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コメットは行方知れず ガンダムパロ


1 :2011/10/30 〜 最終レス :2012/08/03
6月から8月にかけて、某版で書いていましたが、
オチたので、引越ししてきました。
ガンダム世界を背景にしたSF・スペオペパロです。

2 :
前回までのあらすじ
UC 0113 
1年戦争から30年余り、いくつかの紛争を経ながらも、人類は宇宙に定着しつつあった。
スペースノイドの自治独立の運動は、水面下のものとなり、宇宙に住む人々は連邦の
支配を、せんなきことと受け入れていた。
1年戦争は、現実から娯楽へと転じ、1年戦争時代のムービーが制作され、
ジオン公国は、敵役としての人気をもつことにさえなった。
そのような中、宇宙世紀が始まって以来、救急医療と民間宇宙船護衛を担ってきた
【ブルークロス】に一つの依頼がなされた。
アナハイム社とその提携会社インストリウム社が、新型のモビルスーツを月から火星に運ぶ輸送船を護衛してほしいと言ってきたのだ。

3 :
【ブルークロス】の第一デビジョンの主艦艇、【ケイローン】はそれを受け、輸送船【ニルヴァーナ】を
護衛することとなった。
【ケイローン】には「ブルースクロスの赤い彗星」と呼ばれる男がいた。
奇しくも、金髪碧眼のその男は、名前もレーヴェ・シャア・アズナブルと言った。
航海が始まって数日後、最初の襲撃行われる。しかしそれは、ブラフであった。
【ニルヴァーナ】に乗る依頼主の代理人が、新しいモビルスーツのテストをするために仕掛けたものであったのだ。
その代理人とは、かつての【ブルークロス】のメンバーである女性アティアとイリーナだった。

4 :
擬似襲撃の後、【ブルークロス】のメンバーは、アティアの養子である双子(タケルとミコト)にMSの訓練と【ブルークロス】のニュータイプ能力を覚醒させる特殊なメソッド「スカイウォーカー・プロセス」をほどこしながら、
【ケイローン】と【ニルヴァーナ】は火星へと向かっていた。

登場人物紹介
レーヴェ・シャア・アズナブル大尉
 モビルスーツのパイロット (エース)
 【ブルークロス】の「赤い彗星」の異名をもつ。本物のシャアに酷似した容姿を持っている
 あだ名にふさわしく、卓抜したモビルスーツパイロットである。
オリビエ・ジタン大尉
 モビルスーツパイロット
 レーヴェと双璧をなす【ケイローン】の現エース。ピンクに染めた髪と丸い眼鏡をしている。
 その戦いぶりから【逃げのオリビエ】とも言われる。レーヴェとは【ブルークロス】入隊の
 同期でもある 
ロレンツォ・オルシーオ大佐
 【ケイローン】の艦長  ブルークロスのカエサルと呼ばれる。
 モビルスーツおよびジオンのマニア。その熱中振りはすさまじく、 シャアのアクシズ時代の写真やスイートウォータでの動画ももっているとのこと。レーヴェに特権を乱用して、赤い服を着させている
 やや、パワハラな上司。強面の外見とは裏腹に、博覧強記でロマンチスト。
ジュール・セイエン中佐
 【ケイローン】の副長  やや長めの黒髪と黒い瞳
 物柔らかな物腰の裏にカミソリのような顔を隠しもつようなオルシーオの右腕。だた、オルシーオのマニアぶり には、少々ついていけないようである。祖先は日本の中華街にいた。 アティアとは過去になにやら因縁があり。

5 :
アティア・セラマチ
 元、【ブルークロス】の第一デビジョンのメンバー。
 機械工学と医療技術のエキスパート。今回の仕事の依頼主の代理人でもある
イリーナ・スルツコヴァ
 元【ケイローン】のエースパイロット
 アティアのガードとして、【ブルークロス】に入隊した
 レディ・ハリケーンと呼ばれていた、赤毛に緑の瞳を持つ長身の美女
アーサー・クロード大尉
 モビルスーツパイロット(ケイローン所属の4つのMSチームの隊長の一人)
 シャアの反乱時に年をごまかし、ジオン軍でパイロットをしていた。かなり好奇心旺盛で
向こうっ気が強い。
セルゲイ・ミハイロフ大尉
 モビルスーツパイロット ロシア系日本人 
 190を越す長身の精悍な男だが、幼いころは日系の小学校でラジオ体操を行っていた。
 ドバイの末裔のダカール攻撃時は連邦に所属。落ちついた外見の割には、お茶目なところ
もある。
タチアナ・ミハイロヴァ
 モビルスーツパイロット  セルゲイの妹
 【ケイローン】のパイロットチームの紅一点。イリーナと仲がよい。
ドクター・サキ
 【ケイローン】の医療部の長
 救急医療が本来の目的である【ブルークロス】では、絶大な影響力を持つ。
 アティアのブルークロスでの後見人だった。
タケル・セラマチ  
ミコト・セラマチ
 アティアの子供(ただし、養子)
【ケイローン】でモビルスーツの訓練を行っている。

6 :
  
ミコトとタケルの新型モビルスーツ、ビリディアンを6体のモビルスーツが取り囲んだ。
レーヴェとオリビエのパイロットチームの六人である。
そのうちの2体には、ロドリゴとウェルが乗り、アティアとイリーナを同乗させていた。
午前中に行われた【スカイウォーカー・プロセス】は順調で、数度プロセスを踏めば、サイコミュ搭載機に双子を乗せることが
できると、セイエン副長は結論づけた。
その前に、新型とはいっても、サイコミュ搭載のないビリディアンに乗せておこうというわけで、初の機乗となった。
【ケイローン】と別れた後も、双子はビリディアンタイプのモビルスーツに乗ると聞いたせいもある。

7 :
ミコトとタケルは出力を最大限に落とした、ビームサーベルを取り出した。
軽くサーベルを触れ合わせ模擬戦が始まる。
予想通り、ミコトが先に動いた。
一気に近寄り、相手の胴をなぎ払う。
タケルの機体は攻撃を左に避けて、出されたマニピュレーターを狙った。
ミコトが身を引いてサーベルでそれを防いだ。ビームサーベルが強くぶつかり合う。
タケルのサーベルが跳ね返されたが、果敢にタケルは相手の機体の下にもぐりこもうとした。
それを嫌って、ミコトが上方へと跳んだ。
タケルのサーベルが垂直にあがった。
ミコトが反転して背後を取る。
サーベルが振りかぶられ、タケルのモビルスーツに叩き込まれた。
サーベルはタケルのモビルスーツの肩部をかすって、光を放つ。
直撃はしていない。振りかぶった分だけ動作が遅くなり、タケルに避ける余裕を与えたのだ。
ミコトは攻勢を緩めない。
タケルは攻撃を受け、流し、相手の隙を狙っていた。
・・・だが、突然、二人の動きが停止した。
周りを取り囲んでいたモビルスーツが一斉に動きだしたからだ。

8 :
『10時の方向に、戦艦らしき高熱源体あり。「ニルヴァーナ」に向かって進んでいます』
【ケイローン】からの緊急連絡が入った。
同時に、一条の閃光が、円陣を組むモビルスーツの間を貫いた。
場の空気が、一気に戦場のものへと変わる。
続けざまに、ビームが打ち込まれた。視認すると黒い影のようなモビルスーツが
3体、虚空の中に浮かんでいた。
「ウェル、ロドリゴ、双子を連れて【ケイローン】へ戻れ」
ビリディアンをかばいつつレーヴェ・シャアは指示を出した。
オリビエとクロム、そしてマシューが敵との間の壁になり、アティアとイリーナを乗せた
モビルスーツ「アシモフ」を後方へ下がらせた。
『ニルヴァーナより通信。モビルスーツ4機とモビルアーマ2機に攻撃を仕掛けられているよし
至急救援を請う』
ミノフスキー粒子がまかれ始めたのだろう。【ケイローン】からの通信は後半が聞こえづらかった。
「レディ達をお送りしたら、自分のモビルスーツに乗って戻ってこいよ」
その中で、オリビエがロドリゴ達にむけた通信が入った。
アティア達が離脱するのを確認し、レーヴェも出力を最大にして通信を行う。
「オリビエ、ここは任せる。クロムついてこい」
三対二だが、オリビエとマシューの腕なら互角以上と見て取ったレーヴェは、
最大速度で【ニルヴァーナ】へと向かった。

9 :
【ニルヴァーナ】は弾幕をはり、敵襲をかわしていた。その中でアーサー達が、7機の敵機と
戦闘をしている。
レーヴェは【ニルヴァーナ】に取り付こうとしているモビルスーツに向かって
ビームライフルの引鉄を引く。
レーヴェの放った閃光は見事に敵の左手部を捕らえた。
「何?」
通常ならば、敵機のマニピュレーターはもぎ取られるはずだった。
「対レーザー装甲を備えているのか」
レーザーを拡散させる機能を持っているモビルスーツならば、接近戦でカタをつけるしかない。
瞬時に判断し、レーヴェは【ニルヴァーナ】の砲撃を避けながら、敵に近づいた。

10 :
こちらが近づくのを察知しているだろうに、敵機はこちらを向かない。
よほど自らのモビルスーツの装甲に自信があるらしい。
この距離なら、対レーザ装甲といえど、損傷を与えられると判断した
レーヴェは再び引鉄を引いた。
敵のモビルスーツが反転して攻撃を避けた。ふりむきさまにレーヴェに向かって、レーザー
ピストルが打ち込まれた。
速い。そして正確だ。
攻撃を予測していたにも関わらず、レーヴェはギリギリのところでしかよけられなかった。
相手の意識が、【ニルヴァーナ】からレーヴェへと移ったのが分かる。
身体を押し戻されるような感覚がレーヴェを包んだ。
精神の圧力に抗い、レーヴェはライフルを、みたび撃った。
かわされた。が、それは承知の上だ。その隙にレーヴェは敵機との距離をつめた。
手足の4つの間接部に狙いをさだめ、つづけざまにライフルを発射する。
相手も同時に撃ってきた。
二発はかわされ、二発は的中した。狙った関節部ではなく、肩と腰にだったが。
しかし、レーヴェも左のマニピュレーターに着弾を許していた。
おそるべき正確さである。
敵はレーヴェのライフルを撃つ反動さえ、計算していたのだ。

11 :
「ファンネル」
レーヴェは搭載されているファンネルを繰り出した。
普段はほとんど使用することのないファンネルを。
6つの光が敵を襲う。
光が交錯し、黒と見えていた相手のモビルスーツが、深く濃い、黒紅色であると知れる。
6条のビームが繰り出される中を敵機はくぐりぬけ、こちらへと向かってきた。
黒紅のモビルスーツのビームアックスが、繰り出された。シールドで防いだレーヴェは、
サーベルを突き出した。互いの距離が近すぎて、ファンネルはもう使えない。
装甲の厚さは向こうが上だが、機動力ならこちらが上。
持ち前の敏捷さで対応しながら、攻守を交える。
しかし、アックスのパワーに押され、レーヴェのサーベルが、機械の手ごと吹き飛ばされた。
敵の殺気が高まった。
「来る」
レーヴェは身構えた。

12 :
…二時間近くほっとかれてるから、ここまでで一区切り、でいいのか?
とりあえず引っ越し乙。
ここのガンダムスレもよろしく。

13 :
>12 ガンダムスレ いつも楽しく拝見しています。
そちらに投下しようかとも思ったのですが、話自体、長いので、
独立スレを立てました。
某版で、書いていた分を構成しなおしつつ、新しく書いていくつもりでおります。
AGEで、模擬戦中の敵機襲来とステルス性能シーンを見て、
それまで書いていたもの、これから書こうとしている設定が似ているかもと
興がっています。
つたない文章ではありますが、おおらかな気持ちで、読んでいただければ幸いです。

14 :
だが、予想していた攻撃は来なかった。
ふいに相手からの圧力が遠のく。黒紅のモビルースーツはレーヴェのコーラルペネロペー
を飛び越えて、戦線から離脱し始めた。
敵をほふったオリビエとマシューが到着し、【ケイローン】も砲撃が届く距離まで近づいていた。
レーヴェが相手をしていた黒紅のモビルスーツが威嚇射撃を放ち、【ケイローン】のモビル
スーツ隊と自分の味方の機体を引き離した。
敵のモビルスーツが次々に撤退を始めた。
【ケイローン】のモビルスーツ隊は追わなかった。
レーヴェ達の任務は【ニルヴァーナ】を護衛することで、襲撃者の殲滅ではなかったからだ。

「あれは、クローノスか」
遠ざかる敵機の後背をモニターで見ていたオルシーオが低くつぶやいた。
「やはり、といったところですか?アティア」
セイエンは後方に座っているアティアとイリーナを振り返った。
二人は、双子をモビルスーツデッキのクルーに預けて、ブリッジへと上がってきていた。
アティアが唇の端だけをあげたアルカイックスマイルでセイエンに答えた。
「敵は撤退したようですね」
イリーナが言った。
「ミノフスキー粒子が拡散したら、【ニルヴァーナ】に連絡を取りたいので
よろしくお願いします」
「それはかまわんが」
オルシーオが答えると
「ありがとうございます」
とアティアが礼を言いながら、席を降りていた。イリーナもだ。
「どこへ行くつもりですか?」
ブリッジを出て行こうとする二人にセイエンは声をかけた。
「ミコトとタケルのところに。それから【ニルヴァーナ】と連絡が取れたら、
向こうへ戻ります」
この状況の説明もしないでですか?と言いかけてセイエンは途中で止めた。
守秘義務をたてに彼女は何もいわないだろう。
ブリッジにいるのは古参のクルーばかりだ。クライアントの事情など知らなくても
任務を遂行するのが当然と思っている。
セイエン自身も常ならばそうしてる。

15 :
そもそも、この依頼は初めから不可解なことが多すぎた。
始まりは、アナハイムとの技術提携を結んでいるインストリウム社が
テロの標的になるかもしれないという、【ブルークロス】本部からの情報だった。
インストリウム社と【ブルークロス】は、警護の多年度契約を結んでいる。

セイエンはオルシーオ艦長と計り、資材調達の名目で、レーヴェ・シャアとオリビエ・ジタン
の二人を月のグラダナのインストリウム社へ送り込んだ。
結果、インストリウム社は、アナハイム社と共同で民間警護用の新型モビルスーツを開発しており、
その新型を近々火星へ運ぶ手はずになっているという。
その行程で、テロのもしくは強奪の標的にされる可能性を鑑み、アナハイム社とインストリウム社が
【ブルークロス】へ護衛を打診してきた。
しかし、護衛を任されたにも関わらず、輸送船【ニルヴァーナ】への【ブルークロス】のメンバー
搭乗は守秘義務を盾に拒否されていた。
・・・ちりちりとした焦燥感がセイエンを包んでいた。
そして、同じように、レーヴェ・シャアも【ケイローン】に帰投しながら、
この襲撃の意味を考えていた。

16 :
「オリビエ・ジタン」
「レーヴェ・C・A」
「「ただいま帰艦しました。」」
二人はブリッジの中央に座しているオルシーオ艦長とセイエンに敬礼をしてきた。
「積荷の詳細はすでに資材管理班に報告済です」
セイエンは軽くうなずき、二人に問いかけた。
「グラダナの様子はどうでした?」
「いたって平穏でしたよ」とオリビエ。
「キャッチしたテロ計画はガセということですかね」
セイエンは首をひねった。
「いえ、その情報はほぼ正確でしょう」
とレーヴェが言った。
「ただ、テロは本社を狙ってのことではなく、」
レーヴェが言葉を継ぐ前に、オリビエがオペレーターに情報用ディスクを渡した。
ディスプレイに一隻の宇宙艇が映し出された。
「二日後にグラダナから出港予定の【ニルヴァーナ】です」
「この船にアナハイムとインストリウム社が技術提携をして開発された新型モビルスーツが載せられるということです。
おそらくこのモビルスーツの奪取がテロリストの目的と思われます」

17 :
「新型モビルスーツか」
今まで黙ってレーヴェの報告を聞いていた艦長が身を乗り出した。
「うーむ。どんな姿で、どんな性能なんだろうな。見たいし、触りたいし、乗りたいもんだ」
根っからのモビルスーツ好きのオルシーオならではの感想だった。
ミドルネームとファミリーネームが、シャア・アズナブルという名を持ち、
外見も金髪碧眼のレーヴェに、本来ならグレーに青が差し色の隊服を
わざわざ私費を投じて赤い差し色の隊服をあつらえて、強引に着せているオルシーオ艦長である。
少年のようなやや上ずった声を上げる艦長を無視してレーヴェが、セイエンに向かって話を続けた。
「乗せられる機体は6機。2対一組で、やや仕様がちがうそうです。技術者がそっと漏らした情報では
最新鋭とされる機体より、1.25倍の性能をもつとか」
「発注者は?」
セイエンは尋ねた。
「発注者の情報は、契約上機密扱いということで教えてもらえませんでした」
ですが、とレーヴェが続ける。ディスプレイの画面が切り替わり【ニルヴァーナ】の予定航路が示された。
「目的地は火星か」
「正しくは、火星の衛星、デイモスです。【ニルヴァーナ】はその後、火星まで降りるそうです。インストリウム社およびアナハイム社は我々にグラダナからデイモスまでの護衛を依頼してきました」
「火星までではないんだな」オルシーオは言った。
「デイモスにつけば迎えがくる手はずだそうです」

18 :
「先方の提示額は?」とセイエン。
またディスプレイが切り替わり、0の並んだ数字が現れた。
ヒューと誰かが口笛を吹いた。
「一台につきこの金額を払うということで、購入費の約10分の1らしいですよ」
「並みの新品モビルスーツの倍ですか。さすが新型ですね」
「新型の画像(エ)はないのか?」
オルシーオ艦長が期待をこめた目でレーヴェを見た。
「残念ながらそれも機密だそうです」
「なんにせよ、上の指示もありますし、これを受けないという手はありませんね」

【ブルークロス】はもともとが、宇宙での救急医療行為を目的として設立された組織であった。
とある企業が税金対策のため、非営利的組織として立ち上げたのだ。
自己防衛のため武装するようになったのは、宇宙世紀の始まりの日のテロとそれに続く
小競り合いのためだった。
それが、医療だけではなく、護衛とカウンターテロを売り物にする
「宇宙(そら)の傭兵」と言われる特質を備えはじめたのは、地球圏を二つに割った1年戦争が
きっかけだった。
その頃、連邦の宇宙軍を含む公的機関は、対ジオンとの戦闘で、民間航路の警護もままならなくなっていた。
持ち前の自己防衛能力を持つ【ブルークロス】に各企業が目をつけ、連邦に働きかけた結果、
民間軍とも言うべき戦闘能力を備えた警備組織として機能し始めたのである。
その中で、基本、クライントの依頼を受けるか受けないはデヴィジョン単位で決定される。
あまりに無茶な要請は断る自由もあるのが【ブルークロス】の傭兵と呼ばれるゆえんだ。
「もちろん、新型モビルスーツを拝む機会を逃すものか」
うれしげに艦長が言った。
「すみません。通常なら護衛する船に我々も乗り込むところなんですが、情報漏えいを防ぐために【ニルヴァーナ】への乗船は非常時のみという話でした」
心からガックリきた顔で、艦長は肩を落とした。

19 :
【ニルヴァーナ】と月を出港してから11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「前方に熱源体発見。数、8機、うち5機がモビルスーツと思われます」
月を出航してから、11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「第一戦闘配備、各員持ち場へ急げ」
オルシーオ艦長の声が響く。ブリッジにいたオリビエとレーヴェ・シャアはモビルスーツデッキへと降りていこうとした。
「まて、俺も行こう。セイエン、指揮は任せる」
身軽に艦長席を降りて、オルシーオは言った。
「艦長!!!」
制止するセイエン副長の声。
「たまには実践させろ。体がなまっちまう」
言い捨てて、艦長は二人と共にモビルスーツデッキに降りた。
「ロレンツォ・オルシーオ、ガイウス、行くぞ」
オルシーオ艦長を先頭に次々と【ケイローン】のモビルスーツがカタパルトから飛び出していく。
「アーサー・クロード、ガズエル・改、行きます」
「リック・ディアスV、オリビエ・ジタン、出るよ」
「レーヴェ・C・A、コーラルペネロペー出るぞ」
数キロ先を行く【ニルヴァーナ】に、
見慣れないモビルスーツとコアファイターが近づいていた。
自分達が近づくのを気づいたそれらが、いっせいにビームを放ってきた。

20 :
「ステルスタイプか」
ミノフスキー粒子はさほど濃くない。敵機が気づかれずに近づけたのは、
機体そのものが、レーダーに捕らえにくくしたステルス機能を搭載しているとしか考えられなかった。
それは、地球連邦軍の最新鋭モビルスーツのはずだ。
 まさか、連邦軍の諜報部隊がからんでいるのか?
レーヴェはコアファイターの攻撃を避け、それを撃沈する。
かすかな違和感を感じる。
オールビューのモニターの向こうで、オルシーオ艦長のガイウスが2機のモビルスーツーと対戦していた。
艦長のガイウスはあろうことか、片足を失っていた。
2機に追われるようにガイウスは【ニルヴァーナ】へ流れて、船体にぶつかった。
「何をやっているのだ、あの人は」
やや前方にいたリック・ディアスVの肩部に機械の手をかけて、接触回線を開く。
「助けるぞ、オリビエ」
「OK」
二人は艦長を襲うモビルスーツを駆逐した。
ガイウスは、【ニルヴァーナ】の外甲板にいる。
「ミスターオルシーオの入船を許可します」
【ニルヴァーナ】から唐突に通信が入った。ガイウスが、開かれたハッチに入ろうとしていた。
レーヴェがそれを阻止しようとしたが、反対にガイウスに捕まり引きづりこまれた。

21 :
【ニルヴァーナ】のモビルスーツデッキには、新型と思われる機体が並んでいた。
オルシーオ艦長がガイウスのコクピットハッチを開けて、外に飛び出していた。
「敵が来襲しているんだぞ!!」
怒声がデッキに響いた。艦長が並んだモビルスーツに無理やり乗り込んでいくのが見える。
「どけ」
モビルスーツから威圧感のある声がデッキ中に響いた。人に命令し、従わせるのに慣れた声だ。
【ニルヴァーナ】のクルーが、いっせいに動いた。
「カタパルトデッキの入り口を開けろ」
カエサルの命令にクルーの一人が緊急用のハッチを開ける。
オルシーオ艦長を乗せた新型モビルスーツは、緑の残像を残して宇宙(そら)へと出て行った。
「さてと」
レーヴェはゆっくりとハッチを開けて、【ニルヴァーナ】のデッキへ舞い降りた。
ヘルメットを脱いで、髪を振りたてる。遠巻きに見ているクルーをゆっくりと見回した。
「私はブルークロスのレーヴェ・シャア・アズナブル大尉である。
艦長、およびこの事態を招いた人物に面会を申し込みたい」

22 :
【ニルヴァーナ】のメインモニターには、5機のモビルスーツと交戦する仲間の姿が映し出されていた。
「さすが【ブルークロス】の第一デビジョンですな。攻守ともに無駄がない」
2週間前に、オリビエと一緒に面会した【ニルヴァーナ】の艦長がおうように言った。
一目で軍人あがりとわかる姿勢のいい50がらみの男だ。
「お褒めにあずかり恐縮ですが、フェルナンド艦長。無人のモビルスーツであそこまで戦わせるとは、
そちらの技術力は目を見張るものがありますよ」
ほう!とフェルナンド艦長が感心した声を上げた。
「無人であると気がつきましたか。さすがはニュータイプですな」
「ニュータイプでなくとも、ある程度経験を積んだモビルスーツパイロットなら分かることです」
もっとも、とレーヴェは言葉を続けた。
「うち、新型とおぼしき2機には人が乗っているようですが」
オルシーオ艦長たちもこれが【ニルヴァーナ】の人間が仕組んだお遊びと気がついている。
ために攻めあぐねて、足を獲られた。もっともそれだけのためではないだろうが。
スクリーンでは、新兵との訓練のようなモビルスーツ同士の一騎打ちが続いていた。
一時間後、5機のモビルスーツを捕獲したオルシーオ艦長たちが【ニルヴァーナ】に乗り込んできた。

23 :
「まったく、バカにされたものです」
【ニルヴァーナ】のブリーフィングルームに入ってくるなり、セイエン副長は言った。
室内にいるのは、オルシーオ、レーヴェ、オリビエ、セイエンの4人である。
他のものは、艦長、副艦長が一時的に不在になるため、【ケイローン】へ戻った。
副長は、事態の説明をしたいとのフェルナンドの申し入れを受けて、ここへ乗り込んできたのだ。
「そう怒るなって」
新型モビルスーツの性能を存分に楽しんだオルセーオはすこぶる上機嫌だっだ。
「みなさん、お集まりすな」
フェルナンドが濃紺のスーツを着た男を伴って入ってきた。
彼はトマス・スチーブン、弁護士であると告げ、握手のため手を差し出した。
一人、握手を返したのはオルシーオのみだった。
フェルナンド艦長が言うには、新型モビルスーツの性能を試し、かつ【ケイローン】のメンバーの
実力を測りたいがために行った、いわばテストとのことだった。

24 :
「ですが、我々への攻撃は戦場の殺気こそありませんでしたが、本格的ではあったと聞きおよんでおります。
実際にわが隊は、多少の損害もでております」
にこやかなまま、セイエン副長は相手にたたみかける。部屋に入ってきたときの不機嫌さは微塵も感じさせない。
「それについては、」
トマスが声を上げると
「あれくらいの攻撃など、【ブルークロス】のケイローンのパイロットなら無傷で迎撃できると思っておりましたの」
オリビエ達の背後から滑らかな女性の声がした。後方のドアから音もなく入ってきたその女性は正面に回った。
「アティア」
副長が低くつぶやいた。
黒髪をきっちりとまとめた華奢な女性は、アティア・セラマチと名乗った。
東洋系の切れ長の目は明らかにこの状況を面白がっていた。
「オルセーオ艦長、セイエン副長、ご無沙汰しております。初めまして、アズナブル大尉、ジタン大尉」
東洋の挨拶であるおじぎをして、女性は席に座った。
「君が謀ったんですか」
セイエン副長が言った。
「謀ったなんて人聞きの悪い」
かわいらしく女性は首をかしげた。
「テストに少々スパイスを振りかけただけですわ」
「テストで艦長のガイウスの足をもぎ取ったというわけですか」
「あら、だってガイウスの足は、お言葉を借りて言えば、そちらが謀ったことでしょう?」
女性はオルシーオ艦長に問いかけた。
オルシーオ艦長は何も言わない。

25 :
「映像で戦闘の模様はリアルタイムで拝見させていただきました。オルシーオ艦長は、ビームサーベルの攻撃を あえて避けずに左足で受けていらっしゃいましたよね」
女性はオリビエとレーヴェに視線を投げてきた。
「そちらのおふたかたもオルセーオ艦長を助けるのを数秒ですがためらっていらっしゃった。自機を少々壊してオルシーオ艦長と
共に【ニルヴァーナ】に入り、艦内を視察するおつもりだったと推測したのですが」
「いや、艦内に入るのは俺一人のつもりだっだんだがな」
オルシーオ艦長が言った。セイエン副長が横目で艦長をにらんだ。
「では、とっさの判断でアズナブル大尉が【ニルヴァーナ】に入ることしたというわけですね」
オルシーオ艦長が【ニルヴァーナ】に入りたがっていた。新型のモビルスーツを見たいがためだ。
それはオリビエとレーヴェにもわかっていた。阻止するか、助けるか一瞬悩んだが、後者を選択した。
オリビエも一緒に乗り込もうとしたのだが、【ニルヴァーナ】の対応が早く、レーヴェ一人が艦長と共に中に入った。
だが、今は阻止すべきだったと悔やまれる。
そうしていら、オルシーオ艦長が、新型モビルスーツを強奪するのを免れたのだから。
「まさかオルシーオ艦長が我々のモビルスーツに無理やり乗り込んで、戦闘を再開するとは思いもしませんでしたわ」
「どうですかね」
オリビエの耳に副長の小さなつぶやきが届いた。女性はクスリと笑い、追い討ちをかける。
「ましてやその戦闘で、マニュピレーターを打ち落とされるなんて」
そこが・・・問題だった。
オルシーオ艦長は遊びすぎたのだ。本来ならものの10分で片付けられるだろう相手だ。
新型モビルスーツでの戦闘を楽しむ余りに、戦闘を長引かせ、結果、左のマニュピレーターを撃たれた。
副長が、艦長不在の艦を離れて【ニルヴァーナ】に着たのもそのためだった。
艦長がそんなヘマをしなければ、この交渉は限りなく【ブルークロス】側に有利に運ぶはずだった。
報酬額の値上げや、新型モビルスーツの【ブルークロス】への供与もありえたかもしれない。

26 :
「戦闘データをできるだけとらせようとの配慮だったんだがなあ」
「なら、もう少し本気になって欲しかったですわ」
優しげな外見に似合わず、容赦がない。オルシーオ艦長は大仰に肩をすくめた。
「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえのあやまちというものを」
「あなたはもう若くないでしょう。確か今年で45才でしたよね」
セイエン副長がその場にいた誰もが思っただろう台詞をはいた。
フェルナンド艦長とトマスは少々あきれた顔をしている。
「相変わらずですね。お二人は」
心から楽しげな笑いを含んだ女性の声が、その場のきまり悪さを救ってくれた。

27 :
結局、新型機の修理代を今回の報酬から差し引くことで話が決まった。
オルシーオ艦長のガイウスは自腹を切らざるおえない。
ただし、護衛のための【ニルヴァーナ】の外甲板の使用と補充のためのモビルスーツデッキへの出入りは許可された。
トマスが用意していた契約書に新たにサインをして、手打ちとなった。
フェルナンド艦長とトマスは【ケイローン】のメンバーと握手をして室を出て行った。
アティアという女性だけが残った。
「モビルスーツデッキまでご一緒しますわ」
オルシーオ艦長とアティアが並んで動き始めた。
「アティアはこの艦で働いているのか?」
「いいえ、私は今回、新型モビルスーツの開発に携わってます。そして、開発・購入した組織の外部との折衝役といといったところです」
「どんな組織とは教えてくれないんだよな」
「守秘義務がありますからね」
「他のモビルスーツは見せてもらえんのかね」
「艦長が乗られたビリディアンと同系統の機種ならお見せすることも可能ですが。」
そうそうは見せられないとアティアは言った。

28 :
モビルスーツデッキには3体のモビルスーツとセイエン副長の乗ってきたコアファイターが並んでいた。
では、最後の挨拶をしようとしていた5人に頭上からいきなり声がした。
「アティア」
淡い緑の丸い身体に二枚の羽。アムロ・レイのマスコットとして、有名になった
ハロが5人の間に落ちてきた。
それを追って、二人の子供が、アティアめがけて飛んでくる。
アティアは一人の子供を抱きとめたが、一人はキャッチできなかった。
かわりにレーヴェがもう一人を受け止めていた。
「タケル、あぶないでしょ。」
アティアは自分の抱いていた少年を叱りつけ、床におろす。
レーヴェに抱いている子供を引きとろうと両手が差し伸べられた。
「ありがとうございます。アズナブル大尉」
その台詞をきいたとたん、子供達が歓声をあげた。
二人は、アティアの双子の子供だった。

29 :
「やっぱり、この人がシャアなの?」
「ほんとに本物そっくりだね」
「ぼくら、1年戦争の【連邦とジオンの光栄】それからグリプス内乱の【宇宙を継ぐもの】を見まして、」
「ブルークロスの人がシャアそっくりだって聞いて会えるの楽しみにしてたんです」
やつぎばやに言う二人の子供にアティアが声をかけた。
「ミコト、まずアズナブル大尉から降りてさしあげて。それからちゃんとしたご挨拶をしなさい。
こちらの方々にもね」
状況から置いてけぼりをくった3人の男達をアティアは顧みた。
「ごめんなさい」
レーヴェの腕の中から子供が降りた。二人は並んで男達に挨拶をした。
「ミコト・セラマチです」
「タケル・セラマチです」
その様子に、オルシーオ艦長は破顔した。
「はじめまして、私が【ケイローン】の艦長、ロレンツォ・オルシーオだ。でこっちが、ジュール・セイエン、
オリビエ・ジタン、それからレーヴェ・シャア・アズナブル」
目を輝かせて少年達は、レーヴェを見つめた。
「どうだ?うちの赤い彗星は、ステキだろう?」
「ステキです!!」
オルシーオ艦長は実にうれしげだ。
シャアと同じ名の自分が、モビルスーツマニアでジオン親派と思われる艦長の最大のコレクションといわれている
のを、レーヴェは知っていた。
憮然としていると、その雰囲気を察してか、双子の少年たちは、先ほどの勢いはなくなり、レーヴェとアティアを交互に見た。
「艦長、そろそろ戻りませんと」
セイエン副長が母艦へ帰るのを即した。
じゃあ、またな。ミコトくん、タケルくん。【ケイローン】に来たときには、
このシャア少佐に艦内を案内させてあげるからな。あ、艦にくる時は、アティアも一緒にな」
「はい」
「わかりましたわ」
微笑みながら答えるアティアをオルシーオ艦長は引き寄せて軽く抱きしめた。

30 :
彼女らは【ケイローン】の元クルーで、アティアは技術班にいたことを
レーヴェたちは、整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐から聞き出していた。
レディ・ハリケーンと呼ばれ【ケイローン】のトップ・エースだったイリーナが
実は、アティアのガードとして【ブルークロス】に入ったことも。

数日後、オルシーオ艦長の招待を受けてやってきた二人の女性が
【ケイローン】に申し出たのは、前代未聞のことだった。
「もう一度言っていただけますか?」
レーヴェは信じられないというニュアンスをこめて言った。
「二人に、ミコト・セラマチとタケル・セラマチの教育係を命じます」
セイエン副長が淡々と同じ台詞を繰り返す。
「話がよくみえないんですけれど?」
オリビエがオルシーオ艦長とセイエン副長を交互に見て言う。
「つまりは、しばらくミコト君とタケル君をうちの船で預かることになったんだ。その間に
モビルスーツの訓練をほどこしてもらいたいという依頼がアティアからあったわけだ」
とオルシーオ艦長が言った。
「モビルスーツは子供の玩具ではありません。」
レーヴェはここでいったん言葉を切って、アティアを見つめた。
くっきりとした二重の下の瞳が、黒い星のように輝いている。
「第一、今は貴方の乗る【ニルヴァーナ】を護衛している最中です。その中で子供に訓練をほどこすなど無理な話です」
アティアが少し首をかしげた。そのやや後ろにショートヘアの赤髪の女性が立っていた。鮮やかなエメラルドグリーンの目がレーヴェを見つめている。
イリーナ・スルツコヴァ。前代の【ケイローン】のトップエース。180センチ近い長身にメリハリの利いたボディラインは色気という言葉で表現するには不足な、強烈な雰囲気を発していた。
「二人には、私がモビルスーツの基本動作を教えました。コロニーでの訓練も
ここ半年ほど行っています。宇宙空間の飛行訓練も5度経験済みです」
イリーナが姿にふさわしい、ややハスキーな声で言った。
「ただし、宇宙では綱つきですけどね」
アティアが補足した。

31 :
「初期訓練は済んでいるということですか。」
「もちろんだ。そうじゃなかったら、いくら俺でも無茶だと断るさ」
オルシーオ艦長がうなづいた。
「ですが、今まで訓練をなさっていたイリーナ中佐が、続けて行ったほうがよいのでは」
とレーヴェが言うと、イリーナが苦笑した。
「私は今、中佐ではないよ。【ブルークロス】の階級は返上したのだから。」
「失礼しました」
「そして、返上して、すでに3年が経つ。アティアは現在も現役である人物に、
訓練をしてもらいたいと望んでいるんだよ」
「それにこれは正式な依頼なんだな。規定の報酬が【ブルークロス】に支払われる」
オルシーオ艦長があごひげをなでながら言った。
「ですが、我々が子供相手の訓練など・・・」
レーヴェはできそうもないと首を振ってみせた。
「ミコトとタケルのご指名なのさ。それに教育係には、別個に報酬を支払うとまで言ってもらっている。確か給料の3ヶ月分だったよな」
オルシーオ艦長がセイエン副長に確認した。
「ええ。そうです。どうします?レーヴェ大尉、オリビエ大尉、他へ譲りますか?」
レーヴェとオリビエは一瞬ためらった後、言った。
「了解です。サー」

32 :
タケルとミコトは新型モビルスーツ【ビリディアン】2機と一緒に【ケイローン】へ預けられ、
双子は、レーヴェとオリビエの向かいの部屋に入ることになった。
部屋にはすでに二つの小さなトランクが運び込まれていた。
双子に部屋の簡単な掃除と荷物の整理を言いつけて、レーヴェ達は先ほど、
アティアとイリーナを見送ったモビルスーツデッキへと戻った。
双子の訓練用にと、トランクと共に、ビリディアンが2台、送り込まれてきたのだ。
新型といっても
ビリディアンはアナハイム社の護衛用であり、機密事項には抵触しないという。
デッキでは、アシェンバッハ少佐を筆頭に、メカニックが新機種のモビルスーツに群がっていた。
開発コード、MS-101、高さ18.2メートル、重さ32.75トン、ビームライフル、ビームサーベル、
バルカン砲を備え、鮮やかな緑を基調に黒でアクセントをつけた機体は、ジム系の
スタイルを踏襲していた。
「外塗装に、スーパーインジウム化合物の皮膜を塗布してますね。さらにグラスファイバー
を粉状にしたものを吹き付けてある」
「仕様書では、オプションで、サイコミュの搭載も可能」
「両手両足部分の可動域が18.パーセント増しか、こりゃすごい、
より人間に近い動きができるってことか」
「可動域が広がる分、やわな構造になってないだろうな」
アシェンバッハ少佐が尋ねた。
「膝部、肘部の補強は二重にしてあって、強度も約23パーセント増しているようです」
レーヴェは、アシェンバッハ少佐に声をかけた。
「整備はすんでいるのですか?アシェンバッハ少佐」
アシェンバッハ少佐が振り返って答える。
「もちろんだ。もっとも、アティアの送り込んできた機体だ。整備の必要なんてほとんどないがな。
最初からエネルギーも満タンだ」

33 :
ほらよとアシェンバッハ少佐が作動マニュアルを放り投げてきた。
「紙ベースの作業マニュアルですか」
「なんか、そこんところはアナクロなんだよな。アティアは。お前らと気があうんじゃないか?」
レーヴェもオリビエも、電子書籍ではなく、前時代的な紙の本を好んで読んでいるのを
アシェンバッハ少佐は知っていた。
もっとも、オルシーオ艦長が趣味で買い集めた古書がライブラリにそろっているのも、紙の本に
親しみやすくしているゆえんではある。
「とりあえず、試乗してみよう、レーヴェ。基本操作はどのモビルスーツでもいっしょだろ。
オルシーオ艦長がいきなり操縦してたんだし」
パラパラとマニュアルを流し見していたオリビエが言った。
「そうだな。ミコト君とタケル君に教えるのに、こちらが乗りこなせなかったら問題だな」
レーヴェはコクピット内に入って、OSを立ち上げた。
外に聞こえるようにスピーカーをオンにする。
モニターに緑の文字が現れた。
パスワードを入力する。【ケイローン】のパイロットが使用できるよう、生態認証機能
はオールユーザ仕様となっていた。
「正常稼動、オールスタンバイ。みんな離れてくれ」
メカニックが離れるのを確認して、カタパルトハッチへと向かう。
「ビリディアン、ハッチを開けるぞ、1号機、2号機用意はいいか」
管制から確認の通信が入った。
肯定信号を返すと、カタパルトへのハッチが開いた。
「進路、オールクリア」
射出が始まった。
「レーヴェ・C・A。ビリディアン 1号機 出る」
ビリディアンはレーヴェと共に【ケイローン】の外へと飛び出した。

34 :
レーヴェは【ニルヴァーナ】へと向かっていた。パトロールも兼ねようと
オリビエと事前に打ち合わせをしてあった。
ビリディアンの性能を確かめながら、【ニルヴァーナ】の周りを一回りし、母艦の近くまで
戻った。
「さて、はじめようか」
レーヴェの通信が合図となり、模擬戦を開始した。
サイコミュ未搭載機のため、昔ながらの機器操作が必要になってくる。
だが、いつもの機体より、反応がよく、俊敏に動く。
駆動機器の配列が実に旨く配置されていて、動きに無駄がでないのだ。
オリビエとの対戦が次第に本格的なものになっていく。これもビリディアンの操作性が
よいためだろう。
しかし、サイコフレームを使用していない【ビリディアン】は、愛機とは勝手がちがっていた。
オリビエが発射したビームをかいくぐり、自分のふところに飛び込まれるのを許してしまう。
すかざず、オリビエはビームサーベルで機械の腕と足をを凪ぎ払った。
これで、38勝、64敗だ。ダブルスコアまで少し足が遠のいた。
「やるな、オリビエ」
接触回線でオリビエに声をかけてる。
「自分のほうがこのタイプの機体に慣れているだけさ」
「確かに私は、サイコミュの力に頼りぎているきらいはあるな。どうする、もう一戦するか?」
「したいのはやまやまだが、そろそろタイムリミット。双子たちのところへ戻らないとな」
「私は子供相手向きではないのだがな」
「新しい自分が発見できるかもしれんよ」

35 :
「アティア達を、こちらにしばらく預けると?」
艦長室で、オルシーオとセイエンはフェルナンド艦長とスクリーン越しに対峙していた。
「ええ。次の襲撃が予測できない以上、移動時のリスクが高い。実際に、襲撃は模擬戦の最中
に起きている。クライアントの代理人で、女性であるお二人に移動のリスクをとらせることは
ないでしょう」
もっともな意見であったが、どうせモビルスーツは行き来するのだ。その際に【ニルヴァーナ】
へ送り届けるのは造作もないことだった。
「それでですな。この艦が本気で狙われている以上、【ブルークロス】のパイロットが離れた
【ケイローン】から来るというのでは効率が悪い」
「確かに」
 とセイエンは首肯し、ちらりとオルシーオの顔に視線を投げる。
 オルシーオは落ち着いた表情でフェルナンドの話を聞いていた。セイエンもフェルナンドの
申し出はある程度予測していたことである。【ブルークロス】としても、アティア達が【ケイ
ローン】に留まるほうが望ましい。
「ですので、艦の保全に責任を負う艦長として、モビルスーツデッキ脇の簡易宿泊室を開放し
て、【ケイローン】のパイロット達に常駐していただきたいと思っているのですよ」
 フェルナンド艦長は、願ったりの提案をさらにしてきた。
「いかがですかな?オルシーオ艦長」
フェルナンドがオルシーオ艦長に問いかけた。
「分かりました。こちらには、ミコト君とタケル君もいることですし。アティア達にはまず、
私のほうから話をしましょう」
「そう願えますか」
 クライアント方であるアティアに、インストリウム社に雇われている自分が直接に帰ってく
るな、というのはためらわれたのであろう、フェルナンド艦長はややほっとした声音で言った。

36 :
 フェルナンド艦長の提案をオルシーオが告げると、アティアは困ったというように、ため息
をついた。
「新型モビルスーツの調整が残っているのですけれどね」
 アティアが言った。
「個人的にカスタマイズを頼まれたハロの本体もいくつか残しているし」
「お前、まだそんなことしてたのか?」
 オルシーオが問うとアティアは笑った。
「けっこう、いいアルバイトになるんですよ。なにせ、扶養家族が二人もいますし、稼げる時
に稼がないと。それはともかく、今後のフェルナンド艦長としないとまずいでしょう?」
「艦内に入ることに反対しないのか?守秘義務だろう?」
オルシーオが問いかけると
「モビルスーツデッキの脇の簡易宿泊施設なら、独立していますし、特に問題はないでしょう」
実にあっさりとした口調で答える。
「ですが、私達がこちらにいつまでも留まるというのは、ナンセンスです。それについては、
フェルナンド艦長と話し合わなければなりません」
「だがな、アティア。こちらに留まることをお前に承知させると、俺がフェルナンド艦長に請
けおっちまたんだよな」
オルシーオ艦長が頭をかきながら言うと、アティアは眉根を寄せた。
アティアがオルシーオとセイエン、それからゆっくりと隣に立つイリーナを順番に視線を投げ
てきた。
「わかりました。オルシーオ艦長の顔を立てて、あと5日ほどこちらにお世話になります」
 ただし、とアティアは付け加えた。
「モビルスーツの調整を遅らせるわけには行きません。メカニックのグエンへ指示書をだしま
すので、どなたに届けていただけますか?」
「もちろんだ、なんなら私自ら届けてもいいぞ」
 オルシーオが提案すると、アティアは左右に首を振った。
「ぜひ、それ以外の方でお願いしますわ。ね、イリーナ?」
 問いかけられたイリーナだけでなく、セイエンもアティアの言葉にうなづいていた。

37 :
「本来なら、個室を用意したいのですが」
【ニルヴァーナ】のクルーが、申し訳なさそうに言った。
モビルスーツデッキの近くにある、2つの簡易宿泊室には、それぞれ6台、計12台ののベット
が並べられていた。
「いや、ベットがあるだけでも十分だ」
レーヴェが首を振った
「そうそう。修羅場になれば、モビルスーツ内で仮眠なんてことありうるからね」
 オリビエがピンクのメッシュの入った髪を左右に振った。
 部下の6人は一つの部屋に、隊長3人が、もう一つの部屋という部屋割りになり、8時間の
3交代制で、当直を行うことになった。もちろん、非常時にはたたき起こされるのが前提だ。
とりあえず、最初の当直は、オリビエ隊に決まっていた。
アーサーがベットの具合を確かめるように、ごろりと横になる。
レーヴェは横になる気はせず、ベットに腰をかけた。
オリビエは、ベットメーキングをし直していた。
「けっこうみんな、苦戦してたな」
アーサが気楽な調子で言った。だが、目は気楽などというものではなかった。
生来の向こうっ気の強さがにじみでている。
「すごいパイロットだった」
レーヴェは素直に相手の技量を認めた。
「お前の機体を損傷させるくらいだからな」
「相手が本気だったら、俺はここにはいなかったかもしれん」
「そこまでか」
アーサーの声までに、真剣みが帯びる。
「もっとも、ハンディがなければ、互角だとは思うが」
「【ニルヴァーナ】が質に取られていたからな。」
 敵の背後に【ニルヴァーナ】があった。味方の船を傷つけるわけにはいかない。
 銃撃も慎重にならざるおえなかった。
 それに、【ブルークロス】では、まず機械の手足を狙って、相手の戦意を削ぐのを第一とし
ている。
単なる殺し合いなら、狙撃の命中精度は格段にあがるし、勝利するのも楽になる。
軍から【ブルークロス】に入ったときに、一番苦労したことがそれだった。気を抜くと相手を
しとめるように身体が動く。

38 :
「オリビエ、双子との演習中に、襲ってきたやつらはどうだった?」
 アーサーが、ベットメーキングをして、部屋を出ようとしていたオリビエに声をかけた。
「しばらく交戦して、不利と見るや、すぐさま撤退したよ」
オリビエは足を止めて言った。
「おそらく今回の襲撃は、我々の戦力を把握するために仕掛けられたのだろうな」
 レーヴェは最初、双子たちと一緒に襲われたのは、自分たちを足止めするための陽動かと思
った。
 が、それにしては、引き際が良すぎるのだ。
「なら、また襲ってくるな」
「確実にな」
 やだねーと言いながら、アーサーが身を起こした。
「勝てるかね」
「本気で殺し合いをすればな」
「そこが問題なんだよ。若い奴らは、戦闘は知ってても、戦争はを知らないからさ」
「アーサーは、ダカールが、ドバイの末裔に襲われた時に、その場にいたのだったな」
「まあね。戦闘には参加してないけどね。参加してたのは、セルゲイのほう。俺はスウィート
ウォーター出身だからな。」
 レーヴェは黙り込んだ。オリビエもドアノブから手を離して、アーサーを振り返った。
「シャアの反乱が俺の初陣さ。・・・ネオジオン側でね。あの時、俺は二つ年上の18だと偽
って、戦闘にでた。今でも時々考えるよ。あの時、我々が勝利していたら、世界はどう変わっ
ていったのかってね」
レーヴェは、かすかに眉を寄せた。自分と同じ名前の男が起こした闘争は、世界を良くも悪く
も変えた。連邦は、シャアに味方したスイートウォターの住民に対して、ジオン公国に比べ、
はるかに温情ある措置を取った。
 ラサへの隕石落としが、連邦の政治機能を麻痺させていたことと、政府高官がシャアから賄
賂を受け取ったという負い目もあった。
結局、アクシズが地球に落ちずにいたことも、有利に働いた。

39 :
コロニー住民にも投票権が順次、付与され、コロニー出身の政治家の連邦政府への参閣も認
められはじめたが、アースノイドとスペースノイドの感覚の齟齬は、広がっていくようだった。
 シャアの反乱から三年後のドバイの末裔のダカール襲撃は、アースノイドに近しい人間とい
えども、連邦政府に弓引くものがでるという事実を、連邦に改めて認識させた。
 そして、マフティー・エリン。連邦の英雄の息子がテロリストとして処刑された一件は、
宇宙に衝撃を走らせた。
 その後、繰り返されるテロと弾圧。マンハンターによる地球の違法住民狩り。
 しかし、コロニーの経済に依存している連邦政府は、表立ってコロニーとの対立はしなくな
っていた。
 その後も、政治の腐敗と空洞化は加速度をましていると言われ続けている。
「ネオジオンの勝利が、よきことだけをもたらすわけではないだろうが、人類すべてが宇宙に
あがっていることは間違いないだろう」
レーヴェはそれしか言えなかった。
「案外、シャア自身が、次は地球回帰を提案して、地球寒冷化の早期収束を実現させるすべを
模索しているかもな」
人の世は何が起こるかわからんものだから、とオリビエが笑った。
「そうだな」
アーサーも笑い返した。しかし、その笑い声は、痛みと苦さを伴っていた。

40 :
 襲撃から、28時間後、【ニルヴァーナ】の警護にあたるアーサーとニコライを除いた
士官クラスのものが、第一ミーティングルームに集まっていた。
「彼らは何者なんです?」
 レーヴェはいきなり核心に触れた。
 少なくとも、オルシーオ艦長とセイエン副長は、その正体を知っているとふんだからだ。
 数泊の沈黙の後、オルシーオ艦長は質問に答えた。
「【クローノス】。お前たちも知っているんじゃないか?」
「ティターンズの特殊部隊の生き残りですか」
 連邦の内乱であるグリプス戦役でほぼ壊滅したティターンズ。
 その中で情報・諜報活動と特殊部隊として戦闘を担った隊の呼称であった。
 特筆すべきは、そのメンバーすべてが、元ジオン公国に関わりのある人間だということであ
る。
 連邦の敵として戦った人間を、今度はかつての味方の掃討に使う。
 連邦への忠誠心を試されていると考えた元ジオン兵部隊は、作戦の際、苛烈というにふさわ
しい戦いぶりを発揮した。
 いつしかその隊は、連邦軍内でギリシア神話の子を食らう神【クローノス】と呼ばれるよう
になった。
 ティターンズの崩壊後、一時は軍を追われたが、続くハマーンカーンの第一次ネオジオン抗
争時に連邦軍に復帰し、現在は、軍の中枢部に食らいこんでいる。
 かのマフティーの処刑でも、【クローノス】の息がかかっていると噂されていた。
 【ケイローン】の古参の士官たちは、その名を聞いても驚きはしていない

41 :
「何故、【クローノス】が出てきたのか・・・」
 誰とはなしにつぶやかれたレーヴェの言葉にオルシーオ艦長が言った。
「あいつらの実行部隊の隊長がな、アティアにご執心だからだよ」
 一気に室内の緊張がなくなる。
「あの男、引き際が悪すぎるんだよ。」
「何度追い払っても、性懲りもなく、周りをうろうろしてな」
「あいつ存在が、アティアとイリーナが【ブルークロス】を辞めた理由の半分だし」
 と古参のクルーが次々に言った。
「まあ、冗談はおいといて」
オルシーオ艦長が、古参のクルーに笑いながら言った。
「冗談だったんですか?」
とオリビエが思わずというように聞いていた。
「いや、半分は本当だ。そのあたり、詳しく知りたきゃ、セイエンに聞いておけ」
指名されたセイエン副長は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「【クローノス】が出てきたとなると、積荷は当然、新型モビルスーツだけじゃないってこと
になるな」
 アシェンバッハ少佐の言葉に、オルシーオ艦長がうなづいた。
「一番確立が高いのは、連邦政府ににらまれている著名人や運動家ってとこか?」
「テロリストを匿っていると?」
 レーヴェはあからさまに非難のこもった口調で言った。
「マフティーの一件以来、連邦政府と軍の言論への監視、規制はきつくなったろ」
「ええ、まあ」
「政府への批判記事は、電波域を無駄なく使い、悪質な流言飛語を取り締まるためとかいう理
由で作られた、情報通信法で規制されちまうのが現状だ」
 オルシーオ艦長の言葉にアシェンバッハ少佐が言った。
「だがな、例の一年戦争を題材にした映画もヒットしてるし、ジオンのことも、見直そうって
空気もでてきてるだろ?」
 アシェンバッハ少佐が反論めいた発言をした。
「ありゃ、連邦政府のガス抜きとプロパガンダだよ」
オルシーオ艦長が断言した。

42 :
「強く極悪非道なジオン公国軍に立ち向かう、少年、アムロ・レイ。宿命のライバルは卓抜な
技術で、赤い彗星の異名を持つパイロット。一枚も二枚も上手の敵に、連邦の未来の英雄は勝
利を重ねていく。連邦軍としちゃ、最高のシナリオだ」
「そのライバルもザビ家のやり方には、賛同していない。サビ家の内部崩壊を望むがごとき行
動を取り続ける。ジオン公国=悪、連邦軍=善という図式ができあがるって寸法か」
アシェンバッハ少佐が、艦長の言葉を引き取った。おまけに、とオルシーオ艦長は話を続ける。
「グリプス戦役の映画では、シャアのダカールの演説も、カミーユが精神的負担で退行現象を
起こしたこともなかったことにされてる。」
オルシーオ艦長は口惜しげに言った。
「だいたい、1年戦争の当初のアムロは、たまたま乗り合わせた民間人の15歳の少年だ。
その少年に、モビルスーツを操縦させて人殺しさせてんだぞ」
「でも、私たちだって、ミコトとタケルをモビルスーツに乗せてますよ」
 情報士官であるメイリン少尉が言った。
「あれは、あくまで訓練だ。保護者の依頼を受けてのな。子供を実戦に出すなんてことは、
【ブルークロス】では、金輪際ありえん。大人は子供を守るものなんだ」
「大人と子供の定義ってどこら辺なんでしょう?」
「年を食っただけの、子供のような輩も多いからな。」
オルシーオ艦長がそういうとみなは、微妙な顔をした。

43 :
「まあ、俺が考えるに、大人と子供の境は、だいたい18歳だな。」
「なぜ18なんです?」
「俺が初めて、女性と同衾した年だからだ」
 堂々と宣言するオルシーオ艦長に、男たちは苦笑をもらした。
「笑うな。大事なことだぞ。18なら万が一のことがあっても結婚できるが、それ以下じゃ、で
きんのだぞ」
「オルシーオ艦長って独り身ですよね?」
「宇宙船乗りは、結婚には向かないからな。いったい何人の女性を泣かせたか」
 脱線し続けるオルシーオ艦長を引き戻すべく、セイエン副長が咳払いをした。
「オルシーオ艦長の武勇伝は、機会があれば、個々で聞いてもらうことにして、これから艦長
としては、【クローノス】への対応についてどうお考えですか?」
「襲ってきたら、追っ払う」
 オルシーオ艦長の答えは単純明快だった。
「でも、相手は一応、連邦軍に所属しているんですよね」
 メイリン小尉が言った。【ケイローン】の通信情報を一手に担う彼女は、相手が通信回線を
開いてきた場合、どうすればいいのかと言った。
「連邦の名をだせないからこそ、連中はこんなところで襲ってきてるんだろ」
オルシーオ艦長は、みなの顔を見回した。
「今のところ、公的権力を行使するとは思えんよ」
「では、身元不明の襲撃者として取り扱うということでよろしいのですね」
セイエン副長が、確認する。
「実際、そうだろ。ちがうか?」

44 :
「運んでいる荷物の情報は?」
レーヴェはオルシーオ艦長に向かって言った。
「知る必要があるのか?だが、どうやって手に入れる?アティアを拘束して
締め上げるか?」
 それは、少し楽しいかもしれんがとオルシーオ艦長はうそぶいた。
「ですが、必要以上の秘密主義は、警護をするうえで不利益になりえます。
お互いの疑心暗鬼を生むことにもなるのではないでしょうか」
 レーヴェはオルシーオ艦長とセイエン副長を順に見た。
「本当に守りたいものが理解ってなきゃ、対応も後手後手になるかもしれませんよ」
 オリビエも賛同した。
 周りの空気も、ややレーヴェの意見に同調気味だった。
「そこまで言うんなら、情報公開の交渉はお前らに任せるよ。期待してるぞ。 オリビエ・ジ
タン、レーヴェ・シャア・アズナブル」
 オルシーオ艦長は、少々人の悪い笑顔を作って二人に言った。
 それから、ミーティングは具体的な戦術の検討に入った。

45 :
いーぞもっとやれ

46 :
「さて、どうする?」
オリビエは、レーヴェに問いかけた。
オルシーオ艦長の言葉は、全権委任といえば聞こえはいいが、つまりは知りたければ勝手にや
れということだ。
「最終的には、アティアに直接聞くしかないだろう」
「おや、搦め手の好きなお前にしては珍しい」
「外堀を埋める作業はするさ。お前も協力してくれるだろう?」

 昼食用のトレイを持って、オリビエは目的の人物を探していた。
 整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐である。席を探しながら周りを見渡すと、ほどなく見つかった。
おあつらえ向きに、みんなとは少しはなれた席で一人でいる。
「ここいいですか?」
 答えを待たないで、アシェンバッハ少佐の正面に座った。遅れてきたレーヴェ・シャアがひ
とつ離れた席に着こうとしていたのを、こっちに来いと手招きした。
 呼ばれたレーヴェはオリビエの横に腰かけた。
 しぜん、話は襲撃のことになる。
「相手のモビルスーツ、いい腕で、けっこうシビアな対戦でしたよ」
「まあ、【クローノス】のパイロットだしな」
「マシューとほぼ互角くらいの腕でしたね」
「俺よりは下と言いたいわけか」
 アシェンバッハ少佐が、オリビエの言葉に苦笑した。
「レーヴェと対戦したパイロットは、レーヴェと互角だったようですけどね」
 だろう?と話をレーヴェに振る。レーヴェは黙ってうなづいた。
 そんな話の流れの中でオリビエはアシェンバッハ少佐に尋ねた。
「で、アティアっと【クローノス】の隊長との関係について、アシェンバッハ少佐は知ってま
す?」
「やっとその質問がでたな」
アシェンバッハ少佐はニヤリと笑った。
「あ、バレてましたか?」
「当たり前だ。でなきゃお前らが俺と相席なんぞするわけないだろ」
「いや、そんなことありませんよ」
まあ、それはいいとアシェンバッハ少佐は言った。
「オルシーオ艦長もセイエン副長とも、くだんの隊長と面識があるようでしたが」
レーヴェが口をはさんだ。
「古くからこの艦に乗ってるやつはみんな知ってるさ」

47 :
「なぜ、また?」
 ほとんどの会話をオリビエに任せ切りにしていたレーヴェが問いかけた。
「テロがらみで、2度ほど共同作戦を行ったことがある。そのときに、奴はアティアに目をつ
けたのさ」
 一瞬、アシェンバッハ少佐は、話していいものかどうか迷うように言葉を切った。
「アティアが俺のところの整備部にいたことは話したな?」
「ええ、工学技術の専門士官だったんですよね」
「それから、アティアは医学系の資格も持ってて、はじめはDr.サキの医療部にいたのも
知っているよな。 というか、始めは、Drの紹介で医療・技術の士官候補生として、【ブル
ークロス】に入って、【ケイローン】に士官として配属されたんだ」
「Dr.サキの紹介なんですか。艦長と親しいからそっちの線かと思ったんですけどね」
オリビエは言った。
「艦長にとっちゃ、秘蔵っ子であり、同好の士でもありってとこかな。モビルスーツばかの艦
長とタメを張るくらいの知識を持ってかつ情熱をこめて話あえるという」
「モビルスーツの知識なら、アシェンバッハ少佐だって負けてはいないでしょう」
「俺は、どちらかといえば、機械屋さ。作ることと修理はできても、基礎研究やら開発やらは
他の人間に任せたい口だ」
機械屋というアシェンバッハ少佐の言葉に、オリビエは少しのテレと大きな誇りを感じた。
「それに俺は、モビルスーツの歴史的意義とかどうでもいいし。芸術とか文学、歴史やら哲学
やらとも相性が悪い。そこらへんもオルシーオ艦長とアティアが気があう理由じゃないか」
ああ、とレーヴェがうなづいた。
「艦長は、ギリシア古典文学についての著書があるのでしたね」
「【ロマン主義におけるギリシア古典と哲学の発掘】とかいうタイトルだったよな?」
とオリビエはレーヴェに聞いた。
「そうだと思う。見かけによらず、艦長はロマンティストだからな」
「一年戦争からの権力抗争も、どちらかといえば敗者のジオン軍に肩入れしてるしね」
「まあ、俺たちもスペースノイドだしな。ジオンに心情的に少々傾くのは仕方あるまい。
確か、アティアと共著で一年戦争から、ネオジオンの抗争、それも主にジオンについての考察
を書いたヤツもあるぞ。」

48 :
「もしかして、彼女、シャアマニアン?」
  隣を気にしつつ、オリビエは聞いてみた。あの双子のレーヴェへの反応っぷりを見てもそ
の可能性はある。
 アシェンバッハもちらりとレーヴェを見てから、おもむろに言った。
「いや、いわゆるジオンのシャア・アズナブルを理想化・崇拝してるシャアマニアンとは一線
を画してはいると思う。特にあの一連のムービー以来、急増したようなヤツとはな」
 3年前で増えたファンは、どちらかといえば、シャアを演じた俳優であるシュウ・ローレン
ス・レイクのファンだしなとアシェンバッハは言った。
「アティアのは、世界状況におけるヤツの行動の意味を分析するような、もっと学術的という
か、知的好奇心ってやつだろう」
「なんだか、ヤケに詳しいですね」
 オリビエが聞くと、アシェンバッハ少佐は、実はオルシーオ艦長とアティアの共著の考察を
読ませてもらったことがあると告白した。
 ・・・やはり、オルシーオ艦長の影響ははかりしれない。
 船にいる限り、毎日オルシーオ艦長のモビルスーツへの愛を感じさせられるのだから、同然
の話だ。
 朱に交われば赤くなるということはこういうことなのだな、とオリビエは考えた。
「アティアによると、シャアは、生前からフィクショナイズされていて、実像がわかりにくい
と言ってたな。 もっともそこが多くの人間の研究心を刺激するらしい。だが、実存としては、
というか男としてはマザコンでシスコンでロリコンな男はおよびじゃないそうだ」
 言ってから、アシェンバッハ少佐はしまったという顔をした。
 その名前に迷惑はしているが、それなりにシンパシーを感じている男がここにいるのだ。
 オリビエには、隣の席の温度が低くなった気がした。オリビエはアシェンバッハに問いかけ
た。
「それ、彼女が口にして言ったんですか?」
「いや、アティアの文章を読んだ俺の感想だよ。」
 そして、レーヴェへのフォローのつもりか言葉を続けた。
「口にだしては、性格はともかく、外見はわりと好みだと言ってたぞ」
 あまりフォローにはなってはいないが、まるっきりの否定意見ではないのにオリビエはほっ
とする。

49 :
 ただな、とアシェンバッハ少佐は、眉をひそめる。
「アティアは難しいタイプを引き寄せる性質(タチ)らしくてな。それが懸念材料なんだ。
【クローノス】の野郎もそのクチだし、アティアは本質は優しいから完全な拒絶ができない」
「【クローノス】の隊長は、妹やRに優しく、母親崇拝が少々強すぎるタイプなんですか?」
 オリビエがやや婉曲な言い回しをすると、アシェンバッハ少佐は苦笑をした。
「そこらへんは分からんが、シャアと似たタイプだな。自身過剰で、それに見合う頭脳も腕も
ある、眉目秀麗な優男。いやシャアというより、迷いがない分、どちらかといえば袖付きのフ
ロンタルに近いか」
 オリビエとレーヴェは目を合わせた。
「まるで、シャアにもフロンタルにも会ったことがあるような言い回しですね」
 アシェンバッハ少佐は思わせぶりな笑顔をつくり、声を潜めて言った。
「ご明察。会ったことがある。俺も艦長もDr.サキもな」
 爆弾発言を残して、アシェンバッハ少佐は立ち上がった。
 質問はこれまでという態度だった。
 二人は座ったまま少佐を見送る。
 アシェンバッハ少佐のペースで話が進み、思ったより情報が引き出せなかった。
 もちろん、いくつかの収穫はあった。
 最後のコーヒーを飲んだ後、オリビエはレーヴェに聞いた。
「お前、ちょっと傷ついてる?」
いいや、とレーヴェは首を振った。
「自分自身の性格に、当たらなければどうということはない」
 オリビエの耳には、その声が少々気負っているように聞こえた。

50 :
 レーヴェはオリビエと二人で自室に戻るなり言った。
「アティアのことというより、【ケイローン】幹部の測り知れなさを知った気がする」
「オルシーオ艦長はジオン・ダイクンとも知り合いだとか言いそうだ」
とオリビエが続け、まさかなと小さくつぶやく。
「艦長自身は分からないが、【ブルークロス】の古老にはそういう人物がいても何の不思議も
ない。支部自体は、公国以前のサイド3時代にもあったのだからな」
 宇宙空間での医療を本来の生業とする【ブルークロス】の歴史は、UCの歴史と複雑にから
まりあっている。
 モビルスーツの開発を一手に担ってきたアナハイム・エレクトロニクス社の派手さはないが、
【ブルークロス】の名を飛躍的に高めたのは、皮肉なことに一年戦争からだった。
 つまり、戦争によって【ブルークロス】を利用する客・・・患者が激増したためだ。
「セイエン副長曰く、『命に値段をつける因果な商売です』か」
 オリビエの言葉にレーヴェは、初めて【ケイローン】に乗った日のことを思い出す。

新しい隊服に身をつつんだ、レーヴェとオリビエに、医療の現場は、けして清く優しいもので
はないと、セイエン副長は言った。
「軍人は、所属している集団を守ること、そのために相手の命を奪うことも辞さないよう訓練
されています。しかし宇宙世紀に入って、生身同士の戦闘はほどんどといって行われていませ
ん」
 セイエン副長の言いたいことを二人は瞬時に理解した。
 モニターを通しての戦闘はともすれば現実味が薄くなり、人を攻撃しているという感覚はほ
とんど生まれないしたがってそれに伴う罪悪感も希薄だ。
 実際、NT能力ありとされていた自分も、戦闘では相手を知覚することはできても、敵対す
る相手と共感することはなかった。
 そして高いニュータイプ能力が、相互理解から平和への道筋を作らずにきたことは、歴史の
証明している。
「救命の現場は、生身の相手と相対します。血を流す人間の姿を見て初めて恐怖する新人も
います。それに医療行為はただでは行えないことも覚えておいてください」
つまりとセイエン副長は、くだんのオリビエが言った台詞を言ったのだ。
「医療とは、命に値段をつける因果な商売なのです」
 青雲の志というわけではないが、人命の救護に第一意義を置く【ブルークロス】のトップデ
ビジョンに、連邦軍とは違うものを多少は期待して入ったレーヴェにとって、セイエン副長の
言葉は軽い失望をもたらした。
その気配が伝わったのだろう、セイエン副長は清雅な微笑を二人に向けた。
 後に、それがでたら要注意となる表情(かお)だった。

51 :
  赤、また赤。
 一面に広がる赤い色が、人の血だと納得するまでに十数分を要した。
 むろん、体は動いていた。訓練された肉体は、容赦なく命令を下す白衣の女将軍に無条件で
従う。
 Dr.サキ。【ケイローン】に、いや【ブルークロス】に君臨する女医師の声があたりに響
いていた。
 大きくよく響くが、けして怒声でない彼女の声が患者と彼らを診る医師たちに活力を与えて
いた。
 エンジントラブルにより小惑星に激突した民間宇宙船。人員は約40人。
 まず、モビルスーツで船体全体をテントバルーンで包む。
 空気の挿入が済むと、押しつぶされた機体の外壁をモビルースーツがはがした。 そこには、
折り重なった怪我人たちがいた。 医師を乗せたきた小宇宙艇ではとても全員を運ぶことは
できない。現場での治療が直ちに決定された。
「レーヴェ、オリビエ、救急の訓練は受けているのでしょう?Dr.サキの補助をしなさい」
 セイエン副長に即されて二人はDr.サキの脇に走った。
 救命士が布状の担架で、患者が手際よく運んでいる。
 「ピンク頭は止血を。金髪は札を貼れ」
 レーヴェは四色に色分けされた札を取り出した。札の意味はA.軽症 B.中軽症、C.重症
(即時治療)そしてD.治療不能、もしくは死亡だ。
 「B,A、C、C」
 Dr.サキの見立てに沿ってレーヴェは札を患者に貼り付ける。他の医師が重症度によって
 治療の優先順位を見分けるためだ。
 「D」
 子供を抱えた母親がレーヴェを見上げた。
 ぐったりとした子供の身体をレーヴェに預け、Dr.サキは母親を診ようとした。
 母親はその腕をすがるように取った。
「私は後でいいから、ニコルを」
「残念ですが、お子さんは」
 静かにDr.サキは首を振り再度、母親を診察しようとした。
「ならば、私も治療はいいです」
 母親はDr.サキから逃れ、レーヴェの抱く子供に手を伸ばした。
「治療を受けてください。あなたは生きなければ。生きなければ、彼の思い出も殺してしまう」
 いつの間にか近寄っていたオリビエが母親の肩に手を置いて言った。
 彼女はレーヴェの抱く子供を見つめ、Dr.サキを受け入れた。

52 :
 すべての患者の治療を終えたのはそれから21時間後のことだった。
 事故の知らせを受けた連邦政府の医療艦が現場に到着したのは、それから4時間後。
 ほとんど不休で働いていた医師と看護士・救急士達は、先に【ケイローン】に戻っていた。バ
ルーンテントの回収を中尉であるレーヴェとオリビエが命じられたのは、新人という立場だった
からにほかならない。
 バルーンを回収して、【ケイローン】に戻り、ブリッジに上がった。
 オルシーオ艦長とセイエン副長と共にDr.サキがいるのを確認するとレーヴェはサングラス
を外した。オルシーオ艦長とセイエン副長はこだわらないが、Dr.サキは、サングラスをかけ
たまま話すのを、礼儀知らずといって嫌っていた。
 「お前、人をなだめるのが上手いな」
 Dr.サキからの口をついてでたのは、ねぎらいの言葉ではなく、現場でのオリビエの態度と
台詞に対しての言葉だった。そこには少しあきれたような、しかし明らかな感嘆も含まれていた。
「ああいう台詞は、レーヴェの方が、より効果があるんですがね」
 幾分かの照れを含んだ口調でオリビエが言った。
 確かにパニックになりかける患者の心を静める言葉をオリビエは、自然に口にだしていた。
 それはレーヴェも賞賛に値すると思っていた。ただ、自分の容姿のことを言われるのは面白く
なはい。レーヴェのその気配を察してか
「自分はこれだから」
とピンクに染まった髪をつまんだ。
「それはそうかもな」
 オルシーオ艦長はひとつうなづいて言った。
「なんにせよ、ご苦労だった。モビルスーツの戦闘だけでなく、これで、救急の修羅場も経験し
たな。初めてにしちゃ上出来だとセイエンもドクターも言っていたぞ。」
「「ありがとうございます」」
 二人は敬礼を返した。

53 :
 それから半年、3度にわたる民間船の護衛とそれに付随する戦闘。さらに4度の事故現場を経
て【ブルークロス】隊員らしさが身についてきたと思い始めた頃。レーヴェは他のモビルスーツ
パイロット達と共に艦長室に呼び出された。
「レーヴェ・シャア・アズナブル、オリビエ・ジタン前へ」
 セイエン副長の命令に二人は一歩前にでた。
 オルシーオ艦長がレーヴェの全身をとくとながめた。視線を集めるのは、いつものことだった。
レーヴェは自分が恵まれた容姿をしていることを自覚している。
「やっぱりレーヴェが着ている服は変えてもらおう」
 唐突にオルシーオ艦長が言った。レーヴェは意味が分からずにオルシーオ艦長を見返した。
 自分が着ているのは、【ブルークロス】が支給する隊服だ。基調は灰色。襟や袖、前立てに
ブルーの縁取りが入っている。
 「今度、【ブルークロス】で人事異動があってな。副艦【カストール】のマザラン副長が本部
付きになる。で、ラヴェルが2チーム、総勢6人で、カストールに移動をすることになった」
 エミール・ラヴェル大尉は、【ケイローン】のパイロットを束ねるリーダ役であった。モビル
スーツの操縦技術は、レーヴェやオリビエに劣るが、その温厚な人柄は艦のクルーから慕われて
いた。
「で、この際【ケイローン】でも人員の若返りを図る。とりあえずお前達を大尉に昇格。パイロッ
トチームのリーダーをやってもらう。特にレーヴェはパイロットチーム全体のリーダーも担って
もらうぞ」
 オルシーオ艦長の言葉にレーヴェは耳を疑った。入って1年に満たない自分がパイロット達の
リーダー?連邦軍では考えられない事態だ。
「セルゲイ大尉は?彼のほうが年も上でありますし、【ブルークロス】での経験も長いですが」
「それは心配せんでもいい。セルゲイが腕の劣っている自分が、お前らに命令を下すのは荷が重い
と辞退したんだ」
 な、とオルシーオ艦長がセルゲイ大尉を振り返った。セルゲイ大尉がレーヴェに向かってうなづ
いた。
「ですが、君が長幼や入隊暦を気にするとは思いませんでした」
 セイエン副長がさも意外そうに言った。背後から苦笑の波動が寄せてくる。
「新しい隊長には、新しい服。正式な辞令は5日後になる。それと一緒に新しい隊服を支給する
から。― セイエン」
「では解散」
 オルシーオ艦長の言葉に、セイエン副長が手を打って解散を命じた。

54 :
 支給された隊服を見てレーヴェは絶句した。
 服のデザイン自体は変わらない。問題は色だ。グレイッシュ・ピンクに、本来ブルーである袖
口や襟、前立ての縁には赤が使われていた。ご丁寧にボタンも金色になっている。
「なんだこれは」
 一瞬、服を引きちぎりたくなったが、念のため同時に大尉になったオリビエにも同じものが支
給されているかもしれないと隣室のドアをたたいた。
「どうした?レーヴェ」
 ドアを開けて出てきたオリビエのは新しい隊服と身に着けていた。デザイン今までのものとほ
ぼ同じだった。変わった点といえば、今までプラスチックだったボタンがシルバーメタリックに
なったのと、肩口の階級章くらいであった。
「いや、なんでもない。それは新しい隊服だな?」
「ああ、早速着てみた。デザインは変わらんが、ボタン一つで少し高級な感じになるものだな」
「そうだな」
 きびすを返して自室に戻る。オリビエが追ってきて一緒に部屋へと滑り込んできた。
「原因はこれか」
含み笑いをして、オリビエがベットの上に広げられた隊服を顎でさした。
「艦長に抗議してくる」
「無駄足だと思うが」
 オリビエが言う。そうかも知れない。しかし、
「私は、シャアの似姿を演じる気はない」

55 :
 レーヴェはその言葉をオルシーオ艦長の前でも繰り返した。
 隊服は箱に入れて机の上におかれている。オルシーオ艦長は箱を開け、服を広げた。
「思った以上にいいじゃないか。注文以上だ」
 案の定、発注したのはオルシーオ艦長だった。
「艦長、私の話を聞いておれれますか?」
「もちろんだとも。自分はジオンのシャアじゃないって言うんだろ?」
「ならば、分かるはずです。私がこの服の着用を拒絶する理由を」
 オルシーオ艦長は服を置いて腕組みをした。
「うぬぼれるんじゃない」
 低い声音がオルシーオ艦長の口から漏れる。
「お前は自分がジオンの赤い彗星を演じられるとでも、思っているのか?」
 真顔で返され、レーヴェは言葉を見失った。
「確かにお前のパイロットとしての腕はいい。だが、その技術に頼りすぎて戦術を組み立てる
ことをおろそかにしがちだ。ジオンの赤い彗星が名を高らしめたのは、モビルスーツを操る技
術だけではなく、その力を戦略、戦術的に扱えたからこそだ。戦術の立案実行ならば、そこに
いるオリビエのほうが上だ」
 レーヴェは左やや後方にいるオリビエを見た。お褒めにあずかり光栄、というようにオリビ
エがオルシーオ艦長に会釈をした。
「ところで、オリビエ。なんでお前がここにいる?お前が代わりにこの服を着たいのか?」
 オルシーオ艦長の声がいつものトーンへ変わった。
「謹んでご辞退申し上げます。この頭にその服では、コーディネイトが行きすぎて嫌味になり
ますから。自分はオブザーバですよ。野次馬ともいうかな」
 オリビエが口元を妙にゆがませて言った。どうやら笑いをこらえているようだった。
「新しいリーダーがその素晴らしい隊服に袖を通した姿をいち早く見たくて」
まかりこしましたとオリビエは続けた。
「そんなに気負うほどのものでもないでしょう?レーヴェ。服は服です。」
 話の途中から部屋に入ってきて成り行きを見ていたセイエン副長が言った。常ならば、行き
過ぎたオルシーオ艦長のおふざけを止める副長までが、赤い隊服を認める発言だった。
「だいたい、支給された隊服の拒否は命令違反ですよ。最悪、向こう半年間の20パーセント
の減俸です。それを覚悟の上の抗議なのでしょうね?」
 だよなーと先ほどとは別人のような能天気な声で、オルシーオ艦長が言った。副長の承認を
得たことで艦長もほっとしたようだった。
 その様子に赤い隊服は、オルシーオ艦長の独断だったらしいことを知る。しかし、それを直
接オルシーオ艦長に強硬に抗議すれば、セイエン副長は立場上、オルシーオ艦長を支持しなけ
ればならない。レーヴェの抗議とその後の流れはオルシーオ艦長の読み通りだったというわけ
だ。 レーヴェは艦長の言葉通り、自分が戦略戦術的に甘いことを思い知った。

56 :
 それほど嫌がっていた赤い隊服を、いつの間にかレーヴェは当たり前のように着るようにな
っていた。自分の名前と容姿を効果的に使って人を説得することすらできるようになった。
 オルシーオ艦長の熱心ではあるが、どこか飄然としたジオンとニュータイプの捉え方は、レ
ーヴェの自分の名前に対しての気負いを軽くしていったのだ。
 【ブルークロス】の赤い彗星などと呼ばれていることにも慣れた。
 ジオンのシャアになれるものかと言ったオルシーオ艦長が、初めにそう呼び出したのは、自
分を指揮官としても認めてくれるようになったためと理解もしている。
もっとも、そう呼ばれることを全面的に認めているわけではないが。
3年の間に、【ケイローン】は自分達の艦(ふね)と思えるようになっていた。

 ドアがノックされ、レーヴェはメイリン少尉を迎え入れた。
 彼女は、部屋にいるオリビエに軽く会釈をした。
 「ご依頼されていたもの、入手してきました」
 極小さなチップをメイリンからレーヴェは受け取った。
「すまない。手間をかけさせた」
「内容の精査はしておりません。しないほうがよいと思いましたので」
「正しい判断だな」
「それから、艦長のファイルはオープンファイルにありますから、士官でしたら誰でも閲覧可
能です。そちらの方は少し覗かせてもらいましたが、艦長のモビルスーツ愛に当てられそうに
なりました。覚悟しておいたほうがよろしいかと」
「ご忠告ありがとう。お礼に次の休暇で食事をおごらせてくれるかな」
「もちろんです」
 メイリンの顔に喜びの表情が走った。その顔をみて、レーヴェも自然に微笑みを返していた。
「では、失礼します」
 きびすを返してメイリン少尉が部屋を出て行った。レーヴェの目の端に、首を振るオリビエ
が映った。

57 :
「メイリン少尉からのプレゼントって何?」
 オリビエが軽い調子で聞いてきた。
「【ケイローン】の名簿だ」
 レーヴェはPCを立ち上げながら答える。
「アティアとイリーナの経歴を知りたくて名簿にアクセスをしたが、私の権限では過去のファイ
ルを開けなくてな。」
「で、メイリン少尉をたらしこんだのか」
 レーヴェはオリビエの言葉は無視して作業を続けた。
 【レイモンド・マザラン】 
 【ヨアヒム・カスパール】
 【ツァオ・リーレン】
 【エミール・ラヴェル】
 いくつかの見知った名前が続く中、お目当てのイリーナ・スルツコヴァの名前を見つける。
  
  0085年 7月29日生まれ ブラッドタイプ AB
  サイド1 出身 
  前歴:サイド1の特殊警務部隊にて2年の経験あり
  0106入隊 0109年除隊
  
「意外に若いのだな」
「落ち着いているせいか、もっと年上に見えるよな」
「アティアも一緒に入隊したというのだからこの前後に記録が残っているはずなのだが」
 しかし、いくら検索をかけてもアティア・セラマチの名前は見つからなかった。
「アティアの名前が、ない?」
 レーヴェのつぶやきに、オリビエがディスプレイを覗き込んできた。
「いったいどういうことだ・・・」
「考えられるのは三つ」
 オリビエが指を立てながら言った。
「1.この名簿が不完全である、2.誰かが意図的に削除した、3.そもそも最初から名簿に
載っていない」
「名簿は、マスターファイルから落としてもらったはずだ。改変が加えられないようセキュ
リティ保護された、な」
「では、1と2は却下か」
 オリビエはそういって、横から手を伸ばし、イリーナの情報まで画面を戻した。
「残念、スリーサイズは載ってないのか・・・」
 のんきな物言いにレーヴェは相手の手を軽くたたいた。
「初めから、アティアの名前が名簿に乗っていないという線が濃厚だが、古いクルーはみな彼
女を知っている。これはいったいどう考えればいいのだ?」
「とりあえず、艦長のファイルを覗いたら?アシェンバッハ少佐が言っていた、共著の論文が
ある可能性大なんだろ?」

58 :
 目当てのファイルはすぐに見つかった。
 GG(ガンダム・ジオン)と記されたフォルダの中に、ファイル作成者がA・Sとされてい
るものがあったのだ。作成日付は00107年6月7日、アティアがいたという時期と一致する。

「人類が、本格的に宇宙に進出して、すでに一世紀が経とうとしている。
 地球の汚染と人口爆発がおこすであろう地球上での争いを、回避するために作られたコロニー
が、新たな火種となって人々に戦争を起こさせたことは記憶に新しい。
 その原因とこれからについて考えるために、少々の文章をここに連ねたい。」
 という起こしの文から始まるそれは、宇宙世紀の始まりは、人類が主義主張を超えた、環境へ
の危機感を持ち、高い理想を共有しえたからこその奇跡とまず述べていた。
 しかし、人間は忘却する生き物であり、始まりの理念を知る人が減り、理想より自己の都合を
優先させた結果、地球上でかつてあった植民地時代を彷彿させる支配、被支配の関係におちいっ
た状況での、サイド3の独立運動は、起こるべくして起こったものだと続く。
 また、ジオンの提唱したニュータイプ論「宇宙に出たものは革新しうる」は、地球連邦からの
精神的独立を鼓舞し、地球に残る人々への、宇宙進出へのいざないであったであろう。
 が、それは宇宙生活者にも地球生活者にも、素直に受け止めてもらえなかったことが、ジオン
・ダイクンを追い詰め、その死因は、過剰なスケジュールを組んだザビ家の未必の故意ではない
かとしている。
「ともあれ、ジオンは死んだ。その日よりジオンの名は開放から束縛の代名詞となった」
 レーヴェが小さくつぶやいた。
「でも、この文、ザビ家もその後のネオ・ジオンの行動も全否定してないな」
 オリビエが言った。
「その上、かなりシャアに同情的だ。ジオン・ダイクンより高名でさえあるその息子か・・・」

59 :
【彼は、卓抜した武(行動)の人であったといえる。
 思考的にも能力的にも武に優れた人であったことが、彼の長所でもあり、短所でもある。
 有名なダカールの演説も、どことなくこなれていないのは、本来の意図とは微妙なズレがある
 のはもちろんだが、言葉より行動で示すほうを好んでいたからであろう。
 本人も政治向きではないと考え、パイロットである自分が一番好ましいと考えていたらしい逸
 話が散在する。
 もっとも、あの演説の後、コロニーにも地球にも彼を支持する人間は大勢いた。
 彼が政治活動をすれば、遠くない将来に連邦の中核を担う政治家になりえていただろう。
 その志、「全人類を宇宙にあげる」を完全に達成できるかは別として。
 民主主義という政治形態は、目的を迅速に行うには、不向きである。
 故に、かの「シャアの反乱」が起こったといっても過言ではない。】
  
 文章は、シャアの反乱で、彼が本気で勝利を願っていたどうかわからないとしながら、
 やや、センチメンタルな文体でシャアの行動を追っていた。  
【彼は、人々にその望みを問い、誠意を問い、連邦政府のモラルを問いながら、地球の寒冷化へ
 の道筋をたどっていく。】
「ここだけ読むと、シャア、イコール悲劇の主人公って感じだ」
 オリビエが苦笑を含ませながら言った。
「が、100%の肯定はしていない」
 レーヴェは、カーソルを先へと進めた。

60 :
【だが、私はシャアの地球寒冷化の作戦を全面的に肯定するつもりはない。
 極端に言えば、人類の業を背負い、それを払うというならば、人類だけを抹Rる手段を
 考えなければならないと考えるからだ。
 ただし、動植物が生存できる環境は、人間も生存できるという環境である。
 ならば、どうすればよいのか?
 人が文化的に生きていくのに必要なインフラを破壊すればよいのである。
 復興の追いつかないスピードで、施設を破壊できれば、人的被害も最小限、いや、やり方に
 よってはほぼゼロで、地球に人間、少なくとも、地球の汚染を行う部類の人間を淘汰できる
 であろう。
 もっとも、そのような作戦は、当時のシャアの統括する組織では無理な話であったし、
 それこそ、連邦軍と互角に渡り合えるほどの軍事行動ができる、ニュータイプの部隊でもな
 い限り、ほとんど不可能である。】
【やはり、シャアはあまりにも性急だったといわざる得ない。
 政治家として立ち、手にした軍事力を背景に交渉し、少しずつ、事を成して行く手段もあっ
 たはずだからだ。
 その間に、宇宙に住む者たちを先にニュータイプへと導く手段を模索する。
 彼はあまりに、武人としての才能がありすぎた。その才が、早急な武断に傾むかせた。
 武人としての名声がなければ、あそこまで、人々の支持を集めることができなかったことも
 事実だが、外交と政治とは、刃のない戦いであり、それに勝利することが、真実、
「戦いの中で人を救う方法」ではないだろうか?
 戦争は、すべての手段を取り上げられた人間の最後の切り札としてとっておくべきだろう。】

61 :
続いて文章は、被支配者たちの反乱、起こす側からみれば決起の歴史を述べ、ジオンの独立
 運動から一年戦争とネオ・ジオン闘争との比較がされていた。
 
 最後に連邦政府は、硬直化し、平和的手段をもって訴えても、黙殺している状態であり、続
 けていると指摘し、やはり、全人類は一度宇宙にあがらなけれならないと結論づけていた。
 
 【その際、全人類を宇宙に押し上げたのち、地球から流出した難民をどこへ受け入れればよ
  いのか?
 ここに、一つの資料がある。
 スウィートウォーター政庁に残されていた試案書だ。
 そこには、【シャアの反乱】際、火星への計画的な移住が提案されていたと記されている。
 火星のテラ・フォーミング化と移住については、A.D時代から論議されてきた。
 氷もあり、薄いとはいえ大気もある火星の開発が遅々と進まないのは、月軌道上にコロニー
 という人口の地球衛星を作る技術が開発されたためだ。
 宇宙に出ても、故郷たる地球を眺めていたいという人の心理が働いてもいるだろう。
 それは、当時総帥であったシャア・アズナブルに提出された。
  しかし、シャア自身もアステロイドベルトより帰還した身。
 地球が、点ほどの大きさになる火星へのいきなりの移住は、長年地球に暮らしてきた人々に
 は酷だと思ったのであろう。
 自ら、その案を保留、もしくは次世代を段階的に、と答えたと伝えられている。
 そこには、地球に対するシャアのこだわりと前出アムロの言う本質的な優しさがかいまみら
 れると同時に、長期的な視野にたっての宇宙移民を考えていたことが察せられる。
 
 【前述したが、シャアは急ぎすぎた。
  彼とアムロが歴史の表舞台から去った今、ニュータイプという存在も黙殺されつつある。
  ニュータイプ、「認識力が増し、それに見合ったやさしさを持つ人間が、誤解なく分かり
  合えるようになる」まで、争いの日々はどれくらいつづくのだろうか。
  少しでもその時間を短くする努力をしたいと明言して、ここに筆をおく】

62 :

「・・・火星への人類の移住、連邦と対峙できるほどの戦力を持ったニュータイプ部隊か」
オリビエが低くつぶやいた。
「【ブルークロス】は、NT能力の素養を持つ人間の駆け込み寺なうえ、末端支部の事務員ま
で、モビルスーツを操縦することができる。そして、今まさに我々は火星へ、新型のモビルス
ーツを運んでいる最中だ」
ディスプレイから目を離したレーヴェは、オリビエに向き直った。
「【ブルークロス】の全勢力を結集すれば、ここに連なる、理想的な宇宙移民を強行できるか
もしれないってわけか」
オリビエが肩をすくめた。
「外交手段を模索するのがベストと書いてあるが、武力行使を完全否定しているわけでもない。
本当に地球のためを思うなら、人類は死んだほうがよいと言っているようにも取れる」
「連邦ににらまれているのは、アティア本人という可能性もあり?ってことだ」
オリビエの言葉にレーヴェはうなづいた。
「彼女が純粋というか、理想主義なのは、あの若さで、親を亡くした子供を養子にしている
ことでも分かる。そして、新型モビルスーツを発注できる経済力をもった組織ともつながりを
持っている」
「・・・その上、かなりのNT能力を持っているみたいだよな」
初対面のとき、アティアは、オリビエにもレーヴェにも、存在を察知させずに室内に入ってき
た。
気配を殺せるほどに、NT能力をコントロールすることができるのは。
「マスタークラスと見ていい」
「これ、オルシーオ艦長のファイルにあったんだよな」
「ああ、少なくとも彼女の思考を艦長が知っているのは間違いない」
深刻そうな顔をするレーヴェにオリビエは言った。
「まあ、これは、ずいぶん昔に書かれた、私的な文章にすぎないからな。ニュータイプは万能
ではない、ということを、Dr.サキの元にいたのだったら、叩き込まれているはずさ」
しかし、純粋さは過激さにも通じる。彼女は長年【ブルークロス】を離れていた。
レーヴェはそれを危惧した。

63 :
【ニルヴァーナ】に提供された仮眠室から出てくると、そこには、セルゲイが立っていた。
「自分も行こう」
セルゲイはレーヴェが、【ニルヴァーナ】の艦内を偵察しようとすると、先読みしていたらしい。
アティアは、今、【ニルヴァーナ】にいない。双子と共に【ケイローン】に留まっていた。
送り迎えをするモビルスーツの不足を理由に、【ニルヴァーナ】への帰投を、
フェルナンド艦長が待ったをかけたままだったからだ。
「当直はどうした?」
本来なら、パイロットチームの一つが交代でモビルスーツデッキに待機しているはずだ。
「タチアナも行けと言ってな。何かあれば、すぐ駆けつければいい」
これだから、ニュータイプは・・・
【ケイローン】の、特にパイロットチームの人間がそばにいるときの隠密行動は、かなり難しい。
レーヴェがためらうと、セルゲイは予想外のことを言ってきた。
「オレビエでないと嫌なのか?」
「何?」
「いつも二人でつるんでいるのでな。相棒はオリビエと決めているのかと」
「そういうわけでは断じてない。というより、どこからそんな発想がでてくるのだ」
「いや、以前に女性が嘆いていたのだ。二人が仲良すぎて、なかなか割り込む
隙がない。まるで兄妹か恋人同士みたいだと」
「・・・兄妹はともかく、何で、コ・・・と形容されるのかが分からん」
レーヴェの中の緊張感が著しく低下した。
「さあ。女性が何を考えているのかは、男にとって永遠のミステリだからな」
「そんなミステリなどいらん」
レーヴェは心底げんなりとした。
「まあ、オリビエとばかり一緒にいないで、私と一緒にいてほしいという、熱いメッセージ
と受け取っておけばいい。・・・さあ、行こうか」
完全に毒気を抜かれ、レーヴェはイニシアティブをセルゲイに取られていた。

64 :
艦内に上がるエレベーターの前には、歩哨が一人立っているだけだった。
「これからのことについて、フェルナンド艦長にお話があるのだが、取り次いでもらえるかな」
レーヴェが言うと、相手はあっさりと納得し、艦内用のハンドフォンをブリッジに繋いでくれた。
「ええ、そうです。少々時間を取っていただきたい。できれば、余人を交えずフェルナンド艦長
だけと話したい」
電話越しに、レーヴェはフェルナンドと交渉した。フェルナンドは初め難色をしめしていたが、
結局レーヴェとの面談を了承した。
フェルナンドが、レーヴェの容姿と名前に非常な興味を持っていることを、レーヴェは感じて
いた。
クルーの一人に案内されて、レーヴェとセルゲイは【ニルヴァーナ】の艦長室に入った。
重厚な雰囲気の室内だった。オルシーオ艦長のそれに慣らされたレーヴェには、
少々堅苦しく思える。
「かけてくれたまえ」
レーヴェとセルゲイは示されたソファに座った。
フェルナンド艦長は、自らの執務用の椅子に座ったままだった。
「短刀直入にお聞きします。フェルナンド艦長は、【ニルヴァーナ】が襲われることを
真実、予測しておられましたか?」
「地球圏を出れば、連邦軍の目はなかなか届かない。海賊行為をする船もある。当然
ある程度のリスクは覚悟していたよ。」
模範的な回答だった。
「ある程度のリスク。やはり、襲撃の可能性は低いと考えられていたのですね」
フェルナンド艦長の表情にやや険が走った。うかつだと責められたと感じたらしい。
「実は我々も、可能性は低いと見ていました」
自分たちも同じ考えだったと安心させる。
「クライアントの代理人である、アティア・セラマチが、ご子息の訓練を我々に依頼してきた
くらいですし」
油断を招いたのは、フェルナンドではなく、アティアの行動に問題があったと匂わした。
フェルナンド艦長は、かすかに首を縦に動かした。

65 :
「彼女たちは、とても優秀な女性だ。」
フェルナンド艦長は、女性という言葉に力を込めた。レーヴェはその態度に自分の勘が
正しかったことを知った。
フェルナンド艦長は、アティアとイリーナの優秀さを認めながらも、自分より年下で
女性の彼女らに指示されることに違和感を感じている。
レーヴェ自身にも多少は思い当たる、男特有の、女性にサポート役を期待してしまう感覚だ。
軍というやや前時代的で、圧倒的に男性が多い組織に所属していると、その感覚がより強まる
傾向がある。
モビルスーツ部隊を【ニルヴァーナ】に引き込み、優秀なモビルスーツパイロットで
戦闘経験が豊富なイリーナと共に、アティアを【ケイローン】に留めるよう配慮したのは、
これからの指揮を自分が取るという意思の表れであろう。
ならば、【ケイローン】のパイロット達に、自分がアティアとイリーナよりも、
話が分かる男であると示したいと思っているはずだ。
「ええ、ミズ・アティアは、とても優秀で、優しい女性ですね。そしてミズ・イリーナは、ア
ティアの守護神たらんとしている」
「彼女は、守られるに足る人間だよ。あの年で、孤児を引き取り養育するなど、なかなかでき
ることではない。・・・私は、彼女が双子と共に、火星から地球に無事に帰るまでの、責任を
負っている」
フェルナンド艦長は、机に肘をつい指を組んだ姿勢で言った。
「上に立つものの義務と責任の重さは、軽輩ではありますが、部下をもつ身として
感じるところがあります。・・・・・・だから、私も、何を守るべく戦闘するのか分からない
まま、部下に命をかけろとは言いたくはない」
セルゲイも然りとうなづいた。
レーヴェはサングラスを外して、フェルナンド艦長を見つめた。
「この船が、モビルスーツ以外の何を運んでいるか、艦長はご存知なのですか?」

66 :
フェルナンドは、レーヴェ大尉の素顔を見つめた。
黄金の髪に青い双眸。その容姿は、人を、スペースノイドの心を波立たせる。
「君は・・・」
シャア・アズナブルなのか?と問いかけそうになり、フェルナンドはあやうく自分を押しとど
めた。
本人ではありえない。目の前の彼は若く、シャアのダカールの演説時に近い年頃だろう。
だが、似すぎている・・・。
「君は、それを知ってどうするつもりなのかね」
かなりの間を空けて、フェルナンドは問いを返した。
「情報がなければ、何もしようもありません」
レーヴェ大尉がわずかに唇をほころばせた。
「よりよい行動を行うために、正確な情報が欲しいというところです。
【ニルヴァーナ】にとっても【ケイローン】にとっても。そして二人の女性が、知らずして、トラブルに
巻き込まれていたら、それを回避させたいと思っております。ですが、艦内の配置すらわからぬ
現状では動きようがない」
【ニルヴァーナ】の船主は、インストリウム社である。
モビルスーツの発注者ではない。
上層部から発注者の代理人たるアティアに最大限の便宜を図るよう、指示されているが、
モビルスーツ以外の荷物は、インストリウム社にとっては無関係である。
しかし、もう一つ、アナハイム社から追加されたコンテナがあった。
スペア用の備品とされていたが、中身を確認したわけではない。
そして、それを運び入れたのは、トマス・スティーブン、アナハイム社の弁護士である。
少々、うろんなものを感じて、非常時条項を利用し、【ケイローン】のパイロットを、せめ
てモビルスーツデッキまでは出入りできるよう、アティアに提案したのは、フェルナンド自身
だった。
年若い者の経験の不足を補うのが、艦長であり、年長者である自分の責務であると考えたのだ。
「確かに、トラブルは未然に回避できるのが一番望ましいが、積荷の開示は現時点では
無理な相談だ。」
二人の【ブルークロス】のパイロットが、目を見合わせた。視線が自分に戻るのを待って
フェルナンドは言葉を続けた。
「ただし、万が一、艦内に襲撃者が入り込んだ場合を想定して、積荷の置き場所を確認したい
という意向はもっともだ。したがって、艦内の視察をパイロットチームの大尉、
4人に限って許可しよう」

67 :
 宇宙の闇の中をモビルスーツが音もなく飛行していく。
【ニルヴァーナ】への襲撃を終えた【クローノス】の一団だ。
 黒紅のガンダムタイプのモビルスーツが先頭にいた。
 その先にはかれらの母艦、【ファルトーナ】が黄金の明かりをたたえ、彼らを待っていた。 
黒紅のモビルスーツから降りたパイロットが灰銀色のヘルメットを脱いだ。
白とみがまうばかりの淡い金髪が肩先に落ちる。
「お疲れ様です。ダクラン中佐」
氷のような青灰色の瞳が士官に向けられ、ヘルメットが放られた。
技術士官はそれを受け止めた。ヘルメットの中には、サイコフレーム式の情報チップが
埋められ、戦闘データが蓄積されている。
そのデータを使用すれば、パイロットの体感そのままに、戦闘が再現される。
「アウローラの性能はいかがでありましたか?」
ブリッジに上がるダクラン中佐を追いかける形で、技術士官を束ねるチェン少佐が尋ねた。
「試作機にしてはまあまあだ、チェン少佐」
低く、硬質な声が響いた。
「最大級のホメ言葉ですな」
チェンは自分より10歳は若い上官の言葉に満足げに笑った。
「敵のモビルスーツの性能もなかなかのものだった。パイロットも悪くない腕をしていたがな」
「噂の”ケイローンの赤い彗星”でありますか?」
「おそらくは」
だが、まだ子供だと、ダクランは薄く嗤った。

68 :
「さて」
出撃したパイロット達を集め、ダクラン中佐が言った。
「【ブルークロス】の第一デビジョンとは以前に共同の作戦を行ったことはあるが、対峙するの
は初めてのことだ。今回の戦闘でみながどう感じたか、忌憚ない意見を述べてもらいたい」
「噂に違わぬ勘の良さでありました」
最初に口を開いたのはコンラート・ベルガー大尉だった。
「我々、自分とテオドールとイルマリの三人は、円陣を組んだモビルスーツを背後から
撃ちましたが、ことごとくかわされております」
「円陣の中心には、新兵がいて、その訓練をしていたにもかかわらず、あらかじめ
攻撃を知っていたようなすばやさでした」
とイルマリ・ライネン少尉が言った。
「速やかに、二機に新兵を守らせつつ退避させ、二対三で我々と対峙、二機は【ニルヴァーナ】へ
向かう連携は見事です」
賞賛を口にしつつもテオドール・ヴィルケ曹長は、疑念を呈した。
「ですが、あまり怖い相手とは思えませんでした」
「確かに、以前ほどの強さとプレッシャーは感じられませんでしたね」
興味深げにダクラン中佐がイルマリ少尉の顔を見た。
「中佐と我々が知る【ケイローン】は、4年以上前のメンバーであります。情報によりますと
レディ・ハリケーンと呼ばれていた、イリーナ中佐は退職しており、ジュール・セイエン中佐も一線を
退いているとか。そのあたりが原因かもしれません」
「ネヴィルらはどう感じたか?」
ダクラン少佐が、【ニルヴァーナ】へ攻撃をかけた一同に水を向けた。

69 :
「我々も、上手いとは感じましたが、強いとは思えませんでしたな」
やや薄くなってきている赤茶の髪を振り立てるようにネヴィル・イエーガー大尉は首を振った。
「闘っているというよりは、訓練を受けているような、相手がコクピットの直撃を避けて攻撃
してくるせいでもありましょうが」
ハインリッヒ・バーダー少尉、セシル・コルベール少尉、ジョージ・サザーランド曹長もうな
づいた。
ニコラ・モンフォール中尉だけが、かすかに眉をひそめた。
「ダクラン中佐が相手をしていた、赤いモビルスーツは、かなりの腕と見受けました。相手は、
コクピットを狙わずに我らと対峙できる腕をもっているということです。甘くみるのは禁物です」
然りと、ダクラン中佐がうなづく。
「彼らは、【ブルークロス】だ。宇宙にただ一つの組織化された、ニュータイプ部隊といえる。
彼らは我々の殺気のなさを感じとったればこそ、本気にならなかったのかもしれん」
ニコラ中尉は敵を軽んじる意見に釘をさすように言った。
「ですが、我々とて」
テオドール曹長が言いかけた言葉をさえぎるように、ダクラン中佐が言葉をかぶせる。
「もちろん、君らも次代を担う、「ニュータイプ」の資質を持っている。その能力をもって、宇
宙に秩序をもたらそうという諸君らの自負は、尊重されるべきものだ」
常には硬質な声音と違い、やや熱を帯びた口調であった。一同はその声音に自尊心をくすぐられ
心を高揚させた。
「しかし、【ブルークロス】は、ニュータイプを利用する術においては、我々より一日の長があ
る。NT能力があるものを見分け、取り込み、自分らの組織へと組み込むその術は、狡猾といっ
ていいほど見事なものだ」

70 :
「なにぶん、宇宙にでも有数の救急医療組織、医療という人の生き死にに直接関わるのですから。
それこそゆりかごから墓場まで、監視できるのですものね」
セシル少尉は周りの男性陣を見回した。
「からめとられた同胞たちの解放が我ら、ジオン・ダイクン野良の意思をつぐものの使命です」
イルマリ少尉が少々気負った調子で言った。パイロット達も賛同の声をあげた。
「それにしても、業腹ではあります。【ブルークロス】に赤い彗星などと呼ばれるものがおるな
ど」
「そこが【ブルークロス】いや、オルシーオの上手いところでしょう。」
コンラートの言葉に、テオドールが少々憤慨した声を出す。
「赤い彗星の名を継ぐにふさわしい人物は、他にいるというのに」
ネヴィルがダクランを見て言った。
地球連邦の高官の娘を母に、元ジオン士官を父に持つ彼を、その卓抜したモビルスーツ操縦技術
とディープレッド、黒紅の愛機とあいまって、赤い彗星の後継と呼ぶものもいるのだ。
「他者の、しかも敗者として死んだ者の名で呼ばれるなど、私なら御免だ。私は勝利と名誉は自
らの手で打ち立てるものと思っている」
ネヴィルの少々追従めいた言葉を両断にして、ダクランは言った。
「なんにせよ。油断は禁物である。白のクイーンとは別に、赤のクイーンと、そのナイトが動いたのだ。一気に、有利な駒を手にする好機がきたのだから」
「次の攻撃は、いつになりますか?」
テオドールの問いに、ダクランは言った。
「マルセル、説明を」
マルセル・ブリアン少尉は、敬礼で答え、次の作戦の説明をはじめた。

71 :
連邦軍の特殊部隊の首艦である、【ファルトーナ号】のパイロット達は、
作戦参謀を担うマルセル・ブリアンの説明を聞いた後、退出したダクランを追って、それぞれの
部署に戻ったが、ニコラ・モンフォールとマルセルそしてコンラート・ベルガーは室内に
残った。
「今度こそ、白の女王は、我々に下るかな」
コンラートが言うと、さあとマルセルは両手を広げた。
「作戦参謀がそんな弱気でどうする」
モンフォールは少しあきれた声をだした。
「我々は、この6年、彼女を追いかけてきました。彼女とその先につながるかの方と繋がりを
つけるために。そのためにありとあらゆる手段を駆使してきましたが、白の女王は
いつでも我々の手からすり抜け続け、チェックメイトをかけられずにきています」
「【ブルークロス】の連中が邪魔ばかりをするからだ」
「それもありますが、ダクラン中佐は、今すぐに彼女を手にしたいと思っていらっしゃらないので
はないかと」
「どういうことだ?」
「白の女王を連邦軍へ取り込みたいというのは、初めは連邦政府の中枢の意向でした。
彼女が持つ両親のからの遺産を手に入れんがために」
モンフォールがうなるように言った。
「ニュータイプ】の人口的な生産を可能にした【エルピスシステム】、グリュック・セラマチ博士のパンドラの箱か」
「そうです。その一部の技術がハマーンカーンが率いたネオジオンに渡り、「プル」シリーズも、その技術を利用して創られたと推測されています。それに加えて、【ブルークロス】はサイコミュを利用したNT能力の開発するメソッドを持っています」
「確か、【スカイウォーカープロセス】とかいうふざけた名前だったな」
「名称はいただけませんが、NT能力開発時とサイコミュ連動時における精神的不安定さと身体的リスクはほぼ無くなるとか」

72 :
AGE まさかの火星移住者オチらしい。
ほんとに、AGEとシンクロするとは。
少しUPを早めてみよう。
 
ネオジオンがほぼ壊滅したことで、反って弱体化した今の連邦軍。それにより連邦政府に
おける発言権も落ち続けている。
 しかし、ここでニュータイプを用いた特殊兵団をつくることができれば、国政への影響力はは
かりしれない。
 一年戦争が、いく度かのネオジオン抗争が、今は昔の思い出となる前に、軍は、いや軍の
上層部は自らの権力を確固たるものにすることに心を砕いている。
一年戦争を主題とした、創作物の取締りが緩み、大々的なムービシリーズが打ち出されたの
もそのことに起因している。
「【エルピス・システム】と【スカイウォーカープロセス】を手に入れるだけで、「クローノス」の連
邦軍での地位を確固たるものにできるかどうか。なにせ我らはジオンの末裔ですから」
マルセルは肩をすくめた。
「情報のみを取られ、功績は認めずか」
ベルガーが吐き捨てるように言った。
「幸い、ダクラン中佐は、連邦の中枢を担うお家の血も引く身。功労に報いることゼロということ
にはならないでしょうが、100%の成功はその分、妬みと疑心を招きえます」
「では、どの程度の成功が理想的だと?」
モンフォールがマルセルに尋ねる。
「こちらが、60、【ブルークロス】が40の勝利ですか。火星に設置されるという【エルピス・システ
ム】用施設の設計図を入手すること。そして、その後、施設を【クローノス】主導で施工すること
を飲ませることですね。軍事機密を流用したモビルスーツを接収すれば、【ブルークロス】も膝をおりましょう」
「そのためには、【ニルヴァーナ】が運ぶモビルスーツをを戦闘に引きづりださねばならんとは、
骨の折れることだ」
ベルガーは言葉とは裏腹に、面白がるような口調であった。

73 :
「お疲れ様です。ダクラン中佐」
執務室に帰ってきたダクランにルイーズは敬礼をした。
ダクランが軽くうなづいて、席に着く。彼女はダクランがPCを立ち上げるのを
待った。
「サティンの調整は順調のようだな」
「はい。まもなくレベルYを終了して、最終段階のレベルZにトライする予定です」
「次の作戦は、サティンが要だ。わかっているな」
「必ず、間に合わせます」
力強く断言したあと、ルイーズはややためらいがちに切り出した。
「白の女王とは遭遇できましたか?」
「いや」
双眸がルイーズを捉えた。青みが消え、それは、ほとんど鉄色に近かった。
ルイーズの身体に緊張が走った。瞳がその色をしているときのダクランは、機嫌を
損ねている。
「赤い彗星と呼ばれる男には遭遇したが」
「レーヴェ・シャア・アズナブルですね」
話題がそれたことにほっとして、【ケイローン】のパイロットの名前をだした。
「画像で見る限り、確かにシャア大佐に似ていますね」
「外見ならば、いくらでも似せられる。いや、その必要さえない。ある程度のパイロットの腕があり、
仮面さえかぶっていれば、人はそこに幻影を重ねる。もっとも、もう一人、白の女王の前に、
ヒーローを気取る男が現れたようだ」
ダクランはのどの奥で笑った。
「5年前のあの作戦で出会った者達が、再び一同に会すとは、運命もなかなか味なまねを
する」

74 :
【ケイローン】が襲撃を受けること予想して、アティアとイリーナ、そして双子の4人は
緊急時の脱出ハッチ脇の部屋に移った。
万が一の場合、MSパイロットの一人が、護衛につくことになる。
イリーナは人員をさくことはないと一度は断ったが、双子もいることを強調して、セイ
エン副長が強引に決定していた。
オリビエが、新しい部屋をのぞきに行くと、そこにはアティアが一人でいた。
PCに向かって何かを書いている。
双子とイリーナは、アシェンバッハ少佐の手伝いに行っているという。
「何かご不自由はないですか?」
「特段は」
アティアは首を振って答えた。
「お仕事ですか?」
「納期はそうそう延ばせませんもの」
言いながら、アティアはPCへ向き直った。話は終わりという態度だ。
オリビエは背後から、アティアに問いかけた。
「モビルスーツ関連の?」
「いえ、これは玩具用のプログラミング。ハロはご存知でしょ?」
「知らない人のほうが希少価値でしょう」
「汎用のハロのプログラミングを、個人用のスペシャルバージョンとしてカスタマイズし
ているんです。ごく個人的なサイドビジネスですわ」
「仕事の幅が広いですね。以前、【ケイローン】にいたときは、医療と整備をこないして
いたとか」
アティアが、キーボードを打つ手を止めて、オリビエへと向き直った。
「私に興味がおあり?」
「好奇心が旺盛な性質(タチ)なもので。あなたのことは、とても興味深く思ってます」
アティアが小首をかしげた。
「それは、個人として?それとも役目として?」
「・・・個人としてもですが、今は役目を果たしませんと」
「今はどんな役目を、果たそうとなさっているのかしらね」
アティアが少々芝居ががった台詞をはいた。
「今の私は、【ブルークロス】のパイロットで、それ以上でもそれ以下でもありません」
「あら、ご謙遜。【ケイローン】のエースともあろう方が」
「こういう会話は、プライベートでは、大歓迎なんですがね」
オリビエは眼鏡のブリッジを中指で押さえた。
「今は時間がない。」

75 :
「レーヴェはああみえて、情が深く直情型だ。そして【ケイローン】をよりどころ
にしている。その【ケイローン】に不利益をもたらす人間がいれば、敵とみなして
全力で排除しますよ」
オリビエが言うと、アティアは唇の両端をあげた。
「クライアントと対立しても?」
「違法な物資を運んでいたとなったら、我々はたばかられていたことになる。
それをRするのは、倫理上も契約上もなんら問題はない」
「違法なものね。たとえば?」
「いろいろありますがね。一番の危険物はあなたですよ。アティア」
オリビエは、再びずれてもいない眼鏡の位置を直した。
「勝手ながら、貴方の経歴を調べさせてもらいました。アティア・セラマチなる人物は
【ケイローン】はおろか【ブルークロス】に在籍した記録がありません。あなたがかつて
この艦にいたことは、みな知っているのにね」
「名簿の不備ではないのかしら?」
「本社の記録にもなかったのに、でもですか?」
「本社に問い合わせしたの?」
「直截にはしていませんが。データの一部が破損したので、新しいデーターをもらっただけです。
この辺境からデーターが取り寄せられるなんて、テクノロジーの賜物ですね」
2キロほどの岩石を一定間隔で固定させて、レーザー通信網を引くという構想は、
ハマーンカーンがいた、第一次ネオジオンのものであった。
地球圏から遠く離れ、情報が隔絶されたアステロイドベルトで生活していた、
彼らならではの発想だった。
「もし、あなたの入隊手続きが正式でないものだとしたら、それを行った、オルシーオ艦長と
Dr.サキにも塁が及ぶことになる」
オルシーオとDr.サキの名前をだされたアティアが、初めて表情を揺らがせた。

76 :
【ニルヴァーナ】の艦内視察の内諾を得た二人は、フェルナンドと共に艦内を見て回った。
「ここから向こうが、ミズ・アティア達の部屋、その脇の二つがトマスとその妻女のミズ・エミーネ
がいる部屋だ」
「トマス氏には会えるのですか?」
レーヴェはフェルナンド艦長に問いかけた。
「事前に部屋に連絡すれば可能だろう」
「トマス氏に、ぜひお話をうかがいたいのですが」
フェルナンドは渋面を作った。
「先ほども言った通り、積荷の開示は、クライアントの代理人のミズ・アティアの立会いも必要にな
る」
「いや、ですが、弁護士たるトマス氏と先に話あっておきたいものです。彼はは我々の知らないこ
とを知りうる立場の方ですから」
セルゲイが言った。
トマス・スティーブンとの接点は、今までほとんどない。どのような人物か知っておく必要を二人は
感じていた。
「できれば、奥方も一緒にお会いしたほうがよろしいでしょう。」
セルゲイのゆったりした口調は、その容貌とあいまって、説得力をもって人に聞こえる。
案の定、フェルナンド艦長は、「トマス氏に話をしてみよう」と譲歩した。
「敵は待ってはくれません。このままお部屋をお尋ねしたい」
レーヴェはフェルナンド艦長に畳み掛けた。セルゲイも同調する。
「部屋の目の前まで来ているのです。時間を節約したほうがよいのではありませんか?」
フェルナンド艦長も必要性は感じていたのだろう、交互に、二人の大尉を見たあと、よかろうとうな
づいた。

77 :
トマスとの面談は、あっさりと実現した。
フェルナンド艦長が、ハンドフォンで面談を申し入れるとすぐに、部屋の扉が開き、
中背で、やや恰幅のよいトマスが、室内に3人を招きいれた。
スウートのつくりになっている客室には、スカーフで髪の毛を隠した女性がいた。
「妻のエミーネです。」
女性が軽くうなづいた。
「【ブルークロス】のレーヴェです」
「同じく、セルゲイです」
男四人がソファに腰をかけると、やや離れた場所にある椅子にエミーネが座った。
「お仕事とはいえ、弁護士さんも大変ですな。火星と月の往復の上、襲撃にまで警戒しなけ
ればならないのですから」
セルゲイが口火を切ると、トマスは首を振った。
「いや、【ブルークロス】のお仕事に比べれば大変というほどのことでもありませんよ」
「それで」とトマスが話を即した。
「先日の襲撃で、明らかに【ニルヴァーナ】が狙われているのは分かりました。また、
狙っているのは、連邦軍と深いかかわりを持っている組織だということも」
レーヴェは連邦軍とは断定しなかった。
トマスは黙っていた。表情にも動揺の色は見られない。
連邦軍と聞いて顔色を変えたのは、トマスではなくフェルナンド艦長の方だった。
レーヴェはフェルナンドに顔を向け説明した。
「私達は、ビリディアンに乗りました。確かに性能は向上しているが、革新的な技術が使用さ
れているわけではありません。ビリディアンを汎用、基本としたバリエーションならば、民間の
護衛用の域をでていない。その民間の護衛用モビルスーツを奪うために、連邦軍の最新鋭
のモビルスーツをぶつけてくる海賊などいません」
「襲撃側のそれが、連邦軍の最新鋭のモビルスーツと、なぜ断言できる?」
フェルナンド艦長が言った。レーヴェはそれに答えた。
「私は、4年前に【ブルークロス】に入るまで、月面部隊で、連邦軍のMS開発部門のテスト
パイロットを兼任していました。そのとき研究・開発の初期段階だったモビルスーツと襲って
きたモビルスーツの性能は酷似しています」

78 :
「我々のモビルスーツが目的でないとしたら、何のために、【ニルヴァーナ】を狙うというのです
かね」
トマスは、自分にはまるで覚えがないという口調だった。
「・・・アティア・セラマチ」
とレーヴェは低い声で言った。部屋にいた他の4人の注意が、レーヴェに注がれるのを感じる。
「モビルスーツの開発者で、アナハイム社とインストリウム社にモビルスーツの開発を依頼でき
るほどの企業の代理人。これからの火星開発に関わるであろう彼女の人脈と頭脳を欲する組
織はそれこそ、星の数ほどいるでしょう」
「だからと言って、連邦軍が民間船を襲撃など」
「連邦の正規軍ならば、そんなことはしないでしょう。しかし、ティターンズのためしもある。
連邦軍に関わるもののすべてが倫理をもって行動するとは限りませんよ」
レーヴェはトマスを見つめ、それからゆっくりとフェルナンド艦長、エミーネへと視線を移した。
彼女は両手を固く握り締めている。トマスがレーヴェの視線を追って振り返った。
彼は心配ないというように、エミーネに向かってうなづいた。
「レーヴェ大尉の意見は推測にすぎませんな」
トマスは顔を戻して言った。フェルナンド艦長も同意した。さらにレーヴェは言葉を重ねようとした。
現在の危険性を認知してもらい、【ニルヴァーナ】のすべての積荷の開示、および艦内ブロックの
開示を承諾させる。
最悪の場合、【ケイローン】への新型モビルスーツの積替え、アティアとイリーナの拘束すら
視野にいれねばならないだろう。

79 :
アティアの揺らぎを感じ取ったオリビエはたたみかけた。
「艦長とドクターはあくまで貴方をかばうでしょう。そして、【ケイローン】のクルーも同様に。
しかし、【ブルークロス】は、大きな組織です。完全な一枚岩にはなりえない。
そこへ入隊手続きの不備と連邦軍とのいざこざ公になれば、いかな【カエサル】と
【アスクレピオス】でも、処罰はまぬがれない。レーヴェはそれを恐れている」
「二人に処罰はありえません」
何を根拠にと言いかけたオリビエをアティアは手で制した。
「ですが、【ブルークロス】の指針決定には、利用される可能性はありますね」
アティアは、椅子から立ち上がると部屋のドアを開けた。
「で、いつまでそこで、待ってるつもりなのかしら?イリーナ?」
オリビエが目をやると、イリーナが軽く肩をすくめた。
扉の外に彼女がいるのはオリビエも気がついていた。彼女はアティアと比べて
気配をRのが上手くない。
アティアの手がイリーナの腕を捕らえて、部屋の中に引き込んだ。
アティアの視線にイリーナは言った。
「オリビエ大尉、心配はもっともだが、レーヴェ大尉の動向は、セルゲイが把握して
くれている」
「セルゲイが?」
オリビエの問いにイリーナはうなづいた。

80 :
「レーヴェ大尉」
セルゲイがレーヴェに待ったをかけた。
「現時点での問題は、【ニルヴァーナ】の主要箇所に【ブルークロス】の人間が自由に出入り
できないこと、そして、積荷が我々への申告より多いことだ」
「積荷が多い?」
トマスの呈した疑念にセルゲイが説明をはじめた。
「インストリウム社から運び込まれたのは、6機のモビルスーツと予備部品の大型コンテナが
二つ、さらにアナハイムから1つの大型コンテナが追加。アティアの預かるハロ用の小型コン
テナが一つ」
セルゲイは積んでいる荷物を数えあげた。
「乗船するのは、【ニルヴァーナ】のクルー40名と発注企業の代理人とその護衛、および、整
備士が一人、アティアとイリーナ、整備士のグエン。アナハイムの弁護士は登録されていない」
つまり、とセルゲイは続けた。
「ミスター・トマス、貴方は我々に提示されたリストに載っていない。したがって、貴方の持ち込
んだ荷物も貴方自身も【ブルークロス】の保護下にはないということです」
今まで落ち着き払っていたトマスの顔が変わる。フェルナンド艦長も驚いた顔で、セルゲイを見
つめていた。レーヴェ自身もセルゲイの言葉に驚いていた。
「私が密航者だとおっしゃるのですか?」
トマスが口を開いた。感情を押し殺した抑揚のない声だった。
「少なくとも【ブルークロス】の契約では、リストに載っていないあなたを拘束監視する義務が
生じます」
トマスが立ち上がり、エミーネのそばへと行こうとする。
「レーヴェ大尉、トマス氏の確保を」
セルゲイが指示をする。レーヴェはトマスの腕を取り拘束をした。
「何をする!!」
トマスは拘束を逃れようとした。存外に力強い抵抗をする。
その間にセルゲイがエミーネに近づいていた。
「ご主人と共に【ケイローン】へご同道願えますか?」
あくまで物柔らかなセルゲイの口調だった。エミーネは拘束されているトマスを不安そうに見上げた。

81 :
「単なる書類上の不備かもしれませんが、今は確認の取りようがありません。ご不便ですが、
お二人を【ブルークロス】の監視下におかせていただきます」
セルゲイがそういうと、トマスも抵抗を止め、大人しくなった。
しかし、レーヴェは拘束を緩めなかった。事情がはっきりと分かるまでは、彼らを全面的に信
ずることはできないからだ。
セルゲイがハンドフォンを使用して、タチアナ達を呼び寄せた。
フェルナンド艦長も、警備担当のクルーを呼び寄せる。
「これから、詳細をお聞きするため、【ケイローン】にお二人をお連れしますが、よろしいですね?」
疑問形だが、有無を言わせぬ口調でセルゲイがフェルナンド艦長に確認した。
身分証を確認、乗船を許可したのは艦長たるフェルナンドである。その責任は相応にかかって
くる。フェルナンド艦長としては自分達で、話を聞きたいところだろうが、負い目があるため強く
でられぬのを見越した発言だった。
ほどなく、【ニルヴァーナ】のクルー3名と共に、タチアナとアショーカがやってきた。
【ケイローン】のパイロット達は、弁護士夫婦の荷物を手早く詰め込んだ。
「では、参りましょうか」
セルゲイとタチアナは、突きつけるまではいかないものの、銃を手にして
トマス達をモビルスーツデッキまで降りるよう指示をした。

82 :
デッキに下りると、2台のモビルスーツと緊急用の脱出カプセルを用意した。
カプセルをモビルスーツで運ぶのだった。
「レーヴェ大尉、タチアナと一緒に【ケイローン】までお二人を運ぶのをお願いする」
セルゲイの言葉にレーヴェは黙ってうなづいた。
聞きたいことは、山ほどあったが、【ニルヴァーナ】のクルーの前で話すことではない。
「身の回りのお荷物は、我々が交代する際に運びます。」
セルゲイは言いながら、トマス達をカプセルへと入らせた。
「いない間は、レーヴェ隊の指揮を私がとるということで、いいか?」
自分が、【ケイローン】へ行くなら、どのみちそうするしか方法はないが、セルゲイは
律儀に指揮権の一時的な委譲の確認をした。
「ああ、よろしく頼む」
サングラスを外して、レーヴェはコーラルペネロペーへと上がった。
「大尉、パイロットスーツは?」
クロムがスーツを持って追いかけてきた。受け取って操縦席の下へと放り込む。
「レーヴェ大尉」
「たいした距離じゃない。わざわざ着替えるまでもないさ」
機体の中に滑り込んで、ハッチを閉ざした。

83 :
「イリーナ」
セルゲイの名前を聞いたアティアが軽くイリーナをにらむと、赤い髪を掻きあげて
イリーナは言った。
「文句ならいくらでも聞く。だが、アティアが危険を冒すのを阻止するのが、私の
役目だ」
「たいした危険とは思えないけれど?」
「自らを餌に【クローノス】を呼び込むのが?」
「曲がりなりにも、連邦軍の一部よ。犯罪者でもない私に手出しはできないでしょう?」
「・・・だが、奴は、連邦軍を名乗らず、襲ってきたぞ」
「それなら、それでやりようはあるわ。」
唇に人差し指をあててアティアは言った。
「いいのか?そこのトッチャンボウヤが聞いてるぞ」
イリーナが、オリビエを視線で示す。
「ここまできて、秘密にしても意味がないでしょう。イリーナもプロフェッサーも【ブルークロス】を
巻き込む気満々で、オルシーオ艦長もセイエンも巻き込まれる気満々なんですもの」
アティアがゆっくりとオリビエを振り返る。
「こうして、火中の栗を拾う人も現れてしまうし。余計な荷物まで載ってくるんですもの。
少々、想定外。でも、長年の懸案を一気に片付けるチャンスでもあるかしらね」
星の輝きを宿した瞳が、まっすぐにオリビエを捕らえた。
「直接、私に踏み込んだんですもの。ご協力、願えますでしょ?」
それは、お願いではなく、けしてノーと言えない命令だった。
「・・・で、何をすればいいんですか?」

84 :
「ようこそ、【ケイローン】へ」
ブリーフィングルームに入ってきたトマスとエミーネにオルシーオ艦長は言った。
「ご苦労さまです」
セイエン副長が二人の背後に立つレーヴェとタチアナに声をかける。
パイロット二人は短く敬礼をして部屋を出て行こうとした。
「待ちなさい、レーヴェ、タチアナ。二人にもこの話し合いに立ち会ってもらいます」
「イエッサー」
タチアナがすぐさま答えるのにやや遅れて、レーヴェも承知の返答をした。
「どうぞお座りください」
オルシーオ艦長が椅子を指し示すと二人はあいまいにうなずいて、椅子に座った。
艦長と副長、ドクターサキとアティアが座り、レーヴェとタチアナはドアの前に、オリビエ
は艦長と副長の背後、イリーナはアティアとドクターの後ろに立った。
予期せぬ客人達は、固い表情でそのさまを見ていた。
「さて、あなた方は、火星までの渡航において、正式な手続きを【ブルークロス】に対し
て行っていない、つまり、契約違反と身分詐称の疑惑をもたれているわけです」
セイエン副長が話を切り出した。
「私達の身分証明証は正式なものだ。今回の同行は急に決定したので、【ブルークロス】
への通達が遅れてしまっただけです」
トマスが言うと、副長はアティアに問う。
「ミズ・アティア、半年間のアナハイムとインストリウムでの勤務および交渉の間トマス・ス
ティーブン氏と面識はありましたか?」
「いいえ。【ニルヴァーナ】に乗船する一週間前に、アナハイム社からの通達で知り、実際に
お会いしたのは、乗船の3日前です」
「ミズ・アティアは技術者ですよ。法務畑の私と面識がなくて当然でしょう。まして、私は
緊急入院した前任者の代理として、【ニルヴァーナ】に乗ることになったのですから」
「確かに、代理の申請はいただいております。ご提出の身分証明も本物でした」
アティアはトマスの言葉を肯定した。
「ならば・・・」
「しかし、貴方、ミスタートマスとは、私どもと、以前にお会いしましたね」
アティアに訴えかけようとするトマスを制して、セイエン副長が言った。
「もう五年近くも前になるでしょうか?あの時はわたくしどもも別の名前を名乗っておりましたが。
貴方がご健在で、うれしく思いますよ。そうでしょう?アティア?」
副長の言葉には、皮肉ではなく、真実、無事をを喜ぶ響きがあった。
その声に答えてアティアはかすかにうなづいた。

85 :
「お久しぶりです。トマス、いえ、マフティーのカラスとお呼びしたほうが話が早いでしょうか?」
ごくゆっくりとセイエン副長が言った。
マフティーの名を聞いて、レーヴェとオリビエは視線を合わせた。
ホワイトベースの元艦長、ブライト・ノアの子息であるハサウェイ・ノアが処刑されたのは、
UC105年、今から8年前である。
その後、マフティーは地下へと潜伏し、表立っての大きな活動はしていない。
「私は・・・」
否定の言葉を言いかけて、トマス氏はセイエンとアティアの顔を見比べて、困ったような、怒った
ような複雑な表情をして黙り込んだ。
部屋の中に沈黙が降りる。しばらくしてトマスが言った。
「・・・今、初めて、あなた方の正体が、分かりましたよ。ドクター、お嬢さん」
あっさりと自らがマフティーの一員とを認めたトマス、いやマフテイーのカラスをレーヴェは不思議
に思った。
テロリストとして追われている身ならば、ここは否定を続けるのが常套だろう。
「ニュータイプのあなた方に嘘をついても仕方ない」
レーヴェがそう考えたの見抜いたように、カラスが言った。
「で、私ををどうするおつもりかな?公安、もしくは連邦軍へと突き出しますか?」
「そのつもりなら、なにもわざわざ、【ケイローン】へお呼びたてしません」
セイエン副長の言葉にオルシーオ艦長もうなづいた。
「テロリストを見逃すというのですか。正義を掲げる【ブルークロス】が」
トマスの声に少しばかりの皮肉な響きが混じった。
「我々が掲げているのは、生命を守ることであって、立場によって変わる【正義】
とやらではない、な」
オルシーオ艦長がトマスの言葉を受けて言った。
セイエン副長が、さらに言葉を足す。
「あなたも立場が変わりましたか?以前は自らをレジスタンスと名乗っておられましたが」
「人は変わっていくものさ」
少し眉を寄せてカラスは答えた。
「5年もたてばな。」

86 :
 「5年前」
UC108の10月も半ば、サイド2の16バンチコロニーにある宇宙港への搬送船を送り
届けたばかりの彼らは、3日間現地に滞在したあと、本部へ戻る予定だった。
そこへサイド2を管轄するカルマン警察総監からのじきじきの緊急の協力要請が入った。
反連邦主義者が人質をとり、宇宙港に近いビルに立てこもっているというのである。
「現在、テロリストは5階建てのビルを乗っ取り、立てこもっている」
通信画面に映ったカルマン警察総監が、【ケイローン】一同を前に、状況について話始めた。
「中には、人質がおり、それを盾に奴らは3つの条件をだしてきた。
ひとつ、食料と水の補給。ふたつ、宇宙艇を用意し、サイド2から出立させること。その際、
軍および警察は、追尾はしないこと。そして、怪我人を治療するために医師を派遣しろと
いうことだ」
「怪我人?」
カルマン総監の言葉をオルシーオはオウム返した。
「我々は以前から内偵をしていた彼らが、一斉にサイド2から退去するという情報を得た。
さらに昨日、幹部数名が宇宙港から飛び立つという情報も。その前に逮捕しようとしたところ、
焦った彼らは人質を取り、逃走。日曜日で人のいないオフィスビルにへ逃げ込んだのだよ。
その際に打ち合いとなり怪我人が双方にでた」
「人質の人数は?」
「女性2名と子供が3人。子供の一人が不調を訴えている。食料と水を、および医師と看
護士の派遣で、その子と母親を解放すると言っている」
「で、我々に医師を装って、内部潜入しろと」
オルシーオが確認した。
「装うという言葉は正確ではないですな。あなた方には、医師免許をもつ戦闘要員がおら
れるはずだ」
総監は、パイロットではなく、ファイターという言葉を使った。オルシーオは眉をひそめたが
反論はせずに申し出を受け入れた。
「よろしい。最高の医師を派遣させますよ」
「では、二時間後に」
総監はおうようにうなづき、双方の通信が切られた。

87 :
「医師役は、セイエンな」
【ケイローン】の主だったメンバーを集めて、オルシーオは言った。
「私、ですか」
「サキは、医師としての腕は最高でも、戦闘力に少し問題があるし、大学の講演などで、
【ブルークロス】の人間だと知られてもいる。その点、セイエンなら、どの条件も満たしている」
セイエンは黙ってうなづいた。
「で、問題は看護士役だが、条件はこうだ」
オルシーオが握った指を一つ一つ立てながら説明をはじめた。
「医療、もしくは看護資格を持ち、戦闘の足でまといにならない能力、人質が親近感を持ち
やすい女性であること。つまり、アティアってことだな」
一同がアティアの顔を一斉にみた。彼女は少し困ったなという顔をした。
「それならば、私もあてはまるわけですが」
イリーナが即座に言った。
「一応、提案はした。だが、強く見えすぎるとさ。テロリストに警戒されては困るということだ。
タチアナは若すぎるし、まだ、医療系の資格は持ってないしな」
「で、アティアをですか。」
アシェンバッハが苦い声で言った。
そこへ、オルシーオはあくまで軽い調子でいう。
「我々に協力要請したのは、テロリストのところへ行く医師がいない。また、現在の実行部隊に、
コロニー内でのカウンターテロ戦を経験したものがいないから、お知恵を拝借したいという話だ」
何も言わなかったが、釈然としない様子で、セルゲイが首を振る。
「思惑がどうあれ、依頼は正規なものだ。潜入にはセイエンもついている」
オルシーオはアティアではなく、イリーナに向かって言葉を投げた。
イリーナの視線にアティアが首肯した。
「決まり、だな。よろしくな、セイエン」
「承知しました」

88 :
2時間後、
セイエン以下、アティア、イリーナ、セルゲイ、タチアナとアショーカ、そしてアシェンバッ
ハと部下三名は、宇宙港の作戦本部でサイド2の警察官達と打ち合わせを始めた。
椅子もテーブルもなく、立ったままでの話し合いだ。
それが終わればすぐさま、作戦の実行となる。
そこへ、3人の男達が入ってきた。
連邦軍の制服を着た男達は、これからの指揮権を取ることを宣言した。
「そんな話は聞いていない」
作戦本部長であるゴードンが抗議すると、黒髪の長身の男が身分証明を見せた。
「わかりました。お任せします」
ゴードンの態度が一変し、中央を相手に譲った。
「ダクラン少佐」
黒髪の男が声をかけたプラチナブロンドの青年が一同を睥睨した。
「私は連邦軍、第99部隊のジル・ダクラン少佐。この誘拐事件の指揮をとるよう
サイド2代表のアラン・リー氏からの要請を受けたものである。この二人は、部下の
コンラート・ベルガー中尉とマルセル・ブリアン少尉。これから君達はわららの指揮下に
入ってもらうことになる」
自己紹介と指揮権の発動を宣言したダクランの青灰色の瞳が一同を見回し、アティアの前で止まった。
イリーナがその視線をさえぎる様に前に立った。
「イリーナ・スルツコヴァです。今回の最終部分での指揮をとります」
「君が?オルシーオ艦長は副長のジュール・セイエンを寄越すと言っていたようだが」
「セイエン副長は、医師として内部に潜入する予定ですので」
「ジュール・セイエンです」
セイエンはダクラン中佐に挨拶をした。その挨拶にダクランは軽くうなづいた。
「で、なぜ、君のような少女がここにいるのかな?」
ダクランはアティアが正面に見える位置に移動して問いかけた。
「セイエン副長と一緒に内部潜入をいたします、アナ・メイスンです」
アティアが本名を名乗らず、これからテロリストに告げる偽名を口にした。

89 :
「君が?勇敢ではあるが。・・・少々無謀ではないか?」
黒髪のコンラート中尉がセイエンに問いかけた。
「彼女は、若くはありますが、優秀な【ケイローン】のメンバーですよ。メンバーはみな、一定
の護身術が必須ですから」
「白兵戦の経験はおありかな?」
ダクランが直接、アティアに質問する。
「何回かあります。宇宙でも地上でも」
「【ケイローン】に帰属して何年になる?」
「3年目です」
「ならば、問題はない」
ダクランはそういうと、セイエンに向かって、ただし、戦闘に【ブルークロス】は参加しないよう
にと告げた。
「我々は、対テロリストの訓練を受けている。民間人の手助けは必要としていない」
アティアへの質問と矛盾した言葉に、セルゲイが疑念の声をあげた。
「ですが、サイド2の警察総監は、人質の救出の実行を含めてのカウンターテロ対策の依頼を
しておいでなのですが?」
「事情が変わったのです」
マルセル少尉が口をはさんだ。
「サイド2の行政機関と警察庁が、あなた方にカウンターテロの依頼をした時点では、我々は16
番地に入港していなかった。ですが、テロの発生を受けて我々はここへ急行し、行政長官と話
し合いの上、公僕である連邦軍が対処できることを、民間組織に任せるのはいかがなものかと、いうことになったのです」
もっともとマルセルは続ける。
「逮捕時の戦闘は必然となるでしょう。ですので、内部潜入なさる方には、我々の邪魔にならな
い程度の戦闘経験が必要というわけです。また、戦闘になれば、死傷者が出るのは必至でしょ
う。救命救急を担う、【ブルークロス】の方々のお力添えは、そのときにお願いしたい。そのため
にこそ力を温存してほしいと我々は考えております」
相手方のもっともな意見に【ブルークロス】は引き差がざる負えなかった。
「分かりました。ただし、緊急の際の防衛的戦闘は認めていただくということでよろしいですか?」
セイエンは、説明をしたマルセルではなく、ダクラン中佐に確認を取った。
「もちろんだ」
とダクラン少佐は短く答えた。

90 :
食料と医療器具を携えてセイエンとアティア、そして警官の二人がビルの内部に入った。
そこには、レーザピストルを構えた数名の男女が立ちはだかっていた。
セイエン達四人は抵抗の意思がないことを示すために両手を挙げる。
「チェックしろ」
リーダーと思われるサングラスの男が仲間に指示をだした。
男女が進み出て、セイエン達に金属探知機を当てたあと、さらに両手でボディチェックをした。
「OKです。カラス」
ボディチェックをした女が離れると、アティアはわずかにセイエンの方へ身を寄せた。
「次は、そのボトルを開けて飲んでみろ」
カラスがさらに指示を出す。思った以上に慎重な男だった。
セイエンがボトルを開けようとすると、
「医者と看護士はいい。そちらの二人に飲んでもらおう」
と警官二人にあごをしゃくった。
警官二人は指示に従い、ボトルを開けて一口づつ飲んでいく。
「もういい」
それぞれが7本目まで飲んだとき、制止がかかった。
「運び込まれた食料は、まず人質とドクターらに味見してもらう。それから、そちらの
公務員のお二人には退出願おう」
「人質の解放は?」
警官の一人が言うと
「ドクターに負傷者の手当てをしてもらうのが先だ」
「しかし、それでは約束と違う」
「具合が悪い子供も一緒に見てもらう。その子の熱が下がりしだい、その子と母親は解放する。
足手まといだからな」
警官の抗議をカラスは一蹴した。

91 :
不承不承といった様子で警官が外へ出ていった。
「負傷者はどこですか?できるだけ早く見たいのですが」
セイエンは落ち着いた声でカラスと呼ばれた男に声をかけた。
「お前、度胸があるな」
カラスは少し関心したように言った。
「軍医を務めたこともありますから」
「結構、修羅場なれしてるというわけか。まあそちらの若いお嬢さんは、少しばかり怖がって
いるようだな」
セイエンが首だけめぐらしてアティアを見ると、彼女は少し青ざめて、身体をこわばらせていた。
「大丈夫。いつもどおりに」
セイエンが声をかけるとアティアは黙ってうなずいた。
「こちらへ、ドクター」
セイエンとアティアは、レーザ銃を持った反連邦主義者に囲まれながら、ビルの奥へと入った。
案内された部屋には、三人の男女が寝かされていた。
やや離れて、人質と思われる二人の女性と子供が三人。子供の一人はベットの上で
寝かされていた。
セイエンはまず、子供に近づいた。
「市から派遣されてきたものです。お子さんはいつから熱を?」
「二日前からです」
扉の前に立つカラス達におびえながらも、母親はしっかりと答えた。
「何か持病はありますか」
いいえと母親は首を振る。
「身体を起こせるかな」
セイエンの言葉に少年はうなづいて身を起こした。セイエンは耳で熱を測り、胸を開かせて
聴診器を当てた。その上で咳などの症状を尋ねる。
「私は、内科は専門ではないのですが、風邪などの細菌やウィルス性の熱ではないようです。
緊張からくる発熱でしょう。念のため栄養剤と解熱剤を処方しておきましょう」
やさしく言うと人質達は一様に安堵した顔をした。
子供を見る間、アティアは負傷した反連邦主義者たちの治療の準備をしていた。

92 :
床に敷かれた非常用ブランケットに寝ている三人のうち二人は若く、少年と少女といって
いいほどの年だろう。
アティアが初めに見るべき患者の脇で待機していた。患部の胸は露出されている。応急
手当てに布で止血をしてあったが裂傷がひどく、傷はほどんど塞がっていない上、膿みは
じめていた。
「金属の破片が患部に残っているようです」
ハンドタイプの特殊エコー検査機の映像をアティアが示した。破片は約1センチ。幸いにも
肺までは達していないようだった。
「簡単なオペが必要ですね」
セイエンがいうと30がらみの男は、顔をしかめた。
「そんなに酷いのかよ」
「大丈夫、簡単なと言ったでしょう?金属を取り出すだけですので、20分もあれば終わりま
すよ」
男を安心させてから、短く指示をだす。
「麻酔で意識がなくなるのはごめんだぜ?」
「そんなたいそうな麻酔は持ってこれませんでしたよ。アナ、用意をお願いします」
セイエンの言葉を受けて、アティアが小型の術用モニターを男に取り付け、噴射式の麻酔
を行った。注射式の局部麻酔より、やや効果は薄いが、、針の交換をしなくてもよいという
簡便さと経済性を優先する【ブルークロス】の方式だ。
麻酔が効いてくるまでの20分の間に別の患者を診る。

93 :
「俺より先にそいつを見てくれ」
かがみこんだセイエンに少年が言った。彼の視線の先にはもう一人の負傷者である少女が
いた。
少年の希望通りにセイエンは少女の怪我を診ることにした。
少女の怪我は足首の強度捻挫とレーザガンで焼かれた首筋から肩への火傷だった。
「DDB、深達性U度の火傷です。治療過程で皮膚生成シートを使用すれば跡はほぼ残ら
ないでしょうが、申し訳ないが、この場には用意はしていません。」
少女は一瞬、目を見張り、それから低く言った。
「わかりました」
「トリア」
隣で寝ていた少年が身を起こしかけた。
「大丈夫よ、ヴァネス」
トリアと呼ばれた少女が答えた。たいしたことじゃないと言外に伝える声だった。
セイエンは、かすかに首を振ってから、足首のバンテージをアティアに任せ、少年の容態を診はじめた。
こちらも広範囲に火傷の跡があった。右の指の一部が完全に壊死している。高度な再生治療を受
ければ、焦げた指は回復するだろうが、今の段階では治療を受けられる見込みは少ない。
治療をほどこしながら説明するセイエンのに、少年は何も言わなかった。
少年はさらに肋骨を2本折っていた。
包帯で固定し、鎮静剤の服用を告げた。
「サンキュウー」
治療を終えた少年が小さくつぶやいた。

94 :
「預けた手術器具を出していただけますか?」
セイエンはなりゆきを見守っていた反連邦主義者の見張りに声をかける。
メスや鉗子などの手術器具一式を携帯してきていたが、事前に取り上げられていた。
カラスと呼ばれているリーダー格の男がうなづく。
A4大の黒いケースを受け取り、セイエンは中身を確かめた。非常用の携帯用なので、メスや鉗
子・鉤といった最低限の道具と縫合用具しか入っていないが、一つ一つの道具にビニールがか
かっており、中身は滅菌されている。
【ブルークロス】が行う野外オペなら、バルーンで簡易滅菌室を作り出すのが常套だが、ここで
はできない。
指先を消毒して滅菌した手術用手袋をはめる。アティアもそれにならった。
術野の消毒を行いながら、患者に問いかけた。
「感じますか?」
患者が「いいや」と答える。
「麻酔、OKですね。では始めます」
気楽な調子で言うと、手にしたメスでところどころ癒着した皮膚を開いた。流れた膿をアティアが
処置する。金属片まで、組織をメスで切り、金属片を挟鉗して取り出した。
「終わりました」
縫合を終えて再び患者に声をかけるまで、10数分。

95 :
「早いな」
カラスが声をかけてきた。
「見た目はひどいですが、幸い内器官まで傷が達していませんでしたので」
不安定な宇宙空間で、オペをすることもある。手練は怠らず、すばやさがまさしく命運を決める。
後片付けをしながらセイエンが答えた。使用した器具を精製水を使って洗浄した後に消毒液に
つける。不織布で拭いたあとビニールパックにいれて器具をケースにしまった。
アティアは患者の男に包帯を巻いていた。
器具のケースを再び見張りの一人に預けた。
「いい腕だ。俺が怪我をした時も、あんたらに診てもらいたいくらいだ。看護士さんは美人だしな」
処置を終えてたアティアがセイエンに身を寄せるようにして近づいた。
「そんなに怖がるなよ。これからしばらくは一緒にいるんだから」
カラスの言葉に、アティアがごく小さい、ほとんど聞こえない程度の驚きの声をあげた。
「警察から、2日後には開放すると聞かされていたのですが?」
セイエンがカラスに問いかけた。
「悪いな。ドクター、お嬢さん、予定が狂ってな。少々長くお付き合いしてもらうことになった」
「仮にも、【マフティー・ナビーユ・エリン】の後継を名乗るものが、約束を破るとは思いませんでした」
他の人間には聞かせないように、セイエンがカラスに向かって小声で言った。
カラスの片方の眉が上がった。相手は同じく小声で問いを発した。
「何故、自分らをマフティーだと?警察が言ったのか?」
「ええ、そうです」
「マフティー・ナビーユ・エリンを知るなら解るだろ?・・・清廉が過ぎれば、初代の二の舞になる
からな」
自嘲するような口調だった。

96 :
カラスは唇の端を少しゆがめてから、周りの者に聞かせるように、声を大きくして言った。
「先生たちの寝泊りは、ここでしてもらう。一流レストランの味とはいえないが、食事も提
供するから安心してくれ」
カラスの宣言を聞いて、セイエンとアティアは人質のほうへ目を向けた。
「いや、先生方は、あっちの隅に」
どこの部屋から運んできたのか、そこには横長のソファが二つ並んでいた。
おそらく、ここはオフィス内にある救護室なのであろう。その救護室に一つしかないベット
を、人質の子供に提供し、怪我をした自分達の仲間は床に寝かせる。
テロリストにしてはなかなか紳士的な対応だ。
ソファに腰を落ち着けると、ピタリと身を寄せてきたアティアにささやくように言う。
「初代に倣って、なかなか清廉なことですね」
アティアは答えず、代わりに不安げにセイエンを見上げる。セイエンはアティアの手を取り
握った。
反連邦主義者の面々が、鼻白んだような顔をしたが、無視を決め込む。
「大丈夫ですよ。アナ。私がついています」
言いながら、モールス信号と特殊な指文字の組み合わせで、お互いに意思を確認しあう。
双方にNT能力があると言っても、SF小説のごときテレパシーでの会話が、できるわけで
はないからだ。

97 :
・・・人数は、怪我人を含めて、14人です・・・
・・・窓は、はめ殺し、階段は1つだけ。少人数の組織のアジトとして、最適・・・
・・・長期間、使用するならともかく、逃げるのも難しい造りですよ?・・・
・・・彼らは、ある程度の期間、篭城するつもり、そう思いませんか?・・・
・・・ええ。空港から追われてこのビルに逃げ込んだしては、彼らにとってこの建物は勝手
  がよすぎます。・・・
・・・おそらく、これは陽動でしょう。外で一波乱ありそうですね・・・
 傍目にはいちゃついているとしか見えないであろう、無言の会話を続けながら、セイエ
ンらは室内を観察する。人質と怪我人を一緒の部屋にしているのは、メンバーの怪我人が
見張り役を兼ねているからだろう。実際、怪我人は防犯ブザーをそれぞれ首にぶら下げ、
比較的怪我の少ない少女は、鉛の玉を使用する、古いオートマチックの小型拳銃を持っていた。
そのほかには、部屋の中の見張りは一人だ。あとの者はカラスと一緒に部屋を出て行っ
ていた。
セイエンは立ち上がって、患者に近づいた。
「動くな」
見張りの銃がセイエンに狙いを定めた。
「バイタルサインを確認するだけですよ」
「そうか」
見張りはすぐに納得した。その様子に、見張りが宇宙パイロットだと知る。
パイロットはバイタルサインモニターを繋ぎ、自身でチェックできるように訓練される。25人乗り
以上の宇宙船(フネ)には船医を置くことを推奨され、40人以上なら義務づけられるが、軍用
船を除き、ほとんどの宇宙船はパイロットが取得を義務づけられている衛生管理士の資格で
代用されている。

98 :
セイエンは片ひざをついてかがみ込み、オペをした患者の心拍数・呼吸・体温、正常。血圧は
やや低いが、オペ後ならば問題がない範囲だ。
セイエンの影のようにアティアが付き従い、
「ご気分はいかがですか?」と患者に声をかけた。
「良くもないが、昨日よりはずいぶんと楽だ」
「意識もはっきりしていますね。言葉も明瞭だ」
投与薬剤のショックはなさそうだった。
見張りと患者の少年と少女がこちらを伺っている気配を感じる。アティアが身体を低くしたまま
振り向き、少女が掛けている毛布を直した。
アティアの顔には、人の警戒心を緩める微笑がたたえられているだろう。
笑顔を向けられていない少年も、意識をアティアに集中したことが解った。
さらにアティアはごく自然な動作で、立ち上がり、人質の子供のベットに向かった。
視線を投げれば、彼女は子供の額に手を当てていた。
「お熱、下がりましたね?」
よかったですねと子供と母親にに言う。
見張りが無言でアティアを見ていたが、警戒する気配のレベルは上がりもせず、下がりもしな
かった。
かなりの経験を積んでいる、百戦錬磨の戦士のようだった。
少しばかり手強いかもしれないとセイエンは心の中でつぶやいた。

99 :
治療が終われば、医師であるセイエンにたいして出番はない。
仕方がないので、持ち込んだ紙の本を読み始めた。電子機器類は外との通信ができないよう
に持込を許されなかったからだ。
交代した見張りの一人が、アティアに話しかけている。最初の男より幾分若く、その分わずか
であるが警戒心が薄い。
「いまどき、白衣のナース服なんて珍しいな」
「そうですね。今はほとんどが、色のついたスラックス型ですから」
アティアが着ているのは、前世紀の白衣の天使という言葉を思い起こさせる、スカートのナース
服だ。ナース服は機能性と汚れを気にして、青やピンク、色柄ものが主流だ。
「昔の古い映画でしかお目にかかったことがないよ」
見張り、「キツツキ」と名乗った男はオールドムービーファンらしい。
ただ、実際に、白衣の看護士はいないわけではない。高級を売り物にしている病院、特に地球
のそれは、昔ながらの白衣を踏襲しているところが比較的多い。
「院長の趣味なんです」
院長、いや【ケイローン】のオルシーオ艦長が決定したナース服だ。第一デビジョンに属する
艦の女性看護士達はみな、この白衣を着ている。
それに倣って、他の9のデビジョンのうち、6つまでこの服を採用している。
着ている女性からの評判はあまりよろしくないが、男性陣には、好評だった。
セイエンも味気ない宇宙船暮らしに彩りを添えるこの選択に、あえて反対する気はない。
二人はそのまま雑談を始めた。
潜入して3日。子供はほぼ回復し、他の患者も今の治療の段階では、すこぶる順調だった。
医者としては喜ばしいかぎりだ。

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