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2013年01月創作発表113: 中学生バトルロワイアル part4 (351)
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中学生バトルロワイアル part4
- 1 :2012/09/10 〜 最終レス :2013/01/06
- 中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。
この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!
まとめwiki
http://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/
したらば避難所
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/
前スレ
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1335712010/
参加者名簿
【バトルロワイアル】5/6
○七原秋也/○中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /○桐山和雄/○月岡彰
【テニスの王子様】4/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /○真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /○遠山金太郎
【GTO】4/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /○神崎麗美/○相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛
【うえきの法則】5/6
○植木耕助/○佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/○ロベルト・ハイドン
【未来日記】4/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/○高坂王子/ ●日野日向
【ゆるゆり】4/5
○赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/○吉川ちなつ/○杉浦綾乃
【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】3/5
○碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ
【とある科学の超電磁砲】3/4
○御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子
【ひぐらしのなく頃に】3/4
○前原圭一/○竜宮レナ/○園崎魅音/ ●園崎詩音
【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志
男子20/27名 女子17/24名 残り37名
- 2 :
- 【キャラクターの能力制限について】
バトルロワイアルが崩壊する類の能力に関しては完全禁止とする。
(例:即脱出可能な桑原の次元刀、エヴァンゲリオンやN2爆雷などのマップ全域を破壊可能な兵器など)
その他の超人技については威力減衰消耗増大という形で作品間のバランスを取っていく。
上記の二点を基本方針とし、細かい調整は本編で定める。問題が起きた場合はその都度対応していく。
【うえきの法則】キャラクターの「能力を非能力者に使うと才が減る」という設定は無し。
【開始時の所持品について】
参加者には開始時に支給品として以下の物資が与えられる。
「水と食料」「ランダム支給品(1〜3個)」「携帯電話」
支給品は四次元式のデイパックに入って支給される。
ランダム支給品にて著しくバランスを壊すアイテム、リレーが困難となるアイテムを支給することは原則禁止とする。
【携帯電話について】
携帯電話の各種機能が他ロワでいう基本支給品に相当する。
アドレス帳→参加者名簿、GPS機能→地図&現在地確認、ライト機能→懐中電灯などなど。
電話やメール、ネット接続など通信に関する機能は制限されている。
その他の機能については本編での描写を優先する。
必ずしも全参加者に同一タイプの携帯電話が支給されているとは限らない。
【未来日記について】
未来日記の主観はその時点での持ち主のものとなる。
(雪輝以外のキャラが無差別日記を所持していた場合、予知されるのは雪輝の周囲の未来ではなくその時点で所持している人物の周囲の未来)
未来日記の持ち主となる場合、何らかの形で持ち主となる契約をする必要がある。
他人に譲渡する際、持ち主の上書き登録も可能だが、上書きした時点で予知の内容は書き換えられる。
孫日記以外の未来日記が破壊された場合、その時点での持ち主登録者は死亡する。
雪輝日記、(Neo)高坂KING日記はそれぞれ我妻由乃、高坂王子への支給とする。(両者のランダム支給品枠を1消費する)
その他の日記についてはランダム支給品とする。原作での日記所有者に支給することも可能。
【作中での時間表記】
深 夜:0〜2
黎 明:2〜4
早 朝:4〜6
朝 :6〜8
午 前:8〜10
昼 :10〜12
日 中:12〜14
午 後:14〜16
夕 方:16〜18
夜 :18〜20
夜 中:20〜22
真夜中:22〜24
【放送について】
0時、6時、12時、18時と六時間ごとに途中経過を各参加者に通告する放送を行う。
放送は支給された携帯電話を通じて行われる。
【予約制について】
トリップをつけしたらばの予約スレに書きたいキャラを宣言することで5日間の予約をすることが出来ます。
誰かが予約している間、他の書き手は予約済みキャラが登場するSSを投下することが出来ません。
また、当ロワにおいて予約制は権利であり義務ではありません。
予約なしでのサプライズ投下、予約キャラと未予約キャラを組み合わせたSSの投下も可能です。
もちろん未予約投下の前に他の書き手が該当キャラを予約した場合SSは無効となってしまいますのでご注意ください。
- 3 :
- 代理投下を開始します
- 4 :
-
\アッカリ〜ン/
「はーい! バ縺薙・繝。繝シ繝ォ縺」
(※文字化け失礼いたしました)
【赤座あかり@概念】
[状態]:これからすぐ出
- 5 :
-
ぱたぱたとせわしなく、ホテルの広い厨房を動き回る。
「部室だとちなつちゃんがすぐお茶を入れてくれるけど、初めての場所だと時間がかかるものなんだね〜」
まず、厨房からポットを見つけだすのがひと苦労だった。
ドリンクバーも設えられていたけれど、あかりには本格的すぎて使い方が分からなかった。
器具を収納する棚は数が多すぎて、テンコや犬達にも総出で探してもらった。
ティーカップや、コーヒーメーカーや、お菓子なんかも必要だよねと、ぴかぴかの厨房をあちこちに動きまわる。
赤座あかりが作業をしている間にも、ホールでは大事な話し合いが進行中のはずだった。
調理場からホールまでは一本通路とはいえ、間にレストランをはさんでいるから、話し声は届かない。
あの時の黒子ちゃんはかっこよかったなぁ、としみじみ思い出す。
誰も殺さず、この殺し合いを開いた悪人を逮捕してみせる。
黒子がそんな宣言をしてから、急に空気が変わった。
どこがどう、とは言えないけれど。
みんな言いたいことがあるのに言えないような、そんな空気に。
だからあかりは、言ってみた。
七原くんたちは歩きづめで疲れてるだろうし、お茶を淹れてこようか、それともみんな夜中から起きてるからコーヒーがいいよね、と。
あかりなりに、空気を良くしようと思ってのことだ。
テーブルにお菓子の大皿と、あったかい飲み物がある空間だと、それだけでずっとなごやかになれることを知っていたから。
黒子は単独行動は良くないと言ったけれど、秋也はむしろ勧めてくれた。
何十匹もの犬たちが護衛しているのだし、目つけ役にテンコもいるのだから大丈夫だろう、と。
それにもう一つ、安全を高めるために『あること』をしてくれた。
もし、あかりがもう少し、場の緊張を重く受け止めていたら。
その態度が『聞かせたくない話を、当人のいない間にできる人間のそれ』だと見抜けたかもしれない。
幸福なことに、赤座あかりはそれに気付かなかった。
ポットのスイッチを押す。お湯が沸けるまで、ひと休み。
調理場の隅っこにある丸椅子に座る。
背もたれがないから壁にもたれた。
わんわん達が、自然とあかりに寄り集まって、丸くなって座る。
ぼうっと。
人間のいない空間は、体から緊張をほどいていく。
「みんな、すごい人たちだよねぇ……」
「そうだな。みんなガキだってのに、こんな状況で何かしようって思えるんだから」
子どもたちよりずっと大人だと自負するテンコは、出会ったばかりの七原たちをすぐに信頼できるほどお人好しではない。
それでも、あかりの気だるげな、気疲れしたような顔を見て、同調してやることにした。
- 6 :
- 「うん。黒子ちゃんも友達が……死んじゃったのに。それでも、がんばってるもん」
あかりって、わるい子なのかな。
あかりはその言葉を、口に出さずに心の中にしまっておいた。
七原や桐山や黒子は、殺し合いを止めるために何ができるかを話し合おうとしていた。
宗屋ヒデヨシは、自分にできることがあったんじゃないかと後悔していた。
だから、黒子も七原たちもヒデヨシも、『すごい人』だと思う。
あかりと違って、『対処する』ことができるのだから。
『違って』とは、戦力がないとか、戦う勇気がないとか、そういう問題ではない。
もっと、それ以前の問題なのだ。
あかりは、生き物を傷つけることができない。
蚊をRことだってできないと具体的に言えば、いつも驚かれる。
常識で蚊はRものだと分かっていても、可哀想で、どうしても叩くことができない。
その話をすると、みんな決まって『どんだけいい子なんだよ……』と言う。
例えば、推理漫画でよくあるように、襲って来る人殺しを格闘技でボコボコにする、なんて真似は論外だ。
そういうことができる人間はカッコいいし憧れるけど、絶対にできない自信がある。
他人がやるのは全然OKだけど、自分はやりたくありません。
これでは、とても身勝手な人間だ。
自分ができないから友達に蚊を殺してもらうのと、殺人犯を止めてもらうのとでは、まるで大変さが違うのに。
「あかりも、してあげられることがあればいいのになぁ」
「あかり……考えごとしてるところ悪いけど、お湯とっくに沸いてるぞ」
「いっけない! 遅くなってみんな心配してないかな。っていうか、いつもみたいに忘れられてないかなっ?」
◆
「白井。さっきの発言についてだが――」
「桐山」
赤座あかりが姿を消すと、桐山が会話を再開しようとした。
しかし、即座に秋也は牽制を入れる。
桐山がもの申すのは、予期していたことだ。
『いつでも契約を破棄して非協力的な人間を殺せる』と言った桐山からすれば、白井黒子は『非協力的』になりかねないのだから。
「お前の言いたいことは分かってる。けどまずは、俺に話させてくれないか?」
「分かった」
桐山は素直に頷いて、話し合いを秋也に預ける。
これもまた、秋也には予測済みだった。
いくら何でも、白井黒子を排除するような早まった行動はしないだろう、と。
なぜなら、まだ情報交換を終えていないのだ。
黒子を殺したところで、得られるはずだった情報が失われるだけ。
桐山和雄は非情だが、決して非合理な行動はしない。
そういう風に、秋也は桐山を信頼している。
「誰も殺さずに逮捕する。それはつまり、殺し合いに乗った人間でも殺さないってことだな」
「その通りですわ。それ以外にどんな意味がありますの?」
「なら、聞かせてもらいたい。白井は『乗ったヤツ』に、どう対処するつもりだ?」
- 7 :
- 黒子の顔つきは、真剣そのもの。
どんな意見が来ても揺るがないぞと言わんばかりのしっかりした声で、答える。
「恐慌に陥っているだけの参加者は落ちつかせます。説得の通じない危険人物ならば、適度に痛めつけますわ」
「やっつけた後はどうするつもりだ? そいつらを生かしたままにしておけば、他の参加者を殺して回るぞ?」
詰問する形になってしまうのは、黒子がどの程度のレベルで現実を見据えているのかを、きっちりと確かめるためだ。
『殺さずに殺し合いをとめる』という甘い考えの持ち主にだって、色々いる。ただの楽観論者か、それとも信念を曲げない頑固者なのか。
その認識しだいでは、対応が変わる。
また、秋也自身にも、ここで黒子をきつく牽制しておきたいという個人的思考があった。
黒子の考えは、――言わせてもらえば、殺し合いでは通用しない。
絶対に、通用しない。
「監禁場所を設けて、殺し合いが終わるまで隔離すれば済むことですの。
どの道、赤座さんのような一般の方を保護するには、長く滞在する拠点が必要になりますわ」
「拘束具を引きちぎられたり、監禁場所を壊して逃げられたらどうするつもりだ?
そして赤座さんみたい子を人質にされたりしたら?
それができる連中が、ここにはいるんだぞ」
黒子の顔が、わずかにこわばった。
秋也の言葉が、誇張でも何でもない、現実に起こり得る危険だと知っているからだ。
二人は、まだ詳しい情報を共有していない。
しかし秋也たちはヒデヨシから、黒子はテンコから、それぞれ知り合いの情報を引き出している。
ロベルト・ハイドンやバロウ・エシャロットといった、『殺し合いに乗ると予想される強者』の能力を聞いている。
「もちろん、そんなことをさせない為には、戦力を結集せねばなりませんわ。
幸い、この場には私の同僚や敬愛するお姉さま、テンコさんのおっしゃった植木さんたちもいます。
いずれの方々も、決して殺し合いに乗らない、信用できる人物ですわ」
「そいつら戦力が集まるまで、どれだけ時間がかかるか分からないんだぞ?
たとえ集められたとして、その中に何があっても揺るがないと言い切れる人間は何人いるんだ?
現に、宗屋が言ってた、佐野ってヤツは乗ってたじゃないか」
ヒデヨシが、何か言いたそうに身を乗り出しかけた。しかし、反論はちゃんとした言葉をなさずに終わる。
佐野清一郎が乗っていることは、テンコに対してヒデヨシが真っ先に報告していた。
ヒデヨシには、秋也が推測した『違う時間から連れて来られた』という仮説を伝えているので、『俺たちと出会う前の佐野がここにいるみたいだった』という言い方になった。
繰り返し異をとなえ続ける秋也に対し、黒子の眉が不審そうにしかめられた。
「つまり七原さんは、殺さずに対処するなんて不可能だとおっしゃりたいんですの?」
「そういうことになるな。もちろん、邪魔者はみんな殺しちまえってわけじゃない。
話が通じるやつとは協力するし、戦力を結集すべきだって点については同意見だ」
だから桐山とだって組んでる、と心の中だけでつけ加えて。
「でも、問答無用で襲いかかって来るヤツらに関しては別だ。
オレは、下手なリスクを冒して味方を失ってから後悔するより、敵を殺して禍根を断つ方を選ぶ。
白井が殺したくないってんなら、手を汚せとは言わないさ。トドメを刺すのはオレや桐山みたいなのがやる」
- 8 :
- この一点だけは譲れない。
そう主張するように眼力をこめると、黒子もまた、相応の頑固さを持った目で秋也を睨み返した。
「認められませんわ。私は、これ以上の犠牲者を出すつもりがないのと同じように、これ以上の殺人者を出すつもりもありませんの」
宗屋ヒデヨシも口を開き、白井黒子に同調する。
「ぶっちゃけ、オレも白井に同感だ。その方が難易度が上がるからって、誰かを切り捨てるのはおかしいだろ。
お前らみたいに、冷酷に気持ちコントロールできる人間ばっかりじゃねーよ!」
ヒデヨシが黒子の味方をするのは、これまでの言動からもあり得たことだった。
それでも、『冷酷』という言葉を使われるほど見放されていたとは……正直、頭の痛いものがある。
秋也とて、彼らが極めてまともな感性を持っているのは分かっているつもりだ。
人を殺して争いを解決するなんて、解決策の中でもとびきり後味が悪いものだろう。
けれど、ここは『まとも』な場所じゃない。
それは、言葉を尽くして説明したところで、嫌と言うほど『殺し合い』の空気に浸からなければ分からないものだろう。
秋也は、四十二人の中の四十人を犠牲にして生き残った。
『誰も殺さない』なんていう考えでは、絶対に生き残れなかった。
発狂した学級委員長に殺されかけた。
信頼し合っていたはずの仲良しグループが、たった一人の疑心暗鬼を火種にして互いに殺し合った。
アイツらは殺し合いに乗らないし死んだりしないと信じていた友人たちが、次々と放送で呼ばれていった。
今、自分のすぐ隣に座っている男と、死闘を演じた。
『あの時ああしていれば』や『もっと力があれば』と引きずり続けていては、とても正気でいられない。
そんな地獄の中で、『誰も殺さない』と口にすることと、それを実行することの間に、どれほどの落差があることか。
それは、誰よりも率先して汚れ役を引き受けてくれた、川田章吾に対する侮辱でもある。
「ひとつ、口をはさんでも構わないか」
実質的に、二対一の対立を呈してきた時だった。
それまで、交渉を秋也に預けていた桐山が、ここで初めて会話に割り込んだ。
口にされたのは、素朴な疑問だった。
「さっきから、白井は敵を拘束する段階まではまず可能だろうという前提で話している。
なら、現実問題として白井はどの程度の戦力を持っている?
ロベルトやバロウのような異能者が襲ってきても、対抗できるのか?」
それは、もっともな問いかけでもあった。
同時に、『どれほど戦力があっても、主催者も含めて殺さないなんて不可能だ』と断じていた秋也が、確認を遅らせていたことでもある。
確かに、黒子が己の力量に自信を持っているからこそ理想を掲げられるのだとしたら、その戦力は把握しておかなければならない。
黒子と無事に協力できた場合にも、逆に今後敵対することになった場合にも。
- 9 :
-
「そうですわね。仮に『天界人』レベルの参加者が、万全の状態で襲いかかってきたとしますと……」
黒子は、戦闘パターンをシミュレートするかのように、真剣な顔つきをして考えこむと、
「およそ一分もあれば、制圧が可能ですの」
四本の指を折り曲げて、人差し指をたった一本だけ立ててみせた。
「おいおい、いくら何でもそれはおおげさってもんじゃ――」
ヒュン、と音がすると同時。
秋也は、押し倒されていた。
着座していた背もたれなしの椅子がダルマ落としのように転ばされ、仰向けに倒れた腹の上には黒子の右膝が動きを封じる。
首筋には手刀が、刃物の代わりとしてあてがわれていた。
桐山が即座に立ち上がり、機関銃を構えたが、
「――失礼。とまあ、こういう風に」
黒子はすでに、ソファの元の位置に着座していた。
「飛距離80キロメートル前後、質量130キログラム以内の手に触れた物体なら、あらゆる空間転移(テレポート)が可能。
これが私の能力ですの。
転移先の物体を押しのけてテレポートしますから、例えばプラスチックの板で銃器を切断して無力化したり、敵を地面に生き埋めにすることもできますわ。
殺さず制圧することには適した能力と言えますのよ」
わざわざ『実演』までしてもらうとは。
ずいぶんと負けず嫌いかつ、誇り高い性格のようだ。
「すげぇ……」とヒデヨシの口から、素直に賞賛の言葉が漏れる。
「いてて……ああ、頼りになるのは分かったよ」
椅子を立たせ直しつつ、秋也は素直に認めた。
触れただけで、物体を転移させる能力。
確かに、強力かつ魅力的な能力だろう。
特に――首に巻かれた首輪などを、一瞬で外したい時には。
痛む後頭部をおさえつつ、秋也はそのことを考慮する。
もっとも、いきなり首輪解除を提案するつもりはない。
口にしたらヒデヨシが実行しようと言い出しかねないし、黒子にとってもリスキーすぎるから試さなかったのだろう。
白井黒子が拉致されているのだから、主催者が『超能力』に対策をうっていないはずがない、と。
しかし逆に言えば、首輪の構造を調べて『超能力を使えるようになった』と判断された場合に、黒子の力は解除の鍵となり得るのだ。
それに、その単純な戦闘力は、能力者との戦いに慣れていない秋也たちにありがたくもある。
- 10 :
- 一応、嘘は言っていない。
実は、秋也は黒子たちの同意を求めて、論を重ねていたわけではない。
ヒデヨシのような感覚を持つ人間が他にもいることは分かっていたのだから、決裂だって視野に入れていた。
しかし決裂するだけならば構わないが、別れた後の黒子たちが『七原秋也たちは危険な思想の持ち主だ』と吹聴して回るような展開だけは避けたい。
その後がやりにくくなるのはもちろんのこと、桐山が『やはり非協力的な人間とはやっていけない』と、気を変えてしまう恐れがある。
だから、秋也の狙いは、黒子を説得することではなく、論破することにあった。
言い返せなかったという意識があれば、おおっぴらに悪評を伝えることはできない。
会話から判断するに、黒子は基本的に頑固な性格のようだが、他者の意見は聞く。
偏った悪評を誇張して伝えることはないだろう。
考え方は相容れないだろうし、理解は求めない。
しかし少しでも戦力や情報は欲しいから、最低限の協力ラインは維持する。
それが、秋也の交渉プランだった。
おおむね上手くいきそうだと、秋也は安堵の息を吐き出し、
「嘘だっっ……!!」
乱暴に音を立てて、宗屋ヒデヨシが椅子から立ち上がった。
拳を強く握りしめ、その額には青筋を浮かべて。
憎々しげに、叫ぶ。
「七原は、最初っから殺さずに終わらせるつもりなんかないんだろっ…!
だって、全部が終わったら、桐山をRって言ってたじゃねぇか…!」
◆
白井黒子の言葉に、宗屋ヒデヨシは感銘を受けていた。
殺し合いに乗った人間も主催者も、誰も殺さずに解決する。
誰も切り捨てたりしない。
誰かを大事にする為に、別の誰かを犠牲にしたりしない。
こいつと力を合わせれば、皆を助けることができる。
この時点でヒデヨシは、六時間以上も同行していた秋也の言葉より、出会ったばかりの黒子の言葉に大きく寄りかかっていた。
- 11 :
-
- 12 :
-
- 13 :
-
- 14 :
- そもそもヒデヨシは、話し合いが始まってからずっと苛立っていた。
秋也たちは、都合の悪いことを黒子たちに話そうとしないのだ。
例えば、桐山和雄と七原秋也が、最終的には殺し合うつもりだということ。
例えば、その言葉どおりに、桐山和雄が赤座あかりの友人である船見結衣を撃ち殺そうとしたこと(厳密には、結衣を連れて逃げた真希波とレナを殺そうとしたのだが)。
仲良くやっていこうと声をかけているのに、相手を信用しようともせず、善人ぶっている。
赤座あかりを仲間にするなら、特に後者のことは誠実に謝罪をすべきはずだ。
どうしてこいつは、赤座あかりの友達を見殺しにしようとしたばかりなのに、何くわぬ顔で話しているのか。
『自分は無差別日記のことを隠している癖に、秋也が隠しごとをしていると責めている』という矛盾にヒデヨシは気づいていない。
そもそも植木チームの仲間は、いずれも裏表のない人間ばかりだった(約一名、二重人格の少女がいることはいたが)。
出会ったその日から信頼して共闘して、すぐに元からの友人のような関係になった。
ヒデヨシは、そういう仲間関係しか知らない。
彼にとって、仲間を信用するというのは、余りにも当たり前のことだった。
その当たり前ができない二人に、だから否定的な意識を持つ。
まして、腹のうちを読ませない人種であれば余計に怖い。
だから、本当のことを黒子たちに言えないでいた。
ヒデヨシからすれば、桐山和雄は理解できない存在であり、理解しようとも思えない。
文字どおりのいつ爆発するか分からない爆弾だった。
桐山が黒子たちに何かしでかさないか、いきなり七原との『契約』を破棄して危害を加えないか、ずっと戦々恐々としていた。
下手なことを言えば、白井と七原たちの対立がより深刻になるかもしれない。
そうなったら、桐山が黒子を撃ちRかもしれない。
それが我慢できなくなったのは、正しいことを言っているはずの黒子の方が、七原に云い負かされようとしていたからだ。
七原の追及は執拗で、『皆を助けるなんてできるはずないんだ』という独善に満ちていた。
どうして殺そう殺そうと言っているこいつの方が、正論のような顔をしているのか。
それが我慢ならなかった。
何より、黒子の能力を目の当たりにしたことが、ヒデヨシのタガを外した。
相手が銃器を持っていても、先に無力化できる圧倒的な力。
これなら、例え桐山が暴れたとしても、黒子の力で制圧できる。
要するにヒデヨシは、味方である(と思っている)黒子が強者だと分かったから、強気になったのだ。
硬直した三人を前に、ヒデヨシは更なる真実を暴露する。
「それだけじゃない……! 桐山は、赤座の友達の船見って子を、殺し合いに乗ったやつをかばったからって撃ち殺そうとした!
だから船見は俺たちから逃げ出したんだ! そして、七原はそのことを白井に隠してる!」
黒子は、茫然としている。
(馬鹿……!)
秋也も今回ばかりは、ヒデヨシを殴りたくなった。
主義主張が相容れないことは、分かっていた。
しかし、これほど軽率な言動を取るとは思っていなかった。
- 15 :
- 前後に何があったかも明かさず、桐山の行動方針が変わっていることさえ説明せず、また秋也はむしろ桐山を止めようとしたことさえ言わずに。
『桐山たちは意見が対立しただけで一般人の少女を殺そうとする』と言わんばかりに、偏った事実を突きつける。
これでは集団に亀裂を入れるだけで、何も良い方向に運ばない。
第一、桐山を刺激することは、黒子の安全にも関わるのだ。
桐山が契約を破ったら、真っ先に狙われるのは黒子なのだから。
撃つ前に銃を無力化できるから大丈夫、という問題ではない。
上手く誘導して背中を向けさせたところを撃つなど、能力が問題にならない手段はいくらでもある。
そもそも、強い能力者がいるだけでは乗った人間を殺さず制圧できないというのは、先ほどから秋也がずっと説いていたことだった。
ヒデヨシは、ちゃんと耳を傾けていたのだろうか。
「どういうことですの? そんな理由で、人を殺そうとしたって……」
不信とも困惑ともつかぬ感情で、黒子はひどく動揺していた。
黒子からすれば、七原秋也たちの言い分は認められないものだった。
しかし、あくまで彼らは合理的な考えで反論していた。
そんな人物が、『乗った人間を殺そうとしたのを止められた』ぐらいで、人を撃ち殺そうとしたなどとは。
七原もまた「違うんだ!」と誤解を解こうとする。
しかし、最も過激な部分から暴露されてしまったせいで、印象は最悪だ。
どう説明したものかとじれったさを噛みしめる。
そして、桐山和雄は。
立ち上がり、即座に機関銃を撃発可能な状態で構えた。
ただし白井黒子でも宗屋ヒデヨシでもなく、ホテル正面の自動ドアに向かって。
「へぇ。四人もいたんだ。やっぱり弱者は一か所に集まるものなのかな」
ホールに入って来たのは、金色の髪に虚ろな瞳をした少年。
ヒデヨシの顔色が、即座に青ざめる。
- 16 :
- 「アノン……いや、ロベルト、なのか?」
「へぇ……君も僕の名前を知っているんだね。
あ、そう言えば、十団のメンバーがサル顔のヤツと戦ったって話を聞いたことがあるよ。確か……」
考え込む素振りを見せながら、ロベルトがその右腕を変化させる。
一瞬で、その腕には自身の体よりも大きな砲身が姿を現す。
「ヒデヨシさん、ここは私に任せて裏手に! 『わんちゃんたち』と一緒に、職員用通路から逃げてください!」
闖入者の放つ明確な害意を見て、黒子が叫んだ。
テーブルの上の花瓶を倒して割ると、その破片を投擲武器のように構える。
桐山は機関銃を構えたものの、黒子に無力化されることを警戒して発砲は控えている。
秋也も、ベルトに差したグロックをそっとおさえた。
「お、おう。ぶっちゃけ分かった!」
ヒデヨシも、こんな言い回しをされたら気づく。
黒子は、厨房にいるあかりを保護して逃げろと指示している。
そして『もう一人いる』ことを悟られまいと、こんな言い方をしたのだ。
「七原さんと桐山さんは――」
黒子は、言葉を詰まらせた。
秋也は舌打ちする。
ヒデヨシによる発言が、尾を引いていることは明らかだった。
船見結衣を殺そうとしたという、ただ一点の、しかし看過するにはあまりにもただならない疑惑。
だから黒子は、『あかりを秋也たちに任せる』ことができない。
襲って来た殺人者はRという方針を宣言した為、共闘することも選べない。
「――お二人は、私のやり方を、見ていてください。
巻き込むような真似も、手を出させるような無様も晒しませんわ」
言い放たれた指示は、戦闘に介入するなという、禁止。
『殺人者を殺そうとするかもしれない二人』が見ている前で、殺さないと決意した少女はロベルトに宣戦布告する。
「風紀委員(ジャッジメント)ですの。あなたのお相手は私がします」
◆
- 17 :
- ホテルにいる集団に佐野清一郎が気付いたのは、放送が終わって少しの時間が経過したころだった。
それは、殺人日記のおかげだった。
山沿いに身を隠しつつ進んで行くと、予知に次なる犯行予告が表れたのだ。
殺害の対象は、奇しくも最初にRつもりだった少女、赤座あかりだった。
犯行現場は、ホテル。
しめたと思いホテルを目指したが、その予知画面はすぐに書き変わることとなる。
『未来日記』を持った参加者を含む別のグループが、新たにホテルを訪れたのだ。
よりにもよって、あの桐山和雄らのグループだった。
(桐山たちがおる以上、乗ってない振りをして情報を聞き出そうとするのは不可能か)
赤座あかりを殺そうとした場合、問答無用で桐山和雄に撃ち殺されるらしく、『DEAD END』が予知される。
最初にR標的を、赤座あかりから桐山和雄に変更して、予知の変化を調べてみた。
しかし過程が変わるだけで『DEAD END』の結果は覆らない。
他のどの人物に標的を変えても、同じだった。
桐山和雄か、もしくは彼と共にいた長身の少年。
どの予知でも、最終的にはこの2人のどちらかに殺されることになっている。
その過程で、グループメンバーが内紛を起こして桐山以外を殺せるルートもあったけれど、自分まで死んでしまっては意味がない。
どうやら、あの集団には実力者が複数人いるようだ。
頭を悩ませた。
どう足掻いても死んでしまう未来なら、突撃は見送るしかない。
けれど、あの集団にいたサル顔の男は佐野のことを詳しく知っていた。
そんなグループを看過しておけば、今後の行動がやりづらくなるだろう。
そんな状況を打開したのは、時間の経過だった。
第三者がホテルにやってくることを、殺人日記が予知したのだ。
その人物名を見て、心臓がどきりと反応する。
[09:20]
ロベルト・ハイドンがホテルに近づいて来るのが見える。
それを確認して、ホテルの地下駐車場に向かう。
ロベルト・ハイドン。
最強の能力者であり、殺し合いに乗るだろう危険人物であり、ロベルト十団のリーダーでもある男の名前だ。
[09:22]
ホテルの地下駐車場に到着。
ガソリンを抜かれた車が何台か停車している。
その車の影に身を隠して、職員用非常口から逃げてくる生き残りを待ち伏せする。
なるほど、いくらロベルトが相手でも、どさくさにまぎれて一人か二人は逃げのびるかもしれない。
そいつらを確実に仕留めて、生き残りの口封じを行う殺人計画であるようだ。
ロベルトが桐山らを仕留めてくれるならもうけものだし、集団の中でも強者はロベルトとの戦闘に割かれるだろうから、佐野には弱者が回ってくる確率も高い。
- 18 :
- 時刻が[9:20]を示したころ、ローラースケートのような乗り物を走らせて、見覚えのある少年がホテル前に到着する。
予知通りに、現れたのはロベルト・ハイドンだ。
ロベルトはスケートを止めると、徒歩になって悠々と正面入り口に歩いて行く。
それを確認して、佐野はホテル裏へと走り出した。
にたりと、口もとに笑みがこぼれる。
感情が笑わせたのではない。これから行うことを、肯定する為に必要な笑いだった。
ロベルト十団にいた時に、悪人ぶった態度を取るために浮かべていた笑みでもある。
強い参加者が集団を狩って行く様子を傍観して、自分でも仕留められそうな獲物が来たら漁夫の利をかっさらう。
こんな手口を犬丸が見たら、きっと自分を侮蔑するのだろう。
しかし、それでいいのだ。
憎みたければ憎めばいい。
罵りたければ罵倒すればいい。
正義の心を捨て去っても、親友は死なせないと決めたのだから。
◆
「聞けば、あなたは『最強の能力者』と呼ばれていたそうですけれど、それは異世界の『能力者』にも通用しますかしら?」
不可解な挑発と共に、ツインテールの少女がロベルトの前に進み出る。
御手洗清志が使った謎の『能力』も、『異世界』とやらに関係しているのだろうか。
「へぇ……僕のことを知っている割には、ずいぶんと強気じゃないか」
「ええ、あなたのことは知っていますわ。人類を滅ぼそうとしているらしいことも。
ここで取り逃がしてはならない人物だということも」
先に逃げた宗屋ヒデヨシから殺しても良かった。
けれど、己に強い自信を持っている人間をRのもまた一興だと思われた。
そういう相手ほど、自信が引き剥がされ、恐怖のなんたるかを知った時の顔に見ごたえがありそうだったから。
「それは、僕の能力を知った上で言っているのかな?」
少女との距離は十数メートルしか離れていないので、“鉄”の砲身の大きさは小さめに設定する。
ロベルトが本気を出せば、このホテルごと崩落させかねない。
「これは“絶対命中”の神器だよ……そんなものを、どう攻略するつもりだい?」
――ドオォン!
砲身から衝撃派が迸り、人間の身長より大きな鉄球が一直線に弾道を描く。
“理想を現実に変える能力”で具現化した神器は、ロベルトが願った通りの動きをする。
当たるまで追尾し続ける高速の鉄球に追われて、どんな絶望を味わうのか――。
「どこに撃っていますの?」
声が、背後から聞こえた。
ロベルトのすぐ後ろに立ってにっこりとほほ笑む少女が、振り返った視界に写る
- 19 :
- (位置を変える能力か……!)
部下の一人が似たような能力を持っていることもあり、即座にそれと察するが、状況は一瞬で逆転した。
ロベルトの“鉄”は、追尾機能があるから――
真直ぐに撃ち放った“鉄”が、バックスピンでもかかったようにロベルトに向かって高速で逆走を始める。
確実に、少女だけでなくロベルトをもはね飛ばす勢いで。
「くっ……!」
口から“青いシャボン”を吐き出し、“鉄”にぶつけた。
まさに激突する直前で、鉄球は“理想的に軽くなるシャボン”に包まれて上方にそれる。
ロベルトがホールの入口付近にいたことから、“鉄”はそのまま自動ドアやや上の壁を突き抜けていった。
「あら、よそ見をしていていいんですの?」
立て続けに少女の回し蹴りが襲いかかり、かろうじてそれを肘で受け止めた。
そのまま“百鬼夜行”(ピック)で串刺しにしようとしたものの、ヒュンと音を立てて少女の姿は消える。
今度の出現地点は、真上だった。
ドロップキックをギリギリで回避。
しかし次なる神器を出す余裕は与えられず、花瓶の破片を握りしめた拳が襲う。
頬をかすり、血のラインが残る。
元より、神器主体の戦い方をしていたロベルトである。徒手空拳は得手ではない。
(神器が……出させてもらえない!)
相性が悪すぎる。
少女の能力は、それに尽きた。
いくら理想的な神器といっても、用途があるからには使えない局面がある。
“鉄”(くろがね)も、“快刀乱麻”(ランマ)も、“波花”(なみはな)も、攻撃用の神器はどれも射程が長すぎて、ふところに入りこまれると無力になる。
そのゼロ距離を楽々と確保する手段を、少女は持っている。
伸縮自在である“百鬼夜行”(ピック)はかろうじて射程に入るが、動きが直線的すぎるだけに、瞬間移動の回避には歯が立たない。
“旅人(ガリバー)”や“唯我独尊(マッシュ)”に至っては論外だ。密着した状態では、自分も攻撃に巻き込んでしまう。
- 20 :
-
少女の連続的な攻撃が、じわじわとロベルトを焦燥に追いやる。
もちろん少女の拳と蹴りだから男性能力者のそれより“軽い”けれど、それでも並みの人間よりは“重い”。
セーターを“理想的な毛糸”にして衝撃吸収性を高めてはいるものの、ジリ貧に陥りつつあることは明らかだった。
(どうにかして、距離を取らないと……!)
天界人には移動用の神器である“電光石火(ライカ)”や“花鳥風月(セイクー)”もある。
敵と距離をとってから神器を撃つのがセオリーなのだ。ただし――
敢えて、少女の顔面蹴りを受けにいった。
嫌な感触を立てて鼻っ柱が歪み、相応の痛みを返す。
しかし、おかげで少女はロベルトの真正面にいる。
その少女に向かって、青いシャボン玉を吐き出した。
少女は慌ててテレポートで前面から退避。それがまさにロベルトの狙いだった。
(今だ、“電光石火”――!)
両の足に、車輪付きの靴が生える。
“理想的な電光石火”は、一瞬で最高速度に達して、ホールを壁づたいに半周し、
――距離を取るのがセオリー。ただし、それは神器以上の速さを持つ敵がいた場合には通じない。
「線の移動では、点の移動に追いつかれますわよ」
眼前に、少女は舞い降りた。
その右手が、ふわりとロベルトの肩に触れる。
その一瞬で、見えている景色が変わった。
人質に取ろうとしていた観戦する少年二人の姿が視界から消え、
代わりに視界一面に写ったのは、大理石の――
――ゴツンッッッ!!
「がっ……!」
視界に火花が瞬き、額が割れて血がにじむ。
(自分だけじゃなく……他者の転移まで……?)
方向を転移させられた結果の衝突事故だと理解したのは、少女の手が再び、ロベルトの肩をとらえるのと同時。
くるりと。
上下感覚が、逆になった。
頭から床とお見合いをさせられて、割れた額から出血がひろがる。
天界人と言えども、頭部から出血して三半規管が混濁すればすぐには動けず。
「ここまで、おおむねシュミレーション通りですわ」
次に聴覚が少女の声をとらえた時、ロベルトは後ろ手に拘束されて、床に抑えつけられていた。
少女が持っていた破片は衣服の各所に突き刺さり、体を床に縫い止める。
- 21 :
-
「あなたが次の『神器』とやらを出すよりも、私のテレポートの方が早そうですわね」
心の底からの屈辱感を味わった時には、何も言葉が出なくなるのだと、ロベルトは知った。
最初に“鉄”が発射されてからの所要時間、約一分。
とても簡単に、圧倒的に、決着はついた。
◆
七原と桐山を、白井と一緒に残してきて良かったのだろうか。
ヒデヨシの不安は、澱みのようにどんどん堆積していった。
危険人物がやって来たから避難するぞと教えると、あかりは心配げな顔をしながらも頷いた。
黒子をおいて逃げられないと言い出すかと思ったけれど、ずいぶんあっさりだった。
それとも、これが一般人の危機感というものなのかもしれない。
あまり走るのが早くないあかりのペースに合わせて、職員用通路を走る。
護衛として、左右を数十匹の犬たちが隊列をなして囲む。
その群れはきびきびとして頼もしく、ヒデヨシ一人が護衛するより、ずっと頼りになりそうだった。
むしろ……危険なのはどう考えても、黒子の方ではないか?
引率の役目を任されたものの、あかりに説明をしたり、現場から遠ざかったりするうちに、新たな不安要素が湧きだしていた。
確かに、黒子は強い。
ロベルトだって、一分間で制圧できると言ってのけた。
けれど、七原秋也と桐山和雄がいる。
考えてみれば、危険な能力者で殺し合いに乗っているロベルトは、『襲って来るやつは始末する』と言った秋也たちからすれば、処分の対象ということになる。
ロベルトをやっつけたとして、黒子と秋也たちでRかどうかを揉める展開しか浮かばない。
ロベルトと七原たち二人と、前門と後門にそれぞれ『敵』を相手にしなければならない状況で、黒子はそれでも勝てるのだろうか。
敵……そうなのだ。
秋也たちは黒子の正義と折り合っていくつもりなどなく、せいぜい利用させてもらうといった態度で接していた。
そんな秋也たちが、黒子に対して、穏便に済ませる保証などどこにあるのだろう。
- 22 :
-
(まさか……七原と桐山は、ロベルトを排除することにかこつけて、黒子も始末するつもりじゃないのか?)
ヒデヨシたちと合流して、『白井はロベルトに殺された。助けられなかった』と悔しげな顔で嘘をついてみせる秋也たち。
ヒデヨシの想像力は、そこまで幻視した。
とうとう、我慢ならなくなった。
地下への長い階段を降りて、非常口が見えてきたあたりで、ヒデヨシは足を止めた。
「悪い……赤座。ここから先はテンコと二人で逃げてくれるか?」
「ヒデヨシくんは?」
「オレは、ぶっちゃけ黒子たちが心配だから戻る。オレでも何かの役には立つだろ」
心細がるかと思いきや、あかりはこれまた素直に頷いた。
「うん。じゃあ危ないことしないで、ちゃんと帰ってきてね。
テンコちゃんも、わんわんもいるし、あかりは大丈夫だよ!」
「死ぬんじゃねえぞ。ヒデヨシ」
「ああ。ちゃっちゃと片付けて、桐山の『アレ』を使って追いつくからよ」
テンコは、唯一このグループの中でロベルトの強さを直に目の当たりにしている。
だからこそロベルトの脅威をより切実に感じていたし、黒子の方が危険な立場だと思っていた。
だからヒデヨシの言葉どおりに、三人が心配で援護をしに行くのだと疑わなかった。
ヒデヨシは全力ダッシュで来た道を逆走し、階段を駆けのぼる。
レストランまで戻ると、まず、携帯電話の通話ボタンを押した。
登録しておいたある番号にかけた。
開口一番に、叫ぶ。
「『無差別日記』の契約を頼む!」
◆
- 23 :
-
- 24 :
-
風紀委員として、少なくない数の犯罪者を確保してきた。
急激に能力を成長させたことで、増長して他者を虐げるようになった不良生徒。
能力のスランプに陥ったことで、諦めて拗ねてぐれた銀行強盗。
人間は、簡単に一歩を踏み外すということを知っている。
ましてや、それが殺傷の向きの力を持つ能力者ならば、小さな過ちでも大きな害悪になることも。
けれど、その中に死んでいいような人間なんて一人もいなかった。
たとえ、一歩道を踏み外して殺し合いに乗ってしまったからといって、誰にもR権利などあるはずない。
「いつもなら足腰が立たなくなるまで再起不能にして差し上げるところですけど。
あなたはずいぶん頑丈な体をしてらっしゃるそうですし、体で分からせるのは難しそうですわね」
拘束されたまま首だけを曲げて、ぎろぎろとした視線で見上げてくるロベルト・ハイドンを睨み返す。
テンコの話では『人類抹殺』などと大それたことを考えていたそうだが、なるほど、なかなかに死んだ目をしている。
黒子の耳が、カツンカツンと足音をとらえた。
桐山和雄が、機関銃を構えたまま黒子たちの元へ歩み寄ろうとしている。
「まだ近づかないでください。私はこの方とお話がしたいんですの」
問答無用でロベルトにとどめを刺すつもりではないか。
そんな疑念が湧きあがり、きっぱりと制止した。
一人でロベルトの相手を引き受けたのは、七原たちに『殺さずに殺し合いを止められる』ことを証明してみせるためでもある。
「それ以上、一歩でも近づかれたら、テレポートでこの方と二人きりになりますのよ」
その言葉に、桐山は歩みを止めた。
七原も、桐山の数メートルばかりうしろで大人しくしている。
野放しにするよりは、目の届くところで経緯を確認したいという判断が勝ったらしい。
やはり、ロベルト殺しを止めたからといって、すぐ撃たれるということはなさそうだ。
先ほどは突然の発言に動揺してしまったけれど、落ちついてみれば、この二人はそこまで短慮かつ過激な性格とも思えない。
たとえヒデヨシの言うように冷徹な合理主義だったとしても、『Rには惜しい』と思わせるだけの力は、先の戦闘でアピールしたつもりだ。
「あの二人は、僕を殺したいのかな?」
首を曲げて見上げた格好のまま、ロベルトが問いかけた。
- 25 :
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「心配しなくても、私がさせませんの」
「でもそれは、君に能力があって、僕を怖くないと思っているからだろう?
殺されるのが怖いから『殺人者は殺さなきゃ』と理由をつけて排除する。
彼らの方が、自分のクズさを隠そうとしないだけ、見ていてまだ気持ちがいいよ」
いちいちカンに触る言い方だが、自分から口を開いてくれたのはやりやすい。
学園都市の犯罪者も、個人差はあれど言いたいことを言わせた後は大人しくなる傾向があった。
「殺さずに済ませてくれるなら、感謝はするよ。
もっとも、そんなことで恩を売ったって、僕の憎しみを消すことはできないけどね」
今度はわりとカチンと来た。
どうやら、黒子が100パーセント打算でロベルトを助けたと思われているらしい。
「人間不信も、そこまでいくと厨二病だと思われますわよ?」
「なんだって……?」
おっと、ついはしたない言葉を使ってしまった。
「だってそうでしょう。自分の狭い視野で見たものを、世の中の真理みたいに決めつけているんですもの。
もし、人間がみんな臆病で、力あるものが問答無用で怖がられる社会なら、私の住む街なんてとっくに無法地帯になっていますわ。
そうならないのは、能力者が力を人の為に使って、無能力者も打算のない関係を築こうとする意思があるからですの。
あなたは、自分の能力が人の役に立たないか、考えたことがありますの?」
幼少期に迫害されたトラウマがあって、人間を憎んでいるという話はテンコからうっすらと聞いた。
しかし、この少年はもう子どもじゃない。いい年をした中学生なのだ。
まだ大人ではないけれど、ちゃんと怖がられない努力ができる年齢ではないか。
学園都市の学生ならば、まず強大な能力を人の役立つことに使って、力ある者の義務を果たそうとするだろう。
高レベル能力者の中には社会生活を苦手とする人間もいる。
しかしそういう者たちだって、自分の能力を生かした仕事をして、世の中と折り合って生きている。
能力を使って誰かを助けるといった自発的コミュニケーションをしていないのに、
怖がられたと人間を恨むロベルトは、危険思想家でも何でもない、甘えた子どもにしか見えなかった。
そんな恨み節を引きずって、貴重な青春時代を棒に振っていいはずがない。
黒子は、すでに学園都市の非行少年を見るような目で、ロベルトを見るようになっていた。
あなたを一人にしてはおけません。
私があなたを見張ります。そして、力持つものの責任というものを、叩きこんで差し上げますわ。
口を開き、そう言おうとした。
その時だった。
- 27 :
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- 29 :
-
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
ここにいないはずの少年の、不可解な叫び声が放たれたのは。
◆
ロベルト・ハイドンを生かしておくつもりなど、秋也にはもうとうなかった。
改心の余地があるかどうかが、問題なのではない。
ロベルトの精神がとても不安定であり、簡単に人間を殺せることが問題なのだ。
佐野清一郎のような誤解ではなく、憎しみから人間を殺そうとしている。
その憎しみで心が不安定になり、その場にいる人間の言葉や行動で心境がころころと左右される。
仮にここで黒子が説教をして効果を発揮したところで、爆弾なのは変わらない。
自分に害をなそうとする人間があらわれれば『やっぱり人間ってこんなものだよね』と反転する可能性が高い。
現に、桐山に対して『怖がって殺そうとしている』などと、全く見当はずれな解釈をしているように。
腰にさしたグロックを、そろそろと抜き取る。
黒子は、秋也たちの足音にばかり気を取られていて、視線はロベルトに向いている。
秋也の一挙一動までは気づかれていない。
桐山が、アイコンタクトを送って来た。
ひとまず、行動を起こす時はオレから始めるという意味で拳銃を掲げてみせ、桐山も頷いて視線を黒子たちに戻す。
桐山の持つマシンガンでは、接近しなければ黒子ごと撃ってしまう。
黒子も、いくら何でも自分ごと撃たれることはないと分かったからこそ、『近づくな』と言ったのだろう。
秋也の持つグロックでは、黒子の体に遮られて、ロベルトを撃ち抜くことができない。
秋也がわざとハズレ弾を撃つなどして注意を逸らし、桐山に接射させる手もあるが、黒子のテレポートが早ければ最悪二人で離脱されてしまう。
黒子の生存率をできる限り高めようというのは、桐山との間にできた了解でもある。ロベルトと二人きりにするような真似はできない。
いずれにせよ、黒子がロベルトに情を移してしまう前に、行動を起こさなければ。
テレポートさせる隙を奪うような、何らかの演技をするか……。
策をめぐらしつつ、秋也はいつでも撃てるよう、グロックの安全装置を外した。
その時だった。
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
叫び声と共に、後ろからタックルを食らわされたのは。
◆
無差別日記と契約した宗屋ヒデヨシが、ひとつ、知らなかったことがある。
それは、未来日記の予知があくまで所有者の主観を基準にしているということ。
無差別日記の説明書にはこの点が書かれていなかった。
無理もない。本家本元の所有者である天野雪輝ですら、事前に説明されていなかったのだから。
しかも、秋瀬或のような知略に優れた人物ならば、自力で気づくことでもある。
- 30 :
-
- 31 :
-
あるいは、電話でムルムルから詳しい説明を聞けば、気がついたかもしれない。
しかし焦っていたヒデヨシは、開口一番に『契約する』と叫んでしまった。
あるいは、七原秋也に対して、疑心暗鬼に囚われていなければ、そんな未来は予知されなかっただろう。
しかし、ヒデヨシは冷静さを失っていた。
だから、そこに表れた予知は、ヒデヨシの主観まみれの予知になり、その予知をヒデヨシは『真実』だと錯覚した。
[09:24]
七原が、拳銃の安全装置を外して白井を撃とうとしている。
秋也はこの時点で、黒子に銃口を向けることさえしていない。
それでも、ちょうどこの時間帯に、玄関ホールに戻ってきたヒデヨシは。
まず、七原秋也の持つ拳銃を見てしまった向けたヒデヨシは。
七原秋也が、人を殺そうとするかのような、冷たい目つきをしているのを見たヒデヨシは。
七原秋也の正面に、白井黒子が無防備な背中を晒しているのを見たヒデヨシは。
七原秋也なら黒子をRと、疑っていたヒデヨシは。
その光景を、そういう風に見ることになった。
だから、無差別日記はそういう未来予知をした。
無差別日記と契約して、まず最初にその予知を見たヒデヨシは。
激怒した。
――なんで、白井みたいな立派なやつが、七原みたいなヤツに殺されなきゃならないんだ……!
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
白井が殺されることだけは、あってはならない。
仲間を守りたい一心で、ヒデヨシは秋也の背中に体ごとタックルをお見舞いした。
「なっ……!?」
逃がしたはずの人物から、動機も不明の襲撃を受けて、秋也は数歩たたらを踏み、倒れる。
グロック29の弾丸があらぬ方向に発射され、その発砲音を聞いた黒子が驚愕した。
「七原さん、何を……宗屋さん!?」
事態をはかりかねる黒子へと、ヒデヨシはタックルの勢いもそのままに、駈け寄る。
「逃げるぞ白井! こいつらはお前を狙ってる! テレポートで逃げるんだっ!!」
そう言われても、自分がロベルトを抑えてこんでいるのに、離脱できるわけがない。
ロベルトを連れてテレポートしたのではヒデヨシと桐山七原をこの場に残すことになり、危険な状況は変わらない。
- 32 :
- 「そんな……私が逃げれば、他の三人が殺し合いになりますのよ?」
「お前を殺そうとするようなヤツなんか、どうだっていいだろ!? お前は死んじゃいけねえんだよ!!」
逃がさなければ。
はやく白井を逃がさなければ、殺されてしまう。
もはやヒデヨシの頭には、それしかなかった。
黒子の右手をむんずとつかむと、強い力でロベルトから引きはがす。
思いがけない暴力に、黒子の瞳が驚きに見開かれ。
次の瞬間、それは怒りに転じる。
「あなた、何をおっしゃってますの! さっき誰も切り捨てないと、自分でそう言ったではありませんか!!」
ヒデヨシの顔から、表情が消えた。
誰も切り捨てない。
そんなことあってはならない。
かたくなにくり返してきた己の言葉を、そのまま返されたのだ。
一瞬だけ、誰もしゃべらない、音を立てない無音が起こって。
そして、均衡は崩れさる。
いくつかの出来事が、連続して起こった。
コマ割りに仕立てるなら、まず1コマ目。
最初に動いたのは、桐山和雄だった。
機関銃を構え、前方に走り出す。
その射線が狙うのは、ロベルト・ハイドン。
すぐ動かなかったのは、どちらを先に撃つか考えていたから。
黒子に邪魔されるリスクが常にあるので、下手すれば二人目は撃てないのだ。
ヒデヨシのしたことは裏切り行為だったが、黒子との会話からまだ攻撃性はないと判断する。
ならば、戦力の脅威を考えても、優先してRべきはロベルト・ハイドン。
七原秋也は、黒子が射線上にいて撃てない。だから自分がと、判断して。
数秒とかからず詰め寄れる距離を、桐山は駆ける。
――2コマ目。
「おやめなさいっ!!」
しかし、白井黒子はそんな桐山に反応した。
ヒデヨシの乱入であっけにとられたとはいえ、元より桐山らは警戒していたのだ。
けれど、不測のことで混乱した頭は、体ほど素早く反応ができない。
とにかく『桐山がロベルトを撃とうとしている』ことだけは理解して、『止めなければ』と動いた。
ヒデヨシに強くつかまれているので、人間の転移は計算が複雑になって不可能。
それでもしゃがみ、ロベルトを縫い止める『破片』に触れる。
- 33 :
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- 34 :
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- 35 :
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- 36 :
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- 37 :
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- 38 :
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- 39 :
- ――3コマ目。
木片が転移し、機関銃MP5のバレルを深く切断する。
桐山和雄の短機関銃は、破壊された。
ここまで強硬にロベルト殺害を止めようとするのは、桐山にも予想外のことで。
誰がどう見ても、ロベルトの目の前にいる黒子が危険だったからこその予想外で。
桐山の瞳が、予想外のことで、一瞬揺れる。
――4コマ目。
そして、ロベルト・ハイドンは起き上がった。
黒子の拘束がはずれたことをいいことに、元より天界力は練っていた。
能力を使わなくとも、単純に体内にある天界力を肉体の強化に使うぐらいはできる。
それを用いて、ガラス片の拘束を引きちぎった。
起き上がり、真っ先に殺しにかかる相手は決まっている。
床にはいつくばらされるという、酷い屈辱を味わったのだ。
隙を見せるその少女を“突き”の神器で貫くべく、ロベルトは右手をのばす。
その先には、白井黒子の無防備な胴体があった。
――5コマ目。
「“百鬼夜行(ピック)”!!」
どんっ
それは、桐山和雄にとっての、当然の判断。
機関銃は壊され、攻撃の手段はなくなった。
しかし、その体はかろうじて、黒子らの元に到達していた。
己の命と、白井黒子の命が、天秤にかかる。
なれば、どちらを生かすかは決まっている。
一つ目の根拠。ここで白井黒子が死んでしまえば、ロベルトに全員が殺されるリスクが大きい。
二つ目の根拠。己のすべき役割を代替できる人材は“もう一人”いるけれど、黒子の能力の代わりを見つけるのはおそらく難しい。
だから、横合いから突き飛ばした。
だから、“百鬼夜行”の前に飛び出した。
- 40 :
-
- 41 :
-
- 42 :
-
- 43 :
-
――そして、最後のコマには、ありふれた悲劇が描かれる。
殺された人間にとっては悲劇でも何でもない。
しかし関わった人間にとっては悲劇以外の何物でもない。
細長いドリル状の突起に胴体を貫かれた桐山和雄が、そのままホールの壁に叩きつけられる光景。
ドォン、と派手な激突音が鳴り響く。
それ自体の衝撃で、桐山の体からずるりと、ドリルが抜けた。
腹に空洞を空けた桐山和雄の胴体から、内蔵がずるりとむき出しになる。
「きり……やま……?」
まさか。
七原秋也に去来したのは、その一念。
一度は、しっかりと殺した。
それでも、あそこまで“不死身”だと思わされた人間は他にいなかった。
その桐山和雄が、真っ先に殺された。
次の行動より先に、ただ信じられないという衝撃で体が止まる。
「あ……あ……」
細い悲鳴が、白井黒子の口から漏れた。
間違えた。
一瞬の判断だった。
ロベルトを死なせてはいけないと、桐山のマシンガンを壊した。
桐山は撃てなくなって、ロベルトが助かった。
そのロベルトが、桐山を殺した。
黒子がロベルトを助けたから、桐山がロベルトに殺された。
仕事中に、ミスを犯したことならある。同僚を危険に晒したことも。
それでも己の過失で、誰かを死なせた経験なんて一度もなかった。
間違えた。
間違えた……!
足から力が抜けて、膝が床につく。
- 44 :
-
- 45 :
-
- 46 :
-
- 47 :
-
「なんで……?」
しかし、そんな2人以上に、殺害者が誰よりも震撼していた。
ロベルトは、少女をRつもりで“百鬼夜行”を撃っていた。
しかし、その“百鬼夜行”に貫かれたのは、桐山という男だった。
その男は、迷わず躊躇わず、“百鬼夜行”に身を晒していた。
ロベルトが、『恐怖に負けて他人を排除する弱虫』だと思い込んでいた、桐山だった。
だからそれは、ロベルトにとってあり得ない光景だったのだ。
「なんで……こいつもクズのはずだったのに……」
こんな人間が、いるはずない。
自分より他人を優先できるほど、人間は強くない。
『他人をかばって命を捨てる人間』なんて、あり得ない。
- 48 :
-
- 49 :
-
- 50 :
-
「しんだ……しんだ……しなせた……?」
そして、誰よりも恐慌状態に陥った少年は、宗屋ヒデヨシ。
人を、死なせた。
みんなを、助けるはずだったのに。
無差別日記の予知があれば、ヒデヨシにも力が手に入るはずだったのに。
“誰かを大事にする為に、別の誰かを大事にしない”という考えに反逆したかったのに。
まさに自分がその、“誰かを切り捨てる”ことを実行しようとして。
その“切り捨てた”人間が、死んだ。
こんなはずじゃ、なかったのに。
「う……う゛わあああああああああああっっっっ!!!」
宗屋ヒデヨシは、逃げ出した。
眼前に展開されている『こんなはずじゃなかった』現実と向き合うことに、恐怖して。
出て来たばかりの職員用通路を、逆走して。
その逃走する光景で、七原秋也もはっと我に帰る。
そう、事態は一つも、終わってなどいない。
すぐさま白井黒子の元へ。
肩を揺さぶる。
「おい、退くぞ! 俺たちまで殺されたんじゃ、桐山が無駄死にだ!」
「は、はいっ……」
手を引いて、少しでもロベルトから遠ざけつつ、叫ぶ。
秋也と黒子、二人分の重さなら、テレポートで逃げられるはずだ、と。
あかりの存在は知られていないし、ヒデヨシは勝手に逃げたのだから、これ以上粘る理由もない、と。
しかし。
黒子は、焦点の合っていない瞳で、秋也を見上げた。
「あれ……おかしいですの? ……計算が、上手く、いきませんの」
顔つきは真剣そのものなのに、瞳だけが上の空。
秋也は思わず、黒子の頬をはたく。
それで黒子も我に帰ったけれど、それでもテレポートは働かない。
「こんな、はずじゃ……こんなはずじゃ、ないのに……」
「そうだよ、こんなはずじゃなかったんだ……」
苦虫をかみつぶしたような声に、秋也はぞっとする。
- 51 :
-
- 52 :
-
- 53 :
-
「人間は、恐怖して、化けの皮をはがされて、自分の醜さを突きつけられて、そうやって死ななきゃいけないはずなんだ」
ロベルトの大きく見開かれた両眼からは苛立ちがむき出しになり、その鬱憤の対象は秋也たちに狙い定められていた。
その右腕に、再び“鉄”の黒い砲身が発現する。
「だから、絶望してR――」
「――終わった」
その微かな声は、この場にいる人間の中で、最も落ちついていた。
全員の目が、死んだと思われていた男に集まる。
壁にもたれるようにして四肢を投げ出しているところは同じで、
しかしその右手には、携帯電話が画面が開いたまま握られていた。
「まだ、生きていたのか?」
ロベルトの動転した声に遅れて、秋也は気づく。
「コピー日記……」
それは、赤座あかりが別行動を取りに行った時のこと。
ぞろぞろと付いて行く犬たちを見て、秋也は提案した。
何かあれば犬たちを通じて分かるように、飼育日記をコピー日記にコピーさせておこう、と。
殺人日記は飼育日記より予知範囲が狭い上に、桐山は殺人計画に頼らずともそれなりに計画的な行動ができる。
桐山も反対する理由がなく、『犬たちのもう一人の所有者』になった。
このメンバーが離散した時に、犬たちへの連絡を通じて合流できるメリットもある。
そして。
わんわんと、小さな鳴き声のかたまりが聞こえて来た。
小さな鳴き声の集合体は、どんどんその大きさを増して接近する。
大小さまざまの猛犬が数十頭、先を争うように大ホールへとなだれ込んで来た。
「な、何だ、この犬たちは……?」
いくら不思議なことに耐性のある能力者とはいえ、この局面で『犬』が乱入するなんて想像だにしていない。
犬たちは3つのグループに別れて隊列を整え、1つは秋也と黒子の周囲に、1つは瀕死の桐山を護衛するように取り囲む。
いま1つのグループはロベルトに吠えかかり、一様に威嚇行動を取った。
- 54 :
-
- 55 :
- 「よく分からないけど……時間稼ぎのつもりなのか? だったら無駄だよ」
戸惑いながらも、ロベルトは“鉄”の砲身を犬たちの向こう側にいる秋也に向けた。
(救援はありがたいけど……それで逃げられるかっていうと厳しいぞ、桐山)
今にも飛びかかりそうな犬たちに睨まれながらも、ロベルトは秋也と黒子から視線を外さないようにしている。
いくら数が多くとも、目線では人間の方が突きぬけている以上、壁の役割を果たしていないのだ。
ロベルトの神器は、単純な破壊力にかけてはとにかく強い。
犬たちが壁になっても、その彼らごと“鉄”の一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。
わざわざ、あかりの元から犬を呼びもどした意味がそうあるようには――
――ゴトン、と。
犬の吠え声に混じって、鉄のかたまりが、地面に落とされるような音がした。
その音源は、壁ぎわの桐山とロベルトを結んだ直線距離の間。
どこか異質な、それでいて不吉な予感を抱かせる音に、注目がそこに集まった。
ひいては、その音の先にいる桐山にも視線が向く。
そこにある光景を見て、『ああ』と秋也は納得した。
桐山を囲んでいた犬たちが、ディパックの肩紐を噛みちぎって、その中身をぶちまけていた。
散らばった煙幕弾やら食料やらの中から、犬たちが運んできて、ゴトンと落としたのは、その中でもひときわ大きな支給品。
「……爆弾!?」
困惑していたロベルトの声に、初めて焦りが加わる。
兵器の知識がないロベルトにも、見ただけで脅威を感じさせる、鉄の装甲に包まれた重量感。
それの名前は、クレイモア地雷。
加害半径100メートルを誇る、最強の対人地雷。
天界人であろうとも関係ない。一瞬で放出される約700個の鉄球は、爆発と共に全方向に破壊を撒き散らし、かすっただけで人体を欠損させる破壊力を持っている。
(犬たちで取り囲んだのは、目くらましってわけか)
秋也は嘆息して桐山を見やる。
その男と、目があった。
唇が、動いた。
――七原、あとは任せた。
確かに、そう読みとれた。
秋也に見えたのは、そこまでだった。
視界が、黒くて毛むくじゃらのモノで一瞬にして閉ざされ、倒される。
秋也たちを守るように立っていた犬たちが、2人の体を押し倒し、すきまなく庇うように覆いかぶさった
- 56 :
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- 57 :
-
- 58 :
-
「やめろっ……!」
おそらく起爆スイッチを押そうとした犬を、ロベルトが制止する声が聞こえた。
無論、手遅れ。
既に攻撃用の“鉄”を出しているロベルトには、それを引っ込めて盾の神器を出す時間が間に合わない。
『ピッ』と、小さな電子音が鳴りわたる。
爆音と、全てを切り裂く破壊の音が、高級ホテルの一階ホールを裂いた。
◆
数秒のことだったかもしれないし、十分ぐらい経過していたかもしれない。
とにかく、秋也は意識を取り戻した。
血でべとべとに汚れた犬たちの亡きがらを押しのけ、隣で倒れていた少女を揺さぶる。
「白井……おい、白井!」
少女はまぶたを閉ざしたまま。
しかし、呼吸はしている。気を失っただけで、生きている。
桐山の自爆に付き合った数十頭の犬たちの死骸で、そこは誰が見ても地獄の惨状を晒していた。
自動ドアや大きなガラス窓はことごとく吹き飛ばされ、朝の風が吹きこんでいる。
高そうだった壁にかけられた絵画やカーテンなどの装飾品、階段の手すりなどは鉄球に破壊され、床は亡きがらとがれきの山になっている。
その下にロベルトもいるのだろうが、ざっと見た限りでは見つけられなかった。
クレイモア地雷は、爆発の威力はそこまで大きくない。あくまで鉄球の破片による無差別殺傷を目的とした兵器だ。
だから秋也と黒子をかばった犬たちは体の各所を吹き飛ばされて即死し、桐山の遺体は『顔のない死体』と化している。
その姿に胸を痛ませつつ、秋也は黒子を背におぶった。
「これで、やったのか……やったんだよな……?」
- 59 :
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「いや、まだ終わってないよ」
背筋をぞくりとさせる声が、絶望を再来させた。
床に落ちたタペストリーをめくりあげ、不気味な微笑をたたえた金髪の少年がゆっくりと立ち上がる。
手や顔に軽いやけどがあるぐらいで、これといった外傷は、ない。
ほぼ無傷。
「なんでだよ……」
震え声に応えるように、ロベルトのセーターから、音を立てて鉄球がこぼれ落ちた。
傷ひとつない衣服から、直撃したはずの鉄球が転がり落ちる。それはあり得ない事。つまり……
「服に、能力を使ったのか?」
「そうだよ。“絶対に破けない理想的な衣服”。頭部は袖でかばって守った」
もっとも、衝撃や爆風までは防げなかったけどね、と、軽いやけどを負った手のひらをかざして見せた。
複数の神器を同時に出すことはできなくとも、“神器”と“能力”を同時に使うことはできる。
衣服の理想を、“絶対に破けない”と定義することで、鉄球を通さない盾として機能させたということか。
それでも、衝撃は防げなかったから意識を失った。
あとは、秋也たちとどちらが先に目覚めるかの問題で――目覚めたのは、ほぼ同時。
ならば、桐山は、無駄死にだった――?
秋也が頭部のない死体を見ると、ロベルトもそちらを見て、どこか悔しげな顔をした。
「まただ。あの男は、死にかけの体で自爆攻撃をした……もちろん、それが無くても死んでた傷だったけど。
でも、最後まで仲間をかばうことを考えていた」
しかし、その感傷を振り切るように「でも彼は僕を止められなかった」と言い放つ。
「彼が人間の中で特殊だったのか、よく分からない」
ざり、とロベルトが、がれきの床で一歩を進める。
秋也も、その威圧感に飲まれて一歩を後退する。
「でも、だからって止まれるほど、僕の憎しみは生やさしくないんだ」
ちくしょう。
こうなったら、最後まで抵抗を貫いてやるかと秋也は片手でグロックを構え――。
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たたたたたたたたたたっと軽快な疾走の音が、秋也の耳に届いた。
まるで、よく時間を稼いだなと、ほめたたえるように。
宗屋ヒデヨシの逃げた廊下から、新たなる人物の人影が飛び出した。
その人物は、ホールに姿を現すと大きく跳躍する。
それは、鉄のバネを踏み台にして、大きくジャンプする白い浴衣姿。
秋也は、その姿に見覚えがあった。
その男は、殺し合いに乗ったはずの人物だった。
でも、なぜだろう。
秋也はその男から、敵意を感じ取ることができなかった。
男は跳躍した状態のまま、鉄の刃物でロベルト・ハイドンに斬りかかった。
それを身軽に回避するロベルトを横目にみて、着地。
そして、大きな声で言い放つ。
「“元”ロベルト十団の佐野清一郎! 今この時をもって十団から抜けさせてもらうで!!」
その浴衣の帯には、どこから調達したのか手ぬぐいが何本も装備されていた。
「あんた、どうして?」
秋也の『敵でないことは分かった』という主旨の言葉に、佐野清一郎は、背中を向けたまま頷く。
そして答えた。
「赤座あかりに、頼まれた」
ててて、とマスクをかぶった犬が一匹、佐野の後を追いかけて走り寄ってきた。
どうしてだか、桐山が自爆をした時に駈けつけなかったらしいその生き残りは、佐野の傍に寄り添ってはたはたとしっぽを振った。
◆
予知どおり、赤座あかりは、たくさんの犬たちを引き連れて、広い地下駐車場に逃げて来た。
右腕に、猫のようなイタチのような、奇妙な動物を乗せていた。
もっと遠くに逃げた方がいいかなとか、犬たちが目立つからここに隠れていようとか、そんな相談をしている。
しかし、ほどなく犬たちが佐野の臭いを嗅ぎつけて唸り声を上げた。
「どうしたの? アカちゃんたち」
数十匹の犬が一斉に威嚇の唸り声を上げる様は、殺人日記であらかじめ予知していた佐野にも、ぞっとさせるものがあった。
犬たちの三分の一ほどが、佐野めがけて突進する。
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「佐野っ……!」
猫のような生き物が声を上げたが、無視して群れの対処に集中。
最初に飛びかかって来た数匹を、鉄ブーメランを投げて牽制。
犬たちが驚いて後ろに下がったところで、佐野は前進した。
後退の遅れた一匹へと、素早く手を伸ばして喉元を捕らえ、もう一枚の手ぬぐいを鉄に変える。
一匹だけに狙いを絞れば、捕まえることはたやすかった。
「動くな!」
左手で犬の首元を締めあげると、右手に持った鉄のブレードをその首筋にあてがった。
ドラマでもよく見かける、『人質』を取ったというポーズ。
ただし、捕まえているのは人ではなく犬だった。
ここで、『殺人日記』に予知されていた通りの脅迫を口にする。
「この……ワン公の命が欲しかったら、下手な真似はするなよ。他の犬たちをさがらせろ」
白状しよう。
口にしていてすごく恥ずかしい脅迫だった。
というか、予知に従いながらも、半信半疑ですらある。
どこの世界に、犬の命惜しさに、殺人者の前で武装解除をする人間がいるのか。
「わ、分かりました。言う通りにするから、わんわんにひどいことしないでください!」
……………………いた。
いやがった。
涙声で、犬たちにさがるよう指示している。
犬たちの包囲網がぞろぞろと後退して、駐車場に輪をつくった。
まさかこんな手段で、数十頭の猛犬を無効化できるとは思わなかった。
「何やってんだ佐野! 頭でも打ったのかっ!!」
猫のような生き物が吠えた。
知り合いであるかのような態度が気になったけれど、無視する。
予知通りに行動すれば、赤座あかりをRことはできるのだ。
それはつまり、こいつの言うことに耳を傾けてはいけないということである。
「よし、犬はさがらせたな。ほな、俺の要求はひとつや。その、アンタが持ってる『飼育日記』を……壊せ」
「おいこら佐野! 話を聞けよ!! あかり、こいつなんかの言うことを聞くな!」
「えっ……? なんで飼育日記のことを知ってるんですか?」
喚き立てる生き物と、携帯電話を握りしめる赤座あかり。
これが、確実な殺害方法。
未来日記を壊せば所有者の命は失われるし、赤座あかりが率いている犬も無力化できる。
- 68 :
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- 70 :
- 「そんなことはどうでもええんや。とにかく、アンタはその携帯を壊したらええ。
それで上の階にいる連中も見逃したるわ」
後半はハッタリである。元より、危ない橋を渡るつもりはない。
(ん……?)
怒鳴り続ける動物と、自殺を命じられて茫然とする少女の後ろ。
退がらせた犬たちが一様に身を翻し、少女に命令されたわけでもないのにどこかに走り出していた。
殺人日記の予知には書かれていなかったことだ。
きっと殺人計画には関係のないことなのだろうと、佐野は意識を戻す。
「この日記を壊すと、あかりが死んじゃうんですけど……」
「せやから、壊せってゆうとるやろ。オレは殺し合いに乗ってるんやで?」
要領を得ない会話に苛立ちながらも、その表情は本気で人質(犬質?)のことを心配している風だ。
あと一押しで殺せると、佐野は確信する。
その時、猫もどきがひときわ大きな声を張り上げた。
「こんなことして、犬丸が泣くぞっ! お前の友達だったんだろ!?」
聞き流すはずだった。
しかし、それが当の犬丸のこととなれば、話は別だ。
「別に、憎んでくれて構わん。最後の一人になれば、アイツを助けてやれるんやから」
初めて、聞き流せずに問いかけに答えた。
心のやわらかい部分、押し殺していた部分が、ずきりと痛む。
痛みにつられて、言うはずのなかった本音まで混じった。
「えっ……!」
「はぁ!? だからって植木たちまでRつもりなのかよっ!」
「えっ」と驚きの声をあげたのは、動物ではなく赤座あかりの方だった。
表情から、怯えがかき消える。
そこにはただ、純粋な驚きが宿っている。
何を呆けたような顔をしているのか。
聞こうとした時、上の階から、建物全体が揺れるような轟音が轟いた。
続いて、無数のガラスが割れるような音。
「な、何なのかな。今、すごい音がしたよ!?」
「上の階で戦ってる連中の音とちゃうんか?」
日記に予知されていなかった以上、この音は計画とは無関係なのだろう。
しかし、赤座あかりは食い下がった。
しごく真剣な顔で、問いかける。
- 71 :
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- 「佐野さん、さっき、上の人たちを見逃すとか言ってたよね。
それって、佐野さんはすごく強いってことなんですよね!」
今さらハッタリですとも言えない。
それにしても、どういうことだろう。
ついさっきまで、戦いの『た』の字も知らない少女らしく、本当に怖がっていたはずなのに。
「ああ、まぁな……そこそこ強い方やとは思うで」
そして、今度こそ計画外の事態が起こる。
赤座あかりは、深々とお辞儀をした。
「だったら……お願いします! 黒子ちゃんたちを助けてくださいっ!」
「ハァ……!?」
その姿勢正しいお辞儀を見て、佐野はようやく、選択肢を間違えたのだと気づく。
おそらくそれは、つい本音を言ってしまった瞬間に。
◆
怖いのが本音である。
自分を殺そうとする人が目の前にいるなんて、真夜中にホラー映画を見るより、ずっとずっと怖い。
それに、赤座あかりは無類の犬好きでもあった。
だから、犬が傷付けられるなんて耐えられない。犬を傷つける人なんて怖い。
けれどこの人は、言った。
友達を助けてやれる、と。
友達、というとても身近な言葉が、あかりの耳朶をうった。
友達。
その言葉がすっとんと胸に落ちて、佐野という男を見る目が変わる。
事情はよく分からない。
けれど、この人は最後の一人になることで、友達を助けようとしている、らしい。
そこまでして助けたいというのは、きっと本当にせっぱ詰まっている事情があって。
それ以外の方法で、友達を助ける方法が思いつかなかったのだろう。
人を殺さなければ、友達が死んでしまう。
友達が、死んでしまうかもしれない。
それは、こんな状況だからこそ、あかりにも共感できる言葉であって。
目の前の男が、『殺人鬼』から『友達の為に人を殺さなきゃいけない人』に変わった。
ニュースに出てくるような、理解不能の殺人鬼ではないのだ。
- 74 :
-
- 75 :
-
怖いひとごろしだと思いこんでいた自分を恥じた。
この人は、あかりよりずっと困ったことになってるはずなのに。
なのに、あかりは死にたくないから、この人にあげられるものが何もない。
そう、死にたくはない。たとえあかりの命が、この人の友達のために必要なのだとしても。
あかりにも会いたい友達がいるから、死ぬことはできない。
あかりは皆のことが大好きだから、死にたくない。
すると、上の階からすごい音がした。
それは、皆が危ない目に遭っているんじゃないかと思わせるのに十分なもので。
ヒデヨシくんは生きて帰ると言ったけど、やっぱり大丈夫かなと不安になって。
そして、思いついた。
あかりには何もあげられなくても、皆なら何か方法を考えてくれるかもしれない。
皆はこの人を、もしかしたら助けられるかもしれなくて。
それにこの人なら、危ないところにいる皆を助けてあげられるかもしれない。
だったら、あかりがどうするかなんて決まっている。
自分を殺そうとしてくる人に助けを求めるなんて、やっぱり怖いけど。
でも、あかりは戦うことができない。
だからこそ、『戦う以外の仕事』から逃げちゃいけないんだと決意を固めた。
届けましょう。
この人にも、あかりだけのメッセージ。
◆
- 76 :
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- 77 :
-
「何言ってんだよあかり!? こいつはお前を殺そうとしてる男なんだぞ!」
「うぅ……やっぱり無理かなぁ」
仲間の動物にさえ突っ込みを受けるあかりに、佐野も努めて冷淡な声で答えた。
「当たり前や。だいいち、オレはこのゲームの優勝を考えとるんやぞ。
他のヤツらは全員敵やないか。助けるはずが――」
――ぶっ倒れるまで、植木の盾にでもなったるか。
助けたことが、あった。過去に、植木耕助と出会った時に。
いやいや、あの時はまだ、ロベルト十団に入っていなかったからだって。
胸中にデジャブした、清々しい思い出を押し殺した。
「敵じゃないありません! 桐山さんも、七原さんも、ヒデヨシくんも、黒子ちゃんも、殺し合いを止めたいって言ってくれました。
だから、佐野さんのお友達のことだって、話したら力になってくれるはずです」
「事情を何も知らんくせにいい加減なこと言うな! だいいち、優勝さえすれば助けられるって分かってるのに、何を迷うことがあるねん。
正しいことして友達を守れんぐらいやったら、正義感なんて意味ないやろ!」
そうだ。親友の命ひとつも守れない正義に、意味なんてない。
だから、ロベルト十団に入った。
だから、十団の命令に従って、他の能力者を潰した。
だから、殺し合いに乗ることだってできると思った。
だから、桐山とも、木刀の男とも、Rつもりで戦った。
「それ、違うと思う」
しかし、赤座あかりは、しっかりとした声で否定した。
「何が違うねん?」
「えっとね……黒子ちゃんは、あかりが襲われたら駈けつけて、戦ってくれるって言ったんです。
そんな黒子ちゃんはかっこよかったし、あかりもそれが『正しい』と思います。
でも、それが正しいことでも、あかりには同じことなんてできなくて……うー、何て説明したらいいんだろう」
相当に緊張しているのか、顔を紅潮させて言葉をつまらせる。
こんな不毛な会話をしていないで、さっさと殺してしまえばいい。
そんな悪魔のささやきが聞こえたけれど、『違う』という否定には、しっかりとした根拠を以て発言されたような確信があった。
- 78 :
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- 79 :
-
「そう! あかりは、人を傷つけるのがダメなんです。
誰かを守る為には戦わなきゃいけないのも分かってるし、それが『正しい』んだって思うけど。
それができる黒子ちゃんも、カッコいいって思うけど!
殴るのも、蹴るのも、血を流させるのも、相手が痛いだろうなって思うと、できないから。
だから、あかりは『正しい』とか考えてるわけじゃなくて、嫌だからできないんです! そういうキャラなんです。
正しいかどうかと、やりたいかどうかは別なんです。
でも、こういう時って、頭で考えるんじゃなくて心で決めるんじゃないですか?
佐野さんは、人殺しがやりたいんですか? やりたくないですよね!」
それはお人好しの言い分だ。そう言い返そうとした。
何人もの能力者と出会って来た佐野は、喜んで人を殺したがる人間がいることを知っている。
世の中には悪い人間なんていくらでもいる。そう言って否定するのは簡単だった。
「やりたいかって聞かれたら……」
しかし。
それは心から納得して決めたことなのかと問われたら、言い返せなかった。
――ホンマ……損な性分やで。
――僕も同じ性分なんですよ。死ぬかもしれない人を目の前にして、見すごすことなんてできない。
佐野は別に、それが正しいことだからと考えて、人助けをしていたわけじゃなかった。
ただ、助けられないのが嫌だったからだ。
そして、親友もそんな自分と同類だと分かったから、神候補という立場だけでなく、友人としての関係を持つことができた。
人が死んでいくのに、何もできないのが、本当に嫌だったから。
ああ、そうだ。
佐野は、人をRのなんて『嫌』だ。
その『嫌』だという感情を無視してしまうために。
『正義で親友の命は救えないから、捨てればいい』というもっともらしい理屈をつけたに過ぎない。
正義など捨てると考えながら、その思想は理屈による正当化。
だから、桐山和雄も、木刀の男も、殺そうと思うことができた。
自分の正義にこだわって、大切な親友を失う方が『間違っている』のだと言い聞かせていたから。
ロベルト十団に入った時も捨てられたのだから、できるはずだと。
負けても相手をR必要のない能力者バトルと、『殺し合い』では、『嫌だ』のレベルが違いすぎるというのに。
- 80 :
-
- 81 :
- 何も言い返せない佐野を、渋っていると解釈したのか。
あかりは、自らの携帯電話を佐野に差し出してきた。
「これ、持って行ってください」
「お前……何で、それをオレに?」
「これで話せば、わんわんたちにも手伝ってもらえるから。
危ない場所に行ってくださいってお願いしてるのに、あかりだけ逃げてるなんて悪いと思って……。
本当は、わんわんたちにも危ない目にあってほしくないけど。
あかりが力になれることってこれぐらいしかないし……って、わんわんがいない!?
どこ行っちゃったの〜?」
とろそうな仕草で、あたふたと犬たちを目で探している。
しかし佐野の目には、携帯を持った手が小さく震えていたのが見えた。
「それを渡す意味が分かってるんか? オレがそいつ壊したら、お前は死ぬんやぞ」
「はっ、はい。さっき壊せって言われたし。
でも、これを持ってれば、あかりの命を握ってるってことですよね。
だったらひとまずそれで、あかりを殺したのと同じってことに、しちゃダメですか?
ぜんぜん足りないかもしれないけど、これしかあげられるものが無いんです」
この期におよんで『あげる』と言う。
自分を殺そうとしている佐野に対して、それでも『できることをしてあげたい』という気持ちで接している。
あくまで、いい子だった。
「なんで、そこまでできるねん……」
「だって、あかりも友達に会いたいから。
だから、死にたくないから、何もしないままではいられないです」
佐野にとって犬丸が親友であるように、誰だって失いたくない友達がいる。
そんな、誰かの『大事なひと』を何十人と奪って、たくさんの悲劇を生みだして。
そうまでして親友を救ったとして、それで自分は満足なのか。
友達を失って悲しむ人が、たくさん生まれる。
佐野は、やりたくもない殺人でその手を汚し、心をR。
そうまでして助けたとして、親友は絶対に喜ばない。
それで、いったい誰が幸せになれる――!
「だあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
抱えていた犬を、投げるように手放す。
ガリガリガリと頭をかきむしり、腹の底から絶叫を上げた。
猫のような動物と、赤座あかりとがただ仰天する。
「もう、やめややめ! 俺の負けや。俺にはあんたをRことはできん。傷つけるんも、無理そうや」
飼育日記を持つ赤座あかりののばした手を、ぐいと突き返した。
「それって……」
意味を理解するにつれて、あかりの瞳に、喜びが宿り始める。
「あんたの案に乗ろうやないか。
どうせアイツを助けるなら、優勝して助けるよりか、『神の力』とやらをぶん取って助ける方が胸がすくっちゅうもんや」
- 82 :
- まったく、馬鹿な選択である。
こんなに簡単に心変わりするなら、何の為に殺し合いに乗ると決めたのか。
それでも、きっと後悔はしないだろうという感触は確かにあった。
「この、バカ佐野っ! 目を覚ますのが遅ぇよ!! 一瞬ひやっとしたじゃねーかこの野郎!」
テンコが佐野にしがみついて、短い前足でその肩をばしばしと叩いた。
「よ、良かったぁ〜……本当に死んじゃうかと、思っちゃった……」
あかりは、花がさいたような笑顔を見せた。
その笑顔だけで、『ああ、この選択は間違ってなかったんや』と、信じることができた。
「うし、ほな、ちゃっちゃとその黒子って子らを助けに行ってくるか。
……って、ちょっと待った。一応聞くけど、手ぬぐいとか持ってないか? オレにとっては武器になるんや」
「手ぬぐい? それならあかり、いっぱい持ってます!」
「ほんまか!」
はい、とあかりのディパックから取り出されたのは、手ぬぐいが大量につまった箱。
「よっしゃ! これさえありゃ、百人り――」
ころころと、黒い煙幕弾が足元に転がって来た。
ドンッ、と派手な爆発音が地下に響き、あかりと、佐野テンコの二者を大量のスモークが分断した。
急に視界を真っ白にされたあかりは、よろけて後方に尻もちをつく。
刑事ドラマでしか見たことがない目くらましに、何が起こってるんだろうと、見えない目で左右を見回した。
- 83 :
-
- 84 :
-
- 85 :
-
「なんや、あかり、どこに行った!?」と叫ぶ佐野に返事をしようとした時、聞き覚えのある声が、より近くで聞こえた。
「赤座、助けに来たぞ! こっちだ!」
「ヒデヨシくん? ヒデヨシくんいるの?」
どうしてヒデヨシが戻ってきたのだろうか。
疑問はわいたが、とにかく一番近い位置にいるのだからと、あかりはその方角に手探りで歩いた。
前進した体が、どんと自動車の窓ガラスにぶつかる。
声が聞こえた方向に、ヒデヨシはいなかった。
まるで誘導されたように、行き止まりがあった。
何かを蹴飛ばすような音が聞こえて、足元にいたわんわんが「ぎゃん!」と悲鳴をあげた。
遠くに蹴り飛ばされてしまったように、わんわんの影が見えなくなった。
直後に、ぐいと乱暴に肩をつかまれる。
誰なの、と理解する間もなく、体がぐるりと反転する。
とても強い力で捕まえられた左肩を起点にして、あかりは車体に背中を押しつけられていた。
「きゃ――!」
◆
逆走の果てに、宗屋ヒデヨシは職員用トイレに逃げ込んでいた。
皆を、助けたかった。
でも、桐山は死なせてしまった。
違う、殺したのだ。
あの時のヒデヨシは、別に桐山なんて死んでも構わないと、そう思っていたのだから。
皆を助けるなんて無理なのだと、自分で証明してしまった。
取り返しのつかないことを、してしまった。
こんなはずじゃなかった。
皆を助けたくて、誰かを切り捨てなくては終わらないという主張を否定したくて、その為に無差別日記と契約したはずだったのに。
お前はうそつきだ、人殺しだと、聞こえない声がヒデヨシを責め立てた。
それは、七原の声だったし、植木の声で聞こえたことも、佐野の声だったこともあった。
(だって、飛び出すしかなかったじゃないか! 七原は黒子を撃とうとしたんだぞ! 危険だったんだぞ!)
『危険なヤツだったら殺していいのか。それなら七原が言ってたことと同じだな』
(違う! 俺は本当に、みんな助けたかったんだ! こんな結果望んじゃいなかったんだっ!)
『お前は黒子にもそう弁解するつもりなのか? 黒子はお前を軽蔑の目で見ていたぞ。植木たちだって、お前には失望するはずだ』
(じゃあどうしろって言うんだよ! もうやり直せないのか! 取り返しはつかないのか! あんなに簡単に人が死んでいいものなのか!?)
『だからそうなんだよ。認めてしまえよ。お前はいない方が良かったんだよ』
- 86 :
-
- 87 :
- 自分は間違っていたのかと考えれば、間違っていたようにしか思えない。
ならば、皆を救おうという考えは間違っていたのか。
要らないと見なした誰かを殺し続けて生き伸びるのが正解なのか。
だとしたら、取り返しのつかない間違いをした自分は、もはや既に切り捨てられる対象なのか。
答えがほしくて。
どうしたらいいのかを、教えてほしくて。
ヒデヨシは、無差別日記の画面を開いた。
しかし、そこには何も書かれておらず、ヒデヨシを救うことはあり得ない。
この道具があれば救えたはずなのに、どうして何も役立ってくれなかったのか。
我慢できなくなって、ヒデヨシは再び同じ番号に電話をかけた。
契約をした時と同じ電話の主、ムルムルという少女が応答に出る。
『またおぬしか。何か分からんところでもあったのか?』
「おいっ、この日記おかしいぞ。ちっとも未来が読めないじゃないか」
『そりゃ、無差別日記は自分の周囲を予知する日記じゃからの。何も起こらん場所におれば、予知が来るはずなかろう』
「どうしてだよ!? 未来日記を見ればどうしたらいいか分かるはずだろ! 皆を助けられるはずだろっ……!」
『そんなことは一言も説明しておらんよ』
「なんでだよ。じゃあ佐天の時も助けられなかったっていうのかよ。それじゃ七原の言ってることと同じじゃねえか、オレは誰も助けられなくて、ならオレはいない方がいいのかよ、
今まで、皆助けるぞって、植木の言った通りにやってきて間違いはなかったんだぞ上手くやれてたんだぞ、仲間で力を合わせればできないことなんかないだろ、
仲間ってのはあんな利用し合うようなもんじゃないだろもっと楽しいもんだろあんな連中の言うことなんて――」
はっ、と。
受話器の向こうで、呆れたような、おそれでいてかしがるような溜息が聞こえて来た。
『あー、宗屋ヒデヨシよ。人助けがお前の願いだというなら、もっと上手い叶え方があるんじゃないかの?』
ムルムルの声の調子が、変わった。
「…………どういうことだよ」
『最初の会場で説明したではないか。優勝者には、神にも匹敵する力が手に入るのじゃよ』
ほそぼそと、通話器の向こうで、小声の相談が聞こえる。
『これって、ここで言っても良かったかの』とか、『佐野清一郎にも最初に言ったことだしいいんじゃないのか』とか。
そしてムルムルは、ヒデヨシに教えてくれた。
全てをやり直せばいいではないか、と。
- 88 :
- ※
死にたくなければ殺し合え。最後の一人しか脱出することはできない。
こんな命令をされた後に、『ただし優勝者は、死んだ人間を生き返らせることができる』と言わたら。
人はどんな反応をするだろうか。
普通なら、よほど事態を呑みこめない馬鹿でもなければ、胡散臭さを抱くだろう。
死んだ人間が生き返るという荒唐無稽な宣告もさることながら、前提条件がおかしいのだ。
最後の一人しか帰れないぞ、などと言いながら、全員を生き返らせるとうそぶいているのだから。
しかし『神様決定バトルロワイアル』に参加経験のある、宗屋ヒデヨシにとってはそうではない。
能力者のバトルは、『次の神さまを決める』という目的がはっきりしていた。
『99人が脱落する』ことはあくまで優勝者を決めるための手段でしかなかった。
ひとたび神様と『空白の才』の獲得者が決まってしまえば、参加者はそれ以上ルールに縛られない。
『空白の才』を人類の為に使おうが、悪用して人類を滅ぼそうが、優勝者の自由だった。
七原秋也のように、優勝者をのぞいて全員を死なせる目的の殺し合いとして、ルールを押し付けられたわけではなかった。
だから、この殺し合いだって『空白の才』のように『優勝賞品を誰かに与える為の催し』なのだと先入観を持つ。
ひとたび『神の力』の担い手が決まってしまえば、その力を使って何をしようとそいつの自由だろう、と。
だから、主催者の話だって疑わない。
イベントを開催する側なのだから、自分たちで決めたルールは、守ってくれるはずだと。
※
「それ、ぶっちゃけ本当なのかよ……」
『能力者のバトルロワイアルに参加したお主なら分かるのではないか? 優勝賞品は確実に保証される。でなければ、皆が奮起して戦うことなどできんじゃろ』
“こんなはずじゃなかった”という袋小路で最後に求めたのは、ご都合主義に満ち溢れたしあわせな奇跡。
『宗屋ヒデヨシ、お前が優勝すればいい。お前が全てを殺し、お前が全てを救え』
“すべてを0(チャラ)にする”という、思考の放棄だった。
◆
- 89 :
-
「きゃ――!」
その悲鳴に、佐野清一郎は、“取り返しのつかないことが起こった”という虫のしらせを味わった。
「……おい、あかりっ! どないした! そっちにおるんか…!?」
「ヒデヨシか!? お前、そこにいるのか…!」
とにかく悲鳴の方に駆けより、そこで、どん、と誰かにぶつかる。
制限された視界のなかで、タンクトップを着た人影だと判別できた。
(こいつが犯人か――!?)
どうして“犯人”なんて言葉が無意識に出てきたのか、ともかくこの事態はこいつのせいだと直感して、捕まえようと腕をのばす。
しかし、そいつはまるで“佐野とぶつかることをあらかじめ予知していた”かのような動きで、ひらりと腕をかわした。
佐野の腕は空ぶりして泳ぎ、しかしほどなくして、その腕に何かあたたかいものが触れる。
どさり、と。
赤座あかりの小さな体が、佐野の腕に、くず折れるように倒れ込んできた。
温かい体温と、“ぬるりとした感触”とが、佐野の手のひらに触れる。
「あかり!? おい、何かされたんか!? あか――」
赤かった。
- 90 :
-
- 91 :
- その左胸のやや下に、高級レストランの厨房で使うような、大きい包丁が生えていた。
その生え際から、じわりじわりと、赤い液体が制服を染めている。
「おいっ――」
何を叫ぼうとしたのだろうか。
大丈夫か、しっかりしろ。
大丈夫だ、いま助けるから。
大丈夫だよな、冗談だよな。
とにかく、大丈夫と叫びたかったはずだ。
そうであって、ほしかった。
急いで包丁を抜いてやろうとして。
しかし、これを抜けば、それこそ大出血が起こるのではないかと気づいてしまう。
目の前に、絶望が見える。
言葉にならない佐野を代弁するように。
テンコの絶叫が、地下駐車場に轟く。
「なんでだよっ……!! さっきのヒデヨシそっくりなヤツは!?
ヒデヨシの姿を騙った誰かなんだよな!? そうじゃなきゃおかしいだろ!
どうして、あかりがっ――」
どうして。
なんでだ。
その答えとなるのは、タンクトップを着た“ヒデヨシ”に決まっている。
なんでだ。
仲間だったはずだろう。
なんでだ。
今からお前を、カッコよく助けに行くはずだったのに。
なんでだ。
赤座あかりは、お前を心配していたんだぞ。
「あの……クソッたれっ……!!」
人を殺したいと、思った。
殺さなければではなく、殺したいと。
- 92 :
-
- 93 :
- 駐車場の出口方向を見据え、追いかけようとして。
くい、と。
弱弱しい、けれど確かな力が、浴衣の袂をつかんでいた。
なぜ止める。あいつがお前をこんな目に。
怒りのままにそう叫ぼうとして、けれど、その力があまりにも弱かったから。
その弱さが怖くなって。
この命が消えていく命なのだと理解する。
理解、してしまう。
薄く目をあけて、赤座あかりはおっくうそうに言葉を発した。
「さの、さ……みんな、を……」
苦しそうに、ゆっくりと口を動かして。
「いって……なにか、あったの、かも……うえの、かい……」
恨みごとを、何も言わず。
ただ、刺される前と、変わらない言葉を口にする。
許せなかった。
同行者のことを心配していた少女が、その同行者に殺されることが、許せなかった。
いきなり裏切って、善良な仲間を殺した、ヒデヨシという男が許せなかった。
道を正してくれた少女の命が、あっけなく奪われることが許せなかった。
しかし。
誰よりも、さっきまで『これ』と同じことを実行するつもりになっていた、自分自身が殺したいほど許せなかった。
「テンコ……あかりのこと、頼む」
だから佐野は、あかりの願いを叶えないわけにはいかない。
怒りのままに動きたいけれど。
少女を殺した男に、同じ痛みを味あわせてやりたいけれど。
助けに行かなければ。
あかりを、安心させなければ。
そうしなければ、もう二度と、自分を許せそうにない。
「大丈夫、大丈夫や……オレが何とかしたる……みんな助けたるから、安心せえ……!」
涙声で宣言すると、赤座あかりは、花が咲くように笑う。
蹴り飛ばされた犬が起き上がり、佐野の言葉に同調するように「わん」と吠えた。
◆
- 94 :
-
- 95 :
-
- 96 :
-
「赤座あかりから頼まれたんや。とにかく、今は何も聞かんと逃げてくれ」
絞り出すような声で、佐野は言った。
「分かった。でもひとつだけ聞かせてくれ。赤座さんの安否は?」
少女をおぶさった同い年くらいの少年は、そう問い返してくる。
その言葉には、確かにあかりという少女を心配している響きがあった。
少なくとも、この男はちゃんとあかりの『仲間』だったのだと安心する。
『無事だから逃げてくれ』。
そんな逃がす為だけの残酷な嘘をつけるほど、佐野は腹芸が得意ではない。
それが表情に出たらしく、あかりから『七原さん』と呼ばれていた男は歯噛みした。
それでも七原は、「ありがとう」と言って黒子を背負う。
割れた窓ガラスをくぐって、身を隠しやすい山麓の方角へと走り出した。
一目散に駆けていく姿に、ふう、と息を吐く。
良かったな、赤座あかり。アンタの仲間は助かったで。
俺がここに来たおかげで助かったんやから、アンタが仲間を助けたと言えるんやないか?
もっとも――。
「佐野君も、そうやって人をかばうんだね……」
――もっとも、俺の方は助からんかもしれんけどな。
ロベルトの腕から、一撃必殺の威力はありそうな大砲が生えているのを見て、そう本音を漏らした。
まったく。
損な性分をしているものだ。
ロベルトは、佐野の行動を観察する。
天界人には、高速移動の神器である“電光石火(ライカ)”も、飛翔の神器である“花鳥風月”(セイクー)もある。
佐野をスルーして逃げた2人を仕留めることは容易いと思われたが。
「追いかけたかったら、その前に俺と付き合ってもらうで。
それができんなら、ロベルト十団のボスは団員の一人にも逃げるような小物っちゅうことやろ?」
安い挑発を口にする、佐野清一郎が癇にさわった。
十団のメンバーとして、ロベルトの能力は知らなくとも実力差は充分に理解しているだろうに、それでも恐れる様子を見せない。
その不可思議さが気になった。
けれど、それも何かの気まぐれだろうと割り切る。
人間の正義面が仮面でしかないことは、ロベルトが誰よりもよく分かっているのだから。
- 97 :
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- 98 :
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佐野は、携帯電話を取り出して、『殺人日記』を確認した。
そこには、真っ白な画面があった。何の予知も表れていない。
それは、佐野が殺人の意思を失ったから機能を果たさなくなったのか。あるいは、佐野ではどう足掻いてもロベルトをRまで追い詰めることができないという意味なのか。
たぶん後者ではないかと思えてくる。
自分の『能力』だけが頼みの綱というわけかと腹をくくり、戦略を練ろうとした。
(いや、待てよ……)
しかし、気付く。
殺人日記には、『DEAD END』の予知が、表示されていない。
ムルムルによれば、どんな未来日記でも、これだけは共通して表示されるはずなのに。
それはつまり、佐野の死亡を未だ確定させない、『何か』があるということなのか。
一陣の風が、先触れのように玄関ホールに吹き込んだ。
七原が逃げたのとは別方向、ホテルの入り口から、新たな役者が惨劇跡地の舞台にあがる。
◆
- 99 :
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ガラスが割れて枠だけになった自動ドアが、音をたてて開く。
全面のサッシは壊れているのに、律儀に正面玄関からその男は姿を現した。
佐野とロベルト、双方の視線にとまるや、男は持っていた『木刀』を、出陣の合図のように掲げる。
「双方とも、聞けぇぇぇぇぇぇぇい!!」
高らかな大音声(“だいおんせい”ではなく“だいおんじょう”とルビを振るべきだろう)が、半壊したホテル一階に反響した。
続けてその声量をそのままに、男は朗々と名乗りを上げる。
「我こそは、立海大附属中学三年テニス部副部長、真田弦一郎!
殺し合いという戯けた遊戯に加担する不届き者を誅罰すべく、この戦場(いくさば)に馳せ参じた!
双方とも、武器をおさめて事のあらましを告げろ!
それが出来んようなら、先に仕掛けた方を下手人と見なすがよいか!!」
((お前はいつの時代の人間なんだ))
佐野とロベルトの心が、初めてひとつになった。
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