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2013年05月アニキャラ総合19: あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part319 (481) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part319


1 :2013/03/26 〜 最終レス :2013/05/10
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
あの作品のキャラがルイズに召喚されました Part318
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1359643448/l50

まとめwiki
http://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/


     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!


     _       
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。


.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

2 :
>>1

3 :
>>1

そろそろ新作が欲しい。

4 :
誰もいないようなので、17:48頃から投下を開始します。

5 :
Mission 38 <闇を統べし、修羅の王> 前編

先日のアルビオンからの宣戦布告を聞き及び、すぐにトリスタニアを出発したロングビルはまずはラ・ロシェールの港町へと訪れていた。
トリステインの王軍がタルブに到着したのは明朝であるが、彼女はその数時間前の夜明け頃に到着していたのである。
既にラ・ロシェールは無人だ。酒場や宿屋にさえ人っ子一人いない。恐らくはアルビオン艦隊が攻撃を仕掛け、タルブに陣を張り始めたのを目にして逃げ出したのだろう。
すぐに戦火に巻き込まれるであろう場所に留まるくらいなら、少しでも遠く安全な場所へと逃げ延びようとするのが人の常である。
むしろそうしてもらった方がロングビルとしては都合が良かった。
これから彼女は魔法学院の秘書ではなく、廃業したはずである盗賊となって活動するのだから。
「ずいぶんと余裕じゃないさ……」
切り立った崖の上に位置した高台からロングビル――フーケは遠目に近郊のタルブを不敵な笑みで眺めていた。
高地であるこのラ・ロシェールからは1リーグも距離がないタルブの草原がよく見える。
その広大な草原にはアルビオン……いや、レコン・キスタの軍勢が陣を張っており、上空には十数隻もの艦隊が浮かんでいた。
今のトリステインはまともな戦争を行えるほどの準備は整っていないはずだ。今、あの艦隊で攻め込めば王都トリスタニアを陥落させるのにそう時間はかからず、被害もないはず。
にも関わらず、わざわざこれから来るであろうトリステインの軍勢を迎え撃とうとしているのだ。
それは力ある者の余裕なのか? 軍勢が動き出す前に徹底的に攻めれば確実な勝利が得られたであろうに、それをみすみす逃すとは。
たとえトリステインの軍勢が迎撃に出てきたとしても、絶対に敗れないという自信でもあるのか。ここでトリステインの軍勢を完膚なきまでに叩きのめし、力を誇示する気なのか。
「悪いけど、そう易々とはいかないよ」
何も奴らが戦うことになるのはトリステインの軍隊だけではない。戦争では様々な不確定な要素が付き物だ。
もしもトリスタニアまで攻められれば、孤児院に預けているたった一つ残された宝物であるティファニアの身に危険が迫ることになる。
あの子を守るためにも、奴らを食い止めねばならない。
口端を微かに歪ませたフーケは酒場から拝借してきたグラスに注がれているワインを一飲みにした。
これは何でも今、あのレコン・キスタによって占領されているタルブで採れる良質のブドウによって作られたものだという。
トリステイン産のワインの中でも五指に入る名産であることはフーケも知っていたが、確かにその噂に恥じぬ味だ。
「ん……」
ふと、フーケは視界に入ってきたものに視線をやった。
レコン・キスタの軍勢が陣を張り、艦隊が上空で静かに身構えている草原の手前に新たな勢力が行進してきたのが見える。
「ようやくご到着かい」
どうやらトリステインが率いる軍隊のようだ。見た所、数はレコン・キスタよりも少ない。
だが、その差はレコン・キスタ側の半分以下にもならない。多少不利ではあるがそれでも圧倒的というわけではないだろう。
しかし、それは地上部隊同士で考えただけのこと。レコン・キスタ側には空からの艦隊という強大な戦力があるのだ。
これでは結果的にトリステイン側の圧倒的不利は確実だった。
「……さて、私も一暴れをしてやろうかね!」
フードを目深に被り、眼鏡を外したフーケは好戦的な笑みを浮かべると、高台から町の入り口に繋いである馬の元へ向かう。
土くれのフーケがこれまで盗んできたのは、数々の貴族の宝。それは自分達から大切なものを奪っていった者達への復讐と報復も兼ねた活動だった。
だが、今回盗むのはいつもとは違うものだ。
自分達から大切なものを奪っていったレコン・キスタへの復讐、報復。
そのために奴らが今、何よりも大事にしているものを、これから手にしようとするものを奪い去る。
『土くれのフーケ』を敵に回せばどうなるか、たっぷりと思い知らせてやろう。
「これで貸しは返してやるさ」
馬に乗り込んだフーケは標的がのさばる戦場を目指して走らせる。
レコン・キスタから『絶対なる勝利』を盗むため、そして恩人である伝説の悪魔の力になるために。

6 :
 
 
ラ・ロシェールより少し南、タルブの草原北部の手前で陣を張ったトリステイン軍の前方数100メイル先より敵の軍勢が見える。
掲げている旗はかつてのアルビオン王家の紋章であった赤地に3匹の竜が並んだ意匠ではなく、王家を滅ぼした反乱軍レコン・キスタの三色の旗が代わりに振りかざされていた。
静々と進軍してくる敵を前に、トリステイン軍は迎撃態勢をとる。メイジを主力とした各連隊が杖を構え、近衛の魔法衛士隊、そして竜騎士達は己が騎乗する翼持つ幻獣や竜をいつでも飛ばせるように準備する。
だが、敵は地上の部隊だけではない。空にはアルビオンの竜騎士達が飛び交い、さらに巨大なレキシントン号を筆頭とした艦隊が浮かんでいるのだ。
ただ空に浮かんでいるだけで発せられる圧倒的な威圧感、全てを押し潰してしまいそうな重圧がトリステイン軍にのしかかり、兵達の緊迫が張り詰めていく。
(落ち着きなさい……落ち着くのよ。アンリエッタ)
最後尾の本陣でユニコーンに跨るアンリエッタは直接目にする敵に打ち震える。
だが、決してそれを他の者に悟らせてはならない。大将たる自分が取り乱せば瞬く間に軍は混乱し、潰走してしまうだろう。
再び湧き上がり出した恐怖を打ち消すため、アンリエッタは始祖へ、母へ、そしてウェールズへと祈りを捧げた。
――ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
耳をつんざく大砲の轟音。それと共に響き渡る悲鳴。地震のように揺れる大地。
勇気を出して、アンリエッタは目を開き目の前に映る光景を目にする。
艦砲射撃だ。アルビオン艦隊の舷側が光り、次々と砲弾が地上目掛けて飛来してくる。
そのいくつかは空中に作られた空気の壁に阻まれて砕け散る。
マザリーニと将軍達の指示によってメイジ達が一斉に魔法で作り出したのだ。1000以上もの数になるメイジ達によって作られた空気の壁は強力な砲弾を受け止められるだけの力を備えていた。
だがそれでも完全に防げるわけでもなく、何発かは威力を減殺されつつも地上に降り注いだ。
地面を抉り、砕け散る砲弾は兵達を次々と吹き飛ばしていく。まともに砲撃を受けた最前線から悲鳴が上がる。
「殿下。砲撃が終わり次第、敵は突撃を仕掛けてきますぞ。お覚悟はよろしいですな?」
「分かっていますわ」
近くに寄ってきたマザリーニがアンリエッタに語りかけてくる。
アンリエッタが内に抱き、隠していたと思っていた恐怖を初めから悟って確認してきたのだ。
「我々に勝算はありますか?」
「五分といった所でしょうかな。今の所、アルビオン軍はどうやらあまり本気を出していない様子です」
「……舐められたものね」
マザリーニの言葉にぼぞりとアンリエッタは呟く。
あれだけ空からの艦隊による支援を受けている軍勢の数は3000。対してこちらは空からの砲撃で損害を受けていく2000の軍。
アルビオン軍は数時間前の朝にこのタルブへと到着したトリステイン軍に対し、何もしてこなかったのだ。
こちらが陣を張っている間であっても砲撃も進軍もせずに沈黙し、こちらに悠々と迎撃の準備を整える時間を与えてくれたのだ。
これがもしも初めから本気で攻めてきたのであれば、下手をすれば陣を構えている最中に全滅していたのかもしれない。
にも関わらず、それをしなかった。……つまり、自分達は敵に馬鹿にされているのだ。
たとえ陣を張って迎え撃とうが、容易く破ってやると。屈服させ恐怖を味合わせてやろう、と。
トリステイン側としてはその時間を与えられたことは好都合であったが、同時にそのように見くびられたことにアンリエッタは内心怒りを感じずにはいられなかった。
(ならば、私達の勇気を示すのみ)
杖を握り締め、アンリエッタは散発的に砲撃を加え続ける敵の艦隊をきっと睨み上げていた。
愛するウェールズが勇気を示し、敵に立ち向かっていたのであれば、己もまたそうせねばなるまい。
たとえ敵が3000の軍勢だろうが、巨大な戦艦であろうが……悪魔であろうが。

7 :
 
「おい! 何だあれは!」
これから飛び立とうとしていた竜騎士隊の一人が当惑した声を上げだす。
その声に他の兵達が、将軍達が、アンリエッタとマザリーニが反応して空を見上げた。
上空およそ1000メイル。そこには昼空の中にアルビオンの艦隊が遊弋し、飛び交う敵の竜騎士達の姿だけが見えているはずだった。
だが、その空域にもう一つの影がどこからともなく飛び込んでくるのをトリステイン軍ははっきりと見届けていた。
その青空と同じ青い影にアルビオンの竜騎士達が次々と襲い掛かっていく。火竜が火炎のブレスを吐きかけ、騎乗している騎士が魔法を放つ。
難なくかわした影から逆に無数の魔法が飛び、竜騎士達が散開して回避した。
「例の風竜だ!」
「魔法学院の生徒とかいうやつか?」
「何故、こんな所に子供がいるのだ!」
「まったく、遊びではないのだぞ!」
兵達から次々と様々な声が上がる。困惑に驚愕、そして癇癪。
アルビオンの竜騎士と交戦を始めたのは一騎の風竜だった。遠目であるため搭乗者はよく見えない。
だがアンリエッタはその姿を目にしただけで、誰が乗っているのかがすぐに理解できた。
(ルイズ。決して無理はしないで……)
魔法学院の生徒の一人が使い魔として使役していた風竜。それに乗っている一人は彼女の大事な親友。
己の意思で侵略する敵に立ち向かい、この国を守るために杖を取ってくれた心強い味方だ。
アンリエッタは感謝と同時に、彼女を戦争に巻き込んでしまったことに対する負い目を感じていた。
だからこそ、自分も彼女に何か力になれることをしてあげたい……。
「マザリーニ枢機卿。竜騎士隊に伝達を」
「はっ」
「敵竜騎士隊と交戦しているあの者達の援護を。彼女達は我らに味方する友軍です」
だがあくまで大将として、アンリエッタは毅然とした態度で命令を下す。
マザリーニはその指示に対して静かに一礼すると、すぐに竜騎士隊へ号令をかけていった。
艦隊からの砲撃は続き、徐々に風の障壁による防御を打ち破っては軍の被害が増大していく。
このままでは突撃してくる敵軍を迎え撃ったとしても易々と突破されてしまうだろう。
親友が自ら戦争に身を投じ、自軍の勝算が限りなく薄いこの現実にアンリエッタは切ない表情を浮かべてそっと目を伏せる。
「殿下。そのようなお顔をなされては、士気に関わりますぞ」
「……分かっています」
マザリーニより咎められたアンリエッタは暗然とした表情を何とか毅然に戻そうとした。
親友が必死にこの国を守るために力を尽くしてくれているのだから、自分も大将らしくせねば……。
(何?)
目を開けた途端、アンリエッタは辺りの景色に違和感を覚えていた。
時刻は昼前。たった今まで雲一つない晴れ上がっていた青空の下には煌々としたタルブの昼の大地と何千もの兵達がひしめいているはずだった。
だが、今はどうだろう。まるで曇りとなってしまったように薄暗くなっているではないか。
おまけにその暗さも微かだが徐々に強さを増しているのが分かる。まるで晴天の昼であったのが突然にして曇りの黄昏へと移り変わっていくような……。
(太陽が……)
ふと、空を見上げるとこれまで大地を照らし続けていた太陽を横から覆い隠していくものが見える。
それは紛れもない、二つに重なった月である。このままいけば、太陽はあの月によって遮られてしまうだろう。
そういえば今日はハルケギニアでは13年ぶりとなる皆既日食の日だったことをアンリエッタは思い出した。
幼少であった頃に一度だけ、まだ健在で政治の杖を握っていた先王――父ヘンリー、母マリアンヌと一緒にトリスタニア王宮の庭から見たのが最後だった。

8 :
 
 
徐々に、だが確実に暗くなっていくハルケギニアの大地と空。
タルブ上空を縦横無尽に飛び回る無数の竜達は変わりゆく周囲の環境を意識する暇もなしに戦いを続けている。
突如として一匹の風竜が空域に飛び込んできた時のを確認すると、竜騎士達は忌々しそうに睨みつけるなり次々と魔法と火竜のブレスを放ったのだ。
先制攻撃は高度を落とされてあっさりとかわされ、搭乗している二人のメイジから逆に魔法の洗礼が浴びせられた。
即座に散開してかわすと、風竜は緩やかに上昇して竜騎士が組んでいた編隊の後方へと回り込んでくる。
風竜がそうして突撃と離脱を繰り返しては二人のメイジが魔法を放って竜騎士達を翻弄していた。
「小生意気な小娘どもめ!」
「今度こそ引導を渡してやる!」
20騎に対してたかが1騎の敵であったが、アルビオンの竜騎士達にとってはそれはあまりにも忌まわしい存在であった。
先日の露払いの任務を邪魔してくれた生意気な連中。トリステインの兵ではない、たかが子供ごときにこうも舐められてはアルビオン竜騎士隊としての誇りが許せない。
「全騎、このまま奴を取り囲め! 決して逃がすな!」
風竜に搭乗している三人の少女達を屈服させんがために、竜騎士隊長は火竜を反転させながら大声で号令をかけた。
何度目か分からぬヒットアンドアウェイを続けていると竜騎士達は大きく散開して手早く行動に移り上下左右後方とシルフィードを完全に取り囲み、一斉に魔法と竜のブレスを浴びせかけてきていた。
風の刃が、火炎の礫が、火竜のブレスが次々と襲い掛かる。
20もの敵に囲まれ、これだけ怒涛の攻撃を集中的に食らえば普通はひとたまりもないだろう。
「これであと二つ」
シルフィードを操るタバサは迫りくる攻撃に落ち着いたままスパーダより預かっていた金色に光る石、アンタッチャブルを頭上にかざす。
アンタッチャブルはタバサの手の中で発光しながら溶けてゆき、タバサだけでなく共に搭乗するルイズとキュルケ、そして使い魔であるシルフィードまでも黄金の光で包み込んでいた。
「掴まっていて」
その言葉に二人はシルフィードの体に強くしがみ付く。
次の瞬間、シルフィードと三人の体が敵の猛攻に包まれた。パンドラを抱えていたルイズは思わず目をつぶる。
体に次々と何かが当たるような感触と衝撃を覚えるものの、不思議と痛みや熱さは一切感じられない。
それでも強烈な攻撃が命中していることに変わりはなく、一発一発が当たる度にルイズの華奢な体は吹き飛ばされそうになるが、死に物狂いでシルフィードの体にしがみ付いて堪えていた。
「きゅい、きゅいーっ!」
シルフィードの体にも当然命中しているのだろう。悲鳴が上がっている。
「ウィンディ・アイシクル!」
「フレイム・ボール!」
攻撃が止んだ途端、タバサとキュルケは反撃へと転じたようだ。
ルイズが目を開くと、黄金の光に包まれたままの二人は濛々と立ち込める煙の外に向けて魔法を放っていた。
「ぐわあっ!」
「ぎゃあっ!」
煙の向こう側から次々と竜騎士達の悲鳴が聞こえてくる。二人の攻撃が命中しているのだろう。
こんな高々度で叩き落されれば地上に墜落するしかない。
「ば、化け物か!? こいつら!」
煙の中から颯爽と飛び出してきた黄金の光に包まれるシルフィードの姿に竜騎士達は戦慄する。
あれだけの猛攻を受けたというのに全くの無傷とは、一体どういうことなのか。先日も似たような光景を見ていた彼らは不死身と言わんばかりの怪物を相手にしているような気分になっていた。
おまけにその上に乗るタバサとキュルケがお返しと言わんばかりに連続で攻撃魔法を放ち、竜騎士達を圧倒していく。
キュルケの炎の魔法が火竜の体を焼き、体内にある火炎のブレスを吐き出すための油が詰まった袋に引火し、急激に燃え上がり爆発した。
タバサの氷の矢が四方八方に絶え間なく拡散し、火竜の喉を、翼を貫き容易く撃墜する。
いくら空を自由に舞える竜とはいえ、それはいわば的の大きな肉塊といっても過言ではないのだ。
それは風竜であるシルフィードにも同じことが言える。
だが、今はアンタッチャブルの発する強力な結界によって無敵に近い耐久力を得ている以上、竜騎士達にとってはあまりにも大きなハンデを負わされていたも同然だ。

9 :
「すごい、すごい! 天下無双と謳われていたアルビオンの竜騎士がこうも簡単に倒せるなんて!」
ルイズはパンドラの箱を両手で抱えている都合上、戦闘に参加することができなかったが、目の前で繰り広げられる光景に思わず興奮してしまっていた。
「全部ダーリンの秘薬のおかげよ。本当、ダーリンには感謝しなくちゃね!」
キュルケはシルフィードの背の上で立って思う存分に、本能に身を委ねながら、強烈な炎の魔法を放っていた。
杖の先から伸びる幾重もの太い炎が重なり螺旋を描き、巨大な渦と化して竜騎士達へと殺到していく。キュルケが渾身の一撃で放った大技だ。
このようにトライアングルクラスのメイジといえど本来ならば一日に一、二発しか使えない技であっても、アンタッチャブルの効果によって精神力はまるで削られることがない。
これをチャンスとばかりにキュルケは次々と大技を用いて竜騎士達を圧倒していた。
「そろそろ効き目が切れる。一度態勢を整える」
前に一度使ったことがあるタバサは、アンタッチャブルの効果が切れかけている感覚を覚えていたのでこれ以上の無茶な攻撃は辞めることにした。
個人に使った場合、およそ一分程度しか持続しなかったのだが、これだけ複数となるとやはりその効き目の時間も分散されてしまうみたいである。
だが、効果が持続するこの10数秒間で敵に囲まれていた所から離脱しただけでなく、その数を半分近くにまで減らせたのは大成と言えるだろう。
スパーダが数々の秘薬を残してくれなければ、決してここまでの成果を挙げることはできなかったに違いない。
タバサは自分達の攻撃で編隊が崩れてしまっている竜騎士隊から一度離れるためにシルフィードを反転させ、高度を上げていた。
ちょうどその時、アンタッチャブルの効果が切れたようで彼女達を包んでいた光が消え失せる。
残る二つのアンタッチャブルもいざという時の切り札として使った方が良いだろう。
「来たわね。もうすぐよ」
シルフィードの上で膝をつくキュルケがさらに上空を見上げながら呟く。
もう太陽は半分近くが月に覆い隠されているために大分暗くなっており、日食が始まる前に比べると空も地上も視界が悪くなっていた。
澄み切っていたはずの青空は濁った水のような緑色の不気味なものと化していく。
まるで嵐が訪れる前の静けさのような不気味な前兆のようにも思える。
完全な日食となるまでもうあと30分も残されていない。
それまでにできるだけ、アルビオンの軍勢を何とかせねばならないのだ。悪魔達と一緒に攻めてこられたら、トリステイン軍も一たまりもない。
「ねぇ、あたし達でどうにかして戦艦を落とせないの?」
「それは無理」
パンドラを抱えながらルイズが言うが、タバサはにべもなく返す。
「でも、王軍にどんどん攻撃を仕掛けてるじゃない!」
アルビオンの艦隊はこの空からトリステイン軍に容赦ない一方的な砲撃を加え続けているのだ。今もまた舷側が光ると同時に轟音が轟き、砲弾が地上目掛けて飛んでいく。
特に巨艦、レキシントン号は舷側だけでなく底部からも無数の砲身が突き出て砲弾の雨を降らせているのだ。
普通に考えれば近づくことさえ間々ならないが、友人のアンリエッタ王女が危機に瀕していることで高ぶっていたルイズはそこまで考えることはできなかった。
「しょうがないでしょ。ダーリンから預かった秘薬だって数は限られてるんだし」
キュルケがため息を吐きながら言う。
スパーダの残した秘薬の内、アンタッチャブルとスメルオブフィアーを駆使して特攻を仕掛ければ可能性があるかもしれないが、これは悪魔の軍勢との戦いに温存せねばならないのだ。
「とにかく今はあの竜騎士を……って、あら?」
いざ再び敵と交戦すべく杖を構えたキュルケであったが、竜騎士達の方を振り向いて怪訝な顔を浮かべた。ルイズも同様に顔色を変える。
気が付けばアルビオンの竜騎士隊とは別の竜騎士達が浮上してきて魔法で攻撃を仕掛けていたのだ。
シルフィードに完全に気を取られていたらしい竜騎士達は、真下からの奇襲攻撃によって次々と撃墜されている。
中には反撃で何騎かを返り討ちにしている者もいたが、すぐに別の竜騎士によって仕留められた。
三人は呆然としながらその光景を見届けている。あの竜騎士達は……。
「トリステインの竜騎士隊!」
はたと気付いたルイズが大声を上げて驚いていた。

10 :
 
 
たとえこれから日食が起こり闇が訪れようとも、アルビオン艦隊からの艦砲射撃は容赦なく続いていた。
遥か上空に浮かぶ巨艦に対する対抗手段を持たないトリステイン軍は一方的なその砲撃を耐え続けるしかなく、さらにこの後には前方より進軍してくる地上部隊と激突しなければならないのだ。
敵は空からの絶大な支援を受けた3000の兵力。このまま正面からぶつかればトリステイン軍に勝ち目はないだろう。
「間抜けなトリステイン軍を蹴散らせー!」
「アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」
草原の中を進軍し続けている地上部隊の兵達は空からの砲撃で無様に蹴散らされていくトリステイン軍を目の当たりにして次々と歓声と唱和が上がっていた。
既に艦隊を失っているトリステイン軍は先日の領軍のように無謀にも自分達アルビオン軍に戦いを挑んできた。
兵力も文句なし、さらに地の利を味方につけたこの戦いは、アルビオン軍の絶対的な勝利で終わることだろう。
誰もがまだ実現していないはずの勝利に酔い痴れ、そして確信しては歓声を上げている。それによって士気がさらに高まっているのは確かだった。
対してトリステイン軍はこの艦砲射撃で完全に浮き足立っている。攻め込むのは今だ。
「ふはははっ! 敵の被害は甚大だ! 全軍、突撃! 突撃ぃ! 一気にトリステイン軍を一網打尽にせよ!」
『おおーっ!』
勇ましい雄叫びが上がり、3000の部隊はここから一気にトリステイン軍目掛けて突撃しようとした。
盆地を駆け抜け、小高い丘を上がればそこはもう敵の陣地なのだ。
一気に勝負をつけてやる。誰もがそう思い、次々と敵を蹴散らしていく場面を夢想したことだろう。
「な、何だ!?」
「うわあっ!」
草原の中に、兵士達の悲鳴が上がった。
ただし、それはアルビオン軍の兵士達のものである。
最前線の兵達が盆地に足を踏み入れた途端、その体が地面へとずぶずぶと沈んでいったのだ。
固い地面が突如として泥の沼地のようなぬかるみへと変化し、足を取られた兵達は為す術もなく大地に吸い込まれていく。
「ど、どうしたというのだ!」
「た、助けてくれえ!」
いつの間にか盆地の地面は草原から湿地帯へと変わり果てており、勢い余っていた兵達はすぐに止まることができず、突如として現れた湿地に突っ込んでは足を取られ、体に絡みつく泥と共に沈んでいく。
あまりの出来事に混乱し、湿地に突っ込んでは溺れ、浮き足立ってしまった兵達より後方の部隊が急停止していた。
だが、混乱はこれだけに留まらない。
「こ、今度は何だ!?」
地上部隊の中心の地面が大きく盛り上がると、その上に立っていた兵達を吹き飛ばしていく。
「ゴ、ゴーレム!?」
「一体、どういうことなんだあ!」
盛り上がった地面は瞬く間に形を変えていき、20メイル以上にもなる巨大な土くれのゴーレムが姿を現していた。
思いもよらぬ出来事が連続して発生し、兵達の混乱は広がっていく。そんな間抜け面なアルビオンの兵達などお構いなしに、ゴーレムは巨腕を振るい始めていた。

「ざまあないねぇ」
トリステイン軍とアルビオン軍がぶつかり合う戦場より300メイルほど北東に逸れた林の中で、フーケはほくそ笑んでいた。
錬金によって沼地へと変えた罠にまんまと引っ掛かり、自分が操るゴーレムが次々とアルビオンの兵達を薙ぎ倒していく様に彼女の溜飲が下がっていく。
有頂天になってのぼせ上がった連中ほど脆いものはない。ちょっとした不確定要素が起きれば簡単に秩序や統制が乱れるものだ。
土くれのフーケとしての本領を発揮していた彼女はアルビオン軍から『勝利』を盗むべくこのまま暗躍を続けることにした。
「さあて、トリステインはどう動くかしら」
既にフーケの暗躍によってアルビオン軍は相当な打撃を受けている。ゴーレムはこのまま暴れさせておくとして、
これだけアルビオン軍が潰走状態に陥っているならばトリステイン軍は反撃を仕掛けてくるに違いない。
地上部隊はこれで何とかなるが……。
フーケはちらりと、黄昏のように暗くなった空を見上げた。
そこには十数隻の戦艦が浮かんだままであり、全くの無傷だ。さすがの彼女でも空の上の相手となると手出しができない。
「……彼らが落としてくれるのかしら」
竜騎士隊と交戦した風竜に少女達と共にスパーダが乗っているとフーケは思っていた。
いくらメイジの魔法でもあれだけの巨艦を撃墜するのは難しいが、伝説の悪魔たる彼の力ならば蚊トンボのように叩き落してしまいそうで、思わず苦笑する。

11 :
 
 
「全滅!? たった30分足らずで全滅だとぉ!?」
タルブ草原の上空より戦列艦と共に艦砲射撃の実施を続けていたレキシントン号の後甲板で艦隊司令長官ジョンストンは喚き声を上げて荒れていた。
彼はたった今、戦況を伝えにきた伝令からの報告を受け入れることができず、逆に激昂する。
「敵は一体何騎なのだ! まさか百騎単位で兵を隠していたとでも言うのか!」
「サー。そ、それが……報告によれば1騎によって過半数がやられ、それにトリステイン軍の竜騎兵によって残りもやられたと……」
「ふざけるな! 竜騎兵はまだしも、その1騎とやらに乗っているのはたかが女子供だという話ではないか! 冗談も休み休みに言えっ! 馬鹿者め!」
怒りに身を任せ、ジョンストンは己の帽子を乱暴に甲板へと叩きつけた。
その恐ろしい剣幕に伝令は怯えて後退り、思わず尻餅をついてしまった。
「伝令!」
「今度は何だ!」
そこへ別の伝令が慌てた様子で駆け寄ってくるが、怒りが治まらないジョンストンは血走った目付きで睨みつけた。
「地上へ降ろした上陸部隊がトリステイン軍と交戦! 劣勢に立たされている模様! ……ひっ!」
ついにジョンストンは血相を変えてその伝令へと掴みかかっていた。
「劣勢だとぉ? 貴様、今何と言った! 我が軍がトリステインに負けているだと! 馬鹿を言え! 敵はたかが2000足らずだ! こちらは3000で錬度も勝る!
それにこの空からあれだけ砲撃を加えたのだぞ! 偉大なる我が軍が敗走する要素などあるはずがないではないか!」
烈火のごとく怒り狂い、大声でまくし立てるジョンストン。もはやそこには総司令官など存在せず、思い通りにいかず喚き立てるただの無能な政治家しかいなかった。
「我が艦隊からの砲撃で、敵軍に損害は与えられたのです。しかし、突撃を仕掛けた途端に前線が沼地にはまり、おまけに突然現れた巨大なゴーレムによって次々と蹴散らされたことで我が軍は完全に混乱に陥れられ……」
怯えながらも必死に報告を伝える伝令であったが、逆にジョンストンの神経を逆撫でる結果しかもたらさない。
「たかがトリステインごときの罠に嵌りおって! 役立たず共めが!」
「落ち着かれよ、司令長官殿。そのように取り乱しては士気に関わりますぞ」
傍に控えていた艦長ボーウッドはそれらの報告を受け止めても顔色一つ変えずに冷静でいた。怒りに任せて杖を引き抜こうとしたジョンストンに手を出し、見咎める。
「何を抜かすか! 竜騎士隊が全滅したのも、地上部隊が敗走したのも全ては貴様の責任だ! 貴様の稚拙な指揮がこの事態を招いたのは明白なのだ!
良いか! この失態はクロムウェル閣下に報告させてもらうぞ! いいな! 報告するぞ!」
怒りの矛先がボーウッドへと向けられ、無意味に喚きながら杖を突きつけるジョンストン。
だが、ボーウッドはため息交じりに素早く杖を引き抜き、ジョンストンの腹目掛けて叩き込む。
その一撃で昏倒したジョンストンをすぐ従兵に運ぶように命じた。実に手際の良い行動だ。
(初めから眠ってもらっておいた方が良かったな)
「竜騎士隊が全滅し、上陸部隊が潰走したとしても我が艦隊は無傷なのだ。作戦行動全体に支障はもたらされていない。諸君らは安心して勤務に励みたまえ」
心配そうに見つめる伝令達に向かって冷静に、落ち着き払った声でボーウッドは告げる。
ホッと一安心した様子で、伝令達は自らの配置へと戻っていく。
「トリステインの底力、というやつか」
素直にボーウッドは敵であるはずのトリステインに対して称賛の意を込めて呟く。
たった1騎だけで10騎以上の竜騎士を討ち果たしてのけたという風竜のメイジ。そして傷つきながらも策略によって3000の兵を返り討ちにしてみせたトリステイン軍。
どちらもまさに『英雄』と呼ぶに値するかもしれない。
だが、いかに個人が力を見せようが、策によって地上の兵を罠に嵌めようが現実は厳しいものなのだ。
その現実を突きつけてやらねばなるまい。

12 :
「艦隊微速前進。面舵」
ボーウッドは感情の一切を殺し、冷徹に命令を下していく。
薄闇の遥か眼下に見えるタルブの草原で潰走するアルビオン軍を蹴散らしていくトリステイン軍が見える。
「左砲戦及び下方戦準備。これより残存勢力の殲滅にかかる」
矢継ぎ早に命令を下していくボーウッドであったが、彼はこの戦に何か違和感を覚えていた。
何かが足りない。……そう、足りないのだ。
それが何であるか、すぐにボーウッドは察することができた。
(あの化け物達が現れないな)
あの革命戦争はもちろんのこと、先日の上陸戦においても突如として姿を現していた異形の怪物達。
貪欲に血肉を求め、残忍な殺戮をもたらすこの世のものではない異形の存在。それが今日に限っては未だ姿を見せていない。
これだけの戦闘が行われていると決まって現れるはずの奴らが、一匹たりとも現れる気配がないのだ。
(雰囲気としては合っているかもな)
黄昏のように暗くなった空を見上げると、十数年ぶりの日食によって八割以上が覆い隠された太陽が見えていた。
強いて言うならば、この闇こそが奴らが姿を見せる前兆なのかもしれない。

「ちょっと、何なのよあのゴーレム!」
100メイルほどの高度にまで降下してきたシルフィードの上でルイズは仰天していた。
「ま、敵じゃあないみたいだけど。この際、どうでも良いわよ。敵を蹴散らしてくれてるし」
キュルケもルイズほど極端に驚いてはいないが、やはりいつもの楽観的思考ですぐに受け流す。
アルビオンの竜騎士を撃退し、トリステインの竜騎士隊と共に地上のトリステイン王軍を支援するべくこうして降下してきたわけだが、そこでは目を疑う事態が起きていた。
トリステイン軍と対峙していたはずのアルビオン軍は見るも無残な状況に陥っていたのである。
前線の兵達は何故かあるはずのない沼地にはまって身動きが取れないでいるし、その後方では巨大なゴーレムが巨腕を振るい、次々と兵達を薙ぎ倒しているのだ。
一体、誰があのゴーレムを呼び出したのだ? ルイズは訳が分からずに戸惑っていた。
ただ、タバサだけはあのゴーレムを操っているメイジが何者なのか、見当がついていたのだが。
恐らく沼地を作り出して罠に嵌めたのもその土のメイジの仕業なのだろう。彼女ならばこの程度の策謀は容易いはずだ。
「この調子なら地上はトリステインだけでも何とかなりそうね」
トリステイン軍は完全に混乱しているアルビオン軍に反撃を開始していた。攻められる側であったはずが逆に攻める側へと移り変わる。
艦砲射撃で損害を受けたとはいえ、まだ3/4もの兵がトリステインには残されているのだ。対してアルビオン軍はイレギュラーによって既にその統制は乱れて浮き足立っている。
最前線の兵達が突撃を始め、ルイズ達と同じように降下してきた竜騎士達が空から攻撃を仕掛け、未だ混乱が収まらないアルビオン軍を打ち負かしていった。
数で勝っていたはずの敵軍を逆に押し潰してしまいそうな勢いであることは、素人目にも明らかだった。
(姫様。どうかご無事で……)
ルイズはちらりとトリステイン軍本陣の方を見やる。この分ならアンリエッタ王女は無事なのだろうと少し安堵していた。
……今の状況では。

13 :
「残るはあれだけね」
空からは未だ無傷の艦隊が艦砲射撃を続けている。地上部隊は全滅させたとしても、あの艦隊を何とかしなければ結局はトリステインの敗北は決まってしまう。
「もう……スパーダがいてくれれば、あんな棺桶とっとと叩き落してやるっていうのに」
スパーダは未だ魔界から戻ってこない。スパーダの視界も見えないし、彼が今何をやっているのかさえルイズには分からない。
パートナーが帰還せず、現在の最大の敵である艦隊に手出しができないがためにルイズはやきもきとしていた。
「だったら戻ってくるまで粘りましょうよ」
「約束の時間も守れないなんて、パートナーの自覚があるのかしら……ったくもう」
いつまで経っても自分達の元に戻ってこないスパーダに対するルイズの不満と苛立ちは更に強くなっていく。
この負の感情を憎らしい巨大な棺桶らを今一度睨んでぶつけてやろうと、空を見上げた。
「……あ」
途端に、ルイズは目を見開き愕然とする。キュルケとタバサも同様に天を仰ぎ、そこにあるものを目にしていつにない真剣な表情となった。
「……いよいよよ。覚悟はいい?」
キュルケの言葉に杖を構えるタバサははっきりと頷く。
黄昏のような闇の中、頭上1000メイル以上もの高さの空に浮かぶアルビオンの艦隊。それよりも遥か天の彼方に、数百メイルに及ぶ巨大な軍艦より恐ろしいものがあった。
大地に恵みの光をもたらしていたはずの太陽は、今や二つに重なった月により完全に覆い隠されている。
月に一度のスヴェル。そして、十数年ぶりの皆既日食。
暗黒の闇が太陽を、白き光を跡形もなく喰らい尽くしていた。

――時は満ちた。
魔界の辺境、最深部に位置するその領域は暗黒の闇の中に、巌々とした岩山が幾重も連なっていた。
深く切り立った谷には禍々しい濃い瘴気が充満し、岩盤からも魔界の瘴気が溢れ出るほどに荒みきっている。
この過酷な環境の中で生き残れる悪魔は、力ある強者たる証でもある。
――今こそ、修羅を制する我らが異世界へと降臨せし時。
この領域の支配者たる『羅王』は十万を軽く超す軍勢を統べし絶対なる覇者の一角。
力ある強者のみが全てを支配する魔界の理に適った修羅の王。
――貴様達も待ち望んだことだろう。己の力を存分に振るえる時を。
煉獄の空間に羅王と共にひしめくは、羅王が覇をもって従えし血に飢えた闇の世界の住人達。
力を持て余していた彼らはこの険しい大地が広がる空間の中で、時に同胞同士で争い合うこともあった。
その度に、長たる羅王は自らの力を持って同胞達を静めていた。絶大なる力の前に魔の住人達はひれ伏すのだ。
――だが、安心するがいい。貴様達が狩るべき獲物はすぐに与えてやろう。
異世界の存在を知っておよそ1000年。羅王は長きに渡り己の力の回復を待ち、侵攻する機会を窺っていた。
羅王の従えし幾万もの兵達もまた、その異世界の先で力を振るうことを待ち望んでいたのだ。
その時が、今ようやく訪れたのである。
――さあ、喰らい尽くせ。存分に力を振るえ。血肉を求め、破壊するがいい。
己が従える膨大な数の軍勢。そして、己自身が求めていた破壊と殺戮。
圧倒的な力と兵を持って、全てを滅ぼし破壊し尽さんがために、異世界へ通じる次元の壁を突き破り、今扉が開かれる。
壁を通してでも、その向こう側では既に新たな争いの火種が蒔かれているのが分かっていた。
だが、その火種はあまりにも小さい。それを覇者たる羅王と修羅なる者達の手で大きくするのだ。
破壊と混沌。それこそが、修羅の世界を生きる者の全てなのである。
――いざ行かん。我らが制すべき、異世界へ。

※今回はこれでお終いです。

14 :
おっちゃん

15 :
お疲れ様

16 :


17 :
パパーダの人乙です、1500年ぶりに自分の分身を取りにきた真の力を見てみたいものです。

18 :
過疎

19 :
スパーダの人、投下お疲れ様でした
果たしてハルケギニアはどうなるのか…今後の展開に緊張します
さてと、皆さん今晩は。無重力の人です
特に何もなければ22時から投下を始めますね

20 :
 閉じられていた記憶の奥深くから゛何か゛が這い出てこようとしている。
 それはまるで、巨大な人食いミミズが獲物を求めて出てくるように、おぞましい゛恐怖゛を伴ってやってくる。
 何故こんな時にそんな事が起こるのかは知らないが、予想だにしていなかった事に彼女はその体を止めてしまう。
 自分が誰なのか知らない今でさえ大変だというのに、自分の体に起った異変に彼女が最初に感じたものは二つ。
 前述した゛恐怖゛と―――――手の届きようがない゛不快感゛であった。
 まるで無数のテントウムシが体の中を這い回っているかのような、吐き気を催すむず痒さ。
 その虫たちが、何時か自分の体を滅茶苦茶に食いつぶすのではないかという終わりのない恐怖。
 脳の奥深くからせり上がってくる゛何か゛に対し、最悪とも言える二つの気持ちを抱いている。
 彼女は焦った。此処が戦いの場でないなら受け入れるしかないが、今の状況だと非常に不味い。 
 ただでさえ自分の身が危ないというのに、一時的に戦えない体になればやられるのは絶対だ。

 やめろ、思い出したくない。突然すぎる記憶の氾濫を拒絶するかのように、彼女は赤の混じる黒目を見開く。
 戦いの最中である為下手に体勢を崩すどころか、自分の頭を抱える事すらできない。
 自分の名前すらも知らないはずなのに、何でこんな事が起こるのか?それが全く分からない。
 腰を低くし、風に拭い去られた煙の先にいた霊夢と――その傍にいたルイズという少女を見ただけだというのに…
 
「なぁおい…あいつ、何かおかしくないか?」
 少し離れた所から聞こえる誰かの声が、必要も無いのに耳へ入ってくる。
 しかし言葉自体は的中している。今の彼女は確実におかしい―――否、おかしくなり始めていた。
 何も知らないはずの自分の記憶という名の海底から、得体の知れぬ゛何か゛が物凄い速度で水面から顔を出そうとしている。
 それに対し何の手だても打てず、ナイフを手にしたままその場を動くことすらできない。
 歯痒さと不快感だけが頭の中を掻きまわし、彼女に゛何か゛を思い出させようとしている。
 もはや体勢を維持することもできず、その場に崩れ落ちてしまうのではないかという不安が脳裏を過った瞬間―――

――…貴女―…過ぎ…――…ハクレイ…
 頭の中に、何処かで見知ったであろう女性の声が響き渡った。
 所々で途切れているが、初めて耳にする声とは到底思えないと彼女は感じた。
 ずっと昔に、ここではない場所で知り合い離れ離れになってしまった親友とも言える存在。
 あるいは互いに対立し合い、決着がつかぬまま勝手に行方をくらました好敵手なのか。
 二つの内どちらかが正解なのだろうが、今の彼女にとってそれはエキュー銅貨一枚や一円玉よりも価値のない事である。
 しかし…謎の声が最後に呟いた単語らしき言葉は何なのだろうかと、小さな疑問を感じた。
 ハクレイ…ハクレイ…何故だろう、どこかで聞いたことのある言葉だ。
 今まで聞いたことは無かったが決して初耳とは思えぬ単語に対し、彼女は心の中で首を傾げてしまう。

21 :
――――……い…抗…うとも…貴…は…人間。霊…を…る…価…い…
 そんな事をしている間、またも女の声が聞こえてくる。
 劣化したカセットテープに収録されたかのように、何を言っているのかすら分からない。
 自分の身に降りかかる異常事態に彼女は冷静になれと自分自身を叱咤する。
 何か伝えたいことがあるのだろうが分からなければ意味が無いし、何より声の主は誰なのかも良く知らない。
 ひょっとするとこれは単なる幻聴で、自分は疲れているだけなんだ。未だに揉めている霊夢達を見つめながら、彼女は呟く。
 一体何が起こっているのか分からないが、今するべき事はとっくの昔に知っている。
 それを実行に移す為、グチャグチャに混ざった頭の中を整理するために深呼吸しようとした直前…

「アッ―――――――」
 今までその姿を伏せていた恐怖と不快な゛何か゛が、スルリと彼女の中に゛戻ってきた゛のだ。

 何時の頃からか脳の奥底に幽閉されていたソレは、自由を取り戻した言わんばかりに彼女の脳内を駆け巡る。
 恐らく深呼吸しようとして力を少し抜かしたのが原因だったのだろうか。今となっては知る由も無い。
 ただ、今の時点で断定できることはたったの一つ。
 彼女は喪失していた自身の゛記憶の一部゛を…恐怖と不快で構成された゛何か゛としか形容できないソレを思い出したのである。 
 マヌケそうな声を小さく上げた彼女には、蘇った記憶に対抗する術を持っていない。
 きっと彼女以外の者たちにも言える事だろうが、一度思い出した記憶は滅多に消える事はない。
 そして、ここへ来てから最も嫌悪感を感じたそれ等が力を持ったのか、彼女の瞳に映る光景を塗り替えていく。

 丁寧に描いた風景画を塗りつぶすようにして幾筋もの赤い光線が周囲を駆け巡り、古ぼけた旧市街地を染め上げていく。
 彼女の目に映るソレはワインのような上品さなど見えず、ただ鉄の様な重々しさが乱暴に混ぜ込まれている。
 この赤には情熱や闘志といった前向きな要素は無い。あるのは暴力的で生々しい陰惨な雰囲気だけが入っていた。
 病気に苦しむ老人たちの集会場であった廃墟群が、そんな色であっという間に覆い隠されてしまう。
 突如目の前の景色が変わってゆく事に対し、彼女は尚も動けずにいた。
 いや、動こうとは思っていたが体がいう事を聞かず、あまつさえ先程まで何ともなかった眼球すら微動だにしない。
 まるで拷問用の特殊な椅子に座らされたかのように、不可視の何かに体を縛られ見たくも無いモノを見せられている。
(な…何が始まろうとしているの…?)
 ナイフを手にしながらもそれをただ握りしめる事しかできない彼女は、唯一自由である心の中でそう思う。
 そんな事をしている間にも目に映る世界は息つく暇もなく変化していく。 

22 :
  
 地平線の彼方へと沈もうとした太陽の姿がいつの間にか消えており、空が明かりを失っていた。
 太古から夜空の明かりを務めてきた双月は未だその姿を出しておらず、代わりに見えるのはどこまでも広がる黒い闇。
 地上の赤と決別するかのようにハッキリとしたその闇からは、ただただ不気味さだけが伝わってくる。
 一体どれだけの黒いペンキを垂れ流せば、今の彼女が見ているほどの闇を表現できるのだろうか。
 まぁ、深淵のように最果てすら見えぬ闇をペンキなどで再現する事は限りなく不可能であろう。
 何故なら、この闇を見ている唯一の存在は目も体も動かぬ彼女だけなのだから。
 そして彼女自身誰かに命令されようとも、この光景を再現する気はこれぽっちも無かった。
(一体何が起こっているの…?)
 儚い黄昏時から怖ろしい程に単調な赤と黒へと変わりゆく世界の中で、彼女は一人戸惑う。
 最も、普通のヒトならとっくの昔に錯乱していてもおかしくはないが。
 とにかく今になって遅すぎる戸惑いを抱き始めた彼女には、この事態に対し打てる手など皆無に等しかった。
―――……聞くけど…どう…して貴……と一緒に普通の……生を……ると…ったのか…ら?
 そんな彼女に追い討ちを掛けるかの如く、再び頭の中に女性の声が響く。
 別にこれといった痛みも感じず、囁きかけるようにして自分に何かを離したがろうとする謎の――――…いや。
(違う…私は知っている、この声の持ち主は゛誰゛なのかを)
 そんな時であった。石の様に体が固まった彼女がそう思ったのは。
 先程頭の中に入り込んだ記憶が何かを思い出させたのか、それとは別の原因があるのかは知らない。
 ただ彼女にとって、声の゛主゛が自分にとって軽んじる程度の存在ではないと瞬時に理解していた。
 
――――所…詮貴女は…の巫女。…この娘を立派な…に育て上げる事こそ…が今の貴女の…
 再び聞こえてくる声は、最初の時と比べある程度聞き取りやすくなっていた。
 しかし、ノイズ混じりのソレが鮮明になってゆくにつれて、彼女の脳内で再び゛何か゛が浮かび上がる。
 まるで海底を泳いでいた人間が呼吸をする為に水面目指して泳ぐように、それはあまりにも急であった。
 ただ、最初に感じた゛何か゛とは違い、それからは恐怖とかそういうモノは感じられない。
 むしろその゛何か゛は、今の彼女のとってある種の救いを提供しに来たのである。

23 :
 

―――――その娘は…逸材だというのに……普通の人と同じ…人生を歩ませ…なんて、宝……持…腐れ……
 
 赤と黒の世界に佇む彼女は、尚も頭の中で響く声にある感情を見せ始める。
 それはおおよそ―――例え声だけだとしても、他人に向ける代物とは思えないどす黒い色をした感情。
 ゲルマニアにある工業廃水と同じような色をしたソレを声だけの相手に浮かべる理由を、彼女は持っていた。
 そう。最初に自分の頭の中を混乱に陥れようとしたソレとは違う、二度目の゛何か゛が教えてくれたのだ。
 ゛全ての原因は、オマエの頭の中に響き渡る声の主にあるのだ―――゛…と。
 
 
 自分の身に何が起こっているのかという事に関して、彼女が最初から知っている事は何一つ無い。
 彼女はただ自身が誰なのかも知らず、自分自身に戸惑いながらここまで生き延びた。
 気づけば森の中を何に追われ、小さな少女に介抱されたと思いきや、その子を抱えてまた逃げて…
 そうこうしている内に人気の多い場所へと足を踏み入れたと彼女は、自分とよく似た姿をした少女と遭遇した。
 自分よりも感情的で、猫の様に一度掴めば狂ったように手足を振り回す彼女の名前は――――霊夢。
 何故自分が;霊夢の名前を知っていて、瓜二つの姿をしているという事は勿論知らない。
 最初に出会った時は明確な怒りをもって霊夢を殺そうとしていたが、今はもうその気にならない
 たが今になって自分がとんでもない勘違いをしていた事に、彼女は気づいていた。
 自分の中に渦巻く怒りが「殺せ」と叫んでいたのは、霊夢の事ではなかったという事に。
 
 名前も知らず、何処で生まれ、今まで何をしてきたのかも知れない彼女はその足を動かす。
 先程まで地面と空気に縛られていた足がすんなりと動き、未だ口論を続ける霊夢とルイズへ突撃する。
 そのついでに使う必要のないナイフを捨て、空いた右手で拳を作った彼女は、自分が倒すべき゛紫の色の影゛を見据える。
 今まで見える事のなかったソレは、記憶の一部を取り戻した事により今ではハッキリと見える。
 実体すら定かではないその゛存在゛は寄り添うようにして霊夢に纏わりつき、べったりと寄り添っている。
 まるでその体に貼りついて生気を吸い取らんとしているかのように、ゆっくりと蠢いたりもしていた。
 不思議とそれを目にすると何故か無性に腹立たしくなり、誰かを殴り倒したくなる程度の怒りも込み上げてくる。
 自身の怒りが殺せと連呼していたのは、霊夢の事ではない。
 彼女は今にして思い出した――――Rべきなのは、霊夢の後ろに纏わりつくあの゛影゛だという事に。
 
 さっきまで体に纏わせていた゛曖昧な殺意゛が゛明確な殺意゛に変異し、それを合図に彼女は霊夢に殴り掛かった。
 否…正確には彼女―――――偽レイムだけにしか見える事のない゛紫色の影゛へと。

24 :
 
 その攻撃は、場違いな口論をしていた二人にとって不意打ち過ぎた代物であった。
 最も、ケンカすることを控えて警戒していれば回避できたという事は、言うまでもないが。
「っ…!?―――――――ワッ…!!」
 やや泥沼化の様相を見えさせていたルイズとの会話の最中、偽レイムの方から濃厚な殺気が漂ってきた。
 咄嗟にその方へと顔を向けた霊夢は、驚愕しつつも寸での所で相手の攻撃を回避する事ができたのである。
 瞬間的に体を際メイル程後ろへずらした直後…相手の右拳が視界の右端から入り、左端へと消えていく。
「ちょっ――キャアッ!」
 霊夢の隣にいたルイズは回避こそできなかったものの、偽レイムの攻撃を喰らう事は無かった。
 その代わり、突撃してきた偽レイムにひるんでしまったのかその場で盛大な尻餅をついてしまう。
 一方の偽レイムはそんなルイズに目もくれず、自分の一撃を回避した霊夢を睨んでいる。
 霊夢と同じ赤みがかった黒い瞳は光り続け、それどころか先程と比べその輝きを一層増している。
 まるでその目に映る相手が親の仇と言わんばかりに、彼女の両目を光り続けていた。
「人が話し合ってる最中に攻撃なんてね…私はそんな常識知らずじゃないんだけど?」
 三メイル程度後ろへ下がった霊夢は、振りかぶった姿勢のままで停止した偽レイムの右手を一瞥する。
 殺人的と言える速度を出したその拳に、既に汗で濡れている彼女の背筋に冷たい何かが走る。
 それと同時に、偽レイムの体に纏わりついている気配が先程までのモノとは違う事に気づく。
 
 最初に出会った時は、激昂していた霊夢とは違いやけに冷静な怒りに包まれていた彼女の偽者。
 ところが、ルイズと口論した後のヤツは冷静さこそ失われてはいないものの、その怒りにハッキリとした゛殺意゛が含まれている。
 まるで興奮していた切り裂き魔が、時間経過と共に落ち着きを取り戻し体勢を整えたかのように。
 先程までの戦いやルイズに手を出そうとした時とは違い、今度はしっかりと自分の命だけを狙って殴り掛かってきた。 
(何よコイツ…本気出すなら最初から出してきなさいっての)
 今までとは打って変わって攻撃してくる偽者に毒づきつつ、本物は先程の攻撃を手短に分析する。
 
 突然の奇襲となった相手の拳は結界を纏っていなかったものの、その威力事態は凄まじいのだとわかる。
 もしも回避が一秒でも遅れていたら…と事すら考える暇もなく、霊夢はすぐに戦闘態勢を整える。
 相手が襲ってきたのなら対応するしかないし、もとよりこの場で退治するつもりであったのだ。
(まぁ…色々とイレギュラーな存在が紛れ込んじゃったけど、今は目の前の敵に集中しないと駄目よね)
 気持ちを瞬時に一新させた彼女は左手にもったナイフを握り締め、目の前にいる偽レイムと対峙する。
 しかしその直後、襲ってくる直前まで隣にいたルイズか゛今どこにいるのか゛を知り、咄嗟の舌打ちが出てしまう。
(こういう時に限って、あぁいう邪魔なのがいるのはどうしてなのかしら…!)
 今日は本当にツイてない。自分の身やその周りで起こる色々な出来事全てが悪い方向へ向いてしまう。
 下手に動けばルイズが死ぬかもしれないという状況の中で、霊夢は動き出せずにいた。

25 :
 一方尻餅をついてその場を動けないルイズは、目の前にいる偽レイムを見上げていた。
 鳶色の瞳を見開かせた両の目には確かな恐怖が滲み出ており、僅かだが体も震え始めている。
 魔理沙の首を絞め、霊夢が介入しなければ自分を絞殺していた存在がすぐ傍にいるのだ。恐怖しない方がおかしい。
 先程までは強気になって魔法を放てたものの、今の状況では呪文を唱えるより相手が自分の頭を殴り飛ばす方が圧倒的に速い。
 魔法に詳しい故に長所と短所も知っているルイズだからこそ、その手に持ったままの杖を振り上げる勇気が無かった。
「あ…あ…あぁ…」
 ジワジワと心を侵していく緊張と恐怖のあまりに大きな声を出せず、ガラスで黒板を引っ掻いたような掠れ声だけが喉から出る。
 本当なら今すぐにでも叫び声を上げて逃げ出したい――そう思いつつも彼女の体は動こうとしない。
 彼女にとって突然過ぎた敵の攻撃と、今すぐ殺されるのではないかという恐怖という名の縄に締め付けられている。
 しかしそれ以上に、胸中に刻み込まれた一つの言葉が今の彼女をこの場に押し留めていた。
 脳内に響くそれを発言した者は、ここへ至る道中にルイズと魔理沙を止めようとした八雲紫である。
 
 ―――――――――もし今後も怯えるだけなら、霊夢の傍につくような事はやめなさいな 

 相手を諭すように見せかけ、挑発とも言える人外の声は先程までのルイズに投げかけた一種の挑戦状。
 霊夢を召喚した結果に起った異変を解決するにあたり、紫は今までの彼女では足手纏いと判断したのだ。
 学院から離れた森の中でキメラに襲われた際、ルイズは戦うどころか杖を構えることなく臆している。
 偉そうな事を言いつつも、いざとなれば年相応の子供となり、怯える事しかできない彼女の姿は大妖怪の目にはどんな風に見えたのだろう。
 ともかくそれを「ドコで」見ていたのかは知らないが、霊夢にも感知できない「ドコか」で見て、その結論に至ったのかもしれない。
 その言葉には、幻想郷で起きた異変を解決する為にも、今のところ必要なルイズの身にもしもの事が起きない為に、という配慮も見え隠れしている。
 しかしルイズは、自分がこれ以上に霊夢達に守られるという事はなるべく避けたかったかったのである。
 キッカケだけとはいえ、霊夢を召喚してしまった自分も原因の一端である事に間違いない異世界の危機。 
 ハルケギニアより小さいとはいえ、下手すれば返しきれない借りがある彼女達の居場所を奪ってしまうかもしれないのだ。
 もはや戦いを傍観する側ではない。あの妖怪の前で宣言したルイズはなんとか勇気を振り絞って立ち上がろうとする。
(私だって…戦えるのよ!私を助けてくれたレイムやマリサみたいに)
 紫の声が幻聴となって聞こえるなか、自らの恐怖と戦い始めたルイズは知らない。
 時と場合によっては、その勇気が取り返しのつかない危機を生み出す原因なってしまう事を。
 そして…戦いの場において恐怖に対し素直になるという選択肢も――――決して悪くないという事も。

26 :
 ちょいと短めですが、これで今月分の投下は終了です。
 それでは皆さん、今日はここいら辺りで…また来月にでもお会いしまょう

27 :
お疲れ様です。来月も楽しみに待ってます。

28 :
無重力の人、乙です。
さて、先週はお休みして済みませんでした。
もし予定がないのなら、最新の方の投稿を始めようと思います。
時間は0時20分頃からになります。

29 :
それでは始めます。

 それは…満月が光り輝く闇夜だった。
 流浪の果てに行き着いた街並み、東京の、何処か打ち捨てられた祠。
 目まぐるしく移ろぐ時代の中、それを変えられず、剣を捨てられぬ二人の男がいた。
 一方は人斬りを否定し続け、また一方は人斬りを快楽とし続けていた…正反対な二人の剣客。
「どうした…抜刀斎、何を躊躇っている」
 ここで剣心は、今自分が何をしているのかに気づき、ハッとする。
これは―――この場所は―――。
「小娘にかけた『心の一方』を解くには、俺をRしかない。俺を殺さねば小娘が死ぬ。俺を殺せば小娘は助かる…簡単すぎる選択だ」
 手には逆刃刀の、刃の部分を前に掲げ、視線は蹲っている一人の男に集中している。
「躊躇うことはない。またその時間もない」
 男は、腕を折られ、満身創痍の様相にもかかわらず…その目は未だに狂気を帯びて爛々と光っていた。
 頭をコツコツと叩きながら、まるで渇望するかのように掲げたままの刃を見る。
「伝説の人斬り様の兇刃、冥土の土産に一撃脳天にくれよ」
              人斬りは、所詮どこまでも人斬り…。
「…そうだな、お前に土産などくれたくもないが…だが…」
 な、何を言っているんだ…?
 そんな思いとは裏腹に、口が勝手に、目の前の男に語りかけていた。
「薫殿を守るため、俺はもう一度『人斬り』に戻るさ」
 違う…もう人斬りはしない…そう誓ったではないか…!!
 止めようとしても、意思とは関係なく体は動く。まるで運命がそう定めているかのように、躊躇いなく刃を振り下ろそうと構える。
              同じ人斬りが言うんだ。間違いない。
「そうだ!! それでいい!! お前の兇刃を、この刃衛に味わわせてくれェ!!!」
 男は狂気を孕んだ笑みを浮かべて叫ぶ。殺される瞬間、それすらも愉しんでいるかのような目つきをする男に向かって、
『俺』は――――。
「R」
「――――はっ!!!」
 そこで、剣心は意識は現実へと引き戻された。
 気付けば、そこにあるのはもはや見慣れた風景。きちんと整っているルイズの部屋であった。
 日はまだ昇っておらず、双方の月が地平線へと沈んでいくのが窓から見える。
ルイズは剣心の上げた声に気づかず、すやすやと眠りの世界に入っているようだった。
「相棒…一体どうしたよ?」
 代わりに問いかけてくるのは、鞘から半身抜け出てきたデルフだった。流石にデルフには剣心の呻き声が聞こえたようである。
「珍しいな、相棒がうなされるなんてよ。何か悪い夢でも見たか?」
 普段茶化すデルフが、結構真面目そうな様子で声をかけてくるあたり、どうやら尋常じゃないうなされ方をしていたらしい。
 剣心は、何でもないような風を装って答えた。
「ああ、なんでもないでござるよ。ちょっと…」
「ちょっと、何だ?」
 疑問を持って再び尋ねるデルフに対し、剣心は…どこか遠い目をしながら言った。
「昔の夢を、見ていたでござるよ」
「昔…ってえのは、相棒がいた『世界』ってことか?」
「………」
 その先を、剣心は答えなかった。デルフも、無理に問いただそうとはせずにそのまま鞘へと戻っていく。
「ま、相棒は少し真面目すぎるからなぁ。たまにはゆっくりするのも悪くはないと思うぜ」
「…かたじけない」

30 :
「いんや、いいさ。使ってくれなくても相棒は相棒だしな。いなくなったら俺も困るわけだしな」
 そう言ってデルフは、また鞘へと納まっていった。
 剣心は、しばらく寝付けずに、ただゆっくりと地平線へと沈んでいく月を眺めていた。
(前にも、確かこんなことがあったな――――)
 何故か薄らと光る、左手の使い魔のルーンを見つめ、そんな、昔に思いを馳せるような事を考えながら。

     第三十八幕 『蘇る狂気』

 あの事件から、数ヶ月の月日が流れた。
 ゆっくりと四季が流れるここハルケギニアにも、夏がやって来た。
 激しい日が地上を照らす様は、異世界でもどこでも変わらない。無論ここトリステン魔法学院でもそうだった。
 夏季休暇ということで、多くの生徒が家や旅行で出かけているため、今の学院は物静かで久しかった。
 彼女もその例外ではないらしく、ルイズも部屋で何やら荷物などをあちらこちらで纏めていた。
「明日から夏季休暇なんだけど、わたしの家に行くことになったから」
 ルイズが、同じく荷物の手伝いをしている剣心にそう言った。
 何でも、ルイズもこの休暇を利用して一度自分の領地に帰るとのことだった。
「ルイズ殿の家というのは、どんなとこでござる?」
「そりゃあもう、こことは比べ物にならないほど大きいわよ! でも…」
 エヘンと胸を張るルイズだったが、同時にどこか表情を暗くらくする。何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「まあ、いいわ。取り敢えずアンタを家族に紹介しなきゃね」
 そう言って剣心を見るが、彼は夏であるにもかかわらず普段着る着物の様子だった。その姿は平民以外の何ものでもない。
(ちいねえさまなら兎も角、他の皆が見たらどう思うだろう…特にエレオノール姉様は…)
 そんな事を考えている内に、窓からフクロウが現れ、ルイズの肩に止まった。よく見ると、何やら手紙のようなものがくわえられていた。
「…なにかしら?」
 突然の手紙に戸惑いながらも、ルイズはそれを手に取り、手紙を広げて中身をあらためる。
 ひと通り読んだあと、ルイズが真顔になって剣心に言った。
「帰郷は中止よ」

「…おろ、どうしたでござる?」
 当然、疑問符を浮かべて尋ねる剣心に、ルイズは先程の手紙を渡した。それを見てみるが、まだ剣心はこの国の言葉がよくわからなかった。
 そう言えば、言葉は分かるのに何故文字は読めないのだろう? 剣心は不思議そうに首をかしげた。
「何て書いてあるでござるか?」
 再び聞き返す剣心を見て、ルイズは仕方ないような体で語り始めた。
 手紙の主はアンリエッタからだった。簡単に言うと、これからアルビオンは艦隊での侵攻をしばらく諦め、不規則な戦闘を仕掛けてくるはず――とマザリーニを筆頭にそう考えているとのことだった。
 街中での暴動を扇動させ、反乱を起こす。そういう卑怯な手でトリステインを中から攻める…と見たアンリエッタ達は、治安の維持を強化する方針に決めたとのことだった。
「成程、それでルイズ殿や拙者にどうしろと?」
 まさか報告だけじゃないだろう。こうやって手紙を遣わしたというのは、何かして欲しい理由があるはずだ。
「まあ、情報活動ね。何か不穏な動きはないか、平民との間ではどんな噂が流れているか、それと…」
 ルイズは、手紙と一緒に添えられた資料を見て、険しい表情で剣心に言った。
「今起こっている『事件』を追って欲しい、ってあるのよ。危険だからあくまで探索にとどめてくれって書いてあるけど」
「どんな事件でござる?」
 どうやら、もう事は起こっているらしい。剣心はどんな事件なのかをルイズに尋ねた。
 ルイズは、資料を見ながらこう答える。
「えーとね、『貴族連続殺人事件』…巷では『黒笠事件』と呼ばれているらしいわね」

31 :
「…――――!!?」
 それを聞いた剣心は、これ以上ない驚いた顔でルイズを見た。ルイズも、そんな剣心のリアクションに少しビビったようだ。
「な、何? どうしたの?」
「他に…なんて書いてあるでござる…?」
 ルイズの言葉は無視して、その手にある資料を見やりながら、剣心は聞いた。その目は、どこか鋭く怖かった。
「えっと、要はその黒笠なる人物が、今このトリステインで高位についている貴族、政治を動かしている貴族を中心に、予告状らしき物を送ってきては殺しているらしいの…まず間違いなくアルビオンの手先ね」
 そう推察するルイズを尻目に、剣心はふと昨日見た夢を思い出す。
 久しぶりに見た過去の夢…最近はまためっきりと見なくなったのに…。これもまた、何かの予兆なのだろうか…。
(否…まだ確定じゃない)
瓜二つの人物だろうか、それとも別の…その情報自体虚偽の可能性だってある。
 だが、現にこの世界には先代の比古清十郎や、死んだと思われていた志々雄真実もいた。今更あの男がいても、不思議ではないことだけは確かだった。
「だから、私たちはトリスタニアの宿で下宿して、身分を隠してそういった事件の情報を集めて欲しいって書いてあるの、経費もこのとおり…って聞いてんの、ケンシン!!!」
 怒ったルイズの声に、剣心はハッとしてこの世界へと帰ってくる。
「ああ、要は情報収集でござろう?」
「まあ、分かってんならいいけど。それじゃあさっさと支度するわよ」

 必要な荷物を纏めたルイズ達は、その日の内に魔法学院をあとにし、都市トリスタニアへと向かうこととなった。
 無論馬車は使えないので歩きだ。ちなみに学院からトリスタニアだとゆうに二日近くはかかる。
 ジリジリと日の照りつける中、ルイズは汗を拭いながら恨めしそうに太陽を見上げていた。
「暑い…」
「ガンバでござるよ。ルイズ殿」
 そのルイズの前を、剣心が涼しい顔をして歩いていく。彼には荷物運びを任せているというのに、相変わらず疲れ一つ見せていないようだった。

 漸くトリスタニアへとついたルイズ達は、まず貰った手形をお金に変えようと財務庁を訪ねた。
その数新金貨六百枚。およそ四百エキュー。
 その金で早速、剣心は仕立て屋へと赴いた。自分はいい。だがルイズの格好はどう見たって貴族の学生の格好そのものだ。
 ルイズは嫌がったが、「平民はマントをつけるのでござるか?」と剣心に言われ、渋々といった様子で地味な服に着替え始めた。
 それが終わって、ルイズは一度金勘定をして…やり切れなさそうに叫んだ。
「足りないわ…これじゃ馬を買っただけで消えちゃうじゃないの!」
「馬で歩く平民なんて、そんな滅多にいるものでござるか?」
『身分を隠せ』が主な任務だというのに、そんな大金で買った馬なんて目立ってしょうがない。第一歩けば済む話ではないか。
 しかしルイズは妥協しない。
「何言ってんの、馬がなきゃ満足なご奉公はできないわ。馬具だって要るし、宿だってヘンなとこには泊まれないし。このお金じゃ、二ヶ月半泊まっただけでなくなっちゃうじゃないの!!」
 二ヶ月で四百エキューが消える宿や馬というのは、一体どういうものなのか。
 少なくともルイズは、『情報収集』というのはどうやってやるのかを、全く知らないようだった。
「だから身分を隠すのに、高い宿に泊まる意味はござら―――」
「嫌よ!! 安物の宿じゃよく眠れないじゃない!!」
 キーキー喚くルイズを見て、剣心は何を言っても無駄だろうと思った。はぁ…とため息をつくと、改めてルイズにこう言った。
「まあ、これを機にお金の使い方を学ぶでござるよ。拙者はその金は使わないから、全部ルイズ殿の好きに使うでござるよ」
 あえてアレコレ言うより、実際に世間の波に揉まれたほうがいいと、剣心はそう判断したのだ。
 剣心の懐には、まだ宝探しで集めたお金が少しは残っている。安宿一つ泊まれるか位の端金だったが、十年間流浪人してきた剣心から見れば、これでも結構あるほうだった。
「拙者は取り敢えず、情報を探しに行くでござる。もし何かあったら、ここで落ち合うことにするでござるよ」
 剣心はそう言い残し、この中央広場を指差した。そして未だに悶々と悩むルイズを置いて、その場を後にした。
 こればっかりは…どうしても一人で調べたかった事だったからだ。
 しかし、それが完全に裏目に出るとは、この時の剣心は予想もしていなかった。

32 :
 一旦ルイズと別れた剣心は、トリスタニアの隅々を歩いて回った。こういう時に必要になるのが地理だ。知ると知らないとでは大きな差が出る。
 そのへんも踏まえつつ、情報屋や酒場によって情報を集めながら、ついでにこの国の文字を覚えながら、剣心は今この国に起こっている『黒笠事件』について、くわしく調査を始めていた。
 前に来たことのある武器屋の主は、こう話す。
「『土くれ』が世間を賑わしてた時は、結構剣を買っていく貴族様がいらしたもんなんですがね。今度のはその比じゃあありませんよ。
なにせ頂いていくのは宝石じゃなくて命なんですから、そりゃあたまったもんじゃないでしょ。しかしそのおかげでウチは繁盛するってもんですから、世の中というのは良く出来てますよねえ」
 ある情報屋では、今噂される事件についてこう話した。
「ここだけの話、その『黒笠』ってえ奴は貴族じゃないらしいぜ。何でも異様な剣を振って人を斬ってたらしいのさ。だがそれ以外は全くの謎。性別や出身、何を目的としてそんな事をしていることはさっぱり分からねえんだよなこれが」
 また別の酒場では、その事件に巻き込まれながらも、何とか生き延びた傭兵がいた。
「ああ、あんときはホント死ぬかと思ったね。今でも思い出せるさ。貴族の連中が、ソイツに向けて一斉に杖を抜いたかと思うと、皆急に固まりやがってさ。
結局呪文の一つも唱えられずに次々斬り殺されていったよ。え? 何で俺は助かったかって? 隅っこで縮こまって隠れてたのさ。人間忠誠より命が大事ってね」

 ある程度の聞き込みを終えてみると、いつの間にか日も夕暮れへと差し掛かっていた。人気の少ない街路を歩きながら、剣心はデルフに尋ねる。
「どう思うでござる?」
「何がだ?」
「お主の中で、そう言う者や魔法に心当たりは?」
 デルフは少しうーんと唸ったあとに、こう答えた。
「敵の動きを封じる、もしくは束縛する魔法ってのは幾つかあるさ。けどなぁ、聞いた話じゃソイツ、貴族じゃないらしいじゃねえか」
「杖を使わずに魔法を操るというのは?」
「いんや、少なくとも魔法ってのは杖を媒介にして使うもんだ。杖を使わずに唱えられる魔法は『先住魔法』っていってな。大体亜人かエルフにしか使えねえ。…その『先住魔法』にしたって、行使するのに呪文やら口上やらが必要だけどな」
 それを聞いて、逆に剣心は予想を確信へと強めたのだった。
(ならば…最早確信だと言ってもいいだろう)
間違いなく事件の元凶は奴だ。
黒笠の意味もそうだが…魔法が絶対優位のこの世界でメイジをやすやすと斬り殺せる剣客はそうはいない。メイジ相手にそれなりに戦ってきた剣心も、そのくらいのことは分かる。
「心当たりがあるのか、相棒?」
「……まあ、な」
斬奸状の意味は自分への当てつけか…そして『詠唱も使わず』動きを止める技術…まず間違いない。『心の一方』だ。
死んだ人間が実は生きていた、なんて話は幕末の頃に何度も経験はしている。しかし奴は確かにこの目で死んでいくのを見た。それは本当だ。
だが、同じように死に様を見届けた志々雄がこうして生きている、更に、この世界には死人を操る指輪もある。
ならばもう、疑いようは無いだろう。
「だったら…少し危険だな…」
 敵は自分の顔は割れている。ルイズがどうかまでは分からないが…まず間違いなく狙うとしたら自分だろう。
 こうしてはいられない、剣心は足を速めて中央広場へと向かった。その時サン・レミの聖堂の鐘が、夕刻を告げていた。
「ルイズ殿!!」
 夕日の帳が落ちるトリスタニアの中央広場。その片隅にルイズは一人座り込んでいた。
今は貴族の着る制服ではなく、地味な作りのワンピースに粗末な気の靴をつけている。だが、高貴な顔と桃色がかったブロンドのおかげでどこかちぐはぐな感じがした。
そしてその表情は、まるでお先真っ暗と言わんばかりに暗く陰っている。
 それを見た剣心は、まさか…と不安を覚えた。
 急いでルイズの元に、剣心は駆け寄った。それに気付いたルイズが、暗い表情で顔を上げ、剣心を見る。
「あ、ケンシン…どうしよう…」
「何かあったでござるか!?」
「それが…ね…」
 ルイズがボソボソ声で剣心に耳打ちした。…そしてその内容を聞いて、剣心は目を丸くした。

33 :
「お金を…賭博で全部すった…?」
「う〜〜〜〜!!」
 ルイズが頭を抱えて蹲った。剣心は只々ポカンとしていた。
 聞けば、お金がどうしても足りないと感じたルイズは、ふと、たまたま、本当に偶然賭博屋に目が行ってしまい、そこでお金を増やそうと考えたらしい。
「最初は勝っていたのよ、ホントよ! でも…」
「いやでも…全部…でござるか…?」
 流石の剣心もこの事態までは読めなかった。さっきの不安もどこへやら。呆れて物も言えなかった。まさかここまで酷いとは…。
取り敢えず今後ルイズに金の管理は絶対させないようにしよう。剣心はそう思った。
「それで、どうするでござる?」
「今それを考えているの!」
 ルイズは必死に頭を働かせているようだった。冗談なしに今のルイズは一文無しだ。これでは宿どころか、今日のご飯すら危うい。
「ケンシン…今いくら持ってる…?」
 縋るような目で、ルイズは剣心を見上げた。
「いくらって…精々今日の夜食分ぐらい…」
 行く前は安宿泊まるぐらいの金はあったが、情報収集にかかった費用の為にそれぐらいにまで減らしていた。
 何せ、このような展開になるなんて、予想もしてなかったのだから。
 それでも一応、飛天御剣流の読みを持ってすれば、賭博でお金を取り戻すことくらいは容易だ。
 しかし、それを知ったらルイズは事あるごとに悪用しそうだし、何より十中八九イカサマだので騒ぎになる。そうすれば結局目立って情報収集もへったくれもない。
 何より堅物な剣心は賭場というのは余り好きではなかったのだ。
「仕方ないでござるよ。素直に姫殿に事情を話して、また貰うしかないでござるよ」
「駄目よ! だって姫さまは自分だけの裁量で、わたしに任務をおさずけになったのよ!!」
 ルイズは首を振った。元々お忍びでアンリエッタはルイズ達に頼んでいるのだ。当然、その費用にも限度がある。
(じゃあそんな大事な金を何故賭場へ持ち込もうと思ったでござるか…?)
 しかも、費用を半日足らずで、すったと言うのだから、笑いを通り越して呆れ果てるしかないのだが。
「なら一旦学院に帰るでござるか?」
「…何で帰る必要があんのよ?」
「だって、拙者一人の方がやりやすいから」
 暗に「この仕事は自分がやるから、もう帰ってはどうか」と、剣心はそう言ったのだった。
元々困っているのはルイズだけで、剣心自体は別に何の問題もない。流浪人での経験から、こういったことに関しては慣れっこだというのがあるのだ。
 だから、こういう情報収集は剣心一人の方がはかどるし、効率もいい。それにルイズはどう見たって間諜には向かない。今日一日でそれをいやと言うほど思い知らされた。
 おまけに、今ルイズは非常に危うい立場にもある。まだ暫定的とはいえ、自分と一緒にいれば狙われる危険も出てくる可能性がある。
 そう思っての発言だったが、余りにストレートだったために、それがルイズに伝わる筈も無く、案の定ルイズは髪を掻き乱しながら怒鳴ってきた。
「何よそれ!! わたしが役立たずとでも言いたいのこのバカ犬ーーーーー!!!」
 実際役立たずどころか足でまといの領域なのだが、それは流石に可哀想なので剣心は言わないでおいた。
ルイズの方も、最初は威勢よく暴れていたが、徐々に疲労が見えてきたのか、直ぐグッタリとなって再び蹲った。
「はぁ…今夜のご飯どうしよ…」
 ため息一つ零しながら、そんな事を考えていた矢先だった。
 チャリン、と銅貨が落ちるような音を聞こえてきた。
ルイズ達はそちらの方を見やると、そこには胸元が毛むくじゃらの、そう、字義通り「奇妙」ななりをした男がいた。
「あんた、これどういうつもりよ!!」
 ルイズは飛び上がって早々怒鳴りつける。物乞いに見られたことが、彼女のプライドを刺激したのだろう。
 男は男で、そんなルイズを不思議そうな目で見ていた。
「あら、物乞いとばかり思ってたのだけど…」
 何とも変な女言葉を使いながら、男は言った。
「ハァ!! あんたそこに直りなさい!! わたしはねえ、恐れ多くも公爵家―――」
 そこまで言いかけた時、剣心が慌ててルイズの口を塞いだ。本当に、彼女は情報収集が何たるものかを理解してないらしい。
 対する男は、ルイズの言葉に疑問符を浮かべているようだった。
「こーしゃくけ?」
「ああ、聞き違いでござるよ」
 咄嗟に剣心が、そうフォローを入れた。

34 :
「そう。じゃああなた達はそんなとこで何をしているの?」
「いやあ、ちょっと路銀に困ってしまって…」
「でも物乞いじゃないわよ」
 あくまでそこだけは譲るまいと、ルイズは胸を張る。そんな二人を見て、男は興味深そうな表情をした。
「何やらお困りの様子ね。いいわ、うちにいらっしゃい。なんならお部屋も提供してあげてよ」
「ホントでござるか!?」
「ええ、ただし条件が一つ」
 男は、茶目っ気たっぷりなウインクを一つして、(この反応が二人にどういう影響を与えたのかは想像に難くない)こう付け加えた。
「一階でお店を経営してるんだけど、そこのお店をそこの娘が手伝う。これが条件よ」
「ええ〜〜〜…何すんの…?」
 ルイズは、あからさまに嫌そうな顔をした。しかし、もしこれを断ったらもう野宿するしかないだろう。今更学院に帰る気もアンリエッタに縋る気もなかったのだ。
「………」
 剣心は剣心で考え込む。この男、身なりは奇妙だが、根は悪いわけではなさそうだ。
最初は何かの罠かとも思ったが、どうやら何かしらの意図とかなく、本当に、あくまで善意での勧誘のようだった。
 どんなことをルイズにやらせるのか、それはまあ気になるところではあるが、それなら後で断るなり考えるなりすればいいだろう。それに今は何といっても選り好みできる立場でもなかった。
 剣心はルイズと顔を見合わせ、ルイズはしばらく抗議の目線を剣心に送っていたが、やがて折れたのか渋々ルイズも頷いた。
「トレビアン」
男はそう言ってにんまりと笑った。正直キモさより怖さで背筋がゾクッとなる。
「じゃあ決まりね、わたくしの名前はスカロンよ。ついてらっしゃい」
 不思議なリズムを取りながら、スカロンは歩いていく。何にせよ、ここにいても始まらない。
「ほら、行くでござるよ。ルイズ殿」
「えぇ…? 本当に行くの…?」
 剣心は、未だに渋るルイズの手を取って、スカロンの後を追った。

35 :
今回はここまでとなります。
この続きはまた来週くらいに。それではここまで見ていただき、
どうもありがとうございます。

36 :
乙でござる
有り金全部ギャンブルでスッたとか言ったら
その場でアルゼンチンバックブリーカーかますわ

37 :


38 :
皆さん乙です。
23:40より23話を投下開始します。

39 :
 沸き上がり続ける大喚声は、それ自体が一つの融合した音の衝撃波として全身を打つ。
一人一人の叫びも、集まればかくも強大になりうる――塵も積もればなんとやら。
しかしそれらが全て"自分達"に向けられていると思うと、否が応でも躰が強張り、気持ちが高まる。
恐らくは相対する者も似たような心地だろう。
 白の国アルビオン。首都ロンディニウムより少し――街道から離れていても大きく見える場所に"それ"はあった。
一時的に作られた"大会場"。中央には円形の闘技舞台、その上で競われ刻まれる戦士達の極技。
 円形舞台を囲むように、人が座れるほどのゆったりとした大きな階段状の客席が、高く重ね上げられている。
いずれも熟練の土メイジ達の手によって、何十日と掛けて創り上げられたもの。
段状客席は人という人で埋め尽くされ、知人がいても顔などは確認出来ぬほどの大盛況。
出張してきた出店は数多く、また売り子が客席内を回っている。
 それらはお祭り。正直どうかと誰もが思ったかも知れないほどの規模。
それでももはや誰もそんなことは気にしていない。人々は楽しきに流れる。
一丸となって見出す喜びは、何物にも代え難いものなのだった。
 統一された数え切れないほどの意思の渦中は、さながら一個の巨大な生物の腹の中を思わせる。
双方に色々と交錯し思うことこそあれ、今だけはただただ純粋に――
 互いに構えて睨み合う。互いに笑い合う。互いに地を蹴って飛び出す。
 ――闘争を楽しむとしよう。
 勝つという意志を唯一の理として、戦士達は狂宴に踊る――

 トリステイン魔法学院に夏休みがやってきた。 
同盟と婚姻の諸々で慌ただしかったシャルロット。そしてルイズも無事に休暇を迎えることが出来た。
大半の生徒たちは実家へと帰省するが、シャルロット達はアルビオン大陸くんだりまでやって来ていた。
次期アルビオン王ウェールズに招待されたというのがその理由である。
 アンリエッタと結婚し、女王即位より遅れること二ヶ月弱。
国内の貴族派を排斥し、オルテもトリステインとの挟撃によって撃破し落ち着いた今。
ようやくアルビオン王の即位と戴冠式を行うことになった。
ただその前に一つだけと、ウェールズは一つの企画を通した。
後顧の憂いもなくなり、気分も一新されたウェールズ。
若き彼は王として落ち着く前に・・・・・・最後に無茶をやることにした。
 貴族派の有力人物の失脚と凋落。接収した土地や財産はともかく、保有していた軍事力をもそのままとはいかない。
貴族派が追い詰められた段階で離反し、在野に眠り、燻ぶっている有能の士を集めるべく。
武人の気質が強いウェールズが催したのが、武技大会という名の『トーナメント』であった。

40 :
 シャルロットは一人、会場の下見と同時に出場登録まで終えてから首都へと赴く。
アルビオン上陸から大会までには余裕があった為、皆はそれぞれバラバラに集まる予定。
"所用"で最も遅くなったシャルロットは、一部開放された城の一角へと向かった。
「遅かったわね」
「ホントだよ〜、来ないかと思ったじゃん」
「野暮用」
招待された人達とは別に個人でついてきたキュルケとジョゼットに、シャルロットは返す。
そして改めて立て札に書かれている大会ルールを見返した。
 一、優勝賞金は1万エキューとする――他、希望があれば厚遇する。
 ニ、身分問わず――能力ある者は予選の段階から広く募る。
 三、攻撃魔法の禁止――相手に直接作用を及ぼすものを禁ず。
 四、防御壁魔法及びそれに準ずる魔法の禁止――あくまで白兵技能を競うものである。
 五、ゴーレムや遍在の禁止――決闘はあくまで一対一である。
 六、殺人の禁止――その他、試合中の加害規定は別項参照のこと。
 七、人道より逸脱した諸行為の禁止――その他、各詳細規定は別項参照のこと。
 八、武器は当該規定に依ること――刃の使用を禁ず。基準は別項参照のこと。
 九、勝敗は、時間による判定、降参、戦闘不能、戦意喪失、武器破損、反則行為――その他、審判の判断により決せられる。
 十、大会により負った被害は全て王家が責任もって補償する――気兼ねなく戦うべし。
 シャルロットは心の中で頷く。他の街中や会場の方で見たものと当然相違はない。
名目こそ人材発掘の為のものだが、公然と賭けも行われる今大会。殆どお祭りのようなものだ。
魔法は容易く人を殺してしまう。そのような優秀な人材の損失は望むところではなく。
また大衆の前でやるには血生臭すぎて忌避すべく――これらのルールが定められたのだろう。
 刃引きした武器などで白兵戦を競う大会。しかし魔法の使用そのものは禁じていない。
当然『飛行』を利用した高機動戦闘は前提としている。実力あるメイジともなれば白兵戦も強い。
実力を測るだけならば、これらのルールだけでも充分なのであろう。
そしてそんなメイジの舞台でも渡り合えるほどの平民の戦士がいれば、それはそれで登用する算段。
貴族と平民の垣根を取り除こうとするアンリエッタに感化されている面もあるに違いない。
ハードルこそ高いが、逆にこれほどの舞台で活躍する人材がいたとしたならば文句をつける者もいない。
 シャルロット自身は地位や名誉には興味はないし、金にも困っているわけではない。
されど腕試しとしては、丁度良い大会と言えた。

「あなた・・・・・・刃禁止でやれるの? 例のおかしな短剣、使えるの?」
シャルロットの右隣に並んでルールを読むキュルケが言う。
「問題ない、既に登録は済ませた」
キュルケには魔法が使える魔道具程度としか、地下水のことを説明していない。
その短剣がルール上使えぬとなれば、平民のそれと変わらない。
しかしデルフリンガーの『特性』を使うことで、問題はクリアされていた。
「あら、いつの間に。魔法無しだとコテンパンにしちゃうわよ」
キュルケは遠慮なくシャルロットを煽る。
最近は本当にたまにしか試合なんてしないが、もういつの間にかシャルロットに勝てなくなっていた。
魔法なしの純粋な試合とはいえ負けるのは気持ち良くない。
キュルケとしてはシャルロットに公の場で勝つのはどんな形であれ楽しみであった。
ルールである以上は、たとえハンデが生じたとて気にするところではない。

41 :
「ていうかさ、キュルケはデリカシーがないよ」
姉のことを言われて、姉の左隣に並ぶ妹ジョゼットが唇を尖らせる。
キュルケは姉が自力で魔法を使えないことなどお構いなし。
ズケズケと踏み込んで平気な顔をしているのは気に食わない。
「あらあら、妹ちゃんはわたしとシャルロットの絆がわかってないのね」
「なにさ」
ジョゼットとしては、その心地は正直悪い。
昔からシャルロットが劣等感を抱いていたように、ジョゼットも申し訳なさを感じている。
虚無覚醒の可能性があるらしいとはいえ、本当に目覚めるのかもわからない。
こうやってキュルケに苦言を呈すことも、姉の前ではかなり心情的にきつい。
しかし放っておけばさらにエスカレートすることも考えれば釘を刺しておかねばならない。
「気持ちは嬉しいけど大丈夫、ジョゼット」
シャルロットが宥める。親友と妹。
二人は特段仲が良いわけではない、悪くもないがシャルロット関連になるとジョゼットはついつい噛み付いてしまう。
ジョゼットもキュルケも、同学年に二人しかいないトライアングルとして比べられることが少なくなかった。
何かと反目し合うこともあり、ある意味ライバル関係でもある。
「それに二人とも勘違いしてるようだけど、魔法は存分に使うつもり」
そう言うとシャルロットは地下水を抜いて見せる。
「そんなにボロボロだったっけ?」
「ぁ〜・・・・・・」
キュルケはそこまで古くもない記憶を探るが、見た目は年季こそあっても今ほどボロではなかった筈だ。
一方でデルフリンガーの存在を知るジョゼットは思い出したように得心する。
「錬金で刃引きをした」
シャルロットはキュルケへ表向きの説明をする。
本来はシャルロットの魔力で『硬化』と『固定化』を掛けた地下水である。
錬金で錆び付かせるなどはとても容易ではない。
されど実際にはデルフリンガーの『特性』の一つ、『自分自身の姿を変える』ことを利用して登録審査を通した。
やや錆び付いたような見た目になった短剣には、鋭利な部分など先端部を含めてもはや存在しない。
それでいて硬度は保たれているのだから、なんら邪魔になることもなかった。
「ふ〜ん、まあいいわ。それじゃ、手加減の必要はないのね。ジョゼット共々敗北の味を教えてあげるわ」
「望むところ」
キュルケとは魔法ありで手合わせたことはない。だからそれもまた大きな楽しみであった。
もし当たったなら、勝つにしても負けるにしても充実した時間になるに違いない。
「わたし達の序列を決めるのにはいいかもね、キュルケ」
ジョゼットも挑発に真っ向から乗っかり、キュルケは唇の端を上げる。
「正直学院じゃあなたのが上だってよく言われてるけど、そんな評価が闘争に直結しないことを教えたげる」
バチバチと視線が弾けるジョゼットとキュルケ。
ツートップとは言われるが、ジョゼットの方が基本的に優秀だ。
先の品評会の見せ物も含めて、手を抜かないジョゼットの方が目立つことが多い。

42 :
「二人とも好戦的過ぎる」
シャルロットは二人のやり取りと態度に、フッと笑いながら言う。
知人相手だからと戦いに気遣うよりは、気兼ねなく戦えたほうがスッキリする。
しかしまだ大会まで日があるというのに、今から闘争心剥き出しでは疲れてしまうだろう。
「わたしは売られた喧嘩を買うだけだし。どっかの誰かさんみたく自分から吹っ掛けるわけじゃないもん」
ジョゼットはぷぅと頬を膨らませる。いちいちとるそんなリアクションも姉から見ると可愛かった。
「あら、売る相手は選んでるわよ」
澄まし顔でそうのたまうキュルケに、ジョゼットは呆れる。
「だからってさぁ、ルイズにまではいくらなんでも・・・・・・」
「ルイズに関しては・・・・・・血、かしらね。ラ・ヴァリエールとフォン・ツェルプストーの」
「・・・・・・ルイズ? ルイズも出るの?」
「うん」
シャルロットの疑問にジョゼットは肩を落として肯定する。
キュルケは変わらず涼しい顔をしていた。
「そう・・・・・・ルイズも出るんだ」
シャルロットはイメージして眉を顰める。
はっきり言って系統魔法が使えない上に、それなりの鍛錬すら積んでいないルイズには荷が勝ち過ぎる。
思うことすら難だが、一方的にぶちのめされるような姿を見たくはない。
とはいえ予選の段階で弾かれるだろうから、問題ないかと完結する。
「でもさ、正直わたし達程度で勝ち上がれるのかな?」
ジョゼットは首を傾げつつ率直な意見を口にする。
三人とも互いの実力はそれなりに把握している。
実戦経験浅い自分達が歴戦の猛者達を倒せるなどとは到底思えなかった。
「ちょっと、さっきまでの威勢はどこいったのよ」
 そう言いつつも、キュルケも自信たっぷりというほどではないようであった。
せめて『ブレイド』の魔法が使えるならまだしも、純粋な技能勝負となると話は変わってくる為である。
『飛行』をいくら使っても埋められない差は確かに存在する。
「・・・・・・私は勝ち上がれると見てる、でも本戦出場が関の山」
二人を他所にシャルロットは冷静に分析する。
「まず白兵戦に秀でたメイジはそう多くない――」
メンヌヴィルがそうであったように、究極的にはメイジはあらゆる状況に対応可能な移動砲台であり盾である。
魔法を絡めつつが全ての基本であり、純白兵戦のみを専門とするメイジはまず存在しない。
ゆえにそもそも接近戦のみでも活躍出来るメイジは、もとより恐ろしく強いメイジということである。
そうなれば絶対的に数が限られてくる。
「有能なメイジなら、既にどこかに所属している筈――」
貴族派が潰れてそれなりに日にちも経っている。優秀であるほど、とっくにどこかに雇われている可能性が高い。
さらには賭けの対象として、平民達にまで見世物になることを良しとするような者は多くない。
人材募集は所詮名目でしかなく、本旨はウェールズの趣味であり、大衆向けのお祭りなのだ。
それゆえにトリステインからも盛り上げ役として、手練れが出場することになっている。
「それに杖も邪魔――」
魔法を使う以上は杖が必要である。つまり片手は必ず埋まってしまう。
通常、メイジが白兵戦をするならば『ブレイド』は必須だ。ゆえに戦い方そのものが普段と違ってしまう。
物質的な武器の重さの違いも、大いに付け込入る隙となり得る。
慣れているメイジであるほど、普段とのギャップを埋めるには苦労するかも知れない。
「後は運次第」
「でも・・・・・・お父さまも出るんだよ?」
「だからそこらへんが運」
父シャルルのように、確実に強者は存在する。
しかし弱者も同様に出て来る筈で、それらと当たれば十分のチャンスはある。

43 :
 予選の内容は明らかではないが、予め示し合わせておく者もいるかも知れない。
つまり特定の捨石を用意し、勝ち星を稼ぐことを前提で本戦まで出て来るような類の人間が。
その上で負けるのを前提に、賭けで儲けるような輩と当たらないとも限らない。
そうなれば本選二回戦にまで進めてしまうだろう。運とは何事においても重要なファクターだ。
「そういえばあなた達のお父上って、とってもダンディよね」
「ちょっと、人の親に色目使う気? 非常識よ」
「・・・・・・そうね、やめとこうかしら。あなた達に母さまなんて呼ばれるのは、いくらなんでもね」
「そんな理由!?」
 シャルロットは妹と親友の漫才を耳の端っこで聞きながら、頭の中で考えを巡らす。
父シャルルは当然強い。隙が見当たらないほどに完璧な強者。
とはいえ女王の要請で出場する盛り上げ役なので、流石に優勝まではしない――筈だ。
 次にアンリエッタ様の護衛である、三つある魔法衛士隊の内のグリフォン隊の隊長。
こちらも女王の命で出場するが、シャルル同様適当なところで負けて――欲しいところである。
 そして何を隠そう『ガンダールヴ』のルーンを左手に刻むブッチ。
単純なスペックだけなら、恐らく最強に違いない。それほどの身体強化だ。
彼に関しては個人出場な為に、間違いなく優勝候補となろう。
(とりあえず・・・・・・)
予選では絶対にかち合いたくない三人だ。仮に本戦を勝ち進めれば嫌でも戦うことになるに違いない。
なればこそ特段予選では当たりたくない実力者達。

「そういえば伯父さまもいるんだっけ?」
「いい加減にしてよ! お父さまにも伯父さまにも、愛するお母さまや伯母さまがいるんだから!!」
「・・・・・・別にただ聞いてるだけじゃない、やかましいわね」
(そういえば、二人とも楽しんでいるかな――)
シャルロットは伯父ジョゼフと姉イザベラを想う。
今頃はトリステインで親子水入らずで楽しんでいる筈である。
わざわざ発破かけたのだし、まさかとは思うものの、伯父もそこまで恥ずかしがり屋でもないだろう。
「――そもそもより良い男を求めるのは女の本能よ。そして男はより良い子を残す為に気が多くなるのもね」
キュルケはあしらいながらも説得するかのように主張する。
「それを理性で抑えるのが人ってもんでしょ!? 獣じゃあるまいし」
キュルケは溜息をついて、「やれやれ」と肩を竦める。
「まったく、恋の一つもしたことない小娘が一丁前に語るもんじゃないわ」
「うっ・・・・・・なによ、これでもあなたと同じくらい男を振ってるわよ」
才色兼備で社交的なジョゼットに告白して撃沈した男は多い。
そういう意味でも二人は、少し勝手が違うものの競い似ている間柄だった。
「あなた自身よ。己が身を焦がすほどの情熱を相手に向けたことがあって? 理屈じゃないのよ」
「・・・・・・そりゃぁ、わたしに見合う人いないし、わたしだっていつかは――」
「そ、わかってるならいいわ。その内ひょっこり現れるかもね、"運命"の人なんてのが」

44 :
「キュルケにしてはロマンティックなこと言う」
シャルロットは横槍を入れる。キュルケにしては珍しい台詞と感じた。
「"運命"は自分の手で引き寄せるもの・・・・・・だからね」
キュルケの自信満々な顔に、シャルロットはつられて笑う。
運命を引き寄せる、運命を切り拓く、運命は自分で決める、いいことだ。
「それに待ってるだけじゃなく、探す努力も必要よ」
ジョゼット共々、色恋事に関してキュルケとは勝負どころか舞台にすら立てていない。
興味が全くないわけではないが、いつか来たるべき時が来てからで良いくらいの心地だ。
「さって、逸れた話はこのへんにして。シャルロットが登録済みなら、ここに長居しても仕方ないわね」
 シャルロットは「そうね」と頷き、ジョゼットはピッと軽く指笛を鳴らす。
するとしばらくして青い長髪を振り乱した一人の女がやって来る。

「あっシャル姉さま〜、なのね」
それは『先住魔法』の『変化』で人間そっくりになった風韻竜のイルククゥ。
アルビオンに赴くにあたっては、竜のままではまずく、人型になって楽しむ形を余儀なくされた。
イルククゥと呼んではバレてしまうので、シャルロットが"風の妖精"の意味を持つ"シルフィード"と名付けてやった。
ともすれば、今まで以上に懐かれ、名前を適当に省略されて――悪い気はしないものの――呼ばれる始末。
周囲には親と生き別れた遠い親戚という扱いになっていた。
「三人ともわたしが倒すのね!! 覚悟するがいいのね」
いきなり言い出したわけのわからない宣言、理解するまでに皆が数秒を要した。
「シルフィ、あなたまさか・・・・・・」
嫌な予感が表情に満ちるジョゼットに、えっへんとイルククゥは出場登録の証である割符を見せた。
「どう? どう? ジョゼ姉さま」
褒めて褒めてといった感じでイルククゥは見せびらかす。
ジョゼットはイルククゥとは対照的に、ガックリと肩を落として思い切り溜息を吐く。
「・・・・・・わたしはここで別れるわ」
そう言うとジョゼットはイルククゥの手をとって引いていく。
「なんなのね」と状況把握出来てないイルククゥを、登録受付のところまで引っ張って行った。
「おかしな子ね」
「・・・・・・平民として育ってきたから」
つまりはきちんとした教養がないことをシャルロットは匂わせる。言い訳としてはそれで充分だ。
幼生の風韻竜、何をしでかすかわからない。公衆の面前でチャンバラするなどもってのほか。
「ふ〜ん・・・・・・それじゃ、この後はどうする?」
「城下で買物」
「いいわね、でもてっきり情報収集するとか言い出すかと思った」
「それは予選通過してからでいい。会場も既に見て来たし、まずは色々揃えたい」
 そう、"色々"と――
 シャルロットは踵を返してキュルケと共に城下町へと歩き出す。
時間は有限、何事も効率良く。過密とまでは言わないが、やりたいことは多い。
 折角アルビオンまでプライベート同然で来れたのだ。
このお祭りを、この馬鹿騒ぎを、精一杯楽しもう――

45 :
以上です。
今回から始まるアルビオン編その2は、後々の展開の為のフラグ・布石回ついでの息抜きが10話分となります。
ドリフターズ3巻も発売ましたが、本誌は進まず……ゼロ魔の方も展望が見えずなかなか難しい。
加筆でキャラも増えつつどう組み込んでいくか考えたりするのは楽しいですが、終わるのはいつになることやら……。
それではまた。

46 :
ドラゴンボールから一人用の宇宙ポッドを召喚、中身はどれがいい?
ラディッツ
ベジータ
ナッパ
ギニュー特戦隊
カカロット
ブロリー
パラガス

47 :
ナッパは見たことあるから、ギニュー特戦隊で

48 :
カカロットは時期にもよるな
赤ん坊のまま地球に送り込まれた時と、フリーザ倒してヤードラット経由で帰ってくる時

49 :
>>48
ヤードラット前じゃないと瞬間移動で帰られるぞ
あれあの世や神の世界に行ったりと異次元移動すら可能だから……

50 :
ブロリーは死にかけ、パラガスはぺしゃんこで召喚になるな
そういえば一人用のポッドに乗ってたならバーダックもありだな

51 :
マジンカイザーSKLの地獄公務員を呼ぼう

52 :
むしろ瞬間移動でルイズをDB世界に連れていって修行をだな

53 :
>>52
師匠はどうする? 亀仙人は間違いなくルイズがキレる。もしくは相手にされない
悟空やピッコロはレベル高すぎだし、悟飯あたりが適当か?

54 :
まあ、DB世界において魔法や超能力って戦闘力、つまり気とは完全に別物の能力として扱われてるから
ルイズがその手の修業をしたところで物になるかどうかは非常に怪しいけどな
そもそも貴族としてのプライドが極端に高いルイズがそう言う修行をしたがるかどうか

55 :
>>53
ビーデルでちょうど良いぐらいだろ

56 :
いっそ神様に修行させてもらうってのは?

57 :
神様は前条件がクリアできないだろ
カリン様ですら条件満たすの厳しいぞ

58 :
老海王神ならスケベ心でルイズを鍛えてくれるよ

59 :
神コロ様ならルイズのレベルに合わせて修行してくれるんじゃないの
魔法?も使えるし神様的な知識で色々アドバイスしてくれるんじゃないだろーか

60 :
>>59
基本的に天界の連中会うには条件うるさいよ
悟空達が特別すぎる存在になってるから頻繁に会うだけで

61 :
>>45
本編終わる頃にはナポレオンがエルバ島に流されてるよ

62 :
ゼロ魔のレベルだと、フルパワーのエクスプロージョンでもDBの連中からすれば
「ほこりを巻き上げるだけのくだらない技」
なんだろうなあ

63 :
他の世界じゃ異世界とかタイムトラベラーとか魔法使いなんてのだと特別な存在として扱われてって展開だろうけど
ドラゴンボールの世界じゃ、ああまたそう言うよくあるみたいな扱いで終わりかねないからな

64 :
>>51
ガン=カタ使いの方が才人と中の人同じなんだよなー
才人と一緒に召喚されて対10万人戦で
「「俺達が、地獄だ!」」
とかかっこよさげ。

65 :
>>64
え、そうだったっけ
最近アニメのゼロ魔を見返してないとはいえ、スカルはこの前見たばっかりだった
というのに気付かなかった
EDのクレジットは良く見てなかったとはいえw
あの役にもはまってたけど才人とは全然イメージ違うし、やはり声優はすごいね

66 :
>>65
三期の悠二はかなり近かった

67 :
破壊神ビルス様を召還
おいしい物食べさせて怒らせなきゃ大丈夫かな…
パワーバランス崩壊するけど

68 :
無理だろ
馬鹿が一発でも何か攻撃しかけたらそこで星系ごと終了だ

69 :
DBは誰読んでもバランスがやばい気がする
いまクレイモア見てるけど
比較的温厚な戦士なら話つくりやすいんじゃね

70 :
以前、イレーネのがあったな
覚醒者だがイースレイならある程度話は通じそう
見た目普通の亜人なリガルドは強者には敬意を払うけど、無理だよなあ

71 :
ラキ(成長後)なら人間だから話は通じるし、強さも単独で妖魔を殺せるくらいだから良さげな気がする

72 :
>>69
ビルス様はそれまでのDBキャラと強さの次元が違うからなー
基本温厚だけど本質が破壊神だから勘違いしちゃうととんでもないことになるパターン

73 :
>>70
イースレイいいかもな
剣の腕も申し分なし
食事は・・・モット伯でも食わしとくか

74 :
TOUGHの静虎を召喚してみよう。
人格者だし何とかなるかも

75 :
ジョン・プレストンを召喚し、タバサやアニエス等にガン=カタを教える

76 :
21:00より投下予定

77 :
支援

78 :
18話『激情』
──ルイズの魔法による爆発で壊れた教会。
もうまもなくアルビオンへの一斉攻撃が始まる頃だと、ワルドは目算する。
対峙するワルドとアセルス。
構えるワルドに対して、アセルスは悠然と歩み寄る。
妖魔相手に真っ向勝負では勝ち目はない。
だからこそワルドは、相手が仕掛けてくる前に先手を打つ。
「妖魔の癖に、人間の主人が気にかかるのかい?」
ワルドが、ルイズの容態へ目を向けるよう誘導する。
彼女の痛ましい姿を見て、一瞬気を取られたアセルスの背後から影が襲いかかる。
『相棒……!』
デルフが警告するより早くアセルスは動いていた。
アセルスは敵を一瞥する事すらなく、2本の剣を引き抜く。
影──即ち偏在は斬られたとすら自覚できぬまま倒された。
偏在がいとも容易く打ち破られたワルドだが、内心ほくそ笑んでいた。
──獲物が罠にかかったと。
アセルスが二刀流を使うのは決闘で承知していた。
本来メイジならば、接近戦を選ぶ必要はない。
接近させたのは、遍在のマントで視界を遮る為。
撹乱した今、潜ませた遍在との挟撃が可能になる。
「ライトニング・クラウド!」
風の魔法でも最大級の威力を誇る雷の呪文。
二重の攻撃に対処する手段はないと言うのがワルドの打算。
『相棒!俺をかざすんだ!!』
デルフの叫びにアセルスは剣で雷を防ぐように構える。
雷はデルフに吸い込まれるように消え去ってしまった。
「何!?」
ワルドは確かに見た。
雷が当たる前に剣に吸い込まれてしまったのを。
デルフの錆びた刀身がひび割れ、中から新品同様の剣が姿を表す。
『思い出したぜ、デルフリンガー様の本当の姿をよ!』
魔法を吸収できる剣。
アセルスはその特性を理解しつつあった。
一方窮地に立たされたのはワルド。
メイジにとって、魔法が奪われるというのは最大の切り札を失うに等しい。
しかし、人間が他の動物より優れているのは知力。
経験を重ねた技術や計略はより精錬され、より狡猾になる。
「保険をかけて置いて良かった」
二重三重に張り巡らされた罠。
歪な笑みを浮かべ、アセルスもデルフも予期せぬ方向から襲撃を試みる。
気配を感じたアセルスが天井に目を向けると、そこにもう一人のワルドの姿があった。

79 :
「カッター・トルネード!」
「もらったぞ、ガンダールヴ!」
天井から降りた遍在と地にいるワルドの魔法による多重攻撃。
だが、遍在の突き出したレイピアも風の刃も空しく宙を斬った。
「なんだと!?」
ワルドは何が起きたのか理解できぬまま、うろたえる。
遍在も同様で周囲を見回す相手に、アセルスは上空から剣を振り下ろした。
自らの遍在が縦横に引き裂かれる。
剣どころか相手の動きにすら着いていけない事実をワルドの遍在は最期に理解した。
人間の優位が知略なら、妖魔が持つのは純然な力。
身体能力、耐久力、魔力、そして妖力。
人間では決して及ばぬ力を知覚して振るう。
アセルスは半妖である。
妖魔の力を使うのに時間がかかるのが彼女の難点。
ワルドがマントの小細工を弄した隙に、アセルスは妖魔化を終える。
普段は抑えている妖魔の力を解放、反撃に転じた。
「遍在、だと……?」
傷一つ負わせれなかった以上にワルドが衝撃を受ける。
アセルスが最後の遍在を倒した時、彼女の姿が4人に分かれていた。
無論、アセルスの放った技は遍在などではなく剣技。
高速で四方から、十字架状に切り裂くロザリオインペール。
そんな技術を知らないワルドには魔法を使ったようにしか見えないだろう。
アセルスの力を上回る手段や策略がワルドには存在しない。
魔法は吸収され、更に自らが切り札とした遍在に似た技を使われる。
(逃げなければ……だがどうやって……)
冷や汗を流し、追い詰められる。
勝ち目がないのは、ワルド自身が誰よりもよく悟っていた。
追い詰められた彼が思いついたのは、見栄も体裁も無い悪魔の所業。
「ウィンド・ブレイク!」
残った魔力を搾り出すように、魔法を放つ。
アセルスは気付く。
ワルドの視線が自分を向いていないと。
彼が放ったのは風で吹き飛ばすだけの呪文に過ぎない。
──ただし狙ったのはアセルスにではなく、倒れていたルイズだった。
意識の無いルイズの身体が上空に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
アセルスは落下先に駆け寄ると、落ちてきたルイズの身体を片腕で受け止めた。
「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」
ワルドは爆発した教会の裂け目から、フライの詠唱を唱えて飛翔する。
「ガンダールヴ!この借りは必ず返すぞ!」
捨て台詞と共に、ワルドは空高くへと逃げ延びた。

80 :
,

81 :
 
『あの野郎、嬢ちゃんを囮に使いやがった!』
非道な行為にデルフが怒鳴る。
しかし、アセルスはワルドを追いかけようともしない。
『おい、相……棒……』
追いかけない理由はデルフにもすぐに察する。
アセルスはルイズの脈を取るように、首に手を当てている。
「ルイズ……」
名前を呼びかけるも返事は無い、。
脈はあるものの、反応がどんどん小さくなっていく。
「ルイズ……ルイズ……!」
必死に回復の術を試みるが、傷が深く焼け石に水だった。
アセルスは回復の術は白薔薇に依存していた。
自身の傷を治す事は出来ても、他者を癒す術が苦手なのだ。
「……アセルス……?」
僅かながら効果があったのか、ルイズの瞼が開く。
彼女には何故ここにアセルスがいるのか分からない。
「ルイズ!」
自分の名前を呼ぶアセルスの姿は幻覚か。
夢や幻でも構わないと、ルイズは自分が伝えたかった言葉を口にする。
「……ごめんなさ……い……」
ルイズが喋ったのはたったの一言。
それだけで再び意識を失って、身体から力が抜け落ちる。
「ルイ……ズ……!」
何故謝るんだ、謝らなければいけないのは私のほうなのに!
君を守ると言いながら、守れなかった。
自分の運命に巻き込みたくないと言いながら、また逃げようとしていた。
その結果、ルイズは傷つき倒れた。
可憐な顔は、煤に汚れてしまっていた。
白雪のような肌は擦り傷や血に塗れてしまっている。
腕は切り落とされ、傷を塞ごうとしても血が止まらない。
「うぁぁ………」
血を流す程強く、唇を噛み締める。
ルイズの身体を強く抱きしめるも、彼女は何の反応も示さない。
「ああああああああああああ──────っ!!!!」
アセルスの慟哭。
叫ばなければ、自分の心が壊れてしまいそうだった。

82 :
 
『相棒、よせ!それ以上感情を昂ぶらせたら壊れちまうぞ!!』
ワルドとの交戦から、デルフは握られたままだ。
だから察した使い手のガンダールヴの昂った感情。
ガンダールヴの力は使い手の感情により真価を発揮する。
しかし、今は力をぶつけるべき相手がいない。
結果として、溜まりに溜まった力は発散されず、アセルスの身体を蝕む。
常人であれば気が狂いそうな程の力の逆流。
アセルスに流れる妖魔の血がガンダールヴの力を取り込もうとする。
人間の激情。
ガンダールヴのルーン。
妖魔の支配者、オルロワージュの血。
本来ならば重なるはずのない力は、彼女の身体にも影響を及ぼした。
アセルスが妖魔化する時、頭髪は青色が混じり襟足が僅かに伸びる特徴がある。
だが、今までの変化とは比べ物にならないほど、アセルスの髪が長く伸びていた。
彼女が嫌った妖魔の君オルロワージュのように長く……
  *  *  *
──教会を抜け出したワルドは戦線をフライで離れている最中だった。
ルイズを手に入れる目的と、手紙を受け取る任務は失敗した。
最重要なのはウェールズの暗殺だった為に、この二つの失態は問題ではないと考える。
妖魔の情報を教えておけば、弁明には十分だろうと胸中で打算する。
ワルドは自分が逃げ切った気でいた。
教会は点景となる程に遠ざかっていた。
己の邪心が、悍ましい化物を生み出してしまったと気付くはずもない。
この日、アルビオンに存在する7万以上の人間。
たった一人の行動の代償として、貴族派も王族派も全て等しく姿を消す事となる。

83 :
 
──時はアセルスとワルドの交戦から半日後のアルビオンに進む。
空の大陸に近づく一匹の風竜。
背に3人の人影を乗せており、闇夜に生じて岸に降り立つ。
「さてと…」
最初に降り立った少女。
キュルケが赤い長髪をかきあげたながら、呟く。
「向かうならニューカッスルでしょうけど、正面から行けるかしら?」
「無理」
キュルケの提案に、タバサは正論を返す。
ルイズの身を案じて、3人で追ってきていた。
昼に近づけば流石に気づかれるだろうと、夜まで待つ事となったが。
もう一人の人影、侍女のエルザは先ほどから辺りを世話しなく見回していた。
エルザは吸血鬼だ。
妖魔としての真価は夜に発揮される。
人間より遙かに優れた五感が、周囲の異変を察知していた。
「どうしたのよ?」
「人影がまるで見あたらないの」
キュルケの問いかけにエルザが答えた。
戦場近くだと言うのに、静寂に包まれている。
原因は分からないまま、城付近へ近づく。
途中で貴族派のキャンプ地と思わしき拠点が見つけた。
仮設の建物のようだが、灯りは点っておらず人の気配は感じられない。
「ちょっと、タバサ?」
キュルケが寄り道を咎めようとするが、止まらない。
タバサは手がかりを求めて、警戒しながら建物に近づく。
「妙」
「撤退したんじゃないの?」
キュルケの推察をタバサは首を振って否定する。
「貴族派は圧倒的優位、撤退する理由がない」
扉を調べ、罠の有無を確認する。
「まるで幽霊船のお話みたいね」
キュルケとしては他意もない独り言だったのだが、タバサは思わず杖を落とす。
「……どんなお話?」
タバサが苦手とする数少ないものが幽霊だ。
本当は聞きたくないのだが状況が似ている以上、気にならないと言えば嘘になる。
「漂流していた船があってね。その船を別の船乗りが見つけたの。
船乗りたちが乗り込むと、奇妙な事に船には誰も乗っていなかった」
キュルケの顔を照らす松明の火が風で揺らめく。
「でも、誰かがいた痕跡は残っている。
スープのカップもまだ温かく、食事もそのまま」
月明かりすらない暗闇は、タバサの想像を悪い方向にかき立てる。
「それで……?」
話の続きを促すタバサ。

84 :
 
「船乗り達が港に戻ると、彼らは船の出来事を貴族に話した。
その貴族が調査隊を向かわせたけど、船はどこにも見つからなかった。
自分達が騙されたんじゃないかと、貴族達は船乗りを呼び出そうとしたの。
でも、それは不可能だった」
キュルケが少し間を置く。
「……何故?」
尋ねるタバサの声が僅かに掠れていたのだが、キュルケは気付かないで先に進める。
「船乗りは全員、原因不明の病で亡くなっていたの。
船乗りだけじゃないわ。貴族や調査隊達も後を追うように病に倒れて……」
キュルケが首を振る。
「それ以来、誰も乗っていない船は幽霊船だと。
幽霊船に近づいたら、亡霊に憑き殺されてしまうって船乗りの間で言い伝えられているそうよ」
キュルケの話を聞き終えてタバサが、扉にアンロックをかける。
内心では少し、いや大分怯えながらタバサが扉を開けた。
表面は冷静を装っているが、先頭に立つんじゃなかったと後悔している。
建物に入ると、タバサは卒倒しそうになる。
幽霊船の話と建物の中が瓜二つだったからだ。
異なるのは些か時間が経っていると予想できる冷めた飲み物程度。
交戦した痕跡等はどこにも見あたらない。
食料や火薬入りの樽など、戦闘の準備が行われていたのは確かだろう。
更に部屋の状況を調べようとすると奥から物音が響いた。
「大丈夫ですか?」
思わずよろけたタバサをエルザが支える。
「誰かいるの!?」
キュルケが大声で問いかけるも、返事がないまま静寂が再び場を支配する。
「調べてみましょう」
キュルケがテーブルに置かれていた携行用のランプを灯して先導する。
置いて行かれるまいと、タバサも足早についていった。
「きゃ!?」
キュルケが通路を曲がった途端、姿勢を崩す。
エルザは暗闇の中、嗅ぎ慣れていた匂いに気づいた。
「何よ……」
転んだ拍子に落とした松明を向けると、絶句する。
彼女が躓いたのは首に剣が突き刺さった兵士と思わしき遺体だった。
「せ、戦死者?」
キュルケの声がうわずる。
吸血鬼であるが故、エルザは死体にも慣れている。
だからこそ、倒れていた死体の違和感にいち早く気がついた。
「……でも、血は?」
血痕は首にこびり付いているが、地面には僅かな量しかない。
過去の『食事』経験から死体は半日程度が経過していると判断。
どこからか死体を運んできた可能性も考えるが、地面に引きずった跡もない。

85 :
`

86 :
しえん

87 :
 
首を傾げる一同に、再び奥側から物音が響く。
先に進むと、物音がしたと思われる扉が見つかった。
三人は顔を見合わせて同意すると、警戒しながら扉を強引に蹴り開ける。
いたのは部屋の片隅でうずくまる傭兵らしき男。
憔悴しきった表情で灯り一つつけずに震えていた。
「ねえ貴方、ここで何があったの?」
「うぁ……」
キュルケの質問にも男は、何も話そうとしない。
というより、こちらの認識にすらできていないように思われる。
「おそらく無駄」
「どうして?」
「精神が壊れている」
タバサの口調にほんの僅かな苛立ちが混ざる。
傭兵の様子は彼女にとっての心傷にも重なるものだった。
そんな二人を後目に、エルザが無警戒に傭兵に近寄る。
キュルケが何をするのかと聞くより早く、エルザは傭兵の首に牙を突き立てた。
「何を……!?」
キュルケの制止にも構わず、血を吸い続ける。
タバサは気づいた。
吸血鬼の能力、血を奪う事で屍人鬼を生み出す。
エルザは日頃の吸血行為を禁じている。
それは主であるアセルスに命じられているからに過ぎない。
「何があったか話せ」
主の為ならば、いかなる手段とて彼女は使う。
他者の命を奪うのも、自らの命を差し出す事も厭わない。
「ぁ……ぁ……わからない、なにが起きたのか」
屍人鬼となった傭兵がゆっくりと口を開く。
「ただ……次々傭兵が消えていった。
報告に向かったら、いきなり見ず知らずの暗い部屋にいた……」
説明を受けても、何が起きていたのか把握できない。
「暗い部屋って?」
「わからない……ただ階段を下りると出口らしき灯りのある広場を見つけた……」
男の焦点が遙か彼方を見上げる。
「その前に座り込んだ別の傭兵達がいた……
何で出ないのかと聞くと出口への階段が昇れないとか、おかしな事を言いやがった。
すると、なにを血迷ったのか……一人がいきなり剣を自分の首に突き刺した……」
説明を受けて、三人の脳裏に浮かんだのは先ほどの死体。
「死んだはずの男が地面に倒れると姿を消したんだ……
訳が分からなくなり、俺は逃げるように出口に向かって…………」
弦の切れた楽器のように、男の説明が唐突に止まる。
「何?続きを……」
「ぁ……ぁぁぁ……あああああああああ!!!!」
エルザが説明を促そうとすると、男は突然キュルケの持っていた松明を奪い取って走り出す。

88 :
四円

89 :
 
「何を……止まれ!」
エルザが命じるも、男はそのまま別の部屋へと走り去る。
その部屋が何の役割を持つ物なのか、扉を開けた時に放たれた匂いでタバサが察する。
硫黄──つまり火薬庫。
「駄目!」
タバサが珍しく大きな声で警告するも遅かった。
風の障壁を張ると同時に爆発と熱風が巻き起こる。
軽減はできても完全に打ち消すことは困難で、三人は木製の壁を突き抜けて吹き飛ばされた。
地面を転げながらも、何とかキュルケが体を起こす。
木製の建物は跡形もなく消え去り、炎と煙だけが残されていた。
「何が起きてるのよ……」
痛みを抑えながら立ち上がったキュルケが呟く。
彼女の疑問に答えることができる者は誰もいなかった……
  *  *  *
──舞台はアセルスが教会にいた頃に遡る。
既に交戦が始まったのか、外で砲撃音が聞こえていた。
教会へと姿を見せたのは城の兵士達。
爆発に対して、異変を察知した兵士が武器を手にようやく駆けつけた。
「皇太子様、無事ですか!?」
「殺されているぞ!」
「そこの貴様、貴様が殺したのか!?」
信じられない光景を目撃した兵士達が口々に騒ぐ。
アセルスにとって彼らの声は雑音でしかなく、耳に入っていなかった。
兵の一人がアセルスの口元から流れる紫の血に気付く。
「妖魔め!よくも……!」
兵士が口にした言葉はアセルスの脳裏に響く。
彼女の中に渦巻いていた力を、おぞましい感情に形を変えて。
──そうだ、私は妖魔の君だ。
歯向かう者、全てに不幸を。支配を。屈服を。
恐怖に怯えさせ、何者であろうと足元にひれ伏させるべき存在。
悪意を与える場合、どのように行われるか?
自身が苦痛に感じるであろう処罰を味わわせようとする。
アセルスも同様だった。
オルロワージュを超えようと確執したアセルスがただ一つだけ使わなかった手段。
否、使えなかったのだ。
自分の大切な者を奪ったオルロワージュの悪意の象徴なのだから。
アセルスは自らが受けた悪意をばら撒こうとする。
目の前の少女、ルイズを傷つけた報いを全ての者に与える為。
「私に逆らう愚か者達よ、『闇の迷宮』で永遠に彷徨い続けるがいい!」
アセルスが告げた、全ての断罪。
これこそがアルビオンを襲った異変の元凶だった。

90 :
紫煙

91 :
「何だ!?何が起きたのだ!?」
突然目の前に現れた壁によって、ワルドは身体を叩きつけられた。
「ここは……どこだ?」
理解の及ばない出来事に周囲を警戒する。
周囲は底無しのように暗く、一筋の光も差し込んでいない。
「チッ……」
止むを得ず、ライトの魔法で付近を照らす。
調べて分かったのは、壁に覆われた部屋だという事。
長い階段を下るとようやく広場にたどり着き、出口らしき明かりが見えた。
「こんな所にお客さんとは珍しい」
背後から聞こえた声に杖を構えて、警戒する。
「何だ?貴様。ここがどこか知っているのか?」
「ここは闇の迷宮、抜け出すためには誰かを置き去りにしなければ出れないぞ」
赤いカブのような化け物が口を開く。
「ならばお前が犠牲になれ」
フライを唱え、出口に向かうワルドだったが見えない壁にぶつかる。
「ぐぉ!?」
鼻を強く打ちつけて思わずフライの制御を崩す。
「貴様、よくも出鱈目を!」
ワルドが振り返り、赤カブに怒りをぶつける。
「怒るな。迷宮の掟が変わったんだ」
「掟だと?」
「犠牲が必要なのは前の妖魔の君が作った掟だ。
今の妖魔の君は闇の迷宮に更に歪んだ掟を与えた」
赤カブが言う妖魔の君。
ワルドの心当たりは一つしかない。
「妖魔の君というのは、アセルスとか言う女か?」
「知ってるなら話は早い。
何があったか知らんが、随分怒っている」
本題を切り出そうとしない赤カブに苛立ちを覚えながら、ワルドが叫ぶ。
「そんな事はどうでもいい!ここから出る方法を教えろ!!」
「簡単さ、飛ばずに階段を上がって出口に向かえばいい」
余りに容易な脱出手段。
「ならば貴様は何故出ない?」
「一段昇ってみれば分かる」
疑問に対して答えない相手に、ワルドはやむを得ず試みる。
恐る恐る階段に踏むと、ゆっくりと一段上がる。
ワルドの脳裏に浮かんだのは、母の姿。
自らが故郷を裏切ってでも聖地に向かおうと志した理由。
母の顔が溶けて、のっぺらぼうのように消えてなくなる。
「うおっ!?」
目の前に浮かんだ光景に、思わず仰け反る。
その反動で階段から足を踏み外してしまった。
すると、母の顔は元に戻っていた。

92 :
.

93 :
師縁

94 :
 
「何だこれは!?」
ただ訳が分からず混乱するワルドに、赤カブが声をかける。
「お前さんは脱出の権利があるらしい」
「どういう意味か説明しろ!
貴様さっき歪んだ掟が追加されたとか言っていたな?」
飄々とした妖魔の口調に、ワルドは詰め寄る。
「そのままの意味さ、新しい妖魔の君が望んだ掟。
『出る為には、その者の最も大切な存在が犠牲』となる」
「大切な存在だと……」
ワルドが尋ね返すと、赤カブは頷いた。
「その大切な存在とやらがない場合は!?」
「簡単さ。俺のように、この迷宮から出られない」
あっけらかんとした絶望の答え。
そして、母親が顔が消えていく感覚にワルドは察しつつあった。
「……大切な存在が既に亡くなっていた場合はどうなる?」
「さぁ?思い出でも消えるんじゃないか?」
軽口を叩く妖魔に、ワルドの表情は青ざめていた。
「ふ……ふざけるな!他に脱出する手段はないのか!?」
「ないね、お前さんは暴君を怒らせてしまったんだ」
暴れ回るように剣を構えて脅迫するが、赤カブは否定する。
「俺は聖地に行かねばならんのだ!母を……母を取り戻すために!!」
ワルドの望みは母の為、聖地へ向かう事。
しかし闇の迷宮から出るためには、母の存在を奪われる。
相反する脱出条件の恐ろしさを、ワルドはようやく理解する。
「だったら、そのまま階段を昇ればいいさ。
最もその頃には、お前さん母親の事は覚えてないだろうけど……」
「黙れぇーーーーー!!!!」
軽口を辞めない赤カブにワルドが怒りの矛先を向ける。
放たれたエア・カッターであっさりと輪切りにされ、地面に崩れ落ちた。
「忘れるなどあり得るものか……
祖国も婚約者も全て裏切って、俺は母を取り戻す為に聖地へ向かうのだ……忘れるなど……」
呪詛のような独り言を延々と繰り返すワルド。
一段昇るだけですら、蛞蝓のように歩みが遅い。
必死にワルドは登り続けた。
たった1メイルを進むのに、途方もない時間をかけて。
どれほど険しい山道を昇っても、これほど消耗しないだろうと思える汗が額から流れ落ちる。
文字通り心が削られる痛み。
それでも後一歩で、光が届く所までたどり着いていた。
母の記憶が掠れつつあるが、必死に思い出そうとする。
優しい笑み、暖かな手。
その手に触れるようにワルドは手を伸ばす。
「この温もりがあれば俺は何も……」
求めたはずの手は直前で消えた。
同時に、ワルドの視界が暗闇に包まれる。

95 :
史園

96 :
しえん

97 :
私怨

98 :
 
「母さん……?」
わずかに呟くが、ワルドには何も思い出せない。
母と交わした会話、髪や瞳の色も、声も、どんな人物だったかも。
自分が、何故こんなところにいるのかさえも今のワルドには分からない。
記憶とは、人格を成形する全ての根元だ。
見た絵画に感動して、自身も芸術家を目指した者もいる。
ある殺人鬼は母親に似ていたと言う理由で女性を殺した。
彼に母親の記憶が一切無ければ、凶行に駆られなかっただろう。
そんな記憶を奪われた人間はどうなるか?
答えを知るにはアルビオン陥落から半年後に時を進める──
「母さん、今日はいい天気だね」
海岸沿いを車椅子を押しながら歩く一人の青年。
「潮風が心地よい?それは良かった」
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと呼ばれた貴族。
今の彼はかつての風貌など何一つない面影になっていた。
痩せこけた頬。
浮浪者のような薄汚れた服装。
整えられていた髭も無精髭のようにボサボサになっており、
彼が牽引している車椅子も質素な上に部品にガタが来ている。
油の切れた車輪が軋む音も気にせず、ワルドは海岸を歩く。
「親子でじゃなくて恋人と歩きなさいって?
いやだなぁ、母さん。僕にはまだそんな人はいないよ」
早朝の海岸は人影もまばらで、散歩を続ける。
「婚約者って……ああ、ルイズかい?彼女はまだ子供だよ」
ワルドの足下はおぼつかない。
しばらく歩くと砂浜に足が取られて、転倒する。
反動で車椅子も倒してしまう。
最も、搭乗者が怪我する事はない。
何故なら──車椅子には誰も乗っていないのだから。
「ごめんよ母さん、すぐ立つから……」
いくら腕に力を込めても立ち上がれる気配すらない。
「待ってよ、母さん。置いていかないでくれ……」
空の車椅子に手を伸ばす。
しかし、その手は何も掴めないまま力無く事切れた。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドはこの日を境に歴史から姿を消した。
彼に与えられた評価は祖国の裏切り者、そして発狂した哀れな男。

99 :
彼が祖国を裏切った調査と共に、ただちに探索が行われた。
国家への謀反を企んだ罪人として裁くために。
アルビオン近くの国境で発見され捕縛されるも、既に彼は変わり果てていた。
逮捕した憲兵も本当に同一人物なのか確証が持てず、他のグリフォン隊の隊員が確認に向かう。
確認に訪れた隊員すら、彼が隊長と断定できなかった。
焦点の定まらぬ目に半開きの口。
何を呼びかけても一切反応せず、ただ虚空に向かって呻くのみ。
その姿は違法秘薬の中毒者のようであった。
身につけている装飾品や体格から本人と判断されるが、トリスティン王国は彼を裁判にかける事を断念。
代わりに、アルビオンの非道な犠牲者として彼をプロパカンダに利用した。
グリフォン隊から、裏切った者が出たというのはトリスティンの恥を晒す事になる。
恥を差し引いても、他の売国を行う貴族への牽制となると判断したのだ。
つまりアルビオン側についた者の末路を見せしめにして、揺さぶりをかける。
絶大な効果とまではいかなくとも、アルビオン側の動揺が収まるまでの時間稼ぎとはなった。
その後の歴史の動乱を知るものは多くても、ワルドの顛末を気にかける者はいない。
レコン・キスタに寝返るも、禁制の薬物により廃人とされる。
逮捕後、統治能力なしとして貴族階級と領地、グリフォン隊隊長の座の剥奪。
半年後には海岸で倒れているところを漁師に発見されて、共同墓地に埋葬された。
たったそれだけの短い文章がワルドの人生だった。

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