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2011年10月1期軍事三式戦闘機飛燕&五式戦闘機 18
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三式戦闘機飛燕&五式戦闘機 18
- 1 :11/11/05 〜 最終レス :11/12/17
- 1 :名無し三等兵:2011/06/19(日) 09:24:12.85 ID:???
第二次世界大戦日本唯一の液冷戦闘機として活躍が期待された機体だが思うように活躍できず。
空冷エンジンに換装された悲劇の戦闘機について語れ。
(荒らしやスレ違いの話題、および煽るだけの発言はお断り)
【前スレ】
三式戦闘機飛燕&五式戦闘機 17
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1304318560/
- 2 :
- 五式戦闘機は、飛燕改!!
- 3 :
- アレ?陸軍機スレにころもがえしたんじゃなくて?
- 4 :
- 飛燕・五式戦ファンが集うスレです。飛燕改は三式戦2型ですね。
- 5 :
- ピヨレミルスキにも劣ってるU改…
イタリアの三羽烏にも…
なんで最初から金星エンジンで設計しなかった。。。
- 6 :
- >>5
航空本部に言え
- 7 :
- 三式戦はエンジンさえまともなら相応に通用したよ。
ニューギニアでもP39やP47にも善戦している。
要するにハ40の発動機故障が三式戦の評価を下げている。
- 8 :
- 正直駄作機だと思う
- 9 :
- 傑作ではないが駄作でもないと思う
- 10 :
- エンジンは置いとくとしよう。
機体の工数かかりすぎダメ
- 11 :
- 役たたず
- 12 :
- 五式戦は?
- 13 :
- 傑作でもないが駄作でもないと思う
- 14 :
- 問題のほとんどがエンジンで機体そのものはそんなに量産しにくい機体ではないよ?
DB601Aaって選択が間違ってると思う。航空本部はスペック厨だったんだろうね。
- 15 :
- 学研「疾風」に掲載されていた「機体加工時間調査集括表」より機体総加工時間を抜粋
・零戦五二型:min 10,798時間、max 22,769時間(製造会社=中島飛行機)
・一式戦U型:min 15,300時間、max 25,500時間(製造会社=中島飛行機)
・三式戦T型:min 18,000時間、max 60,000時間(製造会社=川崎航空機)
・99式双軽U:min 22,000時間、max 30,000時間(製造会社=川崎航空機)
発動機の加工時間は除外した値
- 16 :
- >>15
なんで零戦のデータが三菱じゃなくて量産しやすく改良してた中島なんだ…
- 17 :
- >>16
三菱のデータは載ってなかったから。
- 18 :
- 中島は流れ作業を完成させてたから、
同一の機体でも製造速度は中規模の川崎よりも速いんじゃないかねぇ
- 19 :
- なので、同じ川崎で製造された99式双軽を例に挙げた
- 20 :
- 惨式鮮、誤式鮮、っていうのを近頃見ないな。
- 21 :
- 機体の時間だけど、五式みたいに戦争末期の機体と戦争前期に作られた機体を比べたらおかしいかも。
戦争末期は、部品製造が遅滞の上に素人の女子供が作っているから、機体製造現場でナットとかパーツをヤスリやトンカチで再加工。
本来なら規格落ちするようなパーツで素人の女子供が無理矢理組み立てしている。
そんな状態の中で、その製造時間は早いと思うけど…
- 22 :
- 大戦初期と後期の生産力は単純比較するのは難しいんだよなぁ
旋盤の刃物なんか輸入物が底をついて、強引に砥石で研いで使えるようにして生産を続けてた
熟練工も重用され、ロクに経験も無い女子供がNCでも無い機械をブン回してた
ヤスリ掛け職人が過労で倒れて、80過ぎの爺ちゃんまで引っ張り出してた
でも初期と後期では明らかに後期の方が生産力は高い
- 23 :
- >>21
>15の値は、昭和19年2月の日本航空工業会のデータだって。
同時期での各機体の実績を集計したのじゃないかな。
三式戦や五式戦は、薄板&多量鋲打ちと手間の掛かる機体構成で、
その点では零戦とか一式戦と同類なので、高い生産性も望めないのかも。
- 24 :
- よく勘違いされているんだけど、メーカにパーツ供給される優先度が、かなり片寄っていた。
日本が短中長期の複合的に考えず、その場凌ぎで何か性能が良いみたいだから優先的作ってしまえのノリ。
今の日本も伝統受け継いで、その場のノリで政治。
零式は神話があったのと、最期は特攻に使うことで優先度高く効率的な製造が可能だった。
空襲や地震も特攻兵器優先度など色々重なったこともあるけど日本の製造能力の限界も加味する必要があるから単純に時間だけでけでデータとすることが難しい。
- 25 :
- 同じメーカーの双発機と大差無い加工時間
- 26 :
- >>25
比べるところが違うよ。
五式が放置されていた時間、大量生産なってから出てきた時間とか、データとして参考にならない要素が多すぎる。
工学や工業などに詳しい人が設計図を基に机上論で算出してくれると、目安になるかもね。
- 27 :
- >>26
他の機種も同じ状況と仮定した比較対比の机上論の意味です
- 28 :
- 五式戦の機体は三式戦をベース
下手の考え休むに似たり
- 29 :
- 上昇も旋回もFw190(A5)の方が上である、これで格闘戦をやったら疾風が負けるだろう。
前に疾風はムスタングとまずまず互角に戦ったと書いたが、逆に言えば、やや分が悪かったということである。
しかし、五式戦ならムスタングと十分に戦えた。
これは、日本に来たムスタングがあまり高高度を飛ばず五式戦のレンジで戦ったということもあろうが、
数字だけを見れば五式戦は、最高速度では三式戦に劣り、疾風にももちろん劣るのである。
結局ものをいったのは上昇力であった。
空戦では上昇力、旋回中の余剰馬力というものがきいてくる。この点でもFw190は一級品だった。
それにしても、Fw190の操縦性能は魅力的であった。
by荒蒔
- 30 :
- でも欧州戦線だとFw190AはP51に太刀打ちできてないんだよなぁ
ま、それ以前に既に腕利きのパイロットを失ってたと言う事もあるとは思うが
Fw190Aと似たり寄ったりの性能を出してる二単もP51相手だと分が悪いし・・・
- 31 :
- 五式戦、零戦や隼パイロットからも評価されてるね
>土方敏夫氏「海軍予備学生 零戦空戦記」に、
>土方氏所属の二〇三空戦闘三〇三が展開していた鹿児島基地に昭和20年6月頃燃料補給のため五式戦が到着したおり、
>同隊の蔵田修大尉(海兵70期:昭和20年6月時点で飛行時間733時間)が試乗したさいの記述があります。
>
>「蔵田分隊長が五式戦に乗り、飛んでみることになった。みんなの見る中で、蔵田分隊長は離陸し、
> 上空でスタントをやり、いろいろテストをして帰ってきての感想は、頑丈で上昇性能も突っ込み加速も勝れた
> 良い戦闘機だとのことであった。」
>檜大尉の五式戦感想
>「福生(の審査部)では、六十四戦隊で上官だった坂井少佐と黒江保彦少佐が待っていた。(中略)
> 着陸速度だけを聞いて搭乗、発進に移る。離陸速度は速く、小気味よく上昇する。
> 「非常に楽な飛行機だ」が、大尉の第一印象だった。操作になれてくると、五式戦を
> まるで分身のように自在に機動させられるのが分かってきた。
> 彼には三式戦の経験がない。したがって、液冷エンジンの故障多発と上昇力不足に泣いた
> 操縦者たちが、この空冷機に乗り替えてその差に驚喜したのとは異なり、
> 当初からある一個の完成機として高い評価を与えたのだ。運動性はいいし、突っ込みも利く。
> 速度は一式戦二型より一割以上速い。「これならやれる」。」
- 32 :
- もうひとつ、隼乗り
>航士54期 竹村ショウ二中尉の場合。
>初撃墜は昭和17年1月、54戦隊、九七戦にて長沙上空でのSB爆撃機の単独撃墜。
>その後63戦隊、隼の2型前期型で北千島、2型後期型で昭和19年2月にウェワク。
>P38HやP47Dと戦う。撃墜2機・撃破1機を記録。
>その後ホランディア、マニラをへて12月下旬明野教導飛行師団。教官を担当。
>
>「 防空すなわち高々度来襲のB29邀撃は教官・助教が担当し、乗機は「隼」3型と
> 4式戦(「疾風」とは呼ばず)が用いられた。初回は4式戦で上がった竹村大尉だが、
> 高度9000メートルでアップアップ。ちょっと機を傾けると1000メートルほども
> 滑り落ちてしまう。そこで4式戦は中高度用と決めて、以後はもっぱら「隼」に搭乗した。
> 重量と速度が増えた3型は、2型よりもいくらか重戦的な操舵感覚があった。
> しかし4式戦に比べれば翼面荷重は3分の2にすぎず、エンジンが健全な出力を維持できれば、
> 高度1万500メートルでも舵がきき、5機編隊の飛行が可能だった。
> (略)
> 終戦時は千葉県松戸飛行場で、飛行第18戦隊の飛行隊長として、敵の本土上陸時に
> 全滅する覚悟で待機。配備の5式戦闘機はさすがに武装も上昇力もすばらしく、
> 「隼」3型より格上と認め得たが、とにかく出現時期が遅すぎた。」
- 33 :
- 上昇力が良いというのがわからん
- 34 :
- : 比島決戦直前(昭和19年4月〜10月)の、
: 陸軍航空輸送部による内地〜台湾/比島間補給機「空輸時の落伍率」
:
: 小型機
: 一式戦 4%
: 三式戦 13%
: 四式戦 20%
: 九九襲 7%
:
: 中型機
: 二式複戦 9.5%
: 九九双軽 5%
: 百偵 6.5%
: 双発高練 6%
:
: 大型機
: 九七重 4%
: 百重 16%
:
: 落伍率とは大破、行方不明、故障に依る長期残置機等の全空輸機に対する比率とす
イメージだけで言えば、飛燕の落伍率が疾風を上回りそうなものだが…
この時の飛燕は、悪評高き川崎水冷エンジンの機体だけに、感慨深いものがある。
- 35 :
- : 檮原中佐の赴任先の常陸教導飛行隊では、中隊長の真崎康郎大尉と、同じく小松豊久大尉が、
: 新着の五式戦と四式戦の性能比較を実施していた。
: 二人はともに航士五十四期、
: 真崎大尉は飛行第四十七戦隊で、小松大尉は二百四十四戦隊で中隊長を務めており、
: 腕は互格と見ていい。
: 結果は、真崎大尉の言葉をかりれば「文句なく五式戦が上」だった。
: 両大尉が交互に乗って比べたところ、
: 高位戦(優位戦)なら自在に攻撃をかけられ、
: 低位(劣位)からでも二〜三回の上昇で五式戦が四式戦を迎えこむ。
: 突っこみだけは四式戦が速いが、上昇や旋回性能は五式戦がずっと優れていた。
常陸教導飛行隊の誉エンジンですら、額面割れしてるんだろうな…
- 36 :
- 20年7月の琵琶湖上空の空戦で五式戦、結構ヘルキャット落としてるね。
五式戦ならヘルキャットに対しても有利なのかな。
- 37 :
- 引き分けだけどな
- 38 :
- のりゃ普段は逃げ回るだけのに反撃くらって面食らったんだろ。
日本側の撃墜記録はF6F,10機だけど米側損失は5機だよ。
244じゃ胴体銃でペラ飛ばした例もあるし、五式戦の稼働率が三式戦から
劇的に向上したって言うのは神話だ。
- 39 :
- >>38
>五式戦の稼働率が三式戦から
>劇的に向上したって言うのは神話だ。
工場被爆でエンジンの部品補充が無くなったんだよな。学研本で大塚さんが書いてた。
- 40 :
- >>39
そうだよ
7月頃の可動率は三式戦以下
- 41 :
- 部品が無くなって動かせなくなるのはある意味当たり前であって、設計上の欠陥や故障や整備困難のため動かせないのとは一緒にできないのでは。
- 42 :
- 1945.5.20現在の 航空総軍飛行機保有状況 によれば
戦闘分科所属機については野戦部隊、防空部隊あわせて
一式戦 411
二式戦 325
二式複戦 430
三式戦 312
四式戦 555
五式戦 58
キ102 7
キ109 5
合計 2103
一応、同条件での機種別「甲」の割合。
一式戦 40%
二式戦 57%
二式複戦 60%
三式戦 37%
四式戦 42%
五式戦 72%
キ102 14%
キ109 80%
- 43 :
- 両二式が意外と頑張ってるなぁ
- 44 :
- 244戦隊の小林少佐が五式戦にありては絶対不敗と発言したが本当に五式戦
はそれほど良かったのだろうか。580km 6000mまで6分半の
凡庸な機体がなぜそこまで評価されたんだろうか?戦時中の7不思議だな。
- 45 :
- >>44
それ、かませ犬戦闘機のコルセアに対してだから
- 46 :
- コルセアか・・・ヘルキャットやムスタングに対してはどうだったの
五式戦。ある程度互角に戦えたの。
- 47 :
- 日本側でP51に大勝したとかいっていた戦闘は
五式の大敗だった
- 48 :
- 時代遅れのやっつけ戦闘機だろ
- 49 :
- 本土防空戦でほぼ確実なP-51の撃墜記録があるのは零戦と雷電と五式戦
あと紫電が、可能性あり
- 50 :
- 雷電のいつのが確実な撃墜記録だよ。
- 51 :
- 302空の坪井大尉と赤松中尉が雷電でP51落としたのは
いつだったかな・・・
- 52 :
- 五式戦は結局、ほかにいい機体がなかったため、やむ終えず完成した機体。
本来であればキ87かキ94Uが五式戦となるべき機体だった。
- 53 :
- >>51
それ知識が古すぎ・・
かつてはそう言われていたが、今は零戦だって確定してる。
- 54 :
- 低空で地上掃射してるP-51ならどの機体でも落とせるだろ
- 55 :
- >>54
馬鹿じゃねーの
- 56 :
- いろいろ意見はあるがまとめると
結局紫電改が戦闘機最糞という事で落ち着きそうだな
- 57 :
- >>53
君、赤松がF6Fを墜とした件と勘違いしてないか。
- 58 :
- >>55
自己紹介乙w
- 59 :
- >>57
まだそんな事いってるんだ・・・
- 60 :
- 義足のエース桧与平さんはムスタング、五式戦で落としてるな。
赤松さんは零戦でムスタング落としてる。腕さえあれば、終戦間際
でも零戦や五式戦が通用するってことだな。
- 61 :
- >>60
義足のエースとか義手でB29落とした超人レベルのやつは論外w
平均的パイロットがのってどの程度やれるかで話せw
- 62 :
- 熟練搭乗員をあらかた損耗してしまった戦争後半では、ほとんど上記のような
奇跡は起きないが、武藤金義や岩本徹三クラスの搭乗員であれば、零戦でも
ヘルキャットやムスタングに対応できた。おれの爺さんの弟は零戦で本土防空
を戦ったが、相手に後ろにつけられたときは機体をすべらせて軸線をずらせば
いくらうたれても、落とされないといっていた(3年前に他界)。
また一度、下方に避退するとみせかけると結構グラマンなどはのってきて
格闘戦に持ち込むことができ、後方につくこともできると言っていた。
撃墜数は5-6機だった。また帰り際のグラマンは燃料きれをビビッていて攻撃を
しかけると、空戦を避け下方に避退するため撃墜できたと言っていた。
零戦の話で恐縮するが。
- 63 :
- >>53
零戦で落としたのはF6Fだろ。
馬鹿か。
- 64 :
- >>46
五式戦、F6F相手には引き分けている
- 65 :
- >>53
?
- 66 :
- このスレ?で、3式戦装備のころの244戦隊が隼欲しがってたと聞いたけどまじ?
- 67 :
- 三式戦は馬力不足で使えない判定が現地で出てる
- 68 :
- そういえば虎徹もP51落していなかったけ?
- 69 :
- 相手が気付いて居なくてのんびり飛んでいたら
お前等でも落とせるよ
- 70 :
- >>69
中高度以上なら巡航速度でも零戦の最高速度に近いんだぞ?
- 71 :
- >>70
零戦でB29を落とすくらいだからどうってこと無いでしょう。
ムスタングの機銃は正面しか向かないもの。
- 72 :
- 食いつくのも面倒臭い釣り針
- 73 :
- 70
さすがにダイブで突っ込んでこられたらとてもじゃないけど巡航速度からじゃ追いつけないよ。
- 74 :
- >>70
P-51の巡航速度が500Km以上って新説だな
- 75 :
- 巡航速度って絶対的な数字がある訳じゃない。
極端に言えば運用上、この速度で飛ぶことにして置こうってのが巡航速度。
443km/hがよく出てる数字だけど、580km/hってのもたまに見かける。
- 76 :
- >>75
巡航速度って一番効率良く飛べる速度だろ
- 77 :
- >>76
民間機と異なり軍用機の場合
@航続距離maxでの速度
A常用最大出力使用の速度
B1と2の間の任意の速度
のどれになるかは、各々の軍隊の考え方次第で変わる。
- 78 :
- 取説に記されたP-51Dの巡航速度の抜粋
飛行重量:9600〜8000LBS、外部装備:ウィングラックのみ
高度05,000ft:@340mph、A320mph、B305mph、C280mph、D240mph
高度10,000ft:@360mph、A345mph、B325mph、C300mph、D260mph
高度15,000ft:@385mph、A370mph、B350mph、C325mph、D290mph
高度20,000ft:@390mph、A------、B370mph、C345mph、D315mph
凡例:
@常用最大のモード
A燃費4.1mile/GAL付近のモード
B燃費4.6mile/GAL付近のモード
C燃費5.1mile/GAL付近のモード
D航続距離maxのモード
- 79 :
- 三式線の2型って謎の多い機体だな。審査部の2型は高空性能が一型と
段違いに優れ、速度、降下性能も申し分なかった。もし2型が大量生産
されれ戦力されたら三式戦の評価も変わっていたかもしれんな、
- 80 :
- 五式に生産移行後の三式戦2型の生産が細々と続き、99機管制した
ということは三式戦2型の性能を捨て切れなかったということだと
思う。審査部の荒蒔、坂井両少佐の評価も極めて高かった。
- 81 :
- 審査部の凄腕空中勤務者・地上整備員での話は例外。
大量生産したら1型と変わらないだろ。
- 82 :
- 陸軍戦闘機では比較的高高度性能に優れるキ61-IIは
まだしも実用可能な高高度戦闘機という位置づけ
中低高度はキ84とキ100、高高度はキ61-IIという分担になっていて
細々ながらもキ61-IIの生産が続けられた理由もそこにある
その枠の代替機がキ100-II
なので中間冷却器もない簡易排気タービンであまり高性能を狙わず高高度性能を確保した
I型と較べると8000メートル以上でII型はI型を上回り、役割分担上はそれでよかった
- 83 :
- 三式戦2型は圧縮圧を高めメタノール噴射で馬力アップしたわけだが
DB605のように排気量アップという考えはなかったのだろうか?
もしDB605の入手が可能だったら三式戦2型は大成功していた
だろう。
- 84 :
- 昭和17年の時点で、雷電性向型(ハ211換装)/中島単発性向型(ハ145換装)/キ61性向型(DB605改換装)を比較し、
雷電性向型を最上位と評価したのが、陸軍航空技研が記した航技報第2442号「重戦研究計画」の結論です。
- 85 :
- >>83
内径を150mm→154mmにアップしたハ240は、2台試作されたが空襲で失った
http://www.wwiiaircraftperformance.org/japan/ATIG-Report-39.pdf
- 86 :
- 891 :名無し三等兵:2011/07/31(日) 01:37:49.47 ID:???
>>887
ところが・・・
昭和17.9の時点で、総合的には以下の判断。
DB605は日本製空冷発動機に較べ出力不足、
予圧高度低いため高速発揮に不利、の理由で採用する理由なし。
DB603についても出力こそ2000馬力を見込めるが
やはり予圧高度低く日本製空冷発動機に較べ採用する理由なし。
さらに、かりに予圧高度を向上させたDB603改搭載キ61性向(表面冷却)を
想定したとしても液冷機は空冷機に較べて最高速で有利な面があるが
全備重量が800-1000kg増大するため操縦性、運動性が空冷機にはるかに劣る、
このため推進機関廻りの重量低減により一層の努力が必要と判定されている。
ここで比較対象になっている日本製空冷発動機とはハ145とハ211。
この航技研の研究を見ると、DB系発動機を以てしても
日本の環境では液冷機には伸びしろがないと言っているも同然。
まあ、それだけにキ61が終戦まで生産された事情というのは興味深いものがある。
- 87 :
- 56 : 名無し三等兵 : 2010/10/17(日) 04:01:32
ハ240は、計画概要が昭和17年11月に定められた様ですね。
一方、>41で触れた航技報第2442号は昭和17年9月です。
つまり>41前段で触れた試算検討段階では、ハ240の概念が無かった事になります。
>41前段で触れたのDB605改の検討があって、その後ハ240の計画が立上った形になっています。
- 88 :
- なんだかよくわからんが結論は
・DBはもういらん
・ハ240があれば三式戦2型は大成功していただろう
ということかな
- 89 :
- >>88
ハ240搭載型は3型になる
- 90 :
- ハ240の3型か。
いいね。機体は後期型の水滴風防型になっただろうね。
見た目も和製ムスタングといったところかな。
- 91 :
- イタリアじゃあDB605搭載の5シリーズが大幅な性能向上したのにな
。情報が入らなかったのかな。DB605の高性能についての。
- 92 :
- >>91
その情報入手してライセンス生産検討始めても、やはり時間切れになると思う。
- 93 :
- その前にハ-140を実用化してくれ
- 94 :
- DB605を性能向上と言うのはどうかな
ハ140は正常進化(マーリンの進化と同じ方向性)だけど高望みしすきだ
- 95 :
- DB605は発展の余地があった。メッサーのG10やK4に積んだDB605DCM
なんかは1800馬力以上たたき出している。マウザー砲の潜水艦輸送
と同様にDB605をなんとか輸入できなかったのか。
- 96 :
- 潜水艦のハッチから入れられません><
- 97 :
- サイズや重さが違うから、運べたとしても数を確保できない。
- 98 :
- >>86によればDB605には早々に駄目出ししてるようだが
- 99 :
- インド洋や大西洋にアメ機動部隊なんて居ないんだから
2軍艦艇で護衛した船団組んで堂々と洋上を
ドイツと行き来すればよかったんじゃないか
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