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2013年02月家ゲーRPG86: メルルのアトリエ反省会・不満・愚痴スレ5 (934) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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メルルのアトリエ反省会・不満・愚痴スレ5


1 :2011/12/03 〜 最終レス :2013/02/05
シナリオ、キャラの扱い、戦闘、システム、公式発言その他全般についての反省会・不満・愚痴スレ
信者および荒らしはスルー&NG推奨
本スレ
【PS3】ロロナ/トトリ/メルルのアトリエ アーランド総合197
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1322779161/
前スレ 
メルルのアトリエ反省会・不満・愚痴スレ5
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1314962756/

2 :
即死回避乙

3 :
>>1
アンチはスルーで

4 :
>>1
乙 だがしかしスレ番は6だ。

5 :
ロリナ周りの不安期待入り混じる中、収録されるショートストーリーはおんな風呂の話でしたというオチ

6 :
ま、実際は無難にその後のメルルの平凡な一日だと思うがな

7 :
ロロナ戻る話とかだとメルル信者がまた「メルルの物語なのに!」とか言いそうだし、
メルル中の番外編だろ
あのカレンダー絵のショートストーリーだったら笑う
キャラクター解説も旧キャラはメルルで別の存在になってるのにどう解説するんだと思うわ

8 :
メルルだけの設定資料集でもないのに確かにメルル信者はキレそうだ

9 :
メルルにまで八つ当たりするのはどうかと…
旧キャラさえ無理やり出さなければ
こんなにこじれることは無かったんだから

10 :
ライター代わったんだから出さないのが無難だったよな
ちょっと名前出てくるくらいでよかった
あとはおまけでDLCで一人二人戦闘用に出るくらいなら
そこまで不満出なかっただろうに

11 :
アーランドではなく舞台をアールズに変えたんだから、そのくらいでも良かったよな
旧キャラをもっと出せって不満は出たかもしれんが

12 :
もしメルルで旧キャラ出さなかったら旧キャラ出せって不満が多かっただろうな
まさかここまでキャラ壊されるとは思わないし
タオル投票とか見ても何だかんだで旧キャラ人気強いしな

13 :
そうだな。メルルageのために旧キャラを無理やりsageたりな
まぁ、シナリオ自体に問題あるから、仮に旧キャラ出さなくても新規でsageキャラ作って結局同じになりそうだが

ショートノベルは補完するような内容ではないだろ、たぶん
補完して取り返しがつく物とつかない物があるが、これは明らかにつかない方だし

14 :
>>13の上半分は>>9
>>12
旧キャラをちゃんと扱えてれば出ても全く問題ない品

15 :
旧キャラの人気が強いというか新キャラに魅力がなさすぎる
主人公補正がかかる主人公ですら三位って終わってる
メルルのシナリオじゃメルルキャラに人気出なくて当然だけど
手抜いて外注にした結果がこれだよ

16 :
新キャラの魅力がないのは、シナリオのせいもあるだろうね
他をsageることでしか新キャラを引き立てさせるしかなかったから、どうしたって印象が薄くなる
キャラ崩壊した旧キャラも惨いが、ある意味新キャラも可哀相だと思うな

17 :
この作品の主人公でなければメルルは俺の中で
ロロナ、エリーに次ぐ好きなキャラになれたはずだったのに、
今では作品を見る事すらまともに出来ない
ごめんなメルル

18 :
メルルはかわいいと思うんだがタオル投票がトトリはともかくミミより下ってのは…
キャラの描き方が悪いと思う
新キャラではケイナマンセーも不快な描き方だった

19 :
メルルは好きそうなキャラで期待してたが
実際ゲームやってみてもむしろ嫌いにしかなれなかった
ライターが違えばきっと違ったんだろうなと思うだけに残念
旧作キャラは新キャラよりずっと好きだが、正直腹いっぱいだし未登場でも良かったと思う
素直に過去シリーズやアールズメインにしておけば良かったのに
旧キャラ出してって声はあるだろうけど、ここまで叩かれることは確実に無かったわ

20 :
トトリは毒舌だけどおとなしめだったから、
ハキハキしてるメルルは良い意味で全然違うのを期待してた。
しかしまあなんか上手く言えないが、話の魅せ方というか、
キャラの個性じゃなく設定を引き出す?イベントが多かったせいで魅力がいまいち伝わらなかった

21 :
メルル含めた新キャラはみんな優等生すぎて退屈だった
アストリッドがケイナさらおうとするイベントとかロロナの時だったら似たようなのでも楽しくまとまってたのに
メルル相手だと何の面白みもなく空気が悪くなるだけなのが何だかなぁって感じだった
アストリッドは悪ノリしすぎだしメルルの反応はひたすら正しいんだけど、まず見てて楽しめる流れにして欲しい

22 :
そんなイベントがあったことすら思い出せないくらい印象がないイベントなんだが

23 :
カレンダー絵であっさりロロナ戻ったような扱いだけど
じゃあ何のためにロロナはRにされたんだよ…
人生の5〜6年間を他人の趣味の為に無駄にし、
その間に誰かが助けてくれるわけでも心配してくれるわけでもなくただ放置されてただけ
こんな糞シリーズにされるなんて考えもしなかったから、本当に落ち込む

24 :
おい、ガストまじで終わったぞ
コエテクの子会社化だと

25 :
ガスト死亡おめでとうございます

26 :
うわマジだ
本スレで、今までのアトリエは今後作れないかもとか言われてるが
実際そう思ったから後先考えず好きにメルル作っちゃったのかね…

27 :
メルル売りだけならここ数年で一番だったはずだが
やっぱり採算とれないのかねえ

28 :
逆に好調だから高く売れる時に身売りしたんじゃないの?

29 :
なるほどねぇ
まあトネリコの時バンナムと結びついてた様に、
パブリッシャー的存在は前々から探してたみたいだしな

30 :
ざまあみろガスト

31 :
前作の評判とメル絵の良さだけで売った駄作月光のアトリエで稼いだ金持って身売りして
今後はソーシャルゲーム制作で更に駄作量産会社となるわけか・・・

32 :
まぁもうどうでもいいや。
俺はトトリのアトリエまでの思い出と共に生きていく。
ガストはアトリエのソーシャルゲームでも出して大爆死して滅べ。

33 :
本当に色々な意味でトトリまでだったな

34 :
こういう話って、前々から進めての昨日発表なんだよね
メルルのがあんなのになったのも、ソーシャル層の受けを狙っての事だったのかなぁ…

35 :
企業買収なんて昨日今日でどうこうなる話じゃないし、水面下では前から交渉してたんだろうね

36 :
ソーシャルでアトリエやる気しない
自分にとって最後のアトリエがメルルになるのは嫌だな
今後の動向に注目

37 :
このスレがもはやガストアンチスレになってる件

38 :
アンチはスルーで

39 :
メルルのアトリエの問題点って「シナリオ外注にしたから」+「スタッフがこれが受けると思ったから」
だと思ってたが、子会社化の話も理由の一つと思えてきた
トトリ発売後に子会社化したら結構ショックだったろうが、今は何とも思えないな

40 :
メルル制作中にはそんな話はなかったんじゃないかな
その頃から動きがあったとしたら、どんなに秘密裏に進めていたとしても情報は漏れる
メルル発売前後くらいで話が持ち上がったのかも
ただ、トトリ発売前後でも内部的には一度そういう動きがあったのかも
取り敢えず、もう一作だけ作ろうということで急遽メルルが作られたのだとしたら、
色々と納得できることがなくもない
憶測でしかないけどな

41 :
メル絵使ってもう一儲けしたかっただけの作品って印象だ>メルアト
誰得別人化キャラ以外にも特性検索なしとかめんどくさかったしほんと売り逃げ

42 :
前にここでメルルでは壊したかったという声があったが
こういう結果になれば納得だね

43 :
>>42
会社潰したいのか?と思うくらいの滑りっぷりだったが
なんだか納得してしまったわ、今回の件で

44 :
一応黒字経営ではあったみたいだけど、田中さんのつぶやき見てると内部は空中分解寸前だったみたいだね
満場一致()も今思えば、単に合わない奴等が出てったからそうなっただけなのかもしれん

45 :
常識的に考えれば、社内でのメルルのシナリオ・設定は賛否あったはずだもんね

46 :
メルルで散々やらかしてくれたから、子会社化といわれても何の未練も惜しみも感じないな

47 :
子会社化が決まってたからこそ最後にスタッフが趣味に走ったのでは
子会社化なんて簡単に決まるもんじゃないしかなり前から話は進んでたと思う

48 :
メルルは本当に限られた寿命内でのやっつけ仕事だったわけだ
>>46
むしろ戦犯が解体されたら嬉しいよな

49 :
>>47
自分もそう思う
ユーザー無視しまくった作りだったし
それに金払ってまで付き合わされるなんていい迷惑だ

50 :
ガスト→アールズ
コエテク→アーランド

51 :
逆なら許す

52 :
もうここに顔を出す意味も無くなってしまったのかと思うと・・・

53 :
自分は今回の件で溜飲は下がったかな
良い思い出のままでいてくれた方がずっと良かったが

54 :
ログ読んでて思ったんだがみんなアトリエ大好きだったんだな

55 :
そりゃそうさw

56 :
好きだったからこそ、不満な点が際立ったんだし
完全に駄目だったなら、さっさと売って記憶にも残らないものな

57 :
メルルは悪い意味だけで記憶に残ったな
バグやフリーズだらけってだけならこのスレも立たなかったのに

58 :
なんかすごいの見つけた。転載不可じゃないみたいだから投下していくな。
trueED後ぽい。1時間ぐらいで読みきれると思う。
___
メルルのアトリエ エンディング後ストーリー「 流れる雲に・・・ 」
(1)
 アールズがアーランド共和国に入ってから、しばらく経った。
準備に時間をかけたことが幸いし、情勢はほとんど落ち着いている。
アールズは昔とは見違えるほどの大都市になり、そうした上で元から持つどこかのんびりとした空気もそのまま残されていた。
 メルルが王宮にアトリエを構えてから、ステルクの仕事も区切りがついた。
いまや彼女の周りには多数の協力者がいるし、護衛にも事欠かない。
もちろん頼まれればいつでもついていくつもりだったが、以前よりは彼女の身辺に気を遣う頻度も、ぐっと下がった。
 そろそろアーランドに帰還する頃合かもしれない。
木々が茂り、爽やかな風を運ぶ並木通りを歩きながら、ステルクは考えていた。
アールズに今後の心配は不要だろうし、有事の際にはいつでも呼んでほしいとルーフェスにも伝えてある。
 すべてに一段落がついたと感じたとき、ステルクの頭に浮かんだのは、アーランドの街並みだった。
離れて数年経つが、あの街もきっと相変わらずだろう。
 いつになれば戻るのか、とクーデリアからは度々せっつかれていることを思い出した。
彼女は、つまりロロナをいつ連れて帰ってくるのか、ということを聞いてきている。
ロロナが子供になったことは、クーデリアには伏せている。ギルドの仕事を投げ出してすっ飛んでくるだろうから。
 アーランドに帰還するとなれば、ロロナも連れて帰るか、
それとも彼女の意思でここに残るのかを、クーデリアに伝えなければいけない。
今のところ、どちらも憂鬱な仕事になりそうだった。
 うにの木を通り過ぎ、メルルが使っていたアトリエの前に立つ。
トトリが一応借りていることになっているが、彼女も今はほとんどメルルのアトリエにいる。
鍵が掛かったままのアトリエは、町外れという環境も相まって、どことなく寂しげに佇んでいるようだった。
 ステルクはアーランドへの帰還を誰にも告げていなかった。
エスティはなんとなく気づいているだろうし、彼女も戻る方だ。ジオをなんとしても連れて帰るという大変な仕事があるが。
ルーフェスも察しているかもしれない。ジーノは冒険者だから別れ際に一言かければ十分だった。
 そばにある石の縁に腰かけ、しばらく川の流れを眺めた。日差しが注がれた水面に、光が散らばっている。
町外れにはあまり開発の手は伸びず、静かな景色を保っていた。
 ロロナはアールズを出たがらないだろうか。ふと頭に浮かんだ考えに眠気が追い払われた。
 今のロロナはメルルの手伝いや、パイショップ用のパイ作りで毎日充実しているという。
あの姿でも、物事に全力で取り組む姿勢は変わっていないらしい。
 ロロナはメルルによくなついているし、アーランドのことを口に出さない。
ただ連れて帰ろうとしても、アールズへの未練の方が大きいだろう。
まして、子供のロロナを連れ帰ったところで誰が面倒を見るというのか。
 頭痛がする気がしてステルクは頭を抱えた。
アストリッドのことは他人よりはある程度理解しているつもりだが、この仕打ちだけはどうにも納得がいかなかった。
元々の計画を聞いたときは、さらに驚いたが。
 彼女があの姿になり、もうだいぶ経つ。戻る頃合には十分過ぎるだろう。少なくともステルク自身はそう思う。
本人の意思もなく時を止められたままでは、ロロナが歩んできた道そのものが止まってしまう。
 問題はアストリッドが素直に薬を作るとは思えないところだった。
彼女が一度でもステルクの提案を受け入れたことがあっただろうか。逆なら覚えきれないほどあるが。
「すーくん、どうしたの?」
 間近に聞こえた声に、ステルクは反射的に身をこわばらせた。
「うわっ……き、君か」
 ロロナが隣にちょこんと腰かけている。まったく気がつかなかった失態にステルクは内心で落ち込んだ。


59 :

「今日は、メルル姫の手伝いはいいのか?」
「うん。きょうは定休日なんだって」
 メルルのアトリエの評判は他国まで及んでいる、という話だった。
きっと、多忙を極めたメルルを見かねてルーフェスが無理やり設けたのだろう。
「毎日がんばっているようだな。みんな、君のことを褒めているぞ」
「えへへ、ロロナすごいもん」
 最近のロロナはステルクの顔を怖がることもあまりなく、こうして見つけたら近づいてくることが増えた。
ロロナいわく、怒っていると怖い、らしいので、なるべく平常心を保っているのがいいのかもしれない。
 すべての言葉を相手にしようとせず、返せるところだけ返せばロロナの扱いはそう難しいものではなかった。
とはいえ、とっさに興奮するとやはり怖い顔になるらしいが。
「ねえねえ、すーくん。ロロナ、じぶんのアトリエほしいなぁ」
「……なに?」
 自分の耳で聞いたことが信じられず、ステルクはぎこちなくロロナを見返した。
「メルルちゃんみたいに、いっぱいおしごとして、みんなにほめてもらうんだー」
「アトリエなら……あるじゃないか。アーランドに」
「アーランド?」
 ロロナがまともに覚えている言葉といえば、パイぐらいだとトトリが嘆いていたのを思い出す。
後は、曖昧な意味合いだけだった。
 ステルクは少し首をひねり、言い回しを変えた。
「ここに来る前に、君がいた街だ。アストリッドといっしょに、そこから来ただろう」
「それ、あっちゃんのおうちだよー」
「あそこは君のアトリエなんだ。アストリッドも使っているかもしれないが」
 ロロナはよくわからなさそうに、首を傾げている。
「じゃあ……ロロナ、アーランドにいく!」
「……え?」
「アーランドで、ロロナのアトリエするの。ね、いいでしょ?」
「パイショップや、メルル姫の手伝いはどうするんだ?」
「おみせは、もうロロナじゃなくてもまわるよ。メルルちゃんのおてつだいも、トトリちゃんがいればだいじょうぶ」
 思いのほかちゃんとした答えが返ってきて、たじろいだ。店を回すなんて言い方、誰に教えられたのか。
 思ってもみない提案だったが、ロロナがアーランドに戻ること自体は歓迎することだった。
アールズに錬金術士が集中しているのはジオも把握済みだ。
偏りが出ると、それを解消するためにジオ自ら政務を行ってもらわなければいけない。
「本当に、自分のアトリエに戻りたいんだな?」
「うん! ロロナに二言はありません!」
「だから誰にそんな言葉を……まあいい。それなら、君が帰れるように私が手配しよう」
「やったぁ。ありがとう、すーくん」
 機嫌の良いロロナを見ていると、こちらの気分もほぐれてくる。それは、彼女が子供になる前からのことだった。
 アーランドにあるロロナのアトリエも、このアトリエのように主がいない寂しさをたたえているのかもしれない。
その思いが、行くことを考えただけで足取りが重くなる場所へステルクを運ばせた。


60 :

 職人通りの脇にある細い道を入ったところに、その店はある。
店外までかすかに漏れている薬草の匂いは、知らない人間を引き返させるにはうってつけだろう。
 ステルクは軽くノックをして中に入った。店主は来客にも顔を上げず、椅子に座ったまま本を読んでいる。
「アストリッド。用がある」
「私はないから、帰っていいぞ」
「……まじめに聞け」
 アストリッドは面倒そうに顔を上げた。
「まじめとはなんだ? お前に飛びついて、来てくれてありがとうステルケンブルクさーんとでも言えばいいのか?」
「もういい、そのままでいいから聞いてくれ」
 こんなことで体力を使い果たすわけにはいかない。
「ロロナ君を元に戻してくれ」


61 :
 嫌だと即答されるかと思ったが、アストリッドは意外にもすぐ答えなかった。本を閉じて、こちらを向き、爽やかに笑う。
「奇遇だな、ステルケンブルク。私もそろそろ飽きてきたところだ」
「……その言い方はないだろう」
 そういう口調でしか物が言えないのはわかるが、冗談としてもアストリッドらしくなかった。
 アストリッドはそれを無視して話を続けた。
「しかし、頼りの綱だった弟子2号と3号はアトリエ勤めだしなぁ……」
「お前の手で調合できるだろう?」
「実を言えば理論はすべて完成している。さすが天才、さすが私ということだ」
「だったら早く作ればいいだろう」
「いかに天才的手腕を用いようと、材料がなければどうにもならん」
 おおげさに手を上げてアストリッドは言った。アストリッドがすぐそろえられないとは、よほど貴重な材料なのだろう。
 いかにも芝居がかった声で、ちらちらとこちらを見てくる。
「ああ、あとは材料さえそろえばロロナを元に戻してやることも可能なんだがなぁ……」
「……つまり、材料を集めてこいと?」
「そんなことはまったく口にしていないが、お前がそのつもりならあえてその善意を受け取ってやろうじゃないか」
 偉そうに言うとアストリッドはメモを投げてきた。ざっと眺めると、かなりの種類が書いてある。
「……まったくわからないんだが」
 採取には付き合っているが、それがどういう材料かまでは詳しくは知らない。
「だろうな。ということで、どの魔物がどれを所持しているかが書かれたメモだ」
「魔物?」
「魔物が所持している材料は、おおむね新鮮で調合に適している。特に高度な調合では材料自体の品質も重要だからな」
 
 メモは、アストリッドの性格を考えると信じられないほど丁寧だった。
魔物がどこにいるか、何を持っているか、その材料の品質の見極め方まで書いてある。
錬金術士が見れば、どよめくような内容だ。
「私は基礎調合を進めておく。お前はとにかく上から順番に集めて、その都度渡しに来い。
次の材料投下まで、あと3日というところだ。完成するまでそのペースを保てば最速で薬が完成するだろう」
 つまり、一度でもそのペースを保てなければ、調合に失敗するということだった。
厳しいように見えるが、とにかくやってみる他はない。
「材料を一度に集めてからでは、品質の劣化が気になるからな。
普通の調合ならともかく、これだとダメだ。万全を期す必要がある」
「ずいぶん高度な内容なんだな……」
 その割に、しでかしたことは高尚とかけ離れているが。
 ステルクは、じっとメモを見つめて疑わしげに言った。
「本当に、材料さえ集まれば元の姿に戻るんだな?」
「くどいぞ、ステルケンブルク。私を信用できないのか?」
「よく平然と言えるものだな……」
 その面の厚さが羨ましいときが、たまにある。
 アストリッドはメガネの縁を指で押し上げた。
「いい材料をそろえ、腕のいい錬金術士を用意する。体調も良好、手順は確認済み。さて、その調合は成功するか?」
「……するだろう、普通は」
「そう、普通ならば成功だ。火山が噴火して国が飲まれでもしない限り。
あるいはやかましく歩き回る木が、気まぐれにアールズに突っ込んでこないかぎりな」
 火山の噴火の原因であるエアトシャッターは倒されたし、エントの木も既に移動を止めている。
つまり、まず成功するということだろう。
 なんにせよ、ロロナを元に戻すためにはアストリッドの指示に従うしかない。最後にすがるにはタチの悪い相手だが。
「では、行ってくる。頼むから、ちゃんと調合をしていてくれよ」
「あんまり熱心に言われるとやる気がなくなってくるな。さっさと行け」
 どこまで性格が捻じ曲がっているのか。余計なことを口走る前にステルクは店を出る。
 外の世界はいつも通りだったが、わずかな前進を感じていた。

62 :

(2)
 酒場に入るとステルクは真っ先に隅の席に陣取った。
アストリッドから渡されたメモと、アールズ近辺の地図をテーブルに広げる。
効率良く採取を進めるために、スケジュールを組む必要があった。
 加えて、魔物の生態も考慮に入れなければいけない。
朝その地に着いたとしても夜に活動する魔物であれば、その分時間を空費してしまうだけだ。
 幸いにも、メモに書かれた魔物とは一通り戦った経験があった。戦った時期や時間帯、相手の手管を思い出す。
ややあって、だいたいのスケジュールは完成した。
 材料はひとりで集めるのだから、今夜には出発した方が良さそうだ。
アールズもすっかり街道が整備され宿も整えられているので、道中の休む場所には事欠かない。
ある程度は順調に進むだろう。
「何を真剣に見てるの?」
 向かいの椅子にエスティが音もなく座り込んだ。目を上げると、飲み物のグラスを片手に持っている。
「アストリッドに頼まれた材料を取りに行ってきます」
「アストリッドさん? 弟子入りでもしたわけ?」
「違います。……ロロナ君を元の姿に戻す薬のためです」
 話半分だったエスティの目が、いっきに真剣みを帯びた。
事情を話して欲しいと言われ、やむなく経緯を話す。本当は、すぐにでも仮眠を取りたかったのだが。
 グラスを揺らしてエスティは一息に飲み干した。
「ロロナちゃんがアトリエに戻りたがってる、か」
「相変わらず、記憶は曖昧のようですが」
「ていうか、なんですぐ私に話さないのよ。材料集めなら分担したほうが効率いいでしょ」
「……手伝ってもらえるんですか?」
 エスティは心外だという顔で、グラスをテーブルに置いた。
「あのね、ロロナちゃんはステルクくんだけの知り合いじゃないのよ」
「す、すみません」
 何年経っても頭が上がらない先輩だった。
 エスティは地図を見下ろし、ステルクのスケジュールをチェックする。
「ヴェルス山の方は私でなんとかなるわ。機動力なら、ステルクくんに負けないしね」
「そうしてもらえると助かります」
 ステルクが向かう東側は広範囲だが北側をエスティが請け負ってくれるなら、だいぶ時間にも余裕ができる。
「他にも声かけたら? 人手は多い方がいいでしょ」
「ジーノは冒険に出ていますし、トトリ君達はアトリエの操業に忙しいでしょう。無理に巻き込む必要はありません」
「……そうかしらね。ま、やるだけやるわよ。私はさっそく出るわ」
「よろしくお願いします、先輩」
 エスティは軽く手を振ると、次には酒場のドアから外にすり抜けていた。
 変更したスケジュールを抱えてアストリッドを訪ねる。
協力者が増えることは織り込み済みだったらしく、材料が早めにやってくる分には問題ないらしかった。
これだけの話をするために1時間はかかったのだが、割愛する。
 思いがけない余裕が生まれ、明日の朝に出れば間に合いそうだった。
 今日は早めに休もうと歩いていると、城から出てきたメルルを見つける。
「ステルクさん! なんだか久しぶりですね」
「これはメルル姫。アトリエの評判は良さそうですね」
「もう姫じゃないですってば」
 アーランドとの合併の式典から何度となくしたやり取りだが、お互いに無理に改める必要がないことは知っていた。
「毎日フル稼働で忙しいですけど、でも楽しいです。トトリ先生や、みんなに手伝ってもらってますから」

63 :

 メルルの姿は、昔のロロナとよく似ていた。
ロロナもアストリッドが工房を離れてから、周囲の人と協力して仕事をしていたものだった。
 あの頃はまだ素直で、人を思いやる優しさを持っていて、人の忠告もちゃんと聞いていたのだが。
頼りなさと引き換えに彼女は突拍子もないことをしでかす性格になっていった。
大本は変わらないのだが、そういうところが目立つようになってきた。
 会えば何かしら口論する関係は、その頃からだったかもしれない。
別にケンカをしたいわけではなく、ごく普通に話せればそれで良かったのだが。
 今はわかる。あの頃のロロナは初めての弟子を取り、自分の錬金術の新たな可能性を模索していたのだろうと。
人に言われるからでなく、自分で望んだ錬金術を創りだそうとしていたのだ。
 ステルクがロロナと口論するときは、必ず昔のロロナが引き合いに出された。
誰かに頼らなくてはいけない彼女に頼られていたという小さな誇りを、ステルクは後生大事に抱え込んでいた。
 もっとロロナの行こうとする道を応援してやれば良かった。間違えたり危ない目に遭いそうなら口を出すだけで良かった。
昔と比べるばかりで、今の前進を引き留めるようなことばかり言っていた。
 ロロナが元に戻ったら、きちんとそれを謝ろうと思った。妙に見える道でも彼女が決めたことなら素直に応援しようと。
「メルル姫。私は近々、アーランドに戻ろうと思います」
「え! そうなんですか……?」
「長いこと空けてしまいましたので。また、ここに戻る日も来るでしょうが……」
 メルルは言葉少なに聞いていたが、ふと顔を上げた。
「ステルクさん。今まで力を貸してくれて、ありがとうございました」
「私の力など微力に過ぎません。すべてはメルル姫の努力の結果です」
「そんなことないですよ。ステルクさんより頼りになる騎士様なんて、どこにもいないと思います」
 世辞だとしても嬉しかった。王冠を外してからも、メルルの堂々とした立ち居振る舞いは王族然としている。
それでいて、どこか人を明るくさせる雰囲気もそのままだった。
「出るときは声をかけてくださいね。みんなでお見送りしますから」
「わかりました。お心遣い、ありがとうございます」
 結局、ロロナのことは話さないままメルルと別れた。
時期が来れば話せばいいと、今は目の前の材料に集中することにした。
 翌日は日の出を待って出発した。まずは日中に活動している魔物から狙いを絞ることにする。
街道が整備されているため、比較的安全な旅だった。
 魔物を倒しても必ず目当ての素材が出るとは限らない。何体を相手にするかわからないので体力はできるだけ温存する。
もうじきロロナが元に戻るという期待感が、ステルクの足取りを確かなものにしていた。
 その期待はロロナ自身についてだけではない。彼女と同時に止まった自分の時間もまた、動き出そうとする兆候だった。

64 :

 アストリッドは釜の中に一通りの材料を入れて、さらに特製の液体をふりかけた。
振動していた釜の動きがだんだんと鈍くなり、やがてぴたりと止まる。
釜の中身は凍ったように静止し、指で触れても硬質な感触が返ってくるだけだった。
 釜の中の時間は完全に凍結しており、アストリッドが作った薬品を入れない限り決して動き出さない。
次の材料が来たら凍結を解除し、そこからまた調合を進める。
 火山に飲まれようと、巨大な木に踏まれようと、調合の邪魔はさせない。アストリッドの性格が生み出した調合方法だった。
 閉めきっているはずの店の扉が叩かれた。閉店の看板に気がつき帰るだろうと思っていると、扉がガタガタと音を立てる。
こんな店に無謀な泥棒が入るわけがない。
 アストリッドはドアを壊される前に自ら開けた。
請求書をエスティに突きつけてもいいが、この男が痛くもかゆくもなければ意味がない。
 ドアの前にジオが立っていた。
「邪魔するぞ」
「邪魔だ。帰れ」
 すばやくドアを閉めるがジオは指一本でそれを止めてきた。手に力を込めるが、びくともしない。
アストリッドは1秒で諦めて勢いよくドアを開けた。壁に跳ね返って騒々しい音を立てる。
「……いきなり追い返さなくてもいいじゃないか」
「なぜわざわざ、貴様の顔を見るという苦行に自分を放り込まねばいかんのだ?」
「相変わらず嫌われてるな……」
「どこに私に好かれる要素があるというのか、教えて欲しいぐらいだ」
 無駄な時間だった。アストリッドは椅子に腰かけ、本を取り出す。ちょうど調合を中断したところでよかった。
が、そもそもそれをうかがっていたのだろう。そのぐらいのことをジオという男は平気でする。

65 :
 ジオは店内に足を踏み入れた。
いつか彼が老衰で剣を思うように振るえなく様を見るのを、アストリッドはひそかに楽しみにしているのだが、
その日の到来は当分先のことのように思えた。
「本題に入ろう。ロロナ君は元に戻りそうかね?」
 どこから話がもれたのか。恐らく、エスティあたりだろう。
「暇な騎士が奔走しているところだ」
「魔女の尖兵となって、か……あいつも変わったな」
「こんな善良な人間を捕まえて魔女とは、偏見も甚だしいな」
 さっさと用件に入るかと思ったが、ジオはなかなか切り出さなかった。アストリッドはすぐさま苛立ちを顔に出す。
「で、何の用だ」
「……うむ、まあ、私が言っても君は聞かないだろうとは思うんだが」
「そうだな。貴様が私のためにできるのは、今すぐここから立ち去ることだけだ」
「だから、そうケンカ腰にならないでくれ。ステルクの小言を聞いてるような気分だ」
 よりにもよってステルクと同一視されるとは。アストリッドは不快さを隠さず、乱暴に本を閉じた。
「ロロナ君が元に戻っても、君から離れたりはしないだろう」
 ジオはそう言って、言葉を切った。
 それきり場は沈黙した。しばらく待つ。が、何も変わらない。
 アストリッドは、ひらめいた予感を慌てて消しかけ、やはりジオにぶつけた。
「……それだけか?」
「む、まあな」
 あまりの答えに久しぶりに頭を抱えた。こんな男、すぐに追い出せば良かった。
「暇人も極まると、裏があるのかと勘ぐりたくなるな……」
「君が思っているよりは働いてるんだぞ」
「知ったことか、帰れ」
「とか言って、本当は寂しいのだろう?」
 アストリッドは一拍の間を置いた。それで、指に触れた小型のテラフラムを投げつけるという判断を消した。
「この辺り一帯に爆弾をばらまいて、修繕費の請求をアーランドに送りつけられたくなければ、今すぐ私の前から去れ」
「……さすが、嫌がらせの手腕にかけては一流だな。わかったわかった、今日は帰ろう」
 爆弾を投げる用意があることを悟ると、ジオは片手を上げて理解を示した。
「最後にひとつだけ聞いていいか。いや、もう聞くことにしよう」
「勝手に人の工房で呼吸するな」
「無茶を言わんでくれ。ロロナ君を戻す薬の材料集め、私も手伝っていいだろうか?」
 間髪入れずにアストリッドは答えた。
「貴様の関与が判明したと同時に、薬はレシピごと抹消する。関係者各位に伝えておけ」
「……そうくると思ったよ。ではな」
 スイッチを押すと同時にうにが降ってくる仕掛けをなんなくかわして、ジオは出て行った。
 苛立ちながらアストリッドが釜に向き直ると、窓の外から気まずそうにエスティが手を振っているのが見えた。
「……材料第一陣でーす。って言って、入っても平気な感じ?」
「衝動的に釜を引っくり返すという原始的な行為に出る前に、持ってきてもらいたいものだな」
 ひとつ咳払いした後のアストリッドは、普段通りの表情を取り戻していた。

66 :

 エスティの協力もあり材料は順調に集まった。アストリッドの話によれば、調合はほぼ8割方完成しているそうだ。
 リストも折り返しを過ぎ、ついに残りひとつになった。最後のひとつはステルクが名前も聞いたことがない材料だった。
「これが最後の材料である理由は、最終工程に必要だからというだけではない」
 分厚い図鑑を持ち出して、アストリッドは表紙の埃を払った。読み方もわからない古ぼけた文字が並んでいる。
「深淵の魂というものだ。高位の悪魔しか落とさない」
 絵を見ているだけで、奇妙な不安を覚える物体だった。絵そのものが歪んでいるような気がする。
「悪魔か……アールズ地方にいるのか?」
「無論、いるとも。私もかつて行ったことのある迷宮だ」
 アストリッドに促されて、アールズ地方の地図を出す。
モディス旧跡よりさらに東の地点に、アストリッドは印を書き加えた。
「無限回廊といわれる場所だ。名前の通り、延々と道が続く、薄暗い迷宮だ」
「オルトガラクセンのようなものか」
「あそことはやや趣が違うのだがな。闇の力が濃い場所だから、悪魔はほぼ確実に巣食っている。
ただ、どいつが落とすかまでは明言しがたい」
 話だけでも、そこがかなりの注意を必要とする場所だとわかった。
どの敵が落とすのかわからないとなれば、片っ端から倒していくしかない。
 アストリッドは持ち帰った材料を無造作に釜に入れると、きっちり3回だけ混ぜた。
釜の変化を待つことなく、何か液体を振りかける。
「調合は詰めに入る。材料は早く来た方が確実だ」
「わかっている」
 場所が分かれば後は問題ない。
武器の手入れも欠かさず行っているし、モディス旧跡が近くにあるなら補給も楽に済みそうだ。
 店を出ようとした背中に声がかかった。
「私としては、深淵の魂と引き換えにお前が力尽きるという展開が望ましいな」
「……望むな。期待に添えなくて悪いが、普通に帰ってくるぞ」
「つまらないやつだな。ま、昔からか」
 その声に何かを感じて、ステルクは振り返った。
アストリッドはこちらに背を向けたまま、釜に視線を落としている。気のせいだと思い直し、ステルクは外に出た。
 店を出ると武器屋の前にジーノが立っていた。
「あ、師匠。どっか行くんですか?」
 店主が外出中なのだろう。ドアに寄りかかって、暇そうに足をぶらつかせている。
「東の迷宮に行く用事があってな。準備が出来次第、発つつもりだ」
「迷宮!? そんな面白そうなとこがあったのか……俺も行く行く!」
「……あのな、遊びではないんだぞ。危険な怪物を相手にするんだ」
 止めるつもりだったのだが、ジーノはきらきらと目を輝かせた。
「危険な怪物……! よっしゃ、ますます燃えてきた!」
 火に油を注いだだけだった。
 結局、調子に乗らないことを約束させて、連れて行くことにする。今のジーノなら戦力としては申し分ない。
「ただ倒すだけでは意味がないぞ。怪物の持っている材料が必要だからな」
「ふーん、材料か。だったらトトリも連れてった方がいいな」
「彼女も忙しいだろう」
「トトリにとっても自分の先生のことなんだろ。それに師匠、錬金術っぽい材料なんて分かるんですか?」
 そこはステルクも懸念していたところだった。たとえば、もし似たような素材があったとしたら見分けはつかないだろう。
「まあ、わからないかもな」
「ですよねー。つーことで、今から聞いてきます。後で酒場で合流ってことで!」
 ジーノは片手を上げて、さっさと駆け出していた。
一度決めたらすぐに行動に移すのはいいが、その考えの浅さで痛い目を見やしないか師としては冷や冷やさせられる。
とはいえ、あの有り余っている行動力がときどき羨ましいのも事実だが。

67 :

 酒場のドアを開ける前に騒がしい足音が聞こえてきた。振り向くとジーノがトトリを連れてこちらに来ている。
なぜかトトリの手を引っ張り、猛烈な勢いで走ってきた。
「師匠、トトリ確保しました!」
「ちょ、な、なんなの……なんで、いきなり、走らされてるの……!」
 息ひとつ乱れていないジーノとは対照的に、トトリは途切れ途切れに抗議をしている。
「こら、誰が無理やり連れて来いと言った」
「無理やりじゃないですよ。ちょっと来いって言ったら、うだうだ言ってるから引っつかんできただけですって」
「それが無理やりだってば……!」
 ジーノの手を払って、トトリは軽く拳で小突いた。
「って、なんでステルクさんもいるんですか?」
「……本当に何も言わずに連れてきたんだな、お前」
「三人で冒険に出るなんて久々だから、つい張り切っちゃって」
「いや、わたしまだ、いいとも何とも言ってないし……」
 まったく事態を把握できていないトトリに詫びを言って、ひとまず酒場で話すことにした。
 事情を話すと、甘いベリーのジュースをすすったトトリの表情が次第に引き締まった。
「ロロナ先生を元の姿に、ですか」
「ああ」
 話してから、トトリは反対するような予感がした。メルルのアトリエで過ごす日々は、トトリ自身が選んだものでもある。
弟子と師と共にアトリエを盛りたてていける現状は、彼女にとって十分満足できるもののはずだった。
「わかりました。わたしもお手伝いします」
 すんなりと了承され、用意していた説得が霧散する。
「いいのか?」
「……ステルクさんの言いたいことは、なんとなくわかります。けれど私も先生には元に戻って欲しいから」
「そう……か」
「はい、ずっと思っていました。今の姿の先生と一緒に冒険へ出かけたときからずっと」
 ステルクは頷いた。どうやら自分は彼女の考えを決め付けていたようだ。
一つの側面から相手を判った気になるのは自身の悪い癖だと改めて反省した。
トトリが話を切り替える。
「そうとなれば、色々準備が必要なので……1日待ってもらってもいいですか?」
「1日で済むなら、ありがたい。君にしかできないことがたくさんあるのだから、準備は万端にしてほしい」
「ステルクさんに頼ってもらえるなんて、不思議な感じですね」
 トトリが冒険者として活動していたときも、何度も世話になっている。
だが彼女の中には何かをしてあげたということよりも、ステルクに護衛をしてもらったという印象が根強いのだろう。
「それじゃ、俺も出発まで鍛錬するか」
「お前は、今引き受けている依頼がちゃんと片付いてるか、確認しておけ」
「そんな忘れっぽくないですって……あれ? そういや鉱山の魔物退治って終わらせたっけな」
「ジーノくん、お仕事はちゃんと最後までやらないとダメだよ」
 トトリに注意されて、ジーノは適当に頷いた。
 かつては剣を教え、背に守っていた二人が、協力者として同じテーブルについている。
ステルクは不思議な心地だった。同時に、流れた年数の長さを思い知る。
 ロロナはきっと、元の姿に戻るに違いない。
元の姿に戻った上でメルルのアトリエを手伝う選択をするなら、それは仕方ないと思う。
それに元の姿に戻れば、今度はアーランドに行くという発言を忘れているかもしれない。
 どちらにせよ、ロロナが元の姿に戻ることで一区切りがつく。
そこで初めてステルクは、彼女の帰還を本気で信じていたわけではないことに気がついた。
 それは、今のロロナでも元のロロナであっても変わらないことに対する諦めのせいだった。
その諦めをそっとぬぐうと、そこには考えても見なかった道がかすかに見えた気がした。

68 :

(3)
 荷物を背負って外門に向かう。まだ時間が早いこともあって、ステルクは町外れのアトリエに立ち寄った。
アトリエの雰囲気は、いつも記憶と結びついている。
 アーランドの石畳の感触、街の賑やかさを、なぜか思い出す。
活気溢れるアールズの景色ではなく、持ち主のいない静かなアトリエによって。
 しばらく佇んでいると、軽い足音が聞こえてきた。
ロロナがステルクの姿を見つけて足を速めようとしたが、目の前の石につまずく。
 急いで手を伸ばして、なんとか支えた。
「ちゃんと足元に注意しないと、危ないだろう」
「えへへ、ごめんなさーい」
 絶対にまた同じ失敗を繰り返しそうな態度だったが、追い詰めても泣かれるだけなので黙って地面に立たせた。
「すーくん、おでかけ?」
 肩にかけている荷物を眺めて、ロロナが言った。
「そうだ」
「ロロナもいく!」
「ダメだ」
「なんで? ロロナだけなかまはずれ、さびしいよー」
 むしろ当事者なのだが、そんなことを言っても仕方がない。しゃがんで目線を合わせ、ロロナの頭に手を置く。
「君を危険な目に遭わせたくない。すぐ戻ってくるから、平気だ」
「……ほんと?」
「ああ。君との約束を破ったことはないだろう? ……恐らくだが」
 ロロナは元気よく頷くと、小指を出した。
「じゃあ、ゆびきりね。うそついたら、テラフラムのーます!」
「そんな恐ろしいものを飲ませるんじゃない!」
 なんとか、うにまで条件を下げさせてから、小さな指に触れた。
「いってらっしゃい、すーくん」
「ああ。君もちゃんと手伝いをするんだぞ」
「はーい」
 ロロナはアトリエ横のうにをせっせと拾い始めた。振り返ると、こちらに気がついて大きく手を振ってくる。
軽く手を上げて、外門へ向かった。
 外門にはまだ誰も来ていなかった。あと数分で待ち合わせの時間になる。
「ステルクさん、お待たせしました」
 小さめのポーチをかけただけの姿で、トトリが現れた。
とはいえそのポーチはアトリエと繋がっていて好きなだけ物が出せるらしいが。
おかげでこちらの荷物も少なく済むのは、ありがたい。
「やっぱりジーノくんは最後ですね」
「まったく、困ったやつだな」
 しばらく話しながら待っていると、駆け足が聞こえてきた。
「いやー、ごめんごめん。依頼の報告するの忘れてて」
「相変わらずだね、ジーノくん」
「でも、ちゃんと終わったぜ」
「当たり前だ」
 三人そろったところで歩き始めた。隊列は特に決めていないが、自然と前後に分かれた。
もちろんジーノが先頭だった。
「なんだか、この三人でいっしょに冒険するの久しぶりですね」
「楽しみだなぁ、強い敵。楽しみだな……!」
 ジーノは先頭で嬉しそうに呟いている。横のトトリが微笑ましそうに笑った。
「ほんと、ジーノくん楽しそう」
「……趣旨は忘れないでくれよ」
「わかってますって!」
 勢いよく返事をされると、逆に不安になるのだった。

69 :

 モディス旧跡からさらに東に向かう。ここからは未開の土地で、景色はますます人里離れた美しさを見せるようになる。
そして、危険な魔物が自由に歩き回っていた。
 だが注意をしていれば特に危ういこともなく、無限回廊と呼ばれる場所の入り口を見つける。
中は小さな洞窟のようだが、祭壇のようなものがあった。
 祭壇に本が置かれている。開かれたその本から、不穏な気配が染みだしている。思わず三人で顔を見合わせた。
 意外にも、最初に動いたのはトトリだった。
「よいしょっと……だいじょうぶそうですね。ここから入れそう」
「冒険の雰囲気出てきたな!」
「はしゃぐんじゃない、まったく……」
 入り口の小ささから一転して、中は恐ろしく広かった。暗がりの中に細い道が続いている。
朽ちかけた道のところどころにあるのは、本棚だった。
「なんで、本棚があるんだろう?」
 トトリは物怖じせずに、道の途中の本棚に触れた。一冊抜き取り、ぱらぱらとめくり、首を傾げて元に戻す。
「よくわからないや」
「わかんなくていいじゃん。ようし、倒しまくるぞ!」
「ちょっとは静かにできないのか、お前は。あと、材料を探しに来たんだからな」
「目的の材料は、悪魔が持っているから……それ以外は普通に倒してもいいですね」
 道は下層に続いているようだった。明かりをつけても底は見通せない。
慎重に歩き出すと、すぐに霊体の魔物と出くわした。
 数も多く、そして不気味な威圧感に満ちている。三人とも構えるのは早かった。
 ジーノが先頭の魔物を切りつけると、魔物の群れが足を止めた。ジーノは素早く飛びのく。
間髪入れずにトトリがレヘルンを投げつけた。氷は魔物の鎧と地面を同時に凍りつかせる。
 その氷もろともステルクがなぎ払った。霊体は消失し、朽ちた鎧と剣だけが後に残される。
 護衛ではなく互いに存分に力を発揮すればいい状況なら、ここの魔物もどうにか対処できそうだった。
 明かりを増やし先に進む。
「どういう場所なんだろう、ここ。材料が妙にいっぱいあるし」
 トトリは歩きながら抜け目なく材料を拾ってポーチに押し込んでいた。
「品質もすごくいいかと思えば悪いし、まちまちみたい」
「なにせ悪魔がいるところだ。妙なこともあるだろう」
 説明になっていないがトトリは納得したように頷いた。
 迷宮はどこまでも広い空間だったが、歩ける道は少なかった。
まるで初めから導かれるように歩いていると、何度となく強力な魔物に出くわす。
「ジーノくん、右に来てるよ!」
「わかってるって!」
 細い道を軽々とした身のこなしでジーノは次々にやってくる魔物を相手にしていた。
身の軽さと細い道の相性がよく、魔物のほとんどがジーノに切られるか、底も見えない暗闇に蹴り落とされている。
 ステルクはジーノが討ちもらした魔物の相手をしていた。トトリも危なげなく援護をこなす。
わずかな隙を埋めるようにクラフトで敵を追い払った。
 くねる道や階段を幾度となく通り過ぎた先に、その道があった。
「……ここ、道途切れてるぜ」
 そこに道は見えなかった。どう見ても虚空だった。他の道を見た覚えがなく、顔を見合わせる。
「道、違ったのかな?」
「そんな感じじゃなかったけどなぁ……」
 ジーノは恐々と道の下を覗き込む。その瞬間、きらりと虚空が光った。
「うん? なんでここ光ったんだ?」
 ジーノは片膝をついて光った場所に触れる。驚いた顔で振り返った。
「ここ、触れる。歩けるぞ」
「え!? あ、本当だ…… 」
 二人並んで、ぺたぺたと見えない足場を触っている。足場を示す光は階段のように上に伸びていた。
「最深部が近そうだ。二人とも、気を抜くなよ」
 はっきりと見えない足場を渡るのに、ちらりと恐怖が覗く。だが今さらここで足を止めるわけにはいかなかった。
足をかけると、驚くほどその感触は石段に似ていた。
 見えない階段を上った先は円形の広場のようだ。息苦しい気配を感じて二人に緊張を促す。
心得た様子で素早く気配の元を包囲した。

70 :

 闇の中から現れたのは人型の悪魔だった。人間の体躯では扱えない、巨大な鎌をこちらに向ける。
感情のない目に見据えられた。
「先手必勝!」
 悪魔の視線がステルクに向いた瞬間、ジーノが飛び出した。素早く体重の乗った一撃を加える。
悪魔は切りつけられた手を引っ込めることもなく、鎌を強引に振り払った。
 魔力の衝撃波に打たれ、ジーノは後退した。トトリが掲げた道具から明るい光がこぼれて三人を包む。
「しばらく魔法への耐性がつきました!」
 つまり、多少強引に攻撃してもいいということだ。ステルクは間合いを詰めて悪魔の肩から腰まで大剣を振り下ろす。
悪魔は表情を変えず、ステルクの頭上から鎌を下ろした。わずかに身をよじらせて避ける。
鎌が地面に触れた瞬間、衝撃波に手足が軋んだがステルクは構わずに横に剣を振り切った。
 悪魔は予想していなかった一撃に苦悶のうめきをあげる。同時にステルクの足元に闇の魔法が敷かれた。
立ち上る魔力が無数に肌を裂いていく。
「ステルクさん、爆弾投げるから下がってください!」
 言われた通りに下がる。だがトトリは投げるというよりも、その場に石を掲げた。石は眩い光を放って、割れる。
 中から光を帯びた精霊が現れると、悪魔に向かって光の矢を放った。
矢は悪魔が生み出した魔法陣を砕き、ガラスのように破片を散らす。
 悪魔が次の手を打つ前にジーノが再び切りかかった。
魔力を帯びた剣は傷を与えるだけでなく悪魔の力をも吸い取っていた。抵抗をものともせずジーノは幾度も切りつける。
最後に手合せしたとき以上の成長ぶりだと、こんなときだというのに舌を巻く。
「……ジーノ下がれ!」
 不意によぎった予感のまま、ステルクが口走った。
「平気だって、これぐらい……!」
 悪魔の放つ魔法を受け止めてからジーノは再び切りかかる。
しかし、突然剣がなまくらになってしまったように、その一撃は軽かった。
「な、なんだこれ!」
 ジーノが下がる前に悪魔が鎌で振り払った。腕を切り裂かれ、暗がりにジーノの体が吹き飛ばされる。
 回復に向かおうとしたトトリに悪魔は鎌を投げつけた。鎌は凶悪な弧を描くが、すんでのところでトトリは避けた。
だがさらに、彼女に向かって魔力の玉が無数に放たれる。
 ステルクは悪魔の注意を向けるために走り出した。剣で打ち返し、魔力をかいぐぐって悪魔の懐に飛び込む。
 悪魔の胸の真ん中に剣を突き刺す。防御を考えない捨て身の一撃だった。タールのような粘ついた感触が手に伝わる。
悪魔は低いうめき声を上げてステルクを引き剥がそうと肩に爪を立てた。食い込んだ爪に血が浮かぶ。
 爪ぐらいならば、まだ耐えられる。ステルクは唇を噛んで、さらに力を込めた。
悪魔の体が人形のように揺れ、食い込んだ爪の力が薄れる。
 爪が離れた瞬間、ステルクは剣から手を離した。悪魔の体が後ろに傾ぎ、ぐらりと倒れる。
 その間際、悪魔の口元が歪んだ。
「ステルクさん、危ない!」
 トトリの声と同時に、足元に執拗に組まれていた魔法陣に気がつく。
剣から手を離すのではなかったとステルクは失策を悟った。
 魔法陣が視界を遮るほど輝き、そこから無数の矢が放たれ、自身の体を貫く瞬間をステルクはじっと待った。
 だが、風切音が耳をかすめる。
 
 ジーノの剣が悪魔の喉元を貫いていた。負傷した腕とは逆の手だ。
悪魔は驚きに目を見開いて、人のものではない言葉を吐き、闇に沈んでいった。
 残されたステルクの剣を拾い上げ、ジーノが得意げに笑う。
「へへ、俺もなかなかやるようになったでしょ。師匠」
 危うい場面だった。ステルクは、ぎこちなく頷いて剣を受け取った。
振り向くと、トトリがほっとした様子で息を吐いていた。
「……なんとか、なったな」
「思ってたよりずっと強かったですね……あれ?」

71 :

 トトリは悪魔が倒れた場所を指差した。闇がこごったような、不穏な気配を放つものがそこに落ちている。
「なんだよこれ、気味悪いな……」
 ジーノが剣先でつつこうとするのをトトリが急いで止めた。
「それだよ、それ! 深淵の魂!」
「これが?」
 まだ火がついたままのような、生き血が通っているような、不思議な物体だった。
なんとなく遠巻きに見ていると、トトリがさっさとポーチにしまいこむ。
「おい、だいじょうぶかよ。素手で触って」
「これぐらい平気だよ」
 トトリがついてきてくれてよかった。やはり、材料の価値がわからない人間だけで探すものじゃない。
「二人のおかげで、無事に済みそうだ。助かった……」
 かすかに聴こえた音に、ステルクは動きを止めた。何か、忘れている気がする。何だったか。
 二人は先に歩き出し、巨大な門の近くに立っていた。
「ここから帰れそうだね」
「さっさと出ようぜ。師匠ー?」
 ジーノたちが振り返り、待っている。気のせいだったかとステルクも歩き出した。
 直後、ステルクは弾かれたように駆け出した。
「え? ステルクさ……」
 トトリの声を遮って、ジーノがトトリの頭を無理やり地面に押し下げた。
ステルクは駆け寄ると腕を広げて背に二人をかばう。
 甲高い鳴き声をあげて、悪魔が投げた鎌が飛来してきた。かばってから一秒も経っていない。
 腕ごともぎ取られるような激しい痛みが走り、まぶたの裏が真っ白い光に満たされる。
「……師匠!」
 どこを切り裂かれたのかもわからないほど、痛みは一瞬で全身を支配した。
苦い吐息が押し出され、気がつくと目の前に地面が迫っている。
 地面は底をなくしたようで、呼びかけるジーノとトトリの声が、次第に遠ざかっていった。
終りのない落下に放り出されたまま、ステルクの意識は途絶えた。

72 :

(4)
 まぶたの裏に広がった白い光は、陽光だったらしい。
目を開けると、眩しい陽気が窓から差し込んでいた。白いシーツに光が跳ね返り、室内はどこもかしこも白っぽく見える。
 何をしていただろうか、とステルクが思い出す前に横からすすり泣きが聴こえてきた。
体のあちこちが固定されていて、そちらを向くのは大変だったが、なんとか見る。
 見覚えのある、桜色の髪の少女が泣いていた。手の甲に顔をうずめて肩を震わせて泣いている。
手を伸ばそうにも右手は包帯をぐるぐると巻かれていて、動けない。
「何を泣いてるんだ、君は」
「だって……ステルクさんのケガ、わたしのせいで……」
 実際に聞き取った声は、もっと不明瞭だった。ステルクは息をついて自分の情けない姿を見下ろす。
打撲に切り傷に骨折。そうだった。
ドラゴンの一撃でついでのように岩に体を叩きつけられ、我ながらよく生きているものだと呆れてしまう。
「君のせいじゃない。私が油断していたせいだ」
「違います! わたしがステルクさんを無理やり連れていったから……」
 元はと言えば、彼女にドラゴンの存在を教えたアストリッドのせいだ。と言っても、彼女は泣き止まないに違いない。
 しばらく悩んだ末に、ひとつ思い浮かんだ。
「ドラゴンの素材を使うと、どんな調合ができる?」
「え? ええと……すごく強い武器とか、防具とか、あとお薬とか……」
 急な質問に、ようやく彼女は泣き止む。
「君はそうやって、手に入れた素材を役立てられる力を持っている」
「は、はい」
「君のその力で、これからもたくさんの人を救えるはずだ。その手伝いができたなら、私は本望だよ」
 珍しく表情を和らげて言えたと思ったのだが、彼女の目から新しい涙が浮かんできた。
「そんな……そんな、もうお別れみたいな言い方やめてください……!」
「あ、いや……そうか? だから、別にもう気にしてないんだが」
「わたし、まだステルクさんに何もお返ししてないです。まだ、迷惑かけてばっかりで、だから……」
 あんまり泣いていると、目が溶けそうだ。何度も何度も見舞いに来て、毎回泣かれるというのもこたえる。
 その反面、こうして欠かさず来てくれることを喜んでもいた。泣き顔でなければ、もっといいのだが。
「君が立派な錬金術士になってくれれば、それでいい」
「うぐ……が、がんばります」
 本当は、もうとっくに立派な錬金術士だったのだが。なぜかいつも、その一言が言えなかった。
言ってしまうと何かが終わるような気がした。

73 :

 ふと、少女の体が揺らいだ。髪が伸び、やや大人になった表情が重なる。
 夢を見ているのだと、ようやく気がついた。こんな夢を見るとは本格的に死が近いのか。
 あるいは、既に。それに気がつくと、夢が終わりそうだから考えるのをやめた。
 ロロナの姿はアールズ王国に行く前、アーランドで最後に話をしたときのままだった。
何年も子供の姿を見ていたのに、あっさりとその姿を思い出せたのが不思議だった。
 ロロナはじっとこちらを睨んでいた。恨みがましそうな目で、きつく口を結んでいる。ケンカの前の表情だった。
「……なんで君は、いつもそうなんだ」
 声をかけるとロロナはぴくりと動いた。ふてくされるように、うつむく。
「妙なことで突っかかってくるし、怒るか泣くかばかりだし、相変わらず人の顔を見て驚くし……」
 細い肩が震える。なぜか、口がよく回った。最後の力というのは、侮れないらしい。
「実力をつけても見習いのとき以上に危なっかしいし、変に自信満々かと思ったら、すぐ落ち込む」
 何も見ていないようで、ステルクすら気づかないところを言い当ててくる。そして何もないような日まで、明るくさせる。
「アストリッドにはいつまでも騙されるし、振り回されて……君がそうだから私まで、いつまで経っても、変われないんだ」
 後半は言いがかりだとわかっていたが、一度口に出すと止まらなかった。
「君が変わらないなら、私も変わらないからな。君が泣こうがわめこうが、絶対に君を守る」
 死んでからも守れる自信はないが、身勝手に言った。
 ロロナが少し顔を上げた。前髪に隠れて、まだ表情は見えない。
「……それが嫌なら、俺より強い人間でも連れてきてくれ」
 心当たりがあるのが、少々嫌だったが。
「ステルクさん」
 のろのろと顔を上げて、ロロナが口を開いた。また目に大量に涙が溜まっているのを見つける。ステルクは自分に嘆息した。
守ろうとしているはずが涙ひとつ止められないのだから、無力だ。
「……ステルクさんの、バカー!!」
 耳の奥までキンとなる大声で叫ぶと、ロロナが飛びついてきた。
「ぐっ……!?」
 瞬間、ステルクの全身に激しい痛みが走る。夢なのに痛いとは、嫌がらせもいいところだった。
 柔らかい髪が頬をかすめて疑問がよぎった。ついでに焦る。夢とは、こうも生々しいものだったか?
「せ、先生。ステルクさんケガしてるんだから、飛びついちゃダメですよ!」

74 :
 ロロナよりも冷静な声が聞こえたとき、視界に映る景色が変わった。城の病室ではなく、そこは見慣れない部屋だった。
観葉植物の代わりか、キノコの鉢植えが窓辺に飾ってあるのが目につく。
声がした方を見ると、ジーノとトトリが心配そうにこちらを見ている。
「……お前達、どうしてここに……いたた!」
「なんでケガしてるんですか! ちゃんと帰ってくるって約束したのに!」
 どうやら生きているらしい、と無理やり自覚させられる。ロロナを抱きとめた感触など知るはずもない。
「か、帰ってきたんだろう?」
「無事にって意味じゃないですか! ステルクさん骨折るし腕は使えなくなるとこだったし、全身大ケガしてるんですよ!」
「……じゃあ、なんで抱きついてんだろうな」
 ジーノの呆れたような呟きにロロナが慌てて体を離した。
「師匠、生きてて良かったよ。トトリの道具がなかったら、ほんとに危なかったんだからな」
 ぶっきらぼうな声に、なぜか少年の頃のジーノを思い出した。
「……そうか。なんだ、お前まで泣くつもりか?」
「ばっ……泣くわけねえだろ! なんで、師匠なんか、頼んでもねえのに……!」
「はいはい、ジーノくんずっと我慢してたんだよね。わたし達、外に出てますね」
 慣れた様子でトトリはジーノの背を押しやる。部屋を出る間際、思い出したように彼女は振り返った。
「ステルクさん。わたし達を助けてくれて、ありがとうございました」
「私を助けてくれたのは、君達だろう」
「そんなことないですよ。全部ステルクさんのおかげです。ね、先生」
「え?」
 トトリはそれだけ言って、さっさと出て行ってしまった。急に二人で残されて、黙り込む。
ロロナは困ったようにこちらを見てきた。
 その顔を見た瞬間、ステルクの頭にひらめきが急降下してきた。
「……あ!?」
「わあ! な、なんですか?」
「戻ったのか!?」
「え、え、今さらですか!?」
 慌てふためく姿は、まさしくロロナだった。子供ではない、年齢のままの。
「……戻ったのか……」
 呆けたように呟いて、ステルクはゆっくりと目線を逸らした。もっとよく見たいが、今の顔を見られたくなかった。
「ステルクさん、どうしたんですか……泣いてるんですか?」
「違う」
 それに近い感覚ではあったが、どうにか振り切る。ステルクは改めてロロナを見つめた。
「良かった」
 真っ先に口から出たのは、そんな言葉だった。
「君が元の姿に戻れて、良かった」
「ステルクさん……」
 ロロナはぎこちなく微笑み、そして先ほどに勝るとも劣らない声で、叫んだ。
「……なんで、こんな無茶なことしたんですか!」
 普段の、怒っているけれど迫力のない声とは違う。彼女は心底、怒っていた。
「元に戻りたいなんて言ってもいないのに、なんでステルクさんが無茶しないといけないんですか!?」
 そうだろう。子供のロロナは、自分の身に起きた事態すらわかっていなかった。
 戻りたいなどと一言も言っていない。そんなこと、とうに知っている。
「黙ってないで、答えてください!」
「君に会いたかったからだ!」
 
 思わず口に出た言葉は、室内によく響いた。ロロナは拳を握ったまま、ぽかんとしている。
そんなに意外なことか、まったく思い当たらないことなのかと、ステルクはふつふつと腹が立ってきた。
「私が勝手にアストリッドに薬を作らせただけだ。それで私がどうなろうと、君には関係ないだろう」
「な……なに言ってるんですか。なんか、ステルクさん、むちゃくちゃですよ……」
「君にだけは言われたくない。大体、君がアストリッドの実験なんかに付き合わなければ、こんな苦労もしないで済んだんだ」
 さすがに言い過ぎたかと思ったが、ロロナはその言葉に勢いを取り戻した。
「そんなの、わかるわけないじゃないですか! 師匠だって年がら年中変なことだけしてるわけじゃないですもん!
たまには付き合ってあげたっていいかなーって、そんなのもいけないんですか!」
「その認識が甘いんだ! あいつがまともに善行をするわけがないことぐらい、いいかげん覚えたらどうなんだ!
何年弟子をやってる!」
「ステルクさんだって、何年も無駄にジオさん追いかけてたくせに!」
「今はそのことは関係ないだろう!?」

75 :

 段々、ただの言い争いになってきた。お互い息も切れてきたところで、ロロナは最初の話を蒸し返した。
「……わたしに会いたかったって、どういう意味なんですか。子供のわたしと、今のわたし、何が違うんですか?」
 急に問われて、言葉に詰まった。
 記憶がなく、姿は違っても、ロロナはロロナだと何度も思い知らされた。
 けれど、違うのだ。望んだのは、ロロナが変わらないことではなかった。変わりなく頼り、頼られ、
毎日をいっしょに歩いていけるロロナだった。それは止まった子供の時間では、決して叶わない願いだ。
「私は、君が……君のアトリエを訪ねるのが、好きだったんだ」
「……?」
「君に会いに、あの職人通りを歩くのが好きだ。いつも君が笑って出迎えてくれる、あの瞬間が……いや、違う。違わないが」
「……どっちなんですか」
 呟きが聞こえたが、聞こえない振りをした。
「君が元の姿に戻って、いっしょにアーランドに帰れば、その日々も帰ってくるんじゃないかと思った。それだけだ」
 言葉にすると、なんと小さな動機なのだろう。思い出にすがりすぎだ、とアストリッドに笑われても文句は言えない。
「……全然、わかんないです」
 ロロナは笑わなかった。怒ってもいないし、泣いてもいなかった。
「でも、喜んじゃいけないのに、嬉しいです」
 言葉通り、ロロナは気まずそうに言った。
 それでようやく、彼女に許してもらったのだと気がつく。
 無意識に緊張していたのだろう。ステルクは急にケガの痛みを思い出した。口からうめき声がもれる。
自分が最後に食らった一撃を思い出すと、体がそのまま残っている事実に驚いた。
「……なんだ、案外、私も丈夫だな。痛みがあるなら、まだ生きられるそうだし」
「……ステルクさん、痛いんですか!? そうだこれ、起きたら飲ませてくれって」
 ロロナに痛み止めと水を差しだされる。受け取ろうとして、右腕の自由がほとんど利かないことに気がついた。
顔をしかめると、励ますようにロロナが言い添えた。
「今だけ、動かないようにしてあるだけです。治療に専念するためだって。ちゃんと、腕は動きますよ」
「そうか……ありがとう」
 痛み止めは今まで飲んだどの薬よりも苦かったが、ほどなくして体が軽くなってきた。ついでに意識も眠気に誘われる。
「本当は、目が覚めるまであと3日はかかるって、言われてたんですよ」
 手伝われてベッドに身を横たえる。ロロナは穏やかな表情で覗き込んできた。
「なんでこんなにすぐ、目が覚めたんでしょうね」
 ステルクは口元を緩ませた。
「君がずっと横で泣いていたせいだろう」
「う、うそ! 聴こえてたんですか?」
「それはもう、はっきりとな」
「うわあ……恥ずかしいなあ……」
 意識が戻る前から聴こえていたのは、きっと、今のロロナの声だったのだろう。
「……ちゃんと治ったら、もう無茶しないでくださいね」
「だったら、眠るまでここにいてくれないか」
「……全然、話が繋がってないんですけど……」
 眠気交じりの意識だったので好きなことが言えた。
 ロロナは呆れた声で言うと、ベッドの反対側に回った。
そこで初めて、彼女が立っていた場所の近くに、うにが転がっていたことに気がつく。
なんで、うにが。
 意識がぼんやりとしていて事情が思い出せない。
彼女が回り込んだのは、大したケガもしていない左手の方だった。軽く持ち上げられ、温かい感触に包まれる。
「手を、握ってますから。ステルクさんが眠れるまで、ちゃんと傍にいますよ」
 それに対して何か言おうとしたが、言葉にする時にはすでに柔らかい眠りに落ちていた。
 眠りの底にロロナの優しい声が降ってきた。
「起きたら、いっしょにアーランドに帰りましょう」
 ステルクは返事の代わりに、繋いだ手にわずかに力を込めた。

76 :

(番外編1)
 こうしてベッドに足止めされるのも何年ぶりか。
アーランドで入院していたときは二度とあんな油断はするまい、と固く誓ったはずだった。
たった一度でロロナの大量の涙に懲りたのだ。
 ロロナは毎日この部屋に顔を出すが、昔と違い、泣くのは初日だけだった。
「今日は誰と会ってきたんだ?」
「はーちゃんとぱーちゃ……ハゲルさんと、パメラです。二人とも相変わらずだったなぁ」
 途中で無理やり咳払いして訂正する。後遺症というより、ただそちらの呼び方に慣れてしまったようだ。
 ロロナが戻ってから数日はケガの痛みと突然の展開に、やはり夢ではないかと疑っていた。
 とはいえ夢と疑わしい訪問も5日目に入ったので、さすがに信じざるを得ない。
「さ、ステルクさん。今日のお薬飲みましょうか」
 ごそごそと取り出した小さな薬壷に、ステルクは露骨に嫌な顔を見せた。ロロナがすばやくそれを見とがめる。
「ダメですよ、ちゃんと飲まなきゃ治らないんですから。昔は治るまで二ヶ月以上かかったでしょう?」
「わかってはいるんだが……どうも、その味に慣れなくてな」
 苦いような渋いような、青臭さと妙な甘ったるさ。何味、と簡単に表現できない。
強いていえば、エリキシルテイストとしか言いようがなかった。
 だが、散歩ぐらいならどうにかできるようになったのは、このエリキシル剤のおかげだ。
飲んだときはわからないが、眠っている間に深い傷が癒えていく感覚がする。
 貴重な薬ということは知っていた。本来なら王族でも簡単に飲めるものではないと。
それは金銭的な意味ではなく、味覚的な意味ではないかとステルクは疑いつつあった。
 どのみちベッドの中にいるので逃げようもない。ステルクはのろのろとエリキシル剤を受け取る。
蓋を開けて、何か感じる前に一息で飲み干した。
「くっ……うう……」
「今日のは効能も工夫したんですよ。骨が元気になる成分がたっぷり入ってて」

77 :

 喉に残った刺激臭に苦悶して、ロロナの話はまったく耳に入っていなかった。
錬金術をもってしても良薬と味は手を取り合えないのか。
 水を飲み、どうにか喉の無事を確保する。
「……毎日、すまないな。調合も大変だろう」
「そんなことないとは言いませんけど、わたしが決めたことですから。ステルクさんに早く元気になってほしいし」
 以前は、そんなことないと言う謙虚さがあったはずだが。親しみと思って、その差異を忘れることにした。
 ノックの音が聞こえてロロナが代わりに返事をした。ルーフェスだった。
「お体の様子はどうですか」
 相変わらず多忙を極めているとのことだが、わざわざ来てくれたらしい。
「おかげで、だいぶ良くなっている。城の一室を提供してもらっただけでなく、人までつけてもらって申し訳ない」
「当然のことです。ステルク殿はアーランドからお預かりした、大事な客人ですので」
 ルーフェスはそれから珍しく居心地悪そうに、ロロナを見た。
「……ロロナ様は、よくこちらに?」
「そうだよ、るーちゃん」
 ロロナが答えると、沈黙が下りた。
「あ! ご、ごめんなさい、つい癖で……ルーフェス、さん」
「いえ、お気になさらず。少々、驚きましたが……」
「……子供のときの呼び方が抜けないらしい。大目に見てあげてくれ」
 心得ている、とばかりにルーフェスは頷いた。
「それとステルク殿のハトですが、帰ってきたハトについてはこちらで世話をしていますので」
「何から何まで、すまない」
 アールズに迷惑をかけるつもりはなかったのだが、彼らは頼む前からこうして親切にしてくれていた。
以前ジオが言っていた、アールズの人々の優しさとはこういうことなのだろうとステルクは実感していた。
「本復されたら、また飲みに行きましょう」
 わずかに表情を和らげてルーフェスは言う。一礼して部屋を出て行った。ロロナはその背を見送って、肩を落とす。
「ああ、やっちゃった……怒ってるかなぁ」
「怒ってはいないと思うが。心配なら、パイでも差し入れるといい」
「パイ? ……そうだ、思い出した。今日はパイを作ってきたんですよ」
 荷物から包みを取り出して、開く。バターの香りがふっと広がった。
「しっとりするように作ったミルクパイです。つまみ食いしないようにするの、大変だったんですよ」
「なんだか、久しぶりだな」
 騎士時代はロロナに作ってもらったパイを片手に夜勤をこなしていたものだった。
他のパイより少し甘みが強いミルクパイは、疲労で重くなった体にぴったりだった。
 平和な国の中で、騎士としてどう振る舞えばいいのか迷っていた。
素朴なパイは悩みに疲れた頭にも優しく染みこんだ。
彼女の努力を想像させる味に触れる度に、騎士としての誇りを思い出していた。

78 :

 ロロナはパイを切り分けて持参した皿に出す。フォークを添えたそれを渡そうとして、ふと手を引っ込めた。
「ステルクさん、腕をケガしてるし、食べさせてあげますね!」
「は!? ……いや、いい」
「そんなに喜んでもらえるのも、恥ずかしいですけど……」
「しなくていい、の方のいいだ!」
 なんでまた突拍子もないことを言い出すのか。ロロナはいつものように怒り出した。
「もう、わたしだって恥ずかしいんですから! 黙って口開けて待っててください!」
「左手は使えるから平気だ! だいたい、恥ずかしいなら無理しなくていい!」
「こんな機会じゃないと、こんなことできないじゃないですか!」
「アストリッドみたいなことを言うな!」
 パイを挟んで激論を交わす。どうしてこんなくだらないことで口論になるのか、気がつくのはいつも終ってからだった。
「こうなったら実力行使で……!」
 ベッド横の椅子から立ち上がり、ロロナは皿を片手に迫ってくる。彼女の持つフォークが悪人の持つナイフに見えた。
「や、やめろ。冷静になれ……!」
 昼間の病室が悪夢の舞台になった。ステルクは覚悟を決めて、目を閉じる。
 そのとき、まったく関係ないはずのドアが開く音がした。
「ステルクくん、調子はどうー?」
 エスティの声だった。目を開けると、エスティは笑顔のまま固まっている。
「うわあエスティさん!?」
 ロロナが慌てて離れる。エスティの笑顔は次第に解け、ゆっくりと肩が落ち、表情は悲しげなものに変わっていった。
「……ごめん、ステルクくん。いま私、世界で一番空気の読めない女だったわよね……ふふっ、これじゃ仕事してなくたって、
もらい手なんか見つかるはずがないわ……」
「だ、大丈夫です、全然邪魔じゃないですから! 元気出してください!」
「いいの、ロロナちゃん。ジオ様のお目付け役として真面目に励んで、
上司からも部下からも忌み嫌われる中間管理職として生きるのが、私にはお似合いよ」
 とうとうその場にしゃがみ、膝を抱える。ロロナはおろおろとエスティをなだめていた。
「……先輩、この前は協力していただき、ありがとうございました」
 こういうときは、落ち込みに触れず話した方がいい。
「ま、体張ったのはステルクくんだしね。ロロナちゃんも戻ったし、めでたしってことよ」
 案の定、あっさりと復活する。ロロナは目を白黒とさせた。
「ロロナちゃん、今回も大泣きしてるのかなーと思って見に来たんだけど」
 立ち上がったエスティは、にっこりと笑ってロロナの頭に手を置いた。
「成長したじゃない。もうお姉さんのお節介はいらないわね」
「……お節介なんてことないですよ。心配してくれてありがとうございます」
「これで、安心して仕事に戻れるわ」
「先輩は、アーランドには戻らないのですか?」
 戻るとしても、ジオを連れて帰るという難事が待ち受けているが。
「ジオ様が、もうしばらくこっちにいたいってごねてるからね」
「また、あの方は好き勝手に……」
「思い出の清算、っていう意味もあるんじゃないかしら」
 いつまでも引きずっているステルクくんとは大違いね、とエスティは毒を塗ったナイフで刺してきた。
「さて、邪魔してごめんね。二人への微笑ましい気持ちが殺意に変わる前に、帰るわ」
「さらっと恐ろしいことを言わないでください……」
 表情はあくまで笑顔のまま、エスティは去っていった。

79 :
 ロロナがくるりとこちらを振り向く。
「じゃあステルクさん、さっきの続き……ってなんで一人で勝手に食べてるんですか!」
 パイの真ん中にフォークを突き刺し、持ち上げて食べる。
エスティとロロナが話している隙に、なんとか食べきることができた。
「いいだろう、私に作ってきたんだから」
「うう……じゃあ、もう一切れ」
「今はいい。後でもらう」
「ステルクさんの意地悪ー!」
 なんと言われようと、先ほどの気分に比べればましだ。
 ロロナはしばらく不機嫌だったが、話を逸らすとまた元の調子に戻った。
「アールズのパイ屋さんなんですけど、効率良くパイが作れる器材を作ったんです」
「そんなことができるのか?」
「るーちゃ……ルーフェスさんにも味見してもらって、許可も出たんですよ。この品質なら、今後もだいじょうぶだって」
 ロロナが子供だったときに開いた店とはいえ、評判は高かった。
人は忘れてもパイは覚えているのだと思い、嬉しい気持ちと複雑な気持ちが激しく混ざっていたことを思い出す。
「あの店が続くのは、国の人々にとっても良いことだろう」
「そうだといいですけど。わたしもアールズの発展のお手伝い、できたのかなあ……」
 ロロナは独り言のように呟いた。
「できてたよ!」
 急に横手から声がした。

80 :
 ロロナとそろって視線を向けると、半開きになったドアから覗き込むように、こちらを見ている人がいた。
「はっ! ご、ごめんなさい、つい」
「……メルル姫? そんなところで、何を……」
 メルルは気まずそうに、部屋に入ってきた。
「わ、わたしもお見舞いに来たんですけど、なんかあからさまに邪魔っぽかったんで、様子見してたっていうか」
「邪魔など、とんでもない。お忙しいところ、私などの為に足をお運びくださり、恐縮です」
「そんな、堅苦しい挨拶はいいですって」
 メルルはルーフェスとよく似た表情で、つまり落ち着かなさそうな目でロロナを見た。
 ロロナはその視線に気がつかないのか、あっさり口を開いた。
「メルルちゃん。さっきの、できてたよって、何のこと?」
「ええと、それはね……じゃない、それはですね……アールズが発展したのはロロナちゃんのおかげでもあるっていう意味。
って、違う、ロロナさんのおかげです!」
 話し方がうまく定まらないのか、メルルはしどろもどろになっている。
メルルは子供のときのロロナしか知らないのだから、無理もなかった。
「前と同じ話し方でいいよ。メルルちゃんの先生はトトリちゃんなんだし」
 ロロナは気にした様子もなく朗らかに言った。
「うー、でもそんなわけにはいかないし……そういえば、ステルクさん、調子はどうですか?」
 本来の用件だったはずが、そういえば扱いになっていた。若干落ち込みながら、だいぶ良くなってきたと話す。
「……毎日エリキシル剤かあ。さすがロロナちゃん、じゃない、ロロナ先生」
 さらに呼び名が増えているが、それに気がついた様子はない。
「せっかく元の姿に戻ったのに、もうアーランドに帰るんですか?」
「向こうのアトリエも気になるから。やっぱり、あっちの釜の方がしっくりくるし」
「あ、それ分かります! なんか、混ぜてるときの手ごたえがちょっと違うんだよね」
「そうそう! ぐるぐるーってしてるのに、ぐるっぐるるーみたいになっちゃって」
「……えっと、そこはよく分からないかも」
 錬金術士同士やはり気が合うようだった。ロロナの感性があっさり通じなかったところも、見ていて安心できる。
「もう少しお話したいけど、次の依頼がまた来ちゃって……ステルクさん、治るまできちんとここにいてくださいね」
「また錬金話しようね、メルルちゃん」
「はい、ロロナちゃん」
 最後まで口調が混ざったまま、メルルは帰っていった。
 
 ドアの外にも気配はなく、ようやく落ち着いたらしい。
「それにしても、ひっきりなしに人が来ますね。昨日はトトリちゃんも来てたし……」
「ああ。わざわざありがたいことだ」
「みんな、ステルクさんのことが好きなんですよ」
 というより、元の姿に戻ったロロナを見に来ているのだろうが。あえて否定する必要もなかった。
「その理屈だと、ずっとここにいる君は何なんだろうな」
「そりゃあ……って、何を言わせようとしてるんですか、もう!」
「な、何もしてないじゃないか!」
 理不尽に怒られる。そんなことを言い合っている内に、あっという間に日は傾くのだった。

81 :

(番外編2)
 声をかけようとして、トトリは足を止めた。
虚空に向かって剣を振るっているジーノの横顔は真剣そのもので、彼には似合わない険しさがそこにあった。
 そんな珍しい顔をする理由は分かっている。
トトリは近くの切り株に腰を下ろして、ジーノが息をつくときを待った。
 ジーノは先ほどから、ひたすら同じ一連の剣戟を繰り返していた。
どこか見覚えのある剣は先日戦った悪魔に繰り出したものだと、トトリは気がついた。
 あのとき振るった剣を、起きたことを、ひとつずつなぞっているのだろう。
 強力な悪魔だったが、結果的に勝利した。その材料を使ってロロナを戻すこともできた。
ステルクはケガの痛みも忘れてロロナの帰還を喜んでいたようだし、何もかも丸く収まったように見える。
 だが、ジーノにとっては事情が違うのだろう。悪魔が残した大鎌が飛来した際、ジーノは真っ先にトトリをかばった。
かばったつもりが彼もまた、ステルクに守られた。
剣に集中しているように見えて、頭の中はそのことが渦巻いているに違いない。
「ジーノくん」
 真剣な動きだったが、トトリが見ても分かるほど無駄な力が入っている。それはすぐに消耗を促した。
動きが鈍ってきたところでトトリは声をかける。ジーノは魔物が現れでもしたかのように、素早くこちらを振り向いた。
「なんだ、トトリか。いま忙しいんだよ」
「もう疲れてるみたいだよ。これ以上やっても、効率悪くない?」
 ジーノは反論しかけた。だが本人が一番自覚しているらしく、無言で剣を収める。表情はふてくされたままだったが。
「なんか用かよ」
 ずいぶんな言い草だと、内心でこっそりとため息をつく。
「いっしょにステルクさんのお見舞いに行かない?」
 さっとジーノの顔色が変わった。なぜ青ざめたのか、分かるような気がした。
ケガをした直後のステルクが頭に浮かんだのだろう。
 視線を外して、彼は首を振った。
「……俺はいい。トトリだけ行けよ」
「なんで? いっしょに行こうよ」
「いいってば!」
 強く言い切られてトトリは口をつぐんだ。ジーノは気まずそうに目を逸らしている。
 ジーノがそういう態度を取ると分かっていた。けれど実際に言われるのと、思っているのとでは、違う。
ためらったが、はっきりと告げた。
「ジーノくん、怖いんでしょ?」
 静かな声だったがジーノの耳に届いたと思った。
「ステルクさんがケガしたとき、二人して慌てちゃったよね。何したらいいのか分からなくなって、もう無理かもって……」
 ステルクの体から流れ出る、おびただしい血。物のように地面に伸びた血まみれの腕。
それは、錬金術によって開かれた未来が一瞬で閉じてしまうような、恐ろしい感覚をもたらした。
 体が弱かった幼少の頃から、常に誰かに守られてきたとトトリは自覚していた。
錬金術によって、初めて一人前になれた自分が誇らしかった。
自分を師と慕ってくれたメルルによって、その思いはますます強くなってきた。
 錬金術があれば誰かの助けになれる。誰も失うことはない。
それは思い込みに過ぎないと、瀕死のステルクの前に気がつかされた。
 結局、ステルクを連れてアールズに戻るのがせいいっぱいだった。
ロロナの名を呼びながら飛び込んだのは、アストリッドが昼寝をしている店だったのだから、
あのときは正気じゃなかったかもしれない。

82 :

「あんなに怖い思いしたの、初めてだったよ。初めて外に出たときだって、あんなに怖くなかった」
「俺のせいだ」
 ぽつりとジーノが言った。声が震えている。
「俺があんなとこで気を抜かなきゃ、師匠にかばってもらわなくたって平気だった。俺のせいで、師匠が」
「それは違うよ。誰かじゃなくて、みんなが気がつかないといけなかった」
 直接鎌を投げつけられたトトリもまた、鎌の存在を覚えておくべきだった。その後悔を吐き出しても仕方ないと飲み込む。
「怖かったよ、ジーノくん。わたし、錬金術士なのに。もう先生って呼ばれてるのに。あのときのわたし、何もできなかった」
 泣くつもりはなかったのに涙が浮かんでくる。怖かったと認めた瞬間、自分が涙を押さえていたことに気がつかされた。
「泣くなよ。お前が泣いたら、俺まで……」
 最後まで言わない内にジーノは背を向けた。首を下げて、目を押さえている。
「……俺だって師匠に認められたんだ! 俺だって師匠の力になれるはずだったのに、何もできなかった。
トトリがいなきゃ、師匠は死んでたよ」
 死という言葉に、二人とも同時に震えた。認めたくなかった。
たった一瞬で、目の前にいた人がいなくなることなど。今までの努力や積み重ねも、繋がりもすべて、断たれるだなんて。
 ジーノの背中に額をぶつける。そのままの体勢で、しばらく無言で涙を流した。
ステルクはちゃんと生きていて、ロロナもその側にいる。けれど、この涙はその安息に流されてはいけなかった。
「ジーノくんは偉いよ。わたしなんて、あれから調合も失敗ばかりなの。錬金術始めたばかりの頃みたい」
「……俺も、頭の中ぐちゃぐちゃだ。体動かしても、全然、自分で思っているようにならなくて」
 体が成長して、お互いに一人前だと呼ばれて、その通りなのだと思っていた。
けれど世界はもっと広く、あっさりとしていて、人の考えなんてことごとく飛び越えていく。
「わたし達、まだ半人前だね」
 苦しんでいる人の前で、全力を尽くすこともできなかった。
ステルクの側に忍び寄る気配を追い払いもせず、アストリッドに泣きついただけだった。
 あのときのアストリッドは、見たことがないほど真剣に釜に向き合っていた。
一切の迷いなく、自分が生み出すものが人を救うと信じて手を動かしていた。
あれこそが錬金術士の姿だと、トトリは茫然と奇跡が組み立てられる光景を眺めていた。
 悔しい、と初めて思った。
師に勝とうなどと一度も思ったことがなかったが、猛然と胸にわきあがったのは紛れもなく悔しさだった。
「……次は、絶対にこうはさせない」
 決意に満ちた声にトトリは無言で同意した。ジーノもまた悔しがっている。恐れた自分自身を。
 その思いが消えない限りは、まだ自分達は成長できる。そうトトリは確信した。
「あんなときでも、守ってくれたよね」
 自分が守られなければ、また結果は違ったのか。ふと胸に疑問がよぎる。いや、ステルクはジーノもろとも、かばっていた。
「ジーノくんはいつも、わたしを守ってくれるんだね」
「……トトリは弱いじゃん。だから、俺が守ってやるんだよ」
「うん。ありがとうね」
 変わらないものを核にして変わっていける。きっとあの二人も、そうなのだろう。

83 :

 トトリはゆっくりと息を吐いて、言った。
「それじゃあ、まずはステルクさんに会いに行こっか」
「は!? な、なんでそうなるんだよ」
 急にジーノが振り向く。予想はついていたので、トトリは既に普通に立っていた。
「だってジーノくん、これからもっと強くなるんでしょ。だったらステルクさんに会うぐらい、簡単じゃない」
 強くなることと後ろめたさを持つことは、方向がまったく噛み合わないはずだが、ジーノは律儀に悩みはじめた。
「そりゃあ、そうだけど……けど、なんか行くと邪魔っぽいし」
「まあね……先生、ずっと側についてるし」
 空白の期間を埋めるように話し続ける二人は見ていて微笑ましい。そして段々、居たたまれなくなる。
「トトリだけ行ってこいよ。俺はもう少しここで修行してるから」
 先ほどよりすっきりとした顔でジーノは言った。涙の跡が目に残っていることは指摘しないでおく。
「ううん、ダメ。ジーノくんも来るの」
「な、なんだよそれ。勝手に決めるなよ」
 トトリは笑顔を浮かべた。ジーノはその表情の意図が掴めず、きょとんとしている。
 ポーチから、一枚の券を取り出した。
「これ、なーんだ」
「なんだそれ……って、それは!」
 ジーノが一歩後ずさった。トトリが見せたのは、かつてジーノがくれた迷惑料、もとい一日従者券だった。
 いつ使おうか考えている内に月日が流れ、メルルのアトリエで毎日忙しく過ごしている内に存在も忘れかけていた。
だがこの前、ポーチの奥にしまいこんであるのを不意に見つけた。
 世界の重苦しい一面を覗いて気を落としていたトトリは、それでいっぺんに立ち直った。
ステルクと顔を突き合わせて考えたのだろう、とても大人の発想とは思えない文面に笑顔が戻ってしまった。
「ということで、今日はわたしのお願い聞かないとね」
「忘れた頃に出すなよ……しかも、こんなことで。荷物運びとかだろ、普通は」
「ジーノくんが普通って言うかなぁ。荷物なんていつも運んでくれるじゃない」
 従者券を使うまでもなく、相変わらずジーノは頼み事を引き受けてくれていた。その単純さがジーノだった。
「荷物は誰にでも頼めるけど、いっしょにステルクさんのお見舞いに来て欲しいのは、ジーノくんだけだよ」
 そんな言葉より従者券をひらひらと顔の前で振る方が、よほど効果があるようだった。
 ジーノはあくまで行きたくなさそうだったが、うまい言い訳も見つからないらしい。意味もなくその場をうろつきはじめる。
何をためらうのかと、トトリは首を傾げた。
「ステルクさんの前で泣いちゃいそうだから、嫌なの?」
「ち、違えよ! なんで師匠の前で泣かなきゃいけないんだよ」
「じゃあ、いいじゃない」
「全然、良くないっての……ああもう、仕方ないな。行ってやるよ」
 がりがりと頭をかいて、ジーノは半ばやけになった調子で言った。
「ありがとう、ジーノくん」
「従者なんだから、仕方なくだ。もう、さっさと行くぞ」
 一度口に出して、覚悟ができたらしい。ジーノは足早に歩き出した。
「待って、お見舞いも持っていかないと。何がいいかな」
「お見舞いなんていらねーだろ、別に」
「ジーノくんじゃなくて、ステルクさんにあげるんだから、いるの。
ええと、こういうときは果物だってクーデリアさんが言ってたような」
 フアナの店に寄ろうと腕を引っ張る。ジーノは顔だけ出してすぐに帰るつもりのようだが、あっさりと帰す気などない。
 トトリはひとり、決めていた。この幼馴染も、周囲の人も、自分の錬金術できっと守ってみせる。
周囲の笑顔を消さない錬金術を目指してみせる。
 だから、甘えるのは今日で終わりだ。
 渡した従者券をジーノはポケットに適当に入れていた。後からついていくトトリは危うく声を上げるところだった。
半分ほどポケットの外に出ていた従者券が不意に吹いた風に、一瞬でさらわれていった。
「どうした?」
 不思議そうに振り返るジーノの背を、急いで押す。
「な、なんでもないよ……早く行こう!」
 最初はいつ気がつくかと慌てたが、まるでそんな様子を見せないジーノに次第におかしさがこみあげてくる。
 従者券がなくても、こうして横に並ぶ日々は変わりなさそうだった。

84 :

(後日談)
 ケガをしてからおよそ20日後、完治とはいかないもののステルクの体は問題なく動くようになっていた。
入院中、ロロナに毎日のようにエリキシル剤を飲まされていたおかげだろう。
おかげでエリキシル剤は匂いだけで苦痛になったが。
 元の姿に戻ったロロナは、知り合いに会ってはことごとく彼らを驚かせたらしい。
やはり子供の姿の記憶は曖昧なようだったが、印象だけはちゃんと覚えているとのことだ。
退屈なはずの入院生活は彼女の話を聞いている内に、あっという間に終った。
 ルーフェスや城の人々に挨拶をし、メルルのアトリエにも立ち寄る。
トトリはアールズに残るそうだが、そのうちまた帰るとのことだった。
彼女の幼馴染や友人も、しばらくはここにいるそうなので心配は無用そうだ。ロロナは少し残念そうだったが。
 メルルは最後まで元の姿に戻ったロロナに慣れない様子だった。子供の姿しか知らないので話し方に困るらしい。
もっとも二人とも気は合いそうなので、次に会うときはぎこちなさも取れるだろう。
 挨拶を先に済ませ、それから旅の準備に何日かかけた。そして、この日がやってきた。
 ステルクは早朝の騒がしい空気の中、町外れに向かっていた。
ロロナは元の姿に戻ってから、そちらのアトリエを借りている。彼女を連れてアーランドに戻るつもりだった。
トラベルゲートはアーランドに置いたままだと言うので、長い馬車の旅になる。
 早朝の時間帯は、どこも荷下ろしで忙しそうだった。
行き交う馬車も自分が帰還のために乗るとなると、普段とは違う印象を感じる。
 町外れはそれでも静かだった。水音が空気を涼しくさせている。アーランドよりも、ここはもう少し涼しい。
 うにの木が見えたところでアトリエの側に誰かがいることに気がついた。
 ステルクが声を上げる前に、後ろから肩を叩かれる。
「待ちたまえ」
 振り返った先に趣味の悪いマスクを着けた不審者が立っていた。
「……何をしてるんですか、こんな朝っぱらから」
「そんな残念そうな目で見るんじゃない。お前はしばらく、ここで待っていろ」
 ジオと、アトリエの前に立っているアストリッドを見比べた。彼女は腕を組んで、考え事をするように目を伏せていた。
 ジオが近寄っても乱暴にあしらわれるだけだろう。だが、勝算があると言わんばかりにジオは力強く頷いた。
 無理に逆らっても力づくで止められるだけなので、ステルクは仕方なく頷いた。
正直に言えばアストリッドに何を言えばいいのか、わからなかったのもある。
 アストリッドは小さな荷物を肩にかけている。それだけで、彼女が長い旅に出ることがわかった。
 入院中も一度も来ず、最初の治療を施したのは自分だとも言わない。
その無言の行動から、アストリッドがアールズを離れる予感はしていた。

85 :

「やあ、ちょっといいかね」
 ジオはごく普通に挨拶をした。アストリッドは弾かれたように顔を上げ、不快そうに目を細めた。
「黙れ、不審者が」
「不審者ではない。私はマスク・ド……」
「で?」
「……まあいい」
 まさかあの格好で現れれば、アストリッドの敵愾心が薄れるとでも思っていたのだろうか。
これが老いの兆候でなければ良い、とステルクは内心で祈った。
「また一人で行くのかね」
「身軽に生きるのが好きなのでな。それに、私に同行するにふさわしい弟子も育たなかったようだ」
「つまり、みな立派に独り立ちしているということだな」
「わざわざ言い直さんでいい。暇人が」
 ジオはマスクを取った。
真剣そうな顔でふざけたことを言う人だが、アストリッドはそこに自分に似た何かを見つけるらしい。
だから、ああやって忌み嫌うのだろう。
「どこに行くかは知らないが、気をつけて」
「何にだ?」
「……悪魔と思われて、討伐されんようにかな」
「だったら、その一帯を悪魔の土地にするまでだ」
「それぐらい、たくましければいいのだがね」
 普段より、どことなく挑発的な言い方だった。ステルクの違和感どおりアストリッドも眉を寄せた。
「君には、ちゃんと言ったことがなかった気がしたんだ」
 かすかな声に耳を澄ませる。ジオは目を閉じて、深い場所から引き上げるように、言った。
「君の師は、立派な錬金術士だったと思う」
 20年前なら、アストリッドは激怒していたかもしれない言葉だった。だが、今の彼女は表情も変えなかった。
「当然だ。そうでなければ、錬金術などやめている」
 ジオは満足げに息をついた。
「そうか……そうだな」
 話はそれだけだったのだろう。ジオは素早くマスクを着け、マントを翻す。
「ではまた会おう。偉大なる錬金術士の弟子よ!」
 言葉と共に軽やかに跳躍すると、あっという間にステルクをすり抜け、並木通りへ去っていった。
 アストリッドは呆然とそちらを見ている。そして進路上のステルクと目が合った。
「……死にかけたわりに、ずいぶん調子が良さそうだな。相変わらず無駄に頑丈な男だ」
「……無駄と言い添える必要はあるのか?」
 仕方なくそちらに近づく。アストリッドの荷物を改めて眺めた。
「お前が治療してくれたんだろう?」
「弟子2号が完全に取り乱してたからな。そのみっともない様を記憶に収めるついでだ」
「ありがとう。おかげで助かった」
 アストリッドは昔のようにからかってこなかった。頭痛がする、と言いたげにこめかみを指でほぐしている。
 引き留めるべきだと思っている一方で、アストリッドが旅に出るのも当然のことのような気がした。
 世界が広がりすぎたのだ。ロロナも、アストリッドも。寄り添って生きるには二人の世界は広すぎる。
「挨拶はしてきたのか?」
「する必要がないだろう」
 そう言いながらロロナがいるアトリエの前に立っているのは、なぜなのか。あえて聞く必要もないことだった。
 アストリッドはアトリエの扉を叩く気はないようだった。せめて一目でも見た方がいいと思い、ステルクが代わりに叩く。
返事はない。
「まだ寝てるんだろう」
「いや、この時間に迎えに行くと言ってあるが……」
 もう一度叩こうとした瞬間、声が聴こえた。

86 :

「見つけましたよ、師匠!」
 声はアトリエではなく、並木通りからだった。そちらからロロナが走ってくる。
どうも怒っているらしいが、相変わらず迫力がない。
「なんだ、ロロナか。何か用か」
「何か用か、じゃないですよ。もう、お店行ってもずっと留守にしてるし……あ、ステルクさん。おはようございます」
 どうやら早起きしてそちらに向かっていたらしい。
 ロロナはアストリッドの荷物を見ると、頬を膨らませた。
「師匠、今回は本当の本当に怒ってるんですからね!」
「ほう、そうかそうか。今までの恩を忘れて師に歯向かうか」
「は、歯向かってるわけじゃ……」
 反射的にロロナは怯んだ。この口調の後に何か言われる、と体にしみついているせいだった。
「しかし良かったな、ロロナ。諸悪の根源はアールズから去り、アーランドに帰還の予定もない。
これでお前達の世界の平和は保たれる、というわけだ」
「っ?……っ!」
「……どこへ行くつもりなんだ?」
 ステルクは、あえて咎めなかった。アストリッド自身が必要としている言葉だった。
「そうだなあ。遠くの国で、若返りの薬を売り込んでもいいな。欲まみれの金持ちに、さぞかし高値で売れるだろう」
 若返りの薬という言葉に、ロロナが反応した。
「ダメですよ! もうあの薬は悪用しちゃダメです」
「自分の研究をどう使おうが、私の勝手だろう。ま、お前達の耳に入らないところでやらせてもらうさ」
「そんな言い方おかしいですよ。だって師匠、昔は……人のために錬金術をするって……」
 ロロナの言葉が、次第に勢いをなくしていく。
「恥ずかしい過去を思い出させるな。若気の至りというものだ。
私がそんな考えで錬金術をできるわけがないと、お前は身をもって知っているだろう?」
 ずるい言い方だ、とステルクは苦い思いを感じる。ロロナはうつむいてしまった。
アストリッドは二人を通り過ぎようとした。だが、ロロナに腕を掴まれた。
「……師匠。わたし、怒ってるって言いましたよね?」
「そうだったな。しかし好都合じゃないか、私はもうお前の前から」
「言いましたよね!?」
 アストリッドを無理やり遮り、ロロナは語気を強めた。普段見慣れない剣幕に、アストリッドが黙った。
「師匠は分かってないです。わたしがなんで怒ってるのか」
「お前を勝手に若返らせたあげく、そいつを半死半生になるような目に遭わせたことだろう?」
「違います」
 ロロナは即答した。
「師匠の実験に付き合ったのはわたしだし、ステルクさんのケガだって誰も想像できなかった。
だから、そんなことはいいんです」
「……いいのか?」
 アストリッドに目で問いかけられるが、ステルクは目を閉じてそれをやり過ごした。いいとは言いづらい。
「わたしが怒ってるのは、師匠が勝手にいなくなっちゃうことですよ」
「そうして欲しいんだろう?」
 普通ならば弟子に好き放題したあげく、知り合いにケガまでさせるような師匠とは、距離を置くだろう。
「そんなわけないじゃないですか!」
 ロロナの答えは明快だった。あまりに単純すぎて、アストリッドも理解できない様子だった。
「何をしようが、師匠はわたしの師匠です。勝手にいなくなって、それでおしまいなんて、絶対にダメです!」
「……それじゃあお前は、私が改心して、今までしてきたことを涙ながらに謝る、とでも思っているのか?」
「そんなの期待してませんよ。師匠だし」
 やはりそれも即答だった。
「わたし分かりました。師匠が人の道に外れるなら弟子が押し戻せばいいって。師匠のその逃げ癖をわたしが叩き直します!」
 一気に喋り、ロロナは息を弾ませた。

87 :

 アストリッドは顔をうつむけて、小さく肩を震わせる。
「ふ……はは、なんだそれ……」
「え、 なんで笑うんですか?」
「これが笑わずにいられるか。お前、この私に偉そうに説教したんだぞ。しかも、私の逃げ癖を叩き直すだと?」
 目じりの端に浮かんだ涙をぬぐって、アストリッドは声をひそめた。
「……本当にそんなこと、できると思うのか?」
「できますよ。絶対に」
「なぜお前が、私のことに自信を持てる?」
「わたしは師匠の弟子ですよ」
 それで十分だと言わんばかりにロロナは胸を張ってみせた。
 アストリッドはかすかに笑い、それから長い息を吐いた。
大げさな仕草に見えるが、その息に込められたものを思えば決して大げさではなかっただろう。
「……まったく、いつまで経っても師匠離れできない、甘ったれた弟子だな。ロロナは」
「違いますー、師匠がいつまでも弟子離れできないんですー!」
「師に向かって、なんて生意気な口を叩く。ステルケンブルク、こんな頑固で扱いにくいやつの面倒を
よく見る気になったものだな」
 急に水を向けられてステルクは慌てた。まったくだ、と同意しかけたが、そんなことを言えば矛先がこちらに向く。
「……それが、君の良いところだからな」
「えへへー、さすがステルクさんは分かってますね!」
「いや、今こいつ、まったくだと言おうとしてたぞ」
「い、言ってないぞ」

88 :

 ロロナはすっかりアストリッドを連れて帰るつもりらしく、外門で待つ馬車に人数が増えたと伝えに走った。
アストリッドと顔を見合わせて、後からついていく。
「道具があれば一瞬で帰れるというのに、面倒なことだな」
「その分ゆっくりと話せるだろう?」
 そんな感傷的な気分にひたれるような馬車ではないのだが。
 アストリッドは足を止めて、ステルクを見た。
「貴様はいいのか? 私をこのまま連れ帰っても」
 その瞳には、三度目は即死かもしれない、と書かれている。
「平気だろう、別に」
 特に心配はしていなかった。
「ずいぶん自信があるのだな。根拠もないのに、羨ましいことだ」
「根拠というわけではないが」
 先ほどの二人の会話を思い出せば、自ずと答えは出てくる。
「お前より彼女の方が、わがままだからな」
 アストリッドは、その言葉を吟味するように目を閉じた。
「……うむ。不本意だが、納得してしまった」
 ステルクは小さく吹き出す。ロロナは道の先に立って、こちらに手を振っていた。
「私は、ロロナは師に似ているのだと思っていた」
「……なに?」
 唐突な言葉だった。アストリッドの目には感情の動きが見えない。
 つられてステルクはロロナを見た。ステルク自身、考えたこともないことだった。
言われてみれば、全力で取り組んでいるようでどこかずれている言動が似ていなくもないが。
「そんなことは考えたこともなかった、という顔だな」
 アストリッドは苦笑した。その顔を見ると、彼女が長い間その考えに捕らわれていたことがわかった。
「でも違った。ロロナと師は、全然似ていない」
「……彼女の方が、わがままだしな」
「そう。好き勝手に振る舞い、世界をことごとく自分の望み通りに染め上げる、恐ろしい錬金術士だ」
 その言い方だと、魔女だと言っているように聞こえる。色んな意味で笑えなかった。
「だから、あいつといるのは嫌なんだ。先のことばかり考えてしまう」
 しがみついていたい過去ではなく、未来を。その点については同感だ。
「生きている人間が、先のことを考えるのは当然のことだろう」
「そのようだな。あのドジっ子に気がつかされたのは、少々しゃくだが」
 馬車の傍には、いつ合流したのか、アストリッドが創りだしたホム達が佇んでいた。
アストリッドはそちらに近づき、二人の頭を乱暴に撫でる。
「ステルクさん、師匠と何を話してたんですか?」
 ロロナは不思議そうな顔で聞いてきた。
「師匠、なんだか嬉しそうに見えるんですけど……あれ、ステルクさんも、なんで笑ってるんですか?」
 師の未来を変えたことなど知らず、きっとこれからも知ることはない。そんなロロナだから、誰かを救えるのだろう。
「これからも、君といっしょにいられるからだ」
 ロロナは一瞬、何を言われたかわからないという顔をして、そのあと何を言うのかと怒り出した。
 本人は真剣なつもりなのだろうが、やっぱり迫力がない。
けれどそんな顔が好きなのだと、これからは少しだけ簡単に言える気がした。

 いつもより青く澄み切った空の下、馬車は軽快に走り出す。

___
以上。長文、連レス失礼した。

89 :
ここはSS投下スレじゃない
無断転載でスレ違いな内容を長文連投して晒しあげとか
お前は作者に恨みでもあるのか

90 :
スレ間違えたかと思った

91 :
アトリエシリーズは何時でも楽しいジャンルですよねー。

92 :
そのSS知っていたが、無断転載するとはひどいな
しかも2ちゃんに

93 :
伸びているから何事かと思ったら…
流石にスレ違いでしょう
リンク貼るだけでいいんじゃないの?
色々な意味で末期なんだろうな

94 :
どっちにしてもあまり好きになれないssだ
IDあぼーんさせてもらったよ

95 :
個人のサイトのものだったら転載はもちろん直リンクもダメでは
個人的には二次創作自体何かキモいので人目につかないところでやって欲しい

96 :
転載不可と書かれてない=転載OKなわけないだろ

97 :
ytrに何いっても無駄

98 :
設定資料集で言い訳がくるかな

99 :
ここまできて言い訳や見解なんてするかな
>登場人物の軌跡をたどるキャラクター解説
1・2作目までならともかく、メルルのロロナ組の軌跡とか無茶にもほどがある
それとショートノベルでやらかさなければそれでいいんだが

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