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2012年3月お人形194: 【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十七幕】 (791)
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【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十七幕】
- 1 :
- 「アナイスの叔父様って、どんな人だか激しく気になるのは俺だけでつか?」
全てはこの言葉から始まった。
―――SD達オールキャストによる妄想劇場、【第三十七幕】!
前スレ
【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十六幕】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/doll/1183912213/l50
SDにキャラクターを持たせた小説と会話劇のスレです。
登場SDには性格、職業、人間関係など「叔父様スレ内設定」があります。(メーカー公式設定とは無関係です)
新規さんは保管庫の「叔父様スレ用語辞典」をご覧ください。
ttp://ozisama.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/jiten3/jiten.cgi
SD達のスレ内設定の説明があります。
スレ内設定から外れたネタ、外れているかもしれないネタを投下する場合は注意書きを添えてください。
※荒れ防止のために簡単なルールを設けることになりました。
ルールを守ってマターリ楽しみましょう。
スレ住人全員のルール
・叔父様スレの設定はここ独自のものです。意見感想含め、よそのスレや一般サイトへ持ち出ししないこと。
・意見を言う方も聞く方も誠意を持って、感情に任せてレスしないこと。
・コピペなどの悪質な荒しには徹底スルー。ネタで反応するのもナシ!
(職人のルール、読み手のルールは>>2、>>3、過去ログと保管庫とテスト板は>>4-6あたり)
- 2 :
- 職人のルール
・ネタを投下しても反応がなかったらそのネタは黙って流しましょう。
・余りに細かすぎる設定は控えましょう。
・伏線なく無闇やたらにカップルを乱発するのは控えましょう。
・一職人の連続投稿はなるべく控えましょう。(続きが読みたいとの要望があるのに
次の職人さんが
現われない場合は連続投稿可)
・アニメや漫画・ゲーム、芸能人等、既存のキャラクター絡みのネタは
読み手を限定するネタだと心得、投下は節度を持って。
・設定や時間軸を無視した単発ネタもOKです。
単発ネタで一つのレスに書ききれない場合、名前欄に1/2、2/2と入れましょう。
・長編にはタイトルをつけましょう。
読み手のルール
・意見や感想は、言葉使いに注意しましょう。
意見内容がまっとうでも表現が攻撃的だと荒れの元になります。
・意見があるなら出来るだけその場で。後になって文句を言われても職人さんは対処
できません。
・自分の好みじゃない設定になってもやさぐれない。
・時には、スルーも大切です。
読み手&書き手のルール
・同一のSDに対して複数の設定や解釈が並存する可能性があります。
好みに合わない解釈のネタは黙ってスルーで。
他職人さんの設定に異議がある場合は文句を言うのではなく並存案として別のネタを
提示しましょう。
また、好みが分かれそうな解釈のネタを投下する際には一言注意書きをお願いします。
- 3 :
- w
- 4 :
- 長編ものについて
苦手な読み手さんへ:長編を投下する場合、名前欄にタイトルを明記する決まりに
なっています。
流れを読んで、タイトルを発見したら、軽やかにそのレスはスルー
してください。
短編が投下されなくてもマターリキープで。『待てば海路の日和あり ヽ( ´ー`)ノ』
長編書き手さんへ:長編が多く投下されると、その性質上スレ進行が早くなりすぎる
傾向があります。
流れと量を読んで、過剰かなと思った時には出し惜しみしましょう。
短編書き手さんへ:長編の流れに割り込む単発ネタは大歓迎です。流れを変えるほどの
インパクトのあるひとネタをお待ちしております。
・長編〜「長編:ミニっこ映画『犬が好きな猫 人が好きな猫』」
・単発だが恋愛要素ありのもの〜「恋愛:AとB やきもち焼いたかな」
※『やたらと生々しい現実感や性』を感じさせるネタの投下には注意書きを。
登場人物はあくまでも人形ですよ。
・単発だが、友情や家族愛をモチーフにしているため曲解も可能かと思えるもの
〜「単発:アナイスと叔父様のお昼寝 ※家族愛デスヨー」
〜「単発:13ミミ、憧れのまどか嬢 ※恋愛要素なし」
※そのつもりがなくても、どうぞ保険の意味でひとこと追加してください。
・その他単発・ギャグネタ〜「単発:橘家 あきらの発明と銀ミカ」
※オチがばれそうなら、「単発」「単発:橘家+α」だけでも可。
・自然発生的連作(XXX番さんに続けて…的なもの)〜「連作:>レス番 くんのその後」
※長編にまで発展しそうなら、適切なタイミングでタイトルを。
・上記により「もしもし、わたし名無しよ」は、感想、雑談の投稿と見なされる…はず。
- 5 :
- 過去ログと関連サイト
SD劇場ー叔父様と愉快な仲間達ー保管庫
ttp://ozisama.hp.infoseek.co.jp/
叔父様スレ テスト板
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/6716/
(スレ内での議論が長引きそうになったらこちらに移動してください)
次スレ立ては970を踏んだ人が行うこと。
980を過ぎたら速やかに移動できるように配慮しませう。
過去ログ
【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十六幕】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/doll/1183912213/l50
【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十五幕】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/doll/1182698143/l50
【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十四幕】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/doll/1180965546/l50
【SD劇場】叔父様と愉快な仲間達【第三十三幕】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/doll/1176982317/l50
- 6 :
- 前スレッドで、古参職人の荒らし行為により「ハイランドの乙女」を
完結させる事ができず、埋め立てられてしまったので、もう一度最初から
貼っていきます。
- 7 :
- タイトル ハイランドの乙女
時 代 ヴィクトリア王朝時代
場 所 ハイランド
登場人物 なぎさ…孤児
マーク…未だ会えないなぎさの異母兄
サシャ…なぎさの叔母
トッピ…サシャの子
ヒース…マークの叔父
ジョー…農夫
あらすじ
時はヴィクトリア王朝時代のハイランド。乗り合い馬車から、一人の金髪巻き毛の少女が降り立つ。
少女の名はなぎさ。気の毒なほどみすぼらしい服を着て、トランクにわずかな荷物を詰めている。
なぎさは不安そうに左右を見回し、持っていた地図を開いて、意を決して街道を歩き始める。
なぎさは向かうのは、叔母の家。船舶事故で両親を一度に失った彼女は、数少ない身寄りの叔母を頼ってやって来たのだ。
彼女は胸のペンダントをしっかりと握りしめている。
これだけが、まだ見ぬ彼女の異父兄と彼女を結ぶ、たった一つのあかしなのだ…。
- 8 :
- ※ヴィクトリア王朝時代のハイランドが舞台です。現在進行中の他のネタとは時間軸が異なります。
どこまでも続く麦畑。ところどころに巨木の茂る森が残されるのどかな田園風景を、初夏のハイランドの日差しが柔らかく照らしている。
ごとごとと走り続けていた乗り合い馬車が、停留所の一つに止まり、ただ一人の少女が、馬車から降り立った。
「ほれ、お嬢ちゃん。受け取りな」
親切な老人が、少女の一つきりの荷物であるトランクを、窓ごしに手渡してやる。
「ありがとうございます」
少女はにっこりとほほ笑むと、老人からトランクを受け取り、お礼を言った。
腰まで届く、ふわふわした金色の巻き毛。ミルク色の肌をした少女の瞳は、ハイランドの青空のような鮮やかなブルーだった。ふっくらと柔らかそうな頬は、これからの新しい生活への期待と不安のためか、薔薇色に上気している。
瞳の色に合った、水色のワンピースを身につける少女の名はなぎさ。イギリス人の父と日本人の母を持つハーフだった。
「この地図じゃ、よくわからないわ・・・。だれか人が通らないかしら」
なぎさは、小さな手にしっかりと握った手書きの地図に目を落とした。
- 9 :
- ※銀ミカ説。苦手な方はスルーしてください。
やっと眠った・・・。
銀ミカは、ゆきの寝息を確認すると、ベッドのわきの絨毯に座り込んだ。
寝室のあちらこちらに、ゆきがおもちゃにした文房具だの、本だのが散らばっている。
キッチンは、惨憺たる有様だった。
「ゆき、お手伝いできましゅ」
夕食作りを手伝おうとしたゆきが、小麦粉の袋をひっくり返してぶちまけたからだ。
「ごめんなさいでしゅ〜〜!!」
泣き出したゆきのご機嫌を取るため、ずっとお遊びにつきあわなければならなかった。
起きているときは、天使どころか、悪魔にすら見えたゆき。
でも、眠っているときは、長いまつげ、ふっくらした薔薇色の頬。
比喩ではない、文字通りの天使としての愛らしい寝顔を、気前よく銀ミカの目にさらしてくれている。
ふと、銀ミカはゆきの柔らかな頬をなでた。
- 10 :
- ゆきのなめらかな肌は、銀ミカの知るどんな女の肌よりも、きめが細かく、指にしっとりと吸い付くようだった。
ずきんっ・・・!
銀ミカは、自分の体の一部に、焼けるような激しい衝動が突き上がってくるのを感じて狼狽した。
ゆきの頬から指を離し、両手で己の股間を押さえつける。
(ばかな・・・っ! こんな幼児に)
理性は、激しく自分自身を叱りつける。
しかし、銀ミカとて男だ。本能を持たないわけではない。男の体は、理性にまったく関係なく、子孫を残すための生産活動を行い続けている。
最後に女の肌に触れたのはいつだったか・・・。
そんなことを考えている自分に気付き、銀ミカは激しい自己嫌悪に教われた。
しかし・・・。意志とは関係なく、自分の腕が伸び、ゆきにかぶせた毛布をめくるのを見て、銀ミカは愕然とした。
- 11 :
- きょろきょろと辺りを見回すなぎさの目が、教会の尖塔をとらえた。
「きっとあれが、この地図に書いてる目印だわ。それにしても、ずいぶん遠いわね」
ひとり言がすっかり癖になってしまっているのだろう。少女は小声でつぶやくと、自分の体の半分ほどもあるトランクを両手で下げて、麦畑の中を貫く田舎道を、うんしょ、うんしょと苦労して歩いていった。
イングランドからここにたどり着くまでは、汽車の中でも、駅でも、たいていは大きな荷物に苦労するなぎさを見かねて、誰かしら大人が手助けしてくれたものだった。
しかし、この田舎道ではそれは期待できそうにない。なぎさはほんの数十メートル歩くごとに立ち止まって休憩し、額の汗を拭わなければならなかった。
何度目かの休憩の時、なぎさは後ろから、藁を満載した荷馬車がのんびりとやってくるのに気付いた。荷馬車の御者もなぎさの姿に気付き、遥か遠くから手をメガホンのように口に当て、声をかけてきた。
「おーい! お嬢ちゃん! どうしたんだ、こんなところに一人で」
「おばさんの家に行くんです〜!」
荷馬車の男の銅鑼声はよくこちらに届くのに、小さななぎさが精一杯叫ぶ声は、男には届かないようだった。
「はあ〜?」
荷馬車の男は耳に手を当ててなぎさの声を聞き取ろうとしたが、何度なぎさが叫んでも声が届かないと分かるや、年老いた馬の背中にひと鞭くれ、馬車の速度を上げて近づいてきた。
- 12 :
- 「どうー、どう」
なぎさの横で馬車を止め、荷馬車の男が御者席から降り立って、なぎさに笑顔を向けた。日に焼けた顔に、歯がまぶしいほど白い。
男としては髪が長く、亜麻色の髪を粗末な紐で後ろにくくっていた。見上げるほど背が高く、がっしりと肩幅が広い。
野良着の袖から、農作業で鍛えたのであろう、たくましい二の腕が突き出ていた。
(イングランドにいる時に、パパとママに連れて行ってもらった興行で見た、格闘家の男の人みたいだわ)
なぎさは心の中でつぶやいた。
人っ子一人、どころか野良犬さえも通らない田舎道で、こんな大男に目の前に立たれても、人なつこい笑顔のせいか、なぎさは少しも恐いとは感じなかった。
「どうしたんだ? こんなところに一人で」
恐くはなかったが、大男が腰をかがめて顔を近づけたので、なぎさは思わずちょっとのけぞった。
「あのね、叔母さんのところに行くの」
「叔母さん?」
「ええ。ここ」
なぎさは大切に持っていた地図を、男に差し出した。
男は地図を受け取ると、ちょっとの間、手を頭に当ててうなり声を上げた。しかし、すぐに思い当たったようで、ぽんと手を打った。
- 13 :
- 「こりゃあ、サシャ様のお館だな」
「叔母さまを知ってるの!?」
なぎさは顔を輝かせた。
「ああ。ちょうど通り道だ。乗せていってやるよ」
「ほんと? ありがとう!」
なぎさはぴょんびょんと小躍りした。
荷馬車の男は、なぎさのトランクを荷台に載せると、次に太い腕でなぎさを軽々と抱き上げた。
御者台の隣に、まるで壊れやすい砂糖菓子でも扱うようにそっと座らせる。
(やっぱり、この人優しい人だわ)
席の座り心地を確かめながら、なぎさは心の中で確信した。
「ハイヤッ!」
男が手綱を軽くひと振りすると、老馬は歩き出し、荷馬車はごとごとと動き出した。
馬の汗の匂いが漂ってきたが、すぐに慣れた。なぎさは、隣に座る男の顔を、上目遣いでこっそり観察した。
- 14 :
- 男は、初めになぎさが受けた印象よりも、ずっと若いようだった。
体の大きさにまどわされてしまったが、男というより、むしろ少年に近いかもしれない。
イングランドにいた頃の近所の少年たちのことを思い出し、比較してみて、16かそこらかな、となぎさは見当をつけた。
田園地帯に吹く埃まじりの風が亜麻色の髪をなびかせる。
顔の輪郭は鋭く、あごはがっしりしている。口は大きくて、ぎゅっと引き締められていた。
眉が上がり、馬車の行く先を見つめる目元は精悍だ。でも、なぎさの方を向くときは、別人のように優しい目になった。
「俺はジョー。お前は?」
「・・・なぎさ」
「なぎさかあ・・・。変わった名だな」
「ママが日本人なの。だから、日本風の名前なの」
「日本人!?」
ジョーは驚いたようになぎさの顔を見つめ直した。
「ええ。髪と目がこんなだから、びっくりされるけど、わたし、半分日本人なの」
なぎさは、自分の長い金色の巻き毛を、指に絡めた。
- 15 :
- 鬱蒼と繁った森に入り、辺りが暗くなった。
ジョー「いや、俺が驚いのは、俺も日本人のハーフだからなんだ。」
「え!?」丸い目を更に見開くなぎさ。
ジョー「母さんが日本人、父さんはロシアの軍人だったんだ。」
なぎさ「ろ、ロシア人?なぜハイランドに?」
ジョー「母さんが芯だのが俺が10才のとき。それから、
みちのく、日南、東京、横浜、そしてロサンゼルス
色々あってな。今はハイランドさ。」
なぎさ「・・・大変だったんですね・・・」
ジョー「どうってことないさ。どこに行っても友達は出来るしな。」
もうすぐ森を抜けるようだ。小高い丘の上に豪奢な邸宅が見える。
ジョー「ほら、あれがサシャ様の御屋敷さ。」
- 16 :
- ファサードの前で馬車を留め、御者台から飛び降りるジョー。
トランクを抱えたなぎさを地面にそっと降ろした。
なぎさ「ありがとうございました。」
ジョー「お互い半分日本人なんだ。遠慮はいらないさ。
大門が開いていないが、どうするんだ?」
なぎさ「裏に回ってみます。ほんとにありがとう。」
ジョー「そっか。まぁ、叔母さんの家なら大丈夫だよな。」
なぎさの眉毛がハの字になっているのが気になったが
これ以上お節介を焼いてもしかたがないだろう。
ジョー「それじゃあな。ああ、そうだ。俺の名前は椹木雪之丞。
ジョーって呼んでくれ。このあたりは街に行く通り道だから
きっとまた会うと思うぜ。よろしくな、なぎさ。」
ジョーの笑顔に連られてなぎさも笑顔になった。
- 17 :
- 「あのっ・・・」
荷馬車の御者台に戻ろうとするジョーの背中に、なぎさは声をかけた。
「ん? どうした」
ジョーが振り向く。なぎさはしばらくもじもじしていたが、荷馬車道中の道すがら、ずっと聞きたかったのに聞けなかったことを、思い切って口にした。
「サシャ叔母さまって、どんな人かしら?」
今までなぎさに常に笑顔を向けていたジョーの表情が、わずかに曇った。
「お前、会ったことがないのか?」
「ええ・・・。わたしのパパが、おじいさまのお決めになったフィアンセと結婚せずに、そのう・・・日本人のママと結婚したから・・・」
「おじいさんから勘当されちまったってことか?」
「かんどう?」
「親子の縁を切られるってことだ」
「ええ。そう」
なぎさは悲しげにうなずいた。
先ほどまで晴れ渡っていた田園地帯の空に、風に乗って雲が運ばれてきた。
日差しが少しずつ陰りはじめ、わずかに空気に湿り気が混じってきたようだ。
「こりゃあ、一雨来るな・・・」
ジョーは空を見上げてつぶやいた。顔をなぎさに戻し、話の続きをうながす。
「それで、お前のパパとママはどうしたんだ?」
「パパとママは・・・。死んじゃったの。お船の事故で・・・」
なぎさはうつむいて、自分のつま先を見つめた。
遠くから、雷の音がゴロゴロと響いてきた。
- 18 :
- ジョーは、なぎさが涙まじりにつっかえつっかえ話す身の上話に、じっと耳を傾けた。
ハイランドの貴族の嫡男であったなぎさの父は、ロンドンの大学に在籍中、日本からの留学生であったなぎさの母と、恋に落ちた。
なぎさの母との結婚を望んだが、祖父の猛反対にあい、爵位継承権を捨て、家を飛び出した。
そしてロンドンに小さな家を借り、なぎさの母と暮らし始めた。
すぐになぎさが生まれ、親子三人、つましいながらも幸福な家庭が築かれていった。
やがて父の興した事業も軌道に乗り始め、経済的にもゆとりができてきた。
船舶事故が起きたのは、なぎさが船旅に耐えられるまで成長するのを待ち、遥か遠くの日本に親子三人で向かう途中だったという。
母にとっては十数年ぶりの里帰りとなるはずだった。
しかし、出航して数日も立たないうちに、濃霧の中でなぎさたちの乗った船は、大型タンカーと衝突し、あっという間に沈んでしまった。
救命ボートの数が足らず、父と母は、なぎさだけを死にものぐるいで満員のボートに押し上げ、自分たちは海底に沈んでいったという。
「そっか・・・。お前も、つらい目にあったんだなあ」
もらい泣きの涙がこぼれないように、ジョーは顔を仰向けて、暗くなり始めた空を見上げた。
- 19 :
- ジョー「俺もサシャ様には会った事がないんだ。一雨来そうだ。
お屋敷に入ったほうがいい。またな。なぎさ」
「ありがとうジョーさん。ありがとう。」
なぎさはジョーの馬車が見えなくなるまで手を振った。
自分と同じ日本人のハーフ。日本から遠く離れたハイランドで会うなんて。
なぎさはトランクを抱え、通用口を探して歩き出した。
- 20 :
- やっと見つけた通用口の呼び鈴をならすなぎさ。
中からまだ若いメイドが現れた。
メイド「どちら様でしょう。」
なぎさ「あの、私、サシャ叔母さんの姪のなぎさです。」
メイド「お嬢様の姪御様・・・。どうぞ、お入り下さい。」
屋敷には入れてもらえたが、厨房に面した使用人の休憩所のような部屋だ。
ここで待つように、と言い残しメイドは部屋を出て行ってしまった。
やぱり自分は歓迎されていないのだろうか?
程なくして、食堂へ通じる扉が少し開いた。
なぎさと同じ年頃の金髪の少女が顔を出した。
トッピ「わたしの名前を呼ぶのはだあれ、だって今いそがしいの。」
なぎさ「呼んでいないけど、あなたは?私はなぎさ。
この家のサシャ叔母さんの姪なんだけど。」
トッピ「あとであそぼうか。そのときクッキーもあげるね。」
エプロンドレスの裾を翻し、トッピは出て行ってしまった。
- 21 :
- さっきのトッピっていう子は、なんだったんだろう・・・。
なぎさは、トッピの消えた出入り口を呆然として見つめた。
雨が激しく降り始め、使用人の休憩所の屋根にも、ばらばらっと雨粒が叩き付けられる。
ゴロゴロゴロ・・・。
だんだん雷鳴が近づいてきたので、なぎさは恐れおののいた。
この部屋の中にいれば安全だと思っていても、やっぱり雷は恐い。
落ち着きなく室内を見回すが、粗末な木のテーブルと椅子が何脚かあるだけで、頭からかぶっていられる毛布などはないようだった。
ピカッ!!
「きゃっ!」
激しい稲光が休憩所の窓ガラスを照らした。なぎさは思わず悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
その直後に、腹にこたえる落雷の轟音がとどろく。
しかし、しゃがみ込む寸前、なぎさは確かに見た。
屋敷の中心に高くそびえる塔の、最上段の窓に、この部屋をじっと見おろす顔が照らし出されたのを。
遠かったし、稲光に照らされたのは一瞬だったが、その顔は恐ろしく白く、ぞっとするほど冷たい表情でなぎさを見おろしていたのが見て取れた。
(あの塔の上にいたのが、サシャ叔母さま・・・?)
ぎゅっと目をつぶり、両手で耳を押さえながら、なぎさは心臓がどきどきと早鐘を打ち始めるのを感じた。
- 22 :
- 「だめだ! 絹糸50トン、何としても手に入れろ!」
青年は、電話の受話器を握りしめたまま、いらいらと歩き回った。
「・・・その値段でかまわない! 相場はまだまだ上がる! 強気で行け!」
電話に向かって怒鳴りつけるその姿は、青年というにはあまりにも若い。
ほとんど少年と言ってもいいほどだった。
錆色の髪。わずかにブルーがかった淡いグレーの切れ長の目。
唇は赤みがさして少女のようだが、ぐっとへの字に曲げられ、意志の強さを表している。
「・・・いいか、絶対に競り負けるなよ! いい知らせを待ってる!」
青年は叩き付けるように受話器を置くと、黒檀のデスクをぐるりと回り、窓ぎわの革張りの椅子にどっかりと腰を下ろした。
ふーっと長いため息をつき、こめかみを指で揉む。
広い執務室の隅に控えていた老執事が、すっと歩み寄って声をかけた。
「マークおぼっちゃま、あまり根を詰められないほうが・・・」
「・・・おぼっちゃまと呼ぶなと言っただろう!」
「これは失礼いたしました、おぼっ・・・いえ、マークさま。お茶でもお持ちいたしましょうか?」
「・・・・・・ああ。怒鳴ったりして悪かった。熱いやつを頼むよ」
「かしこまりました」
老執事は一礼して執務室を出て行った。
広い執務室で一人になると、マークは椅子の背もたれに体を預け、天井を振り仰いだ。
(だめだ。俺は今、熱くなってるな。冷静にならなければ、判断を誤る)
心の中でひとりごちる。
目の隅に、デスクの上に置かれた写真立てをとらえた。
マークは座り直すと、気持ちを落ち着けたいときにはいつもそうするように、その写真立てを手に取った。
- 23 :
- 写真には、輝くような笑顔を浮かべた美しい女性が、赤ん坊を抱いて写っている。
錆色の髪、薄いグレーの目はマークの物といっしょだ。
写真の女性は今は亡き彼の母で、赤ん坊は彼自身だった。
彼に父親はいない。
いや、この地球上のどこかにいるには違いないのだろうが、少なくとも彼は、生まれたときから一度も会ったことがなかった。
母の死後、まだ子供だったマークは、古くからいる使用人の一人をつかまえて、しつこく父のことを聞いたことがある。
彼の母同様だった老メイドは、ためらいつつも、重い口を開いて、彼の出生について教えてくれた。
彼の母は、ロンドンの大学に在学中、ハイランドの貴族の嫡男だという男と知り合い、夢中になったという。
しばらく付き合いが続いたようだが、その男はなんと極東の島国、日本からやって来た留学生の女と恋に落ち、駆け落ちして姿を消してしまった。
母は捨てられてしまったわけだ。
しかし、母の胎内には新しい命が宿っていた。
母は大学を辞め、赤ん坊を産んだ。それがマークだ。
母は、マークが10歳にもならないうちに、あっけなく病気でってしまった。
彼はイングランドの貴族であり資産家でもある祖父に引き取られた。
そして、祖父の経営する貿易会社の後継者となるべく、徹底した帝王学の教育を受けた。
祖父も亡き者となった今、彼は祖父の遺した貿易会社の社長として、この若さで経営をきりもりしている。
財産目当ての、有象無象の親戚たちに取り囲まれながら・・・。
執事が執務室のドアをノックする音で、マークは回想からはっと我にかえった。
- 24 :
- 執事はカップや銀のポットの載せられたワゴンを押して入ってくると、黙々と紅茶をいれ、そっとカップをマークのデスクに置いた。
「・・・うまい」
紅茶を一口すすり、マークは満足げに息をついた。
マークの気持ちが落ち着いていると見て取り、執事は控え目な口調で切り出した。
「マークさま、ヒースさまがおいでになってらっしゃいますが、お会いになられますか?」
「ヒース叔父さんが?」
とたんにマークの表情が渋いものとなった。
「いかがいたしましょう? ご多忙を理由に、お引き取りいただきましょうか?」
「・・・いや、会うよ」
マークは紅茶をもう一口すすると、渋々立ち上がって上着の袖に腕を通した。
執務室を出て、執事の先導で館の長い廊下の分厚い絨毯を踏んで歩く。
執事が応接室のドアをノックして開け、マークは部屋に足を踏み入れた。
応接室は祖父が世界各国から集めた装飾品で飾り付けられている。
ペルシャから輸入した絨毯が敷かれ、壁際には東洋の珍しい仏像や、日本の刀剣などが所狭しと置かれていた。
「やあ、マーク」
ソファに腰掛けていた長身の男が、立ち上がってマークを笑顔で迎えた。
- 25 :
- 「ごきげんよう、ヒース叔父さん」
マークは歩み寄り、ヒースと握手を交わしてソファの向かい側に座った。
美男だが、いつも冷笑をたたえているような、皮肉屋のこの叔父がマークは昔から苦手だった。
仮にも母の弟だから追い返すわけにもいかないが、できれば会いたくない人物の一人だった。
叔父は典型的な貴族の放蕩息子で、金遣いが荒く、女性関係の悪い噂が絶えなかった。
祖父が彼にではなく、孫のマークを後継者に指名したのは、この行状による所が大きかったと聞いている。
「そんなに嫌な顔をするなよ、マーク」
向かい側のソファに腰を下ろすと、ヒースはにやりと笑った。
「今日は、耳寄りのニュースを持ってきてやったんだからさ」
「耳寄りのニュース?」
マークが問い返すと、ヒースは上着のポケットから一枚の写真を取り出し、ぽんとテーブルの上に投げた。
「これは・・・?」
マークは写真を手にとった。何の変哲もない家族写真のように見える。
金髪碧眼の長身の男と、黒髪の女が並んで立っている。その真ん中に、ふわふわの金色の巻き毛をした、愛くるしい少女がはさまれてほほ笑んでいた。
黒髪の女性の顔をしげしげと見て、どうやら東洋人であると判断したマークは、突然ある事に思い当たって衝撃を受けた。
「・・・・・・!」
写真から目を上げ、ヒースの顔を穴が開くほど見つめる。
「さすが勘がいい。気付いたようだな。その男は君の父親だ。女は駆け落ちの相手。娘は、君の異母妹ということになるかな」
ヒースはいつもの冷笑を顔に浮かべ、ソファに背中をもたせかけた。
- 26 :
- マークは、再び写真に視線を落とした。
写真の男の顔を注視する。
鋭い目つき。強情そうに引き結ばれた唇。
目と髪の色を除けば、鏡で見る自分の顔によく似ていた。
あと十数年経ったら、自分の顔はこうなるであろう・・・と容易に予測できるような顔だった。
「そっくりだよな?」
ヒースの声がする。マークは写真から顔を上げた。
「この写真をどこで?」
極力平静に聞こえるように努力する。しかし語尾が震えた。
ヒースは横を向き、カーテン越しに外の景色を眺めた。まるでひとり言のようにつぶやく。
「君の事業はうまくいってるようだね。僕が新しく始めた事業は、このご時勢だから、なかなか苦しくてね・・・」
マークは無言のまま、テーブルに置かれたベルを取り上げて鳴らし、執事を呼んだ。
ドアの外で待機していたのであろう、すぐにノックして入ってきた執事に、小切手帳を持って来るように言いつける。
いつもの事なのであらかじめ用意していたのか、ほどなく執事は小切手帳と羽ペン、インク壷を銀のトレイに載せて戻ってきた。
マークはペンをインクに漬けると、小切手に金額とサインを書き込み、小切手帳からちぎって、突きつけるようにヒースに差し出した。
「この金額でよろしいですか?」
ヒースは小切手を受け取ると、金額欄に目を落とした。満足そうにうなずいて、上着の内ポケットに納める。
「いやあ、いつも助かるよ。君の援助には」
援助、ね。と心の中で思ったが、マークは口には出さなかった。
- 27 :
- 「まあ、本来なら僕が父の事業を引き継いでもおかしくなかったんだしね。これぐらいの援助をしてもらっても、バチは当たらないだろう」
マークから金を引き出すたびにつぶやく皮肉を、ヒースは今回も忘れなかった。
マークは額に青筋を浮かべながらも、かんしゃくを起こすのをかろうじて我慢した。
「で?」
「あー、そうだったね。この写真の話だった」
ヒースは大げさに両手を広げると、座り直してマークのほうに身を乗り出した。
「半年ほど前に起こった、客船の衝突事故を覚えているかい?」
「ええ」
マークはその頃の新聞記事を思い出した。
濃霧の中、イングランド発の客船がタンカーと衝突して沈没し、たしか乗客の半分以上が死亡したはずだ。
死亡者の数が多かったため、大きなニュースになった。
乗客の定員に対し、救命ボートの装備数が足りなかったとかで、船会社がずいぶん糾弾されたものだった。
「その客船に、僕の会社の社員が乗っていたんだ。だから、新聞に載った乗客リストを調べてみた」
「なるほど・・・」
マークは嫌な予感がした。ヒースは、マークの反応を楽しむかのように、少し間を置いた。
「それで、たまたま見つけたんだよ。行方不明者の中に、君の父親の名をね」
「・・・・・・!!」
- 28 :
- マークはぎりっと奥歯を噛み締め、少しうつむいた。
船舶事故で、しかも半年も経っているとなると、行方不明者とは、すなわち死亡者を意味していた。
マークは、顔を見た事はおろか、声すら聞いた事もない自分の父親を憎んでいた。
母を捨て、まだ母の胎内にいた自分を捨てた、無責任で自分勝手な男。
母が若くして亡くなったのは、その男につけられた、深い心の傷のせいにちがいない。
それに、男がきちんと母と結婚して家庭を築いてさえいれば、自分だってこんな仕事の重圧に押しつぶされそうになる事もなかった。
きっと、同年齢の貴族の子息たちと同様、年齢相応に青春の日々を楽しむ事ができていたに違いないのだ。
あんな男、死んでしまえばいい・・・。
今まで、幾度そう願ったか知れない。
しかし、写真を見てしまった今、今まで想像の中にしかいなかった自分の父の存在が、急に現実味を帯びた。
自分にそっくりな目、唇・・・。
それらを持った、血を分けた自分の父親が、もうこの世に存在しないのだという現実は、マークを打ちのめした。
「それで、興味を持って、いろいろ調べてみたわけだ」
ヒースは饒舌に話を続ける。
「まあ、君も知っているように、貴族の家に生まれれば、警察だの新聞社だの、いろいろな方面にコネが効く」
「・・・はい」
「だから、いろいろなつてを頼って、この男の遺産管財人に会ったのさ。なにしろ、この男が姉さん・・・君のお母さま・・・と結婚していたら、義兄弟になってた仲だしね」
- 29 :
- 何かしら俺から金を引き出すねたがあるかもしれないと思ったからだろう、と思ったが、マークは心の中にとどめて、黙ってうなずいた。
「ずいぶん大変だったよ、この写真を手に入れるのはね。半年近くかかった」
ヒースは恩着せがましく話を続けた。
「しかし、遺産管財人だって鬼じゃない。君の話を持ち出して、かわいそうな父なし子のために写真を譲ってくれと頼んだら、オーケーしてくれたのさ」
マークは、テーブル越しに身を乗り出してヒースの得意げな顔を殴りつけてやりたい衝動に駆られた。
ぶるぶる震える右手を左手でしっかりと押さえつけて、感情を懸命に抑える。
その様子を、ヒースは別な意味でとらえたのか、大げさに同情するふりをしてみせた。
「わかる、わかるよ。父親を失った悲しみは、僕も経験済みだからね」
「・・・・・・それで」
「ん?」
「それで、この家族は、全員が死亡したんですか?」
マークは必死で声を絞り出した。
「ああ。君の父親と女は死んだみたいだね。だが、この娘は助かったと聞いた」
「えっ!?」
「日本風の、奇妙な名前だったな。たしか・・・、ああ、なぎさとかいったかな」
「なぎさ・・・」
マークは、その名をそっと舌の上で転がした。
- 30 :
- なぎさは執事に連れられ、塔の最上階まで上って来た。
「こちらがサシャお嬢様のお部屋でございます。
お嬢様。なぎさ様をお連れ致しました。」
執事が扉を軽くノックすると、小さな声で「どうぞ」と返事があった。
執事は扉を開けてくれる様子はない。
振り返ると「では」と言って塔を降りて行ってしまった。
なぎさは扉の前で深呼吸をすると、もう一度ノックしてみた。
また、小さな声で「どうぞ」と返事がある。
ドアノブを引くが、扉が重くてわずかしか開かない。
両手で力を込めて引くと、簡単に開いた。
サシャが内側から開けてくれたのだ。「どうぞ。入って。」
叔母の顔は塔の窓に見えたように、肌は真っ白だったが冷たい表情ではなかった。
部屋の中はトッピがいた。
クッキーを食い散らかし、なぎさにオイデオイデをしている。
- 31 :
- ヒースの去った応接室で、マークは手にした写真を見つめながら、しばらくソファから動かなかった。
馬のいななきに我にかえり、立ち上がって窓ぎわに歩み寄る。
カーテンを少しめくって中庭を見おろすと、愛馬に乗ったヒースが意気揚々と引き揚げていく所だった。
マークから巻き上げた小切手で懐は暖かい。
きっとこのまま、酒場か賭博場か、女の所に直行だろう。
いつもならいまいましい後ろ姿だが、マークの心は別のことにとらわれていた。
彼はテーブルに戻ると、ベルを鳴らして再び老執事を呼んだ。
「お呼びでございますか? マークさま」
「トニー&サンズ探偵社に電話して、所長のトニーを呼んでくれ」
「かしこまりました」
執事が出て行くと、マークは再びソファに戻り、写真を手にとった。
今度は中央の少女をじっと見つめる。
少女の輝く金髪と青い目は、明らかに父親譲りだ。
しかし、丸い顔・・・特にふっくらとした頬は、母親譲りに違いなかった。
「なぎさ・・・」
誰もいない応接室で、マークは再びそっとその名を口にした。
母が死に、祖父が死に、そしていまや父も死んだ。
この世で、かろうじて自分と血がつながっているのは、あのいまいましい叔父だけになるはずだった。
しかし、いたのだ。父の血を引く者が。
半分とはいえ、彼と血のつながった、たった一人の妹が。
「なぎさ・・・。必ず見つけ出してみせる」
マークは、ぎゅっと唇を引き結んだ。
- 32 :
- サシャはなぎさにソファ掛けるように言うと、お茶を入れてくれた。
サシャ「はじめまして。今日から私があなたの保護者です。
この子はトッピ。私の娘です。5歳だから同い年ね。」
なぎさ「・・・なぎさです。よろしくお願いします。」
娘?叔母様はまだ少女のように見える・・・。
執事やメイドも「お嬢様」と呼んでいたし・・・。
サシャ「あなた、日本人には似なかったのね。髪も目も、お兄様にそっくり。」
黙ってクッキーを食べていたトッピが口を開いた。
トッピ「なぎさとサシャも似てるよ。やっぱり親戚だもんね。
髪も目も同じ色だね。」
トッピも髪こそアイボリーで同じだか、瞳はゴールデンロッドだ。
サシャ「トッピ!大事な話があるから、下に行っていなさい。」
トッピ「私はサシャの子供だから、大事な話は一緒に聞くよ。」
サシャ「トッピ!」
なぎさ「あ、あのぅ・・・トッピちゃんも一緒にいてもらっても・・・」
サシャは深くため息をついた。
領地は広いがあまり作物が育たず裕福ではない事、
使用人は執事とメイドが一人しかいないという事、
トッピは養女だという事、
手短に話すと疲れたように瞳を閉じた。
- 33 :
- ヒース 「どうだいエマ。悪い男を演じる僕は。」
エマ 「ヒース様。悪い男に憧れるお年頃ですだか?」
ヒース 「僕は叔父上に憧れるお年頃ですが何か?」
エマ 「何も!
それよりヒース様。エージェントさ目指す者が小切手はねえですだよ。」
ヒース 「やはり、小切手はないよな・・・。」
エマ 「んだ。エージェントたる者、
金さ受け取る時はスイス銀行の口座さ振り込んでもらわねえと。」
- 34 :
- 話を終えると、サシャは気だるげに手を振って、なぎさに部屋を出ていくようにうながした。
「メイドに部屋まで案内させるわ・・・。トッピ、なぎさをエマのところに連れて行ってあげて頂戴」
「はあい」
トッピは食べかけのクッキーを皿に戻すと、椅子から滑り降りた。
「こっちよ!」
ドアを開け放ち、先にたって塔の急な階段を駆け降りていく。
「ま、待って」
なぎさはサシャの部屋から出ると、苦労してドアを閉め、あわててトッピの後を追った。
慣れない急階段だから、転げ落ちないように慎重に足を運ぶ。
「エマ! エマ!」
なぎさがようやく階下に降りたときには、トッピはメイドの名を叫びながら屋敷の中を走り回っていた。
「へい、何でございましょう、トッピお嬢さま」
厨房の方から、エプロンで手を拭きつつ、まだ若いメイドが姿をあらわした。
「エマ、お母さまがね、この人を部屋まで連れていってあげろって」
「へい。かしこまりましただ」
エマと呼ばれたメイドは、なぎさの方に向き直った。
洗いざらしたお仕着せのメイド服に身をつつみ、クリーム色の長い髪を引っ詰めにして頭の上でピンでとめている。
ゴールデンロッドの目と目の間隔が少し開き、いかにも純朴そうな柔和な顔立ちをしていた。
惜しいかな、顔の中央にでんとそびえた大きな鼻さえなければ、かなりの美人で通用したであろう。
- 35 :
- 「エマでごぜえますだ。よろしくお願いしますだ」
エマはていねいにおじぎをした。
「なぎさです。よろしくお願いします」
なぎさも、あわててぴょこんと頭を下げた。
「こちらですだ」
エマは先にたって階段をのぼった。
なぎさも、ようやく屋敷のあちこちをながめる余裕を持てて、きょろきょろとあたりを見回しながら後に続く。
屋敷の調度は、幼いなぎさの目から見ても、かつてはすばらしい輝きを持った豪華なものであったろうことが見て取れた。
しかし、今はいずれも古びていて、手入れも行き届いていない。
壁に掛かった絵の額縁にも、少し虫食いがあった。
没落した貴族、などという言葉をなぎさが知るよしもないが、サシャが言っていたように、生活はかなり苦しいもののようだった。
「この部屋ですだ」
2階にのぼって少し歩いたところで、エマが部屋のひとつのドアを開けた。
なぎさが少し緊張して足を踏み入れると、部屋はがらんとして風景で、家具と呼べるものは、粗末なテーブルと椅子、みすぼらしいベッドだけだった。
しかし、窓際に足を運んだなぎさは、思わず歓声を上げた。
「わあ!」
いつの間にか雨がやんでいて、窓からは屋敷の庭を見下ろすことができた。
手入れをする余裕がないのであろう、庭中が雑草におおわれ、薔薇の木もひねこびて伸び放題になっている。
しかしそのすべてが、雨露に濡れて、まぶしいほど光り輝いていた。
エマが脇に立って窓を開けてくれた。雨上がりの、少し湿り気をふくんだ涼しい風が吹き込んでくる。
「虹ですだな」
エマが窓の外を指さした。
「すごい!」
なぎさは感嘆の声を上げた。
屋敷の塀の外には、どこまでもハイランドの農地が広がっている。
その先に、見事な虹が架かっていた。都会育ちのなぎさは、虹の端から端まで丸ごと見るのは、生まれて初めての経験だった。
(あの虹が、天国までかかっていて、パパやママに会いにのぼって行けたらいいのに・・・)
そんな考えがふと浮かんできて、なぎさは少しだけ涙ぐんだ。
- 36 :
- あくる日から、なぎさの忙しい日々が始まった。
サシャが言っていたように、この広い館に使用人は二人しかいなかった。
サシャは貴族の娘であり、今では当主であったから、当然のこととして家事一切に手は出さない。
といって、領地の経営を行なう意志も能力もなかったから、経営全般は執事が一手に担っていた。
領民たちの税の計算から徴収、館の運営にかかわる経理全般のほか、領民の訴えを聞いたり、時には屋根にのぼって雨漏りの修理などさえしている。
家事はエマの担当だが、料理と洗濯だけでもきりきり舞いしていた。
掃除はサシャの私室や居間、食堂など、女主人の立ち回り先だけを清潔に保つだけが精一杯で、広い館の大部分は埃の積もるにまかされていた。
「お嬢様に、そんなことはさせられねえですだ」
エマは恐縮したが、なぎさは押し切って、まずは館の掃除から手伝い始めた。
火と包丁を使う作業だけはエマが断固としてやらせなかったが、やがては野菜洗いや食器洗いなどの炊事も手伝い始め、洗濯もした。
事業が軌道に乗っていたとはいえ、なぎさの両親は使用人を雇えるほど裕福ではなかったから、家では家事全般はなぎさの母が行っていた。
なぎさも、母の手伝いで家事には慣れていた。
この頃は、子供も働くのが当然だった。
18世紀に始まった産業革命により林立した工場で、十代の子供たちが一日14時間も労働していることも珍しくない。
街には、靴磨きの少年、花売りやマッチ売りの少女たちがあふれていた時代だった。
- 37 :
- 毎日の労働で、ふっくらと柔らかかったなぎさの手は皮膚が硬くなり、ささくれだらけになった。
サシャは、なぎさがくるくると働いていることについては何も言わず、むしろ当然のこととしてとらえているようだった。
なぎさとしても、孤児の自分がこの館に置いてもらい、食べさせてもらうことへの負い目が、働くことで多少なりとも軽くなることはうれしかった。
それにしても、こんな立派なお館に住んでいるのに、どうしてお金が足りないんだろう。
なぎさはそれが不思議だったが、すぐにその疑問は解けた。
高価な生地のドレス専門の仕立屋や、宝石商などが、頻繁に館に出入りしていたからだ。
サシャは、数日置きに美しいドレスと宝石で着飾って、馬車に乗って出かけていった。
帰りはいつも遅く、たいていはなぎさが眠ってしまったあとだった。
「サシャ叔母さまは、いつもどこに出かけてらっしゃるの?」
ある日、並んで皿を洗いながら、なぎさはエマにたずねてみた。
「パーティや、舞踏会に出かけてなさるだよ」
「ふうん・・・。パーティがとってもお好きなのね」
「そりゃあ・・・」
エマはいったん言葉を切って、ほかに誰もいないかあたりを見回した。
サシャは決して厨房に足を踏み入れることはないが、トッピはどこにでも現れるから、油断がならない。
「サシャお嬢様も、あのお年で後家さんになられたで・・・」
「ごけさん?」
「亭主を亡くした女のことですだ。サシャお嬢様はまだお若いし、あのお美しさだで。早く新しい旦那さまをお見つけにならにゃならんでなあ」
「エーマー! エーマー! お母さまが、お茶をいれてくれって」
その時、ぱたぱたという足音とともに、トッピの叫び声が近づいてきたので、エマは口をつぐんだ。
- 38 :
- 今日もサシャは着飾って外出して行く。
なぎさは与えられた部屋の窓から見送ると、ため息をついた。
いいなぁ。私も舞踏会に行ってみたい。
でも、素敵なドレスも靴も持ってないし・・・。
トッピのお古のエプロンドレスの裾をつまんで、部屋の中をくるくると回ってみた。
「何してるの?舞踏会ごっこ?」いつのまにかドアからトッピが顔を出していた。
「なんでもないよ。どうしたのトッピちゃん。」
なんでもないよー、なぎさの口真似をしながらトッピが部屋に入ってきた。
「ね!あの服なに?制服?」トッピは壁にかけたなぎさの制服を指さした。
「ロンドンの幼稚園の制服・・・」級友たちや優しかった先生は元気だろうか?
仲良しだったみどりとまなぶはどうしているだろう。
「幼稚園て?何するとこ?」トッピは幼稚園を知らないようだった。
お歌を歌ったりお絵描きしたり、お弁当を食べて、みんなでお散歩するの。
なぎさがかいつまんで説明したが、トッピは興味がなさそうになぎさの制帽を弄んでいた。
屋敷のまわりは見渡す限りの田園風景。教会がぽつんとあり農家が点在するだけだ。
なぎさのように家事を手伝うわけではなく、家庭教師が来ている様子も無い。
幼稚園にも行かないトッピは毎日どう過ごしているのだろう。
- 39 :
- ロンドン市内のパブ。
喧騒のなか、マークは落ち着きなく入口近くの席にいた。
イングランドのパブは店内が仕切られている。上流階級と労働者。入口も別だ。
マークが労働者側のドアから入ると、カウンターのバーテンダーにじろりと睨まれた。
坊っちゃん、入口を間違えてるぜ。目が悠然と語っている。
「待ち合わせなんだ。探偵のトニーと。ここの顔だと聞いたが。」
マークは言い訳がましく早口で告げた。
バーテンダーが黙って頷いたので、ミネラルウォーターを頼むと入口が良く見える席についた。
待つのが嫌なので時間丁度に来たが、トニーの姿は見えない。
職人や荷役の男が、珍しげにマークを眺めている。
しばらく待つと、ドアが勢いよく開き藪睨みの若い男が入って来た。
「坊っちゃん、お待たせして申し訳ねえなあ。」マークの待ち人、探偵のトニーだ。
まったく申し訳ないなどと思っていないのだろう。
カウンターに向かって、ギネスちょうだい!と叫んでいる。
「酒より、先に調査結果を聞かせろ!」マークは思わず声を荒げた。
「こんなもん水だよ!水!のどが渇いて報告が出来ませんよ。」
トニーは旨そうに黒ビールを喉へ流し込んだ。
ロンドンで探偵業を営むトニー。まだ若いが、警察からも一目置かれる存在だ。
「調査の結果ですがね。この娘、ハイランドの幽霊屋敷にいるようだ。」
幽霊屋敷だって?何を馬鹿な事を!
- 40 :
- 異母妹なぎさの行方調査を探偵トニーに依頼したマーク。
一見、街の不良少年のような風貌のトニーが屋敷に出入りし醜聞が立つのを恐れ
マーク自らロンドン市内のパブへ出向いた。
――トニーの調査報告――
子爵家の嫡男だったあんたの父上と、伯爵家の長女のあんたの母上。
父上が政略結婚を蹴って日本人と駆け落ちしたのは、あんたから聞いた通りだった。
爵位が上の令嬢との結婚を蹴ったんだからな。諸候から怒りを買って大変だったらしい。
あんたの爺さまにあたる子爵さまは息子を勘当したが、諸候の怒りは収まらねえ。
子爵家はお取り潰しにって言い出す貴族もいたらしい。
子爵さまも奥方さまも、気を病んでしまった。
そしてとばっちりを食ったのが、子爵家の娘。あんたの父上の妹だ。
娘を郷士の後妻に据えて、郷士の金を王候貴族に献金することでお家を守ろうとしたんだ。
その郷士だが、60の爺さまでよ。
年端も行かぬ娘を家の犠牲にした悔恨からか、婚礼から一年も経たずに子爵さまは亡くなり
後を追うように奥方さまも亡くなった。
さらには、娘の結婚相手の郷士も、ぽっくりっちまってよ。これは毒だとか噂がある。
娘は両親亡き実家に帰り、実権を握っている。しかし女じゃ爵位は継げねえ。
貴族連中は子爵さまから金を受け取っているからよ。
むげに子爵家を潰すのは忍びないらしく、娘に貴族との再婚を勧めているらしい。
子爵の居ない子爵家、幽霊屋敷の所以さ。
なぎさという娘、この屋敷に身を寄せている。
- 41 :
- 家事の手伝いにいそがしい毎日だったが、なぎさの楽しみは、暇な時間を見つけては館の庭に出て、手入れをすることだった。
手入れといっても、広大な庭園は一面に雑草におおわれている。
花壇のまわりを囲む石やレンガは崩れ、薔薇のアーチも原形をとどめていない。
当面なぎさのできることは、雑草むしりだけだった。
小さな手を豆だらけにして、ひたすら雑草をむしり続ける。
しかし、ハイランドの夏が冷涼だといっても、雑草の生命力はたくましい。
懸命にむしっても、数日前にむしった所から、また新たな雑草が生え始めてしまうのだった。
でも、なぎさはあきらめなかった。
いつの日か、かつてはそうであったであろう、美しい花が咲き乱れ、四季咲きの薔薇のアーチのある庭園をよみがえらせるのだ。
色とりどりの花壇の手入れをする自分を想像して、なぎさは一人楽しんだ。
「おーい、なにをやってるんだー」
ある日、いつものように汗だくになりながら草むしりをしていると、庭園の反対側の端からのんびりした声がかけられた。
なぎさが顔を上げると、見おぼえのある男が白い歯を見せて、こちらに手を振っている。
「ジョー!」
なぎさはむしった雑草を放り捨てると、ジョーのほうに駈けていった。
- 42 :
- ジョーは、片手に玉子の入ったかごを提げ、もう一方の手には羽をむしられた鶏を提げていた。
「ジョー! どうしてここに?」
息を切らせてなぎさがたずねると、ジョーは笑いながら両手の荷物をかかげてみせた。
「注文があった品物の配達さ。それよりお前こそ、なんで草むしりなんかしてるんだ?」
話しながら、ジョーは厨房の出入り口のほうに向けて歩き出した。
ジョーの足もとに子犬のようにまとわりついて歩きながら、なぎさは自分の夢について物語った。
「そうか・・・。じゃあ、あとで少し手伝ってやるから、待ってな」
「ほんと!?」
ジョーの申し出に、なぎさは小躍りして喜んだ。
ジョーが厨房の出入り口の前に来ると、まるで待ち構えていたように内側からドアが開かれ、エマが姿を現した。
「こんにちは。ご注文の玉子2ダースと、鶏2羽、お持ちしました」
「へ、へえ。いつもご苦労様ですだ」
エマの声がうわずっていて、いつもと違う。
なぎさは思わずエマの顔を見上げた。
エマは、こころなしか顔を赤らめ、ジョーの顔をまともに見ようとしていない。
(へんなの、エマ。どうしちゃったんだろう)
なぎさは、女主人のサシャに叱られているときでさえ、こんなにおどおどした様子のエマを見たことがなかった。
- 43 :
- エマはジョーから品物を受け取ると、エプロンのポケットから出した金を差し出した。
「せ、先月の分のお代ですだ」
エマの手が小刻みに震えている。
「どうも」
ジョーが受け取ろうとすると、ばらばらっと硬貨が落ちた。
「あっ」
エマとジョーはしゃがんで、あわてて硬貨を拾い集めた。
一つの硬貨に二人が同時に手を伸ばし、指先が軽く触れる。
「・・・・・・!」
エマは、まるで熱い鍋にでも触れたように手を引っ込めた。
かわってなぎさが硬貨を拾い、ジョーに手渡す。
「ありがとう」
ジョーはほほ笑むと、ごつい手でなぎさの頭をなでた。
「す、すまねえですだ」
エマは泣かんばかりに恐縮して、自分の拾った分をジョーに手渡した。
エマの顔が、まるで熟れたトマトのようになっているのを見て、なぎさは不思議に思った。
(ほんとに今日のエマ、なんだか変だわ)
「ところでエマさん」
ジョーが話しかけたので、エマは飛び上がった。
「へっ、へえ!?」
「農具を少しお借りしていいですか?」
「へえ、それはかまわねえですだども・・・」
「すぐにお返ししますので」
ジョーは、ついて来るようになぎさに手招きすると、庭園の端にある農具小屋に向かった。
- 44 :
- がたぴしする戸を苦労して開けると、小屋の中は埃だらけで、蜘蛛の巣があちこちにはられていた。
ジョーは、その中から背丈ほどもある大鎌を選び出した。
鎌の刃を調べると、油を塗ってていねいに手入れしてあったためか、さほど錆び付いてはいなかった。
ジョーは鎌を担いで庭園に行くと、ついて来たなぎさに声をかけた。
「危ないから、うんと下がってな」
なぎさが十分に離れたのを確認して、大鎌を腰に構える。
ざざっ、ざざっ。
ジョーが鎌をひと振りするたびに、なぎさが半日がかりでむしるのよりも多くの雑草が刈り倒された。
「わあ!」
なぎさは手を叩いて喜んだ。
ジョーが小一時間ほども作業をすると、かなりの範囲の雑草が刈り取られ、今まで隠れて見えなかった花壇の縁がすっかり見えるようになった。
「今日は、こんなところかな。また今度手伝ってやるよ」
ジョーは額にしたたる汗を太い腕で拭った。
「ありがとう! お水をもらって来てあげるね!」
なぎさは厨房のほうに駆け出した。
厨房のドアを開けて中に飛び込み、なぎさはエマの様子を見てびっくりして立ち止まった。
エマは、厨房の窓に張り付き、片目だけ出して、頬を上気させてうっとりと庭園のほうを見つめている。
その視線の先には、花壇の縁に腰掛けて休憩するジョーの姿があるのだった。
- 45 :
- トッピは2階の部屋で勉強中。執事が先生代わりだ。
お茶の時間まで、物語をノートに写すように言われている。
こんなに暑いのに勉強なんか出来ないよ。湖に遊びに行きたい。
なぎさはずいぶん前から庭で草むしり。暑いのによくやるよ。
勉強しなくていいのかなー。仮にも貴族の娘でしょ。
キャーキャー騒いでる。暑いんだから静かにして。
農夫のジョーが来てるんだ。食べ物を届けに来たのかな。今日の夕ご飯なんだろう。
ジョーにまとわりついてるけど、なぎさ、ジョーのこと知ってるの?
初対面じゃないみたい。ジョーはヨソモノだ。ヨソモノ同士、気が合うのかな。
エマはジョーが来ると挙動不審。ジョーのこと好きなんだろうな。
メイドと農夫、お似合いなんじゃないの?
それにしてもエマ、なまりすぎ!
なまってるし、どもってるし、何言ってるかわからないよ?
それにしても暑いよー。湖なんて贅沢言わないから、せめて行水・・・・。
- 46 :
- マークと別れたあと、トニーはロンドンの賭場を片っ端から当たっている。
10軒目の店のルーレットの卓に、やっと目当ての人物を見つけることが出来た。
ネクタイを締め直し、髪を櫛で撫でつけると声をかけた。
「調子いいですね、ヒース様。」
トニーの探していたのはマークの叔父ヒースだったのだ。
「うむ。悪くはない。ところで、何者だ君は?」
探偵のトニーだと名乗ると、ヒースは相好を崩した。
「君、なかなかご活躍じゃないか。ここへ座りなさい。
何か面白い話はないか?ああ、何でも好きな物を頼むといい。」
ヒースが自分を知っていて助かった。この男、貴族のくせにミーハーらしい。
「いやあ、活躍なんてとてもとても。人探しとか浮気調査とか。そんな仕事ばかりですよ。」
トニーは謙遜してみせ、ヒースの隣に腰掛けた。
ヒースはかなり酔っていて、機嫌良く周りの客に酒を振る舞っている。
博打好きで振る舞い好き、しかも爵位は甥に取られてしまい、事業の才覚も無いヒース。
馴染みの質屋の主人が、ヒースが実家から持ち出した絵画や漆器を持ち込んで困る、
と話していた。伯爵家の血筋の者だとしても、盗品には違いない。
金には相当困っているはずだ。話してみる価値はあるだろう。
「ヒース様、甥御様のマーク様が、人を探しているのをご存知でしょうか?」
- 47 :
- ヒースは突然、気が狂ったように笑いだした。
「なぎさ!マークのやつ!なぎさを探しているんだろう!
それをトニー君、君に依頼が来たってわけだな。」
「ご存知でしたか・・・。ええ、お察しの通りです。」
盆暗貴族だと思っていたヒースが意外に早耳で、トニーは狼狽えてしまった。
「驚いた顔をしているな。なに、あの娘の話は僕がマークに持って行ったものだ。」
皮肉な笑みを浮かべ、さも可笑しそうに言った。
「それなら話は早い。ヒース様、なぎさという娘をハイランドまで迎えに行きませんか?」
トニーは単刀直入に切り出した。
「ハイランド?あの娘はロンドンの修道院に引き取られたのではないか?」
なぎさの生存までは知っていても、現在の居場所は知らないらしい。
「マーク様の父方の子爵家が預かっているようです。」
「あの男の実家の子爵家?取り潰しになっただろう。」
ヒースの父である先の伯爵が、裏切り者の子爵家を許すはずはないだろう。
ヒースもすっかり、子爵家は取り潰しになったと信じているらしい。
「それが、ヒース様。子爵家では賄賂を散蒔きましてね。子爵は亡くなりましたが、
領地や財産はそのまま、令嬢が采配を振るって維持しているそうです。」
今度はヒースが驚く番だった。姉を裏切った子爵家が、存続していた・・・。
「そうか。賄賂か。金の力はなんと偉大な事か。」
トニーは畳み掛けた。
「ヒース様、なぎさという娘、利用価値があると思いませんか?
マーク様から、娘を連れ帰るように依頼を受けましたが、
庶民の僕が子爵家に乗り込んで行っても門前払いです。ヒース様、手を貸して下さい。」
恥も外聞もなくトニーは頭を下げた。
「マーク様は、金はいくらでも出すと仰っています。」
いくらでも。
「僕も忙しいけれどね。可愛いい甥のためだ。一肌脱ごうではないか。」
ヒースが右手を差し出すと、トニーは力強く握りしめた。
- 48 :
- 空にぼんやりとうす雲がかかり、暑さのやわらいだある日、サシャはトッピをつれて、執事の御する馬車で町に出かけていった。
なぎさは連れて行ってもらえるどころか、声もかけられなかったが、少しも気にしなかった。
サシャとトッピがいないときに、やりたいことがあったからだ。
エマを手伝って、いつもよりてきぱきと朝食の片付けや洗濯をおこなう。
「なぎさお嬢様、今日はえらく張り切ってなさるだなあ」
「うん、ちょっとね。したいことがあるから」
「そうですだか・・・。サシャお嬢様やトッピお嬢様がいらっしゃらない時ぐらい、羽を伸ばされたらいいだのに」
その言葉通り、エマは洗濯物を干し終えると、あくびをしながら自室に引っ込んでしまった。
気難しい女主人に仕えて、エマは普段、気の休まる暇もない。
もちろん日曜祭日だとて休暇がもらえるはずもなく、一年365日のほとんどを働き詰めだ。
こんな時ぐらい、睡眠の不足を取り返したいのだろう。
- 49 :
- エマがいなくなって一人になると、なぎさはこっそりと、館の一階の端にあるピアノ練習室に向かった。
かつてはパーティなどに使われていた大広間にもグランドピアノが一台あるが、それとは別に練習室には練習専用のピアノがある。
サシャがときどきトッピに教えていたが、トッピはたいていのことは5分と続けられないから、ピアノもなかなか上達しない。
でも、ピアノをいつでも弾くことができるトッピが、なぎさは心の底からうらやましかった。
イングランドで暮らしていた頃、両親は近所のミス・モーガンのところで、なぎさにピアノを習わせてくれていた。
運動類はからきしだめななぎさだが、ピアノには才能があったようだ。
「将来、私のようにピアノを教えて食べていけるかもしれませんよ」
冗談まじりに、ミス・モーガンがそう言ってほめてくれたこともある。
ピアノ練習室の、重い扉を体重をかけて開き、なぎさは部屋の中に入った。
この館に代々住んできた子供たちが練習をしてきた部屋だ。
下手な音がもれて大人たちの神経を逆なでしないように、かなりしっかりと防音がなされていた。
サシャやトッピが練習しているときでも、音はあまり聞こえてこない。
あまり強く弾かなければ、眠っているエマを起こすこともないだろう。
- 50 :
- なぎさは、ピアノに近づくと、そっと鍵盤蓋を開けた。
トッピの使う子供用の椅子によじ上り、いくつかのキーを押してみる。
ぽーん・・・。
懐かしいピアノの音に、全身がふるえる。
ミス・モーガンのお宅のピアノで、練習の成果を発表したときの、両親の喜ぶ顔が思い出されてきた。
すこし指慣らしをしてから、なぎさは夢中になってピアノを弾き始めた。
しばらくぶりなので、指がなまってなかなか思うように動かない。
でも、ミス・モーガンに習ったバイエルからおさらいを始めると、だんだん勘を取り戻してきた。
なぎさは、演奏に没頭した。
時間の流れを忘れてしまうぐらいに。
「何をしているのっ!」
突然、鋭い声があびせられ、なぎさははっと我にかえった。
手を止めて振り返ると、入り口に、怒りに燃える目をしたトッピが立っている。
「ごっ、ごめんなさい。あ、あの・・・」
なぎさは必死で言い訳をしようとしたが、トッピはピアノのもとに突進してきた。
「これは私のピアノよ!」
そう叫びながら、いきなり鍵盤蓋を閉じようとする。
重い鍵盤蓋を叩き付けられたら、なぎさの細い手の骨など、あっさりこなごなになってしまう。
なぎさはあわてて両手を引っ込めた。
そのとたん、バランスを崩して、椅子もろとも後ろに倒れた。
「きゃあっ!」
大きな音がして椅子が転がり、なぎさは床に叩き付けられた。
- 51 :
- 倒れ込んだなぎさを見下ろしてトッピが言いました。
「ばっちい手で触らないで!」
なぎさの手は毎日の家事や庭仕事で荒れ果て、見るも無惨な有り様です。
「ご、ごめんなさい。」
なぎさは床に這い蹲って謝りました。
「おやめなさい。」
サシャがエマを従えて練習室へ入ってきました。
サシャはなぎさを立たせると服の埃を払ってくれました。
「サシャお母さま!なぎさが勝手にピアノを!」
「ごめんなさいごめんなさい。」
トッピはなぎさを非難しますが、なぎさは謝ることしかできません。
「なぎさ、ピアノが上手ね。イングランドで習っていたの?」
癇癪をおこしたトッピはエマに任せ、サシャはなぎさに向き合いました。
「ピアノが弾きたいなら、なぜ執事や私に言わなかったの?
勝手に練習室に入るのを悪いことだと思わなかったの?」
なぎさはとても反省しました。
サシャ叔母さまの言う通り、一言聞いてみればよかった。
なぎさの目から涙がこぼれ落ちます。
「これからは、練習室に入るときは執事にことわること。
約束できれば、いつでも自由にピアノを弾いていいわ。」
サシャがそう言うと、トッピが「私のピアノなのに!」と大きな声で言いました。
「トッピ!あなたピアノ嫌いでしょう。まったく練習しないじゃないの。
それに、このピアノは当主である私の物です。なぎさと二人で使いなさい。」
二人に向かい、わかったわね?と言うとサシャは練習室を出て行きました。
- 52 :
- 翌日、なぎさは農家に野菜の注文をして来るよう言いつかって館を出た。
グラハム・ベルが電話を発明してから、まだそれほどの年数が経っていない。
電話はイングランドの都市部ではだいぶ普及してきたものの、スコットランド、特にハイランド地方ではまだまだだ。
田園地帯の真ん中にあるサシャ邸では、当然まだ電話の恩恵にはあずかっていない。
だから、ご用聞きに回ってくれる農家の人に注文した分で足りなくなったときは、直接出向いて注文するほかはなかった。
時おり言いつかるお使いは、なぎさにとっては楽しみの一つだった。
なにしろ、まだ学校にも行っていないから、生活のすべてはサシャの館の中に限られている。
いくら広い館とはいえ、外に出られるのは、やはりうれしかった。
子供用の小さな日傘をさして、田舎道をてくてく歩いていくと、道ばたにはバターカップやれんげ草、白詰草などが花を咲かせている。
空には小鳥が舞い、楽しげなさえずりを聞かせてくれる。
ハイランド特有の涼しい風が、エプロンドレスの裾をひるがえす。
あちこち道草し、花を摘んだりしながら、ゆっくりと往復するのが、お使いに出たときのなぎさの習慣になっていた。
「あら・・・?」
農家に注文をすまし、お駄賃にもらった果物でポケットをふくらませたなぎさは、帰り道に、風に乗って流されてきた旋律に足を止めた。
「ピアノの音だわ。だれが弾いているのかしら?」
音楽に引き寄せられるように、なぎさはふらふらと脇道に入った。
- 53 :
- ピアノの旋律は、脇道を少し行った所にある、白い壁の家から聞こえてきているようだった。
近づいてみると、サシャの館のように物々しい鉄柵ではなく、生垣でまわりを囲まれている。
小さな家だが、庭園にはなぎさが夢見るような美しい薔薇が咲き乱れ、居心地がとてもよさそうだった。
開け放たれた窓から、ピアノの美しい曲が流れ出ている。
なぎさは生垣を回って、その窓にできるだけ近い所まで歩いていった。
「ショパンのワルツね」
目を閉じて、うっとりと聞き惚れる。
「ねえ、あなた、その頭、どうしたの?」
その時、いきなり後ろから声をかけられて、なぎさは飛び上がった。
あわてて振り向くと、なぎさと同じぐらいの年ごろの女の子が立っている。
かわいらしい薄いピンクのエプロンドレスを着ていた。
目は、なぎさと同じような水色だが、アーモンド型で、間隔が離れている。
髪はゆるやかにウエーブを描いた濃いブロンドだった。
「えっとね・・・。椅子から落ちて、けがをしたの」
なぎさは、エマが巻いてくれた包帯にそっと手を触れた。
- 54 :
- 今日でヒースは、娼館に居続け5日目だ。
金が入ると娼館に入り浸り、まったく自宅には帰らない。
自宅と言っても、生まれ育った屋敷は甥のマークの物になってしまい、
遺産に与えられた郊外の別宅がヒースの住居だ。
金払いは良く、乱暴な事もしないので、ヒースは娼館で歓迎されている。
土産に菓子を持って来たり、退屈しのぎに娼婦の手紙を代筆してやる紳士振りで、
馴染みの娼婦ミミは、他の女達からずいぶん羨ましがられていた。
昼近くに起き出し朝食兼昼食を済ませると、ヒースは地図を広げた。
「ヒース様。この頃は地図ばかり眺めて。お仕事ですか?」
ベッドに寝そべり地図を広げるヒースに、ミミが声をかけた。
「仕事ではないよ。金は儲かるようだが。しかし遠いなハイランドは。」
ミミも一緒に地図を覗き込み、行った土地、行きたい土地など挙げていると、
階下から賑やかな話し声が聞こえてくる。
「ずいぶん下が賑やかだわ。ちょっと見て来ます。」
ミミが部屋を出ると、ヒースもついてきた。
階下には女達が集まり、娼館の主のリンクと幼い少女がいた。
少女は、みすぼらしい身なりで痩せ細っていたが、見事な金色の巻き毛だった。
リンクが救貧院から容姿の良い少女を引き取ってくることは、今までにもあったが
こんなに小さい子は初めてだ。客を取らせるまでに何年もかかるだろう。
女達は口々に年や名前、故郷などを聞いている。
少女はミュウという名で5歳。アイルランドから移住後、両親を疫病で亡くしたという。
温かい物を食べ、風呂に入り新しい服を着せると、見違えるような小さなレディになった。
ミュウは安心したのか、古株のナナの膝枕で眠っている。
- 55 :
- てst
- 56 :
- ヒースは5歳で両親を亡くした二人の金髪の少女を思った。
貴族の叔母に引き取られたなぎさ。救貧院から娼館に売られてきたミュウ。
このミュウという娘になぎさの振りをさせられないだろうか?
マークだって、なぎさに会ったことは無い。写真があるだけだ。
同じ髪型、服装にすれば、見分けはつかないのではないだろうか。
なぎさは叔母が引き取ったのだし、今さら異母兄がいたと言われても困るだろう。
まだ小さいからわからないかもしれないが、許嫁を棄てた不実な父を恨むかもしれない。
ミュウという娘は娼館に売られてきた。将来は娼婦になるのだ。
娘が娼婦になったら、疫病で亡くなった両親も浮かばれないだろう。
探偵のトニーから、なぎさの話を持ちかけられたとき、ヒースは簡単なことだと思った。
しかしハイランドはあまりに遠かった。
ミュウをなぎさだと思わせれば、
マークはなぎさに会えて幸せ。
なぎさは叔母のもとにいられて幸せ。父の不実を知らずにすみ幸せ。
ミュウは娼婦にならずにすみ幸せ。
ヒースはハイランドくんだりまで行かずに、金を手に入れられ幸せ。
みんな幸せではないか!
ヒースは自分の名案に小踊りした。
さっそくリンクに、ミュウをうちのメイドにしたいから身請させてくれ、と頼んだ。
救貧院へ払った金額の倍支払う、と交渉するとリンクは簡単に折れた。
先日マークから引き出した金でじゅうぶんに足りた。
- 57 :
- 女の子は、なぎさの頭に巻かれた包帯を、大きな目で興味深げにしげしげとながめた。
「痛い?」
「ううん。エマが湿布をはってくれたから・・・」
「エマって、サシャ様のところのエマ?」
「うん。そう」
「あなた、サシャ様のところの子なんだ。あたしはエルシー。あなたは?」
「・・・なぎさ」
「なぎさ? 変な名前ね」
「・・・ママが日本人だから、日本風の名前なの」
「日本人!?」
エルシーは目を丸くした。
「じゃあ、ジョーの親戚?」
ジョーの名を聞いて、今度はなぎさが目を丸くする番だった。
「親戚じゃないけど。ジョーを知ってるの!?」
「知ってるわ。あたし、このあたりの人は、みんな知ってるもの」
エルシーは胸を反らした。
ずいぶん社交的な性格のようだから、だれとでも話して仲よくなるのだろう。
「ねえ、ここで何をしていたの?」
小鳥がさえずるように、エルシーはひっきりなしに話しかけてくる。
「ピアノを聞いてたの」
「ピアノが好きなの?」
なぎさがこっくりとうなずくと、エルシーは顔を輝かせた。
「じゃあ、お家の中で聞くといいわ! アナイスお姉様、とってもピアノが上手なんだから!」
エルシーはなぎさの手を取ると、ぐいぐいと引っ張って走り出した。
「あっ・・・」
エルシーの強引さにとまどいながらも、なぎさは転ばないように必死であとをついていった。
- 58 :
- ただでさえ走るのが苦手な上に、片手に持った日傘が、まるでパラシュートのようになぎさが前に進むのをじゃまする。
門までの道の半ばまで走ったところで、それに気付いたエルシーは、ようやく歩調をゆるめてくれた。
「あなたの手、ずいぶん固いのね」
エルシーに言われて、なぎさははっとして手を振り払い、背中に回して隠した。
「あ。ごめんね」
さすがにエルシーはばつの悪そうな顔になった。
でも、おしゃべりはやめようとしない。
「あなたの髪はとってもきれいね。あたしも、あなたみたいな明るい金髪だったらいいのに」
ならんで歩きながら、自分の髪をつまんで目の前にかざす。
「でも、あなたの髪も、ほとんどまっすぐで、うらやましいわ。私のは、とかすの大変だもの」
そう言いながらなぎさも自分の髪をつまんだ。
おしゃべりしながら歩いていると、すぐに門のところに着いた。
サシャの館にくらべたら、ずっと小振りで、木でできた門だ。
来客を歓迎するように開け放たれている。
「さあ、入って」
エルシーにうながされて、なぎさは邸内に足を踏み入れた。
- 59 :
- 「お姉様!お姉様!」エルシーは元気よく扉を開けた。
ピアノの傍らに美しい少女がいる。「まあ、かわいいお客様。エルシーのお友達?」
「なぎさちゃんっていうの。ピアノが好きなんですって。塔のお屋敷に住んでいるんですって。
なぎさちゃん!私のアナイスお姉様よ。」
エルシーが紹介すると、アナイスは優雅に挨拶をした。
「塔のお屋敷?領主様の!はじめまして。なぎさお嬢様。アナイスと申します。」
自分より遥かにお嬢様然としたアナイスからお嬢様と呼ばれ、なぎさは頬を赤くした。
「なぎさです。お嬢様はやめてください。」
アナイスは優しく微笑み聞いた。「では、なぎさちゃんとお呼びしてよろしくて?」
「はい!アナイスお姉様!」
メイドがお茶を持って現れると、なぎさはお使いの途中だった事を思い出した。
「いけない!私、帰らなくちゃ!お使いの途中なんです。」
子爵家の令嬢がお使いなんて、アナイスはずいぶん驚いた。「お小さいのに偉いのね。」
「お姉様のピアノを一緒に聞こうと思ったのに。」エルシーは残念そうだ。
「お使いの途中ではお家の方が心配されますものね。今度、お時間のあるとき遊びにいらして。」
アナイスから誘われ、なぎさは嬉しかった。
「はい。サシャ叔母様のお許しがもらえたら遊びにきます。」
姉妹で門まで見送ってくれ、アナイスは赤い薔薇を一輪切って差し出した。
「お友達になった記念に。」
「エルシーも!」エルシーはピンクの薔薇をくれた。
二人に手を振り、二本の薔薇を手に歩き出す。
友達はどこでも出来る。ジョーの言っていた通りだ。
- 60 :
- なぎさと会った日の夜、夕食を食べながら、エルシーは叔父様に報告をしている。
「なぎさちゃんてお名前、変わっているでしょう。日本のお名前なんですって。
なぎさちゃんはお母様が日本人なんですってよ。
でもね、髪は黒くないの。とても綺麗な金髪よ。
ピアノがお好きなの。今度、お姉様のピアノを聞きに来てくれるのよ。」
叔父様は頷きながらエルシーの話を聞いている。母親が日本人・・・。
子爵家の子息が政略結婚を嫌がり日本人と駈け落ちしたのは何年前だっただろう。
なぎさというのは子息と日本人の間に生まれた娘だろうか。なぜ、ハイランドへ?
「エルシー、なぎさちゃんはご両親と一緒にサシャ様のお屋敷にいるのかい?」
叔父様に聞かれ、エルシーは困ってしまう。かわりにアナイスが答えた。
「あのね、叔父様。なぎさちゃんのご両親はお屋敷にはいないと思うの。
なぎさちゃん、今日はお使いの途中だからって、すぐ帰ってしまったの。
今度あらためて遊びにいらして、ってお誘いしたら、サシャ様からお許しを頂くと言っていたわ。」
子息に何かあったのだろう。使いに出されるとは冷遇されているのか。
「お使いに行くなんて、偉いですよね・・・。」アナイスも同じように感じたらしい。
考えすぎかもしれない。親元を離れて生活する子供は珍しくはない。
アナイスとエルシーの姉妹も、イングランドの両親とは離れて暮らしている。
まず、ハイランドの学校に入学したアナイスがこの屋敷に住む事になり、
お姉様大好きなエルシーがアナイスを追って来てしまったのだ。
- 61 :
- 次の日、なぎさは午前中に手早く洗濯の手伝いや庭園の手入れをすませた。
昼食後、おずおずとサシャに、エルシーの家に遊びにいっていいかどうかたずねてみる。
「そうねえ・・・。あそこの主人は、少々変わり者との噂ですが、いいでしょう」
少し考えて、サシャは許可を出した。
「あそこの下の娘は、あなたと同じぐらいの年ですものね。お友だちを作るのは悪くないことだわ」
飛び上がって喜びたいところだが、なぎさはぐっとがまんした。
はしたない、とサシャに叱られることがわかっていたからだ。
かわって、控え目に申し出た。
「あの、もしよかったら、トッピもいっしょに・・・」
「いやよ」
トッピは言下に断った。
「あそこのエルシーっていう子、すごくおしゃべりなんだもの。ずうずうしく話しかけてきて、嫌だったらないわ」
そんなわけで、なぎさは一人でエルシーの家に向かった。
脇道に入り、屋敷の前に到着すると、門は昨日と同じように広く開かれていた。
なぎさは少しためらったものの、呼び鈴は建物の入り口で鳴らせばいいと判断して、門を通り抜けた。
「なぎさ!」
入ったとたん、声をかけられて、緊張していたなぎさはびくっと体をふるわせた。
見ると、建物の手前の薔薇園のわきにエルシーが立って、手を振っている。
麦わら帽子をかぶり、手にじょうろを持っていた。
- 62 :
- 「エルシー!」
なぎさはほっとして、エルシーのもとに駆け寄った。
呼び鈴を鳴らしてメイドが出たら、どう言って取り次ぎを頼むか、口上を一生懸命考えていたからだ。
薔薇園に近づくにつれ、甘い香りが体を包む。
走りながら、なぎさはうっとりとその香りを楽しんだ。
「すぐ来てくれたのね、ありがとう」
エルシーはにこにこと迎えてくれた。
「すごくきれいな薔薇ね」
お世辞ではなく、本心からなぎさは言った。
赤、ピンク、黄色、白。
色とりどりの薔薇が、庭園いっぱいに咲き誇っている。
いつか、サシャの庭園をこんな風にできたら・・・となぎさが願う、そのままの姿だった。
「叔父様のお手伝いをして、あたしも世話をしてるのよ。全部はむりだけど、水やりだって、ちゃんとしてるんだから」
エルシーはじょうろをかかげてみせて、胸を張った。
「おやおや、これはかわいいお客さんだね」
薔薇園の中から、ぬっと男の人が立ち上がったので、なぎさは驚いて、思わずエルシーの後ろに隠れた。
男の人は、見上げるほど背が高い。
目の色はアナイスと同じ茶色で、髪は蜂蜜色だ。
きれいに刈られた頬ひげは、エルシーの髪よりももっと暗いブロンドだった。
大人の年はよくわからないなぎさだったが、たぶん生きていたころの自分の父親よりは、少なくとも十かそこらは年上だと思えた。
- 63 :
- 「あたしの叔父様よ。叔父様、この子がなぎさ」
エルシーが紹介してくれた。
「・・・はじめまして、ごきげんよう」
エルシーの後ろに半分かくれたまま、なぎさはエプロンドレスの裾をつまんで、膝を折ってあいさつした。
「やあ、小さなレディだね。ごきげんよう」
叔父様はにこにこと笑いながら薔薇園から出てきた。
手袋を外して、大きな右手を差し出す。
とまどいながらも、なぎさはその手をちょこんと握って握手した。
このころのイギリスは、イングランドとスコットランドを問わず、まだ身分制度が厳然として存在していた。
上流階級と下層階級では、言葉や発音のみならず、容姿までもがことなっていた時代だ。
農夫のような作業着を着ているけれど、この叔父様は、アッパークラスの人だわ・・・。
叔父様の笑顔を見上げたなぎさは、漠然とではあるが理解した。
- 64 :
- 三点リーダーは二個一組。
×・・・
◎……
- 65 :
- 数十時間に及ぶ汽車の旅を終え、トニーは駅のプラットフォームで思い切り伸びをした。
ぼきぼきと背中が音を立てる。
「まったく、とんでもない田舎だな・・・」
駅から見えるあたりの風景を見渡して、思わずつぶやく。
ロンドン生まれのロンドン育ち、生粋のロンドンっ子である彼にとって、ハイランドは地の果てにも等しい。
「まあ、しばらくのんびりするにはいいかもしれないな・・・」
気を取り直すと、スーツケースを拾い上げ、改札を抜けた。
ひなびた駅前を見回し、まずは郵便局を探す。
スコットランドのこんな田舎では、電話があることはまず期待できない。
雇い主に報告する手段としては、電報か郵便しかなかった。
さいわい、今回の雇い主は気前がいいから調査資金は潤沢だ。
郵便局を見つけると、迷わず電報を選択して、トニーはマークに電文を送った。
「タダイマ エキニトウチャク チョウサヲ カイシス」
郵便局を出ると、宿を探しにのんびりと歩き出した。
歩きながら、ヒースとのやり取りを思い出す。
依頼主のマークの叔父であるヒースと手を組んだ数日後、トニーはヒースの屋敷に呼ばれた。
そこで、なぎさと同じような年ごろの金髪の少女、ミュウに引き合わされたのだった。
- 66 :
- とまどうトニーに、ヒースは自分の計画を打ち明けた。
「身代わり、ですか・・・」
トニーは絶句した。
あらためて目の前の少女を観察する。
知らない大人にじろじろと見られ、ミュウはおびえてヒースの陰に隠れようとした。
波打つ美しい金髪は、たしかに写真で見たなぎさのものにそっくりだ。
写真は白黒だったからはっきりとは言えないが、おそらく目の色もそうは変わらないだろう。
しかし、目が丸く、ほほがふっくらした顔立ちのなぎさに対し、目の前の少女は、どちらかと言うと怜悧な顔つきだ。
なぎさは成長しても可愛らしいタイプのままだろうが、おそらくこの少女は大変な美人になるだろう。
「だいじょうぶですかね・・・」
トニーは懐疑的につぶやいた。
「なあに。写真はたった一枚しかないし、子供の顔なんて、環境次第でいろいろ変わるものさ」
ヒースはあくまで楽観的だ。
「で、だ。君はとりあえずハイランドに行って、調査するふりをしてくれたまえ」
「調査のふり、ですか」
「ああ。あっちで電報を打ったり、手紙を書いたりして、間違いなく調査しているように見せるんだ」
「なるほど・・・。で、この子を見つけたことにすると」
「その通り。察しがいいな」
ヒースはにやりと笑った。
- 67 :
- 探すまでもなく、駅前にただ一軒だけの宿屋はすぐに見つかった。
三階建ての古ぼけた建物だ。
トニーは回想を打ち切って、きしむドアを開けた。
受付に向かうと、カウンターの向こうで、眼鏡をかけた太った老人が新聞から目を上げた。
「お泊まりですか?」
「ああ。とりあえず一週間ほど泊まりたい。場合によってはもっと長くなる」
「こちらにはご商用で?」
受付用紙をカウンターの上で滑らせてよこしながら、老人はたずねた。
「いや。俺は写真家でね。ハイランドの自然風景を撮影しに来たんだ」
トニーは足元に置いたスーツケースを叩いてみせた。
スーツケースの中には、写真機一式が入っている。
従来の重くて割れやすいガラス板に変わって、アメリカのイーストマン・コダック社がセルロイドを主体としたロールフィルムを発明してから、さほどの年月が経っていない。
むろん、写真機本体はまだ後世のように片手でもあつかえるようなしろものではない。
しかし、このフィルムの発明は、探偵業を生業とするトニーのようなものには、多大な恩恵をもたらした。
昔も今も、探偵の主な収入源は、はなばなしい事件の調査などではなく、浮気の調査や結婚相手の素行調査だ。
写真は、何よりも雄弁な証拠となりえる。
それらの仕事に、100枚撮りのロールフィルムをつかう写真機は、まさにうってつけだった。
だから、非常に高価なこの撮影機材一式を、トニーはすぐに元が取れると判断し、かなり無理をして購入したのだ。
- 68 :
- 宿に入った翌日から、トニーは小型の馬車を借り上げ、自分で御してあちこちに出かけた。
二人乗りの馬車の隣の席には、組み立てた写真機と三脚が置いてある。
風景写真家であるというふれこみなので、ときどき馬車を止めては写真機をかつぎ下ろし、風景を撮るふりをする。
農夫たちが、そのような彼の姿を、物めずらしげにながめながら通り過ぎていった。
探偵としては、本来はこのような目立つ振舞いはするものではない。
しかし、ハイランドの片田舎では、この時代の大きくかさばる写真機を持っているだけで、十分すぎるほど目立つ。
写真機を持ち歩いていることに合理性を持たせるには、写真家を自称するよりほかに手段がなかった。
ヒースからの指示はこうだった。
「とにかく、なぎさが暮らしているあたりの写真を撮ってきてくれ。できれば、同居している人間の顔写真も頼む」
「写真をですか?」
「ああ。ハイランド時代のことを根掘り葉掘り聞かれたときに備え、ミュウにそれを見せて覚えさせる」
「なるほど・・・」
「念には念をいれて、ミュウには日本語の家庭教師も付ける。マークのまわりに日本人はいないが、いつ何時必要になるかわからないからな」
そう言って、ヒースはふてぶてしく笑った。
天性の詐欺師だな・・・。
トニーは心の中で舌を巻いたものだった。
- 69 :
- エルシーの叔父様からも、毎日でも遊びに来るよう言ってもらったなぎさは、三日とあげずエルシーの家に遊びにいった。
本当は毎日でも訪問したいところだが、連続で行く事はサシャから止められていた。
「あちらにもいろいろご都合もあるだろうし。お言葉に甘えてばかりではだめよ」
至極まっとうなサシャの言葉に、なぎさはうなずくしかなかった。
それでも、遊びに行けた日は、なぎさは思う存分半日を楽しんだ。
エルシーとはいっしょに絵本を読む。
アナイスはときどきピアノを教えてくれ、叔父様は薔薇園の手入れの手伝いをさせてくれる。
そんなある日、いつものように屋敷に招き入れられたなぎさは、見知らぬ少年が居間にいるのを見て少し驚いた。
少年は、なぎさやエルシーとほぼ同い年ぐらいのようだった。
髪はアナイスと同じクリーム色だ。
全体の顔立ちも、アナイスそっくりだった。
しかし、すみれ色の瞳は、この屋敷のほかのだれともちがう。
それよりなにより、なぎさの目を引いたのは、その少年が車椅子に乗っていることだった。
「いとこのノエルよ。きょう、病院から帰ってきたの」
エルシーが少年をなぎさに紹介してくれた。
- 70 :
- 「こんにちは」
なぎさは元気よくノエルに挨拶した。
しかしノエルは、なぎさから目をそらし、ぼそぼそと聞き取りにくい声で返してきた。
「こん・・・は」
なぎさは、この男の子の態度をなんだか奇妙なものに感じた。
なぎさの知っているこの家の三人は、みんな明るい。
エルシーはおしゃべりだし、アナイスも、おしとやかとはいえ、基本的な気質は陽気だ。
叔父様だって、礼儀正しい紳士だけれど、ユーモアのセンスがあって、よくみんなを笑わせている。
(よほど内気な子なのかしら・・・?)
いぶかしんでいると、エルシーが横から口をはさんできた。
「ノエルはね、病気なの」
「病気?」
「そうなの。心臓が悪いの」
「心臓・・・?」
そっぽを向いていたノエルが、その時急にエルシーをにらみつけて叫んだ。
「うるさいなあっ! よけいなことを言うなよっ!」
「あら、ほんとのことじゃない。隠さなくてもいいでしょ」
エルシーは涼しい顔で言い返した。
- 71 :
- 「ノエルはね、叔父様の子供なのよ」
むっつりと口を閉じたノエルに代わって、車椅子を押すアナイスが説明してくれた。
「ノエルのママはね、去年亡くなったの。だからアナイスお姉様が、世話をしに来てるのよ」
負けじとエルシーも口を出した。
「これっ!」
アナイスはあわてて妹を叱った。
ノエルは、傷ついたように顔をそむけた。
エルシーの言葉に怒ったのか、横顔の長いまつげがふるふると震えている。
「ふうん・・・」
なぎさは、あらためてノエルをじっと見た。
肌が透き通るように白い。
サシャと同じぐらいの肌色だったが、のえるのそれは、まるでろうそくを思わせる血色の悪さだった。
(きっと大変な病気なのね)
なぎさは、この少年になんとなく同情した。
「そういえば、なぎさのパパとママはどこにいるの?」
エルシーの無邪気な問いに、なぎさはどきりとした。
- 72 :
- 「・・・・・・遠いところにいるの」
「遠いところって、どこ?」
「・・・・・・日本」
なぎさはとっさに嘘をついてしまった。
生まれて初めてついた、悲しい嘘だった。
「ふうん・・・」
エルシーがなおも口を開こうとした。
なぎさの心臓は、どきどきと早鐘を打った。
なぜパパとママが自分を置いて日本に行ってしまったのか、聞かれたらどうしよう。
思わずまつげを伏せて下を向く。
「エルシー!」
その時、アナイスがぴしりと口をはさんだ。
「人のおうちの事は、あまり根掘り葉掘り聞かないの!」
エルシーは、不満そうな顔をしながらも、口をつぐんだ。
なぎさはほっとした。
感謝のまなざしを向けようと顔を上げると、同情の色をたたえたアナイスの目と視線が合った。
(アナイスは、きっとなにもかも知ってるんだわ・・・)
そう思うと、嘘をついた自分が恥ずかしくなる。
なぎさはいたたまれない気持ちになって、再びうつむいた。
「さあ、お天気もいいことだし、ノエルも帰ってきたんだから、みんなでお散歩に出ましょう」
アナイスが明るい声を出して、なぎさの肩にそっと手をかけた。
- 73 :
- トニーは相変わらず、小型の馬車に写真機を載せて、ハイランドの村のあちこちの風景を撮り歩いていた。
短気な雇い主のマークからは、宿屋宛にひんぱんに調査の途中報告を求める電報が送られてくる。
そのため、二、三日に一度は調査報告の手紙を書いた。
鉄道の職員や乗客への聞き込み捜査で、なぎさと思われる小さな女の子が、一人で間違いなくこの地の駅に到着したことは確認した。
しかし、子爵家を訪問したところ、そのような子供は知らないと門前払いを食った。
子爵家としては、「爵位を捨てた恋」として当時新聞種になった駆け落ち事件を、現在でもたいへん不名誉なことと考えているようだ。
そのため、嫡男の忘れ形見であるなぎさの存在は「なかったこと」にしたいのだと思われる。
なぎさが屋敷内に軟禁されているのか、それとも他の場所に移されたのかは不明。
現在極秘裏に鋭意捜査中である。
これが、トニーのでっち上げた報告書の内容だった。
- 74 :
- 一方で、トニーはヒースから受けた極秘の依頼については頭を悩ませていた。
なぎさが暮らしている子爵家の館周辺の写真と、できれば同居している人間の顔写真を撮ってこいという物だ。
館周辺の写真については間もなく撮れるだろう。
トニーは、いきなり子爵家に近づく事はせず、日にちをかけて少しずつ行動範囲を広げていた。
よそ者の目立つ小さな村だ。
いきなり子爵家周辺の写真ばかり撮りだしたら怪しまれる恐れがある。
村人たちが、道ばたや森の中で三脚を立てて写真を撮る彼の姿に慣れるまでじっくりと時間をかけ、それから館周辺に近づいていくつもりだった。
問題は、なぎさの同居人たちの顔写真だった。
子爵家の家族ともなれば、庶民のように気軽に町を歩いたり商店で買い物をしたりするわけもない。
広大な館の奥深くに住む彼女らの顔を拝む事すら難しいだろう。
ましてや写真となると、かなりの困難が予想された。
そこで、トニーは夜ごとに、宿屋の隣の村で一軒きりのパブに顔を出すことにした。
村人と親しくなり、よそ者の彼に対する警戒を少しでも薄めさせる事も目当ての一つだったが、子爵家に関する情報収集が主な目的だった。
外出する情報でも手に入れる事ができれば、待ち伏せして写真を撮る機会を得られるかもしれない。
初めのうちは、カウンターの片隅で一人飲むトニーを警戒心もあらわに横目で見ていた村人たちだったが、話しかけてみると、すぐに打ち解けてきた。
主産業が農業なので、パブの客のほとんどは農夫たちだ。
親しくなると、人なつこく純朴な者が多かった。
「ところで、村の真ん中にたいそう立派なお館があるが、あれが領主様のお館かね?」
村人たちとテーブルを囲んで飲むようになったある夜、トニーは特に気の合う三十がらみの農夫にさりげなく切り出してみた。
- 75 :
- 「ああ、サシャ様のお館の事だな。んだ。サシャ様がこのあたり一帯の領主様だ」
農夫は、酒で赤くなった顔をほころばせた。
「へえ、サシャ様か。女領主様かね?」
トニーは、初めて知ったというように驚いてみせた。
「んだ。色がこう、抜けるように白くてよう。えらいべっぴんさんだ」
「ほう・・・。そいつはぜひお顔を拝んでみたいもんだな」
「そいつあ難しいなあ。サシャ様は、お出かけはいつも馬車だし、馬車のカーテンは引いてなさるだでなあ」
「そう言われると、よけい拝みたくなるな。どこに出かけてらっしゃるんだろう」
「そりゃあ・・・」
ここで農夫はいったん言葉を切って、あたりを見回した。
といっても、顔ぶれはいつもの近所の住民たちだけだ。
それでも少し声をひそめて続けた。
「サシャ様は後家さんだでなあ。新しいお相手探しにお忙しいのさ」
テーブルの他の農夫たちが、下卑た含み笑いを浮かべた。
「へええ」
彼らに合わせてにやりと笑いながら、トニーは話の接ぎ穂を探した。
サシャの馬車を尾行する事も考えたが、都会ならともかく、このハイランドの田舎道では気付かれずにすることはまず無理だ。
なんとかサシャの立ち回り先を聞き出すことはできないものか。
- 76 :
- 「あのう・・・」
その時、パブの隅のテーブルで飲んでいた老農夫が、立ち上がってトニーたちのテーブルに近づき、おずおずと声をかけてきた。
「え?」
トニーが顔を上げると、老農夫はぺこりと頭を下げた。
「あんた、写真をお撮りなさるそうですだな」
「ええ。そうだけど・・・」
「すまねえが、うちの家族の写真を撮ってもらえんじゃろか。家族写真ちゅうものを、死ぬまでに一度撮っておきたいんじゃが・・・」
老農夫の言葉を聞いて、トニーの頭にひらめくものがあった。
正攻法とも言うべき手段があった。
貴族といえば、たいがいは歴代の家族の肖像画を館に飾っているものだ。
しかし最近では、高価な上に日にちもかかる肖像画に代わって、写真を飾る家も増えていると聞く。
自分が家族写真も撮る写真家であるという評判を作れば、サシャの館に入り込むきっかけを得られるかもしれない。
「ああ。おやすいご用だ。いいですとも」
トニーは、愛想よく老農夫に答えた。
- 77 :
- 翌日、トニーはコダックのカメラを馬車に乗せて老農夫の家に向かった。
農家に着いてみると、驚いた事に、広い庭先には二十名近い親戚一同が集合していた。
履き慣れない靴を履かされた何人かの子供たちが、放し飼いのニワトリを追いかけて遊んでいる。
トニーの馬車が姿を現すと、大人も子供もわっと駆け寄って来た。
大人の男たちは一番いいシャツを着、女たちも一張羅のワンピースを着て精一杯めかしこんでいる。
「よう来てくださっただ」
「あんれまあ、都会の男は垢抜けてて男前だなあ」
トニーは農家のかみさんたちに取り囲まれ、大歓迎を受けた。
庭に出したテーブルにつかされ、山盛りの焼き菓子などを次々と出されて、さあ食えと勧められる。
目を白黒させながら、出されるものを苦労して平らげていったトニーだったが、もう食べられないとなったところで腰を上げた。
「さて、日がちょうどいい具合に上がってきましたし、そろそろ撮影を始めますか」
とたんに農夫やかみさんたちの間に緊張が走る。
おそらく、だれもが写真に撮られるのは生まれて初めてであるにちがいなかった。
「おめえさんが先に・・・」
「いやいや、オラは後でええ。お前さんこそ」
おたがいにさんざん譲り合ったのち、家長であるらしい老農夫と、その息子たちが最初の写真に納まる事に決まった。
トニーはしゃちほこばって椅子に座る農夫たちの写真を次々に撮っていった。
噂を聞きつけたのか、近隣の農民たちが次々と見物に集まり、農家のまわりにはちょっとした人垣ができている。
探偵業で食い詰めたら、こうして農家を回って写真屋稼業をやるのも悪くはないな・・・。
内心で苦笑しつつも、トニーはふとそんな事を考えたりした。
- 78 :
- サシャの許可が出た日は、なぎさは飛ぶようにエルシーの家に向かい、ハイランドの短い夏を思い切り楽しんだ。
退院してから一週間ほどで、ノエルは車椅子なしで歩けるようになっていた。
エルシーにひっぱられるようにして、三人で野原に出かけては、さまざまな遊びをする。
シロツメクサを集めて冠を作ったり、蝶を追ったり、きれいな石を拾い集めたりした。
おてんばなエルシーは、エプロンドレスの裾をからげて木登りさえした。
ノエルは、走ったり木登りすることはできなかったが、叔父様に借りた釣り竿で小川の小魚を釣って、なぎさやエルシーを感嘆させた。
その小川で、アナイスに持たされた果物を冷やしておやつにするのも日課だった。
なぎさやエルシーはあっという間に真っ黒に日焼けした。
ノエルは日焼けしないたちのようで、肌が赤くなるだけだったが、それでもみるみる血色が良くなっていった。
それとともに、初めのうちはなぎさに対して無愛想だったのが、しだいに打ち解けて、明るく会話するようになっていった。
そんなある日、遊びをおえて、叔父様宅のテーブルでアナイスのいれてくれた冷たいお茶を飲んでいると、エルシーが話しかけてきた。
「ねえ、なぎさ。来週、ノエルのお誕生会なんだけど、来てね」
「お誕生会?」
そう聞いて、なぎさは顔を輝かせた。
イングランドにいたときは、毎年友だちたちと誕生会におたがいを招待しあったものだった。
きれいに飾り付けられた部屋で、おいしいケーキやごちそうを食べて。
おしゃれして、プレゼントを渡して・・・。
そこまで回想したところで、なぎさははっと顔をこわばらせた。
今の自分は、おしゃれするためのドレスも、プレゼントするための物も、なに一つ持っていないのだった。
- 79 :
- 「お誕生会といっても、近所の子供たちを集めてするものなの。いつものお洋服でいいし、何も持って来なくていいのよ」
なぎさの様子に気付いたのか、アナイスがかがんで優しく言葉をかけてくれた。
「・・・・・・」
なぎさが黙っていると、アナイスはちょっと困ったような顔になったが、気を取り直して、手書きの2枚のカードをなぎさの手に持たせた。
「あなたとトッピの招待状よ。トッピにも渡してね」
それまで黙って聞いていたエルシーが、トッピの名を聞いて口をはさんだ。
「トッピも呼ぶの? あたし、あの子嫌い」
「これっ! そんなことを言うものじゃありません」
アナイスは軽くエルシーをにらんだ。
「領主様は、トッピのお誕生会の時、あなたたちをご招待してくださったでしょう。なのに、こちらのお誕生会に呼ばないなんて失礼になるわ」
しかし、エルシーは口を閉じようとしなかった。
「この前のあたしのお誕生会のときにも来たけど、すごくつんけんしてるんですもの、あの子。いばりたがり屋だわ。いくら領主様のおうちの子だからって、あんなにいばることないと思うわ。そのくせ、ノエルにだけはやたらに話しかけるし・・・」
「エルシー!」
アナイスが大きな声で叱り、やっとエルシーは口をむすんだ。
- 80 :
- 夕方が近くなり、なぎさはエルシーの家を辞して、とぼとぼと家路をたどった。
手にはアナイスから渡された、二人分の招待状が握られている。
自分ひとりだったら誕生会に行かないという手もあったが、トッピも招待されているのではそういうわけにはいかないだろう。
重い足取りで館に入り、サシャとトッピの声が聞こえる居間のほうに向かう。
居間に入る前に、なぎさはドアの影からそっと室内の様子をうかがった。
サシャはトッピに本を読み聞かせている。
サシャの機嫌がよさそうなので、なぎさは少しほっとして室内に足を踏み入れた。
「ただいま帰りました・・・」
「あら、なぎさ。お帰りなさい。少し遅かったわね」
「ごめんなさい。あの、これ・・・」
なぎさはサシャの腰掛けるソファに近づくと、おずおずと招待状を差し出した。
サシャは受け取ると、招待状をひらいて目を通した。
トッピがとなりからのぞき込んで、うれしそうな叫び声を上げた。
「ノエルのお誕生会? 行く行く!」
サシャは招待状を読み終えると、なぎさの分を返してよこした。
「いいでしょう。二人とも行っていいわ」
なぎさは少しがっかりした。
何か理由をつけて、サシャがだめだと言ってくれればいいと願っていたからだ。
- 81 :
- 「お誕生会なら、なぎさもいつもの服っていうわけにはいかないわねえ・・・」
サシャが思案顔でつぶやいたので、なぎさはどきりとした。
まさに今一番思い悩んでいることだったからだ。
(もしかして、わたしに新しいお洋服を買ってくださるかも・・・?)
淡い期待を抱いたが、サシャの次の言葉で、それはあっけなく打ち砕かれた。
「トッピ。あなた、着ないお洋服がたくさんあるでしょう。一枚なぎさに貸しておあげなさい」
「えーっ!」
トッピは露骨にいやな顔をした。
「えーっじゃありません! あなた、せっかく仕立てても、半分も気に入らないでしまいっぱなしじゃないの!」
サシャに叱られて、トッピはしぶしぶ承諾した。
「ついて来て」
なぎさに言うと、すたすたと自分の部屋に向かって歩き出す。
なぎさはあわてて後を追った。
トッピは自室のドアを開け、振り向いた。
「入って」
おそるおそる足を踏み入れる。なぎさがトッピの部屋に入るのは初めてのことだった。
中のようすを見たとたん、思わず声をあげそうになって、あわてて両手で口を押さえた。
トッピの部屋は、なぎさの部屋のゆうに三倍はある。
まず目に飛び込んできたのは、なぎさが夢に見るような、薄いレースのカーテンで囲まれた天蓋付きの寝台だった。
床には、赤いじゅうたんが敷かれ、部屋の中央には白いテーブルと椅子が置かれている。
どちらの脚にもこった彫刻がほどこされ、椅子はビロードばりだった。
隅の長椅子には色とりどりの刺繍がなされたクッションが並んでいる。
壁の一方には暖炉があり、その反対側には低く長いチェストが据え付けられていた。
そしてその上には、陶器の顔を持つ人形が、美しい衣装を着せられてずらりと並んでいた。
(なんてちがうのかしら・・・)
粗末な寝台とテーブルしかない自分の部屋と引きくらべて、なぎさは思わず小さなため息をついた。
- 82 :
- なぎさはつい、並べられた人形のほうに二三歩進んで、手を伸ばしかけた。
「触らないで!」
そのとたん、トッピの鋭い声が背中に浴びせられる。
なぎさはびくっとして手を引っ込めた。
気まずい沈黙が流れたが、トッピはかまわずに、子供部屋の一角に作り付けられた衣装箪笥の扉を開けた。
衣装箪笥といっても、歩いて入れるようになっていて、ちょっとした小部屋ぐらいの広さがある。
その中に整然とかけられた衣装の数の多さに、なぎさは目をみはった。
いったい何十枚あるのか、見当もつかない。
トッピはそれらの衣装をごそごそとかき回した。
(できれば水色か、ピンクのを貸してくれるといいな・・・)
そう願ったが、トッピが選び出したのは、ひどく地味な、ねずみ色のドレスだった。
しかも袖がふくらんでいない。
「これでいいわよね? これ、大叔母さまが作らせてくださったんだけど、あたしには似合わないから、一度も着てないの。だからきれいなもんよ」
トッピは、衣紋掛けからドレスを外すと、なぎさの手に押し付けた。
「ありがとう・・・」
がっかりしたのをさとられないように、なぎさは努めて明るい声を出した。
- 83 :
- 借りたドレスを抱えて、なぎさはトッピの部屋から出た。
ドアを閉めると、無理して作っていた笑顔が消えた。
しょんぼりとうつむいて廊下を歩いていく。
階段のわきを通り過ぎる所で、下から上がってきたエマと出くわした。
「なぎさお嬢様、どうなすっただ。元気がねえですなあ」
なぎさが泣きそうな表情になっていることに気付き、エマは心配そうに声をかけてきた。
「あのね・・・」
なぎさは、ノエルの誕生会のことについて切々と訴えた。
エマはうなずきながら聞いていたが、なぎさの腕からドレスを取り上げると、両手で広げてながめ、ため息をついた。
「なるほど、これは地味ですだなあ・・・」
「でしょう? きっと、トッピやエルシーは、かわいいドレスを着るにちがいないわ。わたしだけこんなのなんて・・・」
エマはうーんとうなったが、何事か思いついたのか、とんと自分の胸を叩いた。
「よござんす。オラがこのドレスをなんとかして差し上げましょう」
「なんとかって?」
「ついて来てくだせえ」
エマは、先に立って自分の部屋のほうに歩き出した。
- 84 :
- 部屋に入ると、エマは質素な箪笥の前にかがんで、引き出しから平たい大きな箱を取り出した。
それをテーブルの上に載せ、ふたを開けてなぎさを手招きする。
「わあ!」
箱の中をのぞき込んだなぎさは、歓声を上げた。
美しいレースだのリボンだのボタンだのが、ぎっしり詰まっていたからだ。
「サシャ様もトッピ様も、すぐに飽きて着物を捨てさせなさるだでなあ。もったいねえから、こういうものは取ってあるんですだ」
エマは言いわけするようにつぶやいた。
そしてなぎさからドレスを受け取り、寝台に広げて、箱から出したリボンやレースをあちこちにあてがった。
「袖はふくらませられねえですだが、こんな風に縫い付ければ、少しは見栄えがよくなると思いますだ」
「すごい! きっと見ちがえるようになるわ!」
なぎさは興奮して、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「お誕生会に間にあうように、縫い付けて差し上げますだ。ええと、それから・・・」
エマは立ち上がると、箪笥の別の引き出しから真っ白い絹のハンカチを取り出してきた。
「きれい! どうしたの? このハンカチ」
なぎさがたずねると、エマは少し頬を赤らめた。
「昔のことですだが、オラを好いてくれる殿方からいただきましただ・・・」
「まあ! すてきな話だわ! くわしく聞かせて!」
なぎさは目を輝かせてせがんだが、エマは恥じらって、話をそらした。
「これに刺繍をして、ノエル様へのプレゼントになさるとええですだ」
「えっ!? わたしがもらっていいの? このハンカチには、すてきな思い出があるんじゃなくって?」
「身分違いの方からいただいたものだでなあ・・・。オラには必要ねえですだ」
「でも、わたし、刺繍なんてしたことないわ」
「夜に、オラが教えて差し上げますだ」
「ほんと!? ありがとう。エマ、大好き!」
なぎさはエマに飛びつき、首筋にぎゅっとしがみついた。
- 85 :
- その夜から、約束どおりエマは刺繍を教えてくれた。
一日の仕事を終えてから、ランプの明かりの下での作業だ。
フリルのついた女物のハンカチだったが、なるべく男物に見えるように、柄はノエルの好きな釣りにちなんで、飛び跳ねる川魚にした。
眠気と戦いながら、慣れない手つきで針を操るなぎさは、何度か指先に突き刺して痛い目にあった。
しかし、ノエルの誕生日の前日までに、どうにか仕上げることができた。
「ねえ、わたしのかっこう、変じゃない?」
誕生日当日、リボンやフリルを縫い付けてもらったドレスを着て、なぎさは何度もエマの前でくるりと回転してみせた。
「かわいらしいですだよ、なぎさお嬢様はきれいな金髪だで、お人形さんみてえだ」
エマは笑って答え、手を伸ばして襟元を直してやった。
「あ、そうだ・・・」
なぎさは襟からドレスの中に手を差し入れ、ふだんは肌着の下に隠しているロケットペンダントを引っ張り出して、胸元に垂らした。
「あんれまあ、これは上等なお品ですだなあ」
銀の鎖をなぎさの首にきれいにかけ直してやりながら、エマが感心して声をあげた。
「パパとママの形見なの・・・」
なぎさは紋章の刻まれたロケットを開いてみせた。
エマがのぞき込むと、その中には、幸せそうにほほ笑む三人家族の小さな写真が納められていた。
- 86 :
- 初めまして、私はミミ。
私ね、お勉強は得意じゃなかったけど、最近はすっごい頑張ってるの。
昨日なんて先生にあてられたののちゃんが答えられなかった問題も私がスラスラ答えちゃったの。
えへ、すごいでしょ?
メグちゃんもすごーいってほめてくれたんだぁ。
私がこんなにお勉強してるのは近所のお兄ちゃんが家庭教師の先生をしてくれてるからなの。
先生は背が高くてかっこよくってとっても優しいの。
先生は・・・
す、好きな人とかいるのかなぁ。
「ミミちゃん、手が止まってるよ。」
「あ、は、はい、先生、ごめんなさいっ」
はぅ、怒られちゃった。
でも、怒られてしゅん、とした私の頭を優しく微笑んで撫でてくれるの。
「なにか考え事かい?」
「え、その、何でもないです」
あーんバカバカ。先生の前じゃうまくお話できないよお。
- 87 :
- 家庭教師のお兄さん=ヒース
- 88 :
- こんにちは。ミミです。
ミミね、最近気になる事があるの。
13ミミちゃんって、ミミの未来の姿なの?
ミミのクルクルの巻き毛、13歳になるとストレートになっちゃうのかな。
ストレートにも憧れるけど…やっぱり、今の髪型が一番ミミらしいよね。
もしかして、13ミミちゃんはミミのお姉さんなのかな?
…姉妹で同じ名前じゃ、おかしいよね。
- 89 :
- こんにちは。ミミです。
ミミね、またちょっと気になる事があるの。
最近のイベント限定の紙袋の事なんだけど
どうして「メグちゃんとこまめ」なのかな?
こまめは橘純ちゃんの大事なぬいぐるみさんだよね…?
それに、メグちゃんと仲良しなのはミミじゃない?
前は一緒に「メイクアップ口座」のお仕事もしたのに。
ミミ、ちょっぴりブルーです。
- 90 :
- ミミちゃん可愛いっ
少女と大人の狭間で悩んでるのかなw
続きまってます!
- 91 :
- どうもー。感謝祭と閉店セールの投げ売りでお馴染み、バロンでございます。
ドルフィーフレンズ、良い子のみんなは知ってるよね?!
今日は私の大切な友達を紹介します。
ドルフィーフレンズ・クルト君でーす!
あれ?クルト君?
おかしいな。さっきまでそこでトンボの羽むしってたのに。
ちょっと探して来ますね。
バ「クルト君!本番だよ!お客さん待ってるよ!!」
ク「ぼ、ぼく・・・油を絞られるなんて、やっぱり嫌です!」
バ「クルトくーん。だから、油は絞らないってば。油を絞るフリだけだよ?」
ク「それじゃあ詐欺じゃないですか!!!」
バ「いいんだよ。お客さんだって、中身はワセリンだって知ってるから。」
ク「でも、でも・・・」
バ「クルト君さぁ、お金貯めて17少年ボディ買うんだろ?
今日のステージ、ドタキャンしたら違約金いくら請求されるかなー。」
ク「うぅ。」
バ「ほら、今ならまだ間に合う。急ごう!」
ドルパ特設ステージ
13:00〜13:30
「ガマの油 生絞り実演販売」
- 92 :
- 「なーぎーさー! 出かけるわよ!」
その時、屋敷の玄関のほうからトッピが叫ぶ声が聞こえた。
なぎさが窓ぎわによって見おろすと、車寄せに執事の御する馬車がとまって、出発を待っている。
「たいへん! もう行かなくっちゃ!」
なぎさはあわてて部屋の出入り口に向かった。
しかし、エマのわきを通り過ぎるとき、立ち止まってエマにぎゅっと抱きついた。
「エマ、ありがとう。あなたの手はきっと魔法の手にちがいないわ。ドレスをこんなにすてきにしてくれるなんて!」
「たいしたことじゃねえですだ・・・」
エマは頬を赤くして照れたが、そっとなぎさの腕をほどくと、最後に髪を撫で付けてやって、背中を押した。
「さあ、早く行きなさるといいだ。あんまり待たせると、トッピ様のご機嫌が悪くなるだでなあ」
「うん。行ってくるね」
なぎさは手を振ると、廊下を駆け出していった。
なぎさが息を切らして屋敷の玄関から飛び出すと、トッピは馬車の横で両手を腰に当て、仁王立ちして待っていた。
「遅いわよ!」
「ご、ごめんなさい」
なぎさはおどおどと謝った。
「あら?」
なぎさが頭を下げたとき、胸元できらめいたペンダントを、トッピは目ざとく見つけた。
「そのペンダント、ちょっと見せて」
「えっ・・・」
なぎさは体をよじって隠そうとしたが、トッピはなぎさの肩をつかんで強引に前を向かせると、ペンダントを手にとった。
- 93 :
- 登場人物
マスター SDと意志の疎通が出来るキモヲタ。
SDのの 頭の大きい可愛子ちゃん。
キモヲタとののさん、仲良くネットオークションを物色中。
のの「ねえマスター!マジカルテール!あたしに似合うと思わない?」
似合うかもしれませんが、かぶれないと思います。
のの「な!大丈夫だってば!ブチって言うまでひっぱればいいのよ!」
(;´・ω・`)あのね、ののさん。マジカルテールはDD用ですよ?
SD用でさえ、ブチって言わせなきゃかぶれないのに。なにを無茶な。
(ののさんはうつむいて肩を震わせています。)
((((;゚д゚)))ヤベーナカシタカ
のの「マスターがツインテールとか好きだから、、、可愛くしようと思ったのに。」
m(_ _)mごめんなさい。言い杉ました。ののさんはどんなウィッグでも可愛いよ。
それにね。ツインテールは好きだけど、それは2次元の話。
ののさんにはかぶってほしくないんだ。
のの「、、、どうして?」ツインテールはナデナデすると形が崩れてしまうじゃまいか!
俺はののさんをいつでもナデナデヨシヨシしたいんだよ!
のの「マスター!!!」
ひしっと抱き合う二人。キモヲタの夜更け。
- 94 :
- ペンダントに近々と目を寄せたトッピは、小さく紋章が刻まれていることに気がついた。
「まあ! この紋章はうちのものじゃないの!」
トッピは顔を上げて、なぎさをにらみつけた。
「これ、どこで手に入れたの!? まさか、うちから盗んだんじゃないでしょうね?」
「ちがうわ!」
なぎさは激しくかぶりを振った。
「わたしのパパからもらったんだもん! パパの形見なの」
なぎさの父親は領主の嫡男で、サシャの兄であったから、紋章が同じなのは当たり前のことであった。
「ふうん・・・」
トッピはペンダントから手を離さず、なおも執拗に観察した。
「これは銀でできているわね。とってもきれいで、いい品だわ」
そして、再び顔を上げると、うす気味の悪い愛想笑いを浮かべた。
「ねえ、このペンダント、私に貸してくれない?」
「えっ・・・」
「いいでしょう? 私だってアクセサリーを身につけたいのに、お母さまが、まだ早いからだめだっておっしゃるんだもの」
「でもっ・・・!」
「なによ! あなたが着ているそのドレス、だれが貸してあげたの!? 変なリボンとか付けてるけど、もとは私が貸してあげたんでしょう!」
トッピはがらりと表情を変えて、大声を出した。
「・・・・・・!」
なぎさは思わず後じさりしようとしたが、トッピは腕をつかんで放さなかった。
- 95 :
- キモヲタきも可愛いよキモヲタ
純粋な愛スレの人?
- 96 :
- …作者の心根が透けて見えるような話の内容だな
よく恥ずかし気もなくこんなモノを延々と続けてられるね
前とはここ変わっちゃったのかな?
- 97 :
- また古参職人の登場か。
ほんと、異常なしつこさだね。
このスレでまた延々とののしりあって埋め、
次スレで再び仕切り直しするか?
- 98 :
- 古参職人がまたネタを投下しだしたら、
やられたことをそっくりお返ししてやるからな。
- 99 :
- こんにちは。ミミです。
もうすぐハロウィンね。
花屋さんに大きなカボチャが飾ってあったの。あのカボチャ、食べられるのかな?
ところで、ハロウィンって具体的に何の日なの?キリスト教の行事だよね?
ぐーぐる先生に聞いてみたわ。万聖節の前夜祭なんだって。
万聖節には亡くなった人が帰ってくるの。お盆みたいなものらしいわ。
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」なんて、ずいぶんお行儀悪いよね。
でも、仮装パーティは楽しそう!ミミ、お姫様のドレスが着たいな。
そして、おいしいカボチャプリンが食べたいです。
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