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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart72【創作】


1 :2012/02/26 〜 最終レス :2013/02/10
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。
元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?
◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇
SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。
過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。
前スレ
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1310539725/
まとめサイト(バレ氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ(ゴート氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss

2 :
永遠の扉 (スターダスト氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/eien/001/1.htm(前サイト保管分)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/552.html
上・ロンギヌスの槍 中・チルノのパーフェクトさいきょー教室
下・〈Lost chronicle〉未来のイヴの消失 (ハシ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/561.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1020.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1057.html
天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 〜惑いて来たれ、遊情の宴〜 (サマサ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1110.html
上・ダイの大冒険AFTER 中・Hell's angel 下・邪神に魅入られて (ガモン氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/902.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1008.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1065.html
カイカイ (名無し氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1071.html 
AnotherAttraction BC (NB氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/aabc/1-1.htm (前サイト保管分)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/104.html (現サイト連載中分)

3 :
即死防止
番外編 「毒島華花、音楽隊を引率する」
〜戦士と音楽隊が合流する少し前〜
「そもパピヨンどのとヴィクトリアどのの馴れ初めをば紐解けば、前者が後者の胸をば貫く惨憺劇! にも関わらず憎から
ず従いまするはなにゆえなのでありましょう!?
「母上、何の話を」
 忍び装束の少年が怪訝な顔をした。その横で美丈夫が薄く笑った。
「かつて不肖たちの敗戦直後、パピヨンどのは述べました!」
 シルクハットが揺れ、タキシードの肩にかかったおさげがぴょこりと跳ねた。
『ヴィクターの娘を探している』 探す、その意味すなわち必要求めている! それをヴィクトリアどのは秋水どの桜花どのか
らの伝聞で聴いたコトでありましょう」
「フ。もっとも奴らは「でも近づくな」という意味でいったのだろうが……」
「しかしいやはや決して聞けぬ理由アリ、なのです」
「恋……ですか?」
 金髪の影で少女が頬を染めた。
『というよりだ!! 彼女の、いや、彼女の母親の悲願を叶えるにはパピヨンとの連携が必要不可欠!!』
 甲高くしかもボリューム過大な声が雑踏を貫いた。
「まー、あたしらがもりもりと一緒にいるのと似たようなかんじ? ついてけばなんとかなる、そう思ったかも知れんじゃん」
「そう! それなのであります! そして悲願成就のため歩み寄りたい方がです、何とヴィクトリアどの自身を必要としている!
そう聞き及びますれば近づきたくなるのは正に必定!」
「過去の行きがかりに拘らぬのは、まぁ、秋水たちとの触れ合いで成長したせいかな」
 この一団にすれ違う人々は必ずといっていいほど「ほう」と目を止めた。それもその筈だ。1人を除いては美男美女ばかり。
 一団の最後尾にいる長身の男性は髪こそ金色だが、往年の時代劇映画から飛び出て来たような雰囲気がある。
 そんな彼の横で先ほどからまくし立てているタキシード姿の少女はひどく明るい。活弁士顔負けの獅子吼に友人との雑談
を遮られた者はちょっと文句言いたげに彼女を見るが、明るい双眸やほんのりした笑顔についつい許してしまう。
 女子高生ウケがいいのはタキシード姿の少女にピタリと寄り添う少年だ。年の頃はまだ10歳という所か。まだ残暑が尾を
引く街を厚ぼったい黒装束で腕組みしつつ不愉快そうに歩いているが、菓子を貰うととたんにはにかむ。
 一団の中腹で時々後ろを振り返り、少年に熱っぽい視線を送っているのは赤い三つ編みの少女だ。バンダナを巻き裸足
でのそのそ、虚ろな瞳で歩いている。
 その前で歌っているのはラフな格好の少女で、白いタンクトップは今にもはち切れんばかりに膨らんでいる。デニムショー
トパンツから覗く脚もまるで女豹のようなしなやかさと肉付きだ。
 そんな彼女はカツアゲや信号無視を見るたび「ダメでしょうがぁ!」と突っ込んでいくが、すると決まってどこからか大声が
響く。甲高いその声は少年の物で、熱を帯びてはいるがどこか空回っている。
 はてな。大声を耳にした者は首を捻る。周囲を見回すが特に該当人物はいない。実は少女の後頭部から大声が響き、髪
の間にはレモンのような大きな瞳が覗いているのだが、流石にそれは分からない。
 そして。
「ああ、駄目です。静かにして下さい。火渡様からはあまり注目されないようにって命令がですね……」
 一団の中でもっとも衆人の注視を浴びているのは、先頭。
(なんだアレ)
(男? 女?)
(ちっちぇ)
(というか)
 先頭の人物を見た人間は、驚きと共に必ずこう思った。
(ガスマスク脱げよ)
 と。
 まったく性別も年齢も国籍も分からない人物だった。
 小柄な体に不釣り合いな大きなガスマスクを被り、一団が何かするたびくぐもった叫びをあげている。
 声たるやまるでプライバシー保護の加工音声だ。野太くてまったくいかがわしい。
 まったく一団の美男美女っぷりとは別次元の意味で目立つ存在だった。

4 :
 毒島華花。錬金の戦士である。かつては再殺部隊の一員として斗貴子、剛太、そして武藤カズキを追う立場にいた
 そういう経歴の持ち主が銀成市に来たのには理由がある。
「オイ毒島。例の音楽隊の引率、てめェがやれ」
「成程。一時的にとはいえ、彼らを信じるという訳──きゃん!!」
 毒島が頭を押さえたのは、灰皿が直撃したせいである。ガラス製のそれはひどく重く、頑丈なガスマスク越しにもかなりの
痛みが広がった。
「信じちゃいねェよ」
「で、でも、相手は5体。うち一体は防人戦士長たち6人と互角にやりあった鳥型です。もし本気でかかってきたらエアリアル
オペレーターでも抑え込めません。にも関わらず私1人でいいっていう事は、彼らが大人しく従うって──きゃん!」
 また灰皿が直撃し、毒島は悲痛な叫びを上げた。
 灰皿を投げた相手を見る。まったく恐ろしい形相だ。野太くも刺々しい眉の間に皺がよっている。食い縛った牙の奥でギリギリ
と奥歯が軋む音さえ聞こえ、毒島は身を竦ませた。純粋恐怖が思慮を殺した。
 火渡赤馬。毒島の直属の上司だ。
 鍛え抜かれた上半身に上着一丁という荒々しい姿、総髪を乱雑に結わえた様。
 正義の戦士というよりそれに討伐される賊軍の大将の方が相応しい。
 そんな賊軍の大将は毒島に灰皿にぶつけて多少気分を晴らしたのだろう。くわえ煙草に指を当て手近な椅子に座りこんだ。
一拍遅れて煙草の先に火が点いた。火炎同化。武装錬金特性により彼は火種要らずだ。
「勝手な推測並べてんじゃねえよ。とにかく人手不足なんだ。てめェは言われた通り1人で連中抑えこんどけばいいんだよ」
 まったく不条理な申し付けだ。とはいえ毒島も慣れた物で「はい」とだけ答えた。胸の前で両手を固める様は明らかに乙女
のそれだった。
「火渡様の期待に沿えるよう頑張ります。睡眠については心配ありません。武装錬金の特性で眠くならないガスとか気持ちよ
くなって疲れを忘れるガスとかを調合してずっとずっと起きてますから。寝ずに彼らを見張ります」
「……オイ」
 火渡はやや物言いたげに瞳を細めた。
「ところで、やっぱり無銘サン以外は核鉄没収ですか?」
「どれもこれもクソったれた武装錬金だからな。一応連中の核鉄はてめェに預けておくが……『敵』どもが現れるまでは絶対
に貸すな。いいな?」
 と火渡は言うが実際その是非はどうだろう。引率者が核鉄を持っているとくれば普通奪わぬ馬鹿はいない。まったく危なっ
かしい指図だがそこは毒島手狎れたもので迷わずハイと頷いた。彼女に言わせればこれは信頼の表明なのだ。お前なら
音楽隊連中全員カンタンに制圧できる。核鉄5つ持ったところで襲われようがない。だから、問題ない。強面の戦士長がそ
う信じているのなら毒島もそう信じるし信頼を守るべく死に物狂いで頑張れる。彼女にとって火渡は絶対者なのだ。
「そうですね。犬型……無銘サンに龕灯(がんどう)を発動させているのはこちらへの状況報告のため。4つある龕灯のうち
1つを戦団本部に置き、リアルタイムで彼らの様子を中継させる手筈ですから」
「もし中継が途絶えたならそれは奴が兵馬俑の方を発動したか、武装解除し核鉄を他の仲間に渡したか……いずれにしろ
連中をブッR理由にはなる。仮に大人しく従っていたとしても、あの老頭児(ロートル)を助け出したら必ずブッR!」
 老頭児というのは坂口照星という大戦士長だ。
 彼は収監中のムーンフェイスへ会いに行ったきり、杳として行方が掴めない。護衛の戦士が施設の周辺で無残な骸を晒
していた以上、誘拐されたのは間違いないが現時点ではまだ詳しいコトは分かっていない。火渡が追跡に差し向けた部下
たちもまったく手がかりを掴んでいないという状況だ。
 そんな時、手がかりを持って来たのがザ・ブレーメンタウンミュージシャンズという流れの共同体だ。
 誘拐事件について戦団と彼らの間にどのような協定が交わされたのかまでは毒島は聞かされていない。
 ただ。
「不機嫌そうに見えますけど、火渡様、実は今の状況を楽しんでいませんか?」
 毒島は可愛らしく首を捻った。
「調査によれば収監施設の近くにはバスターバロンの足跡があったとか。つまり、大戦士長は『武装錬金を発動した状態で』
誘拐された点…ですよね」
 椅子の上で眼光が煌いた。その凶悪さに毒島はわずかだがたじろいだ。

5 :
「あ? 何だよいきなり。何がいいたい?」
「あ、いえ。敵はバスターバロンを物ともせず大戦士長を攫える……不条理な相手です。そういう相手は条理も合理も打ち
捨てて、不条理を不条理でねじ伏せる。それが火渡様だから敢えて音楽隊(ホムンクルス)と手を組む不条理を選び、敵を
ねじ伏せようとしているのだとばかり……違っていたらすいません」
 痛む頭をペコリと下げる。火渡が怒ったのも無理はないだろう。彼は天才肌だ。人から「お前はこう思ってるだろ?」と的
外れな推測を押し付けられるのを何より嫌う。だから自分のそういう意見は失礼だし、傷つけたようで申し訳ないと毒島は
思うのだ。
「納得なんざしてねェよ」
 豪快に噛み縛った犬歯の影で煙草の潰れる音がした。
 はてな、毒島は一瞬彼が笑っているように見えたが真意ははたして。存外敵の敵にブツけ摩耗さえ手軽にR……
みたいな不条理極まる処理を目論んでいるのかも知れない。
「とにかく日本支部にゃ置かねーからな。下手に相反されても下らねェ」
 だから銀成市に送ると彼はいう。
「銀成、ですか」
 どうも最近そこへ戦力を送りすぎているきらいがある。以前──照星が誘拐されたとき──もそうだった。派遣されたの
は剛太だ。そして今度は音楽隊……。
(防人戦士長への配慮でしょうか)
 自身の手で再起不能に追い込んだかつての僚友。和解こそしていないが何か思う所があるのだろう。
(実際ムーンフェイスが脱獄した時はすぐでしたからね。戦士・剛太の派遣は)
 当時としては防人が報復されてもおかしくなかった。剛太をやったのはつまり護衛代わりだろう。
 そのくせまだ防人に謝罪の一つもしていない。
 まったく不条理で訳の分からぬ精神構造だが、毒島は火渡のそういう所が──…天才が嫌ってやまぬ不条理という奴に
敢えて同化し克服しようとしているところが──…
「なにぼーっとしてんだ。Rぞ?」
「ふぇ、あ、ああ。スイマセン」
 毒島は思わずガスマスクの両頬に手を当てた。中はほんのりと熱を帯びている。赤らんだ素肌を見られなくて良かった。
そう思うと、小さな胸の中で動悸が波打つ。
「本当ならさっさと情報絞りだすだけ絞りだしてブッ殺してェが、上層部(うえ)の方針だ。銀成に連れていけと。しかも陸路で。
ヘリは敵の襲撃がどうとかで使うなだと
「本当は年齢操作と瞬間移動で全員一度に運ぶのが最良ですけどね。連行時はそうでしたから」
「ケッ。タイミングの悪いコトに千歳のヤロウは根来ともども例の鉤爪殺しの調査中。つくづく必要な時に役立たねェ」
 鉤爪、とは戦団でも名の知れた戦士のコトだ。先日消息を絶ち、調査の結果「何者かに喰い殺された」という結論が出た。
「確か、別件とも関係あるんでしたよね。お二人が共同捜査しているのはそのせい」
「ああ。とにかく上層部(うえ)は「一瞬でも離れるな」って厳命してやがる。何しろ鉤爪のヤロウも学生寮襲撃の調査中だっ
たからな。千歳はともかく根来を単独行動させて二の轍踏ますなとよ」
「もし何かあってもヘルメスドライブを持つ戦士・千歳と一緒ならば」
 大丈夫。というコトで目下千歳は根来とコンビを組んでいる。
 しかしそのせいでザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの移動は困難を極めた。
 スタートは瀬戸内海近辺。ゴールは銀成市。銀成市は、埼玉県にある。距離は相当の物だ。
 電車。バス。徒歩。道中毒島は旗を振って彼らを引率した。難儀だったのは虚ろな目のホムンクルスで、彼女は眼を放すと
すぐ消えた。極度の方向音痴でしかもそれに対する自覚がない。だからすぐどこかへ行くし、彼女に乗って銀成へという最適
の選択肢は──1回試してみたところオーストラリア経由で北極に到着した。南極ならまだしも北極である──完膚無きま
でにブッ潰された。
 旅館に泊まれば「じゃんじゃん」うるさい少女が風呂場で泳ぐし、忍び装束の少年は伊賀へ寄れだの甲賀へ寄れだの駄々
をこねるし、シルクハット少女は路銀目当てのマジックショーを路上でする。リーダー格の金髪がいくら窘めても彼らは聞か
ない。毒島は何度も胃薬を買い、金髪の青年と分かち合った。
 そしてやっと銀成市に着いたがまだ気は抜けない。

6 :
「いいですね皆さん。目立たないよう静かにして下さい」
 引率係の印・黄色い三角旗を振る。
「フ。了解だ」
「ムムっ! 確かに戦団の方々と不肖らが締結しました条約によりますれば絶対服従静かにしますのがまったくの筋道!」
「母上! 母上! そこの店に忍者刀が売っています! 肩叩きしますから、その、買って下さい!」
「ドーナツの屋台さんも……あります……! ちょっとだけ……ちょっとだけ……お願い、します…………!!」
「だあもうッ! きゅーび! ひかりふくちょー! 静かにするじゃん! あのヘンな匂いのちっこいのが困ってるじゃん!!」
『そうだぞ二人とも!! ワガママは良くない!!』
「だから静かに! 目立つのは厳禁なんですーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 ガスマスクの煙突から白い煙が噴出した。刺激臭のそれが辺りに立ち込めるや、先頭以外の一団はバタバタと昏倒した。
「フ。流石は……ガスマスクの武装錬金・エアリアルオペレーター……」
「毒島どのが引率に選ばれたのは……気体調合の特性あらばこそ、です」
「有毒ガスで…………我ら全員……制圧可能……ゆえに」
「私達を制御可能……です。しかも…………火渡戦士長と違って……生かすもRも……自由自在……です」
「うぅ、しびれて動けんじゃん……」
『僕たちが悪かった!!』
「ぜぇ、ぜぇ。鳩尾さん以外は核鉄を持っていませんし、そもそも敵意がないから私なんかでも制圧可能です。でも!」
 もがく彼らを見下ろしながらガスマスクは拳を固めた。震えているのは怒っているようでもあり泣いているようでもあった。
「大戦士長をさらった敵がどこで見ているかわからない以上、目立つのは厳禁です! 皆さんくれぐれも目立たないようにして下さい!」
「いや、でもだなお嬢さん?」
 金髪の男が引き攣った笑みを浮かべ、ガスマスクの後ろを指差した。
「あ……」
 振り返ったガスマスクはそれきり黙りこんだ。
 雑踏を形成していた人々。それが一様に地面へ倒れこみ、苦しんでいる。
 それは一団の左右や後ろも例外ではない。一団を中心とした半径50mは死屍累々という有様だった。
 路上に多くの人々が倒れふし苦しむ様は正に地獄だった。
「フ。街中で使うのは、少々マズい」」
「なんだ! 何があった!!」
「分からない! ガス管にヒビでも入ったのか!?」
「テロだ! テロかも知れない!!」
 悲鳴と怒号があがる。100mほど向こうはもはや大混乱だ。逃げる者。彼らを押しのけて様子を見に来る者。携帯電話
片手に必死に状況説明する者もいれば、口にハンカチを当て救助作業をする者もいた。
「あああ、目立っている。目立っています火渡様ぁ……」
 拡がり始めた悲鳴と怒号にガスマスクはただただ立ちつくした。ゴーグルは心なしか涙に溺れているようだった。

 そして気を取り直し更に歩き──…

「あ……寄宿舎、です」
「さっき来たでっかい建物! ひかりふくちょー置いたじゃんさっき!!」
「フ。あれからだいぶ経っているがな」
 合流まで、もう少し。

7 :
以上ここまで。

8 :
即死防止

9 :
即死防止

10 :
即死防止

11 :
>>1=スターダストさん
スレ立て&即死回避まで、おつ華麗さまです!
いつもながら質・量ともに感服しきりですが、今回は特に本編・過去編・番外編で、
内容の方向性も思いっきり両極端に突っ走ってるのがつくづく達人技……もし余裕あらば、
完全オリジナル作品なども読んでみたいところです。
>>銀杏丸さん(お久しぶりですっっっっ!)
いたずらに神を否定し、実は悪魔がいい奴だった、とかされると今となっては陳腐な印象が
拭えませんが、神の下からの脱却・卒業という意味ならば、考えさせられるものがあります。
でも、だからと言って牙を向くのはどうか……の結果が、原作へと。大きな流れを感じます。
>>スターダストさん
・永遠の扉
あぁ……小札の声を聴いてると和みますね。ほんとに。毎度頷かされる総角の論は今回も
なかなか。将とはいかにあるべきか、ですね。大道具やりつつそんなのを語れるのがまた凄い。
・過去編
某お姉ちゃんも悲惨でしたが、これもまたエグい。流石の(?)私もここまではいってません
ので、吐き気がする思いでした。にしてもこの名前……いや、今時ならこれぐらい、あるかも。
・番外編
毒島・火渡りといえば「永遠の扉」よりも前の短編を思い出します。性格的に対極なこの二人
ですけど、不思議とお似合いですよね。。逆によく似てるネゴチト組もあり、男女の仲は奥深い。

12 :
ヌヌ行と佐伯幸子を対談させてやってくれ。

13 :
ヌヌタソのイラストは?

14 :
スターダストさん続けていてくれたのかあ。
退院やっと出来たので、おっかけますわ

15 :
あげ

16 :
ターちゃんファミリーとバキキャラの接点、意外なところにあります。
バキ飛騨のギガントピテクスもですが、何よりピクル編のシベリアトラ。
アフリカは関係ないし古生物の猿もいるけど、密漁関係の品物はナイロビとか
密漁を愉しむ金持ちの家とか、生息域を超えて流通するし。

17 :
弥子「また呼びだしのメール…今日ぐらい休ませて欲しいのになあ…」
弥子「母さんは出張だし、美和子さんも来れないって言うし…今年の誕生会もまた行けないなんて…はあ…ごちそうが私を待ってるのに!」
ネウロ「その理屈ならすべての謎は我が輩に解かれるのを待っていることになるぞ?」
弥子「出たーーー!!」
ネウロ「出たとはなんだ…貴様主人に対する礼儀を知らんのか?」
弥子「だって…天井からいきなり」
ネウロ「貴様らは壁に垂直に立つ事さえ出来んのか?たまには重力に逆らってみると世界が変わるぞ」
弥子「ハイハイわかったよ」
ネウロ「フム…では早速やってみるか」
弥子「へっ?」
ネウロ「我が輩から貴様に重力から解放される気分をプレゼントしてやろう!手始めにこの柵から飛…」
弥子「降りないって!誕生日に死にたくないし」
ネウロ「なに遠慮はいらん主人から貴様への気持ちだけだからな」
弥子「誕生日のプレゼントが殺しって…ある意味アンタらしいけど…気持ちだけ受けとっとくね」
ネウロ「チッ」
弥子(あ露骨にイヤそー)
弥子「さっさと事件解決しに行こうよ」
ネウロ「…フン事件などない」
弥子「へっ?」
ネウロ「アヤから謎の気配がするが微弱過ぎて腹の足しにもならん。貴様だけで行ってこい」
弥子「謎の気配…?」
弥子「ってネウロが言ってたんですけど。」
アヤ「フフばれちゃったみたいね。探偵さん…この前はあなたを揺さぶれなかったけど今度は行けると思うの…私の歌もう一度聞かない?」
弥子「…遠慮します」
アヤ「大丈夫よ加減するから死にはしないわ」
弥子「そういう問題じゃ…」
アヤ「歌うわね」
アヤ「ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデーディア探偵さん♪ハッピーバースデートゥーユー♪…誕生日おめでとう」
弥子「あれ涙が…ごめんなさい今年は誰にも祝って貰えないと思ってたから」
アヤ「ドッキリ成功ね…実は助手さんがあなたの誕生日を教えてくれたの」
弥子「ネウロが!?」
アヤ「私の歌で揺さぶれたのは今のあなたがヒトリキリだから…でも本当はそうじゃないんでしょ?」
弥子「アヤさん…そっか私ひとりじゃなかったんだ」
ネウロ「気が済んだら帰るぞ」
弥子「…アンタいつの間に」
ネウロ「ずっと居たが?」
弥子(しれっと能力使ったな)
ネウロ「貴様があんな顔をしていたら依頼人が逃げてしまうからな…さて、いまから謎を喰いに行くぞ」
弥子「ハイハイ…わかったよ」
アヤ「二人とも気をつけてね」
弥子(自分勝手でワガママで…どSで良いとこなんか顔と頭ぐらいだけど…でも私はこの化け物が嫌いじゃないかもしれない)
終わり
金鹿です皆さんお久しぶりです…本編はもうちょっと待ってくださいスランプな上お試し●の使い方が分からない…

18 :
>>金鹿さん(ごゆるりと。●は私もよくわかりませぬ故、ご助言はできませぬが)
まぁ確かに、れっきとしたヒロインであり美少女キャラであるにも関わらず、さんざん
虐待されているヤコではありますが。それでもやっぱりヒロインで、ネウロはヒーロー。
なんだかんだでこういう関係ですよね、この二人。種族を越えた愛! と言えなくもなく。

19 :


20 :


21 :
前スレ>>252
過去編
──接続章── 「”代数学の浮かす” 〜法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合〜」 
の続き。

 ヌヌ行5年生。なりたての春。
 4月か5月の出来事だった。

 3日間降り続けた雨もいまはやみ、空はどこまでも青く澄み渡っている。
 まだ湿り気の残る風には青葉の残り香。きっと森を抜けてきたのだろう。
 遠くの橋をあずき色の電車が通り過ぎた。クラクションが鳴り響いたのは自分のせいだろうか。
 濡れそぼる鉄の冷たさを裸のくるぶしで嫌というほど踏みしめながらヌヌ行は思った。
 一線を超えるのは簡単なのだろうか? それとも難しいのだろうか?
 小学生にはやや難しい課題である。
 靴と靴下を脱ぎ橋の欄干を登り、ついにその外側に立ったヌヌ行である。そこまでは簡単だったから前者かも知れない。
 今の体勢になって以降たっぷり10分そのままだから後者かも知れない。
 すぐ足もとでは翠色の激流がごうごうとうねっている。県境にあるその大河川は3日前からの記録的豪雨によって大増水。
晴れ好き泣かせの気圧配置はやまぬ雨と堤防決壊の危機を街にもたらした。
 いまヌヌ行のいる辺りから一望できる土手はほんの28時間前まで戦場だった。
 65名の消防隊員と38名の市役所職員(防災課)、それから臨時派遣の自衛隊隊員9名とあと危機を聞き隣の市から駆
けつけてきたという物好きな若い男性1名、合計114名に不眠不休の土嚢積みを強いたのである。雨はもうやみ向こう一
週間の晴天が確定しているためもはや決壊の危機はないが……一般的な家庭人たちはこぞってこの河川に近付かぬよう
我が子に厳命している。
 それほどの勢いだった。
 ラクダのこぶのように水面に突き出た大岩を白いあぶくがとめどなく洗っている。やや青い顔で眼下の光景をながめた
ヌヌ行はつい数時間前帰りの会で貰ったプリントがいかに明敏なる筆致で警鐘していたか理解した。「川に近付かないよう
に」。足がすくんだ。もし落ちれば小さな女児など、この夏ようやく平泳ぎで12・4m泳げるようになった程度のヌヌ行などあっ
いうまに飲み込まれるだろう。再浮上はガスの蓄積を待たねばならぬらしい。そんなおぞましい情報さえ耳から耳を貫いた。
幻聴。わずかばかりの知識が引きとめている。
 するな。
 自殺などするな。
 ヌヌ行は欄干の一部を掴んだ。彼女を現生に繋ぎとめているのはやや錆の浮いた格子である。水色の塗装のそれがもし
突如崩落したり……あるいはヌヌ行を目の敵にする例の土建屋の娘がきたりすれば命などあっという間に消えるだろう。

 自殺。いじめられっ子の何割かが行き着く結論である。
 ただしこの時点におけるヌヌ行の動機は少し違っていて──…

 ある日。帰宅すると。愛用のシステムデスクの上に奇妙な物が乗っていた。
 女子らしくないブラウン色した机の上で鈍く輝くそれをヌヌ行は最初、”みやげもの”と思っていた。
 彼女の両親ときたら3か月に一度かならず東南アジアの秘境に出向くのだ。そして帰ってくるたび家に名状しがたいオリエ
ンタルな品々──トーテムポールに似た奇妙な木彫りの像、アジャ・カティとかいうグネグネした剣など──が増えていく。
 だからヌヌ行は疑いもなく机上のそれが東南アジア産の”珍しいが普通のもの”だとばかり思っていた。

22 :
 しかし……。
 ”それ”は金属製の道具だった。
 多くの戦場で多くの命を奪ってきた……純然たる『武器』であるコトをヌヌ行は知らなかった。
 何気なくとったそれが光を放った。
 異常な音が鼓膜をひっかく中、無数の金属片が爆ぜ──…
 ヌヌ行の部屋を、自宅を、かつてない衝撃で揺らがせた。


 大抵のイジメには耐えるコトができた。
 水泳の授業があるたび下着だけを隠される所業には耐えたし、理科の時間、ヌヌ行の持つフラスコの中で亜鉛が何か酸
性の液体に溶けたとき。ヌっと出てきたチャッカマンがあわや人体炎上未遂をやらかしても──誰がやったかなど前後の記
憶ともどもさだかではない──両手首やへそ周りでシクシクする痛みに耐え登校した。
 学校が好きという訳ではない。
 むしろ卒業までの日数が減れば減るほど嫌いになった。
 毎朝見なれた校舎が見え始めるとそれだけでもう手近な側溝がドロドロになる。かかりつけの小児科医も深刻な顔だ。「こ
の歳のコに胃薬……」。ストレス性の疾患は深刻だ。熱いものも辛いものも食べられない。生ものはもっとダメだ。アマガエ
ルを思い出して──…。
 なのにどうして通っていたのか。別に強い矜持があったわけではない。
 ただ子供らしく「ある日突然みんなが優しくなってこの地獄から解放される」。
 自分は優しいまま再びみんなと仲良くなれる。
 そんな夢を見ていたからだ。
 自室の机上にあった金属の塊が夢の1つを壊した。
 圧倒的な光。跳ね上がる鼓動。何もかもが粉砕された絶望感。
 おぞましい、人の悪意というのをヌヌ行は知った。
 とてもとても巨大な悪意だった。
 間髪入れず電話がかかってきた。例の土建屋の娘だった。
 ちょっと来い。口早にまくし立て、人気のない場所を告げた。
 呼び出したのは先日の恨みだろう。
 いつものごとく3階の渡り廊下から捨てたヌヌ行のカバンの中身。運悪く剥き出しの彫刻刀が入っていて、それがたまたま
下を通りかかった1年生の女の子の頭頂部に刺さった。
 もうあと1cm深く刺さっていれば死ぬまでベッドの上、管まみれの生活だったらしい。
 おかげで土建屋の娘は放課後職員室でたっぷり絞られた。その日は5時から撮影──それも大手の雑誌の表紙──だっ
たが無論そちらに行く許可など出よう筈もなくだ。校長自ら断りの電話を入れ陳謝した。お説教が終わったのは実に午後9
時だが勤務先に悪行が知れ渡ったコトを考えれば実に些細な問題だ。
 とにかくその怒りの矛先がヌヌ行に向いている。
 だからカバンに注意書きを貼ってたのに。彼女は頭痛を覚えた。
「今日は高いところから捨てないで下さい。図工で使う彫刻刀(フタはないです。返してくれると嬉しいです)が入っています。
危ないので気をつけて」なる大書をつけておいたのに奴ときたらそれを忘れ……むしろそれで叱責を免れたヌヌ行を逆恨み
し──…
 愚かにもほどがある。


.

23 :
 ヌヌ行は本当に暗澹たる思いだった。
 芽生えた巨大な悪意はきっと生涯ついてまわる。
 もう、逃げられない。
 だからべそをかきながら下を見る。
 激流に踊りこめば解放される。甘い誘惑がついに脳髄を痺れさせ──…
「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「はい?」

 中空に舞い踊ったのと声が弾けたのは同時だった。
 思わず振り返るヌヌ行は……確かに見た。
 自分が靴を置いた地点から更に3mほど離れた欄干の上。
 そこから猛獣のように飛びかかってくる若い男性を。
「え? え? えええ?」
 目を白黒するうちにもう手は掴まれている。絹を裂くような叫び。ちらりと見た橋の上にはもう1人誰かが居て……。
 水音。全身は一拍遅れの硬さに叩きつけられた。次の瞬間にはもう額まで沈んでいた。口に怒涛の勢いが流れ込み
たまらずカハリと泡を吹く。狂犬病患者の操るマリオネットかというぐらい全身がめちゃくちゃな方向めがけ踊り乱れる。
それでもかろうじて流されずに済んだのは男性が手を掴んでいたからだろう。
 やがて意識が薄れる中、彼女は見た。



「武装錬金!」
「エネルギー全・開! サンライトスラッシャー!!!」


 飾り布。どこまでもどこまでも長い螺旋を描いている。それが青年とヌヌ行を取り巻くさまはまさに守護だった。ガボと驚愕
の泡1つ吹き出すヌヌ行の世界は次の瞬間地上の美しさを取り戻した。布から迸る山吹色の激しい光が暗緑色の激流をあっ
という間に消し飛ばしたのだ。次に発生したのは推進力。「しっかり捕まってて」。優しい囁きとは裏腹の激しいGがヌヌ行の
脳天からつま先を突き抜けた。激しい揺れ。落ち行く世界は輪郭さえ溶かしているようだった。舞い散る飛沫や蒸気はなぜか
宝石のようにキラキラ光っていた。ヌヌ行は高所に到達した。先ほど足を乗せていた欄干さえ遥か眼下の世界にあり先ほど
の列車が駅を出ていく姿さえ架線ごと見えた。ホームの屋根からわっと飛んだ無数の薄紫はドバトだろう。混乱。安堵。純
粋な高所への恐怖。混ぜこぜの感情がオーバーフローしいよいよ喪神するというときヌヌ行は──…
 小振りな槍を。
 青年の握る大いなる武器を目撃した。

 浮遊感と落下感。降り立つ時のかすかな重力な抵抗が無意識の中で心地よく響いた。

.

24 :
「気がついたか」

 目が覚める。慌てて上体を起こす。そこは土手だった。右手の方、100mほど行ったところでは真新しい土嚢が山のよう
に積まれている。先日の戦場らしい。目を白黒とさせていると視界内で青い影がしゃがみ込んだ。
「介抱するのに都合が良かったからな。こっちに移動させて貰った」
 そういってヌヌ行の靴や靴下を差し出したのは女性だった。落下直前見た橋の上の影は彼女なのだろう。
 年のころは20代の半ばごろだろうか。直線的なショートボブで後ろ髪をわずかに括っている。いでたちは学生というより主
婦のそれだが、どこか狩人の匂いもするのはひどく凛とした眼差しや鼻柱と垂直に走る傷痕のせいだろう。化粧気こそない
がひどく美しい。
 武藤斗貴子と名乗る彼女は見た目そのままの無駄のなさで自己紹介を終え「キミを助けたのは武藤カズキ。私の夫だ」と
だけ告げた。そこで言葉が途切れると流石に簡潔すぎると思ったのか
「この街に来たのはアレのせいだな」
 と土嚢を指差した。聞けば先日隣の市から駆けつけてきたという物好きとはカズキのコトらしい。
「で、念のため見回りに来たらキミを見つけたという訳だ」
「はあ」
 といわれてもよく分からない。
「あー。気付いた? 良かったー」

 隣から聞こえてくる声は先ほどの男性のもの。
 見ればどこから借りて来たのか、毛布にくるまりガタガタ震えている。
 こちらは女性より1つか2つ年下の若い男性。
 取り立てて特徴はないが笑顔の似合う男性だ。

「ったく。人のコトを心配している場合か。キミの方こそ死にそうだぞ」
「ハハ。ごめんごめん。助けなきゃって思ったら体が勝手に……ブェックシ!」

 言葉半ばで大きく顔をしかめ洟水さえ飛ばした彼はすぐ元の笑顔を取り戻し、こう聞いた。
「で、何かあったの? オレなんかで良かったら話聞くよ?」


 ヌヌ行が本音で語れない理由の一つに学校側の対応の良さがある。
 真実を告げるたび彼らはまったく迅速に対応してくれた。例えば水泳の授業中下着がなくなったといえばそれを外部犯
の仕業と『意図的に勘違いし』『まったく的外れ』だが、新しく鍵付きのロッカーを導入するぐらいはした。もちろん着替え中
は同性の体育教師が「鍵は私にね私にね」といかにも鍵回収”だけ”やっている風に『皆を見ている』。下着の紛失がなく
なったのはいうまでもない。
 だが逐一的確にヌヌ行を守る教師たちの姿勢はそれだけで益々の反感を買ってもいる。
 イジメは影に日向にますます激しくなる。
 真実を言えば解決代わりに恨みを買い、真実を書いても土建屋娘のような逆恨みが勃発する。
 ただ同時にヌヌ行は「大人特有の真実を語らないやり方」が好きになりつつもあった。
 ロッカーの件などまったく見事ではないか。あまり解決の見込めぬ加害者探しなどさっさと放棄し、ウソに立脚している
にしろそのやり方はまったく実効的。
 しかも加害者は論理的にいってそのウソを暴けない。暴かねばイジメに不適合な体制が解けない。だが暴けば糾弾され
再発すれば真っ先に疑われる。
 何という仕組みだろうか。

25 :
 ひょっとするとイジメられながらなお登校するのは時おり学校が見せる奇跡的な対応が見たいからなのかも知れない。
(体育教師の小芝居もまた素晴らしいんだ。ウソとか最高じゃないか! くぅー!!)
 拳を固め全身を激しい感動に震わせるヌヌ行。

 そんな彼女が、である。
 いま初めて遭遇した青年──武藤カズキ──に本音を語れようか?
 答えは、否である。

 彼女はまだ自殺願望を捨てていなかった。
 子供だが圧倒的な武力を手にした人間が何をするかぐらい知っている。
 そしてそういう事実が自分にどれほど跳ね返りどれほど不幸にするかも──…
 助かってからこそ感じる「惜しさ」。
 あらゆる手管を尽くし自殺してなお助かった人間が思う「生きてみよう」、それとは真逆の想い。
 失敗したがゆえの執着はいま確実に自殺に向かって伸びている。
 自分は助かってはいけない人間なのだとヌヌ行は叫びだしたい気持ちだった。
 いまも自宅のデスクの上に転がっているあの金属の塊。
 手を伸ばしたそれがいったいどれほどの破壊力をヌヌ行の人生にもたらしたか!!
 そして例の土建屋の娘の呼び出し。
 幼い直感は告げている。つながっている。あのおぞましい金属の凶器といよいよモデルとしての商品価値が薄れ始めた
女帝。ヌヌ行の人生めがけ各個バラバラに転がり込んできたのではない。連関性がある。運命は明らかにそれらを結び
つけそしてか弱い羊に要求している。
 ある意味、死より恐ろしいコトを。
 ……上記の思惑はやや具体性に欠けている。眼前の青年・武藤カズキに対し真実を述べるコトを躊躇わせたのはそう
いう「明らかにおかしい」自分の思惑のせいでもある。話したところでまずその内実を理解してもらえるかどうか……彼女
は内心で首を横に振った。よくある子供の戯言として処理されるだろう。例えば悪夢を見た子供が結局は「怖かったね
怖かったね」とペットにも通じる適当なあやしをされるように……。
 そういう面倒をしょいこむ時間はもうないのだ。刻限が来たら最後ヌヌ行はどうあがいても土建屋の娘のいる場所へ
引き寄せられる。そういう『運命』なのだ。回避は不可能だった。その一事だけでも恐らく常人には理解してもらえない
だろう。自宅で鈍く光る金属の武器はそういう破壊をもたらすものだ。刻限まではあと2時間……腕時計など持っていない
が分かる。あと2時間もすれば呪われた運命が開始する。
 だから死にたい。
 そのためにはどうすればいいか? 子供とは時として大人以上に相手を見る。なぜなら彼らは大人が望むほど純朴では
ない。何を言えば怒られるかなど3歳にして把握できる。
 優等生として。イジメの被害者として。多くの教員たちから常に厚意を受けてきたヌヌ行ならば尚である。
 大人というやつが何に喜び何に怒るかなど十分すぎるほど分かっている。イジメという悪意が研ぎ澄ました感性は敏感
なのだ、そういうのに。
 だからもっともらしいウソをつけば武藤カズキもその妻も納得して去っていくだろう。
 だからヌヌ行はやがて閻魔に抜かれるであろう味覚の器官を大いに振るい始めたのだが──…

「何だって!! 悪い組織にお父さんが改造されて冷酷無情な殺人マシーンに!?」
「はい……。私の顔ももう分からなくて……。止めたのに……止めたのに……30兆人も殺して」
「30兆人!!? 大変じゃないかそれは!!」
「おい、カズキ」

26 :
 予想していたものとやや違うものになりつつあり、少々焦った。こうなったのは両親がこのテのウソを本当に心から信じる
せいだ。理科の実験中、水素爆発でひどい火傷を負った時だって「養殖モノのサラマンダーにやられた!」。その一言で済
ませたし、済んだ。ウソは突飛であればあるほど良かった。現実的な陰惨な話で両親を悲しませるのはイヤだったし、仇打ち
だとばかり一家総出で養殖モノのサラマンダーを探しにいくのは……馬鹿馬鹿しくはあったけど、それでもとても楽しかった。
 ウソを吐く理由はそこにもあるのだと思う。目の前の純朴そうな青年を騙しているという罪悪感に一瞬大きな瞳を潤ませ
はしたけれど、それでも初対面なのだ。だいたい最初こそ「それらしい」重い話で躱すつもりだったけど、それだって引かせ
るのようで嫌だった。もし相手に解決能力がなければ無用に悩ませるコトにもなる。
 だからこんなホラにも等しいウソでもいい。ウソもホラもいい側面があって自分は常にそればかり使っている。
 そう確信するヌヌ行だから「肩を落として声を湿らす」哀切など朝飯前だ。
「犠牲になった方の家族に申し訳なくて、せめて、せめて私の命で償おうと……」
「気持ちは分かるけどダメだよそれじゃあ!!」
「カズキ」
「遺族の人だってそんなコト望んでないしお父さんだって冷酷無情な殺人マシーンのままだ!!」
「話を聞けカズキ」
「どうにかしてお父さんを止めなきゃ!! そうだ!! 戦団に連絡だ!! 大戦士長ならきっと──…」
「ああもういい加減気付け!! 気付いてくれ!!
 とうとう「美人さん」が金切り声を上げた。軽く息を呑むヌヌ行。それも知らずハテナ顔の青年。
「どうしたの斗貴子さん。急に顔を赤くして。ラマーズ法の練習? は! まさか産気づいちゃった!?」
「どっちも違う!! そもそも出産予定日は来年1月……じゃなくて!! キミは本当に気付いてないのか!!」
「何を?」
「……今の世界人口はどれぐらいだ?」
「んー。どれぐらいだったかな。100億は行ってなかったと思うけど」
 カズキは顎に手を当て上を見た。あどけなさたるやまるで高校生だ。
「……このコの父親が殺した人数は?」
「30兆!」
「なにか……気付いたコトは?」
「特に何も。あ。でも30兆っていうとなんか豆腐みたいだよね。豆腐がそれぐらいあったらどう数えるんだろ? 30兆丁?
蝶野が聞いたら喜ぶかも。電話しなきゃ」
 カズキが携帯電話を取り出し斗貴子がひったくった。まるで夫婦漫才のようなテンポで、だからヌヌ行は少し笑った。
「パピヨンなんか喜ばせてやる義理はないしそもそも豆腐なのはキミの頭だ!! 桁数も分からないのか!!」
「ハハ。大胆だなあ斗貴子さん。こんなところでいきなり数学なんて」
「算数だ!! というか何がどう大胆なんだ!!」 
「あ。そういえば兆って億の1000倍ぐらいだよね」
「ああ!! なら合わないだろ計算が! 何をどうやったら30兆の人間を殺せるんだ!!」
「そうだった!!」
「そうだった、じゃない!! 気付けそれぐらい最初に!! 要するにキミはこのコに騙されたんだ!!」
「でも良かったー。ウソで。なら誰も死んでないってコトだよね? てっきりオレお父さんがホムンクルスにでもされたのかと
思って心配で心配で」
 毛布の中で青年が笑うと斗貴子は嘆息した。さりとて表情は柔らかい。
「キミは本当に底抜けのお人よしだな
「まま。仕方ないじゃない。これ位のコたちはとてもフクザツなんだ」
 ね。とカズキはまた微笑んだ。とても毒気がなくだからこそヌヌ行はたじろいだ。
「それにほら、オレってまだこのコと逢ってそんな経ってないじゃない。というか初対面? そんな相手にさ、抱えているコトい
きなり全部言うのって結構勇気いると思うんだ。まひろみたいに速攻で馴染める方が凄いっていうか特別だし」
「まあみんなあのコのようになられても困るが……つまりウソをつかれてもいいという訳か」
「そ。それにいいじゃない。オレ、このコのウソ結構好きだよ。なんかさ、面白いじゃない?」
 好き……。ウソをついているという罪悪感を持つヌヌ行にとってその発言は意外だった。
「ウソというかホラだろ。やれ自分は特異点だの次元のねじれがどうの12番目の官能基よ糸車となりて紡げ代数学の浮き
かすをだの……」

27 :
「カッコいいよね!」
「もういい。もう何も言いたくない」

「とにかくさ。キミさえよかったら話してくれない? 別に本当のコトじゃなくてもいいからさ」

「誰かと話すだけでも辛さが和らぐってコト、結構あるよ。俺もそうだったし」

「ね?」


 話していくうち本音を知られたのはヌヌ行自身の幼さのせいでもあるが──…
 カズキの持つ話しやすさ。ウソを吐くと何となく申し訳ない気分になる……奇妙な人徳。
 そして斗貴子の持つ洞察力。わずかな言葉尻から真実を見抜く眼力。
 2人の持つ長所のせいでもあった。


「しかしイジメか……。やっぱり女子のイジメって難しい? 斗貴子さん」
「私もそれほど詳しくはないが、男子ほど単純でもないだろう」
「いきなりオレたちが出てって「やめろ!」とか言っても聞いてもらえないよね?」
「むしろ逆効果だ」
 後にヌヌ行は(遠いにも関わらず)銀成学園に進学する。
 何かとピーキーな斗貴子さえ受け入れた銀成学園は代が変わっても同じだった。
 カズキたちがその肌でイジメを知らぬのも無理はない。
 にも関わらずどうすればいいか考えている彼らの姿はとても好ましかった。
 話し合っていた彼らはやがてゆっくりと向きなおった。
 まず最初に口を開いたのは斗貴子だった。彼女は気まずそうに視線を外しながら
「正直、逢って間もない私たちが今すぐキミの悩みを総て解決できるかどうか自信がない。内心じゃ私たちの言葉に何というか
物足りなさを感じているかも知れないな。すまない。カズキはともかく私は人にとやかくいえるほど他人を救っていない」
 と述べ、
「もしキミを苛んでいるのがただの化け物なら速攻でブチ撒けて解決できるんだが……」
 さらりと血なまぐさいコトをいった。
「ただな。これだけは聞いてくれ」
 歩み寄ってきた彼女はそっとヌヌ行の手を取った。
「戦えとは言わない。だが諦めて死ぬのだけは絶対しないで欲しい。これから先もキミは辛いコトや悲しいコトに直面する
だろう。時には本当に理不尽で残酷な仕打ちを受けるかも知れない」
 真剣な光の灯る青い瞳を直視できず、ヌヌ行は軽く視線を落とした。
 死にたい、という気持ちは変わらない。
 多くの真実は話したがそれでも自宅に突如現れたあの金属の武器のコトは話していない。

28 :
 話せていない、というべきだろうか。口をつきそうになった局面はいくつもあった。だがそのとき何かおぞましい予感が
電流のように背後を奔り会話伝達を失わせる。つまりはそれほど重苦しい武器なのだアレは……内心でそう反復し、
だからこそ自殺を選びたくなる。斗貴子はひどく真剣だ。
「それでも生きるコトを諦めたりするな。どんなに辛くても生きてさえいれば、いつか必ず救われる」
 罪悪感が増してくる。耳を傾ければ傾けるほど……拒む自分が強くなる。
 ぎこちなくも真剣に向き合ってくれる人に「無価値だ」。そんな態度を示している。
 ただ怒られるより辛い出来事だった。
「…………駄目だなカズキ。どうも私は口下手だ。キミならもっとうまく伝えられるんだろうが……うひゃあ!?」
 沈みかけていた声音が一気に跳ね上がった。がばりと面を上げたヌヌ行はどうして斗貴子が啼いたのか理解した。
「あのさ。ここに赤ちゃんが居るんだ」
 手が”ここ”にあった。当てられていた。妻の手を持つカズキは戸惑いまじりの抗議をたっぷり頭上から浴びながら
「まだ人間のカタチにもなってないのにさ、でも命は確かにあってさ、不思議だなーって思うんだ」
 ヌヌ行の瞳を覗きこみ、笑いながらこう言った。

「耳、当ててみる?」

 一人っ子のヌヌ行にとって”赤ちゃん”というものはとても神秘的だった。
 どこから来てどこへ行くのか。
 5年生ともなればそろそろ保健体育の授業で学術的な真実に突き当たっていてもおかしくはないが、例えその小テストで
満点をとれたとしても本当のところは分からない。
 どこから来て、どこへ行くのか。
 それを感覚で知らない限り知ったとは言えないのが……命。
 その存在が彼女の中でより具象性を帯び始めたのはこの時──…
 武藤斗貴子の腹部に触れ……芽生えつつある確かな息吹を感じた時だ。
 後に武藤ソウヤと呼ばれる少年の鼓動は確かに存在していた。



 ヌヌ行は自宅に向かって歩きはじめていた。
 死のうという気分はまだ心のどこかに転がっていたが遠巻きに眺める余裕はあった。
「私は幼いころ、両親と死別した。その前後のコトは今でもまだハッキリ思いだせない」
 斗貴子の言葉が反響していた。
「ただ憎悪だけは覚えていた。両親を奪った存在。そいつらへの憎悪だけが。そして私は戦いに身を投じた」
「学校にこそ通っていたが私は常に1人だった。自分からそうなるコトを選んでいた。だからキミほどの苦しみは味わってい
ないが……やはり満たされるコトはなかった」
.

29 :
「懐かしいなー。あのころ斗貴子さん何かにつけて死にたがっていたよね」
「茶化すな!! ホムンクルスになりかけていたから仕方ないだろ!!」

 目を三角にし声を荒げる彼女だが、決して怒っていないのは分かった。
 なぜなら叫びが終わるとすぐ笑顔の夫に射すくめられたからだ。もじもじと熱く潤う瞳は照れくさくも幸福そうだ。

「とにかくだ。昔の私はいつ死んでもいいと思っていた。それが戦うものの『覚悟』だと思っていた」
「でも本当は違っていた。死んだり、殺したり、奪ったりするだけじゃ何も解決しない」
「こんな私でさえ過去の希望と呼び支えにしてくれる人もいる。もし私がRばその人はまた絶望するのに、あの頃はそんな
コト少しも気づいちゃいなかった。慕ってくれる後輩だっている。それがどんなに幸せなコトかも……」
 家が見えてきた。例の土建屋の娘が設定した刻限まではあと30分。リハーサルには十分すぎた。
「結局、私は私の命が私のものだけだと思っていた。私という存在が実は他の誰かにとって大切な意味がある……などとは全く
思いも寄らなかった。生きていく中で知らず知らずのうちにつながりみたいなのを得ていて、それが消えたとき周囲の人たちが
悲しんだり後悔したりするなんてちっとも実感しちゃいなかった。理性じゃそれを知ってるつもりなのに、いざ自分がその人たち
を苛みかねないと気付けば「まあいい。傷つけるよりは」であっさり捨てようとしていた。私の命も、それが持つつながりさえも」
 大人になったからこそ、今だからこそ出てくる意見。
 きっと彼女は十代のころとはもう違う存在なのだろう。
 若さを失う代わりにトゲトゲしさも時間の彼方に置き去って、何倍も何倍も、あの頃より素敵になって。
 簡単に投げようとしていた命がどれほど貴重なものか……教えてくれた。

「そんな私でも……生きていくうちにまた新しいつながりを得た」
「失いかけて、沢山の人たちを悲しませて、なのにまたその人たちに助けて貰って」

 このコを授かった。お腹をさする斗貴子は一瞬とても優しい笑みを浮かべた。

「正直、私なんかが母親になっていいかどうかまだ迷っている。もし大きな戦いが起これば結局そちらへ向かってしまうのが
私だからな。このコを幸せにできるかどうか分からない」
「それでも」
「それでも今まで気付けなかった分まで大事にしたい」
「つながりを?」
「ああ。もし新たな戦いが起こったとしても私は全力でそれを終わらせる。勝って、生き延びて、このコの元へ……戻る。私が
戦うのはそのためだ」
「生きるために……戦う」
「そうだ。そしていつかキミにもそうすべき時がやってくる」

.

30 :
 出会いは力をくれた。
 勇気をも。
 何があっても前へ進もう。
 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。
 心から信じている。

「どんなに辛くても悲しくても、生き続ければ必ず……このコに逢える」
「このコのような存在に、必ず逢える」
「キミにもそういう権利が……あるんだ」

 玄関の扉を開け雪崩れ込む。目指すのは自室だ。普段は歩く階段をこの時ばかりは駆けあがる。
(命……。つながり……)
 頬をうっすらピンクに染めて息を吐き、最後は3段飛ばしで駆け昇り。
 叫びだしたい気分だった。悲しみではなく、歓喜に。
 自分はいま得難いものを得た!! きっと生涯の宝を!!
 斗貴子の腹部に当てた耳! それはまだ奏でている!! 微弱だがこの世で最高の音楽を!!
(私は、私は……またあのコに逢いたいから!!)
 生きたい!!
 心からの希求が全身を駆け巡る。体の芯まで焼け切れそうだった。

(だから私は!)
 部屋を開ける。
 視線はシステムデスクの上に直行だ。
 さんざ自分を思い煩わせていた金属の武器。それはまだある!

 見た瞬間鼓動が跳ねあがった。心拍数は一気に倍へ上昇。
 予感はあった。もしそれを手にすれば自分の人生は一変するだろう。
 おぞましい悪意をずっと浴び続ける。辛苦の多い人生になる。
 今まで通りを選ぶ方がさっきの言葉分トクだとも気付いていた。
.

31 :
 けれど。
 けれど──…
 歩みを、進めた。

「大丈夫! キミもオレも斗貴子さんもそういうつながりの中から生まれて来たんだ! きっとみんな傷ついたり迷ったりも
しただろうけど、でもそれと同じ数だけ笑ったり楽しんだりして、前に進んできたんだと思う。いまは辛いと思うけど、でも
こうしてまた生まれたじゃないか!
「何がだ」
「新しいつながりってヤツが!! キミとオレたちは出逢ったんだ!! だったらオレたちはキミが前に進めるよう手伝うよ!
さっきも言ったけど話すだけでもだいぶ違うからさ。ウソでも本当でもなんでもいい。とにかく話すところから始めてみようよ!」

 カズキにはこう話した。
 また1週間後この場所で逢いたい。
 逢って、少し強くなった自分を見せたい。

 ウソではない、心からの真実を……。
 偽りがないからこそとても勇気のいる言葉を。
 すぐ大好きになった若い夫婦たちに……捧げた。


 だからヌヌ行は机上の”それ”を手に取った。

 悪意をもたらす武器を。

 他人めがけ悪意を投げつけるかも知れない武器を。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ヌヌ行自身の悪意を増幅しそして土建屋の娘たちのような存在などあっという間に世界から消し去れる大いなる武器を。

 金属の武器は六角形をしていた。
 核鉄と呼ばれる、錬金術の産物だった。
 使い方はなぜだか分かっていた。
 遠い記憶……斗貴子のいう”つながり”のもたらす記憶があらゆる総てを教えていた。
.

32 :
 だから核鉄を手に取り叫ぶ。突き動かされるようにただ一言。『武装錬金!!』
 まずは自分の悪意に打ち克つために。
 羸砲ヌヌ行は戦いを選んだ。

 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファー。
 それは発生と消滅を繰り返す歴史のなか偶発的にそして必然的に転がりこんできた。
 名前を変え……形状を変え……特性さえ変え──…

 それは間もなく行使される。
 十数分後勃発する戦いでヌヌ行が勝てたのはそのせいだが。
 ただし誰一人傷つけるコトなく、誰一人消し去るコトなく勝利を掴んだ。
 土建屋の娘たちは傷一つ負わず、されどヌヌ行自身はなかなか壮絶な傷を浴びながら──…
 それでもこの時系列でイジめられる小学五年生の自分だけは救ってみせた。
 彼女はまだ知らない。
 他愛もない、微笑ましくさえある小さな勝利が以後続く壮大な物語の……きっかけの一つだとは。

 ヌヌ行のいた時系列でさえ『すでに何度か造り直された』……仮初のものだとは。

 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの存在する時系列まであと僅か。
 その世界を作り出す立役者の1人こそ……『塩』。羸砲ヌヌ行である。

33 :
>>スターダストさん
自殺、でなくば歪んで悪サイドに堕ちるパターンなところ、どちらにもならず。これはヌヌ行の
強さもですが、流石は原作ヒーロー&ヒロインの解毒作用! ですね。しかも単に彼女を救った
だけでなく、更に作品世界に巨大な影響を及ぼすわけですから、これまた流石、物語の支柱です。

34 :
 ヌヌ行の武装錬金、アルジェブラ=サンディファー。
 その特性は『歴史記憶』。
 後年ウィルといううら若い歴史改竄者との戦いにおいてその特性は大いに役立った。
 真・蝶・成体の件を見ても分かるように歴史改竄は常に上書き的だ。
 因子が飛び交いぶつかりあうコトで一大センセーションを巻き起こしている時空流においては遡行者の存在は致命的、例
え一粒の因子だけが歪められあらぬ方向へ蹴飛ばされ、或いは消滅させられるだけで後の歴史は大きく変わる。
 キューとナインボールが踊る盤面のように、或いは棋譜のように。
 わずかな改変が生じるだけで元の姿とは大きくかけ離れてしまう。
 変わってしまう前の歴史。それはそこにはない。人々にとって歴史とはただ1つのものであり「その時」現出している光景
だけが真実なのだ。再現性はない。消え去ってしまった歴史があるなど全く誰も気づかない。
 ウィルの武装錬金もまた復旧性を持ちえない。
 あくまで一本の時系列を使いまわすだけだ。
 長大な歴史めがけ試行と上書きを繰り返す。ウィルにとって上書きをされ消失された歴史になど何の意味もない。
 ただ名前の通り未来を目指しているだけだ。



 カズキたちと出会う少しまえ。

 初めて核鉄を発動した瞬間、ヌヌ行はただおぞましい光景を見た。
 武装錬金発動の閃光がまず部屋を溶かし別世界へと造り替えた。
 気付けばヌヌ行はただ1人、濃紺の世界に佇んでいた。メガネの奥で瞳孔を見開き慌てて左右を見るがどちらも塗りつぶ
されたように暗い世界。灯り一つない。下を見たときそろそろ別のヘアスタイルにしようと絶賛検討中の三つ編みがハリネズ
ミのようにビリビリ逆立った。足場はない。左右と同じく濃紺の世界が広がっている。見た瞬間足がすくみせっかちな脳髄は
落下感を即座に前払いだ。眠りに入ったときしばしば全身を苛む偽りの落下感。それをたっぷり20秒連続で味わったヌヌ行
はしかしスカートの裾から手を放し、そして恐る恐る目を開いた。足元に広がっているのはやはり光なき世界。だが落下す
る気配はいまだにない。浮いている……一瞬はそう思ったが正解でないコトにも何故だか気付いた。
 まるで自分の足先にだけ透明のアクリル板を差し込まれたような──…
 奇妙だが、懐かしい感覚。
 恐怖と混乱のなか覚える既視感。追及を妨げたのは地鳴りのような音だった。
 何事か。下唇を噛みしめ瞠目するヌヌ行の遥か向こうでそれまで小刻みに震えていた闇色の幕がついに裂けた。ばくりと
開いたその口越しに澱んだ虹色の空間を認めたのもつかの間ひどく平たい巨大なものが出現しそしてヌヌ行めがけ飛んで
きた。
 ひぃとたまぎるような声を上げ駆けだすころにはもう遅い。あらゆる大蛇よりも長大なその物体はあっという間にヌヌ行の
背後まで到達した。恐怖、周囲が濃紺一色であるための平衡感覚の欠如。たまらず足をもつれさせ激しく転倒するヌヌ行の
横を異様なものが通り過ぎた。
 開闢。真空。海水の出現。原生生物。イクチオステガ。氷河期。ディメノニクス。ジャワ原人。黄河。十字架。掌の穴。円環
の太刀。法隆寺。壇ノ浦。燃え盛る大仏。隆盛を極める江戸の街。海に浮かぶ黒い船。戦火に浮かぶ錦の御旗。焦げた
防災頭巾。アマガエル。蛇の怪物に飲まれる少女。磔刑の蝶々覆面。赤銅の肌。月へ昇る光。紙吹雪。校門へ走る少年少女。
 洞窟。無数の月の顔。三叉槍を持つ少年。疾駆する彼は巨大な蝶を突き破り──… 
 そんな映像を映す無数の巨大な四角が濃紺の世界を斬り裂き斬り裂きどこか遠くへ駆け抜けた。映像はもっと多く搭載さ
れていたようだが加速の中でどろどろ混ざり合っていたため分からない。上記のものだけかろうじてだが記憶にある。
 とにかく映画館の通過だった。動画の踊る四角は大きさこそまちまちでひどく不揃いだったが一番小さなものでさえヌヌ行
ゆきつけの市民会館でキッズアニメの劇場版をやれるぐらいはあった。
 大きなものは600人ばかりの客を自動車ごと収容できるシアターの、床面積ぐらい。
 1コマと呼ぶには巨大すぎる映像群はフィルムよろしく1本の帯に収まっておりそれもまた映画館じみていた。
 帯の長さや幅はもはや大河川に匹敵するほどだった。以下の光景を目の当たりにしたヌヌ行があやうく143年ぶりの堤
防決壊をやらかしそうだった県境へ出向いたのは帯からの連想ゲーム、一種の催眠的作用であろう。
 帯は、1本だけでなく。

35 :
 同じような物がそこかしこから飛び出しめいめい勝手な方向へと飛び立った。カッターの替え刃のようにピンと張りつめ一
直線に飛ぶものもあれば龍が如く全身をくゆらせ雄大に舞うものも……。木の葉のように浮遊する帯の欠片は高級な赤絨
毯よろしく丸まりから投入された隣の帯が破砕したものだ。加害者は相変わらず空中でゴロゴロ解けて伸びながらどこかへ
飛んで行った。
 とにかくメチャクチャな光景だった。長さも幅も傾きも速度もまちまちの帯たちがてんで勝手に飛び回っている。帯には前述
の通り無数のスクリーンが付いている。時代も国もバラバラな映像群が帯の動きと連動し次から次へと現れる。
 ヌヌ行の正面も側面も下もそういったものだらけだ。ひっきりなしに通過する。何が何だかわからない。ただ立ちつくすヌヌ行。
顔色はかつて両生類を強引にねじ込まれたときより蒼白だ。メガネはずり落ち瞳孔は文字通りの点。不意に大音響が轟いた。
空を占める映像群が音声を流し始めたのだ。突然ミュートが解けたテレビ。まさにそれだった。しかも大音量だ。ヌヌ行は一瞬
自分の小さな心臓がバクハツしたのではないかと本気で思った。他の帯も解禁とばかり音を鳴らし始めた。ひどいありさまだった。
砲撃。鬨の声。城の広間とおぼしき場所で声を上げあう裃姿の男たち。駆け抜ける騎馬隊の無数の嘶きと蹄の音が何か
の雅楽に吹き消されそれも攻城兵器に撃ち砕かれた。ついに砕けた欧州の城壁をめぐる怒声と歓声が恐竜たちの争いに
華を添え……隕石の騒音、雷鳴の海、未開の部族のカーニバル、雑多極まる音の矯味でメチャクチャになっていく。広いか
狭いかも分からない空間はもはや不協和音の極みだ。しゃがみ込んだヌヌ行は両耳を押えたまま絶叫し──…
 総てが砕けた。無数の帯もそこに映る映像たちも濃紺色の空間も。
 現れたフローリングの床。気付いた彼女はよろよろと立ちあがる。
 見渡した景色は間違いなく自らの部屋。夢? 安堵のため息を漏らした瞬間。それはきた。
 心臓を棒で痛打されたような鈍い痛み。全身が圧縮されていく嫌な感覚。その中で再び帯が現れ通り過ぎた。
 今度は小さなものだった。
 ただし脳の中を通り過ぎていくそれは先ほどみたどの映像よりも強烈だった。
 記憶が一気に蓄積していく。したコトのない経験が当たり前のように追加されていく。神経回路の強制増設は凄まじく痛み
を伴う作業だった。自分が自分でなくなるような、それでいて本来の姿に戻るような……。

 何秒か後、床で目が覚めた。どうやら倒れていたらしい。
 起きあがったヌヌ行はこのときすでに自身の武装錬金がどういうものか理解していた。
 核鉄が何か。武装錬金が何か。そんな知識がごくごく当たり前に存在していたのはヌヌ行の前世と関係がある。
 かつて『正史』において*****(ここだけは分からなかった)を過去めがけ送り込んだ最初の改変者。
 ヌヌ行がハッキリと知覚するまでしばらくの時間を要したが、彼女の前世、最初の改変者はウィルという大変な痛手を被っ
たらしい。ゆえに彼または彼女は自らの能力で造り替えた。最後の力で歴史を改変し……自らもその武装錬金もより強力に。
 
「それがいま生まれ変わりめがけ……記憶を送った。核鉄とともに」

 何が何やらである。呟いてから思わず噴き出すほど荒唐無稽な文言だった。
 イジメこそ受けているがヌヌ行の精神年齢は年相応だ。野暮ったいなりにもうすぐ始まる思春期に向けてティーン雑誌
の定期購読を母にせがんだのが2日前。イジメの発端となった告白など萌芽ではないか。
 魔法少女の活躍するひらがなだらけの絵本はとっくに卒業している。アニメはそれなりに好きだが現実との区別はついて
いる。活躍する主人公のマネをしたところで小馬鹿にされるのは分かっている──というか一度学校でやらかしたせいで
より激しい攻撃を浴び尊厳をズタズタにされた──。
 だから今の文言というのは何というか夢見がちな子供のやるコトだ。ヌヌ行は子供であるコト自体を恐れている。どうして
あれほどイジメられるのか幼いなりに一生懸命考えやっと出した結論が「大人になればいい」。イジメてくる人間たちより
より洗練された存在になればきっとおぞましい日々は終わりを告げる。
 転生だの生まれ変わりだのという戯言は言ってはならないし思ってもならない。
 ゆらゆらと揺れる心の中で強く厳しく言い聞かせるがしかし本心はすでに別の部分を見ていた。

36 :
 確信。呟いた言葉は戯言ではなく唯一無二の真実。きっと自分は何か人々を超越した存在で、同じく超越した分かりやす
い悪っぽいのと争って惜しくも力及ばずいまの姿に転生したのだ。そうだ。そうに違いない。きっといつか自分は失われた力
を総て総て取り戻し悪を討ち滅ぼすのだ。きっとどこか異世界に飛ばされステキな男のコと出会いケンカしたり誤解を重ね
ながら少しずつ距離を縮めてそれを原動力に悪を討ち滅ぼすのだ。シリアスとかコメディをやりながらきっときっと悪を討ち
滅ぼすのだ。

(あ。そういうの……いいなあ)

 一瞬ほわんとしたのは学校生活のヒエルラキーが低いからだ。内向人間特有の現実逃避だ。マンガや小説じみた世界に
行きさえすれば何もかも救われる。壮大な誤解。悪とやらを討ち滅ぼせば万事解決、本来人間が飲み干すべき雑多な人間
感情の処理、やりたくもない付き合いを営々とこなす作業は一切免除という馬鹿げた特約を信じている。

 だが現実は過酷だ。
 ヌヌ行が本当にショックだと思える出来事。
 あっという間に夢想を貫き心を抉る1つの事実。

 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファーは時空を渡る武装錬金。
 ヌヌ行自身いかなる時系列に飛べるしその先で望み通りの歴史を作るなど朝飯前。
(歴史を……?

(歴史を)

 下唇をギュっと噛む。
 過去に飛べる。知った瞬間すぐ考えたのが殺戮だった。
 未来へ行ける。知った瞬間すぐ考えたのは逆襲だった。
 力のないものが力を手にした時芽生える過剰な敵意。
 脳裏に生まれたのは男のコとの楽しい冒険ではない。
 せせら笑う無数の少女たちだ。
 10数分前までそれはヌヌ行の劣等感を極限まで増幅し縮み上らせる恐怖の対象だった。
 核鉄を得てからは違う。
 鼻で笑い飛ばせるほど小さな存在に思えた。
 帯の中では巨大な船が氷山を避けゆうゆうと泳いでいる。
 本来はありえなかった光景だ。多くの人間の記憶に残る「巨大な悲劇」。映画にさえなった大事件。
 ヌヌ行はそれを「試し」に選んだ。自らの能力がいかほどのものか試し……結果見事に回避された。
 自らの力。その確かな証拠を見た瞬間、感情が爆発した。
 今まで押さえつけていた感情が報復というベクトルに収束し、持ち前の処理能力が次から次へと献策する。
 イジメをやめさせようなどという生ぬるい情緒はなかった。
 ただ、憎かった。
 生まれる前に消し去ってやる。そんな感情でいっぱいだった。
 大きな双眸から涙を流ししゃくりあげながら腕を振る。
 無数の帯がめいめいの動きで近づき見たい画面を並べ立てた。
.

37 :
 お腹の大きな女性が街を歩いている。ダンプカーがその横を通り過ぎた。
 新生児室でしわくちゃの赤ちゃんがすやすや寝ている。
 ひきつけを起こす女児の向こうで父親らしき中年男性が黒電話を掛けている。
 他にもいろいろな画面があったがその登場人物のどれか1人は必ず憎き仇敵と似た顔だった。
 消してやる!! 消してやる!!
 ヤケクソのように叫び画面を睨む。どれもこれもその気になれば簡単にブチ壊せる光景だった。
 意を決し道路へ飛び出せばハンドル操作を誤ったダンプカーが臨月に命中し好ましい結果をもたらすだろう。
 生まれたての赤ん坊にうつ伏せは厳禁だ。
 まだ携帯のない時代、電話線の切断はまったく死活問題であろう。
 他の画面に対しても湯水のごとく復讐法が湧いてきた。
 ……それは、面と向かっては決して抵抗できない人間だけが持つ「弱い」考えだった。
 直接立ち向かえない。だから遠くから狙い撃つ。多くの人間が理想としながら決して達成できない報復の手段。
 どこか幼稚さを孕み実効するかどうかも怪しい考え。
 それに取り憑かれたヌヌ行の狂喜たるや後々顧みて死にたくなるほど惨めなものだった。
 実行できなかったのも含めて、まったく惨めだった。

 街を歩く女性が大きなお腹を撫でた。幸福そうな笑顔だった。
 新生児室に腰の曲がった老婦人がやってきて赤ちゃんを撫でた。歯のない口をニュっと開け喜んでいた。
 部屋に救急隊員が来た。何か囁かれた男性は嬉しそうに頬を緩めた。助かる、というコトだろう。
 笑顔。喜び。安堵。
 暖かな感情を見た瞬間ヌヌ行の全身は凍りついた。
 自分は、自分はいったい何をしようとしているのだろう。何を……しているのだろう。
 膝をつき。掌をつき。足場のない空間で彼女はただただ泣き叫んだ。

 気づけば元の空間に居て。
 そして例の土建屋の娘から呼び出しの電話がかかってきた。
『消せ』

『消せ』

 受話器を置くと再び悪意が囁き始めた。人間らしい機微が何だというのだ。奴らの周りの人間が奴らめがけ暖かな笑
みを投げていたとして何だ? それは自分(ヌヌ行)になど向きはしない……馴れ合ってるだけだ。大事大事と愛い焦がれ
る存在が実は他者の笑顔を奪っている。そんなの誰だって受け入れない。「まさかウチの子に限って」。反省も促さず逆に
かばいだてる。訳の分からぬ情愛準拠の擁護と攻撃をたっぷりやりそしてまたヌヌ行を傷つける…………。
 だから消していい。濃紺の空間。画面を見るヌヌ行は揺れていた。
 未来予想図だった。呼び出しに応じればどうなるか。
 結果はいつもそうであるように散々だった。手足のない爬虫類が投入されていた。赤と黄色のストライプが毒々しいそれ
はおぞましいコトに生きていてヌヌ行の鼻先で幾度となく牙をかち合わせた。呼びだされたのは廃ビル群の一角。なぜ行っ
たのが不思議なぐらい迂闊な場所だ。人気はない。救援は期待できない。四方にひしめくビルはどれも高く、ガラスこそ不
揃いに割れているが悲鳴を彼方めがけ突き通すにはあまりにブ厚すぎた。

38 :
 何かの拍子にヌヌ行が反撃を試みた。たまたま握っていたコンクリートの塊がヘビの命を頭蓋骨ごと粉砕したとき17人
ばかりからなるギャラリーは一斉に不満の声を上げた。後は筆舌に尽くし難い。土建屋の娘お得意の平手がヌヌ行を地面
へ転がした。ギャラリーの1人がここぞとばかりスカートのポケットに手を突っ込んだ。
 主催者への媚売り。すかさず何かが飛び、受け止められた。
 喜色満面の土建屋娘の手で迸ったのは青白い電流だ。シェーバーをやや尖らせたような形状の器具。それがすっかり
ミミズ腫れだらけの背中に押しあてられ──…近い将来それを味わうヌヌ行はうっと目を背けた。
 結局耐えても解決しない。
 待ち受けているのは男のコとの楽しい冒険じゃない。
 悪との対決はカタルシスも特約もない。ただ負けて痛みを感じるだけだ。
 だから消したい。全員消したい。
 正直生きてても仕方ない連中だ。
 だから、消していい。
『どういう訳か』この呼び出しに関しては改変が通じない。
 消したい。
 本当に消したい。

 それでも彼女たちの周りには彼女たちの存在そのものを喜ぶ人たちがいる。
 例え消滅に気付かなかったとしても共に培ってきた輝かしい記憶、時間が育んできたかけがえない感情の共有を丸ごと
刈り取ってしまう。
 存在を消し去る咎。ブレーキをかければかけるほど咎の巨大さが見えてくる。ただRより残酷な仕打ち。生まれたコト
はもちろん死んだコトさえ気付かれない。仕返しとは何かが、何かが……掛け違っている。頭がわんわんと痛む。人を消し
去るなど良くない。だが消し去らねば苛まれる。被害者の温情などせせら笑うのが加害者なのだ。それでも消し去るのは……。

 悪意と良心のせめぎ合いの果て出したヌヌ行の結論こそ──…

 自殺だった。
 ひとたび甘い汁を吸えばいつか平気で人をRようになる。
 自分を苛む連中と同じになる。
 それだけは……嫌だった。



 もう過ぎたコトだ。
 武藤夫妻との対面を果たしたいまヌヌ行は微笑する。
 先ほどまでの絶望はもうどこにもない。
 彼らとの出会いは新しい可能性を示してくれた。
 敵対する人物。彼らもまた命を持っている。いつかあの、斗貴子のお腹にいた鼓動のような存在と出会う権利を誰だって
等しく持っているのだ。
.

39 :
 それを奪うコトは絶対に間違いだといえたし、ヌヌ行自身守り抜きたいと心から思っていた。
 実行するにはどうすればいいか?
 心身を鍛え実力で対抗できるようになるのが一番だが……あいにく時間はない。
 対決はもう迫っている。
 行くにしろ連行されるにしろ廃ビル群には20人近くの女生徒がいる。
 いまのままでは勝ち目がない。
 だったらどうすればいいのか?
 敵対する人物を発生前に消し去るだけが時間操作じゃない。
 濃紺色の空間──どうもここに居る間、実世界では1秒たりと過ぎていないらしい──で手を躍らせる。
 次元を裂き現れ出でたのは巨大な帯。
 そこにあるスクリーンの1つは……廃ビルの群れを映していた。

 今は何もない。人は一人とていない。
 腕を上げるとさまざまな光景が映った。
 敢えて過去にだけ限定したが、建設中から現在までまるで定点カメラをしつらえたかの如く正確に。
 そのビルを映していた。
 アングルも自由に変えられる。特定の箇所だけ映すコトも。

 確認を終えるとヌヌ行は頷いた。ひどい緊張の面持ちだった。生唾を呑む音さえした。

 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファーは時空を渡る武装錬金。
 その特性は『歴史記憶』。
 通常改変に伴い上書きされ消えゆく歴史だが、ヌヌ行の武装錬金はそれさえも記録し且つ復活さえも可能。
 (パソコンの復元ポイントまたはスロットが複数あるゲームのデータ。そう考えればいい)
 濃紺の世界に現れた無数の帯は1つ1つが消え去った歴史なのである。
 ヌヌ行(創造主)はそれらを閲覧可能。時には必要に応じ自ら改変していくが。
 彼女は改変者たるより傍観者……或いは無知なる一般民たらんとした。
 それは初めて能力を手に入れた時、幼さゆえ道を外しかけた教訓でもあるが……。
 自らを呼びだした土建屋の娘たち。
 彼女たちを傷つけるコトなく切り抜け、イジメをやめさせるきっかけにまで好転させた──…
 ヌヌ行自身の奇跡的な自助努力。それが彼女の基本を傍観者たらしめている。

 そしてその方法とはまったく単純で、馬鹿馬鹿しい、泥臭いやり方だった。

 最善手を考えた場合、過去へ介入するコトこそ至高であろう。
 馬鹿げたイジメのパーティを強制散会させる手段などいくらでもある。
 匿名気取りで教師に電話し現場へ招く。参加者1人1人の行動を把握し来れなく──危害を加えるのではなく、それぞれ
の生活様式に応じたやり方で──する。イジメが始まるより早く廃ビル一帯を火の海にすれば当面の安全は図られる。
 たがヌヌ行は最善手を打たなかった。
 何故なら彼女に言わせればどれも「ズルい」。自らの力で切り抜けたとは言えない。
 カズキや斗貴子なら例えその過程が過酷だったとしても、惨めな思いを味わったとしても……。
 矜持を貫き、克己し。敗北の中でさえ掛け替えのないものを獲得するだろう。
.

40 :
 ヌヌ行は彼らのようになりたかった。
 厳密にいえば布越しに聞いた暖かな鼓動と再び巡り合いたかった。
 今でもまだ耳に残るあの鼓動は世界の暗澹に朽ち果てそうだったヌヌ行の心に光を灯してくれた。
 いわば希望だった。鼓動を思うとき心は強く蘇り暖かな色に満たされた。
 イジメが始まるまえ意中の男子に告白した時のような「向かうコト自体に意義を覚えられる」……柔らかな奔流が全身
を駆け巡った。
 卑怯な手段を使えば……顔向けできない。
 決めていた。
 時間跳躍こそするがそれはあくまで腕力や気力で勝る数多くの敵たちと対等になるための手段。
 歴史改変のような不意打ちで勝つつもりは毛頭なかった。
 面と向かって真っ向からイジメに立ち向かい凌いでみせる。
 結果からいえばヌヌ行はそれを実現した。
 果たして……いかなる方法か?
 まず普通に呼び出しに応じ、イジメを受ける。
 ここまではいつもの光景だが解放されるやすぐさま家へ舞い戻り武装錬金を発動。
 先ほどのイジメを画面越しに見る。見て、敵どもの動きをノートに書く。
 余談だがイジメの現場に核鉄は持っていかない。コトの最中奪われるのを危惧したためだ。
 核鉄が保管されている自宅めがけ歩いているときいつもヌヌ行は笑い泣きだ。
「持ち歩けたら帰り道ケガ治せるのに」。もっとも辛いのはもちろん例の空間で鉛筆を動かしているときだ。さんざんと痛め
つけられた個所がズキズキ痛む中での授業じみた行為。武装錬金発動中だから核鉄治療はお預けだ。土建屋の娘たちの
動きを描くとき思うのは「やめたい」。さっさと鉛筆を投げたい。寝たい。斬り捨てたはずの楽な道、大掛かりな歴史改変の
誘惑と戦いながらどうにか一通り描き終えるのが3時間後。不明な動きがあれば巻き戻し何度も見るのでそれだけかかる。
 ヌヌ行が主軸としたのは回避だった。
 敵の攻撃を総て避けきる。相手全員が過度の運動と興奮でヘトヘトになるまで避けきる。
 勝利は求めているがそれは戦闘自体の勝利ではない。
 イジメが終わるという戦略的勝利。
 局地的な戦いでの勝利。それは意味をなさない。下手に勝てば──ふだん見下している相手に下されたからこそ──お
ぞましい敵意が膨れ上がる。どうにか武力で勝ちを収めようとする。より強大な暴力が襲ってくる。悪循環だ。ましてヌヌ行
自身が武力にすがれば際限はない。総合的に見れば有利なのはヌヌ行で、その気になれば18人の生涯ごと戦いじたい
消滅させられるとしてもだ。
 重要なのは有耶無耶にするコトだ。どちらが勝ちとかいう『真実』はなくていい。担任教師たちが居もしない不審者をわざ
と信じ鍵付きのロッカーを導入したようなどこか虚偽的な手段で何もかもを御破算にしてやるのだ。攻撃を総て避けきり
攻撃するコトなく相手方総てを戦闘不能に追い込めばそこに敵意の生まれようはない。何しろ相手を傷つけていないのだ。
自ら高速で舞い続ける羽毛を殴れ。そう命じられた常人が6時間先12時間先で同じ行為を続けられるか? 難しいだ
ろう。体力のあるうちはまだ悪罵を投げかけられる。だが尽きてくればそれさえもできない。自らの行為の無意味さを問い
ただその状況が終わるコトだけ願い続ける。羽毛が尊厳も生活も財産も何一つ侵さないなら尚そうだ。
 ヌヌ行は羽毛たらんとした。人でありながら羽毛という偽りに満ちた存在となり徹頭徹尾敵の攻撃を避けんとした。
 だがいわゆる未来予知とやらでそれをするつもりはなかった。
 多くの人間が聞けば目を剥くだろうが、時空改変を行えるトップクラスの武装錬金アルジェブラ=サンディファー。
 事もあろうにヌヌ行はそれをビデオ代わりにした。
 イジメの現場を写し、自分がどう苛まれ、敵が如何なる攻撃パターンを有しているか分析するためだけに…………
ともすれば世界総てを一変できる能力を行使した。
 そのため本来なら一度で済む暴行を数十回も味わう羽目になったがそれは対価だ。
 武力もない。精神力もない。にも関わらず勝ちたいなら犠牲を払う他ない。
 犠牲を払い、敵の有り様を間近で見て、更に別視点から研究して。
 偽りに満ちた、けれどもヌヌ行自身の信じる真実にそぐう勝利を……掴む。
.

41 :
 今回の呼び出しをうまくいなしても”次”がある。
 それも有耶無耶にしその次もその次も有耶無耶にする。
 イジメが起こるたびその総てを物理的に避けきれば──…
 いつかは終わる。
 まどろっこしいがもっとも確実な手段。
 現実世界に戻るとすぐさま核鉄治療のスタートだ。体にテープでぐるぐる巻き。夕食が終わるとすぐさま就寝。
 そして翌日から3日間、学校を休む。
 ただの登校拒否ではない。「体を強くする」期間だ。
 核鉄治療は傷ついた体をより強靭にする。舞い込んだ記憶を頼りに彼女はただじっと傷を癒し……。
 再び時間跳躍。
 座標軸はカズキたちと出会った後。そこから再びイジメの現場へ。
 もちろん核鉄治療を施してすぐ加害者たち総て倒せる訳ではない。
 肉体組織が以前より少しだけ強くなるという程度だ。
 戦いにはもっと技術的な修練が必要だし精神的な慣れもいる。
 それらは両方とも錬金戦団のような組織に属さねば培えない。
 武装錬金を得たりといえどまだ小学生、まだ一般人のヌヌ行にとって核鉄治療は万能薬ではない。
 高圧電流は矛盾しているが人をRほど強くなかった。
 加減、されている。流石に小学生といえど殺人はマズいと思っているのだろう。
 そんな土建屋の娘の機微をニタニタ笑いながら去っていく取り巻きどもを眺めながらヌヌ行は立ち上がり再び自宅めがけ
歩き出す。数瞬前までの絶叫と海老反りはまだまだ体の芯にズシリと残っている。
 足取りは重く、されど軽く。
 自宅に戻り武装錬金を発動し、また帯を眺めイジメの現場を観察し、3日ほど核鉄治療──…
 唸る土建屋娘の掌を紙一重で避けたのは6週目……。
 一瞬何が起こったのか理解しかねた彼女は流石に青筋を立て痛烈な前蹴りを叩きこんできた。膝の拉ぐ嫌な音がした。
倒れ込むヌヌ行の全身を貫くのはしかし歓喜だった。
 イジめられるうちどんどん内向的になったヌヌ行。
 彼女の最近好きなものはとある動画サイトだった。
 そこではいろいろなアニメが期間限定とはタダで見れるしいわゆるその派生、映像や音声の一部を使い回した奇妙な
動画だってある。
 中でもヌヌ行がお気に入りだったのはゲーム。
 プレイしたコトのあるゲームが自分など及びもつかぬ手際で攻略される動画。
 いわゆる実況という、投稿者のおしゃべりを織り交ぜた動画。
 バグを駆使し抱腹絶倒の世界へ造り替える動画。
 そして。
 そして──…
 縛りプレイ。
 わざとプレイヤーに不利すぎる条件をつけた上でクリアを目指す動画。
 それがヌヌ行は大好きだった。
 分かりやすくいえばたとえばレベル1で魔王を倒すような、1面につきたった30発しかタマを撃てないシューティングゲー
ムで──たった1発超過するや爆滅するオンボロ戦闘機! ラスボスはちょうど30発で死ぬ──10周攻略を目指すよう
な、そんな動画がヌヌ行は大好きだった。
.

42 :
 多くは敵が相対的に強い──プレイヤー側の弱体化のせいで──だけだが、中にはゲームそのものを改造しその強さ
を絶対的にしているものもあった。魔王の体力が原典の6倍だったりラスボスが変態じみた高速で飛び回ったり……、と
にかく無茶な条件をどうにかしようとあがき続ける。ヌヌ行はそういう類の動画が大好きだった。
 最初はまったく手も足も出ない。連戦連敗。死に続ける主人公。
 だが時にプレイヤーの執念は無情極まるゲームの仕様を凌駕する。
『どうにもならない現実』。プログラムが厳然と弾きだす敵と主人公の圧倒的力量差。
 それが覆えり始める瞬間は確かにある。
 膝蓋骨から立ち上る強烈な痛みにヌヌ行は叫びだしたい気分だった。
”やった!”
 無慈悲極まる攻撃をかいくぐり一矢報いる主人公。
 しかし次の光景はいつも大体無残なものだ。あらゆる努力と奇跡の籠った攻撃はされど敵にわずかしかダメージを与え
ない。すかさずの反撃。健闘むなしく散華する主人公。
 ヌヌ行の攻撃回避は却ってギャラリーを怒らせた。ブーイングのなか小石が飛ぶ。衝撃。揺らぐ頭。流れる血潮。
 だがそれでいいとヌヌ行は思った。羽交い絞めにされながら思った。
『いつもより』早いタイミングで投入されたスタンガンがいつもよりやや強い出力で危害を及ぼしたが──…

『どうにもならない現実』を一瞬だけ上回る奇跡の瞬間。
 それは端緒なのだ。一瞬が恒久になり奇跡が常態になる前触れなのだ。
 努めさえすれば、対決を投げ出さなければ、人が最奥に隠し持つ黄金の適応力は遂に克服へ結実する。
 ヌヌ行はそう思う。
 時空の中で土建屋の娘たちの動きを観察するたび思いは強くなる。
 対決は続いた。
 イジメへの参加にやや消極的なギャラリーたち。やるよりは見る方が安全(さまざまな意味で)と佇んでいる傍観者たち。
 ヌヌ行が彼女らに挑みかかり返り討ちに遭い始めたのは匹夫の勇ではない。
 いざという時のため。仮に土建屋の娘をいなせるようになっても数を頼みに袋叩きをされれば勝ち目がない。
 どころか、命が危ない。乱戦における一般人の感情の昂ぶりは想像を絶する。みな危うい年代なのだ。些細なきっかけ
であっさりと命を奪ってしまう。
 各人の性格、攻撃のパターン。武器の有無。武器の性状。それらを知るに最適なのが総当たりだ。例え余計に17周した
としても結果からいえば近道なのだ。

 変わらない現実は確かにある。
 だが、超えられない訳ではない。
 その過程がいつだって困難なものでひどい痛みを伴うから人は途中で取り組むコトを諦める。
 では諦めない人間の条件とは何か?
 ヌヌ行はまだそれを語る術を持たない。
 それでも。
 嵐が去った後。
 少しずつだが抗する力が付き始めているのを実感しながら帰路についた。


.

43 :
 縛りプレイ。過度に強大なプログラムへの挑戦。
 人がそれを乗り越えられるのは発展があるからだ。指先の敏捷性。反射。判断力。集中力。
 プログラムとは止まった時の住人だ。発展はない。時の流れに応じ変わるコトはない。

 67周目。
 いよいよその時が来た。

 両肩を素早く揉み揺すると羽交い絞めが解けた。左膝から力を抜くとそちらに向かって体が沈んだ。練習通りだ。残影が
花柄模様のボールペンに切り裂かれた。やったのは太り気味の女子で予想通り呆然としている。何周か前不意打ちで
痛い目見たから……軽く顔をしかめ両腕を伸ばす。前へ伸ばしたそれはちょうど飛んできた通学カバンを受け止めた。
教科書が満載のそれは結構な重量。7周目で偶発的に当たったそれが腰骨にヒビを入れたのは忘れ難い記憶だ。踵
を軸に46度ほど右旋回。やや必死の表情。縮んだバネが爆発するよう立ち上がる。カバンは顔の前に。右上から左下に
軽く振り抜くように。それだけで何とかとかいう飛び回し蹴りが見事に裁かれた。地面に落ちたしなやかな影は土建屋の娘
の側近で特技はテコンドー。工藤静香を更にシャープにしたような美貌の彼女こそ実は一番の警戒対象。まったくの伏兵、
ダークホース。場の流れがヌヌ行に傾くやいなやいつも出てくる忠義の子分。しゅっと息を吹きながら一足で飛び込んできた
彼女の手足は穴だらけで血だらけだ。落ちたのは尖ったコンクリ片の溜まり場。折れた鉄骨も刺さったのだろう。風ととも
に血しぶきが舞う。素早い足刀。後年小札零の存在を知ったときまず思い出したのがココである。華麗で鮮やか、かつ勇
壮なる蹴り蹴り蹴り。千差万別のそれは予習と把握と寿命の3分の1を費やした核鉄治療の成果を得てしても回避するの
が精一杯だ。敵ながら見事、濃紺の世界で何度見ても飽きぬ光景。後の世界一というのも納得だ。だからこそ小札に実況
させたいこの風景! 
 もっとも直面している最中はそれどころではない。小札似(鐶ぽくもあるが)の三つ編みを揺らめかしながらメガネの奥を
右往左往、情けない声を上げつつ回避一方だ。
 まっさきにカバンを捨てたのは物理的損壊によって恨みを買うのを避けるためだが、一瞬その判断が誤りで誤りゆえにま
た詰むのではないかと青ざめたのもしばしばだ。転瞬脳髄に電撃が走り上体を右めがけ目いっぱい逸らした。衝撃。回し
蹴りが当たった。美しい少女のものとは思えぬ重苦しい爪先はヌヌ行の脇腹に深々とめり込み呼吸を妨げた。えずき。呼
吸困難。硬直。致命的な隙。追撃されれば一気に総崩れとなる好機にして悪機。だが倒れゆくのは側近の方だった。振り
返る。残る16人の取り巻きたちは表現こそさまざまだったが……みな凍り付いていた。
 もっとも青ざめていたのは土建屋の娘。
 数秒前やらかした行為がどれほど致命的な形で跳ね返ってきたか痛感しているらしく、大きな双眸は恐怖と涙でいっぱい
だった。「いや……」「違うの」。小さな体がガクガクと震えている。
 後ろ向きに倒れ行く側近。この場においてもっとも絶大な武力を持つ少女はいま、額のあたりから拳大のコンクリ片を落とし
ている。投げたのはもちろん主である。
 ヌヌ行だけが知っていた。乱戦があるや必ず手近なものを投げてくる。それが土建屋の娘だと。しかも誤爆はない。狙えば
必ずヌヌ行に命中する。何らかの方法でスタンガンを使用不能にしていても投げてくる。
 幾度となくやられた不意打ち。避けられたのはまったく本能ゆえと言わざるを得ない。
 そして。
 幾度となく理不尽な攻撃を受けた……受ける道を選んだが故の幸運が遂に訪れた。
 側近。白目を剥き切る最中にとうとう背中は硬い地面へ吸い込まれた。幼くもしなやから体がどうっと弾み沈静するころ
ギャラリーたちはいよいよ場の流れがマズいものになってきたかを悟った。
 視線は冷たい。総ての概要を知るヌヌ行にしてみればあの局面での援護攻撃は主従ゆえにまったく絶妙で最高の策だっ
た。ただ悪いコトにヌヌ行は弱者故の悲しさで何も考えずただ咄嗟に避けてしまった。側近が轟沈したのは本当にまったく
ただの不幸な偶然だ。当てようと思って避けたのではない。がむしゃらに避けたらたまたま当たった。
 だが取り巻きたちはそう思っていないらしい。
「なに下らない手出ししてんだよ」
「空気読めよ」

44 :
 腕っ節だけなら場で一番の者がよりにもよって首謀者の手で沈んだ。遠巻きでも分かるが今日のヌヌ行は何だか変だ。
まさか何十回も同じ現場を繰り返し参加者総ての攻撃パターンを知りつくし日夜回避の研究にいそしんでいるなど想像も
つかないが、にしても普段よりやり辛い。ただキレているだけの相手なら小馬鹿にできるが決死の形相で攻撃を避ける
その気迫! 何だか尋常ならざる様子だ。一言でいえば重い。彼女らは日々生じるストレスを手軽な手段で発散させたい
だけなのだ。クラスでもっとも権力のある女子。クラス最強のテコンドー使い。そういった連中が味方にいるからこそノー
リスクだと思い──いよいよ厳しくなってきた学校の目に潮時を感じながらも──参加したのに何たるザマだ。
 それでなくても彫刻刀事件で凋落するのではないかと囁かれている土建屋の娘だ。いまこの場における誤爆は侮りを
呼ぶに十分だ。
 冷たい視線を感じたのだろう。土建屋の娘は歩を進めた。向かう先には無論ヌヌ行。
 普段なら何人かが加勢するのだがやや不透明になりつつある動静の中ではそれもない。一つには連帯感もあっただろ
う。イジメという共同作業を通して芽生えた奇妙な意識。先ほどの誤爆の辱を雪げとばかり見守る気持ち。いま一つには
──結局連帯感さえ出発はそこなのだろうが──打算。下手に加勢して後ほど「一人でも勝てたのに余計なコトを」といっ
た類のミソをつけられるのは実にマズい。ヌヌ行がイジメ辛い存在となりつつあるいま下手は打てない。次のターゲットに
なるのは誰でもゴメンだ。「加勢? やだよ誤爆されんの」。そういう囁きもどこかで上がった。そして……もし土建屋の娘
がヌヌ行に敗北した場合、その後の学校生活がどうなるかという懸念もある。ただでさえ学校側から全面的に庇護されて
いるヌヌ行が実力に置いても勝つとくればそれはもう悪夢である。もともと成績もいい。やや野暮ったいが垢抜ければ土
建屋の娘以上に美しくなる素地もある。イジメに勝ったという勲章はクラスのおとなしい、マジメな連中から支持を──
もっとも勲章を得るほかなくなったのは彼らの無責任な傍観のせいでもあるが──得るだろう。
 となれば新たな勢力が発生しかねない。5年生といえば奇数だ。彼女らの学校においてクラス編成が変わるのは奇数
とむかしから決まっている。いまは5月。1年ある学校生活の流れが生まれるのはおよそこの時期。それが卒業まで続く……。
 以上のコトを見ても分かるように、土建屋の娘に加担する旨味はそろそろなくなりつつあった。
 むしろヌヌ行への手出しを控え、様子を見、どうにかして負け組への転落を防ぐ処世こそ彼女らにとっては重要だった。
 結果からいえば彼女らの嗅覚は実に素晴らしかった。
 土建屋の娘は負けた。
 戦いにおいても……器においても。
 最後の一撃は奇しくも部下と同じ回し蹴りだったが修練不足のうえに疲労が積み重なったそれは実に不様なものであり
呆気なく避けられた。そのうえ転倒……微かだが数人。確かに噴きだした。
「ビル際まで追いつめておいて」
 小馬鹿にしたような笑い。仰向けに倒れていた土建屋の娘は瞬間そちらをカッと睨んだ。
 その時である。
 ここまで回避一方だったヌヌ行が……。
 土建屋の娘の胸を横合いから思い切り蹴り飛ばした。
「何を……!?」
 地面を転がり美しい肌のあちこちにすり傷をこさえた読者モデルの少女。
 起きあがるや目も三角にヌヌ行見据え…………。
 信じがたいものを見た。
 鈍い音。
 崩れゆくヌヌ行。
 イジメに興じていた人間たちもただ愕然とその事実を見た。
 顔を見合わせた誰もが……首をノーと振った。
 ヌヌ行の後頭部に刺さっていたのは──…

 花瓶。

 だった。
 分厚くザラザラした陶器である。
 虎と牡丹が彫られたそれは遠目からでも分かるほど大きい。その重苦しさからするとおそらく5kgはあるだろう。
 ギャラリーの1人が「あっ」と上を指差した。

45 :
 ビル。ガラスが割れ中が剥き出しになっているその建物の3Fあたりで何かうごめく影が見えた。
「落した?」
「誰?」
「とにかく……アレから」
 かばわれた。
 ありえない状況だ。
 土建屋の娘は目を見開き口をパクつかせた。
 いまヌヌ行のいる場所というのは先ほど自分が倒れていた場所だ。
 罵声に思わずそちらを向き睨み据えていたから気付かなかったが……。
 もしヌヌ行の蹴りがなければあの花瓶は間違いなく土建屋の娘の顔面を粉砕していただろう。

「……サン」
 愕然とする彼女の意識を現実世界へ引き戻したのは一番の側近だった。
 いつ気付いたのか。よろよろと歩み寄ってきた彼女はそっと主人に耳打ちし──…

 10数分後。ヌヌ行は救急車に運ばれた。


 怪我は思ったよりは軽く済んだ。核鉄治療のおかげかもしれない。
(全周回で受けた傷のリザルトを吐き出せば、その3割は頭部なのだ)
 いずれにせよ何とか目論見どおりになった。
 退院の日、ヌヌ行がそう思えたのは土建屋の娘が見舞いに来たからだ。
 どうして救急車を呼んだのか。何気なく聞いてみると彼女はひどく申し訳なさそうにこういった。
「かばわれたから……」
「っていうのはちょっとだけウソがあって」
 例の側近の入れ知恵らしい。
 もしあそこでヌヌ行を見捨てた場合、ただでさえ下落傾向の株が遂に大暴落してしまう。
 ならばまがりなりにも人道を貫いたヌヌ行を助けるべきだ……と。
 付記すれば救急車を呼んだ場合、やはり学校からの呼び出しは免れ得ない。
 となればである。
 あの現場に居た者は総て連座……連帯責任を問われる。
 言うまでもないが誰一人として花瓶を落としたりはしていない。だがそういって信じて貰うにはあまりに悪行をやりすぎた
のが彼女らだ。仮に花瓶の無罪を信じてもらえたとしても今度はヌヌ行を事故現場に導いた連帯的な責任を追及される。
そもそも土建屋の娘とのサシを止めなかった道義的責任は確かにある。
「だったら、私だけがあの場に居たってコトにすれば」
 取り巻きたちからの反感は買わずに済む。むしろ弱味を握れるし恩も売れる。

「ウソかぁ〜」

 ヌヌ行はとても嬉しい気分だった。ウソのお陰であの件はだいぶ有耶無耶になっている。

46 :
 誰1人にも勝てず、恨みも買わず、むしろ被害者の立場で英雄的側面を手に入れた。
 ケガだけでいえば負けにも等しいのに首謀者はもう攻撃できない。矛盾をはらみながらも合理的な理由が発生している。
 命を救われた人物が、救った人間を攻撃する。
 なかなかできるコトではない。
 これでイジメを継続すれば取り巻きから──連帯責任を免除したという貸しがあるにしろ──3人ないし4人の離反者が
出る。参加者17人の中では小さな数字だが少女とは話し好きなものである。いかに土建屋の娘の人格が酷薄か(自分
のイジメ行為を誤魔化すよう、より過大に)並べ立て次から次へ敵を量産する。まがりなりにもクラスで一大会派を築いて
いる土建屋の娘なだけにそういう機微や打算には敏感すぎるほど敏感らしい。
 後に聞いたが最初担任の教師はこう疑っていたという。
 土建屋の娘が花瓶で殴ったのではないか……?
 医師の診断によりその線は消え、花瓶については事故で処理された。
 結局先日の彫刻刀事件の件を問い詰めているうちああなった。暴行についてはやはり責められるべき要素はあったが
しかし花瓶落下という突然の事故に際しすぐさま救急車を呼んだ姿勢だけは評価され、今回だけは特別に見逃されたとい
う。
 他にも何人か現場に居た。その事実を教師たちは知っているのだろう。医師の報告はけして擁護にだけはならない。ス
タンガンの使用も指摘しテコンドーの鋭い足跡だって炙り出している。所用で街に出向いていたとある教師が事故のあった
時間、あのビルの方からぞろぞろと逃げだしてくる複数の生徒を目撃してもいる。

「ところでなんであの時、花瓶が落ちてくるって気付いたの?」

「……それが私にも分からなくて。なにかあったんだけど。頭を打ったせいかな。記憶がなくて」

 ヌヌ行たちは知らなかったが……。
 この時間、あの現場にいたものたちはみなぞっとしていた。
 ビルの方から逃げてくる少女たちの写真。それが『何者かによって』自宅へ送りつけられていたからだ。
 スタンガンを提供した少女もまたカタログを前に震えていた。郵便受けへ無造作に突っ込まれていたカタログ。とある1
ページにドッグイヤーがついているのに気付いた瞬間、心臓は跳ね上がった。ナイフや警棒といった少女に不似合いな
商品満載のカタログ。該当のページを開く。凍りついた。かつてヌヌ行をさんざん痛めつけた電圧的凶器。まさに同型に
花丸が振られている。色も筆致も学校でよく見るやつだ。

 教師たちは誰一人彼女らを責めたりはしなかった。
 いつも笑顔で。にこやかに。心から将来を心配し、正しく育つコトを望み。
 贔屓などなく分け隔てなく公平に接した。
 ヌヌ行がたとえば間違って金魚鉢を落っことせばちゃんとお説教はするし反省文も描かせた。
 イジメに参加した生徒たちが特定の分野でヌヌ行に辛勝するというコトもしばしばだった。
 それが、恐ろしかった。
 きっと総ては知られている。知られているのに責められない。
 大人だけが持つ本心の見えない笑顔。それを目の当たりにするたび彼女らは恐怖に囚われた。
 実は内心で怒っているのではないのか。イジめた分際でヌヌ行に勝ったコトを腹立たしく思っているのではないのか。
 被害者たるヌヌ行さえ叱るのだから、もしこれ以上なにか悪事を働けばウラにある何もかもが爆発し悲惨で破滅的な事
態が起こるのではないか……。
 猜疑はやがてヌヌ行への罪悪感と混じり合い拭い難いものにしていった。
.

47 :
 土建屋の娘が読者モデルをやめたのは彼女たちへのケジメだったのだろうか。
 
 後に発展途上国での地雷除去に従事する土建屋の娘。
 その生涯は64回目の春が訪れたとき老眼で見落とした地雷を踏むまで続いた。
 死骸は酸鼻を極めたが……不思議なコトに顔だけは無事だったという。



 そんな運命を知らない彼女は病室を去るときひざまずき、深々と頭を下げた。


 顔を守ってくれてありがとう。


 それから……ゴメンなさい。


 山ほどいろいろ言いたかったヌヌ行だが「ま、いっか」と思った。
 だから笑顔を浮かべ「うん。気にしてないよ。でも誰が相手でも……もうしちゃダメだよ」とだけ言った。

 地獄のような日々が終わりさえすればいい。
 約束も……果たせたのだから。

 武藤夫妻への連絡は(ヌヌ行が3日ほど昏睡していたのも手伝って)、ややバタついたものになった。
 入院してから5日目。
 やっと連絡のついた彼らは慌ててすっ飛んできた。
「へー。じゃあ花瓶が落ちてきたんだ」
「ったく。任務で行ったコトはあるが……まだ窓際にいろいろ置いてるのか」
 呆れるやら安堵するやら。とにかく彼らは最後に笑顔でこういった。
「頑張ったな」
「頑張ったね」
 期限よりやや早く──ヌヌ行の中では結構な歳月が流れているが──約束を果たせたコトはとても嬉しかった。


 退院すると彼女はいつものように自宅へ戻り核鉄を発動した。

48 :
.
 もう敵の動きを研究する必要はない。
 ただ、記念にあのとき自分がどういう動きをしていたのか見たかったのだ。
 果して、見た。
 しかしスクリーン越しではどうも物足らない。
 気付けば思わずあの時間に跳躍していた。
 ポリシーに反する行為ではあるがしかし浮かれてもいた。
「大丈夫。ここはビルの3階。しかも双眼鏡で見るだけだから。大丈夫」
 場所的に最終決戦のあった場所の真上。特等席だ。
 頑張った自分へのご褒美という奴である。望遠レンズで見る自分の雄姿たるや見ていて涙が出るほど感動的だった。
「あ。いけない。もうすぐ土建屋さんとの直接対決なのに」
 涙で前が見えなくなった。慌てて拭おうとしたら双眼鏡が……落ちた。
 このビルにガラスはない。下手をすれば双眼鏡が地上めがけ落ちるだろう。
 そしてヌヌ行が経験したこの歴史では双眼鏡など落ちてこなかった。
 落とせば歴史改変をしてしまう。もし土建屋の娘に当たったりしたらこれまでの苦労が水の泡だ。
 必死の思いで手を伸ばす。はたして双眼鏡は受け止められた。×字に重ねた両腕で胸に押しつけながら安堵の溜息
をつく。
 さあ観察再開だ。身を乗り出した瞬間、爪先に何が重い感触が当たった。
 ゴドリという乾いた音がした。きっと下まで響いたのだろう。

「?」

 いよいよ自分たちは眼下に迫ってくる。その興奮に一瞬気を取られてたいたヌヌ行だ。
 爪先の「ゴドリ」を理解するまで2秒を要した。
 何気なく視線を移す。

 花瓶だった。

 分厚くザラザラした陶器。虎と牡丹が彫られた。5kgほどはあろうかという花瓶。
 それが中空にいる。ゆっくりと落ちていく。手を伸ばしても届かない距離で、落ちていく。

「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 全身の毛が逆立った。フラッシュバック。超高速で回転する脳髄。記憶喪失は回復した。
(そうだ!! 確かあのとき! 上の方から!!)
 ゴドリという奇妙な音がした。ちょうど相手がギャラリーに気をとられていたので何気なく上を見た。
.

49 :
 すると花瓶が降ってくるではないか。理由は分からなかったがあのままいけば土建屋の娘の顔面に直撃だった。
 だから、かばった。
 ヌヌ行の知る歴史が眼下遥かであっという間に再現され……花瓶は彼女の後頭部に刺さった。
──「ったく。任務で行ったコトはあるが……まだ窓際にいろいろ置いてるのか」
 蘇るのは斗貴子の言葉。確かにあるわあるわ同じような花瓶やら紙の束やらサッカーボール。
 顔面蒼白の彼女は更に見た。ギャラリーのうち何人かがこちらを見ているのを。
 慌てて後ずさる。
 死角に逃げ込むと救急車の音がどこからかした。
 それを聞きながら彼女は時間を跳躍し……。
 濃紺の世界へと戻った。

 そして肩で荒く息をつき、つき、つき──…

 叫んだ。

「なにアレ!!」

「私のっ!!」

「私のせいなの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 シュビシュビとスクリーンを指差しながら大声を立てる。
 もちろんだが、誰も答えたりはしない。


(なにコレ、なにコレ? いいの? いいの?)

 目をぐるぐるとさせる。答えは出そうにない。

 自宅に戻ってからも混乱は収まらない。
 努めて冷静になって考えてみる。

 まず疑問なのは「あの勝利は結局どこから来たのか?」である。
 ヌヌ行が戦略的勝利を手に入れるきっかけとなった花瓶。
 アレを落としたのもまたヌヌ行である。

50 :
.
「で、その私っていうのは勝ったのが嬉しいからあそこへ行ったんだよね?」
 恐ろしいパラドックスを孕んでいる。
 花瓶が落ちたから勝った。でも勝ったから花瓶が落ちた。
「………………………………………………か、考えるの、よそう」
 もっと重要なのは、ヌヌ行のポリシーについてである。
「うぅ。歴史改変なんてしないって決めてたのに」
 結果からいえば最後の最後で介入してしまった感がある。
 アレは果たしてアリなのだろうか?
 しばらく俯いていたヌヌ行は……突然ガバと面を上げた。

「いいや!! アリだ!! アリなのだよ過去の私ぃ!!!」
「フ、フフ。私、か。あれほどの困難を成し遂げたいま一人称がそれじゃダメだ!!」
「決めたぞ!! わた、ぼく、おれ……拙者? んーーーーーーーーーーーと。余じゃなくて、不肖でもなくて〜〜〜」
「ほ!!」
「そだ! 我輩! 我輩はね!! 今日からね! 超越者を目指すの!! 来るべきウィルとの戦いに備え!!」
「超越するのだよ!! にも関わらずあの程度の事象についてうだうだ悩んでいても仕方ないじゃないか……」
「フフフ。確かに我輩の悩みどころは正しいよ。が、あの土建屋の娘の顔面に当たらなかったのなら問題はない。時間跳躍
を悪用し敵を損壊せしめる……それはしていない。自ら定めた禁忌は破っていない」
「アレは事故であり!! 事故を起こした我輩自身が阻止した!!」
「阻止できたのはあそこまでの修練があったからだ!!」
「ならば我輩、何も間違えていないではないか!!」
「ククク……クククク!!!」
「ハーッハッハッハ!!!」

「歴史改変!! 何と奥深く素晴らしいものなんだろうね!!」
「我輩いつか可愛い男のコと歴史を旅して悪をこの手で討ち滅ぼしたい!!」
「だから確認しよう!!」
「スマートガンの武装錬金、アルジェブラ=サンディファー。その、特性はアアアアアアアアア!!!」
「ヌヌ行〜。御飯よー」
「あ。ごめんおかあさんちょっと待ってて。いまいいところだから」
 不意に開いた部屋の扉。そこから母親を押し出すとヌヌ行は後ろ手で鍵をかけ

51 :
.
(わあああああああああああ!! なんか、なんか見られたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 真赤な顔で頭をボカスカ叩いた。

「う。ううう。すまーとがんのぶそーれんきん。あるじぇぶら=さんでぃふぁー。そのとくせいは、そのとくせいは……」
 気を取り直してテイク2。まずトテトテとドアにより耳を当てる。母の気配はない。認めた瞬間ヌヌ行はぐっと拳を固め大きく
息を吸った。

「『歴史の記憶』!! タイムスリップならびに時空改変は当然可能!! ただしウィルのようなスロ1で上書き一択な武装
錬金ではなく!! 複数のスロットに歴史そのものをセーブ可能!! 時空改変者が何かやるたびスロット(=歴史のデー
タ)は自動的に増加!)
「つまり!!!」
「どんな歴史でも選び放題!! どんなにウィルが歴史を改変してもロード1発で御破算に、できるッ!!!」
「そして!! わたっ、あ、間違えた!!! 我輩自身は歴史から干渉を受けない!! ウィルの改変の影響で発生した私
……我輩! けど改変前をロードしても以前変わりなく存在する!!」
 まさに無敵の能力。時空改変者を相手取ったとしても負ける要素が見当たらない。
 このときヌヌ行の興奮は最高潮だった。色素の薄い髪を汗で湿らせ両鼻から息を吹き、幸福の絶頂をいやというほど味
わっていた
 歴史を変えられる。しかも変えられるというコトを変えられたりしない。
 改めて認識するが──…
 幼い少女にしてみれば突然魔法が使えるようになったに等しい。

「あとはその時を待つだけだね」
「ウィル。彼はきっと動き出す」
「その時まで我輩……鍛えるとするかな。自分、という奴をね」

52 :
以上ここまで。次でヌヌ編終わり。たぶん。

53 :
>>スターダストさん(メタ的にはヌヌの知恵=スターダストさんの知恵なんですよねえ……)
普通こんなこと思いつかない、思いついてもやらない、やり始めても途中で諦めるぞ! と
思いますねえこれは。安易な手段に頼らず、よくもまあここまで。知恵に慈愛に強さに、
ホントこの子は菩薩にして修羅か、と思いました。健気とか優しいとかを越えて「凄い」です。

54 :
カイカイです。これは是非、画で読みたい。
ディオがヌヌ行とタイマンで勝つため、修錬や色んなモノに目覚めるレベル。
座王権太の池沼が治るレベル。愛の奇跡で。
でも星霜編を描いたあの和月の作品世界だったら、いじめグループのほぼ全員が
ペド教師連やヌヌ親関係の変態の金持ちの慰み者になるんだろうなー・・・・・。
ヌヌが男子の慰み者にならなかったことからも、ヌヌがかなりアンタッチャブルな子どもなのが窺えます。
罪過の軽重や家格でいじめグループ内にも上下関係ができて、教師以外のペドも参加してきそう。
家の安全や本人の将来には代えられないから、保護者公認で娘が差し出される。
和月は色んな意味で、作品本編以外が余計な存在w

55 :
後年の同窓会のシーンも、廃ビル事件の後の展開によって意味合いが変わってきますよね。
それにしてもヌヌタソ、のび太と時空オニゴッコして
どちらからともなくランデブーしたら次は射線の読み合いしてほしい・・・・・・・・。

56 :
 何年か経ち。
 両親の希望もありヌヌ行はとある大学を受験。首席で合格した。
 ある日の放課後。彼女は呼び出しを受けた。場所は使われていない教室だ。行った。ドアを開ける。がらんとした机の群
れのなかに男子生徒がただ1人。中肉中背。流行を手堅く捉えた服装。そして髪型。顔面の造形も中の中。普段友人と
バカな話(バイト先のオーナーへの愚痴とか友人の失敗談とか)しかしてない気軽な青年。しかしいまの顔面たるや空間を
染め上げる朱色に負けぬほどだ。彼はヌヌ行を認めると深く息を吸いいよいよ堅さを増した。これで用件が分からねば朴
念仁。ヌヌ行は内心溜息つきつつ踏みだした。

 西陽が毒々しいまでに行きわたった教室。そこを泳ぐしなやかな体はひどく幻想的だった。呼びだし人がいよいよ接近す
るヌヌ行を動揺混じりに眺めたのはその姿態にある。
 身長は170cmほど。すらりと伸びた体に繊細かつ長い手足。いでたちときたら法衣でどこかの教徒かというぐらい肌を
見せぬ。だが……下世話な話をすれば肉付きときたらまったく豊麗を極めていた。ゆったりとした服の上からでもなお学校
一と分かるバスト。ウワサによればむしろコンプレックスに思い敢えて『小さく見える』矯正下着を着用しているらしいが真偽
の程は分からない。
 ただしこの男子生徒が苦心惨憺のすえ手に入れたアドレスめがけ制作時間5時間23分の呼び出し文──時間をかけた
わりにはひどく簡素な。「明日○○で会えない? 大事な話が」。まったく面白味のない──を発信したおもな理由はバスト
ではない。
 平たく言えば佇まい。怜悧と不敵を束ねた鋭い美貌。一度何かの話し合いのとき、小さな眼鏡をくいと直しつつ発された
余裕たっぷりの反問。身長182cmの懐で行われた上目遣い。痺れたのはそれだ。声は女性にしてはやや低いが舌鋒た
るや熟練した時計技工士が歯車を叩き込むような調子だ。常に一部のズレもない。話すたび滑らかな音階が世界を美しく
しているよう。変人のウワサも高いが──出身高校は銀成学園。変人揃いで有名な学校。これもウワサだが彼女はそこで
おかしな部活を作り部員や『ヒワタリ』なるヤクザ顧問と相当ヤンチャをやらかしたらしい──告白する価値はある。
 もっとも彼は女神の過去を知らない。まさか小学校時代は勇気ある告白さえ一蹴される並以下の見た目だったとは。
 告白に端を発した地獄のようなイジメ。
 それを自力で切り抜けたがゆえの自信と反省はヌヌ行に更なる奮起をもたらした。
 美貌。例の土建屋の娘ほどの執心はないがしかし学校生活なる容赦なき品評会へ並以下の容貌を出し続ける危険性、
まったく身を以て気付いた次第だ。気付いた瞬間彼女なりの垢ぬける努力を始めた。すると元来の勤勉さや例の時間跳
躍で培った観察力と達成力は次から次に奏功をもたらした。幸運にもその時期は第二次性徴期と重なった。生物の神秘、
中学を卒業するころにはヌヌ行もう他の誰よりも──イジめた人間よりも。傍観していた連中よりも──美しく花開いていた。
 古巣たる銀成学園では彼(か)の早坂桜花に次ぐとさえ言われている美貌がいま近づいてくる。
 跳ね上がる鼓動。舞い戻る記憶。告白にまでこぎつけたのは平凡な青年の平凡なりの努力がある。
 サークル。ヌヌ行が所属していたのは刑事を研究するナントカとかいう集まり。そこへ途中参加し不眠不休で資料を集め
どうにかヌヌ行のレベルに追いついたのが8か月目。そこからさらに半年ほど発表やら論文やらで貴重な青春を削りに削り
容貌もスタイルもA-な女子からの告白さえ涙ながらに断わりつつ飲み会を点々、親密とは断言し辛いが冗談を言い合える
仲にはどうにかなった。でなければメルアドめがけ呼び出しなど送らない。凡庸は凡庸なりに下積みをし準備をしたのだ。
 これで芳しくない結果ならば14か月の涙ぐましい努力は水泡。
 恐怖する間にも金髪がさらさらと近づいてくる。成人式とともに突如変色した……そんな根も葉もない風聞が漂っている髪。
長さはほどよいくびれと安産型の綺麗な丸みの境界線まで。先端から30cmの辺りで枝別れをし大雑把な房を作っている。
夕日の中にいる男子生徒が半ば恍惚とヌヌ行を見たのは房のせいである。如何なる光学的原理があるのか。正面だけで
6つ以上あるその房は実にカラフルだった。胸部の辺りで異様な盛り上がりを見せる2つは水色と黒い青。そこから外側
へ移るにつれ赤、黄、紫、白……まとまりなく変わっている。肩の後ろに落ち行く奔流はカッパーとダークブラウンそして黒。

57 :
「青い鳥はいなくてね」
 え。息を呑んだのは眼鏡直しを見たからだ。小さな眼鏡が白い指に、「くい」。いつもの所作。好意が芽生えた最初の挙措。
しかし今ばかりは萌え立てぬ。予兆。告白なる人間的機微が論理のメスに蹂躙される気配。
「厳密に言うとだね? 鳥に青い色素はない。カロテンとかの赤はあるが青はない。カワセミとかが青く見えるのは構造色っ
てやつさ。羽毛の中の空洞やら何やらが光を反射した結果なのだよアレは」
 それが我々人間の知覚のなかで色を帯びているに過ぎない。いつもの調子を淡々と奏でた彼女は最後に「我輩の髪も
まあそれさ。確かケラチンだったかな。髪の材質自体が妙でね。特別な構造を有している」とだけ言った。
 本当か、どうか。目を白黒させる男子生徒は次の瞬間ドキリとした。
「話は変わるけれどもだ。キミはエピクロスを知ってるかい?」
 ヌヌ行の顔が懐にある。そこで悪戯っぽい上目遣いだ。加速する鼓動。締め付けられる痛み。期待と恐怖の同時攻撃。
「ヘレニズム時代の哲人さ。最初こそプラトン派だったが少々快楽主義が過ぎてね。ストア派やダンテに攻撃された」
 白い手が机で踊る。最初ぺとりと密着していたそれは上背の盛り上がりとともに柔らかく伸びやがて机を飛び立った。
 そして横を過ぎるヌヌ行。
 金縛りにあったがごとく立ちすくんだのは受け答えの術を持たないからだ。呼ぶ。告白する。一本調子のプランなどとうの
昔に瓦解済。心にあるのは悔みの言葉。哲学の授業を代返のみで乗り切った昨年への自己弁護そして後悔。
 通り過ぎた残り香。味わう余裕などあるべくもなく。
「エピクロスいわく性愛の喜びは何ら利益をもたらさないらしい。むしろ性欲が消滅したら喜ぶべきとさえ言っている。つま
り節度ある快楽主義……理想の一つさ。我輩の、ね」
 歩く音。躍るような明るい声。軽やかなる音の世界。
 それが振り返り……トドメの一言。
「で、用件はなんだい?」
 泡を喰った「なんでもないです」が発動してから数秒後。遠くでドアが閉じた。次いで誰か駆け去る足音。泣き荒びさえ轟く
世界でヌヌ行は溜息1つ。手近な椅子を引いた。
「やれやれ。ベルクソンは言ったよ。時間は遅延そのものだ。ずっと言えず貯め込めば、「久遠」だったのだがねえ」
 机に広げたのはハイネの詩集。そこに目を落とす彼女にはもうあの男子生徒など──1年以上の付き合いはあるが──
存在していないように見えた。
 赤く染まる教室の中、羸砲ヌヌ行はただ黙然と本を読み。
 読み。
 読み──…
 突然コキリと項垂れた。

(うぅ。時々思うんだけど私イタいキャラになってる)

 本を立てる。両足をパタパタさせる。机に顎を乗せる。
 両目の下は忸怩たる赤に染まっていた。

(もうやめようよこの癖! 話してた人がいなくなったあとそれっぽい独り言吐くの!! なんか独特な雰囲気醸し出すの!!)

 やがて首だけニューっと伸ばし(窓際の席だった)窓枠を覗き込む。
 居た。遥か下、目に前腕部を当て駆け去っていくのはまさに例の男子生徒。
(ゴメンよ。ゴメンよ。私には心に決めてる人が……!)
 泣きたい気分だった。

58 :


.
 ほとんどの事象がそうであるが、イジメもまた多かれ少なかれ影響を残す。取り沙汰されるのは人間関係という”分かりや
すい”ジャンルで顕在するからだ。分かりやすい。尊厳云々と絡めて喧伝し易いからこうも関連書籍が出るのではないか。
 小学校卒業まで1年となったある日ヌヌ行が抱いた感想である。
『うやむやな勝利』。タイムパラッドクスを孕んだ戦勝記念日。そこからの学校生活は決して完全なる満足はなかったがマイ
ナスでもなかった。人生に対するおぞましい負債はないが莫大な利益もない……。
 良くも悪くも普通の生活を手に入れた彼女がまず気付いたのは、裡に眠る恐ろしいまでの人間不信だった。
 見た目を磨き始めて間もないころ。ゾッとした予感が全身を貫いた。
 もしこの努力が実を結ばなかったら? もし学校で見咎められたら? お前なんかが努力してもムダ。そう言われミソをつけ
られたら?
 まだ少女のヌヌ行にとって悪口(あっこう)はまだ恐ろしい。無痛では耐えられないのだ。時間跳躍という強大な力を持ち、
正々堂々切り抜けんとする気概さえしっかと秘めているヌヌ行だが一方では惨め極まりない劣等感が充満している。心象
風景はひどい有様だった。脳細胞のあちこちが腐り黒い糜爛の粒粒があちらこちらでヘドロ汁をブチ撒いている。武藤夫
妻を思うときだけそれらは光の中に溶け消え絶望感が消え去るのだがクラスの女子の何気ない一言! 深読みし裏読み
し、敵意の有無を探るとき心は再び黯藹(あんあい)なる癌世界へ引き戻される。「こうきたらこうしよう」。傍目から見れば
まったく無用の対応策さえ十重二十重に用意する。
 一言でいえば、人間が怖い。
 美容に良いだけのクソまずいサプリを毎食後欠かさず5種18錠飲めたのも毎朝14kmのランニングを土砂降りの日さえ
中断せず続けられたのも美白液を買うためランニング前の新聞配達を3年続けられたのも総て総て人間に責められぬため
である。
 劣っていれば責められる。だから劣っていたくない。
 本能的な危機感は次から次に劣等感を打破し始めた。もともと成績だけは良かった彼女である。ひとたび解決策をひり
出せばイジメ克服で培った精神力で必ず達成しまた新たな自信を獲得する。それがさらなる原動力を生み、しかし根本的な
変化のなさを痛感する。つまるところを努力は弱みを隠すための所業なのだと気付いてしまう。弱味を隠す方にのみ進化し
ている。ただそれだけだと分かりながらもさらけ出せないジレンマ。着のみ着のままありのまま。劣等を劣等と気付かぬまま
存在していた子供のころ。弱味を露骨にまでさらけ出していたから責められた。イジメに、あった。
 強くなぞるほど深まる因果。きっと最後に克服すべきなのはそれ……弱味を他人にさらけ出す。ありのままの自分を見せる。
それができたとき自分は本当の意味で武藤夫妻になれると分かりながらもできない矛盾。
 長ずるにつれヌヌ行の口調がやや浮世離れしたものになった理由は以上である。
 常に余裕を。常に冷静を。トゲのない口調で相手を受け流す。超然たれ。ずっとずっと超然たれ……。
 そういう『ウソ』の中にまだ居た。囚われていた。

 夕日が消えた教室の中。暗闇の中でヌヌ行はうろうろしていた。
 細長い影。金髪だけが淡く輝くそれは机に用があるらしい。
 教科書などを入れるスペース。手を突っ込んではうむうむと頷き次へ移る。
 奇妙な行為。10ほどそれを繰り返した辺りでシルエットは煤iシグマ)を飛ばした。
(わああああああ! まただ!! また盗聴器探してるー! だからないんだってばそんなの!! 誰も私陥れようなんて
してない!! コッソリ盗聴器仕掛けて私の素を暴露して! またイジメようとか! する訳ないでしょ!!)
 軽く呻き頭を抱える。豊かすぎる胸をぐにゃりと押しつぶし前のめりになった彼女が突如背筋を伸ばしたのは……
(は!! いま教壇の下の方でヘンな音!! まさかやはりの盗聴……ないないない!! どれほど自意識過剰なのよ!!
いい、盗聴器ってのは高いの!! 高いの買ってまでイジめる価値はないの!! 大学生はもっとこういろいろほかにやり
たいコトあるし就職だって控えてるんだからそんなの使う訳……あああ。理性ではそう分かってるのに「でも実は」とかビク
ついて盗聴器探すこの習性! 侘しい……我ながら侘しすぎだよ)
 おろおろと首を振りながら目的地に向かい始める。
.

59 :
(いやいや。しゃんとしようよ私。失敗してないでしょ。むしろ前向きに捉えよー。凄いよね凄いよね!! 教壇からした小さな
物音さえ見逃さぬ耳の良さ。誇っていいよね。ね。ね!! そうだよ誇ろう私はスゴい結構スゴい!! ふっふっふー! 私
の聴覚を舐めたらあかんよ!! 人気のない所で少女漫画読んでる時だって警戒は怠らない!!誰か近づいてきたらす
ぐさま鞄にあるハイネの詩集と入れ替えるのよ!! イメージは大事だもん! 漫画読んでたらここまで頑張って築いてき
た私のイメージ崩れるもん! でも本当はハイネとかよく分からないし可愛い女のコがカッコいい男の人とドキドキワクワク
な関係築いてく漫画の方が好きなのさー)
 やがて仁王立ちに教壇を覗きこんだヌヌ行、ただ無表情で頷いた。
「みー。みー」
 小さく鳴く生物は三毛猫だった。生後半年ぐらいだろうか。
 人慣れしているようで、ヌヌ行が屈みこむと掌に顔をすりつけた。
 保護欲をかきたてる仕草だがヌヌ行の表情は厳しい。仏頂面だ。口角ときたら異様な歪みを帯びている。
「と、とんだチェシャキャットが迷い込んでいるね。この棟には調理室だってある。衛生学上好ましくない。発見者の責務だ。
つまみだすとするかな」
 両手で抱え立ちあがった。口調は硬い。知る者が見ればいつものヌヌ行だと納得するだろう。
 だが彼らは知らない。この女子大生の……意外な側面を。
 ヌヌ行はいま、こう考えていた。
(ネコさんネコさんどこから来たの? 学生さんのお友達なのかにゃー。にゃーにゃーにゃー。私こういうの口に出して言え
ないから内心で言いまくりだにゃー。ほれほれー。耳こちょこちょ攻撃ー!気持ちええやろー。ネコのツボとか結構研究し
てるんだにゃ私!! ほれ見ろノド鳴ったノド鳴った。ごろごろー!!!! ごろごろー!! わーい!! わーい!!)
 本心をさらけ出せず成長してきた少女。その中身は見た目からは想像もつかないほど……幼かった。

 故に彼女は気付かなかった。

 後に見聞する『3人以上』の時空改変者。小札零を含む錚々たる能力者たちの中でもトップクラスに位置するヌヌ行。
 通常ならば確実に気付いていた異変……いま芽生えつつある時空の裂け目を。
 羸砲ヌヌ行は見逃していた。


 ネコを抱えたまま彫像になるコト1分。再動後まずとった行動は咳ばらい

 異変の始まりは月並みだが『音』。独特の高周波が薄暗い教室を揺るがした。睨むように首をねじったのはまったく反射
的な行動だ。もしかすると前世──最初の改変者──は転生してなお即応できるほどその音に苛まれていたのかも知れ
ない。白紙の脳裏に愚もつかぬ絵画を描きつつも状況を静観。手は核鉄に。ポケットの中に。指にかかる力がやや強く
なったのは黒板のせいだ。白くけぶった緑色の大長方形はいよいよ廊下側から3分の1の地点を袈裟掛けに斬られそし
てズレた。三角の積み木同士で正方形を作ったかの如く断片を滑らせているのは虹色の切れ目。下品な工業用油と揶揄
したくなるほどギトギトに輝く空間の傷口から遂に黝堊の影が飛びだした。明滅。何らかの時空的干渉か。それまで消えて
いた総ての蛍光灯が前から後ろへサーっと灯り午後6時28分の夕闇を消し去った。
「……」
 スタリ。軽やかな身のこなしで着地したのは……少年、だった。
 青い髪。動きやすそうな白い服。オレンジのマフラー。鋭い目。年のころはヌヌ行より5つほど下。前述したもろもろのパー
ツは何故だか傷や煤けに塗れている。よほど過酷な環境からきたのだろう。微かに息を上げながらただ黙然とヌヌ行を見て
いる。敵視こそしてないが友愛もない。機密事項を見た一般人をどう言いくるめるか考え中のエージェント。正にそんな峻厳
きわまる目つきだった。
.

60 :

 ただしヌヌ行の頭をまず掠めたのは
(!!!!!!!!!!! 見られた!? いや待て待て変な表情とかしてないはずだぞ私!! アルジェブラ発動!!
……よし。大丈夫だ。さっきの私におかしな部分はない。ただ微笑してネコ撫でてただけだ。いつも思うけど凄いな私。
内心はっちゃけまくりなのに一切オモテに出ていない。だからクールすぎるってみんな打ち解けてくれないんだけど。
くすん。本当はもっとバカな話したいよぉ)
 なんとも間の抜けた思慮でそれが通り過ぎるといつもの如く眼鏡を直しこう述べた。
「やあ。待っていたよ」
 少年の顔がさざめいた。息が微かにつまり吊りあがり気味の瞳が大きく開いた。その光に好奇のニュアンスを見つけると
更に一言。「流石我輩の前世。ズレはない。刻限通りに送ってくれた」。
 そう実はヌヌ行この時点で相手の正体に気付いていた……という訳ではない。相手が時空の裂け目から来た以上、『前
世』の関係者たる公算が高いと見ただけだ。だからとりあえずウソを吐いた。敵ならば気勢を削げるし味方なら弱味を見せ
ずに済む。もっとも問題なのはまったく無関係な時間旅行者だった場合で……
(待ってた!? 何をどう!? ちょちょちょ! 今のこれ外角高めを狙いすぎでしょ!! もし私目当てじゃなかったらどう
するのよ。何!? またいつものように小難しい話してこじつけていかにも運命的に出会ったみたいな誤魔化しするの!!?
もうやめようよそういうの!! 痛いよ!! 普通がイチバン!! 普通に話すのが一番なのになんでこうなるかなー!!)
 内心のヌヌ行は両目丸ごとバツにしかめ頭をぽかぽか叩いていた。
 混乱が加速したのは少年の顔がやや曇ったからだ。後で分かるがそれはどう事情をまとめようか考えあぐねていただけ
だけである。ただし内心が活発なときほど猜疑心のカタマリなのがヌヌ行──ウソ吐きという自覚があるため何より露見を
恐れる──だ。ただビビまくりまりカオスになった。
(表情が崩れた!? まさか内心がダダ漏れ? でででっでもっ! 口動かさないようにしてたよ私!! サトラレって
コトもないs……ふわああああああああああ!! そだ!! しまった!! 私この人の武装錬金特性しらない!!!!
もしテレパシー的なアレならすっごいマズいよすっごい!! やばいやばいやばい、考えるのをやめようと考えるとすごい
怖いの。止まらなくなるというか「考えてるだろ」「考えてるだろってのを考えてるだろ」みたいな1人ツッコミのループが
始まって思考崩壊心臓バクバクっ!! とここまで表情は変わりなし。大丈夫かも知れないけど確認。やーい変な前髪ー。
それ寝ぐせー? まさかふぁっしょんー? どれだけの整髪剤使って固めてるのー。……。……。……。っしゃ!!!!
怒った様子なーし!! さてはお主読心術の使い手じゃないな!! やろー! ビビらせやがって。にゃろー)
 などという心のさざめきは一切表に出さずヌヌ行は微苦笑した。
「名前」
「……?」
「既知だから一方的に呼びつける。できなくもないがそれじゃキミの尊厳というやつが揺らぐじゃないか」
 一般人の文法でいう「お名前を教えてください」である。何か1つ聞くにも所持こんな調子のヌヌ行だ。些か横柄だと思っ
たらしく少年は軽く瞳を尖らせたがすぐ口を開いた。

「ソウヤだ。武藤ソウヤ」

 ヌヌ行の世界に花火が上がった。
(キタ!!)
 悟られぬよう腰にまわした拳はとても強く固められており感動のほどがうかがえた。
(キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)
 内心に住まう少女ときたらグニャグニャなバンザイをしながらムーンウォーク。そんなヌヌ行が前から前から次々と湧きフ
レームアウトする様はまったく狂喜乱舞。頭が沸騰しそうなほどうれしかった。
(あのときのあのコ!! 私の希望!! ああもう大きくなって、立派になってえ!! お姉さんは嬉しいぞ!!)
.

61 :
 かつて遭遇した武藤夫妻。交際はまだ続いている。赤ちゃんのソウヤをあやしたコトは数度に収まらない。かなり人見知り
をするコで最初のうちはヌヌ行を見るだけで号泣した。実のところ『この時系列』ではおよそ10以上の年齢差がありいまは
小学校高学年か中学生のソウヤ。年賀状で見る彼ときたら斗貴子譲りの短髪ばかりで男のコというよりちょっと生意気な
女のコという感じだ。赤ちゃんの時の泣き虫ぶりと相まって「イジメられてりしてないだろうか」、折にふれ”らしい”心配を
せざるをえないほど可愛らしい武藤ソウヤ。年齢差から鑑みるに未来またはそれに準拠する時系列からやってきたと
思しき今のソウヤ。まったくヌヌ行の心配がムダに思えるほど男らしく成長している。
(頭わしゃわしゃしたい!! わっしゃわっしゃにしたい!!)
 思春期辺りで変更したのだろう。カズキ譲りの無造作ヘアーに内心垂涎、瞳キラキラのヌヌ行だ。
(ああもう顔はご両親半々なんだからもう。ブスリとしてるけど笑うとめっちゃ可愛くなる顔だにゃー)
 ソウヤに対してはいろいろな思いを抱いているヌヌ行だ。希望を見ているという点では両親以上という自負もある。だがそ
れだけに『小学校5年生のときお母さんのお腹にいた』レベルの年齢差は恋愛感情を意図的に排するに十分だ。例え年賀状
のソウヤがどんなアイドルよりも愛しく思えても首を振り懸命に断ち切ろうとするほどに。
 だがいま目の前に現れた未来のソウヤ!! 年齢差はおよそ5! 問題はない。世間的によくあるレベル。
 そんな思いが秘められた想いのフタをどこかへふっ飛ばた。

(見たい〜。このコの笑顔。すごい見たい〜)

 心の中は恍惚で涎をじゅるじゅる垂らしているが表情はまったくの鉄面皮。そこに勿体つけた笑いをトッピングすると
「悠久の時を超えてようこそ。我輩の名は羸砲ヌヌ行。キミの知る時空改変者の異性体だ(異性体って使い方合ってるのかな?)」
 手を差し伸べた。

 やがて握手が終わるとソウヤは自分がなぜココに来たか述べ始めた。
 ヌヌ行のウソは名前だけでなく事情まで労せずして引き出す効果があった。



「分かりやすい説明をありがとう。情報というのは時に切り口を変えるのも必要だ。視点を変えれば見えなかった部分も
見えてくる……」
 話を聞き終えるとピカピカのマグカップをテーブルに置いた。洗いたてのそれに入った『家で一番高い紅茶』を不承不承
すするソウヤの姿に内心キュンキュンするヌヌ行。
 場所は変わり……自宅。異性を招いたのはもちろん初めての経験で、内心は帰宅以降ずっとずっときゃんきゃん鳴いて
いる。
「ふむ。真・蝶・成体を斃した後、ソウヤくんは未来に戻った。そこでご両親と対面し、しばらく普通に暮らしていた。しばらくは、ね」
「だが……ある日気付いてしまった」
「私の『前世』……過去にソウヤくんを送った人物が、消失、しているコトに」
「他の人物は誰もそれに気付いていない」
「私の『前世』たる人物が……存在していたコトさえ」
「忘れていた」
 やがてソウヤは気付く。

62 :
 それはただの忘却ではない。もっと悪い現象……『存在そのものがなかったコトにされている』。
「いったい誰の仕業か? 調査するソウヤくんの前に現れたのは」
 1人の少年と……1人の少女。
「ウィルと名乗る少年とその恋人」
 戦いは熾烈を極めた。だが時空改変の前にソウヤは消失の危機を迎え──…
「すんでのところで我輩の前世に助けられた」
 あらゆる時を渡り反撃の機を窺っていた『前世』。彼または彼女はソウヤをその旅に同行させた。
「が」
 相手は2人の時空改変者。遂に力及ばず敗北するときがきた。
「そのとき逃がされたソウヤくんが長い旅のすえ辿りついたのがあの教室で」
 負けた『前世』は最後の力でヌヌ行という転生先を造り上げた。

 
 言葉を吐き終えたヌヌ行はあらゆる総てが符号するのを感じた。


 言うまでもないがソウヤの事情というのは総てが初耳だ。どうもヌヌ行の前世はソウヤ関連の情報を意図的にシャット
アウトしていたフシがある。理由は恐らくヌヌ行自身にモチベーションを与えるためだろう。
 時空改変者の1人であるヌヌ行。しかし思いだしても見て欲しい。
 かつて土建屋の娘に呼び出されたとき、その運命はどう改変を目論もうと変えようがなかった。思い返せば戦いはその時
から始まっている。核鉄を得た。どうにもならぬ呼び出しを受けた。
 追い詰められたヌヌ行は自殺未遂をしそれが武藤夫妻との出会いを呼んだ。
 まだお腹にいるソウヤに希望を見出し支えにし、過酷な運命を過酷な対処で切り抜ける原動力とした。
『前世』は知っていたのだろう。いずれ来るウィルとの戦い。もっとも必要な力は武藤ソウヤ。だから彼とともに戦うモチベー
ションを用意した。カラクリに気付いても打算抜きの助力ができる激しい感情を……ヌヌ行に与えた。
 もし前世と武藤ソウヤの関係を知っていたらどうだろう。武藤夫妻自体には感銘を受けただろうが一方で何か胡散臭い
ものを感じ、今ほどの感動や求心力は持ち得なかった。

「まったく巧妙だよ我輩の『前世』は」
「???」
「武装錬金の限界を知っている。だから人の心に賭けたようだね。漠然とじゃないよ。改変能力というカードをフルに活かし
ソウヤくんと共に闘うに最適なバックボーンを整えた。これから出逢う人たちの真心。味わうであろう純粋な感動。総て総て
読み切った上で計画に組み込んでいる。目的のために利用せんとしている……。まったく。エピクロスに傾倒した豊かな人
生を送りたかったというのにそれさえ許してくれないらしい」
 くつくつと笑う。すでに立ちあがっているソウヤは険しい目つきをある一点にブチ込んだ。
「ま、追われていたからね。来るのも必然といえる」
 虹色の裂け目がヌヌ行の部屋を切り裂き異形の影が複数、現れた。

63 :
眠いのでここまで。あと400行ぐらい。ヌヌ編。

64 :
>>スターダストさん
努力してハイスペックを獲得、というのは拍手したくなります。それでいて中身はこんな風と
いうギャップが面白い。幼少編ではここまで具体的モノローグというか心中セリフがなかった
こともあって、こんな子だったのかっっと驚いてもいます。ソウヤは見抜けてないんだろうなぁ。

65 :
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
5. ファーランド サーガ1、2
6. MinDeaD BlooD
7. WAR OF GENESIS シヴァンシミター、クリムゾンクルセイド
SS誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって

66 :
 遂に邂逅した武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行。
 彼らの目の前に現れたのは……”鎧”だった。
 特定の1体を除いていえばヌヌ行がその姿を把握したのは戦闘終了後しばらく経ってからである。
 戦闘はすぐ終わった。例の帯が支配する世界でじっくり観察しなければ敵がどういう姿かなど永遠に分からなかっただろう。
 無数の裂け目から着地音もバラバラに降り立った彼らは。
 鎧を着た執事。一言で形容すればそうだった。胸にブレス・プレート。両腕にはトーナメント・アーマー。兜はアーメット。
とは淹通(えんつう)なるヌヌ行が戦闘終了後ソウヤに披歴した知識だが……とにかく歪な姿だった。左右は非対称で
右肩からは用途不明のウィングが天めがけ高々と生えていた。手袋や爪先は唇のような赤。黒い葉脈の浮いた鎧のそこ
かしこから覗く地肌らしき部分も赤。コントラスト。強烈な色彩を放っている。顔ときたら雀のくちばしかといいたくなる巨大
な突起がついている。だのにスラリとした細身でそれが却って無気味だった。

「下がってろ」

 母親譲りのぶっきらぼうな声で告げるやソウヤは走った。
 電撃のようだった。オレンジのマフラーがヌヌ行の鼻をくすぐる頃にはもう爆光が瞬いていた。
(え。えーと。走りながら武装錬金を発動。一気に加速。落下中の敵を撃破……?)
 部屋のある一点。虹色の裂け目から黒焦げた破片が滝のように降っている。早っ。ヌヌ行が目を剥いたのはブンと半円
描く意中の少年。床に踵をねじ込むように反転中。しなる三叉鉾(トライデント)が着地途中の敵影を5体ばかり大破させた。
もっとも室内でそれをやればどうなるか。タンスの上半分が切り飛びぬいぐるみが綿を吐く。壁が揺れ床が軋み、とにかく
部屋は大騒ぎだ。もし両親が旅行中でなければとっくに通報されているだろう。
 激しい光に炙られるヌヌ行の表情は醒めている。内心がどうか分からぬほどに。
(あ、ああ!! そ、そこは懸賞で当てたぬいぐるみ、一番の宝物が入ってる場所で……ぎにゃー!! 敵串刺しー!! より
にもよってクリティカルヒットー!! まさにその辺に仕舞ってた)
 窓をブチ破って外で大爆発する敵も居る。『通報確定!』 内心真白、白目から落涙中、スーパーデフォルメのヌヌ行。外面
こそキリリとした美貌を保っているが流石にうっすら発汗している。目も心持ち泳いでいる。
(お、女のコの部屋で大暴れ……? じょじょ、状況が状況だけに仕方ないけど!! 仕方ないけれども!!)
 いつか見たカズキの武装錬金。それそっくりの鉾がシアンの光をブチ撒くたび敵は面白いように粉砕されていく。虹色の
裂け目は次から次に現れ着々と増援を運んでいるが贔屓目を抜きにしても優勢なのはソウヤであろう。
 そんな彼の頭上で無数の光線が交錯した。何事か。見上げる彼の更の上。傷だらけの空間がガラクタを土砂降らせた。
「12番目の官能基よ糸車となりて紡げ代数学の浮きかすを……。アルジェブラ=サンディファー」
 ソウヤは見た。長大な銃を手にする羸砲ヌヌ行を。マンガなどでよくある前方めがけ砲台をせり出させた航空機。それを
デフォルメしたような銃だった。流れるような長身と金髪を持つヌヌ行を更に1mほど上回るスマートガン。
 いつの間にかドアを開け仁王立ちのヌヌ行。スペースの都合上入口にまで退避した彼女はスマートガン後部に左手を伸
ばす格好だ。戦いのさなか目を凝らすソウヤ。視認。無骨な取っ手。掴み上げる白き五指。右手はグリップに。外側に飛び
出たそれを握っている。横撃ちの格好だ。
「よく持てるなそんな武器」
「我輩の出した武器だよ? 扱えない方が恥さ。(やた。ほめられたー!! 毎日5時間筋トレした甲斐があったよー!!)」
 ヌヌ行はトリガーを引く。褒めたつもりのソウヤが逆に赤面するほど魅惑的に笑いながら。稚(いとけな)い喜びを見せぬまま。
 その銃撃は異様だった。砲身が火を噴いてもその射線上には何の影響も見られない。だが敵だけは次々倒れていく。
 横。背後。斜め上。何もない空間から赤い光線が突如迸り絶息をもたらすのだ。後にソウヤがウソつきの射撃と酷評する
騙しの手口。ヌヌ行に言わせれば砲撃は肉体を狙っているのではない。対象の時間軸に干渉しその連続性を奪っている
のだ。空間ではなく時間からの攻撃をしている……ウソだかホントだか分らぬ説明だがとにかく掃討はなされた。

67 :
 だが増援は止まらない。虹色した裂け目が30ばかりできたのを見るとヌヌ行は軽く鼻で息をついた。甘ったるいくぐもりに
何か感じるものがあったのだろう。ソウヤは微かに頬を染めた。そんな様子に疑問符を浮かべたヌヌ行は「まあいいか」と
本題を切り出した。
 「ソウヤくん。仕手は静かにやりたまえよ。それとも何かい? 初めて上がり込んだレディーの部屋を二階級特進者のメッカ
にしたくてしたくてたまらない……酩酊中かい? 若さが時おりもたらす独特のフェティシズムに」
「何を……?」
「近隣住民が通報した。このまま行けば警官はレミングスさ。入れ食い。来たら来ただけ犠牲になる」
「さっきから思ってたけどアンタその口調どうにかならないのか!!」
「(どーにかしたらイジメられるの。くすん)。風に吹くなというのかなソウヤくんは。不快ならなお迎合したまえ。男のコだろ?」
「大体!! コレでもこいつら相手には静かな方だ!!」
「はあ」
 人外相手とは初めて戦うヌヌ行である。戦闘慣れはまるでしてない。だからソウヤの言葉を
(ふだんはもっと暴れてるのかなー)
 のほほんと解釈していた。

 だから遅れた。
 総ての切れ目が。
 彼女めがけ火を噴く。

 それに『気付く』のが。


「危ない!!」
「きゃっ」
 白い影が覆いかぶさる。漏れる声のあどけなさときたら成熟した見た目がウソのようだ。成すすべくなくついた尻もちの
横で長大な銃が凄まじい音をあげバウンドする。視界がレッドアウトしたのは事実を正しく認めたからだ。自室を炭クズに
造り変える膨大なエネルギーの奔流・光輝を孕んだ深紅の熱がソウヤの背後を通り過ぎるのを。
 この一瞬をヌヌ行は終世忘れるコトができなかった。座りながらに抱きしめられる記憶。初めての経験。煤と汗でむわり
とした匂い。少年だけがもつかぐわしさ。ぬくもり。自分を占めてゆく……甘き痺れ。そして──…
 振り返って立ち上がり咆哮するソウヤの。
 背中。
 ひどい有様だった。白い服は焼けおち熱量相応の火傷を負っていた。
 部屋の様相は一変した。炎が舞い氷柱が降り注ぐ異常の世界へ。
 鎧たちは攻撃を切り替えたらしい。手から火炎を口から氷をそれぞれ吐き散らかしている。
(そうか)
 緑白と蒼白の中間色をきらきらと輝かせながら舞い狂う少年。反問の意味を理解した。
(……さっき部屋でやりすぎってぐらい暴れてたのは、これを)
 防ぐため。先手に先手を重ねる。炎が来る前に終わらせる。きっとソウヤは戦いの中で学んだのだろう。
(それがベストだって。なのに私は……)
 先ほどの言葉を反芻する。ただ部屋が壊されるのがイヤで、しかもそういう本心を悟らせまいとやや傲慢な口調で釘を刺
した。それがどれほど彼の神経を逆撫でしたのか……考えるだけで申し訳なくなるヌヌ行だ。

「本当は使いたくなかったけど……終わらせるよ」

68 :
.
 軽く手を上げる。

 それだけでソウヤたちを取り巻く世界は一変した。
 濃紺色が周囲360度総てを染め上げる足場なき世界。
 彼らはみな、そこにいた。

 気づけば艶やかな金髪が目の前にあった。しなやかな背中。相手の表情は見えない。
「そ、そのね。ゴメン。ゴメンねソウヤくん。え、えぇと。私、素人なのに、え、え、えらそうなこといって」
「え?」
 ソウヤが目を白黒させたのはもちろんヌヌ行の口調に対してもだが、それ以上に……。

 2人は遠く離れた場所にいた。敵から何百メートルと離れた場所に。2人だけで。

「……火傷のコトなら気にするな。オレはここに来るまで……その、仲間って奴に何度か助けられた」
 鼻をかくとソウヤは虚空を仰いだ」
「だから、その、アンタも……今から一緒に戦う仲間っていうなら……守るのが当然……そう思っただけで」
 ソウヤがたまげたのはヌヌ行がやにわに振り返ったからだ。
 表情ときたらトロトロだ。理知的な眼差しは熱い涙で甘く霞み、弾力のある唇はかすかに開き象牙のような歯が見えて
いる。切なげに寄せた眉を見た瞬間ズキリと胸痛ませるソウヤである。斗貴子以外の女性に初めて覚える甘い疼き。
 オトナなんだ。当たり前のコトが一種の危機感となって脳髄を占める。耳のあたりでほつれた金髪がぞっとするほど
艶めかしい。
 だがたまげたのは少年らしいどぎまぎではない。
 もっと純然たる意外性を持つ……ヌヌ行の言動。
「くーーーーーーーーーーーー!! なんて健気なソウヤくん! たまらんにゃ!! 結婚したいにゃ!!」
「にゃ?」
 ハッとした顔つきで息を呑むヌヌ行は自らの奇矯な言動を悔いた。……のであればどれほど良かったか。ソウヤは知ら
ないが彼女は一種の絶頂を迎えていた。自分のせいで大火傷を負ったソウヤ。なのに責められるどころか仲間といわれ
た。仲間。もともと友達のいないヌヌ行にとってどれほど嬉しい言葉か。恋愛感情はここに完成した。大好きになったという
感動にあらゆる繕いを忘れ去っていた。要するに、舞い上がっていた。
(ぎゃあああああ! なにいきなり途轍もないコトいってるのーーー!! ソウヤくんにガールフレンドいたら迷惑でしょ!!
ガールフレンドのコが泣いちゃうし泣いたらソウヤくんも悲しいし!!)
(…………いるのかな、ガールフレンド)
(いるよねそりゃ。こんなカッコいいんだから……)

「あ、あの。ソウヤくんってその……ガールフレンドとか……いるのかな?」
「いないが」」

(恋人いない!? おお!! キタ! キター!!)
 内心のヌヌ行は両手を胸の前でわきわきさせた。しかしすぐさま我に返り唇を尖らせた。
.

69 :
(というかみんな見る目なさすぎダヨ!! そりゃ確かにカズキさんの周りの人たちはまったく親!! って年代だから無理
だけどさあ!! ヴィクトリアちゃん!! 見た目13歳でしかもパピヨンさんとそれなりに親しい人なんだからくっついても
いいじゃない!! 見た目的にも似合うだろーしあのコはあのコで辛い人生なんだから恋の1つぐらい)
 ここで我に返り首をブンブン。
(ってそれじゃ私が損する!! にゃにゃにゃ、恋愛とか損得で見るのアレだけどなんかズレてるいまの考え!!)

 ぎこちなく首を動かす。振り返るのをやめ正面を見据える。
「えーと。なんの話だったっけ」
「……仲間だから守るのが普通」
「あは。あはは。そうだったね。あ、ありがとー。これからも……よろしく」
「いや、こちらこそ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


((気まずい!!!!!!!!!!))

(ソソソソウヤくんかわいい。めっちゃ可愛い。でも何か照れてるよー。どうするの? どうすればいいの? 私一応年上!
包容力で何事もなかったようにするのがいちば……うあああ!? てかいま素の口調で! シマッタア〜〜〜!!)
(クソ。やっぱり父さんたちのようにはいかないか。てかコイツなんか口調変だったぞ? 指摘したいが……いや待て! そ
れは今のオレも同じじゃないか!! 混ぜっ返されたら恥をかくのはこっち!! だったら言わんぞ!! 絶対!!)

 両者の思いは複雑だ(いろいろな意味で)
(ええいもうヤケよ!! いきなり変えたらおかしいぞってなるからしばらくこの口調!! いいわけは後で考える!!)

「ここは時の最果て。私の武装錬金の先端からちょっと離れた場所」
「……………………………………………………………………は?」
「アルジェブラ=サンディファーの特性は歴史記憶。消えた歴史も記録していてしかもロード可能なんだけど」
 地鳴りのような音がした。そもそもなぜ遠くの敵が視認できるのかソウヤは訝しんだ。光なき世界なのに。
「ロードするとね。私の武装錬金はその時系列にセットされるの。時系列全体を貫いて」
 なぜ、敵が見えるのか。
 ソウヤは理解した。
 彼らの正面……ソウヤたちの斜向い遥か先に。

 巨大な銃口があった。直径は分からないがkm単位なのは確かだった。史上最大級のダンプカーがミニカーに見えるぐ
らい雄大で膨大で遠大だった。
 それが、赤い光を湛えている。先ほどの光線、今度はどうやら素直に狙い撃つらしい。光源は副産物だ。
 敵は100ほどいるだろうか。まだ現われていなかった連中さえここに運ばれたらしい。
「というか歴史をたくさん記録するから……巨大にならざるを得なくて」
「長さは総ての時系列と同じぐらい。この宇宙の開闢から終焉まで……気が遠くなるほどの長さと……同じ」

70 :
「待て!! じゃあさっきアンタの持ってた銃は何だ!」
「え? 何だろ? …………端末?」
「なんで疑問形なんだ!! ひょっとしてよく分かってないのか自分の武装錬金!!」
「あ!! あれは端末!! たたた端末! そう端末!! 本当はこれぐらいおっきいスペシャルな武装錬金なのだよ!!」
 振り返ったヌヌ行は真赤な顔で涙を飛ばし
「ほほほ本当だからねっ!! ウソじゃないもん!!」
 とだけ叫んだ。ソウヤは顔面総てを引き攣らせ

「ウ」
「ウ」
「ウ」

「ウソをつくなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 絶叫した。その遥か前方で敵が赤い光に焼き尽くされた。
 光線、などという生易しいものではない。天を支える柱が陥落したような有様だった。



「アレかい? 奴らをこの時系列から消失させただけさ。因果律も含めてね」
「ウソだ。絶対ウソだ。因果律が消えたならなんでオレたちアイツら覚えてる。記憶まで消えるのが因果律だろ。アンタ本当
に因果律を理解しているのか?」
(ノッてきたー!!! というかソウヤくんも結構アレだ! しかも天然! 私のような人工ちゃんじゃない!! 因果律て!
気付こうよそういう言葉の罠!! 因果律とか特異点とか真顔で言った後の恥ずかし感ったらもうね! ソースは私、私ね
ソース!! ああでもなんか安心できる。いっちゃ悪いけど私より下がいるのって……あいやいや!! 初対面の人にそ
んな感想失礼だにゃ!! 人を見下すとかダメなのだにゃ! 私むかしそれでさんざん傷つけられたのだにゃ!!)
 内心ヌヌ行がきゃーきゃー言ってる間にもソウヤは鋭い瞳を更にするどくし反問。
「細かいコトはいいじゃないか。見ての通り我輩の部屋は元通り。ソウヤくんの背中の火傷も消えてるだろ?」
「……」
 ぐうの音も出ない。八つ当たり気味に話題を変えた。
「にしても何だあいつら! 見たところ武装錬金は持っていないのにああいう攻撃ができる!!」
 まったく奇妙だ。ソウヤはこれまでの逃避行を事細かに述べた。炎や氷……時には雷や嵐まで。
「攻撃に使う。しかもホムンクルスと違って章印もない。武装錬金? いや、自動人形とも違う」
「頤使者(ゴーレム)」
「?」
「ユダヤの神秘主義カバラが作りたもうた人造人間。ホムンクルスの親戚みたいなものさ」
 ゴーレム。ヘブライ語では主に「作りかけの未定形のもの」「胎児」を指す。後者に関しては旧約聖書に記述があり(詩篇
第139篇16)、神に造られしアダムの3時間目もこれだという。
「ユダヤ教のラビ(教師)には馴染みが深くてね」
「ああ。そういやアンタ法衣だもんな。詳しいのも当然か」
「ふふ。法衣だからとてユダヤかぶれと限らないが……まあ、両親の影響かな?」
 ゴーレムといえば土人形の印象が強いが膠や石、時には金属製のものもある。ヌヌ行の講義に「そうか」とだけ頷くソウ
ヤ。ちょこりと座ったその姿は彼女の琴線にふれて仕方ないが本筋でないゆえ省く。
「化学的アプローチで作られるホムンクルスと違ってだね? ゴーレムは魔術的な力で作られる。言葉の錬金術って奴さ」
 カバラでは言葉……アルファベットや文字、そして数字に神秘的な力があると信じられている。
「つまり……それを操れば神と同じく」

71 :
「そ。人間や動物を作れると信じた訳だ。ラビたちは」
 作り方にはいろいろあるがやはりポピュラーなのは「emeth」だろう。
 真理を意味する護符を人形の額ないし胸に貼る。
 元に戻したい時は最初の「e」を消す。残りの文字は「meth」……つまり「死」を意味するのだ。
「ゴーレムについては分かった。だがなんでゴーレムが火や氷を操れるんだ?」
「『言霊』。各自に宿る文字または言葉の魔力……それを引き出しやすく作られたようだ」
「……ホントか?」
「なんだいその目はソウヤくん。(なんだい〜♪↑ その目は〜♪↑↑ ソウヤくぅ〜ん〜〜〜♪↑↑↑)」
「言っちゃ悪いがアンタさっきから胡散臭いぞ」
「だが悪人ではないよ? だいたいいま述べているのは推論だからねえ。害意はないよ。後で違ったとかなってもそれは
我輩の知識不足というコトで1つ勘弁してくれたまえ。だいたいココまでおとなしく聞いてたのはソウヤくん、キミじゃないか」
「それもそうだが……自分で悪人じゃないとかいうな。ますます胡散臭いぞ」
「(けけけ。お断りですよーだ) もともとゴーレムというのはだね。頤使(いし)されるべき存在……召使いのようなものだ。
単純な命令しか聞けず単調な動きしかできない。ホムンクルスほどメジャーじゃないのはそのせいさ。ただの人間ならいざ
知らず──…」
 世界が暗転した。右顧左眄のソウヤ。彼方に広がる帯を認めた彼は金の瞳を見開いた。
「(やっぱ目はご母堂似だね) 武装錬金使い相手だと……こうなる。言霊は強力だよ。ただ使う頭がなければねえ」
 先ほどの戦闘を例の帯とスクリーンで確認したヌヌ行、たっぷり肩を竦めた。

 危機感があった。
 顔こそ微笑しているが内心疼くような危機感が。

(私が危惧してるのはそこだよ。いま来たのは捜索隊。下された命令はきっととても単純。『ソウヤくんを追え』『邪魔するもの
は斃せ』。……単純すぎるけど実はこれがベスト。ソウヤくんがどこへ逃げるか未確定な以上、複雑な命令は逆に危ない。
余計なコトされて見失っちゃったら御主人さま的には「むきーっ!」だもんねえ)
(だが単純な命令であの破壊力だ。追撃戦以外……場所や相手が明らかなら? 核鉄なしであれだけの破壊力。配置次
第だ。戦略眼のある者が然るべき命(めい)を下すなら……ゴーレムもまた脅威となる)
 気がかりが2つある。
(私が前世から受け継いだ記憶にゴーレムはいなかった)
 ゴーレムだとわかったのはいずれ来る戦いへの備えのせいだ。
 ホムンクルスや武装錬金のみならず錬金戦団の成り立ち、100年以上前のヴィクターの乱、調整体……とにかくあらゆる
文献を読み漁り知識を増やしたのは女性ゆえの非力を補うためだ。
 ゴーレムはその過程で得た知識だ。
 決して前世が遭遇したものではない。

(ゴーレムの創造主がウィルの仲間に? それとも彼自身が習得?)
(いずれにせよウィルの方にも変化があるというコトか)
 懸案材料はもう1つ。
(ウィルとともにソウヤくんを追い詰めたという『少女』。こっちも私の前世にはいない)
(記憶が消されたのか? それとも──…)
 はたして何者なのだろうか? もっとも好都合なのは。ヌヌ行は考える。
 ゴーレムの創造主=『少女』。
 敵数的には気楽である。

72 :
.

(ま、考えても仕方ない。捕捉された以上追撃は来るだろうしね)

 ヌヌ行は時空改変者だがその能力を行使したコトは一度もない。強いて言うなら例の土建屋の娘たちとの決戦がやや近
いがしかしそちらはむしろ真っ当な営業努力を多分に含んでいる。そもそも『ヌヌ行の戦闘敗北』なる結果じたいは変わって
いない。付帯する周囲の反応こそやや変わったが、到達するまでに費やした苦痛と損壊の莫大さよ、時空改変と呼ぶには
あまりに泥臭い。通常何か月か掛けて修正する人間関係上の苦労があの数時間で決着しただけでありしかもヌヌ行の時間
軸において消費された期間ときたらまったく数か月どころではない。
 イジメが終わってからも決して時空改変を行わなかったのは美学にもよるが……。
 本能的な警戒もあった。
 ヌヌ行の前世を追い詰めたウィルなる少年。時空改変には大変敏感だろう。
 少しのきっかけで存在を気取られれば……大変なコトになる。
 改変者にも関わらず権利行使するコトなく地道に鍛え続けてきたのは少しでも力を蓄えるためであり。
(先ほど改変をやったのはまあ、もう見つかった以上加減しても仕方ないってコトさ)

 ソウヤは追われている。ヌヌ行は彼に同行する。自重はもはや意味をなさない。

「先ほどの砲撃は私なりのノロシ!! 来なウィル!! 相手してやるぜ!! 顔知らんけど!!」


(…………)
 聞かなかったコトにしよう。ソウヤはため息をついてさらに一言。
「オレも1つ気付いたコトがある」
「なんだいっ! なんでも聞いて!! くれたまえ!!」
 くるくる回るヌヌ行。声はやや野太い。どうやらテンションが高くなっているらしい。
「(なんだこの人)……あまり詳しくはないが、ゴーレムっていうのは基本土人形だよな?」
「ウムッ!! それが何か!?」
「コイツらの材質は土なんかじゃない」
 スクリーンには先ほど戦闘が投影されている。ちょうどソウヤがゴーレムを大破させる場面だ。
 彼はその画面のある一点を指差した。ズーム。損壊個所より散り舞うは……緑色の、結晶。
「パピヨニウムだ」
 ほあーとあどけなく息を吐きながらヌヌ行は少年を見た。
「確か正史におけるキミの保護者……かのパピヨンが発見した」
「ああ。特殊核鉄の材料だ。製錬すれば様々な能力を上げるコトができる未知の鉱物」
「成程ねえ。闘争本能や移動速度といった精神的・肉体的な要素のみならず言霊……霊魂じみた領域までも増幅可能と
きたか。さすがはパピヨン。ソウヤくんが傾倒するのもうなずける。ふ、ふふふ。なんでかな。なんでこんなに嫉ましいのか
な……!」
(ギリギリと拳固めるのやめろ! なんでそんな怒ってるんだ!)
 ソウヤはヌヌ行が分からなくなってきた。
 クールかと思えば妙に幼い。超然としているようで嫉妬深い。成熟した美貌の持ち主なのに表情は時おりハッとするほど
幼い。
(なんか似てないか? 母さんとかパピヨンとか……シリアスになりきれないところが)
 そう思うと微かな好感と反発が同時に芽生えてくるから少年とは不思議だ。投影をしながらも「こんな奴にそっくりだと!?」
なる苛立ち……葛藤をもたらす相手に好きな人間を重ねたとき特有の認め辛さが湧いてくる。
 ヌヌ行ときたら幼い癖にそことほぼ同年の少年の機微にはまるで無頓着だ。
 眼鏡を直し薄く笑うといつものような上から目線でこう述べた。

73 :
「肉体の材質にしたとくればだ。敵は相当の錬金術師……油断厳禁だよソウヤくん?」
「というかアンタ、さっきゴーレムに化学的要素はないとか……」
「……ふふっ。技術とは常に進歩していくものだよ。そもそも大錬金術者たるフラメルがカンシェに薫陶されたのを見ても分か
るように、カバラが錬金術に及ぼした影響は実に大きい。逆も然り。錬金術のケミカル。本懐に対し妥当と認められるならパピ
ヨニウムなるケミカルの産物、むしろ取り入れるが普通と思うが?」
「……確かに」」
 納得のソウヤ。だが内心ヌヌ行は胸を押さえた。
(危なかったーーーー!! 危うく論破されるトコだったよ。うぅ。ソウヤくん鋭いんだから……)

 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファー。
 それは発生と消滅を繰り返す歴史のなか偶発的にそして必然的に転がりこんできた。
 名前を変え……形状を変え……特性さえ変え──…
 武装錬金は位相を変える。歴史の変化に引きずられ。
 千歳から鐶へキドニーダガーが渡ったように、または円山の風船爆弾が身長消滅⇔爆裂増殖のように。
 時に創造主を変え特性を変え……あるいは形状を変え。
 さまざまな要点を幾つか異ならせながらしかし同一のものとして、誰かの手に。


「とにかくだ。歴史改竄を止めたいのは我輩も同じ。付き合うよ。ソウヤくんの旅に」

 旅立ちは実に呆気のないものだった。生活の心配をするソウヤを「何とかなる」で一蹴して。


「まず向かうべきは改変前の300年前。ウィルが改変を始めた時系列」
「消し去れられた歴史を我輩の武装錬金でロード! これでウィルのやった改変はすべて破棄される!」
「後は改変前のウィルを止めるだけさ。行くよ」



 旅は始まる。


 本当に長い旅が。

(旅!! 旅!! 冒険!! 夢に見た男のコとの……冒険!!!)

 浮かれ気分のヌヌ行はまだ知らない。

74 :
.
 新たな世界の誕生。その一翼を担ってしまう運命を。
                                                    『いつでもマイナスからスタート』
 過酷な戦いは長らく続く。
 辿りついた希望が目の前で粉々にされるのさえ見た。
 絶望もあった。
 それでも彼女は自分の人生に誇りを持っている。
                                                        『それをプラスに変える』
 決して楽ではない、辛さの多い人生だったとしても……。
 自らの武装錬金で楽な方へ改変可能だとしても……。
 変えたくないと思っている。
                                                        『そんな出会いがきっと』
 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。
 心から信じている。
                                                        『誰の胸にもある筈…さ』


                       ──接続章── 「”代数学の浮かす” 〜法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合〜」 完

75 :
以上ここまで

76 :
>>スターダストさん
正にヌヌの望み通り、さあオープニング! 壮大な冒険譚の幕開け! って感じが満ちてますが、
>というかみんな見る目なさすぎダヨ!!
外見、精神力、武装錬金、どれをとっても凄いヌヌですけど、こういうところだけは初々しい
というか、ソウヤとの緩み気味な絡みをいろいろ見たいなと。案外、この辺りはまひろに近い?

77 :
これはもう、羸砲ヌヌ行VS佐藤十兵衛しかないでしょう。

78 :
「戦士長が監督ぅ!!?」
「はい。アクションの方ですが。ちなみに特撮監督は無銘サンです」
 斗貴子は愕然とした。演劇部をめぐる状況はだんだん凄まじくなりつつある。
「フ。俺にかかればこれぐらい簡単だ」
 振り返る。黒檀の素晴らしいタンスができたところだ。額の汗を拭う総角。歓声。周囲の生徒が燃えている。
 香美とのアクションがひと段落した斗貴子は大道具の方を見にきた。総角の動向が気になったというのもあるがそれ以上
に防人の所在を知りたかったのだ。
「助かった毒島。ケータイが通じなかったからな。手間をかけた」
「い、いえ。大丈夫です。仲間をサポートするのも仕事ですから」
 そういう彼女は小道具係らしい。先ほどから何やら赤やら緑やらの宝石を針金に通している。
「ところでどうしてキミは素顔なんだ?」
「防人戦士長の命令です……。ずっとガスマスクだと目立ちますし、その、体験入学扱いで皆様のお手伝いをするコトになり
ましたから素顔の方がいいって。でも、でも……私、やっぱりガスマスクの方が……。素顔だと……恥ずかしくて……」
 これがあの毒島なのかと目を疑う斗貴子だ。ひどく気弱そうな少女がそこに居た。大きな瞳は垂れ目気味でひどく愛らし
いが同時に小動物のように怖々と潤んでいる。物音がするたびビクビクとそちらを見ている。
 マスクのせいで紫外線とは無縁なのだろう。肌ときたらミルクを流し込んだように白い。青いカチューシャはいかにも良家
のお嬢様。なぜ戦団などにいるのか。斗貴子は内心首をかしげた。(もっとも良家のお嬢様なのは斗貴子も同じだが)。髪と
きたらたんぽぽの綿毛よりも柔らかそうだ。小柄な体はガスマスク着用時こそ奇兵の印象をますます強めていたが今はむ
しろ愛くるしさを倍加中。
(心持ち態度も変わっているような……)
 普段はむしろ千歳や根来寄り、秘書官的な知性を感じさせる佇まいなのだがいまはどこにでもいる恥ずかしがりの女の
コという感じだ。しかも幼い。年齢を聞いた斗貴子は仰天した。「2つ下!? たったの!?」。高校生というのが信じられ
ないほどの童顔だった。小柄な体と相まって小学生にしか見えない……それが毒島だった。平素のくぐもった声も今は
ない。桜色のぷにゅぷにゅした唇からは天使がごとき囁きばかり漏れている。
 そこに小札が来て立ち止まった。毒島も彼女を見た。

(なんだか)
(気が合いそうなコト請け合い!)

 どこか似た要素のある二人である。どちらからともなく握手をした。とても力強い握手を。

 とりあえず斗貴子は体育館へ向かった。防人と無銘はそこに居るらしい。


 栴檀貴信はガチガチに緊張していた。
「あ!! ああああの!! 頼まれていた資料だ!! た、た、足りるだろうか!!」
 大声を張り上げると少女が1人、驚いたように顔を上げた。執筆中だったのだろう。机の上には原稿用紙が何枚か。
書きかけのものもあれば白紙も。丸まっているのは書き損じだろう。そういったものが不規則に散らばっている。
 顔を上げた少女はしばらくおっかなびっくりで貴信を眺めた。メガネの似合うおかっぱ頭だ。若宮千里。豆知識の要領で
覚えた演劇部員の個人情報には「几帳面」とある少女。散らかり具合は苦闘のせいだろう。
「そ、その!! 脚本を書くのに必要な本を!! 探してきたのだけれど!! あ、あ、あ、大声でビックリさせたのは
すまない!! ぼ、僕はこうしないと喋れなくて!!!」
 手近な机に本を置く。10数冊はあるだろう。新刊の文庫本もあればホコリだらけでカビ臭いハードカバーもある。ズシリ。
置くと重苦しい手ごたえがした。
「あ、いえ。すみません。ありがとうございます」
 やっと状況を理解したのだろう。千里は微笑した。それだけでもう逆上せ上がる貴信だ。まだ人間だった頃、学生時代
ときたら恋人はおろか同性の友人さえ作れなかった彼である。ときどき総角とバカをやったりもするがそれは貴信の性格
を見抜いた彼のレクリエーション的なサービスだし(それが分かっているからなお辛い!!)、無銘に至っては『尊敬でき
る弟』なるフクザツな位置づけ……頼れるし自分以上だと認めているがときどき危なっかしいので年上としてさりげなく
教導したいという様子だ。友情の萌芽があるのは目下秋水だが既知のとおり完璧超人、友誼を結びたいが結んでいい
のかという葛藤もありどうも踏み込めない。

79 :
 まして異性など!! 見た目だけなら同年代の異性など!!
 テンパって仕方ない貴信だ。
(わーーーーーーーーっ!! 良くない!! 良くないぞお!! ちょっと笑われたぐらいで意識するのは良くない!!!!
誰だって愛想笑いぐらいする!! そこを勘違いするのはダメだ!! ひょ、ひょ、ひょっとしたら僕の顔を笑ったのか
も知れないし……!! そ!! それはないと信じたいが!!! でででもでもやはり学生生活なんて僕には……!)

 なぜこうなったのか。

「栴檀貴信。キミも高校生活をエンジョイしたらどうだ?」
『ま!! 待つんだ戦士長さん!! 僕なんかが表に出ていい訳が!!』
「素顔のコトを言っているなら気にするな!! 戦士・秋水から聞いた!! キミもまたブラボーな精神の持ち主だ!!
あと足りないものがあるとすればそれはズバリ、勇気だ!!」
『勇気!?』
「そうだ!! 己を曝け出す勇気こそキミには必要だ!!」
『しかし僕はホムンクルスで……!!』
「総角主税から話は聞いている。例の、キミたちを1つの体にした『月の幹部』」
「奴に対しキミが取った行動……実にブラボーだ!! もちろん人によって反応はさまざまだろうが」
「あの姿勢を貫こうとする限りキミは奴らのようにはならない」


「んーにゅ。なんかよーわからんけどたまには交代したらどよご主人」


(勇気……)
 防人の励ましで香美との交代を決意した貴信だがしかしいきなり舞台に出る勇気はない。
 何か裏方作業がないか探しているうち文芸に空きを見つけたので立候補した。本を読むのは昔から得意である。
中学時代は昼休みになるたび図書室に居た。本の世界に浸るというよりは他人との交渉材料が欲しかったので
ある。豆知識。話のとっかかりを集積すれば自然と会話上手になる……そう思っていたが大失敗。人見知りが災
いし高校デビューは頓挫した。披露しても大した反応が返ってこないのが豆知識。会話の広がりなどまるでない。
「……の」
(あ、ああ。思い出すに辛い学校生活……。でも全うしたかった……)
「あの」
「うええええ!?」
 貴信はレモン型の瞳を張り裂きそうに見開いた。漆細工かと勘違いする見事な黒髪が40cmほど先にある。
「あの。本、好きなんですか?」
 千里が立ち上がっている。どうやら会話のとっかかりを探してくれたらしい。内向的であるが故に(ほぼ同質な)
相手の機微が分かりすぎる貴信だ。同時に相手の配慮に凄まじい罪悪感を覚えてしまう。いらぬ気遣いをさせて
しまった。申し訳ない。マンゴーって実は漆科だからあまり触れるとかぶれるぞ。反問と豆知識がぐるぐる揺れて
言葉をうまく紡げない。「あ、ああ!!」。広がりのない応答を漏らすのが精いっぱいだ。
(何! 何を聞けばいいのかなあ!! でも迂闊に踏み込むのも失礼だし!! 変な質問して気持ち悪がられた
ら悲しいし!! ど、どうしよう!!)
 助け舟は、予想外のところから来た。
「あー居た。貴信先輩ー。ちょっといいですか?」
 教室に明るい声が響いた。振り返る。まばゆい金の光にさまざまな既視感がよぎる。駆けよってきたのは少女。
貴信の知る範囲では小札をあてはめるのが一番近そうだ。お遊びのすぎるゴシックな制服がぶかぶかに見える
ほど小さな体で幼い顔。色素の薄い髪は光の中できらきら輝いている。それを頭の両側で短く縛っている姿に
もまた実は既視感。なぜなら──…
「沙織? どうしてココに?」
 千里の声。現実に戻る貴信。かぶりを振る。『過去』に浸りかけていたのは失敗だ。

80 :
「てかちーちん。本好きですかとか言っちゃダメだよ。もー。文芸選ぶぐらいなんだから好きに決まってるじゃない。ね。貴
信先輩?」
「こら沙織。いきなり名前で呼ばないの。失礼でしょ」
「えー。だって「せんだん先輩」じゃ呼びづらいし香美先輩とも区別つけ辛いし……。あ!! 香美先輩とは兄弟!?
それとも親戚!? まさか夫婦ってコトないよね!! というか香美先輩どこなのかなー」
「香美とは!! 血を分けた中で!! いまは割と近くに居る! と思う!!」
 目をキョドキョド泳がせたのは不意の来訪に驚いているせいでもあったが。それ以上に

(思い出した!! 思い出したぞこのコ!! 確か鐶副長がすり替わっていた!!)

 河合沙織。彼女は知らないだろうが記憶を抜き取るため頭に鎖分銅をぶつけたコトもある。

(本人と会話するのは初めて!? どうする!! 謝るのが筋!?)

 結果からいえば貴信属する音楽隊は沙織を一時期監禁していたカタチになる。
 鐶がなり変わっていたため騒ぎにはならなかったが……。

「そ!! そのだな!! 貴方は夏休みの一時期ちょっと記憶が飛んだりしてはないだろうか!!?」
「ふえ?」
 もともと丸い瞳を更にまろくして沙織は考え込んだ。
「言われてみればいろいろおかしかった気がする……。見覚えのない部屋で目覚めたりいつの間にか何日か過ぎてたり」
「くくく詳しくは話せないが!!! その件じつは僕も関わっている!! 本当に悪いコトをした!! すまない!!」
「? どゆコト?」
「え、えーと!! たとえば鎖分銅が頭に当たったりとか色々!!」
「よく分からないや」
 沙織は相好をくしゃくしゃに崩し舌を出した。
「えーと。何か事故があったってコトですか? 鎖分銅の練習中当たって……とか?」
「というか貴信先輩鎖分銅使えるんだ。スゴーい!!」
 口々にまくし立てる少女たちをほとほと持て余す貴信である。
(しまった!! というか思わず謝ったが機密的にどうなんだコレ!!)
 重要な情報こそ伏せはしたが……。疑念は尽きない。話題を変える。
「とととというか河合沙織……さん!! どうして貴方はココに!?」
「そうだった!! あのねあのね!!」
「六舛先輩たちが『見たら教えて』って。話があるって!」
(……!!!)
 六舛先輩。名前を聞いて即座に顔が浮かんだのは教室での出来事あらばこそ。

(確か彼は友人に耳打ちされていた!! 大浜という人に!!)
 あのとき香美の後頭部にあった貴信の顔。それを目撃した大浜。すかさず六舛に報告していた。

「六舛先輩たち今は体育館に居るよ。もし良かったら案内するけど……来る?」

81 :
 頷くほかなかった。正体を知られるコトは恐怖だが……それでも話すほかないと思った。

(なぜなら僕たちはこの学校に対し決して無害とは言い切れない!! すでにいくつか被害を出している!!)

 歩きながら携帯をイジる。総角と防人めがけ送ったメールはすぐ返信が来た。暴露を良しとされたのは六舛たちがカズ
キの親友であり薄々ながら錬金術の存在に気付いているせいだ。
 同時に貴信は沙織も六舛たちと同じ立場と知った。
 廊下の中央。立ち止まる。沙織に声をかける。汗だくになりながら言葉を発する。
 ……図らずも沙織がまずかつての戦いを知った。
 ただしヴィクトリアがホムンクルスだというコトは…………伏せた。
 彼女は音楽隊ではない。生活を脅かすような暴露はしたくなかった。

「なんだったの……?」

 一人教室に残された千里はしばらく呆然としていたが……すぐさま執筆を再開した。
 と。そこへ。

「さあ今回お送り致しますのは脚本でありまする!! 執筆されておりますのは若宮千里どの!! その筆力たるやまさに
鼎を扛(あ)ぐという風!! 新進気鋭! 期待のルーキー! 名場面の数々! はたして如何に生まれいでるか!!
隅から隅までズズ・ずいーーーーと映させて頂きたき所存!!」
 騒がしいリポーターがやってきた。一瞬撮影を拒もうかと思ったがカメラマンの姿を見てそれもやめた。
 カメラを持つヴィクトリアは薄く頬を染めながら千里を見ていた。美しい彼女のそういう表情を見ると脳髄の何事かが甘く
とろけそうだった。断われる理由がなかった。



 体育館。
「ブラボーさん? さっきまでその辺りをブラブラしてましたけど。いないわね今は」
「ったく。ブラつくならせめて携帯の電源ぐらい入れてくれ。細かい打ち合わせができないじゃないか」
 マジメ一方ね。桜花が揶揄するように笑うと斗貴子は喰ってかかった。剣呑な雰囲気だが演劇部はとっくに順応している
らしい。体育館に集まった生徒のうち何人かが面白そうに眺めている。
「だいたい戦士長は彼らを信じすぎている。ヴィクトリアといい、学校にホムンクルスを招くなどどうかしている。大体……」
 斗貴子はある一点を見た。鐶。打ち合わせ中らしくパピヨンと何事か話している。視線に気づくと気まずそうに首を竦めた。
 それもその筈。鐶は。
「蒸し返すようで悪いが、何人もの生徒を傷つけている」
 かつて繰り広げられた六対一。学校にて繰り広げられた大決戦。剣道部員たちはじめ多くの生徒を傷つけたのは年齢吸
収のためだから死者は出ていないがそれにしても特性のおぞましさ、当時校庭付近にいた生徒みな悉く胎児である。
 しかも斗貴子はその現場を見ている。戦士として防げなかった悔しさもある。ホムンクルスたる音楽隊の通学、もとより許容
不可である。まして鐶は平然といる。生徒を傷つけながら学校に。嫌悪たるや想像を絶するだろう。
「フム。確かに精神衛生上良くないな」
「戦士長!?」

82 :
 いつの間に!? 斗貴子は仰天した。背後に防人がいる。いつの間に!? そんな金切り声を浴びながら彼はしばし
考え込む仕草をし──…
「まあ精神衛生上こうするのがブラボーだな。桜花。今からいう生徒たちをココに集めてくれ」
 鐶の方へ歩いて行った。

「良く分からないけど、まあ」
「実は刺されたような気もするけど、その辺りよく覚えてないんだよなー」
「なー」
「傷も残っていないし」
「何より!」
「何より!」
「可愛いからオーケー!!!」

 無数のサムズアップが鐶めがけ突き出された。

「と言う訳で謝らせてみたぞ戦士・斗貴子!!」

 得意気に瞳輝かす防人の向こうには人だかり。先日鐶に一撃喰らわされた被害者たち。赤い髪の少女は彼らめがけ
ペコペコ頭を下げている。斗貴子はただ成り行きを眺めていたが、生徒たちの反応が明らかになるにつれ凛然たる表情
をどんどんどん情けなく取り崩した。誰一人責めていない。
(というかそもそも!!)
 人だかりはそろそろ崩れ始めている。蟻のような人影がばらばらと千切れ飛んでいる。
 その塊の一つが斗貴子の傍を通り過ぎた。唐突な謝罪について感想を漏らし合っているらしく、こんな言葉が聞こえた。
「いやー。しかしまさか悪いヤツに操られていたなんて」
「このまえ学校襲った連中の残党がやったのかな。あんな可愛いコを利用するなんて! 許せない!!」
 泡を食った表情で手まねき。寄ってきた防人に小声でまくし立てる。
(なんで捏造したんですか戦士長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
(理由は簡単だ戦士・斗貴子!! ありのままを話せばコトがややこしくなる!!)
 なんという力押しで大雑把な事後処理。いつものコトだが斗貴子は肩を落とした。
「もうやだ。相変わらず戦士長は甘いし生徒は生徒で気楽すぎる……。私の心配はなんなんだ……」
「まあまあ。そんな人たちだからいいんじゃない」
「そうだぞ。だいたい鐶だって犠牲者……望まずしてホムンクルスになったんだ。仕出かしてしまったコトはちゃんと謝るべき
だが……許されたならエンジョイすべきだ。高校生活を」
 ぽんぽんと肩を乗せる桜花と防人。慰めているらしいが斗貴子には届かない。ただ悩ましげに嘆息した。
「で、アイツはいま何をしてるんだ。もう見たくない……。概要だけ説明してくれ」
「いま? そうね……」

83 :
.

「斗貴子先輩! 俺謝りましたけど正直本当に馴染めていくんスかね(声色)」
「生徒たちは許してくれたんだろ。なら大丈夫だと思うが(声色)」

((同じタイプの特技!!)

「あっちで生徒・六舛と睨みあっている。俺の見たところ拮抗している。ブラボーだ!」
 指示されるままそこを見た斗貴子は一段とうなだれた。六舛と鐶。お互い油断ならぬ相手と認めたらしくじつと
対峙している。
 もう馬鹿馬鹿しい。他の場所へ行く。肩いからせ去りかけた斗貴子だが意外な影に押しとどめられた。
 その影は別に斗貴子を留置するつもりはなく、原則の赴くまま部屋に飛び込んできたらたまたま衝突したまたま押し留
める結果になったというのが実情だ。影は誰か。斗貴子はすぐさま理解した。
「カメラどのカメラどのこっちこっち! ご覧下さい!! 時に演技とは戦争よりも苛烈なのでしょーか!! 何の練習か
よく分かりませぬが恐らく相当重要な場面なのでしょう!! 漲る白熱くゆる波濤! おっとまず動いたのは鐶副長、全身
から金色(こんじき)の火を噴いた! 出ました十八番・大得意の光輝の膜! それが怒髪よろしく天を突くううう!! 大き
い!! 時々思い出したように消防署の方がヘンな棒ぺったんこする天井のアレ! アレ! 正体不明、憎くてハダカの白
い奴がゴールド極彩色に染めあがる! これには六舛どもも表情を崩した!! 何という先手! 甘露が薄くけぶる瞳!
もはや相手さえ映っておりませぬ! 見るのは天挑むのも天! 神よ演技の覇権は我にあり認めぬならばRのみ!! 
そんな声さえ聞こえるほど猛っております!! 鐶副長肉体年齢12歳、かつてないほど猛っております!! オオオ!! 
しかし六舛どのもまた動いた! 一瞬深く息を吸い、吸い──、出したああああ!!光輝の膜ッ! くゆりにくゆる山吹の
ヴェール! 精緻! この世に存ずる何ものよりも美しい!! さあさあ、両者の気迫がとうとう動き出した。互いの速度は
まさに互角、ゆっくりと、しかし確実に相手めがけ……そろそろと動きつつ動きを探り──…放 た れ た ー っ! 勃発
です!! ついに勃発のジハード、その始まりはお二方の制空圏外ギリギリが触れ合いしとある個所! せり出したオーラ
がついに激突ーーーー!! さあ、さあっ!? 第一次銀成大戦その最前線はのっけからの膠着状態! 互いの威圧が
威圧と絡まり合いジガジガジガジガスパークしている! 激しい!! 対立のエチュードはかくも激しいものなのか!! ぶ
つかりあうオーラが右下とか斜向いとかとにかくその辺でボンボンボンボン弾けております!! もはや人の目に映るコトさ
え放棄した光の戦い! 戦況を示すものはただ一つ、せめぎあう境界を具現化した橙のっ! ぐにゃぐにゃぐにゃ〜な稜線
のみ! その均衡は雄弁かつ壮大に語っている!!  五分ッッ!! 両者はまったくの五分!! 果たしてこの戦い、一体!
一体どうなるのでありましょうーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「あの人も何かスゴいんだけど」
「……気にするな」
 近くにいた生徒の呟きにただ諦観を返すしかできぬ秋水である。

84 :
以上ここまで。本編096話の続きです。

85 :
あげ

86 :
>>スターダストさん
ああ。相変わらず貴信の、「学生時代の辛い記憶」は胸を抉るものがあるっっ。とはいえ
過去編を見た今となっては、香美ともども(一応)平和に暮らせているのを見るとホッと
しますが。毒島が小札と意気投合してますが、性格及び能力の厄介さなら、鐶とも近い気が。

87 :
あげ

88 :
懐かしい名前がいっぱいだ

89 :
あげ

90 :
■             吉田DVDの机             ■
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      俺が「喧嘩商売」の続きを作る。手伝ってくれ!
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
  吉田DVDの「マンガ作り」(ホームページ参照)を、少しずつ気が向いた
 ときに手伝ってあげると仰るあなた。
  .txtやエクセルのファイルを、どこかにUPしてください。そして、
 このスレッドもしくはブログのコメントで「これ、吉田DVDが使っても
 いいよ」と明記し、URLを投稿してください。
  下記の理由から、「吉田DVDの机」を独自に引き継いだり、類似サイト
 やwikiを作るのは自由です。
 ・なんびとのアイデアも、著作権で保護されません。
 ・吉田DVDがUPるファイルは、不特定人数での共同著作物になります。
 
 @お願い@
 ・UPるファイルは末尾に「_」(半角アンダーバー)とHNを入れて下さい。
 ・他の人のファイルを一部改変してUPるときは、そのファイルが他の
 人のファイルを基にしてある事を明記してください。
★               Skype              ★
 Skype名:catter777             Skype表示名:吉田DVD
★                                ★
 ホームページ「吉田DVDの机」(ほぼ開始)
 http://space.geocities.jp/cornorposts/index.html
★                                ★
 木多モサク(模索)Ver1.01_吉田DVD.zip(まっだまだ!)
 http://space.geocities.jp/cornorposts/Kita_mosaku_Ver1.01_YoshidaDVD.zip
■                                ■

91 :
あげ

92 :
墓参り

93 :
ヌヌ行 in 滋賀
小悪を圧倒的な力で溶かして無残に飛び散らせるだけの脳筋ヒーローたち、
彼らの後継者でしかないデジタル作画丸出しの萌えキャラクターどもにはできない、
ルイ砲の戦い方がまた読みたいです。

94 :
いいね

95 :
■喧嘩商売のトーナメントの結果を予想するスレ■
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/comic/1342876776/
「俺達で「『バキ死刑囚編』をつくろうぜ」時代の熱気、再び!!
こっちへ合流して盛り上げてください。

96 :
>>93
>小悪を圧倒的な力で溶かして無残に飛び散らせるだけの脳筋ヒーローたち
それはそれで別にいいんじゃないのかと思いますがね、俺は。

97 :
投下します。

98 :
「お」
 イカ娘が言った。
「どうした、なにか見つけたか?」
「見るでゲソ栄子。でっかいエビでゲソ」
「エビ?」
 イカ娘の視線の先には、たしかに大きなエビがあった。――ぬいぐるみだが。
 グロテスクなはずの触手は丸っこくデフォルメされ、黒いつぶらな瞳は可愛いと言えなくもない。
「あれで三等を当てればもらえるのでゲソ」
「福引か」
 即席の屋台の前に、派手な色合いのスロットマシーンがある。
「スロット……ちょっと魂がうずくな」
「栄子の魂がうずくということは、あれはゲームでゲソ?」
「お前知らないのか。これはこう……あ、一回お願いします」
「はい、500円分のレシートをお見せください」
「こう回して……」
「絵が動いたでゲソ!」
「こう……止める!」
「チェリーが揃ったでゲソ!」
「これが目押しだ」
「おめでとうございます、二等が当たりました!」
 デパートの福引係が小さな券を差し出した。
「これは、なに?」
「倉鎌キャンプ場のサービス券になります」
「へえ、子供のころ行ったなー。
 ってイカ娘は?」
「お連れさまはお会計に行かれました」
「もう買うもん買ったっつうのに……」
「500円分のエビポテトを買ってきたでゲソ!
 スロットやらせてもらおうじゃなイカ!」
「はい、レシートをお見せください」
「スイカ、セブン、チェリー!
 これはなんでゲソ!?」
「ポケットティッシュになります」

99 :
 イカ娘はもらったティッシュをじっと見つめた。
 そして。
 脱兎のごとくかけ出した。
「落ち着け、イカ娘! 予算オーバーだ!」
「エビが欲しいでゲソ! エビポテト買ってくるでゲソ!」
「ったく、仕方ないな」
 栄子が財布からレシートを取り出した。
「姉貴からの頼まれものだが、レシートはいらないだろ。
 もう一回引けるぞ。エビが出たらお前にやる。
 ただし……」
「ただし、なんでゲソ?」
「スロットはわたしにやらせろ」
「栄子のゲーム好きも相当でゲソ……。
 とはいえ、その取引はわたしに得でゲソ、やるがいい、栄子!」
「よっしゃ!」
「チェリー、チェリー、チェリーでゲソ!
 エビでゲソ?」
「いや、さっきも出たろこれ……
 キャンプのタダ券だよ」
「わたしはエビがいいのでゲソ!」
「わかってるよ。ちょっとミスっただけだ。
 ところでお姉さん、さっきのレシートだけどさ」

100 :
「はい」
「1000円買ってるだろ。これ、分割して引けないかな」
「買われたお店でレシートを再発行していただければ……」
「よし、行って来いイカ娘!」
「エビ! エビ!」
 かけ出したイカ娘は5分ほどで戻ってきた。
「再発行してもらったでゲソ!
 スイカが揃えばエビゲットでゲソ! スイカでゲソよ……」
「わかってる、スイカだな……いまだ!」
「またチェリーでゲソ……」
「……イカ娘」
「はあーエビとは縁がなかったでゲソかね」
「イカ娘!」
「なんでゲソ?」
「わたしの小遣いをくれてやる。これで500円ぶん適当に買ってこい!」
「栄子が燃えてるでゲソ!」
「おっかしいなあ腕が落ちたかなあ。スイカは見たところ1回転につき3つはあるし、そりゃチェリーはもっとたくさんあるけどさ……
 ん?
 なんで二等のチェリーのほうが三等のスイカより多いんだ?」
 栄子はデパートのお姉さんを見つめた。
 お姉さんは笑顔を絶やさず、その顔にスキは見られない。
「イカ娘。
 強敵かもしれん。万が一のためにもう1000円分何か買ってこい。
 レシートは分割でな」
(栄子の財布は大丈夫なのでゲソ……?)

101 :
「それで?
 結局5000円もスロットにつぎ込んだの?」
 夜。
 夕食の席で千鶴が言った。
 その顔は笑顔を絶やさず、スキは見られない。
「うう……面目ねえ」
「あの女、倉鎌市の回し者だったでゲソ!
 人を呼び込むためにキャンプのタダ券ばかり用意してたでゲソ!」
「でも、イカサマはしてないわ。ああいうのはつぎ込んだものの負けなのよ」
「耳が痛え……」
「結局エビは取れないし、こうなったら、
 明日はわたしの触手で挑戦するでゲソ!」
「やめなさい」
「でも……エビ……」
「エビよりももっと素敵なものが待ってるわよ」
「エビよりも素敵なものなんてないじゃなイカ!
 エビは命より重いでゲソ!」
「イカ娘ちゃんはまだキャンプに行ったことはなかったわね(山登りはしたけど)」
「キャンプってなんでゲソ?」
「明日になればわかるわよ」
つづく

102 :
早速ですが、タイトル間違えました!
「大長編イカ娘 栄子と山の侵略者」が正式です。
ドラえもんっぽくしたかったのよ……
まだ山にすら行ってませんが、よろしくお願いします!

103 :
>>イカ娘様(ありがとうございます! 次回があるのでしたら御名前をぜひ)
なるほど。ガラガラではなくスロットだと目押しが可能ですから、「実は当たりは最初から
入ってない」というイカサマができず、つぎ込んで外れても文句言えない。だから、イカサマ
されず正々堂々敗れたと思えるか。頑張る栄子、エビを欲しがるイカちゃん、共に可愛かったです。

104 :
>>103
すばやい感想うれしいです。ありがとうございます。
名前は、今はなきヤムスレで「急襲」で通していたので、「急襲」で行くことにします。

105 :
最初なのでちょっと早めに続きを投稿します。でもストックはあまりないよ。

106 :
「昨日の今日で何人集まるかと思ったが……
 暇人ばかりだな」
「うるさいぞ栄子! (千鶴さんとキャンプ……ありがとう栄子)」
「どうせ使い道がない券を使ってあげるんだから、感謝して欲しいわ。
 (イカ星人とキャンプ……これは大チャンス!)」
「そうよそうよ!
 (イカちゃんイカちゃんイカちゃんイカちゃんイカちゃん)」
「なんか文句言ってるわりには嬉しそうだな」
「みんなー。乗ってー」
 千鶴が車の運転席から声をかけてきた。
 その車は白地に黒でプリントされており、窓には鉄格子がかかっている。
「護送車じゃないか!」
「うふふ。ちょっと借りてきたの」
「相変わらず謎だな姉貴のコネは……」
「おじゃまします」
 真っ先に乗り込んだのは清美だ。物々しい鉄格子にも物怖じする様子はない。
 続いてイカ娘。そしてたける。清美含め三人で後ろの席に座った。
 早苗とシンディ、悟郎と磯崎、渚と鮎美がそれぞれ隣同士で座る。
 栄子が助手席へ。そして運転席の千鶴がアクセルを踏み込むと、イカ娘初体験のキャンプが始まった。

107 :
「うう……退屈でゲソ。
 陸地には変化というものがないのでゲソか?」
「高速道路ってのはそういうものだよ。
 姉貴はもっと大変なんだから黙ってろ」
「あ、退屈だったら、トランプでもしない?」
 清美がリュックサックをガサゴソとしはじめた。
「清美は栄子と違って気がきくでゲソ」
「せっかくだから、何か賭けないか?」
 磯崎が言った。
「金はだめだぞ」
「大半が高校生のなかで、そんなことしねえよ……。
 負けたやつ『二人』がマキ拾いをするっていうのはどうだ?」
(『二人』……!)
(罰ゲームに見せて、その実お目当ての人と仲良くなるチャンス……!)
(計画性なしのチャラ男と見せかけて、こいつ、考えている……!)
「いいですよー」
 清美がほうぼうで発せられる殺気に気付かずに言った。
「二人罰ゲームってことは、順位がつくゲームがいいですね。
 大貧民かな?」
「その貧乏くさい名前の競技は何でゲソ?」
「ええとね」
「ふむふむ」
「それから」
「おお、それは」
「ちなみに」
「……すべてマスターしたでゲソ!
 さっそくやろうじゃなイカ?」

108 :
「ち、千鶴さんは参加しないんですか?」
「運転しなきゃだから、パスさせてもらうわ」
 少し落ち込み気味の悟郎がカードを配ると、各々がそれぞれのやり方で思考を巡らせ始めた。
(シンディー、分かっているわね)
(もちろんよ早苗。我々の目的はひとつ)
(イカちゃんを愛でること!)
(イカ星人を研究すること!)
(そのためには、イカちゃんに最下位もしくはブービーになってもらわなくては)
 ここに早苗・シンディーの同盟が誕生した。
 そして決戦の火ぶたが切って落とされた!
「勝ったー」
 あっという間にあがったのは小学生のたけるだった。
「強かったわね、たける」
「学校でやって慣れてるからね。
 それにしてもみんな、手を抜いてるんじゃないかと思うほど作戦ミスが多かったよ」
(たける……たぶん本当に手を抜いてるんだ。
 見たところ少なくとも早苗とシンディー、
 たぶん磯崎も目標は下位でお目当ての人間と二人っきりになること!
 でもまあ言わないでおこう)
 と、栄子が考えている間に鮎美があがった。
「お、鮎美ちゃん、結構強いな」
「カードとお話したので、手札が読めました」
「カードとお話……?」
(この子もだんだん神がかって来たなあ)
「決まったでゲソ!」

109 :
 イカ娘が誇らしげに2を出した。
「対抗はいないでゲソ?」
「イカ星人はわたしが止める!」
 シンディーがジョーカーを出した。
(早苗、後は頼んだわよ)
(シンディーの友情に感謝するわ)
「さあ、どうする、イカ星人!」
「3を3枚出すでゲソ」
「ローカルルールぅ!?」
「さあ、スリーカードはいるでゲソか? いないでゲソね。
 じゃあ、10を出して、『10捨て』で5を出してあがりでゲソ」
「あがられた!」
「それも鮮やかなローカルルールさばき!」
「ふっふっふ。人間どもの遊びなど理解するのはたやすいでゲソ」
「こいつ、本当にパズル的なの強いよなー」
 こうして、マキ拾いをかけた大貧民大会は幕を閉じた。
 上位陣はたける、鮎美、イカ娘。
 そして下位二人には千鶴が参加しないのでやる気をなくしていた悟郎と、ジョーカーを使い果たしたシンディーが選ばれた。
「ちょうどトランプもひと段落ついたところで……
 見えてきたわよ。倉鎌キャンプ場」
 千鶴が前方を指さした。イカ娘が大きく口をあけた。
つづく

110 :
>>急襲さん(なんともお懐かしい……いろいろありましたね、あの頃。あぁ目頭が)
こういう大人数作品のお約束の一つ、旅行! 目当ての子とあれこれする為に権謀術数
張り巡らせるのも、そしてそれが成就しないのも、王道ですなぁ。皆に愛されてるイカちゃん
が無欲の勝利をしたかと思えば、同じく無欲の境地の悟郎が敗れてる辺り、無常というか皮肉。

111 :
「おお〜」
 イカ娘が護送車から飛び降りた。
「なかなかいい場所ではなイカ!
 マリワナを思い出すでゲソ」
「マリワナ海溝に何があったんだ?
 でも確かにいいところだな。小学校のとき林間学校で来たっけ」
 栄子が腕をのばして、大きく息を吸い込んだ。
 どこまで手を伸ばしてもかまわないぐらいに、空は遠く、草原は広い。
「そう、かわいかったなあ。あのときランタンに飛んできたガのみんな……」
 早苗がそのときを思い出すように身をよじった。
「そういやお前、ゲテモノ好きだったな。
 イモムシ、ジグモ、イカ娘」
「一緒にするめイカ!」
「そういや、悟郎とシンディーの姿が見えないな」
「話を聞かなイカ」
「もうマキを取りに行ってくれたわよ。
 わたしたちも準備をしなきゃね。
 イカ娘ちゃんお待ちかねの……、
 バーベキューよ! るんるん」
(千鶴がるんるん言ってるでゲソ……)

112 :
「よっ……。
 すまん、これ、受け取ってくれ」
「はい」
 悟郎が茂みからよこしてきた枝を、シンディーが受け取った。
「ついでに手を貸すわよ」
「すまん」
 シンディーが悟郎の手を取って、ぐっと力を込めて引っ張った。
 茂みに埋まるようになっていた悟郎の体が自由になる。
「けっこう力あるんだな。鍛えてありそうだ」
「まあね。歩くのは好きだし、調査担当として世界の奥地を這いまわったりしているのよ」
「見た目は細いのにな」
「そ、そうかしら……」
 シンディーに降りた意味ありげな沈黙に、悟郎は気づいていなかった。
「ねえ」
 やがてシンディーが口を開いた。
「悟郎は宇宙人が怖いの?」
「怖いな。顔も見たくない」
「でもイカ星人は平気じゃない」
「イカは……あいつも本来なら苦手なんだろうがな。
 だがあいつの海を愛する気持ちは本物だから。
 俺も海が好きだ。あいつはイカである前に、もう仲間だ」

113 :
「それなら」
 シンディーが言った。
「宇宙人だってそうじゃない。
 わたしは信じてる。遠い宇宙を超えてきてくれた宇宙人は、きっと友達だって」
「シンディー!」
 悟郎はシンディーに抱きついた。
 しかし、それは抱擁ではなく……
「な、なんかいる。
 後ろの茂みになんかいる」
「ええ!?
 なに? 宇宙人?」
 二人の後ろの茂みがガサガサと音を立てた。
 出てきたのは、イカ娘ほどの身長の少女である。
「宇宙人ではない……だワン」
つづく

114 :
今回ちょっと短かったですがここまでです。
というわけでオリキャラです。山の侵略者なのです。
>ふら〜りさん
感想ありがとうございます。
いろいろありましたがふら〜りさんのような方は本当に貴重だと思います。
あと早速まとめに入ってるみたいですが(早)
今回からでいいですので、
レスとレスの境目(今回だったら「千鶴がるんるん入ってるでゲソ」と「よっ」の間)に空白行を入れていただくようお願いできるでしょうか。
1レスがひとかたまりみたいなつもりで書いているので……わがままですがお願いします。

115 :
>>急襲さん(空白行、対応しました。この程度のことでしたらご遠慮なく!)
>俺も海が好きだ。あいつはイカである前に、もう仲間だ
>わたしは信じてる。遠い宇宙を超えてきてくれた宇宙人は、きっと友達だって
原作は殆ど知らない(1巻をだいぶ前に読んだ程度)ですが、いい人たちですねえ。器が
大きいといますか。世界征服を企む秘密結社やら魔王様やらが善良ってのは近年では珍しく
ないですが、周りがこういう人たちだと、そういう連中もすんなり溶け込めるんでしょう。

116 :
あげ

117 :
>急襲さん
読んだー!
大貧民のルールで10捨てとかってあるのねー!
とりあえず続きがきたら読みますー!
ゲロはさっき吐いてきたので大丈夫ですー!!!

118 :
投下しますよ!
>>115
からっとしてますよね。書きやすくていいです。
>>117
どんどん読んでください!

119 :
「狼娘ぇ?」
「その通りだワン」
 バーベキューの準備で大騒ぎだったテント前が、一気に静まった。
 少女はその沈黙をどう受け取ったのか、満足げな表情で周囲を睥睨している。
 狼娘(と、悟郎とシンディーに名乗ったらしい)はハネた黒髪のショートカットの少女で、
夏だというのにファーのついたジャケットを羽織っている。ファー以外、特に狼な部分は見当たらない。
「恐怖で声も出ないようだワンね……」
「いやいやいや」
 栄子が三回にわたって首を振った。
「考えてただけだよ。どこがどう狼なのか」
「えっ……」
 狼娘は目をぱちくりさせた。
「……えっと、
 ここの髪のハネ具合がイヌ耳みたいだワン!」
「それ、普通の人間でもありうるだろ。
 わたしと姉貴の髪もなんかハネてるし」
「毛皮がついてるだワン!」
「ファーで再現できるだろ」
「け、犬歯が鋭いだワン!」
「どれどれ……。いや、これ、人間でもありうる範囲じゃね?」
「えっと……」
 狼娘はうつむいた。

120 :
「まあまあ栄子ちゃん。そんなにいじめないの。
 狼娘ちゃんだったわね?
 よかったら、あなたもバーベキューに参加するといいわ」
「別にいじめてねえよ。当然の疑問だろ。
 まあ、お前もどうせすることもないんだろ。
 肉、食ってけよ」
「お前『も』……?」
 狼娘の目線がさまよい、イカ娘の前で止まった。
「そう、こいつの名はイカ娘。
 相沢家の居候にして海の家れもんのエース候補だ。
 まあ、お前のイカ版……みたいなもんだな」
「そうだったワンか……」
 狼娘がわなわなと体を震わせた。
「お主みたいなどうしようもない先輩がいるから、
 わたしが怖がられないワンね?
 どうしてくれるワンか!?」
「ど、どうしようもないとは失礼でゲソ!」
 イカ娘が狼娘に指を突き付けた。
「お主みたいなポッと出に言われたくないでゲソ!
 だいたい、わたしは渚にはちゃんと怖がられているでゲソ!
 触手とか発光とか、人間離れ度でもお主の上を言っているでゲソ。
 怖がられないのは、単なる実力不足じゃなイカ?」

121 :
「なにを! こっちだってさっきの悟郎とかいう人間には怖がられているだワン!」
「いや、あれはいきなりだったから驚いただけで、いまは怖くない……すまんな」
「なんと!」
「じゃ、バーベキューするか」
 栄子の言葉に、みんな三々五々準備を始めた。
 炭火がたち、肉が焼け、独特のにおいが立ち込める。
 はたはたと走り回るみんなの中で、狼娘だけが一人取り残されていた。
「もし……ちょっと、そこの」
 作業の合間を見計らって、狼娘がたけるに声をかけた。
「なあに、イヌお姉ちゃん」
「イヌじゃなくて狼だワン!
 じゃなくて、ちょっと協力してくれないかだワン」
「協力?」
「わたしの恐ろしさを見せてやるだワン。
 ちょっとわたしに噛みつかれてほしいのだワン」
「噛みつかれるのはちょっと……」
「そんな!」
 しょぼんとしてしまった狼娘の肩を、とんとんと叩くものがあった。
 長月早苗である。

122 :
つづく入れ忘れた……
続きます。
オリキャラ書いてるとなんか変な気分になりますね。

123 :
>>急襲さん(好きなキャラとオリキャラを絡ませるのは、関羽・周倉以来の大伝統ですよ)
まぁ冷静にネタ元(?)で考えれば、イカと狼とでは勝負にならんのですけどね。先人
(イカちゃん)で既に慣らされてる分、驚かれないのは仕方ない。頑張れ狼ちゃん。多分、
この流れだと味方してくれる人も出てきそうだし、そうなればイカと狼との火花散る勝負が?

124 :
「噛んで」
 早苗が言った。
「痛くしてくれていいのよ。強く噛んで」
 早苗の荒い息が顔にかかって、狼娘は思わず後ずさった。
「協力してくれるのはうれしいワンが、どういう風の吹きまわしだワン?」
「わたし、好きな人に痛くされると興奮するの」
 直球の告白だった。狼娘は茂みの奥まで飛ぶように逃げた。
「す、好きな人とはどういうことだワン?」
「こいつはゲテモノ好きなんだよ。イカ娘も何回も被害にあってる」
 栄子が説明した。
「イカ娘から、狼娘に浮気したのか?」
「とんでもない、両方愛するわよ。
 わたしの愛は無限大なんだから!」
「報われないのにな……。
 ま、そういうことだ。狼娘。
 こいつでよければ噛みつくなりなんなりすればいい。
 もっとも、ただ噛みついただけで何が変わるかというと、難しいだろうけどな」
「むっ、わたしの噛みつきはすごいワンよ!
 ただ、なんか噛みついたら負けのような気がするのは何故だワン……」
「噛んで!」早苗が迫った。
「どうするんだ」栄子がニヤニヤした。
「なんの話でゲソ?」イカ娘がやってきた。
「ええい、ままよ……!」

125 :
 かぷっ。
 という音を立てて、早苗の二の腕に狼娘の牙が食い込んだ。
 そして。
 狼娘が倒れた。
「おい! なんで噛みついたほうが倒れるんだよ!」
「気絶してるでゲソ! 千鶴を呼んだほうがいいんじゃなイカ?」
 狼娘の脈を取っていたイカ娘の肩を、早苗がポンポンと叩いた。
「心配はいらないわ……だワン」
「し、心配してるんじゃないでゲソ!
 目の前で死なれたら目覚めが悪いだけじゃなイカ!」
「落ち着け、イカ娘。
 今こいつ『だワン』と言ったぞ……?」
 イカ娘は早苗のほうに向き直った。
 見たところ、今までの早苗となにも変わりない。だが、その目の光になにか違和感があった。
「変態オーラが欠けているでゲソ! お主は本当に早苗でゲソか?」
「ひと目で見破るとはさすがわがライバルだワン」
「ライバルになった覚えはないでゲソ。
 でも、その物言い、お主は狼娘でゲソね!」
「その通り!
 わたしの牙にかかった者は肉体を乗っ取られてしまうのだワン。
 狼男伝説のモチーフになった能力だワンよ!」

126 :
「ひいいっ」
「あ、渚ちゃん」
「これは恐ろしいです! 狼男伝説が今に蘇る!
 人類は一人残らず狼娘になってしまうのかもしれない……!」
「あ、それはないだワン」
 早苗=狼娘が首を振った。
「わたしの牙(上前歯)が刺さっている状態じゃないと操れないだワン。
 だから乗っ取れるのは同時に2個体までだワン」
「し、しかしそれでも恐ろしいですよ!
 例えば核ミサイルの発射権限を持つ人が操られたらどんなことになるか……。
 そこまでいかなくても、煽動に撹乱にと便利な能力であることは間違いありません!」
「お主はなかなかいいことをいうだワン」
 早苗=狼娘が大きくうなずいた。
「このように、わたしの能力は人間をはるかに超越したものだワン。
 触手? 発光? はん。
 その程度、人間の技術の力でも可能な程度の能力だワン。敵ではないワン」
「ぬぬぬ……、
 わたしだって、わたしだって、
 触手を体内に侵食させ他人を操るぐらいできるでゲソー!」
 イカ娘の触手が栄子に絡みついた。体内に潜り込むため、口の中へと触手が走る。
「おい待てなんでわたしがモガー!」

127 :
 閃光が3つ、走った。
 少なくともイカ娘にはそのように見えた。
 実際にはもっと多かったのだろう。イカ娘の触手は10本ことごとく、その一瞬で切り捨てられていたのだから。
 相沢千鶴の手刀はそのほどまでに速く、威力もまた速さに見合ったものである。
「イカ娘ちゃん。これはちょっとやり過ぎじゃないかしら?」
「ご、ごめんなさいでゲソ」
 10本の触手を失ったイカ娘は、空気の抜けた風船のようにその場に崩れ落ち、土下座の体制をとった。
「な、何ごとだワン! 今何をしたのだワン!」
「狼娘ちゃんも」
 千鶴の動きが、またどの目にも捉えられない領域へと写った。
 気がついた狼娘は、「狼娘自身」の体の中にいて、目の前に千鶴の手刀があった。
「さ、早苗から牙を抜いたんだワンね! いつの間に……」
「はい、それより先にいうことはないかしら?」

128 :
「ご、ごめんなさいだワン」
「はい、牙は返してあげるわ」
 千鶴は手刀を引っ込めると、早苗の二の腕に刺さっていた牙をかちりと狼娘にはめた。
(差し歯方式……?)
「栄子ちゃんも、ちょっと煽りすぎじゃなかった?」
「か、勘弁して下さい」
「冗談よ。さあ、みんなでお肉を食べましょう」
 千鶴が踵を返すと、緊張の糸が切れたように、全員の体が脱力した。
 特に初めて『千鶴』を見た狼娘のショックは大きかった。
「な、なんなんだワン、あやつは……」
「千鶴は怪物でゲソ。注意するがいいでゲソ」
 イカ娘はそういうと、千鶴のあとを追った。栄子と渚もイカ娘に続き、最後に狼娘が一人、動けずにいた。
(ケタ違いの能力だワン……人間はここまで来れるものだワンか)
 そのとき、狼娘の脳裏に、ある考えがちらついた。
(相沢千鶴に噛みつければ……)

129 :
>>急襲さん
原作知識がないゆえの楽しみとして、SSだけを見てキャラをイメージするというのがあり
ますが。とりあえず、早苗さんはエロいんですね。なんか「さん」づけをしたくなるエロさ
です。で気が付けば、触手にケモノにとなかなか良いパーツ(何のだ)が揃ってますね本作は。

130 :
まだ生き残っていたんだバキスレ!
もう10年近いだろ。
ふら〜りさんまだいる!
よし、及ばずながら俺も参戦するわ
しばらく待って

131 :
>>130さんではありませんが、お久しぶりです
テレビもってないんで聖闘士星矢Ωがみれてないんですが、星矢が射手座になってたり
貴鬼が成長してたり、昔の面々が出てきてたりするそうですね
ヘヴィー・アーマー
重い。
正式にこの射手座の黄金聖衣を受継ぎ、聖闘士としての称号もまた天馬星座から射手座へと変わり、
黄金聖衣を纏った時、星矢はかつてない重さを感じていた。
先代・アイオロスの意思故か。
それとも、歴代の射手座の聖闘士の遺志故か。
過去に幾度ともなくアテナの、星矢の危機を救ってくれたこの射手座の黄金聖衣を、
彼が正式に受継ぐことが決まったのは、実はかなり早い。
サガの乱終結後、老師・童虎が議長となって催された黄金結集-黄金聖闘士のみが参加を許される厳粛な会合-において、
半減した黄金聖闘士たちの中に危機感を抱かなかった者はいない。
数とは純粋に戦力だ。
いまや地上最強の戦力たる黄金聖闘士はわずかに6人、否、老師童虎は動けぬ身ゆえに、実働戦力は5人しかないのだ。
故に、戦力再編は急務とされたが、黄金の責務を負うに相応しい聖闘士は、
サガの乱にて文字通り身を削るようにしてアテナの命を守り通した青銅5人をおいて他になかった。
だが、彼らとて若年極まりない。
よしんば、彼ら全員を黄金へと格上げしたところで彼らを先導すべき存在の不在。
なによりも、聖闘士本来の怨敵・冥王ハーデスとの戦いは迫っている。
先の聖戦では、老師童虎と教皇シオンのただ二人しか生き残らなかったのだ。
黄金聖闘士であるとしても、聖戦の先があるとは限らない。
いや、確実に命を落とすのだろう。
故に、聖戦の後。新たな世代の旗頭となるべき存在となってほしい、
青銅5人は当時の黄金聖闘士たちからそう認められていたのだ。
それは聖戦における老師童虎から青銅5人への不可解な命令からも証明されるだろう。
余談ながら、この時点でまだ在位にあった獅子座レオのアイオリアと乙女座バルゴのシャカもまた、
次期黄金として鳳凰座フェニックスの一輝とアンドロメダ瞬への継承を承認している。

132 :

星矢自身の血をもって再びその黄金の輝きを取り戻した射手座の黄金聖衣は、
射手座サジタリウスの黄金聖闘士は、かつての聖戦以来にアテナの隣に帰ってきたのだ。
故に、その重さ星矢はひしひしと感じていた。
だからだろう。星矢が思い返してその日城戸沙織は、アテナとしてでなく、城戸沙織としての顔で彼女と相対していた。
「ずいぶんと疲れた顔をしていますね、星矢」という城戸沙織の言葉に、星矢は文字通り苦笑した。
「星矢、あなたに渡したいものがあります」
言うと、彼女は包みをそっと星矢に手渡した。
沙織の返事をまって開封すると、中にあったのはスカーフだった。
ペガサスの神聖衣の翼のごとく、純白のスカーフ。穢れなき輝きを放つそれは、
驚くべきことにアテナの小宇宙を内包していた。
「久々の機織でしたので、どこかおかしい所があるかもしれませんが」
そういたずらっぽくいう彼女の顔は、アテナではなく星矢のみてきた城戸沙織という少女のそれだ。
戦闘女神としての姿が聖闘士には印象深いが、彼女は機織の神という面ももっている。
城戸光政が彼女に沙織という名をつけたことは、
おそらく戦女神としての面よりもそういった面を忘れないでいてほしいという願いがあったのではないかと、
そう思うときもある星矢だ。
だが、今の今まで戦女神としての面しか見ていなかったという事もあり、彼は面食らった顔をしていたらしい。
「ひどいわ星矢、そんな顔をするだなんて」と言う彼女だが、言葉にこめられているのは親愛の笑みだった。
そんな彼を不快に思うことなく、ころころと年相応に笑う城戸沙織の笑顔が星矢には愛おしかった。
「少し、顔を」といわれて星矢がかがみ込むと、沙織は星矢の手からスカーフを受け取り、そっと彼の首に巻く。
「前の私にも、前の前の私にも、そして神話の昔の私にも、ずっと供にいてくれた貴方」語る沙織の言葉は
「傷つき、倒れ、それでも立ち上がって…」スカーフを巻き終えた彼女は、そのまま星矢の頬を包み込む
「私の隣にいてくれた…」そして、胸に抱きしめる。
しばし、沈黙があたりをつつむ。
「…前世とか、そんな事をいわれてもさ、俺は俺なんだよ、沙織さん」
どちらともなく離れ、それでも星矢は沙織から目をそらさない。
沙織もまた、星矢から目をそらさない。
「だからさ、きっとどんなになっても俺は沙織さんを守るよ」言うと、星矢は彼女を抱きしめる。
ありがとう、という声が被る。
不思議と、星矢は黄金聖衣の重さを感じなくなっていた。まるで身体の一部になったかのような一体感を感じていた。

133 :
短いですが、こんなんですみません
射手座の黄金聖闘士となった星矢がスカーフまいてたので勝手にイメージ
コレ書き出したのじつは1月くらいだったんですが、いやぁさび付いてるなぁw
チャンピオンの星矢のほうもいまだに衰えをみせず、黄金時代書いてた頃を思い出します
ではまたお会いしましょう

134 :
SS誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
エーベルージュ
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/gal/1248267409/l50
センチメンタルグラフティ2
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/gal/1338866433/l50
Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
http://kilauea.bbspink.com/test/read.cgi/hgame2/1302172024/l50
初恋ばれんたいん スペシャル
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/gal/1331519453/l50
ファーランド サーガ1、2
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/game/1172644654/l50
MinDeaD BlooD 4
http://kilauea.bbspink.com/test/read.cgi/hgame2/1206403697/l50
【シヴァンシミター】WOG【クリムゾンクルセイド】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/goverrpg/1331402981/l50
アイドルマスターブレイク高木裕太郎

135 :
>>131
乙ですん

136 :
「狼娘よ」
 イカ娘が聞いた。
「もが? もぐもぐ、もが」
「飲み込んでからでいいでゲソが……。
 お主は何を目的に、わたしたちに近づいたのでゲソ?
 まさかそうやって肉を食べるためだけじゃなイカとは思うでゲソが……」
「もがー」
 狼娘が口の中の肉類を一気に飲み込んだ。
「もちろん侵略だワン」
(やっぱりか……)
 何人かが心の中でつぶやいた。
 が、イカ娘と狼娘は大真面目に、
「実はわたしもそうなのでゲソ」
「そうだったワンか!」
「人間どもはやりすぎたでゲソ」
 イカ娘が考え深げな表情になった。
「ポイ捨て、化学薬品の垂れ流し、地球温暖化……。
 どれもこれも、人間が自分の廃棄物の処理に考えが至らないところからきているでゲソ。
 その辺の猫でさえ、自分のフンに砂をかける知恵はあるでゲソ。
 これでは猫以下じゃなイカ!」

137 :
「わたしもまったく同じ感想だワン」
 狼娘が言った。
「人間は身勝手だワン。
 あの道路というやつでどれだけの動物が苦労しているか分かっていないのだワン。
 里山と称して自然に手を加え(これにはメリットもあるワンが)、
 働き手がいなくなったら放置する。この無計画さにはあきれるワン」
「そこでわたしは深海から侵略に来たのでゲソ」
「わたしも樹海から侵略に来たのだワン」
 がしっと音をたて、イカ娘と狼娘の腕が組み合わされた。
「いいやつじゃなイカ!」
「同胞だワン!」

138 :
「同胞もできたところで侵略の訓練をするでゲソ」
「まずは水泳だワン」
 イカ娘と狼娘が、それぞれワンピースとジャケットを脱ぎすて、
 川へと走っていった。
 イカ娘は白のワンピース水着、狼娘は黒のビキニ姿である。
(川遊びにしか見えんが……)
 栄子が心の中で呟いた。
 イカ娘と狼娘は、水を掛け合ったり、泳ぎの競争をしたり、まるで双子の姉妹のように見える。
(まあ、いいか)

139 :
「いいだワンか、イカ娘」
 ひとしきり泳いだあと、川の真ん中で、狼娘がイカ娘に言った。
「あの看板を見るだワン」
 狼娘が指さした、川のほとりの看板を見て、イカ娘の顔色が変わった。
「ゴルフ場、建設予定地……?」
「市は、人を呼び込むために、ゴルフ場をこのキャンプ場に併置する予定なのだワン。
 ゴルフ場ができてしまったら、森の生態系は大ダメージだワン。
 わたしはなんとしても、少なくとも倉鎌市を、侵略しなければならないのだワン」
「わたしも手伝……」
「だからイカ娘」
 狼娘は敏捷に水を掻くと、イカ娘の体に自分の体を重ねあわせた。
 そして。
 柔らかな首筋に、冷たく鋭い牙を突き立てた。
「さよならだワン」

140 :
そろそろシリアスに入るかなあって感じです。
イカ娘でシリアス……どうなっちゃうんでしょうね(ストック切れたので人ごとのように)
まあ頑張ります。

141 :
>>銀杏丸さん(お久しぶりですっっ! タイトル「ヘヴィー・アーマー」で宜しいでしょうか?)
>城戸光政が彼女に沙織という名をつけたことは、
おお……どこを押しても「金に物を言わせた人外絶倫ジジイ」としか思えない光政が、なんだか
まともどころかカッコよく見える。沙織も、原作ではあまり好きではないのですが、本作では凄く
ヒロインしてて良いです。DB以上に日常生活を送れてない星矢たちの、こういうシーンは貴重。
>>急襲さん
これはっっ! 陸海の侵略者同士、侵略の動機もほぼ同じ、理解しあえて手を繋ぎ、仲良く手を
繋いで、可愛らしい微笑ましいと頬緩ませて読んでたら、一気に急転直下! 既に相手を操る能力
自体は実証済みですし、今までのは油断させる為の演技で、実は真面目に有能な侵略者だったり?

142 :
>>141
ご無沙汰しております
タイトルはヘヴィー・アーマーでOKです
パトレイバーよりとらせていただきました
ご健勝でなにより
ではまた

143 :
>>83から。本編096話の続きです。
 パピヨン率いる演劇部の陣容はいまや最高のものとなりつつある。
 抜群の運動能力を誇る秋水と斗貴子。学園一美しいと評される桜花。遅れて加入した音楽隊はさまざまな分野において
めざましい可能性を秘めている。毒島や防人といった外様連中もまた然り。
 誰かがいった。とても面白い劇になるだろう。
 誰もがいった。きっとそうだろう。
 笑いあい気運を高める生徒達は……気付かない。
 楽しい時はいつか終わる。その、逃れられない事実を。
 もっとも……もし気付いたとしても彼らは気楽に笑いこう答えただろう。
「そーだよな。劇はもうすぐ終わるんだよな」
「ん? ひょっとして学園生活のコト? 考えたら卒業式までもう1年半切ってるし」
 彼らはほんの僅かでも脳裏に描くべきだった。
 ありえからぬ非日常の存在を。
 かつて銀成学園はL・X・E創始者、Drバタフライ率いる無数の調整体の襲撃を受けあわや殲滅の憂き目にあった。
 さらにその数ヶ月後、多くの生徒が鐶光のせいで胎児と化した。
 ともすれば命を落としかねない境界線の上に2度も立たされながらまったく警戒するところがなかったのは、やはりまが
りなりにも「生き延びた」という安堵のせいか。
 されど日常はやがて終わる。
 劇の終わりとともに幕を閉じる。
 ありえからぬ非日常の存在の手によって。
 破滅をもたらす足音。
 それを導いてくるのは皮肉にも……。
 かつて学園を守り抜いた武藤カズキ。
 彼の中に日常の象徴として佇む……1人の少女。

「あ! ココココ! ココだよあっきー! ココでみんな練習してるんだよ」

 武藤まひろ。
 彼女はただいつもの通り、親切心を発揮しただけだった。
 街を歩いていたら道に迷っている者を見つけた。
 目的地が自分の知っている場所だから……案内した。

144 :
 たったそれだけである。もしまひろが案内しなかったとしても、非日常の存在は、その目的が銀成学園にある以上、いず
れ自ずとたどり着き、やがて結局日常を壊しただろう。
 まひろはトリガーを引いた訳ではない。ただ準備万端の「軽い」引き金に触れただけである。
 劇鉄が弾丸を押し出すおぞましい結末に期せずして関わってしまっただけだ。彼女自身に悪意はない。
 けれど……結果だけを見れば武藤まひろは確かに。
 おぞましい人物を銀成学園に招いた。招いてしまった。
 そして今は体育館の近くにいる。そこには秋水を初めとする錬金戦団の面々と音楽隊がいる。
 パピヨンと、ヴィクトリアも。
 銀成市における戦力が総て、結集している……。
「この上ない熱気! ああ、声優時代の舞台を思い出します!」
 体育館の外で手を組むのは若い女性。美人だが野暮ったい黒ブチ眼鏡をかけた”冴えない”タイプである。踵まで伸びた
黒髪は、着衣たる黒いブラウス同様ほつれと傷みがよく目立った。それでいて声は天女のように甘いから、すれ違う男子
生徒が思わず目を留めそして落胆する。桜花級を期待していたのに……ガックリうなだれる彼らはそう語っているようだ。
 クライマックス=アーマード。錬金戦団、そしてザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ共通の敵であるレティクルエレメンツの
……幹部にして坂口照星を誘拐した実行犯の1人。(自らの武装錬金でアジトまで連れ去った)。
 捜査本部に犯人を招くというか、軍中枢部にテロリストを招くというか。
 まひろは自分がどれほど危ういコトをしているか知らぬまま、いつものように明るく笑い、もう1人に呼びかけた。
「えーと。名前忘れちゃったけどこっちだよー!!」
「うむ! いよいよ及公、パピヨンとご対面であるな!」
 手招きされたのは青い銀の貴族服。衣装に見合わぬ冷たい美貌の持ち主だが2mほどある背丈や特徴的な物言いの
せいでこれまたトンチキな印象である。
 リヴォルハイン=ピエムエスシーズ。鐶光をも凌ぐ、レティクルエレメンツ最新鋭のホムンクルスである。その形質は細菌
型……の集合体。バンデミックを起こせば銀成市など1時間で殲滅できる……と言われている。
 彼の狙いはパピヨンの所持する『もう1つの調整体』。
 かつて戦士たちと音楽隊が激しく争いあうほどに強く求めた戦利品……その正体は黄色い核鉄。
 霊魂の承継、ひらたくいえば前の使用者の霊魂を受け継げるDrバタフライの遺産がなぜ必要なのか。
 それはまだ分からない。
 とにかくクライマックスは冥王星の、リヴォルハインは土星の、幹部えある。

 そんな彼らがいま……秋水たちのいる体育館へ向かっている。

 先導するまひろの後ろで二者二様の妖気が徐々にだが膨れ上がっていく──…

145 :
以上ここまで。執筆時間60分だと2レスが限界すね。
あとは過去編のハシリ。ヌヌ編の次は鐶編。

146 :
──接続章── 「”過去は過去でなく輪廻して今”〜音楽隊副長・鐶光の場合〜」


『遠い日々の記憶が刹那に……coming Flashback』
『迷い込んだのは夢なんかじゃなくて現実』
『まるで同じこと躊躇ってる』
『時を超えて……いつでも』

「行くぞ! 最後の勝負だ!」

 時は移ろう。
 錬金の戦士たちとザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの戦いがいよいよ佳境に差しかかりつつあった頃。
 根来忍。楯山千歳。防人衛。早坂桜花。そして中村剛太。
 仲間たちが次々と倒れていく中、津村斗貴子はダブル武装錬金を発動した。
 そして猛攻。圧倒に次ぐ圧倒。総てにおいて優勢だった鐶光を……押している。
(……た、ただダブル武装錬金を使っただけなのに……この気迫は一体……!?)
 鬼気迫るその姿は鐶を大きく揺り動かし……。
 鼓動。
 小さな胸の中で動乱が巻き起こった。
(この気迫……この怒り)
(まるで)
(まるで……)


(……………………お姉ちゃん)


 フラッシュバック。蘇る記憶。
 けたたましい笑いが脳髄に響いた。柔らかな肌。重なる唇。ケーキ。両親の死骸……。
 映像の中心は常に1人の少女だった。目を細め口を綻ばせにこやかにこやかに笑っている短髪の少女。

147 :
 玉城青空。
 憤然と向かい来る斗貴子に義姉を重ねた時……鐶の戦意はわずかにだが削がれた。
 例えそれが決戦に抱くべからず恐懼だとしても…………戦果にどれほど影響したか今となっては分からない。

(……怯えては……ダメ……です。むかし……無銘くん……と……約束……しました……!!)

 振り払い、立ち直るまで1秒とかからなかったのだから。

 戦闘の中、本当に一瞬だけ現れた機微。
 だから他の面々ほど露骨に語らなかったが──…
 鐶にもまた、過去があった。


 彼女は時々思う。

 組織がその名前を拝借しているあの寓話。
 驢馬の上に犬。犬の上に猫。そして猫の頭に鶏がそれぞれ乗って鳴き喚いた後もなお、泥棒たちは舞い戻ってきた。
 だが犬に足を噛まれ、大声を上げる鶏に怯え──…
 闇のなか彼らは錯誤した。足をメスに刺され、判官に怒鳴られたと。

 犬と鶏。無銘と自分。寓話と比べると配役は逆のようだった。
 運命も。武装錬金も。位相はほぼ入れ替わっている。

 自動人形は判官のようで
 キドニーダガーはメスのようで。

 だからこそ、いつも運命を感じていて──…




.

148 :
【ヤーコプ=グリム・ヴィルヘルムグリム/作】
【関 敬悟・川端豊彦/訳】
【ブレーメン市の音楽隊】より】


 やがて村を逃げ出した者三匹は、ある屋敷のところを通りかかると、門の上に雄鶏がとまっていて、精一ぱいの声で鳴
いていた。「骨の髄までしみわたるような声だね」と、驢馬が言った、「どうしたってんだい」──「上天気だよって知らせたの
さ」と雄鶏が言った、「うれしい聖母マリアさまのお祭りで、マリアさまがキリスト坊ちゃまのかわいらしい肌着を洗濯なすって、
そいつをかわかそうって日だからな。ところがあしたは日曜で、客が大勢来るってんで、うちのおかみさんたら情け容赦もな
く、あすは俺をスープに入れて食っちまうんだって料理女に話してたのさ。そいで今晩、おいらは首をちょん切られるのさ。
だから、鳴けるうちに、思いっきり鳴いてるってわけさ」──「何を言ってるんだ、赤毛君」と、驢馬が言った、「それよか俺た
ちと一緒に逃げた方がいいや。俺たちはブレーメンへ行くんだ。死ぬより良いこたあ、どこへ行ったってあらあな。お前さん
はいい声してる。みんなで一緒に音楽をやったら、きっと面白えもんになるぜ」と、雄鶏は、これを聞くと、そいつは面白いと
思って、四匹そろって出かけた。

                          【参考文献:角川文庫 「完訳 グリム童話T さようなら魔法使いのお婆さん」】

                     ──接続章── 「”過去は過去でなく輪廻して今”〜音楽隊副長・鐶光の場合〜」  完
過去編第001話に続く。

149 :
>>143
乙乙

150 :
「大変……でゲソ! 狼娘が溺れてしまった……でゲソ!」
 イカ娘の声が河原に響いた。
「た、大変だ!」
「くっ、悟郎呼んでくる」
 悟郎を探してその場を離れようとした栄子の目に、必死で水を掻き分けるイカ娘の姿が映った。
「ああ、もう」
 このときの栄子の判断は――
「なんでお前がッ」
 正しかったとはいえない。
「溺れてるんだよ!」
 結果論で語れば、完全に間違っていたと言える。
 栄子は知らないことだが(とはいえ、予想はできたはずだが)、
 磯崎はこのとき、悟郎と一緒にいた。
 だから助ける対象が『二人』であっても、
 ライフセーバーの二人は、的確に対処できたはずである。
 そうでなくても、助けるべきものが増えたにも関わらず
 自分で助けに向かった栄子は間違っている。
 とはいえ、目の前で苦しんでいるイカ娘の姿は、栄子の判断を曇らせた。

151 :
「ほれ、触手使え、触手!」
 栄子も泳ぎは達者だ。イカ娘が小柄なのも手伝って、
 意外とあっさり、深みから体をひっぱりあげることができた。
「ほ、本当だワン、触手を使えば、泳げるだワン」
 『イカ娘』が言った。
「……だワン?」
 短い沈黙があって、『イカ娘』が口を開いた。
「そうだワン、わたしは狼娘だワン。
 お前たちの敵、樹海からの侵略者だワン」
 イカ娘=狼娘は、栄子の瞳を見据えて笑った。
「だからこんな裏切りも、たいしたことじゃあないのだワン」
 ひゅっという音がして、栄子の意識が暗くなった。
「姉貴……!」
「とはいえ、利用させてもらった礼だワン。
 お前たちの命は助けてやるだワン」
 相沢千鶴=狼娘が、低い声で言った。

152 :
「冗談じゃない。こんなところにいられるか!」
 大きな声がテント内に響いて、イカ娘は目を覚ました。
「あの千鶴さんが操られちまったんだぞ!
 千鶴さんだぞ!
 化け物的な逸話の数々、五本の指じゃ足りねえぞ!」
「千鶴さんを化け物とか言うな」
 悟郎が言った。
「いやいや、現実見ようぜ」
「現実……そうだな、千鶴さんの力は人間離れしたものがある。
 だがだからなんだ? 放っておいて帰るのが現実なのか?
 俺たちは人を助けるのが仕事じゃないのか」
「しょい込みすぎなんだよ、お前は!」
「お前が軽すぎだ」
「じゃあいいぜ、お前は帰らないってんだな。
 俺は帰る、怖いからな。
 一緒に来るやつはいるか?」
 沈黙。
「じゃあいい、一人で行く!」

153 :
「あーあ、護送車は使えそうだったのに」
 シンディがぽつりと言った。
「さっきから何の話でゲソ?」
「千鶴さんが狼さんに操られてしまったんです」
 鮎美が説明した。
「話をまとめると、イカさんを操ってみんなの気を引いて、
 助けに来た千鶴さんの隙をついたということのようです。
 イカさんが(触手なしで)泳げないということを狼さんが知らなかったので、
 状況がますます混乱して……」
 鮎美は人外相手だとよくしゃべる。
「っていうか、『ゲソ』って語尾だからイカちゃんはイカちゃんね!
 よかった〜」
「わたしも操られたのでゲソか……」
「わたしたちは見逃されたんだ。イカ娘」
 栄子が言った。
「頼みがある」
つづく

154 :
続きます。
磯崎が盛大に死亡フラグおっ立てて行きましたがどうなるかは未定です。

155 :
>>スターダストさん
今回投下分はどちらも、予告編な趣ですね。まっぴーは相変わらずで、「おぞましい人物」二人も
今こうして見ている限りは、ですが……我々は知っているッ! です。そう、なにせあの青空の
同僚で同類。動機や方向性は違えど仲間で同朋。実力も人格も規格外。盛り上がってきました!
>>急襲さん
何かひっくり返しもあるかな、とも思っていたんですが、完全にシリアス一直線ではないですか! 
原作共々、流石に死人が出るような作品ではないでしょうし、「犯人」側からも殺しはしないと
言質とれてますが、これほどのフラグで何事も起こらないとは考えにくい。狼ちゃん、どう出るか。

156 :

 私の名前はクライマックス=アーマード! 社会的には秋戸西菜で通してます(コレ本名!)
 今日は銀成学園演劇部のみなさんにこの上なく宣戦布告です! 宣戦布告っていっても別にガチでケンカ売る訳じゃあ
ないですよ! お互いベストを尽くしましょうみたいなこの上なく無難かつ爽やかな宣言しました! だってだってこの上なく
オトナですからね私。『学生さんごときがプロの私たちに勝てるとでも』みたいなー、マンガでよくいるかませ臭ばりばりな
挑戦つきつける訳ないじゃないですかこの上なくっ! てかアレですよね、劇で対決とかこの上なく珍しいですよね。という
か普通ないような。ま! よく分かりませんけどパピヨンさんが提案して盟主様とかブレイクさんが乗れっていうならやるだ
けですよこの上なく! ……ぬぇぬぇぬぇっ!(笑い声)、これでも私は元声優、演技畑だから演劇経験とーぜんアリです。
ああっ、なっつかっしー! むかしよくやりましたよ演劇! 楽しいですよね演劇!
 劇団はブレイクさんの借りました。みんなこの上なく一般人です。実はホムンクルスで発表中銀成学園の生徒さんたち襲う
とかゆーオチはないですよぉこの上なく! 
 けほん!
 こーれーまーでーのー! あ〜らすじ〜!!
 早坂秋水さんはかつて刺してしまった恩人・武藤カズキさんの妹まひろさんとひょんなコトから関わるようになり絆を深め
ていきました! この上なくっ! 一方そのころ銀成市にあらわれた音楽隊ことザ・ブレーメンタウンミュージシャンズと戦士
さんたちとの間に戦いが勃発! さまざまな思惑が交差するなか秋水さんは音楽隊リーダー・総角主税をどうにか打破した
のですがこの上なくまだ終わってはいなかったのです!
 新たな敵、レティクルエレメンツ! 音楽隊が生まれる元凶となった悪の集団……まーつまりはこの上なく私たちのコト
なんですけど、そのレティクルとの戦いがもーすぐ始まる訳です!
 戦闘開始は救出作戦から。私たちがこの上なく誘拐した坂口照星さんの救出から最後の決戦が幕をあけるのですが、
まるでその期限に合わせるよーにもう1つのプロジェクトが進行中なのですよこの上なく!
 演劇! パピヨンさんが主宰するコトになった演劇部! その健全化ならびに武藤まひろさんのパピヨンコス着用を防ぐ
ため手を組んだ秋水さんと斗貴子さん! さらにヴィクトリアちゃんとパピヨンさんとのドキドキワクワクな急接近とか白い
核鉄製造着手とか戦団に勾留されてた音楽隊の復帰とかいろんな流れが交錯するなか演劇! 迫ってます!
 ちなみに悪の組織たる私たちが演劇を見過ごしてるのには理由がありますっ!!
 マレフィックアース! 私たちはメチャ強な存在召喚してこの上なく幸せになりたいんですけどソレには器がいるのです!
 
 ちなみにマレフィックアースとはかつてウィルさんがこの上なく未来で逢った『最強の存在』……そー言われてます!
 肉体があった頃の名前は勢号始。またはライザウィン=ゼーッ! 電波兵器Zの武装錬金を使う天下無双の頤使者
(ゴーレム)にして光より早い『古い真空』! 歴史を変えうる力をウィルさんに与えた……黒幕!
 古来より存在する、人間の闘争本能の本流の中から生まれい出た最初であり最後でもあるマレフィック!!
 どれほど強いのか? えーとですね。羸砲ヌヌ行って改変者さんいるじゃないですか。あの人の武装錬金はスマート
ガンなんですけどー、実体はティプラーマシン(タイムマシンの一種)で、スペースコロニーが豆粒に見えるぐらい大きな
中性子の銃身が毎秒10万キロメートルぐらいで回転してるんですよ。しかもその周囲には常時3億個のブラックホール
が展開しててー、万物が持つ光円錐すべての情報のゆらぎをガッチリきゃっちしてるらしいです。だからヌヌさん自由自在
に歴史ロードして改変なかったコトにできるんですけど──…
 ライザさんはそのヌヌさんを下したのです。
 そしておもいどおりの歴史改変を……。

 ……ぬぇぬぇぬぇ。

 戦士さんたちはまだ知らないでしょう。
 いまこの時代が「本来あるべき」歴史からこの上なくこの上なく外れているのを!!

157 :
 例えば音楽隊は正史にいなかった存在です! 武藤ソウヤさんがタイムスリップして真・蝶・成体を斃したせーで生まれた
新たな未来! 300年先にいたウィルさんがこの上なく歴史を変えたばかりに生まれたものこそ!
 この時代!!
 ぬぇぬぇぬぇ。
 早坂秋水さん、あなたは開いた世界を1人で歩けるよ〜になりたいとこの上なく願ってるよーですが!
 もし真実を知ったらどーするつもりですか!?
 自分の歩いていくべき”世界”、それが多くの人によって書き換えられたものだとすれば……。
 本来の歴史とはまったく違う【偽物】とすれば──…
 そこに下してきた、或いは下していく決断もまたこの上なく偽りに満ちたものとなるのです!!
 ヒドい事実ですが私はまだ伏せますよぉ。オトナですから〜、盟主様たちの命令があるまで口つぐみます。

 告げるとすれば最悪のタイミング……肉体を刻まれ精神をすり潰され霊魂さえ尽きかけた最期の時!
 普通なら譲れない何かを杖にいま一度立ち上がるべき局面において……告げる!!

 盟主様を斃せるのは秋水さんか総角さん……ですからね!
 ココロ砕く準備はしておかなければなりません!!

 そして何事もないように、気のいい、劇団のお姉さんとして振舞うだけですっ!!

 ヌヌさんですか? 照星さん誘拐したときに武装錬金が大破。ソウヤくんともども時空の渦に呑まれ姿を消しましたが?



「アレが対戦相手か」
「あの劇団……いろんな公演で見たカオがチラホラ。全員プロかも」
 六枡は冷めた目でステージを見た。年齢も性別もバラバラな集団が袖めがけ捌ける。
 練習していると秋戸西菜──クライマックス。戦士たちは知らないが敵対組織の幹部──が乗り込んできてまくし立てた。
小札が思わずライバル出現かと目をむくほどの勢いだった。
「元声優で元教師……変わった経歴だな」
 戦う旨を告げると彼女はぴょこぴょこパピヨンに歩み寄り勢いよく手を出した。 
 応じる蝶人ではない。華麗によけると低く鼻を鳴らしどこかへ消えた。

「うぅ!? ……〜〜〜〜うぅぅうぅううううううう〜〜〜〜〜〜〜っ! う゛ーっ、う゛ーっ!!」
 途端に年甲斐もなく泣きだした秋戸西菜は手近な生徒に手を差し出すが掴まれずに終わる。「だって鼻水でカオぐしゃ
ぐしゃだったし」「なんか引いた」「美人だけどないわー」とは部員たちの弁、結局おとなしい若宮千里が半ば無理やり手を
握られた。「貧乏くじね」とはヴィクトリア曰く。

158 :
「あ!! ライバルな癖にいやに好意的だとか思いましたね!! そーですよねそーですよね!! フツー対戦相手って
いったらなんかもう初対面からイヤミ全開で一方的に突っかかってくるものじゃないですかこの上なく!! ぬぇぬぇぬぇ!
でも私は違いますよ!! 劇で対戦とかヘンな話ですけど、でもたまには競い合うのも必要ですっ!! 勝ち負けは重要
じゃないです!! 正々堂々っ、お互い力の限りを尽くしてこそ気持ちのいい劇ができますし何よりお客さんも喜ぶッ!
そーいう意味じゃマンガとかでよくいるイヤミな対戦相手はナシですナシ、この上なーーーーーく! ナシっ!」

 青ざめ引き攣る千里を誤解したのか。秋戸西菜は満面の笑みで手を振った。握られている千里はいい迷惑、細腕が折
れるのではないかと心配したのはヴィクトリア、幼い瞳を鋭く鋭く尖らせた。

「で、なんであの人さっきから早坂秋水と総角を見てるんだ? ただ見てるというかその、熱烈というか」
「斗貴子氏。世の中には知らない方がいいコトもある」
 六枡は概ね理解しているらしい。

(いましたいました元・月の幹部フル=フォースさん! やっぱこの上なく盟主様そっくりです! ぬぇぬぇぬぇ。何やら大道具
を秋水さんに自慢しているようですが私としてはその、ぐふふ、自前の大道具を見せつけて欲しかったり──うきゃあああ!
なに考えてるですかなに考えてるんですかこの上なく下ネタ自重ですよ私ーーーーーっ! ダメですダメです公共の場所で
そんないやらしい想像……あ! この組み合わせだと終盤秋水さん逆転する方が萌え萌えなんじゃ……で、で、舌をあんな
トコに這わ……………………きゃあーーー! いやーっ!! 恥ずかしーーーーーーーーーーっ!!)
 秋戸西菜の表情はめまぐるしく変わる。ヨダレを垂らしたかと思えば真意不明の照れ笑いを浮かべ、すぐさまキリっとし
更に頬を染め両手をあてて首を振る。
(でも無銘くんと秋水さんもアリ! なにかと突っかかってくショタとか最高ですっ!! 貴信さんは……顔的にないです!)
(ちなみに)
(敵幹部であるところの私とリヴォルハインさんがフッツーに戦士さんとか音楽隊の目の前に姿あらわしているのは)
(純粋に顔バレしてないから、ですっ! 今日が初対面! 鐶さんは一時期レティクルにいましたけどー、なかなか逢う機会
がなくて……)


 一方早坂秋水は辟易していた。

「なぜだなぜだなぜなのであるか! 秋ぽんはまっぴーが好きなのであろ! なぜに告白せんのである!!」
 原因は貴族服の男……リヴォルハインである。首にドクロのタトゥーを入れた冷たい感じの美丈夫、というのが秋水の第一
印象だったがいざ口を聞けば印象の崩れるコト崩れるコト。当初こそ黄色い歓声をあげていた女子たちの熱は4秒で冷めた。
 それだけなら、彼女らがクモの子を散らすように撒き散っただけなら良かったのだが、なぜか秋水に付きまといはじめている
リヴォルハインだ。学園の貴公子は欝蒼と目を細め巨体を見上げた。相手の双眸は美しく、山の端にかかる月をみるような
心持だ。
「どこで聞いたのか知らないが」
「ビッキーに聞いたビッキーに! あ!! あーーっ! ビッキーはピューマみたいな顔してるので三種混合ワクチン打って
いいですか秋ぽん!」
 諸事この調子である。会話というのがまるで成り立たない。先ほど総角の自慢話を聞かされた時とはベクトルを異にする
頭痛が込み上げやるせない秋水はかろうじて
「俺と武藤さんの関係はそんなものではない」
 とだけ言った。それはもっとも正しく現状を表している言葉だった。

159 :
(……………………)

──「私! 秋水先輩のコトが好きかも知れなくて!!」
──「でもソレが言い出せなくて思わず逃げちゃってたのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 告白じみた告白こそ受けているが当のまひろ自身ココロの整理がつきかねている状況だ。
 たんに少女が兄の面影を求めているだけの適応機制かも知れない。
 そもそも秋水の心がまひろに引き寄せられたのは、やはりかつて姉……桜花を失う痛みを味わったればこそだ。
 そこにカズキに対する罪悪感や贖罪意識が交じった結果、音楽隊との戦いの中さまざまな交流が生まれ、絆が芽生えた。
 世間一般で言う恋愛感情とはまったく原点からして違うのだ。

「けど秋ぽん自身の実感というのはどうなのであるか?」

 リヴォルハインという男の精神はとても幼い……雪崩れ込むように下がる筋肉質な上半身をみながらそんなどうでもいい
コトを秋水は思った。2mを超える──かつて激戦を繰り広げた鳩尾無銘の兵馬俑よりも大きい──体躯をまったく持て
余しているようだ。ともすれば威圧もできように……毒気のなさにわずかだが警戒が薄れた。
「及公(だいこう)思われるにともに居てお胸がキュンキュンするのであればそれはもうすなわち好きというコトなのでは
なかろーかである!」
 目が泳ぐ。まひろの告白前覚えた束の間の安らぎ。まひろという存在を眺めている時の幸福感。桜花と2人でいる時に
似た、されど深奥に激しい情熱を秘めた好ましさ。
 やや痛み気味の栗髪。大きく澄んだ瞳。長い睫毛に太い眉。血色のいい頬もツルリと丸い頭頂部。
 何もかもずっとずっと眺めていたい。そんな心情に駆られたのは事実だ。
”仲間意識だ”
 爽やかでまっすぐなまひろへの感情が脳裏をよぎるたび秋水は強くそう言い聞かせる。剣客だから心の流れに無理と力
みが生じているのは重々承知だが、『せざるを得ない』。

「あまりマジメに考えすぎず1つ素直になってみるのも手である」
 リヴォルハインはそういう。世間一般の意見もそうだろう。
 だが。
 もしやりたいように振る舞えばどうなるか?
 まひろはいま傷ついている。弱っている。当人でさえ整理のつかぬ揺らぎにつけ込み自らの意思を通そうなど──…
(同じだ。変わらない。武藤を背後から刺したあの時と)
 贖罪はまだ終わっていないのだ。武藤カズキに直接謝罪しない限りは。
 それに──…

「俺の父親は妻子ある身で別の女性と関係を持った」
「フム?」

160 :
 秋水自身この独白が不思議でしょうがなかった。初対面である筈のリヴォルハインという男に、自らの深い部分をつい
打ち明けてしまった心情は冷静に考えればまったく不可解だった。にも関わらず彼は当り前のように内心を吐露してしま
う。巨体に見合わぬ毒気のなさに気を許した……では片付けられない何かがそこにあった。
「結果俺と姉さんは両親と離れ離れになった。例えあらゆる問題がなかったとしても」

 踏み出せないだろう。二の轍を踏むコトを恐れている……とだけいいこの論議を打ち切った。

「戦士長? 剛太の姿が見えませんが」
「買い物にでもいったのだろう。コレから忙しくなるからな」


 ゴプ。

 口から溢れる血を慣れた手つきで拭いさる。鷲尾が心配そうにすりよってきたが手で制す。

「いつものコトさ。人間だった頃とは違う」
 漆黒の笑みを仮面の下に張り付けながらパピヨンは地下にいた。
 白い核鉄の進捗率はこの日78%を超えた。

 総てが順調。演劇部も円熟しつつある。
 吐血などまったく問題にならない…………しかし悪寒は徐々に広がりを見せ──…



「まずは計画の第一段階成功ですねリヴォルハインさん!」
「ウム! 及公が一部、最近型ホムンクルスはすでに」
「パピヨンたちを初めとする演劇部全員に感染した!」
「防げたのはシルバースキンを着ていたブラボーさんだけですこの上なく」
「もっとも少し潜りこんだぐらいであるし、そもそも殺傷能力のない菌使っているから基本無害である!」
「ただし演算はこの上なくやります! そのぶん体力も使います!!」
『もともと極度に免疫力が低下している』人以外は無害なリヴォルハイン
 その効能が誰にどう及ぶかはさておき──…

「マレフィックアース!! その器にこの上なくなるべき人を炙りだすには演劇以外ありえないのですっ!」
「銀成学園に伝わる伝承。そして及公がご能力! 2つが合わさってこそ追及可能である!!」

161 :
「弱ったぞ。どーすりゃいいんだ」

 体育館から200mほど離れた校舎裏。そこにさびしく佇む倉庫の中で。
 中村剛太は頭を抱えていた。
「手、手を離したらいかんじゃん……。あたし、あたしっ! 暗いところとかホント苦手で、苦手でっ!」
 腰にしがみついているのは栴檀香美。シャギーの入ったセミロングの髪をぶるぶる震わせている。気だるくも艶やかな
アーモンド型の瞳からは大粒の涙がひっきりなしに溢れている。言葉を発するたび語尾が震えるのはしゃくりあげている
せいだろう。
 倉庫に唯一あるランプが使えぬのは確認済み。天井からぶら下がる古めかしい白熱電球はどうしたコトか何度スイッ
チをひねろうと発光しない。1つだけの窓は……台風対策がそのまま残っているのだろうか。外から厚い板が打ちつけられ
ている。光の入る余地はない。
 よって4畳ほどしかない倉庫は目下暗黒の闇に包まれている。
(なんでネコの癖に暗い場所が苦手なんだよ!!)
 空間よりも暗澹とした思いで剛太は香美を見る。諸事情により貴信は気絶中。
 よって密室に2人きり。岡倉ならば大いに鼻の下をのばすシチュも

「なんで斗貴子先輩とじゃないんだ!」

 不満極まりものでしかなかった。

 発端は10分前。クライマックス(秋戸西菜)の挨拶が終わった少し後──…

162 :
自分は>>130さんじゃないです。以上ココまで。

163 :
>>スターダストさん(>>160 最近→細菌ですよね? 直しておきました)
私、今回は、本来のメイン部分ではないところに、全て持って行かれました……待っっっって
ましたよ剛太&香美! やはり原作キャラとオリキャラの絡みこそ、こういう二次創作の醍醐味! 
この状況、後に斗貴子や桜花も絡んだりなんかしたら、おぉ何という今風の主人公環境だ剛太っ!  
>>130さん
遅ればせながら……待ってますよ〜。

164 :
俺たちで喧嘩商売の第2部を作ろうぜ!

165 :
 玉城青空(たまき あおぞら)の声帯は生後11か月にしてその機能の大半を奪われた。
 母親のせいである。彼女は新婚生活に夢のみを描いている若い女性にありがちな育児ノイローゼを発症し、いまだ座らぬ
──11か月にして、まだ。発育不良によって将来を悲観させるには十分な──青空の首を発作的に絞めた。
 治るはず、締まるはず、みんなのように座るはず……時に人は攻撃の暴発をもたらしたありとあらゆる悪感情を行為ごと
その中で無自覚に弁護し、整合性を取りたがるらしい。少なくても青空の母親はそうであった。我が子の首にかけた十指
におぞましい力を込めながら「治るはず、締まるはず、みんなのように座るはず」と頑なに信じていた。我が子がむせ、チア
ノーゼをきたし非定型的縊死への道を緩やかに歩んでいるのを見てもなお、たとえば首ヘルニアへ牽引を用いるような加療
意識によって我が子の首を絞めていた。それが正しい行為だと信じていた。
 ストレスの発散にすぎぬ非合理的な行為、自分がやりたいだけの”それ”を行う事で問題が解決するという錯誤は人間
ならば誰しも経験するところであろう。物事の解決が莫大なる忍耐と構築によってようやく得られる物だとしても。
 いうなれば青空の母親は生涯何度めかの錯誤、”それ”に見舞われただけであった。疲れてもいた。初めての育児でクタ
クタになりながらも読み漁っていた育児書は、354冊目に至ってもなお我が子を異常と断じ、元より折り合いが悪く結婚に
際し迷わず別居を選択した姑は電話でうるさく口を出すばかり。青空と同時期に生まれた乳児たちはとっくにハイハイを覚
えている。
 加害者ながら走馬灯のように巡るそれらの光景へ「治るはず、締まるはず、みんなのように座るはず」と小声で呼びかけ
ながら一層力を込めた。それはまさしく治療行為であった。但し娘そのものでなく自身への。もはや青空の首は全ての問
題の根源であった。他の子供から5〜7か月遅れてなお座らぬから、理に合わぬ祈祷や供養をしつこく勧める姑とつまらぬ
諍いを起こし、公園でベビーカーに我が子を乗せて成長ぶりを自慢し合う母親どもに劣等感を覚え、夫ともギクシャクし始め
ている。
 それも絞めれば治る。
 育児の報われぬ疲労さえ雲散霧消し蕩けそうな新婚生活のみを永久に甘受できる。
 昼。夫の出社によってがらんどうになった2LDKの部屋の中で、母親はひたすら首を絞めた。
 世の多くの父親がそうであるように、青空の父親もまた英雄性のない、ごくごくありきたりの男性であった。
 誰にでも愛想よくするがそれだけに特定の人物に心から尽くす事のない──他者から悩みを打ち明けられてもありきた
りの一般論を投げかけて終わらせるだけの、結局真剣に同調したりはしない──どこにでもいる男性であった。
 彼のその態度が妻の育児ノイローゼを加速させたとして誰が責められよう。多かれ少なかれ育児にはかようなすれ違い
があるのだ。
 決して悪性ではない。むしろ社会を規範通り運用していくには彼のような人物こそ必要と誰もが認める人物であった。
 結婚理由は手ごろな時期に手ごろな相手が居たから、である。この点も一般的な社会通念をよく遵守していたといえよう。
 青空の首が絞められたその日。
 彼は最近様子のおかしい妻に胸騒ぎを覚え、早退届を書き、午後5時より5時間早く帰った。そして仰天した。
 無論英雄性を持たない一般の人である。我が子から妻の指を剥がす時は、離婚争議のような乱痴気騒ぎを起こさざるを
得なかった。
 そしてぐったりする我が子を見て、ほんの一瞬だけ思った。
 
 息絶えてくれた方がいろいろ楽かも知れない。不幸な事故。また作れば──…
 と。そしてかぶりを振って社会規範通りに救急車を呼び、社会規範通りに存命を願った。
 ただし障害のない事を意識の奥底で前提にしながら。
 玉城青空。
 命こそ取り留めたが声帯はもはや破壊されたに等しく、後に手術によって失声こそ免れたものの絞首によって異様な湾
曲を遂げたやわやかな頸骨は声帯がどう頑張っても『大声』というものが出ないほど圧迫ないし癒着しており、青空は結局、
生涯を終えるまでの19年間、小声で通すしかなかった。
 或いは。
 11か月で母に殺され、よくある事件として三面記事に取り上げられた方が幸せだったのかも知れない。
 玉城青空に家庭や伴侶を破壊された多くの人々にとって。
 父親と義母と、義理の妹──

                                    玉城光にとって。

166 :
.







 銀成市におけるザ・ブレーメンタウンミュージシャンズと戦士たちの戦いから遡るコト、約11か月前──…
 朝。霧が満ちる山の中腹。崖に面した木馬道を歩く4つの影があった。
『核鉄は……2つか!!」
「一見少なく思われますが規模鑑みまするになかなかの収穫でありましょう」
 よーわからんけどやったじゃん、騒ぐ少女の声を背後で受け流しながら、総角主税は軽く肩をすくめて見せた。とかく見栄え
のいい男であった。翠霞にけぶる瞳は静かな自信を溌剌と湛え、ただでさえ端正な顔立ちをますます力強くしている。
 無造作に結わえそっけなく肩に乗せただけの長髪もなかなか堂に入っており、緻密な純金細工のような輝かしささえ感ぜ
られた。歩き方もいい。地を足で蹴らない。まず重心を前へやり、その移動分だけ足を動かすという態である。いきおい体
の上下動が少なく一歩一歩が自然な美しさを帯びている。剣術をかじった者が見ればそこに至るまでの鍛錬を想像し、ほ
うとため息を付くであろう。
 そんな総角の足元をうろついていたチワワ型ホムンクルス──幾何学的なホムンクルスにしてはいやに有機的で本物そ
っくりな──が同意を求めるように見上げてきた。後ろがうるさい。そういいたいのだろうが肩入れ(朝っぱらからの説教)を
する気にはならないので受け流す。
「なんだ無銘。寝不足か? まあ確かに昨日の夜、この山奥にある共同体を潰してすぐ寝に入ったからな。興奮して寝付け
なかったのか?」
「それに非ず」
「だろうな。お前が事前に調べてくれた構成員についてはキチっと全滅させたから、俺は残党に意趣返しされる心配など欠片
も抱かず熟睡できた。まあ、不寝番に立つまでの話だが熟睡は熟睡」
 大きな三角耳の下で密かな嘆息が漏れた。望みが叶わぬと踏んだのか話題を変えるそのチワワ、名を鳩尾無銘という。
「それですが、奴らどうしてかような山奥にアジトを?」
「この道さ」
 と総角は視線を落した。
「どうやらむかしこの辺りは林業が盛んだったらしいな。んで通行の便がそこそこ整えられている」
 彼らの往く道はなかなかよく踏み固められており非常に歩きやすい。
「成程。流石は師父」
 チワワの声が感嘆に満ちた。堅苦しくもあどけない、少年らしい調子だ。。
 むろん本来の目的に於いては使われなくなって久しいだろうから、「踏み固めた」のは昨晩死骸になって散滅した連中に
違いない。犬の嗅覚が得たその合致は昨晩の戦闘──というにはあまりに一方的で20分ほどで終わった──と結びつき、
無銘に別なる思案をもたらした。
「そういえば奴らのアジトは山小屋……再利用したと」
「実際、信奉者の何人かは元々林業をやってらしい。ここを離れたいが金がない故それも出来ず、たまたま戦団あたりの追
撃を振り切って逃げ込んできたホムンクルスに脅されしぶしぶ協力していた……という所だろう」
「協力すれば金品をやりここを離れる手助けをする。しなければR。フン。見え透きし飴と鞭によくもまあ」
 黒豆のような瞳が憎々しさに満たされた。少年特有の不合理への憎悪、正義感が燃えている。
「ま、人間そんなものさ。後は麓の村に戻って『化け物退治しました』などとおとぎ話めいた報告すれば万事解決。もっとも
村人連中が身内や客人捧げていた場合は別だがな」
 そこまでは面倒見きれんとばかりに総角は微苦笑した。
「それでもあの場にいた信奉者どもを殺さず追い払えたのは収穫だ」
「核鉄のみならずあの新参どもが活躍したのも、師父に取っては収穫……」
「できれば香美にも武装錬金を発動してほしいがな」
 気障ったらしい笑みを浮かべる総角の背後で、また声が上がった。

167 :
「さあさ先をば急ぎましょう! 早く離れませねば新たな脅威危険源に出会うコト必定!!」
「なにさ。何がくるのさ?」
『戦団!! 共同体あるところ彼らは絶対来る!!』
「じゃあなんでさっき寝たのさ? 寝るヒマあるならさっさと離れりゃよかったじゃん」
「残存戦力がいるか否かの確認でありますっ!」
 山間にキンキンと響き渡るうら若き女性の声+αは幾重もの山彦を呼び、明け方の静寂の世界を蹂躙しているよう
に思えた。
 もっぱら声の発生源の3分の2は、豊かな肢体をタンクトップとデニムハーフパンツで僅かだけ覆った少女である。
 名を栴檀香美といい、肘まである茶髪にシャギーとメッシュを入れているいかにも活発そうな少女である。
 時おり彼女の後頭部からも男性の声が上がるが、別に二重人格と言う訳ではない。
 故あって香美と一体化した元の飼い主──栴檀貴信の顔がそこにあるだけである。
(フ。まあおあいこってところだ。体温の敵討ちで静寂を奪わねばやってられんのだろう)
 初秋の山は寒い。霧はしっとりと衣服を濡らしそろそろ無視できない重量をもたらしつつある。起きてすぐそれかと呪わし
い気分になったがしかし慣れてもいる。
 とりあえず意識的に鳥肌を起こす。肩が震えたのを合図に全身へ熱が戻り筋肉のほぐれる心地いい感触が広がる。
「不肖たちは故あって旅から旅の旅ガラス! 野宿などする日はそー珍しくないのですっ! 路銀につきましては不肖のマ
ジックと無銘くんの三輪車乗りと、それからそれからもりもりさんのあれやこれや乾坤一擲の大着想でサクサクと儲けてお
りますが、まあなんというか野宿して焚き木する方が雰囲気あって楽しいのでもっぱら野宿派などですっ!」
 ロッドの武装錬金をマイク代わりに誰ともなく実況するのは小札零。極めて小さく起伏に乏しい肢体にタキシードをまとった
お下げ髪の少女である。トレードマークのシルクハットも声とともに景気良く揺れに揺れ、よくもまあ起きぬけにここまで声が
出る物だと一同総てを感心させた。
 閑話休題。
 旅から旅の都合上、朝霧に濡れるのは慣れている。といっても黙っていれば凍える一方。適応はつまるところ物理法則へ
の迎合にすぎず、例えば朝霧の体温奪取を覆す物ではない。
 以上の観点からすれば小札・香美他1名の他愛もないやり取りも体温保持ぐらいには役立つ──…
 という事をチワワ──鳩尾無銘──に漏らすと、犬鼻が笛のような音を奏でた。
 分かっているが納得できない。そう拗ねた時のくせである。
「母上はともかくあの2人、起きて早々よくもあそこまで騒げる。少しは慎むべきなのだ。新参めが」
 湿った暁闇の中、矮小な白牙がチラリと覗くのを総角は見逃さなかった。
「なんだ? お前も混じれなくて寂しいのか?」
「別に」
 土を抉るように一歩、ずいっと踏み出した。
「怒るな怒るな。10歳と10代後半じゃ話も話も合わんさ」
「年齢の問題にあらず。そもそも忍びに、友など……」
 人型になれない犬型ホムンクルスが小声で呟いたが、背後の人型2体の嬌声にかき消された。
 会話がどういう弾みを得たのやら。香美に抱きつかれ前髪をねぶられている小札が艶めかしい金切り声を上げながら体
をくねらせている。ポール・シェルダン顔負けの必死なる脱出劇が進行しているのはもはや明らかだが、そうはさせじと香
美があんな所やこんな所をがっちりつかむ物だから、幼い面頬はますます恐怖と焦りに赤面していく。正にミザリー(悲惨)。
「あんな所や!」
「こんな所も!」
 男2人、軽く頬染めドキドキと見とれかけたが──…
 口火を切りしは憎悪に尖る獣の皓歯。いずこともなく現れた核鉄をガチリと噛み縛っている。
「……古人に云う。親しき仲にも礼儀あり」
 光とともに現れたのは190センチメートルはあろうかという兵馬俑。無銘の武装錬金・無銘。
 敵対特性持ちの自動人形を認めると、明らかに香美の顔色が変わった。貴信が次に起こる出来事を教えたのだろう。前
髪のグルーミングを即座に終え豊胸揺らしつつ直立不動へ移る香美。だがそれももう遅いとばかり無銘は軽佻浮薄のシャ
ギー少女を睨(ね)めつけた。
「出でよ。名も知らぬ彼の武装錬金」

168 :
 やや強張った声音で認識票を握りしめる総角の周囲に現れたのは黒い蝶。れっきと知れた黒色火薬ニアデスハピネス
である。数は6つ。総角の両肩両肘両手首からきっちり5cm横を浮遊していた。それらがとある一点目がけ飛翔する。後
翅の尾状突起より噴出される橙の燐光、推進力のもたらす軌跡はやがて霧の白い輝きと加法混色をきたし金の円弧となっ
て滑らかに交錯、全ての蝶はとある一点に吸い込まれた。とある一点を生物学的に訳せば動物界なんたらの、栴檀香美
の後頭部である。(なお、この当時使用(つか)えた理由は後段に譲る)
『あがっ!?』
 爆光と破裂音に一歩遅れて響いたのは栴檀貴信のうめき声。髪に隠れて見えないが、通常彼は人面瘡のごとくそこにいる。
 哀れ艶やかなまだら髪が舞い散って煙がもうもう立ち上る。
「ペットの面倒は飼い主がちゃんと見ろ。感覚を共有しているのなら尚更だ」
 にこりともせず振り返ろうともせず、総角は厳粛極まりなく囁いた。
「けしかけるのは当然論外だが、かこつけるのもやめろ。な? 香美がじゃれついたからドサクサまぎれにハッピー味合うっ
てのは男として恥ずべき行為だと思うが? なあ貴信よ。言って分かるお前だよな? 黒色火薬で調教されずとも俺のいう事
分かってくれるよな?」
『すいません! げほうっ!!!』
 髪の焦げる嫌な臭いを鼻孔いっぱい吸い込んだらしく、しわぶきとともに煙が立ち上る。
「ご主人ーっ!!」
「貴信どのーっ!!」
「ったく。俺でさえムード重視で自重してるというのに。でもたまには肘が偶然胸に当たって気まずくもラッキー! って感じ
になったらいいなあと思っているのに。まったく。まったく」
 色の薄い唇から苛立ち混じりの吐息を洩らす総角、やれやれとかぶりを振った。
「話は戻るが、無銘よ」
「はい」
 とりあえず兵馬俑で貴信のこめかみを掴み上げ、フレイルよろしく振り回しながら無銘。
「いいじゃないか。人型になれずとも。どうせ俺たちはホムンクルスで人間からは外れた存在。俺は『奴』のコピーだし小札
だって18歳にしてああいう体型で下半分がロバになったりするし、貴信香美に至っては2人で1体という難儀な存在。みな
多かれ少なかれお前と同じ欠如を背負っているが人生を楽しむ権利は持てるし、楽しむよう努めるコトもできる」
「しかし」
 また笛のように鼻を鳴らす義理の息子の額を総角は小突いた。
「フ。肩肘を張るな。ミッドナイトの件でいろいろ後悔したろうに」
 ミッドナイトとはなんなのか。不明瞭だがしかし無銘の顔はにわかに曇る。

「………………」
「しかし自分で言っておいてなんだが懐かしいな。ミッドナイト。土星の幹部」
「戦ったのはあの新参どもが入った少し後」
「奴が復活させた6体の頤使者(ゴーレム)。これまた懐かしくも厄介だったが……本題ではない」
 いつの間にか総角はしゃがみこんでいる。ついでに香美は臀部や膝を木々に打ちつけられ「うげ」だの「ぎゃあ」だの鳴き喚いている。
「無銘よ。お前は忍術とか沢山使えるのに、欲しい物は小遣い溜めて買うだろ? 盗まないだろ?」
「無論!」
 無銘は後ろ足で立ち上がり、敢然と胸を張った。ユーモラスだが細っこいチワワがそうするのはやや気持ち悪い。言葉に
こそ出さなかったが、総角は若干引いた。引きつつ視線を密かに外し、ゆっくりと立ちあがった。
「忍術の根本は偸盗(ちゅうとう)術。されど偸盗に身を任せば忍びに非ず。其はもはや風魔小太郎の如き盗賊の類」
 小さくくるんと丸まったしっぽがハタハタと触れた。
「古人に云う。そもそも忍びの根本は正心である。忍びの末端は陰謀・佯計である」
「萬川集海(ばんせんしゅうかい)か」
 三大忍術伝書の一角を挙げると、無銘はサーモンピンクの”べろ”を出してはっはっと息まいた。
「はい。『そうであるから、その心を正しく治めないときは臨機応変の計略を運用することができない』とあります」
「剣術も似たような物だな」
「しかしそれが人型になれない事と如何なる関係が?」
 ようやく四足獣に戻った無銘が不思議そうに見上げてきたので、総角は微笑を──ようやくキモい状態が終わったという
安堵が4%ぐらい混じった──微笑を返した。
「忍びの本質は正心、だろ? なら正心を持たんとするお前は人間よりも人間らしいさ。後はそれを理解してくれる同年代
の友達が出きるかどうかだが……ま、そっちはお前次第ってとこだな」

169 :
 抱えられ、頭を軽く撫でられると無銘は憮然とした。ように見えた。
「そんな事より師父。副リーダーの件はどうなっているのですか」
 ふむ、と総角は目を細めた。いよい山全体を照らしつつある曙光が少し痛々しい。
「順当にいけば小札が一番いいのだが、戦闘力に不安が残る。香美はああだし、貴信は声の大きいだけのヘタレ」
「やはり我こそ?」
「いや、お前はフットワークが軽いから別行動する事が多いだろ」
「…………」
「それに忍びだし諜報とか暗殺とかやる方が似合いだと思うが!」
「諜報! 暗殺!!」
 少年無銘(チワワ)の面貌がぱあっと輝いた。
 その拍子に兵馬俑の方で微妙な力加減を誤ったのだろう。掴んでいた物がすっぽ抜けた。
「わーっ」
 香美と貴信の体が飛んだ。崖に向かって彼らは飛んだ。飛ばされた。
「されどただ飛ばされる御二方ではありませぬ! とっさに鎖分銅の武装錬金・ハイテンションワイヤーをば発動! 狙うは
道沿いひしめく無数の木々! 鎖が巻きつけば落下は回避できます故ここは是が非でも当てたいところ! ヌはッ!?!?
行ったーっ! 星型分銅が行ったあ! 霧を突っ切るその姿は正に流星、いや彗星? とにかく伸びる! 夢と鎖の尾を
引いて果てなく伸びます大彗星! などという間にも貴信どのたちは落下中! 一方鎖分銅は遂に不肖の横を行き過ぎた!
狙い定める木々まであとわずか! 届け流星伸びろ彗星、正に願掛け流れ星! 高所恐怖症の香美どのも願っているコ
トで……ああーっ!ク ラ ッ シ ュ で す ー! 星型分銅が幹に当たって大きく跳ね返された! あくまで木々は彼
らを拒むのでしょーか! ああ、ずるずるガラガラのたうつ鉄鎖はさながら貴信どのたちの落胆を示すようっっ! 正に痛恨、
地を這う思い! さあさあカウント2・1・0! 泥に塗れし黒星が崖へ落ち……試合終了オオオオオオオオオオオッ!」
 勢いの赴くまま実況女はロッド先端にかぶりつき、ぎゅっと瞑目、力いっぱい息を吹き込んだ。すると宝玉が甲高い音を
立てた。どうやらこの武装錬金、マイクのみならずホイッスルにもなるらしい。
『実況してないで!!』
「助けてほしーじゃん!!!!!」
「きゅう?」
 小札が首をかしげる間に貴信らは崖下へと落ちていき、やがて見えなくなった。
「諜報暗殺は正に忍びの華! それを我に!?」
「そうだ。諜報や暗殺は地位がないからこそできるぞー! カッコいいぞー!」
 珍しくくだけた調子で総角はいう。さながら駄駄っ子を宥める父親のような口ぶりである。
「師父がそう仰るなら!」
 ぶんぶんと頷く無銘は実に少年らしい純粋さに満ちている。双眸はきらきらと輝き、どこまでも師父を信じている。
 そんな無銘を好ましく思いながら、総角は呟いた。
「普通ナンバー2ってのはトップを補佐する立場なんだが、俺は割合器用で補佐いらずだしなあ。通常の構図とは逆で、
すごく強いけど抜けている
そういう奴がナンバー2の方が案外しっくりくるかも知れん」
「名前は『鐶』(たまき)が宜しいかと。総角付きの鐶。師父に次ぐのならばそれが最も相応しい」
「だな。ナンバー2に見合った人材が転がり込めば、の話だが」
「ぎゃああああ! 貴信どのと香美どのがああああああああああ!!」
 素っ頓狂に叫ぶ小札へぎぎぃっと首をねじ向けた総角と無銘は数秒かかってようやく状況を把握し
「え」
 とだけハモった。
 頬には汗。







.

170 :
 蒼い碧い天蓋を滑らかに突っ切る影一つ。





 鳥が一羽、空を飛ぶ。



 その鳥はまるで航空機のような直線的な意匠に彩られていた。翼も爪も嘴も全て図面から抜け出てきたと見まごうばかり
に角張り、金属的で無機質な光沢を黙々と放っていた。
 翼をモノクロなツートンに塗り分け白いマフラーから赤黒い首をぼんやりとむき出している姿はコンドルにやや似ていたが
前述の通り”そのもの”ではなく、誰かが機械的にしつらえたような雰囲気を無愛想に振りまいていた。
 ただ一つ生物らしさがあるとすれば、胴体にかけている白いポシェットであろうか。強風に煽られるたび、それを見るコン
ドルの瞳に生命らしい機微が宿った。風にさらわれるのを危惧しているのかも知れない。
 そうして大空を滑空していたコンドルのような物体は一度大きく翼をうねらせると、下方に向かって猛然と疾駆した。
 霧の立ち込める山。擬人化すれば間違いなく「つむじ」が禿げ上がっている──ちょうど山頂で木々が途切れ、代わりに
山小屋と狭い庭がある──その山の「つむじ」目がけてコンドルは落下した。
 半ば朽ちはてていた山小屋の屋根は紙よりも軽く粉砕された。
 腐った木片たちはそれが最後の仕事であるように降り注いだ。掘っ立て小屋の地面に歪なブラウンの影が染みついて、
一歩遅れて落ちた天井仲間のなれの果てが衝突した。粉塵が舞い、その中で演奏会が開催された。
 木片同士がカツカツとぶつかるか、或いは地面にボタリと落ちるかといった聴きごたえのない演奏会が。
時間18秒にして幕が上がったのは「グーゼン」または「テンモンガクテキカクリツ」が自分の指揮のひどさに耐えかねて帰っ
たせいであろう。
 そんな酷い(木片がパラパラと振るだけの)演奏会の最中、爆心地にいたコンドルが光に包まれた。のみならずツートン
カラーの翼は白く細い腕へと変わり、鋭い爪はなよなよとした頼りなげな脚へと変わり、漆黒の胴体もまた迷彩のダウンベ
ストとカットフレアーのミニスカートを纏った少女の物へと変貌した。
 希少だが無能な指揮者たちが家で一杯引っかけるべく踵を返した頃、赤茶けた鳥頭は愛らしい少女の顔へと変貌を遂
げた。赤い三つ編みを腰まで垂らした儚げな少女である。彼女は何事もなかったように周囲を見渡し、
「全滅……してます」
 とだけ呟いた。


 錬金戦団。中世のギルドに端を発する秘密結社はいまや世界中に支部を置く有数の組織だ。
 世界中に散逸する核鉄を管理し、さらには錬金術師たちの悲願である賢者の石の精製をも目指しているが、ことホムン
クルスたちにとっては一種ぶっそうな武闘派集団でしかない。
 人々を錬金術の魔手から守る……大義のもと武装錬金を行使するその姿ときたらまったく幕末期における新撰組こそかく
やあらんという調子でまったく容赦がない。ゆくところ血の雨が降り屍が降り積もるというのはまったく比喩にとどまらず……
一種魔人めいた戦士たちがひしめきあっている。
 たとえば毒島華花という儚げな少女は戦場で致死性のガスを振りまくし、戦部厳至という古武士めいた記録保持者は人な
がらに怪物を喰らう。戦士長・火渡赤馬の焼夷弾の温度は五千百度、半径500mにある何もかもを一瞬で蒸発させる。
 他にも少女ながらにおぞましいまでの執念でホムンクルスに食らいつく津村斗貴子や身長57mの自動人形を操る坂口
照星といった強豪もいるが──…
『果たして最も強いのは誰か?』
 そう問われた場合、彼らは多かれ少なかれ自分以外のとある名を脳裏に思い浮かべる。

171 :

 毒島華花は何を浴びせかけても倒せないと観念し、戦部厳至は決着なき千日手を期待とともに想起する。
 津村斗貴子でさえ敬服の前に殺意を捨て、坂口照星も蹂躙を選ばない。
 戦団最強の攻撃力を持つ火渡でさえ「自分より強い」と心中密かに認める『最強の戦士』とは誰か?
 意外にも彼の武装錬金じたいはまったく攻撃力を持たない。
 代わりにこの世のあらゆる攻撃力……核兵器の直撃さえ凌ぎ切るほどの堅牢さ、防御力を有している。
 だからこそ戦士たちは彼を認める。自らの刃の強さにひとかたならぬ自信を持つ彼らだからこそ、その攻撃にビクともせ
ず、瞬時に硬化し再生する、錬金戦団最強の防御力に瞠目する。

「ただし、だ。我輩に言わせれば彼の美点はそこじゃない」
「仮面ライダーってあるだろ、仮面ライダー(プリキュアの前にやってる奴だよっ!)」
「アレの決め技がいまだパンチだのキックだの斬撃なのは結局そーいうシンプルな”技”こそ人の心を捉えるからさ」
「もちろんエフェクト……CGのスゴさには目を見張るけどやっぱ基本は単純、肉弾戦じゃないか」
「戦士たちが持つ彼へのあこがれっていうのはつまりライダー……ヒーローへのそれに近い(うんうん)」
「自分を鍛えて鍛えて鍛え抜き……強くなる。男のコなら誰でも一度は夢見るコトだ。女のコはくぅーっとなる」
「特性に頼らない、ただただ修練によってのみ培われたスタイルはただただ美しい。雄大で、まろやかで、冷たくも鋭く……」
「実は我輩も憧れているよ。昔やった泥くさい努力を披瀝しお褒めに預かりたい……そう思わせるお人柄だね彼は」

 その名はキャプテンブラボー。戦士長、である。




 後に銀成市において彼と拳を交える少女は──…

 とにかく虚ろな双眸だった。凛としているがあどけなさも残る大きな瞳には一点の光もなく、ただひたすらに淡々と山小屋
の中を見渡した。山小屋の中は殺人現場のようであった。胸をつく死臭がむわりと立ち込めているのも納得、血潮が飛び
服の破片が散り、壁が捩割れ柱が砕けている。
「落ちた時に……ついたよう…………です」
 頬にべっとりとこびりついた赤黒い液体をボンヤリさすっていると、木屑と一緒に、しかし木屑より遙かに重い物が頭に当
たり足元へ転がった。
 少女はそれを無感動に眺めた。
 どうやら山小屋の主は天井裏におやつを隠していたらしい。頭の右半分をかじられた子供の生首が少女を睨んでいる。
顔は絶叫にこわばり、黒々とした眼窩には白い粒がウニョウニョ……。
「こんにちは……?」
 特にどうという表情も浮かべず、少女はポシェットから携帯電話を取り出した。
「電話……しないと…………いえ……メール……です。……声は……ダメ、です」
 そして何事かを送信し何事かを受信すると、両腕を翼に変えて飛び──…
 立つ事はせず、少年の頭めがけ一歩進む。

.

172 :
.



 5分後。
 
 狭い庭の一角に朽木製の墓標ができた。
「?」
 近くにある真新しい焚火の跡に少女は少し気を引かれたようだが、追及はせず、今度こそ翼を得て飛び上がった。
 鳥が一羽、空を飛ぶ。




「おとうさんがピストルでうたれた」
 少年の訴えを聞くものはいなかった。
 何故ならば「うたれた」場所は週末の遊園地で、「おとうさん」もピンピンしていたからだ。
 銃声だって現になかった。大きな音といえば離れた孫娘を呼ぶどこかのお爺さんの声ぐらい……。
 だが少年は確かに見た。人混みの隙間からピストル──銃口だった。テレビドラマやアニメで見るより重々しく光り、しか
も不気味に長い銀色──が「喋ってるおとうさん」を狙い、何かを噴くのを。
 
 どうせ売店で売っているおもちゃか何かを誰かがふざけて向けたのだろう。
 
 報告を聞いた「おとうさん」は笑った。そしてこうも続けた。
 そんな事より一家団欒を楽しもう。
 いつものように透通った、家族みんなを安心させてくれる笑顔を浮かべた「おとうさん」は「おかあさん」と「少年」と「いもう
と」にいった。
 そして後ろで見知らぬお爺さんが再び声を張り上げた。
 声に籠る恐ろしい気迫、少年が悪事を働いた時におかあさんが降らせる怒鳴り声から、理性を全て抜いて代わりに憎しみ
と恐怖の綿をたんまり入れたようなおぞましさに思わず少年が振り返った時、お爺さんの足もとには鼻血を吹いて仰向けに
転がる女の子(幼稚園ぐらい)がいた。
 恐らく蹴られたのだろう。ピクリともせず瞬きもせず、ただ黒々とした大きな瞳を空に向けていた。頭の大事な部分を打っ
てしまったのかも知れない。同じくらいの年齢の”いもうと”は直観的恐怖に泣きだした。
 お爺さんが係員に押さえつけられたのに少し遅れて、おかあさんが少年といもうとの前に立ちはだかった。
 後はただ聞くに堪えないお爺さんの喚き声だけが響いた。人混みは俄かに凍り付き、ひそひそとした野暮ったいやりとり
ばかりが残された。
「はぐれたからって何も蹴らなくても……」、おかあさんは眉を顰め、おとうさんも同意を示した。
 しかし少年だけは別の感想を抱いた。何故なら彼は振りかえった瞬間、お爺さんの目を見てしまった。
 まったく焦点の合わない、この世の物とはまったく別の物を見ているような目。
 係員に押さえつけられても視線はあらぬ方ばかり見つめていた。というより自分が押さえつけられているという自覚さえ
持てていないようだった。まるで少年達には見えない『何か』とだけ闘っているような……そんな眼差し。
 
 しかしそれをおとうさんに教えても、「またおかしな事をいう」と笑われそうだった。笑われるだけならいいが、せっかく遊園
地に連れて来てくれたお父さんに何度もおかしな事をいい機嫌を損ねるのは申し訳なかったので──…
 来年中学生になる少年は黙った。
 そしてこれが最後の一家団欒になった。

173 :


 キャプテンブラボーといえば戦団において知らぬものはいない有名人だが、その本名はほとんど知られていない。

 剣持真希士という男がいる。家族の仇を討つべくブラボーに師事した男だが、彼でさえ「防人衛」という本名は知らなかっ
た。津村斗貴子も然りである。


「キャプテンブラボーは本名を捨てていた。発端は7年前……二茹極貴信が栴檀の苗字を拝したころさ」

 斗貴子の故郷・赤銅島における任務失敗……小学校を守りきれず、津村家の人々さえ死に追いやった悲劇。

「それまで彼は世界総てを救える人間……それこそヒーローを目指していた。けれど現実は無残でね。結果だけいえば君
の母君しか救えなかった。(それでも十分りっぱだよ! だってお陰で私、斗貴子さんと出逢えたもん!」

 その挫折感をして防人は夢を捨てた。世界総てを救えるヒーローという目標を幻想のものとしどこか遠くへ追いやった。

「与えられた任務の中で最良の策を執るキャプテンたらんとした。ブラボーとは『ブラ坊』……。そう。君の母君がつけた
あだ名だね。元はブラブラ坊主。津村家の使用人たちがつけたいわくつきの呼び名だ。用いたのはやはり……」

                                             「過去を忘れまいとする戒め、だろうねえ」

 だが決意は虚しく空転する。剣持真希士。部下であり弟子である彼は銀成市での任務中、ムーンフェイスと交戦、3日に
も及ぶ抗戦もむなしく落命。防人の心に影を落とした。


「この物語は過去を映す。剣持真希士、大柄で筋肉質な、人懐っこい大型犬のような顔つきの青年が生きていた頃の話で」
「鐶光がまだザ・ブレーメンタウンミュージシャンズに居なかった頃の話さ」

 剣持真希士は鳥が嫌いだ。中学3年のころ、父親の転勤に伴い家族ともども空路で福岡を目指していた彼は錬金術
の洗礼を受けるコトとなる。邪空の凰(キング・オブ・ダークフェニックス)。翼あるホムンクルス9体と首領たる人間型ホムン
クルス1体からなる共同体。彼らは真希士の父母を初めとする乗客をことごとく殺戮。さらに旅客機を岐阜県山中に墜落
させた。
 このとき真希士の兄は彼をかばい死亡。下半身は千切れ飛んでいた。

 庇われなければ間違いなく死んでいた。やがて真希士は強くそう信じるようになる。西洋大剣(ツヴァイハンダー)の武装
錬金・アンシャッターブラザーフッドを成すのは剣と、2つの籠手と、肩甲骨辺りから生えた第3の腕。それは兄の腕だと
頑なに信じ……復讐の炎をたぎらせた。それで邪空の凰を討たなければ彼の魂が安らがない気がしたのだ。

174 :


「そして果たした、か」
「ああ。いろいろあったけど全部ブラボーのお陰だぜ。だからオレ様今回の任務についてきた!」

 山の麓に影が2つ。霧の中を揺らめいている。

「まさかオマエと組まされるとはな……まぁいい。ちょうど人手が足りなかったところだ」
「しかし山か! イヤなコト思い出すぜ!! 大人しく林業やってりゃいいのにな!」

 横にいる中肉中背のシルエットより一回り大きいそれが勢いよく平手を殴る。


 その上で。

 鳥が一羽、空を飛ぶ。

 





 青空の母親が拘置所内で舌を噛み切ってから10年後、つまり彼女が11歳の誕生日を迎えた1月、父親が再婚した。
 再婚した理由に青空は薄々感づいてはいたが、結局聞かずに終わった。
 なぜなら彼らと死別するまでの数年間、会話はほとんどなかったからだ。
 一方、11本の蝋燭ゆらぐバースデーケーキの前で再婚の知らせを受けた頃の青空は、つくづく困り果てた。
 ”声質”上社交をほとほと苦手とする彼女の家庭に、形質の快活さを表すような赤茶けた髪の見知らぬ女性が転がり込ん
でくる事は、思春期直前という事を差し引いてもあまり歓迎できる事ではなかった。(いつも通り静謐な誕生日を味わいたかっ
たのに、クラッカーと伊予弁の大声を2ダースほど鳴らされ耳が痛かった)
 にも関わらず『声を大に』父親へ反対を唱える事もまた声質上できず、ただいつものようにニコニコと笑ってなし崩し的に
受け入れるほかなかった。
 それは不幸であった。未来を見渡せるのであれば真っ先に回避すべき不幸であった。
 彼女自身のみならずあたかも存在その物が結婚条件であったかのごとく同年6月に生まれた妹──光──にとってはつ
くづく不幸な出来事であった。
 青空はその声質をして周囲へまるで溶け込めぬ事を除けば、おおむね優秀な子供であった。
 母親を早くに亡くしたのが大きい。父一人子一人という家庭環境だから青空は「しっかりとした良い子」として振舞おうと
心がけた。父親に迷惑をかけまいと心がけた。
 その反動で甘える事は苦手で、幼稚園でもついぞ保育士さんとは本当の意味で打ち解けられなかった。
 声が小さいために同年代の元気な子たちとあまり会話もできず(「聞こえない」と率直すぎる態度でいわれ、幾度となく傷
付いた)、いつしか「手はかからないが口数の少ない、何を考えているか分からない女の子」として、周囲から扱われるよう
になった。

175 :

 父親はその問題を放置した。仕事が忙しいというのもあったが、青空の手のかからなさに彼はつい甘えてしまい、「いつか
は普通に話せるだろう」と問題を先送りにしてしまったのである。
 青空は利発でもある。周りが自分をどう思っているか薄々気付いていたので──…
 いつも笑みを浮かべる事にした。余計な苛立ちや不快感を味あわせたくなかったのだ。
 青空が通っていたのはごくごく平凡な小学校であったが、もしそこが有数の進学校よろしく試験結果に順位をつけていれ
ば、家庭の事情でインフルエンザをこじらせた小学6年の3学期末以外はずっと1位を得ていたであろう。
 社交性のなさゆえ運動会ではついぞリレーや徒競争へ選抜される事はなかったが、運動能力も学年では20番以内だっ
たし、6年生の6月には手芸コンクールで県下1位の成績を収めた事もある。
 才能と言うよりは努力の成果。自らの全ては努力の成果。
 青空自身はそう信じていたが、彼女に付帯する要素の中で1つだけ天賦の物があった。
 容姿、である。
 拘置所で舌の肉片を格子の向こうへ吐き捨てた母親だが、容姿だけは飛び抜けていた。飛び抜けていたが故にその全
盛期が育児期ですり潰されるのを厭い、暴挙に出てしまったのであろうか。
 そうして声を奪った母親が償ったかの如く、贈り物をしたかの如く、青空は年と共に美しくなった。
 ふわふわとウェーブのかかった短い髪と常に笑みを湛えている細い眼は、ひどく可憐な印象をあたりに振りまき、クラス
替えのたびに男子がおずおずと話しかけてくるのが恒例であった。
 つむじから右前方に向かって弓なりに伸びる癖っ毛は、奇妙といえば奇妙だったがそれが却って可憐な印象に「愛らしさ」
を付けくわえ、話しかけやすくしてもいた。
 だが不明瞭な小声がもたらす不明瞭な反応を1ダースほど返すと「そういう奴か」という顔で彼らは別の、十人並みの容貌
だがそれなりにとっつきやすい女子たちへ狙いを変えるのも恒例であった。
 その態度は青空をひどく傷つけ、ますます社交への苦手意識を強めさせた。
 同性の友達もまた、いなかった。
「あーやーちゃーん! なんであたしら助けてくれんだのさ!! 実況すきなのいいけどさ、たまにはやめてほしいじゃん!」
 目を半月型にして迫ってくる香美に、小札はひたすら頭を下げた。
「ももももうしわけありませぬ! つい平素の実況癖が出てしまい……」
 崖の下に集った一団から、どこからともなく溜息が洩れた。
「ま、ホムンクルスだから転落死はないだろ。いいじゃないか。小札に罪はない」
 晴れ晴れとした表情で額に手を当てているのは総角である。何が楽しいのか、30メートルはあろうかという絶壁を鼻歌
交じりに見上げている。
『ははっ! それでも痛い物は痛いんだけどなあ!!』
「痛いだけだ。ホムンクルスが転落ごときで骨折など……あろう筈がない」
 降りる際に使用した鉤縄──30メートル下まで伸びるほど異様に長い──を引きながら兵馬俑が吐き捨てた。鉤の掛か
り具合を調べているらしい。やがて得心を得た無銘と総角の間に崖の登り方を巡る2、3の短いやり取りが飛び交い、貴信
への毒舌を以て締めくくられた。
「どうせ変わり身の際、司馬懿よろしく回転する首だ。多少の骨折など……。フン。そもそも自業自得」
「た! 確かにあやちゃんにちょっかい出したあたしらもわるいけど! わるいけどさっ!! つーかさつーかさつーかさ?
あーんなたかいトコから落とすってアリ!? 怖かったじゃん!!! めっちゃ怖かったじゃん! めちゃんこ!」
 いつの間にか生えたしっぽをタワシのように逆立てながら、ネコミミ少女はえぐえぐと泣き出した。声にはばかりというの
はまるでなく、やがて彼女は鼻水さえズビズビと垂らした。ひたすらに大声で泣いた。
「いや、その」
「悪かったという気も無きにしもあらず」
 当初こそ小札への全面弁護を決意していた男2人も流石に罪悪感を覚え始めた。
 が。
「ただし貴信、お前はダメだ」
「飼い猫を以て我と師父を泣き落とす腹積もりだろうが、その手にはかからん」
『は!! ははは!! 何の話かな! ちなみに姑息という言葉は『卑怯』という意味で使われがちだけれど、実は一時しの
ぎって意味で使うのが正しいッ!』
「だからその癖やめろ。ウソつく時にマメ知識を披露するのはな」
 黒死の蝶を再び手の上に。貴信は観念した。

176 :
.

「お姉ちゃんからの伝達事項その一。テスト対象を殲滅した相手を殲滅しろ」

「びぇ?」
 始め異変に気づいたのは香美だった。
 すっかり髪が乱れ目も赤くなった彼女の耳がピコピコと蠢いたのは、野性ゆえの鋭さであろうか。
 鼻水をすすりあげながら香美は立ち上がり、首の痛みも忘れて天空を茫然と見上げた。
「なによなによコレ。ちょっとまつじゃん。なにこの気配……?」
 気だるいアーモンド形の瞳が張り裂けんばかりの緊張に見開き、ある一点を凝視した。
 ある一点。
「私の回答は……了承」
 翼開長2メートルはあろうかという巨大なハヤブサが総角たち目指し仰角45度の急降下を開始していた。
 鳥類最速は急降下時のハヤブサである。
 一説では急降下角度が30度なら時速270km。45度ならば実に時速350km。
 500系新幹線の最高時速が300kmなのを考えるとなかなか恐ろしい。
 総角たちが肉眼で捕捉できないほど上空に居た少女は、しかし鳥類最高の速度によって莫大な距離を一気に消費した。
 次の瞬間。
「きゅう!?」
 ハブの牙のように戛然と開かれた鋭い巨爪が小札を噛み砕かんと迫り──…
 大気が震え衝撃波が炸裂する。崖さえ粟立ち削り散る中、人智を逸した力の奔流が巻き起こる。
 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ vs 玉城光
 開始。

177 :
以上ここまで。過去編第001話。HPのやつに加筆訂正。

178 :
>>スターダストさん
改めて思い出される、青空のエグさ。同情できる生い立ちでありながら、同情を許さぬ悪事を
積みまくっているという。犠牲者の苦痛、数でなく質でいえば、原作まで含めた全キャラでも、
はっきり判ってる限りではトップ候補な彼女。姉妹ともども、これからどうなってしまうのか。

179 :
「頼む。姉貴を助けてくれ。
 姉貴の力に対応できるのは、お前だけなんだ」
 栄子はそういうと頭を下げた。
 居候を始めて以来、イカ娘が頭を下げさせられることは多々あったが、
 栄子が頭を下げることはほぼあり得ないことだった。
 テント内に緊張が走る。
 やがて、イカ娘が口を開いた。
「断るでゲソ」
「イカちゃん……!」
 早苗が悲痛な声を上げた。
 イカ娘はみんなの顔を見回すようにしながら、
「狼娘は話してくれたでゲソ。
 この山がいずれゴルフ場に変わってしまうということを。
 あやつはそれを止めるために、一人きりで侵略を始めたのでゲソ。
 まるでわたしと同じじゃなイカ。
 世界中が敵に回っても、わたしは狼娘の味方でいてやりたい。
 いや、そうでなくちゃいけないような気がするのでゲソ」

180 :
「そうか……」
 栄子は深くうなずいた。
 そしてぱっと表情を変えると、
「まあよく考えたら、お前がいるといつものドジで足手まとい確定だったわ。
 みんな、行こうぜ。
 作戦はイカ娘抜きで立てる。気を使わせちゃいけないからな」
 栄子がテントを出ると、他のみんなもおずおずとその場をあとにした。
 一人になったイカ娘は、ぽつねんと座り込んでいたが、やがて立ち上がり独り言を呟いた。
「――さあて!
 わたしはなにを気にしているのでゲソか?
 一人に戻っただけじゃなイカ。
 わたしは一人でも楽しめる大人でゲソ。
 ここは一つ、川遊びと洒落こむでゲソ。」
 そういうとイカ娘はテントから顔を出した。
 栄子たちは隣のテントで何やら話し合っているようだ。
「人間どもがどこまでやれるか、今回は高みの見物でゲソ」
 そしてバーベキュー跡を通り過ぎ、川に入ると、まずは息の続く限り潜って、ぷはっと顔を出した。
「冷たくていい気持ちでゲソー!」
 ゴシゴシと顔のあたりを拭う。最初は右手で、その次は、触手で。
「おかしいでゲソね。なんか、景色が滲んで見えるでゲソ。
 まあいいか。水に入れば、分からないでゲソ」

181 :
 千鶴=狼娘は森深くにいた。
「山を歩くにはコツがいる。ここまでは追ってこれないはずだワン」
 その言葉通り、千鶴=狼娘の山歩きは見事なものだった。
 ナイフ(手刀)使いは最小限に、安全なところだけを選んで歩く。
 狼娘のもともと持っていたサバイバル術と、千鶴の身体能力が合わさった、一個の芸術品だった。
 遠くでライトが光る。
「追ってきはじめたようだワンね。
 でも、速度の違いに加え、こちらには地の利もあり、あっちには作戦を練るための時間のロスもあった。
 どう考えても、わたしのところまでそもそも追いつけるはずもないのだワン」
 一度はかなり接近していたライトの光が、再び遠ざかっていく。
 そればかりか、道をそれ始めた。
「ふむ、獣道に迷ったようだワンね。たわいもない。
 ……とはいえ、一応確認だワン」
 千鶴=狼娘は高い杉の木を見つけると、手がかりも必要とせずにグイグイと登っていった。
 そしてライトの方向を見定めると、
 ……大きく飛び跳ねた!
「どうしてだワン! どうして……」
 宙に浮いた体は枝を掴み、そのままリスのように中空を歩いた。
 今までよりも速い速度で、瞬く間に、千鶴=狼娘はライトの集まる森の中の広場にたどり着いた。
「どうしてわたしの"本体"の位置を!」
 叫んだその先には、栄子たちがいた。
 気絶している狼娘の肉体とともに。
 鮎美が一歩進み出た。
「わたしが森の木々とお話して、教えてもらいました」
「ここにも人外がいたか!」
つづく

182 :
なんか間が開いちゃいました。とは言え続きます。

183 :
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ 
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ 
ソ・ウ・カ
シ・ネ 
ソ・ウ・カ
シ・ネ
ソ・ウ・カ
シ・ネ

184 :
>>急襲さん
>世界中が敵に回っても、わたしは狼娘の味方でいてやりたい。
イカちゃんが何だか誇り高いというか、カッコいい。ああ見えて、思想信条がしっかりしてる
んですねこの子。栄子たちが議論しようとしなかったのも、普段の言動からよく知ってるから、か。
自然保護を掲げて戦う狼娘の敵に、森と通じることのできる人間……難しい波乱になりそう。

185 :

 妹の誕生によって玉城青空が最初に被った被害はインフルエンザだった。
 小学校卒業を控えた冬、生後間もない妹──玉城光──が原因不明の高熱で入院した。義母は泊まり込みで看病し、
多忙な実父は会社から病院に直行し、家で少し寝てからまた出勤という生活をするようになった。
 青空は、結果からいえば放置された。
「もうすぐお姉ちゃんになるんだし自分のコトは自分でやってね」
とは病院へ行く義母が放った伊予弁の翻訳結果だが、青空自身は心から素直に従うコトにした。もし病気が長引いて、
妹のノドがつぶれ自分のようになっては大変だと思ったのだ。もともと自立的で、周りに迷惑を掛けたがらない──言いか
えれば他人に頼れない──性格である。誰も待っていない暗い自宅の鍵を開ける日々を受け入れた。(この頃祖父母は
4人とも死没していた)
 だがある朝起きると、ぞっと寒気に覆われるのを感じた。カゼのようだった。休もうと思ったが、学校へ電話を入れるのは
怖かった。彼女が電話すると大抵の場合、相手から「もっと大きな声で」といわれるのだ。それはとても怖く、嫌だった。普段
代わりに電話してくれる義母は病院にいた。電話はできない。悩んだ末、青空は学校へ行った。声を出し、それを他者に
咎められるコトは恐怖だった。無理をして悪寒や微熱の餌食になるより恐怖だった。小学校最後のテストも近かった。ど
のテストもあと1回100点を取れば6年連続満点だった。それさえ取れば最近妹だけに向きがちな父の関心も取り戻せる。
頑張ったねって褒めて貰える。だから学校行って勉強しなきゃいけない。まだ子供だった青空はそう信じていた。
 だからきっと大丈夫。ただの風邪。すぐ治る。そう信じて登校した。
 なのに授業には身が入らない。無情にも熱は時限ごとに高まり青空を苦しめた。苦しみながらも、脂汗をかきながらも、
青空は顔面に微笑を張り続けた。体調不良に気付かれれば話しかけられる。そうすると応対しなくてはならない。応対すれ
ばまた「もっと大きな声で」といわれる。大きな声。頼みもしないのに父の再婚によって転がり込んできた義母は頼みもしな
いのに青空へ発声練習をさせた。大きな声で。もっと大きな声で。実母が乳幼児期に絞めた首が畸形をきたしていても、
それを知っていても、『大きな声で』。どうやら快活なる赤茶髪の義母は性格面からの刺激で肉体面の不備が万事解決する
と信じているようだった。義理といえ家族であるから欠如を直してあげたいと思っているようだった。そして自身が快活であ
るが故に快活さは総てを解決する万能の代物だと信じているようだった。
 だから青空にいう。「愛の鞭」「あなたを思って敢えて厳しく」……そんな顔で。
 引っ込み思案だから声が出ない。気が弱いから声が出ない。大人しすぎるから声が出ない。そうやって青空を否定し、ひ
と通り傷付けてからこう締めくくるのだ。彼女は。
だからその性格直したらどう?
ファイト!
 青空は陰鬱なる気分であらゆる医療と発声法に関してズブの素人である筈の義母を講師と崇め、或いは崇めさせられ
何度も何度も、それこそ声帯から血を吐く思いで大声を出そうと努力した。或いは、させられた。
 結果は、出なかった。
 というより「これ以上続けても意味がない」そう思った青空が、ある日頑な無言の拒否を見せた。
 現代医学で治らなくても気の持ちようで必ず治る、親切顔で根拠のない楽観論を振りかざしていた義母は青空に幻滅した
ようだった。少なくても発声練習を持ちかけることはなくなった。以来生じた微妙な溝。電話を代わりにかけてもらう時のえも
いわれぬ反応。大きな声で。もっと大きな声で。それが出せたら引っ込み思案にも弱気にも大人しすぎにもならない。逆だっ
た。内面がそうだから大声が出ないのではなく実母に喉首を破滅させられたから内面がそうなった。そうなったからせめて
誰にも迷惑かけないよう様々な努力と我慢──もっとレベルの高い私立の中学校へ行きたかったが妹の誕生が家計にも
たらす影響を鑑み密かに断念した──を重ねているのではないか。憤慨がよぎった。恐らく生涯初めての憤慨が。
 頼みもしない発声練習で静かな内面を散々痛めつけてきたからますます声が出せなくなった。
 と。
 .

186 :
熱はとうに3時限目中盤で39度を超え、帰りの会になっても下がる気配がない。錯乱している。灼熱の世界で青空は思っ
た。授業の内容はすでに頭にない。代わりに義母先生のくそ忌々しい発声のお講義ばかりがずっとずっと巡っていたようだっ
た。背中をびっちりと濡らす嫌な汗に青空は自らの身体が限界状況にある事を悟った。されど帰りの会で手を上げ保健室
行きを宣言するのはとてつもなく恐ろしかった。熱でいっそう掠れた小声を放ち、注視を浴び、「もっと大きな声で」と教師に
反駁されるのはこの上なく恐ろしかった。他の者の帰りを遅くするのも避けたかった。微笑を張り付けたまま誰からも放置
されている方がずっとずっと幸せだった。
 そうして学校が終わるとふらふらの足で待つ者のいない自宅へ帰り、着替えもせず布団に潜り込み、一晩中悪夢の中で
喘いだ。父は帰って来なかった。青空の妹──光が危篤状態になったためである。俄かに勃発した事態に彼は青空の事
など忘れ、一晩中まんじりともせず付き添っていた。もしこの時電話の一つでもしていれば、運命はもっと違う展開を遂げた
とも知らず。
 似たような日は3日ほど続いた。
 そして玉城光が峠を超えたのと入れ替わるように、青空がそこに迷い込んだ。
 青空が罹患していたのは風邪ではなくインフルエンザであり、無理に無理を重ねた結果、肺炎さえ併発し、彼女は2週間
の入院を余儀なくされた。テストは、受けられなかった。3年生の時から密かに描いていた6年連続100点の夢は消え去った。
「どうして連絡してくれなかったの?」
 入院中、義母が放った言葉に青空は自分の感情が嫌な熱を帯びるのを感じた。それは再来だった。欠席すべき学校で
一人ぼっちの微笑と共にさんざ味わった灼熱の再来。
 言葉は幾らでも意識の中に沸いていた。
 元々苦手だった会話を更に苦手にしたのは誰なのか。電話を恐怖させたのは、父を自分から奪い彼を振り向かせる唯
一の機会を奪ったのは誰なのか。理にかなったやりようなど一切考えず自分の良かれのみ押し付け傷つけたのは? 連
絡? 妹にかかり切りで入院中電話の一本もよこさなかったのは誰なのか。

 できるコトなら同じ思いを。

 熱の中みたおぞましき悪夢を貴方にも。

 静かな精神が戦慄(わなな)いた。「そうあるべき」静かな自分とはかけ離れた感情が全身を貫くのを、青空は初めて知覚
した。従えば叫べる……いや、叫びたいが故に発生した新たな感情。鉄のような重さで意識にかかる緘黙(かんもく)の癖(へ
き)の前で青空は足掻いた。だが喋ろうとすればするほど言葉は出ない。大きな声で。もっと大きな声で。意識すればする
ほど声帯は上滑る。喉奥は気流の坩堝と化すだけで何ら大声を発する気配がない。青空は自らの喉を思い暗澹たる瞳色
になった。大きな声で。もっと大きな声で。もしそうやって喋れたのなら、全ての会話において傷付けられる事はなかった。
父の再婚に異を唱え、忌々しい発声練習などする事もなく、学校への電話もちゃんと入れ6年連続の快挙さえ得られたか
も知れなかった。
 努力が認められ、人の輪の中でごくごく普通の少女として暮らせたかも知れなかった。

 その時、義母の腕の中で義理の妹が笑った。ネコのような無邪気な声。とても死にかかっていたとは思えないほど元気で
 大きな声
 で。
 輝くような笑顔だった。人間なら誰でも愛でたくなる愛らしい笑顔を光は浮かべ、だぁだぁと母親に何かを訴えかけていた。
 その瞬間彼女は青空などまるでいないように光をあやし始めた。青空がいいかけた何事かが実はどうでも良かったように
母と子の、血のつながった母と子のコミュニケーションを開始し、光の笑顔をますます広げた。
 その笑顔を無言の笑顔がじつと眺めた。静かに。ただ静かに。



.

187 :
.
「のわあああああああああ!?」
 砂礫と衝撃波の坩堝の中で小札は目を剥いた。爪。巨大な爪。見るだけで肉が裂かれそうな鋭い三前趾足(さんぜんし
そく)が2対、自分めがけて迫ってくる。実況者特有の観察眼は爪の後ろにいる鳥の影をも捉えていたがすくみ上がるばか
りで動けない。急襲。先ほどまで仲間と歓談していた空間は一瞬にして戦場に変わっていた。手にしたロッド……マシンガ
ンシャッフルを使うのさえ彼女は忘れていた。爪は気流を裂きながら轟々と迫る。
「飛天御剣流──九頭龍閃」
 小札の傍らを金色の奔流が通過した。総角。流石の彼も一手遅れたと見え、利き腕の先で刀が形を成したのは正に激突
の瞬間であった。とうに吹き飛ばされた霧の粒子さえ蒸発させそうな光が瞬いた。ついで何かと何かがぶつかる重い音。光は
武装錬金発動の輝きと9つの剣閃が混じった物で、音は剣気と純粋速度の衝突によって生じた物……羽や爪の破片までも
参加表明した荒れ狂う大気におさげを揺らめかしながら、小札は慌ててロッドを突き出した。何故ならば爪は依然として彼
女に向かってきている。先ほど見た姿からあちこち斬り飛ばされ、ひび割れ、禍々しさを増した爪が──…執拗に。
 爪の向こうの総角が驚嘆に呻く中、しかし小札は冷汗三斗の面持ちで踏み留まった。
 絶縁破壊。
 ロッドの武装錬金マシンガンシャッフル先端の宝石より放たれるセルリアンブルーの妖光は、ある条件付きで触れた物の
神経を破壊する。絶縁破壊。神経を覆う髄鞘というカバーを破壊し無力化する技は、たとえ相手がホムンクルスといえど……
有効。人間でいう『神経』に相当する何事かの器官を破壊するのだ。更に条件も満たしていた。小札が突き出すロッドの特
性は「壊れた物を繋ぎ、繋いだ後は自由自在」。それに向かうは傷だらけの──両翼だけでも羽根の脱落と破損が著
しい──鳥型ホムンクルス。総角の初撃であちこちが「壊れた」ホムンクルス……。
 だが。
 そのまま突撃してくるかに見えた鳥型ホムンクルスが速度を緩め、軽くはばたいた。転瞬それはあっと息を呑む小札の眼
前からかき消えた。揚力。破滅寸前の翼が奏でる不協和音に題名をつけるとすれば正にそれこそ相応しい。地上すれすれ
からぶわりと舞いあがったホムンクルスは円弧を描き……急降下。
 鳶色の瞳が驚嘆に見開かれたのもむべなるかな。
 腕が飛ぶ。タキシードを纏った細腕の肘から先が、宙を舞う。
(……羽根か!!)
(斬り飛ばすさまはギロチンのよう……)
 攻撃すべく距離を詰めていた総角に微妙な隙が生じたのはその時である。着地済みの鳥型ホムンクルスはある物を咥え、
振りむきがてら投げつけた。
 まだロッドを握ったままの細腕を総角めがけ。
 ロッドが絶縁破壊の残り火を噴きあげるころ総角の右肩もまた張り裂けた。傷。壊れ。初撃でそれを負わせていたのは彼
だけではなく──… 血しぶきの中、目の色を変える総角を絶縁破壊の雷光が包んだ。
 鳩尾無銘、栴檀貴信、栴檀香美の3名はこの時になってようやく攻撃意思を見せた。遅いようだが戦闘開始からはまだ
2秒と経っていない。一団の中でもっとも素早い香美が飛びかかったが爪による攻撃は空を切り、逆に首筋に鋭い羽の一撃
を浴びる羽目になった。
(ニャろ!!! あたしでさえ捉えられんとかどーいうコトよ!!)
 倒れそうになる体をすんでの所で押し戻しながら涙目で振り返る。玉城。依然としてハヤブサの形を取る敵は、しかしや
や不思議そうに香美を見た。
(ははっ!! 首を切断しようと思ったのだろうが!!! 威力を殺がせて貰ったぞ!!!)
 空飛ぶ蛇のように全身をくゆらす鎖が小うるさく香美の背後──貴信にとっては眼前──を行き過ぎた。
「ボサっとするな新参ども!!!」
 咆哮とともに兵馬俑が放つ橙色の光があった。銅拍子。シンバルのような形をした投擲具である。もちろん狙われた玉
城は事も投げに回避したが、その分貴信たちとの距離が空いた。続いて冷凍された手拭がブーメランのように玉城を狙う。
これも回避されたが、しかし貴信はサラサラのメッシュヘアの中で頬が裂けんばかりに笑った。敵との距離はだいぶ開き……
現在10メートルにやや足らぬぐらい。

188 :
「すきを見せたら! あ・す・はないぜー♪」
 貴信と同調したのか。楽しげに八重歯を剥きだす香美が右手を横に向かってあらんかぎり突き出した。掌にある人型ホ
ムンクルス特有の捕食孔が燦然と光を帯びた。
「いーっぴつそぉじょう! て・ん・かごめん! はくしゅのあーらし♪ しんうちとーじょー!!」
 どうやら奥底からエネルギーが湧き出てきているらしい。とは編笠から際限なく吐き出される矢を回避するに忙しい玉城に
は見えなかった。貴信との距離は離れていく。15メートル……。無銘の燃え盛る指かいこの牽制が功を制した。25メートル。
『いつも思ってるんだが鳩尾!! いい加減その新参ってのはやめてもらおうか!!』
 手ごわしと見た兵馬俑に殺到する玉城の、更に背後めがけて香美は最大速で駆けた。距離が詰まるたび右手の輝きは
増し、ついには外部へ光球さえ作り始めた。太陽の輝きを持つそれは徐々に肥大しているようだった。最初はビー玉、次は
ソフトボール、そしてサッカボール……捕食孔から洩れる煌く粒子を浴びてぐんぐんと肥大化するそれは香美がどれほど駆
けようと決して脱落せしない。
 真横に突き出されたしなやかな腕から若干の距離を置きつつもピタリと吸いついている。
『僕たちが加入したのは……6年前か7年前だああああああああああああ!!!』
 大きく地を蹴る香美の左手から鎖が伸びた。この時玉城は距離にして彼らの8メートルほど前にいた。それを上空から狙
い打つように鎖が伸びた。先端の星型分銅がひび割れの翼を貫通した。それを合図に香美の手首が微妙な返しを見せた。
「んふふっ! これさこれさ、ご主人の”てく”じゃん”てく”!」
 翼に風穴開けてなお止まらぬ鎖がぶぅんとうねりを立てて跳ね上がり、ハヤブサの胴体に絡みついた。それでもなお止ま
らず翼や爪に衝突、そして拘束。ハヤブサはもがくが鎖がほどける気配はない。縦横交互に編み込まれた真鍮色の環状線
材どもは凄まじい力を帯びて玉城のあらゆる部位に食い込んでいる。
『悪いな!! 単純な力だけなら僕はブレミュで1番だと自負している! 加えてハイテンションワイヤーの特性で鎖が衝突
するたびエネルギーを抜かせて貰ってもいる!!! 脱出は不能だ!!』
「そゆこと! きりきりまーいまい! さいーごにばんざーい!! じゃん!」
玉城が重苦しい音とともに地面へ落ちたのは、飛行継続が不可能になったためである。
「フン。我が囮を務めてやったのだ。しくじるなよ」
『……拘束された相手を狙い撃つのは信条に反するが!! 引けぬ理由もまたある!!』

 共有する視覚の中つきささるのは……腕。生々しく血を流す小札の腕。

「あやちゃんイジめたバツ!! めちゃんこ痛い仮ぎゃーするじゃん!!」
 香美はややふらつきつつも伸ばしていた右手を引く。
 もはや直径3メートルほどにまで膨れ上がった光球が彼らの眼前に現れた。
『超新星よ! 閃光に爆ぜろオオオオオオオオオオオオオ!』
「じゃん!」
 轟然と押し出された球体がプロミネンスを巻き上げながら拘束中の敵へと向かう。橙の光輝が迸り、あらゆるの物を熱ぼ
ったく炙り上げる。勝った。確信する兵馬俑の前で、それは起こった。
「それ……カッコいいです」
 光とともに人の形──なよなよとした少女──を取ったホムンクルスはまず、無造作に手を突き出した。
「だから……真似……します」
 三者が三様に目を見開いたのはその変貌自体ではなく、足元に鎖をわだかまらせている彼女の姿にである
(鎖の拘束が!?)
(抜けられてるし!! どーゆーコトよコレ!!)
(ドラ猫めが! ああも小柄なれば体積的に必然!)
(しかし──…)
 鳩尾無銘に戦慄走る。
(少女、だと?)
 兵馬俑からやや離れた場所。岩陰からそっと彼女を覗き見たのはむろん特異な体質ゆえだ。まだ母胎にいるころホム
ンクルス幼体を埋め込まれ、犬とも人ともつかぬ存在に生まれついた鳩尾無銘。およそ11か月後、早坂秋水との戦いに
おいてようやく人間形態を確保するほど境界線上を「たゆたいし」、今はチワワでしかない彼だから、鉄火場とあれば安全
圏にスっ込むのは当然だ。

189 :
 その彼が遠巻きに見た玉城光は──…
 瞳が虚ろな以外まったく普通の少女である。

(フザけるな……)

 このとき背後で膨れ上がる怒りに気づいたのは栴檀貴信ただ一人だけであった。

(『また』なのかレティクルエレメンツ!! 貴様たちはまた年端もいかぬ少女を……!!!)
 果たして光球は玉城の右掌に受け止められ、徐々にその質量と体積を失し始めた。吸収されている。鎖分銅から抜き出
したエネルギーを体内に蓄積できる貴信はそう分析したが時はすでに遅し。香美ががくりと膝を笑わした。
(あの光球は僕と香美の全生体エネルギーを変換したもの! 発射直後は思うように動けない!)
 やがて玉城の右掌がすっかり光球を飲みほしたのと入れ替わりに、彼女の左掌から凄まじい荷電粒子の波が放出された。
 いち早く突撃していた兵馬俑が吹き飛ばされた。辛うじて跳躍した香美も両足首を焼かれ、成す術なく地に落ちた。
(だが)
(……その通りだ新参。やるぞ)
 くるりと首を翻した貴信と兵馬俑は素早く目配せし、やがて絞り出すような声とともに玉城へ吶喊した。


「さて。後に鐶光が鳩尾無銘にベタ惚れするのを見ても分かるように(いいよね!! 男のコ大好きになってもじもじする
女のコ!! 私も経験あるから分かるよ!!)……彼女は彼にみごと助けられる。ふふっ。当然といえば当然の流れだ
けど……」
「しかしだソウヤ君。君は疑問に思わないかい? なぜ鳩尾無銘は玉城光を助けたのか……ってね」
「ふむ。なるほどね。彼は擬似的にとはいえ総角や小札といった家族を持っていた。一見、義姉に虐げられ見捨てられてい
る玉城は……たとえば姉を失いかけたがゆえ君の伯母上に優しくした早坂秋水よろしく捨て置けなかった……か」
「半ばは正解だ。しかしだね、半ばは違う」
「鳩尾無銘が総角たちと家族になる『ある事件』」
「ミッドナイト。レティクルエレメンツ土星の幹部が主宰する……死の乱交」
「その終極には犠牲者がいる。救えなかった少女がね」
「彼女と玉城を重ね合わせたがゆえに鳩尾無銘は……立ち上がる」
「もっとも本人は気づいてなかったけどね」
「忍びにも関わらず感傷に邪魔され、何度も何度も勝機を逃し……その分よけいに傷つきながらも……」
「立ち上がり……そして救うのさ」

190 :
以上ここまで。過去編続き。

191 :
 青空の肢体がすくすくと伸び第二次性徴を遂げ始めた頃、周囲の男性の目はそれまでの人形を眺めるような憧憬をや
め、より具体的な、若者らしい獣性の光を湛えはじめた。
 原因は青空自身をも悩ます肉体の変質である。乳児期の発育不良の反動だろうか。例えば胸部などは13歳の頃すでに
元モデルの義母と並び、高校時代になってもなお成長をやめなかった。
 にも関わらず胴は悩ましくくびれ、臀部もまた豊かな隆起を描く。
 青空は自分の身体をどうすればいいか深刻に悩んだ。美しさを誇り、男性諸氏に売り込むという選択肢はなかった。
 服飾に関しては声質上ひかえめな性格の青空であるから、年頃になってもセーターにジーパンというそっけない物を好んで
いた。が、身体の発育はむしろ質素をして淫靡たらしめているらしく、周囲の男性の目は否応なしに注がれた。
 更に170センチという長身も相まって、街頭でモデルにスカウトされた事も1度や2度でもなかったが、すでに幾度となく
「自分には社交性がない」と思いこみ、思いこまざるを得なかった人見知りである。ついていくことなく無言で逃げ去るのが
常であった。
 そんな彼女が好きだったのは、Cougarという男性アイドルだった。
 ある日たまたまスーパーマーケットで聴いた彼の歌に魅せられ、不慣れなCDショップで「別に興味はないけど家族のお使
いで来ました」という顔でメモを差し出しようやく買ったCD──4thシングル 「空っぽの星、時代をゼロから始めよう」──
はずっとずっと彼女の宝物だった。
 それをお年玉で買ったCDウォークマンに入れ、『クーガー』というピューマの標準的英語名に見合わぬ優しくやんわりとした
歌声を聞くのが何かと辛い境涯にある青空にとっては唯一の楽しみだった。
 余談ながらCougarは4thシングル発売を機に大ブレイクした。元々関西の出で芸人志望だったがルックスがそこそこ良かっ
たためアイドル的な売られ方をした彼は、「とりあえず関西でそこそこ受けたから全国区」とばかり東京へ進出、しかし出す歌
出す歌オリコン30位前後に行ければよい方という感じで、所属事務所の連中がコネと伝手を総動員してようやくねじ込んだ
若者向けドラマでも主人公の恋敵役を無難にこなす程度。要するに2線級、いつの間にか消えている方が自然という態だった。
 しかし彼は4thシングルでブレイクした。ファンに言わせれば「まるで別人になったように」ブレイクした。口の悪いファンの中
にはそれまでの3枚のシングルを評して「自分の世界に浸っているだけ。つまり黒歴史」とさえいうものもあった。しかし4th
シングル以降の彼は別人のように躍進していた。青空が彼のファンになったのは正にその上り調子の時だったが、しかし
彼女は決してミーハーではなかった。Cougarの歌に感ずるものがあったのだ。歌は自己表現の一手だが、彼がそれをや
時はどうやら精密機械を組み立てるような慎重さの元にやっているようだった。生の自分を無思慮にぶつけるような歌い方
……あるいは作詞や作曲ではなく、まず自分の個性という物を分解し、理解しつくした上でそれが活きるテーマを選び、
そのテーマを人の心に届けるために自分のあらゆる個性を客観的に活用しているようだった。どうすれば聞き手の心が震
えるか、心の底から考えている──…アーティストなら誰しも陥りがちな「独りよがり」を超えた完成された自己表現。
 それがCougarの歌だった。青空は確かな物を感じ、そこに共鳴しているだけだった。
 故に彼が4thシングル以降出す歌は必ずオリコンチャートの1位に上った。何ヶ月も頂点を占め、国民的アイドルや大御所
の連勝記録さえ破る事もあった。だが彼は決して増長せず、常にファンの心に響く歌ばかりを提供し続けた。それはドラマ
やバラエティでも同じだった。身も凍るような悪役のみならず「絶対に実写では演じるコトは不可能」といわれたユニークでエ
キセントリックなキャラを演じ切り社会現象さえ巻き起こした。マスコットグッズが量産され、芸人が物真似をしコントを作り
決めゼリフがその年の流行語大賞を獲得した。その癖バラエティ番組にゲスト出演する彼はどこかフワフワした温和な青
年で、有名司会者や毒舌芸人からの口さがない「イジリ」をやんわりを受け流しつつ時に鋭い返しをしたりもした。その意外
性が青空のCougarへの憧れをますます加速させた。その癖クイズ番組ともなれば全問正解が当たり前。青空はもはや
メロメロだった。420円といういささかしみったれた(お金のない子供でも買えるような)価格設定の自叙伝さえ買った。
 そしてますます好きになった。

192 :
 特に学生時代カラーコーディネーターを志すも後天性の色盲を発症し、悩み、苦しんだという経歴には非常に共感する物を
覚えた。そして紆余曲折を経てアイドルになり、様々な人に喜びを分け与えたいと欲するようになった彼の姿、欠如を乗り越
えた強い姿に青空は勇気づけられてもいた。
 だから将来はボランティア活動に従事するコトを決めていた。
 手話を習得し、言葉を話せない人間の助けになりたかった。
 自分のように望まずして欠如を負った人間と辛さや悲しみを分かち合いたかった。
「壊れても何度も立ち上がる強さを、誰か待っている」
 高校に入り立ての頃、そう信じていた。



 ──玉城光によるザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ急襲から45秒後。
 濃霧の中に佇む影があった。右に1つ。左に2つ。影絵のように真黒なそれらは明らかに人の形を取っていた。最も小柄
だったのは右の影で、左は巨漢と中肉中背。金物の擦れ合う甲高い音に一拍遅れて中肉中背の辺りから細長い影が伸び
た。びゅーっと一直線に伸びたそれは右の影の胴体に巻きついたようだった。そして巨漢が動こうとした瞬間、無数の細か
い影が小柄な影から舞った。巻きついた物が破壊されたらしい。そのまま影達は数秒の間にらみ合っていたようだが、や
がて誰ともなく対極に向かって駆け出した。
 やがて白い粒子の中で3つの影が交差し火花が散った。鈍い音が彼方まで響く頃、影の位置はそっくり入れ替わっていた。
すなわち、今度は右に2つ、左に1つ。やがて前者らはぐらり……と脳天揺らめかせながら前のめりに倒れ、後者は腰のあ
たりから何かをばらばら取り落しながら振り返る。
「私を…………ホムンクルスにしたお姉ちゃん曰く……」
 火花の散った辺りから張り裂けそうな颶風が吹いた。霧が払われ小柄な影に色彩が生まれる。
「対拠点殲滅用重戦兵器……私の…………設計思想だそうです。とはいえ……」
 左にいた影は赤い三つ編みを腰まで垂らした少女だった。辺りを取り巻く霧から生まれたといってもいいほど虚ろな目をし
た少女は薄い胸を波打たせながらぼんやりと、右手を見る。すでに手首から先はなく、前腕部もまた崩壊の真っ最中だった。
亀裂に沿って微細な金属片が欠け落ちて、それらが地面でキンキンと跳ねていた。左手もまた同じだった。腕だった部分は
いま足元で霧より細かくなっている。
「光球…………さきほどのカッコいい技は…………訓練なしでは無理みたい、です。吸収して……返して……大ダメージを
与えましたが……私も無事では……ないようです。腕がズタズタに……なりました」
 風が更に霧を薙ぎ、倒れ伏した右の影2つの正体を明らかにした。
「でも……ああしなければ…………勝てませんでした」
 片方はレモンのような瞳をした少年で、瞳を血走らせたまま地面に顎乗せ気絶していた。
 もう片方は黒装束をまとった大男で、全身のあちこちを切断されているようだった。右手首や左足首が欠け、腰部は装束
ごとバックリ裂けていた。そのこめかみから脇腹を一直線に斬り裂いた手応えを幻肢痛とともに味わいながら、玉城光はゆっ
くりと彼らめがけて歩きはじめた。
「お姉ちゃんからの伝達事項その一。テスト対象を殲滅した相手を殲滅しろ。私の回答は……了承」
 無骨な地面を踏みしめる少女の裸足が光ととともに鋭い爪へ変じた。
「まずは……2人」
 倒れ伏す貴信と兵馬俑の傍で高々と膝を上げた玉城は、しかし軽い逡巡を浮かべたきり動きを止めた。

193 :
 沈黙が続いた。
 静寂が続いた。
 いよいよ濃さを増す霧の中で膝を上げたまま彫像のように玉城は立ちすくんだ。
 何秒経っただろうか。爪と貴信らを悩ましげに見比べていた虚ろな瞳が強く閉じられた。彼女は首を振った。
 そして先ほどと同じ言葉が一層の無機質さを以て紡がれた。
「お姉ちゃんからの伝達事項その一。テスト対象を殲滅した相手を殲滅しろ。私の回答は……了承」
 異形の爪が、叩きつけられた。荒野にも似た地面が幾何学的にひび割れた。
「フ。困るな。手塩にかけて育てた俺の部下3人。易々と殺されては困る」
「…………」
 地面だけを砕いた爪を無感動に眺めた玉城は、声のした方向めがけゆっくりと振り向いた。
「まったく我ながら不覚としかいう他ない。小札に気を取られ、本来できた筈の防御を怠るとはな」
 玉城の背後。疾風に切り裂かれた霧の向こうで、貴信と兵馬俑の首根っこを両手に抱える男がいた。


 幼少期。

 複雑な背景を理解するには幼すぎた玉城光は……およそ11歳年上の姉をひどく好いていた。
 光が幼稚園のころすでに高校生だった青空は、とても美人で何でもできる人に見えた。幼い少女は理想の女性像に心
から憧れる物だが、光にとってそれは青空だった。実母も美人であったが姉を見る時の視線は常に何か名状しがたい、
純粋な光が受け入れ難い『何か』を孕んでいて、理想像には挙げづらかった。その点青空はいつもニコニコとほほ笑んでい
て暖かな感じがした。
 
 憧れていた。
 理想の女性は常に姉だった。
 料理の腕に関しては母親より上だと密かに思っていて、だから彼女が作ってくれるご飯は単純にいえばごちそうだった。
母親の作る料理とは違った豪華さ、憧れの人が作ってくれたという思いが「ほっぺたのとろけそうなぐらいおいしい」と思わ
せていた。一度料理を作ってくれない事に泣いたのは悪いコトをしてしまったと心から後悔していた。
 そして中でもとりわけおいしかったのが……土曜日の午後に作ってくれるドーナツ。
 砂糖がほどよくまぶされお気に入りのキングジョーのソフビ人形よりふわふわしているドーナツ。
 姉があっという間に作るそれはとてもおいしかったので、光はこの食べ物がこの世で一番好きになった。
 でもそれを食べながら他愛のない話をして、穏やかな青空の微笑を見る事はもっと大好きだった。
 だから、光はよく青空の真似をするコトにした。
 無邪気な同一化。憧れの人に少しでも近づきたいという、意思の表れ。
 常に静かで囁くような青空の声はこの世で一番綺麗な音だったから、光は何度も何度も真似をした。
 一生懸命青空の声に耳を傾けて、反芻して、口調も声量も何もかも同じになるよう、一生懸命練習した。
 普段母親譲りの伊予弁で元気よく話している光だが、青空の真似をしている時だけは違う自分になれたようで嬉しかった。
 野暮ったくって子供っぽくてウルトラマンを見ればメカっぽい怪獣を応援して、魔法少女のアニメよりロボットアニメを好む
ような、新聞紙の上で鼻頭に塗料をつけてプラモデルに色を塗っているような男っぽい自分ではなく、まるでお姫様のような
青空になれた気がして嬉しかった。
 青空はその他愛もない物真似をニコニコと笑顔で聞いてくれた。
 だから気に入ってくれているんだと、思っていた。


 .

194 :
.
 青空は。

 およそ11歳年下の義理の妹がやらかす自分の声真似が嫌いで嫌いで仕方なかった。

 大きな声で。もっと大きな声で。自分が畸形をきたした喉奥から辛うじてようやく小声を漏らしているだけの下らない人間
だと改めて突き付けられているようで、心から嫌いだった。それを笑顔で聞いていたのは、咎めたところで父と義母から
「妹の他愛もないマネに対してみっともない」と注意されるのが関の山だと思い込んでいたからだ。どうせ理由など説明した
ところで「大きな声で、もっと大きな声で」。聞き返されるのは分かり切っていた。
 思春期を乗り越えた青空はもはや会話などしたくなかった。
 聡明であるが故に通じない会話を他者に仕掛けるコトの無意味さを心底から悟っていた。
 要するに、諦めていたのだ。妹の声真似のような不愉快な出来事に抗議しても、父母はどうせ味方をしない。小学6年生
3学期末の経験則からすれば放置され、妹のみに肩入れされる……そう理解していた。思い込んでいた。様々な釈明を避
けるため無言で参加した家族団欒の中心は常に妹で、妹の他愛もない大声で父が笑い母が湧く。その繰り返しだった。青
空は無言で笑っていた。空虚な相槌を何万と打ちながら好きなアイドル──Cougar──のコトばかり考えていた。そして
心の決定的な部分が融和していない今の家庭を見て、幾度となく思った。
 自分はしょせん『前の家庭の残りカス』だと。
 半分のみ血のつながった父親と赤の他人と、……”それ”がたまたま生後11か月の時に首を絞めなかった義理の妹の
構成する団欒とやらに自分がいる必要性も必然性もまったく感じられなかった。食べ終わった後の片付けだって率先して
やったし、部屋の掃除もお使いも料理の手伝いもおよそ家事と呼べる物は何でもやった。だが光ほど褒められたコトはな
かった。孤独感を感じる原因はそれだった。
 しかし部屋が光と共用だったのはいうまでもない。住んでいるのはどこにでもあるマンションの4階の狭い1室。だから我
慢する。抗弁したところで義母が伊予弁に溜息をブレンドして宥めてくるのは見えていた。テレビも1台だけの家庭。Coug
arが紅白に初出場した時もその場面はリアルタイムで見れなかった。妹がドラえもんを見たがったせいだ。Cougarの晴れ
舞台は年が明けてからビデオで見るしかなかった。ファンという存在にとってそれがどれだけ辛いコトか叫びたかった。辛う
じて最後の方、日本野鳥の会じみた連中が票数を数える辺り──は一家で見れたが、しかし楽しみにしていた場面では
決してなかった。
 そうして家庭局面の端々で妹がやらかす青空の声真似に父が笑い母が湧く。青空はそこに嘲りを感じた。内向的な者特
有の自意識過剰が侮蔑を求めた。そのたびかつてインフルエンザの高熱の中で覚えた「自分はこうあるべき」感情と正反
対の物がどこかで微かに生じるのを感じた。
 対象は常に義理の妹だった。
 妹は確かに理想像ではあった。
 声が大きく快活で、幼い瞳には常に光が溢れていて、ただ喋るだけで誰からも好かれる雰囲気を持っていた。

 理想だった。

 失われた喉よりも壊されたくない宝のような存在だった。

 だからこそ、この世で一番嫌いだった。

 もちろん妹を好く努力はした。存在が回り回って自分に不都合を与えるだけで、人格そのものが害毒をもたらす物ではな
いとは分かっていた。事実、光が青空に直接損害をもたらしたコトはなかった。父母の愛情が彼女に傾注しているというだ
けだった。光自身は青空の悪口をいったりはしなかった。所有物を壊すコトだってなかった。光の趣味はいささか男性的な
プラモデル作りだったが、有機溶剤で色を塗るのは決まって青空のいない時だった。塗っている時に青空が帰ってくれば
すぐさま窓を開けて換気する配慮を見せていた。だから決して悪い人間だとは思っていなかった。物真似の件だって幼児
らしい無邪気な仕草だと最初のうちは思っていた。

195 :

 だが義妹は自分の決して持ち得ない物を振りかざして自分が欲しい物を奪っていく。小学6年の3学期末のテスト以外は
すべて満点をとった青空はそこまでの連勝を褒められたりしなかったが、光はただひらがなの書き取りテストで3回連続満
点を取った程度でパーティが開かれるほどだった。最悪の仇敵が妹になったのはその瞬間だった。義母も嫌いだったがい
つしか自分を見る視線に名状しがたい『何か』を孕む以外はまったく踏み込んでこなくなったので、下らない声真似をやらか
す光よりはマシだった。伊予弁を大声で発する野暮ったくて子供っぽい光よりはマシだった。
 料理を作ってやるのは一度泣き喚かれたから…………いつもそう自分に言い聞かせながら作っていた。
 泣かれたとき……青空は彼女なりに論理立て、筋道立てて空腹を我慢するよう諭そうとした。
 結果はいつも通りだ。『伝わらない』。小声は火のついたような幼児の泣き声にあっけなくかき消された。大波の前の砂上
楼閣のようにあっけなく。
 だから内心いやいやながら腕を振るう。手を抜けば泣かれる。また小声がかき消される。その屈辱を思えば手慣れた料
理をさっさと作り妹の胃袋を満たして静かにする方が楽……嫌いな筈の義妹に手抜きなしの料理を振る舞う矛盾をもっとも
らしい理屈で納得させ料理を作る。
 そして食べてくれる光の笑顔にいつもドキリとしながら物陰で首を振り、言い聞かせる。
 違う。好きなんかじゃない。嫌いで……大嫌いで。ただ首を絞められなかった”だけ”で自分の望むもの総て持ち合わせて
いる無邪気な妹の笑顔になど揺らめきたくない。融かされたくない。
 嫌悪しはげしく恨むものにどうして救われたいと思えるだろうか。
 だのに躍起になればなるほど義妹の笑顔は心の中で大きくなる。膨れ上がる。この世でただ一人だけ心寄せると決めた
アイドルCougerと同じぐらい愛おしく、大事に思えてくる──…

 玉城光だけだった。
 いくら小声で話しても聞き取ってくれるのは。
 喉が潰れ、社交性をなくしたと強く信じている青空へ、ごく普通に話しかけてくれるのは──…

 玉城光だけだった。

 同じ部屋で眠るあどけない顔から視線を下に移し、肩と顎の狭間にある器官を眺めるコトは何度もあった。
 その度青空は後悔した。かつて”そこ”が嗄れ、自分のようになったら大変だと思ったコトを……心の底から。
 しかし『妹に関しては』、自らの手で絞める事はなかった。絞めるつもりなどはなかった。
 将来はボランティア活動に従事して、困っている人の力になりたかった。
 だからこの世で一番嫌いな妹といえど危害を加えたくはなかった。
 首を絞めるどころか叩く事さえしたくなかった。
 青空は聡明だった。負の感情の赴くまま世界に害を成すコトは自分の有り様と違うと思っていた。どうせ11歳も年が離れ
ているのだから、数年の内にお互い別々の人生を歩み出す。不愉快を耐えるのはそれまで……理性ではそう考えていた。
 妹の首を見て溜息をついた後は、窓際に置かれた愛用の白いビーンズテーブルに向い、電気スタンドの小さな光の中で
Cougarにファンレターを書くのが日課だった。そして書き終わって封をした後、自分の住所を書くかどうかいつも悩んだ。
 実をいうと返事は欲しかった。でも住所を書くと多忙なアイドルに返事を要求しているようで申し訳なかった。
 ので、差出人不明の手紙を笑顔で学生鞄に詰め込んで、もしこの手紙であの人が喜んでくれたらいいなあと布団の中で
少女らしくきゃぴきゃぴと頬を綻ばせるのが青空にとっての団欒だった。

196 :
以上ここまで。過去編続き。

197 :
>>スターダストさん
あぁもう本当に青空は。積み重ねすぎた罪状がなければ、ぜひともというか何とかして、改心して
救われて主人公側にというルートを辿るべきキャラなのに。しかし流石に、もう許されぬ身……。
にしても今この辺りを読み返すと、ザッピング的に「アレがアレか」と納得できるのが気持ちいい。

198 :
 長い金髪は白霧の中でいっそう際立つ。玉城光はその10メートル先からくる強烈な色彩感覚を浴びながら、口を開く。
 淡々と、淡々と。
「無効化……した筈です。あの光は……確かに……切り札」
「ああ。絶縁破壊。小札の奥の手だ。まともに喰らえば確実に行動不能」
「さっきは土壇場……でした。だから……一番強い技を……出すと…………思ってました……。だから…………利用……
しました。爆発でも……拘束……でも……一番強い技なら……あなたにも……効くと……。ハヤブサの急降下さえ……
致命傷にならなかった……あなたにでも…………効くと……」
 ほう、と感嘆した男は緩やかに貴信と兵馬俑を手放した。重力の赴くまま地面にぐなりと伏した彼らを見る瞳は妙に暖かく
玉城は軽く首を傾げた。
「フ。それをあの一瞬で見抜き、この俺にブツけたのは見事としかいいようがない。なにしろ俺さえ封じれば実力で劣る部下
達は楽に殲滅できるからな」
「…………確実に……削ぐつもり……でした……。何人か斃した後……退却して……ゲリラのように……仕掛け直して…
………確実に、確実に……殲滅するつもり……でした…………。見たところ……他の共同体の……人たちより…………
厄介そう……でしたから」
 しかし、と玉城は不思議そうに反問した。
「どうして……動け……ます? 絶縁破壊……恐らく……神経の被覆か……それに準ずる何かを壊す……技。それを喰らっ
て…………どうして……動けるのですか……? 自然回復は……少なく見積もっても数日後……。でも……まだ1分と……
経って……いません」
 簡単な話だ、と男──総角主税──は胸の認識表を左手で握り占めた。一拍遅れて右手に光の粒が集積し、無骨な
日本刀へと変化を遂げた。
「ソードサムライX。特性はエネルギーの吸収ならびに放出。フ。理屈からいえばあの時これを握っていた俺が絶縁破壊を
喰らうなどとはおかしな話だが……恥ずかしい話、小札の腕が切断された瞬間、感情をわずかばかりかき乱されて迂闊に
も防御が遅れた。絶縁破壊の光をわずかだが浴びてしまったのさ。咄嗟に傷口に刃を刺しエネルギーをかき出しもしたが
……一手遅れたのは否めない」
「…………威張って言えるコトじゃ……ないような……?」
 ぼーっとしているがそれだけに辛辣な言葉だ。総角は軽く息を呑み、何かを誤魔化すように前髪を書き上げた。
「フ。可愛い顔して手厳しい。ま、事実その通りだがな。剣を握って幾星霜。未だ恐懼疑惑を払えぬ俺にこそ──…」
 ゆっくりと貴信と兵馬俑を見下ろす総角の眼が……にわかに尖る。険しさを帯びる。
「この事態の責はある」
 脇構えを取る総角の全身から陽炎のような揺らめきが立ち上った。それに気圧されたのか、玉城の頬を一筋の汗が伝
い落ちた。それが乾いた地表に吸いこまれたのを合図に総角は悠然と踏み出した。
(ここは…………一旦……退却……です。しかし……)
(フ。その腕では飛んで逃げる事は難しい)
 じりじりと間合いを詰める総角は見た。肘から先が欠損した玉城の腕を。
(折角の変形能力とて上腕部がなければ無意味さ。人間の腕と鳥の翼は相同……骨格構造はほぼ同じ。人間形態で肘か
ら先がないというなら、鳥形態では)
(……変形しても…………次列風切から先は……ありません。簡単にいえば……翼の……5分の4が……ありません)
 かかる羽目に陥っては空を飛ぶコトなど不可能に近い。先ほど玉城が述べたゲリラ戦法などもはや不可だろう。
 散歩でもする調子でゆっくりと間合いを詰める総角に、玉城が思わず後ずさったのはそういう理由もある。
(どう……すれば)
 俄かに大気が緊張を帯びたせいか、霧はいよいよその濃さを増しているように見えた。どころかまるで玉城を圧迫するよ
うに立体的質感を持ってせり出して来ているにも見えた。
(…………? 色が……変です。まさか)
 虚ろな瞳が大きく見張られたのと剣先の向こうで会心の笑みが浮かんだのは同時だった。
「もう遅い」
 霧が、光を放った。
「チャフの武装錬金、アリス・イン・ワンダーランド。刀はフェイクさ。これを当てるためのな」
(……ダメです。直視すれば悪いことが……起こります……早くこの場を──…)
 鋭い爪が無骨な蹄に化した。ダチョウのそれを駆る少女は崖に向かって跳躍した。遅れて駆け付けてきた小札はまだ
痛む腕をさすりながら愕然と玉城を見上げた。
「ささささ30メートルはあろうかという崖なのに……真ん中まで一瞬で!?」

199 :
 ダチョウの蹄が岩肌を粉々に蹴り砕いた。その粉塵が総角に降りかかる頃、いわゆる壁蹴りの要領で15メートルほど
飛びあがった玉城は先ほどブレミュ一向のいた山道へと着地。猛然と木の葉を散らし逃げ込んだのは森の中。
「フ。あれほど強いんだ。朝飯前だろ
「なんという、なんという」
 全力で上を見上げる姿はもはや魚を食うアシカのようであった。振りかえった総角は白い顎と鼻と大口しか見えない小札の顔にちょっと
吹きかけたが、すぐ神妙な面持ちで善後策を伝え始めた。



 動き始めていた時間の真ん中で。



 青空が光の頬をはたいた。
 頬に走る激しい痛みに、姉が心の底から怒っているコトを光は知った。
 どこまでも強い風がウェーブの掛った柔らかい髪をごうごうとなびかせた。



 運命が変わったのはその日だったと、玉城光は走りながら思った。



「霧に乗じてのアリス・イン・ワンダーランド!! いかに強い方といえど精神はその限りではありませぬ故、そちら方面か
ら切り崩すおつもりでしたのに悲しき哉! 目論見は水泡と帰し哀れ不肖たちは未だ狙われる定めの軍集団!」
「フ。鳥の目は高性能だからな。3原色の混合具合でしか色を認識できない人間と違って4原色かそれ以上の基準で色を
見れる。つまり」
 小札のロッドから光が迸り、貴信と兵馬俑の傷を癒し始めた。
「そうなのであります。不肖たち以上に色の違いには敏感! 一見完璧に濃霧に溶け込んでいるアリス・イン・ワンダーランド
とて鳥の目から見れば違和感バリバリなのは必定! つまり精神攻撃の直前に気付いて逃げるだけの余裕はあったのです!」
「やれやれ。あれで終わっては無銘と貴信に合わせる顔がない。せっかく俺の復帰を見越し、わざわざ濃霧の立ち込める
場所にアイツを追い詰めてくれたというのにな」
「回復したし交代! で、……よーわからんけど、それならそれならもりもりさ、さっきからちっともいいトコなしじゃん?」
 よっとあぐらをかいたのは香美である。まだ体に違和感があるらしく、首をねじったり肩を回し始めた。
「フ。いいのさ。初撃でしくじった以上、今日は俺が割りを食うべきだ。最も得意のアリスが囮でも……構わない」
「おとり? あだっ」
 バキリと鳴った辺りをさする表情は難しい。半泣きかつしかめっ面で、更に疑問符という要素まで混入している。
「うぅー。痛いし訳分からんし最悪じゃん。だいたい”おとり”って何よ?」
『ハハハ! 香美! ヒントは鳩尾! 兵馬俑ではないチワワの方だ!!』
「んー? 鳩尾? ……あ」
 周囲を見渡した香美はおやと首を捻った。ある物の不在に気付いたという調子だ。
「アイツどこいったのさ? こーゆーとき一番うるさいじゃんアイツ。でもいないし」
「フ。それはだな──…」
 揺れが酷く乗り心地の悪い”そこ”へへばり付きながら、無銘は赤い三つ編みを睨んでいた。
 大きく四肢を広げ丸い指で迷彩柄のダウンベストを掴む姿は……ムササビのごとく。

200 :
 森林をあてどもなく駆け抜ける玉城光の背中。
 鳩尾無銘はそこにいた。
「あの鳥型ホムンクルスのお嬢さんがいかに聡かろうと早かろうと、光の速さは超えられん。とっさに回避を選んだのは見
事だが、しかしアリスの精神攻撃は光とともに浴びた筈。いまは逃げながら精神攻撃に苦しんでるって所だな」
「わからん! もりもりのいうコトはわからん! いちいち難しすぎじゃん!!!」
『つまりだ香美! 無銘はあの鳥型がアリスを避けるのに全神経を集中した瞬間!! 密かに背中に飛びついていた!!
何しろ彼は小さなチワワ! 平時ならいざ知らず、あんな土壇場では取りつかれても気付くのは難しい!!』
「更にあの鳥型どのには申し訳ありませぬが、あの方は今まさに悪夢の真っ最中……」
 貴信の声に一拍遅れ、小札が体を抱えるようにぶるぶるした。
「ゆえに無銘は任務を完遂できるという訳だ。フ。流石は忍び」
「んー? 鳩尾ったってアイツぶそーれんきんナシじゃ弱いじゃん? だいたいさー、そのぶそーれんきんにしたってココに
置き去り! しかもさしかもさこのおっきーの」
 横たわる兵馬俑は体のあちこちが大破。指差す香美はいかにも不愉快で……
「ズタボロ! アイツにゃちっとも勝てんだじゃん!!」
「敵対特性」
 しかし呟く総角に、彼女以外の全員は頷く。貴信は場所上香美の首を仰け反らす感じで、小札は不承不承。
『香美! 鳩尾の武装錬金の特性はホムンクルスにも有効だッ!! 動植物型ベースによって何らかの特殊能力……武
装錬金でいえば『特性』を見に宿している奴なら』
「一発逆転。動きを封じた上で今一度アリス・イン・ワンダーランドで攻撃するコトも可能なのです。卑怯と言えば卑怯極まる
戦法でありますが、戦力で劣る不肖たちが『殺さずして勝つ』方法はそれのみでありましょう!」
「なんとなーく分かったけどさ、じゃあ何でさっきやらんかった訳よ?」
『いや!! 無銘は試みなかった訳じゃない! 実力と機動力の差で叶わなかっただけで……!』
「とまあ回復待ちのおしゃべりはここまでだ」
 ザッと踏み出す総角を追うように小札が進み、香美がゆらゆらと(半ば強制的に、貴信の命令で)立ち上がった。
「追うぞ」
「だー! 追うったってどーすんのよ! あたしらん中で一番鼻のいい鳩尾いないじゃん! あたしは匂い追跡とかできんし!
どーせ途中でタンポポとか岩っころフンフンして立ち止まるのがオチじゃん!!」
 地団太を踏む香美に呆れたらしい。総角が「せっかくキメたんだから従えよ」と情けない表情で振り返った。
「あーなんか疲れた。やっぱ共同体のリーダーって中間管理職……あー、貴信くん? そのドラ猫に説明してやってくれ」
『了解!! つまりだ香美! 無銘は敵対特性の媒介用に兵馬俑の手首か足首を持って行っている!! 何しろ敵対特性
発動はあの自動人形の体表にあるうろこ状の物体を相手の傷口にすり込むコトで起こるからな! 例え手首で傷を負わせ
ても3分後には効果が出る!』
「で、不肖操るマシンガンシャッフルの探索モード・ブラックマスクドライダーにて追撃する所存なのであります! 何しろこちら
の兵馬俑は『壊れて』、手首ないし足首を失くしておりますゆえ!」
 ロッドの宝玉からバチバチと立ち上る黒い光が倒れ伏す兵馬俑を覆った。黒い光は更に動き、崖に沿って緩やかに上り
始めた。欠けた物をつなぎ合わせる小札の武装錬金の特性あらばこその現象だ。
「よくわからんけどみんな協力してるのは分かったじゃん!」
 アーモンド型の瞳が無邪気に輝く一方、総角は岩でも背負ったようにゲンナリした。
「と、とにかくだ。あの黒い光の行く先に無銘と鳥型ホムンクルスがいる。だから──…」
「だーもう! 何ぼさっとしてるじゃんもりもり! そーと決まったら行くじゃん! 追う! ついせき!」
 総角が盛大な溜息をついたのは、崖をだばだば登る香美を見たせいだ。
「さっきからそういってたぞ俺。さっきからそういってたぞ俺。さっきからそういってたぞ俺」
「ああ、何と苦労多きもりもりさん……」
 糸の切れたマリオネットよろしくがっくり肩を落とす金髪剣士を小札は慣れた様子で撫で撫でした。
 無論、身長差ゆえに小さな体は精一杯背伸びしている。香美の後頭部から悲しげな吐息が漏れた。
(いいなあ!! 僕も誰かに撫で撫でして欲しいなあ! はは!! ははははっ!)
「だだっ! だっしゅ! 若さ全開! 5人のなーかに、君がいーるー♪ じゃん!」
 後頭部を濡らす涙もなんのその、栴檀香美は今日も元気に生きている。




 風の強い日だった。

201 :



 青空は自宅めがけ全速力で駆けていた。
 きっかけは、光からの電話だった。携帯電話の向こうで騒がしい伊予弁を振りまく彼女はこう言っていた。
 Cougarから手紙が来た、と。
 高校生活ももうすぐ折り返し地点という頃、青空は自身の将来について果てなく悩み、そして恐れていた。
 ボランティア活動には従事したい。だが会話能力に乏しい彼女は授業の一環で訪れた施設で誰にも何もしてやるコトがで
きなかった。問いかけるべきコトはいくらでも頭の中に沸いていた。だがそれを言葉として発するコトはやはり恐怖だった。
大きな声で。もっと大きな声で。そう言われるのを恐れまごついている間に、声が大きい活発な者が仕事を引き受けていく。
「やっぱり向いていないんじゃない?」
「不向きだからストレスが溜まって喋れないんじゃない?」
「成績はいいんだし、先生はもっと別の進路を選んだほうがいいと思うぞ?」
 内実を理解しない、うわべだけ親切な言葉はすでに傷だらけの精神を更に抉っていく。
 恋愛もできない。周囲は年相応に相手を見つけ青春を謳歌しているというのに、青空だけは常に一人。Cougarは好きだっ
たがアイドルを恋愛対象にするほど幼くもない。ごく普通の少女と同じく、等身大の恋愛に憧れていた。だが運悪く心惹かれ
る男性との出会いはない。
 結局ただ青空は、休み時間中ずっと自分と同じ名前の場所を見て過ごすしかなかった。
 卒業が近づくたび、不安が募る。自分は一生このままで、誰からも必要とされず誰の力にもなれず、ただ漠然とした不安と
具体的な会話への恐怖におびえ続けるのではないかと。夜、布団の中で人知れず涙を流すコトさえあった。
 Cougarへのファンレターについ自分の住所を書いてしまったのはそんな時期だった。
 もし彼からの返事が来たら、一歩踏み出せるかも知れない。
 気弱で何かを先送りにしている決意だとは分かっていた。だが「他者が自分に答えてくれた」という事実、人と人との最低限
の繋がりが欲しかった。今のままの自分では居たくなかった。何かをきっかけに生まれ変わりたかった。
 果たして手紙は来た。
 風に向かって息せき切って。
 ひた走る青空は天にも昇る気分だった。


 小学校入学を翌年に控える光の趣味は、プラモデル作り。
 その日も新聞紙の上で鼻頭に塗料を付けて趣味に没頭していた。
 
 …………。
 風の強い日だった。
 Cougarからの手紙が来たのは、留守番中の光がマジンガーZの塗装を終えてご機嫌な時だった。
 アセトンで無理やり有機溶剤を落とした両手はザラザラだったから、洗面所でゴシゴシと洗っていた。いつも輝いている瞳
を更に輝かせながら鼻歌さえ歌っていると、玄関の郵便受けに手紙の山がドバドバ入って来るのが見えた。玄関は洗面所
からすぐの場所にあった。
 ちょうどプラモ目当てで幼児雑誌の懸賞に応募していた時だったから、当選通知を求めて手紙の山を探ってみた。それ
は残念ながらなかったが……小ぶりで真っ白なダイア封筒──マンガなどでよくラブレターを入れてるアレ──の差出人は
安っぽいプラモより”当たり”だった。Cougar。もはや幼い光でさえ知っている国民的アイドル。封のシールも彼のトレードマ
ークたる稲妻だった。丸い黒地のシールへ稲妻型に押された金箔がこれでもかと輝いていた。それでも光は慎重に慎重に
確認した。もしコレが偽物だと姉が落胆する。だからゴミ箱を漁って、先日Cougarのファンクラブの会報を運んできた角0
封筒(入学願書だのでっかい書類だのを入れるアレ)だのを引きずり出した。その切手部分に押された消印とダイア封筒
のそれは同じ局の物だった。ついでに角0封筒に記載されてる電話番号を押して彼の事務所に問い合わせ、ウラを取った。

202 :
就学前の児童にしてはいささか頭が回り過ぎるきらいもあるが、後年銀成市で戦士たちを苦しめる冷静さはすでにこの時
から芽生えていたのだろう。
 とにかく光は、姉に電話をかけた。彼女が最近何だか元気のない事を知っていたので、喜ばせるつもりで報告したのだ。
 そして自分も手紙を見たいという気分を抑えながら、姉の愛用している窓際のビーンズテーブルの上に手紙を置いた。
 有機溶剤の匂いが光の鼻をついたのはその時だった。
 そんな臭いの中で好きなアイドルからの手紙を読ませたら雰囲気が台無し──…
 パっと双眸を煌かせた光は、窓枠に手をかけた。換気。部屋に溜まった有機溶剤の臭いを追い出す作業。
 趣味をやった後に必ずやる作業。姉が返ってくる前に必ずやる作業。
 光はそれを、いつも通りやっただけなのだ。悪意などはまるでなかった。あろうはずがあるだろうか、玉城光はこの世で
一番義姉を尊敬し、心より憧れているのだ。
 窓が開いた。
 風の強い日だった。
 開かれた窓よりなだれ込む強烈な風が、窓際の小机の上に置いてあったCougarの手紙をかっさらった。
 風は室内でぶつかり合い、複雑な流れを作ったようだった。いびつな渦。部屋の奥へ飛ばされるかに見えた手紙は溶剤
の匂いともども外に向かって引きずり出された。
 あっ……と光が手を伸ばした頃、手紙はすでにマンションの4階からこぼれ落ちていた。ベランダの格子をすり抜けてその
向こうの宙空で風に揉まれきりきりと飛んでいった。恐ろしいまでの速度でグングン小さくなる手紙の姿に真っ青になりなが
ら、姉への申し訳なさで涙を流しながら、光は部屋を飛び出し2段飛ばしで階段を駆け降りた。1階に着いてもまったく速度
を下げぬまま先ほど手紙が消えたあたりまで駆け抜けたが、影も形も見当たらない。どこに飛ばされたのだろう。生まれて
始めて感じる冷たい後悔と張り切れそうな罪悪感の中、なお手紙を捜索すべく動き出した瞬間。
 ぜぇぜぇと息吐きつつも輝くような笑顔の姉と遭遇した。
 事情は包み隠さず話した。謝罪もした。
 だが。
 青空が光の頬をはたいた。
 頬に走る激しい痛みに、姉が心の底から怒っているコトを光は知った。
 どこまでも強い風がウェーブの掛った柔らかい髪をごうごうとなびかせた。
 運命はどこまでも最悪だった。ちょうど買い物から帰って来た義母がその場面を目撃し、駆け寄り、数秒前の衝撃を青空
の頬で再現した。
 光はしゃくりあげながらあらゆる事情を話し、青空に非がないコトを説明した。
 事情を理解した義母は本当に心から謝った。
 どこまでも変わらぬ笑顔はひりつく頬を抑えたまま無言で立ちすくんだ。
 翌日。
 光の家庭から玉城青空の姿が消えた。

 忽然と姿を消した義姉が帰って来たのはおよそ1年後──…

 扉が、開いた。
 見慣れた姿が、ゆっくりと部屋に流れ込んできた。

203 :
.



『ただいま』




 夢が衝撃に打ち砕かれた。

204 :
以上ここまで。過去編続き。

205 :
 齟齬の形は三角形のよう……玉城光はそう思う。緩やかな勾配が突然途切れる直角三角形。衝撃の中、肺腑から
全ての空気を絞り出しながら玉城はゆっくりと振り向いた。這いつくばった姿勢のまま、首だけを、ようやく。そして見た。直
角三角形の石を。走ってる最中それに足を取られた。だから速度が制御不能の浮遊感になった。直角三角形の勾配を全
力で登ってる最中不意に出てきた直角の断崖をどうする事も出来ずただただ加速の赴くまま身を投げるように。そして頭か
ら地面に突っ込んだ。無防備に叩きつけられ、肺腑は全体重と堅い大地のサンドイッチになって酸素も窒素も一切合切吐
きつくした。真空状態の肺は端と端の内壁が癒着しているようだった。息を吸おうにも肺は縮こまったまま動かない。だが
皮肉にもその窒息の苦しさが何分かぶりの正常意識を取り戻した。
 件のアリス。完全な直撃を避けなければ転んでもなお悪夢に苛まれていたであろう。
 とにかく齟齬は直角三角形のようだった。悪夢から覚めたての思考にはそればかりが鳴り響く。人は疲弊の極みや病熱
の中でガラクタのような論理を組み上げる。齟齬うんぬんもそれだった。脳が参っている。割れそうな頭に手を当てようとし
て肘から先が欠損しているのに気づいた。そもそも動かない。土の苦みをしばらく味わうほかない。
 立ち上がるのに必要な酸素はまだ供給されず、じゃりじゃりした粒を吐くコトもままならない。地面に突っ伏したまま思考の
みが無意味に続く。
 齟齬の集積は果てしなく巨大な直角三角形で、それに立脚し歩き続けるとすれば、あって当然と思っていた道がある日突
然途切れてしまう。積み上げられた齟齬の数だけ高い場所から落とされて、肺腑を絞られる事など比較にならぬ恐ろしい
目を見せられる。本当は齟齬の消し方は簡単で、それと真逆の形をした”何か”を当てればパズルゲームのようにかき消
える。しかし自分も父も母もそれをしなかった。青空の姿が家庭から消えたのはそのせいだと玉城は思った。自分たちの平
穏はずっとずっと青空への齟齬によって保たれていたのだ。
 そこでようやく自発呼吸を再開した玉城は自分の醜態を嘆きながらゆっくりと立ち上がった。ホムンクルスの身でまるで
人間じみた窒息に苛まれるなど醜態以外の何者でもなかった。無防備に転び肺腑を痛打したのは悪夢の中で何も考えず
走りまわっていたせいだろう。
 ひりついた熱と背中をぐっしょり濡らす汗の不快感に気だるさを感じながら、玉城はゆっくりと辺りを見回した。
 そこは先ほどの山小屋の前だった。ようやく戻って来た思考力で現状を認識すると、今度はなぜ自分がここにいるかを
思い返す。
 霧。光。アリス・イン・ワンダーランド。総角の放ったそれを懸命に避け崖を登った辺りから記憶がない。
代わりに青空の手紙を飛ばしてしまった時の悪夢を見ていた。
 偶然ではなく、何かがそれを見せていたような気がした。
 
「今……のは?」
「師父のアリス・イン・ワンダーランド。貴様が見たのは忌まわしき記憶。それぞ彼のチャフが特性」
 耳慣れない声に三つ編みを揺らめかしながら振り返る。
 チワワがちょこんと座っていた。傍らに大きな手首を置いているのが気になったが、玉城はぼんやりとした声で「カワイイ」
とだけ呟いた。
「ビーフジャーキー……食べます?」
「食わぬわ!!」
 しゃがみこんでポシェットをまさぐろうとする玉城に怒声を浴びせると、無銘は苛立たしげに呟いた。
「くそう。敵対特性を見舞ってやろうとしたが、ああも泣かれては気勢が削がれる!! 絶好の機会を逃したわ!!」
「ハイ?」
 ここで玉城は肘から先がなくなっているのを再確認したらしい。「ビーフージャーキー、出せません」と謝った。
「そうではないわ!!! いいか!! 我は先ほどの一団の者! 貴様を倒すべく追撃した!」
「すー、すー」
「寝るなあ!!!」
「しもうた。ようけしゃんしゃんしたけん、つい」
「ようけしゃんしゃ……ええい!! 日本語で言え!!」
「伊予弁……です。でも……今のは忘れて……下さい」
 うっすら頬を染めつつ玉城は首を捻った。
「でも……なんで…………チワワさん? どう見ても……戦闘向きでは……ありません」
 チワワはキッと牙を剥いた。
「黙れ!! 我とて好き好んでこの図体に収まっている訳ではない!!」
「じゃあ……私と…………同じ……です」
 ヒビ割れた肘がホムンクルスらしからぬチワワの頭をそっと撫でた。

206 :
「?」
「私は…………色んな鳥に変形……できます。でもその代償で……5倍速で……年を取ります。そうしたのは……お姉ちゃ
ん……です。とはいえ……仕方ないのかも…………知れません。お姉ちゃんが楽しみにしてた手紙を…………飛ばしたのは……
私……です」
「知るか! それより我と戦え!!」
「……少し…………休ませて……下さい……」
 そう言ったきり、玉城は戦闘意欲を失くしたようだった。よろよろと山小屋に入っていくと、それきり静かになった。



 束の間の眠りが再び悪夢を呼び覚ます。


 名前通り光の溢れた瞳を涙でくしゃくしゃにしながら、玉城光は窓際のビーンズテーブルを見た。
 もうそこはすっかり埃を被っている。青空が失踪して1ヶ月。豆の形をした机は誰も触れないまま、そこにある。
 あの日以来、窓は開けていない。また開ければ姉が愛用していた白い机さえ飛ばされそうで、怖かった。
 趣味のプラモもやめた。あの日色を塗ったマジンガーZはとっくに捨てた。
 いつからか光は、朝起きてすぐ小机を見るのが習慣になった。
 自分が寝ている間に姉が戻ってきて、またそこに座っていたら……どんなにぶたれても怒られてもいい。
 謝れといわれたら何度だって謝る。だから戻ってきて欲しい。そう願っていた。

 願わくばもう一度だけ、姉の作ったドーナツを食べたかった。

 青空が家を出て数日後。
 手がかりを求めファンクラブの会報を見ていた光は、「謝恩祭」と称したCougarのシークレットライブがあるコトに気付いた。
気付いた、というが厳密にいえばファンクラブの会報のどこにも開催場所は明記されていなかった。ただその号だけやたら
クロスワードパズルが多いのが気になった。問題はすべてCougarにまつわる問題だったが、青空がそれら全てを埋めてい
たため光は問題を解かなくて済んだ。だが解答の全て埋まったクロスワードパズルは奇妙だった。何の変哲もない場所に
四角の二重枠があったり、色が塗られていたり、稲妻のマークが番号付きで印刷されていた。
 それらを番号順に並べた光はシークレットライブの存在を知った。二重枠は告知のお知らせ。色のある部分は開催場所。
稲妻のマークは開催日時……開催日時は翌日だった。事情を話すと父母はすぐさま事務所に電話した。
 もしこういう風体の女の子が来ていたら保護してほしい、と。
 話はすぐさまトップに伝わった。cougerをスカウトしたという女社長がわざわざ応対してくれた。

「大丈夫。きっとお姉さんに会えるから」

 いかにも大人という女社長の声。光は心から安堵した。

 しかし翌日。、こんなニュースが各局を賑わすコトになる。
「Cougarのシークレットライブ中に謎の襲撃事件が発生。Cougarを含む129名が死亡」
.

207 :
 列島を震撼させたその事件は不気味さと異常さを孕んでいた。彼らを殺したのは鈍器でも刃物でも機関銃でもなければ
糜爛性の毒ガスでもなかった。警察の公式見解では爪や牙というがそれさえも本当かどうか怪しかった。
 観客とCougarは何かの猛獣に襲われたように『食い荒らされ』、骨を覗かせ内臓を剥き出しにして死んでいたという。
 若い女性たちと国民的アイドルが惨たらしい死を遂げたセンセーショナルなこの事件は、その年ずっと報道され続けた。

 光らは第一報を見た時、青空の死を覚悟した。もしかしたらCougarのライブに居たかもしれない彼女の末路を想像した。
 だがDNA鑑定の結果、死体のどれもが青空ではないコトが判明した。
 その場にいなかったのか、それとも謎の襲撃者が破片一つ残さぬほど完食したのか──…
 事件前日、光と電話した女社長もまた事件の被害者だった。不眠不休で遺族たち総てに頭を下げて回った。

「本当に申し訳ありません」

 光は当時の彼女を何回か見ている。ひどり有様だった。頬はやつれ眼の下がドス黒く染まりとても女性とは思えないしわ
れた声で何度も何度も謝るのだ。父母はそれを誠意とみなしたが、光だけは何かとてもおぞましい気がした。うまくはいえ
ないが、何か、別のモノに無理やり動かされているような──…




 青空は依然帰らぬままだった。










 敵を見逃しては大変と追い掛けた無銘は、血まみれの部屋のなか横たわる玉城を見た。無防備に投げ出された白い
両足に目を奪われかけもしたが、そこは忠犬、すぐさまどうすべきか考え始めた。
(どうする? 今なら兵馬俑の手首を以て敵対特性を発動し、師父たちを有利にするコトもできるが──…)
 しかし、と無銘の思案は続く。
(先ほどまでの様子からもしやと思っていたが、やはり彼奴は望まずしてホムンクルスになったらしい。背中の我に気付か
ず走っていた時もしきりに姉をよばっていた)
 眠る玉城の唇がまた動いた。「お姉ちゃん」。哀切な響きに遅れてまなじりから涙がこぼれ落ちた。

208 :
.



 火の消えたような食卓を見て、青空の父は心から後悔した。
 青空は手のかからない子だった。だから最初は自立心を育てるつもりでなるべく手を貸さなかった。それがただの放任に
なり放置にさえ成り変ったのはいつからだったか。記憶を手繰る内、青空と心の籠った対話をした記憶がないコトに気づき
彼はただと愕然とした。育児ノイローゼの果て獄中死した前妻ともそうだった。それに気づいた瞬間彼ははばかりも泣く泣
いた。つまるところ自分は家族に対する確固たる責任感などないと気付かされた。ただ家庭の明るい部分のみを欲してい
た。放送コードを通すべくマイルドに均された家族ドラマのように、解決可能な出来事ばかり起こるのだと思い込んでいた。
だからその思惑から離れた複雑でややこしげな薄暗い出来事が起こると逃げていた。それは青空の喉の問題だった。職
場でも同じだった。自分に相談を持ちかけてきた同僚や部下達と緊密な付き合いをした覚えはついぞない。彼らと本音をぶ
つけ合い、心から分かりあったという経験はなかった。相談には一般論。それだけだった。他の局面でもただ社会人として
の範疇を超えない無難な会話──飲み屋、或いは出張途中の新幹線や宿泊先で何十何百とした筈なのに内容をまったく
思い出せない──をしたにすぎない。だから彼らは決して心からの信頼を見せぬ。青空の失踪を知るや一丸となって探し
に行く……そんなドラマのような現象が起こらなかったのはいうまでもない。ただ彼らは大変そうですねという視線を送ったき
りそれぞれの生活を守るための仕事へ戻っていく。かつて相談を持ちかけられた自分がいかに親身にならなかったか。青
空の父は部下達の姿に痛感させられた。
 職場ではそれでも良かった。彼の抱える事情がどうあれ職場の掲げる規範を守り社会の規範を外れぬよう計らえば成績
が上がり評された。だが家庭には規範はない。率いる彼が作らなかった。楽で明るくて無難でありさえすれば良かった。自分
の家庭への欲求が満たされればナァナァで過ごして過ごして過ごし続けてきた。そんな彼にとって今の妻は正に理想だった。
活発であるが故に何も貯め込まぬ彼女は前妻のような事件を決して起こさぬ人間。彼女を伴侶にした家庭生活は楽しかった。
青空との微妙な溝は気にしていたが、大人しくて分別のある娘だからいつかは分かってくれるだろう……と勝手に思っていた。
 そして活発でレスポンスのいい光と妻とで楽しい家庭団欒を過ごしていた。彼女らは自分の些細な言葉で大きな反応を返
してくれたから、ついつい多くの言葉を投げかけてしまった。事あるごとに楽しいパーティをやった。青空やその母のように、
仕事で疲れた脳を更に疲れさせなければ的確な言葉を紡ぎだせない相手より──…端的にいえば楽だった。その癖彼女ら
は抜けている部分があって、楽な努力で補佐するコトができた。方向音痴の光を道案内するだけで感謝されたのだ。
 だがそうやって楽を続けた結果、青空はいなくなった。
 いなくなって初めて気付いたコトがある。
 かつて食卓に存在していた静かな笑顔もまた自分にとっての団欒だったと。
 暖かな笑顔。今は亡き妻に似た美しい笑顔。それは自分が維持するコトのできなかった前の家庭の輝かしい一片だったと。
 守るべきだった。 
 あらゆる苦難と煩雑さを味わってでもその笑顔が消えないよう青空を守ってやるべきだった。
 脳髄を疲れさせてでも彼女の煩悶を解き、彼女の欲する物を察してやり、そして光よりもたくさん褒めるべきだった。
 子供というのは初めて遭遇する経験に悩み続けるものではないか。親はそれを緩和してやるべき物ではないか。
 かつて子供だった父はそう悔み、心の底から泣いた。
 その日から彼は同僚や部下と本当の意味での会話をするよう心がけた。
 身を呈して彼らの煩悶を解き、少しでも抱えている物が軽くなるよう努めた。
 成績は下がった。仕事の能率もまた同じく。
 だからといって彼ら全員が青空の捜索に手を貸すコトはなかったが、彼はそれでもよかった。決して多くない休日に地方
の駅でビラを配り青空の手がかりを求めるのは自分にのみ課せられた使命であり贖罪だと信じていた。
 光と過ごす時間は以前よりかなり減った。だが会話の質は以前より上がるよう努力した。
 しばらくすると。
 タダ同然の料金でビラを印刷してくれる会社を部下が紹介してくれた。給料が欲しいからと休日出勤を肩代わりする同僚
も現れた。不自然に増えた有給休暇を上司に問い詰めると「規範通りだ」とだけ答えが来た。

209 :
 青空を探すために休日も有給休暇も使い切った。それらしい人を見たという知らせがあれば真冬の東北地方の山奥に
だって駆け付けた。海外に行ったのも二度や三度ではない。
 彼はとにかく青空の笑顔をもう一度見たかった。
 再び会えたのなら二度と彼女が悲しまぬよう、話を聞いてやりたかった。

 我が子がぶたれるのを見た瞬間、生来の活発さが反射的に手を出させた。
 光の母親にとってその軽薄さは悔やんでも悔やみきれないものだった。
 姉妹の関係は傍目から見る分にはひどく良好だった。母が違うとは到底思えないほど彼女らは仲良く見えた。
 土曜日の午後にドーナツを作り時には夕食さえ作る青空は、本当にただ面倒見のいいお姉さんだった。
 彼女は面と向かって光の存在に不平を洩らすコトなどなかった。
 妹が危殆に瀕したせいで自分が肺炎に倒れたという経緯を持っているのに、邪険にするコトはなかった。
 考えるべきだった、と光の母は悔いた。
 あれだけ仲が良かった妹をぶたざるを得なかったのだ。そうするに足る重大な背景があると察して、まずは話を聞いてや
るべきだった。にもかかわらず、ぶった。大好きなアイドルからの手紙。年頃の少女なら命より大事するかも知れない宝物
を不条理に奪われ打ちひしがれる青空の頬を…………有無も言わさずぶったのだ。
 青空を憎んでいた訳ではない。発声練習を断られた件は時間の経過とともに「自分が悪かった」と思うようになった。連れ
子だからといって嫌がらせをしたかった訳ではない。家族になる以上、抱えている欠如が癒されるよう何らかの協力をした
かった。引っ込み思案のまま成長すればいつか社会の壁に当たってどうするコトもできなくなると心配していた。だから人と
話せるよう手助けをしたかった。実母に首を絞められたという辛い経験を忘れ、活発に生きて欲しかった。
 それを断られた瞬間、光の母は青空に対しどう接すればいいか分からなくなった。活発すぎる性格だから活発な相手と
しか付き合った経験がなく、小声でしか話せない大人しめの少女の心の扉をどうすれば開いてやれるかなど、まったく見当
もつかなかった。だから青空と話す時はいつも戸惑っていた。本当にいま考えている言葉を聞かせていいのかと。その言葉
でまた青空を傷つけ活発さから遠ざけてしまったらどうしよう、と。そんな自分の振幅が名状しがたい雰囲気を生み、光や
青空に親として見せるべきでないモノを見せてしまったのはつくづく悔やまれた。
 結婚前。今の夫に子供がいると聞いた瞬間。一歩引いた付き合いを心がけるべきだった。「後でどうとなる」と活発さの
赴くまま関係を進めたのは青空にとって不幸だったと初めて気付いた。もし自分が少女の時、見知らぬ女性が母ですよと
ばかり家庭に転がりこんできたらどういう気持ちがするか、それをまず考えるべきだった。目の前に転がる愛情の熱っぽさ
と甘さばかり追及すべきではなかった。そう思い、青空の感じた苦しさを思い、涙した。
 複雑な事情と複雑な家庭環境を背負いながらも、不良にはならず、健やかに真面目に育ってくれた青空という少女は、
本当は強いコだったのだとも思った。何もいわず家事をこなしてくれる所は母の自分以上に母だった。将来はボランティア
に従事したいと小声で懸命に語った彼女には心の底から敬意を覚えていた。でも、いえなかった。頑張れといえばまた発声
練習の時のような重荷を背負わすようで怖かった。当時はまだ弱い少女として青空を見ていなかった。でも弱い少女として
見ているなら彼女が少しずつでも強くなれるよう協力するべきだった。ただ話を聞くだけでもいい。心に抱えた辛いコトを
何もいわず聞いてやり、そっと抱き抱えてやるだけでも良かった。
「確かに声は小さいけれど、あなたはそれに負けないだけのいい部分も持っているのよ」
 と励ましてあげるべきだった。
 そう思うばかりで後悔は消えない。夫の同僚の伝手で部屋一杯分ぐらいきたビラを3日ばかりの不眠不休で配り終えた
時も、感動の再会を謳い文句にするテレビ番組で涙ながらに「会いたい」と語った時も、後悔はまるで消える気配はなかっ
た。
 青空がいなくなって2ヶ月後。
 誰からともなくこういう提案が出た。
 
 手紙を探そう。
 小ぶりで真っ白なダイア封筒。封をしているのは稲妻輝く黒丸シール。
 それを探そう。
 あれから何度雨が降り、幾陣の風が吹いたか。
 それはみんな分かっていた。
 手紙がどこにあるかは分からない。見つけたとして原形を保っている保証はない。

210 :
 けれど青空に与えてしまった欠如をそのままにしておくコトはできなかった。
 地方に行ける父親は青空探しと平行して手紙を探し。
 母親は駅前でビラを配る傍ら手紙を探した。
 登校時、下校時、遊びに行く時ヒマな時……光もまたあらゆる場所を探しまわった。
 両親に内緒で校区外まで自転車を駈ったコトもあった。方向音痴だから迷いに迷って警察に保護されたが、そこでも手紙
を見なかったかお巡りさんに聞いた。
 お年玉を全額はたいてなるたけ遠くの駅まで行って手紙を探したコトもあった。
 更に8ヵ月近くが過ぎた頃、隣の隣のそのまたずっと隣の県まで行った母親が、喜び勇んで帰って来た。
 手には小ぶりで真っ白なダイア封筒。封をしているのは稲妻輝く黒丸シール。
 
 差出人の名はCougar。宛先は玉城青空。
 木に引っかかっているのを偶然見つけたという。
 すり傷と泥と腫れ(ハチの巣があったらしい)に彩られながらも、母親は何か月ぶりかの笑顔を浮かべていた。
 幸い木陰に隠れて雨風は避けられたようだった。
 あちこちがくすんで皺が寄っているが、中身は無事そうだった。
 光はそれが自分の過失で4階から飛んでいった物だと心から信じた。


 それが本物だと、心の底から信じていた。


 真偽が判明したのはしばらく後。
 玉城青空が帰って来た、その夜──…






 そろそろ無銘にも大まかな背景が理解できてきた。
(…………身内との確執、か。慕う者に虐げられるとは、哀れな)

211 :
以上ここまで。過去編続き。

212 :
(…………身内との確執、か。慕う者に虐げられるとは、哀れな)
 そう憐みながらも「もし自分が小札や総角に見捨てられ、人型になれぬコトを誹られたらどうするか」を考え、胸をチクリと
痛ませる無銘はいかにも少年臭い。彼は自分の勝手な想像に怯えた。親のように慕う彼らの役に立てるなら不惜身命の
心構えでいかなる痛苦も避けないが、見捨てられるコトだけは恐怖だった。
(だが!)
 つぶらな瞳に怒気を孕んだ光が燃え盛るのを無銘は止めようがなかった。
(こやつの姉はこやつを見捨てたも同然! 5倍速で年を取るだと! フザけるな! 不死のホムンクルスが年老いていく
というのなら先に待ちうけるのは果てしのない地獄! 20年もすればRぬだけの老体を引きずりまわすだけの存在に
成り下がる! なぜよりにもよって身内をそうしたのだ!!)
 無銘は改めて玉城を見る。まだまだランドセルが似合う幼い姿。時折うすくまくれる唇のあいだから白磁がごとき乳歯が
見える。にも関わらず肘はない。いつか見た戦場のフォトグラフ、迫撃砲に巻き込まれた少年兵が玉城に重なり滲むたび
無銘の瞳は蒼き業火に彩られる。

(あれから……7年)


 雷鳴。瞬く女学院。去りゆくルリヲ。くすぶる梢が大雨に洗われる。


(何も変わっていない。何一つだ。何一つ我は……)


 力なく零れる白い腕に手をのばす。掴めない。泥が散り鼻を穢した。腕は暗褐色の土汁に塗れたきり動かない。雷轟が
生白くあぶる世界の中……チワワが一匹、低く屈み腕を嗅ぐ。高く軋んだ鳴き声は哀切で──…

 浮沈特火点とヘスコ防壁の果て、墓標のように突き立つ餝剣(かさだち)の鏡面世界の中、鳩尾無銘は泣きじゃくった。



『生まれた初めて繋がりを見出した』……少女の儚い結末に涙があふれて止まらなかった。


(あれから何が変わった? レティクルを止める事はおろか、人間形態さえ未だ獲得できずにいる…………!!)

213 :
 雨が止んだ。いや、周囲ではまだざんざと降り注いでいる。照り返しの細かな霧は見るだけで芯から冷える。それでも
無銘はもう雨に打たれない。世界は移る。黄土に淀む泥水面から天空へ。首をあげた無銘は見る。自分と同じ表情を。
 小札はしゃがみ込んでいた。一瞬とても泣きそうになりながら、ニコリと笑い手を伸ばす。
 その後ろに突っ立つ総角は傘を無銘にかざしている。視線が絡むとプイと顔を背けたが金髪も肩も雨に濡れるがままだ。

 自分たちに傘を翳さない彼らを見た瞬間、無銘の中で何かが溶けて──…


(……感傷に浸ってる場合ではない!! こやつが傷だらけ? 当然ではないか!! 負わせたのは師父たち、師父がそ
うされたのはこやつが襲ってきたせいではないか!!)
 そして事情はめぐりめぐって敵対特性発動を要求している。使命。果たさぬは背信、無銘はただ震えた。師父と慕う男、
母と仰ぐ少女。仮に申しつけを果たさぬとも彼らは笑って許すだろう。そんな不壊の信頼あればこそ報えぬ自分を恐れて
いる。
(フン。何を迷う? 我は忍び。古人に云う。忍びに三病あり。恐怖、敵を軽んず、思案過ごす。彼我の状況など考えずやる
べきコトのみやればいいのだ。なのにどうして迷う。我にとっては師父と母上の命こそ至上……情にほだされそれさえ実行
できねば育てて頂いた意味がない! こやつの事情、優先するにあたわず!)
 このまま兵馬俑の手首を咥え、奴を攻撃し敵対特性を発動させればいい……そう決意して引き返した無銘は朽木の刺さっ
ている妙な土まんじゅうを見つけ「はて?」と立ち止まった。
「妙だな。昨晩戦った時はこのような物はなかった。一体何が……」
 犬の嗅覚は確かに腐臭を捉えた。耳をそばだて玉城の様子を観察すると、まろやかな寝息が聞こえた。ならば大丈夫か
とばかり好奇心の赴くまま土まんじゅうをかき──…
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 山頂に少年無銘の絶叫が響いた。
「どげしたん?」
 小屋から寝ぼけ眼で出てきた玉城は、あたかも人間のごとく尻もちをつくチワワを見た。
「ほぇ」
「生首!! 蛆の湧いた生首が我を睨んで! うえええ!? ほれ! やっぱり睨んどる! 祟られる!」
 あたふたした様子で土まんじゅうと玉城を交互に見まわす無銘に淡々とした声が注いだ。
「その人は……ここのホムンクルスたちに……食べられた……よう……です。だから……埋葬しました……」
「……貴様は一体、何なのだ?」
 直立不動して尻をぱんぱんとはたく無銘の表情は硬い。
「我たちに仕掛けて来たかと思えば姉のコトで泣き、かと思えばホムンクルスに喰われた者を弔う。そもそもどうして仕掛け
てきた? 答えろ」
「話せば長くなりますが──…」





 玉城光の7歳の誕生日に、それは来た。


.

214 :
.


 1人減った食卓にケーキを置いて誕生日を祝っていると。
 扉が、開いた。
 見慣れた姿が、ゆっくりと部屋に流れ込んできた。



『ただいま』




 驚愕に目を開く一家目がけて空気の奔流が炸裂した。ケーキにも着弾したそれはスポンジもクリームも貪欲に食い破り
華やかな祝いの席を恐るべき暴力世界へ変貌させた。
 扉を開けた玉城青空はにこやかに微笑みながら歩みを進めた。
 服装は失踪した当時とまったく同じ。質素なサマーセーターにジーパン姿。しかしそれらは1年の失踪を経たにしてはあま
りに小奇麗すぎた。まったく垢切れていない様子からすると他の衣服を着られる環境に身を置いていたようだった。光はそ
の環境を、この1年で姉が送ってきたであろう人生を想像し、戦慄した。両親も同じだった。
 いつもと変わらぬ笑みを湛え。
 いつもと変わらぬ佇まいで部屋の入口に立っている娘。
 彼女を見る目は恐怖に満ちていた。正しく言えば、娘が右手に握りしめている物体を見る目は──絶望と驚愕と生命危機
に瀕した生物ならではの絶対的恐怖に支配されていた。
 イングラムM11。別名・MAC−11。
 少女が持つにはあまりに巨大すぎるサブマシンガンだった。
 本来は聖書サイズにすぎないそれの銃口は、丸いサプレッサー(減音器)によってどこまでもどこまでも延長されていた。
延長という意味ではグリップから限りなくせり出した延べ棒状のロングマガジンも同じだった。つまり青空はそこに詰まった
弾丸によって銃撃時間を延長したいようだった。一発でも多く、しかし静かに。相反する感情を元に銃弾を撃ち尽くしたがっ
ている……。
 虫食いだらけのチクワみたい……と光が思ったサプレッサーはケーキの延長線上で静止している。狙撃したのは間違い
なく青空であろう。しかし彼女自身の雰囲気はちょっと遅れてパーティ会場に入って来たような感じだった。殺気も怒気もなく、
顔はどこまでも笑顔に彩られ……構えた。失踪するまでと寸分違わぬ笑顔のまま右手のサブマシンガンを──…彼女らし
からぬラフさで。
 半身の構えはインラインスタンスに似ていたが、本来腰の辺りへ添えるべき左手は軽く後ろへ伸ばし、胸を張り相手を威
圧するように顎を引いていた。軽く、あくまでも軽くだが、光たち一家を見下しているようにも見える青空の白い指が引き金
に伸びた瞬間、父親が弾かれるように飛び出した。青空は何を思ったのか銃口を、孔ぼこだらけの減音器ごとスッと下げた。

215 :
 声にならない声をあげ、銃口の残影をすり抜ける父親。彼は娘目がけて数歩たたらを踏み──にこやかな笑顔に突き飛
ばされた。光の前で凄い音が鳴り響き、ケーキの残骸から芯の焦げたローソクが1本転げ落ちた。その先で苦悶を浮かべ
る父親は、どうやらテーブルの角で背中を強打したようだった。
 2度目の銃撃が一家を襲った。放熱孔まみれのサプレッサーで減音されたとはいえ一般家庭を脅かすには十分な大音声
が響き渡った。
 畳には無残な穴があき、そこめがけて赤い奔流がとろとろと流れ始めた。父が呻いた。右手の中指と薬指が第一関節の
辺りから吹き飛ばされていた。咄嗟に光たちをかばおうとしたのだろう。彼は妻子の前で膝立ちしたまま脂汗をダラダラと
垂らしている。
 青空はこれが私の専売特許よといわんばかりの笑顔のまま、左手である地点を指差した。
『ただいま』
 畳に開いた弾痕は確かにその文字を描いていた。綺麗な文字である。教科書体を寸分違わずトレースしたような筆跡は
間違いなく青空のものだった。光はおつかいにいく時よく書いて貰った買い物のメモを思い出した。その文字に比べれば
かなり大きく、たとえば新聞の見出しぐらいの大きさはあったが、それでも綺麗で丁寧な文字だった。
 更に銃撃が一家の前を薙いだ。そして『ただいま』の後にこう書いた。
『ハーイ皆さんお元気かしら! 私の心は今日もぴーかん青空模様! ありゃ? もしかして……ドン引き? まー仕方な
いわよねー。失踪してたお姉さんがいきなりサブマシンガン持って帰ってきたんだもの。これはビビリどころ通り越してギャ
グよねギャグ』 
 光たちは息を呑んだ。違う。彼女らの知っている青空とは何かが明らかに違う。常に大人しく無言でニコニコしていた青空
からは到底想像もつかない口調である。メールや手紙の時だけ饒舌になる人間もいるにはいるが……この文面に溢れてい
るのは変化。この1年で青空が遂げてしまった……決定的変化。
『あ、でもだいじょぶだいじょぶ。コレ、実は文字書くための道具なの。だってぇ、喋ったトコロで聞き返されちゃうのがオチ
なのよねー。だから書き用。撃ったりしないわよー。何しろ意外に反動あって乙女の細腕には辛いの。あ、『特性』も使わな
いから安心して頂戴ね』
 ハッと目を見開いた光はケーキを半回転させてそこの様子を見た。果たしてそこにも小さく『ただいま』とある。
『んふっ。流石は光ちゃん。大正解よ! そそ。初撃はただいま用。ま、いつものごとく気付いて貰えなかったけど、そりゃあ
もはや慣れっこってカンジ? 気にしちゃあ負けでしょ。気にせずガンガン行くわよ!』
 また文字が『書かれた』。
 彼女はただ文字を書くためだけに発砲しているようだった。
 しかし奇妙なのは青空と向かい合う光たちが「文字を読める」という事実である。つまり撃った当人は上下逆になった文字を
見ている筈……となれば『書く』時も上下逆に書いている筈だ。弾痕で文字を書けるというだけでもすでに常軌を逸しているが、
それが全て上下逆ともなればもはや神業としかいいようがない。
「一体どういうつもりなんだ青空」
 父親の嗄れた声をつくづくやかましい──これで消音されているというから驚きだ──銃声が遮った。
『ああっ! 分かって欲しいのお父様! か弱い私めが意思表示をするにはこーやってサブちゃんで書くしかないの! あ、
サブちゃんってのはこのコの名前ね。本名は『マシーン』だけど』
 芝居っ気たっぷりに胸の前で腕を組む(銃はそこと胸の間に挟まれていた)娘に父親は気色ばんだようだった。『調子に
乗り過ぎたようね』という文字が付け足された。そして何度目かの銃撃。
『……コホン。お芝居はここまでにして。だって声を出したら聞き返されちゃうでしょ? だったら書いた方が手っ取り早くて
いいじゃない? 聞き返されるコトもないし』
 今が人生最良の時。そんな笑顔で青空はまたトリガーを引いた。
『一年間ずっと考えたけど、やっぱ私、喋りたくないのよねー。だっておかしいもの。声が小さいってだけで全部否定される
のはさあ。それにー、努力しても我慢してもいいコトなんて一つもなかったもの。欲しかった手紙一つさえ手に入らなかった
し、それ失くした光ちゃんへ反射的に手を出しただけで悪者扱い。ふふ。ほんと損ばかりよね。私』
 がばっと立ち上がったのは義母である。
「待って青空ちゃん。手紙なら、あのアイドルさんの手紙なら見つけたの!」

216 :
 青空の頭頂部から伸びる特徴的な癖っ毛が「びこーん!」と屹立した。
 首を傾げる彼女だが銃撃をやめる気配はない。変化と言えば文字用キャンパスが穴だらけの畳から壁に変わったぐらいだ。
『めえ? そらまた意外な事実。ときたら私の机の上ね? ちょい待ち。こりゃあ見てくるしかないでしょ!』
 興味深そうに眼を細めた青空は自室に行った。残された者はただ茫然と座り込んだ。
『あ、いま外行かない方がいいわよー。私のお仲間さんたちがちょっとスゴいコトしてて危ないのよね』
 懐かしの自室から身を乗り出す彼女はよほどはしゃいでいるらしい。横に伸ばしきった左腕を満面の笑みでブンブン振っ
ている。頭頂部から延びる特徴的な癖っ毛もちぎれんばかりに振られている。
 と、同時に。
 一家の耳におぞましい音響が届き始めた。それは遠くから何十何百と重なってじわじわと部屋に沁みてきているようだっ
た。いつから? 青空が銃撃を始めた時にはもうすでに? 天井の上から何かが落ちる音がした。重い衝撃が木製の天井
を揺らめかした。いる。上階に、何かが。誰かが走る音。下卑た笑いに対立する咆哮。獣の呻きと女性の絶叫が響き、子供
の「やめて」という懇願が不自然な途絶え方をした頃、ようやく青空は戻ってきた。
『私めも盟主様にやめるよー進言したのデスけど、力及ばずかかる羽目になっちゃって……みんなゴメンね』
 泣き叫ぶ声を洩らす天井を一瞥した青空は、「ううむ」という感じに微笑した。「ううむ」程度の感想しか示さなかった。
 それを追求する者はいなかった。いよいよ迫りくる異変に竦み、ただガタガタと青空を見るしかないようだった。
 銃撃。彼らの体がビクリと震えた。
『で、手紙あったんだけど……どうしてあるのコレ? 飛ばされた筈よね?』
「それは──…」
 義母はつくづく申し訳なさそうにそれを見つけるまでの事情を説明し、それから青空の頬を打ったコトを細々と謝った。
 光もいかに父が心配していたかを語った。父は無事に帰ってきてくれたコトを心から喜んだ。
 それらを聞き終わった青空はにっこりと銃を構え、また壁に字を書いた。
『で? この手紙が偽物じゃないって保証は?』
 
 母がみるみると青ざめていくのを光は見た。
『あー、疑っている訳じゃないわよ。でも今までの境遇が境遇なもんだから、俄かには信じられないってヤツ? ほら、帰って
くるかこないか分からない人には手抜きとかやっちゃいそうでしょ? ああ、少しでいいから思い出して欲しいの。そこに居
たのに手抜き対応で放置され続けた可哀相な女のコの事を。っと。今のはちょっと皮肉すぎたかしらね。とにかく手紙につ
いて手抜きしてたつっても私は怒らないわよ? 魔が差したってコトで……ふふ。義理の子供でも失踪されたら色々辛いも
の。つい耐えかねて手紙を偽装しちゃましたって最初にいってくれるなら、『怒らない』わよ?』
 サブマシンガンを悪戯っぽく背後に隠しながら、てれてれと身を乗り出す青空。
 光は見た。姉の茶目っ気たっぷりの仕草と対照的な母の姿を、汗をかき青ざめていく母の顔を。
 疑念がよぎる。あの日、風にさらわれた手紙。果たしてそれが何カ月も後に見つかるものなのだろうか?
 まして見つけたのはこの家庭の中で一番青空と溝のある母。青空を見る時名状しがたい何かを孕んでいた、母。
「確かに見つけたのは私よ。でも私は偽装なんて……してない」
 事態が事態だけに粛然としているらしい。母の口調はいつもの伊予弁ではなかった。
『本当? 本当にそう答えていいの? 偽物だったら追及するわよ? 予防線張ったつもりかどーか知らないけど、コレ、も
し偽物だったら『私はしてない』程度じゃ誤魔化せない矛盾がどんどん出てきちゃうのよ? Cougar君が私に書いてくれた
手紙を、誰が、何のために偽装したのか……ってね。そしたら第一発見者が犯人ってすぐ分かっちゃって私もブチ切れ。私
ね、本当にキレたら武装錬金の特性さえ使えなくなるのよ。特性もたいがいエゲツなくてみんなも私もビビってるけど、キレ
た私はそれ以上にひどいんだからね。分かる?』
 いつの間にか義母の顎を持って果てしない笑顔を近づける青空。立ち上がるのは形容しがたい威圧感。
.

217 :
『お義母さんを疑う訳じゃないんだけれど、溝は深いのよね。また無下にされちゃったって気分になって関係の険悪さを増
しちゃうのはお互いにとって良くないんじゃないかしら? 魔が差したってんなら今の内に告白しちゃった方が楽よ?』
「本当よ。私はあなたに悪いって思ったから……光のお母さんだから……あちこち探し回ったの。これだけは信じて」
『ふふ。やっと心が通じた会話ができているわよね私達。よかった』
 何が会話か。筆談に対し一方的に答弁させているようなものではないか。
 傍で見ている光はいつの間にか歯の根をガチガチと打ち鳴らしている自分に気がついた。恐ろしい。もし母が嘘をついて
いればこの場の均衡を支えている何事かが決壊する。笑顔の裏に潜んでいる何かが爆発する。そんな気がした。
 
 そして手紙が開けられた。
 義母を解放した笑顔は素早く手紙を確認し、読み終わると再び義母を静かに見据えた。
 銃口から絶え間ない破裂音が響いた。
 撃たれた。身をすくめる光の横で、母の引き攣った声がした。





『ありがとう。筆跡が同じ。確かにこの手紙は本物みたいね。見つけてくれて、ありがとう』

 撃ったのはやはり、文字を書くためだったらしい。
(筆跡が……同じ?)
 光の中に疑問が湧いた。あの手紙は初めてきたものだ。しかし周知のとおり飛ばされたではないか。
 にも関わらず、青空はCougarの筆跡を知っている? ……。
(本とかに直筆文が載っていて、それを元に判断したの? お姉ちゃん?)
 そう思ったが声にはならない。仮に喋っていても次の銃撃によってかき消されたかも知れないが。
『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
また一緒に暮らしてくれる?』
 張りつめた空気の中、義母の首が縦に振られた。そしてずっといいたかった言葉を、伝えた。
「もちろん。確かに声は小さいけれど、あなたはそれに負けないだけのいい部分も持っているのよ?」








.

218 :
.




「声が、小さい?」


 しとやかでか細い吐息の入り混じった可憐な声を聞いたのは、玉城光のみであった。
 カクテルパーティ効果というものがある。騒々しい環境の中でも「注意を傾けている特定の音声」のみを聞き分けられる
現象をそういう。
 部屋の周囲からは相変わらずおぞましい哄笑と悲鳴が伝わってくる。その中にあって光が「可憐な声」を聞き分けられた
のはまぎれもないカクテルパーティ効果であった。”それ”を聞き逃さなかったのはかつて同一化のため一生懸命真似をし
たからであった。父母は一瞬、聞き逃した。もとより周囲に怨嗟の声が満ちているため、青空がようやく和解の兆しを見せ
たコトに安堵していたため、聞き逃した。
 玉城青空のようやく発した肉声を。

 彼らは聞き逃した。

 そしてそれが、何よりの返事となった。

「聞こえて、ない? 小さい……から?」




 光は見た。姉の表情が明確な変化に……”犯されるのを”。

 犯されるというほかいいようがないほどそれはおぞましい変化。

 青空の目が、開いた。
 笑みに細まっている目がゆっくりと開いた。

 そして覗く。

 黒い白目と。
 赤い瞳孔。
 おぞましい光がらんらんと輝く異形の瞳が。一家を捉えた。
 そして彼女は笑った。

219 :
.
 口を三日月状にどこまでも果てしなく綻ばせ、ひどく楽しそうに一家を見た。

「地雷踏んでくれたわねキレた」

 光が避難を促す悲鳴を上げたのと。
 青空が正気なきケタケタ笑いをしながら飛びかかったのは。
 同時だった。
 次の瞬間、父の頭が畳に叩きつけられた。
 よほど凄まじい勢いだったのか。焦点の合わない眼で震え笑いを漏らす青空の左手には髪がべっとり付着した頭皮が握
られていた。弾痕塗れのい草の上、頭蓋骨を露呈した父親はそれでも辛うじて首だけを動かし娘を見た。
 論理的にいえば彼の悲願は成就した。最期まで彼は娘の笑顔を見た。看取られた。質がどうあれ、網膜を焼いたのは紛れ
もない『笑顔』だった。求めていた筈のそれから彼が目をそむけたのは、買い与えた覚えのない可愛いスニーカーが後頭部に
乗ったためである。彼の顔面は畳に激しく圧着された。動くコトも、見上げるコトさえ叶わない。露出の頭蓋に血が沁みる。
 そうして5分ほど青空は笑い、息継ぎがてら足をどけた。
「正直言って遅すぎそりゃあ永遠に見れないって思ってたこの手紙見れたのは嬉しいけどさでもマイナスの中の努力なのよ
ねこういうのチクチクチクチク長年私めの心を揺さぶって好感度マイナス100ぐらいまでにして失踪させた後にさ慌てて探し
ました無くした物も頑張って見つけましたなんていわれても今一つ嬉しくないのよね」
 抑揚のない呪詛のような声に再び娘を見上げた父は、確かに見た。
「もう喋らなくていいわよ喋っていいことなんて一つもないものどうせ私探すためにいろいろやったんでしょうけどそれはお父
さんの自己満足やらかしてからやられても無意味マイナス100のコトを自分基準のマイナス50だか60だかにした程度の
コトをいわれても意味が感じられなくて困っちゃう」
 うらぶれた瞳で蔑むように見下す我が子の姿を。
 踏みつけるために振りあげられた我が子の足を。
 目を細め、団欒を構成していたとびきりの笑顔を浮かべなおす娘を。
「これが私めの伝え方。効果的でしょ?」
「じゃあね〜」
 そして彼の頭蓋骨は割りばし細工の住宅のようにあっさりと潰された。血が飛び散り、笑顔を汚した。やっとこのような根っ
こを持つ歯が勢いよく何本も飛び散り、枝豆より気軽くまろび出た眼球が畳の弾痕の深淵を覗きこんだ。ネバついて糸引く
スニーカーがひょいと退いた顔面は踏み砕かれたスイカそっくりにぐしゃぐしゃとしていた。それが光と青空の父親だった。
「んふふふふ……ぬははははははは! ははは!! あーっはっはっはっは!!!!!」
 青空はとにかく笑っていた。小声の哄笑を狂ったように上げていた。
 そしてサブマシンガンのトリガーに指をかけ反動も姿勢制御も意に介さずひたすら弾痕を部屋に刻んでいた。鈍い音が
青空の右肘で響き、巨大な銃がガクリと下がった。反動による脱臼。しかし彼女はまったく意に介さず撃ち続けた。結合
を解かれた腕が反動に踊り狂った。捩れ、跳ね、回り、麻薬中毒者のような『ぬるぬるとした』異様な動きをする姉の腕を
光はただただ震えながら見ていた。 脱臼してなおイングラムを撃ち尽くす姉は憧れのお姫様とは真逆の恐ろしい怪物だった。
それでも腕の痛みを想像すると悲しくて仕方がなかった。
 そうして判別不可能なゴミのような文字を文庫本1冊ほど量産した頃、反動が偶然脱臼を癒した。
 文字は若干だが体裁を整えた。
『いいのよいいの!! もう過ぎたコトだもの!! んふっ、もう私達が和解する必要なんてないでしょお? いいの! 気に
しないで! やっぱ人間、過ぎたコトをいつまでも悔やむより、未来だけ考えて前向きに生きるべきなの! だから捨てるの!
切り捨てるの!! 暗い青春時代の分まで幸せになるの!! なりたいの!!』

220 :
.
 獣が描いたような文字だった。不揃いで歪で乱雑を極める文字が部屋の中でどんどん増殖していく。
 トレードマークの笑顔からは到底伺い知れぬ感情起伏の激しさに光はただ茫然とした。
 青空は喋り続ける。か細い吐息の混じった可憐でひたすら抑揚のない声を。絶え間なく。
 そして手紙に手をかけると……真っ二つに千切った。
「手紙なんてもういらないだって新しいのをCougar君から貰ってるもの一言一句同じだもの新しいのきたら古いの捨てるの
お父さんの流儀でしょだからこうするのさっさと始末するの」
 苦労して見つけた手紙の破片が舞う中、義母は声にならない声を漏らして後ずさった。逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい。
 彼女は心からそう願っていた。
 にも関わらず逃走を志半ばでやめたのは、首に異様な圧力がかかったからである。
 手が伸び、首を絞めている。
「ひとつ教えてあげる私めが喋るのはよっぽどキレてる時だけよサブちゃんぶっ放したり特性使ってる時の方がまだ安全って
知っておいた方が身のためねさあ今度は発声のお勉強懐かしいでしょ嬉しいでしょ」
 青空はいつの間にか距離を詰めている。そして満面の笑み──口が裂け真赤な瞳孔が悪夢のように輝く笑み──がマシ
ンガンのように囁いた。
「声が大きいだけで何も考えられない気が強いから考えられない活発すぎるから被害者の私を平気で殴れたくふふふあははは
あの時の一発は本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に痛かったわよ私は自殺さえ考えたのよ
きっと言葉用意してたんでしょうけどさんざやらかされて傷ついた心は言葉一つじゃとても癒されないのよとてもとてもとてもとても
ところでこれで私と同じ状態よね声出る声出る出ないでしょさあ自分の考えたやり方で喋ってみてよ頑張って」
 薄暗い声を吐き切った青空は、白目を剥き口からあぶくを吹く義母に心から微笑した。家事を手伝い妹の面倒を見ていた頃の
穏やかな少女の顔で微笑した。
「……んじゃま、発声練習の締め、やってみましょか」
だからその性格直したらどう?
ファイト!
「ぐべっ」
 首が小気味よく破裂し、涎塗れの生首が畳に転がり落ちた。




「ちょっとスッキリ! くはは! あはははははは!! あーはっはっはっはっはっは!!!」
『ごめんね光ちゃん! ごめんね! これからもっと危なくするから部屋の隅にでも逃げててね! でもココ出たら駄目よ怖
い人たちに食べられるから!! 特にエログロ女医にはご注意よ!』
「あ……あああ…………」
 真新しい弾痕の前で光はただ頭を抱え涙するしかなかった。激しい悪寒が全身をゆすぶる。動けない。胸が詰まる。涎と
鼻水でグシャグシャの顔がヒクリヒクリと痙攣する。注意書きを読む余裕など、とてもなかった。
 一昨年の夏だった。頭と胴体の境目を自転車に轢かれ死にかけているカブトムシを見つけたのは。歩道に転がっている
様子が不憫だったから家に連れて帰って青空に聞いた。助けられないか、と。彼女は首を横に振った。その時、光は昆虫
の命の儚さを知った。
 昆虫は人間と違ってお医者さんが居ないから、ケガをさせたらダメよ。青空はそういった。光は、納得した。
「でも、人間だってケガさせちゃダメだからね? 治らないケガだってあるから」
 なぜか首に手を当てながら説明する青空を不思議に思いながらも光はうんうんと頷いた。

221 :

「私逃げろっていったわよねそれとも声が小さいから聴き取れなかったっていうのかしらそれじゃあ分かるまで分からせてあ
げる分かるまで分からせてあげるあはははははははははははははははははははは!!」
 光のみぞおちに重い球体が投げつけられた。呼吸困難の中、長い三つ編みを強引に引きずられながら球体の正体を見
た。生気を失くした母が胸の中にいた。歩道に転がっていたカブトムシのようにもうどうにもできない母がそこにいた。その
口に溜まった唾液を何度も何度も拭いながら、光は低い泣き声を漏らした。
 そして青空は。
「あ〜。スっとしてきた。やっぱ本音を語るというのは気持ちいいわよね」
 満面の笑みで額の汗を一拭いした。つむじから延びる癖っ毛が子犬のようにぴょこぴょこ揺れた。

222 :
以上ここまで。過去編続き。

223 :
>>161から。本編続きです。

224 :
 なぜ香美と倉庫に閉じ込められたのか? いまとなっては剛太自身よく分からない。確か演劇部員の1人に何かの小道具
をとってくるよう頼まれた? ………………無責任なようだが剛太はただ斗貴子のいろんな姿を見るため仮入部した。活動
じたいにさほど興味はない。よって詳細など知らない。

(あの冴えねー女率いる劇団との勝負に負けたら先輩がパピヨンの格好する……? イイかも。他の部員にゃ悪いけど)

 頼まれごとをした時だって斗貴子──総角と秋水に熱烈な視線を送る秋戸西菜(クライマックス)にゲンナリしていた──
の横顔に見惚れていた。
 このときキャプテンブラボーこと防人が何やら耳元がごにゃごにゃいってる気がしたがよく聞いていなかった。
 間違いの始まりはそこだった。
 そして「倉庫ね倉庫、ハイハイ」といったはいいが何を探せばいいか分からぬコトに気づき踵を返そうとしたら……栴檀2
人がやってきた。で、愚にもつかない丁丁発止を経て目当てのブツを貴信が抱えあげた頃、入口の方で音がした。
 ガラガラ。ガチャリ。剛太は血相を変えた。
 …………最近秋水とそれなりの友誼あるせいか例の早坂家、「外は危ないから出ちゃダメよ?」が真先によぎった。
 施錠、倉庫は外から閉められた。どこかの迂闊な、しかしお節介な生徒がやらかしたのだろう。5cmほどはある鉄の扉を
何度も強くたたき大声でよばうが反応はない。倉庫が校舎裏、冷たく湿った日陰の中にあるのを思い出した剛太はすかさ
ずケータイを出す。不運。充電切れだった。(扉破るか? でも戦士が壊すっつーのもなあ。そもそもモーターギアにそんな
パワーあるか? ねェだろ……) 豊かな髪をくしゃりと撫でながら脱出法を考える剛太にさらなる不運を見舞ったのは他に
誰あろう、香美である。
「いやあああああ! 暗いの、暗いのダメええええええええええええええ!!」
 絹を裂くような、とはまったく良く言ったものだ。頭を抱えまったく惑乱なご様子のネコ少女、振り絞るような叫びをあげる。
ふだん気だるげな瞳が深刻の限界ギリギリまで見開かれすきとおる雫さえ舞い散った。
『ちょ、落ち着くんだ香美、僕がいる!! 僕がついているし中村氏だってそこに…………!!』
「ふにゃああ! なんかあしなぞった!! こわい!! だめだめだめ!! ももももーでる! でる!!!」
 まったく不便な体だと同情したのは、扉めがけ突進する彼女を貴信がムリに止めようとしたせいだ。あわれ複数の指揮系
統を有するその体は、「突っ込む」「止まる」を同時にこなそうとしたせいで、大きくバランスを崩した。しかもホムンクルスの
高出力、人間がこけるというより250ccのバイクが中央分離帯を爆砕するような加速が生まれた。そしてそのまま香美は
両手をばたつかせながら……壁へ。大地を揺るがす衝突音の中ホコリが舞い散り剛太は大きくせき込んだ。
(ん? でもあれだけ勢いよくぶつかりゃ壁に穴ぐらい開くんじゃ)
 開かなかった。どういう訳か壁は無傷……。
(あ? 何でだよ! ホムンクルスの突進浴びてなんで無傷なんだよこの壁!! シルバースキンじゃあるm──…)
 ……。剛太の背中に冷たい汗が流れたのは「シルバースキン」、その言葉に防人衛を思い出したからだ。出立直前かれは
確かに何やらごにゃごにゃいっていた。去来。いまさらのように蘇る言葉。

「あー。倉庫に行くなら気をつけた方がいい。外から鍵かけられると少々マズい」
「あそこはL・X・Eの襲撃の際、あちこち調整体に壊されていてな。まあ要するに」
「修理しがてら強化しておいた。たぶんフェイタルアトラクションでも壊せないぞ」
「まぁでも火事のとき逃げやすいよう窓だけはただのガラスにしておいたし」
「ケータイもあるし大丈夫だろうが念のため、な」

225 :
.
(言ってたぁ……)


 剛太は力なく崩れ落ちる。斗貴子に見惚れていたのはまったく致命的。
 趣味:日曜大工の防人衛の辣腕は向い来る香美を弾き飛ばした。そして後頭部の貴信から意識を奪う。ピンボールのよう
に反対側へ命中したかれは顔面に何tもの衝撃を浴び、喪神。
「ご主人?」
 とはもうもうと立ち込める芥子色の煙の中、ビョコリと座りなおした香美の弁。後頭部に手を当てじつとするコト二呼吸、
ふだんの機敏さがウソのようにそうぅっと左右を見渡した。広がる闇、窓こそあるが総て総て厚ぼったいベニヤで外から
塞がれている。まだ昼ながら真暗なのはそのせいだ。
「…………!」
 か細い息をつきながらそれでも香美が叫ぶのをやめたのは、剛太が、部屋中央にブラ下がるランプに手を伸ばすのを
見たからだ。野性つよき少女といえどそれが照明道具なのは分かるらしく、こわばった表情に一縷の期待が灯った。
「ん? なんだコレ壊れてんのか? 点かねーぞ」
「わあああああ!! 垂れ目ーーーーーーーー!! 垂れ目ええええええええええええええええええええ!!!」
 香美は剛太に飛びついた。か細い肢体ながらいかついアメフト選手のようなタックルだった。おかげで壁にしこたま頭を
ブツけた剛太が、眼球を上めがけグルリと気絶の動きを取りながらなお貴信の二の舞を踏まずに踏んだのは、馬乗りの香
美が
「ダメなのあたし暗いところダメなの、傍にいて傍にいて傍にいて。ご主人気絶しちゃったしあんたしか頼れんお願いお願い!」
 甘い声と涙と鼻水とを飛ばしながらひっきりなしに肩をゆすってきたからだ。
 吹っ飛ばされた余波で剛太は床にあおむけだった。香美は彼の腰をまたぐ姿勢だった。
 銀成学園へ転入して以降学生服をまとっていた彼女だが、この時は従来の軽装。白い二の腕がこぼれおちんばかりの
白いタンクトップ。縁が破れ色褪せたデニムの短パン。そこからブラ下がる鎖のアクセがじゃりじゃりなるたび剛太の眼前
で巨大な白い谷間が迫力ある律動を見せる。同年代の少女──例えばまひろなど──なら恥ずかしげに頬染め秘匿す
べき大きなふくらみは、しかし元来ネコの香美はまるで無頓着。
 日焼けを免れているらしく、服の形に白く染まる鎖骨から中は闇で浮かび上がるほど生白い。それが汗でぬめつき怪しげ
な輝きを放っている。
 斗貴子にしか興味がないとはいえ断種去勢を施されている剛太ではない。想い人とはダンチな早坂桜花の質量を背中
に押し付けられ赤面したのはいつだったか。あのぬくもり。弾力。柔らかさ。それらがどれほど呆気なく平素標榜する片意
地を粉砕するか!! 色香は魔力なのだ。人生を貫く大失敗あるいは不可抗力を呼ぶ化け物なのだ。
 しばし剛太が揺れ動く巨大な乳房に目を奪われたといって斗貴子への不貞になろうか。 いやない。むしろ野生美と貴信
へのコンパチーブルゆえ下着なき双丘が、拍動のすえタンクトップとの挟間に突発的に覗かせた桃色の特異点から、意
思の力で強引に視線を剥がしただけでも豪傑、万雷の喝采を浴び褒められるべき偉業ではないか。

226 :
.
(見てねェ! オレは何も、何m……ひゃっ!!)

 攻勢は止まらない。剛太の頬を生暖かくもザラついた湿気が通り過ぎたのは香美の舌が掠めたからだ。
「だまっとったら余計怖いの……! お願いじゃん、毛づくろいするからなんかいう、話す……」
 いつしかネコ少女はその体をびっとりと剛太につけている。一層身近に迫るぬくもり弾力柔らかさにさしもの剛太も真赤
となる。誕生以来これほど肉薄した女性はいない。さきほど懸命に忘却せんとした光景がいまは薄布一枚向こうで艶めか
しく息づいている。胸板の上でつぶれる膨らみの重さ、何もかも消し飛ばしそうだ。
(いや何でいま舐めた!?)
 突っ込む気力など根底から奪う甘ったるい雰囲気が満ちていく。倉庫の中へ、満ちていく…………。
 香美はもはや切なげに眉根を寄せ泣きそうな表情。しかも震えながら口を開け、恐る恐る剛太の頬を舐める。じゃれつく
というほのぼのしたものではない。あえらかに息を吐き、すぼめた舌を下から上へぐぐぅと這わす。名前通り香しい唾液が
なめくじのように跡を引く。この頃になると当然ながら跳ねのけようとする剛太だが相手は岩のごとく動かない。相手が動物
型ホムンクルス、人間を超越した膂力の持ち主なのだとつくづく痛感する間にも香美の体は艶めかしくくねる。舐めるたび
とろけそうな肢体が剛太に擦れて刺激をもたらす。上半身だけでも大概だが跨ぐ都合上腰もまたビトリと剛太のそこへつき
それが男性的な生理作用を痛いほど惹起する。
 目の前にはしとやかな涙顔。普段とはまるで違う、不安に慄く香美の顔。桃色の霞を瞳に宿し鐶よりも儚げに震える表情
はふだんがふだんだけに余計心を直撃する。
(コイツ、こんなカオもすんのか…………)
 愕然とする剛太だがしかし慌てて首を振る。すると鼻の穴を香美の舌がかすめ史上最大級の疼痛が心臓を直撃した。耳
たぶまでも真赤にしながら抗議というか提案を放てたのはやはり斗貴子への思慕あらばこそだ。
「つ!! つーか暗いのイヤなど窓壊せばいいだろ!! あれただのガラス! 目張りしてある板だってホムンクルスなら
カンタンだろ!! 壊せば明るくなるし外出られる!! それでいいだろ!!」
「……や、やだ!!」
「なんで!?」
「だだだだってガッコーのもん壊すなんてダメじゃん! ご主人そーいってたし、それにそれにそれに怖いからって壊しちゃ
まどとかいたとか可哀想じゃん!! なんも悪さしとらんのにジャマっつって壊したら……」
 香美は涙ぐんだ。
「カワイソ、でしょーが………………」

 どうにかどくよう説得できたのは2分後。どいてもらえたのはそこからさらに6分後……。

227 :
以上ここまで。

228 :
>>スターダストさん(>>216の「めえ?」→「へえ?」で宜しかったでしょうか)
青空の両親が、きっちり改心してしまってるところが痛々しい。無論、それで許されるものでは
ないにせよ。で、剛&香! 暗所恐怖症に無意識の色気、想う人がいる故に誘惑と戦う少年……
堪能しました。しかし斗貴子がこれを知っても、嫉妬なんかはしないであろうことが不憫。

229 :
すごいペースだ……
あ、続き書きます。

230 :
「気を取り直して……」
 狼娘が不敵な笑いを浮かべた。
「お主たち、ここに何をしにきたのだワン?」
「姉貴を取り返しに来たのさ。大人しく捕まれ」
 度胸では栄子も負けてはいない。
 棒きれを構えて、狼娘に対峙する。
「もし、暴れるというなら……」
 栄子の両脇から早苗と鮎美が体を乗り出してきた。
 その手には栄子と同じく、棒きれが握られている。
 そして、栄子たちに囲まれるように、狼娘の肉体が眠り姫よろしく鎮座している。
「――お前の"本体"を叩く!」
 一陣の風が吹いた。気がした。
 栄子たちが目を開けると、そこには狼娘の肉体を抱きかかえた千鶴=狼娘の姿があった。
 高速で移動して肉体を奪還したのだ。
「誰が何を叩くだワン?」
 狼娘は笑みを崩さない。
「この肉体のポテンシャルは素晴らしいの一言だワン。
 お主たちが何をしようとも、わたしの前には、触れることなく消え去るのだワン」

231 :
 狼娘が木の上までジャンプした。
 追いかけようとした栄子たちを目で制す。
「勘違いするなだワン。逃げるわけじゃない。
 この肉体をちょっと置いてくるだけだワン。
 お主たちからは何が飛び出すか分からない。
 ここはきっちり、始末させてもらうだワン」
 千鶴=狼娘は消え去った。
 嵐の前の静寂。
 沈黙を、栄子が破る。
「作戦A(肉体人質作戦)はダメだったな。作戦Bに移ろう」
「えっ、でも……」
 鮎美が心痛そうな声を上げた。
「心配するな、何とかなるさ。
 それに相沢千鶴はわたしの姉貴なんだ」
 千鶴=狼娘が帰ってきた。
 その容姿は見たところ、栄子たち"普通の人間"と変わりない。
 狼娘を助けようとして逆に噛まれた、牙の痕が痛々しいが、長い黒髪の美しい女性である。
 しかしその実際は、鍛え抜かれた歴戦の(その詳細はここでは書かないが)肉体だった。
 対する相沢栄子は、多少運動神経がいいだけの少女にすぎない。
 両者は森の中、すこんと抜けた広間の中心で対峙する。
 相沢たけるが緊張のあまり、腰が抜けそうになって、体勢を立て直す。
 木の葉が踏まれて、ちりっという音がした。

232 :
 そのとき両者が動き出した。
 圧倒的なスピードで距離を詰めるのは千鶴=狼娘だ。
 栄子は木の枝を構え、バットをスイングするように、千鶴=狼娘を迎え撃つ。
 狼娘はジャンプしてよける。
 しかしそれが、栄子の狙いだった。ジャンプしたくなるように横なぎに振ったのだ。
「空中では動きが取れないだろ! 行け!」
 早苗と鮎美が空中めがけて投石する。
 しかし千鶴=狼娘は宙に浮いた状態で、体のひねりを使って石を払いのけた。
 千鶴=狼娘が回転ジャンプをしたアイススケートのような着地をする。
 そしてあろうことか、栄子たちに向かって拍手した。
「見事にわたしの初撃をしのいだワンね」
 その表情は攻撃を防がれたというのに、勝ち誇ったようだ。
「相当わたしの"スピード"を警戒していると見えるだワン。
 よけられない状況を作るのに腐心している。
 警戒も当然だワン。わたしのスピードは――」
「"姉貴の"だ」
 栄子が鋭く言った。
「勝手にお前の手柄にしてんじゃねえ」
 千鶴=狼娘は笑顔を崩さない。
 しかしその裏で何かが変わった。
 そして千鶴=狼娘の姿が消えた。
 栄子が叫ぶ。
「来るぞ!」
 つづく

233 :
 そのマンション襲撃の後始末は他の戦士長の管轄だったから筋からいえば別に防人衛が心痛を覚える必要はなかった
のだけれど、例えば誰かが事後処理の進捗具合──といっても手がかりのなさを再確認するだけの空虚なやりとり──を
囁きあっているのを聞くだけでもう覆面の奥が蒼い哀惜で、だからだから剣持真希士は当惑した。
「燻ってんのさ。奴はずっと」
 橙色の光輝のなか面白くなさそうに呟いたのは火渡赤馬。何かの任務で珍しく同じ班になった彼がこれまた珍しくかつて
の同輩評をさほど親しくもない真希士に漏らしたのは、会話の端緒が、この時まだ新人(ルーキー)に毛が生えた程度の
後輩への文句づけだったからで、それはやがて師匠筋の防人へのダメ出しにスライドした。
「燻ってんのさ。奴はずっと」
 とはつまり日頃抱えているかつての朋輩への他愛もない不満の表れなのだろう。
「アイツは昔、世界の総てを救うヒーローを目指していた。今でこそ与えられた任務のなか最良の結果を出すとか何とか
ぬかしやがってるが本心は違うぜ。あのクソッタレは今でも心のどこかで思ってるんだよ。任務がどうとか条件がどうとか
知ったこっちゃねえ、『総てを救いたい』『努力して何もかも救いたい』……ってな」
 つまり救えなかった命、手の届かない場所で消えてしまった命さえ防人は惜しみ、悲しんでいる。
 火渡の言葉はまるで自らを語っているようで、それゆえ真希士の心に強く残った。
「ヘッ。なのにそれができねーって勝手に決めつけてやがる。奴は一度しくじってんだよ。あ? 違ーよ。テメーが遭った飛行
機事故じゃねェ。島だ。村落がたった一人残して全滅しちまった事件。コツコツ積み上げてきた努力が全く通じなかったってん
で打ちひしがれてんだよ勝手にな。燻ってるっつーのはソコなんだよ。どうにもならねえ不条理に見舞われながらまだ昔の夢、
切り捨てられずにいる癖に、事件前みたく全力で挑むコトもできねえ。なんでかって? 大勢を守り切れず死なせたからだよ。
以前のままいるのが耐えきれねえのさ。贖罪意識だの罪悪感だのでな」

「けど俺にいわせりゃその程度のコトにへこたれて失くすようなー自分(テメエ)で何ができるっつー話だ」
「そうだろーが!」
「世界総てを救うとか吹いときながら島一つで諦めちまったような奴に何ができる!?!」
「いい加減むかしのコトなんざ切り捨てろよ! 下らねえ無力感と一緒によ!!」

 とにかく軽い回想から現生へ帰還した剣持真希士が愕然と硬直したのは、先を歩いていた筈の先輩──鉤爪──の姿が
忽然と消えていたからだ。
(オレ様不覚! 山道ヒマだからってヨソ事考えすぎ!)
 しかしヘコたれない。時は平成、文化繁栄。胸元からスルスル携帯電話を取り出すや速攻で電話。
「すまねえ。あー本当悪い悪い」
 ややイラつき気味な先輩戦士の声にかんらかんらと笑って謝ると方針はすぐさま固まった。
「分かった。集合は予定通り山頂だな。標的──…共同体のアジトがあるっつー。地図? ある! あるから大丈夫だって!」
 そして携帯電話を切り、踵を返した瞬間──…

 筋肉の鎧を纏う巨大な体が何かと衝突した。
.

234 :
.

「あだーーーーー!!!」

 次いで舞い上がった声はとても柔らかく……可愛らしい。

 吹っ飛んでいくのは少女だった。小柄で、タキシード姿でシルクハット、お下げ髪の。

「あ! 悪ぃ!! ……? ?? てか何で女のコ? 山だし平日だし昼だし……」

 目を白黒させるのは相手も同じで、声にならない弁明を漏らしている。

「とゆーか」
 少女の下半身はロバだった。蹄のある四本の足が地面をばたつき何とか立ち上がるころ、剣持真希士の野犬のような
瞳がいっそう鋭くなった。

「ホムンクルスかお前! ブツかったのは攻撃か!!?」
「ぎぃやあああ! そそそそーではありますが人様に害悪なそうという存在ではありませぬ! ぶつかったのも元をただせば
追跡のため、無銘くん追いし追跡モードに気を取られておりましたがゆえの衝突」

 状況が混迷を極め始めたのは、剣持真希士愛用の第三の腕──西洋大剣の武装錬金・アンシャッター=ブラザーフッド。
肩甲骨の辺りから生えるアームが変則的な太刀筋を描く──が金切り声をあげながら小札零を狙い撃った時だ。
『流星群よ! 百撃を裂けえええええええええええ!!』
 茂みの中から、金粉のような形した無数のエネルギー波動が、大ぶりの剣をズガチロと舐め尽し軌道を変えた。大鉈で
捌かれたような不自然な圧力が真希士の右肩を襲う。筋と蝶番が絶叫を上げるなかしかし彼は第三の腕を以て骨をねじ
込む。はたして剣の軌道は当初の予定どおり小札を狙い撃ったが切り裂いたのは陽炎で、気づけば新手が彼女ともども
走り去ってゆく。ガサリという音は頭上からで、先ほど光波をブッぱなした存在が、樹上で猛然、遠ざかる。

「フ。まさか戦士まで来ているとはな」
「あうあうあーー!! 当然といいますかなんといいますか!!」
「追ってくるじゃんアイツ!! どすんのよご主人! 」
『と!! とりあえず追跡は中止! 鳩尾のところにまで来られないよう』

 山頂とは真逆の方向へ駆けだす音楽隊を、剣持真希士が追い始めたのは、もちろん彼らへの勘違いあらばこそだ。
「標的発見! この山にいるとかいう共同体はアイツらだな! 鉤爪さんとの待ち合わせ場所と逆方向行ってんのは好都合
か不都合か分からねーけどとりあえず追うッ!」
 実際のところ真希士の標的はすでに総角たちが殲滅している。もっとも真希士以外の戦士が”そう”だが、彼らにとってホム
ンクルスは見敵必殺、所属素性がどうであれ出逢ったが最後、殺しにかかるほかありえない。

 アンシャッター=ブラザーフッドの特性は筋力増強。ただでさえ鳥型ホムンクルスに走って追いつけるまで鍛え抜かれた
大腿部がさらに異様な膨張を見せる。大型トレーラーのような馬力が生まれ彼は加速の頂点へ達した。

235 :
.
 振り切るのは不可能。音楽隊がやむを得ず攻勢に転じたのは、追跡開始から126秒後──…




「1年……。行方不明だった間……お姉ちゃんに何が起こったのか……なぜお父さんたちをRほど……変わってしまっ
たのか……その辺は……よく……分かりません……」

「確かなのは…………調整体で……ヤギの要素が入ってて……ときどきめえめえいうのと……
「『組織』に……入っていた……ぐらいです」




「そのあたりにしておけ”りばーす”」
「両親Rつもりはなかったんじゃなくて?」
 笑いが、やんだ。青空は歩くのをやめたらしい。
 三つ編みを解放されたおかげで自由になった首を動かす。聞きなれぬ声。それが放たれた方へと。
 まず光の目に入ったのは黒ブレザーの少女だった。先ほどまでパーティの舞台だった机の上であぐらをかき、銃撃で破
壊されたケーキの破片をもぐもぐと食べていた。
「その人の名前は……」
「イオイソゴ=キシャク」
 乱杭じみた皓歯も露に唸りを上げる小型犬に、玉置は多少面くらったようだった。
 いつしか広場の丸太の上に並んで腰かけている玉城と無銘である。後者に至ってはもう何度かポシェットへ無遠慮に手
を突っ込み、ビーフージャーキーを引きずり出していた。
 そんな和やかな雰囲気を崩すほど”イオイソゴ”なる存在は『無銘にとっても』悪辣なのだろうか。疑問を抱きつつ質問する。
「……知りあい、ですか」
「忘れるものか!! 奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人!!! 貴様らの組織の幹部にして忌々しき忍び!」

「ぬ?」
 視線に気付いた少女──イオイソゴは咀嚼をやめ、決まりが悪そうに低い鼻を掻いた。
「おおすまん。こりゃヌシの”けえき”じゃったか?」
 震えながらやっとのコトで頷くと、「転がっておった故つい口をつけてしもうた。許せよ」とその少女は立ち上がった。
 背丈は玉城と同じぐらいかそれ以下。だが雰囲気はいかにもカビ臭い。
「そもそも”りばーす”よ。ヌシはこのまんしょん襲撃に最後まで反対して暴れておったではないか」
「…………」
 青空は息を呑んだようだった。義妹だから分かる。「自分の失敗に気付いた」。そういう反応だ。
「鎮めるためわしらまれふぃっく3人──そこらの共同体なら単騎で潰せる幹部級を3人も出張らせておいてじゃな」
『私の家族にだけには手を出さない……そ、そう約束してくれたわよね。それで私も落ち着いたのよね』
 銃撃。もうすっかり穴だらけの部屋に描かれた新たな文字は心持ち震えているようだった。
 それを認めたイオイソゴ、たっぷり意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ。にも関わらずこの有様」

236 :

 頭を踏み砕かれた死体、首なし死体、そして生首。それを順に目で追うイソイソゴは「ああひどい」「ああむごい」というわ
ざとらしい嘆息をひっきりなしに漏らしてみせた。からかっている。玉城は背筋の凍る思いだった。あれほど荒れ狂い両親
を事もなげに殺した姉を……弄んでいる。事実青空は嘲られるたび青ざめているようだった。
『違うのよ……。Rつもりはなかったの。でも声が小さいって地雷踏まれたから、ついカッとなって』
「ほほう? わざわざ盟主様にまで直訴した挙句が? 冥王星の嬢ちゃんの腕へしおった結果が?」
 ついカッとなって何もかも台無しにしたと? もはやへたり込み体育ずわりで俯く青空に容赦のない詰問が降り注ぐ。
 だが責めている訳ではない。玉城は見た。詰問の最中でもいっこう半笑いをやめぬイオイソゴを。また身震いが起こる。容
姿も背丈も7歳の玉城と変わりないのに、イオイソゴという少女は明らかに子供ではない。ただならぬ雰囲気を纏っている。
詰問はただ相手の弱みを抉って、体よく苛めるためだけにしているのだろう。そう思った。
 ぐうの音も出ない。そんな様子で黙り込んだ青空は抱えた膝に顔を密着させているため、詳しい表情は分からなかったが、
本当ひたすら後悔しているようだった。


 ビーフジャーキーを呑みこんだ無銘は腕組みをしてしばし考えると、呆れたように呟く。
「いや、その反応はおかしい。話から察するに貴様の姉は父と義母を恨んでいるのではなかったのか?」


「本音の一つではあるが全てではない……という奴じゃよ」
 桃色の舌が人差し指のクリームをペロリと舐めとった。もがもがと口を動かし甘味を堪能するコト10秒後、彼女はひどく
しけった口調でやれやれと呟いた。
「色々喚いておったようじゃが、実は完全に憎んでいた訳ではなくての。こやつは激発を孕んでおる割には理知的なのじゃ。
恨みこそあれそれに引きずられるのも宜しくないと悟っておったよ」
 次の言葉を聞いた時、玉城は腕の中の物体を悲しみととともに強く抱きしめた。
「きっかけは”てれび”じゃったかの。それに出たこやつの義母が必死に探している姿を見て幾分感情を和らげたようじゃった」
 不快感がチワワの顔に広がった。
「詭弁だな。現に貴様の姉は義母を殺したではないか。そうしておいて実は殺したくなかっただと? 世迷いごとも大概に
しろ」
「…………私も……同じ事を……聞きました。すると……」

「若いのう。人間という奴はじゃな、常に白黒はっきり分かれておるわけではないよ。憎んでいるが愛している。愛しているが
憎んでいる。そういう不合理で未分化な感情を抱えたまま共に暮らしていく……。それが家族ではないのかの? だからこそ
こやつは家族の助命を嘆願した」
 とここでイオイソゴは玉城に歩み寄り、得意気にクリームの芳香漂う人差し指をビシっと突き出した。
「ヌシの姉はいったじゃろ? やり直そう、また一緒に暮らそうというようなコトを?」
『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
また一緒に暮らしてくれる?』
 玉城は気付いた。先ほど書かれた文字を茫然と眺めているコトに。


「お姉ちゃんは…………お父さんたちと……もう一度暮らしたかった……ようです」
「だが欠点を抉る言葉を吐かれつい逆上し……怒りゆえに薄汚い方の本音を吐き散らかしながら虐殺に至ったと?」
 頷く玉城に三度目の呻き。無銘には理解しがたい。彼にしてみれば、放置された青空は父と義母を憎むのが当然であり
憎むのならすぐさまRべきなのだ。されど話を聞く限りでは確かに青空は一旦同居を提案した。やり直しを提言した。少
年無銘にしてみればそこにこそ罠があるべきなのだが、どうもスッキリとまとまらない。やはり欠如の指摘に「ついカッとなっ
て」やってしまったのだろうか。それにしてはいささか凄惨すぎるが……。

237 :

「とはいえじゃな。感情をどうするコトもできず理想を破壊してしまうというのまた人間らしくはあるじゃろう。そういう齟齬じゃよ。
人をより進化させ、うまい料理を作らせるのは。だからわしは人間という奴が大好きじゃ。何より……旨いしの」
 そういって、すみれ色のポニーテールにかんざしを挿す古風な少女はからからと笑った。


「後で聞いた話ですが…………お姉ちゃんはただ……自分の気持ちを伝えたかった……ようです……。でも伝えるために
は喋るより先に…………手を出す方が……気持ち良くて……確実だから…………どうしても……止まれないらしい……
です」
 しばし無銘は呆気に取られた。口を半開きにしたまま虚ろな瞳をじつと眺め続けた。風が吹き、木々が揺れた。その音を
どこか遠い世界のように感じながらようやく自我を取り戻した無銘は、からからに乾いた口からやっとの思いで感想を述べた。
「なんと厄介な女だ」
「…………ぷっ」
 両腕のないどこかの彫像のような少女に初めて人間じみた変化が訪れたのはこの時だ。不必要な言葉は決してこぼす
まいとばかり閉じられていた唇が綻び、慎ましい忍び笑いを漏らし始めた。
「何だ」
 憮然とした様子のチワワに玉城は染み通るような微笑を向けた。
「実は……私もちょっとそう思ってます。だから……おかしくて……」
(わからん。彼奴の感情が……我には分からん)
 両親を殺した相手を語っているのに、どうして笑えるのか。それが無銘には分からない。
「たった1人の…………家族だから……です」
 玉城は、青い空を見上げた。虚ろな瞳にわずかばかりの光が灯ったとき、無銘の心は青く疼いた。
「チワワさんにとって厄介でも……それが私の…………お姉ちゃん……です」
 彼女は青空を懐かしんでいるようだった。切なげで今にも消えていきそうな少女の横顔に、無銘は言い知れぬ感覚を覚
え、慌てて目を逸らした。
「ま、いまどきの若人風にいえば”れあ”なのじゃよ”りばーす”は。大人しいが長年の鬱屈で限りのない感情を宿してしもう
ておる。”ぐれいずぃんぐ”めが色欲でわしが大食とすればな、りばーすは……とごめんなさい息が切れました」
 へぁへぁとか細い息をつく少女の芳しい口の香りを、しかし無銘は大至急で回避した。具体的には不安定な丸太の上で不安
定な姿勢を取って、落下した。後頭部に灼熱が走り、目から星が出る思いだった。
先ほどから慌ててばかりだと不覚を悔いる少年無銘である。
「大丈夫……ですか?」
「憤怒」
「はい?」
「貴様の姉の罪科だ。七つの大罪とやらにイオイソゴどもを当てはめた場合、貴様の姉は恐らく憤怒に該当する。嫉妬も
近いが話を聞く限り妬みよりも怒りの方が遥かに大きい」
「…………そうです」
「よってじゃな。憤怒を宿しておるが故に、ひとたび激発すると止まらんのじゃ」
「ご老人」
「わしら幹部級、そこらの共同体なら単騎で殲滅できる”まれふぃっく”でも窘めるのに苦労する」
「ご老人?」
「最弱の呼び声高き冥王星の嬢ちゃんとて武装錬金の特性と限りない愛をふる活用すれば負けはない」
「ワタクシを無視しないでくださる?」
「平素は大人しく”さぶましんがん”がなければ鈴虫のように可愛らしく囁かざるを得ん”りばーす”とて『武装錬金の特性』を
使えば、手練れた錬金の戦士10人ばかりを相手にしようとヒケは取らん。かの坂口照星は流石に無理としても、火渡赤馬・
防人衛くらすなれば十分に対抗できよう」
「はいはいそうですわね。われらが盟主様から離反したかつての『月』……総角主税とてひとたび”マシーン”の武装錬金特
性を喰らえば勝ち目はありません。わかりましたからワタクシの話を聞いて下さりませんこと?」


「大口を」
 よっと丸太に後ろ足をひっかけながら鳩尾無銘は毒づいた。
「その者たちのコトなら師父から聞き及び知っている。片や火炎同化。片や絶対防御。かような物を打破できる武装錬金の
特性などあろう筈がない。ましてかの師父が敗れるなどと……!」

238 :
「はあ」
 拳を固めて気焔をあげるに鐶はついていけないようだった。
「とにかく……です。えーと」
 玉城はきゃぴきゃぴと身を揺すらせながらその時のイオイソゴを再現した。
「だがわしらの盟主様は違うぞ! わしのハッピーアイスクリームで全身磁性流体にされようと”りばーす”の武装錬金の
特性を浴びようと、必ず勝つ! 最弱にして最高! いかな武装錬金の特性といえど、盟主様には決して通じんのじゃ」

 そして若いお姉さんが私とイオイソゴさんの間に割って入って来ました……。玉城はそう説明した。

「ご老人? 長話も結構ですけど、そろそろ本題に入るべきじゃなくて」
 イオイソゴに気を取られるあまり見逃していたが、彼女同様テーブルに腰掛けていたらしい。
 薄汚れた白衣とムチをあしらったヘアバンドが印象的なキツネ目の美女が腰をくゆらせながらやってきた。
「ま、戦団のお馬鹿さんたちと一戦交えたいっていうなら止めはしませんわよ。何しろここ戦団のOBが運営してるトコです
もの。一般人の入居者からカネ巻き上げて戦団の運営費に充てていますから、そろそろ戦士がすっ飛んでくる頃かと
 立ちながらも紅茶をすすり左手のコースターに白磁のカップをかちりと当てたのは──…
「やはりグレイズィング=メディックか」
「また……知りあい、ですか」
「我の出産に立ち会った者だ。単純にいえば色狂いの残虐魔。奴めに我の実母は生きながらに腹を裂かれホムンクルス
幼体を埋め込まれた」
「ワタクシとしては別に駆けつけてくるお馬鹿さんたちブチ殺して中途半端に蘇生して! 身動き封じた上で犯して尊厳傷付
けても構いませんけどね! 性別? え? 愛の行為に性別なんて関係ありませんわよ? それはともかく、ふふ。台所に
あるありふれた器具でも拷問はできますから、倒した戦士たちで実演してみましょうか?」
「分かったから向こうでやってくれんかの。お前がでしゃばってくると痛くて気持ちの悪い話題になって困るんじゃが」
 じっとりとした半眼に抗議されたグレイズィングは、しかし一層双眸を輝かせた。
「ヤッていいんですの!? で、でもお仕事中なのよん今は。駄目よダメダメ。職務と性欲はわけなきゃダメなの」
 やがてぶるぶると震え出したグレイズィングは何故か股間の辺りに手をやったり離しながら部屋の外へ出て行った。
 やがて荒い息とか細い叫びが木霊しはじめたが、玉城には何が起こっているかまったくわからなかった。
「ま、とにかく後はこのまんしょんに火を放ち全焼させるだけじゃな。されば戦団へのカネは断たれる。ふぉふぉ。こういう
地味ーな兵糧攻めみたいな行為であれど、積み重ねれば戦団は疲弊する。よってわしらはここを狙ったのじゃ」
「……のですか?」
「ふぉ?」
「ここの人達に……恨みは……なかったん………ですか?」
 玉城は精いっぱい声を震わす。つい今しがた両親を殺されたばかりで混乱の中にいるが、それでも問いかけには抗議
の気分がとても大きい。
 一緒に食事した人もいる。ちょうど1階上には友達が住んでいる。名前は知らないがいつも同じ時間パンジーに水をやる
おじいさんは見ているだけで大好きだった。誰もかれも玉城家の不幸──青空の失踪──を悼み、助けてくれたわけでは
ないけれど、それでも玉城は自分をとりまく環境が、そこにいる人たちが……好きだった。
 ゆえに凛然と張られた声を浴びるイオイソゴは一瞬軽く目を落としたが──…
 すぐさま黒々とした微笑を顔一面に広げた。幼くも愛らしいがだからこそ玉城は怖気に震う。
「ないよ。食糧にさえせん。ただ間接的にとはいえ戦団の運営費を捻出しているが為、かかる目に遭って貰っただけじゃよ」
 からからとした口調には何ら罪悪が見られない。やるべきだからやった。柔らかな声は明らかにそう告げていた。
「なんにせよ潮時かの。盟主様からも事を荒立てるなといわれておる。引くぞ”りばーす”」
『私絶賛ヘコみ中なの。もうちょっと放っておいて……放っておいて(ぐすん』
 膝の前に『描かれた』文字を見た玉城光は心底感心した。姉は体育ずわりで俯いたまま習字コンクールで金賞が取れそう
なほど綺麗な文字をサブマシンガンの弾痕で生産している。

239 :

「と、感心していたら……イオイソゴさんにお腹を殴られて……気絶、しました」
 そうか、とだけ頷いて無銘は別な質問をした。
「さっきから気になっているが、その『リバース』というのは何だ?」
「お姉ちゃんのコードネーム……らしいです。リバース=イングラム。それがお姉ちゃんの……今の名前……です」
「奴らの命名則か。我らが大鎧の部位名を抱くように、奴らは武装錬金の種類を名字に」
「そして目覚めた私は──…」

240 :
以上ここまで。過去編続き。今回から003話。

241 :
>>急襲さん
>「勝手にお前の手柄にしてんじゃねえ」
でも操れるという能力そのものは狼ちゃんの実力なわけですから、手柄でなくもないかなと。
その狼ちゃん、何だか大物っぽい貫録を出してて、ここから先はそうそうドジもしなさそう。
今のところ、前述の「実力」に弱点も無さそうですし、どうやって……原作の主人公が何かする?
>>スターダストさん
凶暴さと、それに反する大人しさや可愛さが一人の中に同居してるってのは、まあありますが。
青空の場合はそんなレベルではなく、両親に対する思いも妹に対する思いも複雑怪奇で、且つ
その「複雑」をとてつもなく巨大な形で表現できてしまえるから……なんというか、タチが悪い。

242 :

「あ、ありがと垂れ目。も、もうダイジョブ。いやそのまだダイジョブじゃないけどダイジョブじゃん」
 たしなめるコト249秒。香美は少し落ち着いてきたらしくいまは体育座り。太ももの後ろで手を組む彼女の横に剛太はい
て複雑な表情だ。
(ああクソ。なんで俺こいつの都合に付き合ってんだろ。ホムンクルスだしそもそも斗貴子先輩じゃないし!)
 戦士である以上ホムンクルスには冷淡であるべきだ。でなければ本分が果たせぬ。武装を行使し殄滅(てんめつ)する守
護者の本分が。さらに香美は斗貴子ではない。心身とも魅力に富み岡倉などは存分に鼻下を伸ばしているが、しかし剛太の
抱える恋慕はそういう系統ではない。存外、精神的箇所から出発タイプなのだ。斗貴子は心の支えだ。それだけでもう女神で
他の追随を許さない。よって香美が対象外なのは言うまでもないが……。
(………………)
 チラリと香美の横顔を見る。後頭部をさすっているのは貴信の安否をみるためか。反応はないらしく不安は消えない。
(コイツさっき……)
 剛太の心がわずかだが香美めがけ揺らぎ始めているのは意外だが斗貴子のせいである。交点。女神を原点とする感傷
や信条が冷淡も選別を熱く溶かしていく。鐶光との戦いで早坂桜花の手を取り校内を疾駆したときもそれがあった。

(泣いてたよな。暗いの怖いって)

 いま、剛太らしくもない激しい感情が体内に満ちていく。「女を泣かせる奴は大嫌い」。メイドカフェでの騒動、最後の
最後に鋭く言い放ったのはもちろんカズキを指してのコトだ。彼は斗貴子を置き去って一人勝手に月へと消えた。
 だから彼女は泣いた。あらゆる繕いを捨て憧憬からかけ離れた場所で。流した。大粒の涙を。
 そのとめどなさを間近で感じたから、月へ向かい無力な怒声を張り上げたから。
(女泣かせる奴は嫌いだ。大嫌いだ)
 ここで戦士の本分がどうこうと言い繕い香美を放置するコトは簡単だ。義理からいえば斗貴子ほど慮ってやる必要もない。
(けど)
 そうすれば香美は泣くだろう。暗い倉庫の片隅でいつ目覚めるとも分からぬ貴信を待ちさめざめと。
(我慢できるか!! やってみろ、俺はあの激甘アタマと一緒になる!!)
 最も腹立たしくそして悲しいのは彼だけ名前を呼ばれたからだ。
 月めがけ飛び立った直後、斗貴子はただただ連呼した。「カズキ……」「カズキ……」。
 ……………………すぐ傍にいる後輩は呼ばなかった。もしこのとき顔を見上げ呼ばわりそして表情で苦しさを訴えてくれ
たら剛太の心痛は致命的敗北感めがけ激増しなかっただろう。カズキを許せぬ感情の何割かは(情けない話かも知れない
が)、そういう圧倒的優位を誇りながら、あっさりと斗貴子を捨てそして泣かせた事実にある。

「…………?」

 香美は鼻をピクリと動かした。そしてしばらく首を振った後視線を落とし……少しだけ強く泣いた。
「あ、ありがと」
 剛太の手が自分のそれに絡まっているのを見た瞬間込み上げたのはもちろん感涙で、以降ベクトルは好転、上へ。

243 :

「…………うるせェ。騒がれちゃメーワクなんだよ。静かにしろ。握手じゃねーからな」
 彼はまったく目を合わそうともしないが香美はまったく気にしない。「〜♪」。楽しげに腕を握ったり揺らしたりだ。
 横目でチラチラ伺うその様子はまったくモチーフ通りで、それがかねてよりの懸案打開のとっかかり、橋頭保になった。
「つーかお前なんで暗がりが怖い訳? ネコだろ?」
 ややぶっきらぼうに話を仕掛けたのは葛藤のせいだ。カズキのようになりたくはないが、しかしそれでもやはり斗貴子では
ないホムンクルスの少女にニコニコ親切ぶりたくもない。
「う??? なにあんた突然?」

 香美は胡乱気に眉をしかめたがすぐ何かに気づいた。
「あ!! 分かった!! あんたカウンセリングやろーとしてるじゃん!」
「あ!?」
 乱雑な声を張り上げたのは図星だからだ。しかし意外。なぜネコにその概念があるのか。
「そりゃああんたあやちゃんとかもりもり(総角)が根掘り葉掘りアーダコーダ聞いてきたからじゃん! でなんであんたらそんなん
聞くじゃんゆうたらさ、聞いてさ、聞いてさ、げーいん突き止めて直すって」
 にも関わらず怯えている。つまり仲間たちでさえ治せなかった訳だ。いかに自分が軽々しく踏み込んだか痛感する剛太とは
裏腹に、香美の表情は明度を増す。野性的な双眸は山吹色の輝きを帯び口は綻び八重歯が覗く。だから、剛太は──…
「あんたもそれしてくれる。手も握ってくれとるし、いい奴じゃん、いい奴!!」
「………………」
「? どーしたじゃん急にボーっとして?」
「し!! 知るか!
 額にコツリと堅い感触が走った瞬間、彼は器用にも座ったまま横ばしりし距離を取る。見た。おでこを当てる香美を。熱でも
測りにきたのだろう。瞬間間近に迫ったネコ少女のカオは剛太をしっかと捉えていて。いちめん無邪気な信頼に暖かく潤んで
いて。だから必要以上に動揺した。
(クソ。どーかしてたぞ俺)
 心臓の弁がやかましい異音を奏でる。極彩色のしこりが痞(つか)えたようであらゆる感覚がそこへ向く。
(コイツがいつも通りになったとき)
(なんでホッとしたんだよ俺。ただうるせェだけなのになんで…………)
 ありていにいえば少年はただドキドキしていた。
 発動するのは斗貴子を除けば桜花がその膨らみを、惜しげもなく押しつけてきたとき以来だ。と描くと剛太の女性観はい
ささか浮ついたものに見えてしまうがしかし違う。絶世の美人たる桜花が誘惑的な盛り上がりを背筋にやってようやく斗貴
子の何気ない仕草に匹敵するのだ。つまり浮つくどころか不動、揺らめかすには相当の女性的力学がいる。
 香美の涙を結果的にだが止めた。たったそれだけの事実に少年は心揺らめかせつつ……喜んだ。
 一瞬去来した機微はつまり友人を持つものなら節目節目で味合うものだ。思いやりが感傷と混じり合い共有を経て陽へ至
る。人間が最も尊ぶ、しかしどこにでも有り触れたプロセス、類似事例などそれこそ鐶戦で桜花と味わい、その弟ともつい最
近メイドカフェで体験したというのに、剛太はまるで割り切れない。相手がホムンクルスというのもあるがそれ以上に見目愛ら
しい少女だから余計。
 だから幾分元気の戻ってきた香美にどこかでホッとしつつそんな自分が許容できない剛太だ。韜晦、いっそう不機嫌にな
るべく努める。なまじ頭だけ回る精神的未熟の少年はときとしてバカげた矛盾や葛藤を自ら作り苦しむのだ。
「あー。なんか怒らせた?」
「別に」
 覗き込む澄んだ瞳から目を逸らす。香美は香美で追及せず、本題へ。

244 :

「だってさだってさ……だってさ、あたしさっき怖いのに……めちゃんこ怖い目に遭わされてさ」
(さっき……? あ、昔ってコトか)
 香美にとって過去は総て『さっき』。いつだったか貴信にそう聞いた。

 やがて語られる彼らの過去は香美を通してだから断片的で多大に類推し辛いものだぅたが。
 どうにか剛太はまとめた。
(つまりアレか。俺たちがもうすぐ戦うレティクルの幹部。『火星』と『月』。そいつらが些細なきっかけで栴檀貴信とコイツを
攫い──…)
 加虐のすえホムンクルスにした。当時まだネコだった香美は幼体となり紆余曲折を経ていまの体へ。

「それでもご主人さ、あたしをさ、辛いのに守ってくれたし、悪いことしたらメッって怒ってくれたしさ、元のままでいてくれた
からさ」
 まったく人の来る気配のない蒼黒い倉庫の中、香美は語る。語り続ける。
「一緒なら暗いのも狭いのも高いのも何とかガマンできる訳。一緒だからさ、助けてくれたコト思い出せて……平気じゃん」

 だがひとたび貴信が意識を失えば。

「……怖いの。ホント、怖いの」
「怖いの思い出すから怖いっつーのもあるけどさ、さっきご主人すごくすごく怖い顔しててさ、ソレ思い出すとこの辺が」
 剛太がまたも香美に不覚を取ったのは、しなやかな動きがあっという間に距離を詰め肉薄したからだ。あっと目をむく
頃にはもう遅い。とても男性(貴信)と体を共有しているとは信じがたい半透明の白い腕が剛太の手を取り
「この辺がきゅーってなって……苦しい」
 タンクトップをまろやかに盛り上げる巨大な弾力に導いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 剛太の脳髄は真っ白になった。斗貴子曰く噛み合えば頼りになる歯車は火花と白煙の中こなごなに吹っ飛ばされあらゆる
言語と運動は消除の憂き目。にも関わらず暖かな柔らかさを受容したのは原生の、男性的な本能が捨てるに惜しいとみな
したからか。混乱は香美がそこに手をやる50秒間たっぷり続いた。
「でもさ。でもいまは垂れ目いるから平気じゃん。ご主人にも早く起きて欲しいけどさ、あんただとなんか安心する」
「なんでだよ。つーかお前なんで俺にばっか構うんだよ?」
「んーーーーーー。わからん!!」
 そういって香美は笑う。からからとした何も考えてなさそうな笑顔は斗貴子とまったく真逆なのにいまは見とれそうで直視で
きない。
「というかいい加減垂れ目っつーのやめろ。な? 俺の名前は中村剛太だっつーの。おかしなあだ名で馴れ馴れしくすんな」
「無理!!」
「即答かよ!!?」
「だってあんたの名前なんか長い。きっとずっと思い出せん!!」

.

245 :

 そのやり取りから1分後、彼らは倉庫から脱出した。
「礼なれば結構である!! 及公常に救いを求められている! 本日この刻限を持ちあらたな救いが1つまた生まれたとい
う輝かしき事実!! それだけでもうお腹いっぱいであらせられるんだから礼はむしろ害毒というかむしろ罵ってくれまいか!!
されば救ったにも関わらず痛恨なるものが心抉ったというコトになり要するに試練! 大衆の持つおぞましさの毒にいかほど
及公耐えられるかというアレになり新たな戦いが今日より始まる! ん!! じゃあアレだ誰も永劫救われん方がかえって
及公の進化あくなき向上のためにいいかも知れんのでもう一度倉庫入ってくだせえや少年少女、オナシャス!!」」
「断る」
 たまたま通りがかったというリヴォルハインに冷えた目でキッパリ告げるころやっと貴信が復帰した。
「あのさ。アイツちょっとお前に依存しすぎじゃね? お前いなくなったら大変だろ」
『ハハハ!! つまりアレだな少年戦士!! 僕に万が一のコトがあったら香美が泣く! それがいやだから来る戦いは
何としても生き残れっていいたい訳だな!!』
「ち!! ちげーっての!! 俺がいいてェのはお前抜きでも静かになるよう躾けろってコト!!」
『フフフ!! 言いだす以上、貴方にも協力すべき責務がある!! つまり僕が寝てるとき支えになるよう親交をだな!!』
「断る!! ホムンクルスなんかとベタベタしてみろ!! 斗貴子先輩に嫌われる!!」
『まぁそれはそれとしてだな!! 僕は昔から香美は素敵なお婿さん貰うべきだと思っている!! ネコ時代からだが人間
形態を得た今でも気持ちは変わらない!!!』
「俺になれとか言ったら殴るぞ? つかお前がなりゃいいだろ。飼い主も亭主も似たようなもんだ」
『い!! いやその発言はどうか!! 世の中の夫婦さんたちを敵に回すぞ慎むべきだ!!! だいたい僕にとって香美
は娘みたいなもんだ!! 懐いてるからどーこうしようってのは嫌だ!! 絶対に嫌だ!!』
「……いま気づいたけどお前」
『何だ!!』
「元の体戻れてもすっげー損するタイプじゃね?」
『いうなそれをオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「あー。薄々気づいてた訳ね」
『分かってる!! トモダチいない僕が唯一心通わせられる香美をお嫁さんに出したら何も残らないなあってのは!!』
「飼い猫の親交うんぬんよりまず自分のコトをどーにかしろよ……」
『あーあー聞こえない!! 聞こえないぞオオオオ!! しかし運が良かったな少年戦士!!』
「あ?」
『こんな誰もこなそうなところにたまたま人が通りかかった!! しかもその人っていうのが部外者、生徒でさえ来るかどーか
怪しいトコに今日たまたま挨拶に来てた劇団の人が来た! ハハ!! どれほどの確立なんだろーな!!』
(確かになんかヘンだな。そもそも俺たち……)
(倉庫の中で静かにしてたぞ? アイツがその、ヘンなコトしやがるもんだから、俺なにも言えなくて固まってたのに)
(迷いなく倉庫開けやがった。突然のコトで気にも留めてなかったけど)
(なんかヘンだ)
 しかし同時に剛太の優れた思考力は矛盾が敵意の証明になりえないのをあっという間に弾き出した。そうではないか。
結果からいえばリヴォルハインは剛太と香美を暗闇から助け出した。仮に閉じ込めた当人だとしても、或いは閉じ込めら
ているのをしばし黙殺していたとしても、助けたという事実に変わりはない。もし閉じ込めらている最中巨大なデメリット
──例えば斗貴子が敵襲を受け傷ついたり──があったら疑念はますます強まるが、されど隔絶されている間、外の
時間はふだん通りに流れている。何も起こっていない。何も害を受けていない。だからこそ剛太は結論を下す。
(考えすぎか? 単に運が良かっただけかもな)
「くしゅん」
 香美は鼻水を飛ばした。
「細菌感染、ベンリすぎですこの上なく」
「彼らもやはりノット社員!! である!! されどされど及公にかかれば所在をつかむなどたやすい!!」
「で、いつもの救いうんぬんですかぁ?」
「そである!! なんか困っているようだったから及公自ら扉を開かれお助けになった!!」
 直接人を害さない傲慢はこの時期ひそかに戦士たちを犯しつつあった。
 そして、パピヨンも──…

246 :
以上ここまで。

247 :
 ──挿話。
 男が2人いた。
 片方はまだ二十歳にも満たない青年で、もう片方は見た目こそ若いが1世紀以上生きている怪物。2人は生まれた時代
も生まれた国家も遠く遠くかけ離れていた。
 けれど2人は示し合わしたように同じ行為を続けていた。どれほどの月日を費やしていただろう。
 広大すぎるため彼方に灰みさえかかって見える潔白な心象世界の中────────────────────

 彼らは扉を叩いていた。青年は鎖の絡まる安っぽい合金の扉を、怪物は褐色の傷がいくつもついた樫の扉を。

 ある者が訊いた。
『なぜ扉をたたくのか?』
 青年は語る。いつか開き1人で世界を歩くためだ。
 怪物は笑う。これは武器でね、世界めがけ衝撃波を叩きこんでる。


 物語とはつまるところ停滞の化生である。
 本作は心ならずも扉の前で滞ってしまった2人が”それ”を抜けるまでを描く。
 その過程こそやがて至るべき終止符の前に横たわる巨大な停滞であり──…挿話。


 まったく違う場所まったく違う時間のなか、叩かれ続けていた2つの扉は流れて流れたその涯で出逢い……1つになる。
 開くまであとわずか。

 扉が開くまで……あとわずか。


◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

.

248 :
 リヴォルハイン=ピエムエスシーズ!!
 彼はやがて神となる。悪魔と蔑(なみ)されながらも神となる!!
 レティクルエレメンツ…………世界を害する組織にいる、しかも土星の幹部たる彼がなぜそう呼ばれるに至るか?
 巨悪を斃したのか? 否。彼は彼の立場のままやがて散華し消滅する!
 ならば絶対勝利をもぎとったのか!? 是。ただし半ばまでだ。半ばまでは否、敗れ去り死を遂げる!
 多くの偉人がそうであるように、彼が脚光を浴びるのは死後しばらくしてからだ。生前残した業績が錬金戦団に認められ
るのは墓標が2度目の冬を迎えるころ。実用化されるのはさらにその8年後。

 リヴォルハインの遺産は救いをもたらす。連綿と続く錬金術の戦い、逃れられぬ宿業に彩られた長い歴史をある意味で
終わらせるのだ。

 救われた者は数多い。ヴィクトリア=パワードはその洗礼を以て『やがて死を遂げる』が……救われる。

 リヴォルハインは多くの人間を犠牲にする。直接手を下したものは少ないが、見殺し、間接的に殺したものは数知れない。
【土星の幹部】
 悪に身をやつし悪として死んでいった彼を悪魔と罵るものもいるが──…
 救われたものにとって彼は神だった。扉が開き停滞を抜けた世界の中、流れ続ける歴史の中で彼だけは……。

 神として、生き続ける。


                 PMSCs 
 リルカズフューネラルは民間軍事会社の武装錬金である。本来は創造者のDNAが付着した者を『社員候補』とする武装
錬金だ。細菌型──体細胞総てが細菌から成る群体型──のリヴォルハインとの相性はバツグン。社員候補は空気感染
により際限なく拡大する。
『社員』の特徴は下記の通り。
○武装錬金が発動可能(ただし擬似的、核鉄を使ったものより精度・威力などグンと劣る)
○その身体能力はホムンクルスと遜色なしッ! (ランクによって強さは決まる。ランクとは? 次参照)
○体内に保有する細菌の数により階級が決まる。部長、課長、平社員……もちろん階級が高いほど強い!!
○階級如何に関わらずリヴォルハイン──社長──には逆らえない! (ある程度の意見は可能。説得も)
○ただ感染するだけではなれない!! 『ある条件』を満たしたものだけがなれる! (このへん普通の会社といっしょ)

 その気になればクライマックス=アーマードの無限増援をも超える『整備された組織……”ならではの恐ろしさ”』を誇る
軍隊的武装錬金だがリヴォルハインの主眼はそこにはない!

 演算能力!! 社員候補の脳、未使用領域を使った分散コンピューティング能力こそリヴォルハイン=ピエムエスシーズ
の真骨頂であり後世神と呼ばれる所以だ。
.

249 :
 一般的には白血病の解析などに用いられる分散コンピューティングを彼がどう使っているのか……この時期はまだ誰も
知らない。この時期は、まだ。
 本来はリバース=イングラム……玉城青空が義妹・鐶光の5倍速老化を治すため導入したリヴォルハインという演算能力。

 限りなく敷衍(ふえん)し増殖しゆく彼は錬金戦団との戦いの前すでに全知全能に至りつつあった。

 密かに潜んだ数多くの社員候補たち。脳髄の未使用領域を使ううち自然と流れ込んでくる感情と知識……。
 つね日頃から何千何万何億とフィードバックされるそれらの集積が限りなくリヴォルハインを巨きくしていく。


 人間だったころ彼は人間というものが分からなくなった。マレフィックの例外に漏れず人間という存在が弱さゆえもたらした
敵意、決して正義が捌けない膏肓(こうこう)にある病が如き敵意! それに深く深く傷つけられた彼はそれでも人間を理解
しようとあがき続けた。

 ヒトの都合総てを理解し、それに合致した『救い』を生みだそう。

 泥を啜る想いで生き抜いた結果かれはリバースに出会う。

 そして人間を捨てたとき、人間総てを理解しうる能力を手にした。
 なんでも手に入る、どんな人間だって理解できる。
 達成感も敗北感も失恋の苦しみも円満家庭の幸福観もわかる。
 死ぬ人間が最後の瞬間なにを考えているのかさえ分かる。

 だからこそ。
 分かれば分かるほど。
 とても空虚な気分になる。
 なぜか?
 それらは結局自分のものではないからだ。
 感動的な映画や逸話を知り「自分も変わろう頑張ろう」、そう決意しながらも翌日にはもう元の怠惰な生活に戻る人間を
『職業柄』何人も何人も知っている。
 どんな激しく素晴らしい感情でも、見聞きするだけではダメなのだ。
 困難を犯してでも内側へ引きずり込む努力をしなくてはならない。
 さまざまな抵抗や苦痛に耐えながら自分の中に呼び込まない限り、冷えた他人ごとなのだ。
 自分を変革したりはしないのだ。
 仲間たちは逆をやっている。自分の中にある様々な感情を他人に叩きつけている。
 他者の内側へ無理やりねじこむ。つまりは力づく。変革を強制している。
 盟主など最たる例だ。心に芽生えた扉を叩くのはそれ越しの衝撃波を期待して。扉から生まれた破壊の波が導火線を
往く火花のように外界に着弾し瓦礫を増やすのを……願っている。
 そして扉がとうとう壊れ下から順にビスケットのようにグズグズ崩れた瞬間あらわれる『外の景色』が瓦礫と黒ずんだ爆撃
痕に彩られているのを望んでいる。メルスティーン=ブレイドは樫に拳固を打ちつける時ただそれだけを願っている。

250 :
 リヴォルハインは思う。「それもどうか」
 仲間たちの原理は結局、「自分が満たされない。だから他者を傷つける」だ。憂さ晴らしなのだ。
 もちろんそれを何万何億と繰り返せば自分好みの世界にはなるだろう。
 だが……救われない。
 暗い熱を噴き、自分がどれほど被害者でどれほど正しいか弁明したところで無駄なのだ。
 彼らをそうせざるを得なくした原因……欠如のようなものは本当の意味で満たされない。
 遠い過去に負った傷。それを治したい治したいと思いながらも傷に触れるコトさえできない無力さや憶病さ。
 それへの苛立ちがあるから他者の些細な部分に怒りを覚え攻撃する。
 八つ当たりに過ぎない馬鹿げたやり方だ。
 もし力づくでどうこうされない、本当の意味で強い人間に出会えば破滅だというのに。
 何をやられても心を変えず最期の最期まで間違いを論いせせら笑う。
 そんな抵抗に出会ったが最後だ。
 自分を苛み続けている”傷”。それを与えられながらもなお挫けず、痛みに耐えながら強く生きる。
 そんな人間の姿は実に雄弁で残酷なのだ。
「誰もがお前のようにはならない」
「何を言おうとお前はお前が傷つけた人間以下だ」
「人間は傷の痛みに勝てるんだ。お前は勝てないままここへ来た。そしてまた勝てなかった」
「もう終わりだ。何億人を傷つけようと、変わらない」
「救われないぞ。馬鹿め」
 無言の敗者がそう伝えたら……傷ついたとき以上のやるせなさに打ちのめされるのだ。勝利の陶酔が吹き飛ぶのだ。
 そんなコトなど思春期のころに分かる筈なのに……
 彼らは傷が痛いと暴れる。傷があるから暴れていいと正当化する。
 リヴォルハインの見るところそれは矛盾である。
 彼らにとって”傷”とはどうやら縋るべき神のような存在らしい。
 傷様。悪道に落ちた自分をお守りください。
 そう言わんばかりの勢いで頑なに守っている。
 実は信仰対象そのものが二進も三進も行かぬ苛立ちと不快感と欲求不満を生んでいるというのに。
 そしてそれを心のどこかで自覚しているのに。
 傷ついたころ願っていた筈の平癒や救済を、今は逆に恐れている
 傷は神で正当性を得るための要件なのだ。失ってしまえば、救われてしまえば──…
 やらかした悪行が重く重くのしかかってくる。長年の苦しみの果て、やっと救われたというのにだ。
 傷の何十倍もの重さを誇る罪悪感。今度はそれに苦しむ日々だ。
 償おうとすればまた傷つく。
 傷つけられた相手がどれほど苛烈な攻撃をするか、そしてその攻撃がどれほど凄まじい傷を生むか。
 熟知しているからこそ償いはできない。
 しかも償うべき相手は無数にいる。

251 :
 たった1つの傷にさえ怖れ戦いていたというのに、それをもたらす人間が今度は無数に控えている。
 皮肉にも救いこそが地獄と悪夢を産むのだ。
 かといって償わないという選択肢も平穏にはなりえない。いつ、誰が、復讐しに来るか。
 そんな恐怖はあるだろうし、救いが復活させた良心とやらはとても罪悪感を忘却できるものではない。
 
 だから、救われない道を選んでいる。償わなくていい立場を守るため、八つ辺りばかり続けている。
 
 かわいそうなマレフィック。
 リヴォルハインはそんな仲間たちさえ救いたいと思っている。
 
 化け物をやめ、人に戻ろう。そして一緒に罪を償おう。
 
 そう呼びかけてはいるが誰も賛同は示さない。
 

 人間時代感じたもどかしさ。どうすればいいか考えるうち彼が出逢ったのは。

 精神世界を媒介する巨大な網に掛かったのは。


 お。まさかいまのオレを捕捉できる奴がいるとはなあ。なんつーかオドロキだぜ。お前ひょっとしてアイツの仲間か? なんで
分かるかって? だってお前の体の材料やったのオレだぜ。匂いでわかんだよ匂いで。そーか。こーいうのに使ったか。ハハ。
昔からアタマ良かったからなアイツ。ん? あーーーー……。ちょっと待ていま何年だ? 2000年代初頭? ああもうこれ
だから古い真空は困るぜ! 前グーゼン体ゲットしたのは33世紀終盤、その前は……ええと。確かツタンカーメンが生きて
るころだったか? 
 うぅ。武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行ともう1人に肉体ぶっ壊されてから光超えた速度で飛びまわってるからなあ。ヘーガイ……無
軌道にタイムスリップしまくってるなあオレ……およよ。
 さっき「むかし」つったけどこの時代だと300年後のコトだな。? そそそ。アイツはそっから来たんだ。で……ほー。戦国
時代に飛んだのか。仕込みはおよそ500年前から、か。さっすが周到だぜアイツ。
しっかしすげえなあ。なんか重力感じるなあって思ってたけどよー。まっさかこんなマジすげえネットワークが構成されてるとわ。
 ん? なにお前ほかの奴んために展開してるのコレ? リバース? 鐶光? そいつらのためだけ使ってる?
 うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーわ!! なになになになになになになになになになに
なになになになにお前それなになになになになになになになにうわメッチャクッチャもったいねェーーーーーーーーーーー!!!
 自信持てって!! これだけのモン持ってたら正直戦争とかカンタンに起こせるぜ! つかオレならそーするッ!! 自分の
能力、お前の感覚の結集だろ!! 自身のために使わずしてどーすんだ!!
 見ろよ!!
 電波濃いぜギンギンだぜ! 1つの時代にとどまりづらいオレだけどさ、でもこーいうのあると道しるべっつーのかな、うん。
割と来やすいかも知れんぜこの時代! あーもうすぐ通り過ぎちまう、一瞬で送れる情報はコレぐらいか。まーとにかくちょく
ちょく通り過ぎるからお話よろしくー。(つか何でおまえオレと交信できるの? すげえな)

 オレの名前はライザウィン=ゼーッ! 人間名は勢号始!

 お前らのいう『マレフィックアース』とはオレであり……オレじゃない!

252 :
 なるほど。お前らがどんな戦いやろうとしてるのかだいたい分かった。……はっはー!! いいぜいいぜ流石アイツだ。
……う、浮気されたのはツレーけど。………………。泣いてるかって? …………。うん。涙はでねーが心で泣いてる。そ、
そりゃあオレの体消えちまったから仕方ないのは分かるぜ? うん、かなりわかる。そのあと何千年ってサイクルで歴史や
りなおしてよー、ずっとずっと1人でさまよってたらなんつーかさあ、人肌? ぬくもりなる感覚求めちまうのも理解できる。ま
だ相手……グレイズィング? そいつがオレ似の……つかオレの外面のモチーフなった人の親族ならしゃーないけど……
 がああああああああああ!! 浮気!! 浮気してんじゃねーぞ馬鹿やろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
 オレは……オレは……!! ユーキューなる時のなかずっとずっとテイソー守ってたのにいいいいいいいい!!
 いつもなんやかんやで失われる肉体だからオトコとカンケー持っても大丈夫だろっていう奴もいるだろ!! でもこーいうのは
感覚!! タマシーの問題だろ! フテーをよしとしてみろ、肉体無くなってもオレの言霊にそれはしみつき同じコトを…………
だから!! だからオレはアイツ似の奴に出逢ってもフッてフッて袖にし続けてきたのに……うっうっ。むかしから手は早い奴
だったけどさあ、でもカタい奴とも信じてた。なのに。なのに。…………わああああああああああああああああああ!

 馬鹿!! 馬鹿!! アイツの……馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああ!!



 この前はワリ。アイツのコトだけで話終わっちまった。交信時間は短い、ムダづかいはできねーな。
 お前が何に迷っているかは分かった。仲間を何人殺そうとしてるのかもな。
 ん? ああ、別に止めはしねーよ。仲間割れ大いに結構! だぜ? だってお前やりゃあやるだけ新しい戦いが生まれる
じゃねーか! ソレいいわ。めっちゃいいぜ。うふふぅ。なんかゾクゾクすっぜー。第一アイツはターゲットじゃないしな。
 ま、ほぼ万能無敵だぜアイツ? 狙われても死ぬわきゃねー。はい? …………の! のろけじゃねーよ! そそそりゃ
あ核鉄やったからヒイキ目ってのはあるだろーけどさ……。アクマで客観的な話、客観的な!! そ! オレは恋愛っつー
戦いにおいても平等で割り切りたいとつねづね……つか話そらすなバカ! 時間少ねーつーのによ!! 

 オレはお前たちの企てにゃ納得してる。ヴィクターと武藤カズキが月にいるタイミングでの蜂起……見事じゃねーか。

 ただ1つだけ注文させろ。なんだいいよーってオレはお前の材料やった……待て。いいのかよ!!? えええええ。お前、
お前、なかなか変わって……時間ない? 分かったよもうさっさという。

 早坂秋水だけはぜったいにRな。斃させるなっつー意味じゃねーぜ。厳密にいえば『盟主にブチ当てるまでは』生かせ。
そっからは戦い次第……手出しさえしなけりゃどー転ぼうが構わね。うん。構わね。

 なぜかって?
 だってお前、バトルつったらやっぱ剣対剣だろ!! しかもアイツらの背景は似てる。ずっとずっと扉叩いてる。そんな連中
が未来ゆきの切符を賭け全力でやりあうっつーのはもう!! すっげタマンネ!! すっげタマンネ!! 見てええ!!!!!
超ぉーーーーーーーーーーーーー見てぇえええええええええええ!!
 そか。了解か。オレがいうのもなんだけどお前ちょっとアホっぽいよな……。でも信頼できそだ。よし!! ついでにもう1コ
言うこと聞け!! 
 見返りは与えるぜ。まずお前らが捜してる『マレフィックアースの器』。オレでありオレでない存在を降ろすその器が誰か
……教えてやるぜ。オレは別の時系列や並行世界に降り立ったコトがある。だから分かるぜ。誰が器に適してるか。
.

253 :
 ヒントは演劇だ。目覚めさせるタイミングはそこしかねー。お前の能力……リルカズフューネラルなら一斉蜂起前に違和感
なく覚醒できる。他んとき、強引に発現させるコトも可能だろーけどさあ、そするとレティクルは困る。だって一度負けてるから
な。蜂起ギリギリまで事は構えたくない。戦士との戦いは避けたい筈……コレが頼みごとその1の見返りな。
 あともう1つは……知識提供だ。リヴォルハイン。お前の願い、『救い』に必要なデータをやる。
 ハッ! 首ふんな!! 迷うなだぜー!! 迷ってんのは分かる!! 壮大すぎる考えだからな! 目先の利得に縛られ
てねーもんだから犠牲は出るッ! そこを恐れている! 犠牲を出しながら達成できねえのを恐れている! 
 要はお前、『昔の二の舞ふみやしねーか』ビビってんだよ!! でもいいじゃねえかやりゃあよ!! 偉人……名言バンス
カ生みまくった連中を見ろだぜ!! 決して人畜無害じゃねー!! その人生にゃ常に戦いの匂いがあるッ! 人の都合
害さなかった奴は1人としていねえ!! ガンジーだろがリンカーンだろが例外じゃねーぜ、奴ら既成利得に群がるブタども
の財布の具合さびしくしやがったからよォ〜〜〜〜〜〜ま! そゆう意味じゃ一種の加害者ッ! しかし勝ってもいるッ!
いいか、大事なのはそこだよーく聞け! 敗北者を生まない概念なんざ意味はねえ! 織田信長は反対勢力ボンボガ
ボンボガ殺しまくったけどよー! だからいいッ!! 道筋ってもんが分かってる! ヌリぃコトほざいて信長貶してる連中
なんざよォーーーッ! 所詮『新しい真空』! 本来高熱であるべき空間をどんどんどんどん冷ましていく! つまらなくする
一方! されど何も生みやがらねえ!
 勝負とはつまり『削ぎ落とす』作業だ。心なり肉なりにへばりついた『新しい真空』を削ぎ落とし原点へ至る行為だ。原初の
熱意に満ちた魂の輝きを掘り起こす行為……。原初にある古い真空。『霊性の輝き』。それを保ち続けるコトができるなら
負けまいと肉体を鍛え精神を高めるコトを『やり切れる』なら……敗北もまたいい。『霊性の輝き』は必ず次に受け継がれ
るだろう。勝利が重要なんじゃねー。さしせまる敗北のなか戦い抜くコトこそ重要だぜ。勝負はそれを生む……だから行う
べきなのだ。やり抜くべきなのだ。。
 アイツ……お前らがウィルと呼ぶ星超新はやり切る敗北者たらんと生きてきた。だから戦いの準備が整った。
 理念を追えだぜ。負けて死ぬ奴など気にすんな。『霊性の輝き』があればその犠牲以上のものを芽吹かせる。なければ
ないで最初から慮るべき存在じゃねーぜ。石くれのよーなもん。道のド真ん中に置いてどう役立つ? 戦いさえおきねー。
 覚悟したよーだな。
 おそらく錬金術史上最高峰の演算能力だが、まだまだ現代的な発想に縛られているフシあるぜ。もっと未来的な発想を
入れろ。オレのいた300年先未来の数学、量子力学、ネットワーク構築論……その他もろもろの知識を全部やる。錬金術
もな。勉強はニガテだけど読者家……だったからな。知識はたっぷり持っている。ゼンブゼンブ、人間が『まっとうな努力で』
地に足つけ進化させた知識! 学術的戦闘の純粋結晶! これほど確かなもんはねー! きっと役立つ筈だ。使え!

 で、オレの方のお願い2つ目は何かっつーとだな。

                                                                 それは──…


 未来を知った瞬間リヴォルハインは確信するッ!! 『救い』!! 自分が何をもたらすべきかを!!

 それはひどく根源的な着想!! 誰もがフと気にかけるがすぐ忘れる絵空事!

 しかし彼は実行しようと試みる! 空! 青さが沁みライザウィンは去った!

 だから剛太と香美を助けたあと向かったのは──…

254 :
.

 買い物!!! 

 駅前にある銀成デパートは今年で創業34年を迎える老舗の店だ。6階建てで最上階のレストランの夜景は絶品。クリス
マスともなれば58ある座席はカップルに尽く埋め尽くされる。(確実に座りたい人は夏の終わりとともに予約する)。
 その3階……暮らしと住まいのフロアを歩く少年少女は鳩尾無銘と鐶光。
 さまざまな商品の陳列された棚を抜け、いまはエスカレーターの傍。地図が掛った柱の根元には植木鉢があり緑鮮やか
巨大な観葉植物の葉が3枚、ニョキリニョキリと伸びている。
 小兵ながらに眼光を光らせる前者は今は銀成学園指定の学ラン姿で、しかし披膊(ひはく)なる肩当てをしている。三国志
のコスプレだろうか? すれ違う人々は怪訝な視線を送る。鳩尾無銘が歯噛みしながら肩をいからせノッシノッシと歩いてい
るのは訝しい眼差しに怒ったわけではなく……
「だから! なぜ貴様は迷うのだ!!!」
「ごめん……なさい」
 同伴者……つまり鐶のせいである。例によって方向音痴を発揮ししばらくはぐれていたらしい。ちなみにシルバースキンの
裏返し(リバース)を解かれて久しい彼女はやはりというか、銀成学園の制服を纏っている。クリーム色のゴシックな衣装に赤
い三つ編みはよく映える。ネクタイの前でぴょこぴょこ跳ねるリボン付きの毛先もまた愛らしい。なにか言いたげに振り返った
無銘はそれに一瞬見とれかけたがすぐさまわざとらしく咳払いをし
「だ、だから我について来いといっただろ!」
 怒鳴った。顔はやや赤黒い。対する鐶──愛用のバンダナはしていない。ポシェットの中へ──は小首を傾げた。
「だって……無銘くん……袖つままれるの…………嫌だって……」
「できるかァ!! 子供じゃあるまいし!!」
「年齢的には…………そう、では…………?」
 ウグと言葉に詰まった無銘へさらに追撃。
「ちなみに…………いまは私が…………年上……です。お姉さん……です。うふふ。うふふふ」
 鐶は笑った。笑ったというが双眸はいつも通りノーハイライトだ。明度を極限まで落としたスターサファイアの瞳は声ほど
笑っておらずだから無銘は震撼した。
(ええい!! 衣装だの背景に使うダンボールだのが足らんというから買出しに来たがなぜにこやつと!!)


 銀成学園を起つとき、その辺のコトは十分総角に訴えたのだが。

「じゃああのお嬢さんと行くか?」

 総角の後ろで絶対零度の笑顔を浮かべるヴィクトリアを見た瞬間、妥協した。鐶の方が比較的安全だった。
「なのに……なのに……くそぅ!! また勝手に迷うし! 靴買ってやったのに相変わらず裸足だし!!」
「アレは…………宝物……です。大事に大事に……仕舞ってます」
 その一言につい口をつぐんでしまう無銘だ。買ったものがそうまで厚遇されていると嬉しいやら恥ずかしいやらで胸のあた
りがムズムズする。イラつくような袖ぐらいつまませてもいいようなフクザツな気持ちになってしまう。

255 :
.
「あ……もしよかったら……1日弟……しませんか……」
「断る!」
「ちなみに……お父さんとお母さんは……弟ができる前に……殺られました……。お姉ちゃんに……殺られました……」
「貴っ様ぁ!! そーいうコトをココで言うか!!? 言われて断ったら我がなんか残酷無常の人物みたくなるではないか!!?」
「忍者だから……いいのでは?」
「いやいやそうだが!! それ以前に我は人間で……!!」
 あたふたと弁明していた無銘は一瞬瞳孔をカツと見開き……そして吠えた。
「からかったな!! 性分を見抜いた上でイジワルぬかしたな!!」
「うふふ……。そうです…………。そうなのです………………」
 反射的に殴りかかる無銘を鐶はスルリと抜ける。そして愛用の卵型ポシェットはね上げつつ”たたら”踏む少年を振り返り
微笑した。
「当たりません、よ? 戦闘能力で勝てるわけない……です。悔しかったら……捕まえて……下さい。うふふ……」
 そして少し早足で歩きだす。放置すれば本当どこ行くか分からない少女だから無銘の動揺はなはだしい。
「待てェ!!」
「待ちません……よーだ…………です」
 鐶光は浮かれていた。大好きな鳩尾無銘と2人きりで買い物できるこの状況に浮かれていた。
 大好きな少年が追ってくる。夕暮れの浜辺じゃないがとてもとても幸福な瞬間で。

 だから彼女はおぞましい事象が本当にすぐ近くで『自分を見ている』コトに気づかなかった。


『あぁ。恋する光ちゃんもステキ……』
「へへ。さすが青っちの妹さん。勝るとも劣らぬ可愛さ!」

 柱の陰から出てきたのは美男美女。男の方は20代後半。人好きのする笑顔のウルフカット。細長く絞られた体に纏うの
は虹の書かれた黒い半袖シャツにチノパンというそっけなさだが不思議と華がある。
『褒めてくれるのはうれしいけど違うわよブレイク君ッ!! 光ちゃんの方が私めより何倍も何倍も可愛いんだから!!』

 ブレイク君と呼ばれた青年につきつけられたのはスケッチブック。書き取り帳に薄く灰色で印字された手本がそのまま
貼り付けられたかと思うほど綺麗な文字が踊っている。
 描いたのは笑顔。笑顔としか形容ができないにこやかな少女。年のころは18か19か。乳白色のショートカットはふわふ
わとウェーブがかかりまるでお姫様な気品だ。着衣は水色のサマーセーターにジーンズとこれまたブレイク同様無個性だ
が極めて大きな特徴がある。

(嗚呼……おっぱい)

 爽やかな笑顔でブレイクは凝視する。スケッチブックの向こうでセーターが大きく大きく隆起している。華奢な少女で
ウェストのくびれなど物凄いものがあるが反面胸部ときたら……もう。
「なんつーか青っちマジ天使す! いつもいつも思っているけど可愛いっす!!」
『光ちゃんはもっとなのよ!! ステーキ皿で頭殴ると、か細く鳴くの。そのこらえてる感じが健気で健気で……!!!』

256 :
.
 見た目も筆跡もひどく美しい少女だが内面は明らかに破綻している。

 それがリバース=イングラム。玉城青空という……鐶の義姉。
 彼女は『かつて瞳が虚ろになるまで監禁した』最愛の義妹に気づかれぬよう、やおら立ち上がり拳を固めた。
『さあ光ちゃん追跡大作戦よ!! レッツトライ!! レッツらゴオオオオオオオオオオ!!!!』
「にしっ。戦い始まるまで表立って逢えませんからねえ。陰から観察と行きましょうか」
 ぴょこぴょこ揺れるアホ毛を愛おしく眺める灰色の瞳が次に捉えたのは……無銘。

(俺っちも興味ありますよー。お師匠さんの義理の息子で……青っちの妹さんの恋人たるきゅーび君。その……枠にね)
 その感情の動きはやがて衝突する『宿業』を感じた故か。


 ここにも2人の男がいる。
 1人は姉を愛し。
 1人は妹を愛した。
 兄弟の如く近しい立場の彼らが対立するのは──…

257 :
以上ここまで。

258 :
>>スターダストさん
いやぁ、相っっ変わらず剛太の斗貴子観は複雑で奥深く、それでいてガッチリと筋が通ってて、
何より好青年ならぬ好少年そのもので、実に良い! 流石は「武装錬金」の中で私が一番感動し、
涙まで浮かべさせられた漢です。嵐の前の静けさならぬ嵐の前の賑やかさ、堪能しましたっ。

259 :
 イカ娘は一人、川でサンダルの足を冷やしていた。
「このサンダルもこの間、早苗にもらったものだったでゲソね……。
 わたしはこれからどうなるのでゲソか?」
 今のイカ娘は一人言が多い。
 一人だからだ。
「来たときは騒がしかったのに、静かでゲソね」
 イカ娘はサンダルの足でバタバタと水をかいた。
 と、それに混じって、石を踏んだようなジャリっという音がした。
「誰でゲソ!」
 弾かれたように振りかえったイカ娘の前に、見覚えのある黒い影があった。
「磯崎……」
 磯崎辰雄は水着姿で、その肩には狼娘のもう一方の牙が刺さっている。
「何故でゲソ!」
 イカ娘が叫び、触手を構えた。
 同時に磯崎がイカ娘に襲いかかる。
「何故わたしを攻撃する? わたしは敵じゃないでゲソ!」
 磯崎がワンピースの襟をつかむ。
 悟郎ほどではないが、鍛えられた肉体は、イカ娘の体を簡単に持ち上げた。
「いそざ……狼娘!」
 そのとき、何かがぶつかるような衝撃が走った。
 磯崎=狼娘がイカ娘を離し、暗い瞳で一方を見ている。
 イカ娘もそちらの方角を見た。
「お……お主は、田辺梢!」
 梢はイカ娘に微笑んで見せると、丸い帽子の下から触手(そう、触手だ)を繰り出し、またたく間に磯崎=狼娘を片づけてしまった。
「オート操作か、動きが鈍いわね」
「た、タコ娘ェ」
 目に涙を浮かべて駆け寄ってくるイカ娘に向かって、田辺梢は静かな笑みを浮かべた。
「あなたは一人じゃない」

260 :
 二人は昼にバーベキューをした広場に、並んで腰かけた。
 もう空は藍色になっていて、遠くには虫の声が聞こえる。
 のどかな景色だ。今、ここだけは。
「どうしてこんなところに来たのでゲソ?」
 イカ娘が聞いた。
「それはスロットで当たったから」
「……あの女、そこらじゅうにチケットをバラまいてるでゲソね。
 でも、会えてよかったでゲソ」
 梢はイカ娘の顔を覗き込んだ。
「前に合ったときと比べて、少し変わったわね。
 でもまだ、心の中に、分裂してしまっている部分がある。
 侵略者のあなたと、相沢家のあなたに」
「分裂――その通りでゲソね……」
 イカ娘は暗い空を見上げた。
「侵略者としてのわたしは、狼娘の味方でゲソ。
 あやつの目的は否定できないでゲソ。
 でも、相沢家の一員としてのわたしは……、
 寂しいでゲソ。今、とても」
 胸のつかえが取れたような感触があり、イカ娘の目に涙がにじんだ。
 梢はイカ娘から視線を外さない。
 その瞳は優しいけれども、込められた力は強く、逃れられない。
「誰にだってそういうジレンマはあるものだと思う。
 ひょっとしたら、時間が解決してくれるのかもしれない。
 ただ、あなたは、今。
 選ばなければならない」

261 :
「今、でゲソか? なぜ?」
「それは戦いがもう始まっているから。
 すぐに終わるわ。狼娘ちゃんの勝ちで、ね」
 イカ娘は気圧されたように沈黙した。
「そこで」
 梢が右手を目の前にかざした。
 その手には大きなカギが握られている。
「磯崎さんが乗っていた護送車のカギをちょうだいしておいたわ。
 これに乗って栄子さんたちを助けにいくこともできるし、
 このまま帰ることもできる。
 運転はわたしがするわ。
 あなたのいきたいところに連れて行ってあげる。
 ただ、決めるのはあなたよ」
「わたしが……」

262 :
 イカ娘の脳裏に、走馬灯のように、みんなの顔が浮かんだ。
 栄子、たける、千鶴、清美、悟郎、早苗、渚、シンディー、鮎美。
 そこに倒れている磯崎や海の家の経営でここには来ていない「南風」のおっさん。
 侵略部の面々に今も研究所で何か作っているであろう三バカ科学者。
 悟郎の母やりさちゃん、ショウちゃんといったチョイ役まで、余すところなく浮かんできた。
 そして最後に、狼娘の姿も。
 水を掛け合って遊んだあのときの姿だ。
 栄子たちが遠巻きに見ている。その表情は楽しそうだ。
 あんな時間が訪れることは、もうない。
 そのことは残念だが、イカ娘はどちらかを選ばなければならなかった。
「わたしは……」
 つづく

263 :
続きます。
梢は原作ではタコ娘だと明言されていない感じなのですが、この作品ではタコ娘だという前提で行きます。

264 :
「そのあたりにしておけ”りばーす”」
「両親Rつもりはなかったんじゃなくて?」
 笑いが、やんだ。青空は歩くのをやめたらしい。
 三つ編みを解放されたおかげで自由になった首を動かす。聞きなれぬ声。それが放たれた方へと。
 まず光の目に入ったのは黒ブレザーの少女だった。先ほどまでパーティの舞台だった机の上であぐらをかき、銃撃で破
壊されたケーキの破片をもぐもぐと食べていた。
「その人の名前は……」
「イオイソゴ=キシャク」
 乱杭じみた皓歯も露に唸りを上げる小型犬に、玉置は多少面くらったようだった。
 いつしか広場の丸太の上に並んで腰かけている玉城と無銘である。後者に至ってはもう何度かポシェットへ無遠慮に手
を突っ込み、ビーフージャーキーを引きずり出していた。
 そんな和やかな雰囲気を崩すほど”イオイソゴ”なる存在は『無銘にとっても』悪辣なのだろうか。疑問を抱きつつ質問する。
「……知りあい、ですか」
「忘れるものか!! 奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人!!! 貴様らの組織の幹部にして忌々しき忍び!」
「ぬ?」
 視線に気付いた少女──イオイソゴは咀嚼をやめ、決まりが悪そうに低い鼻を掻いた。
「おおすまん。こりゃヌシの”けえき”じゃったか?」
 震えながらやっとのコトで頷くと、「転がっておった故つい口をつけてしもうた。許せよ」とその少女は立ち上がった。
 背丈は玉城と同じぐらいかそれ以下。だが雰囲気はいかにもカビ臭い。
「そもそも”りばーす”よ。ヌシはこのまんしょん襲撃に最後まで反対して暴れておったではないか」
「…………」
 青空は息を呑んだようだった。義妹だから分かる。「自分の失敗に気付いた」。そういう反応だ。
「鎮めるためわしらまれふぃっく3人──そこらの共同体なら単騎で潰せる幹部級を3人も出張らせておいてじゃな」
『私の家族にだけには手を出さない……そ、そう約束してくれたわよね。それで私も落ち着いたのよね』
 銃撃。もうすっかり穴だらけの部屋に描かれた新たな文字は心持ち震えているようだった。
 それを認めたイオイソゴ、たっぷり意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ。にも関わらずこの有様」
 頭を踏み砕かれた死体、首なし死体、そして生首。それを順に目で追うイソイソゴは「ああひどい」「ああむごい」というわ
ざとらしい嘆息をひっきりなしに漏らしてみせた。からかっている。玉城は背筋の凍る思いだった。あれほど荒れ狂い両親
を事もなげに殺した姉を……弄んでいる。事実青空は嘲られるたび青ざめているようだった。
『違うのよ……。Rつもりはなかったの。でも声が小さいって地雷踏まれたから、ついカッとなって』
「ほほう? わざわざ盟主様にまで直訴した挙句が? 冥王星の嬢ちゃんの腕へしおった結果が?」
 ついカッとなって何もかも台無しにしたと? もはやへたり込み体育ずわりで俯く青空に容赦のない詰問が降り注ぐ。
 だが責めている訳ではない。玉城は見た。詰問の最中でもいっこう半笑いをやめぬイオイソゴを。また身震いが起こる。容
姿も背丈も7歳の玉城と変わりないのに、イオイソゴという少女は明らかに子供ではない、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
詰問はただ相手の弱みを抉って、体よく苛めるためだけにしているのだろう。そう思った。
 ぐうの音も出ない。そんな様子で黙り込んだ青空は抱えた膝に顔を密着させているため、詳しい表情は分からなかったが、
本当ひたすら後悔しているようだった。
 ビーフジャーキーを呑みこんだ無銘は腕組みをしてしばし考えると、呆れたように呟いた。
「いや、その反応はおかしい。話から察するに貴様の姉は父と義母を恨んでいるのではなかったのか?」
「本音の一つではあるが全てではない……という奴じゃよ」
 桃色の舌が人差し指のクリームをペロリと舐めとった。もがもがと口を動かし甘味を堪能するコト10秒後、彼女はひどく
しけった口調でやれやれと呟いた。
「色々喚いておったようじゃが、実は完全に憎んでいた訳ではなくての。こやつは激発を孕んでおる割には理知的なのじゃ。
恨みこそあれそれに引きずられるのも宜しくないと悟っておったよ」
 次の言葉を聞いた時、玉城は腕の中の物体を悲しみととともに強く抱きしめた。
「きっかけは”てれび”じゃったかの。それに出たこやつの義母が必死に探している姿を見て幾分感情を和らげたようじゃった」

265 :
 不快感がチワワの顔に広がった。
「詭弁だな。現に貴様の姉は義母を殺したではないか。そうしておいて実は殺したくなかっただと? 世迷いごとも大概に
しろ」
「…………私も……同じ事を……聞きました。すると……」
「若いのう。人間という奴はじゃな、常に白黒はっきり分かれておるわけではないよ。憎んでいるが愛している。愛しているが
憎んでいる。そういう不合理で未分化な感情を抱えたまま共に暮らしていく……。それが家族ではないのかの? だからこそ
こやつは敢えて家族の助命を嘆願した」
 とここでイオイソゴは玉城に歩み寄り、得意気にクリームの芳香漂う人差し指をビシっと突き出した。
「ヌシの姉はいったじゃろ? やり直そう、また一緒に暮らそうというようなコトを?」
『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
また一緒に暮らしてくれる?』
 玉城は気付いた。先ほど書かれた文字を茫然と眺めているコトに。
「お姉ちゃんは…………お父さんたちと……もう一度暮らしたかった……ようです」
「だが欠点を抉る言葉を吐かれつい逆上し……怒りゆえに薄汚い方の本音を吐き散らかしながら虐殺に至ったと?」
 頷く玉城に三度目の呻き。無銘には理解しがたい。彼にしてみれば、放置された青空は父と義母を憎むのが当然であり
憎むのならすぐさまRべきなのだ。されど話を聞く限りでは確かに青空は一旦同居を提案した。やり直しを提言した。少
年無銘にしてみればそこにこそ罠があるべきなのだが、どうもスッキリとまとまらない。やはり欠如の指摘に「ついカッとなっ
て」やってしまったのだろうか。それにしてはいささか凄惨すぎるが……。
「とはいえじゃな。感情をどうするコトもできず理想を破壊してしまうというのまた人間らしくはあるじゃろう。そういう齟齬じゃよ。
人をより進化させ、うまい料理を作らせるのは。だからわしは人間という奴が大好きじゃ。何より……旨いしの」
 そういって、すみれ色のポニーテールにかんざしを挿した古風な少女はからからと笑った。
「後で聞いた話ですが…………お姉ちゃんはただ……自分の気持ちを伝えたかった……ようです……。でも伝えるために
は喋るより先に…………手を出す方が……気持ち良くて……確実だから…………どうしても……止まれないらしい……
です」
 しばし無銘は呆気に取られた。口を半開きにしたまま虚ろな瞳をじつと眺め続けた。風が吹き、木々が揺れた。その音を
どこか遠い世界のように感じながらようやく自我を取り戻した無銘は、からからに乾いた口からやっとの思いで感想を述べた。
「なんと厄介な女だ」
「…………ぷっ」
 両腕のないどこかの彫像のような少女に初めて人間じみた変化が訪れたのはこの時だ。不必要な言葉は決してこぼす
まいとばかり閉じられていた唇が綻び、慎ましい忍び笑いを漏らし始めた。
「何だ」
 憮然とした様子のチワワに玉城は染み通るような微笑を向けた。
「実は……私もちょっとそう思ってます。だから……おかしくて……」
(わからん。彼奴の感情が……我には分からん)
 両親を殺した相手を語っているのに、どうして笑えるのか。それが無銘には分からない。
「たった1人の…………家族だから……です」
 玉城は、青い空を見上げた。すると虚ろな瞳にわずかばかりの光が灯った。
「チワワさんにとって厄介でも……それが私の…………お姉ちゃん……です」
 彼女は青空を懐かしんでいるようだった。切なげで今にも消えていきそうな少女の横顔に、無銘は言い知れぬ感覚を覚
え、慌てて目を逸らした。
「ま、いまどきの若人風にいえば”れあ”なのじゃよ”りばーす”は。大人しいが長年の鬱屈で限りのない感情を宿してしもう
ておる。”ぐれいずぃんぐ”めが色欲でわしが大食とすればな、りばーすは……とごめんなさい息が切れました」
 へぁへぁとか細い息をつく少女の芳しい口の香りを、しかし無銘は大至急で回避した。具体的には不安定な丸太の上で不安
定な姿勢を取って、落下した。後頭部に灼熱が走り、目から星が出る思いだった。
先ほどから慌ててばかりだと不覚を悔いる少年無銘である。
「大丈夫……ですか?」
「憤怒」
「はい?」
「貴様の姉の罪科だ。七つの大罪とやらにイオイソゴどもを当てはめた場合、貴様の姉は恐らく憤怒に該当する。嫉妬も
近いが話を聞く限り妬みよりも怒りの方が遥かに大きい」
「…………そうです」
,

266 :
「よってじゃな。憤怒を宿しておるが故に、ひとたび激発すると止まらんのじゃ」
「ご老人」
「わしら幹部級、そこらの共同体なら単騎で殲滅できる”まれふぃっく”でも窘めるのに苦労する」
「ご老人?」
「最弱の呼び声高き冥王星の嬢ちゃんとて武装錬金の特性と限りない愛をふる活用すれば負けはない」
「ワタクシを無視しないでくださる?」
「平素は大人しく”さぶましんがん”がなければ鈴虫のように可愛らしく囁かざるを得ん”りばーす”とて『武装錬金の特性』を
使えば、手練れた錬金の戦士10人ばかりを相手にしようとヒケは取らん。かの坂口照星は流石に無理としても、火渡赤馬・
防人衛くらすなれば十分に対抗できよう」
「はいはいそうですわね。われらが盟主様から離反したかつての『月』……総角主税とてひとたび”マシーン”の武装錬金特
性を喰らえば勝ち目はありません。わかりましたからワタクシの話を聞いて下さりませんこと?」
「大口を」
 よっと丸太に後ろ足をひっかけながら鳩尾無銘は毒づいた。
「その者たちのコトなら師父から聞き及び知っている。片や火炎同化。片や絶対防御。かような物を打破できる武装錬金の
特性などあろう筈がない。ましてかの師父が敗れるなどと……!」
「はあ」
 拳を固めて気焔をあげるに鐶はついていけないようだった。
「とにかく……です。えーと」
 玉城はきゃぴきゃぴと身を揺すらせながらその時のイオイソゴを再現した。
「だがわしらの盟主様は違うぞ! わしのハッピーアイスクリームで全身磁性流体にされようと”りばーす”の武装錬金の
特性を浴びようと、必ず勝つ! 最弱にして最高! いかな武装錬金の特性といえど、盟主様には決して通じんのじゃ」
 そして若いお姉さんが私とイオイソゴさんの間に割って入って来ました……。玉城はそう説明した。
「ご老人? 長話も結構ですけど、そろそろ本題に入るべきじゃなくて」
 イオイソゴに気を取られるあまり見逃していたが、彼女同様テーブルに腰掛けていたらしい。
 薄汚れた白衣とムチをあしらったヘアバンドが印象的なキツネ目の美女が腰をくゆらせながらやってきた。
「ま、戦団のお馬鹿さんたちと一戦交えたいっていうなら止めはしませんわよ。何しろここ戦団のOBが運営してるトコです
もの。一般人の入居者からカネ巻き上げて戦団の運営費に充てていますから、そろそろ戦士がすっ飛んでくる頃かと
 立ちながらも紅茶をすすり左手のコースターに白磁のカップをかちりと当てたのは──…
「やはりグレイズィング=メディックか」
「また……知りあい、ですか」
「我の出産に立ち会った者だ。単純にいえば色狂いの残虐魔。奴めに我の実母は生きながらに腹を裂かれホムンクルス
幼体を埋め込まれた」
「ワタクシとしては別に駆けつけてくるお馬鹿さんたちブチ殺して中途半端に蘇生して! 身動き封じた上で犯して尊厳傷付
けても構いませんけどね! 性別? え? 愛の行為に性別なんて関係ありませんわよ? それはともかく、ふふ。台所に
あるありふれた器具でも拷問はできますから、倒した戦士たちで実演してみましょうか?」
「分かったから向こうでやってくれんかの。お前がでしゃばってくると痛くて気持ちの悪い話題になって困るんじゃが」
 じっとりとした半眼に抗議されたグレイズィングは、しかし一層双眸を輝かせた。
「ヤッていいんですの!? で、でもお仕事中なのよん今は。駄目よダメダメ。職務と性欲はわけなきゃダメなの」
 やがてぶるぶると震え出したグレイズィングは何故か股間の辺りに手をやったり離しながら部屋の外へ出て行った。
 やがて荒い息とか細い叫びが木霊しはじめたが、玉城には何が起こっているかまったくわからなかった。
「ま、とにかく後はこのまんしょんに火を放ち全焼させるだけじゃな。されば戦団へのカネは断たれる。ふぉふぉ。こういう
地味ーな兵糧攻めみたいな行為であれど、積み重ねれば戦団は疲弊する。よってわしらはここを狙ったのじゃ」
「……のですか?」
「ふぉ?」
「ここの人達に……恨みは……なかったん………ですか?」
 黒々とした愛らしい微笑が幼い顔いっぱいに広がった。
「ないよ。食糧にさえせん。ただ間接的にとはいえ戦団の運営費を捻出しているが為、かかる目に遭って貰っただけじゃよ」
 からからとした口調には何ら罪悪が見られない。やるべきだからやった。柔らかな声は明らかにそう告げていた。
「なんにせよ潮時かの。盟主様からも事を荒立てるなといわれておる。引くぞ”りばーす”」

267 :
『私絶賛ヘコみ中なの。もうちょっと放っておいて……放っておいて(ぐすん』
 膝の前に『描かれた』文字を見た玉城光は心底感心した。姉は体育ずわりで俯いたまま習字コンクールで金賞が取れそう
なほど綺麗な文字をサブマシンガンの弾痕で生産している。
「と、感心していたら……イオイソゴさんにお腹を殴られて……気絶、しました」
 そうか、とだけ頷いて無銘は別な質問をした。
「さっきから気になっているが、その『リバース』というのは何だ?」
「お姉ちゃんのコードネーム……らしいです。リバース=イングラム。それがお姉ちゃんの……今の名前……です」
「奴らの命名則か。我らが大鎧の部位名を抱くように、奴らは武装錬金の種類を名字に」
「そして目覚めた私は──…」

268 :
以上ここまで。今回から過去編第003話。

269 :
建てた。
【2次】漫画SS総合スレへようこそpart73【創作】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1352954853/

270 :
あー。前回投下してましたねコレ。次スレに続きいきます。

271 :2013/02/10
あげん
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