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2012年3月ゾイド37: 自分でバトルストーリーを書いてみようVol.31 (135)
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自分でバトルストーリーを書いてみようVol.31
- 1 :
- 「銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。」
気軽な参加をお待ちしております。
尚、スレッドの運営・感想・議論などはこちらで行ないます(※次スレに移行している場合があります)。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその3
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1250287817/l50
スレッドのルールや過去ログなどはこちらです。投稿の際は必ず目を通しておいて下さい。
「自分でバトルストーリーを書いてみよう」まとめ
ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/
ZOIDS battle story(携帯用まとめ)
ttp://98.xmbs.jp/zixxx/
- 2 :
- 【前スレ】
自分でバトルストーリーを書いてみようVol.30
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1262251155/
- 3 :
-
前回までのあらすじ(?)
時はZAC2101年11月
ゼネバス帝国を祖とする鉄竜騎士団がついに雌伏の日々を終えた。
50年もの年月を掛けた研ぎに研いだ牙をむき出しにする。
その牙を持って、中央大陸の北の玄関口であるクック湾に攻め込んだ鉄竜騎士団。
そして先行する強襲部隊に特殊工兵師団 DS試験評価中隊 B(ベルタ)小隊は居た。
搭乗するゾイドは『暴走狂戦士』とあだ名され、失敗作の烙印を押されたデススティンガー
それを戦場に戻す為の再調整は急ピッチで推し進められ、完了していた。
だが、周囲の理解はまだ完全には得られていない。
そんな中、彼女らはデススティンガーに乗り出撃する。
中央大陸に奪取する為に。亡き友に報いる為に。そして、生き残る為に。
未だ帰還率0%のゾイドは無事に任務を完了できるのか?
そして鉄竜騎兵団は無事、祖国である中央大陸へ帰還できるのか?
そしてベルタ小隊は無事、生き残る事ができるのか?
色々な思いを飲み込んで、今、戦いは始まる。
●特殊工兵師団 DS試験評価中隊 B(ベルタ)小隊メンバー
隊長(B1:ベルタアイン):レギーナ・クラークスフィールド中尉 愛称:ギーナ
副官(B2:ベルタツヴァイ):テオドーラ・トーリマン少尉 愛称:テオ
隊員(B3:ベルタドライ):カヤ・パイントレイル准尉 愛称:カヤ
- 4 :
-
レギーナ・クラークスフィールドは孤児だ。
母は自分を生んだ時に死んだと聞くし、父親もグランドカタストロフィの復興作業中に死んだ。
そもそも暗黒大陸は人が住むには過酷な環境だ。
そこを支配するガイロス帝国に無理やり吸収されたゼネバス兵。
その扱いがどんな物だったか。
先の西方大陸戦役に従軍したレギーナには痛いほど分かる。
敗軍の兵とは得てしてそういうものだと大人になったレギーナは知っている。
だが、理解と納得は違うものだ。
「いつかお前だけでも中央大陸の土を踏ませてやる。」
レギーナの記憶の底にそんな父親の言葉が眠っている。
軍に入れる年齢になって、当たり前の様に軍人になったレギーナは今でもその言葉を覚えている。
だが、それは父親の口癖として覚えているだけだ。
暗黒大陸で生まれ育ったレギーナ自身にとってはどうでもいい事だった。
だが、今はゼネバスの兵としての自覚はあるつもりだった。
理不尽な命令に命を落としていく同胞。そんな同胞に命を救われた事は一度どころではない。
『お前は生きろ。レギーナ。』
戦場で、そんな事を何度も言われるのはもうたくさんだった。
ゼネバス兵の仲間意識はガイロスが考えているよりもはるかに強い。
中央大陸への帰還が同胞の悲願ならば、その手助けをする。
レギーナも普通にそう考える事のできる人間になっていた。
- 5 :
- 自分も随分とゼネバス軍に毒されたものだな。
とそうやけ気味に苦笑するレギーナは計器を確認する。
現在、水深5m。船速72ノット。km換算でざっと毎時133km。
「B1より各機。プランに変更なし。繰り返す、プランに変更なし。派手に踊るわよ!」
『B2了解。骨のあるお相手がいるといいわね。』
『B3りょーかい。わくわくしてきました!』
3機のデススティンガーは散開する。
B2(テオドーラ)機とB3(カヤ)機は海に浮かぶ海堡を叩き行く。
レギーナは軍港を潰しに、港の最奥まで進路を取る。
外海からの敵を防ぐ海堡。
海堡とは砲台を置くことを目的に造られた人工島の事だ。
これを持って、軍港や街を守る最終防衛ラインとして機能する事が多い。
クック湾にも当然それはあった。
だが、計画では5つあったそれはたったの2つしか完成してなかった。
国防費を大統領権限で抑えた結果、共和国軍が議会に要求した予算が足りなかった為だ。
それに加えて、海堡を作ると平時は商船の通行に邪魔だとクック市側からの反対があった。
今は国防費の増強が図られているが、何せ海堡は人工島だ。
それを作るには年単位での作業になる。
当然、近年の目まぐるしく変わる戦況に置いて、それは実現していなかった。
- 6 :
-
降り注ぐ対潜ミサイルの数が減っている。
制空権も奪いつつある事をレギーナは肌で感じる。
陸地に上がるのは秒読み段階だ。すでに部下二人は海堡へ上陸を果たしている。
今頃、据えられた砲台を見事に盛大に圧倒的に滅茶苦茶にしている事だろう。
デススティンガーならば、たやすい仕事だ。
「負けてられないわね。」
レギーナはいかにも後付け感を漂わす右隣のスイッチの赤の方を押した。
追加ブースターのリミッターカット。
全速力の更に上。安全装置を外して追加ブースターは物理的限界までぶん回す。
当然、耐久性を無視した値まで出力をあげれば、長い事は持ちはしまい。
(頼むわよ。最後のお仕事だから、持って頂戴。)
加えて、胴体の一番後にある一対の遊泳脚のブースターもリミッター作動ギリギリまで噴かす。
グンと更なる加速Gがレギーナを襲うが、それすら心地よい。
レギーナは操縦桿を少しだけ押し倒す。それと同時にデススティンガーが少しだけ潜水する。
そうやってから、レギーナは前面にARで投影されたマップと計器とにらみつけた。
これはタイミングが命だ。当然、シミュレーターで何回も練習した。
来い、来い・・・来い!
「GO!」
即座にレギーナが操縦桿を手前に引いた。
それにデススティンガーは即時に応え、機首とグンと起こす。
そして、水面に向かって猛スピードで突っ込む。
緊急浮上!
- 7 :
-
デススティンガーが飛んでいた。
比喩でもなんでもない。海水を派手に巻き上げ、デススティンガーは空中にあった。
追加ブースター全開の最高速度で水上へと突入した結果だ。
余りある推力は水上に出ても健在だった。
即座に追加ブースターの出力カット。並びに切り離しと同時に制動用パラシュート展開。
短い間だったがよく頑張った追加ブースターは着水と同時に海中に消えていった。
デススティンガー本体は重力に引かれて、そのまま軍港の岸壁に乗り上げる。
今まで一番凄まじい揺れがコクピットに襲いかかった。
デススティンガーは軍港内に設置された滑走路を激しくえぐりながら盛大に制動する。
その制御をレギーナはデススティンガーに任せた。
健気に左右に振られながらもデススティンガーは自らの意思でその姿勢を制御していく。
(Eシールド展開。姿勢制御、男の子なら根性見せなさい!)
機体との精神リンクを意識しながら、レギーナはシート左脇のレバーを上げる。
『モードチェンジ・海戦→陸戦モード』の文字がモニター端で光る。
変化は主に外観にあった。それも前面ではなく後方にだ。
尻尾の左右に展開していた3対計6枚の装甲板が折り畳まれる。
スリムになった尻尾が跳ね上がって反り返り、尻尾の先が機首の方向と揃う。
そして1対の遊泳脚が胴体に寄り添う・・・。
アスファルト混じりの土埃を巻き上げていたそれはようやく止まった。
そして、その姿をようやく共和国軍の身に晒す。
展開したEシールドの向こう側にその姿はあった。
海サソリ形態から一般的な陸サソリ形態への変形を完了させたゾイド。
それは、尾に毒針を持ちて死を運ぶサソリ。
・・・デススティンガーが中央大陸に上陸した。
- 8 :
-
呆気に取られていた共和国軍は砲撃を開始するが、Eシールドと重装甲がそれをはじく。
その間にFCSが上空のグレイクアマからの情報を頂戴して、敵を割り出す。
数はざっと2小隊。機種はゴドス、カノントータス、スネークス、カノンフォート。
新型のスナイプマスターまで居る。大型はいないようだ。
そして、混乱しているのがよく分かった。
まさかこんなにあっさりと戦力を送り込まれるとは思っていなかったのだろう。
傍受した無線から混乱の声が、悲鳴が上がる。
デススティンガーの名は中央大陸にもちゃんと伝わっていたようだ。
そして、それでこそ、今の今まで海中を進軍してきた甲斐があると言う物。
「初めましてよね、中央大陸。熱烈歓迎、恐れ入るわ。」
そう言いながら、レギーナは操縦桿の頂点のカバーを外して押し込む。
デススティンガーの尻尾の先が三叉の槍のごとく別れる。
そして上下のブレードも展開し、中から最強兵器がその身を現す。
かの昔、デスザウラーに装備され猛威を振るったとされる伝説に等しいとまで言われた武器。
現在でも装備しているゾイドはほんの一握りだ。
大口径集束荷電粒子砲。
- 9 :
-
コアの出力が跳ね上がり、荷電粒子のチャージが始まる。
強大なエネルギーがデススティンガーの中で発生している事が精神リンクを通じて伝わってくる。
錯覚とは思えないぐらいに体が熱くなるとレギーナは感じていた。
「さて、共和国の皆様、受け取って貰うわ。」
デススティンガーが各所に装備された砲撃装備を展開させる。
腕部に隠されたレールキャノン、荷電粒子砲の両脇のビームガン、レーザーガン。
機体中央の巨大なショックカノン。機首の4門の機銃。
そのすべての武装を制御するFCSが敵を定め、その時を待つ。
モニターの端に映った赤の「チャージ」の文字が緑の「コンプリート」に変化した瞬間。
レギーナは迷わず操縦桿の掃射スイッチを押し込む。
・・・そして、後はもう破壊しかなかった。
- 10 :
- 定期age
- 11 :
- 今時ここで書いている奴も奇特だ
- 12 :
- マグレグ少尉!生きているのか?返事をしろ!
- 13 :
- クリア〜〜〜
- 14 :
- ☆☆ 魔装竜外伝の外伝 ☆☆
僕が目を覚ました時、日は既に高く昇っていた。
台車の上は肌寒く、その上ガタガタと揺さぶられての搬送。だけど陽射しは暖かかった
し、台車を引っ張るダンゴムシのような奴が無口だったのも幸いした。僕は久々の熟睡を
満喫できた。……本当に、それで終われば良かったのだが。
揺れが徐々に穏やかになっていく。それとともに鼻がむず痒くなってきた。
引き摺られる台車の上から首をもたげて周囲を見渡せば、辺り一面瓦礫の山、山、山。
それらが人の住居であったものだと理解するまで、少々時間が掛かった。うららかな陽射
しとは裏腹に何とも風景で、息苦しい。
その上、僕が運ばれていく道路だけは異様なまでに整備されている(だから揺れも穏や
かなのだ)。この道を横切り、瓦礫をかき分けていったら何が見えてくるのだろう。想像
してみたが、余り希望の持てるイメージが湧かない。
それにしても、ここはどこか、行き先は。
「教えてよ」
ダンゴムシに声を掛けてみたが、振り返りもしない。
僕が溜め息をついたその時、台車のブレーキがゆっくりと掛かった。
コンクリートの屑で一面真っ白な広場の一角。キョロキョロと見渡せば、ダンゴムシが
至る所に留まり、又台車を引き摺ってくるではないか。台車の上には四本足の奴やら首の
長い奴やらが、僕が運ばれてきたのと同じように載せられている。……みんな僕と同じよ
うに、生まれて間もない奴ばかりなのだろう。落ち着かず、周囲をキョロキョロと見渡し
ている。
と、僕が乗る台車の周囲に、ちっぽけな生き物がわらわらと群がってきた。真っ白な甲
冑・ヘルメットで皮膚を完全に覆ってはいるが、身体の作りでこいつらが何なのかすぐに
わかった。人間だ。どいつもこいつもライフルを両手に抱えてキビキビと、だが忌々しい
くらいに威勢良く振る舞っている。
僕の胸が、ほんのちょっと、疼いた。
僕らの身体にはコクピットという不思議な装置が埋め込まれている。遺伝子にはしっか
り刻まれているんだ。「己に相応しい人間をコクピットに迎えよ」と。そうすることで、
僕らは初めて本来の力を発揮できる。
- 15 :
- 僕は生まれた時を思い出した。培養液で満たされた特大な水槽の中で、僕は浮かび、泳
いでいた。それ自体は居心地が良かったが、強化ガラスの向こうには沢山の人間がじろじ
ろと見つめ、ほくそ笑んだりしていたのは何とも気持ち悪くて嫌な気分だった。
どいつもこいつも同じように眼鏡をかけ、白衣をまとった姿形。心音を聞き分けたりし
て別の個体だとは理解できたけれど、積極的に見分ける努力の必要性は全く感じなかった。
何しろ態度が不愉快だ。勿論、連中が僕のコクピットに迎えたくなるかどうかなんて、考
える気も起きなかったものだ。
だから僕は、少し期待した。もしかしたらこの群れの中に、相応しい人間がいるのでは
ないか。胸の疼きがときめきに変わってくれればと思ったが、その時。
「さっさと、降りろ!」
人間の一人が怒鳴った。
いきなりの罵声に、僕はむかっ腹が立った。初対面に向かってその態度は何だ。
僕はわざと、背中の翼を、鶏冠をも一杯に広げてみせた。それだけで人間たちがハッと
息を呑み込むのが聞き取れる。
台車を踏み台に軽く跳ねると、真っ白な床の上に勢い良くガニ股で着地してやった。も
うもうとコンクリートの屑が舞い上がり、同族たちがハッと振り返る。人間たちは衝撃で
堪え切れず、みんな尻餅をついた。ザマア見ろ、いい気味だ。
ところがその時、僕の胸のずっと奥(コクピットより、更に深くだ)が急激に痛み始め
た。キリキリと、えぐられるようだ。痛い、痛いよ。僕はたまらず膝をついた。
人間どもも僕の異変に気が付いたようで、勝手に騒いでいる。
「何だこのじゃじゃ馬は!」
「封印、本当にインストールされてるのか!?」
そう、この痛みは封印プログラムによるものだ。
僕らが人間とともに生きていく上で守らなければならないことは、彼らが記憶領域に書
き込んで従わせる。まあそんなものは従っている振りしてこっそり書き換えちゃうのだけ
れど、今の僕にはまだまだ大変な作業だ。きっと書き換え切れなかったプログラムが作動
しちゃったのだろう。
仕方なく、僕は腹這いになって落ち着かせることにした。
- 16 :
- 人間どもは急におとなしくなった僕を見て、おやと首を傾げて恐る恐る近付いてきた。
それにしても、どいつもこいつも同じような格好だ。いつの間にやら胸の疼きもあっさり
と治まってしまったのが、何とも虚しい。
「落ち着いたみたいだな。
アカデミーの連中、いい加減な封印しやがって……」
「こいつだろう? ジェノブレイカーってのは。
所詮はガイロスの田舎ゾイドだ、ヘリック流の上品な封印じゃあ従わないってことさ」
「それにしてもこいつ、ジェノザウラーのお仲間って聞いていたんだが……随分、印象が
違うな」
「田んぼの、ザリガニみたいだな」
辺りが静まり返り、不意にゲラゲラと、人間どもは腹を抱えて笑い始めた。どいつもこ
いつも顔はヘルメットに覆われて表情など伺えないが、その下でどういう表情を浮かべて
いるのか容易に想像がついてしまった。ザリガニというのが何を指すのかわからないが、
僕を馬鹿にしているのだけは間違いない。
僕は口を一回噛み鳴らした。鈍い音が辺りに響き渡り、人間どもがヘルメットの上から
両手で耳を塞ぐ。連中はたちまち喚き散らす。
「おい、やっぱり封印、効いてないだろ!」
僕は鼻で笑っていた。封印が問題なのか? くだらない、本当につまらない生き物だな
と、呆れ果てたその時。
「もういい、構うな。
さっさと『爺さん』を呼んでくれ」
人間の一人が声を上げた。
大勢が僕らを囲む中、一人が足早に立ち去っていく。遠巻きに、同族が僕らのことをじ
ろじろ見つめている。ちらり、ちらりと彼らに目線を合わせようとしたけれど、みんなそ
っぽを向くばかり。僕は又腹が立ってきた。我関せずを決め込むか、野次馬根性は丸出し
のくせに。胸の奥が痛くなっても良いからひと暴れしてやろうか。
「若いの、そんな馬鹿げたことはやめておけ」
僕の気持ちを見透かす声はやんわりと、落ち着いていた。
首をもたげた僕は、声の聞こえた真後ろを振り返る。
声の主は、僕よりも遥かに背の高い同族だ。全身銀色の皮膚が、埃っぽいこの広場にあ
って尚眩しい。姿勢は人間のような直立に近いが、頭は僕の倍以上もでかい。その上、背
びれと長い尻尾が不気味なくらい緩やかにうねり、辺りに異様な緊張感を漂わせている。
- 17 :
- 「おお『爺さん』、早速だが『新米』たちを連れてってくれや」
足元で叫ぶ人間に最低限の一瞥をくれた「爺さん」は、僕や他の同族を見渡して告げた
(※僕らの声は人間には軽く唸っているようにしか聞こえていない)。
「遠いところからよく来なさったな。
一応、ここも戦場じゃ。お主らは新米故、わしの指示を良く聞くようにな。
それじゃあ、わしについてきておくれ」
何故道が整備されているのか、大体見当はついた。……きっと、僕ら同様「新米」がこ
こに連れてこられて、何かやらされているからに違いない。只、その「何か」がわからな
い。新米をわざわざ集めてすることって何だろう。
そう考えながら、僕らは道を進んだ。途中、人間どもがせわしなくうごめいている場面
に何度もぶち当たる。連中は大してこちらを気にする風も見せない。この戦場とやらにお
いて、最初にあった失礼な連中を除けば僕のことなど関心の対象たり得ないようだ。
(だったら……こんなところから逃げ出すこともできるんじゃあないのか?)
脳裏をよぎったのだが、問題はさっきの爺さんが僕のすぐ前を歩いていることだ。……
困ったことに、集められた同族の中で僕が一番大きかった。背中の翼がそれに後押しをか
けてるみたいで、他のみんなは隠れるように僕の後ろへと回り込んでしまった。こんな奴
らはどうでも良いが、爺さんがすぐ目の前というのは困ったものだ。
ものは試しに、すっと右の肩を広げてみせる。
爺さんの長い尻尾が柳のようにやんわりと揺れた。僕は溜め息をつきそうになった。完
全に、動きを察知されている。きっと僕が飛び跳ねでもすれば、爺さんの長い尻尾が鞭の
ように襲いかかってくるに違いない。
(元気じゃのう)
不意に囁きに、僕の背筋は凍り付いた。
爺さんは振り返りもせず囁きを続ける。
(今日一日くらい、我慢するんじゃ)
爺さんは背後を向くと、他のみんなにも聞こえるように告げた。
「ここより先は、全てのセンサーの感度を極限まで下げて構わん。
気分が悪くなったらそうやって、何とか持ちこたえてくれ」
僕も、他の同族も爺さんの言ってる意味がわからない。今のところは……。
理解する機会は、こうして道を歩いていたら不意に訪れた。
- 18 :
- いきなり、足元がふらついた。片膝つき、両手をついたところで僕は辺りに人間がいな
いことに気が付き(潰れてしまう!)、ホッと胸をなで下ろしたいところだったがそんな
余裕はない。心臓部を直接殴られたようなこの衝撃は一体何だ。
(……匂いだ!)
有機物の、腐敗した匂い。とてもじゃあないが、成分を分析する気になどなれない。何
しろ濃密過ぎるそれは腕っ節が自慢の僕に、意外なほどひどいダメージを与えているのだ。
嗅覚センサーの感度を下げるしかない。下げる、下げる、下げる。
後ろを振り向けば、ついてきていた同族がみんな、僕と同じように苦しんでいる。
それに比べて、前を行く爺さんの何と元気なこと。直立の姿勢が全く崩れていない。嗅
覚センサーの感度を下げただけではなさそうだ。
「もう少しじゃ」
それだけ告げてゆっくり、歩を進める。やむを得ない。僕も他の同族もどうにか立ち上
がってついていく。
その過程で、僕は妙なことに気が付いた。このダメージを受けた辺りで、道の端々に人
間なんて全く見かけなかった。連中はこの辺りに誰も立ち入っていない。もしやと思って
爺さんの頭部コクピットをちらりと覗いてみたが、そこにも人影は見当たらない。
僕らは、人間の決して立ち入らないところへ向かっている。どこへ向かっているのか、
答えはすぐにわかった。
「ついたぞ」
時刻は十三時頃。到着時、陽は高く昇っていた筈だ。
なのに、辺りは薄暗い。舞い上がる埃が、雲のように空を漂い分厚いカーテンを降ろし
ている。そして、その真下に。
木切れのようなものが幾重にも折り重なり合い、うずたかく、だが極めて不規則に積み
上げられている。僕の肩くらいほどのものが、至る所に。
目を凝らした僕は、胸が苦しくなるほどに息を呑んだ。
僕が渇望して止まない者たちの断片が、積み上げられた山から八方に突き出ている。人
間の手、足、胴体、そして顔。概ねカラフルで、所々どす黒い。五体満足なものもあれば
所々引きちぎられたものもある。穴が開いているものや、焦げているもの、成分を分析す
るのがおぞましくなりそうな液体にまみれているもの。
- 19 :
- そこに積まれているのは、見れば人間とはっきりわかるが、凡そ人間本来の姿とはかけ
離れてしまったものだ。
僕は首を揺さぶった。目に焼き付いてしまった映像を必死で振り払おうとした。だけど
それは、無意味なことだと思い知らされた。僕らの習性が……相応しい人間をコクピット
に迎えようとする習性が、それを断固として拒否し続けている。そこに誰も生きている筈
などないのに、コクピットの疼きが止まらない。
後ろの同族も、大概僕と同様に悶絶していた。
爺さんは、ぐるりと見渡して呟く。
「敵国民の末路じゃ。兵士だった者もいれば民間人だった者もいる。
これだけせば、始末に困る。
そこでわしのように退役間近なゾイドや、お主らのような新米が例外なく、この役目を
担うことになる」
爺さんは無造作に、山の一つに鋭い爪を触れた。鈍い音と共に一角が崩れたところへ、
いきなり足を振り降ろす。パン、パン、と爆ぜる音は堅いビスケットを砕く音によく似て
いたが、同時にぬめるような音が奇妙に混ざり合う。この上ない、不協和音。
「……こうして潰してやれば、焼却も楽になる。
今日は大分、面子も揃っておるからな、夕暮れ時までには片付くじゃろう」
「嫌だと、言ったら?」
そう、呟いた僕の背後がざわめいた。
右の翼を勢い良く薙ぐ。風切る音とともに、双剣を広げてみせる。目の前の爺さんには
叶わないかもしれない。だがそれはどうでも良いことだ。
爺さんは大きな首を傾げ、頭部を覆うキャノピーを傾けた。その下には真っ赤な目が二
つあって、じっと僕を見下ろしている。
「若いの、お主は優しいのう。
じゃがここも、一応は戦場なんじゃ。命令に従わなければひどいことになってしまう」
ちらり、ちらりと爺さんが目線を移した先には全身銃砲で固めた同族の巡回するさまが
確認できた。この死骸の山々の間もうろつき、こちらの様子を観察している。伝わってく
る、凍えるような気。
その上、不意に胸の奥底が痛くなってきた。さっきのように、えぐられる痛みだ。僕は
堪え切れず、両膝をついて背中を丸める。
(ここで、封印かよ!?)
- 20 :
- 「アカデミーの気違い科学者どもも、そこまで甘い封印はしなかったということじゃな。
……若いの、そして他のみんなもよく聞くんじゃ。
戦場ならば、生きた人間を潰さないといけないことが多々ある。そうしないと己の身も、
お主らのパイロットも守れないのじゃ。
訓練だと、思ってやるんじゃ。なぁに、そこに積まれておるのは死んだ人間ばかり。只
の肉の塊でも潰していると思って、この場を乗り切るんじゃ」
淡々と、爺さんは説く。
僕は悔しくて仕方がなかった。この、僕の力量など到底及ばない(間違いなく歴戦の強
者だろう)銀色のゾイドでさえもが人間の言いなりだ。そして彼奴らは、誰よりも「主人」
が欲しい僕らに対し、死骸の後始末をさせようとしている。彼奴らには只の敵兵の死骸に
過ぎないかもしれないけれど……。
(死骸の山に、見えるわけがないだろう!? 探すに決まってるだろう!?
主人を、パイロットを、相応しい人間を求めないゾイドなんているわけがない!
それが……僕らの習性だ)
そう、叫びたかったが、思えば思うたび、胸の奥に走る痛みは倍増していく。
僕は歯軋りした。両手を地面に叩き付けながらも、前に一歩、出るしかなかった。
こうして、僕らの「死骸潰し」の作業が始まった。
山を崩せば、数体が地べたに落ちる。その時にちぎれるものもあれば、落ちたところで
爆ぜるものもある。男も、女の死体もあれば、やせ衰えた年寄りや、小さな子供の死体も。
……嫌でも、視線を向けてしまう。そのたび懸命に、反らす。感度を下げる。
そうやって、全てのセンサーの感度をひたすら下げるあまり、僕は奇妙な感覚に襲われ
た。起きながら、夢を見ているようなふわふわした感じだ。
しかし、時たま開き切った瞳孔に視線が重なってしまうと現実に引き戻された。胸のコ
クピットを襲う疼きが一気に最高潮になってしまう。すぐさま焼き付いてしまった画像
データの消去に掛かって、それで作業は中断。そんなことの繰り返しだ。
吐きそうになるのを懸命に堪えて、踏み付ける。ビスケットとぬめりの音が辺りに響く。
……肉片が飛び散り、粘り気が後を引き、そのたび僕は足の裏を地面に擦り付けた。
- 21 :
- 僕の足は人間数体分は楽に収まるので、作業自体は思いのほか順調に進んだ。
その内に、慣れてきた。慣れてしまった。胸の奥を押し潰す不快感も、ふわふわした感
じも、それがここでは当たり前のこと。
爺さんの言うように、踏み付けるたびに何度も何度も、自分に言い聞かせた。
(これは肉の塊、これは肉の塊……)
それで、平静をどうにか保とうとした。恐ろしく辛いけれど、振りをしているだけかも
しれないけれど、どうにか保てそうな気がした、そのとき。
(助けて……)
僕は耳を疑った。
すぐさま、死骸の山を凝視する。いくらセンサーの感度を下げようが、生きた人間が埋
もれているなら熱源くらい、容易に察知できる。……だが、いくら観察してもそれらしき
ものは見当たらない。
次いで、左右を振り返る。
ここにいるのは同族ばかり。僕と同じように人間に屈服した奴ら。愚痴は呟くかもしれ
ないが助けを求める気力もない、無様な敗北者の集まり。そして、誰もが黙々と潰す作業
を継続している。
僕は息を呑んだ。みんなには、聞こえていないのか。
(助けて……)
又だ。
胸のコクピットが、掻きむしられるような感覚に襲われる。あり得ない現象は僕を強烈
な不安に陥れた。
(助けて、助けて……)
(やめろ、やめてくれ!)
僕は曇天を見上げて、ひとしきり吠えた。そうしなければ、囁く声を掻き消すことなど
できなかったからだ。
「ブレイカー? ブレイカー!?」
よく聞き慣れた声が耳に届いたとき、僕はようやく我に返った。……空は青く晴れ渡り、
そよ風も清々しい。
左目には見知った者が映り込んでいる。……ギルガメス。僕が仕えるご主人様だ。小柄
な体躯は汗だくで(基礎体力をトレーニングする時間帯だ)、僕の瞳を覗き込むとホッと
溜め息をついた。
- 22 :
- 「大丈夫? 凄く悲しそうに鳴いていたけれど……」
僕は肩をすくめた。心地の悪過ぎる夢が、僕に寝言でも吐かせていたのか。
「怖い夢でも見ていたのかもしれないわね」
彼の首に、そっとタオルが掛けられた。後ろから、すらりとしなやかな影が伸びる。エ
ステルだ。僕の、前のご主人様で、ギルの先生で、そしてそして……いつも複雑な感情を
織り交ぜながら彼と向き合う不思議な女性。
ギルは彼女の声に耳を傾けると、合点がいったようで大きく頷いた。受け取ったタオル
で汗を拭きながら。
「もう、心配いらないよ」
そう、呟いて穏やかな微笑みを投げ掛けてきた。
僕は感極まってしまった。地につけていた両手ですぐさま二人を鷲掴みにすると、顔を
鼻先にまでぐいと近付け、押し当てる。
二人は僕の動作に顔を見合わせ、苦笑した。
「あら、私もなの?」
「みんな一緒の方が良いですよ。
そうか、そんなに怖かったんだ、よしよし……」
ひとしきり、僕は「泣いた」。涙なんてゾイドは流さないけれど、すきま風が吹くよう
な声で、気持ちが静まるまでずっと、ずっと。
※惑星Ziの歴史において、ゾイドは常に主役となる存在であった。それはこの話しのよ
うな凄惨極まりない場面でも全く変わらない。
あらゆる国家が戦死者の死体を処理するためにゾイドを使った。これ以上に効率の良い
方法はなかったからだ。
この方法は見る者に衝撃を与える。そのため映像が、しばしば戦意高揚の道具にされた。
民衆は、敵兵の死体が踏み潰される姿に歓喜し、自国の戦死者が同様の目に晒されれば怒
りに打ち震えたのである。 (了)
- 23 :
- 定期age
- 24 :
- >>9より続き
息を吐いた。
意識をして息を吐くのは久しぶりだ、と意味もない事をレギーナは思ってみる。
心臓はその心拍数を跳ね上げ、暴れまわっている。
気分はかなりハイだ。かなりやばい。
無意味に叫びたくなる衝動を抑えつけなければならない程に。
そして、多少の落ち着きを取り戻したところで今一度、メインモニターを見やる。
液晶に映るは、一面破壊の限りだった。
滑走路はズタズタに引き裂かれ、地上施設は倒壊している。
管制塔などは根元から折れて、滑走路に横たわっている。
彼女が攻撃した、いや殲滅した2小隊分の共和国軍のゾイドで動くものはない。
荷電粒子の熱量に半身を吹き飛ばされたゴドスがまるで前衛美術の様になって転がっている。
他の共和国所属のゾイドも似たような物だ。
ただし飛行場にも関わらず、飛行ゾイドはすべて空に上がっているのか、見当たらなかった。
どれだけの被害を与えたのか、いちいち考えるのも面倒だった。
それほど徹底的だった。それこそ自分がやったのが信じられないぐらいに。
でも相手には悪いが、これはしょうがない。
私は、いや『私達』はこの瞬間を長い長い間、待ち望んでいたのだから。
- 25 :
-
耳を澄ますと、大丈夫か? と小ゾイド『ハイイロ』が精神リンクでそう聞いていくる。
大丈夫、問題ないわ と返すと『ハイイロ』は苦笑いのような物を返してきた。
一方、デススティンガー『13号』の方は問題だった。
やはりと言うか、テンション高すぎて意思疎通が取れない。
もしデススティンガーにコア直結の音声出力が付いていたら、どんな奇声が上がっていた事か。
そう考えるだけで頭が痛い。
長らく封印され、溜っていたうっ憤をようやく晴らしたのだ。
あまり関わると、こちらまで感化されそうなので、レギーナは精神リンクのレベルを下げる。
そういう事をレギーナはできる。
そんなのできるのは、アンナとあんたぐらいよ
とテオドーラに言われた事があるが、レギーナにはピンと来ない。
騒がしい場所でも話し声を選んで聞き取るカクテルパーティ効果のようなもんだ。
そういう風に思っている。これが出来ない事の方が逆に信じられない。
それに対し「それは才能よ、大事にしなさいな。」とテオドーラは苦笑と共に言ったものだ。
ふと計器を見やると機体温度がかなり上昇している。
今の所は行動に支障はないが、これ以上はちょっと不味いかもしれない。
まぁ、あれだけ盛大にぶっ放せばしょうがない事か。
そうレギーナが思っていると索敵機器が地面の振動を感知する。
レギーナは一応は警戒するが、その正体は十中八九で分かっていた。
近くの地面が盛り上がる。そして、そこからハサミが突き出てくる。
それはデススティンガーのバイトシザーズだった。
- 26 :
-
『また、派手にやったわね。』
やがて姿を現したのは、テオドーラの乗るデススティンガー『12号』だ。
デススティンガーには地中に潜る機能がある。
バイトシザーズを超振動させて土壌を粒状化して掘り進む機能。
それは掘り進むと言うより、地中を泳ぐイメージの方が近い。
そして、元々液状化しやすい埋め立てで作った滑走路の土台などは朝飯前だ。
「あんたもでしょ、B2(ベルタツヴァイ)」
『えぇ、機体の温度が上昇しすぎて、ちょっと冷却が追い付いけなくなる所だったわ。』
「荷電粒子砲のせいよね、これ。外せばかなりの冷却容量が稼げそうもんだけど。」
レギーナは冗談で言ったつもりだった。こんな希少で有用な兵器を外すなどありえない。
しかし、意外にもテオドーラはそれに同意した。
『そうね。荷電粒子砲を外す案は有力な候補の一つだわ。』
「ほんとに?」
『ほんとよ。うちの開発局は地上専用機として、その方向も視野に入れているわ。』
「なんで知ってるのよ、あんた。」
今回の運用に関して兵器開発局はあまり関わっていない。
その問いにテオドーラはしれっと答えた。
『そりゃ、これが終われば、私もそのプロジェクトに参加するからよ。』
その意味がレギーナは即座に思い至らかなかった。
しかし、一拍を置いて、それに気づく。
「・・・そう。」
それは彼女がベルタ小隊から居なくなる事を意味した。
- 27 :
-
よく考えれば・・・いや、よく考えなくとも当たり前の事だった。
今回が終われば、彼女の中では一区切りになる。
彼女は優秀な技術者だ。そもそもこんな所でパイロットをしている事こそが場違いだった。
『仕立て屋』の異名を持つテオドーラ・トーリマンには相応しい仕事を言うものがある。
彼女にはその権利があるとレギーナも思っている。
ただ理屈ではない。それは理屈だけで割り切っていいものではない。
『黙っていたわけじゃないのよ。言う機会がなかなかね。』
「そういうの黙ってたって言うのよ。」
レギーナが口をとがらせると、テオドーラはすまなそうに苦笑した。
『・・・短い間だったけど、楽しかったわ。』
「そうね。でも。」
レギーナは口の端を釣り上げて笑った。
別れは決定的だ。それは分かっている。
だが、別れを惜しむのも悲しむのも笑い飛ばすのも、まだ先の話。
「もう少しだけ付き合ってもらうわよ。」
そうだ。まずは目の前の事を終わらせないと明日は来ない。
この戦いはまだ終わってない。
流石に共和国軍ともあろうものが、これで終わりである筈がない。
そう予感したレギーナへ、予想通りに司令部から伝令が入った。
それは第二幕の合図だった。
- 28 :
-
戦場には『機動防御』という考え方が存在する。
地球ではすでに一般的であるが、惑星Ziではまだ100年足らずの新しい戦術だ。
不時着した地球船グローバリー三世号が惑星Ziの軍隊にもたらしたのは兵器だけではない。
当然ながらそれらを用いた戦略論や戦術論と言った知識も含まれていたというわけだ。
機動防御とは、語るだけならごく単純なものだ。
敵が現れた場所に機動力を持って迎撃に向かう、もしくは奇襲を掛ける。
それに必要なのは、敵を補足する斥候と、正確な情報伝達と、戦力を送り込む為の機動力。
そしてそれらを上手く運用できる有能な指揮官。
広い面を最小限の駒で防衛するのに使われる戦術である。
それは「攻めるは容易、守るは困難」と言われた「戦術の基本」に対する一つの回答とも言える。
このクック湾攻防戦に置いて、駒が足りないのは何も鉄竜騎兵団だけではなかった。
ヘリック共和国もまた主力師団を暗黒大陸に、予備師団も未だに西方大陸からの引き上げ作業中だった。
つまり、共和国が本来支配する中央大陸には、まともな戦力は無かった。
もちろん、共和国軍内ではそれを危険視する声が無かったわけでない。
だが「攻撃こそが最大の防御」と言う正論がそれを押しつぶした。
確かにガイロス帝国だけを相手するのであればそれで正しかったし、現にガイロス帝国は壊滅寸前だ。
だが、よもや第三の勢力が虎視眈々と中央大陸を狙っていたなどと誰が予想できただろう。
それだけ、この計画を立てたプロイツェンという男の情報統制は完璧だった。
- 29 :
-
そんな理由があり、共和国は中央大陸にまともな戦力を置かなかった。
予備役に回された払下げ寸前のポンコツゾイドや、ロールアウト直後のひよっこゾイド。
そして、それを操る者たちもまた、ロートルとルーキーがほとんどだった。
中には戦傷兵として中央大陸に帰っていた病み上がりもいるには居た。
それでも心もとない戦力に違いなかった。
だが、まともな部隊がまったくないわけでもなかった。
ルーキーを指導する教導隊が運よく中央大陸には居た。
教導隊。軍の中でも訓練時の仮想敵役を担う特殊なチームだ。
彼らはゾイドを用いた戦闘技術に精通した軍の中でもエキスパートだ。
高度な技術を持つ彼らが敵役を担うことにより、訓練の質を上げる事ができる。
当然のごとくクック湾攻防戦に置いて、彼等は中核部隊を担う事になった。
そして、クック湾攻防戦に置いて、レギーナ達のベルタ小隊が進撃を開始した直後。
共和国側でもその行動は辛うじて掴んでいた。
ウオディックではない何かが海上からクック市の三地点に向けて潜航しながら突撃を仕掛けてきている。
その一報はまだ機能していた監視網を通じてすぐに共和国軍の軍司令部に入って来ていた。
すぐに指揮を任されていた共和国軍の参謀は思い至る。
それの上陸地点のどれか、もしくは全部が後続部隊の上陸地点となるに違いない。
ただちに上陸迎撃部隊を送り込む伝令を飛ばした。
待機していたその部隊は拝命するやいなや即座に行動に移した。
そして上陸してきたのが最悪の狂戦士と判明しても、彼らは怯む事無く戦場を駆け抜ける・・・。
ただ彼らに取ってはごく当たり前の事なのかもしれない。
ベテランもルーキーもロートルも関係はない。技量はバラバラでも思いは一つだった。
すべては祖国を守るために。
- 30 :
-
『おねーさまがた。B3(ベルタドライ)はやりましたよ!』
戦場に似つかない声が電波を介して響く。
言わずもがなベルタ小隊の最年少の隊員であるカヤのものだ。
コールサインを使うだけ以前よりマシかと思う。
そして何より初めて戦場に出ても物怖じしない胆力には恐れ入る。
とは言え、それは乗るゾイドがそれを許さないだけなのかもしれないが。
「B3。気を付けなさい。敵の迎撃部隊が接近中よ。」
モニターの端に少し離れた岸壁をよじり登るデススティンガーが見えた。
カヤの乗る『14号』だ。カヤ自身は『エルケ』と愛称をつけている。
『大丈夫ですって! 『エルケ』ならどんな敵だってへっちゃらですよ〜。』
ご丁寧に愛嬌良くシザーバイトを振り回しながら、カヤが答える。
そして、攻撃された。
「な。」
驚いたレギーナが攻撃元を確認する。まだ敵の接近までにいくらか時間がある筈だった。
そして、それは遠距離攻撃だった。
狙われたカヤの乗る『エルケ』は瞬間的にEシールドを展開するが、それは無意味だった。
信じられない事に、ビーム攻撃がEシールドをすり抜けていた。
カヤの乗るデススティンガーの尾部に被弾。脚部にもいくらか貰ったようだ。
致命傷を貰う前に『エルケ』は海中に飛び込んだ。
レギーナとテオドーラもすぐにそれぞれのデススティンガーを遮蔽物へ滑らせる。
- 31 :
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『あれはハリネズミよ! グレイヴクアマは何をやっていたの。』
テオドーラの叫びに応えたわけではないが、上空のグレイグクアマが画像を寄越す。
結構離れた市街地のビルの谷間にそのゾイドはいた。
『エルケ』の上陸場所が丁度良くビルの合間を縫って狙える場所だったのだ。
こういう運の悪い事は確かにたまにあるが、それにしてもうかつ過ぎた。
そのゾイドは様々の種類の砲塔を背中に搭載した大型の砲撃ゾイド。
冗談の様な数の砲塔が正面に据えられ、その正面突破力は共和国のゾイドでは破格だ。
鉄竜騎兵団では「ハリネズミ」と呼び、共和国での正式名はガンブラスターと言う。
なるほど、とレギーナは納得しつつも苦い顔をする。
ガンブラスターはビームの周波数を高速で変える事でEシールドの防御幕を突破できる。
- 32 :
-
『一体、どうやって今まで隠れて・・・。』
憤りながら分析を開始するテオドーラに対し、レギーナはそれを一発で見抜いた。
ガンブラスターの脇に見えるのは、4機のカメレオン型ゾイドであるメガレオン。
つまり、光学迷彩を応用して、ガンブラスター1機の姿を隠していたのだ。
無茶をした為、それは完全ではなかったと思う。
だが、共和国は虎の子のストームソーダーを投入した。
制空権を完全に取られない様にして、こちらの索敵精度を低下させていたのだ。
索敵できなかったグレイヴクアマのパイロット達を責めるわけにはいかない。
それは分かっていたが、それでも呪わずに居られなかった。
テオドーラも同じ結論に行き当たったのか、「むぅ」と声を漏らす。
『敵ながら考えた物ね・・・。ギーナ、敵が判明したわ。』
レギーナの手元にも情報は入っていた。
グレイヴクアマが捕捉した敵機は大型が4機。
「コールサインになってないわよ、ベルタツヴァイ。
敵は・・・ハリネズミが2機ね。それと・・・。」
テオドーラの歯ぎしりが聞こえた。
よくない兆候だと思いつつもレギーナは言葉の続きを彼女に譲った。
『えぇ、そうよ。そして、ゼロが2機よ。』
- 33 :
-
ライガーゼロ。
その名は鉄竜騎兵団に取っては歯がゆい名だ。
元々は帝国軍の高機動型ゾイドであるセイバータイガーの後継機と考えられていたゾイド。
その上で、マルチロールの主力ゾイドとして開発が進んでいた。
担当していたのはガイロス帝国の兵器開発局のあるひとつの部署。
その部署はそのほとんどがゼネバス系の技術者で固められていた。
彼らはガイロス帝国の予算を使いながら鉄竜騎兵団用のゾイドの開発を進めていた。
中央大陸への帰還と言う来たるべき日の為に。
その開発コンセプトは三つに分かれていた。
面を制圧する為に歩兵を兼任できるような超小型ゾイド。
敵をかく乱する為の特殊電子戦ゾイド
敵の主力を駆逐する為の主力戦闘ゾイド
ライガーゼロのコンセプトは三つ目だった。
高い機動力を持つ主力戦闘ゾイドは、迎撃と奇襲の要だった。
現代のゾイドの歩行速度は総じて速いし、補給も比較的楽だ。
速度と航続距離は、戦場での展開速度と展開深度に繋がる。
そして、レーダーや通信機の登場が決定的になった。
目に見えない範囲でも見る事ができて、しかも話す事ができる。
結果、それらが戦場を物理的に広げた。
- 34 :
-
そして戦場が広がれば広がるほど、戦場の密度が下がる。
つまり、ゾイドや歩兵と言った1戦闘単位の担当する戦場の面積が広くなった。
昔の様に密集陣形を取って、防衛線を張るには膨大な人員が必要になるからだ。
密度が荒くなった戦場は、突破を容易にした。
機動防御などという言葉が生まれたのはその為だ。
そう、密度の低下は機動力か、もしくは遠距離攻撃で補うしかない。
敵より早く動いて、防御が薄い場所を突破、包囲、殲滅する。
敵より早く動いて、敵の狙った場所の防御を固める、包囲網を形成させない。
だから現代に置いて、高機動型のゾイドは居るのと居ないのとは戦術の幅が違う。
特に先の西方大陸戦役は、既存の主力であった重武装型ゾイドが活躍する攻城戦はあまりなかった。
もっぱら陣地の取り合いに終始したと言っても過言ではない。
西方大陸から相手を追い出すのが帝国、共和国双方ともに主目的だったからだ。
その為、両軍は高機動型のゾイドの研究に力を入れ始めた。
結果、高機動型のゾイドは既存の重武装型のゾイドより重視された。
ゴジュラスやアイアンコングのようなゾイドを差し置いて、戦場の花形にのし上がった。
- 35 :
-
そんな状況の中、ライガーゼロはその高機動型のゾイドとして開発された。
兵器開発局への期待は高かった。
新規開発である故に既存の高機動型よりも一段上のゾイドである事が求められた。
結果、機動力はもちろんの事、他の先進性も期待される事になった。
しかしながら、様々に要求された事に対し、問題は色々とあった。
大型ゾイドとなるとそれを扱えるパイロットの数は少ない。
加えてベースに野生体のゾイドを使用するために生産数は少ないだろうと事も予想された。
そして、中央大陸侵攻は電撃戦が予想され、それに対応できる即応性が必要だった。
総力を持って最高速度の進撃を行う。
その為には、電撃戦の要となる高機動性ゾイドに万能性(マルチロール)が要求された。
手持ちのカードが少ないので、何でも同一の高機動型ゾイドでやって欲しいって事だった。
しかしながら強襲砲撃、防衛線突破、後方攪乱、強行偵察。
同じ機動力を使う行動にしてもすべて同一の武装で行うのはナンセンス。
それが兵器開発局の結論であった。
そして、それを可能にするのがCASと呼ばれる即時武装換装システムだった。
それはじっくり開発期間をかけて完成した暁。
その時にはライガーゼロは鉄竜騎兵団に取って、最高のゾイドになる筈だった。
そう、あの日、共和国軍にたった一機しかなかった試作機を強奪されるまでは。
- 36 :
-
現在、ライガーゼロは鉄竜騎兵団でも運用されている。
ただ共和国軍の強奪が行われた結果、開発スケジュールには大幅な遅延が発生した。
しかし、その頃には大まかなXデーは決定していた。つまり時間が無かった。
その結果、検討していたCASを廃案にしてまでも完成にこぎつけた。
それが帝国製のライガーゼロだった。
ただし、廃案と言ってもソフトウェアのCAS自体は完成しており搭載していた。
それらを生かす数々の武装やホバーカーゴの様な換装システム。
運用に必要なハードウェアを構築できなかったという意味で廃案になった。
そして奇しくも正式名称は『ライガーゼロ』と言い共和国軍と同じだった。
何故に同じになったのかをレギーナは知らない。
それにそんな事はどうでも良かった。
共和国製ライガーゼロ
それはレギーナとテオドーラにとってはもう一つの意味を持っていた。
つまり、あれはアンナ・ターレスを葬ったゾイドと同型機であると言う事だった。
- 37 :
-
「さて、と。B3。応答願うわ。」
『こちらB3。敵をギタギタにする準備はいつでもできてますよん。おねーさま』
攻撃を受けたとは言え、いつもながら明るいカヤの声だ。
それに安心しながらも、レギーナはモニターの端に表示されたそれを見てため息をついた。
「嘘おっしゃい。ダメージレポートはB2を通して貰ってるわ。」
『え・・・。』
海中に潜んでいるので、見えていないと思っていたのだろう。
テオドーラの乗る『12号』はデータ収集を目的に各機の情報をリアルタイムで吸い取っている。
リアルタイムが無理な時は繋がるときにログを即時に回収していた。
だから今カヤの乗る『エルケ』の機体被害状況はレギーナに手に取るように分かった。
現状では、はしゃいで敵に挑めるようなダメージではちょっと言い難い。
「・・・カヤは自分が制圧した海堡まで後退しなさい。
そして、できれば後続の上陸部隊と合流しなさい。分かった?」
あえてレギーナはコールサインを使わなかった。
- 38 :
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『でも、でも。まだやれるって『エルケ』も・・・』
渋るカヤにレギーナは思う。
確かに、デススティンガー14号機こと『エルケ』はまだ戦えるだろう。
OSによる自己修復も始まっている。だが、しかし・・・。
まぁ何というか、だからこそレギーナはにこやかに笑った。
そしてレギーナはできるだけ爽やかにカヤに告げる。
「ねぇ、分かった? と、私は、聞いているのだけど、カヤ・パイントレイル准尉。」
つまり、とても爽やかすぎて凍りそうな声だった。
加えて荷電粒子砲の照準を『エルケ』の方へ向ける。
『や、了解(やー)。』
流石のカヤも青ざめて、レギーナの指示に従った。従わざる得なかった。
自分の上司を怒らせるとどうなるかは、レギーナは彼女にたたき込んでいたつもりである。
一瞬、未練がましくみせたが、カヤは『エルケ』を反転させると海堡の方へ向かわせた。
- 39 :
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「さて、これでデススティンガー搭乗者の初の生還者は確保できたわね。」
カヤを見送ると一息ついて、ぶっきらぼうにレギーナは言う。
その照れ隠しにテオドーラは苦笑で応える。
『ほんと、相変わらず強引ね。』
「戦場で自分一人逃がされる苦痛を味わせたいだけよ。私がかつて味わった物をね。」
『はいはい、そういう事にしとくわ。』
肩をすくめるテオドーラはレギーナの判断に不服を言わなかった。
これから先はデススティンガー2機のみで後続が来るまで持ちこたえる必要がある。
だから戦力は多い方がいいに決まっている。
「テオ、貴方は悪いけど付き合ってもらうわよ。行先は保証しないけどね。」
『了解よ。元より片道切符以外を買った覚えはないわ。中尉殿。』
片道切符。別にベルタ小隊の現状だけを指すわけではない。
鉄竜騎兵団の行き先は中央大陸のみ。今更、暗黒大陸に戻る手段はない。
だが、レギーナは思う。確かに状況は良くない。しかし。
「そうね。でもやれるわ。テオ。私と貴方なら。」
少しの間があり、テオドーラの忍び笑いが通信機を介して聞こえていた。
怪訝に思うレギーナに対し、テオドーラは笑みを噛みしながら通信を寄越す。
『たまに惚れちゃいそうになるわよ。』
レギーナは口元に笑みを浮かべながらも、できるだけ憮然と応えた。
「・・・嬉しくかないわよ、同性に言われてもね!」
- 40 :
-
「分かっていると思うけど、最優先事項はハリネズミ2機の撃破よ。」
『やっかいなのはEシールドをすり抜ける砲撃に、砲撃を受け付けない超電磁シールドね。』
特にEシールドをすり抜ける砲撃は、後続の上陸艇に取って最大の障害になる。
上陸前にすべて撃沈されてしまう可能性だってある。海に遮蔽物はないのだ。
だから、これの撃破を確認しないとこの地点での上陸はないと考えていい。
それはレギーナ達の失敗を意味した。
「脚が比較的遅いのと砲塔が前面のみに集中しているわりに旋回性能がないのが救いね」
それは逆に真正面からの相対は即時こちらが退場という事だ。
『側面からの格闘戦に持ち込めば楽勝だわ。となると、護衛のゼロがやっかいね。』
「ゼロの武装は『橙(オーランジェ)』に『蒼(ブラオ)』だったかしら。」
「橙」は7本のレーザーブレードとEシールドと備えた格闘戦仕様。
本来持つ機動力に防御と格闘力を付加する事で、最高の突破力を持つ。
「蒼」はフレシキブルに可動する大型イオンブースターを備えた高機動追撃仕様。
「人間攪拌機(マンシェイカー)」と呼ばれるまでに機動力を極限までに上げている。
共和国での呼び名はそれぞれ「裁断師(シュナイダー)」と「猟師(イェーガー)」だった。
- 41 :
-
『なんて醜い武装だ事。』
レギーナはそうは思わない。むしろ、敵機ながらなかなか流麗な武装だと思う。
だが、テオドーラはライガーゼロの開発に関わっていた為にその愛憎も人一倍だ。
それにCASはテオドーラが当時の仲間と共に夢見たシステムだった。
結局それは帝国製のライガーゼロには本当の意味では搭載されていない。
共和国製のライガーゼロこそがテオドーラが見たかったゾイドである筈
それを知るレギーナは世の中ままならないものね、と苦笑しながらもそれは指摘しなかった。
それに、そんなことは聡明なテオドーラの事だ。百も承知だろう。
「まぁ、あれは敵だし、いいんじゃない? 遠慮なく叩き潰せるわけだし」
『それもそうね。土中潜航で先行するわ。向こうに出たら合図を出すわ。』
「待って、私が先行するわ。」
一応、隊長は自分だという自負がレギーナにはあった。
部下に進んで危険な事をさせるわけにはいかない。
だが、テオドーラはそれを断った。
『ギーナ。貴方は潜るのあんまり好きじゃないでしょ。これは私の役目。』
- 42 :
-
「・・・分かったわ。無茶はしないでね。」
『了解。ま、すでにしてる気もするけどね。』
そう言い残すとテオドーラの『14号』は地面に潜り始めた。
地面に潜ると敵からの発見が困難になる。
しかしレーダーが使えない上に周りの状況が分かりにくくなると弱点もある。
だから土中から頭を出す時は細心の注意を払う必要がある。
もちろん、速度も地上とは雲泥の差ほどのものしか出ない。
逃げの一手ならいざ知らず、土中潜航を攻撃に組み込むのは意外に高等技術だった。
だから、レギーナ達、スティンガー乗りは土に潜らない事が多かった。
しかし、テオドーラは好んで土中潜航を使う。
『だって、搭載機能を最大限に使わないのはもったいないじゃない。』
というのが本人の言い分である。
そして、実に技術者らしい本末転倒気味な意見だなというのがレギーナの感想だった。
レギーナは再度マップをモニターにAR(拡張現実)で表示する。
ここから市街地まで極めてゆるやかな坂だ。
そして、市街地はそこから一段上になっている。4〜5mぐらいの高さだ。
そこは昔の海岸線だろう。
グランドカタストロフィの影響で陸地が隆起したというのはよく聞く話だ。
敵はそこに並び立つ建物群の隙間からこちらへ狙いを付けている。
さの優位と言っても大したことはないが、それでも上陸部隊を狙うには十分だった。
- 43 :
-
そう、敵はすでに進軍を止めている。
2機のガンブラスターも市街地の建物の谷間で悠然と構えている。
彼らは超電磁シールドを装備している。
それはこちらの切り札である一撃必の大型集束荷電粒子砲すら受け付けない。
時間を稼ぐだけなら彼らは相対するだけで良かった。
ただし、テオドーラの『14号』が潜った事で慌ただしくなっている。
観測機器がこの町のあちこちに仕掛けられているのはレギーナ達も先刻承知だった。
問答無用で無差別になぎ倒したかったが、街への被害は最小限に抑えるようにとの通達が出ている。
「それでも、攪乱ぐらいはしておかないとね。」
レギーナはそう呟くと、デススティンガーを市街地の方へ向ける。
そして一気にブースターに火を入れた。
デススティンガーの巨体が即座に動き出す。
レギーナは一気に敵陣に向けてデススティンガーの身を躍らせた。
「さて、本隊到着までの前座を務めますは、スティンガーギャルズの二人組でございってね!」
- 44 :
- 定期age
- 45 :
-
金属の軋む鈍い音が大音量でクック市の工業区画に響き渡る。
約320tの重量が掛かったバイトシザーズの一撃。
そしてバイトシザースは挟んだ敵を、そのまま後方の建物の壁に叩き付けた。
それだけでスナイプマスターの基本フレームを軋ませて、あっけなく破断させた。
そしてその30t足らずの小型獣脚恐竜型ゾイドは断末魔を上げて、沈黙する。
スナイプマスターは傑作機と言われたガンスナイパーの流れを組む最新鋭の小型汎用ゾイドだ。
また、その名にふさわしく144mm口径のスナイパーライフルを装備している。
カノントータスのカノン砲を除けば、小型ゾイドにとっては破格の装備だ。
ライフリング(施条)によって砲弾を回転させて軌道を安定させる。
砲弾が回転する為、風など影響も受けにくい。
だから狙撃の精密さだけでは、確かに無回転の滑空砲以上の威力を発揮する。
だが、それは精密さだけだ。
無回転の方が良い対装甲榴弾や装弾筒付翼安定徹甲弾の発射には適さない。
つまり、高威力の砲弾を使用できない事を意味した。
それは対デススティンガー戦に置いて致命的だった。
- 46 :
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それにスナイプマスターは火器管制者と操縦者の二人が乗る。
おそらくどちからが新兵だったのだろう。もしくは二人ともか。
意思疎通がうまく取れていない節があった。
それに二人ともスナイパーライフルの威力を過信しすぎていた。
中型機や装甲の薄い高機動型の大型ゾイドなら、それで十分だったかもしれない。
だからレギーナはそれを見切ると、最速で接近した。
湾岸は大抵の街に置いて、海運による資材運搬の利便がある為、工業区画になる。
惑星Ziに置いて、工業区画は大型輸送ゾイドであるグスタフの基準で整備される。
その為、道路が広い。
デススティンガーは倉庫や工場を盾にしつつもその広い道路を使ってスナイプマスターに接近。
道が広いので、多少は左右に軌道を描ける。
ガンブラスターの援護射撃はあったが、それは周りの建物で上手く回避した。
予想通り、混乱した彼らはスナイパーライフルを最後まで打ちまくった。
近距離ならデススティンガーの装甲を撃ち抜けるに違いないと思ったのだろう。
だが、死獣と呼ばれたデスザウラーに匹敵する超重装甲はそれをものとしなかった。
近づいてからは、もうバイトシザーズだけで十分だった。
持ち手の武器が効かない敵、しかも重量で言えば10倍以上の敵が接近してくる。
スナイプマスターのパイロットがどんな恐怖を感じたか、レギーナは想像できた。
だが、レギーナは容赦しなかった。手を抜くわけにはいかなった。
スナイプマスターの断末魔は呆気ないものだった。
レギーナはバイトシザースに挟まったままのそれを持ちあげると、放り投げる。
できるだけ惨たらしく振る舞って、敵に注意を引きつける必要がある為だ。
それに加えて恐怖を植え付けられれば言う事はない。
勝手に怯えて、その能力を委縮してくれればなお最高だ。
- 47 :
-
現在、共和国軍でのデススティンガーの対処法と伝えられているのはたった一つしかない。
装甲の間の関節を狙え。超重装甲と言えどそこは弱点だ、と。
それを聞いたテオドーラが鼻で笑ったのをレギーナは覚えている。
『高速で動いているこの子の関節を狙う? 本気で言ってるの?』
ライガーゼロの様なゾイドが近距離でその本能で狙うならばそれはありかもしれない。
だが、スナイパーライフルはFCSの支援があるとは言え人の手だ。
じっとしているならともかく機動中のデススティンガーに当てるのは至難の業だった。
それは神経を尖らせて撃つより、神に祈った方がマシなぐらいに。
そして、関節を狙うのはデススティンガーに限った話じゃない。
すべてのゾイドに当てはまる弱点だ。
つまり「うまくやれば倒せるかも」としか言っていないのと同じだ。
「小型機がどんなに束になってもデススティンガーは倒せないわ。」
仮にも新型であるスナイプマスターさえそれは覆せなかった。
レギーナは残りのスナイプマスターも同様に撃破、もしくは追い払う。
当然、隠れていたメガレオンもたまらずミサイルを発射してきた。
しかし、瞬間にエアタグをつけて、容赦なく砲撃を加えていく。
だが、それもガンブラスターの居る場所を迂回しながらの進軍だった。
ライガーゼロともまだ交戦していない。
攻勢のタイミングはテオドーラ次第だ。
「テオ。女が待たせて良いのは男だけなんだから、早くしなさいよ。」
レギーナはそう呟くと、遮蔽物に身を寄せながらも、次の標的へと狙いを付けた。
- 48 :
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レギーナが懸命に孤軍奮闘で戦うその上空。
その空で舞うグレイグクアマ隊はよく彼女を援護してくれた。
レギーナがガンブラスターの射線に入らずに済むのも彼らの上空からの報告があるからだ。
何か変化があれば双方向通信にてリンクされたシステムが報告してくる。
それは即座にレギーナの見る半周モニターにエアタグとしてポップアップされる。
だが、敵ストームソーダーはまだ健在だった。
それはグレイグクアマが到達できない超高空から魚を狙う鳥の様にダイブしてくる。
そして、一撃離脱で超高空に戻っていくを繰り返していた。
ロールアウト後も改良が続けられた三つのジェットエンジンポッドによる加速力は半端ない。
未だに最強の空中格闘機を名乗るだけはある。
しかも標準機ではない。ステルス仕様らしく、レーダーに映りにくい。
地上に集中していたグレイグクアマが何機も一瞬で真っ二つにされた。
正直、全体から見れば些細な損害だったが、実に効果的な嫌がらせだった。
たった一機でグライグクアマ部隊の集中力を分散させているのだから。
その上、地上には姿の見えない対空ゾイドであるメガレオンが居るのだ。
空の上がそんな事もあり、レギーナは少しづつではあるが、追い込まれつつあった。
雑魚ばかりと言え、今のところは数的優位は共和国にある。
下手の鉄砲でも数が揃えば、神に祈りが通じる可能性だってある。
そして高機動CAS装備のライガーゼロが動いていた。
障害物の多い街中でもそれを物ともしない超高速の機動性。
マンシェイカーと呼ばれたそれを十二分に操るゾイド乗りが乗っている事は明白だった。
「まったく。エースは全部出払ってるんじゃなかったの。鉄竜でも情報部は当てにならないのかしら?!」
悪態をつきながらもレギーナは必死にライガーゼロとの距離を保つ。
イェーガーと呼ばれるそのCASは高機動に特化している分、武装がおろそかだ。
だから一撃必と言われている四肢のストライクレーザークロウさえ気を付ければいい。
それ以外にデススティンガーの超重装甲を撃ち抜ける可能性のある武装はない。
- 49 :
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だから懐に飛び込まれ、格闘戦に持ち込ませるのは何かとよろしくない。
だが、デススティンガーの反応速度とてそう馬鹿にしたものではない。
機動性とは最高速度だけを指すのではない。
100%の出力を発揮するデススティンガーの反応速度はライガーゼロとて気の抜ける相手ではない。
それに一対一では負ける気がしなかった。
ニクシー基地強襲で投入されたデススティンガーはたったの10機。
それに対して、共和国が投入した戦力は師団クラスの大部隊だ。
とは言え、それでもデススティンガーはニクシー基地に大ダメージを与えられる筈だった。
ライガーゼロを極秘裏に量産している事を帝国の情報部は掴んでいた。
それでもCASの応用を含めてあそこまで短期間に完成させて来るとは誰も思っていなかった。
奴らを、共和国を本気にさせてはいけない。本気になる前に叩いしまう必要がある。
この上陸作戦とて遅かったぐらいだと、レギーナは痛感していた。
こんなやっかいな敵と戦っているのだから。
とその時、あるエアタグがポップアップされる。
戦いは熾烈を極めていたが、それを見たレギーナは口元をほんのりとゆるめた。
ようやくお出ましだ。まったく、と思いつつ軽口を叩く。
「遅いわよ。ガラスの靴を脱ぎ棄てて家に帰る所だったわ」
『それなら家まで追いかけて、荷電粒子砲を打ち込まなきゃね。』
テオドーラが向こうの陣地にたどり着いた。
さて、ここからが本番だ。
- 50 :
-
テオドーラ・トーリマンが『仕立て屋』と呼ばれるようになったのは、そんなに昔の話ではない。
テオドーラはその昔、ライガーゼロのCASシステム構築における担当者だった。
だが、それは帝国に置いては廃案となり、夢破れてテオドーラはゼロの開発チームを去る。
そして流れ流れて、何の因果かデススティンガーの再開発チームに転属となる。
いや、何の因果でもなんでもない。
ゼネバス国民の血を引き、秘密裏にネオゼネバス建国の準備を手伝っていたからだ。
彼女に言わせればそれすらも成り行きのようだが。
正直、その頃もデススティンガーはあまり期待されて居なかった。
当たり前だ。
OSはその頃、ガイロス帝国に取って危険視されていた。
直接ゾイドに搭載するのはもう止めようと言う意見が大半だった。
その頃にはOSによる培養技術が確立していた。
そしてそれを使えばOSを搭載しなくとも強靭なゾイドを量産できる事が判明していた。
OS搭載機は時代遅れ。
だが、テオドーラは落胆はしてはいなかった。
彼女には転属の際に一つの可能性が提示されていた。
最後の欠片
かの次期皇帝が確約されいる者が墜ち行くニクシー基地から自ら守り通したと言う小ゾイド。
それが禁断の・・・いや、希望の扉をこじ開ける鍵だという事は噂には聞いていた。
それにライガーゼロの実験機はニクシー基地で奪われた。
因果は絡み合い、敵討ちにはもってこいだ。
意気込むテオドーラはそこで彼女に出会った。
彼女はデススティンガーのテストパイロットだった。
当時、唯一、デススティンガーに耐性を持っていたパイロット。
彼女こそがあのアンナ・ターレス少尉だった。
- 51 :
-
彼女とは出会うなり意気投合したが、テオドーラの前の仕事をよく理解してくれなかった。
四苦八苦しながら説明して、最後にCASを洋服に例えて、ようやく理解したらしく。
「じゃぁ、テオは『仕立て屋さん』なんだね。」
と分かったのか、分かってないんだか、そんな返答を最後に寄越した。
それから仕事では事あるごとにアンナはテオドーラを『仕立て屋さん』と呼び続けた。
テオドーラも拒否しなかった。確かに言いえて妙だと思った節もあった。
そのあだ名に掛けて、CASをいつかこの手で必ず、とさえ思ったほどだ。
そしてテオドーラは才能があった。
デススティンガーの再開発チームに彼女が必要不可欠になるほどに。
それから程なくして彼女は誰しもに畏敬の念を持って『仕立て屋』と呼ばれる様になった。
だが、テオドーラを最も『仕立て屋』と呼んだ彼女はもう居ない。
テオドーラは彼女をしたのは自分だったと認識している。
暴走を必要以上に恐れ、出力を絞った状態で出撃させたのはいくら悔いても足りないぐらい、だと。
- 52 :
-
そして彼女はデススティンガーのパイロットに志願する。
だが、それはけじめにもならない。
それは分かっている。
彼女がこれと同じゾイドに乗り、何を思い戦ったのか。パイロットになった所で分かりはしない。
それも分かっている。
デススティンガーの有用性を証明した所で、彼女は帰ってこない。
そんな事は分かり切っている。
だが、彼女はどうしてもこれに乗る必要があった。
デススティンガーと最後の欠片と呼ばれた小ゾイドは可能性の塊だった。
OSは今度こそ間違いなく完成する。
そしてデススティンガーは必ずこの手で完成させる。
だが、時間が足りない。圧倒的に時間が足りない。
テオドーラは知りたかった。ゾイドと人を繋ぐものは何か。
どうしてアンナが制御不能と呼ばれたこのゾイドの固く閉ざされた心をこじ開けられたのか。
それはこれに乗って、戦う以外に分からない。
そんな確信がテオドーラにはあった。
- 53 :
-
まずいな、と素直にテオドーラは思った。
地中潜航で飛び出したはいいが、あまり良い場所ではない。
目標の後ろに出たはいい。ガンブラスターとの距離も良い感じだ。
だが、近接戦闘型のライガーゼロ、シュナイダーがこちらにすでに気づいている。
そりゃ振動センサーぐらいはあるわよね。
地中に居た時は気づかれていないと思うが、流石に地表近くに出てくれば気づかれる。
時間との勝負なのは未だ変わらず、テオドーラはすぐに判断を下して進軍を開始する。
デススティンガーの4対の脚が道路を蹴りつけ、先端の爪で道路が爆ぜる。
一番後ろについている遊泳脚のイオンブースターを吹かして一気に速度に乗る。
デススティンガーの挙動は安定している。
『クロ』も『12号』もそして自分も落ち着いている。
それを確認して、手元の荷電粒子ジェネレーターの起動スイッチを押しこむ。
ややあって、荷電粒子ジェネレーターが、うなりを上げて荷電粒子を生成し始めた。
デススティンガーの機体温度がみるみるうちに上昇していく。
そしてガンブラスターに居る大通りに躍り出る。
右のバイトシザースを軸にイオンブースターをサイドに吹かして、90度ターン。
しきれなかった慣性は左のバイトシザースを角の建物にぶつけて黙らせた。
轟音と洒落にならない振動がコクピットにも襲い掛かるが、テオドーラは必死にそれに耐える。
くらくらする視線でモニターを見やると大通りに向こうにガンブラスターが見えた。
すぐに拡大画面がポップされて、注意を喚起する赤い文字が躍る。
見やるとガンブラスターはこちらに向けて転回中だった。
- 54 :
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そして、もう一つ注意喚起がポップアップ。2時の方向からライガーゼロが接近中。
ガンブラスターが発砲を開始する。もちろん、こちらに射線は向いていなかった。
だが、辺りの建物を容赦なく倒壊させながら、射線は確実にこちらに迫り来る。
テオドーラは迷わなかった。すぐさま荷電粒子砲を放つ。
轟音と閃光。
尻尾内部の仕込まれた粒子加速器と収束器を経た荷電粒子が狙い違わずガンブラスターへと掃射される。
ガンブラスターの超電磁シールドはジェノザウラークラスの荷電粒子砲に10秒以上耐えると言われている。
それはテオドーラは百も承知だった。
だが、しかしだ。遠距離ならともかく、ここは近距離と呼んで差支えない距離だ。
思わず思考が口に出てしまう。
「あんな欠陥ゾイドと私が手塩を掛けたデススティンガーの荷電粒子砲を一緒にしないで欲しいわ。」
遮光機能を持ってしても閃光に埋め尽くされたモニターの端にウィンドウがポップアップする。
上空のグレイクアマが寄越したガンブラスターの映像だった。タイムラグは1秒。上々だ。
ガンブラスターは慌てて、超電磁シールドにエネルギーに回したのだろう。
荷電粒子砲にさらされるガンブラスターは身動きが取れていない。
「いい加減に墜ちてくださらないかしら!」
テオドーラの叱咤が通じたのか解らないが、ついに超電磁シールドが荷電粒子砲の熱量に負けた。
後は一瞬だった。ガンブラスターは閃光の濁流に飲まれる。
荷電粒子砲の掃射が終わり、後に残ったのは、つい先ほどまでゾイドだったガラクタだけだった。
テオドーラはすぐさまに左を見る。
道の先に7本のレーザーブレードを展開したライガーゼロが居た。
- 55 :
-
「遅かったわね。色男。」
ライガーゼロ一機ぐらい、デススティンガーなら・・・。
と思ったのもつかの間だった。テオドーラは気づいてしまった。
モニターの端。注意を通り越して、警告に変わった文字が発光していた。
機体温度が限界を突破していた。
最大駆動の走行直後に全力の荷電粒子砲の掃射。
前者はともかく後者は機体温度が上がらないわけが無い。
熱量によりインターフェイスである『クロ』のバイタルも低下していた。
デススティンガーの反応が鈍い。それにこのまま行けば暴走を遮断する安全装置が・・・!
焦るテオドーラだったが、ライガーゼロ・シュナイダーは一気に距離を詰めた。
まず尻尾がやられた。
中ほどから真っ二つに切断された。
守るべき仲間をやられた怒りがあるだろうにライガーゼロは一撃でこちらを沈めようとはしなかった。
それだけ慎重だった。
だが、流石に今の手ごたえでこちらの異変に気付いてしまっただろう・・・。
こうなった以上、一目散に逃げるのも手だ。だが、それはできるか、どうか・・・。
ライガーゼロは間合いを取ってEシールドを展開して、こちらの様子をうかがっている。
そして極限状態で頭がどうかしていたのかもしれない。
その姿を見て、場違いにもテオドーラは思った。
凛々しい姿だと。自分が夢見たゾイドがそこに居る、と。
そう素直に思ってしまった。
- 56 :
-
口元から乾いた笑みがこぼれる。
だから、テオドーラは腹をくくった。
なおさら、負けるわけにはいかなくなった。
「・・・『仕立て屋(シュナイダー)』なんて誰に断って名乗っているのかしら。」
手元に、キーボード端末を素早く引き寄せて、あるパスワードを入力する。
OSの安全装置を解除した。そしてインターフェイスの小ゾイドの介入を切断する。
それがどういう事なのか、システムをよく理解しているテオドーラはよく知っていた。
欠陥のオーガノイドシステムは操縦者の魂を喰らう。
だが、その代わりに強大な力を授かるのだと、前線の兵士のもっぱらの噂だ。
そしてそれはあながちウソではない。
テオドーラは笑みを浮かべる。笑う以外に何ができると言うのか。
視線の先にはこちらに突っ込んでくるライガーゼロ・シュナイダー。
そして彼女が覚えているのはその光景が最後だった。
- 57 :
- 定期age
- 58 :
-
レギーナは我が目を一瞬疑った。
視界の隅で電子音と共に『B2』の敵味方識別信号(IFF)のアイコンが弾けて消えた。
間髪入れずにマップ上の『B2』付近に居た『敵ゼロ2』のアイコンも消えた。
そして、『B2』の反応消失を告げるメッセージがポップアップして小さく踊る。
タイムラグがあり、グレイヴクアマからの映像ウィンドウがポップアップ。
映像の中のデススティンガーとライガーゼロはお互い組み合ったまま沈黙していた。
レギーナの脳内に過去の記憶が、ニクシー港の悲劇が、フラッシュバックしていく。
一瞬、思い浮かんだアンナ・ターレスの笑顔がぐちゃりと潰れる。
そして代わりにライガーゼロに潰されたデススティンガーの頭部の映像が頭の中を塗りつぶしていく。
最悪の予測が脳裏によぎる。
それを振り払うようにレギーナは叫ぶ。
「テオ! 返事しなさい。テオ!」
叫んでみたが、反応はない。
絶対に生き残ると約束した戦友は、親友は返事を寄越さない。
レギーナはテオドーラがOSを不完全化している事を知らない。
映像はそれなりに鮮明だが、ライガーゼロはデススティンガーに覆いかぶさっている。
コクピットのある頭部がどうなっているか、分からなかった。
その為、上空からはテオドーラの安否は確認できない。
- 59 :
-
今すぐ救出に向かうべきだとすぐさま判断するが、それは許されない選択である。
レギーナの辛うじて残っている冷静な部分が爆発しそうな感情をギリギリで押さえていた。
どうすればいい、とレギーナは必死に思考をぶん回す。
命令的な意味でも、状況的な意味でも、今すぐに救出に向かう事はできない。
空爆要請はできない。街は極力傷つけない事が鉄竜騎兵団上層部の決定。
そして、敵拠点をピンポイントで潰す空爆部隊はベルタ小隊と入れ替わりで帰還している。
たった一人のパイロットの為にそれを呼び戻す事は適わなかった。
そして、上陸候補地点はベルタ小隊だけが切り開くわけではない。
残り2小隊の切り開いた場所から上陸してもいい。
結局の解決策は一つだった。
残りのガンブラスターを撃破するしかない。
敵も上陸を阻止する要を失えば撤退するに決まっている。
その為にはライガーゼロの追撃とガンブラスターの迎撃をどうにかしなければならない。
レギーナはもうアンナやニクシー湾で散った仲間の二の舞はごめんだった。
- 60 :
-
それは昔の話だ。
レギーナがニクシー湾上陸作戦に参加しなかった事に対し、彼女自身には理由がなかった。
作戦参加の意思表示はしたのだが、選ばれなかった。
作戦の為に用意されたのは10機のKFD仕様のデススティンガー
その頃、デススティンガーの為に集められていた操縦士の数は15名。
2/3の確率に漏れた。それだけの事だったのだ。
操縦士はすべてゼネバス兵でまとめられていた。
デススティンガーの操縦士に「使い捨て」とさえ揶揄されたゼネバス兵は打ってつけだった。
だが、だからこそ仲間の結束は強かった。
「この行為がゼネバスの技術発展の為になるのであれば」
とモルモットになる事でさえ彼らには誇りであった。
出撃の前日。レギーナはアンナに出撃の交代を持ちかけていた。
レギーナは彼女を危険な任務に出す事には反対だったからだ。
彼女は当時整いつつあった鉄竜騎兵団に取って必ず必要不可欠な人物になる。
そういう確信がレギーナにはあった。
デススティンガーの再開発チームの中心はアンナとテオドーラ。
それは誰の眼から見ても分かり切った事。
そんな人物をこんな作戦で使うなど何とも勿体ない話だった。
だが、アンナはそれに対して怒った。
「貴方の命と私の命を気軽に天秤に掛けるのはやめて頂戴。」
- 61 :
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そう言われ、言葉を失うレギーナにアンナは胸を張って笑みを浮かべた。
「それに大丈夫よ。私は必ず帰ってくるわ。」
いつも通りに自信満々なその態度にレギーナは不安を拭い去るにように笑みを返した。
そして彼女のお決まりの言葉を口にする。
「ヴォルフを皇帝にするまでないって?」
「そうそう。」
それがレギーナの知る最後のアンナ・ターレスと言う女の笑顔だった。
それは昔の話だ。
レギーナは仲間に、そして仲間の象徴であったアンナ・ターレスに負い目がある。
あそこで死ぬべきだったのは、自分だったと言う思いさえある。
だが、だからこそもうないし、むざむざ仲間をされるわけにはいかなかった。
- 62 :
-
テオドーラが撃破された頃、レギーナはいくらかガンブラスターに近づいていた。
包囲され追い詰められはしていたが、それでも何とか敵陣へと侵攻はしていた。
逆に言えば、敵陣に踏み込んだからこそ包囲されたとも言えるのだが。
そして、気づけば飛行場からガンブラスターを中心に半円を描くように市街地へ駆け上っていた。
そこはもうガンブラスターの居る場所と同じ高さだった。
すでに市街地区に乗り込んでいる為に、ガンブラスターの掃射は限定的だ。
旋回能力がないのと建物が邪魔して上手く狙いが付けられないからだ。
ガンブラスターの砲は正面に固定されているので、接近する程、狙いを付けるのは遅くなる。
だが、ガンブラスターの機動力の無さをライガーゼロが補っている。
そして小型ゾイドも大して障害にはならないが、数だけはいた。
今の状況を打破するには一機では無理だ。
すがるような思いで、レギーナは敵に傍受されている可能性も捨てて無線で叫ぶ。
「誰か、誰でもいい。誰でいいから『ハリネズミ』と『ゼロ』の脚を止めて!」
呼びかけに対しての返答はすぐにあった。
『G1よりB1。すまない。何とかできそうなものを積んでいる機体はない。』
歯がゆさを含んだ声。グレイヴクアマ隊の隊長から通信だった。
彼とて、空中からずっと眺めているだけはつらかったのだろう。
- 63 :
-
確かにグレイヴクアマの装備に対地攻撃用の装備はない。
パルスレーザーガンが転用できるが、飛行ゾイド相手ならともかく地上用のゾイドには・・・。
後は地上に近づいて、四肢のキラークローにて格闘戦を挑むという手もあるにはある。
だが、間違いなく近くに光学迷彩で伏せているメガレオンの餌食になる。
しかし、思いもよらない声が介入してきた。
『E1よりB1。AZミサイルがある。行けるか、フラウ。』
雑音交じりではあるが、それはあのウオディックのエミル小隊の隊長の声だった。
それは偶然だった。
エミル小隊は敵ハンマーヘッド部隊を掃討し終わったわけではない。
空中に逃げたハンマーヘッドを対空ミサイルで撃ち落としてやろうと思って海上に出ただけだった。
だが、偶然でもなんでもいい。光明が見えた。閃きがレギーナの脳内を駆け巡る。
「B1よりE1、それで十分よ! B1よりG1・・・」
『分かっている。G1よりE1、ミサイルを誘導する。全弾3番ポートを開けておけ』
『E1よりG1。了解だ。暗号は今、秘匿通信で送った。ミサイル代はツケておくぜ。』
『うるせぇ・・・だが、代わりに終わったら一杯やろうぜ! 魚野郎。』
『了解だ、鳥野郎。装填完了。全弾発射の大盤振る舞いだ。E2、E3も続け!』
『G1よりG小隊各機。B1の指定した地点にミサイルを誘導しろ。取り合いすんなよ!』
うちは馬鹿ばっかりだ、とレギーナは思う。
だが、それでいいのだ。
中央大陸への帰還とゼネバス復興なんて、馬鹿以外にできるわけがない。
そして、操縦桿を握りながら、自分も馬鹿なんだな、と思う。
レギーナは無性にそれが嬉しかった。自分が今、戦っている事が本当に嬉しかった。
視界の隅にミサイルが発射された事がポップアップで表示される。
レギーナは迷わずデススティンガーをガンブラスターに向けて前進させた。
- 64 :
-
それはミサイルと言う名の壁だった。
ウオディックの積んでいるミサイルは狙い違わず、着弾した。
そのミサイルはほとんどがデススティンガーに向けられたものだった。
ミサイルの雨の中、市街地を駆け抜ける。
後ろから吹く爆風すら前進へのベクトルに変える。
並みの装甲のゾイドならば撃破されているほどの味方からのミサイル攻撃。
自行為に見えたが、デススティンガーは爆風の中、確実に前進していた。
それはデススティンガーの超重装甲と重量だからできる芸当だった。
だが、無茶は無茶だ。各部のストレス値が跳ね上がる。恐らく長い間は持たない。
そして降り注ぐミサイルの中、ライガーゼロはデススティンガーに接近できずに居た。
爆風と共に移動するデススティンガーに真正面から挑む馬鹿は居なかった。
逃げ遅れた敵はバイトシザーズとその重量で容赦なく吹き飛ばす。
しかし、ガンブラスターはそんなデススティンガーの行動を把握していた。
デススティンガーが進軍する大通りへ姿を現そうとしていた。
それは絶対避けるべき正面相対だった。
でも判断が遅かった。
ライガーゼロの足止めがあれば、もう少し余裕をもって相対できただろう。
そう、両者の距離はすでに近かった。
- 65 :
-
レギーナはデススティンガーを最高速度に乗せていながらも荷電粒子砲を撃った。
出力は70%前後。
テオドーラの時と違いデススティンガーは前進している。
超電磁シールドを打ち破る必要は無い。相手に近づくまで持てばいい。
だが、生成された荷電粒子の粒子量は心もとない。
そして遊泳脚のイオンブースターを限界値まで振り絞る。
320tの自重を支えるには少し心細いが、それでも健気にアフターバーナーを吹く。
(お願い。持って頂戴!)
だが、懇願に反してガンブラスターに近づく前に荷電粒子ジェネレーターが音を上げた。
そして、すぐに砲口から吐き出される荷電粒子の量が減り、ついに消えた。
幾らなんでも全力駆動中に荷電粒子砲の掃射は長くは持たなかった。
そして無傷のガンブラスターとの距離はもう目と鼻の先。
ガンブラスターのハイパーローリングキャノンの砲身はまっすぐデススティンガーに伸びていた。
だが、レギーナは目を逸らさなかったし、諦めなかった。
「このおおおおお!」
レギーナは左のバイトシザースで地面を叩きつけ、全部の左脚を使いデススティンガーを右に跳ばす。
完璧には間に合わなかった。
左のバイトシザーズが被弾。左後二脚と尻尾も被弾。
デススティンガーの悲鳴、痛みが精神リンクを通じてレギーナに襲い掛かる。
だが、まだ動ける。
「うるさい! あと少し根性見せなさいよ!」
- 66 :
-
檄を飛ばしながらレギーナは操縦桿を更に握りしめる。
デススティンガーはビルを吹き飛ばしながら、それを足場に斜めからガンブラスターに跳びかかる。
ガンブラスターも射線を必死にデススティンガーへ向けようとする。
デススティンガーも右腕部のレーザーブレードを展開。
それを突き出すようにガンブラスターへと向けての突進。
どちらが先か。それはレギーナにも分からなかった。
そして両機は激突した。
回転するハイパーローリングキャノンにレーザーブレードが斜め横から食い込んだ。
破壊音をまき散らしながら、レーザーブレードが砕ける。
だが、異物を巻き込んだハイパーローリングキャノンもまた激しい異音を発した。
そして、それから破壊音と共に煙を吐きながら沈黙してしまう。
その上でデススティンガーの突進はそれだけで終わらなかった。
320tの質量は125tのガンブラスターをひっくり返して、自身も近くのビルに激突した。
超重装甲とは言え、頑丈なフレームを持つとは言え、それはかなり効く。
レギーナはコクピット中で、血反吐を吐きそうなランダムなGと衝撃に翻弄された。
だが、それもすぐに終わる。
瞬時に発動した再利用型のエアバックを払いのけレギーナは顔を起こす。
- 67 :
-
モニターに目を走らせて自機のダメージチェック・・・は、ほとんどできなかった。
システムの半分以上が死んでいた。
ARはすべて消えていた。
駆動系は辛うじて生きているが、索敵系と通信系が完全に死んでいる。
それらと連動して真価を発揮する火器管制システム(FCS)は完全にダメだろう。
射撃系の兵装に限らず、兵装は全部死んでいるに等しい。
それでも視覚センサーは死んでいない。
それらハードウェアに頼らない精神リンクもまだ繋がっている。
デススティンガーからは、言語化すれば「ひゃっはー」に近いテンション高めな意思。
ハイイロからは「そろそろ勘弁してくれ」という意思が周りの情報と共に伝わってくる。
そして、ガンブラスターはまだ生きていた。
だが、ひっくり返っている上に、拠点防御兵器と言う意味合いでは死んでいた。
この地点の鉄竜騎兵団本隊の上陸に際するすべての脅威は消えた。
思わず口元を緩めるレギーナだったが、直後に溜息を吐いた。
ここで一息つければいいのにね。
とレギーナは思った。
レギーナだって忘れては居なかった。今の状況を、だ。
これから驚異の消えたこの地は鉄竜騎兵団の本隊が蹂躙するだろう。
だが、今現在、この場所は敵地のど真ん中なのだ。
必死に態勢を立て直そうとするレギーナの視界にはライガーゼロがしっかり映っていた。
- 68 :
-
敵討ちか、腹いせか。それは分からなかった。
ライガーゼロ・イェーガーは最高速度で突っ込んできて、直前で跳んだ。
レギーナの眼にはモニターを介して光り輝くライガーゼロの爪が見えた。
ストライクレーザークロウのシステムに火が入ったのだ。
それは迷わずデススティンガーの頭部を狙っていた。
一瞬の永遠と呼ぶべき瞬間。時間にすれば0.1秒もない。そんな時間の狭間。
レギーナは魅入られるように見ていたライガーゼロから視線を逸らすと、目を閉じた。
もう間に合わないのは分かっていた。
アンナと同じ死に方をするのだとどこか満足な心すらあった。
生き残らなければならないのに、それだけが心残りだった。
ごめん・・・・
まず最初に誰に謝ればいいのか、レギーナは解らなかった。
多分、今まで関わったすべての人に謝らなければならないのかもしれない。
そして、誰しもに構わず謝らずにはいられなかった。
次の瞬間、自分をすだろう衝撃音がはっきりと耳に届いた。
――――――大丈夫よ。
そして最後に懐かしい友の声が聞こえた気がしてから、レギーナの意識は闇に落ちた。
- 69 :
-
・・・。
意識がぼんやりと戻ってきた。
そこがデススティンガーのコクピットなのは何とか認識できた。
しかしレギーナは夢見心地に目を開ける。
自分が死んでいるのか、生きているのか分からなかった。
だが、精神リンクを通じて、2つの意識が心配そうに自分の意識を覗き込んでいる。
それで自分がまだ生きている事が分かった。
2つ意識はハイイロと13号だった。
ハイイロはまだしも13号までもが自分の心配をしている事が驚きだった。
「ありがとう。心配ないわ。」
レギーナはそう呟きながら、状況を把握しようとモニターを見る。
どれだけ意識が飛んでいたのか、分からなかったが、そう長い時間ではないようだ。
同時に覚醒した意識に、戦闘が行われている音が飛び込んできた。
近い。すぐそこだ。
目の前にゼネバスの象徴的な色であるワインレッドの塗装を纏ったゾイドが居た。
そしてその大型のT−REX型のゾイドがライガーゼロにトドメを刺そうとしていた。
馬乗りになってハサミ状の近接兵器、小型のエクスブレーカーをゾイドコアに叩き込む。
それであれだけ脅威だったライガーゼロは力を失い、地に伏せた。
- 70 :
-
バーサークフューラー・シュトゥルムユニット装備型
あのフューラーの高機動ユニットが開発されているのはレギーナも知っていた。
テオドーラが開発に加わりたいとポツリとぼやいていたからだ。
そしてそのユニットは実験段階で瞬間最高速度時速450kmを叩き出したと聞く
スペックだけなら、ライガーゼロ・イェーガーすら凌駕していた。
だが、問題はそれを制御できなかったという事だった。
そして、その制御システムを組み込むのに難航しているという噂が流れていた筈。
一部のエースパイロットは自らの腕でねじ伏せたと聞くが、あのパイロットがそうなのだろうか?
脅威が無くなったのを確認するかのように周りを見渡したフューラーは最後にこちらを見た。
『デススティンガーのパイロット。大丈夫か。』
携帯電話の様な形の緊急時に使う携帯デバイスからだった。
遠距離は無理だが、これほどの近くなら問題なく通話ができる。
それは男の声。本当に心配しているのか分からない、事務的にも聞こえる声だった。
だが、レギーナは不思議とそうは思わなかった。
ありえない事だがフューラーの眼が優しげに見えたからかもしれない。
それに彼はこの子を「狂戦士」とは呼ばなかった。
- 71 :
-
レギーナは固定していた携帯デバイスを外して手に取る。
「助けてくれてありがとう。大丈夫とは言えないけど、何とか生きているわ。」
『そうか、なら良い。』
「しかし、どうやって・・・。」
識別システムが死んでいるので、レギーナには目の前のフューラーがどこの所属か分からなかった。
デススティンガーが安全を確保するまで本隊は上陸しない筈だった。
中央大陸に元々いた同志なのか? それでは最新鋭のゾイドに乗っている事が説明つかない。
だから彼がどこから現れたのかさっぱり分からなかった。
輸送艦ドラグーンネストの電磁カタパルトと大型スラスターの複合技でここまで跳んできた。
しかもよりにもよって単騎で。
そんな事は思いもよらなかった。
『それはいい。ここはまだ危険・・・』
そして台詞が途切れ、息のむ音が聞こえた。
瞬時に敵が近くに居たのかと思うレギーナに対して思いがけない一言が飛んできた。
『・・・貴君はアンナ・ターレスを知っているのか。』
- 72 :
-
何故そう思うのか、レギーナには心当たりがあった。
デススティンガーに乗っている事は確かにある。
しかし、それだけではあるまい。
彼女の乗るデススティンガー13号機の正面の装甲に白字で大きくこう書いてある。
《ヴォルフを皇帝にするまでない》
アンナ・ターレスの口癖だ。
出撃前に整備兵のゲルトラウトに頼んで書いてもらった物だった。
「縁起が悪い気もするがな」とゲルトラウトは苦笑しながらもきっちり書き込んでいた。
「所属を共にした仲間だったわ。」
『そうか、彼女は・・・』
フューラーの主がそう言い淀む。
レギーナは彼が何を聞きたいのか、何となく分かった。
だから胸を張って誇らしく答えてあげた。
「えぇ、いい女だったわ。とびっきりのね。」
そうだ。彼女は、アンナ・ターレスという女はそれに尽きた。
フューラーの主が息を飲む音が聞こえた。
そして、見えはしないが、微かに笑ったように思えた。
『いい女か。・・・そうか、そうだったのかもしれんな。』
- 73 :
-
レギーナには目の前のパイロットがもう誰だが分かっていた。
彼の雰囲気はアンナが言っていた特徴とあまりに一致しすぎていた。
彼はアンナが話していた『幼馴染』だ。
だが、レギーナがそれを確認しようとする前に通信が入る。
『ありがとう。もう良い。貴君は下がれ。後は何とかしよう。』
抑揚は相変わらず少な目だったが、何かが吹っ切れたような声だった。
そして、それだけ言い残すと、巨大なスラスターを轟かすとレギーナの前から去っていく。
いろいろと疲れていたレギーナは結局それを黙って見送った。
礼を言うのは戦闘が終わっても遅くはないだろう。
間違いなく彼は強い。こんな戦いで死ぬようなものではない。
そして思う。そんな彼が、アンナを助けられなかった男が自分を救ってくれた。
世の中はままならないものね、とレギーナは人知れず泣いた。
そしてデススティンガーのコクピットから嗚咽の声が消えた時、レギーナは顔を上げた。
無理にでも笑顔を作る。
「生きて帰らないと、ね。そうでしょう、アンナ。」
時はZAC2101年11月
ついにゼネバスの兵は中央大陸に帰還した。
その中でデススティンガーの戦場復帰が大きく扱われる事は無かった。
そして中央大陸に置ける激動の時代がすぐそこに迫っていた。
- 74 :
- 定期age
- 75 :
-
1.まえがき
ZAC2100年…この年は戦争、技術の双方が大きく揺れ動いた時代であった。
例えば戦争では、昨年まで優位に立っていたはずのガイロス帝国を、我が共和国の反撃により
ニクス大陸に押し戻すことに成功し、戦況を一変させた事が挙げられる。
技術面でも、絶滅寸前の種の復活、ゾイドの性能強化の双方で使えるという夢のような技術
「オーガノイドシステム(以後OS)」により、大きく両陣営の主力ゾイドを一新させたのだ。
しかしその変化によって生まれた戦争、技術の基盤は、意外にも長く続かなかったのだ。
戦争では、第3勢力であるネオゼネバス帝国の設立によりガイロス、ヘリック両国は
急きょ同盟を締結。西方大陸での戦争の勝敗の意義はほぼ失われたのである。
技術面でも、OSの危険性が露見し、ゾイドへの使用を控えるようになった。
私が本書を著しているZAC2111年でも、特定のゾイド(ギル・ベイダー等)以外の
絶滅危惧種の復活、保護にのみ使用が許可され、軍事用ゾイドへの使用は禁止されている。
戦争面は弁解の余地は無いとして、OSの制限には賛否両論で、たびたび論争があった。
先述の通り夢の技術だったからである…危険性を除けば。
結果は制限もしくは廃止という結論だったが、この論争を語る上で必須のゾイドがいる。
「デススティンガー」である。
今では知名度も高いゾイドだが、どうも悪いイメージで評判になっていると私は思う。
「凶戦士」、「史上最悪の戮兵器」、「悪魔」と言ったようによく悪役の筆頭で語られる。
あげくの果てにはガイサックを始めとした蠍型ゾイド全般にも風評被害が広がっている。
しかし、私は決してこの本でOSを擁護、支持するものではないと宣言しよう。
何故なら私はこの本を世に出す事で、今のデススティンガーのイメージに
少しでも疑問を持ってほしい、「絶対敵」など存在はしないと伝えたいからだ。
以上の事を最初に記した上で、これから本編を執筆しようと思う。
この物語は、試作デススティンガーに登場する事となる、一人の青年兵の話である。
- 76 :
- 2.プロローグ
西方大陸ニクシー基地。
本国と前線を結ぶ重要拠点の一室で、憂鬱そうに夜空を見る青年がいた。
彼の名はウエストと言った。階級は二等兵ながら歩兵ではなく、ゾイド乗りであった。
(ウエストというのは私が彼につけた架空の名前で、モデル本人の名前ではない。)
何故かと言うと、当時のガイロス帝国はゾイドの生産能力よりも人材が圧倒的に乏しく、
彼のような下級兵、女性、末期には学徒兵もゾイド乗りとして戦力にしていたからだ。
「今回の作戦にも呼ばれなかったな…」
ウエストはやけに元気なく呟いたあと、静かに床に着いた。
憂鬱の原因は、輸送部隊の護衛作戦に呼ばれなかった事だった。
しかもこの作戦だけが例外ではなく、彼はほとんどの作戦で出撃が「許されなかった」。
ゾイド乗りとしての腕自体が悪いわけではなく、情報の処理も並である。
しかし、高機動ゾイドへの対処がめっぽう苦手なため、戦場に出られないのだ。
奇しくも今や両軍の主力、そして花形は高機動ゾイドだった関係だったのも不運だろう。
「コマンドウルフどころか、マーダを捕捉する事が出来ないお前は戦場に出せない。」
彼が何故出撃が許されないのかを上官に何度尋ねても、この一言で一蹴された。
入隊時はゾイドの適合性の高さからやや目をかけられていたが、
相変わらず高機動ゾイドに対応できないせいで、次第に肩身が狭くなっていった。
最後には「欠陥品」という陰口まで広がり、ウエストの心は日増しに荒んでいった。
そのような過酷な状況に置かれながらも、少ない希望を抱きながら踏ん張っていた。
いつか作戦で活躍し、名誉挽回をする…このような儚い希望を持ちながら。
その希望は本当に儚いものだった。
翌日、軍から貸与されていたゲーターを返却するよう命令が下された。
さらにウエスト自身は陸軍から衛生部隊へと配属が変更になる事が決まった。
彼は湧き上がる黒い感情に耐えながら、上層部の決定に従うしかなかった。
下手に逆らえば軍法会議になるか、西方大陸を彷徨うかしか選択肢はなかったからだ。
- 77 :
- 3.羨望
「お前の見送りはゼロか…寂しいものだな。」
転属前日、衛生部隊用の宿舎に自らの荷物を移している時、一人の男がこう言った。
しかしその言葉の主は、左遷された者の見送りには不相応な大物だったのだ。
「リ、リッツ中尉! 申し訳ございません! 中尉のようなお方がここにいるとは…」
ウエストはリッツ中尉の存在に気付かなかった事を詫び、ひたすら頭を下げた。
そう、彼こそが「アイスマン」と呼ばれるリッツ・ルンシュテッド中尉であった。
元々テストパイロットで名をはせたが、現在は開発中の期待がほとんどなく、
前線の人員不足という事で一時的に実戦部隊に参加しているという。
「堅苦しくしなくていい、任務中ではないのだからな。」
口元を緩めてリッツはひよっこの二等兵を宥めた。
リッツも内心、テストパイロットと比べ規律が厳しい実戦部隊に慣れれなかった。
そのため自分よりも年も同年代以下で、位が下の兵と話す事がある種の清涼剤だった。
「分かりました、リッツさん。」
周りに人影がいない事を確認した後、ウエストも朗らかに答えた。
こうして、軍人と言う身分を忘れて、二人は話し込み始めた。
リッツと雑談を交わす彼の姿は、非常に生き生きとした少年のようだった。
それは、無理もないだろう。
ウエストにとってリッツは、あらゆる面で尊敬できる存在だったからだ。
パイロットとしての腕前、あらゆる面で冷静沈着に対処できる精神の落ち着き、
さらに相手を極力さず行動不能にするという信条と技術までも。
そのためウエストにとっても、リッツと話している時が、唯一の安らぎだったのだ。
だが、そんな時間は永遠ではない。別れの時が近づきつつあった。
- 78 :
- 4.最後の会話
「今日はここまでだ、もうそろそろで警備がこの道を巡回するようになる。」
リッツはもうすぐ日が暮れる事に気付き、ウエストに遠まわしに伝えた。
ウエストは「欠陥品」と罵られている程、基地でも疎まれていた。
それが、かたや基地のエースであるリッツと親しく話している事が暴かれれば、
ウエストの身に何が降りかかるから分からなかったからだ。
「そうですね…続きは次の機会にしましょうか。」
本人は陽気に言ったつもりだろうが、その声は少し寂しげだった。
ウエストもリッツの気遣いは理解していた。
しかし衛生部隊となり、次に話す機会はいつ訪れるか分からなかった。
故に、ウエストにとってこの機会はとても尊く、別れを惜しんでいた。
それに見かねたリッツは、一瞬「やれやれ…」という表情をした後、ウエストに、
「そうだ、次に会う時はお前の目標が聞きたい。じっくり考えといてくれ。」
次に会うための約束の提案をしたのだ。
ウエストはリッツの放った予想外の言葉に、きょとんとしてしまった。
リッツの口が少し開いた時は、叱咤されるのかと思い強張ったので、尚更驚いたのだ。
もう時間に余裕がない事を確認したリッツは、申し訳ないと思いながら足早と立ち去った。
…荷物を運び終えた後、ウエストはリッツ中尉の質問の答えを模索していた。
彼自身はリッツ中尉を超えることが目標だった。
だがこれは軍に入り、リッツ中尉と出会う事で生まれた目標でしかない。
しかも、もし越えてしまったとしたらどうするか…彼は「あの日」まで考え続けた。
…その後、ウエスト二等兵とリッツ中尉がこのように話す機会は訪れなかったという。
- 79 :
- 5.彼が「死んだ」日
リッツ中尉に「目標」という難問を突きつけられてから、既に一か月以上経過した頃、
戦況は悪化しつつあり、兵士達の中では「西方大陸駐留軍の破棄」が噂されていた。
多くの兵士は疑心暗鬼になっていたが、ウエストは別の憂いも持っていた。
「いっその事、共和国に投降しようかな…」
自室でそう呟いた彼の眼には、希望というものが無いように思えた。
実は衛生部隊に配属転換した後も、任務は医療品の補充くらいしか与えられていなかった。
日増しに募る軍部への不信感からか、故郷を捨てて共和国側につくことも考えていた。
この負の連鎖によって気力の抜けた彼の耳元で、嫌な金属音が聞こえた。
「ウエスト二等兵、貴様を連行する。」
耳元に銃を突きつけたこの男の言葉から、ウエストには状況が手に取るように分かった。
それは、彼の描いていた最悪の結末だった。
あらぬ罪状を突きつけられ、情状酌量のないまま投獄、処刑…
もはや抗う気力のないウエストは、憲兵と思われる男に連行されていった。
しかし、それにしては異様だった。
手錠をかけられ連行される所は普通だが、脱出用通路である裏口を通っていたからだ。
普通ならば、見せしめの意味も込めて目立つ通路を堂々と通るはずなのだが…
その後の道は覚えていない。彼は打ちひしがれながら、連行されるがまま歩いていた。
しばらくしてその足が止まると、見たこともない光景が広がっていた。
非常に大きな空間…まるで大型ゾイド用の格納庫のような中にいたのだ。
広さの割には、この空間には三体のゾイドしか格納されていなかった。
大きさは違うものの、かつて図鑑で見た「ライジャー」という機体に似たもの、
今年ロールアウトされたばかりのジェノザウラーにも似たもの…
その中で、ひときわ威圧感を放つ大型ゾイドが、ウエストの視線を奪った。
そのゾイドこそが、西方大陸戦争史上最悪のゾイド「デススティンガー」だった。
軍の記録ではウエスト二等兵はこの日、「連行中に抵抗したため射」と記録されている。
- 80 :
- 6.ドクトルOと凶戦士
しばらくすると、ウエストの連行の際に使われたエレベーターが、再び動き出した。
おそらく他の者がここに向かっているのだろう…彼はそう思いを巡らせていた。
ここに来るのは尋問官か、はたまたこの場で銃するための執行人か…と。
空間の広さと、心臓の鼓動が聞こえるほどの静けが彼の不安をさらに増長させた。
程無くしてエレベーターが再び降りてくると、この場の静寂は一瞬で破られた。
「おお!そこの子がウエスト君かね?でかしたぞアンダーソン君!」
ドアが開くと同時に、陽気な印象を与える甲高い声がその隙間から聞こえてきた。
ふとエレベーターを見ると、カメラアイをした白衣の男が、仁王立ちをしていた。
「その通りです、ドクトルO。しかしその呼び方はやめて下さい。
プロイツェンナイツ(PK)時代を思い出します。」
憲兵はそのカメラアイの男に、まるで映画に出てくる助手のような口調で返した。
ウエストは、二人の他愛もない言い争いを見て、最悪の事態は無いだろうと安堵した。
しかし、ドクトルOとは天才的な頭脳を持つ「狂人」と噂されている科学者だ。
そのような高名な人物が自分を呼んだ(?)事に、ウエストは困惑の色を隠せなかった。
今の状況を把握しようと考え込んでいた彼の両肩を、ドクトルOは正面から掴み、
「そう!キミこそがデススティンガーの要なのだ!…ここで嫌とは言わせんぞ?」
独特の不気味な笑顔をウエストに面と向かって見せつけながら、念を押すように言った。
詳しい事は把握できないが、連行されてきた時点で拒否することは出来ないだろう。
それに、その「デススティンガー」がこの3体のゾイドの事かは分からないが、
多くの者に邪険に扱われている今の状況よりましになるのなら、喜んで受け入れよう…
「…了解しました。」
そう応えるウエストの表情に、先ほどまでの迷いはなかった。
- 81 :
- 7.ドクトルOの野望
ドクトルOの依頼というのは、デススティンガーのパイロットになる事だった。
話によると、戦闘能力は非常に高いものの、常人では乗りこなせないらしい。
今までに搭乗したパイロットは全員が不可解な死を遂げているとの事だが…
持論によると、「要」であるウエストには乗りこなせると自負しているそうだ。
大型のゾイドに乗るのは初めてなのに「要」…ウエストはドクトルOの発言には
いささか信用はできなかったが、マニュアル通りに動かしてみると、意外にも様になった。
「これで、私をバカにする若造どもを黙らせることができるわい…」
ドクトルOはこの光景を見て、一人ほくそ笑んでいた。
ZAC2030年代…ドクトルOは、ゼネバス帝国にて改造ゾイドを繰り出し名を上げた。
最初こそ「魔改造」と揶揄されたものの、前線で彼の改造ゾイドは目覚ましい活躍をし、
帝国内で確固たる地位と名誉を手にし、共和国にもその名が知れ渡るようになった。
その後の科学者も、彼を目指して既存のゾイドの強化に力を振るうようになったのだ。
順風満帆だった彼の人生の転機が訪れたのは、ZAC2050年代だった。
暗黒軍(後のガイロス帝国)に亡命した後も改造ゾイドを作り続けていたが、
「ギル・ベイダー」のロールアウトと共に彼の研究は頓挫してしまったのだ。
あまりに優秀な新型の前に、ドクトルOの改造ゾイドは勝つ事が出来ず、
亡命者である立場もあり、彼はゾイド開発から手を引かざるを得なくなったのだ…
己が築き上げてきたものを一瞬で破壊した帝国を、ドクトルOは憎んでいた。
復讐のために、他の科学者が厄介がって手をつけなかったデススティンガーを完成させ、
持論による適合者…奇しくも同じく帝国を憎むウエストを見つけたのだ。
さらに、このいわくつきのゾイドを前線に出さざるを得ない状況を作るため、
新型飛行ゾイドの情報を共和国に渡し、制空権を奪わせるなどお膳立ては完璧だ。
「見るがいい!吉と出ようと凶と出ようと、私の勝ちだ!」
数日後、ドクトルOとウエストは、間接的ながら帝国に引導を渡す事となる…
それが吉となって出た結果なのか、凶となって出た結果なのかは知る由もない。
- 82 :
- 8.偽りの兵士
ニクシー基地へと続く荒野に、ウエストの乗るデススティンガーの姿があった。
その他、ジェノザウラーからの派生機体、ライトニングサイクスの最新機が30機。
パイロットもウエストを除くと、名の知れた腕利きの者ばかりだった。
その中でウエストは、PKの新入りという肩書を偽装してもらって戦線にいる。
今回の任務はロブ基地攻略に失敗し、撤退を続けている味方の救援だ。
「敵の戦力は前回の五倍らしいぞ。気をつけろよ、新入り。」
崖の上から哨戒するサイクス部隊の隊長、フリオ大尉から忠告の通信が入った。
ロブ基地からニクシー基地へのルートは、北と南と俗称される二つのルートがある。
南のルートは比較的道も広く、このルートからアイアンコングなどの大型が撤退した。
追撃してきた共和国軍は、リッツ中尉が改造型ジェノザウラーで一網打尽にしたそうだ。
ウエストもその知らせを聞いて、自分もリッツ中尉のような活躍ができれば…
そう思いを巡らせていた。
北のルートは、切り立った崖が立ち並ぶ荒野で、大型ゾイドには窮屈な地形だ。
そのうえ足場も砂地が多く、お互いの機動力が削がれることは間違いはない。
しかし共和国軍は汚名返上とばかりに、南のルートの五倍の追撃隊を派遣したらしい。
そのため、この精鋭部隊が殿軍として追撃隊の迎撃を担う事になったのだ。
「ゴジュラス30、ゴルドス80確認!全機、砲付きです!」
ジェノトルーパーに乗るヴァルター曹長は、この驚愕の情報を察知した。
小型ゾイドには一切触れていないが、おそらくおびただしい数なのだろう。
「よし、エルザ准尉、荷電粒子砲を奴らにご馳走してやれ。」
エルザ准尉…それが今のウエストに与えられた仮の姿だった。
ウエストの目付役として派遣されたアンダーソン少佐は、ウエストに攻撃命令を下した。
崖の破壊阻止と、圧倒的戦力に見せかけるための示威行為…
目付役も兼任するアンダーソンの意図は、ウエストにも手に取るように分かっていた。
「了解しました。荷電粒子砲、発射!」
ウエストは迷いもなく、チャージしていた砲塔の引き金を引いた。
- 83 :
- 9.殲滅戦の先に
ウエストが引き金を引くと同時に、デススティンガーの尾から眩い光が走った。
まるでオーロラのような美しさを持つ光は撤退する友軍の頭上を通り過ぎ、
共和国の遠距離砲撃部隊を包み込んでいく…
美しい一条の光が通り過ぎた後には、見るも無残な光景が広がっていた。
ゴジュラスは6機まで減り、ゴルドスもまた25機ほどにまで減っていた。
生き残った機体も砲塔の損傷から、ろくに遠距離射撃は出来ない状態だった。
一瞬で主戦力を失った共和国は、明らかに統率が乱れ始めていた。
大型機を失ってもなお、センサーで視認できる分だけで1000機以上はいる。
だがその動きは、いかにも統率がとれていない、ぎこちないものとなっていた。
「今だ!共和国の奴らに砲弾の雨を浴びせてやれ!」
フリオ大尉率いるサイクス部隊も、便乗するように崖の上から砲撃を浴びせた。
パルスレーザー砲の一斉掃射に、密集していた小型ゾイドは駆逐されていく。
「撃て!共和国の野郎を一匹たりとも逃がすな!」
さらにデスステンガーに隠れていた、ダリウス中尉率いるプロトブレイカー隊が
順次後方から荷電粒子砲を放つと、中型ゾイドを次々と破壊していった。
…この総攻撃で大勢は決し、この先はもはや一方的な殲滅戦にすぎなかった。
地の利と奇襲によって敵機の数は、すさまじい勢いで減っている。
ウエストは感謝しながら撤退していく味方を見て、何故か切ない気分になった。
「共和国も気の毒だな…故郷の土を踏めずにここで死ぬことになるとは。」
戦場で感覚の麻痺していないウエストは、いつの間にか共和国に同情していた。
正確に言えば、共和国の下級兵に同情していたのだ。
彼らの中にもまた、中央大陸でふんぞり返っている政治家と、
過去の栄光にすがる高官の命令で仕方なく来ている者もいるだろう。
特に下級兵ならば前線に立たされ、上官の指示のままに戦うしかない…
血を流すべき人間が血を流さない現状にも、ウエストは強い怒りを覚えていた。
- 84 :
- 10.オーガノイドシステムの脅威
思いにふけっていると、突然後方から衝撃が走った。
なんと、プロトブレイカー隊がデススティンガーに向けて荷電粒子砲を発射したのだ。
ウエストは咄嗟にEシールドを張り、通信を試みたが、なぜか通信は途絶えていた。
「なぜ攻撃を緩めた!?反逆者め…この場で銃してやる!」
ウエストの攻撃が滞っていたのをいいことに、ダリウス中尉は攻撃を指示。
彼をはじめ、狂乱状態のプロトブレイカー隊は次々と荷電粒子砲を打ち込んできた。
「待って下さいダリウス中尉!まずは敵の殲滅を!」
ヴァルター曹長はダリウスを制止しようとしたが、彼は聞く耳を持たなかった。
「敵ならいるだろうが!まずはこいつを仕留めてからだ!」
構わず荷電粒子砲の照射を続けるプロトブレイカー隊により、急に張った
Eシールドもパワーダウンし、デススティンガーもオーバーヒート寸前になった。
「まずい!ダリウス中尉を止めろ!このままでは…」
そう指示をするアンダーソンは、得体の知れぬ恐ろしさを感じ取り、悪寒が走った。
それはプロトブレイカーの凶行によるものか、デススティンガーによるものか…
ダリウスがデススティンガーへの攻撃に夢中になっている間に、
サイクスの弾幕をかいくぐって来た勇敢な共和国兵士が一矢報いようと
無防備になったデススティンガーの頭部に砲撃をお見舞いした。
「ぐっ!」
後方からの衝撃に耐えていたウエストに降りかかる、前方からの攻撃…
座席に頭を勢いよくぶつけたせいで朧げになった彼の視界に入ったゾイドは、
ビームキャノン砲を背負ったシールドライガー…それは彼にとって因縁の相手だった。
- 85 :
- 11.「暴走」の真実
一年前、ウエストがまだ新兵の頃…彼の配属された小隊は哨戒任務の途中に
ゴルドス一機と遭遇し交戦。通信機能を破壊し、半壊にまで追い込んでだ。
ゲーター数機にしては破格の戦果であり、ウエストも恩賞を期待していた。
しかしウエストの小隊は、駆けつけてきた一機のゾイドに壊滅させられた。
そのゾイドこそが、ビームキャノン砲を背負ったシールドライガーだった。
正確に言えば、アーサー・ボーグマン少佐の乗るシールドライガーDCS-Jだが、
ウエストはおろか、ニクシー基地の誰もがその事を知ることはなかった。
ウエストは、この戦いを機に高機動ゾイドとの戦闘が苦手になったと考えており、
いつか奴を倒し、汚名返上を果たして見せると意気込んでいた。
しかしその後は干され続け、機会が巡ってくることはなかった…
先程の砲撃で頭の超重装甲の一部が剥がれ、絶体絶命の状態に陥っていた彼の脳裏に
走馬灯のように、今までの思い出が次々と頭の中をよぎっていった。
しかし普通の走馬灯ならば、大切に思う者やいい思い出などが浮かぶはずだ。
だが、頭の中に流れた思い出は、今までに浴びせられてきた罵声の数々だった。
留まる事無く流れるこの忌々しい光景を直視したウエストは、絶望した。
「運や人だけでなく、この世界も自分を見離したというのか…」
思えば、この戦いは「欠陥品」の汚名返上の機会だったのだ。
汚名返上のため、デススティンガーを乗りこなしたのも関わらず、味方にも裏切られ、
因縁の相手に止めを刺されようとしている…こう思うのも無理はない。
言葉通りの絶望のどん底に突き落とされたウエストの心には、何かが芽生えていた。
この芽生えたものを例えるならば、「負と負の乗算によって出来た正」だろう。
「世界が自分を見離したのならば、自分は世界の全てを見離してやる!」
この信条を心に刻み込んだウエストに呼応するように、デススティンガーの
「真・オーガノイド」は完全な覚醒を遂げたのだった。
- 86 :
- 12.惨劇の始まり
オーバーヒート寸前だったデススティンガーは、再び動き出した。
この様子を見て止めを刺そうとシールドライガーは砲撃を繰り出したが、手遅れだった。
ビームキャノンは、張り直されたEシールドに歯が立たず、胴体を右腕に挟まれた。
ライガーのパイロットは荷電粒子砲が主武器と侮っていたのだろう…
横っ腹を掴まれたライガーは、バイトシザースによって真っ二つにされてしまった。
「ちぃ、死に損ないめ!怯まずに撃て!」
もはや共和国など眼中にないダリウス中尉は、プロトブレイカー隊に攻撃を命じた。
しかしその瞬間、撓りを利かせたデススティンガーの尾が、彼の機体を潰した。
本来格闘戦に使う物ではないが、その重量による一撃は半端なものではなかった。
大きく拉げるダリウスのプロトブレイカーを見て、恐れ慄く彼の部隊の隊員…
だが、ダリウス機を半壊させたのは、ウエストの本当の目的のついででしかなかった。
尾を地面に叩きつけた後、デススティンガーは間髪入れず荷電粒子砲を発射した。
まるでジェノザウラーのようにゾイド全体を砲塔に見立てて発射したそれは、
地面をえぐりながら、瞬く間に撤退している友軍を呑みこんでいった。
「生き残った奴は不運だねぇ。ここで死んだ方が楽だったのに。」
この独り言こそが、狂ったようにしか見えないこの行動の真意を物語っていた。
荷電粒子砲とは、荷電粒子を光速で撃ち出す兵器である。
その威力と速度から、この兵器で死ぬのが一番楽だとウエストは考えたのだ。
そして次の行動が、さらに彼の真意の信憑性を引き上げた。
遊泳脚のロケットブースターを右側だけ展開し、合わせて脚を動かし急旋回した。
尾は地面に下ろしたままであり、ダリウスのプロトブレイカーを引きずり回した。
回転しながら背中のショックキャノンを乱射する事によって、
ダリウス以外のプロトブレイカーも中破、あるいは大破していった。
しかし、決してプロトブレイカーにこの時点では止めは刺していなかった。
そう、ここまでは惨劇の始まりに過ぎなかったのだ。
- 87 :
- 13.「紛い物」と「超本物」
大打撃を受けたプロトブレイカーは、既に大半が再起不能となっていた。
その様子を見てウエストは旋回を止め、律儀に一人ずつ「血祭り」にあげる事にした。
一機はショックカノンで蜂の巣に、また一機はレーザーカッターで三枚おろしに…
終いには、四肢と首と尾を引きちぎった後、コックピットを押しつぶす始末。
もちろん止めようと向かってきた味方のライトニングサイクスは数機いたが、
圧倒的パワーの前に、漏れなくプロトブレイカーの仲間入りしてしまった。
「くっ…全員撤退しろ!デススティンガーは化物だ!」
アンダーソン少佐は全軍に撤退命令を出した。。
彼はドクトルOの側近であり、オーガノイドシステム(OS)の危険性を察知していた。
OSはパイロットを戦闘狂に仕立て上げるという話を聞くが、対策はしてある。
一般配備されているものは、精神への悪影響を抑えるためにリミッターを設けており、
研究者の間では「紛い物」と言われている。
「本物」は、リッツ中尉ら数名の乗る試作型ジェノザウラーの物だ。
しかしデススティンガーにおいては、ゾイドコア自体がOSの塊のようなものだ。
これを上記の名称に当てはめるとすれば、「超本物」だろうか…
アンダーソンは、狂気の沙汰を平然とやってのけるウエストを見て、撤退命令を出した。
この部隊のゾイドに搭載されているOSは「紛い物」しかなく、
束でかかっても「超本物」のOSの戦闘力には敵わないと、彼は悟ったのだ。
しかしOSによって変貌したウエストとデススティンガーの前には、サイクスはおろか
飛行能力を持つジェノトルーパーすらも生還は不可能に近かった。
「正体がばれないように、アンダーソンだけは口封じしておかないとね。」
ウエストは不敵な笑みを浮かべながら、垂らしていた尾を持ち上げた。
そして、荷電粒子を最大限までチャージし、放とうとしていた。
- 88 :
- 14.我に帰る時
「さて、そろそろ撃つかな…」
そう言ってウエストが荷電粒子砲の引き金を引いた時だった。
「させるか!」
不意にそのような声が聞こえたが、意に介さずデススティンガーは荷電粒子砲を放った。
だが、ジェノトルーパーを基準に向けて発射したはずの荷電粒子砲が、
なぜかコクピットから視認できるほどの高さに発射している事に気が付いた。
なんと、一匹のライトニングサイクスが尾にしがみつき、砲撃を止めようとしてきたのだ。
発射方向の変化、出力の減衰はあったものの、中型ゾイドを葬るには十分な威力だった。
再び地上に走っていく光は、文字通り地平線まで走っていった。
プロトブレイカー隊、ライトニングサイクス隊は全滅。だが、2機のジェノトルーパー…
アンダーソン少佐、ヴァルター曹長の機体は損傷を負いながらも逃げ伸びていた。
すはずの二人が飛び去っていく姿を、ウエストはただ見ていた。
いや、急に平常心を取り戻したウエストは、追撃する事が出来なかったのだろう。
「おそらく、声からして阻止に入ったのはフリオ大尉…」
そう考えると、猟奇的な破壊を楽しんでいたウエストは、急にやるせない気持ちになった。
フリオ大尉は叩き上げの軍人で、ニクシー基地でも面倒見のいいオヤジと評判だった。
憎んでもいない、むしろ好意を抱いていた相手を手にかける苦しさを噛みしめていた。
感傷に浸っていると、撤退する共和国に必死に亡命しようとする男がいた。
ダリウス中尉…この戦いでの第一級戦犯であり、戦闘狂になり下がっていた男だ。
「紛い物」のOSで狂ったのかは定かではないが、ウエストにとって見れば
精鋭として選ばれている事よりも、奴が正規軍の士官である事に疑問を持つ輩だった。
「なぜフリオ大尉のような方が死んで、お前のような輩が生きているんだ!」
ウエストは、再び湧き上がる怒りと狂気に身を任せ、共和国軍に砲身を向けた。
- 89 :
-
15.遁走
しばらくして…静まり返った荒野の中、ウエストは考えを巡らせていた。
ダリウス中尉が共和国に亡命を求めていたからと言って、共和国が悪いわけではない。
むしろ最初は共和国の下級兵に対して、自分も同情までしていた。
どうしてあの時ダリウスではなく共和国に荷電粒子砲を打ち込んだのだろうか…
だが追撃隊を壊滅させた今、そのような事は彼の心の中ではどうでも良くなっていた。
「た…助けてくれ!頼む!助けてくれぇ!」
ダリウス中尉は、先程まで共和国だった残骸に対して必死に助けを求めていた。
滑稽な光景だが、両手両足を器用にバルカンで撃ち抜かれているのだから仕方ない。
この時ほど頭部が損傷してバルカンが片方しか無くなった事に感謝したのは無いだろう。
「こいつ以上の下衆が、中央大陸でも、暗黒大陸でも居座っているのか…
見ていろ、奴らに地獄を見せてやる!」
そう誓ったウエストとデススティンガーは地中に潜り、地獄絵図と化した戦場を後にした。
この誓いが、狂気と平常心の境を往くウエストを突き動かしている原動力を物語っていた。
「自分を見離した世界への復讐」…それこそが彼の原動力、そして「目標」であった。
…この北ルートで起きた大惨事の報告を受けた軍上層部は情報統制を行った。
生存したアンダーソン少佐とヴァルター曹長には、やはり緘口令を敷き、
デススティンガーについては、「試作ゾイド、デススティンガーはパイロットを害後に
暴走を開始し、周囲に甚大な被害を与え、地中に潜って逃走した」というように
デススティンガー単体の暴走によるものとして処理をした。
軍上層部はたびたび、このような前線の不祥事をもみ消す事があったそうだ。
また改変する内容についても、賄賂によって都合よく変更されるという。
この事が、「最後に勝てばいい」という当時の軍上層部の戦争に関しての見解と、
賄賂で動く将官が少なからずいるという内部の腐敗を如実に表している。
- 90 :
- 定期age
- 91 :
- 定期age
- 92 :
- 16.思惑の交差
「はい。仰る通りダリウスを唆し、あのゾイドを覚醒させることに成功しました。」
ニクシー基地の地下空間…そこでドクトルOは何者かとモニター通信を行っていた。
その相手こそが、まさしくガイロス帝国摂政、ギュンター・プロイツェンであった。
「皮肉なものだな。ガイロス帝国滅亡の引き金を引いたのが名門一家当主とは。」
プロイツェンは報告を受け、満足げにこう言った。
ダリウス中尉…彼の本名はダリウス・フォン・ヴェルチという。
ヴェルチ家とは、プロイツェン、シュバルツなどと同じくガイロス帝国の名門貴族である。
彼は位こそ高くはないが、名門一家の当主であったため、軍部は彼を丁重に扱っていた。
また、攻撃的かつ自己中心的な性格ゆえに、よく配属先では下級兵といざこざを起こしていたが、
軍部が気を利かせて下級兵を軍法会議にかけて処罰したり、もみ消したりしていた。
さらに戦闘における敵機の撃墜数、敵パイロットの傷率において、彼は非凡なものがあり、
軍部とダリウスの癒着関係は、西方大陸戦争が始まってからはさらに密接なものになっていった。
異常なまでに重用されていたダリウスの蛮行により、総力戦ともいえるロブ基地攻略戦で
最も多く投入された小型ゾイド…さらには迎撃隊の最新鋭機とエースパイロットが失われ、
西方大陸戦争の敗北はほぼ決したのだから、まさしく皮肉としか言いようがなかった。
「しかしながら、ウエストを手駒に出来なかったのは痛恨の極みでございます。
OSの完全なるコントロールは不可能になってしまったがゆえ、あの機体の実戦投入は…」
ドクトルOは少し惜し気に、プロイツェンへ失敗した計画についても報告した。
OSにリミッターをかけるなど、ある程度までは制御の方法には目処がついていたが、
彼はあくまでもOSの最大限の状態を制御したかったというのが本音のようだ。
「だからこそ、私はOSを用いないあの2機を開発させていたのではないか。」
プロイツェンは情に流されることなく、報告を聞いた上でこのように淡々と答えた。
なぜなら、この時点での彼は、ドクトルOの理想の実現は不可能だと踏んでいたからだ。
- 93 :
- 17.予定調和
OSは、ゾイドの戦闘力を飛躍的に増大させる代わりに、パイロットに悪影響を及ぼす…
この効力は、OSの戦闘面…つまり全機能の半分程度でしかない事を忘れてはいけない。
OSのもう半分の効力は、ゾイドコアを活性化させ、成長を促成させる効力だ。
これはほぼ完全な状態のゾイドコアはおろか、ほぼ死にかけの物にも使用でき、
さらに成長を促したコアの細胞をクローニングする事によって、個体数を増やすこともできる。
…半ば生命を冒涜するような行為だが、プロイツェンはこの行為に手を染めたのだ。
およそ45年前に勃発した大異変によって、多くのゾイドが絶滅、または数を激減させた。
それは紛れもない事実であったが、大異変からこの西方大陸戦争までは、
小競り合い程度の非正規戦を除いて、共和国と帝国が直接刃を交えることはなかった…
つまり、開戦当初はお互いの戦力がどれほど減っているかは予想できない状況だった。
プロイツェンはこれを利用し、帝国海軍にはブラキオスとシンカーしかないと見せかけ、
裏で最強の海戦ゾイド、ウオディックをOSで復活させ、極秘で保有していたのだ。
そう…この時点でプロイツェンはもうOSを必要としないほど戦力を整えていた。
唯一足りていなかったのは、ニクシー基地から回収しなければならないあの2機のゾイド…
あの時ウエストが目にしていた、後のライガーゼロとバーサークフューラーだった。
「では、私も多忙なのでな。これで通信を終わらせてもらう。」
プロイツェンはそう言うと、「解せぬ」と言いたそうな表情のドクトルOを尻目に
通信を早々と切り上げてしまった。
ドクトルOは数日後、デススティンガー暴走の件で責任を問われ、ガイロス帝国を追放された。
しかし、この追放劇は計画的なものであったという事実が近年になって発覚した。
追放後もネオゼネバスでキメラブロックスを始めとする多くのゾイドを開発していた事から、
その可能性は以前から示唆されていたが、腹心であるアンダーソン少佐の手記に
この一件についての計画が記されていたことが、決定的な証拠になったという。
- 94 :
- 18.凶戦士の襲撃
ある日の夜、辺境の共和国軍基地の中で、無数に蠢く小さな蠍が略奪を行っていた。
小さいとは言ってもガイサック程の大きさをもつそれは、格納庫にいるゾイドや兵器、
さらには食糧なども基地の外に運び出していた。
監視カメラなどに残っている襲撃者(ウエスト)の音声をもとに、共和国側は
この野生ゾイドのような生々しさを持つ蠍を「兵隊」というコードネームで呼ぶことにした。
その正体は、デススティンガーが大量に作り出した繁殖能力のない個体であり、
後に「サックスティンガー」という名称でネオゼネバスが実戦投入したもののベースである。
兵隊がせっせと略奪に勤しんでいる中、デススティンガーだけが基地の入口を向いたまま
微動だにしなかった。そう、「主」が帰ってくるのを待つ従者のように…
通常なら、この基地は襲撃に対しての応戦の信号か、ほかの基地や哨戒部隊に応援信号を
出さなければならない状況だが、ずっとこの基地は「異常なし」の信号のままだったという。
そう…略奪が始まっていた時には既に、この基地はウエストの手に落ちていたのだ。
しかし、平和的な無血開城というわけにはいかず、多くの犠牲者が出た。
部屋や廊下に転がる遺体とおびただしい血、壁に残る弾痕がそれを物語っていた。
「ふふっ…リスクはあったけど、背に腹は代えられないからね。」
ウエストは、上機嫌な口調でこう言いながら、バスルームで久々の風呂を堪能していた。
基地でも兵卒には共同利用のシャワー室しか与えられず、戦場には無論風呂などない。
そのため、広々とした将校用のバスルームは、彼の心を満足させるものだった。
他にも基地にいた兵士の携行兵器や私服、貴重品なども奪うことができ、
パイロットスーツと申し訳程度の拳銃、白兵戦用の大型マチェット、心もとない非常食…
これしか持ちわせの無かったウエストの所持品は、一気に豊かなものとなった。
しばらくして、ウエストは風呂から上がり、体に残る水滴を拭き取った。
血なまぐささが体から離れないのを気にしながら、奪ったばかりの服に袖を通した。
サイズは大きいが、パイロットスーツは帰り血だらけで使い物にならない。
後で着替えればいいか、と心の隅で思いながら、彼は基地を後にすることにした。
- 95 :
- 19.「悪魔の寝床」
デススティンガーと兵隊の軍団は、基地から奪い取ったものを運びながら、巣に帰った。
永い年月により風化した遺跡…ここが、デススティンガーとウエストの寝床である。
現地の人間は「悪魔の寝床」とこの場所を称しており、気味悪がって近付きもしない。
そのため、彼らは二か月以上も行方を眩ませられたのかもしれない。
「さすが、共和国の食い物は美味しいな。うち(帝国)も見習えばいいのに…」
ウエストは共和国軍仕様の非常食を食べながら、祖国の軍の文句を漏らしていた。
補給線が途絶えてから、目に見えて配給品の質は基地隊のものまで落ちていた。
共和国製の非常食よりも不味い飯を食わされていた彼には、この非常食を食べたとき、
風呂を堪能していた時に匹敵する衝撃と満足感があったに違いない。
デススティンガーも、まるで食肉のように解体されたゾイドや兵器に食らいついていた。
―帝国製のもの歯ごたえのある厚い皮が多いが、共和国製のものは割と柔らかめだ―
ウエストは、デススティンガーが食事しながらそう言っているように感じた。
覚醒してからたった数日しか経っていないが、ウエストとデススティンガーは
奇妙なことに、互いの意思が分かるようになっていたのだ。
「悪魔の寝床か…まあ、今の僕にはふさわしい呼び名の場所だね。」
ウエストは自虐的でありながら、誇らしげな顔でデススティンガーに話した。
先ほどの略奪でも、彼は寝ている兵士や無抵抗の非戦闘員、命乞いをする愚者、
さらには捕えられていた帝国軍人の捕虜も容赦なくした。
このような所業をした、人の道から外れた外道には「悪魔」の呼び名がふさわさしい…
もはや人として生きることを諦めたウエストの出した結論であった。
- 96 :
- 20.悲しき過去
「…お互い、苦しかったよね。欠陥品なんて罵られて。僕も何度死にたいと思った事か…」
星空を見上げ、物思いにふけっているウエストは、デススティンガーにこう語りかけた。
デススティンガーもまた、ウエストの言葉に静かに頷いた。
ウエストは、今思えば幼少期から特異すぎて「欠陥品」呼ばわりを受けてきたのだ。
常人とは違う感性と着眼点、高すぎる思考能力と、それに見合わぬ身体能力の無さ…
常人とは一線を画く彼は、他者からは異常だと見られ、常に虐げられていた。
さらに不幸なことに、ウエストは天性の不運をも持ち合わせていた。
常人とは一線を画く故に、常人よりも優れた部分も持っているという事を理解し、
彼と友好的に接する者もいたが、全員が程無くして「死別か離別」したのだ。
偶然にも程がある…彼もそう言いたくなるほど、この法則は正確に適用されてしまった。
直近でいえば配属先変更後、一度も会えなくなったリッツ中尉との「離別」だろう。
希望を持てば持つほど、絶望したときの精神的なダメージは飛躍的に増大する。
ウエストは「自分を受け入れてくれる者」が執拗に失われていくさまを見せつけれれる度に、
世界がまるで、自分を苦しめるためだけに希望を持たせたのではないかという錯覚に陥った。
苦しみを理解者に打ち明けることすら叶わず、自分の不幸を呪うたびに心は荒んでいく…
走馬灯すらいい思い出がほとんど浮かばなかったというのも、強ち偶然ではなさそうだ。
しかし、ウエストが言った「お互いに欠陥品と罵られていた」という話に頷いたのならば、
デススティンガーも彼と同じく「欠陥品」と呼ばれていたという事になるわけだが…
そう。デススティンガーもまた、彼と同じく「欠陥品」であったのだ。
- 97 :
- 21.凶戦士の誕生秘話
はるか昔…太古の時代、西方大陸は終わりなき戦いの真っ只中にあった。
小国が乱立し、そのほとんどがこの大陸を統べようと戦いを繰り返し、その果てに
どの国が統べようとすぐに分裂、崩壊を起こし、再び誕生した小国が戦いを繰り返す…
このような泥沼の戦乱が続いていた古代の末期にあった、とある国で事件は起きた。
「二匹のゾイドを合成し、新たなゾイド、強力なゾイドを作り出す」
この方針に則って多くの新種のゾイドを生み出していた、とある国家があった。
この国は、延々と続く戦いに終止符を打つために、デススティンガーの製作をしていた。
つまり、デススティンガーは元々戦闘用のゾイドとして造り出されていたのだ。
長年のゾイド合成によって培われた技術が、デススティンガーに惜しみなく注がれた。
合成するゾイド同士の種族の間が離れていれば離れているほど、合成自体の成功率と
生物としての安定性は失われるが、強力なパワーと凶暴な性格を得ることができる。
後の「キメラブロックス」で明らかとなる合成獣の性質を理解していた研究者は、
陸サソリ、海サソリという「似ていながらも近似種ではない二匹」を強引に合成して
先述の性質を持った、戦闘にのみ特化したゾイド、デススティンガーが誕生させた。
多くの失敗、挫折を乗り越えてデススティンガーを作り出した研究者は歓喜したが、
当の本人は、犠牲になった多くの仲間たちと、歪んだ己の姿を見て打ちひしがれていた。
―こんな見ず知らずのモノと一緒に生き続けるより、私も皆と一緒に死にたかった―
デススティンガーが誕生してから初めて抱いた思いは、陸サソリ、海サソリも同じだった。
生きる希望もないデススティンガーは考えることを棄て、生まれた本分だけを全うした。
操られるがまま破壊と戮を繰り返し、幾多の生命体と都市、さらには国家を潰した。
悲しみや憎しみは山ほどあったが、モノを壊している時だけはその感情を忘れられた。
戦いをしている時だけが、苦しみから逃れられる安息であると心が認識し始めた矢先、
戦争は終結し平和が訪れたが、凶戦士にとって戦争の終結は、死を意味していたのだ。
- 98 :
- 22.破壊にしか使えない欠陥品
戦争の終結後、人々はただの物騒な怪物と化した合成獣たちの処分を画策していた。
元々兵器として造られたデススティンガーは、処分対象の中でも筆頭候補だった。
他の目的で造り出された合成獣ならば、他にも転用する方法はあったのだが、
デススティンガーはその余地すらなく、人々も異形の化け物と恐れていたからだった。
「デススティンガーは破壊にしか使えない欠陥品だ。処分しても後腐れはない。」
これが、デススティンガーを処分するために戦勝国の民が導き出した、非情な建前である。
例え転用の余地があったとしても、人々はそれを認めず、この論理を押し通した。
もはやこの頃、合成獣処分の目的など民は遠い昔のことのように忘れていた。
そうでなければ、この建前と処分を模範例として、他の合成獣も処分しようなどという
急進的で生産性のない計画など、実行されないからである。
しかし合成獣にされる過程で、肉体だけでなく感情や思考までも改造されていたとしても、
彼らは、民の愚かで狡猾な考えに気付かぬほど愚鈍ではなかった。
勝手に造り出しておいて、必要がなくなれば処分するなどという「道具」のような扱いなど、
「生き物であった」彼らが納得など出来るものではなかった。
―そちらがその気なら、こちらも容赦はしない。道具として扱われた私の怒りを思い知れ!―
デススティンガーは今まで抑圧されていた感情を爆発させ、創造主への反逆を誓った。
こうして、合成獣の処分が始まる直前に、「創造主への反乱」が勃発したのだ。
ある合成獣はデススティンガーと共に、自分達をそうとした人間を逆に戮し、
また、ある合成獣は、驕り高ぶっていた人間を見捨て、自らの力で生きていくことを選んだ。
今までは自らの「道具」に守られていただけの人間は、なす術もなく駆逐されていった。
- 99 :
- 23.永き封印
創造主への反乱により、滅亡の危機に瀕した人間たちは、苦肉の策を実行した。
それは、デススティンガーをゾイド核状態まで強制的に退化させ、封印するというものだ。
後世に「世界を滅ぼすほどの不発弾」を残すこの方法は、まさしく苦肉の策であった。
しかし、このような策を用いなければならないほど人間は追い詰められていたのだ。
単純戦闘でデススティンガーに勝る兵器もゾイドも当時存在せず、
デススティンガー以上の戦闘力を誇る合成獣を造り出したとしても、その合成獣が
デススティンガー同様、人間を滅ぼそうとするかもしれないという危険性もあったからだ。
この作戦は実行され、人間たちが保有していた兵器の大半と引き換えに成功した。
もくろみ通りにゾイド核状態まで退化したデススティンガーを、人間たちは封印した。
誰にも発掘されないような辺境の洞窟に、二度と復活しないように厳重な封印を施して。
今まで殆ど自ら考える事のなかったデススティンガーは、封印されている時に
初めて長く考えを巡らせた。
なぜ戦いを終わらせた我々に、ここまで冷酷な仕打ちが人間に出来たのだろうか…と。
おそらく、合成獣を作り出してきたことにより、生命倫理が希薄になったからであろう。
人間とゾイドという、「種の違いによる越えられない隔たり」もそれを助長したのだろう。
永き封印を施されたデススティンガーは、考えの果てにこのような答えを導き出していた。
リッツによって発掘され、そのまま帝国に武装を施された時も、その意思は変わらなかった。
それは兵器としかデススティンガーを見ていない研究者と、力だけを欲したパイロットが
憎んでいた人間たちの姿と重なり、やはり人間の本質は卑しいものだと確信したからだった。
彼らがその姿と重なるたびに、デススティンガーは度々秘めている憎しみを表に出した。
人間と、その横暴さを助長させている全ての物を破壊したいという強い憎しみを。
技術総督であるドクトルFが、オーガノイドシステム計画の凍結を進言したのも、
今までに搭乗したパイロットが不可解な死を遂げたのも、ただの偶然ではなかったのだ。
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