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2013年05月創作発表64: 新西尾維新バトルロワイアルpart5 (218) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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新西尾維新バトルロワイアルpart5


1 :2013/02/18 〜 最終レス :2013/04/21
このスレは、西尾維新の作品に登場するキャラクター達でバトルロワイアルパロディを行う企画スレです。
性質上、登場人物の死亡・暴力描写が多々含まれすので、苦手な方は注意してください。

【バトルロワイアルパロディについて】
小説『バトルロワイアル』に登場した生徒同士の殺し合い『プログラム』を、他作品の登場人物で行う企画です。
詳しくは下の『2chパロロワ事典@wiki』を参照。
ttp://www11.atwiki.jp/row/

【ルール】
不知火袴の特別施設で最後の一人になるまで殺し合いを行い、最後まで生き残った一人は願いが叶う。
参加者は全員首輪を填められ、主催者への反抗、禁止エリアへの侵入が認められた場合、首輪が爆発しその参加者は死亡する。
六時間毎に会場に放送が流れ、死亡者、残り人数、禁止エリアの発表が行われる。

【参加作品について】
参加作品は「戯言シリーズ」「零崎一賊シリーズ」「世界シリーズ」「新本格魔法少女りすか」
「物語シリーズ」「刀語」「真庭語」「めだかボックス」の八作品です。

【参加者について】
■戯言シリーズ(7/7)
 戯言遣い / 玖渚友 / 西東天 / 哀川潤 / 想影真心 / 西条玉藻 / 時宮時刻
■人間シリーズ(6/6)
 零崎人識 / 無桐伊織 / 匂宮出夢 / 零崎双識 / 零崎軋識 / 零崎曲識
■世界シリーズ(4/4)
 櫃内様刻 / 病院坂迷路 / 串中弔士 / 病院坂黒猫
■新本格魔法少女りすか(3/3)
 供犠創貴 / 水倉りすか / ツナギ
■刀語(11/11)
 鑢七花 / とがめ / 否定姫 / 左右田右衛門左衛門 / 真庭鳳凰 / 真庭喰鮫 / 鑢七実 / 真庭蝙蝠
真庭狂犬 / 宇練銀閣 / 浮義待秋
■〈物語〉シリーズ(6/6)
 阿良々木暦 / 戦場ヶ原ひたぎ / 羽川翼 / 阿良々木火憐 / 八九寺真宵 / 貝木泥舟
■めだかボックス(8/8)
 人吉善吉 / 黒神めだか / 球磨川禊 / 宗像形 / 阿久根高貴 / 江迎怒江 / 黒神真黒 / 日之影空洞
以上45名で確定です。
【支給品について】
参加者には、主催者から食糧や武器等の入っている、何でも入るディパックが支給されます。
ディパックの中身は、地図、名簿、食糧、水、筆記用具、懐中電灯、コンパス、時計、ランダム支給品1〜3個です。
名簿は開始直後は白紙、第一放送の際に参加者の名前が浮かび上がる仕様となっています。

【時間表記について】
このロワでの時間表記は、以下のようになっています。
 0-2:深夜  .....6-8:朝     .12-14:真昼  .....18-20:夜
 2-4:黎明  .....8-10:午前  ....14-16:午後  .....20-22:夜中
 4-6:早朝  .....10-12:昼   ...16-18:夕方  .....22-24:真夜中

【関連サイト】
 まとめwiki  ttp://www44.atwiki.jp/sinnisioisinrowa/
 避難所    ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14274/

2 :
引き続き代理投下を続けさせてもらいます。
前スレ: ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1336135103/l50

3 :
 「――ただしそのころには、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな!」
 戦いの火蓋は、それを皮切りとして落とされた。
 七花が掌底を打ち込まんとするのを、右衛門左衛門は持ち前の身のこなしでかわしつつ、メスの一本を彼の額めがけて投擲する。
 当たれば脳髄まで届くは必至の速度だが、相手は鑢七花。
 四季崎の完了形変体刀『虚刀・鑢』と呼ばれるだけあり、この程度の攻撃は虚刀流の前では児戯にも等しい。
 大体、その程度の輩であるなら如何に落ちぶれたとはいえ、真庭忍軍の連中も彼の前に悉く散るようなことはなかった筈だ。
 瞬、と飛んだ銀刃を。
 粛、と虚刀が叩き落とす。
 真ん中で破砕した刃とは裏腹に、彼の手に一切の傷跡はない。
 「虚刀流・薔薇ッ!」
 轟と空気を切り裂いて、空中で逃げ場のない右衛門左衛門へと前蹴りが炸裂せんと進んでいき、それは直撃の軌道かと思われた。
 しかしだ。虚刀が並大抵の輩には討ち果たせぬように、この左右田右衛門左衛門――『不忍』もまた、生易しい手合いではない。

4 :
 炎刀が無くとも、七花に負けるとも劣らぬ身体能力がある。
 速度でならば、此方に長があるといっても過言ではない程だ。
 首筋を破壊する筈だった前蹴りは、空中で錐揉み回転をするように身体を捻らせた右衛門左衛門により易々と回避された。
 が、これで終わりではない。
 七花の回し蹴り――虚刀流・梅が無防備な右衛門左衛門を休む暇を与えないまでの速度で、その胴へと放たれている。
 「不悪(あしからず)――だが!」
 右衛門左衛門はそれを華麗なまでのバック転でかい潜ると、避けた後の空中滞空時間に、抜き出したメスを数本、投げつける。
 これだけの数を捌くことは、並の剣士では不可能だ。
 が、この鑢七花という男を前にそんな道理は通じない。
 これで仕留めきれる訳がない。

5 :
 「よっと」
 横薙ぎの一閃で、七花は放った細くしなやかな刃を全て捌く。
 砕けた刃の破片が宙を舞う。
 七花は今度こそ右衛門左衛門へと攻撃を打ち込もうと勢いよく踏み込もうとし、そこで初めて鋭い痛みに呻いた。
 散る破片に覆い隠されるようにして飛来した真庭忍軍の棒手裏剣が、七花の脇腹を抉っていたのだ。
 こういう手は、やはり暗殺者の得意技である。
 様々な相手と、様々なしのびを相手取ってきた鑢七花であっても気付けぬ一撃を放ってのけるは、流石は否定姫の腹心というべきか。
 内臓はやられていないから、まだ良かった。
 そう七花が僅かに安堵した時には、彼は術中にはまっていた。
 右衛門左衛門の姿が、視界から消失している。
 慌てて振り返ると、そこには案の定仮面の暗殺者の姿。
 突き出されたメスの冷たき刃が、またも彼の肉体を貫く。
 「……ちっ!」
 
 七花の攻撃が届くよりも前に、右衛門左衛門は既に素手のリーチから脱出していた。
 如何に絶大な威力でも、届かなければ意味がない。
 今のところ、戦況は左右田右衛門左衛門へと傾いているようだった。
 「――万全ではないようだな、虚刀流」 
 「ほざけ!」
 悪態をつく七花だが、冷静さを欠いてはいない。
 欠けているとすれば、それは刀の造形だ。
 右衛門左衛門には分かる。
 一度はぶつかり合い、敗北した相手だ、分からない方が無理な話。
 あの城で拳という刀と、銃という刀を交えた時の彼は、大袈裟な比喩の一切を抜きにして命を省みていなかった。
 言葉通り、殺して貰う為に挑んでいた。
 腕利きの御側人達を悉く撃破してのけた彼はこれまでの旅路の成果か怜悧かつ屈強、まさしくそれは無双と呼ぶが相応しい技前だった。
 しかし今の鑢七花は、どこかが鈍い。
 左右田右衛門左衛門はそれが、自らが悪評を広めた少女により負わされた手数であると知らぬままに、唯無情にそこを狙う。 
 腐っても元は闇夜を舞う忍。
 現在だって職業は暗殺者のようなもの。
 今は亡き主君の命令とあらば誰でも殺し、幾らでも壊す冷血漢。
 しかも今や、主の復活という大望を胸にしている彼に、真っ当な誇りを期待することがまず不毛の極みだった。
 ――拳が舞って、銀が飛ぶ。
   虚刀の紅が宙を舞い、不忍は自らの有利に口許を歪める。
   しかしながら、そこは現日本最強の剣士。
   打ち合う中で彼もまた、確実に右衛門左衛門へと疲労を与える。
   目に見える傷と、見えない傷の違いだ。
   互いに致命傷にはなり得ぬギリギリの境界線を突き詰めていく、いわば終局間際の将棋の如き攻防が繰り広げられる。
 完全なる少女により、刀は病魔という錆に冒された。
 それによる倦怠感と、更に疲労が彼をどこか鈍らせる。
 虚刀・鑢は完全なる刀だが、鑢七花はあくまで人間に区分される。
 刀は砕けても繋ぎ合わせることだって可能かもしれない。
 少なくとも、伝説の刀鍛冶が――七花を奇妙な刀集めの旅へと導いた当の本人が知る、未来の技術でなら容易いことだ。
 だが人間はそうはいかない。
 気合いで不治の病は治せない。
 胴体から両断されたら、それでおしまいだ。

6 :
 「不笑」
 右衛門左衛門は笑わない。
 七花の胴体には所々に赤い線が生まれ、そこから血液が漏れている。
 メスや棒手裏剣が刺さったままの箇所さえあるほどだ。
 なのに、ちっとも勝てるという確信を得らせてくれない。
 これが虚刀流か、と。
 覆面の男は、改めて笑えない、との評価を下した。
 「笑えねえのはこっちの方だよ。……くそっ、あの女。ホントに邪魔なもんを残してくれた」
 
 やはりあの少女。鑢七花をどんな手段か知らないが、打ち破った少女。
 彼女のおかげでこの戦況があるのかもしれないと考えると、少しは感謝の情も湧いてくるというものだった。
 炎刀を持たぬ今、手持ち無沙汰なのは間違いなく自分である。
 これで相手が万全であれば、逃げるに徹するより他無かった。
 右衛門左衛門がまたも刃を投じる。
 何度繰り返されたか分からぬ動作を、七花は億劫とばかりに払った。
 あの刀の間合いに入るのは愚策。
 だが、遠距離からでは確実な決着に繋がる一手を打ち出せない。 
 現にこれまでの攻撃で、まともなダメージになったのはたった数発だ。
 地面はいつからか、金属の破片ばかりになっていた。
 手持ちの武器があと幾つあるか数えていれば、相手に先手を許す。
 少なくとも、悠長にやっている暇はない。
 鑢七花をRのに武器を使い切るのはいいが、戦っている最中に武器を使い切るのだけはあってはならないことだ。
 勝負を決める。
 そうと決まれば、真庭の棒手裏剣を使うのが最も堅実だろう。
 メスの切れ味はしなやかで悪くはないものの、一撃の破壊力でならばこちらの方が遙かに勝るのだから。
 「右衛門左衛門、あのさ」
 いざ動かんとした時に、七花が口を開いた。
 彼もまた、決着の訪れを感じたのだろう。
 もしくは、決着を無理矢理にでも訪れさせるということか。
 
 「おれは情けねえよ」
 情けない。それは、彼の現在の本心だった。
 鑢七花を鈍らせているのが、肉体の重みのみである。
 そんなのは、戯言に過ぎない。
 彼を真に鈍らせているのは、紛れもなく敗北の重みだ。
 
 「おれは失うものなんて、もうなんにもないんだ。とがめはあんたが殺しちまった。おれは何もないんだよ」
 七花は決して生涯無敗を貫いている訳ではない。
 双刀を振るう怪力使いの一族の、その唯一の生き残りに。
 錆び付いた刀、生涯を通して一度しか勝てなかった実の姉に。
 剣を扱えない、その欠点を突かれて誠実なる剣士に。
 敗北し――しかしながらも立ち上がり、全てその手で倒してきた。
 彼には目的があったからだ。
 惚れた女の為に、立ちはだかる敵を倒す。
 単純にして明快、されど絶対にして最高な理由があった。
 「それなのに黒神の奴に負けて、薫ってたんだろうな。ああ、認める」
 願いを懸けた殺し合いはまだ半ばであるというのに、だ。
 言うならば、本戦を待たずに中途半端なところで敗北した。
 立ち上がらせてくれる理由も曖昧になって、それが七花を錆びさせた。
 心も錆びて体も錆びた。まさしく、情けない限りだ。

7 :
 「だから、ありがとよ。右衛門左衛門――あんたと此処で再会出来なきゃ、おれは案外その辺で野垂れ死んでたかもしれねえ」
 「不笑。わたしは再会など、望んでいなかったぞ」
 「そうかい」
 七花は苦笑するように微笑して。
 その一瞬後、先程までとは明らかに異なる冷たさを纏い、構えた。
 それは覚悟完了の徴。迷いを断ち切った証。
 
 先に駆けたのは右衛門左衛門だった。
 メスを右手の指の間に挟み、もう片方で棒手裏剣を持つ。
 速さはまさに超速。忍ぶことを捨てたとしても、腐ってはいない。
 一瞬に近い時間で間合いを詰めた彼は、右手に鉤爪のように装着したメスで、情け容赦なく七花の肉体を切り裂いた。
 浅い。だが、確かに通った攻撃だ。
 続いて棒手裏剣を打ち込まんとするが、その瞬間には七花の蹴り上げが手裏剣を砕き、次なる動作を無意と変えた。
 速い。切り返しでなら、彼もまた超速のそれだった。
 追撃が、鉤爪を模した右手へと及ぶ。
 
 「――――…………っ!」
 飛び退かんとするにも、一瞬驚きで時間を喰われた。
 それは致命的な隙、あるべきでない異分子。
 不覚にも時間にして一秒にも満たぬ空白が、彼を追い詰める。
 されどそこは否定姫が腹心だった男。
 凄腕のしのびを次々と暗殺してのけ、神の通り名を与えられし男とも互角に渡り合える手練れ。
 鑢七花の旅の中でも、一二を争う実力者。
 速やかに彼は速断し、肉を切らせて骨を断つことを選ぶ。
 即ち、右腕を捨ててでも有効打へ繋げる。
 どうせ失うことが避けられないのなら、成功できるかも分からない悪足掻きに賭けるのではなく、現実を受け入れた上で次へ活かす。
 がいぃぃぃいいん――――と、鈍く大きな衝撃。
 右腕は千切れこそしなかったがその形状をあらぬ方向へと曲がらせ、一目で使い物にならないことを覚らせる。
 
 次は七花が顔をしかめる番だった。
 視界が、赤色に包まれたのだ。
 投げ込まれる何かを打ち落とした、それが原因らしかった。
 破片は苦にならないが、大きく視界を書いてしまった。
 目潰し――右衛門左衛門は、自らの支給品である曰く付きの小瓶を、事もなさげに使い捨てたのだった。
 英断だと、七花は思う。右衛門左衛門も信じている。
 どうせ使い物にならない物ならば、せめて最大限の使い方で使い潰すのが最善に決まっているのだから。
 更に、視界を潰された七花の背後へ、彼は瞬身する。
 ――相生拳法・背弄拳……!!
 背後にいるものは攻撃しにくいというメリットを最大限に活かし、常に相手の背後を取る、忍者の動きあってこその拳法。
 それはひどく単純で、それゆえに攻略が難しい。
 視界を封じられている七花では、気付くことさえ遅れる。
 「さらばだ、鑢七花!」
 繰り出すは絶技。
 虚刀を砕くに相応しき一撃。
 
 
 「――――不忍法・不生不殺――――!!!!」

 そして。
 鮮血が激しく咲き乱れ。
 虚刀流と不忍の再戦の決着は着いた。
 ――風が吹いていた。

8 :
    ◆    ◆

 「――――が、は…………!!」
 左右田右衛門左衛門は、倒れていた。
 あの時と同じく、その胴体に致命傷を穿たれて。
 血液の湖を作りながら、避けられぬ死の訪れを感じさせられていた。
 一方の鑢七花は、全身各所に細かな傷を作りながらも立っている。
 二本の足で地面を踏みしめ、自らの貫いた敵を黙って見下ろしている。
 ――あの時、右衛門左衛門は確かに勝利の一歩手前にいた。
 不忍法・不生不殺を決められていれば、勝利は間違いなかったのだ。
 仕留めきれずとも視界を封じられた七花では、動きは当然鈍る。
 その隙で十分。もう一度必殺を叩き込めば、確実に彼が勝っていた。
 なら何故左右田右衛門左衛門は負けたのか。
 それはひとえに、偶然だった。
 
 視界を奪われると同時に、七花もまた考えた。
 考えるというよりは、ほぼ直感に近かっただろう。
 右衛門左衛門が確実に命を取りに来ると、確信することができた。
 迎え撃たなければ殺される。それも、此方も必殺で応じるしかない。
 ――虚刀流・一の構え。鈴蘭。
 更に、それから繰り出される虚刀流最速の奥義・鏡花水月。
 そうやって、突撃してくる右衛門左衛門を迎え撃とうとした――が。
 彼が背後へと回ったことを、まばらとはいえ微かに見えた視界の様子から察することができた。
 それがあとほんの一秒遅ければ、七花は死んでいた。
 型のなき、無名の一撃。
 振り返ると同時に放たれた、他の奥義のどれにも当てはまらない攻撃。
 虚刀流の奥義に属されるほど、それは上等ではなかった。
 あまりにお粗末で、けれども鑢七花の全力を込めた一撃。
 それは左右田右衛門左衛門の一撃が自らに届くよりも前に、彼の胴体を刺し貫き、この因縁の戦いへと終止符を打った。
 ただ、それだけのことだった。
 「……おれの勝ちだ、左右田右衛門左衛門」
 「や、すり……しちか……!」
 右衛門左衛門は立ち上がろうとするが、叶わない。
 やはり前回と同じく、死は免れない致命傷であるようだった。
 一分どころか、あと十数秒保つかどうかも分からない状態だ。
 当然、如何にしのびの如き速さを持つ右衛門左衛門でも、それほどの短時間で優勝を勝ち取ることなど到底不可能である。
 彼は、敗北したのだ。
 何も為さずに、無意味に無価値に死んでいく。
 「虚刀流」
 はっきりとした語調で、彼は言う。
 無価値の誹りを受けるくらい、何でもないことだ。
 けれども、無意味で終わることなどあってはならない。
 それではあのお方の――姫さまの腹心として、あまりに無様すぎる。
 だから彼は最期に遺すことにした。いや、託すことにした。
 自分の遂げられなかった願望を。
 恨み言のように、皮肉るように、人間らしく笑って、伝えて逝った。
 「姫さまを任せた」
 ――――それっきり。
 ただ一度だけ吐血して、左右田右衛門左衛門は今度こそ完全に死んだ。
 その光景を見つめて、七花はぽつりとつぶやいた。

9 :
 「そういや、”一人”とは言ってなかったっけな――――」
 ばたりと、彼は地面へ仰向けに倒れ込む。
 致命傷は負っていないが、如何せん、疲れてしまった。
 ようやく一人の戦果を挙げたところだというのに、どうにも眠い。
 一度休んだほうがいいか。
 
 ――そういや、右衛門左衛門を殺した、あの一撃。
 あれなら、虚刀流の新しい奥義に出来たかもしれないな。
 まあ、どうやったのかなんて、もう忘れちまったけど――
 彼はそれ以上睡眠欲求へ逆らうことをせずに、緩やかな眠りへとその意識を落としていった。

 
 【左右田右衛門左衛門@刀語  死亡】

【一日目/真昼/C-3】
【鑢七花@刀語】
[状態]疲労(大)、倦怠感、覚悟完了、全身血塗れ、全身に無数の細かい切り傷、刺し傷(致命傷にはなっていない)、睡眠中
[装備]奇野既知の病毒@人間シリーズ
[道具]支給品一式(食料のみ二人分)
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
 1:……………………。
 2:起きたら本格的に動く。
 3:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る。
 4:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない。
[備考]
 ※時系列は本編終了後です。
 ※りすかの血が手、服に付いています
 ※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
 ※浴びると不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です。

10 :
 

11 :
投下終了です。
どなたか代理投下をお願いできれば幸いです
失礼、>>641の36行目 ”自らの支給品である” を "病院で得た"に変更お願いします
ということで代理投下終了です。 >>7 にあたる修正部分の修正を忘れておりました。 申し訳ありません

12 :
投下乙です!
うおおおおおお、面白えええええ!
七花と左右田右衛門左衛門の決闘っていう原作にもあったイベントの筈なのに、右衛門左衛門が姫様を失ってるとこんな感じになるのか、って驚いた。
決して冗長じゃなく、でも濃縮された戦闘シーンはまさに見事。
決着が呆気ないのも刀語らしいなーと思いました。素晴らしいものを読ませてもらった

13 :
投下乙です!
やべえ…七花が格好良すぎる。七花にせよ右衛門左右衛門にせよ、ここまで光り輝いた話はこのロワでは初めてじゃあなかろうか
この二人の登場話に相応しい雰囲気を醸し出す文章もさることながら、戦闘の描写および、冒頭の失意から決意に至るまでの描写は秀逸と言わざるを得ない
特に最後の決め技が「無名の一撃」っていう所に並々ならぬセンスを感じた。タイトルに改めて納得です
しかし七花に死亡フラグを浴びせかける(物理)あたり一筋縄では行かない・・・! 七花にこういう「呪い」系が来るって展開はなかなかえげつない・・・
とにかくお見事でした、乙!

14 :
おいおいなんだよクソ面白え(
西尾ロワではこういう話はあんまりないから新鮮で嬉しい

15 :
投下乙〜
この頃七花がかっこ良すぎる!
原作にもあったイベントなんだけど今回は右衛門左衛門も失った側なんだよなあ
タイトルも中身もかっこいい話でした!

16 :
噂を聞いて読みにきてみたがこいつはスゲェ……
刀語らしい展開と、呆気ないのに読ませる文章、どれを取っても素晴らしいの一言だ
どこか不完全燃焼気味だったと見える七花に覚悟完了させて、左右田の分まで背負わせたかあ
しかし死亡フラグも被った七花、これからどうなるか。

17 :
最近このロワ、熱いね
リスタ前の書き手さんもう一人戻ってきてくれて今予約中みたいだし、大注目

18 :
【0】

 死なねえもんは殺せねえよ。
 
 【1】

 天に召された魂は、死を司る蒼き直線を一切揺るがすこと叶わず。
 それどころか、そんな些末極まる情報では、幼き体躯の少女に巣喰う蒼色の暴君を引きずり出すことすら叶わない。
 彼女にとって真に重要な名前など、ただの一つだけ。
 しかもそれは名前ではなく、単なる一記号としか表されない存在だ。
 つい数時間前まで談笑をしていた彼女の同行者たちが、仮に余すところ無く死滅したとしても――恐らくは、無意味。
 死線を覆すには至らない。
 死線を催すには至らない。
 死線を醒ますには下らない。
 死線を冷ますには丁度いい。
 
 電子の領域における絶対絶無唯一無二の天才児が、鍵盤を叩く。
 ただそれは、鍵盤と称するには、些か押すべき箇所が多すぎた。
 楽器ではなく、キーボードだ。
 彼女がボタンを叩く度に、常人では理解することも烏滸がましいような難解極まる文字列が生まれていく。
 キーを弾く少女の姿は苛烈を通り越して、既に優美の域に達している。
 そんな《演奏者》が、一瞬だけ鍵盤を弾く手を止めた。
 さながらプロのピアニストが、演奏の真っ最中に耳元を小蠅が舞い、あまりの鬱陶しさに手を止めるかのように。
 その後直ぐに――また、暴君の演奏は再会される。
 但し、彼女の思考を一瞬でも止められたことは名誉といっていい。
 少なくとも死線の王女が脳裏に思い描いたその人物は、その事実を光栄として彼女へ恭しく頭を垂れたことだろう。
 ――ぐっちゃん、死んじゃったか…………
 作業の手を一切緩めず、片手間に青い少女は思考する。
 彼女は数十年をかけて当然の研究を、僅か数時間で完成させるほどの頭脳を持っている。
 普通なら脳を目一杯使ってもどうにも出来ないような作業をしつつ、他の事へ気を回すなど、彼女にすれば本当に雑作もないことなのだ。
 
 ぐっちゃん。
 放送で呼ばれたその名前は、彼が少女やその仲間たちに名乗っていた名前とは異なっていたが、彼女はそれを把握していた。
 空前絶後のサイバーテロ集団。少女は《チーム》と称する。
 《チーム》の一員であった式岸軋騎という男は、本音のところを言うならば、少女にとっては仲間の一人としての認識でしかない。
 彼は当時14歳の少女へと想いを寄せていたようだが、その想いが成就するなど天地が裏返っても有り得ない話。
 彼女の恋人になれるのは、この世でただ一人だ。
 その少年の代用品など存在せず、真にその存在は唯一無二。
 そんな《街》式岸軋騎が仲間内でただの一つだけ突き抜けている面を挙げるとすれば、それは現実での戦い。
 電子の海――0と1の世界でならば絶対を誇る彼らも、数式で表せない現実面では圧倒的なまでに無力な存在である。
 ただ一人、式岸軋騎を除いては。
 彼だけは白兵戦が出来る、敵を物理的に駆逐することが出来る。
 何故なら、彼は魑魅魍魎とさして変わらない連中からも忌避される一賊《零崎一賊》が三天王の、その1人であるのだから。
 いや、今はもう過去形で表記するべきか。
 ――ぐっちゃんなら、とは思ってたんだけどね……
 式岸軋騎イコール、零崎軋識。
 シームレスバイアスと呼ばれる、天下に悪名を轟かす一賊の中でも、最多の人数を最も容赦なく殺した武勇を持つ鬼。
 彼がそう簡単に殺されることはないだろう、と踏んでいた。
 彼女もよく知る、鮮烈な赤色の請負人に比べれば確かに劣る。
 それでも、そんじょそこらの有象無象にやられる雑魚ではない。
 式岸もとい軋識が崇拝を寄せていた《暴君》は、彼の死を悼むでも慰めるでもなく、決して少なくない失望を覚えていた。
 見事なまでに期待を裏切ってくれた。
 もしも彼が生きていたら、殺していたところだ。

19 :
 普段の無邪気さは陰を潜め、その思考は何時しか壮烈な蒼へと変化。
 青い蒼い少女は、自身の仲間の体たらくに溜息をつく。
「ま、いっか。いーちゃんが生きてるんなら僕様ちゃんはそれだけでお腹いっぱいだよ。ぶいっ」
 無邪気に微笑みつつも、思考は怜悧に張り巡らせる。
 《街》が死んだ。名だたる零崎の鬼神が敗北して死んだ。
 ひょっとすると、これは想像以上かもしれない。
 想像以上に状況は混沌としており、それこそ自分の目の及ばないリアルな領域で、事態は刻一刻と狂いつつあるのか。
 零崎が一人、《呪い名》が一人。
 ――そして放送の声の変化。
 あの声は少女のものだった。
 聞き覚えはないが、きっと女子高生くらいの年齢だろうか。
 不知火袴と、あの覚えのある《声》。第一放送を担当した、哀れなる堕落者。いつかの事件以来どうしているかと思えば、まさかこのような愚行に肩貸しをしていたとは――とうとう、落ちるところまで墜ちたか。
 堕落三昧(マッドデモン)・斜道卿一郎。
 不知火袴はともかくとして、あんな小物は気に留めるまでもない。
 あのような非凡な存在では、愛しい《彼》や自分を破滅させるなどどう考えても無理だ。荷が重すぎる。
 耄碌した老人二人に、死線は抑えきれない。
 死線を抑えても、あの人類最強を抑制するなど不可能だ。
 仮に最強を倒しても、全てを乱す彼を潰すことは絶対に叶わない。
 
 だから、主催陣にはまだ真打ちがいると玖渚は予想していた。
 結果は予想通り。年不相応な堂々とした口調から察するに、もしかするとそれなりに名の知れた人物だったのかも知れない。  
 自身の兄とどうにかして連絡がつけば、事態は急転することだろう。
 殺し合いなんて児戯は最悪、一分と満たず終結する。
 今回は事態が事態だ――そのカードを切るのも、吝かではなかった。
 「掲示板の情報はもう纏めたし、あとはこの子のお洋服を脱がせてあげたらちょっと休憩かなー?」
 掲示板は幸い、正常に機能している。
 創設したのは無駄ではなかったらしい。
 書き込みの内容は一言一句違わず脳髄に記録した。
 そんなものは、青色サヴァンのキャパシティを前にしては、塵芥にも等しい小さな情報。
 それより問題は、このハードディスクである――――。
 暴君。
 死線の蒼(デッドブルー)。
 青色サヴァン。
 ――真なる名前を、玖渚友。
 彼女をして、このハードディスクは手応えのある壁だった。
 《お洋服》というよりは、戦国甲冑のごとき堅牢な鎧だ。
 中途半端なスキルしか持たない輩では、突破できないだろう。
 《チーム》クラスの人材でなくては、この鎧は剥がせない。
 その逆もまた然り。
 生半可な使い手では、この鎧は作れない。
 この《中身》には、それだけの価値があるのか。
 それとも、あてつけの如く何も入っていないブラフなのか。
 どちらにしろ、箱を開けてみるに越したことはない。
 猫箱の中身は、蓋を開けるまで確定しないのだ。
 何にせよ開けてみなければ、真にこれが有用か無用かを判断することが出来ない――それが何より、手痛い。
 無知は最大の悪徳だ。
 最悪の病魔といってもいい。
 そんなものを抱えているくらいなら、それが無駄なことであったとしても、己の知識の一端にしてしまった方がいいに決まっている。
 まあ、世の中には《知らない方がいいこと》も沢山あるのだが――
 しかし、この小さな少女はそんな領域をとうに飛び越えていた。
 
 彼女の指が鍵盤を叩く度に。
 ハードディスクの内部に巣食う堅牢なる守護者(ガーディアン)が、成す術もなく駆逐されていく。

20 :
 彼女にしては時間が掛かっているといえる、それでも勝負にさえなっていない、圧倒的すぎるゲーム展開だった。
 この程度では、玖渚友にとってのタイピング練習としてさえ落第だ。
 気怠げに、欠伸をひとつ。
 あどけない瞳を欠伸による涙で潤ませて、両手のみが暴風のように死線を広げていく、そんなアブノーマルな光景が平然と存在している。
 まさしく死線。
 ただしく暴君。
 青色サヴァンは止まらない。
 玖渚友にとって、機械を扱うのは呼吸と同じだ。
 それどころか、呼吸よりも容易いことでさえある。
 彼女が奏でれば電子が弾けて、彼女が叩けば電子が狂う。
 彼女が直そうと思えば壊れたモノは元の形を取り戻し、彼女が壊そうと思えば鉄壁の城壁だってがらがらと――崩れ去る。
 ――現にいま、城壁が崩れた。
 丸裸の敵城には、脆弱な兵隊が残っているだけとなった。
 玖渚はこの防衛プログラムを作成した人物を賞賛する。
 悪名高きサヴァンの群青を、二十分近くも足止めすることに成功しているのだ。結果はどうあれ、それは間違いなく、並の腕前では叶わぬ芸当。
 
 「ほいっと、これで《王手》だね」
 休まる間もなく響き続けていたキーボードの音が、唐突に止む。
 それは即ち、玖渚友が当然の如く勝利してのけた、たったそれだけの事実を簡潔に意味していた。
 つい十数秒前まで画面を埋め尽くしていたエラー通知の数々は、今や電子の大海原に塵と消え失せ。
 まるで人類がいなくなった地球のように、汚れが消えてやけに綺麗に見える蒼いデスクトップの画面が表示されている。
 こうなればもう此方のものだ。玖渚はにんまりと笑うと、今度は情報を引き出すためのパスワード解読へと作業を移す。
 錠前など、針金でこじ開けられる内なら無いにも等しい。
 コンピューターでピッキングをやるとなれば当然難易度も段違いに上昇する筈なのだが、彼女にそんなありきたりの理屈は通じない。
 錠前を徹底的に外され、セキュリティを全て潰されたハードディスクはいよいよ、内部に眠る貴重な情報の数々をさらけ出す。
 クリック。
 クリック。 
 ダブルクリック。
 スクロール。
 パスワード。
 解除。
 クリック。
 ――そうしていよいよ、《秘宝(なかみ)》が、死線の手に堕ちる。
 「…………不知火一族?」
 それは、参加者の情報でもなければ首輪の情報でもなく、主催者の一人である、不知火袴の《名字》についての記述だった。
 黒神めだかなどの情報を得た時とは違い、テキストデータで簡潔に纏められており、幾分か読み辛い印象を受ける。
 だがそれは決して無益ではない情報だった。確かな収入だった。
 不知火袴、不知火半纏、不知火半袖、不知火――不知火、不知火不知火不知火不知火不知火不知火――。
 ――最下部には、動画ファイルがあった。
 玖渚はほんの一瞬だけ躊躇ったが、まさかこれでペナルティということもないだろうと思い、やがてエンターキーを静かに押す。
 
 そこには黒神めだかがいた。
 彼女は相も変わらず異常に、いや、異常なのだが、どこか吹っ切れたような様子を見せつつ、戦っていた。
 ダイジェスト風に紹介されていく、彼女たちの戦い。
 言葉使い(スタイリスト)が登場し、婚約者たちを退け。
 大切な友人《不知火半袖》を救うべく、《不知火の里》、いわば敵里の中心へといつもの通りに正々堂々真っ向から攻め入る。
 途中までは順調。だがそれは一人の大男により妨害される。
 異形なる鬼神の暴虐により仲間は散らされ、正義は負ける。
 少し映像がカットされ、どこかの病院。恐らくは廃病院。
 婚約者候補との激突。そして勝利。
 スタイルなるものを開発した男が鬼神により殺される。
 そこからは少し早送りされながらの、まさしく超人同士のぶつかり合いと称するに《相応しくない》、人の単語を冠することが憚られるほどの激闘が繰り広げられ――再びのチーム半壊。
 結局は黒神の幼なじみの少年が立ち上がるところで映像は終わり。

21 :
 字幕もテロップも無いその映像は、正直なところかなり意味不明といっていい映像だった。
 だが、玖渚友はその意味を理解する。
 持ち前の聡明な頭脳を、様々なものを犠牲にして成り立つ人智を超えた頭脳を働かせて、的確な仮説を提唱する。
 
 「ふうん。じゃあこれが、《時系列超越》の証拠か」
 つまらなそうに、彼女は言った。
 映像の中には幾名か玖渚の知る、この殺し合いに参加させられている人間の姿があった。
 その内の何名かは、玖渚の調査によって得たデータと僅かに異なっていた。
 ならばそれを証明する理屈はひとつ、時系列を超越する技術を主催側が保持している――そんな、荒唐無稽なものしかない。
 玖渚は科学を信仰するような趣味はない。
 それが現実なら順応する、ただそれだけのこと。
 だから彼女にとってこれはなんて事のない事実。
 どうでもいいような話。
 問題は、再生の終了した動画のラストカットとして表示されている、ペイントで描いたようなヘタクソな文字の羅列。 
 それは、こう読めた。
 それは、玖渚友にとって覚えのある文章だった。

 《――You just watch,"DEAD BLUE"!!》

 【2】

 不知火袴に、本当にこれほどの権限があるのか。
 それが、全てのデータに目を通し終えた玖渚の感想だった。
 袴の冷静かつ淡々とした舞台進行は確かに異常なものがある。
 教育に狂った男、とすればまだ分からなくもなかった。
 が、蓋を開けてみれば彼の正体は拍子抜けするようなもの。
 黒神めだかの父親・黒神舵樹の影武者という、それだけの存在だ。
 教育者としての適正は本物よりも高かったようだが、影武者風情がここまで出しゃばることが許されるのか。
 舵樹がこの殺し合いを仕組んだというのなら分かる。
 ただしそれも、あのビデオ映像を見れば違うと確信できるもの。
 黒神めだかと対話をしていた舵樹はひどい親馬鹿に見えたし、とてもじゃないが娘を殺し合いへ投げ込むような男には見えなかった。
 ――なら、あれはなんだ?
 なぜ、自分の役回りを超えたことをしている?
 それは影武者の一族《不知火》に相応しくない、行動ではないのか?
 考えられることはひとつ。
 不知火袴が、既に次の仕事先に成り代わっている可能性だ。
 何らかの理由があって舵樹の影武者を続ける理由が消滅し、新たに影武者を勤めることとなった《誰か》の指示に従っている。
 あくまでもこれはただの仮説。
 単に不知火袴が勝手に暴走し、自分の役を超えた行動に出ただけの話を、深読みしているだけという可能性も十二分にある。
 けれど、このハードディスクの存在する意味。
 明らかに主催者へ不利となるこの情報をわざわざ放置した意味。
 どう考えてもそれは、主催陣営の不和によるもの。
 主催に身を置いていながらもこのゲームへ難色を示す《誰か》が、危険も顧みずに貴重な情報を残したとしか考えられない。
 その事実が、先の仮説の信憑性を格段に上昇させる。
 不知火一族。
 時系列の超越。
 黒神めだかの更なる超人性。
 そして、もうひとつ。
 もうひとつ――分かったことは、ある。
 「うふふ、ほんとうにいい子だね」
 玖渚友は凄絶に笑う。
 幼い顔面を愛らしく彩り、けれどその瞳だけが怜悧に輝いている。
 たったの一文で十分だ。主催者側にいながらも反逆を志す存在の名前は、その一文から優に推測することが出来る。

22 :
 何せあの事件は、なかなかのピンチだった。
 忘れるわけがない。汚名挽回を見事に遂げた《彼》は、今回もまた、その《破壊》で何もかもをぐしゃぐしゃにぶち壊す気なのだ。
 玖渚は笑う。死線は嗤う。
 有能な仲間に恵まれた幸運を喜び。
 彼の活躍に心からの期待を寄せる。
 その姿はまさしく暴君。
 死線を司る――無比の蒼色。
 「うんうん、さっちゃんはほんとうにいい子だよ」
 さっちゃん――
 細菌――
 グリーングリーングリーン――
 害悪細菌――
 ――――兎吊木垓輔。
 主催者の一人である研究者を徹底的に破壊した男。
 彼はまたも、破壊する。
 死線を救うために、取り戻した汚名を存分に披露するために。
 「さてと。そろそろ迎えにくるころかなー」
 自分で脱出しようとは思わない。
 どうせ誰かが迎えにきてくれるのだから。
 うにー、と背伸びをしたところで、玖渚は思い出したように掲示板へもう一度アクセスし、新たな投稿があったことを確認する。
 ランドセルランドで待ってます、ただそれだけの内容。
 最後の宛名にあった《委員長》という単語は恐らく、分かる者には分かるが、分からない者には分からない、そんな単純なコード。
 情報としてはお世辞にも利益ではないが、参加者の動向が窺えたという点だけを見れば、無益でもない、といったところか。
 そしてその前に書き込まれていた、黒神めだかが殺し合いに乗っているとの書き込み。
 集まった情報は少ない。
 しかし、まだまだ殺し合いゲームは《これから》なのだ。
 死線の少女が植えた種はやがて育ち、大きな華を咲かせて実を生らせ、再び種をまき散らすことだろう。
 うふふと笑って彼女は座する。
 同胞との再会に少しだけ期待を寄せて。
 
【一日目/真昼/D-7斜道卿壱郎の研究施設】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク、ランダム支給品(0〜2)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:迎えを待つ。掲示板を管理して情報を集める。
 2:貝木、伊織、様刻に協力してもらって黒神めだかの悪評を広める。
 3:いーちゃんとも合流したい。
 4:ぐっちゃんにはちょっと失望。さっちゃんには頑張ってほしい。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイヤルについての情報はまだ捜索途中です。
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻が登録されています。
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました。
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました。

23 :
 【3】
 
 その男は、鉄格子の中にいた。
 どこにそんな設備があったのか、もしやすると《彼》の為だけに用意された特別な部屋なのかも知れない。
 対策は万全を期すに越したことはない。対策のし過ぎなんてことは、この男を前にしては絶対に有り得ないのだ。
 《破壊》を生業とする、スキンヘッドの男。
 あの研究所での一件で断髪して見た目は大分変わっているが、その瞳に宿す爛々とした輝きは未だ欠片も衰えてはいない。
 彼は危険だ。そう判断されての、この幽閉措置だ。
 内部には彼に任せられた仕事、《情報管理》を行うための道具だけが置いてあり、他の物資は見渡す限り何処にも存在しない。
 流石の彼でも、鋼鉄の檻を素手で破壊は出来まい。
 これほどの万全を期しているのにも関わらず、檻には幾つもの鍵が掛けられている、その異常なまでの徹底っぷりが、檻の中でディスプレイに向かう男の危険性を何より明確に物語っていると、いえるだろう。
 彼の名前は、兎吊木垓輔。
 かつて世界中を席巻したサイバーテロリスト集団《チーム》《一群》の構成員で、破壊を司った危険極まる男である。
 その悪名は《害悪細菌》。
 細菌だから、頭文字を取って渾名はさっちゃん。
 自分より一回りは年下の小娘に本気で心酔し、彼女の為なら喜んで命も投げ出す狂信者。
 彼はまたも、囚われていた。
 しかも今度は、以前より乱暴なやり方で。
 「兎吊木さん」
 にやにやと。
 にやにやと、にやにやと、にやにやと。
 にやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやとにやにやと。
 ディスプレイを見つめて微笑んでいるいい年をした男は、数度の呼びかけあって漸く、自分を呼ぶ存在に気付いた。
 檻の向こうで立つのは、あまりに場違いなセーラー服の女学生。
 長く艶やかな黒髪に豊満な胸、整った顔立ちと、誰が見たってかなりの美少女に区分されるだろう姿だ。
 尤も、兎吊木の心酔する玖渚友に比べれば、彼の心をそういう意味合いで動かすことは到底叶わないが。
 
 「…………なんだか、すごく失礼なことを思われている気がするのですが」
 「ん? ああ、いやいや。そいつは間違いなく気のせいだろう。風呂場でシャンプーをしている時に、後ろに気配を感じることがあるだろう? それと同じかそれ以上には気のせいだと思うね、俺は」
 溜息をつく少女に、兎吊木はくくくと笑う。
 そんな二人の様子からは想像も出来ないが、兎吊木垓輔の幽閉を提案したのは何を隠そう、この美しい少女だ。
 不知火袴、斜道卿一郎の二人をものの見事な口で説き伏せて、余すところ無く兎吊木の危険性を報告されてしまった。
 あくまでも《仮説》として。
 けれどその内容はほぼ全て《真実》で。
 結果として兎吊木の第一の思惑――主催陣営を内部から瓦解させて、完璧に破壊し尽くすことを、未然に防がれてしまった。
 噂には聞いていたが、この少女。
 やはり伊達ではないことを、身をもって思い知った。
 「――で、俺に何の用だい、策士っ娘」
 「用、という程のものではありませんよ。私は、《何も命じられてはいません》からね」
 あは、と策士は微笑んだ。
 嘘か真実かを見抜くことは兎吊木には出来ない。
 読心術を呼吸のように行うという、最強の存在ならば違うのだろうが、兎吊木垓輔はそこまでブチ切れた人間ではない。
 いや――《害悪細菌》をまともと称するような人間は、彼の仲間の中にすら誰一人として、いないだろうが。
 しかし兎吊木は馬鹿ではない。むしろその真逆だ。
 策士・萩原子荻の有能さを考慮すれば、彼女が無駄な行動を働くなんてことが有り得ないことくらい、すぐに分かる。
 仮に本当に暇潰しがてらの散歩だったとしても、彼女はこうしている間にも何かを考えているのだろう。
 兎吊木垓輔を、縛る策か。
 兎吊木垓輔を、R策か。
 兎吊木垓輔を、操る策か。
 兎吊木垓輔を、惑わす策か。
 兎吊木垓輔を、欺く策か。
 「あのですね、兎吊木さん」

24 :
 「何だい」
 「わたしは、別に落ちぶれた研究者の研究にも、途方もないような大きな意味を持つ計画にも、興味はないんですよ」
 兎吊木垓輔も預かり知らぬ事だが、このバトルロワイアルの根底に何があるのかは、子荻さえも未だ把握していない。
 故に子荻が動く理由は、ただの業務感覚だ。
 だからこうして職務を怠慢しようとも、やるべきノルマさえきちんとこなしてくれれば構わない――と、あの老人は言った。
 
 「わたしはとりあえず、生き残ることを考えます。生きてこのろくでもない物語から抜けられるなら、それが最善だと思いませんか?」
 「さあ――どうだろうね。俺はとりあえず、あの会場にいる《死線の蒼》をどうにかしてやりたいが」
 心配するのも烏滸がましいがね、と付け足し兎吊木は笑む。
 目の奥は笑っていない。子荻を見定めるように、何とも取れない色を灯した瞳が、笑顔の奥に存在していた。
 子荻も怯まずに、慌てることもなく会話を続ける。
 漂う空気は異様なまでの歪。
 錆びてギチギチと音を立てる歯車のように、どこか落ち着かない、不安を醸すようなムードが空間を満たしていた。
 他愛もない雑談が少し続くと、子荻は「そろそろお暇しますね」と行儀良く告げ、時計で時刻を確認する素振りを見せた。
 そこで彼女は思いだしたように、兎吊木の方を向く。
 少女期特有の愛らしい笑顔で、策士は害悪へ言うのだ。
 「《落とし物》の件ですが――わたしの独断で、誤魔化しておきましたので」
 兎吊木は含み笑いではなく、愉快で堪らないという風に笑った。
 子荻も隠すことなくお淑やかながら確かに笑い声を漏らす。
 そんな時間が数秒続いて、あとは言葉を交わすこともなく別れた。
 兎吊木垓輔と萩原子荻。
 彼らに共通していることは、主催者に心からの協力を示しているわけではない、というその一点に集約される。
 兎吊木は愛する死線を生かすために、子荻はどんな形であろうと生きて物語から抜け出るために。
 そのためなら、この二人は手段を選ばない。
 「おっと、そうだ。一応やることだけはやっておかないとねぇ――粛正で死亡だなんて、真っ平御免だよ」
 兎吊木はそう言うと、思い出したようにPCへと向き合う。
 現時点で出来ることはやった。
 あとは見届けるだけだ。《死線の蒼》と、死線に溺愛された欠陥製品の少年が、如何にしてこの事態を乗り越えるのかを。
 無用となった実験材料、兎吊木垓輔。
 彼は閉ざされた白色一色の空間で、有らん限りの害悪を誇示する。
 ――見ていて下さい、《死線の蒼》。
 ――貴女のご期待に添えるように、此方も善処しましょう。
 スキンヘッドの男の笑い声だけが、静かに反響していた。

25 :
代理投下終了です
要請から期間が開いてしまって申し訳ない

26 :
投下乙〜
やばい、これが死線の蒼か
玖渚が怖すぎるし凄すぎる
さっちゃんも出てきたし、玖渚の考察もあってどんどんロワの裏側へも踏み込みだされてるなー
面白かったです!

27 :
 人吉善吉という少年について語るなら、それは『普通』以外のどんな言葉でも語ることは出来ないだろう。
 どんな異常さえも完成させてしまうどころか、自分の手では異常以前に特別(スペシャル)にさえなれない凡俗なる非才の身。
 完璧すぎる少女に惚れている癖をして、どんな奇策謀術に頼ったところで当の少女には絶対に勝てないだろう、弱すぎる男。
 どんなに頑張っても結局は美味しいところを持って行かれる、異常や過負荷のような存在に見せ場を食われるだけの、凡人。
 とてもじゃないが、完全無欠の生徒会長が背中を任せるに値するほど強い人間ではないし、頭脳も彼女には遠く及ばない。
 正義感でも彼女には勝てない。殆ど見渡す限り全ての面で負けている。凡人であるがゆえに、異常の権化の彼女には勝てない。
 ――だが、それでよかったのだと黒神めだかは心から思う。
 結局のところ自分は、彼のような普通の存在が物珍しかったのかも知れない。
 異常なる者達が、
 過負荷なる者達が、
 悪平等なる者達が、
 平然と蹂躙跋扈する日常で、彼だけが違っていたから。
 しかし今は、違う。
 彼の存在は、自分にとって必要不可欠だったのだとわかる。
 力が無くとも、頭が悪くとも、人吉善吉という存在が居てくれたから、黒神めだかは日々に安らぎを感じることが出来ていた。
 『十三組の十三人』と戦った時。
 心を操られた自分に果敢に向かってきてくれたのは、彼だった。
 『マイナス13組』と戦った時。
 過負荷のトップと引き分けて、彼は死の淵からさえ這い上がってきた。
 『オリエンテーション』では、決裂を経験した。
 あまりにも彼が見苦しい姿を見せるのでつい失望し、彼を厳しく叱咤することでより研磨されてほしいと願ったからだった。
 確信していた。善吉は自分のところに必ず戻ってくる、二歳の頃から一緒だった彼が戻ってこない筈がない、と。
 でも彼はその確信に近い予想を裏切った。
 黒神めだかと敵対することを宣言した普通なる少年は、十数年の付き合いの中で初めて、愛する少女と敵同士として向き合うことになったのだ。
 
 ――もう一度二人で歩み出す日は、とうとう訪れなかったが。
 バトルロワイアルなんて下らない児戯がなければ、彼と然るべき決着を着けた上で和解できた筈なのにと思うと、正義感だとかの一切を抜きにして、自分から大切なものを奪ったあの理事長に個人的な激情が沸々と沸き起こってくるのをありありと感じる。
 だが、どうあっても止まる訳にはいかないのだ。
 自分は黒神めだか。
 箱庭学園第九十九代生徒会長であり、その名の重さと誇りに懸けて、何としてもこの下らぬ実験を打破せねばならない。
 それまでは、善吉の死を悼むのもお預けだ。
 
 「――……それにしても、流石に予想外だったな……」
 驚きとも哀しみとも、その両方の意味に取れるような表情を浮かべて、めだかは前髪を右手で不意にかきあげる。
 そしてそのままのポーズで、めだかは真昼の蒼穹を見上げた。
 どこか遠いところを見るような目で、何を見つめているのかも分からないような視線で、彼女はただ天空を見つめる。
 これまで、多くの人物に危険視されてきた――それほどまでに異常な正義を貫いてきた彼女だが、今だけは違った。
 寂寥の哀愁を漂わせて、ただの失意の少女として、そこにいる。
 今の彼女を見ても、誰も天衣無縫の超人とは思うまい。
 今回の放送によって呼ばれた名前は、彼女にとって関わりのある名前があまりにも多すぎたのである。
 ――それこそ、黒神めだかの余裕に傷を付けるくらいには。
 日之影空洞。
 黒神真黒。
 そして、人吉善吉。
 
 実の兄と、以前力を借して貰った英雄も死んでいた。
 一瞬だけ放送の真偽を疑ってしまったのも無理はないことだろう。
 日之影は本当にひたすら強い男だったし、生半可な異常や過負荷で押し切るなんて単細胞の通じる相手ではない筈だ。
 実兄の真黒は確かに戦闘能力に欠けるが、『理詰めの魔術師』と称される頭脳と観察眼を持っている以上、簡単には死なない筈だった。
 二人とも死なないとばかり思っていたのに、それをすぐに裏切られた。
 親しいとはいかずとも、知り合いと家族・親友が死んだことによる精神的なショックは決して少なくはなく。
 更に、未だ何も守れずにいる自分への情けなさ。
 二つのダメージが、黒神めだかの心を執拗に責め立てていた。

28 :
 「…………ならば尚更だ。哀しんでいる暇は、ない」
 めだかは苦々しげに表情を歪めて、今の自分に真に必要な行動を狂っているほど合理的に選び取る。
 彼女の正義を更に増幅させる要因として、放送で新たなる死者が告げられるという最悪な現実は、皮肉にも最高のカンフル剤となった。
 元々燃えていた正義は、油を注がれてよりいっそう激しく燃え盛る。
 本来なら『人吉善吉への敗北』というイベントを介して、在る程度正されるその異常性は、誰にも正されぬまま続き続ける。
 
 「見ていて下さい」
 告げる。
 日之影空洞に。
 黒神真黒に。
 見せしめで死んだ一人の生命に。
 自分が殺した少年に。
 この殺し合いで奪われた全ての生命に。
 そして、自分を庇って死んだ人吉善吉に。
 「この黒神めだかが必ず、全てを終わらせます」
 晴れ渡るような笑顔で、約束するのだった。
 めだかは歩き出す。全ての哀しみと罪を背負って。
 めだかは歩いていく。誰にも理解されぬ業を背負って。
 めだかは眩んでいく。正されなかった正義を背負って。
 めだかは――――

【1日目/真昼/B-4】
【黒神めだか@めだかボックス】
[状態]『不死身性(弱体化)』
[装備]『庶務』の腕章@めだかボックス
[道具]支給品一式×3(名簿のみ二枚)、ランダム支給品(1〜7)、心渡@物語シリーズ、絶刀『鉋』@刀語、否定姫の鉄扇@刀語、シャベル@現実、アンモニア一瓶@現実
[思考]
基本:もう、狂わない
 1:戦場ヶ原ひたぎ上級生と再会し、更生させる
 2:話しても通じそうにない相手は動けない状態になってもらい、バトルロワイアルを止めることを優先
 3:哀しむのは後。まずはこの殺し合いを終わらせる
[備考]
※参戦時期は、少なくとも善吉が『敵』である間からです。
※『完成』については制限が付いています。程度については後続の書き手さんにお任せします。
※『不死身性』は結構弱体化しました。(少なくとも、左右田右衛門左衛門から受けた攻撃に耐えられない程度には)
ただあくまで不死身性での回復であり、素で骨折が九十秒前後で回復することはありません、少し強い一般人レベルです
※都城王土の『人心支配』は使えるようです。
※宗像形の暗器は不明です。
※黒神くじらの『凍る火柱』は、『炎や氷』が具現化しない程度には使えるようです。
※戦場ヶ原ひたぎの名前・容姿・声などほとんど記憶しています
※『五本の病爪』は症状と時間が反比例しています(詳細は後続の書き手さんにお任せします)。また、『五本の病爪』の制限についてめだかは気付いていません。
※軽傷ならば『五本の病爪』で治せるようです。
※左右田右衛門左衛門と戦場ヶ原ひたぎに繋がりがあると信じました

29 :
代理投下終了です

30 :
みなさま投下乙です。
作品を投下させていただきます

31 :
支援

32 :
 0

 あなたの見落とした道はどちらですか?

 1

 陳腐な話ではあるが、人の死に関して考えたことはないだろうか?
考えようと思えば、幾らだって考える機会はある。
家族が死んだ時、もはや長くないペットを眺める時、何かの縁で葬式に出た時。
ドキュメント番組を見た時、著名人の訃報を聞いた時、立てこもり事件のライブ映像を流している時。
仮死体験をした時、誰かに殺されそうになった時、ふとした切っ掛けで自殺を図ろうとした時、などなど。
人間、あまり考えたくないだけであり、この戯言遣いたるぼくが言うのもなんだけれども、死と言うものは身近に溢れている。
意図的だろうが、偶発的だろうが、縁がある時は、自ずと縁は結ばれたりするものだ。
 どうしても生きている以上、死と無縁ではいられない。
《死なない人間》であろうとも、運命に貪られるように死んでいく平生の世。
《吸血鬼》も、特性(キャラクター)虚しく命を果たす救いのない地平の上。
誰にでも訪れる。同時に、誰しも避ける術など取得していないのだ。
《未来》を知り、《物語》を読んだ軽佻浮薄な占術師とて、呆気なく死んでいる。
 何故人は死ななければいけないのか?
立証できない《ただそうであるから》という意味や概念以前の絶対領域。
人の死に様について語ることは実に容易い。
火刑、斬首、絞首、首吊、磔刑、食人、――――数え上げたらきりがない程に飽和している。
 だが、それを列挙して何になるのだろうか。
何故人は死ぬのだろう。それに対する答えはまるでない。
哲学の学問を学べば、倫理の学問を学べば、生物の学問を学べば、或いは答えは見いだせるのだろうか。
少なくとも、ぼくはそれに対する答えも、対処法も、知識としても、理解し得なかった。
 無意味だから。
戯言でさえない、無為な知識。
 ぼくはぼくなりに、今まで殺してきた人の分だけ、相応に死と言うものを知っている。
だけど、だから、何も感じないし、巫女子ちゃんの一件のように、ぼくは幾度も人の命を踏み越えてきた。
無自覚に、無意識に、他人を踏み台にして、生きてきて、今を迎えている。
 こんな愚鈍なぼくにとって、人の死を学ぶことなど意味を成さなかったし、恐らく一生涯本来の意味を見出すことはできないだろう。
今だからこそ、正義の味方なんて真似事をやっているけれど、果たしてぼくが幾許ほど人を理解できているか、甚だ疑問である。
 仮に人の死が絶対的なものでなかったとしたら、ぼくにも前を向く勇気が持てたのかもしれないけれど、生憎現実は甘くない。
過ぎたものは過ぎたもので、どこか諦観を抱いているぼくがいることは、諮らずとも察しの付く話だった。
狐面を中心とし、《世界の終わり》をキーワードとしたぼくの物語上、ぼくはその辺りの認識に改革を経ているが、しかしだからといって、易々と価値観が揺るぐことはない。
人の死を見て驚かない代わりに、そいつはもう、《終わった存在》であることをぼくは理解出来る。
巫女子ちゃんのような、姫ちゃんのような、あまりにもイレギュラーな死体を除くのであれば、ぼくは平静を装い探偵の真似事に興じることも不可能ではないだろう。
《終わった存在》の遺志を代弁する、正真正銘の戯言を繰り出すことに精を出すだろう。
ここで誰かを生き返そうだなんて考えれない辺り、ぼくの思想が貧困なのもさることながら、死は絶対的であるとぼくは知っているのだろう。
その《死》というものを詳しく理解もしていない癖に、ぼくは《死》というものを感覚として知っていた。
 ところで。
のうのうと能書きを連ね、それらしくぼくの死生観を論じてはみたものの、
反して、ぼくの中で死の絶対性とやらは大分薄まってしまった。
それは喜ばしいか嘆き悲しむことなのか。

33 :
 いずれにしたところで、ぼくの知り合いの中では《生死の境》などに拘泥する人間の方が、或いは少ないのかもしれない。
曰く一度死んでいるはずの狐面の男。
そしてぼくは死に様をこの目で見たはずの想影真心。
この二人は、どうしようもなく死んでいたはずなのに、どうしてかぼくたちの前に立ちはだかった。
顧みれば死の絶対性が薄まりはじめたのは、四月の事件が皮きりなのかもしれない。
誰が死んだか分からない。
推理し、解き明かし、犯人を暴きだし、その上で犯人と被害者がごちゃごちゃだったあのクビキリ事件。
誰でもなかった彼女は、結局誰だったのか。クビキリ死体は誰だったのか。今のぼくなら断固として言えるのだろうか。
そう言う意味では、裏返しにして相似のオルタナティヴ、《害悪細菌(グリーングリーングリーン)》を巡る一件においても、また同じことが言える。
 しかし。
 そんな簡単に人は生き返っていいものなのかと問われたら、ぼくは首を傾げる。
例えぼくの価値観が末期的に破滅を迎えていようが、死は死。そんなホイホイ代わっていいものではないだろう。
仮に論理的にも合理的にも究極的に終末的に完璧で完全な証明を述べようとも、変わるわけがなかった。
世間一般的な常識に違いないし、間の抜けたぼくには今でも、死とは絶対であるという認識は抜け切れていないのである。

 だからこそ。
ぼくは考えたい。
考えてもいいと思う。
こんな曖昧模糊に満ちた世界の中で、疑うべきは何なのか、信じるべきは何なのか。
常識か、現実か。
結局、人の死とは何なのだろうか。
人は、生き返るのか――。
実に戯言。
他愛もない無意味な話。
突き詰めればただの次に繋げるための話でしかない。
今回の物語はただそれだけの物語。
欺瞞と怠慢に溢れたぼくのこれまでを振り返り、改めて戯言遣いを問いかける物語。
青色サヴァンや死色の真紅の手を煩わせるまでもなく、自己矛盾を露見させるだけである。
生きることさえも矛盾を共有するぼくにとって、ほんの僅かに残った一握りの常識を崩しにかかる世界。
表舞台に立たされたぼくらには知りえない、ナニカを追い求める夢想を描こう。
いつかの為に。
《家》に帰れる、その時の為に。
だからぼくは――

 2

 舞台は自由に動き得る限りで最南の座標。明確に表記するならば、G-2。
鳥取砂丘よりも広大なのではないかと思わせる因幡砂漠を走り抜け、いよいよぼくたちは最初の目的地に着いた。
そもそも砂丘と砂漠にはれっきとした違いがあり、何故そんな傲慢にも砂漠と格好つけるのかは定かではないが、そういう名称なのだろう。
名称なら致し方ないのかもしれないけれど、だからと言って確か、因幡は鳥取の旧名である。
ネタかぶりだとかオマージュだとか言う話のレヴェルじゃない気もするんだけどなあ、良いのだろうか。
まあ深い追及はしないし、言ってみたはいいものの、特別ぼくに、これ以上何かを判別できるほどの測量技術は身についていない。その場限りの戯言だ。
名前に名前以上の意味なんてないしね――なんて。こっちの方が余程戯言だな。

34 :
「ふーむ」
 突き刺さるような暑さの波はぼく達を船へと急がせるために鼓舞している。ご苦労様なこった。
幾らマゾと揶揄されようが、生理的に嫌なものは嫌なので、ていうか真宵ちゃんが若干可哀相だしぼくたちは本能に任せ客船へと足を進める。
 流石は最南。
よほど参加者間で人気(にんき)がないのか、辺りには真宵ちゃん以外の人の気配など一切感じない。
ザァーザァーと海岸に寄せる小波の哀愁が、ぼくのシンパシーを誘う。
そもそもこうして海を見たのは何時振りか。もしかしたら四月、鴉の濡れ羽島に訪れた際に風景として眺めた程度か?
だとしたら、随分と久しぶりと言うことになる訳だ。
しかし残念ながらぼくは海に対する思い入れは特別ないため、引き続きこうして物思いに耽ることにしよう。
「……」
「……」
 奇妙な沈黙が流れる。
そりゃ二人しかいない上、ぼくが喋らなきゃ真宵ちゃんが話さない以上会話があるわけない。
然るべき沈黙であり、当たり前のサイレントである。
海風に当たりながらぼんやりとそんな事を考えた。考えただけ。
「……」
「……」
 沈黙は続く。
真宵ちゃんが何を考えているかは、ぼくの与り知る話ではないが、彼女もまたこの海に共感めいた同調を感じたのだろう。
真宵ちゃんの意味深なその瞳は、暗にそのことを示しているのだ。「わたしに話しかけたら――その時には八つ裂きになっているでしょうけどね」と。
 さて、冗句は程々にして。
気配を感じないとはいっても、鳳凰さんと対峙した時のように思わぬ闖入者が何時現れるかは分からない。
加え、そろそろいい加減隣で佇む真宵ちゃんの視線が訝しいものへと変移していったので、行動に移すとしよう。
どうやら見事にぼくは変人扱いされてしまったようである。身に覚えは沢山あったりするからどうにもできなかった。
「じゃあ、向かおうか」
「はい。ところで忘れてましたが車はどうしましょうか」
「あー……」
 そういえばどうしよう。
そもそも取り出した時でさえ、吃驚仰天したものだ。
なにせ明らかに容量(スペック)外の物質が、小型な鞄から出てきたんだから驚かないわけがないのである。
よくもまあ、あの日之影空洞だったか、筋骨隆々な推定・高校生はオンボロビルの中で、この車をディバッグからディバッグに移し替えるなんて言う所業をやってのけたものだ。
 まあ、この車をディバッグに仕舞い直すということが出来ると言うことは判明しているのだけれど、
反面、ぼくはこのディバッグにどのように車を仕舞い直すか、方法がわからない。
ディバッグの口に、車を当てれば、自動的に掃除機よろしく吸収していってくれるのか。
仮にぼくがその様な行動をして、何も起きなかった場合、とんでもない事故が起こる。それは避けたいのが正直なところだ。
 真宵ちゃんがやって失敗する分には、ぼくは「残念だったね」の一言で済ませる気はあるけれど、どうやら真宵ちゃんも同じ心境なもので。
ディバッグを大口開けて構えた結果、なにも効果が表れない居た堪れなさを、想像で感じ取ったのだろう。
絶対いやです。と首を大きく横に振り、ツインテールが華麗な舞を興じている。
 ここに臆病者二人がいた。
誠に遺憾ながらぼくたちのことである。
「……まあ、このままにしとこうか」
「そ、そうですね」
 ぼくらの仲は臆病の名のもとに深まった。
真宵ちゃんとの仲が進展した気がする……。

35 :
車と言う尊い犠牲が出たが、止むを得ない。ていうか戻ってくる時無事ならそれでいいし。
 仮に放置して問題が出てくるのであれば、他者に破壊される可能性が出てくること。
 しかしそんな手間を掛けるぐらいなら即刻ぼくらの命を潰しにかかるだろうことは簡単に推測できるので、さしあたって問題という問題はない。
剣呑剣呑。相変わらず剣呑と言う言葉の意味がいまいち記憶に薄い中、ぼくはそのように呟く。
「じゃあ、改めて」
「はい」
 そういうわけで、船から架かっているタラップを目指し、ぼくらは砂を踏んだ。
砂の感触は、どこか懐かしく――頭の隅で、砂場の光景が思い浮かんだが、ぼくはその光景を静かに閉ざした。

「しかし戯言さん」
「なんだい」
「何でドアが全部開かれているんでしょうね」
「さあ。先客がいたんじゃない。きっと人を呼び寄せる招き猫でもいたのかな。豪華客船は」
 タラップから豪華客船に乗りこんだ後、ぼくたちの第一印象は豪華だ、というよりも先に、そちらの所感を抱いた。
可能な限り、全部のドアが開かれている。場合によっては勢い任せに引きすぎたのか、外れているドアさえある。
およそ人為的なものでしか考えられないこの行為に、ぼくたちは考えあぐねていた。
まあ、そんな時間も僅かなもので、ぼくたちは瑣末な疑問を一旦頭の隅に置き、船内の探索に駆りだすことにした。
(余談だが、第一印象は両者共々、「涼しい」である。現金な話だ)
 豪華客船。
 地図に堂々と記されるに恥じない、「なるほどこれが豪華か」と言わしめる大規模な客船である。
外装は潤さん好みの真紅で覆われ、昨今大衆向けに開発される、アニメキャラクターなどが描かれたカラフル模様とはまるで正反対であり、庶民を寄せ付けないオーラを放っていた。
ぼくのように現実貧乏でしがない庶民が乗ると、思わず場違いなような気がして、周りの人間から好奇な目で見られているような気がして、何処か興奮できる。そんな船。
 豪華の権威は外装だけに留まらない。
 内装とて、きっと名だたる匠が技巧を光らせ、一々手間を掛けたような無駄な手間暇と権力が窺えた。
少なからず「素朴とは何か」をあらん限りに体現したぼくのよく知る骨董アパートとはまるで違う。あそこもあそこでいい場所なんだけどなあ。みいこさんいるし。
それにぼくが一番驚いたことは、豪華な船には本当に、プールと言うものが設備されている、という点である。
間違っても泳ぎたいとは思わない――ていうか泳げないから入ろうとは思わないけれど、これには素直に感動した。
おお、と思わず感嘆の声すら漏れてしまったようである。真宵ちゃんに「情けないですねえ」と指摘されてしまった。
 その当の真宵ちゃんはと言うと、「プールと言うと千石さんの領分ですね……!」と生唾を飲んで静かに、鬼気迫る顔で語っている。
だから誰だよ、おまえは。
 つまるところ全身ブルジョワで塗り固められた当豪華客船。
中々広大で、全部見回るのは非情に骨が折れる作業ではあったが、ぼくたちは豪華客船を遊覧して回った。
どうやら一時間もしないで見て回れたらしい。放送には間に合った。
とはいっても一々部屋の中を調べ回ったり、プールなど始め娯楽施設を利用したわけではないので、ある種当然でもある。
 その中でぼくが気になった点は。
 一つは、真宵ちゃんが先ほど言ったように、可能な限りほぼすべてのドアが開いていた点。
とはいえこちらは、ただ単に誰かがここにやってきて、豪華客船を調べ回ったというだけであろうから深いことを言う気はない。
こんなところに、思わぬ伏線が貼ってあったとするならば、ぼくはそのストーリーライターを虐げれる自信がある。
 二つ。
こちらは今後の物語を、大きく左右するかもしれないし、しないのかもしれない。
いずれにしたところで、《操縦室》であろう部屋が見つからなかった。及び、堅牢に錠をかけた部屋がったということ。

36 :
もしも、その錠がされた部屋が操縦席であったのであれば、脱出等含め大きな一歩になる。
大きな声では言えないが、哀川流《泳いで何とかしろ!》論をもしかすると実行に移さなくてもよい可能性が浮かんだということだ。
 そんなうまい話が実際あるかと言うと、ぼくとしては快い返事は返せないが、希望ぐらいは見てもいいんじゃないかと思う。

「まあ、どっちにしたって戯言だけどね」
 呼吸をするようにぼくは言う。
 すると意外なことに、隣の方から返事が返ってきた。
「思ってたんですけど戯言さん」
「どうかしたかい」
「うーん……。お伝えするのも憚られるんですけどね」
 腕を組むようなポーズで思案している。
いや、言いたくなけりゃ言わなきゃいいものの。
ぼくは思いはしたが、どうやら真宵ちゃんの意志は固まったようで、ぼくはそちらを尊重することにした。
 真宵ちゃんはぼくに対して、残酷な指摘を下す。
「あなたの《戯言だね》って口癖、どうかと思います!」
「酷え!!」
 酷え!!
 言葉と精神のシンクロニシティ。
いや、散々言われてきたけども。良い言葉ではないけども!
まさかこのタイミングで言われようとは。
名前が噛みづらいという無茶苦茶な難癖つけたことといい、良い印象ではないのだろうか。
「これは新たな口癖を開発する必要があるようですね」
「いやいやないからないから!」
 変なベクトルにやる気が向かった真宵ちゃんを大慌てで止める。
真宵ちゃんは瞳を爛々とさせて、まずぼくの口癖第一案を繰り出した!
「『……おまえはもう、死んでいる』を語尾に付ける」
「パロディにしても不謹慎だ!」
 そして何故そのチョイスだ。認知度が高くて、ほぼ誰にも分かるネタだが、口癖としては逆に誰も使えないぞ。
「『ふるえるぞハート! 燃えつきるほどヒート!』を台詞の合間合間に」
「入れないから」
 しかももう既に使われてる気がする。不思議と。
「セーラームーン、おジャ魔女どれみ、プリキュア――と少女向けのアニメですら格好いい決め台詞のあるこのご時世ですよ。
 恥ずかしくないんですか? 《戯言だね》だなんて。クールでドライを売ってるつもりかも知れませんが全然そんなことありませんよ?」
「……」
 絶句。正しくは呆れてものも言えず。
勘違いしてもらっちゃ困るがぼくはそんなキャラで売ってるつもりはない。
冥土のことであれば小一時間はおそらく語れるであろう情熱をもっている。パッションだ。
どうでもいいんだけど何故例に上がったのが、少女向けのアニメなのだろう。性転換や女装をする気はさらさらないのだが。
「戯言さん。メディアミックスを狙うのであればやはり感じのいい決め台詞の一つや二つありませんと。
 なんと会話だけしかしてないわたしたちでもゲーム化できる容易い時代とはいえ!」

37 :
「妄言は程々にね」
 真宵ちゃんはこのように時折不思議なことを言う。
多少電波なのは、生憎ぼくは最初から知っていたので、今更ショックは受けない。
恐らくぼくたちは生まれた畑が違うのだろう。例えば推理小説とコメディノベルぐらい。
ならばぼくはこの電波を受け流すのも一つの仕事と言えるのだ。危ない橋を渡るわけにはいかないのである。
唯一つツッコムのであれば、容易いとか言うな。
 さて、そろそろぼくも彼女との雑談を一旦締めくくろう。
もうそろそろ放送の時間だ。流石に二回も連続で聞き逃すわけにはいくまい。
「しかし真宵ちゃん。ぼくの口癖が変わっちまったら、ぼくの名前はどうするんだい?
 意味がわからないと言えばいいのか、老翁の意外な親切に感謝すべきなのか、ぼくの名前はこの場に限って言うなら一般的に《戯言遣い》だ。
 そう考えると、今この場で口癖を《戯言だね》以外にすると、些か不便と言うものじゃないか?」
「むむ、それもそうですね……」
聞きわけはよろしい。
自らがイエローゾーンに踏みこんだと察したら、案外あっさりと身を引いてくれる。
とは言ったものの、彼女にとっては捨てがたい話題なのか(これはこれで意外と悲しい)、苦肉の策と言った感じで
「でも最後に一つ、とっておきの決め台詞を考案したので聞いてください!」
「……まあいいけど」
 今更だ。
「では」
 と、大袈裟に咳払いを一つ。
先ほどの《勇気》の話の時も感じたが、彼女の雰囲気作りは素晴らしいと思う。
「――『そのことをぼくは、認識という人間の感覚機能をキャパオーバーした不可思議に、困惑の色を浮かべようとする』」
 おそらく口癖に繋ぐための前文、前置きだろう。
これはぼくの真似なのだろうか。だとしたら今ぼくはとても複雑な心境にあった。
真宵ちゃんはぼくの心境など、認識という人間の感覚機能をキャパオーバーしたかのように、華麗に無視してぼくの口癖案を提言する。
「『ただしその頃には――八重咲きになっているだろうけどな!!』」
「なんか違え!」
 なにが八重咲きになるの。戯言が開花でもするのだろうか。もしくは頭か。
せめて先ほど(ぼくの想像内で生きていた)真宵ちゃんの言う、八つ裂きの方が格好いいと思う。
「これぞ時代を超えたクロスオーバー」
「……」
 ぼくはさらりとスルーをした。
第一この様なクロスオーバーで、パロディネタは揚々と使っていいものではないんだ。
真宵ちゃんもおおよそ満足いったのか、それ以上深い追求をせず、ぼくの隣でキョロキョロとしている。

 ……。
 しかしどうだろうか。
 仮にぼくが戯言を遣わなくなったとして、世界はどれだけぼくに優しくなるのだろう。

38 :
 ぼくは誰も殺さなかったかもしれないし。
 ぼくは誰も失わなかったかもしれないし。
 あいつは悲しまなかった。どいつも嘆かなかった。
狂うことのない人生で、何事もなく平凡を享受した人生を過ごすことが出来たのだろうか。
凡庸な日々を送り、退廃的な日課を越し、誰にも恨まれることなく変哲もない日常を過ごす。
 だとしたらそれはどれほど。
 ぼくはどれほど――
 ぼくは――。

『時間になりましたので二回目の放送を始めます』

 戯言も程々に。
第二回放送が始まったのである。

 3

 死は覆る。
 そのような怪奇談をおよそ一般人なら即刻妄言として切り捨てることが出来るだろう。
世の中、様々な《些細な不可思議》を神様だの仏だの、亡霊だの妖怪だのに例えたがる。
だからといって、殊のほか《死者を蘇生する》ものは少ないと思う。ぼくが知ってるところで言うと、キョンシー辺りはメジャーだろうが、あれも厳密に言えば蘇生ではない。
 理屈は簡単で、《死者を蘇生する》と言う行為は《些細な不可思議》ではない。――どう捻じ曲げたところで、説明して納得を煽ることは難しいのである。
 敢えて神で例えるのならば、かのイザナギとて、亡くしたイザナミに会いたいからと言って《蘇生》を行わず、《黄泉の国》に出向いたほどだ。
数多の神々を産み落としたとされる彼でさえも不可能、だと思われる現象を、果たしてどのように説明すればいいのだろう。
百物語でも傾聴すれば、答えは導かれるのだろうか。
 かつて耳に入れたのかもしれないが、その内容を覚えていられるほどぼくの記憶力はよろしくない。むしろ悪いと言えるだろう。
 まあ。
かくいうぼくは、実を言うと死者蘇生を幾度か見聞きしている。
そうは言っても、ぼくが今まで知っている二人は、どちらもどちらがイレギュラーだった。
 人類最悪と人類最終。
 何がどうなっても、例え死人が生き返るなどと言う推理小説にあるまじき愚行を行っても、最悪ぼくとしては頷くことぐらいはできる。
人類最強の請負人にしたって、また同じことが言えるであろう。
規格外は規格外として。想定外なら想定外で、ぼくは受け入れることは、曲りなりともやってきた。
 しかし、だからと言って。
ぼくのような戯言遣いであろうとも、認めれないものは確かに存在する。
特別怖いだとか言う感情を抱いたわけじゃないが、しかしそれでも無感動でいられるほど、日常茶飯の事象でもない。
「……は。」
 船内プールを見た時とはまた違う、一つの声。
発信源は考えるまでもなくぼくのものだった。
 ぼくは果たして放送の中身をちゃんと脳内に通しただろうか。

39 :
支援

40 :
ここは素直に、正直に白状しよう。
 まさか、子荻ちゃんまで関わってきているとは思わなかった。
 いや、もっと言ってしまえば、重要なのは子荻ちゃんという点ではない。
ぼくがしっかりと、《死んだ》と認識している人間が、ぼくに分かるように再び喋っている事実が、酷く違和感であり、甚く気持ち悪く感じる。
元々欠落に崩落を重ねてきたぼくの常識であったが、容易く死者が口を開いているのは、どうしようもなく頭を揺さぶられた。
探偵稼業もたじたじである。

 ……ただ。
 ここまで動転する話の内容だろうか。
 繰り返すようだが、死者の蘇生に立ち会ったこともあった。
ギャグパートだったとはいえども、いつだったか潤さんは姫ちゃんを永遠の眠りから蘇生させたことがある。
勿論その時は気持ち悪さなど感じなかったし、むしろ安堵の様な気持ちに満たされたのではなかったか。
 オーケーオーケー。少し落ち着け。
焦りを表に出すのは禁物だ。一からもう一度考えよう。
 そもそも。
 ぼくが今イメージしている蘇生方法とは、俗に言う魂を屍に戻すような行為。
 つまりはゾンビのようなイメージに近い。心肺が動かなくとも、自動行動に律する蘇生。
血が爛れ、肉は腐り、髪は屠られ、骨は砕け、眼球は潰え、見るも無残なものになっていると考えていた。
死んでいるのだから、心臓に衝撃を与えたところで、意味はなさないであろう。と中途半端に現実的に考えている。
 中途半端は大好きだ。
 まあ、そういう想像をしたのは暦くんの話を聞いた後だから。
というのもある。文献によってもまちまちだが、吸血鬼は眷属を作る際、その眷属は腐食しどうたらこうたら、と聞いた覚えがあるような。
相も変わらず絶不調の自己記憶管理能力がソースとなるため、確実な知識としては語れないが、そのような術があるとかないとか。
 大前提の想影真心は、イレギュラーのハイエンドであるため参考にできそうになかった。
ぼくがER3にいた時代の真心ならともかく、今の真心なら全焼しても生き残ってるぞ、なんて報告されても素直に信じれそうである。
 さておき。
ぼくの想像通りとするならば、今頃子荻ちゃんは口と呼べるものはなく、ご自慢の策を弄することもできないだろう。
なのに今、ぼくたちに聞こえるように、子荻ちゃんの声が辺りに反響した。
 この時考え得る可能性は二つ。
 まず一つに、ぼくの考えている前提が間違っている。
これは大いにあり得るだろう。
さながら『なにもなかった』かのように、死から生を奪還したのかもしれない。
 そして二つ目。
子荻ちゃんの《時系列》がぼくのそれとは異なる場合だ。
これは先ほどの零崎との会話、および真宵ちゃんとの確認を経て、それなりの推定材料の揃っている仮定である。
零崎との会話以降――といってもそれほど時間が経っているわけでもないが――
ぼくは出夢くんや玉藻ちゃんが死んでいたのにも関わらず、ここに存在していた理由を、《時系列》が違うからと考えた。
 荒唐無稽だと笑われるような話の種だが、如何せん馬鹿に出来ないのが現実である。
 《殺し名》や《呪い名》の全てを知っている訳ではないけれど、中にはそう言う《時》に関する技術を有する者もいるかもしれない。
そうでなくとも、真宵ちゃん曰く《怪異》。ツナギちゃん曰く《魔法》。案外世の中には常識離れなことも多いらしいのだ。
《時系列》をずらす、だなんて偏った能力とて、有ってもおかしくない。

41 :
静かに今回の話は締めくくろう。毎回毎回大波乱が起こったら、流石にぼくらの身が持たない。
別にそれならそれでもいい気はするが、こちとらうっかり死んでしまったら哀川さんに何を言われるか分かったもんじゃないし。
まだ玖渚の奴に、会ってないしね。何か手掛かりがあればいいのだけれど。
 いやいやおいおいまさかまさか。
前座でも前振りでもないよ。とてもじゃないが、ぼくたちにそんな流れは皆無。
ここでぼくが「ヒャッハー」とでもいいながら機関銃に火を吹かせる真似する道理がない。
そんな漫才のような展開なんてたまったもんじゃない。そんなものは他所のバトルロワイアルでも眺めてくれ。
こればっかりは戯言でも傑作でもなく、ただの本意だ。
「そういやジャル事さん」
「人を航空会社の名前みたく呼ばないでくれ」
「失礼、噛みました」
「……。そうか、気をつけてね」
「なんてことでしょう!」
 ノリの悪いぼくに対して、八九寺ちゃんは糾弾を始めた。
放送終わったばっかだぞ。もっとなんかあるだろう。
 尤も約十三行前のことを想うと、ぼくにそんなこと思われるのは、真宵ちゃんとしても不本意だろう。
「いやいやそこは《違う、わざとだ》でしょう! 何をサボってるんですか!」
「もう、いいかなって」
「よくないですよ! ヒロインとの会話を投げ出すなんて《主人公》やる気あるんですか!!」
 こんなところで、《主人公》を否定された。
ツッコミの一環としてもそれは酷いんじゃないか。
自分の事をヒロインと言いだした彼女。ぼくはどうすりゃいいんだ。
「まあ、いいです」
 いいんか。助かった。
哀川さんの苦労を理解した気がする。楽しいので止めるつもりはないけれど。
「話を戻しますが、もう携帯を掛けることはしないんですか? 運転中にかけるぐらいなら、今パパッと済ませるのも一つの手だと思います」
 ああ。携帯電話。
「いや、止めとくよ。幸い今回の放送はぼくたちには影響の薄いものだったけど、みんながみんなそういうわけではないからね」
 暫しの逡巡の後、真宵ちゃんは言葉を返す。
「それもそうですね。今電話を掛けるというのは空気が読めてませんね」
 戯言遣いは戯言を手繰るが、下手な慰めはむしろ逆効果であることも多い。
今亡き――じゃないな、まあ、子荻ちゃん曰く、ぼくの存在はトラブルメーカー。
 《なるようにならない最悪(イフナッシングイジバッド)》。《無為式》。
無闇の為にのみ絶無の為に存在する公式(システム)――零式よりも人識よりも、存在するだけで迷惑な絶対方程式。
 生かす道を選んだぼくだけれど、いや、ぼくだからこそ、下手に関わるのは避けたかった。
こればっかりは、ぼくの欠点の多さばかりは、覚悟や感情で代わるものじゃない。
目の前にある、救いたい命を守れたら、ぼくはそれだけでも――僥倖である。
 なんて。
 或いは戯言かもしれないけど
「しかし電話をしないとしても、なにやらこの携帯、もう少し機能があるっぽいですが」
「そうなんだ。しかし残念。ぼくは戯言ならともあれ、機械には疎いんだ」
 そもそもぼくはハイスペックな携帯電話の扱い方と言うものをいまいちよくわかっていない。
ぼくが持っていたのは電話機能オンリーの、誠に使いやすい前時代の携帯電話である。

42 :
 その辺りの機能はなくとも今まで通じたし、いざとなったら玖渚便りで済ませていたからなあ。
電話さえかけれればいいかなって。そんなこれまでの怠慢のツケがこんなところで回ってきた。
ER3で何をやっていたかは、四月以降記憶の底に眠っている。ヒューストンの名の通り、ぼくの記憶はストンと抜け落ちている。至極残念。
まあ、とはいえ仮にも鹿鳴館大学でカリキュラムをとってはいたので、できなくはないのかもしれないけれど。
「ま、こんなところで足踏みするより今は先に進んでおこう。車の中で真宵ちゃんが一通り調べてみればいいさ」
「そうですか。では、異論もないですし行きましょうか」
「うん」
 真宵ちゃんは一歩踏み出した。
 だからぼくも一歩踏み出す。
ただそれだけ。今回の繋話ではそれ以上の描写はしない。
蛇足や脇道は嫌いじゃないが、燻り続けるのを滔々と連ねるのも悪いだろう。
 そういうわけで。
 機械音痴かもしれない真宵ちゃんに、愛の鞭を叩きつけたぼくはそこそこに真宵ちゃんの対応に期待しつつ、帰路を辿る。
 真宵ちゃんも、ああは言ったものの「歩きながらの携帯いじりは厳禁です」と、携帯をスカートのポケットに仕舞いこんだ。
昨今の若者も見習うべきお手本のようなマナー講座を語らいだす。昨今の若者に、きっとぼくも入るのだろう。
 お天道様は空高くに姿を現し、砂漠に容赦なく熱線を浴びさせる。
その様子を観望し、ぼくたちは多少げんなりしながら船内を出た。
 死にそうになった。
 くたばりそうになった。
 この世のすべてに絶望した。
 一度おいしい目を味わうと、どうにも暑さ耐性などと言うものは一瞬にして溶解したようである。
 これが反動(リバウンド)。
 これが衝動(インパクト)。
 ぼくたちのあまりのだらしなさにつまびらかに語ることはあえてしなかったが、この豪華客船。
空調設備は万全であった。
 そのこと自体はポロリと先ほども言ったが、それはもう、筆舌に尽くしがたいほどのありがたさだった。
砂漠のオアシスってあったんだな。と悟りを開いたのも恐らくその時が初めてだろう。
だからこそ、ぼくは室内プールなんぞに感激を得てたのかもしれない。
空調設備などどう足掻いても手に入れることなどできなかった骨董アパートに在住したぼくだが、流石に砂漠の暑さは身体に悪い。
我慢できるかできないか問われたら、耐えることは容易だし、あるいはこの程度の灼熱なら喜ぶぼくもいたかもしれなかった。
 しかし問題はそこだけではなかった。
さらなる、いや、真の問題はその先に待ち構えていた。
鉄の馬が嘶きをあげて足踏みするように待ち構えている。
 車。
 赤。
 フィアット500。
 ぼく達が置き去りにしたぼくたちの足代わり。
 車体に触れた。
 熱かった。
 火傷したかと思った。
 怒り心頭に発している。
後ろからぼくの様子を見ていた真宵ちゃんが、深く息を飲んだ。
言わずとも、ぼくたちは今共通理解を得てる。

43 :
ぼくたちはそれほどまでに仲良く、互いが立たされた現実を思い知った。
 ぼくは思いきって、ドアを開ける。
それだけで参りそうになった。倒れそうになった。
車内から襲いかかる熱と言う毒。
立眩みと言う実に分かり易い症例。極度の蒸れにぼくは蜃気楼さえ夢に見た。
 焼売(シュウマイ)になる。
 小籠包(ショウロンポウ)になる。
 全身中華になった。アルだとかは使わないけれど。
 ……。
 ……んー。
とはいえなあ。このまま立ち止まったところでしょうがないしなあ。
「真宵ちゃん。行こうか」
「……」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
屍ならば何をしても文句は言われないだろう。
ぼくは黙したまま、真宵ちゃんの手をとり、強引に助手席に座らせた。
変な呻き声を上げて最後、白目を剥いて昇天を味わっている。
椅子もそこそこの熱を吸収しているだろうに。電気椅子と言う拷問道具は有名だが、こちらの方がよほど生殺し。
場合によっては苦痛は大きいのかもしれない。
なんてことを思いながら、ぼくも運転席に座り、背面焼けるような思いを抱きながら、キーを挿し、アクセルを踏み込んで車を走らせた。

 4

 次回予告というか、今回のオチ。
 人が本当に生き返るならば。
 時空を言う絶対認識を歪曲させること能力を用いることが可能ならば。
 表面的に、偽善的に全ての人間を生き返らせ、この殺し合いを『なかったこと』にすることもでき得るだろう。
 ドラゴンボール理論。
 週一で超(スーパー)サイヤ人にトランスするらしい哀川さんはどう思うのか。
 奇を衒うのが大嫌いで、王道街道をまっしぐらに邁進す哀川さんが、その理論にどう野次を飛ばすのかは興味がわく。
大方、心の底から常識人を体現する人間であれば倫理的に毛嫌いするかもしれないが、上っ面だけならば、褒められた行為だろう。
 なにせ人が生き返る。
 もう一度声を聞けるのだ。

44 :
特に、さながら魔人ブウが全人類をチョコレートだかアメやらお菓子されて食べられたような、
そんな理不尽な死に方をしているここにいるほとんどの諸君を、偽善だろうが生き返らすのは悪くはないはずである。
 龍球頼りな超絶理論にして超越理論。
 ぼくは狐面の男に誓った。
 ぼくは自分に言い聞かせるように、何度も何度も、言葉にした。
――ぼくは《主人公》を目指す。
  これまではたくさん殺してきたけれど、これからは生かす道を往く。
 本を糺せば、そんな宣言をしなければいけないほどに、ぼくは人を《殺》してきた。
 裏を返せば、ぼくはそれほどまでに《死》を知らなかった。
 贖罪も徒労に終わるぐらい。
 断罪も途方に暮れるぐらい。
 きっと恐らく、この場に居る誰よりも浅ましく、罪深い人間はぼくであろう。
 今現在、十二時間ほど経過した今、十七人の人間が死んでいった。
正直さほど多いとは感じない。
常軌を逸しているとは思うけれど、それまでだ。
今までぼくが築いてきた墓標を前にしたら、霞むぐらいほどの瑣末な量。
不幸自慢にすらなれない、ただの恥。過失。欠点。負け様。
そして同時に、事実である。
 《正義の味方》だとか、《主人公》だとか。
散々名乗りをあげたぼくだが、その実、欠けた人間である。
間違いと埒外の欠算を繰り返すぼくにとって、《全員を生き返らせる》ことに対する倫理的罪悪感は、ないのかもしれない。
 そう。
 ぼくはもう、誰も失いたくない。
 大切な人を、大好きだった人を失う辛さをぼくは知っている。
 だからこそ、誰も失いたくない。
ならば一回全員殺してでも、真宵ちゃんも玖渚も哀川さんも孫ことも全て壊して殺して。
 ――『なかったことに』。
 本よりぼくは、《生》かすことよりも《活》かすことよりも、《殺》すことの方が特異だ。
情欲で人をR人間なんか興味わかないけれど、生憎とて自分自身には初めから興味なんてない。
 《正義の味方》は《正義そのもの》ではない。味方をしているだけ。
 ――みんなをお家に帰す《主人公》。いいじゃないか。

「なんて戯言。頭が八重咲きだ」
 暑さで頭がやられたのかもしれない。暑さで咲く花なんていうのは、小波と同じでぼくのシンパシーを誘いそうだ。
 考えたところで、主催がどのような能力を有しているのかさえ判別できていない。
よもや主催陣が本当にぼく達の願いをかなえさせてくれるとは断言できない。それは鳳凰さんに、戯言なりにも言ったことだ。
自棄になり人を殺し、躍起になり人を殺し、百鬼になり人を殺し、最終的に優勝の名誉を頂戴したところで首輪がバーン。
今だって事実そうなるかもしれないと思うぼくがいる。
否定しない。否定できない。
 確かに子荻ちゃんは現在を《生》きている。
策を弄すると胸が大きい以外には、お世辞にもそこまで特筆する様な長所のなかった彼女がわけなく《物語》に復活した。

45 :
それは主催陣が願いをかなえようとしていることかと言うと、同義ではないだろう。
命をインスパイアしたところで、それはそれ。他は他に違いない。
 だけど。
 あくまで身分不相応な希望を抱くのなら。
 仮に《殺》すことと《死》なせることが同義でないのならば、ぼくは――。

「変わろうと思う気持ちは自殺――なのかな」

 過去のぼくが断言した台詞を、疑問に直す。
真宵ちゃんは暑さに悶え苦しみ、ぼくの台詞なんぞ聞いちゃいなかった。
「変えようと思う気持ちは他殺――なのかな」
 言葉にして、沈黙した。
答えなんてない。あったところでぼくは知りえない。
 ぼくは一旦全てを忘れ、酷暑よりも哭暑をその身を浴びつつ、前を見る。
砂漠は相変わらず地平線を描いており、しばらくはその様を変えることはないだろう。

「まだまだ先は長いかな」
 でも。
 その内、そう遠くない内に、景色が変わるような気がした。

【一日目/真昼/G-2 豪華客船】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス(現地調達)、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
    赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り)
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:真宵ちゃんと行動
 2:玖渚、できたらツナギちゃんとも合流
 3:診療所を探索して、ネットカフェを経由し、向かう
 4:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 5:展望台付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です。
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました。
 ※夢は徐々に忘れてゆきます(ほぼ忘れかかっている)
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です。
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることには、まだ気が付いていません。
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識のものが登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました。

【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]健康?、精神疲労(小)
[装備]携帯電話@現実、人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:生きて帰る
 1:戯言さんと行動
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です。
 ※真庭鳳凰の存在とツナギの全身に口が出来るには夢だったと言う事にしています。
 ※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします

46 :
[豪華客船]
※操縦室の場所…不明
※船内に、錠のかけられた扉がある。詳細不明
※室内プールのほかにも、娯楽施設が内在しているかもしれない

代理投下終了です
以下感想
清涼剤や、この二人は清涼剤や!
八重咲きとか時代をこえたクロスオーバーとかクスリなんてレベルじゃない程笑わせてもらいましたw
いーちゃんも八九寺といると楽しそうだ…と思ったら何危ない発想してるんですかあんたはー!
ともあれ投下乙でした!

47 :
失礼、>>40>>41の間に以下を入れ忘れてました
 少なくともぼくよりは《暴力の世界》に詳しいであろう零崎も、特に違和感を抱いている訳ではなかったのでぼくもそれに倣おうと思う。
欺瞞や疑心はぼくの得意分野だが、必ずしもしなきゃいけないことではない。

 閑話休題。
 いずれにしたところで、《それらの可能性を肯定する》だけの根拠はあれど、《どれか一つを特定する》根拠は不足している。
下手な推測は後々の自分の思考を狭めてしまう恐れがあるので、今回はこの辺で切り上げよう。
例の如く、一度なにかに気がつくことが出来れば、連鎖的に全てを解き明かすことも不可能じゃないだろう。
 一は全。全は一。
 ぼくのサスペンスとは基本的にそのように作られている。

「……」
「……」
 だから一旦。
真宵ちゃんの反応を窺うとしよう。
 ぼくからは特に言うことはないし。また零崎や阿良々木の一人が死んだか。その程度。
ここで劇的な何かがあったのならば、ぼくはこうして冷静に語ってたりはしてないだろう。どうだろうね。
「……七人、ですね」
「そうだね」
「阿良々木さん……阿良々木暦さんを含めて、どれほど亡くなったんでしょうか」
「十七人。第一回放送前には十人死んでいたんだろう?」
「……」
 真宵ちゃんは黙す。
 過酷な現実を受け入れ難いのか、俯き、木目調の床を見る。
むろん見つめている場所に何かがあるというわけではなかった。
 真宵ちゃんは暫しその場所を眺め、思案を巡らせている。
ぼくは読心術やESPなどを会得している訳ではないので彼女が何を考えているかは分からなかった。
一頻り、思考の整理はついたのか、彼女はぼくの方を向いて一言言う。
「……これからも、頑張りましょう。戯言さん」
「……。……そうだね、頑張ろうか」
 頑張れなんて言葉にどれほどの意味があるかは分からないが、ぼくはとりあえず頷くことにした。
前向きなのはいいことだ。過剰な前向きは褒められてことじゃないんだけども。
これでも彼女なりに、決意を果たそうと奮起している。無下にする必要はない。

「じゃあ、放送も聞き終えましたし、次に行きますか?」
「そうだね。これ以上ここに居てもしょうがないしね」
 探索してれば違う発見はあるかもしれないけれど、今のぼくは新たな発見とやらを第一の目標としていない。
あくまでぼくの最優先の目的は人探し。探し人がいなければ長居する理由はないだろう。
「確か次は診療所だね。大丈夫?」
「大丈夫です」
「そりゃ息災だ」
 なんであれ、一先ずなにかイベントが起こるわけでもなく。

48 :
お二方投下乙でした!
>繋がれた兎(腐らせた楔)
さっちゃんktkr!
《害悪細菌》と《策士》の邂逅とか垂涎モノ過ぎる
さっちゃんがが全てを破壊し尽くすのか子荻ちゃんの策がそれを凌駕するのかはたまた二人が協力する未来も有り得るのか
物語がどう転がるのかますます読めなくなってきた!
>成し遂げた完成(間違えた感性)
うあーうあー…なんかもう悲しくて見てられない
本当にもうこんな殺し合いが無ければめだかちゃんが一人の女の子として歩き出せたのに…
こんな《正義》を煽る場所に連れて来られたらそりゃこうなるよなあ…
着々と包囲網が出来つつあるし、だれかめだかちゃんの正しすぎる間違いを正して上げて欲しい
>虚構推理 
新たな口癖わろたwwwwww
不謹慎だけどいーちゃんはいーちゃんしてるし真宵は真宵だしなんかほのぼのする
ただ、楽しげな掛け合いの最中にも真宵はありゃりゃ木さんのこと思い出してんのかなーと思うとなんか切ない…
この二人には頑張って欲しいなぁ
改めて投下乙でしたー!

49 :
「ふぁああ……」
小さな建物の中、宇練銀閣はあくびをする。
六畳ほどの、ほとんど何もないと言っていいような簡素な空間だった。下には畳が敷かれ、低めの天井には電灯すらついていない。
扉はふたつあり、片方は出入り口、もう片方は壁一枚で区切られた小部屋に入るための扉で、何かが小さく書かれた札が貼られている。扉以外には窓がひとつあり、そこから差し込む光が唯一の照明だった。
畳の上、あぐらをかいた状態で座っている宇練の顔は、寝ているのか起きているのかどうかも判然としない。ただ、時折ごそごそと姿勢を直したり眠そうにあくびをする様子を見る限り、どうやら起きてはいるようだった。
傍らには、鞘に納まったままの日本刀が一振り、無造作に置かれている。
寝ているときでも常に刀を身の傍に携えておくというのは彼が剣士であることを考えれば当然の所作と言えたが、その刀を見て、それが護身のために置かれている武器であると認識することは難しいかもしれない。
なぜならその刀は、鞘に納められた状態でもわかるくらいに汚れており、長時間手入れをされていないことが容易にうかがえる状態だったからだ。
個室の中、畳に座して刀を携えているというのは、宇練にとっては休眠の姿勢であると同時に臨戦態勢でもある。その状態からでも彼は、最高速度と謳われる必殺の居合い抜きを放つことができるのだから。
しかし彼の傍に置かれているその刀は、とても居合い抜きの剣士が所有しているとは思えないくらい雑に、まるで不要物のように打ち捨てられている。
おそらく今、何者かが武器を持って彼を急襲したとしても、刀に手を伸ばすどころか身じろぎひとつすることなく、そのまま討たれ死にしてしまうことだろう。
いや、仮に素手で近づき、その手で首を締め上げたとしても、大人しく絞め殺されてしまうかもしれない。
何の反応もせず。何の抵抗もせず。
眠るようにして、死んでいってしまうかもしれない。
そう思えてしまうほどに、今の宇練には覇気というものがなかった――より遠慮のない言い方をするなら、生気というものがなかった。
生きようとする意志そのものが、一切感じられない。
起きているかどうかわからないというより、生きているかどうかわからない。そんな様子だった。
そもそも宇練にとっては、刀を腰に差したまま眠るというのが通常なのだ――その彼が今のように刀をその身から外し、畳の上に置いているというのが大いに不自然であると言えた。
「……ふぁあ」
宇練はまた、大きなあくびをする。
普通ならば「やる気がない」と判じられてしまうようなそんな所作でさえ、今の彼にとっては、身体が呼吸することを諦めていない、つまりは生きている証拠として見えてしまうほどだった。
哀川潤と別れたのち、宇練は結局因幡砂漠を目指すことにした。斬刀・鈍を探すという目的を別にしても、自分にとって関わりの深い場所である因幡砂漠に戻ることは無意味なことではないと、そう考えた末の結論だった。
地図の示すとおりまっすぐ南へ向かって歩き、再び因幡砂漠に戻ってきた彼が最初に目にしたものは、一軒の箱のような形をした小屋だった(宇練の知らない言葉を用いるならそれは「プレハブ小屋」である)。
砂漠とこちら側の境界線上に建っているようなその小屋の中に入り、その真ん中に腰掛けたとたん、宇練は急にすべてがどうでもよくなった。
斬刀を取り戻すという目的も、因幡を元通りにするという悲願も、この戦いを生き残ろうという気概でさえも。
すべてが霧散し、どこかへと消えた。
きっかけはおそらく、哀川潤に敗北したことだろう――宇練はそう自己分析する。
あの圧倒的な強さは、見るものによってはおそらく憧憬や尊敬の対象になり得るのだろう。理屈が通用しないとすら思わせるような、「強さ」を体現したようなあの存在は。
しかし、宇練が哀川潤に打倒された結果として感じたものは「あそこまで強い存在がいるなら、自分ごときが何をやっても無駄だ」という、劣等感にも似た無力感だけだった。
斬刀なしに二人の人間を真っ二つにしてみせた自分が、傷のひとつも負わせられなかったあの女。
こちらは本気で殺しにかかったにも関わらず、結果として手心まで加えられてしまった。向こうがその気だったなら、自分はもう生きてはいなかっただろう。
仮に自分が斬刀を手にしたとしても、あの女の足元にも及ぶまい。敵どころか、味方としても力不足だろう。あのあと仲間としてついていったとしても、足手まといの汚名は免れなかったはずだ――そう宇練は考える。
その考えは、実際には自身に対する過小評価と言わざるを得ない――彼の実力を考えれば、哀川潤に負けた敗因は、彼が斬刀を持っていなかったからといっても過言ではないのだから。

50 :
斬刀を装備し、最高速度の零閃を得た宇練銀閣ならば、大げさでなく哀川潤にすら引けを取らないに違いない。
人殺しの能力という一点においてのみ、ではあるが。
「……こんな様じゃあ、ご先祖様にも申し訳が立たねえなあ――――」
彼を一本の刀と喩えるなら、哀川潤に敗れたことで、彼は折れてしまったのだろう。
哀川潤の前にいたときにはかろうじて気丈に振舞ってはいたが、彼女と別れ、この小屋にたどり着いた瞬間、彼を支えていた何かがぷつりと切れた。
己の強さを認めることができないくらいに、彼は弱くなってしまっている。
「…………」
いっそ自害してやろうかと、宇練は思う。
もとより自分は、望んでこんな場所に来たわけではないのだ。虚刀流に敗れ、ぐっすり眠れると思っていたら、いつの間にかこんな所にいた。
宇練からすれば、安眠を妨げられたのと同義である。
斬刀もないままに、これ以上足掻いてどうなるというのか。自分など、死んでも生き残ってもどうせ誰かの手のひらの上で踊っているようなものだろう。
踊らされたまま見ず知らずの誰かに殺されるくらいなら、潔く自らの手で舞台を降りてしまおうか。
そうすれば今度こそ、ゆっくり眠れるだろう。
誰にも妨げられぬ場所で、永遠に。
「……そうと決まれば、善は急げだ」
呟いて、刀と同じく無造作に置いてあったデイパックを手元に引き寄せる。
刀のほうは、すでにこびりついた血が固まりきって鈍と化している(言うまでもなくこの場合は「切れ味の悪い刀」という意味での「鈍」である)。自害するには向かないだろう。
――刀が使い物にならなくなったってのに、何も感じないんだな、おれは。
自分の腑抜け具合に苦笑しながら、荷物の中身をあらためる。すでに確認していたことではあったが、地図や食料品以外の持ち物は哀川潤の手に渡っている。自害するのに役立ちそうな道具はひとつも見当たらなかった。
仕方なく、宇練は重い腰を上げて家捜しを始める。家捜しとはいっても、調度の類ひとつない畳ばかりの部屋だ。首をぐるりと回すだけで、何もないことは明白だった。
「……とすると、あとはこの部屋か――」
出入り口とは反対側の壁にある、もうひとつの扉の前に立つ。扉につけられた札には小さく「武器庫」と書かれていた。
ここを調べて目ぼしいものが見つからなかったら、自害するのは諦めよう。またあてもなく適当に、砂漠の中を散歩でもしていよう――と、
自分の生き死にに関する問題にもかかわらず、宇練はあくまで軽薄に構える。
鍵はかかっていない。開けて中に入ると、金属と油がないまぜになったような異臭が鼻をついた。
中はいかにも物置用の部屋といった感じの、人が住むには手狭すぎる空間だった。箱や筒、また宇練には見慣れない何かしらが雑然と積まれたり並べられたりしている。
手狭という点では、自分が下酷城にいたときにいつも寝ていた部屋と変わりはないが。
さすがにここは、自分でさえ寝るのには不自由するだろうな――と、至極どうでもいい感想を宇練は持った。
「――お、あったあった」
ほどなくしてひとつの刃物を見つけ、手に取る。宇練にとっては見慣れない、西洋風の造りをした短刀だった(これまた彼の知らない言葉で言うならそれは「サバイバルナイフ」である)。
自分の手になじむ代物ではないが、自害するのに手になじむもなじまないもあるまい。これで十分と、宇練はその雑然とした空間から立ち去ろうとする。
「…………ん?」
そのとき、宇練は目の端にあるものを捉えた。
部屋の隅に窮屈そうに立てかけてある「それ」に、宇練は近づいていく。

51 :
 
 「何だ、こりゃあ……?」
 宇練にとって「それ」は、いま手に持っている西洋の短刀と同じく目になじみのない、どころかどういう用途を持っているのかすらわからない物だった。
 だが宇練は、どういう理由でかその見慣れぬ物体に強く目を惹かれた。
 さながら、彼が始めて斬刀を目にしたときのように。
 言いようのない何かを、宇練はその物体から感じていた。
 「…………」
 宇練はそっと、持っていた短刀から手を離し。
 目の前のそれを、無言のままに手に取った。

  ◆   ◆   ◆

 『カレーが食べたいなあ』
 七実が目を覚ましてから数十分後、薬局付近から骨董アパートへと向かう道中。
 球磨川禊は誰にともなくといった調子で、唐突にそんなことを言う。
 「……鰈、ですか?」
 その後ろを歩いていた鑢七実が、その独り言のような言葉に反応して答える。
 七実にとっては無視してもよかったのだが、相手が球磨川である場合、無視するよりも適当に受け答えておいたほうが面倒な会話にならないということをすでに学んでいた。
 「鰈が食べたいのですか? 禊さん」
 『うん、カレー。七実ちゃんはカレーは好き?』
 「……まあ、嫌いではないですけど」
 『だよねえ』
 うんうんと、わが身を得たりという風にうなずく球磨川。
 『カレーが嫌いな人なんて、この世に存在するわけがないよねえ――僕なんて三食毎食、一年通してカレーが続いても平気なくらいだよ』
 嬉々として言う球磨川だったが、おそらく彼はカレーが二食続いた時点で文句を言う人間だろう。
 「それは……よほど好きなんですね」
 適当に答える七実だったが、内心では鰈が嫌いな人なんていくらでもいるだろうと思っていたし、鰈が毎食続いたら食の細い自分でなくとも飽きるだろうと思っていた。
 『七実ちゃんはどういうカレーが好き? 僕はスタンダードに、じっくり煮込んだカレーが好きなんだけど』
 「……まあ、煮て食べるのもいいですけど――悪くはないですけど、わたしはどちらかといえば焼いて食べるほうですかね」
 『焼きカレー?』
 七実としては当たり障りのない返答をしたつもりだったが、球磨川はやたらと意外そうな顔をする。
 『へー、七実ちゃんって古風そうに見えるけど、割と新しいもの好きなところもあるんだなあ……意外っていうか、なんかちょっと新鮮だよ』
 焼き鰈のどこがどう新しいのか全くわからなかったが、七実は「そうですか」と至極どうでもよさげに返す。
 実際、至極どうでもいいのだ。
 『あー、なんか本当にカレー食べたくなってきちゃったよ。こんなことなら、さっきスーパーマーケットに寄ったときに材料調達しておけばよかったなあ……レトルトでもいいんだけど、やっぱりカレーは手作りのほうがいいよね』
 「はあ……でも確かわたしたちが寄ったときには、魚介の類が置かれている場所はもう全滅していたんじゃなかったかしら」
 『え? シーフードカレーが食べたいの? あ、そっか、七実ちゃん肉は食べないんだっけ。でも僕としてはどっちかというと――』

52 :
支援

53 :
食い違った会話がさらに食い違おうとしていた、そのタイミングを見計らったかのように。
一人の男が、球磨川と七実の前に姿を現した。
「……………………」
黒い着流しに、伸ばしっぱなしの黒髪。片手には球磨川たちと同じデイパックを提げている。
どことなくうらぶれた様子のその男は、半眼でこちらをじっと見つめてくる。
『…………えっと』
探り合うような沈黙を切ったのは球磨川だった。
『僕は球磨川禊、こっちは鑢七実ちゃんっていうんだけど、僕らに何か用?』
明らかに偶然鉢合わせた相手に「何か用」もないだろうと思ったが、七実はとりあえず無言を貫く。
相手の動作をひとつでも見逃さぬよう、その両目で相手を捉え、そして『視る』。
「…………鑢?」
男が声を発する。その視線は球磨川を通り越して、後ろの七実へと向けられていた。
「おれは宇練銀閣という――後ろのあんた、虚刀流の身内か何かかい。鑢なんて姓、そうそうあるもんじゃねえしな」
「……七花をご存知なのですか?」
問いかけながら七実は、目の前の男の素性をおぼろげに察する。七花のことを知っていて、なおかつ「虚刀流」と呼称する人間はそう多くはない。
「まあな――ちょっとばかし、刀を取り合って一戦交えた程度の仲だが」
やはりと七実は思う。この男はおそらく、七花ととがめが蒐集しようとしていた変体刀の持ち主のうちのひとりだろう。
どんな故あってこの場に連れて来られているのかはわからないが、自分も元は悪刀・鐚という変体刀を所有していた人間だ。共通項がある以上、この場にいることが不自然であるという道理はない。
『七実ちゃん、この人と知り合いなの?』
不思議そうに球磨川が訊く。まさか接点のある人間だとは思わなかったのだろう。
「いえ、わたしは直接は知りませんが、おそらく弟の知り合いでしょうね。おおかた七花との戦いに敗れて、一度死んだところを生き返させられたのではないでしょうか」
つまりは自分と同じに――だ。
とがめに聞いていた十二本の変体刀のうちどの刀を所有していた剣士なのかは、目の前の本人に聞くしか知る術はないだろうが――それを知ることにたいした意味はないだろうと七実は思った。
七花に敗れた相手、それだけわかれば相手の実力もある程度は知れる。
そのうえ七実の『診る』限り、どうやら身体のどこかに怪我を負っているようだった。

すでに他の誰かと対戦し、おそらくは敗北した後なのだろう。動きもどことなく緩慢で、こちらを警戒する様子すら見られない。
余裕と見て取れないこともないだろうが、腑抜けているといったほうがしっくりくる。

本当に変体刀の所有者だったのか疑いたくなるほどのうらぶれようだった。
『ふぅん、七実ちゃんの弟さんに負けた人ってことは、あんまり強い人じゃないね』

七実が言わずにおいたことをあけすけに、しかもかなり雑に言う球磨川。
おそらくは「七実と比べてあまり強くない」という意味合いで言ったつもりなのだろうし、先刻出会った橙色の子供せいで比較対象がおかしくなっているのだろうが――それにしたって言いようはあるだろう。
『えっと、宇練さんだっけ? 僕たち今、その七花って人と黒神めだかって女の子を探してる最中なんだけど、何か知らないかな? あ、黒神めだかってのは宇練さんみたいな長い黒髪で、たぶん黒っぽい服を着てる女の子ね。
それと宇練さん今、骨董アパートがある方向から歩いてきたよね? 実は僕らも今からそこに向かおうとしていたところなんだけど、宇練さんはそこには寄ってきた? もしそうならどんな様子だったか教えてほしいんだけど』

54 :
支援

55 :
 
 今度は立て続けに質問を投げかける。こちらが訊きたいことだけさっさと訊いてしまおうという腹積もりが透けて見えるようだった。
 人にものを尋ねる態度としては「かなり悪い」と言わざるを得ない。
 質問者が球磨川であるがゆえに、おおよそいつも通りとも言えたが。
 「……あいにくだが、探し人に関しては何も知らねえな。虚刀流にはまだ会っていないし、おれが会ったのは男二人と、哀川って言う髪も服も真っ赤な女だけだ」
 失礼な態度にも嫌な顔ひとつせず淡々と答える宇練。
 それは親切というよりも、やはり腑抜けた態度として映ってしまう。
 「――それと、『骨董あぱーと』だったか? その場所には確かに行ったが、ほとんど瓦礫しか残っちゃいなかったぜ。誰がやったのかは知らんが、おれが来る前にぶち壊されていたようだな」
 『……壊されてた?』
 「おれの見解ではないがね。少し前まで一緒にいた哀川って女が言うには、単純な暴力による徹底した破壊だって話だ。人間の所業とは考えにくい破壊模様だったが」
 『へえ……』
 球磨川が軽く七実を見やる。おそらく七実と同じく『単純な暴力による徹底的な破壊』という言葉から、あの橙色の子供を連想したのだろう。
 実際それは正解なのだが、それを確信するための術は今のところ二人にはなかった。

 「…………うん? 黒神……めだか?」
 宇練は急に黙り込むと、何かを思い出すように視線を宙に泳がせる。
 その様子を見ながら七実は、その哀川という女が宇練に手傷を負わせた相手なのではないだろうかと予想していた。
 根拠というには乏しいが、哀川の名を口にした瞬間、宇練の表情に畏怖のようなものがよぎったような気がしたのだ。
 橙色の次は、赤色の女か――。
 七実はなんとなく、その哀川という名を心に留めておくことにした。気にし過ぎかもしれないが(むしろそうであることを切に望むが)、その女は自分にとって危険な相手であるような、そんな直感が働いた。
 「……あんた、球磨川だっけか?」
 思考を終えたのか、視線をこちらに戻した宇練が今度は球磨川に向けて問う。
 「黒神めだかって女を探してるって言ってたが――善吉とか喜界島、とかいう名に聞き覚えはねえかな」
 『…………知ってるよ』
 その名前が出てくるのは予想外だったのか、球磨川は少しだけ驚愕を声ににじませる。
 『どっちも、僕の知り合いの名前だね。それがどうかした?』
 「あー、じゃああんたもあいつの知り合いなのか? 球磨川なんて名は、あいつは口にしちゃあいなかったが……まあ善吉ってやつはもう死んじまったみたいだし、一応あんたにも伝えておくか」
 そして宇練銀閣は口にする。
 己が殺した、ひとりの男の名を。
 「阿久根高貴ってやつの遺言だ――『僕はここまでだ。だけど今までの生活は楽しかった。生徒会の絆は終わらない。僕たちはいつまでも仲間だよ』――だとさ」

  ◆   ◆   ◆

 『……………………』
 宇練の伝えた言葉に、球磨川は何の反応も示さない。表情ひとつ変えず、聞いた言葉の意味を考えているかのように、ただじっと虚空を見つめている。
 「めだかか善吉か喜界島ってやつに伝えてほしいって言われてたんだが、どうにも見つからなくてな。あいつを知ってるやつに会ったのは、あんたで始めてだ」

56 :
 
 『…………高貴ちゃんは、あなたが殺したの? 宇練さん』
 そう問う声にも、動揺のようなものは混じっていない。明日の天気を尋ねるような、さほど興味のないことをわざわざ尋ねるような口調だった。
 「ああ、いきなり後ろから襲い掛かってきたもんだからな。その上すでに満身創痍って感じの有様だったから、一思いに叩き斬ってやった。知り合いだったなら悪かったな」
 『ふーん……』
 どうでもいいといった風に、間延びした声で答える球磨川。
 聞き流したと思われても仕方ないくらいの反応である。
 『――まあ、高貴ちゃんは確かに知り合いだったけど、別に気にしなくていいよ。知り合いってだけで、友達ってわけでもなかったし、今はどっちかというと敵同士って感じだったしね。
 先に襲い掛かったのが高貴ちゃんだったって言うなら正当防衛だろうし、どうせめだかちゃんのためとか言って、勝手に暴走した挙句勝手に死んだんでしょ。
 その遺言だって、明らかに僕に向けてのものじゃないし。わざわざ伝えてもらって申し訳ないけど、今すぐ忘れてもらっていいよ、そんな遺言』
 「そうかい、まあおれにも一応、殺した奴に対する礼儀みたいなもんがあるんでね。せっかくの遺言だし、その黒神ってやつに会ったら伝えておいてくれや」
 『わかった、そうするよ』
 言いながら球磨川は、おもむろに大螺子を取り出す。
 あまりにも自然に、まるでそうするのが当たり前といったような動作で取り出したため、すぐ後ろにいた七実でさえ、その行動に一瞬反応し損ねてしまった。
 あからさまに武器を手にする球磨川に対し、宇練はやはり身構えることもなく、ただその場にたたずんでいる。
 『ああ、勘違いしないでね。別に高貴ちゃんの敵をとってやろうとか、高貴ちゃんの遺志を受け継いで戦おうとか、そんなことを考えているわけじゃあないから』
 その言葉が七実に向けられたものなのか、宇練に向けられたものなのかはわからなかった。もしかすると独り言で、単に自分に言い聞かせているだけだったのかもしれない。
 『たださあ、正当防衛とはいえ高貴ちゃんを殺しちゃってるのは事実なわけだから、結局のところ宇練さんが人殺しであることには違いないよね。
 人殺しが目の前にいるってわかっちゃうと、僕としてはどうしても警戒せざるを得ないんだよね。マイナス十三組のリーダーとして、七実ちゃんも守らなきゃいけないわけだし?
 だからその結果、「勢いあまって」殺しちゃったとしても――』
 ゆっくりと、大螺子の切っ先が宇練へと向けられる。
 まるでそれが、宣戦布告であるかのように。
 『僕は悪くない――よね』
 「…………」
 七実は少し驚いていた。今まで七実が誰かを殺しかけるたびにそれを止めてきた球磨川が、こうも明確に他人へ殺意を向けるというのが意外に思えたからだ。
 適当そうに見えるこの男にも、適当ではいられない領域があるということだろうか。
 七実のその考え通り、阿久根高貴の死は球磨川にとって軽く流せる問題ではなかった。
 彼が『仲間思い』であるということは、これまでにも散々述べたとおりである。かろうじて抑えていたとはいえ、彼が放送で高貴の名前を聞いたときに見せた狼狽がそれを物語っている。
 かつて、自分の指揮する生徒会のメンバーだった阿久根高貴。その死はこれまでずっと意識の外に置こうと努めていながらも、心のどこかに引っかかっていた出来事。
 誰かに触れられれば、即座に弾けてしまうほどに。
 三度、宇練の知らない言葉を用いて喩えるとするなら、彼は地雷というものを踏んだのである。
 球磨川禊という、これ以上なく強力無比な、地雷を。

57 :
支援

58 :
 
 「……なあ、あんたら、この世で最も強い武器って何だと思う?」
 突然、宇練は何の脈絡もない問いかけをする。
 武器が自分に向けられているというのに、それを無視するように。
 「おれはずっと、刀こそが最強の武器であると信じていたんだよな――正確には斬刀を手にしたときから、そう思っていたんだろうが。斬刀・鈍こそが最強の武器であると、このおれは心の底からずっとそう信じていた」
 七実たちの返答を待たず、独り言のように語る宇練。
 どうやらこの男は斬刀・鈍の所有者だったらしいことを、七実はその言葉から把握する。
 「おれのご先祖様は刀一本で一万人斬りなんていう離れ業を演じてみせたらしいが、実際に斬刀をこの手で振ってみて納得いったね。こりゃあ一万人だって優に斬り殺せる武器だってな。
 これこそが最強の兵器と呼ぶべきものだと、今までのおれなら信じて疑わなかったね――まあ自画自賛を承知で言うなら、零閃あっての最強だろうが」
 そこでふと、七実はあることに気付く。
 宇練は先ほど、阿久根という男を「叩き斬った」と言っていたが、今の彼を見る限り刀剣の類を帯びている様子はない。七実の観察眼をもってして、それは断言できる。
 哀川という女と対戦したときに破壊されたか、あるいは奪い取られたのだろうか?
 それならば、今の彼のうらぶれようも納得がいくというものだ。剣士から刀を奪うというのは、魂を抜くことと同義であるのだから。
 もちろんそれは、虚刀流を除いた剣士の話だが。
 「だけどよ――どうやらおれは、とんだ思い違いをしていたようだ」
 語り続ける宇練に対し、球磨川は相手の意図を計りかねているように、螺子を構えた状態のまま動かない。
 相手が隙だらけであることに、逆に警戒心を抱いているようだった。
 「斬刀は確かに、名刀を超えた完成形と言うにふさわしい刀だった。だが『兵器』というには少々おこがましかったな……ついさっきだが、おれはようやく理解したぜ。最強の武器ってのは――」
 ゆらりと、宇練の右手が動く。
 刀を持っていないことに気付いた時点で、少なくとも七実はそれに気付くべきだったのかもしれない。
 宇練の左手に提げられていたデイパックが、あたかも居合い斬りの剣士が持つ刀のように、いつでもその中身が取り出せるような配置についているということに――!

 「『兵器』ってのは、こういうもののことを言うんだってなぁ――――!!」

 一転、それまでの緩慢な動作からは想像もつかない、目にも止まらぬほどの速さで。
 宇練は左手のデイパックから、七実の身長ほどもある大きな物体を引き抜き、両手に構える。
 「…………!?」
 「…………!!」
 それを見て、七実と球磨川は同時に固まる。
 七実はそれが、今までに見たこともない、どころかどんな用途を持った物なのかすらわからなかったがゆえに。
 球磨川はそれが、どれほどの殺傷能力を持った『兵器』であるのかを、その見た目だけで理解できたがゆえに。
 硬直した二人に対し、宇練の左右の手からまっすぐに向けられている『それ』。
 それは本来、戦車や装甲車に搭載されているか、地面に据え置きの状態で使用されるのが通常であろうというような武器。
 少なくとも普通の人間が素手で、しかも単独で扱うことができるような武器ではあるまい――ましてや左右両手にひとつずつ、ふたつ同時に使用するなど論外であるというような、書いて字のごとくの重火器。

59 :
支援

60 :
 
 50口径重機関銃――ブラウニングM2マシンガン×2!! 掟破りの二丁機関銃!!


 「ひゃっっっっっっっ――――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――――――――――――――っっ!!!!」


 連射。
 乱射。
 斉射。
 宇練の雄叫びとともに、ふたつの銃口が同時に火を噴く。
 右が七実、左が球磨川などといった気の利いた狙い方ができるような火器ではない。
 縦横無尽に、自由自在に、四方八方に、ただ銃口の向くままに、無数の弾丸が辺り一面に、圧倒的なまでの無差別さを持って放射される。
 毎分500発以上を発射するという性能を持つその火器は、あっという間に周りの地面を抉り取る。舞い上がった砂や石の残骸が煙幕となって辺りを埋め尽くし、響き渡る轟音だけが、乱射が続いていることを知らせる。
 轟音が、白煙が、衝撃が、弾丸が。
 石が、岩が、草木が、地面が、空気が。
 そのすべてが飛び散り、跳ね上がり、荒れ狂い、砕け散り、巻き上がり、そして爆ぜる――!

 「はははははははははは!! あははははははははははははははははははははは!!」

 狂喜乱舞。
 それはまさに、そう呼ぶに相応しい光景だった。
それ自身の反動で、暴れまわるように方向を変え続けるその銃身はまさに乱舞、それをまるで制御しようとしない宇練の浮かべる表情はまさに狂喜。
 宇練の高笑いが、銃の発する轟音と入り混じって辺りに木霊する。
 振り回すようにしてふたつの機関銃を扱う宇練のその姿は、まるで本当に舞を舞っているようにすら見えた。
 心底喜んでいるというように、芯から楽しんでいるというように。
 狂ったように笑い。
 狂ったように乱射する。
 狂い、喜び、乱れ舞い。
 すべてを破壊し、すべてを打ち抜く!
 宇練銀閣の二丁機関銃!

 ――――――――カチンッ!

 装填されていた銃弾を撃ち尽くすまで、時間にしてみればわずか十数秒。
 110発と110発、左右合わせて220発の弾丸を撃ち切り、ようやくその凶悪な重火器は唸り声を止める。
 宇練の周囲は、見事なまでに破壊の跡で埋め尽くされていた。木々も岩も地面も、銃弾の射程に入ったもののうち、無傷で済んだものはおそらくひとつもないと思えてしまうような光景。
 硝煙と巻き上げられた砂煙とで辺り一帯が濃霧に包まれたように煙り、一寸先すら満足に見ることができない状態だった。
 「ははははははははは! 素晴らしいじゃねえか、おい――」
 満足そうに笑い、宇練は熱のこもった銃身を高々と掲げてみせる。
 肋骨がへし折れた状態で機関銃を連射するという常識外の無茶をやらかしたにもかかわらず、その表情は無垢なる子供を思わせるほどに生き生きとしていた。
 先ほどまでのうらぶれた様子とは、まるで別人である。

61 :
支援

62 :
 
 「こいつさえあれば、もう斬刀なんざ必要ねえ――あの哀川って女も、いや虚刀流でさえ! 誰が相手だろうが十把一絡げに、全員木っ端微塵に吹き飛ばしてやれるぜ!」
 彼が斬刀を守り続けていたのは、その「強さ」を失うことを恐れていたからである。
 彼が斬刀を追い求めていたのは、それが己にとって最強の武器であると信じていたからである。
 しかしその認識と目的は、彼の中では今や過去のものと成り果てていた。
 「最強」の定義を覆された今の宇練にとっては、剣士という肩書きでさえ、もはや執着するに値しないものへと成り下がっていた。
 「まだまだ撃ち足りねえが、本命の標的が現れるまではまあ我慢だ――弾も無限ってわけじゃねえし、使うべきときに備えてできるだけ節約しておかねえとな」
 そう言って宇練は、両手の機関銃を一瞬にしてデイパックに納める。
 それはまるで『暗器』を扱うがごとき極小の動作で、注意深く見ていなければおそらく消えたようにしか見えなかっただろう。
 そんなことをわざわざ言ったところで、彼にとっては褒め言葉にすらならないだろうが。
 光の速さすら超越すると謂われる究極の居合い抜き、零閃の使い手である宇練銀閣にとっては。
 「さあて、善は急げだ。虚刀流と哀川潤、それから適当な『的』を探しに行かねえとな」
 ああ、早く撃ちたいなあ――と。
 少し前の彼ならば、天地が逆さになっても口にしなかったであろう言葉を発しながら、砂塵に紛れるようにして足早にその場を後にする。
 視界が晴れる頃には、すでに宇練の姿はそこから消えていた。凶弾の嵐による、破壊の爪痕だけをその一帯に残して。

 かつて、剣士と名の付く者が持てば例外なくその心を狂わせると言われていた四季崎記紀の完成形変体刀、そのうち一振りを所有し続けていたにも関わらず、刀の毒による影響を受けなかった剣士、宇練銀閣。
 彼は今、刀の毒などよりよっぽど厄介なものに、その心身を余すところなく侵されていた。
 もし今の彼を、たとえば四季崎記紀あたりが目にしたとしたら、おそらくこう評するに違いない。
 生粋のトリガーハッピー、宇練銀閣。
 生まれる時代をある意味で間違え、ある意味で間違えなかった男。

【1日目/真昼/H‐6 】
【宇練銀閣@刀語シリーズ】
[状態]肋骨数本骨折
[装備]なし
[道具]支給品一式、トランシーバー@現実 、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、H-6のプレハブ小屋で調達した物」
[思考]
基本:出会った人間を手当たり次第撃ちR
 1:虚刀流と哀川潤を探し出して撃ちR
 2:斬刀? 下酷城? そんなもん知るかぁ!
 3:哀川潤との約束? そんなの関係ねぇ!
 4:骨折? 知ったこっちゃねえ!
[備考]
 ※刀はH-6のプレハブ小屋に置いてきました
 ※トランシーバーの相手は哀川潤ですが、使い方がわからない可能性があります
 ※道具のうち「」で区切られたものは現地調達品です。プレハブ小屋から他に何を持って行ったかは後の書き手様方にお任せします

63 :
支援

64 :
  ◆   ◆   ◆

 『…………行ったみたいだね』
 宇練が去った後の、銃弾によりあちこちが無残に抉れて荒地のようになった地面。そこにひとつだけ、不自然にぽっかりと大きな穴が空いていた。
 そこからひょっこりと顔を出した球磨川禊は、辺りに誰もいないことを確かめたうえで穴から這い上がり、制服に付いた土を両手で払い落とす。
 『あーびっくりした。全然ぱっとしない雰囲気の人だったから完全に油断してたなあ……まさかいきなりあんな重火器にものを言わせてくるなんて思いもしなかったよ。反則でしょ、いくらなんでも』
 ぶつくさと呟きながら、自分が出てきた穴に手を差し伸べる。
 『大丈夫だった? 七実ちゃん』
 「ええ、おかげさまで」
 球磨川に引っ張り上げられる形で、その穴から這い出る七実。
 その着物は球磨川の制服と同じくあちこち土で汚れていたが、球磨川が手を離した次の瞬間には、まるでそれが『なかったこと』にされたかのように、汚れひとつない綺麗な着物に戻っていた。
 「恥ずかしながらわたしもちょっと戸惑ってしまっていたので……禊さんの機転のおかげで無事で済みました、ありがとうございます」
 『おいおい、水臭いなぁ七実ちゃん。僕は一応マイナス十三組のリーダーなんだから助けるのは当たり前じゃないか。いちいちお礼なんて、そんな他人行儀なことはやめてよね』
 取り澄ました表情で球磨川は言う。
 しかし実際、七実の言う「機転」がなければおそらく二人とも凶弾の餌食になっていたに違いない。
 球磨川からすれば、自分たちの足元、その地面の一部を『大嘘憑き』によって『なかったこと』にし、即席の塹壕を作り上げたというだけのことだったが、結果的に言えばこれ以上ないくらいの「機転」だっただろう。
 ありとあらゆるものが破壊の限りを尽くされたこの一帯において、地中に逃げるほど安全で確実な方法もなかっただろうから。
 『まったく、あんな危険な人がまだいたなんてねえ……鰐ちゃん以外にあんな無茶苦茶な火器の使い方する人がいるってだけで十分驚きなのに。ねえ、あの人本当に七実ちゃんの弟さんの知り合いなの?』
 「いえ、正直わたしもあそこまでとは…………せいぜいが腕の立つ剣士、くらいだと思っていたのですけれど」
 『全然剣士じゃなかったじゃない……銃士っていうか、とんだターミネーターだよ。
 ――しかし参ったなあ、あの人、僕たちが生きてるって知ったらまた狙ってくるだろうね。どうしようか』
 「次に会ったときは初見ではありませんし、不意打ちでなければ対処のしようはあるかと思いますが……しかしあそこまで砂煙を巻き上げられると、わたしとしては少々厄介ですね」
 辺り一面を埋め尽くすほどの砂煙。
 目を戦闘の要とする七実にとっては、弾幕と同じくらいに煙幕もまた厄介な要素として数えられるのだろう。宇練が弾丸を撃ち終えた後になっても穴に隠れ続けていた理由がそれだった。
 『……まあ、こっちから近づかなければいいだけの話だろうし、とりあえずあの人はスルーしておこうか。僕の『大嘘憑き』がいまいち使えない状態だから、めだかちゃんと対決するまではなるべく温存しておきたいんだよね』
 「あら、いいのですか放っておいて。禊さんのお仲間を殺した相手ではなかったのですか?」
 『…………』
 意地の悪い七実の問いに、少しだけ沈黙した様子の球磨川だったが――、
 『……いいよ、我慢する』
 意外にも素直に、暗に阿久根高貴が自分の仲間だと認めたうえで、そう答えた。
 『それも一緒に、めだかちゃんにぶつければいいだけの話だし。高貴ちゃんだって、どうせ僕に敵を討ってもらいたいなんて、これっぽっちも思っちゃいないだろうしさ』
 「…………そうですか」

65 :
拗ねたような球磨川の態度を見ながら、七実はなぜ自分がこの男に惹かれているのか、ほんの少しだけわかったような気がした。
才能だけを言うなら、七実は誰よりも強い。この世に存在するすべての「強さ」を呑み込む天才性こそが、七実の持つ強さなのだから。
しかし同時に、七実は誰よりも弱い。彼女の身体を蝕む一億の病魔は、七実に戦うことは許しても、戦い続けることは許さない。
勝つことはできても、勝ち続けることができない。それが鑢七実の弱さ。
一方球磨川は、ある意味七実以上に弱い。彼の持つ過負荷(マイナス)『大嘘憑き』は、掛け値なしに厄介で強力なスキルと言える。すべてを『なかったこと』にする能力など、これを厄介と呼ばずして何を厄介と呼ぶのだろう。
しかしそんなスキルを所有しておきながら、彼は勝負には勝てない。
勝ちに価値を認めているにもかかわらず、まるで負けることを宿命付けられているかのように、球磨川は誰にも勝つことができない。
失敗を前提にしてしか物事を考えられず。
負けを前提にしてしか勝負事を考えられない。
思考がマイナスの方向に振り切れているがゆえに、虚しい勝利すら手にすることができない。
宇練銀閣との勝負にも、本当は勝ちたかったに違いない。自分の仲間を殺したとわかっている相手を何もできないまま見送ってしまったのだから、彼にしてみれば無念だろう。
死ななかったというだけで、負けたも同然の結果である。
ただし球磨川は、その負けから決して逃げない。どれだけ惨めに負けようが、どれだけ無様に失敗しようが、彼はへらへらと笑い、また次の勝負に挑む。
また勝てなかったと嘯きながら。
まだ見ぬ勝利を得るために、何度も何度も繰り返し負け続ける。
一年通して負け続きでも飽きることなく、飽くなき挑戦を続ける。それこそが球磨川禊の強さ。
勝つために勝ち続けることを放棄した七実にとって、勝つために負け続けることをよしとする球磨川の姿勢は、ある意味で未知のものだった。
その未知ゆえに、自分はこの球磨川という男に惹かれたのではないか――なんとなくではあるが、七実はそんなことを考えた。
『あー、そういえば骨董アパートはもう破壊されてるんだったっけ? 行ってみてもいいけど、なんか無駄足になりそうな気がするなあ……ていうか破壊したのってやっぱりあの橙ちゃんだったりする?
さっきの人が言ってた哀川って人も、なんとなく普通の人じゃない予感がするし――あーあ』
ひとりごちる球磨川を、七実はただ見つめる。彼がどんな表情をしているのか、後ろを歩く七実からでは窺い知ることはできない。
それでも彼は、たぶんまたいつも通りに卑屈な笑みを浮かべているのだろうと、そう七実は思っていた。
『本当どいつもこいつも、煮ても焼いても食えない人たちばっかりだなあ――鰈と違ってさ』

【1日目/真昼/H‐6 】
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、錠開け専門鉄具、ランダム支給品(2〜6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:このまま骨董アパートに向かうかどうか、球磨川さんと相談しましょう。
 3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
 4:宇練さんは、次に会った時にはそれなりの対処をしましょう。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました。

66 :
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番は骨董アパートに向かおうかと思ってたけど――どうしようかな』
『4番は――――まぁ彼についてかな』
『5番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
『6番は宇練さんについてだけど、まあ保留かな』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※戯言遣いとの会話の内容は後続の書き手様方にお任せします。

代理投下を終了しますが、少し修正し忘れたので。
>>64
『まったく、あんな危険な人がまだいたなんてねえ……鰐ちゃん以外にあんな無茶苦茶な火器の使い方する人がいるってだけで十分驚きなのに。ねえ、あの人本当に七実ちゃんの弟さんの知り合いなの?』

『まったく、あんな危険な人がまだいたなんてねえ……あんな無茶苦茶な火器の使い方する人がいるってだけで十分驚きなのに。ねえ、あの人本当に七実ちゃんの弟さんの知り合いなの?』
へと変更されます。
以上にて規制による代理投下を終了させていただきます。

そして感想を
銀閣がはじけたあああああああ、正直死ぬと思ってたけれどもこれは面白い。
刀よりも重火器のほうが強いし時代的にも実物使ったらこうなるような感じも……。
それでは、◆wUZst.K6uE氏投下乙でした!

67 :
投下&代理投下乙です
改めて読み返したけどたまんねえなぁ!以外の感想が出ない
いや、序盤の銀閣らしさにうんうんと頷いてしまったとか七実クマーに癒やされたとかあるのんだけれど!

68 :
投下乙〜
入りからいーちゃんらしいと思ってたら、放送をまたいでこう変わるかあ
間の戯言全否定とかにすんげえノリノリで読んでる方も付き合ってて、お出迎えな蒸し車に、ああ、って納得してたらな今回のオチ
蘇生で揺れるってのはロワじゃ定番なんだけど、その考え方や見つめ直し方がいーちゃんだからこそなんだよな
本当に、まだまだ先が長いというか、この先がどうなるんやら
おかしい
何がおかしいって、ひゃっはー以外のどこもおかしくないのがおかしい
ああ、銀閣ならそうなるよなあって思って
別に刀にこだわってる訳じゃなくてそれが強かったからだ〜という語りからすれば武器チェンジもあRほどで
でもおかしい、どうしてこうなった!?

69 :
 真庭鳳凰。
 今や廃りつつある、嘗ての栄光に縋っているだけと謡われるしのびの里の名字を冠する、十二人の頭領を実質的に統べる男。
 その実力たるや、大した苦もなく他の頭領を暗殺した旧友になおも別格として評価されるほどに高いとされる。
 付いた通り名は『神の鳳凰』。
 真庭の忍軍の中で唯一、実在しない動物の名前を背負った男だ。
 繰り返すが、彼は精鋭揃いの真庭のしのび中でも最強の座を欲しいままにしている、伝説といって遜色ない存在である。
 毒刀の精神支配を受けて乱心し、虚刀の青年に敗れこそしたものの、この殺し合いでもその力は曇り無く発揮されることだろう。
 中途半端な実力者では、『神』は越えられない。
 異常、過負荷、魔法少女、最強、最終――そんな存在と比べても引けを取ることのない強力なしのびである、それは決して間違いのない事実だ。
 事実の筈、なのだ。
 彼を危険と区別するのは正しくとも。
 彼を弱者と侮蔑するのは正しくない。
 そうだ。それこそが本当に正しい認識だ。
 そうであると、他ならぬ鳳凰自身も思っている。
 にも関わらず、だ。
 鳳凰は今、生涯――おそらくは、『真庭鳳凰』の名前が歴史上これまで受けたこともないような屈辱感に苛まれていた。
 
 (なぜだ)
 答えは返ってこない。
 あの狐面の男にでも聞けば納得できる答えが返ってくるのかもしれないが、僅かな矜持がそれを頑なに拒んだ。
 つまるところこの真庭鳳凰という男は、生まれてこの方こういった感覚というものを味わったことが無かったのだ。
 自分の強さを否定された挙げ句、最大限の侮辱を何の強さも持たないような全身隙だらけの男にぶつけられた。
 しかも情けないことに、奴をRことさえ自分には叶わなかった。
 右腕の死霊――それが戯言なのか、本当に真実であるのかは鳳凰にも知ったことではないが――、そんなもので、自分の強さは阻まれた。
 あまりにも、情けなすぎる。
 あれほどの侮辱を浴びせられて満足に論破することも出来ず、取り柄である実力行使さえ無駄に終わるなど、情けないにも程がある。
 
 (なぜだ…………っ!)
 だが鳳凰が真に理解できないのは其処ではない。
 口先で丸め込まれたことも、命結びにこれまで気付きもしなかった欠点があったというのも先ず納得しておいてやろう。
 ただ後一つ、どうしても見過ごせない疑問があった。
 こうして考えている内にも、その足は信じられない行動を続けている。
 誇りがあるなら、絶対に選択できないような行動を行っている。
 
 (なぜ我は、あの男に付いて行っているのだ…………!!)
 鳳凰は、自分を愚弄した男へ同行する道を進んでいた。
 どういう考えがあって、どんな理屈のもとにこんな決断を下したのかはまるで分からない。少なくとも分かっていれば、苦労はしていない。
 言うならば、本能的に。
 感じるならば、強制的に。
 数多くの闇の仕事を嵐のような激しさでこなしてきたこの両足が、そのすべてを否定した男の後ろを追い続ける。
 止めようにも止められない。より正確に言えば、止めようとするだけで自分の中の何かが選択を迷わせる。
 ――本当にそれでいいのか、と。
 本当にこの男を拒むことが正しいのかと。
 右腕の一件以降鳳凰のどこかで疼き続けていた、『畏れ』の感情がそんな問いを進む足に逆らおうとする度投げ掛けてくる。
 そして彼は、その問いに答えられない。
 一度恐怖を経験してしまったからか、自分の正しいと思うことが果たして本当に正しいのかが分からなくなっていた。
 ああ、なんと情けない。
 これが神と謳われた真庭鳳凰か。
 こんな醜態を晒すようでは、我もまたしのびの肩書きを捨てなければなるまい――――そんなことすら考えてしまう。
 逆を言えば、自分にとって何よりの誇りであり存在理由であるしのびの役目を捨ててでも、あの狐を追おうとしている。
 考えれば考えるほど無間の地獄にその身を埋められていくような感触が、鳳凰に気高き決断をさせることを妨げ続けた。

70 :
 「――おい、鳳凰」
 びく、と。
 突然に名前を呼ばれたことで心臓が締め上げられるような感覚が走る。
 
 「くくく――そうビビるなよ。俺だって、別にお前を虐めて楽しもうなんて悪趣味を持ってる訳じゃあねえ」
 笑う狐だが、その姿が鳳凰の方へと振り向くことはない。
 あくまで片手間に暇潰し程度の軽い感覚で、彼へと話を振ったのだ。
 鳳凰はあの狐面のことを何も知らない。それでも一つ分かることがあった。言動を見ていればすぐに分かるような当たり前のことである。
 それを理解するとなおのこと腹立たしい。
 何故よりにもよってこんな存在に、こんなにも最悪な存在に行き遭ってしまったのかと、悔やみたくさえなってくる。
 「……なんだ」 
 「結局お前は、どうする気なんだって話だよ」
 ――この男は、何も考えていないのだ。
 心の底から、下手をすると誰よりもこの異常事態を楽しんでいる。
 楽しんでいるからこそ、より面白いものを見ようと行動する。
 しかし、根本でこの最悪野郎は何も考えちゃいない。
 いわば気まぐれだ。気まぐれとその場の勢いで、コイツは動く。
 それを遂げてしまう器量があるのが、尚更その最悪さに拍車をかけている。
 
 「……我は」
 「俺はお前を駄目な奴だと思ってるが、お前を拒絶することはしねえぜ。何しろ、その実力は俺の護衛としちゃあ一級も一級、超がついたっていいくらいに優れている。俺の『十三階段』の中でだって、お前に並ぶレベルの奴は殆どいねえ筈だからな」
 殆ど。ならば、自分を越える存在も要るというわけか。
 それは驚くようなことではない。鑢七花のような規格外が通用するような世の中なのだ、世界の広さ程度はそれなりに理解しているつもりである。
 
 「我はおぬしが嫌いだ、狐面」
 鳳凰ははっきりと、最悪の男へ言い放った。
 右腕への恐怖で醜態を晒し続けていた彼であったが、腐っても真庭の頭領を任せられる者。その中でも更に頂点を座する、神の鳳凰。
 このまま化け狐の傀儡で終わることは、良しとしなかったらしい。
 
 「だが、おぬしの言う通り。我はおぬしを殺せないようだ」
 「『我はおぬしを殺せないようだ』――ふん。ようやく理解したか。頭抜けの馬鹿って訳でもねえようだな」
 「ならば」
 この男の従属で終わるなど真っ平御免。そんな生き恥を晒すくらいなら、自らの心臓を穿った方がまだ苦しくないようにさえ思える。
 されど、現状この男を手に掛けることが出来ないのは確固たる事実。
 おまけに蒙らされた恐怖という呪縛を抱えたままで、これまで通りの戦いを繰り広げられるとは思えない。
 肝心な時に発作的に、呪縛を絞められては適わない。
 そんな死に様、まさしく犬死に。
 天を舞う鳳の名を裏切る、避けねばならぬ終わりだ。
 「ならば、一時はおぬしと道を共にするとしよう。再びこの手が、おぬしを殺せるようになるまでは――な」
 「――ほう」
 ざっ。これまで一度とて振り向かなかった狐が、初めて足を止めた。
 その後は何の躊躇いもなく振り向き、鳳凰へと視線を送る。
 数秒の間があって、それから再び狐面――西東天は前へと向き直り、何もなかったように歩みを進め始めた。

71 :
 (真庭鳳凰――俺の欲する逸材の条件なんざ欠片も満たしちゃあいねえが……ふん、精々有効活用させて貰うとするか。
  此奴は手足としちゃあ落第点だが剣としちゃあ及第点だ。いや、違うな。忍者なんだから、暗器っつーのが正しいな)
 それは、真庭鳳凰にとって本当に本望なことなのだろうか。
 少なくとも、鳳凰は自分も知り得ない内に、西東天という誰よりも最悪な男の毒牙に蝕まれつつあるのは最早確かなことだった。
 鳳凰は先程初めて西東へと自らの意志を示したが、それは本当に鳳凰自身の意志による発言だったのか。
 西東天という男がきっかけをくれたからこそ芽生えたものなのではないのか――そんな疑問を、鳳凰は抱いていない。
 そこに疑いの余地などないとさえ思っている。あるいは、そもそも些末なこととして視野にすら入れていない。
 西東天は真庭鳳凰を完全に見定め。
 真庭鳳凰は自分の意志かも分からない決意で西東天と往く。
 鳳凰が望んだ、再び西東を殺せる機会は巡ってくるのだろうか。
 「それと、そこのおぬしは普通に殺せそうな気がするが」
 「ああ、だろうな。そいつは多分殺せるだろう」
 「やっぱり僕だけ危険じゃないですか」
 ――話に交じり損ねた串中弔士は一人溜息をついた。
 
    ◆    ◇

 ――戯言だな、と少年は思う。
 仲間が死んだ。
 誰よりも熱く正義に燃えた少女が死んだ。
 その在り方は彼の知るとある完全なる少女にも匹敵するほど愚直で、だが決して道を交えないだろうそれであった。
 彼女は死んだ。
 人ならざる、自立駆動の刀によって肉体を切り裂かれた。
 でも止めを刺したのは他ならぬ自分自身だ。
 仕方がなかったと思う。
 言い訳抜きで、あの場ではあれこそ最善だったと信じている。
 優しさとお節介は違うのだ。
 あのままあの子を生かし続けていたら、地獄のように苦しい死を遂げることは目に見えていた――だから、しっかりと殺した。
 人生で初めてだった。人をRというのは。
 連続殺人鬼扱いをされたこともあるし、事実その扱いも間違っちゃいないと彼自身思っている。自分の異常性がどれほど危険で間違ったものなのかを、どれほど苦しく忌まわしいものなのかは、当の少年自身が他の誰よりもよく知っているのだから。
 それでも、人を殺したことだけはなかった。
 人は殺したら死んでしまう。
 もう語ることも笑うことも、遊ぶことも出来なくなってしまう。
 優しき少年は当然のようにそれを忌避した。
 だから、内から這い出ようと躍起になる漆黒の衝動を抑制しながらこれまでの十数年間を生きてきたのである。
 異常な人生は、楽しいことばかりじゃなかった。
 暗器術を習い、普通(ノーマル)の少年とも戦った。
 そして敗北した。そして友達になった。
 そんな友情を芽生えさせるような戦いをしても。
 あの正しすぎる少女に触れても。
 遂に気付き得なかったことに――少年は、ずっと避け続けてきた禁忌を犯すことで初めて気付くことが出来た。
 人をRことは、最悪であると。
 彼女が殺し合いの開始からずっと連れ添ってきた仲間だったから、というのももしかしたらあるかもしれない。しかし何にせよ確かなことは、もう自分は二度と他人の命を奪うようなことは出来ないだろうということだ。
 殺した瞬間――、
 あれほど喧しく騒ぎ立てていた『衝動』が全て萎えた。

72 :
 やがて消えた。それっきりだ。それっきり、衝動は姿を見せない。
 おそらくは今後も、永遠に。
 (……枯れた樹海には、R木がない)
 R木がない。
 R気がない。
 なんて皮肉な検体名だろうか。
 こういうのをきっと、戯言というのだろう。
 いや、それとも傑作か。
 (どちらにせよ、僕にはもう人を殺せない。それは確かなことだ)
 少年、宗像形は考える。
 自分の『樹海』には、最初からR木など一本しかなかったのだ。
 後の木は全てがとっくに死んでいて、殺せない木ばかり。
 そして最後の木を、あの時遂に切り倒した。
 それで、樹海からは木が無くなってしまった。
 これで自分は、真の『枯れた樹海』として覚醒したといえるのか。
 ひょっとすると、退化かもしれないけれど。
 (……ふむ、やはり僕には哲学者は似合わないね)
 
 くすり、と微笑して宗像は走り続ける。
 目指すは禁止エリアに未だ座しているだろう青い少女の下だ。
 速度は十全。あと数分もしない内に、目的の場所へと辿り着く筈。
 禁止エリアが完成するまで、数時間も余裕がある。
 我ながら、良い活躍だと思う。
 (このまま何事も無く帰れればいいんだが――――)
 玖渚を救出して伊織たちの下へ戻る運動を行ったところで、まさか体力が尽きてゲームオーバーにはならないだろう。
 問題はその道中で面倒な輩に出会わないかどうかだ。
 少女一人を守りながら戦うなど一般人相手なら雑作もないことだが、その相手が自分のような『異常』では話も変わってくる。
 こればかりは祈るしかないが、その時は最悪彼女だけでも逃がすしかない。
 玖渚を見捨てて自分の身を助けようとするほど宗像は落ちぶれていないし、そこまで自分の生に貪欲でもない。
 不安を払拭して、無意識に少し速度を上げて、なおも走る。
 が――その足は途中で止まることとなった。
 前方に見える複数の人影を見て、やれやれと愚痴るように宗像は零す。
 「どうやら、そうはさせてくれないようだね」
 その台詞を聞いて、人影の一人。
 狐面に浴衣姿の奇抜極まる様相の男は、犯しそうに笑った。
 殺人衝動を失ったとはいえ、その肉体に刻み込まれた殺人の技術の数々は未だ健在だ。だから彼には一目で分かった。
 しかし分かったからといって、得られるのは安堵でも愉悦でもない。
 何も得られない。疑問を蒙るだけだ。
 この男は、あまりにも殺し易すぎる。
 全身隙だらけ――丸腰であることを抜きにしても、正直前の自分がその気になれば一秒と掛からずに殺せそうなほどに。
 それに対して後方に立つ鳥のように奇抜な格好をした男は明らかにただ者ではない。間違いなく狐面よりも数倍、数百倍は強い筈だ。
 なのに、『いる』。
 決して隙を見せるなと警告する自分が、いる――――。
 「……何の用ですか? 僕は今非常に急いでいるので、早急にそこを退いて貰えると助かるのですが」
 少しだけ苛立ちを含ませた声で言う。
 怯んでくれでもすれば良かったものの、やはりそう上手くは行かない。
 宗像の気迫を受けても、男はただ笑うだけだった。

73 :
 「……ちょっと、いい加減に……!」
 
 埒が明かない。
 それに、この男とは関わりたくない。
 こんな感覚を覚えたのはひょっとすると初めてか。
 こんなにも――一人の人間から離れたくなるのは、珍しいことと思う。
 「くく、悪いな。そう時間は取らせねえ、だがこいつも何かの『縁』だろう、宗像形」
 「……何故、僕の名前を知っている」
 名前など、ただの記号だ。
 そんなもの、肝心の時には大した役割を果たしてくれない。
 だから無用なものであり、どうであろうと同じようなものだ。
 けれど、会ったことも遭ったことも無い筈のこの男が、どういうわけか一方的に自分の名前を知っている。
 これは無視できない事実だった。
 場合によっては、強硬突破。
 人をRことは出来ないから、無力化して早々に突破する。
 あの鳥の格好をした男を相手取るのは骨が折れそうだし、隙を作って逃走を図り、適当に撒いたところで軌道補正というのが最善か。
 そんなことを考えている宗像だったが、
 「『何故僕の名前を知っている』――ふん、つまらねえ台詞だな。だが俺が言うだろう答えは、既にてめえは大方分かってそうだ、そういうツラをしてやがる。……無駄だぜ、お前は逃げられん。心配するなよ、少なくとも俺にはお前をどうこうしようって気はない」
 考えを見透かしたように、狐が言葉を吐いた。
 確かにこの男は自分に危害を加えようとはしないだろう。
 殺気というものも、敵意というものも限りなくこの男には皆無だ。
 仮に襲ってきても、この程度の相手ならば掠り傷すら負わない。
 逆に言えば、そんな相手から逃げることは容易い筈なのだが。
 なのだが――どうしても、逃げられる気はしなかった。
 ここで関わってしまったことが運の尽きと考えてしまっている自分が何処かに居ることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
 「くくく」
 笑って狐は、宗像の姿を観察する。
 変態的なそれではない。どちらかといえばそれは、科学者が実験体にするような本当の意味での観察行為だった。
 時間にして数秒が経過した頃、狐は惜しそうに呟いた。
 悔しそうに、口惜しそうに。
 「ああ、くそ――惜しい、惜しいな。もう少し前のお前にも接触しておけば良かったと言わざるを得ないぜ」
 どきりと、跳ね上がるような感覚を覚えた。
 今の台詞は、まるで知っているような口振りだった。
 宗像形が、一人の少女を殺して殺人衝動を失ったことを。
 あんな数秒の観察から、そんな結果を導き出したようだった。
 有り得ない。そう思っていながらも、感じてしまう。
 この男への紛れもない、恐怖心を。
 「だがそれでも、お前はなかなかだ。どっかの殺人鬼連中と同じであって同じじゃない。お前の代用品はそうそう見つからないだろう」
 代用品(オルタナティブ)と、狐面は口にした。
 
 「かなりのレア・ケース……ふん、『合格』だな。お前ならちゃんと資格がある」
 合格。
 代用品。
 資格。
 レアケース。
 殺人鬼連中。
 すっかり自分の世界に入っている男の台詞一つ一つが、まるで脳へ直接響くように思考を蝕んでいく。
 怖い。
 未知といってもいい感覚が、宗像の中で少しずつ膨らんでいく。

74 :
 「どうだよ、宗像。お前――」
 狐の男は笑った。
 ――実に、犯しそうに。
 
 「――俺達と来ないか?」
 答えなど、選ぶまでもない。
 そんなこと、きっと生まれた時から決まっている。
 この男に。
 狐面の奥で微笑む男に。
 正しく『人類最悪』と言うしかないであろう男に。
 化け狐のように人を惑わすこの男に。
 この男と、同行することが出来るなど。
 「断るっ!」
 ――――願い下げだ。

    ◆    ◆

 宗像形は、まるで風のように走り去っていった。
 鳳凰の速度でなら追い付くことも可能だったろうが、狐面・西東天の方からその提案を却下した。
 縁が合えばまた奴とは再会することになる。そう言って、旨い魚を逃した釣り人のような雰囲気を醸しながらまた歩き出した。
 宗像を見て、西東はその本質をすぐに理解した。
 これは殺人鬼の素質があるようで皆無な奴だと、一目で見抜いた。
 殺し名序列第一位・匂宮雑技団。
 殺し名序列第二位・闇口衆。
 殺し名序列第三位・零崎一賊。
 そのどれとも違い、ただし近いのは零崎の鬼どもだ。
 あれはそういう目だった。殺人の衝動を欠いた後でも、数多くの異様な存在と縁を持ってきた西東天に隠し通せはしなかった。
 彼は本当に二度と人を殺さないだろう。
 零崎とは違う。限りなく近いのに対極以上に遠い存在だ。
 だからこそ、面白いと思った。
 自分の仲間にしてみたいと思った。
 結果はにべもなく断られてしまったが、これもまた物語。
 時としてご都合主義に、時として現実的に進む。
 物語の先が見えているほどツマラナイことはない。
 ゆえに西東天は、不測を大いに歓迎する。
 何も拒まず、去る者も追わない。
 それが因果に追放された男の、異常な在り方だった。
 「さて、弔士、それと鳳凰」
 落ち込まずに。
 常にそれも物語と受け入れ。
 そうして人類最悪は、次なるイベントへ近付く。
 これほどまでに物語に大きく関与できるなどそうそう無いことだ。
 この好機は間違いなく、逃せば一生で二度と訪れない。
 だから楽しむ。この面白き物語を、精一杯楽しむとする。
 ――面白きこともなき世を面白く。
 どこかの偉人の座右の銘。
 素晴らしい言葉だと西東は思う。
 まさしくその通りだ。
 だから次に向かうのは、新たなる可能性のもとへ。
 「次の目的地は決まったぜ」

75 :
 現地点から見てもっとも近い場所。
 もっとも近いということは、それもまた何かの縁。
 ならば接触してみるのも悪くない。
 むしろ、いい。
 「E-7だ」
 短く言うと、同行者達の意見も聞かずに西東はすたすたと歩く。
 まさに傍若無人だ。その様子に溜息をつく弔士を見て、同じように溜息をつきながら、鳳凰は小さく言った。
 「……その、なんだ。おぬしも大変だな」
 「わかってくれるのはあなただけですよ、鳳凰さん」
 ちょっぴり親近感が芽生えたりしていた。

【1日目/昼/D−7】
【西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、チョウシのメガネ@オリジナル×12
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0〜1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
 1:E-7へ向かう
 2:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
 3:面白そうなのが見えたら声を掛け
 4:つまらなそうなら掻き回す
 5:気が向いたら<<十三階段>>を集める
 6:時がきたら拡声器で物語を"加速"させる
 7:電話の相手と会ってみたい
[備考]
※零崎人識を探している頃〜戯言遣いと出会う前からの参加です
※想影真心と時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定

76 :
【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、精神的疲労(小)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0〜X)」
[思考]
基本:…………。
 1:今の所は狐さんについていく
 ?:鳳凰さんについて詳しく知っておくべき?
 ?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
 ?:<<十三階段>>に加わる?
 ?:駒を集める?
 ?:他の参加者にちょっかいをかける?
 ?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0〜X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
 Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。

【真庭鳳凰@刀語】
[状態]精神的疲労(中)、左腕負傷
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2〜8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:一旦は狐面の男についていく。但し懐柔される気は毛頭ない。
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕に対する恐怖心が刷り込まれています。今後、何かのきっかけで異常をきたすかもしれません。

77 :
    ◇    ◇

 ――たどり着く、研究所の前。
 しかし達成感はない。
 それよりも速く済ませて伊織たちと合流したいと思っている。
 それほどまでに、宗像にとっては衝撃的だった。
 あの男は何だったのか。いったい、何がしたいというのか。
 分からないが、とにかく一つ。
 二度と関わり合いになりたくないことは確かだった。
 もう自分は人を殺せない。殺したいとすら思えない。
 けれど、もし未だ殺人衝動が健在だったとしても、あんなものは殺したいとすら思えなかったのかもしれない。
 「ああいうのを、最悪と呼ぶんだろう」
 一人呟いて、納得する。
 あれは確かに最悪だった。
 百人に聞いたら百人がそう言うだろう。
 仲間になれ? あれと仲間になるなど有り得ない。
 少なくとも自分とは決して相容れない。
 宗像はもはや確信さえしていた。
 
 「伊織さんたちは――大丈夫かな」
 もたもたしている暇はない。
 一刻も早く玖渚を連れて伊織たちと合流せねば。
 宗像は研究所の内部へと足を進めた。
 彼はこの後玖渚友と再会し、研究所を出ることを信じている。
 そこに障害が生まれるなど有り得ぬと思っている。
 仮にそうだとしても。彼は未だ知り得ない。
 待たせている同行者の下へ、彼が忌避した狐面の男が既に向かっているということを――――。

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・&#37801;(ツルギ)×564
[道具]支給品一式×2、コルト・パイソン(6/6)×2@人間シリーズ、スマートフォン@現実、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1〜10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:斜道郷壱郎研究施設へ向かい、玖渚友を禁止エリアから出す。
 1:黒神めだかが本当に火憐さんのお兄さんを殺したのか確かめたい。
 2:機会があれば教わったことを試したい。
 3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 4:DVDを確認したい。
 5:火憐さんのお兄さんを殺した人に謝らせたい。
[備考]
※生徒会視察以降から
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
----
以上で代理投下終了です
以下感想
狐さんが相変わらず怖い!
めだか勢希望の星宗像君が懐柔されなくて良かったよ本当…
そして友情が芽生えてる弔士君と鳳凰にワロタ

78 :
投下乙!
狐さんやっぱすげえ。そして鳳凰はとりあえず持ち直してきたか

79 :
月報集計者様いつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
116話(+11) 27(-1) 60.0(-2.2)
集計までに投下があった場合は適宜修正お願いします

80 :
投下します

81 :
【0】

 パクリとオマージュは違う。
 愛があるかないかが明確に異なっている。

【1】

 「■■■■■■■■■■――――――!!!!」
 戦争だった。よもやそれを女性の喧嘩であると、直ぐに気付ける者が居たなら賞賛に値するといってもいいのではないか。
 ランドセルランド――絶叫マシンの坩堝で、橙色の少女が叫ぶ。
 少女と片付けるにはあまりにも強大で、彼女の通り過ぎた後は嵐でも訪れたかのように抉れ、引き散らされている。
 驚くなかれ、彼女の得物は己の肉体一つだ。
 珍妙な能力も、その破壊力にも何のトリックもない、生物の根源に必ず存在する破壊のエネルギーをそのまま押し出しただけのもの。
 彼女は何も見ていない。
 思考能力のほぼ全てを放棄して、原始的な欲求に一切逆らうことなく因縁の相手を物言わぬ屍に変えようとしているだけ。
 橙色の太い三つ編みを揺らしながら彼女、想影真心は唸る。
 痛みや疲労によるものではなく、言うなればそれは威嚇のような。
 彼女の行う攻撃の全てを華麗に優美に絶無にかわし続け、それでも息一つあげていない赤い紅い女を、真心はただじっと睨む。
 彼女はあまりにも強い。
 重度の意識混濁にある真心が覚えているかどうかは別として、以前に彼女があっさりと撃破した時よりも格段に、強くなっていた。
 ここに来る前に戦った小柄な女と、『彼』を想起させるマイナスイメージの塊のような少年。
 彼女たちと眼前の赤色を比べれば、赤色は劣るかも知れない。
 赤色は最強だ。無比なる孤高だ。ただし無敗ではない。むしろ彼女は割とよく負けるといっても――過言では、ないのだ。
 それでも彼女は強い。
 その理由が真心にはわからない。
 
 「はん、相変わらずやるねぇ真心ちゃんは」
 
 真心の猛攻にも汗一滴すら流さずに、伝説の女、哀川潤は立っていた。
 燃え上がるような真紅の頭髪に、グラマラスなボディー。
 美女以外の表現が出来ないくらい抜群のスタイル。
 それでいて女性の肉体とは思えないレベルの運動神経と戦闘力を発揮するのだから、やはり常識とは宛てにならないものだ。
 
 「でもな、前にやり合った時――――つっても覚えちゃいねーか。とにかくあたしは成長してんだよ。永遠の成長期だ」
 
 そう言って、最強の女はシニカルに笑う。
 人類最強には限界がない。限界など飛び越えなければ、唯一無二の強烈無比なる存在であり続けるなど断じて不可能。 
 本来で言えば、真心よりも今の哀川潤は強い。
 彼女のいた時間軸では既に人類最強と人類最終の戦争は終結し、真心にも然るべき居場所が生まれた。
 その未来を妨げられた少女は、執念のみを糧とする。
 
 「■■■■■■…………あかぁっ!!」
 
 真心が地面を蹴りつける。
 アスファルトが抉れ、人間離れしたそのスプリングが同じく人間離れした加速を可能とし、哀川との間合いをあってないものとした。
 赤、と叫ぶや否や。最終の疾走は最強へと容易に届いた。
 
 「うおっ、速えっ」
 
 瞠目した哀川は、だが冷静に拳を構える。
 真心の拳と真正面から衝突するように、砲弾の如き拳は打ち出された。
 ――というのはフェイント。
 本命は真心が空振ったその隙を狙っての、鋭い上段蹴りである。

82 :
 「っっっっっっ!!」
 
 真心はそれにすんでのところで気付き、受け止めんと構える。
 ばしぃぃぃぃん、とプロ顔負けの快音を立てて受け止められた蹴り。真心があまりに事もなさげに受け止めるため誤解を招きかねないので一応補足するが、一般人どころかプロの格闘家でさえも昏倒しかねない威力が、哀川潤の一撃には籠められているのだ。
 それを咄嗟の判断で止める、自意識を汚染されてもなお衰えぬセンスと無茶を実現する『最終』の身体能力。
 人類最強を超える存在として作り出された『橙なる種』の性能が尋常でないことを、その事実が物語っていた。
 それでも、ノーダメージとはいかない。
 腕の骨を破損するまではないが、手に痺れが生まれるのは避けられなかった。だがむしろそれだけで済んだことを、賞賛するのが正しい。
 
 「あァ、かァッ! あか、あかあかあかッッ!!」
 
 意味を成さない叫びが吐き散らされる。
 一転不利になるのは哀川潤、相手に大事な四肢の一つを預けている。
 真心の腕力は相当のものだ、握り潰すことだって十分に可能だ。
 流石の彼女でも、片足を無くした状態で真心を相手取るのは困難だ。
 もしも並のプレイヤー相手なら『たかが半身をもぎ取ったくらいでこのあたしを倒せると思うな』とシニカルに笑うことだろうが、そんな余裕さえも抱けないほどに、想影真心は強大で最終な存在なのである。
 
 「■■■ッ!!」
 「うおっ!?」
 
 哀川の足を砕かんと真心は怪力を込める。
 ビルの最上階からダイブして無傷の武勇を持つ哀川潤だが、そんな彼女でも不味いと感じたのか、真剣なトーンで呻いた。
 ――けれど、哀川だって何の苦労もしてこなかった訳ではない。
 安楽椅子で紅茶を嗜みながら最強であり続けた訳ではないのだ、彼女は戦場で戦い、幾度の敗北と勝利を経験している。
 だから、経験というアドバンテージは圧倒的に彼女にある。
 それが赤色の窮地を救った。自由の利くもう片足で推進力をつけ、弾丸のように彼女は真心の胴体へと足から突っ込んだのだ。
 ヒットした。この親子喧嘩で初めての、まともなダメージが通った瞬間だった。
 
 「ッ――――」
 
 真心が蹴りを諸に受けた箇所を抑えて息をつく。
 あれだけまともに入ったのだ、肋骨の数本はもっていけただろう。
 もっとも、それくらいで止まってくれるなら苦労はしないのだが。
 
 「おいおいどうした真心ちゃんよぉ? まさか――」
 「■■■■■■ッッ!!」
 
 台詞が終わるのを待たず、真心は動いた。
 それに対して哀川は驚くでも怒るでもなく、少年のように破顔する。
 
 「ははははッ! そうじゃなくちゃいけねえや!! 折角の喧嘩なんだ、思いっ切り楽しもうぜ、想影真心ッ!!!」
 
 哀川潤の笑顔には本当に、欠片ほどの屈託もない。
 思惑も不安も恐怖もない、純粋にこの喧嘩を楽しんでいる表情だった。 想影真心に、『橙なる種』に向けて、そんな風に微笑む人間など果たしてこれまでどれだけの数居ただろうか。
 哀川は思い描く。次はどんな技を見せてくれるのか楽しみで仕方ないという風に、シニカルかつ獰猛に口角を釣り上げながら考える。
 殺し屋・匂宮出夢の『一喰い』か?
 その両手打ち、究極の必殺技『暴飲暴食』か?
 それとも、と思ったところで真心が再び肉体を駆動させた。
 彼女が取った構えは、武芸に秀でる哀川潤でさえも見たことがないもので、それ故に未知へ挑むドキドキを生んでくれるものだった。
 真心が使う『技』は、格闘技に在らず!
 正しくは剣技、刃を用いぬ『虚』の剣技の完全模倣!

83 :
 「■■■!!」
 
 ――錆びる天才・鑢七実より見取った奥義だ。
 手首を返しての切り上げの手刀は、即ち『雛罌粟』を意味している。
 かの人喰いから得た技に破壊力でこそ劣るかも知れないが、小回りが利くという意味では断然此方に軍配があがるだろう。
 さしもの哀川とて、これはわざと受けるには少々キツすぎた。
 身を反らすことで攻撃の主軸からは逃れることが出来たものの、その衣服の上から肌を浅くではあるが切り裂かれてしまった。
 溢れ出す真紅。それもまた、赤色の彼女にはよく似合っている。
 敵の負傷にいちいちぬか喜びしてくれるくらい容易い相手なら良かったのだが、この想影真心がそんな醜態を曝すわけがない。
 真心は既に次の攻撃の動作へと移っていた。
 数十分程前に会得したばかりの、鑢七実の戦闘スタイルを使用する。
 
 「やってくれるじゃねえか!」
 
 楽しそうな声をあげ、哀川もまた彼女へと構えた。
 不完全なりにも虚刀流の理念を纏った剣戟と、人類の頂点という誉れを背負ったスタイルも何もあったものじゃない闘法。
 どちらかが見劣りするなどありえない、まさに頂上決戦。
 振るわれる拳を避けつつ、掠めつつ、また相手の肌へと懲りずに打つ。
 頂点の名を冠するに相応しい二人の怪物にこそ許された、人間としての限界を意図せずに突き詰める打撃戦が繰り広げられる。
 互いに、小さなダメージを幾度も受けながら。
 でも決して、決定打になるほどのダメージは受けない。
 まさに紙一重の状況での極限戦闘、それが強者の闘志を更によりいっそう高ぶらせる。
 
 「はははははっ!!」
 「■■■■■■――!!」
 
 笑う最強と、雄叫ぶ最終が、全力で戦っていた。
 後先のことを考えれば、少しは力のセーブを考えるのが利口だろう。
 想影真心と哀川潤、そのどちらも参加者中最高クラスの実力を秘めているにしろ、バトルロワイアルはまだまだ続くのだ。
 だが、この二人にそんな理屈が通じるだろうか。
 答えは否、否、否、否である。
 仮に真心が精神の暴走を促されていなかったとしても、彼女たちはそんなつまらない理由で戦いを止めたりはしない筈だ。
 まともな人間ならば恐怖に気絶しても可笑しくない気迫が迸る。
 さながらそれは地獄の鬼が喧嘩をしているようだ。
 鬼どころか、閻魔大王にだって勝るとも劣らないかもしれない。
 二人の女性の瑞々しい素肌が所々避け、真っ赤な液体を滲ませる。
 ごきりと鈍い音が鳴れば、それはどちらかの骨が砕けた音だ。
 
 「■■■■■■■■――――」
 「んおっ、やべっ!!」
 
 真心が攻撃の手を休め、唐突に右腕を高く振り上げた。
 その動作を哀川潤は知っている。
 他ならぬ真心自身に葬られた人喰いが誇っていた必殺技。
 Rことをひたすらに極めた結果である、手加減の出来ない一撃だ。
 あまりの威力に痛みを覚えないという、文字通りの必殺技。
 
「――――■■■ッ!!」
 振り下ろされた一撃必殺の平手打ち、一喰い。
 どうにか直撃は避けたが、自慢の赤髪が一部不自然に短くなっている。
 不思議なことに、髪が抜かれる痛みは感じなかった。
 哀川をすり抜けて地面へ命中したその一撃は、たかが平手打ちと侮った全ての存在を後悔させるだろう爪痕を残している。
 原始的なまでの、破壊の痕跡を。
 「やっぱすげーよなあ、それ。殆ど爆発だもんなあ」
 そんな暢気なコメントを返せるのは、これが初見ではないからか。
 いいや、違う。人類最強は相手に恐怖しない――逆に、高揚するから。
 だから、彼女はこんな存在を相手にしても笑えるのだ。

84 :
 「でもよ、あたしはその弱点を知ってんぜッ!」
 踏み込んだ哀川が、回し蹴りを真心の脇腹に叩き入れる。
 一喰いという技の欠点は、放った後に完全に無防備な時間が出来ることにある。
 元の使い手、匂宮出夢はそれを突かれて敗北死した。
 しかも哀川は一度戦ったことで真心の使う場合の一喰いに欠点があることを見抜いている。
 それは真心の矮躯が原因で起こる当然の理屈、リーチの不足だ。
 元々匂宮出夢の異様なまでに長い両腕があってこそあの爆発的威力を誇っていたのだ、模倣しても使用者のスペックだけはどうにもならない。
 蹴られた真心がかはっ、と息を吐き出す。
 建前のようなものだ。彼女は苦しんでなどいない。
 「ぐはぁっ!」
 真に苦しんでいる人間は、苦しみながらこんな風に駆動できない。
 哀川の胴体にはお返しとばかりに真心の掌底が打ち込まれ、彼女はその肉体をバトル漫画のように吹き飛ばすことになった。
 やられた。吹っ飛びながら、哀川はそれでもシニカルに微笑み思う。
 骨がまたちっとばかしいったかもしれない。
 内臓までダメージが届いていなかったのは間違いなく幸運だった。
 真心は容赦なく追撃を行ってくるだろう。
 ならばのんびり吹っ飛ばされている暇なんてあるわけがない――その暇があったら、向かってくる駄々っ子を迎え撃たねばならない!
 空中で無理に宙返りをし、ずざざざざ、と地面を靴底で擦りながら哀川潤は元通りの戦う為の姿勢を取り戻す。
 腹部はまだ痛むが、戦いを止めさせたくばこの百倍以上は必要というもの。
 受けたダメージを逆に闘争心の糧とし、向かってくる橙へ駆ける。
 「さーて、そろそろオネンネの時間だぜ?」
 「あか――あか、あか、あか、■■■■■■――ッッッ!!!!」
 挑発的に笑う哀川とは対照的に、最も激しく真心は雄叫びをあげる。
 彼女の挑発など届いているかどうかも分からないのに、哀川はその叫びを自分の言葉に逆上したと勝手に認識した。
 こういった傲慢な決定も、哀川潤の真骨頂である。
 一喰いは破った。見たこともない型の戦法も十分に見ることが出来た。
 見稽古なんて器用な真似は出来ないが、動きの大体を覚えることくらいは赤子の手を捻るがごとく彼女にとっては容易い芸当だ。
 あれで見せていないカードが尽きたのだとしたら、ラッキィだ。
 だが同時に、それは最高にそそるシチュエーションでもある。
 真心を侮っていい理由にはならない。
 むしろ互いの手の内が全て明かされたからこそ、改めて本気でぶつかることになる――最高にそそるし、最高におっかない。
 「はんっ、あたしの素晴らしさをとくと見せてやんよ」
 余裕綽々と構える哀川に、真心は何の策も弄さずに突進する。
 まさに猪突猛進というべき動作、だが隙を見つけることは困難だ。
 単純というものを突き詰めれば、それは難解な策よりも高い壁になる。
 たとえば、純粋に強い。
 それを突き詰めれば、哀川潤や想影真心のような存在になるのだから。
 「■■■■!!」
 再び、真心が愚直にストレートを放つ。
 片手で易々と受け止めて、哀川がお返しとばかりに猿真似ストレート。
 最初こそゆっくりだったものの、次第にそのやり取りは加速していく。
 そしてまたもや嵐が起こる。
 ただ今度は、微量のダメージさえもなかなか相手に通らない。
 大胆かつ繊細な二人の動作は、的確に相手を打たんと迫り、同時に的確に自分を守らんと回避を行う。

85 :
支援

86 :
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」
 「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
 されどその舞うような戦いにもすぐに限界は訪れる。
 最初は真心の顔面へ哀川の右フックがヒットし、それを皮切りに少しずつ、互いのガードが崩れ始めた。いや、破られ始めたといった方が正しいか。
 最強と最終の戦いと呼べば仰々しい響きだが、根本のところでは結局、路地裏の不良の喧嘩と何ら変わることはない。
 単に喧嘩のクオリティが数十段ほど上昇している、それだけのことだ。
 だから彼女たちの戦いは泥臭く、美しさとは縁遠い。
 「見たかよ真心ちゃん、いいや人類最終! これが人類最強、哀川潤様の拳ってやつだぜ!?」
 「■■■■……■……■…………――――」
 真心も哀川も、双方が息切れを催していた。
 それほどまでに苛烈で休む暇のない拳の交わし合いが繰り広げられていたことを、彼女たちの困憊具合が何より物語っていた。 
 が、哀川は眼前の少女の様子がどうもおかしいことに気付く。
 息切れしているのは確かな筈なのだが、それとも何かが異なっている。
 そして、その答えは大音量でまき散らされることになるのだった。
 「―――ら」
 そこで、掠れるような声が途切れる。
 嵐の前の静けさのような時間が訪れて、すぐに烈風に変化した。
 「――――げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!!!」
 絶叫のような笑い声が、哄笑が、ランドセルランドを無粋に満たす。
 その比喩抜きで大気を揺さぶるような哄笑は正しく爆音。
 哀川潤をして冷や汗をタラリと一滴垂らすのを禁じ得ない、それほどに大きな殺気が、声と同時に放たれていた。
 それは間違いなく生き残る上では失策。ランドセルランドの全域には少なくとも響いただろう彼女の声は、自分の居場所をご丁寧に報せているようなものだ。
 血の気の多い者ならば、今が好機とばかりにやってくるかもしれない。
 されどこの二人の戦いに割って入れるような存在はそうそう居まい、中途半端な実力でそれを行えば、数秒とせぬ内に永遠の眠りを経験することになるだろう。
 二人とも、だからそんな小さなことは気にも留めない。
 哀川も真心も、目の前の喧嘩相手を倒すことしか考えてはいないのだ。
 しかし、哀川も少しだけ『マズい』と思った。
 真心とこれまで拳を交えた時に比べて、今放たれた殺意の哄笑に含まれている殺気の大きさはあまりにも大きかった。
 住居を一瞬で消し炭にするような機動戦車でも、この真心に比べれば小煩い蠅にも等しいと哀川は思う。
 ここからが真髄で。
 これからが神髄で。
 決着への分け目となるだろう局面だ。
 「■■■■■■■■ッッッ!!!!」
 足が地面を蹴る。それとほぼ同時。哀川潤の前へと短距離ランナーの世界記録を軽々塗り替えるだろう速度で、橙は赤色へ肉薄した。
 段違いに速い。これが人類最終かと、不敵に笑うのみだった哀川も思わず舌を巻く。
 匂宮出夢を一撃で殺害せしめた時のように、並の人間ならば根刮ぎに破壊できる威力を秘めた正拳が彼女の心臓を狙う。
 「走る速さはオリンピック、パンチ力はチャンピオンシップってか! 良いじゃねーの、とことんまでやってみせろ!」
 哀川はなおも狼狽えることなく、男らしくこの逆境を笑い飛ばした。
 それは本当に父親が出来の悪い娘に向けるような豪快な笑顔で、親子の絆を深め合っているのかと見るものを錯覚させかねない程だ。
 そんな男らしさにも不自然さを抱かせないあたり、哀川潤という存在は本当に気高く、それでいて美しいのだろう。
 ×の字に組んだ両腕で、真心の拳を逃げも隠れもせずに防御する。
 べぎゃり――いやな音がしたが、気にはしないでおく。
 両腕の骨が折れた程度では戦いを放棄するには足りなすぎるし、気にするだけ思考力を無駄にするってものだ。

87 :
支援

88 :
 しかも、真心の攻撃《ターン》はまだ終わっていない。
 朽ちる天才鑢七実から、彼女の得意技さながらに見取った戦い方でもって、反撃の隙すら与えずに追撃を加える。
 彼女は七実やその弟とは異なり、虚刀の流派を完全に理解したわけではなかった。あくまで虚刀流という流派の、片鱗程度を理解したのみである。
 だが、その理解は戦いの中で更に成長していく。
 理解は研磨され――――、改良が始まって完成される。
 「■■!」
 「んおぉっ!? さっきと、ちが――」
 哀川がその一撃を避けるには、片腕を捨てる他無かった。
 人類最強。死色の真紅。砂漠の鷹。生ける伝説。請負人。仙人殺し。赤き征裁。
 数多くの異名を保有する彼女でも、生物学的には人間に部類される。その肉体も、限界がない訳ではないのだ。
 真心の――いわば《虚・虚刀流》とでもいうべきか――剣のような一撃を左腕で防御すると、面白いまでに妙な方向へ変形を遂げた。
 痛みを感じている様子などおくびにも出さずに、哀川はその上段蹴りでもって真心の顔面を打ち、そのまま華麗に宙返りを決めて距離も確保する。
 こんな曲がり方をしたままでは格好つかないという彼女なりの拘りが働いたのか、哀川はわざわざ折れ曲がった腕を元の形に曲げ直す。
 形は幾分か綺麗になったが、当然傷の度合いでいえば先程までの状態よりもひどくなっているのは明白だ。
 「やってくれたなあ、おい」
 戦況でいえば劣勢なのは間違いなく自分だと哀川は理解している。
 肋骨が何本かやられている上に左腕は暫く使い物にならない有様、これでは相当に厳しい戦いを強いられることになりそうだ。
 ――だからこそ、面白え。
 想影真心は――少なくとも『この時間軸』の想影真心は、まだ哀川潤の本質を正しく理解していないだろう。
 彼女にとって逆境はスパイスだ。カレーライスは普通に食べても美味しい食べ物だが、そこにスパイスが加わると味わいが一層引き立つ。
 戦いもまた同じ。普通に手強い相手とやり合うのも面白いが、こういう『本気を出さないと負ける』ような状況は最高に面白い。
 何しろ哀川潤は――――本気を出したことがない。
 彼女ほどの実力者となれば、比類する者を探す方が難しいのだ。
 「そろそろ、おねーさんもちっと本気出しちゃうぞ〜?」
 「■■――、げら、げらげら」
 殺し合い。
 戯言。
 傑作。
 人間。
 同行者。
 関係あるか。思う存分戦って、それで他の問題も全部こなしてやりゃあいいんだろ――赤色の女はあくまでシニカルに微笑む。
 「行くぜ」
 赤色が跳ねた、それを見て橙色も跳ねた。
 まるで某竜の玉を集める漫画のように、二人は地面へと落ちるまでの滞空時間で拳を、蹴撃を、ノーガードで交わし合い続ける。
 鼻血が舞い、皮膚が裂けて、折れた歯が舞う。


 「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははァッ!!!!」
 「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらァッ!!!!」


 ドガガガガガガガガガンッ、埒外の怪物たちは笑い合う。
 片方は好戦的に、もう片方はひたすら狂気的に。
 笑い合いながら――殴り合っている。
 小細工も逃げ道も無しだ。
 どちらかが倒れるまでは終わらない。いや、終われない。
 親子喧嘩は、ここからが本番だといってもよかった。

89 :
支援

90 :
支援

91 :
 ――それからどれだけの時間が経ったのか、二人には分からない。
 五分か、十分か。刹那か、永遠か。一瞬か、千瞬か。
 このまま闘争心をひたすらにぶつけ合う戦いを続けていって、互いに笑い合って和解するような結末はまず有り得ない。
 真心が正気を取り戻したとしても、彼女たちは拳を足を突き出す筈だ。
 どっちかが負けるまでが、喧嘩だから。
 ならば、彼女たちにとってこんな幕切れはあまりにも興醒めだったに違いない。
 哀川潤も、想影真心も、どちらも望まなかったに違いない。
 ”それ”はあまりにも唐突にやってきた。誰が見たって逃げたくなるような頂点同士の対決に、”それ”は物怖じ一つしなかった。
 
 ふらふらと、ゆらゆらと、くらくらと、さらさらと。
 ぶらぶらと、ぐらぐらと、どろどろと、ずるずると。
 放浪者のように、怪我人のように、夢遊病のように、舞う砂のように。
 通り魔のように、中毒者のように、末期患者のように、亡霊のように。
 銀色の二対を抱いて。
 蜃気楼のような足取りで踊るように。
 下女の服装をした細いシルエットの少女は、やってきた。
 ――西条玉藻。
 激闘を繰り広げる二人には及ばずとも、ランドセルを背負っているような年齢から幾多の戦場に駆り出されてきた狂戦士だ。
 どこかの殺人鬼の一賊にも引けを取らない狂気を宿した彼女は、もはや人間というよりは一つの『現象』であるといっていい。
 彼女に止まるという選択肢はなかった。 
 そもそも、彼女には一切の悪気はなかったのだ。
 別れた同行者を探してさまよっていたら、こんな場面に遭遇した。
 折角だからなんとなく助けてやるか――そのくらいの気持ちだったのだろう。彼女にだってそのくらいの仲間意識はある。
 けれど――ずたずたにするには、丁度よさそうだと思ってしまった。
 彼女はまだ、哀川潤が最強であると信用しきっていなかった。
 「ゆらぁり――――」
 哀川と真心が、玉藻の接近に気付く。
 玉藻は彼女たちの反応を見るまでもなく、動き出していた。
 ナイフでもって、敵をずたずたにするために、迷いもせずに、その小柄な矮躯を走らせていた。
 当然、真心の対応は一つだ。西条玉藻は確かに強力な戦士であるが、匂宮出夢や鑢七実など、これまで倒してきた怪物レベルの猛者のことを考えればどう考えたって見劣りしてしまうのは致し方ないことだ。
 玉藻の胸を――真っ直ぐに、ぶち抜く。それだけで構わない。
 「ゆらりぃ!!」
 玉藻の攻撃は間違いなく届かない。
 如何に彼女が強くとも、真心はあまりに規格外だ。
 その太刀筋を見切るまでもなく、生じている隙にぶち込む。それだけで、西条玉藻という鼠をRには事足りる。
 
 「■■■■■■――――!!」

 手加減も、容赦も、一切無し。
 百パーセント西条玉藻を殺害できる拳が、放たれた。
 速度も最高。哀川潤、鑢七実ほどの実力者の動きの一部を模倣した一撃は、皮肉にも哀川との戦いで放ったどんな一撃よりも鋭かった。
 止まることなく、拳は彼女の胸板を――ぶち破る。
 「《――真心っ!》」
 ――筈だった。玉藻の未だ成熟しきっていない肢体を打ち抜いて、心の臓を粉々にされる、そういう未来の筈だった。
 なのに、真心の拳は途中で止まってしまった。玉藻に届くことなく人類最終の拳は停止し、結果として戦いに水を差した邪魔者を始末することに失敗する。
 それだけには終わらない。真心は目の前の狂戦士の存在も忘れて振り返り、彼女へと無防備な背中を晒し、そのまま静止する。
 想影真心を止めたものは、たった一つの言葉だ。
 たった一つの言葉で、たった一色の声色だ。
 名前を呼んだ、懐かしい声。

92 :
支援

93 :
支援

94 :
 実験動物だった頃に出会った親友の少年。
 真心にとって彼は、あの時から今に至るまで、ずっと特別な存在のままだったのだ。
 その彼の声がすれば、真心にとっては急を要する事態となる。
 人類最強の肩書きを持つ赤の女との戦いさえも、彼の存在と比較すれば軽すぎて笑えてくるほどに、どうでもいいことだった。
 まして今の真心は、彼を求めている。
 果たして彼に出会えて彼女が何かを変えられるのかは分からない。
 もしかすると案外、彼を殺してしまうのかもしれない。
 それでも最終は走り出す。
 自分の名前を叫んだ彼を、盲目に追い掛けようと地面を蹴る。
 西条玉藻のナイフが、その背中を躊躇無く貫いた。
 ずぶり、という確かな手応え。
 闇突の名は伊達ではない、既に走り出した真心に一撃を見舞うことさえ大して難しいことではなかった。
 それでも橙色は止まらない。
 自分を呼んだ少年を探して、痛みも反撃も忘れて走っていく。
 ランドセルランドに大きすぎる爪痕を残して。
 その去り行く背中を見て、狂戦士の少女は呆然と呟いた。
 「……あたしのナイフ、刺さったままですよう…………」
 ともかく、こうして。
 あまりにも呆気ない幕切れで、人類最強と人類最終の親子喧嘩は一旦の終わりを迎えることとなるのだった。
 
【2】

 声を聞いた。
 聞き違えることなど、どうしてあろうか。
 有り得ない。ありえない。足り得ない。聞き違いなどであの声の色を片付けられるなんて、そんなこと絶対に有り得ない。
 聞き違いなどでは、どう考えたって足り得ないのだ。
 人類最悪の狐の手中に収まるより以前、実験動物だった頃にR、そして別れた優しくて弱いひとりの少年。いや、友達。
 決闘に割って入った脆弱な殺人魔を一撃で粉砕するのは容易かった。
 あまりにも、そんな存在はどうでもいいからだ。
 興味を向けることさえなく、一つの挙動だけで十分だった。
 拳でなくたっていい、足先一つあれば五度はあれを殺せた。
 逆に言えば、あんなものは思考の中で最も下と言って良かった。
 只でさえ狂乱の渦中にある真心である、普段ならいざ知れず、現在の暴走状態で最適な判断を下すこと尚更不可能であった。
 そこまで考えられるほど、理性は残っていなかった。
 あの場での最善は誰が見ても明らかに、狂戦士の少女を殺した上で求める再会の為に走ることだったろう。
 ――いいや、そもそも。
 『呪い名』の操想術士の死んだ振りを見破ったように、あの時響いた声の真相をすぐに看破することだって出来たはずなのだ。
 もうお分かりだろう。
 想影真心の名前を叫んだのは彼女の求める戯言遣いの少年ではない。
 読心術に錠開け、そして声帯模写を呼吸をするように行う人類最強の請負人が、同行者の馬鹿な少女を助ける為に行った行動だった。
 玉藻に気を向けた瞬間に哀川潤はアクションスター顔負けのバック転でもって最低限の間合いを確保し、そこから声帯模写を行った。戯言遣いの少年の声を模写することでなら暴走状態の橙なる種だろうが注意を引けるだろうと、真心と戦った未来を知っている彼女は思ったのだ。
 幾ら何でも、如何に人類最強でも、玉藻をあの局面で庇えば命を落としていた。
 彼女にしては珍しい、完全な逃げの一手だった、というわけだ。
 「いーちゃん」
 そんなことも知らずに、橙の少女は愛おしげにその名を呟く。
 彼女は完全に正気を欠いている。
 人類最強との戦いを妨げられたからではなく、バトルロワイアルで他者の命を奪うことが、時宮による解放をより深い狂気へと変えていた。
 戯言遣いの少年と再会することが彼女にとってどう働くのかは分からない。

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 本来の快活で優しい性格が戻ってくるのかも知れないし、何かの間違いで彼を――あまりに弱すぎる彼を、あっさりと殺してしまうかもしれない。
 同じことでは、ないだろう。同じことと断ずるには、あの少年が一つの『物語』の中で担っていた役割は大きすぎる。
 彼がRば多くの人間が何かを感じる。他の登場人物を欠くよりも明らかにその影響は大きく、また深刻だ。
 しかし、それ以前に。想影真心は未だ目を向けていないが、彼女の制限時間は実はもうさほど残っていない。
 腰へと深く深く突き刺さったエリミネイター・00の刃は致命傷として、然るべき処置を施さなければ長くは保たない傷を刻んでいた。
 真心と玉藻の実力差はあまりにも大きい。それでも彼女は傭兵育成を生業とする学園でホープと呼ばれ、策士の右腕を担っていた怪物だ。
 そんな存在の攻撃をまともに受けて無事であるなど、人間である限りは不可能なこと。真心は強大だが、されど人間であった。
 彼女が走る度、鮮血が散る。
 果たして彼女を待つのは救いか、それとも破滅か。
 
 それにしても、なんという皮肉だろう。
 世界の終わりを切望した操想術士が施した手心が巡り巡って、頂点を獲得できる資質を秘めた人類最終を破滅させようとしているのだ。
 最早『物語』は破綻している――最強も最終も狂戦士も、この歪に淀んだ『二次創作』の前には等しく一つのキャラクターでしかない。
 だがこれもまた、何かの因果――――
【1日目/真昼/E-5】
【想影真心@戯言シリーズ】
[状態]解放、肋骨数本骨折、右腕骨折、疲労(大)、全身にダメージ(極大)、腰にナイフが刺さっている(致命傷)、失血(大)
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考]
基本:壊す。
 1:いーちゃん!
 2:狐。MS−2。
 3:車。
 4:赤。
[備考]
※ネコソギラジカル(中)、十月三十一日から
※三つの鎖は『病毒』を除き解除されています
※忍法断罪円を覚えました。
※虚刀流『雛罌粟』、鑢七実の戦闘スタイルの一部を会得しました
※致命傷です。処置を早く施さないと命に関わるでしょう
※腰にエリミネイター・00が刺さったままです
【3】
 
 西条玉藻はぽつりと一人残されていた。
 彼女にしてみれば本日二度目のシチュエーションであるが、今回は何も分からず置いて行かれたのとは状況が少々違っていた。
 玉藻は思い返す。人類最強と互角に張り合っていたあの橙色の少女を前にして感じた、絶対的なまでのとある『気配』のことを。
 恐怖ではない。そんな感情は現象と揶揄される彼女にはあまりにも似合わないし、これまでの殺し合いの日々で捨て去った塵屑だ。
 高揚ではない。あれは相手をズタズタにする時のものじゃなかった。もっと獰猛で冷たくて、感じていたくないと心から願える程の邪悪さ。
 玉藻はそこでふと気付く。
 自分は今、あの気配を『二度と感じたくない』と思った。
 平穏とは随分縁遠い、けども充実していたここまでの人生だったが、そんなありきたりなことを思ったのは初めてではないだろうか。
 狂戦士と呼ばれる自分には、とても似合わない台詞だ。
 そんなことばかり口にしていては、狂戦士から一文字引かれてしまう。
 戦士などありふれている。狂っているからこそ価値がある。
 正気に戻れば、西条玉藻は現象ではなくなる。
 だから、弱くなる。望もうとさえ思えないことだった。

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