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2012年3月アニキャラ総合68: リリカルなのはクロスSSその121 (245) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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リリカルなのはクロスSSその121


1 :
ここはリリカルなのはのクロスオーバーSSスレです。
型月作品関連のクロスは同じ板の、ガンダムSEEDシリーズ関係のクロスは新シャア板の専用スレにお願いします。
オリネタ、エロパロはエロパロ板の専用スレの方でお願いします。
このスレはsage進行です。
【メル欄にsageと入れてください】
荒らし、煽り等はスルーしてください。
本スレが雑談OKになりました。ただし投稿中などはNG。
次スレは>>975を踏んだ方、もしくは475kbyteを超えたのを確認した方が立ててください。
前スレ
リリカルなのはクロスSSその120
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1321163438/
規制されていたり、投下途中でさるさんを食らってしまった場合はこちらに
リリカルなのはクロスSS木枯らしスレ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/anime/6053/1257083825/
まとめサイト
ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/anime/6053/
NanohaWiki
ttp://nanoha.julynet.jp/
R&Rの【リリカルなのはデータwiki】
ttp://www31.atwiki.jp/nanoha_data/

2 :
【書き手の方々ヘ】
(投下前の注意)
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
  ttp://gikonavi.sourceforge.jp/top.html
・Jane Style(フリーソフト)
  ttp://janestyle.s11.xrea.com/
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認して二重予約などの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・鬱展開、グロテスク、政治ネタ等と言った要素が含まれる場合、一声だけでも良いので
 軽く注意を呼びかけをすると望ましいです(強制ではありません)
・長編で一部のみに上記の要素が含まれる場合、その話の時にネタバレにならない程度に
 注意書きをすると良いでしょう。(上記と同様に推奨ではありません)
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
 前の作品投下終了から30分以上が目安です。
(投下後の注意)
・次の人のために、投下終了は明言を。
・元ネタについては極力明言するように。わからないと登録されないこともあります。
・投下した作品がまとめに登録されなくても泣かない。どうしてもすぐまとめで見て欲しいときは自力でどうぞ。
 →参考URL>ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3168.html
【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、さるさん回避のため支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は、まとめWikiのコメント欄(作者による任意の実装のため、ついていない人もいます)でどうぞ。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
 不満があっても本スレで叩かない事。スレが荒れる上に他の人の迷惑になります。
・不満を言いたい場合は、「本音で語るスレ」でお願いします(まとめWikiから行けます)
・まとめに登録されていない作品を発見したら、ご協力お願いします。
【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
 議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
 皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
 著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
 いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
 追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
・携帯からではまとめの編集は不可能ですのでご注意ください。

3 :
 真夜中の北海に、まばゆいばかりの光条とともに巨大な水柱が上がった。
 落下する発光物体に照らされ、光の柱が青白く水平線上に立ち上がる。
 落着地点から85キロメートルの距離まで接近していたドイツ海軍ザクセン級フリゲート「F-225ケーニヒスベルク」は、直径少なくとも70メートル以上の巨大な球形をした物体が、海上に出現したことをレーダーで探知した。
 反射波のパターンから、物体にはRCS低減効果があり、ただの金属ではない、特殊な防御フィールドを纏っていることが読み取れた。
 レーダーに映る情報だけでは、物体の正体が確かめられない。
 しかし、もしこれが今世界中を騒がせている巨大UFOの一部なら、不用意な接近は危険である。
 さらに基本的には動きの鈍い水上艦ならなおさらだ。
 まずは航空機による上空偵察を試み、ある程度の情報を得てから艦艇が接近する。
 イギリスからのタイフーンIIIとあわせて、ドイツ本土からも、防空軍のMiG-35スーパーファルクラム、Su-47ラオプフォーゲルが北海へ向かう。
 タイフーンIIIがイギリス本土から200キロメートルほど離れた頃、クラウディアに続いてミッドチルダ艦隊の巡洋艦も大気圏に突入し、北海上空へ降下していた。
 高度を3000メートル程度にとり、雲の底辺近くに艦をとって航行する。大気圏内では雲に隠れることの多い次元航行艦ならではの飛び方である。レーダー回避の意味では、次元航行艦は特に魔力素による電磁波への干渉を起こすため雲の中では捉えにくい。
 大型バイオメカノイドが落下した海面付近は、夜の黒いヨーロッパの海に閃光をきらめかせていた。
 おそらく、敵には隠れるという概念が無い。
 いずれにしろあの大きさでは、いるだけで目立つしすぐに見つかってしまう。
 むしろ最初に海へ落ちたのは幸いだった。これが陸上であれば、付近の住民に目撃されたりなどでパニックを引き起こしていただろう。
 ケーニヒスベルクのソナーマンは、海水をかき分けて進む巨大な物体の音を聞いた。
 潜水艦のような硬質な音ではなく、クジラのように水中を縫うような音でもない。
 複雑な形状をした物体が水中を漂う、嵐のような音だった。
 さらに対空警戒レーダーにもミッドチルダ艦隊の影が映る。
 やや離れて先頭に立つクラウディアが、海面にいるザクセン級に向けて発光信号を打った。
 用いたのは英語だが、国際的にはドイツ艦にも通じる。
 まず先陣を切り、クラウディアが海面へ向け艦首魔導砲を放った。
 闇夜に青白い光条が走り、沸き立つ海面がさらに激しく爆発する。
 発砲の瞬間、ケーニヒスベルクのレーダースクリーンは一瞬ぶれて画像の書き換えが止まる。
 魔力光の高出力はレーダー素子にも影響を与える。
 ケーニヒスベルクのCICでは、上空を飛ぶタイフーンIIIから送られた敵大型バイオメカノイドの画像とレーダー反射波の分析を行っていた。
 射撃諸元を計算し、ミサイルの誘導装置に入力すれば地球の武器でもバイオメカノイドを攻撃することができる。
 艦砲でマニュアル射撃するには接近しなくてはならないが、ミサイルならば離れたところから撃てる。
 クラウディアの攻撃開始から2分後、ケーニヒスベルクは対艦ミサイルハープーンを発射した。
 ジェットエンジンによって巡航し、海面すれすれを飛ぶハープーンは、命中直前にホップアップし上空から敵の姿をとらえる。
 弾頭に搭載されたガンカメラが映し出す映像を、ケーニヒスベルクの乗員たちは見た。
 それは無数の瘤のような肉塊をまとわりつかせた球状の物体で、海面に出た頭部の下には、何本もの発光する触手が水中に伸びていた。
 中世の船乗りが遭遇したと言われるクラーケン、大ダコか。
 米軍からの情報によれば敵は巨大生物を改造した機械怪獣だという。
 魔導砲が命中した箇所から、スパークのような魔力光を吹き散らしている姿は、明らかに地球上に起源をもつものではない。
 クラウディアのレーダーにも、ケーニヒスベルクが発射したハープーンミサイルの輝点が映った。
 次元航行艦の魔力レーダーでも、通常物体の探知はできるしその機能は必須だ。自然界には必ずしも強い魔力を持っている物体だけがあるとは限らず、微弱な自然魔力光を走査できる索敵装置が必要だ。
 レーダースクリーン上を高速で移動する物体を認め、クラウディアの電測員が報告する。
「艦長、地球艦より高速飛翔体が発射されました。ミサイルです」

4 :
 ミッドチルダ語では、いわゆるミサイルとロケットを区別しない。誘導能力の有無にかかわらず、自己推進力で飛ぶ弾丸をミサイルと呼ぶ。ロケットは推進装置そのものをあらわす。
 また弾体が実体弾か魔力弾かどうかも問わず、誘導魔法やバインドもカテゴリーとしてはミサイルに含まれる。
「魔力光スペクトルを採取せよ。地球艦の射程を遮らないように後続のミッドチルダ艦隊に連絡しろ」
「はい艦長」
 地球艦が行う攻撃オプションを登録し各艦の警戒システムに入力することで、誤射や同士討ちを避ける。
 ケーニヒスベルクは距離50キロメートルをとってミサイル攻撃を続け、後続のもう1隻のザクセン級もミサイルを発射し始める。
 現在、北海にいるユーロ海軍の艦では打撃力が足りない恐れが出てきた。
 ハープーンミサイルは弾体が比較的小さく、対水上艦戦闘ならば十分な破壊力があるが、船舶ではない巨大怪獣にこれがどこまで通じるかというのは未知数である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中しています。続けて当たります、合計6発が命中」
「ミサイル攻撃の合間を縫って本艦の砲撃を当てます」
「砲雷長、落ち着いて狙え。敵はおそらくまだ我々の正確な位置をつかんでいない、確実に命中させろ。
電測、敵の動きを見逃すな。反撃の兆候があればすぐに知らせろ」
 空中から魔導砲を発射した瞬間、海面が毛羽立つように光を反射して輝く。
 XV級の放つ青い魔力光は、海の水を黒色に染め上げる。
「地球艦、先頭艦が転進、距離をとります」
「おそらくミサイルを撃ち尽くしたかと」
 クロノの隣に立つウーノが予想を述べた。
 実体弾であるミサイルは艦内の容積を必要とするため搭載数に限りがある。地球の艦は次元航行艦に比べて小型のものが多いため、必然的に搭載数も少なくなると予想された。
 ミッドチルダ艦隊は海上を走査し、現場に向かいつつある地球艦をリストアップしていた。
 まず現在交戦中のドイツ海軍ザクセン級が2隻、それからイギリス南岸をトライトン級が1隻北上している。さらに反対側のスカゲラク海峡から、ソ連海軍のスラヴァ級が1隻、向かってくるのが確認された。
 ヴォルフラムから提供を受けた地球の兵器の中で、特にスラヴァ級は大型のミサイルを搭載し非常に攻撃力の高い艦であるとされていた。
 現在現れているバイオメカノイドはこれまで確認できた個体の中でもかなり大型で、大クモの倍以上はあるような、赤い体色を持つ大ダコだった。
身体の天辺にあたる胴部は血のように赤く、そこから頭部にいくにつれてだんだんと色味は白くなり、触腕は金属質のうろこを持った濃灰色をしている。
 ハープーンミサイルが命中した大ダコは、ミサイルを発射した艦の場所を見つけられず、腕で海面をしきりに叩いていた。
 まだ起動したばかりで周囲の状況をつかみきれていないと予想された。
 クラウディアの魔導砲が命中したところでは、一部、シールドが破損して魔力残滓が散らばりつつあるのが確認された。
「敵大型バイオメカノイド内に高レベル魔力反応、出力上昇します」
「砲撃が来る。ランダム回避運動開始、ミッドチルダ艦隊にも伝達せよ」
 水平線の向こうにいる相手に攻撃ができないと悟った大ダコは、空中にいる次元航行艦へ向けてビームを撃ち始めた。
 こちらも青白い荷電粒子砲で、大気圏内では空気の分子と衝突して激しく発光する。
 大気をかき分けてプラズマが突進するため、弾速は宇宙空間に比べると遅いが、それでもこれほどの距離では発射から着弾までは一瞬しかない。
 すぐにクラウディアの左舷をプラズマがかすめていき、艦の表面から火花が飛ぶ。
「左舷艦首に至近弾!ダメージ軽微!」
「艦長」
「発射の兆候を見極めろ。敵の頭部にリング状の砲口がある、計6門だ。操舵手、敵の動きに合わせてタイミングをとれ」
「了解!」
 後方にいるミッドチルダ艦隊からも砲撃が始まる。ミッドチルダの主力巡洋艦であるXJR級は、XV級の船体をベースに多数の武装を搭載した艦隊水上打撃力の中核となる艦で、誘導魔法と長距離砲撃魔法の組み合わせで艦隊防空を担い、遠距離の敵を撃破する。
 搭載される魔導砲は直射だけでなく弾道を曲げたプログラミング砲撃が可能であり、正面装甲をかわして敵の弱点に砲撃を当てることが可能である。

5 :
 本来ならば、管理外世界の上空で次元航行艦が発砲するという事態は極めて異例である。
 そもそも魔法技術は拡散させてはならないと各国間の条約で定められており、これを実際に使用してみせることも原則、禁止だ。
 海上にいるであろう地球の艦からは、上空からビーム砲を撃つ異星人の宇宙戦艦としてXJR級とXV級は見えているだろう。
 ザクセン級2隻は手持ちのハープーンを撃ち尽くしてしまい、タイフーンIIIからの報告で目立ったダメージを与えられなかったことを確認すると反転して撤退を始めた。
 この場としては賢明な判断である。
 これ以上接近すれば大ダコの視界に入ってしまい、荷電粒子砲の砲撃に晒されることになる。
 そうなれば次元航行艦よりも速度で劣る水上艦は、ひとたまりもなく粉砕されてしまうだろう。
「艦長、大ダコが動き始めます。進路は──南東です、先ほど攻撃を行っていた地球艦の方角です」
 クロノとウーノは面を上げ、スクリーンに投影された戦術マップを見た。
「速度は」
「現在18ノット、増速しつつあります。地球艦の速度は25ノット、おそらく追いつかれます」
「陸地へ上がられるのは避けねばならんな──よし、面舵30度、針路1-4-5。下げ舵一杯、高度300フィートまで降下。大ダコと地球艦の間に割り込め。
地球艦と地球人に被害を出すことは防がねばならん」
「面舵30度、下げ舵一杯アイ!」
「針路、1-4-5にとります!」
 クラウディアの操舵手と航海長がそれぞれ復唱し、艦を変針させる。
 ミッドチルダ艦隊はこのまま大ダコに向かい、真上から攻撃する作戦を立てた。
 XJR級の防御力ならば、大ダコと正面から撃ち合って勝負になると踏んだ。XV級との性能的な差異は艦首魔導砲の定格出力値(XJR級の方が倍の魔力値を持つ)、結界魔法強度、艦内装甲区画の数である。
 全体的にはXV級はこれまでの管理局艦同様に長期哨戒任務に向いた性能、XJR級はより艦隊決戦向きの性格である。
 大ダコの放つプラズマ弾に対し、XJR級はそれぞれホイールプロテクションを展開して防御する。
 艦を横に並べて敵の攻撃を分散させ、防御している間に別の艦が攻撃する。
「左舷後方距離28000、ミッド艦隊が大ダコと交戦に入りました」
「地球艦の動きは」
「ザクセン級、速度25ノットで東進中です。西側より、イギリス海軍トライトン級が1隻、向かってきます。こちらは現在距離190キロメートル」
「ソ連艦の位置は」
「デンマーク沖を南下中、距離350キロメートルです」
「よろしい。左水上戦闘用意、全主砲左舷に指向せよ」
 大ダコの進路前方を横切るようにクラウディアは艦をとる。この場合正面に固定されている艦首魔導砲は使えないが、これを撃つためには敵の真正面に停止しなければならないため、艦を方向転換させて移動させる手間を考えると主砲で応じたほうが速い。
 スラヴァ級から、P-1000ヴルカーン対艦ミサイルが発射される。
 弾頭は通常炸薬で、ハープーンに比べて非常に巨大なミサイルであるため炸薬量が多い。命中すれば大型空母でも一撃で撃沈できる威力がある。
 P-1000の最大射程距離はおよそ800キロメートルだが、陸上からユトランド半島越しに撃つとデンマーク領空を通過することになってしまうため、北海に出てから撃つ必要があった。
 現在の各艦の位置は大ダコを中心としてほぼ真北にミッドチルダ艦隊のXJR級が5隻、一列横隊をとって並び、その反対側、南側にクラウディアが位置している。
 XJR級は大ダコからおよそ40キロメートルほど離れ、クラウディアは20キロメートル程度まで接近している。
 さらに最初に攻撃を仕掛けたザクセン級2隻は大ダコから南東側へ65キロメートルほど離れ、ヴィルヘルムスハーフェンへ向け航行中だ。
 南西側からはイギリス海軍のトライトン級がドーバー海峡を越えつつあり、まもなくハープーンミサイルの射程距離内に入る。
 スラヴァ級は大ダコの北北東に位置し、ユトランド半島の近くから長距離対艦ミサイルを大ダコに向けている。
 スラヴァ級が発射したP-1000は巡航軌道を東側にとり、XJR級のいる位置を大きく迂回して大ダコに向かった。
 P-1000ミサイルは推進装置として強力なターボジェットエンジンとロケットブースターを装備し、超音速巡航が可能だ。大型艦船を目標にした際に強力な運動エネルギーを発揮して威力を上げることができる。

6 :
>>1
スレ立て乙です

7 :
 米海軍大西洋第2艦隊からの情報提供に基づき、ソ連艦は規定周波数での通信発信を行いながらミサイルを発射した。
 クラウディアが指定してきた連絡用の回線で、これはミッド艦隊側でも受信していた。
 XJR級の通信設備には地球艦の情報が無く、XJR級単独では地球艦と通信ができない。ミッド艦隊が地球と意思疎通を図りたければ、クラウディアの用意した手段に乗ってくるしかないということだ。
 これを無視すれば、ミッドチルダは地球に対して不義を働いたとみなされる。
 政府の思惑はともかく、現場レベルでは、ミッドチルダ艦隊はクラウディアに従うよりないといった状況だった。
「高速飛翔体確認、地球のミサイルです!数3、方位2-5-5から3-2-0へ移動中、速度1600!」
「目標までの命中予想時間は」
「この速度ですと3分ほどです!」
「よし、命中15秒前に発砲を停止、着弾を観測せよ!他の4艦にも連絡だ」
 戦隊旗艦を務めるXJR級「ソヴリン」では、スラヴァ級のミサイルを探知して攻撃オプションを変更した。
 こちらが発砲を続けていては、ミサイルを誤爆させてしまう危険がある。
 大ダコが放つ弾幕は広範囲にわたり、XJR級はサイドスラスターを使用して細かく船体を動かしながら、敵の予測射撃を回避している。
 シールド魔法を艦の前方に配置し、他艦との距離を測りながらプラズマ弾を受け流す。
 プラズマ弾に混じって、実体弾のマイクロミサイルも混じり、これは誘導魔法で迎撃する。バイオメカノイドが使用するミサイルは体内で生成した炸薬を金属皮膜で包んだ構造で、簡易だが次元航行艦や地球艦のものと違い弾薬の自己補給が可能だ。
 小型のバイオメカノイドを産み落としそれを敵に向けて撃ち出していると見ることもできる。
「敵ミサイル多数、続けて来ます!対空レーザー、自動迎撃モードで射撃開始!」
 XJR級およびXV級では対空防御用の小型魔導砲は左右舷側にそれぞれ2基ずつ搭載されている。
 最大同時交戦目標数は2048ユニットであり、これはLS級に搭載されている管制装置の性能を引き上げたものだ。
「目標群アルファおよびブラヴォー、全て迎撃!地球艦のミサイル、命中まであと45秒です!」
「よし、撃ち方やめ、結界出力を120パーセントまで上げろ!地球艦のミサイルの着弾の瞬間を見逃すな」
「このミサイルが質量兵器と同等のものなら──」
 入力された攻撃指令コマンドをクリアしたことを示す火器管制装置のアラームが鳴り響き、XJR級ジャガーの副長は小さくつぶやいた。
 過去の次元世界における戦乱期では、“質量兵器”と呼ばれる大量破壊兵器が使用され、世界各地に甚大な被害をもたらした。
 発射される弾丸の破壊力は常軌を逸したものであり、当時、次元を隔てた世界に精密な弾体転送を行うことが難しかったことから、多少着弾地点がずれていても目標を確実に殲滅できるように威力の大きな弾頭が開発された。
 惑星に大穴を開けてしまうような“狭義の”質量兵器──対消滅弾頭なども多用された。
 さらに次元属性魔法が開発されると、物理的なシールドでは防げない次元破壊弾頭が使用されるようになった。
 もちろん、この第97管理外世界ではそれほどの技術水準の兵器は開発できていないはずである──。
 しかし、現在地球上空にいるミッド艦隊の他の艦との連携が制限されているXJR級では、その戦闘行動に激しいプレッシャーがかかっている。
 通常次元航行艦がこれほど目標に接近して戦闘を行うことはなく、惑星上での戦闘では通常は軌道上から攻撃を行う。
 大気圏内に降りて目視で敵が見える距離で撃ちあうということは、それこそ非武装の違法船舶か、既に無力化した艦を拿捕する時などに限られている。
 戦闘が長時間に及べば、それだけこちらが操艦ミスを犯す恐れも高まる。
 シールドで防いではいても、もし一発でも防御に失敗し直撃弾を受ければ、こちらは一撃で戦闘能力を喪失する危険がある。
 重装甲の戦艦ならいざしらず、このXJR級ではその本領は惑星間レベルの超長距離での戦闘だ。
「クラウディアないし管理局からの、第97管理外世界への情報提供がある」
 白波を蹴立てて進む大ダコに、後ろから頭部を叩く形でP-1000ミサイルが命中する。
 大爆発とともに海面に衝撃波が白い円を描いて広がり、大ダコの巨体が揺らぐ。

8 :
 爆炎に照らし出される海面に、浮遊物が散らばるのが見えた。バイオメカノイドの血液だ。有機金属を含む毒液だ。
 さらにその匂いをかぎつけて、サメが大ダコの周囲に集まり始めた。サメたちは鉄の匂いにひかれている。さらに、この大ダコは体内にたんぱく質も持っており、肉と金属が融合している。
 大ダコに噛みついたサメは、そこからたちまち取り込まれ、吸収同化されていく。
 大ダコは、頭部に絡みつく肉塊におびただしい数の魚やサメがこびりついた異様な姿になっていく。
「管理局は第511観測指定世界の存在を知っていて、それでクラウディアに!?」
 操舵席に座る水兵が歯を食いしばる。
 ミッドチルダ海軍といえども、各艦の末端の兵員までは、自国の裏事情は知られていない。
 ただでさえ、管理局は各国正規軍からは色眼鏡で見られる立場にある。
 上空30キロメートルに展開した米軍X-62編隊は大ダコの頭上を占位し、大ダコの体表からちぎれて海面に散らばった肉塊をパルスレーザーで撃っている。
「どちらにしろ我々はあのバイオメカノイドを撃破しなくてはならん──!!」
「!!艦長、友軍艦レパードが被弾!右舷中央部から炎上します!」
 大ダコのプラズマ弾が跳ね返るように命中し、艦体が激震する。反動で高度を押し下げられ、散らばってきた小口径レーザーの弾幕に突っ込んで艦底部から激しく閃光を噴き上げる。
「地球艦からの大型ミサイル、再び接近!8発来ます、命中まであと120秒!」
「クラウディアは動いているか!」
「現在ドイツ沿岸と敵大型バイオメカノイドの間に進入しつつあります」
「地球艦を守る構えか……しかしそれはあくまでも管理局としての作戦だ」
「艦長、ではわが艦隊は」
「ミッドチルダ政府からの作戦指令に変更がなければ──最優先は敵大型バイオメカノイドの撃破および“回収”だ」
 被弾したレパードも、乗組員たちの懸命の応急処置も空しく、火災が機関室におよびさらに艦腹から大爆発を起こした。炎上しつつ、海面への緊急着水を試みる。
 XJR級の残る4隻は上空からの大型バイオメカノイド攻撃を続ける。
 大ダコを撃破し、その中枢部もしくは体組織の一部、できるだけ大きな残骸を回収する。
 それはミッドチルダがバイオメカノイドの正体をつかみ、それを利用した兵器の開発に資すると見立てられていた。
 バイオメカノイドの正体を突き止める研究において、ミッドチルダはなんとしても管理局を出し抜かなくてはならない。
 これで先を越されてしまうと、今回の事件におけるミッドチルダの立場は一気に不利になる。未知の次元世界を独占的に占領する計画を立てていたことが暴露され、さらにその計画におけるミスで、全次元世界の危機である今回の事件を招いてしまった。
 この事実が知られてしまうと、各国政府や国際世論からの非難はますますミッドチルダに集中する。
 そのような事態は避けなければならず、またそうなれば、今まさに魔法技術のない管理外世界に進出し、魔法を使用している自分たちはそれこそバッシングの矢面に立たされるだろう。
 ヴァイゼン旗艦のチャイカは日本へ降下していったが、立場が危ういのはヴァイゼンも同じはずである。
 しかし現時点では互いに、クラウディア側に従うことで相手を出し抜き、管理局による便宜を図れる可能性がある。
 カザロワ少将がそこまで計算しているかはともかく、ヴァイゼンとしては仮に管理外世界への違法進出が問題になったとしてもミッドチルダに責任をかぶせることができ、その点では有利ではある。
 よって、ミッドチルダ艦隊としてはこの事件の対処におけるイニシアチブを管理局に握られてしまうことはこれもまた不都合な事態である。
「!艦長、ミッドチルダ海軍司令部より入電です。緊急連絡です!」
「回せ」
 受信し出力された電文を、艦長と副長のそれぞれの暗号鍵で復号する。
『“発 ミッドチルダ海軍中央司令部、宛 第511観測指定世界派遣艦隊
第6管理世界アルザスにバイオメカノイド出現、新暦83年12月31日時点においてほぼ全土を制圧された模様──
空母機動部隊による掃討作戦を展開中、貴艦隊は第97管理外世界における最低限の駐留艦を残し早急に帰還されたし──”』
「艦長、これは──!」
 表示された携帯ディスプレイをつかみ、副長が驚愕の表情で艦長の顔に視線を渡す。

9 :
「管理世界がやられた──だと」
「アルザス全土を制圧ということは──」
 この入電は地球に降下した艦だけではなく、軌道上にいるミッドチルダ、ヴァイゼンの両艦隊全艦が受信したはずだ。
 管理世界がバイオメカノイドに襲われ、甚大な被害を出した。
 そして現時点では、インフェルノは第97管理外世界には具体的な被害を与えていない。
 現時点での情勢を考えるなら、ただちにアルザスの援護に向かうべきである。
 しかし同時に第97管理外世界への今後の影響を考えるなら、このままインフェルノとの戦闘を放棄することはできない。
 第97管理外世界の人間は、アルザスのことなど知らないし、存在さえも同様だ。
 このままミッド艦隊が撤退すれば、ミッドチルダは地球を見捨てたと受け取られてしまうだろう。
 そうなったとき、第97管理外世界におけるミッドチルダの権益は失われ、管理局に奪われてしまうことになる。
 地球と、アルザスをはじめとした管理外世界と──どちらがミッドチルダそして管理局にとって重要かを考えるなら、それは自明である。
 アルザスは放棄された。
「──通信士官、軌道上の『リヴェンジ』へ打電だ。わが戦隊はこのまま第97管理外世界にとどまり敵大型バイオメカノイドの追撃を行う。
艦隊主力は宙域を離脱しアルザス泊地へ進出されたし──と」
「艦長」
「指令では全艦帰還せよとは言っていない。1隻でも残していれば言い訳はできるということだ。
たしかにアルザスと地球、両世界を天秤にかければどちらが重いかは誰もが同じように考えるだろう──だが、我々はその両方をも手に掴まねばならんのだ」
 XJR級ソヴリンの艦長は決断した。
 次元航行艦の乗組員は、他の魔導師に比べて、撃沈時の生還率というのはとても低い。
 板切れ一枚あれば浮いていられる惑星上の海と違い、宇宙空間では船を失うことは即、死につながる。
 ひとたび宇宙に、次元空間に出れば、必ず、この航海で生きて帰れないかもしれないということを意識し心に留めておかなくてはならない。
 今回の事件では、ミッドチルダ政府がいつになく穏やかでない動きをし、末端の将兵を振り回すような混乱を見せていた。
 その裏の事情はともかくも、前線で戦う船乗りにとっては、命令に忠実に最後まで戦い抜くことが矜持である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中。速度が落ちます、脅威度の高いユニットに攻撃されていることを探知した模様です」
「クラウディア、砲撃を開始しました。1時の方角、距離86キロメートル」
「レパードより報告、火災は消し止めましたが魔力炉へのダメージが大きく航行不能、破口より浸水しつつあるとのことです」
 ザクセン級やトライトン級にも、大ダコの攻撃が届き始めた。
 ケーニヒスベルクは艦尾のヘリ甲板付近にプラズマ弾を受けて装甲表面が破裂しているがなんとか航行可能で、マイクロミサイルはCIWSマウザーパルスキャノンで迎撃している。
 トライトン級はその艦級名が示す通りの三胴船体を持ち、適切な装甲傾斜によってプラズマ弾を弾き返すことができている。
 前甲板には米海軍との共同開発である32ポンドレールガンが搭載され、これは弾頭重量32ポンド(15キログラム)のタングステン砲弾を砲口初速8000m/sで発射でき、射程距離も長く大ダコにも有効な攻撃である。
 XJR級も、精密砲撃でまず敵の巨体を取り巻いている肉塊を引きはがす作戦を立てた。
 肉塊が周囲を取り巻いている状態では本体に攻撃が届かず、ダメージが与えにくくなってしまう。艦数の有利を活かし、飽和攻撃で敵の防御を破る。
「!クーガー、後部マスト付近にプラズマ弾命中!」
 再び艦隊が激震した。シールドが割れて飛び散った魔力残滓が、北海の寒風に吹き流されて空に舞う。
 高度を下げて艦尾を海面に擦りつつ、クーガーは何とか姿勢を立て直そうとしている。
 被弾し損傷した艦が2隻になった。このまま長期戦に持ち込まれるとこちらは不利だ。
「5インチ砲をマニュアル射撃で狙え!手数を減らすな」
「地球艦からの電磁投射砲、着弾します」
「まず敵の増加装甲を砕かなくてはならん。火力を惜しむな!」

10 :
鯖落ち酷いね…。
支援。

11 :
 大型バイオメカノイドの耐久力は驚異的である。これだけの砲撃を射ち込まれたら、通常戦艦であっても上部構造物がぼろぼろになり、まともな戦闘はできなくなる。
 バイオメカノイドはその体躯それ自体が攻撃力でそして防御力でもあり、水上艦や次元航行艦のように脆弱なセンサーや砲塔部分などがない。
 大ダコの周囲を取り巻く肉塊のうち、特に大きな6個が分裂して周囲に浮き上がった。これはビットのように、独自に移動して攻撃が可能なようだ。
 ザクセン級とクラウディアはただちにこのビットを狙って砲撃を集中させる。
 敵はおそらく、数の不利を悟ってて数を増やす作戦に切り替えたと思われた。
 打撃力で劣る地球フリゲートは、速射性を活かして敵の攻撃手段を減衰させる。その間に、攻撃力の高いスラヴァ級とトライトン級で本体にダメージを与える。
 スラヴァ級の第3波攻撃が放たれ、大ダコがまき散らす弾幕を蹴散らしながら大型ミサイルが海面を疾走する。
 放たれた8発のヴルカーンミサイルのうち2発が弾幕で迎撃され海面に落下したが、残る6発が海面高度のままホップアップせず、超音速のシースキミングで大ダコに命中する。
 爆発の衝撃でちぎれて飛び上がった肉塊が、周囲に散らばって水柱を上げる。
 クラウディアの砲撃で、ビットのうちの1基が破壊され残りは5基になった。
 艦橋から、ウーノはミッドチルダ艦隊のうちの数隻が被弾しているのを見て取った。
 もちろん地球側からもそれは見えているはずである。
「レパードは艦尾から水没しつつある──再浮上は望めんだろう」
 光学望遠での観測で、着水したXJR級レパードは艦尾側の浸水がひどく、煙を上げている場所や魔力排気の様子から機関にダメージが及び飛行魔法の出力が上がらない状態になっていると思われた。
 こうなってしまうと次元航行艦も普通の船舶と変わりなく、艦内への浸水を止められなければ沈没は時間の問題である。
「ミッドチルダは管理外世界での戦闘で艦を失うことになります──」
 次元航行艦は高価な装備である。
 いかにミッドチルダが次元世界有数の艦艇保有量を誇るといっても、そうやすやすとすり減らしていいものではない。
「地球艦の打撃力では敵大型バイオメカノイドを破壊するには不足です」
「地球側はこの相手に対して、管理世界に対する自分たちの優位性を示さねばならん。さもなくば今後の対バイオメカノイド作戦において立場が弱くなってしまう。
またそのために地球は機会をうかがっている」
「とすると、あの戦闘機編隊が?」
 クラウディアのレーダーでは、大ダコの真上の成層圏で待機している米軍X-62編隊が探知されていた。
 航空機としての性能は管理世界のものをはるかにしのぎ、武装はともかく、その機体サイズから予想されるペイロードも、プラットフォームとしてのポテンシャルはかなりのものがあると思われる。
「イギリスはグレアム提督の助言の元、大型魔力兵器の開発を行っていた。地球にそれが残されているということは、地球もまたかつての古代ベルカ時代の遺物が自国領土内に残っていることを把握している。
地球にとっては独自の魔法技術構築は絶対に成し遂げなくてはならないものだ。それによって、今後管理世界に関わっていくうえでの立場が決まる。
他の多くの次元世界のように、ミッドチルダまたはベルカに支配されていた過去を持たない世界がとる選択肢とは限られている──」
 古代ベルカの勢力圏外にあった管理外世界は、管理局体制にもあまり積極的に参加していない。
 地理的に距離が近かったオルセアが、先陣を切って反管理局同盟を作ろうとしている程度だ。
 地球もまた、次元世界としては異例の、他管理外世界との交流が少ない立地であった。
 地球は、その世界内で見つかるロストロギアを、自分たちの独力で処理しなくてはならない。
 そしてそのためにも、先進各国は魔法技術の実用化を急いでいる。

12 :
 避難民を乗せるための最後の艦載艇がアルザスに着陸し、ミッドチルダ海軍兵たちの誘導でアルザス市民が艇に乗り込んでいるとき、キャロとヴァイスはJF912型戦闘ヘリに乗り組み、上空直掩を行っていた。
 ミッドチルダ海軍の本隊空母が到着するまで待てないので、今いるL級と、護衛の小型空母だけで凌がなくてはならない。
 ヴォルテールの放つブレスは広範囲の魔力素を使用して励起させ、いっきに温度を上げて気化爆発を起こす。
 やわらかい岩石質の甲羅を持つバイオメカノイドを粉々に破壊し、吹き飛ばしている。
 それでも、押し寄せる個体量を食い止めきれない。
 すでに数分前、別の陣地から応戦していた班が、陣地ごとワラジムシの群れに押しつぶされ、飲み込まれていた。
 その跡がどうなったのか、上空からでは見えない。
「キャロちゃん、ヴォルテールをいったん戻せ!交代だ!」
 ヴァイスがマイク越しに叫び、JF912の機体を低空へ降ろす。
 本機には機首の旋回銃座に30ミリオートキャノンが装備され、大口径カートリッジを使用した射撃魔法を使用できる。
 ヴァイスは自身のデバイスであるストームレイダーを本機に取り付け、精密射撃魔法を使えるようにしていた。
 低空から、貫通属性が付与された機関砲弾が毎秒720発という猛烈な速度で撃ち出され、地面を抉るようにワラジムシたちを跳ね飛ばす。
 大口径魔法弾が持つ運動エネルギーは凄まじく、ケイ素主体の殻を纏ったワラジムシたちは砂細工のように吹き飛んでいく。
 ヴァイスがJF912による掃射をしている間にキャロはヴォルテールを呼び戻し、魔力の補充をする。
 キャロの召喚術によって、ヴォルテールは短距離転移を使用して自身の機動力を超えた速度で移動できる。
 バイオメカノイドが集まっている丘の向こう側にいる、1体の青いドラゴンにヴァイスたちは狙いを定めていた。
 バイオメカノイドの中でも大型の個体は単独でもそれなりの知能を持ち、他の小さな個体を統率する能力があると予想されていた。
 これまでの戦闘で、ドラゴンがワラジムシやアメフラシの集団を率い、上空からの指示で群れが一気に向きを変えて目標に到するような動きが観測されていた。
 キャロたちが戦線に残されているのは、バイオメカノイドの行動パターンを可能な限り採取するという目的もある。
 JF912のレーダーで、ドラゴンまでの距離はおよそ3700メートルと計測された。
 敵のプラズマブレス攻撃は弾速こそ遅めだがとにかく威力が大きく、至近弾でもヘリコプターにとってはひとたまりもない。
『ヴァイス陸曹、民間人収容完了まであと2分です、なんとか持ちこたえて!』
「了解っ……どうだキャロちゃん、もう一回いけそうか!?」
 避難民の誘導指揮をとっているギンガからの通信が届く。
 管理局部隊の陣地は崖に囲まれた丘の上に設置され、飛行能力のないバイオメカノイドたちがよじ登るには時間がかかる。そこを狙って、敵の接近を阻むように応戦する。
「オーケーです、ヴォルテール!」
 キャロの声にこたえ、黒い竜がワラジムシたちの真っ只中に突入する。
 アルザスに生息する中では最大級の種族であるヴォルテールだが、これでも敵のドラゴンから見ると子供のようだ。
 ヴォルテールは20メートルほど、敵のドラゴンは70メートル以上はあるように見える。
 さらに敵のドラゴンは鉱石結晶とゴム樹脂のような不思議な質感をした体表をしており、色も毒々しい青紫色をしている。
「援護するぞ!」
「はいっ!!」
 ヴォルテールの突進に合わせて、ヴァイスはJF912のオートキャノンを撃つ。
 ベルト式の給弾装置がうなりを上げて大口径30ミリカートリッジを供給し、激しい魔力光とともにワラジムシたちが弾き飛ばされる。
 踏みつけられたヴォルテールの足元で、アメフラシが炎を吹いている。
 アメフラシは口のような器官から火を吹き出すことができ、これは摂取した土や肉などから油脂を抽出して噴射しているものだ。ナパームのような焼夷油脂で足を焼かれながらもヴォルテールはバイオメカノイドたちを蹴散らしている。
 プラズマ弾を吐きながらドラゴンが飛び掛ってきて、三つある首の両側を使ってヴォルテールにつかみかかる。
 ヴォルテールも至近距離からのブレスで応じ、二体の巨獣の間に激しい爆炎が噴出する。
 ドラゴンがヴォルテールに組み合ったとき、周囲にいたワラジムシたちがにわかに進行方向をそろえ、進撃を始めた。
 その向かう先には、まさに避難民を収容している上陸艇がいる。

13 :
「まずい、敵が別方向から来る!」
「キャロちゃん、ヴォルテールを戻して!」
 ギンガが指示を飛ばす。キャロはケリュケイオンを構えるが、ドラゴンと組み合ったままの状態では呼び戻せない。
 ドラゴンは左右の首でヴォルテールの両肩を押さえ、残った真ん中の首でヴォルテールの首筋に噛み付こうとしている。
 ヴォルテールは頭を振ってドラゴンの攻撃を阻み、散らばるドラゴンの体液がヴォルテールの皮膚にかかって白い煙を上げている。
「ヴォルテール、ギオ・エルガ!」
 組み合ったままの状態から気化爆発を起こす。ヴォルテール自身へのダメージもかなり入ってしまうが、周囲の敵を一気に吹き飛ばせる。
 ヴァイスは爆風にあおられないようにJF912を操縦し、突っ込んでくるワラジムシの大群を迎え撃てる位置に機体を持ってくる。
「各班、目標方位2-2-0!敵の大群が向かってきます、優先撃破を!」
「了解!」
 ヴァイス機に続き、他のJF912もそれぞれの方角から攻撃を行う。
 JF912型は大きなペイロードと高い飛行速度を持つ戦闘ヘリで、左右主翼には対地ロケットランチャーが搭載できる。
 パイロットの得意とする分野ごとにさまざまなオプション武装を搭載することができ、ヴァイスのようにライフル砲主体に組んでいる者もいれば、広域攻撃魔法主体のランチャーをたくさん装備する者もいる。
「撃ちますよヴァイス陸曹、自分の後に続けてください!」
 別のJF912から炎熱属性を付与した魔導榴弾が連続発射され、ワラジムシの群れの先頭で炸裂する。
 左右に散らばるワラジムシを、ヴァイスと他のオートキャノン装備のJF912が掃射する。
「ヴァイスさん、こっちは私が食い止めます!」
 キャロの声とともに、ヴォルテールがワラジムシの群れに突っ込む。両手両足を使って地面を抉り、バイオメカノイドたちをなぎ倒す。割れたバイオメカノイドの外骨格から体液が噴き出して、キャロとヴォルテールに降りかかる。
 潰れるワラジムシの体節からはみ出した神経が破裂して、ゲル状の粘液が飛び散る。
 粘液は空気に触れるとすぐに発火して重油のように燃える。
 空気に晒したリンゴが萎びるようにどす黒く変色した粘液を浴びる。
 ヴォルテールは勢いをつけてドラゴンを蹴倒し、一時的に敵の隊列が乱れる。
『収容完了した艇からただちに発進!ヴァイス陸曹、私たちも撤退の準備をします』
「待ってくださいギンガさん!まだ、敵が残ってます──」
「キャロちゃん、無茶はしないで!」
 ワラジムシの群れの中から戦車型が飛び出してきて、荷電粒子砲を撃つ。
 ヴォルテールはすかさずその射線に割り込み、身体を張って敵のビームを受け止めた。キャロはラウンドシールドを同時に展開していたが、シールドごと炸裂した重粒子ビームが爆発し、魔力残滓を激しく撒き散らす。
 ヴォルテール自身もかなり傷が増え、ダメージが蓄積している。
 キャロの魔力によって治癒が加速されているが、それでも痛みは同様に受ける。
 振りかぶったヴォルテールの左腕を、戦車型のビームが貫通する。
 堅い皮膚がはじけるように鮮血が散り、その勢いのままヴォルテールはワラジムシたちにラリアットを打ち込む。なぎ払われたワラジムシが戦車型にぶつかってビームが空を切りながら転がって崖を落ちていく。
「!ヴァイス陸曹、上空からッッ──」
 念話越しのギンガの声が、ノイズにまぎれて途切れた。
 空中に上がった戦車型のビームが流れ弾となり、上昇中の上陸艇に命中した。
 避難民を満載していた上陸艇のうちの1機がバランスを崩して、破片を撒き散らしながら墜落してくる。
 地上近くの低空にいたヘリ部隊はすかさず回避するが、散らばった大きな破片が、ヴァイスの乗るJF912を直撃した。
「ぐおっ!!っち、くそっ──メインローター損傷、だめか──!!」
 立ち木に機体を当てながらなんとか体勢を立て直そうとするが、ローターの翅が歪んでしまったらしく揚力が得られない。
 転げないよう手すりにつかまりながら、キャロは掛けていた安全帯を外した。

14 :
「キャロちゃん、何を!?」
「ヴァイスさんはフリードに乗って!この機体はもうだめです」
「でも」
「急いでください、また撃たれたら間に合いません!」
 JF912は右に傾いだ状態で地面に機首から突っ込んでいる。キャロはヴォルテールを呼び戻し、肩に飛び乗った。
 ヴァイスは機体からストームレイダーを取り外し、同じく呼び戻されたヴォルテールにくわえてもらって背中に乗る。
 他の戦闘ヘリたちも上空から降り注ぐ破片を避けて一時的に散らばってしまい、再び先頭に戻るまでにわずかな隙が生じている。
 流れ弾を受けて墜落した上陸艇はヴァイス機から350メートルほど離れたところに落ち、ワラジムシたちが群がっている。
 あの中にはおおぜいの民間人がいるはずだ。
 彼らを救うことはできなく、ただ見届けるしかできない。
 最後の上陸艇が離陸し、戦車型の砲撃を警戒して低空で位置を変える。
「ヴォルテール、もう少しだけ、がんばって──」
 ヴァイスを乗せたフリードが離脱するのを待ち、ヴォルテールは再びギオ・エルガを放つ。
 周囲の地面が丸ごと砕け飛ぶほどの大爆発が起き、群がっていたバイオメカノイドが空中に吹き上げられて転がる。
 距離が離れていてブレスをかわした敵の三つ首ドラゴンは、爆発が収束するのを待ってヴォルテールに突進をかけてくる。
「キャロちゃん──!!」
「急いで!」
 ワラジムシに踏まれて残されていた陣地の中で、手榴弾やオイルがところどころで誘爆している。
 ヴァイスもフリードの背中からストームレイダーで戦車型を狙い、荷電粒子砲を撃たれる前にスナイプショットで仕留めていく。
「ギンガさんに連絡を!」
『ヴァイス陸曹、聞こえますか!』
「はい曹長!キャロちゃんが殿をつとめます、上陸艇の離脱を急いでください!」
『っ──わかりました!全機、急速上昇!離脱します!』
 上陸艇が雲の上に飛び出していったのを見届け、キャロはあらためて周囲を見渡した。
 ヴォルテールのギオ・エルガによって周囲はほとんど更地のようになっており、ここがかつて穏やかな草原だったとは思えないような、泥と炎の沼と化していた。
 ぬかるみの上で、ワラジムシは追いかけるべき目標を見失いゆっくりと動き回っている。
 上陸艇がすべて離陸したので、敵はおそらく人間のリンカーコアを探せなくなった。
 さっきまで周囲にたくさんの魔力反応があったのが消えてしまったので、あとはいずれ、キャロとヴォルテールの反応を見つければ向かってくるだろう。
 ワラジムシの群れに押し潰された他の班の陣地には、タントとミラもいた。
 キャロがアルザスに戻るというので見送りに来ていたが、避難民の収容中にバイオメカノイドの襲撃が始まりそのまま残されていた。
 ここで全ての魔導師が上空へ上がってしまうと、バイオメカノイドは必ず上空の艦を狙って動き始める。
 自分が地上にとどまることで、敵の狙いをそらすことができる。
 アルザスが襲撃されたという報せを聞いたときから、自分の胸のうちにもやもやした感情が澱を沈めていた。
 管理局員として、どこの次元世界であっても分け隔てなく守らなくてはならない。
 そうなったとき、自分は自然保護隊として不適格だという感情が浮かびあがった。
 アルザスが全滅すれば、フリードやヴォルテールをはじめとした、アルザスにしか生息していない竜族もいずれ絶滅する運命が待っている。
 他の世界には交配可能な竜族がいないので、フリードとヴォルテールの二頭が寿命を迎えてしまうと、もう竜族の子供はいなくなる。
 また、もし他に竜族の生き残りがいたとしても彼らの体内にバイオメカノイドが寄生していないという保証はなく、人間でさえすべて救出しきれなかったのに竜にまで手を出すことはできない。そんな余力があるならまず人間を助けろとなる。

15 :
 捨て鉢な考えだ、というのならそうなのかもしれない。
 しかし今のキャロには、これまであえて考えないようにしてきた、アルザスのル・ルシエの里に対する思いが、拭いようもなく心を曇らせているのがはっきりとわかっていた。
 アルザスが放棄されるということは、アルザスにしか生息していない種類の生き物も放棄されるということである。アルザス国民だけではなく、アルザスの固有種である竜族や他のあらゆる動植物が、もうまもなく絶滅する。
 竜がいなくなってしまえば、召喚士としての能力はほとんどが使い物にならなくなる。
 そうなった状態で、果たして自分は生きていていい人間なのか。今さらのように疑問が浮かび上がっていた。
 思い返せば、今までの自分は常に戦いと共にあった。アルザスで召喚術を学んでいた頃、管理局に拾われ自然保護隊に所属していた頃、そしてフェイトの元で機動六課に所属していた頃。
 召喚術とはアルザス土着の強力な戦闘魔法である。
 たしかに魔法が使えなくても生きていく道はある、あるが、それでもキャロは自分の身の置き方を、戦いから切り離すことができなかった。
 それはフェイトも心配していたことであるし、機動六課が解散した後、EC事件に伴ってエリオが自然保護隊を離れ捜査官に転職したことも影響していた。
 エリオは、自分の能力を生かすこと以上に、管理局員として働くことに生き甲斐を感じていた。
 自然保護隊の任務とは、管理世界における希少動植物の観察保護であり、環境保護としての意義以上に、次元世界に分布する魔法生命体の観測をも任務としていた。
 数多ある次元世界の中で、特に観測指定世界と呼ばれる世界には管理局または次元世界海軍の哨戒艦が配置されていないケースはあっても自然保護隊が赴かないケースはない。
 その理由とは、次元世界における希少生物とはロストロギアが製作運用されていた頃から生きている種族だからである。
 彼らの遺伝子には、ロストロギアの影響が多かれ少なかれある。
 アルザスに住む竜族や、他の大型生物は、かつて超古代に改造された人造生命なのではないかという学説は、古生物学会でも常に一定の支持を集めていた。
 ここにきてバイオメカノイドなる種族が突如次元世界に現れたことにより、これこそがロストロギアの時代から生きていた伝説の巨大怪獣であるという説が、驚異的な確実性を持って浮上してきた。
 かつて地上を支配していた恐竜のように、バイオメカノイドが全次元世界を支配していたことがある。
 何らかの原因でその支配が崩れた後、間隙を突くように人類が進化し繁栄してきた。
 キャロが今まで、任地となった多くの世界で観測したデータを集めるとそういう結果が導かれていた。
 まただからこそ、アルザスでは召喚士を神職と位置づけ、竜を崇める文化が生まれた。
 不思議な懐かしさを覚えている。
 燃える大地と、蠢く虫たち。
 バイオメカノイドは外骨格の形態をとるため外見は虫か甲殻類のように見える。
 ここは地獄のようだ。
 だが、不思議な安らぎがある。
 ヴォルテールの意識に溶け込んでいくように感じる。
 アルザスの大地は、もうすでにバイオメカノイドに飲み込まれつつある。
 今、自分が管理世界に戻ろうとするなら──今度こそ、ミッドチルダは滅ぶ。
 バイオメカノイドが持つ侵食性は、竜や人間に寄生して移動することを可能にする。
 バイオメカノイドの本体は小さな金属粒状の制御ユニットであり、ワラジムシやアメフラシの外見は、ヤドカリが背負う貝殻のようなものだ。
 伝染病患者のように、バイオメカノイドに触れた生物は隔離されなければならない。
 もし竜が寄生されていれば、その竜を使役する召喚士を経由してバイオメカノイドが広まってしまう。
 クラナガン宇宙港でも、中央第4区でも、バイオメカノイドが爆発的な増殖を見せたのは、無機物に溶け込んで増殖し、いちどに肉体を生成することが可能だからだ。
 休眠時には肉体を使わずに金属粒だけの状態で眠り、そこからワラジムシや戦車型の身体を取り出すのはすぐにできる。
 だからこそ、地上に出現する直前まで、おおぜいの人員を投入して捜索していたにもかかわらず発見できなかったのだ。
 戦闘時には硬い甲羅を持った身体になり、移動時には粘性を持ったスライムになる。
 倒しても倒しても生まれてくる。

16 :
 今やアルザスは、惑星そのものがバイオメカノイドの巣になってしまった。遠くの山肌で、火山の噴気孔のような疣が地面に現れ、そこからバイオメカノイドの幼生が這い出してきている。
 地面を掘り進んで卵を産みつけたバイオメカノイドたちが、孵化して地上に飛び出してきている。
「ギンガさん、聞こえますか」
 念話通信機で上空のギンガを呼び出す。ギンガの乗った艇は上空のL級に戻り、他の艇の収容作業を急いでいる。すべての艇を収容したら上昇して軌道上を脱し、別に待機している空母に避難民を移す。
『キャロちゃん!?まだ地上にいるの!早く、戻らないと間に合わなく』
「私がここで敵を食い止めます」
 ギンガの叫びを、キャロは落ち着き払った言葉で遮った。
 ヴォルテールは油断なく周囲を見渡し、空を狙っている戦車型を見つけてはそこへ砲撃を撃ち込んでいる。
 さらに山の向こうからはガに似た姿を持つ飛行型のバイオメカノイドが現れ、銀色の毒粉を撒き散らしながら上空へ飛び上がろうとしていた。
「今のうちに早く軌道上を離れてください、できるだけ遠くへ。
バイオメカノイドはもうアルザスに深く食い込んでます、表面を撃つだけじゃあ敵は倒しきれません。
それに──ギンガさん、もし船内で、バイオメカノイドに寄生されている人間が見つかったら、それを躊躇いなく宇宙空間へ放り捨てることができますか?」
 念話通信機の向こうで、言葉を詰まらせるギンガの息遣いが聞こえる。
「私もヴォルテールももう帰れません。魔法の出力がいつになく上がってる理由がわかりました、バイオメカノイドは人間よりもずっと効率のいいリンカーコアを持ってます。
私の中で、リンカーコアが増幅されてます、数が増えてます」
『キャロちゃん……でもっ!』
「幸いまだ意識ははっきりしてます、私は意識が続く限り魔法を撃ち続けます、もし私が上空へ上がろうとしてたら──」
 ケリュケイオンのグローブの下で、手のひらから黒い油のようなものがにじみ出て、垂れ落ちてきていた。
「もし私が上空へ上がろうとしていたら、迷わず撃ち落としてください。その時にはもう私は私でなくなっています」
『そんな……っ』
 ギンガならずとも思うことである。
 管理局で長年働いてきているとはいえ、キャロはまだ若い少女なのだ。
 そしてその生まれも育ちも、けして恵まれたものではなかった。
 アルザスの召喚士として、物心もつかぬうちから厳しい修行を積み、派閥争いに巻き込まれ、放浪の生活を送ることになっていた。
 そして今、生まれ故郷だったはずのアルザスに戻ってきて、しかしそこで生還の見込みのない退却戦に赴く。
 ヴォルテールの放つ大地の咆哮は、軌道上からでも見えるほどの激しい爆発を起こし、大気に衝撃波を発生させ、垂れ込める雲を吹き飛ばしていた。
 その様子は軌道上に待機するL級巡洋艦からも見えていた。
 赤い爆発が連続してきらめき、しかし次第に閃光の勢いが小さくなっていく。
 吹き飛ばされた雲の向こうに、ヴォルテールの黒い体表に取り付く無数のワラジムシがうごめいているのが見えた。
 フリードに乗って上陸艇に追いついたヴァイスも、この距離からでは地上の敵を撃つことができない。攻撃が届かない。
 つい数分前まで上陸艇が着陸し、避難民が集まっていた丘の上の陣地は、地面に重油を流し込んだように、黒いオイルのようなバイオメカノイドの群れに飲み込まれつつあった。
 やがてすべての上陸艇がL級巡洋艦に収容され、合わせて3隻のL級はさらに離れた公転軌道上に待機している空母への移送作業にかかる。
 入れ替わりに、ミッドチルダ海軍の空母機動部隊による全土空襲が行われ、地上にいるバイオメカノイドを殲滅する。
 ただし空母部隊が到着するまでには日数を要する。
 それまで、アルザスの地表にはバイオメカノイドしかいなくなる。
 アルザス上空1万9500キロメートルの静止軌道上で、ギンガは、アルザス地表にそれまで続いていたギオ・エルガの発砲炎が見えなくなったことを確認した。

17 :
 次元間航路を航行していたミッドチルダ海軍空母機動部隊は、新たな次元断層の出現を観測していた。
 断層の規模から、次元間航行を行っている小型艇のような物体が位相欠陥トンネルを通過していることが予想された。
 しかし現時刻に当該宙域を航行予定の船舶は無く、また他の次元世界からも距離が離れすぎていることから、個人所有の航行船ということは考えにくい。
 時空連続体の観測から、小型艇らしき物体は第97管理外世界へ向かったことが確かめられた。
 地球からの距離、およそ40万キロメートル。
 次元間航行を経て直接地球宙域に現れた小型物体は、月近傍をかすめてまっすぐに地球へ向かっていった。
 大きさは5メートル程度。
 銀色の戦闘機のようなフォルムをした物体は、しかしよく見ると折り畳まれた手足のようなパーツが見える。
 CIA長官トレイル・ブレイザーは、イギリスに赴任中のFBI捜査官マシュー・フォード宛てに、緊急の暗号電文を送った。
 現地のCIA担当官が電文を受信し、暗号を解いてから内容をフォードに送り届けるまでにはどんなに早くても数十分はかかるだろう。
 間に合えばいいが、と、ブレイザーはノートパソコンの画面に表示させた地球外飛行物体の追跡画面を見ながら思案する。
 “アドミニストレーション・ビュロー”──時空管理局を名乗る異星人の組織からアメリカ宛に、秘密の通信が送られてきていた。
 異星人側の担当官の署名が記されている。
 その名前は、“時空管理局軍令部総長レティ・ロウラン”。彼らの組織──いうところの“管理局”において、今回の宇宙怪獣対策──対バイオメカノイド作戦を中心になって進めている将官の名前だ。
 肩書きから察するに、部隊編成などの人事を統括する人間であると考えられる。
 異星人からのコンタクトは、アメリカにとっては心強い後ろ盾となると同時に、国内外問わず地球に対して混乱をもたらす諸刃の剣でもある。
 異星人が地球にやってきているという事実は、殊更に過激なマスコミ、もしくはヒステリックな反アメリカ団体の反応を招く。
 いわく、アメリカは宇宙人と密約を結んで彼らが人間を実験体として攫う手助けをしている。
 いわく、アメリカは宇宙人から提供された科学技術を使って地球を支配しようとしている。
 それらの噂のすべてが根拠のない妄想とも言い切れないものではあるが、現在のところ、この地球という星は異星人たちにとっては肩身の狭い世界であることは確かだ。
 今回のコンタクトで、現在フォードと共にいるはずの異星人の捜査官たち──エリオ・モンディアル、ウェンディ・ナカジマ、N・ナカジマの3名に危害が及ぶことがないよう、CIAは彼らを警護しなくてはならない。
 ブレイザーの元に届いた報告で、昨日、ケネディ国際空港を飛び立ちヒースロー空港に向かった大晦日最後の便で、4名のFBI捜査官がイギリスに入国したことが確かめられていた。
 彼らが、エリオたちを狙っていないとは言い切れない。
 むしろ現在の情勢では、エリオたちが狙われている可能性を真っ先に考慮すべきである。
 北海に落下した敵宇宙怪獣──バイオメカノイドとの戦闘で、ドイツ海軍のフリゲートが攻撃を受け損傷したという。
 地球外に起源を持つ物体の攻撃により、地球が被害を受けた。
 これは揺るがしようのない事実だ。
 これに対して、ドイツを含むユーロ諸国、そしてソ連、アメリカ、中国、日本など──主要諸国は、足並みをそろえなければならない。
 地球はまず意思統一をしなくてはならない。
 各国がばらばらに動いていたのでは異星人たちも対応に困るだろうし、何より地球人類のためにならない。
 使い古されて陳腐になったフレーズを思い浮かべ、ブレイザーは重いため息をついた。
 現実は、スペースオペラのように単純にはことが運ばない。
 地球に向かってくる飛行物体は、猛烈な速度でヨーロッパ上空、おそらく北海を目指している。
 その場合、攻撃目標は一つしかない。
 地球に落下した大型バイオメカノイドである。

18 :
 この未確認物体は小さな人型ロボットの姿をし、異星人の母星にも現れ、大型バイオメカノイドを単独で撃破するという戦果を挙げている。
 異星人たちもこのロボットの正体に関してはつかみきれていなかったらしく、グレアムが送っていたイギリス国内で発見された自動人形の資料を改めるまで気づかれなかったという。
 あのロボットは、現在イギリスが修復中の機動兵器エグゼクターの、現存する唯一の機体である。
 管理局が進めるエグゼキューター計画に基づいて建造された機動兵器である。
 管理局提督、レティ・ロウランは、アメリカに宛てた正式な文書の中でそう回答していた。
 アメリカ政府内でも、異星人、管理局との折衝ができるのは実質ブレイザー一人、といった状況である。
 異星人たちの組織──次元世界連合、地球においては国際連合に当てはまるであろう──では、従来のシステムでは実現できない強大な戦闘力を欲しており、それは未知の脅威に対抗するためのものであるとされた。
 すなわち、異星人たちの組織において“ロストロギア”と呼ばれる、超古代文明が残した遺物である。
 異星人たちの住む惑星では、突如起動したロストロギアによって甚大な被害がもたらされる事故が数多く起きており、これに対抗できる力を手に入れることが待望されていた。
 エグゼキューター計画とはそのために立ち上げられた。
 ロストロギアたる超古代文明の遺した機動兵器を復元し、ロストロギアに対抗するためである。
 しかしその過程で、超古代文明の時代に猛威を振るったであろう未知の宇宙怪獣が生息する惑星が目覚めてしまった。
 管理局はただちにエグゼキューターを送り込み、鎮圧を試みたが、現時点で建造できた機体が1機だけということもあり対処は困難を極めているとのことだ。
 エグゼキューターはさらに地球へ向かった宇宙怪獣──バイオメカノイドの無人機動要塞を追い、地球に現れた。
 ギル・グレアムを経由してイギリスで行われていたエグゼクターの復元計画に手を貸していたのは、エグゼキューターの戦力をいち早く整備するためである。
 およそ1万年から2万年程度の昔であるとされる超古代文明の時代、異星人たちが第97管理外世界と呼ぶこの地球は当時の宇宙で最強レベルの科学技術を有しており、名実共に宇宙を支配していた。
 異星人たちの持ち込んだ情報に記された当時の宇宙船などの記述から、確かに地球で発見された古代遺跡の中にはそのようなものがあった。
 古代インド、メソポタミア、アララト山、大西洋アトランティスなど──、地球人類が未だ解明していない古代の遺物は多数が眠っている。
 イギリスで発見されたエグゼクターもそのひとつだ。
 それは、今まさに地球に向かっている異星人の超兵器、エグゼキューターの、いわばオリジナルとも呼べる機体である。
 神話の時代、かつて人間は天から降りてきた神と共に戦った。それは現代の言葉に訳せば、宇宙を自在に飛び、さまざまな星を渡り歩いていた、ということになる。
 地球には、地球人類も知らないオーパーツ、ロストロギアが眠っている。
 そしてそれは、かつてない脅威に次元世界人類が立ち向かうための武器となる。

19 :
支援。

20 :
14話終了です
支援ありがとうございました!
なんでも防犯灯からのサイバーアタックが来ていたとかなんとか
無限書庫も鯖落ちとかするんですかねー
ってれれれレティ提督やっぱりーぃ
そして闇の書がついに動き出します
・CS級空母ビルシュタイン、グリーン・ファクトリー ・・・ いずれもチューニングパーツメーカー
・XJR級スワロー ・・・ ジャガー・オースチン・セブン・スワロー
大ダコは4面ボスです
見た目は全然タコじゃないんですがゲーム中のSEテストではオクトパスって出てるからタコなんだろうと思います(汗)
トライトン級はイギリス版ズムウォルトって感じの艦ですねー
三胴船は甲板面積や安定性で有利と言われますが実際はどんなもんでしょうか
ではー

21 :
投下乙でした。
作者の方々も閲覧者も辛い状況…。

22 :

久しぶりに主役メカの出番が来たよやったねタエちゃん!
アルザスメンバー終了か・・・
一人残されたエリオ君がこれ知ったらどうなんるんだこれ
地球もタコ倒しても破片から地球が汚染されそうだし・・・
そういえばここでの虚数空間とか原作の魔力素を無効化する空間ではなく
次元航行艇が移動する次元空間のことなのか、
それらとは別のいわゆる亜空間的なところなのかな
もう次元とか空間とかが難しくてこんがらがってきたw

23 :
投下乙です、緊迫してきましたねー

24 :
>>20
投下とスレ立て乙!
これからも頑張って!

25 :
これは大戦争の予感・・・

26 :
キャロが死んだ…これはもうこの世の終末戦争ですね
ミッドチルダもなりふりかまっていられなくなるでしょう

27 :
重量級のクロスだぜGJ!

28 :
保守ったほうがいいのかなこれは

29 :
本当に人少なくなったね…(′・ω・)

30 :
GJ!
これから先は誰もかれもが喜んで死んでいく闘争に突入だな。

31 :
まあViVidとForceがあれではな。

32 :
そういやリオも死んだし、Forceメンバーも皆し(「感染個体は全て破壊」との記述)されたっぽいよな
ほんとカンリキョクは恐ろしいところやで

33 :
そういえばエクゼクタークロスでトーマがでてこないということはつまりそういうことかw
トーマ君にまともな出番があるSSは見たことないな

34 :
>>32
ほんっと、KANRIKYOKUは恐ろしいな。リンディさん曰く「そんなに冷酷な組織じゃない」ってはずなんだけどなw

35 :
そんな甘い考えじゃ生き残れないんだ!ってな危機が迫ってるってね

36 :
>>33
正直トーマって6課の人達と知り合い以外にこれといったキャラが…

37 :
スカさんが言っていた真の戦闘機人=人型バイオメカノイド
という設定に基づけば
ねちょねちょの汁まみれな女性型サイボーグエイリアンというなんともヱロイ代物ができあがるな

38 :
>>36
最初は目当てでリリィを狙っていたが
セットでついてきたトーマを見てショタ属性に目覚め
聴取名目で司令室に連れ込みあんなことやこんなことをたくらむはやてさん
とかきっとあるはず

39 :
さあ、今すぐエロパロ板のリリなのスレに行って、>>38を書き込んでくるんだ……!

40 :
Forceにはイワークさん級のキャラが必要だな。

41 :
ポケモン?

42 :
強いられているんですね

43 :
>>33
胸板要員は?

44 :
 初めまして。
 本日23時より少年陰陽師となのはのクロス『リリカル陰陽師』第一話を投下したいと思います。
 よろしくお願いします。

45 :
 時間になりましたので、投下開始します。
 最初に言っておきますが、なのはとフェイトの出番はあまりないです。

46 :
   第一話 希望の糸をつかみとれ
 後に闇の書事件と呼ばれる事件が起きてから、しばらく経ったころ、
「はやてちゃんが意識不明?」
 病院からの電話に、シャマルは呆然となる。金髪を肩のあたりで切りそろえた二十歳くらいの女性だ。受話器を落とさなかったのは僥倖だろう。シャマルはどうにか受話器を置くと、その場に崩れ落ちる。
 居間にいて声が聞こえたヴィータ、シグナム、ザフィーラも顔色を変える。
「おい、はやてが一体どうしたんだ?」
「突然、病院で昏睡状態に陥って、原因不明だって・・・・・・」
「魔力の不足か」
 シグナムが唇を噛み締める。年はシャマルと同じくらい。髪をポニーテールにした凛々しい目つきの女性だ。
手にしたものの願いを叶える闇の書。しかし、莫大な魔力を必要とする闇の書は、魔力の収集を行わなかった彼らの主八神はやてを確実に蝕んでいる。
進行を抑えるべく、シグナムたちは連日、異界に飛んで魔力を収集しているが、はやての容態は悪化する一方だ。このままでは命にかかわる。
「やっぱり、こんなちんたらしたやり方じゃ、間に合わねえよ!」
 ヴィータが苛立ちまぎれに机を叩く。長い髪を二つの三つ編みにして垂らしている、きつい目つきの少女だ。年は六、七歳か。
 はやてが悲しまないように、ヴィータたちは相手の命を奪わず、魔力の元、リンカーコアのみを奪取する方法を取ってきた。しかし、その方法も限界に来ていた。
「落ち着け、ヴィータ。主が悲しまないよう最善を尽くす。それが我らの誓いではないか」
 床に伏せていた青い狼、ザフィーラがヴィータを諭す。
「でも、このままじゃ、はやてが・・・・・・」
「手がないわけじゃないわ」
 シャマルが静かに言った。
「どういうことだ? 詳しく聞かせろ」
「この前、時空のはるか彼方に、膨大な魔力反応を感じた。もし、その魔力を手に入れられれば、はやてちゃんを助けられるかもしれない」
「何だよ。そんな方法があるなら早く言えよ」
 ヴィータは胸をなでおろした。しかし、シャマルの顔は険しいままだ。
「どうした?」
 シグナムが促すと、シャマルは重々しく口を開いた。
「簡単に行ける場所じゃない。たぶん往復だけで丸一日かかる。まして、その先にいるのはこれまで観測したこともない魔力の持ち主。全員でなければ、絶対に負ける。いいえ、全員で行っても勝てるかどうか・・・・・・」
 先日襲撃した時空管理局の少女たちも、相当な魔力の持ち主だったが、今回はさらに桁が違う。まるで神か悪魔の居場所でも突き止めたかのようだ。
「相手が誰であろうと関係ない」
 シグナムが自らの剣、レバンティンを取り出す。
「主を救えるなら、たとえ神だろうと悪魔だろうと倒してみせる」
 全員が力強く頷く。彼らの心に迷いはない。
 彼らの名はヴォルケンリッター。闇の書の守護騎士たちだ。
魔力で作られた道具でしかなかった彼らに、人の心と温もりを教えてくれた八神はやて。彼女を救えるなら、どんな罰だって甘んじて受ける。

47 :
「決まりだな」
「こうなると、はやてちゃんが昏睡状態なのは不幸中の幸いかもね」
「ああ、余計な心配をかけずにすむ」
「ならば、一刻も早く出発しよう。そして、一刻も早く戻らねば」
 ザフィーラが立ち上がった。その姿が浅黒い肌をした人間のものに変わる。
 万が一、目を覚ました時のために、石田医師に伝言を頼む。石田医師からは、こんな時にはやての傍からいなくなるなんてと文句を言われたが、仕事の都合でどうしようもないと押し切った。
「では、行くぞ!」
 シグナムの号令の元、騎士服に着替えたヴィータ、シャマル、ザフィーラが転移を始める。
 
 その頃、時空監理局所属アースラ艦内では、
「敵が移動を開始した?」
「はい。座標xに向けて移動中です」
「かなりの距離ね」
「もしかしたら、そこに闇の書があるのでは?」
 クロノが母親であるリンディ艦長に向けて言う。
「その可能性は高いわね。収集した魔力を主の元に届けるつもりかも。そうなると、なのはさんやフェイトの協力は不可欠ね」
 アースラはなのはのいる時空に進路を取った。
 ヴィータたちが降り立ったのは、月光が降り注ぐ広い草原だった。
 ただし、その場所には無数の化け物が巣食っていた。
「おい!」
狒々や牛、草原を埋め尽くす化け物の群れにヴィータが思わず声を上げる。
 化け物すべてが桁違いの魔力を放出している。たやすく倒せる相手ではない。
「ほう。面白い獲物がかかったものだ」
 化け物たちの中心にいる巨大な牛が渋い重低音で言う。魔力の量から、そいつが親玉なのだろう。
牛が吠えると、その姿が見る見る変わっていく。牛の角はそのままに、体は虎のものに、背からは巨大な翼が生えてくる。
「おお、窮奇様が……」
「真の姿を現された」
 化け物たちがどよめく。
 しかし、シグナムたちを驚愕させたのはそこではない。本性を現すやいなや、化け物の全身から凶悪な魔力が放出されたのだ。
「・・・・・・嘘」
 シャマルの足から力が抜け、その場に膝をつく。
「まさか、ここまでとは」
シグナムたちも武器を構えているが、顔から血の気が引いている。話には聞いていたが、まるで神か悪魔のような力だ。闇の書以外でこれだけの力を持った存在がいるなど信じられない。
(今の私たちで勝てるか?)
 歴戦の勇士である彼らでさえ、いや、だからこそ勝機のなさを自覚せざるをえない。
 窮奇と呼ばれた化け物が喉の奥で笑う。
「見たところ、人間ではないな。なかなか強い力を持っている。貴様らを食えば、この傷も少しは癒えるかな?」
 窮奇の首には骨まで達する深い裂傷があった。普通ならとっくに死んでいるような大怪我だ。
「手負いでこの力か」
「おもしれぇ! てめえの力、そっくりいただいてやる」
 ヴィータが巨大な金槌、グラーフアイゼンを振り回して突撃する。
「ふん」
 魔力の放射だけで、ヴィータの体は軽々と弾き飛ばされる。それを合図に一斉に化け物たちが襲ってきた。

48 :
 主はやての為に不を貫いてきた彼らだが、これほど邪悪な存在に手加減する理由はない。
 無数の化け物たちを、レバンティンが切り伏せ、グラーフアイゼンが叩き潰す。それでも倒して切れない相手をザフィーラが退ける。倒した敵から、シャマルがリンカーコアを摘出する。
 必死に応戦するが、すべてが手練れの上、数も多い。防戦一方だった。
 その姿を窮奇がいやらしい笑みを浮かべて眺めている。その気になればいつでも始末できるのに、シグナムたちが傷つきもがき苦しむさまを楽しんでいるのだ。
 その時、
「万魔拱服!」
轟く声と魔力が、シグナムたちを取り囲む化け物たちを一掃する。
「ちっ!」
 思いがけない新たな敵の出現に、窮奇や他の配下たちが逃げていく。
「・・・・・・助かった?」
 ヴィータがほっと息をつき、ザフィーラが狼の姿に戻る。
「えっと・・・・・・大丈夫?」
 声をかけてきたのは、不思議な服を着た少年だった。赤い古めかしい衣に、長い髪を後頭部でまとめている。その肩には、白いウサギのような獣を乗せている。
「誰だ、てめぇ?」
 喧嘩腰のヴィータに、少年は答えた。
「俺は安部昌浩。陰陽師だ」
「ま、半人前だがね。晴明の孫」
「孫言うな!」
 肩の獣が茶化すように言う。それに少年は半眼でうなる。
「そのウサギ、喋るのか?」
「うん。ウサギじゃないけどね。物の怪のもっくんって言うんだ」
「俺は物の怪と違う」
「おんみょうじ? もののけ?」
 聞いたことのない単語に、ヴィータが胡乱げに眉をひそめる。一方、昌浩も怪訝な表情だ。
「君たちは一体? かなりの霊力を持っているようだけど・・・・・・」
 昌浩たちは内裏を炎上させた妖怪を追っていた。その主を突き止めたと思ったら、変な風体の女たちが戦っていた。状況を飲み込めずとも仕方あるまい。
シグナムが代表して、前に出た。この世界の常識がわからない以上、この少年を頼りにする他はない。
「私の名はシグナム。この地方に来たら、突然、化け物に襲われて困っていたところだ。助けてくれて感謝する。彼女がシャマル。こちらの狼の姿をしているのがザフィーラだ」
 シグナムたちは昌浩の見たこともない服装をしていた。特にシグナムの服はすらりと伸びた足が裾から見えて、昌浩は目のやり場に困る。
「し、しぐなむ? しゃまる? ざふ? ……変わった名前だね」
 昌浩が舌をかみそうな様子で名前を呼ぶ。ヴィータがそれを鼻で笑う。
「はっ! てめえの名前だって変わってるだろうが。昌浩だっけか?」
「こら、名前は一番身近い呪なんだよ。馬鹿にしちゃいけない。それで、君の名前は?」
「ヴィータだ」
「びた? なんか濡れ雑巾が落ちたような名前だね」
「てめえ! 言ってることが違うじゃねえか!」
 カッとなったヴィータがつかみかかろうとするのを、シグナムが押しとどめる。

49 :
「すまない。われわれはここに着たばかりで、勝手がわからないのだ。出来れば説明してもらえると助ける」
「うーん。どうしようか、もっくん」
「さてな。晴明に聞いてみたらどうだ?」
「構わんよ。家に来てもらいなさい」
 突然の声に、昌浩たちはぎょっとなる。
 振り返ると、白い衣をまとった青年が、穏やかな笑みをたたえて立っていた。
「せ、晴明!」
「え? あれ、じい様なの?」
 もっくんと昌浩が目を丸くする。
「遠方より客来ると占いに出ていたが、いやはや、ここまで特殊とは。この晴明も恐れ入った」
 晴明は意味ありげに笑みを浮かべる。
「では、私は客をもてなす用意をする。昌浩、案内は任せたぞ」
 それだけ告げると、晴明は風のように姿を消す。
 シグナムたちは昌浩に連れられて、彼の家に向かった。時刻が遅いせいか、文明がそれほど進んでいないのか、明かりの類はほとんどない。月と星の光だけが木造の家屋を照らしている。
「似ている」
 道中、町並みを見渡していたシャマルがポツリとつぶやく。それにシグナムが反応した。
「似ている? 何にだ?」
「この道なんだけど、前にテレビで見た京都のものとそっくり」
「言われてみれば、昌浩殿の服装も時代劇に出てきたものによく似ているな」
「何だよ。タイムスリップしたとでも言いたいのか?」
 ヴィータが目を細める。
「よく似た別世界なのだろうが、その可能性もある。思い込みは危険だが、手がかりがあるのはありがたい」
 昌浩は裏表のない性格のようだが、後から出てきたあの青年はどうも油断がならない。下手をすると、奴にいいように使われてしまう危険があった。自分たちの判断材料が欲しい。
 やがて昌浩の家にたどり着いた。木造で1階しかないが、敷地面積が半端ではない。その広さにヴィータは唖然となった。
「お前、もしかしてすごい金持ちなのか?」
「違うよ。家が広いだけ。俺の家より広くて豪華な家なんて、たくさんある」
 昌浩が苦笑いを浮かべる。

50 :
 一行は家に入り、廊下を進む。しかし、進むにつれて、昌浩の顔が険しくなっていく。
「どうした?」
「別に。ここだよ。じい様入ります」
 シグナムたちは奥にある一室に入った。そこには灯火の光に照らされて、顔に深いしわの刻まれた白髪の老人が座っていた。
 てっきりあの青年が出迎えると思っていたシグナムたちは拍子抜けした。
「誰だよ。この爺は」
「さっき会った人だよ。俺のじい様」
 昌浩がヴィータに憮然と告げる。
「馬鹿いうな。ぜんぜん違うじゃねぇか」
「つまりこういうことじゃよ」
 老人が目を閉じると、その体からあの青年が浮かび出てくる。
「これは離魂の術といってな、魂だけを遠くに飛ばす術じゃ。魂の姿だから、わしの全盛期の姿になれる」
 シグナムは愕然とした。こんな魔法は知らないし、それを行うのにどれだけの魔力を使うか、見当もつかない。
(もし、この老人から魔力を奪えれば・・・・・・)
 シグナムの手がピクリと動いた。
 その瞬間、夜色の外套をまとった青年が突然現れた。
「うわっ。どっから現れた!?」
 青年は無言でシグナムに視線を送る。あの刹那に漏れた気を感じ取られたらしい。
「六合(りくごう)。下がりなさい」
 言われて、青年は姿を消す。
「失礼。彼らは十二神将といって、わしの式神・・・・・・・そうさな。そなたたちと同じような存在といえば、お分かりかな」
 老人は手にした扇をシグナムたちに向けてにやりと笑う。
(我ら守護騎士と同じ……つまり人ではないということか)
 どうやら正体をほぼ看破されているらしい。ますます油断がならないと全員が気を引き締めた。
「彼らは隠形(おんぎょう)といって、あのように自分の姿を自在に消せる」
「便利なものだな」
「えっ? 人じゃないの?」
 昌浩が驚いて、まじまじとヴィータたちを見つめる。
「じろじろ見るんじゃねぇ」
 ヴィータが昌浩の足を踏みつける。足を抑えて飛び跳ねる昌浩を、晴明が大げなしぐさで嘆く。
「おお、昌浩よ。そんなことにも気がつかないとは」
「そりゃ、衣装は変わってるなとは思いましたけど、だって人間と寸分違わないじゃないですか」
 ザフィーラが普通の動物ではないこと分かっていたが、後は人間だと信じ込んでいた。
「自分の未熟を棚に上げて、言い訳とは。わしの教えが悪かったのか。じい様は悲しいぞ」
「はいはい。すいませんでした!」
 昌浩が不機嫌に怒鳴る。晴明はわざとらしい泣き真似をやめると、シグナムたちに向き直った。
「では、そちらの事情からお話いただけるかな?」
 シグナムは慎重に言葉を選びながら説明した。こちらが人間ではないとわかっているなら、都合がいい。主が命の危機にあり、救うためには大量の魔力がいる。闇の書や詳しい話は省いたが、嘘は言っていない。
 相手は百戦錬磨の狸爺だ。下手な嘘はすぐに見抜かれるだろう。

51 :
「魔力?」
 昌浩が疑問を口にする。それにはむしろシグナムが困惑した。
「昌浩殿もあの化け物たちも使っていたではないか」
「ああ、霊力のことか。化け物が使っていたのは、妖力だけど」
「どうやらこいつらはすべて一括りに魔力と呼んでいるようだな」
 もっくんが納得したように頷く。
 シグナムは話を元に戻した。
「あの窮奇とかいう化け物の魔力を奪えれば、主は助かるかもしれない」
「なるほど。窮奇か。大陸から渡ってきた妖怪。それもかなりの大物だな」
「こちらの事情は説明した。次はそちらの番だ」
 晴明の話は聞いたことのない単語が多く、シグナムたちは理解に苦労した。
 ようするに、晴明はこの国の政府の要職にあり、その政府で一番偉い人の娘があの化け物に命を狙われている。それを退治しようとしているのが、晴明と昌浩だった。実際に動いているのは昌浩だが。
「窮奇の目的は力のあるものを喰らって、傷を癒すこと。かの大妖怪が完全な状態になれば、どんな災厄を招くか。我々の目的はどうやら同じのようだ。協力していただけませんかな?」
 晴明が提案する。
シグナムたちはすばやく視線で意見を交わす。窮奇を退治するには、自分たちだけでは心もとない。晴明も昌浩もあの十二神将もかなりの実力者だ。これだけ心強い援軍を得られるなら、願ってもない。
「こちらからもぜひお願いする」
(それにもし化け物退治に失敗しても、彼らの魔力を奪うという選択肢もできるしな)
 シグナムの心に苦いものが広がる。そんな裏切りをすれば、主はやてはきっと悲しむだろう。だが、彼女を救う手が他にないのであれば、シグナムはその手を汚すことにためらいはない。
「決まりですな。では、今夜は我が家に泊まるといい」
 晴明が穏やかに笑う。
「私の客人ということで、部屋は用意してあります。それにその衣装も目立ちすぎますな。代わりの物を用意しましょう。それと気をつけていただきたいのだが、ここでは妙齢の女性が素顔をさらして歩くことはあまりない。出歩く時はそれを忘れないでいて欲しい」
「わかりました。何から何まで世話になって申し訳ない」
 シグナムが頷く。ますます古い日本の風習にそっくりだ。それを参考に行動すれば、そこまで問題はなさそうだ。
「いえいえ。お安い御用ですぞ。では、今宵はこれまでということで」
 シグナムたちは別の部屋に案内された。そこにはすでに三人分の布団が敷いてあった。薄い衣を重ねて掛け布団にしている。さすがにザフィーラの分はないようだ。
ヴィータとシャマルは横になると、すぐに寝入ってしまった。
疲れていたのだろう。特にシャマルは本来後方支援なのに、前線で戦ったのだ。無理もない。
今日だけで闇の書のページがかなり埋まった。窮奇を倒せば、もしかしたら、闇の書の完成すら夢ではないかもしれない。
 晴明が裏切るとは思えないが、念のため、シグナムとザフィーラが交代で見張りにつく。
 夜は静かにふけて行った。

52 :
 第一話投下終了です。
 なにぶん初心者なので、ミスがあったらすいません。
 近日中に第二話を投下します。

53 :
新人さんか

期待してるよ

54 :
新人さん投下乙〜
続きも頑張って〜

55 :
 本日22時より『リリカル陰陽師』第二話投下します。
 よろしくお願いします。

56 :
時間になりましたので投下開始します。

57 :
 第二話 迫る腕(かいな)を振りほどけ
 早朝、シグナムは起きると、庭に出て日課の稽古にいそしんでいた。その背後にかすかに気配を感じる。本当に些細な気配だが、覚えがある。昨夜の十二神将だろう。
(私の監視といったところか)
 昨日、気が漏れたのは失敗だった。要注意人物になってしまったらしい。
「確か六合殿と言ったかな?」
 声をかけると、六合が姿を現す。夜色の外套に、顔には黒い痣のような模様がある。
「もしよければ稽古に付き合ってもらえないか?」
 六合は無言で頷く。もし戦うことになったら、手の内を知っていたほうがやりやすい。互いの利害は一致している。
 六合の左腕の銀の腕輪が、長槍に変じる。その構えには一部の隙もない。
「ほう。これは面白くなりそうだ」
 シグナムのレバンティンと六合の槍の先端が触れる。それを合図に激しい打ち合いが始まった。
「見て見て、シグナム!」
 シャマルがはしゃいだ声で近寄ってくる。シグナムも六合も互いの武器を収める。
「こんな素敵な衣見たことない!」
 シャマルは色鮮やかな衣を何枚も重ね着していた。動きにくそうだが、とても美しい。はしゃぐのも無理からぬことだろう。
「ああ、よく似合っている」
「って、二人して何してたの?」
 シャマルは二人の様子に首をかしげる。
 六合もシグナムも息を切らして、顔から大量の汗が流れ落ちている。
「いや、六合殿に稽古に付き合ってもらっていたのだ」
「稽古?」
 シャマルはますます首をかしげた。二人はどう見ても全力の試合の後だ。
「いや、あまりに楽しくてな。つい時間を忘れてしまった」
 シグナムは朗らかな顔で笑った。単純な強さだけなら、昨日の化け物のほうがはるかに上だろう。先日戦ったフェイトもスピードは素晴らしかったが、剣の腕前ではシグナムに分がある。
剣の技量だけで自分と互角に戦えるものと出会ったのは、初めてかもしれない。
「・・・・・・シグナム」
シャマルが半眼でつぶやく。
相手の手の内を探り、いざというときに備えるはずが、相手を好敵手として気に入ってしまった。これでは高潔なシグナムが裏切りなどという卑劣な真似をできるはずがない。
「だ、大丈夫だ。使命は忘れていない」
 シグナムは必死に弁解するが、その慌て振りが自分の言葉を裏切っている。
「そ、それにあの化け物を退治すればいい。それで万事解決だ」
「本当にバトルマニアなんだから」
 シグナムは強引に自分を納得させると、六合に向き直った。
「さて、続きをしようか」
 その顔は、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のような、明るい笑顔だった。付き合いの長いシャマルも初めて見る表情だ。
 六合は無言で頷く。その顔がいささかげんなりとしているのを、シャマルは見逃さなかった。

58 :
 
「動きにくい。わかりにくい。動きにくい」
 ヴィータは不機嫌な表情で家の中をうろうろしていた。シャマルに無理やり着せられた着物が、足にまとわりついて歩きにくいことこの上ない。しかも昌浩の家の中は広くてややこしくて迷子になっていた。
「どうしたの?」
 部屋から出てきた昌浩と出くわす。
「何でもねーよ。てめぇこそどうしたんだよ」
 昌浩は髪を結い上げ、黒く長い烏帽子をかぶっている。おそらくこれが彼の正装なのだろう。
「俺はこれから仕事。陰陽寮に出仕しないと」
「仕事〜?」
 ヴィータは眉をひそめた。目の前の少年はどう見ても、はやてより少し年上くらいだ。それが仕事に行くのは奇妙に思えた。それとも子供っぽいだけで、実年齢はもっと上なのか。
「お前、いくつだよ」
「十三歳」
「おもいっきし子供じゃねぇか!」
「こら。俺はこれでも元服を終えた立派な大人なんだよ」
「半人前のくせにえばるな。晴明の孫」
「孫言うな」
 言い合いを始める昌浩ともっくんをヴィータはじっと見つめた。おもに肩に乗っているもっくんを。
「どうしたの、びたちゃん?」
「違う! 人を勉強も運動もできない小学生みたいに言うな! ヴィータだ、ヴィータ!」
「ご、ごめん。まだ慣れなくて。それでもっくんがどうかした?」
「もっくん言うな」
 文句を言う物の怪を昌浩は無視する。
「よかったら、触ってみる? もふもふして気持ちいいよ。温かいし」
「おい、本人の承諾も得ずに勝手に話を進めるな」
「ふ、ふん。別にいいよ」
 ヴィータはそっぽを向いた。しかし、ちらちらともっくんを見ているので、触りたいのが丸わかりだ。
「はい」
 昌浩は笑顔を浮かべてもっくんを差し出す。
「へっ。仕方ないな。どうしてもって言うなら、触ってやる」
「だから、俺は承知しとらんと言うのに」
 もっくんの文句は再び無視された。
 ヴィータがおずおずと物の怪に触れる。物の怪はされるがままになっている。
なめらかな手触りに、ぎゅっと抱きしめると適度に柔らかく温かい。その抱き心地のよさにヴィータの顔がほころぶ。
「あ、ありがとう。昌浩」
 思わず素直に礼を言ってしまい、ヴィータの顔が赤くなる。それを見られまいとうつむくと、頭を優しく撫でられた。
「触りたくなったら、いつでも言ってね」
「…………お前は気安く触るなー!」
 ヴィータの拳が昌浩の鳩尾に突き刺さる。うずくまる昌浩を尻目に、ヴィータはどすどすと足音を立てながら歩いて行った。
(あいつ、むかつくな)
 どうも誰かに似ている気がする。それがヴィータの心を波立たせるのだ。しばし考えたが、誰に似ているのか答えは出なかった。
 朝食の席で、ヴォルケンリッターたちは昌浩の両親に挨拶をした。扱いは晴明の客人ということになっている。
 どう考えても怪しいが、晴明の客人ということで、昌浩の両親は無理やり納得したようだった。

59 :
朝食を終えると、昌浩と父親はすぐに仕事に行った。
 それを見届けると、シグナムたちはあてがわれた部屋に集まる。
「はやての作るご飯が懐かしいぜ」
 ヴィータが遠い目で呟いた。焼いた魚やご飯など、食事自体は悪くなかったのだが、全体的に薄味で淡白な物しかないのだ。特に砂糖がないので、甘いものは皆無だった。
「アイス。ケーキ」
「言わないで。私まで恋しくなる」
 シャマルも悲しそうだった。早く目的を遂げないと二人がホームシックにかかりそうだった。
 シグナムは強引に話を進めることにした。シグナムも朝食の前に、この世界の服装に着替えている。
「とにかく窮奇の居場所を突き止めなければ。シャマル、探索は?」
「今朝からやってるけど、この町にはいないと思う。魔力の痕跡を追っても、途中でぷっつり切れちゃってるの。あれだけの魔力を持っているのに、隠れることがすごく上手いみたい」
「たちが悪いな」
 シグナムが唇を噛みしめる。しかし、十二神将も隠形を会得しているのだ。同じ世界にいる窮奇も会得していたとしても不思議ではない。あれを使われては、よほど近くにいない限りシャマルの探索にも引っかからないだろう。
「一応、探索は続けてくれ。後は我々が地道に探すしかないか」
「でも、この世界の女は顔をさらしちゃいけないんだろ。外に出られないぞ」
 それでなくとも、まだこの世界の常識を知らないのだ。自分たちだけで町を歩くのは危険だ。
「私が行こう」
 のっそりと狼の姿のザフィーラが立ちあがる。
 シグナム達は気まずげに視線を交わした。
「どうした? 犬の振りをすれば怪しまれないと思うのだが」
「いや、こんなでかい犬が一匹で歩いてたら、大騒ぎになるだろう」
「ならばこちらなら」
 ザフィーラが人間の姿に化ける。シグナムたちはますます難しい顔になる。
「耳と尻尾が生えた人間って、もっと駄目だろう」
「うむ。狼の姿以上に大騒ぎになるな」
 ザフィーラは狼の姿に戻って座り込んだ。心なしか寂しげな表情を浮かべている。
 あの隠形と言う魔法を本気で学びたくなってくる。
「やっぱり晴明さんの協力を仰ぐべきじゃないからしら?」
「これ以上、あの老人を頼りたくないのだが」
 借りを作ったら最後、どんな方法で返せと言われるかわかったものではない。出会った翌日にして、晴明の印象は最悪だった。昌浩が信用できる人柄なだけに、腹に一物ある晴明が際立って悪く見える。
 今だってかすかに視線を感じる。恐らく十二神将の誰かが監視をしているのだろう。
こちらのこともどれだけ知っているか、わかったものではない。本当に食えない爺だ。
「やっぱり昌浩が返ってきてから、夜、一緒に探すしかないか」
 ヴィータが片膝を立てながら言った。それに妖怪は夜行性と聞く。昼間に探しても見つけられる可能性は低いだろう。
「それしかないか。シャマルは昌浩殿の母上から、なるべく情報を収集してくれ」
「わかったわ」
 シグナムに言われ、シャマルが昌浩の母親の元に向かう。家事手伝いをしながら、この世界の常識を学んでいくのだ。
「わたしたちは?」
「特にすることはないな。体がなまらないよう、気をつけていてくれ」

60 :
 シグナムがいそいそと立ちあがる。それと同時に騎士服を装着する。六合と稽古の続きをやるのだろう。
「まったくバトルマニアはいいよな」
 ヴィータはとことん憂鬱になる。ヴィータとて戦いが嫌いなわけではないが、さすがに一日中武器を振りまわしていたいとは思わない。ゲームもないこの世界では、時間をどう潰していいかわからない。
「ザフィーラ、ゲートボールでもやるか?」
「いや。おとなしくしていよう」
「そっか」
 ヴィータは一人で庭に出た。そこには昌浩より少し年下らしい黒髪の少年が立っていた。放たれる魔力から、ヴィータはそれが十二神将であると悟った。
「お前は?」
「十二神将、玄武だ。晴明より、お前の暇つぶしに付き合ってやれと指示された」
 玄武が淡々と言った。
 どうも子供扱いされている気がしてむかつくが、相手がいないよりはましだ。
「お前、ゲートボールってやったことあるか?」
 夕刻、昌浩は仕事を終えて帰路についていた。
「しかし、昌浩や、本当にあいつらを信用していいのか?」
「どうして? 悪い人じゃなさそうだよ?」
「それはそうかもしれんが……」
 純粋な眼差しで言われると、もっくんは反論できない。
 昌浩は新しい家族が増えたようで嬉しかった。特にヴィータは、末っ子の昌浩にとって、初めての妹同然だ。少々口が悪いのが難点だが。
「ただいま」
昌浩が玄関をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
 まるで全力疾走の後のように息を切らした六合とシグナム。
 無言で、柄の長い金槌のような不思議な道具を使って、球転がしをしているヴィータとよく知らない十二神将。
 台所では、夕食の用意をしながら、シャマルと母がまるで旧知の仲のように談笑していた。
 昌浩に気がつくと、ヴィータがまなじりを釣り上げて迫ってきた。
「遅い!」
「ええ!?」
「もっと早く帰ってこれねえのか!?」
「無茶言わないでよ。退出時間は決まってるんだから。これより早くは帰れないよ」
「言い訳するな!」
「はい!」
 ヴィータの剣幕に、昌浩は背筋を伸ばす。
 ヴィータが不機嫌なのには理由があった。玄武とゲートボールに興じていたのだが、玄武は勝っても負けても無反応で、退屈この上なかったのだ。
「おし、あの化け物を探しに行くぞ!」
「みんな、ご飯よー」
 気の抜けたシャマルの声が、ヴィータの気勢をそぐ。
「お、ま、え、はー!」
「まあまあ、腹が減っては戦はできぬっていうし」
 昌浩が必死になだめる。その時、ヴィータの腹の虫が盛大な音を立てた。
「ほらね」
「笑ってんじゃねぇ!」
 ヴィータの拳が昌浩の顎を捉える。
「ほら、さっさと飯にするぞ」

61 :
 ヴィータがすたすたと歩いて行ってしまう。
「……なんか俺、今朝から殴られてばっかりだ」
「いろいろ大変だな。晴明の孫」
「孫言うな」
 痛みに呻いていても、いつものやり取りは忘れない昌浩ともっくんだった。
 その頃、都の外れの草原に、なのは、フェイト、クロノの三人が降り立った。
「ここにヴォルケンリッターがいるんだよね?」
「間違いない」
 なのはの問いに、クロノが静かに答える。目の前には古めかしい町並みが広がっている。ヴォルケンリッターの主を見つけ出し、捕まえなければならない。
「行くぞ」
 クロノが一歩踏み出す。
 その瞬間、虚空から突然人間が現れた。青い髪をした青年に、筋骨隆々とした壮年の男。それに五歳くらいの少女だ。
「何者だ!」
 クロノたちはそれぞれ武器を構える。そこにオペレーターのエイミィから通信が届く。
『気をつけて。分析したところ、そいつら守護騎士に限りなく近い存在みたい』
「奴らの仲間か」
 クロノは顔をしかめる。まさかまだ仲間がいるとは思わなかった。それとも集めた魔力で新たに作り出したのか。
「我らの主から、貴様らに伝言がある」
 青い髪の青年が声を張り上げる。彼らは十二神将だった。青い髪の青年が青龍、筋骨隆々としているのが白虎、それに女の子が太陰だ。ここに来たのは晴明の指示だ。
「“ここはひいてくれ”以上だ」
「ふざけるな。それだけでおめおめ帰れるものか!」
 クロノが怒鳴る。今はっきりと主と言った。つまり闇の書の主はここにいるのだ。絶対に逃がしはしない。
「ならば、力ずくだ!」
 青龍が青い光弾を放つ。
 クロノたちはとっさに飛行して回避する。
「ほう」
「ちょっと、青龍。相手が人間だったら、どうするのよ」
 十二神将には人間を傷つけてはならないという掟があるのだ。
「はっ。足から翼を生やして空を飛ぶ人間などいるものか。間違いなく妖怪だ」
「今なんか失礼なこと言われなかった?」
 なのはが若干涙目で言った。
「覚悟!」
 青龍が信じられない跳躍力で、なのはに肉薄する。
「ひっ」
 鋭い眼光に、鬼気迫る表情、全身から放射される気に、なのはの体がすくむ。
「なのは!」
「お前の相手はこっちだ」
 なのはの援護に向かおうとしたフェイトの前に、白虎が立ちふさがる。掘りの深い顔立ちに、たくましい体躯。まるで筋肉の軋む音が聞こえてきそうだ。白狐は険しい顔のまま、鋭い風の刃を放つ。
 咄嗟に回避するが、白虎は執拗に攻撃を繰り出す。
「フェイト!」
「行かせない!」
 クロノの前には太陰が立ち塞がった。クロノの放つ魔法を、素早い動きでことごとく避ける。
 戦いはこう着状態だった。お互いに決定打を繰り出せない。

62 :
「なのは、フェイト、撤収だ!」
 不利を悟ったクロノが撤退を指示する。
青龍たちは、それ以上追撃してこなかった。
 アースラに戻ったなのはたちを、リンディ艦長が出迎える。
「お帰りなさい。随分苦戦したみたいね」
「すみません」
 クロノは素直に頭を下げる。あんな幼子に翻弄されて、クロノの自尊心はいささか傷ついていた。あまりに幼い容姿なので全力で攻撃できなかったのだが、そんなものは言いわけにならない。
「ですが、こちらの思わぬ弱点が発覚しました」
 クロノは、なのはたちを振りかえる。
 なのはたちは若干青ざめた表情で立っていた。
「二人とも、どうしたの?」
 リンディは心配そうに二人に駆け寄る。これまで二人がこんな様子になったことはない。
「つまり、こういうことです」
 クロノがディスプレイに青龍と白虎の顔をアップで映す。
「「ひっ!」」
 なのはとフェイトが怯えた顔で抱き合う。
 ディスプレイを消してクロノはゆっくりと言った。
「どうやら二人は怒った大人の男性に弱いようです」
「へっ?」
 リンディは思わず間の抜けた声を出してしまった。
 なのはの父と兄は普段は温厚で、滅多に怒らない。怒る時は怖いのだが、いい子のなのはが怒られたことは、これまでの人生でも数えるほどだ。
 そして、フェイトは母親やアルフなど、生まれてから、大人の男性と接したことがほとんどない。クロノやユーノでは子供すぎる。険しい顔のおっさんと向かい合ったことなど皆無だろう。
「なるほど。二人とも耐性がなかったのね」
 リンディが苦笑いを浮かべる。
 もしあの戦いで、なのはやフェイトが全力を出せていれば、勝ち目はあっただろう。攻撃力ではこちらに分があるし、あの青い髪の青年は空が飛べないようだった。しかし、完全に委縮してしまっているあの状態では、半分の力も出せるかどうか。
「相手がどこまで考えてあいつらを投入してきたかわかりませんが、状況はかなり厳しいです」
 こういった苦手意識は一日や二日で克服できるものではない。徐々に慣れていくしかないのだ。
しかし、クロノ一人でヴォルケンリッターすべてを相手に出来るとも思えない。頭の痛い問題だった。
「だ、大丈夫。今度は我慢する」
「そ、そうだよ。私たちなら大丈夫なの」
 フェイトとなのはが拳を握って勢い込む。
 クロノが再びディスプレイを映す。
「「ひっ!!」」
「今度はアルフとユーノを連れて行った方がいいかな」
 怯える二人を見ながら、クロノは静かに溜息をついた。
 夜警に出かけた昌浩たちは、とりあえず窮奇が逃げて行った方角に向かうことにした。シャマルは家に残ってみんなの支援をすることになっている。
窮奇が町の中にはいないのは間違いないので、かなり遠くまで行かないとといけない。
「そう言えば、君の髪飾り面白いね」
 道すがら、昌浩がそっとヴィータの帽子についているウサギの飾りに手を伸ばした。
「触るな!」
 パンッと乾いた音がして、ヴィータが昌浩の手を弾く。

63 :
 よほど強い力で叩かれたのか、昌浩の手が軽く腫れている。さすがにやり過ぎたと、ヴィータはばつが悪くなる。
「ごめん」
 しかし、謝ったのは昌浩の方だった。
「なんで謝るんだよ?」
「きっと大事な人からの贈り物なんでしょう? わかるよ。俺にもそういうのあるから」
 昌浩は胸元を握りしめた。そこには匂い袋がぶら下がっている。
昌浩は場の空気を変えるように明るい声を出した。
「それにしても、町の外となると行くのが大変だね」
「おい」
 歩みを続ける昌浩の服の裾を、ヴィータがつかむ。
「何?」
「どうして飛んでいかない?」
「……だって、俺、飛べないから」
「ふざけんな!! あんだけの魔力持ってて飛べないって、どういうことだよ!?」
「いや、俺人間だし、普通は飛べないって」
「んなわけあるかー!」
 ヴィータの絶叫が夜の町に轟く。
「落ち着け。近所迷惑だ」
 シグナムがそっとヴィータの肩に手を置く。
「この世界ではそれが常識なんだろう。ならば、我々が配慮すればいいことだ」
 シグナムがぐいと昌浩を抱き寄せる。体のあちこちに触れる柔らかい感触に昌浩の顔は真っ赤に染まる。
「シ、シグナム!?」
「喋ると舌をかむぞ」
 シグナムの体がふわりと宙に浮く。そのままぐんぐんと高度を上げ、町並みが足元のはるか下に広がる。
「へぇー。都って上から見るとこんな感じなんだ」
 昌浩が感嘆したように呟く。
「おい、何赤くなってやがる」
 ヴィータが同じ高度まで上昇しながら軽蔑するように言った。隣ではザフィーラも宙に浮いている。
「だ、だって、こんな……」
「おー。おー。一人前に赤くなって。こうして人は大人になっていくんだなあ」
「もっくん。うるさい。それにしても、みんな飛べるんだ。すごいね」
 晴明とて飛行の術は知らないはずだ。十二神将でも飛べるのはごく一部だろう。それができるシグナムたちを昌浩は素直に称賛した。
「私たちにしてみれば、魔力さえあれば、そこまで難しい魔法ではないのだがな。では、このまま探索を続けよう」
 その日は窮奇の足取りはつかめなかった。しかし、町の中を暴走していた車の妖を見つけ、昌浩はそれを自分の式にした。仲間が増えた上に、空の散歩を楽しめて、昌浩はご満悦だった。
 
 窮奇の手がかりがつかめないまま、数日が過ぎた。
 時折、窮奇配下の妖怪とは出会うが、敵は決して口を割らない。
 ヴィータたちの焦りは日に日に高まっていく。こうしている今も、はやての命は危ぶまれているのだ。
 それは昌浩も同様だった。時間をかければかけるほど、窮奇に狙われている娘の命が危ない。
 昌浩は地上から、空からヴィータ、シグナム、ザフィーラが散開して捜索を行っているのだが、それでも結果は芳しくなかった。
 そんなある日、いつものように夜警に出た昌浩たちだったが、シグナムが不意に固い声で言った。
「尾行されているな」
「まさか窮奇の仲間?」

64 :
「いや。尾行のしかたが素人だ。おそらく人間だろう」
 昌浩たちは路地の角を曲がると、追跡者を待ち伏せた。やがて人影がきょろきょろと周囲を窺いながら現れる。
 その時、風が吹いた。馴染んだ香りが昌浩の鼻孔をくすぐる。
「観念しろー!」
「ちょっと待ったー!!」
 不審者を取り押さえようするヴィータを、昌浩が押しとどめる。
「あっ。昌浩、そこにいたんだ」
 人影が朗らかにそう言った。
「どうしてここにいるんだよ、彰子!」
 月明かりが人影を照らす。そこには見るからに上等な着物を着た、長い髪の少女が立っていた。年齢は昌浩と同じくらいか。ただ立っているだけなのに、振舞いに優雅さがある。
「誰だ?」
「藤原彰子。左大臣……ええと、この国で一番偉い大臣の娘で、この子が窮奇に狙われているんだ」
 シグナムの疑問に昌浩が答えた。
「なるほど。どうりで優雅なわけだ」
「昌浩、この方たちは?」
「ええと、協力者というか、仲間というか……」
 昌浩が今度は彰子の疑問に答える。
「初めまして。私はシグナム。しかし、狙われているのに出歩くとは感心しないな」
 彰子の住む所には晴明が直々に結界を張っている。そこにいる限り、窮奇とておいそれと手が出せないはずなのだ。
「そうだよ。彰子。早く帰った方がいい」
「嫌よ。私だって昌浩の役に立ちたいわ」
 口喧嘩を始める昌浩と彰子から、もっくんは距離を取る。その背をむんずとヴィータがつかんだ。
「もっくん。あいつらどういう関係だ?」
「もっくん言うな……一口に説明すると難しいが、昌浩の大事な人……かな?」
「大事な人?」
「お前も見たことあるだろう。昌浩が首から下げている匂い袋。あれは彰子が贈ったものだ」
「なるほどね」
 昌浩が以前、大事そうに胸元を握りしめていたことを思い出す。そこに匂い袋があることをヴィータが知ったのは、それからすぐのことだった。
「へっ。色気づきやがって。これだからませガキは」
「おい。手に力を込め過ぎだ。痛いぞ」
「ヴィータ!」
 ザフィーラが注意を促す。
 咄嗟にとびのくと、さっきまでヴィータがいた地面を鋭い爪が抉った。
「誰だ!」
 全員が瞬時に戦闘態勢に移る。
 月を背にして、人間ほどの大きさの鳥が翼を広げていた。
「窮奇様の邪魔をする愚か者ども。この場で朽ち果てるがよいわ!」
 鳥の声を合図に広がった結界が、昌浩たちを飲み込む。
 周囲の光景は変わらないが、虫の声やかすかな人の気配が途絶える。異界に引きずり込まれたのだ。
民家の屋根や道の向こうから妖怪たちが続々と姿を現す。完全に囲まれている。
 もっくんがヴィータの手を振りほどくと、鳥と正面から向き合う。
「こちらも連日の捜索に飽き飽きしていたところだ。貴様をひっとらえて、主の元まで案内してもらおう。幸い、ここなら全力を出しても問題なさそうだしな」
「もっくん?」
 ヴィータが声をかけると、もっくんは凶暴な笑みを浮かべた。

65 :
「ちょうどいい。お前たちにも俺の真の姿を見せておこう」
 真紅の炎がもっくんから立ち上る。
 炎をかき分けて長身の青年が現れる。
 ざんばら髪に褐色の肌。仏像のような衣をまとっている。放たれる魔力は凄絶にして苛烈。これまでヴィータたちが会ったどの十二神将よりも強い。
「紅蓮!」
 昌浩がもっくんのもう一つの名を叫ぶ。
 紅蓮。またの名を騰(とう)蛇(だ)。地獄の業火を操り、あらゆるものを焼き尽くす十二神将最強にして最凶の存在だ。
「こいつもザフィーラと同じかよ」
 紅蓮の全身から、炎で形作られた蛇が無数に放たれる。蛇は妖怪たちを飲み込んで次々に焼きつくす。
「昌浩、彰子がいないぞ」
 ザフィーラが緊迫した声で言った。
「しまった!」
 最初に結界を張った時、彰子だけ中に入れなかったのだろう。昌浩たちを足止めしている隙に、彰子をさらう計画だったのだ。
 シグナムが叫んだ。
「シャマル! 彰子殿の居場所はつかんでいるか?」
『大丈夫。敵は鳥型の妖怪一匹だけよ。でも、すごい勢いで町から出ようとしている』
「シグナム。この異界から脱出はできるか?」
 紅蓮が攻撃の手を止めることなく訊いた。
「可能だ」
 転移魔法を使えば、どうにかなるだろう。
「しかし、転移するには少し時間がかかる」
「ならば、昌浩とお前たちは彰子を追ってくれ。その時間は俺が稼ぐ」
 一人で大丈夫かと、喉まで出かかった言葉をシグナムは飲み込む。紅蓮の顔は自信に満ち溢れていた。
 転移に入ったシグナムたちに、妖怪たちが一斉に襲い掛かる。
「行かせない!」
 吹きあがる炎の壁が妖怪たちを阻む。
「邪魔はさせん!」
 壁と蛇の間隙を縫って、巨大な鳥が爪を振りかざす。
「紅蓮!」
 紅蓮の手が燃え上がり、赤い槍が出現する。
「行け!」
鳥の爪を紅蓮が槍で受け止める。
次の瞬間、昌浩たちは元の世界へと転移していた。
「ふふ。消えぬ傷。癒えぬ傷。これが獲物の刻印よ。窮奇様もさぞお喜びになろう」
彰子をつかんだまま飛びながら、鳥の妖怪が微笑む。
「それはどうかな?」
 声と同時に、鳥を取り囲むように魔法陣が発生する。その中からシグナム、ヴィータ、ザフィーラが現れた。
『転送成功』
 シャマルが勝ち誇った声で言う。
「おい、重いぞ」
「だって、しょうがないじゃない」
 ヴィータが不機嫌に言う。その背には昌浩がしがみついていた。転移した時、昌浩はヴィータと一緒に飛ばされたのだ。
「ええい、鬱陶しい!」
 鳥の魔力が炸裂する。その隙に、鳥は包囲網を抜けだそうとする。
「アイゼン!」
「レバンティン!」
 ヴィータが鉄球を打ち出す。鉄球は鳥の足に当たり、彰子を取り落とさせる。

66 :
 続いて、鞭のように伸びたレバンティンが鳥の体を切り裂く。
「彰子!」
「任せろ!」
 落ちていく彰子を、ザフィーラが抱き止める。
「気を失っているだけだ。命の心配はない」
 彰子の様子を確認し、ザフィーラが告げる。昌浩は安堵した。
「しかし、今回は大きな手掛かりを得られたな」
 シグナムが鋭い目で、鳥の向かった方角を睨む。
「窮奇は間違いなく北にいる」
「おい、北には何があるんだ?」
「そうだな……貴船山とか?」
『シグナム、気をつけて!』
「シャマル?」
 シグナムが聞き返そうとすると、上空に巨大な魔力が出現した。
「まったく使えぬ部下どもよ」
 聞き覚えのある重低音。放たれる圧倒的な魔力。振り返るまでもない。真上に奴が現れた。
「」
 死刑宣告と共に、雨のように大量の魔力の刃が降り注ぐ。
 シグナム、ザフィーラが咄嗟にバリアを展開する。しかし、昌浩を背負っていたヴィータの反応が遅れる。
(間に合わねえ!)
 刃がヴィータの眼前に迫る。その時、ヴィータの体が真横に流れた。
 振り返ると、昌浩の体が宙に舞っていた。ヴィータを助けるために、昌浩が突き飛ばしたのだ。
「よかった」
 昌浩がにっこりと笑う。
 ヴィータが手を伸ばす。しかし、それより早く昌浩が魔力の刃に貫かれる。空中に赤い花が咲いたかのように、鮮血が散る。
「昌浩―!」
 ヴィータの悲痛な叫びが、都の空に轟いた。
「昌浩! しっかりしろ」
 窮奇は一度の攻撃だけで去って行った。ヴィータは昌浩を抱き止めると、繰り返し呼びかける。意識を失ってしまったら、助かるものも助からない。
 魔力の刃は昌浩の腹を貫通していた。出血で昌浩の衣は真っ赤に染まっている。もしかしたら、内臓を傷つけたかもしれない。
「昌浩!」
 敵を片づけた紅蓮が、慌てて駆け寄る。しかし、昌浩の凄惨な傷を見て絶句する。
「シャマル。転送と傷の手当てを。早く!」
『やってるわよ!』
 苛立った様子でシグナムとシャマルが交信する。
 次の瞬間、昌浩の体は光に包まれて、姿を消した。
「おい、昌浩は大丈夫なんだろうな」
「安心しろ。シャマルは回復魔法のエキスパートだ。彼女に任せれば問題ない」
 取り乱す紅蓮をシグナムがなだめる。
「とにかく戻るぞ。今は昌浩殿の容体が心配だ」
 屋敷に戻ったシグナムたちを、疲れた様子のシャマルが出迎えた。その隣には六合もいる。
「一命は取りとめたわ。出血が激しいから、しばらくは絶対安静だけど、もう大丈夫。後遺症の心配もないわ」
「そうか。ありがとう。感謝する」
 もっくんの姿に戻った紅蓮がほっと胸をなでおろした。 
六合はザフィーラから気絶している彰子を受け取ると、彰子の屋敷へと向かった。
「昌浩君には今晴明さんが付き添ってる」

67 :
さるさんかな?
支援

68 :
ここって話の主人公側になのは達いないとNG?

69 :
 晴明は意味ありげに眠る昌浩を見つめる。
「昌浩が起きたら、ヴィータ殿には叱る役をお願いしたい。この孫は助けられた人がどんな気持ちになるか、まるでわかっていないようなので」
 真に人を助けようと思うなら、自分も死んではならないのだ。昌浩はヴィータを助けるのに必死で、自分の身を守ろうとしなかった。よかったなどと呟く暇があったら、攻撃を防ぐ努力をすべきだったのだ。
「お、おう。任せとけ!」
 ヴィータががぜん勢い込んで立ち上がる。
「お前ら。もう少し静かにしろ。怪我人の前だぞ」
 もっくんがピシリと尻尾を打ちつける。
 晴明とヴィータは顔を見合せて笑うと、この場をもっくんに任せて静かに退出して行った。
 第三話 揺るがぬ決意を胸に抱け
 窮奇退治は昌浩の完治まで、延期が決定した。敵はあの大妖怪、なるべく万全の状態で挑みたい。
昌浩が養生している間、一度だけ彰子が見舞いに来た。
 自分がさらわれたせいで、昌浩が重傷を負ったと彰子は酷く気に病んでいた。
昌浩は彰子は励まそうと、必死に明るい話題を振った。その中で、彰子が蛍を見たことがないと言った。蛍の時期はとうに過ぎていたので、ならば来年一緒に蛍を見に行こうと昌浩は約束した。
その間、ヴィータが歯ぎしりせんばかりに不機嫌だったのに、昌浩は最後まで気がつかなかった。
数日もすると、昌浩は起き上がれるようになった。激しい運動は厳禁だが、それ以外の行動は大体許されている。シャマルの治癒術は本当に素晴らしい。出来るなら教えてもらいたいくらいだった。
 昌浩は書物を睨めっこをしながら、円盤状の物体をからからと回していた。
「何してんだ?」
 ヴィータが昌浩の手元を覗き込む。
昌浩が目が覚めましてからというもの、ヴィータは食事を運んでくれたり、何かと世話を焼いてくれる。あまりに優しいので、昌浩の方が戸惑っていた。
「これは占いの道具なんだ。窮奇の居場所が占えればと思ったんだけど」
 結果は芳しくない。それにそのくらいのことは晴明がとっくにやっているだろう。晴明すらわからないことを昌浩がわかるわけない。
「占いねえ」
 ヴィータは占いという奴がどうも信じられない。未来が本当に予知できるなら、未来はすでに決まっていることになる。努力するもしないもすべて決まっている。ならば、心は何のためにあるのか。
「あ、疑ってるな。よし、ならヴィータの未来を占ってやる」
 昌浩が道具に手を伸ばす。
「面白い。やってみろ」
 円盤がからからと回り、結果を示す。昌浩はじっとその結果を読み取ろうとする。
 無言のまま、時間だけが過ぎていく。
「おい」
 昌浩は真剣な顔のまま答えない。そのあまりに真剣な様子にヴィータが不安になる。
「まさか、よくない結果が……」
「ごめん。わからない」
「うーがー!」
 ヴィータが吠えた。
「さんざん待たせて、なんだよそれは!」

70 :
「ご、ごめん、だって見たことない形だったから」
 昌浩は本で頭部をかばう。
「もう少し時間をちょうだい。きっと占ってみせるから」
「まったく。それでも晴明の孫かよ」
「あー! ヴィータまで孫って言ったー!」
「いやー。この台詞一度言ってみたかったんだよ」
「孫言うな!」
 憤慨する昌浩を、ヴィータはきししと笑う。ふとその顔が疑問に染まる。
「お前、今何て言った?」
「孫言うな」
「その前だよ」
「えーと、ヴィータまで孫って言った、だったかな?」
「お前、名前」
「ああ、ヴィータだよね。やっと言えるようになったよ」
 昌浩はにっこりと笑う。
「いやあ、苦労したよ。毎晩ヴィータ、ヴィータ、って繰り返して」
 ちなみにザフィーラの名前はまだ練習中だ。
「ヴィータ。これで合ってるんだよね?」
 ヴィータの拳が昌浩の頭を叩く。
「な、何すんだよ、ヴィータ」
 昌浩が頭を押さえてうずくまる。
 ヴィータは拳を握りしめたまま、全身を震わせていた。
「ヴィータ?」
「気安く呼ぶんじゃねえ!」
 ヴィータが再び拳を振り下ろす。その顔が真っ赤に染まっていた。
「どうしたの、ヴィータ?」
「だから、繰り返すな〜!」
 ドタバタと暴れる音が屋敷中に響いていた。
「いやー。春だねぇ」
「夏だがな」
「連日快晴だねぇ」
「それはその通りだ」
 もっくんとザフィーラは、昌浩の部屋の屋根の上で並んで日向ぼっこをしていた。
「昌浩についていなくていいのか?」
「そんな野暮はせんよ」
 もっくんが後ろ脚でわしわしと首をかく。本人に自覚があるかどうかは知らないが、ヴィータの気持ちは傍から見れば明らかだ。
「すまんな。気を使わせて」
「いや、昌浩にとってもいいことだ」
「ほう。もっくんはあの彰子とかいう娘を応援しているのかと思ったが?」
「おっ。堅物かと思いきや、話せるねぇ。ただし、もっくん言うな。俺のことは騰蛇と呼べ」
「心得た」
「それで彰子に関してだが、結論から言って、あの二人は絶対に結ばれない」
 もっくんは一転、厳しい表情になる。
「どういうことだ?」
「身分が違い過ぎる。かたやこの国一の貴族の娘。かたやどうにか貴族の端に引っかかっている昌浩。あり得ないんだよ、この二人が結ばれるなんて」
「身分とはそんなに大事なのか?」
 しょせん同じ人間ではないか。気にするほどの差があるとザフィーラには思えない。
「そうだな。お前たちの主は女か?」
 ザフィーラの緊張が一気に高まる。
失言だったと、もっくんは詫びた。
「お前たちの主を詮索しようとしたわけじゃない。例えば、お前たちの主が女だったとしよう。もしお前が主に恋愛感情を抱いたら、どうなる?」
「なるほどな」
 ザフィーラは遠い目になった。彼のはやてを敬愛する気持ちに、一片の曇りもない。しかし、それは決して恋愛感情ではない。
 自分はあくまで守護獣、人間ではない。そんな自分と主が結ばれるなど決してない。それなのに、主に恋心を抱けば、それはまさに地獄だろう。
「つまり、この国で身分とはそれほどの差ということだ」
 しかも、彰子と天皇の結婚の準備が進められているという。晴明の占いでも、それはすでに決まった運命ということだった。もし運命を変えられる力があればと、もっくんは己の無力をこれほど呪ったことはない。
 失恋から立ち直る一番早い方法は新しい恋を始めることだ。昌浩を好きなヴィータがそばにいてくれれば、これほどありがたいことはない。
「しかし、我らは……」

71 :
「わかっている。窮奇を倒したら帰るんだろう。それでもいいんだ。立ち直るきっかけになれば。それに二度と来れないわけじゃあるまい?」
「それもそうだな。その時は主も連れてこよう。きっと喜ばれる」
 そう、きっと大丈夫だとザフィーラは思った。いつか主を含めた全員でこの地を訪れることができる。その時は、闇の書も完成し、主の命も助かっている。時空監理局から追われることもなくなっている。
 我ながら虫のいい考えだと知りながら、そんな未来が来るのを願わずにいられない。
 ザフィーラともっくんは雲一つない空を見上げた。
 その頃、庭ではシグナムが見知らぬ女と対峙していた。女は黒い艶やかな髪を肩のあたりで切りそろえ、この時代では珍しい丈の短い服を着ている。十二神将の一人だろう。
 六合と稽古の約束をしていたのだが、六合の姿はない。
「私の名は勾陣(こうちん)。六合は晴明の供で行ってしまってな。代わりに私が来たというわけだ」
「そうか。では、今日の相手は勾陣殿が?」
「ああ。せっかくだから、少し趣向をこらさないか?」
 勾陣は三つ叉に別れた短剣を両手に持ち、宙を切り裂いた。空中に裂け目が走り、シグナムの体がその中に吸い込まれる。
 シグナムが目を開けると、そこは砂と岩ばかりの荒涼とした風景が広がっていた。
「次元転移?」
「ここは我ら十二神将が住む異界だ。稽古もいいが、ここなら思う存分暴れられるぞ」
 勾陣が口端を釣り上げる。氷のように鋭い酷薄な笑みだった。 
シグナムも勾陣と同じ笑みを浮かべる。
「なるほど。より実戦的にというわけか」
「それと最初に言っておく。私は六合より強いぞ」
「面白い。では、いざ尋常に勝負!」
 シグナムのレバンティンが炎をまとい、勾陣の魔力が炸裂する。
 普段は静かな異界が、その日はいつまでも爆音が轟いていたと言う。
夕刻、帰宅した晴明は昌浩の部屋に向かった。天皇と彰子の結婚が正式に決まったということだった。後は日取りを決めるのみ。今すぐということはないが、もはや二人の結婚は避けられない。
薄々感づいてはいたのだろう。昌浩は「そうですか」とだけ呟いた。
それからさらに数日が過ぎた。
昌浩は表面上は明るく振舞っていたが、時折沈んだ表情や物思いにふけることが多くなった。そして、以前にもまして窮奇を倒すべく猛勉強を始めた。まるで勉強に打ち込むことで、何かを忘れようとしているかのように。
早朝、昌浩は目を覚ますと素早く着替える。怪我の為、長期休みになってしまった。同僚にも迷惑をかけたし、今日は出仕するつもりだった。晴明から頼まれた仕事もある。
「よし。完全復活」
「ほう。よかったじゃないか」
 今日はよほど早起きしたのか、ヴィータが戸口に立っていた。
「うん。これもヴィータたちのおかげだよ。本当にありがとう」
 シャマルの魔法とヴィータの看護がなければ、まだろくに動けなかったに違いない。
「いやー。そう言ってもらえると、こっちもありがてぇよ」
 ヴィータはのしのしと部屋に入ってくる。ヴィータは指で昌浩に座るように示す。
「大事な話?」
 昌浩はまだ気づいていない。ヴィータの目がまったく笑っていないことに。
 ヴィータが深く息を吸い込み、

72 :
「この大馬鹿がー!!」
 大音量が安部邸を揺らした。昌浩は耳を押さえて顔を引きつらせる。
 ヴィータは指を鳴らしながら、昌浩に詰め寄る。
「お前が治る日を、どれだけ待ったことか。怪我人を怒鳴りつけるのは趣味じゃないからな。これで思いっきりやれる」
 晴明から託された昌浩を叱る役をヴィータは忘れていない。それどころか世話を焼くことで、怒りが鎮火しないようにしていたのだ。ヴィータの怒りは最高潮に達していた。
「あの……ヴィータさん?」
「やかましい! そこに正座」
「はい!」
「大体お前は自分が怪我をしてどうするんだ。助けるにしたって、もっと上手くやれ!」
「いや、でも」
「言い訳するな!」
「ごめんなさい!」
 ヴィータが機関銃のように怒鳴り続ける。昌浩はそれを黙って聞くしかなかった。
 それから一刻の後、もっくんが昌浩の部屋を訪れと、晴れ晴れとした顔でヴィータが出てきた。
「いやー。ようやくすっとしたー」
 もっくんが部屋の中を覗き込むと、そこには真っ白に燃え尽きた昌浩がいた。
 その夜、昌浩が仕事を終えて帰ると、シグナムたちは晴明の部屋に集められていた。
「昌浩や。彰子様には会えたのか?」
「はい」
 昌浩は寂しげに笑う。晴明の取り計らいで、昼頃、昌浩は彰子と対面していた。そこで昌浩は彰子に絶対に守ると誓った。誰の妻になってもいい。生涯をかけて彼女を守る。それが昌浩の誓いだった。
「それで窮奇の居場所は?」
「はい。貴船山だと思います」
 都の北に位置する貴船山。そこには雨を司る龍神が祭られている。
 窮奇が北に逃げたのと、ヴィータたちが来てからというもの、一度も雨が降っていない。それが根拠だった。おそらく窮奇によって封印されているのだろう。
「ならば、一刻の猶予もないな」
 シグナムにとって、ここは楽園だった。六合や勾陣、他の神将たちとも、実は紅蓮とも、幾度も手合わせした。こんなに心躍る相手がいる世界をシグナムは知らない。
「そうだな」
 ヴィータとて離れがたい気持ちはある。
しかし、八神はやてを救う為、二人は未練を振り切って立ち上がる。
「はやてちゃんの為にも、お願いね、みんな」
 シャマルが転送の準備を開始する。それをザフィーラが咳払いで遮る。
 シグナムとヴィータがじと目でシャマルを見つめていた。
「あっ」
 うっかり、はやての名前を出してしまっていた。だらだらと脂汗がシャマルの顔を滴る。ちなみに、ヴィータは以前自分がはやての名前を出しことを覚えていない。
「わしは何も聞いておりませんぞ。なあ、昌浩や」
「えっ? ……ああ、はい。俺も何も聞いてないよ」
「二人とも、気を使わせてごめんね」
 シャマルが涙目で感謝の意を告げる。
 やがて緑の魔法陣が足元に出現する。
 昌浩、もっくん、シグナム、ヴィータ、ザフィーラが、最終決戦の場へと飛んで行った。
 その頃、アースラ艦内では、クロノたちが出撃の準備を進めていた。
「それでヴォルケンリッターの動きは?」
「それが変なの」
 クロノの質問にエイミィが首を傾げた。
「あの世界、時間の流れが全然違うみたい」
 アースラでは、クロノたちが青龍たちと戦ってから、一晩しか経っていない。それなのに、向こうでは半月以上の時間が経過しているようだった。
 どうもその間、ヴォルケンリッターたちは原住生物と戦い続けているらしい。
「闇の書もかなり完成に近づいたということか。みんな、準備はいいか?」
 クロノが集まったメンバーを見回す。
 ユーノにアルフ、青い顔をしたなのはとフェイト。
「な、なのは、どうしたの?」
 ユーノがなのはの顔を心配そうに覗き込む。
「ちょっとイメージトレーニングを」

73 :
 なのはは車酔いをしたかのようにふらふらしていた。
 青龍に備えて、父と兄に怒られた時のことを一晩中ずっと思い出していたのだ。
「フェイト、しっかりおしよ」
「……アルフ、大丈夫よ」
 フェイトの使い魔のアルフが、フェイトの体を揺さぶる。それにフェイトは消え入りそうな声で答えた。
「エイミィ」
 クロノが無言で逃げようとしていたエイミィの腕をむんずとつかんだ。
「フェイトに一体何をした?」
「ええと、頼まれてあの戦いの映像をちょっと……」
 フェイトはフェイトで、あの戦いの映像を一晩見続けたのだ。しかもエイミィの好意で、男連中の顔を大写しにした編集版を。
 苦手意識を克服しようと無理をすれば、かえって悪化する場合がある。なのはたちの負けず嫌いが今回は完全に裏目に出た。
クロノはユーノとアルフをつれて、部屋の隅に行った。
「いいか。男連中の相手は僕らでやる。二人には絶対に近づけるな。最悪、一生のトラウマになる恐れがある」
 ユーノとアルフが決意を込めた表情で頷く。
 そして、五人は転移を始めた。
967 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/02/07(火) 22:31:42 ID:AiKNkGr2
 うっかり第三話も一緒に投下していました。どうりで長いわけですね。すいません。
 実はもうほとんど書きあがっているので、次回最終話も近いうちに投下できると思います。
 楽しんでいただければ幸いです。

74 :
投下乙
揚げ足取るようだが、レ「バ」ンティンじゃなくてレ「ヴァ」ンティンな

75 :
 代理投下、ご指摘ありがとうございます。
 最終話は修正しておきます。

76 :
次最終話って早!?
僕は原作知らなくてなんも言えないですけど、投下乙です!頑張って〜

77 :
GJ!
て、もう最後かよ!
>>76
そりゃ少女向け小説だからな。

78 :
どうもー
本日19:30からEXECUTOR15話を投下します

79 :
■ 15
 その飛行物体が地球上空7万キロメートルを切った時点で、北海にいるミッドチルダ艦隊XJR級の魔力センサーに探知された。
 探知した時点での速度は秒速200キロメートル以上、そこからさらに大きく減速しつつあり大気圏突入姿勢をとっている。
 巨大な魔力反応が検出され、推定される魔力量は400億と計測された。
 艦隊主要打撃力として船体サイズの割に強力な魔力炉を積むXJR級の、なお2倍以上の出力がある。もちろん生身の魔導師とは比べるまでもない。
 脅威度の非常に高い目標の接近を探知し、大ダコが頭部をもたげて射撃体勢に入った。
 ビットが周囲をせわしなく動き回り始め、上空へプラズマ砲の照準を向ける。
 上空からほぼ真っ逆さまに突っ込んでくる飛行物体の様子は、ほどなくザクセン級およびトライトン級にも探知された。
 偵察飛行中のMiG-35、Su-47、MiG-25SFR、X-62の各国戦闘機はいったん海域を離脱して距離をとる。
 X-62による光学超望遠撮影で、突入してきた飛行物体が変形して戦闘機型から人型になる様子が認められた。
 背部のブースターユニットから激しく炎を吹き、成層圏の高さいっぱいを使って減速する。これは炎は吹いているがロケットエンジンのような反動推進ではなく、異星人たちが使う飛行魔法と呼ばれる重力制御技術である。
 これによって異星人の艦艇は外宇宙航行能力と、大気圏内での浮遊能力を獲得している。さらに通常の戦闘機では不可能な高G機動も実現する。
 冬の宵闇を切り裂くように、北海上空に光の矢が走る。
 大ダコの真上を占位した人型ロボット──エグゼキューターは、ただちに攻撃態勢を取った。
 さらに、クラウディアへ通信を送る。
 クラウディアが使用する回線の周波数を知っているのである。
「人型ロボットから念話が発せられています──」
 クラウディアの通信士は、ヘッドセットを押さえながら振り返ってクロノを見上げた。
 目の前にいるロボットは、正しく機械仕掛けの人形であり、血の通っていない無慈悲な戦闘マシーンであったはずだ。
 それが、人間に対話を試みようとする姿勢を見せている。
「繋げ」
「はっ、はい」
 クロノは短く命令し、通信士はコンソールを操作して受信モードに切り替え、スピーカーにチューナーをつないで周波数をセットする。
「地球艦もこれを見ています」
 ウーノが横から念を押す。
 この人型ロボットの来襲は、地球にとっては待ちに待った増援となるだろう。何しろ自分たちが何十年もかけてやっと少しずつ解明してきたオーバーテクノロジーの塊が、完全に稼動した状態で目の前に現れたのだから。
 それが自分たちに味方してくれるか敵対するかなど、この際どうでもいい。
 力を欲する人間の欲望は限りない。
 それは地球人類であっても次元世界人類であっても変わらない。
「人型物体──っいえ、エグゼキューターより本艦に向けて通信です!『60秒後に攻撃を開始する、ただちに退避せよ』と!」
「艦長」
 通信士が半ば叫ぶようにして電文を読み上げる。
 あれはロボットなのか。コンピュータによって操られる、人工知能なのか。それとも、パイロットが乗っているのか。人間が乗って操縦しているのか
 カレドヴルフ社が惑星TUBOY地表で鹵獲しクラナガン宇宙港で破壊された同型機の場合には、コクピットブロックそのものは搭載されていたが、内部は無人であり、おおよそ人間が乗れるサイズではなかったという。

80 :
「よろしい。砲撃態勢解除、面舵一杯艦回頭180度。ドイツザクセン級を援護しつつ大ダコとの距離をとれ」
「面舵一杯、アイ!」
 クロノの命令を復唱し、クラウディアの操舵手は舵を右へ切る。
 艦尾ノズルから魔力光を吹き、クラウディアが旋回していく。
 それを見届けるように、エグゼキューターはゆっくりと降下を始め、やがて大ダコの真上、300メートルほどの高度で静止した。
 大ダコは上空のエグゼキューターに向けてプラズマ弾と小型レーザーを撃つが、そのほとんどはエグゼキューターが機体周囲に展開しているバリアのようなものに弾かれ、上空へ散らばっていっている。
 エグゼキューターと大ダコの戦闘の様子は、地球艦からも目撃されている。
「間違いありません、あれはわがイギリスが発掘したロボットです。同じ型の機体です」
 タイフーンIIIからの映像を受け取ったトライトン級イージス艦『アロー』CICでは、艦長以下幹部乗員たちがテレビモニターに映し出されたエグゼキューターの姿を食い入るように見つめていた。
 レールガンによって大ダコの射程外から攻撃を行えるアローは距離160キロメートルを保ったまま、水平線の向こうへ曲射砲撃を行っている。
 ICBMにも匹敵する弾速で飛ぶ艦載型レールガンは、通常の艦砲に比べてかなり低い弾道で飛び、目標にはほぼ真横から当たる。
 大ダコが被っている肉塊はある程度の衝撃を受けるとちぎれてしまい、防御力を失うようだった。
 少なくとも21世紀の現代でも、ロボット、特に人型となるとまだまだサイエンスフィクションの領域を出ないものである。
 まず、介護用などの民生向けであれば意味がある人型も、戦闘機械として考えた場合は無駄が多すぎる。
 手足が長くても武器がたくさん持てるわけでもなく、関節部が多いということはそれだけ脆弱な駆動機構が露出することになり防御面で不利である。
 また2本の足で直立する姿勢は、車両型などに比べて前方投影面積が大きく被弾率も高まる。
 しかし、あのロボット──エグゼキューターは、そんなある意味では低レベルな技術的問題などまったく意に介さないような圧倒的な性能を見せ付けている。
 防御力にしても、厚い金属板や強化炭素繊維などを使った装甲に頼らなくても、エネルギーフィールドを張ることで砲弾でもミサイルでもレーザーでもビームでも防げる。
 エネルギーフィールドにより、構造強度をも増すことができる。それは機体の軽量化と、駆動機構の柔軟性を高める。
 また軽量な機体に大推力のブースターを組み合わせ、慣性制御装置が搭載されているので従来の戦闘用航空機のような荷重制限(現代の最新ジェット戦闘機で12〜18G程度)もない。
 さらに、人型のプロポーションは人間が操縦する場合、神経接続で肉体を繋ぎ替えることで複雑なレバーやスイッチなどを不要にする。
 計器類も必要ない。操縦に必要な情報は随時、パイロットの視覚野に投影される。
 真っ当に研究しようとすれば、人道的、倫理的問題などからとてもではないが実現は不可能だと、これまで考えられていた数々の技術を、エグゼキューターは実物を──開発者からしてみればお手本という形で──目の前に見せてくれる。
「電磁波ノイズ増大、レーダー画像が乱れます」
「おそらく攻撃を始めるつもりだ、甲板員は艦内に退避!消磁回路作動、レーダー素子は耐電磁波防御措置を取れ」
「了解」
 これほど離れた距離でも、指向性の高い強力な電波を浴びれば電子機器が破損する恐れがある。
 それでなくても軍事用レーダーの電波は直撃すれば人体を焼き上げてしまうほどの出力がある。
「レールガン発砲停止。しばらくあちらさんに任せるぞ」
 アロー艦長が艦首砲塔へ指示を出した7秒後、水平線上に雷鳴のような閃光が走った。
 大ダコの北側で隊列を単縦陣に組み替えていたミッドチルダ艦隊XJR級は、大ダコの真上に位置したエグゼキューターがその機体の表面全体から強烈な電撃を放つのを目撃した。
 高い電荷によって空気はイオン化し、酸素と窒素、それからアルゴンガスがそれぞれの原子に特有の蛍光を発して励起される様子が見える。
 細い稲妻のようなものが全周囲に放たれ、海面に触れるとそこの海水が爆発して弾ける。
 稲妻に絡め取られた大ダコ表面の肉塊が、体内の水分が沸騰するように弾けて破裂し、中身の体液を蒸気と共に撒き散らしながら飛び散る。
 大ダコはたまらず水中へ潜ろうとするが、それでも電撃は水中にまで飛び込み、海水ごと爆発させる。

81 :
「“ゼクター・サイクロード”……と、空間内の粒子をいちどに励起させる、電撃・粒子複合属性の広域殲滅魔法ですね」
 クラウディア艦橋で、ウーノが分析結果をコンソールからスクリーンに転送する。
 エグゼキューターの機体全体から放射される電撃は、ただの雷や電撃魔法とは違って電磁気力を直接空間に投入している。
 これを放たれると、効果範囲内にある物体はどこにも隠れられない。
 空間そのもののエネルギー量が瞬時に増大するので、空気、あるいは海水、もしくは真空であっても、対生成・対消滅サイクルが加速されてエネルギーがあふれ出す。
 特に大気中の魔力素をいちどに攻撃力に変換するという点で、非常な威力を発揮する。
 大ダコがひるんだ隙にXJR級、トライトン級からの砲撃が到し、大ダコ頭部の周囲を旋回していたビットが5基すべて破壊された。
 肉塊もほとんどが剥がれ落ち、大ダコはもはや丸裸である。
 エグゼキューターはさらに降下して大ダコの頭部に着地すると、右脚脛部のウェポンラックからハンドガンを取り出した。
 この銃はクラナガン中央第4区での戦闘でも使用された、7.62ミリ劣化ウラン弾を撃てる携行型レールガンである。
 加速レールの長さは16インチ、砲口初速は秒速90キロメートル以上に達し、非常な貫通力と、目標内部での弾頭変形による破壊力を併せ持つ。
 両足を広げて踏ん張り、ハンドガンを大ダコの頭部に当ててゼロ距離射撃を撃ち込む。
 発砲と同時に大ダコの頭部が瞬間的に膨れるように脈打ち、体内に突入した大重量ウランの弾丸が暴れまわっているのがわかる。
 この種の弾丸はいわゆるホローポイント弾と呼ばれ、目標内部に突入すると抵抗で弾頭がつぶれ、ランダムな軌道を描きながら目標内部を抉って進む性質を持つ。
 この特性から、特に大型生物に対して有効であり、体内の広範囲にわたって肉を引き裂く効果がある。
 通常のフルメタルジャケット弾が単に肉体を突き抜けるだけなら、体内には一直線の孔が開くだけだが、ホローポイント弾は肉体表面には銃弾と同じ大きさの孔が開くだけだが体内では非常に広範囲の肉や体組織が引きずられ、ちぎられる。
 それこそ7.62ミリ口径の機関砲であれば、人間用の銃器であれば対戦車ライフルに匹敵する大きさの弾丸であり、これで撃たれれば人間など一撃で肉塊と化す。
 さらに火薬で打ち出すのではなくレールガンで加速するので弾速が速く、大型機械や、建造物でも貫通してしまう。
 相手が物陰に隠れていても、遮蔽物の向こうにいる相手さえ撃ち抜けるのだ。
 大ダコは海中から触腕を振り上げて頭上のエグゼキューターを振り落とそうとするが、こちらも左手に同じく取り出したハンドガンで触腕を撃ち、近づけさせない。
 右手の銃で大ダコの頭を、左手の銃で周囲の腕をそれぞれ撃っている。
 プラズマ弾やレーザーはバリアで弾き返し、マイクロミサイルはパルスレーザーで撃ち落とす。
 頭部に銃口を密着させたハンドガンが撃たれるたびに、臓物を搾るように震える大ダコの体表から黒い墨のような体液が噴出し、海に散らばっていく。
 噴き出した体液は海水と混ざって、含まれている有機塩などと反応して粘性を増し、浮力が変化して大ダコは自重で沈み始める。
 体内の主要な臓器を破壊しつくされ、大ダコの動きが鈍くなったのを見届けるとエグゼキューターは2丁の銃をゆっくりと両脚のラックに格納し、飛行魔法を使って飛び立った。
 そのまま、反転してクラウディアへ向かう。
 通信でさらに、甲板への着艦許可を求めてきた。
 電波信号から復号された合成音声は、女性の声だった。
『着艦許可を求めます。これからわが機および貴艦はイギリスへ向かいます。間違いありませんね』
「艦長、われわれの作戦行動が!?」
 慌てて声に出す航海長をクロノは後ろ手で制した。
 40日前にミッドチルダを出航して以来、他のミッドチルダ艦との通信はしてこなかったはずだ。
 もちろん、相手はヴォルフラムと接触していたはずもない。
 クロノはマイクを取り、通信回線に声を送る。
「本艦の作戦内容は極秘である。貴機にはそれを知る権限があるか?」
『権限を持っています』
「担当将官の名を?」
 クロノの質問に、ウーノと通信士がすばやく視線を走らせ言葉を追う。
『聖王教会本部騎士団筆頭、カリム・グラシア少将です』
 クラウディア艦橋に、コンマ数秒かの視線の交錯が交わされる。クルーたちが互いに、疑問を表明しあい回答を待つ。

82 :
「──よろしい、了解した。貴機の武装はすべて待機状態にして格納せよ。着艦ポイントは後部ヘリパッドを使用されたし」
『わかりました』
 回線が切れる際のクリックノイズを最後に、クラウディアの発令所はしばし異様な沈黙に包まれた。
 エグゼキューターが念話回線を使用して送ってきた声は、なめらかなミッドチルダ語を話した。特に地方訛りもみられない、クラナガン首都圏の標準語である。
 聞き取った声を落ち着いて考えると、単語のアクセントには軍隊話法独特のものがあった。
 あれはミッドチルダの正規軍が運用している兵器なのか、搭乗しているのは軍人の操縦士なのか。
 マイクをスタンドに置き、クロノはゆっくりと発令所の下段へ歩いて降りた。
 ウーノが神妙に、しかし心配そうな表情をかすかに混ぜ、クロノを見つめている。
「ドイツ艦に発光信号を送れ。敵大型バイオメカノイドの沈黙を確認。引き続き警戒を続けよと」
「艦長、ここで“あれ”を本艦内に迎えるということはミッドチルダ艦隊に見咎められます」
「いずれ見せねばならぬことだ。エグゼキューターとはミッドチルダではなく管理局の力だ。
そして、現代の次元世界各国そして管理局はこの次元世界に、これまでの常識が通用しない力が存在するのだということを思い知る必要がある」
「ミッドチルダ海軍の抵抗が予想されますが」
「少なくとも第97管理外世界では向こうから戦端を開くことはできん。その瞬間にミッドチルダは地球からの信頼を失うことになる。
あの巡洋艦の艦長はそれを理解している。ミッドチルダ海軍司令部からの帰還命令を受けてなおこの海域にとどまっているということはだ」
 XJR級戦隊は、これも命令変更を受けていなければ、ミッドチルダ海軍に対する命令違反を犯した艦であるクラウディアの拿捕制圧をも命令されているはずだ。
 しかし、現状ではその命令を遂行することは困難である。
 事情を知らない地球人の目の前で、管理世界同士が戦うわけにはいかない。
 クロノは振り返り、発令所の上段にいるウーノに操艦の指示を与える。
「予告どおりイギリスへ向かう。目標はロンドン上空、針路2-7-0。エグゼキューターを収容し次第発進だ」
「はい──。甲板員、着艦作業用意。全艦警戒直を維持、各部署、交代で食事をとれ。機関部は魔力炉の点検を。エグゼキューターの着艦が完了したら知らせよ」
『こちらヘリ格納庫、了解しました副長。近くで見るとすげえイカしたロボですね』
 威勢のいい甲板員の声が艦橋に届き、クロノは士官用ジャケットを軽く揺すって笑みを見せた。
 つられて、艦橋にも緊張が抜け、それぞれがリラックスするようにため息を吐く。
「よろしい。航海長、巡航速度60ノットで航路を計算しろ」
「了解です」
 ひとまず、当座の危機は脱した。
 あとは軌道上のインフェルノをどう処理するか、また今回の戦闘で撃破されたミッドチルダ艦隊の艦と乗組員の処置をどうするかである。
 沖合いの海上ではあるが、夜が明ければイギリスやドイツ、フランスなどの救難艦が捜索にやってくるだろう。
 ミッドチルダ艦隊も、友軍艦を見捨てて撤退することはできない。
 大破して浸水しつつあるレパードは艦の放棄が決定され、乗組員が救命胴衣バリアジャケットを装着して最上甲板に集まり、ソヴリンから艦載ヘリが飛び立って救出作業を行っている。
 地球艦では、ソ連スラヴァ級は搭載していたヴルカーンミサイルをすべて撃ちつくし、反転してカリーニングラードのバルト艦隊基地へ帰投しつつあった。
 大ダコのプラズマ弾を受けたドイツザクセン級ケーニヒスベルクは被弾箇所が艦尾の非防御区画だったことが幸いし航行に支障は無く、自力での帰還が可能と見られた。
 トライトン級は引き続き海域に残り、クラウディアとミッドチルダ艦隊の監視を続けるようだ。
 ポーツマスで出撃準備を整えていたもう1隻は決戦には間に合わなかったが、事後処理と周辺海域の警戒のために出撃する。
 クラウディア後方の海面では、大ダコの体液と肉が溶けだして広がり、海面を粘つく糊のように変化させていた。
 大ダコは体内に海水が浸入して比重が重くなり、次第に沈降していく。
 海中では、まだ時折魔力光がまたたいているが、これもじきに弱まり消えるだろう。

83 :
 敵の脅威が弱まったことを見て取り、離れた空域で待機していた各国戦闘機も上空からの接近観測を始めた。
 これほどの巨大生物はかつて地球上では確認されたことがない。
 大ダコの頭部は直径が20メートル以上はあり、鉛直方向の長さは50メートル近い。触腕は海中深くに沈み正確な長さが見えないほどだ。この海域の水深では、触腕を踏ん張って海底に立つことさえできる可能性がある。
 地球上に生息するあらゆる生物でこれほど巨大なものはいない。ただの生物なら、水中でさえ自身の体重を支えきれなくなる。
 海面に浮き上がった体液は鉱物油とみられるオイルを含んでおり、この大ダコが改造された生物機械であることを示唆していた。
 イギリス海軍はポーツマスから出港するトライトン級イージス艦アヴェンジャーに救難艦と沿岸警備艇を随伴させ、オイルフェンスを張って大ダコの体液が拡散しない措置をとるよう手配をした。
 宇宙怪獣の死骸から、未知の有毒物質が漏れ出していないとも限らない。もし大ダコの体液が海流に乗って拡散すれば、漁業や海洋生態系への影響が憂慮される。
 またドイツ海軍でも、212B型潜水艦が曳航ブイを使用して水質の調査を行うことになった。
 西暦2024年初頭、早朝から北海はにわかに騒然としつつあった。
 大ダコの沈没地点は水深の浅いドッガーバンクの南端付近で、水上からの探査も容易とみられた。
 また、大ダコとの戦闘で撃沈された次元航行艦レパードも、サルベージ船による引き揚げが可能であるとイギリス政府の依頼を受けた海運会社が分析した。
 先行して海域に進出していたトライトン級イージス艦アローでは、乗組員の退避が行われているレパードの姿を光学望遠で捉えていた。
 宇宙を渡り地球まで何万光年も飛んでくることが可能な異星人の宇宙戦艦でも、敵の攻撃で沈没することはある。
 いかに異星人が優れた科学力を持っていても、人間のつくるものに完璧はない。
 レパードは傾斜がさらに増し、着水から15分後、艦首が完全に海面を離れて浮きあがった。もはや沈没は時間の問題と思われた。
「異星人たちの様子はどうだ」
「ロープのようなものを垂らしています、どうやら個人で飛行が可能な装置を携帯しているようです」
 暗視装置つき双眼鏡を構える航海長が答える。
 飛行魔法を習得している者は自力で飛び移れるが、そうでない者は他の飛行魔法が使える者につかまえてもらうか、救援艦から展開されるバインドで運んでもらうことになる。
 バインドは遠目に見ればロープのようにも見える。
「クラウディアが前方を通過します」
 アローの前方43キロメートルでクラウディアは西へ向かい、高度を1000メートルに上げて航行している。
 やがて、イギリス海軍司令部からの入電がアローに届いた。
 ミッドチルダ人を名乗る異星人からの正式な報告書がアメリカに届き、現在軌道上にある無人機動要塞“インフィニティ・インフェルノ”に、無数の宇宙怪獣、バイオメカノイドがひしめいているという事実が明らかになった。
 この機動要塞は地球だけでなく宇宙のあちこちの有人惑星に向け侵攻を開始しており、いかに異星人といえどもそれらのすべてに迎撃のための十分な戦力を割り振ることが難しい。
 よって、地球においてはアメリカやソ連をはじめとする先進各国の持つ宇宙兵器を最大限活用し、対処に当たってほしいという要望だった。
 打ち出された電文の感熱紙をくしゃりと握りつぶし、アロー艦長は海軍帽を取った。
 冬の北海は未だ夜が明けず、大ダコが撃破された海面はまだ、海底からほのかに放たれる魔力光によって緑白色に浮かび上がっている。
 夜明けまでまだ、6時間はある。
 大ダコの体内に含まれていた油は海面に浮き上がっているが、それ以外の体液は海底に沈んだものもある。
 これらはすぐに海流によって流され、オランダ沿岸方面へ広がっていくだろう。
 海洋汚染、また、この体液が地球に存在しない物質であったら。
 上空からのタイフーンIII戦闘機による観測では、主な成分は炭化水素、アルカリ土類金属を主体にした無機塩、アミノ酸などであるが、特に、周辺海域の放射線強度が上がっている。敵の宇宙怪獣は放射能を帯びている可能性がある。
 軍艦では特に対NBC性能が重視されるため、このトライトン級にも放射線検出器が積まれている。
 それによると、主に発せられているのはγ線で、これは特に異星人が用いる魔力と呼ばれるエネルギーから多くが発せられる。

84 :
 北アメリカ航空宇宙防衛司令部──NORADの分析では、異星人が呼ぶところの魔力とは地球においてはポジトロニウムと呼ばれるエキゾチック粒子であり、惑星大気圏内を含めた宇宙のあらゆる空間に普遍的に分布している。
 この非常に寿命が短く微弱な粒子からエネルギーを取り出す技術を異星人は持っている。
 これに伴って異星人の扱ういわゆる魔力兵器や魔力エンジンは主な排気として光子(フォトン)を出し、それは魔力光と呼ばれている。
 その中にはγ線も含まれる。ただし、対生成サイクルでそのエネルギーはほとんど消費される。
 北海で放射線強度が上がったという観測データがマスコミの知られるところになれば、おそらく朝方のニュースはどこの国の放送局も大騒ぎになるだろう。
 やれアメリカの原潜が沈没した、ソ連が核魚雷を撃ったなどである。
 実際には、魔力兵器から観測される電磁波のスペクトルは核兵器とはまったく異なっている。
「ご苦労なことだが──我々も、このまますんなり港に帰れるとは思わない方がよさそうだ」
 航海長は海図に各国艦の位置をプロットし、ミッドチルダのXJR級が着水した地点にペンでバツ印を書き込む。
 あの様子では、おそらくもう30分ももたずに沈没するだろう。
「あの宇宙怪獣はバイオメカノイドというのですか」
「そうだ。例によって、米軍と──それからMI6はもう何十年も前からその情報をつかんでいた。しかし今回、ホンモノのエイリアンが地球にやってきて、いよいよ隠しきれなくなったというわけだ」
「クリステラ議員が後押ししているという例のM機関が関連していると」
「そんなところだろうな」
 エグゼクター工廠は政府筋の人間にはM機関という俗称で呼ばれている。
 MはMagical(魔法のような)の頭文字であると同時に、最新宇宙論のひとつであるスーパーストリングス理論のバリエーション、「M理論」とのダブルミーニングでもある。
「だとすると厄介なことになりますね……。わが国ではUFOの存在を公式に認めてしまっています、他のユーロ諸国からの追及が向けられるでしょう」
「それを狙う勢力がいるということだ。グレアム元提督の死に不審な点があり、アメリカからはるばるFBIが大所帯でやってきているという事実はそれを裏付けている」
「しかし、海の上からでは陸の出来事には手が出せません」
「われわれにできることは地球に降りてくる敵を排除することだ。このトライトン級ならそれが可能だ──もちろん、エグゼクターがわれわれの戦力になればなお心強い」
「アメリカが了承しているのでしょうか、それは」
「いずれにしても地球の代表は、少なくともアメリカが自任するような役目ではないよ」
 米英の微妙な関係が、アロー艦長の言葉からは見え隠れしている。
 かの有名なロズウェル事件をはじめ、20世紀後半のエリア51など、アメリカ合衆国という国では世界有数の人的・物的資源を基盤にした強力な開発リソースを生かし、数々のオーバーテクノロジーを回収復元してきた実績がある。
 政府と強力に結びついたボーイングやロッキード、ノースロップ・グラマンなどの軍需企業は私設軍隊(アメリカにおいては企業が独自の警察機構を持つことが認められている)なども編成しての大掛かりな支援体制を敷き、地球外由来の技術を研究してきた。
 SR-71やF-117、F-22などのステルス戦闘機、X-47などの無人戦闘機にそれはフィードバックされている。
 そして現代、米空軍は試験戦闘機X-62を異例の実戦出動を行い、その作戦遂行能力が異星人や宇宙怪獣を相手にしても通用するということを確かめた。
 片やイギリスでは、ユーロ連合の足並みをそろえる調整の都合から一国だけ飛び出たような立ち回りはできず、各国が互いに足を引っ張るような状況が続き技術革新は停滞していた。
 もし本気で国力をつけようとするなら、それは連合などという横並びではなく、強力なトップダウン方式で優れた指導者が多くの組織を引っ張り、運営していかなくてはならない。
 それはアメリカという国、そして遥か宇宙の彼方で次元世界を支配しているというミッドチルダがその証明となる。
 ただどちらにしても、ロンドンの内閣では、アメリカの下にコバンザメのように張り付いていき権益を確保しようという、ある意味では小物的な考えがはびこっているのも事実ではある。
 現在のイギリスの国力を考えた場合、単独でソ連やアメリカと渡り合うことは不可能だ。
 これまでどおりのNATOの枠組みの中で立場を作っていく必要がある。

85 :
 そうなったとき、現在の地球上において最大最強のオーバーテクノロジーであるエグゼクターがイギリス国内にあるという事実は有利な切り札になる。
 このカードを生かすためにグレアムの力が必要だったが、それは失われてしまった。
 事件そのものについてはアメリカが捜査を行っているが、これが純粋に犯人を探し出すためなのか、それともアメリカの自作自演なのか──は、外部の、殊更に一介の艦長レベルまでは、情報がおりてこない。
 アメリカとイギリス、それぞれの政府が水面下で手を握っているのが事実だとしても、それによって現場の艦に送られる命令というのは変わらない。
 ただ攻撃してよい目標と攻撃してはならない目標が振り分けられるだけだ。
 それがなぜ攻撃してはならないのかということは、よほどのことがなければ説明はされない。
 イギリス領空に接近しつつある異星人の宇宙戦艦に対し、迎撃を行う許可はされていない。
 クラウディアおよびミッドチルダ艦隊XJR級戦隊では、停泊地としてイギリス本土内への着陸許可を申請した。
 いかに次元航行艦といえどもずっと海の上で飛びっぱなしというわけにはいかないし、作戦行動のためには補給が必要である。またクラウディアの場合はエグゼクター工廠へ向かう必要がある。
 10分ほどのやり取りで、ロンドン郊外にあるブライズ・ノートン空軍基地への着陸許可が下された。
 クラウディアはロンドンの市街地上空を避け、南側の田園地帯上空を通過する。
 速度は通常の航空機よりもかなり遅く、騒音を抑えた低速巡航だ。やや距離をとってXJR級3隻が続く。大ダコとの戦闘で沈没したレパードの救助活動のため1隻を北海に残し、残りの3隻がイギリスへ移動する。
 夜が明ける頃──日本では日が暮れる頃──、海鳴市における墜落艦の救助活動を行っている航空自衛隊小牧基地にも、ロンドンにいるエリオ、N、ウェンディからの連絡が届いた。
 イギリス時間で朝の8時なら、日本はその頃夕方17時である。
 デビッド・バニングスは今回のUFO襲来事件に伴い、アメリカから日本に移動してきていた。
 自分の会社であるバニングス・テクノクラフトの業務そのものは、海鳴市にある邸宅でも行えるように、エイミィ・ハラオウンによる手配があった。
 彼らハラオウン家については、18年前の当時から娘であるアリサ・バニングスとの交友があった。
 その関係からデビッドも彼らが所属している異世界については断片的ながらも見聞があり、その結果、今回の異星人たちとの窓口役を、アメリカ政府および日本政府から依頼されることになった。
 もちろん拒否などできないし、少なくともこの時点ではデビッドには拒否しなければならない理由も見当たらなかった。
 エイミィは普段どおりに振舞っていたし、彼女の息子、娘も元気にしていた。
 ハラオウン家の案内で日本政府との連絡チャンネルを設置したデビッドは、現在海鳴市北側の森林地帯に墜落したヴァイゼン海軍所属の次元航行艦の乗組員たちが、海鳴市内に避難していることを伝えられた。
 その移送について、海鳴市上空に待機しているヴァイゼン艦隊の旗艦チャイカへの収容作業が行われている。
 ヴァイゼン艦の乗組員たちは、惑星TUBOY上空での戦闘で、次元間航路から飛び出してきた無人小型艇を発見していた。
 次元間航路から飛び出してきた無人機、という言葉で、デビッドはすぐにその正体を察した。
 この無人機の機体を製作したのはバニングス・テクノクラフトである。
 搭載した観測機器はアメリカの各種機関から持ち込まれたものだが、それらを収める筐体はデビッドの会社で製作された。
 機体性能は、次元間航行──いわゆるところのワープ航行に耐えるよう設計されている。
 ボイジャー3号は、ウラヌスの槍ゲートを通過した際、異常な重力輻射を観測していた。
 逆二乗の法則に当てはまらない急激な減衰と増幅をした重力波が観測され、これこそが、次元の壁に開いた穴であり、ブレーンワールド理論およびスーパーストリングス理論が予言する超高次元空間によってできたトンネルであると示された。
 この次元の穴を制御することによって、宇宙のあらゆる空間を、一瞬のうちに行き来することができる。
 そして現在地球を訪れている異星人の宇宙戦艦は、この技術を用いて外宇宙航行を行っている。
 異星人たちはこの技術を次元間航行と呼んでいる。
 デビッドは再度この機体、ボイジャー3号のスペックと、NASAから送られた観測データをエイミィに改めてもらい、ボイジャー3号が確かに次元間航行を行ったことを確認した。

86 :
「デビッドさん……この探査機は、まだ信号を?」
 エイミィはかすかに慄くような口ぶりで尋ねた。
「そう聞いています。NASAでは、そのように」
「トルーマン主任ディレクターが」
「はい」
 シェベル・トルーマンの名前は、FBIフォード捜査官を経由して管理局にも伝わっていた。
 アメリカがこの第2次ボイジャー計画をスタートさせるためには、管理局の了承を得る必要があった。
 この探査計画により、未知の次元世界に遭遇することになるのは管理局も同じである。
 結果としてほぼ時期を同じくしてガジェットドローン#00511とボイジャー3号は第511観測指定世界に到達し、それぞれの世界に新たな未知の世界の存在を知らしめた。
 地球人類にとっても未知の世界であり、そして次元世界人類にとっても未知の世界であった。
 エイミィは、クロノからは次元航行艦隊での任務についてはほとんど知らされていなかった。
 軍人は、任務上の機密事項についてはたとえ家族であっても漏らしてはならないとされる。
 アメリカの軍事産業に携わる人間として、デビッドもエイミィの立場を理解することはできる。自分も、娘であるアリサに明かしていない事柄は数多い。
 自分の会社がどのような製品を作っているのか、それはどこへ出荷されどんな目的に使われるのかなど。
 次元世界という、地球ではない別の星の住人であっても、そのような組織に所属していれば、さまざまな人間に対しさまざまな秘密をもたなければならなくなることは、いくらでも起こりうる。
「現在私たちの身柄はCIAの監視下にあります」
 デビッドはそう告げた。
 海鳴市において、権益を持つのはアメリカもイギリスも同様だ。
 イギリスは、かつて高町士郎が仕事を請けていた上院議員アルバート・クリステラが主導するM機関に関連する計画で、海鳴市に研究機関を設置している。さらに、民間軍事企業の社員、すなわち傭兵を常時派遣している。
 また、アメリカの持つ権益といえばデビッド・バニングスその人がそうである。
 彼が日本で持っている各業界や企業とのコネクションはそのままアメリカのものとなる。デビッド自身、アメリカに戻り宇宙関係のプロジェクトに携わるようになってそれを実感した。
「地球は管理世界を認知していると──」
「──そしておそらくは、あなたがたが思っているよりもずっと早くに、です。
あなたがたの部署、管理局において、グレアム氏なる人物が要職に就いていたのであれば、当然、彼があなたがたの組織に参入するにはこちらの政府の人間がそれを後押ししているはずです」
「管理局はすでに地球とのコンタクトをとっていたということです……ね」
 確かめるように、エイミィは言葉を口に出す。
 エイミィも、クロノと結婚してハラオウン家に入り、管理局にも長年勤務しているとはいえ、元々は艦船勤務の水兵であり、政治部へのつながりは薄い。
 業務主管たるリンディが本局に戻っている間、管理局の第97管理外世界に対するアクセスは手薄になる。
「リンディさんはいつお戻りに」
「艦の手配が出来次第すぐにと聞いています。今、ミッドチルダ政府とも管理局は交渉を行っています。
次元世界連合は正式に第97管理外世界へコンタクトを取る、と」
「それはこれまでとはまた違う、オフィシャルなものと」
「そうです」
 軍備相互管理条約との絡みから、かつてのPT事件、闇の書事件でも管理局は正式な介入が困難だった。
 ややもすれば独断で艦隊を送り込みかねないミッドチルダやヴァイゼンを抑えるには、事件の発覚そのものを遅らせるしかない。
 結果としてギル・グレアムによる独自作戦を行うことになっていた。
 これについては、リンディが指揮するアースラはほとんど捨て駒として使われたようなものである。
 もっと簡単にやるならば、LZ級を1隻借り出し、同級の装備する強力な結界魔法で闇の書を押さえ込んでハッキングと無力化をおこなうこともできたかもしれない。
 しかし所詮はたらればである。いつも必要なときにほしいだけのリソースがまわせればいいが、現実はそうもいかない。管理局やミッドチルダにある艦艇の数は限られているし、また魔導師の数も限られている。
 さらに事件にかかわる情報を理解し対処を行える人間、逆説的に言えば事件にかかわる情報を教えてよい人間となるとさらに限られてくる。

87 :
 実質的に、現場に向かい対処を行うことができたのが、リンディ、クロノ、ユーノそしてなのはとフェイトだけということに、結果的にはそうなってしまった。
 新暦65年12月、リンディ・ハラオウンは日本政府に対し接触を図った。
 ロストロギア『闇の書』の復活に伴い、海鳴市周辺で大規模な戦闘が起こる可能性が高い。よって、アースラの使用する大規模結界に対する処置を周辺自治体に依頼する。
 ルートとして、高町士郎が仕事を請けたことのある政治家周辺から官営の研究所、防衛省技研、さらに内閣情報調査室を経由して話を通していった。日本としても海鳴市は重要な先端技術研究の拠点であり、ここが各国の諜報戦に利用される可能性は考慮していた。
 たださすがに異星人までもが絡んでくることは想定外だったようで、取り急ぎ、近海に護衛艦を待機させ上空の監視衛星を避難させることにした。
 日本が研究していたのは、ヒトの遺伝子に含まれる未使用のコードから超能力を使用可能にするものを見つけ出すことである。
 いわゆる古代核戦争説、古代宇宙飛行士説に基づけば、現代の人類とはいったん高度科学技術文明を築いた後、何らかの理由で原始時代まで後退し新たに文明を再開発してきたことになる。
 日本に限らず世界各地の古代遺跡で、前触れ無く突如高度文明が出現したようにしか思えない発掘物の存在は、国家レベルでの秘密研究を行う動機として十分であった。
 内閣情報調査室──いわゆる内調は、日本国内における中国系の違法地下組織の暗躍を特に問題視していた。彼らが、各国から人間を実験体として拉致し日本国内へ持ち込んで超能力開発を行っていたからである。
 リンディの進言により、日本における超能力──すなわち魔法技術開発に、管理局がバックアップを行うことが同意された。
 これに基づき日本政府は闇の書の観測体制を整え、JAXAは退避させた衛星のカメラを海鳴市上空へ向け、海上自衛隊護衛艦は万が一に備えて全兵装の起動準備をした。
 新暦65年──西暦2005年、12月24日深夜、海鳴市上空で管理局所属艦アースラは闇の書の防衛プログラムに向けて次元破壊波動砲『アルカンシェル』を発射し、これを殲滅した。
 このときの空間歪曲と反応消滅に伴う重力子波動は日本だけでなく世界各国の天文台、観測施設で検出された。
 日本はただちにこれを分析し、異星人──管理局の持つ技術を解明し開発していく体制に入った。
 管理局としても、いかに緊急避難としてであっても管理外世界に魔法技術を流出させたと指摘される可能性があるため、地球における魔法技術開発はあくまでも地球──第97管理外世界独自のものとして扱う必要があった。
 管理外世界が独力で魔法技術を開発するならば何の問題もない。
 その後で、次元世界連合への加入を依頼する形になる。
「先月のロンドンでの爆破テロ事件で、グレアム氏は亡くなられたと聞きました」
「ええ。私たち管理局でも捜査は行っています」
「次元世界の人間が仕組んだものではないと」
「民間企業の──企業警察などの人間が絡んでいる可能性があります」
 エイミィとしても、たとえ民間企業であっても管理世界の人間が、国交のない管理外世界の人間に被害を与えたという事件は口に出すことを憚られるほど、心を痛める。
「グレアム氏はあなたがたの星でも著名だったのですか」
「次元航行艦隊──こちらでいう国連軍のような組織です──艦隊の立役者といわれていました」
「外国出身の人間がその国の主要なポストに就いたということですか」
「おおむねそんなところです」
 ミッドチルダの人種観はどのようなものだろうか、とデビッドはしばし思案した。
 デビッドの出身国であるアメリカは元々植民地から独立した移民国家で、ひとくちにアメリカ人といってもさまざまな地方の出身者がいる。
 他の国のようにもともとそこに住んでいた人間が作った国ではなく、他の地方から移り住んできた人間が作った国である。元々住んでいたのはいわゆるネイティブアメリカンと呼ばれる原住民族だ。
 たとえばデビッドはイングランド系移民の子孫で、バニングス家は20世紀はじめ頃にイギリスから移住して会社を立ち上げ、代々実業家として今に至る。
 他にもドイツ系、ギリシア系、スペイン系、フランス系、アフリカ系など、さまざまな国から移り住み、アメリカ人となった国民がいる。

88 :
 ミッドチルダでは、いわゆる“ミッドチルダ人”と言った場合、ミッドチルダという惑星で生まれた人間をさす。同じ第1管理世界内でも植民惑星となるとやや事情が異なるが、ミッドチルダで生まれた人間は自動的にミッドチルダ人となる。
 そして、他の次元世界から移り住んだ人間でも、比較的、ミッドチルダ国籍を取得することは容易である。
 次元世界文明の中心地であり、能力のある人間ならば誰でも、どんな出自でも活躍できるという風土がある。
 ギル・グレアムのように、他の次元世界出身であっても、公的機関などに就職することが可能である。
 日本のような国籍条項はない。
 しかし逆にレジアス・ゲイズのように、ミッドチルダから管理局に出て行った後でミッドチルダに対して影響力を持とうとしても、なかなかミッドチルダ国民の理解を得にくいという側面もある。
 時空管理局は国際特務機関であり、建前上はどこの次元世界にも属さないため、たとえばミッドチルダ出身で管理局の直属組織に入ると、たとえ勤務地がミッドチルダの地上にあったとしてもそこは外国であるということになってしまう。
 レジアス・ゲイズが管理局地上本部で活躍しそれでも各関係機関からの賛同が得られにくかったのは、ミッドチルダとしてやるならいいが管理局では……という、ある種の身内びいきが働いていたということは否めない。
 たとえ地上でずっと働いてきていても、その建物のゲートを一歩くぐればそこは管理局のエリアでありミッドチルダではない。
 一般職員たちの間でも、そんな意識はあった。
 八神はやてやゲンヤ・ナカジマが抱きつつも思うように口に出せずにいた、ミッドチルダならではの問題である。
 アメリカでは、過去にも黒人大統領が当選したこともあるし、家系がどこの国の出自であってもアメリカ人であるならば社会的な制限は課せられない。
 ただしそのための条件として、アメリカという国のために働くことが必要になる。
 アメリカという国で受け入れられるためには、国民一人ひとりが力を合わせて運営しているアメリカという国に、自分も加わることが必要である。
 デビッドももちろんそれは受け入れていたし、日本で業務を展開していてもそれはアメリカで利益を社会に還元するためだと思っていた。
だからこそ、NASAからのオファーを承諾したし、それにしたがってボイジャー3号を製造した。
 ミッドチルダでもそのあたりの感覚は比較的近い、とエイミィは話した。
 ミッドチルダでは、能力のある人間は積極的に社会貢献をすべきであるという考え方が広まっており、結果として、管理局はさまざまな世界からの人材のスカウトを行うことがある。
 ギル・グレアムはもちろんのこと、八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサもそうである。
 ユーノ・スクライアも、元々は辺境世界の少数民族出身だがその能力を買われて管理局に勤めている。
 確かにアメリカは、ある種の寛容さと排他性を併せ持っているのは事実だ、とデビッドは答えた。
 そしてそれはミッドチルダでも同種の問題を抱えているだろう、ということも理解した。
 エイミィも、デビッドの指摘は重々承知しているところである。
「私たちがやらなければならないのはお互いが誤解を生まないように正しい情報共有を行うことです」
「同感です。ミッドチルダ政府側からもよい感触を得ていると、リンディ統括官から連絡が届いています」
 仕事の場では、エイミィもリンディのことを母親としてではなく上司として接する。
 リンディとレティが話し合ったミッドチルダ政府のアンソニー・カワサキ国務次官は、ミッドチルダ政府の統一見解を出すべく現在政府に戻り各方面との交渉を行っている。
 いずれにしても時間がないため、現在地球に進出している管理局、ミッドチルダ、ヴァイゼンの艦はそれぞれ連絡を取り合い、互いの協調をとることが必要になってくる。
 互いに出し抜こうとしても、それは往々にして良い結果はもたらさない。
 デビッドもまた、自分がこうしてエイミィと話し合った内容を、アメリカ政府へ伝えなくてはならないと思っていた。
 それはアメリカ国民としての義務であるし、また地球人の一人としてなすべきことである。

89 :
 クラウディア艦内に収容されたエグゼキューターの機体は、手足を折り畳んだ格納状態に変形して艦載ヘリ格納庫へ入った。
 間近で見ると、通常の金属素材に比べて非常に表面が平滑で、鏡面仕上げのように光の反射の強い材質に見えた。
 これは通常の冶金で作成された鋼材ではなく、インテリジェントデバイスと同じように魔力で形成された金属原子の塊であることを示している。
 機体誘導を担当した甲板員は、エグゼキューターの機体表面から発せられる強い魔力を感じ取った。
 戦闘魔導師クラスの魔力資質がなくても感じられるほどの強烈な魔力である。
 たとえば電子機器が発するオゾン臭のように、漏れ出る強力な魔力残滓は周辺空間のイオン濃度などに影響する。
 XV級巡洋艦の格納庫はエグゼキューターの繋留設備を持っていないので、機体は両肩と背部の主翼桁部分に当て布をかぶせた上でワイヤーケージにより固定する。
 やがて胴体部分のカバーが開き、転送魔法の魔法陣が機体上部に現れる。この機体は乗り降りに転送魔法を使用する。
 巡航状態に入ったため、クロノは艦の当直をウーノに任せ、格納庫に来ていた。
 機体から降りたエグゼキューターのパイロットは、バリアジャケットを解除し、その容貌があらわになる。
 橙色のセミロングストレートの髪が流れ、その体格、身長は女性のそれであった。
「次元航行艦隊の在籍名簿には載っていないな」
 クロノが先に声を掛けた。
 他の作業員たちは機体を繋留する作業をしている。
「所属と名前を」
「時空管理局本局調査部選抜執務官、ティアナ・ランスター三等空尉です」
「ランスター三尉は既に除籍されているはずだが」
「昨年12月7日に再配属されました」
 クロノは改めて、ティアナの姿を下から上まで改めて見やった。
 管理局執務官の通常制服であり、襟章も間違いなく三尉のものである。
「ロンドン郊外のイギリス空軍基地へ到着するまであと2時間ほどある。貴官が本艦に搭乗することは作戦指令に含まれているか」
「はい」
「それは聖王教会の意向が?」
「はい」
「貴官は本艦の任務を知っているか」
「カリム・グラシア少将より受領し、閲覧しています」
 ふむ、と腕を組み、クロノはあごに手を当てた。
 今、二人の目の前にあるエグゼキューターの機体は正しく本物の実機であり、これは複製や偽装などできないものである。
 また実際に敵大型バイオメカノイドを撃破した戦闘力は、従来の魔力戦闘機や装着型デバイスでは発揮不可能なレベルだ。
 もっともクラウディアも昨年11月末の出航時点で持っていた情報では、エグゼキューターの実機が完成したとは知らされていない。ただ、カレドヴルフ社を初めとする多くの企業が管理局に納入した機材の目録から、ある程度の推測は可能であった。
 クロノは当初より、クラウディアにエグゼキューターを擁しこれを第97管理外世界へ持ち込む算段であった。
「よし。それでは今後の作戦方針を協議する、15分後に艦長室へ出頭してくれ」
「わかりました」
 ティアナはクロノに従い、格納庫を出て行く。
 クラウディアを含むXV級の艦内配置では船体中央部のCICを中心に、上部に航海艦橋、戦闘艦橋、防空指揮所、前方に居住区画、後方に機関室と格納庫を配置している。
 中央通路はCICの上側を通過しており、艦内を行き来する場合は中央のロビーを経由することになる。
 艦内の明かりに照らされて、クロノはティアナの姿を改めるが、特に不自然な様子はない。

90 :
「『アエラス』について報告が必要ですか?」
「頼む」
「了解です」
 ティアナの口調は、抑揚を抑えた丁寧なものだが、以前の彼女を知る者ならば不自然さを感じられるだろう。
 元々生真面目な性格ではあるが、それでも年頃の若い女性らしい元気さがかなり抑えられ、冷たい印象を残している。
 航海士に当直を引き継ぎ、クロノとウーノを含むクラウディア幹部要員は艦長室へ集合した。
 末席にはティアナもいる。
 エグゼキューターの機体はエンジンを切って格納状態にセットしており、この運用方法はSPTと同様である。これについては、元々SPTの中の一機種であるという。
 ティアナ自身が持参したメモリーペンから、カレドヴルフ社発行の技術仕様書(テクニカルシート)が開示された。
 同社はSPTの完成形として、エグゼキューター系列の機体を既にテープアウトしており、ミッドチルダ海軍と管理局技術部にはすでにサンプル出荷が行われている。
 これは既に納入が開始されているSPTがデチューン版であるならばフルスペック版ともいうべきものであり、ヴォルフラムに配備されたものを含めて、封印された機能の有効化を行えば直ちに最大出力での起動が可能である。
 エンジンもまた、主要動力は生体魔力炉のために非常にコンパクトであり、すべての機種で少なくとも180億以上の魔力値の発揮が可能である。
 これば大型戦艦や最新型打撃巡洋艦に匹敵する容量である。もちろん、生身の魔導師とは比べるべくもない。
「さて、既に諸君らも承知のとおり本艦は第97管理外世界へ進出、現地国家イギリス政府と接触をはかることに成功した──イギリスはかのギル・グレアム提督の出身国である。
今回のバイオメカノイド出現事件──これはミッドチルダおよび管理局が共謀し起こした事件だ──この事件の対処において、我々は次元世界人類に対し、従来の次元世界に対する認識を改めるよう促していく。
次元世界は広大であり、そしてこの世にはミッドチルダの想像力の及びもつかないような存在がある。
次元世界人類が真に宇宙の覇者たることを望むならこの戦いは避けて通れない。そして同時に、現在のミッドチルダと管理局ではこの戦いに勝てない。
そのために我々が、この次元世界宇宙の真実を知らしめ、意識の改革を図っていく必要がある。
──本艦はそのために第97管理外世界に進出し、そしてこの世界が持つ力をミッドチルダに対し認識させる。これは次元世界にとっても、第97管理外世界にとっても必要な試練だ」
 ウーノも、航海長以下各部署の長も、神妙にクロノの話に傾注している。
 ティアナは手を膝に置き、黙ってクロノを見つめている。
「ミッドチルダは第511観測指定世界の探査において本艦を用いることにより、管理局への影響力を示せると考えた。
ミッドチルダは依然として次元世界連合のリーダーを自認しており、またこれに基づいて管理局不要論を唱える者も数限りない。
今回の事件で、本艦を追うために管理局はLS級艦船ヴォルフラムを差し向けた──管理局が独自にこれを決定したのならば、管理局は未だ独立を保ち、はっきりとした意志を示しているといえる。
逆に、ミッドチルダが管理局に対しヴォルフラムを送り込めと指名していたのなら、管理局は次元世界の反管理局勢力が指摘するように、ミッドチルダの走狗と成り下がったことを意味する」
「八神艦長に、そこのところは確認を?」
 機関長が手を挙げて質問した。
「いいや。これは八神艦長自身が、そして彼女の下にいる者たち、彼女を指揮する者たちが自身で気づかなければならん。
そうでなければ彼らは永遠に自らの足枷に気づかないままだろう」
 クラウディア幹部たちは、この航海にかけるそれぞれの思いと決意を確かめるように表情を引き締めている。
 JS事件やEC事件を経て次第に明らかになってきた、管理局に対するミッドチルダの態度は、この次元世界連合の運営において管理局はもはや邪魔者であるというものだった。
 ロストロギア“ゆりかご”の浮上に際して、ミッドチルダ海軍はほとんど目立った動きを見せなかった。
 クラウディアを含む管理局所属のXV級と、たまたま整備のためにクラナガンにとどまっていた数隻のXV級が出動したが、外洋に出ていた他の艦はまったく動かなかった。
 もちろん哨戒線に穴を開けるわけにはいかないものであるが、それでも艦の融通をきかせようとしたそぶりすら見せなかった。

91 :
 現在の次元世界においては、ミッドチルダはロストロギアを軽視している。
 これはJS事件に先立ち、学術研究目的で貸し出されたジュエルシードの1個が紛失したという事件でも明らかになっている。
 ミッドチルダとしては、ジュエルシードの1個程度は所在が不明でも問題ないという考えである。
 たとえ1個のジュエルシードが暴走したとしても被害は局地的で限定的なものであり、またミッドチルダの戦力ならばそれをすぐに鎮圧できるという計算である。
 実際、レティやリンディなどが考えるように、現代の管理局の力では次元世界の紛争調停という本来の任務を遂行することがもはや難しくなっているということは次第に実感されつつある。
 PT事件や闇の書事件などでも、ごく限られたリソースで対処を行わなければならなかった。
 ミッドチルダも、10数年前当時の時点ではまだ第97管理外世界との接触が公にされておらず、下手に手を出してやぶへびになってしまうよりは管理局にすべてを押し付けたほうがいいと考えた。
 現代では、管理局の組織そのものが形骸化しつつある。
 かつての次元間大戦からの復興という意味ではそれはよいことであり、各世界がそれぞれ独立して運営していけるのならそれはそれでいいのかもしれない。
 しかし、ミッドチルダは管理局の存在を、旗印、大義名分として利用しようとしている。
 すなわち、紛争調停を名目に他の次元世界へ介入することである。
 オルセア程の大国ともなれば、介入を拒否するとはっきり明言もできるが、実際にはほとんどの中小次元世界はミッドチルダかヴァイゼンのどちらかの下につかなくてはやっていけないという状況である。
 次元世界間の交易が発達し大規模な経済活動や人の移動が次元をまたいで行われている現在では、ひとつの次元世界で孤立することは事実上、民族としての消極的自を選択することを意味する。
 いずれ人もいなくなり、経済が縮小し、文明は後退していくだろう。
 ミッドチルダとヴァイゼンによる、次元世界を二つに分けての冷戦構造は、ここ数十年間の次元世界の枠組みとなってきた。
 しかしここにきて、その根幹構造を揺るがす事態が起きた。
 第511観測指定世界と、そこに棲息するバイオメカノイドの存在である。
 これまで、ミッドチルダ・ヴァイゼン両国とも、互いにこの次元世界には自分たち人類よりも強力な存在はいないという前提のもとに魔法兵器の開発と配備を行ってきた。
 両国が次元間航路や虚数空間などに配備している次元潜行艦やその搭載する次元破壊弾頭である。
 これらは第二次報復用兵器として配備され、両国間の最終戦争が起きない限り実際には発射されることのないものである。
 現在、ミッドチルダ海軍が保有する最大の戦略次元潜行艦VG級の場合、主兵装として“ハヤブサ”次元間弾道ミサイルを96基搭載し、これは弾頭としてDB7次元破壊爆弾を1基あたり256発内蔵できる。
 射程距離は実数空間換算で75億光年に達し、次元間航路に潜行した状態からほとんどの次元世界を射程に収めることが可能である。
 その破壊力は人間が居住可能なスケールの恒星系を一撃で消滅させるとされる。
 ミサイル本体の発射実験、そして実弾を使用した爆発実験は銀河からも離れた、外宇宙に近い球状星団内部で行われた。太陽の数十倍の半径を持つ赤色巨星表面へ発射したとき、空間歪曲によって質量バランスを崩して超新星爆発を起こす現象が観測された。
 反応消滅によって欠損した質量の大きさは、周辺時空にも無視できない影響を及ぼす。恒星どうしの重力の釣り合いを崩し、周辺の何十光年もの範囲にある星たちが勢いをつけて動き出す現象も観測された。
 これらの大規模破壊兵器は、星団や銀河の形が変わってしまうほどの影響を残した。
 現在でもこれらの爆発実験が行われた跡は望遠鏡で見ることができ、いびつに歪んだ渦巻き銀河の姿は質量兵器廃絶へ向けた精神を広めるためとして学校教育や市民団体の講演でもたびたび引用される。
 ひとつには、この次元破壊爆弾の実験によって、これまで考えられていなかった天文現象が観測されたことが、第511観測指定世界の発見につながった。

92 :
 従来の物理学では、あらゆる物理現象の伝わる速度は光速(およそ秒速30万キロメートル)を超えることはないとされてきた。
 化学燃料ロケットのみならず反動推進や慣性制御装置、他のどんな推進システムを使用しても光より速く飛ぶことはできないとされた。
 そのために次元間航路を利用したワープ航法が開発され、次元世界の行き来に使用された。
 しかし観測技術が進歩し、実際に移動している次元空間や虚数空間を観測できるようになってくると、これまで信じられていた物理法則の一部が、場合によっては成り立たないことがあるということが明らかになってきた。
 アルカンシェル弾頭や次元破壊爆弾などの次元属性魔法を使用した場合、空間歪曲と反応消滅により重力波が発生する。
 従来の統一理論に基づけば、この重力波の伝播速度は光速と同じである。
 つまり、ある場所で爆発させた次元破壊爆弾の影響が30光年離れた星に届くには、30年かかるということである。
 しかし実際には、周囲の少なくとも100光年スケールの範囲内で、爆発と“同時に”次元破壊爆弾の余波を受けて吹き飛ばされる星の姿が観測された。
 爆発に伴う光はもちろん到達していない。しかし重力波は先に観測された。
 重力波の伝播速度が光速を上回っているのかと当初は議論されたが、あらかじめ観測用オートスフィアを一定間隔に並べて検出しようとしても、計測される重力波の伝播速度はきっかり秒速30万キロメートルで、理論どおりの結果となった。
 この現象の実体とは、これまで考慮されていなかった“超高次元”の存在が影響を及ぼしたものである。
 すなわち、重力子(グラビトン)は超高次元を経由して瞬時に伝播していき、周辺の実数空間に漏れ出して、光よりも速く伝わっているように見えていた。
 次元空間の実際の姿は、これまで人類が目にしてきたものとは大きく異なっていた。
 次元世界とは、文字通りの別の宇宙ではなく、実際にはひとつの宇宙の別の領域であった。
 それはすなわち、どんな次元世界からでも、人類が未だ知らない次元間航路を用いて侵攻することが可能になることを意味する。
 次元間航路とは文字通り、通常人間が認識する空間3次元とは別のものである。
 コンパクトに畳み込まれた次元はスーパーストリングス理論に基づいて合計24個のカラビ=ヤウ次元膜を示す。
 これを経由することで宇宙空間の3次元座標はいかなる位置からでも距離をほぼゼロにできる。
 ミッドチルダとヴァイゼンはほぼ同時にこの結論にたどり着き、さらなる大威力の次元破壊弾頭と、これを防御できる迎撃システムの開発に注力していった。
 そしてその過程で、未知の次元世界を発見し、その多くは無人世界であったが、時には、そこからロストロギアに該当する物体が発見されることもあった。
 つまり“過去の人類はそこの次元世界に到達していた”が、現代の次元世界人類にその記録が継承されていないということだ。
 従来は古代ベルカ時代にそのほとんどがつくられたと思われていたロストロギアが、実際にはさらに古い起源を持っている可能性がある。
 新暦40年代ごろから、ミッドチルダとヴァイゼンは外宇宙探査に力を入れ、多数の無人宇宙探査機を打ち上げた。
 未知の次元世界と、未知のロストロギアが発見されることが期待された。
 そして新暦83年、ついに第511観測指定世界と、惑星TUBOY、バイオメカノイドの存在が、次元世界人類の知るところとなった。
 クロノは闇の書事件において、管理世界が未知の次元世界からの侵攻を受けることを想定していた。
 闇の書は破壊されるたびに転生を繰り返し、さらに自律次元間航行能力を持つ。
 これは管理局が把握していないところで、未知の次元世界にも闇の書が進出していた可能性があることを意味する。
 グレアムは闇の書の追跡を行うにあたり、闇の書本体が第97管理外世界に留まったまま、周辺のいくつもの次元世界に探索魔法が発射されていく様子を観測していた。
 これまで管理局は闇の書の本体を破壊することのみに集中してきたが、実際には闇の書は複数次元世界での同時行動が可能なものであった。
 そのために、第97管理外世界で闇の書本体を破壊しても、他の次元世界にその残滓が残り続けることが考えられた。
 クロノはその事実をグレアムから聞き、そして闇の書事件が公的には解決したとされた後も、独自の追跡調査を行っていた。

93 :
 そして、次元間航行に伴って闇の書が行った位相欠陥の操作により、虚数空間の揺らぎと次元断層の位置が変動し、未知の次元世界に棲息する魔法生命体が管理世界にあふれ出してくる可能性を突き止めた。
 予想される場所は第97管理外世界と第1世界のちょうど中間であり、そして同座標に位置する次元世界は既に、第97管理外世界から伝わった生命反応を入手している。
 ボイジャー1号が放った電波信号であった。
 これを探知した惑星TUBOYは長年の眠りからついに目覚め、自身に課せられた全生命抹という任務を遂行するために動き出した。
 この事態に対し、クロノは聖王教会からも独自に連絡を受けた。
 カリム・グラシアは、かつてJS事件に際して機動六課設立のきっかけとなった預言の再解釈を行い、これがさらなる外宇宙からの脅威をも示唆しているとの警告を、管理局に知らせようとした。
 しかし現代の情勢では、次元世界大国の思惑から管理局が独自に行動することは困難である。
 管理局独自の戦力となるエグゼキューター計画も、ミッドチルダとの共同で進めなくてはならなかった。
 第511観測指定世界への探査任務派遣も、管理局所属の次元航行艦クラウディアを、ミッドチルダ海軍隷下に編入しての作戦となった。
 ミッドチルダの専制行動は管理局にとっても身動きをとりにくくするものである。
 クロノ、カリム、そしてティアナは、それぞれの立場から決起を意図した。
 聖王教会はこの現代への聖王復活を明らかにし、騎士団の戦力編成を行う。
 管理局は選抜執務官たるエグゼキューターを擁し、次元世界大国の意向に縛られない機動戦力を立ち上げる。
 そしてクラウディアは第97管理外世界へ向かい、現地研究機関による、ロストロギア『エグゼクター』の起動を見届けることになった。
「ミッドチルダ艦隊の巡洋艦が現在、本艦についてきていますが、彼らにはエグゼクターの正体を」
 クラウディア航海長のアルティマ・ヤナセ三佐が質問する。
 現在クラウディアはイギリス本土の陸地に差し掛かるところを飛んでおり、ミッドチルダ海軍のXJR級巡洋艦が後続している。
 彼らはもともとは第511観測指定世界派遣艦隊としてバイオメカノイドのサンプル奪取とクラウディアの拿捕を指令されているはずであり、現在クラウディアに対して行動を起こしていないのは地球人の目があるからである。
 ミッドチルダ側としては、クラウディアに対する命令違反を追及すべきであるし、クラウディアはミッドチルダ海軍司令部の命令を無視して第97管理外世界への戦闘を誘ったと、少なくとも表向きはそう見られている。
「ミッドチルダが私を従えようとするならば」
 ヤナセ三佐の言葉にティアナが応え、他の幹部たちもティアナのほうを振り向く。
「彼らは血と炎によって自らの行いを自覚することになるでしょう」
 それぞれの重い意識が場に広がる。
 エグゼキューター──ティアナが操縦していたとされるこの機体は、既にクラナガン中央第4区での戦闘で、攻撃を仕掛けてきたミッドチルダ陸軍の魔導師に対し反撃を行っている。
 事情がどうあれ未知の相手を撃てば撃ち返されるのは道理であり、エグゼキューターに刃向かうことが何を意味するかは、ミッドチルダは思い知っているはずである。
 自覚が足りないならば更なる自覚を促す。
 その結果として、命が代償に支払われるだろう。
 このエグゼキューターは、その動力に正しく人間の命を使っている。組み込まれた動力炉の中には、人体から取り出されたリンカーコアが詰め込まれている。
 アレクトロ・エナジーは、エグゼキューターに搭載する動力として生体魔力炉を製造し、これはさまざまな世界から集められた人体が使われた。
 第97管理外世界ではアブダクションなどと言い伝えられ、採取した人間をクローニングして増やし、リンカーコアを抽出していった。
 ティアナはあえて口には出さないが、クロノはその背景を知っている。
 そしてフェイトも、アレクトロ社を捜査して得られた情報、また同社保安主任プラウラー・ダッジの証言として、アレクトロ社とアメリカNSAが共謀してグレイ──バイオメカノイドの技術を奪取するために蘇らせた個体──を地球へ招き入れたことを知っているだろう。
 人はこの機械仕掛けの巨人を、命を喰らう悪魔と恐れるだろう。
 エグゼキューターの力は生まれたそのときから、最初から血塗られているものである。

94 :
「本艦はあくまでも単艦による作戦行動をとるということを忘れてはならん。現在、地球に留まっているミッドチルダ艦があるからといって彼らが我々に協力しているわけではない。
彼らは軍というシステムの中で、命令系統を離脱した存在に拒否反応を持つのはごく自然なことだ。我々は常に敵に囲まれた中で戦っていくということを心しておけ」
 クロノはこの出航に際し、クラウディアの全乗員に訓示を行っていた。
 これからの航海は長く苦しいものになるだろうが、それでもミッドチルダをはじめとした次元世界が批判するような無用の公務員として生涯を終えるよりは、ずっと意義のあるものである。
 ただひたすら司法を捏ね繰り回すだけの歯車ではない。
 たとえ逆賊と詰られようとも、この世には人間にばかり都合よくなどできていない、それを他ならぬ自分たち自身をも含めた次元世界人類に、身を持って理解させる必要がある。
 組織に縛られた、ただ命令を待つだけのものではなく、自分たちの考えで世界に働きかけていく。
 その意識の改革が必要な時期が差し迫っている。
 クラウディアの行動は、大きな、そして激しい契機となる。
 火種であり、きっかけであり、そして導火線である。
 ミッドチルダとヴァイゼンだけではない、他の多くの次元世界に対しこれは知らされなければならない。
 現在の、膨張しきって破裂しそうになっている軍事バランスの緊張を、管理局が主導して組みなおさなければならない。
 そうしなければ次元世界人類はバイオメカノイドという脅威に勝てず、自滅してしまうだろう。
 巨大国家という、とても動きの鈍く意思統一が困難な組織に対し、活性化を促さなければならない。
 管理局本局でも、レティ、そしてリンディが、それぞれに動き始めている。
 聖王教会は、この危機に対して人々の心を支えなければならない。
 すべての人々が、自分たちが暮らす世界を守るためにそれぞれの仕事に立ち向かうのだ。
 そのためならば人類の敵にさえもなることを辞さない。
 クロノ、ウーノ、そしてクラウディアの全乗員76名は、その覚悟を持ってこの航海に臨んでいる。
 朝方、セインはただならぬ気配を感じて目が覚めた。
 住み込みのシスターたちが寝泊りする寄宿舎にセインは入っており、新年の祭事を終えてほとんどの者が休暇をとって里帰りなどしている中、聖王教会本部に残っているのはセインを含めたごくわずかである。
 枕もとの時計を確認する。
 午前4時20分過ぎ、まだ朝の支度をするにはやや早い。
 外は暗く、空気は冷たい。
 窓の外、教会の正門まで伸びてくる道の、石畳を囲む草原の中に、人影が見える。
 それも一人や二人ではない。
 大勢の人間が、この聖王教会本部を取り囲んでいる。
 ただごとではない事態を察し、セインはじっと息を潜めて気配をうかがった。
 もし外にいるのが堅気の人間でないのなら、インヒューレントスキルを使えば間違いなく探知されてしまう。
 ひたすら感覚を研ぎ澄まし、耳と皮膚で気配を感じ取る。
 冷えきった草の葉を踏み鳴らす、乾いたきしみ音が聞こえる。
 正門から、あくまでも普通の手続きで訪問しようとするのは厚手の冬用スーツとジャケットを着込んだ男たちだ。
 しかし周囲の草むらや立ち木などに隠れ(アンブッシュし)て、おそらく30名近い男女の魔導師が配置されている。彼らの動作からは、衣擦れの音がしない。すなわち、既にバリアジャケットを装着し臨戦態勢にあるということだ。
 セインは意を決し、寄宿舎を出た。
 あくまでも普段どおりに、朝の支度をするように装い、正面の庭に出る。
 噴水はまだ動いておらず、水は凍りついたように、星空を映している。
「どうしました?」
 白い息が見えるのは、自分の目に反射した光だ。

95 :
 スーツの男たちは応えない。
 ただ、4人いるうちのひとりがセインに向かって歩いてくる。
 その動作には、一般にイメージされるような高級官僚らしい雰囲気は無く、荒い無骨さがにじみ出ている。
 ミッドチルダ陸軍。あるいは、情報部の人間か。
 他のシスターたちはまだ寝静まっているだろう。
 セインはじっと、左足を擦って立つ向きを変える。
「何の御用でしょう」
 教会を訪れる参拝者に対応するように、セインは平静を装って呼びかける。
 男たちは何も言わず、無言でセインに向かってくる。
 冬の早朝、冷たい空気に、速まる心臓の鼓動さえかき消されそうだ。
 ディープダイバーを起動して地面に潜るとするなら、所要時間は最短でも0.2秒となる。
 一般的に使われるデバイスの魔法発動速度なら、発射操作を行う人間の反応速度を考慮しても数十ミリ秒単位で、バリアジャケットなしではどうしても防御しきれない時間が生じる。
「すみません、礼拝でしたら……──ッ!」
 反射的にディープダイバーを起動したが、間に合わず足首まで潜ったところで解除されてしまった。
 セインは全身が痺れたように、身体の感覚がなくなるのを感じていた。痛みや熱さを感じたのではなく、感覚がなくなったということを感じ取った。
 視界の瞬きから、スタン系の魔法を使われたのだという程度をやっと理解する。
 暗い夜の中、教会の石畳の、白い丸石の表面が目の前に迫り、そこでセインの意識は途切れた。
 うつぶせに地面に突っ伏したセインを、動かなくなったことを確認すると4人の黒スーツの男たちは手を上げて周囲に合図した。
 彼らの合図に従い、魔導師たちは教会の建物を取り囲む。
 時間にして1、2分程度をおき、じりじりと包囲を狭めていた魔導師たちが、いっせいに教会本部の建物内に突入する。
 彼らの装備するバリアジャケットは通常の陸戦魔導師のものではない。
 隠密性に優れた、黒い衣のようなものだ。
 ミッドチルダ陸軍の特殊部隊である。彼らが行う作戦とは、すなわち、潜入や戦闘地域での救出、そして暗などである。
 彼らが手に持つデバイスには、魔力光とそれに伴う音の放出を抑えるサイレンサーが装着されている。
 音波が回折する冷えた空気を、くぐもった魔法の発砲音が駆け抜けていった。
 時空管理局本局には、通常外を見るためのガラスの窓というものはない。
 本局の外は宇宙空間であり、また構造物の表面はおよそ数キロメートルの厚さにわたってエネルギー吸収ガスによる防御幕が張られているため、たとえ宇宙服を装備してもこの空間では危険である。
 そのため、人間が通常活動する空間は外殻からある程度深くにあり、外の様子はモニターで見ることになる。
 軌道上からミッドチルダ地上を監視している衛星のカメラに、クラナガン周辺の駐屯地から移動する数台の車両がとらえられた。
 単なる装備や人員の輸送ではない。
 その車両がクラナガンから北へ向かうハイウェイに乗ったことが確認され、道路上に設置されている車両追跡システムが登録証の自動照合を行う。
 通常このような監視データはただ記録され続けるだけで常時監視の人員が置かれたりなどはしないものだが、今回、探知された車両の登録が軍用のものだったために即座にアラートが発せられた。
 ただちに本局査察部へ情報が送信され、問題の車両の追跡を開始する。
 車両は、通常の野戦用トラックだ。幌つきの荷台があり軽火器程度を載せて運んだり、荷台にそのまま魔導師が乗ったりする。
 しかしそのトラックは、ハイウェイを下りてしばらく走ると、一見何もないはずの林道で止まった。
 乗っている魔導師、もしくは積まれている武器を、別の車両に移し変えていることが予想された。
 それから数十分後、ヴェロッサの手元のコンソールが、聖王教会本部からの緊急救難信号を受信した。
 尋常ならざる事態が進行している。そしてそれはミッドチルダの軍部が関わっている可能性が非常に高い。
 本局査察官ヴェロッサ・アコースは、このような事態が起きずに済むことを願っていたが、それはついに破られた。

96 :
 いかに本局の高ランク魔導師が持つ探索魔法でも、軌道上からミッドチルダの地表を狙うことはできない。
 ヴェロッサは、すみやかにこちらも魔導師を送り込んで調査をすることが必要だと判断した。
 現在の時刻はクラナガン標準時で午前4時半を回ったところだ。
 新暦84年1月2日、まだほとんどの人々は年末年始の休暇をとっており、また特に新年の催しもひと段落して人々は眠りについているはずである。
 このような時期に、大きな動きを見せている企業や団体があればそれは非常に目立つことになる。
 ヴェロッサは査察部のオペレーションルームから、本局内の電話(内線ではなく本局は独自の電話網を持っている)でフェイトを呼び出した。
 調査任務において最も技術があるのは執務官であるフェイトである。
 また彼女ならば、権限という意味では多少の無理は通せる。
 受話器を肩に乗せて両手でコンソールを弾きながら、ヴェロッサは言葉を綴った。
 念話回線の向こうで、彼女が息をのんでいる気配が伝わる。
「心中察するが、事態は急を要する。緊急転送ポートの手配はしている」
『ミッドが……聖王教会を制圧って……』
「僕ら管理局の最優先目標はカリム・グラシア少将の救出だ。教会本部の地下には避難用の迷路がある、そこへ逃げ込めていればある程度は時間を稼げる。
騎士カリムが陸軍情報部の手に落ちることだけは避けなければならない」
 彼らはシスターたちをどう扱っているだろうか。
 その実態はともかく、宗教としての聖王教会はミッドチルダでは支持が篤く、議員たちにとっては票田でもある。
 少なくとも手荒なことはできないはずだ。
「重ねて頼む、急いでくれ」
『わっ、わかった』
 回線を切り、ヴェロッサは続けてクラナガンにいる査察部の局員たちへ連絡を繋いだ。
 ミッドチルダ政府の動きを探る必要がある。
 このタイミングでミッド陸軍の特殊部隊が動いたということは、今回のバイオメカノイド事件において、クラウディアを指揮していた真の組織である聖王教会を抑え、クラウディアの独断専行を阻止する目的があると考えられる。
 聖王教会は次元世界政府だけでなく、管理局の運営にも関与し、主に辺境世界を中心に管理局員の活動支援を行っている。
 管理局所属艦の動き、すなわち管理外世界の調査などの外洋任務について、聖王教会の意向が反映されるというケースはじゅうぶんに考えられることだ。
 そこで、今回のクラウディアの行動に何らかの背後関係があると予想を立てたのなら、疑いの目が聖王教会へ向けられるのは時間の問題といえた。
 聖王教会本部には、主要幹部である騎士カリム、シスターシャッハの他には、元ナンバーズの戦闘機人たちが戦闘要員として配属されている。
 彼女たちはいってみれば僧兵のようなものだ。
 しかしそれが、次元世界政府の擁する正規軍と戦うことになるなど、この現代ではまず想定されていなかったはずだ。
 過去の歴史では、まだ古代ベルカ戦乱期などであれば各地の教会が独立国を宣言して軍勢を率いたことなどはいくつか例があったが、近代国家が成立して以降そのようなケースは起きていない。
 JS事件にしてもスカリエッティは単に研究を行うスペースとしてゆりかごを起動させただけで、たとえば聖王ヴィヴィオを奉じて独立しようなどと企てていたわけではなかった。
 現在、聖王教会本部に残っているのはセインとディエチがいるはずである。
 オットーとディードはヴィヴィオの護衛のために本局に移動していて、ノーヴェはヴォルフラムに乗り組み、Nとウェンディは執務官補として第97管理外世界へ赴いている。
 残るのは、本局にいるトーレが出ることができるか──というところだ。
 少なくとも彼女はまだ外で公に活動できる身分を持っていない。
 さらに、ヴィヴィオもまた、聖王教会が急の事態となればじっとしてなどいられないだろう。
 士気を高める意味で、またこの事件に対する管理局の威信を示す意味で、聖王の出撃は必要かもしれない。
 そうヴェロッサが考えたところで、ちょうどよくフェイトからの返信が届いた。
 なのはとフェイト、それから案の定、ヴィヴィオも一緒に行くと言い出したそうだ。
 ヴィヴィオが行くということは当然、オットーとディードも行くことになる。
 大所帯になるが、今回転送ポートの使用許可が出ているので、本局から直接教会近くの管理局陸士部隊駐屯地へ移動できる。

97 :
『スバルたちはフレームの調整がいるから動けないけど、私たちはすぐに行けるよ』
「相手はおそらくミッドの情報部だ。正面からでは嵌められる危険がある」
『わかってる、大丈夫。クラナガンの執務官にも根回しをしてる』
「慎重にやってくれ」
 突入時刻は15分後。
 全員の転送が完了するまで3分、そこから装備を整え教会本部に向かうまで10分強といったところだ。
 さらに周囲に展開するまでは、あとは現場で判断するしかない。
 フェイトたちの出撃に先立ち、管理局の魔力戦闘機がミッドチルダ地上へ降下する。
 万が一ということもある。ミッド情報部としては事件が表沙汰にならないよう手早く済ませる必要があり、自分たちが関わった証拠を残してはならないが、あるいは航空機を仕立てて上空から制圧しようとするかもしれない。
 そうなった場合、こちらに航空戦力がない状態ではいっきに不利になってしまう。
 空戦魔導師が装着する空戦用バリアジャケットはAEC武装と同様第5世代に含まれ、生身の魔導師を圧倒する戦闘力がある。もっぱら宇宙空間用であるが、大気圏内に降りることもできる。
 クラナガンからも、フェイトの連絡に基づいて首都防衛隊が緊急出撃の手はずを整えた。
 ミッドチルダにおける、管理局および聖王教会への明らかな実力行使。
 ミッドチルダ政府としても、末端の各部署が独自に動いてしまうことを抑えきれない。
 あるいはこの期に及んで、管理局に対立しようとしているということも考えにくい。政府の首脳部は先日の査問会で話し合われたとおり、管理局との協力体制をとるよう、国務省から進言されているはずである。
 だとすれば、事件鎮圧のためにミッドチルダ陸軍の協力が得られるか、もしくは中立姿勢を保つよう要請することも可能なはずだ。
 第97管理外世界にいるエリオからもたらされた報告も気になるところだ。
 現在、次元世界人類を公式に認知しているのはアメリカ、イギリス、そして日本のごく限られた政府筋のみであり、たとえば各国の警察や軍、情報機関も、部署によっては次元世界の干渉を知らない者たちがいる。
 グレアムが巻き込まれた爆破事件の捜査の過程で、そのようなかなり大きな規模の組織が存在する可能性が浮かび上がってきたとエリオは報告していた。
 こうなると、彼らが安全に本局まで戻ってこれるかどうかというのも怪しくなる。
 場合によっては現地武装組織の襲撃を受ける可能性があり、そうなると管理世界の人間と管理外世界の人間の間で戦闘が発生する。
 地球と管理局の関係が危うくなってしまう危険があるのだ。
 真に対処すべき敵を誤ってはいけない。
 地球とミッドチルダで、それぞれの人間たちの思惑が、網を絡めるように複雑に交錯しつつある。
 聖王教会本部の地下室で、カリムは持ってきた情報端末に預言の内容を入力していた。
 突如教会を襲撃してきた者たちは、教会に保管されている文書資料を入手しようとしていると思われた。
 カリムはただちにシスターたちを避難させ、自分は執務室に置いていた預言の内容を書き起こした文書を持って地下室に避難した。
 この情勢の中で、最も奪われてはならないのは第511観測指定世界の発見を預言した詩文である。
 逆に言えばそれさえ守れれば、他は捨て置いてもよい。そのほかの過去の詩文や教会の教本などは、内容そのものは他にいくらでも書き写しのあるものや既に出版されているものである。
 シャッハが点呼を行い、欠けた者がいないことを確かめた。
 教会本部中央の中庭で、ディエチが防衛線を張っている。地下室に下りる階段は寄宿舎と礼拝堂の両方にあるが、おそらく礼拝堂の階段は見つかるまでに時間がかかると思われる。それまでに、ディエチは何とか礼拝堂へ移動しようと様子を伺っていた。
 教会に住み込んでいるシスターたちは寄宿舎で寝泊りし、こちらから地下室へ降りる階段はすでに崩して埋めている。
 カリムの私室はすでに突入部隊が入り込んでいたが、こちらには重要な資料はない。カリムが持っていった端末以外に、詩文は入力していないし、文面そのものはJS事件の際に発表されたもので、解釈もすでに発表済みだ。
 この詩文を第511観測指定世界に結びつけた解釈は、まだカリムはシャッハとセインに話したのみで、ヴィヴィオにも知らせてはいない。

98 :
『ディエチ、シスターは全員そろってます。そっちはどうですか』
 念話でシャッハが聞いてくる。ディエチはイノーメスカノンを構え、中庭の茂みに隠れて慎重に移動ルートを目算する。
 固有武装であるこの携帯魔導砲も、対人戦に必要十分な程度の威力に抑え、サイズを小さくしている。
 駐退機構を銃身前面に被せて取り付けることで全体の長さを短縮し取り回しを改善している。
「ほとんどは寄宿舎を漁ってるようです。ただかなりしつこく調べまわってます、なんとか礼拝堂を基点に陣を敷ければ。
負傷者はでてませんか?」
『みんな軽傷で、とりあえず治癒魔法で応急処置はできそうです。セインも何とか意識は戻りました』
 最初に突入部隊に遭遇したセインは背後からバレルショットを撃たれ、強烈な物理衝撃で昏倒していた。
 突入部隊が教会内に入っていった後、起き上がりディープダイバーで地下室まで潜ってきた。
 バレルショットの衝撃波でかなり激しく脳が揺れたようでしばらく足元がおぼつかない様子だとシャッハはディエチに伝えた。
 敵はおそらく捕縛系に重点を置いた魔法を使用している。
 派手な魔力光を吹き散らす通常の砲撃魔法を避け、確実な打撃力を有する術式だ。
 ディエチの側としては、現在こちらが襲撃を受けていることを知らせることは有利につながる。
 イノーメスカノンから、閃光弾を撃つ。
 上空から斜めに照らし出され、伸びた影に人間のものが含まれていないことを確認するとディエチは礼拝堂へ走った。
 すぐ後ろで、これもバレルショットだろう、地面の土が激しく弾けて吹き上がる。
 目標を外したバインドが、空中で礫を引き付けて弾き飛ばす。
「っ!!」
 イノーメスカノンを床に滑らせるように放り出し、前転して受身を取る。
 走ってきた衝撃を緩和しつつ、起き上がって砲撃体勢へ移行する。
 礼拝堂の中は突入部隊の兵士が3名入ってきており、二人が祭壇の裏を調べ、もう一人が周辺警戒に立っていた。
 ディエチが入ってきた横の通用口からはどちらも左右にそれぞれ腕一本分程度離れた角度で、ちょうど祭壇の裏もこちらからは見える。
 向かって左側、祭壇の表側にダッシュし、礼拝者用の長いすを遮蔽物にしてディエチはイノーメスカノンを構えた。
 この暗がりで、お互いに暗視装置を使っている。
 こちらは普通の教会用バリアジャケットを纏っているように見えるだろう、しかし、相手が着ているのは明らかに実戦用のスニーキングスーツである。出所を示すようなバッジやエンブレムはないが、あれは、ミッドチルダ陸軍が使用しているとされる隠密用バリアジャケットだ。
 かつてナンバーズとして活動していた頃、ミッドチルダの主な装備としてウーノが調べていたものを見せられたことがある。
 発砲。
 暗視装置越しなら、生身の人間とは異なる発熱具合を持つ戦闘機人であることを向こうは見て取ったはずだ。
 特にディエチの場合、遠距離からの砲撃主体に性能が調整されているため、腕の付け根や腰などにショックアブソーバーが組み込まれ、この部分が稼動に伴って特に発熱する。さらに顔面も、索敵装置を組み込まれた眼球は通常の人体の体温よりも高い熱を持つ。
 通常のマンシルエットではない、異様な姿が突入部隊には見えただろう。
「ターゲットキル、次へ」
 抑揚を抑えた声でつぶやき、ディエチは祭壇の裏へサーチを向ける。
 警戒に立っていた兵士は胴部中央への一撃で仕留めた。イノーメスカノンの速射砲弾で吹き飛ばされ、少なくともデバイスを取り落としたので再度攻撃に移るには時間がかかると思われた。
 ──今の攻撃で生きているとすれば、Sランク以上の防弾バリアジャケットを装備していた場合である。そうでなければ、弾丸の衝撃が肋骨を粉砕しているはずだ。
 ディエチを含めたスカリエッティ製戦闘機人たちは、JS事件後には全員に身体能力のデチューン処置が施されている。
 更生プログラムを受けるにしろ、強すぎる力を持たせておくことはしないため、程度の差こそあれ元ナンバーズたちの戦闘能力はJS事件当時よりも低下している。
 連続戦闘では疲労の蓄積度合いも変わってくる。
 また瞬間速度や筋力などもかなり下がっている。
 イノーメスカノンのような大型武器を取り回すのも不便になったため、軽い素材で作り直すなどの処置を行っていた。
「一体何をしているんだ……」
 砲口を向けた先、突入部隊の兵士たちは念話で応援を呼び、デバイスを構えて応戦する姿勢を見せながら、それでも何かを探していた。

99 :
『きっと騎士カリムが持ってる預言の解釈だ、それを狙ってる。はやてさんが今調べに行ってる観測指定世界の』
「それは──まだ未発表の?」
『うん』
 遠方、教会の2階テラスに上がってきた兵士をさらにひとり、遠距離砲撃で倒す。
 念話越しに、イノーメスカノンの野太い発砲音が轟く。
「どうして解釈が問題になる?」
『これまでにない外敵の存在だよ』
 慄いた声色でセインが言葉を吐き出す。
 カリムの預言は時にロストロギアの災厄を予知することもあり、管理局では長期作戦の指針にしてきた。
 しかし誤解されやすいことだがこれは未来予知ではなくあくまでも既知の事柄に基づいた分析と洞察である。したがって、外部に知られていない情報を基にした預言というのは本来ならば出現しないことになる。
 ゆりかごもまた、その存在自体は管理局や各国政府には知られていたし、ミッドチルダの惑星にはかつて墜落して埋まった古代ベルカ時代の戦艦があるという程度は知られていた。
 しかしこれが、未知の次元世界を表していた場合。
 いったい誰がその存在を知っていたのだ、という話になる。
 どこの誰が入手していた情報に基づいて預言が組み立てられたのだ、という疑問だ。
 詩文そのものは新暦75年の時点で発表されていた。
 すなわち、もしこの預言が第511観測指定世界のことを表していたのなら、その時点で少なくとも次元世界人類の誰かが第511観測指定世界の存在を知っており、何らかの有意な情報を入手していたことを表す。
 公式には、新暦75年に打ち上げられた宇宙探査機によって新暦83年に発見されたことになっている。
 第511観測指定世界の存在は、これ以前には知られていなかったはずだ。
 もちろん非公式では──その限りではない。
 ミッドチルダ政府は少なくとも10年以上前から、位相欠陥に阻まれて観測困難な未知の次元世界が存在する可能性に確信を持っており、そのために外宇宙探査を行っていた。
 それはその次元世界を占領することで、軍事的に、地政学的に、優位な立場に立つことを目的としている。
 この情報は外部に知られてはならない。
 同様に、外部の人間が独自の分析によってこの情報を入手することも阻止しなくてはならない。
「──だから、預言の解釈を」
『たぶん、それしか考えられないよ。ここにあるものでやばいものっていったらあれしかない』
 ミッドチルダにとっては、聖王教会がこの預言の解釈を発表すれば、自分たちの極秘計画が暴かれてしまうおそれを考える。
 預言を発表し、カリムのレアスキルの仕組みを知っている者からすれば、どうしてそれをミッドチルダ政府が知っているのかという考えに至るのは自然な流れだ。
 ましてや、JS事件さえそれをカムフラージュするために起こされたのではないかとも疑われる危険がある。
「どっちにしろ口封じだね」
 吐き捨てるように言い、ディエチはイノーメスカノンを構えなおした。
 そもそもの話をすれば、ミッドチルダが秘密にしていた陰謀が、預言をきっかけに暴露されてしまいそうになったからそれを阻止しようというものである。
 だとしても、すでに第511観測指定世界惑星TUBOYは発見され、そこからミッドチルダに持ち込まれたバイオメカノイドはクラナガンに放たれ、広大な都市が壊滅する被害をもたらしている。
 クラナガンでは今も、管理局地上本部とミッドチルダ陸軍がそれぞれ、すべての部隊を動員しての救助活動と、残存個体の捜索を行っている。もし撃ちもらしたバイオメカノイドが残っていれば、今いる被災者たちや他の地区が襲われてしまう危険がある。
 この事態がミッドチルダの責任にされてはひとたまりもない、と考えるのは自然といえる。
 しかしそれも、管理局としてもどうしようもないし、聖王教会としても困ったことである。
「今さらっ……どうしてこんな、教会本部に突っ込むなんて大げさなことを」
『そこまでは……でも、このまま夜が明けるまで持ちこたえれば』
「私がそこまで持たない──っ、よ」

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