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2012年07月新シャア専用63: 【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 14 (306)
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【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 14
- 1 :2011/02/25 〜 最終レス :2012/08/08
- このスレは種系SSスレのうち、まとめサイトのカテゴリでIF物とされるスレの統合を目的としています。
種作品内でのIF作品を種別問わず投下してください。
種以外とのクロスオーバーは兄弟スレにお願いします。
過去スレ
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 13
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/shar/1272587140/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 12
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1266989394/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 11
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1254381439/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 10
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1242221343/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 9
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1236622903/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 8
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1234086864/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 7
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1228025594/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 6
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1220011475/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 5
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1212578381/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 4
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1209267080/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 3
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1205047619/
【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 2
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1202222711/
【IF系】もし種・種死の○○が××だったら【統合】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1196438301/
まとめサイト
http://arte.wikiwiki.jp/
兄弟スレ
【もしも】種・種死の世界に○○が来たら10【統合】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/shar/1291395757/
- 2 :
- 保守
- 3 :
- 前スレの811にラクシズ潰したシン達が「お前らも結局あいつらと同じだー」
とか言われて新勢力に倒されるってネタがあったが、
どっかの悪逆皇帝みたく、そんなの百も承知=自分(達)が倒されること
前提でやっていたであって欲しいな
「ラクシズ全滅&オーブ滅亡」させたシン(達)が、(人知れず)平和を享受する
オチもいいけどね
- 4 :
- >>3
同意。
他にはバカピンクみたいに「きれいな本物」のキラクスが、自分たちに成り代わった
クローンやらカーボンヒューマンの暴挙を止めるためにシンたちと手を組んで
立ち向かうのも読んでみたい。
- 5 :
- >>4
「きれいな」クローンやらカーボンヒューマンのキラクスが「自分らの黒さに全く気付かない、最もドス黒な」
本物ためにシン達と手を組む、てものいいな!
- 6 :
-
「………終わった」
目の前の画面に映るのは力尽きたフリーダムの姿。
カガリは溜息を吐き、顔の前で固く組まれていた両手をそっと解く。
今ではその両手で、誰のために、なんのために祈っていたのかすら思い出せない。
執務室の大きな机の上には、自分の両腕以外に置いているものは無かった。
オーブは既にアスハから離れた政治体制に移行することが決定している。
ただの飾りに過ぎない自分には最早、この国でするべきことなんてほとんど残ってはいない。
だからカガリは全てを見ていた。2人の戦いを最初から最後まで。
全てを聞いていた。2人の叫びを最初から最後まで。
そして全てを見届けた。
弟の親友が、弟を討ち果たした瞬間を。
「終わったんだな、全てが」
「……そのようです」
「カガリ様……」
一緒に見ていたソガとマーナ、彼らの声に応えることすらできなかった。
シンが戦場に戻ったと聞いたときから、こうなることはどこか予感はしていたけれど。
いざその時が来てみたらやはり重い。
「キラ様は……」
「シン=アスカが何処かへ持っていきましたね。ザフトも連合も追いかける者はいないようです。
キラも自分も、もう休ませてくれないか。そう言ってましたし」
泣きそうな声を出すマーナとは対照的にソガがそっけない声で答える。
感情を乱さないよう敢えてそんな態度を取っているのだろう。組んだ腕には随分力が篭もっていた。
「そうか」
溜息を吐いて背もたれに身体を預ける。
シンはもう休みたいと言っていた。不謹慎かもしれないが自分も同感だ。
早くこの重い身体を休ませて、暖かいベッドで眠りにつきたかった。
今はまだ、この現実を事実だと受け止めきれない。だから自分は彼らの様に悲しむことができない。
ボロボロのストライクを見た後にアスランと大泣きしたあの日でさえこんな状態にはならなかったのに。
キラを止めようと頑張っていた数日前までの自分も、今では他人の事の様に思える。
ひどく、空虚だ。
なんだかずっと、長い夢を見ていたみたいに。
- 7 :
-
「そっかぁ……」
部屋の窓から空を眺める。
かつてラクスも含めた全員で見上げたあの時と同じく、広がるのは雲一つ無い青空。
過去を思い出しても胸に浮かび上がるものは無い。
自分が泣く時まで、時間が掛かりそうだな。
他人事の様に、カガリは思った。
第39話 『祭りの後』
戦いが終わったその時、プラント議長室には4人の人物がいた。
1人は当然部屋の主であるイザーク。そしてその前に立つのは秘書官を両隣に従えたシホ=ハーネンフース。
彼がキラの死を告げられたのは、執務の真っ最中のことだった。
「……ジュール議長」
シホの表情を目にしたイザークは全てを悟る。彼女はまだ何も話してはいない。
しかしこの状況、このタイミング、そして何より自分を気遣う彼女の目が全てを物語っている。
手にしていた書類を机に置いて彼女に向き直した。
片手間で聞く内容ではないということは分かっていたから。
「ミネルバのアーサー=トラインから連絡がありました」
「……聞こう」
「フリーダムはシン=アスカによって撃墜。ディーヴァ及び敵残存兵力は9割が降伏。
アンドリュー=バルトフェルドなど戦場に出ていた首謀者は、全て捕らえました。
残りは逃亡した模様ですが、此方の被害も大きいため追撃はせずに救助作業に掛かっているということです」
「………キラは?」
「死体はシン=アスカが連れ去ったとのことです。確認も取れています」
そうか、となんとかシホに言葉を返してイザークは椅子に背を預けた。
- 8 :
-
キラと初めて出会ったのは初陣での戦場。
ストライクを駆るキラと幾度か戦ううちに返り討ちにされ、顔に傷まで作る屈辱を受けた。
馬鹿にしていたものの奥底では心を許していたニコルを殺され、憎しみが頂点になった。
絶対に許さない、どれだけ苦しめて殺してやろうかと考えるまでに。
その感情が変わるのは連合の核からプラント守って貰ってからだった。
その後戦争が終わり初めて直接対面し、その人柄を知り。
2度目の戦争が終わった後には親友になっていた。
根性の無いキラの背中を叩いて喝を入れ。その仕返しとばかりに私生活ネタでからかわれ。
微笑むラクスと呆れるシホを気にせずに、笑いながら逃げるキラをむきになって追いかけた。
そんな光景がずっと続くと思っていた。そんな事、ある筈が無いのに。
ラクス=クラインの葬儀。覇気の感じられない背中。
自分が彼の姿を直に目にしたのはあれが最後。
今の世界は、できの悪いゲームやアニメの様に甘い世界じゃない。
自分の前に出てくるのは選択問題の連続だ。複雑で、残酷で、無慈悲で。そのくせ時間制限までついている。
例え答えを見出せたとしても救いなんて悲劇に塗りつぶされてほとんど見出せない。
全てを得る選択肢を求めても、神ならざる自分たちではそれに手が届かない。
その事を思い知ったあの日。自分たちは道を別った。
わかっていた。あいつは優し過ぎたのだ。
だから憎悪で暴走でもしなければ復讐に奔れなかった。
でもいつまでも憎悪を抱き、悲しみを撒き続けることができるほどあいつの優しさは甘くない。
憎悪と優しさ。相反する思いはいつか破綻を招く。そして破綻は終幕を呼ぶ。
そして今、来るべき時が来た。ただそれだけ。
もう2度と会えない。ぶん殴ってやることも、謝らせることもできない。
そう痛感したところでもう、全てが遅かった。
「詳しい情報の入手・整理がつき次第、それを関係各所に廻せ。
戦いは終わったと市民に教えてやるんだ。ただし混乱も予想されるからコロニー内の警備は厳重にしろ。
捕虜の尋問が済み次第クライン派の洗い出しに入る。
その間に逃亡されないよう空港のゲートチェックのレベルを最大にまで上げるのも忘れるな。
それと近く会談を行う必要があるから、連合とオーブにアポイトメントも取っておけ。
あとはミネルバとボルテールにも通信を繋げてくれ。今すぐに―――」
この地位に就いている限り感情と行動は別けなければならない。
思考を切り替え今後の事について秘書官たちに指示を出す。
後始末や捕虜のこともある。討伐軍とは早めに連絡を取るべきだろうと思った。
- 9 :
-
「今すぐ……」
もう限界だった。昔のことなんて思い出すんじゃなかった。
震えそうな声を押し殺して、イザークは部下たちから目を逸らす。今連絡を取るのは駄目だ。
これまで命を懸けて必死で戦っていた軍人たちに、自分がキラを討つ事に迷いがあったなんて思わせる訳にはいかない。
それは目の前の部下に対しても同じことだ。もう少しだけ、耐えろ。
「いや、1時間後だ。向こうにも後始末があるだろうからな。
捕虜の処遇については以前から決められてある通りに行うように。暴行などは一切認めん」
「かしこまりました」
男性秘書官たちが一礼して下がる。後に残ったのは心配そうな表情を見せるシホのみ。
彼女は首席秘書官であり恋人でもある、自分の公私に亘るパートナーだ。ごまかしは効かない。
2人きりである以上ごまかすなんて気は毛頭無かったが。
「すまんシホ、30……いや20分で良い。20分あれば俺は、いつも通りに振舞うから。
だからしばらく、俺を1人にしておいてくれ」
「はい」
「少し泣く」
「………はい」
扉を出て行く恋人の背中を見送って、ようやくイザークは顔を両手で覆った。
身体が震える。目の奥は熱い。叫びだしたいけど何を叫べば良いのかわからない。
考えてどうにかなる問題ではないのはわかりきっていた。だから今は身体の赴くままに任せる。
今から20分間だけは、もう何も耐えなくていいのだから。
「あの、ばかやろうが………」
誰もいない部屋の中で、1人の青年は涙を流し。
その身体を震わせたまま。
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
声にならない叫びを、上げた。
扉が閉まる瞬間に見たのは、肩を落とした最愛の人の姿。
シホは駆け寄り抱き締めたい感情を必死で抑えつつ、目線を前に向ける。
- 10 :
-
「……ハーネンフース秘書官」
「なんでしょう」
執務室の外では先に出た筈の秘書官たちが待っていた。何か言いたいことがありそうな顔で自分の目をみつめてくる。
彼らとの付き合いは数ヶ月しか無いが、ラクスが死んでからの混乱を共に切り抜けてきたのだ。
シホとイザークの関係を知っている程度には、彼らとの距離は近い。
「差し出がましい口をたたくようですが、その……よろしいのですか? 傍にいなくて。
いくら議長でも1人の人間です。我々もできる限りのフォローは致しますし、今ぐらいは」
「その認識は間違っています。今の状況は問題が片付いたわけじゃない。
むしろここから、これからすべきことがたくさんあるんです。あの人が我々に指示を出したように。
それなのに今倒れきってしまっては、再び立ちあがるのに時間が掛かってしまうでしょう?
だから議長はまだ、倒れきるわけにはいかないんです」
イザークを慰めるようすすめる男たちの意見を否定し、今はその時ではない事を伝えるシホ。
それを聞いた秘書官たちは悲しそうな表情を見せながら頷いた。
慰めが必要な時というのは、傷の存在を受け入れもがいている時でもある。
そんな時間はそう簡単に終わるものではない。せめて一段落ついて寝る時まで待たないと。
今は僅かなインターバルだけ確保して、痛みを隠しながら戦いの構えを取る時間なのだ。
まして彼にとっての戦場とも言えるこの場所では尚更。
「……ですが」
とは言っても結果的に親友を死へと送った今のイザークへ、与えられた時間が20分というのは流石に短すぎる。
自分が彼の力となるのは今をおいて他に無い。
「ジュール議長は、あと2時間は出て来れません。議長への用件は全て私に持ってくるように」
「かしこまりました」
「では我々は、先ほどの議長の指示をこなしておきます」
「よろしく」
目の前の2人も自分と同意見だったようだ。指示を聞くや否やすぐさま駆け出していった。
残されたシホは溜息を一つ吐くと、背後の扉に身体を預ける。
そしてそのままの姿勢で、己の目を閉じ耳を澄ました。
聞こえてくるのは恋人の慟哭。
「……だいじょうぶ」
聞こえることの無い言葉を呟く。いや、自分自身に言い聞かせる為に敢えて言葉に出したのだ。
きっと自分も彼も、今日眠りにつけるのは随分遅くなるだろう。
けれどそれが何時になっても良い。
どんなに身体が疲れていても、今夜だけは必ず彼の傍にいよう。
彼にとっての藁になり続けよう。いや、それは今夜だけの話ではない。
それはずっと前から心に決めていた、違える事の決して無い誓約の言葉。
- 11 :
-
「私はずっと、貴方の傍にいる」
荘厳な教会などではなく誰もいない殺風景な廊下で。
1人の女性は、そう永遠の愛を誓ったのだった。
全てが終わった。
もう自分がするべきことは、何も無い。
戦いが終わって1週間ほど経った頃。
ディアッカ=エルスマンはプラントの空港ロビーにいた。
「少し早いけど、もう行っとくか…?」
荷物を詰め込んだ大きめの鞄を脇に置き、シャトルの時間を確認する。
もう少しすれば乗り込める時間だった。乗り込むのは当然地球行きの便。
ジャーナリストを再開するのだ。地球でなら題材には事欠かない。
キラの死を喜ぶ式典なんかに参加したくなかったし、あのままザフトに残って軍人を続ける気にもなれなかった。
友人を死に追いやった。かつて共に戦った者達を撃ち抜いた。
後悔はしていない。戦場にいる以上お互い覚悟の上だったのだから。
だが、戦いはもうごめんだった。その辺りはシンと同感だ。
一般人である自分には、己を捨てて世界なんてもんを背負い込む義理は無い。
今回の戦いだって自分のかつての仲間が絡んでいたから首を突っ込んだだけだし。
イザークから報酬はしっかり受け取っている。それまで持ってた家の資産も含めれば当分は金に困らないだろう。
親に顔も少しだけ見せたし、後は自分の好きに生きればいい。
「やっぱ此処にいても仕方がないよな。乗り込むとしますか」
そう呟いて再び鞄を肩に抱える。そんな事をしてるうちにふと思った。
さっきから何で俺は独り言を呟いているんだろう。まあ思った瞬間に答えは出ていたのだが。
それにしても独りってのはこんなに寂しいもんだっけ。
いや、そもそもあの連中とミネルバにいた時が騒がしすぎただけだ。
まあ良い。今までだってそうだったし、皆とは会おうと思えばいつでも会える。
無理矢理そう結論付けて歩き出す。胸を占める寂しさについては考えないようにした。
- 12 :
-
「ん…?」
不意に、自分の目の前に立っている女性に目を奪われる。
俯いている彼女の姿には見覚えがあった。おそらくもう2度と会うことは無いだろうと思っていた女性だ。
しかし自分からは、何故彼女がここにという思いすら出てこなかった。
それが本当に彼女だと認識できなかったからかもしれない。
かつてあれほど強く美しく輝いていた瞳の光が、目の前の彼女には無い。
「お前……」
ミリアリア=ハウ。
かつての自分の恋人が、そこにいた。
「キラのところにいたんじゃないのか?」
「最後の戦いの前に追い出されちゃった。これからは自分の道を歩くべきだって……」
「……そりゃまあ、確かにあいつなら言いそうだな。その言葉」
ディアッカの質問に、ミリアリアは小さな声で言葉を返す。
自分の顔を見ても彼の顔に変化は無かった。
無理もない。危険な場所へ赴く自分を彼はいつも心配してくれていた。
そんな彼を自分は振った。それなのに、今また彼の優しさに縋ろうとしている。
身勝手な女だと自分でも思う。
でも、逢いたかった。
キラに言われたあの時、頭に浮かんだのは目の前の彼の事だったから。
「それで……その……」
何を話せば良いかわからない。それでも何とか言葉を搾り出そうとする。
思うがままに話せば良いのだろうが、それは全て自分勝手な言い訳にばかり思えてしまった。
この状況で自分を飾ることに意味は無いが、自己嫌悪に勝てるほどの綺麗さは今の自分には無い。
「もう行くとこ、なくてさ……」
「………」
「親には勘当されちゃったし、周りの人はは態度が冷たくなっちゃったし。あんな事しちゃったから働き口はもう無いし」
「………」
「その……」
「………」
ディアッカは何も答えない。
- 13 :
-
空港内にアナウンスが響く。シャトルが乗客の乗り込みを開始したらしい。
彼がゆっくりとゲートに向かって歩き出す。そして、
何も言わずに、ミリアリアの横を通り過ぎた。
「……そうよね。自分勝手だよね、こんなの」
「……」
「今更だよね。別れを切り出したの、私の方からなのに」
ディアッカは何も答えない。
振り返ることは怖くてできなかった。もしかしたらもう、この場には居ないのかもしれない。
覚悟はしていた。これはただの自己満足のつもりだった。
「本当に、ゴメ……」
「おい」
彼の声が近くで聞こえる。まだ行ってなかったのか。
幻聴でない事を祈りながら振り返る。聞き間違いじゃない、彼はそこにいた。
「……?」
「何をボケっとしてんだよ、早くしろ。急がないと飛行機出ちまうぜ?」
あきれたような表情でこちらを見ているディアッカ。しかし彼の言葉が理解できない。
早くしろって、それじゃまるで私を連れて行ってくれると言ってるみたいじゃないか。
「え、なんで……?」
「ちょっと待てお前がそれを聞くのかよ。なんでも何も、行くとこ無いから俺のトコ来たんだろ?
こっちも丁度アシスタントがいるかなって思ってたんでな。お前経験者だし。
あ、でも先に言っとくけど、給料あんまり出せないからな?」
そこは覚悟しとけと言うディアッカの顔はかつての彼と同じく皮肉めいていたが、その目は優しかった。
けれど、彼のその優しさに甘えることが許されるのだろうか。
「……いいの? だって」
「なんだ。行きたくないのかよ、お前?」
「そんなことない、でも、私、あんたに…」
「しつこいっつのお前も。しょうがねーな……コレ、お前の荷物だろ?」
確認もそこそこに空いた左手で私の荷物をとり、そのまま再びゲートに向かって歩き出した。
自分がついて来ることを疑いもしない足取りで。
- 14 :
-
「ほらとっとと行くぞ、アシスタントさんよ?」
「………うん!!」
歩き出した彼を追いかけ、ミリアリアは心を決める。
その背中をもう見失うまいと。
差し出してくれたその手を、放してはならないのだと。
俺は甘いのかもしれない。いや、実際に甘いんだろう。
自分の隣で必死に嬉しそうな表情を押し殺そうとする彼女を見ながら、ディアッカは思った。
以前付き合ってた時、別れを切り出したのは彼女の方からだった。
危険な場所に取材に行く彼女を心配していたのだが、それがうっとおしくなったらしい。
戦争を起こさないための、武器を持たない戦いを自分はする。
その為には安全な場所から外だけ見るわけにはいかない。そんなものでは人の心には届くことはない。
だから私は行く、邪魔をしないでと怒鳴られて。
結局半年ももたずに、あっさりとフラれてしまった。
次に会ったのは、メサイア攻防戦が終わった後のアークエンジェルの中だった。
本来なら軍人としての職務を放棄してまで彼女の艦を守ったのだし、ヨリを戻すチャンスだったのだろう。
だがアークエンジェルに乗っていた彼女を見た時、何やら急激にムカついた。
お前は戦争の愚かさを世界や後世に伝えるために武器を持たない戦いをしていたんじゃなかったのかと。
そのお前が殺し合いの連鎖の中に入ってどうするんだとも。
そう言った自分への彼女の返答は、 「これは自分で選んだ道だ、あんたには関係ない」 で。
偶然通りかかったフラガのおっさんとラミアス艦長が止めるまで、2人で大喧嘩してた。
結局仲直りをする事無く、そのまま彼女はオーブへ、自分はプラントへ帰っていった。
そして今回。
いい加減愛想が尽きた筈だった。
だが目の前の泣きそうな姿見ると、切り捨てることはできなかった。
我ながら本当に甘い。
「まったく、これが惚れた弱みってやつかね」
「……ほんとに、ごめん」
聞こえないように呟いたつもりだったがしっかり聞いていたらしい。
バツの悪そうな顔をする。聞こえよがしに言ったと思ったのだろうか。
まいったな。そんなつもりは無かったんだが。
- 15 :
-
「すまん、別にもう責めるつもりはなかったんだ」
「本当に?」
「ああ。まあ信じて貰えないかもしれないけど」
「ううん、信じる。ねえ、これから何処に行くの?」
「何処に行く、か。そういや俺、地球としか決めてないんだよな……」
何処に行こう。
オーブに行って旧友に会うか。
ラクスが倒れた場所に行ってみようか。
ベルリンに行ってあの3人をからかうのも面白いかもしれない。
縛る物は何もなく、今の自分は何処にだって行ける。
もしかしたら。
俺は皆が望んでいた自由とやらに、1番近い所にいるのかもしれない。
「なあミリィ。頼むからもう、俺から離れるなよ」
「うん」
胸に残っていた寂しさはもう無い。
ならば自分は思うがまま、心底惚れた女と一緒に、世界の果てまで行ってみますか―――
- 16 :
- 今日はここまでです
終わりまで、あと3話+エピローグです
今月中には終わると思います
- 17 :
- いいね・・・!
こういう静かに終わっていく物語も・・・
- 18 :
- CROSS POINT氏乙。GJです。残りもわずかですが楽しみです
- 19 :
- gjです、祭りの後か・・・・・・・ああ、終わりなんだな、と、喪失を感じるENDも悪くはないです
- 20 :
-
「SEEDを持つ者を私が見出し……彼らが世界を導く……そうだ、その時に私の前に光が………」
1人の男が何やら呟きながら病院の廊下を歩く。その足取りは夢遊病者の如く覚束ない。
いや如くではなく実際に夢を見ているのだろう。
種が芽を出し美しい花を咲かせる。その種を見つけ導き育てたのは己なのだという自分が求め続けていた夢を。
全てが砕かれた今も尚、マルキオは抱き続けていた。
「何処へ行った? 急いで探せ!!」
「相手は盲目だ、協力者がいないならすぐに見つかる筈。落ち着いて探すんだ」
「何か騒ぎが起きるかもしれん。他の患者は自分の部屋に戻るよう徹底させろ!」
病院のあちこちで騒いでいる声は聞こえていない。否、聞こえてはいる筈だが認識をしていない。
今の彼にはそんな現実は必要ないのだ。必要なのは唯一つ。
人によってはそれを妄執と呼ぶ、曲解された自分にとって都合の良い事実。
「未来を……」
何故、監視する人間が彼から離れていたのか。
何故、部屋の鍵が開いていたのか。
何故、まともに歩くことすらままならない男を捕まえることができないのか。
それは己が選ばれた人間であるからに他ならない。
人類が新しい世界へと到る際の立会人として。
「世界を……」
幾度か何かに裾を引っ張られ、ようやく目的地らしき場所に辿り着いた。
目の前に感じるのは自分が求めた眩い光。あんなに求めていた物なのに、思わず気後れして立ち止まってしまう。
けれどいつまでも立ち尽くすわけにはいかない。
背後から誰かに押され、眩しい光に向かってマルキオは駆け出した。
そして心地良い浮遊感が全身を覆う。まるで鳥になって飛んでいるかのようだ。
そうか。これこそが私にもたらせられる未来。大きく羽ばたき自由に空を舞う。
『彼』 が見せてくれるに相応しい世界。
「これこそが、私の……」
- 21 :
-
続く言葉は無かった。視界を闇が覆い、自分の耳に何かがひしゃげる音が聞こえ。
マルキオの意識は消失した。
痛みを感じる間も無かっただろう。
壊れたマリオネットのように身体のあちこちを歪に曲げたまま、それでもマルキオの顔は笑みを浮かべていた。
残酷な現実と違い、永遠に覚める事のない夢を見続ける。
それが幸せなのかどうかは本人にしかわからない。
墜落死。
それが偽者の羽で高みを目指した男の結末だった。
第40話 『それぞれの終わり』
「時間だ。出て来い」
部屋の外から男に呼ばれる。どうやら今日が自分の最後の日らしい。
随分待たされたような、逆に短かったような。
アンディ=バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを持ちながら男に言葉を返した。
「もう少し待ってくれ。実はまだ飲み終えていないんだ。
最後の一杯、楽しんだらすぐに出て行く」
自分の言葉への返事は無いが、代わりに急かされることも無かった。そのことに感謝しつつ芳醇な香りを楽しむ。
これが生涯最後の一杯、エスプレッソ。
あの世にコーヒーがあるとは限らない。だから今はコーヒーの風味をしっかりと覚えておきたかった。
ゆっくりと飲み干す。自分がブレンドしたものではないのが気がかりだったがそれでも美味い。
もう十分だ。愛しげにカップの淵をなぞると、バルトフェルドは今度こそ外の男に声をかけた。
「待たせてすまない。それじゃあ行こうか」
部屋を出て歩き出す。付き添うのは先ほど自分を呼んだ男を含めて4人。
左腕の義手は仕込み銃のない普通のものに換えられてはいるが、
それでも目の前の彼らぐらいならば逃げようと思えばいくらでも逃げれそうな気がした。
もはや意味の無いことなので行動に移したりはしないけれど。
尤も、キラが生きていればそれもありだっただろうが。
- 22 :
-
「おや」
「………」
曲がり角を曲がると、廊下の先に顔に傷をつけた金髪の男が立っていた。
かつて共に戦ったこともある男。戦友と言ってもいいその男にバルトフェルドは笑いかける。
自分と同じ、動物の名がついた異名持ち。ほんの少しだけ惹かれていた女性の夫。
「久し振りだね、ムウ=ラ=フラガ。見送りに来てくれたのかい?」
「……まあ、そんなところだ」
ムウが周りの人間に目で合図をする。彼らが2人から距離をとった。
どうやら彼が人生最後の会話の相手となりそうだ。
「なあバルトフェルド。何故キラを止めなかったんだ。あんたなら、もしかしたら」
「仮定の話はやめておこう。もう何の意味も無いしな。それより君1人だけかい?」
「ああ。誰かが此処に来ないといけない。そう思った」
「そうか。そいつは確かに大人の仕事だな」
お互い目を伏せる。よく考えるとあまり話すことが無かった。
さっきは彼にああ言ったばかりだが、仮定の話とやらをしてもいいかもしれない。
どうせもうすぐ話すことができなくなるのだし。
「なあフラガ一佐。さっきの言葉なんだけれども。
……僕たちがキラを止めなきゃいけない理由ってあったのかな?」
「なに?」
「この世界をここまで平和に導いたのって、あの2人だろう?」
「それは……」
「違うとは言わせないよ」
否定しようとする声をぴしゃりと切り捨てる。
実際否定されることではないのだ。その事実だけは、絶対に。
「確かに僕たちを含めた沢山の人間が力を貸した。その力が無ければ2人は勝てなかったかもしれない。
……けれどそれだけだ。僕たちは勝ち馬に乗れただけで、何かを背負ったわけじゃない」
マルキオはラクスが思うがまま動けるようお膳立てをしただけだった。
アスランは2人の後ろについていって、銃を手に取っただけだった。
自分もムウも、サポートばかりで最終的な決断は全て2人に託していた。
極端な話。キラとラクスさえ揃っていれば、それ以外はいくらでも代わりがいた。
彼らだけだったのだ。他者に委ねず己が決めた道を歩いていたのは。
そしてその道の先に平和があった。
- 23 :
-
「そう考えてみると情けない話さ。君もそう思わないかい?
彼らを信じて任せたと言えば聞こえは良いが、行動はラクス、戦闘はキラにおんぶに抱っこで。
世界が滅びに向かっていたその時に僕達がしていたことは、二十歳にも満たない子供2人に縋り付いてただけだったんだから」
「………」
「あの子達は本当に良く頑張った。そりゃあそのやり方を批判する者はいたさ。
だけど世界の崩壊を救い、命を守り、人類に平和を掴ませてくれたのは確かなんだ。
自分達もひどい目にあったっていうのにね」
戦争によって傷つけられた彼らの傷が大したことなかったなんて言わせない。
他に方法はなかったのか。銃を突きつけ脅しておいて平和を語るのか。彼らにそんな事を言った人間もいた。
しかしそんな事を言うのなら自分たちがやってみりゃいいのだ。
賭けてもいい。そんな連中の手では絶対に、一時的な平和すら訪れない。
背負ったものの重みに潰されるか、憎しみに呑まれて命を焼き合うかに決まっている。
だいたい人を非難する時に限っていつもの自分を差し置いて善人ぶるようなやつらに、
キラたちを否定する権利が何処にあるというのだろう。
「そんな彼らに世界が用意したものは、爆弾と、彼らの頑張りを無にする終わりの無い争いだった。
流石に本気で怒ったよ。これでも僕は彼らのことを自分の子供の様に思っていたからね。
………その時思ったんだ。
キラ1人が暴れたくらいで壊れる世界なら、いっそ壊れてしまえばいいってね」
もはやこの世界に愛着など無かった。
世界が1人を見捨てると言うのならば、1人が世界を見捨てても文句は言われない筈だ。
だから思った。
「キラが憎しみ続けるならその手助けをしてやろう。
キラが戦いから途中で逃げたくなったとしても、それはそれで構わない。
まあ、それだけだよ。そんなに大した理由は持ち合わせていない」
かつては平和の歌を奏でていた。自分とキラ、アスラン、マルキオ。それからラクス。
けれど指揮者の居なくなったカルテットは曲を終わらせることができずに、最後だけずっと繰り返し続ける。
1人演奏から抜けても。それが騒音だと否定されようと。
彼が彼女のことを想いながら弾き続けるのならば、自分も付き合おうと。
最後まで付き合った。ただそれだけのこと。
「さて、それじゃあ行こうか」
長話する余裕も無さそうだ。言いたいことは全て話したので行くことにした。
周囲の人間も再び集まり、死出の旅が再開される。
- 24 :
-
「なあ、ムウ。楽しかったなあ。ラクスのところに皆が揃ってた頃は」
「……」
「じゃあな。奥さんを大事にしろよ」
「あんたに言われなくても……そのつもりだよ」
「それは何より」
ムウの横を通り過ぎる。彼の表情に変化は無い。
だが強く拳を握り締める彼の姿を見て、もしかしたら彼とは親友になれたのかもしれないなとなんとなく思った。
もう、過去の話になるけれども。
廊下の先には広場。そこで待っているのは不恰好な台と銃を持った軍人。そして幾人かのお偉いさん。
ただ自分の死の為だけに集まった人間たちだ。
その光景を見ても怖さは無かった。
これまでにアイシャを失い、ラクスが死に、キラがいなくなった。もう自分しかいない。
アイシャと共に居た時。キラやラクスと暮らしていた時。自分の周りには光が溢れていた。
だが今感じるのは胸の中で風が吹いているような喪失感。
ば彼らのところに行ける。もし仮にそんな世界がなかったとしても、この喪失感を感じずに済むならそれもいい。
もしかしたら、キラもこんな気分だったのかもしれないな。
大事なものを失って。忘れられなくて。
でも託されたものがあったから、逃げられなくて。
だから、滅びに向かっていったのかもしれない。唯一の誤算はあの少女に出会ってしまったことだろうが。
死体を確認したわけではないのでできれば生きていて欲しいが、それを望むのは不相応だろう。
「最後に言っておくことはあるか?」
「僕自身のことについては何も。……ああいや、一つだけ。
今回の騒ぎ、全ての責任は先日死亡したというマルキオ導師とこのアンドリュー=バルトフェルドにある。
僕たちに付き従ってくれた者たちにはどうか、寛大な処置をお願いしたい。僕の望みは以上だ」
台に縛り付けられる。目隠しは拒否した。
せっかくここは光に溢れているのだ。目を閉じたままなんて勿体無い。
どうせ死んだら何も見えなくなる。
なら、自分から見ることを放棄しなくてもいいだろう。
「構え!!」
遠く、兵士たちが銃を構えた。もうすぐだ。もうすぐ逢いに行ける。
キラ。ラクス。少しだけ、自分の子供の様に思っていた少年たち。
アイシャ。心から愛していた女性。
話したいことが、土産話がたくさんあるんだ。
「楽しかったよなぁ……まるで、夢のようで…」
- 25 :
-
そう、楽しかった。
眩しくて、暖かくて、刺激的で。
一度死んだ人間が見た夢にしては、上出来すぎるほどの。
「本当に、楽しかった………」
「撃てーーーっっ!!」
体中に焼け付くような痛みが奔った。そして目の前の世界が闇に包まれていく。
全てが黒く染まりきるその瞬間。
自分に手を伸ばす女性の姿が見えたような気がした。
バルトフェルドが通り過ぎても、ムウ=ラ=フラガは振り向かなかった。
もう全てが終わっている。できたのはこんな事だけ。
説得も、戦闘も、決着も……今回の自分は最後まで役に立てなかった。
楽しかったと彼は言った。それは自分も同感だ。
だがもう終わった話。これからまた自分は明日に向かって歩いていかねばならない。
戦友をこの時間に残したまま。
遠くで何発かの銃声が聞こえた。そして静寂。
廊下に何かを叩きつける様な音が響く。去っていく人影。
へこんだ壁だけが、あとに残った。
ざわめく声。チカチカと会場のあちこちで光るカメラのフラッシュ。
満員の観衆は主役の登場を今や遅しと待っている。
かつてラクス=クラインの葬儀が行われた場所と同じ、プラントの首都アマリリスのスタジアム。
今日はここで戦いの終わりと功労者を讃える式典が行われようとしている。
始まりの場所で終わりを迎えることで、少しでも長くこの戦いを人々の記憶に残そうというのが議会の狙いらしい。
しかしいくらなんでも数が多過ぎだ。民衆を集めるにも程がある。
控え室で大勢の軍人と共にテレビを見上げながら、式典の主役たるシンは小さな声で呟いた。
めっちゃ帰りてえ。
- 26 :
-
「すごいですね、シンさん。見てくださいよこの観衆の数。
これみんなシンさんの姿を見に来てるんですよ? 凄いなぁ」
「いやほんと、押しも押されぬ英雄ですよアスカ先輩。これは以前の発言本気で謝らんといかんわ」
「やめんかこっ恥ずかしい。……ここまで暗い話題が多かったからな。
平和になったっていうことを喧伝する道化が必要なんだろ。
まあ皆が笑ってくれるんなら受け入れなきゃいけないんだろうけど」
すっかりシンに対する態度が丸くなったサトー少年、
そしてちゃっかりシンの右隣のポジションに陣取ったオペレーターの少女と話しながら、シンは軽く溜息を吐く。
イザークの思惑に自分の意思。これが最善の手だと言うことは分かっているが、それでも気乗りなんてする訳が無い。
まったくシン=アスカも偉くなったものだ。
その名は一部の人間を除いて嫌われ軍人の代名詞だった筈なのだが。
「つか、本当に軍には戻らないんですか?
前に言ってたことは納得できるんですけど、でもやっぱこの世界には先輩の力必要でしょ」
「んで、いつ第2のキラやラクスになるんだろうってビクビクしながら監視されるわけか?
正直勘弁願いたいな。俺はそんな人生送るより、ベルリンで仲間と一緒に地に足付けて生きていたい。
それより復興が落ち着いたらメールするから、暇があったら遊びに来ても構わないぞ」
「いいですね、それじゃメアド教えて貰っていいでぐはぁ!?」
「絶対行きます!!」
顔を側面から突き飛ばされ、目の前にいた少年が吹っ飛ぶ。続いてシンの視界に入ったのは目を輝かせた少女の顔。
別にそんなに焦らなくてもメアドを片方にしか教えないとか言った覚えは無いのだが、
少女にとってそんな事はどうでもいいようだ。
「く、首がヤバい方向に……先輩確か医者志望ですよね? 俺の症状は大丈夫なんすか!?」
「これはもうだめかもわからんね」
「絶望した!!」
「そいつはほっといて良いですから、シンさん早く教えてください」
「それちょっとひどくね?」
メアド以下の扱いってのは人としてちょっと厳しいと思うんだ。
「て、てめー覚えてやがれよ……? 報復として嫌がらせしてやる。
アスカさんとのツーショット写真、お前のやつだけ鼻下からのアングルで撮ってやらぁ!!」
「あ、いたの? ごめん気付かなかった。
あらやだ首が曲がってるじゃない。治してあげるわ、反対に曲げたら元に戻るでしょ」
「やめてあげて」
本気で怒った少女を背後から抱えて止めるシン。
控え室は歓談の声で満ちているが、それでも自分たちは少し騒ぎ過ぎだった。
呆れか怒りの目をする他の軍人たちにすいませんと頭を下げ、少女を引き摺りつつ部屋の隅へと移動を始める。
背後から聞こえてくるのは大人たちによる小言。
あれで軍人か。士官学校で何を習ったのやら。もげろラッキースケベ。
って最後の何だオイ。なんで俺が怒られてんの?
- 27 :
-
「待ちなさい。何処へ行こうと言うの?」
最後の発言をした人間を探すシン。首が傾いたままのサトー。瞳が濡れてきた少女。
そんな3人へ向かって静止の声がかけられる。
目にした方向ではモーゼの十戒の如く人が分かれ、その間から1人の女性が歩いてきたところ。
まるで小惑星の女帝並にカリスマに溢れたその姿に誰かが驚愕の声を上げる。
「ジャーン、ジャーン!!」
「げえっ、看護婦ーーっ!!」
語呂が悪いよ。そりゃちょっとは似てるけどさ。
てか颯爽と現れたこの人は誰なんだろう。サトーも少女も驚いた表情をしているのでどうやら彼らの知人の模様。
2人が知ってるのならボルテールの船員なのだろうが、生憎と自分の滞在期間は僅かだった。
あの時会話をしたのは整備班とパイロットの一部にブリッジ周りの女性兵士くらい。
記憶に無いのも仕方ない……いや待て、あの顔は何処かで見た覚えがある。確か
「フフ、よく私の前に現れたわねシン=アスカ。どうせ私の事なんか忘れてるんでしょうけど。
今すぐ私と拳を交えなさい。そしてその後、私を傷物にした責任をじっくりと――――」
「貴方は確か、ミネルバの医務室にいた……すみません挨拶もせずに。
って今はボルテールにいたんですか? 声をかけてくれれば挨拶に行ったんですが。
それと以前は申し訳ありませんでした。謝って済む問題じゃないってのはわかってますけど……」
間違いない。あまり医務室に行く機会はなかったけれど覚えている。ステラの件で気絶させたあの人だ。
シンは少女の身体から手を放し、看護婦に向きなおす。
もう随分時間が経ってしまったが謝罪だけはしておかないといけない。女性に手を上げたわけだし。
「え、知らなかったの? てか私の事覚えてたの?」
「そりゃまあ、一緒に戦った仲間ですし。……あんな事しちゃいましたけど」
「そっか……それならいいわ、うん。
ちなみにこの後時間とか取れる? ミネルバ時代の話とかしましょう?
レストランとバーと部屋はもう予約してあるから、謝罪はそこで受けるわ」
「待てやコラ」
遊ぼうか。そんな感じで背後から彼女の肩を掴む少女。
それに対し今良い所なんだから邪魔すんなと看護婦はその手首を掴み返す。
おーいサトーよ生きてるか? 危険を感じたシンは少年をダシにその場から離脱しようとするが、
当の本人からは頼むからこっちくんなと拒絶され続けた。
周囲を気にせずわいわいと騒ぐ4人。それを見た他の軍人たちが再び面倒臭そうに溜息を吐く。
彼らの思考はただ一つ。あの看護婦がいるということは、またボルテールか。
「若いですねえ……」
「娘や部下の育て方を間違えたのは認めよう。しかし私は謝らない」
- 28 :
-
コーヒーを片手に笑うアーサー。その隣ではボルテールの艦長が背中を煤けさせていた。
眼前では若者たちの大騒ぎの真っ最中。なんだかミネルバの空気を感じさせる連中である。
一応式典の参加も仕事のうちなんだけどなぁと呟くも、当然聞く者などいない。
「ま、顔に傷はつけないでくれるとありがたいかな」
まあ平和な事は何よりだ。シンもこれからは戦場を離れるのだから軍人らしく振舞う必要もあるまい。
だから思う存分味わえば良い。自身がその手で掴んだ平和を。
出会ったばかりの時とは違って、今の彼は笑えているのだから。
「出てきたぞ! シン=アスカだ!!」
「あれが自由落としの英雄か。また随分と若いもんだ」
「キャーッッ!! こっち向いて!!」
吹奏楽に合わせてゲートが開かれる。目の前には壇上へと続く紅い絨毯。そして満員の大観衆。
誰もが皆自分に注目し手を振っていた。
流石にこれだけの視線を集めた経験は無い。見ていると呑まれてしまいそうなので曲の始まりと共に歩き出す。
分かってはいたが周囲との温度差を強く感じる。
この式典には戦いでいなくなってしまった人たちを悼む意味合いもあった筈だ。
それに俺にとってあの戦いは辛いものでしかなかったのに。これじゃ
「まるで道化だな」
口から零れた自嘲は当然の如く歓声に呑み込まれた。
階段を上がる前に観衆たちに振り返る。再び湧き上がる歓声。
軍人席を見やるとオペレーターの少女も、サトーも、艦長も、先ほどの看護婦も、皆笑顔だった。
俺はこの笑顔に応えられる様な事をしたのだろうか。浮かんできた疑問はすぐに消えた。
とてもYesと言える気分にはなれない。
迷い無く自分の道を突き進むのが英雄の精神だ。世界を背負い続けるのがその定義だ。
ならばやはり自分は英雄になんて向いていなかった。力を捨てる判断は正解だった。
多分これがシン=アスカの限界なんだろう。
壇上で待っているのは正式に議長として就任することになったイザーク=ジュール。
シンは差し出されたその手を握り、彼と視線を合わせる。
プラントが世界に誇る2人の若き英雄、そのツーショットに会場内のテンションは最高潮だ。
「すまないな。こんな茶番に付き合わせて悪いとは思っている」
「別に構いませんよ」
- 29 :
-
きっとそれが必要だと思ったから受け入れた。
それだけのことだ。特に謝られる理由は無い。
「シン。お前はキラを倒した後、皆に英雄なんていらないと言ったらしいな」
「……ええ。まあ」
力を抜いた手は繋がったまま。握手をやめる前に言葉をかけられた。
シンは僅かに眉を顰める。イザークの握る力が少し増したからだ。
「俺も同感だ。人は力に憧れるが、この世界ではコントロールできた者は誰一人としていないからな。
ブルーコスモスしかり、歴代のプラント議長しかり、そしてキラしかり。……彼らの最後は大抵悲惨だ」
「今の貴方もそれの仲間入りしてるんですよ。気をつけてください」
「そうだな……今日までご苦労だった。
もうお前が戦うことは2度と無い。だから安心して休め」
「ええ」
そう言ってようやくイザークは手を放し、自分の席へと戻っていく。
シンは痺れた手をさりげなくブラブラさせながらマイクのある机へと向かった。
ここからは自分のスピーチの時間だ。
式の関係者からは好きなことを話せ、ただし現政権への批判はやめてくれとは言われているが
心のままに話せば良いとは思っていたのでぶっちゃけ何も考えてきていない。
あくまでお披露目に過ぎないので誰も内容なんか気にはしないだろうし。
「……?」
いや、もう考えなくても良いのかもしれない。
常人よりも優れたシンの目が見知った 『誰か』 を捉える。
視線の先はスタジアムの屋根の上、遥か遠く。
茶髪の青年が、ライフルを構えている。
「……はは」
狙撃にしても遠すぎはしないだろうか。
この距離では相手にスコープがあったとしても自分の顔が見えているとは思えない。
だが、シンはなんとなく彼に向かって笑いかける。
パン。
次の瞬間、シンの胸に紅い華が咲いた。数瞬遅れて何かが破裂するような音が周囲に響く。
凍った様に止まる時間。何が起こったのか理解できず静まる民衆。
シンが倒れるのと、会場内に聞き覚えのある声が響いたのは同時だった。
- 30 :
-
『皆さん、お久し振りです。僕はキラ。キラ=ヤマト。
今日は皆さんに告げたいことがありまして、黄泉路より戻ってきました』
屋根の上の人間、そしてその人物を移した大型スクリーンに視線が集まる。
映像に表れたのは間違いなくシンに倒された筈のキラ=ヤマト。
たった今までその死を悼み、そして喜んでいた筈の人間が生きていた。
観衆の混乱は未だに治まらず動くことすらできない。
だが、そんな彼らにも一つだけ理解できることがある。
ライフルを片手に長く伸びた髪を風になびかせ、いつもの穏やかな笑みを顔に貼り付けたキラ。
壇上には力無く倒れたシンの身体と広がる紅い血。
その構図が全てを物語るのだ。今、何が起こったのか。何をして何をされたのか。
「貴様ら何をぼんやりしてる、来賓を早く安全な場所へ連れて行け!」
停滞したままの空気がイザークの怒声によって切り裂かれる。
修羅場を潜ってきた経験からなのだろうか。誰よりも先に指示を出したのは流石と言うほか無かった。
その声に反応した護衛たちが来賓に覆いかぶさり、シホは即座にイザークの手を取り舞台裏へと駆け込んでいく。
『確かに先日、僕は敗れました。プラントと地球、それぞれの力を束ねることによって』
今では会場内のほとんどの人間の注意が、屋根の上の青年に集まっていた。
シンを心配する者は壇上に駆け上った彼の知己の人間だけ。
「シン、さん……? シンさん! ――――――しっかりして、お願い!!」
「アスカ先輩!! ちょ、なんだよこれ……なんなんだよォ!?」
「そんな…これ……うそ……」
「くっ、観客は姿勢を低くしろ! 警備班は門の閉鎖とキラへの対処を急げ! 発砲も許可する!!」
「ッッ!! 君たち、シンを動かすんじゃない! 何をしている医療班、早く来るんだ!!」
シンに駆け寄る少女と少年。呆然とした表情で彼らを見下ろす女性。
アーサーは3人を庇う位置に立ちながら一向に来ない医療班に声を荒げ、
艦長は冷静な声で命令を下しながらもその目は怒りに満ちていた。
「あ……」
- 31 :
-
倒れたシンの視界を占めるのは涙をこぼす2人。そんな彼らに少し申し訳ない気分になる。
俺なんかの為に泣くことなんてないのに。
自分の身体を揺さぶる手の暖かさに、ついそんな事を思ってしまった。
「泣くなよ。死んだりなんか、しないからさ」
「当たり前です!!」
「縁起でもない事言わないでくださいよ!!」
少女の濡れた頬を人差し指で拭ってやるが、再び涙が零れたので意味は無かった。
まいったな。女の子の涙は苦手なんだ。いや、得意なやつなんてあんまりいないだろうけど。
もう1度優しくなぞる。また濡れた。
優しく拭う。また濡れた。
優しく。
優しく。
優し―――小さな手に包み込まれた。どうやらもう拭わなくてもいいらしい。
ただ頬に触れてさえすれば、それで。流れていくものは止まる気配すら無いけれど。
でも本人がそれを望むのならばそれ以上する必要も無い。黙って為すがままにされておく。
だが、それにしても。
「疲れたな」
これで終わりだと思うとなんだか本当に疲れた。
動くはずの己の身体がひどく重く感じる。瞼は重く身体は冷たい。
もしかしてあの時のキラもこんな気分だったのだろうか。これは確かに怖くてたまらない。
だけど戻れるんだ。これでやっと終われるんだ。戦いの輪廻から普通の日々へと。
英雄なんてガラじゃないし、この世界にはもうそんなもの必要ない。
だから今は、少し休むだけ。
そう思いながら、ゆっくりとシンは眼を閉じた。
『しばらくの間、僕は剣を収めましょう。ですが、人々がまた愚かな行為を続けるようなら……』
スタジアムに鳴り響く声と民衆の動揺に構わず、シンの周りにようやく医師達が集まる。
彼らは議長直属の医師たちである。その腕は誰も否定しようが無い。
しかし持ってきていた道具程度では撃たれた胸の処置は難しいのだろうか、彼らの表情に余裕は無かった。
その周辺ではアーサーが医者の輪から離れた場所で立ち尽くし、紅服の少年は艦長に無理矢理引き離されていた。
先ほどまでシンに縋っていた少女は、ようやく近くにまで来れた女性にしがみついている。
騒然とする会場の中とは別の世界のように、この空間だけが静か。
- 32 :
-
そして、医者の1人がゆっくりと首を横に振った。
「おい、冗談止めろよ…。シン=アスカは英雄だぜ? こんなとこで、こんな死に方なんて……」
「うそ…嘘よ……。だってさっきまで元気だったのに。
私に笑いかけてくれたのに。ベルリンに遊びに行くって約束したのに。
私……わ、たし………言いたいことが、伝えたいことがあったのに……」
震える唇。止まらない涙。
それを拭ってくれた手はもう、動かない。
泣くなと慰めてくれる声はもう、聞こえない。
「い……」
眼を閉じたままの青年。
顔が青い。身体に力が入っていない。動く気配も無い。呼吸も無い。
もう、シン=アスカはいない。
「いやああああああ!!!!!」
少女の悲鳴が、1人の英雄の終わりを告げていた。
- 33 :
- 今日はここまでです
- 34 :
- ちょっと待てーーーー!!!!
だ、誰か嘘だと言ってくれ!!
- 35 :
- いやあああああああああ!!
…
ちょっと待て、ルナマリアとコニールはどこにいる?
- 36 :
- 乙です
なんという気になる引き・・・
シンの生還とオペレーターの少女の名前が明らかになることを祈ろう
- 37 :
- 全て終わった後の式典シーンも死亡フラグの一つだね
・・・しかしこれはもしかするかも
- 38 :
- GJ。素晴らしい引きです。続きを待ちます
- 39 :
- gj!こんなところで引きなんて生殺しだぁ!
というか・・・・・もしかしたらこれは・・・・・・・
- 40 :
- あと数回、穏やかなエピローグが続くだけ(それでも十分だった)かと思いきや…
英雄なままの現状だと結局何やかやで世間がほっとかないから、
静かな生活の為に大々的に死を偽装するというパターンは確かにあるが、
オペ子やサトーを大泣きさせてまでやらかすほど人が悪いとも思えないし、
終わったらベルリンに帰ると日頃から公言しておいてそんな真似したんじゃ
帰るに帰れなくなるだろうし…わからん、最終的にどっちに転ぶのか…
- 41 :
-
第41話 『手にしたもの』
キラの反乱から数年後の、ある晴れた冬の日。
ベルリンの街の一角にあるオープンカフェで、2人の男女が談笑していた。
「ふふ、それであの時2人は不機嫌だったんだ。女泣かせだなぁ……」
「いや泣きたいのはこっちなんですけど。なんで離れて見てた俺が大怪我してるのか未だに分からないし。
画面暗転させれば何やっても良いってわけじゃないと思うんですけどね、俺は」
男性は小さな診療所を経営している街医者で、名前はアレックス=ディノ。
美形ではあるものの黒髪に黒い瞳、中肉中背の何処にでもいるような外見をしており
小さめの眼鏡を掛けている以外は特に特徴の無い青年だ。
今日は所用の為に外出した所なのだが電車発車時間までまだ間があった為、
コーヒーでも飲もうと馴染みの店に顔を出してみたら暇そうにしていた店の看板娘に捕まったところである。
「それでアレックス君はなんでこんな所にいるの?
2人を誘って何処かに出かければ良いのに。せっかくの休日なんだから」
「それも考えたんですけど、ちょっと今日だけは1人で行かなきゃいけない場所があって。
電車が出るまでもうちょっと時間があるもんで、顔を覗きがてらコーヒーでもと思って来た訳です」
そう説明しつつコーヒーを口にするアレックス。
首筋に触れる風は結構冷たい。そういや今夜は雪が降ると天気予報でも言ってたっけ。
鍛えている自分はともかく目の前の女性は寒いだろうと思い
自分に構わず中には入るよう勧めたが、寒いの好きだから気にしないでと言われた。
働かなくていいのかという自分の副音声は聞こえなかったようだ。
まあ美人とお茶できるんだから別に良いのではあるが。もう目の前の椅子に座っちゃってるし。
「あ、ディノせんせーだ! こんにちは!」
「この際だから私もケーキ食べようか―――え? 先生?」
「ん?」
話を続ける2人に、1人の小さな男の子が声を掛けてきた。
この顔は何処かで見たことがある気がする。声にも聞き覚え。先生と呼ぶからには診療所絡みだろう。
記憶を辿ると該当する人物が1人。
- 42 :
-
「ああ、こんにちは。あれ、君は確かこの間の……」
「あれ? 今日一緒にいるのは看護婦さんじゃないの? もしかしてせんせー浮気中?」
「何を言ってるの! 先生に失礼でしょう!?」
元気な子供に挨拶を返す。その後ろから付いてきた母親らしき女性には会釈を。
しかし冗談だと分かる内容に過剰反応されても困るのだが。
彼女の中では自分は浮気とか平気でする人間だと思われているのだろうか。
……思われてるんだろうな。年頃の女性2人と絶賛同居。
「すみません先生。この子ったら…」
「別に気にしてませんよ。この年頃の子はなんにでも首を突っ込みたがるものですから」
「つっこみたがるものなのです」
「自分で言うんじゃないの!」
子供って本当フリーダムやなぁ。
「アレックス君、この子は?」
「患者です。腹が痛いって言って、この間ウチの診療所に搬送された。
……見たとこ、もうすっかり調子は良くなったみたいだな?」
置いてきぼりにされていた看板娘が会話に混ざる。と言われても患者と医者の関係だとしか説明しようが無いが。
以前、日付が変わるくらいの時間にこの母子が自分の診療所に訪れたことがあったのだ。
熱もひどかったにも関わらず何件か断られたらしく、容態が落ち着いた時には凄い感謝されたので覚えている。
めっちゃ眠たかったけれど。
「うん、貰ったお薬は苦かったけどね。凄く苦かったけど」
「2回も言うな。大体薬ってのはそういうもんなんだよ。良かったですね、お母さん」
「ありがとうございます。夜分に押しかけたにも関わらず、本当にお世話になって……そうだ!
お礼といっては何ですが、今夜私どもの家で食事でもいかがでしょう?
主人もお礼が言いたいと言っておりますし」
そう言ってくる母親。子供は面白そうに様子を伺っている。
他人の家の家庭料理に興味が無いわけではないが、それに甘えるのも憚られた。
第一、数回しか会った事ないし。
「いえ、これも仕事ですから。お気持ちだけで十分ですよ」
「そうですか……残念です…」
もしかして儀礼的なものではなく本気の誘いだったのだろうか。
言葉通り残念そうな顔をする母親。それを見た子供がはやしたてる。
- 43 :
-
「やーい! お母さん、フラれた!!」
「な!? こ、この子は!!」
「お母さん顔真っ赤〜! 逃げろ〜!!」
「待ちなさい!! ……すみません、失礼します」
「え? ああ、どうぞ。車には気をつけて」
走って追いかけていく母親と、こっちこっちと言いながら逃げ回る子供。
微笑ましくて笑みが零れてきた。こういう温かい光景は嫌いじゃない。
隣の彼女もそれは同感のようだった。
「意外だなぁ……ちゃんと先生やってるんだ。今度診療所を覗いてみようかな」
「別に構わないですけど。来たら茶と菓子くらい出しますし。
まあ、おじいちゃんおばあちゃんに捕まって話し相手にされるだけだと思うけど」
「アレックス君もそうなの?」
「俺たち3人は見合い話ですね、大半が」
もしくは看護婦たちをけしかけてからかうとか。
まあ良くある話だ。
「もうこんな時間か。そろそろ行きますね、俺」
「うん、じゃあねシン君。今回の相談料は楽しみにしておくから。甘い物希望」
「甘い物なら自分の店のケーキ食べれば良いでしょうが……って相談料取るんですか?
ったく……じゃあ駅裏にあるZEUTHって店のジャンボパフェでどうです?」
「あ、その店私常連だよ。ティラミスとロイヤルミルクティーも付けてね」
「はいはい」
何その3種の神器。スイーツ好きにも程があるだろうに。
考えただけで胸焼けがしそうであるが、そういや女性ってケーキバイキングとかできるらしいもんなぁ。
現にうちの2人こないだ行ってたし。
「そういえば見たい映画もあったなぁ……ついでに見に行こうか? 恋愛ものだけど」
「ま、まあスイーツ驕るためだけにあそこまで行くってのもアレだから、いいですけど」
「それで夜はディナーなんかも食べちゃったりして。
シン君アーガマって店知ってる? 評判良いらしいよ」
「アンタ鬼か」
そいつはまた分厚い料理出しそうな店名だな。つか貧乏医者の安月給なめんなよ。
いや実際はそこそこの収入はあるんだけれど、最新式の機材の購入費と維持費で首が廻んないんだから。
難しい手術も幾度か経験して機材のありがたさを実感したのは良いが、
裕福じゃない人からもそれなりの報酬を貰ってるってのが今の自分の家の財政状況を表しているわけで。
本当は「金なんかいらねぇ」って言ってやりたいんだがなぁ。レオリオさんは遠いぜ。
それと最終的に全部消える院長としての取り分より看護婦2人の給料の方が高いのは経営者的にどうなんだろう。
- 44 :
-
「あと、今の俺はアレックスだから間違えないでって何度言えば」
「ごめんごめん。じゃあね、アレックス君」
「ああ、それじゃまた」
笑顔で手を振る彼女に別れを告げて、アレックス―――シンは駅へと歩き出した。
周囲の店の男性従業員から放たれる嫉妬の視線。それを華麗にスルーしながら復興した街並みを眺める。
携帯を片手に通りを歩くスーツ姿の男性。
寒そうに店から出てくる学生たち。
犬の散歩をしている中年女性。
ベンチで肩を寄せ合いながら会話を楽しんでいるカップル。
幼い子供に手を引っ張られながら店に入る老人。
それはどこにでもある平和な風景。
かつての自分が必死になって求めた光景。
今はいない人達が、血に塗れても求め続けた光景。
ようやく、ここまで戻ってきたのだ。
かつての戦争の面影は完全に消え、大勢の人間が穏やかな営みを繰り返すベルリン。
いやその光景は今やベルリンだけのものではない。
世界は今、休息の時を迎えていた。
小競り合い程度の紛争ならばたまに見受けられるが、それでも大規模なものに移行する前に自然と沈静化されていく。
その理由はただ一つ。たった一人の人間の名を挙げれば説明できる。
キラ=ヤマト。伴侶の死をきっかけに、一時的ながら世界の全てをひっくり返した男の存在である。
生きているのは偽者で本物が死んでいる可能性も否定できないが、
この世界は死んだ筈の人間があっさり表舞台に蘇ってくることが多いので油断はできない。
いつまたあの狂戦士が表舞台に姿を現すか。しかもこの世界にはもう、シン=アスカはいないのだ。
戦端を大きくすればキラが現れるかもしれない。
石を投げればクライン派に当たると言われていた時期もある。彼らの目的は争いの根絶だった。
自分の背後にいる仲間たちがクラインのスパイの可能性だとしてもおかしくない。
ゲリラやテロリストからすれば、自分たちの命を生贄したうえそんな男を再び野に放つのは御免だということのようだ。
そうなるとキラを崇拝していた者たちによる蜂起も危険視されそうなものだが、そちらについても現状問題はないらしい。
死んでいた場合は戦うことなんて考えないだろうし、生きていたとしてもプラントで行ったあの狂言が功を奏していた。
彼らはキラが自身に勝利したシン=アスカに対し、暗殺という報復を行った事に失望したのだ。
正面からの戦いで復讐するならともかく、よりにもよってラクス=クラインの死に方と同じ方法とはと。
これでは過激派がいてもキラの名を使っての反逆などできないだろう。
その辺りは自分たちの決着を 「綺麗過ぎた」 と評したイザークの狙い通りにいった。
ちなみにラクスの名を使ったものはキラの敗北で一旦終わっているので当面こちらもその恐れは無い。
1度外した目にもう1度賭けるやつなんてそうはいないし、やったとしても今回以上のことはできないからだ。
- 45 :
-
正直これをやったら今後しばらく仲間にも逢えなくなるので自分は乗り気じゃなかった。
でも先日のザラ派の様にルナやコニールが自分がらみのゴタゴタに巻き込まれる可能性もゼロじゃない。
そうイザークに言われると自分はその案に協力するしかなかったのだ。
ちなみに戸籍はアスハがすぐさま用意してくれた。今の自分はアスハ家の元SP、アレックス=ディノ。
過去の書類や写真の改竄も済んでいるので、誰かが調べても自分がシンである証拠は出て来ないようになっている。
外出するにあたり黒のカラコンと眼鏡が手放せなくなったのが面倒と言えば面倒だが、彼女たちが危険な目に遭うよりは遥かに良い。
イザークがキラの戦いを無駄にしたくないとこの策を提案した時はどうなることかと思ったが、
とりあえず結果的には何も問題はなさそうだった。
しいて言うならあの場に居合わせた面々に自分たち2人が怒られたくらいか。
いやーそりゃいくら議長直々の説明 (弁解) があっても 「これにはターゲットも苦笑い」 とはいかんわなぁ。
女の子には号泣されながら抱きつかれて30分くらい離して貰えなかった。
俺もあれで結構頑張ってたんだけどね。周囲に疑われないよう一時的に仮死状態になる薬使ったし。
そういうわけでこの世界、表立っては平和だった。
だがこれがいつまで続くか分からない。キラの名前にも限度があるし、何より人は忘れていく生き物だ。
平和であることの素晴らしさと混迷の時代の苦しさを、傷が浅かった者はそれだけ早く消し去っていく。
続ける努力をしなければならない。
『戦争』は終わったが、『戦い』はまだ続くっていう事だろ。これからは武器を持たない戦いだ。
そう言ったのは先日我が家に来たオーブの国家元首だったか。たまにはあの女も良いことを言う。
その数時間後には人の家で同居人たちと凄い取っ組み合いをしやがったから説得力は皆無だけど。
いや武器は確かに持ってなかったけどさ。なんか違うだろ、あれは。
「お、誰だ。……この番号はルナだな」
携帯が鳴る。画面に映るのは携帯番号と『マイハニー』の文字。
あんにゃろまた勝手に人の携帯弄りやがったな。もっと他の名前は無かったのか。
『もしも〜し、シン? そういやあんた、今日はいつ帰ってくるつもり?
外で食べるんなら私たちも合流しようかなって思ってるんだけど』
「夕食までには帰るさ。あともう人前じゃその名前で呼ぶなよ? この間だってお前」
『はいはい、悪うござんした。んじゃアレックス、黄昏るのもほどほどにしときなさいよ』
注意する間もなく切られた。
なんだか機嫌がよろしくないようだ。まあその理由は分かってるわけだが。
ボルテールのあの子がまた看護婦さんと一緒にうちに遊びに来ることになったからだろう。
でも 「近いうち遊びに行きますね! 2人とも決着つけなきゃいけないし」 と
楽しそうな声で言われちゃったらこっちも断るのも難しいわけで。
- 46 :
-
原因がこっちにあるので仕方ないと言えば仕方ないのだが、自分を慰める事に慣れてしまった現状に溜息を吐きたくなる。
大体あいつらだって彼女たちが来た時こそ喧嘩するものの、なんだかんだで仲良くしてるくせに。
この前上記の4人にカガリ=ユラ=アスハが来た時でもそうだった。
殺意のSEEDに目覚めたカガリにファイナル・ルナにゴッド・コニールに神人・オペ子(仮)に日焼けした看護婦さん。
この5人による夢の競演の結果は、画面暗転した後に現れたシン=アスカの見るも無残な姿でオチがつき。
加害者たちと言えばお風呂タイムと夕食での宴会、夜のパジャマパーティーで仲良くなった挙句
帰る時の空港での見送りではそれぞれ目を潤ませながら別れを惜しんでいた。
重傷の身体で料理やおつまみを必死に作り、死にかけな家主の自分には一瞥もくれることなく。
「なんか腹立ってきた」
普通ならもげろとかとか言われても仕方ない境遇だろう。
しかし昨今のエセツンデレの如くフルボッコばかりでデレの無い現状には流石に理不尽さしか感じないわけで。
ささやかな反撃としてとりあえず今の電話の主の名前を誤射マリアに変えておく。
流石にブタマリアにする勇気は無い。この前酔っ払って口を滑らせたアスランが人間クレーターにされてたし。
つか今からこんな弱気で大丈夫か俺。
切符を買うと丁度電車が来たところ。駆け足で乗り込みベルリンを後にする。
電車に揺られて数時間。ようやく小さな駅に辿り着いた。
時計を見ると時刻は昼過ぎ。店で花束を購入して目的地まで歩く。
冷たい空気。弱々しい陽射し。自分以外誰も見かけない細い道。
時間が経つのが遅く感じるほど浮世じみた場所に、目的地はあった。
人気の無い小さな湖。
ここに彼女が眠っている。
「また来たよ、ステラ。あっちで元気にしてるか?」
応える者はおらず、その言葉に意味は無い。
けれどシンは花束をそっと水辺に置くと、湖の中心に向かって笑いかけた。
感謝の言葉を続けながら。
俺は、元気です。
君がいてくれたおかげで。
- 47 :
- 今日はここまでです
次は最終話とエピローグを続けて投下する形になります
日曜日の夜くらいにはいけるかも。順調に行けばですが
- 48 :
- 生きてた…よ、良かった…
やはりシンを闘いから完全に解放するのと、キラの生存と再起を匂わす事で
はねっ返りに歯止めをかけとく二段構えだったわけか。
しかしこうなると最後の気がかりはちびラク。
ミリィと一緒でなかったという事は、何か別ルートの手配をしてたという事
難だろうけどそれが次回のお楽しみと。
…しかし…GJ乙ながらもう終わりかと思うと……
- 49 :
- 乙です
シン生還おめでとう
前回のでキラが本当に生きててマルキオを殺したのもキラだったら面白いかなと思ったけど
48のいうようにちびラクと、キラ(の亡骸)の行方が気になるな。
週末が楽しみな反面、終わってほしくない気持ちが・・・
- 50 :
- 乙。すげえ良い・・・。
あれか、チビラクに関しては何故か馬車に揺られいて、
独り言を口にするかのように「誰かに」優しく語り掛けるのか。
そして帽子を深く被っていて御者の顔は良く見えないんだ。
・・・いや、すみません、忘れてください。良きラストを。
- 51 :
- あんまり予想を書きすぎると当ててしまったときに辛いぞ
それは何より乙
- 52 :
- あれ?
この看板娘ってスパロボでの嫁じゃね?
- 53 :
- スパロボにはあまり詳しくないんだが、セツコさんって人の事かな?
- 54 :
- 確かにせっちゃんぽいな
そういえば何でシンの正体知ってるねんw
- 55 :
- そう言えば式典の時にキラの代役やったのってやっぱりカナードなのかな?
髪の色が違うのはカツラで誤魔化してたってことでw
その辺のことも含めて次回も楽しみにしてます。乙でしたー。
- 56 :
- うーむやはりこうゆうことだったのかgjです
まぁ英雄が居れば、馬鹿共が騒ぎ立てるわけで
- 57 :
- 黒のカラコンに伊達眼鏡、髪もそれなり地味めに整えてるだろう
アレックス・ディノ先生の図を誰か絵心ある方にお願いしたい。
大雑把なイメージとしては例えば「ファイバード」の火鳥勇太郎の白衣モード的とか?
- 58 :
- 安心した乙
しかし英雄のままだろうと地味な街医者にカムフラージュしようと
どっちにしても周りの男どもからはもげろと殺意を向けられるのかw
- 59 :
- 瞬獄殺×5か。想像したくもねえ
つかよく生きてたなシン
- 60 :
- サトー少年のその後が気になってきた乙
- 61 :
- 普通にデートに誘われてるんじゃねーかシンよ
ボルテールの2人とも切れてないみたいだし
- 62 :
- 日付変わってもう昨日になってしまったが、東北の地震、関東でも結構な被害が出たと聞いている。
CROSS POINTの作者様は大丈夫だったんだろうか?
身体はもちろんのことだがPCのデータの方が…。
- 63 :
- 作者さんが生きてれば作品は生み出せるだろ
- 64 :
- 気にしてる人もいらっしゃるかもしれないので念のため
西の人間なので影響はありませんし作品もできましたが、投下は次の土曜の夜まで延期します
流石にそんな気分になれないですこの状況
- 65 :
- ご無事でなにより&延期了解しました、お気持ちごもっともです。
日頃共に読んだりレスしてたあいつやこいつも被災してるかもしれないと思うと…
- 66 :
- とりあえず無事でよかったです、延期は仕方ないですね
- 67 :
- 大阪より。皆さんと皆さんのガンプラの無事を祈りつつEX−Sに取り掛かります。
・・・・・・・・・・・・・・・・パーツ多い。
・・・・・・・いや、過去にアーマードな救世主を2度程作ったことを思い返せば・・・
- 68 :
- >>60
ディーヴァに突貫してブリッジを押さえ、血を吐く叫びで虎を動かし戦闘停止に大きく寄与したわけで
(表向き)シン亡きあとでは戦功トップクラスと言ってもいいんじゃないかな。
もっとも消去法的に次の「英雄」に祭り上げられるのは固くお断りしてるだろうけど。
- 69 :
- VF系は基本的構造が全部一緒だから複数組むとガチに滅入ってくるから困る。
- 70 :
- 明日投下で良いのかな?
- 71 :
- 作者氏のご気分次第かな。
もっとも状況は一向に好転してないしまだまだかかるのかしらん。
- 72 :
- 東電関係で規制に引っかかってるんじゃないの
最終話を代理投下ってのも味気ないだろうし
- 73 :
-
湖に置いた花束は揺れながら沈んでいき、水面は次第に曇ってきた空を映し出す。
今夜の天気予報は雪だったから、もうじき降りだすのだろう。
何で今日に限ってと思わないでもないが、そう言えば彼女が此処で眠りに就いた日も雪が降っていた。
これもめぐり合わせというやつなのか。
シンは眼鏡とコンタクトをケースにしまいながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「さて、何から話そうかな……」
実はこの場所にはしばらく来ていなかった。前回はキラとの戦いが終わってから数ヵ月後。
かつての約束通り、ムウ=ラ=フラガと2人だけで来た。
あの時は彼に遠慮してしまいちゃんとした報告をすることができなかった。
それからも此処に来ることは出来たのだろう。けれど彼女と逢うのは自分の道を定めてからにしたかった。
だからベルリンの復興を終わらせて勉強して医師の資格も取った。
勿論資格を取ったらそれでゴールと言うわけじゃない。
戦争による影響で医師資格は成績が良ければ短い期間で取れるようになっていたが、実力もつけねば話にならない。
寝る間も惜しんで研修に行き、勉強も続け、ローン組んで貯金もはたいて診療所を作った。
作ったら作ったで目の回る様な忙しさだった。
看護士の資格を取って自分を助けてくれた彼女たちの存在が無ければ厳しかっただろう。
けれど、それまでの日々は本当に充実していた。目的に近付いていることを実感できた。
自分1人の力では到底ないけれど。今なら少しは胸を張ってステラに逢えるかなと思えるようになった。
そして今日ようやく、ここに来ることが出来た。
話したいことはたくさんある。だから遠慮なく喋らせて貰おう。
辛かったことや悲しかったこと。
怒ったことや楽しかったこと。
また明日。君にそう言われてから今日まであった事を、全部聞いて欲しい。
「なあ、ステラ。この前は話せなかったんだけど……」
いろんな事が、あったんだ。
最終話 『光る風の中』
自分たちは働きすぎじゃないだろうか。
オーブの国家元首、カガリ=ユラ=アスハはそう思いながら茶をすすった。
- 74 :
-
ここはオーブ国防総省の執務室。休憩がてらに部屋の主である仲間の様子を見に来たところである。
ソファに座ってくつろぐ彼女とは別に、部屋にはもう1人人間がいた。
山の様に積み上げられた書類に必死にサインしている男性。
アスラン=ザラ。彼は今、中将に昇進していた。
別に未だに代表の座に居座っている自分の贔屓などではない。彼自身の働きによる純粋な評価である。
なんだかんだ言ってこの男、真面目に働くことが好きなのだ。
「ザラ中将。あまり根を詰めすぎるな」
「カガリ、いやアスハ代表。そういうわけにもいきません。時間は有限なのですから」
少しは休むよう勧めて見るが断られた。
確かに時間は有限だ。彼が現在行っている仕事は最優先事項の一つでもある。
それに加えてこいつは頑固だ。これ以上言っても聞きはすまい。
まあいいか。もう少ししたらこいつは必ず休憩に入るだろう。
何故かと言うと―――
「失礼します」
ペンの鳴る音と茶を啜る音のみが響く部屋。そこにスーツ姿の女性が入ってきた。
誰かと思えば退職したメイリンの変わりに入った秘書だ。
秘書になってからしばらく経つのに、まだ仕事に慣れないらしい(アスラン談)。
「ザラ中将、その…」
「なんだ。今忙しいんだ、報告は手短にしてくれ」
「はい、申し訳ありません。たった今奥様が娘さんを連れて会いに来ま―――ひっ!?」
アスランが机から、まるで蛙のように予備動作も無く跳ねた。これはまさしくアスランジャンプ。
重力を無視したかのようなこの飛翔、やられた方からしたらこれほどトラウマになりそうな物も無い。
そういえばかつての自分もこの技見たときに殺されかけたっけ。
空中で無駄に回転しながら沈み込むように着地。その勢いで花瓶の花びらが舞いあがり、花吹雪のように降りてくる。
なんだこの演出。
「ちょ、ちょっと、中将!? 待ってーーー!!」
「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」
そして猛烈なダッシュ。そこまで娘に会いたいか。
目を血走らせて家族の許に向かう男と、それを追う秘書見習い。部屋に静けさが戻る。
別れて正解だったかなと昔好きだった男のアレな姿にドン引きしながら溜息をついた。
でも少し、いやかなり羨ましい。それというのも最近の友人たちの恋愛事情。
シホは近くイザークと結婚予定だし、ミリィはディアッカとよりを戻してからは上手くいっているらしい。
アスランにしてもそうだ。娘自慢は正直ウザいしまだ結婚どころか恋人もいない自分に対する配慮も欠けている。
けれど彼は今、本当に幸せそうだった。
本心を隠さず言わせて貰えれば、やはり幸せな彼ら夫婦は羨ましいし少し悔しい。
もしかしたらあの幸せ空間の中にいたのはメイリンではなく、自分だった可能性もあったのだ。
- 75 :
-
「人生って、ままならないよなぁ…」
再び来客用のソファに腰を落とす。口から零れるのは溜息ばかり。
不意に部屋のドアが開かれた。ノックも無しに部屋に入ってくる人間は1人しか心当たりが無い。
「やっぱりここにいた……どうしたの、オバさん」
「せめて漢字表記しろよな、叔母さんって。ったく…アスランだよ」
「ああ、れいのぱたーんってやつね。やれやれ」
入ってきたのは最近生意気になってきたピンク色の髪の少女。ミリィ経由でキラから託された、彼の娘である。
もっとも娘とは言っても血の繋がりは無く、養女みたいなものだったらしいが。
当然アスランの現状も知っているので、彼女もげんなりとしている。
「で、むかしをおもいだしてしずんでるんだ。だったらほかのおとこでもつかまえたら?」
「子供が知ったげに言うもんじゃないの。それにここのところ、いい男にめぐり合えない…」
「なぁんだ。ないのはいろけだけじゃなくて、おとこうんもだったのね」
「コイツ可愛くないなぁ……」
人の傷口を抉るの言葉に、カガリはつい不貞腐れてしまう。
この年齢でこの性格。本当にキラの娘なのだろうか。せめて可愛い盛りの時に引き取りたかった。
つーかあんまりだ。この状況。
まだ四捨五入しても30にならないのにオバさん呼ばわりされ、男は寄り付かず。
パーティーがあるので格好つけてスーツをキメたら、熱視線を送られるのは女性ばっかりだし。
やはりこの間オーブテレビのスポーツ番組に出演したのがまずかったか。
やらせ抜きでプロスポーツ選手(男)に勝っちゃったのが。ビーチフラッグで2連覇達成しちゃったのが。
いや待て。ビーチフラッグ?
ビーチフラッグでは、周りの状況を見て旗を変えたほうが良い場合もある。これを恋愛にあてはめると……
イザーク:アウト (シホ)
ディアッカ:アウト (ミリィ。別にいらん)
アスラン:アウト(バカ。嫁持ち)
シン:セーフ (ある意味アウト)
キサカ:アウト (加齢臭)
……ってシンしかいないじゃないか。ルナかコニールかで未だにはっきりしてないあの男。はっきり言って論外である。
あ〜でも最近丸くなって私に結構優しいんだよなぁあいつ。実はあの顔結構タイプだし。
分の悪い賭けは嫌いじゃないし、それにあいつゲットしたら私がこの作品のヒロインということになるかも……。
ふむ、ヒロインか。懐かしい響きよ。
かつては自分もその末席に名を連ねていたことがあった。本当に過去の話だが。
弟だったり勘違いの恋だったりモミアゲだったりでろくな目に遭ってないけれども。
というか脇キャラならともかく一応ヒロイン名乗れた身なんだからフラれても他のヒーローも宛がってくれよ。
そんなカガリの目に、遠くの方でジャージ姿の貧乏そうな女性が手招きしている幻覚が映る。
すんません、まだそっち行きたくないです。風のニルチッイルートだけは勘弁してください。
- 76 :
-
「ふむ、風か……」
乗りてえ風に乗り遅れたヤツは間抜けってんだ。
その言葉を思い出すとなんだか無性にテンションが上がってきた。確かに戦うのは今をおいて他に無いのかもしれない。
ヒロイン、カガリ=ユラ=アスハ。
なんと聞こえのいい言葉か――!!
「よし、決めた! こうなったらアスカハーレムに突入してやる!」
「ちょっとなにいってるのかわかんないです」
「待ってろよシン〜! ヒロインの座、大外から私が貰った!!」
思い立ったら吉日。今すぐベルリンへ行ってやる。
さっきまでいた友人のように、ソファから予備動作も無く跳ねあがる。
そしてそのまま外に向かって駆け出した。
「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」
義理の娘を、置き去りにしたまま。
いきなりアホな事を叫んだ後、自分の保護者は出て行った。
少女は。ラクス=ヤマトは溜息を吐く。
「なんだかなぁ……」
1年以上前にオーブに来てからというもの、ずっとこの調子だ。
周りの人間の変なテンションに流され続けるばっかりで
「さびしがるひまもないよ、おとうさん」
窓から空を見上げる。思い出の中の声でおとうさんが言った言葉。何だっただろうか。
確か「良い子にしてるんだよ」と「帰りは遅くなる」だったはず。
そう、あの時おとうさんは帰りが遅くなると言ったのだ。
あの後ミリアリアおねえちゃんに連れられてオーブに来てから、沢山の人たちからおとうさんの行方を聞いた。
返ってきた答えは全て同じだった。キラおとうさんはもうこの世にいないということ。
でも自分はその話をあまり信じられなかった。
だっておとうさんはあの時言ってくれたのだ。必ず帰ってくるって。
そしておとうさんは私との約束は必ず守る人だ。ならいつか、絶対に帰ってきてくれるだろう。
- 77 :
-
だから。その時まで。
「うん。わたし、いいこにしてる。だからはやくかえってきてね、おとうさん」
頑張って良い子にしていよう。そして帰ってきてくれたら、それをおとうさんに自慢するのだ。
そうしたらまた、頭をいっぱい撫でてくれるだろう。自分も思いっきり甘えよう。
そして、今度こそずっと一緒に。
空はこの上なく蒼く染まっている。おとうさんと始めて会った時と同じ、いい天気。
見ているとなんだか嬉しくなってくる。笑っても良いかな、そう思えてきた。
以前は笑えなかった。ママも自分もひどい目にあったから。
でもおとうさんのおかげで笑えるようになれた。なら、おとうさんの事を思い出して笑うのも悪くないだろう。
少女は。
おもいっきり、笑う事にした。
「フゥハハハァーハー!! 今度こそ、今度こそヒロインの座をーー!!!」
「良く来てくれたな! パパでちゅよーー!! ちくしょう、自分の娘ながらやっぱ可愛いすぎるぞ!!
目は俺に似てるし、鼻は俺に似てるし、髪の色も俺譲りだし!!
やらん、絶対嫁にはやらんからなーーーー!!!」
………言っておくが、今の笑い声は私じゃない。
一気に力の抜けた体を引き摺り、ソファに腰を下ろす。
ノックの音と共にキサカおじさんが部屋を覗いてきて、あの2人は? と聞いてきた。
言葉も無く2人が行った方向を指差す。おじさんは礼を言って去って行った。
遠く聞こえてくるのは未だに続く自分の保護者とその友人の (変な) 笑い声。
そのあとに仕事せんかー!!というキサカおじさんの声が聞こえた。
ここにはやっぱり変な人しかいない。その最たるが自分の保護者と言うのは悲しいことこの上ないけど。
溜息を吐いた後、お父さんに向かってもう一度だけ呟いた。
「あ〜でもおとうさん。わたし、おとうとやいもうとはとうぶんできないとおもう」
わたしが男だったらゴメンである。多分10年後くらいには国と結婚したとか言い訳してるんじゃなかろうか。
そう思いながら空を見上げると、想像のおとうさんはちょっと困った顔をして笑って―――
- 78 :
-
「空なんか見上げても、お前のおとうさんはいないぞ」
おとうさんの困った顔は、無愛想な声に掻き消された。
ラクスは声の方向に振り返る。いつの間にか部屋の隅に男が立っていた。
黒い髪に紅い瞳。この姿、何処かで見たような気がするが。
「あなた、だれ?」
「……シン=アスカ。お前をさらいに来た」
その名を聞いてニュースで見たのを思い出した。おとうさんの友達だった、シン=アスカ。
確かおとうさんと同じくもうこの世にはいないって聞いていたけど、なぜ此処にいるのだろうか。
それにさらいに来たってどういうことなのか。予期せぬ急展開に判断が追いつかない。
とりあえず大声を上げるか走って逃げるかしないといけないんじゃないだろうか。
「わたしを……」
「ん?」
ソファの後ろに隠れ身構える。近付いてくる様子が無いのに少しだけ安心するが
自分をさらうと言った目の前の男はおとうさんを殺したと言われてる人である。
オバさんもまだオーブの偉い人だし、自分を使って何か悪いことをするのかもしれない。
「わたしをさらって、どうするつもり……?」
「さてな。ああは言ったけど、正確には実行犯は俺じゃなくてこいつだから」
そうシン=アスカは言うと、いつの間にか後ろにいた男の人を指差した。
茶色の髪にサングラスをかけた男の人。
その人が視界に入った瞬間、何故か心臓がどくんと跳ねた。なんなんだろうこの感覚。
そんな戸惑う自分に構う様子も無く、男の人は微笑みながらサングラスを外して―――
「………え?」
外した、顔は。
「元気そうで嬉しいよ。ラクス」
今さっき思い描いていた、おとうさんの顔にそっくりで。
- 79 :
-
「背、かなり伸びたね」
自分が求めていた優しい笑顔で、こちらをみつめている。
「ほん、もの……?」
全細胞がその疑問に肯定を示している。けれど俄かには信じられない。
確かに生きていて欲しいと強く願っていたが、世界中の人間がおとうさんを死んだものとして扱ってるのに。
思わず頬をつねる。あんまり痛くは無いが、触ってる感触はしっかりわかる。
どうやら夢でもなさそうだった。
「もちろん。別に幽霊とかじゃないよ? ほら、足だってあるし」
「死人ではあるけどな」
「それ君が言うの? アレックス=ディノさん?」
「うっせー嘘つきのネオ=ロアノークの分際で」
アレックス? ネオ? キラじゃないのならやっぱり別人?
話の内容が読めずに呆然としている自分を無視して2人の男は軽口を叩き合う。
シン=アスカに促されておとうさんに似た人は自分の前まで歩いてくると、膝をついて目線を合わせた。
伸ばされた手が、自分の頭を優しく撫でる。
「約束通り、良い子にしてたみたいだね」
優しい声。髪を滑る指先。自分を見つめる瞳。
それらは全て過去の自分が経験したものだった。そして2人でした約束も知っている。
偽者なんかじゃない。間違いない。此処にいるのは。
目の前にいるのは―――
「お……おと…おと……」
「ただいま」
身体が勝手に爆ぜた。その名を口にする前に、勢い良く腕の中へと飛び込んだ。
背中にまわる腕。懐かしい匂い。暖かい胸。心臓の鼓動。
それらの全ても先ほどと同じく過去の記憶にあったものと同じ。
心のどこかで諦めていたものが今、間違いなく此処にある。
「うえ……」
- 80 :
-
約束は果たされた。
少女の願いは叶った。
張り詰めていたものが、切れた。
「うええ……」
思い切り甘えようと決めていた。おかえりなさいと言うべきなのはわかっていた。
けれど身体が言うことを聞いてくれない。
「うええええ……」
少しでも多く身体を密着させるのに精一杯だった。
その温もりを感じるのに精一杯だった。
夢ではないと自分に言い聞かせるのに精一杯だった。
それ以外に割く余裕なんてありはしなかった。
「うえええええええええん!!!」
少女はこの時、初めて知った。
人は嬉しい時にも泣けるのだと。
「まいったな……もう泣かないでよ、ラクス」
「父親が帰ってきたんだぞ。今くらい存分に泣かせてやれよバカ」
思う存分泣き喚き、ラクスと呼ばれた少女はようやくぐずつくまでに収まってきた。
困った顔で彼女を泣き止ませようとするキラをシンは止める。
泣きたい時には泣けばいい。それが子供で、しかも家族が帰ってきた時ならば尚更だ。
「父親、か。今の僕にそう呼ばれる資格はあるのかな」
少女を抱き締めたままキラはシンに問う。その目に見えるのは迷い。
求めていたものを無事に手に入れて急に不安になったのだろう。
だがシンはここに来て今さら泣き言かとキラを責める気にはなれなかった。それはかつての自分の姿だ。
「悪いな。あの時、楽にしてやっても良かったんだが」
- 81 :
- 支援
- 82 :
-
こいつの犯した罪は簡単なものじゃない。
例え彼女という救いが傍にあったとしても、いやあるからこそより傷付いていく。
犯した罪が消えることは無く、もうこの子の親に相応しい人間にはなれないのだから。
無論キラをこんなに慕っている彼女はそんな事を欠片も思わないだろう。
けれど彼女のことを思えば思うほど、キラは自分の犯した罪に苛まれていくのだ。
これもヤマアラシのジレンマと呼べるのだろうか。
あのまま月面で死んでいた方が彼にとってはまだ救いがあったのだろう。
死んでいれば少なくとも己を責める苦痛からは逃れられただろうから。
「でも、苦しみながら生きていくんだよ。アンタはこれから」
「………それって、良いのかな?」
「いいんじゃね」
けれどこいつは生きていた。
自分に残した死にたくないという言葉。それを示すかのように意識を手放しても尚、身体が死に抗っていた。
当初自分はその抵抗を無視するつもりだった。苦しむ姿に止めを刺してやろうと思ったことも否定はしない。
けれど銃を手にいざ行動に移そうとしたその時、友人の声が頭の中で響いたのだった。
それはかつての自分を救ってくれた言葉。
「どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう?」
それを聞いた途端、キラは一瞬驚いたように目を見開いた。
そして意地悪そうに笑いながら此方を見やる。
「シン。それって誰かからの受け売りなんじゃないの?」
「なんでそう思うんだ?」
「僕を助けてくれた 『彼』 も誰かにそう言ってたからさ」
容態が落ち着いた頃に本人から直接聞いた話だが、キラもあの花畑まで行ったらしい。
自分の時と違い目の前には川があって、その向こう岸で何人かがこっちには来るなと騒いでいたとのこと。
しかし周囲には他に誰もいないのでこれくらいの浅さなら行けるなと川を渡ろうとしたところ、
突如現れた何者かが放ったケンカキックによってぶっ飛ばされたとかなんとか。
んで目が覚めたらベッドの上だったと。
「……あいつめ」
それが誰かなんて言うまでも無かった。無愛想な金髪の少年の姿が脳裏にちらつく。
自分の時といいその件といい、あいつちょっとアグレッシブすぎだ。
心配してくれるのは確かにありがたい。ありがたいが死んだ後まで他人に尽くさなくても良いのに。
まあキラに恨みを篭めた一撃を叩き込みたかっただけという可能性は十分にあるけれども。
それに目の前のこいつも、その事に気付いても普通は知らない振りをするもんじゃないのかと思うんだが。
良い言葉には違いないわけだしさあ。もっとこう……ねえ?
- 83 :
-
「でもまあ、彼に言えなかったぶんも君に言っておくね」
「あん?」
ブツブツと愚痴る自分に向かってキラは向き直る。その目はいつの間にか真剣なものになっていた。
少女を抱き締める腕を少しだけ強め、僅かに頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。生きていて、まだ生きることができて嬉しいよ僕は」
完全な不意打ちだった。シンは僅かに頬を染め顔を背ける。
こいつに此処までストレートに感謝されたのは初めてだった。
これじゃ本当に、俺たちが友達みたいじゃないか。
「ばかやろ、アンタが死に掛けたのは俺のせいだぞ。礼を言う相手が違うだろ」
「いやだから彼に言えなかったぶんもって先に断ったじゃないか」
「それは聞いたけど、でもやっぱり俺に言う必要は……ん?」
キラと会話を交わすうち、涙を目の端につけたままぼんやりとこっちを見ているラクスと目が合った。
その瞬間シンは肝心なことを忘れていることに気付く。
なんだか2人して勝手に盛り上がっていたが、彼女の意思を聞いていなかった。
とりあえず彼女の前まで歩き、キラと同じく片膝をついて視線を合わせる。
「えーと、その。……まあ、そういう訳なんだ。大人しくこいつにさらわれてやってくれないか?」
「え……?」
「こいつは、君と一緒にいたいって言ってる」
英雄キラ=ヤマトはあの戦いで死んだ。だから今のこいつは死人だ。
戸籍は用意したが顔をいじったりしない以上、しばらくは人目のつかない場所で暮らすしかない。
となると彼女がこのままアスハの許で暮らし続けた場合、当然2人が逢うことは難しくなる。
世間がキラの事を忘れるまで最低でもあと5年。生き残ってしまったキラにとってそれは酷だ。
少女の方は歴史の表舞台には立っていないので、書類を少し弄ればいくらでも融通は利く。
だから2人が共に暮らすにはこれしかなかった。
勿論それは無理強いさせるものではなく、彼女の合意が必要ではあるが。
少女はキラから離れ向き直る。
そして目の前の父親の目をじっと見つめ、言った。
「おとうさん。わたしも……わたしもおとうさんといっしょにいく!!」
「いいのかい? 皆としばらく会えなくなるよ?」
「おとうさんがいるならそれでいい!」
そう言うと再びキラに抱きつくラクス。もう離さないとばかりに手に篭もった力は強い。
その姿を見たシンとキラは軽く頷く。
結論は出た。そして此処はあまり長居して良い場所でもない。
- 84 :
-
「それじゃお言葉に甘えて、今から君をさらうからね。よっと」
「ひゃっ!?」
キラはラクスをお姫様抱っこの形で抱え上げ、窓へと向かって歩き出す。
しゃんと伸びた背中。その歩みに迷いは無い。
自分の選択は間違いではなかったのかなと思いつつ、シンはその背中に声を掛ける。
「これからお前、どうするんだ?」
振り返らぬまま、キラは答えた。
「そうだね……僕は、この子と一緒に生きるよ。とりあえずはそれが全てだから。
一緒にいろんな所に行って、美味しいものでも食べて、この子が連れてきたボーイフレンドの腕を捻りあげて……。
その間にもう一度じっくり考えてみるよ。そのための時間はきっと、いくらでもある筈だから」
「突っ込まないからな」
いろいろと台無しだった。
馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、1度死んでも治らなかったこいつの馬鹿は結構凄いのではないだろうか。
「じゃあね」
「とっとと行け。他の奴らにゃ俺から言っとく」
歩みを再開するキラ。
彼らの目の前に広がる青空は2人の心の様に晴れやかだった。
窓を開くと部屋に風が入り、机の上の書類が何枚か宙に舞う。
「行くよラクス!!」
「うん!!」
チラリと背後の自分を見やり、そして窓から飛び降りたキラ。
ラクスは自分に初めて満面の笑顔を見せながら手を振り、そして視界から消えていった。
「………」
シンはぼんやりと2人が消えた窓を眺め続ける。その目は眩しいものを見た様に細められたまま。
実際眩しかった。それは反射された日光が目に入ったからではない。
飛び散った書類を拾い集め、溜息を吐く。
「俺も、偽善者なのかもな」
- 85 :
-
どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう。
先ほど言った言葉。それは数え切れないほどの命を奪った自分たちが言って良い台詞ではない。
かつての自分ならばまず間違いなくそう思っていた筈だ。
けれど今の自分たちには大切なものができた。生きる理由ができた。
ならば背負った罪で道を決めるのではなく、決めた道で罪を背負うべきなのだ。
悲しみや後悔の涙など、切り捨てられていった者の痛みへの免罪符などになりはしない。
そして奪った果てが辛気臭い後ろ向きの生なら、それこそ奪われた命への冒涜にもなる。
……加害者の言う台詞じゃないなぁ。やっぱり。
大切なものの存在を言い訳にして、自分の罪を忘れてしまおうというふうにも聞こえる。
人を殺しておいて、尊い犠牲だったみたいな事をぬかしてるように感じる。
過去の悲しみを薄め、目先の幸せばかり美辞麗句で肯定する偽善者。今の俺をそう言わずに何と言う。
「けど」
脳裏を過ぎるのは2人の女性の笑顔。紅い髪と茶髪のポニーテールが揺れる。
彼女たちの傍にいられるのなら。たとえなんと罵られようと。
「それでも一緒に生きていたいんだよな。あいつも俺も」
視線の先、遠くで弾むように走っているのは2人の親子。
父親の足取りは軽く、娘は笑いながら抱きついてその揺れを楽しんでいる。
その光景を目にしたシンは、彼らの幸せな未来を幻視した。
きっと男は2度と戦場には戻らずに、ごく平凡な父親として一生を全うするだろう。
娘と共に笑って泣いて怒って喧嘩して仲直りして彼氏の腕を捻りあげて結婚式で泣いて孫の顔を見て。
そして暖かいベッドの上で、多くの家族に悲しまれながら静かに眠りにつく。
傍らにいる最愛の娘にありがとうと感謝の言葉を述べた後、穏やかに微笑みながら。
これからの人生、犯した罪を赦されることは一生無い。
死んでからの土下座行脚も確定してる。
ただその時までに、そんな救いもあったって良いんじゃないか。
俺はそう、思うんだ。
- 86 :
-
「うわ、こっちはこんなに降ってたのかよ……」
話すだけ話して彼女に別れを告げ。今は駅からの帰り道。
夕方から降り始めた雪は夜になって少しずつ強さを増してきていたようだ。
傘なんて気の利いたものは持ってない。街外れの細い道に、雪をしのげるような場所も無い。
そんな事を考えるよりは早く帰ったほうが良いだろう。あの2人を待たせるのもなんだし。
携帯の電源を切っていたのを思い出し、ポケットを漁る。
電源を着けると案の定メールが来ていた。
車の通りも無いので事故を気にする必要は無い。視線を携帯に向けたまま歩く。
なんかいつもより多いな。
『見てよシン、僕のラクスの可愛さを! この白いドレス、今度幼稚園で白雪姫の劇をやるんだって。
あ、でもいくらラクスが可愛いからってフラグ立てようとか考えちゃダメだよ?』
思うか馬鹿が。
『ごめんなさい、おとうさんがごめいわくをおかけしてます』
いえいえ。劇の練習頑張りな?
あと王子様役の子には逃げろって言っとけ。腕を捻られるから。
『なあうちの娘なんだけど、幼稚園は公立と私立どっちが良いかな?
俺としては、娘は俺に似て才能に溢れてるのは間違いないだろうから私立が良いと思うんだが……。
ちなみに5歳以降になったらお前には逢わせないのでそのつもりで。おじさまとか呼ばせると思うなよ?』
テメーもか馬鹿2号が。つかまだ生まれてからそこまで時間経ってねーだろーが。
気が早いのも大概にしとけ。
『私は公立で普通に育てた方が良いと思うんだけどね』
なんで俺経由? せめて俺じゃなくて姉に相談しろよ。
つかお前らそういうナイーブな問題は直接話し合いなさい。
『やあシン、元気にしてるかい? こっちに来たらまた酒でも飲もう。最近のミネルバは暇なんだ』
すいません、俺まだプラントに入ったらヤバいんです。
飲むならこっちに来て貰うしかないんで。申し訳ない。
『ヴィーノが近く結婚するってさ。逆玉で年上美人だぜ羨ましい……。
来れないのはわかってるけど、匿名で花束ぐらい贈ってやれよ?』
変装しても駄目だろうしな。ルナに頼むことにするわ。
しかし年上美人か……ありだと思います。
- 87 :
-
『ルナマリアに頼んでいらなくなったナース服貰えねえかな?
コニールのじゃミリィにサイズ合わないしさぁ。主にバストサイズの問題で』
そのままコニールとミリアリアさんのメアドに転送。
『あとちょっとで休暇です! ベルリンに行くの今から楽しみだなぁ。
そう言えば確か、前行った時に建設中だったレジャー施設、あれ完成したんですよね?
温水プールとかあるって言ってたし、水着もっていこ。当然きわどいやつですようふふ。
シンさん、もうすぐ愛に生きますので待っててくださいね!』
またコニールが悔し泣きするわけですね、わかります。
あと最後のやつ誤字だよね?
他にもサトーや看護婦さん、ジュールさん (嫁の方) にアスハまで来てる。
新着メールの山に思わず溜息を吐いた。いくらなんでも多すぎだろコレ。
皆きっと、誰かさんたちから今日俺がステラに逢いに行くと聞いたのだろう。
おせっかいな奴らめ。別にもう落ち込んだりしないってのに。
携帯を閉じて徒歩に意識を戻す。ベルリンの寒さにはある程度慣れたが、好きかと言われるとそうでもない。
首筋に雪が入り思わず肩をすくめる。空を見上げると粉雪が勢い良く舞っていた。
まるで漆黒に染まりそうな空を、白い粒が必死に阻んでいるかのように。
その光景はどこか、この世界の現状に似ていた。
もう、俺が気にすることではないけれども。
「………」
力に対する未練が無いと言えば嘘になる。かつての自分の夢は 「自分の手で世界を平和にする」 だったから。
けれど英雄の座を捨てたのもまた自分だ。その手に取らなかった物の事を考えても意味は無い。
これまで自分の選んできた道が、今の場所まで運んできてくれたのだ。
そして自分は今の場所を心から楽しいと言える。此処まで来たことに対して胸を張れる。
ならば悩むことなんてないだろう。
大切なものは今、この手の中にある。
それでいいじゃないか。
歩みを止めて耳を澄ます。気が付けば風は止んでいた。
道は静かで、雪の降る音すら聞こえてきそう。
「――――黄昏るのも程ほどにって、朝言わなかったかしら?」
- 88 :
-
唐突に声を掛けられ意識を戻す。気付けば目の前に傘を差した紅い髪の女性が1人。
呆れた目で自分を見ているのは同居人の片割れ。
「……ルナ」
「随分と帰るのが遅かったわね。頭の雪くらい掃いなさいよ、もう……」
頭に積もった雪を優しく掃うルナマリア。白く染まった吐息が顔に掛かる。
自分の悩みも存外いいかげんだった。彼女の顔を見ただけでいつの間にか消え失せている。
「すまない」
「はい、これで良し。それじゃ帰りましょ」
「なあ。もしかして俺を迎えに来てくれたのか?」
「もしかしなくてもそうよ。外見たら雪降ってたからね。寒いんだから早く帰ろ」
「……サンキュな。んで俺の傘は?」
ん、と自分が差している傘を押し付けてくる。思わず反射的に受け取った。
見たところ彼女は他に傘を持ってきていないようだ。ならばする事は一つである。
2人肩をくっつけて帰路につく。相変わらず人通りは無く、車も通っていない。
街灯が、白い雪を僅かに照らしている。
「雪。綺麗だね」
「……そう、だな」
呟く声に答える。
今までその発想は無かったが、確かに綺麗だった。
「昔からね。雪、あんまり好きじゃなかったんだ」
「なんで」
「まあ昔って言っても此処で暮らし始めてからだけどね。ほら、私寒いの嫌いだし。
冬よりは夏の方が開放的な気分になれて好きだし。
――――どっかの誰かさんは雪の日にいなくなるしね」
「……」
聞くんじゃなかっただろうか。でもとりあえず黙っておく。
今は言葉の続きが聞きたかったし、そうするべきなのは知っていた。
「でも今はそうでもないんだ。寒くても、雪が降っても、イヤじゃない。
それどころか素直に綺麗だって言える………なんでかな?」
「お前に分からないものが、俺に分かるかよ」
- 89 :
-
嘘だ。答えなら持ち合わせている。
だがシンはそれを言おうとはしなかったし、ルナマリアも言うつもりはないのだろう。
答えというのはいつだって無粋なものだ。
遠くに自分たちの家が見えた。診療所も兼ねているこの建物、大きさはそれなり。
現在3人で同居中。からかわれるのももう慣れた。
ちなみに 「ナース2人相手のハーレム御殿か」 と羨ましがっていたディアッカは、自らの恋人の手によって現在入院中である。
勿論ヤツの見舞いに行く気は無い。さっきのメールで止め刺されてるだろうし、邪魔しちゃ悪いし。
「今日の夕食は?」
「コニールがやってるわ。結構張り切ってるみたいだけど」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょ。しっかり教えてあげたしね。それに」
シンの問いに、ルナマリアは笑いながら言った。
「お腹こわしたら、美味しいお粥つくってあげるから楽しみにしてて。それと付きっ切りの看病もね」
「楽しみに……しとくとこなのか? それって」
ひどい物言い。だが彼女の優しい笑顔にただ笑うことしかできず。
不意にポケットの中の携帯が鳴る。
噂をすればなんとやら。当のコニールからだった。
「もしもし?」
『もしもしじゃないだろバカ! 今何処だよ?』
「今家が見えてきたとこだ。あと数分ってとこか」
『なら料理が冷める前に早く帰って来い! 走れ!!』
「おい……」
一方的に電話が切られた。2人は顔を見合わせる。
「やれやれ、走れってさ。料理が冷めるからって」
「聞こえてたわよ。んじゃ急ぎますか」
そう言うや否や唐突に走り出すルナマリア。
笑顔で振り返り、シンに向かって叫ぶ。
- 90 :
-
「家まで競争ね!!」
子供じゃないんだから。そう思いながら傘を閉じ、シンは彼女を追いかけた。
耳に触れる冷たい風。吐き出される白い息。緩やかに舞う白い粒。
部分部分はあの時とそっくり。だけど、確実にあの時とは違う。
走るスピードを少しだけ落とす。もう少しの間だけ、この光景を見ていたかった。
ルナが笑顔で振り返る。玄関でコニールが手を振っていた。
周囲には白い雪。街灯の灯りで白く輝いている。
――――雪、綺麗だね
確かに。今では素直にそう思えた。
これまでの自分は雪が嫌いだった。思い出すのはステラの死か、ルナマリアとの別れだったから。
だけどこれからは違う。
雪を見てもきっと、今の光景をを真っ先に思い出すだろう。
悲しいことを忘れてしまうわけじゃない。
彼女のことを忘れてしまうわけじゃない。
ただ、綺麗な光景を心の中に強く焼き付けることができただけ。
舞い降りる白い粒と、大事な人たちが笑っていてくれるその光景を。
ああ。俺は。
やっと、雪が好きになれそうだ。
- 91 :
- これにて終了です。ここまでありがとうございました
またSS倉庫に登録や代理投下など、協力していただいた方にはお礼を申し上げます
では
- 92 :
- 他に何か他の言葉で飾る必要はないさ
乙!
- 93 :
- Gj!
終わりか、終わったんだな、ハッピーエンドなんてご都合主義だと思っていたが・・・・良い、とても良い、面白かった!
お疲れ様でした!!
- 94 :
- そうか、こうなったか……。
うん。
……そうか。
乙。
- 95 :
- 後味良いなあ・・・ええなあ・・・乙・・・
- 96 :
- 乙でしたー。
キラ生存は賛否両論あるかもしれないけど、俺は支持する。
カガリが言ってた、「生きることが戦いだ!」って言う言葉が集約されてる結末だなーと。
- 97 :
- GJ
キラ生存は俺も支持かな。シンだけ幸せで終了ってのはなんか違うと思うし
レイもキラを肯定したってのが本編での描写だし
種だから生きてても不思議は無いし
ただ、ラクスばっかりじゃなくて虎をもうちょっと気にして欲しかったかなとは思うけど
- 98 :
- 投下乙です
完結おめでとうございます
- 99 :
- これ他の連中キラが生きてること知ってるのかな
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