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2012年6月ポケモン691: ドラえもん・のび太のポケモン小説2 (280)
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ドラえもん・のび太のポケモン小説2
- 1 :11/09/27 〜 最終レス :12/06/23
- 次スレで
- 2 :
- にげっと
- 3 :
- あ
- 4 :
- 4ゲット
- 5 :
- >>1乙
投下していいのかな……?
とりあえず前スレの続き投下します
- 6 :
- バクフーンとエルレイド。二匹は両手を組み合い、互いに力を放出する。
バクフーンは背中から炎を。
エルレイドは全身から気合いを。
力と力は拮抗し、どちらも譲らない――と思われた矢先、エルレイドが意図的に体制を崩した。
その両目が妖しく光る。
バクフーンは身の危険を察知し、敵の顎に頭突きを喰らわせた隙に後方へと飛び退く。
予想通り敵はサイコキネシスを放ってきたが、バクフーンは回避に成功した。
「ストーンエッジ」
トレーナーは依然表情一つ変えずに指示を送る。ツバサはチッと舌打ちし、バクフーンに回避を命じた。
威力の高い、岩タイプの技。
流石は元四天王と言うべきか、厄介な技を覚えさせている。
紙一重で攻撃をかわすことは出来たが、敵の動きに目を凝らすと、知らぬ間に姿が消失していた。何をしたのかは判っている。
「バクフーン、後ろに炎のパンチ!」
テレポートによる不意討ちなど、既に見切っているのだ。事前に出現ポイントを予測したツバサの的確な指示により、エルレイドは出現と同時に殴り飛ばされた。
「その技は通じないわ」
「やはりさっきのは偶然ではなかったか」
得意技が通用しないことをわざわざ確かめる為に、再びテレポートを命じたのか。
だとすれば、彼にはまだこの戦いに余裕があるということ。
『焦るな。奴とて絶対ではない』
「わかってる……」
敵は今まで出会ってきたポケモントレーナーの中でも相当な力を持っている。無論のことながらこの世界で戦った他の何者よりも、圧倒的に強い。
しかし何故か、厳しい戦いだというのに現状に楽しんでいる自分が居た。
- 7 :
- 「血は争えないね……ポケモンバトルをしている時の君は、一際輝いて見える」
「……お前はどうなのよ?」
血は争えないという台詞にムッと来たが、平静を装い、彼に問う。
「私は嫌いだ。ポケモン同士、同族である筈の存在が、何故人の命令で傷つけ合わなければならない?」
『しかしそれを望むポケモンも居る。望まないポケモンだけとは思わないことだな』
「それは人間に感化されているだけさ。言ってしまえば洗脳。戦いが好きになってしまう、戦いを好きにさせられる……ポケモンがバトルを望むというのは、状況がそうさせているに過ぎないんだよ、ホウオウ」
『貴様は……』
「私は状況から変えてみせる。望まぬ戦いからポケモンを遠ざけ、人間の手から救う……その為にはこの世界の住民には犠牲になってもらうよ」
彼には彼なりの目標があるのだということは判る。彼の行動を突き動かしているのはポケモンに対する純粋な愛情か。
しかしツバサはそれを「勝手なことを」と容赦なく切り捨てた。
「この世界の人達が何をしたって言うの? 自分の世界でやればいいじゃない」
ポケモンの居ないこの世界に全ての野生ポケモンを移住させ、人の手が届かないポケモンの楽園を創るのが彼の目的。
そんな回りくどい真似をしなくても、自分達の世界に居る全ての人間を滅ぼせば同じことだ。
無論そんなことは絶対にさせないが、それならば関係のないこの世界を巻き込まなくて済むとツバサは思う。
彼、イツキは眈々とそれに答えた。
「私の世界……いや、私と君達の世界には障害が多すぎる。レッド、ワタル、ダイゴ、シロナ、ゴールド……あの世界で計画を実行すれば、彼らを敵に回すことになるからね」
「ここには邪魔者が居ないから? 結局逃げているだけじゃない!」
はっきりと彼を否定する。その言葉には、ツバサ自身の怒りが込められていた。
- 8 :
- イツキは腕に抱えたセレビィを撫でながら、冷徹な口調で言った。
「君にはわかるまい。私が、関係のない人々を巻き込んでも目的を果たしたい理由が……」
その言葉にツバサはわかってたまるかと返そうとしたが、彼の瞳を見た瞬間、何も言えなくなった。
悲しい目……。
絶望に染まった彼の心が、見えてしまった。
『ツバサ!』
ホウオウの声でハッと意識が現実に引き戻される。
目の前では戦闘が再開され、バクフーンが彼女の指示を待っていた。
「ストーンエッジ!」
敵から繰り出される岩石攻撃が、直撃コースを辿ってバクフーンに襲いかかる。
避けられないと踏んでツバサは「まもる」を命じたが、敵はそれすら計算に入れていた。
「――!?」
バクフーンが生み出した障壁はストーンエッジを阻んだ。
しかし敵はその障壁の内側に入り込んでいた。
――フェイントだ。
威力の低い一撃だが不意を突かれ、急所に受けてしまう。
後方へ吹っ飛ばされるバクフーンに追い討ちをかけるように、エルレイドはもう一度距離を詰めてきた。
「インファイトだ」
バランスを崩した今のバクフーンに回避は出来ないと踏んだのか、敵は格闘タイプ最強クラスの技を命令する。
確かに、回避は難しい。
だが、ツバサはバクフーンを信じた。
「火炎放射っ!」
敵の拳が今にもその身を捉えようとする刹那、バクフーンはバランスを崩しながらも行動を起こした。
背中から放出される炎はこれまでよりも凄まじく、身体中の熱気も格段に上昇している。
猛火――特性の発動だった。
「エルレイド!」
イツキが表情を変えて叫ぶ。
しかし時既に遅く、インファイトが直撃するよりも早くバクフーンの火炎放射が彼のポケモンに直撃し、エルレイドはそのまま沈黙した。
インファイトは防御を捨てた攻撃だ。至近距離からの火炎放射を避ける術はなかった。
- 9 :
-
力尽きたエルレイドを、イツキはモンスターボールに戻す。
解せない……と彼は呟いた。
「体勢を立て直すまでのスピードが、こちらの予測以上に早かった……まさか君は私を嵌めたのかい? わざとフェイントを誘い込み、わざと体勢を崩し、エルレイドがインファイトを仕掛けるタイミングを狙って……」
「そんな芸当が出来るのはレッドやチャンピオンぐらいなものよ。私はただ火炎放射を命令しただけ」
『ツバサはバクフーンを信じ、バクフーンはそれに答えた。それだけだ』
愕然と佇むイツキに普段の調子で答えるツバサとホウオウ。要するにバクフーンのファインプレーだ。
信頼に答えたバクフーンの顔は、少しやつれてはいたが得意気だった。
「ふっ、だろうね……」
続く三匹目のポケモンが入ったモンスターボールを取り出し、イツキは苦笑を漏らす。
余裕の表情に戻り、彼は口を開いた。
「あと三匹……あと三匹、私は今のエルレイドと同等のポケモンを持っている」
「!?」
「君はあと何匹、そのバクフーンと同じぐらいの強さを持ったポケモンを持っているかな?」
イツキの発言に、ツバサは目を見開く。
いかなる時も感情を表さないポーカーフェイスはポケモンバトルにとって重要なことだ。
しかし、彼女は見せてしまった。内に抱えた動揺を。
「やはりそうか。君の最強のポケモンはそのバクフーンで、他はそれ以下の強さでしかない。つまり、そのバクフーンさえ倒してしまえば……」
ニヤリと唇をつり上げ、彼女の手持ち事情を見透かしたイツキは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私のポケモンに対抗出来るポケモンは、一匹も居なくなるということになる」
図星だ。
対抗出来るポケモンが居なくなるどころか、ツバサの残る手持ちポケモンは体力を消耗したこのバクフーンと、基本的に移動要員のヨルノズクだけだ。
- 10 :
- さらに彼は、ツバサにとって絶望的な発言を言い放つ。
「そして今から私が繰り出すポケモンは、私が持つ最強のポケモンだ。この私の切り札を引き摺り出したことを、誇りに思うがいい!」
モンスターボールを放り投げ、切り札――ネイティオを繰り出す。
セレビィと同じ浅緑色の体毛に、白い翼が見える。トーテムポールのような顔つきは、まさにポーカーフェイスを極めたものだった。
ツバサとバクフーンは身構える。
見た目は大して強くなさそうだが、隠し持った高い戦闘能力はとてつもないものであることは、既にホウオウから聞かせられていた。
彼の手持ちポケモンの数まではホウオウも覚えていなかったが、その切り札はとても印象深く記憶に残っていたようだ。
「さあ、始めよう」
一瞬。
開幕を告げるイツキの台詞の後、一瞬でバクフーンは吹き飛ばされた。
「速い……! なんてサイコキネシス……」
地を転がりながら体勢を整え、バクフーンは表情変わらぬ敵を睨む。
思いの外ダメージは少なかったが、それはイツキが意図したことだった。
「今のはサイコキネシスではないよ。……念力だ」
つまり、彼は手加減した。
今の一撃でバクフーンを瀕死に持ち込めたものを、あえてそうしなかったのだ。
「傷薬を使いなよ。エルレイド相手で消耗した今のバクフーンとでは、とても良い勝負は出来ない」
「舐めるな!」
バクフーンは地を蹴り、浅緑色の敵に接近する。敵は翼を持ちながら、未だその場に佇んでいた。
「火炎放射っ!」
特性の猛火によって力を増した火炎放射が敵に襲いかかる。が、敵は造作もなくそれを避けてみせた。
「テレポートを攻撃に生かせられないなら、回避だけに生かせばいい。今のは良い攻撃だったけど、当たらなければ意味はないね」
「くっ……」
相手を見下すだけの力はある。
頭に来るが、彼の総合的な実力は自分より遥かに上だ。
言う通り手持ちの「回復の薬」でバクフーンの体力を回復させるのが得策なのかもしれないが、プライドが邪魔し、彼女はそれを拒否した。
- 11 :
- 「困るんだよ。ある程度良い戦いをしないと空間が歪まない。ポケモン同士が拮抗した力でぶつかり合わないと、空間の神を呼び寄せる餌にならないんだから……」
ネイティオの放つサイコキネシスが、バクフーンの足元のフィールドに大穴を空ける。
彼がわざと外しているようだった。
「流石にネイティオでは力の差がありすぎたかな? まあいいか。これだけ次元空間を歪める激しい戦いが出来たんだ」
敵の圧倒的な力の前に、バクフーンは身動き出来ない。ツバサもまた、その状況を眺めることしか出来なかった。
完全に計算違いだ。
噂に聞いたイツキのネイティオが、ここまで強かったとは……。
「決めさせてもらうよ。ツバサさん?」
ネイティオは白い翼をバッと振り上げ、全身からサイコキネシスを放出する。
具現化した念力は、まるで雷のような攻撃だった。
なすすべもなく直撃を受けたバクフーンは宙に舞い、地に落ちた頃には既に意識を失っていた。
「さて、他のポケモンに私のネイティオを倒すことは出来るかな?」
- 12 :
- 動かなくなったバクフーンからそのトレーナーに目を移し、イツキは問いかける。
ツバサは奥歯を噛みしめる。
『ツバサ』
「……ごめんホウオウ……」
胸元に下げた金色のモンスターボールに手をかけ、彼女は同じ色の瞳で彼を睨んだ。
「出来るわ」
何か覚悟を決めたような強い顔だった。
その様子にイツキは頬を引き締める。
「まさか……いや、そんなことをすれば、この世界は愚か君の世界や名も知らぬ世界まで、全ての次元を歪めることになるよ?」
「…………………」
「たとえ上手くいったとしても、この世界の崩壊は防げない。わかっている筈だ。だから今までそれを解放しなかった」
イツキの口数が増え、口が早くなる。まるで今から彼女が起こそうとする行動に怯え、焦っているようだった。
「……次元の神に期待するわ」
「待て! 神が必ずしも歪んだ空間を修復するとは……」
「……任せたわ、ホウオウ」
「くっ! ネイティオ、彼女を撃て!」
額に冷たい汗を流しながら、イツキはツバサの行動――ホウオウの召喚を阻止すべくネイティオに彼女への直接攻撃を命じる。
ホウオウだけが唯一自分を倒しかねない不安材料なのだろう。
しかしボールを放つ前にトレーナーの息の根を止めれば、それを防ぐことが出来る。
彼の判断は的確かつ迅速だと思う。
ネイティオの攻撃速度を考えれば、このタイミングではボールを放つことが出来ない。
(助けて……)
今まで考えもしなかった、思い浮かびもしなかった言葉が、無意識に心に浮かび上がる。
その時同時に過ったのは、世界で一番嫌いな――父親の姿だった。
……そうだったんだ……
やっぱり私はまだ、お父さんのことが……
- 13 :
- 死を覚悟など出来はしない。
こんな所で、ましてはこんな奴なんかに殺されたくない。
覚悟は出来なかったが、何故か恐怖を感じなかった。
そして、彼女が死ぬこともなかった。
何故ならばサイコキネシスを放とうとしたネイティオが、突如現れた灰色のポケモンに突き飛ばされ、攻撃出来なかったからだ。
そのポケモンのトレーナーと思わしき人物は、今ツバサの目の前に居る。
(お父さん……?)
頼もしく大きな背中。
しがみついてばかりだったあの頃の思い出が、ふと頭に蘇る。
父がこの場に居る筈がない。
しかし、目の前に居る彼――野比のび太の背中は、どうしても重なって見えてしまった。
「あの鳥ポケモンの群集を突破してくるとは中々どうして……素人の割に出来るじゃない」
眼鏡の奥の両目は、真っ直ぐ敵を見据えている。その顔はポーカーフェイスとはほど遠く、怒りに満ちていた。
「許さない……」
拳を握り、のび太が吐く。
- 14 :
- 「お前は、僕が倒してやる!」
ポケモンの素人は威勢良く、四天王打倒を宣言する。常のツバサなら何を馬鹿なと突っ込むところだが、何故だか本当に期待してしまった。
すぐにそんな自分に気づき、彼女は首を横に振る。
「どいて。アイツはお前の手に追える相手じゃない。アイツは私が……」
彼がイツキを倒せる筈がない。期待を殺し、ツバサは再び前に出ようとする。
だが、彼はそれを制止した。
「僕がなんとかアイツを食い止めるから、ツバサちゃんはその間にポケモンを回復させて」
「えっ?」
コイツ、さっきアイツを倒すって言わなかった?
表現が「食い止める」に変わり、ずいぶん現実的なことを言うとツバサは半ば感心した。
のび太は軽く笑んで、
「君が殺されそうになってるの見て、ちょっと頭に血が昇って……言い間違えちゃったんだ」
「……あっそ」
まあ、「お前は僕が食い止めてやる!」なんて言っても格好がつかない。言い間違えたのは正解だったと思う。
しかし、違った。
彼が本来言う筈だった台詞は、そんなものではなかった。
のび太はネイティオを突き飛ばしたポケモン、ドンファンを連れて敵の前に詰め寄る。
そして、仕切り直した。
「お前は……僕「たち」が倒す!」
- 15 :
-
その台詞が聞こえた瞬間、ツバサは胸の内に何かが弾けるような感覚を感じた。
僕たち――つまり、一人ではないということ。
一人では……ない。
『ツバサ……』
「嬉しい……嬉しいよホウオウ。仲間が居て、一緒に戦う仲間が出来て……」
『……そうか』
旅をして得たものが、そこにある。
だから旅をして良かったと思う。
旅の為に家族を捨てた父を許すことは出来ない。
だが、父が惚れた旅というものを、ツバサは許した。
フィールドでは既にのび太とイツキの戦いが始まっている。
元気の欠片と回復の薬で、早くバクフーンを回復させないと、ね……。
一人ではなければ、何でも出来る気がした。
- 16 :
- 投下終了
少し唐突な展開だったかも……
次回はのび太&ツバサvsイツキ
- 17 :
- <<1へ
前のスレの行方は`
- 18 :
- http://same.ula.cc/test/r.so/yuzuru.2ch.net/poke/1294322286/l10?guid=ON
携帯からだけど前スレのURL貼ってみる
- 19 :
- 七色の翼氏乙、ネイティオついに出したか
というかいつの間にドンファンに…?修行でか?
- 20 :
- あっちがまだ297レス開いてるよ?
- 21 :
- >>20
下にKBってのが見えるだろ?
これ容量表してるんだが、前スレはもうパンパンに近くて1000行かなくてももうすぐ書き込めなくなるんだよ
- 22 :
- 10月保守
- 23 :
- 投下します
- 24 :
-
敵の数は大分減らせたと思う。
何よりギャラドスの圧倒的なパワーは多対一でも絶大な威力を発揮し、鳥ポケモン達を蹂躙してくれた。
おかげで包囲網が薄くなり、のび太をツバサの元へ行かせることが出来た。
本当なら自分が行きたかったところだが、イツキには既に手の内を見せている為、行ったところで瞬殺は確定だ。
のび太の実力は出木杉も測りかねてはいるが、おそらくイツキには及ばないだろう。
だが、彼はまだ一度もイツキと戦っていない。
自分もジャイアンも、現状の実力ではイツキに敵わないのは明白だ。
誰が行っても敵わないなら、まだ手の内を見せていないのび太を挑ませた方が得策だと出木杉は判断した。
「ここは僕達二人で十分。だから君は先にツバサちゃんのところへ、か……」
のび太の為にギャラドスで道を開けた時のことを、出木杉は振り返る。
上手く格好はつけただろう。のび太が異性なら確実に惚れた筈だ。うん。
しかしその言葉はまやかしである。これだけの群集を相手するにはジャイアンとの二人だけでは心許ない。
(全く……こんなゴリラとじゃなくて、静香ちゃんと一緒に戦いたかったな)
脳内で軽口を罵く秀才出木杉。
これも窮地に陥った時も冷静さを失わないようにする、一つの手だ。
「あーくそっ! 鳥相手だからあのゴリラのジュプトルも全然役に立たない!」
「なんだとてめぇ!」
「……って、のび太君が言ってたよ」
「あの野郎……! 後でギタギタにしてやる」
頭にしまっておく筈の悪態が声に出てしまい、ジャイアンの心に怒りの炎を灯してしまった。
しかしすぐにのび太に責任転嫁する辺り、出木杉の秀才ぶりが伺える。
(まあ、怒りは力に変わるものだ。武を元気付けるとは流石僕、天才天才アンド天才)
ポジティブシンキングというものも、こういった状況では割と役に立つ。
しかし現実は厳しく、彼ら二人とそのポケモン達は今、地上に追い込まれ、数十匹もの鳥ポケモン達に囲まれていた。
- 25 :
-
「タケコプターの電池も切れちまったし、俺のジュプトルじゃ確かに相性が悪い。役に立たねぇわけじゃねぇけどな!」
「空気砲も壊されてしまった。ポケモンの体力は傷薬があるからまだ良いとして、無理をさせたせいで技ポイントが厳しい。
五匹くらいならガーディで倒せると思うけど……」
「よし、じゃあジュプトルとギャラドスとガーディに倒せるだけ倒した後は、俺達が素手で戦おう」
「……ああもう」
一旦静香の居る空き地に戻るという手もあるが、鳥達はこの場から逃がしてくれそうにない。
気は進まないが、ここは背水の陣。ジャイアンの言う通りにした方がいいのかもしれない。
「ギャラドス、暴れる!」
「ジュプトル、電光石火!」
「ガーディも出て! 火炎車だ!」
幸い、イツキの指示なのかここに居る鳥ポケモン達はツバサやのび太には興味がないようだ。
思う存分戦える。
「プラスに考えよう。これだけのポケモンを倒せば、僕達のポケモンは一気にレベルアップだ」
「よっしゃあああっっ!」
青と緑、赤のポケモンが共闘し、敵を薙いでいく。
この戦いはポケモンはもちろん、彼ら自身にも確実に多大な経験値を積ませていた。
- 26 :
-
――修行中にはなかった実戦の緊張感に、野比のび太は支配されている。
下手をすれば自らの命すら失いかねない戦いは、今まで経験がないわけではない。
彼は過去に魔物やロボット、殺し屋などと戦い、少なからず命のやり取りをしてきた。
若干十一の年齢でそこまでの経験をしてきた人物など彼以外には、この日本には居ないだろう。
しかし過去に経験があるとはいえ、決してそれに慣れているわけではなかった。
今とてイツキを前にして、彼は冷や汗をかいている。
怖いのだ。
怖くない筈がない。敵の力はゲームの登場人物としてよく知っている。知っているだけでなく、ツバサのバクフーンが倒された瞬間をその目で見ていたのだ。
ポケモンの世界でレッドに鍛えてもらい、自分でも驚くほど強くなった。
しかし、一対一の戦いで勝てると思うほど、のび太は自惚れてはいなかった。
「ドンファン、岩石封じ!」
一対一ではなく、二対一に持ち込む。
プライドの高いツバサは快く思わないだろうが、それが最も勝率の高い方法なのだ。
『一対一と二対一とでは全く違う。相手としては、見た目以上に厳しい戦闘なんだ』
脳裏に師レッドの言葉が過る。
ポケモントレーナーは言わばポケモンの頭脳だ。
本能だけで動く、戦い方が一本調子な野生のポケモンなら多数でかかってきてもそう苦にはならない。
しかし、二人のトレーナーによって別々の指示を受けたポケモン達が同時に動いてくると、対処は非常に困難になる。
師からはそう教わっており、のび太はそれこそが格上のトレーナー(イツキ)を倒す手段であると考えていた。
- 27 :
- 修行によってゴマゾウから進化したドンファンは、相手の素早さを減少させる追加効果を持つ岩タイプの技を仕掛けるが、敵は造作もなくこれを回避する。
すると、一度たりとも目を離さなかったにも関わらず、気づけばネイティオの姿はドンファンの背後にあった。
「そいつはテレポートで近づいたり、攻撃を避けたりする! 目だけに頼らないで、勘を働かせるのよ」
ツバサによるアドバイスが耳に入る。だが、視覚に頼らず勘で動きを追うなど無茶苦茶な理論にもほどがある。
勘でテレポートの出現ポイントを当てるような芸当が出来るのは、天性の才能を持つ者か、或いは長年のバトルで経験を積んできた達人ぐらいだ。
そのどちらでもないのび太は、ただ敵のネイティオのトリッキーな動きに翻弄されるだけだった。
「サイコキネシス」
テレポートを使って背後に出現したネイティオは、その圧倒的な火力を武器にけしかけてくる。
ドンファンの重い重量をものともせず、サイコキネシスはその身を簡単に吹き飛ばしてみせた。
「速くて……強い!」
こちらが反応するよりも速く繰り出される攻撃のスピードに、一撃で大ダメージを与えるパワー。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたドンファンは、四本の脚を震わせながらなんとか立ち上がる。
ゲーム表示にすれば、ヒットポイント限界ギリギリで持ちこたえているところだろう。
「特性、頑丈か……もしかして、がむしゃらを覚えていたりするのかい?」
「ドンファン、じたばただ!」
イツキの問いを無視し、のび太は迅速に指示を送る。
じたばたは残り体力が少なければ少ないほど威力の上がる技だ。特性「頑丈」効果で瀕死寸前で持ちこたえている現状では、持てる最高の威力を発揮出来る。
確かに威力は凄まじく、ネイティオが立っていた頑丈なフィールドを一撃で窪ませるほどであった。
しかし、当たらなければダメージはゼロ。渾身の一撃を嘲笑うように、敵は空からドンファンを見下ろしていた。
- 28 :
- 「がむしゃらで来てもそれで来ても、避けてしまえば何の意味も成さない。私のネイティオに空を飛ばせたことは、賞賛に価するがね」
「………………」
テレポートの使用を抜きにしても、あのネイティオは速い。
ネイティオは一瞬の動作によって、ドンファンの攻撃から上空へと逃れたのだ。
「空を飛ぶ攻撃だ」
余裕綽々の微笑みを浮かべながら、イツキはとどめの攻撃を命じる。と、ネイティオは加速もつけずにドンファンに向かって急降下してきた。
「……強い」
まもるの指示を送る隙すらなかった。
彗星の如く繰り出された超スピードの一撃は避けようもなく、ドンファンの身体を容赦なく貫いた。
そしてドンファンは力なく横向きに倒れ、動かなくなる。何のダメージも与えられず、戦いに敗れたのだ。
これはドンファンが弱いと言うよりも、ネイティオが規格外に強すぎると言った方が正しい。この結果は必然にして当然だった。
「大人気ないと罵ってくれて構わないよ。相手が誰であろうと、私のネイティオは負けない」
ネイティオがゆっくりと着地する傍らで、イツキは非情とは言えるが冷酷とは言えない顔でのび太を見下ろす。
彼の視線を気にしながら、のび太は労りの言葉と共にドンファンを回収する。
(想像より強い……ここまで通用しないなんて……)
もしポケモン世界に行く前の彼であれば、この時逆上するか動揺するかのどちらかだっただろう。
しかし、今は非常に落ち着いていた。これも間違いなく、修行の成果である。
『自分よりも強い相手が現れた場合、その時は素直にその力を認めた方がいい。
絶対に負けると思う必要はないが、絶対に勝つと意気込んで、気持ちだけで挑むのはオススメ出来ない。勝てる確率はあまりに低いし、何よりポケモンの信頼を失うからな』
師は言っていた。
だからいかなる時も冷静さを忘れるな、と。
勝ちたいと思う気持ちは大切だが、気持ちだけで勝てるほどポケモンバトルは単純ではない。心を落ち着かせ、不測の事態にも動じない冷静さが最も必要だと彼は言っていた。
それは言葉より簡単ではなく、師自身がその極みに到達するまでは五年以上も時間が掛かったらしい。
- 29 :
- 天才肌の彼ですらそれほど手間取ったのだ。ポケモンを始めて一ヶ月も経っていないのび太では、到底及ぶ筈がない。
元々冷静な性格ではないのび太は時折挙動不審になったり、小さなことで動揺したりする。
しかし、彼はここ一番の時には実力以上のものを発揮する変わり者だ。
今彼は、一時的ではあるが師の言う「極み」に半歩足を踏み入れていた。
「よし」
自分のポケモンが倒されたというのに、のび太は笑っていた。
予想に反した彼の反応に、イツキは不思議そうな顔をする。
「おかしな子だね。手も足も出なかったというのに、どうして笑っていられるのかな?」
「お前をやっつける準備が出来たからさ」
「ほう……」
チラッと、のび太は横目を走らせる。
金色の眼をした華奢な少女の姿が、いつの間にか彼の隣にあった。
そして彼女の傍らでは、ネイティオに倒された筈の炎ポケモンが、傷一つない姿で佇んでいた。
「待たせたわね」
ドンファンがネイティオと戦っている隙に、フィールド外にてツバサが瀕死状態からバクフーンを完全治癒したのだ。
もう少し時間を稼ぎたかったところだが、二匹目のポケモンを出すまでにはなんとか間に合った。
のび太はモンスターボールを取り出し、バクフーンと並列させるようにポケモンを繰り出した。
「バクフーンと、ピカチュウか……」
ツバサのバクフーン、のび太のピカチュウと、共に彼らにとっては最初に手に入れたポケモンだ。
バクフーンを見たイツキは意外そうな顔でツバサに問うた。
「私が言った時は回復を嫌がっていたのに、心変わりかな?」
「まあそんなところよ」
ともかくこれで二対一という有利な状況を作ることに成功した。
気のせいか、ツバサの横顔が活き活きしているように見える。
「のび太、私のバクフーンが撹乱するから、お前は隙を狙って電気技を」
「わかった」
視線を敵のネイティオに戻し、のび太は心の中で深呼吸をする。
敵がネイティオの他にもう一匹ポケモンを出してくる可能性は高い。故に、彼はネイティオだけでなく、トレーナーであるイツキからも目を離さなかった。
- 30 :
-
ネイティオだけで十分とでも言うのか、ピカチュウとバクフーンを前にしてもイツキは数を合わせようとしなかった。
両腕にはセレビィが抱き抱えられているが、戦闘要員としては彼の方も数えていないだろう。
(なめられたものね……)
あのネイティオは確かに物凄い強さだ。見立てのレベルは四十後半から五十と見る。
しかし、ネイティオは耐久能力に優れているわけではなく、攻撃が当たりさえすれば勝機はある筈だ。
隙を突いて、効果抜群の一撃を叩き込む。
「バクフーン、スピードスター!」
隙は待っても生まれない。必中の技を仕掛け、ツバサは牽制をかける。
しかし、
「その程度の技……」
ネイティオが一睨みしただけで、バクフーンのスピードスターは到達前に消滅する。後ろで隙を窺っていたピカチュウも、これでは攻撃しようにもなかった。
「なら!」
アイコンタクトを取り、ツバサは口に出すまでもなくバクフーンに指示を出す。
その場所からバクフーンの姿が消える。超速の攻撃、電光石火を使ったのだ。
ネイティオは翼を羽ばたかせ、宙に逃れようとするが、バクフーンのスピードが勝り攻撃は命中する。
僅かに体勢を崩したように、ツバサには見えた。
「ピカチュウ、10万ボルト!」
間髪入れずのび太が指示する。エスパータイプだが飛行タイプでもあるネイティオには、その攻撃はダメージ二倍だ。
直撃すれば大ダメージになりえないが、しかしテレポートによって回避される。
だが、ツバサはその動きを計算していた。
- 31 :
- 「そこよ!」
ツバサは持ち前の第六感で予測した出現ポイントを指差し、火炎放射を命じる。
やはり正しく、予測した場所にネイティオは現れた。
しかし、そこに居たのはのび太のピカチュウだった。
「ば、馬鹿! 避けなさいっ!」
ネイティオはバクフーンからピカチュウを挟んだ位置に現れたのだ。イツキの指示なのかネイティオ独自の判断なのか、賢しい真似をする。
のび太のピカチュウは驚きながらも紙一重でかわしてみせるが、ネイティオにもかわされてしまった。
くっ、とイツキが苦笑する。
「おやおや、相方に優しくないね」
「のび太! 攻撃する時以外もピカチュウの動きを止めさせないで!」
「う、うん。ピカチュウ、高速移動でネイティオの周りを走って!」
隙を窺う為とはいえ、その場に留まっているとテレポートの為の良い障害物になってしまう。素早く相方に指示を出し、バクフーンへの指示も忘れない。
イツキの戯れ言に構っている暇はない。
「バクフーンを右から回り込ませる。ピカチュウは左から、挟み撃ちにするわよ」
「うん……ピカチュウ!」
彼女の耳打ちにのび太は快く頷く。戦いにおいては全幅の信頼を置いているのだろう。
作戦はツバサが提示し、のび太はそれに合わせる。訓練されていないマッチバトルだが、形にはなっていた。
作戦を提示するツバサの責任は重大だ。
- 32 :
- 「バクフーン、スピードスターよ!」
「懲りないね」
バクフーンが放つ高速の星弾を、再びネイティオが念力で相る。
攻撃を命中させられるほどの隙は生まれないが、バクフーンが駆け出せるぐらいの隙は生まれる。
バクフーンは四足歩行で走り、猛スピードで右側から回り込んでいく。
「やはり速いね、君のバクフーン。だけど……」
左側へ背面飛行することで間合いを維持し、ネイティオは次にバクフーンから放たれるであろう攻撃に備える。
しかしその方向には、バクフーン以上のスピードで迫ってくるポケモンが居た。
「なるほど。左右からの挟み撃ちってわけだね」
左右に逃げ場はない。前後の移動ならいくらでも対処出来るし、テレポートしようものなら瞬時にツバサが出現ポイントを予測し、バクフーンの火炎放射が襲いかかる。
高速移動を詰んだピカチュウのスピードからして、今度はその身を盾にすることは出来ない。
動き回らないトレーナーを盾に使ってテレポートしてきたとしても、その程度のことは予測すれば問題ない。のび太もバクフーンの攻撃にまんまと当たるほどマヌケではない……筈だ。
つまり、ネイティオに逃げ場はないのだ。
ツバサはのび太にアイコンタクトを取る。そして二人は同時に命令する。
「火炎放射!」
「10万ボルト!」
ネイティオを追い詰めた二匹は互いに得意技を放ち、作戦通り挟み撃ちにする。
左右前後に逃げ場はなく、ならば空へとネイティオは急いで上昇する。
それこそがツバサの狙いだった。
「行きなさい、ヨルノズク!」
空に逃げられたら攻撃オプションはほとんどない。しかし、同じく翼を持つこのポケモンは別だ。
ネイティオの軌道を読んだツバサに、空中へと投擲されるモンスターボール。
その中から茶色の鳥ポケモンが飛び出し、ネイティオの向かう方向に先回りする。
「ヨルノズク、突進!」
三匹目の登場は流石に予測出来なかったのか、突如目の前に現れた鳥ポケモンによって、ネイティオは諸に攻撃を受ける。
鈍い音を響かせた後、一時的に飛行不能になった無表情の鳥ポケモンは重力に従って墜落していく。
その先に待っていたのは、バクフーンの火炎放射とピカチュウの10万ボルトだった。
次の瞬間――
電気と炎の混じった爆発が巻き起こる。
- 33 :
-
ヨルノズクの突進は確実にダメージを与えた。
それによって、ネイティオは完全に体勢を崩した。
あれではテレポートも、まもるも使えなかった筈だ。
爆煙が晴れるまで気を抜くつもりはないが、ツバサは攻撃の直撃とネイティオの戦闘不能を確信していた。
のび太に至っては微かに笑みすら浮かべている。ポーカーフェイスが大事だと教わっているだろうに、やはり性格なのか、喜びを隠し切れていなかった。
これまで冷静に冷静のフリを重ねていた彼だ。強敵を倒したことで糸が緩んでしまうのも仕方ないのかもしれない。
「……マヌケな顔になってる」
「こういう顔なのっ!」
「……ピカチュウに命令している時はかっこよ……もっと引き締まっていたわ」
「うん、気をつける」
「……なに言いかけてるのよ私……」
「ん?」
「目の前に集中する!」
認めたくはないが、ポケモンバトルに集中している時の彼はとても良い顔をしていた。
頼りになる、とかそういうわけじゃない。まだまだ挙動が怪しいし、改善すべき点は沢山ある。
なのにどうして、格好良いなどと思ってしまったのだろうか?
常時マヌケ面のコイツが。
『雑念があるぞ』
「――! そ、そんなわけない。今はアイツを倒すことしか考えていない。考えちゃいけないんだから」
『…………そうだな』
時が時なら何か言いたかったのだろうか、数拍の沈黙の後、ホウオウは彼女の言葉を肯定した。
10万ボルトと火炎放射の正面衝突は、凄まじいエネルギーを発生させた。いかにレベルの高いポケモンでも、今の二発に挟まれればひとたまりもないだろう。
風に煽られ、爆煙が晴れていく。
ツバサ達二人にとって、それはネイティオの瀕死の確認だった。油断大敵と言うが、あれだけの攻撃を受けて尚も戦闘可能とは考えにくい。
事実、直撃を受ければ瀕死は免れなかった。
直撃を受ければ。
「あっ……」
爆煙が晴れた場所にあるもの。それを見て、まず最初にのび太が声を上げる。ツバサも驚愕を隠せなかった。
- 34 :
- ――ネイティオは無事だった。
ネイティオのその身を包み込むように、浅緑色の妖精が傍に寄って巨大な球状の障壁を張っていたのだ。
「今のは良い狙いだった」
つい先ほどまでそのポケモンを両腕に抱えていた筈の男が口を開く。
「三匹目のポケモンは、少し予想外だった。私も驚いたよ。三匹掛かりとはいえ、まさかネイティオを追い詰めるとは……」
二割の感心と一割の驚きと、七割の余裕が見えるその顔。
四天王のオーラというものが、そこにあった。
「そしてあの火炎放射と10万ボルトの威力……セレビィが間に入ってまもるを使わなければ、ネイティオはやられていたよ」
ツバサがヨルノズクを加勢させたように、イツキもセレビィを加勢させていたのだ。
間一髪というタイミングだった。
セレビィを向かわせるタイミングが後一歩遅れていたら危なかった、と彼は続ける。
「君達は強い。二人が同時にかかって来ると、流石に脅威だ」
透き通るようだった声色がそこで濁る。
口元は笑っているが、目は笑っていなかった。寧ろ、怒りすら見える。
「おかげで少し思い出してしまったよ。ポケモンバトルの楽しさというものを……」
微かに声が震えているのをツバサは感じた。恐らくのび太も同じことを感じているだろう。彼の表情は恐怖を堪えようと引きつっていた。
「二度と思い出したくなかった……虐待を指示して楽しむような、あの高揚感は……」
イツキが両の手を握りしめ、肩を震わせる。静かなその迫力に、ツバサは圧された。
「負けるわけにはいかない……絶対に負けるものか俗物共っ! 貴様らに受けたポケモンの屈辱、倍にして返してやる! 抵抗したければするがいい!」
彼最強のポケモン、ネイティオに傷を付けられたことが原因だろう。この瞬間、激昂と共にイツキのポーカーフェイスは崩れ去った。
- 35 :
- それこそが彼の地なのかもしれない。本性を引き摺り出せたのだから、先の攻撃は無駄ではなかったと思う。
変わらず、ツバサは冷静に対峙する。
「お前がどうしてそこまで自分の計画に拘っているのかなんていうのはどうでもいい。でも、ポケモン愛護もそこまで行くと迷惑よ」
「人が神を信仰するのと同じさ。ポケモンに支えられて生きてきた人間達は、ポケモンを愛でる義務がある! だが、君達はポケモンに何をしてきた!?」
「ポケモンを大切にしないから人間が憎い。だから人間を恨むっていうのは勝手だよ。それに、ここはポケモンに関係ない世界だ! なんで巻き込むんだよ!」
「確かにこの世界には関係のない問題だ。君達には何の恨みもない。だがポケモンを救う為……犠牲になってもらう!」
憎悪を込めた声で言い放ち、それと呼応するようにネイティオが動き出す。セレビィはイツキの元に戻り、彼の身ごとネイティオを守った時と同じ球状の障壁でその身を覆った。
まるでこれから繰り出す大技から、巻き添えを避けるように。
「ゆけ、未来予知!」
恐ろしい威力を持ったエネルギー波がどこからともなく現れ、フィールドに居るネイティオ以外のポケモンに襲いかかる。
それも一射だけでなく、二射、三射四射と立て続けに、絶え間なく雨のように降り注いできた。
フィールドに着弾する度に大爆発が起こり、足元が激震する。
まるで流星群だ。サイコキネシスすら上回る超威力の攻撃は視界すら妨げ、自分のポケモンがどうなったかすら判らなかった。
- 36 :
- 「くっ……一体どれだけの攻撃を未来に予知したっていうの!?」
今まで積極的に攻撃を仕掛けてこなかったのは、全てこの時の為?
降り注ぐエネルギー波の雨はトレーナーの居る場所すら巻き込んで爆音を轟かせる。
揺れに堪えきれなかったツバサは思わず倒れそうになるが、後ろに回った黄色いTシャツの少年がそれを支える。
「の、のび太……!」
「何なのこれ……」
『奴は痺れを切らした。空間の神を待つ前に我々を滅ぼす気だ』
「そんな……うわっ!?」
エネルギー波を浴び続けたフィールドに巨大な穴が空き、そこからひびが広がっては地割れのように崩れてく。
二人の足元にも亀裂が走り、この屋上全てが崩壊するのも時間の問題だった。
「ツバサちゃん、どうしよう……」
未来予知攻撃は依然勢いを休めることなく続いていく。助けを乞うような彼の目に、ツバサは強い口調で言った。
「私の傍から離れないで!」
黄色いTシャツの裾をギュッと握りながら、のび太の顔に顔を近づけて言った言葉だ。
その言葉にのび太は顔を赤らめるが、何を勘違いしているのか。
ゴールドボールに居るホウオウの力が及ぶ範囲なら、この未来予知の雨を直接浴びずに済む。ボールの内側から、ホウオウが彼女らを覆う障壁を展開しているからだ。
だからそう言ったのだと気づいた時、のび太はどこか残念そうな顔をしていた。
だがその顔はすぐに強張る。
足場の崩壊と共に、バトルフィールドは屋上ごと原型を失った――。
- 37 :
- 投下終了。そろそろイツキ編大詰め
次回はネイティオとの決着
- 38 :
- 乙、出木杉の謎のウザさwwww
イツキはまだポケモンたくさん持ってるはずだがもう大詰め来るか
- 39 :
- 乙カレー
毎度ながらバトル描写が熱いな
ところで前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/poke/1294322286/l50
が中途半端に容量が余ったまま止まってるんだが続きの>>6-15あたりを向こうにも貼りつけていいかな?
- 40 :
- お願いします
- 41 :
- すでにAAで前スレ埋まってるみたいだな
- 42 :
- ずっと昔にこのスレで見たねあのAA
- 43 :
- 投下します
- 44 :
-
――静かだった。
静寂の夜、辺りに舞う多量の砂ぼこりの臭いが、少年の鼻孔を刺激する。
「う……ううっ……」
喉から絞り出したうめき声。ゆっくりと目蓋を開くと、のび太は視界の内に見覚えのない光景を見た。
――ここは……どこ?
少しばかり気を失っていたのか、記憶は曖昧だ。数秒間の沈黙を経て、彼は現状況を把握する。
――そうだ。ネイティオの未来予知で……
まるで流星群のように降り注ぐエネルギー波の雨、嵐とも言うべきか。
それが手当たり次第フィールドを破壊し、さらにはのび太達の足場まで崩した。
やがて屋上そのものが崩壊して――という瞬間までは、記憶にある。
辺りを見回せば、瓦礫の数々。
しかし頑丈に作られていたのか、ビル全体が崩壊することはなかった。
崩れたのは彼らが居た屋上だけで、ここは屋上より下のフロア。無論屋根はなく、直に夜闇の空が見上げられた。
そして何より……
「ツバサちゃん!?」
自分の身に覆い被さっている、小さな少女の身体。白いワンピースは砂ぼこりに汚れ、肌身離さず被っていた帽子には穴が空いている。
- 45 :
- 「そんな……僕を庇って……!」
両目は閉じたまま、しかしその手は彼のTシャツを掴んでいた。
彼を自分の傍から離さないように、守ってくれたのだ。
「ごめん……僕が足を引っ張って……」
俯きながら一言ずつ謝り、のび太は自身への怒りを覚える。
何がツバサちゃんを手伝うだ。
結局、何も出来なかったじゃないか……!
彼女を手伝うばかりか自分のせいで怪我させてしまったという罪の意識が、彼の心中に渦巻いた。
その時。
「……バカ……」
「……えっ?」
のび太の腕に抱えられた少女が目を開け、ゆっくりと身体を起こす。
驚いた表情は一瞬で歓喜のそれに変わる。
「自惚れるんじゃないわよ。お前のせいでどうにかなるほど、私は……」
のび太のTシャツから手を離し、自分の脚で立ち上がろうとするツバサ。
しかしその途中、電気に痺れたような苦悶の表情を浮かべ、再びのび太の身体に身を預けた。
「だ、大丈夫!?」
「……ホウオウ、治療をお願い」
『……うむ』
握りしめた金色のモンスターボールから優しい光が広がっていき、彼女の身体を包み込む。苦悶の表情が徐々に楽になっていく様子が見て取れた。しかし、相変わらず明るさはない。
のび太の元から退き、今度こそ身体を起こす。それに続いてのび太も立ち上がった。
- 46 :
- 「バクフーンとヨルノズクはどうなったの?」
『どちらともここから離れた位置に居る。バクフーンはまだ動けるようだが、ヨルノズクは……』
「……後で拾ってあげないとね」
「僕のピカチュウは?」
『気配は感じる。しかし、同じくここから離れた位置に居るようだ』
「そう……」
バクフーンやヨルノズクやピカチュウと、それぞれ離ればなれになってしまった。ツバサは状況を重く見ているようだ。
「のび太は今、ポケモン持ってる?」
「一匹だけだけど」
懐から取り出したモンスターボールを見せ、のび太は問いに答える。
今の彼女には戦えるポケモンは居ない。彼が持つ一匹のポケモンだけが、現存の戦力だった。
今イツキに襲撃されたら一貫の終わりだ。そういったネガティブな思考が二人の頭に共通して浮かび上がる。
そんな時ほど思いは現実になるものだ。
巨大なバリアボールを纏った妖精と共に、赤紫色の髪の青年が宙から降りてきた。
「よく生きていたね。ホウオウの力かな?」
「イ、イツキ……!」
「くっ……」
妖精の力で浮遊していた彼は、バリアボールの消失と同時に瓦礫の上に降り立つ。無論、その傍にはネイティオの姿があった。
「ネイティオの未来予知のお味はどうかな? 今回はフルコースだよ」
「ええ、とっても美味しかったわ。目眩がするほど……」
「ふふっ、いい加減、自分の愚かさに気づいたみたいだね。私に挑んだその時から、君は間違っていたんだ」
リアルな死の恐怖を感じているからなのだろうか、心臓の鼓動が早い。
敵がここまで圧倒的な火力を有していたとは予想外だった。
「これだけ暴れれば空間の神も私達の存在に気づいただろう。
だから君達にもう用はない。さようならだ」
冷酷無比な眼差しで、彼はこちらを見据えてくる。隣に居るツバサは金色のモンスターボールに手をかざしながら、彼の瞳を睨んでいる。
のび太は意を決し、その手に持つモンスターボールを放り投げた。
「いけ、リザードっ!」
悪あがきぐらいはしてみせる。
オーキド・リーフから貰ったヒトカゲは、レッドとの過酷な修行によって高速進化を果たしていた。
- 47 :
- レベルは三十前後。期間を考えれば物凄い急成長であるが、あのネイティオとは天と地ほどの差があるだろう。
「勝てるわけないわ!」
「……それでもやるさ!」
勝ち目はないに等しい。そんなことは判っている。
ツバサの言葉はもっともだが、のび太はあえてそれを振り切った。
彼は思い出していた。
青い親友に頼りきり、堕落していた自らの生活。
すぐに諦めてしまう根性のなさ。
そして、ポケモンの世界でレッドと出会ったことを。
彼は修行の時、いつも言っていた。
『もちろん戦うだけがポケモントレーナーじゃないが、戦わないこともポケモントレーナーとは言えない』
技術でも何でもないこと。しかしポケモントレーナーにとって最も大切なことを、彼に教わった。
『負けてもいい。傷ついたポケモンは、決してお前を責めはしない』
だから絶対に――
『逃げるなよ、野比のび太』
目の前の戦いから逃げるなと。
己の勇気を信じろと――。
- 48 :
-
骨川スネ夫は見てしまった。
見てしまってはいけないものを、はっきり見てしまった。
いや、見ただけではない。視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、全てがその空間を知覚していた。
何故、こんな場所に迷い込んでしまったのだろう?
僕はただ、ビルを離れた後はジャイアン達と合流しようとしただけだ。
なのに一体……そしてここはどこなんだ?
「僕は何を見ているんだ……?」
そこはまるで夢の世界のように幻想的で、非現実めいた世界だった。
彼だけでなく、彼を乗せたゴルバットも同じく困惑している。
困惑だけでは済まない。スネ夫もゴルバットも、不可思議なこの世界に対し、はっきりと恐怖を感じている。
「ゴ、ゴルバット。僕を離さないでよ!」
空は本来の世界のように闇に包まれている。が、それは「空」として認識していいのか判らない。
最も似ているのは、宇宙空間だ。
しかし、この世界が非現実的だと思わせる部分は、決してそれだけではなかった。
世界は壊れていた。
大地が存在せず、地面の片割れがスネ夫の頭の上や足の下、至るところに浮かんでいる。
草も木も海も確かに存在していたが、木の上に海があったり、地面の下に山があったりと、次元の法則が完全に乱れていた。
まるで宇宙空間に地球の残骸が散らばっているかのような光景は、異様を通り越している。
何よりこのざらざらした空気が気持ち悪い。
- 49 :
- 「どうやったら帰れるん……だっ!?」
その時、空気が揺れた。
空気だけでなく、ここにある全てのものが、激しく震動する。次元そのものが震えているのだ。
さらに、突如スネ夫の頭蓋内で脳が暴れ出すような激しい痛みが走った。
「うっ、ううう……! あ、頭が……痛いっ……!」
両手で頭を抱え、スネ夫はうずくまる。
彼を乗せているゴルバットも彼ほどではないが、頭痛を感じているようだ。
「あああああああああっっっ!」
何なんだ、この痛みは。
何なんだ、この恐怖は。
怖い……怖いよ……。
助けて……誰か助けて……!
――うっすらと目を開いた先に、彼は見た。
全身に紅い光を纏った白い竜と。
この世のものとは思えない禍々しい闇を纏った、白銀の竜の姿を。
それを見た瞬間、頭痛からか、もしくは恐怖からか、スネ夫はゴルバット共々意識を失ってしまった。
後に目が覚めた時は元の世界に戻っていたが、この世界で見たものは全て忘れていた。
その世界に迷い込んだという事実すら、彼の記憶には存在しなかったと言う――。
- 50 :
-
触れることすら叶わず、赤い小竜はネイティオの念力によって吹き飛ばされてしまう。
のび太は大量の汗を流しながらも集中力を途切れさせず、ツバサはそんな彼の戦いを祈るように見守っていた。
ただ一人、イツキだけが笑っている。
「大人しくしていれば、すぐに楽にさせてあげるのに……人間は強情で困る」
力加減しているらしく、ネイティオはリザードに対し、サイコキネシスを一切使っていない。
より良い方法でのび太の心をへし折ろうとするイツキの意図に思える。
だが、彼もリザードの目も勝利を信じた輝きを失ってはいなかった。
「リザード、火炎放……」
「遅い」
リザードが口を開けた瞬間、ネイティオがテレポートで背後に回り、その首筋に翼を叩きつける。
衝撃でうつ伏せに倒れるリザードだが、拳を握り、再び立ち上がろうとする。
しかし、ネイティオとイツキはそれすら許さなかった。
腰を上げたリザードに念力を浴びせ、今度は瓦礫の山へと吹き飛ばす。リザードの低い悲鳴が上がる度にのび太の顔が青ざめ、ツバサが見ていられないと顔を背ける。
「どこの世界でもポケモンポケモンと……」
イツキの魂が乗り移ったかのようだった。自らも特殊な超能力者であるイツキは、その精神をエスパーポケモンとリンクさせることが出来る。
本当の意味で本気になった時、彼が用いる彼にしか出来ない戦術だ。
ネイティオは歩いて瓦礫の山に近寄ると、サイコキネシスを使ってそれらを薙ぎ払う。
手荒い清掃を受けたことで山に埋もれていたリザードが姿を現すが、身体は倒れたまま動けず、ネイティオを睨んでいるだけだった。
- 51 :
- 「まだ戦う気か。ポケモンの為に楽園を創ろうというのに、何故抗う……」
イツキが足を動かし、ネイティオの傍に歩み寄る。その目で直にリザードの姿を見下ろす為だろうか。
「リザードっ!」
堪らず、のび太は駆け出した。
ぐったりした我がポケモンの元に寄ると、その身体を抱え込むように手を添えた。
「ごめん……! 無理させてごめんよ、リザード……!」
赤い身体は恐ろしいほど傷だらけだった。それを間近で見た時、のび太は呪う。
こうなることが判っていたのに戦わせた、愚かな自分を。
「君達ポケモントレーナーはいつもそうだ。自らが充じる為にポケモンを戦わせ、そのくせ傷つく痛みを知ろうともしない。
だから勝手だと言うのだよ、少年」
背後から冷たい声が突き刺さる。
イツキという男が何故ポケモンの楽園を創ろうと考えたのか、そして彼の心情が、今なら判る気がする。
だが認めない。認められない。
それはポケモンと共に生きること、戦うこと、わかり合うことを否定することになるから。
「明くる日も人間から逃げ続けなければならないポケモンの苦しみと恐怖を、君は考えたことがあるかい? 君もそうだ、ヒビキ・ツバサ」
両腕に抱いたセレビィを撫でながら言うイツキの顔は、悲痛に満ちていた。のび太は何も言えず、口をつぐむ。
「トレーナーのレベル上げの糧とされた野生ポケモン達の気持ちがわかるか? それでも必死に自由を求め生き続けている者の思いがどんなに強いか、君達には理解出来るのか?」
「わからないわよ、そんなの!」
「そうだ、わかる筈がない。君達は、特に君はポケモンに対する本当の愛を学ばぬまま成長し、ポケモンを手にしたのだから!」
「だから何だって言うのよ! 私はポケモンを傷つけたくて傷つけてきたわけじゃない!」
ポケモンと共存する世界で生きてきたツバサは、彼の言葉に対して強く反応していた。
しかしイツキは冷徹に返す。
「傷つけたくて傷つけたのではないとしても、結果としてポケモンは傷ついている。過程ではないんだ。罪のないポケモンが傷つけられなければ成り立たない世界を、私は認めない」
憂いを帯びた目で、今度はのび太の方に向いた。
リザードを抱きしめながら、彼はきつく睨み付ける。
- 52 :
- 「少年。私は何も、この世界の人間を滅ぼしたいわけではない」
「えっ……」
イツキの口から吐かれた予想外の言葉に、のび太は思わず間の抜けた声を漏らす。
この世界をポケモンの楽園に変えることが彼の目的だ。それはこの世界から全ての人間を滅ぼすことになるのではないのか。
「確かに結果としてそうなる確率は高い。しかし、それはあくまでここの人間達がポケモンと共存出来なかった場合だ」
「…………………」
「野生ポケモンの中には人を憎む者も居る。しかし、大概は温厚で、自ら危害を与える者はそう居ないだろう」
他者を説得するような丁寧な口調でイツキは続ける。のび太は無言で聞き入っていた。
「だから人類が滅ぶかどうかは君達に関わっている。君達から歩み寄れば共存出来るかもしれないし、血を流すことなく理想的な楽園を創り出せるかもしれない。
人間が野心の塊である以上、極めて低い確率だけどね」
既にポケモンと人間の誤った関係が定着してしまった彼らの世界では、本当の意味での共存は不可能だ。
だが、元々ポケモンが存在していなかった世界なら、人とポケモンで共存出来るかもしれない。完全にゼロから始まる以上、融通はいくらでも効くのだ。
だから……とイツキは言う。
「要するに君達次第さ。共存しようとする努力がなければ、ここの人間達は野生ポケモンによって滅ぼされ、そしてポケモンだけの楽園が誕生する。つまり私は、君達に全てのポケモンを託したいんだよ」
「託す?」
「私の世界の人間はもう無理だ。共存する気など誰にもなく、ポケモンに一方的な従順関係を強制するだけだ」
「自分達の世界じゃポケモンを幸せに出来ないから、僕達に任せようって言うんですか……?」
「そうなるね。まあ、既にポケモントレーナーになってしまった君は、もう彼女と同類ということで生かしておけないけど」
抱えたリザードの上体をゆっくりと下ろし、のび太は立ち上がる。
顔を上げ、そして今までよりも強い眼力でイツキを睨んだ。
- 53 :
- 「……あっちでコトネさんから色々聞いた時、人間とポケモンって、そんなに上手くやれていないんだなって思った。
ポケモンを苦しめる馬鹿な人がたくさん居るって知って、頭に来た。だけど、そんな人だけじゃないんだ……」
彼の言いたいことは判る。彼の本当の思いも。彼がただの悪党ではないということも、言葉を聞いて理解した。
だから今度は自分に言わせてほしい。
「お前なんかよりもずっとずっと立派な人が、たくさん居た!」
少なくとも真剣に考えている者が居た。
どうすればポケモンと理想的な共存が出来るのか、どう教育すれば正しいポケモントレーナーを生み出せるのか、彼らは本気で考え、「自分達の世界」で実行しようとしていた。
少なくとも、彼のように他の世界へ逃げようとする者は居なかった。
皆、信じていたのだ。自分達なら自分達の世界を楽園に出来ると。
だから立派だ。
こんな奴よりも、遥かに!
「出ていけ!」
尋常ならざる気迫を纏い、のび太は一歩踏み出す。エスパーであるが故に敏感に感じたのか、イツキは無意識でありながらも怯えるように一歩後退した。
「出ていけ! ここは……僕達の世界だ!」
勇気無き疫病神をのび太は拒絶した。
のび太の気迫に圧されたイツキはさらにもう一歩後退するが、彼に戦えるポケモンは居ないことに気づき、表情に余裕が戻る。
「出ていくのは君の方だ。私が創造する楽園に、君は危険すぎる。ポケモンの為に消えろ、少年!」
「――!?」
のび太の身体に電撃が走るような激痛が走る。
ネイティオの攻撃、念力を生身で受けてしまったのだ。
- 54 :
-
「のび太っ!」
ツバサの悲鳴が耳に入る。
そうか、とのび太は悟る。
(……死ぬ……の……?)
念力を受けた肉体は宙に投げ出され、足場は遠い。
ネイティオの念力が彼の身体をビルの頂上から外へと吹き飛ばしていったのだ。
高度は約五十メートルにも及ぶ。そんな場所から地面に落ちれば、まず命はない。
しかしそんな状況でも、気分は晴れやかだった。
イツキに言いたいことを言った後で、すっきりしたのかもしれない。
(……でも……まだ、死にたくないよ……!)
まだやりたいことが山ほど残っている。
ドラえもんと会いたい。
いつものようにママの手料理を食べたい。
友達と遊びたい。
静香ちゃんと結婚したい。
ツバサちゃんとツバサちゃんのパパを、仲直りさせたい……。
そんな単純な思いが、生への執着を持たせ続けた。
だからのび太は手を伸ばす。
落下しながら、満月にすがるように――
そしてその手を、山吹色の手が掴んだ。
「リザー……ドン?」
- 55 :
-
『のび太を助けたい!』
たったそれだけの思いが傷だらけのリザードを動かし、ビルの上から飛び下ろさせた。
のび太は手を伸ばし、助けを待っている。
リザードも懸命に手を伸ばすが、少しも届かない。
空が飛べれば……と、この短い時間の中、何度も自分の姿を悔やんだ。
その時、リザードの頭に声が響いた。
『……お前に……翼を……』
ノイズの混じったような不透明な声だったが、リザードにははっきり聞こえた。
そして幻覚か、一瞬だけ巨大な白い竜が現れたような……。
『……びたを……すく……』
のび太を救ってくれ。消えゆく白い竜は去り際に、リザードはそう言い残したものと解釈した。
言われなくてもそのつもりだ。
だから翼が欲しい。俺に、翼を――
巨大化した我が身に二枚の翼が宿っていると気づいたのは、そう念じた次の瞬間だった。
- 56 :
-
「馬鹿なっ!?」
視線の先にあるモノを見て、イツキが目を見開く。その声その顔には、はっきりと激しい動揺の色が浮かんでいた。
ツバサも驚愕を隠せなかった。
のび太を追ってリザードがビルから飛び降りたところまでは目に映っていたが、次の瞬間、白い光が煌めき、そして――
眼鏡の少年を乗せて、山吹色のドラゴンが現れた。
二枚の翼は身体よりも大きく、その身体もリザードの時よりも一回りも二回りも巨大化している。
一本だった角は二本に増え、消えることを知らない尻尾の炎は真っ赤に燃え続ける。
今ここに火炎ポケモン、リザードンが生まれたのだ。
主を助ける為、リザードから進化して。
「ポケモンが……人間を助けただと? この期に及んで、何故人間を信じていられる!?」
尤も、イツキは進化したという結果よりも、その過程に動揺しているようだった。
自分が傷つく命令をしたにも関わらず主を慕い、己の命を省みず、さらにはレベルより早く進化を果たした。
ただ彼を救いたい一心で。
『ポケモンを愛する人間と人間を愛するポケモンは、我々の時代では少しずつ増え続けている。
それは緩やかな速度かもしれぬが、お前の示す真の共存も、確実に近づいてはいるのだ』
「ならこのセレビィは何だ!? 人から追い回され、虐待を受けた! そのネイティオもエルレイドもルージュラも、人から捨てられ、裏切られたポケモン達だ!」
『善人も居れば貴様の言うような人間も居る。それが世界というものだ。故に、我々はわかり合う為、努力せねばならん』
「ホウオウ……」
イツキだけでなくツバサやのび太の脳にも響くホウオウのテレパシーには、鋼のような断固たる意志が宿っていた。
何十年も空を飛び回り、世界を見続けてきたホウオウだからこそ、説得力のある言葉が言えるのかもしれない。
- 57 :
- 「……お前は自分の世界から逃げて、その努力をしなかった。努力をこの世界の人に押し付けようとしたのね」
「黙れ……黙れ黙れ黙れっ!」
ポケモンのことを信頼し、親身になり、ポケモンもそんな彼を求める。
野比のび太とそのポケモンが、ポケモントレーナーとポケモンのあるべき姿を体現してくれた。
そんな温かなものを目にしてしまったが為に、イツキは動揺している。
最初から人間とポケモンの共存など出来る筈がないと考えていた彼だから、希望を持つことを恐れているのだろう。
「イツキ! 僕はお前を許さない!」
ツバサの傍らにのび太が降り立ち、リザードンが前に出る。それに気づいたイツキがネイティオを手元に呼び寄せる。
「……進化したとはいえ、ネイティオの相手ではない。ネイティオ、サイコキネ……何っ!?」
即座に攻撃の指示を送ろうとするイツキ。
しかし目の前のネイティオの異変に気づいた時、彼は愕然とする。
突如飛来してきた炎の渦に自由を奪われ、身動きが出来なかったのだ。
「よくやったわ、バクフーン!」
彼は既に未来予知で倒したものと思っていたのだろう。思わぬ方向からの攻撃に、ネイティオは対処出来なかった。
深い傷を負いながらも行動を可能とするバクフーンは、ツバサの前、リザードンの隣に移動する。
ツバサはのび太と顔を見合わせ、同時に頷く。
今が、最大の好機だ。
「火炎……」
「放射ぁっ!」
猛火の恩恵を受けた二発の火炎放射が同方向から同時に放たれ、互いの「赤」が混じり合う。
二発の火炎放射が同調し、一発の巨大な炎柱となった。
それはまさにダブル火炎放射。
威力はこれまで放ったどんな技よりも強大で、炎の渦に自由を奪われたネイティオに、それを避けられる道理はなかった。
灼熱の中、イツキ最強のポケモンはあえなく沈黙した。
――それと、同時。
ネイティオの沈黙と合わせるように、直径二十メートルもの巨大な歪みが空間に発生した。
- 58 :
- 投下終了
早ければ次回で今回の章が完結するかもしれません
- 59 :
- 乙!
- 60 :
- 乙!進化の展開が熱い
イツキはこれでようやく手持ちが減ってきたな
- 61 :
- それでは投下します
量が多いので二回に分けます
- 62 :
- 異変はすぐに感知された。
通常の次元の歪みの十倍以上にもなるそれは、今のび太達が立っているビルの斜め上方向に出現した。
色は黒く、中心から渦を巻く様はブラックホールに似ている。
「ようやく現れるか……!」
イツキの唇が歓喜に歪む。この瞬間を待ち焦がれていたと言わんばかりに、彼は今まで見せたどの笑みよりも深く笑んでみせた。
「まさか……」
『遅かったか……!』
ツバサの顔とホウオウの声音は、彼のそれとは全く対照的であった。
何百という苦虫を同時に噛み潰したような、悔しげな表情。いかに能天気な性格ののび太と言えども、彼女らの様子から事態を読み取ることは簡単だった。
『空間の神が……現れる……!』
ホウオウの言葉が彼に確信を持たせる。
――間に合わなかったのか?
「くそっ、リザードン! パルキアが出てくる前に、アイツを止めるんだ!」
いや、今ならまだ間に合う。あの穴から空間の神が姿を現す前に彼を無力化させれば、彼の計画は停止する。焦りの指示が山吹色のドラゴンへと向かった。
しかし。
「ナッシー、ヤドラン。二人を足止めしてくれ」
二個のモンスターボールを同時に放ち、繰り出されたポケモンがリザードンとバクフーンに立ちはだかる。
満身創痍なのび太達と違い、イツキはまだ余力を十分に残していたのだ。
「よく見ておくがいい。この私が、全次元空間を支配する力を手に入れる瞬間を」
彼はそう吐き捨て、踵を返す。
そして巨大な次元の歪みの前へと一歩ずつ移動を始めた。
「待て! うわっ!?」
追いかけようとするのび太達の道を、敵からの攻撃が無情に阻む。
タマゴ爆弾――足止めを命じられたナッシーの技だった。
今ここで、絶望へのカウントダウンが開始する――。
- 63 :
-
空間を司る神を捕らえ、その力を使ってこの世界を新たなポケモン世界へと作り替える。
現存のポケモン世界から全ての野生ポケモンを移住させることも、神の力を持ってすれば造作もないだろう。
――やっとこの時が来た。
イツキは沸き上がる高揚を抑えきれなかった。一歩ずつ足を動かすに連れて、これまでの記憶が蘇ってくる。
彼が居た元の世界では、人間同士によるポケモンを巡る争いが、絶えず至るところで発生していた。
ポケモンを金儲けの為に悪用するポケモンマフィア、ロケット団。
ポケモンの力で地球環境そのものを支配しようとしたアクア団、マグマ団。
時間と空間を我が物にし、新たな宇宙を創造しようと企んだギンガ団。
人からモンスターボールを取り上げ、ポケモンの解放を呼び掛けていたイッシュのプラズマ団……彼らがどんな結末を辿ったのかは知らないが、あのゲーチスという男、それとは別のことを考えていたに違いない。
大方、自分以外の人間からポケモンを取り上げた後で自分だけがポケモンを使い、無抵抗な世界を征服しようとでも言うのだろう。
一度だけ見たことがあるが、あの男からは野心しか感じられなかった。
……もはや向こうの世界には、そんな人間しか居ない。
- 64 :
- ポケモン、ポケモン、ポケモン……ポケモンポケモンポケモンポケモン……。
貴様らにはそれしかないのか!?と問いたい。
そのくせポケモンを大切にするわけでもなく、無理矢理戦わせ、傷つけている。手遅れなのだ、彼らはもう。
ポケモンバトルの強さを追い求め、戦うポケモンの強さにも過剰なこだわりを持ち始めた。
個体値厳選、タマゴの大量孵化。不良個体と判断され、捨てられるポケモン達は数知れず、二十年以上経ったツバサの世代でも未だ解決されていないと来ている。
イツキには堪えられなかった。
心ない人間達によって罪なき野生ポケモン達が苦しめられている現実が。
だから無謀とも言えるこんな計画まで押し進めたのだ。
この世界、ポケモン不在の世界に来れたのは神のいたずらか、奇跡のようなものだった。
人間から虐待を受けたセレビィと共に、平和を求めて時間を遡行しようとしたあの時。
時を渡る途中、時空の狭間にて突如としてとてつもない爆発が起こった。
セレビィとイツキはその爆発に巻き込まれ、「平和な時代へ行く」という当初の目的は失敗に終わった。
しかし怪我の巧妙か、気がつけば彼らはこの世界に居た。ポケモンの一匹も存在しない、この世界に。
そしてひょんなことから、この世界がポケモンの世界と隣接していることを知った。
丁度イツキ達が飛ばされた場所に、少し大きめな次元の歪みが広がっていたのだ。
セレビィに頼んで中を調べてもらうと、どうやらそこはポケモンの世界で、しかしイツキの居た世界から相当未来の世界であることが判った。
野生ポケモンが次元の歪みを通じてこの世界に入れることも、そのポケモン達の存在がさらに多くの次元の歪みを生み出すことも、彼は理解した。
ならば、と彼は思いついたのだ。
今回の計画を。
- 65 :
- 「野生ポケモンを本当の意味で解放する為には、こうするしかなかった。私の罪は許されるものではない。
だが、どうか許してほしい。この世界に住む罪なき人々よ……」
『マスター……』
空間の神が居るであろう歪みを前に、イツキは両手を合わせ瞳を閉じ、祈りを捧げる。セレビィがそんな彼の横顔を、憐れむような顔で覗き込んでいた。
「セレビィ、もうすぐだよ。もうすぐで私達の楽園が生まれる……」
『そしたら前までのように一緒に生きましょう。マスターがウバメの森に遊びに来てくれた、あの頃のように……』
「今度こそ君を幸せにする。愛しているよ、セレビィ」
優しく柔らかな声で掛け合い、ふっと笑んで瞳を開ける。
イツキはビルの最も高く、なおかつ目標のソレを最も近くで見上げられる端部に佇んだ。
もちろん、その手には空間の神を捕らえる為のマスターボールが握られている。
規格外の大きさの穴の中から感じる凄まじいプレッシャー。それが計画を考案した時から待ち焦がれていた伝説のポケモンのものであることを、イツキは確信していた。
うるさい二人のポケモントレーナーはナッシーとヤドランに任せておけば十分足止め出来る。
誰にも邪魔はさせない。
後はあの中からその白い姿が現れる時を待つだけだ。
待つ……だけ……?
……それで良かった筈だ。
なのに何故、白き竜は姿を現さない?
次の瞬間、彼の思惑通り、次元の歪みの中から「何か」が現れた。ポケモンのような何かが。
- 66 :
- 「……な、なんだ?」
それは思い描いた姿とは全く別のものだった。
一言で言えば、影。
実体がなく、暗黒以外の色もなかった。
言うまでもなく、それは空間の神、パルキアの姿ではない。
イツキもセレビィも驚愕を露に、見開いた目はしばらく閉じれなかった。
「影」が現した身体の部位は首と思わしきそれだけ。ただそれだけしか見えていないにも関わらず、イツキは尋常ではない威圧感を感じていた。
ただの迫力から来る威圧感ではない。
『っ!?』
「――っ!? あ゛あああああああああああっっっ!」
憎悪や無念、憤怒や妬み、嫉みに悲しみ……人が持ちうるありとあらゆる負の感情が込められたような、不可思議にして強力すぎるプレッシャー。
それが、イツキとセレビィの脳を破裂させんばかりに突き刺さってきた。
――何故?
何故パルキアではなく、この影が現れた?
何故、こんな絶望全てを吐き出したようなプレッシャーを発することが出来る?
苛まれる頭痛の中で、イツキは困惑した。完璧だった筈の計画に、最後の最後において狂いが生じたのだ。これが落ち着いていられるわけがない。
「――! 痛みが……?」
『と、止まった……?』
浴び続ければ精神崩壊の危機にあったかもしれないそのプレッシャーは、不意に放出を止める。
するとこちらに首を突き出した体勢の「影」が、後ろに居る何かに引っ張られるかのように、穴の奥へと消えていった。
“ビシャァァァァーーーーーン!!”
「影」が消える間際に放ったその鳴き声は、まるで全生命の破滅を願う魔神の叫びのようだった。
二度と聞きたくはない。
その後、「影」が現れた次元の歪みは少しずつ収縮し、やがて消えていった。
『……あれは一体……?』
「わからない……だが、あれは空間の神ではなかった……」
セレビィの問いには、博学多才なイツキの知識を持ってしても答えることが出来ない。
見当はついている。しかし――
- 67 :
- 「なんということだ……ようやくここまで来たというのに、計画が破損するなど……!」
何故だ!?
空間の神に関する知識が浅かったなどということはあり得ない。ここに来て失敗する筈がないのだ。今の気持ちを、怒りと表現するべきか。
マスターボールを握る右手の力を強め、ガタガタと肩を震わせる。
「こんな……こんなことが……!」
これが運命なのか?
空間の神を操るなど、所詮はちっぽけな人間の夢想に過ぎなかったのか?
ならば一体、これまで私は何の為に……
「終わりよ、イツキ」
絶望の淵に立たされた彼の耳に、終焉を告げる何者かの声が響く。
振り返るとそこには見慣れた噴火ポケモンと、ここまで彼に立ちふさがってきた強敵、ツバサの姿があった。
「終わりだと? 終わり……なのか……?」
ナッシーとヤドランによる足止めをかわし、ここまでやって来たのか。眼鏡の少年の姿がないところを見ると、二匹は一時的に彼一人が食い止めているのだろう。
その連係には、正直なところ感服している。二人がかりとはいえ、ここまで自分が追い詰められるとは思ってもみなかった。
「……ヤドランとナッシーは彼の相手に忙しく、今の私にはセレビィ以外のポケモンは居ない。
……そうだね、君の言う通りだ」
だが、イツキはどうでも良くなっていた。
目と鼻の先にあると思っていた計画の完遂は、あの影のポケモンの仕業なのか、わけも判らず失敗に終わった。
何故かビル周辺に生まれた筈の次元の歪みも、今は元の安定した空間に戻っている。
――全て無駄に終わったのだ。
「私の負けだ。さあ、がいい。この脱け殻に、とどめを刺してみろ」
「殺しはしないわよ。気絶させて、私達の世界に連れていく。……バクフーン!」
単なるポケモンバトルならば、イツキは寧ろ彼女ら二人を圧倒していた。しかし、計画が完全に途絶えた時点で既に、敗北を喫したも同然だった。
惨めなものだ。目の前に立つ少女はこんな自分を哀れに思っていることだろう。
しかし彼女はこれまでイツキがそうであったように、彼に情けを掛けることはなかった。
彼女の命を受け、バクフーンが攻撃の体勢に入る――その時だった。
彼の両腕から、一匹の妖精が飛び出す。
- 68 :
- 「セレビィ!?」
思いがけない友の行動に、イツキは思わず声を上げる。
そんな彼に妖精は、天使のような笑顔を振り向かせた。
『マスターはこんな私に、いつも優しかった。……私を愛してくれた人間は、マスターだけだったんです』
「セレビィ、何をする気だっ?」
『……貴方だけでいいから……ずっと、幸せに生きてください』
セレビィは視線を目の前の「敵」に戻し、火炎放射を避けながら全速力で接近していく。
イツキには判らなかった。秀でた戦闘能力のない彼が、これから何をするのか。
ある程度予測出来ているのだが、彼は絶対に考えたくなかった。
最愛の友が、己の身を犠牲にしてまで勝利を得ようとしていることを。
『歌います。イツキ様の幸せの歌を……お前達にとっての、滅びの歌を!』
「なっ!?」
バクフーンの体に密着し、セレビィは歌った。
自分を含め、聴いたポケモン全ての意識を強制的に奪う、この歌を。
それはイツキとツバサの間にしか流れない細く小さな歌声だったが、「滅びの歌」の名に相応しくないほどよく透き通った美声であった。
あまりの美しさに、敵味方のトレーナーがポケモンへの指示を忘れてしまうほどだ。
『イツキ様』
「セレビィ……」
バクフーンを逃がさぬようしがみつきながら、セレビィは再び振り向いてきた。先と同じ、天使のような笑みを見せて。
『大好き』
そして次の瞬間、炎の拳を受けた妖精の肢体が、宙を舞った――。
- 69 :
-
出木杉の情報によれば、このセレビィというポケモンは種族値こそ高いがレベルが低く、大した戦闘能力はない筈だった。
現にイツキから手持ちポケモンとしての扱いは受けておらず、非戦闘要員であることはこの目で見て判った。
戦いの間に割り込んでネイティオの身を庇うようなこともしていたが、それでも大した驚異にはならないと判断していた。
だからこそ、バクフーンの火炎放射を無駄のない動きでかわされた時は驚き、隙を見せてしまったものだ。
そして滅びの歌。もしその技を使えると知っていたら、今まで放置していなかっただろう。
バクフーンの炎のパンチが決まり、これ以上厄介な真似をする前に倒すことは出来た。
しかし時既に遅く、歌の効果によってバクフーンはその場より意識を失ってしまう。
今度こそツバサは、戦うポケモンを失ったのだ。
(のび太に無理をさせたのに、私がこれじゃ……)
後一歩だった。
バクフーンが彼を気絶させるだけで、今回の事件は解決する筈だったのに。
彼女は己の無力さを呪う。
そして、それだけでは終わらなかった。
「っっ!?」
後方から突如一条の光線が飛来し、爆発と共に彼女の身体を吹き飛ばしたのだ。
(……ソーラー……ビーム……!)
宙に投げ出された体勢のまま、彼女は光線の正体を確認する。
思った通り、今の一撃は後方でのび太が相手していた筈の、イツキのナッシーによるものであった。
- 70 :
- 「がはっ……!」
墜落した彼女は窓ガラスの破片や瓦礫の散乱した床に身を打ち付け、肺から息を絞り出す。
額や腕に追った切り傷からおびただしく出血し、打ち付けた身体のあちこちからは骨の軋む音が聞こえた。
ゴールドボールに居るホウオウが障壁を張ってくれなければ、命はなかったかもしれない。
『ツバサ! 大丈夫か!? ツバサっ!』
彼女の身を案じるホウオウがかつて見せたことのない焦りを込めて呼び掛けてくる。重傷を負った彼女には、それに応えることも出来なかった。
「うううぅっ……! ぐっ!」
歯を食い縛り、両手を強く握りしめる。
草タイプ最高峰の技を、ほぼ直撃に近い形で受けたのだ。それは、彼女の人生の中で初めて感じる激痛であった。
(痛いっ……! 痛いよ、ホウオウ……!)
『待っていろ! 今治療する!』
金色のモンスターボールから癒しの光が放たれ、うつ伏せに倒れた彼女の身体を包み込む。
あらゆる現代医学を超越したその治療法によって激痛は徐々に和らいでいくが、身体は動く筈もなく、しばらく立ち上がることも出来そうにない。
イツキはこちらが完治するまで律儀に待ってくれる男ではないだろう。
うつ伏せの体勢のままツバサは顔だけを横方へ向け、浅緑色の妖精を抱き抱える一人の青年の姿を睨んだ。
- 71 :
-
イツキの手つきは優しかった。
マスターボールを懐に戻した後で、彼は抱き抱えたセレビィの頭を何度も撫でる。
見た目には大した外傷はなく、瀕死状態だというのにまるで眠り姫のような綺麗な顔をしていた。
彼はその顔に、その顔だけに聞こえる声で語りかける。
「君達の幸せを無視して私だけが幸せになるなど、私には考えられない……
……私は、諦めないよ。もう一度計画をやり直そう。たとえそれが何度失敗したとしても、必ず……楽園を創ってあげるから」
セレビィの行動で、イツキの目に希望が宿った。いや、強い責任感という表現の方が正しいかもしれない。
自分をこんなにも大切に思ってくれる友達を、どうして見捨てられることが出来るだろうか。
彼らを幸せに出来ない私に、幸せになる権利はない。
「一緒に生きよう。エルもルーもヤドもシーもネイも、みんな一緒に、幸せを掴もう……」
計画が失敗したのなら、またゼロからやり直せばいい。面倒をかけて済まないと思う。だが、約束する。
楽園が生まれたあかつきには、みんなで永遠の幸せを謳歌すると。
「……だからね」
顔を上げ、イツキは血塗れの姿でうつ伏せている一人の少女を見やる。
今の自分はさぞ恐ろしい顔をしていることだろう。この怒りは、もはや鎮まることを知らない。
イツキは喉から絞り出すような声で、叫ぶ。
「貴様だけは、ここでっっ!」
「――ッ!」
ナッシーのソーラービームを受けて、痛いだろう。苦しいだろう。
だが、貴様らポケモントレーナーに受けたセレビィ達の苦しみは、そんな程度では済まない。
私が貴様を――なぶり殺してやる!
- 72 :
-
「ナッシー! ウッドハン――」
ナッシーに「ウッドハンマー」を命じようとするイツキは、この時、一つミスを犯していた。
怒りに感情を支配されているが故に、彼は周囲の状況把握を怠っていたのだ。
後方から接近してくる眼鏡の少年と一匹の電気ネズミの存在を、彼は失念していた。
「ピカチュウ! 10万ボルトっ!」
その声にハッと目を見開いた刹那、イツキの全身を金色のスパークが包み込んだ。
「ぐううううううっっ!?」
全ての皮膚という皮膚が一斉に爆ぜたような電撃が彼を痛めつける。
朦朧とする意識の中、彼は電撃を放つ黄色いポケモンと、そのトレーナーの姿を確認した。
まさかあの少年が――
私のヤドランを倒したとは……!
「う、うううっっ! ナッシー……!」
ヤシの木のような成りをした自慢のポケモンが、タマゴ爆弾を投下し、少年のポケモン、ピカチュウの身体を吹き飛ばす。
それによって電撃から解放されたイツキは、意識こそ紙一重でつないでいるものの息絶え絶えだった。
己の浅はかさ、見込みの甘さを悔いる。
トレーナーが不在とはいえ、あの少年にヤドランを倒せるような力があったとは完全に想定外だった。
「ツバサちゃんは……やらせない……!」
少年の方も息が上がっており、ヤドランと激しい攻防を繰り広げてきたことがその様子から伺える。
- 73 :
- 見たところリザードンは既に戦闘不能らしく、今の彼にナッシーを倒す力はまずないと考えていい。
だが、油断はならない。
「きっ……き……貴様あああああっっ!」
彼も彼女も、楽園創造の為にここで消えてもらう。
イツキの思考を読み取ったナッシーは、攻撃の標的を少女から眼鏡の少年に変える。
「やめてっ!」
少女の悲痛な叫びを無視し、躊躇なく放たれたサイコキネシスが手始めにピカチュウの意識を奪う。
そして当然、次の矛先は丸腰の彼に当てられる。
「……っ!」
少年は動けない。
ピカチュウを沈黙させたその攻撃はあまりに速く強力で、彼には反応すら出来なかった。
その上ナッシーの三つの顔に睨まれれば、畏縮して立ち竦んでしまうのも当然と言える。
「ぇぇぇっっ!!」
所詮人間など、ポケモンの前ではゴミ同然なのだ。この技は、奴にそれを教える一撃だ。
ナッシーから放たれた「リーフストーム」が、守りを失った少年に向かって一直線に突き進んでいく。
まずは一人目。
イツキは高らかに笑った。
だが……
歓喜は一瞬で恐怖に変わる。
- 74 :
-
ソーラービームを凌駕する草タイプの大技が、今目の前に迫っている。
念力のように優しくはない。
当たれば有無も言わさず人間を即死させる威力が、その技に込められていた。
これまでの戦いで精神、体力共に疲弊しきっている今の彼に、それを回避する余力は残されていない。
仮に万全だったとしても、回避出来るスピードではなかった。
(みんな、ごめん……)
覚悟を決め、のび太は襲い来る緑の竜巻と向かい合う。
だが、そんな覚悟を少女は許さなかった。
「ダメええええっっっ!!」
血に汚れた彼女は傷だらけの身体に鞭を打ち、彼とリーフストームの間に向かって飛び込んでくる。
「ツバサちゃん!?」
のび太がそんな彼女の姿を認めた次の瞬間、緑の竜巻は二人の姿を巻き込み――
しかし現れた虹色の光によって、あえなく霧散した。
- 75 :
-
「なんだ……? 何が起きた!?」
目の前で起きた現象に慄然とし、イツキは震える瞳でその場所を見張る。
リーフストームはナッシー最強の技だ。単純な威力ならば、ネイティオの未来予知をも上回る。
それが少年と彼を庇おうとした少女の姿を巻き込んだかと思えば、一瞬でかき消されてしまった。
原因は判っている。
リーフストームの直撃と同時に二人の姿を包み込んだ、あの光だ。
闇夜に煌めく太陽のような光……
「まさか!?」
虹色の光。その出現に、イツキはこの状況における「最悪」を脳裏に浮かべる。
そして即座に、彼はナッシーに指示を送った。
「構うな! 撃ち続けろ!」
焦りの色を含んだ彼の指示に不思議がりながらも、ナッシーは忠実に従い、エナジーボールを乱射する。
しかし、その全てが二人を包む虹色の光によって遮断され、無に帰る。
「……!?」
そして、変化は起きた。
光が物凄い速度で昇天し、黒い闇に一本の虹の柱が立ち上る。
それはイツキにとってある種の自然災害であった。どうしようもなく、避けることは不可能。ただ震えながら、過ぎ去るのを待つのみ。
虹の柱の中心に浮かぶ巨大な鳥ポケモンの姿を認めた時、彼はその瞳から希望を失った。
「……ホウ……オウ……」
- 76 :
- それは、小さな太陽だった。
苛烈な威圧感を放ち、一匹の鳥ポケモンは七色の翼を羽ばたかせながら、ちっぽけな人間の姿を見下ろしている。
古来からジョウト地方に伝わる伝説のポケモン、ホウオウの顕現だった。
絶えることのない無限の光を放ち続けているその姿は、神と呼んでも差し支えない。
いかなる強者も恐れずにはいられない。そんな存在だった。
『愚かなる計画師よ』
彼の声が脳に響いた瞬間、彼は竦み上がり、全身が凍てつくような感覚に駆られる。
それでも背を向けようとしないだけ、イツキという男は大物と言えた。
「馬鹿な……君が顕現すれば、この世界の次元が……」
『ツバサが貴様に殺められるよりは遥かに良い。そうだろう? イツキ』
「あ……ああ……」
ホウオウはイツキの立つこのビルに向かってゆっくりと降下し、それによる翼の煽りを受けた周囲の瓦礫などは、始めから存在していなかったかのように蒸発し、跡形もなく消滅する。
だが、背中に乗せた少年と少女の身は無事だった。
そして、五メートルも離れていない距離に居るイツキもまた、今はまだ無事であった。
怯えながらも抱き抱えたセレビィを離さない辺り、彼のポケモンに対する愛情の強さが見受けられる。
しかし、ホウオウはそれを見ても尚、大した感傷を抱こうとはしなかった。
『あの男と約束したのでな。奴の代役として、この娘のことを守り続けると』
「く、来るな……!」
質は異なるが影のポケモンにも劣らない強烈なプレッシャーを放ちつつ、虹色のポケモンが着々と迫ってくる。
- 77 :
- イツキのポケモン、ナッシーは動けなかった。たとえ大好きな主人の命令を受けたとしても、攻撃することは出来なかっただろう。
その理由は、主人が身動き出来ない理由と同じく「恐怖」にあった。
ああ、どうして……
どうして、こんなことになったんだろう?
『我が聖なる炎を……受けよ!』
「――!?」
翼を彼の目の前で抑揚させる。
ホウオウにとっては、その程度の動作に過ぎなかった。
たったそれだけの動作で発生した紅蓮の業火はビル一帯を周辺の土地ごとまとめて覆い尽くし、無論、頂上に居る青年も――
「わかり合いたかったんだ……」
炎に飲まれる間際、青年は小さな声で呟いていた。
「一日でも、一時間でも早く……」
浅緑色の妖精を強く抱きしめながら。
「全ての生き物が幸せになれる世界が欲しかったんだ……」
二つの瞳に大粒の雫を宿し。
「そして、私は……」
その後の言葉を言えずして。
青年の姿は、炎に消えた――。
- 78 :
- 投下終了。今夜から明日あたりにエピローグを投下します
- 79 :
- 投下します
- 80 :
-
ジリジリと照りつける太陽の下、真夏を謳歌するセミの鳴き声が、開いた窓から響いてくる。
○×小学校の夏休みが開けて早三日。海にでも出かけてきたのだろうか、日焼けしたクラスメイトの姿がちらほら目に映った。
「……以上で、僕達グループの発表は終わります」
クラスの優等生、出木杉英才が、裏山の自然をテーマにした研究内容を発表し終える。
同級生からの喝采の拍手や担任教師の満足そうな顔が、その内容の濃さを表している。
彼と研究を共にしたグループには、のび太や静香、ジャイアン、スネ夫と個性豊かなメンバーが揃っていた。
彼ら五人が発表を終えると、教卓の前からそれぞれの席に戻り、着席する。そして、次の発表者が前に現れた。
彼もまた面白い研究テーマを掲げたようだが、野比のび太の頭にその発表の内容は全く頭に入っていなかった。
上の空で、窓の外の景色を眺めている。
(……なんか、別の世界に来たみたいだなぁ)
のび太の頭を支配していたのは夏休みの思い出だった。そんな彼を見て、教師はよく「夏休み気分が抜けていない」と言うが、彼の上の空はそれとはまた違った。
夏休みに体験した出来事が、あまりに壮絶だったのだ。
本物のポケットモンスターと出会ったり、異世界に行ってそこの住人達と話をしたり、……命を賭けて戦ったり。
あまりに非現実的すぎる出来事を体験してきたことで、彼には何気ない現実が余計に退屈に感じた。
- 81 :
- それは、親友達も同じ様子だった。
ジャイアンは椅子に座りながら足をばたつかせたり、シャドーボクシングをしたりと落ち着かない。
出木杉は黒板の問題をしっかりとノートに取っていながら、教師に答案を問われた際に「わかりません」と返し、一同の度肝を抜いた。
静香は執拗に窓の外を眺めており、のび太ほどではないにしろ何回か教師に注意されている。
スネ夫に関しては登校初日から特に元気がなく、国語の授業で音読を促された時もお経を読み上げるような低い声を出していた。
……皆、心ここにあらずという状態だ。
しばらく日にちが経てばいずれ夏休み前までの状態に戻るだろう。しかし、今はショックを隠せていなかった。
ツバサが何も告げずに居なくなったことに。
- 82 :
-
ホウオウの顕現という掟やぶりの方法を取ることによって、イツキとの戦いに勝利することが出来た。
同時に夜が明け、朝日が昇り始めた時のことだ。
ボールに戻ったホウオウから、のび太と彼女は深刻な話を聞かされた。
『我の力でイツキを葬ることが出来たが、その影響でこの世界の次元が酷く歪んでしまった。幸い、この世界そのものが崩壊することは避けられたようだが……』
話によると想定されていた最悪の結果だけは免れたようだが、それでもホウオウの顕現が次元空間に与えた影響は計り知れないらしい。
その場所に物理的な影響は見られなかったが、この世界の至るところに大量の次元の歪みが発生してしまったと言う。
それらを通じて、今後彼女らの世界から今まで以上に多くの野生ポケモン達が迷い込んでくるだろうと、ホウオウは語った。
イツキを倒したところで、大々的な問題が山積みなのだ。
「……一つ、頼みがあるわ」
「えっ?」
あの時、彼女は珍しく自分から頼みごとをしてきた。
逆さにした鞄から数十個ものモンスターボールを落とし、のび太の足元に転がす。
「私はこれから、ホウオウの力で世界中に生じてしまった次元の歪みを、補修しに行く。
その間、お前には……お前達には、この町に迷い込んできた野生ポケモン達の保護を頼みたいの」
「保護?」
『今の貴様らは、野生ポケモン達と戦える力を十分に備えている。故に野生ポケモンが人々に危害を及ぼす前に、また、人々が野生ポケモンに危害を及ぼす前に、彼らを保護してもらいたいのだ』
独裁スイッチの効果によって、今回の件が公になることは防がれた。
- 83 :
- しかし、それはほんの一時しのぎに過ぎない。
ホウオウの顕現によって生じた大量の次元の歪みからいずれ迷い込んでくるであろう野生ポケモン達の存在が、この世界の人々の間に認知されるのはもはや時間の問題である。
世界中が大騒ぎになるのは確定事項なのだ。
ならば出来るだけ騒ぎを食い止めるようにという、ホウオウと彼女からの協力の申し出だった。
もちろん、のび太は二つ返事でそれを受け入れた。だが、一つ気になることがあった。
「……ツバサちゃんが世界中に出来た次元の歪みを補修するって、それってやっぱり……また一人で旅回るってこと?」
「――よ、余計なお世話よ! 当然私の世界に居る誰かに協力してもらうわ。だから大丈夫、お前は気にしなくていい」
「……そっか……」
突き放すような言葉を受け、今の僕でも彼女には着いて行けないのかと肩を落とす。
彼女はそんな彼の様子に何故かイラついた態度を取り、柳眉を逆立てて怒鳴った。
「ああ、もうなんでそんな嘘に騙されるのよっ!」
「えっ、嘘って?」
「わからないの!? 私はお前と……もういい!」
「よ、よくないよ。何なのさいきなり」
よく意味を理解出来ないその言葉に詰め寄るのび太を無視し、彼女は廃ビル跡地の地面にうつ伏せている傷だらけのヨルノズクに元気の欠片を刺す。
ホウオウの聖なる炎は対象と決めた者以外の命を焼くことはない。イツキと共に炎に巻き込まれたものの、ヨルノズクとバクフーン、ピカチュウだけは無事に生き残ることが出来た。
- 84 :
- 元気を取り戻したヨルノズクが顔を上げ、それを見た彼女の顔が緩む。
彼女がヨルノズクの頭を優しく撫で、またヨルノズクの方は彼女から寄越したその行動にしばし意外そうな顔をしながらも幸せそうに微笑んでいた。
イツキと対峙して、今まで以上にポケモンを大切にしなければならないという意識が彼女に芽生えたのかもしれない。
「……今すぐ行っちゃうの?」
一際綺麗に見えた彼女の横顔に見とれながらも、のび太は重い口を開けて問うた。
彼女はそれに対し、素っ気なく返す。
「ええ。お前がくれた妙な薬のせいで眠気は全然ないし、怪我や身体の疲労はホウオウが癒してくれた」
『睡眠を取るに越したことはないがな』
「今思ったけど、ホウオウってホント万能だね」
『ふっ、当然だ』
力が強いだけでなく、究極のドクターとしての役目も担える。その上隔てなく会話出来る相手と来れば、のび太に入り込む余地はないのかもしれない。
コトネさん、ごめんなさい。
友達にはなれたと思うけど、一緒には居られないみたいです。
でも、ホウオウが着いているからこの子は大丈夫だと思うよ。
……多分。
「旅してて、困った時はいつでも呼んで。力になるから」
「私よりも、町を守る力になりなさい」
「はは、ツバサちゃんには敵わないや」
そうだ。迷い込んでくる野生ポケモンが増えるなら、今よりもっと多くの野生ポケモン達がこの練馬区に住み着くことになる。
壮大な言い方をすれば、彼女はこの町の平和をのび太達に託したのだ。
町の今後のことを自分達に任せておいて大丈夫だと判断してくれたのはとても誇らしいし、嬉しい。
だが、寂しくもある。
「また会えるかな?」
「気が向いたらね」
相変わらずの冷たい言い回しであるが、全くむかっ腹が立たないのはそれが彼女の本心でないことがわかっているからだ。
だからのび太は笑っていられた。
- 85 :
- 「じゃあね、ツバサちゃん。出木杉君達によろしく言っておくよ」
「ええ。あと……ドラモンが帰ってきたら、そっちもよろしくお願い」
「うん、わかった。ドラえもんだよ」
彼女はヨルノズクの背中に乗り込み、指示一つでいつでも空高く飛び上がれる体勢になる。
「それと……」
チラッと彼の方へ振り向き、去り際に、面と向かって彼女は言った。
「ありがとね、のび太」
照れくさそうに、にわかに頬を赤く染めながら放った感謝の言葉だった。
どういたしましての返事も待たずして、彼女を乗せたヨルノズクは薄暗い朝の空を飛んでいく。
のび太は右手を振りながら、それを見送った――。
……あれからどうしているかな?
窓の外の空を眺める度に、のび太はあの時のことを考えるようになっていた。
- 86 :
-
学校の授業中、のび太が彼女との別れを回想していた頃と同時刻。
徐行という速度で上空を走る、一匹の茶色の鳥ポケモンの上で、少女もまた同じ時を振り返っていた。
「のび太……」
無意識に口から漏れたのは共にイツキに挑んだ眼鏡の少年の名前。
その声に彼女の心情を悟ったのか、胸元に下げた金色のモンスターボールからホウオウが気の効いた発言を寄越す。
『本当に良かったのか? あの時お前が何を言ったとしても、我は快く認めたつもりだが』
「……これは元々私達の責任。アイツは関わるべきじゃないし、何よりアイツにはたくさんの友達が居る。家族だって居るんだから」
『だから連れて行くわけにはいかない、か…… 他の誰かに協力してもらう故に助けはいらないなどという下手な嘘までついて』
「あれはアイツが嘘だと気づかないのが悪い。頭が悪いにもほどがあるわ」
『やはり、共に行きたかったのだな?』
「……ええ」
世界各地に発生した全ての次元の歪みを補修する旅。
歪みがさらに増えたことによって、もしかするとこの旅は終わりのないものになるかもしれない。
ホウオウが言うには今はまだ次元が崩壊するほどではないようだが、事態が悪化する可能性は否めない。
そうなった時は、彼らに協力を頼もう。
のび太と、その友達に。
- 87 :
- (出木杉、ジャイアン、静香、あとあの変な髪型の奴も、頑張ってるかな……)
出木杉達に別れを告げなかったのは悪かったかもしれない。だが、今の今まで彼女はそれで正解だと思っている。
別れを告げに会いに行くと、そうすることで別れが辛く感じてしまう。
出木杉、静香、ジャイアン、スネ夫。もっと話しかければ、良い友達になれただろうか。
……きっと、彼らならなってくれたと思う。
そんな人が良い彼らだからこそ、ツバサは何も告げずに別れることを選んだのだ。友達になっても、いつかは会えなくなることが判っているから。
自分と彼らとでは住む世界が違うのだから。
『引き返すか?』
「いいの。私の目的は、全ての次元の歪みを補修することだから……」
『それは本心か?』
「ううん。自分の気持ちに嘘をつくのは、これで最後にする」
本心ではまだ彼らと同じ時を過ごしたいと思う自分が居る。しかし、彼女はあくまで目的を優先した。この仕事は自分にしか出来ないのだから、甘えてなどいられない。
- 88 :
-
覚悟を一身に背負った少女を乗せ、ヨルノズクは飛んでいく。
地平線を越え、カモメ舞う青空に出た時、彼女は胸元のボールに声をかけた。
「ホウオウ」
『なんだ?』
「私、親父のこと、まだ好きだよ」
『……そうか……』
「自分の親だもの。嫌いになんかなれない」
数秒間の沈黙が彼女らの間に流れる。心なしか、ボールの中のホウオウが笑っているような気がした。
そして今度は、ホウオウの方から話を振ってきた。
『ツバサは、旅は好きか?』
「ええ、好きよ。アイツらに会えたんだから」
旅をしなければ、のび太達とは出会えなかった。だが、それだけではない。
彼女は旅をすることで旅を好きになったわけではなく、本当はそれ以前からずっと――
「……この旅が終わって元の世界に帰ったら、ポケモンジムに挑戦しようかな。……お父さんのように……」
イツキと戦い、死の恐怖を感じたことで、自分を見つめ直す機会が得られた。自分の気持ちが本当はどこを向いていたのか、ようやく判った気がした。
この旅が終わった後のことを考えると、自然に頬が緩んだ。今度は自分の世界を旅して、出来れば父と再会したい。
そんな希望を胸に今を生きようと、彼女は決心した。
一年後、全世界に未曾有の戦乱を引き起こすことになる「災厄」の存在を知らずに――。
- 89 :
- 投下終了。
これで、のび太と七色の翼の物語は終わりになります。
伏線を回収するどころか広げる展開になった最終回でしたが、要望があれば、この後の完結編を書きたいと思います。
要望がなければ、今作で不足していた描写を補う「番外編」や、支援としてドラポケ短編小説などを書こうかなと思っています。
それと、宣伝になりますが避難所の作品の方もよろしくお願いします。
……アダムス氏まだかなー。
- 90 :
- これだけ話を広げて続けないなんてそうは問屋が卸さない!!
続き待ってる
- 91 :
- 避難所のリンク教えて
- 92 :
- 避難所
http://jbbs.m.livedoor.jp/b/i.cgi/game/38986/
- 93 :
- 「陰」のこともあるしまだまだ続きを読みたい!
しかしイツキ…悲しい。スネ夫と和やかに飯食ってたシーン好きだったよ…
後になってみれば、セレビィが滅びの歌さえ歌わなければ殺される展開にはならなかったんだよなぁ…セレビィもイツキを思ってのことだったんだろうけど…
- 94 :
- 乙。私も続き希望派です
しかし、最後まで名前覚えてもらえなかった二人が…まあ、らしいっちゃらしいですけどねw
- 95 :
- 俺からも続編をたのむよ
- 96 :
- 皆さんお久しぶりです。アダムスです。
このところ体調を崩してしまってしばらく投下出来ない状況が続きました。
ようやく復活しました。皆さんも体調管理には気を付けてください。
のび太と七色の翼氏乙です。七色の翼氏は避難所にも投下していたんですね。
二作品を同時に投下するのは並大抵のことではありません。
普通の人には無理です。私には絶対不可能のことを七色の翼氏は可能にしていたのには
驚いています。素晴らしいです。きっと卓越した頭脳を持っているのですね。
それでは投下します。復活したカミツレを追い詰める頭脳を持つ者……
頭脳戦です。
- 97 :
- 3
町はずれに小さな病院があった。しかし医療設備は十二分に整っている。
しかもとても清潔さを保った質の良い病院だ。
カミツレは病院のベッドで目が覚めた。
(なぜ!? 私は死んだはず……)
カミツレは目覚めると困惑した表情をして驚いていた。
私は確かにサカキに殺されたはず……なのに奇跡だ。
この奇跡に喜びを隠せない。そんな時、病室のドアを開ける音が聞こえる。
ドアが開くと二人の女が現れた。その女にカミツレは見覚えがあった。
直接会ったわけじゃないが、各地方の有名トレーナーが乗っている本に写真が載っていた。
長い髪で華奢な体型のミカンと老けた見た目のイブキ。
まずしゃべりだしたのはミカン
「目が覚めた!? 今どんな気分!?
私はミカン、隣にいるのがイブキよ。あなたはイッシュ地方のカミツレね。
私達が看病してあげたのよ。意外に早く目が覚めたじゃない。
あなたはギリギリ禁止エリアの外で倒れていたから助けられたの。
何であなたはポケモンバトルに負けたのに生きてるの?
あなたはポケモンバトルをしたということはこのゲームに乗っているの?」
ミカンは興味津津でカミツレに質問攻めをした。
カミツレはいきなり核心に迫られて動揺した。
なぜなら自分はポケモンバトルをした。それを見破られた。
つまりミカンはカミツレがこのゲームに乗っていることを疑っているのだ。
(いきなり核心に迫られたわね。ここは得意の嘘で切り抜けるわ)
ベッドから起き上がり、カミツレが必死で考えた嘘は
- 98 :
- 「実は私、ポケモンバトルをしないと殴りとばすぞと強迫されたの……。
それにこのゲームはポケモンバトルを仕掛けられたら応じないと死ぬルールがあるじゃない。
それで私……私は……わーん!」
カミツレは嘘泣きを始めた。我ながら名演技と心の中でほくそ笑む。だが、
「そう、そんなことがあったの。同情しちゃうかも。
でも、あなたがこのゲームに乗っている可能性が少しあるのは確かだわ。
そうね、あなたがこのゲームに乗っている可能性は三パーセントね」
ミカンは疑うような姿勢を見せた。カミツレは心の中で舌打ちをした。
嘘泣きが通じないとは意外と賢い子ねと思った。
(三パーセントだって? 疑っているのは確かじゃない)
ミカンが自分を疑っているのは確かだ。どうすればいい。
「これ以上、問い詰めのはやめなさいミカン!
この人は大丈夫よ。私が保証する」
イブキがミカンを叱った。思わぬ助け船にカミツレは安堵する。
賢きものいればまた馬鹿もいるってことだ。
「そうね。とりあえず疑うのは後にするわ。何か飲む?
スポーツドリンクなら持ってるけど」
そう言ってカミツレにスポーツドリンクを手渡した。
「ありがとう。助かるわ」
カミツレは手渡されたスポーツドリンクをごくごくと飲み始めた。
- 99 :
- 「じゃあ私は病院の外で見張りをしているから。
カミツレ、その子は鋼タイプのポケモンについて話すと
何時間も語りつくすから気を付けた方が良いわよ」
イブキはそう言うと病室を出て行った。
すると途端にミカンは鋼タイプのポケモンについて話し出した。
「鋼タイプってとても素晴らしいと思わない!
特に素晴らしいのはやっぱり何といってもハガネールよね。
あの美しさ、あの頑強そうなフォルム。カミツレもそう思わない?
ハガネールって進化前のイワークの時は鋼タイプじゃないのに
進化すると鋼タイプになることはジムリーダーのカミツレも当然知っているわよね。
なんであの岩の身体から鋼になるのか不思議だと思わない?
ほとんどの人の意見はメタルコートの賜物と言うけど私はそうは思わない。
私は今までの見方と違う視点から鋼タイプのポケモンを見てみたいの
あ! そうそう、他に興味深い鋼タイプのポケモンがいるの。
ルカリオってもちろん知っているわね。
シンオウ地方でとても貴重な鋼タイプのポケモンなんだけど
なんと格闘タイプという相反するタイプが付いているの。
とっても不思議、そうでしょ?」
ミカンは目を輝かせながら延々と語った。
「ええ……そう……ね」
カミツレは困惑する。それからミカンの話は実に三時間にも及んだ。
(とても変わった子ね。というより、
考えるとジムリーダーや四天王は変わり者の巣窟よね)
カミツレはしみじみ思った。
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