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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン![【オリジナル】


1 :2013/07/21 〜 最終レス :2013/10/22
前スレ
【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Z【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1356693809/

2 :
過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】  レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
4:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/
5:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1331770988/
6:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Y【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1342705887/

避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/
まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html

3 :
【→マテリア 『人間難民』】
ヴァンディット以下"人間難民"十数名の子供たちは、一斉に路地の向こうへと向かって駈け出した。
遺貌骸装『遠き福音』の効果は一瞬、長くて一秒程度しか持たない。
発動までに対象が持っていた速度や勢いが一度キャンセルされるために、飛ぶ鳥は落ち、走る者は再び加速が必要になる。
逆に言えば、マテリアのように走り出す前の態勢の者に対しては足留めの効果が薄い。
「ヴァンディット、じきにあの女は追いついてくる!」
「分かってる。もう一度使うぞ――遺貌骸装『遠き福音』!!」
こちらへ向かって驚異的なスピードで追い上げてくるマテリアへ向かって、ヴァンディットは再び槍を振るった。
適当な壁にぶつけられた遺貌骸装が澄んだ音を立て、赤く輝く刃がその身に秘めた呪詛を解放する。
響きは路地を乱反射しながらマテリアへと至り、槍へ向かおうとする者の足を留める――はずだった。
「馬鹿な、何故停まらないッ!?」
マテリアの足はとまらない。
その軍属らしき、洗練された挙動による加速は十全に発揮され、彼女の身体は一直線に路地を駆け抜ける。
所詮子供の速度でしかない人間難民達との距離は、みるみるうちに狭まっていく。
「耳栓、あるいは防音結界でも張ったのか……!?だがそんな隙は与えなかったはずだ!」
事実――遺貌骸装『遠き福音』を防ぐ方法は決して皆無ではない。
確かに音という不可視の現象を媒介としているが故に目視での防御は困難だ。
だがその性質を音に依存するということは、音と同じ方法で無効化できるということだ。
単純に耳栓や、両手で耳を塞ぐだけでも充分に効力を弱めることができる。
魔術による防音結界ならばほぼ完全に音をシャットアウトできる。
マテリアはそのどちらも使った痕跡はなかった。
見れば、ただ耳に手を添えているだけ……塞いでいるわけではなく、あれでは音が丸聞こえだろう。
「あの女、さっき『音を操る』術式使いだって言ってた……!」
「情報戦型の魔術師か……!音を操るだと?マズいぞ!!」
>「やった!やっぱり出来た!……じゃなくて!『これ』、お返ししますよ!」
懸念は現実のものとなった。
音が聞こえた。それも、何もないはずの前方の虚空から、疾走する彼らへ向かって!
手元の十字槍が赤く輝く。遺貌骸装が発動する――!
「――!?」
人間難民の子供たちは、全員が一様に空中にて動きを停止した。
それは一瞬だったが、再び地面に足をついたとき、彼らの身に先ほどの速度は残されていなかった。
慣性の喪失。『遠き福音』の効力が発揮されたのだ。
「相性が最悪だ……!!」
『遠き福音』は、その音を聞いた者の足を留める遺貌骸装だ。
音は単なる媒介に過ぎず――その効力は『対象者』によって発揮される。
呪い、呪詛とはそもそも儀式を行うことで『自分に害意を持つ者がいる』ということを相手に悟らせ、
その精神的な圧迫によって対象を不幸に至らしめる技術のことだ。
同様に、遠き福音の発動には必ずしも槍から発せられる音が必要というわけではない。
『槍から発する音を聞いた』という、対象者の認識こそが肝要なのだ。
すなわち、彼らが『自分たちは呪いをかけられた』と認識しさえすれば、遠き福音は発動するのである。
ヴァンディット達は足をとめた。再び逃走を開始するために腰を落とした瞬間――槍を掴む手があった。
マテリアだ。追いつかれたのである。

4 :
>「……私は、さっきも言いましたけど、左遷された身でしてね。大人ってほど、大人じゃないんです。
彼女は息も切らさず、しかし顔中に安堵の色を浮かべて語る。
ヴァンディットを始めとした人間難民の子供たちが、議長に抱いている感情をほんの一部だが、確かに正鵠を射た。
>「お願いします。私に、あなた達を助けさせて下さい。
> あなた達のような子供に、こうしてお願いする事しか出来ない……
  そんな弱い私を……信じて下さい」
ヴァンディットは槍を引く。マテリアの手による固定は柔らかく、すぐにでも振り払えそうだった。
しかし、紡がれる言葉が、何よりもこちらを上目遣いに見据えるマテリアの両目が、彼にそれ以上の抵抗をさせなかった。
「あんたは――」
ヴァンディットは槍から手を離した。
穂先と柄を繋ぐソケットが一人でに外れ、穂先はマテリアの手に残り、収縮した柄棒が地面に落ちて乾いた音を立てる。
「あんたはどうして、この街で出会ったばかりの俺たちや議長のために、そこまで想ってくれるんだ……?」
逃亡劇は終わりだ。
この場でうまく逃げおおせたとしても、遅かれ早かれ守備隊に発見され追い回されることになるだろう。
しかしそんな損得とは関係なしに、この狡猾のようで愚直なマテリアという女を、彼は信じたくなった。
「今まで、俺達に近づいてきた大人は皆、懐疑や警戒……あるいは薄っぺらい同情しか持っていなかった」
悪い人間、ではなかったのだろう。
普通の人間からすれば、怪しい集団がいれば警戒するし、子供たちだけで行動していれば裏にある事情を汲んで同情する。
だがそこまでだ。それも当たり前だが、同情を超えて見ず知らずの子供たちを構おうとする人間など正気の沙汰ではない。
一線を越えて近づいてくるとすれば、それは奇っ怪な集団が周りに害を及ぼさぬよう見張るための接近だ。
ヴァンディット達が相手にしてきたのは、そういう真っ当な意味で『まとも』な大人達だけだった。
「逃げて、隠れて、挙げ句の果てにはあんたに一回呪いまでかけている。
 だが、あんたは俺達から離れなかった。それでも俺達を護ろうとした。
 こんな大人は……初めてだ。正直、まともじゃあないよな、あんた」
ヴァンディット、と諫めるような声が背後から聞こえてくる。
そんなことを言って、自分たちよりも遥かに強いこの大人を怒らせやしないかと。
彼は諫言を背中に聞いて、しかし言葉をやめなかった。
「……でも嬉しかったよ、マテリアさん」
思ったのだ。
このマテリアという女がただの派手な女なのか、何か裏の顔のある只者じゃない女なのか。
どちらであっても、たった今こうしてヴァンディット達の心に肉迫してくる彼女は、偽りのなき本物であると。
その、『助けたい』という気持ちに、八方ふさがりな彼らの状況を預けてみたくなった。
「俺達、"人間難民"十五名の前途、あんたに預けた!
 俺達だってこのまま逃げ続けられると思っちゃいない。議長を救いたいと、そう思ってる!
 だが俺達じゃあ、これから一体どうすりゃいいのか分からないんだ。
 遺貌骸装はあれど議長は行方不明で、ここは帝都から遠い地方都市……この街の夕暮れよりも、俺達の行く先は暗い」
ヴァンディットはマテリアの手の中にある槍の穂先を指さして言った。
「その"遠き福音"はあんたに預けておく。俺達が持っていても仕方のないものだしな。
 そいつがこの人間難民のリーダーの証だ。あんたが、俺達を福音の方角へ導いてくれ……!」

【マテリア→"人間難民"の懐柔に成功。遺貌骸装『遠き福音』を入手。これからどうするつもり?】
【遺貌骸装について:『遠き福音』は槍を完成させて音を鳴らせば効果は発動します。
             ただし魔族の血同士が反発するため遺才と同時には使用できません】

5 :
【→ノイファ、ファミア 『議長』】
大ルグス像の顔面跡地にて、議長が訥々と漏らした嘆願。
それを受けて沈黙を破ったのは、ルグス神殿の神殿騎士、ノイファだった。
彼女の足元から下の神像登頂部にかけて、幾人もの気配があることは察していた。
いずれ劣らぬ強者達……聖術を修めた神殿騎士たちだ。
彼らはノイファの手前、我先に議長へ飛びかかるような真似こそしなかったが、その敵意は死角にあってもひしひしと感じられた。
>『……皆、聴きましたね。二年前のあの夜を、あの悲しみを、再び繰り返そうとする者たちが居ます。
ノイファは言った。
ただの言葉ではない。その手に持った念信器は、おそらく階下の騎士たちに通じているものだろう。
そうして己の言葉を分け与える意味は一つ。
>『心に燈った熱を、湧き上がる義憤を、叩きつけてやりましょう。
 後悔したくないから、すべてを賭して護り抜きましょう。
 ――"私たち"の最高にカッコ良いところを見せ付けてあげようじゃないですか!』
アジテーションだ。
巧みに言葉を用い、怒りの矛先を議長ではないこの事件の本当の首謀者へと導いていく。
言葉一つで、煮えたぎるほどだった義憤や敵意を、この場で発露させないようコントロールしているのだ。
一朝一夕で身につく技術ではない。
打算だけでなし得る業でもない。
人間の感情の表も裏も知り、その上で己の感情に同調してもらうこと。
他人の心を操るのではなく、自分に共感してもらう術を、ノイファは知っているのだ。
>「まあ、このくらいで良いかしらね」
念信を終え、さらっと言ってのける彼女は、ほんの数十秒の演説でこの場を丸く収めてしまった。
仮にも議長を冠する自分でも、到底追いつけない高みの技術だった。
>「私は貴女の言葉を、覚悟を信じる。
>「ちょっと騒がしい場所だけど……きっと退屈はしないから。まあ私と、私の頼りになる仲間に任せなさい」
「あ、ありがとう、ございます。でもどこへ……?」
ファミアの後ろに隠れながら、議長はノイファの導きに応じる。
威圧、というわけではないが、どうにもノイファと直に見つめ合うということができない議長だった。
>「それじゃ行きましょうか。そうそう、お腹空いてるでしょう?」
問いに答えないというよりかは、ヒントを出して楽しむといった風情で、ノイファは言った。
時刻は既に宵の口。大通り以外はまばらな光だけが、街の稜線を綴っていた。
 * * * * * *

6 :
【ヴァフティア・揺り籠通り】
大ルグス像からの下像は滞り無く済んだ。
道中、何人もの神殿騎士達とすれ違ったが、彼らは先程のような敵意を向けることはなく、
理不尽と同情のないまぜになった顔をしてこちらを見送るだけに留まった。
「また追跡(や)ろうぜ。今度は神殿抜きでな」
というかどちらかというと神殿騎士たちの視線はほぼファミアの方に固定されていたのだが。
男たちはいい笑顔でファミアを見送った。
神殿で治療を受けていたごろつき三人組の一人が、こちらに気付いて手を振ってきた。
脱臼した肩は繋がったものの、包帯による固定が痛々しい。
議長が何度も頭を上げると、ごろつきは苦笑しながら元気であることを示すように怪我した方の腕をぶんぶん振った。
治療にあたっていた修道士に頭をはたかれ、再び治療の悲鳴を上げるところまでワンセット。
彼女たちが神殿を後にする頃には、彼の悲鳴は死に際の虫みたいにか細くなっていた。
「確か、噴水広場から北へ進むと住宅街の"揺り篭通り"に入るんでしたよね」
ヴァフティアの構造は噴水を中心とした四ツ辻の大通りに、そこから派生した路地という典型的な横町都市だ。
特に北南を貫く大通りは北を揺り篭通り、南をカフェイン通りと呼び都市経済の基礎となっている。
揺り篭通りは住宅街の生活道路として整備された大通りなので、この時間帯に南の繁華街ほどの賑わいはない。
それでも大通りらしく、近隣住民の憩いの場として酒場やナイトカフェの灯りが通りに点在していた。
ノイファが導いたのは、その中の一つ。通りから路地一本入ったところに軒を構える、一軒の酒場。
「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」
よく見れば、『リフレクティア青果店』と看板のかけられた建物は二軒分の横幅をもっていた。
そのうち明かりがついているのは通りから見て右半分。
瀟洒な玄関づくりと、凝った意匠を施されたドアノブを捻って入った先には、
「わぁ……わたし、お酒のお店って入るの初めてなんです!」
対面式のバーカウンターと、狭い店内に散財するテーブル席。
教本から切って貼ったような、典型的な安酒場だった。
まだ夜は始まったばかりだというのに、客の姿が一つもない。
カウンターの向こうでは、バーテンダーと思しき一人の男が椅子に腰掛けて黄表紙本を読みながら欠伸をしていた。
精悍な風貌の、若い男だ。
まったく気合の入っていない普段着にバーテンの前掛けだけをして、髪が散らないようバンダナを締めている。
彼は客が入店してきたことに気付くと野良猫のような俊敏な動きで黄表紙本を放り投げ、椅子から立ち上がって諸手を組んだ。
「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」
彼は客の顔も見ないで慌ただしくカウンター前の三席へ布巾をかけた。
脂汗が顔中を伝っている。手早く席の準備を済ませると、バックヤードに向かって声を投げた。
「お、親父――!客だ、3日ぶりのお客さんだ!!ここは俺が食い止める、早くお通しとお冷の用意をするんだ!
 ――ああ?作り方忘れた?ざっけんなクソ親父てめーが接客したくねーって言うから厨房譲ってやったんだろーが!
 んなんだから俺が帝都行ってる間に爺さんの代から受け継いでるこの店に閑古鳥が鳴く羽目になんだよ!」
なにやら厨房と喧嘩をし出したバーテンの男は、青い顔をしながらこちらに向き直った。
「ご、ごめんな!いま、あの耄碌ジジイを厨房から叩き出してくるから!
 ったく、ドリアの一つも作れねえって一体今まで何食って生きてきたんだあのオッサン」

7 :
男は荒っぽい手つきで水のボトルを取り出すと、カウンターにグラスを3つ置いて均等に注いだ。
グラスの底に刻まれた術式陣がカウンター側からの魔力供給を受けて作動し、中身の温度を低温に保つ。
男はそれを見届けると、バーカウンターからバイアネット(魔導砲に刃を取り付けた武装)を取り出して厨房に殴りこんだ。
「てめー今日を先代剣鬼様の命日にしてやるぜ!そして俺があらたなる厨房の支配者になる!
 おらおら対地重撃剣術轟剣の錆になりやがれええええええええぇ!!!」
しばらく刃のこすれ合う剣戟音と、魔導砲の砲声、術式の炸裂する爆音などが厨房から響き、
「ぎえええええええ!!!」
ボロ雑巾のようになったバーテンの男がカウンターの中に吹っ飛ばされて戻ってきた。
「く、くそぅ……いい年こいて息子に容赦がねーぜあの親父。親子喧嘩に遺才剣術使いやがって、それでも親か!?」
だが!とバーテンは叫んだ。
「戦いの中でも俺は、剣戟の合間を縫ってお通しを調理することに成功した!
 さあ召し上がってくれ、こいつがリフレクティア青果店名物、茹で青豆とパンチェッタのソテーだ!」
客である彼女達の前に置かれた3つの皿には、刻んだ干し肉と茹でた青豆、それから半熟に調理された卵が入っていた。
半熟卵を潰して青豆と絡めながら、お好みで塩コショウやオリーブオイルをかけて食べるのが通好みだ。
「そして俺は、料理を食べて満足するお客様の笑顔を見ることが何よりの生き甲斐なのだ……んん?」
そこで初めてバーテンの男は、三人並んだ客の顔をまともに見た。
ファミアを見て、その隣の議長を見て、その更に隣のノイファを――見た。
瞬間、先ほどとは比べ物にならないレベルの脂汗が彼の顔面を駆け落ちた。
「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」
ちらりと横目で酒場全体を見回した彼は、投げ捨てた黄表紙本が遠くの床に落ちているのを認めると、
瞬間的な踏み込みでそこまで移動し渾身の力で本を蹴った。
黄表紙本は肌色の中身を見せつつ回転しながら吹っ飛んでいき、カウンターの下に滑り込んだ。
その間に冷静さを取り戻したバーテンは、ゆっくりした動きでカウンターに戻り、その表情に険を宿した。
「……いやマジでおかしいぜ。遊撃課にヴァフティア行きの任務なんて、俺は振ってないぞ。
 有給でも取ったのか?申請したんなら俺のところまで決裁のハンコが回ってくるはずだが……。
 お、アルフート、お前里帰りするって言ってたよな。お前の地元こっちだっけ?」
バーテンの物言いに、今度は議長が眉を開く番だった。
「あ……この人、中継都市でわたしたちに近づいてきた男の人です!
 わたしたちの顔ジロジロ見てホッとしたような顔して去っていったので……。
 連れの者になんだったのか聞いたら『童女の顔面を観察して悦に入る新手の変態だ。気をつけろよ』と」
「そんな奇特な性癖は持ちあわせちゃいねーよ! 都会じゃそんな複雑な愉しみが流行ってんのか!?」
「帝都出版でいま一番の人気図書は、『念画百発!足の裏』だそうです……」
「もう滅びたほうが良かったんじゃねえの人類!」
ぜーはー肩で息をするバーテンに対し、議長は至って冷静にそれを指さしてファミアに訪ねた。
「それでファミアさん、結局この人は?」
「俺か?俺はリフレクティア!お前が今話してるアルフートの上司の上司よ!
 そしてそれは裏の顔!しかしてその実態は――当店のバーテンにして副店長!
 裏で大根一本切るのに小一時間かけてる先代剣鬼の二番目の息子さ!」
バーテンの男――リフレクティアは、エプロンの胸を叩き、言った。
「リフレクティア青果店へようこそ!」

8 :
* * * * * *
「いやあ、ホントは親父と兄貴と妹でこの店切り盛りしてたんだけどな。
 兄貴がなんかやらかして投獄されて、妹が帝都の学校に進学しちまったもんだから、
 こうやって俺が定期的に帰ってきて店を手伝ってんだよ。兄貴が釈放されるまでな」
リフレクティアは聞かれてもいないことを嬉しそうに語った。
苦労を誰かに知って欲しかったようだ。
「ここ二週間は、俺はずっとこの街にいたよ。
 しかしなんだって、遊撃課が二人も揃ってこんな訳の解らん辺鄙な田舎に来てんだ?
 任務じゃあねえよな。俺がボルトに仕事振らなきゃ遊撃課の任務は発生しないからな」
リフレクティアは、遊撃課の創始者にして窓口担当だ。
元老院から依頼される"御下命"を、任務という形に整えて遊撃課長のボルトに振る。
そして支給品や交通手段の手配、地元住民への根回しなどを行なっていくのが彼の役目だ。
「ボルトに手紙送っても返事も寄越さねえし。
 帝都からの定期連絡も、『本日も異常なし』ばっかで任務の話なんか一つもなかったぜ。
 一体どうなってんだこりゃ?」
遊撃課の課員は任務のない期間は基本的にオフである。
が、いつ任務が発生するかわからないので、休日であっても帝都を離れないのが原則だ。
外に出たい者は、随時申請を行うことによって、『この期間は任務参加不可』であることを意思表示する必要がある。
それらの申請ごともリフレクティアが一括管理しているため、有給の取得を彼が関知しないということはあり得ない。
「なんかの間違いで申請が下りたのか、ボルトの奴が勝手に決裁したかだな。
 後者だとしたらあの野郎、帝都に戻ったら上司権限でシメてやる」
ぶつくさやっていると、『議長』と呼ばれた少女がおずおずと手を挙げた。
「あのぅ……そろそろわたしの話にうつってもいいですか?」
「ん、お、おお、すまねーな。客の話ほっぽって自分のことばっか話しちまったぜ」
議長はこちらへ頭を上げると、椅子を少し引いてノイファとファミアが視界に入るように座り直した。
「お約束通り、わたしの身の上と、この街での目的について、お話しします。
 でもその前に、情報の重複を防ぐ意味で、みなさんの持っている情報を話していただけませんか。
 そのうえで、補完や説明の必要なところを、わたしが補うという形にしたいです」
「そりゃいいな。わざわざ俺の店を選んだってことは、遊撃課の関わる案件なんだろ?
 俺もここ二週間のオフですっかりわからないことだらけになっちまった。
 ここで一つ情報の共有をするってのが良いと思うぜ、えー……ノイファさん」
リフレクティアが微妙に呼びづらそうにノイファに頷き、議長は咳払いをする。
「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
 それを話していただけますか?」
旅装を解き、懐から出した水晶製の短剣をカウンターの上に置いて、彼女は問うた。

【リフレクティア青果店へ到着。遊撃課相談役・リフレクティアが同席】
【情報共有パート。それぞれ現状で持っている情報を出しあい、共有しましょう】

9 :
>『……皆、聴きましたね』
議長の言葉に対し、念信機へと声を発するノイファ。
「みん……え?み、えっ?」
"皆"がどこにいる誰なのか、一瞬判断しかねるファミア。
その後の扇動により上がってゆく神殿騎士たちの熱とは裏腹、
ファミアの背筋は氷柱をぶっ込まれたように冷えていきます。
相手の掌の上を右往左往していただけと知れたのだから無理もないことでしょう。
>「まあ私と、私の頼りになる仲間に任せなさい」
ノイファが一席打ち終えて、議長の手を取ってそう言いながらファミアに一瞥をくれました。
「頼りになる」のあたりに何かしら引っかかりを感じますが、大丈夫、ただの被害妄想です。
先導に従って像を下りてゆくと、何度か神殿騎士たちとすれ違いました。
ノイファの弁舌により事なきを得たこの場ではありますが、あるいは暴発した騎士により戦闘に突入していたかもしれません。
そう考えると、なおファミアの温度が低下してゆきます。
>「また追跡(や)ろうぜ。今度は神殿抜きでな」
好敵手と認めてくれたらしい騎士たちのその言葉にも、へひひ、と曖昧な笑みで応じるのが精一杯。
なんだかガラの悪そうな人たちに対して酷く恐縮している議長を尻目に、ようやく神殿を出ました。
ファミアは一息ついて解放されたような気分。
聖堂をやたら開放的にリフォームしてしまった罪悪感はそれなりに感じていたようです。
神殿から広場、そこを北へ抜けて住宅街へ。
住居に混じっていくつかある店の佇まいは繁華街のものと違って落ち着いた外観でした。
あまり人目を引くようだと周辺住民からの突き上げがあったりするのでしょうね。
さてそんな店や住宅の並ぶ大通りから一本外れた裏通り。
どうやら目指すお店はすぐそこのようです。
>「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」
(リフレクティア。はてどこかで……?)
議長の言葉に屋号を眺めて首を一かしげ。
いくら直属ではなくつながりが薄いとはいえ上役の名前くらい覚えねば社会人は務まらないものでしょうに。
華美ではないながらも繊細な意匠の戸口をくぐり店内へ。
>「わぁ……わたし、お酒のお店って入るの初めてなんです!」
「あまりよいものでもないですよ」
ファミアはタニングラードでの自身の経験に照らし合わせ、
風速数十メートル級の先輩風を吹かせつつそう評しました。

10 :
しかしその上から目線の評価も当たらずとも遠からずでしょう。
宵の口にも関わらず先客はなし。
唯一の人影である店員は、顔の前に本を立てて椅子にもたれている始末。
経験が浅くとも期待ができそうにないのは見て取れます。
>「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」
そのやる気のない店員は、一行に気づくなり機敏な動作で本を投げ捨て、カウンターに席を整え始めました。
よほど余裕が無いのか、最初から今に至るまでほとんどこちらを見もしません。
(ぜんぜん見ていないのに人数はわかっている……気配を?)
妙なところに感心するファミアの前で、店員は厨房にいる人物と口論を開始。
「えー、と、帰りませんか?」
思わずノイファの袖を引いて進言。まあ帰る場所もありはしませんが。
その後、荒い動作でしかし正確にお冷の支度をした店員は厨房で荒事を始めました。
「帰りませんか?」
再びの進言。厨房内で銃撃を行う店は衛生的に信用ができません。
幸いなことにすぐに片はついたようで、店員は悲鳴を抱えてカウンターへと舞い戻って来ました。
驚いた事に料理も携えています。
>「さあ召し上がってくれ、こいつがリフレクティア青果店名物、茹で青豆とパンチェッタのソテーだ!
> そして俺は、料理を食べて満足するお客様の笑顔を見ることが何よりの生き甲斐なのだ……んん?」
そこで店員はようやく一行の顔を正面から見ました。
当然ファミアも店員の顔をまじまじと見られます。
>「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」
「……リフレクティア相談役?」
言うまでもなく、遊撃課内での最上位者レクスト=リフレクティアその人でした。
>「……いやマジでおかしいぜ。遊撃課にヴァフティア行きの任務なんて、俺は振ってないぞ。
> 有給でも取ったのか?申請したんなら俺のところまで決裁のハンコが回ってくるはずだが……。
> お、アルフート、お前里帰りするって言ってたよな。お前の地元こっちだっけ?」
ファミアはレクストの問に返答しようと口を開きかけましたが、それよりも先に議長が声を上げました。
>「あ……この人、中継都市でわたしたちに近づいてきた男の人です!
> わたしたちの顔ジロジロ見てホッとしたような顔して去っていったので……。
> 連れの者になんだったのか聞いたら『童女の顔面を観察して悦に入る新手の変態だ。気をつけろよ』と」
レクストは議長の言葉を必死に否定していますが、
その姿を見るファミアの目に猜疑が浮かんだことは責めることはできないでしょう。
世の中、いろんな人がいるんですから。
その後、口を挟む間もないやり取りがしばらく続き――
>「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
> それを話していただけますか?」
情報の集約と整理をするべきだという結論が出ました。

11 :
「了解しました。アルフート課員、報告を始めます」
議長だけでなくレクストもいるので言葉遣いもそれなりのものになります。
「不足があれば指摘をお願いします」
とノイファに頼んでおいてから報告を始めました。
「まず議長さんへの返答ですが、我々は帝国元老院直属、遊撃一課。職務内容は……まあ、いろいろと、です」
一言で説明しようとして事跡を振り返ってみると、とても人に言えないようなことばかりだったので言葉を濁しました。
「ヴァフティアへは元老院からの指令で。知っていることは……何もありません。なぜ我々が他でもない"ここ"へ送られたかも」
中央から遠ざけるだけならば他にも候補地はあったはず。しかし元老院はヴァフティアを選んだ。
今なら議長が口にした黎明計画なる企てのためであると理解できますが、そこに自分たちがどう関わっていくものなのか……。
ついでレクストに向き直り報告を続けます。
「我々が元老院の直属になった経緯ですが、その……ブライヤー課長が失踪したため、とのことで……」
またも語尾が濁りました。
「我々への命令と同時に課長の……解雇が通達されました。
 相談役は不在であられたので、さらに上に指揮権が移ったのだと思われます。
 その後、ヴァフティアへの特別列車内で元老院によって新設された遊撃二課なる集団の襲撃を受けましたがこれを撃退。
それに際してガルブレイズ、スイ、ハンプティの三名は課長の痕跡を追うため帝都へ帰還、
 アイレル、アルフート、ヴィッセンの三名はそのままヴァフティアへ向かいました」
何かを振り切るように一気に言い切っって、それから一つ深呼吸。
「ヴィッセン課員に関しては所在不明。ヴァフティア内にはいると思われるので、あとで合流を試みるつもりであります。
 それと、スティレット課員ですが……現在二課の所属になっています。以上、アルフート課員報告を終わります」
ざっくりと経緯を語り終えたファミアは、敬礼をしていた手を下ろしました。
なんだか、ひどく疲れたような気がしていました。
【説明っ!】

12 :
考えろ、考えろ、そう己に言い聞かす。
迎撃準備を整えた路地裏からスイはそっとセフィリアの方を伺う。
未だ敵は現れず、スイはひたすら思考を回転させる。
フウの操る遺才から、もう一度見直してみた。
まず、フウは水を操る。これは彼(?)自身が言っていたことだ。
そしてその能力は、分子レベルに至る水蒸気までも操る。
だが、スイが引っかかっていたのはそこだった。
水蒸気というのは気体のように見えるが、実質的には水の領域を脱していない。
そもそも、気体中に水はあるのに、フウはわざわざ持ち合わせていた水を使用している節もあった。
これらから、スイは一つの仮説を立てた。
フウが操れるのは、水と認識できるものまで。
それはフウが気体中にある水を操る様子が無いことが裏付けている。
ハンターだと自ら称していたフウは、恐らくスイと同等か、それ以上に人と戦うことに慣れている。
そしてスイは常に周りにあるものを利用して戦う。フウとて、操るものは違えど、本質的に見ればほぼ同じ戦い方をするはずなのだ。
もし、スイがフウの立場であって、空気中から水を作り出すことが出来たのならば、まず真っ先にスイはそのプロセスを実行する。
しかし、フウはしない。
つまり、フウは同じ水から出来たものであっても、氷や、空気中の水分を操るという事は出来ない、という考えだ。
なれば、スイとて対策が無いわけでは無い。
一番実現可能な方法は、気圧を下げること。
先ほど真空を作った要領で、それを広範囲で実行すればいいだけだ。
気圧が下がれば、水は氷になりやすくなる。
スイが狙ったのはそれだった。
しかし、フウのスピードは予想以上に速かった。
>「ヴェイパーフィスト!!」
蒸気の圧倒的圧力に補佐された拳は、セフィリアを確実に屠りに行く。
仮に避けれたとしても、あの破壊力では恐らくこの一帯は崩壊するだろう。
「しまった…!!」
流石はハンター、己の弱点をも熟知した上での戦闘法だ。
スイはすぐさま矢達を呼び寄せる。
同時に先ほど実行しようとした、気圧を下げる作戦を展開した。
>「我が宝剣よッ!力を……かせェェェェェェェェェッ!!」
セフィリアが、大気を震わせて吠えた。
腰に下げていた剣に手をかけ、抜刀、そのまま驚異的なスピードでフウを狙う。
僅か、ほんの僅かだが、彼女のスピードがフウを上回った。
吹き飛ばされたフウの体を目掛けて何本か矢を飛ばす。
フウが地面に打ち付けられた瞬間、その矢達はフウの服を地面に縫い止めた。
その時に気付くはずだ。
先ほどよりも、周りの気温が異常に低いということに。
「…まだ生きてるよな?お前には聞きたいことがあるんだ。
 まず第一に、何故俺たちを帝都から遠ざけた?邪魔であるならば、早々に排除した方が身のためだというのに、何故殺さない?…いいや、どちらかというと、何故俺たちを残しておかなければならない?」
路地からスイは姿を現し、短刀を構えつつもフウから距離を保ったままそう問う。
「そして、あともう一つ。俺たちの上司、ボルト=ブライヤー課長は何処だ?」
スイの声が、地を這うように吐き出された。
「あぁ、安心しろよ。逃げたければ逃げるがいいさ。追いかける気は、俺にはない」
【フウを拘束した上で質問。矢は多少暴れれば取れる程度にしか刺さっていません。逃げ出してもスイは追いかける気無し】

13 :
>「あんたは――」
ヴァンディットが『遠き福音』を手放した。
伸縮杖は地面に落ち、穂先がマテリアの手に残る――つまり彼らに、もう抵抗の意思はない。
分かってくれた。マテリアの頬がにわかに綻び――
>「あんたはどうして、この街で出会ったばかりの俺たちや議長のために、そこまで想ってくれるんだ……?」
だが続くヴァンディットの言葉に、彼女は一瞬、呼吸を失った。
辛うじて態度には見せなかったが――彼の問いに、マテリアはすぐに答える事が出来なかった。
>「今まで、俺達に近づいてきた大人は皆、懐疑や警戒……あるいは薄っぺらい同情しか持っていなかった」
どうして自分は彼らを助けたいのか――分からなかった。
彼らが可哀想だから。こんな小さな子供達が国に狙われるなんて間違っているから。
それとも――弱い自分にも誰かを守る事が出来ると、もう一度実感したかったから。
かつて戦場で、子供を救えなかった事への代償行為がしたいから。
どれが本心なのか。自分は本当に利己的な考えなしに彼らを助けたいのか。
彼らに信じてもらうに足る人間なのか――自分にも分からない。
>「逃げて、隠れて、挙げ句の果てにはあんたに一回呪いまでかけている。
  だが、あんたは俺達から離れなかった。それでも俺達を護ろうとした。
  こんな大人は……初めてだ。正直、まともじゃあないよな、あんた」
マテリアは賢しらだ。
だからこそ考えなくてもいい、考えない方が幸せな事まで考えてしまう。
>「……でも嬉しかったよ、マテリアさん」
言える訳がなかった。
彼らが信じてくれた自分の事を、本当は自分自身が信じられていないだなんて。
故にマテリアはただ微笑んで、何度か小さく頷いた。
彼らは嬉しいと言ってくれているんだ。
これ以上、言葉は必要ない――そう自分に言い聞かせる。
>「俺達、"人間難民"十五名の前途、あんたに預けた!
 俺達だってこのまま逃げ続けられると思っちゃいない。議長を救いたいと、そう思ってる!
 だが俺達じゃあ、これから一体どうすりゃいいのか分からないんだ。
 遺貌骸装はあれど議長は行方不明で、ここは帝都から遠い地方都市……この街の夕暮れよりも、俺達の行く先は暗い」
>「その"遠き福音"はあんたに預けておく。俺達が持っていても仕方のないものだしな。
  そいつがこの人間難民のリーダーの証だ。あんたが、俺達を福音の方角へ導いてくれ……!」
「……まぁ、確かに私も迷子みたいなものですからね」
心の中に渦巻く靄を払い除けたくて、冗談めかして笑ってみせた。
――守ってみせる。助けてみせる。
それさえ出来れば、何も問題なんてないのだ。
「確かに……受け取りました。任せておいて下さい。
 私が絶対に……あなた達に夜明けを見せてあげますから」
受け取った『遠き福音』を、魔導軽鎧のベルトに差す。
伸縮杖も拾い上げて懐へ。
それから改めてヴァンディットに向き直る。

14 :
「……これからについての話をします。まず、私達は……夜を待ちましょう」
一度空を見上げ、すぐに視線を戻す。
「空模様の話じゃないですよ。確かに移動は楽になりますけど。
 ……この遺貌骸装は、とんでもない代物です。
 この国の社会構造を、とても大きく変革させ得る物です。
 もしこれが本当に魔族の血から創られているのなら……それはつまり、
 人の才能を保存して、必要な時に、必要な人に配る事が出来るようになる」
だとしたら、遊撃一課が更なる左遷を受けた理由も――
そして自分達の行く末は――そこまで考えて、頭を振った。
今考えても仕方のない事だ。
「こんな物、放っておける訳がない。あの子もです。絶対に取り戻しに来る。
 その時が……夜です。追っ手を返り討ちにして、ふん縛って……それから多分、またお喋りですかね」
この戦いにおいて、マテリア達に完全な勝利の目はない。相手は国だ。
事が全て終わった後も、自分達はこの国で生きていかなくてはならない。
とことんやり合うなんて出来る訳がない――少なくともマテリアには、出来る気がしなかった。
だけど追っ手を退け、自分達を黙らせるには骨が折れると思わせれば、それは交渉の余地になる。
条件を少しでもマシに出来る筈だ。
そう考えると、やはりヴァフティアに来たのは間違いじゃなかった。
――国境のすぐ近くである事も、交渉には役立つかもしれないからだ。
「……それと、もう一つ」
そこで一度言葉を切り、ヴァンディットの眼を強く見つめた。
これは大事な話だ。
「あの子と、話をするべきです」
彼ら人間難民は――議長が呼び掛けて、集まったと言っていた。
何故、彼女はそんな事をしたのか――何となく、察しはつく。
あの子はまだ子供だ。
異形となり、国に狙われながら、一人逃げ続ける――出来る訳がない。
誰かに一緒にいて欲しかったに決まっている。
だから求め、そして望んだものを得た。
だがそれは、決して手放しに喜べる事ではなかった筈だ。
得てしまったからこそ、それが傷つき、失われる事を恐れた筈だ。
ちゃんと、手放しに喜べるようにしてあげるべきだ。
「さて……それじゃ、ひとまず移動しましょう。私の仲間を紹介しますよ。
 議長ちゃんも一緒にいる筈ですから、ちょっと待って下さいね」
そう言ってマテリアは両手を耳に添え――周囲に整然と展開する、幾つもの足音を捉えた。
明らかに組織的な動き――息を呑む。
まさか守備隊にこちらの位置を特定されたのか――いや、違う。
更に耳を澄ませてみると、聞き覚えのある音が聞こえた。
軽快な足音――音から推察出来る体重と、足音一つごとに移動する距離が釣り合っていない。
つまり、自重――体格や筋肉の量からはあり得ない膂力を発揮している。
「もしかして……アルフートさん?」

15 :
【→ユウガ】
>「リッカー中尉、私だ。対象者『コルド・フリザン』の迎撃に成功。これより帰投する。」
少女型の小型ゴーレムを通してフルブーストからの報せを聞いたバレンシアは、ソファへ深く身を預けた。
コルド=フリザンは遊撃一課に配属される予定だった遺才遣いだ。
単身を相手にするならば問題なく撃滅できるが、先行して帝都に入った連中と合流されると厄介だった。
故に、ここで早期に叩くことができたのが僥倖と言う他ない。
そして、
(フウ君がフィラデル通信官を追って出て行って戻らない……。またいつもの悪い癖が出たものかね)
フウは高い索敵・追跡能力と戦闘力を併せ持つ優秀なハンターだが、その戦い方は加減を知らない。
フィラデルの首だけを持って帰ってくることも充分に想定されるが、
もっと可能性が高いのは、逃げ惑う標的を追うことに夢中になりすぎて帰ってこないことだ。
大抵、夕飯までには飽きて、やっぱり首だけ抱えて帰ってくるのだが――。
「遅いね、フウ。フルブーストさんこっちに戻ってくるなら、ついでにフウの様子でも見てきてもらう?」
対面でオセロをひっくり返していたモトーレンが窺うように問うてきた。
撃墜が叶ったとは言え、遊撃一課を帝都に入れてしまった負い目を感じているようだ。
少し離れた席で木彫りの聖像を削っていたゴスペリウスが手元から目を離さず言う。
「拙僧意見しますに、心配するようなことでしょうか?
 相手はたかが事務員、十中八九ハンティングが楽しくなってきちゃっているだけかと。
 肉食昆虫のような短絡脳構造をしていますから、フウ殿は」
本人が聞いていたら速攻殴り合いが始まりそうなことを平気で口にする。
しかし、確かにフウは捕食中に別の獲物が通りがかったら手元の食料を放り出してでも狩りに行くタイプだ。

16 :
「下手に声をかけに行けば、こちらにまで累が及びかねません。
 彼の能力は、広域の敵を零すことなく撃滅するのに特化していますから」
「ゴスペリウス君、君の呪術でフウ君の現状を視ることは可能かね」
「可能ですが、いまはそちらに回している余裕がない状態です。
 拙僧の大陸間弾道呪術『白鏡』から応答がなくなりました――あの人間難民、なにかをしましたね」
「解呪を?」
「不明です。よって現在、状況確認用の遠隔視呪術を新規に構築中ですので――」
がり、と鈍い音がして聖像の首が飛んだ。
ゴスペリウスの手元が狂い、せっかく掘り抜いた顔を小刀で切り落としてしまったのだ。
さらに刃が親指の上を撫でたらしく、血の珠が指紋の形に浮き出ていた。
「あっつ――」
涙目になったゴスペリウスが親指を咥える一部始終まで見て、バレンシアは目頭を揉んだ。
「どうにも歩調が合わないな、この部隊は……」
「一課の遺伝子を脈々と受け継いでるってことじゃない?」
モトーレンが肩を竦めて微笑するのを横目に、バレンシアは小型ゴーレムを取り出した。
フルブーストへと繋げ、声を入れる。
「フルブースト中尉、聞こえるかね?こちら遊撃二課。
 一課の迎撃ご苦労だったね。このまま帰投してもらう前に、もうひと仕事頼みたい。
 我が隊の"水使い"フウ君が帝都3番ハードルにて任務中だ」
ユウガがゴーレムを注視していれば、少女の口から羊皮紙が吐出されるのを認めるだろう。
そこには帝都の中心街の地図と、一箇所「×」の朱を入れた場所が書かれているはずだ。
「いま、そちらにフウ君の位置情報を送った。
 彼は自分の仕事に横槍を入れられるのを嫌うタイプの人間でね。
 SPINを使用して3番ハードルへ向かい、気取られないよう彼の現状を報告して欲しい」
彼ら遊撃二課は、一課が無事にこの帝都へ潜入していることを知らない。
フウが、事務員相手に手間取っている理由を遊んでいるから程度にしか認識していない。
故に、一課と二課双方にとっての誤算こそが、ユウガ・フルブーストの存在であった。

【→ユウガ:帰りの遅いフウがどこで油を売っているかを確認し報告して欲しい】
【フウはプライドとこだわりが強く、自分の仕事に他人が介入することを嫌うので、見つからないようにスニーキングmissionとなる】

17 :
【→コルド】
ユウガによって吹っ飛ばされ、荒野へと激突したコルド。
意識を失った彼女に、近づく影があった。
のし、のしと一歩ごとに土煙を上げる影。
「………………」
一軒家ほどもある巨大な怪鳥だ。
翼は退化し、代わりに強靭な筋肉が鱗に覆われた両足を武装している。
猛禽類特有の鋭利な眼差しが、その双眸に地面へ伏すコルドの背中を捉えている。
帝国固有魔獣種・ハシリワシである。
大陸に数多く棲息する魔獣種の中でも竜種に近い祖先が派生した種であり、
微弱ながら遺才に近い能力を発揮することから通常の魔獣とは線引されている存在だ。
その健脚たるや、一週間で大陸の端から端まで横断し、時には大陸横断鉄道と並走してついていける程。
草木もまばらな荒野において、ハシリワシの主食は僅かな草食動物と――そして人間だ。
無謀にも荒野を抜けようとし、志半ばに倒れた旅人の肉が、彼らにとってのご馳走になる。
このハシリワシも例に漏れず、気絶したコルドを死体と認識して寄ってきたのだった。
「…………!」
ハシリワシは久々の食肉に喚起の鳴き声を挙げ、その鋭利なくちばしを大きくひろげた。
彼らは口腔内に歯を持たず、捕食方法は基本的に丸呑みだ。
そして胃袋のなかでじっくり時間をかけて消化するために、ひとたび食事をとれば一週間は餌を必要としない。
コルドの身体がゆっくりと、ハシリワシのくちばしの中へと引きずり込まれていく。
ハシリワシは腐肉食だが、生きている獲物も好んで食べる。
ようは抵抗しなければなんでもいいのだ。
コルドがこのまま目を覚まさなければ、彼女は荒野に生きる命たちの、尊い糧となるまでだ。
命と命を両天秤に乗せた賭けが、いま始まろうとしていた――!

【→コルド 失神中を狙って魔獣・ハシリワシが丸呑みにしようとしている】

18 :
>>14続きです】

一体何故追われているのか――見当も付かないが、多分それは誤解が原因とかではないのだろうと、直感した。
援護したいのは山々だが、そうもいかない。
足音の動きは組織的だ。しかし目的が捕縛ではなく誘導である事も分かる。
口頭での――傍受対策だろうか――情報伝達に混じって他愛のない軽口も聞こえた。
捕まっても大した事にはならないだろう。
だが自分は違う。
守備隊員を撃っているし、ブラフとは言え呪術を行使した事にもなっている。
表通りの会話を聞く限り、思い込みや過去の心的外傷からか、本当に具合を崩した者もいたようだ。
「……少し、移動しましょう。暫くは動き回れそうにありません」
誰かに見つかるのは非常に不味い。
ひとまず展開された包囲網の外まで出て、待機する事にした。
右手は耳に当てたまま、周囲の音は常に拾いながら、子供達を見る。
「何か暇潰しになるものでも、あればいいんですけど……。
 軍にいた頃の話なら面白いと思うんですが、地名とか人名とか、何も出せないんですよね。
 守秘術式って魔術があるんですよ。軍務に関して具体的な事を口外しようとすると、
 単語への認識力が狂って正しい語句が出て来なくなるんです。
 西方との国境線と言いたいのに、自宅のキッチンと言ってしまったりね。
 ……自宅のキッチンからリビングまで、威力偵察任務を行った話、聞きます?……こんな感じです」
それでも具体名を何とか避けつつ話をしてみたが、大した時間潰しにはならなかった。
追いかけっこはまだ終わっていないようだ。
ふと、マテリアはベルトに差した『遠き福音』を手に取った。
伸縮杖も取り出し、槍を組み立てる。
(この『遠き福音』……効果は、槍から生じた音を聞いた者を、槍の方向へ移動出来なくする事。
 その際に慣性は打ち消される。そして、私が複製した音を聞いても効果は発動した。
 ……恐らくは呪いの性質を持っているから。
 またその時、槍を持つヴァンディットは最後尾にいたのに、彼らは前方への移動が出来なくなった)
現時点で知っている『遺貌骸装』の効果は、こんな所だ。
そしてこれらの要素を複合的に考えてみると、
(……私の遺才と組み合わせれば、この効果を大きく拡張出来るんじゃ?)
複製した音を相手に聞かせ続ければ、一瞬しかない効果時間を伸ばせる筈だ。
音に指向性を与えて操れば、より自在に相手の動きを制限出来る。
(……試してみよう)
空を見上げる――薄闇の中に、まだ鳥影が泳いでいるのが見えた。
槍の穂先を地面に向け、右手は口元へ。
そして遠き福音を打ち鳴らし――瞬間、凄まじい激痛が全身を走った。
例えるならまるで――体中の血液が、その場から逃れようと暴れ回ったような。
思わず悲鳴が漏れた。
「ぐっ……な……に……今の……」
真っ先に危惧したのは呪いの副作用――だが、だとしたらヴァンディットにも同じ症状が出なければおかしい。
――ふと手を見ると、指や爪の先が赤く変色していた。毛細血管から出血している。
本当に、血液が体内で暴れていたのだ。

19 :
(さっきは……こんな事はなかった……だとしたら……)
口元から手を離し、もう一度福音を奏でる。
今度は痛みもなく呪いは発動した。
(……遺才と同時に使うと、さっきみたいな事が起こる……?という事は)
『遠き福音』には二つの発動体系があるのだろう。
一つは純粋な呪力による発動――鳥は福音の音によって呪いが齎されるなど知らない。
もう一つは原始的な呪いの誘発――福音の効果を知る者の『呪いを掛けられた』という認識が、実際に呪いを呼び起こす。
そして後者の場合に限り、遺才の併用が可能。
(だけど……後者が使用出来る時はきっと限られてくる。
 思い込みによる呪いは、言わば自分で自分の魔力の制御を失って起こるもの。
 相手が優れていればいるほど、誘発は難しくなる)
とは言え、だとしても、この『遠き福音』は自分にとって貴重な戦術要素になる。
遊撃二課の、本物の天才達を相手取るにはまだ不安が残るが――そんな事を言っても、何にもならない。
「……追いかけっこは終わったみたいです。仲間が移動を始めました。私達も行きましょうか」
ノイファ達の移動を少し待って、こちらも動き始める。
目的地が分からないし、仮に聞いても場所の名前を知らなければ意味がないからだ。
なるべく路地を出ないように移動をした為、
マテリアがリフレクティア青果店に着いたのは、ノイファ達より大分後になった。
裏口の酒瓶や、随分と量は少ないが厨芥から、恐らくは酒場だと推察する。
途端に、空腹が鎌首をもたげてきた。
子供達を振り返る――彼らとこの店に入っていいものか悩んだのだ。
ひとまず中の様子を音で探る。
(……って、この声は……リフレクティアさん?)
何故彼がここにいるのかは分からなかった。
が、音から察するに、他には彼の父親くらいしか店内にいないらしい。
この分なら大丈夫だろうと、裏戸を叩く。
「えーと……団体客なんですけど、予約なしでも大丈夫ですか?」
合流した後はまた、色々な事を話さなくてはならないだろう。
特に遺貌骸装――魔族の血から創られ、遺才を与えられた物質。
どうして議長がこんな物を持っているのか、どうしてヴァフティアへ持って来たのか。
明らかにしておくべきだ。
それは国が自分達をヴァフティアへ追いやろうとした事とも、関係があるのかもしれない。

「――ほら。あの子の不安を一つ、取り除いてあげて下さい」
一通りの報告を済ませてから、マテリアはそう言ってヴァンディットの背を軽く叩いた。

20 :
【避難所容量オーバーの為新設致しました】
遊撃左遷小隊レギオン!避難所3
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1375014468/

21 :
ノイファたち三人は結界都市の大通りを歩いていた。
二年前の降魔事変の時ですら無傷だったルグス神殿の半壊。
おそらくヴァフティア史に残るであろう一大騒動の後だというのに、その足取りは決して重くはない。
>「確か、噴水広場から北へ進むと住宅街の"揺り篭通り"に入るんでしたよね」
先導するノイファの後を、子犬よろしく嬉しそうに付いてくる"議長"の存在が、その大きな要因だろう。
ボルト=ブライヤー失踪に始まり遊撃一課を呑み込まんと迫る、誰彼かの謀略。
その生贄となる筈だった者を一人、確かに救えたのだ。
そしてそれは、後手に回らざるを得ない現状で唯一成った反撃と言っても良い。
「よく知ってるわね、観光案内は不要かしら?」
"揺り篭通り"は住宅街を貫く生活道路だ。
ゆえに大通りに面する建物は、生活用品や嗜好品、食料品といった日常的に必要とされる物を扱う店が多い。
ノイファは地元民らしく店の一つ一つを簡単に説明しながら、議長の歩幅に併せるようにゆっくりと歩く。
大通りの半分近くを踏破したところで横道に入り、目的の場所へ到着した。
>「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」
「初めての人はみんなそういうのよねえ。私もそうだったけれど」
定番とも言える質問に、あはは、と笑いながらノイファは答える。
リフレクティア青果店は三代に渡ってヴァフティア民に愛されてきた名物商店だ。
昼は青果を商い、夜は酒を呑ませる。
宵の口であるこの時間ならば、良質の果実酒を求める客で店内は大忙しの筈だ。
「はいはい、三名様ご案内っと――あれれ?」
精緻な意匠の施されたドアノブを捻り、瀟洒な造りの玄関をくぐる。
しかし予想とは反して、かき入れ時だというのに店内は閑散と静まり返っていた。
居るのはカウンターの向こうにバーテンが一人だけ。
看板娘の末娘が帝都に進学中と聞いてはいたものの、それだけでこうも落ちぶれるものかと首を傾げる。
>「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」
こちらに気付いたバーテンが、顔を隠していた黄表紙の本を俊敏な動作で投げ捨てた。
椅子から腰を上げると、低頭したままの姿勢で器用に席の準備を整え、厨房に向けて怒鳴り声をあげる。
>「お、親父――!客だ、3日ぶりのお客さんだ!!ここは俺が食い止める、早くお通しとお冷の用意をするんだ!
  ――ああ?作り方忘れた?ざっけんなクソ親父てめーが接客したくねーって言うから厨房譲ってやったんだろーが!
  んなんだから俺が帝都行ってる間に爺さんの代から受け継いでるこの店に閑古鳥が鳴く羽目になんだよ!」
そこから先は罵声の応酬だった。
>「えー、と、帰りませんか?」
くいくいっ、と袖が引かれる。
視線を傾けると、ファミアが心配そうな表情でこちらを見上げていた。

22 :
寂れた店内に鋼の擦れあう音が響く。
それはノイファにとって大変聞き慣れた音だった。
刃と刃が噛み合って生じる軋み。すなわち撃剣の音だ。
>「てめー今日を先代剣鬼様の命日にしてやるぜ!そして俺があらたなる厨房の支配者になる!
  おらおら対地重撃剣術轟剣の錆になりやがれええええええええぇ!!!」
次いで砲声。更には術式を使ったと思しき轟音。
厨房につながる入り口から閃光が洩れ出で、衝撃が店を揺るがす。
>「帰りませんか?」
ファミアから再度の進言。気持ちはよく分かる。
そして店に閑古鳥が鳴いている理由もおそらく同様だ
どう返答したものかと数秒考え、結局、生温い笑みを浮かべることで申し出自体を聞き流した。
>「ぎえええええええ!!!」
断末魔よりは多少マシといった感じの悲鳴と共に、ボロボロのバーテンがまろび出る。
生まれたての動物のような足運びだが、手にした皿だけはしっかり保持しているのは職業意識の成せる技か。
カウンターに頬杖をつきながら、ノイファは呆れ顔でため息を吐いた。
料理を並べながら得意顔で口上を述べるバーテン。
力説はそっちのけで、ノイファは手馴れた動作で皿の中央に盛られた半熟卵を崩しにかかった。
ペッパーミルをぐりぐりと回し、オリーブオイルの瓶を傾ける。
>「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」
「……あ、やっと気づきました?」
黄身の絡んだ青豆を匙で掬い上げたところで、ようやくこちらの素性に合点がいったようだった。
入店から今まで、一度たりとも客を観察しなかったというのだから驚きである。
いくらヴァフティアが帝国内でも高水準の治安を誇るとはいえ、無用心に過ぎるというものだ。
もっとも多少なりでも知恵が働く者ならば、この店を標的に選びはしないだろう。
>「……リフレクティア相談役?」
ファミアがバーテンの顔を見回しならが、口を開いた。
妙にエプロン姿が板につく青年は、遊撃課における最上位者であり発足人。遺才剣術"轟剣"を継ぐ者、レクスト=リフレクティア。
そして厨房に篭っている店主ことリフレクティア翁は、一剣をもって鬼銘を賜るに至った、先代の"剣鬼"である。
(それにしても、本当に懐かしい空気ですねえ)
大人気なく議長と喚きあうレクストを眺めながら、ノイファは口元が緩むのを自覚していた。
もしも運命に転機というものがあるならば、二年前のこの街で、彼との出会いこそがそうだろう。
その時から何ら変わらない。責任のある役職を任され、想像以上の重圧もあるに違いない。
それでも何時だって、如何なる身分の相手であっても、彼は決して自分を卑下しないし他人を貶めない。
思想も立場も対立すらも全て呑み込んだ上で、対等の目線で話すことが出来る、そんな人物だ。
(まだ誰が敵なのかすら判らない、先の見えない戦いですけれど――)
共に死線をくぐった"彼"が居てくれるなら――。
必ずこの状況だって切り抜けられる。そう確信してノイファは薄く笑った。

23 :
>「あのぅ……そろそろわたしの話にうつってもいいですか?」
気づけば二人のやり取りも終わっていたようで、おずおずといった様子で議長が手を掲げていた。
常識外れの歓迎と、懐かしい雰囲気にすっかり切り出すのを忘れていたが、本来の目的は議長の保護だ。
>「そりゃいいな。わざわざ俺の店を選んだってことは、遊撃課の関わる案件なんだろ?
  俺もここ二週間のオフですっかりわからないことだらけになっちまった。
  ここで一つ情報の共有をするってのが良いと思うぜ、えー……ノイファさん」
「あー……、先に神殿に寄ってきましたから。ファミアさんも粗方聞いてたとは思いますし、呼びやすい方でいいですよ」
微妙に呼びなれていない様子のレクストに、ノイファは昔の口調で返した。
神殿であれだけ別の呼び名で呼ばれていたのだから、今更隠す必要もない。
同席する二人に"ノイファ・アイレル"は偽名であると言外に伝える。
>「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
 それを話していただけますか?」
水晶の短剣を懐から出して、それを手放すことで、議長は敵意がないことを示した。
どちらから始めようか、とファミアに目を向ける。
>「了解しました。アルフート課員、報告を始めます」
視線を受けて、ファミアが報告の口火を切った。
自分たちの所属。ヴァフティア行きの指令。それが元老院から直々に告げられたこと。
>「我々が元老院の直属になった経緯ですが、その……ブライヤー課長が失踪したため、とのことで……」
そして――遊撃課隊長ボルト=ブライヤーの失踪。
そこから端を発する不可解な強制。遊撃二課との交戦はまさにその最たるものだ。
部隊を二分したことやフランベルジェの異動など、全ての報告を終えたファミアが敬礼の姿勢を解く。
「確か……ボルト課長とは友人でしたね」
ノイファは懐から封書を取り出し、レクストの前に置いた。その上に銀貨を乗せる。
造幣局で造られる貨幣と同様の、しかし中央に刻印されるべき皇帝の顔だけが削られた――無貌の銀貨。
封書の中には"上司"から受け取ったままの写真が数枚。ボルト失踪の調査現場が写っている。
死体は発見されていないことを付け足して、指で銀貨を数回叩く。調査に動いているという符牒だ。
「私からの補足は以上です。
 あとは……こちらの議長さんを保護する際にルグス神殿が少し崩れたくらいでしょうかね。
 そちらに関しては聖女様と話が付いてますのでご安心を」
沈む酒場の雰囲気を払拭するために、両手を打ち合わせると、いくらか明るい口調でそう締めくくった。
残る議長の話を聞くべく視線を向け、頷いたところで酒場の裏戸が叩かれる。
ノイファは椅子から腰を浮かせ、手を剣帯に伸ばした。複数の気配とそれに混じって響く聞き覚えのある声色。
「……どうやら全員揃ったみたいですね――」
剣の柄から指を離し再び椅子に腰を沈める。
「――そちらも、お疲れ様でした。大変だったでしょう?
 まあ中は……ちょっと閑散としてますけど、料理とお酒の味だけは保証できますから。
 ゆっくりして下さい」
そして裏口から姿を見せたマテリアに声をかけた。

【補足&情報開示】

24 :
>「気をつけて下さい、最終城壁氏!彼らは何かが変だ!」
「わかってる!そもそも、こいつら連携からして異常過ぎだからなっ!」
ランゲンフェルトが敵対者達に対して違和感を感じたのと同じく、
フィン=ハンプティもまた、彼らに対する警戒を強めていた
対峙する敵対者達の統制、恐怖の欠片も感じさせないゴーレムの様な行動の正確さ
それらが――――あまりに完璧すぎる事に
例えば訓練された暗殺者や死兵であれば、完成された【群れ】として動く事は敵うだろう
或いは、自動で動くゴーレムが存在すれば【集団】として完璧に近いものが出来上がるかもしれない
だが、眼前の彼らの動きはそう言ったレベルのモノではなかった
(そうだ――――こいつらは、同じ過ぎる!!)
防御に特化したフィンであるからこそ気付く事が出来る
彼らの攻撃における間の取り方や、ほんの僅かな癖、それらが別人では在り得ぬ程に合致している
群体でありながら個体であるかの様に動いているのだ
一人の人間がゴーレムを遠隔操作で同時運用しようと、ここまでの域には至れぬであろう
全が個で個が全
彼らの行使する力は、ある種完成した力であった
それでも攻撃をいなし、敵を砕き――――恐らくは敵の実体である人形へと還しながら、フィンは戦局を進める
始めは無数と思われた敵たちも、ランゲンフェルトによる攪乱と襲撃も相まって
徐々にその数を減らしていっている様に見えた

>「――遺貌骸装『偏在する魂』」
突如としてその場に響いた声。同時におこる赤色の発光
それらに視線をむけ、一匹の猫の姿をフィンが確認した次の瞬間……戦況が、動いた。動かされた
フィンとランゲンフェルトによって崩された人影……未だ人の形を模しているもの、ガラクタへと姿を戻したもの
その差異を問う事無く、無数の彼らの残骸が集まり――――巨大な人型と化したのだ
見上げる程の高さを誇るその黒衣の巨人は、驚くフィンに向けて叩き潰さんとでも言うべくその両手を振るう
更に同時に放たれたのは、再度の無数の投擲
タイミングは完璧だ。巨人の腕を防げば針鼠にされ、逆をすれば挽肉と化す
まさしく、回避不能の連携攻撃。完全の連携を用いなければ実現不可能な襲撃――――
大きな炸裂音と共に土煙が巻き起こる、衝撃は、大地が揺れたと錯覚させる程のもの
破壊の対象となった人間はまず助からないだろうと誰しもが思うその場面
僅かな沈黙を経て、やがてその場に一陣の風が吹き、土煙を散らすとそこには

「おい、襲撃者……ひょっとしてテメェらは、この程度で全力なのか?」

無傷……そう、無傷で立ち尽くすフィンと、全体が針の蓆と化した黒衣の巨人がいた

25 :
そう、何の事は無い。
巨人は、かつてナーゼムという男やダニーという女の拳を受け流した時の様に
フィンにその両手に込められた力を容易く受け流され、バランスを崩され地に伏し、
その体を盾とし投擲群を無効化させられた……たったそれだけの事なのだ
服に付着した埃を払うと、フィンは両手両足を黒鎧に変えたまま、先ほど言葉を紡いだ黒猫へと一歩進む
その体幹は、遺才を行使していない時とは比べ物にならない程安定しており
戦闘の最中に外れたのであろう眼帯の下から現れた紅の瞳は、は人としての意志の光を明確に残している
「もしそうなら、折角の機会だからお前の敗因を教えてやるぜ」
一歩進む
「一つは、お前の攻撃が二流だった事……ナーゼムさんやダニーさん、ファミアみてぇな圧倒的な力も、
 ノイファっちとアネクドートみてぇな技巧も、レクストさんとか騎竜乗り、スティレットみてぇな制圧力も、
 ウィレムやセフィリアみてぇな手数の多さも、マテリアやクローディアみてぇな搦め手も……
 お前には何もかもが足りてねぇ。全てにおいて二線級が過ぎる」
もう一歩
「二つ目は、経験不足だな……【同じ】奴に何百回も攻撃されりゃ、読めるんだよ。攻撃パターンが
 同じ行動する人間を何人も相手にするなんて、いくらなんでも楽勝過ぎたぜ
 全員が全員、全くの別人だった方がまだ厄介だった」
もう一歩
「そんでもって最後に……これが一番の敗因なんだけどよ」
とうとうフィンは、黒猫の眼前までたどり着くと、拳を振り上げた
「お前は、俺の大切な仲間を傷つけようとした。だから俺は今、すげぇ怒ってる」

「――――お前ごときが『俺達の世界』に手ぇ出してんじゃねえぇぇ!!!!!!」

フィンが振るった黒鎧を纏う拳は、黒猫の僅か数cm横を通過すると、そのまま石畳に突き刺さるり……
かつて地下洞窟の壁を崩した時の様に、黒鎧が大地から『気』を奪い、周囲数mに渡る崩落を引き起こした

黒猫から視線を逸らさぬまま、フィンは少し離れた位置に居るランゲンに声をかける
「ランゲンさん。周りに怪しい動きをする奴がいないか見てくれ
 この猫が本体とは限らねぇしな」
「そんでもって、怪しそうなのがいなかったらこいつを締め上げようぜ」
「……ぜってー逃がさねぇ。何があろうと、どんな手段を使っても、課長の事を喋って貰うぜ」
フィンが纏うのは、明確過ぎる程の憤怒と殺意
嘗ての英雄もどきであったフィンであれば、決して他人に向けなかったであろう感情
人間らしい、まっとうな感情であった

26 :
「は?」
「は、ではないよ、マクガバン二等帝尉。これは大変名誉な任務なのだ」
キリア・マクガバンは当惑していた。
長期の任務を終え、はーこれで終わったやれやれどっこいせ、等とぼやきながら帝都へと戻ったのが、数時間ほど前。
そこから間を置かずに勤務先へと呼び出され、頭を一つ二つ飛び越えての、所謂“上司の上司”の呼び出しを受けたのが、
その一時間ほど後の事である。
なんだよもー、一日くらい休ませろよとぼやきながら久し振りの、本当に久し振りの休日を返上し、職場へと登庁して、
そして――今に至る、のだが。
「……デラーナ二等帝佐殿。小官と致しましては、その様な任務は正気の沙汰とは思えません」
「正気ではない、とはなんだね。まあ、それは良いとするが……確かにこの任務は困難だ。しかしマクガバン二等帝尉、君の遺才を
 駆使すれば、困難であっても不可能ではない、と私は判断した」
「エルトラス連邦の施設に正面から侵入する事が困難、ですか。それも遺才一つを頼りにして。とてもそれで済む様な任務ではないように、
 私には思えるのですが」
その判断をしたお前の頭には馬の糞が詰まってるんじゃないか、と言う言葉が口から衝いて出そうになるのを必死に堪えながら、
組み合わせた手で髭の生えた口元を隠し、瞳を細めたデラーナの視線を、キリアは真っ直ぐに受け止めた。
努めて表情を変えないまま、今一度口を開く。
「確かに……確かに、不可能ではないでしょう。ですが、高空から砂浜に落とされたダイヤの一粒を見付け出すのとどちらが容易かと
 問われれば、言葉に詰まるレベルでもあります。再考をお願い致します」
「却下する。君に下された任務は変わらん。任務の内容を復唱し、成すべきを成したまえ」
しかし、結果は変わらなかった。取り付くしまもないとはこの事だ。
絡ませていた視線を解いて、キリアは深い溜息を吐いた。
自身に与えられた遺才である『虚栄』は情報収集に大きな威力を発揮するのは当然だが、大軍戦闘に措いても状況を動かす
一手と成り得るものである。
敵軍の司令官を越える位階の存在であると欺瞞した上で、相手を混乱させる指示をぶつけてやれば指揮系統を乱し、敵の
戦闘能力を殺ぎ、動きを鈍化させる事も可能であろう。――相当レベルでの範囲の拡大が行えれば、の話ではあるが。
それを、国家の為の、そして何よりも己の、己が豊かに暮らす為の力を、この男のちっぽけな欲に無為に磨り潰されて堪るものか。
一つ深呼吸をした後、キリアは自身の目標の一つ、遺才を駆使して出世街道に乗ると言う目的を放棄する事にした。
構うものか。軍を出たとしても、この遺才の生かし所など何処にでもあると言うものだ。
俯きがちに顔を伏せたまま、軍服の襟元を正すと、顔を上げてあからさまに蔑んだ視線をデラーナへと送る。
そして、視線に込められた感情を敏感に嗅ぎ取ったデラーナが口を開こうとしたところに、己が言葉を被せた。
「――そうか。で、ボーラ・デラーナ二等帝佐。貴官は、誰に向かって口を聞いているつもりかね」
 
 
 

27 :
その後の事は、結果だけがあれば過程を語る必要もないだろうが――記しておこう。
『虚栄』を用いて作り出した将官の肩書きを利用してデラーナを部屋から叩き出すと、キリアはデスクの中身を漁り始めた。
――こいつは叩けば埃が出る。短い会話の中で、それでも得てしまった確信を裏付けるように、多くの不祥事の証拠がデスクからは溢れて来た。
こんな、証拠隠滅もろくに出来ないような三流のクズのために出世街道からドロップアウトか。そう思うとやるせない気分になったりもしたが、
こうなってしまったものは仕方がない。そう自分に言い聞かせながら、それらの一切合財を上層部へと送り付けた後、キリアは帰路に就いた。
それらの中には、遺才を有した者の幾人かが旨味の少ない、無謀な任務で使い潰されたと言う証拠が含まれていた。
それに、キリアはこう付け加えて、送った。
自分もまた、デラーナ二等帝佐より現実的でない任務への着任を強要されかけた。自分がそれに対し、遺才を使用して抗った際、
結果的にこの資料を見付け出した。自分は情報部所属のキリア・マクガバンである、と。
過程がどうあれ、結果がこれである。抗命に対するマイナス分は情状酌量と功罪の相殺及び、血筋によって減軽されるだろう。
が、そこまでだ。上官としては無能の一言ではあるものの、ボーラ・デラーナ自身も遺才持ち。更に発端が自身の身を案じて、
であるのだからマイナスがプラスに化けたりはしない。
一階級降格の上での左遷、或いは放逐辺りが落としどころだろう、とキリアは読んだ。
降格したとしても三等帝尉である。上手くすれば一階級や二階級は上がれるだろうし、そうなれば年金も馬鹿にならない。
その場合は軍に所属していても良い。
発端を誤魔化せば階級が上がる可能性もあるだろうが、その場合は上から徹底的に疎まれかねない。何らかの形で罰を受けておいた方が
後々にはプラスに働くはずである。
放逐された場合は――…再入隊の手続き用の書類も付いて来そうだが、その時は良い機会である。民間で力を生かそう。
そう考えていたキリアの元に遣されたのは、短く、味も素っ気もない辞令一つであった。
帝都王立従士隊・遊撃課にて軍務に付け、と言う――。

そして、左遷先にて、幾多の任務――と言う名の諜報・情報系の雑用――をこなしながら現状に至っている。
その任務の中に遺才を使い、忙しいお偉いさんの代理をしてくれ、などと言う物が混ざり込んでいたりもしたが、そこはご愛嬌だろう。
むしろ、キリアはそれによって自身の所属する課を気に入ってしまった。なんだ、結構面白いところじゃないか、と。――その時だけは。
技術者や戦闘要員はいても情報系の工作員は殆ど居らず、遺才持ちな事も相俟ってそっち関係のお仕事を殆ど振られ、
帝都から離れて仕事仕事仕事。
帝都で飲み会があっても、この仕事が出来るのはお前しか居ないんだ(本当はもう少し居るのだが)、の一言でキリアは一人単身赴任。
そんな中でボルト課長から差し入れが送られてきた時には、不覚にも涙した。極悪な労働環境を用意してくださっているのは課長本人だと
言うのに、俺、この人に一生付いていこう、なんて思わされた。
そんな気持ちが薄れ始めた頃の事であった。帝都のボルト=ブライヤー課長から、とある便りが届いたのは――。
記されていたのは、短い一文だった。
――ヴァフティア、リフレクティア青果店へ行け。
短い文面からきな臭い匂いを感じたキリアは、その日の内に任地を発った。
何がなんだか分からないが、行けと言うならば行きますとも。ですから、課長。終わったら仕事を減らしてくださいよ。
割と気に入っている上司の無事を願い、そう心中でつぶやきながら。

リフレクティア青果店の前に、男の影が現れる。
如何にも閑古鳥が鳴いて御座いと言った具合の雰囲気を物ともせずに、影は入り口へと歩を進め、ドアを押し開いて――声を上げた。
「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせて
 いただいたのですが、ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」
さあ一息付こうか、とか、良い話が始まるよ、と言うような中の空気を全く読まないままに。

28 :
「任務了解した。直ちに向かう」
依頼の追加を受け
指定されたポイントに行く。
「さてと、いるかな?……!!」
あわてて身を隠し偵察する。
(セフィリア・ガルブレイズ、風帝、あと一人………名前思い出せん。)
「リッカー中尉。」
連絡を入れる
「遊撃一課がいます。三人、追い込まれてますよ彼奴。」
「出来れば、増援を頂けるといいのだが?」
そう連絡する。
(ユウガ、一人では救出は困難と判断)

29 :
【→セフィリア・スイ】
ハンターズギルド百人長。『杯の眷属』。"水使い"。
フウを彩る数々のキャプションのうち、彼という人間を戦闘存在として読み解くならば、
その遺才、『ヴェイパーカノン』の正体から語らなければなるまい。
フウは、厳密に言えば水を遺才とする家系の出身ではない。
もっと血の"濃い"遺才――例えば『泉の眷属』とか、単純に『水の眷属』のような純系統とは大きく異なる。
杯とは、水を湛え飲み干すための道具だ。
いちから生み出すのではなく、そこに在るものを維持し扱うだけの遺才。
彼はセフィリアの双剣を『薄い遺才』と称したが――
その判断基準に則れば、ほかならぬ彼自身の遺才こそが薄い遺才であった。
>「ふざけるなよッ!」
高速飛翔に耐えうるよう、同様に高速化された視界の中、セフィリアの声が風を割って飛んでくる。
意識が加速しているために、太く間延びして聞こえるその言葉は、
>「私の努力はッ!遺才なんて言葉で説明されてたまるかッ!」
『薄い遺才』という、生まれた時から決定され尽くした運命に抗う叫び。
フウは犬歯を向いて怒鳴り返した。
「努力如きが!才能に勝てるかあああああああああ!!!!」
さながら自分に言い聞かせるかのように。
拳を弾丸に変え、己を砲として撃ち放つ。
フウは――己の遺才を完全に理解し、制御下におくことができる。
故に、薄い遺才でも100%の性能を引き出すことでその他の"濃い"遺才遣い達と渡り合ってきた。
この世界は徹底した才能至上主義だ。
努力は才能に勝てず――故に、才能を如何に使うかこそが戦いの鍵を握る。
フウは、空気中から水を作り出すことができない。
故に水の運用は、予め用意しておいたものを体内で循環させながら行なっている。
少量でも最大限のパワーを引き出せるよう水蒸気という形に変え膨大な体積を稼ぎ、
魔力で作り出した仮想の管を通すことで威力を集中させる。
全て、風使いのような莫大な物量を扱えないが故の苦肉の策だ。
だか、だからこそ強い。
セフィリア=がルブレイズの如き、己の遺才に振り回されている者とは違う。
>「こんな状況、『双剣』じゃ、絶対に勝てない……でも、勝ってみせるッ! 私は『双剣』を乗り越えるッ!!」
眼前、セフィリアは未だ動かない。
もう瞬き一つで彼女の首が飛ぶ距離だ。
勝てないと悟り、勝負を投げたか……?
(否! ……これは"攻め"の脱力!!)
フウがセフィリアの狙いに気付いたのは、彼女の両手が眩いほどに輝きはじめた瞬間だった。
ガードが間に合わない――空気が粘性を持ったかのように重い、超高速の世界――しかしセフィリアは、抵抗をものともせず動いた。
>「我が宝剣よッ!力を……かせェェェェェェェェェッ!!」
何かがフウの頬を叩いた。
風――よりも速い、圧倒的な剣気!!
フウの拳が空を斬る。つい一瞬前まで確かにセフィリアがいたはずの空間を。
次いで、パァン!と何かが破裂するかのような音がした。
それが、音速突破時に起きる衝撃波だと理解するより早く――
薙いだ拳を滑り登るようにして一対の剣だけが、見えた。

30 :
「『コントレイル』!!」
咄嗟、刹那の判断で口から大量の水蒸気を吐く。
威力を減衰するものではない。だがセフィリアの振るった双の白刃に水滴が付着する。
フウはその水滴全ての粘度を最大値まで引き上げた。
「ぐう……!」
瞬間、双剣が確かにフウの喉笛を捉えた。
肌の水分を硬化させて防御力を上げているが、その壁を貫通する威力をこの一撃は持っていた。
生死を分けたのは――フウの判断。
剣とは通常、刀身と対象物と間に発生する摩擦力によって切断する道具である。
無論、一部の大剣などはその限りではないが……セフィリアの扱う二本差しの剣は例に漏れていない。
刃に塗りつけた粘液が、双剣の切断力を著しく低下させた。
超高速で放たれた鋼鉄の塊二つは、切断力がなかったところで充分な殺傷能力を備えている。
フウは叩きこまれた打撃の威力を殺しきれず、一瞬の間を置いて吹っ飛ばされた。
「――!!」
石畳に背中からぶつかり、転がり、それでも勢いは止まらず路面を砕きながらフウは飛んだ。
天と地が何度も入れ替わり、方向感覚を失ったせいで『噴射』による姿勢制御ができない。
体中を破壊された石畳で強打し、内臓を護るために両腕の骨が粉々になった。
このまま際限なくハードルの向こう側まで吹っ飛ばされる――その前に、何かが彼の身体を地面に縫い止めた。
スイの放った無数の矢だ。
「ぐ……う」
フウは生きていた。
奇蹟と言ってもいいレベルで――両腕を砕かれながら、目も耳も遺才も失っていない。
その生き残った感覚器官で、彼は己を打ち飛ばした敵の姿を見た。
(これが……ガルブレイズの遺才だと!?)
セフィリア本人にはなんの変化もない。
だが、その両の手に携えた宝剣が、赤の輝きに満たされていた。
まるで……『遺貌骸装のように』。
(在り得ん――!『双剣』の遺才は、両手に剣を持った時にのみ発動する身体強化……
 『剣を使いこなすための強化』だ。こんな、超音速機動など――!)
双剣は純戦闘系の遺才ではない。
戦術規模の戦いになれば別だが、局地的な格闘戦になれば他の戦闘系能力者に遅れをとるはずだ。
しかし、たった今セフィリアは常軌を逸した高速動作によってフウを上回った。
赤く輝く双の宝剣が、唯一導き出される回答を有していた。
(そうか……双の武器を使いこなす能力!
 宝剣を『持ち主に絶大な力を与える剣』として、使いこなしたのだ!)
見たところ、ガルブレイズの宝剣は年季こそ入っているが、魔剣のように特別な能力があるわけではない。
だがセフィリアは、ただの剣を『能力のある剣』に変えた。
明らかに人間が振り回せるサイズではない石畳を、『片手ずつで振り回せる石畳』に変えたように――!
両手に持った得物を、その在り方すら変えてしまうレベルで使いこなす能力――
それが、ガルブレイズ家開闢以来、長きに渡って積み重ねてきた歴史が咲かせた花。
セフィリア=ガルブレイズの遺才だ。
「いい遺才(もん)持ってるじゃねえの……ガルブレイズ」

31 :
(まずはコントレイルでこの場を離脱して……)
考えが纏まったその時、石畳を踏むじゃりっという音が耳のすぐ側でした。
見上げれば、紫髪の風使い――スイがこちらを見下ろしていたのと眼が合った。
>「…まだ生きてるよな?お前には聞きたいことがあるんだ。
止めを刺される――そう思ったが、スイの目的はフウをRことではなかった。
>まず第一に、何故俺たちを帝都から遠ざけた?
 邪魔であるならば、早々に排除した方が身のためだというのに、何故殺さない?
 …いいや、どちらかというと、何故俺たちを残しておかなければならない?」
質問は、核心をついていた、。
思わずフウは唇を舐める。風帝、現場肌かと思ったら鋭いではないか。
>「そして、あともう一つ。俺たちの上司、ボルト=ブライヤー課長は何処だ?」
「…………。」
フウは黙考した。
ここで彼らに聞かれたことを全て答える義理はない。
いまこうして地に這っているのは自分だが、負けたというだけで死んだわけじゃない。
この場からどうにかして逃げ出して、他の遊撃二課と合流しさえすれば逆転可能だ。
いや、それよりもこの状況……
「げ、げららららら!!教えてやんねーよ、謎に頭抱えてなァーー!!」
フウは両手をスイに向けた。
この距離まで近づいてきたのが命取りだ。
そこはもう、ヴェイパーカノンの射程範囲内――!
「喰らってくたばれ!遺才魔術『ヴェイパーカノン』!!」
ヒュボ!!と空気の爆発的な膨張音が展開した術式陣から響く――はずだった。
響かない。手応えもない。術式は確かに発動しているのに、水蒸気がスイを襲わない。
フウは己の掌を見た。そして、全てを理解した。
「噴射術式が……凍って――!?」
否、命令媒体である術式が凍るなどという現象はあり得ない。
これは、術式によって繋がった仮想空間と現実空間との境界が、そこから出てくるはずの水が、凍っているのだ。
フウは水使い。氷は操作できない。
「馬鹿な……冷却術式ならば、対抗魔術が働くはず……!」
当然、フウとて己の弱点を放置するような愚は犯さない。
自分が水しか操れないことを敵に看破されれば、冷却術式を使って水を凍らせてくることは用意に想像できる。
だから、ヴェイパーカノンの術式を組む際に、冷却術を感知して破壊するよう予め対抗術式を盛り込んでおいたのだ。
それが発動しなかった。
「そうか……気圧を下げ、真空状態を作ったのか……!」
セフィリアを守った時と同じ、真空を創る魔術。
それをフウの術式を覆うように展開し、彼が気付くことなくその周囲に真空を発生させた。
あとは、こちらが一度でもヴェイパーカノンを使えば――噴射される水蒸気が、熱を奪われ一瞬で凍りつく。
――結論から言えば、スイの方が何枚も上手だった。
あの短い攻防でフウの弱点を的確に見抜き、セフィリアと交差したあの一瞬で遺才封じの魔術を構築、行使。
無数の矢による制圧も全てがデコイ。動き全部が罠だったのだ。

32 :
>「あぁ、安心しろよ。逃げたければ逃げるがいいさ。追いかける気は、俺にはない」
降ってきた声は、これまで受けてきたどんな打撃よりも強く、フウの頭を殴りつけた。
つまりスイはこう言っているのだ……『いつでも倒せる』と。
粉々にされたハンターとしてのプライドよりも、完全に上をいかれたこの傭兵への感嘆で、フウは天を仰いだ。
完敗だ――。
才能の壁という常識を破壊してフウに一撃を叩き込んだセフィリアも。
正確な洞察と的確な判断によって、フウを完全に制圧したスイも。
(これが、吾らの前任……遊撃一課の実力か)
空は高く、雲は速く流れている。
暫し、地面に背中をつけて空を見上げていたフウは、やがてぽつぽつと語りはじめた。
「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」
元老院がブライヤーを排除しようと考えれば、『失踪』などという曖昧な決着の付け方はしないはずだ。
彼らが抱えている凄腕の魔術師の中には、人格を支配することで望みどおりの言動を行わせることができる者もいる。
そういうのを使って、正式な退職と、遊撃一課に不満が出ないようフォローさせれば良いだけだ。
しかしいまこの場がそうであるように、ブライヤーの失踪に真相を求めて一課の連中が帝都に乗り込んできている。
それは、元老院の望んだことではないはずだ。
「だが、吾々も手掛かりぐらいは掴んでる。
 ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。
 現場は風俗街だ、女なんか石投げればあたるほどにいるだろうが……そいつは、巨大な十字架を背負っていたそうだ」
聖職者、という風体でもない町娘風の女。
しかし、その背には巨大な十字架があり、しかもうっすらと赤く輝いていたという証言すらある。
「風俗街に十字架なんて、あまりにも皮肉が過ぎるってんでな。通行人の印象にも残っていたらしい」
実際、その女がどこへ行ったのか、一体何をしていたのか、詳しいところまで知っている者はいない。
探らせるために放った調査員は、誰も帰ってこなかった。
「ブライヤーの消息について、吾が知っているのはこんなところだな……。
 そんでもって、最初の質問。何故、汝らを殺さず帝都から追い出したのか」
フウは、そこから先を言うのが愉快でしょうがなかった。
目の前で謹聴している遊撃一課に、定められた命運……それはどんな喜劇よりも痛快だ。
ここで全て喋ってしまうのがはばかられたが、元老院から口止めされているわけでもないので、言ってしまおう。
この先何年も続く、怨嗟と呪詛に繋がる核となる言葉を、彼はゆっくりと紡いだ。
「元老院はな、遠いヴァフティアの地で――お前らを、魔族に変えようとしているのさ」

【セフィリア・スイ→遊撃二課のフウを撃破!】
【得られた情報:ボルトを襲ったのは元老院ではない。
        現場では巨大な十字架を背負った背の高い女が目撃されている】
【『元老院は遊撃課を魔族に変えようとしている』】
【場面転換・議長パートにて詳細な説明シーンに入ります】

33 :
【議長→ノイファ、ファミア、マテリア】
「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」
居るべき聴衆の全て揃った酒場の店内で、議長はゆっくりと、裡にある言葉を紡いだ。
目の前で彼女の話を謹聴するメンツは――
この街で出会い、そして議長が諦めた運命に共に抗ってくれた少女、ファミア。
ルグス神殿の神殿騎士にして、かつてヴァフティアを襲った事変を闘いぬいた女傑、フィオナ(本名)。
ファミアやフィオナの所属する"遊撃課"の上司、リフレクティア。
そして――
(『人間難民』のみんな……)
彼らは、遊撃課の情報共有が終了した段階でこの酒場を訪れた。
予め集合場所を示し合わせていたわけではない。
ヴァンディットを始めとする人間難民達をここへ連れてきたのは、一人の派手な女。
遊撃課のマテリア=ヴィッセンと呼ばれた女だ。
初対面のこの女性のことを、議長はしかし警戒しなかった。
マテリアが腰に槍の穂先を提げていたのを見たのだ。
それは遺貌骸装『遠き福音』。議長がヴァンディットに暫定副議長の証として預けたものだ。
これがいまマテリアの手にあり、ヴァンディットがそれを許容しているということは、
マテリアは人間難民の面々に認められたということに他ならない。
酒場で再会した際、心細い見知らぬ土地で離れ離れになった仲間の顔を見て、議長は泣きそうになった。
すぐにでも駆け寄り、体ごとぶつかって、仲間たちと無事を確かめ合いたいと思った。
しかし、それを制したのは意外にも何も考えていないと思われたヴァンディットだった。
「待て、議長。確かにここで出会えたことに、俺は深く神に感謝をしている。
 だが、俺達には優先すべき本題があるはずだ……そうだろう?」
と、そんな理性的なことを彼が言った驚きで、議長は空いた口が塞がらなかった。
こと人間難民においても議長への心酔度の高い彼は、真っ先に抱きついてきてもおかしくなかったからだ。
「フ……一体俺に何があったかだと?そいつは言えんな、守秘術式とやらで言動が規制されているからな。
 夜のキッチンから夜のリビングにかけて濃厚な威力偵察を行った話が聞きたいか?聞きたいのか!?
 こう、ホットドッグにチリソースとマスタードを一往復半、アンド一往復半。合わせて三擦り半――!!」
簡単な足し算すら間違える程に……この街で彼に何があったのか。
『リビングどころか土間まで届いちゃうううううう!』とか一人でヒートアップしているヴァンディットを横目に置き、
議長は椅子を引いて話を始めたのだった。
――で、現在に至る。
「……要諦とは言っても、あくまで『遺才遣いの魔族化』は手段であって目的ではありません。
 すなわち、遺才遣いを魔族に変えることによって、元老院――ひいては国家に、長期的な利益があるんです」
"遺才遣いの魔族化"――その言葉を口にした瞬間、遊撃課達の纏う空気が変わった。
ビリっと張り詰めた雰囲気に、議長は納得がある。
帝都出身の者で、二年前から戦闘職だった者ならば、『帝都大強襲』がどのような類のものだったか知っているからだ。
謎の魔導具"赤眼"を装用した者が、その血に宿る魔族の血脈を強制覚醒させられ、魔族化した事件。
眼前、リフレクティアが渋い顔をして拳を額に当てている。
この精悍ながらもどこか抜けた印象を持つ青年は、しかし遊撃課の情報共有の際に豹変した。
"遊撃課長"の失踪を聞いた瞬間、脱力していた身体に刹那で力が漲り、双眸をすっと細めたのだ。
それだけで、議長は彼の前から逃げ出したくなるほどの、強烈な威圧感に襲われた。
自分が敵意を向けられているわけではないにも関わらずだ。

34 :
口の中から一切の水分が失せ、慌ただしくグラスの中身を口に運ぶ間に、フィオナがカウンターに手を滑らせた。
木製の天板に置かれたのは何枚かの書類と、一枚の銀貨。
フィオナが指で軽く叩いたそれを見たリフレクティアは、何かを察して、ふっと肉体の緊張を解いた。
如何なるコンセンサスがフィオナとリフレクティアの間にあったのかは定かではない。
しかし確かに空間に漲っていた不可視の圧力が抜け、ようやく議長は人心地ついた。
――で、現在に至る(二回目)。
そんなことがあったので、ここから先を口にするのに議長は要らぬ前置きを必要としていた。
「わたしは、二年前の『帝都大強襲』で魔族化した……赤眼装用者の一人です。
 手や足が異形のものへと変わり、だけれど心だけはヒトのままで……それが怖くて、納屋に鍵をかけて閉じこもっていました。
 あの悪夢のような一晩が明けて、生き残った家禽の親を探す鳴き声で朝を知ったわたしは、朝日の中でまず姿見を捜して――」
納屋の中には母親が無造作に放り込んでいた鏡台があり、己の姿を確かめることはすぐに叶えられた。
血溜まり――おびただしい『自分の血』の中を這うように進み、鏡の中を覗きこんだ。
「――黒の甲殻に覆われた、異貌の化物。貴女がたも見た、それがわたしの魔族としての常態(デフォルト)です。
 魔族化とは、人間と魔族とを行き来するような現象ではなく……この身体は、既に完全に魔族のものに置き換わっています」
と、そこで議長は掌を宙へ掲げた。
瞬間。ずわっと皮膚が裏返り、手首から先が黒の鉤爪と光沢のある角質によって覆われた。
今度はたっぷり一秒かけて、再び皮膚が裏返り、議長の手が人間のそれへと戻っていく。
「いまのわたしは、魔族の種族特性である『形態の自在』を使い、かつて人間だった頃の姿を再現しています。
 魔族であるわたしの身体にとって、人間の姿でいるのは大きな不自然であり、負担です。
 だから、聖術による攻撃を受けたりすると――言わば『人間化』が解除されてしまったりするわけですね」
魔族は常態(デフォルト)という基本形態の他にも、己の姿形を自在に変化させることができる。
馬車をも飲み込めそうな巨獣に変身することもできれば、人間と変わらぬ容貌になることも可能だ。
議長は二年かけて種族特性を独学で学び、試し、訓練することで習得した。
ヴァンディット達は、議長の手が人外のものに変わる一部始終を見ても、眉一つ動かさなかった。
出会った頃に、これを見ても議長の元から逃げ出さなかった者達が、いまの人間難民の構成員なのだ。
「……本来、議長は魔族化――いや、『魔族の姿に戻った』ところで、それほど危険な存在という訳ではない。
 容貌が人外のそれであっても、理性があり、隣人を慈しむ心を維持しているからな」
言葉を引き取るように、ヴァンディットが説明した。
「だが、強制的に人間化を解除された場合は別だ。
 それまで人間の側に心を傾けていた分が、揺り戻されるように……魔族の、人類の天敵としての本能が目を覚ます。
 意識を失ってしまった議長に、それを制御する術はない。俺達のように、周囲が抑えこまない限りはな」
では――何故そんな危険な状態でこの街にやってきたのか。
そもそも『強制的に人間化を解除される』とはどういう状況なのか。
当然出てくるであろう疑問についての答えは、既に用意してあった。
「ファミアさん、フィオナさんはご存知かと思います。わたしの胸に刺さっていた『杭』……。
 あれは正式名称を大陸間弾道呪術"白鏡"と言います。
 いま、帝都を賑わせている遊撃栄転小隊。その構成員――ルミニア戦闘司祭、ゴスペリウス(洗礼名)の呪術です。
 この呪いが、わたしを『黎明計画』から逃がさないようにする、枷でした」
"白鏡"には、情報漏洩を防止するための守秘術式も盛り込まれていた。
具体的には、特定のワードを口に出すと、強制的に人間化を解除し、『聞いた者を皆殺しにする』――そんな内容だ。
故に議長は誰にも相談できなかった。
何も言わずともついてきてくれる子供の集団を率いて、帝都を離れることしかできなかった。
「半年前、引き篭もって文通ばかりしていたわたしのもとへ、元老院からの密使が訪れました。
 どうやって嗅ぎつけてきたのか、わたしの魔族化と、そして魔族としての固有能力をも、知られていました」

35 :
議長は脇に置いていた水晶の短剣の柄を握る。
遊撃課の面々は、誰も身構えなかった。反応できなかったのか、害意がないとわかっていたのか。
おそらく後者だろう。
「わたしの能力『黎明眼』は、他者の血脈内に眠る魔族の血を強制覚醒させ、先祖返りを引き起こす――
 そう、かつて帝都大強襲の引き金となった『赤眼』と同様の能力です。
 いえ、こう言うべきでしょう……装用者の眼膜に癒着し一体化した赤眼こそが、『黎明眼』の本体。
 二年前、とある一柱の魔族が画策した、ヒトを魔族に変えるメカニズムの完成形です」
そこから先の情報を、議長は初めて他者に語ることとなる。
それまで、『白鏡』によって言動を規制されていたために言えなかったこと。
半年前に元老院から"協力"を要請された、人道にもとる国策の全貌。
「黎明眼に気付いた元老院は、『魔族を生み出す』というこの能力を当初封印し、抹消しようと考えました。
 それは、常識的に考えて当然の帰結です。魔族は明確に、人類の天敵ですから……。
 この大陸でも、何千年も血みどろの争いを繰り返して何人もの犠牲を経て、人類が覇権を取り返しました。
 ようやく数えるほどにまで討滅した魔族を再び繁殖させる行為は、人類全体に対する重大な背信行為です」
しかし、と議長はグラスを煽った。
「元老院は、同時にもう一つ。人類規模での懸念を抱えていました。
 帝国の国力低下――ひいては、西方・南方を始めとした隣接する大陸国家との戦力拮抗です。
 侵略国家たるこの国は、大陸の中央大部分を占める国として長きに渡って君臨し続けてきました。
 全方位から侵攻を受けかねない悪立地でありながら、帝国が他国に対して優位に立ち続けられた理由。
 それは、遺才を始めとした『魔法』関係の人材的な格差です」
帝国が未だに旧態然とした封建制度にこだわり続ける理由もまたそこにある。
国家にとって遺才遣いは例外なく重要な戦略物資の一つだ。
そして帝国は、遺才に対する依存度が他国に比しても以上に高い。
それは、帝国領土の大半が荒涼とした荒れ地であり、まともな資源に恵まれなかったことに由来する。
ろくな資源が採れない上に、侵略国家として大半の国との国交が断絶している。
これでは工業的な技術は発達せず、産業の画一化も図れず、生産できる僅かな食料で細々と食い繋いでいくしかない。
そんな、赤字国家の典型的な末路を辿る帝国が、他国に肩を並べるには『人材』に頼るしかなかった。
祖たる魔族の力を宿す、一握りの天才たち。
遺才遣いを徹底的に重用することで、国家として未成熟のまま無理やり戦力的なバランスをとっていたのだ。
「帝国が他国に誇れるものは、ひとえに遺才遣いの層の厚さでした。
 他国がどれだけ技術を革新し、兵百人分の力を持つ兵器を投入しても、一騎当千の遺才遣いには束になっても敵わない。
 そんな遺才遣いを、帝国は自国・他国問わずに引き抜き、貴族として徹底的に厚遇していきました。」
帝国の強引な遺才誘致策は、戦時にあっては反則的な効果を発揮した。
他国が大きな技術革新や、大規模な農地を開発する度、帝国は遺才遣いを送り込んでそれらを侵略した。
帝国が名実ともに大陸の覇者となってから百余年、今をもってなお、帝国は遺才なしでは成り立たない国だ。
「現在も、帝国には自国で対他国規模の産業を行う国力をほとんど持っていません。
 大陸のほぼ真ん中という立地を活かし、他国から莫大な通商税を徴収して、国家経営を成り立たせています。
 徴税の根拠となっているのはやはり、遺才遣いという戦力をちらつかせた脅迫なのです……」
帝国が広大な大陸の、ど真ん中に領土を構える巨大国家である以上、その領土を横切らなければ物資を運ぶことはできない。
故に帝国は、他国に対して『帝国領通過時の物資の無事を保証する』という名目で高額な税を上乗せしているのだ。
帝国の承認を得ずに領内を荷馬車が通れば、たちまち『偶然現れた野盗』が隊商を襲う、という寸法だ。
こう書くと、帝国が他人から財を奪うことばかり考えているろくでなしの国家のように見える。
実際その通りだが、侵略国家としてはこの上なく正しい政治のやり方なのだ。
他国から徴税するシステムさえ作ってしまえば、あとはちょろちょろと内政をするだけで国家が存続する。
これ以上簡単な政治などない。
自国民から徴収する税も限りなく少なく出来る―― 一般的な帝国民の課税額は、近隣諸国の実に五分の一だ。

36 :
「ゆえに、武力を笠に着た略奪者は、その武力を維持することに何よりも腐心します。
 牙を欠いた肉食獣がたどる末路など、想像に難くありませんから……。
 しかし、いま、帝国はまさにその牙を摩耗させ、無害な非捕食者へ成り下がろうとしています。
 ――『魔法の衰退』という形で」
前置きがひどく長くなってしまったが、ここからが本論だ。
「現在、大陸にどれだけの魔族が残存しているか御存知ですか?
 ――百年前は、いまの百倍の数の魔族が存在していました。
 千年前は、概算でいまの千倍は跋扈していただろうと推測されています。
 有史以来、人類と魔族は幾度と無く生存権をかけて争いを重ねてきました。
 結果、圧倒的な力を持ちつつも物量で人類に後れを取った魔族は、着々とその数を減らしていきました」
魔族は無尽蔵に近い魔力と強力無比な膂力を併せ持つ究極生物だが、それでも生き物の領域を出ない。
その身体は不老であり限りなく不死に近いが、それゆえに極端に繁殖能力が低かった。
滅多に死なないから、種の保存を再優先する必要がなかったのだ。
魔族が新生児を設ける割合は百年に一体が多い方で、人類が反旗を翻してからは出生率を死亡率が上回った。
ゆっくりとだが、確実に個体数は減っていった。
「いま、大陸に生き残っている魔族は十に足りません。
 それも各国の諜報機関によって動向を補足され、いつでも討滅できる状況にあります。
 圧倒的支配者だった魔族は、もはや絶滅へのカウントダウンに入っているのです」
魔族は、必ずしも魔族同士で生殖活動を行うわけではない。
その姿形を自在に変化させられるということは、あらゆる生物との交配が可能ということだ。
魔獣と交わった結果が、大陸に広く分布する『竜』種であることは誰もが知るところであるし、
かつてヒトの祖と魔族が交わった結果が現在の人類であることも、ある程度の教養があれば知っていることだ。
「ちょっと待った。魔族が絶滅寸前ってのと、帝国の国力低下がどう関係するんだ?
 人類の天敵がいなくなるってのを喜びこそすれ、それを懸念するってのは常識的におかしくねーか?」
リフレクティアが口を挟んだ。
彼はいつの間にか新しい料理を作っていたようで、人数分の料理が盛られた皿がカウンターに整列している。
「それが、大いに関係があるんです。
 先刻言った通り、帝国が他国に対して切れるカードは、遺才――ひいては『強力な魔法』そのものです。
 では、人類が魔法、ないし魔力を得るに至った起源をよく考えてみてください」
問うと、リフレクティアは顎先を指で叩いて脳から記憶を引っ張りだした。
「……確か、ヒトの祖と魔族が交配して生まれた現行の人類は、魔族からの遺伝として魔力を得た、んだよな?」
「いかにも。だからヒトの祖と魔族の雑種から派生したいまの人類は、みな多寡に差はあれ魔力を持っています。
 正確には魔力をエネルギーとして扱う能力ですが……これは明確に、魔族由来のものです。
 人類の中でも魔族の血の濃い者達が、その身に強い魔法を宿す特異体質者――遺才遣いと呼ばれるように」
「例外は居るみてーだけどな。俺の知り合いにも、魔力を全く持ってないって奴がいるぜ」
「その『魔力欠乏者』が例外扱いされているのは、帝国内だけの話ですよ。
 特に南方共和国では、国民の約3割が魔力を持たない人間で構成されています」
リフレクティアが息を呑んで黙った。
これは特別、彼が国際情報に疎いというわけではない。
帝国が意図的に国内に対して隠蔽してきた事実だからだ。
「古くから遺才遣いを多く取り込んできた帝国ですら、魔力欠乏者が存在するんです。
 他の国々では、もっと多くの人が、魔力を喪って生まれてきているはずですよ。
 ――もうお分かりですよね。時代が下り、魔族の血が薄くなった現在、魔法は衰退傾向にあるんです!
 帝国は、百余年も覇権を支え続けてきた『魔法という既得権益』を、喪失するおそれにさらされているのです!!」

37 :
もしもこのまま衰えていくに任せて、魔法がこの世からなくなったら――
帝国は、他国に対して肩を並べられるものを何一つ持たない、大陸最弱の国家に逆戻りすることになる。
広げてきた領土はあっと言う間に奪還され、それまで他者から奪ってきた分の報いを受けることだろう。
「既に他国では、魔法に依存しない文明の構築を始めています。
 共和国では『電気』を生活エネルギーにする技術の開発が進められていますし、
 西方エルトラスでは大規模農園の経営によって貿易用の作物を大量生産する方法が発見されています。
 そんな中、帝国だけは、移ろいゆく時代に逆行し、失われていく魔法にしがみつこうとしています。
 そしてそれこそが、いま俎上に上がっている『黎明計画』の目的です」
議長は右手の水晶剣を見た。
磨きこまれた刀身に映る己の双眸は、やはり人外の赤。
「魔法が衰退し始めた原因、それは人類同士の交配が続いたことにより、魔族の血が薄くなってしまったから。
 ならば、再び魔族の血を取り入れれば血を濃くすることができるはず。
 しかし、当の魔族は他ならぬ人類の討滅によって絶滅寸前の危機に瀕しています。
 よって――元老院は、こう考えました。『いないんだったら、つくれば良い』。
 二年前の帝都大強襲は、魔族不足に頭を悩ませる元老院にとってまさに渡りに船でした」
赤眼は二年前の騒乱で失われてしまったが、しかし結果として魔族が残った。
魔族化していながら、人間の意識を保ち、ゆえに大強襲の際に討滅されなかった新生魔族達。
彼らに接触した元老院は、こう持ちかけた。
『もっと仲間を増やしたくないか――』と。
討伐の影に怯え、孤独を過ごしてきた人間難民達に、それは光明よりも眩しい救いの手だった。
「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
 ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」
話し終えて、議長はグラスの中身が空になっていることに気がついた。
そうとう長い間、緊張を伴う語りをしていたせいだ。
リフレクティアが手早くボトルの栓を切り、冷えた水をそこに注いでくれる。
「あなたたち、遊撃課がヴァフティアに向かうよう指示されたのは、おそらくあなた達が遺才遣いだからです。
 赤眼、及び黎明眼が魔族化させられるのは、その身に色濃く魔族の血を宿す者だけ――。
 二年前に、赤眼が貴族にばかり配られたのもそれが理由です。つまり……」
そこで、議長は言いよどんだ。
腫れ物に触れるのを厭うかのような気配を察知したのか、リフレクティアが口を開いた。
「つまり、遊撃課は黎明計画の実験体ってわけか。
 遺才遣いを魔族に変えるってのが必ず成功するとも限らねえし、
 よしんば晴れて魔族化したところで、今度は正気を失って人類の敵に回る可能性だってある。
 いや、むしろ黎明眼なんて能力の信頼性を考えれば、心配性のジジイ共は最初は失敗すること前提に動くはずだ」
議長は、唇を噛んで首肯した。
リフレクティアは肩を竦めて、もっと飲めと言わんばかりに議長のグラスに水を注ぐ。
「ご丁寧に遊撃二課なんてもんを据えたのも、一課に覚悟を決めさせるためだろうな。
 『お前らにはもう人間として帰る場所などない』……この分だと戸籍なんかも消されてそうだぜ。
 くっそ、もっと早く違和感に気付くべきだったんだ。遊撃課の設立が、なんですんなり通ったのか、俺は疑うべきだった……!」
拳が白くなるまで握りしめた彼は、絞りだすように言葉を紡ぐ。
「俺は、元老院にとってひたすら都合の良い人材をかき集めてきたことになる。
 遺才遣いで、仮にいなくなったとしても元老院としてはまったく困らない問題児達。
 考えれば考える程、遊撃課は黎明計画の対象としてうってつけじゃねえか」

38 :
リフレクティアは、遊撃課の発足者だと言っていた。
まだ齢若い、キャリアのエリートといった風でもないこの男が一部門の設立を任されたのにも裏事情があったのだろう。
全ては元老院の掌の上で転がされていた。
リフレクティアは両手をつき、頭をカウンターに沈めた。
「騎士嬢、アルフート、ヴィッセン。すまねぇ……俺のミスだ。
 俺は、あらゆるしがらみから解き放たれたこの部隊の有用性を証明できれば帝国の組織構造を変えられると思ってた。
 ダンブルフィードで、ウルタール湖で、タニングラードで、少しづつだけど認められてきたはずだった。
 だけど、実際はちっとも進んじゃいなかった――元老院の意思っていう一番でかいしがらみに、囚われっぱなしだったんだ。
 奴らは初めから俺達の有用性なんか勘案しちゃいなかった。
 『無用』であることを前提にしたこんな計画を組んでたぐらいだからな」
議長は再びグラスを空にすると、机に伏せるリフレクティアを端目にファミア達へ向き直った。
「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
 "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
 あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」
遊撃課の、女三人と一瞬づつ目を合わせる。
その動作で、これから話すことが伊達や酔狂によるものではないとわかってもらえるだろう。
議長は、ゆっくりと言葉を放った。
「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」
驚愕の気配が左右から発せられるのを議長は感じた。
左はカウンターに伏すリフレクティア。右は人間難民の面々だ。
構わず言葉を続けた。
「既に、元老院は黎明計画の対象者の排除を推し進めています。
 帝都に帰ったところで、あなたたちに居場所はないはずです――戸籍を抹消され、職場も別の人間に成り代わっています。
 ならば、そんな帝国に対して、これ以上義理立てする必要なんてないんじゃないですか?」
議長は本気だ。
彼女は世界に絶望し、失望している。
たとえそれが年端もいかぬ少女の、見聞の狭い世界であっても……力ある彼女はそれを現実にできる。
「魔族化しても人間の意思を失うわけではありません。
 ちょっとばかり見た目は変わりますけど、人間よりもずっと過ごしやすい素敵な身体ですよ。
 それで、みんなで魔族化して、大陸のどこかに逃げちゃいましょう!
 一人で逃げるのは寂しいですけど、みんなで逃げるんなら、きっと楽しい旅路になるはずです!」
議長は語調を強めた。
それは、明るく言っているように見えて、しかし縋るような調子でもあった。
彼女は、裏切りを乞うている。
「どうですか、魔族、なってみませんか?」

【説明パート終了】
【内容要約:
 『黎明計画』とは黎明眼によって遺才遣いを魔族化させ、国内に魔族を繁殖させる計画のこと。
 目的は時代の移り変わりによって衰退し始めた魔法を、魔族との交配によって再び活性化させるため。
 でないと魔法立国である帝国は魔法の衰退に引っ張られるように滅んでしまう】
【現状抱えている問題:
 元老院は黎明計画の初期ロットとして失敗しても惜しくない遊撃課を実験体にすることに決定。
 既に計画は発動し、戸籍を消され、職場は別の人間(遊撃二課)が成り代わっている。
 このまま帝都に帰っても居場所がない】
【議長の提案:
 どうせ居場所がないのならみんなで魔族化して逃げちゃいませんか?】

39 :
GM様、マテリアさんへ
独断ですみませんが外部掲示板用意しました
遊撃左遷小隊レギオン!【古巣】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/10454/1376802302/

40 :
保守

41 :
>「フ……一体俺に何があったかだと?そいつは言えんな、守秘術式とやらで言動が規制されているからな。
(……軍属時代の話、この子にするべきじゃなかったかなぁ)
マテリアがヴァンディッドを横目に、呆れ顔で溜息を零す。
疑問が浮かぶ――もう随分といい歳なのに、もしかしてずっとこんな感じだったのだろうか。
(そう言えばこの子達の親御さん、どうしてるんだろう……。
 この子達はあくまでも部外者……出来れば家に帰らせてあげたいけど……)
勝ち目のない戦いだと知って尚、議長の傍に居続けようとする優しさは、とても尊い。
それでも、だからと言って――このまま彼らを巻き込み続ける理由にはならない。
何とか安全な世界に戻って欲しかった。
>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」
だが――その事について考えるのは、後にしなければならないようだった。
議長の口から紡がれた言葉はあまりにも現実離れしていて――しかし同時に奇妙な真実味を帯びていた。
タニングラードでの一件を経た後のマテリアには――元老院ならやりかねないと思えるくらいに。
>「……要諦とは言っても、あくまで『遺才遣いの魔族化』は手段であって目的ではありません。
  すなわち、遺才遣いを魔族に変えることによって、元老院――ひいては国家に、長期的な利益があるんです」
元老院のする事だ。利益が伴わない訳はない。
平静な状態なら既に予想を立てる事も出来ただろうが――
衝撃的な事実に打ちのめされた今のマテリアには、ただ議長の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。
そうして語られたのは、まず議長の過去。
両親はどうしているのか――ふと疑問が脳裏を過ぎる。
だが、聞ける訳もない。
次に語られたのは帝国の現状と世界情勢の推移。
そして、魔族の――魔法の衰退。
元老院の目論見がぼんやりとだが、見えてきた。
「まさか……」
力なく声が零れた。
出来れば自分の勘違いであって欲しい――そう思い、首を小さく横に振る。
そんな事をしても、議長の言葉を遮り曲げる事など出来る筈がないのに。
>「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
  ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」
息が詰まる――胸の奥から何かがこみ上げてきて、気道を塞がれているような気分だった。
吐き気がする――その何かを胃液と一緒に吐き出してしまえたら、どれだけ楽になれるだろうか。
だが、そんな事は出来ない。子供達の前で、弱い所を見せられる筈がなかった。
それでも黙っている事が精一杯だ。項垂れるレクストに、何も言えない。
>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」
提案――その言葉にマテリアの視線が議長へ向く。
議長もまた、マテリアを見ていた。
彼女の眼からは悲痛で、しかし強固な意志を感じた。

42 :
>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」
心音が重く加速している――何か重大な事を言おうとしている者の音だ。
今まで語った事以上の事を。これ以上、一体何が――
>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」
――マテリアの心音が跳ね上がった。
呼吸を忘れ、瞬きが増える。
>「既に、元老院は黎明計画の対象者の排除を推し進めています。
 帝都に帰ったところで、あなたたちに居場所はないはずです――戸籍を抹消され、職場も別の人間に成り代わっています。
 ならば、そんな帝国に対して、これ以上義理立てする必要なんてないんじゃないですか?」
>「魔族化しても人間の意思を失うわけではありません。
 ちょっとばかり見た目は変わりますけど、人間よりもずっと過ごしやすい素敵な身体ですよ。
 それで、みんなで魔族化して、大陸のどこかに逃げちゃいましょう!
 一人で逃げるのは寂しいですけど、みんなで逃げるんなら、きっと楽しい旅路になるはずです!」
議長は明るく振舞っている。
が、マテリアの耳はその奥に隠した不安も孤独も、聞き取れてしまう。
でも、それでも――
>「どうですか、魔族、なってみませんか?」
マテリアは魔族になんか、なりたくなかった。
もし仮になったとしても、同じ魔族になるのだったら帝国にいた方が有益で、賢明だ。
マテリアは戦力的にも精神的にも弱く、賢しらだ。故にその事がとてもよく分かっていた。
だけど、それをどう言えばいいのか分からない。いや――言える訳がない。
既に魔族になってしまった彼女に、魔族になりたくないだなんて、言っていい訳がない。
そして一方で――彼女の孤独と恐怖を和らげてあげたいという思いも、マテリアには確かにあった。
彼女に希望を持って欲しい。
その為にどうすればいいのか、マテリアは知っている。
その為に必要な才能も、持ち合わせていた。
不意にマテリアが立ち上がった。
そして議長の隣まで歩み寄り、何度か深呼吸をしてから――彼女を抱き寄せた。
人は人に抱き締められる事で安心感を得る。
それは精神的な理由ではなく論理的な理由からだ。
抱き締められるという刺激は、母親に守られていた頃を連想させる。
「……人の幸せは……人のいる所にしかありません。
 ……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
 卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ。
 けど……帝国を去れば、これを作る事も、食べる事も、出来なくなっちゃうでしょうね。
 人の世界の外側には、そんな些細な幸せさえ、無いんです」
また――心音は、人から人へ伝播する。
太鼓の音が祭りや戦いの際に用いられるのは、それが加速した心音を連想させ、人に高揚を齎すからだ。
同じように、抱き締められる事で、人は正常な心音を――落ち着きと安らぎの音を思い出す。

43 :
「私達は、人の世界でしか生きられません。あなたもそうです。
 もし私達が魔族となって、あなたに付いていっても……きっとあなたは、その事への負い目を忘れられない。
 そして潰れてしまう。あなたが人間だから」
彼女の求めるものを、求める言葉を、予測し、与える。
マテリアが議長に施すのは、計算された優しさだ。
それは決して誠実とは言えない行為だが――それでも、彼女を少しでも楽にしてあげたかった。
「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」
人間難民の子供達に視線を遣り、それから議長に微笑みかけた。
一瞬の沈黙――罪悪感が、胸に火傷のように滲む痛みを齎した。
自分は議長に希望を持たせようとしている。
自分にはそんな事を成す力などないと分かっているくせに。
「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
 その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
 ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」
その無責任さに嫌気が差して、マテリアは最後にそう付け加えた。
自分でも実現出来る約束をする事で、少しでも罪悪感を緩和しようとしたのだ。
奇しくも、それもまた、計算された優しさだった。

【とりあえずちょっと落ち着こうよ】

44 :
ランゲンフェルトは、石畳を疾走しながらそれを見た。
大量の槍がフィンへと殺到し、その回避を阻害するように巨人が掴みかかったのを。
前後からの挟み撃ち。
槍と巨腕、いずれの打撃を受けようとも肉片と化すこと必至なこの状況、
双方が、完璧なタイミングで交錯する――!!
重なった音は地響きとなって路地を揺らした。
砕かれた地面が朦々と砂煙を巻き上げ、ランゲンフェルトはフィンが串刺し死体となる瞬間を見ることができなかった。
埃が晴れ、そこには目を覆いたくなるような惨状が――ほんのひと月ほど前に彼自身がやらかしたことだが――なかった。
>「おい、襲撃者……ひょっとしてテメェらは、この程度で全力なのか?」
フィンは、無事だった。
彼の肢体へと仮借なく牙を突き立てるはずだった槍の群れ。
それらが揃って生えているのは、フィンを背後から奇襲したはずの巨人だった。
(位置をズラした……否!投げ飛ばしたのですか、あの体重差を!)
フィンはあの場から一歩も動いていない。
にも関わらず巨人だけが地に伏し、槍を一身に受けている理由を想像することは難しくない。
襲いかかった勢いを利用されて、フィンに投げ飛ばされたのだ。
おそらくは――槍の楯になるような位置へと計算して。
(無論!これは尋常な挙動ではない……双方の体重差が二倍とすれば、彼が用いた技術の域は……!)
常識的に考えれば、格闘戦で有利なのは単純に体重の大きい方だ。
『拳』という武器が古式ゆかしい質量兵器である以上、その威力の殆どを攻撃者の体重に由来する。
そして逆もまた然り、拳による攻撃を受ける側もまた、体重によって防御力を大きく増減させる。
パンチは相手をぶっ飛ばせなければ意味がないからだ。
そして、これもまた論ずるまでもないことだが、攻撃に乗せられる体重とは一定ではない。
足運びや重心移動、攻撃のタイミング等によって、拳の重さというものは流動的に変化する。
最大限に体重を乗せてクリーンヒットを放つこともあれば、いわゆる腰の入っていない手打ちになる場合もある。
逆に言えば、いかに自身の攻撃の瞬間に体重を乗せ、相手の攻撃に体重が乗らないようにするかが、格闘者の駆け引きだ。
フィンは、相手の攻撃に乗せた重量がもっとも減るタイミングを針の穴を通すようなコントロールで見出した。
そこへ、同じく超精密な動作で以て、己の最大重量を効果的なベクトルに叩き込んだのだ。
(一朝一夕で身につく技術じゃあない。一体どれほどの攻撃を受ければ、達人の領域に達すると言うのです……!)
世の中の『技術』のバロメータは、その反復試行回数によって向上していくのが一般的である。
職人の技術は作れば作るほど上達するし、戦いの技術もまた戦うほどに上がっていく。
その経験値が一定以上に達した者が、いわゆる達人と呼ばれる領域に踏み込むことになっていくのだ。
だが、『攻撃の達人』はいても、真の意味で『防御の達人』となれるものは少ない。
本当に少ない。一握りだ。理由はひとつ。
『達人になるほど何回も攻撃を受けていたら、達人になる前に死んでしまう』からだ。
だがフィンは、そのかなしき遺才が、彼から途中退場を許さなかった。
どれだけ打ち倒されても、手足を砕かれても、地面に這いずっても、彼は死ななかった。
死なずに、護り続けた。
護ることから、逃げなかった。
>「お前は、俺の大切な仲間を傷つけようとした。だから俺は今、すげぇ怒ってる」
眼前、首から十字を下げた猫へ向けて、『最終城壁』が歩みを進める。
その足取りに不確かなものは一つとしてなく。
その双眸に、一点すらも曇りはなかった。

45 :
>「――――お前ごときが『俺達の世界』に手ぇ出してんじゃねえぇぇ!!!!!!」
打ち下ろされた拳。
どこから出現したものか、黒い鎧を纏った正拳突きが、猫のほんのすぐ側を掠めて石畳に激突する!
瞬間、世界に崩壊が上書きされた。
ピシリと放射状に広がった亀裂が、間断をおかずに破壊の二文字を戦場に確定する。
瞬間的に陥没した地面が、瓦礫の破片を周囲に景気よくぶち撒けながら沈んでいく。
ランゲンフェルトは飛んできた破片をスウェーで避けながらゆっくりとフィンに合流した。
「これはまた……派手にやりましたね、最終城壁氏。この石畳は二年前、魔獣のブレスに耐えたはずなのですが」
帝都のハードルを構成する大通りの石畳は、当然のごとく魔導技術の粋を集めて施工されている。
具体的には、路面に刻まれた特殊な呪詛が、超高硬度と衝撃の打ち消し、術式や環境への耐性被膜を付与している。
物理的な打撃はおろか、軍用の魔導砲による砲撃ですら微細な摩耗しか与えられないことを実証されている。
二年前の帝都大強襲で、他の建築物は破壊されても道路だけは無事だったほどだ。
(それが、こうも簡単に砕かれるとは……彼の拳に、それほどの膂力が?
 否、特別身体強化を施していたとも見られぬあの細腕に、それほどの威力を出せるとは思えない。
 それに、やはりと言うべきか――あの巨人も、もとのガラクタの寄せ集めに戻っている)
巨人が、あの猫が最終局面で発動した『遺貌骸装・偏在する魂』とやらの効果で生み出されたことは容易に推測できる。
あれが魔導具であれ呪物であれ、魔力による作用であることに間違いはない。路面被膜にしても同様だ。
そして、それら術式の賜物が、しかしフィンに殴られると途端に効力を失って巨人は人形に還り、路面は脆くなった。
まるで、術式を構成する『魔力を奪われた』かのように……。
>「ランゲンさん。周りに怪しい動きをする奴がいないか見てくれ。この猫が本体とは限らねぇしな」
「把握しました――が、どうやらこの近辺には人っ子一人いないようです。
 おそらくですが、この襲撃者達は襲撃開始時から範囲型の隔離結界を張っているようですね」
フィンの示した猫は、瓦礫の中に蹲って震えている。その首根っこをひょいと摘んで、
ランゲンフェルトは空を見上げた。そこから見える藍色は普段と変わらぬ色合いをもっているが、
本当の空と彼との間には不可視の膜を一枚隔てている。
隔離結界。暗殺者の常套手段として、ターゲットの周囲を見えない結界で空間的に隔絶してしまうのだ。
外からは、普通の風景として景色に同化するような隠蔽結界で。
結界自体は強度もさほど高くはなく、脱出も容易だが――
「――外部からはおろか、仕掛けられた当人もよほど注意しなければ気付かない。
 つまり、内部で確実に仕留めるだけの戦力を投入し、相手の増援を気にせず襲うことができる。
 そういうやり口です。逆に言えば、敵は結界の内部にしかいないということですよ、ハンプティ氏」
見張りもいらないので、結界の外に人員を置く必要性がない。
戦力の局所投入による物量戦と、本来静粛性の求められる暗殺とを無理やり両立させた技法なのだ。
他ならぬランゲンフェルト本人も、現役時代はよく使った手口だった。
>「そんでもって、怪しそうなのがいなかったらこいつを締め上げようぜ」
「本体がいたとしても、この戦場に残存している敵勢力はこの猫だけでしょうな。
 ご覧くださいこの首から下げた十字架を。これが恐らく、我々を襲った人形兵団の源です」

46 :
ランゲンフェルトは、この猫が『遺貌骸装』と唱え、十字架が光った途端に人形が動きを変えたのを見ている。
おそらくあれは、予め取り決めしておいたいくつかの命令の切り替えトリガーだったのだろう。
ならばさしずめこの十字架は命令を出す通信機か、それとも術式そのものの魔導具か。
ランゲンフェルトが十字架を握ると、猫はピクリと表情を動かした。
だが訓練された兵士の如く、ほんの一瞬感情をのぞかせただけでまたすぐもとの無表情の猫に戻ってしまう。
しかし、その一瞬を見逃すランゲンフェルトではなかった。
「ほう……」
彼はそもそもからして出自が犯罪者の、邪悪な心をもった正真正銘の悪人である。
悪人の標準スキルとして、『ひとの嫌がることをする』技術は他の誰にも遅れを取らない自負があった。
その悪人としての嗅覚が、この十字架が核心であると告げている。
>「……ぜってー逃がさねぇ。何があろうと、どんな手段を使っても、課長の事を喋って貰うぜ」
「そう、その意気ですハンプティ氏。我々に必要なのは手段を選ばないという意思そのもの!
 ……ところで、この猫がなにか手がかりを抱えているようですが……拷問しますか?」
無抵抗の猫をぶら下げてそのようなことをさらりと言う彼の手の中で、猫がぶるりと震えた。
やはり人語を解している。特別に頭脳明晰な猫というわけではなく、中身が人間なのだ。
「おやおや。どうやらこの猫、首から下げた十字架を後生大事にしているようですね。
 特に意味はないかもしれませんが、せめて我々を襲撃してきた連中への嫌がらせのため、破壊しておきましょう」
ランゲンフェルトが十字架を手に取り、ぐっと親指を当てて力を込める。
十字架は金属で鋳造されているが、作りは繊細なため、折り曲げるぐらいのことは容易いだろう。
瞬間、耐えかねたといった風で猫の口から人間の声がまくしたてられた。
「だああああ!も、もう限界だ!クランク8、機材を放棄し撤退する!ベイルアウト!!」
おそらく十字架へ取り付けられていた小型の念信器へ向けてであろう、声。
それは年若い男のもので、焦りを含んでいた。
『ベイルアウト』という文言が命令コマンドだったのか、十字架が再び赤く輝き、猫の身体も同じ色に染まる。
ベイルアウト――緊急脱出。
その言葉通りに、赤の光は猫の身体から発条仕掛けのように勢い良く飛び出し、
「させません」
ランゲンフェルトがひょいと十字架を猫から取り上げた。
赤い脱出光はそのまま見えない天井にバウンドして猫の身体の中に再び収まった。
「やはり、この十字架が人形を操り、あるいは猫に人間の意識を宿す魔法の媒体のようですな。
 発動者の手元から離せば命令が中断され、命令前の常態に強制回帰する……。
 これも一種のセーフティでしょう。自前の能力ではなく、外付けの武装であるがゆえの」
ランゲンフェルトは手の中でくるくると十字架を弄びながら、口を空けたままの猫を睥睨した。
「効果も使い方も大方の予測はついています。私が扱えるかは微妙なところですが……。
 試してみましょう。――遺貌骸装『偏在する魂』」
ランゲンフェルトは十字架を掲げ、見よう見まねで起動呪文を唱えた。
すると十字架が赤く光り、そして石畳だった残骸の破片もまた赤く輝く。
それらは宙に浮くと、瞬く間に瓦礫で出来た人型の何かを構築した。
背格好が襲撃者達と違う。これはまるで――ランゲンフェルトと同じ体格だ。
彼が頭に載せているハットまで再現されている。

47 :
「ふむ。使用者に制限はないようですな。いま、私の視界には二つの視点でものが見えています。
 一つは私自身の視点。もう一つは――ハンプティ氏、あなたを真正面から見る、その瓦礫人形の視点です」
言って、ランゲンフェルトは十字架の遺貌骸装を解除した。
瓦礫が形をうしない、ただの破片として地面へと次々落ちていく。
「推測ですが、この十字架型の魔導具……あるいは呪物の効果は、『魂の分割投影』。
 すなわち自分自身の魂を分割し、器物や別の生物に付与し、もう一人の自分として存在させる。
 多重発動すれば、先刻のようにまったく同じ挙動をする数十人の襲撃者、などという芸当も可能というわけです。
 ……もっとも、それだけの数を操るには相当の修練を積む必要がありそうですが」
ランゲンフェルトはそう言って、十字架を無造作にフィンへ向けて放った。
「私は特に要らないので貴方が預かっていて下さい。
 私の身体は一つあれば良い。そう、彼女をかき抱くこの二本の腕さえあれば……!
 ともあれ、我々はひとつ大きな戦果を得ました」
彼はずっとぶら下げていた猫を顔の高さまで持ち上げる。
見つめ合うと、猫は気まずそうに目線を逸らした。
「襲撃者の魂の一片を、この猫の中に拘束したということです。
 その十字架を奪われて、ベイルアウトを唱えられさえしなければ、おそらくこいつには何もできないでしょう。
 手っ取り早く拷問にかけて、必要な情報だけ絞りとって、あとは鍋にでもぶち込んで美味しくいただきましょう」
ランゲンフェルトの発言に目が泳ぎまくっている猫を横目に、彼は話を続ける。
「尋問の方法はお任せします。私のやり方では、おそらく猫の身体の方が耐えられない。
 我々が目下知りたい情報は二つです。『ハルシュタット卿の安否』と『ボルト=ブライヤーの所在』。
 あとはあなたが知りたいことを自由に略取するのも良いでしょう。こいつの中身の所属とかね」
しかし――彼は最も重要なことを考えから外していた。
遺貌骸装『偏在する魂』は、瓦礫の形こそランゲンフェルトを模していたが、しかし襲撃者と明確に異なる点がある。
襲撃者達は、ぱっと見から血糊などの細部のディティールまで完全に人間だった。
否、『人間に見える』ように認識阻害の術式が重ねがけされていたのだ。
遺貌骸装にそんな機能はない。そして囚われている猫は猫であるが故に、術式を持ち合わせていない。
他にもいるのだ、この場に。
分割した魂を分け与えられた人形たちに、人の皮を被せた魔術師が。

【『偏在する魂』撃破!】
【猫(敵in)を捕虜として獲得。尋問による情報の引き出しが可能です】
【遺貌骸装『偏在する魂』を入手!魂を器物や生物に乗り移らせて自分の複製をつくることができます】

48 :
差し出した封書に「死体は発見されていない」と一言添える。
ノイファの"補足"はひどくあっさりしていました。
(死体……話の流れからすると課長の?ということは襲撃されたことまでは掴んでいる?一体なぜ……)
謎多き女(23)の正体についてあれこれと思索を巡らせかけたファミアでしたが
(……いや、考えるより聞けば早いか)
と、そう思い直して上げかけた声を、戸を打つ音が遮りました。
>「……どうやら全員揃ったみたいですね――」
ノイファの言葉通り、戸口をくぐり抜けて現れたのはマテリア。
これで遊撃一課ヴァフティア分隊集合完了です。
さらにマテリアの背後からぞろぞろと連れ立って入店してくる集団。
みな一様に先刻までの議長に似通った黒い外套姿。
人間難民――議長が口にしていた"仲間"であると、ファミアは即座に直感しました。
再会の安堵からか立ち上がりかけた議長を、しかし集団の中で最も前に出ていた少年、ヴァンディットが制します。
>「待て、議長。確かにここで出会えたことに、俺は深く神に感謝をしている。
> だが、俺達には優先すべき本題があるはずだ……そうだろう?」
その立ち位置から議長に次ぐポジションにあると推察できました。
しかしヴァンディットのその毅然とした態度は次の一瞬で瓦解し、なんだかよくわからないことを口走り始めます。
(彼なりの感情表現なのかなあ?)
ファミアは触らないほうがよさそうなので放置することにしました。
議長の判断も同様らしく、椅子を引いて一同へ向き直り、そして――
>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」
ばきり、とファミアの口内で音がしました。
料理を口に運んでいた木匙を噛み砕いてしまったのです。
さらに続けられる言葉を、ファミアはぼりぼりと咀嚼しながら聞きました。
議長自身がここへ至った経緯、帝国を取り巻く情勢、そしてマテリアの呻き。
>「――元老院は、こう考えました。『いないんだったら、つくれば良い』」
さほどに鋭いたちというわけではないファミアでも、そこまで聞けば元老院の目的は見えてきました。
しかし、理解ができるということと納得ができるということは必ずしも等号で結ばれません。
>「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
> ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」
国策。
つまり帝国そのものがファミアたち遊撃一課を"人として否定する"と決めたということです。
それも物理的には魔族化、身分は家畜化という多重の否定。
もちろん、実際の待遇がどのようなものになるかはわかりません。
しかし、金の卵を生む鶏がいかに厚遇されていても、
自由のない家畜であるということに変わりがあるのでしょうか?
上げかけた声は、しかし音となることすらなく呼気として宙に消えました。
何を言って良いものやら分からないからです。
頭を下げるレクストに対してもまた、掛ける言葉が見つかりません。

49 :
誰もが同じような状態の中、議長から提案がなされました。
>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」
ファミアの反応は「えー」という一声。
さっきまで居間がどうとか口走っていたヴァンディットの様子が思い返されたためです。
(魔族化するとあんなふうになってしまう可能性があるのでは……?)
などと考えてしまうのも無理のないことでしょう。
もちろんヴァンディット自身は純正の人間なので彼の奇特さは天から賜ったもの。
一安心ですね。何が?と問われると困るのですが。
そんなファミアをさておいてマテリアが議長の説得にかかりました。
議長の頭を胸に掻き抱いて、言葉を紡いでいきます。
>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
> びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」
ファミアはそれに同調するように言葉を重ねました。
「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」
多分、運命以外のものも色々巻き込むのでしょうけれど。
>「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
> その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
> ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」
最後をそう締めくくったマテリアと抱かれたままの議長に対し、ファミアは口を開きました。
「もしそうなったらうちに来ればいいですよ」
正直なところファミアは帝国への帰属意識がたいそう薄いのです。
そんなんされるくらいなら家帰って婿とるほうがマシ、というのが率直な意見でした。
まあ、事成らず逃げ帰ることになるのであれば結婚なんてしていられる状況ではありませんが。
実際に匿うことが可能かどうかに関してですが、なにせ意識も距離も中央からは遠い僻地。
人別帳と実人口が釣り合ってないなんて日常茶飯事です。
それに――その発端の故にファミアの父は否とは言えません。
二年前、エストアリアへともたらされた魔導具、赤眼。
ではそれ以前はどこに――?
答えは帝国内外の各地。
赤眼は古今を問わずばらばらに進められていた研究を、ある錬金術師が自らのものに統合し完成されたものです。
そして、断片の一つがあった場所がアルフート伯領でした。
とはいえ、訳あって研究は放棄されていたので完成品と強く関係がしているわけではありません。
それでも二年前の騒乱、そして今に続く人間難民問題の一翼を担ってしまったという呵責を、
ヴァエナールの心から消す事は出来ないのです。
「領内には身を隠すところは多いですし、タニングラードにも遊びに行けますよ」
そんな事情を知ることのないファミアは、至って気楽に郷里のアピールポイントを上げるのでした。
【ウチくる!?】

50 :
いまのはなんだったのだろうか……
セフィリアはいままでにない経験をした
きらめく戦刃が異様な、経験したことのないような速さで自分の腕から放たれた
普通なら確実に相手の頭と胴を真っ二つにするようなものであった
しかし、それを回避したところにフウの凄さがあった
セフィリアの音を置き去りにする剣、彼女自身なぜそれが出したかはわかってはいない
いや、理解できていないだけで、すでに彼女の中にはある
俺が伝えた
それを彼女がものに出来るかどうか彼女次第だろう
だが、俺は信じてるぞ
>「いい遺才(もん)持ってるじゃねえの……ガルブレイズ」
「感謝します……」
短くもいろいろと想い込めた一言だ
その言葉を口から吐き出すと体に巣食っていて黒いものも一緒に出たかのように
少しだけスッキリとした
眼前のフウは満身創痍、なれどその眼はギラつきまさにハンターと呼べるものであった
だがもうセフィリアは動こうとしなかった。否、動く必要がない
スイはすでに動作を完了させている。フウがどのように動こうがそれはもはや徒労に終わる
>「喰らってくたばれ!遺才魔術『ヴェイパーカノン』!!」
狂気の水蒸気はもはや姿を表すことはなく
ただ美しくも猛き氷柱が現れるのみであった
>「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」

51 :
観念したフウは課長の行方へについて語り出した
答えは知らない
だが、手がかりはある
> ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。
「風俗街に女性……確かに身を隠すにはちょうどいいかもしれませんね
それに、ブライヤー課長の趣味とも合致しますね
……っと、それにしても大きな十字を背負ってるとなると目立つでしょうね……」
フィンとの合流を急がなければと思うセフィリアにフウは驚くべき事実を述べた
遊撃一課は魔族化させて魔法技術を衰退から救うという目的
「国家国民ののために命を差し出せというのならば差し出しましょう
だが、実験動物のように扱われるのは承服しかねます!」
フウに言っても仕方がない、だけど言わずにはいられない
だが、いますぐ元老院に殴りこんでやろうかという想いはぐっとこらえた
「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
情報を提供していただき感謝します
それでは!」
震える声で冷静を装ってフウへと言葉を向ける
「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう
情報を共有して次に備えるべきです!」
【セフィリア:フウを放置 スイにフィンとの合流を提案】

52 :
>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」
声量は決して十分とは言えず、声色も明瞭と言うには程遠く感情の色を滲ませている。
それでも、ゆっくりと議長が紡いだ言葉は、はっきりとノイファの耳に残った。
元老院の思惑を外れた活躍をしてしまう目障りな連中を僻地に押し込める、というのが今回の左遷の本筋だと思っていた。
細部に多少の差異はあったとしても、想定の枠を大きく外れることはない。
そう高を括っていた。
だが実際に語られたのは、そんな想像をはるかに飛び越えた――おぞましく深淵な"計画"だった。
減衰の一途を辿る国力をかつての隆盛へと戻すため。侵略国家としての体裁を保つため。
高まり続ける他国の文化・技術を物ともせず、これから先も蹂躙し続けるために、帝国の"人"を"魔族"へ変える。
そうして出来上がった"魔族"と"人"とを交配させ、強力無比な新たな"ヒト"を産み出していく。
それが『黎明計画』の行きつく未来だった。
(この度の一件……まさかこれ程に深かったなんて……)
帝国を、帝国たらしめるために必要不可欠な"魔法"の力。
貴き血に刻まれた"遺才"と呼ばれる力が、年代を重ねるごとに劣化していくなど思ってもいなかった。
貴族たちからすれば共通認識ともいえる事実なのかもしれない。
しかしノイファは後付けの遺才能力者だ。
(それでも、兆しはあったのに……)
かつて"地獄"を、帝国の版図に治めようとした男が居た。
その狂った考えは『地獄侵攻計画』と呼ばれ、形を与えられるた。
魔族が跋扈し、産出するものといえば瘴気と魔力しかないような不毛の大地。
手に入れたところで、人類が住むことなど到底適わないであろう土地に、なぜ執心するのかと訝しみもした。
魔族の王の一柱を宮中に招き入れ、"門"の資質を持つ少女の奪取に血道を上げ。
己が欲望のままに多くの無辜の命を死へと追いやった、帝国史上で最も狂っていたと言われる王。
だが、議長の話を聞いた今なら、共感こそ出来ないが理解できる。
かの狂王は、己の国を揺るぎないものとするために、"魔族"と"魔力"こそを欲していたのだ、と。
そしてその狂想を断ったのは、他ならぬ自分たちだ。
『黎明計画』と『地獄侵攻計画』。この二つの計画の目的を同じと考えるなら――
(――私たちが、『黎明計画』の実行を踏み切らせた切っ掛けになった……と言えるわけですね)
ギシ、と歯の根が鳴った。
ノイファは拳をきつく握ったまま、ファミアとマテリアを眺めた。
自分たちが"私怨"を晴らした結果が二人を、帝都に残った他の仲間を、窮地に陥らせることになった。
次に議長と、議長を取り巻く"人間難民"と呼ばれる少年たちを眺める。
自分たちが"行動"を起こしたことで、議長は『黎明計画』の実行役として利用されてしまった。
(救えたと、間違った道へ進もうとしていたのを正せたのだと、勘違いしていたんですね)
テーブルに置かれたコップがカタカタと揺れる。
いつの間にか拳を、震えるほどに握りしめていたらしい。
乾いた眼差しで自身の両手を眺めながら、ノイファは引きはがすように掌を開く。

53 :
>「つまり、遊撃課は黎明計画の実験体ってわけか。――」
震える声で、絞り出すように声を吐き出したレクストに、議長が首肯する。
二年前の計画を叩き潰すため、先頭に立って戦ったのは他でもない彼だ。
おそらく同様の答えに辿りつき、そして遊撃課の発足者として、それ以上の責に苛まされているのだろう。
>「騎士嬢、アルフート、ヴィッセン。すまねぇ……俺のミスだ。
 俺は、あらゆるしがらみから解き放たれたこの部隊の有用性を証明できれば帝国の組織構造を変えられると思ってた。
 ダンブルフィードで、ウルタール湖で、タニングラードで、少しづつだけど認められてきたはずだった。
 だけど、実際はちっとも進んじゃいなかった――元老院の意思っていう一番でかいしがらみに、囚われっぱなしだったんだ。
 奴らは初めから俺達の有用性なんか勘案しちゃいなかった。
 『無用』であることを前提にしたこんな計画を組んでたぐらいだからな」
慟哭、後悔、そして懺悔。
その悲壮に満ちた告解に、ノイファは答える術を見い出せなかった。
そんなことはない。貴方は正しいことをしようとしたのだ。上辺だけの台詞が浮かんでは昏く裡へと沈んでいく。
全てを終え『銀の杯亭』に三人で集まった時の光景が、不意に脳裏に蘇えった。
あの時レクストの笑顔を見たことで、その手伝いをしようと決めて、帝都に残ることを選んだというのに。
(その結末が……"今"だというのならば……)
かつての戦いはまるっきり意味のない行為に過ぎなかったのか。
ただ自分たちの私怨を晴らし、より多くの同胞を道連れにする方向へ曲げてしまっただけだったのか。
力なく伏せられた手の甲に、涙が落ちる。
>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」
提案という言葉にノイファはのろのろと頭を上げる。
順番にこちらの目を見据えながら、議長は本題となる言葉を紡ぎだす。
>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」
その努めて明るい声を聴き、ノイファは息を呑み込んだ。
元老院に与えられた目的を果たすための方便ではない。そう、確信できた。
絶望と失望を滲ませながら、それでもまだ生を諦めていない真摯な瞳が、彼女の本気を証明していた。
議長の言う通り、帝国に義理立てする必要はないのかもしれない。
帝国の外でなら、追っ手に知られずに余生を生きることは可能かもしれない。
>「どうですか、魔族、なってみませんか?」
縋るように、乞うように、議長は言葉を続ける。

54 :
>「……人の幸せは……人のいる所にしかありません。
  ……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
  卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ。
 けど……帝国を去れば、これを作る事も、食べる事も、出来なくなっちゃうでしょうね。
  人の世界の外側には、そんな些細な幸せさえ、無いんです」
言葉に詰まるノイファをよそに、マテリアが立ち上がり、議長をその胸にかき抱く。
>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」
彼女は説得しているのだ。世界を恨み、裏切りを懇願する少女を。
しかしマテリアの言葉は欺瞞だらけだ。元老院を向こうに回し、国の在り方を覆すのがそんなに容易なわけはない。
もちろん議長だって理解しているだろう。
>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」
そこにファミアが加わった。
はにかむように、議長を救ってみせると請け負った。
"振り返ると奴がいない" などという異名を陰で囁かれ、いつだって逃げることを念頭に行動していたファミアが、だ。
>「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
  その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
  ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」
>「もしそうなったらうちに来ればいいですよ」
気付けば、ノイファは椅子から立ち上がっていた。
胸の奥から込み上がってくる熱に突き動かされるように。
自分の、敬意を捧げるに足る仲間たちは、こんな状況に置かれてなお諦めていない。
その芯を折られていなかった。
(だというのに、散々焚きつけてきた私が――早々と脱落するわけにはいかないじゃないですか!)
再び、拳を握り締めた。
悔恨からではない。決意を固めるために。
「私は――私は、魔族になれません」
議長と人間難民の少年たちを見回しながら、ノイファははっきりと言葉に表した。
おそらく彼女たちはそれを拒絶と取るだろう。しかし事実を知ってもらうためには、言っておかなければならないことだ。
「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」
右目を隠すように下ろしている前髪をかきあげる。
そこにあるのは色素を失い真っ白になった瞳。
「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」

55 :
赤眼を装着した者は殆ど例外なく魔族と化した、と言われている。
フィオナはその数少ない例外者だ。
庶民の生まれ故か、魔を灼き滅ぼすというルグス神の加護か、もしくは装用したときの特殊な環境がそうさせたのか。
今となっては知る由もない。ただ、結果として人の身のまま"遺才"のみを得た。
「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
 私やレクストさんが何をしていたのか――」
潤沢な魔力資源を得るために、魔族が住まう"地獄"を征服しようとした人間の王と――
太古の昔に封印された同胞を開放し、人の世を"地獄"に侵食しようとした魔族の王――
表向きは協力していたその二人の王によって、赤眼は帝都にばら撒かれることとなる。
それぞれ別の思惑によって。
だが、わずか数名の決死の行動により、人の王の野望は潰え、魔の王は世界より追放された。
それが二年前に天帝城で起こった事の顛末だ。
そして、赤眼の標的となった"不要な才能の持ち主"を正しく活用するために、レクストは"遊撃課"を立ち上げ、
フィオナはその力となるために、国内外の動向をいち早く知ることの出来る"三十枚の銀貨"と呼ばれる諜報機関の門を叩いた。
その後、遊撃課の正式な運用が決定されるのとほぼ同時に、書類をねじ込み、課員の一人として潜り込んで、今に至る。
「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
 ゆえに、責任を取らなければなりません」
議長の目を正面から見据える。
「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
 ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」
次いでマテリアとファミアに視線を向けた。
「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」
 
【諸々ぶちまける→一緒に居ても良いですか?】

56 :
爆乳は宇宙を救う!
スレンダー爆乳は宇宙を救う!
ロリ爆乳は宇宙を救う!
小柄ロリ爆乳は宇宙を救う!
超乳は宇宙を救う!

57 :
宿る技術は、素人同然。けれど、そこに込められる膂力は人間の限界を上回る
フィンの拳は帝国が誇る魔導技術の粋を集めた石畳、その構成の根幹を奪い去り、
単なる石塊であるかの様に砕き散らす――――
床石は蜘蛛の巣模様を描き、散った石片が宙を舞いフィンの周囲を彩った

……
かくして、局所的な闘争はここに一先ずの終結を見せた
首謀者と思わしき猫は、今やランゲンフェルトの手の中
>「――外部からはおろか、仕掛けられた当人もよほど注意しなければ気付かない。
>つまり、内部で確実に仕留めるだけの戦力を投入し、相手の増援を気にせず襲うことができる。
>そういうやり口です。逆に言えば、敵は結界の内部にしかいないということですよ、ハンプティ氏」
その言を借りれば、この猫こそが首謀者で間違いなく、他の存在がいたとしてもこの場にはいないであろうとの事
床を破壊してから暫くランゲンフェルトへと背を向け、己の右腕を見ていたフィンであったが
声をかけられた事で慌てて、既に黒鎧の剥がれ落ちた腕……右腕に、背中のマントを包帯の様に巻いてから
ランゲンフェルトの方へと、ぎこちない足取りで歩み寄る
>「……ところで、この猫がなにか手がかりを抱えているようですが……拷問しますか?」
が……そのタイミングでかけられたランゲンフェルトの言葉に、固まる事と成った
「え?あ、あー……拷問か……猫になぁ……」
突如として投げかけられた問いに対し、フィンの表情に浮かぶのは躊躇い
先程は感情に任せて攻撃を仕掛けたが、落ち着きを取り戻してみれば、相手の容姿はどう見ても猫である
英雄を演じるのを辞めたとはいえ、フィンの根幹は拷問狂でもサディストでもない
自身の愛する仲間達こそ優先するが、それでも無抵抗な弱者への蹂躙を好む様な性質ではないのだ
だからこそ、こういう場面でやらなければならないと頭で理解はしていても、覚悟が追随しない

58 :
>「おやおや。どうやらこの猫、首から下げた十字架を後生大事にしているようですね。
>特に意味はないかもしれませんが、せめて我々を襲撃してきた連中への嫌がらせのため、破壊しておきましょう」
対して、作業の様に淡々と猫に対して精神攻撃を続けるのはランゲンフェルト
悪役が型に嵌りすぎているランゲンフェルトに言い表せない感情を抱くフィンであったが
>「だああああ!も、もう限界だ!クランク8、機材を放棄し撤退する!ベイルアウト!!」
しかし、流石に社会の裏側に生きてきた人間であるランゲンフェルトの手腕は確かであった
彼はとうとう、猫の本性……その中に巣食う襲撃者を燻りだしたのである
そして、猫が人間の言葉を話すと同時にフィンに浮かんでいた戸惑いの表情も消え去った
どうやら、ようやく相手を猫ではなく『敵』として処理する覚悟が決まった様である
――――
>「推測ですが、この十字架型の魔導具……あるいは呪物の効果は、『魂の分割投影』。
>すなわち自分自身の魂を分割し、器物や別の生物に付与し、もう一人の自分として存在させる。
>多重発動すれば、先刻のようにまったく同じ挙動をする数十人の襲撃者、などという芸当も可能というわけです。
>……もっとも、それだけの数を操るには相当の修練を積む必要がありそうですが」
「……おいおい、なんだよそれ。様はこの道具さえありゃあ、修練さえ積めば
 どんな奴でも遺才に似た力を発揮できる様になるって事か?
 そんな反則な性能の魔道具なんて今まで聞いた事ねーぞ……?」
襲撃者である猫の本性を燻りだしてからしばしの後、
猫の持ち物であった十字架……ランゲンフェルトによってしばし実験されたその魔道具(?)は、フィンへと投げ渡される事となった
取り落としそうになりつつ何とか十字架受け取ったフィンは、ランゲンフェルトによって語られたその性能に驚愕する
それもその筈だ。十字架の持つ能力は、どう見ても並みの魔術の範疇を逸脱しており、
遺才の域に達しているものであったのだから。
仮にこの道具が量産出来るとなれば……それは余りに、恐ろしい

59 :
>「尋問の方法はお任せします。私のやり方では、おそらく猫の身体の方が耐えられない。
>我々が目下知りたい情報は二つです。『ハルシュタット卿の安否』と『ボルト=ブライヤーの所在』。
>あとはあなたが知りたいことを自由に略取するのも良いでしょう。こいつの中身の所属とかね」
フィンが受け取った十字架を何となく試す気になれず、胸元にそれを仕舞いこむと、
それを見計らった様に、ランゲンフェルトはフィンに尋問の権利を譲る旨の発言を向けてきた
彼程の人間が死なない程度に痛めつける技能を有していないとは思えないが、
或いは、ランゲンには彼なりの流儀というものがあるのだろうか
とにかく、フィンはその提案を迷わず受ける事に決めた
猫と向かい合うと、真剣な表情でその目を覗き込み、髭を一撫ですると
「とりあえず、お前さ。『ボルト課長が生きてるかどうかと、課長を襲った目的』
 『ハルシュタットさんをどこにやったか』……あと『お前の名前』を吐いてくれねぇか?
 後は……お前らの所属、と目的。『クランク』ってのが何かも聞きてぇな
 とにかく、全部吐け。いいか、全部だ。もし断れば――――」
フィンは猫の髭を一『束』、力任せに引っこ抜いた
「お前の毛を、抜く。言うまでずっと抜き続ける」
フィンは猫と無理矢理視線を合わせ、淡々とそのふざけた罰則を告げる。
……これまで日の当たる日常を生きてきた人間であるフィンに、高度な拷問スキルなど期待できようもない
故にフィンは、自身がこれまで受けてきた傷の中で、命に別状はないが苦痛は大きかった加虐を加える事を決めたのだ
『防御の遺才を持つ者が苦痛と感じた痛み』を加える事を、決めたのだ
「抜ける毛が無くなったら、次は爪を一本一本抜く。次は歯を抜く
 それでも我慢出来たら――――俺が聞きだすのは諦めて、ランゲンさんに引き渡す」
フィンの表情にいつもの快活な笑顔は無い。それは、冗談ではなく必ず有言実行をするという意志の顕れ
……だが、これでもフィンは甘いのだろう。ランゲンフェルトに引き渡すという選択肢
猫にとっての最も恐るべき結末までに、それなりの執行猶予を作っているのだから

60 :
――――ところで
フィン=ハンプティはこの戦闘において両手両足に黒鎧・フローレスを纏うという暴挙を行ったにも関わらず
これまでの様に『副作用』……肉体の内外に強烈なダメージを受けるという現象を、受けていなかった
その理由は不明であるが……マントの下に隠した右腕の先端
人間の皮膚に『戻らなくなった』、黒鎧が付いたままの右拳が、
原因を解明する鍵となっている事は、間違いないだろう
【猫の毛抜き】

61 :
スイが告げてから、少し沈黙が落ちる。
やがてフウは口を開いた。
>「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」
上が、ボルトの失踪に関与していない、これはスイにとって驚きだった。
僻地へ一課のメンバーを押し込めようとした事と、ボルトが失踪したのが同時に起こったために、安直に上が計画したことと結びつけていたのだ。
計算外だ、とスイは歯噛みする。
>「だが、吾々も手掛かりぐらいは掴んでる。
 ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。
 現場は風俗街だ、女なんか石投げればあたるほどにいるだろうが……そいつは、巨大な十字架を背負っていたそうだ」
女、十字架、そのワードを頭にたたき込む。
熱心な信者だとしても、そこまではしないだろう。
巨大な十字架を背負うという行為は、宗教の中での話として聞いたことがある。
そして次にフウは帝都から追い出した理由を語り始めた。
魔法技術の衰退を食い止めるために、元老院の編み出した策――現在遺才を持つ者を魔族化させ人と交配することにより、再び最盛期へ押し戻そうとする、そのために実験体として遊撃一課のメンバーが選ばれたという事を。
馬鹿な事を、とスイは思う。
魔法技術の衰退は既に予想できるものであった。
だがそれから目を背け、魔法に頼り切り、ほかの発展を蔑ろにした、その代償が今まさに目の前に迫っているというのに、上は未だ魔法に依存することを決定したのだ。
時が流れるにつれ、物事は次第に変化していくのは当然である。
つまりは魔法が廃れていくことも必定であったというのに。
呆れてため息も出なかった。
>「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
情報を提供していただき感謝します
それでは!」
「ああ、それと、フィラデルさんをちゃんと送り届けて欲しい」
セフィリアがフウに挨拶をする間にスイは風を使ってフウを拘束していた矢を抜きつつ、未だ路地裏にいるであろう彼女を見遣る。
>「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう
情報を共有して次に備えるべきです!」
「了解した。」
セフィリアの発案に同意し、スイはセフィリアの体を風で持ち上げ、自分も飛んだ。
「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」
【フィンさんとの合流を目指します】

62 :
保守

63 :
保守

64 :
【ヴァフティア組:『リフレクティア青果店』】
もはや懇願に近い議長の提案は、それでも一句も減衰することなく三人の遊撃課員たちへ伝播した。
しかし議長は既に確信に近い予測を得ていた。
おそらくこの願いは聞き入れられない。
失うものが多すぎるからだ。
議長は意図的に説明を省いたが――常識的に考えれば、人間をやめることのデメリットは数えるまでもない。
彼女はそれを身をもって知っている。
家族にはもう会えないし、住んでた場所にも帰れないし、友達にお別れも言えない。
『別の存在になる』という行為は、すなわちいまの自分への否定に他ならないのだから。
だから、議長は覚悟をしていた。
目の前の女三人から放たれるであろう、恐らく最大限に配慮した拒絶の言葉を聞いて。
そしたらそのままどこかへ飛んでいって闇に身を隠そう。
それで良い。しょせんはヒトと魔族、交わることのできない存在だ。
ヴァンディット達ともここで別れることになるが、化物に振り回されるよりよほど安全だろう。
そう思っていた。
故に――
「……人の幸せは……人のいる所にしかありません」
マテリアの行動は、あらゆる意味で想定の範囲外だった。
立ち上がり、近づいて、マテリアは議長を抱きしめた。
その抱擁の暖かさや、ヒトの身体の柔らかさ、全てが議長の感覚器を塞ぎ、思考を奪った。
抱き心地はよくないはずだ。ヒトの形をしていても、議長は既に人間ではない。
皮膚は硬質で、肉は堅牢――きっと鎧にハグした気分になることだろう。
しかし、しかしだ。
>「……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
 卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ」
視界の端でリフレクティアがガッツポーズしている。
それはどうでもいいが、本当にどうでもいいが、既にその料理は賞味済みだ。
確かに、塩蔵豚肉のけもの臭さと干豆の青臭さを卵黄が濾し取り、確かな『うま味』へと昇華している。
この技術は帝国にしかないものだ。他の国は食糧事情が豊かなために、保存食の調理技術が発達していない。
>「私達は、人の世界でしか生きられません。あなたもそうです。
 もし私達が魔族となって、あなたに付いていっても……きっとあなたは、その事への負い目を忘れられない。
 そして潰れてしまう。あなたが人間だから」
マテリアは知っていた。
議長は決して強い少女ではない。魔族の身体を持っていても、心はヒトと同じように悩み、痛み、悲しむ存在だ。
『相手を巻き込む』ことを前提としている彼女の提案は、はじめから破綻する未来が確定していた。
>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」
「居場所を……取り返す……」
もちろんそれは、遊撃課が帝都に帰還することを言っているのだ。
帝都への帰還。ポストに居座る遊撃二課を打破し、元老院の陰謀を打ち砕き、自分たちの存在を証明する。
それがどれだけ過酷な戦いとなり、果てしなく成功率の低い企てであるか、わからない議長ではない。
だから首を振った。

65 :
「ムリです……遊撃二課には、護国十戦鬼もいるんですよ……?元老院付きの上位騎士だって……」
護国十戦鬼の戦闘能力は、それこそこの目で見たことがない者でも常識レベルで知っている。
他ならぬ魔法立国たる帝国が、唯一の外交カードたる『最強』を証すために集められた手練達だ。
掛け値なく帝国で最も強い遺才遣いを相手取って、勝てる道理はあまりに薄い。
そんな規格外の化物連中を動員するほどに、元老院が『黎明計画』に投じた熱量は計り知れない。
それでも、遥か天を衝く現実の壁を前にして――希望を捨てない者がいた。
ファミアだ。
>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」
横でリフレクティアが「お前そんなことしてたの」と騒ぎ始めたがフィオナのひと睨みで静かになる。
そうだ。いつだってファミアは立ちはだかる全てを打ち砕いてきた。破壊してきた。
一切の遠慮もなく。微塵足りとも躊躇せず。あらゆる障害から逃げず、向かい、打倒してきた。
自分はそんな彼女の姿にこそ憧憬を覚えたのではなかったか。
(運命を、壊す)
容易いはずだ。
二百年の歴史だって、彼女はぶち壊して見せたのだ。
――たかだか構想二年の陰謀など、何を恐れることやあらん。
マテリアは、例え居場所を取り戻せなくとも傍にいると言ってくれた。
ファミアは、新しい居場所を切り拓く道を示してくれた。
そして、遊撃課最後の一人、フィオナは――
>「私は――私は、魔族になれません」
その言葉に、込められた明確な意思に、議長の肩がピクリと震えた。
魔族化への拒絶。わかりきった、覚悟済みの反応に、しかし心が揺れるのをごまかせない。
だが、紡ぐようにフィオナの唇から滑った言葉には続きがあった。
>「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」
>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」
彼女が常に右目を隠すようにして垂らしていた前髪をかきあげる。
顕になったのは、涼やかだがどこか愛嬌を残す大きな眼窩におさまる、色のない"眼"
それは盲人の霞んだ瞳でもなく、また魔族の真紅の虹彩でもない。
真っ白の瞳――何かが欠落した痕だ。
「"赤眼"の装用者――!?完全に馴染んでるのに、魔族になってない……!」
議長の驚愕と同時、カウンターの奥のリフレクティアもまた息を呑み、目を見開いた。
その表情には『驚き』はなかった……ただ、『良いのか?』という確認の意思が感じられた。
>「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
 私やレクストさんが何をしていたのか――」
何をしていたのか。
それは話を聞いただけで一から十まで理解できるほどに簡単な話ではなく。
だけれど厳然たる事実だけを切り取るならば、つまりはこういうことだった。
二年前、帝都を悪夢のどん底に突き落としたあの災厄を、三人の若者が終わらせた。
その『知られざる英雄たち』の一人こそが、遊撃課創始者のレクスト=リフレクティアであり。
――目の前で語りを終えた、右目に魔を宿す聖騎士、フィオナ="魔族殺し(デモンスローター)"=アレリイなのだ。

66 :
議長は、『魔族殺し』というコードネームを知っていた。
遺貌骸装と共にもたらされた、いくつかの情報の一つだ。
何も知らぬ新興魔族に過ぎなかった議長へ、政治の知識を与え、大陸国家の実情を教え、未来への危機感を植え付け。
『遺貌骸装』などという呪いの集積物を押し付けた連中がいる。
>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
 ゆえに、責任を取らなければなりません」
「そんな、貴女の責任じゃ……元老院は、魔族の遺した『赤眼』の尻馬に乗っているだけで……」
所詮元老院のやろうとしていることは二年前の劣化再現、二番煎じに等しい。
ということはすなわち、二年前の時点でフィオナ達が止めてくれなければ、もっと早く帝国は滅んでいたに違いないのだ。
それに、責を問うと言うのならば、彼女はずっと前から既に代償を支払っているはずだ。
右目に宿した魔が、おとなしく力だけを捧げてくれるわけがない。
視力か、魔力か。あるいはその両方を恒常的に喰われていることだろう。
しかしフィオナの真意は、彼女流の『ケリの付け方』は、そんな自罰的なものではなかった。
>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
  ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」
かつて護るために戦った彼女が、再び剣を執る理由。
――救いを必要としている者が目の前に居る。それだけだ。
 * * * * * *
>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」
「もちろん俺も混ぜろよな?
 俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
 それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
 だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
リフレクティアは立ち上がり、頭に巻いていたバンダナを解く。
一瞬だけ顕になった短髪は、すぐに覆い隠される――従士隊のトレードマークたる蒼の防刃帽に。
「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」
この。この瞬間――リフレクティア青果店は、真の意味での『遊撃一課』の前線基地となった。
二課に占領された帝都のオフィスではなく。
発足理念を体現する者達の存在拠点としてのシンボル。
付和雷同の遊撃課員『四人』の、肯定の最先だ。

67 :
「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
リフレクティアは壁に向かって声を投げる。
正確には扉。木造の分厚い扉がゆっくりと開き、そこから顔なじみの顔が挿入されてきた。
金髪に二重の碧眼。鼻筋がすらりと通っていて、形の良い顎までのラインが際立っている。
非の打ち所のない美丈夫だった。
しかし彼はその荘厳ささえ感じる美形を台無しにする勢いでにへらっと相好を崩した。
>「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。
  帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせていただいたのですが、
  ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」
「いいからとっとと入ってドア閉めろ。虫が入ってきちゃうだろーが。
 あ、看板だけ下げといて。今日はもう店じまいするからよ」
するりと猫のように入店してきたこの男のことを、人間難民の子供たちは『誰?』といった眼で見ている。
そして遊撃課の女三人も同様の怪訝な視線で彼のことを見据えていた。
それもそのはず、彼と面識があるのはこの場でリフレクティアだけだ。
「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」
ざっくばらん過ぎる紹介をして、リフレクティアはマクガバンをカウンターの傍に呼んだ。
遊撃課の実働部隊を影で支える支援職、その存在を意識する機会はあまりに少ない。
例えば事務官のフィア=フィラデルも支援職であるが、彼女と書類のやりとりこそすれ直接話したことのある者は少数だ。
遊撃課には定時勤務というものがなく、任務の都度招集されることになる。
故に、実働職と支援職の橋渡しとなる窓口は課長たるボルトしかいないのだ。
「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
 あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」
リフレクティアとてその件については隔靴掻痒の思いがある。
フィオナが銀貨を示したことで、捜査の糸が途切れていないことを分かっていつつも、
教導院時代からの友人の安否が気にならないわけがない。
ましてやリフレクティアは、二年前の災厄でボルトと共通の友人を一人喪っているのだ。
――そして。
マクガバンの登場によって、完全に意識から追い出されていた案件がひとつあった。
他ならぬ、議長の説得である。
魔族化を提案し、最後には縋るかのように問うてきた彼女。
マテリア、ファミア、フィオナの三名から思い思いの言葉を聞いた小さな魔族の少女が、何を感じ、思ったのか。
もっと心を配り、慮ってやるべきだった。
全ては後先立たぬ後悔で――状況は否応なしに彼女を置き去りにした。
 * * * * * *

68 :
 * * * * * *
最初に反応したのは、意外にもヴァンディットだった。
彼は、双眸をすうと細め、人差し指を唇に当てて周囲を見回した。
それだけで、ただならぬ様子に思うところがあったのか全員が息を詰め、声を潜める。
「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
いつもの紳士病の発作でないことは、彼の表情を見ればわかった。
わかった上で、リフレクティアも調子を落とした声で問う。
「……根拠は?」
「遺貌骸装『遠き福音』。この槍に適合した者にもたらされる副次効果だ。
 自分に"向かってくるもの"の気配を知覚する。その感覚をもとに、槍を発動させるわけだ。
 そしてその副次感覚が、この店に向かって注がれる『視線』を捉えた。
 通りすがりのチラ見じゃない、もっと濃厚で敵意に溢れた視線だ」
「聞いたことのねえ魔導具だな……でもヴィッセンが納得してる様子を見るに、信頼出来るソースみてえだ。
 "覗き屋"が誰であれ、あんまり俺達が固まって会議してるとこ見られるのは芳しくねえなあ……」
場所を変えるか、と声に出さずにひとりごちた瞬間。
副次感覚を持たないリフレクティアでさえも明確に感じ取れる一つの気配が、彼ら全員の意識をノックした。
それは――攻撃の意思!!
瞬間、リフレクティアの口を衝いて出た言葉は、『伏せろ』でも『逃げろ』でもなく。
「何かが来るぞ!対応しろッ!!」
既に身体は機動を開始していた。
三歩の踏み込みをほんの一瞬で終わらせ、腰から閃かせたるは折りたたみ式の魔導砲。
先端で輝く銀の刃が、魔を宿して鈍く光った。
「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」
発動した遺才剣術が斬撃を何十倍にも増幅させ、銀色の嵐となった刃が扉へ向けて殺到する。
同時、重厚な黒檀で拵えられた酒場の扉が――その周りの壁ごと吹っ飛び、店内へ向けて質量をぶち撒けた。
瓦礫の破片の波濤となって飛来する建材に、轟剣の刃が真正面からぶち当たり、迎撃していく。
「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」
瓦礫の礫を凌ぐリフレクティアだったが、しかし単純な物理法則が彼に防御を継続させない。
壁がぶち抜かれたのだ。家屋を支える柱ごと壁が破壊された場合、彼らのいる場所がどうなるか――想像は容易い。
「天井が落ちてくるぞ――!!」
支えを失った天井が、無数の鉄礫と共に降ってきた!!
 * * * * * *

69 :
 * * * * * *
リフレクティア青果店の存在する路地の空に、二つの物体が浮遊していた。
それは岩の塊を切り出してきたかのような外見だが、先端には細かいパーツもついている。
板状の鉄塊から伸びる、五本の小枝のようなパーツ。
人間の五指と象ったそれは、乙種ゴーレムの腕部分だ。それが二個、蒼穹に浮いている。
そこにあるのはそれだけだった。
そしてその二つの腕は、今をもってなお毎秒20発近い速度で火を吹いている。
鉄の礫を発射する、ゴーレム用の実体砲だ。
「弾が勿体ありませんな。帝国資源は有限だというのに」
それを地上から眺めるのは、不気味なほどに背の高い男だった。
爬虫類を思わせるその双眸は、破壊の申し子を静かに眺め続けている。
男には、両腕がなかった。
平服の袖は両方共が途中で縛ってあり、中が空洞であることを示している。
しかしそれでいて、口に咥えたキセルにはきちんと火が灯っていた。
両手を使わねば着火できない構造にもかかわらずだ。
「クランク9、作業進捗に遅れなし。あと20秒でリフレクティア青果店の解体工事を完了します」
街頭の時計を横目に念信器へ向けて声を入れ、男――クランク9はゆっくりと紫煙を吐いた。

【議長の説得に成功?】
【レクスト=リフレクティアが遊撃課に参戦/キリア・マクガバンと合流→お互いに自己紹介願います】
【顔合わせ終了のタイミングでリフレクティア青果店を何者かが外から砲撃。連射で店が更地になりそう】
【エネミーデータ:クランク9 ゴーレムの腕パーツを義手に使う系男子。義手を遠隔操作し、通りの影に身を潜めている】

70 :
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
 ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」
後ろ手にドアを閉めながら、キリアは緩やかに周囲を見回した。
その場にいる者の表情、纏う雰囲気から、真面目な会話の最中だったことは見て取れた。そして、思う。
――ああ、やばい。空気読めてなかったっぽいわ、これ。
と言っても、分厚い黒檀の扉に遮られて中の様子を伺えなかったので仕方がないのだが、それでもやっぱり居た堪れない。
気まずげに視線を泳がせた後に唯一の知り合いである上司へと向き直って、――とりあえず、問いを一つ。
「隅っこで待ってた方が良いですかね?」
何とも気の抜ける言葉をおずおずと告げたのだが、話の早い上司殿はそんな悠長な事を許してはくれなかった。
そんなこたどうでもいいからこっち来い、と言わんばかりの手招きを目にして苦笑すると、キリアは素直にそれに従った。
その道中に周囲に視線を巡らせる事を忘れなかったのは、まあ、うん。
情報収集を主任務とする者の面目躍如と言ったところであろう。
ええ、もちろん、当然、周囲にいらっしゃる綺麗どころに視線を奪われた訳ではないのだ。
へらりへらりと笑いながらカウンターへと足を運ぼうとして――…
一瞬。ほんの一瞬だけ、その足取りが乱れた。
その時にキリアの視界が捉えていたのは、瓶の底の如き分厚いレンズを備えた眼鏡をかけている、黒髪の少女だった。
眼鏡越しにも分かる、紅く輝く瞳。魔族の証。それに驚いた、と言うのもある。しかし、しかし、それよりも――…
様々な感情が入り乱れ、混沌と揺らいだ――どこか、そう、置き去りにされた子供にも似ている――その表情にこそ目を惹かれた。
そして、思った。もしかして自分の到着が後十分、いや、数分でも遅れていたなら、この娘、こんな顔していなかったんじゃないか、と。
……この少女の事は気に掛けておこう。
何故こんな顔をしているかは分からないが、多分、自分の間が悪いせいでこうなったのだろうから。
一秒にも満たない間だけ瞳を伏せて、その思考を胸に留め置く。その瞬間だけは、にやけた笑みを消し去って。
まあ、刹那の後にはまた、緩んだ表情で顔を塗り潰していたのだけれども。
>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
> 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」
そうこうしている内にカウンターへと辿り着くと、キリアは迷わず手近の皿に手を伸ばして、……ひょいぱく。
そんな擬音がぴったりな手の早さで摘み食いをすると、形の崩れた敬礼を行った。
「外に飛ばされっぱなしの人間にどうやって会えるんですかねぇ、ってのはさておきまして。
 ご紹介に預かりました、キリア・マクガバンです。階級は先程口にした通り、三等帝尉。
 異才を利用して、諜報から雑用まで幅広くこなしております裏方です。――まあ、以後宜しく」
併せて、おどけた調子で改めての自己紹介を済ませると、キリアは視線をリフレクティアへと合わせた。
そのまま、肩を竦める。何も分かっていません、と言う現状を表すに、それ以上に適した行動はなかっただろう。
「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
 襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」
だから情報をくださいな。
その意を籠めて、キリアは周囲を見回した。序にさっきまでの雰囲気の理由も教えてくれたら尚有難い。
手近にあった未使用のフォークを手元に引き寄せ、腹ごしらえを行いながら、キリアは暫しの情報交換に勤しんだ。

71 :
 * * * * * *
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
一通りの情報を入手し終わり、なるほどねえと――内心では頭抱えて蹲りたくなっていたのだが――頷いていたキリアであったが、
不意に放たれた言葉を耳にすると、溜息を吐き出した。
荒事最前線に支援要員送り込むとか、課長に嫌われてたんだろうか、自分?と、そんな事を思ってだ。
まあ、なんにせよ、今此処に来たばかり、事情も把握したばかりのキリアに出来る事はない。
精々邪魔にならない様にしておこう、と蚊帳の外に居る事をあっさりと受け入れて、周囲の相談を横目にしていたのだが、
脳天を突き刺すような殺気を感じた瞬間、迷うことなく地を蹴った。行き先は周囲で最も安全であろう場所――…
リフレクティアの後方である。
身体能力とかからっきしな身では、下手な避け方をしたらそれだけでRる。
一番確実なのは、盾になってくれる相手の後ろに隠れる事。であるなら、頼もしいのは轟剣士だ。
頭から飛び込む様にリフレクティアが駆け抜けていった後の空間へと滑り込み――それと同時に、扉が爆ぜた。
連続して聞こえてくるのは、これは砲声だろうか。音の大きさからして恐らくはゴーレム用の手持ち武器であろう。
しかし、それにしては妙だ。ゴーレムなんぞが接近して来ようものなら気配など隠しようがないし、
最初からその辺に待機していたと言うならば此処に来るまでに機影の一つも目に入らなければおかしい。
見てきた範囲では、周囲にゴーレムを格納しておけるような建物はなかったはず――。
>「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」
「なかったですよ! 少なくともゴーレムなんざ影も形もありませんでした! これ手持ち砲の砲声ですよね、ゴーレム用の!?」
いち早く安全地帯に逃げ込んだ事で手に入れられた余裕を思索に費やし、纏めた情報を声を張り上げて伝えながら
リフレクティアの背を見上げたキリアの視界に、見るからに傾いだ天井の姿が目に入った。
普通の女性が十人いたら三人くらいは引っ掛けられそうな、何とも微妙なハンサム顔が見る影もなく引き攣る。
そして次の瞬間、崩落を始めたそれを目にして、キリアはげんなりとしたまま、呟いた。
――あ、やべ。死んだかも。

【自己紹介と、ちょっとした情報交換。議長のただならぬ雰囲気+手に入れた情報から、少し気にする事にしました】
【砲撃に対し、リフレクティアの後方に避難。これゴーレムの武装だよね!でも外にゴーレムなんていなかったよ!と叫ぶ。
 崩落する天井には対応不可。誰か助けて状態なう】

72 :
【帝都組:3番ハードル】
地面に貼り付けにされたままのフウが語り出した情報は、事務官フィラデルをして衝撃の強いものだった。
と言うより信じられない。
魔族を人為的に増やすという背信行為もそうだが、全体的にプランが荒唐無稽すぎる。
国家最高の意思決定機関たる元老院が、こんな穴だらけの作戦に護国十戦鬼を動かしていること自体が非現実的だった。
否――。
(そこまで突飛な発想に頼らなければならないほどに、この国は追い詰められている……?)
フウの言うことを全面的に信用するならば、どれほど迂遠に演繹したとしても、そんな結論に辿り着いてしまう。
二年前の大災厄で、あるいはそれよりもずっと前から、この国は致命的な疾患を抱えていたのではないか。
フィラデルはちらと脇を見る。
フウの言葉を黙って聞いていた、セフィリアとスイ、遊撃一課の両名は、どう感じたのだろう。
国富政策の一環として、国家の犠牲になることを強要された遺才遣い達は――。
>「国家国民ののために命を差し出せというのならば差し出しましょう。
  だが、実験動物のように扱われるのは承服しかねます!」
言葉に出して異論を吠えたのはセフィリアだった。
彼女は高位の貴族出身でありながら、生まれの良さを覆してまで遊撃課へと左遷された特異な存在だ。
常に貴族たれと己に課しているがために、"個"としての自身を限りなく抑えて生きてきた。
彼女にとって自分とは、『ガルブレイズの末裔』であって『セフィリア』ではない……。
だから、帝国を衰退から救うという題目のもと発動されたこの計画に、不服はあれど甘んじて受け入れるものだと思っていた。
しかし、彼女はいま、明確に元老院の決定へ抗いの意思を示した。
封建制のこの国において、貴族が国家の命令に逆らうなど、お家取り潰しものの大罪であるにもかかわらず。
信頼していた先輩の離反。
所属していた国家からの排斥。
そして、己を縛り続けていた限界からの解放。
遊撃課配属時から書類を通して彼女を見守ってきたフィラデルには分かる。
ここへ来て、セフィリアの中に燻っていた何かが、確かに燃え上がったのだ。
胸の内で煌々と輝くその炎は、他ならぬセフィリア自身の存在証明。
>「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
 情報を提供していただき感謝します それでは!」
そうなったセフィリアはもう止まらなかった。
遊撃一課を襲撃し、命のやりとりまでしたフウをあっさりと解放し、スイへと水を向けた。
否、フウを赦したわけではなく――目の前の些事よりも、ずっと大きな目標を見つけたのだ。

73 :
>「ああ、それと、フィラデルさんをちゃんと送り届けて欲しい」
「ええ!?」
一方、フウの話を聞いたあともしかめっ面で黙考していたスイは、もっとあっけらかんとしていた。
フィラデルを殺そうとしたフウの元へ割入って戦闘になったにもかかわらず、
彼女の護衛を他ならぬフウに依頼したのだ。
これにはフィラデルも頓狂な声を上げずにはいられなかった。
それは遠くのフウも同じだったらしく、彼もまた開いた口が塞がらないといった風にフィラデルと顔を見合わせた。
そして直感した。
(単なる無条件の信頼じゃない……これは、フウに対する釘刺し……!)
現時点で、スイとセフィリアはフウを完全に上回っている。
『お前如きいつでも殺せる』と、先ほどの攻防で証明したばかりだ。
つまり、フウがフィラデルを再度殺害しようものなら今度こそスイ達は容赦をしないだろうし、
ちゃんと送り届けることを条件に見逃してやると言われれば、フウもそれに従わざるを得ない。
そうなれば、フウがこれからスイ達を追ってその動向を元老院に報告することもできないわけだ。
すなわち、スイはたった一言で元老院からの追跡を全て封じたのである。
「かあ、敵わねえな……」
フウもそれを理解したのか、苦笑を零すようにつぶやいた。
>「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう 情報を共有して次に備えるべきです!」
>「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。 
  風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」
遊撃一課の二人は、二三言のやりとりを交わしただけで、そのまま飛翔術で飛んでいってしまった。
あとに残されたのは、拘束を解かれてもなお地面にへたり込むフウと、
ずぶ濡れのまま棒を飲んだように立ち尽くすフィラデルのみであった。
「……どうして、正直に全部喋ったんですか?」
いましかないと判断したフィラデルは、憑物がとれたように脱力しているフウへ声を投げた。
フウが全て偽りなく喋った確証などどこにもなかったが、それでもフィラデルは確信していた。
彼は嘘を言っていない。何故なら喋った内容は、それが虚偽だったとしても双方になんのメリットもないものだからだ。
だからこそ、余計なことを言わないという選択肢もあったフウが全部喋ったことがフィラデルには不思議だった。
「嘘言ったって何か吾が得するわけでもないからなあー。
 情報を提供することを引き換えに命だけは助けてくれるよう無様にお願いするつもりだったってのもある」
無駄になったけどな、とフウは苦笑した。
そこでフィラデルは気付く。よくよく考えて見れば、遊撃二課は別に悪の組織でもなんでもないのだ。
単に放逐された一課の後釜として設置された、本来の遊撃課と同じ仕事を代行する集団。
そしてフウは、遊撃二課の構成員である以前に、戦う力として遺才を研鑽してきた武人である。
それにな、とフウは続けた。
「強い奴には、最大限の敬意を払うべきだろ――武人的に考えて」

74 :
 * * * * * * 
【帝都組:14番ハードル風俗街】
ランゲンフェルトが猫の拷問権をフィンに譲ったのは、殺さない自信がなかったわけではない。
もちろん彼の拷問術は家畜ではなく人間を対象としているために若干の補正は必要だが、
歴戦の悪人たる彼にかかれば猫に対しても最も苦痛を与える方法を見出すなど朝飯前だ。
本当の理由は――威力偵察に近い。
このフィンという満身創痍にして強力無比な若者が、何者であるのか。
朴訥とした物腰とは裏腹に、帝都の路面すら破壊してのけた攻撃力と、その際に見せたほんの一瞬の濃厚な敵意。
相反する二つの属性を抱えるフィンが、本当は"どっち側"の人間なのか。
拷問というわかりやすい暴力の発露を通して、それを見極めようと考えたのである。
>「とりあえず、お前さ。『ボルト課長が生きてるかどうかと、課長を襲った目的』
 『ハルシュタットさんをどこにやったか』……あと『お前の名前』を吐いてくれねぇか?
 後は……お前らの所属、と目的。『クランク』ってのが何かも聞きてぇな」
フィンはつまみ上げた猫と視線を合わせる。
それだけで猫の方は、声こそ出さなかったものの、蛇に睨まれたネズミのように竦み上がった。
うまいやり方だ。最初に要求を全て明らかにすることで、相手にこちらの真に知りたい情報を伝える。
『どこまで喋っても良いか』を検討させる余地を与えるのだ。
ランゲンフェルトの"経験"に則って言えば、この手のエージェントを拷問にかけた場合、結果は二種類に分別できる。
頑なに口を閉ざし、『最後まで』一切何も漏らさないか。
あるいは喋っても良いラインを見極め、クライアントとの契約に違反しない範囲で情報を提供してくれるかだ。
(この場合、厄介なのは前者ですな。
 一切合切を喋らないということは、自分の中で情報の重要度の区別がついていないということ。
 何もわからないからとりあえず黙っておこうとする愚者です)
だが、頑なな黙秘に際しては拷問側にも落ち度がある。
初めから『知っていることを全て話せ』と言ったのでは、相手にこちらが何も知らないと教えているようなものだ。
そうなれば、被拷問側も迂闊なことを言って相手に情報を与えないよう完全に黙ってしまうことになる。
双方の理解の食い違いから生じる、心のねじれ現象だ。
ことほど左様に、拷問とは日常会話より高度な対人コミュニケーションであるとランゲンフェルトは考える。
なによりも重要なのは、相手が何を感じ、何を求めているかを察して動けるコミュ力。
拷問業界の麒麟児と呼ばれたランゲンフェルトでさえ、ようやく上級者の領域に一歩を踏み入れたばかりなのだ。
(そこへ行くと、最終城壁氏……なかなかどうして拷問上級者ですな)
こちらの要求が明確ならば、相手はそれを基準に『喋っても良い情報』を判断できる。
何も言わずにだんまりを決め込むと言う最悪の展開に至る可能性が、これでだいぶ減った。
あと必要なのは、『喋ることのメリット』を相手に提示することだ。
これは拷問の場にあってはもはや暗黙の了解と言っても良いようなものだが、フィンは敢えて明示した。

75 :
>「とにかく、全部吐け。いいか、全部だ。もし断れば――――」
ブチィッ!と、繊維の千切れる快音が路地に響き渡った。
猫の身体がびくんびくんと痙攣する。激痛に際して悲鳴こそ上げないものの、肉体の反射を抑えきれていない。
それもそのはず、フィンは行った"メリットの提示"とは……猫の髭を一束ぶち抜くことだった。
すなわち、『喋ればこれ以上の苦痛は与えないよ』というメリット――!!
「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」
とか言いつつもランゲンフェルトはしっかり一部始終を見ていた。
猫の鼻先から生えている髭が、放射状に伸びている繊維の束がごっそり一束抜け落ちていた。
猫の髭は、虫の触角にあたる感覚器の役割を持っている。
かの獣達は、その房に風を感じて風向きや天候を判断し、空気の微かな振動から得物の動きを見る。
故に、その先端には皮膚を遥かに凌駕する感覚密度で触覚が備わっているのだ。
それを、抜かれた。一束まるごとだ。
人間にしてみれば五指を力任せに骨ごと引き千切るかの如き暴力。
そして当然と言えば当然だが、「クランク8」と名乗った襲撃者は猫と感覚を共有していたようで。
それこそ想像を絶するような苦痛に猫の中身はのたうち回っていた。
>「お前の毛を、抜く。言うまでずっと抜き続ける」
対して、フィンの反応はあくまで冷淡だった。
いっそ機械的な印象すら受ける冷ややかな言葉が、痙攣を続ける猫へと投げかけられる。
臓器を傷めない以上確かに死にはしないだろうが、死よりも酷い絶望を叩き込むのに充分過ぎる所作であった。
>「抜ける毛が無くなったら、次は爪を一本一本抜く。次は歯を抜く
 それでも我慢出来たら――――俺が聞きだすのは諦めて、ランゲンさんに引き渡す」
「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」
襲撃者にとって真に不幸だったのは、猫の身では自決も図れないことだ。
舌を噛んだところで猫の薄い舌では失血死するほど血も出ないし、喉に詰まって窒息もできない。
むしろ、ベイルアウトという緊急脱出機能があるからこそ、自決の手段を講じなくともよかったのだ。
「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
 拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」
言うと、ランゲンフェルトは羊皮紙型の仮想表接続器を展開して結界の解析を始めた。
彼は魔術師ではないが、犯罪用の魔術には精通している。
この手のオーソドックスな隔離結界の解呪程度ならば、専用の術式の助けを借りればすぐだ。
結界展開の術式媒体となっている魔導具の特定と破壊。彼からすれば勝手知ったる我が領域である。
ランゲンフェルトが背を向けて後にしたその場では、見るも無残な拷問祭りが開催されていた。

76 :
 * * * * * *
『クランク8』は、命の瀬戸際に立たされていた。
死ぬのは別に怖くない。
猫の中に入っている彼の魂は分割された一片に過ぎず、本体は安全なところに隔離されている。
例えここでクランク8が死亡しようとも、本体にはなんの影響もないのだ。
失われた魂の分だけ、体調を崩したり体力を消耗するかもしれないが、無視出来る誤差に過ぎない。
問題なのは――
(こいつ……フィン=ハンプティは!こんなにも可愛らしい猫ちゃんを拷問にかけることに躊躇がねェ!)
彼が猫の姿をとったのは、路地裏に違和感なく紛れ込める隠密性もさることながら、
愛玩動物の外見が多くの人にとって憐れみを喚起するものであると自覚していたからだ。
もっと具体的に言うと、よほど残虐な趣味の持ち主でもない限り、獣を食べるために苦しませずRことはあっても、
苦しませることを目的に危害を加え続けることはしないのが一般的だ。
そして――フィン=ハンプティがそういう嗜虐性癖の持ち主でないことは、事前の調査で明らかになっている。
(情報に間違いがあったってのか……?)
否、その可能性は低い。
クランク8たちは、開拓都市で、地底湖で、第三都市で、フィンのしてきたことを見ている。
彼が、どうしようもなくお人好しで、狂おしいほどに優しき彼が、他者の痛みに鈍感ではないことを知っている。
むしろ、他者の痛みを自分の身に引き受けることを至上の命題としているフシすらあった。
しかしいま、目の前にいる男はそれらの過去とは明確に違う。
他人の痛みに、容赦がない。
それも、殺さずに最大限の苦痛を与える方法を、誰に教わるでもなく体得している。
(聞いたことがある……日常的に自分の身体を痛めつけている者は、拷問がやたら上手いと……。
 相手をどこまで追い込んでも大丈夫か、その限界を、自分の身をもって理解しているから……!)
自分がやって一番痛かったことを、相手にそのまましてやればそれが最大の拷問になる。
その程度じゃ死にはしないことは、自分がいま生きていることで実証済みだ。
つまりフィンは、毛を毟られ爪を剥がれ歯を抜かれる痛みを知っている。
それだけの苦痛を受けてなお、誰かのために身体を張ることができる――!
「わ、分かった!言う、全部話す!!」
限界だった。クランク8は再び人間の言葉で暴挙の続きを制止した。
痛みに屈したわけではない。フィンの提示した『要求』は、喋っても致命的な情報にはならないと判断したのだ。
本当、痛みに屈したわけではないのだ。
「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
 お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
 そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」
もたもたしていると髭の二束目の安否が憚られたので、クランク8はまくし立てるように言う。
言っても問題ないことだ。むしろ、示威行動として積極的に喧伝するよう上から言われてすらいる。

77 :
「ブライヤーを襲ったのは俺さ。
 惜しかったなあ、もうちっとでとっ捕まえられたところだったんだけど、邪魔が入ってさ。
 あ、そうそう!邪魔と言えばついさっきのハルシュタットも、いきなり消えちまって困惑してるよ」
クランク8はひとつ嘘をついた。
ブライヤーを襲ったのも、ハルシュタットを襲ったのも、彼の単独によるものではない。
仲間がいて、その仲間はいまもこの近辺に潜んでいる。
『彼女』が猫の姿のクランク8を助けてくれるかどうかは微妙なところであるが――
そもそも助ける必要もないので、猫ごとハンプティを消し飛ばしてくれればそれで良い。
だからいまは、情報を提供することで時間を稼ぐことが先決。
――そして、その『時間稼ぎ』という判断は完全に間違いだった。
それを知ったのは、ランゲンフェルトが解除したらしき隔離結界が風船の弾けるように消失した瞬間だった。
「ブライヤーのときもいまも、何かコインの落ちる音がしたかと思ったら、捕獲対象の姿が突然消えてさ。
 とくにブライヤーなんか、あの深手じゃ遠くまで行けないはずなのに、現場以外には血の一滴も残ってねえの。
 こいつぁちょっとした摩訶不思議、ホラーだよな――っと、ん?」
膜が消え、隔てるもののなくなった空の向こうからだんだんと大きくなる影が見えた。
それは、高速で接近する二つ分の人影だった。
人影はまっすぐこちらへ向かって飛来し、地面すれすれで急ブレーキをかけると、ぼろぼろの石畳に軟着陸。
(増援――遊撃課の!)
クランク8は息を呑んだ。
降り立ったのは、眼鏡の女と紫髪の性別不詳。
遊撃一課のセフィリアとスイだった。情報では、二課の水使いと交戦していたはずだが……。
(水使い、やられたのか!?くそ、あっちに放っといた『魂』と同期さえできれば……)
クランク8の持っていた遺貌骸装『偏在する魂』は、諜報にこそその真価を発揮する。
何か小動物の中に魂を入れれば、本体は安全なままに情報だけをとってこれる便利な使い魔となるのだ。
しかし、分割した魂の見聞きした情報を本体が取得するには、一度回収した魂を本体と融合させる必要がある。
それは調査員の書いた報告書を後から読むようなもので、つまりはリアルタイムな情報収集には向かないということだ。
クランク8は、ベイルアウトの効かない現時点において、スイ達が何をしてきたのか詳細を知らない。
(だけどこれはチャンス――!)
クランク8は、フィンが仲間の到着に意識を向けた一瞬の隙をついて掴みを振り払った。
そのまま地面にするりと着地するが、このまま遠くへ逃げようにもスイの機動力があればすぐに捕まるだろう。
逃げてダメなら、懐へ飛び込むまで!
「ニャァァアアアン!!!」
自分でもなんでそんな声が出せたのか不思議なくらい完璧な猫の鳴き声を発しながら、
クランク8は瓦礫だらけの石畳を駆け、セフィリアの胸元へとダイブした。
傍からだと、さながら爆心地のようなこの路地で、フィンが一人で猫を拷問しているようにしか見えないだろう。
というか実際そうなのだが、猫の"中身"について知らない者からすればそれ以上の理解はない。
そんな状況で、自分の懐へ助けを求めて逃げ込んできた愛玩動物を、拷問者の元へ再び返すなどと、
そのような残酷なことが、まだ年端もいかぬ少女であるセフィリアにできるだろうか?
否、できない!と確信を持ってクランク8は行動した。飛び込んだ先は、硬かった。

【帝都組:セフィリア・フィン・スイが合流。→情報共有願います】
【クランク8:『己の所属』、『ブライヤーとハルシュタットを襲ったこと』、『両名とも邪魔が入って行方不明』を白状。 
       『自分の他にも襲撃犯がいる』ことは伏せる。一瞬の隙をついてセフィリアの懐へ逃げ込む】
【ランゲンフェルト:隔離結界を解除へ向かい、完了。そのうち戻ってきます】

78 :
>「ムリです……遊撃二課には、護国十戦鬼もいるんですよ……?元老院付きの上位騎士だって……」
抱きしめて、努めて優しく声をかける。
対して議長が零したのは、酷く現実的な諦めの言葉。
その通りかもしれない――マテリア自身も、内心ではそう思っていた。
彼女の言葉を否定し切れる程の強さは、マテリアにはない。
>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
  ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」
だけど彼女――ファミアは違う。
彼女は幼いが、それでもマテリアよりもずっと強かった。
肉体的にだけでなく、精神的にも。
やっぱり敵わないと少し引け目を感じながらも、マテリアは小さく笑みを零す。
自分には言えない言葉を、ファミアは議長に言ってくれた。それは掛け値なしに嬉しい事だった。
同時に思う。きっともう一人の彼女も同じように――
>「私は――私は、魔族になれません」
――そしてマテリアは、鼓動の跳ね上がる音を聞いた。
議長と、自分の心音を。
瞬きを、呼吸を忘れる。それ程までに信じられなかった。
彼女が、ノイファ・アイレルが、この孤独な少女を前にそんな事を言うだなんて。
>「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」
だが――続くその言葉に、マテリアの驚愕は一旦、疑問によって塗り潰される。
自分は魔族になれない。一体どういう意味なのか。
ノイファの次の言葉に、耳を傾け――
>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」
再び、先ほどとは比べ物にならない衝撃が、マテリアの思考を染め上げた。
一体何故。いや、あり得ない話ではない。
二年前に帝都に住んでいれば、身分次第だが誰もがその候補者にはなり得た。
だが、だとしたら彼女の身には何があったのか。
疑問は加速度的に分裂、増殖していく。
この混乱からは、簡単には立ち直れそうにない。
それこそ――本人の口から全ての真実を聞くまでは。
故に、マテリアはしっかりと、ノイファを見つめる。
>「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
  私やレクストさんが何をしていたのか――」
そして語られたのは――端的に言ってしまえば『歴史の裏側』だ。
街のどこか、職場のどこかで小耳に挟みそうな、現実味のない知られざる出来事。
普段なら、日常の中でなら、一笑に付してしまえる類の与太話だ。
だが――『これ』は違う。
この場の空気、ノイファの眼差し、心音、声色――その全てが、彼女の語った話が真実だと告げていた。

79 :
真実を聞けば混乱から立ち直れるだなんて、甘い考えだった。
今やマテリアの心中には幾つもの感情が、ごちゃ混ぜになって、ひしめいていた。
荒唐無稽にもほどがある、だが嘘とも思えない告白への驚愕。
一方で本当にそんな事があったのかと、頭では分かっていても、心のどこか一部で信じ切れない、一抹の不信。
けれども、もしそうだとしたら彼女の驚異的な強さも当然だという納得。
そして同時に、自分にはそんな事、絶対に出来っこないと思い知った事による劣等感と畏れ。
複雑に入り混じった答えも実体もない感情――こんなもの、処理し切れる筈がない。
>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
  ゆえに、責任を取らなければなりません」
けれども――それらをまとめて塗り潰してくれる感情も、マテリアの中には生まれていた。
彼女――フィオナには、真実を黙っているという選択肢だってあった。
議長の提案を躱すだけなら、赤眼を付けていた事を話すだけで良かった。
なのに彼女はそうしなかった。
それはきっと自分達を、信じてくれていたから。
>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
  ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」
そして――議長を心から救いたいと思ってくれたからだ。
例え同じ不幸に襲われるにしても、理由が分かっていないよりかは、分かっていた方が辛くない。
その原因を悔やんだり、恨んだり――あるいは許したり納得する事もだが――出来るからだ。
>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」
逆に言えば――彼女はその事を覚悟して、秘密を明かしたのだ。
魔族化の、黎明計画の発端として恨まれる事も、
その秘密をひた隠しにしてきた不義の輩として誹られる事も覚悟した上で。
それがマテリアには嬉しかった。
議長は、そして自分は――彼女の中で、それだけの覚悟に見合うものなのだと、認められたように思えた。
「……私は、騙されていただなんて思ってませんよ。
 今まで誰にも明かさなかった事を、言ってくれた……それはとても、嬉しい事です。
 私の方こそお願いします。私と一緒に戦って下さい。この子達を……助けて下さい」
嬉しかった。それと同時に、彼女の誠意に応えたいとも思えた。
――その高揚と、ある種の使命感が、いつの間にか議長を抱き締める腕を緩めていた。
>「もちろん俺も混ぜろよな?
  俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
  それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
  だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
>「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」
レクスト・リフレクティア――先代剣鬼の血を継ぐ者。
彼の持つ次元違いの強さはタニングラードで思い知らされている。
その彼が、二人の魔族殺しと共に戦える。
これなら戦っていける、最悪の状況を変えていけるような気がしてきた。
それにもう一つ、マテリアには心を惹かれる情報があった。
さっきフィオナが所属していると言った諜報機関の名前――『三十枚の銀貨』の事だ。
ウィットが言っていた、母が身を置いていたであろう『銀貨』と、フィオナが言ったそれは、恐らく同一のものだ。
ずっと気にかかっていた事だ。もしこのまま帝国を敵に回したら――母の足跡を追えなくなってしまうのではないかと。

80 :
だが、もうその心配もない。
むしろフィオナの秘密を知った事で、『銀貨』との距離は今までよりも縮まったくらいだ。
母がどう生きて、どう死んでいったのか、『分かる』かも知れない――高揚は収まらない。
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
と、不意にレクストが入り口の方へと声をかけた。
マテリアもそちらへ意識を向ける。確かに誰かの呼吸と鼓動が聞こえる。
いや――その『音』は、マテリアには聞き覚えがあった。
>「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。
  帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせていただいたのですが、
  ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」
「……うわっ」
思わず、そう声が漏れた。
女性特有の、好意の対象でない男に向ける冷たい声色、態度だ。
>「いいからとっとと入ってドア閉めろ。虫が入ってきちゃうだろーが。
 あ、看板だけ下げといて。今日はもう店じまいするからよ」
>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」
「……いえ、私はありますよ。会った事。そっちが覚えているかは知りませんけど」
それでも情報伝達は正確に――大層不服そうな訂正。
マテリアとキリアは左遷前、同じ帝国陸軍に所属していた。
二人の接点は、諜報任務における同行が主だった。
マテリアの遺才は、現在進行形での敵の動向や防衛機密、また一個人の言動の傾向を盗聴出来る。
彼女自身の技能や得手とする術式も、強行偵察に向いている。
その性質上、マテリアはキリアが本領を発揮するまでの足掛かりとして適任だった。
つまり彼が演じるべき人物の下調べや、彼を任務地まで誘導する係として。
自分が天才である事への自信に満ちていた頃のマテリアにとって、それはあまり歓迎出来る事ではなかった。
>「外に飛ばされっぱなしの人間にどうやって会えるんですかねぇ、ってのはさておきまして。
 ご紹介に預かりました、キリア・マクガバンです。階級は先程口にした通り、三等帝尉。
 異才を利用して、諜報から雑用まで幅広くこなしております裏方です。――まあ、以後宜しく」
が、何もそればかりが、マテリアの態度の原因ではない。
「優秀ですよ、彼は。
 人を欺く為の鋭い知性、静かな豪胆さ、容赦のなさ……そして才能を兼ね備えています。
 それを味方にまで向けてしまうのが、玉に瑕でしたがね。……左遷もそれが原因ですか?」
高い評価、だが刺のある補足と質問。
キリア・マクガバンは、しばしば己の遺才を悪用する事がある――と言われている。
大抵の場合は窃盗や――セクハラの為に。
マテリア自身が被害を受けた覚えはないし、あくまで噂の域を出ない。
が、それにしては噂の量が多すぎる。
天才としての序列などよりも、むしろこちらの方が、彼を好きになれない理由としては大きかった。

81 :
>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
  あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」
>「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
  襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」
「……あなたの遺才は、機密と陰謀の天敵ですからね。
 真っ先に狙われると踏んで、安全な所に隔離したかったのかもしれません」
『虚栄』――自分を相手の上司だと思い込ませる遺才。
どんな機密も陰謀も、キリアの手に掛かれば全て暴かれてしまう危険性がある。
裏を返せば、彼はこの状況をぶち壊してしまえる切り札にもなり得る。
だからボルトはいち早く、最も信頼出来る友人の元に彼を預けたのかもしれない。
ともあれ――キリアの事は相変わらず好きになれないが、分からない事だらけの今、彼と合流出来た事は大きい。
黎明計画と遺貌骸装、この二つの情報を持っている議長を確保する為の刺客を、元老院は送ってくるに違いない。
そこから真実と勝機へ繋がる糸を、キリアなら手繰り寄せられる。
(……でも、そう言えば、この遺貌骸装。これも元老院が絡んでいると思ってたけど……。
 黎明計画が政府の腹案なら、これは?
 純度の高い次世代を作る黎明計画と、遺才を物に留める遺貌骸装は、方向性が一致しない。
 最低でも現在の魔法水準を維持する為のサブプランって事?
 ……一応、この子に確認しておいた方がいいかもしれない)
それにもう一つ、聞きたい事もある。とても大事な事だ。
マテリアが議長に声を掛ける。
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
――その直前に、ヴァンディットが不意にそう言った。
いつものように浮ついていない、真剣な声色だ。
>「……根拠は?」
>「遺貌骸装『遠き福音』。この槍に適合した者にもたらされる副次効果だ。
  自分に"向かってくるもの"の気配を知覚する。その感覚をもとに、槍を発動させるわけだ。
  そしてその副次感覚が、この店に向かって注がれる『視線』を捉えた。
  通りすがりのチラ見じゃない、もっと濃厚で敵意に溢れた視線だ」
そんな効果があったのか、とマテリアは腰に差した穂先を見る。
つまり彼の話を聞くに『遠き福音』は、聴覚と視覚――知覚情報に関する遺才を司っているようだ。
確かにそう考えれば、情報系の魔術を得手とする自分が使用出来た理由も、
そして聴覚情報だけに特化した自分の血が反発した理由も理解出来た。
(……だとしたら、私にその副次感覚は宿らない……のかな?
 でも、その方がいいよね。あんまり色々知覚出来ても、音が濁っちゃいそうだし)
>「聞いたことのねえ魔導具だな……でもヴィッセンが納得してる様子を見るに、信頼出来るソースみてえだ。
  "覗き屋"が誰であれ、あんまり俺達が固まって会議してるとこ見られるのは芳しくねえなあ……」
場所を変えるかとレクストが呟く。
「……相手が一人なら、今の内に叩いてしまうのも手じゃないですか?
 この子達と合流した事は、隠しておいて損はないと――」
対してマテリアは提案を返し――だが彼女がそれを言い終えるよりも早く、状況は動いた。
心臓を鷲掴みにされるかのような痛烈な殺意――反射的に重心を落とし、両手を耳に添えた。

82 :
>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」
聞こえる。
上空から大気を切り裂き何かが降り注ぐ音。
絶え間なく炸裂する砲火の音が。
一瞬の内に理解出来た。この攻撃は、自分では対処出来ない。
>「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」
故にマテリアが最初に取った行動は、議長を庇う事だった。
肉体的な強度で言えば議長の方がずっと上だ。
だがそれでも、この子は守ってあげなきゃいけない――その一心での行動だった。
>「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」
>「なかったですよ! 少なくともゴーレムなんざ影も形もありませんでした! これ手持ち砲の砲声ですよね、ゴーレム用の!?」
「それにこの射角……一体いつまで撃ち続けられるんですか!
 これだけの火力、甲種じゃ出せない……。
 けど乙種ゴーレムをこんなに長時間滞空させられるなんて、あり得ないですよ!」
重い物を飛ばすには大きな力がいる。
そしてその状態を維持するのは、とても難しい事だ。
それは至極当たり前の事実で、魔術を用いる際にも同じ事が言える。
卓越したゴーレム乗りなら反発術式を用いて三次元的な機動が出来る。
が、それでも一時的な滞空や単純な方向転換が精一杯。
天才的な操縦技術を持つセフィリアですら、
外部の術式――結界壁を利用しなければゴーレムの滞空状態を維持するなんて事は出来ないのだ。
音の具合から、砲撃は間違いなくこの街、この路地の上空から行われている。
一体どうやって――右手を耳に当て、聴覚に意識を集中させる。
音を聞いて理解出来る事ではないかもしれないが、マテリアに出来る事はそれしかないのだ。
まずは――せめて敵の正確な位置を。そう思い、砲撃音の反響から索敵を行い――
(……見つけた!けど……これは、ゴーレムじゃ……ない?)

83 :
音の反射によって浮き彫りになったのは、明らかにゴーレムとは異なる形状の何かだった。
激しい砲撃の中では正確な形状を聞き取れないが、大まかに言えばそれは――
(……筒?だとしたら……乙種ゴーレム用の火砲だけを上空に?
 確かに……それなら滞空の難易度も落ちる。代わりに操縦は遠隔操作が必要になるけど……
 ……だとしたら、操縦者はヴァンディット君の言っていた『覗き屋』……?)
>「天井が落ちてくるぞ――!!」
切迫した声色、警告――身体が強張る。
だが、やはり自分には何も出来ない。
そして――二人なら、絶対に何とかしてくれる。
「――聞こえました!リフレクティアさんの真正面!角度は五十!
 その先にゴーレムの火砲だけが滞空して、砲撃してきています!」
だからマテリアは臆さずに、そう叫ぶ事が出来た。
しかし、まだだ。まだ出来る事はある。
超聴覚は依然として発動し続けていた。
音が聞こえる。風の流れ、草葉の揺らぎ、一般人の喧騒や驚嘆の声、虫や鳥の鳴き声。
――その無数の雑音の中からもう一つ、探すべきものがある。
『――――――リフレクティア青果店の解体工事を――――』
――聞こえた。
選択的注意だ。
人間は無意識の内に、自分に関係のある音を鮮明に聞き取れるようになっている。
(だから聞こえた。今確かに、リフレクティア青果店の解体と――!)
右手を耳から口元へ――深く息を吸い込み、
「対地砲撃の……お返しです――!!」
腹の底から叫び上げる。
その大声を遺才によって増幅、制御――声の聞こえた路地に向かって打ち込んだ。

【反響定位で上空の筒?火砲?を観測→位置報告
 襲撃者がいると思しき地点に音の爆撃】

84 :
いまだ議長を抱きしめたままのマテリアとファミアの目が合って、お互いに小さな小さな笑みを交わし合いました。
意味はそれぞれに少し違うけれど、突き詰めればそれが議長に対する好意からのものであることは一致しているはずです。
しかしその笑みを、ノイファの言葉が凍らせました。
>「私は――私は、魔族になれません」
この上なく明確な拒絶。
口になにか含んでいたら間違いなく吹き出していたことでしょう。
ファミアはうわー言っちゃったよこの人とでもいうような視線をノイファに向けました。
しかし、よく考えれば自分も明言はしていないだけで拒絶の意志を見せていたのではなかろうか、
いやでもこう言ってはなんだけれど魔族化はしたくないし……
などと、だいぶん不実なことを考えてるファミアをよそにノイファは言葉を続けます。
>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」
言いながら見せた瞳に色はなし。
感情が浮かんでいない、という比喩ではなく文字通りに真っ白でした。
赤眼。
装着したものをほぼ例外なく魔族へと化さしめ、
帝都に比喩としての地獄をもたらした忌むべき魔導具。
>「"赤眼"の装用者――!?完全に馴染んでるのに、魔族になってない……!」
議長の驚嘆の声が示すようにそれはありえないといってしまって良いことでした。
当時はまだ故郷に居たファミアは赤眼の使用に伴う効果、その数少ない例外の結末は死であったと伝え聞いていました。
それも嘘ではなかったけれど、他にも"例"は存在したようです。
――自分が似たようなものだということまでは、もちろんファミアは知らないのですが。
そしてノイファは、世には伏せられた二年前の真実について語り始めました。
それは、帝国側の視点だけで言うならば黎明計画の拡大版。
というより、二年前の計画を縮小して適正な規模にしたものが今回の企てなのでしょう。
続けて、その大風呂敷をたたんだ経緯と、それ以降の動向についても。
>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
> ゆえに、責任を取らなければなりません」
>「そんな、貴女の責任じゃ……元老院は、魔族の遺した『赤眼』の尻馬に乗っているだけで……」
議長の言うとおりだとファミアは考えました。
それどころか、むしろこちらが礼を言わなければいけないくらいのことです。
良くて帝国中枢の壊滅、悪ければ大陸世界全てに累の及んだ事件を阻止したのですから。
しかしファミアが議長に口添えをするよりも早く、ノイファは毅然として議長に言い放ちました。
>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
> ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」
それからマテリアとファミアにも。
>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
> "遊撃課"の一員として」
>「もちろん俺も混ぜろよな?
> 俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
> それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
> だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
いたずらを思いついた子どものような顔のレクストもそこに加わりました。
もちろんファミアは否とは口にしません。
まあ、事態の急転について行ききれなくて言葉が出ないだけなのかもしれませんが、それはともかく、
戦力的に考えれば魔族殺しの助力を断る理由はありませんし――情緒的には、言うまでもないことですね。

85 :
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
>「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
> ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」
話にひとまずの区切り(といっても「みんなで頑張ろう」程度のことでしたが)がついたところで、
不意にレクストが戸に声をかけました。
応えて現れた人物は顔立ちは整っているもののどこかだらしない印象の男性。
その口ぶりも見た目のとおりといったところ。
レクストはその青年に中に入るよう促して、それから素性を課員に説明してくれました。
>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
> 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」
「そうでしたか、お初にお目にかかります、マクガバン三尉」
ようやく脳が追いついてきたファミアは、まずきちんとご挨拶。
どうやらマテリアには一応の面識と、含むところがあるようですが……。
>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
> あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」
>「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
> 襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」
現状認識について尋ねるレクストと答えるキリア。
キリアは外向きの情報を集めているうちに内向きからは遠ざかってしまったようで、最低限の情報しかないようです。
一同は「何」と「どうして」に関して軽くキリアに説明しました。
とりあえずの共通理解を得たところで今度はこちらから質問です。
「あのう、マクガバン三尉。三尉が受け取った手紙の投函日や差出人についてなのですが……」
そう、キリアは手紙の指示によってリフレクティア青果店へやって来たのです。
ではその手紙は誰が、いつ出したものか――
これもまた元老院の罠ではないかという懸念が浮かんでくるのも無理のないことです。
何せなんの情報もないのですから、キリアはそのとおりに行動するしかありません。
労せずして黎明計画の素体が一つ増やせるわけです。
一方で課長からのものであるならば、次は日付が問題になります。
襲撃されたと思われる日より前であれば、安否確認には役に立ちません。
死体が見つからなかったということは、埋められるなり燃やされるなりして証拠を隠滅された可能性が出てきます。
ですが、もしもそれより後の日付であれば、それは手紙をしたためられる程度の状態ではあることの証左です。
――それ以外の誰か、の可能性にはファミアもさすがに考えが及びませんでした。

86 :
しかしファミアが返答を受け取るより先に、ヴァンディットの声が事態のさらなる転変を告げました。
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
ファミアはさっきの変な子がいったい真面目くさって何を言い出すんだろうか、と比較的失礼なことを考えました。
しかしその表情は真剣。少なくともレクストがそれを目にして発言の根拠を尋ねる程度には。
そして店に入ってから何度目かの質疑応答が終了した次の瞬間――
>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」
声に対して即座にあるいは自らを、あるいは他者を庇う課員。
ファミアも手近に居た人間難民の少年少女をまとめて数人抱きかかえると、床材を粉砕しながら跳躍。
背中でカウンターをぶち破ってレクストの背後へその子たちを押し込みました。
そしてその直後、店内に鉄の豪雨が降り注ぎました。
みんな声を張り上げて会話をしていますが、床にべたりと伏せているおかげでほとんど聞こえません。
発射、破壊、迎撃の音はそれほどのものでしたが、少なくともレクストが何を言いたいかは大体理解出来ました。
亀裂が走り、見る間にそれが大きくなっていく天井を見上げて言う台詞なんていくつもないでしょうから。
>「――聞こえました!リフレクティアさんの真正面!角度は五十!
> その先にゴーレムの火砲だけが滞空して、砲撃してきています!」
これほどの騒音の中でもマテリアの声は常と変わらず耳に届きます。
さすが魔笛の奏者、「制圧射撃を受けている時となりにいてほしい人ランキング」があれば確実に一位か二位でしょう。
敵の位置がわかった以上、やることは一つ、叩き落として安全確保です。
ファミアは素早く高姿勢匍匐でカウンターに近づき、天板を一撃でひっぺがしました。
上司の実家でもまったく遠慮はありません。
ここでファミアが遠慮したところで襲撃者の手間がかすかに増える程度のことですしね。
素材は黒檀か色の濃い紫檀か。どちらにせよなかなか綺麗でとても重くてひどく頑丈な木材です。
ファミアは自分の身長を超えるそれを、間髪入れずマテリアの告げてくれた方角へ投げつけました。
回転しながら飛翔するカウンターは崩落しかけた屋根を内から外へ剥けて吹き飛ばして、宙へ浮かぶ砲へと一直線。
当たるか迎撃されるか避けられるかは定かではありませんが、とりあえず屋根の下敷きという事態は打ち砕いてくれたようです。
【ジャベリン発射】

87 :
>「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。 
  風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」
「もちろんです!」
スイの提案にのり、風で風俗街を目指すことになる
足で歩くよりもはるかに早く、公共機関を使う必要もなく
まったく便利なものだなとセフィリアは思う
自身の遺才には無いものを羨ましく思う
セフィリアは常に強さというものを追いかけてきた
これまで多種多様な遺才を見てきたがその思いは強くなるばかりだった
しかし、いまはその思いよりも強いものがある
元老院許すまじ……
プライドど信念の塊であるセフィリアはそれを傷つけられることをひどく憤りを持つ
清濁併せ呑むことも貴族としての常ではあるが、貴族でありながら貴族の現実とは程遠いところで育った
彼女は濁を知ることはなかった
貴族であるセフィリアなら正式な手順を踏めば公的な抗議もできる
もっとも、この状況下では黙殺されるのが落ちだろう、それが例えガルブレイズ家当主のセフィリアの父であってもだ
武力行使は最終段階であるという考えがあった
すでに遊撃2課とことを構えているのになにをと思うかもしれないが
元老院の意図はどうであれ、現在は遊撃課同士の内輪揉めという風に処理されているであろう
一連の騒動、しかし、元老院に対して直接ことを起こす段階に進めばどうなるかは全くわからなくなる
貴族として騎士としてセフィリアの信念からして元老院に歯向かうというのは非常に重大かつ深刻なことである
しかしながら、それを自身で肯定する考えもまたセフィリアの中で芽生えつつあった

88 :
帝国を間違った方向へ導いてはいけない……
国家の将来を憂いているあいだにフウによる風の特急飛行は終わりをつげ
帝都の誇る歓楽街にやってきた
先ほどまでいた官公庁が立ち並ぶ3番ハードルの道路とは打って変わって
全く掃除の行き届いていない道路へと足をおろした
ハンプティさんはどこだろうと探す手間は取ることはなかった
上空からスイがフィンを補足し、そのそばに降り立ったのだ
さすがは元傭兵、目がいいと感心する
フィンの姿を確認し、特にこれといった怪我は無い様子に安堵する
と、同時に視界の端を高速で移動するなにかを見つけた
それが胸に飛び込んで来た時にそれが猫だと認識出来た
みた感じではヒゲがない、フィンの手には恐らくこのネコのものであろうヒゲが握られている
フィンがこのネコのヒゲを抜いたということはすぐにでも察しがついた
明らかなネコの虐待である
このネコからは「この可愛い僕をあの人がいじめるの!助けて!」っと訴えているように見えるのは明白だ
「ハンプティさん!こんな可愛い猫さんをいじめるなんてひどいですよ!」というリアクションを期待したのだろう
年若い少女の胸に飛び込んだのは正解、最適解、ベストな選択と言ってよかった
ただ最後の2択を間違えた
胸に飛び込むべきはセフィリアでなくスイだった……
「の、ノラ猫!汚い!」
貴族の子女が泥だらけの小汚いねこに飛びつかれた場合の正しい反応だろう
振り払ったネコは無様にも地面に落ちた
「……ごほん、それではハンプティさん情報の交換をいたしましょうか」
取り乱したことを取り繕うかのような咳のあとフウの出した情報をフィンに話し始めた
「ハンプティさんは課長の足取りをつかめましたでしょうか?」
【フィンにフウから入手した情報を話す ネコは拒絶 フィンに課長の足取りを聞く】

89 :
>「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」
>「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」
(……言い訳してぇ。全力で、言い訳してぇっ!!)
敵である猫を前にしてあくまで無表情。
淡々とした様子を崩さないフィンであったが……よく見ると、その口元は微妙に引き攣っていた。
先程も述べた事ではあるが、フィン=ハンプティという青年の感性は
歪んだ部分や異常な部分もあるが、一般常識という面で見れば極めて「まとも」なのである。
であるが故に、必要であるとはいえ、どう見ても可愛らしい猫である敵に加虐を加えている姿を見られ
あまつさえ悪鬼羅刹であるかの様に言われるのは――――なんというか、胃が痛かった。
>「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
>拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」
「……あ、ああ。頼むぜ、ランゲンさん。俺は、こいつが吐いてくれるまで『作業』を続けないといけないからな」
それでも、自分が本気である事を見せる為に無表情を貫かざるを得ないフィンは
内面の葛藤を押し殺し、敵への拷問じみた質疑応答を続ける
――――恐らく、この情報収集は長期戦になる事だろう
敵は、異常な魔道具を用いる謎の集団の構成員だ
その口は堅く、生半可な事では組織のしっぽを見せる情報すら吐く事はn
>「わ、分かった!言う、全部話す!!」
「!?」
……訂正。敵である猫は、割と簡単にゲロった。
いかなフィンが自身も知り得ぬ拷問スキルを発揮したとはいえ、
加虐を加えたフィンの方が驚く程の短期決戦であった。
>「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
>お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
>そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」
「……それが本当だとしたら、随分と俺達に突っかかってきやがる組織じゃねぇか」
そして猫――カーターの吐いた言葉は、更に驚くべきものであった。
何故ならば、彼の語る内容が事実だとすれば……彼の所属するクランクを名乗る者達が所属する組織は
遊撃一課が創設したその当初からずっとその傍で、まるで影の様に暗躍していたという事になるのだから
クランク達が暗躍する所に遊撃課が迷い込んだのか、或いは遊撃課の任務先を狙い澄ましてクランク達が現れたのか
それはフィンには知る由が無い。だが、それぞれの場所で引き起こされた事件。その規模を考えれば
クランクと名乗る者達の組織が、単なる小悪党の集まりでない事はフィンでも容易に想像が出来る
動揺こそ見せないが、見えてきた敵の大きさにフィンは内心で歯噛みする。

90 :
【orz ミスりました。訂正版です】
>「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」
>「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」
(……言い訳してぇ。全力で、言い訳してぇっ!!)
敵である猫を前にしてあくまで無表情。
淡々とした様子を崩さないフィンであったが……よく見ると、その口元は微妙に引き攣っていた。
先程も述べた事ではあるが、フィン=ハンプティという青年の感性は
歪んだ部分や異常な部分もあるが、一般常識という面で見れば極めて「まとも」なのである。
であるが故に、必要であるとはいえ、どう見ても可愛らしい猫である敵に加虐を加えている姿を見られ
あまつさえ悪鬼羅刹であるかの様に言われるのは――――なんというか、胃が痛かった。
>「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
>拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」
「……あ、ああ。頼むぜ、ランゲンさん。俺は、こいつが吐いてくれるまで『作業』を続けないといけないからな」
それでも、自分が本気である事を見せる為に無表情を貫かざるを得ないフィンは
内面の葛藤を押し殺し、敵への拷問じみた質疑応答を続ける
――――恐らく、この情報収集は長期戦になる事だろう
敵は、異常な魔道具を用いる謎の集団の構成員だ
その口は堅く、生半可な事では組織のしっぽを見せる情報すら吐く事はn
>「わ、分かった!言う、全部話す!!」
「!?」
……訂正。敵である猫は、割と簡単にゲロった。
いかなフィンが自身も知り得ぬ拷問スキルを発揮したとはいえ、
加虐を加えたフィンの方が驚く程の短期決戦であった。
>「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
>お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
>そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」
「……また『クランク』かよ。随分と俺達に突っかかってきやがる組織じゃねぇか」
猫――カーターの吐いた言葉は、更に驚くべきものであった。
何故ならば、彼の語る内容が事実だとすれば……今度の事件にもまた、
これまで散々煮え湯を飲まされてきた、クランクを名乗る者達の組織が関わっているというのだから
遊撃一課が創設したその当初からずっとその傍で、まるで影の様に暗躍し騒動を起こしてきた【クランク】
クランク達が暗躍する所に遊撃課が迷い込んだのか、或いは遊撃課の任務先を狙い澄ましてクランク達が現れたのか
それはフィンには知る由が無い。だが、それぞれの場所で引き起こされた事件。その規模を考えれば
彼らのの組織が、単なる小悪党の集まりでない事はフィンでも容易に想像が出来る
動揺こそ見せないが、見えてきた敵の大きさにフィンは内心で歯噛みする。

91 :
>「ブライヤーを襲ったのは俺さ。
>惜しかったなあ、もうちっとでとっ捕まえられたところだったんだけど、邪魔が入ってさ。
>あ、そうそう!邪魔と言えばついさっきのハルシュタットも、いきなり消えちまって困惑してるよ」
「……」
そして、カーターは更に続ける。フィンの問いに対する解答。ボルトの行方についての話を。
自身が襲ったと、そう明言する。
あえて挑発する様な響きであるのは、何かしらの目的や算段あっての事だったのであろう
――――だが、しかし。
カーターはこの時、大きく選択肢を間違えた。
例え何が目的であろうと、その解答はするべきではなかった。
良識人である筈のフィンが、何の為に猫に拷問じみた加虐を加える様な真似までしたのかを、よく考えるべきであった。
「ああ……そうか。お前だったのかよ。ボルト課長を……俺の仲間を傷つけたのは」
カーターをその手に持ったまま呟くフィン。
その呟きは、先程までの様に淡々としたものではない。
どこまでも冷たく、それでいて煮え滾る何かを孕んだ声であった。
カーターは気づいていない様であったが、いつの間にかフィンの両目は赤く染まっていた。
瞳ではなく、眼球が。白から薄い赤色へと色を変えていた。
マントに包まれた右腕と、人の姿を保ったままの左腕……その両方に無意識に力が込められていく。
もしもカーターがボルトの無事を示唆する発言をしていなければ、
あるいはこのままの状況が続いていれば、恐らくは不幸な結末が訪れる事となっていたのであろう。
カーターとフィン、その双方に。
だが、幸運な事に――――今回は「そう」ならなかった。何故ならば
「あ……セフィリアと、スイか?」
フィンにとっての大切な物。自分の意志で守りたいと思う者達の姿を、見る事が叶ったから。
……二人の姿を見たフィンは、毒気が抜かれた様に尋常ならざる気配を霧散させ、更に眼球の赤化も消え去っていた。
そして

92 :
>「ニャァァアアアン!!!」
気が緩んだ事で腕の力も緩んだのであろう。呆けたフィンの腕から、カーターが飛び出していった
なんか物凄いクオリティの猫の鳴きまねをして
「なっ……駄目だ!そいつを!!」
我に返り叫ぶフィン。だが……初動が遅れたが故に、間に合わない。
カーターは、真っ直ぐにセフィリアの胸へと飛び込み――――
>「の、ノラ猫!汚い!」
「えー……?」
ズザァ、と。地面をスライディングする羽目となっていた。
セフィリアの全力で貴族的な行動は、元貴族であり貴族に対してある程度の理解があるフィンでさえ
唖然とするものだったのだから、実際にその仕打ちを受けたカーターは余計に訳が判らなかった事であろう
>「……ごほん、それではハンプティさん情報の交換をいたしましょうか」
そして、その主犯である取り繕うように可愛らしく咳をした後、情報の交換を求めてくるセフィリアに
フィンがとっさに答えられた事と言えば
「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」
その程度の事でしかなかった

93 :
―――――
「……なんだ、それ。いい年した大人が揃いも揃って、そんなふざけた計画実行しようとしてるってのか?」
「そんな計画の為に俺の仲間を傷つけて、十戦鬼まで動かして……」
「ひょっとして、元老院の奴らってのは……どうしようもなく馬鹿なのか?」
セフィリアの話……遊撃二課の一員から聞き出したという元老院の計画に、
フィンは嫌悪を隠すことなく、真っ直ぐな罵倒を吐き出した。
あまりにストレートな罵倒であるのは、言いたいことが多すぎて逆に言い表せなかったが故だろう
「……何かを強くしたいなら、変えるべきは『そこ』じゃねぇだろ。んな事、俺だって知ってるぜ」
左手で髪をガシガシと掻くと、フィンは大きく息を吐く
そして、どこか疲れた様子でセフィリアとスイを一度づつ眺め見ると
「そんじゃあ、次は俺の番だな。まず結論から言うと――――ボルト課長は生きてる可能性が高い」
そうして、フィンは語りだす。自身が手に入れた情報を。
・・・
ランゲンフェルトやハルシュタットとの出会いから始まり、
クランクを名乗る者達が所属する組織の存在、敵の保有していた謎の魔道具、
その他にも、カーターから絞り出した情報を余す事無く話したフィンは
「……で、情報は手に入れたけどよ。二人はここからどう動くべきだと思う?
 俺としては、さっきの話の中で思い浮かんだ――――多分、課長を土壇場で救出した奴に接触したい所なんだけどよ」
二人に対し今後の方針についての問いと、自身の希望を述べる。
彼が脳裏に思い浮かべるのは、カーターが語ったコインと共に課長が消えたという話。
……実に不可思議な現象であるが、フィンにはその現象に対して思い当たる節があった様だ。
「けどまあ、俺のはあくまで推測で希望だからな。二人が最適だと思う行動予定を教えてくれ
 ……こういう頭使う事は苦手だから、多分お前らの方がいい答えを出せると思う」
湖の情景と、一人の少女の影を思い浮かべながら、フィンは二人の提案を待つ。
【フィン:情報交換 コインと課長の入れ替わりに関して気になる人物あり】

94 :
フィンの姿を見つけ、彼の近くにセフィリアと共に着地する。
ぶわりと地面を叩いた風の残滓が、僅かに服をはためかせた。
>「ニャァァアアアン!!!」
と同時に、フィンの手から逃れた猫が、セフィリアの元へ向かって飛ぶ。
しかし、その猫は彼女のあっさりとした拒絶に無様に地面を滑るという結果になった。
恐らく助けを求めて飛んだのだろうが、この結果になったことは少なからずスイは同情する。
>「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」
「ん、あ、あぁ…」
スイにとっては単なる猫だが、フィンがそう言うという事はかなり重要な情報を持つのだろうか。
衝撃のせいで転がったまま動かない猫の首根っこを遠慮無く掴み、まじまじと検分する。
やはり、ただの猫だなと首をひねりつつ何時ぞや調達した糸で、猫を縛った。
セフィリアとフィンの情報を聞きつつ、縛りをきつくしたり緩めたりと軽く遊ぶ。
情報はこうだ。
まずスイ達が回収してきた元老院側の情報。つまりは『黎明計画』に関するもの。
対してフィンはボルトの事に関する詳細な情報だった。
しかし、犯人は今縛っている猫だという。
フウの提示した十字架を背負った女と合致しない。
又、ボルトはコインと共に襲撃現場から消えた、という話も気になった。
自分の直感が間違っていなければ、スイは一度その能力の持ち主と戦った事がある。
>「……で、情報は手に入れたけどよ。二人はここからどう動くべきだと思う?
 俺としては、さっきの話の中で思い浮かんだ――――多分、課長を土壇場で救出した奴に接触したい所なんだけどよ」
>「けどまあ、俺のはあくまで推測で希望だからな。二人が最適だと思う行動予定を教えてくれ
 ……こういう頭使う事は苦手だから、多分お前らの方がいい答えを出せると思う」
スイは少し間を置いてから、口を開いた。
「俺も、フィンさんの意見には賛成だ。恐らくフィンさんの想像している人物と、俺の想像している人物は一緒だ。
 それに、先ほど聞いたフウの話――十字架を背負った女も気になる。」
一度言葉を切って、セフィリアの方をちらりと見る。
「『黎明計画』の方も確かに気になるが…、実験場所としてヴァフティアがあるという事は、その詳細は恐らくフィオナさんたちが掴んでいるはずだ。今はあちらに任せよう。」
この場において二つのことを同時に行うのはリスクが高い。
どちらか一つに絞った方がいいのでは無いか、スイはそう提案した。
【フィンさんの意見に賛同。】

95 :
保守

96 :
自身に突き刺さる無数の視線。
息を呑み込む音すらはっきりと聞こえる静寂。
その一切を、フィオナは微動だにせず受け止めていた。
恨み辛みを浴びせられるなら、まだマシだ。
ひょっとしたら、状況の変化に追い付けず狂を発したのでは、と思われているかもしれない。
だが、そう思われたとしても仕方のないことだろう。
それ程に、帝国上層部が行った情報封鎖は徹底していたし、何より"帝都大強襲"というある種の災害が残した爪痕は、
水面下で行われていた計画を隠蔽するのに十分だったからだ。
空気が重い。永遠とも思える時間を、ただじっと待ち続けた。
握りしめた掌が、じわりと熱を生む。
>「……私は、騙されていただなんて思ってませんよ。
  今まで誰にも明かさなかった事を、言ってくれた……それはとても、嬉しい事です。
  私の方こそお願いします。私と一緒に戦って下さい。この子達を……助けて下さい」
最初に静寂を打ち破ったのはマテリアだった。
予想もしていなかった言葉に、思わず仲間の顔をまじまじと見つめ返す。
不義だと謗られるのは覚悟していた。許されるなど思ってもいなかった。
それでもマテリアは、ファミアは、そんな自分に許しを与えてくれた。
今の自分は、おそらくとても間抜けな顔をしていることだろう。
ろれつの回らない感謝の言葉を繰り返しながら、慌てて両目を拭う。
>「もちろん俺も混ぜろよな?
  俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
  それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
  だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
立ち上がったレクストがそこに続く。あふれる程の自身に満ちた、ひどく懐かしい声色だ。
バンダナを解き、防刃帽を被る彼と視線が絡む。自然と笑みがこぼれた。
この素晴らしい仲間たちは、自分などより余程強い。心の底からそう思う。
同僚として長く同じ死線を潜ってきたが、初めて、本当の意味で、遊撃課の一員になれた気がした。
>「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」
大見得を切りながら、レクストが言い放った。
ならば、返す言葉は決まっている。
「ええ、お帰りなさい。そして皆さん、改めてよろしくお願いします」

97 :
こうしてリフレクティア青果店に四人の遊撃課員が揃った。
ただの四人ではない。大陸最強国家である帝国の、その中でも最上位の連中が張り巡らせた陰謀を砕く精鋭だ。
そしてもちろん動いているのはこの場に居る四人だけではない。
喉元である帝都に潜伏した三人の仲間もそうだし、きっと他にも動いている者は居る。
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
実際すぐ近くに居たらしい。
レクストが壁に向かって声をかけ、応えるように一人の男が扉をくぐる。
今や遊撃一課の前線基地となった青果店に現れたのは、荒事とはとんと無縁そうな美丈夫。
しかも生半可な美形ではない。波打つ金髪は鮮やかに、深い碧色の目元は涼しく、顔立ちはまるで彫像のように整っている。
帝国子女が夢想する理想の貴族像を聞いて回ったら、おそらく彼が出てくるだろう。
>「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
  ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」
ただ残念なことに、口を開いた瞬間その第一印象は儚くも露と消えた。
それまでの荘厳ともいえる雰囲気一変し、代わりにだらしなく相好を崩している。
どこぞの王子様が路地裏住まいの三下と入れ替わったかのような様変わりっぷりだ。
「……えーと、気を使わせてしまったようでごめんなさい。どうぞこちらへ」
新たに加わった同僚、キリア・マクガバンに椅子を勧めようと腰を浮かせたところで――
>「……うわっ」
――すぐ近くから、途方もなく冷たい声色の呟きが聞こえてきた。
視線だけを動かして確認すれば、心底嫌げに眉をしかめているマテリアが居る。
どうやらこの二人、遊撃課に所属するより以前からの顔見知りらしい。
諜報と通信。それぞれのエキスパート同士となれば、面識があったところで不思議はない。ないのだが。
(随分と嫌っているみたいですねえ)
マテリアの、キリアに浴びせる言葉の端々に見える棘。
あまり良好な関係とはいえない様子なのは疑うべくもない。
しかし、ヴァフティアに集まった面子を考えれば、情報戦を得手とするキリアは非常に貴重な人材だ。
現状を打破するためにも、彼には馬車馬よろしく働いていただき、相手の情報を獲得してもらわねばならない。
そのためには、騙すようで気が引けるところではあるが、円滑な交友を図るのが一番であろう。
「……まあまあ、マテリアさんもその辺りで。これからお互いの命を預けあわなければないませんからね。
 キリアさんも、遠路はるばる駆けつけて頂きありがとうございます。
 お疲れでしょうから、まずはぐいーっと、英気を養ってください」
カウンターの上に置かれたままのピッチャーを手に取り、キリアにグラスを持たせ、程好く冷えた中身を並々と注いだ。

98 :
>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
  あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」
レクストの言葉を切っ掛けに、情報を共有しようという流れへと場が変わった。
ボルトからの手紙による支持の下、この場所へ来たというキリアにそれぞれが"現状"を説明する。
ボルトの失踪。元老院による直接の指示。
帝都へ残った三人についてや、人間難民と呼ばれる子供たちの保護。
列挙するたびに問題点が山積みされ、自分たちの現状がいかに苦しいものか痛感せざるを得ない。
>「あのう、マクガバン三尉。三尉が受け取った手紙の投函日や差出人についてなのですが……」
一通りの説明を終え、ファミアが切り出す。
確かに気になる案件だ。
ボルトの失踪は、こと帝国領内であればごく些細な密事ですら網羅する『三十枚の銀貨』でも、後手に回らざるを得なかった一件である。
重要性が低かったから見落とした、などという理由ではない。
むしろ遊撃二課の設立という横やりがあった以上、一課とそれに属する課員の動向は最優先事項だったと言っても良い。
にも関わらず、その一切を出し抜いて届けられた一通の手紙。
キリアが現れたタイミングを考えれば、襲撃の前か、後か、どちらにせよそれ程時間を置いていないはずだ。
「……そう、ですよ。第一それ、どこから届けられた物でしょうか?」
無論、事の重大性からすれば差出人の封蝋などの身元を示す類は疑ってかかるべきだ、しかし――
「――ヴァフティアは帝国内に置ける最高峰の魔術都市です。
 それこそ帝国内外問わず、大陸内のありとあらゆる魔術が集まりますから。
 つまり……精査術式を専門に修めた高位術者の一人や二人、見つかるはずですよ」
帝国内で最もポピュラーな術式魔術に関して、フィオナはあまり詳しい部類ではない。
聖術というのは"願い"に近い。順序立て、構成を突き詰め、工程を簡略化していくそれとは真逆に位置する大系だ。
だが、この場にはレクストが居る。
フィオナと同様にヴァフティアの地理を熟知し、かつ術式魔術についての教養もあるはずだ。
さらに言えばレクストの父。リフレクティア翁は地元で知らぬ者の居ない顔役だ。
その人脈は年若い世代と比較すれば、まさに一線を画すだろう。
「どうですか……?」
期待とともに視線をレクストに移す。
だが、それと同時――事態は急変を告げることとなる。

99 :
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
人間難民の一人、ヴァンディッドが不意に口を開いた。
もたらせれた情報の精度の確認と、状況の把握。
撤退、あるいは迎撃、そのどちらかを選ばなければならない。
にわかに高まる緊張に呼吸を忘れる。首筋を刺激する疼痛が勢いを増していく。
刹那、爆発的に膨れ上がった"殺意"が――店の扉を叩いた。
>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」
「――っ!!」
ずきり、と。脳漿が悲鳴をあげる。
右眼にやどった朱い虹彩が、数秒先の世界をフィオナの視界に映し出した。
猛烈な勢いで降り注ぐ"白い"礫が、店内を"黒く"染め上げる。
外側から破裂する扉。打ち倒される子供たち。
何の行動も起こさなければすぐにも現実となるであろう、数秒先の"未来"だ。
>「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」
目に見えぬほどの速さで抜剣したレクストが、鉄の礫を迎撃。
床を蹴ったキリアがその後ろへ蹲り、咄嗟に議長を庇ってマテリアが身を投げ出す。
数名の子供たちを抱えたファミアがカウンターを砕きながら床に伏せる。
「頭を抱えてしゃがみなさい!」
カウンターから離れたテーブルに座っていた子供たちへと叫びながら、フィオナは白刀を抜き放った。
奥まった位置取りにあるその場所は、まだ射角の外だ。だから、今のうちに"退路"を造る。
鞘奔った刀身を上段でくるりと回す。
砕けた扉の破片が頬を掠めた。裂帛の気合と共に床を蹴る。
加速を得た銀光が、三代続いたリフレクティア青果店の壁を斜めに切断。
そのまま返す刃で二度、三度と斬り付けた後――
「――よいっしょおおおっ!」
質の良い果実酒と抜群のサイドメニューで長く地元に愛されてきた名店が、客の暴力に屈した瞬間だった。
落ち着いた外観と、品が良いながら主張をしない内装。きっと壁材も拘りをもって選んだのだろう。
そんな一切合財を情け容赦なく、振り上げた足で、垂直に、とどめとばかりに蹴りつけた。
鈍い地響きをあげ、即席の出口が完成。
匠が見たら泣き崩れる程酷いリフォーム風景だ。
「レクストさん!こっちです!!」
撃剣と砲音が轟き、"砲"声と木製の即席弾が飛んで行く中、フィオナは声を張り上げた。

【出口作製】

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