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2012年6月日本史4: それでも邪馬台国は九州にあった14 (854)
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それでも邪馬台国は九州にあった14
- 1 :12/04/09 〜 最終レス :12/06/08
- 前スレ
それでも邪馬台国は九州にあった13
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1331743869/l50
,○ _______
,_ _ //ー(^o^=,,)◎))3333Ξ<
\\/|\// // __二二二二二二 ̄
> /|\ < //ー(^O^@)◎))3333Ξ<
ワーイ. /二二二二\// __二二二二二二 ̄
.ハ,,,ハ  ̄(´∀` ) ̄/ー(^O^=,,)◎))3333Ξ<
(´・ω・) ( つ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
c(,,____,) (⌒)ヽ__) ))
''^"~ " ""^ ''" ''^"~ " "
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''^"~ " "
九州説のみなさん頑張ってください。
- 2 :
- 1 乙です。
- 3 :
- 天才だから「日本の」漢和辞典のいい加減さまで斬らされる。
「夫子至於是邦也、必聞其政」
@旺文社
驚いた。「や」と読んで「〜する時は」の意味で、件の用例を掲載している。
訳「先生はある国へ到着されると、必ずその国の政治に参与される」
A岩波文庫 (タコが提示したまま)
訳「うちの先生はどこの国にいかれても、きっとそこの政治の相談をうけられる」。
▼両者は、「是邦」を「ある国」だの「どこの国」だの勝手に変造している。
仮に、俺が「どこの国に至っても」「ある国に至っても」と読めば、
お前らは「そうは書いてない。是の国とある」。と叫ぶことだろう。
そうよ。明らかに「是の国」とある。
この「也」を「〜すると(〜する時は)」と訳するから、このザマだ。
▼旺文社「先生は【この国】に到着すると、必ずその国の政治に参与する」では文章がなり立たない。
▼岩波文庫「うちの先生は【この国】に行っても、きっと政治の相談をうけられる」では文章がなり立たない。
だから、「是邦」を「ある国」だとか「どこの国」だとかに変造しているのだ。
しかも、細かいことをいえば、「至」は「到着」「行っても」、
「政を聞く」は「政治に参与する」「政治の相談をうけられる」とまちまちだ。
▼もともと『論語』はシンプルすぎて難解な面のある書物だが、
旺文社と岩波文庫のいずれも、「也」を「や」と読んだ無理から、これに併せて「是の国」を変造している。
日本の漢和辞典もいい加減な面がある。
B三省堂
「や」と読んで「〜する時は」の意味、あるいは「〜して」「〜なので」とする。
C学研
「や」と読んで接続助詞の掲載なし。
「諸国歴訪の孔子先生が、ここにおいて、この国に到着された。ここでも必ずこの国の政を聞かれるだろう」
こういう意味の会話文章だと天才は断じる。
- 4 :
- >「主語+之+謂語(+也)」で、ひとつの短語になる。
なにこれ? くだらねー言い切り言説を垂れるでない。
所有格の「之」と所在格の「之」のほかに、「○○之」と書いて「誰それが」という用例はなかったろう。
無理に引っ張り出して「ある」と叫ぶのは、ウソかまやかしばかりだったろうが。
- 5 :
- 天才は、この文章の前後を読んでるのかな?
特に、後ろの部分。
- 6 :
- 伊作よ、他社の辞典はどうでもいいから、私の挙げた角川「新字源」の
子之哭也、壱似重有憂者
を訳してみろ。ちゃんと、辞典に書いてある通り、
は。のは。ときには。指示。提示。で意味が通じるだろうが。
それからお前の訳、
>ここでも必ずこの国の政を聞かれるだろう
の、〜だろう、に相当する文が原文にはないぞ。
- 7 :
- ┏━━━━━━━━━━━━━━┓
┃┌───┐ ┃
┃│.ワイプ.│ テロップ.. ┃
┃│ 画面 │ テロップ.. ┃
┃└───┘ ┃ <ナレ:次の瞬間! と、そのとき!
┃ 【YouTubeの動画垂れ流し】 ┃
┃ ┃ <SEを被せる(ど〜ん、どし〜ん
┃ 流れるテロップ・・・・ ┃ どか〜ん、ぴろぴろぴろぴろ・)
┃ ┃
┃ やたらとデカイ ┃
┃ テロップ ┃ <SE:え〜
┗━━━━━━━━━━━━━━┛ ナレ:このあと、○○にスタジオ騒然!(CMへ)
/\ /\ /\
SE:え〜 SE:あははは SE:へぇ〜
テレビで
女性に人気の
とか言っているのを見て真に受けて買い求めに走る女とか見てると テレビっ言う宗教の信者なのかと思ってしまう
もちろん買いに走る振りをさせて(やらせ)収録することもあるが
やらせインタビュー(裁判傍聴業者)
http://blog-imgs-44.fc2.com/h/i/m/himablo21/20100922213922a0d.jpg
- 8 :
- >>3
>だから、「是邦」を「ある国」だとか「どこの国」だとかに変造しているのだ。
旺文社の字書編纂者や岩波文庫の翻訳者が勝手に改変してるんじゃない。
後漢末から魏の時代の何晏(かあん)の論語集解がそのように解釈しており、
北宋の??(けいへい)の疏がそれを踏襲しているので、
それらに従って訳してるだけ。
朱子の論語集註でも、これには何もイチャモンをつけていない。
現代人の著書の論語集釋にも、この部分に関するコメントは何もない。
つまり、3世紀から現代までの中国人は、「どこの国に行っても」と解釈してきた。
- 9 :
- >>4
ウソでもまやかしでもない。
中国人がそう説明しているから、そのまま訳しただけ。
リンクを貼ったサイトにも同じことが書いてある。
ところで、所在格って何?
はじめて見たし、ググッても出てこないが?
- 10 :
- >>5
>天才は、この文章の前後を読んでるのかな? 特に、後ろの部分。
いいたいことをはっきりいうように教育されて育たなかったらしいな。
>>6
子之哭也については、お前のウソを暴いた時点で終わってる。
>>8
>旺文社の字書編纂者や岩波文庫の翻訳者が勝手に改変してるんじゃない。
バカ野郎。是はあくまでも特定対象を指す文字で、
「どの」「どこの」「ある」という不特定対象をいう時には使わない。
>3世紀から現代までの中国人は、「どこの国に行っても」と解釈してきた。
ならば、「例外的解釈の一例」という前提でいうのが筋だな。
是は是だ。この理屈がわかるか・ぼんくら。
ここでも例外的解釈例を持ち出して、一般的だ通例だとする気か?
本題は 「也」を「や」と読んで疑問・詠嘆・強調・呼びかけのほかに、
接続助詞として使うか否かだ。
面白いから、その例外的な読みを適用して「〜しても」「〜する時は」という訳で、
『晋書』倭人伝の「宣帝之平公孫氏也」を訳してみせろ。どんな文章になるか見ものだぜ。
>9
>ウソでもまやかしでもない。 中国人がそう説明しているから、そのまま訳しただけ。
「例外的な解釈の一例」という高等な前提意識が抜けてただろ。タコ
- 11 :
- >9 >所在格って何?
お前、 ちょい噛み来訪の断片衒学野郎か? もう二度ばかり提示してるぜ。
▼之を「の」と読ませて所有格として使った用例
・夏后少康之子封於会稽…「少康の子」
・断髮文身以避蛟龍之害…「蛟龍の害」
▼之を「の」と読ませて所在格として使った用例
・帯方東南大海之中...「大海の中」
・當在会稽東冶之東...「会稽東冶の東」
▼之を「これ」という代名詞で使った用例
先に提示した語句を再度述べる場合に使う。
・好捕魚鰒、水無深浅皆沈沒取之...「好んで魚鰒を捕えるも、水の深浅となく皆沈没して之(魚鰒)を取る」
・国有市交易有無、使大倭監之...「国々に市あり有無を交易す、大倭をして之(市の交易)を監さしむ」
▼「之」を人名のあとにつけて「〜が」という使い方はしない。
・宣王攻破新城...「宣王、新城を攻め破る」(之はない)
・司馬宣王遣将軍胡遵等追討...「司馬宣王、将軍胡遵等を遣わして追討す」
(そもそも「誰々が」という時は名前のみで切り、之という文字は使用しない)
▼之を「ゆく」という動詞に使用した例。(『史記』秦始皇本紀)
三十二年、始皇之碣石、使燕人盧生求羨門高誓。
「三十二年、始皇、碣石に之(ゆ)き、燕人盧生をして求羨門の高誓を求めせしむ」。
(ここでも「始皇が」という場合、名前のみで切って「始皇之(の)」とはしていない。これが常識)。
「宣帝之平公孫氏也」「宣帝、公孫氏を平げに之(ゆ)くなり」。これが天才の天才的読み方。
「宣帝之平公孫氏也」「宣帝の公孫氏を平げるや……」では、まんま日本語だってことが分かったろ。
- 12 :
- 「宣帝之平公孫氏也」
この文章の読みは「宣帝の〜」てか。
『晋書』たるものがこんな下等な書き方をしたというも同然の、
愚かな日本人の読みと解釈は、何よりも『晋書』に対して恥ずかしいぜ。
- 13 :
- 伊作をからかうのも飽きたので、正直なことを書くと、実は私は、
宣帝之平公孫氏也 を、宣帝の平らぐ公孫氏なり、と読んでいたのである。
というのは山形明郷の本にそう書いてあったからだ。で、エーッ、卑弥呼は公孫氏だったのか! と驚いたものだ。
ところが後に、これが、宣帝の公孫氏を平らぐや、と読まれていることを知った。
そのときは、伊作と同じように、そんな馬鹿な、それでは日本語読みではないか、と思ったのだ。
それで、持っていた角川の「新字源」を調べてみた。そしたら巻末の助辞解説の也に、
や、と読み、意味は、は。のは。ときには。指示。提示。とあり、
子之哭也、壱似重有憂者 と、夫子之至於是邦也、必聞其政、の文例が載っていたのである。
で、それがどちらも〜之〜也だから、なるほどこういう構文があるのか、と思ったのである。
ついでにいうと本場の中国人学者に読ませても、宣帝之平公孫氏也 は、
宣帝の公孫氏を平らぐや、かもしくは、宣帝の平らぐ公孫氏なり、と読んでおり、
文脈から言って前者が正しいというのが大方の判断だ。
伊作のような無理な読み方をしている学者は一人もいない。
- 14 :
- >>5の人が言いたいのは、たぶんこういうことだろう。ネットで調べると、
子禽問於子貢曰、夫子至於是邦也、必聞其政、求之與、抑與之與、
子貢曰、夫子温良恭儉讓以得之、夫子之求之也、其諸異乎人之求之與。
後半にも 夫子之求之也、其諸異乎人之求之與 という文がある。
〜之〜也という構文と、人が、人の、の意味の、人之、という文が。
文章全体の意味を考えても、伊作のような説は到底成立しない。
- 15 :
- 子禽問於子貢曰。夫子至於是邦也。必聞其政。求之與。抑與之與。
子貢曰。夫子温良恭儉讓以得之。夫子之求之也。其諸異乎人之求之與。
-------------------------------------------------------------------------
子禽が子貢に問いて曰く「夫子の是の邦に至るや、必ず其の政を聞く。之れ求めたるか、あるいは与えたるか。」
子貢曰く「夫子は、温・良・恭・儉・讓。以て之を得たり。夫子の之を求めるは、人の之を求めるには、これ異なるか。」
-------------------------------------------------------------------------
子禽「孔子先生がその国に来ると、必ずその国の政治を聞いている。
これは、先生が求めてしているのか、人に請われてしている事なのか?」
子貢「(自ら求めて、しているのだ。)先生の人格には、温・良・恭・儉・讓が備わっている。
その境地をもって、これを行っている。他の人が求めて政治を聞くのとは、訳が違うのだ。」
- 16 :
- 生兵法怪我の元
さてどのように対処すべきか。
さらに言い張って傷口を広げるのか。
- 17 :
- >>12 :怒っ虎:
>「宣帝之平公孫氏也」
>この文章の読みは「宣帝の〜」てか。
「宣帝之平公孫氏也」の「之」は『助詞のof』ではなく、『動詞のgo』との解釈することが正しい。
誰がどんな言語解釈しようが 、史実は変えられない。
「景初二年六月 倭女王遣大夫難升米等詣郡求詣天子朝獻 太守劉夏遣吏將送詣京都」
歴史に『もしも』が許されるなら、
倭女王が公孫氏に味方していたら、
公孫氏は和議に成功していただろう。
- 18 :
- 久留米説の久留米氏が喜びそうな論文を見つけたので書いておく。
新泉社「新・古代学 第4集」所収の、
古賀達也「九州王朝の筑後遷宮 高良玉垂命考」
これを読むとやはり九州王朝があったのか、という気になってくる。
やはり邪馬台国とは筑後山門だったのか、という気になってくる。
- 19 :
- >>1000 :大訂正!:2012/04/09(月) 12:30:27.94
「周旋」という熟語は色々な言葉を作っているが、
「周旋可 五千余里」の「「周旋」を名無しさんは、、
5. 環繞;曲。《列子・湯問》:“其山高下周旋三万里,其顶平处九千里。”
《三国志》:“衆議咸以 丹阳 地势険阻,与 呉郡 、
会稽 、 新都 、 鄱阳 四郡隣接,周旋数千里,山谷万重。”
元 王子一
《誤入桃源》第二折:“山環水繞 天台洞 ,勢周旋,形曲折。”
を基本解釈の原点に置いているだろう。
- 20 :
- >>13
>伊作のような無理な読み方をしている学者は一人もいない。
みな・お前とどっこいどっこいの・バカか付和雷同だ。
>角川の「新字源」を調べてみた。
>子之哭也、壱似重有憂者と、
>夫子之至於是邦也、必聞其政、の文例が載っていたのである。
子之哭也を「孔子の哭や」と読んでくれたっけな。
この「子」孔子ではなく、相手に対する敬称だ。ウソがバレた。
角川はこんな解説をしているのか?
これは「孔子が泣くと」という意味ではなく、
「あなたの泣く様をもると」「あなたの泣き方たるや」という強調の用法だ。
角川もいい漢和辞典を出してくれたものだな。けらけら
>>14
>後半にも 夫子之求之也、其諸異乎人之求之與 という文がある。
〜之〜也という構文と、人が、人の、の意味の、人之、という文が。
角川の解説粉砕の意味も含めて、
「夫子之至於是邦也、必聞其政」については続けて詳しく反論する。
- 21 :
- >>15
こんなのは、(にわか読みだったが)同じことを最初に俺が提示した。
とんだ読み下しの岩波訳を、無批判受け売りの・知ったふりで、ありがとうよ。
俺の勉強の成果を提示するから、観客に比較してもらおう。
子禽問於子貢曰。夫子至於是邦也。必聞其政。求之與。抑與之與。
▼タコ読み・子禽が子貢に問いて曰く「夫子の是の邦に至るや、必ず其の政を聞く。
之れ求めたるか、あるいは与えたるか」。
▼タコ翻訳・「孔子先生がその国に来ると、必ずその国の政治を聞いている。
これは、先生が求めてしているのか、人に請われてしている事なのか?」
▼天才読み・子禽、子貢に問いて曰く「夫子、是の邦に至るなり。必ずその政を聞く。
之を求めたるか、そもそも与えられたるか」。
▼天才翻訳・「孔子先生がこの国に至ったが、必ずその国の政治を聞く(はずだ)。
これ(政治を聞くこと)を先生が自ら求めているのか、そもそも与えられたものなのだろうか?」
つづくぞ。
- 22 :
- つづき。
夫子温良恭儉讓以得之。夫子之求之也。其諸異乎人之求之與。
▼タコ読み・子貢曰く「夫子は、温・良・恭・儉・讓。以て之を得たり。
夫子の之を求めるは、人の之を求めるには、これ異なるか。」
▼タコ翻訳・先生の人格には、温・良・恭・儉・讓が備わっている。
その境地をもって、これを行っている。他の人が求めて政治を聞くのとは、訳が違うのだ」
▼天才読み・「夫子は、温・良・恭・儉・讓、以て之を得たり。
夫子の求むるは之なり。其の諸(これは難解)、人の之を求むると異なるかな」
▼天才翻訳・「先生は、温・良・恭・儉・讓をもって得ている。
夫子が求めるのは之であり、他の人が色々求めるのとは異なるものではなかろうか」。
子禽の質問に応えた子貢の返答が、「〜か」で終わるなんて愚の骨頂だ。
子貢の返答の末尾にあるのは「か」という疑問助詞ではなく、「かな」という簡単助詞だろう。
しかも、↓↓↓こんな読みはなかろう。
「夫子の之を求めるは、人の之を求めるには、これ異なるか。」
●ここに登場する「夫子之求之也」を「夫子の之を求めるや」と読んでも。
「也」は「夫子が之を求めると」という接続詞ではなく、「夫子が之を求めるのは」という意味だ。
- 23 :
- >>17 大訂正!
●ここは九州説のスレッドだよな。
「宣帝之平公孫氏也」の解釈は、お前が気づいているように、
畿内説を否定する「景初2年説」の傍証となるものだ。
畿内説はこれを「「宣帝の公孫氏を平げるや」と読んで、
卑弥呼の朝献年を司馬懿が公孫淵を討伐したあとの景初3年とする。
これが、景初3年の年号入りの三角縁神獣と結びついて畿内説へと誘導することになる。
後先の見えない九州説のバカどもが巣一緒になって、
いま・畿内説有利の解釈を必死で応援やってるわけだ。わらわら
>「宣帝之平公孫氏也」の「之」は『動詞のgo』との解釈することが正しい。
そうだ、
>「景初二年六月 倭女王遣大夫難升米等詣郡求詣天子朝獻
その通りだ。
- 24 :
- >>23
イサク
- 25 :
- >23 名前:日本@名無史さん
>>17 大訂正!
>●ここは九州説のスレッドだよな。
はははは。。。。
九州説だろうが、畿内説だろうが
関係ない。
正しいのは史実だ。
- 26 :
- >>24
天才の凄さが少しはわかったか?
- 27 :
- 「是」という字は、単数だけを指す指示代名詞ではなく、複数も指す。
だから、「夫子至於是国也」の「是」は複数であり、孔子が経巡ってきた国々をさす。
おそらく、この短い会話の前に、シキンと子貢の間で孔子が色々な国を経巡ってきたという話があったのだろう。
その部分が残っていれば、「孔子がこれらの国に至ると、必ずそれらの国の政治を・・・」と訳せるのだが、
現在の論語は、その前段の部分は採録していない。
だから、「どこの国にいかれても」といったような訳をすることになる。
- 28 :
- じゃ、伊作が >>15のように、翻訳してみてくれよ
- 29 :
- 不耐城のご近所から衛星打ち上げするんですってね。。。
- 30 :
- 馬鹿の凄さが少しはわかった。
- 31 :
- >>27
>「是」という字は、単数だけを指す指示代名詞ではなく、複数も指す。 だから、
バカ野郎。単数だ複数だの話ではない。なーにが「だから」だ。
「是の国」とあれば「この国」だ。
「どこぞのクニ」とか「ある国」とか、曖昧模糊とした訳などあるか。
万に一つあったとして、万に一つの例外的事例だ。普遍性はまったくない。
>「孔子がこれらの国に至ると、必ずそれらの国の政治を・・・」と訳せるのだが、
そもそも、漢文学を専攻したわけでもない、高校赤点レベルのタコどもが、
こんなところできーたふーな解釈談議をやることが異常なのだ。マンガだ。
そこへ、よりにもよって難解な『論語』からの引用を引っ張って、
あーでもない・こうでもないと。傍目にはマンガだ。
今度は、是の国が「これらの国」で、その国が「それらの国」にねつ造か。
よくやってくれるぜ。
>>28
>伊作が >>15のように、翻訳してみてくれよ
てめ。どこをみて何を考えてるんだ。くそ野郎
>>21と>>22で俺の翻訳を比較提示してあるだろが。ボケ
- 32 :
- 伊作も往生際が悪いなw
子之哭也
これを、「孔子の泣くのは」と読んだのは私の間違いだが、意味は角川の辞典でちゃんと合っている。
「あなたの泣いているのは」←は。のは。ときには。指示。提示。
夫子之求之也
これも角川の辞典の解説でちゃんと合っている。
「夫子が之を求めるのは」」←は。のは。ときには。指示。提示。
伊作自身が「夫子が之を求めるのは」と訳している。
ついでにいうと是は強調の助辞だろう。
>>15の文にはいろんな訳し方があるようだ。たとえばここ。
http://home.owari.ne.jp/~shiva/part03/genbun01/rongo0110.html
- 33 :
- >天才読み
>「夫子、是の邦に至るなり。必ずその政を聞く。之を求めたるか、そもそも与えられたるか」。
日本語でおk。
>天才の読み「孔子先生がこの国に至ったが、必ずその国の政治を聞く(はずだ)。
>これ(政治を聞くこと)を先生が自ら求めているのか、そもそも与えられたものなのだろうか?」
必ず聞くはずだと確認している者が「自ら求めているのか」どうかも分からんの?
「そもそも与えられたものなのだろうか」とは?日本語でおk。
- 34 :
- >>30
何の意味も価値もない、オーム返しの切り返し投稿。
精神的矮小なコケザル。いいことを書いたつもりになってるところがバカの見本。
どこぞの隅からたった一つか二つの用例を無理に持ち出してきたが、
それらとて、「〜之〜也」で「誰それがなになにすると」という用例は一つもなかった。
まして「〜や」と読ませる末尾の「也」は、強調か詠嘆か、
あるいは「〜するのは」と、理由か目的をいうための接続詞だった。
ひるがえって「宣帝之平公孫氏也」をみてみろ。枝葉につき合ったが本題はここだ。
これを「宣帝の公孫氏を平げるや」では、まんまストレートな日本語読みだ。
くだけば「宣帝、之く(公孫氏を平げに)なり」で、
「宣帝、公孫氏を平げに之(ゆ)くなり」と読むのが出しい。
- 35 :
- >>33
邪魔くさい野郎だぜ。
俺にまとわりつくのなら、俺と同じレベルまで高めた内容の書き方をしろ。
- 36 :
- >>32
反伊作でかろうじて板にしがもついてる朝鮮人。お角違いの連続だぜ。
「あなたの泣いているのは」ではない。
「あなたの泣き方たるや」「あなたの泣く様子たるや」という強調用法だ。
意味は角川の辞典とぜんぜん違う。
夫子之求之也
俺は「夫子の求むるは之なり」と読んでいる。
これも「夫子が之を求めるのは」とする角川の辞典の解説とは違う。
あっちいってろ、不潔な乞食野郎。
- 37 :
- バカどもには、これだけやりとりしている文章の意味がさっぱりだろう。
天才にはとっくに見えている。それを紹介してこの話題を締める。
子禽が問うた。
「諸国歴訪で孔子先生がこの国に至ったが、また必ずその国の政を聞く(ことだろう)。
これ(政を聞くこと)を先生が自ら求めているのか、そもそも与えられたものなのだろうか?」
子貢が答えた。
「先生は、温・良・恭・儉・讓をもって得ている。
先生が求めるのは之(温・良・恭・儉・讓をもって)(政を聞くこと)であり、
他の人が(政を聞くことを)求めめるのとは異なるものではなかろうか」。
こんなところだろう。
- 38 :
- 伊作よ、
>また必ずその国の政を聞く(ことだろう)。
また、に相当する語も、(ことだろう)に相当する語もないぞw
- 39 :
- 子禽問於子貢曰、夫子至於是邦也、必聞其政、求之與、抑與之與、
子貢曰、夫子温良恭儉讓以得之、夫子之求之也、其諸異乎人之求之與。
この文は意外と難しいのだが、夫子之と人之の之は、の、であり、夫子の、人の、と読む。
それ以外の之は、これ、と読み、その政を聞くこと、を指す。
で、その政を聞くのは王侯だろう。王侯が孔子に政治についての意見を聞く、ということだろう。
で、そのことを孔子が求めているのか、それとも王侯が求めているのか、と聞かれ、
孔子に徳があるからそのこと(王侯が政治について意見を求めること)が得られるのであり、
孔子がそのことを求めるのは、他の人がそのことを求めるのとは理由や目的が異なる、ということだろう。
- 40 :
- >>30
俺も分かってきた。
バカッ虎は
丹楊地勢險阻、與吳郡、會稽、新都、鄱陽、四郡鄰接、周旋數千里、山谷萬重
の周旋数千里を諸葛恪が兵士と巡り歩いた距離と解釈するような馬鹿だからなあ。
- 41 :
- >>40
>周旋数千里を諸葛恪が兵士と巡り歩いた距離と解釈するような馬鹿だからなあ。
違うな。諸郡を経由して険しい道をたどる丹楊までの距離だ。(どこを基点にしたものかは不詳)
てめえらが単純に描くような一直線ではないからな。けらけら
- 42 :
- >>40
で、丹楊地勢險阻、與吳郡、會稽、新都、鄱陽、四郡鄰接、周旋數千里、山谷萬重
の周旋数千里をどう訳すのかな?
- 43 :
- >>38 乞食。
>また、に相当する語も、(ことだろう)に相当する語もないぞw
行間に隠れている意味を込めてわかりやすく翻訳すると、そうなるのだ。めくら
おい乞食。
「是国」は「どこの国」でも「ある国」もないと、なんで叫ばなかったんだ?
何でもいいから、伊作攻撃に限定してるのが見え見えだな。恨みでもあるのか。
そらそーだわな。
出すホラ、出すウソがみな暴かれて、伊作攻撃しか板で生きる道はないし。
けたけた
- 44 :
- 周囲は数千里 だろう。
- 45 :
- ●これで、モラルなき朝鮮人潰し終了●
俺にからんで人品と質のほどをさらした奴は、誰からも相手にされない。
俺が無視すれば、お前はもう誰もまともに相手にはしない。
そうやって消えたのが、過去にも掃いて捨てるほどいるぜ。
- 46 :
- 周旋は歌手だろう。
- 47 :
- 夫子至於是邦也 必聞其政
是邦の是が、この、であろうと強調であろうとどうでもよい。仮に、この、と訳すとして、
夫子のこの邦に至るや、必ずその政を聞く。
夫子この邦に至るなり、必ずその政を聞く。
どちらが自然な文章であるかは言うまでもない。
- 48 :
- 日本語らしい文章が本来の意味に近いということ?
- 49 :
- 加地伸行の漢文法基礎では、次のような読み方を説いているね。
夫子至於是邦也 必聞其政→夫子至於是邦 則必聞其政
(夫子の是の邦に至れば、則ち必ずその政を聞く)
- 50 :
-
「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」
「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」
【殺された石井こうきの発言から】
そうか、統一教会、オウム、朝鮮総連、民団→朝鮮人だらけの民主党
すべて繋がっている
- 51 :
- >>48
というより、どう読めば文章として正しく意味が通じるか、ということ。
伊作は、おそらく、之を、の、と読むのは日本語読みだと思い込んでいるのである。
それで、むりやり変な読み方を案出しようとする。
しかし之が、の、と読めることはどんな漢和辞典にも載っている。
夫子之道
惻隠之心 仁之端也 etc
しかし本人ももう懲りているようだから、今日はこれくらいにしといてやろうwww
- 52 :
- >>41 :怒っ虎
>>>40
>>周旋数千里を諸葛恪が兵士と巡り歩いた距離と解釈するような馬鹿だからなあ。
>違うな。諸郡を経由して険しい道をたどる丹楊までの距離だ。(どこを基点にしたものかは不詳)
わははは。恥の上塗りかよ。
丹陽郡の北西に鄱陽郡があり、南に(西から順に)新都郡、呉郡、会稽郡がある。東は海である。
當時孫権は呉郡に本拠を置いていた。丹陽に行くとすれば呉郡からだろ。
会稽や新都や鄱陽の諸郡を経由するなど考えられんわ。
>てめえらが単純に描くような一直線ではないからな。けらけら
おまえは恥をかくのに一直線で進んでいるな。げらげら
- 53 :
- 伊作は、日本語の文章は、なかなか上手な方なんだが、
漢文の訳文となると、からきしダメだな
人には、それぞれ適性というものがあるんだろう
- 54 :
- ppp せっかく地図を調べてそんな説明しかできんのか?
丹楊地勢險阻、與吳郡、會稽、新都、鄱陽、四郡鄰接とあるが、それは
東から南側に隣接する郡だ。北側はどうなっているかな?
- 55 :
- 『文言虚字』 呂叔湘著
還有些「之」字,安在主語和謂語的中間。例如
(1)孤之有孔明、猶魚之有水也。
(2)大道之行也、天下為公。
(3)余之識君、且二十年。
(4)君子之愛人也、以コ。
(5)異哉、此人之教子也!
這些「之」字不是必要的、「大道行則天下為公」、「孤有孔明、猶魚有水」、「余識君且二十年」、「君子愛人以コ」、意義並無改変。
然則何以加用「之」字?
這裏的「之」字的作用可?是化句子形式為主謂短語。
句子形式是主語和謂語的配合,現在使主語變成加詞,謂語變成端詞,就成了短語的形成了。
但是這種短語和一般的短語有些不同,所以特稱為「主謂短語」。
- 56 :
- >>49
加地伸行とやらは、「夫子至於是邦 則必聞其政」砕くか。
ここには「也」はない。逆に「則ち」と「夫子の」で「の」を加えている。
「夫子の是の邦に至れば、則ち必ずその政を聞く」か。
やはり「也」を「や」と読んでいるらしいな。日本人らしいや。
>>51 朝鮮外道。
だんだん不当な誹謗になってきたいるぞ。お決まりパターンだ。
>伊作は、おそらく、之を、の、と読むのは日本語読みだと思い込んでいるのである。
中国語で「之」を「の」とよむ事例は、所有格と所在格があると何度も用例を提示したが。
>>11 で三度めの提示だ。ほれ
▼之を「の」と読ませて所有格として使った用例
・夏后少康之子封於会稽…「少康の子」
・断髮文身以避蛟龍之害…「蛟龍の害」
▼之を「の」と読ませて所在格として使った用例
・帯方東南大海之中...「大海の中」
・當在会稽東冶之東...「会稽東冶の東」
俺のいい分をまったく認知せず、
ただ突っ込めそうな所を拾ってるだけのようだな。結果は不当な誹謗だ外道
>それで、むりやり変な読み方を案出しようとする。
>しかし之が、の、と読めることはどんな漢和辞典にも載っている。
>夫子之道 惻隠之心 仁之端也 etc
>しかし本人ももう懲りているようだから、今日はこれくらいにしといてやろうwww
- 57 :
- 「是」の解釈を間違えてるような気がする
字源
会意。上部は、「匙」の原字でまっすぐなさじを意味、下部に「足」を加えまっすぐであることを強調した。「これ」の意味は仮借による。
意義
1. (指示代名詞)これ、この。
2.正しい。
是非
3.賛成する。
是認
4.(現代中国)〜である。
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%98%AF
2か3の意味で解釈してみたらどうだろうか?
- 58 :
- >>55の日本語訳
それから、主語と謂語(述語)の間に置かれる「之」の字がある。
(1)孤之有孔明、猶魚之有水也。(孤の孔明あるは、なお魚の水あるがごときなり)
(2)大道之行也、天下為公。(大道の行わるるや、天下を公となす)
(3)余之識君、且二十年。(余の君を識るや、且に二十年になんなんとす)
(4)君子之愛人也、以コ。(君子の人を愛するや、徳を以ってす)
(5)異哉、此人之教子也!(異なるかな、この人の子を教うるや)
これらの「之」の字は必ず要るというものではない。
「大道行則天下為公」、「孤有孔明、猶魚有水」、「余識君且二十年」、「君子愛人以コ」、
としても意味はみな変わらない。ならば、なぜ「之」の字を加えて用いるのか。
この「之」の字の作用は句子形式を主謂短語に変えるということができる。
句子形式とは主語と謂語の組み合わせだが、
いま主語を加詞に変え、謂語を端詞に変え短語の形式に変えている。
ただし、この種の短語と一般的な短語とは少し違いがある。それで特に「主謂短語」と呼ぶ。
- 59 :
- >>52
>わははは。恥の上塗りかよ。
以前、「呉の都・建業からだろう」と書いたが、今回は謙虚に不詳としただけだ。タコ
何を気安く勝った気になってやがる。
>>53
>伊作は、日本語の文章は、なかなか上手な方なんだが、
>漢文の訳文となると、からきしダメだな
俺の理路説明に対してもお前の理解力がないだけだ。のぼせるなら。
てめえなどに批評されるほど落ちぶれちゃいないぜ。
- 60 :
- >>54
連日完全アウェー状態で孤軍奮闘。
北朝鮮とのサッカー試合のような状態で、
一人で蹴散らしてるところ。これはサポートか?
- 61 :
- >>57
どこにでもある漢和辞典をコピーして見せて何の意味があるか。タコ
進んだ議論が後戻りするだけだ。
『論語』学而が使った「是」を「どこの」とか「ある」と訳したところで、
それは万に一つの例外的事例だ。どこにでも当てはまるというものではない。
そもそも本題は「是」れ訳ではない。
たまたま、二本の漢和辞典がそういう苦しい訳をしているから「おかしい」と指摘したまでだ。
もうやめとけ。
>>59
で・てめ。いったい何がいいたのだ?
「之」の意味解釈についてはもう十分に出尽くした。
問題は所有格、所在格のほかに「の」と読んで
「誰それが」という使い方があるか否かだ。
お前が出した事例にある通り、「誰それが」というときは、
「誰それ之」など使わず名前だけで終わっている。
問題としてきた「夫子至於是邦 則必聞其政」もしかり。
「夫子之至於是邦」ではなく、「夫子至於是邦」だ。
本題は「宣帝之平公孫氏也」の読みだ。
「宣帝、公孫氏を平げに之(ゆ)くなり」。これが天才の天才的読み方。
「宣帝の公孫氏を平げるや……」では、まんま日本語のストレート読みだ。タコ
- 62 :
- >>61
意味不明のレスつけるな、ボケ
- 63 :
- >>53
こういうタイプは特に気に食わねーな。
てめえ。俺みたいに一人のアウェー状態でやる度量と器量があるか。
見たこともない漢文の原文を引っぱり出して読みも意味も提示せず勝手に反論だけされて、
それを自力でにわか読みして「意味が違う」と暴いて討論できるか。
俺はダテに天才を自称してるわけじゃないぜ。
漢文学を専攻したわけでもないのに、
ここにツラだすお前らの誰よりも、まっとうに漢文を読んでみせている。
そのディティールをどうこういって何になるというのだ。
これまでに見せた天才的な解読力のほうほ褒められてもバチは当たらん所だぜ。
意味も価値もない投稿しかできないクズ野郎が。
- 64 :
- >>62
そういうお前こそ、
何がいいたのか意味不明のレスをするな、ボケナス。
- 65 :
- >>62
知ったふりをしたいだけなら、
「断片衒学投稿」というタイトルをつけてやれ。
そうすれば誰も顧みないで済む。
- 66 :
- >>11
>お前、 ちょい噛み来訪の断片衒学野郎か? もう二度ばかり提示してるぜ。
それを聞いてるんじゃない。
所在格っていう言葉をはじめて聞いたが、それは遺作の造語かと聞いている。
- 67 :
- >>66
>所在格っていう言葉をはじめて聞いたが、それは遺作の造語かと聞いている。
提示して見せた通り、非常にわかりやすい分類表現だろ。しかも的確だ。
説明の便宜上、日本語分類法から借用している。
『広辞苑』でみられるんじゃないか。
では親趣味
- 68 :
- >>67
所在格って、広辞苑には載ってない。
おそらく日本語文法にも、こんな用語はない。
- 69 :
-
民主党政権になってからマスゴミが使わなくなった言葉
・説明責任・情報公開・閣内不一致・任命責任・コンクリートから人へ
・埋蔵金・政治主導・脱官僚・ガソリン値下げ隊・政治と金・直近の民意
・庶民感覚・密室政治・言論弾圧・解散して国民の信を問え
- 70 :
- キ印なんかを相手にするなよ。
- 71 :
- 伊作は、〜之〜也、を、〜の〜や、と読むのは日本語読みだと信じきっているのである。
しかしそんな例はいくらでもある。たとえば>>58の
大道之行也 天下為公 (大道の行わるるや、天下を公となす)
君子之愛人也 以コ (君子の人を愛するや、徳を以ってす)
それからたとえば、
人之生也柔弱 其死也堅強 (人の生まれるや柔弱、その死するや堅強)
他にもこれまで議論に出てきたような例がある。探せばいくらでもあるだろう。
それなのに、小学生の駄々っ子のように、そんなのは日本語読みだと強弁しているのである。
ああ、やれやれ、困ったものだ…。
- 72 :
- >>59 :怒っ虎
>>>52
>>わははは。恥の上塗りかよ。
>以前、「呉の都・建業からだろう」と書いたが、今回は謙虚に不詳としただけだ。タコ
>何を気安く勝った気になってやがる。
ぎゃはははは。恥の重ね塗りかよ。
呉が都を建業に移したのは諸葛恪が謀略で山越兵を手に入れた出来事から随分年月が経った後のことなんだがね。
- 73 :
- >>3 :怒っ虎:2012/04/09(
>「諸国歴訪の孔子先生が、ここにおいて、この国に到着された。ここでも必ずこの国の政を聞かれるだろう」
>こういう意味の会話文章だと天才は断じる。
断じちゃいかYo.
誰もが、「於」の一文字を軽く扱っている。
「来適」もそうだが、
「至 於」も。。。。。。。。。
《博雅》於,于也。
《爾雅·釋詁》于,曰也。 又往也。。。。。。。。
「夫子至於是邦也、必聞其政」
「夫子至於是邦也」は、夫子、是(この)国に往(於)きて至る也(なり)。
但し、
是国は「至於」で複数の国々と解釈することは正しいだろう、
その場合、至は到の意となる。
論語は、邪馬台国には関係ないのであまり興味はない。
- 74 :
- >>73
>是(この)国に往(於)きて至る也(なり)。
勝手に語順を変えるな。於至是邦じゃない。至於是邦だ。
- 75 :
- 74 名前:日本@名無史さん
「於」を良く良く学習してから
出直して着なさい。
オウムという鳥をしっているかNe?
俵の鼠クン。
- 76 :
- 「於」は鳥なら鴉だ。
「夫子至於是邦也、必聞其政」
は
「夫子到是邦也、必聞其政」
と記述することも可能だ
が
「夫子至於是邦也、必聞其政」
の方が
より深みがあるな。
- 77 :
- >>3 :怒っ虎:2012/04/09(
>「諸国歴訪の孔子先生が、ここにおいて、この国に到着された。ここでも必ずこの国の政を聞かれるだろう」
の「到」の意は何?
- 78 :
- >>74 名前:日本@名無史さん :
ホイ!
ザリガニがでんでんむしか知らないが、
チョンと頭を突付いたら殻に引っ込んだままか?
>勝手に語順を変えるな。於至是邦じゃない。至於是邦だ。
>>73
>是(この)国に往(於)きて至る也(なり)。
「至於是邦」を訳してみろ。
「至於是邦也」は
この国に至りて曰く(於)也(なり)。
て、か?
そんなはずは無いだろう。
「夫子至於是邦也」は、夫子、是(この)国に往(於)きて至る也(なり)。
の方が正解だろう。
「也」は『なり』だ。
- 79 :
- >>78
大訂正!と伊作って同一人物か?って思うくらいレスの文体も、
他人への反応もそっくりだなあ。
- 80 :
- >>79
http://www.youtube.com/watch?v=Vl9_wm7a9Ug
- 81 :
- なんだよ
- 82 :
- 過ちを指摘された時の態度で人物の程度が分かる。
伊作も大訂正!も間違いを指摘されるとむきになって反発する。
間違いであることの理解ができないのか、それとも分かっていながら認めることができないのか。
- 83 :
- >>71
●同じような・朝鮮の卑怯・卑劣な誹謗をあばく。
>「大道之行也 天下為公」(大道の行わるるや、天下を公となす)
また『礼記』から引っ張ってきたか。
相変わらず、どの文献からの引用かもフェアに提示しないいま、都合のいい「部分」だけを見せる。
お前ほど卑怯なやり口の野郎は、この2ちゃんでも珍しい。軽蔑するに充分な汚れ野郎だぜ。
★これは観客に注目をおすすめする特注ものの事例だ★ 勉強になるぜ。
最低限文章の意味がわかる範囲を提示するのが紳士というもの。原文はこうだ。
孔子曰「大道之行也、與三代之英、丘未之逮也、而有志焉」。
大道之行也、天下為公。(以下に大道の具体的な説明が続く)選賢與能、講信修睦。……是謂大同。(説明の結び)。
この「孔子曰:「大道之行也、與三代之英、丘未之逮也、而有志焉」の也をそのまま「〜や」と読んでは
「大道の行なわるるや、三代の英「と」、丘、未だ之に逮(およ)ばず」vンカンプンで文章にならない。
★この也を「や」と読んで、提示した原文をまともに読める奴は皆無だと断言できる。
★やる気のある者はチャレンジしてみろ。
続けるから、読み違いのないよう・ついてこいよ。
- 84 :
- @大道とは五帝たちが行なった理想の善政をいう。
Aこの大道が行なわれた治世を「大同」という。
B礼記のこの文章は「大同の世」に言及したものである。
C『礼記』の誤字・脱字・異同の可能性。(ここは簡単にする)
『三国史』『後漢書』も長い年月の中で写本や再版を何度も経て現在に至っている。
現存するものは12世紀宋代に、民間出版が盛んになった時代に刷られたのものである。
しかも、『三国史』の場合は百衲本といって、色んな時代の版の寄せ集めによって刷られている。
『礼記』は成立から辿った過程が複雑で、さまざまな時代の人間の手を経て選定し直され、
注釈が施されているようだ。(現在通行しているものは後漢の鄭玄注、唐の孔穎達疏の『礼記正義』や
陳澔の注釈した『礼記集説』など多数存在する。wiki)
こうしたことから、『礼記』もご他聞に漏れず、誤字・脱字・異同があった可能性は否定できない。
おそらくは「世」という文字を「也」と書き違えたか、後世の転写などで間違えたか。
天才はこの「也」を「世」の誤字とみた。そこで、この「也」を「世」に置きかえて解読してみる。
大道之行世、與三代之英、丘未之逮也、而有志焉。
大道之行世、天下為公。選賢與能、講信修睦。……
▼読み・「大道の行なわれし世と三代(夏・殷・周)の英、丘は未だ之に逮ばず、而して志有り」。
大道の行なわれし世は、天下を公と為し、賢を選び能に与し、信を講じ睦を修む。
……(大道の具体例が続き)。これを大同という。
▼翻訳・「(上古に)大道が行なわれた世と、三代(夏・殷・周)の英知に、丘(私)は未だ及ばない。
大道が行われていた世、(聖王たちは)天下を以て公とした。……(大道の具体例) これを大同という。
これで、「大同の世」について言及した文章としての意味が通る。さて。諸君の判断やいかに。
異論がある者は、この也を「や」と読んで、
「大道之行也、與三代之英、丘未之逮也、而有志焉」をまともに読んで見せること。
- 85 :
- ●ウソつき行為を重ねる朝鮮人。
自らろくに検証・吟味もせず、ただ天才説に反論できそうなのを引っ張ってくる卑怯者。
つぎも『礼記』か。
>「君子之愛人也以コ」(君子の人を愛するや、徳を以ってす)
▼原文「君子之愛人也以徳、細人之愛人也以姑息」。
▼読み「君子の人を愛するや徳を以ってし、細人の人を愛するや姑息を以ってす」。
君子の「愛し方」は徳を以て愛するのに対して、
細人(朝鮮みたいな小人)の「愛し方」は姑息ををもってする。
この也(や)もまた、「愛し方は」「愛し方たるや」という強調の用例だ。
これは『老子』だな。
>人之生也柔弱 其死也堅強(人の生まれるや柔弱、その死するや堅強)
▼原文「人之生也柔弱、其死也堅強。萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。故堅強者死之徒、柔弱者生之徒」。
▼読み「人の生たるや柔弱、その死たるや堅強。万物草木の生や柔脆、その死たるや枯槁。
故に堅強なる者は死の徒にして、柔弱なる者は生の徒なり」。
これも「生たるや(生きる様は)」「死たるや(死ぬ様は)」で、強調の用例だ。お角違いによる批判は誹謗だ。
この朝鮮野郎が提示したものを次々に解体して、ウソとお角違いの用例提示をさらしてきた。
こいつの性根が変わらなければ、いつまでやってもその卑劣な手口は変わらないだろう。
疲れるので、この野郎は金輪際無視・放置する。
- 86 :
- >>68
>所在格って、広辞苑には載ってない。
>おそらく日本語文法にも、こんな用語はない。
『広辞苑』になかったか。俺の記憶でいえば、
助詞には格助詞・副助詞・係助詞・接続助詞・並立助詞・終助詞などがあって、
格助詞に、連体格・目的格(対象格)・所在格・所有格などがあったと思うぞ。
俺が勝手に思いつくような性格のものでないことぐらいは分かろう。
ま・せかすな。
どこで勉強し仕入れたものか、いずれ思い出すだろう。
- 87 :
- >>82
>過ちを指摘された時の態度で人物の程度が分かる。
小細工や不正やウソを暴い見せ続けてるが、
認めず謝罪もせず、黙りこくって消える。お決まりのパターンだ
>伊作も大訂正!も間違いを指摘されるとむきになって反発する。
正義感が、小細工や不正やウソを許さないのだ。
>間違いであることの理解ができないのか、
>それとも分かっていながら認めることができないのか。
正論のロンキャクだ。間違いを言い張ったことはないぞ。誹謗ゲス
- 88 :
- 天才の天才たるところを見たか。
ケガの巧妙・2ちゃんから駒。
『礼記』の記録の「也」で通ってきた文字は「世の誤字ではないか」という、
天才独自の検証と問題提起は、天才のサイトに追加掲載する。新たな発見だ。
孔子曰「大道之行也、與三代之英、丘未之逮也、而有志焉」。 大道之行也、天下為公。
↓↓↓↓
孔子曰「大道之行世與三代之英、丘、未之逮也、而有志焉」。 大道之行世、天下為公。
- 89 :
- 「夫子至於是邦也、必聞其政」
「是」を2の正しい、あるいは3の賛成する、という意味ととることで、
夫子は(政策が)正しい、賛成出来ると思った邦に至ると、必ずその政治手法を聞く、
という、極々当たり前の意味になる。
>>37の解釈は、酷・す・ぎ・る。
- 90 :
- >>89
複数ある漢字の意味の中から、最も不適切な意味を採用して、
時空を超えた意味不明の解釈をしてみらせる典型例だ。
我流妄想タコ。俺にからむならレベルをあげてこい。
- 91 :
- 伊作の恥ずかしい歴史が、
ちゃくちゃくと2chのログに残っていくなあ
- 92 :
-
┏━━━━━━━━━━━━━━┓
┃┌───┐ ┃
┃│.ワイプ.│ テロップ.. ┃
┃│ 画面 │ テロップ.. ┃
┃└───┘ ┃ <ナレ:次の瞬間! と、そのとき!
┃ 【YouTubeの動画垂れ流し】 ┃
┃ ┃ <SEを被せる(ど〜ん、どし〜ん
┃ 流れるテロップ・・・・ ┃ どか〜ん、ぴろぴろぴろぴろ・)
┃ ┃
┃ やたらとデカイ ┃
┃ テロップ ┃ <SE:え〜
┗━━━━━━━━━━━━━━┛ ナレ:このあと、○○にスタジオ騒然!(CMへ)
/\ /\ /\
SE:え〜 SE:あははは SE:へぇ〜
テレビで
女性に人気の
とか言っているのを見て真に受けて買い求めに走る女とか見てると テレビっ言う宗教の信者なのかと思ってしまう
もちろん買いに走る振りをさせて(やらせ)収録することもあるが
やらせインタビュー(裁判傍聴業者)
http://blog-imgs-44.fc2.com/h/i/m/himablo21/20100922213922a0d.jpg
- 93 :
- このおちゃらけ侍が
- 94 :
- 『文言虚字』
「也」字用在句中、表示停頓的語気、正如白話裏用「口+阿」字一様。
這也可以分幾類來看。
有時候在主語之後用「也」字一頓 (例は省略)
有時候在副詞(尤其是表時間的)之後用「也」字一頓 (例は省略)
而小句之後用「也」字停頓的尤其多、例如:
(五)聽其言也、可以知其所好矣。
(六)吾聞之也、君子周急不濟富。
(七)惑而不従師、其為惑也終不解矣。
(八)使吾而是也、因得以明其是、吾而非也、因得以去其非。
還有、在列挙事物的時候也常用「也」字表停頓。 (例は省略)
- 95 :
- >>94の日本語訳
「也」字は句の中に用いて、停頓の語気を表示する。
白話で「口+阿」の字を用いるのと、ちょうど同じである。これも幾種類かに分類してみることが出来る。
主語の後に「也」の字を用いる場合が一つ (例は省略)
副詞(特に時間を表す)の後に「也」の字を用いる場合が一つ (例は省略)
そして小句の後に「也」の字を用いて停頓するのがもっとも多い。
(五)聽其言也、可以知其所好矣。(其の言を聴くや、以て其の好む所を知るべし。)
(六)吾聞之也、君子周急不濟富。(吾これを聞けり、君子は急を周(すくう)も富めるを濟(すく)わず。)
(七)惑而不従師、其為惑也終不解矣。(惑いて師に従わず。其の惑いを為すや終に解けず。)
また、事物を列挙する場合にも常に「也」の字を用いて停頓を表す。(例は省略)
- 96 :
- /) /)
/ ⌒ ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ●_ ● | < ↑↓パRとの「日本」に生息する発達障害者(チビ、ブサ、異性にもてない、低学歴)♪♪♪
(〇 〜 〇 | \
/ |
| |_/ |
- 97 :
- 伊作は「夫子の是の邦に至や」「大道の行わるるや」と読む伝統的な訓読を誤解している。
「之」を日本語の格助詞の「の」、「也」を接続助詞と勘違いしているんだろう。
この「之」は>>58にあるように
>この「之」の字の作用は句子形式を主謂短語に変えるということができる。
であって、日本語には存在しない要素。
また、「也」も>>95に
>「也」字は句の中に用いて、停頓の語気を表示する。
とあるように、語気助詞であって日本語にない要素。
例えば句末に用いる「矣」のようなものと類似している。
日本語に無い要素なのに「ゆく」や「なり」という、
日本語にもある実字として読んでしまっては間違い。
訓読の習慣で「〜の〜や」と読む場合が多いが、
文の構成上、そのように訓読するとリズムが悪くなる場合は、
そう読まない場合もある。禮記の例はまさにそれ。
「矣」を読まないのと同じである。
たまたま訓読の場合に「之」を「の」と読むと格助詞の「の」と同じ形になってしまうので、
伊作に限らず、これを格助詞と勘違いしているひとはいるだろう。
- 98 :
- 伊作があいかわらずワンワンキャンキャン吠えてるなww
大道之行也 天下為公
君子之愛人也 以コ
これは>>58の人が挙げた例を出しただけ。文句があるなら>>58の人に言え。
伊作は、〜之〜也、の也を強調と解しているようだ。角川の辞典では、
は。のは。ときには。指示。提示。
強調と解するより、指示、提示と解したほうが妥当であると思うが、それはまあどうでもいい。
肝腎なのは、〜之〜也、という用法が存在し、それを、〜の〜や、と読むのも一般化されているのに、
伊作がどこまでもそれを否定しようとしていることである。
かくなる上は、伊作は、日本の漢文学者に挑戦状を叩き付ければよいのである。
まあ、無視されるのは目に見えているがw
- 99 :
- >>95
「断片的衒学投稿」というタイトルを書き忘れてるぞ。
天才の「総合力」に舌を巻いたろう。ん・んー?
ごたくはいい。
お前が拾ってきた「也」の意味を使って、この文章の読みと意味を提示してみろ。
お前の力量テストだ。ほれ
「宣帝之平公孫氏也」
「大道之行也與三代之英、丘、未之逮也、而有志焉」
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☆ガソリンの店頭価格変動に右往左往するスレ134バレル
【どうでもいい】サンキューハザードを使う理由【だが否定は許さない】 8灯目
うちさぁ、車あんだけど...乗ってかない?204
ドライブレコーダー映像に意見する 危険運転246件
お前らが笑った画像を貼れ in 車板 155笑い目