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2012年07月創作発表70: ロスト・スペラー 4 (346) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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ロスト・スペラー 4 (346)

ロスト・スペラー 4


1 :12/04 〜 最終レス :12/08
タイトルは飾り
過去スレ
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。
ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
500年前、魔法暦が始まる前の大戦――魔法大戦で、全てが海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
沈んだ大陸に代わり、新たな大陸を1つ浮上させた。
共通魔法使い達は、100年を掛けて唯一の大陸に6つの魔法都市を建設し、世界を復興させ、
魔導師会を結成して、魔法秩序を維持した。
以来400年間、人の間で大きな争いは無く、平穏な日が続いている。

4 :
唯一の大陸に、6つの魔法都市と、6つの地方。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、グラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、ブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、エグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、ティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、ボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、カターナ地方。
そこに暮らす人々と、共通魔法と、旧い魔法使い、その未来と過去の話。

5 :
>>1
4スレ目乙です
あんたマジすげえよ!!

6 :
ありがとう。
マイペースで続けて行きます。

7 :
魔導師会は何を守るか
魔法暦504年 第二魔法都市ブリンガー フェストゥカ地区にて
この年の春、第二魔法都市ブリンガーのフェストゥカ地区で、小動物の惨殺体が街中に捨てられる、
怪事件が続いた。
ブリンガー魔導師会の法務執行部に、今年3月就職したばかりの新人執行者、
ジラ・アルベラ・レバルトは、ブリンガー都市警察フェストゥカ地区駐在所に出向し、
この事件の解決を「見届ける」様に命じられた。
飽くまで「見届ける」のであり、協力するのではない。
呑気で温厚な市民性から、余り魔法を使った事件が起きないブリンガーでは、屡々この様に、
魔法と関係が無さそうな事件でも、執行者が動く。
これには、市民(警察を含む)の魔法の濫用を牽制する、犯罪予防的意味合いと、
執行者を市民生活に添わせる事で、魔導師会の存在を印象付ける、広報の意味合いと、
同じ治安維持を任務とする組織同士、連携を深める狙いがあり、大抵は新人か閑職が回される。
だが、魔法の悪用が明確に疑われる事例でない限り、執行者が捜査を手伝う事は無いので、
都市警察にとっては、少々迷惑な余り者と言った扱いをされるのが、現実だ。

8 :
未だ若く、それなりに美人なジラは、フェストゥカの駐在所で、嫌な思いをしなくてはならなかった。
事ある毎に所員から無視されたり、お座なりに扱われたり……。
若い魔導師は、それだけでやっかまれ、敬遠される。
その理由の1つは、多くの若い魔導師が、社会経験の乏しさから、周囲と摩擦を起こす為だ。
若者に限らず、大抵の魔導師は、魔導師会に忠誠を誓う半面で、都市警察の指図は受けたがらない。
魔導師会の法は、都市法に優先すると言う、序列関係から来る勘違いである。
魔導師個人は、都市法に従わねばならず、魔導師会からの具体的な命令が無い限り、
徒に都市法を破る事は許されない。
それは、魔導師会から具体的な命令があれば、都市法に従わない事もあると言う事。
しかし、魔導師会の該当条項には、「都市法には最大限配慮して、市民の同意を得る様に努め、
それでも已むを得ず都市法を破らねばならない時には、それを認める」とある。
魔導師とて市民の一員、その模範になる姿勢を示さなくてはならないとも。
所が、成り立ての魔導師には、名誉ある地位への憧れから、過剰な自尊心を抑えられない、
未熟者が少なくない。
それが全体として、若い魔導師のイメージを悪化させている。

9 :
だが、ジラは大人しい性格であり、余り気取った所も無かった事から、嫌味な対応は直ぐに止んだ。
彼女は捜査に協力出来ない分、進んで雑用を手伝い、所員の好感を得た。
苦労は多いが、損は少ない性分である。
……ジラが所員に協力的だったのには、生まれ持った性質の他に、彼女なりの理由がある。
彼女は徒に世間を騒がせる、小動物を惨殺した犯人を許せなかった。
か弱い小動物を残酷に殺して喜ぶ者の存在が、どうしても認められなかったのである。

10 :
最初の事件では、フェストゥカの繁華街に、約30羽の小鳥のバラバラ死体が積み上げられた。
小鳥は何れも綺麗な羽根色をしており、毟り取られた羽毛が臓腑を覆い隠していた事から、
一見した住民や通行人は、その正体に気付かず、一体これは何だろうと訝った。
羽根の山は異臭を放っていた事から、中々正体を確かめに近付く者は居らず、
都市の清掃業者が通報を受けて、これを片付ける際、鳥の惨殺体であると、初めて判った有様。
どこかの業者が始末に困って不法投棄したのか、周辺住民への嫌がらせが目的なのか、
警察は周辺の関係業者に聞き込みを行ったが、犯人像を絞り込むまでには至らなかった。
綺麗な羽根の鳥を売っている店はあっても、最近大量に処分した事実は無く、
一度に誰かに売り渡した記録も無い。
個人で行うには量が多く、仮に単独犯なら、それは相当の狂人であるが……。
結局、犯人は見付からない儘、次の事件が起きてしまう。

11 :
その1週後に起きた第2の事件では、数え切れない(正確には『数えられない』)ネズミの死体が、
そのまた1週後にはカラスが11羽、その次はネコが9匹と、殺される動物の種類は、
次第に大型化し、殺し方も(飽くまで警察の主観だが)猟奇的になって行った。
何時か人が殺されるのではないかと、フェストゥカ地区の住民は不安がったが、
特に誰かを狙っている感じは無く、実際に人が傷付けられた訳でもない事から、
ブリンガー都市警察の指令部(誤字でない)は、重大事件を扱う特別捜査部の派遣を認めず、
端役を適当に送って済ませた。
動物が大きくなるに従って、明らかに死体の数が減っている事も、住民の脅威にはなり得ないと、
判断される一因になった。
人が殺傷されるか、市民が余程困窮する事態にでも発展しない限り、事件の捜査は、
フェストゥカ地区駐在所の捜査部に任された。
事件の重大さによって、動く組織が駐在所から本署へと変わる、縦割り業務の弊害と言えよう。

12 :
都市警察の中にも魔導師や、魔導師に準ずる能力を持つ共通魔法使いは居る。
一連の事件が、外道魔法の暗黒儀式である可能性は、ブリンガー都市警察も考えていたが、
検察官を派遣した結果、魔法儀式が絡んでいる可能性は、低いと判断した。
故に、都市警察の指令部は、魔導師会に協力を仰ぐ事はせず、駐在所に事件の処理を任せたのだ。
1月以上の時間を掛けても尚、この凶行を止められず、事件の真相も解明出来ない様なら、
その時は流石に特捜部が動き出す(……他に重大な案件が無ければ)。
しかし、それはフェストゥカ地区の駐在所には、不名誉な事である。
自らの手では事件を解決出来ない、無能集団の烙印を押されたも同然なのだから。
市民からの評価を落とさない為にも、フェストゥカ駐在所員は必死にならねばならなかった。
当初ジラ・アルベラ・レバルトに、所員等が冷たく当たったのも宜なるかな。
魔導師会から物見に来る者の相手をしている暇は、無かったのである。

13 :
さて――駐在所員の信頼を得たジラ・アルベラ・レバルトは、夜間の区内見回りに、
同行させて貰える様になったが、巡回警備は捜査部ではなく、保安部の仕事。
事件解決の為と言うよりは、日常業務の一である。
駐在所では、ジラは飽くまで部外者。
都市警察は、魔導師に捜査を手伝わせる訳には行かなかったし、逆も然り。
雑用を手伝わせる以上の事では、区内の見回りに同行させる程度が、落とし所だったのだ。
ジラの目付けには、保安部の若い巡査、ダーウィド・メダルが充てられた。
ダーウィドには特別な権限は何も無いし、特別に秀でた能力がある訳でもない。
これは、なるべくジラを働かせない為の、「持て成し」であった。
己の分を弁えて、その待遇に甘んじるジラだったが、何か自分に出来る事は無いかと、
日々悶々としていた。
……そうこうしている内に、最初の事件から4週が過ぎ、第5の事件が起きる。
今度は6匹のキツネ。
ブリンガー都市警察本部署の特捜部が動き出すまで、後2週……。

14 :
第5の事件が起きた日、ジラは事件の解決を見届ける必要があると主張して、
事件現場の検分に立ち会ったが、ただ見ているだけで、口出しは許されなかった。
執行者に成り立てのジラには、事件の捜査に関する知識が無い。
実地検分では、難解な専門用語(隠語)が飛び交う。
捜査部の者に、素人のジラの相手をする暇は無く、彼女は会話内容を理解する為に、
お付きのダーウィドに疑問に思った事を一々訊ねなければならなかった。
新人のダーウィドは、手帳のメモを頼りに、捜査に関する常識を、懇切丁寧に説明したが、
それはジラに無知を自覚させ、事件への介入を萎縮させる結果にしかならなかった。
否、それで良いのだ。
そもそも、誰もジラが事件を解決する事など、期待していない。
今、彼女が為すべき事は、都市警察が如何にして事件を捜査し、解決するか、よく観察して、
報告書に記す事である。
決して、都市警察に協力する事ではない。

15 :
その日の夜も、ジラはダーウィドと共に、夜のフェストゥカ地区の見回りに出掛けた。
彼女が出来る事は他に無かった。
昼間の検分で、分厚い職業の壁を実感したジラは、意気消沈していた。
溜め息ばかり吐く彼女を、ダーウィドは気に掛ける。
 「ジラさん、気分が優れないのですか?」
 「いいえ、違います。
  何でもありません……御免なさい」
夜間の見回りで、犯行現場に出会す可能性だって、無いとは言い切れない。
しかし、今のジラには、とても虚しい事の様に思われた。
 「……直ぐに解決しますよ。
  捜査部の人達は、何だ彼んだでプロですから」
ダーウィドが何を察して、そう発言したのか、ジラには解らない。
彼女が出向を苦に感じていると思ったのか、駐在の無能振りに呆れていると思ったのか……。
誤解を避ける為に、ジラは本心をダーウィドに告げる。
 「私、動物が好きなんです。
  だから、この事件の犯人は、絶対に許せなくて……。
  自分にも、何か出来ないかと――」
 「ああ、成る程」
ダーウィドは納得して、大きく頷いた。
 「お気持ち、解ります。
  本官、保安部所属ですが、捜査部を志していましたから」
年齢はジラと変わらないダーウィドだが、言い回しが堅苦しいのは、相手が魔導師だから。
失礼が無い様に、慎重に言葉を選んでいるのが、ジラにも伝わった。

16 :
畏まった口調で、ダーウィドは続ける。
 「あっ、軽率に『解る』とか言ってしまって、済みません。
  中々犯人が捕まらないので、御心配なのでしょう」
 「いえ、そうじゃなくて……。
  何も出来ない自分が、歯痒いと言うか……」
 「済みません。
  魔導師さんなら、魔法を使って、あっと言う間に解決出来るのでしょうが……」
どんどん解釈が歪んで行くダーウィドに、ジラは焦った。
 「そうじゃないんです!
  ただ側で見ているだけと言うのが――」
そこまで言い掛けて、ジラは止めた。
よくよく考えれば、ダーウィドの言った事と同じ。
都市警察を信頼していないから、捜査を任せられないと思われても仕方無い。
個人的に許せないと言うだけで、処罰感情を超えて、自ら裁きを下さねば気が済まないとなれば、
それは無法者の論。
都市警察を信頼してないより、性質が悪い。

17 :

 http://www.youtube.com/watch?v=GxxGVHlpyrs

18 :
ジラが急に押し黙ったので、ダーウィドは気不味い空気を変える為に、自ら話を始めた。
 「今回の事件については、本官も思う所があります。
  これは言葉遊びなのです」
 「どう言う事ですか?」
 「捨てられた動物の死体は、Thirty Birdies, Lots of Rats, Eleven Ravens, Nine Miaos, Six Foxesと、
  こんな感じで、韻を踏んでいます。
  それが何だと言われると困るのですが……」
 「そんな語呂合わせで、沢山の動物を?」
 「多分」
ジラは怒りの感情より、疑問が先に浮かんだ。
一連の事件は愉快犯の仕業だと、彼女は思っていたが、ダーウィドの話を聞いて、
何か隠された目的があるのではないかと考え直したのだ。
 「Many Magusに続かないと良いのですが……」
 「えっ」
ダーウィドの呟きに、ジラは驚く。
 「Lots of Rats, Lots of Cats and Many Magus Died a Desired Death――昔の遊び歌です。
  外道魔法使い狩りが流行っていた頃の」
外道魔法使い狩りは、魔法暦250年頃に行われた。
今から250年も前である。
当時の遊び歌を、ダーウィドの様な若者が知っているのは不自然だ。

19 :
ジラは当然の疑問を口にする。
 「その歌、どこで知ったんですか?」
 「身内に外道魔法使いの裔が居りまして……」
魔法大戦後、多くの外道魔法使いは、自らの魔法を封印して、魔法が使えない市民に紛れた。
故に、外道魔法使いの血を引く市民は、多いとは言えないが、決して少なくはない。
中には密かに魔法を受け継いでいる者も居る。
 「最後には、外道魔法使いが犠牲になると……?」
 「いいえ、確証はありません。
  Eleven Ravens, Six Foxes――この程度の言葉遊びは、誰でも思い付きます。
  昔の遊び歌と似ているのも、飽くまで本官が、そう感じたに過ぎません。
  それに……保護するにしても、自分から外道魔法使いと名乗り出る人は、居ないでしょう」
ダーウィドは悲し気な瞳をしていた。
未だ外道魔法使いに対する偏見は強い。
 「今日ので5件目……好い加減、そろそろ犯人を特定しないと、駐在の面子に係わります。
  捜査部も必死にならざるを得ません。
  やってくれると信じましょう」
どこか他人事の様で、冷淡な口振りのダーウィド。
それが信頼から来る物なのか、それとも割り切っているだけなのか、ジラには判らなかった。
判らなかったが、彼女は静かに頷いた。
……結局、その晩も何も無かった。

20 :
翌日、フェストゥカ駐在捜査部は、犯人を特定し、身柄の確保に動いた。
当初、是が非でも犯人の顔を拝んで、一言物申さねば気が済まないと思っていたジラだったが、
彼女は被疑者確保に同行こそした物の、捜査部の手際を大人しく見学するだけに止めた。
犯人は若い専門学校生で、やはり愉快犯であった。
ダーウィドの予感は外れていた。
犯人は動物を集めるのに魔法を使っていたが、実際に動物を殺し、その死体を不法投棄する際には、
魔法を使っておらず、初犯と言う事もあって、魔導師会が出る幕は無かった。
罪状は、都市制定迷惑防止条例違反、都市制定動物保護条例違反、反社会的行動禁止法違反、
業務妨害。
都市制定動物保護条例では、食用・駆除・防衛等、特別に指定された目的以外で、
正当な理由無く、濫りに動物を殺傷してはならないと定められている。

21 :
都市警察組織体系
上級警察組織
 大陸警察機構
 ・統合司令部(Central Control Station)
 ・戦略研究室
 地方警察庁
 ・司令部(Control Station)
 ・監査委員会
 ・特別警察部
下級警察組織
 都市警察署
 ・指令部(Directive Station)
 ・刑務部
 ・治安維持部
 ・特別捜査部
 地区町村警察駐在所
 ・連絡部
 ・保安部
 ・捜査部

22 :
捜査部の上級組織が特別捜査部、保安部の上級組織が治安維持部に当たる。
特別警察部は、捜査部と保安部、両方の役目を持っているが、部内で捜査班と保安班に分かれる。
保安部も捜査部も、規模が大きくなるに従って、下級から上級へと管轄が移る仕組みは変わらない。
例えば、同じ公的行事の警備でも、地方レベルなら特別警察部が、都市レベルなら治安維持部が、
地区町村レベルなら保安部が出動する。
保安部と捜査部の違いは、これから起こるかも知れない事件を防ぐのが保安部で、
起こった事件を解決するのが捜査部と考えれば判り易い。
連絡部は、指令部からの命令伝達を行う他に、報告書を纏めたり、意見書を提出したり、
捜査部と保安部の仲介をしたりする、駐在所内の実質的な上層部で、現場では活躍しない。
保安部と捜査部は実務のみを執り行い、上級組織との交渉権を持たない代わりに、
連絡部が設置されている。
刑務部は管轄内の刑務所の管理を行う。
都市警察署と警察駐在所は、多くの都市部では完全な上下関係に置かれているが、
市政から独立して町村運営が行われている場合は、一定の権限を与えられている場合もある。
時に、その仕組みは隠蔽や腐敗を呼ぶ。
対策として、地方警察庁には、監査委員会が設置されている。

23 :
都市警察の前身は、各市町村の自警団が、復興期の終盤から開花期に掛けて、
魔導師会から一部の警察権限を移譲された物。
歴史的に、都市警察署や警察駐在所が先にあり、地方警察本庁、大陸警察機構と言った、
組織体系自体が、大規模事件に対応する為の、後付けの序列に過ぎない。
地方警察庁と大陸警察機構を合わせて、上級警察組織と言うが、その役割は、
下級警察組織を統率し、指示を送るだけである。
その為、地方警察庁の特別警察部は、多くの場合、所属人員100名以下。
大陸警察機構に至っては、警察の最高権力組織でありながら、独自の権力行使集団を持っていない。
地方の魔導師会への依存度が大きい程、上級警察機関は発言力が弱くなる傾向にある。
実際、組織力も規模も魔導師会の方が遥かに上で、何にしても魔導師会を頼った方が早い。
それでも地方警察庁は、地方が定めた法律に従って行動する事で、
魔導師会とは異なる立場を明確にし、一定の地位を保っている。
一方、大陸全土の安全に係わる事態は、大抵魔法絡みで、その場合は魔導師会が動く為に、
大陸警察機構は影が薄い。
組織の構造上、地方警察本庁の司令部には、都市警察の事情に詳しい関係者が就く。
それに対して、大陸警察機構には、政治的都合で配属される者が多い。
警察駐在所は駐在、都市警察署は本署(本部署)、地方警察庁は本庁と呼ばれるが、
大陸警察機構のみ略称が無い。
指令部をDS、司令部をCS(或いは単にD、C)として、その指令をDS指令、CS指令(D指令、C指令)と、
現場では言うが、CCS指令は聞かれない。
存在価値の疑われる大陸警察機構。
CCS指令は都市伝説とさえ言われていたが、近年は活動範囲が広い地下組織の台頭から、
あり得ないとまでは言い切れなくなっている。

24 :
大陸警察機構の本部は第四魔法都市ティナーに、各地方警察庁は各地方の魔法都市に在る。
グラマー地方にのみ警察組織が存在せず、魔導師会法務執行部が警察業務を代行している。

25 :
『成り上がり<アップスタート>』
成り上がりとは、元々人でなかった物が、後に人の姿を取った例である。
成り上がりと言われる所以は、人の姿ばかりを真似て、人の心が伴わない事から。
旧暦や復興期の伝説では、成り上がりの話が数多く見られるが、魔導師会に確認された事例は無い。
だが、知能の高い、妖獣・霊獣、その他、高い魔法資質を持つ動物が、『成り上がる』可能性は、
否定出来ない。
人ならざる人の存在を、どう扱うか、都市法に定めは無いが、魔導師会には一応ある。
以下の条件が整った時、魔導師会は成り上がりを認め、それを人として扱う。
一、一般的な手段を以って、人と意思の疎通が可能な事。
一、高い社会性を持ち、人の法の定めに従える事。
一、明確な自我を持って、独立した意思で行動可能な事。
一、独自の規律を持った、一定の集団を形成している事。
一、価値観・倫理観に大きな違いが無く、友好的な関係を築く意思がある事。
これは未知の知的生命体の集団に遭遇した時を想定している。
集団ではなく、個体が現れた時は、その個体を特別に扱う。
実際に、都市には名誉市民として、動物が登録された例がある(これは成り上がりに限らない)。
魔導師会の定義とは別に、人の間で長く暮らし、人の行動を真似る様になった動物を、
成り上がりと言う事もある。

26 :
拝啓 プラネッタ・フィーア様
風薫る若葉の季節になりました。
そちらではマミラリア(※)の花盛りと存じます。
先ずは、今月8日無事に第五魔法都市ボルガに到着した事を、御報告させて頂きます。
復興期、魔導師会の到達が遅かったボルガ地方では、独自の宗教観が根付き、
他では聞かれない説話が、数多く残されていると聞きました。
民俗学的見地から、趣深い話の一つ二つ、御紹介出来ればと思います。
敬具
5月25日 サティ・クゥワーヴァ
※:サボテンの一種

27 :
第五魔法都市ボルガ アンラク地区にて
第五魔法都市ボルガのアンラク地区に着いた、サティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトは、
予約した宿に寄って荷物を置いた後、それぞれ自由に行動出来る時間を設けた。
サティは図書館へ資料収集に向かい、ジラは地区内を散策する。
去年までは、サティが勝手な行動をしないか見張っていたジラだったが、最近は、
そんな心配をしなくなっていた。
傍目には、サティは研究熱心で、他の事は頭に無い様に見えていた。
実際、サティはジラの見ていない所で、勝手に問題を起こした事が無い。
逆に、ジラの監視下では、無謀な試みをする事が多かった。
彼女に付き添っている間の方が心配だったジラにとって、自由時間は本当に自由な時間だった。
 (陰で黙って分からない様に、やってくれれば良いのに。
  面倒な子……)
つい、そんな風に思ってしまう。
本気で実行されては、ジラに止める術は無い。
流石に十年に一度の才子と言われるだけあって、共通魔法使いとしての実力は、
サティの方が数段上である。
だが、サティはジラを気遣っている。
ジラが魔導師会に報告し易い様に、どこで何をするのか態々教えるし、監視の目が無い所で、
勝手な行動を取る事も無い。
だが、サティの気遣いは、ジラを巻き込む物である。
報せる為には知らねばならないが、不都合な事実を知ってしまえば、当然ジラにも累が及ぶ。
立場上、ジラは知る事から逃れられない。

28 :
サティが必ず不都合な事実に触れるとは限らないが、彼女には危うい部分がある。
ジラは、それを心配していた。
杞憂に終われば良いが……と、思案していたジラは、偶々とある物を目に留めて、歩を止める。
街中を二足歩行する妖獣――半身以上ある大きな白黒の化猫。
頭には緑の羽根付き帽子を被って、同じく緑のマントを羽織った、まるで童話の世界から、
飛び出したかの様な存在。
使い魔でも、2本の足で立って歩く猫は、そうそう見られない。
 (何!?
  何あれ!?)
奇異と言うか、異様と言うか、奇怪な化猫は、ジラが鬱々とした今の気分を変える切っ掛けには、
十分な存在であった。
悩みは一瞬で吹き飛び、彼女は爛々とした目で、この化猫を追っていた。

29 :
化猫は直ぐにジラに気付いて、振り向いた。
化猫の金の瞳を直視してしまったジラだが、彼女は怯えるより、この猫に逃げられはしないか、
それを最初に心配していた。
 「『御婦人<ワニータ>』、私に用かなコレ?」
帽子に手を掛けて、真面目な声で尋ねて来る化猫に、ジラは心を射抜かれた。
感動の余り、まともに応える事が出来ず、言葉に詰まる。
 「あ、あのっ……!」
 「コレ、私の様な存在を見るのは、初めてですかな?
  コレ、魔導師の御婦人よ。
  我輩はニャンダコーレ、ニャンダカ国王ニャンダコラスの子孫」
化猫は胸を張って名乗った。
ジラは震えながら声を絞り出す。
 「しゃ、喋れるの?
  誰かの使い魔?」
多くの使い魔は、共通魔法によるテレパシーで意思の疎通を行っている。
人語を解するには特殊な訓練を受けねばならず、そうした訓練を受けられる環境にあるのは、
所謂『高級使い魔<ハイアー・サーヴァント>』に分類される物に限られる。
その中でも、流暢に人と会話出来る物は珍しい。
 「使い魔?
  コレ、人に付き従うばかりの妖獣共と一緒にされては、コレ、困りますな。
  私はコレ、私の意思で動いているのですよ、御婦人」
 「えっ、誰の使い魔でもないの!?
  大丈夫!?」
 「コレコレ、何が大丈夫でないと言うのですかな、コレ」
野良になった捨て使い魔は、大抵碌な事をしないので、都市警察か執行者に保護される。
知能が高いければ高い程、人に対する危険性が増すので、使い魔以外の妖獣が、
人を伴わずに街中を堂々と歩く事は、普通は無い。
余程、市民の信頼を得ていない限りは……。

30 :
ニャンダコーレと言う名の、大きな化猫は、にやりと笑って言う。
 「御婦人、あなたはブリンガーの方ですな、コレ。
  訛りで判ります。
  コレ、私、各地を旅してまして、ブリンガーは良い所ですが、コレ、私の様な存在には厳しい所で。
  畜産業が盛んな土地柄、食肉獣に神経質になるのは、コレ、仕方の無い事ですが……」
一体この化猫は何が言いたいのか?
察し兼ねているジラに向けて、ニャンダコーレは続ける。
 「コレ、実は私、ティナーとボルガでは、結構有名でして、コレ。
  ここらの人も、コレ、気軽に挨拶等してくれるのですよ、コレ」
理知的に話が出来る妖獣の存在を、ジラは初めて知った。
これが世に言う『成り上がり<アップスタート>』なのかと、彼女は感心した。
 「――と言う訳で、コレ、御婦人、御心配には及ばないのです、コレ」
 「そ、そう?」
長い歴史の中で、1匹や2匹、こう言う動物が出て来ても、不思議ではないのかも知れないと、
ジラは独り心の内で頷くのだった。
ニャンダコーレは、そこらの人間より余程落ち着いて話が出来る。
余りにも堂々としているので、ジラは彼を普通の猫の様には扱えなかった。
彼女は結局最後まで、「撫でさせて下さい」の一言が言えなかった。
ニャンダコーレと別れてから、ジラは一日中後悔し続けた。

31 :
ブレイン・ストリーミング
娯楽魔法競技のストリーミングには、魔力を用いないで、読みや駆け引きと言った、
神経戦の鍛錬を目的として行う、ブレイン・ストリーミングと言う、派生競技がある。
この発想自体は復興期からあったが、公に広まったのは、開花期から。
主に、公学校の生徒間で遊びに利用された。
端的に言えば、ストリーミングのシミュレーションである。
ローカルルールが多数存在するが、基本ルールは以下の通り。
・ストリーミングと同じく2人用の遊び。
・魔法資質の優劣は無視、相手と自分は対等とする。
・開始時、プレイヤーには魔力石の替わりに、持ち点12が与えられる。
・通常5ラウンド勝負で、持ち点は増えない。
・持ち点の範囲内で点数を出し合い、多い方をラウンドの勝者とする。
・持ち点がある以上、1ラウンドに最低1点は消費しなければならない。
・3ラウンド先取で勝利。
・第5ラウンド終了を待たずに途中で持ち点が0になっても、3ラウンド先取すれば良い。
・但し、第5ラウンド終了を待たずに、持ち点が0になり、且つ3ラウンド先取出来ず、
 相手に1点でも残っている場合は、残りラウンド数に依らず、負けが確定する。
・第5ラウンド終了を待たずに、両者同時に0点になり、共に3ラウンド先取出来なかった場合は、
 取ったラウンド数に依らず引き分け。
・5ラウンドを戦い切った場合のみ、取ったラウンド数で勝敗が決まる。
・5ラウンドを戦い切っても、取ったラウンド数が同じなら引き分け。
・引き分けは、トーナメント等では、両者敗北扱い。
・第5ラウンド終了時に点を余らせても無意味。
・迅速な決断を促す為、考慮時間は30極以内。
速攻で3ラウンド先取を狙う電撃作戦の他に、相手の点数切れを待つ防衛戦術がある。
引き分け=勝負下手と見做され、引き分け狙いは好まれない傾向にある。
ハンデを付ける場合は、持ち点を下げるのが一般的。

32 :
ブレイン・ストリーミングには、属性ルールと言う追加ルールがある。
属性ルールは、4属性ルールと6属性ルールがある。
4属性ルール
・1ラウンドに、火水土風の4属性の内、1つの属性を与える。
・自分の属性が、相手の属性に有利だった場合には、そのラウンドに懸けた点が2倍になる。
・水は火に有利、火は風に有利、風は土に有利、土は水に有利。
・一度使った属性は、別のラウンドでは使えない。
・属性は4つしか無いので、1ラウンドは必ず無属性を使う事になる。
・無属性を使うタイミングは自由。
・考慮時間は50極以内。
6属性ルール
・1ラウンドに、火水土風木闇の6属性の内、1つの属性を与える。
・基本的に4属性ルールに準ずるが、一部の強弱関係が異なる。
・火は木と闇に強く、水と土に弱い。
・水は火と風に強く、土と木に弱い。
・風は土と闇に強く、水と木に弱い。
・土は火と水に強く、風と闇に弱い。
・木は水と風に強く、火と闇に弱い。
・闇は土と木に強く、火と風に弱い。
・4属性ルールとは違い、1属性余るので、無属性は使えない。
・考慮時間は100極以内。
6属性ルールでは、3分の1の確率で有利な属性に、同じく3分の1の確率で不利な属性に当たる為、
持ち点を18点か24点に増やす事が多い。
公式大会では、6属性ルールには18点制が採用される。
水←土←風←水……の関係は、液体←固体←気体←液体……の概念。
水は器に溜まるが、風は器には留まらない。
風嵐は巨岩を削るが、水面は波立つのみ。

33 :
火は草木を燃やし、闇を照らすが、水と土は燃やせない。
水は火を消し、風を往なすが、大地と草木に吸収される。
風は砂を巻き上げ、暗雲を払うが、川の流れは変えられず、根を張る木も倒せない。
土は猛火に耐え、水を堰き止めるが、空には届かず、影を生み出す。
木は水を吸い、風を収めて花咲くが、旱(ひでり)と日陰では育たない。
闇は地上を覆い、草木の成長を止めるが、火には近寄れず、天の星も隠せない。
然れど物には限り有り、倍半過ぎれば何れにも克つ。

34 :
6属性ルールに追加して、資質ルール(特技ルールとも呼ぶ)と言う物もある。
・プレイヤーに属性を1つ乃至2つ設定する(設定しなくとも良い)。
・ラウンドで相手の出した属性が、自分の属性(自分の出した属性ではない)に弱い属性だった場合、
 そのラウンドで自分が懸けた点数が2倍になる。
・だが逆に、ラウンドで相手の出した属性が、自分の属性に強い属性だった場合、
 そのラウンドで相手が懸けた点数が2倍になる。
・属性ルールとの組み合わせ次第では、最大で懸けた点数の32倍になる(※)。
・自分と相手の属性は、事前に知らされない。
・同一属性に対して強い属性と弱い属性が、プレイヤーの属性として同時に組み合わさっている場合、
 強弱関係が無効化される。
・次の組み合わせは無属性と同じ扱い……水+闇。
・考慮時間は150極以内。
※:相手の2属性の弱点被りを突いて4倍、相手がラウンドで出した属性が自分の得意属性で更に4倍、
  ラウンドで出した属性同士の優劣で更に倍(4×4×2=32)。

35 :
弱点の組み合わせで、純粋に点数が高くなる為、持ち点は24か30にする場合が多い。
公式で資質ルールが採用される場合は30点制。
資質ルールでは、弱点を減らす組み合わせが好まれる。
例えば、火+水の組み合わせでは、闇、火、風に強くなり、土に4倍不利になる物の、
弱点は水と土だけなので、実質1属性分有利である。
同じ属性は2度使えず、3ラウンド先取のブレイン・ストリーミングに於いて、3属性に強く、
2属性に弱いと言う事は、大きなアドバンテージになる。
しかし、ラウンドに懸けた点と属性は公開される為、4倍弱点が判明すると自動的に、
自分の属性も明らかになるので、メリットばかりとも言えない。
弱点が減る組み合わせは、以下の通り。
火+水、水+風、土+闇、木+闇。
逆に、弱点が増える組み合わせは好まれない。
例えば、火+闇の組み合わせでは、闇と木に強くなり、特に木に対しては4倍有利になる物の、
火、水、風に弱くなる為、1属性分不利である。
弱点が増える組み合わせは、以下の通り。
火+闇、水+土、水+木、風+闇。
資質ルールでは、相手の属性を探りつつ、ラウンドを取る戦い方をしなければならない。
互いに第1ラウンドは小さい点を出し合い、捨てに掛かる事が多い。
自分の属性の弱点を、ラウンドで繰り出す属性でカバーする戦い方が、一般的。
基本的に、ラウンドで繰り出す属性を、自分の属性に被せる事はしない。
16倍、32倍有利を出すのはロマン。
ローカルルールでは、1ラウンドの点差が60以上離れると、ダブルムーンで即勝利とする物がある
(30点以上離れるとフルムーンで、2ラウンド分の勝利を得るローカルルールの延長)。

36 :
資質ルールの例
A(火)
風5点
 対
土6点
B(木+闇)
火属性のAは、5点懸けた風属性をラウンドに出した。
木+闇属性のBは、6点懸けた土属性をラウンドに出した。
Aがラウンドに出した風属性は、Bがラウンドに出した土属性に強いので、Aは10点を得る。
Bの木属性は風に強いが、闇属性は風に弱いので、Bの属性による点数の変化は無し。
しかし、Bがラウンドに出した土属性は、Aの火属性に強いので、Bは12点を得る。
A10点対B12点で、このラウンドはBが制した事になる。

37 :
ブレイン・ストリーミングの競技者は、主に公学校生である為、低年齢層の遊びと言う面が強い。
公式大会では、年々流行のローカルルールを取り入れる傾向もある。
魔法を使わない為、名目的には魔導師会の管轄外だが、公式大会の多くは魔法競技会が主催する。
ブレイン・ストリーミング用のグッズを売買しているのは、魔法道具協会だったりと、実質的には、
魔導師会が管理運営している。
民間には、ブレイン・ストリーミングと類似したボードゲーム、カードゲームが多数ある。

38 :
……この設定は使い難いな。

39 :
The fool fall in a hole.
The fool fall in a hole.
――直訳すれば、愚者が穴に落ちる。
第四魔法都市ティナーでは、よく使われる言葉である。
「考えが足りない者は酷い目に遭う」と言う意味の、戒めの言葉ではない。
そこには「穴に落ちる様な奴は馬鹿なのだ」と言う、辛辣な嘲笑が込められている。
人が失敗した時に、不運だったとか、仕方が無かったとか、そんな甘い言い訳は、
ティナーでは許されない。
そこに至る過程を含めた、厳格な結果主義に基づき、人は上下の隔て無く裁かれる。
それがティナー市民の哲学である。
しかし、冷血ではない。
法律とは無関係な所で、ティナー市民は情に篤い。

40 :
ティナー地方の都市部では、金持ちと名誉は余り関係が無い。
どんなに財産を持っていようが、それだけでは少し上等な一般市民に過ぎない。
私財を投じて公に尽くす者でなければ、市民からは尊敬されない。
だが、ティナー市民の性質上、そう言う者は現れ難い。
故に、職業上の貴賎が生じる。
所謂「名誉職」だ。
特に医師、警官、裁判官、役人、議員、報道員と言った、公務員の評価は高い。
それは決して高くない給金で、公の為に働くからである。
公務員の社会的評価が高いのは、何もティナー地方に限った話ではなく、他の地方でも同じだが、
所謂「土地持ち」が発言力を持つブリンガー地方よりは、資産家に対する評価が明らかに低く、
家系が重視されるボルガ地方と違って、伝統的でもない。
グラマー地方やエグゼラ地方程、魔導師が優遇されてもいない。
徹底して個人の資質を追求されるのは、ある意味で公平と言える。
金に卑しく、強欲と言われるティナー市民だが、金と名誉と権力の分離は、どこよりも進んでいるのだ。
いや、個々人が金に卑しく、強欲だからこそ、公平平等に拘るのだろう。
権力者には誠実さが、公人には清廉さが何より求められ、儲けた金額が全てと言われる商売人は、
望んで公人になろうとしない。
商売人が権力者に取り入ろうとする事は、極当然の事として、余り問題視されない一方で、
その誘いに乗った公人は、公人である以上とことん蔑まれる。
勿論、恐喝・贈賄等の違法行為を働けば、商売人とて商売自体を許されなくなる事もあるが、
どんな理由があっても公人は、「公」を侵す誘惑を毅然と撥ね退けなければならない。

41 :
そこで問題となるのが、公共機関従事者に対する悪評である。
金儲けに走る医師、職杖を振り翳す役人は、嫌われて当然の立場にあるが、時に事実無根の噂から、
離職を余儀無くされる事がある。
しかし、無言で去る者に、同情は向けられない。
付け入られる隙がある事は悪、「The fool fall in a hole」なのだ。
それでも「fool」でないと言うなら、徹底的に真実を示して抗わなければならない。
何故なら、ティナー市民の感覚では、嘘に反論しないのは、虚偽の横行を許す大罪だからである。
その為、事が落ち着いた後で、「真実は違う」と告白する事は、最も恥ずべき行為とされ、
非難の対象になる。
戦うべき時に戦わなくては、誤りで非難され、真実を話して非難され、2度罵声を浴びる事になる。
偽りに対しては、勝つか負けるか、2つに1つ。
有耶無耶には終わらせないのがティナー市民。
だが、この真実と虚偽を巡る争いに疲れる者も少なくない。
ティナーで権力の座に立った者の多くは、都市から離れて田舎に隠居したり、
他地方に引っ越したりする等して、静かに余生を過ごす。
この様な習慣から、ティナーの都市部では「最後の戦い」と言う物がある。
職歴の長い重役に対して、事件が取り沙汰され、真実を争った末に、引退するパターンだ。
退職時に花道を作る意味で、適当に事件が捏ち上げられる場合もあれば、
「早く引退しろ」と急かしている場合もある。
勿論、引き際を見極めるのは、個人の判断。
長く居座って迷惑がられるのも、潔く身を引くのも自由だ。

42 :
魔法暦485年 ティナー地方の小村トックにて
この年、トック村に越して来た一家があった。
フィーア家の家長コズマーは、第四魔法都市ティナーで、医師を務めていた。
転属でもないのに、都会から田舎に引っ越して来る一家。
それも家長が高い社会的地位にあった者。
何も語られずとも、どの様な事情か、察しが付くと言う物である。
狭い村は噂の広まりも早く、表向きは体の弱い妻ソーラの静養の為と、
コズマーは説明していたが、それをその儘信用する大人は居なかった。
一部の大人は親戚や知り合い伝に、フィーア一家がトック村に来た、正確な情報を仕入れた。

43 :
真実は、次の通りである。
ティナー中央病院で外科医を務めていたコズマー・フィーアは、然程重大でない医療過誤を、
関係者(主に被害者家族と対立派閥)から厳しく追及され、離職せざるを得なくなった。
彼の妻ソーラは、いざこざに巻き込まれて、精神的に疲れ、ノイローゼに……。
妻を静養させに、トック村へ来たと言うのも、強ち嘘とは言い切れない。
この事が知られ始めると、フィーア家への態度は幾分同情的に変わった。
都市部の喧騒に対する忌避感は、ティナー地方の小町村で特に強い。

44 :
幸い、村の大人は一応の良識と分別を持っており、子供は噂から遠ざけられていた為、
フィーア家の一人娘プラネッタが不快な思いをする事は無かった。
両親はプラネッタに、離職と転居の理由を詳しく説明をしていなかった為、表向き、
彼女は何も知らない筈であった。
プラネッタとて何も気付かなかった訳ではないが、幼い態に考え、一家の平穏な暮らしを優先した。
彼女が本当の事を知るのは、15歳になってから。
その切っ掛けは「魔法学校」である。

45 :
プラネッタの両親は、愛娘がティナーの魔法学校に通う事に、明確に反対しなかった物の、
難色を示した。
プラネッタ程の魔法資質の持ち主なら、魔導師を志すのは自然な事だが、魔導師にならなくとも、
その才能を生かせる場所はある。
闇雲に魔導師を目指すのではなく、自分の本当になりたい物を見付けるのだと、プラネッタの両親は、
彼女を説得した。
それは本意ではない。
プラネッタの両親は、誰かに過去を暴かれ、彼女が傷付けられはしないか、それを恐れたのだ。
就職にしても何にしても、魔導師になれば圧倒的に有利になる。
魔導師会の拘束を嫌うなら、魔導師にならず、魔法学校卒業の資格を得るだけでも、価値はある。
何にしても、優れた能力があるなら、魔法学校に通わない選択は無い。
それに、特に目標も無く魔導師を目指す事は、珍しくない。
魔法学校を卒業するまでに、進路を決めれば良いのだ。
初めから、将来何になると決め込んで魔法学校に入る者は、そうは居ない。

46 :
しかし、プラネッタには確固たる将来像があった。
それを両親に問われたプラネッタは、魔法学校の教師になりたいと答えた。
彼女が魔法学校の教師を志す切っ掛けになったのは、ワーロック・アイスロンとの。
バファル・ススールの様に、魔法資質が低い者の為の教導者を目指すワーロックを見て、
感化されたのだ。
熱心に、そして真剣に自らの希望を語るプラネッタに、父コズマーは折れて観念し、遂に、
一家がティナーを離れる事になった理由を明かした。
「どうしても魔法学校に行きたいのなら、ティナー以外の所にしないか?」とも提案した。
――だが、プラネッタの心は変わらなかった。
コズマーとソーラの拒否感は、客観的に見て過剰だった。
それだけ過去の諍いが、激しい物だったとも受け取れるが、それをプラネッタは冷静に指摘し、
両親を説得した。
自分の考えは譲れない。
遠くの魔法学校に通うのは、一家で引っ越すにしても、プラネッタが単身で行くにしても、
経済的な負担が重過ぎる。
全く習慣が違う地域に、馴染めるかも分からない。
医療過誤とは言え、死に繋がったり、後遺症が残ったりする様な、重い事件でもなかったのに、
それも既に十数年が経過した後で、住所も変わっていて、人に憶えられているかすら怪しいのに、
幾ら何でも気にし過ぎている……と。
コズマーとソーラは、自分達の小心を認めざるを得なかった。

47 :
果たして――魔法学校に中級過程から編入して、卒業するまでの5年間、プラネッタの身に、
過去絡みで問題と言える様な問題は、全く起こらなかった。
両親の懸念は、杞憂に終わった。
……本当の問題は、過去の事件とも、彼女自身とも関係が無い所で起こっていた。

48 :
黄金の手
ティナー地方南部の町カジェルにて
このカジェル町に暮らす外道魔法使いは、他の魔法使い達と一線を画している。
厳密に言うと、彼自身は魔法使いではない。
だが、彼は魔法を使う事が出来る。
……呪いの力によって。
彼の名はミードス・ゴルデーン。
不老にして不死不滅。
朽ち莫しの『黄金の魔法使い<エンカースト・オーラム>』である。
旧暦から生きる魔法使いの中で、その心は最も人に近く、その身は最も人から遠い。

49 :
旅人ラビゾーは、予知魔法使いノストラサッジオの紹介で、カジェル町のミードスを訪ねた。
人が住む集落から遠く離れた、シェルフ山脈の麓で暮らすミードスは、見た目30〜40歳の、
中年の男だった。
普通の田舎者らしく、藁帽子、作業着、軍手、更には手拭いを首に掛けた姿で畑仕事をしている彼に、
ラビゾーは好感を持った。
 「何者だ?」
ミードスのラビゾーに対する第一声は、彼を警戒した物だった。
ノストラサッジオは、出会う前からラビゾーの事を知っていたので、旧い魔法使いとは、
大体そう言う物だと思っていた彼は、当惑した。
 「ぼ、僕は……ラビゾーと言います。
  あの……、ミードスさん……ですか?」
ラビゾーが名乗っても、ミードスには心当たりが無いのか、反応が鈍い。
 「ラビゾー?
  私に何の用だ?」
 「えーと、ノストラサッジオさんに言われて来ました」
 「……ノストラサッジオ。
  成る程、あんたが新しい運び屋か」
仲介者のノストラサッジオの名を聞いて、ミードスは漸く事情を理解した風だったが、
彼は無愛想に黙って背を向け、自宅の方へと引き揚げてしまう。
その行動の意味する所が解らず、ラビゾーが立ち尽くしていると、ミードスは足を止めて振り返り、
彼に言った。
 「何をしている?
  早く来い」
ミードスはラビゾーの返事を待たず、再び背を向けて歩き出す。
 「あ、はい」
ラビゾーは急いでミードスの後に付いて行った。

50 :
ミードスの家は一見した所、豪華でも貧相でもない、極普通の石造りの民家だったが、
その内装は異様としか言えなかった。
ミードスの家の中は、壁や床だけでなく、椅子や机と言った調度品まで、あらゆる物が金に輝いていた。
金の眩しさにラビゾーが戸惑っていると、やや恥ずかしそうにミードスは小声で言う。
 「気にしないでくれ」
しかし、これを気にしないのは無理だろう。
金が本物だろうと、偽物だろうと、全面金一色と言うのは、余りに悪趣味過ぎる。
 (鍍金かな?)
未だ物珍し気にしているラビゾーに、ミードスは最早何も言わなかった。
ラビゾーを客間に通したミードスは、手拭いを金の椅子の背凭れに掛け、帽子を金の机の上に置いて、
そこで大人しく待っている様、彼に指示した。
客間から出て行くミードスの背を見送り、ラビゾーは改めて室内を見回す。
客間も目が痛くなる程の金一色である。
何を思って、こんな内装にしたのか、何か魔法的な意味があるのか……。
ミードスが戻って来るまでの間、ラビゾーは独り答えの出ない事を考えていた。

51 :
客間に戻って来たミードスは、小さな巾着を幾つも抱えていた。
それを金の机の上に、どさりと置いて、彼はラビゾーと対面する。
 「これを換金してくれ。
  一割は手数料として取って良い」
 「何ですか、これ?」
ラビゾーは当然の質問をしたが、逆にミードスに驚かれる。
 「聞いてないのか?」
ラビゾーが頷くと、ミードスは難しい顔をした。
 「サッジオめ……。
  まあ良い。
  ラビゾー君、これは金だ」
 「金?」
鸚鵡返すラビゾーに、ミードスは巾着を1つ寄越す。
その手には軍手が嵌められた儘だと言う事に、ラビゾーは今気付いた。
 「100万MG位にはなるだろう」
 「全部で?」
 「これ1つで」
 「えっ」
 「ここに11袋ある。
  全部MGに換金して来てくれ」
そう言いながら、ミードスは1つの巾着の口を開けて傾けた。
さらさらと粉状の物が零れ出し、金の机の上に広がる。

52 :
それは砂金であった。
それも普通の砂金ではなく、やや黒味掛かった、ブラックゴールドの砂金である。
数粒が机の端から床に零れ落ちたが、ミードスに惜しむ様子は無かった。
ラビゾーは俄かには信じられず、失礼だと思いながらも彼に尋ねる。
 「本物?」
 「ああ。
  嘘だと思うなら、鑑定して貰えば良い」
 「でも、こんなに……どこで換金すれば?」
 「MGに換えてくれる所なら、どこでも構わない」
どこでも良いと言われるのが、ラビゾーにとっては一番困る。
今の彼には、そんな伝手は無い。
それに金は希少品。
出所の不明な物を大量に換金すれば、何らかの犯罪への関与を疑われる。
その辺りを判っているからこそ、ミードスはラビゾーに頼んでいるのだろうが……。
 「この金は、どこで?」
ラビゾーは金の入手経路を確認せずには居られなかった。
ミードスは堂々と答える。
 「私が作った物だ」
 「そ、それは不味いですよ……」
魔法で貴金属を生成する、所謂「錬金魔法」は、直接人を害する物ではないが、
経済を混乱させる元として、特別条件付きでA級禁断共通魔法に分類されている。
これを売ると言う事は、魔導師会への挑戦と同義だ。

53 :
怖気付いて尻込みするラビゾーに、ミードスは溜め息を吐いて、失望を表した。
 「何を今更……全て承知の上で、ここに来たと思っていたが……?
  ノストラサッジオは何と言っていた?」
 「いや、確かに使いを頼まれてくれとは言われましたけど、それが違法な物だとは……」
 「違法……、違法か……。
  違法な物でなければ良いのか?」
 「え、ええ……」
意味深気なミードスの問い掛けに、ラビゾーは不安を感じながらも頷く。
ミードスは徐に両手に嵌めていた軍手を外し、素手を見せた。
ミードスの両手は、白金の輝きを放っていた。
その白金の手には、黒金で怪しい文様が描かれている。
 「そ、その手は……?」
 「私は『金<オーラム>』だ」
 「……ど、どう言う意味ですか?」
 「話せば長くなる――私は旧暦の生まれだ。
  こうなってしまう前は、私は極普通の人間だった。
  いや、今でも心は人間の積もりだ」
そう言って、ミードスは己の過去を語り始めた。

54 :
ミードスは旧暦の貧しい家の生まれだった。
満足な教育が受けられず、成人しても定職に就かず、街をふら付く毎日。
適当に貧乏仲間と連んで掏りをし、罪を見逃して貰う為に、汚職官憲に賄賂を渡して……。
そうやって、その日その日を凌いでいた。
劣等感を感じていた彼は、金さえあれば、金さえあればと、楽して稼ぐ事ばかり考えていた。
ぐだぐだ三十路を手前に控えて、ミードスは漸く、使いっ走りの掏りの毎日に、疑問を覚えた。
何も成せずに死ぬのが無性に怖くなり始め、焦り出したのだ。
何かを成すには大金が必要であるとの、貧しさ故の思い込みから、金を求める心は、
日に日に大きくなる一方だった。
せこい掏りで小金を稼ぐのではなく、大事件でも起こして一発当てなければ、自分は何の価値も無い、
貧乏人の儘で人生を終えるのだと、半ば強迫的な観念に囚われて怯えていた。

55 :
ある日ミードスは、1人の老人から財布を掏った。
彼が魔法使いとは知らずに……。
あっさり掏りを見抜かれたミードスは、何故財布を盗んだのかと、その魔法使いに問い詰められ、
人間らしく生きる為には、どうしても金が必要だと答えた。
魔法使いはミードスに言った。
 「金さえあれば、人間らしく生きられると言うなら、お前に『金<オーラム>』の力を授けよう。
  あらゆる物を『金製<ゴールド>』に変える力だ」
そして――ミードスは魔法使いから、黄金の手を授けられた。
触れた物を金製に変えるばかりか、自らの身をも蝕む、破滅の手を……。
初め、それを知らなかったミードスは、調子に乗って誰彼構わず黄金の手を披露し、
あらゆる物を『金製<ゴールド>』に変える魔法使いとして、有名になった。
今まで自分を蔑んでいた者や、同じ掏り仲間までも、急に自分に阿る様になった為、
ミードスは浅ましい欲望の目に嫌気が差し、人間不信に陥って、距離を置く様になった。
それから間も無く、金市場の独占を企む地下組織に、身を狙われる様になる。
遂に組織に拘束されたミードスは、軟禁状態で金貨を生み出し続ける毎日に堪えられなくなり、
脱走しようとした。
所が、その途中で見張りに発見され、矢で心臓を射抜かれてしまう。
しかし、ミードスは死ななかった。
血の一滴も彼の体から失われはしなかった。
『金<オーラム>』は腐蝕しない。
不朽にして不変、失われる事の無い輝きは、永遠の象徴。
『金<オーラム>』の力を授かったミードスは、不死身になっていたのだ。
ミードスは背に矢を浴びながらも、組織から逃げ果せた。

56 :
だが、この時点では未だ、ミードスは魔法使いの言葉の意味を、真に理解していなかった。
寧ろ、不死身になった事に、感謝していた有様だった。
その後、誰も自分を知らない土地に移り住んだミードスだったが、更なる困難が彼を襲う。
月日が経つに連れて、ミードスから生物らしさが失われて行くのだ。
身体がゴールドになった事で、痛覚ばかりでなく、味覚も鈍くなり、何を口にしても、
美味いとも不味いとも感じなくなった。
それに伴って、情動の浮き沈みも少なくなり、生の喜びが見出せなくなった。
毎日が退屈になって、この儘では良くないと言う焦燥感だけが残り、何時しか彼の心は、
貧しい暮らしをしていた時代に、すっかり戻ってしまっていた。
そうなって初めてミードスは、あの時に魔法使いが怒っていた事を、悟ったのである。
魔法使いは善意でも憐れみでもなく、戒めの為にミードスに黄金の手を与えた。
金が無くて人間らしい生活を送れないと言ったから、金を呉れてやる代わりに人間らしさを奪ったのだ。
これを知ったミードスは、逃亡生活を続けながら、魔法使いを探した。
この忌々しい呪いを解いて貰う為に。

57 :
幾つもの国を跨ぐ、何年もの旅の末、ミードスは遂に、自分をゴールドに変えた魔法使いを探し当てた。
呪いを解けと脅しに掛かる彼に、魔法使いは冷徹に出来ないと告げた。
 「人はば土に還るが、土塊からは人は造れぬ。
  命を生むのは、命以外に無い」
一番の問題は、自らの非を認めないミードスの態度にあったのだが、彼に自省する余裕は無かった。
しつこく戻せ戻せと縋るミードスに、魔法使いは言う。
 「お前は金さえあれば人間らしく生きられると言った。
  お前の望み通りに、私は金を与えた。
  その金で人間らしく成すべき事を為せば良かろう。
  金さえあればと言ったのだ、出来ぬ筈が無い」
成すべき事を為せ。
ミードスが答えに窮している間に、魔法使いは姿を消した。
ミードスは初めて、これと言った明確な人生の目的が、自分には無い事に気付いた。
人間らしく、人間らしくと、尤もそうな事を吹きながら、その実、彼は他人より贅沢に暮らす為に、
金を求めていたのだ。
成すべき事等、初めから無かった。

58 :
ミードスは自分が何を成すべきなのか、旅を続けながら考えた。
過去の自分は何を以って、人間らしさと言っていたのか……。
金を得て、普通に暮らす分には困らなくなったが、満足感は無い。
大金を振り撒いて贅沢する気も、全く起きない(既に散々やった後である)。
人間らしさとは何か、その答えが出ない内に、魔法大戦が始まり、旧い世界は終わった。
ミードスは新しい世界で、外道魔法使いとして暮らす事になった。
何百年と経った今では、昔程は悩まなくなったが、それでも時々、人間らしさについて考えると言う。

59 :
長いミードスの話を聞いて、ラビゾーは思った。
 (……やっぱり違法じゃないか?)
ミードスが金から造られた人間なら、その金は違法か違法でないか、判断は難しくなるが、
生物質を金に変えられたのなら、それは魔法による金の生成である。
ミードスの話に思う所は多いが、違法は違法。
誤魔化されてはならないと、ラビゾーは気を引き締めた。
 「ミードスさん……お話を聞いた限りでは、どうも自然金ではなさそうなのですが……?
  体質の特殊さは解りましたけど、呪いとか魔法による金の生成は、専門家が調べれば、
  痕跡が見付かってしまう物なんです。
  自然金は流通が認められますけど、そうでない金は魔導師会に許可された物でないと……」
 「成る程。
  危険で引き受けられないと言うのだな?」
 「はい」
ミードスは思案する。
 「今までサッジオが紹介して来た連中は、上手くやってくれていたのだが……」
その呟きから、ラビゾーは嫌な予感を働かせた。
ノストラサッジオは地下組織マグマの世話になっている。
不法な金の取引で得た利益は、その活動資金になっていたのではないだろうか?
何故今頃ノストラサッジオは、自分にミードスの金の現金化を頼んだのか、それが気に掛かった。
マグマと縁を切りたがっているのか、それとも何か別の理由があるのか……。

60 :
どんな訳があるにせよ、ここで幾ら考察した所で、予測の域を出はしない。
ラビゾーは違法でさえなければ、ミードスの頼みを聞いても良いと思っている。
ノストラサッジオの期待を裏切りたくない気持ちもある。
彼の心境は複雑だった。
ラビゾーはミードスに尋ねた。
 「……どうしてMGが必要なんです?」
それが邪な目的でない事を、確かめる為だ。
尤も、邪な目的があったとして、正直に話す者は居ないだろうが……。
 「どうしてって、MGが無いと不便だろう?
  幾らゴールドでも、飲まず食わずでは居られないし、多くの面倒事も避けられる。
  人並みに生きたいと思えば必要になる物だ」
体が金になっても腹は空くのかと、ラビゾーは変に感心した。
だとすれば、消化器官や排泄は、どうなっているのか……?
横道に逸れ掛かる思考を戻し、ラビゾーは続けて尋ねる。
 「今までは、どうやって換金していたか、分かりませんか?」
 「さあね」
然して考えた風も無く、あっさり答えるミードスに、ラビゾーは脱力した。
 「いやいや、もっと真面目に考えてくださいよ。
  MGが手に入らなくて困るのは、僕じゃなくてミードスさんですよ」
 「良いさ、サッジオに新しい奴を寄越す様に言うから」
 「そ、そうですか……。
  では、僕は失礼します……」
結局、ラビゾーは何もせずに、ミードスの住家を後にしたのだった。

61 :
――ティナー市に戻り、ノストラサッジオの元に帰ったラビゾーは、そこで事の顛末を説明した。
ノストラサッジオは不快と失望を露にし、彼に告げた。
 「お前は何と愚かな奴なんだ……。
  黙って言われる儘にしていれば良かった物を」
 「いや、でも、危ない仕事は御免ですよ」
 「口賢しいぞ。
  選べた立場か!」
言い訳を許されず、ラビゾーは項垂れる。
ノストラサッジオは大きな溜め息を吐いて、気を落ち着けた。
 「アラ・マハラータが苦労する筈だな。
  全くの愚鈍でないのが、尚悪い……。
  ――否、的確な助言が出来なかった私の所為でもあるか……。
  鈍ったな。
  こんな様では予知魔法使いを名乗れん」
ノストラサッジオは独り言を繰り返し、悩まし気に額を押さえる。
散々な言われ様に、ラビゾーは返す言葉も無く黙っていた。

62 :
暫し後、ノストラサッジオは徐に顔を上げ、ラビゾーに問う。
 「ラヴィゾール、ディアス平原を知っているか?」
 「……ええ、聞いた事はあります。
  金の産地だった――」
ラビゾーの答えを全て聞き終えない内に、ノストラサッジオは自ら語り始める。
 「面白い事を教えてやろう。
  魔法大戦後、天変地異に巻き込まれたミードスは、今のディアス平原で目覚めたそうだ」
直ぐには、ノストラサッジオの意図が解らなかったラビゾーは、間抜けに訊き返した。
 「はい?」
 「ディアス平原は金の産地、……そうだな?」
はっとして、ラビゾーは息を呑む。
 「まさか――」
 「……だから愚かだと言ったのだ。
  余計な知恵ばかり働かせおって」
 「そ、それが本当なら、ディアス平原で採れた金は――全部?」
 「ああ、魔導師会にも見分けは付くまいよ。
  今まで通りな」
ノストラサッジオは不敵に笑う。
 「解ったら行け」
ラビゾーはミードスの元へ蜻蛉返りした。

63 :
しかし、堅物のラビゾーは、本当に心の底から納得してはいなかった。
本物と見分けが付かなければ、良いと言う物ではない。
金の流通量が大幅に変化すれば、経済的な混乱が引き起こされる。
ノストラサッジオとて外道魔法使い。
それを企んでいない保証は無い。
だが、その場で直ぐ、こうした問題に気付ける程、この日のラビゾーは感が冴えていなかった。
下衆の後知恵と言う奴である。
それに、仮に気付けていたとしても、ノストラサッジオに邪心の有無を直接問える程の度胸は、
彼には無かっただろう。
途中で引き返して尋ねても、愚図扱いされるのが落ち。
ラビゾーは取り敢えずカジェル町に向かい、懸念はミードスに伝える事にした。

64 :
カジェル町のミードスを再び訪ねたラビゾーは、彼にノストラサッジオとの遣り取りを話して聞かせ、
自分が砂金を換金しに行く旨を伝えた。
そして、その代わりに――最後の確認として、ミードスに共通魔法社会を混乱させる意図が無いか、
念を押す様に尋ねた。
ラビゾーの心配そうな顔を見て、ミードスは苦笑する。
 「換金して貰いたいのは全部で1000万MG程度だ。
  大陸の金市場は何百兆と言う規模……加えて、毎年何兆もの純金が、新しく流入している。
  高々数千万増えた位で、経済が混乱すると思うのか?
  フフン、物知らずだな」
心配無用だとミードスは余裕を見せたが、それでもラビゾーの表情は晴れない。
ミードスは内心で彼を、面倒な奴だと思った。
しかし、今の所は現金に困っていないとは言え、ラビゾーの代わりの者が、何時訪れるか判らないので、
今換金して貰えるなら、して貰いたいのが、ミードスの本音。
一々ノストラサッジオに依頼しに行くのも、億劫だった。
 「第一、そんなに頻繁に換金を頼んではいない。
  前回換金して貰ったのは、10年位前だった。
  大金が必要になる生活をしている訳ではないからな。
  その程度で十分なんだ」
ラビゾーは、変わらず無言である。
長く目を閉じ、顔を顰めて、思惟している様を面に出してはいるが……。
 「……昨日の今日出会ったばかりで言うのも何だが、信用してくれ」
 「分かりました」
「信用してくれ」――その一言を受けて、ラビゾーは漸く頷いた。
その通り、「漸く」ではあるが、もっと渋られるかと予想していたミードスは、拍子抜けする。
ラビゾーが欲していたのは、これから良くない(と自分が思っている)事をする為に、
本の少しの罪悪感を打ち消す、明確な依願の言葉。
独自の価値観に基づく行動は、他人には理解し難い物であった。

65 :
こうして砂金を受け取ったラビゾーだったが、どこで換金すれば良いか、彼には分からなかった。
金の取引に応じてくれる所は少ない。
大手の取引所に行けば、やはり出所を疑われる。
ラビゾーは散々迷った末、再び助言を受けに、ノストラサッジオの元へ向かった。
ノストラサッジオは、本物の愚図を見る目でラビゾーを睨んだが、下手をされるよりは良いと考え直し、
敢えて説教はせず、非公式取引所に行けば良いと教えた。
その通りにラビゾーはティナー市内の非公式取引所で、砂金をMGに替えようと試みたが、
一度に換金しようにも、1000万MGもの大金を持ち歩いている者は、そうそう居ない。
その為、彼は各地の非公式取引所を巡って、数十万〜数百万MGずつ換金しなければならなかった。
旅商ラビゾーの誕生である。

66 :
さて、結構な手間を取られながらも、無事に全ての金の現金化を済ませたラビゾーは、
約束通り、それをミードスに渡しに行ったが、異様に驚かれる事になった。
ラビゾーがミードスに渡した金額は、約2500万MG。
依頼した額の倍以上である。
ラビゾーが商売上手だった訳ではない。
偶々良い目利きに、鑑定して貰った結果、上質な物と言う事で、高く売れたのだ。
いや、ミードスが最初に1000万MGと言ったのは、低目の見積もりである。
予定より高く売れても、彼は何ら驚かない。
では、何に驚いたのかと言うと、2500万MGもの大金を得たのに、ラビゾーが何一つ誤魔化さず、
御丁寧に領収書まで添えて、正直に報告して来た事に驚いたのだ。
正直ミードスは、1000万を越えた分は、黙って懐に仕舞われても、見過ごす気でいた。
……それだけでは済まず、ラビゾーは内1割の報酬でも多過ぎると言って、幾らか預かって欲しいと、
逆にミードスに依頼する有様。
ミードスはラビゾーに尋ねずには居られなかった。
 「金が惜しくないのか?」
 「僕は未だ未だ旅を続けないといけませんから。
  余り大金を持ってると逆に不安で……。
  ここまで来るのも結構怖かったんですよ」
ミードスは、世の中には変わった者が居る物だと、改めて思った。

67 :
悪事を働くと言う事は、そう難しい事ではない。
過つは人の常なり。
その意志の有無に関わらず、私達は何時でも罪を犯す可能性に脅かされている。
何気無く放り投げた小石が、道行く人に当たろう物なら、即ち罪。
罪とは人生の通り道に仕掛けられた罠。
罪は浅慮から最も多く生まれ、軽率な者は見えている落とし穴に嵌まる。
心して生きよ。
だが、罪を犯さずに済んでいる者は、心根が清いのではなく、幸運なのでしかない。
心優しく、情に厚い程、人は過ちを犯さずには居られなくなる。
何故なら、我が罪逃れから、罪を許す事も、また罪なのだから。
罪を許せと言うは、罪を負えと言うに同じ。
過ちは、消せぬが故に、過ち。

68 :
「……――と言う訳で、彼は無事に罪を犯したよ」
「結構、大いに結構」
「果たして、どうなのかな?
 実害は無に等しいとは言え、共通魔法社会に対する、明確な反逆行為に加担したんだ。
 嗾けた私が言うのも何だが、この様な形で帰る場所を奪うのは、些か気が咎める。
 彼には元の生活に戻る選択もあっただろうに……」
「戻ろうと思えば、何時でも戻れる」
「言葉を返す様だが、あの性格からして、それは無理だろう」
「その為の試練だ」
「……期待は出来ない。
 彼は苦しみ続けるだろう」
「予知か?」
「予想だ。
 気に掛かるなら、貴方自身の手で導くべきだろう」
「それでは行かん」
(これは相当な入れ込み様だな。
 らしからぬ……何故そこまで?)
「どうした?」
「……いや、別に。
 彼は良い使い走りになれる。
 利用させて貰うよ」
「結構、結構」

69 :
一度罪を犯せば、二度目三度目には抵抗が薄まる。
そうして人は罪に侵されて行く。
人の罪を許すのは優しさだが、己の罪を許すのは惰性である。
人は知らず知らず深みに嵌まって、終には後戻り出来ない所まで踏み込んでしまう。
心に壁を作りなさい。
深みに嵌まらない内に、そこから引き返せる様に。

70 :
蘇る宗教
ティナー地方西部を縄張りとするシェバハは、一般にマフィアと呼ばれる集団が持つ「掟」を越えた、
独自の「戒律」と「教義」を持つ為に、ティナー地方の他の地下組織とは一線を画す。
魔導師会に忠誠を誓っている(が、言う事は聞かない)為に、一般的な認識は、
「暴走する魔導師崩れ」だが、実態は大きく異なる。
シェバハは八導師を神格化した伝承の支持者で、宗教色が強い。
魔導師会は八導師の神格化を、快く思っていないが、一般に知られている魔法大戦の伝承を、
明確に否定はしない。
八導師は魔法大戦を制し、崩壊した世界を蘇らせた。
事実として認められている、その偉業は、十分に信仰の対象となり得る。
シェバハは伝承を最大限に解釈して、次の様に伝えている。

71 :
今の世界は、八導師を始めとする、共通魔法使いの生き残りによって創られた。
我々全ての人間の存在は、八導師の温情の下にある事を、忘れてはならない。
八導師は寛大な心で、美しい善人ばかりでなく、醜い者、弱い者、悪人の魂すらも、存在を許された。
魔導師会は、八導師の教えを忠実に守り、魔法秩序の番人となっている。
全ての人間は、共通魔法によって生まれた事、そして共通魔法社会の一員である事を自覚して、
八導師と魔導師会に感謝し、よく生きる様に努めなくてはならない。
外道魔法使いは、その恩恵に与りながら、思想を改めないが故に、外道と呼ばれる。
共生の意思無く、社会の脅威であり続ける者達の存在を許してはならない。

72 :
この伝承は組織内で秘密裡に伝えられている物で、シェバハの構成員は絶対に口外しない。
その理由は、魔導師会が八導師の神格化に、肯定的な反応を示さないからである。
シェバハと言う組織は、秘密を共有する事によって、全体を取り纏めている。
その形態は、ある種の秘教に近い。
一種の宗教的秘密結社とも言える。
シェバハの構成員になる者は、所謂「魔導師崩れ」の中でも、犯罪を嫌悪する者が多い。
シェバハの創設者は1人の民間人であり、組織の誕生は復興期にまで遡る。
当時、盗賊として名を馳せていたイシュバール・ジャファは、初代八導師の一、オッズと、
魔法大戦の事を教えられ、己の愚かしさに気付いて改心したと言う。
イシュバールは手下を使って、未だ数が少なかった魔導師の代わりに、周辺の治安維持活動を行った。
それが後に、シェバハになったと伝えられている。
しかし、時期が時期だけに、その正確さは疑われる。
治安が安定しない復興期に、盗賊団は珍しくなかったが、元々マフィアの様な性質を持っており、
拠点付近の治安こそ守る物の、遠くの町を襲撃しに遠征を繰り返していた。
魔導師会(魔法啓発会)は、そうした盗賊団を退治していたが、八導師が出向いた例は少なく、
あっても八導師の座を退いた後で、自ら八導師とは名乗らない。
それに、魔導師会と出会った盗賊団は、例外無く解散させられ、失職した元盗賊団のメンバーが、
治安維持活動に従事する様になる例は多数あったが、治安維持組織の管理者には魔導師が付いて、
根拠が不明な独自の戒律を残す事は、絶対に許されなかった。
以上の理由から、シェバハは開花期になってから、急速に拡大した無法活動を取り締まる為に、
敢えて法を冒す物として誕生したと見るのが、一般的である。

73 :
占い
唯一大陸で占いと言えば、魔法色素による色占いが有名である。
色占いとは、魔法色素から人柄や悩みを言い当て、生活上の助言を与える物(血液型占いに通じる)。
赤、青、緑、黄、紫、水色と白の7色で、黒は除外される。
占いと言っても、カラーイメージを人に当て嵌めたに過ぎないので、根拠は無に等しい。
こう言った迷信や小呪いの類を、魔導師会は快く思っていないが、殆ど無害なので、見逃されている。
魔導師になる者は、こんな物を信じていてはいけないと言われており、余り熱を上げている様だと、
魔法学校では成績評価に−が付く。
各色の評価は以下の通り。

74 :

・活発で情熱的。
・集中力が高い。
・人を引っ張る率先型。
・何に於いても積極的。
・対抗意識が強い。
・感情が表に出る。
・理想主義。
・熱くなり易く、後先を考えない。
・信念を持って、主張すべきは主張する。
・努力家で克己心が強い。

・余り活発ではない。
・持続力に長ける。
・冷静沈着で状況判断に優れる。
・基本的に慎重。
・人の干渉を嫌う。
・他人のリスクを負う事を嫌う。
・実利実物主義。
・俄と流行が嫌い。
・好き嫌いは激しいが、それを表に出さない。
・赤の反対で、補完の関係にあるが、反りは合わない。

・穏やかで争いを好まない。
・融和を第一に考える。
・押しに弱い。
・人に共感し易い。
・親切で面倒見が良く、気遣いが出来る。
・利他的。
・進んで表に立ちたがらないが、内向的ではない。
・人柄が良く、誰とでも上手に付き合える。
・安全主義で、小さな危険でも避けたがる。
・堅実で着実な方を好む、実直型。

75 :

・明朗快活。
・気分屋で、熱し易く、冷め易い。
・やや無責任。
・良くも悪くも空気が読めない。
・物怖じしないが、赤とは違い、単に鈍感なだけ。
・好き嫌いが多く、それを表に出す。
・好き嫌いの変遷が激しく、興味の無い物には見向きもしない。
・意見をよく言い、人が思い付かない事をするが、整理集約は下手。
・自分を生かしてくれる人を慕う。
・勢いに乗るのが上手い。
・よく失敗するが、立ち直りは早い。
・新しい物好き。

・自尊心が強い。
・完璧主義。
・見栄を気にする。
・名誉を重んじ、不名誉を嫌う。
・嫉妬深く、独占欲が強い。
・欲望に忠実で、計算高い。
・野心が大きい。
・これと決め込むと一途で、執念深い。
・裏切りは許さない。
・昔の事に拘る。
・一度落ち込むと、立ち直りが遅い。
・人の使い方に長ける。

・何事にも淡白で、深入りしたがらない。
・臆病で心配性。
・流動的で、落ち着きが無い。
・軽い付き合いを好む。
・やや消極的。
・観察眼に優れる。
・客観的な物の見方が出来る。
・場の流れに敏感。
・自己主張が苦手。

・神秘主義。
・人と違う事を嫌う。
・注目される事を嫌う。
・表向きは保守的な反面、革新的な物に憧れを抱く。
・探究心が強く、真実に拘る。
・諦めが早い。
・高い理想を持ちながら、現実に疲れている。
・虚無主義の気がある。
・警戒心が強い。

76 :
何にしてもカラーイメージが先行しており、実体験に基づいた物でも、統計を取った物でもない。
よって、当てにはならない……と言うか、当てにしてはならない。
グラマー地方やエグゼラ地方では、こう言った占いや小呪いの類を信じるか信じないかで、
社会的信用が大きく変わる。
影響され易い者は、冷静な判断が出来ない者として、蔑まれる。
一方で、ボルガ地方やカターナ地方では、所謂「験担ぎ」の儀式を、慣習として好んで行う所が多い。
ブリンガー地方や、ティナー地方では、グラマー地方程の嫌忌感は無いが、全体としては、
余り好まれない傾向にある。

77 :
ラブ・ロマンス
第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央市民会館にて
この日、ティナー中央市民会館の大ホールでは、マリオネットによる演劇が行われていた。
午後の部は、ボルガ地方クイ村の民話を元にした、愛の物語。
題は「Discard a virtue」……訳せば「美徳を捨てる」と言う意味になる。

78 :
ラビゾーは約束の為に、バーティフューラーと、この劇を見に来ていた。
平日の昼間なので、ホール内に人は少ない。
明かりが落とされ、ホール内が徐々に暗くなると、舞台に照明が集中する。
ラビゾーの左隣に座っているバーティフューラーは、左脚を上に高く組んで、体を右側に預けた。
 「行儀が悪いですよ、バーティフューラーさん」
しかし、それの意味する所が理解出来ないラビゾーは、穏やかに彼女を窘める。
バーティフューラーは憮然として姿勢を正し、演劇を観賞した。
 「昔、昔、ボルガ地方のクイ村に――」
ナレーターが静かに語り始めると……、
 「アロガと言う、美しい女と――」
 「シンシロと言う、醜い男が居りました」
紹介に合わせて、役者(人形)が登場し、軽い辞儀をする。
人形なので、人に似せてはいるが、人その物ではない。
女の人形には確かに妖しい美しさがあるが、人間の魅力とは違う。
男の人形は余り不細工には見えない。
醜いとは飽くまで設定上の話だが、あらましを知っているラビゾーは、「醜い」の意味が誤解されそうだと、
要らぬ心配をした。
それに元の話には、この男女の名前は記されていない。
お話の都合上付けられた、仮名である。
アロガはarrogantより、シンシロはsincereより。
ラビゾーは予習を欠かさない。

79 :
劇中、冒頭から美しい女アロガは、醜い男シンシロを罵る。
 「何と醜い顔でしょう。
  潰れた鼻は徳の低さの象徴でしょうか?
  すると、大きい口は貪欲の証?
  それとも口性無い下品さの現れ?
  なのに、そんな大きい顔をして、厚顔無恥とは貴方の事」
時代掛かった口調なので、然程きつくは感じられないが……。
どんなに刺々しい言葉を打つけられても、シンシロは怒らない。
人形だから怒れないのではなく、そう言う話なのだ。
金持ちで美しいが、鼻持ちならない女と、見目悪いが、心優しく剛直な男の対立。
アロガは、賤しい男を金と美貌で釣って、犯罪紛いの事をやらせ、弱い立場の者を苦しめて悦しむ。
その悪行を、シンシロは何度も諌め、止めようとする。
しつこい彼に、アロガは益々向きになって、より苛酷で容赦の無い言葉を浴びせる……。
その度に、バーティフューラーは無言で、ラビゾーの顔を見詰めた。
 「な、何ですか……?」
ラビゾーが反応すると、バーティフューラーは何事も無かったかの様に、視線を逸らす。
彼女の真意が掴めず、ラビゾーは何とも不安な気持ちになった。

80 :
話は進み、物語は終盤。
正論で訴え続けるシンシロに対して、当て付ける様に、アロガは非道と悪行をエスカレートさせ、
やがて彼女は誰からも相手にされなくなる。
止めに、自らの悪業が原因で、彼女の家は没落した。
過去の報いを受け、誰もアロガを見放した。
アロガは自暴自棄になり、自ら命を絶とうとする。
しかし、シンシロだけは彼女を見放さなかった。
彼は懸命に説得した。
 「過ぎた事は終わった事です。
  これから真面目に生きましょう」
 「無理よ、無理。
  貴方は忘れても、他の人達は忘れてくれない。
  もう戻れないの」
 「そんな事は――」
 「どうして私なんかに構うの?
  私は貴方に酷い事ばかりしたのに!
  同情なら放って置いて!」
マリオネット演劇でも、声を当てているのは人である。
人形の動きと完全にシンクロした、迫真の演技に、観客は息を呑む。
ラビゾーは、隣のバーティフューラーが舞台に集中しているのを、横目で確かめて、小さく安堵した。

81 :
ここで醜い男シンシロは、美しい女アロガに告白する。
 「……同情なんかじゃない。
  私は君が好きだった。
  だからこそ、罪を重ねて欲しくなかった。
  皆の心が君から離れて行くのが辛かった」
勇気を振り絞り、敬語を止めて、思いの丈を打ち明ける。
 「は?
  ……好き?
  今でも?」
 「今でも」
 「フン、私の何に惹かれたと言うの?
  貴方の様な人が、こんな私の何を好きになるの?
  この顔?
  この髪、この肌?
  だったら――」
アロガはナイフを取り出して、その柄をシンシロに向けた。
 「私の顔に傷を付けて。
  罪の証として、二度と消えない位、深い刻印を。
  そしたら私、貴方の物になるわ」
当然、シンシロは反対する。
 「そんな事をしても、何にもならない。
  落ち着いて、冷静になってくれ」
 「いいえ、私は冬の星空の様に冷静よ。
  貴方にとっては……いいえ、他の誰が見ても下らない事でも、私にとっては大事な事。
  貴方が生涯、私を愛せると言う証拠が欲しいの。
  今の私には、この顔しか誇れる物が無い。
  もし貴方が私の容姿だけを愛しているなら、そんな愛は要らないわ」
アロガの剣幕に気圧されて、シンシロは黙り込んでしまう。

82 :
その反応に、アロガは気が狂れた様に高笑いした。
 「アハハハハ、出来ないでしょう!?
  出来る訳無いわよね!
  貴方にとっては、何の利益も無い事!
  美しさを失った私に、価値なんて無いもの!」
シンシロは必死に反論する。
 「私に愛する人を傷付けろと言うのか?
  君の言う通り、そんな事、出来る訳が無い。
  そんなに私が嫌いなら、そう言ってくれ!!」
アロガは急に落ち着いた声で答えた。
 「いいえ、誤解よ。
  私は、貴方が私の為に、貴方の大切な物を失う覚悟があるか、それを確かめたいの。
  貴方が誇り高く、清潔な精神の持ち主だと言う事は、知っているわ。
  でも、私の顔に傷を付ければ、皆は貴方の事を何と言うでしょうね……?
  貴方が私の侮辱に耐え続けられたのも、貴方に『誇り』があったから。
  私は、それが疎ましくて……いいえ、本当は羨ましくて、仕方が無かった。
  こんな私の為に、貴方は自分の『誇り』を捨てられる?
  今まで貴方が築いて来た、信用や名誉を失う事になってまで、私を欲してくれる?」
アロガの言い回しは、意地が悪い。
どう転んでも、シンシロには良い事が無い。
シンシロは何も言う事が出来ない。
しかし、数極の逡巡後、シンシロはアロガの手を取り、ナイフを奪った。
 「私が君を追い詰め、誤らせたのか……」
そして、そう小さく呟いた後、穏やかな声で、アロガに言う。
 「解ったよ。
  宣言しよう、君は私の誇りを捨てるに値する。
  それを行動で示そう……――」
そして舞台の照明が落ちる。

83 :
再び明かりが点いた時には、主役の2人の姿は無く、代わりにクイ村の婦人等が噂話をしている。
 「見た?
  あの女、顔に大きな×(十字)傷!」
 「見た見た!
  何でもシンシロに付けられたとか」
 「あのシンシロが?
  想像出来ない!」
 「そうそう、幾ら肚に据え兼ねたと言ってもねぇ……。
  あれだけの傷が残るって、相当深く抉らないと。
  ま、良い気味だとは思ったけどさ」
 「でも本当に、信じられないわ。
  弱った所で復讐するなんて」
 「シンシロも聖人ではなかったって事でしょうよ」
 「……でさ、あの女、シンシロに責任取らせて、結婚するんだって。
  只では転ばないって奴?」
 「ああ、そう言う事……。
  やれやれ、全く馬鹿だね。
  そんな見え透いた手に掛かるなんて、あの家は大丈夫なのかしら?」
無責任に面白可笑しく陰口を叩く婦人達。
再び暗転の後、場面が切り替わって、主役の2人が現れる。
台詞の1つも無く、椅子に腰掛けているシンシロと、その側で慎ましく紅茶を淹れるアロガの姿。
アロガの顔には、眉間で交差して、頬にまで掛かる、派手な×印の傷。
そして緞帳が下り、劇は終わる。

84 :
終劇後、バーティフューラーは真面目な顔をして、何事か考え込んでいた。
ラビゾーは、この演劇を彼女が気に入ったか、それだけが気になっていた。
彼は解説を求められた時に備えて、脳内で演劇の批評を考える。
人物の心情を語るのは良いが、少々饒舌に過ぎないか?
独自解釈が多分に盛り込まれている分、原話と齟齬が生じていないか?
元はボルガ地方の復興期の話なのに、小道具を現代の風習に合わせているのは如何な物か?
――ラビゾーの異性との交際経験の浅さが知れる思考である。
そんな所に注目するのは、どう考えても一般的ではない。
楽しく会話を盛り上げる事は出来ないだろう。
批評で無駄な知識を披露するより、大人しく素直な感想を言い合う方が良い。

85 :
ホールから出ると、バーティフューラーは思い詰めた表情で、ラビゾーに尋ねた。
 「……ねェ、ラヴィゾール。
  アンタはアタシの顔に傷を付けられる?」
明らかに劇の影響を受けた発言に、ラビゾーは驚いたと同時に、少し嬉しくなった。
それは何か心に響く物があった証拠。
前回の様に、詰まらない、下らないと一蹴されるよりは、誘った甲斐がある。
もし今回も不評だったら、彼はマリオネット演劇に、良くない記憶を持ち続ける事になっていただろう。
 「そんな、無理ですよ」
ラビゾーが素直に答えると、バーティフューラーは不機嫌になる……と思いきや、彼の予想に反して、
彼女は俯いていた。
 「……アタシを愛してはくれないのね」
拗ねた様に、冗談とも本気とも付かない台詞を口にする。
 「少なくとも今は、誰かと付き合うなんて考えられませんよ。
  何もバーティフューラーさんに限った事じゃありません」
ラビゾーは申し訳無さそうにフォローした。
 「じゃあ、何時になったら?」
 「……僕の魔法が見付かったら、その時は――」
 「それって何年、何十年後?
  悠長な事言ってると、アタシどっか行っちゃうよ?
  居なくなってから気付いたって、遅いんだからね」
ラビゾーは何も答えない。
そんな脅しが通用しない事は、バーティフューラーが誰より知っている。
 「何とか言ったら?」
 「……寂しく、なりますね」
ラビゾーの呟きには、悲しい響きがあった。
それはバーティフューラーにとって、全く予想外の反応だった。

86 :
無神経なラビゾーの事だから、「勝手にして下さい」とか「僕は別に良いですよ」とか、
色気の無い答えが返って来ると、彼女は思っていた。
或いは、答に窮して苦笑したりと、煮え切らない態度を取られるか……。
それが遠い目をして「寂しい」と言われると、反応に困ってしまう。
だが、ラビゾーはバーティフューラーの言葉を素直に受け取り、彼女が自分の前から姿を消して、
二度と現れなくなった時を想像して、そう答えたに過ぎない。
彼にはバーティフューラーの本心が判らない。
自分を誘う態度が、果たして冗談でないと言えるのか?
何時も違う男と一緒に居て、適当に遊んでいる風で、その中でラビゾーだけが特別だとは、
彼の視点からでは言い切れない。
バーティフューラーは好むと好まざるとに拘らず、人を誘惑する性質を持っている。
それを最大限に利用するのは、悪い事ではないのだが……。
ラビゾーが彼女を、誘惑の魔法使いだと事を知っているのも、警戒される理由の一だ。
しかし、仮にバーティフューラーが本気だったとしても、自分の魔法を探して旅をしている今、
色恋に現を抜かしている場合ではないと言うのも、嘘ではない。
彼は面倒な男だった。

87 :
「寂しくなりますね」と言ったラビゾーを、バーティフューラーは今少し待つ事にした。
ラビゾーは鈍感で、彼女の好意に気付きつつある物の、確信を持つには至っていない。
それは擬かしいが、心地好くもある。
真意を測り兼ねて、戸惑い、悩む彼を見るのが、愛しく楽しいのだ。
態と曖昧にして、本気と思われない方が、気軽に付き合えて、都合が良いのもある。
本気で愛していると言ってしまえば、肯にしろ否にしろ、もう今まで通りとは行かない。
あれでラビゾーは責任感が強い。
余り答えを急かし過ぎると、不本意であっても、自ら身を引く可能性が高い。
関係は全然進展しないが、現状に甘えていたいのは、バーティフューラーも同じだった。
――魔法使いの一生は長い。
或いは……何も変わらない儘、付かず離れずで居るのも悪くは無いと、彼女は考えていた。

88 :
魔法暦498年 第一魔法都市グラマーにて
サティ・クゥワーヴァ10歳
幼い頃から、尋常ならざる魔法の才能を発揮していた、クゥワーヴァ家の次女サティ。
彼女にも、人並みに魔法大戦の英雄達に、憧れていた時期がある。
『灼熱の<レッドスコーチャー>』セキエピ、『織天<ヘブンウィーバー>』ウィルルカ、『轟雷<サンダーラウド>』ロードン、
『地を穿つ<アースレッカー>』マゴッド、『鎮まぬ<アナベイテッド>』ミタルミズ、『滅びの<ルーイナー>』イセン、
『気貴き<サラム>』バルハーテ、『朱い<バーミリオン>』ダーニャ、『昏い<ブラインド>』ヨナワ、
そして『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』――……古の大戦と、英雄の物語。
中でも、取り分け心惹かれたのは、『天<ヘブン>』のウィルルカと、『雷<サンダー>』のロードン。
サティが空に関係する物を好んだのには、理由がある。
幼い時分から、己の魔法資質が他者より優れている事を自覚していた彼女には、予感があった。
自分の才能は、この都市、果ては大陸にさえも収まらないだろうと言う、途轍も無い想像である。
幼いサティは、何時か自分も英雄の様になれると、本気で信じていた。
そして懸命に空の魔法を練習したので、その後、それが得意な魔法になった。
とにかく熱心だったので、小規模な範囲で雨を降らせたり、雲を動かしたりして、
魔導師会の執行者に補導された事もある。
常に宙に浮いていたり、大気を操るのが上手かったり、攻撃には何かと雷を使ったりするのは、
当時の名残の様な物である。

89 :
魔法暦502年、サティ・クゥワーヴァ15歳から
人並みに、15歳で魔法学校中級課程に進んだサティは、2年で魔法学校上級課程まで卒業し、
17歳と言う若年で魔導師になる。
サティが公に「十年に一度の才子」と称され始めたのは、上級課程に進級してから、3ヵ月後。
四半期に一度行われる、最初の定期試験を、完璧にクリアして、年内の魔法学校卒業が、
略確実と見做された後の事である。
彼女は「十年に一度の才子」と言われる様になる前には、別の渾名を持っていた。
その名も『織雲<クラウドウィーバー>』、織雲のサティ。
織天より数段落ちる表現だが、それに準えた高位の称号。
「十年に一度」と言う、使い古された表現より、大戦六傑の一、ウィルルカを意識した渾名を、
サティは気に入っていた。
勿論、自ら名乗る事はしなかったが……。

90 :
才能のある子なら、普通は一般的な15歳より、もっと早く魔法学校中級課程に進級する。
15歳で魔法学校中級課程に通うのは、十分に公学校で教育を受けさせてからにしたいと、
保護者が望んだか、或いは、一般の人並みである事を、当人が望んだ場合だ。
魔法学校の各課程を修了する年齢は、若ければ若い程、優秀さの証明に繋がる。
過去、「十年に一度の才子」と呼ばれた者の中には、魔法学校の全課程を1桁の年齢で、
クリアした者も居る。
「十年に一度の才子」の称号が与えられる基準は、魔導師になると決まった時、成人前である事……
具体的には、18歳以下。
公学校上がりなら、中級1年、上級2年と言う短期間に、成し遂げねばならない。
それと、常人を遥かに上回る、優れた魔法資質を持っている事。
尤も、「十年に一度」の称号は、魔法学校の一部の者が、勝手に認定して付ける物。
何ら公的な物ではないので、単に「優秀な才能を持った子供」以上の意味合いは無い。

91 :
魔導師の資格試験は、基本的に誰でも受けられるが、魔法学校の卒業試験に比べると、
合格難度は多少高くなる。
魔法学校に通って、真面目に講義を受けていれば、その年の試験官となる教師に、
試験の採点基準や、合格する為の技術的な骨を聞く機会がある。
小さな事だが、これが意外と大きい。
しかし、余程の金持ちでなければ、そう何年も魔法学校には通えないし、かと言って、
学費と生活費の為に仕事を始めると、魔法の勉強に時間を割けなくなる。
魔導師になる積もりなら、若い内にと言うのが世間の常識だ。
新しく魔導師になる者の平均年齢は、26〜27の間。
人数的にも、その前後の年齢で魔導師になる者が、最も多い。
殆どの魔法学校上級課程の生徒は、三十路を越えると、魔導師になるのを諦める。
そこで己の才能に見切りを付けるのだ。
学費の問題で、中には二十歳そこそこで早々に上級課程を中退する者も居る。
また、不慮の事故等で、四半期の試験に遅れると、その年は合格が貰えない。
余りにも仕方の無い事情があるなら、1週内ならば再試験を受けられるが、逆に言うと、
1週を越えてしまうと、如何なる事情があっても、再試験は受けられない。
こんな事を繰り返していると、何年掛かっても魔導師にはなれない。
冗談の様だが、実際に、魔法の実力とは殆ど無関係に、何年も卒業出来なかった例がある。
よって、才能のある者でも、魔法学校に通うのは、出来るだけ若い内からが良いとされる。

92 :
では、何故サティは公学校卒業まで待たねばならなかったのか?
クゥワーヴァ家は裕福な部類に入るし、サティの実力なら、もっと早く魔法学校に入学していれば、
1桁の年齢で卒業出来たかも知れない。
サティは名声に価値を感じていなかった訳ではない。
人並みに功名心があり、承認欲求があった。
しかし、それを止めたのは、他ならぬ父イクターであった。
イクターは並ならぬ魔法資質を持った実の娘を、未だ立ち歩きを覚えたばかりの頃から恐れていた。
物の数え方も知らぬ子供に、理屈で物事を解らせるのは、難しい。
親は我が子の為には、いざとなれば、力尽くで制止せねばならない時もある。
だが、サティを力で抑圧すれば、それ以上の力を以って反逆される事が、目に見えていた。
それ程に、サティの魔法資質は、化け物染みていたのである。
彼女を制御するには、子供特有の強い共感に訴えねばならなかった。
即ち、善くない行いをした時に、悲しい、苦しい、辛いと言った、不快感を抱いていると認識させて、
抑止力の代わりにするのである。
逆に、子供が辛い時には、同情を以って共に悲しむ。
そして、善い行いには、喜びを以って迎える。
喜びと悲しみを分かち合う事で、価値観を共有する。
この方法で、サティは父イクター、母ジャマルの心に触れて、純粋に育った。

93 :
それは思わぬ結果を齎した。
サティは善悪の判断を、共感に委ねる様になったのである。
人には人それぞれの都合があり、立場が違えば、善悪は逆転する。
無闇な共感では、その矛盾を解決出来ない。
それ以上に、善悪の判断が、相手の気分の良し悪しで決まってしまうのは、もっと恐ろしい。
イクターとジャマルが道徳の教育に力を入れ始めたのは、サティが5歳の誕生日を迎えた時。
彼女が公学校に上がる前に、何としても強力な自我と道徳心の形成を急がねばならなかった。
イクターとジャマルの苦労は知れない。
グラマー地方では、女子には慎みが求められる。
それは男子の力が強いから(――実際には、他地方程は男女の体格差は無いのだが……、
憖差が無い分、区別を強調したがるのだろう)。
では、男子の力を上回る女子が生まれたら?
普通は身体が成長するに従って、逆転する筈の力関係が、覆し様の無い圧倒的な魔法資質に、
阻まれてしまったら?
社会的な規則は、時に合理的な解に反する。
その時に、自我に目覚めたサティは、一体どんな反応をするのか……。
公学校を卒業するまで、イクターとジャマルがサティを魔法学校に行かせなかったのは、
公学校教育で社会に触れ、十分に馴染ませなければ、有り余る力の使い方を誤り兼ねないと、
考えた為である。
はっきり言ってしまうと、これまでの家庭での教育方針が正しかったのか、自信が無かったのだ。

94 :
イクターの心配は、半分当たって、半分外れた。
先ず、公学校の男子は、サティを相手にしなかった。
男から女に喧嘩を吹っ掛けるのは、恥だと言う風習の為である。
だが、止まらなかったのはサティの方だ。
両親の教育から、素晴らしい道徳心を身に付けたサティは、多少の理不尽には目を瞑っても、
度を超えた時には、男女ばかりか、大人子供の区別も無く反抗した。
自我の弱かった幼少期の、反動と言わんばかりに。
誰も彼も、人並み外れた彼女の魔法資質に怯え、この恐ろしい女子を避けた。
――魔法資質の低い者は、魔法資質の高い者に、威圧感を受ける。
丁度、体格の小さい者が、体格の大きい者と向き合った時と、同じ様な感覚。
酷い時には、強い敵意を向けられただけで、失神してしまう。
それは自分にとって、どれだけ相手が危険な存在かを判断する、本能的な物である。
余り魔法資質が低いと、逆に威圧されないが、殆どの者は大なり小なり影響を受ける。
公学校のクラスで、サティを恐れない者は居なかった。
当然、中には魔法資質が高くない者も、ある程度含まれていたにも拘らず……。
魔法資質が低い者にも、力量差を理解させる程の魔法資質を備えているならば、
それは最早脅威でしかない。

95 :
抜き身の刀の様な状態だったサティが落ち着くには、後に師となるプラネッタ・フィーアとのを、
待たなければならなかったが、公学校生活が無意味だった訳ではない。
揺ぎ無い(余りに)強固な自己を確立し、それなりに人との接し方を覚えた意味はあった。
彼女を行き成り魔法学校に通わせなかった、イクターの判断は正しかったと言える。
然もなくば、サティは魔法の才能とは関係無い所で、辛い思いをしまなければならなかっただろう。
それは彼女の魔法学校時代の友人の殆どが、公学校時代からの付き合いだった事からも判る。
厳格で純粋、そして裏表が無い、鋭いナイフの様なサティに近付こうと思う者は、中々居なかった。
また、グラマー地方特有の床しさを良しとする風土もあり、色恋とも無縁であった。
理解者を得ると言う意味でも、公学校教育は有意義であった。
サティは敵に回すと恐ろしいが、味方になれば心強い。
困った時に彼女を頼る者は、少なくなかった。
サティも大抵の事には応じ、級友達の信頼を得て行った。

96 :
人間
この世界で人間は、現人類しか確認されていないが、現人類とは異なる人間も定義されている。
『現人類<シーヒャントロポス>』とは異なる人類は、旧暦の伝承上では、『闇人<ニヒタントロポス>』、
『海人<オケアナントロポス>』、『空人<オラナントロポス>』に大別される。
それぞれ略して、ニヒタント、オケアナント、オラナントと言われる事もある。
或いは、ニクタンス、オーシャナンス、アラナンスとも。
闇人は『夜の人<アントロポス・ニヒタス>』であり、人目に付かない所に隠れ住むと、考えられていた。
『夜の人種<ナイト・レイス>』、『夜の人々<ナイトフォーク>』と呼ばれる事もある。
これには諸説あり、日光を浴びると灰になるとも、醜い容姿から陽の下を嫌っているとも、
その正体は地底人であるとも言われていた。
同時に、人目を忍んで悪事を働く者――例えば、夜間強盗や路地裏で恐喝を行う者、
他には夜行性の害獣を指す隠語でもあった。
全体的に良くないイメージである。
海人は『大洋の人<アントロポス・オケアノス>』であり、深い海中、大海原、小さな孤島、岩礁に住むと、
考えられていた。
解り易く言えば、『人魚<マーフォーク>』、『半漁人<オアンネス>』の類である。
空人は文字通り『空の人<アントロポス・オラノス>』であり、高い山の上や、雲の上に住むと、考えられていた。
姿は『有翼人<ウィングドフォーク>』が主だが、翼は腕が変化した物だったり、背中から生えていたり、
鳥の物だったり、蝙蝠の物だったり、虫の物だったりと様々。
中には羽が無くとも空を飛んだり、空を飛ぶ動物に乗っていたりする事もある。
闇人も海人も空人も、人の領域外の存在である。
未知の世界への希望と恐怖の象徴で、故に、将来出現する可能性が指摘されている、
『獣人<シリアントロポス>』を始めとした『新人類<ネアントロポス>』とは、明確に区別される。
闇人、海人、空人の内、海人だけは実在する可能性もあるが、分類は進化の形態によって行われ、
やはり獣人か、然もなくば『魚人<プサリアントロポス>』か、『軟体人<マラキアントロポス>』等と言われる。

97 :
獣人は『獣の人<アントロポス・シリオ>』であり、現人類以外の哺類が、人型に進化して、
相応の知能を備えた物と定義されている。
その為、『成り上がり<アップスタート>』とは、また異なる。
略称はシリアント、またはゼリエンス。
他の新人類――『鳥人<プリアントロポス>』、『爬虫人<エルペタントロポス>』、『両生人<アムフィビアントロポス>』、
魚人、『甲殻人<ケリファントロポス>』、『虫人<エントマントロポス>』、軟体人、『植物人<フィタントロポス>』の中では、
最も出現確率が高いとされている。
そして、妖獣や霊獣から進化して誕生するであろうとも、予測されている。
旧暦でも、獣の姿をした人の伝説は見られるが、恒温変温、脊椎無脊椎に拘らず、
どんな動物であろうが、全て闇人の眷属であると、一纏めにされていた。
他の現人類以外の人間には、旧暦で『巨人<ギガース>』、『小人<ナノス>』と言われた種族もあるが、
実在した証拠が無い上に、界門綱目科からして異なる新人類とは、同列には扱われない。
仮に実在していたとしても、既存人類の亜種の域を出ないとされている。
他に区別が困難な物として、『妖精<フェアリー>』、『霊体<ファンタズマ>』の類があるが、
これも実在が確認されていない。

98 :
現人類は『心の人<アントロポス・シーヒ>』であり、サイカンスロープ(サイカントロープ)とも言う。
略称はシーヒャント、或いはサイカンス。
「psychi(シーヒィ)」の通り、精神性を重視する存在であると、自ら称する。
それは魔力行使能力とも関連付けられ、魔法資質が低い者を蔑視する風潮を生んだ。
魔法を使えなければ、人間=シーヒャント(サイカンス)とは見做されなかったのだ。
魔法資質が低い者は、共通魔法の教えを受けたにも拘らず、旧暦の魔法を使えない人間と、
何も変わらないとして、アルカンスロープ、アルカンスと揶揄された。
アルカンスロープとはアルヒャントロポス、『古代の人<アントロポス・アルヒェオス>』で、詰まり「原始人」だ。
実際には、原始人と古代人を区別する為に、アルカンスロープ、アルヒャントロポスは、
それで原始人を意味する、一つの成語となる。
「愛人」と「愛の人」とで意味が大きく変わってしまう様に、『原始人<アルヒャントロポス>』と、
『古代人<アルヒャー・アントロポス>』も違うのだ。
しかし、アルカンスは無知故の呼称ではなく、差別意識に基づく、皮肉めいた蔑称である。

99 :
魔法暦504年 第一魔法都市グラマーにて
サティ・クゥワーヴァ16歳
魔法学校上級課程に進級したサティ・クゥワーヴァは、中級課程に入った時と全く同じ様に、
先輩から洗礼を受ける事になった。
男女相争うべからずと言う、暗黙の了解の為、相手は勿論、女子である。
実力至上主義を掲げて、戦国乱世宛らに、初中衝突し合う男子学生とは違い、
女子学生は表立った闘争を好まない。
一回勝負が決まると、それを覆そうと躍起になったりはしないし、目上の者に向かって行く事も、
滅多に無い。
サティも相手を相当な実力者と認めていなければ、好んで勝負したがる性質ではなかった為、
これが上級課程での、最初で最後の勝負になるかも知れなかった。
――いや、サティは最初から、その積もりでいた。
先輩女学生は、中級課程を1年で修了したサティを、甘く見ていた。
公学校上がりで、中級課程を早々にクリアする者は、頻繁にではないが、割と見られる。
それなりに魔法の才能がある者なら、15歳になるまでの猶予があれば、魔法学校に通わずとも、
中級課程レベルの魔法を習得するのは、そう難しくない。
しかし、『上級<アッパー・クラス>』は訳が違う。
先輩女学生は、中級と上級の違いを思い知らせ、生意気な新入りの鼻っ柱を折る積もりでいた。
……結果だけを言おう。
変則スクリーミングでの勝負で、またもサティは相手の魔法を一度も発動させず、1ラウンドで完封した。
先輩女学生は、彼女の実力では防御し切れない、サティの強大な魔法を受ける前に、
降伏しなければならなかった。
上級の相手に、『中級<ミドル・クラス>』と全く同じ手段で、全く同じ結果を出す。
それは上級の者にとって、如何程の屈辱か……。
しかも、サティ・クゥワーヴァは未だ全力を出し切ってはいなかった。

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