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2012年09月日本近代史160: 西郷隆盛とは何だったのか (259) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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西郷隆盛とは何だったのか


1 :2012/04/07 〜 最終レス :2012/10/15
謎の多い西郷さん
ラストサムライだったのか、ただのデブだったのか

2 :
侍だから幼少期に体は鍛えられてるだろ
ご近所のただのデブとは違う

3 :
イモ喰って死んだ人だよな

4 :
以前は篤姫の婚礼調度集めに奔走していたらしいな。

5 :
斉彬の懐刀として気に入られてたらしいからな
斉彬急逝の訃報を聞き殉死しようとしたが、月照の説得で思いとどまった
月照とはその後、錦江湾で自殺未遂を起こして西郷だけが生き残ってる
強運の持ち主なのか、それとも浮力があるからRなかっただけなのか…

6 :
その頃はまあ普通隊形だったようです。
デブったのは二度目の奄美(沖永良部島)配流の時。
奄美の一度目は入水後、身を隠す意味で奄美行きだったのですが、
・桜田門外の変で井伊直弼暗殺死
・島津久光の中央政策に、京都に知己のいる西郷が必要
ってことで呼び戻されました。
鹿児島に帰った途端、
「斉彬公は神様のようなお方なのに比べると、
三郎(久光)は田舎者だから、斉彬公と同じことをしようだなんて思い上がりもいいとこだね」と

7 :
だが、沖永良部島から鹿児島に戻ったときはやせ細り、足も弱っていて歩けなかったらしい
となると、西郷がメタボを気にしだしたのは、その後の京都在住時ということになる
結局、久光とは最後まで仲が悪かったな
久光にしたら家臣にまでバカにされて屈辱だっただろう
いかんせん、兄が偉大すぎた

8 :
二度とスレ立てんなカス

9 :
西郷隆盛を評価する時問題になるのは、過剰なまでの彼の英雄伝説と、
信仰と表現するしかない、薩摩城下士の彼への賛同支持をどう扱うかということ。
実際、入水の時も西郷の言動は芝居がかっており、実社会で本気で役者を演じたようなふしもある。

10 :
>>9
定説となってる「信仰と表現するしかない・・・彼への賛同支持」自体が、
本当にそうだったか怪しい、英雄伝説の一部かも知れないわけだよ。
「西郷さんの人望買い」という言葉が残ってることからして、当時の人たち(薩摩人含む)は
けっこう覚めた目で西郷さんを見てたかもな。

11 :
写真すら残ってないから謎が多い人物だけど、実績や影響度を考えると無視できない存在だし…
確かに西郷の評価は難しいと思う

12 :
西郷隆盛の性格を言うと、人気取りが好き、大衆受けを狙うという、
現在の大衆政治家・テレビ政治家に近い部分が浮かんでくる。
出生は鹿児島市加治屋町、城下士としては下から二番目の下級武士の出ということになる。
子供の頃喧嘩の仲裁で右腕の腱を切られ、以後武芸は諦めたとのこと。
後ろで大人物然と振舞うことに神経を使い、城下士子弟の自治組織であった郷中の長となる。
この時期の伝説として伝わっているのは、
親戚であった赤山靱負が斉彬の藩主就任を工作し切腹させられた際、血染めの衣服を見て斉彬公の藩主就任を決意したとされるもの、
城山団地のところにあった寺で座禅を習ったということ、福昌寺に通って漢学を習ったということ、近思録の共同勉強会を開いて
後の薩摩藩西郷派というべき人物集団を形成したこと(精忠組)などが挙げられる。
城下士のリーダーであったこと、島津斉彬の藩主就任へ熱意を示していたことなどが評価され、島津斉彬の藩主就任と並行し、
西郷に薩摩藩江戸屋敷勤務及び庭方役(周旋工作員)就任が申し付けられる。彼の中央政界での経歴はここから始まる。

13 :
人気のある太ったおっさん。

14 :
大久保と小松だけでは薩摩が倒幕にはならなかったんじゃない?

15 :
>>7
結構急激に肥ったのかな?

16 :
西郷さんは清廉高潔至誠の人

17 :
以下、テンプレ
Q : 西郷さんは鐘のように大きな人格だと聞きましたが。
A :
西郷のことをよく知る人で、比較的手厳しいことを書いているのは
重野安繹(しげの・やすつぐ)がいます。
彼は西郷と同じ時期に奄美に遠島になっていた人です。
後世、「抹殺博士」の異名で有名ですが、西郷のことをよく知る人です。
『重野博士史学論集』下巻(薩藩史研究会編、雄山閣、1939年)のなかに、
「西郷南洲逸話」というのがあります。
彼から見た是々非々の立場からの西郷評論ですね。
豪傑肌に見えるけど、度量は大きくないと書いています。
重野も現地妻を娶り、二人の子供がいた。
放免になって鹿児島にもどった後、
当時の金で250円という大金をもって奄美に迎えにいった。
当時、「必ず迎えに来る」といった薩摩藩士で
迎えに来たためしはなかったので、
その女は、島の若者と再婚して妊娠中だった。
重野はしかたなく、持ってきた金を
全額、女に与えて帰っていったという。
この重野の誠実さに比べると
西郷の『敬天愛人』は、かなりいいかげんと見ていいだろう。
(西郷は、現地妻を捨てましたからね。)

18 :
Q : 西郷さんは民百姓のために戦ったんでしょ?
A :
確かに西郷どんは薩摩や大日本帝国の将来のために
粉骨砕身した偶像であり鑑であるかもしれない。
しかしながら、実は西郷は単に薩摩や士族たちの
象徴であったにすぎないのではないのか。
それどころか、彼はだれよりも奄美と縁が深かったのに、
「敬天愛人」どころか義理も人情もなく奄美を
踏みにじった薩摩士族の大親分としか映ってこないのだ。
西郷はかつて大島・徳之島・沖永良部島に流されたが、
薩摩へあてた手紙では道之島の人々のことを
「毛唐人」「エビス共」「ハブ性の人」などと書き散らしている。
そして島妻アイカナとの間にもうけた菊次郎・菊子を
薩摩で教育する際、奄美出身者ということを他言するなと厳しく禁じた。
島に残された母アイカナは非業の死をとげる。
これは西郷という人間像の一コマではあるが、
実は次に述べる彼の政策論とも表裏一体をなしているとしか思えない。

19 :
旧藩時代、薩摩は植民地奄美の黒糖収奪によって
財政を建て直し明治政権を樹立した。
奄美の黒糖地獄をだれよりも目のあたりにしてきたのが西郷だが、
彼は、禄支給廃止にあった士族の生活権にしか思いはなかったらしく、
桂久武に命じて不法な独占「大島商社」を維新後に設立させたのである。
これによって薩摩は再び収奪をほしいままにすることができ、
奄美は旧藩以上の窮状にあえぐことになった。
そこで明治十年、奄美から「大島商社解散」を要求する
五十五人の嘆願団が上鹿したが、いきなり全員投獄。
老人などを除いた三十五人は田原坂から敗戦中の
西郷軍に強制出陣させられた。
うち戦死した者六人、残りは官軍に投降。
許されて島へ帰還する途中、二人を除いて全員遭難し、
結局生存者はわずかに二十四人であった。
(前田長英著『黒糖騒動記』参照)

20 :
Q : 西郷さんが征韓論というのは間違いで、ほんとうは遣韓論なんですよね?
A :
鹿児島県が発行している『鹿児島県史西南戦争』第三巻(一九八〇年)のなかに、
広瀬為興稿「明治十年西南ノ戦役土佐挙兵計画」という文書が載っている。
これは高知県出身で板垣退助に近かった林有造の主張を記録したものである。
参議の西郷隆盛、副島種臣、板垣退助に加えて、
左院副議長伊地知正治が謀議に参加した征韓計画の謀議が載っている。
西郷は「先ツ兵ヲ北韓ニ上陸セシメ、平壌ヨリ京城ヲ包撃スルノ謀」を主張し、副島は賛成した。
しかし板垣は「先ツ其君主ヲ檎(とりこ)ニスルヲ主眼トスル」点では賛成しながらも、
北方からの包囲は難事とし、三分の一の兵を釜山に上陸させて、朝鮮軍の迎撃を待ち、
残り三分の二の兵力をもって江華湾方面に送って「突如京城ニ肉薄」し、その間に
釜山の兵力も海路平壌に送って敵の退路を断つという戦略を主張した。
伊地知正治は少し大規模の兵力派遣を主張したという。
西郷は板垣、伊地知を信頼して謀議を行なったようである。
「其進軍ノ戦略ニ就テハ板垣伊地知ノ二氏ニ委スヘシトノ事ニ門下中ノ領袖ニ漏洩シアリト云フ」
と記されていることも興味深い。
また当時司法省出仕だった有馬純雄(藤太)の回想『維新史の片鱗』によると、
有馬は西郷から朝鮮占領後の民政官任命を内示され、
当該地域の地図を探したという挿話を述べている。
西郷が征韓論を唱えた史実は、まったく揺るがないのである。

21 :
Q : 西南戦争は西郷さんと鹿児島士族にとって、
  日本のために自ら滅び、武士の世に幕を引くのが目的だったいうのは本当なの?
A :
敗色が決定的になると西郷は桐野と口をきかなくなり、
桐野のほうでも西郷を避けるような気配を示すようになったといわれる。
むろん、西郷の性格として桐野を責めたりなじったりすることはなかった。
この男に乗せられ、賊として最期を迎えるはめになった自分に対する嫌悪が、
西郷の桐野に対する感情を重くしたのではないかと思える。

22 :
Q : 大河ドラマなどで描かれる西郷隆盛は虚像なの?
A :
虚像ってことはありませんが、
大河で西郷が好意的に描かれている
(逆に言えばネガティブな史実や描写がごっそり抜けている)
のは鹿児島人が抗議してくるからだそうです。
どんな大河でもNHKに抗議は来ますが、
西郷ネタ、薩摩ネタに対する鹿児島人の抗議が一番多いらしい。
史実と違う、という抗議ならよいのですが、
史実通り薩奸的な場面を入れると、「一方的で偏向的で悪意を感じる」という抗議が
執拗にくるらしいです。
反対に幕府方からの抗議はあまり無いらしい。
徳川子孫の方が「我らに後ろめたきことなど何も無し、抗議すること自体がナンセンス」
と語ったとか。
かの司馬遼太郎も、鹿児島人の抗議を憂慮して、
「跳ぶが如く」ではあえて筆を鈍らした、という話しを読んだことがあります。
「跳ぶが如く」の歯切れの悪い、奥歯にものがはさまったような書き方は
そんなところに理由があるのかもしれませんね。

23 :
*重野安繹が語った西郷の性格*
西郷が明治維新において、彼ほど存在価値が際立っていた者はいないのではなかろうか。
みんなに期待され、いつもその中心に存在していた。
だが彼はこれらの大事件の渦中にあって、どのような方針に基づき考え、
将来いかなる見通しを持っているのか理解するのは無理である。
なぜなら、彼はいつも中心に存在していたが、
みんな回りの期待はその場、その時により違った。
いずれもその期待に答えてくれるような西郷であったが、それはすばらしい人間性なるゆえでもない。
「すばらしい人間性なるゆえでもない」とは、
じつは「(西郷は、)世の中小人などをば、自分の度量内に入れてやる事は乏しく、敵を作って激しく憎む風があり、
参議連中が姑息じゃとか、富貴を貪って居るとかいって政府の人をば憎む。
政府の人を憎むところから、征韓論が起って・・・・大臣をはじめ皆富貴に慣れて、
御一新後僅かばかりの間に我儘をするということが腹に在って、遂に西南の乱となった。
どうも西郷は一生世の中に敵を持つ性質で、敵が居らぬとさびしいくてたまらいようであった」
と、彼の性格と新政府を主導する人々の態度への不満を西南戦争の原因だと、
同郷で同じ年の西郷をよく知る重野安繹のことばがある。
重野と西郷はペリーが来たころにともに江戸藩邸にあった。
重野が仔細なことから奄美大島にながされていたところへ、西郷が流された仲である。

24 :
>>20は嘘の部分が多い。
というか、根拠のないことを貼らないというのは、期待すべきではなかったのかね。

25 :
西郷さんは高潔無私、義の人、誠の人、仁の人。

26 :
>>24
どの部分が嘘なの?
史実からソースも出てるし、嘘があるとは思えないんだけど

27 :
熊本城下を焼き払ったし武力を背景に偽造通貨と無理矢理交換させたし反乱参加者以外の民間人にとっては極悪人だと思うよ。
戦後も政府は薩軍作成の偽造通貨と円を交換することはしなかったらしいし。

28 :
>>22
>どんな大河でもNHKに抗議は来ますが、
>西郷ネタ、薩摩ネタに対する鹿児島人の抗議が一番多いらしい。
維新期に鹿児島から上京し新政府入りした薩摩由来の上流家庭は今でも政・官・財に数多くいる。
鹿児島出身ではない彼らだが、薩摩の血が流れる彼らの由緒や来歴を否定することにつながる言論は抹殺される傾向にあるのだろうな。

29 :
鹿児島人でも西郷を冷めた目で見ている人は多いと思うけどな。
かといって郷土の英雄であることに変わりはないが。

30 :
問題点もありながら魅力のある人物で
福田和也も器量人として評価しているね

31 :
>>26
まず、引用が恣意的
次に、別史料を隠蔽
信用度は皆無

32 :
>>31
引用が恣意的と断定するからには、引用先の全文を入手し読んだわけだよな?
どうなんだ?
それに、隠蔽したとされる別史料って何よ? 教えてください

33 :
ま、西郷の名に影が落ちるような史実は
何が何でも認めない地域の人がいるのは知ってるけどねw

34 :
伊藤博文直話での伊藤の人物評は
大久保≧木戸>>>西郷、高杉
「西郷南洲は天稟の大度で、泰山の群峰を抜く趣があった。
そうして国を憂うる真情が深かった。徳望はさかんなものであったが
政治上の見識はというと、ちと人物より劣っていたかもしれぬ。
自分でも政府に立つことを嫌っていた。〜略〜
とにかく大人物であったが、むしろ創業の豪傑で、守成の人ではないようだった。」
まあ、大久保と木戸にはくっ付いてた時期があったし
明治政府を軌道に乗せる苦しみを共有したから
当然と言えば当然なんだけどね


35 :
坂本>西郷>高杉>>>>大久保

36 :
討幕の原資になった奄美の大搾取もメディアでとりあげられることはほとんど無いね。
田舎の一藩にすぎない薩摩がなぜ最新武装の大軍を京に駐屯できたのか、
なぜ蒸気艦を幾艘も持てたのか、
不思議なことだらけなのに、幕末薩摩の飛躍を斉彬や西郷、大久保のマンパワーに帰趨させる上っつらの物語ばかり。

37 :
>>36
調所改革はよく知られているよ。

38 :
鹿児島では大久保はびっくりするくらい人気ないよ

39 :
倒幕後の具体的な国家建設プランを周囲に提示できなかったってのはよく言われるよね
だからわかりやすい征韓論に飛びついたんだろうけど

40 :
暗黒士西郷の征韓論から始まって、伊藤博文の暗殺で終わる
義士アン・ジュンコの大河ドラマが決定だって?

41 :
>>36
ふつうに日本史で習うぞ
中学の歴史資料集にあったくらいだから
奄美搾取→薩摩雄藩化→倒幕は常識レベル

42 :
あんまりやり過ぎるとヤバイのよ。鳩山が徳之島に基地移設どうのの動きにアメリカの強烈な反応とそれに歩調を合わせる様な中国の挑発的な動き。
頭のいい奴なら解るだろ。

43 :
2009年から2010年にかけての諸々の動き
鳩山、口蹄疫、ゲリラ豪雨、台風の動き、いろいろ観察すると凄いよ

44 :
東国原宮崎県知事vs南日本新聞前田昭人記者
http://www.youtube.com/watch?v=oLIDkj2tREI
東の肩など持ちたくないのだが、
ここで出てくる南日本新聞の記者が典型的な鹿児島ロジックの持ち主で辟易した。
議を言うばかりで実行しないのはなぜかとしっこく質問してるw
東知事が、今回の規模は国の協力が必要で自分の判断だけでは実行は不可能、と説明してるのに、
記者は、それでも知事であるあなたが何も実行しないのはおかしい、
と意味不明な難癖でしっこく食い下がってるw
何をどう実行すればいいのか自分では何も言えないのに、
相手を実行できない欠陥者のように貶めるのは完全に鹿児島脳でしょ。
東に心底同情した。
西南戦争やらかした鹿児島士族のメンタリティが想像できるというものだ。

45 :
必死だなw

46 :
会津脳ではとりあえず排除するから

47 :
大久保>木戸>大村>>>>西郷

48 :
西郷は記号だから

49 :
維新第一の功労者は西郷さん

50 :
新時代を作ったトップだけど、本人は限りなく前時代的な性格
ラストサムライと言われる由縁

51 :
>>49-50
 倒幕ではトップだったがその後の新時代には適応できなかった落ちこぼれだろ。
 蘭学をやっていたようには見えんしな。

52 :
>>51
蘭学は所詮、実学。西郷さんは君子の学問をしっかりと修めた偉人。
君子は器ならず。

53 :
西郷が実学を低く見ていたとすれば、君子どころかとんだ小人物だな

54 :
実学至上ならただの人
ここまで人を惹き付けることはなかったろう

55 :
西郷に惹きつけられる人って、ようは実学が理解できないボンクラだよね
西郷を信仰してれば、
無能 → 実学に縛られない君子
みたいに変換できるんで。
あ、だけど西郷自身は実学を低く見る人じゃなかったと思う。

56 :
低く見てはいないし低く見たらいけないが、至上でもないんだよ。
維新を担って死んでいったような人たちはね。
上に立つものがあったってこと。
ひたすら農工商をやっていれば死ぬことはなかった。

57 :
陽明学は君子の学問なんだろうか・・・
死ぬまで佐藤一斎の言志録を持ち歩いてたらしいけど

58 :
西郷隆盛は日本の毛沢東で、文化大革命の代わりに西南戦争の頭目に担がれたように見えるな。

59 :
実学うんぬん以前に西郷は裃を着けて登城できる身分の侍ではない
侍(郷士)ではあったけれど最大で4人に1人は士格のあった薩摩藩
西郷は半農半士のような生活を送っていた。
農業とはすなわち実学、西郷がそれに無知であったわけがない。

60 :
西郷は担がれるしか能の無い神輿ブタ

61 :
デブ専で、好物も豚肉
あらゆる意味で共食い

62 :
そういえば西郷隆盛を主役にした大河ドラマがないのが不思議だな。
坂本龍馬は早死にした平和主義者のイメージが刷り込まれてるし
明治の時代設定で維新雄藩の登場する、獅子の時代、跳ぶが如く、篤姫
ダブル以上の主役だったり、女性を持って来たり
まあ怨念背負ってるから頭悩ませどころだな
そのうち伊藤博文を暗Rるところが見せ場の義士が大河の主役張るって噂もあるが
実現してもおかしくない今の日本だよ

63 :
翔ぶが如くで十分だろ
西郷は幕末大河で一番登場作品が多い人物

64 :
>そういえば西郷隆盛を主役にした大河ドラマがないのが不思議だな。
翔ぶが如くの主人公は西郷ですが?

65 :
国家のトップが蘭学そのものを修めてどうするw
実学を修めたブレーンを周りに置けばいいだけの話
これ常識な

66 :
西郷さんは郷士じゃなくて城下士

67 :
>>65
西郷は、桐野みたいな情動的な人物たちを周りに置いたけどなw
つうか実学を極めた有能者は、君子論をぶつような無能者が嫌いだから、逃げていく
大村や大隈は西郷のエセ君子ぶりを見抜いて、相手にしなかった

68 :
西郷さんには君子の風格があった。大村や大隈のような才子には西郷さんの
偉大さがわからなかった。

69 :
>>68
宗教だね、こりゃ。
今でいうところの小沢だな。
信者の人数と信仰心はズバ抜けてるけど、そいつらがことごとく単細胞で無能だから
大勢力の割に勝負事には弱いっていう。
ただ、負けた後に、精神的には勝っていたとか闇の勢力の陰謀だとか
わけのわからないことを言って、信者がますます信仰心を強めるのが厄介だがw

70 :
倒幕の総大将の軍人は革命後には用済みだからな。
 徳川幕府でも大久保彦左衛門の軍功話は嫌われていただろ。

71 :
小沢は西郷を尊敬しているらしいな
西郷にとっては甚だ迷惑だろうがw
まあ創業の英雄であっただけでも十分じゃないか?
常人の何倍も太い人生を生きているのだから。

72 :
最初は西郷の演劇じみた行動、ケレンの部分まで語ろうとした人がいたのに、
「こいつのことなんて語るな、どうせ嘘つきだ、語るな」とかしましい馬鹿が現れて大迷惑。
ケレンの部分までが西郷の人となりであり、彼が薩摩を動かした原動力でもあった。
そこを、奴は卑劣だったに違いないから語るなと主張しては、西郷の実像は浮かばない。
>69のような人間は、存在自体が迷惑なのだよ。

73 :
西郷を理解するには奄美大島、徳之島、沖永良部島と
道の島の島伝いに流された期間に重要な鍵がある。

74 :
>>72
誰も西郷が卑劣だったとは言ってないだろう
無能だったとは言われてるがw
西郷の実像って言っても、巨体とグリグリした眼で、
ただ黙って座ってるだけで、相手が勝手に畏怖してくれたり、勝手に過大評価してくれるという、
その手のタイプでしょ。
西郷もそれを上手く使った。いいじゃない。

75 :
てか、西郷の実像ってほんとわからんよ。
だいたいが司馬小説のイメージをそのまま受け継いでいるだけで。
だから実像を知りたいんじゃないの。
桐野にしたって司馬や池波正太郎の手にかかれば散々に書かれてるけど、
実物がどんな人物だったかなんて殆どわからんからね。
幕府のスパイを一人暗殺しただけで、人斬り半次郎に仕立て上げちゃうのが小説家。
67や74は司馬小説をより所にしてる感じがするな。
もっとも司馬を全否定はしないが、俺は半信半疑のスタンス。

76 :
何の論拠もなく無能だったとか卑劣だったとか
まったく説得力もなければ歴史を解く人間として哀れ

77 :
でも、あのタイプの人間(カリスマ性のある人)に対しては
ちょっと冷めた目線で引いて見る必要はあるよ
物凄く盛られてる可能性あるから
それは西郷に限らず、戦国時代の有名な武将とかにも言えるけど

78 :
ひいじいちゃんが生前に言ってたけど、西郷さんは明治のサラリーマンが選ぶ理想の上司で毎年No.1だったらしい

79 :
>>76
このように、他人を中傷しては嘘を並べ、当人は正しいつもりという馬鹿が
西郷を一切語るなと叫ぶ。
とんでもない。

80 :
>>69,74
このような意見を持っている人は、よほど史実に興味がないし、
他人を史実以外の点で貶めて喜んでいる。
他人を持上げるために、他の人間を飼料に寄らない個人的な「定説」披露で貶める、
池波正太郎や司馬遼太郎の小説の一番よくない部分を受け継いでしまっている。
あと、>>79には>>76を書いた人を貶める意図はない。
単に>>74を書いた人間は卑劣だね、という感想を表したものである。
誤解しないでください、卑劣なのは>>74ですから。

81 :
キンタマ臭夫

82 :
西郷さんは清廉高潔無私至誠の人。明治政府高官の腐敗を憤り、
第二維新を目指して敗れた悲運の英雄。アジア解放の先駆者。

83 :
征韓論とか帝国主義そのものじゃん

84 :
帝国主義も征韓論もべつにいいよ。
批判すべきは、勝算無いのに、行動することに価値がある、みたいな精神性だろ。
太平洋戦争でそれやって負けて、現代の我々は敗戦国という十字架背負わされている。
その源流が西郷と鹿児島士族にあると思うと、
今どき西郷祭り上げてる信者はキモいなんて言葉じゃ表せないぐらいキモい。

85 :
>>83
朝鮮を開国させて日清韓同盟でで欧米の侵略に対抗しようとした西郷さんの
戦略が大久保や木戸や大隈には理解できなかった。

86 :
>>84
維新後の日本は、西郷隆盛を排除した冷静な実務家集団が舵取りをしていた間は順調に発展してたけど、
メディアに煽られてメンヘル中二病をこじらせた西郷隆盛信者の連中が政権と軍部を強奪するやいなや
猛烈な勢いで日本がとち狂って原爆で止められるまで大暴走をかましたよね。

87 :
84や8のは言ってることはわかるが、それって結局のとこ結果論じゃね?
勝ち組には手放しで賞賛、負け組には問答無用でなじるみたいな…
そういう奴はいつの時代も必ずいるけどw
なんつーか、そういう単純論は聞き飽きてんだよ

88 :
84や86だ

89 :
第3回フジテレビ抗議デモ in 福岡
【日時】5月5日 13時30分集合  14時出発
【場所】天神警固公園(福岡市天神2丁目2)
【福岡】第2回フジテレビ・花王抗議デモ★5
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1322895559/

90 :
>>84
太平洋戦争おっ始めたのは東条しかり山本しかり米内しかり東北人だろ
西南戦争の時の西郷隆盛は郷土極右みたいな少壮薩摩人らに担がれただけ
半ば独立国状態のようになってしまっていた原因の一翼を担ってしまったことは否めないが

91 :
西郷批判が幼稚で極端なんだよ。
西郷を批判するにしても憎しみを全てぶつけるかのごとく
墓を暴いて市中晒し回しするような感情的な書き込みしか無い。
西郷を横目で見ていても誰がその言説に同意できるかっちゅうの

92 :
西郷さんを死なせたのは薩摩ナショナリズムに染まりすぎた人々なんだよ
晋どん、もうここらでよか…てのは義理も果たせただろうとかそういう意味でしょ
延岡で包囲されたとき死ぬつもりだったけど突破して鹿児島に戻るのを承諾したのはやっぱり最後に故郷に帰って死にたかったんだろうね

93 :
西南戦争は第二革命戦争。

94 :
>>91
墓をあばくというのは、西郷は実は奄美人を差別していた事実とか、
同世代の重野安繹が西郷を冷たく見ていた事実のことを言ってるのかな?
それが史実なら仕方ないんじゃない?
たとえ史実でも西郷を貶めることにつながることは書くなというなら、まさに宗教だな

95 :
西郷さんは誰からも慕われた人格者だったが、小才の効く俗物は西郷さんを嫌悪した。

96 :
>>94
史実に基づいている批判ならいいんじゃね?
問題なのは根拠のない無責任な批判だろ
太平洋戦争の敗戦まで薩摩士族の精神性に原因があるとかアホかっつーの
なんでとっくの昔に滅んだ連中に後世の失敗の責任を転嫁できるわけ?
道理としておかしいだろ

97 :
西郷さんを悪く言うヤツは自分が小人物であることを告白してるようなものだ。

98 :
>>95,>>97
空想物語上の登場人物に心酔するだけで大物になれるような都合の良い話はないぞ。
大物は、現実世界での己の実績でなるものだ。

99 :
空想で、史実もなしに他人を批判する人の方が信じられない。
まるで小説家みたい。

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