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2012年4月プロレス248: 1982年の新日本プロレス2 (185) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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1982年の新日本プロレス2


1 :12/03/12 〜 最終レス :12/04/25
復活!

2 :
この年は新日本プロレスの中でも転換期だった。
猪木長期欠場
シン、ハンセンのいない初めての年
藤波がヘビーに転向
ホーガン大ブレイク
歴史的な長州革命
タイガーマスク大ブーム
新日本プロレスブーム到来
>>1に書くべきだった。

3 :


4 :
元日の後楽園ホールのカードは、豪華だったね。
猪木×ボックの激突、WWFヘビー級選手権(飛龍藤波十番勝負第一戦)藤波対バックランド
タイガーマスク×ダイナマイト・キッドのWWFジュニアヘビー級王座決定戦、
カール・ゴッチ×藤原喜明、長州×浜口など後楽園ホールでは、ほんと
もったいない豪華カードだった。

5 :
「ヘビー級の証明」という言葉をたくさん見聞きした年

6 :
>>4
>長州×浜口
まあリアルタイムではトイレタイムだったけどなw

7 :
シンとハンセンがいなくて一気に雰囲気が変わったと当時から思ってた。
シンとハンセンは好きだったから。
かと言ってブッチャーが存在感あったかと言えばノーだしね。
まあ長州革命のあの歴史的な試合にブッチャーも居合わせたけど。
この試合で笑えたシーン。
アレンが藤波の髪の毛を掴んで、藤波が日本陣営コーナーに手を伸ばす。
長州がその状態の藤波の手をタッチしてリング内へ。
そして藤波に力一杯張り手。
アレンが背後から髪の毛を掴んだ状態の藤波に張り手。
その衝撃に背後にいたアレンが思わずのけぞる。
そして藤波と長州の殴り合いを“なんだ?”という顔で見ながらアレンはその場を離れる。
長州引退記念の放送でそのシーンを見た。当時は覚えてなかったが。

8 :
外人対決で一世風靡したブッチャー
それが日本人対決の始まりの対戦相手だった
何とも皮肉なもんだと 当時は思ったよ
外人対決から日本人対決に時代が変わったんだから

9 :
>>4
確かに蔵前クラスのカードだね。
でも新日はシン、ハンセンが去っても全く駄目ージなくブーム到来。
ブーム継続と言った方がいいか。
タイガーマスク人気加熱、ホーガン大ブレイク、歴史に残る長州革命。
ヘビー転向で停滞気味だった藤波も奮起。
全日から獲得したブッチャー、マードック、戸口を使わずにブーム巻き起こしたのもさすが。
方や全日は、新日から獲得したハンセン効果が凄かっただけに。

10 :
自作自演

11 :
ジエンフォーサー

12 :
>>1です。自演?
猪木と国際軍団の時はまだ本格的な日本人抗争という感じではなかった。
当初は国際軍団もまだいい扱いだったし。
猪木VS木村
団体対抗戦という感覚もあり、大物日本人対決という赴きがあった。
でも長州の時は完全な内紛だったから日本人抗争と感じだな。
まだ最初の頃は長州のスケールも小さく感じたし。

13 :
>>9 やはりタイガーマスクブームが大きかった。カーンもいいタイミングでMSG
でもなんといっても猪木欠場からのホーガン日本陣営ベビーフェースではないかな。
ホーガンが外人サイドだったらどういう方向へいったのかな?

14 :
ホーガンが外人サイドならハンセンの後釜は務まらなかったと思う。
ハンセンとホーガンではタイプが違うから。
逆にハンセンはホーガンみたいに日本陣営に入るのは無理。
どちらがいい悪いではなくそれぞれタイプが異なるからだ。
でもホーガンの日本陣営加入は大正解で大成功だったと思う。

15 :
ホーガン控室はどっちにいたの?
移動は外人側だろうけど。

16 :
やっぱ日本側控え室だろ。移動も日本側で。
少なくとも日本陣営にいた時は。
年末タッグとか外人が沢山いる時はわからんが。
しかしホーガンは初来日の頃からスター性は抜群だな。
ようつべでも雑誌でも昔のホーガン見ると。

17 :
初来日の時ってブラッシーをセコンドにしてストロング小林とかとやってた2年前の
第二回MSGシリーズか。中継のシリーズ予告の時に古館が「筋肉お化け、ハルク・
ホーガン」と言っていてひどい扱いだと思ったものだった。
猪木との初タイトルマッチはその年の11月、ブレーンバスターでフォールという
割と格下扱いした決着だった。
けど猪木・新間はこの頃からもうハンセンは全日に売ってでもホーガンを
スターとして扱いたがっていたんだな。

18 :
猪木が欠場してたビッグファイトやサマーファイトシリーズは木村が剛を
従えてロスに遠征してたよな。これは猪木なくして木村(国際軍団)の存在が
浮いてしまうことを危惧して新間が海外にやったとか。
その間、残党の浜口・寺西は国際軍団は一時休止して普通の新日レスラーとして
前座に出場してたんだよな。これは面白い時期だ。
因みにサマーファイトはマツダが久々に参戦したが、S・小林の復帰説も
相まって規模を拡大した新国際軍団(マツダ・木村・小林・浜口・寺西・剛)
結成の話が出てた。これが猪木欠場で流れたのは地味に残念。

19 :
ストロング小林が今号に改名したのは前の年の81年かと思ってたんだけど
この年の秋だったか。
翌年も予定されていたタイガーのWWF本格サーキットといい、展望はあっても
思うようにいかないものだねえ…

20 :
腰痛めて休場中に出た映画「伊賀忍法帖」で演じた金剛坊という役名が気に入って改名
満を持して国際軍団側から復帰しようとしたら腰痛が再発して復帰予定が消えた

21 :
サマーファイトSといえばよくもまあ、豪華なメンバーが揃ったもんだった。
しかし話題性はあったがヒーロー対決ウルトラマンは弱かった。

22 :
失礼、「今号」などと書いてしまっていた。
あの頃はメキシコ遠征の終わりに総決算としてカネックのUWAに挑戦した
試合で、カネックの下手なジャーマンを受けた際にカネックのアゴが
小林の腰骨を直撃したのが腰痛の始まりだと言われていたなあ。
オールスター戦に見られるような潜在的小林びいきは続いていたから、9・23
田コロでの坂口戦は物凄い小林コールの中で行われたと語り草になっていた。
その後たけし城とかの頃にはずいぶん悪くなっていたそうだけど、別の番組?に
ゲストで出てきた元横浜銀蠅だかのメンバーが、控室で金剛が「さいきんは
ヒザの調子も悪くて」なんて言ってるんで「プロレスラーなんて言ったって
オッサンじゃん、ちょっとシめてやろうぜ」と、本番では一斉に全速力で
飛びかかって行ったら、先頭の二人が金剛の片手で弾き飛ばされ、残りも
軽々と放り捨てられて、「なにがヒザが痛いだよ!」と呆れていたという
いい話が載っていたのを見たなあ。

23 :
同時期に全日本に登場したウルトラセブン
この年の夏のゴングに白黒グラビアで紹介された
そこにウルトラセブンと馬場、大仁田、そして何と高杉の4人が写っていた
聞いた話では、本来はウルトラセブンは高杉ではなく別の人間がやる予定だったらしい
でもある事情でできなくなり、高杉がマスクを被った
かなり前に友人から聞いた話だが、ソースとかあるかな?
それと本来は誰がやる予定だったかもわかる人いる?

24 :
>>21
第1弾は全会場超満員か満員だったもんな。
第2弾は猪木が全休だったからやや客入りは悪かったけど。

25 :
まあタイガーマスク人気は絶頂の時期だから、相手は誰でも良かった部分はあったかもね。
ウルトラマンがイマイチだろうとそれなりには盛り上がる、というか。

26 :
>>24 第2弾も通好みの強者、実力者がそろっていたとは思う。ただ前シリーズ
から日本陣営が猪木、ホーガンの2枚落ちでカード編成が苦しかった。国際軍、
長州もいない、タイガー欠場のビッグファイト同様苦しいシリーズだった

27 :
長州はこの頃はまだ革命前でっせ。
夏にはメヒコにいたのではないかな。
カネック破ってUWAタイトル獲って。

28 :
長州がUWAを取ったのはこの年の7月末。
9月末のトレオの定期戦でカネックに王座を渡して帰国し、直後の
10月8日の闘魂シリーズ開幕戦で「俺とおまえと何が違うんだ!」と
革命アングルスタート。
藤波と長州の抗争は大ヒットしたけど、おかげで「飛龍十番勝負」が
完全にどっか行っちゃった。もともと第1戦は生中継の時間がないことも
あったりで無理やり気味に終わらせたり(回転エビの打ちあいの間に小鉄が
3カウント入れてしまう)、ホーガンのアックスボンバーのお披露目に
使われたりですっきりした勝ちがなかったのに。
ブリッドのインター奪取戦も数に入れ、夏に来日していたマードック、
スーパースターとの好勝負を入れて長州戦と猪木戦で締めればよかったのに、
なんかフロントも十番勝負をすっかり忘れているみたいだった。

29 :
スーパースターはいいがマードックとは五弾でやってるのでどうだろう?
しかし当時のカネックには勝ちが欲しかった。ベンチュラにも反則勝ちでは
ふがいないよな〜、アンドレやローデスなんか候補にいるがとてもとても。

30 :
ビッグファイトSは坂口がホーガンと大型タッグ実現させたりとメインに出る
機会もままあったが、サマーファイトS第二弾は藤波を前面にメインに押し出してたな。
藤波&タイガー&健吾なんかのトリオなんかもよくあったような記憶がある。
相手はバレンタイン&キッド&ブレッドなど、ヘビー+Jrヘビー混成チーム。
まぁ内容は誰もが予想できるように健吾が例のごとく外人コーナーにつかまって
袋叩きに遭ってフラフラの泣き顔でフォール又はギブアップ負けして一本取られ、
藤波orタイガーが取り返す。
そういえば3本勝負ってこのサマーファイトS第二弾がTVで観た最後の記憶なんだが。

31 :
飛龍十番は東スポの企画でファン投票もやって結果も出てたけど実現不可能な選手ばかりだったな。
鶴田とかフレアーとかマスカラスとか。

32 :
>>4 元旦決戦はカードは豪華だったかもしれないが内容はしょっぱかった。
新日本プロレスDVDになるようだがボックの体調不良、タイガーのけが、藤波
のあっけない幕切れ、当時がっかりだったよ。

33 :
>>23
はじめから高杉がやる予定だったけど、
正体がばれるの避ける為、若手にマスク
かぶらせて、マネージャーを装った
いわゆる撹乱戦法とのこと。
(Gスピリッツの高杉インタビューより)

34 :
新春黄金Sの札幌大会のタイガーvsブレットのタイガーのコーナーからの
ミサイルキックは30年以上の観戦歴でも忘れられない名シーン。何度見ても
唸らせられる。

35 :
ブラックタイガー

36 :
>>34
それでもタイガーがプロレスのしきたりを守らなきゃってんで、
ダブルアームスープレックスでフィニッシュの「形」を作って
フォールしたのを、あとで猪木が「観客を驚かせたら、そのまま
試合を終わらせて印象付けるっていうのもアリだ」と諭したっていう
プロレスの常識を揺るがすような一発だったよね。
記憶ではタイガーの飛んだタイミングばかりが強く残っていたんだが、
ビデオで見るとあの角度で叩きつけられたタイガーの身体が、反発で
宙に舞い直してる。ブレットの身体が喰らった衝撃いかばかりだったか。
1月のキッド戦については、個人的には手が合いすぎてた東京体育館の
防衛戦より、佐山の痛みの表現と、キッドの暗闇式のツームストーン、
バックドロップが素晴らしかった元日の王座決定戦の方が印象的だった。

37 :
あれこそ「見えない大逆転カウンター」
初代は名勝負も多いが、佐山タイガーの決定的名シーンといえばあの咄嗟の閃き!瞬発力!
コテツ的には「思い切りがネッ、いいワケですヨ!」

38 :
技の重みはないかもしれないけど、タイガーのフライングクロスアタックと
ローリングボディアタックの華麗さは素晴らしい、なんていうかナチュラルな
感が他のレスラーではできない

39 :
佐山タイガーが相手の足を素早くスピニングトーホールドの体勢に取って
そのまま自分の体全体を相手の足に乗っかる、あれはガチで痛そうだった。

40 :
タイガーは高速DDTというかフロントネックチャンスリーを使ってたな。
タイガーの技は見ていてガチで痛そうだった。

41 :
>>40
元祖「タイガードライバー」だな

42 :
あの技ブラック・ゴールドマンがやってたよ

43 :
新日はタイガーマスク効果でブーム到来。
全日もハンセン効果で順風満帆。
2団体時代の貴重な年だったね。

44 :
第二回オールスター戦が実現してればなあ。
BI抜きでもやれば良かったんだよ。
これが実現すれば必ずいい方向にいっただろうし。
鶴田と藤波の対決だってここで実現したはず。
歴史に残る画期的な大会を諸事情で潰すとは、ファンへの最大の裏切り行為。

と、当事者の事などお構い無しで勝手な意見を述べる。

45 :
82年は初代Bタイガー誕生、初戦の蔵前はBタイガー強しはゆるぎないところ。
タイトルマッチしかクローズアップされてないけど83年にかけてノンタイトル
でも数度対戦してますよね。来日を重ねる毎に下降ぎみだったけども。

46 :
ブラックも最初は勢いが凄かったよなあ。
佐山タイガーの相手にまさかの黒い虎とは。
あれは新日の最高のアイディアだと思ったよ。
実際にブラックは試合でそれなりに動けたから。
確かに徐々にトーンダウンしていったのは事実だ。
後々には佐山タイガーのライバルの1人になったし。

47 :
>>46
英国でのブラックタイガー
マーク・ロコ(ブラックタイガー)×ダイナマイト・キッド

48 :
この時期に連載のスーパースター列伝ではマーク・ロッカだった。
敢えて違えたのか?
いや、梶原氏の情報不足か聞き間違えだろうな。

49 :
タイガーの敵役の中ではブラックが一番好きだった。
それだけにタイガー引退後の失速というか急激な格落ちが気に食わなかった。
84年新春のWWF王者決定リーグでキッドはまだしもスミスや小林にすらフォール負けだもん。
まあタイガーありきのキャラだからタイガーがいなきゃ存在価値激減だし仕方ないのだが。

50 :
佐山タイガーが去ったあとは素顔にするのも選択肢の一つだったのではないか。
列伝で正体を紹介されたようなもんだし。
でもそうなるとタイガー=佐山というのも必然的にバレるからなあ。
でも佐山もインタで自ら暴露してるようなもんだったが。
ゴングのインタでプロフを語った時に佐山の生年月日と山口出身とか言って。
本名だけは、『…今は言えません』と。
当時、佐山のファイトを見たことある人はみんなわかってたらしいね。
俺は子供だったし、佐山の存在もレスラー名鑑でしか知らなかったから。

51 :
この年のホーガンの出世は凄かったよね。もちろんハンセンの後釜のエース外人
を期待されてたんだけど。猪木と組んで完全に貫禄ついたし。

52 :
ハンセンとは全く別の方向で大ブレイクしたね。
そもそもハンセンとホーガンではキャラクターも違うから。
ホーガンにハンセンの立場をやれと言っても無理があったろう。
逆にハンセンに猪木と組んでホーガンのあの役割をしろと言っても無理。
ホーガンはホーガンなりの立場であれだけ大ブレイクした。

53 :
>>50
初代タイガー(佐山)が凱旋帰国する前のシリーズで、
新設のWWFライトヘビー級の決定トーナメントに、佐山聡が、ノミネート
されてたが、突然来日中止といういきさつがあった。

54 :
ホーガンブレイクはロッキー3の出演もおおきかった。
かなりヒットして知名度がぐんとあがった。

55 :
55だが、ホーガンはブレイク前からスーパースターのオーラが凄く漂ってた。
ようつべで古い映像見ると本当にそれを実感。

56 :
 初来日の印象が全くないんだよな。
 MSGだっけ??

57 :
ホーガン初来日のコスチュームは最悪
まるでハレンチ学園のキャラだったよ。パラソルをスカートのように着けてるエロ爺教師

58 :
80年MSGが初来日。
秋の闘魂シリーズが2回目の来日。
MSGタッグで3回目。
この時は既に黒タイツに“一番”が入っていた。
ハンセンはウィー!でホーガンは一番!があったからこれも大ブレイクの要因だろう。

59 :
初来日時は七色マントに白タイツでしたよね

60 :
フレッド・ブラッシーがマネだっけ?

61 :
>>58
80年の年末って“一番”入ってたっけ?

62 :
>>60ブラッシーがマネジャーだった。
>>61入ってたんだよ。ようつべのMSGタッグ決勝戦見ればわかるよ。
でも一番をアピールするようになったのは82年からか。

63 :
>>61
>80年の年末
カリフォルニアクラッシュ(アバランシュホールド)が、決め技の時代
だったね。

64 :
そうだったね。
あとはハンセン直伝というラリアット。
アックスボンバーの形容は81年?それとも82年からだっけ??
でもホーガンがブレイクし始めたブッチャー戦はビデオで何度も見た。
この時は既にアックスとの形容がされていた。
ブッチャーに食らわせた際に古舘が『アーーックスボンバーー!』と。
つーことは81年年末頃だったか。
それとも82年MSGに特別参加した時からかな?
うーん、俺としたことが、何故か思い出せない。
わかる人いたら教えてね。

65 :
たまにラリアートも出したが、まだまだ当時はラリアート=ハンセンという
根強いイメージのため、単なる猿真似野郎としか見られてなかったホーガン。
アックスボンバー初公開は82年の藤波飛龍十番勝負だったっけ?

66 :
66だが、そうだったかも。ありがとう。
ラリアットだとハンセンのイメージが強すぎる。
だから腕を直角に曲げて叩き込むスタイルに。名称もアックスボンバーにしたのは大正解。
後々は腕を伸ばしてラリアットと同じになっちゃったが。

67 :
某所ではホーガンハンマーとも呼ばれてたな。
しかしあの技は最初からインパクトの瞬間はラリアートと同型じゃなかったか。
あの技が登場して割と早い時期にビデオのスロー再生で確認した時の記憶。
まあそれはそれとしてラリアートの発展形という虚構を積極的に受け入れたが。

68 :
>>67
週刊ファイトは、ホーガンハンマーで最後まで通してたね。
まあラリアートなんだけどね。米マットでは繋ぎ技みたいだったね。
この頃は、バーン・ガニアのAWAが主戦場だったかな。

69 :
>>65が正解で、アックスボンバーの初披露は82年3月の
飛龍十番勝負第二弾の×藤波戦。これは新日本も一緒になって
作った技だから、仕込みは出来てて、炸裂の瞬間に古館アナが
「出た出た新兵器アックスボンバー、斧爆弾!」と最初から名前を
連呼していたw で、あげくに小鉄に「これは腕を直角に曲げるんで
ラリアートとは違うんです」なあんて解説をさせて、そのときリング上
ではホーガンがヒジを曲げて腕を素振りして見せて、「ほら、これが
アックスボンバーだよ」みたいなジェスチャーを繰り返していたというw
みんなで作り上げたものだったんだね。パクリだけどwww
ただねえ・・・それが後にドームで本家ハンセンのラリアットを喰らい
ながらもアックスボンバーで逆襲してピン取るんだから。
で、あのラリアット礼賛バカ実況の倉持さんに「アックスボンバーが
ウェスタンラリアットに勝りました」なんて言わせるんだからねえ。
レスラーも出世しなきゃダメってことっすねw

70 :
アックスボンバーは相手をロープにふって自分は反対方向に走るのが
ダイナミックでホーガンらしかったなあ
それをやらないと単なるラリアットだ
なあ、大森さん

71 :
>>70
ww大森のは助走しながら「アァクスボンバ!」と叫ばないと成立しないのか?
ラリアットじゃないからコレ!
て意味なのか?

72 :
アックスボンバー日本初公開が藤波戦で、その前にアメリカで出したときに喰らったのがアドニス。

73 :
大森とやらは知らんがホーガン自身もロープに飛んでの助走時にアックスボンバーと叫んでなかったっけ。
会場観戦時に生で聴いた覚えもある。

74 :
>>68
ホーガンのAWA入りは82年春からだな
81年の春にWWFサーキットを終えて古巣の南部地区をサーキットしてた
全日引き抜きの話が出た時に信憑性を持たれたのはこのためでもある
よくWWFから出てすぐAWAに行ったみたいに間違えて書かれてるけどね

75 :
>>74
その間の最重要事項として「ロッキーV」出演ってのがありますよ。
この出演を先代ビンスに反対されてWWFを出たわけだけど。
WWFでもいいポジションをもらっていたから賭けだったと思うけど
ホーガンは賭けに勝ったね。あれで、それまでアンドレしか居なかった
「世界中どこへ行っても知られている人気レスラー」の座をゲットした。
実際、スタローンは大のプロレスファンだけあって、ホーガンやプロレス
そのものへのリスペクト溢れる作りだったね。

76 :
>>75
>この出演を先代ビンスに反対されてWWFを出たわけだけど。
実情はマネジメントを無視してホーガンが勝手に映画出演の契約を交わしちゃったからだよね。
お笑い芸人が事務所に内緒でイベントなんかの仕事をやる内職と同じ。
事務所としてはルール違反なんで窘めて当然だわな。

77 :
>>75
ロッキー・バルボア対サンダー・リップスの異種格闘技戦。
つうかエキシビションマッチだよね。
これがなかったらハルカマニアはうまれなかった。

78 :
やっぱりロッキー主演もデカイな。
ホーガンはスーパースターになるべくしてなった。
持って生まれたスター性は努力の域じゃない。
初来日のホーガンもそういうオーラが充満してたし。

79 :
ホーガンは禿じゃなかったら
もっと人気出ていただろう

80 :
むしろあの落武者ヘアーがいい個性なんだと思うぞ>ホーガン

81 :
でもホーガンはいい禿げ方していったと思う。
いい禿げ方っておかしい言葉だけど。
髪の毛があるホーガンはなんか想像できないなあ。

82 :
しかしながら試合はつまらん男だったなw

83 :
この年の正月から、タイガーの覆面の口元が大きく開いてアゴまで出したんだよね。
(実際には既に前年の蔵前の浜田戦あたりで佐山自身がマスクにハサミを入れて
口元を拡げてたそうだけど)
新春シリーズの頃のマスクはネコっぽくなってガッカリしたなw
個人的には口元が開いてないタイプのままマスクを進化させてほしかった。
それが秋のシリーズでは鼻と口の間の部分も無くなってて更に露出w
でも↓のブラック・タイガー、ブラックマン、ウルトラマンとやってた時期の
タイプはカッコよかったと思う。
http://tigermask-eplus.up.seesaa.net/skin/100065/images/profile.jpg

84 :
80年代初頭の長州と木村健吾はどちらが格上か、と前にどこかのスレで論議になった。
やっぱり長州だろう。
実際に二人がタッグ組んだ時は長州、木村組で、コールも木村→長州だった。
MSGシリーズでも長州は白星配給ながらもいつも参加していた。
木村はジュニアだったせいか、参加せず。
木村はNWAジュニア、長州は北米タッグ。
でも小林がリタイア状態になった当初の新日本の序列は
猪木、坂口、藤波、長州だった。
佐山タイガーやカーンを入れたら二人とも藤波の次だろうが。

85 :
木村健はテロリスト以前の藤原よりも格下だったはず

86 :
>>84
キムケンが藤波とライバル関係だった80年後半から81年初頭に限定すれば
格はともかく注目度やテレビ露出などでキムケンが圧倒してたと思うよ
藤波との抗争が終わると用済みとばかりに格落ちしたのがキムケン
藤波との抗争をきっかけに格上げ固定されたのが長州というのが違いかな
あくまで藤波あってのキムケンの立場と、藤波無しでも立場を立した長州の違いでもあるか

87 :
それは言える。
長州はこの頃はタッグで毎週テレビにも登場していたはずだが。
でも外人のやられ役というイメージがすっかり定着。

88 :
88だが、谷津のデビュー戦の6・25蔵前で長州Vs木村のIWGP予選リーグのシングルが組まれた。
この試合は長州の勝ち。
そういう状況を踏まえると長州木村だったのもわかる。
まあこの時代だとどんぐりの背比べだが。

89 :
>>88
>6・25蔵前で長州Vs木村のIWGP予選リーグのシングルが組まれた。
この試合は長州の勝ち。
まさしく藤波との連戦が終わり木村が用済みになった試合だよそれ
当時の長州の団体側の与えた格に見合わない不人気は凄かった

90 :
健吾と戸口っていつの間にかIWGP予選参加が
なかったことになってたな

91 :
それは初耳。
戸口はあの伝説の田コロのメインで猪木と予選リーグのシングルやってるのに。
猪木、坂口、藤波、長州、木村、カーン、戸口、ラッシャー
この辺りは予選リーグやってるから。

92 :
>>91
その猪木vs戸口戦がIWGP予選として行われたのは知っている。
ただ最終成績が健吾と戸口を除外した形で計算されてた。

93 :
へえ、知らなかった。
戸口はまだわかるけど木村までなんでだろ。

94 :
82年は健吾はほとんどTvマッチに登場してないんじゃないかな
記憶にあるのはオートンとのシングルとサマーsのキッドらとの6人
タッグ。あとは出てこないや。

95 :
>>94
坂口&木村×ラッシャー&浜口
タイガー&木村×ライト&ブラックマン
タイガー&木村×キッド&ブレット
も中継されてるようです。印象薄いのは否めないね。

96 :
もしかして片手ですかね

97 :
印象薄いね。
特に82年は木村はビッグマッチはなかったのでは。

98 :
>>97
暮れの後楽園で藤波のWWFインターに挑戦してる
通常シリーズ終了後の単発興行でしかもノーTVだったから印象は薄いけど

99 :
>>85
釣りだとは思うがテロ前の藤原は木村はおろか木戸よりも格下だっただろ。
下手したら星野より下だったかもしれない。
それにテロ後にしたって時の人ではあったがイロモノ扱いだったし
戦績面での扱いからすれば格上げされた感じはしなかったがな。

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