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2012年09月創作文芸69: よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4 (220)
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よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4
1 :2012/01/29 〜 最終レス :2012/10/22 お約束 ・前の投稿者が決めたお題で文章を書き、最後の行に次の投稿者のためにお題を示す。 ・お題が複数でた場合は先の投稿を優先。前投稿にお題がないときはお題継続。 ・感想・批評・雑談は感想スレでどうぞ。 前スレ よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ3 http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bookall/1284209458/ 関連スレ よくわからんお題で次の人がSS書くスレ 感想メモ http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1284739688/
2 : >>1 さん乙 前スレ最後のお題は「世界統一王者の憂鬱」です。
3 : 「世界統一王者の憂鬱」 「お世話になりました」 大男はゆっくりと頭を下げた。 「いいえ。お大事にしてくださいね」 看護婦は男に微笑みかけると、病室を出て行った。 男は、格闘技の世界統一王者……チャンピオンだった。 トーナメント制の試合は熾烈を極め、彼は勝ち上がるたびに身体のどこかを故障していた。 特に優勝決定戦は熾烈を極め、ほんの少しの気合いの差で彼は勝利した。勝ち名乗りの後、彼は崩れる様にリングに倒れた。大きな声援に包まれながら。 そして彼はそのままここ、試合会場の側にある病院に緊急入院することになった。 「ゆっくり休めたかな?」 所属事務所の担当がチャンピオンに声をかける。 「退院おめでとう。それから、明日から練習のメニューは入れてあるから」 担当は、いたづらっぽい笑顔をチャンピオンに向けた。 「勘弁してくれよ。まだ全快ってわけじゃないんだから」 十カ所以上の骨折、全身打撲、顔を中心に裂傷も数えきれない程負っていた、チャンピオンは文字通り満身創痍だった。 「冗談だよ、もう少しゆっくり休んでから復帰してくれ。俺も応援しているから」 担当はチャンピオンに微笑みかけた。 「そういえば、賞金の件だけど」 「ああ、手続きはしておいたよ。賞金一千万円の半額を恵まれない子供達に寄付だっけな?」 「ありがとう。そういう事務は苦手でね」 チャンピオンははにかむ様に言った。 「それからチャンピオン、言いにくい事なんだけど、ここの治療費は……事務所からは出ないんだ」 担当は申し訳無さそうな顔をした。 つづく
4 : 「分かっているさ。今回の試合は事務所を通していないんだから、自己負担なのは仕方が無い」 「努力をしたんだけど、無理だった。悪いな。その代わりといっては何だけど、医者には最高の治療をお願いしておいたから」 「ははは。ありがとう。そういえば、そろそろ会計に行かないとな」 「俺は先に行って車を手配しておくよ。会計を済ませたら正面玄関に来てくれ。 あと、賞金の残りの五百万円は口座に振り込んでおいたから、カードで支払いができるはずだ」 「何からなにまで済まないな」 担当に頭を下げると、チャンピオンは病室を出て行った。 平日だというのに、その病院の会計は混雑していた。 けれども、しばらくすると、チャンピオンの名前が呼ばれた。 「治療費は五百万円になります」 会計の女性はチャンピオンに事務的に告げた。 五百万か……子供達への寄付を足すと丁度賞金と同額だ。チャンピオンは、けれども考えた。差し引きゼロでも子供達の笑顔が残るなら、それで充分だ。 チャンピオンはカードを出した。 「これでお願いします」 事務員は手続きをして、チャンピオンに明細を渡した。 明細には五百二十五万円の数字が記載されていた。 「この二十五万円は?」 「消費税です」 差し引き二十五万円のマイナスか……チャンピオンは顔を曇らせると、少しだけ憂鬱な表情をした。 次のお題は「悪夢の語り部」でよろしく!
5 : 時刻は午前0時を回っている。 百物語の会合は詰めに入ろうとしていた。 九十九人の怪談が終わり、部屋を赤々と照らしていたローソクは今や最後の一本を残すのみである。 「次はわしの番じゃな。ふぉっふぉっ」 禿頭の老人が気味の悪い含み笑いを引きずって、蝋燭台を持ちながら半歩前に出た。 「ではぼちぼち、いくかな」 今まさに老人の口から最後の怪談が紡がれようとしていた――その時である。 突然、部屋の襖が乱暴に倒され、数人の武装集団がなだれ込んできた。 「いたぞ!」リーダーらしき男が老人を指し示すと、残りの工作兵が老人を取り押さえた。 「おやすみの時間だ」工作兵はそう言うと、老人の口に手榴弾を詰め込んだ。 すぐにピンを抜き、もう一人が大型のフルフェイスを被せた。 ボン、とフルフェイスの中で爆発音がして、老人は頭を傾け、人形のように全身の力を失った。 「君たちは何だ?」我に返った発起人の沢田が怒声をかませた。 「正義の味方、ということにでもしておいてくれ」 「それじゃ説明になってない。清順さん、死んでるじゃないか!」 「こいつは『悪夢の語り部』というコードネームを持つ心理テロリストだよ。実はなかなか尻尾がつかめなくてね、 土壇場まで君たちに説明しなかったのは謝る。確実に確保したかったんだ」 「冗談じゃねえぞ。Rのが確保かい!」 「今の我々ではそれが最善の選択だよ。しかしターゲットが怪談を話し始めたら全てが終わっていた。 君ら全員血みどろの肉片と化しているところだ。死んだのが一人で良かった」 武装集団は、淡々と老人の死体をビニールに封印すると、畳の血を拭き取って撤退した。 後に九十九人のメンバーが茫然と取り残された。 「おい、どうする」沢田が誰にともなく訊いた。 「蝋燭はまだ一本残っているわ。やりましょうよ百物語」 そう言ったのは、初回を話したゼロという銀髪の少女だった。 「まだ話が残っているのか?」 「ええ、こういうのはどうかな。悪夢の語り部はまだ死んでないのよ」 「というと?」 「武装した人たちは間違えたのよ。本当の悪夢の語り部は、わ、た、し――」 そのとき最後の蝋燭が、武者震いしたかのように大きく揺らぎはじめた。 次のお題は「学園災」
6 : 寒い夜だった。そして寒い部屋に二人の男がいた。 椅子に座った男は目の前のスチール机の表面を ぼんやりと眺め、立っている男はその男を眺めていた。 やがて朝が来て鳥の声が聞えた。それでも椅子に座った男は 姿勢一つ変えずスチール机を眺め続けた。 立ったままの男は仲間の別の男に連絡して交代してもらい、部屋を出ると 食事をしトイレに行った。お昼になって男がまた部屋に戻っても 椅子に座った男は机を眺め続けていた。 そしてまた寒い夜が来た。二人は会話を交わさず我慢比べのように 黙り続けた。立ったままの男は朝と同じように仲間を呼び 夕食をとるために部屋を出た。 「雪が降り始めたよ」 夕食をして戻った男は机を眺め続けている男にそういった。 それを聞いて座った男の肩が少し動いた。ゆっくりと立っている 男の方を向きしゃべり始めた。 「あの日もとても寒い日でした。私が子供の頃、秋田にいた頃です。 刑事さんはなまはげって知っていますか?」 そして男は悪夢のような事件を運命に翻弄された自分を語り始めた。 しかしそれはある意味、滑稽だった。 それが腹上死のせいなのか私は知らない。 >>5 のお題で
7 : 「修一?くん?…」 その声が僕を呼ぶ声だと気付く迄に、ずいぶんと時間が掛かった。 或いは、そう感じただけでさほど時間が経っていたわけでは無いのかもしれない。 振り返るとそこには麻里が酷く疲れきった表情をして立っていた。 「麻里…僕だ。修一だよ。それより…大丈夫なのか麻里? 他の皆はどうしてる?」 僕がそう言うと、麻里は今にも泣きそうな表情で首をブンブンと横に振った。 「皆もうだめみたい…」 そうして大粒の涙が麻里の頬を伝って床に落ちるのが見えた。 「多分、この場所で生き残っているのは、あたしと修一だけみたい…もうここにはね」 と麻里は言った。 僕は反射的に麻里の身体を抱きしめた。 麻里は僕の胸に顔を押し付けるようにして泣いていた。 しばらくそうしながら僕は、この場所からどうやれば脱出できるのか考えていた。 いくら慣れた学校の校舎内とはいえ、この尋常とは言い難い状況では いささかいつもと勝手が違うのだ。 まして、学園祭の真っ最中だった今日は 廊下や教室の至るところに机や椅子が固まって置いてあり その上には展示物や何かが飾られていた。 おそらく、その机や椅子が倒れて散乱し、展示物が至るところで割れて床に散らばっている筈だ。 そして、決して見たくはない、同級生や後輩達の 遺体。そしてそれを食い散らかすアイツら そして歩き出す遺体。 そんな事を考えていると、首に激しい痛みを感じた。 麻里が僕の首筋に噛み付いていた 次は「ブラックバスのムニエル」
8 : 頭上から魚が降ってくる。それを左手でとって、素早く右手で口から釣り針を外す。左手のスナップを利かせてそれを左の方へと投げる。 また魚が降って来る。同じ事をする。また降って来る。同じ事をする。一生、多分、これだ。嫌になるほど広い仕事場だ。左の方には調理台があるらしい。確認したことはない。そんなことをしていたら、俺の周りは魚だらけになってしまう。 この仕事を始めてもう一ヶ月くらい経つ。魚を左に投げる。給料は良い。一日中ずっとこれをやっていればいいだけだ。釣り針を外す。ブラックバスと言う魚らしい。魚をキャッチする。 この魚は旨いのだろうか。そんなことをぼんやりと考える。けれど、仕事の規約に『魚に噛み付かない』と書いてあった。 「なぁ!」 叫んでみる。 「なんだ!」 左の方から叫び声が返ってくる。左に投げる。 「何やってんだお前!」 「ムニエルだ!」 いつも同じ答えだ。ムニエル。ふざけている。何がムニエルだ。このブラックバスを、ムニエルに? 頭上から明るい声が聞こえてくる。 「えーやだしゅう君!このさかなきもちわるい!なんていうの?」 「ブラックバスさ。こんな魚はあんまり美味しくないからね、この箱の中に入れてしまおう」 「きゃー!かっこいい!流石ぁ!」 「じゃあ、休憩所に戻ってご飯にしようか、ここは、ムニエルが美味しいらしいからね」
9 : 次は「テトラポット殺人」
10 : 「テトラポッド殺人って何?」 「例えばある大きな事件があるとする。それ自体が凄く社会に影響を与える危険があると判断された場合、別のそれと同じレベルの事件を作り上げ、実行する事によって対象となる目的の事件の影響力を減衰、拡散させる。 これをテトラポッド効果におけるテトラポッド殺人って言うわけよ。」 「へーそうなんだ」 「いや違うね」 「え?」 「テトラポッド殺人って言うのはつまり人間の罪の事だな。大地から手を離してまで道具を使うことを求めた人間の愚かさ、動物本来のあるべき姿捨て不安定を選択した。 その行為を象徴的に言い表したのが君、「テトラポッド殺人」だよ」 「それはちょっと無理が……」 「どうして皆そう難しく考えるかな?」 「へ?」 「テトラポッド殺人って言うのはもうそのまんま、1984年に起きたテトラポッド殺人事件の事だよ。 なんでもテトラポッドを作っている会社を首になった社員が腹いせにその会社の社長を殺してその上からテトラポッドを落としたそうだよ。死因は絞殺だから正確には絞殺事件なんだけど、テトラポッドの印象が強くてね……」 「いやいや」 「それは違う」 「いや、この説が……」 「あーうるさい!」 そう叫び私はビルの屋上から飛び降りた。これで静かになる。 私から生まれた三人の人格、彼らを私自身が死ぬ事によって殺害する。テトラポッド殺人。 「全然上手くないな……」 まだ地面は遠い、もう少しましな話しを考えよう。 次題 「インスタント・カルマ」
11 : テトラポッドを題材にした殺人ミステリーを書こうと、私は異形の構造体が積み重ねられている海岸に出向いてみた。 「テトラポッド殺人事件」という古くさい題名が思い浮かんだが、あんなに大きなテトラポッドが凶器になるとは思えなかった。 第一テトラポッドは商標登録されている。万が一映像化されることにでもなったら、そこでつっかえる場合があるかもしれない。 でも「消波ブロック殺人事件」なんて題名はありえないだろう。 あれこれと思案しながらテトラポッドの森の近辺を歩いていると、コンクリートの窮屈な迷宮に一組のアベックを見つけた。 接愛の最中らしいが、彼らは学生服を着ており、顔つきの幼さから中学生のようだった。女子のスカートが極端に短い。 これでは男子が貪り付くのも無理はなかろう。 子供たちはこんな場所で愛し合うものなのか。私は彼らの様子を覗くことにした。 周囲は暗くなった。二人がそれ以上の近接段階に入らないので、なんだ意外と冷静なんだなと、私は監視を止めようかと思った、その時である。 地響きがした。テトラポッドの森が揺れている。 私が「あっ」と叫ぶと同時に、幼いカップルの頭上に積み重ねられたテトラポッド数基が二人の真上に落ちた。 潰れた二人はピクリとも動かない。そして私も動けなかった。 小説で何度も人間の死に様を描いたが、これが惨死というものなのか。 (おい、死んだか) この声は、なんだ? 変な声が聞こえた。喋っているのは――やつら? (ああ即死だ。俺様は生き物のこの行為が大嫌いでね。清々した) (遺伝子を継ぐ生物に対する嫉妬か。うっかり動いてしまってバレたらどうする?) (すまん。だがこれでまた静かになる。ここは俺たちの住み処だ) テトラポッドには四肢動物という意味があり、実に奇妙な形状をしている。しかし、人形のように魂が宿るなんて聞いたことがない。子供たちを媒介にしたポルターガイストか。いや待て、落ち着け。 とにかく私は考えを中止した。奴らはまだ私に気づいてない。またこの現場を他人に気づかれるのもまずい。 私は砂浜に何度も足を取られかけながら、その奇妙なものたちの居場所を離れていった。 遅刻ですが書いたので投下します。
12 : 「つまりね、世の中は全て上手くいくように、簡単にそして便利になっていくのよ。」 麻里はそう言いながら、グラスに残った氷で薄くなった グレープフルーツジュースを、ストローの下品な音を立てて飲み干した。 「つまり、僕達は便利と引き換えにいろんな事を棄てたり、省いたりしてきたって事かな?」 僕はずっと麻里の顔を見続けながらそう言ってみた。 「そうなの。なんでもインスタントに変わっていくの。 インスタント味噌汁もそう、カップラーメンもそう。コーヒーだってそうでしょう?」 「でも、そうやってなんでもかんでもインスタントに変えていくといろんなところに不具合が出てくるのよ」 今日の麻里はやけに饒舌だった。 大抵麻里が饒舌になるのは、隠し事があったり ごまかさならないといけない何かがある時だ。 「そうだね。インスタント・ラブなんてのもあるよね?」 僕はそう言って麻里の目をじっとみていた。 そこには深い森の奥の誰にも侵される事の無い、澄んで透き通った麻里の目はなかった。 「ばっかじゃないの?そんなの在るわけ無いじゃない、 ラブは愛。そんな簡単にできたり、替わりのきくものじゃないのよ」 そう言って席を立とうとした。 「そうだね、そんな事無いよね」 僕は麻里の前に「○○興信所」と書かれた薄い黄緑色の大きな封筒を差し出した。 つまり、これは、インスタント・ラブじゃ無くてインスタント・カルマって事だね。 僕は麻里にそう言って、お店の伝票を握りしめた。 次は「屋上の貯水タンク」
13 : 「もう逃げられないぞ猿人。大人しくそこを動くな」 警部がそう怒鳴ると、猿人はヒョイと貯水タンクがある台座に 飛び移りこちらを振り返った。 「ゲッッツゲッッツゲッッツ」 猿人は狂った人間が吹く笛のような声で叫びだした。 あるいは何匹もの猫の首をいっせいに絞めたような声 叫んでいるんじゃなく笑っているのかもしれない。その表情は人間のようで人間ではなかった。 身の毛が逆立つとはこのことだと僕は思った。 耳を閉じてしまいたかった。 「警部、いつでも撃つ準備が出来ています」 いつのまにか屋上にやってきた警部の部下の警察官が 拳銃を猿人に向けながら言った。銃身がネオンサインを受けて鈍く光る。ピカァ! 「ゲッッツゲッッツゲッッツ、ゲッッツゲッッツゲッッツ」 猿人は笑っているんだ。僕はそう確信した。その時だった。 「警部、貯水タンクが上がっていきます!」 まったく信じられなかった。貯水タンクは風船のように浮き始めたのだ。 そう、猿人は貯水タンクに偽装した気球を用意していたのだ。ああ何たる失態。 「ゲッッツゲッッツゲッッツ、ゲッッツゲッッツゲッッツ」 僕らはその貯水タンクが夜の都会の空へ消えていくのを恨めしげに見るだけだった。 次 怪人19面相
14 : 朝、杏奈が、なかなか起きてこない息子を起こしにいくと、息子の三平は老人になっていた。 「三平、どうしてそんなしわくちゃのお爺さんになっちゃったの?」 三平は九歳である。九歳の小さな体のまま、顔だけが別人のように老けていた。 「わしは三平ではない。三平の曾祖父の孫一じゃ」 杏奈は怪訝そうに老化した息子を見た。孫一を名乗る三平は続けた。 「いいか杏奈、よく聞け。三平への投資を怠るではない。こやつは将来、かなりの大物になる。 今のうちにたっぷりと小遣いを与えるのじゃ。それからお風呂はまだ一緒に入ってあげるように」 「バカやってんじゃないわよ」 杏奈は三平の老顔に手をかけ、事もあろうに彼の顔をベリベリと引きはがした。 老顔の下に、元の三平の顔があった。 「ばれたか」 「あんな気持ちの悪い老人のお面なんてどこで拾ってきたのよ。とっとと学校に行きなさい。 それから小遣いの賃上げ交渉には応じませんからね。でも風呂は個人的興味で、まあ混浴してあげるわ」 杏奈は老面をゴミ箱に捨ててキッチンへ戻っていった。 その頃、怪人二十面相は七つ道具の入ったアタッシュケースの中を必死にかき回していた。 「おかしい。吾輩のコレクションの変装マスクが一つ足りん。どこだ、どこにいった?」 次は「裸獣死すべし」
15 : その猫は、とても寒いと感じた。 回りの猫に聞けば、口を揃えて笑った。 通りすがりの黒猫に聞いた。 「お前には、フサフサな毛がないじゃないか」 吃驚して私は聞き返す。 「毛があれば、暖かいのか」 するとやってきたシャム猫は、フサフサな毛並みを自慢しながらこう言った。 「あら、貴方かわいそうね。でも近づかないで頂戴。失礼ですけど病気にしか見えませんわ」 「なんと、俺は病気だったのか?」 「え、ええ。タブン。無知な貴方は知らないでしょうけど」 シャム猫は目を逸らしながらホホホと笑った。 すると何かの声がした。 咄嗟に黒猫とシャム猫は逃げ去った。 寒さに身を縮めていた私は逃げ遅れてしまった。 取り囲む巨人。 私は、見上げるしかなかった。 「うあっ。この猫きもっ」 「うえー。毛が無いねー。スフィンクスだっけ?」 「そんなの知らないけど、触りたくないねコレ。いこーよ」 よく分からない事をわめいて行ってしまった。 取り残された私は、寒さを感じながら歩を進める。
16 : 年をとった白猫がゴミ箱の上で暖をとっていた。 「すみません」 私が声をかけると白猫は、 「おや?珍しい。始めて見る顔だな」 と、伸びをしながら言う。 「オレには、毛と言うものがないのですが、そのせいで寒いんですかね」 「ふむ。面白いことを言う。君は、私の顔見知りのどの猫よりも暖かいと思うのだが」 「いや、現にむっちゃ寒い。まじ寒いんですけど、そこ行っていいですか」 「うむ。太陽の光の加減といいベストポジションだからな。隣に来るといい」 「有難うございます。あったけー。でも風冷てぇ」 「人間の業だ仕方があるまいて」 「ヒト?の業ですか」 「うむ。君は、えーアジプト?だとかいう暖かい場所に生まれた猫なのだよ。こんな寒い所ではきつかろうて」 「おい。じーさん。さっき言ってた事とちがくねぇか」 白猫は、おもむろに立ち上がると塀へと飛び移り去っていった。 「ちょ、おまwww」 白猫の行った先を見てると目の前で音がした。 驚いて前を見れば、見慣れた”匂い”がした。 「ミーちゃんここに居たの?寒かったでしょ」 暖かい毛糸の手袋がオレを包む。 オレは、我慢ならず 「暖けぇwww」 と鳴いた。 「首輪で分かったよ。この首輪私が選んだ色だもんね」
17 : 見慣れた下僕は、よくわかない事を口にしながらコートのボタンを外した。 そして俺はその中に入れられる。 「うはwwまじ天国wwwあったけぇwww」 上二つ外されたコートの隙間からいつもよりも少し高い世界を見ながら、 温もりを体に染込ませた。 とその時、視界が暗転した。 少女が転んだのだ。 少女は、オレを潰さないように、両手をついた。 地面が見える。 俺の耳は、異音を捉えた。 この音は、だから俺は飛び出した。 十字路から車が近づいてきていた。 俺は、その車に向かって飛び上がった。 聞こえたのは、耳を劈く音。 体が痛い。 「ミーちゃん」 と言う声に一度だけ耳を動かしてやった。 車は、俺を避けようとして曲がり、少女の右横を通り止っていた。 降りてきた運転手は言った。 「悲しいけどコレ、”裸獣死すべし”なのよねー」 と。 次は「豪雪地帯」でお願いします。
18 : 「豪雪地帯」 雪が降っている。しんしんと、降り続いている。 僕はひたすらそれを眺めていた。 飽きることのない光景。 「ねえ、いつまでこうやっているの?」 僕のわがままに付き合ってくれている母親が、呆れたような声を出す。 「まだ、もっともっとだよ」 茶色かった地面はすっかり真っ白になっている。 そんなことある筈ない、とばかにしてきたクラスメイトを見返すには、もう少し降ってもらわないといけない。 「ばからしい、お母さんはもう疲れたわ」 「あ、待ってよ、あとちょっと!」 母親が呆れて作業を中断して出ていってしまった。 あとちょっとだったのに。 僕は製作途中のチョコレートケーキの前で途方にくれた。 あともう少しで、白く化粧を施した綺麗なケーキが出来上がったのに。 時計の針が0時を示し、二月十四日になったことを知らせた。 次のお題「毎朝起きると枕元にたまごが置いてある件」
19 : 「毎朝起きると枕元にたまごが置いてある件」 たまごだ。 見紛う事無くたまごだ。 どこからどう見てもたまごだ。 「たまごだ」 ぽつりと呟いてみても、たまごだ。 一体いつから置いてあるのか分からないたまごだ。 いや、昨日の朝にも置いてあった卵は、王様が食べてしまわれたはずだ。 王様とは誰だ? たまごはここにある。 誰が置いていったものか、それはこの瞬間にもたまごであるという確信とともに存在している。 うーむ、たまごだ。 ガチャリ、と部屋の扉をあける何か。 立派な口ひげを蓄えた偉そうな誰か。 それはとても満足そうな顔で言った。 「おお、今朝も鶏が卵を産んだぞ」 次のお題「砂漠の砂場」
20 : 砂塵が舞う廃墟があった。 金属は錆付き、赤茶色の色を太陽に示していた。 まるで、己も早く焼きつき砂塵に帰りたいように我先にと歪な形を誇っていた。 その中を影を縫うように男が歩いている。 砂塵に削られ、ぼろぼろになった服と羽織っている事に意義を見出せないマントが力なくなびいていた。 男は思う。 熱い、あちい。 見渡す限り砂砂砂。 この歩く道路も大地との境界線上など砂の海に対しては存在感一つ見出せていなかった。 少し開けた場所に少年が座って何かをしているのが見えた。 男はゆっくりと少年に近づき声をかけた。 「よぉ。何してんだ」 少年は答えない。 ただ只管に砂を焼き付く砂を盛っていた。 喋るだけでも精一杯なこの世界で、男はイラつきを隠せなかった。 少年は、更に砂を盛り続けている。 男は、舌打ちをした。 イラつきは生命の浪費だ。 だが、その生命を使ってでも男は話しかける事に意義を見出したかった。 何故なら、奇跡的な確立で男は、生きている人にあったからだ。 例えソレが、子供でも生きていればお互いの生を確認し合えた筈だから、 だから、男のイラつきは募る。 少年は俯いたまま、砂を盛るだけ。 男の我慢は限界を超えて、盛られた土を踏みにじった。
21 : どうだよ。と男は大人気なく笑った。 少年は、手を止めただけ。 顔を上げることはなかった。 男は、急に後悔の念を感じ、足をどかした。 「んだこりゃ」 そこには、黒くうごめくモノがいた。 屈んで見れば、蟻だった。 蟻が何かに群がっている。 咄嗟男は顔を離した。 眼だ。乾いていない新鮮な眼。 「すまねぇ・・誰かの墓だったのか」 男は、謝り少年の反応を見る。 少年は、また、砂を盛り始めた。 足を引いた先、少年がやっと顔を上げた。 光のない表情など作れないと訴えかける眼が男を写していた。 「砂場。砂場。砂場」 干からびた声を出しながら、少年は、盛った砂を中心に四角を指で書いた。 その一片が男の靴で防がれていた。 「お、おい。どうしたんだ」 男は、少年の変化にあわてふためいた。 男の靴に触れる少年の指先が離れた。 少年は立ち上がると 「いいいいいいいいいいいいいいい」 と叫んだ。
22 : 男は耳を塞いだ。 頭が割れるような感覚を得て、倒れこんだ。 日陰があった。 恵みの雨かと体が反応した。 空を見上げれば、あの少年が居た。 男から見れば、数十メートルはくだらない大きさで、男を太陽からさえぎっていた。 天から少年の声がする。 「砂場、砂場、砂場」 「お、おい。よせっ」 男は、のどの渇きを忘れ叫んだ。 少年が砂を盛ってくる。 熱い灼熱に焼けた砂を 男は走った。目の前にアレがあった。 男は、それを横目で見ながら灼熱の砂に覆われていった。 「そうか、あの目玉に入れば・・熱くは・・・」 男の目の前で、我先にと目玉の中に入ろうとしている蟻が見えた。 蟻は、人間だった。 次のお題「深夜の交差点 赤信号の場合」
23 : この時間になるまで残業をしたのは実に久しぶりだ。 僕は駐車場に停めてあっるフォルクスワーゲン・ビートルに乗り込みカーラジオをつけた。 FENからはラバーソウルが流れて来た。靴の底みたいな音楽だ。 暫く車を走らせ細い路地から幹線道路への交差点で僕は赤信号につかまった。 僕は赤信号にうんざりしながら、ラバーソウルが終わるのを待った。 そして麻里の事を考えた。 僕は彼女との連絡を何ヵ月も絶っていた。 絶っていたというよりは、連絡をするタイミングを逃していたのだと思う。 そしているうちに連絡を取る意味が分からなくなっているのだ。 今の僕には彼女にしてあげる事はもう何も無いのだ。 今さら連絡をして何をしたらいいのかさえ分からないのだ。 しばらくしてFENはトーキングヘッズに変わっていた。 喋りかける頭 そしてカーラジオのスイッチを切った。 そして僕は交差点の赤信号を眺めていた。 その時いくらかの違和感を感じた。 そうだ、この赤信号はもう数分間も変わらないのだ。 僕は信号機に目を凝らすと、信号機のやや上に「夜間感応式」と書かれたプレートを見つけた。 そして、感応センサーは明後日の方向を向いていた。 次は「真面目にふざけた大人のROCK」で
24 : 「ロックは死んだ」 その夜、誰かがつぶやいた。 「ロックが死んだんだってさ」 そしてまた誰かが。 「良いやつだった」「うん死んだからじゃないけどさ」 街中が話題にし始めた頃、アンプがうなり始めた。 「ロックは死んだ!」「でも俺たちは生きている!」 アンプは別のアンプを共鳴させ音は増幅され街中に 響き始めた。それは街を破壊し始めた。 窓ガラスがわれ破裂したポンプから火が吹いた。 「今夜は眠らせねーぜえええええ」 体が燃えたままギターを持っている男がマイクに叫んだ。 彼の持っていたハーモニカが熱でグニャと曲がる。 「ふざけた振りしてえええええ」 街が燃えていた。美しく夜通し燃えていた。 次 春が来る前に
25 : まだお互いの息が白く残る冬の終わり。 雪の溶け残る道路を二人並んで歩く。生憎、空は、鈍色の雲が押しつぶすように隠してしまっている。 「桜の落ちるってスピード秒速5cmらしいんだよ。なら、雪が降るスピードはどのくらいなんだろうね」 隣りのアイツがそんな乙女のようなロマンチックな事を言ったので、耳を疑った。 「おいおい、三時限目に早弁して、それだけでは飽き足らず、学食の裏メニューの王たるスタミナブルドック定食を貪ってたファンキー野郎が何しおらしい事言ってやがる。恥を知れよ」 少し早くなった鼓動をごまかすように、いつもの軽口で応じた。 そんな俺の心を知ってか知らずか、アイツは薄く微笑んでいる。 ちっ、俺の益荒男ポーカーフェイスを見破ってやがるか。さすがに小学校から同じ釜の飯を食ってきた奴は、他の連中とは一線を画す鋭さを持ってやがる。 「あんたって本当に分かりやすいね。顔にすぐ出るってクラスの連中もみんな言ってるよ」 「な、何を!! 貴様、デタラメ抜かすと叩き斬るぞ」 「おうおう、怖い怖い」 そういって少し先を行くアイツの背中を見て、何故か訳のわからない焦燥感に、俺は取って付けるように慌てて言った。 「多分一緒だろうよ」 「えっ?」 そういって振り返るアイツが、少し乱れた髪を整えながらこちらを振り返る。 「桜の落ちるスピードも、雪の降るスピードもさ」 「何を根拠に?」 「俺が言った事が全てなんだよ。俺がカラスの色を決めたら、カラスも俺色に染まるってこと。そういう事だ」 「あんたらしいわ。アホなのに妙に説得力があってさ」 そういって笑ったアイツの横顔を盗み見て、春が待ち遠しくなった。 次 ボードゲームとギャンブル
26 : 「今日の朝、-8℃だってさ…」 宏太は電気ストーブにかじり付いて隆にそう言った。 「なぁ…宏太。そろそろアレやっとかなきゃな」 「あぁ…アレな、そうだな…冬も寒いのは今だけだしな」 「しっかし、マジさみぃ〜、アレやるんなら早めに準備しとかねーとやべぇしな」 隆は物置小屋に向かって行った。 「隆、行動はやくね?今やんの?だりぃ〜しさみぃ〜…」 「……。」 隆は無言でスコップとバケツと炭を取り出した。 そして庭と呼べないような家の前のわずかなスペースにそれを並べた。 「宏太やるぞ!」 「うそ!マジ?やんの?」 「あぁ…まずここに穴を掘れ!」 「へ?穴?掘んの?なんで?」 「ウゼぇよ!早く掘れよ!」 宏太は面倒臭そうに穴をほった。 「こんなもんでよくね?」 隆はその穴の中を覗くと、2メートル程の深さがあった。 「そんなもんでいいよ。じゃ、埋めるぞ」 隆は宏太が中に居るのに、穴を埋め始めた。 そしてあっという間に穴は埋まった。 この地方では年に一度冬の間に人を1人生き埋めにして 人柱をたてないと春がやってこないのだ。
27 : メリーナは気がつくと、巨大なボードゲームの駒にされていた。 しかし、ルーレットやサイコロによって移動するプレイヤーではなく、プレイヤーの相手をする脇役、つまりノン・プレイヤー・キャラクターのようであった。 メリーナが定められたマスでじっと待っていると、スーツに身を包んだ男がやってきた。 男は歩いてきたのではなく、なんと高級なビジネスチェアに座ったまま浮遊してきた。 「君だね。私の妻になるとかいう小娘は」 「小娘って何よ。私、あなたの妻になんかならないから」 「それは許されない。この巨大なボード上では、僕ぐらいの立場でないと個人の自由意思は認められない。君の役目はこのマスに辿りついたプレイヤーの配偶者になること。君は今から僕の妻だ。来たまえ」 「あなたの妻になったら何か得でもあるのかしら。大金持ちになれるの? それとも貧乏農場送り? どちらにしても夢がないわね。お金で幸福の尺度を測るだなんて」 「いや、妻は妻でも偽りの妻だよ。これから僕たちは夫婦を偽って特殊なスパイ活動に携わることになる。君はゲームの内容を聞いていなかったのか?」 メリーナの目の色が変わった。 「へえ、で、報酬は何なの? あ、NPCにそんなのないか」 「報酬はあるさ。この作戦が成功すれば君は晴れて自由意思というものが与えられる。このちっぽけなマス目から飛び出し、自分の考えで動き回ることができるんだ」 「もし作戦が失敗したら?」 「死だ。もはや考えることもできなくなり、ゲーム上の小道具、たとえばコインとか遊戯紙幣に格下げされる」 「ギャンブルとしては面白いわね。そうこなくっちゃ。私、あなたの妻になる」 「OK。いいだろう。じゃあルーレットを回すよ」 スーツの男は仮想現実に浮かび上がったルーレットに銀のボールを投げ入れた―― ――あれから月日が流れ、メリーナは勝利に勝利を重ね、今やプレイヤーどころか、駒を動かす人間になっていた。 メリーナは一人、スリルと冒険に明け暮れたボードゲームを見下ろして、スーツの男の駒に話しかけてみた。 「ねえ、私一人じゃつまらないわ。あなたも早く勝って人間になってちょうだいよ」 男の駒は何も語らず、ただ同じポーズのままビジネスチェアに座り続けている。 次は「任期なきトナカイ」
28 : 「こんにちはルドルフ!君は今、何の仕事してるんだい?」 トナカイのキニーはルドルフに尋ねた。 「あぁ…キニーか。何って、随分おかしな事を聞くね?」 ルドルフはそう言って赤い鼻をぴくぴくさせた。 「そう?だって今暇でしょ?」 「暇?暇な事なんてないよ。毎日忙しいものさ」 「ふーん、だってもうクリスマスはとっくに終わったよ? そのピカピカのお鼻は活躍しないんじゃないの?」 キニーはそう呟いてカレンダーをめくっていた。 「あぁ〜そう言う意味か…そりゃね、サンタを乗せた橇を引くのはね 1年に1日きりって契約になっているけどね…」 と言った後に大きな溜め息を吐いた。 随分疲れているのか、その溜め息はゲップのような酷い匂いがした。 「だいたいね、あのサンタって奴は本当に人使いっていうか、トナカイ使いがあらいんだよ。 クリスマスは1日かけて、何千、何万いや一億近い子ども達の家にプレゼントを運ばなきゃいけないし 休むどころか、ご飯だって食べれないんだよ…」 「それは知っているけど、じゃ、それ以外の日は?」 キニーはルドルフが少し気の毒に思った。
29 : 「でもね、閏年だけは違うんだ。2月29日だけは 完全OFFなんだ!!今年だよ、もうすぐさ!その日だけは夜も寝れるし 晩御飯だって食べれるんだ」 「じゃその休みは何をするの?」 「大概寝て終わっちゃうね…でも、夜になるとつい起きちゃうね…びくってして起きちゃうんだ 習慣っていうか、体がねそうなってるんだ…」 「そうか…じゃ任期なんてあるようでないんだね?」 キニーはそう言ってルドルフの頭を撫でた。
30 : あ、コピペミスって 真ん中が抜けた上に 消えてしまった… 次は 「大往生のツバメ」
31 : 「ねぇ、おかあさん。ツバメさんって何歳まで生きられるの?」 「どうしたのユキちゃん?」 「だって、まいとしあたしんちのおうちにきて赤ちゃんのツバメちゃんを生むでしょ?だから…」 ユキちゃんが顔を赤くしておかあさんに尋ねている。 「そうだね、毎年来てくれるよね。ユキちゃんはツバメ好きなの?」 「うん。好き」 ユキちゃんは窓の外に顔を向けた。 「だからね、いつも来てるツバメさんがずっとずっと来てくれるといいなぁ〜」「そう?そうよね。ずっと来てくれていっぱいのツバメちゃんが育ってくれるといいね」 おかあさんはそう言いながらユキちゃんをギュッと抱きしめた。 「ツバメさんは、きっといつまでも死なないで、ユキちゃんのお家にずっと来てくれるよ」 「ふ〜ん、そうか。いつまでも元気なんだね、よかった」 そう言うとユキちゃんはにっこりと微笑んでいた。 「そうだよ、だからユキちゃんも毎年ツバメさんに会えるようにもう寝よっか」 おかあさんはユキちゃんにそう言って、電気を常夜灯に切り替えた。 あれから何年がたったのだろうか? ツバメは今年もユキちゃんの家に巣を作り、新しいツバメを巣だたせている。 でも、ユキちゃんはもう居ない。 ツバメ達が大往生する事を見届ける事もなく旅立ってしまった。 次 「2日目のトンカツ」
32 : いつだって、トンカツなんて嫌いだった。台所から、油が跳ねる音が聞こえるたびに私は震えた。 そう。父が帰ってこない夜、母は決まってトンカツを揚げるのだ。 「もうトンカツは嫌」 私が言うと、 「でも、お父さんの好物だから」 と母は虚ろな顔して微笑むだけ。 私はトンカツ以上に、次の日の朝、帰ってくる父にまとわりついている母とは違う女の化粧や香水の匂いが嫌だった。 でも「もう媚の塊みたいなその女の匂いは嫌」と父に言えるほど、私は子供ではなかった。 その匂いが示す事実を、もちろん私は悟っているのだ。 父は毎回、母の揚げたトンカツなんかには気がつかない。だから私は朝、手付かずで残っているトンカツを、母が気がつく前に食べてしまうことにしている。 2日目のトンカツ。肉が固くて、衣は既に萎びてる。寝起きの胃に、ジワジワと重い肉の塊がたまってく異物感に、私は毎回泣いてしまうのだ。 肉の塊。この重さを、父も母も、きっと知らない。 次「春にみた花火」
33 : その墓地に植わっている桜は私が中学生の頃、学校への近道を 探しているときに見つけたものだった。 見つけた――というほどの事ではないかもしれない。それでも ある晴れた春の午後、誰もいない墓地に咲いてる満開の桜を想像してみて欲しい。 それは綺麗であって不思議なものだった。この世のものとは思えなかった。 きっと墓地という場所に咲いていたかもしれない。「桜の下には死体が埋まっている」 有名なこの言葉を知っていたかもしれない。 春になるとあの場所を思い出す。時々どうなっているんだろうと思い出す。桜が散る頃には きっと花火のような景色が見れるだろう。誰も見ていない場所で死者のためだけに 打ち上げられる花火だ。美しく静かに打ち上げられる。 次 いつのまにか恋人になっていた
34 : いつのまにか恋人になっていた ――そんなわけで僕たちは、いつのまにか恋人になっていた。 遺(ゆい)はいついかなる時も僕につきまとう。 僕には拒否権などない。 遺はいつも一方的だ。 「ねえRしよっか」 「ここは人通りだよ。できるわけない」 「私は平気だよ。人がいるほうが興奮するし」 「君は人には見えない存在だからいいだろう。だが僕はどうなるんだ。一人で燃えまくってるところを大衆に晒すんだぞ」 遺は僕にしか見えない。幽霊という言葉が適切なのだろうか。僕だけが遺を見て、そして触れることができる。遺はそんな存在だった。 「ダメ。私もう我慢できない。光太朗、Rしようよ!」 「お願いだからここでだけは勘弁してくれ、後で何でもするから」 「何でも? 本当に? 遺の全身をぺろぺろしてくれる?」 「光太朗、嘘つかない。唾液が涸れるまで舐め尽くすよ」僕は片手を上げて宣誓した。 これだけでも他人が見れば、変に思うだろう。ああ、なんてこった。 結局僕たちはハンバーガー店の清掃の行き届いたトイレ内ですることになった。 遺の制服が溶けるように消え落ちて、光り輝く裸身が僕の目に飛び込んでくる。 「いいよ、どこからでも、来て」 「わかった。思う存分に貪るからね」 僕もその気になっていた。目映い少女の体に顔を埋めていく。相手に実体がないから、僕の顔は、艶めかしいくらいに深く、彼女の腹の中に食い込んでいくのだった―― 三日経った。光太朗は警察に逮捕された。 「君、拾得物の横領だよ。いや電脳機器への不正アクセスのほうが重いかな」 警察官はそう言うと、光太朗の耳にかかっている機器を取り外した。 途端に光太朗は目を覚ました。遺の存在がかき消え、ハッキリした現実が蘇る。 「確かこれ、ゴーストラバーっていう機械だよね。小さいが高価な機械だ。これを付けると仮想の異性が現れていろいろとしてくれるんだろ。 君は四日前、これを秋葉原で拾った。落とし主はGPSをオンにしていたんだよ。だから探すのは簡単だ。お疲れさん。楽しんだかい?」 次「学生大戦争」
35 : ここに一枚の写真がある。色褪せたカラーの写真で僕が親のアルバムの中でしか 見たことが無いような写真。 そこには笑っている男と女が写っている。おそらくは大学の教室で撮られたものなのだろう。 黒板の横に横断幕が張ってあって「粉砕」と書かれている。 きっと学生運動のときに撮られた一枚なのだろう。僕はそれをアパートの自転車置き場見つけた。 アパートを引っ越した持ち主が落としたのかもしれない。それとも何かの資料なのかもしれない。 僕は写真を発見した翌日、誰も拾わないのでとりあえず保管しておこうと拾っておいた。 それは不思議な重みを持っている。歴史の重み、込められた情熱、人生。 部屋の空間が捻じ曲がり、僕はタイムスリップする。遠くで声が聞え、機動隊の車両の音がする。 僕に語りかける。「時代はね巡るんだよ」と。それは本当だろうか? 少しずつ正気を失っていく僕。それは悪い感覚ではなかった。リアルな映画を見ている感じだ。 「君が呼んだんだよ。僕を」何かが語りかける。僕は誰だと問いかけるが声はしない。 夜の冬の終わりの音がするだけだ。「正気を失っていくんだよ。少しずつ。でも良いことなんだ」 僕は遠くで春の芽が弾けるのを感じる。狂って行くのは怖い。恐ろしいほど。 抗いようが無いものでも僕は抗うしかない。助けてくれと叫ぶ。それが誰かに届くように。 次 祈りとともに
36 : 「祈りとともに 」 第一ポリス「ツイッター」から、科学実験をメインに行う第二ポリス「ケプラー」への 移住は着々と進んでいた。2006年以降、そうとは知らずに発明された第一ポリス「ツイッ ター」は、地球上の人類を巻き込んで、拡大に拡大を繰り返した。 西暦3000年の今では、「ツイッター」は人類とボットが織りなす新しい集合知として認 識されている。2100年ごろ、ポリスへの「移入」の時代が終わると、市民たちは現実世界 から独立した一個の人工生命になった。それは困難を伴ったが、正しい判断だったのだろう。 市民はアイコンと無数のゲシュタルトで装飾され、望めばその人の発言履歴(ツイート) を閲覧することも可能だった。そして何より、ポリス「ツイッター」には物理法則は存 在しなかった。観境から観境へのジャンプ。インデックスの自動参照。必要な情報のダウ ンロード。自分自身のスナップショット。他の市民を傷付けない限りにおいては、文字通 りあらゆることが可能だった。
37 : そこが、居心地が悪いということは、決してない。1000年近くの実験の末、ポリスの内部 では文化的繁栄が起こっていた。ボットたちはあらゆる言語を理解し、ポリス住人はボッ トに投票券が無いのは違法だとさえ主張するほどだった。 そんな中、僕は第二ポリス「ケプラー」への移住を決めた。友達に相談しても、本気な の? という答えが返ってくるだけだった。オーケー。僕はイカれている。人工生命の圧 縮ソフトウェアに手を加えて、自分の最低限のアイデンティティを残して、データを削減 させる。 「ケプラー」までは10光年ある。10年後にも「ケプラー」は存在しているし、パンスヘ ルミア計画もずいぶんと進行しているに違いない。異種生命体とのファーストコンタクト。 リアルタイムでしか得られない情報を求めての、移住と冒険。僕はケプラーに到着した 直後、パンスヘルミア計画に志願した。 パンスヘルミア計画で、別の星に生命の痕跡が見つかるまで、僕というソフトウェアは フリーズさせられる。それは100光年だろうか。1000光年だろうか。それとも僕はフリー ズされたまま永久に起こされることはないのだろうか。人工生命にとって、それは形式的 なことだが、僕はベッドに横たわり、目を閉じる。自分は必ず目覚めるのだという、かす かな祈りとともに。 次 「死、眠り、そして風呂」
38 : お風呂が好きだ。真夜中、マンションの窓を開け風呂場のドアを開ける。 風が入ってくる。春の匂い。夏の闇の怪しげな匂い。秋の匂い。 明かりを消して頭まで湯船に浸かる。ここは胎内だと思う。私は胎児。 時間の感覚も空間の感覚も無い。ただお湯のやさしい揺らぎに漂う時刻。 生もないし死さえもない。ここは宇宙の果てなのかもしれない。あるいは宇宙そのもの。 どこかでママの声がする。ママのママの声もする。そしてそのママの。 私はお腹の中にいる命に声をかける。 ハローハロー私がママですよ。と。私は疲れすぎてるかもしれない。 誰も彼も忙しすぎるのだ。 次 「違います。落ちてたんです」
39 : 「違います。落ちてたんです」 法子は訴えたが、派出所にいた警官は聞き入れてはくれなかった。 「嘘は困るねえ。この機械、見たことないけど、この世界の物じゃないだろう? そんなご大層なものがそうやすやすと落ちているワケがない」 「じゃあ何だというんですか」 「ズバリ! これは君が元々所持していたものだ。そして君もこの世界の人間じゃない。そうだね」 「馬鹿馬鹿しい。離してください。私はもう行きます」 「そうはいかん。君は不審者だ。早急な取り調べが必要だな」 「ざけんじゃねぇ! とっとと汚らしい手を離しやがれ!」法子は逆上してつい地が出てしまった。 「貴様、本官を侮辱する気か……」 警官はニューナンブM60を取り出し、法子の後ろから片手を回して彼女を捕まえ、こめかみに銃口を突きつけた。 派出所内で、ぱんと、しょぼい音がした。 「わははは、やっちまったよ。警察官、取調中に若い女を射殺かあ、わははは!」 脳髄を撃ち抜かれた法子の死体を踏み越えて、警官は今度は拳銃を逆に向けて、銃口を自分の喉に挿入した。 また、ぱんと音がした。尖った鉛の弾丸が一瞬で警官の延髄を破壊した。警官は法子に折り重なるようにして倒れた。 法子の持ち込んだ機械から作動音がした。どことなく頭蓋骨に似た輪郭のそれは、眼窟の位置にあるランプをチカチカと点滅させ、怪しげな情報を行き来させはじめた。 (人類の女性体と男性体を確保、命令系統のダウンロードを開始する……) 処理が完了後、まもなく男女の死体がむくりと起きだした。 「もうちょっとうまく撃ってよ。脳の損傷が大きくて体がうまく動かない」と法子の蘇生体が愚痴を言った。 「遠隔での生体操作には限界がある。文句を言うな。これで三日は持つ。上出来な部類だ」と警官のゾンビが答える。 二人は早急に化粧を施し、頭部の傷口を隠した。 「おまえ結構美人だな」 「やめてよ。しませんからねRなんか」 「人類観察のいい機会なんだがなあ」 髪を撫でようとする警官を振り解いて、法子は骸骨の機械を、持ってきた鞄に詰め直した。 「さあ行くわよ。あと三日でけりを付けるわ」 「ガッテン承知之助」 二人の蘇生体は、惨劇のあった派出所を後にして、いずこともなく立ち去った。 次は「裏切った焼死体」
40 : 「どうだ、」 「まて、いま火をつける」 横たえられた私の体に火が近づく。 遠のく意識の中、男の下卑た声が聞こえてくる。 「おい、こいつのガキはどうする」 「は、引きづり出してとっておけ。後で高く売れる」 「お前もひでぇ男だな」 本当にひどい人、私がどんな思いでこの子を身籠ったか知りもしないで。 生まれてすぐ故郷を追われ、放浪し、やっと出会えた夫には道半ばで先立たれた。 それでもお腹の子のために、と思いここまで来たのに。 でも、いい気味だわ。 私はマス。なのに、あなた達サケだと勘違いして大喜びなんかしちゃって。 私の坊や達はどんなに醤油につけたって、決してイクラより高い値段で売れないんだから。 教えてあげたいけど、もう体に火がついてるもの、無理よ。ごめんなさいね。 次は「他人の帽子」
41 : 「あ、なに、その帽子。どっかの野球チームの?」 友人の真帆は、私を。いや、私の持っている、赤いロゴが刺繍された白の帽子を茶色の瞳にうつしながら、不思議そうにたずねた。 「ん……。これは確か、誰かに貰ったんだ」 確かね。と、はじめに言った言葉をもう一度繰り返し、記憶の曖昧さを強調した。 誰かって、誰? と、真帆が私に聞く。私が何のために『誰かに』と。『確か』と言ったのかを理解していないようだ。 「覚えていないよ。……んー」 何とか思いだそうと、私はうなり始めた。そのとき、――ある光景をふと思い出した。 中学一、二年生くらいの男の子が、土に汚れた、野球部のユニホームを着て、グラウンドの隅のほうでボールを投げている光景だ。 しかし思い出せたその光景に、その男の子の顔はうつっていない。 その背中からは、もう二度と会えないような寂しさがみえた。もう、その男の子はどこにもいない。そういう感覚を……。 でも、その男の子は野球が大好きで、どこかのチームの大ファンだったこと。その男の子と私は仲が良かったことは、何となく覚えている。 私とその子は友達……だったかな。でも、もう覚えていないんだ。大した仲じゃなかったんだろう。 「思い出せないや。まあいっか。これから捨てるつもりだったんだから」 私の予想では、その男の子と私は友達だったけど、その男の子は事故か何かで死んじゃったんだ。ああ、そんな子が、いたような。 でも死んじゃったんだ。生きていないんだから、もう友達という関係は失われているだろう。他人だよ。 他人がくれた帽子、か……。 次は、「ノートと黒板」で。
42 : キーンコーンカーン…1時間目が始まると同時に、私は青くなった。 ない。ない。ない。いくら探してもない。国語のノートがないのだ。 私は今日のノート委員だった。皆やったことあると思うけど、ノート委員が ノートに書いた内容が、そのまま教師の腕の動きになって、黒板に描かれるのだ。 ノート委員のノートがないということは、板書ができないということ。まずい! と、国語の高橋はすらすらと板書を始めた。あれ? なんで? 戸惑うまもなく、 私の顔はさらに濃く、深く青くなる。もう藍になる。高橋の腕が止まった。 不機嫌そうな、微妙に戸惑った顔で振り返る。 「おい、山田、まじめにやれ!」 私は顔面を青黒く(多分)して、ぼこぼこ泡を吹いた。本当に吹いた。 板書の内容は、板書の内容は、『タカハシ結婚して!』だったのだ。 「あ、あ、ああの、私、きょうノート忘れ……ぼこぼこ」 「ああん? そうなら早く言え。職員室に予備がある……ん、じゃこの板書は何だ」 と、高橋の腕が踊り、『ノーといったら、あんたを殺して私は出家する』と追記する。 教室がざわついた。「おいおい、物騒だな……」高橋の声、私の意識、何がもう どうなってんの。と、失神しかけた視界の隅に、廊下の窓から教室を覗き込む 保健婦富岡35±5歳独身の姿が見えた。そしてその手には私のノートが! 「うぎゃおえー!」私は思わず奇声を発して廊下の窓に突進した。窓際席の 中本君と郡山さんが椅子ごと倒れる。富岡が驚いてのけぞった。私は窓を バシャンと開き、廊下に立つ35±5歳に掴みかかる。 「ちょてっちょ返しなさいよこの毒婦!」ノートを奪い返す。一番新しいページを ひらくと、あれ? ない。さっきの文言は書かれていない。 私は振り返った。高橋は何か叫びながら『呪ってやる! 呪ってやる!』とか 板書している。あーもう何なの。学校のナナフシ? カメムシ? 「ノーと言って先生! 山田なんかになびかないで!」シンパの和美が騒いでいる。 失礼な! でも私はノート委員。ノーと言うならノート委員よ。 「センセ、お茶目はそこまで!」富岡の声に高橋の腕が止まる。センセ、ノートを忘れた 私をかばって、ギャグで場を濁してくれていたのだ。Oh、ナイスガイ! 「あたし出家しますね」私は退学した。 次「テポドン料理」
43 : 「テポドーン」 そのファミレスの新入りアルバイトは出来たばかりのハンバーグ定食を 壁に向かって投げつけた。ソースが壁に散り、付け合せの野菜とハンバーグが そばで食べていた子供の顔にかかった。子供が泣き始めた。 「ドーンドーン。テポドーン」 新入りアルバイトは狂っていた。忙しすぎたためだ。前の日の朝の七時から働き始め 次の日の夜八時だった。食事もとらず満足にトイレにもいけなかった。 彼が病気だったせいではない。そこは信じて欲しい。 「テッポドドドドドドドドドドッ」 彼は食事を取っていた五人家族のテーブルに上がるとダンスを始めた。 「ドンドンドンドンドンドン!!」 その席に座っていたのは、いわゆるDQNだった。DQNの父ちゃんが立ち上がった。 静まり返った店内がいっそう静まり返った。DQN父ちゃんは店内でサングラスをしていた。 無精ひげが顔した半分を覆っていた。 「ひえええええええええええ」 DQN父ちゃんはテーブルに載っていた新入りアルバイトのひざにタックルすると 新入りアルバイトは滑った。そして食べかけのシフォンケーキの上にしりもちをついた。 シフォンケーキはDQN父ちゃんの好物だった。 「ちがああああああう。どけえええええええええ」 DQN父ちゃんが踊り始めた。 「警部。この料理見てください。食べ物を粗末にして」 「うん、これはテポドン料理と言うのだよ」 警部が朝日を睨みそう言った。 次 「Rー宣言」
44 : 男は真剣な眼差しで女を見つめた。二人の横には夫婦用の布団が敷いてあり、その中には一匹の三毛猫がぬくまっている。 だが三毛猫は今回どうでもいい。問題は二人のほうだ。 「お前を嫁にもらう前に言っておきたいことがある」彼は春樹。 「はい」うつむいて頷いたのは、広子。古風な女性のようだ。 二人は既に婚姻を果たしているが、本当の夫婦になるのはやはり初夜、そのときであろう。 古びた旅館の柱時計は十一時を過ぎている。今まさに二人は夫婦になる寸前にあった。 「何でも言ってくださいまし」 「うむ」春樹は腕組みをして大きく頷いた。「俺は浮気はしない」 「はい、うれしゅうございます」 「本当に浮気はしない」 「心より信じております」 「だが――」 次の言葉は広子を驚かせた。 「お前と、Rもしない」 「え?」広子は顔を上げて春樹を見た。新婚早々Rレス宣言……? 参考までに二人の年齢を述べておこう。春樹は30歳、広子は26歳であった。心身ともに健康であり、子供を作るのに何ら支障はない。 経済的にも一人くらいなら増えても構わない。また、仮に子供を作る意志が春樹になくても、広子は十分に魅力的な女性であった。 「俺は、Rーが大好きなのだ」 「Rー……ですか?」広子の表情は曇らざるを得なかった。わが夫は、何を言いだすのか。 「自慰はRより価値が低い行為に思われがちだが、それは違う。快楽を追求した者にとって、自慰に勝る快感はない」 「そ、そうですか」 「Rなど単なる作業だ。あれは一種の仕事と言ってもいい。俺は夜、家に帰ってまで仕事をする気はさらさらない。第一、R中は広子の体をよく見ることができないではないか」 広子はだんだん頭の中が白くなっていった。それを知ってか知らずか、春樹は構わずに続けた。 「生々しいお前の体を、離れた所からじっくり視姦しつつ、自慰に耽る。それが私の理想の夫婦生活だ。何か文句あるかね?」 「いえ……」 翌朝、春樹が目を覚ますと、布団の上に三毛猫が乗っていた。猫一匹しかいなかった。 「広子、どこだ」 妻の姿はなく、持ち物もなくなっていた。 当然である。 次は「保健室に入らないでください」でお願いします
45 : ――立ち入り禁止―― 真っ赤なマーカーペンで、真っ白なコピー用紙にそう書かれていた。 「汚ねえ字……」 誰かの手で立ち入り禁止になった場所は保健室。少年はその張り紙を見てため息をついた。どうやら病気やけがではなく、自主休憩に来たようである。 普段、養護教諭が不在の時は、かわいらしいリスの描かれたプレートに『せんせいはでかけています』と貼られているはずだ。だとしたら、いたずらか何かだろうか。 遠くで、始業のチャイムが聞こえる。もう教室に戻っても、遅刻になるだろう。 「センセー」 そういいながら引き戸に手をかけて力を込めると、あっけなく開いた。少年はまたため息をつき、保健室に足を踏み入れた。 「保健室に入らないでください」 彼の目の前には一人の少女。小学生くらいだろうか。身に着けているのは少年と同じ学校の制服だ。 「は?」 「張り紙が見えませんでしたか」 困惑する少年になおも彼女は続ける。その表情はまるで機械のようだ。 「あーあの紙、アンタが書いたのか? にしても――」 「保健室に入らないでください」 少年の言葉を遮って、またしても少女はそう言った。 「……まあいいけど、センセーは?」 少女は答えずに、少年の横を通り過ぎて扉を閉めた。振り向いて彼女は言う。 「あなたは私のおねがいを聞きませんでした。なので閉じ込めます」 終業を知らせるチャイムは、まだ鳴らない。 次→透明な魚
46 : 「みんなに伝えたいことがあるんだよ!」と屋上で叫んでいる男がいた。みんな彼が見えていないのか、ただ一人気付いている僕の横を通り過ぎて行く。 男は無駄に笑顔だった。「狂喜」といえるような表情で叫んでいる。僕はただ、その男を下から見上げている。僕と同じ高校生だろうか。それにここは学 校だ。僕が通う学校だ。その屋上で彼は叫んでいる。僕は彼を知らない。あんな人間見たことない。ここの生徒じゃないだろう。でも、ここの制服を着て いる。 「みんな!よく見とけよ!」と叫ぶと制服を脱ぎだした。制服だけに限らず下着まで脱ぎだした。男は全裸になった。しかし、みんな、彼の叫びや姿に 見向きもしない。 「俺は透明な魚を見に行くんだ!きっと綺麗なはずさ!俺は透明な魚を見に行くんだ!」 男はそう叫ぶと、屋上から飛び降りた。まるで空を飛ぶかのように。男は飛んで落ちていく間も笑っていた。 迫り来る地面。きっと硬いはず。この地面は僕の脳を喰らい尽くすのだろう。でも、大丈夫さ。僕は透明な魚が見れるんだ。透明な魚を。 あれ?なんで僕は落ちてるんだ?さっき僕が見ていたのは落ちて行く男のはず。空じゃない。地面でもない。これはなんだ?これはなんだ?死ぬのか? なんで裸なんだ?でも、まぁ、いっか。僕は透明な魚を見に行くんだから。 透明な魚を。 次は「はいからはくち」です。
47 : 「いててて」 俺は目をさました。どうしたんだ。殴られたのか。うむ。ガツンとやられた。 「気づいたようね。バカ」と夏希が、横たわる俺を頭上から俺を見下ろして言った。 「あんたが悪いのよ。あんたが動揺して暴れ出すから、こうするしかなかったの」 「何も殴りつけて気絶させることはないだろう!」 「スキンシップよ。お許しになって」 この暴力女。俺の人生の暗転した一瞬を返せ。 「それより問題はどうやってここを抜け出すかだわ」 「うん、そうだな……」 俺は頭を振って、記憶を整理しはじめていた。そうだ。俺たちは《組織》に閉じ込められたのだ。 非人道的な生体実験か、それとも処刑の一歩手前か、それは不明だ。俺と夏希と雪子、三人の男女がかれこれ四時間も密室に閉じ込められている。 両手に花だって? 断じて違う。雪子だけなら多少は気が向くかもしれないが、夏希は花と呼べるものではない。美人ではあるが。花というより爆竹花火だ。その爆竹が爆ぜて俺を気絶させたわけだ。 雪子は寝ていた。彼女はアンドロイド。詳しく説明しているとラノベが一冊できてしまうので省く。最近彼女はメンテ不足なのか、よく寝る。 キスをして起こしてやろうか。いやそれは、抵抗を示さない機械娘に触れるのはどこか罪悪感が残る。例え二人きりでも。 などと思案していると、ふいに雪子が目を覚ました。 雪子と目が合うと、俺は今までの煩悩が彼女に見抜かれていないかと不安になった。彼女は頭がいい。 「私に任せて」雪子は立ち上がって、前に出た。速い。彼女の電脳では、即座に状況判断が完了しているようだ。 雪子が扉の横に手をかざす。すると壁からこっくりさんの文字盤みたいなキーボードが出てきた。なんで神社のマークまでついてんだよ。 「は、い、か、ら、は、く、ち」 とキーを操作すると、空気の抜けるような音がして重い扉が開いた。 「すごいぞ雪子! どうして判った」 「計算するまでもない。キーボードに暗証番号を操作した手垢がついている。それを古い順番になぞるだけ」 「行きましょう。確か外で胡桃ちゃんが待っているはずだわ」 夏希は雪子の偉業に礼も言わず、先頭に立って扉の向こうに駆けだした。 そうだ。外で胡桃さんを待たせてあるのだった。 俺は三人目の女子の心配をしつつ部屋を後にした。 次は「驚愕すべき憂鬱」
48 : 精神科に一人の男が現れた。やせこけた顔でいかにも精神的にまいってる感じだ。目の前の椅子に腰掛けたその男を、斉藤は治療しなければならない。 しかたないことだ。精神科医である斉藤は今日も死んだ眼をした人間と向き合わなければならない。斉藤にとってこれほど憂鬱なことはない。今、目の 前にいる男がどんな症状を抱えていようが、きっと自分の憂鬱ほどじゃない。 毎日こんなことを考えながら仕事をしている。斉藤は男に質問した。 「症状は?」 男は言いにくそうに、もごもごと口元を動かし、指先を擦り合わしている。斉藤は苛立った。さっさと言ってくれ。面倒くさい。 チッと斉藤が舌打ちすると、ようやく男は言葉を発した。さ 「あなたは自分が精神病を患っていることは理解していますか?」 意味が分からなかった。この男は質問に質問を返してきた。しかも、それがまるで精神科の医師のような質問だ。斉藤は真似されているようで気分が悪 くなった。 そういえば、と斉藤は不意に思った。この男は自分と同じ白衣を着ている。何故だ?これもこの男の精神病の一つなのか?治療し甲斐があると思えばい いのか。だが、面倒くさい。またこんないかれた人間と向き合わなければならないのか……。斉藤の憂鬱は増していくばかりである。もう、いっそのこと 自分が精神科に通いたいものだと、心の中で呟いてみせた。 患者は斉藤清という、小太りで中年の男だった。この男の難点は自らが病に犯されていることを理解していないことだ。まるで自分が精神科医であるか のように振舞っている。目の前にいる人間を患者だと思い込み、さらにその「患者」や、自分の「仕事」に対して憂鬱を感じている。 治療する側からするれば、まったく迷惑な患者である。
49 : 次は「生活の柄」
50 : 彼女は本質的にはきちんとした子だった。 だからといってそれを押し付けてくることは無く 例えばゴミの分別なら、僕が適当に分けたたものを 彼女がきちんと分けてくれていた。 彼女に旅行計画を任せると トイレの位置まで調べていて余程のことがあっても困らない。 僕が計画を立てると行き当たりばったりだが それも笑顔で楽しめる子だった。 生涯を想い深く付き合っていたから 彼女の生活は僕の体にしっかりと残っていた。 朝ごはんをきちんと食べること、紅茶、音楽 内容はさておき本を読むこと、 さぼり気味だけど散歩、そして空を見上げること。 仕事で海外に行ったときも、同じ刻に空を見て電話で話した。 昼夜逆転のときも星座すら違うこともあった。 だけど一緒に空を見上げているだけで何かが繋がっていたと思う 無地だった僕の生活には彼女の模様が描かれていた。 今後もいろいろな模様が増え消えていくのだろう。 次は「晦渋な懐柔」でおねがいします
51 : 俺は怪獣だ。 退屈に満ちた地球人共を皆殺しにすべく ペクレリのかみさかすきの・ツからイスルミニチをカングリショウして 地球でクヌグマギサとミミロゴロンを吐き たゅのまりちか・げ まをクルツマリチイバスガミニス! 「タタラカチぴばそにろ、ぐ、びらびんだ」 地球人もメメソコメソコメコ、ベギレロン、ツルマユヌ、イッゾバシ、揃えてズ・ゲイソン。 俺の体はメイロケン1、チマ2、3クミロシニアンバニキシ4ポエ、地球人の干渉はメ・無意味だ。 ミミロゴロンを浴びて地球人もヒゾヒロカ、顔面がボクニジウ(オレンジ色に溶けて)、ボクニリボ、ボクニリボ! 俺の特製のミミロゴロンは地球人と相性がよく、ボクニジウボクニリボの!ろ。に減少が見られない。 これは大発見だ!俺のミミロゴンは人間を使えば永久的にヒロスエリョウコ。うれべらみに。 ウダゲンガバッショ学会に発表してノーベル賞だ! 「うー、ミミロゴロンで……えっと、ボクニジロウベニクだー。ぐえー。げろげろー」 「がはは、メ・グミニアス!うばばば!俺は天才博士ノーベルだ!ヒペ・ソメニキア、ロペ、ローペ!」 「そうです、あなたはノーベル博士!ぜひ学会へ発表しましょう!東京大学はあちらです」 「うむ、ろろろろろろろ」 精神病院に患者が一人、収容された。 次のお題は「ピュア文学」で。
52 : 中学の卒業式のあと、僕は3年間のオトシマエをつけに行った。 折り合いの悪かったグループと会うのも最後だったからだ。 僕はいつも一人だった。誰ともつるまなかった。ワルだのツッパリだのに 興味はなかったし、喧嘩でも負けたことはなかった。が、三年間、 僕は何とも言えぬ敗北感と折り合いをつけてきたのだ。殴り合いなんて、 しょせん勝負の一部にすぎない。 コウキチの家へ行くと、タケシとカズヤもそこいいた。何も知らない叔母さんが、 僕を友達の一人と思って案内してくれた。3人は冷ややかに笑っていた。 僕は奴らを連れ出して、河川敷で殴った。鼻が曲がるまで殴った。 すっきりしなかった。空は雲に覆われて、春の空気が湿っていた。 草の朽ちた土の匂い、ひたひたと湿った石ころの匂い、僕は、いったい、 何をしていたんだろう? 僕は家路についた。家まであと三町というところで日が落ちた。雨が降ってきた。 玄関先で、僕は家中が穏やかでない気配を感じた。連中を殴ったことがばれたかな。 魚の匂いがしている。寿司でも取って待っていたのだろう。 僕は引き戸から手を離し、玄関フードを見上げる。むき出しの白熱球がむらっけに光って、 庇と壁のあわいに、きっと去年のうちに死んだに違いない蛾の、汚れた巣のあとがみえた。 僕はサーという雨音に立ち尽くす。と、塀の内側にがらくたの山を見つけた。 壊れたウクレレがあった。僕はそれに見覚えがあった。 それは5年前、帰郷して病に死んだ叔父のものだった。叔父は文学部を出て就職し、 都会の生活に失敗して、うちでぶらぶらしていた。叔父はブンガクセイネンなんだと、 みな陰口をたたいていた。 叔父は同居しながら、幼い僕にほとんど構うことがなかった。いつも2階の窓を 開け放して、このウクレレを爪弾いていた。そうだ、曲にもならぬメロディを。 僕は毀れたウクレレを手に取った。湿気に飾り板が反りかえって、弦は切れていた。 額にかかる雨をぬぐい、ウクレレを仔細の眺めると、裏に小さな字でなにか彫ってあった。 『P u r i f i c a t i o n』 ……そして、『卒業おめでとう』と。 僕はこの日、あの浮世離れした叔父が、けして文学の人でなかったことを知った。 そして、それでもなお、やはり文学を愛していたことも。 次『棺桶サンバ』
53 : 俺のじいちゃんはとにかく派手で元気で人生を舐めきった人だった。 そんなじいちゃんも事故には勝てず、歩道で踊っていたときに車が飛び込み 文字通り踊りながら死んだ。 葬式は生前にじいちゃんがコーディネイト済みで その内容を一言で言うなら「ダンスパーティー」だった。 しかし、それを詳細に語ろうとすると、僕は適切な言葉を知らず 「カオス」と結局一言でしか言えなかった。 じいちゃんの友人のお坊さんが、読経の発声で歌うポップス バックバンドは三味線に尺八、木魚等など何でもあり。 そして、踊るじいちゃんの友達たち。 正直、のりの良い親類を除いて身内はあっけにとられ取り残された感がある。 しばらくすると、子供の頃夢中になったアニメの歌が流れ始める 『ちょっとあれ見な、親父が通る、カブキ者ぞと町中騒ぐ・・・』 キャプ翼の替え歌で、チャンバの産婆がサンバを踊っている 本当にわけがわからないよ……それが身内のいつわざる感想だった。 次は「青のさざめき」でおねがいします
54 : 「葵……こっちに来なさい……さあ、パパの前で服を脱いでごらん」 病床の画家、迅東一郎は十歳の娘を呼んで、命じた。 何の抵抗も見せず、父親の前で全裸になる葵。無垢な少女の裸身は、迅の創作意欲を掻き立てずにはいられない。 「パパ、何をするの? 何だかいつもと違うわ」 迅は葵の体に塗料を塗りはじめていた。太く柔らかな筆に乗せられた鮮烈な青が、少女の裸体を埋めていく。 「葵……私は、今まで何枚ものカンバスに君を描いてきたが、今度は君の体に絵を描く。これが私の最後の作品になるだろう」 その青い塗料は、他の塗料とは違っていた。ぬめぬめとした光沢を放つ塗料は、異生物のように葵の肌を滴り、重なっていく。 「……パパ、わかったわ。私の体、パパにあげる。私をパパの作品に仕上げて」 恍惚に囚われた葵は、口を閉ざして瞑目し、その肉体を父の芸術に捧げた。 葵の全身が青一色に塗り込まれるのに小一時間もかからなかった。 そこに模様や陰影は一切なく、どこまでも均一な青が広がっていた。葵という素材は一切の飾り付けを必要としなかったのである。 この作品を描いた翌日、迅は他界した。そして葵が異変に気づいたのは七日後だった。 「だめだわ。シャワーでいくら落とそうとしても流れない。なぜなの?」 青い塗料が落ちてくれない。それは、非常に細かい単位の部分で、皮膚と完全に結合しているかのようだった。 「仕方がないわね。これはパパの遺志。背くわけにはいかないわ……」 葵はあきらめ、これからの人生を青色の女として生きる覚悟を決めた。 ――それから五年がたち、迅の遺した画廊は娘の葵が受け継いでいた。 時流の雨風になんとか持ちこたえてきた画廊だが、歴史的な不況には勝てなかった。弱小画廊の経営は悪化し、いつしかそこは悪徳な金貸しの餌場と化した。 「けっ、ここかい?全身を青く塗りまくったR娘のいる画廊は」 見るからに柄の悪そうな男達が、玄関のカンバスを蹴り倒して、踏み込んできた。 「やめて下さい。その絵は父の遺品なんです」 葵は男達の前に進みでたが、逆に細い腕をねじ上げられてしまう。 「何だこの女? おっ、顔は青いが、よく見ると結構いい女じゃないか」 「服の下も青いんですかねえ?」(続)
55 : 「調べる価値はあるな。あと金目の物があったら全部ぶんどれ。いいか全部だぞ」 金貸しの男達は、少女を相手に卑劣な牙を剥いた。 「イヤ、やめて下さい」 抵抗空しく、葵は、あっという間に裸にされた。男達は、彼女の裸身に、目を見張った。 「ほう、こいつはすげえ。本当に胸から尻まで真っ青だぜ」 「こういう奴って結構R的な趣味があったりするかもね。ちょっと試してみましょうか」 「よっしゃ、俺たちもこいつの体に絵を描くとしよう。白い絵の具ならたっぷりある」 「離して。助けて、パパ!」 男達が葵の全てをむしろうとした瞬間、〈それ〉は起きた。 「なんだよ、これ? おい!」 葵に塗られた塗料がどろりと溶け出した。それは渦を巻いて、男達に襲いかかった。 「なんかやばいぞ! こっちに来るな。気持ち悪い」 男達は絶叫した。青の塗料が、男達の口に入り、呼吸を遮ろうとする。 「た、助けてくれ。息が……できん」金貸しの三人はたまらずに画廊から逃げ出した。 画廊には全裸の葵が残された。いや、もう一人いる。部屋中に飛び散った青い塗料が、じわじわと一塊になり、人の形になって立ち上がった。 (葵……今まで黙っていてすまない) それは懐かしい、迅東一郎その人に違いなかった。 「パパなのね。うれしい!」葵は驚愕しながらも、顔をほころばせた。 (知人に、変わり者の遺伝子生物学者がいてね。実はこれは、彼に作らせた人工生命体なんだ) 「液状の疑似生命体なのですか?」 (塗料生命体とでも言おうか。これに私の記憶をコピーするのに手間取ったが、お前の体から生体電流をわけてもらって、何とか人格まで再生することができた) ここで、葵の頬がピクリと引きつった。 「お父様、もしかしてそれは、ずっと私の体に張りついていたと言うことですか?」 (うむ、創作者として葵と別れることは死んでもできなかったのだ) 「私が寝ているときも?」 (もちろんだとも) 「トイレやお風呂にいるときも?」 (仕方あるまい。慣れないうちは簡単には剥がれん) 「お父様……」 (なんだい?葵) 「Rですね」 その日を境に、葵の肌は元の色に戻ったという。(了)
56 : 次のお題はこれだっ! 「おまえは誰だ!」
57 : もうずっと前からそいつはこの家に住んでいる。いや、もともとこの家の住人だったのだろうか?とにかく僕が物心ついたころにはそいつはこの家の住人だったのだ。 そいつは頭に紙袋を被り一年中スーツスタイルで一言も喋らない。 そいつは家族だった。一緒に食事をし、風呂に入り、テレビを見て、たまには旅行にいく。本当に家族だったのだ。 ただ「母」とか「父」とかそういう呼び方がないのでみんな「あれ」とか「おい」とか曖昧な呼び方でそいつのことを呼んでいた。 違和感がまったく無かったわけではない。テレビに映る家族の風景にはそいつはいなかったし、友達の家に遊びに行ったときにもそいつと似たような(みんな同じ見た目とは限らない。個性はあるはずだ)やつはいなかった。 でも片親の家族だっている。子どものいない夫婦やペットのいない家族。祖父母と離れて暮らす家族だってある。だから他の家にそいつらしきやつがいないとしても大したことではない。そう思っていた……あのときまでは。
58 : 「おまえん家にいたあの紙袋のやつ誰なの?」 家に遊びに来た友達が次の日学校で僕に言った言葉だ。 僕は言葉につまった。僕自信があいつのことをちゃんと理解して認定していなかったので説明できなかったのだ。 「……家族だよ……」 聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声だった。そのあと僕はずっと喋らなかった。 学校が終わり急いで家に帰ると僕はリビングでテレビを見ていたそいつに大声で怒鳴り散らした。 「おまえ誰なんだよ!」 紙袋は答えなかった。ただじっとテレビを見ていた。気まずそうにも、無視しているようにも見えた。 「答えろよ!誰なんだよ!」 突然そいつが立ち上がった。紙袋の奥の妙な威圧感に押され、僕は動けなくなった。紙袋もじっと動かなくなり、十分か二十分、二人は向かい合ったまま停止した。 先に紙袋が動きだし、僕の脇を通り抜け出ていった。 直ぐに裸足で後を追いかけた。紙袋はまだ近くの通りをとぼとぼと歩いていた。 その後ろ姿は寂しそうにもお気楽なようにも見えた。多分どっちもだろうと思った僕は呼び止めることもできず、彼が角を曲がって見えなくなった後もしばらくぼんやりと突っ立っていた。 父も母も紙袋の彼についてなにも答えなかった。というより答えられなかった。僕と同じだったのだ。 彼はなにも残さなかった。まるで最初からいなかったかのように……いや、いなかったのかもしれない。それとも今もいるのか、どちらにしろひどく曖昧で取るに足りない存在なのだ。 雰囲気とか空気とかそんなものと同じで、いると思えばいるし、いないと思えばいない、あれはそんなものだったのかもしれない。 次題「コールガール・フリージア」
59 : 「コールガール・フリージア」 やった。殺した。 私は、あいつを殺した。 私の起こした小さな交通事故、それを口外されたくなかった、その弱みにつけ込み、 多額の借金を押しつけ、それをネタに散々もてあそび、それに飽きると、今度は Rまでさせられた。コールガールとして、何人もの男のおもちゃになった。 逃げることはできなかった。つまらない奴なのに、いつどこで繋ぎを作ったのか、 怪しい連中が私を見張って逃げることも、警察に行くこともできなかった。 このままじゃ、私は本当にぼろぼろだ。死ぬよりつらいことだ。 だから、私はあいつを殺した。久しぶりに私をもてあそぶ奇異なったあいつと、 ようやく2人きりになった。チャンスはこれしかなかった。 もちろん計画なんてない。逃げる道も用意してはいなかった。 着の身着のまま、裸足て私は裏口から外に出た。手にあるのはフリージアの切り花。 私が大好きだった花。それをあいつは私が男に売られるときの目印にした。 でも、今はそんな役目も終わりだ。この花は、私だけの大切な花。 季節は春とはいえまだ寒い。足下から次第に冷気が登ってくる。 凍り付いてしまいそう。このままだと、凍えて死ぬかも知れない。 でも、私はうれしかった。だって、今このとき、私は自由なのだ。 思わず口にした。 「凍る。がーっ、フリーじゃ!」 次、「猿の腰掛け・猿・残しかけ」
60 : 「猿の腰掛け・猿・残しかけ」 ある昼下がり。 親友に呼び出された俺はいつものようにマンションのエレベーターに乗り、その家の玄関を開ける。 「よう」 その先のリビングでなにやら細工をしていたらしい親友は、こちらを振り返る事無く挨拶を飛ばした。 挨拶を返した俺はさっそく、それを見てみる事にした。 「それがお前の言っていた、とても面白いものか?」 すると親友は突然小刻みに震え始め、笑い声を上げた。 突然の事に面食らう俺だったが、この面白い事を見つけては俺と笑いあうのを楽しみとしている男が何を そんなにわらっているのか。 気になるのを抑えられなかった。 背を向けた親友に隠れて見えないそれを、少し逸る気持ちで回り込んではしげしげと見つめる。 「……………………………?」 それは一目に笑い声を上げるような物では代物では無かった。 「キノコ?」 少しばかりそれが何なのか理解できなかった俺だったが、それが何なのか分かった。 それは受け皿の上に乗った、小さな切り株だった。そしてその周りにはシイタケから傘だけを切り取った ような物がビッシリと吸い付くように群生しており、それを見た俺は「気色悪い」と素直な感想を漏らし た。 「フッ、フフ、フフフ………」 親友は肩を震わせて笑いを堪えるのに精一杯のようだった。 「こ、これは、これは、ブフッ!フ、ハハ、ハァ…サル、フフ、サルのッ、コシカケ、ブフッ!」 それだけを言ってまた笑いを堪えるのに神経を集中させる親友に、俺はしばし考え込む。 「うーん……?」 丁度きっかり30秒ほど頭を抱えたあと、俺は降参のポーズを取った。 「わからん。さっぱりわからん。何なんだ?」
61 : ようやく発作的な笑いが収まってきたらしい親友はあまりの笑いっぷりに涙を浮かべながら、俺の肩をつ かんだ。 「そ、それがさ。これが、サルノコシカケだろ?それで、これはウチのマンションのオーナーからパクっ て来たんだ。ほら、あのサル顔の。プクク」 「あぁ、あのオーナー?で、サルノコシカケ……」 俺は露骨にガッカリした顔を親友に向けた。 「そんだけ?」 今回は全然駄目だな……。 そんな感想を思い浮かべ、そろそろ帰ろうかとまで思い始めた。 しかし、親友は俺の肩をさらにバシバシと強く叩く。 「いや、まだあるんだよ。ここからが最高傑作になるんだ!」 「ほー?」 面倒になってきた俺は、とりあえず聞くだけは聞いてみることにした。 「これがサルノコシカケだろ?で、サルからパクって来た。そんで、しかもこれは……」 「これは?」 親友から飛び出してきたその言葉は、まさに笑い話だった。 「なんとフォークとナイフが付いた皿の上に乗ってたんだよ!」 馬鹿な奴め。 その切り株は俺が昨日オーナーをからかおうと置いておいた物だ。 次「風呂上り」
62 : 「風呂上り」 4/14(土) 俺は今日も風呂死した。いや、風呂死という表現では何のことか分からない かもしれない。要約すると、俺は毎夜毎夜風呂で死ぬのだ。 俺は精神を病んでいる。そして風呂が大嫌いである。風呂に入ると、死んだような気が するからだ。別にどこかが痛むわけではない。熱すぎて死ぬというわけでもない。ただ湯 船に浸かると、もうだめなのだ。そこにあるのは死だ。今日という日の終わりだ。 ここまで書いて、タイトルが風呂「上り」であることに気付く。「上がり」ではなく「上 (のぼ)り」だった。畜生。俺の半自伝的小説を書こうと思ったのに、これではお題を勘 違いしたただのアホではないか。俺は風呂に颯爽と舞い戻ると、フタをされたバスユニッ トの上に昇り、高笑いした。ふははは。これぞ風呂上り! 今度こそお題を消化してやっ たぞ。そう思うと同時に、フタが俺の体重に負けて折れ崩れた。俺は足をすべらせ風呂に 倒れた。頭をぶつけ、目の前が暗くなり、そして―― 俺は病院の集中治療室で目を覚ました。首から下の感覚が無い。俺は目をぐるりと回す。 と、医者が俺の覚醒に気付いたようで、声を掛けてきた。返事を返そうとするが、声が 出ない。右目でウインクをして、YESの意志を伝える。さらに質問が来る。左目でウイン クしてNOの意志を伝える。何度か質問の応酬があったあと、医者は俺がなぜ風呂場で倒れ たのかを理解したようだった。俺は俺で、自分のノートパソコンをこの場に持ってくるように 医師に伝える。 備えあれば憂いなし。俺はあらかじめ「脳マウス」をノートパソコンにインストールし ておいたので、首から下が動かなくても問題は無い。脳マウスを装着し、念じることでソ フトウェア・キーボードを立ち上げ、途中まで書いてあった小説の続きを書き足し始める。 俺は満足感に満ち溢れている。なぜならお題を消化できたからだ。それ以外の事は全くの 些事でしかない。 結論からいうと、風呂上りはやめたほうがいい。頭を打って死ぬかもしれないし、俺の ように全身麻痺になるかもしれないから。 「風使いの日常」
63 : 朝けたたましく鳴る目覚まし時計で目を覚ます。力を使って少し離れた机にに置かれた目覚ましを黙らせることもできたが、そうはせず、十秒ほどぼんやりとしてから起き上がり目覚ましを止めた。 朝風呂をすませ、ドライヤーで髪を乾かす。力を使っても乾かすことはできるのだが、もう大分まえからドライヤーを使っている。 「おはよう」 「おはよう」 朝食を作っていると息子が起きてきた。 「学校はどうした?」 「なにいってるの父さん今日日曜だよ」 そうか日曜か、それじゃあ庭の掃除でもしよう。私は庭にたまっていた落ち葉のことを思い出した。 竹箒を使って落ち葉を集める。かなりほったらかしていたので思いの外骨が折れる。力を使えばあっという間に終わらせることも出来るだろう。でももう力は使わない。二度と使わないと決めたのだ。 強大な力は大きな影響を及ぼす。良くも悪くも…… 力のせいで、この子にも死んだ妻にも随分辛い思いをさせた。だから顔を変え、人里離れたこの場所に引っ越してきた。 「お父さん、風がなくてぜんぜんとばないよ」 近くで凧上げをしていた息子が不満そうに口を尖らせてやって来た。 「どれ、かしてみろ、コイツはコツがいるんだ」 息子から凧を受け取ると私は微かに吹く風に向かって走り出した。バランスをとりながら少しずつ糸を伸ばしていくと凧は徐々に上昇していき、やがてかなり高くまで舞い上がった。 「どうだ、凄いだろ」 「うん、凄い」 「ほら、持って」 「風が弱くても飛ぶんだね」 「ああ、そうだ、風がなくても走れば風は起こるんだ」 凧は高く上がっている。灰色の空を高く、高く。 私はそれを横目でみながら微笑む。そして再び竹箒を手に取り、落ち葉集めの続きに取りかかるのだった。 次題「A→B→C→B→A」
64 : 「A→B→C→B→A」 物語はいつものAから始まる。 「仕事だ」 女だてらにぶっきらぼうな所長から渡されたのは、依頼内容の書かれた一枚の紙。 そして物語は否応無く、Bへと進む。 「報酬はいい。ウチ以外なら、この三倍は払って頂けるだろうが」 薄汚い町でしがない探偵に与えられるのは、それに見合った骨折り損の、割りに合わない危険な仕事。 そして大抵は望みもしないのに、Cに至る。 「私に構うな。その子を連れて逃げろ!」 与えられるのは、依頼主にとって使い捨ての役割だけだ。 そして物語は否応無く、Bへと後戻りする。 「あの子は病に冒されている」 気の遠くなる逃走劇の末に、その少女は微笑みながら死んで行った。 そして物語はいつものAで、終わるだけだった。 「奴らから頂いてきた報酬は三倍ではすまない。それに、報いは受けさせた。そして、あの子は幸せに生きた。それでいいんだ」 女だてらにぶっきらぼうな所長は、この日初めて涙を見せた。 次「Good Luck」
65 : 「なあ俺たち死ぬのかな」 戦友であるSはそんな言葉を吐いた。ここはもう死地だ、敵軍に包囲されている。没落するのは日暮れを見ずしてのことだろう。Sの仄暗い言葉を否定できない。 「大丈夫さ! なんとかなる。それに――いざとなったらSは逃げろよ」 「友達をおいて逃亡なんてできるはずがない」 「気にするなS」 「……」 敵の足音がする。段階を踏んで増幅していて、俺は全身が震えている。自覚するほど、恐怖は俺をつらぬく。 Sは目を充血させて涙を流した。 「さあ俺いってくるよS。じゃあなグットラッグ! 」
66 : 俺は背後など関係なしに前進した。両足は全速力で起動していて、身体を酷使している。しかしそんなの関係なくて 俺は今から家族を守るため、王を守るため、たいせつな親友を守るため――死ににいく。 敵の身体を一体でも、十体でも百・千・万・億のかなたまでこっぱ微塵にしてやる。殴る・蹴る・噛み付く。見えるのはもがれた足・腕・頭。 ――そして俺はついにつかまってしまった。 「殺せよ。――覚悟は出来ている」 「いわれなくとも……しんでもらうさ」 「けれど死ぬ前に見て欲しいものがあるんだ」 「お前の親友Sの死に様をな」 「なに!? 」 Sは敵に捕らえられて、既にことが切れていた。その死は壮絶だった。
67 : 俺は、国王のことを思った。痩せこけていて、古臭くて…… とても国王には見えないけれど――いい王だ。俺はこの国に生まれてよかった。死にに行くさ。Sも死んだしな。 表情緩ませて俺はいった。 「最後に言わせてくれ」 「なんだね? 」 「俺の名前を覚えておけ」 「いいだろう」 俺は大声をはりあげる。世界中に響くように、家族に届くように、Sに届くように。そして国王にささげるように。 「俺の名前はA、そして国王血肉。国王を守るナイトだ」 「そなたの騎士道を心得た。ワシの名もいおう……といっても我々の種族では個別の名前はないんだ」 「――――ワシの名はインフルエンザ。おぬしの国王に一戦するものなり」 「魔法使いの女」
68 : 「魔法使いの女」 「魔法使いって男限定なんだぜ」 「そうか? 女にも沢山いるんじゃないか? いやまあ、創作だけどさ」 「そうじゃないんだ。魔法使いは英語だと何て言う?」 「えっと、ああ、確か、ウィザードだっけ?」 「じゃあ、魔女は?」 「ええ? あ、ああ、なるほど、ウィッチって言うな」 「だろ? だから、魔法使いは男だけなんだ」 「そうか、確かに。しかし、なぜなんだ? どっちも魔法を使う人間に違いは ないだろうに」 「思うに、歴史的な背景が違うんだろうな。ほれ、魔女狩りだって、魔法使い 狩りじゃないわけでな」 「はああ、そう言えば、魔女って邪悪なイメージあるかな」 「よくは知らんが、まあ、そんなことじゃないかな」 「ふーん、あ、じゃあ、なあ」 「何だよ?」 「魔法使いが性転換したらどうなる?」 「何だって?」 「いや、もちろん想像の上だが、現代に魔法使いがいたとしたら、中には性転換 したくなる奴がいたって不思議じゃないだろ? その場合は?」 「それはお前、女じゃなくておかまだろ? だったら、おか魔法使いか? わはは」 「いや、おか魔女じゃないか? ひひひひ」 「ワハハハは……ひゃあ!? ゲコゲコ」 「何なだお前……て、何で急にカエルに……ぎゃああ! ケロケロ」 (屋根の上で)「馬鹿笑いするんじゃないわよ。私は、れっきとした魔女なんだからね!」 次、「蛙日和」
69 : 雨上がりの下校、水溜まりを避けてぴょんぴょん跳ねる彼女。よく見ると仕方なく避けているのではなく、敢えて水溜まりを選んでいるようだ。子供みたいにはしゃぐ彼女に気恥ずかしさを感じつつも無邪気な笑顔につい見いってしまう。 ばしゃん その笑顔のせいでうっかり水溜まりにはまってしまった。 「うわ、ダサ。水溜まり踏んだら負けだからね」 「負けたらなんかあんの?」 「別に、なにもないけど」 「何だよそれ」 なおも彼女は楽しそうに跳ね続けている。まったく。なにがそんなに面白いのか……とあきれていると、再び僕の足下に水溜まりが迫ってきた。下らない……でも……。 ひょい、とそれを飛び越える。続けて二個、三個とテンポよく飛び越え四つ目で彼女と並んだ。いひ、と彼女が笑う。つられて僕もふふふと笑ってしまった。 そして彼女はまたぴょんぴょん進みだした。僕もそれを追ってぴょんぴょん跳ねる。少し前までの恥ずかしさはなくなっていた。ジャンプする度にふわりと舞う彼女のスカートや長い髪、そしてなによりあの笑顔が僕を夢中にさせていたのだ。僕らはその後別れ際まで跳ねていた。 ただ、あとから思えば、道路を必要以上にぴょんぴょん跳ねている二人の姿は、端から見れば多少滑稽だったかもしれない。 次題「木乃伊取りは木乃伊になれない」
70 : 空中に、キューブが回転している。その各面には、往年の俳優ロニー・コックスに似た男の顔があった。彼は受信者の《彼女》に言った。 『ルリクニ、ここでの君の使命を伝える。惑星マーシの三日月大陸にあるクリスタル学園。ここは美少女だけの全寮制の学園だ。 実はここで不適切な貿易の疑惑があってね。詳細を調べて貰いたい。なお君の変装は疑似記憶を含めて、バージョンアップ前のままなのでくれぐれも注意するように』 ルリクニと呼ばれた銀髪の少女は一通りの説明を聞くと、ぷいとキューブを切った。そんな説明はどうでもいいわとでも言いたげに。 「いやー、学園生活。一度やって見たかったんだよねー」 既に学園の制服にチェンジしているルリクニは両手を上げて背伸びをした。 足下にはフォロワーの黒猫ジルがチョロチョロまとわりついている。彼は喋る猫だ。 (ルリクニ、くれぐれも任務を忘れちゃいけないよ) 「判ってるわよ。それよりもっと離れて歩いてよ。魔法少女だと思われちゃうわ」 (やれやれ……)ジルは渋々他人(猫)を装って、彼女から退いた。 「うっひょ、どこを見ても美少女だらけ。ここはガンダーラか!」 ルリクニは謎の転校生としてこの学園に足を踏み入れた。 彼女は抜群のプロポーションではあるが、尻の振り方が何となく大げさ、不自然である。 警視員はそれを見逃さなかった。 「ちょっといいですか。そこの君」 「はい、何でしょう?」ルリクニはにっこり笑って応えた。 「あなたはここの生徒ではないですね」 「ぬほほほ、留学生よ。短期間ですけど」 「滞在期間はどれくらい?」 「二週間です」 「え?」 「二週間です、二週間、へっへっ、へくしょん!」くしゃみが出たのが運の尽きだ。 「き、君は何だ?」目を丸くする警視員。 ルリクニの顔が崩れだした。 「へくしょん、へくしょん!」 ルリクニの顔が完全に崩壊した。更に抜群だったスタイルが破裂し、衣服もびりびりに裂けて、本体が出てきた。 ルリクニは、美少女とは似ても似つかぬ正体をさらしてしまった。四十過ぎの中年男。しかも全裸の。 「逃げろ。作戦は失敗だ。出直しだ! ジル、転送の用意を!」 ルリクニは巨大な陰茎をさらしながら、美少女たちの間を全速で駆け抜けていった。 次「恍惚のプロメテウス」
71 : 〜恍惚のプロメテウス〜 「どいてよっ」 ふき飛ばされたボクには何がなんだか判らなかった だがショックで我慢したものが一部出てしまって 恍惚感に一瞬怒るのを忘れた しばらくするとドアが開いた さっきとは違う穏やかな表情の女が出てきて 「ごめんなさい」と謝った そうここは男子トイレだ 彼女はボクのズボンが濡れてしまっているのを見て 「ごめんなさい」と二度謝った そして逃げるように去っていった ・・・逃げるように? 答えは個室トイレの中にあった 流れず詰まった便器の中 黒い塊の上に置かれたポケットティシュの広告が 「新装開店プロメテウス、一時間千円ポッキリ・・・・」 とかろうじて読めた
72 : 次 「なぜ金持ちが存在すると多くの貧乏が増えるか」
73 : 「なぜ金持ちが存在すると多くの貧乏が増えるか」 俺は与えられた課題の題名をレポートの冒頭に書いて、それから考え始めた。 どんな風に答えればいいのだろう。どう考えても、変な文章じゃないか。 その時、ドアをノックする音が聞こえ、そのままドアを開ける音がした。 「よっす、暇か? あ? お前、勉強してるのか?」 やって来たのは隣の部屋の住人、同じ学部の同期、ついでに飲み仲間だ。頭は いいが、変人で通っている。 「ああ、これだよ、これ。どう考える?」 「そのことだが、お前は何か気がついたか?」 「いや、分かるのは文章が変だ、と言う点だけだな」 「だろう? それで、考えてみたら、どうやらやっかいごとらしいんだ」 「え? お前、分かるのか?」 「当たり前だ。見て見ろ」 彼はパソコン画面上の表題を指でなぞった。
74 : (続き) 「まともな言葉じゃないのは、明らかだ。だとすれば、暗号のようなもの、何かを 隠したものであるのは間違いない」 「ああ、なるほど」 納得したわけではない。だって、授業のレポートの表題に暗号を与えるなんて、 それこそ無意味だ。だが、とにかくこいつの意見を聞くことにする。 彼の自慢顔は変わらない。 「で、言葉の選択が異様なことを見れば、そこに意味があると見るべきだ。この ままで意味をなさないなら、漢字の読みを変えてみる。」 そう言うと、キーオードに指を滑らせた。出てきたのはこんな文字列だ。 なぜ きんじ ちが ありあり すると たくのひんとぼ が ぞうえるか 「なるほど、何やら意味ありげだな。だが、それで?」 「多分、最初の仮名がそのままなはずはないと思うので、一文字を後ろに回す。
75 : (続き) それから、意味をなす言葉を感じに置き換えるぞ」 今度は次のような文字列が表示された。 是 近似値 が 在り 蟻 すると 宅の ヒント 母画像 得る 仮名 「確かに意味ありげだが、かといって意味をなすとも言えないぞ。だいたい、 母画像って何だよ」 「それなんだが、あの講師の母親が失踪しているって話を聞いたか? ほら、ここ に記事がある」 そう言って取りだしたのは、昨日の日付の地方紙だった。確かに、小さいながら、 初老の女性の写真が載っている。 「なるほど、母画像だな。それで?」 「多分、あの講師には人に迂闊に言えない秘密がある。それが母親の失踪に繋がって いて、誰かにそれを知って欲しい、出来れば助けて欲しい、それを不特定多数に発信 した、そういうことじゃないかと思う。お前、俺を手伝ってくれないか?」 その日からの数日、闇を手探りし、時には手に汗握るスリルを味わうことになった のだが、残念ながら、ここでは語ることが出来ない。変な文章は放っておくに限る、 読者の諸兄には、これを教訓とするようにお伝えしたい。 次、「天使の羽衣もどき」
76 : 「天使みたいだよね。」 「私?」 「うん。」 「…私ってさ、色んな人に良い顔するじゃん?」 「良い顔っていうか、善人だよね。」 「ううん、違うんだ。私ね、偽善者なの。」 「そんな訳…」 「そんな訳あるんだよ。」 「…。」 「嫌われるのが怖くて怖くて、いっつもヘコヘコしてる。 本心からの善なんて、一度もしたことなんて無いよ。こんなの偽善としか言い様がないよね。 私そんな自分が嫌い。心からの善が出来ない自分が大嫌い!」 「…君の事、知ってるよ。どんなに嫌いで嫌な奴も見捨てられないこと。どんなに辛いことも我慢すること。 どんなに悲しいことでも泣かないこと。どんなときも優しい笑顔でいてくれること。 確かに君の善は偽善かもしれない。だけど心からの善なんてそうそう出来ることじゃないんだ。本物の天使くらいじゃないと難しいことだよ。 私は言ったよね、天使みたいだって。 天使みたい、だから天使じゃない。君は人間だから、天使にはなれないよ。だから、悩まなくていい。だって君は天使じゃないんだから! 偽善でもいいんだ。それでも君のことを好きでいてくれる人はたくさんいる。 君の偽善で人を笑顔に出来るんだから。」 「…でも、でも!」 「…それでも不安なら、少しだけ魔法をかけてあげる。 君がこれからも沢山の人間を幸せに出来るように、天使の羽衣もどきをあげよう。ごめんね、本物はあげられないんだ。そういう決まりでね。 …だけど君ならば、これでもきっと……」 そう言いながらあの子は消えていった。 あの子は誰だったんだろう?ずっと一緒だったはずなのに、もう思い出せない。 でも一つだけわかった。 あの子は天使だったんだ。 NEXT 「夢にあざけ笑われる」
77 : 最近、砂漠の夢をよく見る。砂漠は僕の知っている町を覆っている。 僕は夢の中でその砂を掻き分けて何かを探そうとしている。 でもそれは夢がそうであるように、掻き分けても掻き分けても 手のひらを砂がすべるばかりで何も見つからない。 きっと精神科の医者なら適当な分析をするのだろう。 探しているものは自分自身の心だとか。多分僕も賛成すると思う。 僕は自転車に乗りながら、そんなことを考える。 「分析なんてね、意味はないんだよまったくね」 家の庭に自転車を止めながら夢がそう言うのが 聞こえるような気がする。いや聞こえたらいいなと思う。 お題 今すぐ窓を閉めよ
78 : 「今すぐ窓を閉めよ」 がしゃぁん! その、悲鳴のような叫びに即座に反応した一人がカーテンをなびかせ日差しを取り込んでいた窓を勢いよく閉めた。 「畜生、もう官憲の野郎が来やがったのか!?」 「ここも危ない、早く逃げよう!」 「な、何をするんだいったい」 突然首を絞められたマドオは叫んだ。 「仕方が無かったんだ。だっていきなりおまえを絞めろって声が聞こえたんだから」 「んなあほな!」 「な、何だったのだいったい……?」 午睡の最中であった魔導師メヨは上半身を起こし、辺りを見回した。 『ぴんぽんぱんぽ〜ん』 そして先ほどの声はまたしても響き渡った。 『スピーカーのテスト中、ただいま、スピーカーのテスト中でございます。先日、連絡がまわったとおりの言葉が聞き取れなかった場合、速やかに町内会本部までご連絡ください。繰り返します……』 お題「減点ごま油のルンバ」
79 : よくわからんお題ってたぶん、椎名林檎の歌のタイトルあたりから 来てると思うんだけど、センスないやつがお題出すと止まっちゃうから ある程度、意味として通じるのを出す気持ちもわかるでしょうよ?
80 : 「知ってるか、お前はゴマ油でも動く」 百年に一度の天才と持て囃されている生みの親の返答は、彼の最高傑作と名高い筈の 私の思考パターンのどれにも当てはまっていなかった。 「太陽光、電気、ガソリン、ハイオク、石油、サラダ油、オリーブ油、ゴマ油、エトセトラ…… あらゆる状況下でも稼働出来るように、お前をつくったんだ」 あらゆる状況下、と言っても私は生まれてからこの市内から出たことがない。 「それに燃料の種類によって人工知能の思考パターン……性格も変わる」 博士はすごい嬉しそうに説明してくるが、それって必要なのだろうか? この人の事だから理由は後付けできると踏んで、用量いっぱいこんな無駄機能を入れたのだろう。 まだ聞いていない機能の方が多そうで怖い。 「台所に油あっただろ。明日充電するからそれまでそれで代用してくれ」 主人の指令は絶対。 なのだが、正直そんな単純なことで自分が変わってしまうのが少し怖い訳で…… 「あの、博士、」 「大丈夫。 ……どんな姿でも、性格でも、お前は僕の大切な家族だよ」 「…博士……」 そして私はゴマ油が切れるまでルンバを踊った。
81 : 次のお題は「日まぐれな彼女」 でお願いします
82 : アンナは美人だが気まぐれな女さ。どんだけ美人か知りたけりゃ、 アトランタのLAフィットネスが配った3年前のカレンダーの4月をみるといい。 いいか3年前だぜ。それを鼻にかけて、いまだにあたしは カレンダーガールなんてお高く止まってやがるんだ。 デートの約束は簡単だ。99%すっぽかされるけどね。 彼女を射止めたけりゃまず贈り物、サプライズのある仕掛け、 でもっていい車を用意して、電話したらすぐ迎えに行く、これがコツさ。 日をまたいじゃいけないよ。気分が持たないから。 そう、彼女は日マグレな女。確かにカレンダーガールかもしれないな。 ジョンの奴にそういわれて、俺はとびきりの指輪とピカピカの キャデラックを用意した。トランクの中はバラで一杯。 アンナに電話して、即座に結婚を申し込んだ。そして5分で迎えに行ったのさ。 で、出てきた女は喜色満面、手には婚姻届を持っていた。 顔はカレンダーガールというよりナショナル・ジオグラフィックのびっくり生物だったけどね。 アンナ、エイプリルフールだからって、身の程をわきまえない嘘はつくもんじゃない。 3年たっても皆がネタにしてるし、そしてなにより迷惑qswでrftgyふじこlp;@: 次「サンマーメンは鯖缶のあとで」
83 : 私は猫。かわいい子猫。ご主人様に飼われてる。 あれはそう―― 一ヶ月前の雨の日 「あっ! こんなところに子猫が捨ててあるぞ」 「にゃー。拾ってくださいにゃー」 「よし、じゃあ私について来なさい。人間の言葉は分かるようだから」 もちろん私は人間。でもご主人様の前では猫の 振りをしていなきゃならない。だってご主人様は大の人間嫌いだから。 「昔、俺は女に酷いことされたんだ。それから引きこもりになった。 そして一年後やっと仕事を見つけてアパートにうつることができた」 「にゃー」 ご主人様は笑顔で私を撫でて餌をくれる。実を言うと私はご主人様の 容疑を固めるために警視庁から来た警察官なのだ。 というのはもちろん嘘。私も孤独の女の子。 愛を知らない女の子。お主人様は台所で何か作っている。 きっとまたラーメンだろう。私はサバカンが食べたい。猫の振りをしているうち 大嫌いな魚が好きになってしまった。 お題 階段が激流
84 : キムは生前に13人の少女を殺害し、死体を犯した後、それを食った。彼は三年間逃亡したが、最後に自宅でキムチを食っているところを機動隊に突入され、2014発の弾丸を浴びて即死した。それが彼の最期だった。 「ん……ここはどこだ?」 キムは目をさました。 「まさか今までの人生が夢だったとか言うオチじゃないよな」 キムは半身を起こして周囲を見回した。 視界が、女の白い太股にぶち当たった。キムが見上げると、下着姿の異国の美女が微笑んでいる。 「誰だあんた。俺の事を知っていて笑っているのか」 「アンタのこと、よーく知ってるよ」女は、ずれたイントネーションで喋った。 「俺は殺人鬼のキム・ドリロリウムだ。怖くないのかね」 「怖くない。アンタ、私のこと殺せない。だって私エンジェルだもの。私の名、ピッチョよ」 「ビッチ?」 「ノウ! ピッチョよ。変なこと言わんどいて!」天使のピッチョはキムに往復ビンタを食らわせた。 「痛えな。一体何の用だよ。俺はどちらかと言えば、悪魔と肛門Rしたいんだがな」 ピッチョはくっくっと笑った。 「だめね。アンタ私と一緒に天国に行くよ。アンタ地獄のが好き。判ってる。でも行けない。天国に行くのがアンタの罰だからね」 「俺に抵抗する余地はあるのかな」 「あるわけないアル!」ピッチョは自分の頭のオーラリングをキムに投げつけた。光の輪は伸びて、キムの両腕と胴体を一括りにした。「もう逃げられないよ。あきらめなキム」 「やれやれ……」 キムは前を歩くピッチョの尻を視姦しながら、遙かな天国への階段を上っていった。 しかし、上の方から一人の男が転がり落ちてきた。 「大変だ!」 「どーしたある? アンタ天国いけへんの」 「たった今、天国は財政難で破綻した。もう誰も天国へは上れない」 「おいビッチ、上からなんかたくさん落ちてくるぞ」キムは目を剥いた。 天国の階段から、閉め出された人間達が大勢転がり落ちてくる。 「こりゃ大変だわ。天国の階段が激流ねー!」 「おいキム、起きろ。この死に損ない」ジェルマン警部の声が満身創痍のキムを揺り起こす。 「なんだ、また夢か。俺は射殺されたんじゃないのか」 「今、世界中で死人の生き返り現象が起きている。お前もその一人だよ」 ガチャリ。キムの両手に手錠がかけられた。
85 : 次はねー 「竜馬の休日」
86 : 逆本竜馬は教員である。某日、彼は教育の現状に失望し、あてもなくローマに逃亡した。しかし彼はイタリア語を話せない。行き詰まった竜馬は、とある公園のベンチで座り込んだ。 「おや? 隣のベンチで少女が寝ている。きれいな方だ。こんな所で寝ていたら、悪戯をされるやもしれぬ。起こしてやろう」竜馬は少女をつついて、目を覚まさせた。 「何よ、ぐっすり寝てたのにぃ」少女は不機嫌そうに目を擦った。そして竜馬を見て「あっ、武田鉄矢!」 竜馬はかなり不愉快になった。「人違いだ。私は逆本竜馬。ゆえあってローマを漂泊中の身」 「ふーん、ちょうどいいわ。あんたローマを案内してよ。私は案々て言うの」 「案々か。いいだろう」竜馬はローマにそれほど詳しくはないが、相手が同じ日本語を話すので安心した。昔見た、ローマの映画の記憶を手繰り、案々を案内した。 竜馬は案々を連れて歩くうちに、彼女に言いようのない欲望を抱くようになった。しかし竜馬はそれを口に出す術を持ってはいなかった。 「案々どの、この像が何かおわかりかな」 「知ってる。太陽の塔」 「これは真実の口という。元はマンホールの蓋だったが、今では曰く付きのシンボルになっている。ここに手を入れると嘘つきは手が千切られるそうだ」 「そんなの嘘に決まってるじゃん。くだらね」案々は思わず鼻に指を入れて嘲った。 「では試してみよう」竜馬は、自分の右手を真実の口に突っ込んだ。すると「ぐわーっ! いたたたっ!」竜馬は絶叫した。 案々は馬鹿馬鹿しくて吹きそうになった。男ってみんな同じような芸を見せるのね、と言いそうになった。 一方、竜馬は渾身の力を込めて、右手を引き抜いた。すると―― 「なんだこれは?」腕がない。代わりに、竜馬の右手が、肘の少し上から日本刀の刃になっていた。意味が通じなかった。 「うおおおっ!」竜馬は狂乱して、案々に斬りかかった。「きゃああ!」目にも止まらぬ速さだ。気がつくと、案々の衣服がハラハラと地に落ちた。少女は全裸にされてしまった。 さて、帰国した竜馬は生徒達の前で再び教壇に立った。 「今から授業を始める。私語、携帯、退出、一切厳禁とする。背いた者は」 竜馬は右手を引き抜き、骨からしっかりと繋がっている日本刀を構えた。 その日の竜馬はひと味違う……そうだ… 次「ブルマは少女の戦闘服」
87 : 験担ぎは誰にでもあるだろう。 戦いを前にして、或る野球選手はベースラインを左脚で跨ぐとか、或る柔道家は桃色のゴム紐で髪をくくるとか。 そして少女にとってはブルマを履く、これがそうだった。 部活動の大会や校内学力テストなど、勝負のときは必ずブルマを履いた。ブルマを履けば決まって良い結果が出た。 とは言え、ブルマならなんでも良いわけではない。小学校高学年から使用している紺色のブルマでなければいけなかった。 少女はあとひと月で高校卒業を迎える。短大進学をブルマを履いて挑んだ推薦入試によって早々に決めていたため、残りの高校生活は思い出作り以外に何の張り合いもなかった。 ある日、いつものように帰宅しようと下駄箱を開けた。するとハラリと封筒が一通こぼれた。拾い上げるとそれは、少女に宛てたラブレターだった。送り主は5組の○○と書いてある。 実は○○が誰かはっきりとは覚えがないが、人生初の出来事に高揚を隠せない。頬を赤らめ足早にこの場を跡にした。 自宅のベッドに寝転がり当てのない思索を巡らせる少女。 「○○君で誰だっけ?あの人だったかな?彼だったらどうしよう?」 手紙には『明日、駅の広場で待っています』と書かれている。さて、誰かもはっきりしない中で行くべきかどうか。行かずにおいたら後悔するだろうか。全く興味が湧かない相手であったとしたら。その場で返事を伝えるべきか・・・ 夜中になってようやく決断した。 「よし、行こう!」 しかし、新たな問題が浮上した。 「ブルマを履くべきかしら?」 これまで少女の勝負事に大いに力になったブルマ。ブルマを履くことで良い結果が生まれてきたのは間違いない。 但し、明日は誰がくるかも、そこで付き合うことになるのかも分からない。勝敗が定まらない中で験担ぎの効果は望めるだろうか。 確かにこれまでのケースと違いはあるが、少女がブルマを履くかどうか悩む根幹にはやはり彼氏が欲しいという強い願望があってのことだった。
88 : 約束当日の駅前広場。そこに少女の姿があった。誰を待つ素振りもみせずに俯き加減で佇む少女。心臓ははち切れんばかりに鼓動を速めていった。 しかし、意外にもあっさりと時間は過ぎ、約束の時刻になっても誰も現れなかった。 「失礼しちゃうわ。何処かで私を観て笑ってるんじゃないかしら?だとしたら許せない!」 少女は泣きこそはしなかったが、心打ちひしがれてトボトボと家路に着く。駅の高架下を通ったとき、そこへトヨタ86が猛スピードで駆け抜けた。激しいつむじ風が巻き起こり少女のスカートをめくる。 オー!モーレツ! そのとき少女の下半身から覘いたのものは紺色のブルマだった。勝敗はどうであれ、少女が全力で挑んだ証であった。 そしてサイズの小さいブルマよってピチピチにしまわれた尻と張り出した腿肉、そのキメの細かい肌質は高架下に差し込む日光にキラキラと反射した。 「もしもし、落としましたよ」 声を掛けられ少女は振り返る。そこには気の良さそうな青年が立っていた。先の風を受けて落ちた少女のブローチを手に微笑みかけてくる。 見つめ合う二人。青年は手紙の主ではない。しかしそんなことはどうでも良かった。少女と青年は運命的なものを感じとった。 「これってもしかして、やっぱりブルマのお陰かしら!?」 出合いは、恋は、戦いは突然に訪れる。日々これ戦いとするならば、少なからずブルマのお陰だといえるだろう。 自然と会話に花が咲く少女と青年。 「これからは毎日ブルマを履いても良いかもね!」 少女はブルマの尻部分のゴムに手を掛けパチリッと鳴らした end 次のテーマは「後ろ手にブラ紐をほどくように」
89 : 『後ろ手にブラ紐をほどくように』 「うぉおおおおお、キタコレ!!」 「喜んでいただいて何よりです」 私は画面の言葉に返信する。すると一分も経たないうちにまたしても複数からの賞賛の嵐。コミュニケートは成功と言ってもいいだろう。 私の仕事はこのようにしてイラストレーションの一種をソーシャルネットワーク上にアップロードすることにより他者との交流を図ることである。 この仕事に就いたのは三年前。なぜこの仕事なのかの説明は長くなるが、単純に言えばこういったコミュニケートで理解することも出来る人間の側面があるからなのだと、まあそういったわけなのだ。 コミュニケートの善し悪しにも多々ある。たとえば現在使用しているハンドルネーム。 【キララ】 性別として雌を想像させる名前である場合がより安易に相互理解が深めやすい傾向にある。ただしコミュニケートを求め接触してくる人間の多くが雄であることはおそらく安易な生殖への幻想を抱いているだろうことも付記しておこう。 また、イラストレーションによってもコミュニケーションの質が変わってくる。 傾向としては視覚的に現物を参考にした画像ではなく、現実ではあり得ない眼球の大きさ、等身、頭髪の色彩など。 そういった傾倒したモノがより濃密なやりとりが可能となる。 また、相手の要望に応えていくことは心理的に相手を優位に持って行くことが出来る。 「次は後ろ手にブラ紐をほどくようにプリーズ」 「ブラ紐とは何か?」 「……ちょ、ネカマかよwww」 ネカマ。雄がネット上において雌生体であるように名を偽るまたはそれに類する行動を指す言葉だ。 しかし私は雄ではない。雄ではないのだが……。いったいどのように説明すればよいのだろう。 私の緑色をした三本しかない指は動きを止めるしかなかった。 次のお題『いかそうめんで腰を抜かす』
90 : 「いかそうめんで腰を抜かす」 「画期的な新商品! これこそが本物、まさにいかそうめんだ!」 目の前のオヤジは、魚屋ではない。海洋学者だそうだが、はげた頭に手ぬぐいのはちまきは、 どうにも魚屋だ。ただし、一応学者らしく白衣ではあるが。 「いや、いかそうめんなんて、普通のメニューでしょ?」 すごい特ダネとのうわさを聞いてやって来たのだが、ガセだったようだ。まあ、話だけは 聞いておくか。 「いやいや、そんなもんじゃない。大体、イカの身を細く切って素麺だなんて、ばかばかしいと は思わねえか?」 「それはそうですが、それが普通じゃないですか?」 すると、オヤジはにたりと笑った。 「そこだ。そこでこれだ。俺の新発見、本当のイカ素麺」 そう言ってオヤジが冷蔵庫から取りだしてきたものは、一つの椀だった。 目の前に置かれたそれをのぞき込む。そこにあるのは、半透明の素麺だった。とぐろを巻くようにして、 椀の底に鎮座している、何の変哲もない姿。 困惑して顔を上げると、オヤジはにやりと笑い、箸を勧めてきた。食え、というのだろう。仕方なく椀を 取り上げ、箸で触れる。すると、それがかすかに動いた。 「え?」 「よく見てくれ。それ、イカなんだよ。名付けてソウメンイカ」 改めて目をこらし、ようやく正体に気づいた。ひどく細長い触手で、胴体も細長い1匹のイカがぐるぐる と丸まった姿だったのだ。小さいながら二つの目玉がこちらを見上げている。 背筋を寒気が駆け上がる。俺は思わず椀を取り落としていた。 が、その時ソウメンイカの触手はひどく素早く伸び、俺の襟元にへばりついたと思うと、イカは腕を縮め、 そのまま飛びつくように口元へ。ずるりと口に入ってきた。俺は膝に力が入らなくなり、床に尻餅をついた。 「面白いだろう? なぜだか自分で食べられようとするんだ。俺も喰ったんだが、とっても気持ちよくなって、 それに何故か周りの人間にも食べさせたくなってねえ。もう何人に……」 上から降ってくるオヤジの声が聞き取れなくなり、俺は意識を失った。ただ、次に目が覚めたとき、俺は今 の俺ではないのだ、それだけは理解した。 次、「怒りのイカ飯」
91 : コンクリートの堤防に、鉛色の波が押し寄せては崩れてゆく。 そんな音を聞きながら、僕は一軒の磯料理屋の前に立っている。 カモメの声。むせ返るような磯の香り。 ひび割れたアスファルトの上を、一台の軽トラックが騒音をたてながら過ぎ去ってゆく。 観光客もめったに来ないこの店は、けれども手の込んだ料理を出す事で有名な地元の名店らしい。 木造平屋の店先には半分錆びかけた看板が掛かっている。その下には色あせた暖簾。 とても営業しているとは思えない寂れた雰囲気の店構えだ。 不安に思った僕は、ガラス製の引き戸越しに店内を覗き込む。 客はいない。店内には不機嫌そうな初老の男性が包丁を持ったまま一人テレビを見ている。 おそらく板前なのだろう。 普通、包丁をもったままテレビみてるか? 僕は不安になりながらも、せっかくなので店に入る事にした。 「こんちわ。やってますか」 包丁の男はゆっくりとこちらを向いた。 「やってるよ」 ぶっきらぼうな男だ。けれども、こういう板前がいい仕事をするのだろう。僕は席を指差した。 「いいですか?」 「あいよ。いらっしゃい」 「この店で一番うまい料理を食べたいんだけど」 「うちはなんでも旨いよ」 僕の聞き方が悪かったらしい。板前はあらかさまに不機嫌な雰囲気で僕から目を逸らした。 「すみません。じゃぁ、お任せで」 「じゃぁ……今ならイカ飯だな」 「イカ飯かぁ、それお願いします」 「あいよ。ちょっと時間かかるよ」 愛想の無い板前は、面倒くさそうに調理場へ入ってゆく。 冷水機の脇にはカップ酒の空き瓶を再利用したコップが並べられている。木製のテーブルは縁が削れて丸くなっている。 こんな所まで雰囲気が出ているなと思うと、自然に口元が緩む。僕はこんな店が好きなのだ。 冷水機の横に積み重ねられた漫画の本を読みながら、僕は料理を待つ事にした。 つづく
92 : コンクリートの堤防に、鉛色の波が押し寄せては崩れてゆく。 そんな音を聞きながら、僕は一軒の磯料理屋の前に立っている。 カモメの声。むせ返るような磯の香り。 ひび割れたアスファルトの上を、一台の軽トラックが騒音をたてながら過ぎ去ってゆく。 観光客もめったに来ないこの店は、けれども手の込んだ料理を出す事で有名な地元の名店らしい。 木造平屋の店先には半分錆びかけた看板が掛かっている。その下には色あせた暖簾。 とても営業しているとは思えない寂れた雰囲気の店構えだ。 不安に思った僕は、ガラス製の引き戸越しに店内を覗き込む。 客はいない。店内には不機嫌そうな初老の男性が包丁を持ったまま一人テレビを見ている。 おそらく板前なのだろう。 普通、包丁をもったままテレビみてるか? 僕は不安になりながらも、せっかくなので店に入る事にした。 「こんちわ。やってますか」 包丁の男はゆっくりとこちらを向いた。 「やってるよ」 ぶっきらぼうな男だ。けれども、こういう板前がいい仕事をするのだろう。僕は席を指差した。 「いいですか?」 「あいよ。いらっしゃい」 「この店で一番うまい料理を食べたいんだけど」 「うちはなんでも旨いよ」 僕の聞き方が悪かったらしい。板前はあらかさまに不機嫌な雰囲気で僕から目を逸らした。 「すみません。じゃぁ、お任せで」 「じゃぁ……今ならイカ飯だな」 「イカ飯かぁ、それお願いします」 「あいよ。ちょっと時間かかるよ」 愛想の無い板前は、面倒くさそうに調理場へ入ってゆく。 冷水機の脇にはカップ酒の空き瓶を再利用したコップが並べられている。木製のテーブルは縁が削れて丸くなっている。 こんな所まで雰囲気が出ているなと思うと、自然に口元が緩む。僕はこんな店が好きなのだ。 冷水機の横に積み重ねられた漫画の本を読みながら、僕は料理を待つ事にした。 つづく
93 : 僕の横には、漫画本が五冊も積み重ねられている。料理を頼んでもうすぐ一時間になる。 時間がかかるとは聞いていたが、ランチタイムももう終了の時間だ。 調理場からは何も音が聞こえてこない。僕は不安になった。 「すみません」 「今、やってるよ」 調理場から不機嫌な声が聞こえる。不機嫌になりたいのはこっちなのに。 「こっちも時間があるので、早くお願いします」 「うちのイカ飯は他のと違って時間がかかるんだ。さっき言ったろ?」 時間がかかるとは聞いていたが、これ程とは。だんだんと怒りが込み上げてきた。 「いいかげんにして下さい。注文してから一時間になるじゃないですか」 「そんなでかい声だすなよ。今持って行くよ」 それから数分後に板前はドンブリを持って出てきた。そして、不機嫌そうな表情でそのドンブリを僕の前に置いた。 「あいよ。おまたせ」 「おまたせって、これ何ですか?」 「イカ飯だよ」 僕の目の前のドンブリには白米が入っているだけに見えた。 「イカ飯って、こう、イカの中にご飯が詰まってるやつでしょ? これはどう見ても」 「食ってみろよ」 「え?」 「食えって」 僕は板前の迫力に負けて、ドンブリの中の物を箸ですくって口に運んだ。磯の香りと甘い舌触り、白米だと思ったそれは、噛み締める力を跳ね返す弾力を感じた。 「これって?」 「米の様に見えるのが小さいイカなんだ。うちのイカ飯は。一粒ひとつぶ処理してるんだぜ? 俺は」 「そうなんですか。さすが……」 感心する僕に刺すような視線を向ける板前。 「時間がかかって当たり前だろ。な?」 僕が急かしすぎたのだろうか、板前は怒りのこもった厳めしい顔つきをしていた。 怒りのこもったイカ飯い……お後がよろしいようで。 次は、「蛍イカの光のような」
94 : ある朝亀が海岸近くを泳いでいると、パツキンでスクール水着の 女子高生が波間に漂っているのを見つけました。よくみると小魚が数匹、 その尻をつついています。 「こらやめないか、」亀はいいました。「趣味が特殊すぎる」 亀はその娘を助けると陸まで送り届けました。すると娘はいいました。 「助けていただいてありまとうございます。あのまま死んでいたら、 私は大事な任務に失敗して一族郎党皆殺しの目にあうところでした。 ぜひお礼をしたいので、デパート『子供の世界』の隣りにある、私の 学校まで来てください」 「いいよ、」亀はいいました。「でも私は重いよ?」 娘はトラックを手配して亀を発送しました。着いたところは 私立ルビヤンカ学園。娘は亀を校長に引き合わせました。 「校長、ついに捕らえました」娘が言うと、禿げ気味の校長が笑います。 「ご苦労。亀よ、私を覚えているか?浦島…もとい、いまはウラジーミル。 ロシアの大統領だ。竜宮の策略で肉体を犯された私は、機械の体を 手に入れて、この地位まで上り詰めた。今ではすべてが思いのままだ。 だが、やり残したことがある。お前らへの復習だ!」 ウラジーミルはそういうと、「300年殺し」と書かれたスプレー缶を 亀に向かって放射しました。蛍イカの光のような、魔法の煙が 亀を覆います。しかし、煙が晴れても、亀はぴんぴんしています。 「効かぬ……亀は万年、三百年程度どうということもないわ!」 と、突然亀の甲羅が上下に別れ、背のほうが飛び上がりました。いや、 飛び上がったのではなく、甲羅の中から現れた浅黒い肌の男が、 万歳の姿勢で伸びをしたのです。 「き、貴様は小浜!」ウラジーミルが叫びます。「やはり陰謀か!」 小浜はニヤリと笑います。「次のサミットで会おう」 意気揚々と引き揚げていく小浜の背と、怒りに震えるウラジーミルの顔を 見比べながら、なかば忘れられていた娘が言います。 「欧米情勢は複雑怪奇なり」 次は「与作は木を切るな!」で。
95 : 「与作は木を切るな!」 村の長老は険悪な顔つきで吠え立てた。 「なぜだ? 俺から木樵の生業をとったら何も残らない」与作は泣きそうな顔で百二十歳の老人に訊ねた。 「お前は悪くない。掟を破ったわけでもない。罪も犯していない。しかしな……」長老のザエモンはモニターのスイッチを入れる。 「これを見よ」 50インチの3Dモニターに与作の妻が映った。 「おきぬじゃないか、何をしているんだ?」与作は思わず、妻の名を叫んだ。 おきぬは一人で森を歩いていた。そして周囲を見回し、人気のいないのを確かめると、ふいに衣服を脱ぎ始めた。 「おきぬ、気でも狂ったか? ここは川ではない。山だぞ」 与作の叫びをよそに、おきぬは全裸になった。モニターの前に座する委員会のメンバーは、彼女の美しさに響めきを隠せない。 村に住む女にしては、田舎か臭さが微塵もない。八頭身以上でありながら、くびれは豊かなうねりを描いていた。髪が腰まであるおきぬは、さながら松本零士の美女キャラのようだ。 「ああ……」 おきぬは艶めかしい吐息を漏らすと、一本の木を登り始めた。 「なんというふしだらな女じゃ。与作という夫がいながら神聖な巨木で戯れるなど言語道断」 「あい、すまぬ」全てを白日にさらされて、与作は俯いて涙を流した。 「妻の行いは夫である与作が背負わねばならない。お前は暫く木を切ることを禁ずる」 「では私はどうすればいい?」 「妻を愛すがよい。毎日三回、夫の務めを果たすがよい。子が授かった時点でお前の禁令は帳消しとする」 「それは……できない」 与作の返答に一同は騒然となった。 「何を言うか。簡単なことであろう。おきぬを犯して犯しまくれ。夫だけの特権であり義務ではないか」 「できないんだ。これを見てくれ」与作は着物の帯を解いて丸裸になった。 その有様に、一同は驚愕した。 「この間、酒に酔って、木を切ったつもりが、間違えて自らの肉茎を切り落としてしまったのだ。もう私はおきぬを満足させられない体になってしまった」 一件のあまりの凄惨な結末に、委員会の面々はただただ悲痛に目を背けていた。 そして次に思ったことは勿論―― 誰が与作の代わりをやるかという奸計以外の何事でもなかった。 次「たまに女の悲鳴が聞こえる隣の家」
96 : 「たまに女の悲鳴が聞こえる隣の家」 かすかな足音が聞こえる。普通なら気づかれない程度の、だが、意識していれば確認できる程度。 これも、今の状態ならがんばった方だろう。 足音はいよいよ近づいてくる。しかも、その間隔が狭まっている。どうやら、脱出の成功を確信し つつあるようだ。そう、それでいい。その方が後の楽しみが大きい。 いよいよ玄関まで出てきたらしい。さて、では行こうか。 「何をしてるのかな?」 目の前には顔面蒼白の女。あまりのことに言葉を失っているらしい。手首の手錠には少し血が 滲んでいる。やはり、あの支柱を折ってきたか。それから上着のシャツだけを羽織ったと。予想 通りだ。 「逃げようとしたら、お仕置きだと言ったのは、覚えているよね?」 彼女は一転して体ごとぶつかってきた。強行突破と言うことか。もちろん、それも予想のうち。 体ごと受け止めると、女の体をくるりと回し、後ろから羽交い締めにして、家に引きずり込む。 「どうやら、もう一度、この体に教え込んでやる必要があるらしいな」 「いやー、お願い、助けて、おうちに帰して! もういや、たすけて!」 「駄目だよ、お前は俺に飼われる運命なのさ。さて、今日はどれから味わいたいかな?」 耳に心地いい悲鳴を楽しいながら、女をもう一度部屋に引き込んで、新たな柱に固定し直す。 女の目には、様々な責め具が見えているはずだ。 その時だった。 「あんた、どういう了見なんだい、出てきな!」 玄関からやかましい声が聞こえた。どうやらやっかいなことになりそうだ。素早く女に 猿ぐつわを咬ませて、もう一度玄関に向かう。そこにいたのは、隣の家のばあさんだ。 「一体あんた、何をやってるだい、悲鳴みたいなのが何度も聞こえるんだ!」 「いや、大したことじゃないんです。すみません」 「大したことじゃない? 何言ってるんだ! とんでもない声じゃないか!」 仕方がないか。こうなったら、文句を黙って聞くしかない。 何しろこのばあさん、文句が長い。他に楽しみがないのか、一時間近くも苦情を言い続ける。 ただ、それだけ言うと納得するのか、通報とかはしないんだ。たまに悲鳴が聞こえても、これですむなら 上々というものだ。 次、「三択ロース」
97 : 平成24年度のトナカイ就職状況は欧州通貨危機の影響をもろに受け、 スウェーデンのサンタ企業に就職できた者は全体の1割にも満たなかった。 トナカイA君は9割のほうである。北欧を出たA君は南欧へゆき、そこでも 勤め口が見当たらず英国へ、そして米国へと渡った。半年後には東京にいた。 ここで3流のサンタ企業、富士サンタαβγへの就職に成功したが、富士サンタは 毎年3頭のトナカイが入社するのに、全トナカイ保有数は常に5頭という、 不思議な会社だった。 入社してA君は気づいた。ここは普通の運送屋で、専門性は全然ない。 クリスマスシーズンだけ、社長がサンタの格好をして、サンタビジネスを やっているだけだ。認証も持っていない、いわばもぐりのサンタだ。 そんな会社で事故が起こるのは必然といえる。2013年のクリスマスに 富士五湖上空を飛んでいた橇は、空力ユニットの脱落によって本栖湖に 落水した。幸いA君は馬具が外れ、岸辺まで泳ぎ着くことができたものの、 仲間も橇もそしてサンタも、すべて湖の底に沈んでしまった。 すると本栖湖の妖精が、水を吐いているサンタを掴んで水面上に現れた。 「もしもし、あなたが落としたのは金銭欲にまみれたこのサンタですか?」 「いいえ違います、」A君は否定した。 「おい待て俺だよ助けてんがぐぐ」懇願もむなしく、妖精はサンタを水の中に いったん戻し、しばらくして再浮上した。手中のサンタはぐったりしている。 「あなたが落としたのは、この改悛しつつある瀕死のサンタですか?」 「いいえ違います、」A君はまた否定した。 妖精は再度深みへと戻り、今度は紫色の顔をしたサンタを掴んで浮上します。 「あなたが落としたのは、この死んだサンタですか?」 「その人です、間違いありません」A君はいった。妖精は困惑した。「この嘘つき!」 A君は笑った。「そうかな?君が最初に10分待って、生きているサンタを一度も 僕に見せなかったとしたら、きっと『死んだサンタを落とした』で正解だったろう。 たとえ落ちたとき生きていたとしてもね。君の問いは事実に関わるのに、 君のやりかたによって正解が変わる。最低だ」 妖精はA君を殺して焼肉にしてしまいました。 次「泣くな焼き蛤」で。
98 : >>94-95 ワロタw
99 : 「なんだぁこりゃあ?」男はR口調で、出された原稿を突っ返した。 彼は怪田太郎。漫画雑誌「少年チャンポン」の編集長である。 「なんだと言っても、これが僕の新連載です」面長の青年は、真顔で怪田に対峙した。相手の迫力にビビっているのか、頬が引き攣っていた。 「お前、アホじゃねえのか?」怪田はズバッと言い放った。「こんな貧相な漫画売れるワケねぇだろう。全部書き直せ」 「嫌です。これでお願いします」青年は、冷や汗をかきながらも、自分の意志を曲げる気は無いようだった。猛獣に崖縁まで追いやられながらも、最後の最後で踏みとどまっている。昭和中期の漫画家の気迫と意気込みが、彼にもあった。 「ちっ!」怪田も大事な戦力を殴り飛ばすわけにはいかず、突っ込みの方針を変えるしかない。 「この『泣くな百円』て漫画だけどな。パンチ力に欠けると思うんだよなぁ俺は」 「パンチ力って何ですか」 「例えば暴ちゃんや紅塚みたいな無茶苦茶さとかさあ。今チャンポンはちょっと部数弱いだろ。もっととんでもない作品で読者の心を鷲掴みにしたいわけよ」 青年は他の漫画家の名前を出されてムッとした。 「僕はあんな酷い作品は描きませんよ」 「おいおい、そんなこと言っちゃっていいの? お前ら元は同じ毛塚の門弟だろ。あ、暴ちゃんは違うか」 「では、怪田さんはどんな漫画がいいと思うんですか。編集者のあなたならアイデアの一つくらい持っているでしょう」青年は逆に突っ込んできた。怪田は一瞬、うっと唸ったが、 「そうだなタイトルを『泣くな焼き蛤』に変えたらどうだ。どうだ、ワケわかんなくて面白いだろう」 「焼き蛤って一体何ですか。たまたま酒の肴に食べたいからってごまかさないで下さい」 「うるせえ! とにかく題名は『泣くな焼き蛤』だ。これで描け」 「お断りします。題名は『泣くな百円』です。ダメならサーズデーに持っていきますから」 「なんだと? 何がサーズデーだ。てめえ、いい加減にしろ!」怪田の怒りは沸点を超え、青年の胸ぐらに掴みかかっていた。 ――後日『泣くな百円』はサーズデーに連載され、それに対抗するかのようにチャンポンでは『泣くな焼き蛤』の連載が始まった。 編集者自身の描いた下手くそな絵が逆に受け、勝負は怪田太郎の勝ちとなる。 次「娼婦新聞」
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