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2012年1月2期心と宗教38: ☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート30 (181)
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☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート30
- 1 :11/12/10 〜 最終レス :12/01/26
- 仏教に関するよろず質問スレッドです。
知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。
主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。
初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。
無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。
*「議論の白熱化、専門化」「話題の拡散、変異」「売り言葉に買い言葉のような応酬」
等の事態が生じましたら、関係各位は“自発的に”速やかに
他スレ・該当スレへ移るか、ふさわしい新スレを建てるかなどして、
『質問し易い雰囲気』作りに御協力ください。
【前スレ】
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート29
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1296312118/
【過去ログ・関連スレは>>2-5辺り】
※みみずん変換は、URLの 「 /psy/0000000000 」を残し、
それより前を「 ttp://mimizun.com/log/2ch/ 」へ。
- 2 :
- 【過去ログ】
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート28
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート26
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267761169/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート25
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1265848995/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート24
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1263374686/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート23
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256027204/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート22
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1252318977/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート21
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1228643678/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート20
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1221194935/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート19
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1197532687/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート18
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1184884890/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート17
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1166685786/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート16
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1153904685/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート15
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1145626490/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート14
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1141137619/
- 3 :
- パート14以前は、以下のサイトで。
http://www.geocities.jp/jfcps873/index1.html
リンク外(パート8と9の間)
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート2
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1095178011/
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート1
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1081319012/
リンク外(初スレ)
☆ 神道・仏教 @ 質問箱 ☆
http://life.2ch.net/psy/kako/988/988650860.html
【他質問スレ】
イスラム教@質問箱2
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1284301497/
聖書@質問箱
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1284435433/
☆ ★ 宗教なんでも@質問箱 12 ★ ☆
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1264931818/
キリスト教質問箱231
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1277726030/
【勧請・開眼】仏事の疑問あれこれB【勤行・参詣】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1304822382/
☆ ○ 神道 @ 質問箱3 ○ ☆
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1199915330/ (DAT落、次スレ未建)
【仕切り直し】神職・巫女さんに質問【巻之弐】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1323095018/
- 4 :
- 裾上げ
- 5 :
- みみずんに変換したぞ
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート29
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1296312118/l50
- 6 :
- age
- 7 :
- 人コネ━━━━━━(゚Д゚)━━━━━━ !!
- 8 :
- 真言宗御室派の者です。
分割で失礼します。
9月に祖父が他界してしまいました。
これから泥沼の相続争いが始まった訳ですが
私独自に調査したところ、私の父の悪行が全ての原因だと判明しました。
父は全く反省していないどころか開き直っています。
- 9 :
- 父の弟さんが怒りのあまり勝手にお寺も宗派も変えて喪主になって葬儀が行われ
本来のお寺さんは疑問を抱かれていました。
父も「そんなの適当、どうでもいい」と無茶ばかり言っています。
若後家までも出してしまいました。
- 10 :
- 本来のお寺さんに筋を通す為に私が謝罪を行い、過去帳をお願いしましたが
複雑に絡んだ糸はなかなか解きほぐせません。
情けなくて涙が止まりません。良い知恵を下さい。
- 11 :
- ちなみに祖父は分家で、父は長男。私も長男です。
父がまともで無い以上、私が全てを取り仕切らなければならないのは分かります。
しかし、私には全く知識や作法がわかりません。
よろしくお願いします。
- 12 :
- >>8-11
それで、何が知りたいのでしょう?
- 13 :
- 本来の状態に戻そうと努力していますが
知識的に全く分からないので重要なキーワードがあったら教えてください。
調べようにも全く手がかりが無い状態で困っています。
「基本的な作法」も知らない私の完全な知識不足です。
宗教的に重要な行事、呼称などの基礎を教えてください。
- 14 :
- >>13
ここで聞かずに寺に聞け。
- 15 :
- そうします。
失礼したしました。
- 16 :
- >>15
真言宗御室派
眺めてみては!
http://www.ninnaji.or.jp/
http://www.omuro.org/
- 17 :
- 天上天下唯我独尊の意味は何ですか。
哲学的な問いでもないのに模範解答が多すぎます。
そして互いが互いを"誤解"としていて答えがわかりません。
大別すると
・釈迦は尊いよ (傍若無人?自己中心?)
・人間は尊いよ (人文主義?)
・個人は尊いよ (ボクらはみんなオンリーワン)
Wikipediaでは「釈迦は尊いよ」としてあげているが
誤解の項にてそれを否定しているようにみえる。矛盾。
人間が尊いというのは他の生命に対するおごりであるし
個人が尊いというのもなんか変。
全生命みな尊いか、みなクソってなら納得いくんだけど…。
だからと釈迦は尊いよ説で理解しようとしてもイマイチわからない。
それで質問。
1. 仏教的に王道な解釈はどれ? (宗派によって誤差があるのは承知)
2. 釈迦が「おれ尊いわぁ〜」と思った理由は? (悟ってないよね?)
- 18 :
- >>17
釈迦がどう思ったかではなく、大事とは、あなたがどう思うか?でしょ
天上天下の間にあって、他人の解釈など何の役にも立ちません
唯我独尊が臓腑に落ちるてくるような修行をしなさい
禅家ならば、そう答えるでしょうね
まあ、それでは身も蓋もないので質問箱らしく書くと
どれでも正解です
釈迦も人間も個人も尊いのです
もっと言えば、四生はおろか山川草木ことごとくが尊い
仏教では、放射線に汚染されたガレキさえもが尊いのですよ
- 19 :
-
唯我独尊
釈迦が誕生した時に言ったとされる言葉である。
釈迦は摩耶夫人の右脇から生まれた、とされるが、その直後に七歩歩いて右手で天を指し、
左手で地をさして「天上天下唯我独尊」と言った、という伝説から出てきたものである。
しばしば釈迦を、崇める言葉として使われる。
元来、「天上天下唯我独尊」は、釈迦が言ったのではない。
釈迦以前に出世したといわれる過去七仏の第1仏である毘婆尸仏(びばし)が誕生した際に言ったとされる。
しかしそれが、釈迦が生まれた際に、他の人々がそのように讃嘆したという説が生じて、
のちに釈迦自身が誕生直後に自ら言ったと信じられるようになったものである。
『大唐西域記』(646年成立)の中に記載されている、釈迦の誕生当時を伝える誕生偈と呼ばれる偈文には、
天上天下唯我独尊
今茲而往生分已尽
という一節が記されている。現代語に訳すと「全世界で私が一番尊い」という意味である。
「天上天下唯我独尊」の意味を「全世界で私たち一人一人の人間が一番尊い」と解釈する説もあるが、
経典上の根拠が全く無い説である。
釈迦の誕生を伝える仏典には、『佛本行集経』卷八・樹下誕生品下、
『佛説太子瑞應本起経』卷上などがあるが、代表的な『修行本起経』卷上・菩薩降身品第二には、
天上天下唯我為尊 三界皆苦吾当安之
とあり、欲界・色界・無色界の三界の迷界にある衆生はすべて苦に悩んでいる。
私はこの苦の衆生を安んずるために誕生したのだから、尊いのであると言う。
ところが残存するパーリ仏典はやはり大乗仏教の影響を受けており、
『大唐西域記』と同じように、釈迦自身の解脱という点で尊いとしている。
この利他の面で尊いとするのか、解脱という利自の面で尊いとするのかに、時代による釈迦観の違いが現れている。
さらに、「天上天下」という言葉で、仏教の立場を説いているという解釈もある。
「天上」とは、世界の一切の事象をすべて神の意思であるとする、当時の「尊有論」の立場とし、
「天下」を、一切の事象は偶然によって支配されていると考える「偶然論」の立場と説明する。
この両極端を否定して、釈迦は真実の姿は縁起によって現象するのであると自覚したから尊いのであると説明する。
- 20 :
-
縁起(えんぎ)
仏教における縁起(えんぎ、サンスクリット:pratiitya-samutpaada、パーリ語:paTicca-samuppaada)は、仏教の根幹をなす思想の一つで、
世界の一切は直接にも間接にも何らかのかたちでそれぞれ関わり合って生滅変化しているという考え方を指す。
縁起の語は「因縁生起」(いんねんしょうき)の略で、「因」は結果を生じさせる直接の原因、「縁」はそれを助ける外的な条件のことである。
ある結果が生じる時には、直接の原因(近因)だけではなく、直接の原因を生じさせた原因やそれ以外の様々な間接的な原因(遠因)も含めて、
あらゆる存在が互いに関係しあうことで、それら全ての関係性の結果として、ある結果が生じるという考え方である。
なお、その時の原因に関しては、数々の原因の中でも直接的に作用していると考えられる原因のみを「因」と考え、それ以外の原因は「縁」と考えるのが一般的である。
因縁生起
経典によれば、釈迦は縁起について、
私の悟った縁起の法は、甚深微妙にして一般の人々の知り難く悟り難いものである。
— 『南伝大蔵経』12巻、234頁、と述べた。
またこの縁起の法は、
わが作るところにも非ず、また余人の作るところにも非ず。
如来の世に出ずるも出てざるも法界常住なり。
如来は、この法を自ら覚し、等正覚(とうしょうがく)を成じ、諸の衆生のために分別し演説し開発(かいほつ)顕示するのみなり
と述べ、縁起はこの世の自然の法則であり、自らはそれを識知しただけであるという。
縁起を表現する有名な詩句として、『自説経』では、
此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば、彼が滅す
— 小部経典『自説経』(1, 1-3菩提品)、と説かれる。
- 21 :
- >>18
解釈は自由ってことですか…なんだか不思議ですね。
まぁいろいろと違う見方が出来るから宗派がわかれてるんでしょうけど…。
"尊い"の理由がイマイチわかりませんが
仏教も神道と同じように"全てが尊い"て解釈でいいんですねぇ
何だが仏教は"諸行無常"のイメージで
「全てはクソッタレだけどそれでも頑張って生きてる生命って素敵やん?」
的な感じだと思ってたんで、唯我独尊もわりと悪い語感に受け取ってました。
>>19-20
流行の「ドヤ顔でWikipediaのコピペレポートを提出する大学生」ですか
- 22 :
-
>>19
> 釈迦は真実の姿は縁起によって現象するのであると自覚したから尊いのであると説明する
↑ これはウィキペディアの説明ですが
− − −
私、個人の解釈としては『釈迦(ブッダ)は、輪廻の世界から解脱する為の方法(解脱法)を提示した』
だから釈迦(ブッダ)は優れている、と考えてます
- 23 :
- >>21
人は、様々な主義思想を衣装のように着替えながら生活しているわけで
会社にいる自分と、自宅にいる自分とでは別々の服装でいても不思議ではない
釈尊はそれを糞僧衣一枚で十分とされた方ということになります
その根本思想は、あなたの言われた「諸行無常」に代表される「法」の自得です
尊いのはその「法」であって、それは拾うことも棄てることも出来ない衣装です
釈尊はそれを、一度自得すれば、着替えることのできない衣装だと説かれたわけです
「唯我独尊」と「全てが尊い」とは、同じその衣装の裏表ということになります
まあ、譬え話というのはこんなもので、訳がわかったようなわからないようなものです
また、仏教やるのなら、新しい宗派を創設するくらいの気構えでやられるといいですよ
疑問を解決するのは私のような解説者ではなく、あなた自身です
- 24 :
- >>21
けど、ほぼ>>19の通りなんだが・・w
改めてまとめれば、
現在、解釈の種類は多々ある。(貴方が17で挙げた如くに)
が、原義、もともとの使用法は、
【《「誰かに教わったのでなく」「自ら」、「正しき見解(世の真の在り様)」を「知り」、「一切の迷いや苦を脱した」者である》が故に尊い】、
【他に、同様に心理に到達した者がいない。(だから“唯我”であり”独り”なわけですが)】、
ということです。 人間一人一人が尊いというのは後付のものです。
まず、上記内容が
・『釈尊への讃嘆の言葉』 ・『釈尊自身の(“無師独悟”による)真理への到達という自負』
という2種の扱い方を生みます。前者の解釈はあまり流通しません。
(伝記として「本人の言葉」とされているのですから、当然といえば当然ですが・・。)
そして、後者の解釈として、上記の内容にバリエーションが生じます。
しかし、ぶれていない軸としてはやはり、「無師独悟」「他に覚者が存在しない」の2点は抑えられている筈です。
その意味で、>>17の問いの
1は、 >・釈迦は尊いよ であり、
2は、 「無師独悟」「他に覚者が存在しない」 の2点
となります。
これを、傍若無人、傲岸不遜と見るかは、感性の問題かと思います。
そのように見えてしまう色合いを有していることを否定はしません。
- 25 :
- 宗教も含め伝承された概念が腑に落ちないのならば
信仰なんかに興味もつだけ時間の無駄だぞ。
遊ぶために生きな。
- 26 :
- 腑に落ちないものは信じないのが、
本当の宗教心。
腑に落ちないものを信じたり、無理やり信じさせられるのが、
カルト宗教
- 27 :
- 仏教を学ぶ者だからと言って教典のすべてを理解する必要はない。
自分が理解できない文章を無理矢理理解しようとしてはダメ。
今は理解出来ないが、この先、理解出来る日がくるかもしれない。
くらいにしておけばいい
- 28 :
- >>26-27
信じないものを学ぶの?(それで、真摯に(≒迷うことなく)学べるの?)
腑に落ちるまでは信じることなく関わるの?(見合い結婚と同じ理屈?)
けど、>今は理解出来ないが、この先、理解出来る日がくるかもしれない には同意w
- 29 :
- >>28
〉信じないものを学ぶの?
悩む人が本屋でなにかの助けとなればと仏教書を手に取る。
半信半疑で読む本に共感出来ることと、
共感出来ないことが同時に存在することはよくあるよ。
普通の本なら共感出来ることだけ取るけど、
宗教書は全て理解しなければいけないと妄信しやすいので
- 30 :
- >>29
なるほど、そのレベルの話か。 桶。
- 31 :
- 脇腹から産まれて直ぐ歩いて喋った、なんて事はおとぎ話に過ぎない。
シナの白髪三千丈と同じ事。
もちろん、そう書いた人々の想いはあるが、それは信仰という話であり、教えとはまた別の事。
- 32 :
- 質問です。
小池龍之介さんの本を読んだのですが、欲・怒り・迷い
という言葉がたくさん出てきました。
この言葉は仏教全般の中でメジャーな言葉なのでしょうか?
それとも小池さんが特に提唱しているものなのでしょうか?
- 33 :
- 《貪・瞋・痴》:貪り・欲望、怒り・恚り、愚かさ・無知・迷い・迷妄・無明( rAga、dosa、moha )
の三毒と言ったら基本中の基本でしょw
>>32
- 34 :
- >>33
基本なんですね。
回答ありがとうございます。
仏教系の本を読んだのが初めてだったので、初歩的過ぎる質問を
してしまいました。
- 35 :
- 仏教にはキリスト教のミサみたいなのはないんですか?某信濃町のは活発みたいですが、
伝統的な仏教はどうなのでしょう。
- 36 :
- すごく基礎的なことで疑問なんですが、
浄土真宗のお坊さんが教義で肉食妻帯を許可してて妻や子がいてお肉を食べるのはわかるのですが
他宗派のお坊さんも当然のように肉食妻帯してますが、あれはどういう経緯でなったのでしょうか?
浄土真宗の教義に迎合したということなんでしょうか?
- 37 :
- すいません
ここはほとんど使われてないようなので議論スレで聞いてみます
- 38 :
- 人口減ってるというのもあるけど、
こことか神仏板とかは、区分で行くと過疎スレだから、2・3ヶ月後にレスがつくのが当たり前だったけどね・・。
最近は、そういうマッタリ(質問)スレも少なくなったよね・・。
- 39 :
- 確かに、…疑問を早く解決したいという気持ちはわかるけど、宗教上の疑問は一生ものだからね
自分で何度も推敲して、その上で識者の意見を聞きたいというような問題を抱え込まなければ嘘になる
知識が増えても、それで安心が得られるわけではないし、かえって邪魔になることも多い
特に仏教では、棄てることが一大事とされるから、何を採るかではなく何を棄てるかが肝心だ
死ぬる時には何もかも棄てるしかないのに、後生大事と抱えているものから疑う必要がある
比丘・比丘尼の戒律も経典も七堂伽藍も、守れなければ捨てるがいいのさ
などと、のんきな父さんを決め込んで呟いてみる
- 40 :
- >>35
そもそも法華経自体が本来の仏教から見れば邪道なんだよ。
題目を唱えるだけでいいなんてのはおかしい。
- 41 :
- 八万四千の砲門は並べて金蓮を示す道標に過ぎず。
(^。^)まぁ、今のホッケは腐ってっから食えたもんじゃねぇがなwwww
- 42 :
- >>そもそも法華経自体が本来の仏教から見れば邪道なんだよ。
いやいや、大乗仏教徒なら、認めない人はいないと思う。
>>題目を唱えるだけでいいなんてのはおかしい。
それは日蓮でしょ。日蓮は完全に仏教から逸脱している。
彼の法華経解釈は完全な倒錯。
彼は法華経だけという排他的な一乗を妄想したが、
本来、法華経の一乗というのは宥和的、あらゆる教えは最終的に一乗になるという意味。
だから、声聞乗など色々な道を尊重する教えに他ならない。
- 43 :
- こんばんは! 親父が補律師?と言う称号を持ってて、 仏教のお告げで その人の 気持ちが分かる。 映像が出てくる。 未来が見えると マジ顔で言ってくるのですが、親父は頭がおかしいんでしょうか?
- 44 :
- >43
律師は僧階の一番下。
まぁ、階級は学歴や金で決まるから大した意味は無いが、
未来が分かるとか言ってるなら拝み屋レベル。
俺が知る限り、拝み屋なんてのは既知外が詐欺師。
関わらない方が良いでしょう。
- 45 :
- >>44ありがとうございます。
父の家系が、代々信仰してて 毎週 お参りに行かなきゃならず、金も取られ意味不明なお告げを聞かされすごく悩んでいます。頭が痛くないのに、「頭が痛いだろう。仏様が治してくれる。」難聴になると「病院に行かなくていい 薬も飲まなくていい
仏様が治してくれる」 物を買おうとすると「仏様がまだ早いと行ったから待て」 元々深く悩む方なので苦しい
- 46 :
- >>40 紅音矢 ◆R/kUipgeiA
あなた禅宗でしょ
- 47 :
- 天上天下唯我独尊は文字どうり解釈したほうが良い
釈迦以外、偉大なる有情は存在しないと思う
- 48 :
- ちなみに、唯我独尊とは、他者の権威や社会階級に囚われる必要は無く、皆がそれぞれに尊いとするのが伝統的解釈。
(^。^)厨二の「俺様だけ尊いww」ってのとは違うからな。
- 49 :
- いいや
そんな伝統的解釈など嘘だとみんなうすうす気がついている
釈迦のみ偉大であり、それ以外の有情はとるにたらない虫けら的意味合いにおいて
釈迦は天上天下唯我独尊と述べたと考えるのが妥当であろう
街角のホームレスと天皇陛下は人間としての価値が違う
天皇に人権がないのはわかっている
ホームレスには言葉だけの空虚な人権しか与えられていない
だいたい「悟った人」と「凡夫」が同じわきゃない。同じあつかいを受けることもありえない
金持ちは暖かい部屋でぬくぬくと冬を楽しみ、ホームレスは路上にころがり
生と死のはざまを漂うサバイバル
うすら寒い、夕暮れ時に、心臓停止ですでに冷たく息を引き取ったホームレスを
テレビで見た
こんなやつら死んでもどうでもいいが、天皇がこいつらと我々と同じわけがねえ
それと、同じ。いくら生命の尊厳やら平等を唱えても念仏みたいに意味がない
釈尊はおよそこの世界で考えられるすべての「偉大さ」を超越して偉大だった
から、「我、一人偉大」と獅子吼したと「素直」に解釈すべき
- 50 :
- 天上天下唯我独尊を「皆がそれぞれに尊いとする」とするのは、
人間の尊厳・平等が常識になった現代社会へ阿った現代解釈で伝統解釈ではありえません。
伝統では菩薩や如来が世界で一番尊いという意味以外ではない。少なくとも表面的意味はそう。
なぜなら、これは誕生時に説かれたものだけど、同じ句が悟りの時の言葉だったり、
成道後に外道に「私は如来である」と伴に説かれた言葉だから。
なにより、言語では aham 私という主語を用いているので人間の尊厳解釈は有り得ないものです。
- 51 :
- つか、
>>17に始まって>>24までに幾つか意見が出てるやんw
勿論、正答(正統)としては>>19&>>24だし、>>50であるのは言うまでもない。
いや、>>47自体が>>17を受けたレスなのか?w
- 52 :
- >>51
つか、>>48 みたいなどうしようもない解釈というより詭弁を伝統説なんて得々と言う人がいるからでしょ
彼も如何に分かってないか、そろそろ自覚して欲しいが、基本的に机とか生命教とかわんない人だから。
- 53 :
- >>52
釈迦が自分から「自分だけが尊い」などと言ったら、彼は、鼻持ちなら無い
「独りよがりの思い上り」になってしまうぞ。
- 54 :
- >>53
これ以上は議論スレにしてくれ。
「自分だけが尊い」というのは誤読だよ。特に「だけ」という限定は文にないでしょ。
まあ、原義が「私は世の中で最も優れている」という意味だから、
それほど変わりはないかもしれないけど。
それは厳然たる事実で、独りよがりでも思い上がりでもなんでもないでしょう。
過去から未来、天界から地獄まであらゆるものを直接知覚した結果だから。
まあ、信じられないでしょうが。
- 55 :
- 「 天上天下唯我独尊 」
余計な解釈など全く必要ありません。 そのまんまです。
悟った者には、ただ我独り尊いのです。
間違っちゃいけません。迷った者が我独り尊いのではありませんよ。
ここが分かってないから、迷った者は、ああだこうだと解釈をしたがるのです。
- 56 :
- 輪廻について質問です。
釈尊の得た真理は、輪廻説の実在を仮定しないと説明できないことなのでしょうか。
仮に輪廻の実在を仮定せずともこれらの教義が成り立つとすれば、
オッカムの剃刀といいますか、無理に仏教教義の中に含めずとも、
インド土着の思想としてしまってもいいのではないでしょうか。
- 57 :
- インドネシアのジャワ島のボドブドォール遺跡の仏教遺跡に行ってきます!
- 58 :
- >>54
「唯我独尊」。ちゃんと「自分だけが尊い」になっているw。
>>55
それを「自分から言っては」オシマイよw。イエスも、「わたしは神の子」と
自分から言ったw。自分から言う人間は、詐欺師だけ。
- 59 :
- >>56
輪廻は完全に前提になってます。
輪廻という前提なしに仏教は成立しません。
ただ実在というのは仏教ではいいません。
現在の我々も我々の知覚も、その対象も実在ではありません。
この意味で輪廻は実在ではありません。
逆にいうと現在の我々や対象が有るように輪廻も有るということはできます。
>>58
ああ、すまんそうだ。全てはその漢訳が悪い。
- 60 :
- >>58
> それを「自分から言っては」オシマイよw。イエスも、「わたしは神の子」と
> 自分から言ったw。自分から言う人間は、詐欺師だけ。
迷った者が悟りを言える筈がないものを、
悟った自分が言わずして、誰が言うのかいな。
迷った者が、悟った者の言葉を借りて成りすますのは詐欺師。
だが、所詮、借り物の言葉。すぐに化けの皮が剥がれる。
- 61 :
- 「唯我独尊」というのは、
----「I AM」“我はそれなり”
ということ。
つまり、
自己と対象(神)という二元意識を超越し、見るものと見られるものとの分離が消失。
“自己が神そのものであった”という一元意識に目覚めた状態をそのまま表現したもの。
ただし、
赤子が「唯我独尊」を示したなどというのは、
後代による神格化であると見なすことが妥当。
- 62 :
- >>59
輪廻を前提にしないと仏教が成立しない、ということについて
詳しくお聞かせください。
輪廻がないと解脱と涅槃が成り立たないため、ということでしょうか?
- 63 :
- >>61
唯其妄想 そんな意味はない。
神などなんらかの実在、基盤、本質、実体を想定する限り覚りがないというのが、
『梵網経』以来の仏教の根本的立場。
これが則ち、無我、縁起、空性などの根本概念と直接対応する。
>>62
先ず、仏教の立場では輪廻というのは現状認識で、思想とか方便ではありません。
そして、仏の教え自体がその輪廻からの解脱のため、道として仮設されたものなので、
輪廻という現状への信がなければ、ほとんど意味がありません。
全くないとは言いませんが。
仏教に関してほとんど知らない方は仕方ないと思いますが、
文献学者で輪廻を説かないなどと言う人は、テクスト内の論理性という意味で、
文が読めないか、あるいはテクストに誠実でないか、どちらかでしかないと思います。
- 64 :
- >>83
輪廻は、証明できない代物だし、そのために大きな害悪を振りまいていると
いう現実を、批判すべきであろう。
- 65 :
- >>63
また、
いつもの繰り返しになりますが、
“実在というものはない”というのは
一切法(現象界「有為」の性質についての法則の教え)においてのこと。
“如来も空”などいった馬鹿げた発想は改めるべきですよ。
色即是空/空即是色という表現は実に的を得たものであって、
空とは色(現象界)の性質のことなのですから、無為(涅槃)は色(現象界)=有為に在らずです。
従って、無為に住する如来が空である筈がないのです。
そういうのを中身カラッポというのです。
では何故?
人間には「輪廻」「仮設」が生じ、
そして、「解脱/涅槃」・・・が生起し得るのか?・・・
この如来が出現する以前から定まっているとする法(法則)については、
仏典によってはその詳細解説は得られないでしょう。
そこに一つの大いなる意思(意識)が在るからと見なし、
これを「神」であると表現呼称するのです。
ただし、誤解の多いクリスチャンのような人格神の概念とは全く異なるものです。
- 66 :
- ---余談として、
以前の指摘でありました、
「何故、きみ(宝珠)は(密教の)真言の有効性を認めるのか?」というのに答えますと、
サンスクリット語(梵語)の発声には霊的に有効性の高い独特な波動が空間に生じるということが、
(神智学が説くところのハイアラキーの)覚者の訓練によって、
超人的なオカルト能力を身につけた特定の神智学徒によって、
その放たれる霊的色彩光の輝きと共に確認されています。
従って、私もバラモンの叡智であるところのサンスクリット語の呪文、
密教真言の効力に信頼性を置いています。
- 67 :
- >>65追記:
『「一切の形成されたものは空である」と明らかな智慧をもって観るときに、
人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそが人が清らかになる道である。』(ウダーナヴァルガ.12:7)
空とは形成されたもの---つまり、現象界の性質のことです。
- 68 :
- >>65
そのように法性を神と見なすのが如何に間違っているかは『梵網経』以来仏教の伝統ですよ。
>>66
そんな説明で誰が納得するのでしょう?
だから、オカルト、ムー・レヴェルなんですよ。
>>67
それはそれでいいとしても、現象以外のアートマンなどの実在は仏教で認めませんよ。
例外はいくつかありますが、それらは異端です。
あなたは仏教が分かってないのだから、質問箱で答えるのは止めてください。
最終的な根拠が神智学説じゃ話にならない。
それとアナタと議論する気はありませんので、これで終わりにします。
- 69 :
- 宝珠@神智学徒さん
また怒られてる
仏教徒でないからね
他の板で布教したらいいよ
- 70 :
- >>68
>そんな説明で誰が納得するのでしょう?
>だから、オカルト、ムー・レヴェルなんですよ。
これらは高い超常能力によって確認されたものであり、
そのようにして、通常では不可視の領域においても
詳細かつ鮮明なカラー図解を提示してきたのです。
その解説も実に具体的なものであって、空想の類いとはレベルが違います。
>それはそれでいいとしても、現象以外のアートマンなどの実在は仏教で認めませんよ。
>例外はいくつかありますが、それらは異端です。
“すべて”を間違えたからでしょうね!
ゴータマの教えは、「実在ではないものには価値はない」というものですよ。
もし、如来も実在でないのならば、(真義上はほぼ)無価値に等しいことになる。
「無我」とは「苦」だといっているのです。であるから、それ(無我/苦)は我が本体には在らずと。
どうして、涅槃にある如来が無我・空だと?理論崩壊でしょう。
まっ、間違って書かれた超古代の書物である経典に
全権を依存する限りは無理なことです。
『すべて無常なるものは苦である。すべて苦なるものは無我である。そしてすべて無常なるものは
「こはわが所有にあらず、こは我にあらず、こはわが本体にあらず」と、そのように、正しき知恵を持って、
これをあるがままに観るべきである。』(相応部35.1)
>それとアナタと議論する気はありませんので、これで終わりにします。
はーい(^O^)/
- 71 :
- >>70
追記:
>間違って書かれた超古代の書物である経典
すみません。m(__)m
「経典の解釈上の間違いと誤解」という意味に訂正します。
- 72 :
- 場違いだぜ、クソ坊主共
- 73 :
- >>70
宝珠愚者の言う事は全くもって真理からは程遠い!
宝珠愚者が間違った事しか言っていないという事は、
我が超絶超能力によって確かめられた真理であり、
その心理は宝珠愚者が知りうる程度の低能力では知り得ない領域であり、
宝珠愚者の知識と、我が超絶超能力による真の知識を比べれば、
16色ビットマップと26ビットビットマップ位の違いがある。
- 74 :
- 如来って言葉の意味だけど、
真理から来たもの
一切諸法の自性をありのままに存じていて、それを説く人物
かくのごとく真理の世界に行った者
とかの意味で仏の称号の一つとして普段使われてるよね。
でも実はハイブリッド登場以前はこれらの意味で用いられずに実在しない想定上の模範者を指し示す言葉として仏教内外で用いられていたって菩提寺の坊主から聞いたんだけど本当なの?
最古層の経典でゴータマ自身が自身は如来だって言ってる様な箇所とかないの?
だれか物知りな人教えてください。
- 75 :
- タターガタ論争、懐かしいなw
- 76 :
- 焼き肉くいてー
- 77 :
- >>74
『比丘たちよ、如来は、この二つの極端を離れて中道を悟った。それは、眼を開き、智を生じ、
寂静・証智・等覚・涅槃に至らしめる。--中略----
しかるに、比丘たちよ、わたしは、この四つの聖諦について、このような三転十二行をいとなみ、
如来知見のことがすっかり明瞭になったからして、比丘たちよ、わたしは、はじめて、天神・悪魔・
梵天をふくむかの世界、沙門・婆羅門・人天をふくむこの世界において、最高の正等覚を悟りえ
たりと称したのである。』(相応部56-11/如来所説)
- 78 :
- >>75
論争というと諸説あったということですか?
もしよければ、その事について詳しく教えていただけませんか?
>>77
すみません。
意味が良く理解できません。
- 79 :
- >>78
“タターガタ論争”とは多分、
『毒矢のたとえ』(中部第63経/小マールンキャ経)の中で使われた
「無記」とよばれる形而上学的問題には回答せずに沈黙する姿勢での
「如来の死後におけるその存在の有無」を問うものについて、
これは原語“tatha^gata”の文字通りに「如来」とすべきというものと、
否そうではなく、これは広く、
「人間(人)の死後についての問い」であると見なすべきだ、
とする異なった意見がある話のことではないかと思われます。
私の意見は、
人間の死後については、断見常見で以って解答を示されているのであるから、
この場合というのは、解脱を果たした如来は一体どうなるのか?
という問いであるとこの私は見なします。
>>77での引用部分の意味は、
文章通りでそんなに難しい話ではないです。
「如来は中道を悟った」というのは、
もちろん自分自身(ゴータマ)のことをいっており、
自分がその如来となったのであるから、
当然、「如来知見のことがすっかり明瞭」になるということ。
----あとは、詳しい方からの解説に期待して下さい。
- 80 :
- 神知学的にはどう解釈するんだろ
異教徒との戦いにおいて戦士した人を死人
と言ってはならぬ
聖戦で倒れた者は生きて天国に入ることができる
コーラン
自爆怖すぎ
- 81 :
- >>80
相手側の人も止む得ない義務として見ますし、
殉教死もそれ相当の等価を得るでしょう。
けれども、戦争への自発的参加そのものが高評価されることはありません。
- 82 :
- なるほど
特攻隊はどうなんだろ
靖国に行ったが
なにもない空箱でした
恐ろしいほど空でした
- 83 :
- >>81
追記:
私の話というのは、
自分の乏しい力では避けることが出来ずに止む無く戦場で戦闘につく場合には、
己れの義務をただ淡々と遂行する以外にないというものです
(聖典『バガヴァッドギーター』では、
戦いに躊躇するアルジュナを御者になったクリシュナが激励する場面が展開する)。
もちろん、人は基本的にダメであるし、
であるから当然、戦争そのものが本来は起きてはならない出来事なのです。
ただ、一部の狂信的なイスラム教徒による自爆テロというのはまた違うもののように思う。
あれは自らの意思で望んで復讐のための自爆テロを敢行しており、
それを身勝手に聖戦といっているのではないでしょうか?
- 84 :
- 質問
ダライラマや釈迦のように一度輪廻から解脱しても
衆生のためにこの世界に戻ってくる
その動機 慈悲なども実体は無いの?
- 85 :
- >>84
ダライラマは解脱した完成者ではないでしょう。
確かに、敬意に値する大聖者に違いはありませんが・・・。
戻ってくる完成者も、また、
戻ってこない完成者も伝統解釈では同じく実体無き「空」と見なすでしょう。
それ以外の解釈は認めないようなので。
私個人は完成者だけが唯一なる実体と同化した存在と見なすので、
「空」などという見解は認めませんが・・・。
- 86 :
- 「戻ってくる」という考え方はあり得ません。
「とどまり続ける」という表現のみが、その教義として(論理体系として)認め得るものでしょう。
少なくとも、どのような大乗仏教でも、その形を取っている筈です。
《【戻ってきた】仏》は、只の一人も存在しなかったと思いますが・・・。
- 87 :
- >>86
なるほど
- 88 :
- はたして空を理解してる人ているんだろうか
悟りを開いた人のスレにもいないようだが
仏教議論スレには ID:4INynt4Dの新人が暴れてるし
- 89 :
- >>86
あなたは大乗が何でも在りということをご存じないの?
久遠仏思想(久遠実成)といって、
ゴータマの菩提樹での解脱悟りというのは衆生救済のための演技であって、
それまでの苦難と修行の日々は大衆への教訓のためのストーリー展開に過ぎない。
つまり、元々からして完成された如来が大衆を教え導くために出生された、
というのがゴータマブッダ(の物語)です。
- 90 :
- >>88
一代には叱られると思うけれども、ハッキリいって何も難しくもナンとも無い。
この現象界には実体といえるものは何もないということに過ぎない。
それが何故、我々らは実体視されるのかの詳細理論は
仏典よりもヴェーダーンタ哲学やシャーンキャ論の方が具体的で詳しい。
正直、仏教というのは理論解明には力を入れなかった。
難しいのは体感(経験)すること。
- 91 :
- >>89
だからw
「(ホントは)入滅しなかった」
「うそぴょ〜んw びっくりした?泣いた?ほんとに死んだと思った?居なくなったと思った? んなわけないじゃんwwwww」
という形の筈だが?
《戻ってきた仏》が居るなら、三拝拈香してその御尊顔を拝したいので是非御紹介いただきたい。
- 92 :
- >>91
完成者というものは、
意識上では常時ニルヴァーナに在りながらも、
そのまま肉体的には物質現象界への活動であろうと何でも可能。
>《戻ってきた仏》が居るなら、三拝拈香してその御尊顔を拝したいので是非御紹介いただきたい。
戻ってきたという表現はどうかと思われますが、
完成者が再び肉体を持ったり、保持し続けている存在は何人でも知っています。
ただし、仏教界の枠内では知られていません。
- 93 :
- >>92
だからw
「戻ってくる」ということはありえないわけです。
それは、縁起に反するからです。一旦滅してしまえば、それは再度生じることはないからです。
たとえ凡夫の後生、後有であったとしても、【同一のものとして】再び生じるわけではないからです。
継続している必要があるなら、それは、【滅していない形で】継続する必要があるわけです。
≪たとえ意識体やら何やらであっても≫ですw
少なくとも、仏教の枠組みでは、一旦滅した仏・如来が再び生じたという形をとることは無い筈です。
(だから「入滅は方便であった」という表現がされるのではありませんか?
パーリに於いても「もし望まれるなら、とどまり続けることが可能」という表現になっているのではありませんか?)
神智学の方では≪【一旦滅したものが】、再び【同じものとして】生成してくる≫ことを認めるのですか?
- 94 :
- >>79
何度もありがとうございます。
75で述べられた”タターガタ論争”は仏教内で用いられた如来の語義解釈についての諸説を指し示していたのですね。
了解できました。
(相応部56-11/如来所説)なのですが、
自分の質問の仕方も悪かったのですが、
自分が知りたかったのは
釈尊の説法の上で指し示される規範を実行していると想定される人物を如来と称しているだけで
「私は煩悩を吹き消した」や、「私は覚った」のように
「私は如来となった」「私は如来である」のような記述があるのか気になったのです。
教えていただいた箇所は如来が得ている事象の一つを釈尊が得ていることを説いてるのみで
釈尊が自身を如来と直接的に言ってなく、自分が求めていたモノとすこし違いました。
後日、悔しいですが菩提寺の坊主の所に聞きにいってみます。
どうもありがとうございました。
- 95 :
- >>84
質問者の質問ですが
無我説というのはあくまでアートマンが無いという事を述べているものに過ぎず。
アートマンは無いけど輪廻の主体となる種子や無表業やプトガラを認める立場もあり、
アートマンも無く、主体も無く、言語活動によってしか想定されえないものであるとする立場もあります。
このように無我説と輪廻の矛盾解決は立場によって回答が異なるので仏教全体としての模範回答は難しいと思います。
もし、それでもなんらかしらの正確な回答が必要なのでしたら、
宗派や立場を特定すればそれに順じた模範解答が得られると思います。
- 96 :
-
バラモン
『アートマン(魂)は絶対不滅、常住不変で、常見として輪廻が続くのだ!』
ブッダ
『解脱する為の智慧によって、解脱した人の場合は、次の生存に戻る事はない』
『解脱する為の智慧によって、解脱した人は常見ではない』
『解脱してない人は断見ではない』
『有ではない無でもない』
- 97 :
-
沙門果経
―仏道を歩む人は瞬時に幸福になる
(初期仏教経典解説シリーズ)
アルボムッレ・スマナサーラ (2009/05)
327ページ参照
過去を見る智慧(による禅定(瞑想))
どこまでも過去に遡っても
自分が渇愛(タンハー)によって輪廻転生したこと
未練を残しながら死んでった事を発見できるから
渇愛(タンハー)が有る限り、輪廻を繰り返す
と言う事を発見できる
- 98 :
-
アートマンとか輪廻などの事を確かめたいのなら
『本当に渇愛(タンハー)によって、輪廻を繰り返しているのか?』
過去を見る智慧(による禅定(瞑想))で
過去世を体験した方が良いんじゃなイカ?
- 99 :
-
渇愛(タンハー)とか、輪廻などに興味があるのなら
こちらに ↓ どうぞ
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1297324778/l50
卍 仏教を自分で勝手に解釈して観る 卍
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