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2013年19創作発表225: ■LAST EXILE■ラストエグザイル■二次創作スレ (114) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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■LAST EXILE■ラストエグザイル■二次創作スレ


1 :2012/08/13 〜 最終レス :2013/03/05
1期アニメ「LAST EXILE」、2期アニメ「ラストエグザイル 銀翼のファム」、漫画の「砂時計の旅人」等ラストエグザイル関連の二次創作スレ
単発・短編・長編・ネタ問わず投稿してくれ。
エロネタや18禁ネタはエロパロ板に専用スレがありますのでそちらへどうぞ。

2 :
シルヴィウス回転十字砲火が生まれた経緯
ボレアース要塞戦後
ディーオ「やあタチアナ。半月ぶりー」
タチアナ「生きていたか。しぶとい奴だ。アルは無事か?」
ディーオ「アデスの暗殺部隊が追いかけてきたけどアルには傷1つ付けてないよ」
タチアナ「お前の怪我は酷そうだが…」
ディーオ「僕のヴァンシップに武器は付いてないから逃げ回る事しか出来いから仕方ないよ。武器と言えばシルヴィウスが回転十字砲火凄かったねあれ」
タチアナ「回転十字砲火?なんだそれは」
ディーオ「いきなりアデス艦隊のど真ん中に出てきたと思ったら前後左右に砲撃してクルクル回転しながら敵艦を撃沈していたあれだよ」
タチアナ「勝手に変な名前を付けるな。あれはシルヴァーナの多連装鉄鋼奮迅弾のデータを元にして作られたれっきとした正当な砲撃方法だ」
ディーオ「僕が回転十字砲火と言ったら回転十字砲火さ。面白い戦法だったね。何で以前の戦いであれ使わなかったの?」
ミリア「私も1個艦隊を沈めるシルヴィウスの戦闘能力について詳細を聞きたいです。以前図書室でお話を伺った時はシルヴィウスが単艦で艦隊を沈める話は否定されていましたが、
    先の戦闘を見る限りシルヴィウスが1個艦隊と互角に戦えると言う話はデマやブラフではないのでは?」
タチアナ「ミリア姫…。そうですね。以前あの話をした時はまだあなた方はシルヴィウスの正式な乗組員とは認められていなかったから軍事機密であるシルヴィウスの詳細な戦闘能力も誤魔化さざるを得なかったが、
      今のあなたになら話しても良いでしょう」
タチアナ「あれは2年前、私達がまだプレステールで戦っていた頃…」
2年前、プレステールのアナトレーでカジノでの決闘騒ぎの後
ラヴィ「ねえちょっと、さっきゴライアスを沈めたこの船の兵器なんなの?あれ撃った瞬間この船がちょっと加速したように感じたんだけど。それと煙が煙くて嫌なんだけど」
タチアナ「部外者に軍事機密であるシルヴァーナの兵装の説明をしてやる義理はない」
コスタビ「あのー、先程の多連装徹甲噴進弾の影響について各部署に聞き取り調査するよう指示が回ってきてるんですけど。
     忌憚なき意見を募集するとの事で最近この船に乗ったクラウス達やモラン君にも回答するよう調査用紙が渡されてます」
タチアナ「!?私はこいつらがこの船の一員になったとは認めない!」
プン スタスタスタ
ラヴィ「相変わらず嫌ーな感じ」
コスタビ「姫は苦労してこの船に乗りましたからねえ。成り行きで乗ったあなた達が気に食わないんでしょう。おっと、ではあなたにもシルヴァーナの新兵器についてのアンケート用紙を渡しときましょう」
パラリ
ラヴィ「多連装徹甲噴進弾?これがゴライアスを沈めた新兵器の事?」
コスタビ「そうです。我がシルヴァーナがギルドを倒す為に開発し装備した物騒なシロモノです」
ラヴィ「取り敢えず調査票に書いとこっと。えーと「煙が煙い」「発射時に加速したように感じる」「煙がヴァンシップのブースターの匂いに似ている」と」
コスタビ「あ、煙がヴァンシップのブースターと似てるのはその通りですね。噴進弾の原理はヴァンシップのブースターと同じですから」
ラヴィ「え?同じ物なの?」
コスタビ「そうですよ。筒の中に燃料詰めて発火させて飛ばす点で同じ物です。先に付いてるのがヴァンシップじゃなくて爆弾ですけど」
ラヴィ「て事はあれヴァンシップのブースターをあれだけの数用意してぶっ飛ばして使い捨てにしてるって事?どんだけ無駄遣いしてるのよこの船!」
コスタビ「無駄遣いじゃないですよ。自分達が死なないように先に相手を倒す為の武器ですから。命あっての物種です」
ラヴィ「1回の発射であれだけのブースターを使い捨て…パーツ屋の物価が上がる訳だわ…」
コスタビ「戦争になると色んな方面で物価が上がりますからねー。まあ艦長も手早く決着付けたいようですから1月中旬には戦争終わらせる為の秘策を色々と考えてるようですが」
ラヴィ「庶民としてはさっさと戦争終わって欲しいと思うわホント」

3 :
艦長室
ソフィア「艦長、先の決闘で使用した多連装徹甲噴進弾のデータが各部署より届きました」
アレックス「読み上げろ」
ソフィア「ではまず整備部から「発射時に船体が若干加速するのを感じた」との事。機関部からも同様の報告があります。
     厨房からは「鍋のスープがこぼれた」砲術からは「威力甚大なれど反動あるのが難点。船体前面に装備して発射すると反動でブレーキがかかる可能性あり」となっています」
アレックス「ギルドを倒せるならば少々の反動は問題ない」
ソフィア「尚ウォーカー提督からは「望み通りギルド戦艦を撃沈できる大威力の兵器を積んでやったぞ。細かい微調整はそっちでやれ。じゃあな」との言伝がありました」
アレックス「当初の計画通りに船体前面で多連装徹甲噴進弾を斉射した場合の想定される損害は?」
ソフィア「個別に少しずつ連射するのではなく斉射するのであれば反動はより大きくなります。砲術からの報告にある通り移動中であるならば、
     船体にブレーキがかかって正面から打撃を受けたのと同程度の負荷が船体にかかると思われます」
アレックス「…噴進弾は火砲と違って自らの推進力で進む分、船体への反動は火砲より小さいはずだが?」
ソフィア「噴進弾が極少数ならば問題はありません。しかしシルヴァーナに装備されたのは「多連装」徹甲噴進弾です」
アレックス「塵も積もれば山となるか…。各部署に反動を抑える案を出すように伝えろ」
ソフィア「クラウス達にもですか?」
アレックス「乗組員の意見を集めて船体を改良を重ねるのはこの艦が建造された当時からやってる事だ。意見は多い程良い。クラウス達が自分の意思でこの艦に残るかどうかの話はまた別だ」
ソフィア「分かりました。それではまた各部署に調査票を回します。クラウス達の件はどうしますか?」
アレックス「もうじきホライゾンケイヴでレースがある。予備機の枠をクラウス達に使わせろ。上位入賞すれば賞金が貰えるし優勝すれば古くはあるがヴァンシップが手に入る。
       そうすればまたヴァンシップを使って生活していく事は可能だろう」
ソフィア「会場に2人を置き去りにするのですか?」
アレックス「本人達にシルヴァーナに残る意思があれば追ってくるだろう。その時は受け入れる」
ソフィア「2人が元々乗っていたヴァンシップはどうなさいます?スクラップにして捨てますか?」
アレックス「あれは…元々グランドストリームを突破する為に作られた機体だ。ギルドに突入する時の為に使えるかも知れない。残しとけ」
ソフィア「了解しました。ではそのように手配します」
格納庫
イーサン「おいモラン。先日使った新兵器の調査票また来てるからそっちの工具しまったら書いとけよ」
モラン「書き直しっすか?俺ちゃんと調査票にゴライアス撃沈の感想書いたんですけど」
イーサン「今回は新兵器の感想じゃなくて発射時の反動を抑える為の案の募集だよ。こんなんでも乗組員の仕事だから真面目に書けよ」
モラン「乗組員から意見募集するってこの船変わってますね」
イーサン「そうか?お前の乗っていた船ではどうだったんだ」
モラン「貴族の船ってのは基本的に上からの命令に下が従うってのが殆どっすよ。平民が意見を言ったり貴族が下の者の意見を聞くってのはあんまり聞かないっすね。
    あ、マドセイン司令の場合はクラウス達の言った事に心打たれて撤退したって話ですけど」
イーサン「戦列艦てのは基本的に貴族の所有物だし艦長も貴族だからマドセイン司令みたいなのは例外なんだろうな。でもこのシルヴァーナでは違うぜ」
モラン「乗組員の意見を募集する所がっすか?」
イーサン「つーかそもそもこのシルヴァーナを建造した時から乗組員達の意見を聞いてあちこち改造加えて今みたいな形になったって話だからな。キャンベルやウィナの意見も取り入れられたって話だぜ」
モラン「へー、でも平民の意見を聞いて指揮系統とかに問題無いんすか?」
イーサン「意見はあくまで意見であって、それを採用するかは艦長や機関長が決定するから全部受け入れられる訳じゃないけど、
      船を効率的に動かす為の合理的な意見だったら受け入れられ易いぞ。別に貴族が平民の命令に従うってのとは違うぜ」
モラン「そう言う物なんすか?」
イーサン「そう言う物なの。ってモラン!工具を片付ける順番はちゃんと守れって。この片付ける順番にもちゃんと意味があってだな…」

4 :
食堂
モラン「で、俺なりに考えてみたんだけど、反動が偏るのがいけないんだから後ろの多連装徹甲噴進弾を発射すると同時に前の多連装徹甲噴進弾も発射すれば反動は相殺できると思うんだ」
ラヴィ「それって前に敵がいなければ無駄打ちにならない?ブースターが勿体無いじゃん」
クラウス「この船の戦闘用ヴァンシップの機銃でも、撃ってる時に機体が一瞬減速するような感じはしたから、発射の威力を抑えれば良いんじゃないかな?」
アル「あたしもこのアンケートに何か書かなきゃならないの?」
ラヴィ「アルはあの時寝ていたから良いの。大体この船って他の船に比べて軽いから反動の影響を受け易いのよ」
クラウス「僕達のヴァンシップも軽量化の為に安定性や頑丈さを犠牲にしたからね。でも重くすれば安定するけど今度は遅くなるよ」
ゲイル「クラウス達のヴァンシップは軽量化のし過ぎだ。あれ元はもっと重くて頑丈だったろ?」
ラヴィ「ちょっと、何であたし達のヴァンシップが軽量化してるって分かるのよ。あたし達のヴァンシップに勝手に触らないでよ」
ゲイル「この業界にいて長いんだ。触らなくても見れば分かるって。俺がチェックした所によると…あれは10年以上前に作られた物だろ?
    クラウディア管の長さから考えると、運動性能は今のヴァンシップと比べると悪いけど直線距離なら燃費は良いはず…当たってるだろ?」
クラウス「凄い…何で分かるの?」
ゲイル「なあに年季の違いさ(ふっふっふ。これでクラウスの俺への好感度アップだ。この調子でクラウスを俺の物に…)」
モラン「でさ話を元に戻すけど、俺の銃兵としての経験から言うと、体重の軽い奴程銃を撃った反動で後ろに引っくり返る可能性が高いから、撃つ瞬間だけ前に重心を傾けた方が良いんだよ」
クラウス「へー、モランが言うと説得力あるね」
ゲイル(こいつ…俺が折角クラウスの気を引いてる所を…しかも話が逸れてるし)
ラヴィ「あたし戦艦の事は良く知らないけど、ヴァンシップのブースターって元々は戦艦の姿勢維持用に使われていたんでしょ?
    だったらモランが最初に言ってたように、反対側の噴進弾を発射するのと同時に戦艦の姿勢制御用のブースターも点火すれば良いんじゃない?ねえちょっとゲイル聞いてる?あんたこの船にも詳しいんでしょ?」
ゲイル「え?ああ、そうだな。反対側のベクトルで相Rるってのは良いアイディアかもな。両舷の火砲のベクトルを反対側に向ける方法も使えるな」

5 :
ゴドウィン「よー、お前ら。盛り上がってるな。何か良いアイディアは出たか?」
アル「ゴドウィン。ラヴィもモランもゲイルもベクトルがどうとか難しい話ばかりしてあたし良く分からない」
ゴドウィン「はっはっは。アルにはちょっと難しい話だったな。今じゃ他の部署でもこの新兵器の話題で持ち切りだぜ」
ラヴィ「と言うか民間人のあたしらにまで助言求めるって軍としてどうなのよ。兵器工廠で事前に試験したんでしょ?実用段階で不具合が見つかるってどうなのよ」
ゴドウィン「兵器工廠でテストして結果が良好でも、戦艦に取り付けて空で動かしたらテストで見つからなかった不具合が見つかるってのは良くある事だ。
      ヴァンシップだって地上でのテストじゃ分からなくて飛ばして初めて分かる不具合ってのはしょっちゅうあるだろ?」
ラヴィ「民間人で納税者のあたしらとしては納得行かない物があるんですど」
クラウス(そもそも僕達って納税してたっけ?)
ゴドウィン「俺達だって軍から給料貰ってるけど、使った金から納税されてるんだから立場は同じだ。不具合が出ない方が良いに決まってるけど、不具合があったら見て見ぬ振りをするよりは改善策を出した方が良いだろ」
モラン「班長。この新兵器の改善案のアンケートって俺達新入りにも意見募集しなければならない程深刻な問題なんですか?」
ゴドウィン「いや、全然。ただ問題点が積み重なって戦闘中に命取りになるよりは事前に欠点を無くしといた方が良いって事だ。
      今解ってる問題点は、船体前部の多連装徹甲噴進弾を斉射すると反動でブレーキがかかるって事だけだ。
      小刻みに連射するとか後部の多連装徹甲噴進弾を斉射する分には問題ない」
ラヴィ「つまり今議論してる話題は将来的に事故の元になるかも知れない問題点を今の内に問題が出ないようにする為って事?」
ゴドウィン「そう言う事だ。ひょっとしたら前部の多連装徹甲噴進弾を斉射しても船体や船内にダメージは起きないかも知れないが、
      起きる可能性があるから今の内にアイディア出して問題が起きないようにしといた方が良いって事だ」
クラウス「何だか骨折り損のくたびれ儲けみたいだなあ」
モラン「いや、そうでもないぞ。銃兵でも「この銃はこんな状況になったら暴発するんじゃないか?」って思った事はあったし、
    銃兵の意見聞いてそれを改善してくれれば戦う銃兵の不安は解消されるから取り越し苦労って事は無いと思うぞ?」
ゲイル「お、そう言えば各部署から集めた調査票はゴドウィンが集めて持って行くんだったか?今の内にアイディアあったら調査票に書いとけよ」
ゴドウィン「お前達の案が採用されるかどうかは分からんけど、採用するのに手間がかからなかったり問題が少なかったら採用される可能性は高いから、ダメ元でもなんか書いとけ」

6 :
機関室
ソフィア「と言う訳で集まった乗組員達のアイディアについて機関長のご意見を伺いに来ました」
レシウス「シルヴァーナ建造の時に助言はしたが、兵器についての助言はマリウスの方が妥当ではないのか?」
タチアナ「艦内での重要事項は、艦長・副長・機関長・飛行隊長の4人の合議で決定するようにとの規則です」
アレックス「艦内での問題を一々マリウスに報告してたら、その間シルヴァーナの防空体制に大きな穴が空く。マリウスにはこちらの決定を連絡するだけで良い」
レシウス「合議制か…今のギルドに比べれば面倒臭がらなければ良い体制なのだろうな。まあいい。始めるか」
ソフィア「では集められたアイディアを大まかに纏められると、
     1:反対側の多連装徹甲噴進弾や両舷の火砲を同時に発射して反動を相Rる。
     2:発射時の威力を抑える。
     3:シルヴァーナの重量を重くして反動を抑える。
     4:多連装徹甲噴進弾を使わない。となっています」
アレックス「4は問題外だ。折角の対ギルド兵器を使わないのでは意味が無い。同じ理由で2も除外だ」
レシウス(正論だが、お前はギルドのマエストロをR事を乗組員達の安全よりも優先してないか?)
タチアナ「3もシルヴァーナの機動性を削ぐ事になるので私は反対します。装甲を追加するにしても、速度が低下しては敵に狙われやすくなります」
ソフィア「となると残りは1ね」
レシウス「反対側も同時に撃って反動を相Rるのは俺には妥当な案だと思うが…」
ソフィア「無駄弾を撃つ事になりますが」
アレックス「敵が密集している所で撃てば無駄にはならない」
タチアナ「シルヴァーナは単艦運用が前提ですし、敵も自然とこちらよりも数が多くなるので敵陣の真ん中で撃てばより効果を発揮するかと思います」
レシウス「密集した敵に囲まれてる段階でこちら側に不利になってると思うのだが…」
ソフィア「或いは無音航行で近づいて、敵が気付く前に敵陣のど真ん中に出現して、前後の多連装徹甲噴進弾と両舷の火砲を同時発射すれば振りを覆せるのではないでしょうか?」
レシウス「ついでにその場で回転して弾をばら撒けば完璧だな。しかしそれは敵艦の座標が平面上に並んでいればの仮定だ。
      このプレステールでは戦艦は立体的戦闘を強いられる。ギルドの交戦協定で高度を規定されていれば効果はあるが…」
タチアナ「ではこの戦法は効果は無いと?」
レシウス「そうは言っとらん。効果を発揮する状況が極めて限定されるだけだ。敵艦の高度が制限されていて敵艦隊の陣形の中に直前まで気付かれずに航行して出現と同時に前後左右の砲塔を回転しながら発射すれば効果は絶大だろう。
     敵艦に気付かれずに無音航行するだけならシルヴァーナでも十分できる。しかし敵艦がこちらの都合の良い陣形を作ってくれるとは希望的観測ではないか?」
アレックス「ならば敵がそのような陣形を取らざるを得ないように誘導するまでだ。その時に前後同時発射のデータを取れば良い」
レシウス「大した自信だな…だがお前さんならできるだろうよ」
ソフィア「では機関長の意見としては多連装徹甲噴進弾の前後発射については問題ないと?」
レシウス「ああ、付け加えるならば斉射するなら敵に与えるダメージは多くなるが的が小さければ命中率が悪くなり、小刻みに連射するならば反動も少なく精密射撃もできると言う事位だな。
      それと両舷の砲塔の同時発射のタイミングはシルヴァーナの砲術のシステムでは難しいから、やるとすればシルヴァーナの2番艦以降にブリッジから発射できるシステムを作る事だな」
アレックス「では今回の合議の結果を宰相マリウスに報告しろ」
タチアナ「はっ」

7 :
アナトレー帝都
タチアナ「以上の事を宰相にご報告致します」
マリウス「ご苦労でした。こちらもシルヴァーナの決定に問題はないと判断します。ギルドと戦う事はもう暫く先になるでしょうが、
     その時にはアレックス艦長やレシウス機関長の言う通りあなた方の戦術が効果を発揮するかも知れません。それまで日々努力を惜しまぬようお伝え下さい」
タチアナ「はっ。では我々はこれよりシルヴァーナに帰投します。行くぞアリス」
ブーン キュイーン
アリス「宰相にシルヴァーナの決定が受け入れられて良かったわね」
タチアナ「これから戦争は激しさを増していくだろうし、新しい戦術や新しい兵器はどんどん採用されるべきだ。
     古い軍人には旧来の戦術や兵器に凝り固まって我々のやる事を邪道と言う輩がいるが、いつかは我々の業績が認められる日が来る」
アリス「アレックス艦長の下で働けて良かったわね。私達の意見も取り入れて軍用ヴァンシップ部隊を作ってくれたし」
タチアナ「もしアレックス艦長に出会って無ければ、私達の戦術は上には受け入れられてなかっただろうな」
アリス「ねえタチアナ。もしシルヴァーナに乗っていなかったらあなたはどうしていた?」
タチアナ「その時は…どうにかして自分の戦艦を持って、その戦艦で自分の考えた戦術や兵器を試してみたいな」
アリス「その時は私を副長にしてくれるかしら?」
タチアナ「考えておこう。さあシルヴァーナとの合流地点までもう少しだ」

現在:ボレアース要塞
タチアナ「と言う事があったんだ」
ディーオ「へー、僕がシルヴァーナに乗る前にそんな事があったんだー」
ミリア「ほんの2年前…。そのシルヴァーナと言う船を元にして作られたのがシルヴィウスなのですか?」
タチアナ「ああ、シルヴァーナは現在プレステールからこの星のアナトレーにエグザイルに乗って向かってきているはずだ」
ミリア「では…この戦争にそのシルヴァーナが加わればルスキニアに勝てます」
ディーオ「でも一応サドリの艦隊がアウグスタの書簡を受け取って休戦したから、戦争が再開しなければここまま出番は無いかもね」
タチアナ「アレックス艦長達が言っていたように、回転十字砲火は使う場所が制限される。もし戦争が再開されても一度痛い目に遭った側は対抗策を練っているから、もう一度同じ戦法を使っても効果は薄いだろうな」
ディーオ「そう言えば何故あの回転十字砲火をグラキエス国境付近で戦った時は使わなかったの?」
ドキ
タチアナ「え?ああ、それはだな」
アリス「まさか今回使った理由が砲術要員が多数殺されて砲塔を個別に動かせる人員が少なかったから、止む無くブリッジからの自動砲撃が出来る戦法を選んで結果的に上手く行った怪我の功名。とは言えないわよねータチアナ」
タチアナ「ア、アリス」
アリス「乗組員の死傷者が多くてこのままじゃアナトレー本国に顔向けできないから、敵艦を多数沈めて帳尻を合わせようと考えていただなんて口が裂けても言えないわよねー」
ディーオ(うわっ。何かこのアリス、デルフィーネと同じ危ない匂いがする)
ミリア(やだ。何かこの人怖い。以前会った時に比べて腹黒くなってる気がする)
アリス「ディーオもディーオでシルヴィウスの機関部が停止したら逃げていくなんて飛行隊長失格よねー?」
ディーオ「え、えーと、あれは敵の目標が機関部だと思ったからで、機関部を停止させてシルヴィウスが水に潜れば相手は沈んだと誤解して撤退するかなーと思ったわけで…。
     あ、それに僕にはアルを守るってインメルマンから頼まれた使命があるから!」
テディ「シルヴィウスの実質的な権力者は副長のアリスティアさん。と。メモメモ」
お終い

8 :
「キャラの口調が違う。このキャラの口調はこう」「一人称や二人称が違う。このキャラの一人称二人称はこう」「ここをこうした方が読み易い」「改行はこれ位の文字数で」
等ご指摘ありましたらお願いします。
後、本編で説明されてない設定があったら「ここの設定はこうだよ」と教えてくれたらありがたいです。

9 :
>>8
相変わらず飛ばすな〜(パチパチ拍手
エアリエルログでたら、なんか投稿しようかな


10 :
時系列:2期で捕獲したアンシャルをアナトレーに送った後
場所:1期のプレステールのアナトレー
グランドストリームから瓢箪型をしたデュシス戦艦が1隻、アナトレーの空に降りてくる。
2年前ならばデュシスの侵略戦争としてアナトレーの艦隊が迎え撃ったが、
今ではアナトレーとデュシスは平和条約を結んだので銃兵同士の撃ち合いも戦艦同士の撃ち合いも無い。
デュシス戦艦に乗ってるのはデュシス軍のトップのネストル司令。
彼は母星に駐在しているタチアナ・ヴィスラ艦長からの手紙を読み、母星で起こっている戦争についての
デュシス側の返答をノルキアのマドセイン公に伝える為、デュシスからグランドストリームを超えてきた。
2年前の戦争でギルドの技術を手に入れた事により、クラウディア機関を使っての通信方法は確立されているが、
重要事項や軍事機密に関しては情報の漏洩を防ぐ為に通信筒をヴァンシップ乗りに預けるか、
今回のように直接会談して伝える事になっていた。
(過去の戦争でデュシスとアナトレーの平和協定をギルドが伝えなかった事が一因としてある)
ヴァンシップでもグランドストリームを超える事は2年前に
エグザイルの「鍵」を届けた勇敢なヴァンシップ乗りにより証明されたが、
「レインバードの道」の存在が明らかになった現在でも普通のヴァンシップ乗りには
グランドストリームを超える事は命懸けである。
その為ネストルはデュシスで数十年前から製造されているグランドストリーム突破能力を持ったデュシスの戦艦に乗ってグランドストリームを超えてきた。
グランドストリーム突破用のヴァンシップに比べてデュシスの戦艦は図体が大きく重く安定している為、
グランドストリーム内の強風に煽られてもどうと言う事は無い(それでもレインバードの道を外れれば衝撃による振動を受けるが)
グランドストリームの突破力においてはギルド戦艦が一番だが、
先の戦争でギルド戦艦はエグザイルとアナトレーのヴァンシップ乗りの活躍により
ほぼ全てが撃沈された為、今のギルドにはまともに動くギルド戦艦は残っていない。
ギルドの事情としてもノルキアに墜落したギルド城の構造物を引き上げ、破損した可能性のあるプレステールの調査・修復、
再び動き出した気象制御装置の稼働解析に力を入れている為に戦艦の修理は後回しにしている。
デルフィーネに従っていたギルド人も地上人と戦争する事は本意ではなく、
争いを避ける為にソフィア皇女との協定でギルド戦艦の復元・修復にはストップがかかっている。
ギルドにはまだ立会い船とオドラデクと言われるギルド製のヴァンシップが存在するが、
デュシス人であるネストルやその配下にギルドの船を操る知識も人員も足りない為、
ネストルは乗りなれたデュシス戦艦に乗りグランドストリームを超えて来た。

11 :

眼下にはノルキアの大地に突き刺さったギルド城の構造物が見える。
周りにはギルドのクラウディアユニット(デュシス戦艦にも搭載されているユニット)が浮かんでおり、
引き上げの為の事前作業を行なっている。
2年前の戦争でマエストロの横暴と止める為にギルド内のデルフィーネ反対派がやったとも、
デルフィーネがアナトレーに打撃を与える為に落としたとも言われているが、当事者達は既に死んでいる為
アナトレー・デュシス両軍に伝えられているのはギルド人からの伝聞である。
「随分と人口が少なくなったな」
ネストルはノルキアに開いた大穴の周りの建物を見て呟いた。
2年前にデュシス軍がノルキアを陥落させた時はまだ大穴の周りに建物が多かった。
しかしギルド城の下部構造物がグランドストリームから落下した衝撃で大穴周辺に建っていた建物は被災し、
日当たりも悪くなった影響で当時その建物に住んでいた住民の大半は
ついでとばかりにエグザイルに乗って母星に入植している。
だが2年前に異常気象は治り水不足も解消されたはずなので、
景観が悪い事を除けば被災した住民にとっても
住み慣れた町なのだから母星に移住する必要も無かったのではとネストルは思った。
今回マドセイン公に話す内容もその事についてだ。
デュシス戦艦からタラップが降ろされ、マドセイン邸のダム湖の桟橋にネストルが降りる。
「ようこそお越しくださいましたネストル殿」
「久しぶりだなマドセイン殿。以前と比べて少し痩せたか?」
目の前には少しやつれた印象のあるアナトレー軍人がいる。ノルキアの領主マドセイン公だ。
2年前に初めて会った時から疲れた印象のある男だが、その時と比べてまた少し疲れている印象がある。
2年の歳月が経過した影響だろうかとネストルは思った。
「ネストル殿はどうですかな?御体の調子は」
ネストルの手はデュシスの寒冷化の影響で殆ど動かなくなっていたが、
気象の回復の関係か以前と比べて腕の調子は良くなっていた。
しかしこの年齢なので完全回復には程遠いだろうとネストルは思っている。

12 :
「こちらの調子は上々だ。デュシスの気候も以前と比べて格段に過ごし易くなり、収穫できる作物も家畜の数も増えた。
2年前と比べれば天国だ。アナトレーはどうか?」
「今日はこちらの事情ついてもお話したい」
マドセイン公の顔が曇る。アナトレーではデュシスのように全ての問題が解決した訳では無さそうだ。
心情的に言い難い返答だがネストルは自分がここに来たのはそれを伝える為だと思い返しマドセインに伝える。
「ではまず母星で起きた戦争についてのデュシス議会の返答だ。デュシスは母星に軍を派遣する事はできない」
「やはりそうなりましたか…」
ネストルはデュシスがアナトレーと違う政治体制で、合議制である事をマドセインに説明した上でデュシス議会の決定を伝えた。
「我らはアナトレーに負い目と恩義がある。しかし我らデュシスが母星へ軍を派遣しても役に立たん事は母星からの報告でも明らかだ」
アナトレーの戦艦と違い、デュシスの戦艦は砲塔が船体下部にしか付いてない。
その為高度制限のある母星では砲塔の仰角を上に取れないので砲弾を遠距離まで飛ばせないのだ。
「それと先の戦争でデュシスはアナトレーの土地を求めて侵略した経緯がある。デュシスの民は土地争いに嫌気が差しておる」
数十年前から2年前まで起きたデュシスの侵略戦争の原因は、
寒冷化して居住不可能になりつつあるデュシスから温暖なアナトレーへと移住する事が目的だった。
しかし気象異常が治り気候が回復した為、戦後はアナトレーに移住する必要も無くなったと言うのがデュシス側の認識だ。
居住するのに十分な土地があるのに争いを求めて戦を仕掛ける必要はない。マドセインもネストルの返答に頷く。
「アナトレー側でもその返答は予想してました」
「期待に沿えなく申し訳ない」
ネストルは謝罪する。
先の戦争でアナトレーとデュシスは連合王国の形式を取り、
皇帝ソフィアは統治者としてデュシスのアナトレーへの居住を認めたが、
気候が回復しデュシスの民も寒冷化と移民カプセル不時着失敗による惨事で数を減らしていた事で、
デュシスの土地が余る状況になっていたのだ。
ミナギス砂漠に駐留していたデュシス艦隊もデュシス本国の気候が回復すると同時に撤退し、
移民カプセルの発射失敗でデュシスに取り残された民はそのままアナトレーの土を踏まずにデュシスに在住している。
デュシスの民の移住を認めるソフィアの決意は空振りに終わった。

13 :
移住したデュシス人と言えば、アナトレーの銃兵と結婚し母星の入植地に移住した女性兵位な物だろう。
彼女は生還章(20個集めると好きな船に乗れる)を集めた銃兵と結婚し、弟達を連れてエグザイルに乗り母星に移り住んだ。
彼女もデュシスの銃兵として戦った経験があり、母星に移住はしているが制度上は退役(或いは予備役)の軍人である。
母星の入植地の状況を知らせる便りも定期的に送ってきており、立場上は母星に派遣した駐在武官となってる。
母星で戦争は起きないだろうと思っていたのでその肩書は名目上の物になるはずだったが、
入植後しばらくして、母星に数百年間残留していた蜘蛛の名前を持つギルド人と
エグザイルの鍵を巡る小規模な争いに巻き込まれた。
母星に駐留していたのはアナトレーの戦艦と軍用ヴァンシップ乗りで、
グランドストリームを突破した少年のヴァンシップ乗りの活躍もあり、
大規模な衝突に至る前に仲直りしたと母星からの報告書には書かれていた。
そして母星にいた蜘蛛の名前を持つギルド人達からの情報提供により、
母星には他にもエグザイルに乗って帰還してきた国家が多数存在し、
最初の帰還民が帰還してから現在に至るまで100年以上も戦争を続けている事が分かった。
(ちなみにアナトレーのエグザイルは最後に帰還したエグザイルなので、ラストエグザイルと呼ばれているらしい)
母星に残りプレステールに移住せず数百年以上もの間災厄の時代を耐えぬいたアデス連邦。
118年前にプレステールから母星に最初に帰還したトゥラン。
他の帰還民国家はトゥランと協力する形でアデス連邦と戦い、母星での居住可能地域の大部分は帰還民国家の物になり、
それからしばらくはアデス連邦が土地を取り返す為に戦争を継続し、
今から約10年前にアデスの統治者が帰還民の国々と和平を結んで戦争が終わるはずだったとある。
しかしその和平はテロにより妨害され、今でもアデスは帰還民排除を国是とし他の国々を従属させている状況だ。
入植地のアナトレーはこの情報を知り即座にプレステールに報告。
プレステール側のアナトレー本国は母星での情報収集を目的とした戦艦を作り上げた。
艦の名前はシルヴィウス。
先の戦争でギルドの攻撃にも耐え抜き、エグザイルの触手に引きずり下ろされても
自力で浮上できる程の耐久性を備えたシルヴァーナ級の2番艦である。
母星ではグランレイクと言う1000kmを超える広さを持つ巨大な湖があり、
アデスを含む国々はグランレイクの湖岸に首都を持つと言う事で、
情報収集が目的のシルヴィウスには潜水機能が付け加えられ、
その試験航行にはプレステールのデュシスの湖
(エグザイル発着時には水が抜けてエアロックとなる)で行われた。

14 :
アナトレーが潜水艦を作るのは初めて(湖と呼べる規模の物が貴族のダム湖しかない)なので、
アナトレーはギルドの技術を使用し水に潜れる艦を作り上げた。
ふとネストルは10年以上前にギルド人の考古学者(名前はダリウスと言ったか)がエグザイルの調査の為に湖に潜った事を思い出し、
シルヴィウスにもあのギルド人が調査に使った潜水艇の技術が使われているのだろうなと推測した。
アナトレーはこのシルヴィウスを母星に派遣しグランレイク周辺の国家や組織
(空族なる戦艦狩りをする無法者の集団がいるらしい)を調査し、
デュシスのネストルにもシルヴィウス艦長のタチアナからの報告が届いていた。
報告書にはアデスと衝突し、その影響でシルヴィウスはグラキエスなる国の国境を侵犯してしまい、
グラキエスのヴァンシップ部隊にも攻撃を受けたと言う。
「アデスと戦端が開かれてしまってもデュシスにはまだ出来る事があるのでは?」
「グラキエスに古代デュシス語がどこまで通用するのか。戦争が始まってもまだ彼の国と交渉する余地はあるのか。
外交官を派遣はするが間に合うかどうか」
プレステールと母星のギルドの言い伝えではデュシス人とグラキエス人は先祖を同じくする古代国家の民族で、
プレステールに移住する時にデュシスとグラキエスに別れたのだと言う。
その証拠にデュシスに伝わる古代言語とグラキエスで使われている言語は似通っているとの事だ。
タチアナからの報告ではグラキエスのヴァンシップ乗りが共通語(この世界ではギルド人の使う言語が標準である)
を話していたとの報告があるので、意思疎通には問題ないだろうと思える。
しかし同じ言語を使う民ならば親近感も湧いて交渉が上手く行くのではとの期待もあった為、
デュシスにはグラキエスと交渉する役目も期待されていた。
デュシスでも住民の大半は共通語を使って生活しており、古代語を話せる者は田舎の古老ら極少数なので、
母星に派遣するには古代デュシス語を話せるギルド人
(ギルドでは伝統文化保存の為に古代言語を習得している者も多い)
でも良いのではないかとの意見もあった。
しかし同じ寒冷地に住む物同士生活習慣や文化も似通っていた方が摩擦は少ないだろうとの判断で、
デュシス人を主とした外交使節団を母星に派遣する事になった。
「ではネストル殿。デュシスにはグラキエスとの交渉を頼みたい」
「我らにはこれしか出来る事がない。無駄骨になるかも知れぬがやってみよう」
軍を派遣できなくてもアナトレーへの恩義に報いる事は出来るとネストルは思った。
だがグラキエスとの交渉はアナトレーと組んでアデスを倒す目的の同盟締結が狙いである。
まだ見ぬ母星に住む元を同じくする同胞を戦争に巻き込む事に心を痛めるネストルだった。

15 :
ゴウンゴウンゴウン
マドセイン邸の外を数十隻のウルバヌス級戦艦が飛んでいる。
ネストルは先の戦争で戦った戦友とも言えるアナトレーの戦艦を見た。
「あれはウルバヌス級…なんだあの数は」
「アナトレー軍の新しい戦列艦です。アデスとの戦争には旧式のクラウソラス級よりも新型のウルバヌスが適任とソフィア様が判断しました」
ネストルの驚愕にマドセインが答える。
先の戦争ではアナトレー軍の主力艦はクラウソラス級、デュシス軍の主力はレパラシオン級。
しかしどちらの戦艦もギルドの戦艦には有効打撃を与えられなかった。
ギルドとの戦争で活躍したのはシルヴァーナ、ウルバヌス、ヴァンシップである。
ギルドの交戦規定でアナトレーとデュシスの戦艦はギルド戦艦の装甲を貫けないようにルールが決められていた為、
ギルドの戦艦に有効打を与えられる戦艦はギルドの交戦規定を最初から無視した兵器を積んでるシルヴァーナとウルバヌスだけ。
そしてギルド戦艦を多数撃沈したのはアナトレーのヴァンシップ隊である。
彼らは伝令用のヴァンシップに魚雷や爆弾を搭載し、4機から5機のチームを組み
ギルド戦艦のブリッジから内部に入り込みギルド戦艦を撃沈した。
アナトレーでは戦艦は貴族の所有物なので、先の戦争の反省点からより性能の高いウルバヌス級を生産し、
それを使うのは至極当然だとマドセインは答える。
「ギルドの交戦規定が無い今。より強い兵器を貴族が求めるのは自然な事です」
「しかしマドセイン殿。ヴァンシップ隊の姿が見えないようだが?」
先の戦争で一番活躍したのはヴァンシップ隊である。
ウルバヌスにもヴァンシップを搭載する能力はあると聞いたが、
目の前のウルバヌスから発着する戦闘用ヴァンシップの姿が見えない。
「今回の母星の戦争で軍の派遣を強行に指示してるのは貴族達です。
ヴァンシップは平民の乗り物。戦をするのは貴族の使命であり
平民は命を落とす事は無いとの主張がアナトレー軍の多数を占めています」

16 :
マドセインの説明はこうだ。
先の戦争で貴族の乗るアナトレーの艦隊はギルドに有効打を与える事ができず、平民の乗るヴァンシップに武功を奪われた。
そしてヴァンシップがギルド戦艦を沈めた事で貴族の中には天上人のギルドがアナトレーに倒されたように、
力を付けた平民が力を合わせて貴族である自分達を倒すのではないかと平民のヴァンシップを恐れるようになり、
平民にこれ以上力を付けさせない事と武功を得られないように、
母星に派遣されるウルバヌスにはヴァンシップを載せない方針になったと。
先の戦争でヴァンシップ隊を登用したマドセインには他の貴族からの風当たりが強かった。
「守るべき平民を戦争に巻き込むとは何事か」
「お前がヴァンシップ隊を登用しなければ今でも貴族の地位は安泰だったものを…」
アナトレーの水不足が解消された事で平民達の生活は豊かになったが、
自前のダム湖を所有しダムの水を平民に売って収入の足しにしていた貴族達の生活は芳しくない。
戦闘に参加したヴァンシップ乗り達も自分の戦功を故郷に自慢する事で平民の貴族を見る目も変わっていった。
アナトレーには身分制度があり、貴族に逆らう無礼を働いた平民はその場で打ち首にされても文句が言えない状態だったが、
戦争で活躍したのが戦艦に乗る貴族ではなく平民の乗るヴァンシップ乗りだった為、
平民の間では貴族は偉ぶるだけの役立たずとの風潮が蔓延していた。
貴族がギルドとの戦いで有効打を与えられなかった事は事実で、
貴族の中には緘口令を敷いてギルドとの戦争に関する事実が広まらないよう工作した輩もいたが、
情報伝達を仕事とするヴァンシップ乗りには効果が無く、貴族達は戦功を上げなければ平民に舐められっぱなしになると考え、
母星での戦争を理由に「入植地を守る為」「か弱き平民を守る為」「平民を盾にせず貴族が戦う」との名目で、
貴族はウルバヌスに戦闘用ヴァンシップ使わない方針だ。
恐らく母星での戦争でもウルバヌスのヴァンシップ隊は出動命令が出ないまま待機する事になるだろう。
アナトレー皇帝ソフィアも先の戦争で民間のヴァンシップ乗りの被害に心を痛めていたので、
貴族達の主張を受け入れたとの事だ。
「しかしヴァンシップがあれば戦争は早期に決着が付くのでは?」
ネストルが最もな疑問を口にする。
デュシスは過去にグランドストリームを超えてアナトレーに侵攻した歴史があり、
デュシス戦艦を撃沈する赤い戦闘用ヴァンシップの恐ろしさはデュシス側が一番良く知っている。
敵にすると手強いが味方にすると頼もしい。
それがデュシス軍の戦闘用ヴァンシップに対する認識である。
「母星から送られてきたアデスの戦艦とアデスの戦術を分析したところではウルバヌス級でも楽に勝てるとの結論が出ました」
シルヴィウスから送られた報告書の中にはアデスがヴァンシップを戦闘用としては重視してない事が書かれており、
アデスのヴァンシップにウルバヌス級が沈められる事はまず無いだろうと締めくくられていた。
報告書と一緒にエグザイルには母星で捕獲したアデスの戦艦が積まれ、アナトレーの兵器工廠で分析が進められている。
当初はギルドにも分析に参加して貰おうとの声もあったが、
送られてきた戦艦を軽く見た所ギルドの技術は使われてないと判断され、ギルドの協力は不要との結論になった。

17 :
母星の環境をネストルは報告書でしか知らないが、高度限界がある事とグランドストリームが無い
(ジェット気流と言う物はある)事を除けばプレステールと大差ない環境らしい。
送られてきたアデスの戦艦群にはどれも共通して船体の両舷にクロウラーと呼ばれる
奇妙な推進装置が付けられてるのが特徴で、このクロウラーで空気とクラウディアを後ろに掻いて進むようだ。
他にはトゥールと呼ばれる塔状の物体が付属している戦艦があり、
これは中に人が入って塔を落とす事で殴り込みをかける兵器だと言う。
構造的にはデュシスの移民カプセルと共通する部分が多く、落下時の衝撃を抑える機構も見受けられると言う。
最後にアンシャルと呼ばれる巨大なクロウラーを搭載した戦艦が兵器工廠に送られてきた。
この巨大なクロウラーはアデスの新型艦に共通する構造物で、
現在のアデス軍の主力は全てこの巨大なクロウラーを持っている。
アナトレーはこのアンシャルを詳細に分析した結果
「トラス構造に回転するクロウラーをつける事で横方向からの攻撃には高い耐久力を有する」
と結論付けた。
更にこのアンシャルを含むアデスの新型艦は全長はアナトレーやデュシスの戦艦と似たような物だが、
全高が低く横から見るとデュシスのレパラシオン級やアナトレーのクラウソラス級と比べてかなり薄っぺらい印象を受ける。
しかし兵器工廠の分析結果では
「この低い全高が横からの被弾率を低くするので、効率的に倒すには上方向からの攻撃が有効」
と書かれていた。
ヴァンシップを使えば楽に倒せるが、ウルバヌスでも砲撃に仰角を加える事と衝角と船体横のカッター
(先の戦争でエグザイルの触手に絡め取られた反省から強度を上げてある)を使えば負けはしないだろうとの事だ。
これらのアデスの戦艦群は兵器工廠での分析を終えた後は母星に戻して現地の反アデス勢力に譲渡される予定らしい。
「楽に勝てるのならばそれに越した事は無いと思うが…いや、軍を派遣するのはアナトレーだ。
アナトレーはアナトレーの決定に従って行動すれば良い」
「ご理解感謝いたします」
「して、マドセイン殿。貴公は今回の母星の戦に参加為されるのか?」
「私はノルキアの領主です。先の戦争で受けたノルキアの復興を優先したいとソフィア様には伝えてあります」
「理由はそれだけか?」
「私は先の戦争でヴァンシップ隊を登用した事で、平民からの指示は厚くても貴族の中では印象が良くありません。
それにソフィア様が母星に出陣される以上アナトレーの防衛力に空きができます。
私は不測の事態が発生した時の為に留守を申し付けられました」
「ソフィア殿自ら母星に…」

18 :
ソフィアは母星に派遣される艦隊の指揮と士気を上げる為、シルヴァーナに乗って母星に行く事を決めていた。
戦争になるにせよ和平交渉するにせよ母星での入植地はアナトレー領である為、
統治者であるソフィアが行かなくては格好がつかない。
シルヴィウスからの報告では、母星では新聞と言う媒体が発達していて、
写真も印刷出来るこの媒体は為政者の人望を集める目的や情報操作にも使われているとの事だ。
シルヴィウスのクルーの間でもプレステールの皇帝ソフィアよりも、
新聞に写真が載るトゥラン王国の王女姉妹の方が知名度も人気も高く、
アデス総統ルスキニアも新聞やビラを使ってアデスの正当性を訴えて自国に有利になるような世論を作り上げている。
母星での統治者の人気や人望は領民の反乱や入植地からの撤退に繋がるかも知れない。
先の戦争で倒したギルドの統治者デルフィーネも、13歳の時に
ギルド内部で親衛隊の人望を集めてクーデターを起こしたとの話だ。
たかが新聞と言えど馬鹿にはできない。
そう考えたソフィアは母星に赴いてアナトレーと言う国の存在のアピールと各国との同盟締結を考えている。
決してトゥランの王女姉妹と比較して「俺の国の年増皇帝よりも美人だよなー」
との意見が入植地の領民に蔓延しているからとかの理由ではない。
シルヴァーナに副長として乗艦していた時は皇帝の娘である事を隠す為と、
乗組員に舐められないよう貫禄を出す為に、髪を結って眼鏡をかけて
20歳は老けて見える化粧をしていただけだ。
今では正式にアナトレー皇帝に就任したので以前のように身分を隠す必要が無くなったので、
髪を下ろし眼鏡を外して実年齢相当の外見のまま公式の場に姿を表している。

19 :

マドセインがプレステールに残るのはギルド対策との事だ。
ヴァンシップ乗りはマドセインの協力には応じるので、ギルドのヴァンシップが攻めてきたとしても
ヴァンシップ乗り達なら対抗できるだろうとのアナトレー軍の判断だ。
ギルドは閉鎖的で地上人との交流は苦手だが、デルフィーネのように好き好んで戦争を仕掛ける人間は少ないので、
アナトレーの決定は杞憂に終わるだろうとネストルは考えている。
寧ろマドセインを残すのは力を付けた平民のヴァンシップ乗りを抑える為ではないかとネストルは邪推した。
ウルバヌスに乗った貴族達が一斉に領地を離れるのだ。
領民が不満を持ってる領地ならば領主の留守をきっかけにして反乱が起きる可能性も無くはない。
ネストルはアナトレーの政治体制には詳しくないが先の戦争に至るまでの侵略戦争の間に、
領主に不満のあるアナトレー領を侵攻目標に設定し、
領民の反乱を援助する形でいくつかの領地を手に入れた事を思い出した。
具体的にはノウルズ侯爵の治めていたミナギス領だ。
ミナギスの大部分は砂漠が広がっていて領民の密度も少なく、
侵攻してもノウルズ側は戦うだけ損耗が大きいので、
交戦規定に沿った戦闘でも砲撃戦に移ったら戦場を離脱する事が多かった。
現在のミナギスは気候が回復した事もあり草原となってるが、
領主であるノウルズ家の者は暗殺や戦艦の決闘による死亡と、
戦時中の不正もあって領主の座を取り消されたとの話だ。
ヴァンシップ乗りが一度反乱を起こせば、増槽や燃料タンクを簡易性の爆弾として作り上げ、
ブースターを付け足して魚雷の代わりにする事もできるだろう。
情報の伝達速度に関してはクラウディア通信の広まった現在の軍に比べれば劣るが、
今までに確立してきたヴァンシップの連絡網は侮れない。
だが先の戦争でヴァンシップ乗りに与えられた名誉に満足したヴァンシップ乗りも多いし、
ヴァンシップ乗りの英雄は母星に移住したので、
プレステールに残ってれば人望が勝手に集まって反乱軍のリーダーにされる事もあったかも知れないが、
アナトレーがヴァンシップ乗りの扱いを間違えなければ反乱が起きる事は無いだろうとネストルは考えた。
「アナトレーが安定するのはまだまだ先のようだな」
ネストルはマドセインからアナトレーの諸問題と聞き感想を漏らした。
だが2年前このマドセイン邸でアナトレーとデュシスの同盟締結時に両国を統治するのはソフィアだと彼女自身が決めた事だ。
重責を背負わなければならない事は覚悟していただろう。
今はデュシスは力になってやれないが、いずれ手助けできる状況が来たら出来る事であれば
力を惜しまない事をマドセインに伝えネストルはノルキアを後にした。
終わり

20 :
>>9
拍手サンクス。
今回はセリフ少なめ説明多めで書いてみた。
読み難かったら意見よろ。
それとアンケートなんだが、本編中に名前が登場してないキャラ(コキネラとかアピス)や、
設定資料にしか登場しないキャラ(ジェームスとかダリウス)をSSに登場させても、
読んでる側は分けわからなくなったりしないかね?
前者も後者も登場場面が少ない(or全く無い)から殆どオリキャラみたいな扱いになっちゃうと思うんだけど、
冒頭にキャラ説明入れて
コキネラ:ルシオラ対シカーダ戦の時に武器を渡した奴
アピス:アピスと一緒にいた奴
って書いた方が分かり易いかな?
それとも文章中に
コキネラはそう言ってルシオラに武器を手渡した
とか
作中でアピス達が言ったセリフをそのまま入れる事で「あ、このギルド人はあそこで出て来たキャラか」と分かるようにした方が良いかな?
意見求む。

21 :
乙です。
中々、面白かったっす。
一期と二期+砂時計を、旨く纏めてるなと感心する。
> 決してトゥランの王女姉妹と比較して「俺の国の年増皇帝よりも美人だよなー」
の件だけ、何だか全体的な文章から浮いててちょっと違和感覚えたかなぁ〜。

22 :
>>21
その部分は狙って入れた。
ネストルの話が何か重苦しい雰囲気になったから、ギャグを入れる事で重苦しい雰囲気を少し払拭しようかと思ったけど、失敗失敗。
年増云々の部分を丸ごと削除するか、或いは表現を変えた方が良かったか。
ご意見サンクスです。

23 :
にぎやかしにSSでおじゃまします
シルヴィウスにギルドのお坊ちゃまが
配属されたので、地上人としての常識を教える
タチアナアリスティアで
アリス「…よく聞いてディーオ。水曜日は冷凍食品半額の日」
タチアナ「そういう常識は教えなくていい」
アリス「じゃあ、まだらの紐の犯人はヤス」
タチアナ「でたらめも教えるな」
アリス「…思えばタチアナのおまけとして、やりたくもない
シルヴィウスの副長に抜擢され…、最年少故の遠慮で
言いたいことも言えなかったこの数ヶ月。せっかく
年下の部下が配属されたのだから、私好みに育てたい」
タチアナ「よさないか」
アリス「例えば尖閣島と言えば釣魚島と言い、
竹島と言えば独島と言う、そんな関係を築いてみたり」
タチアナ「良好な関係と言えるのか、それは」
ディーオ「ねえ、iph○ne下さいってd○c○m○ショップに
行くと目潰しを喰らうって本当?」
タチアナ「信じてるじゃないか!」
アリス「仕方ない…そろそろ本当の事を教えるわ
…いい、ディーオ?…地上では、
腐ったもの食べたらお腹壊す、
掛け布団を掛けて寝ないと風邪をひく、
換気しない部屋にいると頭痛くなる、
歯磨きしないと虫歯になる、
飛行中のヴァンシップから落ちたり、
船外に落ちたら、ふつう死ぬ」
ディーオ「あはは、またアリスティアは嘘ばっかり」
タチアナ「こ、今度は信じろ!」

24 :
ディーオがグランドストリームに落ちて助かった経緯とその裏側
時系列:ルシオラがギルド城爆破してクラウス達を逃す前
ギルド城
ルシオラ「アピス、コキネラ、話がある。ディーオ様を救う為に手伝って欲しい事がある」
アピス「ルシオラ。ディーオ様は既にマエストロに思考改造されてしまったんだぞ?
    命があるだけありがたく思え。高望みをするとお前まで命を危険に晒すぞ」
コキネラ「やってもらいた事ってのはなんだい?ルシオラ。僕達に出来る事なら協力するよ」
アピス「コキネラ。お前ルシオラに協力する気か?折角マエストロの信頼を得ているのに
    マエストロのお怒りに触れたらどうするんだ!」
コキネラ「マエストロに反逆しない程度に出来る事はあるよ。ルシオラは『ディーオ様を救う』のが目的で、
     マエストロに反逆するとは言っていない。僕もルシオラが具体的に何をするかは聞かないから、
     ルシオラも僕達にマエストロに反逆するような話はしないでね」
額の印が入ってるギルド人は現マエストロであるデルフィーネの命令には逆らえないような強制力が働いている。
もしルシオラがマエストロに反逆する目的でコキネラ達に協力を依頼しても、コキネラ達に出来る事には限りがある.
ルシオラに「マエストロをR手伝いをして欲しい」と頼まれても、
マエストロにナイフを突きつけようとしたら力が抜けて殺せなくなる。
額の印の強制力とはそのような物だ。
逆にマエストロに報告しないと自分達の命が危うくなる可能性の方が高い。
要するに口でははっきりとは言わないけど遠回しにマエストロに反逆するから察しろとルシオラは言ってるのだ。
ルシオラ「ディーオ様が城を出られた後にディーオ様を救って欲しい」
ルシオラの目は本気だ。
これから何かとんでもない事をしようとしている。
しかしコキネラ達はルシオラが具体的に何をするかまでは聞かなかった。
聞けばルシオラを止める事になるかも知れないし、下手したらルシオラの計画を邪魔してルシオラに殺される可能性だってある。
コキネラ「分かったよ。ディーオ様が城を出られた後に僕達が助ければ良いんだね?」
アピス「俺は反対だ。ルシオラ、マエストロは気まぐれだから、何かの拍子にディーオ様の人格を元に戻すかもしれない。
    危険な賭けは辞めて時期を待つんだ。マエストロを怒らせるような真似をすれば俺達にまでとばっちりが来る」
ルシオラ「これから私がする事にお前達を巻き込むつもりはない。もしマエストロのお怒りに触れるとしたら私だけだ。心配ない」
コキネラの質問とアピスの忠告にルシオラはそう答えた。
ルシオラ「では私はやる事があるから、アピス、コキネラ、後は頼む」
そう言ってルシオラはどこかへ行った。
恐らくあのクラウスとか言う地上人(ディーオ様はインメルマンと言っていた)とエグザイルの鍵であるアルヴィスの面倒を見る為だろう。
ギルド城には地上人の戦艦が近づいてきている。
ルシオラは地上人の攻撃に乗じて何らかの行動を起こすつもりだろう。
ルシオラは「ディーオ様が城を出られたら」と言っていたので、それが合図だ。
それまではいつも通りの仕事をしていようとコキネラ達は思った。
数十分後。
ディーオの姿が見えなくなった。
アルヴィスや地上人の少年の姿も見えない。
コキネラはルシオラが計画を実行したのだろうと考えギルド城を隈無く探索した。
マエストロの命令に逆らわない範囲でルシオラに協力する為に、時間をかけて探索したのだ。
これでマエストロにも言い訳ができる。

25 :
ギルド城大広間
マエストロが水槽の前のモニターに立ち、地上人の船の様子を見ている。
コキネラはそろそろ良いだろうと頃合いを見計らってマエストロに報告する。
コキネラ「マエストロ、ディーオ様が」
デルフィーネ「ディーオがどうしたの?」
マエストロがコキネラに聞き返す。
コキネラ「姿が何処にも…」
デルフィーネ「まさか、アルヴィスもいないなんて事は」
マエストロが薔薇に磔にされたシルヴァーナの艦長の姿を見ながらコキネラに問い質す。
コキネラ「申し訳…ありません」
コキネラは震えた声で答える。
マエストロは仕事熱心な方ではないし、マエストロの信頼を得ているコキネラからディーオの不在を告げられれば、
一々自分で探すような事はしないでコキネラの報告を信じるだろう。
ルシオラも当然その事も計算に入れている。
デルフィーネ「ルシオラは何処?」
マエストロがその一言を言うと同時にギルド城の何処かで何かが爆発する音が聞こえる。
ギルド人「ギルド城内部にて爆発音確認!外部からの物ではありません。内部からのテロです!」
間髪入れず他の部署からマエストロに報告が入る。
コキネラはルシオラがやった事を確信し、いつも通り自分の仕事をする為にマエストロを誘導する。
コキネラ「マエストロ。危険ですので玉座の間に入り警護を固めて下さい」
ズガーン
また爆発音が響いた。再度報告が入る
ギルド人「地上人の船からの攻撃です。ギルド城に接舷しようとしています」
コキネラは地上人がギルド城に乗り込んでくる事は一応考えていたが、
ルシオラの内部テロとタイミングが重なる事までは期待してなかった。
だがこれでルシオラの計画に余裕ができるだろう。
マエストロを側近のシカーダに任せて、コキネラはアピスと一緒に玉座の間の警備をする為に移動を始めた。

26 :
玉座の間
シカーダ「アピスとコキネラは扉の前を。ドルクス、ファラエナ、アロリミナ、エフェメラ達スクトゥムは控えの間に待機。
     私はマエストロと共に玉座の間で待機する」
マエストロの側近シカーダが配下の親衛隊に号令をかける。
地上人相手の警備にしては物々しい。
シカーダは内部テロの実行犯のルシオラを警戒してるのだ。
地上人の船は数時間前に制圧したばかりで、ルシオラの手引きがあったとは言え、
戦闘用ギルド人である親衛隊に対抗できるような人間は艦長のアレックスしかいなかったし、
そのアレックスは今薔薇で磔にされてる状態で何もできない。
地上人がギルド城に突入して出来る事と言ったらヴァンシップに乗って城内を暴れまわる位か。
しかしここはギルド城で地の利はギルド人にある。
親衛隊のスクトゥムはシルヴァーナの艦長アレックスに数人やられていたのでギルド側の戦力は少なくなってはいるが、
手加減しなければシルヴァーナを制圧する時に皆殺しだって可能だったはずだ。
マエストロは地上人の命を何とも思ってないから皆殺しにすると誰もが思っていたが、
ルシオラの「シルヴァーナの乗員の命は助けて下さい」との要求と、
不必要な殺戮を望まない真面目なシカーダがマエストロを諌めた事と、
コキネラが「地上人の血でマエストロの靴を汚す必要は無いかと」
と進言したおかげでシルヴァーナは命拾いしただけだ。
地上人の戦艦に貸し出していたユニットの中にいたギルドの技官達だって、
シカーダ達の進言をマエストロが聞き入れていれば地上人の銃兵らに殺される事は無かったはずだ。
地上人は銃兵による物量作戦でユニットにいた非戦闘員のギルドの技官を殺した事で、
ギルド人は簡単に倒せると勘違いしたのだろうか?
シルヴァーナの乗組員だったら一度親衛隊の実力を味わっているのに、ギルド城に乗り込もうとするとは愚かな事だと親衛隊のメンバーは皆思った。
しかし地上人は結局ギルド城には乗り込んでこなかった。
ギルド城の下部構造物が爆発によって地上に落下していく時に巻き込まれたのかシルヴァーナはギルド城から離れて行った。
代わりにやってきたのはルシオラだ。
廊下からルシオラが走ってくる。
アピスはルシオラがやらかした事を咎める口調で問いかける。
アピス「ルシオラ、ディーオ様は何処へ?」
ルシオラ「城を出られた」
ルシオラがディーオを城から脱出させたので、後の事はコキネラ達に頼むとの合図だ。
普通に城から脱出したのではセンサーに引っかかって連れ戻されるだけだ。
だからルシオラはギルド城の下部を破壊し、瓦礫を散乱させる事でセンサーを誤魔化し、ディーオ達を脱出させたのだろう。
落下した城の被害で地上は物凄い事になってるだろう。
ディーオを救う為ならばここまでやるかとアピスは内心呆れた。
シカーダもマエストロを守る為ならば、死んだスクトゥムの死体を蹴り飛ばして牽制に使う位だ。
シカーダの弟であるルシオラもディーオを守る為なら城を破壊する等、本質的な考えは似てるのかも知れない。
アピス「マエストロはお許しにならない」
アピスがシカーダに警告する。
城を破壊してディーオとアルヴィスを逃したのだ。
今更言い訳してもマエストロは聞き入れないだろう。
逆にルシオラにマエストロのお怒りが集中しているならば、
ルシオラのやった事を見過ごした自分達にまでは気は回らなくなるかも知れない。
アピスも気が立っているが、ルシオラの目にはそれ以上に殺気立っている。
コキネラはルシオラに武器を渡しながら話しかける。
コキネラ「シカーダに勝てる?」
ルシオラ「ディーオ様の敵になるなら」
もう後戻りはできない。ルシオラとはこれが今生の別れになるだろう。
アピスとコキネラは扉の内側に入るルシオラを見送り、自分達はルシオラに頼まれたディーオ救出の為の行動を開始した。

27 :
アピスとコキネラは玉座の間の警備を放棄してオドラデクの格納庫に向かった。
ルシオラがスクトゥム達やシカーダを倒した事までは確認してない。
城を出る口実として「ディーオ様を探しに行く」とニクス達に言伝を頼んである。
嘘は付いていない。
自分達はルシオラからディーオ様は城を出られたとの報告を受けたから、
破壊された城と一緒にアナトレーに落ちたであろうディーオ様とアルヴィスを探しに行くだけだ。
ルシオラの遺言である事は伝える必要は無いので黙っている。
もしルシオラがシカーダを倒していれば、ギルドは実質的な実務者を失った事になり、指揮系統も滅茶苦茶になっているだろう。
ひょっとしたらマエストロが下手にギルド戦艦の指揮をして、地上人に負ける事になるかも知れない。
そうすれば地上人がマエストロを倒すチャンスもできる。
女官であるニクスやプルウィアは階級はコキネラ達と同じアスピス(白服)だが、
戦闘経験は殆ど無いしやってる仕事はマエストロの身の回りの世話だけだ。
(それでも実務能力はマエストロよりも上だが)
自分達が城を出れば、ギルドの指揮系統は無力化される。
自分達はディーオ様の捜索の名目で城を離れていれば良いだけだ。
途中怪しまれないように、地上人の動きをちょこっと報告すれば完璧だ。
アピス「ディーオ様が城の下部構造物と一緒に落下したのであれば、地上人に拘束されている可能性がある。助けるならば早い方が良い」
アピスはそう言ってオドラデクの格納庫に走った。
コキネラ「アピスは先に行ってて。僕はちょっと用事を済ませてくる」
コキネラはそう言うと格納庫に向かう道を外れてギルド戦艦のドックへと向かった。
アピス「ギルド戦艦を使うのか?あんなデカブツでは小回りが効かないし地上人にもすぐに見つかるぞ。
    下手に地上人を刺激してディーオ様を人質にされる可能性だってある。やめとけ」
ギルド戦艦はマエストロの号令の元、殆どがエグザイル確保の為に出払っている。
しかしミュステリオンも鍵も持たないギルド戦艦に乗った連中は、
エグザイルに近づいた端から触手に絡め取られて次々沈められている状況だ。
もしギルド戦艦を使って地上に行ってもアピスの言う通り地上人にすぐに見つかるだろう。
アナトレーとデュシスの艦隊相手だったら楽に勝てるが、シルヴァーナとウルバヌス級の攻撃にはダメージを受けるだろう。
しかしコキネラの目的はギルド戦艦のではなかった。
コキネラ「えーとシルヴァーナの艦長は…あった」
コキネラは薔薇の蔦で磔にされオブジェと化しているアレックスに近づいた。
意識が朦朧としているから声をかけても反応しないが、コキネラは少し見た程度では分からない位の切れ込みを薔薇の蔦に入れる。
コキネラ「聞こえますか?シルヴァーナ艦長。あなたが動けるように薔薇の蔦に細工をしました。力を入れれば蔦が外れます。
     僕達は額の印があるからマエストロに反逆する事は無理だけど、あなたなら出来るはずだ」
マエストロと言う単語にアレックスが一瞬反応した。
どうやらまだ意識は残っているらしい。
この死に損ないの地上人がマエストロを倒せるかは分からない。
だが、シルヴァーナを制圧した時にスクトゥム達を倒し、マエストロにあと一歩まで迫った男だ。
マエストロを倒す為にも出来るだけの事はやっておこうと考えたコキネラは、
無駄骨に終わるかも知れない仕掛けをギルド城やギルド戦艦にも幾つか仕掛けた。
直接反逆出来なくても出来る事はあるのだ。
人事尽くして天命を待つ。
後はギルド城から出るだけだ。
コキネラはアピスの待つ格納庫に向かった。

28 :
ギルド城からディーオ捜索の名目で出た後、マエストロ御自らギルド艦隊の指揮を取るとの連絡が入った。
どうやらルシオラはシカーダを倒したらしい。
マエストロには途中通信が入ってもクラウディアのノイズで通信に出れない可能性がある事を伝え、
2人はそのままグランドストリームからアナトレーの空へ向かった。
グランドストリームを抜けるとノルキアの大地に刺さったギルド城の下部構造物が見えた。
アナトレー中央部のノルキアには以前から地面に大穴が開いており、地層が幾層も露出している地形がある。
大昔に何らかの大災害(恐らくギルド城が落ちる程の被害)があったのだろうが、
コキネラ達は何が原因で穴が開いたのかは知らないし、マエストロも過去の歴史には興味が無いので謎のままである
(十数年前まで生きていた考古学趣味のマエストロの父君ならば何か知っていたかも知れない)
その大穴のど真ん中に落下した構造物は突き刺さっていた。
コキネラ「うわぁ…ルシオラの奴派手にやっちゃったなあ」
アピス「地上の被害も相当な物だな。穴の周りの建物が軒並み破壊されているぞ。
    しかし元からあった穴に落ちたのだから被害は最小限で済んでる」
コキネラの呟きにアピスが冷静に答える。
周りの様子を観察すると、
被災した住民の救出にアナトレー軍とデュシス軍が協力しているのが見える。
どうやらノルキアの領主の館を臨時の野戦病院として使ってるようだ。
アピス「ではまずあのクラウスとか言う地上人の家を調べたよう。下町に家があったはずだ。ディーオ様もそこにいる可能性が高い」
コキネラ「そうだね。2人で手分けして1人は地上人の家を見張って、もう1人は落ちた城の周辺を探索って事で良いかな?」
アピス「ではコキネラが落ちた城の周辺を頼む。俺は下町の家を…何だ通信か?この周波数は…ルシオラだと?!」
通信機越しに聞こえる音声に耳を傾ける。
通信機から聞こえる声はルシオラではなく、コキネラ達には聞き覚えのない声だ。
ザーザザザザッ
???「マドセイン夫人。こちらの負傷者の手当をお願いします」
???「分かりました。ホリー、そちらの患者さんはお願いね」
???「お母様。この人お父様に書簡を渡してくれたヴァンシップの人だよ」
???「あら本当。後部座席の2人は…誰かしら?あの水筒持った女の子ではないわね」
???「奥様。この白い服を来ている青年はギルド人ではないでしょうか?」
???「何故ギルド人がヴァンシップの後部座席に?とにかくこの人も気を失ってますから
    ベッドに運んで寝かしときましょう。ワースリー。この人をお願いね」
???「奥様。このギルド人は兵士達の寝ている部屋とは部屋を分けた方が良いかと。
    血の気の多い兵士達がこのギルド人を襲わないとは限りません」
???「そうね。万が一の為に別室に運んで入り口に見張りを立てといて」
???「かしこまりました」
ザー、プツン
会話が終わったのか通信機から声が聞こえなくなった。
通信機は元々一対一の双方向通信が目的なので、周波数が合ってないコキネラ達の通信機にルシオラの通信機が繋がる事は無かったが、
コキネラ達はディーオ捜索の為に通信機を傍受可能な状態にしていたので、ルシオラの通信機(今は地上人が持ってるようだ)を探知できた。

29 :
コキネラ「どうやらルシオラは通信機を地上人に渡したみたいだね。通信内容を聞くと気絶してるみたいだ。
     通信機を傍受可能なパッシブモードにして正解だったね。しばらくこの周波数はマークしておこう」
アピス「マドセインと言う単語が聞こえたが、アナトレー艦隊の司令官の名前がマドセインではなかったか?身内の居住地はどこだったかわかるか?」
コキネラ「ちょっと待って。データベースの記録に…あった、ノルキアに屋敷があるようだね。通信で聞こえたホリーってのは娘だね」
アピス「ノルキアの屋敷…あの野戦病院か!そこにディーオ様が…。良しディーオ様を迎えに行こう」
コキネラ「待ってアピス。僕達がルシオラから頼まれた事はディーオ様を救う事だよ。ギルドに連れ帰る事じゃない。
     もし僕達がディーオ様をギルドに連れ帰ったらルシオラがディーオ様を逃した意味が無くなる。
     マエストロの元に連れ帰ったんじゃディーオ様を救う事にはならない。しばらく地上人にディーオ様の身柄を預けよう」
アピス「それはそうだが…じゃあルシオラの言っていた救うとはどういう事だ?ルシオラめ、解釈に困る頼み事をしやがって」
コキネラ「ディーオ様の人格を元に戻す事と、マエストロの目の届かない場所に避難させる事じゃないかな」
アピス「人格を元に戻すか…。俺達の時は人格はそのままで反逆できないようするだけだったが、ディーオ様のは違うな」
コキネラ「デルフィーネ様がマエストロになる前の時代…僕達が名前を付けられる前でもそれは同じだったらしいけどね。
     先代マエストロのジェームス・ハミルトンの時代に制約の印を入れられた人間は、
     先代が亡くなった時点で印が閉じたり消えたりして効力は発揮しなくなってるって話だけど、
     僕達の場合はまだマエストロが生きてるから逆らえない。
     ディーオ様の人格もマエストロが死んだら元に戻るかも知れないけど、あくまで可能性の話だからね。
     元に戻る保証は無いよ。確実な方法は城にある設備を使ってもう一度ディーオ様の頭をいじるか、
     制約の剣を手に入れて頭をいじるかしないと駄目だと思う」
アピス「ギルド城を離れて額の印が消えるまで待つってのはどうだ?或いは思い切ってディーオ様の頭をぶん殴るとか」
コキネラ「城を離れたままにするってのはディーオ様の安全を確保する事に繋がるから賛成だけど、それで人格が元に戻るかなあ…。
    頭に強い衝撃を与えるってのは確実性が無いからパス。そもそも頭に衝撃与えて人格が元に戻るんだったら、今頃落下の衝撃で元に戻ってるよ」
アピス「ならば俺達に出来る事は
    1,元に戻るまで放置する
    2,マエストロが死ぬのを待つ
    3,ギルド城に忍び込んで制約の剣を奪うか、設備を使ってディーオ様を治療する
    4,マエストロの気まぐれを期待する
    これだけか」
コキネラ「1・2・4はこちらからは何もしないで待つしかできないね。
     僕達が積極的に出来る事は3のギルド城にディーオ様を連れて忍び込んで頭の治療をする事位かな。
     でも城にはニクスとプルウィアがいるから、2人を城から引き離さないと駄目だね」
アピス「そう言えば2人がマエストロの補佐をしている事も有り得るな。
    マエストロから2人を引き離せば…ギルドの体制はボロボロになるな」
コキネラ「ニクス達がマエストロから離れる理由を考えようか。
     地上人達は今ユニット使って通信しているから、
     地上人の情報を餌に使おう」
こうしてコキネラとアピスはしばらく地上人の通信傍受に集中した。
地上人の通信を傍受している間もノルキアの野戦病院のディーオの監視は続けている。
どうやら今の所はディーオに危害を加えるような動きは無い。
地上人がディーオを他の人間と区別なく扱ってるのを見てコキネラとアピスは少し安心した。

30 :
次の日の夜、動きがあった。
アピスがシルヴァーナとクラウスとの間の通信を傍受したのだ。
内容はアルヴィスを竜の牙へ連れて行けとの話だ。
これをマエストロに伝えれば、マエストロはアルヴィスを拉致する為、ニクスとプルウィアを竜の牙へ向かわせるだろう。
アピスは傍受した通信内容をマエストロに伝える為の準備を始めた。
一方コキネラはノルキアの野戦病院のディーオを監視していた。
ディーオの入ってる部屋は地上人の部屋とは区別されているので、監視も楽だ。
空が曇って雨が降り始めた時にコキネラはディーオに異変があった事を察知した。
コキネラ「ディーオ様が泣いてる?」
コキネラの見た所、ディーオは部屋の窓から外へ抜け出して、ヴァンシップの前で顔を俯かせて泣いているように見える。
人間らしい反応だ。
雨のせいで表情は良くわからないが、ディーオの普段の言動行動を知ってるコキネラからすれば、
ディーオの立ち振舞が人格改造を受けた時とは明らかに違う事に気づく。
コキネラ「人格が元に戻ったのかな?」
コキネラは一人呟く。
有り得ない話ではない。
アピスと会話していた時にもディーオが元に戻る可能性について色々と可能性を模索したのだ。
原因は不明だが、とにかく今のディーオの人格は元に戻っているように見える。
コキネラはアピスにこの事を急ぎ伝えた。
アピス「ディーオ様が元に戻っただと?本当かそれは」
コキネラ「この映像を見てくれるかい?先日の洗脳されたディーオ様とは違うと思わないか?」
アピスはコキネラから送られたノルキアの病院で泣いてるらしいディーオの映像を見る。
コキネラの言うように洗脳された人間にしては立ち振舞がおかしい。
アピス「俺の目にもディーオ様が元に戻っているように見える…。マエストロが気まぐれでも起こしたのか?」
コキネラ「分からない。でもディーオ様の頭が元に戻ったのであれば、
     後はマエストロの手の届かない場所に避難させればルシオラの頼みを果たす事が出来る」
アピス「そうだ。それだ。マエストロだ。先程シルヴァーナの通信を傍受した。
    この通信内容をマエストロに伝えれば、マエストロはニクス達に鍵の捕獲を命じるだろう。
    その隙に地上人がマエストロを倒せばディーオ様はマエストロに怯える事無く生きていけるぞ」
コキネラ「本当かい?ならば報告ついでにマエストロにディーオ様の件をそれとなく尋ねてみよう。
     ひょっとしたらマエストロが気まぐれを起こしてディーオ様を元に戻したかどうかが分かる」
2人はグランドストリームのマエストロにシルヴァーナの通信内容の件を報告した。

31 :
グランドストリーム内:デルフィーネ座乗艦
通信内容
???「アルと僕は無事です。でもアレックスは…アレックスはまだギルド城に」
???「クラウス、竜の牙へ向かえる?」
???「アルヴィスしかいないの。今エグザイルを」
ザーーーーーーーーーーーーー
アピス「このように地上人達は自由に通信を始めております」
デルフィーネ「良く調べてくれたわね」
そう言うとマエストロはニクスとプルウィアにアルヴィスの抹殺を命じた。
マエストロが言うには既にエグザイルは自分の物でミュステリオンは2つで十分だったらしいから、
アルヴィスはもう要らないとの事だ。
マエストロの気まぐれにはいつも驚かされる。
死んだシカーダもさぞ手を焼いただろうとアピスは思った。
マエストロがアルヴィス抹殺の命令をニクス達に下したのを見計らってコキネラはマエストロにディーオの事についてそれとなく尋ねる。
コキネラ「マエストロ。ディーオ様の捜索ですが、芳しくありません。地上人と一緒にノルキア周辺に落下した事までは確実なのですが…」
デルフィーネ「あら、ディーオの事?もう良いのよディーオは」
コキネラ「と申しますと?」
デルフィーネ「ルシオラのお願いを聞いてあげたのよ。ディーオはもう私のお人形さんじゃ無くなったのよ。
       でも良いの。私にはエグザイルと言う新しい遊び相手が見つかったんですから」
どうやらアピスが推測していたように、ディーオの回復はマエストロの気まぐれが原因だったらしい。
マエストロの発言を聞いてアピスとコキネラは内心喜んだ。
デルフィーネ「ニスクとプルウィアはアルヴィスの始末に行っちゃったから、あなた達はこちらに戻ってらっしゃい。
       艦隊の指揮にも飽きちゃった。全部エグザイルが食べちゃうんですもの」
どうやらマエストロは自分の無能な指揮でギルド艦隊を壊滅させてるらしい。
だがここでコキネラ達がマエストロの元に戻ればギルド艦隊は持ち直して戦争が長引くだろう。
コキネラ「マエストロとエグザイルの座標は現在デュシス側のグランドストリーム入り口付近ですが、
     今からデュシスに飛んでも時間がかかるので、ギルド城にて待機しますが宜しいでしょうか?
     グランドストリーム内部を飛んでるゴミの始末もありますので」
マエストロの手伝いをするのは御免だ。
コキネラは内心そう思い、マエストロを支援せずにグランドストリームでマエストロが自滅するのを待とうと考えた。
ゴミ掃除と言う表現がマエストロが気に入ったようで、マエストロはコキネラ達にギルド城での待機とグランドストリームのゴミ掃除を命じた。
ゴミ掃除と言うのはグランドストリーム内部を浮遊する戦艦の残骸等の処理の事だが、コキネラの考えでは人命救助の意味も含んでいる。
恐らくマエストロはデュシスの空に出たら地上人の船に沈められるだろう。
ギルド戦艦はグランドストリームでの使用を前提に作られているので、グランドストリームでの使用を想定されていない地上人の船と比べれば
グランドストリーム内部での戦いならほぼ無敵である。
だが、グランドストリームを抜ければ地上人の船との性能差は縮まり、ヴァンシップに撃墜される危険性も高まる。
コキネラ達はシルヴァーナを制圧した時に艦内設備や兵装も観察しているので、シルヴァーナにはギルド戦艦を沈める能力はあると確信している。
シルヴァーナの乗組員は自分達戦闘用ギルド人と比較して白兵戦は弱いが、船の攻撃力だけなら油断すればギルド戦艦も危うい。
そして今マエストロは油断しており、万が一にも自分が倒されると言う事を考えていない。
マエストロが死んだ後は額の印の強制力も失われるので、今から戦後処理の事を考えてディーオを次期マエストロにするべきかコキネラは悩む。

32 :

コキネラ「ディーオ様をマエストロにしてもまたデルフィーネ様と同じ事を始めたら意味が無いし、
     それならアルヴィス様を擁立して地上人と和睦の道を歩んだ方が良いかな?いや、子供に権力持たせるよりは
     ギルドの仕事を放り出して逃げたダゴベールや先代ロリカのグラフに責任取らせないと…」
アピス「コキネラ、何ブツブツ言ってるんだ?ディーオ様がヴァンシップでグランドストリームに入った。俺達も後を追うぞ」
コキネラ「え?ヴァンシップ?いつの間にオドラデクを?」
アピス「オドラデクじゃない。地上人のヴァンシップだ。しかもナビを乗せないで1人で操縦している。
    ノルキアの野戦病院のマークの入った戦闘用ヴァンシップだ」
コキネラ「地上人の戦闘用ヴァンシップ?あの機体じゃレインバードの道を外れたらあっと言う間にバラバラになっちゃうよ。
     て言うか、ディーオ様は何の為にグランドストリームへ?ギルド城に帰るつもり?」
アピス「いや、どうやら地上人のヴァンシップを攻撃しながら追いかけてるだけだ」
コキネラはオドラデクのモニターに映る2機の地上人のヴァンシップの座標を確認した。
クラウディア反応を見ると、1機はディーオの乗ってると思われる戦闘用ヴァンシップ。
もう1機は10年前にグランドストリームをデュシスに抜けようとしてギルド戦艦の旗に叩き落された旧式ヴァンシップだ。
ディーオはあの地上人とは友達では無かったのか?旧式ヴァンシップにはアルヴィスも乗っている。
ディーオの頭は元に戻ったと安心していたが、どうやら記憶までは回復していないようだ。
このままではエグザイルの鍵であるアルヴィス・ハミルトンも殺してしまうかも知れない。
そうなったらエグザイルにどんな影響があるかも分からない。
単に停止するだけか、それとも伝説にあったようにこの世界を破壊するのか、それは誰にも分からない。
エグザイルの鍵の周りにはクラウディアの力場が展開されるので、アルヴィスを攻撃しても大丈夫だとの説がギルドにはある。
その情報源は既に死んだシカーダで、確認したのは十数年前にギルドでデルフィーネがクーデターを起こした時だ。
当時ハミルトン家のグラフ(先代ロリカ)がクラウディアの力場を伴うアルヴィスを伴って、
シカーダやオドラデクの攻撃を防ぎながらギルドを脱出したとの話だが、
そのクラウディアの力場の展開には何か条件(ミュステリオン等)でもあるのかコキネラ達は今までその現象を見た事が無い。
しかしシカーダが言っているのであれば事実だろうとの判断で、
ギルドはアルヴィスの乗ったヴァンシップには遠慮なく銃撃を加えてきた。
もしアルヴィスが死んでエグザイルが停止したとしても、それは今までの世界と何ら変わる事が無い状態だとコキネラは考えた。
この世界は気象制御装置の故障の影響でデュシスは滅びつつある。
マエストロが死んでも問題は解決しない。
寧ろマエストロが死んだ後に問題が露呈するだけだ。
気象異常の原因はギルドにあるが、ギルドですら気象異常を治せないのだから、デュシスはアナトレーに移り住み、
ギルドは寒冷地や灼熱の地でも生存できるような技術を地上人に教える事になるだろう。
それがギルドが提供できるこの世界で皆が生存できる為の解決手段だ。
ギルドを脱出したダゴベールならば気象制御装置の故障を直せるかも知れないが、
自分達が子供の頃にギルドを見捨てて地上に逃げた人間だ(コキネラ達の世代はそのように教わっている)
この世界を救う為には役に立たないかも知れない。
だがこの戦争が終わったら駄目元でダゴベールに気象制御装置の修理を頼んでみようとコキネラは思った。
シルヴァーナのユニットの周波数も判明したのだから、この世界の異常を直す為に出来るだけの事はやっておこう。
グランドストリームをおかしな軌道を描きながら飛んでる記憶の戻らないディーオも何かの役に立つかも知れない。
だからせめて戦後処理を上手くいかせる為にあの地上人を追いかけてるディーオを捕まえなくてはコキネラは考えた。
その捕獲対象のディーオの様子が落ち着いた。
地上人のヴァンシップとの追いかけっこに飽きたのか、地上人のヴァンシップを追い越してレインバードの周りでガッツポーズを取っている。
そのままヴァンシップを止めて浮いてるだけなので、オドラデクの速度ならばもう少しで追いつけるだろう。
そう思い気を抜いた途端ディーオがヴァンシップから落下するのが見えた。

33 :
アピス「コキネラ!ディーオ様が落ちた!お前のオドラデクの方が近い。キャッチしろ」
コキネラ「判ってる。グランドストリームで落ちても地上に衝突するのは数時間後だよ。救助する時間はたっぷりあるよ」
コキネラは冷静に返答する。
グランドストリームは千数百kmもの長さがある。時速200kmで落下したとしても、
グランドストリーム中心部からアナトレーかデュシスの地表に激突するまで4時間はかかる。
ホライゾンケイブの8時間耐久レースはギルドまでの往復かデュシスまでの片道に8時間はかかると見込んで、
ヴァンシップ乗りを養成する為に作られたと聞く。
地上人のヴァンシップでもグランドストリームを突破するのに8時間かかるのだ。
グランドストリームで落下したとしても直線距離では地表まで数時間かかるし、グランドストリームでは風が滞留してる為、
地表に落下せずに何年もグランドストリーム内部で滞留し続ける戦艦の残骸など珍しくもない。
コキネラが冷静なのもそれを知ってるからだ。焦らなければディーオを簡単に救助できる。
程なくしてアピスとコキネラはディーオを救助した。だがディーオの様子がおかしい。言動が支離滅裂なのだ。
ディーオ「アピス!コキネラ!ルシオラを探して!僕が降りてって言ったからルシオラがヴァンシップを降りちゃったんだ!」
アピス「は?」
コキネラ「…」
アピスとコキネラはルシオラがギルド城でシカーダと戦って死んだ事を報告で聞いてる。
マエストロもルシオラが死ぬ時の願いを聞き届けてディーオの頭を戻したと言っていた。
ディーオの発言はついさっきまでヴァンシップのナビ席にルシオラが座っていたかのように聞こえる。
アピスは下手に隠しても無意味だと判断しディーオに現実を突きつける。
アピス「ディーオ様。ルシオラは死にました。あなたの為に命をかけたのです」
アピスからルシオラが死んだと聞かされてディーオの顔は真っ青になった。ディーオは救いを求めるようにコキネラに振り向く。
ディーオ「あはは…冗談だよね?ルシオラが死んだなんて…アピスったらいつの間に冗談が上手くなっちゃってー。
     ね、コキネラもそう思うでしょ?」
コキネラ「アピスの言ってる事は冗談ではありません。ルシオラはシカーダと戦って死にました。死体は未確認ですがほぼ確実です」
コキネラも事実をディーオに告げる。
死体を確認してないのは事実だが、スクトゥム達やシカーダを相手にしてマエストロに逆らって生きてる方がおかしい。
シカーダと戦ったと言う発言だけでディーオには十分だったのかディーオが狼狽する。
ディーオ「死体?ルシオラの死体だなんて………死体ってなんとも言えないよねw」
アピス「は?」
またディーオがおかしな事を言い始めた。泣いてたと思ったら笑い始めたり、発言の内容もコロコロと変わっている。
コキネラ「アピス。ディーオ様は記憶が一部抜け落ちて一時的に健忘症になってるんじゃないかな?人格が元に戻る過程でフラッシュバックが起きてるんじゃ…」
アピス「つまり今のディーオ様はボケてる状態だと?」
コキネラ「うん…しばらく仲の良い人と楽しかった頃の思い出話をさせとけば回復も早くなると思うけど…ギルドにはもうそんな人いないよね」
ディーオと一番親しかったルシオラはもういない。
ディーオが正気に戻ってもルシオラがいなくなった事を知ればディーオは正気を保てなくなるかも知れない。
正気を失ったディーオがマエストロの座に居座ったらデルフィーネを超える暴君になるかも知れない。
ディーオをルシオラのいるあの世に送った方がこの世界の為かもとコキネラは思い、ナイフで苦しまずに済む殺し方を実行しようとしていたその時、
マエストロの座乗艦がシルヴァーナに沈められた事を示す記号がオドラデクのモニターに表示された。
コキネラは自分の額に手をやる。額の印が即座に閉じるとは思えないが、何か特別な感触があったような気がした。
コキネラ「マエストロが…死んだ?地上人の船に沈められたか」
アピス「そうだシルヴァーナだ!」

34 :
アピスがいきなり大声を出す。
コキネラ「何?シルヴァーナがどうかしたの?」
アピス「ディーオ様の友人だよ。シルヴァーナの連中がいたじゃないか!
    俺達がシルヴァーナを制圧しに行った時に格納庫でディーオ様の誕生日を祝う為の下手糞なケーキがあった。
    シルヴァーナにはディーオ様の誕生日を祝う程仲の良い友人がいるんだ。
    シルヴァーナの連中だったらルシオラの代わりになれる。ディーオ様の心に開いた穴を埋める事が出来る!」
アピスに言われてコキネラは思い出した。
確かにシルヴァーナの格納庫にはディーオの誕生日を祝ったと思われる即席のパーティー会場があって、
そこに見かけは悪いが心が篭ってそうなケーキとディーオに渡したと思われるプレゼントがあった。
制圧時にはルシオラも格納庫にいたからコキネラ達もルシオラから誕生パーティーの話は聞いていた。
アピス「ルシオラの話だと誕生パーティーに参加したのは、ええと名前を聞いてなかったが、あの時格納庫にいた連中だ。
    大男、ハゲ、眼鏡、特に特徴の無い奴、赤毛の少女がラヴィ、それとクラウスとアルヴィスだ。
    特にクラウスと言う少年にはディーオ様はインメルマンと言う名前を付けて仲良くしていたって話だ。
    コキネラ、シルヴァーナに周波数を合わせて回線を繋げ。シルヴァーナと話を付けろ。
    俺は地上人と話すのは苦手で喧嘩になるからお前がやれ。話すのならば早い方が良い」
アピスが一気にまくし立てる。アピスは口が悪いが悪人では無い。アピスなりにディーオの事を考えてるのだ。
ディーオ「誕生日だぜーハッピー、生まれて生きてー土にー返るー」
誕生日と言う単語がヒットしたのかディーオの様子がまた変わり、歌を歌い始めた。
だが今度のディーオの表情は幸せそうだ。
コキネラは先程自分がディーオの将来を悪い方に考えて殺そうとした事を少し恥じた。
アピスの言う通りシルヴァーナの連中にディーオを預ければ、ディーオは暴君にはならないかも知れない。
やれるべき事はやっておこうとコキネラは思い直しシルヴァーナへ通信機の周波数を合わせる。
コキネラ「こちらギルドのアスピス(白服)のコキネラです。シルヴァーナ。応答願います」
レシウス「ギルド?もうギルドに知り合いはいない。仕事の邪魔だ」
回線の向こうから聞こえる老人の声はそっけない。
それに向こうから聞こえる機械の音を聞くと、仕事の最中と言うのは本当のようだ。
恐らくユニットを再起動しようとしている最中なのだろう。
コキネラは手短に要件を伝える。
コキネラ「こちらで確保したディーオ様をそちらに引き取って頂きたい」
回線の向こうから老人の返答があった。
レシウス「ディーオだと?ギルドを抜け出したとは聞いていたが生きとったのか。どれ、ディーオの声を聞かせろ」
ディーオ「誕生日だぜーハッピー、生まれて生きてー土にー返るー」
レシウス「しぶとい奴め」
通信機の向こう側の老人はコキネラ達との通信回線を維持したままユニット始動シークエンスを実行している。
回線を切断しないと言う事はこちらと会話する意思があるとの意思表示だ。
レシウス「浮上!」
ディーオ「ふじょー」
老人の声にディーオが復唱する。
どうやらこの老人ともディーオは友人らしい。
ディーオは意外とシルヴァーナには友人が多いようだ。
戦争は終わり戦後処理はまだこれからだし、地上人との衝突も多いだろうけど、
ディーオの事に関してはシルヴァーナに任せれば心配いらなそうだ。
今まで自分達を振り回してきたギルドの御曹司の過去を振り返ってコキネラ達は笑った。
終わり

35 :
時系列:アンシャルが撃墜後ファム達がビラを撒いていた頃
『ミリア王女。アンシャルを撃墜する!』
アデス首都モルヴァリードには空族が撒いたビラがア国民や軍人の目に入っていた。
主にトゥラン方面(アデス名ゴーニヤ地方)に撒かれた物だが、同じ物がアデスにも出回っている。
恐らく空族がトゥランの残党と協力してばら撒いた物だろう。
トゥランは空族と協力し、それ以外にもシルヴィウスと言う謎の戦艦とも組んでいる事が第一艦隊の調査で明らかになった。
しかしトゥランがこれらの勢力と組んでいる事が分かっていても情報戦となると空族の方が上手だ。
サドリの副官であるギュゼルは軍人や国民の間で噂になってる事ビラの事で頭を悩ませていた。
「おい、あんた。このビラに書いてあるアンシャルがトゥランの王女に沈められたってのは本当なのか?」
「トゥランにはこの前の戦で勝ったんじゃなかったのかい?戦艦がこんなに簡単に沈められてアデスの防衛は大丈夫なのかい?」
第一艦隊だけでなく他の艦隊にまで心配した国民の問い合わせが殺到して軍の業務に支障をきたしている。
ただ単に「デマです」と言っただけでは国民の不安は解消しない。
国民だって自分で考える頭を持っている。
子供に対して言う「大丈夫だ」だけでは納得しないのだ。
状況を理解できる頭を持っている人間には説明すれば納得して貰えるのだが、
今の段階では情報が錯綜して国民も軍も混乱している状態にある。
国民にはアウグスタが、軍人には総統が演説すれば皆納得するだろうが、
空族がビラを撒く度に演説していては効率が悪いし、何度も繰り返せば説得力も薄れる。
ここは第一艦隊自らが軍全隊と国民に対して納得できるよな材料を提示する必要があった。
グラキエス国境で被害を受けた艦隊の被害の事もある。
ギュゼルは第一艦隊の失点を回復する為、何か良い案は無いかと思案しながら王宮内を歩いていた。
ギュゼルが歩いているとまたアンシャル撃墜の事を話している軍人達の声が聞こえてきた。
「おい、みんな。トゥランの残党が撒いてるこのビラを見たか?トゥランの第二王女がアンシャルを撃墜したって書いてあるぜ」
「ディネシュ、ちょっとそのビラ見せてくれ。えーと『勇敢なミリアと空族のエース、ファム・ファンファンがアンシャルに近づき、循環弁を狙い撃ち…』
って第二王女の乗ってる船の砲撃で沈めたんじゃなくて王女自ら銃で狙撃して落としたと書いてあるぞこれ?」
「ヴィマル。アンシャルが撃墜されたって話は本当なのか?お前何か聞いてないか?」
「ヴァサント将軍から聞いた話では第一艦隊の旗艦アンシャルがグラキエス国境付近で交戦して、
その時にクラウディア機関の圧力低下で乗組員はアンシャルから退避したと聞いている。でも空族に攻撃されたって話は知らないなあ」
「これは空族の流したビラだろ。正攻法でアデスに対抗できないトゥランが空族と組んで流した情報操作じゃないのか?鵜呑みにするのは危険だ。
連中としてはミリア王女を英雄として祀り上げてトゥラン残党やアデスに反抗する勢力を結集させようと考えてるのでは?」
シヴァが冷静に空族のビラを分析する。
「我々戦艦に乗ってる軍人やヴァンシップ乗りならばクラウディア機関の周辺に発生する磁場で近づいた物体は破壊されると知っていはいるが、
クラウディア機関に詳しくない一般人がこのビラを見たら騙される可能性は高いだろうな」
ラケシュもシヴァの意見に同調する。
「そうだな。実際アンシャルがモルヴァリードに帰ってきてないのは事実。その事とこのビラの内容を結びつければ、
国民の中にはこのような情報操作に引っかかる者も出てくるだろう。だが我々がこう話している間にも諜報部の方でその対策を考えているだろう。
気にする必要はない。何かあったら上からお呼びがかかるだろう」

36 :
話している軍人はどうやらケイオス艦隊の軍人らしい。
有用な意見を聞けるかと思い、ギュゼルは声をかけた。
「今アンシャルの話をしていたようだが…ちょっといいか?」
柱の陰からギュゼルが声をかけるとケイオスの軍人がこちらを振り向く。
「ん?何だあんた」
「む、第一艦隊…あなたはサドリ元帥の副官のギュゼル殿では?」
「不味い、今の話聞かれたか?あ、あの別にアンシャルや第一艦隊の事を悪く言っていた訳じゃないんです!」
ケイオスは過去にアデスと戦って併合された歴史がある。
その為、帰還民排除を国是とするアデスの体制ではやや立場が弱い。
彼らの尊敬するヴァサント将軍も10年前まで軍内部の差別されていた位だ。
今では昔に比べて属州国家の扱いは良くなったが、それでも戦では名誉ある先陣を任せられないなど未だにアデスに信頼されていない部分はある。
「あ、いや、別に咎めようとして声をかけた訳ではない。最近国中で話題になってるそのビラに書かれている内容について、
助言が欲しいと思って声をかけた訳なのだが…」
ギュゼルが慌ててケイオス軍人を宥める。
何せ今話題にしていた第一艦隊の副官だ。事情を知らない物が見れば第一艦隊の失点をあげつらっていたと思われる可能性はある。
ギュゼルは今アデス国民や軍人の間で流れているアンシャル撃墜の噂話で業務に支障をきたしている点を説明し、
早急に国民が納得する説明をしなければならない事をケイオス軍人に話した。
「なるほど、そう云う理由で私達に声をかけたのですね」
アナンダと名乗ったケイオス軍人の女性がギュゼルの説明を理解する。
「良し解った。俺達が第一艦隊の無念を晴らしてやろうじゃないか」
ディネシュと名乗ったとんがり頭の青年が胸を張る。
「調子に乗るなよディネシュ。まあ無念と言うか今の第一艦隊には不名誉な噂が付いてるから、それを晴らそうって意気は同意するがな」
シヴァと名乗る青年がディネシュを諌める。
「確かにこれからグラキエスを攻めようとする時期に、反乱勢力が勢い付く口実を放置するのはいただけませんね。
僕もアンシャル墜落の謎については興味がありますので」
メガネをかけたヴィマルと言う青年がギュゼルに理解を示す。

37 :
「……それでこのビラとアンシャルが墜落した時の状況はどの程度違うんだ?このビラに書かれている事はどこまでが嘘なのだ?」
何かの武術をやってそうなラケシュと呼ばれた男が本題についてギュゼルに問い質す。
「グラキエス国境付近の戦闘で所属不明艦シルヴィウスと交戦、グラキエスの迎撃機から停戦の信号を受け攻撃を中止した後に、
アンシャルのクラウディア機関の圧力が低下して艦を放棄する事になったのは事実です。
その戦闘の前に空族とトゥランの第二王女とシルヴィウスが手を組んでいる事も確認していますし、
クラウディアの圧力が低下する直前に空族の機体がアンシャル周辺を飛んでいた事も確認しています」
「グラキエスの迎撃機か…状況から考えるとグラキエスの攻撃でクラウディア機関のどこかを損傷したのでは?」
「グラキエスの迎撃機は上空から降下しつつ砲撃を加える戦法を使うと聞きます。アンシャルは旧型艦を改造してタイプなので、
クラウディアの循環弁が船体上部に露出する構造となっているので、そこをグラキエスから攻撃された可能性が高いように思えます」
「だがグラキエスは停戦信号を発してアンシャルは退避行動に入ったのだろう?国境から離れようとしているアンシャルをわざわざ撃墜するだろうか?」
「過去のグラキエスとの戦闘ではグラキエス領の外に出ればグラキエスは追う事も攻撃する事もしなかった。
あの時アンシャルで戦況を元帥に報告していた私としてはグラキエスが意図的に発砲してきた可能性は薄いと思う」
「じゃあ戦闘によって発生した何かの破片が偶然循環弁に当って損傷したとか?」
「循環弁が露出しているからと言って、そう簡単に破片程度で損傷するような構造にはなっていないと思うが…。
旧型艦を改造した点ではヴァサント将軍のアナイティスも同じ構造だ。もしその程度でクラウディア機関の出力が落ちるようであれば問題だぞ」
「ヴァサント将軍の船も?それは大変だ!早く原因究明して対処しないとヴァサント将軍の船も沈んでしまう!」
ディネシュが悲痛な声を上げる。
「落ち着けディネシュ。だがアナイティスが同じ構造をしているのならば、ヴァサント将軍に許可を貰ってアンシャル墜落の原因を究明できるかもな」
「と言うと?」
「このビラに書かれているように、クラウディア循環弁を狙撃してクラウディアの磁場を通り抜けて循環弁本体にダメージを与えられるか試せば良い」
「おいおい、本気かよシヴァ。クラウディアの磁場の間を縫って狙撃とか常人には無理だろ」
「理論的には可能と思われます」
ヴィマルがシヴァの提案に賛同する。
「クラウディアの磁場は通常我々の目には見えません。しかしギルドの技術があればクラウディアの反応や磁場を目にする事も可能です。
空族にはギルドの技術を利用している人間もいると言う事ですし、クラウディアの磁場を見る事の出来る装置を持っていた可能性は有り得ます」
「しかしクラウディアの磁場が見えていた所でその間を縫って狙撃って出来るのか?
磁場の間を狙撃するよりも、磁場貫通する重量と速度の弾丸叩き込んだ方が簡単じゃないのか?」
「アナンダ。お前の銃の腕ならやれるか?」
「…やってみなければ分からんな。クラウディアの磁場を潜って狙撃が可能か証明すれば良いのだろう?
実際にやってみればはっきりする。ヴァサント将軍に協力を申し出よう。銃弾はペイント弾で十分だ。
ギュゼル殿。実験の申請許可はあなたが出してくれないか?私達からもヴァサント将軍に頼んでみる」
「分かりました。第一艦隊の方から正式な書類を提出します」

38 :
・アデス王宮
「ヴァサント。あの者達はアナイティスを使って何をやってるのですか?」
「アウグスタ。あれはクラウディアの磁場を銃弾が通り抜けて戦艦を落とせるかどうか実験をしているのです」
「実験?」
「はい。先日の第一艦隊の旗艦アンシャルを放棄せざるを得なくなった事に関して、
トゥランの残党と空族がこのようなビラを撒いて情報戦を仕掛けてきています。
今回彼らが試そうとしているのはこのビラに書かれているような事が本当に出来るかどうかの確認です」
ヴァサントから渡されたビラをアデス皇帝サーラが興味津々に読む。
「トゥランの第二王女がアンシャルを一発で撃沈!?トゥランの第二王女はスナイパーなのですか!?」
サーラが驚く。
普段サーラに届けられる情報は配下のヴァサント達が余計な情報を削ぎ落して報告しているので、
サーラからすると一次情報であるビラはサーラの目には新鮮に映った。
「アウグスタ。ビラの内容を鵜呑みにしてはいけません。情報戦とは真実の中に嘘を混ぜたり、
嘘の中に真実を混ぜたりする等、判別は難しい物です。
このビラについてもアンシャルが沈んだ事に関しては第一艦隊からの報告があるので事実ですが、
それをトゥランのミリア姫がハンドガンで撃墜したと言うのは…戦果を誇張する為の偽情報が入ってると考えるのが自然です」
「嘘なのですか?」
「かもしれません。しかし嘘を付く側もあからさまに嘘と分かる嘘は付きません。本当か嘘か見破り辛い情報を入れる事で、情報を分析する側に負担を与えられます。
今回のこのビラに書かれている事も理論的には可能ですが、実戦でそのような事が本当に出来るかどうかは別です。
嘘なら嘘でそれを周知すれば良し。もし本当だとしても我々はクラウディア循環弁への狙撃を妨害する対抗措置をすれば良い訳です。
対抗策が万全であれば国民はこのような情報に踊らされずに済みます」
「成る程、情報戦とは奥深い物ですね」
「あ、そろそろ実験の準備が整ったようです。アウグスタも近くでご覧になりますか?」
「はい。そうします」
ヴァサントに薦められて、サーラは第五艦隊旗艦アナイティスが良く見える場所に移動して、実験の様子を見物した。

39 :
・アナイティス
「おい、あそこで見物してるのはアウグスタとヴァサント将軍ではないか?」
「アウグスタが見て下さるとは光栄だな。我々ケイオス艦隊の技量を披露する絶好の機会だ」
「緊張するなあ」
「ディネシュ。お前が緊張してどうするんだ。実際に狙撃するのはアナンダだぞ」
「…」
同僚達が喋っている横でアナンダは無言で銃の手入れをする。
この「実験」の話は第五艦隊と第一艦隊の模擬演習と言う形で許可を取ったので、
ヴァサント将軍とサドリ将軍辺りが見物に来る事は想定してはいたが、
アウグスタも見物に来てるとは想定していなかった。
流石のアナンダも緊張する。
「そちらの用意は出来てるか?」
ギュゼルがアナンダに実験開始の確認をする。
「こちらは準備できている開始してくれ」
アナンダがギュゼルに答える。
「それでは第一艦隊第五艦隊合同のクラウディア循環弁攻撃を想定した訓練を開始する」
ギュゼルが実験開始の合図を送る。
まずは浮いたまま動かないアナイティスに、同じく浮いて動かないアデス艦から銃兵が撃つ要領でアナンダはクラウディア循環弁を狙い打つ。
パーン ベチャ
ペイント弾がクラウディアの力場に阻まれて循環弁本体の手前で破裂する。
「第一射、外れました」
観測員が告げる。
アナンダは最初から命中させる事は狙っていない。
初弾はクラウディアの磁場の隙間を確認する為の物だ。
クラウディアの磁場はクラウディア機関の出力で強弱や範囲が変わるが、定出力ならば磁場は殆ど変化しない。
今ので磁場の範囲は分かったので次からは狙って当てられる。
パーン ベチャ
「第二射、循環弁パイプに直撃しました」
「よっしゃあ!」
「流石アナンダ!」
見物していた同僚が喝采を送る。
「まだまだだ。今のは理論的にクラウディアの磁場の隙間を狙って撃つ事は可能だと証明したに過ぎない。
次は移動しながらの狙撃が可能かの実験だ。ギュゼル殿、次の準備を」
「了解した。第一段階は終了。次はヴァンシップで移動しながらの狙撃だ」

40 :
ギュゼルの指示でアデスのヴァンシップが用意される。
ギュゼルは後部座席に座り、前席のパイロットがヴァンシップを操縦士アナイティスの横をゆっくり飛ぶ。
パーン ベチャ
命中。次は少しスピードを上げて循環弁の横を通り過ぎる。
パーン ベチャ
命中。段々と速度を上げていき、命中しなくなった所で第二段階の実験は終了。
第三段階はアナイティスを動かして同様の手順で狙撃し、ペイント弾が循環弁に当たらなくなるまでやって実験は終了した。
ギュゼルが実験の終了をアナンダに告げる。
「お疲れ様です。これで実験は全て終了しました」
「お疲れです。アナンダ」
「ヴァサント将軍!それにアウグスタも!」
ケイオス出身のヴァサントならばアナンダ達は気軽に会えるが、属州国家出身であるアナンダ達はアウグスタ・サーラに至近距離で会うのは初めてだった。
「そう畏まらなくても大丈夫です。ケイオスの軍人は優秀ですね」
「はっ。アウグスタのお言葉、有難き光栄に存じます」
緊張のあまりアナンダの受け答えがぎこちなくなる。
「サーラ様。ケイオスのみならず、属州国家出身の者も日々鍛錬を欠かしていません。
まだ戦で先陣になった事はありませんが…先陣を任せて貰えれば戦果を上げる事ができるでしょう」
「分かりましたヴァサント。今回の実験で一般兵でも戦艦を撃墜できる事は可能だと分かりました。
トゥランのビラの内容を証明する形にはなりましたが、今度は此方側にも同様の事を出来る人材がいる事が分かったので、
情報戦の反撃としてその事をビラに書きましょう」
「え、私の事をですか?そ、そんな滅相もない」
「素晴らしい考えですサーラ様。そうと決まったら早速ビラ用の写真を撮影しましょう。ビラの文章は…
『トゥランのミリア王女恐るるに足らず。アデスにも狙撃で戦艦撃墜可能な人材現れる!』ってのはどうでしょう」
「ちょ、ちょっと待って下さいヴァサント将軍。今回の実験は循環弁の狙撃の対抗策で、写真撮影するなんて聞いてません!」
「ああ、循環弁狙撃の対抗策に関しては全軍…と言っても旧型艦を改造した第一艦隊と第五艦隊に通達して、
循環弁を装甲で覆う等の対策は講じるので問題ありません。ご苦労様でしたアナンダ。
さ、写真撮影の為にアナイティスをバックに銃を持って立って下さい。これは軍の正式な命令です」
(ああ…ヴァサント将軍がアウグスタに褒められて舞い上がってる…。ケイオスのイメージが良くなるのは構わないが、
私の顔がビラに印刷されて全世界に出まわるのは恥ずかしい…。ええい、ままよっ!こうなりゃヤケだ。
『男みたい』だとか『逞しい女』と言われても気にするものか!)
こうしてアデスのビラはアデスや征服地域にもばら撒かれ、ファム達が撒いたビラによるアデス国民の混乱は鳴りを潜めた。
・シルヴィウス艦内
「ちょっと何よこのアデスのビラ!ミリアの活躍を真似してるじゃん。しかもミリアと同じ事出来るとか書いてる!
あんな事そう簡単に出来る訳無いじゃん。このビラの内容絶対嘘だよ!」
「でもファム。私でさえ本番一発で出来たんだから本職の軍人だったら出来るんじゃない?」
「無理だよ!だってジゼがやろうとして出来なかったんだよ?それにパイロットとナビの息も合ってないと出来るもんじゃないよ!」
ファムが自分達の事を棚に上げてアデスのビラを捏造と決めつける。
その影でファムの発言を聞いていたジゼルは落ち込んでいた。
「そうだよね…私じゃ無理なんだよね…何度やっても出来ない私よりもミリアの方が才能あるよね…。
パイロットと息の合ってないナビなんてナビ失格だよね…」
アデスのビラの影響は予想外にジゼルの精神にダメージを与えていた。
終わり

41 :
今回投下は以上です。
ケイオス艦隊のアナンダ、シヴァ、ディネシュ、ヴィマル、ラケシュの設定は
■ラストエグザイル‐銀翼のファム‐■97th move
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/anime2/1339120047
の944さんのレスを参考にしました。
また書き溜めてる物が出来たら投下します。

42 :
>>41
おつおつ
ブックレットで人物設定書いてる鈴木がきっと喜ぶSSだったよw

43 :
時系列:アデスがグラキエスを攻めてお互いのエグザイルを戦線に投入した頃
グラキエスの地に巨大な壁が聳え立ちアデスの艦隊を壁から生える触手で撃墜している。
グラキエスのエグザイルの防衛機構だ。
ルスキニアはこの大地を帰還民であるグラキエスから奪還する目的でグラキエス攻めをしていた。
アデス艦隊は当初、グラキエスのヴァンシップ部隊を倒せばグラキエスの首都を制圧するのは容易いだろうと判断していた。
だが先陣を切っていた属州艦隊がグラキエスのヴァンシップ部隊の攻撃に対処しきれずに撃沈され、
アデス艦隊の本隊も地上に潜んでいた高射砲の攻撃を食らいダメージを受け、
ようやく首都に到達しようと言う時に地面から戦艦の高度限界を超える壁が生えてきてグラキエスの首都を囲い込み、
艦隊の集中攻撃でも壁を破壊する事は出来ずに戦線が膠着状態に陥っている。
壁にも触手にも攻撃が通じないと判断したカイヴァーンとソルーシュの艦隊が間合いを取って後退した事で全滅は免れたが、
このままではグラキエスの首都を制圧する事は出来ない。
出来る事と言えばヴァンシップを出して偵察する事と高射砲を使って壁の内側に向けて撃つ事位だ。
しかしグラキエスの壁から生える触手が自動攻撃でヴァンシップを追い掛け回すので着弾観測も難しい。
アデスの艦隊は船体前面の衝角と両舷のクロウラーシステムが装甲となっていた為に、
触手の直撃を受けても何とか撃墜されずに飛んでいられる艦もあったが、いくらアデス艦が横からの攻撃に強くても何度も触手の攻撃を受ければ沈められる。
「このままではグラキエスを落とす事は出来ない…」
アデス最強の槍と謳われるカイヴァーンが呟く。
カイヴァーン率いるアデス第二艦隊はアデスで最大の攻撃力を誇ると周辺国に恐れられている。
実際は第三艦隊と第四艦隊の方が新型の性能の良い戦艦を多数保有している為戦力はオーランやソルーシュの艦隊の方が上だが、
カイヴァーン率いる第二艦隊の方が長年周辺国での戦争で活躍していた為に知名度は高い。
だが戦艦の性能が高くてもエグザイルの前ではアデス艦隊の戦力など赤子に等しい。
過去百年以上に渡る戦史で帰還民がエグザイルを戦争に使用した事があったのをカイヴァーンは今更ながら思い出した。
相手の戦力を甘く見ていた。
過去の戦争で多数の帰還民国家が数の力で多数の戦艦を使ってアデスを侵略した反省から、
ルスキニア総統は全ての帰還民国家の保有している戦艦と互角に戦える戦艦を作り、更にその過程で旧型艦を含む戦艦の生産速度を飛躍的に上昇させた。
大昔の災厄の時代を招いた反省からこの世界ではギルドの規定により技術が制限されている為、
ルスキニア総統はギルドの技術制限に違反しない形で防御力・攻撃力・生産速度・費用対効果の高い戦艦を作り出した。
帰還民の中にはプレステールに住んでいた驕りからギルドの制限を無視する輩もいたが、
災厄の時代を生き抜いたアデスには帰還民のような驕りは無い。
この星で生き抜く覚悟をしたアデスには過ぎた技術でこの世界を滅ぼすような事はしない。
実際ルスキニア総統の作り上げた戦艦は帰還民国家の艦隊をも打ち破り、アデスは世界を統一しつつある。
アデスの艦隊を阻む物は無いと思い油断した結果が目の前にあるエグザイルの壁だ。
カイヴァーンが生まれる前の時代では帰還民のエグザイルに対して特攻を仕掛けた勇者もいたが、
エグザイルの発する局地的な暴風・触手・クラウディアの力場に阻まれて効果的なダメージを与えられなかったとある。
その内帰還民達はエグザイルを戦争に使わなくてもアデスに勝てると判断したのか、
プレステールで使っていた戦艦とプレステールでの役目を終え貴族化したギルド人達によってアデスの土地を切り取り我物顔で住んでいる。
「我々は帰還民の技術に屈するしか無いのか…」
カイヴァーンはまたも呟く。
部下達の手前認めたくは無いがエグザイルの戦力は圧倒的だ。
ここは一度後退してあの壁をどうにかする為の策を練るのが現実的な対応だ。
対応策としては戦艦を密集させて仮の「地面」を作り、更にその上に戦艦を載せる事で見かけ上の高度限界は伸ばす事が出来る。
だがグラキエスがその密集陣形を見て放置してくれるとは思えない。
ルスキニア総統やサドリ元帥ならば攻撃するしか能の無い自分よりも良い案を出せるだろう。
今はこの場にいない真面目なオーランも加われば何か突破口を見つける事が出来るかも知れない。
カイヴァーンがそんな事を考えていると通信兵が伝令を伝える。
「インペトゥスより発光信号を確認。触手から距離を取りつつ壁を包囲する陣形を維持しながら後退せよとの事です」

44 :
流石はルスキニア総統。素早い判断だ。
ソルーシュにいたってはもう後退を始めている。
2人とも自分より若いが判断も行動も迅速だ。
彼らのような人材がアデスを率いているならばまだアデスの未来は明るい。
自分のような頭の固い猪武者より彼らのような若者ならばこのグラキエスの壁を攻略する事も可能かも知れない。
カイヴァーンはルスキニアら若者に期待しつつ命令に従って艦隊を壁から後退させた。
チカチカチカ
後退したカイヴァーンとソルーシュにインペトゥスから発光信号で総統ルスキニアが命令を下す。
「『トゥランの…リリアーナ姫のエグザイルを呼び寄せた。第二艦隊と第四艦隊はエグザイルの攻撃が届かない位置に後退し、壁が崩れたらグラキエスの首都に突入せよ』との事です」
「エグザイルだと?」
「ヴァンシップからの命令文も同じ内容です『今の我々にはグラキエスの壁を突破する力は無い。その為リリアーナ姫にご協力頂いた。
彼女も戦争の長期化には心を痛めている。短期決戦で済ませる為にもリリアーナ姫は我らへの助力は惜しまない』と書かれています」
「成る程、総統はリリアーナ姫は裏切らないとおっしゃってる訳か。ならばこちらは少し休ませてトゥランのエグザイルの威力を見物させて貰うか。
但しいつでも動けるように機関は全速状態で待機させておけ!エグザイル同士の戦いだ。とばっちりでこちらに被害が及ぶ可能性も考えられる」
ソルーシュが指示を出し第四艦隊は壁から離れて待機する。
第二艦隊のカイヴァーンも同じ指示を受けているはずだ。
「さて、エグザイルのお手並み拝見と行きますか」
・インペトゥスブリッジ
ブリッジにはルスキニア、リリアーナ、アラウダが立っている。
リリアーナはルスキニアに背を向けているので表情は分からないが、エグザイル召喚の影響か彼女の周りにはクラウディアらしき光が漂っている。
「ルキア、作戦内容の確認をしたい。グラキエスのエグザイルの停止が最優先で鍵や長老達の生死は問わないんだな?」
アラウダがリリアーナの方を見ながら確認する。
「…ああ、グラキエスのエグザイルを止めるには鍵をRのが手っ取り早い。だがグラキエスの長老達が即時降伏を受け入れてくれれば鍵も長老もR必要は無い。現場の判断は任せる」
「分かった…」
アラウダがブリッジから姿を消す。
ずっと背中を向けていたリリアーナがルスキニアに呟く。
「グラキエスが降伏すれば命までは奪わない…そう言いましたね?」
「ああ、だがグラキエスが素直に降伏するとは思えない…長老達か鍵のどちらか、或いは両方の命を奪う事になるだろう」
「私の方からもグラキエスに降伏勧告をしても構いませんか?」
「鍵同士ならばお互いの思考をやり取りできるか…良いだろう許可する」
「ありがとうございます」
リリアーナはルスキニアに礼を言うとグラキエスの鍵と交信する為、精神を集中する。
その様子を見ながらルスキニアは呟く。
「話し合いで争いが回避できるならばファラフナーズ様は死んでいなかった…」
空を見上げると上空のエグザイルがグラキエスの壁に向かって進むのが見えた。
同時刻:グラキエス司令部(エグザイルコントロールルーム)
グラキエスでは上空に現れた巨大飛行物体に司令部に動揺が走っていた。
「レーダーに反応あり。何だこの巨大物体は」
「レーダーが故障したか?それともアデス艦隊の密集陣形を誤認したのか?」
「いや、この反応は…女神(エグザイル)だ!」
「女神?別のプレステールのエグザイルか?どこのプレステールのエグザイルだ?最近帰還したと言うアナトレーの物か?」
「いや、この反応はトゥランの女神だ…アデスめ、トゥランの鍵を…リリアーナ姫を誘拐したと言う情報は本当だったか」
「愚かな…女神を攻撃兵器として使うとは…何という罰当たりな事を…」
グラキエスの長老達がアデスがエグザイルを呼び寄せた事を次々に非難する。
「トゥランが滅びたのはエグザイルの事を忘れて己のエグザイルに攻撃を加えた事が切っ掛けだ。
女神の扱いを心得ぬ不届き者の末路ではあるが、ルスキニアはエグザイルを積極的に戦争に活用しようとしている」
「トゥランとアデスの戦でエグザイルを呼び出したのは『プレステールへ帰れ』とのアデスの最後通牒だと思っとったが、
まさか最初からエグザイルを戦争に利用するつもりだったのか?」

45 :
グラキエスは鎖国状態ではあるが、先月のトゥランとアデスとの和平交渉決裂とイグラシア滅亡の情報は掴んでいた。
情報を掴んだのはエグザイルの『鍵』だ。
エグザイル(グラキエスでは翼の女神と呼ぶ事が多い)は鍵と言われる女性にミュステリオンを唱えて覚醒させる事で、
エグザイルに蓄積された過去の覚醒状態の鍵が見聞きした事や感情を自分の物にする事ができ、
更に覚醒した鍵は他のエグザイルの鍵とある程度の意思疎通やお互いの居場所が知る事ができる。
イグラシアの滅亡も鍵として覚醒したリリアーナの波動をグラキエスの鍵が受信した事でグラキエス側は知る事ができた。
但し鍵である人間の主観や感情も情報の中に混じる為、鍵が見聞きした情報をそのまま鵜呑みにするのは危険である。
グラキエスの長老達は鍵を経由して手に入れた情報からアデス総統ルスキニアがトゥランのリリアーナ姫を誘拐し、
トゥランのエグザイルをイグラシアに召喚した事までは事実と認識していた。
だがルスキニアが何故エグザイルを召喚したか、何故イグラシアを防衛する兵士がエグザイルに攻撃を加えたかまでの理由については、
鍵自身の感情や解釈が入ってくるので推測する事しかできない。
イグラシアを防衛していた兵士がエグザイルを攻撃しなければエグザイルはイグラシアを攻撃しなかったはずだ。
トゥランはこの母なる青き星に最初に帰還した帰還民で、118年前にプレステールからエグザイルに乗り現在のトゥランに移住した。
当時はまだギルド人としての技術・知識・伝承も残っていたはずなので、118年の間に地上人として生活した為にエグザイルに関する知識も失ってしまったのだろうか?
エグザイルの事を覚えていれば攻撃するような馬鹿な真似はしなかったはずである。
ルスキニアは単にイグラシアにトゥランのエグザイルを呼び寄せトゥランに突き付ける事で「エグザイルに乗りプレステールへ帰り、
この土地を我らに返せ」とでも言いたかったのでは無いかとグラキエスの長老達は推測していた。
アデスの目的は帰還民に奪われた土地を取り返す事であって帰還民を皆殺しにする事ではない。
トゥランが大人しくプレステールに帰ればわざわざトゥラン人を戦争でR必要は無くなる。
10年前、あの粘り強い外交を続け鎖国国家のグラキエスでさえグランレースの和平会議に引き出したアデス皇帝ファラフナーズ。
その護衛官(ツイン)だったのが現在のアデス総統ルスキニアだ。
グラキエスの長老達も当時はファラフナーズに良い印象を持っていたし、ファラフナーズを護衛しているツインであるルスキニア達にも悪い感情は持っていなかった。
何がルスキニアをここまで戦争に駆り立てるのか。戦闘用ギルド人の性質から考えて、
対話よりも実力行使の方が得意だからルスキニアもそうしたのだろうか?
今となっては推測しかできない。ファラフナーズ暗殺後にルスキニアとも対話をしていれば彼の考えも分かっただろうが、
鎖国を続けるグラキエスの方針ではそれはもう無理な事。
今は目の前の戦闘を処理するまでだ。ルスキニアが何を考えているかは…彼が生き残っていた時に捕縛して彼に聞けば良い。
グラキエスの長老達はそう結論付けた。
「アデスがエグザイルを持ち出したとあっては、こちらも覚悟を決めねばならんぞ?」
「こちらの女神が負けるとは思わんが相手はエグザイル。こちらも無傷で済むとは思えん」
「あのエグザイルを動かしているのはトゥランのリリアーナ姫だ。リリアーナ姫をどうにかしてエグザイルを止める事ができればお互い被害を少なくできる」
「この距離ならばこちらの『鍵』を通じてリリアーナ姫とやり取りする事はできるがどうする?」
「無駄とは思うが…やるだけやってみよう。時間稼ぎにもなるからな」
「リリアーナ姫との通信チャネルを開け!交渉して時間を稼いでる間、グラキエス全住民の避難誘導を急がせろ!」
長老達は次々に指示を飛ばす。程なくしてエグザイルを経由しての通信がリリアーナと接続した。

46 :
「この感触は…グラキエスの『鍵』ですか?」
グラキエスの司令部にリリアーナの声が響く。どうやら「鍵」はリリアーナとの通信を中継してくれているようだ。
「リリアーナ姫とお見受けする。こちらはグラキエス。現在『鍵』とエグザイルを経由してそちらとの通信チャネルを接続した」
「そちらから交信を求めてくるとは…想像してませんでした。こちらからも話しかけようと思っていた所です」
「ふむ、お互い話し合いの余地はあると言う事かな?」
「こちら側…アデスも無益な戦闘は好みません。グラキエスの長老殿。どうかアデスの降伏勧告を受け入れてはくれないでしょうか?」
リリアーナ姫がアデスをこちら側と言った事にグラキエスの長老達は驚いた。
「リリアーナ姫。お主はアデスに強制されているのではなく自発的にアデスに味方しているのか?」
長老の問いかけにリリアーナが答える。
「はい。今の私はルスキニアと志を共にしています。エグザイルを動かしているのも私の意志です」
グラキエス側に動揺が走った。
「何故アデスの味方に?アデスはお主の祖国を破壊したのだぞ。それなのに何故アデスに力を貸すのだ?
今のお主ならばエグザイルでアデスの首都を破壊する事も簡単にできるだろうに」
「私は…エグザイルの鍵として覚醒した時にエグザイルの記憶を見たのです。そしてルスキニアの目的が正しいと判断しました。
この世界の人間の数は多過ぎます。このままでは100年待たずにまた災厄の時代に突入してしまうかも知れません。
その為には…グランエグザイルの力が必要なのです!」
「グランエグザイルだと?」
「我がグラキエスの翼の女神がいるこの場所の地下に巨大な白の遺跡が存在する…もしやグランエグザイルとはこの巨大な白の遺跡の事なのか?」
「はい。グラキエスのエグザイルはグランエグザイルの上に寄生していて、
グランエグザイルを起動するにはグラキエスのエグザイルがそこにいては邪魔なのです」
「寄生とは心外な!我らがこの地に帰還した時にはこの遺跡は既に放置された状態だった。我らはそれを有効利用したに過ぎん!」
寄生と言われて長老の1人が激昂する。
「無礼な物言いお許し下さい。しかしグラキエスがグランエグザイルの一部の力を利用しているのは事実。
グランエグザイル起動の為にもそこを退いてはくれないでしょうか?」
「この地下の遺跡が『一部』だと?グランエグザイルとはどれだけ大きいのだ…」
「ふむ、しかしリリアーナ姫。そのグランエグザイルを起動してアデスはどうするのだ。
世界征服に使うにしても力が大き過ぎるのではないかな?
まさかグランエグザイルにアデスの民を乗せ、宇宙へ旅立つと言う訳でもあるまい。
もしそれが出来るならば我々が帰還する前にアデスは母星で災厄の時代過ごしてはいないだろう」
帰還民共通の認識として、アデスはエグザイル建造もプレステール建造も出来ないまま母星に取り残された負け組の子孫だ。
もしアデスがエグザイルを建造出来ていたならば、とっくの昔に独自にプレステールを作り、
そこに移住して災厄の時代が終わるまでそこで過ごしていたはずだ。
アデスが母星に残って災厄の時代を生き抜いたのは帰還民にとってもギルドにとっても計算外の事だったが、
今アデスが母星に残っていると言う事は移民に失敗した事を示す。
「はい。ルスキニアはグランエグザイルにアデスの民を乗せて宇宙に旅立つつもりです」
「何だと!?アデスには…いや、グランエグザイルにはそこまでの力があるのか!?」
「いや、無理だ。この遺跡を調査した時の我々のデータでも、この遺跡は部品が足りずに完成してないと見受けられる部分があった。
ルスキニアはこの遺跡の現状を知らないのだろう」
「リリアーナ姫。聞いた通りだ。グラキエスを攻め滅ぼしてグランエグザイルを手に入れてもルスキニアの思い通りにはならん。
このグラキエス攻めは無益な事だとルスキニアに伝えてやってはくれんか?お主のやってる事は無意味だと」

47 :
長老がリリアーナに伝えてしばらく間があった。
「ルスキニアに伝えました…。返答は『ならばアデスの土地を不法占拠しているお前達を倒し土地を取り戻すまでだ』と」
「衝突は回避できんか…リリアーナ姫、あなたの考えはどうかの?」
「私も対話で事を収めたかったのですが…こちらの要求を受け入れてくれなければ、戦うしかありません」
「交渉決裂じゃな」
「我々の帰還はエグザイル計画が始まった約700前(ギルド暦マイナス30年)に決まっていた事…今更戻ってきた土地を返せと言われても返す筋合いは無い」
「アデスにも辛い歴史があったのだろうが、我々はグラキエスの統治者として民を守り養わなければならぬ。心苦しいがエグザイル同士の戦いは回避できん。
リリアーナ姫。そちらにも被害は及ぶが覚悟はできておろうな?」
「私は『鍵』として、エグザイルを受け継ぐ者としての覚悟はできております。ルスキニアに賛同したその日から」
「ならばもう何も言うまい。さらばだトゥランの姫よ」
通信が切れると同時にグラキエスの戦場を衝撃波が襲った。
・グラキエス戦場
グラキエスの雪原を覆っていた雪が衝撃波で空中高く舞い上がる。
エグザイル同士のクラウディアの磁場がぶつかり合ったせいだ。
クラウディアの磁場は展開されると固体や液体と反発して船体を上に持ち上げる作用があるが、
気体の場合は空気を「風」として周辺に吹き飛ばす程度の力しかない。
この為、エグザイルを作った大昔のギルド人はクラウディアの磁場を「風」と称したり、エグザイルを「風の女神」と呼称する事がある。
クラウディアで空を飛ぶヴァンシップ乗り達が「風」と言う単語を挨拶に入れるのも、ギルド人の使うクラウディアの通称が元になっている。
今グラキエスではその風の女神同士がお互いのクラウディアをぶつけ合う戦闘を始めている。
ヴァンシップのクラウディアでもクラウディア管に物を近づければ磁場の影響で物が破壊される威力だ。
それがエグザイルの発する物となると途方も無い威力になり、ギルド人の使う科学用語で「対消滅」と言う現象をも引き起こす。
エグザイル同士の戦いでは何が起こるか分からない。
クラウディアの余波に巻き込まれては敵わないとアデスの艦隊は遠巻きにエグザイルを見守るしかない。
「始まったか…」
ルスキニアが呟く。
ルスキニアの目の前ではリリアーナがクラウディアの光を纏いながら精神を集中している。
ミュステリオンを使っての起動が必要とは言え、エグザイルの操縦や命令入力の権限は「鍵」にある。
今エグザイルを操縦しているのはリリアーナ自身だ。
ルスキニアが介入する余地は無い。下手にリリアーナに声をかければ精神の集中を乱すだけだ。
「全艦、上空からの攻撃に警戒しろ。グラキエスのヴァンシップが攻撃してきてもリリアーナ姫の邪魔はさせるな!」
「グローリア!」
ルスキニアの号令に乗組員達が答える。
ルスキニアは動けない自分がもどかしかったがそれは乗組員も離れた場所で待機しているカイヴァーンやソルーシュ同じだろう。
ルスキニアに出来る事と言ったらリリアーナがエグザイル操縦に専念できるように何者にも邪魔されない環境を作る事だけだ。
今のアデス艦隊に出来る事はそれしかない。

48 :
グラキエス陣営もそれは同じだった。
グラキエスの翼の女神を動かせるのは司令部で青く光る玉状のコントローラーに触れている長老達だけ。
ヴァンシップ隊はアデスの新兵器にやられて大半が撃墜された。
次に出撃するのは敵のエグザイルを破壊した後にアデスの残存艦隊をグラキエス領土から追い出す時になるだろう。
それまではいつでも出撃できるように待機させておく。
彼女達は今まで良くアデスやその他の勢力(先日見かけたアンノウン等)を撃退してきてくれた。
今度は自分達老人が若者に代わって国を守る役だ。
グラキエスの長老達はヴァンシップ隊の若者らを労いつつ、敵のエグザイルを撃破すべく神経を集中していた。
「敵のエグザイルの質量はこちらよりも少ない。消耗戦になればこちらが有利だ」
「敵もそれが分かってるだろう。ならば…」
壁の周りを滞空しながら回っていた突如トゥランのエグザイルがグラキエスの壁に向かって突進してきた。
「やはり短期決戦狙いか!」
敵のエグザイル(トゥラン)の目的はグラキエスの「壁」の破壊だろう。
壁さえ壊せば崩れた箇所から艦隊をグラキエス首都に侵入させる事が出来る。
だが壁を壊される事さえ避ければグラキエスにとって有利だ。
グラキエスにとっての勝利は壁を崩さずに如何に長期戦に持ち込んでトゥランのエグザイルを止めるかにある。
グラキエスの壁が如何に強力であってもエグザイルのあの質量を正面から受け止めて耐え切れるとは思えない。
グラキエスは突進してきたエグザイルに向けて触手攻撃を繰り出しトゥランのエグザイルの攻撃をずらす事にした。
ガコン!ガコンガコンガコン
戦艦ならば直撃すれば一撃で沈むエグザイルの触手攻撃も、同じエグザイル相手では効果は薄い。
だが一撃一撃が軽くても量が多くなればダメージも馬鹿にならない。
壁に直進するトゥランのエグザイルは大量の触手の攻撃を受け突撃するスピードが弱まる。
そして…。
ズガアアアアアアアアアン。
大音響と共にトゥランのエグザイルが壁に衝突した。
衝撃でグラキエス司令部にまでが揺れる。
「くっ…なんのこれしき」
「壁のダメージは!?」
「慌てるな。我らが翼の女神は健在だ」
「大量の触手がクッションとなり衝突の衝撃を吸収したのだ。見よ。触手は千切れてはいるが、壁自体は傷付いてはおらぬ」
司令部の天井のモニターにグラキエスの被害状況が示されるが、壁に穴が空いた様子は無い。
アデス側でもその様子は観測された。
「グラキエスの壁、尚も健在です」
「エグザイルの突撃に耐えたと言うのか?何という防壁だ…。総統、このままでは…」
「落ち着け。一撃で壊れるほどエグザイルの防壁は弱くはない。
だが…何度も攻撃を加えればダメージが蓄積していつかは壊れる。そうだな?リリアーナ」
「はい」
リリアーナは返事をすると再び目を瞑りエグザイルの操作に精神を集中する。
今の一撃はほんの小手調べ。
戦いは始まったばかりだ。
「トゥランのエグザイルが離れていくぞ。退く気になったか?」
「いや、今の攻撃は単に壁の強度を確認する為の物だろう。今度はまた異なる方法で攻撃を仕掛けてくる可能性がある」
「単純に突撃を繰り返すだけでも壁が突破される可能性もある。我らも積極的に攻撃を仕掛けるべきではないか?」
「今の攻撃で触手が破壊され次の攻撃まで再生が間に合わない。触手のクッションが無いままあの突進を食らえば次は危うい。
元よりトゥランのエグザイルは我らグラキエスの領土に侵入しておる。奴らが戦う気を無くすまでこちらからも攻撃を続けるべきだ」
「そうだな。奴らが退くか倒れるまでこちらが手加減をする筋合いは無い。各々方、反撃に出るぞ」
長老はそう言うと手元のコントローラーを介し、ミュステリオンを唱えグラキエスのエグザイルに新たな命令を告げた。

49 :
・アデス艦隊
「グラキエスの壁に変化有り。壁が動いています!」
「壁が…回転している?」
グラキエスの首都を囲んでいる壁が首都を中心として少しずつ動き出し回転を始めた。
最初はゆっくりとだったが段々と速度が早くなっていく。
「壁を回転させて何をするつもりだ?」
ヒュン
「壁より何か発射されました。トゥランのエグザイル被弾!」
「うっ」
エグザイルと繋がっているリリアーナが眉をしかめる。
「リリアーナ。大丈夫か?」
「大丈夫です。どうやらグラキエスは氷の塊を壁の回転を使って発射しているようです」
「氷だと?」
ルスキニアが疑問に思っている間に観測員の報告が続く。
「発射物の数が増えてきています…それと発射物の大きさも段々と巨大化しています」
報告を聞いてる内にトゥランのエグザイルに次々と氷の塊が直撃する。
中には戦艦サイズの塊もある。
氷の塊程度でエグザイルがやられるとは思えないが、エグザイルと精神的に繋がっているリリアーナにとっては地味に痛い。
エグザイルは攻撃を受ければ自動防衛で触手が動き、周りにある物を手当たり次第に攻撃するよう設定されている。
だが触手の数が多いといっても触手の数を上回る氷の塊を投げつけられると、
エグザイルの防衛機構は障害物を排除するのに手一杯になり防衛機構に隙も出来る。
それに今はエグザイルは自動操縦ではなく鍵であるリリアーナが操縦しているのだ。
エグザイルの防衛機構に障害物の排除を任せてもリリアーナの精神的負担は相当な物になる。
「嫌がらせか…」
ルスキニアはぽつりと呟いた。
姑息ではあるが有効な戦術だ。
エグザイルの操縦に負担をかけるだけでなく、壁を回転させる事で突進を受けてもそれを弾く防御力をも上げている。
飛ばす弾はグラキエスに豊富にある氷なので弾切れを起こす心配もない。
トゥランのエグザイル自身も戦艦サイズの氷を処理しきれなくなって、千切れる触手も出始めている。
千切れる触手が数本程度ならばエグザイルの体力に影響は無いが、千切れる数が多ければ多い程エグザイルが使える戦術は少なくなり、
下手をすれば防衛機構が働かなくなり普通の戦艦でもエグザイル内部に侵入し制圧できる可能性がある。
「リリアーナ。グラキエスの嫌がらせに付き合う義理はない。壁を壊さずとも上空から直接首都を狙えば良い」
「…」
壁を破壊すればアデス艦隊が首都に侵入し、グラキエスの司令部を制圧する事ができる。
今回の作戦もそれが目的だ。
だが首都を直接叩くとなると、グラキエスの軍人だけでなくグラキエスの民間人にも被害が出る事は避けられない。
ルスキニアは壁の破壊は後回しにしてグラキエス首都を先に潰せと言っているのだ。
リリアーナは迷っていた。
最初にエグザイルを召喚した時、自分はエグザイルを制御できずに防衛機構の動くままイグラシアを破壊した。
その中には自分の父親であるトゥラン王も含まれていた。
リリアーナはエグザイルの触手が父親を潰す感触を思い出す。
自分の手は既に汚れているが、戦う意志を持ってないグラキエスの一般住民まで巻き込みたくはない。
軍人ならば死ぬ覚悟は出来ているが、民衆は違う。
自分は名目上はトゥランの為政者だ。
国を統べる者は民の収める税で生活し、民が危険な目に遭いそうな時は民を守る。
民がいなくなったら税を収める者がいなくなる為、国を統べる者は正義とか人気とかが狙いではなく、自分の利益の為に民を守る。
金の卵を産む鶏がRば金の卵を売って生活してた人間は食っていけなくなる。
民のいなくなった国を統べる為政者など滑稽でしかない。
リリアーナは祖先がまだプレステールにいた頃から伝えられていたトゥランの為政者の心構えを思い出していた。
「お断りします」
「何?」
リリアーナの返事はルスキニアには意外だったようだ。
「グラキエスを攻めずにこのままエグザイルが消耗して倒れるのを待つつもりか?」
ルスキニアの言葉には「グラキエス攻めが嫌になって言い訳の為に戦闘放棄するのではないか?」との意味が含まれていた。
「いいえ、我々の作戦は壁を破壊する事でしょう?ならば最初の目的通りに壁を破壊します」
「ほう?ではどうやってあの回転する壁を崩すのだ?」
「こうやってです。」
リリアーナが言うなりトゥランのエグザイルも回転を始めた。

50 :
「トゥランのエグザイルが回り始めたぞ」
「しかも姿勢を地面と垂直にして縦に回転しておる。もしや…」
「向こうも回転して突進する事で破壊力を上げられる事に気付きおったか!」
「だがこちらの触手は既に回復済みだ。また突撃しても壁を崩す事はできん」
「今度は前回と同じにはならんぞ。突撃してきたら触手で絡めとって絞め殺してくれるわ」
グラキエスの長老達は消極的防衛ではなくトゥランのエグザイルを破壊する方向に方針を変更している。
また突進してきても今度は逃さずそのままトゥランのエグザイルを破壊するつもりだ。
グルグルグル…ズシャッ、ズドドドドド
トゥランのエグザイルは回転しながら地面に着地し、車輪のように回転しながら壁に突進してきた。
地面に接地しつつ高速回転しているのでそのスピードは単に飛ぶよりも格段に早い。
「ぬおっ!?このスピードは不味いッ」
「触手が間に合わん!」
ズガアアアアアアアアアン…ガガガガガガッ。
トゥランのエグザイルが壁にぶつかりつつも回転を止めない。
それどころか車輪のように縦回転をしていたのを姿勢を変えて横回転に変えている。
上から見るとリング上のグラキエスの壁にトゥランのエグザイルが火花を散らしながら丸型ノコギリのように回転し、
グラキエスの壁を切断しようとしているように見える。
ピーッピーッピーッ
グラキエス司令部の天井のモニターにアラート音が響く。
壁の真ん中部分の強度がどんどん減ってきている。
「不味いぞ。このままでは壁が真ん中から切断されてしまう」
「壁が切断されて壁の高さが半分になればアデスの艦隊に侵入されてしまうぞ」
「壁の回転を止めるのだ!いや…トゥランの回転に合わせて逆回転させて相対速度を合わせるのだ」
長老達は素早くコントローラーを操作し、壁の回転方向を逆にした。
しかしトゥランのエグザイルは回転したまま回転軸を上下逆転し、グラキエスの壁を削り続ける。
「回転方向を変えても同じか…トゥランも回転していては触手での捕獲も難しい…」
「いや、我が女神のダメージから逆算するとトゥランのエグザイルの方がダメージは大きいはずだ。
このままトゥランを削り潰してはどうか?」
「一旦壁を休ませてダメージを回復させよう。壁の半分を地下に戻し、残った壁の側面でトゥランを削るのだ」
「壁が半分になっても回転させていればアデスの艦隊は侵入できん。それでいこう。ではいくぞ。3、2、1」
グラキエスの首都を覆っていた壁が交互に地下に戻り、歯抜けの状態になりながらも回転を続ける。
壁が歯抜けになった事で回転しつつ壁を削っていたトゥランのエグザイルは突如段差に嵌ったような状態になった。
「!」
これはお互い予想外だったようで、グラキエス側にとっては嬉しい誤算だ。
「チャンスだ!今の内に触手でトゥランのエグザイルを捕らえるのだ!」
歯抜け状態の壁から多数の触手が生え、トゥランのエグザイルを捕獲する。
「しまった!」
リリアーナが青ざめる。
だが時既に遅し。トゥランのエグザイルはグラキエスの触手に絡め取られて身動きが取れない状態になってしまった。
もがくエグザイル。苦しむリリアーナ。
「捕まえたぞ。トゥランのエグザイルよ」
「もう逃がさん。グラキエスの領土を侵犯し、翼の女神を傷付けた罪は思い」
「敵とは言えど、母星に最初に帰還したエグザイルの鍵…心苦しいが後顧の憂いを断つ為にエグザイル毎破壊させてもらう」
グッ、ググググググッ
触手の締め付けがきつくなる。
エグザイルと繋がっているリリアーナの顔色も悪く苦しそうに声を上げている。
「全艦に告ぐ!艦隊統制射撃!目標はグラキエスの触手だ。撃てーっ!」
「グ、グローリアッ!」
ルスキニアがとっさに号令を出し、エグザイル同士の戦いを見守っていた兵士が我に返り、総統の命令を実行する。
だがアデス艦隊の砲撃はトゥランのエグザイルを締め付ける触手を外す事は出来ない。

51 :
「無駄な事を…」
「既にトゥランのエグザイルは我らの手中」
「壁のダメージも回復した。もはやアデスに翼の女神を傷付ける事も、首都を攻撃する事も叶わぬ」
「そこで唯一の望みが絶たれるのを何も出来ずに見ているが良い」
長老達はトゥランのエグザイルを速やかに破壊するべくコントローラーを操作する。
壁の高さでトゥランのエグザイルを締め付けていた触手が伸び、トゥランのエグザイルを上空高く持ち上げる。
「?グラキエスめ、何をするつもりだ…」
ルスキニアやアデス艦隊が見守る中、触手はこれ見よがしにエグザイルを高々と持ち上げ…思い切り地面に叩きつけた。
ズズーン
地響きと共に雪原の雪が衝撃波で吹き飛び、グラキエス首都を遠巻きに囲んでいたアデス艦隊に吹き付ける。
「うっ!?」
エグザイルのダメージが鍵であるリリアーナにフィードバックする。
本来ならばエグザイル側のダメージは鍵には情報として処理されるだけなのだが、
リリアーナはエグザイルの操作に全身系を集中させていた為、
落下によるエグザイル全体の大量のダメージ情報がリリアーナに流れ込んできた。
エグザイルから送られてくるあまりにもの大量の情報にリリアーナは情報を処理しきれず一瞬気を失いそうになった。
「リリアーナ!」
ルスキニアがリリアーナを一喝し、倒れそうになるリリアーナの背を支える。
ルスキニアの声で失神から踏みとどまったリリアーナはルスキニアにエグザイルのダメージを伝える。
「ルスキニア…すみません。もう私の力ではグラキエスの触手から逃れる事はできません」
「……」
ルスキニアは目を瞑り黙考する。
グラキエス攻めにはトゥランのエグザイル…リリアーナの協力が不可欠だ。
だがその頼みのエグザイルが捕獲されてはアデスには為す術が無い。
何か突破口はないかとルスキニアが考えてるその頃。
・グラキエス雪原:ケイオス艦隊
「アナンダ、ディネシュ。生きてるか?」
「ああ」
「何とかな」
「こちらラケシュ。機関室のシヴァも生きている。ブリッジはどうだ?」
「こちらブリッジのヴィマル。艦長も負傷しているが命の別状はありません」
「皆無事か」
「無事…とは言えんが何とか生きてる。だがグラキエスにこてんぱんにやられたな。生きているのが不思議な位だ」
「グラキエスのヴァンシップの狙いが正確だったおかげだろう。奴らクラウディア循環弁を正確に撃ち抜いてやがる」
アデス艦のクラウディア機関は冷却用として船体上部に循環弁をわざと露出している。
本来ならば循環弁の周辺はクラウディアの磁場により守られている為多少の攻撃は弾かれるのだが、
砲弾等の大質量を高速で打ち込まれてはクラウディアの磁場も保たない。
属州艦隊の戦艦は全てクラウディア循環弁を撃ちぬかれて撃墜されてしまった。
乗組員は無事だが属州艦隊が撃墜されたのはグラキエス領土内。
撃墜された戦艦を持ち帰るのはグラキエスが許してくれないだろう。

52 :
「くそっ。栄えある先陣だと張り切っていたらここまで何も出来ないとは…これではアデスに帰っても良い笑い者だ」
「スマン皆。こちらが積乱雲と見間違えたばっかりに…」
「気にするなヴィマル。俺達の仇は第三艦隊が取ってくれたみたいだ。今からでも遅くはない。俺達は俺達にできる事をやろう」
「とは言っても…グラキエスのアレは何だ?いつの間にか壁が出来ていて触手がわんさかと出ているぞ」
「あっちの三日月型のはエグザイルじゃないか?」
「エグザイル?俺達の爺さん婆さんが母星に帰還する時に乗っていたと言う移民船か?歴史の講義で聞いた時の形とは違うようだが…」
「いや、あれはエグザイルで間違い無い。ルスキニア総統がイグラシアを落とした時に呼び出したトゥランのエグザイルだ」
「艦長!気が付きましたか」
禿頭のケイオス艦艦長が傷口を押さえながら語りだす。
「お前達若者は知らんだろうが、儂が生まれた頃はまだケイオスのエグザイルも母星とプレステールを行き来していた。
だが、エグザイルは移民船としての役割を終えた時、三日月状の繭となり空で他のエグザイルと共に眠りについた。
今空にある三日月も本物の月は1つで残りは全部エグザイルの繭だ。今グラキエスの壁に攻撃してるのは以前総統がイグラシア攻めに使った物だろう」
「ではルスキニア総統は今回もエグザイルを使ってグラキエスを攻めていると?」
「そうだろう。先陣を切った我々が撃墜され、第二艦隊や第四艦隊の戦艦も撃墜された跡がある。
あの壁と触手に艦隊の攻撃が通用しないと考えてエグザイルを再度戦に使ったのだろう。我々が不甲斐ないばかりに…」
艦長を含めてケイオス艦の乗組員、ケイオス遺民団の顔が悔しげに歪む。
「これでは首都でアウグスタをお守りしているヴァサント将軍に顔向けができない」
「我々は何も出来ずにこのまま引き下がるしかないのか…」
「おい、あれを見ろ。エグザイルが触手に絡まれて動けなくなっているぞ!」
窓の外を見ると三日月状のエグザイルがグラキエスを囲む壁から生えた触手に絡み取られて地面に叩き付けられるのが見えた。
少し間を置いて撃墜されたケイオスを含む属州艦隊の戦艦群にも衝撃波が襲いかかる。
「なんだ今の衝撃は?」
「グラキエス側のエグザイルに対する攻撃だ。何度も繰り返している所を見ると、まだトゥランのエグザイルは撃墜されてないようだ。
だが、このままではエグザイルと言えど撃墜されるやも知れん」
「あの触手を操ってるのはグラキエスなのだろう?あの壁を乗り越えて当初の目的通りにグラキエスの首都を制圧すればよいだろう」
「シヴァ。あの壁は戦艦の高度限界を超えている。普通に飛ぶだけじゃ乗り越えるのは無理だ」
「『普通』ではな」
「何か考えがあるのか?言ってみろ」
アナンダがシヴァに促す。
「戦艦の高度限界ってのは艦が地面と平行に飛んでる時の場合だけだろ?だったら艦を地面と垂直に立てて上昇すればもっと上まで飛べるのではないか?」
「それって…」
「理屈上はそうだけど何かに掴まってないと乗組員が船尾まで転げ落ちるぞ」
「え?でもシヴァが言う通りならその方法試してみないか?理屈上は出来るんでしょ?だったらやってみようよ」
ディネシュがシヴァの案に賛成する。
「確かに艦を垂直に立てて垂直上昇すれば高度限界を越える事は出来ます。
あのエルンスト・キールス・リンデマンの戦艦が垂直上昇やってるのを見た事があります」
ヴィマルが自分の記憶にある乗組員の練度の高いアデス貴族の事を思い出す。
「空賊に戦艦を奪われまくってるあのキールス?」
「そう、そのキールスです」
「あのキールスにできて俺達にできない訳ないよなあ?」
「いや、リンデマン艦長は単に身内の事を出されると正常な判断が出来なくなるだけで、別に艦長として無能な訳ではなく本来なら有能な部類なんですけど…」
ヴィマルがキールス艦長の評価を修正する。
「うむ、あのキールスが出来たのだ。我らの乗ってる艦も同型艦なのだからやって出来ない事は無い!」
ケイオス艦艦長が檄を飛ばす。
「他の艦にも伝達しろ。垂直上昇であの壁を越えるとな。ついでに壁スレスレにあの触手の上を通るように飛べば触手を地面に見立てて高度限界を無くす事も出来るぞ」
「成る程、では早速修理中の属州艦隊に伝えます」
こうして一度全滅したかに思われた属州艦隊が再び動き始めた。

53 :
・インペトゥスブリッジ
「総統!全滅した属州艦隊が復活しました。全艦グラキエスの壁を目指しています」
「属州艦隊が?生きていたのか…」
「ケイオス艦隊から発光信号!『我らが突破口を開く』との内容です」
「突破口を開くだと?何か策があるのか?」
ルスキニアが見ている間にグラキエスの壁に近づいた属州艦隊は触手の攻撃で潰されていく。
だが、触手は巨大なせいか小回りが効かない為、小柄な旧型艦の大半は触手の攻撃を避けながら壁に近づいていった。
大型の新型艦にはできない芸当だ。
その様子をグラキエス司令部のモニターで長老達が見ている。
「死に損ないが復活しおったか」
「だが触手を回避しても壁がある限り手出しはできん」
「寧ろトゥランのエグザイルを捕獲している触手が自動攻撃で離れ始めている。アデスの小型艦は無視するように設定しよう」
長老がコントローラーを操作し小型艦を無視するよう設定を変える。
「これで良し。後はトゥランのエグザイルが潰れるまで攻撃を仕掛け続ければ良い」
「なんだ?触手が攻撃を止めたぞ」
「俺達を攻撃するとエグザイルの捕縛が弱くなるから敢えて無視するようにしたんだろ」
「無視かよ!俺達属州艦隊ってグラキエスに雑魚扱いされてるんだなあ」
「ですがこちらとしては好都合です。艦長。壁まで距離100mです」
「うむ、そろそろ頃合いだな。属州艦隊全艦に告ぐ。壁に接触次第垂直上昇開始!」
属州艦隊が船体を傾け地面と垂直に、壁と平行に姿勢を変え壁を登っていく。
通常ならば艦の重量を支える部分のクラウディア機関は応急処理の為高度を上げて飛ぶ事は出来ない。
だが垂直上昇に切り替えれば、使用するクラウディア機関は通常時の推進用に使っている部分を使えば良いので、
破壊されたクラウディア循環弁とは系統が違う為垂直上昇には何ら問題は無かった。
中には推進用のクロウラーシステムを壁に直接突き立てて物理的に壁を登っている艦もいる。
これにはグラキエス側は予想出来ていなかったのか対応が遅れた。
「死に損ないの小型艦が高度限界を超えて壁を登ってきているぞ!」
「推進用のクラウディアを浮上用に切り替えたか…このままでは壁を越えられてしまうぞ」
「触手を小型艦の排除に使うのだ!」
「いや駄目だ。小型艦の排除に触手を割り振るとトゥランのエグザイルに逃げられてしまう」
「翼の巫女を再出動させてはどうか?」
「大部分が撃墜されたのを忘れたか?あの数の小型艦を相手にしたら今度は巫女がやられるぞ」
「このまま奴らが壁を乗り越えるのを黙って見てろと言うのか!?」
「ならばどうすれば良い!?」
「…触手はこのままで翼の巫女に出動して貰う。壁を乗り越えようとした艦を個別に撃破すれば良い。
触手に自動攻撃させると翼の巫女まで攻撃される。首都に入り込まれたら…白兵戦を覚悟せねばなるまい」
「白兵戦だと…」
グラキエスは今まで国境で全ての侵入者を排除してきた為に白兵戦の経験が皆無だ。
いざと言う時の為に訓練だけはしてあるが、ヴァンシップの操縦に特化した翼の巫女が白兵戦でアデスに勝てるとは思えない。
プレステール時代のギルドから引き継いだ超技術に頼りきっていて、白兵戦の技術は疎かになっている。
更に相手にはケイオス人が含まれている。
帰還早々アデスと国境を接して激戦を経験したケイオス人の勇猛さはアデスでも知られている。
どこまで本当の話なのか不明だが、ケイオス人の剣術は最初の一太刀で相手を袈裟固に斬り付け(或いは剣を叩き付け)、
防御してもその防御ごと相手を切る最初から一撃必殺で二撃目は考えないとか、
銃の撃ち合いでも銃弾同士が正面衝突し銃弾同士が一塊になるまで接敵し発砲するとか、
自爆攻撃も厭わないで爆弾を抱えた兵士が敵陣に突撃して爆死する等捨て身の戦術をも取ると言う。
一般のケイオス人でも併合直前の戦では国民全員が竹槍を持ち、最後の一人になるまで戦い抜く覚悟をしていた程だ。
それを話し合いによる和平で併合したのがアデス前皇帝ファラフナーズなのだが、
もしファラフナーズがケイオスと話し合いをせず戦争が続いていたらアデスは消滅していたかも知れない。
それ程までにケイオスの勇猛さはグラキエスにも伝わっている。
翼の巫女達もケイオス人の戦い方は知られているし、尊敬すると同時に恐れている。

54 :
もしケイオス人の兵士が…或いはアデスの5将軍の1人である「ケイオスのアメジスト」と呼ばれるヴァサント将軍が
単騎で乗り込んで来るような事があったら、翼の巫女達は戦意を失うかも知れない。
それ程までにケイオス人の白兵戦は強くグラキエス人の白兵戦は弱い。
もし出来るとすれば、警戒していない隙を伺って暗Rる程度の事しか出来ないだろう。
「白兵戦に持ち込まれたらお終いだ…。やはり触手を使って排除するべきだ!トゥランのエグザイルは…アレを使って今すぐに消滅させよう」
「アレを使うのか?」
「翼の女神が依り代にしている遺跡の推進器か…アレは大気圏内で使って良い物では無いぞ?」
「グラキエスが危機に陥ってる今使わずにいつ使うと言うのだ」
「使い方を謝ればこのグラキエスの大地でさえ破壊してしまう…しかもあれは不完全な代物だ。我々が使ってる最中に爆発する可能性も高い。」
「それだけでなく一発撃つだけで我々の女神のエネルギーを食って女神が停止してしまうやも知れん」
「…時間がない。一度トゥランのエグザイルと壁を登っている小型艦を振りほどき、敵が体勢を立て直す前にエグザイルを迅速に潰す。
遺跡の推進器を発射すれば小型艦も余波で蹴散らせるだろう」
「急げ!もうアデスの小型艦が壁を登り切るぞ!」
長老達はエグザイルを掴んでいる触手ごと壁を回転させてトゥランのエグザイルを遠心力で遠くに放り投げた。
壁を回転させた事で壁を登っていた属州艦隊の艦も幾つか体勢を崩して落下していくがそれでも壁を登り切った艦もいる。
「グラキエスの壁を登り切ったぞ」
「後はグラキエス首都に突入するだけだ」
「壁が動き出している…生き残った艦だけでグラキエス首都に突入する。全艦白兵戦用意!」
ケイオス艦艦長が壁を登り切った艦隊に号令を出す。
壁の上から見ると遠巻きにアデス艦隊本隊がグラキエスを囲んでいるのが見えた。
「そうか、この壁があるから本隊はグラキエスに突入できないのか。ならばこの壁に本隊が侵入できる隙間を作れば或いは…」
ヴィマルが呟く。
アデス本隊の新型艦は旧型艦と比べて図体が大きい為、船体を傾けての垂直上昇はできないかも知れない。
ならばアデス艦隊本隊が侵入できるだけの隙間を作るか、本隊の力を借りずに自分達属州艦隊だけでグラキエス首都を制圧かだ。
両方共出来ればそれに越した事は無いが贅沢は言っていられない。
「全艦、降下開始!総員着地の衝撃に備えよ!」
今の属州艦隊の使ってる旧型艦のクラウディア機関は応急処置で辛うじて低高度を飛べるだけだ(船体を傾けての垂直上昇は可能)
この戦艦の通常の高度限界を超えた高さから壁の内側のグラキエス首都に降下すればクラウディア機関の磁場がクッションになってもそれなりの衝撃はあるだろう。
着地体勢を誤ればそのまま地面に激突する。
「ヴィマル。そんなに心配そうな顔するなって。なるようになるさ」
いつの間にかブリッジにディネシュが来ていた。
「ディネシュ?お前の持ち場は砲塔だろ。何故ブリッジに」
「これから落下…じゃなくて降下するんだろ?だったら弾道計算が得意な俺が地面に激突しないように計算しつつ操舵をアシストするのが筋ってもんだろ」
「それに首都内部へ攻め込む白兵戦となれば砲塔の弾道計算やるよりも格闘が得意な私が先陣を切るべきだと思うわ」
いつの間にかアナンダもブリッジに来ている。
「おいおいアナンダ。俺を置いてけぼりにして先陣切ろうってのか?そりゃないぜ」
「アナンダもラケシュも血の気が多過ぎるぞ。少しは落ち着け」
ラケシュとシヴァの声も聞こえる。
もう恐怖とか緊張も無くなって皆軽口を叩ける状態にまでなってきている。
こんな状況でもリラックスできるのは良い事だとヴィマルは内心そう思った。
「着地まで5・4・3・2・1…着地!」
ズズーン
流石に全ての衝撃をクラウディアの磁場で受け止める事は出来なかったが、
グラキエスのヴァンシップに撃墜された時の経験が生きてるのか皆無事に壁の内部に降りる事が出来た。
「お前達、ボサっとしてないで首都に突入だ!ラケシュ、アナンダ。お前達が先陣だ」
「「了解!」」
ラケシュとアナンダが武器を持ち首都への突入を開始する。
その時グラキエス全体を衝撃波が襲った。
ゴゴゴゴゴ

55 :
時間は少し遡る。
トゥランのエグザイルを放り出したグラキエスの触手は壁の一部を下ろし、首都の一部を露出させた。
「グラキエスの壁が解けた?」
「今がチャンスだ。全艦壁の内側に突入せよ!」
ソルーシュとカイヴァーンの艦隊が降りた壁に向かって全速で進軍する。
「む?あれは何だ」
「花?」
露出した壁の内側には巨大な花弁のような構造物が見える。
その花弁が徐々に発光し始めた。
「これは…不味い、グラキエスの罠だ!全艦全速後退!あの花弁の射線から逃れろ!」
「グラキエスの花弁に膨大なクラウディア反応を確認!こちらのクラウディア機関の圧力が上昇しています!」
機関部からクラウディア機関の異常が報告される。
どうやらあの花弁の影響のようだ。
だが花弁はアデス艦隊のには目もくれない。
花弁は触手に放り投げられて体勢を立て直す途中のトゥランのエグザイルを狙っていた。
カッ
グラキエスの雪原を青白い閃光が走る。
それと共にアデス艦隊は体勢を大きく崩した。
「何だ今の光は!?」
「クラウディア機関の圧力が急上昇しましたが、バイパスの半分をカットし正常圧に戻りつつあります」
「おい、グラキエスの雪原が…」
「地面が赤い?炎…いや、溶岩だ。今の砲撃で地面が溶けているぞ!」
グラキエスの花弁から地平線の向こうまで解けた地面が一直線に伸びている。
射線上にあったトゥランのエグザイルは見当たらない。
「エグザイルがやられた…?」
アデスの兵士が呟く。
アデス艦隊に絶望感が漂う。
その時皆殺し部隊のヴァンシップが壁の内部に突入していった事は誰も気が付かなかった。
「見たか!我が女神の力」
「トゥランのエグザイルは消滅した。これで残る邪魔者は戦艦のみ」
「壁を超えた小型艦の一部が首都に入り始めたぞ。気を抜くな」
「白兵戦では我らが不利なのは百も承知。ここはオドラデクを出してアデス兵を排除するのだ」
「オドラデクは無人操縦で良かろう。アデス兵はオドラデクが動ける広さのあるトンネルに誘い込み個別撃破すればよい」
「オドラデクを母星で使う事になるとは…起源のギルドが黙っていないぞ?」
「確かに地上に降りた我々がギルドの技術を使う事はご法度だ。だが今の起源のギルドに我々の事情に口を挟む余裕は無い」
「さよう。起源のギルドが数百年前の取り決め通りに仕事をしていれば、そもそもアデスと帰還民との間で土地争いは起きていなかった」
「もし起源のギルドが規定違反で我々を罰しようと言うなら我々4人がその罰を受けようぞ。だが今は我らが民を生かす事が先決」
過去の災厄の時代を引き起こした事を反省し、母星ではギルド技術の無制限の使用は禁じられている。
この世界の帰還民や地上人の使用技術は産業革命時代の時代を目安に制限されていた。
勿論この星を管理する起源のギルドは各種オーバーテクノロジーの使用を許されていたが、
ギルドは帰還後の地上人同士の戦争には介入しない方針なので、国同士の戦争にギルドの技術が使われる事は本来は罰則の対象である。
帰還民が118年前から帰還し始め、プレステールのギルド人達も天下りして地上人として生活するようになってからは起源のギルドも人数が少なくなった為、
今では母星のまだ環境回復の終わってない地域での仕事や今後来ると予想される災厄に対処する為、地上人同士の戦争に介入する余力は残っていない。
その為グラキエスは「専守防衛」の名目でギルド技術を制限なく使用しているが、今の所起源のギルドから罰せられた事は無い。
強いて言えば、同じようにギルドから天下りしたルスキニア達がグラキエスを攻めるのは、今まで放置されていたグラキエスを罰する為と考える事もできた。
アデスの戦艦がギルドの技術を使わずに作られているのは、ただでさえ帰還民に押されているアデスが起源のギルドをも敵に回さないようにとの配慮である。
もしアデスがギルドの技術を無制限に使っていたら、とっくの昔にアデスは起源のギルドに罰せられて壊滅していただろう。
「壁の戻りが遅い。やはり先程の砲撃でエネルギーを消費し過ぎたのだ」
「だが最大の障害は排除した。壁が戻り次第触手攻撃を再開しよう。壁の内側のアデス兵はオドラデクが片付けてくれる。我々の勝ちだ」

56 :
・グラキエス首都内部
「なんだ?反撃が来ると思ってたのに誰も出てこないぞ」
「これだけ大きい通路に人っ子一人いないとは…何かの罠か?」
「俺達に恐れを為して逃げたんだろう」
「ディネシュ。いくらお前でもその考えは楽観的過ぎるぞ」
「ひょっとして我々が乗り込む前に誰かが敵を殲滅したのでは?」
「私達が先陣だぞ!そんな事できる奴がいる訳ないだろ」
「いや、いるだろ。アデスで深く静かに効率良く敵を排除していける連中」
「皆殺し部隊か…。でも皆殺し部隊が出動しているとしても血痕とかの痕跡は残るだろ。
痕跡すら残ってないって事は俺達が一番乗りって事で良いんじゃね?」
グラキエスに突入したケイオス遺民団は一向に反撃の気配の無いトンネルを進んでいた。
突入した当初は死を覚悟していたが、この長大なトンネルに入ってからは敵の気配が全く見えない。
トンネルに入る前はグラキエスの兵士をちょくちょく見かけたのだが、敵はケイオス遺民団の姿を見るなり攻撃せずに逃げていく。
逃げていく敵に待てと声をかけようとしたが、グラキエス語を話せる人間が少ない為、降伏勧告を出すのも手間取る有様だった。
「このトンネルどこまで続いてるんだろ?このままだと中心部まで着きそうなんだが」
「中心部に着いたらどうする?俺はグラキエス語話せないから降伏勧告できないぞ」
「ヴィマルだったらグラキエス語話せるだろ。俺達が中心部制圧したらヴィマルを呼んで来ようぜ」
「しかしこれだけ通路が長いと移動にも一苦労だな。ヴァンシップ持ってくれば良かった」
「輸送用ヴァンシップに兵員を多数乗り込ませて突入する戦術か…グランレースの時にテロリストがやっていたな」
「あの時の護衛官…ルスキニア総統の戦闘能力は凄かったが、それでもファラフナーズ様の暗殺は阻止できなかった。攻撃方法としては有効だがテロリストと同じような戦法取るのはちょっと気が進まないな」
「輸送用ヴァンシップを使う戦術の提案はこの戦が終わってからヴァサント将軍に進言しよう。今は進軍あるのみ」
キュルルルル
「おい、何か聞こえないか?」
慎重派のシヴァが何かの音を聞きつける。
「俺にも聞こえるぞ。何の音だ?」
「全隊警戒体勢!先頭は私で殿はラケシュ!上方と側面にも警戒しろ」
アナンダが咄嗟に指示を出す。
「どこだ…どこから来る…」
キィーンダダダダダ
「前からだ!アナンダ!」
「分かってる!」
隊の先頭に陣取っていたアナンダが銃で応戦する。
キンキンキンガシャン
アナンダの撃った銃弾を弾いた物体が変形して地面に着陸する。
「これは…ギルドの星型ヴァンシップ?」
「アナンダ逃げろ!」
星型のアームがアナンダを薙ぎ払い、アナンダはトンネルの壁に叩き付けられた。
「ぐっ」
「大丈夫かアナンダ!?」
「大丈夫…骨は折れていない…。シヴァ、ちょっと私を支えてくれ。ラケシュ!少しの間だけで良い。囮になってくれ」
「何をするつもりだアナンダ」
「星型の装甲の隙間を狙ってみる。軍の訓練で星型の弱点を教わっただろ?
まさかグラキエス攻めで星型と戦う事になるとは思っていなかったが…上手く行けば一発で黙らせる事ができるはずだ」
アデスは過去に帰還民の領土侵略を援護したプレステールのギルドとも戦った経験があり、その時にギルドの星型を効率良く倒す方法も軍の教本で教えられている。
最も今となってはプレステールのギルドは地上人同士の戦いには介入しなくなっているので、星型の対策は現在のアデス軍ではそれ程熱心に教えられてはいない。
「もう少し右…後ちょっと…今だラケシュ!伏せろ!」
パーン
乾いた発砲音と共に星型が体勢を崩して地面に倒れた。
しかしまだ星型は立ち上がりはしないもののぎこちなく動いてる。
「ラケシュ。コクピットを開けて止めを刺すかパイロットに降伏勧告しろ」
「分かった。えーとハッチは…ここか。良し、開いた…って何だこりゃ?」
コクピットを開けると中には人間では無く機械の塊が鎮座していた。
「無人機か?グラキエスの技術は凄いな…俺達こんな科学技術を持ってる連中と戦っていたのかよ」
シヴァが感想を漏らす。
「グラキエスは謎の多い国とは聞いていたが、まさかギルドの技術をそのまま使っているとはな…」
「1機だけで良かったな。もし星型が沢山出て来たら流石に対応できなかったぞ」
ディネシュがホッとしていると奥から星型特有の駆動音が聞こえてくる。
「おい、この音…」
「まだいるのか?しかも数が多いぞ…」
星型が複数こちらに飛んでくる。いくら白兵戦が得意なラケシュとアナンダでも倒しきれない数だ。

57 :
と、次の瞬間。
「みんな!トンネルの脇に避けて!」
ヴィマルの声と同時に後ろからケイオス艦の砲撃音が轟き、星型が次々と破壊されていく。
「ヴィマル!」
ヴィマルの乗ったケイオス艦がトンネルの内壁に船体を擦らせながら突入してくる。
クロウラーがトンネルの内壁に食い込ませながら進んでいるので、空を飛ぶよりも速い速度が出ているかも知れない。
「このままグラキエス中心部に突入するからみんなそのまま船体に掴まって!」
ヴィマルが叫ぶ前に、潰されてはかなわないとアナンダ達は船体を掴んで張り付く。
この狭い空間ならば前方に砲撃を集中できる点でケイオス艦の方が有利だった。
そのまま速度を落とさずに奥から湧き出る星型を砲撃と船体による押し潰しで撃破しながらケイオス艦はトンネルを進む。
「全く無茶をするなヴィマルの野郎」
「ああ、だが中々良いやり方だ」
途中横道に温泉が見えたが今は戦争中だ。
この戦が終わったら一風呂浴びようかと仲間と冗談を交えながら温泉を横目に暫く進むとトンネルが終わり広い空間に出た。
地面の穴からはオドラデクが無数に出現し続けている。
「まだいるのかよ。まともに相手してるとキリが無いぞ。この多さは反則だろ…」
ディネシュが星型の数の多さに呆れる。
ケイオス艦の砲撃でも撃墜は出来るが数が多いので、無限に続くモグラ叩きをやってるような感覚だ。
「この穴の下が星型の格納庫だと思われます。星型を全部始末してから他の区画の制圧を目指しますか…」
「この下は格納庫ではない。オドラデクの生産工場だ」
「?誰だ!」
ヴィマル達が声のする方を振り向くと灰色の服を着た男がいつの間にか立っていた。
アデス連邦諜報部…通称皆殺し部隊。そのトップは10年前ファラフナーズの護衛官をしていたアラウダだ。
「皆殺し部隊…いつの間に」
「お前達は良くやってくれている。だが我々が調査した結果ではこの下はオドラデク…ギルドの星型ヴァンシップの生産工場で、
そこの設備を止めない限りオドラデクは幾らでも出てくる」
「止める?破壊ではなくて?」
「この白の遺跡は生きている。既に我々が生産工場の一部を破壊したが、破壊されても時間を置けば再生し生産が再開される。
この遺跡…いや、グラキエスの中枢にオドラデクに命令を出している司令部があるはずだ。
そこを占拠するなり命令を止めればこのオドラデクの大群も機能停止するだろう。司令部の場所は恐らくこの穴の下を行けば近道だ」
「この穴に飛び込めと言うのか?まあ中枢を守る為にこれだけの数を出しているのだとすればあなたの言う事は理解できるが、
それでもこれだけの数を相手にするのは無茶と言う物だ」
「だがこの星型の大群をどうにかすればグラキエスを制圧できるんだろ?壁の外じゃ今でも正規艦隊の連中が中に突入できずに苦戦しているはずだ。
中と外に分断されたままじゃジリ貧で個別撃破されちまう。リスクはでかいが駄目元でこの穴に飛び込んで中枢部に突入しないか?」
「自殺行為です」
ヴィマルがディネシュの案に反対する。
「今の我々の戦力ではとてもこの星型の大群をくぐり抜けて中枢に辿り着けるとは思えません。
今まではトンネルの狭さを有効活用して戦艦の砲撃で比較的楽に倒せましたけど、
この穴の下に戦艦毎飛び込んだら全方位から星型に襲い掛かられてしまいます」
「星型の全開稼働時間は20分だ。それだけの間時間を稼げれば我々の方で中枢を制圧できるが…」
アラウダがヴィマルに提案する。
属州艦隊と諜報部。普段はお互い話す事は皆無だが、状況が状況なだけに立場をどうこう言ってる場合ではない。
ぐずぐずしていれば壁の外のアデス艦隊がどんどん消耗するだけだ。
ここはお互い協力…或いはどちらかが劣りとなってでも敵の防御を突破して司令部を制圧しなければならない。
「20分…その星型の稼働時間は何故20分なのだ?」
シヴァが何かを思いついたらしい。
「オドラデクはこの星が寒冷化する時に作られたギルドのヴァンシップだ。乗員を寒さから守る為に熱を内部に蓄える機構がある。
今となっては熱が篭り過ぎてオーバーヒートを起こす欠陥でしかないが、伝統を重視するギルドの思想でその構造は災厄の時代以前から変わっていない」
アラウダがシヴァの問いにすらすらと答える。

58 :
「熱…オーバーヒート…」
「おいシヴァ。何か思いついたのか?」
「皆殺し…ではなくて諜報部のあんた。この周辺の施設は既に調査済みなんだろ?」
「勿論だ」
「俺達がここに来る途中。横道に温泉が見えた。あの温泉の湯をトンネルの壁に張ってあったパイプを通してこの穴の下に放水できるか?」
「成る程、高温の湯でオドラデクをオーバーヒートを誘発するのか。意図は理解したすぐに作業に取り掛かる」
アラウダはシヴァの提案を配下の諜報部員達に伝え、自分もパイプの工事に取り掛かる。
「おいおい、皆殺し部隊が俺達の提案を受け入れて作業始めちゃってるぞ。良いのか?」
「良いも悪いもこの戦闘の状況じゃアデス本国の力関係とかそんなの関係ないだろ」
「そうだ。私達は属州国家のケイオスの出身ではあるが、先の貴族の粛清に関しては我々の立場には関係ないとヴァサント将軍も仰っていた。
今は帰還民も残され人も関係ない。彼ら皆殺し部隊もアデスの為に戦っているのだ。我々も皆殺し部隊に協力するぞ!」
「アナンダの言う通りです。ここを突破する為に僕達も作業に協力しましょう。
先程までエグザイル同士の戦闘音が聞こえていたのに今は静かなのが気になりますが…」
「おーい、皆殺し部隊さーん。折角だからこの戦艦の補修部品も使っちゃって下さいよー」
シヴァ、ラケシュ、アナンダ、ヴィマル、ディネシュらケイオス遺民団が皆殺し部隊の働きにそれぞれ感想を述べる。
程なく温泉の湯を引くパイプが完成し、アラウダが司令部突入の手順を説明する。
「難しい説明は無い。湯を放出してオドラデクがオーバーヒートして墜落したら、あの穴に飛び込んでグラキエスの中枢部を制圧しろ。
多少の火傷と温度上昇により周辺の壁や天井が崩落するだろうが、犠牲は無視して司令部と…エグザイルの『鍵』となってる女性を確保しろ」
「分かりました。皆殺し部隊の皆さんはグラキエス語は話せますよね?こちらでは僕しかグラキエス語を話せる人間がいないので、
司令部と鍵の制圧で僕らケイオスと皆殺し部隊で二手に別れましょう」
「了解した…それでは始めるぞ」
ヴィマルと手短な作戦会議をしてアラウダは湯の放出の合図を送る。
シュー、ブシュー、ザバザバザバ…ドババババ
パイプから放出された湯が穴の中に向けて勢いよく放出される。
キイイーン、キューキュルキュルキュル、キュキュキュギュギュギュギギギギギギーッ、バタン
湯を浴びた星型がオーバーヒートを起こして機能を停止する。
「やった!止まったぞ」
「倒した訳ではない、暫く時間をおけばまた復活する。今の内に突入する」
皆殺し部隊がヴァンシップに乗って穴の中に飛び降りる。
その後をケイオス遺民団の乗った戦艦が追う。
穴の中に降りると如何にも頑丈そうな扉があり、その前にはグラキエス兵が銃を構えて立っていた。
「司令部はこの先か…『我々はアデス連邦。投降するのであれば命は保証する。無駄な抵抗は…』」
ヴィマルが戦艦の拡声器を使って護衛のグラキエス兵に投降の呼びかけを言い終わらない内に銃撃の音が響く。
バババババ
「抵抗確認。排除する」
アラウダら皆殺し部隊が目にも留まらぬ速さでグラキエス兵を殺害する。
白兵戦に慣れているラケシュやアナンダの目にもその手際は鮮やかに見えた。
「投降はせず徹底抗戦か…仕方ない。俺達も突入するぞ」
「全艦白兵戦用意!」
ヴィマルの号令でケイオス戦艦に乗っていた軍人らが艦を降り、皆殺し部隊が扉を爆破すると同時にグラキエス中枢部へ突入する。

59 :
・グラキエス司令部
ズズーン
「何だこの音は?」
「ここと鍵のいる通路への扉が爆破されただと?」
「アデスめ、あのオドラデクの大群を突破したのか!」
「侵入者の数は少ない。まだ対処できるぞ。総員白兵戦用意!」
ピコーン
天井のモニターにアラームが点灯する。
「ええい、この忙しい時に何だ!」
「この反応…トゥランのエグザイルではないか!」
「生きていたか。この期に及んで悪足掻きを…すぐに始末してくれる!どこだ!どこにいる!」
「彼奴め…溶けたマグマの中に潜ってレーダーを誤魔化しておる。姑息な真似を…」
「地面の下にいては攻撃できんではないか!」
「どこだ…どこから来る…」
ズズン、ズサササササ
グラキエスの雪原に雪をかき分ける煙が走る。
まるで水中から水面の獲物を狙うシャチのようだ。
そして溶けて溶岩状になった部分からトゥランのエグザイルは空中に飛び出し、グラキエスの壁を飛び越えようとする。
「!?壁の破壊を諦めて首都へ直接攻撃を仕掛けるつもりか」
即座に壁の触手がトゥランのエグザイルを捕獲しようと触手を伸ばす。
その様子はまるで無数のの噴進弾(ミサイル)が軌跡を描きながら標的を自動追尾してるかのようだった。
だがトゥランのエグザイルは高速回転しながらグラキエスの触手を弾いて攻撃を回避する。
「触手が弾かれておるぞ」
「先程の砲撃のダメージが回復してないのだ。このままでは…」
トゥランのエグザイルは触手を弾きつつ壁を飛び越え…首都も飛び越えて反対側の壁の内側に激突した。
「!?」
「首都への攻撃を防げたか?」
「いや、どうやら最初から壁の内側を狙っていたようだ」
リング上に配置されたグラキエスの壁。
上から見ると円形に配置されていて、円は外側から力を加えられても用意には崩れない。
しかし内側から力を加えると弱い。
トゥランのエグザイルは首都へ直接攻撃をするのではない当初の目的通りに壁を狙っていたのだった。
エグザイルの攻撃によりグラキエスの壁が内側から倒れる。
ズズズ、バターン
「壁が…破られた」
「もう我らの女神に壁を修復する力は残っていない…」
「見ろ。トゥランのエグザイルは他の壁も同じように倒している」
「我らの負け…か」

60 :
・アデス艦隊
「グラキエスの壁崩壊しました!」
「全艦グラキエス首都に突入せよ!」
「グローリア!」
第二艦隊と第四艦隊が倒れた壁から次々とグラキエス首都に突入を始めている。
グラキエス首都から反撃はあるが、小規模でもう組織的に戦う力は残ってないように見えた。
「良くやったリリアーナ」
ルスキニアがエグザイルの操作に神経集中していたリリアーナを労る。
インペトゥスのブリッジから見てもトゥランのエグザイルのダメージは酷い。
三日月状態だったエグザイルのコクーンはグラキエスとの戦闘で片方が欠けていて、
クラウディアの磁場も偏っているのか地面と平行ではなく三日月の片方の角を下にして地面に垂直にして浮かんでいる。
リリアーナも疲労のせいか顔色が良くない。
「最大の障害は取り除かれた。後はソルーシュとカイヴァーンの艦隊が首都を制圧するだろう。部屋に戻って休むと良い」
だがリリアーナの反応がおかしい。
「リリアーナ?」
「駄目ですルスキニア。まだ戦いは終わってません…早く行かないと突入した兵士達が皆殺しにされてしまいます」
リリアーナの顔は真っ青になっている。
まるでここではない別の場所の惨劇を見ているかのようだった。
「ああ…ケイオスの兵士達が…。グラキエスの鍵よ。その力をそのような事に使うのはやめて下さい!」
「リリアーナ?グラキエスの鍵と交信しているのか?グラキエスの中で何が起きてる?!」
「彼女は…グラキエスの鍵は兵士達では止められません!ルスキニア、私をグラキエスの中に連れて行きなさい!
早くしないと兵達の命が…ああ、アラウダも」
「アラウダが?グラキエスで何が起こっているんだ!」
リリアーナの声が震えている。
ルスキニアはアラウダが苦戦している状況を考えつつ、ブリッジに響き渡る声で命令を下す。
「インペトゥス最大戦速!私もグラキエス首都に突入する。総員白兵戦に備えよ!」
「グローリア!」
インペトゥスが船体両舷のクロウラーを激しく動かしてグラキエス首都に向かう。
アデス連邦総統ルスキニアも白兵戦に備えて腰の剣を握り締める。
「首都で何が起こっていると言うのだ…アラウダが苦戦する相手とは何なのだ…」
・グラキエス内部
アラウダはグラキエス司令部を制圧していた。
抵抗するグラキエス兵士は皆殺し部隊が片付けた。
鍵の方はケイオスの兵士達が今頃制圧しているはずだ。
グラキエスの4人の長老達はアラウダを見て肩を落とす。
「お前は…ファラフナーズのツインか」
「グラキエスのプリンシパルとマエストロとお見受けする。無駄な抵抗は辞め、アデスの支配を受け入れろ。そうすれば命までは取らない」
「何故だ。何故不干渉を続けてきた我々までも攻撃するのだ。トゥランや他の帰還民の国と違い、我がグラキエスはアデスには戦争を仕掛けておらんぞ」
「そこまでしてこの星の土地が欲しいか」
「ファラフナーズが生きていれば…こんな事は望んでなかったはずだ…お前達はファラフナーズの想いを踏みにじってるのだぞ?」
「10年前…ファラフナーズ様が暗殺された事で、和平など無意味な物だと俺達は理解した…。
ならばこの世界を平和にするには全ての帰還民がアデスの従属を受け入れれば良い。プレステールでギルドが管理していたように」
「プレステール計画は帰還民の帰還をもって完遂した」
アラウダに対しグラキエスの長老が反論する。
「プレステール計画とエグザイル計画が発動した時、この星に残った者は生き残る事は不可能だと考えられていた。
だが…プレステールのギルド人の中には母星に残された民に同情し、自分の意志で母星への残留を決め残留民の生存に協力した者がいた為に計画が狂った」
「…その話は知っている。母星に残る事を決めたのは初代アウグスタとお供のギルド人キュリオス・キールス。
2人共プレステールの生まれだが、プレステールから母星に天下りし残留民をグループ化し纏め上げ、
母星の気象情報伝送処理の為と称してモルヴァリードを作り上げ、プレステールのギルドと起源のギルドにも『アデス』として存在を認めさせた。
最後のキールス家当主は40年程前に帰還民の貴族と結婚して今はリンデマン姓を名乗っているが、
母星の為に尽くしてくれた一族の志はまだ健在だ。息子の方は抜けてる所があるがな」
アラウダが空族に戦艦を盗まれまくっているアデス貴族の事を頭に思い浮かべる。

61 :
「ファラフナーズがグラキエスに交渉しに来た時にもその者とは会ってる。あの純朴な者が『抜けている』と言うならば、
我がグラキエスの民も全員『抜けている』と言う事になるだろう」
「我が民は純朴だ。それ故に戦争や暗殺、騙し合いがまかり通る外国では生きていけないだろう。
世間知らず故、外の世界の物価も知らない上お人好しだ。外の世界に出たら空族と称する連中にカモにされ、
連中の言うがままに財産を不当な価格で物々交換に応じて身ぐるみを剥がれてしまうやも知れん」
「元を辿れば我がグラキエスも他の帰還民も異なるプレステールの異なる国の民族。
プレステールに居住する前にもお互い性質の異なる民、異なる国家として相入れる事は無かったと聞く。
無理に仲良くするよりはお互いに干渉しない方が平和的に暮らせる」
「我々も10年前まではアデスと仲良くやっていけると思っていたが…ファラフナーズが亡くなった今ではもう和平は無理だ。
今のファラフナーズの娘にこの星を纏めるだけの器量があるとは思えない。
それに2年前に帰還してきた最後のエグザイル…『ラストエグザイル』の連中がいる。
プレステールのマエストロを倒しギルドの地位を簒奪したと言う野蛮人が我々やお前達と共存出来るとは思えん。
戦乱の時代が来るならば、被害を最小限に抑える為には我々のようにこちらから手を出さずに領空侵犯して来た者を排除するのが平和的だとは思わんか?」
「アデスがこの星を支配するのが平和をもたらす確実な手段だ」
アラウダの返答はそっけない。
「それに『ラストエグザイル』の連中…アナトレーの戦艦はもう沈めた。水中に沈んでも活動できると言うので無ければアナトレーの戦艦なぞアデス諜報部だけで殲滅できる」
「戦闘用に作られたギルド人は血の気が多いな。元々戦闘用として作られた為好戦的な手段を選ぶ傾向にあるのは仕方ないが…その血の気の多さが命取りだ」
「その事については否定しない。ファラフナーズ様が生きていたら俺もルスキニアも人付き合いの方法を学んでもっと平和的な手段を取れていただろう。
だがもうファラフナーズ様はいない。過ぎた事を悔やんでも仕方がない。グラキエスよ。アデスの支配を受け入れる気になったか?」
「我々の答えは決まっている。やるぞ各々方!」
グラキエスの長老達は手元のコントローラーを操作し何らかの命令を実行する。
「答えは否か…」
アラウダの合図で控えていた皆殺し部隊がグラキエスの長老達を抹Rる。
「ぐはっ」
「ごふぅ」
「くっ…だが遅い…既に『鍵』は解き放った。お前達に彼女を止める事はできん…」
「邪魔はさせんぞ…せめて最後は彼女に自由な世界を見せて…」
最後まで言い切れずにグラキエスの長老は息絶えた。
アラウダは戸惑う。
「鍵を解き放った…だと?」
そしてアラウダの立っている司令部の床が揺れる。
震源は司令部の下…グラキエスの「鍵」がいると思われる場所だ。
アラウダは鍵をケイオス艦隊に任せた事を思い出し、司令部を飛び出した。

62 :
・グラキエス中枢部「鍵」の間
時は少し遡る。
アラウダと共にグラキエス中枢部に攻め込んだケイオス艦隊は司令部をアラウダら皆殺し部隊に任せて、
自分達はグラキエスのエグザイルを操作している「エグザイルの鍵」のいる部屋を制圧していた。
目の前には黒い服を着たショートカットの赤毛の女性が眠っていて、周りにはクラウディア溶液のような物が入ったガラス状の柱のような構造物がある。
「この女性がグラキエスのエグザイルの鍵なのか?」
「体の周りにクラウディアの反応がある。間違い無いだろう」
シヴァが中央部分が膨らんだ試験管のような形をしたクラウディアの磁場を計測する装置をかざして確認する。
「じゃあこの女性をどうにかすればあのグラキエスの壁も内部の星型の防御システムも機能停止するんだな。
えーと取り敢えずどうする?まずは起こすか?」
「そうですね。ディネシュの言う通りまずはこの人の目を覚まさないと…。
起こしたら僕がグラキエス語で降伏勧告しますからアナンダが様子を見ていて下さい」
「心得た」
このメンバーでグラキエス語を話せるのはヴィマルだけだ。
そして相手はグラキエスの重要人物。
敵ではあるが非礼な事はしたくない。
言葉や習慣が違う民族なので男連中が取り囲んでは目覚めた時に余計なトラブルを起こしてしまう。
その為ケイオス遺民団のこのメンバーの中で唯一の女性であるアナンダが「鍵」の傍にいれば、
多少は相手の警戒心を和らげる事が出来るだろうとの配慮だった。
ヴィマルがグラキエスの鍵に話しかける。
『もしもし?こちらはアデス連邦所属ケイオス艦隊のヴィマルと申します。
グラキエスの鍵とお見受けしますが降伏勧告を受け入れてグラキエスの防衛機構を止めてくれませんか?』
ヴィマルがグラキエス語で話しかけながら女性であるアナンダが眠っている鍵の肩を揺すって起こそうとする。
他のメンバーはグラキエスの兵士が鍵を取り戻しに来ないかと周りを警戒している。
『もしもし?起きて下さい。グラキエスの鍵の人!』
「どうだヴィマル、アナンダ。鍵は起きたか?」
「駄目です。こちらの声に反応しません」
「私が激しく体を揺すっても起きない。まるで無理矢理眠らされているかのようだ」
「この部屋の設備は鍵専用の物だよな?この部屋の機材で無理矢理眠らせてるんじゃないか?」
「このガラスの柱が鍵を眠らせているのであれば、これを破壊すれば目覚めるのでは?」
「目が覚めなくてもこのまま担いで捕虜にしてしまっても良いと思うのだが…」
「しかし鍵をどうにかしないとグラキエスの防衛機構は止まらないぞ。Rのは最後の手段だが…それ以外の方法は無いだろうか」
「あのさ、俺達はギルドの技術に詳しくないからギルドの技術に詳しい皆殺し部隊を呼んできて、このグラキエスのお姫様任せた方が良いんじゃね?」
「皆殺し部隊か…いきなり殺したりしないかな?」
「皆殺し部隊だからなあ…殺した方が早いと判断すればRだろう…」
「でもさ、トゥランのリリアーナ姫をラサスから攫ってきた手腕を考えれば、エグザイルの鍵をいきなりRような事はしないと思うんだ俺」
「その考えは甘いな」
「!?」
声のした方を振り返るとグラキエスの鍵が目覚めている。
寝起きのせいか機嫌が悪そうだ。
「お、おいグラキエス語じゃなくて俺達と同じ共通語喋ってるぞ」
「私の脳はエグザイルのデータベースと直結している。ここはグラキエスだからお前達がグラキエス語を話すのが筋だが…
意思疎通に問題があっては適わんからな。お前達の手間を省いてやろう」
「折角グラキエス語習得したのに…じゃなくて共通語話せるのであれば好都合です。アナンダ、彼女に降伏勧告をお願いします」
「分かってる。寝起きの所悪いがすぐにグラキエスの防衛機構を解除してくれ。グラキエスの司令部を含む中枢部も我々アデスが制圧した。
これ以上の戦いはそちらの被害を広げるだけだ。降伏勧告を受け入れれば悪いようにはしない。それと一応身体検査もさせて貰う」
グラキエスの鍵の了承を得る前に迅速に服の上から体に触り危険な武器を持ってないかアナンダがチェックする。
一応用心としてシヴァやディネシュが鍵に銃を向けている。
「私が目覚めたと言う事は…長老達が戦に負けて私を解放したと言う事か。成る程、壁も破壊されてオドラデクもオーバーヒートしたか。
外のアデス艦隊も首都に雪崩れ込んでるようだし、これでは組織的抵抗は無理だな」
エグザイルと通じてるらしきグラキエスの鍵が自分の頭の中と会話するように話し出す。

63 :
「外の艦隊がこっちに来るのか?やった!アデスの…俺達ケイオス艦隊の勝ちだ!」
鍵の発言を聞いたディネシュが戦は終わったとばかりに全身で喜びを表現する。
だがグラキエスの鍵の表情は重い。それに先程から宙を見つめて何やら独り言をぶつぶつと言ってる。
「そうか…ルスキニアはトゥランは生かして利用するが、ハミルトンに追手を差し向けている所を見ると私を生かしておくつもりは無いか…。
成る程、ハミルトンはプレステールで随分と怖い思いをしたようだな。
ふむふむ、自分を守ってくれる人がいるのは心強いが、逃亡生活を続けて心身共に消耗してるようだな」
「?あのーもしもし」
「エグザイルを兵器として使うのは嫌か?それはそうだろう。私だってなるべくならこんな事はしたくなかったし、
出来る事なら争いが続く母星でなく平和なプレステールにずっといたかった。だがこれが鍵として生まれた運命なのだろうな。
風の女神クラウディアの子孫である我々がエグザイルに縛り付けられている限りその宿命には逃げられん」
「おいあんた。さっきから誰と話してるんだ?」
「ハミルトンよ。お前を守っていてくれた人もいつかはお前を守る為に傷付いたり命を落としたりする。
身近な人が傷付くならば最初から誰も近づけずに一人でいた方が被害が少ないとは思わんか?
その方が心が痛い思いをしなくて済むぞ。…そうか、まだ幼いお前には分からないかも知れんな。
エグザイルの過去のデータベースを見れば私の言ってる事も多少分かってくれるとは思うが…今のお前の心には負担が大き過ぎるだろうな。
む、トゥランはもう見たのか?そうか、それでルスキニアの思想に共感したと言う訳か…。
ならば私はお前と戦わなくてはならんな。…いや、お前は私には勝てない。お前は自分の身を守れなかったではないか。
ハミルトンのように最低でも護衛…ああ友達かスマンスマン、最低でも自分を守ってくれる人間を付けとく必要があるぞ。
戦わなくても逃げ続ける事だって出来たはずだ。私か?私は…自分の身は自分で守れる。これからその証明をする」
宙を見ながら見えない誰かと話すような独り言を呟いていたグラキエスの鍵はヴィマルらケイオスの兵士を無視して歩き出す。
「おい、どこへ行くグラキエスの鍵。お前は一応捕虜なんだぞ」
銃を持ったシヴァが歩いて行くグラキエスの鍵の手を掴む。
「私が捕虜だと?悪い冗談だ。それにその『グラキエスの鍵』と言う言い方は辞めろ。長老達なら兎も角余所者のお前らに『鍵』と呼ばれるのは不愉快だ」
「じゃあ何て呼べば良いんだ?お前の名前教えろよ」
「…名前は…言えない」
「は?何を言ってるんだこいつは…頼むから大人しくしていてくれ。勝手に動き回ると抵抗の意志ありと見做して射殺されても文句は言えんぞ」
「射殺だと?ハッ。馬鹿馬鹿しい。出来るものならやってみろアデス兵。私一人だけでもお前達を駆逐できる」
グラキエスの鍵はシヴァの手を乱暴に振り払おうとするが、男性であるシヴァの腕力を女性の力では振りほどけない。
「手を離せ。離さなければ…こうするまでだ。『大地を悠久に閉ざすもの…』」
グラキエスの鍵はグラキエス語で何かを呟いたと思ったら、彼女の手を掴んでいたシヴァが消し飛んだ。
パアアアアアア
グラキエスの鍵が光り出す。良く見ると地面から宙に浮いてるが跡形もなく吹き飛んだシヴァを見たケイオス遺民団にはその事に気付く余裕も無い。
「な、何が起きた!」
「シ、シヴァがミンチに」
「シヴァに何をした貴様ァ!」
周りにいたラケシュが戦闘体勢を取り、アナンダが銃を構える。
だがグラキエスの鍵はそれを見ていないかのように足を進める。
「構わんアナンダ。打て!」
パァン
アナンダがグラキエスの鍵の足を止める為に足に向けて警告の意味も含めて撃つ。
だがその弾丸は見えない壁に弾かれる。
「!?」
「先程私は護衛を必要としないと言ったが…これが答えだ。ツインがいなくても私を傷付ける事はできない」
パァンダダダダダ
アナンダがグラキエスの鍵に向けて銃を連射する。
その弾丸は全て見えない壁に遮られて氷の魔女にダメージを与える事はできない。

64 :
「銃弾を防いだだと?!」
「幻覚じゃない…こいつはクラウディアの磁場を防御壁にしている。ラケシュ!こいつに不用意に近づくな。シヴァのように吹き飛ばされるぞ!」
「魔女だ…こいつは魔女…氷(グラキエス)の魔女だ!」
「もう少し辛抱すれば増援が来る。それまでこいつをここに張り付けておくんだ」
「ヴィマル!銃じゃこいつを足止めできない。戦艦の砲撃を使え」
「分かった。ディネシュも手伝ってくれ」
「あくまで徹底抗戦するつもりか…ならば容赦せん。まずは鬱陶しいお前からだ」
氷の魔女が銃を撃っているアナンダを見据えて突っ込んでくる。
「避けろアナンダ!」
氷の魔女のクラウディアの磁場に触れればシヴァのように吹き飛ばされる。
アナンダならばクラウディアの磁場の隙間から狙撃する事が可能だ。
アナンダを今失う訳にはいかない。
そう思ったラケシュはアナンダを体当たりで突き飛ばし、自分を盾にする。
ドパーン
ラケシュの半身が吹き飛ぶ。
「ラケシューっ!」
「ぐっ…逃げろアナンダ…。お前ならクラウディアの磁場を避けてこいつに有効打を与えられる。
俺に構うな。ここでこいつを止められなかったら今まで死んだ同胞の命が…」
ラケシュが最後の言葉を言い終える前に氷の魔女がクラウディアの磁場(ギルド用語で通称「風」)でラケシュを粉微塵に吹き飛ばす。
「くっ、糞」
「アナンダ早く戦艦に乗って!ディネシュ、このまま氷の魔女に戦艦で突っ込んで下さい!
いくらクラウディアの磁場があっても戦艦の質量を全て無効化する事は出来ません!」
ヴィマルが的確な指示を出してケイオスの戦艦が氷の魔女に…突っ込まずに突如停止する。
「何だ?動かないぞ。どうした機関部!」
「こちら機関部!クラウディアが言う事を聞きません!圧力が一気に…うぎゃああああああ」
機関部から悲鳴が聞こえ、クラウディアの動力パイプが破裂したような音が聞こえる。
「ヴィマル!相手はクラウディアを操る魔女だ!下手に戦艦やヴァンシップで近づくと奴に操られるぞ!
砲術聞こえるか?バッテリーでも手動でも良いからクラウディア機関と切り離して主砲を動かせ!照準が付き次第砲撃を叩きこめ!」
ケイオス艦の艦長が呆気にとられるヴィマルに変わって咄嗟に指示を出す。
ドンドンドン
艦長の指示を受けた砲塔が個別に動いて氷の魔女に向けて砲撃を打ち込む。
だが風を纏っている氷の魔女の動きは軽く、オドラデクの直角機動のように加速Gを無視した避け方で砲弾の直撃を避ける。
「落ち着いたか?ヴィマル」
「え、ああすいません艦長。こんな時に」
「アナンダも戻ってきた。戦艦は私に任せてお前とアナンダは奴の隙を突いて攻撃を仕掛けろ。アナンダの腕とお前の頭脳があれば奴の裏をかけるはずだ」
「と言うと?」
「このまま砲撃を続けて煙幕とし、お前とアナンダは煙幕に紛れて奴の死角に回りこんで狙撃しろ。
奴だって絶対無敵と言う訳じゃない。クラウディアを操っていると言っても奴もクラウディア物理学に沿って動いてる。
磁場はドーナツ型をしているはずだし、砲撃を避けている事から見ても砲弾の速度と重量を受ければ奴はダメージを受けると言う訳だ」
ケイオス艦艦長の指摘でヴィマルははっとする。
確かに魔女のバリヤーが絶対無敵ならば戦艦の突撃を止めたり砲撃を避ける事もしないはずだ。
相手がクラウディアを操る魔女でも現実の物理法則に則って動いてるならば対抗策も見えてくる。
グラキエス攻めの前に戦艦のクラウディア循環弁を狙って狙撃する実験を実施した経験があるので、
あの実験の要領でクラウディアの磁場の隙間を狙えば魔女を倒す事も可能だ。
「アナンダ。僕と一緒に来て下さい。魔女を倒すのに協力して貰います」
「しかしそれではこの艦が…」
「こっちなら任せとけって。俺や艦長が魔女を引き付けるからお前達は隙を狙って魔女を倒してくれ」
ディネシュが「こちらは大丈夫だ」という表情でヴィマルとアナンダに答える。
こんな時はディネシュの楽天的な考えが頼もしく見える。
「分かった…じゃあ後は頼んだぞディネシュ」
「おう、2人共行ってらっしゃい」
戦艦から降りて煙幕に紛れる2人を見送るディネシュ。

65 :
「とは言ったものの、持ちこたえられそうにもないなあ…。艦長はどうです?」
「儂ももう長くは無いだろう。ディネシュ。儂をこの柱に縛り付けてくれんか?もう足に力が入らず立っとる事もできん」
ケイオス艦艦長の足元は自身から流れる血で血溜まりが出来ていて滑って立つ事もままならない状態だ。
「ケイオス名物の自爆特攻やる気ですか?クラウディアは止められてるから使えませんけど、エンジンと火薬庫爆発させてこの一帯を崩落させる事なら出来ますよ」
「特攻するのはアナンダ達が失敗した後だな。それまでは援護を続けよう。ディネシュ。お前まで儂の我侭に付き合う必要は無いんだぞ?」
「なーに言ってるんですか艦長。俺なんかもう怖くて怖くて腰が抜けてここから動けなくなっちゃってるんですよ?最後まで付き合いますって」
一方ヴィマルとアナンダは戦艦から降りて、煙幕に紛れて近くの岩陰に身を潜める。
「アナンダ。あなたならクラウディアの磁場の隙間を狙って狙撃できます。僕はあの魔女の動きを止める為に囮になりますのでそこを狙って下さい」
「お前が囮に?無理だ!一瞬でミンチにされるぞ」
「ただでやられるつもりはありません。分の悪い賭けかも知れませんが対抗策はちゃんとあります」
ヴィマルはそう言うと周辺に落ちている武器や軍の備品を集めだす。
「ヴィマル。手榴弾や信号弾は分かるが、望遠鏡や発光信号用のライトを何に使うつもりだ?」
「まあ見ていて下さい。相手を撃破するだけが戦術だけではないって事を見せて上げます」
ヴィマルはそう言って手元の武器を組み合わせ始めた。
「どうした?お前達の力はこの程度の物なのか?これだったらエグザイルに任せず私が出陣した方が早かったな。長老達は判断を誤った…」
ケイオスの戦艦の砲弾が尽きてきたのか砲撃の発射間隔が長くなっている。
砲弾の直撃を受ければ鍵個人が展開できるクラウディアの磁場を貫通してしまうが、光の早さで攻撃するのでも無い限り、
砲塔の向きと照準を合わせる時間を考慮すればヴァンシップ程度の速さを出せれば避ける事は十分可能だ。
砲弾の破片や上から落ちてくる氷や岩石の細かい破片程度ならば氷の魔女の発するクラウディアで十分防げる。
今の魔女の戦闘力を例えるならば、稼働時間の制限が無くなりクラウディアの磁場を強力にした人間サイズのオドラデクと言った感じだ。
ヴァンシップならばヒットアンドアウェイを繰り返して魔女を消耗させる事も出来ただろうが、
グラキエス内部のような狭い空間でヴァンシップを動かせる人間は世界中を見渡しても極僅か。
グラキエスが把握している限りではまだこの世界でヴァンシップを本格的に戦闘に使っている国は無い。
氷の魔女個人の知る範囲では、最近母星に帰還してきた最後のエグザイル(ラストエグザイル)のアナトレーと言う国が戦闘用ヴァンシップの運用を重視していると言う事を、
ラストエグザイルの鍵であるハミルトンと言う少女を通して知ったが、アナトレーはグラキエスと戦う意志は無いとの事なので問題は無い。
「この分ならオドラデクを自動防衛モードに設定して私が直接ルスキニアを狙った方が被害が少なくなるかな?」
この戦争を主導しているのはアデス総統のルスキニアだ。
アデス国民も帰還民排除を願ってはいるが、ルスキニアを失えば統率を欠いて周辺諸国が個別に反撃するだけでも十分抑え込む事は出来ると氷の魔女は考えた。
だがまずは通路を塞いでいるケイオスの戦艦を退かさなければならない。
戦艦を破壊しても隙間から人が通る事は出来るが、オドラデク等のヴァンシップが通るには不便だ。
ケイオス艦は外に出すか広い場所で破壊するのが得策だ。
「さて、この辺りで撃破すれば邪魔にならないかな」
氷の魔女がケイオス艦に止めを刺そうと近づいた次の瞬間。
「動くな!」
声のした方を振り向くとケイオスの眼鏡をかけた兵士が不恰好な銃らしき物を構えている。
氷の魔女が目覚めた時にグラキエス語を話していたヴィマルとか言う兵士だ。
「なんだメガネ。まだ生きていたのか。姿を見せないから逃げたと思ったのに…馬鹿な奴だ。
大方味方を逃がそうと囮になろうとしているんだろ?無駄だ無駄。お前達では私を倒す事は出来んと学習しただろ」
「いいえ、僕達だけでもあなたを倒せます」
ヴィマルはそう言うと手元の不恰好な銃を構えて氷の魔女に向ける。
その銃口にはレンズが嵌めてあった。

66 :
ピカッ
「!?」
視界が光で溢れ、氷の魔女は咄嗟に目を瞑う。
「くっ、目潰しか」
ヴィマルは望遠鏡と発行信号用のライトと信号弾用の火薬を組み合わせる事で即席の光線銃を作り上げた。
光線銃と言っても古代神話や災厄の時代以前の戦争で伝えられるような鉄板を破壊する程の威力は無い。
だが、焦点さえ合えば紙や藁に点火する位の事は出来るし、人に向けて使えば…失明させる事が出来る。
「視界は封じました!今ですアナンダ!」
パァン
魔女の顔目掛けて発射された銃弾が命中し魔女の顔から血が飛び散り魔女が倒れる。
「やったぞヴィマル!シヴァとラケシュの仇を取った!」
「まだです。確実に死んだのを確認するまで安心できません」
ヴィマルは自作の光線銃を倒れた魔女の顔に当て続ける。
信号弾の照明弾用の火薬が燃え尽きるまで魔女の頭に光の焦点を合わせて魔女の視界を封じ続けるつもりだ。
そして片手で手元に取っておいた手榴弾を魔女に向けて投げる。
ドカーン
衝撃で地面に横たわった魔女の体がゴロリと一回転する。
光線銃の火薬も尽きて光が出なくなるとヴィマルは光線銃を投げ捨てた。
「……」
「死んだか?」
「分かりません。念の為戦艦の砲撃で死体を確実に破壊しましょう。ディネシュ。まだ砲撃はできますか?」
「おう。残り一発だけ残ってる。」
戦艦の拡声器からディネシュの応答が返ってくる。
「確実に当てて下さい。そして更に死体の上で戦艦を自爆させましょう」
「そこまでやるか…ヴィマル変わったな。まるで死んだシヴァが乗り移ったかのような慎重さだ。
OK、艦長の許可は取った。艦長を運び出すのに手を貸せよ。死体を撃つからちょっと離れていてくれ」
しかし撃つ前に魔女の体が動く。
「!」
「良くもやってくれたなああああああああああ」
目にも止まらぬ速さでアナンダとヴィマルに掴みかかった魔女が2人の喉を握力だけで握り潰す。
「何故見えるって顔してるなあ?片目瞑っていたんだよおおお!暗い所から明るい所に出る時に両目開けていたら両目とも光に慣れるまで見えなくなっちまうだろお?
片目瞑る癖がこんな所で役に立つなんて思っても見なかったぜ!おい女。お前が当てた目は潰れた方の目だし、
メガネが光で焼いた顔も潰れた目の方だから、お前らのやった事は私の顔半分を滅茶苦茶にしただけってこった。こんちくしょおおおおおおお」
アナンダとヴィマルの首は変な方向に折れ曲がっていて既に魔女の言ってる事は耳に入ってない。
2人が死体になっても魔女は自分の顔を滅茶苦茶にした相手に文句を言い続けている。
「こんな顔でどうやって人に会えって言うんだよ…皆私を怖がるじゃないか。特にハミルトンなんて怖がりなんだぞ?
戦争が終わって平和になったら一緒に遊ぼうって約束したのに…こんな顔じゃああの子が泣いちまうだろ…どうしてくれんだよてめえら」
氷の魔女が振り返り、ケイオス艦のブリッジを睨みつける。
「うわあああああああああ」
「落ち着けディネシュ!このまま奴を戦艦で轢き殺せ!」
悲鳴を上げるディネシュを叱咤しケイオス艦長が戦艦のクロウラーを全開駆動させて氷の魔女に突っ込む。
艦首に魔女を引っ掛けたまま壁に激突し、横転した戦艦が横倒しになったクロウラーで更に氷の魔女をミンチにしようと試みる。
小型と云えど戦艦の質量を人間サイズのクラウディアの磁場で無効化できるとは思えない。
ケイオス艦長は一瞬自爆を辞めて魔女の死体を確認しようかと思ったが、その考えを振り払う。
あれだけの事をして生きていた怪物なのだ。
下手な油断は命取り。
「ディネシュ!運良く生き残っていたらお前からヴァサント将軍に報告してくれ!ケイオス遺民団は最後の一兵に至るまで戦い抜いたとな!」
「か、艦長?」
「後は任せたぞディネシュ!ケイオス万歳!」
アデスお決まりの「グローリア」ではなくケイオス昔さながらの「万歳」を叫んでケイオス艦が爆発する。
ズガーン
戦艦の爆発が周囲をの壁や天井を崩落させる。この分だと他の区画にも爆発音は確実に届いてるだろう。
暫くして崩落した瓦礫の下からボロボロになったディネシュが這い出てくる。
呆然と立つディネシュ。
自分以外の仲間は全て死んだ。
ヴィマル、アナンダ、シヴァ、ラケシュ、艦長の顔を思い浮かべ涙ぐむ。
しかし自分にはまだ残された役目が残っている。
この惨状をアデス本隊に伝えてアデス本国に残っている同郷のヴァサント将軍に伝えないと死んでも死に切れない。
ディネシュは足を引きずりながら外へ向かう。

67 :
キュイイイイイン
向こうからこちらに飛んでくるのは皆殺し部隊のヴァンシップだ。
「諜報部か…地獄に仏とはこの事だな」
アデス本国では皆殺し部隊と呼ばれ忌み嫌われている彼らだが、こんな状況では頼もしく見える。
自分は本国に生きて戻れるか怪しい所だが、諜報部の彼らに伝言を託すのも良いかも知れない。
ヴァンシップから灰色の服を着た男が飛び降りる。
もう目が霞んで良く見えないが、白い頭を見ると諜報部のトップのアラウダだろう。
短い間だったがオドラデクを相手に共闘した戦友だ。
彼にこの戦いの顛末を伝えよう。
そう思ってディネシュがアラウダに話しかける前に後ろから声がかけられる。
「よう。遅かったな。ファラフナーズのツイン」
そんなはずは無いと思いながらゆっくりと後ろを振り向くと殺したはずの氷の魔女が立っている。
「あ、あはっ、アハハハハハハハ、アーハッハッハッハッハッハー」
絶望に狂ったディネシュが涙を流しながら笑い狂う。
そして氷の魔女がディネシュをクラウディアの磁場を纏いながら蹴り飛ばし、全身の骨と関節が破壊され死んだディネシュの体は壊れた人形のような体勢でアラウダに向けて吹っ飛んでいく。
「この惨状は…お前がやったのか?グラキエスの鍵…」
ディネシュだった物体を受け止めつつアラウダが呟く。
先程の揺れと爆発音の震源地と思われる所に駆けつけたら天井も壁も崩落していた。
天井には穴が空き、グラキエス特有のどんよりとした空が見える。
「私じゃなくてケイオスの連中の仕業さ。よくも余所の土地だと思って好き放題暴れまわってくれた物だな」
「ケイオスが…」
「ああ、長老や巫女達がケイオスとの白兵戦を恐れていた理由が良く分かったよ。私は正直舐めていた。
ギルドの超技術を持たない連中だったら私が暴れれば排除できると思ってた。認めるよ。
ケイオスは強かった。舐めていた結果がこのザマだよ。お前の片割れと同じだな」
氷の魔女の顔の半分は焼け爛れていて片目も見えなくなっている。
10年前のテロで片目を失ったルスキニアと同じだと魔女は言ってるのだ。
「後悔先に立たずって言うよな?良く考えてみれば10年前のあのテロでお前達ツインは多勢のテロリスト達からファラフナーズを守れなかったんだ。
ギルド人なら地上人に負ける訳がないって余裕と油断と驕りがあの惨劇を発生させたんだ。それを学ばなかった結果がこれさ」
「……」
魔女が自嘲気味に笑う。
「さてと、お喋りは終わりだ。時間は稼がせてもらったよ。もう余裕振るのは辞める。ここからどれだけお前達を押し返せるか分からないけど…手は抜かない」
アラウダの後方から戦闘の音が響く。
キュイーンキュルルルルルズババババカキンカキン
「オドラデクの生産ラインは止まっていても今まで生産したオドラデクは残っている。
オーバーヒートさせる作戦は良かったがあちこちに穴が空いて気温が低下してはもうあの方法は使えまい。私も用心して防御を優先しよう」
アラウダの後方からオドラデクの編隊が飛んできてアラウダを攻撃する。
しかし以前のオドラデクと違って動きに統制が取れている。氷の魔女が直接指揮を取っているせいだろうか?
皆殺し部隊も独自にオドラデクと戦ってはいるが、オドラデクの数に対して人数が少ないので防戦一方だ。
氷の魔女もオドラデクの1つに乗り込み防御を固める。
戦艦の砲撃が当たれば破壊は可能だが通路が崩落してしまった今ではヴァンシップや個人で持てる武器で倒すしかない。
オドラデクの弱点は装甲の継ぎ目とオーバーヒートだが、相手もそれを分かっていて継ぎ目を狙撃出来ないように独楽や手裏剣
(ケイオスに伝わる遊具や武器)のような回転機動を描きながら攻撃を加えてくるし、
オーバーヒートも天井に穴が空いて外の極寒の空気が流れ込んでくるこの状況では期待できない(20分の限界稼働時間を超えて動き続ける可能性もある)
(今の俺にあのオドラデクを倒せるだろうか?いや、その前に生き残れるだろうか?)
アラウダの困難な戦いが始まった。

68 :
・アデス艦隊
「ルスキニア総統に続けーっ!」
グラキエスに突入したアデス艦隊はルスキニアとリリアーナを先頭にしてオドラデクを撃破しつつグラキエスの鍵がいる中枢部へと向かっていた。
「皆さん。私の傍から離れないで下さい」
ミュステリオンの詠唱によりクラウディアの磁場を展開したリリアーナを中心にした部隊がオドラデクの攻撃を弾きながら移動している。
ルスキニアはリリアーナの磁場の中から外を走っていてオドラデクを引き付ける囮となっている。
「今だ!星型を撃て!」
ズダダダダダダ
ルスキニアを狙っていたオドラデクがアデス兵の一斉射撃で撃墜される。
回転しながら装甲の継ぎ目に当たらないような動きをしていても、大量の弾丸を食らえば幾つかはまぐれ当たりで装甲の継ぎ目を通り抜けるし、
そもそもオドラデクの装甲もヴァンシップの機銃程度の攻撃を受ければダメージを受けて破壊される。
基本的には物量頼みの単純な作戦だが、単純であるが故に効果を発揮していた。
他の部隊ではルスキニアの囮やリリアーナの加護が無いが、第四艦隊の新兵器の対ヴァンシップ用の炸裂弾を外し、
台車に乗せて運用する事で兵の被害を少なくしつつ堅実にオドラデクを撃破していってる。
「グラキエスの司令部は…こっちか」
皆殺し部隊の残した情報を頼りにルスキニアが分かれ道を進むと天井全体が巨大なモニターとなっている空間に出た。
「まずはオドラデクの機能を停止せねば…」
ルスキニアがグラキエスの長老達が座っていたと思しき4つの席に着いて手元の球体型のコントローラーに手をかざす。
キュルルルルガシャガシャガシャッ
グラキエス内部で無人稼働していたオドラデクが次々に機能を停止する。
グラキエス司令部のモニターでその様子を確認したルスキニアはコントローラーを通してグラキエス全体に放送を流す。
「私はアデス連邦総統ルスキニア・ハーフェズである。グラキエスの司令部は我々が占拠した。現在抵抗中のグラキエスの民は速やかに降伏せよ」
同じ内容をグラキエス語で再度繰り返す。
程なくしてあちこちからアデス兵の歓声とグラキエス人の落胆の声が手元のコントローラーを通して占拠したグラキエス司令部に伝わる。
「後はグラキエスの鍵か…」
無人のオドラデクは命令に従って機能を停止したが、グラキエスの鍵が乗り込んで有人で動いているオドラデクはまだ動いている。
隣ではリリアーナがルスキニアと同様にコントローラーを通してグラキエスの鍵に戦いを辞めるように説得している。
しかしコントローラーを使って鍵同士の精神を増幅しての説得も効果が無いようだ。
落胆したリリアーナがルスキニアに顔を向ける。
「その様子ではグラキエスの鍵は降伏には応じなかったようだな」
「はい…彼女は『氷(グラキエス)の魔女』を自称してグラキエスからアデス兵を全て排除するつもりで現在アラウダと戦っています。
ルスキニアがここにいる事を知ったのであなたを倒しにすぐにここまで来るでしょう」
「オドラデク相手でもアラウダが遅れをとるとは思えないが、中に鍵が乗っているとなると厄介だな…」
エグザイルの鍵単体でもミュステリオンを唱えれば銃弾を弾く位のクラウディアの磁場を展開できる事はルスキニアがリリアーナを使って証明している。
そして普段でも頑丈なオドラデクに鍵が乗ればその防御力は一段と強化される。
ルスキニアは手元のコントローラーを使い氷の魔女を倒す手段はないかグラキエスの兵器庫の検索を始める。
「この場で戦う事になるだろうが、何か役に立つ物は…む、これは」
ルスキニアはグラキエスのヴァンシップ隊が侵入者や撃墜した戦艦から押収接収した機材のリストからある物を発見する。
「これならばクラウディアの磁場を無効化できる…。このリストに記された物を直ちにここに持って来い」
ルスキニアは近くに控えていた諜報部員にリストを手渡す。
リストを受け取った諜報部員はリストを一瞥すると記された物を取りに司令部を離れる。
すると諜報部員と入れ違いにアラウダを引っ掛けたオドラデクがグラキエス司令部に突っ込んできた。
「てめえが今のアデスのラスボスか!ぶっ殺してやる。覚悟しな」
オドラデクの外部スピーカーから中に乗っている氷の魔女の声がルスキニアに発せられると同時にオドラデクがアラウダをルスキニアに向かって投げ飛ばす。
「ぐっ」
ツインとして教育された者ならば咄嗟に避けるのだが、投げられたのがまだ生きているアラウダだったのと、
ツインとしての訓練を辞めて年月が経過していた為に、ルスキニアは投げられたアラウダの体を避けずに受け止めて、アラウダと一緒に後ろの壁に叩きつけられる。

69 :
「ルスキニア!」
リリアーナが悲鳴を上げる。
しかしオドラデクに乗った氷の魔女はそんな事はお構いなしにアラウダ諸共ルスキニアをオドラデクの腕で突き刺そうと腕を振るってきた。
「ルキア。蹴るぞ」
アラウダがルスキニアに声をかけ2人はお互いの体を蹴り合ってオドラデクの攻撃が命中する場所から左右に飛び退く。
ルスキニアはツインとしてアラウダと共に長年訓練を重ねてきた間柄だ。
僅かな身振り手振りと発言でお互いの意図を理解して同時に動く事は今でもできる。
ツインの2人が左右に別れた事でオドラデクに乗った氷の魔女は一瞬どっちを先に攻撃するか迷ったようだ。
その間にツインは体勢を立て直して武器を構える。
アラウダはギルド製の双剣を、ルスキニアは腰の長剣を。
そして同時にオドラデクに飛びかかる。
前後から、左右から、上下から。
互いに反対方向から飛びかかる事で相手の注意を逸らしつつ、注意の逸れた方が攻撃を加える戦術だ。
撹乱されながらツインに攻撃を加えるオドラデクの動きから、氷の魔女の意識はルスキニアの方を重視している事が分かる。
「こいつら…二人組になった途端ウロチョロと…」
氷の魔女がツインの動きに苛立っている事がリリアーナにも分かる。
今のツインはオドラデクに確実なダメージを与えられない事が分かっているので、相手を苛立たせながら消耗させる戦術を取っているのだ。
射撃せずに腕を振り回す戦いしかしてないのは、恐らくアラウダとの戦いで残弾が尽きたせいだと思われる。
オドラデクの周りを付かず離れずに動くツインには余裕が見て取れた。
傍目から見ると2人の天使が巨大な白い彫像の周りをダンスしながら踊っているようにも見える。
(くそっ、何でこいつらはこんなに余裕があるんだ?私は長老や巫女達の仇を取ろうとしているのに、これじゃまるでピエロじゃねえか!)
オドラデクの操縦席で氷の魔女が苛立ちを募らせる。
ルスキニアを発見した時はこれで目的を達成できると内心喜んだが今では焦りの感情が強い。
一瞬オドラデクの操縦席から出て生身でツインの相手をしようかと思ったが、冷静になってその考えを取り下げる。
(そうだ。ツインはこのオドラデクと私に有効打を与えられないでいる。
そしてさっきから挑発するような動きを繰り返しているのはこちらが痺れを切らすのを待っているんだ。
連中の狙いはオドラデクから私を引き出して防御の低下した所を目潰しか何か…或いは集光兵器やガスで倒すつもりなのだろう)
焦る事は無い。
こちらはギルド製ヴァンシップに乗って圧倒的な優位になる。
相手は生身だ。
いつかは体力が尽きてツインの連携にもミスが出る。
そこを狙って倒せば良い。
氷の魔女は冷静さを取り戻してそう結論づけるとオドラデクの操縦席でアラートが鳴る。
ピコーン
(この反応は…ヴァンシップか?)
小型のクラウディア機関の音のする方向を見ると、先程グラキエス司令部からリストを持って出ていったアデスの諜報部員の男が
小型のヴァンシップ…ヴェスパに跨って司令部に入ってきた。
「ぶっ、ぶははははは」
その光景をオドラデク内部のモニターで確認した氷の魔女は外部に笑い声が漏れるのも構わず大笑いする。
「な、なんなんだその玩具みたいなヴァンシップは!?ひょっとしてその玩具がお前らの秘密兵器か?あっはっはっはっは。乗ってる奴と全然合ってねーよ」
今ヴェスパの上に乗ってるのはアデス連邦諜報部…通称皆殺し部隊の構成員である。
灰色のギルド服と顔のペインティングと無表情は普段なら不気味さを感じさせる物だが、鯨のマークが書かれた小型ヴァンシップを操縦する姿はどう見てもマッチしてない。
これが体の小柄な少年少女だったら似合うだろうが、無表情の真面目な大男が可愛い鯨のマークの小さな機体に乗っているのだ。
氷の魔女は10年前のグランレースの時に優勝者の太った男2人が同じ機体に乗っていた事を思い出す。
だがルスキニアは笑わない。
目当ての物を諜報部員が持って来た事を確認し目線で合図を送る。
シューッパラパラパラ
ルスキニアからの合図を受けてヴェスパに乗っていた諜報部員は機体左右の銛を発射し、発射された銛から放出された金属箔がグラキエス司令部の天井を舞う。
「チャフ?紙吹雪?まさかお前達今更こちらと仲直りしようとしてるんじゃねーだろーなー」

70 :
氷の魔女はエグザイルのデータベースと自分の記憶を照らし合わせて紙吹雪の意味を確認する。
10年前のグランレースの時もアデスのアウグスタであるファラフナーズがレース会場で紙吹雪や花びらを盛大に散らしていた。
ギルドではマエストロ等の組織上位の人間が紙吹雪や花びらを撒く事は「私はあなたを攻撃しません」「私はあなたを支援します」等を意味する。
グランレースでファラフナーズがやったのも「アデスは帰還民国家と良好な関係を築きます」「戦争はしません」とアピールする意味を含んでいる。
元々はエグザイルが起動した時に鍵の乗っている乗り物を攻撃しないように、乗り物に対して放出するピンクだか赤だかの光の粒子がこれらの行為の起源だ。
エグザイルの放出する光の粒子を受けてエグザイルから非攻撃対象と認識された乗り物はエグザイルが自動防衛モードであって触手の攻撃を受ける事は無い。
プレステールのギルドのマエストロが乗る船が赤い色なのもこのエグザイルの放出する赤だかピンクの光の粒子の色が元になっている。
氷の魔女も自分がプレステールにいた幼少期に目の前でエグザイルがピンク色の粒子を放出した事は漠然と覚えている。
ギルドや国のトップが紙吹雪や花びらを撒き散らすとはそのような意味があるのだ。
しかし今戦争している最中に目の前でそのような行為をするのは白旗を上げながら攻撃を続けるのと同義。
戦争のルールとかギルド人としてのルールを逸脱し…侮辱する行為である。
(ファラフナーズよ…あんたが死んでからあんたのツインはとうとうギルドの倫理をも踏み躙る外道に堕ちてしまいましたよ…)
氷の魔女は今は亡きファラフナーズに対して内心で呟く。
「もう怒りを通り越して呆れるしかないな…。元ギルド人と云えど、ここまでギルドの慣習やルールを無視するとは…お前らには心底失望したよ」
氷の魔女は侮蔑を含んだ声をツインに対して告げる。
「何か勘違いしているようだな。この金属箔はギルドにおいての非攻撃認定を狙っての物ではない」
「そうか…それを聞いて安心したぜ。お前らがまだギルド人としての心を持ってる間にファラフナーズの元に送ってやる。天国で先代アウグスタに宜しくな」
疲れて床に座り込んで動かないルスキニアにオドラデクがクラウディアの磁場を押し付けて止めを刺そうと攻撃をしてくる。
しかしオドラデクのバランスが突如崩れて床に墜落する。
ガシャーン
(な、なんだ?オドラデクのクラウディア圧がいきなり落ちたぞ?)
オドラデクのクラウディアだけでなく氷の魔女自身のクラウディアの磁場も消えつつある。
(この金属箔のせいか?)
飛べなくなったオドラデクを変形させて白兵戦モードにするが、軽やかに舞うツインの動きにはとてもついていけない。
オドラデクの前足でツインを払いのけようとするが空振りして避けられる。
この隙を見逃すツインではない。
ルスキニアとアラウダが正面と背中から同時にオドラデクの操縦席目掛けて剣を突き立てる。
「がはっ」
手応えがあった。
止めを刺す為に操縦席のハッチを開けると中から胸を串刺しにされた氷の魔女が転がり出てくる。
グラキエス司令部の床が氷の魔女の血で赤い花を咲かせる。
「お前ら…何をした…?この紙吹雪は…」
虫の息の氷の魔女が息も絶え絶えに金属箔の事を問う。
「これはクラウディアの磁場を無力化させる金属箔だ。主に空族が使用している。
何故グラキエスに空族の武装があったのかは知らんが、恐らくグラキエスに侵入した空族を拿捕するかして手に入れた物だろう」
「クラウディアを無力化…?そうか、そんな物があるのか…世の中は広いな…」
「お前の命はもう長くは持たない。何か言い残す事はあるか?」
「もう…口で話すのもめんどくせぇ…遺言は…クラウディアの姉妹達に伝えるよ…」
そう言うと氷の魔女はリリアーナを見つめて…息を引き取った。
「クラウディアの姉妹…エグザイルの鍵の事か。リリアーナ。グラキエスの鍵は何と?」
「彼女は…『何故私達は生まれてきたんだろうな』と言ってました。それともう一つは…」
リリアーナがルスキニアにそれを伝えようとする前にアデス兵がルスキニアに報告する。
「総統。グラキエスの全区画の制圧完了しました。それと第三艦隊もこちらに到着するとの事です」
報告を聞いたルスキニアがアデスの指導者としての顔を取り戻し配下の兵に命令を下す。

71 :
「グラキエス制圧完了を本国に伝えよ。それと負傷者の治療と、負傷してない者は引き続きグラキエスの軍人の武装解除と民間人の移送の仕事に移れ」
「グローリア」
「アラウダ。君は引き続きこの中枢部の調査と…この者の埋葬を頼む。私はリリアーナと共にインペトゥスに一旦戻って指示を出す」
「分かった…」
ルスキニア達は自分の仕事を遂行する為次々とグラキエス司令部を後にする。
グラキエス司令部に1人残ったアラウダは床の上に倒れた氷の魔女を見て呟く。
「すまない…」
・襲撃された空族の拠点
「グラキエスの声が聞こえなくなった…」
「そう…」
「エグザイルは戦争の為にあるんじゃないのに…」
「そうだね」
アルとディーオはアデスの皆殺し部隊に追われて身を隠していた。
アナトレー入植地にいるとクラウスやラヴィを巻き込む可能性がある為、ディーオは空族に助けを求めようと
「グラキエスの彼女は最後まで名前が無かった」
「そうだったんだ…」
ギルド人の間では培養槽等で生まれた下層階級は一人前と認められるまで名前が無い。
グラキエスの長老達からすればエグザイルの鍵は女神同然なので名前を付けなくても崇めていれば良いと考えていたようだが、
30近くになっても名無しの彼女にとってはコンプレックスになっていたようだ。
幾ら鍵だ女神だと崇められていても友達らしい友達はいないしグラキエスの外にも出られない。
その為彼女は自分と同等となる友達を欲していた。
彼女がアルと交信した時にディーオがクラウスに「インメルマン」と言うあだ名を付けて現在に至るまでにその名前で読んでいる事を伝えたら、
グラキエスの彼女は「じゃあ自分に名前を付けてくれ」と言ってきた。
彼女はあだ名でも良いから自分に名前をつけて欲しかったようだ。
彼女がアルやリリアーナを名前ではなく姓である「ハミルトン」や「トゥラン」と呼んでいたのもそれが関係している(名前を付けてもらったらお互いを名前で呼ぼうと言っていた)
戦争が終わって平和になったら遊びに行こうと言っていたが、結局その夢は叶わなかった。
「彼女は遺言で『女神とか魔女とかじゃなくてこんな力を持たない普通に名前を持つ普通の女の子として生きたかった』って言ってた…。
ねえ、ディーオ。私達はエグザイルの鍵として生まれたら死ぬまでこの運命から逃げられないのかな?」
「…そんな事無いよ。空にあるコクーンの数から見ても、まだ鍵として見つかっていないのが4人はいるはず。
ギルドの技術でも発見できないような方法はきっとある。この戦争が終わったらその方法を探そ?」
「うん…」
この日をもってアデスのグラキエス攻めは完了した。
リリアーナ姫がグラキエスの民から「トゥランの魔女」と言われるようになったのはこの時からである。
終わり

72 :
今回の投下は以上です(修正:>>52は9/29ではなく10/29です)
エグザイル大戦のイメージは
ラストエグザイル -銀翼のファム- 〜終わらない反省会〜
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/anime2/1332998175/
の395、396を元に加筆修正しました。
ケイオス艦隊はアニメ本編での出番があれだけじゃ寂しいので活躍させてみた。
グラキエスの鍵については完全にオリキャラ設定です(アニメじゃ全く描写無し)
投下する量が多く、途中で連投規制に引っかかって時間を空けての投下になってすいませんでした。

73 :
時系列:母星入植後から2期の間(砂時計の連中とは遭遇済み)
「やあインメルマン。メリークリスマス!」
とある冬の夜、ギルド人のディーオ・エラクレアが珍妙な格好をしてクラウス達が済んでる家の扉を叩く。
扉を開けたクラウスはディーオの奇天烈な格好に驚くが、ディーオが奇妙奇天烈なのは今に始まった事では無いので、
いつもの事かと思いつつディーオに挨拶をする。
「やあディーオどうしたのその格好?それにメリークリスマスって何?」
「ディーオ、あんたまたどっかの国の挨拶覚えてきたの?取り敢えず寒いからドア閉めなさいよ」
クラウスの後ろからラヴィが顔を出す。
「え?何って今日はクリスマスだからサンタの格好をして来たんだけど…アルにプレゼント渡すからこの格好の方が良いかなーって思って」
「クリスマス?サンタ?何それギルドの風習?」
クラウスとラヴィの反応は鈍い。
どうやらアナトレーにはクリスマスの風習は無いようだ。
「えーとクリスマスと言うのはねえ…」
「あ、ディーオ久しぶり。メリークリスマス!」
ディーオがクラウス達に説明しようとした所、隣のモラン達の住んでる家からドゥーニャが顔を出してサンタの格好をしたディーオにクリスマスの挨拶をする。
「やあ、ドゥーニャ。メリークリスマス。サンタの格好知ってる人がいて良かった。インメルマンにどう説明しようかと思っていた所なんだ」
「お、ディーオじゃねえか。ドゥーニャから聞いたけどその格好がサンタクロースって奴か?」
ドゥーニャの後ろから夫のモランが顔を出す。
どうやらモランはドゥーニャからクリスマスの何たるかの説明を聞いてクラウス達よりも理解してるらしい。
「モラン。あんたクリスマスって分かるの?と言うかドゥーニャも知ってるようだしクリスマスって言うのはギルドとデュシスに共通の風習なの?」
ラヴィがドゥーニャとディーオを交互に見て疑問を口にする。
「あ、そうか。アナトレーにはクリスマスの風習は無いのか」
「アナトレーは暑いからねー。サンタが乗るトナカイもソリも無いから随分と昔に廃れちゃったのかなあ」
「トナカイ?ソリ?ソリってのは雪の上を走る写真の無い馬車の事だっけ?トナカイってのは何?」
ドゥーニャとディーオの会話の中に出て来た単語にラヴィが反応する。
母星に移民して「冬」「雪」と言うプレステールのアナトレーでは馴染みのない環境にクラウスらアナトレー人は苦労したが、
デュシス人であるドゥーニャや母星に入植した他のデュシス人の助けにより豪雪地帯で使う道具を作る事で入植者はこの冬を乗り切ろうとしていた。
ラヴィもクラウスも最初は地面に積もった雪に感激していたが、荷車の車輪が雪上では上手く取り扱えない事に苦労して、
それを見たデュシス人のドゥーニャがソリを作り(実際に木材を加工したのは尻に敷かれたモラン)クラウス達もソリの使い方に慣れていた所だった。
「アナトレーにはトナカイはいないのか…えーとトナカイってのは、鹿の一種だと思っとけば良いよ。
それとサンタクロースってのは赤い服を着た白い髭のお爺さんで、クリスマス…つまり年末のこの日になると空飛ぶトナカイとソリに乗って子供達にプレゼントを配るの」
「空飛ぶ鹿とソリ?デュシスの鹿って空飛ぶの!?それにソリって雪の上だけでなく飛ぶ事もできるの!?」
クラウスがドゥーニャの説明に驚く。
先の戦争でデュシスにもたらされたギルドの技術は多いが、アナトレーのようなヴァンシップのような乗り物は無かったはずだ。
「おいおいクラウス。流石にデュシスでも空飛ぶ鹿はいないって。俺もドゥーニャから聞いて初めて知ったけど、クリスマスってのは要はお伽話だ。
この時期になると赤い防寒着を着た老人が空飛ぶ鹿とソリに乗って寝ている子供達に気付かれないようにプレゼントを配るって都市伝説だ。
実際は親がプレゼント買って子供が寝てる間に枕元に置くって話だ。俺は既に眠りこけてるドゥーニャの弟達にプレゼント置いてきたぜ」
モランが胸を張りつつクラウスにクリスマスの何たるかを説明する。

74 :
「なーんだお伽話かー。てっきりデュシスにはあたし達の知らない未確認飛行物体でも存在してるのかと思った。成る程それでモラン達の家はさっきまで騒がしかった訳だ」
「ごめんラヴィ。あたしてっきりアナトレーにもクリスマスの風習があるかと思って知らせてなかった…」
「いいのよドゥーニャ。アナトレーとデュシスは環境も文化も違うんだから、これからもこんな風なお互いの知らない異文化体験なんていくらでもあるわよ。その都度気にしていたら胃がもたないわよ」
「えーと僕はそのサンタの格好をしてアルヴィスにプレゼントを渡そうとしてるんだけど、アルヴィスはもう寝た?」
ディーオが扉から家の中を覗き込むとアルヴィスが目を擦りながら顔を出す。
「…ディーオ?どうしたのその格好?何でデュシスの軍服を着ているの?」
「あらら、起きちゃったか…。しかもデュシスの軍服改造した事までバレてる…まあ良いや。メリークリスマスアルヴィス!良い子のアルヴィスにサンタさんがプレゼントを持ってきたよー」
「サンタクロース?わあディーオありがとう!あ、でも私靴下持ってきてない」
「靴下?」
「あーサンタクロースは寝ている子供の枕元に吊るしてある靴下の中にプレゼントを入れるらしい。それと家への侵入方法も本当ならば煙突から入るって話だ」
「煙突から侵入して靴下にプレゼントを入れる?空飛ぶ鹿と言い煙突から侵入すると言い、何だかそのサンタクロースって随分の奇妙な爺さんね」
「あはは、まあクリスマスに慣れてないアナトレーの人から見るとそう思えるよね」
モランとドゥーニャがラヴィを交えて会話に花を咲かせる。
「靴下なんて無くても大丈夫さ!要はプレゼントを渡すのが目的だからね。気にしなーい気にしなーい」
ギルド人はプレステール管理の立場がある為伝統の維持にはかなり厳しいはずだが、ディーオは一般のギルド人のカテゴリから外れているし、
それにクラウス達はプレステールから母星に無事帰還してるので、プレステールや起源のギルドも
もう伝統維持の仕事は不要との考えで形式的な伝統維持のルールも段々と緩くなってきている。
「アルはクリスマスの事知ってたの?」
「うん。この時期になるとギータやグラフがプレゼントくれたの。本当だったらお祖父様がサンタクロースの役目をするはずだったって言ってた」
「ディーオ、アルのお爺さんて確か…」
「うん。デルフィーネの前のマエストロ。ジェームス・ハミルトンだね。
ギルドでは赤い服を着れるのはマエストロに限られていたから、昔からマエストロがサンタクロースの役目をしていたみたい」
「ギルドやデュシスのクリスマスって内容も同じなの?」
「デュシスでは蓄えに余裕がある時は、ネストル司令みたいなお爺さんがサンタクロースの真似事をしていたよ」
「デュシスでは軍人が全員赤い防寒着を着ているからサンタクロース役の人には困らなかっただろうねー。その点に関してはデュシスが羨ましいよ」
「ディーオ。お祖父様が生きていた時はどんな風にクリスマスを祝っていたの?」
「多分デュシスとそう変わらないよ。クリスマスを祝って料理食べて子供が寝たらプレゼントを親が枕元に置いて、サンタ役のマエストロが子供達にクリスマスのお話するとか…。
ギルドは伝統守る為の組織だから行事に関してもガチガチの形式主義の傾向が強かったみたいだけど、父さんが生きていた頃に聞いた話ではクリスマス自体はギルドにとって重要な行事じゃないから、
ギルドの各家庭も特にルールに縛られずにお祭りの一種として楽しんでいたみたいだよ。この星の他の国でもクリスマスの風習が残っている所も多いんじゃないかな?」
「他の国って言うとトゥランとかグラキエスとか?」
アナトレーはまだ母星に入植して間も無いのでグランレイク周辺に存在する他の国の事については起源のギルドから聞いた情報でしか知らない。
皇帝ソフィアは母星の入植地から近いトゥランとグラキエスと平和的な交流を持ちたいと願っており、その為周辺国の文化や風習等の情報収集に力を入れている。
「他の国もプレステールで何百年も過ごしているから、その間に伝統とか文化を失った所もあるだろうけど、きっと同じ風習が残っている所も沢山あるよ。
仲良くしたいんだったらまずはお互いの共通点を見つけてそこから近づいていけば良いさ」

75 :
ディーオがアナトレーが直面している外交問題について発言する。
現在この星では帰還民国家とプレステールに移住できなかったアデス連邦との間で100年以上に渡る戦争が続いている。
アナトレーの西方に存在するトゥランとは既に接触済みで、ディーオやタチアナはトゥランを経由してこの星の情報を手に入れてる最中だ。
プレステールからの帰還民国家と災厄の時代を生き抜いたアデスとの間には数百年もの溝がある。
だが同じ風習や習慣があればそこを糸口として仲良くなる事は可能だとアナトレー皇帝ソフィアは判断し、アデスとの戦争を回避する努力は怠ってはいない。
「あたしやモランみたいに習慣の違う国同士の人間でも仲良く慣れたんだから、この星の人達ともきっと仲良く出来るよ。
それまでにお互い誤解や勘違いで衝突するかも知れないけど、自分と相手の違いを認識して歩み寄る事は出来るよ」
デュシス人のドゥーニャがアナトレー人のモランと知り合ったのは鳩を食べる目的で追い回していた事が切っ掛けだ。
アナトレーでは鳩は平和の象徴で食べない事をモランやアナトレーのヴァンシップ乗りから驚かれたが、お互いの気候や習慣の違いから「デュシスではそうなんだろう」と納得し、
アナトレー人もデュシス人との摩擦を避ける為、デュシス人が鳩を食べる事については兎や角言わない(伝書鳩は別)
「そうだね。ドゥーニャの言う通りだ。ディーオも色々と大変だろうけど、僕達も力になれる事があったら協力するから何かあったら遠慮なく言ってよ」
「分かったよインメルマン。じゃあ来年のクリスマスは子供達にどれだけ早くプレゼントを配れるか競争しよう。
今回はインメルマンがクリスマスを知らなかったら仕方ないけど、来年は手加減しないよ」
「あたしとクラウスのコンビに配達競争挑むとは中々身の程知らずね。返り討ちにしてやるから覚悟なさい」
「あはは。僕も最近は通信筒の配達にも慣れてきたんだよ。インメルマンも油断してると僕に負けちゃうよ?」
「配達と言えばディーオ。あんたのヴァンシップの後ろにある荷物は何?」
「あ、しまった。シルヴィウスにこの荷物今日中に届けなくちゃならないんだった」
「ディーオ、後少しで日付変わるわよ。こりゃタチアナに説教されるの確実ね」
「ええー!?それは嫌だなあ。助けてよインメルマン」
「タチアナには僕達が足止めしちゃった事を伝えるから早くその荷物届けたら?」
「うん、そうする。じゃインメルマン。また後でねー」
ディーオがヴァンシップを始動させ一目散にシルヴィウスの待つグランレイクに向けて飛び出す。
クラウス達はヴァンシップが見えなくなるまでその様子をドアから眺めていた。
同時刻:カルタッファル
「ファムはサンタさんにプレゼント何をお願いしたの?」
「うーんとね。グランレースで優勝したいってお願いした!」
「流石にそのプレゼントは靴下には入らないと思う…」
終わり

76 :
あげ

77 :
時系列:クラウス達が母星に入植して約1年後
プレステール・アナトレーのシルヴァーナ艦内
「はい、じゃ母星のクラウス達に宜しくね」
アナトレーデュシス連合王国の首長であるソフィアが髪が伸びたディーオに通信筒を渡す。
「りょうかーい。インメルマン元気にしてるかなー?あ、そうだ。アルにもお土産何か持って行こっと」
ディーオは以前のようにくだけた敬礼をしながらソフィアから通信筒を受け取る。
ギルドとの戦争が終わって約1年。
プレステールでの戦後処理にソフィアは忙殺されていて、のんびりと母星の入植地に行ける状態では無かった。
それに母星の入植地で起きた起源のギルドとのいざこざからプレステールのギルドと母星のギルドとの間で正式な受け入れ交渉が必要だと判断し、
今回ディーオをその使者として母星に行かせる事になった。
「ソフィア様。ディーオ殿。もう準備は宜しいでしょうか?」
黒髪の壮年の男がソフィア達に声をかける。
彼はグラフ。ハミルトン家の執事だった男で、先の戦争ではアルヴィスやミュステリオンをアレックスに預けた男だ。
執事としての役目は既に引退しているが今回は母星のアルヴィスに会いに行くと言う名目で、
ディーオの補佐(或いはディーオが暴走しないよう監視)をするよう頼んである。
「僕はもう準備オッケーさ!行こう、おじさん」
ディーオがグラフをおじさん呼ばわりする。
1年前、ディーオはデルフィーネの洗脳により精神が壊されたとの話をクラウスとアルヴィスから聞いてはいたが、
今の様子を見るともうその後遺症は無くなり記憶も回復しているように見える。
だがディーオの性格が元に戻っても破天荒な言動行動はそのままなので、使者としては頼りない。
グラフとしてもエラクレア家の生き残りであるディーオがアルヴィスに害を為さないかどうか、
それを自分の目で確認する為ディーオと共に母星に行く事をソフィアに伝え、ソフィアにエグザイルに乗る許可を貰った。
「それではソフィア様。私がいない間はギルドを宜しくお願いします。何も無いとは思いますが…」
「分かりました。ギルド人達もデルフィーネの恐怖独裁には不満を持っていただけで、心からデルフィーネに忠誠を誓っていた訳ではありません。
反乱を起こすような事は無いでしょうから母星のアルに会って安心させてやって下さい。それと母星のギルドとの交渉もお願いします」
ソフィアはそう言ってグラフ達を見送った。
ディーオとグラフはシルヴァーナの前に浮いているエグザイルに乗り込み、デュシスのエアロックを抜けて母星へと旅立った。

78 :
母星:アナトレーの入植地
入植地一面に広がる麦畑。
その隅にクラウスの家とモランの家は建っていた。
今は麦の刈り入れの時期だが、ウロクテアやアラネア達母星のギルド人が刈り入れを手伝ってくれたので、残った麦も今度ウロクテア達が来た時の為に残してある。
ギルド人達が刈り入れを手伝ってくれたお陰でクラウス達には時間的余裕が出来、今は庭(日当たりの良い草原側)で洗濯物を干してる最中だ。
何故かタチアナやアリスも物干しを手伝いに来てくれている。
「悪いねタチアナ。洗濯手伝って貰っちゃって」
「入植地での衛生管理も軍の仕事でそのついでだ。礼を言われる筋合いはない」
タチアナが素っ気無く答える。
だがタチアナの心境は親友のアリスには手に取るように分かった。
(あーもう、折角家事もできる女をアピールする為に白いワンピース着て手伝いに来たのに、そんな受け答えでどうするのよ。
照れ隠しするんじゃなくてもっと女性らしさをアピールするのよ!そんな調子じゃ何時まで経ってもクラウスの心は掴めないわよ!)
アリスは親友のタチアナの鉄面皮を見ながら心の声を送ったが、タチアナの言動や表情は任務についてる時と変わらない。
だがアリスには勝算があった。
今日あたり母星のソフィアから新造艦の人事に関する伝令が来るはずだ。
新造艦の名はシルヴィウス。
シルヴァーナ級2番艦で、シルヴァーナに潜水能力を付加しヴァンシップ搭載数も増加させた母星における情報収集目的の船だ。
建造は既に終わり今は母星の巨大な湖(母星のギルドの話だとグランレイクと言うらしい)で試験をしている。
母星のギルドとの戦闘でタチアナの指揮能力が認められ、入植地に駐在するアナトレー軍クラウソラス級ディアン・ケヒト艦の艦長、
オットー・フリートラントからも推薦が出ている。
シルヴィウスの艦長はタチアナで、おそらく副長はアリス。
他にも機関長等の人事があるだろうが問題はヴァンシップ隊の隊長だ。
ヴァンシップ隊の隊長がヴァンシップの操縦が下手では困る。
この母星でヴァンシップの操縦が一番上手いのはクラウスだ。
その事情を考慮すればヴァンシップ隊の隊長はクラウスで確定だろう。
クラウスは民間人だが、昨年のプレステールの戦争でもシルヴァーナの乗って一時期軍人扱いで働いてたのだし、
モランもドゥーニャも現在は麦畑で農作業をする民間人だが扱いは予備役だ。
クラウスをシルヴィウス乗組員として徴用しても何ら問題は無い。
クラウスはグランドストリームを超えた英雄としてプレステールでも名が知られているし、
そのヴァンシップ操縦の腕を疑う人はプレステールにも母星(クラウスと戦ったウロクテア達ギルド人含む)にもいない。
シルヴァーナのヴァンシップ隊の隊長はタチアナだったので、タチアナがシルヴィウスのヴァンシップ隊隊長になる事も考えられたが、
流石に艦長とヴァンシップ隊隊長の兼任は荷が重い。
艦長がタチアナでヴァンシップ隊隊長がクラウス。
(同じ屋根(つーか戦艦)の下で一緒に暮らす内に愛が燃え上がる2人。そしてラヴィを交えてドロドロの修羅場が…)
と、アリスはタチアナとクラウスをネタにして碌でもない事を考えていた。
「アリスティアさん。そっちのポール押さえてロープ巻きとってくれませんか」
アリスの妄想はモランの声で終わりを告げた。今は洗濯物の最中だった。
2機のヴァンシップの上にポールを立ててその間にロープを張る事で物干し竿にしているのだ。
2機のヴァンシップの外見は同じ。片方はクラウス達が幼少期から使っていた物で、もう片方はエグザイル内部で発見されたクラウスの父親達の物だ。
グランドストリーム突破用に作られた特別製ヴァンシップも母星では洗濯物の足場と成り果てている。
もし軍でヴァンシップをこのように使っていたら懲罰処分物だが平和な時代になるとはこういう事なのだろう。
その平和を守る為にもシルヴィウスの辞令が待ち遠しかった。
おそらくタチアナもアリス同様にクラウスがヴァンシップ隊の隊長になる事を予感しているはずだ。
アリスはヴァンシップ押しているモランを見て、ヴァンシップのボンネット上のポールとロープを操りながらそう思った。

79 :
キイイイイイイン
クラウス、ラヴィ、アル、タチアナ、アリス、モラン、ドゥーニャが洗濯物を干していると上空を飛ぶヴァンシップが見えた。
「お、ヴァンシップだ。軍の伝令かな?」
「こっちに来るって事はクラウス達かあたし達に用があるって事かな?ネストル司令への定期報告は先日出したばっかだけど」
モランとドゥーニャがヴァンシップを見上げて話す。
両者ともアナトレーデュシス連合軍の予備役で母星入植地では非常時時にはアル達を守る役目も含まれており、
入植地であった事柄も定期的にプレステールの軍司令部に報告書を書いて提出している。
2人はヴァンシップが軍からの伝令かと思っていた。
ゴオオオオオン、キュイーン
上昇し姿勢を変えて進路を反転するヴァンシップ。インメルマンターンを言う技だ。
「へぇー中々やるじゃないあのヴァンシップ。かなりの腕だよ」
洗濯物を干していたラヴィがヴァンシップの軌道を見てパイロットの腕の技量を推察する。
「進路を反転したって事は家に用事があるんじゃなくて単に間違えたって事?この辺だとご近所さんは…タチアナさん達の家かな」
「今日あたり辞令が来るとは聞いているが…目標を間違えるとはあのヴァンシップ乗りは腕は良くても母星の地理を知らん新米かも知れんな」
ドゥーニャの問いにタチアナが答える。
母星の入植地の周辺の地図はアナトレー軍が測量しており、クラウス達にも協力して貰ってはいるがまだまだ不完全な状態だ。
完全な地図は母星のギルドが持っているはずだが、ギルドの規定やら何やらで管理を拒否した状態のアナトレーにはただでくれる訳にはいかないらしい。
シルヴィウスが試験航海を終えて正式に動ける状態になればタチアナ達は自前の測量技術を使って地図を作るからその辺は心配はしてないが、
地図が無い状態で母星の空を飛ばされるヴァンシップ乗りには溜まった物ではないだろう。
キュイイイイン
「あ、今度はシザーズだ」
「あのヴァンシップ迷子になってるんじゃなくて単に遊んでるだけなんじゃないの?暇な奴ー」
クラウスとラヴィがそう言ってる間にも上空のヴァンシップはバレルロール等多彩な空戦機動を披露した。
「うん、やっぱ遊んでるわあのヴァンシップ乗り」
「顔は良く見えないけど…パイロットは白い服を着て髪の毛が長い女性かな?ナビ席は黒髪の男の人に見える」
「あたしにもそう見える…ってあいつら飛行帽も被ってないって事は伝令とかじゃなくて完全に遊び目的?何者?」
「さあ?でも随分と楽しそうに飛んでるねあのヴァンシップ。きっとあのヴァンシップ乗りは良い人だよ」
素人目には分からなくてもヴァンシップ乗り同士なら飛び方でそのヴァンシップ乗りの技量や性格もある程度分かる。
クラウスもノルキアでレースをしていた頃にハリケーンホークからバレルロールを美しいと評価された事があった。
今上空を飛んでるヴァンシップ乗りときっと悪い人ではないだろうとクラウスは思った。
上空での空戦機動を一通り見せ終えたヴァンシップが庭に着陸し、パイロットが降りてきた。
「あのパイロットギルド服着てるって事はギルド人?あんな髪の毛長い奴ウロクテア達の所にいたっけ?」
「いや、ギルド人でヴァンシップであんな楽しそうに飛ぶ人は…まさか!?」
長髪白服のギルド人が手を広げながらクラウス達の方向に歩み寄ってくる。
「やあ、インメルマン!一年ぶりー」
「ディーオ!」
「ディーオ!ちょっとあんた生きてたの?どうしたのよ、その長い髪は」
「ディーオ!もう頭は大丈夫なの?」
「クラウス達からグランドストリームで攻撃仕掛けてきて以来行方不明とは聞いていたが…生きていたか」
「相変わらずねディーオ」
「おっ、ディーオ久しぶりじゃねえか」
「誰?モラン達の知り合い?」
ディーオを見た各人が各々驚きの声を上げる。
ドゥーニャはシルヴァーナの整備士軍団にモランとの結婚式を祝って貰っていたので整備士達の顔は知っていたが、
今回ディーオと顔を合わすのは初めてだ。
「ああ、そうかドゥーニャは初対面だったな。紹介するよ。こいつはディーオ・エラクレア。シルヴァーナの乗組員の1人でギルドの御曹子だ。
ディーオ。こっちは俺の妻のドゥーニャ・シェーアだ。デュシスの銃兵で戦争終わって俺達結婚したんだ。っと後ろのおっさんは誰だ?」

80 :
「グラフ!」
アルが後ろの人物を見て驚く。
「アルの知り合い?」
「うん。ギータと一緒に私とお屋敷で暮らしていたの」
「お久しぶりですアルヴィス様。お元気そうで何よりです」
アルがグラフに駆け寄る。
グラフの額にはレシウス機関長と同じように閉じた印があるのでギルド関係者って事なのだろうが、
アルが懐いてるので悪い人では無いとラヴィ達は判断した。
「あ、はじめまして。クラウス・ヴァルカです。今はアルと一緒に暮らしています」
「あなたがクラウス・ヴァルカですか…アルヴィス様がお世話になっています」
「あ、いえ。もうアルとは家族みたいな物ですから」
家族というキーワードにアルが反応した。
「グラフ。ギータは?」
アルがグラフに不安そうに尋ねる。
死んだ事はクラウス達から聞いてはいるが、万が一の事を考えてグラフに尋ねる。
「ギータは…亡くなりました」
「そう…やっぱり。でもグラフに会えて良かった。もう会えないかと思っていたから」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。私はプレステールでやり残した事がございまして、
今までその仕事が忙しくてアルヴィス様にお会いする事が出来ませんでした」
「仕事?」
「はい。今回エグザイルに乗り母星に来たのもその仕事の関係もございます」
「もしかしてギルドの事?」
「はい。話せば長くなりますが…」
「あーだったら家に入ってゆっくり話さない?グラフさん。ちょっと待ってて洗濯物全部干すから」
「僕も手伝うよ。ラヴィ」
ディーオが洗濯籠に手をかける。
それを見つめるグラフ。
どうやらアルヴィスとディーオの関係は良好なようだ。クラウス達とも良い関係を築いているように見える。
「まずは一安心と言った所ですな」
「え、何か言った?グラフ?」
「いえ、単なる老人の独り言ですよアルヴィス様」
「?」
「よーっし、全部干し終えた。それじゃあグラフさん、ディーオ、中にどうぞー」
「お邪魔します」
「わーお、中々良い家だね。汚くて」
ディーオが空気の読めない発言をし、ラヴィがディーオにヘッドロックを仕掛ける。
「誰の家が汚いですってー?口を慎まない言動は相変わらずね」
「えー?褒めたつもりなんだけど」
「全然褒め言葉になってないっつーの!」
ラヴィはディーオの首を締める力を強くするが、ディーオにはこれっぽっちも効いていないようだ。
グラフはラヴィのヘッドロックに抵抗しないディーオを見て内心驚く。
(あのラヴィと言う少女に攻撃されても反撃しないとは。余程余裕があるのか、それとも心を許しているのか…)
ジェームスの側近として護衛としても動いていたグラフは反射的にディーオとラヴィの戦闘力の差を推測する。
もしこれがデルフィーネだったら、ラヴィが近づく前に側近のシカーダが接近を阻止しているだろう。
ジェームスが生きていた時の自分も同じ行動を取っていたはずだ。
(ディーオ殿の従者は昨年の戦で死んだと聞く…護衛の従者がいなければこんなにも容易い物なのか?
アピスやコキネラはこの者達がディーオ殿の「友人」と言っていたが…あれは本当だったのか)
「それにしてもディーオ。あんた髪随分と伸びたわねー。一瞬女の子と間違えたわよ。イメチェンでもしてるの?」
「別にー。単に髪の毛切る人がいなくってさー。切らないでいたらこんなに伸びちゃった」
「切る人がいないって…自分で切るなり床屋に行くなり方法はあるでしょ。あんたどんな生活していたのよ。
クラウスも身なりに気を使わない無精だけど、あんたも大概ねー」
「昔は、ルシオラに切って貰っていたから…」
「…ああ、そうだったんだ。じゃあ折角だからあたしが髪の毛切ろうか?」
「ラヴィは床屋さんもできるのよ。クラウスや私もラヴィに髪の毛切って貰ってるの」
「へえー、アルやインメルマンはラヴィに切って貰ってるんだー。じゃあこの星での用事が一段落したら頼もうかな」
「わかったわ。じゃあその用事とやらが済んだら家に来なさい」
「そうするよー」

81 :
ラヴィとディーオが会話してる間にグラフはクラウスと向き合い今回の来訪の目的を説明する。
「さて、どこから話した方が良いでしょうか…クラウス殿はプレステールとこの星のギルドの使命についてはご存知でしょうか?」
「確か…昔この星が人が住めなくなって、環境が回復するまでプレステールに移り住むようになったって話ですよね?
ギルドはその…僕達を管理する為に作られたとか」
「はい。私共プレステールのギルドもそのように教えられて来ました。ただ、願い年月の間…ギルド暦で666年もの間に伝承を喪失したり、
話が食い違ってしまったりする等細部に違いはございますが」
「でも僕達は…アナトレーやデュシスの皆はあの戦いでギルドを倒して僕達は自由を勝ち取ったのだから管理なんて必要ありません。
この星のギルドとも和睦したけれど…ギルドの考えには納得できません」
「クラウス殿。あなたが見たのはギルドの一部です。それもデルフィーネによる恐怖独裁を起因としています。
ギルド人はデルフィーネのような人間ばかりではありません。人付き合いが下手な者や習慣の違いで誤解を招く人間は多いですが…。
長年続いた気象異常についてはギルド側に落ち度があります。しかし当時のマエストロであるジェームス様の代でも気象制御装置の異常は解決できませんでした。
ギルドとしても手を抜いていた訳ではありませんでしたが…直す手段が見つからなかったのです」
「お祖父様でも駄目だったの?」
「アルのお祖父さんと言うよりは僕の家の責任だよ。気象制御装置の管理者はエラクレア家だった」
「ディーオの家が?ディーオの家って天気予報をやっていたの?」
「アルヴィス様。ギルドの4大家系はそれぞれ役割分担がありまして、エラクレアが医学、ダゴベールが機械工学、
バシアヌスが物理と化学、ハミルトンが遺伝子工学を担当しておりました」
「ちょっと待て、今の話を聞いてるとエラクレア家は医学を担当しているのに何故その…気象制御装置を管理しているんだ?
医者に気象観測をさせるような物ではないのか?」
グラフの話に疑問を感じたタチアナが口を挟む。
「その疑問は最もです。当時私がギルドにいた頃、エラクレア家当主ダリウス殿もその事について疑問を感じておりました。
彼の調べではプレステール建造時にはバシアヌス家か或いはダゴベール家が気象制御装置を管理していて、
長年の間にエラクレア家に管理権限が移ったのではないかと申しておりました」
「バシアヌスと言うのは確かマリウス宰相の家だったな…つまりあなたは宰相の家が気象異常を放置していたと言いたいのか?」
故マリウス・バシアヌスはアナトレーの宰相であり、ソフィアの叔父でもあり、
レシウスと共にシルヴァーナ建造にも関わり、アナトレーにヴァンシップ技術をもたらした功労者である。
グラフが言ってる事はアナトレーの功労者を遠回しに批判しているようにタチアナには感じられた。
「結果的にはそうなるのかも知れません…何故気象制御装置がバシアヌスからエラクレアの手に渡ったのかは今となってはもう分かりません。
ギルドでもほんの十数年まではエグザイルの存在を迷信と片付けていた位ですから」
「エグザイルが迷信?あの巨大な物体が?我々でも音響魚雷を使いグランドストリーム虱潰しに探索して見つける事ができたのだぞ。
ギルドの技術を使えばもっと簡単に見つかるはずだ。ギルドはそこまで落ちぶれていたのか!」
「タチアナ落ち着いて…」
「返す言葉もございません。ギルドの伝承ではグランドストリームにエグザイルが眠ると伝えられていましたが、
実際にエグザイルがあったのはデュシスの湖で、ダリウス殿がエグザイルを発見して引き揚げてグランドストリームに持ち帰るまでは、
ギルド人は誰もエグザイルの存在を信じてませんでしたので…」
「エグザイルがデュシスに?エグザイルはずっとグランドストリームにあったんじゃ無かったんですか?」
「少なくともプレステール建造が終わってこの星から移民を運んだ後はグランドストリームで眠っていたみたいだよー。
僕の父さんの話では、ギャラハッド騒乱の時に何かあってエグザイルはデュシスの湖で眠りについたんじゃないかって」

82 :
「ディーオの親父さん?」
「今話したエラクレア当主のダリウス・エラクレアの事です。彼が十数年前にエグザイルをデュシスの湖からグランドストリームに持ち帰りました」
「ディーオの親父さんがエグザイルを?へえーっ、ディーオの親父さんてエグザイル動かせたんだ」
「ミュステリオンを使って動かした訳じゃないよ。当時はまだアルは生まれてなかったからねー。
湖で休眠状態だったエグザイルを活性化したら、自然にグランドストリームに戻っていたみたい。
父さんの話ではエグザイルにクラウディアの働きを阻害する合金製の剣が刺さっていて、
調べたら500年前のギャラハッド騒乱の時に作られたラドクリフの剣じゃないかって言ってた」
「モラン、ギャラハッドやラドクリフって何?」
アナトレーの昔話に詳しくないデュシス人のドゥーニャが隣のモランに尋ねる。
「ギャラハッドってのはだなドゥーニャ。500年位前のアナトレーにいた地方貴族の事で、アナトレー皇帝の座を奪おうとしたり、
更にはギルドにも戦いを挑んだ反逆者で、最後にはギルドに罰せられて領地のミナギスには塩が撒かれたって話だ。
ラドクリフってのはそのギャラハッドに仕えていた刀鍛冶で、そいつの作った剣はギルド戦艦の装甲をも切り裂く特殊な合金で出来ていて、
その合金はギルドにも製造不可能だから今でもラドクリフの剣は高値で売れるって話だ。
ギャラハッドに関しちゃ少し前までは皇帝やギルドに逆らう反逆者とか悪人て感じだったけど、
ギルドとの戦争があってからはギルドの支配を覆そうとした英雄って側面が強くなってるな。
ラドクリフの方は若くしてこの世を去った悲劇の刀匠って感じで評価はあまり変わってない」
「500年前のギャラハッド公がエグザイルを…それ本当なんですか?」
「ギルドの記録でもアナトレーの記録でも500年前にギャラハッド公が反乱を起こしたのは事実のようです。
しかし、当時のギルドは地上人が混乱するのを恐れた為にエグザイルをデュシスの湖に沈められたのを認めず緘口令をしいたのではないか…と。
それがエグザイルが迷信となった事の一因ではないかとダリウス殿は考えていました。
最もデュシス側ではエグザイルの目撃例が多かった為に伝説として長い間語り続けられてきた訳ですが」
「うん、デュシスでは誰でもエグザイルの話は知ってる」
グラフの話にデュシス人のドゥーニャが相槌を打つ。
「ドゥーニャ。デュシスではどんな風に話が伝わっていたんだ?」
「良くある昔話でそんなに詳しくは知らないけど、この世界…じゃなくてプレステールに私達の祖先が入植した時に、
エグザイルはデュシスの湖を通って何度も別の世界とプレステールを往復して人や動物を運んできたって話。
それ以外にも500年前にグランドストリームから傷付いたエグザイルが傷を癒す為に湖で眠りについたとか、
湖の底からエグザイルの心臓の音が聞こえるとか、調査の為に湖の底に潜ったギルド人がエグザイルに食べられて帰って来なかったりとか色々」
「そう言えばゴドウィン達もエグザイルの噂話を色々としていたっけ。この世を作った神の眠る棺で開けたらこの世のお終いとか」
「でも噂話ってのも当てにならないわよねー。エグザイルは動いたけど別にあたし達の世界が終わっていないし、
それにこの星のアラネア達も神祇の門を最終兵器と思っていた位だから伝承ってもどこまで本当なのやら」
「そうですね。我々ギルドは技術や知識を未来に引き継ぐ為の組織でしたが、
私達のプレステールやこの星の起源のギルドでも正確に歴史を伝えられていた訳ではないようです。
その為あなた達がこの星に帰還した時に本来は我々ギルドがこの星のギルドにプレステールでの仕事の引き継ぎや
確認事項を行うべきだったのですが、それをせずに入植した為にトラブルが起きてしまいました。
あなた達にはご迷惑をかけて本当に申し訳ありません」
グラフがクラウス達に謝罪する。
「そんな…でも結局はアルがウロクテア達を説得してくれたので今ではもう大丈夫ですよ。…最近になってもアルの護衛をするとか言ってますが」
「ウロクテアやアラネアも悪気は無いのよ?単に仕事に一生懸命で融通が効かないだけ」

83 :
アルが今はこの場にはいない起源のギルドのツインを擁護する。
「成る程…この星のギルドは今でもアルヴィス様の護衛をすると言ってるのですか。ならば彼らと立ち会わせてはくれませんか?
彼らもまたギルドのルールに縛られています。我々プレステールのギルドから正式な引き継ぎが無い限り、彼らも今後どうするか決める事もできません」
「グラフがアラネア達を説得してくれるの?」
「最終的に判断するのは彼らになりますが、帰還が完了すればプレステールのギルドもこの星のギルドも自分の意志で今後の道を決める事ができます。
そのままギルドの仕事を続けるも良し、ギルド人を辞めて地上人として生活するも良し、他のギルドと合流するも良し。どの道を選ぶかは彼らの意志です」
「僕はねー。仕事を片付けたらまずインメルマンと勝負がしたいなー。この星には飛行する高度には制限があるんだって?
プレステールとは違う環境でどっちが上手く飛べるか競おうよ、インメルマン」
「あはは…ディーオは相変わらずだね」
「ディーオ、あんたも飛ぶ時は気を付けなさいよー。プレステールと同じ感覚で飛んでいたら戸惑うから」
「そうだねー、まずはこの星の環境に慣れないと。プレステールと似た点もあれば違う点もあるだろうし、どんな違いがあるのかワクワクしちゃうよ」
「ディーオ殿の言う通り我々はこの星の事を良く知りません。この星のギルドであればこの星の情報を持っているでしょうが、
彼らの言う『管理』を拒否すると言う事は同時に彼らに頼らずにこの星で生きて行かなければならないと言う事になります。
アナトレーも入植にあたって色々と準備をしてきたでしょうが、この1年間何事も無く全て上手く行きましたか?」
「それは…確かに小麦を植えた時にも土との相性が悪いのか中々芽が出なかったり、
デュシスみたいに雪が降る季節があったりして戸惑う事はありましたけど、
プレステールで水と暑さに苦労していた時とは比べ物にならない程生活は良くなっています。
この星のギルドの助けが無くても僕達は自力で生活していけると思います」
「成る程…しかし未知の隣人と出会った時はどうしますか?」
「未知の隣人?」
「この星に住む、我々以外のギルドでもアナトレーでもデュシスでもない…恐らくは先に帰還してきた他のプレステールの民の事です」
「他のプレステール?…僕達以外にもアナトレーやデュシスみたいな国があるって事ですか!?」
「その可能性は高いです。私の推測ではございますが、エグザイルの展望台からこの星の空と夜の地上の明かりを見た限りでは、
帰還済みのエグザイルが5隻。この大陸の巨大な湖の周辺に街の明かりと思われる光りが複数見えました。
プレステールは両端に国が1つずつ。合計2つ、ギルドを含めれば3つの国が存在します。それは他のプレステールも同様。
もし他のプレステールの国が全て帰還しているとすれば、我々以外に10の国と5つのギルドが存在する可能性があります」
「ギルドが5つも…今のアナトレーの軍事力ではとても倒しきれない…」
軍人であるタチアナが呟く。
先の戦争でギルドを倒せたのは幸運としか言いようがなかった。
戦っていた当時はそんな事を考える余裕は無かったが、戦後にギルドの保有していた軍事力を確認して、
あの軍事力で何故ギルドが負けたのかが不思議と思える位ギルド戦艦の装甲と火力はアナトレーデュシス両軍を上回っていた。
グラフの説明ではギルド側にもデルフィーネの独裁を快く思わない者がいて、内部工作で指揮系統を破壊した為、
アナトレーデュシス両軍がギルドに勝てたのだろうとの事だった。
もし、ギルドの指揮系統が完全であったならば、アナトレーデュシス両軍は500年前のギャラハッド公と同じようにギルドに負けていただろう。
「そう深刻に考えなくて良いんじゃないかなあ。別に最初から喧嘩する必要はないんだから、使者を送って仲良くしようと言えば良いんだよ。
このおじさんが説明したように帰還済みのギルドは、ギルド人である事を辞めて地上人として生活していたり、
もしマエストロや4大家系の制度が残っていたとしても、デルフィーネみたいな悪人だとは限らないしねー」

84 :
「俺もディーオの意見に賛成だ。俺達以外にこの星に住んでる人がいても、今までクラウス達がヴァンシップであちこち飛んで測量して回っても見かけなかったって事は、
相当遠くに住んでるって事だろ?近くにいないって事は出会うのもまだまだ先の話だろうし、そんなに深刻に考えなくて良いだろ」
「でもモラン。出会った時にお互いの生活習慣や考え方の違いが切っ掛けで衝突する事はあるかもよ?
実際私達もデュシスとアナトレーの習慣の違いで戸惑った事は多かったし…。
事前に他の国の風習や考え方の違いを知る事が出来れば衝突する事は避けられるんじゃないかな。
デュシスとアナトレーの戦争も切っ掛けはアナトレーの使者が持って来た鳩を、
平和の象徴とは知らずに食べちゃったデュシス兵が原因て話もあるし…」
「でもその代償に『管理』を受け入れるってのはちょっとねー。あの2人もアルを護衛させろってうるさいし」
「『管理』については僕らプレステールのギルドが彼らの任務を解いちゃえば良いんだよ。それと護衛に関しても僕に良い考えがある」
「ディーオ。あんたの言う良い考えってどんな方法よ?」
「彼らよりも優秀な護衛を用意して『こちらの護衛の方が優秀だから君達は仕事しなくて良いよ』と暇を出しちゃえば良いのさ。
あっ、そうだ!ソフィアさんから預っていた通信筒を渡すの忘れていた。はいタチアナ。君宛てだよ」
「私宛て?」
「ディーオ。あんた通信筒預かったんなら最初に渡しときなさいよ。長話してると渡す機会逃して半金貰えなくなっちゃうわよ。
これヴァンシップ乗りとしての忠告」
「りょーかーい」
ラヴィの忠告にディーオが敬礼で返す。
その間にタチアナが通信筒を開封し中の文書を読む。
「これは…新型艦の人事通告!私が艦長でアリスが副長だと!?」
室内のクラウス達がどよめく。
「凄いねタチアナ。出世おめでとう。アリスもおめでとう」
「あ、ありがとうクラウス」
タチアナは赤くなった顔を通信筒の文書に隠してクラウスに返事をする。
「タチアナ、他の人事は?」
アリスが人事通告を読むタチアナを急かす。
「ああ、機関長は…レシウス・ダゴベール。シルヴァーナから新型艦シルヴィウスへ転属だ」
「へえーっ。あのおじいさんもこっちにいるんだ!これでまたチェスが出来るや」
「ダゴベール卿がこちらに…ならば彼にもこの星のギルドとの交渉に立ち会って貰わねばなりませんな」
「飛行隊長は…空白だ」
「飛行隊長ってヴァンシップ隊の隊長よね。まだ決定してないって事?」
「ソフィア…アナトレー皇帝の字で『母星の事情を鑑みて決定する』と書いてある。
つまり私達の母星での活動報告によって飛行隊長が誰になるのか変わる可能性があると言う訳だ」
「やったじゃないタチアナ。これで飛行隊長をクラウスにしてしまえば…モガ」
タチアナがアリスの口を通信筒の紙で塞ぐ。
「い、今はまだ私の報告や権限で簡単に人事を左右する訳にはいかない。
新型艦の飛行隊長の人事は厳正且つ公平な審査と実技試験で決定する必要がある。
いずれ入植地のヴァンシップ乗りや軍内部のヴァンシップ乗りを試験して選考する事になるだろう。
そ、その時はクラウス達にも協力して欲しい」
「わかった。僕達にできる事があれば協力するよ」
「手っ取り早くレースで決めちゃったら?その方が技量も分かり易いわよ」
「レース!?だったら僕も参加するよ!今度こそ決着を付けようインメルマン!」
「待て、まだレースで審査すると決めた訳では…」
「ディーオ。あんたこの星のギルドとの立ち会いだか何だかの仕事があるんでしょ?
レースやるのは仕事済ませてからにしなさい。この星の環境に慣れとかないと私とクラウスに勝つどころか、
この星のギルドにすら負けるかも知れないわよ」
「あはは、それもそうだね。だったらレースの為にもさっさと僕達のお仕事済ませちゃおう。行こうおじさん」
「あんた起源のキルドの居場所知らないでしょ?私達が案内するからちょっと待ってて。今ヴァンシップ動かすから。アルはどうする?」
「私も行く。でも今回はディーオとグラフのヴァンシップに乗せて貰って良い?」
「僕は大歓迎さ。インメルマンとの操縦の違いも知りたいから後ろに乗って感想聞かせて欲しいな。あ、レバーとかの操作はしなくて良いからねー」
「じゃあグラフさん。アルと一緒で良いですか」
「私は一向に構いません。ではアルヴィス様、参りましょう」
「うん」

85 :
「じゃあインメルマン。この星のギルドの基地までどっちが早く到着するか競争しよう。僕が勝ったら帰り道にナビ席に座って貰うってのはどう?」
「だ・か・ら、あんた基地の場所知らないでしょ!それに後ろにアル乗せて曲芸飛行するつもり?」
「場所を知らないのはハンデさ。後ろのアルとおじさんは大丈夫。落とすような真似はしないよ」
「私もここに来るまでの彼の操縦癖は掴みましたので振り落とされる事は無いのでご安心を」
「はぁ…やはりこいつを野放しにしておくと危険だ。クラウス。私も一緒についていく。アリス、準備を」
「タチアナも行くの?」
「気にするな軍人としての務めだ。それにディーオに任せると纏まる話も纏まらなくなる。
私達は軍に報告を入れてから出発するので先に行っててくれ。すぐに追いつく」
タチアナ達はそう言ってクラウスを見送り、自分達も起源のギルドに向かうべく準備を始めた。
・起源のギルドの基地
その頃、山岳地帯のギルドの基地ではアラネアを始めとするギルド人達が基地に迫るヴァンシップをレーダーで確認していた。
「この反応は巫女様か。クラウディア紋と音紋からするとクラウスと言う地上人のヴァンシップとは違う機体に乗っているな。
機動を見る限りでは良い腕をしてるようだが、まるで曲芸だ」
アラネアがレーダー上に映るヴァンシップの機動を見て感想を漏らす。
曲芸飛行しながらこちらに向かっているようだが、時々進路を外れて明後日の方向に進む度に他の2機のヴァンシップに進路修正されているようにも見える。
「こちらに向かおうとしているが道が分からないのか…?ウロクテア、巫女様を迎えに行きトラブルであるようなら適切に対処せよ」
「了解」
ウロクテアと呼ばれたギルド人がギルドの星型ヴァンシップ(オドラデク)に乗り、基地から飛び立つ。
程なくしてウロクテアの星型はクラウス達のヴァンシップと出会った。
チカチカチカ
ウロクテアが発光信号で地上人のヴァンシップに信号を送る。
一部を除いて、地上人はクラウディアを使った通信方法は使わない為、地上人のヴァンシップと意思疎通するには発光信号が有効だ。
「こちらウロクテア。巫女様を迎えに参った。そちらの異常な飛び方をしているヴァンシップはトラブルか?」
チカチカチカ
「こちらクラウス&ラヴィ。曲芸飛行しているのはトラブルじゃなくて遊んでるだけ。もうすぐそっちに着くからこいつの誘導お願い」
「分かった。ではケーブルを接続し誘導する」
ウロクテアが曲芸飛行するヴァンシップに接続ケーブルを打ち込もうとするとヴァンシップが避けた。
「!?」
「やあ、君もギルド人?そんな飛び方じゃ僕は捕まえられないよ」
いつの間にか曲芸飛行していたヴァンシップが星型の後ろに回り、逆に通信ケーブルを星型に打ち込んでいる。
パイロット席にはウロクテアと同じデザインのギルド服を着た長髪のギルド人が乗っているのが見えた。
一瞬自分と同じこの星のギルドの仲間かと思ったが顔に覚えは無いし、こんな話し方をするギルド人は珍しい。
(我々と同じデザインの服で我々とは違うギルド人…。プレステールの同胞か?)
ウロクテアは素早く推測すると基地のアラネアに連絡する。
「こちらウロクテア。兄上、巫女様を乗せているヴァンシップのパイロットはプレステールの同胞のようだ。我々と同じ服を着ている」
「砂時計の同胞だと?何故今頃になって…いや、同胞に出会えたのであればそれは喜ばしい事だ。
時期は遅れたが、本来の帰還手続きを実行できるかも知れない。そのまま基地に誘導せよ」
「了解」
「お話は済んだかなー?だったら僕と基地まで競争しようよ!」
「ちょっとディーオ。後ろにアルが乗ってるんだから少しは自重しなさい」
(このディーオと言う砂時計の同胞のヴァンシップ操縦の腕は高いな…。服装からすると我々と同じ護衛官か。
力量を測りたいが今は巫女様が乗ってるので自重しよう)
「砂時計の同胞よ。今は巫女様が乗ってるので危険な真似は控えて貰いたい。技量を比べるならば我々の基地で巫女様を下ろした後にしよう。
我々の基地はすぐそこだ」
ウロクテアの星型が示す方向に山肌から露出したギルドの基地が見える。

86 :
「へえー、あれが君達の基地?山の中に作ったの?それとも上から塵が積もって埋まっちゃったのかな?」
「後者だ。600年以上前…いや、プレステール計画が発動した時期から考えると700年近く前だな。
その時に作られて、災厄の時代を経て今のように山に埋もれた状態になった」
「災厄の時代ですか…ギルドの施設がこのような状態になるとはこの星に残ったあなた達もさぞ苦労をしたでしょう」
後部座席のグラフが通信ケーブルを通じてウロクテアに話かける。
「あなたの額の印を見る限りでは我々の同胞か。砂時計の方でも色々とあったようだな」
「ええ、話せば長くなりますので詳しい事はそちらに着いてからお話しましょう。ディーオ殿、彼の指示に従ってヴァンシップを着陸させて下さい」
「りょーかーい」
ヴァンシップが基地の発着場に入り、ディーオ達がヴァンシップから降りるとウロクテアは彼らを大広間へと案内する。
広間の中心に座っていたギルド人がディーオ達に挨拶をする。
「良くぞ来られた砂時計の同胞よ。私はこの基地を統括するツイン・アラネア。同じくこちらがツイン・ウロクテア」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はプレステールで先代マエストロの側近を務めていたグラフと申します」
「僕はディーオ・エラクレア。宜しくねー」
母星とプレステール双方のギルド人が互いに挨拶を交わす。
「さて、それで今回砂時計のあなた方がこちらに来た用件についてですが…」
「兄上お待ち下さい。こちらに接近している未確認飛行物体があります」
ウロクテアがアラネアに広間のモニターを指し示す。
「あ、タチアナ達が遅れてくると言っていたからタチアナのヴァンシップじゃないかな?」
クラウスがタチアナの事を思い出してアラネア達に告げる。
「あの赤いヴァンシップの反応はあるが、その後ろに未確認のクラウディアユニットの反応が存在する」
「未確認のクラウディアユニット?戦艦だったらあなた達は既に音紋とか登録してるはずよね?」
「昨年交戦したあなた方の戦艦のディアン・ケヒトとセミオンの2隻は既に音紋クラウディア紋共に登録していますが、
その2つとも違います。そちらは何か聞いていませんか?また手違いで交戦するような事にはしたくないので…」
「兄上、アンノウンが発光信号を打っています」
「読め」
「『こちらシルヴィウス。レシウス・ダゴベールの立ち会いも許可されたし』と言っていますが…」
「ダゴベール卿は我々と同じプレステールのギルド人です。ディーオ殿と同じくギルドの4大家系の人間なので彼の立ち会いも許可して頂けないでしょうか?」
「4大家系の人間か。分かった、立ち会いを許可する。発着場にアンノウン改めシルヴィウスとの接続を許可するよう伝えよ」
「こちら発着場。了解」
モニターに発着場が映し出され、発着するタチアナ機と接続された戦艦から降りてくる老人の姿が見える。
程なくして大広間にタチアナとアリスとレシウスが入ってきた。
「遅れて申し訳ない。タチアナ・ヴィスラ、アリスティア・アグリュー、レシウス・ダゴベールの立ち会いを許可して頂き感謝する」
「やあ遅かったねタチアナ。それと機関長のおじいさん一年ぶりー」
「久しぶりだなディーオ、それとグラフも…。タチアナからお前達が来てると聞いたので直接こちらへシルヴィウスを寄越して貰った。
起源のギルドと会うのは俺は初めてだが…お前達がここを統括する責任者か?」
「はい、私がツイン・アラネア。こちらが弟のツイン・ウロクテアです」
「ツインか…と言う事はお前達がマエストロを守る役目の護衛となる訳か」
「はい。砂時計のツインはそちらのグラフ殿だけですか?伝統が受け継がれているならば護衛は2人いるはずですが」
「アラネア殿。プレステールの方ではマエストロを守護するツインの制度は大分昔に変更されまして、私の時代には既に黒服のロリカは1人だけとなっておりました。
当時のマエストロはアルヴィス様の祖父であるジェームス・ハミルトンで、その後のマエストロが…デルフィーネ・エラクレアで側近はシカーダと言う者でした」
「そうか…。ツインの役割を1人でやっていたと言う事は、あなたの力量は我々2人分と考えて宜しいか?」
「そのように考えて構いません。ですが私は全盛期を過ぎてますので、今のあなた方程の力量はありません。
私の後任のシカーダならばあなた方2人と互角に戦える程の力量はありましたが…先の戦で戦死しました」

87 :
「ツイン2人分の働きをするロリカが戦死…。砂時計の戦争はそれ程壮絶な物だったのか…。そのシカーダと言う者は誰に倒されたのか?やはりこの地上人達に?」
「いえ、それは…」
グラフがディーオの方をチラリと見て口を噤む。
シカーダを倒したのは弟のルシオラだとコキネラやアピスから聞いているが、ディーオの前でその事を口にしてディーオの精神が不安定にならないか危惧したのだ。
ディーオが暴走したとしても先代ロリカであるグラフならそれを止める事はできるが、年老いたグラフでも無傷で止める事はできないだろう。
だが今は目の前に起源のギルドのツインがいる。
もしディーオが暴走したとしてもアルヴィスに被害が及ぶ前に彼らが止めてくれるだろうと判断してグラフは言葉を続ける。
「シカーダは遺伝上の弟であるルシオラによって倒されたとの事です。そのルシオラも額の印の効力によってマエストロであるデルフィーネには逆らえずに結局彼も死にました。
そして有能な配下を失った事によりギルド側の指揮系統は破壊され連合したアナトレーデュシス両軍によってギルドは戦争に負けました」
「ルシオラの戦闘能力はシルヴァーナの乗組員の中でも高かった事を私の口からも付け加えておこう。
私の上司であるアレックス艦長も後一歩の所でマエストロ・デルフィーネを倒せる所だったが、そのシカーダと言う黒服のギルド人によって阻まれてしまった。
アレックス艦長の場合はデルフィーネがアルを人質に取っていた為、シカーダを倒したルシオラの方が一概に強いとは言えないかも知れないが参考になるだろう」
タチアナがグラフの言葉を引き継ぎ、地上人から見たギルド人のルシオラの戦闘力を補足する。
ディーオの様子を見るとルシオラの言葉には反応したが暴走するような危険な挙動は見られない。
(ディーオ殿の精神は安定しているようですね。取り敢えずは安心といった所でしょうか)
グラフは内心ホッとする。
それを察したか起源のギルドのツインは話を続ける。
「成る程、砂時計のギルドが敗北したのは指揮系統の混乱による物が主因でしたか…。
そして今の話からも砂時計の方では今の巫女様を護衛できる程の優秀な護衛官は存在しないと考えて宜しいでしょうか?」
「プレステールの方にも生き残った護衛官はいるが…このお嬢ちゃんにとっては嫌な思い出があるのでやめといた方が良いだろう。
お前達の方が護衛としては取っ付き易いかも知れん」
レシウスがアラネアに対して答える。
「と言う事は我々が巫女様の護衛としては一番適任と考えて宜しいか?砂時計のギルドよ」
「ちょっと待って、そんなに戦闘力に拘る必要は無いんじゃないかなあ。要はアルに被害が及ばないようにすれば良いんでしょ?
だったら敵を倒す力が無くてもアルを連れて敵から逃げられるだけの技術があればそれで良いんじゃないの?」
ウロクテアに対してディーオが意見する。
クラウスやラヴィもディーオの意見に同調した。
「そうよ。この前のあんた達との戦いの結果だってあんた達が一番良く分かってるでしょ?クラウスが本気で逃げ回ればあんた達の攻撃なんてかすりもしないわよ」
「ウロクテア達からすれば心許ないかも知れないけど、僕達だって伊達にヴァンシップに乗ってる訳じゃないから僕達にアルを預けてくれないかな?」
「…兄上はどう考えます?」
「彼らの言う事にも一理ある。我らツインの仕事は巫女様を守る事。敵を倒す事を優先して守るべき対象を疎かにしては本末転倒だ。アウグスタのツインと同じ過ちを繰り返してはならん」
「アウグスタ?」
アラネアの発した聞きなれない言葉にクラウスが反応する。
「アウグスタ?」
アラネアの発した聞きなれない言葉にクラウスが反応する。
「お前達もこの星で生活し続けていればいずれ知る事になるだろうが、この星にはまだお前達の知らない国が存在する。
その数ある国の中の一つでは統治者である皇帝がアウグスタと呼ばれている。ギルドで言う所のマエストロだと思って良い。
お前達は我々の管理を拒否した為ギルド規定により詳しい情報は与えられないが、グランレイクの湖畔を調べていけばいずれ知るだろう。
今の我々に言える事はそこまでだ」
ギルドは必要以上に地上人に技術や知識を与える事は禁じられている為、正常な帰還手続きが行われていないアナトレーに対しても未だこの星の詳しい情報は与えられていない。

88 :
「そのアウグスタってのは置いといて、僕達は君達よりも優秀なツイン…と言うかアルを襲撃する追手から逃げ切れるだけの人間…インメルマンや僕がいれば、
アルの護衛の件はこちらに一任してくれるって事で良いのかな?」
「そう判断して貰って構わない。こちらとしては巫女様の身の安全を確保する事が第一だ。我々よりも優秀な人間が巫女様を守ると言うのであればそれに応じよう。
勿論こちらの目の前でその能力を証明する事が出来ればの話だが…。そこのクラウスとラヴィの腕に関しては神祇の門の一件で私よりも上だと確認できたので、
今度はウロクテアとの比較をする事になるが」
「では後日軍の立ち会いの元で模擬戦をしよう。私とアリスも参加する」
「わお!インメルマンと勝負するの?じゃあ僕も混ぜてよ」
「グラフよ。お前さんはどうする?ヴァンシップに乗るのであれば俺が機体の調子を見るが」
「ダゴベール卿自らヴァンシップを調整してくれるのはありがたいですが、ヴァンシップ操縦の腕に関しては私よりもディーオ殿の方が上なので私は高みの見物をさせて貰います」
「そうか。では後は若い連中に任せて俺達は帰還手続きの打ち合わせを進めるとするか」
数日後:アナトレーの入植地
アナトレーの戦艦とギルドの立会い船の立ち会いの元、タチアナがウロクテアにルールを説明する。
「では模擬戦をする前に確認をする。ギルドの機体はオドラデク。こちらは軍用ヴァンシップ。両者共にペイント弾を使用。制限時間は20分。
ペイント弾が当たるか体当たり等で飛行不能になったら負け。クラウスの機体は兵装が無いのでクラウス機が逃げ切ったらクラウスの勝ち。これで良いか?」
「問題ない。オドラデクの戦闘可能時間は20分だ。だがオーバーヒートの熱を冷ます為に連続での対戦の間に機体の交換と休憩を挟む事を要請する」
「要請を受け入れよう。そちらもこちらも万全の体制でなければ悔いが残るからな。だがお前の兄のアラネアは本当に参加しなくて良いのか?」
今回の模擬戦に参加するのは起源のギルド側ではウロクテアだけ。
対してアナトレー側は主な者でもタチアナ・ディーオ・クラウスとアナトレーでも指折りのヴァンシップ乗りが多数揃っている。
休憩を挟むと言ってもウロクテアは1人でアナトレーのヴァンシップ乗りと連続で戦わなければならない。
「この星で巫女様を護衛するからには1対1などと贅沢は言ってられないのが現実だ。いくら相手が地上人でも数の力で押されれば我々とて不利になる。
これは少数精鋭の我々が多数の襲撃者から巫女様を守れるかどうかを判断する為の物でもある。
もし我々ギルドの精鋭が数の力で押さえ込められたら…我々ギルドが管理する時代は終わり、地上人がこの世界の主導権を握る時代になると言う事だ。
その時が来たら…我々もルスキニアやアラウダのような道を選択せざるを得なくなるのかも知れない…」
「?まあいい。ではヴァンシップに乗って間合いを取ったら信号弾の合図で模擬戦開始だ」
ウロクテアがタチアナの知らない名前を呟くが恐らくウロクテアの知り合いか何かの名前だろうとタチアナは判断し、ウロクテアに準備を促した。
最初はアナトレー戦艦に乗ってる軍用ヴァンシップ乗り達が相手だ。
今回の模擬戦はアナトレー軍のヴァンシップ乗りの操縦技術を高める為と、新造艦シルヴィウスの飛行隊長の選抜試験も兼ねている。
アナトレー側の新人ヴァンシップ乗りが負けても良い経験になるのでアナトレー軍としては損は全く無い。
プレステールでのギルドとの戦争ではギルド星形と戦った経験があるのはシルヴァーナ所属のヴァンシップ乗りだけで、
後にマドセイン司令が抜擢した民間の有志のヴァンシップ隊はギルド艦への爆撃の経験はあってもギルド星形との戦闘経験は皆無だ。
プレステールでの戦争は終結した為プレステールでは訓練を除いてギルド星形と戦闘する事は無い。
だが母星ではまだ他に国があるらしく、それらの国の状況もまだ分からない為ヴァンシップの戦闘訓練は必要だと判断された。
だが新造艦シルヴィウスの目的は戦争になる前の偵察が目的なのでシルヴィウスに搭載されるヴァンシップ(その数シルヴァーナの4倍の20機!)も主に偵察任務が主になるだろうとタチアナは睨んでいた。

89 :
偵察目的ならば戦闘よりも逃げ足の速さ等を重視すれば良いが、万が一の事も考えてこうしてギルド星形相手に仮想敵になってもらい模擬戦をしている。
新人ヴァンシップ乗りが負けても後にはクラウス達がいるのでクラウスが負ける事はまず無いだろうし、
アナトレー最高のヴァンシップ乗りであるクラウスがもしギルド星形から逃げきれずに負けたとしたら、
起源のギルドの要求を聞き入れてアルの護衛としてシルヴィウスへの乗艦を認めるしか無いだろう。
タチアナがそんな事を考えている間にアナトレーの軍用ヴァンシップが1機はギルド星形にペイント弾の猛射を浴びて負けが決まった。
まだ1分も経ってない。
まあこんな物だろうとタチアナは思った。
シルヴァーナに配属されてアレックスからギルド星形に対して戦闘する時の注意として
「ギルド星形は面積の多い方を正面にして飛ぶから的として狙い易いと思うが、縦方向横方向へ変則機動するので実際は弾が外れ易い」
と言われた事を思い出す。
今目の前でペイント弾を浴びた新人ヴァンシップ乗りもその戦闘教本が正しかった事を身に染みて思い知っただろう。
ズガガガガ
次々とギルド星形のペイント弾を食らって軍用ヴァンシップが撃破されていく。
この分では20分もせず新人達のヴァンシップは全機撃墜されるだろう。
他の起源のギルドの連中であればこちらのヴァンシップ隊と良い勝負が出来ただろうが、今戦ってるのは起源のギルドの精鋭であるツインのウロクテアである。
アナトレー側としてはシルヴァーナを無血で制圧したあの黒服を着たギルド人(シカーダ)を想定しなければ話にならない。
ヴァンシップでの戦闘であればまだアナトレー側に勝ち目はある。
だが白兵戦となるとギルド人に敵わない事はシルヴァーナが制圧された時に嫌と言う程分かった。
もし将来ギルド人に匹敵するような連中と戦闘になって白兵戦となったまず勝ち目は無い。
先日アラネアが言ったようにアルを連れて逃げ出すのがアナトレーにとって一番現実的な方法だ。
贅沢を言えば、白兵戦に優れたギルド人が時間稼ぎをしている間にクラウス達がアルを連れてヴァンシップで逃げるのが理想的な運用だ。
アレックス艦長はあのグラフと言うギルド人から白兵戦の戦闘技術を教わっていたらしいので、
この模擬戦が終わった後にグラフにアナトレーの兵士に戦闘を教える教官になって貰うのも良いかも知れないとタチアナは考えていた。
・ギルド立ち会い船
一方立ち会い船では起源のギルドのアラネアとプレステールのギルドのレシウス達がモニターで模擬戦を観戦していた。
「流石に強いな。グラフよ。お前はどう見る?」
「ギルド城を脱出した時に戦ったシカーダの操縦技術と比べると落ち着いて対処できているように見えます。アラネア殿。やはり彼は精神処理を施しているのでしょうか?」
「ウロクテアは精神処理を施していて私は施されていない。砂時計のツインがどうしているかは知らないが、
我々の知る他の砂時計のツイン達も精神処理をされた者とされてない者が一組になってマエストロを護衛していたようだ。
恐らくは異なる状況に対応する為感情の残ってる者と無い者を揃えているのだろう。そのシカーダと言う男は精神処理をされていないのか?」
「シカーダはその名前の通り幼い頃は気性が激しくすぐ怒鳴って騒々しいので『蝉』を意味する名前を付けられました。
当時のエラクレア家の方針で『感情が残っていた方が驚異的な力を発揮する』と言う事でアゴーンの試練が済み、誓約の儀式でも精神処理はされませんでした。
まあアゴーンの試練自体が恐怖に打ち勝ちパニックに陥らずに役割を果たす事を起源としていたらしいので、
当時の感情的なシカーダが試練を突破できたのは力技とも言えなくもないですが…」
「デルフィーネがギルドを支配してからは一般のギルド人でさえ精神処理で感情を無くしたり自由意志を破壊するようになったが、
それに比べればパニックに陥らないようにする為に頭を弄るのは可愛い物だ。まあ融通の効かない人間になる等の弊害はあるがの」
レシウスとグラフはギルドを脱出した時の事を思い出す。
ギルド人は禁欲的な生活をしている為、感情を露わにする人間は珍しい。
勿論感情は残っているが顔にあまり出さないだけだ。
シカーダも当時は激情家で有名だったが、その後ギルドへの忠誠心と理性で感情を抑えられるようになったと聞いている。

90 :
「感情的と言えば、あのディーオと言うプリンシパルは額に印が見当たらなかったが、成人前にギルドを出たのか?」
「ディーオ殿は…デルフィーネによって歪められたアゴーンの試練と誓約の儀式が嫌で逃げ切ろうとしていたのですが…」
「逃げ切る事が出来ずに姉に連れ戻されたと言う訳だ。そして一時的に洗脳されて人格も破壊されていた。
今では回復しとるように見えるのでもう大丈夫だろ」
「しかしグラフ殿はあのプリンシパルを随分と警戒しているようだが?」
「分かりますか?」
「私は感情が残っている分他人の表情を読むのがウロクテアよりは得意らしい。あなたがこちらに来てからあのプリンシパルを警戒しているのは何か理由があるのか?」
「彼…ディーオ殿はギルドでクーデターを起こして私の主のジェームス様を殺そうとしたデルフィーネ・エラクレアの実弟です。
私は彼がデルフィーネのような事をしないかどうかの見極める為に同行しました。
今の所問題は無いようですが、デルフィーネの洗脳の後遺症が再発する危険性もあるのでまだ様子見と言う訳です」
「グラフ。そんなに心配せんでもディーオはお嬢ちゃんに危害を加えるような事はせんよ。
シルヴァーナで奴を見た俺が言うんだ。奴は頭が子供なだけで破天荒な行動は多いが悪人と言う訳ではない」
「だと良いのですが…」
「洗脳の後遺症か…似たような事例はある。ツインにマエストロを守るよう条件付けをした場合、
その警護対象であるマエストロが殺されると条件付けをしたツインはショックを受けて暴走するケースがある。
自分の役目が果たせなくなったツインはマエストロを殺した者を殲滅しようとしたり、それが集団だった場合は皆殺しにするまで復讐を止めなかったり、
極端な事例だと世界を恨んで世界の破壊を企む事もあったようだ。中には忠誠を誓う対象を親族に移す事で精神の安定を保つ者もいるがな」
「復讐か…親しい者の仇を取る為に残りの人生を捧げる奴も珍しくは無い。それはギルド人でも地上人でも同じだ」
「アレックス殿ですか…本懐を成し遂げてそのまま丸く収まる事もありますが、ディーオ殿の場合は…」
「あのプリンシパルの暴走が心配ならば、彼に新しく条件付けをしてそれを守るようにすれば暴走は防げるかも知れないな。
彼にとって何か大切な物とか人はあるのか?あればそれを身近に置いとけば精神を安定させる事はできる。
それが無くなった場合は心にダメージを負うだろうが、それはギルド人も地上人も変わらない。やる価値はあると思うが?」
「ディーオ殿にとって大切な物ですか…」
「あの小僧はルシオラと仲が良かったがルシオラは死んだからな…。クラウスやお嬢ちゃんを守るように促せば十分ではないか?」
「そのルシオラと言う者を思い出させるような事…或いはずっと忘れないようにすればそれで十分でしょう。私は砂時計のあなた方の事情には詳しくない為助言しかできませんが」
「いえ、十分役立ちます。ディーオ殿の暴走を防ぐ為のヒントになりました」
「模擬戦が終わったらタチアナにも伝えとくか。タチアナも昔パートナーを失い損ねた経験があるからの。彼女達なりに思いつく事もあるじゃろう」
「タチアナと言うとディアン・ケヒトの副長ですか。丁度その彼女の出番ですよ」
アラネアが赤いヴァンシップの機体が映るモニターをレシウス達に促した。

91 :
・模擬戦会場
「やっと私達の出番ね。タチアナ」
「ああ、ヴァンシップ乗り達の手前、シルヴィウスの艦長としてもウロクテアに負ける訳にはいかない。気を締めていくぞアリス」
「クラウスを飛行隊長にするんだったら私達は勝たなくても良いんじゃないの?」
「馬鹿言わないで。これは軍の人事に関わる重要なテストだ。私達が手抜きをしてどうする」
「全く真面目ちゃんなんだからタチアナは。クラウスと一つ屋根の下に暮らすチャンスなのに…」
「アリス…母星に来てから性格変わってきてないか?」
タチアナとアリスの様子を見ると随分と余裕があるように見える。
数ヶ月前の起源のギルドとの戦闘経験もあり、今回は自分がアリスと組んでヴァンシップに乗るのだ。
ウロクテアと新人ヴァンシップとの模擬戦も見てウロクテアの戦闘パターンも分かった。
手強い相手だがボロ負けするような事にはならないし、互角以上に戦えるとタチアナは予想した。
「それじゃお互い準備は良いかなー?3位決定戦始めるよー」
パーン
ディーオが試合開始の信号弾を撃つ。
お互い間合いを取って浮いていたギルド星形(ウロクテア機)と軍用ヴァンシップ(タチアナ機)は相手の背後を取ろうと複雑な軌道を描きながら入植地の上空をグルグルと飛ぶ。
「おっ、艦長と副長の試合が始まったぞ。馬券はここで締め切りだ!」
入植地の会場は今ちょっとしたお祭りになっていて軍の関係者以外にも入植地の民間人達がヴァンシップの空中戦を見物しに来て、中には賭けをしている整備服の連中もいる。
「なんかノルキアのレースを思い出すねクラウス」
「うん。レースじゃなくて空中戦だけど雰囲気は同じだねラヴィ」
クラウスとラヴィは自分達のヴァンシップの準備を終えて後は出番を待つだけだ。
タチアナの番が終わったら次はディーオで最後にクラウス達となっている。
「やあインメルマン。準備は出来てるかい?この分だとタチアナが勝ちそうだから順番飛ばして僕とインメルマンで勝負しようよ」
「あんたと勝負付けるのは全然構わないけど、あんたまたナビ無しで飛ぼうっての?あたしとクラウスのコンビを舐めると痛い目に遭うわよー」
「そっかーじゃあ僕のナビとしてインメルマンが座るってのはどう?」
「それじゃあたし達の機体が飛べないでしょうが!つーかギルド人は1人でヴァンシップ飛ばすのに慣れてるからあんたのハンデにはならないか。
そもそもこの模擬戦てアルを載せて敵から逃げられるかってのを想定してやってるんでしょ?
あんたがナビ無しでヴァンシップ飛ばしても、あんたの破天荒な操縦じゃナビ席のアルが失神するわよ」
「あー、それじゃアルをナビ席に乗せよう。そうすればハンデになってインメルマンと互角に戦える!」
「私がディーオのヴァンシップに乗るの?」
横でディーオとラヴィのやり取りを見ていたアルが尋ねる。
「うーん…今回の模擬戦では乗らなくて良いけど、将来的にはディーオやタチアナの機体に乗る可能性があるから今から慣れといた方が良いのかなあ?
アルも成長してきてるし、僕達のヴァンシップじゃあと2年もすれば3人乗りは無理になるかも…」
クラウス達のヴァンシップは元々はグランドストリーム突破用に作られた特注品である。
父親やアレックス達の形見の機体でもあるので、クラウスやラヴィとしてはなるべく原型を留めたまま使いたかった。
ラヴィの腕にかかれば3人乗りに改造も可能だろうが、クラウスもラヴィも成長しているので、将来アルを含めた大人2人と未成年1人で乗るのは重量バランスが崩れる。
「軍用ヴァンシップだったらパワーに余裕があるからアルや要人を乗せる機体を作るってのもタチアナ達に頼めば許可してくれそうだけど…」
「その心配は必要ないよ。だって僕が勝つからアルは自動的に僕の後ろに乗ってヴァンシップに2人乗りで問題なし!
あ、でもシルヴィウスの飛行隊長になるから、長期航海になると入植地のインメルマンとは離れ離れになっちゃうかなー」
「ちょっとこのギルド人、もう勝ったつもりでいるんですけどー」
「あはは、でもディーオの操縦の腕は良いから勝負がどうなるか分からないよ。もしディーオが勝ったらディーオにアルを安心して任せられる」
クラウス自身はディーオの腕と人間性を認めているようで、その点はラヴィも反論しない。
問題はディーオが真面目に仕事をするかどうかだ。

92 :
「あ、タチアナとウロクテアの決着が付いたみたい」
「時間切れで星形がオーバーヒートしたからタチアナの判定勝ちってとこだね。
じゃあ起源のギルドの彼は休憩とオドラデクのオーバーヒートを冷まさなきゃならないから、僕とインメルマンの勝負を先にしよう」
そう言ってディーオは審判役の立会い船とアナトレーの戦艦に合図を送り許可を貰うと自分のヴァンシップに乗り込んだ。
・ギルド立ち会い船
「ウロクテアが負けたか…。どうやらあなた方の人材は我々よりも豊富なようだ。これで我々よりもあなた方砂時計の民に巫女様を任せるのが適任だと分かった。
我々起源のギルドはあなた方に巫女様の護衛の役目を譲る。そしてあなた方は我々の管理が無くてもこの星で自力で生活していけるであろう力を持っている事も分かった。
後はあなた方がアナトレーの帰還をグランレイク周辺諸国に正式に宣言すれば我々の600年以上に渡る使命も終わる」
「長きにわたる使命を終えてお前達はこれからどうする?プレステールのギルドに行く気は無いか?」
「プレステールではデルフィーネのクーデターと地上人との戦争によりギルド人の数が大幅に減っています。
ギルドの技術や伝統も失われているので、あなた方がプレステールに行き、戦後復興に協力してくれればアナトレーとデュシスの民も喜ぶと想います」
「砂時計か…そうだな、この先どうするから個人の決定に委ねる事になるが、選択肢の一つとして私から皆に伝えておこう。
砂時計に移住する者が多ければこの地に滞在する者が減るので非常事態に対応出来なくなるかも知れぬが、巫女様の護衛はあのヴァンシップ乗り達に任せるので宜しく頼む」
「あなたのアルヴィス様を守ろうとするお気持ちは十分理解しております。アルヴィス様護衛の件はこちらからシルヴィウス艦長に伝えておきます」
「プレステールのソフィア皇帝には俺からお前達の移住の件を文書に書いて知らせておこう。習慣の違いで戸惑う事もあるだろうが悪いようにはせんはずだ」
ピーガガッザー
アラネア達が話していると通信機からウロクテアの連絡が入った。
『兄上。見ておられましたか?私の負けです。彼らのヴァンシップの戦闘技能はこちらよりも上です』
「うむ。こちらでも確認した。これで彼らの方が巫女様を護衛に相応しいと分かった。
今後の我々の身の振り方として、砂時計の同胞のレシウス殿とグラフ殿から我々の砂時計移住について話していた所だ。
まだ先の事になるだろうが、移住するかは個人の決定に委ねるのでウロクテアも考えて置いてくれ」
「了解しました。兄上」
通信を切るとアラネアはレシウスとグラフに向き直る。
「それではまだ模擬戦は続いているが、エグザイルとこちらの基地のリンクを接続しての砂時計の民の帰還の儀式の準備に入る。そちらもエグザイルを動かして準備して貰いたい」
「わかりました。エグザイルをこちらに移動するようアルヴィス様に伝えてきます」
・模擬戦会場
タチアナがウロクテアに勝ったので、アルの護衛は帰還したアナトレー側が務める事に決定し、今クラウス機とディーオ機のやってる空中戦は完全にエキシビジョンになっていた。
「インメルマンターン!」
ディーオはペイント弾をクラウス機に撃ち込まないので、クラウス機もその意図を察して先に通信用の有線ケーブルを相手の機体に撃ち込めば勝ちというルールになっていた。
ディーオ機は後ろを取ったクラウス機から逃れる為にインメルマンターンと言う空戦技法でクラウス機の追尾を振り切ろうとしている。
クラウス機もそれを分かっているので追撃を続ける。
今の所はクラウス機が逃げるディーオ機を追撃する形になってるのでクラウス側が有利と見られていた。
「流石ディーオだ。中々後ろを取らせてくれない」
「腐ってもギルド人てところね。でもあちらは機体に無茶をさせてるからそろそろボロが出るわよ」
ディーオは真面目に模擬戦をやるよりも飛ぶ事自体を純粋に楽しんでいる。
その為ディーオの飛び方は曲芸飛行に近く、機体に負荷をかけないように飛んでいるクラウス達と比べると無駄が多い。
なまじパワーのあるアナトレーの軍用ヴァンシップを使っているので、有り余ったパワーが機体自体に負荷をかけているのだ。
だがディーオの曲芸飛行は地上で観戦している観客達には好評らしく、観客達はディーオ機に向かって喝采を送っている。

93 :
「ディーオは本当にヴァンシップで空を飛ぶのが好きなんだなあ」
プレステールにいた時のディーオはデルフィーネの影に怯えていて薔薇の花を見ただけでパニックになっていた。
だがもうデルフィーネ死んだのでディーオの心が壊れるような事はないだろう。
誰にも脅かされずに自由に空を飛ぶディーオを見てクラウスはそう思った。
ゴウンゴウンゴウン
クラウス達が模擬戦をやっているとアナトレーの戦艦がエグザイルを引き連れて起源のギルドの立ち会い船に近づいていくのが見えた。
「いつの間にエグザイルがこんなに近くに…」
「何やってるのかしら?」
「ここのギルドと僕らのギルドの間での正式な帰還完了手続きだね。近づいても大丈夫だよ。今のエグザイルはコクーンじゃないからぶつかった位で触手で攻撃してくる事は無い」
クラウスが声のしてきた頭上を見上げるといつの間にかディーオ機が逆さまになってクラウス機の上を飛んでいる。
「うわっ」
「余所見してるからだよインメルマン。今は試合中だって事忘れてた?駄目だよ本気で戦ってくれないと」
クラウス達がエグザイルに気を取られている間にディーオがその気になれば通信ケーブルを撃ち込めたはずだ。
だがそれをしないのはディーオの余裕と正々堂々勝負したいという気持ちからだろう。
エグザイルがギルドの立ち会い船とアナトレーの戦艦に向けてピンク色の光の粒のような物を振り撒く。
クラウスは何となくソフィアの戴冠式でギルド戦艦が薔薇の花弁を空に撒いた事を思い出す。
あの花弁を撒く風習は、元々はエグザイルが鍵の乗っている乗り物に対して光の粒を付着させて攻撃しないようにした事が元になっているらしい。
この星にいる他の国でも和平の調印式等で花弁や紙吹雪を使うらしいと言う事をアルが起源のギルドから聞いた(地上人に情報を伝えるのは駄目でもギルド人の間では問題ないらしい)
エグザイルの光の粒が入植地の模擬戦会場にも降り注ぎ、中々幻想的な光景となった。
「しまった。また余所見しちゃった。あれ?ディーオは?」
クラウス達が光の粒子に見とれている間にディーオ機が見当たらなくなっている。
「この光景を利用して隠れてるんじゃないの?」
「だったら良いけど…まさかまたディーオが」
ブウウウウン
クラウス機の横をディーオ機が滅茶苦茶な機動を描いて通り過ぎた。
「ディーオ!?」
「うわああああああっ、デルフィーネがっ!デルフィーネが来たあー」
「ディーオ落ち着いて!」
「逃げなきゃっ、逃げなきゃ!」
ソフィアの戴冠式の時の事がフラッシュバックしているのだろう。
デルフィーネが死んでも心に刻まれたトラウマはそう簡単には治らない。
「ラヴィ。模擬戦中止の信号を下に送って。パニックになってるディーオを落ち着かせないと」
「分かった。『対戦者に異常発生したので試合中止とパイロットの救助求む』と…あれ?誰も応じない」
「この光の粒で気付いてないんだ…」
エグザイルの振り撒いた光の粒子がキラキラと反射してるのでヴァンシップの発光信号はその光に紛れて地上に届いてないようだ。
ひょっとしたら地上からは空を飛んでるヴァンシップさえも光に紛れて見えてないのかも知れない。
「どうするクラウス?」
「地上が応答しないんだったら僕達だけでディーオを止めよう。ディーオの機体からクラウディアが漏れ始めている。早くしないと機体毎墜落するかも…」
ディーオの機体は先程の曲芸飛行と現在のディーオのパニックによる滅茶苦茶な飛行により、クラウディア管に隙間が出来たのかクラウディア液が漏れている。
ディーオの機体の動きが軽いのも予め燃料を模擬戦の時間に合わせて20分しか保たないようにして軽量化しているのだろう。
ホライゾンケイヴでラヴィが取った作戦を今度はディーオが参考にしたのだ。
もうすぐ20分が経過する。
このままだと燃料切れになったディーオが墜落して、運が悪ければ地上でエグザイルを見上げている観客達にも被害が出るかも知れない。
「せめて誰かが気付いてくれれば…」

94 :
・ギルド立会い船
ディーオの異常にいち早く気付いたのはアラネアだった。
アラネアは地上で待機している弟のウロクテアと通信する。
「聞こえるかウロクテア。模擬戦中の砂時計の同胞の機体が異常な動きをしている。そちらで確認できるか?」
「確認できます。しかし兄上、あの同胞は以前からあのような飛び方ではありませんでしたか?私には先日の飛び方との違いが分かりませんが…」
ウロクテアはアラネアと違って精神処理を施されている為、人格はあっても感情の起伏が少なく他人の感情を察するのにも疎い。
その為ウロクテアにはディーオの異常な行動の区別が出来ていなかった。
「いや、あの同胞の飛び方は明らかにおかしい。対戦相手も異常に気付いているように見受けられる。私の権限で模擬戦を中止するからお前はオドラデクで砂時計の同胞の機体を確保せよ」
「承知しました兄上」
通信を切ると同時にアラネアはアナトレーの軍艦に向けて発光信号を送り、且つ信号弾で模擬戦の中止を伝えた。
パーンパーン
「ん?祝砲か?」
「信号弾の音のように聞こえるけど…模擬戦中止の合図ね。終了時間までまだ間があるはずだけどどうしたのかしら?」
キュルルルルルキュイーン
「ギルド星形?まだ模擬戦中なのにクラウスとディーオの勝負に乱入か?」
「タチアナ!ディーオの機体を見て!あの飛び方変よ!」
アリスに言われてタチアナが光の粒子の舞う空を見上げると辛うじてディーオのヴァンシップを見つける事が出来た。
「なんだあの飛び方は…まるで戴冠式の時みたいだ。ディーオに何かあったのか?アリス!私達も行くぞ!」
ブロロロロギューン
近くにいたアナトレー軍人に模擬戦の中止と観客の避難誘導をするよう指示してタチアナとアリスはヴァンシップに乗り飛び立つ。
すぐにウロクテアのオドラデクに追いつくと通信ケーブルを撃ち込み、ウロクテアとの回線を開く。
「おいお前!ディーオに何があった!?」
「分からない。私は兄上からあの砂時計の同胞の機体が異常行動を起こしているので確保せよとの指示を受けた。お前達から見てもあの同胞の飛び方は通常と比べておかしいのか?」
「確かにいつもの悪ふざけや曲芸飛行とは違う…機体の異常かパイロット本人に異常があったと思われる。
地上の観客達に被害が出ぬよう湖側に誘導してそこで確保しよう。墜落しても湖ならばダメージは少なくて済む」
「了解した。機体の捕獲はこちらが引き受ける」
アナトレーの軍用ヴァンシップはギルド星形(オドラデク)と違って多目的活用できるアームは付いてない。
その為強引に飛んでるヴァンシップを捕獲するにはギルド星形にしかできない。
タチアナ機とウロクテア機は2機で即興の編隊を組みながらディーオ機の追撃を始めた。
キュルルルル、ブオオオーン
クラウス機の後方から赤い軍用ヴァンシップとギルド星形が飛んできた。
「あれはタチアナ?ディーオの異常に気付いてくれたんだ!」
「ギルドの星形もよ。これでディーオを捕まえられるわね」
クラウス達地上人とギルドは以前は敵対していて、アルにいたってはギルドの星形ヴァンシップに何度も追い回された経験があるのでギルド星形はトラウマになってるが、
こんな状況ではディーオの機体を捕まえられるギルド星形は心強かった。
後方のタチアナ機が通信ケーブルをクラウス機に撃ち込んで通信用のヘッドホンからタチアナ達の声が聞こえてくる。
「こちらタチアナ。ディーオの様子はどうだ?」
「こちらクラウス。ディーオはずっとパニック状態のままだ。あの機体の動きだともうすぐ燃料が切れて墜落する。ディーオは燃料を20分だけしか積んでないんだ」
「そうか、それでいつもより軽い動きができたのか。時間的猶予が無い。ウロクテア、私とクラウスで援護するからアームで一気に捕獲してくれ」
「了解した」
キュルルルル、ガシッ、スルッ
「!」
ウロクテア機がディーオ機に近づいてアームを伸ばして捕獲したと思った瞬間、ディーオ機はオドラデクのアームの間をすり抜けた。
「何だ今のは?もう一度…」
ガシッ、スルッ
またディーオ機がオドラデクのアームをすり抜ける。

95 :
「何をやってるギルド人。さっさと捕獲しろ」
「いや、彼のミスとか偶然とかじゃないわ。ディーオは明らかに星形のアームから逃れている」
「ディーオ聞こえる?元に戻ったの?今あんたの機体を安全に捕獲しようとしてる所だから大人しくしていて」
「嫌だあああああああっ、デルフィーネが捕まえに来る!逃げないと!」
どうやらディーオにはウロクテアのオドラデクがデルフィーネが送り出した追手か何かに見えているらしい。
「…まだ混乱しているように見受けられる。今私のアームを避けたのも混乱していながらもヴァンシップの操縦は的確に行えていたと言う事だ」
「あれだけパニックになっているのに!?」
「それだけヴァンシップの操縦が身についているのだろう。理性が無くても本能で動かせる位にな。精神処理をしてないのにあれだけの事が出来るとは驚きだ」
精神処理をされているウロクテアが慌てず騒がず冷静にディーオの状況を冷静に分析する。
この4機の中では恐らくウロクテアの腕が一番低い。
ギルドの技術で作られたオドラデクだが地上人のヴァンシップと比較してそれ程高性能と言う訳ではない。
乗り手の腕が高ければ多少の技術差は埋められる物なのだ。
「星形でも捕獲できないとなると後は燃料切れを狙うしか無いな…」
どんな高性能なヴァンシップでも燃料が無くなれば飛ぶ事は出来ない。
風が対流しているグランドストリームと違ってこの星ではヴァンシップが燃料切れになれば少しの時間で地面と衝突してしまう。
燃料切れになっても方向舵等は動かせるが、機体の姿勢を変える位しかできない。
そこを狙えばどんなにパイロットの腕が優秀でも無力化は可能だ。
ブルルルル、プスンプスン
ディーオ機のエンジンから燃料切れの音がする。
下を見ると湖までもう少し。
ここで落ちたら地面に墜落する可能性があるが、湖の上空まで燃料が保つ事を期待するよりもここで捕獲した方がリスクが少ないと判断したウロクテアはディーオ機の捕獲に再度挑戦しようとした。
ガシッ、グググッ
アームの間を宙返りしつつ避けようとしたディーオ機は燃料切れによる機体の制御低下によりスピードが一瞬落ちた所をオドラデクに捕まった。
しかし機体は捕獲したが宙返り中に捕獲した為パイロットのディーオが操縦席から抜け落ちる形になってしまった。
「しまった!」
ギルド星形はディーオの機体を捕まえているので身動きが取れない。
となれば落下していくディーオを助けられるのはクラウス機とタチアナ機だけだ。
下は地面。
グランドストリームと違って落下すれば即座に地面と衝突する。
クラウス機は素早く操縦桿を動かすと落下するディーオに速度を合わせつつディーオに手を伸ばす。
たまたまパイロット席の方が近かったのでクラウスがディーオを抱える形になったがそれがいけなかった。
「しまった!操縦桿が…」
ヴァンシップは通常2人乗りなので、1つの席に人間2人を乗せるスペースは無い(小柄な子供除く)
ディーオを抱えたクラウスのパイロット席はスペースが塞がって操縦桿に手が届かなくなり制御不能に陥った。
それに気付いたナビ席のラヴィが咄嗟にエアブレーキを引いて機体を立て直すが下は固い地面。
ガッシャアアアアアアアン
クラウス機は派手に胴体着陸し、乗っていた3人は落下の衝撃で身動きが取れなくなった。
「大丈夫かクラウス!」
タチアナ機が落下したクラウス機の横に着陸し、タチアナとアリスが3人の安否を確認する。
「僕は大丈夫。ラヴィは無事?」
「終わった…短かった私の人生…」
ナビ席のラヴィは放心状態でいつもの口癖を呟いてる。
「ラヴィも無事みたい。ディーオは…ディーオ?ディーオ!」
「う、うーん…ルシオラ…」
「ディーオも大丈夫だ。生きてる。タチアナ、ディーオを地面に降ろしてあげて。パイロット席が窮屈で身動きが取れないんだ」
「分かった。アリスも手伝ってくれ」

96 :
>>95は「再会 その19」でした

97 :
キュルルルル
ディーオ機を抱えたウロクテアのオドラデクも着陸する。
「命に別状は無いようだが…そちらの同胞の精神状態を確認したいので我々の基地に連れて行くが宜しいか?」
ウロクテアの言葉にクラウスが反応する。
「ディーオは大丈夫だ。ギルドの手助けは必要ない」
クラウスはプレステールのギルドでディーオの人格が破壊された事を思い出し、ギルドへの警戒感を露わにする。
「そうですか…ならばこちらも強制はしません。基地へはこちらから救助完了の報告をします」
「そうしてくれ。こちらも救助信号の信号弾を撃っておく。暫くすればアナトレー軍もこちらに救助部隊を送ってくるだろう」
タチアナは自分のヴァンシップから信号弾を発射すると、パイロット席から中々出てこないクラウスに近づく。
「どうしたクラウス。そこから出れないのか?」
「あ、うん。落下の衝撃で足が痺れちゃって力が入らないんだ。フレームは歪んでないようだから引っ張ってくれれば出られると思うんだけど…」
「分かった。アリスも手伝ってくれ。両側から腕を引き上げる。せーのっ!」
タチアナとアリスがクラウスの腕を肩にかけて引き上げる。
パイロット席から引き上げたクラウスを地面の上に下ろそうとした時点でタチアナ達は異変に気付く。
「く、クラウス!その足は…」
「え、足?僕の足がどうかしたの?」
クラウスが自分の足を見ると足がありえない方向に曲がっている。
いや、折れていると言った方が良い。
「あ、本当だ。痺れていると思ったけど折れていたんだ…」
「アリス!クラウスの体をゆっくりと地面に下ろすぞ!ゆっくりだぞゆっくり!」
「クラウス…足の痛みは感じないの?」
大怪我のはずだが骨折の痛みを感じないクラウスにアリスが問いかける。
「うん。痛みは全く無い。と言うか足の感覚が殆ど無いんだ。痺れているだけだとは思うんだけど…」
「痺れているだけなら良いんだけど…。暫く安静にしていてね。すぐに救助用のヘヴィカーゴで輸送するからそのまま地面に寝ていて。無理して体を動かしちゃ駄目よ?」
「分かったよアリス。僕は怪我人だから静かにしてるよ」
程なくして救助に来たヘヴィカーゴにクラウスとディーオを乗せ、クラウスはそのまま入植地の軍の病院に入院する事になった。
・病院
「インメルマンの足が…僕のせいだ」
クラウスの怪我を知ったディーオが自分の暴走が原因で事故を起こしたと気落ちしている。
「大丈夫だよディーオ。医者の話では骨折したって話だし、ディーオも僕も命に別状は無いんだから結果オーライだよ」
「ごめんインメルマン。本当にごめん」
ディーオが真面目に謝罪する姿等滅多に見られる物ではない。
いつものディーオを見慣れている面々には真面目なディーオは却って不気味だ。
コンコン
病室のドアがノックされる。
ドアの外を見ると起源のギルドのアラネアとウロクテアがいた。
「ちょっと良いか?巫女様の護衛の引き継ぎの話なのだが…」
「僕はこんな状態だけど話は聞けるから大丈夫」
「そのお前の怪我の具合も含めての話だ。今回の模擬戦でお前達の力量は我々より上だと分かったので巫女様の護衛はお前達に任せる。
しかしお前達の中で一番技量が高いのはお前だ。お前が怪我をしている間巫女様の身を誰が守るかと言う事についてなのだが」
「僕は今こんな状態だからディーオかタチアナ達って事になるんだろうけど…タチアナはシルヴィウスの艦長の仕事があるからディーオの方が適任かな?タチアナはどう思う?」
「私のヴァンシップに今のアルを乗せる事は十分可能だ。将来アルが成長して身長体重が増えたらその時にヴァンシップを改造してアルが乗れるようにする事はできる。
だが、ディーオはいつも1人でヴァンシップに乗っているから誰も座ってないディーオにアルのお守りを任せるのが適任だと私は考える。
ディーオは身体能力も高いし、ヴァンシップの操縦技術も…私達と互角以上だ。アルの護衛としては不真面目だが、私のような堅物よりもディーオと一緒の方が気が紛れるだろう」
「僕がアルの護衛だって!?良いのかい僕なんかで?」
「うん、ディーオにならアルを任せられる。2人共仲良いしね。アル、ディーオの側にいれば安全だからディーオから離れちゃ駄目だよ」
「うん」
「アル、ディーオは何をしでかすか分からないからディーオから目を離しちゃ駄目よ」
「うん」
クラウスとラヴィがそれぞれアルにディーオから離れなければ大丈夫と太鼓判を押している。

98 :
「…そうだな。守る対象が出来れば洗脳の後遺症の再発も抑えられるかもな…良い判断かも知れない」
「え?」
「いや何でもない気にしないでくれ。そうだ。今回の事故で足を骨折したと言うが、怪我はそれだけか?他に異常は出てないか?」
「足の感覚が元に戻らないけど、痛みは無いから…」
「痛みがない…か。念の為我々の施設で精密検査を受ける事を薦めるが…そのつもりは無さそうだな。我々は今度この星を離れてお前達の砂時計に移住する事になる。
この星で何かあってもお前達をすぐに助ける事は出来なくなるがその覚悟はできているんだな?」
アラネアがクラウスに確認するとクラウスは今までとは違い真剣な目でアラネアに答える。
「僕達は『管理』を必要としない。僕達は僕達の力でこの星で生きていける。お前達も今回の模擬戦でその事は分かっただろう」
「ああ、そうだったな。お前達はもう我々に頼らず力強く生きていける。我々が『管理』する必要はない。エグザイルの正式な帰還手続きも完了した。
お前達はこの星で自らの力で生きていくと言う意志を我々は受け入れる。それではさらばだ砂時計の民よ」
アラネア達はクラウス達に別れの挨拶を済ませるとプレステールに移住する為にエグザイルに向かう。
「兄上良いのですか?あの者の怪我は恐らく骨折だけではありますまい」
「精密検査が出来ぬので確実な事は言えんが、恐らく腰の神経をやられて下半身不随だろう。だが彼らは我々の助けは必要ないと言った。
検査と治療を薦めるのは余計なお節介と言う訳だ。」
「ですがあのままですと巫女様の護衛はあの砂時計の同胞のみがやる事に…」
「あの同胞にとってもそれが良いだろう。あの者はルシオラと言ったか?ナビ席に乗せていた人間を失った事で心が不安定になっている。
その心に空いた穴を塞ぐには、また誰かを後ろに乗せるか傍にいさせれば良い。あの同胞は一見すると明るく振舞っているが、心の底には大きな闇を抱えている。
巫女様が一緒にいればその闇もいずれ小さくなるだろう」
「心の闇を完全に取り払う事は出来ないのですか?」
「人間の心には光も闇もある。どちらか或いは両方を完全に取り除けばそれは人間とは言えない。ただのロボットだ。
人間は誰しも心に光と闇を持っている。人によってその割合は違うしそれは我々も同様だ。ウロクテア、お前もな」
「私にもですか?兄上にも?」
「精神処理を施されてない私の方が心の闇はお前よりも大きいだろうな。以前巫女様が神祇の門を開く時に私は巫女様が我々を滅ぼす為に古代兵器を使うと疑った。
結局は神祇の門は古代兵器ではなかったし巫女様も我々を滅ぼすつもりは毛頭無かったので、完全に私の疑心暗鬼だった。
だが心に闇を持っていても人は自制心でそれを制御する事が出来る。あの同胞にはまだ心を制御する術が身についていない。
恐らく砂時計の生活環境がそうさせたのだろう。だがあの帰還民達や巫女様と関わる事でいずれ自分の心を制御できるように成長する。
巫女様があの同胞を信じているのであれば我々もそれを信じようではないか」
「分かりました。私も巫女様を信じます」
アラネアとウロクテアはエグザイルに乗り、母星を後にする。
母星の状況や最低限の知識は既にアナトレーの軍を通じて彼らに知らせた。
その知識をどう活かすかは彼らに委ねられている。

99 :
>>98は「再会 その21」でした

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