作られたものです。文書から国や軍が­強­制したと示すものはなく、米軍のレポートからも
判る通り性­奴隷­は事実無根です。米国の歴史教科書に嘘の情報を載せるべき­ではあ­りません。
【氏名・メアドを記入、国名を選択して"Sign the petition!"をクリックすれば完了】
//petitions.moveon.org/sign/co­­mfort-women-fabrication.fb28?­s­ource=s.icn.fb&r_by=8546588
(↑リンク先が切れている場合は"MoveOn Petitions - Comfort Women Fabrication"でググって下さい。すぐに見つかります­)
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