2011年10月1期戦国時代もし関ヶ原で家康が討ち死したら? TOP カテ一覧 スレ一覧 削除依頼
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関ヶ原の時、上杉が上方にいたなら
信長・家康では九州平定は無理だろ


もし関ヶ原で家康が討ち死したら?


1 :10/05/20 〜 最終レス :11/09/20
関ヶ原の戦い。
小早川軍の裏切りにより勝利を収めた徳川東軍
西軍各将は戦場を離脱し、残る葉薩摩島津のみ
全軍を挙げて最後の仕上げをするつもりだった家康だったが
窮鼠猫をかむ。追い詰められた島津が鋒矢の陣で徳川本陣に突っ込む
その結果、島津軍1000は悉く討ち死に。しかし敵将家康を道連れにしたのだ!
西軍は壊滅した後だし
さりとて家康討ち死にでは東軍も瓦解?
大坂城にいる毛利輝元、戦場を離れた秀元や吉川の動向は?
三成は無事、佐和山まで辿り着けるか?
九州制覇に動く如水や清正は?
最上を駆逐した上杉の次の標的は関東か?聖地越後奪還か?伊達討伐か?
なんかすごい展開が読めないんだけど、戦に勝ったはずの東軍が一気に窮地に追い詰められるっぽくない?

2 :
何を言っているのだお┐ (´ω`) ┌
家康は関ヶ原で甲斐の六郎に討ち取られているお( ^ω^)
関ヶ原以降は世良田二郎三郎と忠勝正信らで徳川家を運営していたのだお
つまり史実通りの結果だお( ^ω^)

3 :
結局戦国時代に逆戻りするだけだな。

4 :
どんなにころんでも西軍が家康を討ち取る事など不可能

5 :
佐竹が関東に攻め入るか傍観するかでかなり流れが変るよな
伊達に関して言えば間違いなく北へ攻め入り東北制覇に乗り出すだろうな

6 :
家康を失った東軍でも、まずは佐和山城を落としにかかるだろうな
ただ、徳川軍だけは秀忠の合流を待って進退が鈍りそう
輝元は期待できないけど
立花たちは、そんな浮き足だった東軍を叩きそう

7 :
>>1
小早川が東軍に襲いかかる方が現実味があるがな。

8 :
俄然、僻地の大大名にチャンスが廻ってくるな
伊達、上杉、佐竹、真田、前田、黒田、加藤、島津
逆に言えば中央で争って大名たちは気が気でないってところか

9 :
>>5
家中の藩論が二つに分かれている佐竹はどうせ動かないだろうし
佐竹だけで関東に入るのは無理、徳川は無人ではなく充分な兵力があるのだから
伊達は反上杉として行動するから西軍にはなりえない

10 :
人質時代と三方原と関ヶ原と大坂の陣で
家康は4回、中の人が交代している

11 :
>>9
伊達は最上を積極的に救援しなかった事でも判るように、反上杉じゃなくて自分の利益を考えて行動する。
おそらく北上するだろう。上杉は最上を降したら越後かな。佐竹は動かない気がする。

12 :
佐竹は父親の義重が家康贔屓だったから史実では動かなかったけど
家康が死んだとなると、リアクションも変るかも知れない
その大きな理由として、やはり伊達の動向
伊達は間違いなく北上して東北制圧に乗り出すだろうし
その後はまた佐竹領に攻め込むことは予想できる
ならば、考えられるのは
伊達が東北に軍を動かしている内に伊達領に攻め込む(結果的に上杉と結ぶことになる)
もしくは関東に攻め込み自分たちも勢力を拡大させる
つまり佐竹は、伊達が勢力拡大に動き出す以上
どっちにしても西軍よりの行動を起こすこととなるわけだね

13 :
どのみち引いて足場を固め直すんだろうが秀康と秀忠のどっちが継ぐんだ?

14 :
>>12
佐竹が伊達領に攻め込むのは遠すぎる。間に岩城氏、相馬氏が居るのに。上杉領である白河辺り
ならともかく。むしろ関東でしょう。西か南か判らんけど。

15 :
伊達が野心的な行動に出れば相馬など弱小にしてみれば、もっと危機感をもつはずだから
佐竹と共同して伊達に対抗しようとすると思うよ。
佐竹が関東に進出すれば面白い展開になると思うが、まずは伊達に対しての牽制が先だろうな。
上杉は越後かな。
越後内で起こさせた一揆をそのままにしとくわけにも行かないし旧領奪回だろうな。
前田はどうするかな?史実では会津に軍を展開する予定だったけど
家康死亡だとその行動が様子見なものに変る可能性大だな

16 :
前田は利長と利政で両バリしてる時点で日和る気満々じゃん。
越前で丹羽に痛撃食らってるし、精々周りの領土を荒らすぐらいが関の山でしょ。
伊達は野心は満々だけど自分が表に立って犠牲を払ってまでは行動に出ない。
南部領で一揆を煽動したみたいに周りにちょっかいかけて領土の火事場泥棒を優先しそうだ。
上杉とは、最上が防波堤になってる間はちょっかい出すけど、自分の方に向かってきたらさっさと和睦しそう。
だけど上杉が越後を向いてる間に後ろからグダグダとちょっかい出すだろうな。
で他の東北大名はそんな伊達が不気味だから動くに動けない状況では。
佐竹は佐竹で父子、主君と武将でバラバラで伊達上杉結城に囲まれてる状況では
こっちも積極的に何かしそうには見えないな。結局東北はずっとグダグダのままだと思う。

17 :
>>11
伊達の一番の狙いは旧領回復だから
結果反上杉だろう
そのために息のかかった地侍など用意していたんだし

18 :
旧領と言えば、宇都宮の蒲生も会津復帰を狙っていたのだおね( ^ω^)
佐竹も葦名盛重を先陣にしているように、会津奪還の野心があったはずだお( ^ω^)
最上は上杉に攻められているから上杉が引けば当然反撃してくるお( ^ω^)
伊達は隙があれば何処でも攻めるお( ^ω^)
つまり会津は草苅場に( ^ω^)チーン

19 :
家康存命中の史実でも、
伊達は上杉に対して戦意がなく無関係な南部領にチャチャ入れてる時点で
その家康が死んだと知った後のリアクションは想像に難くないよね
野心剥き出しに南部領に侵攻するだろうし
その為に邪魔されたくない上杉とは真っ先に和睦同盟結ぶかも。
上杉にしてもまずは追い詰めた目の前の敵、最上を滅ぼしたいだろうし
その後は越後奪還を果たしたいところ。
上杉伊達同盟は意外と可能性高いかもな

20 :
しかしここで危機感を持つのが佐竹父子
史実では父子の意見が割れ日和見だったが
父の義重自身は天下が収まる前に伊達との熾烈な戦を経験して領土を獲られている以上
伊達が南部領を侵略して行くのをただ指を加えて見てる気にはなれないはず
息子の義宣にして見れば家康の死を聞き俄然、西軍方に加担すべきだと家中に訴えかけるだろうし
ここで初めて佐竹父子の利害が一致する結果となる。
佐竹も至急、上杉との同盟を求め
その上で、伊達、徳川を攻め滅ぼすべきだという方向に流れて行くことになる

21 :
そうなるとホモ嫌いの家康に
南蛮に追放されていた多田野数人も参戦するな

22 :
だれか結城秀康のことも話題にしてやってください

23 :
>>20
義宣は政宗に同盟を工作しているしそう簡単ではないと思う
上杉―伊達―佐竹はお互い水面下で同盟を模索しつつ牽制し合っている
家康が討ち死にしたといえ西軍は壊滅的被害で徳川軍はほぼ無傷、秀忠軍も健在
関東には結城秀康が率いる部隊がいる
東国は西軍にとってまだ厳しい状態が続いていると言える

24 :
>>22
秀康は動きようないだろw
秀康自身の持ち兵は5千ほどで
関東に残った守備兵ぜんぶ掻き集めてもせいぜい1万くらい
しかも関ヶ原に連れて行けないような弱小揃いという説もあるくらいで
そいつらを連れて外に討って出て万が一負けでもしたら
関東全域草刈り場状態じゃんw
秀康はひたすら関東を守るだけだよ

25 :
上杉は最上攻略で梃子摺り過ぎて損害が馬鹿にならなくなってるし
積極的に伊達領侵略する意義も無いから多少領土の割譲くらいはしても同盟して越後侵略を優先するんじゃ?
政宗は上杉・佐竹との同盟さえまとまればハッスルして
周りの小大名を片付ける勢いで関東まで手を伸ばしそうだな。
政宗って微妙に空気が読めてないくせに野心と実力はあるから面白い事しそうではある。
秀康の軍は寄せ集めの烏合の衆だから本能寺後の滝川なみに瓦解して敗走する気がする。

26 :
西軍はトップがアホの輝元だから
これ以上の勢力拡大は狙えないと思う
九州制圧した黒田が怖えぇなぁ、一気に大阪まで攻め込むんじゃないのか

27 :
東軍負けたっていうならともかくこの条件だと直後の結果は殆ど変わらんと思うが
家康以外の将で戦後処理は済ませられるし、東軍の戦力が残り西軍が壊滅したのなら
どうやっても上杉は出羽から逃げる以外の選択肢はない
敗軍の仕置も似た様なものだろう
 
変化が出るのはさらにその後、政治的な面で秀忠の差配が絡むようになってから
秀頼と豊家の扱いと運命はだいぶ変わる可能性はある

28 :
東軍って言っても元々は
家康が会津征伐の大義名分を秀頼から認めさせて寄せ集めた中堅以下の豊臣恩顧の大名ばかりなんだよね
それらの大名が東軍として結束したのは
1にも2にも家康の存在があり、憎い三成を討つという共通の目的もあり
そして秀頼のお墨付きも貰っていたから
つまり最大実力者の家康に評価され、後の出世、お家安泰という利害目的が本心なんだけど
それだけで戦をすれば秀頼に対する忠誠を蔑ろにしてるという引け目も皆の中にあるわけで
だからこそ共通の敵である三成を討つというスローガンを声高に叫び大義名分と出来たのだけど
しかし関ヶ原でその石田西軍を打ち負かし、家康も死んだとなると
共通の打倒対象はなくなり、手柄の見返りを約束してくれるはずの実力者もいなくなる
そんな豊臣恩顧の烏合の衆がどれだけ結束して行動を共に出来るかは疑問だよな
逃亡した三成を探し、佐和山を落すまでは結束して進めるかも知れない
しかしそれを果たしたところで、もう家康は死んでいないので、その後が続かない

29 :
なら息子の秀忠を頭領に結束するかというと、こんな簡単なものじゃない。
何故なら秀忠は真田如きに翻弄され本番の関ヶ原にすら遅参する始末。これじゃ大将として素直に認められない
家康あっての徳川であって、親父が死んだから、じゃ息子で。とは、幕府すら開いてないこの時点ではなれない
そうなると主人と仰ぐに値するのはやっぱり大坂城にいる秀頼だけだな・・となり
その秀頼と共に大坂城にいる五大老筆頭に繰り上がった毛利輝元の指示に無闇に逆らえなくなる
いや、ここで毛利に従うのは降伏と同じ。戦に勝ったのに何故、西軍に組するのだ?
という中途半端な気持ちで秀忠を中心とした東軍のまま行動を続ける大名もいるだろうが
所詮は家康の代わり秀忠なので、当初の結束力とは大分違うものになる
史実の西軍みたいな弱弱しい感じになるだろうな
そうなれば利害目的で飛びついてた大名ほど、後の保身を考え真っ先に毛利方に寝返るのも、また世の常
本能寺の信長の死を見るにも明らかだけど、一大名の織田家臣団ですらあの様なのに
果たして寄せ集めの東軍大名たちが、家康が死んだ後もどこまで徳川と行動を共にできるかは所詮は無理な話だと思うよ

30 :
家康死んだ場合五大老の筆頭はそのまま息子の秀忠だろ(五大老なんて代物が維持される可能性の方が低いが)
その体制に異を唱える奴もまず居ない
単純にめぼしいのが負けたってのもあるが250万石の国力を消耗無しにそのまま継ぐのが一番大きい
三成無しで矢面に立ってコレとぶつかる奴なんてどこにもいねーし、これこそが家康無き徳川に付く最大の動機になる
秀忠の能力や評判自体はこの場合関係ない
 
と言うか毛利? 現実と同じだろ
西軍大将という立場上タダで済むワケが無いし、史実通りの撤退にせよ大阪主戦論に乗ったにせよ
五大老なんて立場を維持もできない

31 :
東軍における豊臣子飼連中の取りまとめ役だった黒田長政と、
精神的支柱行動だった福島正則の決断がキーとなると思うね。
他の武将はこの二人に前ならえすると思う。

32 :
>>30
戦時中なのに秀忠が五大老にいつ就任して、そしてそれを周囲に認知させるの?
前田利長が利家亡きあと五大老を継いでも周囲に差して影響なかったように
家康が死んだ時点で、秀忠はただの国内最大石高を有する徳川家の跡継ぎというだけでしか周囲に見られないな
それも小大名の真田に翻弄されて戦に間に合わなかった出来損ないというレッテルつきの。
三成なきあと、矢面に立ってぶつかる大名がいないのは「家康」に対して。
秀忠が相手だと能無し総大将の輝元でも対応が変ってくる
そしてそれは、東軍の味方内の方がより顕著に現れてくるだろうね
関ヶ原の後、家康なき東軍諸将はどこに攻め込むの?
佐和山や、多くて長束や増田の領地くらいじゃない?
間違っても秀頼のいる大坂城になんか軍を進められないし
家康なき後の東軍相手に輝元自身、大坂城を譲り渡すべくなく
ましてや大津城を落した立花や、丹波を平定した小野木たち西軍も
まだ無傷で畿内に残っているという状態で
果たして東軍が結束して西へ軍を進められるかどうか・・

33 :
>>31
取りまとめ役だった主だった武将
福島正則・・佐和山城攻略は訴える・・が、その後の動向は秀頼寄りになる可能性が
黒田長政・・こいつが一番曲者。というか親父からの手紙が急に増えだし、行動に何か不審な点が増えだす
藤堂高虎・・情勢を見るに長けた大名ゆえに、その胸中は?
池田輝政・・まだ一番、素直に秀忠について行くかな
小早川秀秋・・え?俺は?また、頭の中真っ白
前田利長・・会津へ軍を進めるのはもうチョッと先延ばししそう
加藤清正・・とりあえず目の前の島津を攻略しそう
黒田如水・・島津とは一旦和睦で軍を中央目指して展開。息子には豊臣恩顧の東軍大名をまとめるように指示
伊達政宗・・東北制圧

34 :
一番問題なのは大坂城の毛利輝元の動向だな。さすがに家康がいなくなれば
天下人になろうとか普通に考えるかな?

35 :
さすがに考えるだろうね
自分は大坂城で秀頼と一緒にいるわ
自軍は全くの無傷だわ
関ヶ原を傍観しただけで退き上げて、
空弁当なんてあだ名つけられて憤慨する秀元も、安国寺も健在だし
秀包は重臣の多くを犠牲にしても大津城を落すくらいの主戦派だし
その歯止めだった吉川でさえ、さすがに家康死んでるのに頼りにはしないだろう
というか、こいつも野心家で謀略家的だったからこそ寝返りの手筈を整えてるわけだし
今回は毛利天下の為に動き出すだろうな

36 :
>>32
そこで秀頼の兄貴分の結城秀康の出番ですよw

37 :
毛利的に考えると、豊臣家を牛耳って鎌倉北条的な位置にいそうな気がするなー

38 :
元就「天下を望むことなかれ」

39 :
中立保っても西軍勝ったらかなりの地位になると思う

40 :
家康が死んだら東軍は福島正則トップでまとまるだけだな
正則も三成亡き後の実権握れるチャンスをむざむざと手放すわけがない
家康存命中でさえ東軍はむしろ正則でまとまってたようなものだしな
大坂城から毛利を追い出すまでは、家康の死を隠して正則主導でやるだろう
その後はまず確実に、正則派と清正派で割れる
いったん沈静化したように見える東北・中四国・九州も中央のゴタゴタに乗じて小競り合い開始
〜そして戦国へ〜
正直なとこ、本戦で西軍が勝ってても上杉と毛利で似たような展開になったと思うがなw

41 :
福島にそんな人望は無い。小山での発言は重要では有ったがそれは例えるならば、水面に浮かぶ水鳥の
群れが、或る一羽が飛び立つと皆一斉に飛び立つという、その最初の一羽になったというだけでしかない。
あと>>1の条件は無理。家康すには小早川が寝返らない展開しか無い。

42 :
>>41
むしろ金吾が裏切らない展開だと家康害は更に困難しそうなんだが

43 :

44 :
>>42
確かに東軍が負けることはあっても壊滅するまでには至らないから、家康が
死ぬことにはならないですね。しかも不幸中の幸いといいますか都合よく
秀忠が遅参=新手が加わるから、勝った西軍の優位もいつまで続くかわかん
ないし・・

45 :
西軍は家康ほどでないがかなり有力な大名の連合体。
一方東軍は家康が突出して大きく、あとは小大名のみで構成される。
家康を失えば西軍以上に崩れるのが早かっただろうね

46 :
東軍が崩れても西軍が足並み揃うわけでもなし
西は秀頼を担いで、東は秀忠を担いで、室町幕府よろしく東西二分じゃね?
歴史は繰り返すじゃねーが、大体南北朝〜室町時代に於ける構図と似たようになるんじゃねーかな
歴史的に中国四国地方は近畿の、東北地方は関東の影響を受ける地域で
独立志向を選ぶか、共存志向を選ぶか常に立たされてきた。
その点でいうと、中国地方を押さえる毛利宇喜多はそのまんま秀頼の担ぎ手なのは優位に作用する
が、毛利宇喜多石田じゃ纏まるものも纏まらないだろう
毛利=山名、宇喜多=赤松、石田=高、な具合に、中央で仕切る三成に対して
近場から軍事力を持つ宇喜多は時に協力し、時に離反するだろう。その内痺れ切らして毛利が国元から畿内になだれ込む(ただし維持できない)
九州は近畿も関東も関係ないとばかりに九州内で戦争開始。毛利が国を空にすると火事場泥棒的にちょっかいを出す程度。
東国は戦争する気満々の上杉と、胡散臭い伊達がいるんで、関東のバックアップとしては心とも無い
上杉=北畠、伊達=斯波、徳川=足利な具合という具合に
西と北の両方から圧迫を受ける秀忠は苦しむ事になるが、上杉も奥州に基盤を作りきれずに泥沼化
基氏よろしく畠山上杉の内部粛清を秀忠が行うかはわからんが、結局どこの地方も一頭抜けられず、連合できずという状況で
関東に徳川幕府を確立する時間を秀忠は得ることができるのではないかな。
関東が落ち着けば奥州も小康状態に入らざるを得ない事になるので、ここで東国は一応の安定は得られるだろう。
一方の西国には細川家のような存在が出てくるのかという問題がな。
豊臣家を執政するだけの家格・能力を持って、かつ家中は大名の元統率できていて、その領土が摂津、阿波、丹波に及ぶというチートが

47 :
 
三億円強奪事件は起こらなかった・・・・・・・
三億円強奪事件は徳川とノーベルの記念日
http://s1.shard.jp/deer/02/2/24.html
事件の起こった1968年12月10日は、徳川一族にとって、この上もなくめでたい日だった。
西暦12月10日は、「ノーベル」の誕生日、
旧暦10月21日は、「関ヶ原の戦い」だった。
徳川一族は、めでたい日に大規模なねつ造事件を繰り返す。
たとえば、この事件では、5年後の1973年10月21日、
滋賀銀行女子行員9億円詐取事件が起こっている。

48 :

とりあえず、本能寺の時の秀吉のようなポジションの野郎が
主導権をかっさらうだろうね。
狡猾かつ兵力温存かつ人望ある人物。
まあ黒田親子だろーな。

49 :
もし長篠の合戦で信長、家康が討ち死にしていたら
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1305657703/1-100

50 :
【文化財】関ヶ原合戦絵巻。石田陣営に38式歩兵銃をもつ男(画像有)
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1306046832/

51 :
秀秋が裏切らずに西軍が勝ったら早速秀秋は約定の通り関白を要求するだろう。
しかし淀などが認めるわけがない。
すると勝手にそんな約束をした三成が責められる事になる。
結局、三成は自害する事になるだろう。

52 :
>>46
関ヶ原で東軍は負ければ、家康の「野戦の名人」の神話は消滅し、威厳も威光も失墜する。
そもそも家康は三成嫌いの秀吉恩顧の諸大名の助成がなければ戦を起こせなかったのだから、
関ヶ原の負けで、家康は三成のように京の河原で斬首。
遅参した秀忠軍が残っていようと、もはや大勢に影響なし。
徳川は滅亡。
東西二分なんて、どう間違っても起こらんな。

53 :
大野治長と茶々の息子が三成に操られ天下人になる
そこから先は悲惨

54 :
つかこういう妄想ーの為にスレ建てるの辞めない?
逆賊家康死んで正義の三成最高にしたいだけなんだろ?
武田厨といい…気持ち悪いな

55 :
気持ち悪いと言いながら、来ている自分をどう思っているのだろう・・。

56 :
気持ち悪いと言いながら来てる俺ってキモい。

57 :
ここで一番つまらない仮説をひとつ。
秀忠が後を継いでゆくゆくは初代征夷大将軍に。
あとは大差なくほぼ史実通りに。

58 :

島津義弘の戦法に大きな疑惑
http://s1.shard.jp/deer/0203/39/266_1.html
島津義弘は関ヶ原の戦いに参加したが、その後の薩摩藩の動きと日本の歴史を考えると、
この戦術、特に、「島津の退き口(のきくち)」として全国に名を轟かせた「捨て奸(すてがまり)」の戦法は、
陰謀中の陰謀であった可能性が大きい。
島津義弘が家康とグルだったかどうかは別にしても、敵中突破を目指す島津軍に対する東軍の攻撃は、
明らかに、島津義弘を避けていた。これが結局、逃げる島津軍を正面から攻撃せず、
後方の部隊から順にしていくという奇妙な戦いになった。
それどころではない。家康は、忍者部隊に、島津義弘を見守り、薩摩に送り届けるよう命令している。
その後の歴史で島津義弘が賛美されているのは、まさに陰謀中の陰謀だと言えるだろう。

59 :
石田をした後一応みんなで秀頼をかつぐという形にはなるはず。
名目上は秀頼のために逆賊石田を討つという話なのだから。
徳川についていこうとする勢力はなくなり
豊臣家内での権力闘争という図式になっていくのでは。

60 :
>>59
大久保長安だってまだ生きてるんだぞ
徳川家内も揉めるわ

61 :
戦国時代が続き各地方で淘汰が進み今のような都道府県でなく
道州制の国になっていたかも。九州は島津州。中国四国地方は毛利州。大阪は豊臣州。南関東は徳川州みたいな感じで。

62 :
関ヶ原の戦いでの武将たちの不自然な動き
http://s1.shard.jp/rabbit1/0203/39/266.html
徳川家康の戦術の特徴である「シミュレーション」がそこにあった。
( http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0202/p002.html )

63 :
三成が伊達あたりに討たれて戦乱の世再び

64 :
とりあえず>>52がバカな事だけはわかった

65 :
>>64
なるほど。
ではバカだと断定するに至った根拠頼む。
それができなければ、君がバカな事になるだけ。

66 :
>>65
なるほど>>52の徳川スレageバカか

67 :
家康が討ち死になんてしたら遅参した秀忠が一番の戦犯になる。
秀忠は家督継承どころか切腹を求められる事になる。

68 :
家康と小早川秀秋を京都六条河原で晒し首は見物だわ

69 :
>>68
お前の曝し首が一番の見物だな

70 :
>>68
関ヶ原で家康が討ち死にする為にはその秀秋が西軍に加担するしかないだろ。

71 :
>>67
誰が秀忠に切腹要求するんだよ? 徳川家臣はありえない。
当主が死んだ直後だというのに、秀忠までして誰が跡を継ぐんだ?
むしろ秀忠が徳川家を継いで、奴らは関東に引きこもるだろうね。
関東から東北にかけては戦国時代の再来になる。

72 :
>>71
秀康!
秀忠の誅と秀忠派の粛清。
残った徳川本隊をちらつかせながら和議。
ってなるわけないだろうな。
家康がしんでたって粛々と数の力で圧倒すんじゃね?

73 :11/09/20
少なくとも東北のDQNがなにかやらかすだろうな
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