2012年1月2期民俗・神話学16: 人柱について(2) (96) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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人柱について(2)


1 :10/09/23 〜 最終レス :12/01/17
前スレ↓
人柱について
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/min/997027668/l50

2 :
 僕の近所の溜池には人柱の伝説があって、 犠牲になった乙女をマツっている神社まであります。 
これってほんとなんでしょうか? 
人柱なんてほんとにあったのか疑問です。 
溜池にはそういったなんらかの伝説がくっついてる場合が よくあると聞いたこともありますが。 
誰か人柱について詳しい人教えてください。 

3 :
人柱の伝説、習俗は世界中にあるそうです。
ボルネオのミラナウ族は柱穴を堀り奴隷娘を落としてしました。
朝鮮では1528年に成同という人物の隣家の子供達が突然失踪しました。
実はこの成同という人物が家を建てるときに埋めていた事が発覚しました。
ソロモン諸島ブーゲンビル島のブイン族。
人狩りをし、その奴隷を殴りして頭、手、足に解体、柱壁に縛り、これらに 槍と矢を投げる。
3日後それらを埋め、10日後に掘り出して骸骨を中心の柱の隣に置く。
ヨーロッパでも人の血を注いだとか少女を生きたまま壁に取り込んでしまったと言う伝承。
また人の変わりに人形や動物とかを使うケースもあります。 
日本もたくさんの人柱伝承はありますね。
自分の隣町にも橋の建設の為の人柱の伝承があります。
柳田國男の主張、水神に仕える巫女が物語として語り歩いた、と南方熊楠の主張、どっちなんでしょ。
伝承のある場所から人骨が出たと言う考古学的証拠は見つかっていないのでしょうか? 

4 :
民話には沢山あるよね 
有名なのは 
「雉子も鳴かずば撃たれまい」っていうのがありますね。 

5 :
長柄の人柱伝説だね。 
「物いわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし」 
大正時代、皇居二重櫓下から、人骨が出てきて人柱か否かの論争が起きたらしいね。 
そのとき、南方熊楠が「人柱の話」と言う随筆を書いて、実際に近世まで人柱が行われていたこと説いた。 

6 :
オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。 
「日本の諸侯が城壁を築くとき、多少の臣民が礎として壁下に敷かれんと願い出ることがある。 
自ら志願して敷きされた人の上に建てた壁は壊れないと信じられているからである。 
許可を得て礎の下に掘った穴のなかに横たわって重い石に潰される。 
ただしかかる志願者は、平素苦役に疲れた奴隷だから、望みのない世に永らえるより、死ぬほうがましと考えているのかも知れない」
 
この記述が本当なら皇居の人骨も人柱のように思えてきます。 

7 :
詳しくありませんが参加。
高校の時、歴史の教師とちょっと話したことがあり、先生の話では
「大雑把に言うと、基本的には中国は実行した。
日本は基本的に実際には行わなかった。」

8 :
日本書紀にある、おれの地元の話
http://www.norichan.jp/jinja/benkyou/tsutsumine.htm
武蔵の国のひとは、人柱になり、河内の人は知恵で助かった話。

9 :
平清盛公が摂津国大和田(大輪田)の泊まり=兵庫港を築港する際に難工事で難渋していた時、松王丸が人柱となり、以後見事に竣工した。云々。
供養塔が対岸の淡路島岩屋。万葉集にも詠われた名勝、絵島の頂上に有ります。
絵島は隣りの大和島と共に往古、神の島とされた禁足地でした。
絵島と大和島はあたかも伊勢の夫婦岩のごとく三対山(往古には山上に石屋神社が鎮座)の天然の鳥居で神籬岩ではなかったかと。
石屋神社の祭神は。国常立尊。伊弉諾尊。伊弉冉尊。
根元の三柱を併せ敬って天地大明神と奉る。ご別称は絵島大明神。
国生み神話の舞台の一つ。
西宮のエビス大神の出生地、放墜地伝説も
また、神功皇后が征韓出征の砌、天地大明神を奉り戦勝祈願と帰還のさいには報賽した伝説地。
*真東対岸は住吉大社。

10 :
外部で張られていた人柱のスレ
ttp://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=8077&fid=8077&thread=1000000&idx=1&page=10&tname=exc_board_11&number=6032

11 :
「古代はともかく近世に入ってからの日本に人柱なんて野蛮な風習なんか無いザマスキィキィ」
って主張するセンセイもいるよね
庶民の苦労とか想像できんボンボンはまったく・・・

12 :
>>6
抜粋の仕方から見て引用元は『日本大王国志』(東洋文庫)ではなく、『南方民俗学』(河出文庫)からのようですね

13 :
お前、人柱でもねーくせに偉そうに言うなよなー!!

14 :
人柱にされた者にしか人柱の痛みはわからない!!

15 :
>>13
ヴァカ?

16 :
そもそも何故生け贄を柱というのか。
この「柱を」神を数える単位として採用していたり
神の象徴として神格化する宗教・民族は多い。
古代ギリシャやケルト、近くではフリーメーソンもそうだ。
仏教でも体の中の柱という概念を大切にするし、
そのルーツであるインドでは今もその体幹を貫く光の柱が天と繋がっていると信じられている。
つまり柱というのは

どういう事だよ
教えて下さいてめえら。

17 :
の事だよ

18 :
簡単なことだよ。
人工物以外のもので柱のように、地面から天に向かって立っている円柱状のものといえばなんだ?
そう、「木」だ。
木はこの世で最も原始的な信仰の対象であったといわれる。
現代に残るポール状の信仰の対象は、元々木を模して作られたものなのかもしれない。

19 :
なるほど。
それはやはり、人間がかつて食料や身の安全を木に依存していた
猿の時代の名残なのだろうか?
それとももっと文化の発達した後の、スピリチュアルな感覚から来たのだろうか。
たしかに屋久島に行った時荘厳な気持ちになったがアレは何故だろうか。
もののけ姫のせいではないと思う。

20 :
本で読みましたが、人柱とイケニエではまた違うらしいですね。
人柱は文字通り人の柱として橋などの建設物などを磐石なものにするため
イケニエは人を神の食べものとして扱うらしいですね。
早太郎(しっぺい太郎)の伝承を思い浮かべるのはこちらですね。
ところで、大島では学校で火山の噴火を抑えるために捧げた
人柱の歴史を学ぶと大島育ちの友人から聞きました。
どんな話なのか興味があります。

21 :
ここ、なかなか進まないんだよなぁ
もっといろいろな話が聞きたい。
オカ板にスレ立てようかな

22 :
オカで思い出したが
南米には巨人族の塚が多数あるという。
累代使われてきたピラミッド状で、
下にいくほど体が大きく、最下層の巨人は8〜12メートルもある。
一番上の巨人は2メートルほどで頭を下に逆さに埋められていた。

23 :
と言う記事を子供の頃ムーで読んで未だ覚えている。
この話を子供に聞かせたりして時代が下がると
「ああ、あの辺には今でも巨人がいるよ
あいつら良い奴でさ、酒奢ったらトラック位ある牛を担いできて俺にくれたんだ」
という民俗に変わるのだろう。

24 :
>>19
木に雷が落ちる様を見て、天と地をつなぐものと思ったんじゃないのかな?

25 :
単純に、生身の人間が登れる範囲で最も高いところだからってのもある。
木登り競争のような戦いが戦争の始まりじゃないかとも言われる。

26 :
人間が登れる範囲なら、神関係ないじゃん
それは人間のテリトリだと認識されると思うぞ
神関連で理解しないと木が依代とされた理由にはならんだろ

27 :
何から読んだか覚えてない、Wikiかもしれない。適当に読み流して。
ゲルマン部族のひとつ、ザクセン人は、
キリスト教改宗以前には、でっかい柱をたてて礼拝していたらしいが、
それは北欧神話であらわれる世界樹ユグドラシルのイメージらしい。
ユングだかフロイトだか、そっち方面の心理学でも、
樹木の絵=書き手自身の投影のようだし、
樹木のイメージは人間が用いる定番のイメージなのかもしれない。
あるいは、天と地をつなぐもの、として考えられていたのかもしれない。
北京の社稷壇にある大木がそういうものと考えられているそうな。
「柱」=「木」でいいんじゃないか。

28 :
柱=木、ってのは鉄板だろ
クリスマスツリー、メイポールも元はゲルマンの異教から来てるし
ブッシュドノエルも起源は一緒だよな
そもそもゲルマンだと人間自体が木から作られてる
日本でも御神木もあるし、榊もあるよな
そういや御柱祭ってのもあるな

29 :
スレタイに沿った話になるか知らんが
北欧神話の主神オーディンがユグドラジルに自ら生贄になって吊るされてルーン文字を発見している
ユグとはオーディンの別名、ドラジルは馬の意味
ユグドラジルという名前自体が、オーディンがその木に吊るされたことを意味してるわけだ
かつては生贄を木に吊るしてオーディンに供えた
つまり、首吊りにしたってことだ

30 :
高木に依り来る神を信仰してたから生贄も木に吊るしてたのかね>ゲルマーニー
日本だとそういう例はあるのかな

31 :
生贄を吊るすってのは合理的ではあるよな…
生贄自身の体重で死に至るからな…
手をかける必要がない…
…我ながら発想が暗い…
ゲルマンに関しては、木に吊るすというのは、オーディンの伝承にならった部分が大きいかもしれないね
君主などの死に際して奴隷の少女を殉死させる目撃談があるが、こちらは船の上で首絞めたんだったかな

32 :
某ゲームを知ってから、御柱ってのは宇宙人タケミナカタが装備していた大砲型兵器を模しているんじゃないだろうかとちょっとだけ思った。

33 :
神様の数え方の「ひと柱」「ふた柱」とは関係ないのか?

34 :
形状と建築物を強固にするっていう呪能の両方に掛けての「柱」なんじゃね
地中であれば竪穴を掘って柱のように埋める、と

35 :
>>33
思い切りドストライクに関係あるだろ

36 :
「神、人を喰う」の六車由美の主張だけど、人柱に関しては異人の持つ呪力に期待して
異人(共同体外の人間)を使うことが多い
一方神に捧げる人身御供に関しては神が異人の人身御供に関しては拒絶するパターンが
多く共同体内の人間を捧げるってのが基本形なんじゃないか、と
(史実としての人身御供についてではなく人身御供「譚」についての考察なんで微妙に
このスレ内の関心からは外れるかもだが)

37 :
>>36
素朴な疑問なんだけど
人柱と人身御供ってどう区別してる?
普通に人身御供でも通りすがりの旅人差し出されてるとかないのかな?
共同体内で選ばれるのは単に異邦人が通らない山奥だからなんじゃないかとか思ってしまうんだけど
頻繁に旅人が通る場所でもやはり共同体限定ってことなんだろうか

38 :
>>37
人身御供「譚」において異人が供されるパターンってのは通りすがりの高僧だの六部だのが
身代わりを買って出て神を討伐するなり何なりして(神との間に妥協が成立とか)
以後は人身御供のかわりに饅頭だの人形だのを供えるようになったっていうパターンが主かと
異人は人身御供を止めるきっかけを語る話での主役であってイレギュラーな存在だよね
人身御供「譚」の主目的は痛みの記憶の伝承(その痛みがフィクションであれ史実であれ)
だと思うので、やっぱり共同体内からの犠牲でないと意味がないのではないかな
あと自分は
人身御供→定期的な神へのお供え。神を祭る為に供される贄
人柱→困難な工事を完成させる為の呪術的行為に使われる犠牲
っていう風に分けてる

39 :
>>38
thx!
そうなんだよね
譚だと、異人が人身御供の身代わりを名乗り出る話が多い
それが受け入れられるのなら、共同体の人間であることへの強いこだわりはさほどないような気がするんだよな
人身御供が定期的で、人柱が時に応じて、というのもわかる
ただ、両者の違いはそういう場面の違いだけなんだろうか
人柱の「柱」が神を意味するのなら、生贄となる人間は人の身ながら神になると考えていいのかな
それに対して、人身御供はあくまで捧げ物で神にはならない、という違いがあるのかな、と考えてみたりもするんだが

40 :
自分は34で言ったように柱≠神だと思ってる
人柱の文献上の初出、平家物語において経の島の由来として、
島が大風と大波で崩れてしまったので「人柱たてらるべしなんど」と詮議したが、それは
「罪業なるべし」として石の面に経文を書いて代わりとしたことが語られてる
無論、これは仏教的な価値観による人柱否定であって、人柱が神として崇められていたもの
を否定するものではないけれど、自分は人柱は厭魅や犬神等々陰陽術に代表されるような
人の行使する技術・呪術に供される道具にすぎないんじゃないか、と思う
(長いので続く)

41 :
(続き)
白川静「文字逍遥」からの引用だけど
「左伝に楚と晋の戦いにおいて楚が大勝、臣下の者が楚王に、晋の遺棄死体を収めて京観を
つくることをすすめた話がしるされている。京観を作ることは古くは殷の時代から行われており、
殷では三軍の軍門に、義京やケイ京と呼ばれる京観が作られていたことが知られている。
卜辞によるとその祭祀には、三人のチベット系羌族と十匹の羊を開き裂きにして、犠牲とする
のが例であった。この積屍封土して作られる軍門の京観を、のちの都城の制に移したものが、
城闕(ケツ)の原型をなしている。それで城闕(ケツ)においても人牲や獣牲を用いることが行われた」と
もとは大陸から陰陽術等と共に入ってきた呪術なんじゃないかと
日本で自然発生したものであっても、犠牲に供した人柱をその後神として祀ってる例が
見当たらない限り人柱=神には肯きかねる

42 :
>>40
それじゃあ、40も人身御供と人柱の違いは定期的かそうでないかの違い、と考えてるってこと?
そうなると、ヤマトタケルのオトタチバナ姫ってどうなると思う?
定期的ではないから人柱?
やっぱり人柱は建築物の土台として、という限定条件になってくるのかな
ただ、>>34の柱のように埋めるというのは古い考え方ではないよね
日本書紀に出てくる茨田堤の人柱は川に放り込むだけだし
人柱の慰霊のための祠とかはあるけど、40はそれは神として祀ってるとは認めないってこと?

43 :
>>40
それじゃあ、40も人身御供と人柱の違いは定期的かそうでないかの違い、と考えてるってこと?
そうなると、ヤマトタケルのオトタチバナ姫ってどうなると思う?
定期的ではないから人柱?
やっぱり人柱は建築物の土台として、という限定条件になってくるのかな
ただ、>>34の柱のように埋めるというのは古い考え方ではないよね
日本書紀に出てくる茨田堤の人柱は川に放り込むだけだし
人柱の慰霊のための祠とかはあるけど、40はそれは神として祀ってるとは認めないってこと?

44 :
>>42
「臨時」で「架橋・築城」等「建築」の際の犠牲が「人柱」だと思う
(文献上それ以外の犠牲を人柱って表現してる例はあるんだろうか?)
建築物の堅固なることを祈ってのものだから「柱」ね
オトタチバナ姫は荒れた海の神を鎮める為の犠牲だから人柱っていう風には表現しない
んじゃないかと

45 :
ごめん;;
>>42やけど、二重投稿になっとる…申しわけないorz
>>44
そうなんだよな
オトタチバナ姫は人柱って気が全然しないんだよ
だから、臨時であることに加えて、建築物限定っていう条件が必要になってくるのかなと
ただ、建築だから柱ってなると、言葉自体は歴史が浅いってことになるのかな
日本書紀では川に放り込むだけで埋めるという概念がない
埋めるようになってから柱という言葉が使われるようになったと考えるのか
あるいは、神の「柱」だと考えるのか
調べてみたらWIKIは神の「柱」説だったけどねw
結局、そうなってくると人身御供>人柱で、人柱は人身御供の一部ってことになるよな
本質的、宗教的な違いはないってことになる

46 :
人柱を立てるという行為がどういうメカニズムで「効く」と昔の人が信じていたかについて考察
A)工事の途中で困難な出来事が起きる、あるいはそれが予想される場合にその土地の神の
 荒魂を鎮める目的で人牲を捧げる
B)人間をし、その霊を目的の建築物に縛りつけ守護神(霊)として機能させるようにする
 (異人であるとか特殊な能力を持つ人間の「血」が建物を強固にするっていう考えも
  ここに含めるべきか)
C) A+B 在地神に捧げるのが主目的だが捧げられる人間もその土地(建築物に居つく)
  新たな神として祀る
まだあるかもだがとりあえず3つほど
南方熊楠「人柱の話」で指摘されてるように、ある宗教の普及により説明のロジックが変更
されるってこともあり得る

47 :
>>46
thx!
Aなら人身御供との違いは臨時性のみ
Bなら柱は神化としての柱と理解され得る
Cなら神と同じ信仰対象となる時点でBと一緒なのかな
この分類見て思ったんだけど
たぶん神としての柱なのだが、それは本来の神とは異なる神化なんじゃないかと
本来の加護を与える神ではなく、祟ることを避けるために祀ったんじゃないだろうか
死んだことによって神のように祟りをなすことができると考えた場合、祀って鎮めるということはあり得るんじゃないか?

48 :
本来の神というのがどの文化圏での意味合いか分からないけれど、日本であれば
畏るべき存在で、祟られないように祀られたものは「神」だよね
神か妖怪かの分岐線が祀られているか否かの差っていう説もあるし

49 :
本来の神ってのは文化圏とかとは関係なく、シンプルに自然神だよ
人柱を捧げる対象はその河の神とかだろ
工事が無事に完成するように祈るんだから、氾濫などを防ぐ加護も与えてくれるはずだよな
でも、人柱の神は加護を求めるよりもひたすら祟らないことを願って祀るんじゃないかってこと
妖怪はもともと神だったものが零落したものだから祀られていないってのは当たり前だよな

50 :
>>46のCに沿って自分の考えを整理すると
1)工事を円滑にすすめるための土地神への犠牲(出来上がる前)
2)その建築物の長久堅固なることを祈って(出来た後)
出来た後、その橋なり城なりが流れや敵の軍勢の攻撃に耐えて無事存続するように
神威・加護を人々が期待した対象はささげられて神として祀られてる人柱なんじゃないか
と思う
「城が火災・地震の被害の無いのは人柱になった娘のおかげだ」
或いは
「大蛇と化した人柱の娘が霞をはいて城を包み守った」云々の伝承を見るとそう思える
ちなみに説教「まつら長者」にて人身御供を要求していた大蛇は、もと人柱の娘の成れの果て
っていう設定なので、人柱に立てられた経緯によっては祟りの恐怖はかなりあったと思うし、
それを避ける意味でも手厚く祀っただろうね

51 :
>>50
自分もそう思う
そう考えると、神の柱説を拒否する必要はないんじゃないかと思うんだよね
ただ、拒否する説を尊重してそれに従って考えると、その違いはどこに見出すことになるのかなと思って考えてみてるわけだけど
個人的には神の柱であり、建築の柱、どちらも言霊として意味をにじませていると思ってる

52 :
地脈の関係もあるね。
柱はそれ自体が神性を帯びてて地脈を変えてしまう。
鍼と同じで思想で、地脈を整えることで災害の防止や土地神の鎮撫が可能だと思われていた。
人柱はその際の呪的な効能強化でしょ。
人柱の思想の根底に流れてるのは献身であり、犠牲。
世界中の宗教に普遍的に存在するもの。
場合によっては聖職者や権力者の埋葬を行なう事で同じ効果を得ようとしたり
キリスト教でも殉教として奨励した時期もある。

53 :
そういや西洋じゃ王しという系統の話もあるね
人柱になることで特別な存在になれるというメリットはもともとはあったのかも
ただ、日本の伝説じゃ、あまり名誉なことというイメージはない
これは古い時代の風習ではなく、近年まで行われていて、近年の価値観でネガティブに評価されていたからだろうか?

54 :
家康なんかは国家鎮護のために関東の霊脈の中心地であり
江戸城から見た丑寅の禁(金神)門である日光に祀られたはず。
第2次大戦で御国のために御柱に、をやりすぎた反動で
今みたいなネガティブ要素が濃くなったんだろう。

55 :
いやいやいや;;
面白いけど、ネガティブ要素は第二次大戦前からあると思うよ…
人柱になって可哀想、って話が多いし
日光に祀られた家康は人柱としてされたわけじゃないから、ちょっと違う気がする

56 :
いや〜されてから埋められるのと生き埋めにされるのとでは、差は大きいか大差無いか悩む(-_-;)

57 :
69 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 08:44:06
本を読んでいたら横浜の香ばしい歴史の一ページが記されてあったので書いておく。
明治初頭、西洋人の妾はラシャメンと呼ばれ蔑まれていた。ラシャメンとは緬羊のことで、
西洋人の船乗りは船上では緬羊で性欲を満たしていたという話にちなんだものらしい。
西洋人とラシャメンの間にできた子供はアイノコと呼ばれ蔑まれた。一目でわかるその姿に
親からは捨てられ、町の者からはひどい迫害を受け、生活苦から犯罪に走るものも多かった。
西戸部の暗闇坂には監獄があり、混血児が多数収容されていた。
明治6年8月、本町6丁目の大岡川に弁天橋が竣工した際、この西戸部監獄から混血児
4人が連れ出された。少年たちが橋の工事現場に行くと、大きな深い穴が掘られてある。
気味悪く感じて尻込みする4人の少年は、いきなり背中を押され穴に突き落とされてしまった。
泣き叫ぶ声を掻き消すように土や石が上からかぶせられ、たちまち生き埋めにされてしまった。
橋供養の人柱を捧げられたこの橋は、今も存在している。
該当箇所の地図:
ttp://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.26.46.072&lon=139.38.11.180&p=%CA%DB%C5%B7%B6%B6&ac=
14&lnm=%CA%DB%C5%B7%B6%B6&idx=23

58 :
一瞬その羊との子供かと思った。

59 :
異人故の呪力期待+厄介払いってところかいな

60 :
怖すぎるんだけど(泣)

61 :
北海道の鉄道には枕木の数よりもたくさんの人間が埋められているといわれる。
http://huaquero.blogspot.com/2007/09/22.html

62 :
すごいことして死んだりすると偉くなる人ならざるものになる系の話は多いよね
キリスト教とか仏教とか皆の犠牲になって死ぬと神の使いになったり断食して死ぬと菩薩になったりさ
柱と呼ばれるようになることが神やそれに近いものとして呼ばれることになるなら
人柱もなんだかしっくりくる呼び方だよね

63 :
すごいことして死んだんだから、死後に報われてほしい、という願いもあるんだろうね

64 :
大宗教の文脈で死ぬんだから宗教の教義に基づいて祭り上げられるのは当然じゃん。
人柱もまた民間信仰の産物だろうけど。人の怨念は粘りついてくるような気味悪さを伴うからな。

65 :
近所ににイタズラしようとしたり、風呂覗いたりするキチガイの兄弟がいて
近日中迷惑してるんだが、人柱として役に立った時代もあるんだな

66 :
>>65
警察に通報すりゃいいじゃん。

67 :
>>66
それが何度も警察の世話になってるのに治らない

68 :
ダメダメ。警察官の事件は地元新聞でも取り上げないんだから。
新聞記者は警察から接待されたり、情報をもらったりの関係なんですから。
仙波さんと岩上さんの対談。
http://samadi.cocolog-nifty.com/sahasrara/2010/11/by-d097.html
つまり、犯人を内部に抱えた警察に相談したってダメ。
弁護士と民事を考えるべき。そこで勝訴し、その上で刑事へ。
そうすれば、悪い対応はできない筈ですよ。

69 :
民と朝鮮人に恨みを買うと警察にマークされる
1 : 名無しピーポ君 :2006/03/22(水) 02:31:42のです。
警察と民・朝鮮人はガッチリ結びついており、公安警察というのは
・朝鮮の秘密結社を利用しています。
そのため、民と朝鮮人に恨みを買うと、こいつらはその対象を
「こいつは犯罪者だ」と警察に恣意的に報告します。
そうなると、全く何にも悪いことをしていなくても、警察はその一般人を
マークし、様々な嫌がらせをしてきます。
集団ストーカー、デマ流し、物を盗む壊す、etc。
その際実行部隊になっているのは、当然民と朝鮮人です。
その代わり日本という国は、民・朝鮮人は悪事を働いても捕まりません。
よって、このような被害を警察に訴えても、全く無意味です。


70 :
人柱で有名な御方は、
平安時代に兵庫築港に際して難工事と事故多発の為に、工事の安全と完遂、兵庫港の安寧を願って自ら人柱となった平清盛の近従「松王丸」さま。
供養塔(祠)は兵庫港を見渡す古来名勝で神の島、禁足地とされた淡路島岩屋は絵島の頂に有ります。
絵島は国生み神話のオノコロ島の候補地の一つ。

71 :
百万一心

72 :
元祖人柱は白山神社に祀られてる菊理媛神
イザナギを追いかけてきたイザナミを追い払ったとされる。
その一節にだけしか出てこない割りには、ずいぶんと篤く祀られている。
ちなみにキクリヒメはククリヒメが訛った物で、柱にくくられた女性と言うことになる。

73 :
   

74 :
アサワコ パロパロ

75 :
現代の人柱伝説が生まれる瞬間に立ち会えるなんて

76 :
カミカゼ 特攻隊 決死隊 未だに結成されるとはね・・・。

77 :
a

78 :
a

79 :
世界史上、最後の人柱はいつ、どこでの事ですか?

80 :
>>79
今でもあるじゃん

81 :
少年ジャンプの先週号に人柱が出ていた

82 :
ダム問題 その5
http://blog.livedoor.jp/hirukawamura/archives/1080797.html

83 :
>>79
プロパガンダとしての犠牲を人柱の範疇にいれてもいいなら、ベトナム戦争時代の空爆被害にあった民間人少女。
ニューヨークタイムズかなんかの一面を飾って、一躍世界の注目を集めるが、
ベトナム政権下で、体制の監視下におかれ、亡命という苦渋の選択を迫られた。
被害者を有用な武器として用いる。
政治の世界じゃよくある話だろう。
大義を失えば存続すら危うくなる。
犠牲の上の大義が必要なほど惰弱な政権であれば、存続維持に勤めるだけで害悪とすらなりうる。
死にはしないが多勢の犠牲を強いられているという話なら、現在進行形。
不定期周期で常に生まれている。
国際テロ組織殲滅の為の誤爆被害や情勢不安に難民を余儀なくされ、飢餓にあえぐ。
それら総て礎。
底辺の身柱が、天井を支えて、次層の床を維持している。
貧富、階級、階層社会。
一見無関係にみえるが、如実に影響しあってる。
気がつかない領域で。

84 :
柱は支え。
小さなコミニュティの天(あめ)の上(かみ)天(あめ)の下(つち)を揺るぎないものにする為の、支え。
上(かみ)下(つち)引き合い裃(かみしも)依りて常世(とこよ)へと誘う。
人の身柱、人柱。
人であり人でなし。
死して合一せし神にもの母白須(もまうす)御先(みさき)たらん。
恐らくはそのような意味合いで人柱という呼称が名付けられたのでしょう。
上(かみ)下(つち)寄せ逢い千々に乱れし混沌の……ひとはそれを忌み嫌う。
否、畏れている。
何故なら創世よりまた紡ぎ始めねばならなくなるのだから。
関係ないけどミシャグジ様の一年神主という古い風習はこのスレの定義だと人身御供になるのですね。

85 :
これは個人的な考えだけど人柱や人身御供って説明なんじゃないかな
要するにさ、例えば津波や洪水で人が死んで、遺された人間は何故あの人が死ななければならなかったのか考える
そこで意味のない死を意味ある死にする為に人身御供って役割を与える
人柱も同じように、古代の巨大な工場現場での、事故死や病死を意味あるものに変える為に
人柱の役割を与えてやる
と考えると良いんじゃないかと思ったりする

86 :
>>85
人身御供の伝説については、そのような解釈がある。
けれど、人柱は違う。実際に壁から直立した男性の遺体が埋められていて、頭上に銭が置かれていることから、実際に人柱が行われていた可能性は極めて高いと思われる。
参考書籍は明治時代から平成まで数多。ぐぐれ

87 :
×実際に壁から直立した男性の遺体が埋められていて
○実際に壁から直立した男性の遺体が発見されており

88 :
そこで、それが生き埋めなのか埋葬なのかの区別をつけたかどうかだけチェックすればよいと

89 :
いや、人柱っつてもさ
例えば明治期のタコ部屋労働者は、死んだあとトンネルに埋め込まれるたりしたわけで
それを人柱と呼んでいいものかなぁ、と
古代だって中世だって被差別民達が死んだら似たようになことをしてないとは言い切れんだろ?

90 :
>>89
ぶっちゃけ、「南方閑話」(1926年)の冒頭で、南方熊楠が「人柱は今でもある蛮行」と書いている。
wikiにも色々書いてあったなあ

91 :
人柱は大抵、旅人を捕らえて簀巻きにし、工事の場所に投げ込むのが一般的だったらしい。
その際、割合として多いのが巫女で、本物か偽物かは問題とされなかったらしい。
歩き巫女は基本的に身寄りが無い場合がほとんどだったから都合が良かったんだろう。

92 :
新潟県在郷の寺の住職です。昨冬、檀家から聞いた話です。
その家は地区でもかなり古い家柄で、昔は村人のまとめ役をしていた。その家が管理する墓が村はずれの小川沿いに有る。先祖から伝わっている話では、「旅の男が村で死んだ。その男の供養の為に村はずれに碑を建てた。金はその男が持っていた。そして碑の下に骨は無い」と。
この村は泥田で、川の増水で作が流れる事も多々あった所。水争いで死者が出たことあった場所。
旅人が死んだのを利用して人柱を建てたのでしょうか。

93 :
したんじゃないんでしょうかね。
人柱を旅人でまかなうのはちゃんと理由があるそうですよ。
一つはもちろん、コミュから人身御供を出さない為ですが
大きいのは土地との「縁」がない事だったようです。
日本の仏教は神道と習合してますから、土地神との縁は先祖から受け継いだ呪いの一種、
「ケガレ」と考えられていました。
そのため土地神に対し縁がない旅人の「ハレ」で土地神の怒り(ケガレ)を中和しようとした訳です。

94 :
だから昔の一人旅は命がけでした。
そもそもが一人旅を公的には認められていない江戸時代では、
一人で旅をしている人間はすなわち、犯罪者や間諜、浪人(浪人はただそれだけで犯罪者です。
無主なのに2本さしてますからね)や盗賊の手先やあるいは世捨て人であって
村人からしても自衛の為にす理由があったたのですね。
しかも、旅人は奉行の定めた宿場に泊まらなければいけない規則もあり
そこで死んだ者は無縁仏として一括で管理されるのが普通でした。
(何らかの犯罪者や重要人物である可能性があるからです)
小川に一人でまつられるという事は
やはり、それなりの特殊な理由があるんでしょう。

95 :
92です。昔の人って、地区外の人には厳しい態度だったんですね。それだけ生活が苦しかったのでしょうね。

96 :12/01/17
農業が産業基盤だったんだから
勝手に労働力に移動されたら生産が成り立たなくなるってだけだよ
だから規制してたの
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